天災は、忘れぬうちにやってくる!これから始めるBCP
総合研究部 専門研究員 大越 聡

※本稿は全4回の連載記事です。
本稿では宿泊業や飲食業など、観光施設事業者における観光危機管理の在り方について解説している。「前編」では主に観光危機管理の成り立ちと観光危機管理における「4R」(「平常時の減災対策(Reduction)」「危機対応への準備(Readiness)」「危機への対応(Response)」「危機からの回復(Recovery)」)、そして国土交通省環境庁から出ている「観光危機管理計画策定等の手引き~事業者向け~」の主に「予測」の部分を、そして前回の「中編」では施設の耐震や外国人向けの避難マニュアル作成など、「予防」の部分についてみてきた。今回の後編では前回に続き「手引き」に沿って「対応」の部分について解説していきたい。
▼「観光危機管理計画策定等の手引き~事業者向け~」
災害対策本部の設置と役割
災害が発生したのちには、リーダーが災害対応を指揮するための「災害対策本部」を設置するのが基本だ。これは国でも企業でも変わりはない。「災害が発生したら経営者は災害対策本部を設置する」ということを肝に銘じていただきたい。では対策本部の役割とはどのようなものか。通常の企業であれば、取締役会を頂点とした企業運営と意思決定がなされるだろう。この運営体制は会社法に基づくものであり、組織の運営体制として極めて重要であることに異論はない。ただし、事業部や組織間の情報共有や、原則として取締役会を経て意思決定を行うため、意思決定のスピードという面に関しては遅くなる傾向にある。災害発生後は刻々と情勢が変化し、トップは課題に対しスピーディーに物事を意思決定する必要がある。そのトップの意思決定をサポートするための専門組織が「対策本部」であると考えていただきたい。
以下は悪い例であるが、2015年に発生した常総市水害では、市長がトップとなった災害対策本部の対応が後手に回り、報道機関から批判を浴びた。その後の対応検証報告書では、原因の一つとして「災害対策本部の運営が平素の庁議の延長上で行われるものと解釈されたことから,災害対策を所管する市民生活部長や安全安心課長が災害対策本部での議論をリードできなかった。」としている。緊急事態時には平時の思考方法ではなく、人命救助を最優先にしたトップのリーダーシップと迅速な意思決定が重要となるのだ。
(出展:平成27年常総市鬼怒川水害対応に関する検証報告書―わがこととして災害に備えるために―)
「手引き」では、第4章(p19)から対策本部の体制づくりについて言及している。4.1.1に「通常体制」とあるのは、「平日の終業時間内の通常の体制時に発災した場合」を指している。以下はあくまで例であるので自社の組織に照らして修正が必要だ。例えば自衛消防組織がある宿泊施設では消火や顧客への避難対応は自衛消防組織の役割としてもよいだろう。また、「お客様対応」の中に観光客と取引先の両方が入っている部分は、部署が違うことも考えられるので分けてもよいかもしれない。また、事業継続まで含める場合はこれに「施設復旧」を担当する班も必要になるだろう。多数の宿泊施設や飲食店を抱える企業であれば、全ての店舗や施設の被害状況を把握することも必要だ。上場している企業であれば、IR/適時開示の必要なども出てくるだろう。自社の状況に合わせ、対応体制を構築していただきたい。

合わせて、当社が推奨する災害対策本部の留意事項について挙げておく。参考にしていただきたい。
災害対策本部の留意事項(SPN作成/主要項目の抜粋)
- 社員の安全・安心に関する事項
- 本部員・在社社員等の安全確保
- 安否確認の実施:在社者は点呼も有効。リスト化・一覧化・時間経過に応じ対応
- 社員のケア・帰宅困難者対策:備蓄物資提供・必ず休ませる・無理させない
- 本部の安定運用に関する事項
- 関係者の招集・臨時人員招集・応援要請:稼動可能な人材を確認・確保する
- 情報の収集・集約
- 災害、社会情勢に関する情報収集:状況把握・情報収集なくして判断なし
- 安否状況の確認・集約、自社施設等の確認・集約:情報の収集・集約可視化
- 情報の集約・一元化・一覧化・共有:記録・共有のルール化と随時の情報更新
- 方針決定
- 初動対応に関する方針決定:初動対応方針・優先順位・実施順序・体制等の判断
- 事業継続に関する事項の決定:事業継続戦略策定・実行計画・他との連携判断等
- 取引先・顧客対応
- 情報開示と問い合わせ対応:ステークホルダーへの開示と理解の促進
次に検討するのは、夜間・休日の初動対応体制だ。まずは従業員と観光客の生命を最優先することを考えて、必要最小限度の体制を構築することが必要となる。ここでは現場を統括する「現場責任者」をあらかじめ決めておくことと同時に、現場責任者と統括責任者(災害対策本部長)がスムースに連絡が取れる手段を構築しておくことも重要だ。翌日などには通常の災害対策本部を設置する必要もあるため、シームレスな連携が必要となる。できれば夜間や休日に発災した場合、「いつまでに、どこに」災害対策本部を設置するか明記しておきたい。

次に検討するのは、「対策本部を設置するための判断基準」だ。判断基準のポイントとしては、災害時にはすぐに連絡手段が途絶えることも考えられるため、「震度5弱以上の地震が発生した場合は自動的に災害対策本部を立ち上げる」など、自動設置にしておくと「災害対策本部は立ち上がるのか?」といった対策本部要員の迷いをなくすことができるので、ぜひ検討していただきたい。感染症BCPを策定する場合にはWHOや政府の「緊急事態宣言」を対策本部設置のトリガーにするのもいいだろう。

次の「対策本部の設置場所」については、津波の被害がない階にある、広めの会議室を想像してもらえばよいだろう。

以下に、当社がBCP策定などで使用する一般的な災害対策本部のレイアウトも記しておく。テレビやラジオなどの情報収集手段や非常用発電機、電気が使えない場合に備えてできればホワイトボードなどを用意し、手書きで情報収集や共有をすることも想定しておいてほしい。災害対策本部で意外と活用されるのが大判の地図だ。県内や周辺、建物の見取り図など、あらかじめ大きくプリントアウトしておくと情報共有がスムースになるだろう。観光危機管理計画を策定したのちには、実際に対策本部を立ち上げてみる「災害対策本部設置訓練」をしておくことも非常に有効だ。
一般的な災害対策本部設置例 (WB=ホワイトボード)

観光危機管理における行政機関や他業種との連携

「手引き」ではかなり簡略化して記載してあるが、この部分はかなり重要な部分だ。「観光危機管理」は基本的に単一企業でできるものではない。生存した、もしくは負傷した観光客をどのように帰宅させるか、もしくは避難所に避難させるか、ほかの受け入れ可能な宿泊施設へ避難させるかなどを検討し、観光地として全体感をもって対応するには市の観光部局や観光協会、コンベンションビューローなどとの連携が必要不可欠になる。また、近隣の外国人を受け入れることができる災害拠点病院などもリストアップしておくとよいだろう。
本稿は事業者向けの観光危機管理策定を主眼としているため多くは言及しないが、例えば富士山噴火や南海トラフ地震の発生が懸念される富士河口湖町では町と観光協会、観光事業者が一体となって「観光防災体制」を構築しており、その中で以下のように役割を分担している。
関係者 | 平常時 | 発災後 |
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町 |
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観光連盟 観光協会 |
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観光事業者 交通事業者 |
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観光事業者は発災後、観光客が帰宅するまで安全な場所を提供し、適切な物資を配給しなければならない。大規模な災害が発生すれば交通公共機関はもちろん、道路も液状化などで途絶することにより観光客を数日間は滞在させることを検討しなければいけない局面も出てくるだろう。能登半島地震では、80人の観光客が5日間、交通機関が途絶して孤立してしまった例もある。被害の大きい地域から一時的に被害の小さい地域へ観光客を移動させるなどの取り組みも随所でなされている。
地震などの災害大国である日本で「安全・安心な観光地」となるには、地域を挙げての取り組みが欠かせない。自社の観光危機管理計画策定と同時に、市町村との災害時の連携を模索することが重要となるだろう。
3回で終了するはずだった本連載だが、最後にもう一つ「観光客への災害時の情報提供」という大きな課題が残ってしまった。次回は完結編として、残りの課題について探っていきたい。
(了)