暴排トピックス
取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人
1.暴力団員の実態
2.振り込め詐欺への対応
3.改正犯罪収益移転防止法の施行
4.マンション管理組合標準規約への暴排条項の導入の是非
5.暴力団関連ニュース
(1)銀行口座開設で詐欺形式犯で異例の実刑
(2)福岡での「標章」掲示の取組みが危機
(3)元後藤組組長が使用者責任を認め遺族に1億1千万円支払いで和解
(4)イタリアでマフィアと癒着している市長と市議を全員解任
(5)ロンドン警視庁、警官入れ墨禁止令
(6)大阪にも「半グレ」集団か
6.暴排条例勧告事例
(1)大阪府①
(2)大阪府②
(3)山梨県
(4)東京都
(5)福岡県
1.暴力団員の実態
財団法人社会安全研究財団が実施した「暴力団受刑者に関する調査報告書」は、服役している暴力団員等を対象に行ったアンケートを分析したものであり、その属性等の特徴を把握できる極めて興味深い内容となっています。
▼平成23年6月財団法人社会安全研究財団:暴力団受刑者に関する調査報告書(日中組織犯罪共同研究日本側報告書Ⅰ)
本報告書から、暴力団員の実態に関わる部分については以下のような傾向があるとされています。
1)属性に関するもの
- 暴力団関係者が高齢化している
- 高い地位にある者は年長者かつ加入期間が長い者となっている
- 過去の調査と比較して、高校進学者が増加している一方で、中退者や義務教育のみの者も相当数いる
- 生計の維持は非合法活動によるものが多い
- 利益が100万円以上あった罪種の構成比は、知能犯が最も高く(37.5%)、より知能的で巧妙な犯罪へと変化している
- 薬物違反に利益なしの比率が高い(70.7%)が、暴力団が業として行う密輸・密売等よりも自己使用事犯の比率が高いことによると思われる
- 有職者35.0%、無職者65.0%となっているが、有職者の大部分は工員・職人・単純労働者であり、サービス業・販売業従業員がこれに次いでいる
2)離脱に関するもの
- 半数以上(57.7%)の者が離脱意思を示す
- 三大指定暴力団に所属している者の方が離脱意思をより強く表明する傾向にある
- 長く組織に関わっている者ほどに組織に依存するという生活様式を維持する傾向にある
- 若年世代では加齢とともに離脱意思が弱まる傾向の一方、中高年世代は強まる
3)犯罪の傾向
- 中国人犯罪組織とは、日本が主導権をもった連携の仕組みとなっており、日本側が情報提供や計画を行い、中国側が犯罪を実行するという構図である
- 恐喝、賭博および公営競技関係4法(競馬法、自転車競技法、小型自動車競走法およびモーターボート競走法)違反(ノミ行為等)の検挙人員が大きく減少している一方、詐欺および窃盗の検挙人員が増加している
- 暴力団構成員等の資金獲得犯罪の検挙状況は、詐欺罪の検挙人員、検挙件数がともに大幅に増加しており、暴力団が融資詐欺、振り込め詐欺、保険金詐欺等の各種詐欺事犯を遂行して資金源としている状況がうかがわれる
4)生活に関するもの
- 無職者が多いが、30万円以上の月収を得ていた者が60%以上あり、地位が上位であるほどその収入が増加する
- 多くの構成員は非合法活動によって生計を維持している
- 指定暴力団以外の団体の構成員には有職者が多く、これらの団体の構成員では、非合法活動のみによる生計の維持は困難になっている
- 30代、40代、50代以上の成員でも、持家があったり、配偶者をもったりする者は比較的少ない
- 首領・上級幹部以外では、暴力団活動自体が日常生活を不安定なものにしており、配偶者をもたない者、持家のない者が極めて多いなど、逸脱した生活様式をもたらしている
5)制裁に関するもの
- 三大指定暴力団(山口組・住吉会・稲川会)においては、命令を断った場合に暴力的な制裁が加えられると答えた者が、その他の指定暴力団や非指定暴力団と比較して(統計上)有意に多い
- 暴力的な制裁は、特に準構成員や周辺者など非組員に対してより多く科せられる
- 地位別に見た場合には、暴力的な制裁同様に、準構成員や周辺者など非組員に対して金銭的な制裁が科せられる
- 加入動機・所属理由ともに、経済的な理由を挙げた者は少なく、人間関係による場合が多数を占めている
6)犯罪をおこした理由
- 犯罪に何らかの経済的要因(生活苦、利欲)のからむ犯行が80.5%と大半を占め、「人に誘われて」「激情・報復」「命令された」を動機とする犯行は45.7%
- 「かっとなって」「人に誘われた」は、「準構成員・周辺者・その他」に多い
- 今回(調査時点)の入所が初回の者が30.0%、以下、2回(22.5%)、3回(13.4%)、4回(9.3%)、5回(7.4%)の順であり、6~10回は15.0%、11回以上は2.6%で、入所度数が2回以上の者の構成比は70.0%となっている
- 被害者を選んだ理由で最も多いのは、「馬鹿にされたから」(16.1%)で、次いで「警察に届けないと思ったから」(15.6%)、「お金をもっている情報があったから」(13.8%)、「仲間・組織から指示されたから」(13.8%)、「抵抗しないと思ったから」(13.4%)、「うらみから」(11.2%)などの理由が多い
これらの調査結果からうかがえる属性上の特徴としてまとめると、
- 20代の暴力団員が少なく高齢化が進んでいる
- 高校進学者の割合が増加しているが、中退者や義務教育のみの教育歴をもつ者が多く、教育的不適応がみられる
- 暴力団内の昇進システムに年功序列制度がなお維持されており、上位の地位にある者の多くは年長者であり、暴力団加入期間の長い者である
といった点があげられます。
また、その生活については、配偶者をもたない者、持家のない者が極めて多いなどの「逸脱した生活様式」に特徴があり、組織への加入動機・所属理由に経済的な理由を挙げた者は少なく、人間関係による場合が多数を占めています。
さらに、半数以上の者が離脱意思を示しており、暴力団に依存した生活様式の経済的基盤の弱さや不安定さがうかがえます。
一方、調査時点の入所が初回の者が30.0%、2回~5回の者が52.6%、6回以上が17.6%と、入所回数が2回以上の者の構成比は70.0%に達しており、原因となった犯罪の被害者を選んだ理由としても、「馬鹿にされたから」「警察に届けないと思ったから」など、概して、短絡的、無計画な犯行が多く組織犯罪というよりは個人的理由による犯行が多い結果となっています。
さらに、犯罪に何らかの経済的要因(生活苦、利欲)のからむ犯行が80.5%と大半を占め、「人に誘われて」「激情・報復」「命令された」という組織的な背景をうかがわせる犯行動機については45.7%となっていることから、入所回数の状況とあわせて考えれば、その背後に組織性を感じさせるというより、個人の資質による部分が意外に大きいことが分かります(薬物違反の自己使用事犯が多いというのもこれを裏づけています)。
全体的に見れば、末端の暴力団員の生活基盤が弱く、顕在化している犯罪には組織性というよりは個人の資質が大きく関与している状況であり、組織との関わりで言えば、経済的なつながりよりは人間関係が大きく関与している状況がうかがえ、いかにして最初の接点を断つかという若年層対策や社会全般に対する(暴力団等の害悪、社会復帰の困難さなどの)教育・宣伝活動の強化、個人の行為に対する組織の責任(使用者責任)追求の強化、組織が安易に維持できないように犯罪収益の没収を強化するといった「人的基盤・経済的基盤の弱体化」に資する対策を講じることが今後の暴力団対策にとっては重要なこととなると考えられます。
2.振り込め詐欺への対応
先月、警察官などを装いキャッシュカードや現金をだまし取ったとして詐欺と窃盗の容疑で男が逮捕されましたが、その男は中国に拠点のある振り込め詐欺グループの一員で、日本国内の現金引き出し役「出し子」を束ねるトップだったとみられています。また、男は7代目のトップで、これまでにこのグループの国内のメンバーが26人逮捕されており、都内を中心にキャッシュカード約1,350枚、現金計約7億5千万円を詐取、このうち7~8割を中国に送金していたとみられています。
振り込め詐欺を敢行するにあたり、「不正な口座」「携帯電話」「個人情報(名簿)」が三種の神器と言われていますが、それらに対する警察の取組み状況については、以下の資料が大変参考になります。
▼平成24年3月国家公安委員会および警察庁:総合評価書振り込め詐欺対策の推進
「振り込め詐欺」とは、オレオレ詐欺、架空請求詐欺、融資保証金詐欺及び還付金等詐欺を総称したものですが、このような犯罪は、通常は組織的に行われており、その背後には暴力団や国際犯罪組織の存在があると言われています。
なお、それぞれの典型的な手口は以下の通りです。
- オレオレ詐欺
- 親族を装うなどして電話をかけ、会社における横領金の補填金等の様々な名目で現金が至急必要であるかのように信じ込ませ、動転した被害者に指定した口座に現金を振り込ませるなどの手口による詐欺
- 架空請求詐欺
- 架空の事実を口実に金銭の支払いを請求する文書等を送付して、指定した口座に現金を振り込ませるなどの手口による詐欺
- 融資保証金詐欺
- 融資を受けるための保証金の名目で、指定した口座に現金を振り込ませるなどの手口による詐欺
- 還付金等詐欺
- 市区町村の職員等を装い、医療費の還付等に必要な手続を装って現金自動預払機(ATM)を操作させて口座間送金により振り込ませる手口による電子計算機使用詐欺
さて、振り込め詐欺対策については、平成20年から警察庁や法務省などが中心となって「振り込め詐欺撲滅アクションプラン」を策定し取組みが強化されてきた経緯がありますが、具体的には、以下のような各種取組みが行われています。
- 不正に流通する口座対策
- 犯罪収益移転防止法の施行(平成19年)をはじめ、被害を認知した警察署から当該被害口座を管理する金融機関に口座凍結を依頼する仕組みや、平成21年1月からは凍結口座名義人リストの運用(警察庁から全銀協等へ提供)が開始されています。
- なお、健全性の観点から口座をスクリーニングする必要があるという意味では、アンチ・マネー・ローンダリングへの対応とも重なるものとなります。
- 不正に流通する携帯電話対策
- 他人への譲渡目的・販売店からだまし取る行為に詐欺罪や携帯電話不正利用防止法を積極的に適用する、被害を認知した警察署長から携帯電話事業者に契約者確認を求める、犯行に利用されたレンタル携帯電話に対する解約依頼、規約(約款)に基づく解約、偽変造運転免許証情報提供制度(携帯電話事業者から警察に提供)などの取組みが行われています。
- その他の犯行ツール対策
- 私書箱事業者や電話転送サービス事業者(レンタルオフィス業者等)に対する解約依頼や詐取金送付先リストの公表といった取組みも行われています。
その結果、全体的にみれば、平成16年には認知件数2万5,667件、被害総額283億8,000万円に及んでいた振り込め詐欺の被害が、平成23年には、認知件数6,255件、被害総額約127億8,000万円と大幅に減少したことから、これら振り込め詐欺対策の成果が上がったものと言えると思います。
このような関係者の地道な取組みと警察や関係機関・団体による被害予防のための広報啓発等の取組み等があいまって、一定の手口に対する国民の抵抗力が高まり、犯行の成功率が下がったのはよいのですが、その結果、皮肉にも犯行グループの手口の変化・洗練化が進むという実態も浮き彫りになってきています(この辺りは暴対法や暴排条例の施行による暴力団等の潜在化・手口の巧妙化の流れと全く軌を一としています)。
振り込め詐欺の犯行グループは、既に、非対面型であって高齢者を主なターゲットとする「未公開株・社債等の取引を装う金融商品等取引を通じた詐欺」等にシフトしており、実際にその被害者の約9割が60歳以上の高齢者で、1件当たりの平均被害額も約800万円と極めて高額となっていることから、そのような新たな手口への対策が今後の大きな課題となっていると言えます。
3.改正犯罪収益移転防止法の施行
これまでも何度かご案内しております通り、来年の4月から「犯罪収益移転防止法」(正式名称犯罪による収益の移転防止に関する法律)が改正施行されます。また、それに伴って、実務上のガイドラインも金融庁から公表されています。
特定事業者(金融機関や宅地建物取引業者、ファイナインスリース事業者、クレジット事業者、電話受付代行業者、郵便物受取サービス業者、電話転送サービス事業者<今回追加>など)においては、これまでの本人確認や疑わしい取引の届出に関する運用に加えて「取引時の確認事項」が追加されることで、より厳格な顧客管理が求められることになります。
今回公表されたガイドラインである「留意事項について」を確認する限り、特段、特殊な取組みを要請しているわけではなく、「当然この位は顧客管理の一環として情報収集や取り組みを行っているであろう」範囲を明示(例示)しているように思えます。
ただし、それを「疑わしい取引」として届け出る場合だけでなく、そもそも「疑わしい」という段階での「水際」でのチェックにまで一層踏み込んでいる点など実務上は大きな影響があるものと言えます。
例えば、以下のような要請が明示(例示)されていることだけでも、その要求レベルの高さが理解できます。
- 特定取引に当たらない取引についても、例えば敷居値を若干下回るなどの取引は、当該取引がマネー・ローンダリング等に利用されるおそれがあることを踏まえ、十分に注意を払うこと
- 非対面取引については、当該取引の顧客等がなりすまし・偽り等を行っているおそれがあることを踏まえ、例えば、もう一種類の本人確認書類や本人確認書類以外の書類等を確認することで、顧客等と取引の相手方の同一性判断に慎重を期するなどして、十分に注意を払うこと
- 対面取引についても、例えば取引時確認に写真が貼付されていない本人確認書類を用いて行うなどの取引は、当該取引の顧客等がなりすまし・偽り等を行っているおそれがあることを踏まえ、十分に注意を払うこと
- 既に確認した取引時確認事項について、顧客等がこれを偽っている(例えば、マネー・ローンダリング等目的の取引であるにもかかわらず、本来の目的を秘して別の取引目的を申告することは、取引目的の偽りに該当し得る。)などの疑いがあるかどうかを的確に判断するため、当該顧客等について、最新の内容に保たれた取引時確認事項を活用し、取引の状況を的確に把握するなどして、十分に注意を払うこと
これまでもお話しているように、マネー・ローンダリングと暴力団等とは密接に関連しており、それに対する企業の取組みも共通する要素が多いことをふまえ、暴力団等の排除の取組みにおいても、正に、ネーム・ローンダリングやなりすまし、偽名・仮装等を駆使した潜在化(不透明化)と手口の巧妙化に対応することが求められていますが、それが金融機関特有の取組みとしてではなく、全ての事業者においても必要なものであり、その意味では顧客管理のあり方の参考にすべきものだと言えます。
4.マンション管理組合標準規約への暴排条項の導入の是非
暴力団をめぐるマンショントラブルを防ぐため「マンション標準管理規約」を見直している国土交通省が、新たに導入する暴力団排除規定について、「憲法違反の恐れがある」との慎重論があったため入居済みの組員を追い出せる条項を盛り込まない方針であるということです。
今回の改正案では、暴力団排除規定により、組事務所としての使用・賃貸・譲渡や、組員の住居としての新規入居・賃貸・譲渡の禁止を明示、分譲時の原始規約に組員排除条項を盛り込み、反社会的勢力ではないという誓約書の提出を義務付けることで、組員と判明した場合に退去を促せるようにする一方で、既存のマンションに住んでいる組員に退去を求められる条項の導入については、有識者会議で意見が割れたようです。
▼国土交通省:マンションの新たな管理ルールに関する検討会について(第8回議事録)
※最終の結論の公表まで至っておらず、例えば26~32ページ部分の議論など参照のこと
ただ、公営住宅からの暴力団員の排除が争点となった平成21年10月の最高裁の判例によれば、暴力団構成員という地位は、暴力団を脱退すればなくなるものであって社会的身分とはいえず、暴力団のもたらす社会的害悪を考慮すると、暴力団構成員であることに基づいて不利益に取扱うことは許されるというべきであるから、合理的な差別であって、憲法14条(法の下の平等)に違反するとはいえないと判断されています。
慎重に議論するのは当然のこととして、社会の要請が明らかに変化(厳格化)している社会情勢からみて、ある意味、時代の流れに逆行するような判断については、今後、パブリックコメント等を通じて、様々な議論がなされることを期待したいと思います。
5.暴力団関連ニュース
ここでは、企業活動を偽装するなどして活動している実態や、企業として注意しておくべき動向・参考にすべき最近の事例について、いくつかご紹介しておきたいと思います。
(1)銀行口座開設で詐欺形式犯で異例の実刑
暴力団幹部であることを隠して銀行口座を開設したとして、詐欺罪に問われた指定暴力団住吉会系幹部に、山形地裁米沢支部が懲役7月の判決(求刑・懲役1年)を言い渡しており、事実上実害のない「形式犯」で実刑という全国でも珍しい厳しい判決となっています。
ただし、金融機関をはじめ企業実務においては朗報であると言え、暴力団排除の企業の取組みに「実効性」と「立ち向かう勇気」を与えるものだと言えると思います。(2)福岡での「標章」掲示の取組みが危機
暴力団組員の立ち入りを禁じる「標章」を掲示している飲食店が、この1ヶ月のうちに北九州市小倉北区と同市八幡西区で合わせて1割以上減っているということです。
今年8月の福岡県暴力団排除条例の改正施行で、福岡市や北九州市の7地域が標章の掲示対象となり、その効果が期待されていましが、標章掲示店に不審火や「標章を剥がせ」などの脅迫電話のほか、飲食店関係者への切りつけなどの事件も相次いだことから、関係者の不安が浮き彫りになった形となってしまいました。全国で施行されている暴力団排除条例に対して「暴力団との対決を市民・企業に転嫁するものだ」という論調がありますが、このような事案に対して警察が厳しく取締り信頼を回復しない限り、残念ながらその懸念が現実となりかねません。
一方で、事業者もここで踏ん張らない限り、暴力団排除の機運が先細りしてしまい、暴力団の思う壺となってしまいます。このような状況にあってなお「標章」を掲示している飲食店等の関係者の勇気に報いる意味でも、改正暴対法をはじめ警察や弁護士との連携など考えうる手段を総動員してより一体となって暴力団排除運動を展開していく必要があると言えます。
(3)元後藤組組長が使用者責任を認め遺族に1億1千万円支払いで和解
2006年に東京・北青山のビル管理会社顧問の男性が指定暴力団山口組系組員に刺殺された事件(いわゆる真珠宮ビル事件)を巡り、男性の遺族が山口組組長の司忍(篠田建市)や元後藤組組長の後藤忠正らに計約1億8700万円の損害賠償を求めた民事訴訟で裁判外での和解が成立しています。
暴力団組長に対する使用者責任は、平成15年に、最高裁で初めて山口組の五代目組長に対し、使用者責任を認め損害賠償を支払うよう命じる判決が下されたのがきっかけとなっています。
この裁判は、抗争事件警戒中に指定暴力団山口組の下部組織の組員に誤って射殺された警察官の遺族が、組長や実行犯らに計1億6400万円の損害賠償を求めた訴訟で、「組の威力を利用した資金獲得活動に関し、組長と組員は使用者と被使用者の関係にある」との最高裁の判断により、組長に使用者責任を認め、組長側の控訴を棄却し、組長らに計8000万円の支払いを命じたものです。
これを受け、平成16年に暴対法の3回目の改正で、「指定暴力団の代表者は組員が抗争により他人の生命、身体または財産を侵害した時は、損害を賠償する責任がある」こととなり、平成20年には、暴対法の4回目の改正によって、「暴力団員がその暴力団の名称を示すなど威力を利用して資金獲得活動を行い、他人の生命、身体または財産を侵害した時は、その暴力団の代表者が損害を賠償する責任を負う」こととなりました。
暴力団排除の社会的要請の高まりにより、一部の組を除き、暴力団の組織運営の経済的な基盤が揺らいでいるのは事実であり、その経済的基盤の弱体化に大きく寄与する有効な方策のひとつが正に「使用者責任の追及」であると思われます。
市民生活や企業の活動においては、損害賠償請求は日常的に行使されている権利であり、暴力団からの被害についても全く同様に行っていくべきということであり、「損害を与えた場合は確実に賠償請求される」ことが定着した場合、暴力団側としても迂闊な行為ができなくなることにつながり、最終的には暴力団からの不当要求の大きな抑止となり得ます。
また、厳しい言い方をすれば、暴力団から金品を脅し取られるなどの被害に遭っても何らの回復措置を講じないということは、その分だけ、暴力団の活動を助長することにもなりかねず、暴力団排除条例の主旨をふまえれば、むしろ、損害賠償請求は義務であると考えるべきではないでしょうか。
▼政府広報オンライン(2008年):暴力団員から脅し取られるなどしたお金は、勇気を持って損害賠償請求しましょう。~暴力団対策法が改正されました~
(4)イタリアでマフィアと癒着している市長と市議を全員解任
イタリアのモンティ政権が、南部のレッジョカラブリア市の市長と市議30人全員を「地元マフィアに支配されている」として解任しました。
同国の地方自治体は汚職や放漫財政などの不祥事が相次いでおり、財政再建を急ぐモンティ政権が本格的な地方改革に着手したことを示す意味があるとされており、さらに、イタリアには、マフィア対策の一環として、マフィアとの癒着が確認された地方自治体の長や地方議会議員を中央政府が解任できる法律があります。
翻って、日本の場合、国会議員ですら利権絡みで暴力団との関係が取り沙汰されていますし、完全非合法である「マフィア」と暴対法で定義されている「暴力団」という根本的な相違もありますが、まだまだ取り組みが生温いということではないでしょうか。
(5)ロンドン警視庁、警官入れ墨禁止令
英ロンドン警視庁は、入れ墨が見えると職業的イメージを傷つけるという理由により、所属の警察官や職員に対し、顔や首、手など体の露出している部分に入れ墨をすることを禁じ、他の部分の入れ墨は常時隠すよう、また、既に入れ墨をしている者については11月中旬までに上司に書面で報告するよう義務づけ、違反者は処分するといった通達を出したということです。
人権意識の高いイギリスでですら、そして、おそらくファッションとしてのタトゥーですら、このような対応を行っているのに対し、今年5月に公表された大阪市職員に対する調査対応を巡る騒動もまた生温いということになるのでしょうか。
「入れ墨の禁止」と「暴力団排除」の関係については、過去「暴排トピックス6月号」でも取り上げておりますが、ここでも、簡単にお話しておきたいと思います。
まず、入れ墨を施す行為については、厚生労働省より、「医師免許を有しない者による脱毛行為等の取扱いについて(平成13年11月8日医政医発第105号厚生労働省通知)」が出ており、「針先に色素を付けながら、皮膚の表面に墨等の色素を入れる行為」については、「医師が行うのでなければ保健衛生上危害の生ずるおそれのある行為であり、医師免許を有しない者が業として行えば医師法第17条に違反すること」が明記されています(医療面では、他にも感染症との関係も問題視されています)。
また、神戸市の「須磨海岸を守り育てる条例」のように、「他の者に不安を覚えさせ,他の者を畏怖させ,他の者を困惑させ,又は他の者に嫌悪を覚えさせることにより,当該他の者の海岸の利用を妨げること」として「入れ墨その他これに類する外観を有するものを公然と公衆の目に触れさせること。」の禁止を明示しています。
入れ墨を入れる行為自体が法令違反を助長する行為ととられかねないこと、感染症の拡大を招きかねないこと、さらには、他人に不安や困惑・嫌悪を起こさせるものとして、とりわけ、公衆浴場(温泉、大浴場、サウナ、銭湯、スーパー銭湯、健康ランドなど))や遊園地、プール、海水浴、ジム、ゴルフ場などへの入場が規制される根拠となっています。
とはいえ、まず整理しておくべきは、「入れ墨の禁止」と「暴力団排除」はあくまで別次元の話であり、入れ墨をしているから暴力団と関係があるとして禁止するものではないということであり、ファッションであろうと「入れ墨を排除する」相応の根拠が存在するということです。
なお、先般の大阪市職員を対象にした入れ墨調査については、回答を拒否して戒告処分を受けた市交通局の男性職員が、処分は不当で精神的苦痛を受けたとし、市を相手取り、処分取り消しと慰謝料500万円を求める訴訟を大阪地裁に起こすといった最近の動きもあります。
(6)大阪にも「半グレ」集団か
ヤクザと堅気のグレーゾーンに身を置いて、暴力団顔負けの傷害事件や非合法ビジネスを繰り返す「半グレ」集団ですが、東京・六本木を拠点にする「関東連合」だけでなく、関西方面でも近年、地域の半グレ集団(格闘技集団「強者(つわもの)」から派生したものと言われているようです)が関与した暴力事件が相次いでいるようです。
半グレ集団は、暴走族OBらで構成され、暴力事件のほか、ヤミ金や振り込め詐欺、貧困ビジネスにも手を染めるとされており、暴力団に所属した過去を持たないため、警察に構成メンバーらの蓄積データはほとんど存在せず、暴対法や暴力団排除条例の対象外であることから、暴力団を尻目に勢力を拡大しているのが現実です。
とはいえ、企業実務の面から見れば、半グレ集団は明らかに「反社会的勢力」であり、企業が関係を持つべき相手ではないことも疑いようがなく、当然ながら、その行為要件をはじめ、各社の反社会的勢力の定義に基づいて、粛々とその排除に取り組んで頂ければよいと言えます。
6.暴排条例勧告事例
(1)大阪府①
指定暴力団山口組の代紋を組員が着用する「戦闘服」に刺しゅうするよう注文したとして、大阪府公安委員会は、大阪府暴力団排除条例に基づき、府内に拠点を置く同組直系の11組織に注文を行わないよう指導しています。また、府公安委委員会は、注文を受けた大阪市内の縫製会社にも指導しています。
(2)大阪府②
暴力団組員に駐車場を貸したとして、大阪府内の不動産会社と指定暴力団山口組直系組長に対し、大阪府暴力団排除条例に基づく行政指導を行っています。昨年4月から今年10月まで、相手が暴力団関係者と知りながら13台分の駐車場(組事務所から約30メートル)の賃貸契約を月15万円で結んでおり、1台分のスペースにスーツ姿の組員が常駐して車の誘導などを行っていたということですから、「相手が暴力団であると知って」の利益供与に該当します。
(3)山梨県
山梨県は、会社の役員に暴力団員が就任していたとして、身延町の「長沢建材工業」を6ヶ月間の指名停止処分としています。山梨県によると、暴力団関係者の役員就任が判明し、県が会社を指名停止処分にするのは初めてということです。
(4)東京都
東京都住宅供給公社発注の住宅改修工事で、孫請けの建設会社が指定暴力団稲川会系暴力団員を工事請負代金の未収金の取り立てに使ったとして、警視庁は、各団体と締結した暴力団排除に関する合意書に基づく措置ということで、国土交通省や東京都など関係40団体に対し、建設会社「有元組」(練馬区)の入札参加資格を取り消すように要請しています。
(5)福岡県
家出中の少年2人を組事務所で寝泊まりさせたとして、福岡県公安委員会は、暴力団山口組系幹部に対し、改正福岡県暴力団排除条例に基づく中止命令を出しています。同条例は青少年を組事務所に立ち入らせることを禁じており、今回が初の適用となるということです。
- 犯罪収益移転防止法の施行(平成19年)をはじめ、被害を認知した警察署から当該被害口座を管理する金融機関に口座凍結を依頼する仕組みや、平成21年1月からは凍結口座名義人リストの運用(警察庁から全銀協等へ提供)が開始されています。