ロスマイニング トピックス
総合研究部 上席研究員(部長) 伊藤岳洋
従業員を起因とするロス(2)
皆さま、こんにちは。
本コラムは、消費者向けビジネス、とりわけ小売や飲食を中心とした業種にフォーカスした経営リスクに注目して隔月でお届けしております。
前回に引き続き、今回も従業員を起因とするロスについて考えてみたいと思います。
店長やスーパーバイザー、統括店長として、店舗運営のなかで「売る」ことは小売業に従事する者の本能そのものというか、楽しく熱中できる仕事です。売り込みたい商品を立地や客層に照らして仮説を立て、発注数量を決めます。エンドゴンドラやレジ前で迫力のある陳列をしようとか、POPも独自のものをイラスト入りで作ろうとか、こんな商品展開にすれば売れるだろうと成功を想像し販売体制の準備をします。他店や平均販売数と比べて自店が数倍の販売を記録しようものなら、その優越感たるものや自信や成功体験として脳に刻まれます。一方で、棚卸しのロスや現金紛失など管理面での非常事態が起こると、優先して取り組まなければならないと認識するものの、面倒な気持ちと原因究明に時間がかかり家に帰れないとの気持ちが反射的に交錯することがあります。ロスや不正の原因追求は、店長やスーパーバイザー、統括店長にとって苦痛で尚且つ苦手な業務と言っても過言ではありません。その理由は、解決するための知識や仕事の進め方が分からないことに他なりません。ロスや不正の解決、改善には相応のノウハウが必要です。しかも、それは現場の実務を通してでしか身につかないところが厄介です。実際には、経験豊かなゾーンマネージャーやエリアマネージャーなどが、そのようなノウハウを店長やスーパーバイザーなどに教えていくことになります。
商品や現金の窃盗や着服などの内部不正に絞って確認していきましょう。まずは、不正の手口を知っておかないといけません。従業員による内部不正は、よくいわれる不正のトライアングル、動機と機会、そして正当化という条件が揃ったときに起き易くなることが分かっています。機会ということでは、シフトや役割分担の関係で他の人の目がない時間帯やワークスケジュールが店舗運営のなかに点在しています。ましてや、食品を扱う小売業では身の回りに「ごちそう」が溢れています。腹がすいたという直接的な生理的欲求も十分に動機になり得るのです。そして、不正は大概小さなルール違反から始まり、最後はお金に手を出すというパターンがお決まりです。たとえば、コンビニエンス・ストアやスーパーマーケットであれば、販売期限を迎えて売り場から撤去したおにぎりやデザートなどの食品を食べることから始まります。撤去した商品は、品質的にはまだ十分に食べられますが、廃棄するとルール化されている小売業が多いでしょう。「もったいない」とか「どうせ捨てる商品だから」と勝手に理由をつけて正当化することによって、「誰も見ていない」という機会をものにして、食べるという不正を働きます。最初は、バレないかドキドキしながらこっそり食べますが、バレずに過ごすとだんだんエスカレートしていきます。わざと売れ残るように陳列を操作したり、販売期限が切れていないのに売り場から撤去したりします。このような不正は、深夜や早朝で発生するケースが多く、防止するには記録と現物の照合を他のシフトリーダーや責任者が行うのも一手です。ストア・コンピュータなどに廃棄登録したリストと商品の現物を突合させてから処分するルールにします。先のような不正が疑われる場合は、そのシフトの前にゴミを処分しておき、シフト後にゴミをチェックするというのが調査の初歩です。不正者が油断していれば、簡単に現物を押さえることができます。余談ですが、店内や倉庫の商品を盗む手口としては、ゴミ袋に入れてゴミの搬出を装う方法もあります。私物の持込が制限されていても簡単に商品を店外に持ち出せる方法です。こうなるとかなり悪質です。
廃棄商品の次に正規商品、そして最後にお金の窃盗とエスカレートしていくことは、先に触れたとおりです。お金の窃盗の場合は、窃盗自体が発覚しにくいケースと発覚してもよいというあからさまなケースがあります。前者ですと、レジのオペレーションの際にお金を着服する場合が多いです。架空の返金登録や精算中止、レジマイナスなど登録の取り消しによる着服が挙げられますが、こちらは記録が残りますので、不自然にこのような操作が多い場合は、不正が疑われます。レジ操作で記録が残らない不正としては、商品のスキャンをせずに商品を販売したことにしてお客様として会計している友人や家族に渡すといういわゆる「レジスルー」や単品や小口の買い物の代金をおつりのないちょうどの金額をお客様が出してレシートを受け取らない場合(新聞やたばこの1個買いなど)にレジの会計操作を途中でクリアして現金を着服する方法が挙げられます。いずれもレジに記録が残らず、現金勘定は合いますので(商品がなくなっている棚卸し減耗としてのロスとなります)、すぐには発見が困難な不正と言えます。
現金の窃盗で発覚を恐れない事案もあります。よく起こるのは、レジ内の1万円札(万券札)が規程以上の枚数に達した場合に金庫などへ移し変える際に盗まれるケースやおつり用現金(予備金)が盗まれるケースです。いずれも、ルールや防犯カメラの死角を熟知している従業員がその知識を悪用していると言ってよいでしょう。それらの現金を含めてレジ点検などの勘定確認をすれば発覚します。ある程度、犯行可能な従業員の範囲は絞れますが、決定的証拠に欠けるケースが多く、究明がお蔵入りすることも少なくありません。悪質な場合は、防犯カメラの作動を停止して犯行に及び、事後に録画を再開させるケースもあります。
原因究明の調査では、まずは状況証拠を収集します。現金が揃っていた一番直近の時点を特定して、盗難発覚までの間の現金の出し入れの状況とその作業者が誰なのかを把握します。当然、店内の防犯カメラの映像も確認します。映像は窃盗の決定的な証拠になり得ますが、特に内部不正はこれで解決するほど単純ではありません。レジの手元や万券投入用の金庫の投入口が、防犯カメラのセッティングや角度に問題があり、映っていない場合が少なくありません。また、金庫の投入口をしっかり映していても盗まれるケースがあります。回収した万券入りの回収袋をレジ横やバックカウンターなどに一旦置いてしまうと、手元などはほとんど映像では確認できません。本来、回収した万券は、すぐに金庫へ投入することがルールで決まっています。お客様対応であったとしても「申し訳ございません。少々おまちくださいませ」とお断りしてから現金管理を優先させるべきです。万券回収は、レジに作業者を登録して行いますので、ルールを逆手に取った犯行は直接の責任が及びにくいという背景があります。なかには、盗難ではなく回収した現金を誤ってゴミ箱に投入するケースもあり、責任者が真っ先に確認しなければなりません。それを確認しないまま、盗難事件として誰かに疑いを掛けるとおかしな事態に発展してしまいます。
映像やシステムの記録などの状況を十分に把握したうえで、関係者のヒアリングを実施します。事実誤認や決め付けは、もっての外です。ヒアリングする際にも、疑っているような態度や口ぶりは厳禁です。「現金紛失が発生し、調査に協力して欲しい。紛失した時間帯に勤務するスタッフ全員にお願いしている」と前置きして、「ヒアリングを受けたことによって知り得た情報について、第三者に開示、漏洩など行わない」などの守秘義務を徹底し、さらに「申告者探しをしない」、「報復行為を禁止する」などヒアリング対象者の心理的負荷を軽減することが必要です。なにか知っていた場合、重要な情報がもたらされる可能性があります。逆に、疑っているような態度や口ぶりで「取調べ」のように感じられると、善良な未成年のスタッフの親御さんからクレームを頂くような事態にもなります。そうなると調査に大きな支障をきたしてしまいます。善良でない場合においても、疑いを逆手に利用されると見極めが困難になります。尚、ヒアリングの際には録音しておくことをお勧めいたしますし、先方(ヒアリングを受ける方)が録音している可能性を前提にした方が無難です。
状況証拠から犯行の疑いがある場合でも、ヒアリングの入り口では同様の配慮をすべきでしょう。このような場合は、詳細な状況や客観的事実をもとに丁寧に確認していきます。実際に盗んでいた場合、犯行自体を単純に否定していても状況の確認を重ねることで、辻褄が合わなくなることも往々にしてあります。
事例をひとつご紹介します。金庫から予備金の20万円が盗まれた事案です。状況把握の結果、22時から翌13時までの間に金庫内の現金が盗まれたものでした。通常のルールでは、金庫の鍵は店長と副店長のみ所持しており、金庫内の現金を扱えるのはその2人だけのはずでした。ところが、その店舗だけのローカル・ルールが横行し、レジ内に鍵を保管しシフトのスタッフ全てが金庫内の現金を扱える状態でした(ローカル・ルールの主な理由は、責任者が不在時でも両替ができるようにして、責任者の負担を軽くするというものでした)。したがって、犯行が可能なスタッフは深夜の2名を含む合計7名に上りました。調査初期の段階では、誰一人として容疑から外れることはありませんでしたが、エビデンスを収集していくと、防犯カメラ映像の一部に録画されていない時間帯が8分間あることを見つけました。深夜アルバイトのハーフと呼ばれるシフト勤務者が退勤した後の2時半頃だったと思います。この時点で決定的とは言えませんが、深夜の通し勤務のスタッフへの疑いが濃くなりました。ただし、防犯カメラ映像のある時間帯の金庫の開錠でも手元の詳細までは映っていないので、現金を盗んでいるか否かまでの判断は映像ではできません。そこで、22時から13時までの間のレジの万券の動き(入りと両替の出によるレジ内の理論上の枚数の動き)を詳細に洗い出しました。すると、上記時間帯に理論上の万券がないにもかかわらず、両替操作があったものが1箇所だけあることが分かりました(レジ内に金庫の鍵が保管してあり、携帯しない限り金庫開錠には両替操作が必要です)。しかも、映像のない2時半位の時間と一致しています。疑いは限りなくクロですが、状況証拠に過ぎず、盗んだという決定的証拠はありません。そこで、当該スタッフへのヒアリングを行うわけですが、敢えて他のスタッフから実施して犯人に疑いの目が向けられていることを意識させないように進めました。当然、こちらが掴んでいる情報は明かしません。映像がない時間帯の把握についても同様です。また、ヒアリング対象者は当該時間帯のスタッフ全員にしていることや申告内容の守秘義務について強調し、むしろ怪しい動きや怪しい人を教えて欲しいという印象を与えながら話をしました。日常の働き振りなど周辺情報のヒアリングから始めましたが、犯人が妙に饒舌だったこともよく覚えています。ハーフのスタッフの当日の動きなどを確認しながら、核心の両替操作について慎重に確認していきました。犯人は万券両替のため金庫を開けたと話しました。何度もそのことを違う角度から確認し、間違いないことを言質として取りました。それ以外に犯人が実施した両替操作はないので、勘違いという言い逃れはできません。確認に確認を重ねた上で、両替操作をした時間のレジ内に万券が存在しない証拠の帳票を突きつけました。狼狽は隠せません。この段階でヒアリングから取り調べにギヤチェンジしています。嘘をついたことが決定打となり、その後の攻防はあったものの、結局は犯行を認めるに至りました。
初期調査で徹底的に状況を把握して、エビデンスをもとに慎重にヒアリングを進めることで、ヒアリングにおける証言の綻びを引き出すことができます。決定打が引き出せるかは、時の運もあることは否定しませんが、成功の確率を高める準備とヒアリングの手法があることも事実です。そのような事態に陥らないための教育や運営が重要であることは言うまでもありません。
注目トピックス
ICタグ普及、人手不足が促進
深刻な人手不足を背景に、情報を無線で読み取るICタグの活用が進んでいます。従来はICタグの価格(1枚、10円~20円)が、普及の壁でしたが、値下がりで効率化の利点が上回りつつあります。伸び悩んでいた市場が一気に動き出す可能性があります。活用のフィールドは、先行して導入が進んでいるアパレル業界やドラッグストア業界(高額薬品を中心に)以外にも広がってきています。大阪国立がんセンターでは、手術室で使う約5万点の医療用消耗品にICタグを貼って試験運用を始めました。これまでは、看護師が手書きリストを基に手術に必要な消耗品を2人一組になって、倉庫で集めて間違いがないように確認していました。それが、ICタグで在庫のありかがすぐにわかり、集めた消耗品を読み取り機にかければ済むようになりました。作業時間は、従来の70分から10分ほどに短縮したそうです。病院は看護師や職員の確保に悩んでいます。検品作業を効率化できれば、看護師の数が同じでも、患者対応など医療本来の業務に時間を使えるようになります。また、航空業界でも整備士の確保が課題であり、航空機整備でICタグが活用されるようになりました。部品の交換時期や備品の保管状況を一元管理できるシステム(エアバスと富士通が共同開発)です。1機あたり100万点の部品のうち、3,000点あまりを対象に管理しています。
先行している業界では、ファーストリテーリングが10月に本格的に自動化した有明倉庫でICタグを使って自動検品などを導入して人員を9割削減しました。店舗では、ユニクロとGUのほぼ全商品にICタグを付け、一部の店舗に設置したセルフレジで精算時間を従来の3分の1まで短縮しています。
また、コンビニ業界では、経済産業省とファミリーマートなどが連携して、お客様が自分で会計する無人レジの実証実験のなかでICタグを活用します。
▼電子タグを用いたサプライチェーン情報共有システムの実験を行います~サプライチェーンに内在する社会課題の解決に向けて~
価格情報などを搭載したICタグを貼り付けた商品を陳列し、お客様が買物カゴに入れた商品を買物カゴごと機械にかざすだけで即時に会計を終えることができます。支払いは、電子マネーやクレジットカード、現金でも決済できます。
この実証実験は、経済産業省とコンビニ各社が共同宣言した「コンビニ電子タグ」1000億枚宣言」に基づき、レジ会計だけでなく、電子タグから取得した情報をサプライチェーンで共有します。一つひとつの商品に貼付された電子タグをRFID(Radio Frequency Identification)技術を利用して読み取り、特定の商品が、いつ、どこに、何個あるのかといったサプライチェーンにおける在庫情報を可視化して、サプライチェーン各層の連携強化を目的としています。
実験協力店舗として、ファミリーマート経済産業省店、ローソン丸の内パークビル店、ミニストップ神田錦町3丁目店が参加するほか、メーカーではカルビー株式会社など7社が協力します。その他、ICタグ専用機器をつくる大日本印刷やパナソニックなど9社も参加します。実験用物流センターでICタグを取りつけた商品(店舗直送商品はメーカーでICタグを取りつけ)を店舗に運び、店員が棚に並べ、お客様がレジで会計するまでをチェックします。
ICタグを活用する業界が増え、需要と価格の面でICタグの普及の条件が整いつつある状況になっています。小売業界では、検品や販売期限の管理だけでなく、防犯面や棚卸しの効率化などにも期待があることを付け加えておきます。
無断キャンセル料の指針、全国飲食業生活衛生同業組合連合会
全国飲食業生活衛生同業組合連合会や弁護士などが「ノーショー(無断キャンセル)対策リポート」に、予約を入れながら連絡もなく来店しない「無断キャンセル」客に対して、損害賠償としてキャンセル料を請求する指針をまとめ、盛り込んでいます。議論には経済産業省や消費者庁なども参加しています。無断キャンセルは食材の廃棄などにつながり、店側の損失は国内で年間2,000億円に及ぶという試算もあるようです。無断キャンセルの増加は、簡単にネット予約できることが背景にあり、主な要因のひとつとなっています。現状は、多くの飲食店が無断キャンセルに対して「泣き寝入り」していることも少なくありません。また、食材の廃棄だけでなく、空いた席を転用できないことからチャンスロスの二次被害も発生しており、店側の負担が大きいものです。
経済産業省や消費者庁の議論への参加の背景には、食品ロス削減の取り組みは、関係省庁がそれぞれの取り組みを連絡会議で共有して横断的に行なっていることがあります。たとえば、文部科学省は、いわゆる食育と学校給食の活用事業(モデル事業)に取り組んでいます。環境省、消費者庁、経済産業省なども密接に関係した取り組みを行っており、今回の取り組みもそのような動きの一環です。日本では、全体で2,800万トンの食品残さが発生しており、そのうち食品ロスが621万トン発生しています(2014年度)。国民1人が毎日おにぎり1個分の食品を捨てている計算になります。これは、国際機関による途上国への食料支援量の2倍にあたります。飲食業者では、端材を極力出さないメニュー間の利用や食材種類ごとの歩留まりを把握するなどの食材管理をしていくことが求められるなか、無断キャンセルの問題にようやく着手できたといえます。
指針の策定では、弁護士や経済産業省、消費者庁などが議論に参加し、法的な根拠を整理したといいます。予約時に注文や金額が確定していれば、契約が成立していると考えられます。契約が無断で破棄されれば、店側は調達した原材料の破棄や売上の減少といった損害を、債務不履行として賠償請求できると考えられます。一方で、席だけの予約では、契約内容が確定していない場合もありますが、故意や過失によって店側に損害を発生させたと考えることができます。つまり、不法行為にあたり、損害賠償の対象になり得るものです。しかしながら、これらのキャンセル料の請求には、店側の透明や運用も欠かせません。ホームページなどでキャンセル規程などを明示したうえで、予約時にも重ねて説明する、説明への同意を取り付けることが必要でしょう。それは、請求時のトラブルを避ける意味でも、また、無断キャンセルを抑止する意味においても重要です。予約の来店時期が迫ったタイミングで、ショートメッセージを使って、予約確認を徹底する動きも出ていました。
このような無断キャンセルを減らそうとする仕組みは、すでに宿泊業界では当たり前として、利用者側も捉えていると考えられます。一方で、飲食業界では消費者に身近なサービスとして、店側にも消費者側にもそこまでの意識がないのが現状です。今回の指針は、理不尽な被害を減らす意味でも、また、社会的な資源も無駄にしないでも意義があります。理不尽な損害は、回りまわってルールを守っている利用者が負担することになります。消費者側にもその意識が欠かせず、社会的な合意となされるべきでしょう。今後も業界として結束して、消費者側にも丁寧に指針の浸透を働きかける取り組みを継続することが必要です。
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