天災は、忘れぬうちにやってくる!これから始めるBCP

海外危機管理を見直せ(前編)~日本人が巻き込まれた海外犯罪・トラブルと海外危機管理の基本

2023.10.24
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総合研究部 専門研究員 大越 聡

掌で小さな旅行者と飛行機を守るビジネスマン

※本稿は全3回の連載記事です。

ウクライナ情勢や台湾有事など、地政学リスクが増えている。一方で、新型コロナウイルスの脅威も一段落して経済の活性化を目指し、海外に販路を求める企業も少なくないだろう。本稿では、3回にわたってBCPの一環として海外出張者や駐在員における海外危機管理について考察する。

15世紀半ばから17世紀半ばまでのヨーロッパ人によるアフリカ・アジア・アメリカ大陸への大規模な航海が行われた「大航海時代」。スペインやポルトガルなどの列強国は、未開の土地に向けて必ず軍隊と医療団を伴ったという。現代において軍隊を伴う場合はごく少ないが(危険紛争地帯でビジネスをする場合は民間軍事隊を雇うケースもある)、やはり現地の犯罪情勢やテロなどの危険性を事前に把握しておくことは極めて重要だ。次に考えなければいけないのは、現地で病気にかかった際に十分な医療が受けられる準備だ。必ず保険に加入しておくことはもちろんのこと、現地で日本語が通じるプライベートホスピタル(私立病院)を事前に探しておくことも必要となるだろう。保険や医療に関しては次回以降に詳しく考察するが、今回はまず邦人を取りまく海外犯罪やトラブルを確認したい。

日本人が巻き込まれた海外犯罪・トラブル

2020年からの新型コロナウイルスの影響で、ここ3年ほどは日本人が巻き込まれた海外におけるテロ事件はほとんど発生していないが、2010年代中盤はイスラム過激派組織(ISIL)等によるテロ行為が多発し、法人も巻き込まれた事件が多発していた。今後、経済が活性化し、日本人がまた世界の様々な国に出張することになれば、また海外におけるテロリスクは高くなっていくことが考えられる。以下、主なものを振り返ってみたい。

2013年1月16日 在アルジェリア邦人に対するテロ事件

「血判部隊」とされる武装集団が,アルジェリア・ティガントゥリン地区にある天然ガス関連施設を襲撃し,作業員などを人質にして立て籠もり。アルジェリア軍部隊が1月19日までに制圧したが,邦人10人を含む多数が死亡

2015年1月24日 シリアにおける邦人殺害テロ事件

「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)が,拘束していた邦人2人のうちの1人を殺害したとみられる映像を発出

2015年2月1日 シリアにおける邦人殺害テロ事件

「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)が,拘束していた邦人2人のうち残る1人を殺害したとみられる映像を発出

2015年3月18日 チュニジアにおける博物館襲撃事件

武装集団が,チュニスの博物館を襲撃し,邦人3人を含む22人が死亡,邦人3人を含む44人が負傷

2015年9月21日 フィリピン南部・ミンダナオ島ダバオ市沖のサマル島で,武装集団がリゾート施設を襲撃した事件に関連し,邦人1人が負傷

2015年10月3日 バングラデシュ北西部・ロングプールで,武装集団の銃撃を受け,邦人1人が死亡

2016年3月22日 ベルギー・ブリュッセルにおける連続テロ事件

ベルギー・ブリュッセルの空港及び地下鉄駅で,爆発物が相次いで爆発し,32人が死亡,邦人2人を含む340人が負傷

2016年7月1日 バングラデシュ・ダッカにおける襲撃事件

武装集団が,バングラデシュ・ダッカのレストランを襲撃し,邦人7人を含む20人以上が死亡,邦人1人を含む多数が負傷

2017年5月31日 アフガニスタン首都カブールのドイツ大使館付近で自動車爆弾が爆発し,150人以上が死亡,在アフガニスタン日本大使館国大使館職員ら邦人2人を含む400人以上が負傷

(出典:▼公安調査庁「主な邦人被害テロ事件」

海外における犯罪被害・トラブルはテロ以外にも多岐にわたる。外務省の「2021年(令和3年)海外邦人援護統計」によると、2021年の海外邦人援護件数は17,669件。新型コロナウイルスの影響で前年より20%ほど下落しているが、コロナが発生していなかった2019年は20,295件、2020年は21,762件と毎年ほぼ20,000件前後で推移していた。

(出典:▼外務省「2021年(令和3年)海外邦人援護統計」

邦人援護件数・人数の推移のグラフ
(出典:2021年(令和3年)海外邦人援護統計)

地域別にみると、アジア圏がトップ。次いで欧州・北米と続く。

2021年海外邦人援護統計のグラフ
(出典:2021年(令和3年)海外邦人援護統計)

援護件数の多い在外公館上位20公館については、以下のように発表されている。

援護件数の多い在外公館上位20公館の表
※大使館、総領事館、領事事務所等のうち、援護件数の多い上位20公館を掲載。
(出典:2021年(令和3年)海外邦人援護統計)

フィリピン、インドネシア、タイ、韓国などアジア諸国での件数が多いことが分かる。外務省ではアジア地域に所在する在外公館については、「傷病」、「犯罪加害」および「困窮」などの援護案件が他の地域に比して特に多く発生しているとし、欧州地域に所在する在外公館においては、「窃盗被害」の援護案件が他地域よりも多く発生する傾向にあるという。また、北米地域に所在する在外公館では、「遺失・拾得物」の取扱いが他に地域に比べ多くなっている。

「傷病」についてもう少し詳しくみていくと、トップはアジア圏で1315人。2位の欧州の205人を大きく上回っている。「滞在形態」ではアジア圏の在留邦人で527人、短期滞在12人、不明776人と、およそ4割が在留邦人(海外駐在員なども含む)となり、他の地域でも同様の傾向にある。

「傷病」の性別・年齢別統計の表
(出典:2021年(令和3年)海外邦人援護統計)
事故・災害・事件等統計表2021年

海外における死亡案件を見てみると、合計で542件。そのうちの約8割が、傷病が原因で亡くなった人で、374人。高齢者の方を中心に、脳溢血や心筋梗塞で急に亡くなる方が多い。第2位が自殺案件だ。こちらは現地駐在員や出張者によるものが多いという。海外駐在員のメンタルヘルスケアも企業にとっては重要な課題となるだろう。

安全な海外旅行のための心得5箇条

外務省の「海外安全情報」ホームページでは、「安全な海外旅行のための心得5箇条」を公開している。海外出張・駐在員ともに基本となる部分でもあるので、よく読んでおきたい。以下、抜粋し掲載する。

1.現地の法律を守り、風俗や習慣を尊重すること。

旅行先では、その国の法律に従って行動しなければいけない。各国の法律は、その国にある宗教や文化等と密接に繋がっているため、日本では比較的軽い犯罪と見なされる行為であっても、国によっては信じ難いほど重い犯罪となることもある。旅行中は常に滞在国の法律を守り、風俗や習慣に配慮した行動をとるよう心がける。

特に薬物犯罪については、近年、多くの国が取締りを強化している。死刑を含めた厳罰でのぞむ国も珍しくない。実際、日本人が旅行中に軽い気持ちで薬物に手を出し、または、知人からの依頼を断りきれず「運び屋」となったことでその後の人生を台無しにするほどの重い刑罰を科せられた例もある。

海外における薬物犯罪については、以下のページを参照してほしい。

▼海外での薬物犯罪・違法薬物の利用・所持・運搬(外務省:海外安全情報ホームページ)

2.危険な場所には近づかないこと、夜間の外出は控えること。

一見、安全と思われる国・地域でも特定の場所や時間帯では、危険な場合がある。事前に渡航先の犯罪多発地域をチェックしておき、そうした場所には近づかないことが大切だ。また、不案内な外国では、夜間の外出には様々なトラブルがつきものとなる。特に夜間に少人数で外出することは、場所を問わず控えることをおすすめする。

3.多額の現金、貴重品は持ち歩かないこと。

一般に、日本人観光客はお金持ちで不用心という印象が流布している。路上や観光スポットで日本人をターゲットにしたスリや置き引きが各地で多発している。犯罪者に目を付けられないためには、ひと目で旅行者と分かる身なりは避け、万が一犯罪に遭遇しても最小限の被害ですむよう、外出時には多額の現金や貴重品は持ち歩かないようにする。

4.見知らぬ人を安易に信用しないこと。

日本人は外国では詐欺の格好のターゲットとされやすいといわれている。特に個人で旅行をする若年者が、見知らぬ人から自宅に誘われたり、飲食物をすすめられたりし、「いかさま賭博詐欺」や「睡眠薬強盗」の被害に遭った例は少なくない。見知らぬ人から親しげに声をかけられても、安易に信用することは禁物。

5.犯罪被害に遭ったら: 命が一番大事。

海外では、犯罪の多くに凶器が使用されている。また、犯罪者はグループで犯行に及ぶことが多く、一見単独行動に見えても近くに仲間がいることがある。万一、強盗等に遭った際に、犯人の要求に抵抗し犯人を刺激すると、凶器による暴行を引き起こす可能性が高まるため、生命の安全を第一に考え、犯人の要求に抵抗しない態度を示すことが必要。盗られたものはまた購入することができ、パスポートも再発行が可能なので、命を第一に考えて行動することが重要だ。

もしも海外でトラブルに遭遇したら

海外で日本人が事件・事故等のトラブルに遭遇したり、緊急入院したりした場合、まずは在外公館(日本大使館・総領事館)に連絡することをお勧めしたい。法律により制約されているものもあるが、海外にいる日本人にとって最高かつ最強の相談相手であることは間違いない。海外に行く場合は、必ず在外公館の連絡先を確認しておこう。日本側でも海外出張・駐在員がいく可能性のある在外公館の連絡先は把握しておきたい。外務省では以下のパンフレットも作成しているので、必ずチェックしておきたい。

▼海外で困ったら 大使館・総領事館のできること

在外公館で行っている案内・助言や支援等

  • 弁護士や通訳に関する情報の提供
  • 医療機関情報の提供
  • 緊急時等における御家族との連絡支援
  • 現地警察や保険会社への連絡に際する助言・支援
  • 緊急移送に関する助言・支援(現地での治療が不可能な場合)
  • 被害者等の御家族のパスポートの緊急発給要請
  • 領事面会(逮捕・拘禁された場合に、ご希望があれば)

制約があってできないこと

  • 病院との交渉、医療費・移送費の負担、支払い保証、立て替え
  • 犯罪の捜査、犯人の逮捕、取締り
  • 相手側との賠償交渉、など

海外危機管理は「ゴルゴ13」に学べ!

以上、今回は昨今の海外犯罪の発生状況や海外旅行における危機管理の基本について見てきたが、最後に海外危機管理を学ぶために国民的人気漫画「ゴルゴ13」を題材にした漫画と動画が外務省から公表されているので紹介しておく。漫画版は数年前に公開されてかなり話題になったものだが、現在は分かりやすく動画でも公開されている。非常によくできた内容なので、企業の危機管理担当者はぜひチェックして欲しい。

▼「ゴルゴ13の中堅・中小企業向け海外安全対策マニュアル」(外務省)

この動画の第2話に出てくるのが「たびレジ」の重要性だ。漫画内では、パキスタンに出張した会社員に、まずゴルゴ13は『「たびレジ」への登録はすんでいるのか』と問う。「たびレジ」は海外旅行者や赴任者に対して危機が発生した場合にメールで通知する非常に有効なツールで、海外危機管理の第一歩だ。今回は紹介に留めておくが、次回(12月号)は企業の危機管理担当者としての「たびレジ」の活用法などを詳しく解説する。

▼海外安全情報無料提供サービス「たびレジ」(外務省)

(了)

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