暴排トピックス
取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人
1.贈収賄リスクへの対応(コンプライアンス・プログラムのあり方)
贈収賄リスクへの対応の必要性については、本コラムでも度々取り上げ、米国海外腐敗行為防止法(FCPA)等の「域外適用」が企業経営に与えるインパクトの大きさを認識すべきことや、コンプライアンス・プログラムの重要性などを指摘してきました。そのような流れの中、経済産業者が、企業の海外展開を支援するため、不正競争防止法の外国公務員贈賄罪に関する指針(「外国公務員贈賄防止指針」、以下「指針」)を改訂し、一定の方向性を提示しました。
改訂の主な内容としては、営業関連活動に関する法解釈を明確化するとともに、望ましい贈賄防止体制として、現地エージェントの起用や海外企業の買収といったリスクのある行為について、子会社を含む企業グループとして、社内規程の整備や記録、監査といった体制強化などが提示されています。
今回は、この改訂された指針を紐解きながら、贈収賄防止体制にかかるコンプライアンス・プログラムのあり方について考えてみたいと思います。
1) FCPA摘発事例から学ぶこと
まずは、厳格な規制で知られるFCPAにおけるコンプライアンス・プログラムの有効性・必要性についてあらためて認識いただくために、いくつか事例をご紹介いたします。
【注】本事例の詳細については、「海外贈収賄規制と企業コンプライアンス」(経営法友会 海外贈収賄規制研究会編)を参考にしています。
■ 事例(1)
ニューヨーク証券取引所に上場しているドイツ法人A社は、2007年頃まで、海外子会社を含めて長期にわたり、世界各地で、贈賄のために用いる簿外口座等を維持管理しながら、贈賄費用を「コンサルタント費用」として計上し続け、総額13億6,000万ドル相当を支払っていた。うち、8億1,000万ドルは贈賄目的、残り5億5,000万ドルは使途不明金、さらにその中の3,400万ドルはコンサルタントへの支払いだったという。最終的に、A社は、米司法省との司法取引に応じ、米国証券取引委員会(SEC)と和解。刑事では4億4,850万ドルの罰金の支払い、民事では、不正利益の返還として3億5,000万ドルの支払いに合意、それ以外にもドイツ当局への罰金の支払い等も課され、総額約16億ドルを支払ったとされる。
この事例では、上記のような直接的な罰金等の支払いだけでなく、弁護士費用等事件への対応のために巨額の費用の支払いを余儀なくされた点がまず注目されます。FCPAの持つ企業経営へのインパクトは、これら以外にも株主代表訴訟リスクや事業撤退による損失等も考えられ、それらを含めれば計り知れないほどの大きさですが、一方で、本事例においては、「事件発覚後に」コンプライアンス・プログラムに積極的に取組んだことで、「罰金額の減額」を勝ち取った事例としても参考になります。
このA社は、2006年にドイツ当局の強制捜査を受けて以降、贈収賄防止体制に本格的に取組み、米国当局への自己申告、不正に関与した幹部の解雇や組織の大幅な見直し、専門家を起用して贈収賄リスクを洗い出し、その調査結果の詳細を逐次米国当局に報告するなどしたといいます。その結果、これらの点が考慮されて、米司法省は、「米国量刑ガイドライン」では13億~27億ドルレベルの罰金となるところ、上記の水準まで引き下げられました。
事件発覚前から適切なコンプライアンス・プログラムを整備・運用していたわけではありませんが、違反行為が発覚してからの「当局に対する調査協力」「不正に関与した者の厳格な処分」等の対応を、自律的かつ速やかに実行したことが評価されていますので、発覚時に企業としてどう対応するか、すなわち「危機対応(クライシスマネジメント)」が極めて重要であることがご理解いただけるものと思います(もちろん、贈収賄行為を未然に防ぐ取組みが極めて重要であることは間違いありません)。
なお、この点については、最近、日本ガイシ社が、米司法省から米独占禁止法違反(カルテル)の疑いで調査を受け、有罪を認めて罰金約6500万ドル(約78億円)を支払う司法取引に応じていますが、前社長ら3人は免責されず、米司法省に訴追される見通しです。1部上場企業の社長経験者が国際カルテルで刑事責任を問われるのは極めて異例であり、前社長が在任中にメールの削除や文書の廃棄等の証拠隠滅に関わった疑いがあると報道されています。米国においては司法妨害行為は厳格な処罰の対象となる中、この2つの事例は正に正反対の対応となっており、危機的状況における経営トップの姿勢がダメージを大きく左右することがお分かりいただけると思います。
■ 事例(2)
アパレル大手B社のアルゼンチン子会社C社において、2005年から2009年にかけて
(B社の従業員でもある)C社のゼネラルマネージャーらが、「同社製品の税関通過に必要な書類を不正に取得する」「禁止されている製品の通関許可を得る」「アルゼンチンの税関官吏による製品検査を回避する」という目的のため、C社の税関貨物取扱人を通じてアルゼンチンの税関官吏へ総額約14万1,845万ドルの賄賂の支払い等を行っていた。最終的に、FCPA違反とはなったものの、不起訴契約(NPA)を締結して米司法省に88万2,000ドル、SECに73万4,846万ドルの支払いで合意したというもの。
この事例では、B社は、事件発覚前の2010年2月に新たに贈賄禁止ポリシーを導入したところ、同年夏頃に、贈賄行為の懸念を端緒とした社内調査によって不正が発覚しました。発覚後、B社は、2週間以内に、米司法省とSECに自己申告を行っています。不起訴契約(NPA)の締結は極めて異例のこととされますが、米司法省が考慮した事実関係は、例えば以下のようなものだったということです。
- 効果的なコンプライアンス・プログラムの実施と従業員教育によって不正発覚につながったこと
- 不正行為に関する情報開示、当局への協力(社内調査、従業員への面談、文書開示、グローバルでのリスクアセスメントの実施等)、具体的な改善策(グローバルでの従業員教育の実施、FCPAポリシーの強化、第三者によるデューデリジェンスの強化、関与した従業員の解雇やエージェントとの取引解除、内部通報窓口の創設等)がなされたこと
- アルゼンチンでの事業を中止したこと
など
事件を受けて、「事後的に」コンプライアンス・プログラムを強化することになったものの、「事件前に導入した贈賄禁止ポリシー」について、「子会社」を含む「従業員教育」を実施し、企業姿勢をあらためてグループ内で周知徹底していたことによって、不正の端緒につながったことが極めて重要なポイントになります。さらには、事件発覚後の対応も迅速かつ適切であった点が、不起訴を勝ち取るだけの高い評価を得たものと考えられます。つまり、事例①のように、すべてが事後的な対応ではなく、日頃からコンプライアンス・プログラムに取組んでいることがまずもって重要であり、事件発覚後の対応については、事例①同様、「当局への自主的な情報提供・協力」「適切な処分」「従業員教育の徹底」などを速やかに実践することが重要であることがご理解いただけると思います。
■ 事例(3)
米国の世界的金融グループD社(ニューヨーク証券取引所上場)の中国不動産投資部門の責任者Xは、国有不動産会社E社との間で上海の不動産に係る取引を行うために、中国政府関係者(E社トップ)に対する贈賄行為を行った。X自身は米司法省とSECから訴追され、禁固刑を科されたうえ、約382万ドルの制裁金の支払い、証券業界からの永久追放といった処分を受けることとなった。一方、法人としてのD社は、米司法省・SECのいずれからも制裁を免れた。
米司法省とSECがD社に制裁をしなかった理由は、以下の通りとされています(これ以外にも、もっぱらXが自らの利益のために行った行為である点も関係してくるものと思われます)。
- 「効果的なコンプライアンス・プログラムが確立されていた」と評価されたこと
- 贈賄行為が発覚した後は、「米国当局に対して情報を提供」「9か月に及ぶ徹底的な社内調査を実施」「Xを解雇し、米国当局の調査に全面協力した」こと
とりわけ、「効果的なコンプライアンス・プログラム」と評価された理由は、例えば以下のような取組みであったことによるものということです。
- 大規模なコンプライアンス部門、地域別のコンプライアンス部門を整備
- 従業員に「(贈賄行為禁止を含む)行動規範を遵守している」旨の宣誓書を毎年提出させ、雇用記録の一部として保管
- 贈賄防止に関する研修等を頻繁に実施(6年間で少なくとも54回の研修、35回の注意喚起の発信などを行った)
- 贈賄等の不正支出を防止するための支払い承認手続きの構築
- FCPAに特化した内部監査の定期的な実施
- すべての新規ビジネスパートナーに対する取引開始前のデューデリジェンスの実施
- コンプライアンス・プログラムおよび内部統制システムを継続的に評価、改善と贈賄防止ポリシーの継続的なレビューの実施
贈収賄行為防止のためのコンプライアンス・プログラムは、企業規模や業種等によってそのレベル感が異なるものとはいえ、「効果的なコンプライアンス・プログラム」のあり方のあるべき姿に近い取組み内容と言えると思います。ただ、これだけの高いレベルでの取組みを行っていても、個人の悪意に対して完璧に防止することが困難であることを一方では痛感させられますが、制裁を免れた理由も正にその点が考慮されたものと思われます。
また、ここで示されている「効果的なコンプライアンス・プログラム」のあるべき姿については、贈収賄リスクへの対応だけでなく、反社会的勢力排除の取組みにも通ずるものがあります。
例えば、(1)従業員教育の繰り返しの実施と誓約書の提出、(2)新規取引開始時の反社チェック(デューデリジェンス)の全件実施、(3)取引状況のモニタリングを通じた端緒の把握、(4)既存取引先等の中間管理(上記の「内部監査の定期的な実施」の視点に同じ)、(5)反社会的勢力排除体制の整備を内部統制システムの構築義務の文脈でとらえるべき点など、共通するフレームワークが意外と多いことが分かります。
【注】贈収賄リスク防止のための「デューデリジェンス」においては、実務的にはOFAC等の「制裁リスト」のスクリーニングだけではなく、政府高官等「PEPsリスト」を活用したスクリーニング等により、リスクを適切に把握することが求められます(暴排トピックス2015年6月号を参照ください)。
2) 経産省「外国公務員贈賄防止指針」の求める体制
さて、FCPAの適用事例をいくつかご紹介しましたが、とりわけ、米司法省やSECによる制裁や罰金額の決定のプロセスや判断基準の具体的なあり方を通して、コンプライアンス・プログラムの整備上のポイントだけでなく、平時における運用や事件発覚後の対応のあり方が、制裁等のレベルを大きく左右することがご理解いただけると思います。
これらをふまえつつ、今回の経産省指針で述べられている、贈収賄防止体制にかかる内部統制システム構築における「留意すべき視点」について紹介したいと思います。本指針では、特に重要な視点として、①経営トップの姿勢・メッセージの重要性、②リスクベース・アプローチ、③贈賄リスクをふまえた子会社における対応の必要性の3つが指摘されています。
(1) 経営トップの姿勢・メッセージの重要性
日本の商慣行において、贈収賄行為(贈賄行為)は、自らの利益のためというより、従来からの慣行・習慣、潤滑油として、あるいは、「会社のため」という誤った使命感やコンプライアンスの誤解によって、(談合・カルテルなどと並んで)長い間あまり問題視されずに見過ごされてきたリスクのひとつだと思われます。
このような悪弊を排するために、指針では、経営トップ自らが、「現場において、法令を遵守するか、利益獲得のため不正な手段を取るかの二者択一の状況に直面した場合には、迷わず法令遵守を貫くことが中長期的な企業の利益にもつながること」「従業員は不正な手段を利用して獲得した利益は評価されず、厳正に処分されること」「過去に法令遵守を軽視する企業文化があったとしても、そのような「旧弊」は断ち切らなければいけないこと」を、全従業員に対して、明確に、繰り返し示されることが効果的だと指摘しています。
(2) リスクベース・アプローチ
当社が提唱する反社チェックにおける「層別管理」やアンチ・マネー・ローンダリング(AML)の観点からのデューデリジェンスの方法論的な枠組みとして「リスクベース・アプローチ」が採用されていますが、指針では、贈収賄防止体制を整備するにあたっても、本アプローチが推奨されています。
このアプローチは、例えば、リスクが高い事業部門・拠点や業務行為については、高いレベルでの承認ルールの制定・実施、従業員に対する教育活動や内部監査といった対策を「重点的に」実施してリスク低減を図る一方で、リスクが低い事業部門等については、「より簡素化された」措置が許容される、と考えるものです。
さらに、指針では、一般的に、アジア・中東・アフリカ・南米等は「高リスク国」であること、その事業の実施に現地政府の多数の許認可を必要とする状況が認められる場合や、外国政府や国有企業との取引が多い場合など外国公務員等と密接な関係を生じやすい性格を持つ場合が「高リスク取引」に該当するとの例示がなされています。また、エージェントやコンサルタントの起用、ジョイントベンチャー組成の相手先の選定、当該国の政府関連事業実績の多い企業のM&A、公共調達への参加、外国公務員等に対する直接、間接の支払を伴う社交行為などが「高リスク行為」であるとも指摘しています。したがって、これら「高リスク」への対応については、厳格な承認手続きや教育・監査等を行うべきということになります。
(3) 贈賄リスクを踏まえた子会社における対応の必要性
「海外子会社を含む子会社が内外の関係法令に基づき外国公務員贈賄罪で処罰される場合には、親会社も、その資産である子会社株式の価値だけでなく、親会社自身の信用も毀損され、さらには、親会社自身に対して刑事罰が科されるといった形で大きな損失を受ける可能性がある」こと、実際の贈賄行為は海外現地法人で行われることが多く、「親会社も法人両罰規定により処罰対象となる可能性がある」ことなどが指摘されています。
なお、「効果的なコンプライアンス・プログラム」のフレームワークとしての内部統制システムの整備・運用状況は、当然ながら、企業規模・業種、経済的・社会的環境や時代背景等により異なるものであり、静的・画一的なものであってはなりません。社会の要請の変化、国内外の社会経済の動向などについて情報収集しながら、「コンプライアンス」という言葉が、「相手のものの形に従ってそのものが変形するときの『柔らかさ』や『柔軟性』などを意味する」ことをふまえ、柔軟かつ速やかに改善・見直しを図ることが求められます。
3) 有事における対応のあり方
さて、これまでご説明してきた内容から、贈収賄行為(贈賄行為)防止のためのコンプライアンス・プログラムの具体的な内容はおよそご理解いただけたものと思いますが、指針では、その基本的な項目について、以下の通り整理しています。
- 基本方針の策定・公表
- 社内規程の策定(社交行為や代理店の起用など高リスク行為に関する承認ルールや、懲戒処分に関するルール等)
- 組織体制の整備
- 社内における教育活動の実施
- 監査
- 経営者等による見直し
その中で、ここでは、FCPAの摘発事例において「有事における対応」の成否が制裁のレベル感に大きく影響を与えている現実がありますので、以下、この点に絞って考えたいと思います。
まず、指針では、有事においては、「法令遵守を徹底するとともに自社(ひいては自社株主)への経済的損害を含めた悪影響を最低限に抑制するための行動を迅速に取る必要がある」と指摘していますが、既にみた事例からも明らかなように、「迅速な調査の実施」「当局への情報提供」「従業員教育をはじめとする再発防止策の速やかな実施」「関与者に対する厳格な処分」などがポイントとなります。
また、指針では、「対応能力に不足がある子会社における有事については、親会社へ生じる影響の大きさを踏まえた適切な対応を確保するため、親会社が積極的に関与することが有力な選択肢となる」と指摘しています。また、「子会社役員等に子会社との間の利益相反が生じ、子会社において適切な調査及び親会社への報告等が行われない可能性がある」といった点も指摘されています。
ただし、子会社における事案対応時の問題点については、何も贈収賄リスクに限った話ではなく、本社から目の届きにくい海外子会社などで内部不正や法令違反等の不祥事が発生しやすい傾向があり、また、不正調査時には、関与が疑われる子会社役員等は解任リスクに直面することから、「保身」や「隠ぺい」「改ざん」「報告懈怠」等が生じやすいことなども十分にふまえながら、慎重に証拠固めをしていく必要があります。
さらに、指針では、有事対応体制の整備における留意点として、最新のコーポレート・ガバナンスのあり方をふまえて、情報伝達ルートの整備や対応体制・判断基準のあり方について、以下を指摘しています(下線は筆者)。
- 担当取締役・担当者の決定、監査役との連携のあり方、調査チームの設置、親子会社間の有事に関する情報の報告体制その他有事における対応体制に関する事前のルール化。特に、有事に関する情報がコンプライアンス責任者や経営者に迅速に伝わるような体制を事前に構築しておくこと。
- 特に、外国公務員から贈賄要求があった場合には、当該要求内容の重大性等に応じて、現場における一次的な対応方法、本社等における危機対応チームの設置といった手順が事前に整理されていること。
- 独立社外取締役にも、有事に関する必要な情報が適切に報告されること。経営陣から独立した立場で、会社と経営陣との間の利益相反が適切に監督されること。
- 自社及び企業集団に不利な事情を含め関係証拠を保全し、ヒアリング等実施した上で、贈賄行為の可能性が高いと判断される場合は、捜査機関への通報や自首を検討すること。
- 事態収束後は、原因究明を行い、企業集団としての再発防止策を検討すること。
いずれも大変参考になるものですが、特に、「現場における一次的な対応方法、本社等における危機対応チームの設置といった手順が事前に整理されていること」について言えば、実際に贈収賄のリスクに晒される(腐敗した外国公務員の圧力を直接受ける)のは、現地の社員であり、相手方との対応を現地だけに押し付けない、「組織的対応」が求められる点を指摘しておきたいと思います。また、教育研修等を通じて贈収賄行為が厳格に処分される点を徹底的に叩きこまれるほど、現地で実際に要求等が生じた場合、それを隠ぺいしたり、抱え込んでしまうことによって、逆にリスクを増大しかねないケースもあり、問題ある行為を「正当化」する都合の良い思考回路が働く(バイアスがかかる)ことも十分認識する必要があります(例えば、「コンサルタント料の支払いだから問題ないはずだ」「これを断れば商談は破談で本社に迷惑がかかる」など)。なお、これらの点は、反社会的勢力への対応と全く同じ構造であることもご理解いただけるものと思います。
したがって、初動対応においては、「現地に判断の余地を与えない形での対応の徹底」と「本社と現地の情報共有の仕組み作り」が有効かもしれません。つまり、現地の初動における回答・対応としては「本社に確認する」と一本化すること、本社に端的に「要求があった」ことをいち早く報告すること、本社及び外部専門家の連携による適切な指示を受けて「組織的に対応」することが重要ではないかと思われます。
また、初動対応においては適切な社内調査の実施も重要となりますが、とりわけ、電子メールや電子ファイルの保全が事実関係の把握や証拠として極めて重要となります。関係者(関与した可能性のある社員だけでなく、その上司や部下なども含む)の業務用パソコンや携帯電話、会社のサーバー等をいち早く押さえ、デジタル・フォレンジック等の専門家の協力を得ながら、保全・解析して、ヒアリングや具体的な帳票類の精査とあわせ、事実関係を正しく把握することが重要です。
その他、不祥事対応全般において言えることですが、「隠ぺい」「改ざん」等については、重大な事案であればあるほど秘密としておくのは困難であると認識して、すみやかに当局に届け出ることの方がメリットが大きいと認識すべきです。とりわけ、FCPAには、摘発手法として「内部告発奨励金制度」が設けられており、報奨金を目的とした周辺者からの内部告発の可能性が高まるうえ、「大きなヤマ」であればあるほど当局の摘発に力が入るのも当然です。さらには、FCPAなどでは、自主申告しないことが制裁金の増額要素となっていることも、あわせて認識しておく必要があります。
以上、贈収賄リスクへの対応についていくつかポイントを確認してきましたが、既にお気づきの通り、反社会的勢力排除やAMLにおけるリスク管理体制の整備ポイントや組織的対応の重要性、内部不正等の企業不祥事対応における事実確認や情報開示のあり方など、「効果的なコンプライアンス・プログラム」には共通するところも多く、企業が取り組むべき課題が多い中、このような共通項に着目して、まずは大きく堅固なフレームワークを整理し、多様なリスクに効率よく広範囲に対応できるような工夫も必要だと思われます。
2.最近のトピックス
1) 六代目山口組の分裂
日本最大の指定暴力団六代目山口組(以下「山口組」)が内部分裂状態となっています。報道等によれば、山口組執行部は、脱退の動きを見せた山健組や宅見組などの組長5人を永久に組織に戻れない「絶縁」、8人を追放にあたる「破門」処分にし、うち2人は引退したものの、離脱した組長らを中心に、新たな組織として「神戸山口組」を名乗って立ち上げたとされています。ただ、これらの組織の構成員や傘下組織が全て新組織に移るかは不透明で、一方で別の組織が合流する可能性もあり、組織の全容や今後の「暴力団の再編」につながるかなどについては、今のところはっきりとしていません。
これに伴い、山口組執行部と離脱グループとの間で切り崩し工作や情報戦が展開されている模様です(例えば、山口組の司組長を巡る資金の流れを宅見組が熟知しており、警察や税務当局に情報提供とするのではないかといったものなど真偽不明な情報が乱れ飛んでおり、司組長自ら「さまざまな形でのうわさ、流言飛語が飛び交っている」と述べて動揺を諫めています)。今後、双方の間で、主に資金源獲得活動(シノギ)でのトラブルから対立抗争事件の発生が危惧されますが、局所的な小競り合いや一部の暴走を契機とした衝突は予想されるものの、過去の山口組と一和会の抗争のような大規模な事態となる可能性は高くない(むしろ望んでいない)のではないかと考えられます。
その理由として、昨年から今年にかけて、指定暴力団工藤会のトップ以下10数名が警察に一気に逮捕され、それを契機として離脱者が相次ぎ、同組織が壊滅状態に追い込まれていることや、暴力団対策法や民法上の「組長の使用者責任」や組織犯罪処罰法の適用、特定危険指定暴力団への指定等により、活動が大きく規制されるリスクに対する認識も十分浸透している状況下ですし、警察も今回の動きを利用して山口組壊滅に向けて本腰を入れていることから、大規模な抗争が、組織存続の危機に直結することが明らかであることがあげられます。今回の山口組執行部の処分内容の微妙なさじ加減を見ても、また、現時点で目立った衝突が見られないことなどからも、山口組内では、暴力や喧嘩等ではなく水面下で切り崩し工作を進めることで今回の騒動を収束させようとしているように見受けられます。
一方、新組織が立ち上がった場合に、構成員等の状況や組織の全容を警察が速やかに把握できなければ、暴力団対策法上の「指定」に時間を要する可能性も懸念されています。
暴力団対策法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律)の定めによれば、暴力団は、「その団体の構成員(その団体の構成団体の構成員を含む)が集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれがある団体をいう」と定義されています(第2条2号)。そのうえで、都道府県公安委員会が、暴力団のうち、暴力団員が生計の維持、財産の形成又は事業の遂行のための資金を得るために暴力団の威力を利用することを容認することを実質上の目的とする団体であって、犯罪経歴を保有する暴力団員が一定割合を占め、首領の統制の下に階層的に構成された団体を「指定暴力団」に指定する(第3条)といった構造となっています。
したがって、新しい組織の組織体制・指示命令系統をはじめ、構成員の特定とそのうちの犯罪歴の保有者の人数等の実態を把握できなければ、「指定暴力団」と指定することができず、まずは実態の解明が喫緊の課題となります。
さらに、暴力団対策法では、暴力団(指定暴力団を除く)の全部又は大部分が指定暴力団である場合、当該暴力団は指定暴力団の連合体として指定される(第4条)ほか、2012年10月より、対立抗争に係る指定暴力団等を特定抗争指定暴力団等として指定し(第15条の2)、また、指定暴力団の構成員等が凶器を使用して人の生命又は身体に重大な危害を加える方法による暴力行為を反復継続するおそれがある場合、当該指定暴力団等を特定危険指定暴力団等として指定する(第30条の8)ことになっています。
直近では、工藤会が「特定危険指定暴力団」に、道仁会と九州誠道会(現浪川睦会)が「特定抗争指定暴力団」にそれぞれ指定されたことで、その活動が大幅に制限されたことが記憶に新しいところですが、これらの指定の前提が「指定暴力団」であることとなっている点に注意が必要です。
いずれにせよ、新たな組織を可能な限り速やかに把握し、その行為を規制できるかが極めて重要となりますが、指定の有無に関わらず、一般人を危険に晒すことにつながる行為や不法行為については、既定の民法や刑法、その他の法律を駆使して対抗・規制・摘発していくべきですし、一方の暴力団側も、組織を壊滅させられる危険性を十分認識していることから、慎重な行動をとらざるを得ません。
今回の事態は、突き詰めれば、資金源の獲得・利権の奪い合いであり、それが(違法薬物の売買や賭博といった伝統的資金獲得活動以外の)表の経済活動に基づくものである以上、また、抗争や切り崩し工作等には莫大な資金が必要となることから、資金獲得のアプローチの「本気度」はこれまでとは段違いのものとなることが予想されます。「取引等を含む経済活動が内部抗争の主戦場になる」という意味では、事業者が否応なくそこに巻き込まれる可能性は高く、これまで以上に「接点」や「アプローチ」を警戒し、厳格な対応を意識して、社内研修による意識の向上や反社チェック等の運用・レベル感などをより厳格に、適切に行うなど「対応の質を磨いていく」必要があります。
そして、このような時期に、山口組のお膝元である兵庫県内の建設業者で作る「兵庫県建設業暴力追放協議会」の神戸支部では、「暴力団によるあらゆる不法・不当要求を一切拒絶する」などとする宣言を採択しています。事業者に求められているのは、正にこういった姿勢を堅持することを今あらためて確認すること、可能な限りそれを広く対外的に表明することであり、多くの企業や業界、自治体等においても同様の動きが広がることを期待したいと思います。
2) カジノ事業からの反社会的勢力排除
カジノを含む統合型リゾート施設(IR)整備推進法案については、今国会での成立も見送られることとなりました。2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催に向け、あるいはそれ以降の「観光立国」あるいは「地方創生」の切り札として期待される役割の大きさや、「成長戦略」の起爆剤として見込まれる経済効果の大きさとは裏腹に、与党内からも慎重な意見が多いのは、カジノの持つ賭博性の合法化に関する論点だけでなく、「ギャンブル依存症対策」「マネー・ローダリング対策」「反社会的勢力対策」の3つが、極めて重い課題・整理すべき論点としてクローズアップされていることが大きな要因です。
当該法案の行方やカジノ解禁の是非はさておき、「カジノ事業からの反社会的勢力排除」のあり方については、やはり、本コラムにおいても一度検討する必要があると考えます。
さて、本コラムの読者であれば、カジノ事業から反社会的勢力を排除すべきであることについては、考え方として異論はないと思われますが、実は、海外のマフィアは、カジノでプレーすることは認められており、日本の暴力団等に対する規制のあり方と大きく異なります。したがって、海外と日本とでは、そもそも出発点から異なる(日本独自の特殊性・困難性がある)点に注意が必要です。
そのうえで、日本におけるカジノ事業の今後の指針・根拠となるであろう「特定複合観光施設区域整備法案(仮称)~IR実施法案~に関する基本的な考え方」(平成26年10月16日改訂、国際観光産業振興議員連盟) には、明確に以下の方向性が記されています。
■ 暴力団組織の介入や犯罪の温床になること等を断固、排除する
カジノ施行に係わる参入要件と行為規制を厳格に規制し、関与する個人・法人の清廉潔癖性と遵法性を厳格に要求することにより、暴力団組織等による介入を完璧に排除することができる。また、施行に係わる規則等も厳格にその履行と遵守・監視を担保する仕組みを構築すれば、カジノが犯罪の温床になるということはあり得ない。
また、カジノ管理委員会との連携により、入場者全員の本人確認を義務付けることにより、暴力団組織等に関係する者の入場を完全に排除するものとする。
正にその通りであり、カジノが犯罪の温床になること、カジノ事業が彼らの活動を助長することがあってはなりません。
しかしながら、「暴力団組織等」について「介入を完璧に排除する」「入場を完全に排除する」ことはそう簡単なものではありません(もちろん、排除すべき対象が顔写真とともに全てリスト化されているなど極めて限定的な状況であれば可能でしょうが、それでは反社会的勢力排除の本質を見誤っていることになります)。
また、そもそも、ここで言う「暴力団組織等」が、本来排除すべき「反社会的勢力」と完全に一致するのか、その「見極め」や「証明」「監視」が現実的にどこまで可能なのか、といった精緻な議論が求められると言えます。
そこで、この課題については、次回の暴排トピックス2015年10月号で詳しく考察したいと思います。
3) 預金保険機構による反社債権の買い取り
預金保険機構と整理回収機構(RCC)が民間金融機関から反社会的勢力の関係する回収困難債権を譲り受けて回収にあたる業務の買い取り実績が、平成27年7月末時点(平成24年6月の第1回買取りから今回で7回目となります)で累計94件となり、間もなく100件を突破する見通しとなりました。
みずほ銀行の暴力団融資問題(平成25年9月発覚)以降、相談件数は増えているもののまだまだ十分に利用されていない状況だと言えます。その理由のひとつには、買取債権総額(累計)が35億6,000万円あまりのところ、買取価格総額(累計)は1億8,000万円と、RCCによる買取の水準が平均で債権簿価の5%程度になっていることがあり、金融機関からみれば、本スキームの利用は、反社会的勢力との関係を遮断できる一方で、売却による「損失」について合理的な根拠を示せるか、説明責任を果たせるかが悩ましい問題となっていることが挙げられます。また、反社会的勢力に対して資金を提供していたことが表面化するかもしれないリスク(レピュテーションリスク)から、対応を躊躇するといった側面もあるのかもしれません。
金融庁が本スキームにより金融機関による反社会的勢力排除(関係解消)の取組みが進むことを期待しているとはいえ、そもそも自らの責任で貸し付けた債権の回収ですから、その取引(関係)を通じて得られた収益の正当性の問題や反社会的勢力に対して厳格な対応を取るべきとする観点からは、自らが最大限の回収の努力を行うことが本筋です。
また、突き詰めて考えれば、本スキーム最大の目的は、「反社会的勢力を利することがあってはならない」という点にあるはずです(単に民間金融機関と反社会的勢力を切り離すこと自体が目的ではないはずです)。したがって、回収にあたるRCCが最終的にどれだけ回収できたか、そのプロセスが適切なものであったかもまた、極めて重要な検証事項だと言えます。金融機関が債権をRCCに譲渡した時点では、それだけで反社会的勢力を利することになるわけではありませんが、RCCが回収不能または債権額からみてわずかしか回収できなかった(金融機関が回収不能と判断した事案ですから相当に困難なはずです)時点で、「結果として」反社会的勢力を利することになります。
そもそも、「保険(預金保険)」というスキームを活用することによって、反社会的勢力を利することになった責任関係が曖昧になってしまう点が大きな問題であるように思われます(金融機関は譲渡に伴う損失を被ったことで責任を取ったように見えますが、その時点では反社会的勢力を直接的に利することにはなりません。一方、RCCは回収不能となったとしても、直接的な損失は買取価格が限度ですから痛みが小さい一方で、結果的に債務を免除される形となった反社会的勢力を利する結果をもたらします)。理論的には、反社会的勢力に対する利益供与分(金融機関の損失やRCCの損失)に該当する原資の出処が最終的に預金者である国民であることを考えれば、金融機関および預金保険機構・RCCの回収行為に対して、預金者・国民はもっと厳格な視線を向けるべきということになります。
4) 危険ドラッグの摘発状況
警察庁から、「平成27年上半期の薬物・銃器情勢」が公表されています。
この中で特に注目されるのは、危険ドラッグに絡んで今年上半期に全国の警察が633事件、689人を摘発、前年同期が127事件、144人であったことと比較して、ともに5倍近くに増加したという点です。その摘発の結果、本コラムでもこれまでご紹介してきた通り、昨年3月時点で215店舗あった販売店が今年7月にゼロになったことや、インターネットで危険ドラッグを販売する235サイトに削除要請を行い、7月までに189サイトが閉鎖や販売停止となったという成果をもたらしています。
一方で、大麻事犯罪の検挙人員は947人で、昨年同期より181人(23.6%)も増加している点が気になります。危険ドラッグ乱用者などが大麻に移行していることがこの数字からうかがわれますが、危険ドラッグ乱用者として検挙した者のうち薬物経験別の構成比率では、薬物犯罪の初犯者が403人(73.4%)に上っていることとあわせて考えれば、これらの者が、今後、大麻や覚せい剤事犯に関与していく懸念があります。
また、危険ドラッグ事犯のうち、暴力団構成員等に係る事犯は95事件、105人であり、危険ドラッグ全体のおよそ15%を占めています。覚せい剤事犯の検挙人員における暴力団構成員等の比率は52.9%、大麻事犯では27.3%ですので、現時点では、危険ドラッグへの暴力団等の関与は、他の違法薬物に比べれば、まだ大きくはないと評価できるかもしれません。
今後、暴力団が危険ドラッグに本格的に参入するかどうかも不透明な状況ですが、「ゲートウェイドラッグ」として若者を中心に乱用者が覚せい剤や大麻等に手を出すことになれば、覚せい剤事犯の検挙人員の高齢化の傾向にあるとはいえ、結局、暴力団の資金源が今後も枯渇することはないという意味で、危険ドラッグ対策は薬物対策における「入口対策」として極めて重要であると指摘したいと思います。
5) テロ対策
来年の伊勢志摩サミットや2020年の東京オリンピックの開催等に向けて、テロ対策が重要な課題となっています。警察庁は、来年度の概算要求において、今年6月にまとめた国際テロ対策強化要綱の項目(暴排トピックス2015年6月号を参照ください)に基づき、伊勢志摩サミットの警備等として156億円強を、ドローンを含めたテロ対策の推進に29億2,700万円を計上しています。具体的には、ネット上に流れたテロ予告などの情報を集めて分析するインターネット・オシントセンター(仮称)の新設やアラビア語のできる人材育成などが盛り込まれています。
また、法務省入国管理局が、テロリストとその関係者や協力者に特化した顔写真データベース(DB)を作成し、来日外国人の入国審査時に撮影する顔写真と照合するシステムを、全国の空港と港で来年度中の運用開始を目指して導入するとのことです。その前提として、今年10月には、不審外国人の入国情報を一元的に収集・分析するための「出入国管理インテリジェンス・センター」を発足させ、国内外の関係機関などに協力を要請して当該DB作成を進めることになります。
なお、ドローンの規制強化としての航空法改正案が今国会で成立し、年内にも施行されることになりました。
今回の改正では、ドローンを「人が乗ることができない飛行機やヘリコプターで、遠隔操作や自動操縦により飛行できるもの」(軽量のおもちゃは含まれない)と定義しています。また、飛行が原則禁止されるのは、住宅密集地や空港周辺、航空機の安全に影響を及ぼす恐れのある高度のほか、祭りやイベントで一時的に多く人が集まる場所となります。なお、規制区域の詳細として、国交省は、1平方キロ・メートル当たりの人口が4,000人を超える地域を想定しており、東京23区や地方主要都市の大半が対象になるということです。
ところで、「テロ対策」を考える場合は、何も暴力・破壊行為のみを対象とするのではなく、より広範な捉え方をする必要があります。例えば、サイバー攻撃は、重要な情報を盗み出すだけでなく、重要インフラ等の誤作動を誘発させ、機器を機能停止に陥らせたりすることで重大なインシデントを発生させることも可能ですし、宇宙空間でスパイ衛星を破壊したり、通信機能を麻痺させるなど、その攻撃の領域・バリエーションは極めて多岐に渡ります。
また、それ以外にも、例えば、大規模イベント等を狙った「食品テロ(バイオテロ等)」についても十分に警戒しておくべきテーマだと言えると思います。残念ながら、厚生労働省は、テロ対策の中でも、特に食品分野については「脆弱な個所」と指摘しており、その対策が急務だと言われています。そのような中、政府は、「食品テロ」を防ぐ指針を2017年度にも策定するということです。報道によれば、オリンピックの関連施設で食品を売る業者を対象として、「食の安全」を確保、アピールする狙いがあり、食材を搬入する車両の積み台に必ず鍵を掛ける、調理現場に防犯カメラを設置する、などの具体的な内容が盛り込まれるようです。
現時点における「食品テロ」に関する具体的な対策のポイント等については、公益社団法人日本食品衛生協会が、「食品防御対策ガイドライン」を公表していますので、参考にしていただきたいと思います。
▼公益社団法人 日本食品衛生協会 食品防御対策ガイドライン(食品製造工場向け)
▼平成25年版 食品防御対策ガイドライン(食品製造工場向け)(解説含む)
食品製造工場向けのガイドラインではありますが、例えば、「人的要素(従業員等)」については、「従業員等の採用面接時には、可能な範囲で身元を確認する。身分証、免許証、各種証明書等は、可能な限り原本を確認し、面接時には、記載内容の虚偽の有無を確認する」といった記載があり、「派遣社員や委託業者にも適用すべき」とされているなど、他の業種・業態に置き換えても、テロ工作員の内部への侵入(潜入)対策の視点として参考になります。
また、「就業中の全従業員等の移動範囲を明確化する(全従業員等が、移動を認められた範囲の中で働いているようにする)」「従業員等の従来とは異なる言動、出退勤時間の著しい変化等を把握する」といった点や、「施設管理」における、「殺虫剤の保管場所を定め、施錠による管理を徹底する」「井戸、貯水、配水施設への侵入防止措置を講じる」「警備員の巡回やカメラ等により敷地内に保管中/使用中の資材や原材料の継続的な監視、施錠管理等を行う」といった項目も、食品テロ以外の観点(例えば、内部不正防止体制など)においても参考になります。
6) その他のトピックス
(1) 行政対象暴力に関するアンケート調査結果
警察庁や全国暴力追放運動推進センター、日弁連民事介入暴力対策委員会が定期的に行っている「行政対象暴力に関するアンケート(自治体対象)調査結果」の平成27年版が公表されています。
▼警察庁 行政対象暴力に関するアンケート(自治体対象)調査結果について
本アンケート調査結果の概要については、以下の通りです。
- 全国全ての都道府県と市及び特別区の計860団体の5部門(総務・人事・危機管理担当、公共事業担当、環境担当、福祉担当及び不動産関係担当)を対象とし、676団体の計2,905部門から回答があったもの(回収率は67.6%)。
- 最近1年間に不当な要求を受けたのは、3.2%に当たる94部門で、4年前より2.6ポイント減少し、22.5%だった2003年から7分の1の水準に。
- 要求してきた者の属性については、相手が何者かわからなかった(23.4%)、暴力団ではないが、暴力団(暴力団員)と何らかの関係を有する者(22.3%)が多く、暴力団員は8.5%という結果に。
- 不当要求の内容は、機関紙の購読(16.0%)、公共事業等の受注業者に対する行政指導等(14.9%)、許認可の決定(11.7%)、融資・生活保護等の公的給付の支給(10.6%)などが多い。
- 不当要求の態様では、電話(64.9%)、来庁(60.6%)、文書の送付(7.4%)、街宣(5.3%)などが多い。
- 不当要求に対しては、すべての不当要求等を拒否した(87.2%)が圧倒的に多いが、当初拒否したが最終的には不当要求等の一部に応じた(7.4%)、すべての不当要求等に応じた(3.2%)といった問題のある対応も見られる。
- 不当要求等の対応に要した時間では、10時間以上(29.8%)が最も多く、1時間未満(25.5%)、3~10時間未満(22.3%)の順。
- 暴排条項は2,416部門(83.2%)が導入し、4年前より35ポイント上昇した。
- 暴力団関係企業の排除措置の有無については、「ある」が5.5%にとどまり、うち1年以内に措置をとったことがあるのは22.5%にとどまる。内訳としては、「指名排除措置」(47.2%)、「指名停止措置」(27.8%)、「契約の解除」(8.3%)
など。
全体的な傾向として、まだ一部に不当要求等に応じてしまった残念な例もあるものの、そもそもの不当要求等が減少傾向にあると言えます。これについては、昨年公表された「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」に関するアンケート調査結果について(平成26年度)においても、不当要求を受けた経験がある企業の割合が4.0%まで減少している状況が明らかになっており、不当要求等をしてくる相手の属性の不透明化が進んでいる状況とあわせ、両アンケートでほぼ同じ割合・傾向を示しています(なお、同アンケートの分析の詳細については、暴排トピックス2014年12月号をご参照ください)。
▼警察庁 「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」に関するアンケート調査結果について(平成26年度)
また、その他の指摘事項のうち、不当要求等への対応に10時間以上を費やしている自治体が多い点は、自治体という立場(無下に断るわけにいかないなど)ゆえの現場の苦労が推測されますし、「排除措置」を講じるところまで取り組んでいる自治体がまだまだ少ない状況は、反社認定の問題とあわせて今後の大きな課題だと思われます。
(2) 地方自治体の取組み事例
前項のアンケートからは、暴排の取組みがまだまだこれからであるとの印象を持ちますが、一方で、全国の自治体において、様々な取組が進められていますので、直近の事例をいくつか紹介しておきます。
- 組事務所の立ち退き
- 市営住宅からの暴排(退去要求)
- 祭礼からの暴排
福岡県中間市は、市内にある特定危険指定暴力団工藤会系組織の事務所用地買い取りに着手しています。事務所近くに幼稚園があり、市民から立ち退きを求める声が上がっているもので、近くにある築約40年の市営住宅の建て替え用地確保に合わせ、同組の立ち退きを目指すと報道されています。
福岡市は、市営住宅の入居者が暴力団組員と判明した場合、入居日にかかわらず速やかに退去を求められるように条例を改正するということです。現行条例では、条例施行前から入居していた組員に退去を求める際には一定の制約があったものの、今年3月、最高裁が「組員の居住の制限が公共の福祉のために必要で合理的なのは明らか」として合憲と判断したこと(暴排トピックス2015年4月号を参照ください)を受け、経過措置に関する部分を条例から削除することで対応を強化するとのことです。
大阪府岸和田市の暴排条例について、間もなく開催される「岸和田だんじり祭」を念頭に、新たに「祭礼、花火、興行その他の公共の場所」に不特定の人などが集まる行事で主催者らに「暴力団または暴力団員を関与させない」措置を講じるよう求める新条文を加える修正案が可決され、即日実施されています。
(3) 事業者における取組み事例
名古屋の進学塾の元代表の男性が、暴力団の資金源とされる風俗業者側に計6億円を融資した問題を受けて、同進学塾グループが、グループ元代表とその親族を排除したと報道されています。
元代表は、昨年3月の問題発覚後、グループ代表等を辞任するなどしたものの、グループの小学校の理事長を長女に、理事を次女にそれぞれ就任させ、最近また頻繁に同校に出入りするようになっていたということで、グループ側は、理事長や理事を退任させるなどして影響力を完全に排除し、同時に、職員には反社会的勢力との関係遮断を宣誓させ、入校・入塾希望者にも署名を求めるといった取組みを行っているということです。
当社が相談を受ける事例においても、本事例と同じように、問題が表面化した段階で自らは穏便に退任しつつ、家族や関係者を別に潜り込ませて間接的に影響力を行使し続けようとする事例は多く、このような手口はもはや定番となっています。それに対して、その人的・資本的・経済的な影響力を排除するために、考えられる限りの様々な方策を講じていかなければならず、同様の事例が急激に増えている印象があります。
このようなケースにおいては、直接・間接に限らず、反社会的勢力の経営への関与を完全に断とうとする事業者側の強い意志がそもそもなければ上手くいかず、個人的な弱み等につけ込まれて切り崩しにあう、水面下での多数派工作など、最後の最後まで気が抜けない状況となります。また、実際の場面においては、表面的な排除(問題ある者を要職から退任させる、保有株式を売却させる等)までは比較的スムーズに進むことは多いものの、問題ある者が背後にいったん退く形をとって間接的に影響力を行使する構図に変わった場合(問題ある者の親族や子飼いの部下等を幹部社員として送り込む、株式を自らが探してきた関係者に購入させる等)に、本来は影響力を完全に排除するためにさらに取り組むべきところ、表面的には見えにくい(分かりにくくなった)ことをもって「問題ない」「仕方ない」と考える経営者も少なからずおり、対応が中途半端で終了することも多く、「影響力を完全に排除する」ことの難しさを痛感します。
3.最近の暴排条例による勧告事例ほか
1) 愛知県の逮捕事例
愛知県警は、指定暴力団山口組系組幹部に用心棒代を支払ったとして、会社社長を愛知県暴排条例違反容疑で再逮捕しています。同社長は、名古屋市などの無料低額宿泊所でたばこを無許可販売していたとされる事件で7月に逮捕されており、捜査の過程で自ら経営する飲食店が暴力団に資金提供していた疑いが強まったということです。
2) 京都府の勧告事例
京都府公安委員会は、露天商が用心棒代を暴力団に渡したとして、京都府暴排条例に基づき、指定暴力団山口組二次団体の会長と、露天商の男3人に勧告しています。暴力団の活動資金になると知りながら、売上金870万円を渡したということです。なお、本事例は、昨年7月に京都府暴排条例が改正施行されてから、初めての勧告となります。
3) 山形県の指導措置事例
山形県警村山署は、東根市の暴力団幹部が労働者2人を不正に同市内の建設業者に供給し、賃金の一部を搾取していた事件に関係して、供給先となった建設業者に対し、山形県暴排条例に基づく指導措置として注意書を交付しています。暴力団から供給された労働者と知りながら同社が受け入れたことなどを「活動を助長し利益を供与した」と判断したとのことです。なお、山形県内での指導措置は3例目となります。
4) 暴力団対策法に基づく再発防止命令(兵庫県)
兵庫県公安委員会は、組員の脱退を繰り返し妨害する恐れがあるとして、指定暴力団山口組系組員の男に暴力団対策法に基づく再発防止命令を出しています。男は今年2月、脱退を申し出た組員を脅したとして中止命令を受けていますが、その後、昨年12月に別の組員の脱退も妨害したことが判明したということです。
また、同公安委員会は、別の組員の男が、明石市の5カ所の飲食店などに暴力団の威力を示して正月用の置物などの購入を求めたほか、市内の会社役員にも同様の行為をするなどしたとして、暴力的要求行為を繰り返す恐れがあるとして、暴力団対策法に基づく再発防止命令を出しています。