天災は、忘れぬうちにやってくる!これから始めるBCP
総合研究部 専門研究員 大越 聡
※本稿は全3回の連載記事です。
前回の本稿では、観光危機管理の成り立ちと観光危機管理における「4R」(「平常時の減災対策(Reduction)」「危機対応への準備(Readiness)」「危機への対応(Response)」「危機からの回復(Recovery)」)、そして国土交通省環境庁から出ている「観光危機管理計画策定等の手引き~事業者向け~」の第2章までについて解説した。本稿では引き続き「手引き」から観光危機管理策定のポイントを探っていきたい。
▼観光危機管理計画等作成の「手引き」~事業者向け~(観光庁)
減災の取り組み~予防対策
「手引き」のP16から始まる第3章「減災の取り組み」では、主に「予測」「予防」「対応」の「予防」部分、すなわち災害が発生した場合の被害や損害を低減させるために平常時から推進する対策について検討している。
ホテルや宿泊施設、飲食店などの建物においては、1981(昭和56)年に施行された「新耐震基準」が一つの目安となる。それ以前に建てられた建築物については耐震診断を実施し、適切に耐震補強工事をする必要がある。一方で、新耐震基準を満たしている建物においても「震度7程度の地震が発生しても建物が倒壊しない」ことが前提となっているため、建物が倒壊せずとも天井の崩落や重要設備が破損することは十分に考えられる。新耐震基準を満たした建築物であっても安心せず、建物の脆弱性を診断することをお勧めしたい。
また、災害時に重要になるのが電源の確保だ。近年に建てられたオフィスビルには災害時の非常用発電機が備え付けられているものが多いが、確認してみると非常灯やトイレの給排水用などオフィス内の最低限の電気を賄うものがほとんどだ。非常用発電機が備え付けられているオフィスビルでも、BCPで必要なパソコンやコピー機、Wi-Fiルーターやオンプレミスで稼働するサーバーなどは停電が発生すれば使えなくなると想定しておいた方が良いだろう。
また、非常用発電機や配電盤などが集まる重要電気室は非常に重量があるため、ビルの地下に設置されているケースが多い。これは建物の構造として重量のあるものは地下にあったほうが建物として安定するためだが、近年では非常用発電機が地下にあったために水害被害で使用できなかったケースもある。非常用発電機が備え付けられているビルであっても、「どこに設置されているか」「何時間持つのか」「非常用発電機で稼働するのはどの設備か」をビル側に事前に確認しておいた方が良いだろう。最近ではBCP用にオフィス内に最低限のパソコンやスマートホンを充電できるように大容量のポータブル電源や、社内のWi-fiルーターが使えなくなった時に備えてモバイルWi-Fiなどを備蓄する企業も増えているようだ。
また、基本的なところではオフィス内の什器の転倒固定なども確実にやっておきたい。背の高いキャビネットには本来であれば壁に固定することが望ましいが、ホームセンターなどで購入できる突っ張り棒でもやってみる価値はある。オフィス内はできていても、例えば工場では靴箱や更衣室の棚の固定などが出来ていないケースもある。ぜひ一度、再点検していただきたい。
次は、宿泊客などが使用できる避難場所や避難施設の確認だ。近隣の避難場所や施設内で利用客が避難できる場所を特定するものだ。
2024年1月1日に発生した能登半島地震において、老舗旅館「加賀屋」では地震当日、館内に宿泊客400人、従業員300人がいた。地震が発生し、利用客を避難させる途中で大津波警報が発令されたが、玄関周辺にいた利用客らは近くの高台に誘導し、館内に留まっていた人は4Fにあるコンベンションホールに移動させた。これはもちろん、ホテル側で建物の構造や津波高の想定を把握しており、コンベンションホールであれば地震や津波被害からも利用客を守れると確信した上での行動だった。地震が発生したらどこに避難するか。大津波警報が発令されたらどこに誘導するか、普段からよく考えておくことが必要だ。加賀屋の支配人である道下範人氏は、メディアのインタビューに以下のように話している。加賀屋が災害時の避難誘導についてこれまでも真剣に考えていたことが分かるだろう。
▼出典:【対談】被災した和倉温泉の旅館「加賀屋」が、400人の宿泊客を避難させるために取った行動とは(やまとごころ.jp)
次の項目では、上記で考えた避難場所や避難施設を利用客に周知する方法を検討してみる。
このパートは、実は本資料では少ない記述しかないがとても重要な部分だ。政府や様々な自治体が、特に外国人に対するコミュニケーションについて多くの資料を公表しているので見ていきたい。
まずは官公庁が提供するアプリ「Safety Tips」だ。このアプリは緊急地震速報や大津波警報などを多言語で配信するほか、地震発生後の行動などについても外国人向けに記載している。地震を経験したことのない外国人にとっては小さな揺れでもパニックを引き起こすほどの恐怖を感じるという。地震とはどういうものか、地震が発生したらどのように行動するべきか、大津波警報とはどのようなもので、発令されたらどのように行動しなければいけないか、まずはきちんと理解してもらうことが重要となる。外国人向けの災害対策の第一歩として、宿泊施設などでは特に「Safety Tips」をインストールしてもらうよう案内していただきたい。
災害時の外国人向けの初動マニュアル作成についても多くの資料が公表されている。まずは東京都が出している「外国人旅行者の安全確保のための災害時初動対応マニュアル」を確認してもらいたい。
▼外国人旅行者の安全確保のための災害時初動対応マニュアル
こちらでは「平常時からやっておくべきチェックリスト」のほか、「外国人旅行者の行動について理解しておくべきこと」など有益な情報を網羅している。例えば、日本人は揺れの大きさで、ある程度被害の大きさを予測できるが、外国人旅行者は地震の経験が少ない場合があり、『建物は安全か』、『何がどうなっているか』、といった基本的な質問をしてくるケースがある。その場合は建物の安全性が確認できた場合は、安心して建物内に留まるよう伝える必要がある。また、また、避難の必要がある場合は、建物や施設からの避難誘導を行う必要がある。なぜ避難誘導が必要かを外国人にむけて説明する必要が出てくる。
このような場合に備え、対応文例集付きでテンプレートを掲載しているのが本書の強みだ。ぜひ、自施設の対応マニュアルの参考にしてほしい。
また、国土交通省中国運輸局が公表している「訪日外国人旅行者の宿泊時における災害時初動対応マニュアル」も参考になる。こちらは外国人とのコミュニケーションについて、「まず日本語ができる外国人を探しましょう」など、より実践的な内容だ。
▼訪日外国人旅行者の宿泊時における災害時初動対応マニュアル(国土交通省中国運輸局)
出典:訪日外国人旅行者の宿泊時における災害時初動対応マニュアル(国土交通省中国運輸局)
最後に、本稿で紹介したもののほかに役立つ資料のリンクを掲載しておく。観光危機管理において最も難しい事項の1つが外国人対応とコミュニケーションだ。普段からよく確認し、自社のマニュアルに落とし込んで置いていただきたい。本稿では観光危機管理における「予防」策について解説した。次回の後編では、「対応」策について解説する。
■観光危機管理に役立つマニュアル・ガイドラインなどのリンク集
- 訪日外国人旅行者の宿泊時における災害時初動対応マニュアル(国土交通省)
- 災害時における外国人旅行者の安全・安心確保のための体制構築についてのガイドライン(国土交通省)
- 災害時における外国人対応について(総務省)
- 災害から外国人旅行者と観光事業者を守るために(JTB総合研究所)
- 外国人旅行者の安全確保のための災害時初動対応マニュアル~旅館・ホテル編~(高知県)
- 外国人旅行者の安全確保・帰宅支援に関するガイドライン~宿泊・観光施設の皆さまに向けて~(大阪府)
- 訪日外国人旅行者の安全確保のための手引き(観光庁)
- 外国人のための減災のポイント(やさしい日本語と多言語QRコード対応)(内閣府)
- 外国人のための防災ハンドブック(公益財団法人 沖縄県国際交流・人材育成財団)
(了)