暴排トピックス
取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人
1.金融検査結果事例集から学ぶ
(1)反社会的勢力への対応
(2)疑わしい取引等
(3)一般の事業者が認識しておくべきこと
2.最近のトピックス
(1)AML(アンチ・マネー・ローンダリング)/CTF(テロ資金供与対策)
(2)暴力団等を巡る問題提起
(3)その他の組織犯罪動向
3.最近の暴排条例による勧告事例ほか
(1)勧告事例(岡山県)
(2)勧告事例(東京都)
(3)暴排条例違反による罰則事例(福岡県)
(4)暴排条例に定めた支援策の実情(福岡県)
(5)暴排条例に基づく公表により解散へ(兵庫県)
(6)暴排条例見直しの動き(京都府)
1.金融検査結果事例集から学ぶ
「金融検査結果事例」は、金融庁が、平成17年から、金融庁検査において「検査重点事項」に掲げられている項目を中心に、指摘の内容・頻度を勘案して、金融機関が適切な管理態勢を構築する上で参考となる事例を取りまとめ、公表しているものですが、今般、その平成24検査事務年度後期版が公表されています。
▼金融庁「金融検査結果事例集(平成24検査事務年度後期版)」
今回についても、「法令等遵守態勢」の中で、反社会的勢力への対応、マネー・ローンダリング及びテロ資金供与の防止態勢等について取り上げていますので、以下に最新の指摘内容を紹介したいと思います。また、あわせて、当該事例や指摘内容から、今後の反社排除実務にとって重要なことは何かを読み取り、当社のコメントを付しておきたいと思います(なお、引用部分の下線は全て筆者によります。また、必要に応じて一部再構成しております)。
(1)反社会的勢力への対応
①コンプライアンス担当部門は、全国銀行協会から提供される「反社会的勢力リスト」に新たな反社会的勢力が追加された場合には、既存取引先に対するスクリーニングを行うこととしていない。また、同部門担当役員は、こうした実態を取締役会に報告していない。こうした中、今回検査において検証したところ、当行が把握していない反社会的勢力等との取引が多数認められる。(地域銀行、大中規模)
【SPNコメント】
反社データベースが更新された場合は、既存の顧客についてもあらためてスクリーニングを行うべきとの指摘については、実務上、厳しく受け止める必要があります。当社では、定期的に既存顧客をチェックする必要性を説いていますが、顧客の属性が一夜にして変貌してしまうリスクはもちろんのこと、当社のデータベースも日々更新されていることを根拠としています。あらためて、定期的なチェック体制について検討することの重要性についてもご認識頂きたいと思います。
②警察から捜査関係事項照会を受けたことにより把握した反社会的勢力等の情報について、事務リスク管理部門は、当該情報を把握した際に、疑わしい取引の届出は行っているものの、当該情報のコンプライアンス統括部門への報告は行っていない。(地域銀行、中小規模)
【SPNコメント】
社内における情報共有の難しさを物語る指摘であり、警察からの照会への対応や犯罪収益移転防止法上の「疑わしい取引の届出」対応、反社会的勢力対応と、それぞれの主管部門が異なる場合に生じがちな問題です。そもそも「疑わしい取引」においては、暴力団等の関与した取引も含まれますから、部門間でより緊密な連携が必要となると思われます。最低限、「警察からの照会」「疑わしい取引」「反社会的勢力関連」のいずれかでも、タイムラグなく全社的に共有する仕組みを整えておくべきでしょう。
③コンプライアンス統括部門は、反社会的勢力に関する情報収集及び管理の対象を暴力団関係者等の「個人」に限定し、「法人」を反社会的勢力データベースに登録することとしていない。こうした中、今回検査において検証したところ、反社会的勢力データベース登録先と法人取引先を照合した結果、法人取引先の代表者が反社会的勢力データベースに登録されているが、同法人については反社会的勢力データベースへの登録が行われていない事例が認められる。(信用金庫及び信用組合、中規模)
【SPNコメント】
この指摘についても、実務を担当されている方であればヒヤリとするのではないでしょうか。取引先等の法人に対する反社チェックを行う場合、通常は、同時に役員等も確認するためこのような問題は少ないと思われますが、個人としての取引先であった場合などで、名寄せが十分でなければこのようなモレが生じるものと思われます。そもそも、法人・個人を網羅した顧客台帳の整備(とりわけ、個人の方の勤務先や役職等まで把握されていることや法人の役員の把握など)が反社チェックの実効性を高めるためには欠かせません。
④営業推進部門は、反社会的勢力ではないことの表明・確約を得た顧客について、後日、反社会的勢力であることが判明した先があるにもかかわらず、融資担当者が新規開拓した先であり取引解消は困難であるとして、取引解消に向けた検討を行っていない事例が認められる。(信用金庫及び信用組合、小規模)
【SPNコメント】
本事例における「取引解消が困難な理由」が、もはや通用しないことはご理解頂けるものと思います。自社から積極的に取引開始を提案しておきながら、最終的に反社会的勢力との関係を理由として解消を申し入れることが極めて難しいのは事実ですが、そもそも反社会的勢力排除の取組みについては、業務ライン以外の部門が統括することが望ましく、業務上の経緯とは別に、十分な根拠資料を収集し、弁護士等とも連携しながら当該統括部門が対応することで問題はありません。ただし、相手の反撃を抑えるためにも、より慎重な準備や判断・手続きが求められるのは言うまでもありません。
⑤コンプライアンス部門は、業務委託契約については、契約前に、反社会的勢力データベースに登録されていないかどうかを確認しているとして、本部各部及び営業店に対して、業務委託契約書に暴力団排除条項を導入するよう指示していない。こうした中、今回検査において検証したところ、業務委託先の大半について、業務委託契約書に暴力団排除条項が導入されていない実態が認められる。(地域銀行、大中規模)
【SPNコメント】
契約前に反社チェックを行っているから、暴排条項までは必要ないとの判断については、やはり問題があると言わざるを得ません。例え、「過去」「現在」は反社チェックで確認できても(もちろん100%確認できるわけではありません)、「未来」については暴排条項によって規制・けん制していくしかないからです。そして、「未来」の自社の対応の拠り所のひとつとなるのが暴排条項であることも十分ご認識頂きたいと思います。現在でも、新規契約には暴排条項の対応は出来ているが、全ての既存顧客については対応できているわけではないという状況が散見されますが、関係解消の実務の観点から言えば、むしろ既存顧客ほど速やかに暴排条項の対応(表明・確約書、覚書、再締結等)をすすめるべきとの意識でお取組み頂きたいと思います。
⑥コンプライアンス統括部門は、普通口座の開設及び投資信託の購入などの取引については、当日中に適切な事前審査を行うことができないとして、営業店に事前審査を行わせることとしていない。こうした中、今回検査において検証したところ、当行に普通預金口座を有している反社会的勢力データベースへの登録先の中に、反社会的勢力としての認定日以降に口座が開設されている事例が認められる。(地域銀行、大中規模)
【SPNコメント】
言い換えれば、「口座開設にあたっては必ず事前審査を行うべき」とする指摘となりますが、実務上は、反社チェックの実施および取引可否判断のタイミングや実施体制等が問題となります。また、万が一、事前審査では見極めが出来ず口座を開設してしまったとしても、反社会的勢力でないことの表明・確約を取り付けておくことで、後日、関係解消を図ることが現実的な対応となります。ただし、本事例においては、「事前審査を実施するために十分な仕組み」が整備されていないこと自体を問題視している点に注意が必要です。つまり、反社チェックをほぼリアルタイムで実施できる体制等が求められているということだけでなく、例えば、スピードを重視する必要性から現場に全面的に取引可否判断の権限を委譲しているような場合には、(反社チェックを当該現場で自己完結の形で実施しているとしても、)「恣意性を排除した、適正かつ適切な取引可否判断」のために、そのあり方を見直す必要があるということでもあります。ただし、どんなにきちんとした事前審査体制を整備したとしても、後日、反社会的勢力との関係が発覚するケースもあることをふまえ、表明・確約をはじめ、顧客のモニタリング(定期的なチェックを含む)が必要となることは言うまでもありません。
⑦総務部は、反社会的勢力データベースの掲載対象を暴力団員等に限定し、例えば「暴力団の資金獲得活動に与する行為を行っている者」など、暴力団員等以外の者で反社に含まれ得る者についての情報収集を行っていない。(生命保険会社)
【SPNコメント】
生命保険会社各社では、従来より(リスク管理の観点から)新聞情報等を通じた暴力団員等の情報収集を行っています。また、生命保険の審査時に、例えば、全身に入れ墨があるといった端緒情報も収集したうえで引受可否判断を総合的に行っていますので、社内限の、ある程度の独自データベースが整備されているとも言えます。しかしながら、「関係を持つべきでない」反社会的勢力の定義・範囲は時代とともに変化しており、現在では、暴力団員等に限定されない、共生者等に関する情報を積極的に収集し、現実的な見極めや取引可否判断を「個別に」行っていく必要性が高まっています。つまり、過去の狭いデータベースのみに依存した反社チェック体制では実効性が担保できなくなっており、日常業務における端緒情報を広く収集しながらデータベースを拡充する努力、さらには、データベースだけに依存しない、「目利き」能力を組織として高めていく努力が求められているということになります。
⑧コンプライアンス統括部門は、「反社会的勢力対応要領」において反社情報の収集・提供部署を限定しており、それ以外の部署については事務処理マニュアルや事務フローを整備していないほか、各部署に対して、反社グレー先(元反社あるいは反社の親族である先又は反社の疑義がある先)についての報告基準等を明示していない。こうした中、今回検査において検証したところ、各部署が反社又は反社グレー先と認識している契約関係者について、同部門への報告がなされていない事例が多数認められる。(損害保険会社)
【SPNコメント】
データベース偏重の傾向にある反社チェック実務に対して、当社では、「反社会的勢力との関係の端緒は日常業務の中に潜んでいる」と警告し続けています。本事例は正にそのリスクが顕在化したものであり、大変残念な取組み状況、問題ある組織的な体質だと言えます。各部門の対応状況からは、「反社会的勢力への対応を統括する部門が現場から情報を吸い上げようという意識がないこと」および「端緒を把握している現場も、問題の重大性が認識できておらず、統括部門へ報告を上げようという意識がないこと」の両面において組織的な脆弱性が認められます。現在の社会的要請をふまえれば、実務上、「組織として(現場に潜む)端緒を見つけに行くこと」「反社会的勢力との関係は企業の存続に関わる重大なリスクであること」「隠ぺいした不祥事案は必ず発覚する(表面化する)こと」を肝に銘じ、端緒情報の共有のあり方を常に見直していくことが求められています。
(2)疑わしい取引等
①コンプライアンス統括部門は、(1か月間の入出金回数等が一定の基準に該当した場合に疑わしい取引として対応を検討することとなっているが)基準が振り込め詐欺などの短期間での犯罪に係る被害等の未然防止につながっていないにもかかわらず、モニタリング方法や基準の見直しを検討していない。例えば、1日の入出金回数に着目した基準や非稼動口座の再取引に着目した基準を導入することについて検討していない。(地域銀行、大中規模)
【SPNコメント】
マネー・ローンダリング事案や振り込め詐欺等における口座の不正利用については、犯罪の手口が目まぐるしく変わっていることもふまえれば、常に「疑わしいとする基準を見直す」ことが求められますし、当然ながら、それは「より精緻なもの」になっていくはずです。「実践してみても未然防止につながっていないようだ」あるいは「これまでの手口からみて、論理的に十分でないことが分かっている」といったレベルの取組みでは、犯罪組織に利用されるだけという危機感が足りないように思われます。このことは、全てのリスク管理に通じる他山の石として認識すべきであり、常に「ルールは正しいか」「ルールは時代に合っているか」「ルールは守られているか」といった観点から、柔軟に見直す「勇気」と「覚悟」が、組織には求められています。
②既に当行に口座を保有している顧客が新規に開設した口座について、複数口座の開設理由を具体的にヒアリングするよう定めていないほか、預為連動入金禁止の設定対象としていないなど、複数口座の保有者による口座の不正利用を防止する観点からの対応は不十分なものとなっている。(地域銀行、大中規模)
【SPNコメント】
複数口座の開設については、犯罪に利用されたり、口座の不正売買につながる可能性があることから、正当な理由がない限り認められない運用となっている金融機関が多いと思いますが、当該金融機関においてはそのような犯罪防止の観点、危機意識が欠落していたようです。実際の金融庁の評定コメントとして、「管理者レベルの弱点が認められる」とされており、取組みレベルのスタンダードに対する認識や当然有しておくべきリスクセンスといった点について、特定個人というよりも組織的な弱点として指摘している点が注目されます。
③事務リスク管理部門は、営業店が、当該還元資料(当該部門が抽出基準に該当するものを営業店等に還元した資料)を適切に活用して疑わしい取引の届出の必要性を検討しているかどうかについての検証も行っていない。(地域銀行、大中規模)
【SPNコメント】
前項コメントとの関連で言えば、「ルールは正しいか」「ルールは時代に合っているか」「ルールは守られているか」の3つの観点から常に「検証」を行うことの重要性がご理解頂けるものと思います。この事例では、事務リスク管理部門としては、提供している還元資料が実務上有用なものであるのか、営業店が活用しない理由は何か、といった点に常に気を配り(=検証を行う)、その結果をふまえて「基準や運用を見直す」ことが求められているということです。
(3)一般の事業者が認識しておくべきこと
個別の指摘事項については前項の通りですが、不備のある金融機関に対する評定における金融庁のコメントとして、以下のようなものがあります。
①疑わしい取引の届出件数及び不正利用口座数がともに増加傾向にあり、反社会的勢力との取引先数も相応にあることから、当行口座が犯罪に利用されることにより、重大なレピュテーショナル・リスクに晒され、経営に大きな影響を与える可能性が高い。
②反社会的勢力等への対応については、経営陣レベルの弱点が認められる
③当行が把握していない反社会的勢力等との取引が多数認められるなど、当行の業務の適切性等に対する影響が認められる
いずれも相当厳しい内容となっていますが、裏返せば、振り込め詐欺をはじめとする事案が増加傾向にある社会状況の中で、金融機関が適切にその社会的責任を果たすべきだとする強い危機感が読み取れます。そして、知らず知らずのうちに(あるいは意図せずして)「犯罪インフラ」となりかねない商材を提供している事業者はもちろんのこと、反社会的勢力のアプローチが全ての業種・業態、企業規模をターゲットとしている現状にあっては、自社が取引先との関係の中で「知らず知らずのうちに、反社会的勢力、マネー・ローンダリング、テロ資金供与、脱税ほう助、贈収賄その他不正等に関与する商流の一部として位置付けられてしまう」リスクを認識し、一般の事業者においても、同様の危機意識を共有していくことが重要です。
さて、これまでの金融検査結果事例集を確認する限り、回を追う毎に、指摘されている内容がより具体的になるとともに、より厳格な対応を求める傾向が顕著になっています。
この事例集における「厳格な対応」のレベル感は、現時点ではあくまで金融機関に対してのものではありますが、一般の事業者においても、その意図するところはきちんと汲み取り、民間企業としてできる最大限の努力を講じていくことが、万が一の際の説明責任を果たすためには極めて重要です。
その一方で、一般の事業者が認識しておくべき重要な点は、そのレベル感がこのように具体的に示されているという事実であり、「そこまで必要ないと判断した」理由を社内で明確にしておく必要すらあるということです。クライシス対応においては、「何をしてきたか」より「何をしてこなかったか」に世間の関心が向かいがちであり、そこに説明責任が生じるのです。つまり、「厳格な対応」のレベル感というのは、金融機関という他人事ではなく、自社におきかえて考えることが必要なのです。
2.最近のトピックス
(1)AML(アンチ・マネー・ローンダリング)/CTF(テロ資金供与対策)
①スイス金融機関の「厳格な守秘義務」からの転換
スイス政府は、米国人顧客の隠し資産に関する口座情報の提供に関して、米司法省と合意、スイスの銀行が顧客情報を提供し一定の罰金を払えば、脱税ほう助罪で米当局に起訴されることを免れ、厳しい刑罰を回避できることになりました。また、スイスの銀行業界団体であるスイス銀行家協会は経済協力開発機構(OECD)などが脱税対策として導入する銀行口座情報の共有制度に応じる方針を固めたということです。
スイスの銀行は顧客情報を厳格に保秘することから富裕層を中心に預貯金を集めてきましたが、マネー・ローンダリングやテロ資金供与、課税逃れなどを助長するとの観点から国際的に疑問の声もあがっていました。
ただし、その動きはスイスに限ったことではありません。スイスと並ぶプライベートバンクの本場、ルクセンブルクも2015年までに個人の銀行情報の守秘制度を解除すると言われています。また、ケイマン諸島、バミューダ、英領バージン諸島(BVI)などのいわゆる「タックスヘイブン」地域についても、欧米諸国の求めに応じて租税情報の交換や情報開示に応じる協定に合意しています。
富裕層や企業の富の流出を食い止め、先進諸国の税収増を図りたい思惑がうかがえますが、一方で、犯罪組織の資金ルートの解明(それに付帯して怪しげな企業や人脈の把握)あるいはその結果、被害回復の契機となることを期待したいと思います。
②バチカンの改革
これまでもご紹介している通り、ローマ法王によるバチカン内部の改革が進みつつあります。今回、マネー・ローンダリングだけでなく、テロ組織への資金流出、大量破壊兵器関連の投資も防止し、取り締まる目的で、バチカンの内部監査部門である「財務情報監視局」の権限を強めるとともに、バチカン銀行や資金を扱う法王庁各部局への監視、規制を徹底し、監督活動を調整するための「財務安全委員会」が新設されるということです。
さらに、裏舞台で絶大な権限を握っていたとされる法王庁のナンバー2の退任によって改革が加速するとも言われています。
(2)暴力団等を巡る問題提起
①福知山の露天爆発事故
3人の死者、57人の重軽傷者を出す大惨事となった同事故については、事故を起こした露店商が、大会を主管する福知山商工会議所に営業実態と異なる出店許可申請書を提出、従業員についても、住所氏名や連絡先が空欄のままだったにもかかわらず、同商工会議所は出店許可を出していたことなどが判明しています。
さらには、商工会議所が記者会見で、実行委員会が警察を通じて暴力団関係者でないことを確認したうえで出店を認めているとする一方で、防火対策の指導・点検をしていなかった理由のひとつとして、「業者の組織は、我々が深く入っていけず、先方もあまり関与されたくない雰囲気がある。そうした慣習のもとで出店を許可していた。今後、見直していく必要があると思っている」と述べています。
人命に関わる安全管理の観点からは当然ですが、暴力団排除条例(暴排条例)による公表措置により解散に追い込まれた「兵庫県神農商業協同組合」の件とあわせ、暴力団のルーツのひとつとされる的屋、露天商の健全化、すなわち、一般事業者なら当然求められる業者管理を「聖域なく」適用していくことが求められていると言えます。
②競売での組事務所購入
中部弁護士会連合会の調査によれば、東海・北陸6県の暴力団事務所の約1割が、裁判所による不動産競売で取得されていたということです。
暴排条例で不動産取引を規制する一方、競売には暴力団排除条項がないのが現状で、全国的にも競売が暴力団の事務所確保や資金源になっている可能性があるということで、日本弁護士連合会は暴力団の参加を禁じる法整備を求める意見書をまとめています。
▼日本弁護士会連合会「民事執行手続及び滞納処分手続において暴力団員等が不動産を取得することを禁止する法整備を求める意見書」
(3)その他の組織犯罪動向
①ネット不正送金
インターネットバンキングをめぐる不正送金事件で、警察庁が、送金先として使われた口座の情報を全国銀行協会に加盟する金融機関に提供、同一名義があった場合、本人が管理していないことを確認するなどした上で、凍結してもらうよう要請しています。
今年1~7月に不正送金先として使われたのは589口座あり、約75%は中国人名義で、多くは留学生や技能実習生だということです。
また、警察庁が今年に入って不正送金に利用され、分析できた99口座の送金、出金履歴を調査したところ、30分未満に引き出されたものが7割あり、金融機関により口座が凍結される前に、犯人側が短時間で引き出している実態が明らかになっています。
このように、不正利用口座の実態が明らかになっても、それを未然に防止することが難しいことに変わりはなく、警察だけでなく、民間事業者も一般市民も、手口の巧妙化やスピード感への対応が迫られています。
②振り込め詐欺
振り込め詐欺犯の実像が変化しています。例えば、最近では受け渡しを拒んだ場合に凶暴化して、強盗・ひったくり事件が急増しているようです。また、組織の拠点(マンションの一室など)に怪しまれないようスーツ姿で出勤したり、「出し子」「受け子」に未成年がバイト感覚で関与し、摘発されるケースも増えているといった具合に、振り込め詐欺対策の浸透・進展に伴い、犯罪組織の不透明化や締め付けの強化が図られている傾向にあります。
一向に衰えない振り込め詐欺ですが、振り込め詐欺に必要な「三種の神器」が「名簿(個人情報)」「携帯電話(架空名義やレンタルなど)」「口座(偽名・借名・第三者名義など)」と言われています。当然ながら、それぞれについて、規制を強化し犯罪に利用されない取組みが進められています。
「名簿(個人情報)」については、振り込め詐欺や投資詐欺グループが悪用する資産家などの個人情報の多くは、いわゆる「名簿屋」と呼ばれる業者から購入されている実態があります。しかしながら、名簿業者の所管官庁は定まっておらず、行政指導や取り締まりを受けた例はなく、悪質な名簿業者の摘発は警察当局でも難しいと言われています。一方で、警察が実際に振り込め詐欺や投資詐欺などの犯行グループから押収した名簿(約60万人分)を逆に利用して、名前の掲載されている高齢者らに注意を呼びかける取り組みを強化しており、一定の成果があがっているとのことです。
また、犯罪に使われた「口座」については、振り込め詐欺救済法に基づき、警察が金融機関に依頼すれば即時での口座凍結が可能となっています。
一方、「携帯電話」については、携帯電話不正利用防止法の規定で即時利用停止ができず、停止には約2週間かかることが悪用され、短期間に同じ携帯電話で犯罪に利用されたケースも散見されており、ネット不正送金同様、ルールやシステム上の脆弱性を突かれた形となっています。このような状況に対し、報道によれば、総務省は「携帯電話は災害時のライフラインの一部。利用停止には一定の時間が必要だ」と述べているようですが、確かにライフラインである一方で、現実的に暴力団員に携帯電話が販売されている状況とあわせれば、「犯罪インフラ」化している実態への対応に消極的であるようにも見えます。
また、「携帯電話」のレンタルについて、警察庁が今年上半期(1~6月)に主にヤミ金融に悪用された携帯電話のレンタル業者を調べたところ、偽造された身分証明書で貸し出していた業者が約74%に上り、明らかに偽造と分かる免許証を使ってレンタルしているケースもあったということが報道されています。レンタル業の開業に届け出は不要で、業者の実態が不透明なことも多く、名簿業者のように実質的に野放しになっている状況から、ヤミ金や振り込め詐欺グループに貸し出す業者も多いと推測されます。このように「携帯電話」の「犯罪インフラ化」が悪質な業者に支えられている実態も含めて、規制・取締まりを強化していく必要があると思われます。
3.最近の暴排条例による勧告事例ほか
(1)勧告事例(岡山県)
組事務所の改装工事をしたとして、岡山県公安委員会は岡山県暴排条例(利益供与の禁止)に基づき、同県内の内装、塗装業者各1社と発注した指定暴力団山口組系組長に同様の行為を行わないよう勧告し、公表しています。
▼岡山県警察「岡山県暴力団排除条例に基づく公表を実施します」
報道によれば、業者は、組事務所の玄関付近に組名を記した看板や監視カメラを設置したほか外壁の塗装工事を行うなどの利益供与を行い、暴力団の活動を助長したとされています。
(2)勧告事例(東京都)
指定暴力団山口組系組長に高級車を無償で貸し与えていたとして東京都公安委員会は、東京都暴排条例に基づき、都内のコンサルタント業者に対し、利益供与をやめるよう勧告、また、組長にも車を使用しないよう勧告しています。
コンサル業者と配下組員は小中学校の先輩後輩の関係であり、頼まれたて断れなかったということです。
(3)暴排条例違反による罰則事例(福岡県)
幼稚園、小学校の近くに組事務所を開設、運営したとして、指定暴力団道仁会系組長らに対して、福岡地裁が、福岡県暴排条例違反で有罪判決を下していますが、同条例の罰則が初めて適用されたケースとして注目されます。
なお、同条例では、「青少年の健全な育成を図る」ため、学校や博物館、公民館などから200メートル以内の事務所開設を禁じています。
(4)暴排条例に定めた支援策の実情(福岡県)
福岡県暴排条例では、暴力団からの損害賠償や組事務所の使用差し止めを求める市民らの民事訴訟を支援しようと費用貸付制度が規定されていますが、当該制度の利用については未だに実績がない状態が続いているということです。
背景には、暴力団の関与が疑われる民間人襲撃事件の多くが未解決であり、そもそも警察が原告を守ることができるのかといった不安が蔓延していることとも関係があるように思われます。
一方で、暴力団幹部が被告となった裁判で、原告側が顔が見られないよう衝立てを要求したのに裁判所側が認めなったということもありました。一般市民が暴力団員を相手に訴訟を起こすこと自体に心理的に大きなハードルがあることから、そもそも暴力団との対決に一般市民が矢面に立たないよう法的に守ることができないのか、今後の課題として検討が必要と思われます。
(5)暴排条例に基づく公表により解散へ(兵庫県)
兵庫県公安委員会の勧告に従わず、暴力団に用心棒代を支払っていたとして、団体名などが公表された露天商約200人でつくる「兵庫県神農商業協同組合」が、解散を決定したということです。
公表されたことにより祭りの露店運営に関与ができない状態となり、組合運営が困難になったと判断したものです。
前述の福知山の爆発事故の影響とあわせ、全国的に露天商の管理の厳格化の流れが明確になっており、資金源を断たれた暴力団の弱体化につながることが期待されます。
(6)暴排条例見直しの動き(京都府)
暴力団にあいさつ料を払ってしまった店に被害を積極的に申告してもらうため店側の罰則を減免することや、暴力団に利益供与した団体に供与停止を求める勧告制度の導入、少年らの暴力団加入を防ぐため未成年者が組事務所に出入りした場合の罰則などの採用など、京都府暴排条例を見直す検討がすすめられているということです。