天災は、忘れぬうちにやってくる!これから始めるBCP
総合研究部 専門研究員 大越 聡
※本稿は全2回の連載記事です。
観光危機管理とは何か
「観光危機管理」という言葉をご存じだろうか。もともとは小泉純一郎内閣が推し進め、2006年に成立した「観光立国推進法」からその取り組みが始まる。その名の通り観光を日本の成長戦略の主力の1つとして認識し、地域活性の切り札の1つとして活用しようとするものだが、一方で日本は災害大国でもあることは当初から問題点とされ、その中でも訪日観光客の災害時における安全確保は主要施策の1つに挙げられている。「観光立国推進基本計画」の中には、「訪日外国人旅行者等の災害被害軽減」として以下のように記載されている。
(出典:観光立国推進基本計画 第3章 観光立国の実現に関し、政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策 1-(10)訪日外国人旅行者等の災害被害軽減)
例えば沖縄県では「令和6年8月入域観光客統計概況(速報)(令和6年9月25日公表) 」によると、2024年8月度の観光客数は延べおよそ100万人。日本人が約77万人、外国人が約23万人となっており、特に同県は島で構成されていることから、いったん災害が発生すると県外へ観光客を逃がすこと自体が困難となることが予想されている。「災害大国日本」としては観光客を引き寄せる政策を推進することと同時に、観光客における災害対策が喫緊の課題となっていることが分かるだろう。
▼令和6年8月入域観光客統計概況(速報)(令和6年9月25日公表)(沖縄県)
このような状況のなか、観光立国推進基本計画では以下のように「観光危機管理計画」について自治体と関連観光事業者による策定を推進することを明記している。
(出典:観光立国推進基本計画 第3章 観光立国の実現に関し、政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策 1-(10)訪日外国人旅行者等の災害被害軽減)
宿泊業・飲酒サービス業のBCP策定率は全業種で最低の27.2%
現在、観光庁では観光危機管理を「観光客や観光産業に甚大な影響をもたらす危機を想定し、被害を最小限にするため、減災対策や危機発生時の対応策等をあらかじめ計画・訓練して組織としての備えをしておくことで、観光地のレジリエンスを向上させるもの」と定義し、その取り組みを推進しているが、その主体には「地方公共団体・観光関連事業者」とあるように、自治体だけが推進するものではなく観光関連事業者についても本来であれば積極的に取り組まなければならない。しかし残念なことに内閣府が実施した「令和3年度 企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」では「宿泊業、飲酒サービス業」のBCP策定率は全業種で最低の27.2%。観光関連事業者にとって、BCP策定のハードルが未だに高いものであるという実情が伺える。
(出典:「令和5年度 企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」内閣府)
前置きが長くなってしまったが、上記の状況を考慮し、本稿では主に「宿泊業、飲酒サービス業」における観光危機管理BCP(事業継続計画)の策定ポイントについて、観光庁が作成した「観光危機管理計画等作成の「手引き」~事業者向け~」をガイドラインとして考察していきたい。
▼観光危機管理計画等作成の「手引き」~事業者向け~(観光庁)
観光危機管理における「4R」
観光危機管理BCPを検討する前に、その前提となる「観光危機管理の4R」について確認していきたい。これは災害の想定フェーズを表したもので、「平常時の減災対策(Reduction)」「危機対応への準備(Readiness)」「危機への対応(Response)」「危機からの回復(Recovery)」の頭文字から取ったものだ。細かいカテゴライズの違いはあるものの、この考え方は本稿でも繰り返し指摘しているBCPにおける「予測」「予防」「対応」+「事業継続」の考え方とほぼ同じなので、馴染みがあるだろう。
大項目 | 想定フェーズ | 設定目的 |
---|---|---|
減災 (Reduction) |
平常時 |
|
危機への備え (Readiness) |
平常時 |
|
危機への対応 (Response) |
危機発生および危機発生が間近に予想される時 |
|
危機からの復興(Recovery) | 危機終息後~復興期(危機発生直後も含む) | 危機・災害後、被害を受けた観光関連施設等を復旧し、危機・災害による影響を受けた観光地に観光客を再び誘致する活動事業継続と従業員の雇用を守るための事業者の対応 |
(出典:「観光危機管理計画等作成の「手引き」~事業者向け~」)
沖縄県では、観光危機管理のなかで以下のように図式化している。非常に分かりやすいので参考にしていただきたい。
(出典:令和4年度観光危機管理体制構築支援事業 実施報告書/沖縄県)
「観光危機管理計画等作成の「手引き」~事業者向け~」活用のポイント
それでは、実際に「観光危機管理計画等作成の「手引き」~事業者向け~」(以下、「手引き」)を活用しながら観光危機管理計画を策定するポイントを見ていきたい。ページ番号も掲載するため、「手引き」のURLを再掲しておく。
▼「観光危機管理計画等作成の「手引き」~事業者向け~」
まずP7「1.危機対応マニュアルの目的」だが、こちらはBCPにおいては「基本方針」にあたるものだろう。「自社の観光危機管理において最も重要視するものは何か」について検討していただきたい。とは言え、あまり難しく考えすぎる必要はない。例えば「危機・災害時のお客様のために」の項では、「日ごろから建物の耐震化や避難所や避難経路の把握、備蓄の確保や災害情報の収集にあたり、減災対策を進めます」など、基本事項を徹底していくことが考えられる。
次のP8は「2.危機対応マニュアルの策定体制」が挙げられている。ここは少し注意が必要だ。BCPでは事業継続のため、危機対応は総務課や防災部署などの特定の部署がやるものではなく、あらゆる組織を巻き込んで組織横断的に取り組む必要がある。そのために営業部門や広報部門、宿泊施設などに特徴的な組織としては調理部門などが挙げられている。また、注意書きにもあるように人数の少ない組織では支配人や女将が1人で多くの部門を担当することが考えられる。その場合は担当者が明確な部署を除き、その他は「支配人」「女将」等を残りの部門のところに記載する。少ない人数のなかでも責任者を明確化する必要があるためだ。
さて、10ページからは「1章 地域における観光リスク・マトリックスの作成」や「優先的に対応すべき危機・災害」を分析する部分となる。この部分はBCPを作成する上での「リスク分析」にあたるところだが、作成するには少し難しい部分でもあるため、例えば想定する災害が「地震」や「津波」「大規模水害(台風)」など明確である場合は個人的に後に回しても良い部分であると考える。ただし、活火山の噴火など地域特有の災害を抱えている事業者は、その部分も必ず検討していただきたい。
12ページでは「2.地域における旅行者・観光客と事業者のリスク想定」とある。ここでは優先度が高い危機・災害を記入するが、先に挙げた「地震」や「津波」「大規模水害(台風)」など、本計画で優先的に対応すべき災害を記載していただきたい。繰り返しになるが、活火山など地域特有の災害がある場合はそちらも記入することが重要だ。
P13「旅行者・観光客への影響」については、その危機・災害によって、どのような事象が発生し、自社を利用中・滞在中の(または来訪予定の)観光客にどのような影響が出るかを予想する。この部分は想像力が試されるところなので、できるだけ大人数で様々なシチュエーションを挙げてみる手段が有効だと考えられる。
P14「当地域における最大観光客等の滞在者数」では、その地域で最も観光客が訪れるイベントなどを想定する。この作業はとても重要で、危機管理の基本である「最悪の状況を想定」することで、その他の状況もカバーすることができと考えられる。例えば「◎月〇日の花火大会では午後○○時ごろに滞在者数が〇千人となる」と明確化することで、その時に災害が発生した場合を想定し、計画を作ることが重要となる。ぜひ、地域の最大規模のイベントを思い出して記入していただきたい。
さて、ここまで観光危機管理特有の導入部分から「予測」にあたる部分までを観光庁作成の「手引き」を基に、ポイントを挙げてみた。次回以降、「予防」「対応」「事業継続(復旧)」フェーズについてもポイントを見ていきたい。
(了)