暴排トピックス

取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人

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【もくじ】―――――――――――――――――――――――――

1.犯罪収益移転防止に関する年次報告書(平成28年)と犯罪収益移転危険度調査書

2.最近のトピックス

1) 暴力団情勢

2) 医療業界からの暴排と専門家リスク

3) 特殊詐欺を巡る動向

4) 組織犯罪処罰法改正を巡る動向

5) AML/CTF/テロリスクの動向

6) 忘れられる権利を巡る動向

7) 暴力団の上納金に対する課税(日弁連の意見書)

8) 捜査手法の高度化を巡る動向

9) 犯罪インフラを巡る動向

・貧困ビジネス(生活保護制度の悪用)

・高額な医薬品/医療保険制度

・名義貸し

・専門家リスク

10)その他のトピックス

・薬物問屋と企業のリスク管理

・離脱者支援を巡る状況

・税関における摘発状況

・入れ墨を巡る動向

・福岡県・福岡県警の取り組み

・大麻草の栽培

・サイバー攻撃対策と反社リスク対策

・パナマおよびバハマとの租税情報交換認定

3.最近の暴排条例による勧告事例ほか

1) 暴排条例勧告事例(愛知県)

2) 暴排条例勧告事例(大阪府)

3) 公共工事からの排除要請措置(岐阜県)

4) 暴排条例違反による逮捕事例(福岡県)

5) 暴排条例違反による逮捕事例(東京都)

1.犯罪収益移転防止に関する年次報告書(平成28年)と犯罪収益移転危険度調査書

 警察庁より、最新の犯罪収益移転防止に関する年次報告書が公表されています。本コラムでも、アンチ・マネー・ローンダリング(AML)/テロ資金供与対策(CTF)の動向については、適宜取り上げておりますが、本報告書に、国内における犯罪収益移転防止法を中心としたAML/CTFの全体像や昨年1年間の取り組み状況・検挙状況等がまとまっておりますので、あらためて、その内容について簡単にご紹介いたします。

警察庁 犯罪収益移転防止対策室 犯罪収益移転防止に関する年次報告書(暫定版)

 犯罪収益移転防止法(犯罪による収益の移転防止に関する法律、犯収法)は、平成19年に成立して、今年で10年の節目を迎えます。この間の国内外の情勢の変化に応じて同法の改正も適宜行われていますが、金融機関等の特定事業者による不正な資金移動に対する監視態勢の強化等も進み、例えば、「疑わしい取引」の届出受理件数は、平成19年当時は約16万件であったところ、直近の平成28年においては401,091件とはじめて40万件を超え、この10年間で2倍以上に増加しています。また、疑わしい取引の分析等の結果、検挙に至った事件も、平成19年の約100件から平成28年には1,091件となるなど、その有効性はますます高まっています。

 また、昨年は、「ハイリスク取引の管理を強化すること」、「真の受益者の特定が最終的に自然人まで遡る必要があること」、「明らかに敷居値以下に分割された取引について、一つの取引とみなして、特定取引への該当性が判断されること」といった点を主眼とする犯収法の改正が10月に施行されたほか、それに先立つ5月には、仮想通貨対応のための改正(平成29年4月1日施行)が行われたことが大きなトピックスとして挙げられます。なお、後者の概要をあらためて確認すると、取引時確認の実施、確認記録の作成・保存、疑わしい取引の届出等の各種義務が課される特定事業者に、「仮想通貨交換業者」が追加されたこと、「仮想通貨交換業者」を通じた仮想通貨の取引についても、ID やパスワードといった、仮想通貨交換契約に係る役務の提供を受けるために必要な情報が第三者に提供されれば、当該第三者が他人になりすまして仮想通貨の取引を行うことが可能となり、犯罪による収益の移転への悪用が懸念されることから、仮想通貨交換契約に係る役務の提供を受けるために必要な情報の提供を受けることなどについて、預貯金通帳等の譲受け等に同じく罰則が設けられた点がポイントになると思われます。

 本報告書にて報告されている、昨年1年間の具体的な取り組み状況のうち、「疑わしい取引の届出」は、前述の通り、はじめて40万件を超えた一方で、昨年中に抹消された疑わしい取引に関する情報は6,125件あり、その結果、昨年末における同情報の保管件数は3,564,719件となったといいうことです。また、届出事業者の業態別では、銀行等が354,346件で届出件数全体の88.3%と最も多く、次いでクレジットカード事業者(13,436件、3.3%)、信用金庫・信用協同組合(13,070件、3.3%)の順となっています。
 この傾向は、クレジットカード事業者の割合が増加している以外に従来から大きく変わっていませんが、金融機関全体で96.6%を占めており、相対的・総体的に遅れが目立つその他の特定事業者の取り組みを加速させる必要性を感じます。(注、下線部は筆者、以下同様)

 さらに、「特定事業者における反社会的勢力や不正な資金の移動等を監視する態勢の強化等の取組により、マネー・ローンダリング事犯及びその前提犯罪の捜査等に役立つと認められる疑わしい取引の届出が増加している」と評価したうえで、捜査機関等に対する疑わしい取引に関する情報の提供件数も昨年は443,705件(前年比8,650件、+2.0%)と過去最多になったということです。そのうち、罪種別の類型別では、詐欺関連事犯(詐欺、犯罪収益移転防止法違反)が全体の84.8%を占めて最も多く、預貯金通帳等の詐欺、譲受・譲渡、生活保護費の不正受給、交通保険金詐欺、商品販売や投資等に係る詐欺等の事件の検挙につながったことが分かります。

 また、犯罪収益移転防止法違反の検挙状況については、預貯金通帳等の不正譲渡等の検挙件数が1,979件と圧倒的に多く、前年より360件(22.2%)増加しています。また、組織的犯罪処罰法に係るマネー・ローンダリング事犯の検挙事件数は、犯罪収益等隠匿事件が268件、犯罪収益等収受事件が112件の合計380件となっており、その前提犯罪別でみると、窃盗が156件と最も多く、詐欺が103件、ヤミ金融事犯が30件、常習賭博及び賭博場開帳等図利が16件、わいせつ物頒布等が13件などとなっています。

 さらに、本報告書で取り上げられている具体的な事例のうち、暴力団が関係するものについて、以下にご紹介しておきます。

  • ヤミ金融業を営んでいた稲川会傘下組織幹部の男は、借受人に返済金合計約290万円を他人名義の口座に振込入金させていたことから、組織的犯罪処罰法違反(犯罪収益等隠匿)で検挙
  • 六代目山口組傘下組織幹部の男らは、カジノ店経営の男らが常習賭博で得た利益であることを知りながら、みかじめ料の名目で現金9万円を受け取っていたことから、組織的犯罪処罰法違反(犯罪収益等収受)で検挙
  • 神戸山口組傘下組織組員らによる覚醒剤密売組織を割り出し、密売人の男を覚せい剤取締法違反(営利目的所持)等で検挙するとともに、同人が覚醒剤の密売で得た現金及び金銭債権合計約5,700万円について起訴前の没収保全命令が発せられた

 さて、ここまで昨年の犯罪収益移転防止に関する昨年の取り組み状況を中心に概観してきましたが、関連して、昨年11月に公表された「犯罪収益移転危険度調査書」についても、簡単に紹介しておきます。本調査書は、平成27年にはじめて公開されたもので、本コラム(暴排トピックス2016年8月号など)でもご紹介しておりますので、あわせて参照いただければと思います。

国家公安委員会 犯罪収益移転危険度調査書(平成28年版)

 今回の平成28年版調査書においては、前年と比較して、新たに、「商品・サービスの危険度」として、「仮想通貨交換業者が取り扱う仮想通貨」が、「危険度の高い取引」として、「国際テロリスト(イスラム過激派等)」が、それぞれ追加された点が大きく変わった点ですが、こまかく見ていくと、危険度が追加・削除されている類型も多数あり、国内外の社会経済情勢の変化や事業者の取り組み状況などによって、その評価にも変化が生じていることが分かります。以下、前年から変わった部分を中心にご紹介したいと思います。

 まず、平成27年中のマネー・ローンダリング事犯の検挙事例のうち、暴力団構成員及び準構成員その他の周辺者によるものは94件で、全体の24.2%を占めている(前回の調査書では60件、20.0%でしたので、暴力団構成員等による検挙事例の割合が高まっていることがうかがえます)ほか、来日外国人によるものは34件で、全体の8.7%を占めています。

 また、新たに、「預金取扱金融機関が取り扱う商品・サービス」における「危険度の低下に資する措置」として、以下の取り組みが掲げられています(なお、あくまで、当該部分は、前回の調査書に盛り込まれていなかっただけであり、以下は、それぞれの主体が以前から取り組んでいる内容をあらためて整理・総括したものだと言えます)。

  • 犯罪収益移転防止法が特定の商品・サービスの提供に際して取引時確認等の義務を課していること
  • 金融庁の監督指針がこのような義務を履行するに当たっての体制の整備を求めていること
  • 業界団体も、事例集や各種参考例の提示、研修の実施等により、各事業者によるマネー・ローンダリング等の対策を支援していること
  • 全銀協が、FATF のマネー・ローンダリング等の対策の検討状況を常時フォローし、海外の銀行協会等との情報交換・共有を継続的に行うとともに、FATF の対日相互審査への対応を行うなど、国内外のマネー・ローンダリング等について組織的な対策を進めていること
  • 各事業者においても、マネー・ローンダリング等の対策の実施に当たり、対応部署の設置や規程・マニュアルの整備、定期的な研修の実施等を行っているほか、内部監査の実施、危険度が高いと考えられる取引の洗い出し、危険度が高い取引のモニタリングの厳格化等に取り組むなど、内部管理体制の確立・強化を図っていること

 さらに、「預金取扱金融機関が取り扱う商品・サービス」における「疑わしい取引の届出」の類型別についての前回からの変化に着目してみると、「職員の知識、経験等から見て、不自然な態様の取引又は不自然な態度、動向等が認められる顧客に係る取引(183,971件、17.6%)」が最も高い割合を占めている点は前回と変わりませんが、前回の16.8%から割合がさらに増加していること、それに次いで多い「暴力団員、暴力団関係者等に係る取引(142,790件、13.7%)」も前回の12.2%から増加していることが分かります。反社リスク対策とAML/CTFの一体運用による役職員の意識・リスクセンスやシステムの検知レベルの向上、反社チェックの精度の向上などの状況を反映したものと評価できると思います。一方で、3番目に多い「多数の者から頻繁に送金を受ける口座に係る取引。特に、送金を受けた直後に当該口座から多額の送金又は出金を行う場合(121,070件、11.6%)」については、前回が14.1%、「多数の者に頻繁に送金を行う口座に係る取引。特に、送金を行う直前に多額の入金が行われる場合(36,951件、3.5%)」については、前回5.3%でしたので、それぞれ大きく比率を下げている点が注目されますが、(あくまで推測ですが)多額の現金の不審なやり取りについて、金融機関側のチェックの精度が上がっていることから、実行企図者(犯罪者)側として、マネー・ローンダリングの手法として敬遠しているのではないか(事業者の取り組みが、犯罪抑止の効果をもたらしたのではないか)と考えられます。

 また、「資金移動業者が取り扱う資金移動サービスにおける危険度」の評価において、「多額の現金による取引(顧客の収入、資産等に見合わない高額な取引は危険度が特に高まると認められる。)」、「取引を行う目的、職業又は事業の内容等に照らし、不自然な態様・頻度で行われる取引」が新たに追加されているほか、今年新たに追加された「仮想通貨交換業者が取り扱う仮想通貨」の危険度として、「仮想通貨は、その利用者の匿名性が高いこと、仮想通貨の移転が国際的な広がりを持ち、迅速に行われること等から、犯罪による収益の移転に悪用される危険性があると認められる」と評価されている点も注目されます。

 さらに、「宝石・貴金属等取扱事業者が取り扱う宝石・貴金属」における疑わしい取引の届出については、前回が、「自社従業員の知識、経験等から見て、不自然な態様の取引又は不自然な態度、動向等が認められる顧客に係る取引」が7割を占めるほど圧倒的に多かったのに対し、今回は、上位3つの類型が、「1回当たりの購入額が少額であっても頻繁に購入を行うことにより、結果として多額の購入となる場合(5件、22.7%)」、「同一人物・企業が、短期間のうちに多くの貴金属等の売買を行う場合(4件、18.2%)」、「顧客の収入、資産等に見合わない多額の購入又は販売を行う場合(3件、13.6%)」が占めており、大きく変化している点が注目されます。これについては、(あくまでも推測の域を出ませんが)業界側の取り組みの浸透、集計・報告がより精緻になった結果ではないかと推測されます。

次に「危険度の高い取引」のうち、「非対面取引」の事例には、「窃取した健康保険証等を用い、インターネットを通じた非対面取引により他人名義で開設された口座が盗品の売却による収益の隠匿口座として悪用されていた事例」が新たに追加されています。

 また、今回新たに追加された「国際テロリスト(イスラム過激派等)」については、危険度に影響を与える要因として、とりわけISIL(いわゆるイスラム国)、AQ(アルカイダ) 等のイスラム過激派、外国人戦闘員及び過激化した個人(総称して、イスラム過激派等)を特定したうえで、「テロ資金は、犯罪行為だけではなく、本来は合法的な出所からも得られていること」、「テロ資金供与に関係する取引はマネー・ローンダリングに関係する取引よりも小額であり得ること」、「テロ資金の行き先として、イラク、シリア、ソマリア等が挙げられるほか、それらの国へ直接送金せずに、トルコ等の周辺国を中継する例があること」といった特徴をあげながら、危険度については、「イスラム過激派等は、世界的に、様々な合法・非合法の資金獲得活動を行っている。このような情勢に鑑みると、イスラム過激派等が我が国において、イスラム諸国出身者のコミュニティに潜伏し、資金調達等に利用したり、我が国をテロ資金供与の経由地にするなどの懸念はある。したがって、イスラム過激派等と考えられる者との取引は、テロ資金供与の危険度が高いと認められる。イスラム過激派等と考えられる者との取引に当たるか否かの判断に当たっては、資産凍結等の措置の対象者やテロ関係者として報じられている者との関連性がないか、送金先・送金元がアフガニスタン、イラク、シリア、ソマリア、パキスタン、それらの周辺国でないかなどを考慮する必要がある」と指摘しています。

 さらに、「外国の重要な公的地位を有する者」(いわゆるPEPs)については、危険度の低下に資する措置として、改正犯罪収益移転防止法が新たに「外国の元首及び外国の政府等において重要な地位を占める者並びにこれらの者であった者」、「その家族」、「及びそれが実質的支配者である法人との間で行う特定取引」について、厳格な取引時確認の対象として、本人特定事項等のほか、資産・収入の状況の確認を義務付けたことなどを追加されたほか、「写真付きでない身分証明書を用いる顧客」の事例として、「不正に取得した他人名義の国民健康保険被保険者証、住民票等を用いて、犯罪により得た物品を売却していた事例」が新たに追加されています。

 なお、「危険度の低い取引」として、「公共料金の支払い」、「入学金、授業料等の支払い」が新たに追加され点もあわせて紹介しておきます。

 以上の概観からも、国内外の社会経済情勢の変化や、AML/CTF、反社リスク対策の進展等をふまえて、リスク分析・リスク評価が適切に見直されていること、今後、危険度調査等の結果をふまえたリスクベース・アプローチによる問題解決の取り組みとの相互作用によって、AML/CTF実務の底上げが図られていくことを期待したいと思います。

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2.最近のトピックス

(1) 暴力団情勢

 山口組の分裂やそれに端を発しているとみられる指定暴力団会津小鉄会の分裂騒動(本件では、分裂した側も同じ会津小鉄会を名乗り、跡目の正当性を主張するなど異常事態となっています)については、この1か月の間、表立って目立った動きは特にありませんが、神戸を舞台に、会津小鉄会の分裂騒動が指定暴力団六代目山口組と指定暴力団神戸山口組との「代理戦争」の様相を呈して、一触即発の状況でもあることから、今後の動向に注意する必要があります。

 一方、特定危険指定暴力団工藤会については、元警部銃撃、女性看護師刺傷、歯科医師刺傷の3事件に関与したとして、組織犯罪処罰法違反(組織的な殺人未遂)などに問われた同会系の元組幹部の初公判が福岡地裁で始まっています。同被告は3事件への関与を認めていますが、同会トップで総裁の野村悟被告(70)からの指示は否認しているようです。なお、報道(平成29年2月20日付産経新聞)によれば、検察側が、看護師襲撃事件を巡り、組員らが交わした襲撃計画などに関して、通信傍受法に基づき携帯電話の通話を傍受した記録63件の通話記録(中には、報酬の分配に関する会話もあったようです)を公判に提出し、組織性を強調する作戦をとっている点が注目されます。また、別の報道(平成29年2月23日付朝日新聞)によれば、工藤会系団体の経理を任されていた元組幹部が、公判で検察側の証人として福岡地裁で、「組の収入源は組員から集める上納金と事業者からのみかじめ料から成り、みかじめ料は縄張りとしていた北九州市小倉北区の繁華街のスナックや性風俗店から組員が個々に集め、半額を組に入れる」といった具体的な集金システムを明かしたということで、暴力団の運営を知る大変貴重な証言も出ているようです。工藤会の壊滅を目指す「頂上作戦」の一つの成果として、本件を含む一連の裁判によって、工藤会の組織的な犯罪であることが認められることによって、組織に壊滅的なダメージを与えることを期待したいと思います。

 また、振り込め詐欺事件の被害者が、指定暴力団住吉会の西口総裁ら最高幹部に対して、民事上の損害賠償請求を求める裁判を起こしています。組長の使用者責任の追及は、暴力団の資金面への直接的な打撃、弱体化の有力な手段として、また、犯罪の一定の抑止効果も期待できることから、積極的に活用していくべきものと考えます。なお、傘下組員による特殊詐欺事件をめぐる暴力団トップの使用者責任をめぐっては、東京地裁が昨年9月、指定暴力団極東会の実質的トップの元会長の責任を認めて損害賠償を命じた初めての事例があります(暴排トピックス2016年10月号を参照ください)。暴力団トップに対する使用者責任の追及を巡っては、これまで最終的に和解となるケースがほとんどであった中、極東会の事件について、東京地裁は、現金を要求したことは所属組長の指示であり、脅し取った資金の一部は極東会への上納金となっていたとみられると指摘し、暴力団対策法で規定する「威力利用資金獲得行為」だったと認定したうえで使用者責任を認めた、極めて画期的な判決だったと思います。なお、既に紹介したように、別の弁護士グループも西口総裁ら住吉会最高幹部7人に損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こしています。

 今後、後述する「上納金の組長個人への課税」が現実に適用されるようになれば、また、組長の使用者責任追及において、暴力団組織の指揮命令や上納金制度などの立証が進むことになれば、暴力団の資金源に大きなダメージを与えることが可能となることから、官民あげた取り組みがさらに加速することを期待したいと思います。

(2) 医療業界からの暴排と専門家リスク

 京都府立医大病院が暴力団組長の診断書を偽造したとされる事件が世間を賑わせています。本件は、同病院が、指定暴力団六代目山口組系淡海一家の高山総長の病状について、主治医が「拘禁に耐えられない」などとする虚偽の回答書を検察に提出した疑いが持たれているというものです。報道されている内容が事実であれば、本件は、大病院の組織トップと暴力団トップとの密接交際、診断書偽造による暴力団の活動助長といった「暴排条例に抵触しかねない問題」、さらには、これらの問題を組織自体が黙認していた(誰も抵抗できなかった)という「組織統制上の問題」と、医療行為の専門性の悪用という「専門家リスク」、それらを招いた「構造上の問題」が炙り出されたという意味で、極めて大きな、様々な課題を提示したものと言えると思います。

 このうち、「組織統制上の問題」については、学長個人の脇の甘さ(以前も指摘した通り、教育機関や医療機関においては、その閉鎖性などに起因して、社会の常識と大きく異なる「組織内の常識」から逃れられない人材を生み、育て、抱えてしまう傾向にあります)もさることながら、専門外の学長が手術に立ち会うという異例の状況も含めおそらくは周囲も関係を知っていたであろうこと、虚偽内容の診断書作成という医師としてあるまじき行為を病院組織の幹部から指示されるという異様な状況にあって、主治医が「病院長の指示で事実と異なる内容を書いた」と話すなど、その理不尽な指示に従っている(抵抗できなかった)ことなどが問題として指摘できますが、結果として、医師・医療業界の「常識の特異性」はあるにせよ、暴力団との不適切な関係を絶つべきであることはすでに社会の常識であり、さらには、職業倫理より組織内論理を優先した行為、それらを放置した組織の不作為など、それらすべてが社会的に非難されるべきものであったことは否定できません。なお、学長と暴力団トップとの関係を取り持ったのが、京都府警の警部(当時)であったことも明らかになっており、こちらも専門家リスクや常識の不均質性等の観点から考えるべきことの多い問題だと言えます。

 また、専門家リスクのもたらす「構造上の問題」については、まず、「専門性」を巡る問題が指摘できます。専門家がプロとして判断したものを尊重することが司法手続きの前提であること(職業倫理に反して虚偽の診断をすることを見越した制度設計などそもそも困難)、臓器移植患者のその後の健康状態を判断することは非常に難しく、専門家でも収監の判断が分かれる可能性もあること(報道の中には、専門家の話として、「医師が100人いれば100通りの判断がある。前例がなく、診察した医師の判断が間違っていると外部からは言えない」、「医療行為の裁量の広さから立証は困難」といったものもありました)など、専門性の高さゆえに「虚偽診断」の立証のハードルがかなり高いという現実があります(専門家であれば、このような立証のハードルの高さを見越して、診断書を偽造する行為自体、致命的なリスクはないと判断してもおかしくはありません)。

 また、もう1つの「構造上の問題」については、病院・医師の場合、医師法上の「応召義務」との関係で、患者が暴力団員であるからといって診察を断ることはできないこと、暴力団員に対する医療行為は、いわゆる、暴排条例の適用除外規定の中の「法令上やむを得ない場合」に該当し、属性だけで原則断ることはできないことがあげられます(なお、「応召義務」については、欧米の医療のあり方として、「患者が医師を選ぶ権利、医師が診察を拒否する自由」があると考えられている点と極めて対照的であり、その趣旨をあらためて見直す時期にきているように思われます)。さらに、暴力団の幹部クラスであれば、暴れる、不当な要求を行うなどして周囲に迷惑をかけるようなケースはほとんどないのが現実であり、加えて、(おそらくは)金払いもよいことから、病院経営上の観点から、「VIP」的に扱われる可能性すら否定できない点も、構造上の問題をさらに深刻なものにしているように思います。

 そして、これらの「構造上の問題」を明確に意識しているからこそ、学長が最後まで「毅然と」虚偽作成の指示を否定したのも理解できるところです(意図的かそうでないか、職業倫理に反したと自覚しているどうかは分かりません)。疑惑をもたれた学長は最終的に辞任しましたが、今後、本件の真実がすべて明るみになり、「組織統制上の問題」と「構造上の問題」の両面から、今後の教訓が導かれることを期待したいと思います。

(3) 特殊詐欺を巡る動向

 前回の本コラム(暴排トピックス2017年2月号)では、警察庁が発表した「平成28年の特殊詐欺認知・検挙状況等」について紹介しました。前回ご紹介した内容に加え、当該レポートにおいては、還付金等詐欺においては、無人ATMに誘導されて被害に遭う事案が多発している(被害に係るATM設置場所に占める無人ATMの割合は96.5%にも上るそうです)ことも指摘されており、特に「無人ATM対策」に力を入れていることが紹介されています。具体的には、無人ATMが設置されているショッピングセンター等の施設管理者等と連携した店内放送や、自治体と連携した防災行政無線による注意喚起、警備業者による見回り・声掛け等を推進している点などが取り上げられています。

警察庁 成28年の特殊詐欺認知・検挙状況等について

 金融機関によるATM対策については、高齢者によるATM振込み制限の取り組みが、地銀・第二地銀や信用金庫を中心に急拡大しています。直近でも、名古屋銀行や百五銀行、群馬銀行、東和銀行などが新たに導入(導入予定)ということです。このうち、名古屋銀行の実施する「70歳以上の方の振り込みを全てできなくする」のは全国の銀行で初の試みであり、報道によれば、同行は、「顧客の利便性を損なうという意見もあったが、詐欺被害防止の方が大切だと判断した」とコメントしています。さらに、直近では、常陽銀行が無人ATMに導入した、携帯電話の電波を検知すると取引が強制終了されるシステムで、詐欺の被害防止が初めて確認されています。このように、顧客の利便性を一律に犠牲にすることで生じる様々な問題もあるところ、犯罪対策(リスク対策)を顧客の利便性より優先させるというこれら金融機関の姿勢は大変すばらしいものだと言えます。なお、メガバンク等は高齢者向けのATMの振り込み制限については、他行のカードが使えることもあり制限が難しいため実施できていませんが、ATMの周囲にいる行員が高齢者に声をかけ、ATM画面で注意喚起するといった方法を採用しています。

 また、ATM振込みの制限以外の対策に知恵を絞っている金融機関も多く、従来の対策以外にも、「無人ATMの前の床面に3次元(3D)のフロアシートを貼る」、「センサーが人の気配を察知すると『ATMで還付金は受け取れません』というタレントの肉声が流れる等身大パネルの設置」、「ATMにカードを入れ手続きに移ろうとすると「『還付金があるのでATMに行ってください』といわれたら詐欺!」と警告が現れる」、「70歳以上の顧客が窓口などで200万円以上の現金を引き出した場合にアンケートを実施」などの事例もあります。いずれの金融機関も、「インフラ事業者の責務」として特殊詐欺対策に真摯に取り組んでおり、これらの工夫によって、特殊詐欺被害の鎮静化に寄与することを期待したいと思います。

 一方で、金融機関以外の特殊詐欺対策のうち、行政の積極的な取り組みの事例についての報道等がありましたので、以下に紹介いたします。

  • 消費者庁は、悪質な訪問販売や電話勧誘を行っていた業者が利用していた顧客名簿の情報を、滋賀県野洲市に全国で初めて提供しています。消費者庁が特定商取引法に基づく調査で業者から入手した名簿で、過去に被害に遭った高齢者らの名前や住所などが記されているということです。詐欺の被害者の中には、過去に被害にあった方が何度も騙されてしまう方も多いといいます(自分は騙されるわけがない、注意しているから大丈夫だ、といった思い込みからくる「確証バイアス」が働くことを逆手にとられている側面もあります)ので、ピンポイントでアプローチすることによって抑止効果が発揮されることを期待したいと思います。
  • 【注】 なお、直近の特殊詐欺に関する内閣府の調査でも、「自分は被害に遭わないと思う」(39.6%)、「どちらかといえば遭わないと思う」(41.1%)と、合わせて8割の方が「自分は被害に遭わない」と思っており、その傾向は、高齢者ほど強いという結果になっています。高齢者のこのような意識の甘さや隙が狙われている(悪用されている)ことが、ここからも分かります。

  • 振り込め詐欺などの「特殊詐欺」に使われる電話の大半がインターネット回線を使うIP電話となっていることから、総務省は悪用された番号を停止できるルールを作るということです。IP電話は契約時の本人確認が義務付けられていないため、携帯電話に比べて利用者がわかりにくいうえ、転送サービスを使うことで、居場所の特定も困難なことから、特殊詐欺に悪用されるケースが後を絶ちません。不正利用に素早く対応することで、詐欺の被害を防止する効果が期待されます。
  • 国土交通省関東運輸局が、バイク便事業者に対し、運転手の健康診断記録を適切に保存していないなどの貨物自動車運送事業法違反があったとして、バイク1台を90日間使用停止にする行政処分を出しています。バイク便事業者への行政処分は全国初ということですが、当該事業者については、警視庁が昨年、特殊詐欺の被害金を運んだ疑いがあるとして、この事業者を家宅捜索した際に帳簿の不備が見つかり、同省に情報提供したものということです。最終的に、詐欺を助長する活動を停止することができたことは、見事な連携プレーだと評価できると思います。

 さて、例月同様、警察庁から平成29年1月の特殊詐欺の認知・検挙状況等が公表されていますので、簡単に状況を確認しておきたいと思います。

警察庁 平成29年1月の特殊詐欺認知・検挙状況等について

 平成29年1月の特殊詐欺全体の認知件数は、904件(前年同期735件、前年同期比+23.0%)、被害総額は、20.25億円(同23.85億円、▲15.0%)となり、件数の大幅な増加と被害総額の大幅な減少傾向が認められます。件数の増加については、還付金等詐欺が顕著ですが、その他の類型についても同様の傾向が認められている点には注意が必要です。その結果、特殊詐欺のうち振り込め詐欺(オレオレ詐欺、架空請求詐欺、融資保証金詐欺及び還付金等詐欺を総称)についても、認知件数は、883件(707件、+17.8%)、被害総額は、19.17億円(21.75億円、▲11.9%)と、特殊詐欺全体と全く同様の傾向を示しています。

 さらに、類型別では、オレオレ詐欺の認知件数は、300件(283件、+6.0%)、被害総額は、7.17億円(8.03億円、▲10.7%)、架空請求詐欺の認知件数は、264件(200件、+32.0%)、被害総額は、8.57億円(11.10億円、▲22.8%)、融資保証金詐欺の認知件数は、42件(36件、+16.7%)、被害総額は、0.39億円(0.51億円、▲29.2%)、還付金等詐欺の認知件数は、277件(188件、+47.3%)、被害総額は、3.04億円(2.10億円、+44.8%)といった状況となっており、とりわけ還付金等詐欺については、件数だけでなく被害総額も急激に増加している点が特筆すべき状況と言えます。

(4) 組織犯罪処罰法改正を巡る動向

 「テロ等準備罪」を巡る与野党の駆け引きや反対運動が高まりを見せており、今国会での成立はまだまだ予断を許さない状況にあります(そもそも、まだ国会に対して法案が提出されていない状況ですが、残念ながら現状は、実り多い激論というより、枝葉末節の議論や揚げ足取り、誇大解釈、はたまた政争の具となる懸念すらあります)。現段階で報道されているものをまとめると、およそ以下のような内容にまとまりつつあります。

  • 重大な犯罪の中から「組織的犯罪集団の関与が現実的に想定される罪」だけを対象に選び、277に絞り込まれた。およそ、以下の5つに分類される。
     (1) 組織的な殺人や放火など「テロの実行」(110罪)
     (2) 覚せい剤の輸出入や譲渡など「薬物」(29罪)
     (3) 人身売買や強制労働など「人身に関する搾取」(28罪)
     (4) 組織的な詐欺や通貨偽造など「その他資金源」(101罪)
     (5) 偽証や逃走援助など「司法妨害」(9罪)
  • 犯罪を実行するために結合している「組織的犯罪集団」が対象(適用対象である「組織的犯罪集団」の前に「テロリズム集団その他の」という言葉を追加)
  • 現場の下見や資金・物品調達などの「準備行為」が処罰の要件
  • 実行に着手する前に自首した場合は刑を減免
  • 死刑や10年を超える懲役・禁錮を定めた罪で共謀した場合の法定刑は5年以下の懲役・禁錮
  • 「テロ等準備罪」は呼称であるため、正式には「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団による実行準備行為を伴う重大犯罪遂行の計画」が罪名
  • 「正当な活動を目的とした団体が、重大な犯罪を1回だけ実行すると意思決定しても直ちに『組織的犯罪集団』にはあたらない」、「もともとどのような性質の団体であっても、犯罪を目的とする団体に『一変』した場合には、適用対象の『組織的犯罪集団』になりうる」、「犯罪を合意(共謀)する手段を限定しない考え(会議などでメンバーが対面して行う合意だけでなく、電話やメール、LINEで合意が成立する可能性がある)」(法相の国会答弁など)

 さて、本件については、賛否両論があることはご存知だと思いますが、以下に、日弁連による反対の立場からの意見書と、弁護士の有志による賛成の立場からの提言とを併記しておきたいと思います。

日本弁護士連合会 いわゆる共謀罪を創設する法案を国会に上程することに反対する意見書

 主な主張内容の概要は以下の通りです(筆者によるまとめ)。

  • 「陰謀」と同様の意味を有する「計画」について「未遂」の場合と同程度の(処罰の対象となる個数から言えばそれ以上の)刑罰権の発動が正当化されるとは考えられない
  • 主体を暴力団員等に限定したいのであれば、「組織的犯罪集団」の定義において、「常習性」、「反復継続性」等の要件が付加、明記されるべき。しかしながら、このような要件の縛りはなく、主体がテロ組織、暴力団、薬物密売組織、振り込め詐欺集団等の構成員に限定されている趣旨を読み取ることはできない
  • 通常の市民団体や労働組合が処罰の対象とされる可能性があり、主体の限定は政府が言うように有効に機能するとは期待できない
  • 既に通信傍受やGPSによる捜査が行われているところ、共謀罪の捜査のためとして、新たな立法により、更なる通信傍受の範囲の拡大、会話傍受、更には行政盗聴まで認めるべきであるとの議論につながるおそれがある(罪名を「テロ等準備罪」と改めても、監視社会を招くおそれがある)
  • 我が国には、「予備」、「陰謀」、「準備」の段階を処罰の対象とする立法が既になされており、「陰謀」段階を処罰する新たな立法をする必要性は乏しい
  • テロ対策自体についても既に十分国内法上の手当はなされており、テロ対策のために政府・与党が検討・提案していたような広範な共謀罪の新設が必要なわけではない。また、国内法の整備状況を踏まえると、共謀罪法案を立法することなく、国連越境組織犯罪防止条約について一部留保して締結することは可能
  • もし、テロ対策や組織犯罪対策のために新たな立法が必要であるとしても、政府は個別の立法事実を明らかにした上で、個別に、未遂以前の行為の処罰をすることが必要なのか、それが国民の権利自由を侵害するおそれがないかという点を踏まえて、それに対応する個別立法の可否を検討すべきであり、個別の立法事実を一切問わずに、法定刑で一律に多数の共謀罪を新設する共謀罪法案を立法すべきではない

 その一方で、「共謀罪」(テロ等準備罪)の早期制定を呼びかける有志の弁護士グループが提言書を公表しています。提言書や記者会見の内容に関する報道(弁護士ドットコムなど)によれば、以下のような主張がなされているとのことです。

  • 国際的な組織犯罪対策をすすめる観点から、国際組織犯罪防止条約に批准する必要があり、そのためにも共謀罪の制定は必要
  • 条約は、組織犯罪に対するさまざまな情報を締約国同士で交換して、国際的な組織犯罪の法執行を容易にする目的でできている。少しでも早く犯罪化することで、犯罪の防止が格段に高まる。国際的に、組織犯罪に関する情報が集まり、組織犯罪に対する牽制が働くことも十分にある
  • 暴力団は資金源を海外に移転させるなど、犯罪の多様化、国際化がすすんでいる。犯罪が国を超えておこなわれている現実を見ないと組織犯罪対策はできない
  • 現実には考えられない「濫用」の危険を抽象的に述べるだけで、組織犯罪対策としての共謀罪に反対する立場は、国民の生命・身体に対する危険を等閑(なおざり)にするものとしか言いようがない など

 権力の濫用(国等の作為)を監視することは市民・マスコミ等の責務であり、恣意的な法の趣旨からの逸脱を許してはなりません。したがって、本法の射程範囲を健全な議論によって明確にしていくことが、政府・国会・国民に今求められている姿勢です。一方で、国が不作為によって、「国民の生命・身体・財産を組織犯罪の脅威にさらす」こともあってはなりません。さらに、日本の国内だけの事情で、国際的なテロ包囲網を無力化させてしまう(日本がセキュリティホール化する)ことで、国際社会の脅威を増長させることも、日本の国際的な地位にふさわしい振る舞いであるとは言えません。

(5) AML/CTF/テロリスクの動向

 今国会で、外国為替及び外国貿易法(外為法)が改正される運びとなりました。今回の改正の狙いは、「事業の国際化の加速等に伴い、我が国の企業等が保有する安全保障に関する技術や貨物(機微技術等)の海外への流出の懸念が増大」していることをふまえ、「我が国や世界の安全保障を維持していくためには、機微技術等について適切な管理を確保し、輸出入に係る制裁の実効性を強化するための制度の構築が必要」だとして、(1)輸出入・技術取引規制における罰則の強化、(2)輸出入規制における行政制裁等の強化、(3)対内直接投資規制の強化、を図ることになります。

経済産業省 外国為替及び外国貿易法の一部を改正する法律案が閣議決定されました

 そもそも、外為法は、第1条で、「外国為替、外国貿易その他の対外取引が自由に行われることを基本とし、対外取引に対し必要最小限の管理又は調整を行うことにより、対外取引の正常な発展並びに我が国又は国際社会の平和及び安全の維持を期し、もって国際収支の均衡及び通貨の安定を図るとともに我が国経済の健全な発展に寄与することを目的とする」と規定されています。また、同法では、物理的な「物」の輸出入以外にも、「技術」の提供や持出し、「役務取引」、「資本取引」や「対内直接投資等」、「支払手段等の輸出・輸入」、「支払」など、直接の金銭の授受を伴わないケースも含めて細かく規定されています。また、平成13年の米同時多発テロの発生以降、国際社会においてテロ資金対策が重大な課題となったことを受けて、金融機関等による顧客本人確認の義務化等の外為法の改正が行われました。さらに、平成16年には、「我が国の平和及び安全の維持のため特に必要があるとき」は、閣議決定がなされれば、主務大臣が支払等について許可等を受ける義務を課すことできるような改正もなされました。

 このように、外為法は、テロ資金の供与の防止(CTF)及び経済制裁の実施を主な目的としていますが、冒頭で取り上げた犯罪収益移転防止法(犯収法)は、マネー・ローンダリングの防止が主な目的となりますので、相違する部分はありますが、FATF(金融活動作業部会)の新勧告では、「AMLとCTFを一体的に行うこと」を求めており、同一の文脈で捉えて、実務としても一体的に行っていくことが重要です。具体的には、犯収法同様、外為法においても、「顧客の本人確認義務」、「本人確認記録及び取引記録の作成・保存義務」を負っている点は同じですが、外為法では、「疑わしい取引の届出義務」、「外国為替に係る情報通知義務」は定められていません。一方で、外為法で定められている「テロ資金などの犯罪収益の受入禁止義務」、「テロ資金の供与禁止及びテロリストの資産凍結義務」については、犯収法では定められていないといった相違がありますので、両者を一体的に運用することで、AML/CTFの実効性が高まることについてはご理解いただけるものと思います。

 なお、関連して、国際テロリスト財産凍結法(国際連合安全保障理事会決議第千二百六十七号等を踏まえ我が国が実施する国際テロリストの財産の凍結等に関する特別措置法)についても、おさえておく必要があります。詳細は以前の本コラム(暴排トピックス2015年10月号)を参照いただきたいと思いますが、FATFから、「居住者による指定されたテロリストに対する支援を対象にしていないことから、テロリストの資産が遅滞なく凍結されない」との指摘を受け、早急に必要な法制上の措置を講ずるよう強く要請されていたことを背景に、「公告国際テロリスト(規制対象者)として国家公安委員会が指定した者」について、都道府県公安委員会の許可がなければ、国内の銀行口座にある預貯金の引き出しや不動産の売却などができない旨定めたものとなります。

 いずれにせよ、犯収法や外為法、国際テロリスト財産凍結法の趣旨をふまえてAML/CTFの取り組みを厳格化していくことが多くの事業者に求められている点は、あらためて認識する必要があります。

 なお、AML/CTF等に関する事件としては、直近では、以下のようなものがあります。

  • 軍事転用できる炭素繊維の製造機器の部品を中国へ不正に輸出した疑いで、会社役員ら3人が外為法違反(無許可輸出)容疑で逮捕されています。炭素繊維は、核兵器製造やミサイルなどに軍事転用される恐れがあり、基準を超える強度の炭素繊維や製造機器は外為法で輸出が規制されているもので、製造装置の輸出に関する事件の立件は全国初だということです。
  • 報道(平成29年2月14日付毎日新聞)によれば、「パナマ文書」の流出元の法律事務所「モサック・フォンセカ」の経営者2人が、ブラジルの汚職事件に絡むマネー・ローンダリング容疑で、パナマ検察当局に逮捕されたということです。「パナマ文書」ショックでは、主にタックスヘイブン(租税回避地)を巡る租税回避行動に問題の焦点が当てられましたが、以前から、本コラムでは、「マネー・ローンダリングやテロ資金供与におけるタックスヘイブンの役割についてもっと注視すべきであり、今後、様々な不透明な資金移動やマネー・ローンダリングの実態が表面化することが考えられる」と指摘しています。今回の報道では、「モサック・フォンセカが、出所が不審な金や資産を隠すために用意された犯罪組織だとの疑いがある」と当局のコメントが紹介されていますが、正に、法律事務所を隠れ蓑にした犯罪組織の実態、タックスヘイブンを舞台にマネー・ローンダリングやテロ資金供与等が行われた実態の一端が明らかになったと言えます。
  • 先日実施された東京マラソンでは、警視庁が、2020年東京五輪を見据えて、大規模かつ最新のテロ対策・警備態勢を導入しています。例えば、同庁は平成27年から、観客に紛れたテロリストを警戒するため、頭部に小型カメラを装着したランニングポリスを配置しています。彼らが沿道などを撮影した映像はリアルタイムで同庁本部に送信される仕組みですが、今回新たに導入された腕時計型端末の画面には、本部に送信されるのと同じ映像が表示され、狙ったものが映っているか手元で確認することが可能といいます。それ以外にも、ゴール地点のJR東京駅前周辺でカメラ付きのバルーンを使った上空からの警戒、外国人客の増加に備えてのペンダント型の翻訳機器、人工知能(AI)で防犯カメラ画像や観客がSNSに投稿した内容を分析し、テロなどの兆候をつかめるかを探るといった新たな試みが行われたとのことです。技術革新やAIなどの活用でテロ対策が進化・深化していることを実感しますが、それとともに、今後のイベント警備のあり方や警備業のあり方などにも、大きな変革がもたらされるものと推測されます。

(6) 忘れられる権利を巡る動向

 前回の本コラム(暴排トピックス2017年2月号)で、「忘れられる権利」を巡る初めての最高裁の判断について解説しましたが、その後、東京地裁で忘れられる権利に関係する新たな判決が出ています。報道(平成29年2月15日付朝日新聞)によれば、東京都内の男性の約7年前の逮捕歴(平成21年にインサイダー取引をした疑いで逮捕され、翌年、執行猶予付きの有罪判決を受け、確定)などの記事がインターネット上に掲載され続けるのは人格権などの侵害にあたるとして、ヤフーや米通信社ブルームバーグなど4社に記事の削除などを求めた訴訟で、男性の請求が棄却されています。

 先の最高裁の判断では、削除を認めるかどうかの考慮要素として、「当該事実の性質及び内容」、「当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度」、「その者の社会的地位や影響力」、「上記記事等の目的や意義」、「上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化」、「上記記事等において当該事実を記載する必要性」の6項目を示しましたが、今回の判決については、実名で報じる意義を認め、「社会の耳目を集め、社会的な意義もある刑事事件が風化するには相当の期間が必要。男性の逮捕や起訴はいまなお公共の利害に関する事実といえる」と指摘、男性が前科を公表される不利益と比較し、記事を掲載し続けることは現時点では違法とはいえないと判断したということです。

 今回の東京地裁の判断で注目したいのは、「社会の耳目を集め、社会的な意義もある刑事事件が風化するには相当の期間が必要」として、「記事の掲載が7~8年で違法となれば、表現の自由を萎縮させかねない」とまで言及した点です。実は、前回の本コラムでは、最高裁の判断について、以下の通りコメントしました。

 今回の判断が、「表現の自由」や「知る権利」を重んじたのは評価できるとしても、「公共性」と「時間の経過」の比較衡量の観点(何年たてば犯罪報道の公共性がなくなるのか)からの判断が「明確に」示されなかった点(考慮要素の中に「社会的状況のその後の変化」との文言はありますが)は残念で、このあたりは、さまざまな個別の事情についての今後の裁判実務に委ねられることになり、実務上の課題としては残ることになります。

 この点、今回の東京地裁の判断は、「インサイダー取引事件」という公共性の高さに着目しつつ、「7~8年」の時間の経過だけで削除されるのは適当ではない(むしろ、そのようなことを認めたら、「表現の自由」が委縮する)との「比較衡量の具体的な判断結果が示された」という意味で、大きな意義があると言えると思います。

 また、忘れられる権利と直接関係はしませんが、ネットの削除要請代行が「非弁行為」と認められた初めての判決が東京地裁から出ていますので紹介しておきます。報道によれば、ネットの削除要請行為というのは、「人格権の基づく削除請求権の行使」であり、サイト運営者には「削除義務」という法律上の効果を発生させるというロジックにより、民間事業者が代行すると「非弁行為」にあたると認定されたものです。ネット風評対策は、今や企業のリスク管理においても悩ましいもののひとつとされますが、削除要請に不適切な手法を用いれば、それ自体が新たな火種ともなりかねず、慎重に対応する必要があると言えます。

(7) 暴力団の上納金に対する課税(日弁連の意見書)

日本弁護士連合会 暴力団の上納金に対する課税の適正な実施を求める意見書

意見書全文

 本意見書は、「暴力団の上納金は、暴力団の代表者(組長等)個人に帰属する所得として、所得税課税の対象となることを明らかにした上で、その課税の適正な実施を求め」るものです。暴力団組長に対する課税としては、平成27年に、特定危険指定暴力団工藤会の野村総裁が所得税法違反で起訴されるとともに福岡国税局から追徴課税を受けた事例があります(本件については、工藤会壊滅作戦による家宅捜索において、金庫番とされる幹部が書いた「上納金の出入金を記録した詳細なメモ」が見つかったことで、トップの私的流用が裏付けられ、それをトップの「個人所得」として位置付けて脱税容疑をかける手法が編み出されたもので、汎用的な手法としてはさらなる工夫が必要だと言えます。詳しくは、暴排トピックス2015年7月号を参照ください)。本件においては、その手法から、上納金の全額ではなく、同総裁が私的に流用した金額に限定して課税されるという限界はありましたが、その影響は計り知れないほど大きかったと評価できます。一方で、本意見書では、「上納金を、暴力団のほしいままに蓄財、費消させるときには、暴力団員の暴力的不法行為及び暴力団の威力を背景とした資金獲得活動のための資金として使用される可能性があるほか、国民一般の合法的経済活動への悪影響も懸念される」として、「上納金」という暴力団組織の根幹を成す集金システム自体にメスを入れ、代表者個人の所得として課税するもので、以下の通り、その根拠も明確であるように思われます。暴力団対策法上の指定暴力団の指定要件の一つに、「当該暴力団を代表する者又はその運営を支配する地位にある者の統制の下に階層的に構成されている団体であること」(暴力団対策法第3条)との規定があり、日弁連の主張するロジックに従えば、指定暴力団であれば、そのトップ(個人)はすべて課税の対象となることになることから、暴力団の資金源対策、暴力団の弱体化に極めて有効に働くことが期待される内容と高く評価でき、一刻も早い実現を期待したいと思います。

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 なお、本意見書の(組長個人に所得税を課すロジック面からみた)主な内容は、以下の通りです。

  • 上納金の原資は、マネー・ローンダリング罪の規定する前提犯罪からの収益だけでなく、様々な違法・不当な行為に由来するものが混在しており、上納行為が組織の多段階で行われる以上、組織の各段階での受領者の認識を立証することは困難であり、上納金の交付につきマネー・ローンダリング罪を立件し没収することは事実上不可能
  • 暴力団対策法は、暴力団が団体として存在することを否定しておらず、また、暴力団組長の資金に対し特定の規制手段も定めていないので、現行法の下では、暴力団組長への資金源対策としては、一般の法律を用いるしかなく、そのような法律としては税法以外に存在しないのが実情
  • 暴力団組長に対する上納金には、暴力的不法行為等による収益が含まれているが、税法上、詐欺・恐喝・収賄・覚せい剤等の売買に基づく犯罪収益であっても課税は免れ得ない(そのような課税によって、これら犯罪が是認されることにならないのは言うまでもない)
  • 暴力団は「人格のない社団」(法人税法2条8号、4条1項権利能力なき社団)にも、組合にも当たらないから(大阪高裁平成15年判決参照)、暴力団という団体は、上納金収入に係る所得の帰属者とはなり得ない。したがって、上納金は、暴力団組長個人に帰属する財産として、組長の収入を構成することとなる
  • 暴力団の代表者(組長等)は、組として収受する上納金の全額を自らの意思又は自らが委託する執行部等の意思によって管理支配し、当該上納金を原資として暴力団という組織統制のための費用だけでなく、首領や幹部の生活費や遊興費を賄っている。・・・すなわち、暴力団の上納金は、構成員からの預り金とは言えない
  • 課税庁は一般の市民に対し、その所得等の実額が把握できない場合には、所得等を合理的に推計して課税をしている。暴力団の代表者(組長等)側の調査非協力等によって、上納金収入の金額等が十分に解明できないという場面は、まさに、推計の必要性が認められる典型例
  • 法律に基づき、暴力団の代表者(組長等)に対して積極的な質問検査権等の行使を行い、申告及び記帳等がなく所得の実額が把握できない場合には推計課税の手法も検討して、適切に課税を行うべき

(8) 捜査手法の高度化を巡る動向

 捜査対象者の車などにGPS端末を付けて居場所を把握する捜査の違法性が争われた刑事裁判の上告審弁論が最高裁大法廷であり、弁護側は「裁判所の令状が必要な強制捜査に当たる。令状なしの捜査は違法で憲法にも違反している」と主張したのに対し、検察側は「プライバシー侵害の程度は大きくなく、任意捜査の範囲内」と反論して結審、判決を3月15日に言い渡すことを決めたということです(その内容については、次回の本コラムで紹介することします)。GPS捜査が裁判所の令状が必要な強制捜査に当たるか、警察の運用による任意捜査で許されるか統一的な判断が示される見込みです。

 また、昨年改正された通信傍受法に関連して、警察庁から昨年1年間の実施状況が報告されています。

警察庁 通信傍受法第29条に基づく平成28年における通信傍受に関する国会への年次報告について

国会報告資料 犯罪捜査のための通信傍受に関する法律に基づく報告

 本報告内容によれば、昨年1年間に11事件の捜査で計10,451回の通話を傍受し、事件の内訳として、覚せい剤など薬物の譲渡や輸入が5件、拳銃の発射や所持が4件、組織的殺人が1件、詐欺が1件となっています。この中には、昨年12月の通信傍受法の改正施行の直後に、警視庁と愛知県警が還付金詐欺事件の捜査で、容疑者と関係あるとされる元暴力団組員らの携帯電話を通信傍受したことが明らかとなっています(改正法で拡大された対象罪種への適用は初めてで、1,000件以上の通話回数だったといいます)。報道によれば、裁判所の令状を取得、通信事業者が立ち会ったということです。

(9) 犯罪インフラを巡る動向

貧困ビジネス(生活保護制度の悪用)

 生活保護の不正受給、銀行の預金口座の不正売買などに代表される名義貸し、向精神薬の転売など、経済的に困窮した社会的弱者を顧客として利益を上げる「貧困ビジネス」の問題は、主に行政や医療機関等の不作為(手続き・チェック・モニタリング等の脆弱性)を突かれたものであり、その被害は深刻さを増しています。さらには、それらに暴力団が関与しているケースも多く見られ、代表的なものとしては、生活保護受給者を使った向精神薬などの不正転売事件があり、暴力団関係者が生活保護受給者を医療機関に送り込み、向精神薬を入手させ、それを買い取って転売して利益を上げていた事例などが数多く摘発されています。

 その中で、「貧困ビジネス」の典型事例でもある「無料低額宿泊所」(社会福祉法第2条第3項に規定されている第2種社会福祉事業の第8号にある「生計困難者のために、無料又は低額な料金で、簡易住宅を貸し付け、又は宿泊所その他の施設を利用させる事業」という記述に基づき設置される施設)を悪用した生活保護費の搾取について、さいたま市の男性2人が宿泊施設の経営者などを相手に生活保護費の返還などを求めた訴訟で、さいたま地裁が、経営者に計約1,580万円の支払いを命じる判決を出しています。男性2人は、契約に基づき、保護費全額を経営者側に渡す代わりに居室以外に小遣いや食事や衣服の提供を受けていたものの、報道によれば、その環境は相当劣悪だったようです。判決は、「最低限度の生活を営む利益を侵害した不法行為が成立する」と指摘して、「公序良俗に反し無効」と判断しており、貧困ビジネスの違法性を認めて賠償を命じた判決は初めてとなります。この無料低額宿泊所については、「届出制」という点が悪用されており、さらには、利用者の弱味や無知に付け込まれるなど、なかなか被害が顕在化しなかったものですが、今般、明確に「違法なビジネス」とされたことで、摘発する当局だけではなく、管理監督する行政や関与する機関・事業者による水際での厳格なチェックや事後のモニタリング等への積極的な関与などが求められることになります。その結果、同様の被害に苦しむ社会的弱者が救済され、公的な制度の趣旨に適う健全な運用が実現することを期待したいと思います。

高額な医薬品/医療保険制度

 前回の本コラム(暴排トピックス2017年2月号)でも取り上げましたが、1錠が約5万5,000円もする高額な医薬品であるC型肝炎治療薬「ハーボニー」の偽造品が奈良県などで見つかった問題は、関係者の「リスクセンスの麻痺」とでもいえるような状況が明らかになっています。

 例えば、報道(平成29年2月23日付毎日新聞)によれば、医薬品の流通慣行として、「現金問屋」と呼ばれる卸業者の不透明な取引の実態があり、そこでは、買い取り時の記録のずさんな作成や、偽造品を持ち込んだ者の本人確認をしないケースが横行していたということです。「秘密主義」を徹底するあまり、取引においては、身分証の提示を求めることはなく、医薬品販売の許可も確かめることもない、薬をどこから仕入れたかを聞かないのも、業界独自の慣習(ローカルルール)であり、それが強固に定着していたようです。本報道の中で、捜査関係者の「記録がこれほどあやふやだと、薬品を使ったテロが起きてもおかしくない状況だ」という指摘は、正に背筋の凍る恐ろしさであり、関係者は、自らの「リスクセンスの麻痺」がより重大な結果を招きかねない現実を厳しく認識していただきたいと思います。

 また、このような重大な危険が野放しにされていたことが明るみになったことで、厚生労働省は、医薬品の卸売業者に買い取りの際の身分確認と連絡先などの記録を義務付ける通知を出しました。具体的には、(1)身分証明書の提示を求めて本人確認する、(2)販売業の許可番号や連絡先なども記録に残す、(3)添付文書や包装を確認し、異常のある場合は処方しないという内容であり、これにより、違法取引の排除や粗悪品・偽物の流通の排除、さらには、犯罪への悪用や犯罪組織の活動助長の排除につながることを期待したいと思います。

厚生労働省 医療用医薬品の適正な流通の確保の徹底について

 なお、この問題については、奈良県と奈良市が、偽造品を取り扱っていた薬局経営会社に対し、医薬品医療機器法に基づく業務改善命令(行政処分)を出しています。調査結果を踏まえ、薬局が偽造品を販売目的で保管していた行為などが同法に違反すると判断したものとされ、(これまでの報道から推測すると)偽造品だとの認識が明確になかったにも関わらず、販売目的で保管しいていた行為が問題になった点は、それまでの慣行にどっぷりつかった業界にとっては厳しいとの見方もあると思いますが、それが社会の要請レベルであって、人の生命に直接関わる医薬品には透明性の高い、適正な流通に向けて高いレベルでの取り組みが要請されているものと認識すべきだと思います。

名義貸し

 福岡市博多区で昨年7月、6億円相当の金塊(約160キロ)が警察官を装った男らに盗まれた事件がありましたが、このうち約4億円分が事件後に換金されていたことが分かったということです。報道によれば、犯行グループが事件から1週間以内に金塊の半分強を2回にわたって買い取り業者に売り、換金の際には、所得税法で売り主を税務署に届ける必要がある個人名ではなく、貴金属店経営者が営む法人名義を使い、届け出を免れていたことも分かっています。個人情報を隠して換金するために犯行グループが法人間の取引を装い、経営者側も事情を知りながら名義貸しをした疑いがもたれているということです。

 なお、参考までに、宝石・貴金属等取扱事業者は、前述の通り、犯収法上の特定事業者として、「代金の支払いが現金で200万円を超える宝石・貴金属等の売買契約の締結」にあたり、取引時確認が義務付けられています。今回のような対面の法人取引の場合であれば、「登記事項証明書、印鑑登録証明書等本人確認書類の提示」、「取引の目的の申告」、「定款等事業内容が確認できる書類」、「実質的支配者に関する本人特定事項の申告」に加えて、「実際に取引を行っている取引担当者の本人確認書類の提示」が求められ、それを記録していく必要があります。本件の買い取り業者が適切に取引時確認を実施していたかどうかはわかりませんが、そもそも名義貸しを自らが行っているとすれば、それらのルールを骨抜きにする行為であり、かなり悪質だと言えます。

専門家リスク

 京都府立医大病院の項でも取り上げましたが、「専門家リスク」として、「専門家」が自らの専門性を犯罪に悪用・転用する行為が犯罪の手口の高度化・巧妙化を助長しているリスクは、最近、様々な分野で顕著に見られるようになっています。その背景には、分野を問わず、技術やノウハウが高度に専門化・細分化し、それ以外の者には分かりにくくなっていること、有用性と悪用の境目も専門家以外には判別しにくくなっている状況などが挙げられると思います。

 その中で、防衛省が平成27年度から始めた、大学の研究者らを対象にした軍事応用も可能な基礎研究の公募制(安全保障技術研究推進制度の公募)を巡り、科学の軍事転用への危機感が関係者の間で高まっている中(関西大学と法政大学のスタンスについては本コラムでもご紹介の通りです)、内閣府日本学術会議の「安全保障と学術に関する検討委員会」は、大学などが軍事的研究を行うことに否定的な声明案をまとめています。軍事目的の科学研究を認めないとした1950年と1967年の声明を継承するもので、事前の調査でも、大学側の4割が「堅持すべきだ」と防衛・軍事研究に慎重な姿勢を示していました。
一方で、本コラムの立場としては、必ずしも日本学術会議等のスタンスと同一ではありません。前回も指摘した通り、民生技術と軍事技術の相乗効果が科学の発展をもたらしている側面があることもよく知られていますし、日本の大学の国際競争力の低下の背景には、研究資金不足や学外との共同研究不足があるとの指摘もあります。防衛・軍事研究の成果が、北朝鮮やISに悪用され、その活動を助長することはあってはなりませんが、同様の技術によって、彼らの攻撃を無力化する、その脅威を減じさせるのも立派な防衛・軍事研究の成果・転用であり、功罪両面(二面性)があることも忘れてはなりません(軍事用と民生用のどちらにも使える技術=デュアルユースという点が技術のもつ本質的な性格でもあります)。特に、基礎研究分野においては、どちらに転用されるか見極めの難しい技術もあり、研究者の倫理観からみても難しい判断が迫られる点は間違いありませんが、それが「功」に属する技術であれば、積極的に関与していく姿勢も必要ではないかと考えます(もちろん、「罪」的な転用をされる可能性を予測できないケースもありえます)。

 したがって、前回ご紹介した、法政大学の田中総長の「人命の収奪と人権の抑圧をもたらす道具やその稼働システム、および、人命の収奪と人権抑圧の最たるかたちである戦争を目的とした武器等の研究・開発は、本学が使命とする持続可能な地球社会の構築の対極にあり、これに関与するのは、本学の存立基盤をゆるがすことになります」というコメントについては、技術は、「人命の収奪と人権の抑圧」からの解放、その結果としての「持続可能な地球社会の構築」に貢献する基礎研究と位置付けることも可能であり、技術の進歩の可能性を一律に規制することは大学をはじめとする学術界のあり方としてふさわしいとは言えないのではないかと指摘したいと思います。研究に携わる者、それを応用する立場にある者は、その二面性に配慮し、「専門家リスク」の危険性を十分に認識した対応をすべきだと考えます。

(10) その他のトピックス

b>薬物問題と企業のリスク管理

 覚せい剤や大麻など薬物が若年層などを中心に蔓延している状況は、企業のリスク管理にとっても無関係ではいられません。本コラムでは、以前にも、町会議員や市議会議員等の事例、小学校職員の事例などを取り上げてきましたが、先日も、台湾から覚せい剤を密輸したとして、警視庁組織犯罪対策5課が、楽天社員を覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)容疑で逮捕しています。本件は、社名とともに報道されたうえ、同社が「事実であれば極めて遺憾。捜査の結果を踏まえて厳正に対処する」とコメントを発表する事態となりました(これも一つの緊急事態対応と言えます)。さらに、本件においては、平成20年以降、台湾を140回以上訪問し、現地で覚せい剤を入手して国内で売りさばく「売人」だったのではないかという疑惑も報道されています。これが事実であれば、覚せい剤の売買に暴力団が関与していることが多い現実をふまえれば、暴力団との密接な関係や暴力団の活動を助長する行為といった問題にまで発展することになりかねません。したがって、もはや、薬物問題は役職員の個人レベルの問題ではなく、その端緒(兆候)を周囲の社員らが気付かなかったかどうかも含め、企業のリスク管理事項として、組織的に取り組むべき状況となっているように思われます。

 この点に関連して、以前の本コラム(暴排トピックス2016年2月号)で、スポーツ選手と薬物・賭博の「構造的な要因」を考察した際に、以下のように指摘しました。

  • 「常識」のズレの存在をふまえれば、そもそも社員や選手一人ひとりの「常識」が必ずしも一律ではない(常識の非一貫性)と認識する必要がある。とりわけ日本の事業者は、自社の従業員は全て「常識」的な人たちで同質性が高いものと疑わず、「性善説」的な管理、均質的な管理で良しとする風潮がいまだに根強くある。その結果、反社リスクに限らず、事業者のリスク管理は、事業者がそうだと思いこむ「常識」レベルに全員が到達している(社員の常識レベルは全員同じである)ことを前提としたものとなっているように思える。もちろん、現実はそうではないし、ダイバーシティが深化すればするほどそのような前提が通用しないことは一層鮮明になっていくだろう。
  • さらに、事業者が前提としているものと異なる常識レベルにある者にとっては、会社の求めることを表面的にしか理解できない(あるいは、理解しようとしない)ため、結果的に、一般常識では考えらえない犯罪を起こす社員が現れることになるし、そもそもこの「不均質性」が反社リスク対策やコンプライアンス・プログラムの実効性を阻害する要因となりうる。
  • 事業者は、(反社リスクに限られず)全てのリスクに対処する際の重要な視点として、(1)社員や取引先等の「常識」の「不均質性」を自覚すること、(2)その「不均質性」への配慮が各種コンプライアンス・プログラムの実効性を高めるための重要なポイントとなること、また、(3)「不均質性」は自らを取り巻く「構造的・環境的な要因」によって後天的に生じ得ること、したがって、(4)継続的な教育・研修、コミュニケーション(場合によっては、厳格な監視)等が重要である、といった認識を持つべきである。

 ここでの指摘は、正に今回の事例に対しても有効であり、その要請レベルに現実の企業のリスク管理が追い付いていないのが現実です。今回も、容疑者の日常業務の遂行状況や海外渡航の多さなどに不自然な兆候はなかったのか、現場社員の間での評判や噂に問題がなかったのか、組織として把握できる状況や取り組み・仕組みがなかったのか、といった点をあらためて見直すことが、今後の再発防止に向けて重要となります。

 また、直近でも、大阪府枚方市立小学校の20代の常勤講師が、覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで逮捕されています。報道によれば、同校の校長が、「勤務態度に問題はなく、授業などでトラブルもなかったので驚いている」と話したようですが、前回の本コラムで紹介した、兵庫県西宮市立小学校の給食調理員が、無登録でヤミ金を営んだとして、貸金業法違反(無登録)の疑いで、指定暴力団六代目山口組直系弘道会の傘下団体組員とともに逮捕された事例同様、本人に公務員としての資質や資格もないうえ、一人の社会人としての常識も疑わざるを得ない一方で、採用した行政の責任も大きいといえます。採用時の反社チェックの有無や勤務時のモニタリングなど、自治体としての取り組みには限界があるにせよ、生徒(ましてや小学生)への影響等を考えれば、ある程度、清廉潔白性を要求・担保するのはむしろ当然であり、そのために、自治体においても、採用時のチェックの強化や、勤務状況やある程度プライベートの状況にまで関心を持つこと、幅広く市民や他の職員から情報を収集するといった「主体的な取り組み」が、やはり求められるのではないかと考えます。

離脱者支援を巡る状況

 以前、福岡県や福岡県警の離脱者支援の先進的な取り組みを紹介しましたが、福岡県に続き、2つの山口組の本拠地を抱える兵庫県も、同様の取り組みを始めるということです。報道によれば、暴力団から離脱した元組員を雇用した兵庫県内の企業に、最初の1年間、就労日数に応じ1人当たり年間最大72万円の給付金を支払う制度を平成29年度から始めるということであり、山口組の分裂による離脱者の増加に対し、受け皿となる企業を増やす目的があります。先行する福岡県においては、昨年3月の福岡県暴排条例の改正施行等により始まった離脱者を雇用した企業への給付金制度では、すでに13人に適用され、受け入れ可能な協賛企業は前年比138社増の236社になったということです。兵庫県でも本取り組みが定着すること、また、両県にとどまらず、より多くの自治体が同様の制度を導入することで、離脱者支援の受け皿が拡大することを期待したいと思います。

税関における摘発状況

 財務省が、平成28年の全国の税関における関税法違反事件の取締り状況を公表しています。

財務省 平成28年の全国の税関における関税法違反事件の取締り状況

 本資料によれば、不正薬物(覚せい剤、大麻、あへん、麻薬(ヘロイン、コカイン、MDMA等)、向精神薬及び指定薬物をいう)全体の押収量は約1,649キログラム(前年比約3.2倍)と大幅に増加し、平成11年の約2,186キログラムに次ぐ過去2番目を記録した一方で、摘発件数は892件(前年比53%減)と半減したこと、特に多い覚せい剤事犯については、押収量は約1,501キログラム(前年比約3.6倍)と大幅に増加し過去最高を記録したとともに、摘発件数についても104件(前年比25%増)と増加したこと、大口の密輸事犯を多数摘発し、1件当たりの平均押収量は約14キログラム(前年比約2.8倍)に急増したこと、などが報告されています。これらの数字から、水際での取り締まりが強化されていることに伴い、小口の密輸でも逮捕されるリスクが高まっていることから、逆に、大きなリスクを取ってでも大量に持ち込もうとする事例が増えている状況がうかがわれます。なお、覚せい剤以外の押収量を見ると、大麻が約9キロ(前年比75%減)、コカインなどの麻薬が約121キロ(4.6倍)、危険ドラッグなどの指定薬物が約19キロ(53%減)といった結果となっています。

入れ墨を巡る動向

 政府は、今国会で、「入れ墨がある人の公衆浴場での入浴に関する質問」に対して、入れ墨をしていることだけを理由として、公衆浴場の利用を制限されないとする答弁書を決定しています。

衆議院 答弁本文情報 入れ墨がある人の公衆浴場での入浴に関する質問に対する答弁書

 本答弁書では、「御質問は、入れ墨がある者(以下「対象者」という。)が入れ墨があることのみをもって、公衆浴場法(昭和二十三年法律第百三十九号)第四条に規定する伝染性の疾病にかかっている者と認められる者(以下「り患者」という。)に該当するか否か、又は入れ墨があることのみをもって、対象者による公衆浴場における入浴が同法第五条第一項に規定する浴槽内を著しく不潔にし、その他公衆衛生に害を及ぼすおそれのある行為に該当するか否かというものであると考えるところ、入れ墨があることのみをもって、対象者がり患者に該当し、又は当該入浴が当該行為に該当すると解することは困難である」とするものです。

 一方で、公衆浴場法は公衆浴場の営業者の判断で入浴を拒むこと自体は禁止していません。公衆浴場法では、第3条で、「営業者は、公衆浴場について、換気、採光、照明、保温及び清潔その他入浴者の衛生及び風紀に必要な措置を講じなければならない」、また、第5条第2項で、「これらの行為(前述)をする者に対して、その行為を制止しなければならない」との定めがあるほか、当該施設の治安を保持する為に社会一般的に認められる一般的な意味での「施設管理権」として、憲法に規定される基本的人権に抵触しない程度で、刑法等の現行法に抵触しない範囲での人や物の行為・言動を制限するものがあります。さらには、暴力団排除などの観点から、入れ墨を理由に入浴を拒否するケースも営業者の裁量の範囲であると考えられるところであり、本答弁内容が今後、どこまで波及していくかは今のところ未知数だと言えます。

公衆浴場法

 また、看護専門学校で入れ墨を理由に休学処分になったのは不当だとして、20代の女性が学校を運営する医療法人に約540万円の損害賠償を求め、東京地裁に提訴したという事例がありました。報道によれば、体を拭く演習などで服を脱ぐ必要があるため、背中などに入れ墨があることを教員に告げたところ、1年間の休学処分とされ、処分の通知には、入れ墨を消せば、復学を認めると書かれていたとのことであり、女性は、入学資格に「入れ墨がないこと」との規定はなく処分は不当だと訴えています。本件の今後の推移を見守る一方で、昨年11月に、大阪市が入れ墨の有無を尋ねた調査への回答を拒んで戒告処分を受けた職員2人が、処分取り消しなどを求めた2件の訴訟の上告審で、最高裁が、入れ墨を市民の目に触れさせないため、入れ墨がある職員を把握するという調査目的は正当だと判断し、「人種や犯罪歴など差別される恐れのある個人情報と、入れ墨を同列にはできない」とした判断がなされている点もあらためて確認しておきたいと思います。このように、入れ墨を巡って、公衆衛生・伝染病・暴排・外国人観光客対応など様々な視点から意見が分かれている状況が続いていますので、本コラムでは引き続き、その動向を注視していきたいと思います。

福岡県・福岡県警の取り組み

 暴力団対策において全国に先駆けて先進的な取り組みを行っている福岡県や福岡県警の最近の施策、取り組み状況等について、以下に簡単に紹介いたします。

福岡県警 福岡県が施工する建設工事の入札参加資格審査における、暴力団排除活動に関する評価制度について

 暴力団員の社会復帰を促進するため、警察または公益財団法人福岡県暴力追放運動推進センター(暴追センター)が就労支援を行った暴力団から離脱した者(暴力団離脱者)を3か月以上継続して雇用している協賛企業を、福岡県が施工する建設工事の入札参加資格審査において評価する制度を始めています。なお、以下の3点を全て充足していることが要件となります。

  • 公益財団法人福岡県暴追センターに、協賛企業として登録されていること
  • 審査基準日(直近の決算日)以前1年の間に、福岡県警または暴追センターが就労の支援を行った暴力団離脱者を雇用したこと
  • 同一人の雇用で、雇用期間が3か月以上であること

 同様の評価制度については、昨年5月に、全国に先駆けて北九州市が今年からの導入を発表しています。本コラム(暴排トピックス2016年6月号)では、この北九州市の制度において、対象となる企業が、「北九州市内業者」となっている点について、特定危険指定暴力団工藤会からの離脱者は特に、福岡県外(遠隔地)での就職を希望するケースが多いと言われており、同市内の事業者の下で働こうとする離脱者がどれほどいるか疑問があるのかとの懸念を指摘しています。一方、今回の福岡県の取り組みにおいては、福岡県内に支店があれば参加できることから、北九州市の制度より広範囲かつより実効性の高い取り組みとなることが期待されます。離脱者支援の取組みにおいては、全国規模での連携は必要不可欠であり、だからこそ、他の自治体にも同様の取組みが広がることを期待したいと思います。

 また、あわせて、暴力団員による不当要求行為の被害防止を図るため、福岡県暴追センターが実施する不当要求防止責任者講習を受講した事業者を同じく評価する制度も始まっています。なお、本件については、審査基準日(直近の決算日)以前4年の間に、暴追センターが実施する不当要求防止責任者講習を受講したことが要件となります。

福岡県警 社会復帰対策協議会広域連携協定の締結について

 前述の通り、離脱者支援の取組みにおいては、全国規模での連携は必要不可欠であるところ、平成28年2月、暴力団離脱者の広域的な就労支援を目的とした連携協定の締結がなされ、直近では19の都府県での協定へと拡大しています(1年前の協定締結時は14都府県)。参考までに、今回の協定に参画したのは、青森、東京、茨城、群馬、神奈川、静岡、岐阜、愛知、三重、大阪、兵庫、鳥取、広島、高知、愛媛、福岡、佐賀、熊本、鹿児島の各都府県となります。そして、福岡県警によれば、本連携の効果として、「事業者情報の共有(就労場所、職種等の選択しの拡大)」、「地元都府県警察等によるアフターケア(真の更生に向けたきめ細やかな支援と事業者の安心感の醸成)」等が図られるとしています。なお、昨年末時点における福岡県警の支援による就労者数は、前年比6人増の16人で、離脱者の県外就労を支援する19都府県の広域連携で就労したのは3人という結果になっています。一方で、昨年1年間に福岡県警が支援して離脱した暴力団員数が前年比4人増の131人ということですから、離脱者の就労支援については、まだまだ拡大の余地があると言えます。

 福岡県警では、全国に先駆けて、暴力団排除教育専門の臨時職員「暴排先生」を採用(平成28年度は、男性1名、女性7名の計8名)し、福岡県内の中学校・高校約550校で暴力団排除教育を推進しています。

福岡県警 頑張っています!暴排先生

 暴排先生の取り組みは、若者が組織に引き込まれ、犯罪に関わるのを防ぐこと、暴力団への人材供給源を絶つことが狙いですが、福岡県暴排条例では、制定当初より、第14条(青少年に対する教育等のための措置)に、「県は、学校(学校教育法第一条に規定する中学校、義務教育学校(後期課程に限る。)、高等学校、中等教育学校、特別支援学校(中学部及び高等部に限る。)若しくは高等専門学校又は同法第百二十四条に規定する専修学校(高等課程に限る。)をいう。)において、その生徒又は学生が暴力団の排除の重要性を認識し、暴力団に加入せず、及び暴力団員による犯罪の被害を受けないようにするための教育が必要に応じて行われるよう適切な措置を講ずるものとする」、「県は、前項に規定する者に対し、職員の派遣、情報の提供その他の必要な支援を行うものとする」と定めており、この暴排先生の取り組みが正にその具体的取り組みと位置付けられます。なお、報道によれば、この取り組みは、他県の警察から問い合わせが相次ぎ、兵庫県は既に実施しているということです。

 さらに、報道(平成29年2月17日付毎日新聞)によれば、福岡県は、平成29年度から、福岡県暴追センターが周辺住民に代わって暴力団事務所の使用差し止めを求める代理訴訟の費用について、住民負担をゼロにするための助成制度を全国で初めて始めるということです。平成25年の暴力団対策法の改正で創設された、暴追センターが住民の委託を受けて事務所の使用差し止めを求める「代理訴訟制度」では、弁護士費用などの訴訟費用に関する規定はなく、これまで福岡県では、暴追センターが一時的に費用を肩代わりし、原則として住民に費用を請求することになっていたものを、暴追センターに費用を助成し、住民負担をゼロにすることで、本制度を積極的な利用を促す狙いがあるようです。本件もまた、全国に先駆けて福岡県が導入するものであり、全国に同様の制度が拡がることを期待したいと思います。

大麻草の栽培

 前回の本コラム(暴排トピックス2017年2月号)で、平成28年の犯罪統計資料から、暴力団の特別法犯の検挙件数が、11,075件(12,251件 ▲9.6%)であり、そのうち、大麻取締法が、1,001件(+16.4%)、覚せい剤取締法が、7,473件(▲10.8%)などとなっていることを紹介しました。一方で、前述の通り、平成28年の関税法違反事件の取締り状況の中で、大麻事犯について、押収量は約9キログラム(前年比75%減)と大幅に減少、摘発件数は118件(前年比3%減)と増加傾向が止まったとの結果が報告されています。つまり、若年層による大麻の乱用傾向が増大していることを背景に、「大麻事犯の検挙人員が増加」している中、海外からではなく「国内産のものが圧倒的に流通している実態」が推測されます。

 そして、ここ最近、それを裏付けるような暴力団絡みの大型摘発が相次いでいます。

 平成27年12月には、性風俗店舗であった建物及び雑居ビルを改装して大麻草を栽培していた指定暴力団住吉会傘下組織組長ら3人を大麻取締法違反(営利目的栽培)等で逮捕するとともに、大麻草62 本を押収した事件や、他人名義のマンションの一室において大麻を栽培していた同じく住吉会傘下組織組員を大麻取締法違反(栽培)等で逮捕するとともに、大麻草約380 本を押収した事件があったほか、昨年11月、奈良県警が大麻草を栽培したとして、大麻取締法違反(営利目的共同栽培)容疑で指定暴力団東組幹部ら4人を逮捕しています(あわせて、同法違反(営利目的共同所持)容疑で現行犯逮捕されています)。同事件は、和歌山県かつらぎ町の建物で、大麻草を栽培し、屋内から大麻草約1万1千本を押収、そのうち、成長した約4千本だけで、末端価格は約20億円と推計されるということです。そして、最近でも、指定暴力団東組の別の幹部ら4人について、岐阜県揖斐川町の倉庫で乾燥大麻を販売目的で所持していたとして、岐阜、奈良両県警が、大麻取締法違反(営利目的共同所持)容疑で現行犯逮捕(さらに、同法違反(営利目的共同栽培)容疑でこの4人を再逮捕)していますが、この事件でも、和歌山の事件に匹敵する規模の大麻草が押収されています。このように、大麻草の栽培が暴力団の資金源となっている状況および大麻の流通にこれまで以上に暴力団が関与している状況は間違いのないところ、これらは「氷山の一角」に過ぎないことも明らかだと思われます。

警察庁 平成27年における薬物・銃器情勢(確定値)【訂正版】

サイバー攻撃対策と反社リスク対策

 報道(平成29年2月28日付産経新聞)によれば、大学を狙ったサイバー攻撃が相次いでいることから、政府が、全ての国立大が利用している学術情報ネットワーク「SINET」の接続拠点にサイバー攻撃を検知するシステムを導入し、大学から出る通信に不正なものがないかを監視する取り組みを始めるということです。また、別の報道(平成29年3月1日付毎日新聞)によれば、原子力規制委員会は、事務局の原子力規制庁内にサイバー攻撃対策の専門チームを設置、職員のパソコンが中国製ソフトを介して不正アクセスを受けてデータが流出した(あわせて原子力規制委員会への報告を懈怠していた)核検査機関「核物質管理センター」への初の立ち入り検査を行うなどの対策強化に乗り出したということです。大学の機密情報漏えいと同じく、原発や電力会社、規制機関へのサイバー攻撃は核セキュリティ、国家安全保障レベルのセキュリティ上の重大な脅威であり、 外部からの攻撃・侵入リスクはますます高度化・巧妙化・国際化・激化する一方です。

 このような現状に対し、最近のサイバー攻撃対策においては、攻撃者による内部ネットワークへの侵入を完全に防ぐことは不可能との認識から、侵入されてしまうことを前提とした対策が主流となっています。また、攻撃者は、侵入後、数日から数カ月をかけて情報を盗み取ることが多く、いかに早く侵入に気付けるかが情報漏えい対策上、極めて重要となります。例えば、以前もご紹介したファイア・アイ社の調査によれば、「96%の組織がなんらかのセキュリティ侵害を受けており、そのうち27%は高度な攻撃グループが関与」、「こうした攻撃グループは企業や組織のネットワークに侵入したあと、検知されないよう水面下で活動し長期間にわたり潜伏し機密情報等を窃取する傾向がある」、「セキュリティ被害の発覚までの日数に全世界の中央値で146日、日本を含むアジア地域で520日かかっている」、「その半数以上が外部組織からの指摘によるもの」といった実態が指摘されています。

ファイア・アイ プレスリリース(平成28年10月27日)

 また、最近のトレンドマイクロの調査結果によれば、「多くのECサイトが脆弱性を狙った攻撃に晒されているにも関わらず、一方で多くのECサイトが、修正プログラムが適用されるまでの間に、脆弱性を突いた攻撃の脅威に晒されている状況が明らかに」なっていると言います。その一方で、「攻撃を検知・ブロックする侵入防御システム(IPS)または侵入検知システム(IDS)といったセキュリティ対策を自社に導入していると回答したのは全体の 62.4%にとどまる」こと、さらに、「自社が展開している ECサイトに対して、過去1年以内にサイバー攻撃を受けた」と答えた回答者のうち、84.2%が IPS/IDSを導入している」との結果から「IPS/IDSといったセキュリティ対策が実施できていない企業においては、日常的に行われているサイバー犯罪者の攻撃通信にそもそも気づけていない可能性」があるのではないかと指摘しています。

トレンドマイクロ 企業におけるECサイトのセキュリティ実態調査 2016

トレンドマイクロ 気付いていないだけ?脆弱性を狙う攻撃からECサイトを守るには

 この点について、「外部からの攻撃・侵入リスク」という共通項をもつ反社リスク対策においても、同様の傾向がうかがわれます。そもそも反社リスク対策においては、自社が既に反社会的勢力と何らかの関係があるとの厳しい現状認識が大前提となります。しかしながら、多くの企業においては、「うちは大丈夫だろう」との前提のもと、形式的あるいは精度が不十分な反社チェックが行われています。その結果、巧妙化・不透明化する反社会的勢力を見極める(見つけ出す)ことができず、結果として、自社と反社会的勢力の関係は一切ないとの認識を強く持つに至るのです。これこそが、反社リスク対策上、大きな問題となる「ネガティブ・スパイラル」であり、そもそも反社会的勢力からの攻撃・侵入に組織として「気づけていない可能性」が否定できません。したがって、役職員の意識とリスクセンスを高めること、反社チェックの精度を高め、定期・不定期のチェックを実施することによって、攻撃・侵入を「検知」、「防御」すべく組織的な取り組みが求められるのです。そして、「入口」対策だけでなく、「中間管理」(モニタリング)の重要性が増しているのは、正に、不断の反社会的勢力の攻撃・侵入に対して、常に「検知」、「防御」の機能を発揮することが期待されているからなのです。

パナマおよびバハマとの租税情報交換協定

 昨年の「パナマ文書ショック」の震源地となったパナマと日本との租税情報交換協定が発効しました。

外務省 日・パナマ租税情報交換協定の発効

 本協定は、昨年8月にパナマ文書ショック以降いち早く両国が署名したもので、経済開発協力機構(OECD)が策定した国際基準に基づく金融口座の情報交換に必要な自動的情報交換を含む両税務当局間における実効的な情報交換について規定され、悪質な脱税などが行われた場合は、課税年度にかかわらず、過去に遡って情報を入手できるようになるなど、一連の国際会議等で重要性が確認されている国際的な脱税及び租税回避行為の防止に資することが期待されます。また、タックスヘイブン(租税回避地)を巡る問題は、これまで本コラムでも指摘してきた通り、租税回避の問題もさることながら、マネー・ローダンリングやテロ資金供与の舞台として、犯罪を助長する側面があるほか、暴力団等の反社会的勢力が現実にタックスヘイブンを利用している実態がある以上、この問題については、米欧だけでなく、日本も主導的な役割を果たす必要があると言えると思います。

 また、パナマ文書ショックに続き、問題となった「バハマ文書」ショック(例えば、経営破綻した旧山一証券による「損失飛ばし」に使われたペーパーカンパニー4社の名前も含まれていたとされています)の震源地のバハマとの間でも、パナマと同様の「脱税の防止のための情報の交換及び個人の所得についての課税権の配分に関する日本国政府とバハマ国政府との間の協定を改正する議定書」の署名が行われています。

外務省 バハマ国との租税情報交換協定改正議定書の署名

 パナマ同様、タックスヘイブンとして名高いバハマは、国内総生産の1割あまりを金融サービス部門が占め、金融関連のビジネスを含めると4割弱に上るほど、同国にとってはタックスヘイブン関連が基幹産業であり、外国の金融機関や企業を誘致するため、所得税や法人税などを免除する政策が採られ、情報開示には消極的だったと言われていましたが、国際的な「正しい租税行為」への回帰の流れの中、同国も対応の転換が求められたということになります。

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3.最近の暴排条例による勧告事例ほか

(1) 暴排条例勧告事例(愛知県)

 昨年12月に行われた「事始め式」で使う毛筆の書を作成したとして愛知県公安委員会は、同県内の美術家の男に対し、愛知県暴排条例に基づき、利益供与をやめるよう勧告しています。また、書の作成を依頼した指定暴力団六代目山口組系組長と弘道会系組長にも同条例に基づく勧告を行っています。書を利益供与の対象として勧告を行ったのは全国で初めてとなります。

 昨年の「事始め式」では、例年通り、今年の組指針が発表され、六代目側は「和親合一」(田岡三代目組長時代に制定された5カ条の組織運営の基本理念「山口組綱領」の第1条「内を固むるに和親合一を最も尊ぶ」からの抜粋)で、神戸側は「風霜尽瘁」(「風霜」には「きびしくはげしい苦難」、「尽瘁」には「一所懸命に力を尽くして労苦すること」の意味)がそれぞれ示されています。また、利益供与については、本事例については、愛知県暴排条例第14条(利益の供与等の禁止)第2項の「情を知って、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなる利益の供与」に当たるものと考えられます。なお、東京都暴排条例Q&A(Q13)において、同類型の具体的な例示として、「ホテルが、暴力団組長の襲名披露パーティーに使われることを知って、ホテルの宴会場を貸し出す行為」、「飲食店が、暴力団員から、組の運営資金になることを知りながら、進んで物品を購入したり、サービスを受けて、その者に料金を支払う行為」などがあげられています。

東京都暴排条例Q&A

(2) 暴排条例勧告事例(大阪府)

 指定暴力団六代目山口組系幹部に用心棒役を担ってもらおうと現金400万円を無利子で貸し付けたとして、大阪府公安委員会は、大阪府暴排条例に基づき、大阪府内の食品販売会社の男性経営者に利益供与をやめるよう勧告しています。報道によれば、両者は約15年前からの知り合いで、幹部は現金を「組の運営資金として使った」と話しており、公安委員会は幹部にも利益供与を受けることをやめるよう勧告しています。

 本事例は、大阪府暴排条例第14条(利益の供与の禁止)第1項の「事業者は、その事業に関し、暴力団の威力を利用する目的で、又は暴力団の威力を利用したことに関し、暴力団員等又は暴力団員等が指定した者に対し、金品その他の財産上の利益又は役務の供与(以下「利益の供与」という。)をしてはならない」に該当するものと考えられます。なお、東京都暴排条例Q&A(Q12)において、同類型の具体的な例示として、「金融業者が、『恐喝行為をしてでも債権の取立てをしてほしい』と暴力団に依頼し、金銭を支払った場合」、「不動産業者が、所有する土地を売却するに際し、立ち退かない住民を追い出すために『力づくで追い出してほしい』と暴力団に依頼し、金銭を支払った場合」などがあげられています。

(3) 公共工事からの排除要請措置(岐阜県)

 岐阜県が、岐阜県建設工事暴力団排除(入札参加資格停止)措置を同県のサイトに公表しています。

岐阜県 平成28年度暴力団排除(入札参加資格停止)措置

 当該企業の「役員が、暴力団又は暴力団員等と社会的に非難されるべき関係を有している」として、岐阜県警察本部から、「岐阜県が行う契約からの暴力団排除に関する措置要綱」第4条第3項に基づく要請があったとするものですが、岐阜県における同様の公表は珍しいのではないかと思われます。参考までに、同県の暴排にかかる入札参加資格停止措置の仕組みとしては、「岐阜県警察本部刑事部組織犯罪対策課長において、有資格者等が暴排措置対象法人等に該当すると認める事実を確認したときは、暴排措置担当課(長関係部局において、暴排措置の決定に関する事務を行う治山課、建設政策課及び出納管理課)の長に対し、暴排措置の実施を要請する」ものとされています。

 
なお、同社は排除措置後、代表者変更、不当要求防止責任者の選任、「暴力団等反社会的勢力排除宣言」を同社サイトに掲載して、再発防止に取り組む姿勢を対外的にアピールしています。

(4) 暴排条例違反による逮捕事例(福岡県)

 前回の本コラム(暴排トピックス2017年2月号)で紹介した、福岡県暴排条例が禁止する福岡市内の小学校から200メートル以内に暴力団事務所を開設・運営したとして、指定暴力団山口組系一道会の会長ら15人が同県暴排条例違反容疑で逮捕された事件について、福岡地検は、同会長を起訴しています(そのほかに逮捕されていた15人は処分保留で釈放されています)。本件は、一道会は別の山口組系組織から事務所を引き継いでいましたが、報道によれば、捜査本部は活動実態から両団体は別組織であり、事実上の新規開設に当たると判断し、福岡県暴排条例第13条(暴力団事務所の開設及び運営の禁止)の「ただし、ある暴力団のものとして運営されていたこれらの暴力団事務所が、他の暴力団のものとして開設され、又は運営された場合は、この限りでない」との規定を適用して立件しています。

(5) 暴排条例違反による逮捕事例(東京都)

 東京都暴排条例が禁止する、保育園からおよそ60メートル離れた場所にある東京都板橋区のマンションの部屋に暴力団事務所を開設し、半年間使用していたとして、東京都暴排条例違反の疑いで、指定暴力団住吉会系組長が逮捕されています。東京都暴排条例では、前述の福岡県暴排条例同様、第22条(暴力団事務所の開設及び運営の禁止)において、教育施設などの周囲200メートルの場所に、暴力団事務所を開設することなどを禁じています。なお、報道によれば、「暴力団事務所があるようだ」という情報提供に基づき調査した結果、事務所使用の実態を確認したということです。本コラムの立場としては、本来は、当該マンションの所有者や管理会社などが、契約外の用途で使われないか(使用されていないか)を契約時だけでなく事後的にモニタリングしていくことが必要だと考えていますが、実務的にはまだまだハードルが高いようです。一方で、本事例のように、外部の第三者からの「情報提供」によって暴力団事務所や特殊詐欺のアジトであることが発覚するケースも多く、関連事業者においては、自社によるモニタリング(見回り・監視等)だけでなく、「情報提供」を呼びかける、受付窓口を周知する、といった能動的な取り組みについて、居住者の安全確保、安心感・信頼感の獲得のためにも、今後、積極的に検討していくべきだと思います。

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