天災は、忘れぬうちにやってくる!これから始めるBCP
総合研究部 専門研究員 大越 聡
富士山噴火に備えよ!企業に求められるBCPとは?(後編)
前回の本稿では、富士山が噴火した場合には都内にどのような被害が発生するのか、内閣府防災WGの資料などを元に検討した。
本稿では、企業が実際にどのようにBCPを策定したらよいのか、ポイントを考察していきたい。
最も恐ろしいのは平日日中に噴火した場合。事前計画を立てておこう。
江戸時代の1707年12月16日に発生した宝永噴火では、当時の記録が多く残っている。記録によれば、まず噴火のはじまるおよそ1カ月半前の10月28日、推定マグニチュード8.6-9クラスとされる宝永地震が発生している。この地震は遠州灘を震源とする、いわゆる南海トラフ巨大地震で、被害は東海道から四国まで広範囲に及び、死者2万人以上、倒壊家屋6万戸、津波による倒壊家屋2万戸と推定されている大規模地震であった。その後、度々の余震が発生していることが分かっている。
そのような状況のなか、噴火前日の12月15日にはマグニチュード4から5の比較的強めの地震が富士山周辺で数十回発生し、翌16日午前10時ころ、富士山の斜面から白い雲のようなものが発生し、次第に大きくなった。これが噴火の始まりであったという。当日は大量の降灰により、昼過ぎから江戸でも暗くなりはじめ、降灰が始まった。初めは白い灰であったが夕方には黒い灰に変わっていたことが当時の多くの文献で指摘されている。その後約2週間にわたって噴火が続き、12月31日に最後の大きな爆発を起こした後に噴火は沈静化したといわれている。
次回も同様なことが発生するかどうかはもちろん分からないが、仮にある日、富士山周辺で強めの地震が数十回発生するようなことがあれば、まず噴火は近いと考えて企業は速やかにBCPを発動し、従業員をテレワークなどに移行することが重要だ。なぜなら、最も恐ろしい事態は平日日中に噴火が発生し、2-3時間後から火山灰が首都圏に降り注ぎ始める事態だからだ。電車などの公共交通機関は0.2mの降灰でも運航が不可能になり、多くの帰宅困難者が発生する。噴火BCPも、水害等の場合と同様、兆候を捉えて、早めにアクションを起こすことが重要だ。BCPにおいて、富士山噴火については、周辺地域での数回の地震を基準として発動されるように整備・明確化しておく必要がある。
火山灰は前回の連載でも記述したようにガラス質成分が含まれるため、目や気管支に甚大な健康被害を与える可能性が高い。また、乾燥していれば大気中に何度も舞い上がるほか、車の走行によっても舞い上がる。火山灰が降り注ぐ中、徒歩で帰宅するのは、ゴーグルやN95マスク、少なくとも不織布マスクを何重にも重ねた上でなければ健康上、大きな危険が伴う。すなわち、火山灰が降り注ぐなかでの帰宅は、企業の安全配慮義務の観点からも実施させるべきではないのだ。
理想的なのは、富士山周辺で多くの地震が観測された場合には降灰範囲外に避難してしまうことだが、それもご高齢の家族がいたりした場合は難しいだろう。降灰エリアは、風向きや風の強さによっても違いが出てくることから、噴火活動が活発化している時点で、気象情報についても留意が必要になる。したがって、しっかりと備蓄をしたうえで、基本的には自宅の窓に目張りをするなどして個人個人が降灰に備えることが重要となる。後に述べるが、代替拠点を設けている企業は速やかに代替拠点に本社機能を移転することも検討したほうが良いだろう。
噴火対策BCPはスピード勝負!
予兆なくして平日昼間に富士山が噴火した場合はどうしたらいいのだろうか。非常に困難だが検討していきたい。まず、風向きによって2~3時間で東京に灰が降り始める可能性が高いため、会社の近くに居住する従業員には一刻も早く帰宅を促すという選択肢もある。交通公共機関は大量の人混みで遅れる可能性が高いため、徒歩で2~3時間で帰れる範囲(およそ10km圏内)の従業員は即座に帰宅を開始させることで、会社にある備蓄を残った従業員に活用でき、より長期間の会社での避難生活が可能になる可能性もある。富士山噴火対策BCPは噴火が始まってからの判断のスピードが勝負の分かれ道となるだろう。噴火が始まってから議論するのでは遅い。今から議論しておくべきポイントの1つだ。
もちろん、1週間程度の備蓄をしている企業では、無理をせずに従業員をとどまらせるという選択肢もある。最悪、宝永噴火の時のように2週間の避難生活になるとして、3日分の備蓄を切り詰めて2週間生活することは難しいかもしれないが、1週間分の備蓄があれば、切り詰めれば2週間を乗り切ることは可能だろう。火山灰は、雨が降るとアスファルトのように固まる性質をもつので、水で流すという除去・掃除等も容易ではなく、通常の状況に戻るまでには、結構時間がかかることに留意しなければならない。地震対策としても備蓄を1週間分完備している企業もある。噴火対策と合わせて検討するのが望ましいだろう。そのような状況も踏まえ、参考までに備蓄について必要なものを挙げてみる。
<地震対策と併用して活用できる備蓄>
- 従業員分の水(飲料用と生活用のためには、一人当たり一日3リットルが目安)
- 従業員分の食物
- 缶切及び紙製(またはプラスチック製)食器
- カセットコンロ及びガスボンベ
- ラジオ(乾電池型、手巻充電型)と予備乾電池
- ヘッドランプ(1人1個)
- 救急箱
- 笛(救助を求めるためのもの1人1個)
- 作業用防具類(ヘルメット、防塵マスク、アイガード、作業用手袋など)
- 衛生用具類(ウェットティッシュ、トイレットペーパーなど)
- 簡易トイレ(1人1日8回が目安)
- 工具類(ペンチ、ハンマー、遮断レンチ、シャベル、てこ用棒など)
- 文具類(鉛筆、マジックペン(数色)、ノートなど)
- 蓋付きポリバケツ、ゴミ袋、ほうき
- ビニールシート及びテープ(部屋を閉じるため)
- ブルーシート
- 毛布(可能ならば、簡易ベッドやマットなどもあるとよい)
- 現金(電話用の小銭も含む)、キャッシュカード、クレジットカード(停電により、ATM が利用不可な状況などに備えるため)
- 連絡先リスト(従業員、警察、消防等の公益事業会社などの緊急サービスなど)
(中小企業HPの「災害対応用具チェックリスト」を著者改変)
<火山噴火BCPに特有の備蓄>
- 水・食料などの備蓄1週間分
- ゴーグル(少しの時間でも外出する場合は必ず着用するようにする)
- N95マスク(上同。不織布マスクの場合は、最低2-3枚を重ねて利用する)
- レインコート(上同。火山灰が肌に直接つかないようにする。軽く払えば灰が落ちる)
- 大きめのごみ袋(事業所周辺のごみの収集のため)
- ラップ類(PCなどを火山灰から保護するため)
- ランタン(停電が発生した場合、火山灰で昼間も夜のように暗くなる可能性がある)
- 窓や換気扇を目張りするためのガムテープやダクトテープ
噴火が沈静化したその後はどうするか。代替拠点の重要性
1707年の宝永噴火では、堆積した火山灰とそれに埋没した畑土をほぼその場で上下に入れ替える「天地返し」が行われたという。今、富士山が噴火した場合、内閣府のWGでは最悪で4.9憶立方メートルの火山灰が降り注ぐことが算出されている。これは、東日本大震災の災害廃棄物の約10倍、平成7年間の1年間に全国で発生した建設発生土とほぼ同量だ。東日本大震災の災害廃棄物は、3年の時間を費やして約9割が処理された。おそらく、首都圏が富士山噴火から首都機能を回復するには半年から1年はかかるとみるのが妥当だろう。
また、前回も指摘したように最悪の場合、溶岩流が東名高速や東海道新幹線を分断してしまうため、噴火が発生してからの大規模な事務所移転も難しいと考えられる。このような状況を踏まえて有効なのは、やはり被害のない地域における代替拠点戦略だろう。同戦略は、首都直下地震などの地震対策としても非常に重要だ。地震対策と合わせ、検討しておくことが望ましい。
(以上)