天災は、忘れぬうちにやってくる!これから始めるBCP

大地震の特徴を知り、「災害を正しく恐れる」ことが重要~大災害時における被害想定の考え方とBCP戦略について~

2024.06.25
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総合研究部 専門研究員 大越 聡

はじめに

今後30年間の間に、発生する確率が70~80%といわれる南海トラフ巨大地震や首都直下地震。企業にとってBCP(事業継続計画)の策定と日々のブラッシュアップは重要な経営課題といえる。災害対応の基本は「予測」「予防」「対応」と言われる。まずは大前提となる政府や自治体の「予測」を分析することで「災害を正しく恐れる」ことが可能となる。もう1つのポイントとして、災害にはそれぞれ「特徴がある」ということが挙げられる。例えば首都直下地震と南海トラフ地震でもその特徴は異なり、それぞれに合わせた復旧戦略を策定することが必要だ。本稿では大地震における政府の被害想定を明らかにするとともに、その特徴と戦略を考察する。

首都直下地震等による東京都の被害想定について

1.首都直下地震とは

南関東地域のいずれかを震源として発生するマグニチュード7クラスの大規模な内陸直下型地震。今後30年以内に発生する確率は70%といわれている。政府や東京都では、その中でも首都中枢機能への影響が最も大きい「都心南部直下地震」(マグニチュード7.3)を想定し、対策を施している。

首都直下地震による震度分布図
<首都直下地震による震度分布図(出典:内閣府防災)>
地震の断層位置の図
<内閣府で検討対象とした地震の断層位置(出典:内閣府防災)>

2.首都直下地震の特徴

前述した通り、熊本地震と同じく「内陸直下型地震」であることが大きな特徴。江東区や江戸川区、荒川区などで震度7が観測され、区部の6割が震度6強の揺れに見舞われて首都圏では甚大な被害が発生する一方で、その範囲は局所的なものであり、東海・西日本エリアや東日本エリアにはほとんど被害が発生しない。BCP戦略としては名古屋・大阪などの拠点への代替拠点戦略が有効となる。ただし、我が国の経済は「東京1カ所集中」と呼ばれる通り、首都機能がマヒした場合の経済的影響力は非常に大きく、最大で約95兆円の経済的損失(建物被害47兆円、生産・サービスの低下48兆円)が見込まれる。

3.被害想定の概要

首都直下地震では最も大きな被害として関東大震災と同じく「火災」を考慮している。そのため、最悪の被害想定は最も火災が発生しやすい「冬の夕方18時」を想定シーンとしている。

  1. 地震の揺れによる被害
    1. 揺れによる全壊家屋:約175000棟 建物倒壊による死者:最大 約11000人
    2. 揺れによる建物被害に伴う要救助者:最大 約72000人
  2. 市街地火災の多発と延焼
    1. 焼失:最大 約412000棟、建物倒壊等と合わせ最大 約610000棟
    2. 死者:最大 約 16000人、建物倒壊等と合わせ最大 約 23000人
  3. インフラ・ライフライン等の被害と様相
    1. 電力:発災直後は約5割の地域で停電。1週間以上不安定な状況が続く。
      ただし、都心3区(中央区、千代田区、港区)については社会的影響を考慮して災害発生の翌日以降優先的に電力供給が再開される。その他の地域では計画停電が行われる可能性がある。
      配電設備被害による停電率の図
      <首都直下地震等による東京の被害想定報告書(出典:東京都防災会議)>
    2. 通信:固定電話・携帯電話とも、輻輳のため、9割の通話規制が1日以上継続。メールは遅配が生じる可能性。インターネットについては、ビルや電柱が破壊され、通信ケーブルや基地局が被災した地域では使用できなくなる。また、停電が発生した地域ではルーターなどの通信機器が使えなくなり、インターネットも使えなくなる。
    3. 上下水道:都区部で約5割が断水。約1割で下水道の使用ができない。
      断水率の図
      <首都直下地震等による東京の被害想定報告書(出典:東京都防災会議)>
    4. 交通:地下鉄は1週間、私鉄・在来線は1か月程度、開通までに時間を要する可能性。主要路線の道路啓開には、少なくとも1~2日を要し、その後、緊急交通路として使用。都区部の一般道はガレキによる狭小、放置車両等の発生で深刻な交通麻痺が発生。また、以下のように震度6弱以上の地震が発生した場合には状況に応じて交通規制を敷くことがある。
      交通網の図
      首都直下地震発生時等における交通規制について
      <首都直下地震発生時等における交通規制について(出典:警視庁ホームページ)>
    5. 港湾:非耐震岸壁では、多くの施設で機能が確保できなくなり、復旧には数か月を要する。
    6. 燃料:油槽所・製油所において備蓄はあるものの、タンクローリーの不足、深刻な交通渋滞等により、非常用発電用の重油を含め、軽油、ガソリン等の消費者への供給が困難となる。

4.その他の被害想定

  • 帰宅困難者については昼12時に最大となり、その合計は約450万人と推定される。ターミナル別にみると東京駅に約43万5千人、新宿駅に約40万人。
  • 避難所などに収容される避難者数は最大で約300万人
  • エレベーター閉じ込め件数は最大で2万2千台

南海トラフ地震における被害想定

1.南海トラフ地震とは

駿河湾から遠州灘、熊野灘、紀伊半島の南側の海域及び土佐湾を経て日向灘沖までのフィリピン海プレート及びユーラシアプレートが接する海底の溝状の地形を形成する区域を「南海トラフ」という。今後30年以内に発生する確率は70~80%と、首都直下地震を上回る。

南海トラフ沿いのプレートの図

この南海トラフ沿いのプレート境界では、①フィリピン海プレートが陸側のユーラシアプレートの下に1年あたり数cmの速度で沈み込んでいる。②その際、プレートの境界が強く固着して、陸側のプレートが地下に引きずり込まれ、ひずみが蓄積される。③陸側のプレートが引きずり込みに耐えられなくなり、限界に達して跳ね上がることで発生する地震が「南海トラフ地震」と呼ばれる。①→②→③の状態が繰り返されるため、南海トラフ地震は繰り返し発生する。

南海トラフ地震の発生メカニズムの概念図
<南海トラフ地震とは(出典:気象庁ホームページ)>

2.南海トラフ地震の特徴

南海トラフ地震は東日本大震災と同じく「海溝型プレート」により発生する地震であることから、非常に広範囲にわたって被害が発生する。静岡県以西から四国、九州にかけて津波などにより甚大な被害が発生する。ただし、下の図を見てもわかる通り東京都内でごく一部に最大震度6弱が発生するものの、ほぼ最大震度5強以下となっている。東日本大震災の時の東京の最大震度は5強だったことから、東京都内は東日本大震災の時と同程度の被害が発生するものと考えられる。すなわち、発災当日はある程度混乱し、帰宅困難者等は発生するものの、長期間にわたる致命的な被害は発生しないと考えてよい。BCP戦略としては、東京本社が中心となり、発災翌日以降は広範囲にわたる拠点の復旧をサポートすることが考えられる。

震度階級の図
<南海トラフ地震について(出典:気象庁ホームページ)>
南海トラフ地震による震度分布図
<東京都内の南海トラフ地震による震度分布図(出典:南海トラフ巨大地震等による東京の被害想定について)>

3.都内における津波の可能性について

南海トラフ地震においては、東京都内も津波の河川への遡上などにより3m以下の津波が発生する可能性がある。(※首都直下地震でも1m以下の津波が想定されている)

東京湾最大津波高の図
<東京都内の南海トラフ地震による震度分布図(出典:南海トラフ巨大地震等による東京の被害想定について)>

4.南海トラフの全国での被害想定

  1. 沿岸部には最大で30mを超える津波が発生するなど、様々な原因で犠牲者は最大で約32万人。経済被害は220兆円超。地震発生から1週間で、避難所や親戚の家などに避難する人の数は最大で950万人。
  2. インフラ・ライフラインの被害予想
    1. 上水道
      • 被災直後で、最大約3,440万人が断水し、東海三県の約6~8割、近畿三府県の約4~6割、山陽三県の約2~5割、四国の約7~9割、九州二県の約9割が断水すると想定される。
    2. 下水道
      • 被災直後で、最大約3,210万人が利用困難となり、東海三県の約9割、近畿三府県の約9割、山陽三県の約3~7割、四国の約9割、九州二県の約9割が利用困難となると想定される。
    3. 電力
      • 被災直後で、最大約2,710万軒が停電し、東海三県の約9割、近畿三府県の約9割、山陽三県の約3~7割、四国の約9割、九州二県の約9割で停電すると想定される。
    4. 通信
      • 被災直後で、固定電話は、最大約930万回線が通話できなくなり、東海三県で約9割、近畿三府県で約9割、山陽三県で約3~6割、四国で約9割、九州二県で約9割の通話支障が想定される。
      • 携帯電話は、基地局の非常用電源による電力供給が停止する1日後に停波基地局率が最大となる。なお、被災直後は輻輳により大部分の通話が困難となる。
      • インターネットへの接続は、固定電話回線の被災や基地局の停波の影響により利用できないエリアが発生する。
    5. 都市ガス
      • 被災直後で、最大約180万戸の供給が停止する。東海三県の約2~6割、近畿三府県の最大約1割、山陽三県の最大約1割、四国の約2~9割、九州二県の約3~4割で供給が停止すると想定される。
    6. 道路
      • 基本ケースにおいて、道路施設被害(路面損傷、沈下、法面崩壊、橋梁損傷等)は約3万~3万1千箇所で発生すると想定される。
      • 陸側ケースにおいて、道路施設被害は約4万~4万1千箇所で発生すると想定される。
    7. 鉄道
      • 基本ケースにおいて、鉄道施設被害(線路変状、路盤陥没等)は約1万3千箇所で発生すると想定される。
      • 陸側ケースにおいて、鉄道施設被害は約1万9千箇所で発生すると想定される。

    5.東京都の対策

    東京都では、南海トラフ地震は首都直下地震より被害が少ないことが想定されることから、「これまでの対策を推進することが、南海トラフ巨大地震への備えとなる」としている。

    南海トラフ地震に特有の「南海トラフ地震臨時情報」

    南海トラフ地震に特有の政府から発表される情報として、「南海トラフ地震臨時情報」がある。地震発生から最短2時間で「巨大地震警戒」「巨大地震注意」「調査終了」のいずれかの情報が発表されることとなっており、企業としても情報の種類によって地震発生以降の対応を変える必要がある。臨時情報にともなう企業の行動に関する考察は、依然本稿で執筆しているので参考にしていただきたい。

    ▼「巨大地震警戒」の臨時情報とは?~「地震は予知できない」を前提とした国の対策を知ろう~
    ▼南海トラフ地震「巨大地震警戒」と「巨大地震注意」の臨時情報。企業はどのように対応する?

    まとめ

    以上、首都直下地震と南海トラフ地震の被害想定を、「東京に本社がある企業」の視点で比較してみた。首都直下地震と南海トラフ地震はよく一緒くたに語られることが多いが、その特徴は大きく違う。双方の災害の特徴を理解し、「災害を正しく恐れる」ことがBCPにおける復旧戦略を策定する上で重要になることを理解していただければ幸甚だ。

    -以上

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