暴排トピックス
取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人
1. 平成27年警察白書
平成27年警察白書の要約版が公表されましたので、ご紹介します。
今年の警察白書は、「組織犯罪対策の歩みと展望」と題した特集が組まれている点が特徴です。「暴力団情勢」をはじめ、薬物や国際組織犯罪、犯罪組織によるマネー・ローンダリングなど多岐にわたって取り上げられていますが、以下、暴力団情勢・対策を中心に本白書の指摘する事項から重要なポイントを当社なりに読み取っていきたいと思います。
1) 反社リスクの「非一貫性」の認識の必要性
まず、白書には、「今後の組織犯罪対策の取組」について、「犯罪組織は、常に法の規制が及ばない分野や、規制が緩い分野を求めて活動範囲を拡大していることから、犯罪組織の活動を助長している要因を的確に分析し、更なる規制の強化についても検討していく」との指摘があります。
昨年からの状況をふまえれば、「危険ドラッグ」を巡る攻防が分かりやすいかと思われますが、暴力団等が薬物取引を主要な資金源としている中、リアル店舗を1年間でゼロにするまで追い詰めた、旧薬事法の改正(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(略称:医薬品医療機器等法、薬機法)に改められた)をはじめとする厚労省や警察庁を中心とした政府主導の様々な施策・対策の実施、自治体における条例制定の動き、民間事業団体との連携など、多面的かつ迅速な対応が功を奏したと言えます。一方で、危険ドラッグの販売が、ネット通販やデリバリーに移行することで、その実態がより不透明化し、摘発の難易度が上がっている現状があります。長年、覚せい剤等の薬物取引を資金源としてきた暴力団のノウハウや販売ルートが、危険ドラッグ取引にも転用される可能性が高いと考えられることから、危険ドラッグ対策は、むしろ今、正念場を迎えていると言えると思います。
また、この白書の指摘では、「法の規制」がキーワードとなっていますが、それを「暴排の取組み」「暴排の取組みレベル」と置き換えれば、暴排の現状に正に当てはまります。すなわち、「反社会的勢力は、常に暴排の取組みが及ばない分野や、暴排の取組みレベルが緩い分野を求めて活動範囲を拡大している」ということです。
「普通預金口座からの暴排」を例にとれば、メガバンクや地銀等が積極的に暴力団等の口座を解除しているのに対し、それ以外の地域金融機関等についてはこれから本格化する、といった「時間差」がみられます。その結果、これまでメガバンク等ではスムーズに進んでいた解除の実務も、今後、いよいよ追い込まれた反社会的勢力が、地域金融機関等に対して抵抗する場面が増えることが予想され、実務の難易度や危険性はますます高くなり、実効性という意味では、「反社会的勢力との取引だと認識しながらも受け容れてしまう」「その事実が隠ぺいされる」可能性が高まるのではないかとの懸念があります。
また、既にメガバンクにおいては、暴力団等の新規口座開設が全国一律にほぼ困難となっている一方で、地方銀行等の出先(東京をはじめとする大都市圏に構えている支店)に対して、反社会的勢力が積極的にアプローチをしかけている実態もあります。地方銀行の本店が所在する地域と大都市圏等では、反社会的勢力との取引に晒されるリスクは当然ながら大きく異なります。にもかかわらず、本店からの通達・指示内容が、出先における高リスクの実態を十分に理解・反映したものとなっておらず、現場行員に対する教育不足等も相まって不適切な対応がなされているとも聞きます。
同様に、当社が最近関与した事例においても、太陽光発電や地熱発電などの新エネルギー関連事業への介入・トラブル、専門分野以外には脇の甘くなりがちな科学者系のベンチャー企業に対するアプローチ(特許権の名義変更を詐欺的に行い、パテントトロールとして悪用した事例や、IPOを念頭に資本政策の早い段階から仕手筋に連なる人脈が入り込んでいる事例等)など、従来対象となっていなかった分野や今後の成長が見込める分野にいち早く反社会的勢力が入り込み、その規制や対応の甘さにつけ込んでいる実態が明らかになっています。また、新興系・外資系の金融事業者(例えば、資金移動業者や前払式支払手段発行者など)において、反社チェックが他の金融事業者に比べて甘いといった実務面での脆弱性を突かれて、そのサービスを犯罪に悪用されたといった事例も耳にします。
これらの事例に共通しているのは、反社リスクの「非一貫性」に対する認識の不足、「脇の甘さ」です。
メガバンクと地域金融機関、本店と支店、新たな業種・業態・ビジネスモデルなど、反社リスクはその置かれた立場や状況によって異なり、必ずしも一律ではありません。反社会的勢力は、常にその取組みや規制のレベルが一段低くなっている(緩い)部分をターゲットとしており、自社内であっても、その「非一貫性」への配慮は必要となります。その配慮が足りない部分が「脇の甘さ」であり、巧妙に突かれている部分だということです。
2) 「第一線から見た暴力団の動向」に関するアンケートから見えること
今回の特集の中では、警視庁および道府県警察本部の情報官等を対象としたアンケートを実施した結果が取り上げられており、例えば、「暴力団が勢力を維持又は拡大する要因」について、「暴力団の活動を助長し、又は容易にしている共生者や他の犯罪組織・不良集団が存在する」(63.0%)、「暴力団の威力を恐れて、関係を遮断できない市民が多い」(26.7%)、「暴力団排除が徹底されていない業界がある」(15.6%)、「暴力団の活動を容易にする犯罪インフラが存在する」(9.6%)などの結果となっています。
共生者等が介在することによって反社会的勢力が不透明化や手口の巧妙化の度合いを増しているのは当社としても肌感覚として実感しているところであり、また、それを支える「犯罪インフラ」の存在が、実務のハードルをさらに高くしているのも事実です。
とりわけ、不正な名義の口座・携帯電話などの手配師や内通者(協力者)、悪質なレンタル携帯電話業者や名簿業者・電話転送業者・郵便物受取サービス業者、休眠会社のあっせん業者などのほか、犯行拠点をあっせんする不動産事業者、レンタルサーバー業者、偽装結婚等のあっせん業者なども犯罪インフラを支えるグループ(共生者)として認識すべき状況にあり、それらの手口の高度化・洗練化に対応するためには、警察の捜査手法の高度化(通信傍受やGPS捜査、司法取引、おとり捜査、仮装身分捜査などの導入・検討など)、あるいは、白書で指摘されているように、暴力団など組織犯罪の撲滅には、(末端や周辺のモグラ叩きではなく)「主要幹部の摘発や資金源の遮断」が極めて重要なポイントとなると言えます。
さらに、一般事業者においても、自社のビジネスやサービスが健全に利用されているか、犯罪インフラ化していないか、などを常に自ら確認・検証していくプロセスを明確に打ち出すといった「CSR(企業の社会的責任)」の観点からの取組み(具体的な例で言えば、携帯事業者がフィルタリングサービスを提供する、プロバイダが悪質サイトを強制遮断するなど)が広く浸透することを期待したいと思います。
また、このアンケートでは、「10年後の暴力団勢力はどのように変化していると思うか」の質問に対しては、「資金獲得活動の態様がより巧妙化する」(79.3%)、「主要3団体の寡占化がより進展する」(59.3%)、「新たな分野における資金獲得活動が進む」(43.9%)などの回答が多くなっています。
そして、現状について、白書では、「大規模な暴力団の末端組織や中小規模の暴力団を中心に、組織を支える資金や人材が不足している状況」としている一方、山口組をはじめとする「主要団体の中枢組織を中心に、暴力団関係企業や共生者を利用することなどにより、その活動実態を不透明化させるとともに、経済・社会の発展等に対応して、資金獲得活動を多様化させており、強固な人的・経済的基盤を維持している」と指摘しています。
したがって、このアンケート結果からは、最前線にいる現役の警察官も、現状の傾向が今後も続くとの見通しを持っていることが分かります。
さて、このような見通しについては、当社も同様の見解ですが、さらに、暴力団の「少子高齢化」「スリム化」、犯罪収益獲得の実行部隊の「外注化」などが進み、その結果として、コアとなる暴力団の潜在化と周辺の反社会的勢力の勢力拡大(顕在化)という構図が一層鮮明になっていくものと考えています。
【注】 この点については、暴排トピックス2015年4月号にて以下のような指摘をしておりますので、あわせてご参照ください。
- 「暴力団員の減少傾向」が意味していることは、暴力団が「資金の獲得」のために、若者を直接的に組員にして「内側」に取り込むという意味での「受け皿」の役割を自ら捨て、暴力団員の減少や高齢化という代償を払いながらも、組織の「外側」に、不良少年や元不良少年ら若者を取り込んだ「資金源」のスキーム化、組織化・ネットワーク化をすすめ、それによって「資金」を組織に還流させるようになったという構図の変化の表れ(組織のあり方の変質の結果)なのです。
- 「特殊詐欺の深刻化と暴力団員の減少傾向の密接なリンク」という構図が行き着く先は、「暴力団の少子高齢化・組織のスリム化」の進行であり、「外注先」として周辺に存在し、その資金獲得活動を支える準暴力団や特殊詐欺グループなど、別の形の犯罪組織(反社会的勢力)の勢力拡大です。
3) 詐欺事案の増加が意味するもの
白書では、「近年の暴力団構成員等の罪種別検挙状況をみると、恐喝、傷害等の暴力団の威力をあからさまに示す形態の犯罪の割合が減少傾向又は横ばいで推移する一方で、必ずしも暴力団の威力を示す必要のない詐欺の割合が増加するなどしている。この背景としては、数次にわたる暴力団対策法の改正による規制の強化、社会における暴力団排除活動の進展等により、暴力団の威力をあからさまに示して行う資金獲得活動が困難化したことなどが考えられる」と指摘しています。
指摘された内容について異論はないものの、そもそも薬物も窃盗も詐欺ももともとご法度とされていながら、彼らのシノギの中核となってしまっていること自体、自身の存在意義の自己否定(自己矛盾)を示す事実と言えます。そして、そこに大義がない以上、もはや暴力団は、「任侠団体」ではなく、周辺の反社会的勢力を含めて、事業者が関係を持つべきでない「犯罪組織」以外の何者でもないと言えます。
【注】 特殊詐欺と暴力団のあり方の変質の関連については、暴排トピックス2015年4月号にて考察しておりますので、あわせてご参照ください。
2. 最近のトピックス
1) AML(アンチ・マネー・ローンダリング)/CTF(テロ資金供与対策)関連
[1] 犯罪収益移転危険度調査書(案)の公表
国家公安委員会から、「犯罪収益移転危険度調査書」の案が公表されています。(なお、パブコメ募集は終了しています。)
この調査書は、昨年12月に公表された「犯罪による収益の移転の危険性の程度に関する評価書」の内容(暴排トピックス2015年1月号にて解説しておりますのであわせてご参照ください)を踏まえ、昨年の犯罪収益移転防止法の改正により新設された「国家公安委員会の責務」に関する規定に基づき、事業者が行う取引の種別ごとに、危険度等を記載したものとなります。
ここでは、昨年の評価書の指摘事項と重ならない範囲で、本調査書の中から興味深い指摘事項について、かいつまんでご紹介したいと思います。
1. マネー・ローンダリング(マネロン)事犯検挙分析から「主体」
平成26年中のマネロン事犯の検挙事例のうち、暴力団構成員及び準構成員その他の周辺者によるものは60件で、全体の20.0%を占めている(ただし、平成25年中では30.1%)こと、特殊詐欺の犯行グループは、組織的に詐欺を敢行するとともに、詐取金の振込先として架空・他人名義の口座を利用するなどし、マネロンを敢行していることなどが指摘されています。
2. 預貯金取扱金融機関
平成24年から26年までの間(なお、以下についても同期間での集計結果となります)の預金取扱金融機関による疑わしい取引の届出件数は102万7,126件で、全届出件数の94.1%を占めています。その中で、「疑わしい取引の参考事例」に例示された類型のうち届出件数が多かったものと類型ごとの届出件数等については以下の通りであり、大変興味深い結果となっています。
- 職員の知識、経験等から見て、不自然な態様の取引又は不自然な態度、動向等が認められる顧客に係る取引(届出件数17万2,149件、構成比16.8%)
- 多数の者から頻繁に送金を受ける口座に係る取引。特に、送金を受けた直後に当該口座から多額の送金又は出金を行う場合(14万5,333件、14.1%)
- 暴力団員、暴力団関係者等に係る取引(12万4,959件、12.2%)
これまでも本コラムでは、疑わしい取引の届け出においては、システム的な検知よりも行員の日常業務における端緒情報の把握の方が「精度が高い」と指摘してきましたが、このデータからもその傾向が明らかになっていると思います。また、2番目の類型は振り込め詐欺の受け口座の典型的な動きであること、3番目の類型に暴力団等の疑いによるものがあげられていることなどから、特殊詐欺や暴排の観点から取引等を厳しく監視・精査している実態が浮かび上がります。疑わしい取引の届け出自体は犯罪収益移転防止法上の要請ではありますが、マネロン対応や暴排の観点と一体化して取り組むことの重要性・有用性を示しているとも言えます。
また、「預貯金口座」が、犯罪による収益の移転を企図する者にとっては、犯罪による収益の収受や隠匿の有効な手段として悪用され得る点は、既にご認識いただいているとおりですが、「貸金庫」は、主に有価証券、通帳、証書、権利書等の重要書類や貴金属等の財産の保管に利用されるものでありながら、実際には、金融機関は保管される物件そのものの確認はしないため、「保管物の秘匿性が非常に高い」という特徴があります。その結果、貸金庫が犯罪による収益を物理的に隠匿する有効な手段となり得る点に注意が必要です。
さらに、「手形及び小切手」は、現金より物理的に軽量で運搬性が高いうえ、現金化や譲渡が比較的容易で、流通性が高いことから、これらも悪用される危険性は高いと言えます。
3. 保険会社
保険会社等による疑わしい取引の届出件数は8,692件(生命保険6,737件、損害保険1,955件)とまだまだ少ない状況です。
また、類型ごとの届出件数は、生命保険では、「暴力団員、暴力団関係者等に係る取引(5,824件、86.4%)」が圧倒的に多く、損害保険では、「職員の知識、経験等から見て、不自然な態様の取引又は不自然な態度、動向等が認められる契約者に係る取引(992件、50.7%)」「暴力団員、暴力団関係者等に係る取引(696件、35.6%)」などとなっています。
これらの傾向からは、銀行とは商品・サービスの特性の違いもあるものの、マネロン対応という観点からの届け出が比較的少なく、本業に関わる保険金詐欺や暴排の観点からの届け出が多い状況がうかがわれます。
4. 金融商品取引業者、商品先物取引業者等
金融商品取引業者、商品先物取引業者等による疑わしい取引の届出件数は、金融商品取引業者にあっては2万1,103件、商品先物取引業者にあっては72件であり、商品先物取引業者における届出件数が著しく少ない点が今後の課題と言えます。
また、類型ごとの届出件数は、金融商品取引業者では、「職員の知識、経験等から見て、不自然な態様の取引又は不自然な態度、動向等が認められる顧客に係る取引(6,718件、31.8%)」が、商品先物取引業者では、「顧客の取引名義が架空名義又は借名であるとの疑いが生じた取引(43件、59.7%)」がそれぞれ最も多くなっています。
5. 外貨両替業
日本では、外貨両替業で免許制や登録制は採っておらず、誰でも自由に業務を営むことができますが、FATF(Financial Action Task Force:金融活動作業部会)の第3次相互審査において、この点が不備事項として指摘されています。FATFの新「40の勧告」においても、「両替を業とする金融機関は、免許制又は登録制とされ、国内の資金洗浄・テロ資金供与対策義務の遵守を監視及び確保するための実効性のある制度の対象とすべきである。」とされていますので、今後、法制化を含む何らかの制度新設等が検討されるべき状況下にあると言えます。
なお、外貨両替業者による疑わしい取引の届出件数は5,528件であり、類型ごとの届出件数等は、「同一顧客が同一日又は近接する日に数回に分けて同一店舗又は近隣の店舗に来店し、取引時確認の対象となる金額をわずかに下回るように分散して行う場合(2,265件、47.5%)」「多額の現金又は旅行小切手による両替取引(1,281件、23.2%)」などとなっており、業務上の把握される異常値の検知が届け出につながっている状況がうかがえます。
6. ファイナンスリース事業者
ファイナンスリース事業者による疑わしい取引の届出件数は257件で、やや物足りなさを感じる状況です。
また、類型ごとの取引件数等は、「暴力団員、暴力団関係者等に係る取引(178件、69.3%)」「同一の設備等によって複数のファイナンスリース契約を締結し、ファイナンスリース業者から物件代金を詐取しようとしている(所謂「多重リース」)との疑いが生じたファイナンスリース契約に係る取引(30件、11.7%)」などとなっています。
確かに、ファイナンスリースが悪用されたマネロン事犯ではあまりありませんが、暴力団への利益供与の手段として悪用された事例はこれまでも散見されています。当社が確認している限り、リース事業者も暴排に積極的に取組んでいる業界のひとつであり、その取組みの表れとも理解できます。
7. クレジットカード事業者
クレジットカード事業者による疑わしい取引の届出件数は19,358件です。
また、類型ごとの取引件数等は、「暴力団員、暴力団関係者等に係る取引(6,101件、31.5%)」「架空名義又は借名で締結したとの疑いが生じたクレジットカード契約(5,711件、29.5%)」「契約名義人と異なる者がクレジットカードを使用している疑いが生じた場合(2,907件、15.0%)」などとなっています。
以前から「偽名・借名・なりすまし」が問題となっている同業界で、暴力団関係者に関する届け出の方が多いことはやや意外でした(前者の方が圧倒的に多い印象がありました)が、マネロン対応と特殊詐欺等の犯罪対策を一体として取り組んでいる状況がうかがわれます。
8. 郵便物受取サービス業者
郵便物受取サービス業者のサービスについては、実際には占有していない場所を自己の住所として外部に表示し、郵便物を受け取ることができるため、特殊詐欺等において郵便物受取サービスが被害金等の送付先として悪用されている実態があり、本コラムでもたびたび「犯罪インフラ化」していると指摘してきました。
本事業者による疑わしい取引の届出件数は133件であり、類型ごとの届出件数等は、「職員の知識、経験等から見て、契約事務の過程において不自然な態度、動向等が認められる取引に係る取引(23件、17.3%)」「顧客宛てにヤミ金融業者やペーパーカンパニーと思われる営業名称で現金書留や電信為替での送金があった取引(4件、3.0%)」となっています。
絶対的に届出件数が少なく、それは必ずしも業界の健全性を意味していないことは明らかであり、業界をあげた「犯罪インフラ化」阻止の取組みが求められます。
9. 今後注意が必要な新たな技術を活用したサービス
電子マネーのうち、前払式支払手段に該当するものは、一般的に、運搬性に優れ、匿名性が高く、実際にマネロンに悪用された事例が存在していますが、制約の多さ(チャージ金額に上限がある等)から危険性についてはまだまだ未知数だと指摘されています。
一方、ビットコイン等の仮想通貨は、既にその危険性が顕在化しています。移転が迅速かつ容易である上、(送金手数料も既存のサービスより低廉で)利用者の匿名性が高い点が特徴ですが、それが犯罪に悪用される事例も世界的に散見されており、「犯罪インフラ化」の懸念があります。今後、世界的に爆発的な拡がりが予想されるがゆえに、速やかに規制を検討すべき状況にあります。
直近では、FATFでも、今年6月に仮想通貨がテロ組織の資金調達に活用される可能性があるとして、登録制のほか、顧客の本人確認や疑わしい取引の報告義務などの対策、法整備を求める指針の改正を行っています。
それを受けて、日本でも、金融庁や警察庁を中心に、仮想通貨に関して、取引業者を登録制または免許制とするなどの規制を導入するなどして、監視体制を強化する方向で検討が開始されています。
ただ、現時点で日本における仮想通貨の法律上の定義は曖昧なままであり、先日も、マウントゴックスの破たんに関係して、同社の破産管財人に口座残高分のビットコインの引き渡しなどを求めた訴訟の判決で、東京地裁が、「ビットコインは物ではない」などとした上で、「民法上の所有権の対象にならない」として、原告は引き渡しを請求できないと指摘して請求を棄却しています。
まずは、このビットコインをどのように位置付けるかが課題となりますが、「お金」に近づくほどその革新性(利便性や有用性)は大きく減じることになり、犯罪抑止のための規制と利便性のバランスをいかにとっていくかが焦点となります。
[2] テロ対策
今年6月に、内閣府が「テロ対策に関する世論調査」を実施しています。
本調査結果によれば、「日本国内でのテロ発生に不安を感じる」と答えた人の割合は79.2%(不安を感じる49.7%、どちらかといえば不安を感じる29.6%)に達しています。また、「不安を感じる理由」(複数回答)としては、「海外において日本人が巻き込まれるテロ事件が発生しているから」(57.6%)、「「ISIL」(いわゆるイスラム国)などの海外のテロ組織が台頭してきているから」(57.5%)などが多かったようです。
これだけ多くの国民が危機感を抱いているという意味では、危機管理上は大変高く評価できますが、ショッキングな事件の記憶が風化していない状況下での調査であり、日本人の熱しやすく冷めやすい国民性も考慮すれば、まだまだ予断は許さない状況です。
日本は、来年の伊勢志摩サミットや2020年の東京オリンピック等の国際的な重要イベントが目白押しであり、当然のことながら、テロ発生の蓋然性が著しく高まっています。日本そのものがターゲットとなるというよりは、むしろ、国際的に注目されるイベントだからテロリスクが高まるのであって、当事者になる(巻き込まれる)ことは避けられないという意味で、そのリスクや危険性に対して真正面から向き合う必要があります。
また、調査結果によれば、「テロ防止に効果的な対策」(複数回答)として、「テロリストの日本への入国を未然に防ぐ水際対策の強化」(61.8%)、「情報収集力の強化」(51.5%)などに回答が多く集まっています。
これも当然の結果だと思いますが、日本の場合、四方が海に囲まれていることから、主に「海(港)」と「空(空港)」における入国管理の強化がその対策のメインとなると思われます。
一方、具体的な標的(ターゲット)としては、国の重要機関、原子力発電所(原発)、主要な駅などのインフラ関連施設への対策が重要となると言えます。そして、これらの標的にアクセスし、テロの成功率を上げるために、犯行グループが標的内部に「内通者」を潜入させることは世界的にはよく知られています。したがって、「内通者」の事前排除がテロ対策においては極めて重要なポイントとなるのですが、残念ながら、日本においては、昨年、原発作業員等の身元調査の法制化が見送られてしまうなど、現時点で大きな脆弱性を残したままです。全国の原子力関連施設を警備している警察の銃器対策部隊が、爆発物とNBC(核・生物・化学)兵器を用いたテロ対策の訓練を行い、資機材や装備も拡充しているとの報道もありましたが、外部からの攻撃だけでなく、「内通者」リスク、内部からの攻撃への対策も早急に実施すべき段階だと思います。
なお、テロ対策としては、「サイバー攻撃」も重要な防御分野となります。ご存知の通り、日本の政府機関や研究機関、インフラ事業者等に対して同時多発的にサイバー攻撃が仕掛けられている現状に対して、その未然防止などに有効な手を打てているわけではありません。
その意味では、本調査において、「安全と便利さとのどちらを重視すべきか」について、93.6%もの人が「便利さよりも安全を重視すべき」と回答している点がひとつの拠り所となります。
シビアな脆弱性を解消していく取組みは、利便性(場合によっては、さまざまな権利)を犠牲にしたり、制限したりすることと表裏一体であり、日本がターゲットとされていることが明らかである以上、テロは起こるとの前提で徹底した対策を講じるべき時期にきていると言えます。
2) 忘れられる権利
前回の本コラムでご紹介した通り、「忘れられる権利」の適用範囲を巡っては、EU規制当局が全世界で検索結果の削除を求めているのに対し、Google社は、昨年5月のスペインでの判決に従い、欧州のウェブサイトに限定して個人情報の削除に応じる姿勢を貫いています。
その中で、フランスの個人情報保護を取り扱う独立行政法人(CNIL)が、Google社に対して、欧州だけでなく全世界のネット検索結果から削除するよう指示したのに対し、最近、Google社は、「一国が、他国に住む人間がどのような内容にアクセスできるかを管理する権限を持つべきではない」と主張してこれを拒否したことが明らかになりました。CNILはその内容を精査するとしていますが、Google社に対し巨額の罰金が課される可能性も出ています。
さて、この「適用範囲」を巡る議論もまた、極めて悩ましい問題を含んでいます。
インターネットサービスは簡単に国境を超える特性を持っていますので、そこに何らかの規制を設けるとすれば、それは「グローバルスタンダード」であることが求められるでしょう。一方で、表現の自由や知る権利とプライバシー侵害(被害者の権利救済)の緊張関係に対する規制や判例などは、各国が固有の文化、価値観、制度設計、歴史的経緯等をふまえた積み重ねがあり、それは必ずしもグローバルスタンダードと同一とは限りません。ましてや、インターネットにおける情報流通リスクは、極めて今日的なリスクであって、法規制等が全く追い付いていない状況にあり、新たなリスクへの対応は手探りの状況が続いています(例えば、これまで表現の自由や知る権利などの主張が支配的であったインターネット空間で、ようやく、泣き寝入りしていた被害者の権利救済の観点が一定の共通理解を得られ始めているといった捉え方もできると思います)。
つまり、この「適用範囲」の問題は、極めてグローバルなリスクでありながら、ローカルにおける固有の「制度や運用の蓄積」をふまえるというバランスが求められることになります。
先ごろ、総務省のICT サービス安心・安全研究会が公表した「インターネット上の個人情報・利用者情報等の流通への対応について」と題する報告書においては、「法制度の整備」という課題について、正に、「権利救済の推進と表現の自由や知る権利等への影響やバランスに関する一層の検討」「外国事業者が我が国に提供するサービスに対する、我が国の法制度の適用の在り方(内外無差別の要請。執行に関する考え方の整理等)」「インターネットの様々なレイヤーのサービスに対する法の適用の在り方等」の検討を進めることなどが示されており、これまでの日本の取組みを「基本的に有効に機能しており、国際的にも遜色ないものと評価」しながらも、国際的な動向にも配慮するスタンスが明確になっています。
▼総務省 ICT サービス安心・安全研究会報告書「インターネット上の個人情報・利用者情報等の流通への対応について」の公表
また、現状のGoogle社の削除要請への対応については、政治家や公務員、経営者などの犯罪履歴の削除要請には応じていないものの、一般人に関するものについては比較的削除要請に応じている様子がうかがえます(直近の情報によれば、昨年5月下旬から今年3月下旬までの期間にGoogleへ寄せられた削除要求は、21万8320件で、そのうち、95%は単純に個人の私的な情報を守りたいという一般の人々からによるもので、残りの5%が犯罪者や政治家、有名人からの要求だとのデータもあります)。
以前ご紹介した、ヤフーの有識者報告書においても、「公益性の高い属性」(表現の自由の保護の要請が高い属性)として、「公職者(議員、一定の役職にある公務員等)」「企業や団体の代表・役員等、芸能人、著名人」が例示されており、一方の「公益性の高い情報」(表現の自由の保護の要請が高い情報)として、「過去の違法行為 (前科・逮捕歴)」「処分等の履歴(懲戒処分等)」が例示されていますが、それとGoogle社の対応と重ね合わせてみれば、このあたりが現時点のグローバルスタンダードであると言えそうです。
▼Yahoo! JAPAN「検索結果とプライバシーに関する有識者会議」の報告書を公表
しかしながら、日本における暴力団等に関する情報(反社情報)の取扱いの現状については、このグローバルスタンダードとの比較において極めて憂慮すべき状況にあります。
端的に言えば、「5年卒業基準」の運用に潜む危険性が現実のものとなっている、ということです。
ご存知の通り、多くの暴排条例において、「暴力団員でなくなった日から5年を経過しない者」を規制対象とすることが定められていますが、逆に、5年経ったら「シロ」と捉えようとする動き、あるいは、増え続ける「グレー」対象の在庫整理のために、「5年」など一定期間の時の経過を根拠に「ホワイト化」しようとする動きが事業者の間で加速しています。
一方で、その裏腹の動きでもあると考えられますが、暴追センター等の情報提供のスタンスも、そのような運用(5年基準)が標準化している状況が認められます。また、(同一の文脈かどうかは別として)多くの新聞社が、公開している記事に対する削除要請に比較的応じている状況(もちろん各社のスタンスによる相違はあります)、さらには、多くの新聞社が、内規で一定年数(5年より短いケースもあります)経過後の固有名詞(名前等)を匿名化して公開・提供するといった措置がとられている事実などがあります。
これらの結果、暴力団等の多くが再犯に及ぶ傾向があり、過去の逮捕歴等の情報は極めて重要なリスク情報であるにもかかわらず、例えば5年を境として記事や情報の提供が極端に減っている事実があり、その論理的な帰結として、クリーニングのヒット率が下がっている実態があります。そして、他に情報を入手する術もない事業者にとっては、「ヒットしないのでシロ」と認識するしかなく、相手の属性を見抜くことが一層難しくなっている、言い換えれば、暴力団をはじめとする反社会的勢力にとっては、「5年卒業基準」を隠れ蓑にすることが可能となってしまった、というのが現状なのです。
ヤフーの報告書でも婉曲に指摘されているように、「忘れられる権利」においては、「時間の経過」による「公益性」の減少といった考え方がひとつの基準になっていると言えますが、踏み込んだ議論はこれからであるにもかかわらず、そもそも「公益性の高い属性・情報」の代表格である「反社情報」が、個別事情における厳格な比較考量を行うことなく、(勝手に)「5年という基準」(時間の経過)によって「公益性」がないものと判断されてよいのか、といった問題点を、事業者はリスクとしてきちんと認識する必要があるのではないでしょうか。
【注】ただ、注意していただきたいのは、一方でそれは離脱者の更生を阻害するものであってはならず、それは前述した「個別事情における厳格な比較考量」に含まれる要素だと言えます。そもそも離脱者の受け皿となる事業者(ある意味、事業者にとってはリスクテイクです)がどれだけいるかといった問題や、更生が上手くいかなかった場合の当該事業者のレピュテーション・リスクなど、事業者にのみそのリスクを負わせるのは大変酷であり、やはり社会全体で検討すべき課題です。
さて、もう1点、「忘れられる権利」が「インターネット上の情報流通リスク」のひとつであることと関連して、「プロファイリング」の問題についても言及しておきたいと思います。
先に紹介した総務省の報告書では、「インターネットの利用の拡大、技術的な進展、社会的役割の増大により、個人のプライバシー等を侵害する情報の削除等に関する要請が高まっている。また、インターネット上で流通する情報自体はプライバシー侵害情報等に当たらなくとも、様々な情報を集積し、他の情報と組み合わせて分析することによりプライバシー侵害情報等となる可能性もあること(いわゆる「プロファイリング」に関わる議論)も念頭に置くべきである」との指摘がなされています。
既に指摘した通り、「忘れられる権利」は、検索結果の公平性・中立性、表現の自由、知る権利、プライバシーのバランスをいかに取っていくのかという、極めて今日的な「インターネットの情報流通リスク」のひとつであり、無秩序なネット世界に一定の秩序(グローバルスタンダード)をもたらそうとする新たな挑戦(リスクへの対応)だと言えます。
一方、今年3月に、安倍首相は、「機密情報にあたらない検索ワードなどを大量に収集、分析することで傾向が推定される可能性」に国会で言及していますが、この「プロファイリング」が新たなリスクとして顕在化しています。
霞が関の「どの担当者がどのようなキーワードで何を検索しているか」は、国益に絡む機密情報を推測・把握するのに十分であり、奇しくも、米国家安全保障局(NSA)が日本の政府機関や企業の通信を傍受していたことを示すとされる文書を「ウィキリークス」が公表したように、ヤフーやGoogleなどがビッグデータとして保存しているであろう内容(それらは、検索した本人ですら既に忘れてしまっている、「無秩序の断片的な情報」かもしれません)が、海外機関による解析・監視対象となっている可能性、ビッグデータ解析によりそれが秩序づけられてしまう可能性も否定できない状況にあります。
「インターネット上の情報流通リスク」については、国の重要機関等に対する「サイバーテロの脅威」とあわせ、「無秩序から一定の秩序を導きだすビッグデータの功罪」「インターネットの功罪」についても、正しく知り尽くすことの重要性をあらためて痛感します。
3) 贈収賄リスク
贈収賄リスクへの対応の必要性については、本コラムでも度々取り上げ(例えば、暴排トピックス2015年6月号をご参照ください)、「域外適用」問題に対する理解を深めること、コンプライアンス・プログラムの重要性などを指摘してきました。また、FIFA問題においても、当初の見立て通り、米証券取引委員会(SEC)がナイキなど複数の上場企業を対象に、賄賂への関与について、FCPA(米国海外腐敗行為防止法)に抵触する可能性を含め調査中という報道もありました。
そのような流れの中、経済産業者が、企業の海外展開を支援するため、不正競争防止法の外国公務員贈賄罪に関する指針(「外国公務員贈賄防止指針」)を改訂し、一定の方向性を提示しています。
改訂の主な内容としては、営業関連活動に関する法解釈を明確化するとともに、望ましい贈賄防止体制として、現地エージェントの起用や海外企業の買収といったリスクのある行為について、子会社を含む企業グループとして、社内規程の整備や記録、監査といった体制強化などが提示されています。
[1] 法解釈の明確化
- 社交を隠れ蓑にした贈賄を防止するとともに、営業関連活動の過度の萎縮を避けるため、構成要件(「営業上の不正の利益を得る目的」)の解釈を明確化
[2] 企業における体制強化(ベストプラクティス)
- 会社法、不正競争防止法及び海外法令上、海外事業を行う企業は、外国公務員贈賄防止体制の構築及び運用が必要であることを明記
- 具体的な体制の構築及び運用については、企業に広い裁量があるものの、リスク(進出国、事業分野及び行為類型)を勘案した「リスクベース・アプローチ」によるメリハリのある体制を構築・運用することを推奨
- 特に、リスク管理が行われていないことが多い子会社、孫会社等における対応の重要性、親会社の支援の必要性を強調
- 現地エージェントの利用、現地企業の取得、接待など高リスク行為については、適切な決裁ルートの構築や記録、監査といった社内検討体制の整備を要求
さらに、当該指針においては、具体的に「企業が目標とすべき防止体制の在り方」として、整備すべき内部統制システム、コンプライアンス・プログラムのポイントが記載されています。以下、項目のみご紹介しておきます。
1.基本方針の策定・公表
2.社内規程の策定
3.組織体制の整備
- コンプライアンス担当役員又は社内でコンプライアンス担当を統括するコンプライアンス統括責任者の指名
- 社内相談窓口及び通報窓口の設置等
- 疑義等発覚後の事後対応体制整備
- その他留意事項
4.社内における教育活動の実施
5.監査
6.経営者等による見直し
昨今のグローバルの動向や今回のガイドラインの改訂をふまえて、経営トップが認識すべきことは、贈収賄リスクへの対応のためのコンプライアンス・リスク管理態勢を内部統制システムと関連付けて整備することが求められているということです。そして、その整備懈怠に起因する巨額の制裁金は株主代表訴訟リスクに直結することから、取締役の内部統制システム構築整備義務、善管注意義務の問題であって、形式的な整備では善管注意義務を果たしたことにならないという点についても、あらためて認識する必要があります。
この点については、ある識者が、新興国の「腐敗官僚」の行動様式やメンタリティが、反社会的勢力と同じものだという興味深い指摘をしています。
「脇の甘さ」から「腐敗官僚」からの要求に応じてしまう企業は、結局は骨の髄までしゃぶり尽くされてしまう一方で、コンプライアンスを前面に打ち出し、不当な要求には応じない、毅然とした対応ができる企業に対しては、(自らが訴追されるリスクが高くなるため)「腐敗官僚」はそもそも寄りつかないのが実態であって、反社会的勢力への対応についても正に同様のことが言えます。
反社リスクに強い会社となるためには、コンプライアンスを武器に、相手に「ガードが固い」と認識させることが必要です。そのためには、最前線にいる役職員に高い暴排意識とリスクセンスが備わっていなければなりません。企業はそのような強く正しい「個」を育成する必要があり、そのために、良好な統制環境や規定・ルールの整備、適切な研修の実施といった実効性ある内部統制システムを構築することが求められています。
贈収賄リスクへの対応もこれと全く同じであり、適切なコンプライアンス・プログラムの整備は、(制裁金を課される場面において減額要素となりうるという意味で)ダメージコントロールの一環であるとともに、(コンプライアンス態勢が確立している企業には腐敗官僚らは寄りつかないという意味で)未然防止の観点からも重要であることがお分かりいただけるものと思います。
4) 特殊詐欺の状況
警察庁から、上半期の特殊詐欺の状況について公表されています。
▼警察庁 平成27年上半期の特殊詐欺 認知・検挙状況等について
関係者の必死の努力にもかかわらず、平成27年上半期における特殊詐欺の認知件数は7,007件と、前年同期と比べて852件増加(前年同期比+13.8%)しています。一方の被害額は236.5億円と33.3億円の減少(同▲12.3%)が見られ、特に、1件当たりの被害額が369.7万円(同▲106.0万円、▲22.3%)と、件数の伸びを抑え込む減少率となっている点は明るい兆しと言えるかもしれません。
また、前年同期より19カ所多い32カ所の犯行拠点(アジト)を摘発している点も注目されます。受け子や出し子など末端の構成員をいくら摘発しても、抑え込みに成果が上がらない中、アジトの摘発とそれに伴う幹部の検挙などによって、犯罪組織に相当のダメージを与えることが出来ているものと期待したいと思います。
一方、高齢者(65歳以上)被害の特殊詐欺の件数が5,408件(同+544件、+11.2%)と大幅に増加しており、その割合は77.2%を占めるなど、特殊詐欺においては、高齢者対策が一段と重要なポイントとなっています。この点については、だまされた被害者から犯行グループに被害金が渡るのを阻止するため、金融機関、郵便局、コンビニ等に対して、声掛けや通報を依頼するなどの取組みが強力に推進されていますが、これによる阻止件数(6,203件)・金額(142.2億円)、阻止率(49.2%)の全てにおいて、上半期として過去最高を記録したということであり、一定の成果が出ているものと評価できます。
ところが、金融機関窓口での声掛けなどが成果をあげる一方で、犯行グループの手口も巧妙化している実態も明らかになっており、本レポートには、例えば、以下のような事例が紹介されています。摘発・犯行阻止の手法の高度化が犯罪の手口の巧妙化を招いているというのは、皮肉な、厳しい現実ですが、暴力団等の資金源となっていることとあわせ、その知恵比べに負けるわけにはいかない状況です。
- 自動車販売店で新車のカタログを受け取って金融機関に行き、新車の購入代金としてお金が必要と説明するよう被害者に指示し、カタログが被害者に渡るよう手配までしていた。
- 被害者が金融機関で預貯金を引き出す際に疑われないよう、喪服を着用して金融機関に行き、身内に不幸があったのでお金が必要と説明するよう指示していた。
また、本レポートには、被害金の送付先として「私書箱」やアパート、マンションなどの集合住宅の「空室」が悪用されている事例も紹介されており、その対策として、警察庁では、公益社団法人全国賃貸住宅経営者協会連合会等と連携し、「空き室の集合ポストの投入口を内側からふさぐこと」「空き室の鍵の管理の徹底を図ること」を呼びかけるといった対策を進めているということです。このような地道な取組みの積み重ねによって、特殊詐欺の被害が減少していくことを期待したいと思います。
5) その他のトピックス
[1] 離脱支援
暴力団を離脱した元組員の就労支援・社会復帰を強化するため、全国の警察や民間の支援団体が、福岡市で初めての会議を開催しています。昨年の工藤会幹部らの大量逮捕以降、離脱する者、希望する者が増加しているとされており、報道によれば、会議では、福岡市内など工藤会の本拠地に近い場所での社会復帰は難しいため、他の地域で就職しやすい環境づくりを促進することを確認したほか、この取組みで得られたノウハウを他の暴力団の離脱者支援に活用することも検討しているとのことです。
暴力団の少子高齢化・スリム化がもたらす大きな問題のひとつが、この「離脱者の更生」支援です。そもそも暴力団員になるような者は社会的に不適合の傾向があることや、再犯の可能性が高い、暴排の機運の高まりなど暴力団を取り巻く社会的環境の厳しさ、暴力団側からの執拗な勧誘といった様々な要因から、真の更生が難しいうえに、受け入れ側の事業者にとっても、暴力団との関係継続といったリスクを潜在的に背負ったままの者を雇用し続けることの難しさもあり、あくまで社会全体の問題として検討していく必要があることは既に述べた通りです。
[2] 組長の使用者責任を巡る訴訟
平成22年に名古屋市で指定暴力団山口組系の組員らがみかじめ料の支払いを拒むキャバクラに放火した事件で、死亡した従業員の両親が、六代目山口組組長ら計5人を相手取り、約1億6千万円の損害賠償を求める訴訟を名古屋地裁に起こしていましたが、今般、和解が成立しています。
暴力団組長に対する使用者責任は、平成15年に、最高裁で初めて山口組の五代目組長に対し、使用者責任を認め損害賠償を支払うよう命じる判決が下されたのがきっかけで、平成16年に暴力団対策法の3回目の改正で、「指定暴力団の代表者は組員が抗争により他人の生命、身体または財産を侵害した時は、損害を賠償する責任がある」こととなり、平成20年には、暴力団対策法の4回目の改正によって、「暴力団員がその暴力団の名称を示すなど威力を利用して資金獲得活動を行い、他人の生命、身体または財産を侵害した時は、その暴力団の代表者が損害を賠償する責任を負う」こととなった経緯があります。
暴力団の資金面への直接的な打撃、弱体化の有力な手段として、また、一定の抑止効果も期待できることから、今後も積極的な活用を期待したいところです。
[3] 特定危険指定暴力団の指定を巡る裁判
福岡県公安委員会から「特定危険指定暴力団」に指定されたのは憲法に反するとして、工藤会が福岡県に指定の取り消しを求めた訴訟の判決で、福岡地裁は、「凶器を使い重大な危害を加える暴力行為などが存在し処分は適法」として、工藤会側の請求を棄却しています。判決では、実際の暴力行為をいくつか認定したうえで、「他の構成員が同様の行為を反復する恐れがある」と指摘したとされます。
3.最近の暴排条例による勧告事例・暴対法に基づく中止命令ほか
1) 大阪府の勧告事例
コンビニの駐車場を指定暴力団山口組系組長に無償で貸したのは利益供与にあたるとして、大阪府公安委員会は、大阪府内のコンビニの男性店長に対し、大阪府暴排条例に基づき勧告をしています。また、あわせて、組側にも利益供与を受けないよう勧告しています。
報道によれば、この店長は「便宜を図れば、トラブルがあったときに助けてもらえると思った」として約7年前から貸していたということです。
2) 東京都の逮捕事例(警視庁暴力ホットラインの活用)
相模原市内で開店したばかりのマッサージ店の女性経営者に対し、何度も来店したり電話するなどしてみかじめ料を要求したとして、指定暴力団稲川会系組幹部と同組員が逮捕されています。その端緒となったのは、女性経営者が暴力団関連の相談を受け付ける「警視庁暴力ホットライン」に通報したことによるものということです。
3) 脱税で追起訴
前回の本コラムでも取り上げた工藤会の脱税事件で、福岡地検は、平成25年までの4年間に得た約6億2,900万円の所得を申告せず、約2億4,800万円を脱税したとして、所得税法違反の罪で起訴しています。さらに、直近では、平成26年に得た上納金による所得を隠したとして所得税法違反の罪で、工藤会トップ野村悟容疑者ら2人を追起訴しています。