天災は、忘れぬうちにやってくる!これから始めるBCP
総合研究部 専門研究員 大越 聡
最近、「BCPを作っているのだが、災害時に機能するのか不安だ」「毎年訓練をやっているのだが、本当に災害があった時には役に立たない気がする」などの問い合わせをいただくことが多い。東日本大震災から10年が経過する今年、改めて「機能するBCPとはどのようなものか」について考えてみたい。
(1)BCPをいつ作ったのか、確認してみよう
2011年に日本列島に甚大な被害を与えた東日本大震災。筆者の知る中では、東日本大震災より前にBCPを策定していた企業は非常に少なく、当時BCPを策定していた企業であっても東日本大震災を機に大きく改定している企業が多い。
もちろん、それには理由がある。政府の災害予測が東日本大震災によって大きく変化したからだ。震災を機に、政府は「1000年に1回発生する可能性のある最悪の事態」を想定し、2012年12月に南海トラフ地震被害新想定を、2013年12月に首都直下地震被害新想定を策定した。企業のBCPも東日本大震災を契機に策定や見直しを図り、2013年~14年ごろに完成したBCPが多い印象だ。そして大きな問題は、その当時策定したBCPからほとんど見直しができていない点にある。
スマートフォンを初めとしたICT技術は日進月歩で進化している。特に新型コロナウイルスの影響で普及したZOOMを初めとしたテレビ会議システムなどは、当時から見たら考えられない技術だろう。ちなみに筆者がスマートフォンを初めて持ったのは2014年。当時は今でいう「ガラケー」を使っている人もまだ多かった。現在でも、安否確認システムのメールアドレスに「携帯でも受信できるキャリアメールを記載する」ように促しているBCPもあり、隔世の感がある。さらに、現在ではメールよりもLINEなどのビジネスチャットで情報共有を図っている企業もすくなくないのではないだろうか。
ほかにも、メーカーの工場などで活用する工作機械やそれに付随するマニュアルなども毎年のように更新されていることだろう。2010年代前半に策定したBCPでは、すでに大きく時代遅れになっている可能性が高いのだ。
(2)訓練の内容がいつから変わっていないか、確認してみよう
BCPを策定し、まず実施するのが訓練だ。おそらくBCPを策定した当時は様々な議論を経つつ、まずは初動中心の訓練となることは自然の流れだ。しかし、本来であれば訓練もBCP同様進化しなければいけない。初動の確認が終わったら、通信の訓練や燃料補給の訓練を。システムや情報共有の仕方が変わったのであれば、それに災害時を想定してどのくらい活用できるか実験してみる訓練など、やらなければいけないことは多いはずだ。
ただし、これは企業側も少し気の毒に思う部分が多い。おそらく最初にBCPを策定した担当者で、現在まで同じ業務を行っている人は少ないだろう。BCPを策定した当初、訓練を開始した当初であれば初動中心の訓練で問題はなく、担当者としては今後少しずつ進化させていく腹積もりであったはずだ。それが異動や定年退職などで思いが途切れてしまい、新しい担当者も何をしていいのか分からずに前年を踏襲する・・という循環に入ってしまうことは容易に想像がつく。
このようなことは企業だけでなく自治体などあらゆる組織のリスクマネジメント部門全般にいえることでもあり、リスクマネジメントの専門人材の育成が望まれる。
(3)社会(法律)の変化に対応しているか、確認してみよう
2010年代前半に比べて、大きく変化したのはICT技術だけではない。実は政府の地震に対する法律も、ここ数年で大きな変化を遂げている。
政府の中央防災会議が2016年に設置した「南海トラフ沿いの地震観測・評価に基づく防災対策検討WG」の報告で、「現時点において、地震の発生時期や場所・規模を確度高く予測する科学的に確立した手法はない」と報告された。その報告を受け、内閣府では2019年3月に「南海トラフ地震の多様な発生形態に備えた防災対応検討ガイドライン」を発表。同時に、それまで地震の予知を前提とした「大規模地震対策特別措置法」(大震法)が大きく修正されている。これについては2019年に「SPNの眼」に執筆しているのでご確認いただきたい。
▼「巨大地震警戒」の臨時情報とは?~「地震は予知できない」を前提とした国の対策を知ろう~
▼南海トラフ地震「巨大地震警戒」と「巨大地震注意」の臨時情報。企業はどのように対応する?
大震法に関しては少し解説が必要だ。同法は1978年に施行した法律で、当時は科学的に「東海地震は事前予知ができる」とされ、同法に基づき「地震防災対策強化地域判定会」が翌年に成立。通称「判定会」が判定した予知に基づき、地震発生前に政府に災害対策本部が設置され、様々な対応をすることを規定した法律だった。実際に、大震法を根拠にして企業も動くように規定されたBCPも少なくない。
現在では、政府は南海トラフ地震が発生した後に「南海トラフ地震に関する評価検討会」を開催し、状況を評価したうえで「巨大地震警戒」もしくは「巨大地震注意」の臨時情報を発表する仕組みになっている。
ところが、国の災害対策においてこれほど大きな方針転換があったにもかかわらず、BCPに反映している企業はほとんどない。少なくとも、私は見たことがない。政府や識者の発信不足もあるだろとはいえ、非常に心もとない状況といえるだろう。政府が「巨大地震警戒」「巨大地震注意」を発したとき、企業はどのように対応しなければいけないのか。これはBCP担当者が今すぐに検討しなければいけない事項の一つだ。
未来を書き換えるために
地震の揺れにより、約62.7万棟~約134.6万棟が全壊する。これに伴い、約3.8万人~約5.9万人の死者が発生する。また、建物倒壊に伴い救助を要する人が約14.1万人~約24.3万人発生する。
津波により、約13.2万棟~約16.9万棟が全壊する。これに伴い、約11.7万人~約22.4万人の死者が発生する。また、津波浸水に伴い救助を要する人が約2.6万人~約3.5万人発生する。
延焼火災を含む大規模な火災により、約4.7万棟~約75万棟が焼失する。これに伴い、約2.6千人~約2.2万人の死者が発生する。
これは内閣府が平成25年3月に発表した「南海トラフ巨大地震の被害想定について (第二次報告)」から「発災直後の様相」を抜粋したものだ。BCPを含む私たちの活動は、この被害想定を少しずつ良い方向に「未来を書き換える」作業といっていいだろう。BCP担当者の皆様は、東日本大震災から10年目を迎える今、自分たちのBCPはあの時からどのくらい進化しているのか、考えてみるいい機会なのではないだろうか。
(了)