天災は、忘れぬうちにやってくる!これから始めるBCP
総合研究部 研究員 笹嶋 哲太
はじめに
政府の首都直下地震帰宅対策等検討委員会(座長:東京大学 先端科学技術研究センター 教授 廣井悠氏)は令和6年7月に「大規模地震の発生に伴う帰宅困難者等対策のガイドライン」(以下、「ガイドライン」)を一部改定した。
▼大規模地震の発生に伴う帰宅困難者等対策のガイドライン 令和6年7月(内閣府)
令和4年8月に当社コラム『帰宅困難者対策をより柔軟に~新しい政府の帰宅困難者対策方針についての考察~』でも紹介したが、その後も関係機関との具体的な施策について検討が行われ、上記検討委員会からも意見聴取を受け、このたびの一部ガイドライン改定となった。
原則としてはこれまでの「発災から3日間はむやみに移動を開始しない」とする「一斉帰宅抑制」の基本方針は維持しつつ、これまでの「帰宅困難者」「一斉帰宅抑制」対策に国や地方公共団体、事業者等の連携による一連の情報としての情報提供の必要性と、3日間の混乱収拾後の帰宅開始場面における新たな混乱の発生防止の視点が追加されている。
今回の改定で何が変わったのか、企業のBCP担当者がどのようなことに気を付けていかないといけないのかを解説していきたい。
ガイドラインの前提について
まずは改めて、政府のガイドラインではどのような前提で災害が発生していると想定しているのかを確認いただきたい。ガイドラインでは災害の前提条件として以下を挙げている。
- 大都市圏において、M7クラス以上の地震(以下「大規模地震」という。)が平日昼12時に発生し、当該大都市圏内の鉄道・地下鉄は少なくとも3日間は運行の停止が見込まれており、郊外と大都市圏とを結ぶ路線は3日間のうちに復旧し、折り返し運転を行う見込みとする。また、ライフライン(電力、通信、上水道、ガス)についても一定の被害が生じていることとする。
- 行政機関等は、発災後3日目まで救命救急活動、消火活動等を中心に対応し、発災4日目以降に帰宅困難者等の帰宅支援の体制へ移行していくこととする。
※災害の規模や被害の状況によっては、3日目までの間に帰宅支援が出来る場合もあるため、4日目以降でないと帰宅させてはならないというものではなく、帰宅支援の移行のタイミングについては、国、都道府県の関係機関とよく調整した上で、決定する必要がある。 - 政府、都道府県等からは、発災後速やかに、「むやみに移動を開始しない」という一斉帰宅抑制の呼びかけが行われているものとする。
一斉帰宅抑制はなぜ必要なのか
そもそも、なぜ一斉帰宅を抑制する必要があるのか。大規模地震発生時は、救命・救助活動、消火活動などの応急活動を迅速に行う必要がある。災害発生時に公共交通機関が停止している状態で大量の帰宅困難者が徒歩等で一斉帰宅を開始すると、救急車などの緊急車両の通行の妨げとなる可能性がある。特に災害発生から72時間(3日間)は「人命救助のゴールデンタイム」と呼ばれ、その時間を過ぎると生存率が大きく低下する。そのために人命救助のためにも72時間はむやみに動かないことを推奨している。さらに、帰宅までには余震などによる二次被災や群衆雪崩も懸念され、さらに被害が拡大する恐れもある。
ただし企業としては、就業時間中の帰宅は抑制できても、社員が就業時間外に帰宅することを業務命令で抑制することは災害中であっても難しいとされている。業務命令とは労働契約にもとづく権利義務で、就業時間外の行動は労働契約の範囲外のため、原則従業員は自由に行動が出来るためである。
事情を説明し、なるべく社内に留まるようにお願いをしても、様々な事情でどうしても帰宅したいという社員が出てくる可能性がある。そういった場合に備え、企業では災害時に「帰宅許可申請書」を用意し、帰宅困難者対策について説明した上で帰宅の際には書いてもらう方法がある。その際には備蓄食料を渡し、道路の啓かい作業や救命・救急・消火作業などの邪魔にならないように誓約させ、「企業としては引き留めたが自己責任の下で帰宅した」という手続きを事前に明確化しBCPに記載する等して平時から準備をしておく必要がある。
一斉帰宅抑制後の分散帰宅の必要性について
帰宅困難者等は、帰宅が可能な状況になった場合であっても、時間や交通手段を分散して帰宅させる事を基本としていかなければならない。
3日間の一斉帰宅抑制を終えて、これまで帰宅困難となっていた人々が一斉に帰宅しようとしてしまうと、結局は発災当時ではないものの混乱を生む事となってしまう。特に鉄道の運転再開直後は、本数が減るなどして輸送力が低下しているため、駅構内で状況が滞留してしまい二次災害の危険性も高い。そのため鉄道での移動の前には最寄りの駅までの区間が運転再開をしているか、また混雑状況を確認した上で移動を開始する必要がある。
企業としては帰宅できる状況になったとしても、通勤経路の被災により迂回をするなど想像しているよりも移動に時間がかかる場合もあることから、帰宅時の所持品や災害時に徒歩帰宅者に対し、水道水やトイレ、沿道の情報、休憩の場などを提供する『災害時帰宅支援ステーション』の確認など、最新の情報提供や取得方法について周知を行い、混雑防止のための分散帰宅について協力を呼び掛けていく事が重要となる。なお、72時間は経過しているものの、救命・救急・消火作業の妨げにならないように留意しなければならないことは変わらない。
(左)災害時帰宅支援ステーションステッカー(通称:キタクちゃん)
(右)ガソリンスタンド用災害時帰宅支援ステーションステッカー
▼参考:帰宅困難者に対する支援(東京都)
改定されたガイドラインの内容について
上記のような前提の上で、新しいガイドラインでは以下の2つの観点を加えてガイドラインが改定された。
- 帰宅困難者等の適切な行動判断のための情報提供のあり方
- 一斉帰宅抑制後の帰宅場面における再度の混乱発生の防止
(1)「帰宅困難者等の適切な行動判断のための情報提供のあり方」について
企業や地方公共団体等の主体は、それぞれ災害時の情報提供に努めているが、災害時に時間と共に変化していく帰宅困難者等の行動基準に照らし、各主体が発信する情報は、時系列や状況の変化に対応し連携した一連の情報として、帰宅困難者に届けることが重要だと加筆された。
例えばガイドラインでは、「発災直後に鉄道事業者が運転見合わせの情報を発信した際には、併せて国や地方公共団体、企業等が、広く一般や施設内滞在者に対し、むやみに移動しないことを呼びかける必要がある」「鉄道の運転再開の見込み情報が出はじめたら、併せて、国や地方公共団体、企業等、施設管理者等が、広く一般や施設内な滞在者に対して分散帰宅への協力を呼びかける必要がある」等の例を出し時間経過に応じて、いつ、どのタイミングで誰が、どのように情報を出すのか基本的なケースを共有し、帰宅困難者の行動変化に対し、情報の連絡にばらつきが出ないように気を付けていく重要性を強調している。(図1参照)
連携した各機関からの状況の変化に応じた一連の情報が伝わることで、災害時に特に多発するデマ情報や混乱を防止する上でも効果的となる。
企業としては、国、地方公共団体、鉄道事業者等の情報を常に最新のものが収集できるよう体制を整備しておくとともに、平時より発災時における一斉帰宅抑止の方針や、帰宅した翌日以降も公共交通機関が完全に回復していない場合を考慮してリモートワーク等の推進を策定してBCPへ盛り込むなど事前の環境整備に努めていく必要がある。
参照:大規模地震の発生に伴う帰宅困難者等対策のガイドライン
(2)一斉帰宅抑制後の帰宅場面における再度の混乱発生の防止について
ガイドラインでは社会全体で留意すべき「一斉帰宅抑制後の帰宅行動指針」が設定され、それにともない、各主体に分散帰宅のための対応例が併せて追加された。
帰宅行動方針には『分散帰宅の基本原則』として以下のとおり記載がされた。
「一斉帰宅抑制」の徹底により、発災直後の移動による混乱を防いだとしても、混乱の収拾や鉄道の運転再開等に伴い、待機していた大量の帰宅困難者等が一斉に移動を開始すると、新たな混乱をもたらすことが懸念されるため、帰宅困難者等の分散帰宅を図ることが重要となる。このため、帰宅開始段階において社会全体で留意すべき基本的な考え方「一斉帰宅抑制後の帰宅行動指針」について、帰宅困難者はもとより、帰宅困難者等対策に取り組むすべての関係者が共有し、分散帰宅により円滑な移動を支援することが必要となる。
前述のとおり、鉄道の運転再開直後は、運行路線や本数が減らされた状態で再開される。特に多数の路線が行き来する乗り継ぎ駅などでは運転再開直後は大変な混雑が想定される。
企業は「一斉帰宅支援抑制後の帰宅行動指針」を踏まえた対応例として、平時には、優先業務や分散帰宅の方針、公共交通機関の復旧状況に応じた通勤自粛等、行動ルールを策定していく必要がある。そして発災した場合には、策定した行動ルールに基づいた適切な行動を社員に対して促進していくことが肝心である。
終わりに
以上が今回の政府の帰宅困難者ガイドラインの改定部分についての紹介となる。今年元旦に発生した能登半島地震からはじまり、8月8日には宮崎県で震度6弱を観測し「南海トラフ地震臨時情報」(巨大地震注意)が政府から初めて発表された。また翌9日には神奈川県で、19日には茨城県でそれぞれ震度5弱の地震が発生するなど、各地で大きな地震が発生している。地震に限らず、勢力が非常に強い台風や集中豪雨にともなう水害など災害はいつ、どのタイミングで起きてもおかしくないという意識を持って、改めてBCP担当者様には自分事として準備を進めていただきたい。
以上