暴排トピックス
取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人
【もくじ】―――――――――――――――――――――――――
1) テロの本質的な構図
2) テロ資金供与対策(CTF)の重要性
3) テロリスクの拡がり(多様性)
1) 震災ビジネスと震災におけるリスク
2) パナマ文書ショック
3) 六代目山口組の分裂など
4) 信用保証を巡る最高裁判断と東京高裁差し戻し審判決
5) 野球賭博
6) スポーツ選手に対するコンプラインス教育のあり方
7) 特殊詐欺を巡る動向
8) 犯罪インフラを巡る動向
・盗難車
・悪質なカード加盟店
9) その他のトピックス
・OFS事件の続報
・金融庁の監督指針の一部改正(パブコメ実施中)
1) 暴排条例施行5年
2) 大阪府の公表事例
3) 福岡県の公表事例
4) 暴力団対策法に基づく称揚行為を禁じる命令の事例(福岡県)
5) 離脱妨害に関する中止命令の事例(京都府)
1.事業者とテロリスク
世界中を震撼させたパリ同時多発テロから半年が経ちました。いまだにIS(イスラム国)などによるテロが世界各地で頻発している中、日本では、間もなく伊勢志摩サミットが開催されることから、テロ対策がいま正に本番を迎えています。
本コラムでは、テロリスクについて頻繁に取り上げていますが、今回は、このタイミングであらためて過去の様々な情報を織り交ぜながら、「事業者とテロリスク」という視点から考察を加えてみたいと思います。
さて、そもそも警察は、テロ(テロリズム)を「広く恐怖または不安を抱かせることにより、その目的を達成することを意図して行われる政治上、その他の主義主張に基づく暴力主義的破壊活動」と規定し、「外国人またはその活動の本拠が外国にある日本人によるテロリズム」を国際テロリズムとしています(愛知県警察のWebサイト「国際テロ対策」ページから)。
したがって、一般的に「事業者とテロリスク」と言った場合、真っ先に浮かぶのは、そのような破壊活動に対する防御や未然防止等に関する直接的な対応ではないかと思われます。この点については、(前回の本コラムでも紹介しましたが)伊勢志摩サミット開催にあたり首相官邸からのテロ対策について要請している以下の内容は、事業者や社員の安全確保の点で参考になります。
▼首相官邸 伊勢志摩サミットに伴う警備・交通規制等への御協力のお願い
本文においては、例えば、以下のような要請がなされています(抜粋)。
- 警戒警備及び検問・職務質問に御協力をお願いします
- 「不審な人物」や「不審な車(物)」等を見かけたときは、警察までお知らせください
- 鉄道車内や駅で警備が強化されます
- 不審物を見かけた際は「触れない・嗅がない・動かさない」を守り、警察または駅係員までお知らせください
- 空港等の警備の強化とともに、手荷物検査等の保安検査や税関検査が強化されます
- 盗難船舶による犯罪を防止するため、所有船舶の管理に十分注意するとともに、貸出しについても自粛をお願いします など
パリやベルギーでのテロのように、劇場や競技場など不特定多数の人が集まる「ソフトターゲット」を狙ったテロが世界で相次いでおり、国内のそのような全ての施設を警察だけで守るのは不可能です。また、伊勢志摩サミット会場周辺だけではなく、そこから離れた東京などの首都圏や地方中核都市などもターゲットとなりうること(多方面作戦を展開せざるを得ないこと)、ISが日本をターゲットすることを機関誌で公表していることなどをあわせて考えれば、警察等に頼り切るのではなく、施設運営者たる事業者はもちろんのこと、業務中・業務外を問わず施設を利用する立場である社員の安全確保の観点からも、全ての事業者が相応の責任感をもって、主体的にリスクの低減に努めるべきだと言えます。
したがって、上記にもある、「不審物を見かけた際は『触れない・嗅がない・動かさない』を守り、警察または駅係員までお知らせください」などは、全ての施設運営事業者が、その来場者・利用者に周知すべき内容ですし、来場者が異常に気付いた場合には、速やかに通報すること(できること)が大変重要になると思われます。同様に、一般の事業者も、自社の社員に対して、本内容を通退勤途上や業務活動中、プライベートにおける注意事項として周知徹底することも必要だと思われます。
そのうえで、施設運営事業者が、より主体的にできることとしては、施設入場者に対する手荷物検査の徹底(既に、大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパンがサミット開催中の全入場者への実施を公表しています)が考えられるほか、例えば、東京メトロでは駅構内のごみ箱を全て撤去、コインロッカーも封鎖すると発表しているように、取りうる手段を尽くしていただきたいと思います。
なお、宗教や人種をめぐる激しい対立がない日本においては、テロリストとしての端緒・行動原理が表面化しにくく、対策の難しさが指摘されています。ホームグロウンテロ(ローンウルフ型テロ)の拡がりもふまえれば、市民生活の中に溶け込んでいるテロリスト(やその予備軍)の察知(端緒の把握)もまた重要な課題であり、「テロを許さない」とする国民的合意のもと、国民一人ひとりの「目」を通じた監視を機能させることが求められています。一人ひとりが持つべきこの端緒の把握と通報の重要性については、上記とあわせ、社内であらためて確認・徹底してみてはいかがでしょうか。
さて、テロリスクは、上記のような破壊活動への対応に限られず、今やその脅威の及ぶ領域や影響範囲を急激に拡大させており、事業者も、テロリスクへの対応を優先度高く取り組む必要性に迫られています。ただ、日本の多くの事業者は、テロリスクへの理解の不足(テロ対策=破壊活動への対応との短絡的な理解)から、いまだにテロリスクを事業リスクとしては過小評価する(あるいは最初からリスク管理の対象外としている)傾向にあります。
実は、ITの高度化、新たなサービスやスキームの登場、技術革新、それに伴う利便性の向上など、あらゆる事業者の創意工夫の営み自体が、テロリスク自体に「拡がり(多様性)」をもたらし、その結果、自社の提供するサービス等が、知らず知らずのうちにテロに悪用されたり、テロリストの活動を助長しかねない状況をもたらしているのであり、多くの事業者は、自社サービスの「テロの犯罪ツール・犯罪インフラ化」リスクという視点が欠落している状況にあります。
そこで、今回の本コラムでは、そのようなテロリスクの「拡がり(多様性)」をキーワードに、現在進行形のテロリスクの多様な側面を示しながら、事業者のテロリスク対策についての理解を深めていただければと思います。
1) テロの本質的な構図
テロリズムが何らかの主義主張の目的達成のために行われる破壊活動であることは既にお話しましたが、現状のテロの本質的な性格は、ISを中心とする(一部の先鋭的な)イスラム教的世界観・価値観(対立構造を鮮明にするために、「IS的価値観」と表現)と、「IS的価値観以外」の世界観・価値観(同様に、キリスト教に代表される西洋文明的世界観・価値観を対比させ、「欧米的価値観」と表現)の衝突と言うことができるでしょう(もちろん、世界中で発生しているテロの背景事情はひとつではありません。あくまでも事業者にとってのテロリスクを考察するにあたり、理解を助けるために構図を単純したものとご理解いただきたいと思います)。
例えば、欧米的価値観が歴史の中で獲得し、育んできた「国家」の概念、「自由」や「プライバシー」の概念に対して、いわば「思想」「主義」によって物理的・地理的な限界を超えて結びついているIS的価値観には、「国家」「自由」「プライバシー」などの概念は存在せず、むしろ否定されるべきものです。つまり、現状のテロを取り巻く状況は、IS的価値観によって、欧米的価値観が「大きく揺さぶられている、試されている」とも指摘できると思います。
具体的な事例で言えば、最近のテロで浮き彫りとなった「ローンウルフ」型テロリストは、正に「国家」を超えて、価値観・世界観のみでつながる「超国家」の典型例ですし、米アップル社と米連邦捜査局(FBI)の間のスマホロック解除問題や、EU各国における盗聴・通信傍受等捜査権限の強化の動きも欧米が大切にしてきた「プライバシー」保護の概念を激しく揺さぶっています。また、米グーグル社などIT事業者のテロ関連アカウント削除問題は「表現の自由」の概念を、さらには、EU域内への大量のシリア難民として入国する「偽装難民問題」や「雇用・失業問題」を絡めた「移民排斥」の動きも、リアルな国境の存在する意味あるいは逆に国境をあいまいにしたシェンゲン協定の有効性の問題や、生活基盤としての「国家」のあり方を根底から揺さぶる問題を提起しています。そして、その揺さぶりは、一方では、「反EU」の動きや「ナショナリズム」の高揚(極右政党の飛躍)といった動きにも波及しています。
このように、「国家」「自由」「プライバシー」など欧米の長い歴史の中で確立されてきたものが、IS的価値観との衝突によって、異質なものに対する「寛容さ」が問われるとともに「再定義」を迫られていること、言い換えれば、欧米的価値観が、激しく揺さぶられる過程で自らの矛盾を曝け出したり、自壊しかねない意外な脆さを見せていることが、ISによるテロが(特にEUに対して)最大限の効果をもたらしている背景要因だと言えると思います。その結果、「寛容さ」を欠いた両者が歩み寄ってテロを収束させようとする合理的な理由を見出すことは難しく、いったん揺さぶられて迷走を始めた欧米的価値観の自律的な立て直しも容易でないこと、さらには、対立の構図を維持することで利益を得る者が存在することもあって、根本的な解決はなかなか難しいと指摘せざるを得ません。
2) テロ資金供与対策(CTF)の重要性
一方、ISなどテロリストが持続的なテロの実行を可能にしているのは、彼らに資金を提供する者がいるからであり、その資金が確実にテロリストに届いているからです。前述のテロの本質的な構図を見る限り、そもそもテロを根本から封じる解決策を見出すことは難しく、そうであるがゆえに、CTFがテロとの戦い(テロリスクを低減する取組み)においては極めて重要な施策であることは間違いありません。そして、結論から言えば、CTFは犯罪収益移転防止法(犯収法)上に定める「特定事業者」の取組みにとどまらず、全ての事業者に、CTF的な視点からの取組みが求められている状況にあります。
なお、CTFは、アンチ・マネー・ローンダリング(AML)とともに、FATF(Financial Action Task Force:金融活動作業部会)がその中心的な役割を担っています。CTFの目指すべき方向や課題については、日本に対するFATF勧告をふまえ、2014年12月に、警察庁の刑事局組織犯罪対策部犯罪収益移転防止管理官(現 組織犯罪対策企画課犯罪収益移転防止対策室長)を議長とする「FATF勧告実施に関する関係省庁連絡会議国が実施する資金洗浄及びテロ資金に関するリスク評価に関する分科会」のもと、日本で初めて作成・公表されたマネー・ローンダリング・テロ資金供与にかかるリスク評価書(以下)が参考になります。
▼警察庁「犯罪による収益の移転の危険性の程度に関する評価書」(2014年12月)
本評価書では、FATFの新「40の勧告」等を参照にしながら、リスクに関わる要因を、「取引形態」「顧客」「国・地域」「商品・サービス」「新たな技術を利用した取引」の5つの類型に分類し、日本におけるマネー・ローンダリングやテロ資金供与等の実態や取引実務を踏まえ、それぞれの類型ごとにリスク要因を特定し、当該要因ごとに分析・評価を行っています(本評価書のポイントについては、暴排トピックス2015年1月号を参照ください)。
なお、AMLとCTFの実務は大変近いところにあり、さらには、反社リスクの実務との共通項を意識しながら取り組むことが、効率性や実効性の観点から重要であることは、本コラムでこれまでもお話してきた通りです。
ただし、マネー・ローンダリングが犯罪収益等を循環させて最終的に自ら(やその周辺者)が「真の受益者」となるように戻ってくるのに対し、テロ資金供与においては、資金を最終的にテロリストの元に届ける(真の受益者はテロリストであり、資金は直線的に流れる)というように、資金の流れに大きな違いがあります。とはいえ、マネー・ローンダリングにせよテロ資金供与にせよ、「資金の出所」や「資金の流れ」を分かりにくくして当局の追求を逃れることが最重要課題である点は共通しており、その資金の「移動」に民間の事業者が関与することから、事業者におけるAML/CTFの取組みが重要となっているのです。
現在、この資金の「移動」方法・手段の高度化・巧妙化が進み、その流れの複雑化・不透明化を招いており、結果として、真の受益者の特定がかなり困難な状況になっています(最近話題となっている租税回避行為におけるタックスヘイブンにおいて、その匿名性の高さやペーパーカンパニーを絡めたスキーム等を絡めることにより、真の受益者を特定することが難しい状況にあることと大変よく似ています)。
そして、それらの手口や犯罪の高度化をもたらしているのは、正に「ITの高度化、新たなサービスやスキームの登場、技術革新、それに伴う利便性の向上など、あらゆる事業者の創意工夫の営み」であって、本来意図していないとはいえ、結果として、事業者にとってのテロリスク自体に「拡がり」「多様性」あるいは「深刻化」をもたらしているのです。つまり、IoTや仮想通貨、タックスヘイブンなど、新たなサービスやスキームの持つ、利便性の高さや匿名性の高さといった利点が、そのまま資金の「移動」の不透明化、「真の受益者」の隠匿に悪用されるという「利便性と悪用リスク」の裏腹の関係が認められるのであり、正にここに事業者とテロリスクの接点が生じる(事業者にとってテロリスクは無縁ではない)ことになるのです。
この点については、FATF が公表した、ISの資金調達状況に関するレポートを見ればイメージしやすいと思われます。レポートによれば、従来から指摘されている支配地域での銀行からの略奪や石油の密売、身代金目的の誘拐などに加え、ネットを通じて投資家から少しずつ資金を集める「クラウドファンディング」の手法を活用したり、仮装通貨「ビットコイン」を使用した取引、SNSやツイッターで寄付を募るなど、ITを最大限に活用している実態が窺われます。
▼Financing of the Terrorist Organisation Islamic State in Iraq and the Levant
このように、テロ対策における資金を断つ取組み(CTF)においては、直接的に資金の流れに関与する、犯収法上の「特定事業者」である金融機関や資金移動・資金決済事業者、あるいは(今後指定される)仮想通貨取引所などに対する規制の強化だけでなく、全ての事業者について、その提供する(あるいは保有・管理する)モノやサービスが、資金とモノの交換や売買・移転等を通じて、テロ資金の流れの不透明化に直接期・間接的に関与しうる、あるいは助長しうることから、CTFの観点からの一般事業者に対する規制強化や自主的な取組みが厳しく求められる状況にあると言えます。
例えば、現在、特殊詐欺の拠点(アジト)を提供する犯罪インフラとして、「空き家」や「悪徳不動産事業者」の存在があげられますが、特殊詐欺グループを「テロリスト」と置き換えれば、テロリスクとの接点が不動産事業者にも存在することを示しており、したがって、真の受益者である「居住者」が誰か、怪しい人たちの出入りはないか、爆発物製造といった不審な兆候はないかといった、CTFの観点からのもう一歩踏み込んだ「実態確認」が求められることになるかもしれません(この辺りは、反社チェックの実務でも同様のことが言えます。暴排トピックス2016年1月号を参照ください)。
たとえ、事業者が、そのことを「知らなかった」としても、結果の重大性から、「知ろうとしていたか」「リスクを想定していたか」「知っていたのではないか」といった問いに対する説明責任を問われる可能性が高まっています。CTFとは、言い換えれば、自社サービスの「テロの犯罪ツール・犯罪インフラ化」の防止という視点を持って、自らの事業そのものやリスク管理のあり方の見直し(再定義)をしていく作業と言えるかもしれません。
3) テロリスクの拡がり(多様性)
ここでは、テロリスクの拡がり(多様性)を理解してもらうために、これまで本コラムでご紹介してきた様々なテロ対策等に関する情報を、再構成のうえ、あらためて紹介してきたいと思います。
① 治安情報の共有
ISなどの国際組織によるテロやローンウルフ型のテロのリスクがこれまでにないほど高まっている中、EUは様々なテロ対策を導入・強化しています。例えば、欧州警察機構(ユーロポール)に、加盟国が保有するテロリスト情報の共有化を進める新たな組織「欧州テロ対策センター」を発足させ、外国人戦闘員の監視や捜査のほか、武器取引や資金源の遮断などでテロ捜査の能力向上を図ろうとしていますが、加盟国の多くは依然として、通信傍受などで得た機密情報の共有には慎重だと言われており、その実効性を確保するためには個別の事情を超えた「情報共有」がキーとなります。
なお、直近の報道によれば、テロリスト予備軍として警戒する対象者のデータベースと犯罪者のデータベースを連携させる発想が当局になかったこと、および「国境」を超えた移動においてテロを想定したチェック態勢が不十分であったことが、テロを防げなかった一因だとの批判をふまえ、EU内相理事会において、公的機関などが保有する治安情報のデータベースの「相互運用」を目指す方針で一致したとのことです。
② AML・仮想通貨等
パリ同時多発テロでは、物資の購入に(手口としては古典的な)プリペイドカードが利用されていたこともあり、CTFの強化策として、取引などの際に利用者に義務付けてきた本人確認の対象範囲を拡大することや、ビットコインに代表される仮想通貨についても、実際の通貨と交換する際には匿名で取引できないようにすること、AMLが不十分な国(高リスク国)からの資金移動に対しては、EU共通の検査態勢を整備するほか、金融当局が口座情報を入手しやすくなるように権限を強化することなどを柱とする行動計画をまとめ、取り組んでいます。
③ サイバーテロ対策とIoTリスク
ISとの戦いにおいて、米は「仮想空間(サイバー空間)においても既に攻撃を仕掛けていることを公言しています。国家レベルの脅威としては、今や「サイバー空間」もまた「陸・海・空・宇宙」に続く第5の戦闘空間と位置付けられています。今や、サイバーテロによって、交通網や電気・ガスなどの生活インフラや原発などの重要施設のシステムを制御不能にし、広範にわたって深刻なダメージを与えることが可能な状況となっています。インフラ事業者はもちろん、一般事業者も「踏み台」とされるリスクもあり、サイバーテロがもはや現実の身近な脅威であることを直視し、自らの脆弱性(セキュリティホール)がテロを助長することがないよう、サイバーセキュリティに真剣に取組むことが求められています。
さらに、あらゆるモノとインターネットをつなぐ「IoT」時代に突入したことによって、モノを乗っ取り、「踏み台」とすることで、あらゆる対象にリアルで深刻なダメージを与えることすら想定される状況にあります(自動車の遠隔操作が現実のリスクとなっているのが良い例であり、遠隔操作による自爆攻撃などは想定しやすい悪用事と思われます)。したがって、IoT時代の到来によって、サイバーテロ対策の重要性はさらに増すことになります。
④ 反テロ法規制
伊勢志摩サミットの開催を控え、国内でもテロ対策への関心が高まっているとはいえ、日本の法規制等の現状は欧米に比べてまだまだ遅れています。例えば、重大犯罪の謀議に加わっただけで処罰対象となる「共謀罪」新設のための組織犯罪処罰法改正案は何度も廃案になっていますし、司法取引の導入や通信傍受の適用範囲を広げる刑事司法改革関連法は棚上げ状態です。また、通信傍受も犯罪が起きてから行うもので、テロの未然防止は対象外です。いずれも賛否両論あるところとはいえ、事あるごとに政争の具と化して、まともな議論すらなされていない現状は、危機管理上極めて深刻な事態だと認識して欲しいものです。
一方、パリ同時テロの容疑者逮捕においては、携帯電話の通信内容の傍受によって潜伏先を特定できたようですし、ベルギー政府がテロ防止に向け、国境を越えた通信の傍受を認めるといった監視強化策の導入を急いでいるほか、ドイツでも政府の監視を容認すべきだという議論が浮上しているなど、プライバシー保護を優先してきた欧州各国でさえ、テロの脅威の前にその価値観に変化の兆しが見られています。ただ、フランスでは、テロ行為で有罪になった二重国籍者から仏国籍を剥奪する規定や捜査当局に令状なしの捜索や身柄拘束などを行う権限を与える非常事態宣言を憲法に明文化する改正などが、結局は見送られるなど、まだまだ、EUの中でもプライバシーとテロリスクの緊張関係の中で揺れ動いている状況にあると言えます。
EU以外におけるプライバシーとテロリスクの緊張関係としては、中国の動向も注目されます。ただし、中国の反テロ法は、テロを宣伝する物品の所持や拡散を禁止するほか、模倣犯を誘発するとしてテロ事件の詳細を報道することも規制するもので、さらにテロ捜査のためにIT企業に対してデータ解読に必要な暗号情報の提供も求めるといった内容であり、報道規制で当局の治安活動が不透明化する恐れがあるほか、暗号情報提供では企業秘密の漏えい懸念が根強い状況にあります。中国の場合、プライバシーとテロリスクが、ともに国家の介入や表現の自由との間の緊張関係と絡めて考えないといけない点が特異だと思われます。
⑤ 偽装移民問題と入国審査の脆弱性
EUで大きな問題となっている「難民問題」も深刻さを増しており、多くのIS関係者がシリア難民としてEU域内に密航しているとの指摘もあります。密航者は送還を避けるために身分証明書を廃棄していることが多いため、報道によれば、「本当にシリア難民なのかの確認さえ難しく、過激派の流入を防ぐのは一層困難」になっているのが現状のようです。
さて、この点に関連して、フランスで「反移民」「反EU]を掲げる極右政党が勢力を伸ばし、EU圏内でも同様の動きが見られています。この状況は、第一次大戦敗戦後のドイツが、多額の賠償金や世界恐慌等で疲弊する中、ユダヤ人排斥等を掲げたナチスが急速に支持を獲得していった過程に不気味にシンクロします。移民の受け入れが自分たちの生活の脅威になりつつある現在は、高い失業率からナショナリズムに傾斜していった当時の社会状況に酷似していると思われます。とりわけ、戦後一貫してナチスの犯罪と向き合い、被害者への賠償や移民受け入れにも積極的に取り組んできたドイツは、その根幹に、二度と過ちを繰り返してはならない、という決意があったはずで、その意味では、テロリスクと「寛容」の狭間で彼らの価値観が、今大きく揺れ動いている状況だと言えます。
また、この「移民問題」の持つインパクトは、日本にとっても対岸の火事ではなく、既に「偽装難民」が押し寄せて審査業務がパンクしている状況にあり、テロリストの入国チェック体制に対する不安が解消されない状況が続いています。
テロリストの入国審査に対する脆弱性という面では、関連して、日本の原発におけるテロ対策は、外部からの物理的な侵入・攻撃への対策に重点が置かれており、一方の従業者等の身元チェックなどの内通者対策やサイバーテロ対策はいまだ不十分であることも指摘しておきます。サイバーテロについては、EUのテロ対策官が、「5年以内に(テロリストが)インターネットを使って原発の監視制御システムなどに侵入し、テロを行っても驚かないだろう」と警告を発していることとあわせて考えれば、サイバーテロの手口の高度化と内通者の存在によって、日本におけるその脅威は、欧米と比べても格段に高まっていると認識すべきだと言えます。
⑥ プライバシー保護・表現の自由・ソーシャルメディアのあり方
プライバシー保護とテロリスクの緊張関係で言えば、米アップル社と米連邦捜査局(FBI)の間のスマホロック解除問題があります。現時点の状況としては、米アップル社が個人情報保護を理由にロック解除には応じない姿勢を貫いている一方で、FBIは第三者の協力で解除に成功しています(同社に対して捜査協力を命じる裁判所の命令は取り下げられました)。また、FBIは、別の違法薬物の捜査のためにスマホのロック解除をアップルに求めているニューヨーク州での訴訟を続けると表明したものの、こちらもロック解除が出来たため、結果的に取り下げています。これにより、緊張関係のバランスをどうとるべきかの議論が深まらないままとなってしまいましたが、引き続き、今後の議論や動向を注視していきたいと思います。
また、米ツイッター社は、昨年半ば以降、ISなどのテロ活動を予告したり推進したりしたアカウント12万5,000件以上を凍結したと発表しています。米政権が、ISによるインターネット上での宣伝や要員募集を食い止めようと主要ネット企業へ協力を呼びかけたものに呼応したもので、同社としても主体的に監視員の増員や問題検出ソフトの開発などにも取り組んでいる姿勢を明確にしています。ただ、その一方で、同社は、提携先を通じて米情報機関に全投稿へのアクセス権を確保させていたところ、ここにきて、当該提携先に情報機関へのサービス提供をやめるよう要請しています。政府系情報機関の情報収集に協力しているイメージをもたれることを恐れての措置とされており、米アップル社の事例とともに、IT企業と政府との緊張関係の表れとも言えると思います。
関連して、直近では、アフガニスタンの旧支配勢力タリバンがスマホのアンドロイド端末向けアプリを米グーグル社のアプリ配信サービス「グーグルプレイ」に公開したものの、翌日には同社が削除しています。アプリでのヘイトスピーチ(憎悪表現)を禁じた同社の規約に違反したとみなしての対応と考えられます。
ISのようにSNSを巧みに利用した広報活動を容易に行わせないという意味で、これらのIT企業の対応は、テロリスクの封じ込めに「手を尽くして、できることを適切に実施していくこと」の重要性をあらためて認識させられます。
さて、一方で、これらの問題は、プライバシー保護や表現の自由とテロリスクの緊張関係という視点だけでなく、テロリスクとソーシャルメディアのあり方という視点を提供するものでもあります。テロを称賛するような過激な書き込みにどう対処するか(例えば、米ツイッター社などのようにIT事業者の自立的な判断で削除すべきか否か、事後的に削除すべきか・拡散される前に削除すべきか等)、あるいは、(米アップル社などが拒んでいるような)テロリストの暗号解読に協力すべきか、といった争点について、積極的に削除や捜査協力を求める声が高まる一方で、ネット上の自由な投稿に自らの存立基盤を有している中で「自己検閲」することになりかねないとの懸念も根強いものがあります。
また、フランス政府は、当局の「治安関係」の要注意人物リストにパリ同時多発テロ事件の犯人の一部が掲載されていながら、その行動が十分に監視できず見逃してしまったことなどへの反省から、「盗聴」や「通信傍受」を容易とする規制強化にも乗り出しましたが、当然のことながら、一般市民のプライバシーの保護と厳しく対立し、現在、頓挫しています。
このように、捜査当局と事業者、あるいは利用者(一般市民)の間には、テロ対策と表現の自由や知る権利、プライバシー保護の間でまだまだ深い溝がありますが、テロリスクの高まりを背景として、テロ対策の緊急性や公益性の高さ、ソーシャルメディアのもつ活動助長性の高さを共通認識としつつ、乗り越えていかなければならない課題だと言えるでしょう。
さて、これまで見てきた通り、テロリスクと一口に言っても、その脅威の及ぶ領域や事業者への影響範囲、そのリスクの深刻度合いの拡がり(多様さ・深刻さ)は想像以上のものがあり、事業者として自らがテロを助長する「犯罪インフラ化」することがないよう、十分な注意が必要だという点がご理解いただけたと思います。
また、テロリスクの持つ様々な側面を正しく捉え、冷静な議論のもと、日本がグローバルなテロ包囲網、組織犯罪対策等から見て大きなセキュリティホール(犯罪を助長する高リスク国と認定されてしまうこと)とならないよう、国内における迅速かつ適切な各種施策の実行と国際的な連携の実現が望まれます。
そして、間もなく開催される伊勢志摩サミットにおいて、現実のテロの脅威を抑え込みつつ、サミットの最大の議題の一つでもある今後のテロ対策の、国際レベルでの深化が実現することを期待したいと思います。
2.最近のトピックス
1) 震災ビジネスと震災におけるリスク
まずは、熊本地震でお亡くなりになった方々のご冥福をお祈りするとともに、いまだ余震が収まらない中、不自由な生活を強いられている方々や、被災により事業に大きな影響が出ている事業者の皆さまに心よりお見舞い申し上げます。
さて、震災と暴力団と言えば、阪神・淡路大震災(1997年)の時には、山口組は自治体に先んずる形で率先して支援活動を展開し、総本部前で炊き出しを実施したことは大変有名な話であり、東日本大震災(2011年)でも生活必需品を持っていち早く被災地に乗り込んだとされています。この辺りは、そもそも暴力団が本来持つべき義侠心が発揮された事例として、その行為自体は称賛されるべきものと言え、暴力団から支援物資を受け取ること自体は、(その資金や物資が犯罪収益から拠出されたものであることへの是非はともかく)被災自治体や被災者の置かれた立場から言えば、やむを得ない事情と言えると思います。
ただし、彼らの本当の目的は、震災復興・復旧ビジネスへの参入であり、被災者等の社会的弱者を搾取の対象とする貧困ビジネスの展開であることに注意する必要があります。実際、東日本大震災後、復興事業に絡む違法な労働者派遣、貸付金の詐取などで暴力団員が何人も検挙されています。
重要なことは、支援物資の提供やボランティア活動を通じて地元に溶け込み、多大な貢献があったとしても、その後の復旧・復興フェーズにおける公共事業や民間の商取引においては、暴力団等の反社会的勢力の介入を許してはならないということです。東日本大震災後のがれき処理事業や除染事業、あるいはインフラ事業等に彼らが下請けとして参入した事例はたくさんあり(そして、おそらくは彼らのバックグラウンドを認識したうえで参入を黙認していた事例は多いのではないかと推測されます)、自治体や民間事業者における監視や反社チェックを強化していく必要があります。
今回の熊本地震でも、指定暴力団になったばかりの神戸山口組が、いち早く被災地支援に乗り出したようです。カップ麺や水、毛布などの食料品や日用品を配布していたということですが、一方の六代目山口組は目立った動きがなかったとも言われています。九州は、昨年の福岡県警を中心とした工藤会壊滅作戦以後、統制機能不全で弱体化している工藤会の動向もあって、山口組分裂における双方のシノギ獲得を巡る争いが激化する可能性の高いエリアでもあり、今後の動向には注意が必要です。
さて、このような震災ビジネス以外に、震災におけるリスクとして指摘しておきたい点としては、「各種手続き等の緩和」「自体体の混乱状況下における手続きの瑕疵」リスクがあげられます。大部分の善意の被災者・被災企業向けの手続き緩和措置は必要不可欠ですし、混乱の極みの中で自治体側にも様々なオペレーションミスが発生することはやむを得ないことと言えます。ただし、そのような状況を悪用する反社会的勢力の存在にも注意しておく必要があります。例えば、東日本大震災では、津波により広範囲にわたって甚大な被害が出ましたが、その行方不明者の戸籍が乗っ取られ、(なりすまし等に)悪用されているとも言われています。実際の戸籍が失われており、転入届を受け付ける側の行政機関は、目の前の人間が本人なのかどうか、もはや確認する方法がなく、受け付けざるを得なくなっているとのことです。
さて、今回の熊本地震では、金融庁から、「送金時の取引時確認義務」、「口座開設時の本人確認資料の要件」の緩和措置が、総務省から、「携帯電話契約の本人確認資料の要件」の緩和措置が採られました。いずれも被災者の利便性を優先したもので、身分証明書を再取得できる状況になればすぐに本人確認をするよう求めていますが、口座や携帯電話など「犯罪インフラ」として悪用されやすいものでもあることから、なりすまし等に悪用される懸念は否定できないところです。
▼金融庁 「犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則の一部を改正する命令」の公表について
(1) 寄附金の振込に際しての取引時確認対象取引の特例
平成28年熊本地震に係る寄附のために行われる現金送金(送金先口座が専ら寄附を受けるために開設されたものに限る)については、その額が200万円以下のものに限り、取引時確認義務の対象取引から除く。
(2) 被災者の本人特定事項の確認方法の特例
平成28年熊本地震で被災した顧客であって、正規の本人特定事項の確認方法によることが困難であると認められるものに係る本人特定事項の確認方法は、暫定的な措置として、当分の間、当該顧客から申告を受ける方法とする。この場合において、特定事業者は、当該顧客について、正規の確認方法によることができることとなった後、遅滞なく、その方法による確認を行う。
▼総務省 「携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等及び携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律施行規則の一部を改正する省令の概要」
携帯音声通信事業者、媒介業者等、貸与事業者が、
(1) 本人確認及び譲渡時本人確認を行うことが困難であると認められる場合は、暫定的な措置として当分の間、当該自然人からの申告により、本人確認を行うことができる
(2) 通常の本人確認等を行うことができることとなった後、直ちに通常の本人確認等を行う
2) パナマ文書ショック
前回も本コラムで紹介しましたが、パナマ文書・タックスヘイブンを巡る報道が世界的に加熱しています。主に、租税回避行動を非難する切り口のものが多いのですが、マネー・ローンダリングやテロ資金供与におけるタックスヘイブンの役割についてはまだまだ十分な理解が広く得られているとは言えないようです。既に報道されていますが、国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)が公表したデータベースには、指定暴力団幹部の親族が名前をつらねる企業の役員や不公正ファイナンス等に関与する金融ブローカー、準暴力団関係者などの名前が見られるようです。また、あたかもパナマがタックスヘイブンの中心地かのように見られていますが、パナマはあくまで中継地であり(ただし、同時にパナマは麻薬取引の一大中継地という特色から、麻薬組織関係者の名前が数多く含まれているという特徴があります)、英領バージン諸島(BVI)こそが中心地のひとつだと言われています。また、米国のネバダ州、デラウェア州、ワイオミング州、サウスダコタ州なども低税率や匿名性の高い口座の開設を認めることで多くの企業の本社所在地になるタックスヘイブンであり、米国もまたタックスヘイブンの中心地のひとつでもあります。
このようにタックスヘイブンの問題は、一部の小国だけの問題ではないし、租税回避の問題に限られないという「拡がり」を持っています(ただし、現在では、BVIはじめタックスヘイブン自体、手法として古くなっているとも言われており、今回のICIJの調査などは、過去の悪用の痕跡を発見するイメージなのかもしれません)。
さて、そのBVIについては、日本政府と租税情報交換協定を締結しています。
▼英領バージン諸島との租税情報交換協定が発効します(2014.9.12)
また、日本政府は、BVIに限らず、ケイマン諸島やリヒテンシュタイン、直近ではスイスやベルギーなどとも情報交換の協定を結んでいます。なお、協定の締結によって、現地法人の資産情報の公開を求めることができるようになり、脱税や租税回避の監視がしやすくなるというメリットがあります。
金融機関の厳格な守秘義務で有名だったスイスを例にとれば、スイス政府は、米国人顧客の隠し資産に関する口座情報の提供に関して米司法省と合意、スイスの銀行が顧客情報を提供し一定の罰金を払えば、脱税ほう助罪で米当局に起訴されることを免れ、厳しい刑罰を回避できる方向を選択しました。スイスの銀行は顧客情報を厳格に保秘することから富裕層を中心に預貯金を集めてきましたが、マネー・ローンダリングやテロ資金供与、課税逃れなどを助長するとの観点から国際的に疑問の声もあがっていたところでした。
▼財務省 スイス連邦との金融口座情報の自動的交換に関する共同声明が署名されました(平成28年1月29日)
また、同様の動きはBVIやスイスに限ったことではなく、スイスと並ぶプライベートバンクの本場ルクセンブルク、ケイマン諸島、バミューダなどのタックスヘイブンについても、欧米諸国の求めに応じて租税情報の交換や情報開示に応じる協定に合意しています。
なお、かつて、金融庁関係者から、BVIのファンド等を引受先にしているファイナンスは「不公正ファイナンス」である可能性が高い(さらには、「P.O BOX 957 Tortola BVI」とする私書箱を住所に使っている場合はよりその可能性が高い)との指摘がなされていましたが、そのような不公正ファイナンスの引受け手である海外のファンドの「真の所有者(beneficial owner)」は、実際は日本にいて、反社会的勢力とつながっていることも多い(いわゆる「黒目の外人」と呼ばれている人たち)とも言われており、これらの協定や、今回のICIJ等の分析、その他新たなリーク等により、タックスヘイブンに設立された夥しい数のペーパーカンパニーの「真の所有者」や「複雑な送金経路と資金移動の実態」が解明すること、そして、そこに関わる怪しい人脈の解明がすすむこと(過去の事案・悪用の痕跡であったとしても、そこに登場した人物や団体・組織の関連を知ることは極めて有用な情報となります)が期待されます。
米国は独自に「FATCA(外国口座税務コンプライアンス法)」を適用してこれらの取組みから距離を取っていますし、そもそも、米国内にタックスヘイブンを多数抱えています。パナマ文書ショックへの米国人の数が200人あまりと極端に少ないこと、先に述べたスイスをはじめ多くのタックスヘイブンは、米国の圧力によって、名指しで「改善」を求められる、高額の制裁金を課される(と突きつけられる)、といった形でその優位性や機能を失いました。その結果、米国内のタックスヘイブンに資金の逆流が始まっています(BVIやケイマン、香港など英国圏のタックスヘイブンに世界のブラックマネーが流れ込み、洗浄されて、不動産市場などを通じてロンドンに還流させる構図を確立していた英国を、米国は新たなターゲットとして、その資金をさらに米国内に還流させようとする狙いが透けて見えます)。
(もちろん、そのような実態とは別に、表面的には)米政府は、英国などと同様、今回のパナマ文書ショックをふまえ、国内の金融機関に対して、法人などが口座を開く際に実質的な所有者を確認するよう求める新たな規制等を発表しています。
さて、直近では、ロンドン市警が、ロシアの石油会社とスイスやBVIに本社を置く複数の投資会社が、ロンドン先物市場をロシアの反社会組織が不正に得た資金をマネー・ローンダリングする隠れみのにしている疑いがあるとして、約2,200万ドル(24億円)を凍結したという事案が発生しています。また、これとは別に、シリアのアサド政権が、世界有数のタックスヘイブンとして知られるインド洋のセーシェルを利用して、国際的な制裁の影響を回避しようとしていた疑いについての報道もなされています。今後は、このような形で様々な不透明な資金移動やマネー・ローンダリングの実態が表面化するものと思われます。本コラムにおいても、引き続き、タックスヘイブンを巡る動向を注視していきたいと思います。
3) 六代目山口組の分裂など
既にご存知の通り、4月15日に六代目山口組から分裂した神戸山口組が指定暴力団に指定されました(一方、六代目山口組の9回目の再指定は6月23日付けで行われる予定です)。また、今月10日には、双方の組織が、直系組長らを集めて指定後はじめての定例会を開催しています。
さて、指定後1か月については、それまで全国各地で勃発していた抗争がぱたりと止み、わずか1件の発生にとどまっています。
その背景としては、まず、警察が、両組織の抗争が続く場合には、両組織をさらに規制が厳しい「特定抗争指定暴力団」に指定することを検討していることがあげられます。これは、市民に重大な危害が及ぶ指定暴力団間の対立抗争事件が起きた際には、双方が特定抗争指定暴力団に指定されるもので、指定されると、「警察当局が設定した警戒区域内で5人以上での集合」「対立暴力団組員へのつきまとい」「使用禁止の事務所への出入り」などで逮捕されるといった、より厳しい規制が課されることになります。過去、指定を受けた浪川会と道仁会は、定例会も開催できず統制を取ることが極度に難しくなったと述べているとされ、両組織とも相当慎重にならざるを得ないのが実情のようです。
また、伊勢志摩サミット開催中は抗争を自粛せよとの指示が出ている点も影響しているようです。報道によれば、「国家的行事の最中に騒ぎを起こしたら、普段から厳しい姿勢の警察がさらに目の色変えて飛んでくる。上から『動くな』と言われている」とのことであり、実際、六代目山口組、神戸山口組の双方ともに、月内に予定されていた各種会合や行事は中止になるケースが続いているようです。
いずれにしても、現時点で騒ぎを起こすことにメリットはなく、(皮肉なことに)「法令遵守」の状況が続いています。
一方で、今回の分裂の影響で、活動を停止したり解散したりする組も出ています。
昨年10月に長野県飯田市で暴力団員が射殺された事件に関連し、指定暴力団六代目山口組系二次団体の近藤組(岐阜市)が活動を停止しました。近藤組の組長が3月に六代目山口組総本部から除籍された影響とされ、傘下組織を含めて多くの組員は、県内の別の六代目山口組系組織に移ったとみられています。
また、富山県警は、分裂抗争に関連するとみられる火炎瓶投げ付け事件や発砲事件などが相次いで起きた富山市の六代目山口組系の高田組が解散届を提出したと発表しています。高田組は神戸山口組に加わる動きをみせたことから、事件が相次いでいたということです。
また、神奈川県では、対立抗争でトラックが突っ込んだ建物について、以前、「暴力団事務所もしくは連絡所として使用してはならない」とする裁判所の決定がなされ、組員の建物内への立ち入りも禁じられていたにもかかわらず、組事務所の利用実態が確認されたとして、周辺住民9人が、六代目山口組弘道会系組長らに対し、事務所としての使用を禁じた裁判所の決定に違反してはならないとする間接強制を横浜地裁小田原支部に申し立てています。違反した場合、1日当たり100万円の制裁金の支払いを求めているということです。
やはり、実際にトラックが突っ込むなどの事案がひとたび発生すれば、そこに暴力団が存在しているというだけで、「市民に重大な危険」が及ぶ恐怖や不安を絶えず与えることとなることを考えれば、早急な特定抗争指定によって活動を規制することが必要だと言えると思います。
4) 信用保証を巡る最高裁判断と東京高裁差し戻し審判決
以前、本コラム(暴排トピックス2016年2月号)でもご紹介しましたが、融資先(主債務者が反社会的勢力)を債務保証する信用保証協会が、焦げ付いた債務の肩代わりを拒否できるかが争われた4件の訴訟の上告審判決で、最高裁第3小法廷が、「金融機関が一般的な調査をして反社会的勢力と分からなければ、契約は原則有効で信用保証協会は支払いを拒めない」との判断を示しました。
最高裁の判決文によれば、「融資先が反社会的勢力と後から判明した場合に保証を無効とすることが契約の前提になっていたとはいえない」として、信用保証協会側の錯誤無効にはあたらないとされたほか、金融機関が一般的な調査(相応のレベルの反社チェック)を実施した上で見極めできなかったものについては、信用保証協会側は責任を免れないという基準が示されています。そのうえで、4件のうち3件については、金融機関が相応のレベルの反社チェックを行っていたのか(調査義務を果たしていたのか)の審理を東京高裁に差し戻しとしましたが、今回、東京地裁で、「反社会的勢力かどうかの事前調査は一般的な方法に照らして相当だった」として、保証が有効と認める判決が出ています。
報道によれば、銀行はグループ会社や捜査機関の情報などをもとにデータベースを作り、融資先が反社でないか確認していたとして、同行の調査方法について「金融機関が事前に調査すべき義務に違反していない」と判断したということです。「金融機関が事前に調査すべき義務」の詳しい内容が知りたいところですが、みずほ問題をふまえた金融庁の監督指針改正時におけるパブリックコメントに対する回答のうち、「反社データベース」については以下のような記述がなされていますので、これらの考え方が参考になるものと思われます(以下、金融庁の回答部分を抜粋してご紹介します)。
- 必ずしも当該業者独自のデータベースを構築している必要はなく、他者のデータベースを共同して利用することも可能と考えますが、当該業者内に反社会的勢力対応部署を設置し、同部署を通じて適切に他者データベースを利用することができることが前提
- それぞれの事業者の事業特性等を踏まえ、反社会的勢力との取引に晒されるリスクに応じて、反社会的勢力との関係を遮断するために必要な程度の情報を備えたもの
- データの登録と排除対象については、各社で定義を定めて運用、監督指針を参考に、各社において実態を踏まえて検討すべき
- 「情報の収集・分析」とは、例えば、日常業務に従事する中で得られる反社会的勢力に関する情報や、新聞報道、警察や暴力追放運動推進センターからの提供等の複数のソースから得られる情報を集めた上で、継続的にその正確性・信頼性を検証する対応等を指す
- 日頃から、意識的に情報のアンテナを張り、新聞報道等に注意して幅広く情報の収集を行ったり、外部専門機関等から提供された情報なども合わせて、その正確性・信頼性を検証するなどの対応が考えられる
- 警察庁データベースとの接続のみをもって、「反社会的勢力との関係を遮断するための取組みの実効性を確保する体制」や「適切な事後検証を行うための態勢」が構築されたと判断するものではない
これらのレベル感で整備された反社データベースを活用するなどして適切に実施された調査であれば、たとえ、結果的に反社会的勢力と見極めることができなかったとしても、やむを得ないとの考え方が明確になったという点で、大変意味のある判決ではないかと思われます。一方の信用保証協会側も、これらのレベル感を共有しつつ、自ら主体的に(自立的・自律的に)反社チェックを行いつつ、保証の可否を都度判断していくという運用の定着が求められているとの認識も必要だと言えます。
5) 野球賭博
相撲協会やプロ野球で問題となった野球賭博について、その実態が様々に報じられています。報道によると、客とのやりとりは、独特の符号を使って賭けの申し込みや勝ち金の状況などを携帯電話のメールで連絡していること、また、胴元の上に暴力団などの反社会的勢力がおり、客らとのトラブルを解決する一方、胴元から上納金を吸い上げるといった関係があるようです。
野球賭博のこれらの実態からは、摘発の困難さが浮かび上がってきます。賭博の申し込みやハンデの連絡は携帯電話のメールなどで行われ、賭博開帳図利罪が成り立つ前提としての「賭博場」が捉えにくくなっている(内部告発でもない限り端緒すら得られない)ことや、中継や胴元などの関係者は、携帯を次々と買い換えるなどして証拠を残さない(プロ野球選手の場合は、携帯電話契約を解除のうえ、物理的に破壊していたと言われています)といった手口で、警察の摘発を逃れている実態があるのだといいます。また、関係者の逮捕にこぎつけても、報復を恐れ暴力団の関与については口を閉ざすという点も摘発を困難にしている一因とされています。一方、客にとっても、物理的に賭博場に行く必要がないため、抵抗感なく参加でき、掛け金も膨らみがちになると言います。
いずれにせよ、野球賭博は、「見つかりにくく儲かる」ことから、暴力団等の重要な資金源となっているのは事実であり、その犯行の態様がツールの進化とともに変わっているのであれば、そもそもの「賭博」「賭博場」の定義や捜査手法などを見直すなど、時代に適った摘発を可能にするよう検討すべきであり、いつまでも暴力団を利することのないようにしていただきたいと思います。
6) スポーツ選手に対するコンプライアンス教育のあり方
前回はバドミントンのトップ選手の闇カジノ問題を取り上げましたが、今度は、スノボ男子選手2名の薬物(大麻)問題が発覚、全日本スキー連盟は、会員登録や競技者登録を無期限で停止するなどの処分を決めています。また、法政大学と学習院大学の水泳部の選手の大麻問題や、プロ野球の球団職員の大麻問題なども相次いで発覚しています。
大麻については、一部の国、米では合法化されている州もあること、逆にゲートウェイドラッグとして位置付けられ規制されている国や地域も多いこと、はたまた医療用としての効果にも注目されていることなど、なかなか評価の定まっていないところがありますが、日本においては現時点では違法薬物であることに変わりはありません。
横浜市の調査によれば、危険ドラッグや脱法ハーブについて、横浜市が市内の小中学生約1800人に「入手できると思うか」と質問したところ、「できる」との回答が小学5年で71%、中学2年で85%に上ったということです。大変驚くべき数字ですが、つまりは、それだけ容易に入手できる環境が身近なところにあるということであり、興味本位であっても手を出せてしまう環境がある限り、スポーツ選手に限らず、健全な「常識」を有した一般人であっても、ましてや青少年の場合はなおさら、些細なきっかけから手を出してしまいかねない(身近にあることでリスク感覚が麻痺してしまう)ということです。さらに、この調査によれば、9割以上が「絶対に使うべきではないし、許されない」と答える一方で、小5の2%、中2の6%は「使うかどうかは個人の自由」と回答したとされます。すでにこのような年代においてさえ、「常識」が異なる分子が一定程度存在することをうかがわせ(前回の暴排トピックス2016年4月号も参照ください)、かなり早い段階から薬物問題に関する教育研修を導入していく必要性を感じます。
また、違う視点からの調査においても、同じような課題が示唆されています。
▼日経リサーチ コンプライアンス意識調査 「コンプラ問題、企業内で理解は進むが、意識や行動に遅れ」
本調査によれば、勤務先のコンプライアンス関連規定について、正社員は「かなり理解している」と「ある程度理解している」の合計が83.7%なのに対し、非正規社員の理解度は65.6%と正社員に比べるとかなり低水準という結果になったということです。同じ職場で働いていても、その置かれた状況によって、コンプライアンス意識に差が出るという意味では、個人の意識への着目だけでなく、属性の特性をふまえた教育研修の実施や職場環境の改善という視点も求められていると言えます。
翻って、スポーツ選手のコンプライアンスの問題を考えれば、スポーツ一筋に打ち込んできたことによる「常識」のズレという個人の資質だけを問題とするのでなく、厳しい上下関係、スポンサー(タニマチなど)の存在、反社会的勢力との接点など、彼らを取り巻く「環境」が、人格や「常識」の形成、行動に大きな影響を与えている点もまた重視すべきだと言えます。つまり、薬物や賭博、反社リスク等への対応として、コンプライアンス研修を実施すること(個人の意識に働きかけること)だけでは不十分であることを示唆しています。
したがって、例えば、部活動や団体におけるいじめや体罰の問題への適切な指導と監視から、所属選手のプライベートも含めた交際人脈の確認と監視、タニマチ文化の持つ弊害を事業者や協会が主導して取り除くこと(競技支援・選手支援、スポンサーとの関係のあり方を見直すこと)、そもそも各競技の指導者や協会役員などが旧来型の発想や行動様式を持っている限りネガティブな部分も継承されてしまうことなどを考慮して、例えば米国で普及している、豊かに生きる力を身に付けるアスリートのための「ライフスキル教育プログラム」などの教育・指導の指針や教育プログラムを、スポーツ庁などが主導して提示しそれを徹底する、といった「環境」自体を改善する視点がないと、なかなか問題の根本的な解決につながらないのではないかと感じます。
このような状況に対し、JOC(日本オリンピック委員会)は、JOC加盟団体の全競技の日本代表クラスの選手を対象に、コンプライアンスなどに関する教育プログラムの受講を義務づける意向を明らかにしています。受講後にレポート提出などを課す方針で、修了できなければ強化指定を外すということであり、方向性としては概ね正しいと思われるものの、どのような「常識」レベルの人間に対しても、「刺さる」ように教育プログラムを工夫すること、アスリート個人だけでなく、指導者や協会役員・職員、スポンサーなど関係者を巻き込んだ、環境改善の取組みの視点などもさらに求められるものと思います。
関連して、このような問題が起きている最中に、アスリート自身が発信した文書を以下に紹介いたします。アスリートが、自ら、仲間に、自らの言葉で語りかけること以上に「刺さる」ものはないのではないか、と感じさせられます。
▼日本陸上競技連盟アスリート委員会 アスリートの皆様へ(代表 高平 慎士選手)
(本文より)・・・アスリートの価値、スポーツの価値を揺るがすような事態が度々起きております。同じアスリートとして、スポーツがこのような形で世間を賑わせていることに悲しみと憤りを感じております。 ・・・ルールがあってこそのスポーツであり、スポーツがあってこそのアスリートがあることを私たちアスリートは忘れてはいけません。ルール違反は、私たち自身の存在を否定する行為であり、私たち自身の首を絞める行為です。・・・私たちの競技だけでなく、私たちの振る舞いに全世界が注目しています。現在スポーツ界で起きている問題を機に、我々アスリートは自らを再定義し、我々がアスリートであることの意味と意義を見つめ直していきましょう。
7) 特殊詐欺を巡る動向
平成28年1月~3月の特殊詐欺全体の認知件数(既遂)は2,905件(前年同期比▲368件、増減率▲11.2%)、実質的な被害総額 92.9億円(前年同期比▲21.9億円、▲19.1%)と、認知件数・被害総額ともに減少傾向が続いています。
特殊詐欺のうち、「オレオレ詐欺」の認知件数は1,186件(同▲57件、▲4.6%)、被害総額 37.3億円(同4.4億円、▲10.6%)、また、「架空請求詐欺」の認知件数は761件(同▲213件、▲21.9%)、被害総額 35.4億円(同▲7.6億円、▲17.6%)とこちらも減少傾向が続いていますが、一方で、「還付金等詐欺」の認知件数は718件(同+86件、+13.6%)、被害総額 8.7億円(同+2.1億円、+32.6%)と大きく増加している点は気になるところです。
なお、参考までに、警察庁における分類・定義等について確認しておきます。
まず、「特殊詐欺」とは、「面識のない不特定の者に対し、電話その他の通信手段を用いて、預貯金口座への振込みその他の方法により、現金等をだまし取る詐欺をいい、オレオレ詐欺、架空請求詐欺、融資保証金詐欺、還付金等詐欺、金融商品等取引名目の特殊詐欺、ギャンブル必勝法情報提供名目の特殊詐欺、異性との交際あっせん名目の特殊詐欺及びその他の特殊詐欺を総称したものをいう」とされています。
また、「振り込め詐欺」とは、「特殊詐欺のうち、オレオレ詐欺、架空請求詐欺、融資保証金詐欺及び還付金等詐欺を総称したもの」をいい、「オレオレ詐欺」については、「親族、警察官、弁護士等を装って電話をかけ、会社の横領金の補てんや借金の返済等を名目に、現金を預貯金口座に振り込ませるなどの方法によりだまし取る詐欺(同種の手段・方法による恐喝を含む)事件をいう」とされています。
8) 犯罪インフラを巡る動向
① 盗難車
山口組の分裂に絡み、対立する神戸山口組側への報復目的で盗難車を保管したとして、大阪府警が、盗品等保管の疑いで、六代目山口組直系極心連合会の組員を逮捕、送検したという事件がありました。極心連合会本部事務所近くのコインパーキング2カ所で、盗品と知りながら乗用車2台を保管していたということです。
神戸山口組が指定される4月15日までの数カ月は、双方の事務所にトラック等の車が突っ込む事件が全国的に多数発生しましたが、実行に使われた車が盗難車であることが明らかとなった今回の事件は大変興味深いものです。実は、全国で発生している自動車の盗難は相当な数(平成27年は暫定で13,821件)に上りますが、犯罪組織が関与しているケースが多いことが分かっており、暴力団の資金源となっている実態も指摘されています。
さて、この自動車の盗難の実態とその対策については、「国際組織犯罪等対策に係る今後の取り組みについて」(平成13年8月29日国際組織犯罪等対策推進本部決定)に基づき、自動車の盗難及び盗難自動車の不正輸出を防止するための総合的な対策について検討するため、自動車盗難等の防止に関する官民合同プロジェクトチームが設置され、様々な取組みや情報発信がなされています。
▼自動車盗難等の防止に関する官民合同プロジェクトチーム STOP THE 自動車盗難
本プロジェクトチームのサイトに「自動車盗難の実態」として、以下のような報告がなされていますので、参考までに紹介いたします。自動車盗難が暴力団等の犯罪組織の資金源であるとともに、それが他の犯罪に利用される(犯罪インフラとなっている)ことが確認できます。
(1) 犯罪グループが犯行に関与
犯罪グループが組織的に関与し、犯行に及んでいるものがあります。
(2) ヤード等で不正に解体
犯罪グループにより盗まれた車両は、ヤード(*)と呼ばれる場所に運ばれ、不正に解体されているものがあります。
(*)ヤード
警察では「周囲が鉄壁等で囲まれた作業所等であって海外への輸出等を目的として、自動車等の保管・解体、コンテナ詰め等の作業のために使用していると認められる施設」をヤードと呼んでいます。
(3) 海外へ不正に輸出
盗難被害に遭った自動車は、解体されて中古部品として海外に不正に輸出されているものがあり、実際に海外において日本で盗難被害に遭った自動車の部品等が多数発見されています。
(4) 他の車両と合体させて販売・流通
解体した自動車盗難を他の車両と合体させて真正な車両として不正に登録を受け、販売・流通させる例があります。
(5) 組織犯罪等の資金源となっている
盗んだ自動車やカーナビ等を販売して利益を上げるなど、暴力団や犯罪組織の資金源となっているものがあります。
(6) 盗んだナンバープレートを他の犯罪に利用
警察の捜査を逃れるため、盗んだナンバープレートを別の車両に取り付け、他の犯罪を行うときに使用する場合があります。
なお、自動車盗難については、来日外国人による犯罪も多いという特徴があり、警察庁の統計資料では以下のような指摘がなされています。
- ベトナム人による刑法犯の検挙件数の約85%は窃盗で、最近では自動車盗で、実行役、盗難自動車の保管役と役割分担し、日本人を含めたグループで建設重機等を窃取していた事例もみられる。
- ブラジル人による刑法犯検挙件数の81.0%を窃盗が占めており、そのうち74.0%を自動車盗が占めている。自動車盗においては、実行犯を担当する場合が多く、窃取した自動車の解体等は別の外国人グループによって行われており、ブラジル人が盗難自動車の解体等を行うヤードを経営したり、窃取した自動車を外国へ輸出したりする例はほとんどみられない。
- 最近では、イモビカッター(盗難防止装置を無効にする装置)や、スマートキーの機能を悪用してエンジンを始動する装置を使用して、短時間で車両を盗み、搬送する際には偽造ナンバープレートを取り付けて追跡捜査を困難にするなど、その手口は悪質かつ巧妙化している。
② 悪質なカード加盟店
経済産業省はカード大手や国民生活センターと連携し、国内外の悪質加盟店の排除に乗り出しました。
▼経済産業省 安全・安心なキャッシュレス社会の実現に向けた国際ペイメントブランドとの協力について意見交換を行いました~国際ブランドとの連携により悪質加盟店による消費者被害を防止します
違法取引等により日本の消費者に対して著しい損害を与える国内外のカード加盟店等を排除するため、国際ブランドと経済産業省の連携により、こうした悪質加盟店等と契約している国外カード会社への是正指導等の必要な対応を行うことについて合意しています。
悪質なカード加盟店の問題については、本コラムでも過去(暴排トピックス2013年10月号を参照ください)、犯罪を助長する危険性があるとして、以下の通り指摘しています。
- (みずほ問題に絡み信販会社における審査の甘さが犯罪を助長しているだけなく、)クレジットカードを利用した詐欺的手法を許してしまっている「加盟店」あるいは「決済代行会社(包括加盟店)」の健全性をどう担保していくかが大きな問題。
- 例えば、クレジットカード会社は出会い系サイト等との加盟店契約を締結しないルールになっているが、現実にはカードが利用可能。この背景には、「海外の決済代行会社」が、緩い加盟店管理のもと、それらと加盟店契約を締結、カードの利用を認めている現実があり、さらにクレジットカード会社がそれを黙認している状況があり、それらの脆弱性を「犯罪インフラ」として反社会的勢力が利用している現実がある。
- 信販業界・貸金業界における反社チェックの甘さ、反社会的勢力への対応の甘さは、銀行の問題と切り離しても極めて重大な問題(つまり、そもそも銀行の取組みに依存せず、自律的・自立的に、反社チェックや反社会的勢力排除の取組みがなされるべき)。
現状、クレジット業界では、業界共通の反社データベースを活用したカードホルダーのチェックはかなり徹底されている状況にありますが、経済産業省に対する内閣府消費者委員会からの建疑「クレジットカード取引に関する消費者問題についての建議」(平成26年8月)をふまえ、加盟店の健全性にかかる審査の厳格化については、これから本格化する状況にあります。加盟店の健全性については、加盟店契約時に実施される入口の審査においては問題がないとされても、その後、業種や取扱商品、実質的な支配者などが大きく変わったり、不審な売上や(本来は認められていない)公序良俗に反する商品の取扱いを始めるといったことが問題となっています。それはまた、反社会的勢力が、加盟店審査の甘さを「犯罪インフラ」として悪用していることにもつながっており、健全性に関する事後チェック・モニタリングなどの一刻も早い取組み・制度化とその徹底が求められます。
9) その他のトピックス
① OFS事件の続報
前回の本コラム(暴排トピックス2016年4月号)では、王将フードサービス(OFS)第三者委員会による調査報告書を読み解きました。
本報告書では、「創業者の長男(元社長)と次男が共有する借り上げ社宅を解約し、OFS社が差し入れている保証金710万円を返還してもらうこと」「京都市の本社ビルに間借りしている財団法人との賃貸借契約を解約し、移転してもらうこと」の2点が必要だと指摘しています。
それに対して、同社は本年3月30日付で(問題となっている)B社との保守委託契約を解除し、同4月25日には長男と次男、財団法人に対し、それぞれ差し入れ保証金の返還と事務所明け渡しを文書で申し入れています。過去、同社は、東証に対し、保証金問題は調停で解決を図り、財団の移転は(問題となった)A氏に頼らずに交渉を進めると回答していたものの、進展はみられなかった経緯があり、それが大東社長の射殺事件につながったとされる問題だけに、今度こそ関係を解消できるのか、新たな経営陣の真価が問われる状況となっています。
② 金融庁の監督指針の一部改正(パブコメ実施中)
金融庁は、「犯罪による収益の移転防止に関する法律の一部を改正する法律(平成26年法律第117号)」等(今年10月施行)を踏まえ、「主要行等向けの総合的な監督指針」等の一部改正(案)についてのパブコメを実施中です。
▼金融庁 「主要行等向けの総合的な監督指針」等の一部改正(案)の公表について
▼(別紙1)「主要行等向けの総合的な監督指針」の一部改正(案)(新旧対照表)
なお、今年10月に施行される犯罪収益移転防止法の改正内容については、JAFIC(警察庁 犯罪収益移転防止対策室)サイトに掲載されている以下を参照いただきたいと思います。
▼犯罪による収益の移転防止に関する法律の一部を改正する法律(概要)
▼犯罪による収益の移転防止に関する法律の一部を改正する法律の施行に伴う関係政令の整備等に関する政令(概要)
上記をふまえ、今回の監督指針改正の内容として、取引時確認等の措置を的確に実施するための態勢整備等について着眼点が追記されていますが、今回、監督指針に新たに追加された主な部分について、以下の通り紹介しておきます(一部要約、下線部は筆者)。
●テロ資金供与やマネー・ローンダリング等に利用されるリスクについて調査・分析し、その結果を勘案した措置を講じるために、以下のような対応を行うこと。
- 犯収法第3条第3項に基づき国家公安委員会が作成・公表する犯罪収益移転危険度調査書の内容を勘案し、取引・商品特性や取引形態、取引に関係する国・地域、顧客属性等の観点から、自らが行う取引がテロ資金供与やマネー・ローンダリング等に利用されるリスクについて適切に調査・分析した上で、その結果を記載した書面等(以下「特定事業者作成書面等」という。)を作成し、定期的に見直しを行うこと。
- 特定事業者作成書面等の内容を勘案し、必要な情報を収集・分析すること、並びに保存している確認記録及び取引記録等について継続的に精査すること。
- 犯収法第4条第2項前段に定める厳格な顧客管理を行う必要性が特に高いと認められる取引若しくは犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則(以下「犯収法施行規則」という。)第5条に定める顧客管理を行う上で特別の注意を要する取引又はこれら以外の取引で犯罪収益移転危険度調査書の内容を勘案してテロ資金供与やマネー・ローンダリング等の危険性の程度が高いと認められる取引(以下「高リスク取引」という。)を行う際には、統括管理者が承認を行い、また、情報の収集・分析を行った結果を記載した書面等を作成し、確認記録又は取引記録等と共に保存すること 等
●法人顧客との取引における実質的支配者の確認や、外国PEPs(注)該当性の確認、個人番号や基礎年金番号の取扱いを含む本人確認書類の適切な取扱いなど、取引時確認を適正に実施するための態勢が整備されているか。
(注)犯罪による収益の移転防止に関する法律施行令(以下「犯収法施行令」という。)第12条第3項各号及び犯収法施行規則第15条各号に掲げる外国の元首及び外国政府等において重要な地位を占める者等をいう。
●犯罪収益移転危険度調査書の内容を勘案の上、国籍(例:FATFが公表するマネー・ローンダリング対策に非協力的な国・地域)、外国PEPs該当性、顧客が行っている事業等の顧客属性や、外為取引と国内取引との別、顧客属性に照らした取引金額・回数等の取引態様その他の事情を十分考慮すること。また、既存顧客との継続取引や高リスク取引等の取引区分に応じて、適切に確認・判断を行うこと。
3.最近の暴排条例による勧告事例ほか
1) 暴排条例施行5年
平成22年4月に全国ではじめて福岡県で制定された暴排条例は、平成23年10月施行の東京都・沖縄県を最後に、全ての都道府県で施行されました(その後、全国のほとんどの区市町村で制定されるまでに拡がっています)。一連の流れの中では、平成23年4月に施行された自治体が多かったのですが、それらの自治体ではこの4月で暴排条例施行から5年を迎えています。この点について、各地で様々な報道がなされていますので、いくつかご紹介しておきます。
神奈川県の状況
同県暴排条例に基づいて、暴力団組員や取引に応じた事業者へ勧告などを行った件数は、5年間で計35件に上り、民間企業から暴力団関係者かどうかといった県警への問い合わせも、昨年(平成27年)は、平成24年の2倍以上の1,960件に上ったといいます。読売新聞(神奈川県版 5月10日付)によれば、平成26年に横浜市内のタクシー会社幹部が暴力団組長専従のタクシーを配車したとして、利益供与を中止するよう勧告されたことをふまえ、県タクシー協会が加盟社を対象とした講習会を自発的に始めたことを紹介しています。
茨城県の状況
同県暴排条例に基づいて、暴力団への利益供与をやめるよう勧告した件数は、同条例施行後計4件あったほか、同県内の暴力団員数が条例施行前に比べ約300人減少したということです。なお、同県内での最新の動向としては、本コラムでも紹介した以下の3件があり、いずれも全国的に注目されているところです。
- 指定暴力団六代目山口組と神戸山口組の分裂抗争を受けて、水戸市は、市内の神戸山口組傘下の暴力団事務所の使用禁止や、組員の立ち入り禁止を求める仮処分を水戸地裁に申し立てた。当該事務所を巡っては、トラックの突入事件や1階の窓ガラスへの発砲事件などが相次いでいるものの、暴排条例の適用外の状況であるところ、事務所のすぐ近くには小学校があることから、学校保健安全法に基づき、学校設置者として仮処分申請しており、全国で初めての試み。
- 指定暴力団松葉会2次団体である国井一家の幹部が取締役を務める会社が実質的に所有する建物が茨城県鹿嶋市の市有地にある問題で、鹿嶋市が、建物を使用しないよう求める文書を送付。ただ、松葉会側の「地上権」が認められる可能性があり、市側が松葉会側に地代を請求すれば、逆に、松葉会が建物を使用することを認めることになってしまう恐れもあり、難しい対応を迫られている。
- 茨城県守谷市にある指定暴力団松葉会本部の関連施設「松葉会会館」の土地と建物について、暴力団追放の住民運動を受け、守谷市は、平成27年12月、登記上の所有者だった建設会社社長から、諸費用を含め1億3,000万円で買い取り、同市に引き渡された。現実に抗争が起きていない段階で、住民と行政が組事務所撤去を勝ち取ったのは極めて異例。
2) 大阪府の公表事例
暴力団組員の住居や待機場所として使われると知りながらマンション5部屋を割安で貸したとして、大阪府公安委員会は、府暴排条例に基づき、府内の不動産業経営の70代男性に暴力団への利益供与をやめるよう勧告しています。また、部屋を借りていた府内の指定暴力団山口組傘下組織の60代の男性組長にも同様に勧告しています。
なお、報道によれば、勧告により、待機場所の部屋は退去予定であるものの、住居の4部屋は正規の家賃で組員が利用を続けるとされています。しかしながら、暴排条例の主旨から言えば、「暴力団員だと知りながら利益供与する」こと自体が問題となるのであり、そのまま居住することを容認するような状況であれば、事業者の対応としては疑問を感じます。
3) 福岡県の公表事例
福岡県と北九州市・福岡市は、「役員等又は使用人が、暴力的組織又は構成員等と密接な交際を有し、又は社会的に非難される関係を有している」として、久留米市の同一事業者について、公共事業への指名停止措置および公表をしています。これら3つの自治体は、このような暴排措置を、継続的かつ適切に実施しており、東京都はじめ全国の他の自治体においても同様の積極的な運用を期待したいところです。
4) 暴力団対策法に基づく称揚行為を禁じる命令の事例(福岡県)
福岡県公安委員会は、指定暴力団浪川会会長ら幹部に対し、指定暴力団道仁会会長射殺事件で服役中の浪川会系組員3人が出所した後で、功労金を支払うなどの「称揚行為」をしないよう命令を出しています。暴力団対策法に基づく措置で、期間はそれぞれの出所後5年間と定めています。
5) 離脱妨害に関する中止命令の事例(京都府)
組織からの脱退を申し出た組員を脅し、脱退を妨害したとして、京都府警は、指定暴力団神戸山口組系の暴力団幹部の男に対し、暴力団対策法に基づく中止命令を出しています。神戸山口組が指定暴力団に指定されて以降、中止命令を出すのは、京都府内では初めてということです。