暴排トピックス
カジノ事業を営むIR事業からの反社会的勢力排除
取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人
【もくじ】―――――――――――――――――――――――――
(1) 諸外国におけるカジノ規制
(2) 我が国におけるカジノに関する規制制度の全体像
(3) 今後の議論の方向性~カジノ事業免許の原則
(4) ギャンブル等依存症対策基本法案(参考)
(1) 暴力団情勢
(2) 特殊詐欺を巡る動向
(3) テロリスクの動向
・テロの脅威の本質的な変化
・監視の限界
・テロとインターネット/事業者とテロ対策
・過剰反応
(4) 組織犯罪処罰法改正を巡る動向
(5) 捜査手法の高度化を巡る動向
(6) 犯罪インフラを巡る動向
・バイト感覚の主婦や学生
・匿名化ソフト・闇サイト
・外国人留学生・技能実習生
・専門家リスク
(7) その他のトピックス
・旅券と本人確認
・闇カジノの摘発
・チェーンマネジメントの厳格化
・北朝鮮リスクへの対応
・外為法の改正
・クレジットカード加盟店管理の厳格化
(1) 祭礼等からの暴排(大阪府岸和田市)
(2) 祭礼等からの暴排(大阪天満宮)
(3) 暴力団関係事業者に対する公表措置等(福岡県等)
1.カジノ事業を含むIR事業からの反社会的勢力排除
カジノ事業者・IR事業者に対する規制方針案が明らかとなりました。
▼特定複合観光施設区域整備推進会議 第3回 特定複合観光施設区域整備推進会議 議事次第
過去、本コラム(暴排トピックス2015年10月号)では、「カジノ事業からの反社会的勢力排除」と題して、(いわゆるIR推進法成立前の段階でしたが)その規制のあり方、方向性について提言を行いました。今回公表された規制方針案については、その提言内容に近く、「世界最高水準の厳格な規制」との名にふさわしい内容となっていると考えます。
「関与する個人・法人の清廉潔癖性と遵法性を厳格に要求することにより、暴力団組織等による介入を完璧に排除することができる」との当初の基本的な考え方は、今回の規制方針案においては、「賭博罪の例外を認める特権的な性格を有し、高度な規範と責任、廉潔性が求められる」という形で継承され、文字通り厳格な審査による免許制(更新あり)が導入されることになったほか、その背面調査の深度、廉潔性を求める範囲の広さは、ともに民間事業者の反社チェックレベルからみても、かなりの高レベルなものとなりました。
そこで、今回の暴排トピックスでは、公表された資料の内容のうち、反社会的勢力排除に関係する部分を中心に、かいつまんで紹介していきたいと思います。
(1) 諸外国におけるカジノ規制
シンガポール、米国ネバダ州を始めとした諸外国のカジノ規制制度の基本的な考え方として、以下が紹介されています。
- 「特権」と表裏一体の高度な規範・責任
カジノ事業の実施を「特権」として位置付け、「特権」を受ける主体であるカジノ事業者に対し、事業の適切な実施に関して高度な規範・責任を要求 - 「免許」制による厳格な参入規制と徹底した背面調査
カジノ事業者及びその関係者だけでなく、カジノ事業に利益関係及び取引関係を有する者を幅広く免許等の対象とし、反社会的勢力等の排除のため、高い廉潔性等の厳格な参入要件を設定するとともに、徹底した背面調査等を実施して免許制度に対する公共の信用を確保 - ゲーミングの公正性の確保
カジノ行為(ゲーミング)の公正な実施を確保するため、ゲーミングの種類・方法のほか、ゲーミングの実施やその会計処理等に使用する機器等を規制 - 厳格な事業規範と規制当局による厳正な監督による健全な事業運営の確保
カジノに伴う懸念への対処を含めた厳格な事業規範を確立するとともに、その業務方法や財務活動について厳格な規制を課すほか、専門の規制当局により厳正な監督を実施
これら海外では、クリーンなカジノを実現するため、反社会的勢力の排除、未成年者等の保護、公序良俗の確保等を、カジノ規制や規制当局の目的として位置付けており、カジノ事業免許の審査については、「免許の取得が義務付けられていること」、「規制当局は、社会的信用、反社会的勢力との接点がないこと、前科がないこと等、資金源を含む財政状態、運営・経営能力、経験、法令順守の組織内体制が整っていること等」が審査項目に挙げられています。さらには、マネー・ローダンリング対策(AML)やテロ資金供与対策(CTF)についても厳格な取り組みを目指しており、FATF(金融活動作業部会)の勧告「カジノは、必要な資金洗浄・テロ資金供与対策を効果的に実施していることを確保するための包括的な規制制度及び監督体制の対象となるべきであり、少なくとも、免許制とすべき」との指摘をふまえて厳格な仕組み等が求められています。
なお、AML/CTF上、カジノは疑似金融機関として扱われ、金融機関と同等の水準での対応が要求されています。この点については、FATFの10年に一回の調査レポート「Mutual Evaluation Report」において、米国カジノ業界を「リスクと義務への十分な理解を持つ」「法令の要求以上のリスク抑制策を導入」と表現して米国カジノ業界の取り組みを高く評価しており、特筆されるべきものだと言えます。
また、米国ネバダ州の場合、免許は、「カジノ事業者」だけにとどまらず、「カジノ事業者の株主」「カジノ事業者の経営陣」「ゲームの運営に関与する従業員」「ゲーミング機器の製造等を行う事業者」「カジノ施設が整備される土地の所有者」等が対象となっており、関係者の範囲の広さは通常の反社チェックのレベルを大きく上回っていると言えます。さらに、規制当局が実施する「背面調査」については、免許申請者等に対して広範な情報提出を求め、その情報の確認を行い、分析結果を踏まえて追加情報を収集する等のプロセスを通じ、事業主体の廉潔性や事業運営の健全性等が確保されているか等を徹底的に調査することとなっています。具体的な例をあげると、例えば、米国ネバダ州のカジノ事業免許の申請における共通確認事項では、「一般(非財務)事項」として、 刑事・民事訴訟記録、学歴、軍歴、雇用歴、婚姻歴、犯罪情報(前科前歴)等43項目、「財務事項」として、「資産情報」(銀行預金、貸付け、生命保険等で、例えば、米国ネバダ州では、過去10年間に遡って、金融取引の情報が求められます)、「負債情報」(支払手形、抵当権等)等34項目が挙げられています。
また、カジノ事業者は、外部の事業者との間の取引においても反社会的勢力の排除等適正な事業遂行が求められることから、カジノ事業に関係する商品・サービスの供給について、規制当局によって、一定の取引に対する監視体制や取引の相手方の適合性を確認する体制がとられています。例えば、「カジノ施設の不動産に利害関係を有する者との契約」、「ゲーミング機器の修理等を行う者との契約」、「ゲーミングからの収益等に基づく支払いを受領する契約」などに対する適合性の判断又は免許取得の義務付けによる規制が実施されており、その徹底ぶりがお分かりいただけるものと思います。
入場者に対する規制としては、特定の人物の入場を排除する制度(入場制限制度)、一定の期間における最大入場回数を設定する等入場回数を制限する制度(入場回数制限制度)、入場料の徴収等の方法がとられています。例えば、シンガポールの「入場制限制度」については、以前の本コラムでも紹介していますが、(1)本人の申請に基づく入場制限、(2)家族の申請に基づく入場制限、(3)第三者又は法令上の規定による入場制限」(21歳未満の者(ゲーミングも禁止)、NCPG(問題ギャンブル国家評議会)の査定委員会が過去の信用情報に問題があると認める者、NCPGの査定委員会がギャンブルによって経済的に劣悪な状況にさらされていると判断した者、政府からの財政援助を受けている者、破産者)という厳格な入場制限が設けられています。
(2) 我が国におけるカジノに関する規制制度の全体像
諸外国の規制のあり方をふまえ、日本では、「世界最高水準の厳格な規制」を目指し、以下のような規制が導入される見込みです。
- 世界最高水準のカジノ規制を的確に執行するため「カジノ管理委員会」を設置することとし、報告徴収、立入検査等等の調査権限や、業務改善命令、業務停止命令、許認可の取消し等の監督処分権限、罰則等の権限が与えられます。
- 参入規制としては、「カジノ事業者(代表者、役員、株主、監査人等も含む)」「土地/施設所有者」「カジノ関連機器等、製造事業者等」「指定試験機関」等が対象となります。
- カジノ事業者に関する規制としては、「約款の認可」「金融業務の限定」「入場規制・本人確認」「業務委託の制限」「従業者の確認・届出」「内部管理体制の整備」「カジノ施設内関連業務の制限」「秩序維持・苦情処理のための措置」等があります。
- その他、社会的に影響の大きい懸念事項への対応として、(1)依存防止対策(本人・家族申告による利用制限措置・入場料等、広告・勧誘の制限、与信の制限、カジノ事業自ら実施する依存防止措置等)、(2)マネー・ローンダリング規制」(チップの規制、取引時確認等の義務付け、カジノ事業自ら実施する対策等)、(3)青少年の健全育成(入場規制、広告・勧誘の制限等)の3点については、特に厳格な対応が掲げられています。
(3) 今後の議論の方向性~カジノ事業免許の原則
日本におけるカジノ事業を含むIR事業の規制の方向性については、今後、以下のような内容で議論が進むものと考えられます。
- カジノ事業の実施は、「IR事業の実施による公益目的達成のため刑法の賭博罪の例外をごく少数に限って認めるという特権的な性格を有するものであり、その主体には高度な規範と責任、廉潔性が求められること、カジノ特有の性格に鑑み、懸念への対処を含めたカジノ事業の健全な運営を確保するため業務及び財務について厳格な規制を課す必要があることから、諸外国の制度と同様、カジノ事業については、免許制の下で、事業者及び関係者から反社会的勢力を排除するなど高い廉潔性を確保するとともに、事業活動に対し厳格な規制を行うべき。また、継続的な廉潔性の確保を徹底するため、カジノ事業免許については更新制すべき
- IR事業者にカジノ事業免許を付与する際には、高い廉潔性を確保するため、IR事業者、カジノ事業及び非カジノ事業部門の役員のみならず、IR事業活動に支配的影響力を有する外部の者等についても幅広く廉潔性等の審査の対象とすべき
- カジノ事業免許を受けるIR事業者の株主等は、IR事業者とは別の主体であるが、株主権等の行使によりカジノ事業に重大な影響力を有するほか、カジノ収益の配分を受け取る者であるため、IR事業者と同水準の高い廉潔性を求めるべきであることから、諸外国の例や我が国の銀行法の例を参考にして、株主等については、認可制等の下で、反社会的勢力の排除等その廉潔性を確保すべき
- 「カジノ収益の一部であっても受け取る者については高い廉潔性を求めるべき」という基本的な考えの下、非カジノ事業部門を含めIR事業者が行う全ての事業部門における取引先の廉潔性を確保するため、これらの取引については、認可制等の下で、反社会的勢力等を排除することとしてはどうか
- IR事業者や関係者等の高い廉潔性を確保するためには、免許・認可の際の審査対象者のみならず、必要に応じて、あらゆる関係者(子会社等、2次・3次・それ以上の繋がりを有する者等を含む。)に対して、どこまででも徹底的な背面調査を行う必要があるのではないか。そのためには、十分な調査権限や人員・体制をカジノ管理委員会に整備すべき
- 土地/施設所有者は、IR事業者とは別の主体であり、カジノ事業を含むIR事業の経営を担う者ではないが、土地/施設の所有権を通じてカジノ事業に重大な影響力を有するほか、カジノ収益の配分を受け取る者であることから、諸外国の例を参考にして、カジノ事業免許とは別の免許制等の下で、反社会的勢力の排除等その廉潔性を確保すべき
- カジノ事業は、公益性を有するIR事業を遂行するために特別に容認されるものであり、カジノ事業免許を受けたIR事業者にはカジノ事業の運営に関して高度な規範・責任が求められることから、カジノ事業の運営については、第三者への委託を認めるべきではない。あるいは、非カジノ事業については、その業務の効率性や専門性の観点から、運営委託を認める余地はあるが、その場合においても、委託先の廉潔性及び適切な業務遂行を確保する必要があることから、IR事業としての経営の一体性を損なわない範囲で、委託契約を認可制とすべきではないか
- 株主等の認可制等に係る制度設計においては、諸外国の例や我が国の銀行法の例を参考にして、カジノ事業に対する影響力の程度等を勘案の上、認可の対象とするのは、議決権、株式又は持分の保有割合が5%以上の株主等としてはどうか。また、保有割合が5%未満の株主等についても報告を徴求し、必要に応じて、その廉潔性を調査し、不適格者への対応をできることとしてはどうか
- カジノ関連機器等製造等事業者については、カジノ事業そのものを行う者ではないが、カジノ事業の健全な運営を確保する観点から、諸外国の例を参考とし、許可制の下で、事業者及び関係者から反社会的勢力を排除するなど廉潔性を確保するとともに、事業活動に対し十分な規制を行うべき。また、継続的な廉潔性を確保するため、当該許可については更新制とすべき
(4) ギャンブル等依存症対策基本法案(参考)
上記資料とは別になりますが、ギャンブル等依存症対策はカジノ事業においても極めて重要なテーマです。昨年のIR推進法成立後、政府与党を中心に検討が進められていましたが、先週、国会に「ギャンブル等依存症対策基本法案」が提出されました(ただし、今国会での成立は厳しい見通しです)。概要を簡単にご紹介しておきたいと思います。
本法案では、提案理由として、「ギャンブル等依存症がこれを有する者等及びその家族の日常生活及び社会生活に様々な問題を生じさせるおそれのある疾患であり、ギャンブル等依存症の予防等及びギャンブル等依存症を有する者に対する良質かつ適切な医療の提供等によるその回復等が社会的な取組として図られることが必要であることに鑑み、ギャンブル等依存症対策に関し、基本理念を定め、及び国、地方公共団体等の責務を明らかにするとともに、ギャンブル等依存症対策の基本となる事項を定めること等により、ギャンブル等依存症対策を総合的かつ計画的に推進する必要がある」と書かれています。また、法案は、官房長官がトップの「依存症対策推進本部」が政府に依存症対策の基本計画を策定するよう義務付け、競馬やパチンコなどの事業者には国が実施する対策への協力を努力義務と規定しているほか、相談支援の充実、医療体制整備、予防事業実施などを具体化するよう求めています。
さらに、国及び地方公共団体に対しては、国民がギャンブル等依存症問題に関する関心と理解を深め、ギャンブル等依存症の予防等に必要な注意を払うことができるよう、家庭、学校、職場、地域その他の様々な場におけるギャンブル等依存症問題に関する教育及び学習の振興並びに広報活動等を通じたギャンブル等依存症問題に関する知識の普及のために必要な施策を講じるよう求めています。
以上、ざっと概観しただけでも、今回の規制案等は、反会的勢力排除や依存症対策、マネー・ローンダリング対策などについて、カジノ事業に限定されない、IR事業全体に関係する事業者や関係者に至るまで、相当厳格な調査を実施することで「廉潔性」を担保しようとする世界有数の厳格な内容となっています。カジノ事業を含むIR事業に向けられる社会の目線がそれだけ厳しいことがあらためて実感されますが、一方で、厳格な審査に対応しさえすれば健全性が担保されるという単純なものでもないことを、事業者は改めて認識する必要があると言えます。取引先の健全性にかかるサプライ・チェーンマネジメントや個人の規範意識にまで踏み込んだ厳格なリスク管理態勢を、日々愚直に磨き続けることを通じて、自らを律し正していくという「真摯さ」(Integrity)こそ、カジノ事業者を含むIR事業者には求められているように思います。
2.最近のトピックス
(1) 暴力団情勢
任侠団体山口組が神戸山口組から分裂して1カ月以上が経過しました。前回の本コラム(暴排トピックス2017年5月号)でその経緯や背景事情等について解説しましたが、現在も、山口組は「指定暴力団六代目山口組」「指定暴力団神戸山口組」「任侠団体山口組」の三つ巴の構図が続いています。前回も指摘した任侠団体山口組の分裂が「内部分裂」なのか「偽装離脱」なのかはともかく、警察は「内部分裂状態」と位置付けて、現行の暴力団対策法の枠内で、任侠団体山口組を同法の規制対象としています。なお、報道によると、任侠団体山口組の直系組長は約50人とみられ、神戸山口組と対立する六代目山口組からも一部が参加するなど、現象面としては第三極としての位置付けも可能な、複雑な状況となっています。また、神戸山口組が分裂したことで、(現状は静観を決め込んでいる)六代目山口組が、「漁夫の利」を得ようと勢いを増す可能性も指摘されており、神戸山口組や任侠団体山口組に介入することで抗争が激化することも予想される状況です。
そのような中、携帯電話を他人名義で不正に取得したとして、兵庫県警が、神戸山口組の井上組長を詐欺容疑で逮捕しました。知人女性と共謀し、平成25年11月、神戸市灘区の携帯電話販売店で、井上容疑者が使っていたこの女性名義の携帯電話の機種変更を女性に申し込ませ、携帯電話1台をだまし取った疑いという「微罪」ですが、この時期の組長不在は大きな意味を持ちます。神戸山口組の指揮命令系統の一時的混乱や分裂騒動後の組織固めが十分にできないことなど組自体の活動や引き締めが抑制されること、それに伴って、六代目山口組の神戸山口組への介入や任侠団体山口組による切り崩し工作など、水面下での駆け引きが激しさを増していくのではないかと考えられます。いずれにせよ、今後、抗争の激化(表面化)を念頭に一連の動向を注視する必要があると言えます。
また、今回の分裂で、その「組織性」を否定する新しい方向性を打ち出したかに見える任侠団体山口組ですが、直近の報道(平成29年6月10日付産経新聞)によると、同組織の「組織表」らしきものが出回っており、その書面の最上段に「001」の番号とともに「代表」と書かれた欄に「織田絆誠」と記載されているほか、「本部長 池田幸治」、さらに「本部長補佐」「相談役」「舎弟」「直参」などの肩書が続いていると言うことです。これが本物だとすれば、すなわち代表をトップとした階層=「組織性」を示すものであり、暴力団対策法における指定暴力団の3要件のうちの3番目「首領の統制の下に階層的に構成された団体」を示す有力な証拠となりえます。前回指摘したように、この任侠団体山口組は、「盃事を否定し、組長を置かず、フラットな組織を志向する親睦団体」を標榜していましたが、あくまで表面的な指定逃れのための言い訳にすぎなかったことが露呈したことになります。
いずれにせよ、「3つの山口組」について、暴力団対策法等の現行の法規制で徹底的に取り締まりつつ、新組織の「指定の作業を急ぐ」か、暴力団対策法を速やかに改正するなどして、例えば、「みなし指定」のような形で「隙間」のない継続的な規制をかけつつ(新組織が神戸山口組・六代目山口組からのメンバーで構成された「暴力団」であることをもって「指定暴力団」として規制する等)、さらには、より規制の厳しい特定抗争指定暴力団への指定を視野に、警察当局の厳格な取り締り等の対応を期待したいと思います。
一方で、直近で、暴排を巡る動向として自治体の積極的な取り組みが目立ちましたので、紹介したいと思います。
まず、京都市が、分裂騒動が続く指定暴力団会津小鉄会の本部事務所の使用差し止めを求めた仮処分申請で、京都地裁は、使用禁止を命じる決定を出しています。前回もご紹介したように、自治体の申し立てに基づく暴力団事務所の使用禁止の仮処分が認められたのは初めてとなりますが、それとともに、個別具体的な事柄ではなく、周囲に危険が及ぶ「可能性」を根拠に使用を差し止めた異例の判断であったことがあらためて注目されます。報道(平成29年6月1日付産経新聞)によれば、京都地裁は、「会津小鉄会の組織内分裂により、本部事務所の利用をめぐり抗争が発生する蓋然性は高い」と危険性を示し、差し止めの必要性は極めて高いと認めたということです。また、暴力団事務所の使用差し止めは「直接的に権利の侵害を受けた」住民が争うことが多く、今回のように自治体が毅然とした厳しい対応をとることは珍しく、今後の参考となるものと評価したいと思います。
また、兵庫県では、先週、改正兵庫県暴排条例が成立しています。前回もご紹介しましたが、暴力団事務所開設にかかる規制を強化するもので、「近年、暴力団事務所等が、禁止地域外(都市計画法に基づく近隣商業地域及び商業地域(以下「商業地域等」という。))に進出している」こと、「商業地域等には駅や商業施設など青少年が利用する施設が多数存在する」こと、「県内の商業地域等に所在する暴力団事務所等及びその周辺において、対立抗争に起因する暴力行為事件等が発生している」ことなど、「暴力団が県民生活の平穏を害し、青少年の健全な育成を阻害している」との現状認識、指摘をふまえ、新たに、「近隣商業地域」「商業地域」が指定されるほか、当該「施設の敷地の周囲200メートル以内の区域」とする規定について「当該施設の用に供するものと決定した土地を含む」との規定が追加されます。
なお、報道によれば、同県ではこれまで繁華街のある商業地への進出は食い止めることができず、平成23年4月の現行条例施行後も約10組織が商業地に事務所を開いたとのことです。今後、兵庫県と同様に、組事務所の新規開設の規制範囲を拡大して厳しい規制をかけることで暴力団の活動を抑制する取り組みが、多くの自治体に拡がることを期待したいと思います。
▼兵庫県警 最終決定した「暴力団排除条例の一部を改正する条例案」(本文)
さて、北九州市で平成24年の改正福岡県暴排条例の施行に基づき暴力団組員の立ち入りを禁じる「標章」を掲げたスナック経営の女性とタクシー運転手の男性が顔や首などを切りつけられた事件で、福岡県警は、特定危険指定暴力団工藤会ナンバー3の理事長ら10人前後を組織犯罪処罰法違反(組織的殺人未遂)容疑で逮捕しています。当時、北九州市では標章を掲げた飲食店ビルなどへの不審火が少なくとも5件、女性を含めた飲食店経営者らを狙った切りつけ事件が4件発生しましたが、福岡県警は、工藤会が飲食店からみかじめ料(用心棒代)を取れなくなることに対する危機感から見せしめのために行った組織的犯罪として、工藤会最大の2次団体である田中組の指揮命令系統に基づいて実行されたと判断したものです。
また、工藤会の一連の襲撃事件に関する公判が続いていますが、その中で、元組関係者の男性が、「地元対策費」という名目の上納金を建設会社から集める「仲介役」だったこと、上納金の9割が、野村総裁ら工藤会幹部3人に渡っていたと証言しています。以前の本コラム(暴排トピックス2015年7月号)で紹介しましたが、福岡県警は、暴力団の「上納金」システムに「所得税法違反(脱税)」という画期的な手法で切り込みましたが、その端緒は、家宅捜索において金庫番とされる幹部が書いた「上納金の出入金を記録した詳細なメモ」が見つかったことでした。
これにより、トップの私的流用が裏付けられ、それをトップの「個人所得」として位置付けて脱税容疑をかける手法が編み出されたものです。今回の元組員の証言も正にこの幹部の私的流用の事実を裏付けるものであり、今後の暴力団対策においても有力な手法(福岡方式)として、他の捜査にも活用して欲しいものです。なお、一連の公判について、裁判員への声かけ以外にも、福岡地裁が少なくとも検察側証人4人の出張尋問を認めるという特例措置がとられています。工藤会の報復を恐れる証人の意向に配慮してとのことですが、4人は工藤会の離脱者や関係者らとみられ、事件や内部事情について核心に迫る証言をしている可能性もあり、今後の展開に期待したいところです。
(2) 特殊詐欺を巡る動向
特殊詐欺の被害が一向に収束する気配を見せない中、ATMを悪用する手口への対策の効果が出始めていることは前回の本コラム(暴排トピックス2017年5月号)でご紹介しました。同様の取り組みを導入する金融機関はさらに拡大しており、今後、ATM経由での被害が劇的に減ることが期待されます。また、特殊詐欺対策の新たな取り組みとして、静岡県警や三重県警が、犯行グループの名簿に名前が記載されている人に対し、コールセンターを開設するなどして情報提供を始めたとの報道がありました(例えば、対象になる静岡県民は約89,500人にも上ります)。警察庁が全国で押収された犯行グループの名簿を集約し、各警察に渡しているということですが、犯行グループはこうした名簿を使って高齢者宅などに電話をし、現金をだまし取るなどの犯行を繰り返しており、一度被害にあった方がまた騙される事例が多いこともあり、とりわけ被害者の名簿が犯行グループ間で、高値で取引されている実態があることから、未然防止には極めて有効な手法ではないかと考えます。
また、特殊詐欺の摘発手法として定着しつつある「だまされたふり作戦」について、その捜査手法に関する司法判断が出ています。以前の本コラム(暴排トピックス2016年10月号)で紹介した福岡の「出し子」の裁判について、福岡地裁が、「被告は被害者がだまされたと気づいた後に加担しており、罪に問えない」「被告の加担後は、だます行為は行われておらず、荷物を受け取った行為は詐欺未遂の構成要件に該当しない」と判断して無罪判決を下したうえ、捜査側に対して「『だまされたふり作戦』の有効性は否定しないが、捜査は慎重に行うべきだ」との指摘をしたものがありましたが、今般、福岡高裁は、一転して逆転有罪の判決を下しています。報道によれば、「被告はだまされたふり作戦が行われていることは認識しておらず、外形的に見れば詐欺に至る危険性があった」と判断、「報酬欲しさから安易に関与した点で非難に値する」とも指摘したということです。参考までに、以前、別の「だまされたふり作戦」の事件について、名古屋高裁は、詐欺グループと共謀していれば荷物の受け取り行為は犯意が継続し、罪に問えるとの見方を示して、同作戦の捜査手法そのものは容認していたものもありました。概ね、「だまされたふり作戦」の捜査手法が認められつつあり、犯行グループの摘発に役立ててほしいと思います。
さて、例月同様、警察庁から直近(平成29年4月)の特殊詐欺の認知・検挙状況等が公表されていますので、簡単に状況を確認しておきたいと思います。
平成29年1月~4月における特殊詐欺全体の認知件数は5,669件(前年同期 4,276件、前年比+32.5%)、被害総額は106.2億円(同123.6億円、同▲14.0%)となり、ここ最近と同様、件数の大幅な増加と被害総額の大幅な減少傾向が認められます。件数の増加については、まだまだ還付金等詐欺の猛威が衰えていないことによるものですが、その他の類型についても同様の傾向が認められている点およびその件数の増加ペースが高止まりしていること、被害額の減少幅がやや縮小しつつある(むしろ、還付金詐欺は被害額も増加している)ことなどから、特殊詐欺被害を抑止する有効な対策については、まだまだ十分でないことを示しているとも言えます。
特殊詐欺のうち振り込め詐欺(オレオレ詐欺、架空請求詐欺、融資保証金詐欺及び還付金等詐欺を総称)についても、認知件数は5,574件(4,061件、+37.3%)、被害総額は106.2億円(123.6億円、▲14.1%)と、特殊詐欺全体と全く同様の傾向を示しています。また、類型別でも、オレオレ詐欺の認知件数は2,260件(1,841件、+19.8%)、被害総額は48.8億円(50.9億円、▲4.1%)、架空請求詐欺の認知件数は1,657件(1,073件、+54.4%)、被害総額は33.5億円(44.7億円、▲25.0%)、融資保証金詐欺の認知件数は235件(129件、+82.1%)、被害総額は2.0億円(2.2億円、▲8.6%)、還付金等詐欺の認知件数は1,422件(1,018件、+40.0%)、被害総額は16.2億円(12.5億円、+29.6%)などとなっており、特に還付金等詐欺については、(規模は相対的に大きくないとはいえ)件数だけでなく被害総額も急激に増加している状況が続いており、その対策が急務であることが分かります。
(3) テロリスクの動向
5月から6月にかけて英マンチェスターのコンサート会場およびロンドンの繁華街で悲惨なテロが連続して発生しました(英でのテロは今年に入って3回目になります)。また、イスラム教スンニ派であるイスラム国(IS)がシーア派の国であるイラクにおいて最大の拠点としてきた北部モスルが、イラク軍やシーア派民兵による制圧作戦により陥落寸前となっていることを背景として、首都テヘランでの同時テロをはじめ、シーア派が多く住む地域でISがテロ攻撃を活発化させています。さらに、追い詰められたISは今後リビアやエジプトなど中東の他の地域に加え、自爆テロが起きたアフガニスタンや、ISに忠誠を誓う戦闘員の流入が指摘されるフィリピンなどアジアで勢力拡大を模索するとの見方も出ています。今はイスラム教のラマダン(断食月)の時期であり、この時期は宗教的忠誠心が高まることから、ISも「ユーチューブ」などで「異教徒や不信心者」に対する「全面戦争だ。IS領土(イラクやシリア)に渡れない者はラマダン中に自らの地域で攻撃せよ」などと聖戦を仕掛けるメッセージを発信しており、その影響もあって世界各地でテロが頻発しており、日本を含め警戒が必要な状況です。
さて、今回の英テロを巡る状況を見ると、あらためてテロ対策の今日的課題が浮かび上がっています。
◆テロの脅威の本質的な変化
今回の英テロだけではありませんが、昨年のパリ同時テロやベルリンテロなど最近のテロでは、「材料の入手や製造が困難な爆発物ではなく、容易に手に入る車両やナイフを凶器に一般市民を狙う」手口が目立つようになりました(なお、このような最近の手口は、ISがネット上の声明などで支持者らに推奨しているようです)。また、最近のISの実態は、ピラミッド型の大きな組織ではなく、相互の強固な連携もなく、少人数の単位で独自にテロを実行し始めている状況にあります(むしろ、過激化した個人が引き起こしたテロを、後でISが犯行声明を出すといった傾向も見られます)。欧州で生まれ育った貧しい移民出身層が所得格差の拡大などを理由に母国に敵意を抱き、過激思想に傾倒して凶行に踏み切る「ホームグロウンテロ」の例も多く、(同様の思想的背景を持つ者も多い)帰国したIS戦闘員によるテロ以外に、一般人が容易にテロリスト化する傾向が強まっており、手法とともに「テロの脅威に本質的な変化」が生じています。これらの状況について、「ISが壊滅しても彼らの思想は小規模グループに受け継がれる。脅威は残ると考えた方がいい」との専門家の指摘(平成29年5月23日付時事通信)は正に正鵠を射るものと言えます。
また、報道によれば、カダフィ政権が保有していた武器が政権崩壊後に大量に流出、ISなどの過激派はこうした武器を入手していることが、戦闘を継続できる一因となっているとの指摘もあります。いずれにせよ、「多額の資金が要らない」、「組織的なつながりがなくとも少人数で実行可能」、「当局の監視網に引っかかりにくい」新たなテロの手法は、ホームグロウンテロや「ローンウルフ型」のテロ、少人数の単位でのテロの手法として最適であり、ISの呼びかけに呼応して世界中でテロが頻発する構図が固まりつつあると言えます。
また、最近では、コンサート会場や市場など、警備が困難な「ソフトターゲット」を標的にしている点も特徴的です。日本でもコンサートなどの大規模イベントは連日開催されているところですが、その警備は民間の主催に委ねられており、経費面の問題などもあってテロ対策にほとんど取り組めていないのが実情(手荷物検査やボディチェックなどですら未実施のイベントがほとんど)であり、あらためてテロ対策の困難さが浮き彫りになっています。そして、テロ対策が困難だからこそ、テロリストからみればテロの実効性が高まる(目的を達成しやすい)ことになり、国や事業者の不作為がテロリスクを助長する形となっていることをあらためて認識する必要があると言えます。
◆監視の限界
今回の英マンチェースターテロで特定された実行犯については、その「過激な言動」について、当局が過去5年間に少なくとも5回、同容疑者周辺から情報提供を受けていたことが明らかになっています。報道によれば、英情報機関は先進国でも有数の情報収集力を誇り、監視対象は常時約3,000人も抱えていると言います(国内で約23,000人のイスラム過激主義者を把握してるところ、職員が約4,000人と限られていることから、過激思想に染まっている度合いを判定したうえで約3000人に監視対象を絞り込んでいるということです。ただし、本格捜査できるのは、そのうち500人ほどとなるようです)。
今回の実行犯は、以前は監視対象となっていたものの、その後、危険性が低い「周辺人物」と判断、監視対象から外れ、本格捜査対象とする有力情報もなかったとのことです。また、直近のロンドンテロの実行犯についても、ロンドン警視庁は2年前から内偵を進めていましたが、テロに結びつく情報を得ることはできず、警戒レベルを下げていたと報道されています。このような状況から、当局のテロ対策能力を疑問視する声が上がっていますが、残念ながら監視に限界があることは紛れもない事実です。反社会的勢力排除においても、暴力団等との関係が不明な周辺者は(その関係の度合いも様々で)数限りなく存在しており、警察もすべてを把握できているわけではありません。
したがって、事業者としては、十分な注意を払いながら、些細な端緒情報を丹念に収集する、あるいは定期・不定期の審査を通じて見極めいくことが求められています。テロリスクへの当局の対応も同様であり、真贋の定かでない大量の通報などの端緒情報に丹念に向き合っていくしかありません。一方の国民や事業者は、当局の対応の限界をふまえ、自らの身を守る術を身につけ、リスクを回避する、危機に対応する能力を高めていく努力をしていくべき(事業者であれば、さらに役職員に対し、必要な情報提供等を行っていくべき)だと言えます。
◆テロとインターネット/事業者とテロ対策
先日イタリアで開催されたG7サミットでは、「テロおよび暴力的過激主義との戦い」に関する声明が採択されています。以下、その内容について、抜粋引用して紹介いたします。
▼外務省 テロ及び暴力的過激主義との闘いに関するG7タオルミーナ声明(仮訳)
- 第一に、我々は、テロリストによるインターネットの悪用と闘う。インターネットは、ここ数十年で最も重要な技術上の成果の一つである一方、テロ目的のための強力な手段ともなることが示された。G7 は、通信サービス・プロバイダやソーシャル・メディア企業に対し、テロ関連の内容に対処する取組を大幅に増加するよう呼びかける。我々は、産業界が、暴力への扇動を促す内容の自動的な検知を改善する新たな技術やツールを緊急に開発し、共有するため行動するよう奨励し、また同様に、インターネット上の過激主義と闘うために提案されている産業界主導のフォーラムを含め、産業界の取組を支持することにコミットする。我々は、我々の共通の価値観に根ざし、表現の自由の原則を適切に尊重する代替的で前向きな言説の促進を支援する。我々は、テロ及び暴力的過激主義、過激主義者によるインターネット上のリクルート、暴力へとつながる過激化や扇動を支持するプロパガンダに対抗する。このために、我々は、市民社会、若者・宗教の指導者、収容施設及び教育機関との連携を強化する。
- 第三に、我々は、テロリストの資金源及び資金調達経路並びに暴力的過激主義の資金調達の遮断に我々の取組を改めて向け、行動をとる。資金は、暴力的過激主義者及びテロリストにとって必須のものであるので、世界中の若者を過激化させ、我々の国益を脅かす暴力的過激主義者の資金調達に対抗する。したがって、我々は、金融活動作業部会(FATF)により実施される作業に対する支持を維持するとともに、G7 資金情報機関の間の改善された情報共有及び他の権限のある当局との間及び民間部門とのより良い協力の重要性を認識する。我々は、彼らの支援ネットワークを途絶えさせる狙いを定めた金融制裁を採り、また、我々はこれらの制裁に関するG7の協力を強化する。我々は、テロリストに対して身代金を支払わないという我々の決意を、改めて明確に表明する。
- 我々は、テロと闘うための手段としての、文化の特有の役割を確信している。文化を育むことは、人々の間の寛容及び対話、相互理解、宗教の多元的共存並びに多様性の認識と尊重を促進する道である。文化は、アイデンティティや人類の記憶の維持に貢献し、国家間の対話や交流を奨励するとともに、最終的には、特に若者の間の過激化や暴力的過激主義を防止するための特別な手段となり得る。
- 社会的及び経済的な包摂性及び機会の欠如が、テロ及び暴力的過激主義の増大を助長する可能性があることから、我々は、治安、社会的包摂及び開発を結合した包括的なアプローチを通じて、これらの問題に対処していくことにコミットする。異文化間及び異なる信仰間の対話のように、多元的共存、寛容及びジェンダー間の平等を促進するためのG7 の取組は、テロ及び暴力的過激主義に対する我々の行動の有効性を増加させる。
テロとの戦いは戦場からインターネットに移りつつあることふまえ、声明では、テロリストによるインターネットの悪用防止を対策の柱の一つに掲げています。FATFによるテロ資金供与対策(CTF)の重要性をあらためて強調している点とあわせ、事業者にテロ対策への参画と積極的な役割を求めた点は正に画期的だと言えます(例えば、声明では、「産業界が、暴力への扇動を促す内容の自動的な検知を改善する新たな技術やツールを緊急に開発し、共有するため行動する」といった具体的な要請が明記されています)。
SNSの「犯罪インフラ化」は、テロに限らず、リベンジポルノやストーカー犯罪、薬物犯罪等からも明らかですが、声明でも示唆されているように、その対策は表現の自由やプライバシー保護と鋭く対立します。さらに、昨年のスマホロック解除問題(FBI対アップル)でも露呈しましたが、SNS事業者による積極的な削除や捜査協力という行為は、ネット上の自由な投稿に自らの存立基盤を有する中で「自己検閲」となりかねない矛盾を孕んでいます。とはいえ、先に指摘したようなテロの脅威に「本質的な変化」が生じている現実をふまえ、事業者も利用者も、利益や利便性の享受には「相応の責任」が伴うこと(無限定の利益や利便性の追求はもはやありえないこと)を認識すべき状況にあると言えます。
さて、英政府は、以前から過激派組織による政治思想の宣伝やテロ容疑者間の連絡にネットワークが利用されている点について、ネット関連企業が十分な対策を施していないと批判しています。直近でも、メイ首相は、テロの容疑者が「イスラム過激主義に感化された」と指摘し、インターネット事業者によるサービスが、過激思想が広がる場になっているとして、「サイバー空間の規制で国際的な合意につなげる必要がある」と指摘しています。さらには、ネット空間の他にも、地域社会から通報を求めたり、テロに関係した犯罪行為を厳罰化したりするなどの新たな対策を取る姿勢を示しています。
ただ、前回の本コラム(暴排トピックス2017年5月号)でも紹介しましたが、SNS運営事業者としても、各方面からの批判に対して、健全性を阻害する情報等の削除に真摯に取り組んでいる実態もあります。例えば、YOUTUBE上の(テロリスト募集やヘイトを助長するものなど)不適切な動画に広告が(自動的に)掲載されてしまう問題に対して、グーグルは、「ヘイトコンテンツの排除の強化」、「広告主による不適切コンテンツ除外設定を容易に」などの改善策を打ち出しています。そして、昨年1年間で、20億件の悪質広告を排除、Googleアドセンスから10万件のサイトを削除し、3億件の動画に広告が配信されるのを阻止したと公表するなどして理解を求めています。
◆過剰反応
欧州でソフトターゲットテロが続いている影響もあり、やむを得ないところですが、トリノ中心部の広場で、サッカーの欧州チャンピオンズリーグの決勝をファンたちがモニター画面で観戦中、突然爆発のような音が響き(実際は爆竹によるもの)、「爆発だ」との叫び声もあり、テロと勘違いして数千人がパニックとなり、押し合って倒れるなどして1,500人以上が負傷するという騒動がありました。「過剰反応」として批判するのは簡単ですが、事態を冷静に確認する間もなく、周囲の怒涛の流れに巻き込まれることになりますし、とっさに身を守る行動をとるのは当然のことであって批判は当たらないと言えるでしょう。ただ、広場の群集の集団心理の怖さが垣間見られる事案でもあり、イベント主催者などは、本件をきちんと分析して、このような状況における対応・誘導のあり方について真剣に検討をしておく必要があるとも言えます。
また、全く別の視点となりますが、今回の英テロの実行犯に関する本格捜査対象とする有力情報がなかったことに関して、「ポリティカル・コレクトネス(公平中立で差別・偏見がないこと)を重視するあまり、イスラムフォビア(イスラム恐怖症)やヘイトクライム(憎悪犯罪)とみなされることを恐れ、市民の通報や当局の対応が後手に回った可能性も指摘されている。多文化共生の英国の悩みかもしれない」(平成29年5月29日付産経新聞)との極めて鋭い指摘があります。これもまた「過剰反応」のひとつの表れだと言えるでしょう。テロの未然防止に必要な情報が、「良き市民」であろうとするあまり提供されないとすれば、「良き市民」とは何なのか、難しい問題が提示されているように思います。
その他、各国でのテロ対策の状況について、最近の報道からいくつか紹介しておきたいと思います。
- 米国で、テロ対策強化のため、米国を発着する全ての国際線でノート型パソコンなどの持ち込みを禁止する方向性が示唆されています。現在、大統領令により、中東と北アフリカのイスラム圏8か国の計10か所の空港から米国に向かう直行便を対象に、ノート型PCやタブレット端末など電子機器の機内持ち込みを禁止していますが、この禁止措置が全ての国際線に拡大されれば、日本の旅行客や航空会社も影響を受けることになります。
- 中東のサウジアラビア、エジプト、バーレーン、アラブ首長国連邦(UAE)の4か国が、カタールがテロリストを支援しているとして、国交を断絶すると発表しました(現時点で、同様に国交断絶を表明したのは8か国にまで拡大しています)。サウジアラビアは、「テロや過激派の危険から国家を守るため」だとし、カタールがイスラム主義組織「ムスリム同胞団」やISを支援していると批判しています。さらに、カタール人やエジプト人の59人と12組織をテロリストに指定、多くがカタール政府と関係しているとして、「テロとの戦いを宣言しながら、テロ組織を支援している」と批判が続いています。
- 日本では、警察庁の坂口長官が、海外で相次ぐテロ事件を受けて、「我が国に対するテロの脅威はまさに現実のものと言える」と指摘、2020年五輪を見据え、競技場など「ソフトターゲット」を狙ったテロ対策の推進を指示しています。
(4) 組織犯罪処罰法改正を巡る動向
「テロ等準備罪」 を新設する組織犯罪処罰法改正案は、衆議院を通過し、現在、参議院で審議が続いており、今国会での成立が見込まれるところまできています。まだまだ十分な審議が尽くされていないと思われる部分も多くある中、国会内外から興味深い指摘も散見されます。例えば、企業法務に詳しい弁護士7人が、対象犯罪に金融商品取引法や法人税法、不正競争防止法などが含まれている点を問題点とし、「計画だけで処罰される法案が成立すれば、企業の大きな脅威となる」、「ビジネスの現場ではさまざまなアイデアを話し合う。例えば節税商品を取り扱う場合、結果的に違法でなかったとしても、脱税の可能性がある商品を検討しただけで処罰されることになる」などとビジネスへの萎縮効果なども含め批判しています(もっとも、「組織的犯罪集団という嫌疑(容疑)があり、計画が行われ、実行準備行為があって初めて捜査が始まる」と法務省刑事局長が述べている通り、意欲的なベンチャー企業などが脱税スキームを検討する行為だけで処罰されるようなものではなく、そもそも脱税をほう助する商品を販売し、例えば暴力団の活動を助長したということにでもなれば、それは犯罪に抵触することになり、ビジネス以前の問題です)。
また、暴力団を取材し続けているジャーナリストの溝口氏は、「暴力団犯罪では、「○○をやれ」といった明確な指示がないことがよくある。それでも現場の人間は説明を求めず、上層部の意向を忖度し、実行する。だから犯罪計画への認識があいまいなことも少なくない」と指摘(平成29年5月16日付朝日新聞)し、テロ等準備罪に疑問を投げかけています。溝口氏は、具体的に、特定危険指定暴力団工藤会の一連の襲撃事件の中で、銃撃を実行した仲間をバイクで送迎した元組員が、懲役18年8カ月の判決を受けた(控訴中)ことを例に、元組員は「銃撃計画は知らなかった」と主張したにもかかわらず、裁判所は10年以上の組員歴などをもとに「認識していた」と認定したという点を問題視しています。この点については、内心の自由の侵害という問題提起としては興味深いですが、大前提として暴力団のもつ強固な組織性が認定の根拠となっていることに立ち返って検討する必要があります。この福岡地裁の判決以外にも、平成26年の大阪高裁の判決で、「幹部を含む複数の組員が組織的に犯行に及んだ場合は、『特段の事情がない限り組長の指揮命令に基づいて行われたと推認すべきだ』」と共謀を認定した例がありますが、暴力団という「組織的犯罪集団」の典型であるがゆえに当然のロジックだと言えます(逆説的になりますが、「強固な組織性」によって暗黙の指示命令によって統制されているものを暴力団と定義付けているのであり、暴力団員を続けていたのであれば、明示の指示はなくても、組織的犯罪を認識していたと推認することは合理的だと考えられます)。
さらに、「組織的犯罪集団の構成員ではない周辺者が犯罪計画に加われば、処罰されることはあり得る」とする政府の答弁について、これまで法案の対象を「組織的犯罪集団」に限定してきたことに対し、「周辺者」の拡大解釈の懸念が生じているとする指摘も極めて興味深いものだと言えます。この点については、法務省刑事局長は、具体例として、「暴力団と結託して地上げを企てた悪徳な不動産業者」を挙げていますが、正に、暴力団(組織的犯罪集団)と反社会的勢力(共生者などは「周辺者」の代表と言えます)との関係に似ています。反社リスク管理においては、暴力団のみを排除の対象とする考え方では不十分であり、暴力団と一定の関係をもつ「周辺者」を「反社会的勢力」に含めて排除の対象とする考え方が一般的です。言い換えれば、排除の対象を周辺者にまで拡大してはじめて実態を正しく捉えた正しい対応ということになります。
さらに、その反社会的勢力の範囲も時代とともに周辺に拡大していますが、今のところ、「拡大解釈の懸念」がそれにつれて高まっている状況となっているわけではありません。事例として取り上げられた「暴力団と結託して地上げを企てた悪徳な不動産業者」は紛れもなく「共生者」であり、排除の対象となりますので、テロ等準備罪の議論の中で「周辺者」の範囲を拡大することに懸念を示すこと自体、少し違和感を覚えます。一方で、「どこまでが排除すべき反社会的勢力か」についてはケースバイケースであり、実務上、最終的には当事者の総合的な判断になるのも事実であり、法律で「周辺者」の範囲を明示することは困難です(むしろ、明示することで、犯罪者に脱法行為的な手口を認める口実を与えることになりますので、明示すべきではありません)。したがって、あくまで組織的犯罪集団と密接な関係を持ち、一体的に犯罪計画に関与するものを処罰の対象としつつ、(そこに恣意性の懸念や権利侵害の可能性があること自体は否定しませんが)関連性の認定は個別の公判を通じてチェックされればよいではないか(行き過ぎがあれば正していくべき)と考えます。
なお、今回の議論から積み残される重要なテーマもあり、法の趣旨に実効性を持たせるためにも、例えば、通信傍受や司法取引について真正面からの議論が必要だと指摘しておきたいと思います。
では、以下、前回に引き続き、現時点で公表されている政府の答弁書から、ポイントとなる部分を抜粋して紹介しておきたいと思います。
- 一般に、テロ組織を含む組織的な犯罪集団は、組織の維持及び拡大等のため様々な犯罪に関与するものであり、「等」とは、テロ組織を含む組織的な犯罪集団が関与して実行されるテロ行為以外の組織犯罪を指す。
- 「テロ」とは、一般には、特定の主義主張に基づき、国家等にその受入れ等を強要し、又は社会に恐怖等を与える目的で行われる人の殺傷行為等をいう。
- 国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約(以下「本条約」という。)第五条1は、犯罪行為の未遂又は既遂に係る犯罪とは別個の犯罪として、同条1(a)(i)が規定する行為であって故意に行われたもの又は同(a)(ⅱ)が規定する行為であって故意に行われたものの一方又は双方を犯罪とすることを義務付けているところ、当該義務については、現行の国内法制で担保されていないことから、当該義務を誠実に履行するための新たな立法措置が必要であると考えている。
- テロ組織を含む組織的な犯罪集団と関わりがない方々が処罰の対象とならないことを明確にし、また、重大な犯罪の合意に加えてその実行の準備行為が行われた場合に限り処罰の対象とするものとすること等を考えているところであるが、現在、成案を得るべく法律案を検討中。
- 処罰の対象となるのは、同条第一項に規定する「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」の「団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を二人以上で計画した者」、あるいは、同条第二項に規定する「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団に不正権益を得させ、又はテロリズム集団その他の組織的犯罪集団の不正権益を維持し、若しくは拡大する目的で行われるものの遂行を二人以上で計画した者」に該当する者に限られることから、「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」と関わりがない方が同条の規定による処罰の対象となるものではないことは明確であり、また、これらの行為を行った者であるとの具体的な嫌疑が存する場合でなければ、同条の罪について捜査の対象となることがないことは当然である。
- 「通信傍受が可能とされる犯罪の範囲を拡大すること」を「「テロリスト」への「考え得る限りの対応」」として考慮しているということはない。
- 改正後組織的犯罪処罰法第六条の二の罪は、「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」が関与する一定の犯罪が実行されることによる重大な法益侵害を未然に防止するために、当該実行の前段階の行為を処罰の対象としているものであるところ、収賄罪及び事前収賄罪は、「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」の資金源となり得る犯罪であることから、これらの罪を同条の罪の対象犯罪としていることには十分な合理性があり、同条の罪が成立し得ることは、刑罰法規の在り方として妥当性を欠くものではないと考える。
- 「その実行を共同の目的とする犯罪」は、収集された証拠に基づき個別具体的に判断されるべきものであるところ、例えば、薬物密売の構成員らが組織的殺人を実行する場合のように、「計画した犯罪」が「その実行を共同の目的とする犯罪」とは異なる場合もあり得る。
- 刑事訴訟法(昭和二十三年法律第百三十一号)第二百五十六条第三項は、「訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない」と規定しており、改正後組織的犯罪処罰法第六条の二の罪についても、同項の規定に従い訴因を明示する必要がある。
- 一般論として、ある者が改正後組織的犯罪処罰法第六条の二の罪にいう「その計画をした者」に該当するか否かは、個別具体的な事実関係の下で、その者が、同条第一項各号に掲げる罪に当たる行為で、「組織的犯罪集団」の「団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるもの」又は「組織的犯罪集団に不正権益を得させ、又は・・・組織的犯罪集団の不正権益を維持し、若しくは拡大する目的で行われるもの」の遂行を「二人以上で計画した者」であると認められるか否かにより決せられることとなるものと考えている。
- 一般論としては、改正後組織的犯罪処罰法第六条の二に規定する「計画をした犯罪を実行するための準備行為」が行われ、他の者について同項の罪が成立する場合においても、その時点において、既にその計画から離脱して「二人以上で計画した者」には当たらないと認められる者については、同項の罪は成立しないと考えている。
- 国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約(以下「本条約」という。)が定める義務を満たすための法整備を行って本条約を締結し、国際社会と協調してテロを含む組織犯罪と戦うことは重要な課題であり、テロを含む組織犯罪に対処するための万全の態勢を整えることは、三年後に差し迫った二〇二〇年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催国の当然の責務であると考えている。もとより、テロリズムへの対策は、当該法整備を行って本条約を締結することにとどまるものではなく、テロリズムの防止に向けて、様々な対策を行うことが重要であると考えている。
(5) 捜査手法の高度化を巡る動向
裁判所の令状なしに窃盗容疑者の車にGPS端末を装着した大阪府警の捜査について、最高裁大法廷が「違法」と認定する判決を出しました(暴排トピックス2017年4月号を参照ください)。最近の裁判においては、広域連続窃盗事件で、判所の令状を取らずにGPSを使って居場所を把握する捜査が行われた事件で、東京地裁は、捜査は違法だとして覚せい剤取締法違反と窃盗罪などに問われた無職の男に一部無罪を言い渡しています(GPS捜査によって押収した覚せい剤などを、違法収集証拠と認定し、同法違反を無罪とした一方で、GPS以外の証拠に基づき、窃盗罪などは有罪とし、被告を懲役4年としています)。
なお、本件については、(最高裁の判断が示され、判決を覆すことは困難と判断して)東京地検は控訴しない方針だと言うことです。以前も指摘したように、最高裁の判断によれば、犯罪の嫌疑がかかる人物の位置情報は、「一律に」守られるべきプライバシーに該当することになります。一方で、プライバシー侵害の程度も事案により異なるであろうことや、他に有効な代替手法がないケースで、重大犯罪を摘発することの公益性等の観点からすれば、「一律」にプライバシーが保護されることになるのか、まずは適正な手続きによる個々の事案の積み重ねを通じて検証していくことが必要になると思います。
また、特定危険指定暴力団工藤会の一連の襲撃事件の公判が続いていますが、福岡県警が通信傍受した携帯電話の通話記録が証拠採用された経緯について専門家の評価が割れていると言うことです(平成29年5月19日付毎日新聞)。報道によれば、通話記録は別の事件捜査を目的に傍受されており、「通信傍受の乱用を防ぐ要件を定めた通信傍受法の趣旨から逸脱する」との批判的な意見や、「共謀罪との関係で、違法な証拠収集を防ぐためにも、安易に関連性を認めるべきではない」といった指摘がある一方で、「令状請求した事件とは別の事件でも相応の関連性があれば原記録の閲覧や複製を認め、証拠としても使えなければならない。関連性の有無は公判を通じてチェックされればいい」との意見が紹介されています。通信傍受のもつ強力な証拠能力ゆえにその利用には慎重さが求められるのは当然のことだと言えます。
さらに、今行われている組織犯罪処罰法改正を巡る議論の中でも、「テロ組織を含む組織的な犯罪集団と関わりがない方々が処罰の対象とならないことを明確にし、また、重大な犯罪の合意に加えてその実行の準備行為が行われた場合に限り処罰の対象とするものとすること等」を検討しているとの政府答弁があります。組織的な犯罪集団と「関わりのない一般人」や「準備行為」の見極めが極めて重要となる中、実際の捜査で通信傍受などが活用されれば(現時点では具体的に決まっているわけではありません)、「傍受の目的との関連性の認定」はとりわけ重要なポイントとなることが予想されます。テロ等準備罪の適用要件は厳格なものであり、現代社会において、恣意的な運用は行われにくいと考えますが、捜査における通信傍受が認められれば、(監視社会との感情的な批判はさておいたとしても)傍受の目的とテロ等準備罪以外での摘発などの関係が問題となりかねず、適用にはやはり厳格な要件を課すなどの慎重さが求められると言えます。
また、通信傍受のあり方を考えさせられるものとして、昨年7月に警察官を装った男らに7億6,000万円相当の金塊が盗まれた福岡の事件で、福岡県警が3月2日から通信傍受法に基づき携帯電話の傍受を開始、当初は通話が確認できていたものの、数日後に途絶えたということが報道されています。この背景には、愛知県警の現役警官が捜査情報を容疑者らに漏えいしていた事実があり(この事実も通信傍受から判明しています)、容疑者が捜査情報を得て傍受を警戒したために連絡を控えたものと考えられます。今後、犯罪組織等にとって、当局による通信傍受への対策が極めて重要な課題となり、その対策が講じられることは確実です。傍受されない連絡手段・手法を開発・運用する、(前述の工藤会事件のように)傍受されても意味の分からない隠語や符号を利用する、捜査のかく乱を目的としたフェイク情報を傍受させる、といった様々なことが考えられます。犯罪手法の高度化に欠かせない通信傍受ですが、課題の克服とその先の運用のあり方など、まだまだ検討すべき点は多いと言えます。
(6) 犯罪インフラを巡る動向
◆バイト感覚の主婦や学生
本コラムでこれまでも指摘しているように、海外からの金(金塊)の密輸は、「消費税分が確実に儲かる構造的な要因がある」こと、覚せい剤の密輸では、末端に流れる流通過程がすべて裏ルートのため摘発のリスクが常に伴う一方、金の販売は、「合法的かつ簡単に現金化できる」こともあって、暴力団の資金源となっており、最近その動きが加速しています。例えば、昨年7月に警察官を装った男らに7億6,000万円相当の金塊が盗まれた事件では、窃盗容疑で逮捕された実行役のリーダー格の男の背後には、指定暴力団の関係者がいることが報道されています(さらに、本事案では、愛知県警の現役の警察官が捜査情報を漏えいしていたことも明らかになっており、暴力団と同県警の癒着の構図も垣間見えます)。また、直近では、愛知県警が、金塊約30キロを密輸したとして、関税法違反などの疑いで主婦ら5人を逮捕しています。報道によれば、主婦らは「小遣い稼ぎだった」、過去にも複数回金塊を運んだと供述しているとのことで、極めて罪の意識が希薄であることがうかがえます。同様の構図は、特殊詐欺事件でも見られ、バイト感覚の学生(中学生の事例もあります)が、お金欲しさから、あるいは先輩から紹介されるなど、軽い気持ちで「受け子」や「出し子」として犯罪に加担してしまう事例が数多くあります。覚せい剤自体が違法であることはよく知られている一方で、金塊自体にまったく違法性がないことがバイト感覚を助長しているとの指摘もあり、特殊詐欺に加担する学生たちとともに、その「軽い気持ち」や「無知」が犯罪組織に利用され、「犯罪インフラ」化しているのが現状です。そして、このような主婦や学生の罪の意識の希薄さは、「常識」や「良識」が欠けていることに起因しており、そもそも、それは「知識」不足からきているとも考えられることから、社会全体における啓蒙活動、学校における社会教育プログラムの強化、小さい頃からの体系的な危機管理教育の導入などが、今後、必要ではないかと思われます。
◆匿名化ソフト・闇サイト
インターネット掲示板に覚せい剤の購入を持ち掛ける書き込みをしたとして、埼玉県警が、麻薬特例法違反(あおり、唆し)の疑いで、指定暴力団稲川会系組員ら男2人を逮捕しています。この事案では、匿名化ソフト「Tor」を使わないと投稿できない掲示板(闇サイト)が利用されたとのことです。報道(平成29年6月6日付産経新聞)によれば、昨年7月に覚せい剤取締法違反(使用)容疑で逮捕された女性の供述が端緒となり、通話や書き込みの記録、防犯カメラの映像などから建設作業員の男を特定し、指示・供給役として組員の男が浮かび上がったと言うことです。同県警はこれまでに建設作業員の男から覚せい剤を購入した40人を摘発しています。なお、「Tor」を巡る動向については、過去の本コラム(暴排トピックス2016年9月号)を参照いただきたいと思いますが、海外を中心「犯罪インフラ」化しているもののひとうに「ダークウェブ」(闇サイト)があります。匿名性の高さから、世界中から犯罪者が集まり、拳銃からドラッグ、コンピュータウイルス、盗んだクレジットカード番号や銀行口座や身分証明書情報など非合法コンテンツがやりとりされていると言います。ダークウェブの利用には、海外の複数サーバーを自動で経由し匿名化することで、IPアドレスなどから利用者の所在がわかりにくくなるソフトウェアである「Tor」が使われています。実は、この「Tor」も万全ではなく、脆弱性もあり身元の特定も可能となりつつあり、アメリカ政府はすでに解読して大規模な犯罪組織をいくつも摘発しているようです。今回は、埼玉県警の捜査上の工夫(行動の裏付けなど)によって摘発まで至りましたが、技術の進歩によって、今後、ダークウェブを巡る犯罪の摘発が進むことを期待したいと思います。
なお、闇サイトに関連して、「ランサムウエア」と呼ばれる身代金要求型ウイルスを作成したとして逮捕された中学3年の少年は、ウイルスの作成方法などを闇サイトなどから入手したと言われています。中学生でも危険なウイルスを簡単に作れる時代となり、小学校でプログラミング教育が導入される予定の中、前項同様、学校における社会教育プログラムの強化、危機管理教育の導入、犯罪になる行為や「やってはいけないこと」を伝える倫理面での教育の充実があらためて必要だと言えると思います。
◆外国人留学生・技能実習生
報道(平成29年5月31日付日本経済新聞)によれば、外国人留学生や技能実習生による銀行口座の不正売買が横行しているとのことです。生活費や帰国前の小遣いを稼ぐ目的が多く、SNSや口コミで広がっており、売られた口座はインターネットバンキングの不正送金や振り込め詐欺に悪用されているようです。不正に売買された口座の認知は、口座の動きのモニタリング(不正検知)や事件発覚時という事後的なものとならざるを得ず、「なりすましによる不正送金」を見抜くのは容易ではないことが、金融システム上の本人確認の脆弱性(限界)と言えます。また、帰国前の小遣い稼ぎ、ヒットアンドアウェイ方式の外国人犯罪という意味では、ベトナムからの留学生が万引きを繰り返していた事例があり、ベトナム在住の女がSNSを通じ、現地で人気の化粧品などを盗むよう指示、帰国する別の留学生を盗品の「運び屋」に利用していたというものがありました。また、関連して、外国技能実習生が技能実習中に行方不明になるケースが年々増加していますが、行方不明になった外国人技能実習生は、国内で不法滞在者として「職業的窃盗団」として活動している実態も、当社の調べなどで明らかになっています。
これらの犯罪に共通しているのは、「海外の犯罪組織による日本国内での犯罪」であり、その実行には、「ID・パスワードや口座・住民票等の不正入手」および「なりすましによる不正送金」という2段階の手口が関係します。さらに、その背景にあるのが、「技能実習生」、「SNS」、「なりすましを可能とする金融システム上の本人確認の脆弱性(限界)」という犯罪インフラの存在です。もはや、犯罪は国境を簡単に越え、日本は、「ガラパゴス状態からの脱却=世界標準化」を目指すことで、逆に海外の犯罪組織から攻撃に晒されるリスクが格段に高まっていると認識する必要があります。一方で、昨年のATM不正引き出し事件においては、日本のガラパゴス状態が有する脆弱性が悪用されました。いずれにせよ、日本が海外からターゲットとなっているトレンドがうかがえ、したがって、今後は、犯罪のグローバル化に真剣に対峙していくこと(国内外の犯罪組織の動向を注視し、世界標準レベルの高い対策を講じていくこと)が求められています。
◆専門家リスク
向精神薬を営利目的で売ったとして、兵庫県警が、違反(営利目的譲り渡し)の疑いで中国籍の医師を逮捕しています。報道によれば、薬は複数の仲介者を経て神戸市兵庫区の薬局に渡り、違法に販売されていたとのことです(薬局経営者の男らも同法違反容疑で逮捕、起訴されています)。
また、少なくとも3件以上の巨額の不動産の架空取引に関与した疑いが発覚したいわゆる「地面師」グループが問題となっています(平成29年5月18日付産経新聞)。このグループは土地を所有していないにも関わらず、偽造身分証を持った偽の所有者が被害者の前に現れたり、複数の司法書士が介在したりするなどして、架空の売買契約を成立させていたということです。これらの事案では、「司法書士」という専門家の肩書が最大限に悪用され、報道によれば、この専門家(司法書士)は何度も法務局から懲戒処分を受けたものの事件当時は現役に復帰していたということですから、相当悪質な事案だと言えると思います。
さて、これらの事案に共通する問題である「専門家リスク」については、本コラムでも、医師や学者、記者などの事例を取り上げてたびたび指摘しています。例えば、記者と暴力団の密接交際が問題となった事案がありましたが、記者という属性においては、不正行為における「不正のトライアングル(クレッシーの法則)」理論で指摘されている、「動機」「機会」「正当化」の3つの要件が容易に揃ってしまいやすい環境(むしろ自らそのような環境を作っていく「記者魂」という危うさ)があり、すなわち、職業としてこのような不正行為が「構造的に起こりやすい」と言えると思います。このような「専門家リスク」について、業務や真実追及のためであれば、倫理的に問題があっても許されるわけはなく、専門家としての個人的な資質(先の司法書士のような悪質性の高い資質から職業的使命感が高じて・・・といったレベルまで多様なものがあります)に依るところが大きいと言えますが、それを雇用・利用する側(事業者等)も、構造的に不正行為が起こりやすい事情もふまえて、そのような行き過ぎた専門家の行動を監視していく必要があるとあらためて指摘しておきたいと思います(なお、司法書士は弁護士と違い、地元の司法書士会が業務停止などの懲戒処分を下すことはできないとのことであり、司法書士業界の自浄能力を強化するための制度改革が必要な状況だと言えます)。
(7)その他のトピックス
◆旅券と本人確認
政府は女性活躍を推進するため、平成31年度をめどに旅券(パスポート)への旧姓併記を原則自由化する方向で検討しているということです。報道によれば、旧姓併記は、現在は海外で旧姓のまま活動する人などに限られ、旧姓での活動実績を示す証明書などの提出が義務付けられているところ、「戸籍に記載されている氏名」との原則を変更し、希望者が証明書なしで旧姓併記できる仕組みに改正する方向だと言うことです。ネームローンダリングの手口においては、偽装結婚や偽装離婚、偽装養子縁組などによって、姓を変えて各種スクリーニングをすり抜けようとするものですが、旧姓を併記することで、本人確認手続きの精度が高まることになります(もっとも、ネームローンダリングを目論む連中が旧姓併記の制度を利用することは考えにくいと言えます)。
一方で、パスポートを悪用して本人確認手続きの脆弱性を突かれた事例として、最近でも、パスポートの顔写真付きのページにある「身分事項」欄の所持人自署が、ローマ字で記入できることを悪用し、知人がローマ字記入で正規の手続きで取得した旅券の別のページにある「所持人記入」欄に、ローマ字名と矛盾しない漢字の偽名やうその住所を知人に書かせ、その内容で口座開設を申し込んだとして、2人が逮捕されたというものがあります(暴排トピックス2016年12月号を参照ください)。本件では、金融機関は所持人記入欄と一致するため、偽名と気づかなかったということです。パスポートは、「顔写真付き本人確認書類」として犯罪収益移転防止法上も認められていますが、対面であれば「顔写真」と実物との照合、非対面であっても「簡易書留等により、転送不要郵便として送付」することで本人確認手続きが完了することから、この手法であれば、本人が協力すればいずれもすり抜ける可能性がある(見抜くのは難しい)ことになります。報道によれば、所持人記入欄に虚偽の内容を記入しても旅券法違反には当たらないし、実際、外務省は各都道府県の旅券センターでの研修で、所持人記入欄に虚偽内容を書く犯行が増えていると伝えているということであり、つまりは、悪用リスクは既に認識されていたところ、実際に不正利用が発生したということになります。
◆闇カジノの摘発
インターネットを利用した闇カジノ店で客に賭博をさせたとして、常習賭博容疑で、ネットカジノ店経営者が逮捕されたほか、単純賭博容疑で客の男4人も現行犯逮捕されています。報道によれば、本件では、摘発を逃れるため、別のビル内にも予備の店舗を用意し、数カ月ごとに営業店を替えていたと言うことです。特殊詐欺のアジトなども、摘発を逃れるために数か月ごとに移動しており、アジトを確保し提供するための悪質な不動産事業者が「犯罪インフラ」として存在しています。本件についても、その背景には、違法な闇カジノを行うことを認識しながら店舗を提供する、さらには予備の店舗まで用意するといった、正にプロの「犯罪インフラ」事業者の存在を感じます。
◆チェーンマネジメントの厳格化
報道によれば、オランダの国際NGO「PAX」が公表した、「クラスター爆弾」を製造する米中韓の企業6社に対する金融機関の投融資状況(今年3月までの約4年間)について、クラスター爆弾を製造する企業に対して、世界の金融機関計166社が310億ドルを投融資し、日本の4社も含まれていると言うことです。クラスター爆弾は親爆弾に数十~数百の子爆弾が詰められ、投下後に拡散し破壊が広範に及び殺傷能力は極めて高く、日本を含む101カ国・地域が「クラスター爆弾禁止条約」(オスロ条約)を批准しています。被害者の9割が民間人ということもあり、日本の金融機関が製造事業者に対して投融資をする行為は、民間人の大量殺人という犯罪を助長する行為として批判されかねないものだと思われます。本コラムでは、AML/CTFの文脈で、事業者がその商流の中で巻き込まれるリスクを認識し、上流・下流に位置する取引先等の関係者を厳格に管理する(チェックする)必要性(チェーンマネジメントの厳格化)を指摘していますが、本件についても全く同様のことが指摘できます。これら金融機関は、本来、チェーンマネジメントの厳格化に、「CSR」「ESG投資」などの形でいち早く取り組んできた経緯がありますが、その原則に反しないのか、厳しく自省する必要があると考えます。
同様のことは、弾道ミサイル等を発射し続ける北朝鮮の関連企業との取引をいまだに続けている企業があることにも言えます。今回、国連安保理は、北朝鮮に対する7回目の制裁決議を行い、北朝鮮の4団体と14人を渡航禁止と資産凍結の対象に追加する制裁決議案を全会一致で採択しています。また、北朝鮮にとって石炭輸出が主要な外貨獲得源の一つであるところ、昨年11月に安保理が制限を設けたことに加え、今年2月には中国が北朝鮮からの輸入停止を発表し、最新の統計で輸出量がゼロになったことが数字上裏付けられました。このように、(ミサイルや核兵器の開発、国際社会への挑発の資金源とするために)北朝鮮が求める巨額の外貨や物資、技術者の移動阻止に対する世界的な包囲網が築かれる中で、国際的に北朝鮮の制裁違反を繰り返しほう助したと断じた(制裁対象となっている)企業の日本人経営者の男に対する制裁措置が、日本国内の法整備等の遅れから取られず野放しになっている状況などに国際的に激しい批判を浴びています。北朝鮮の脅威を身近に感じる国のひとつであるはずの日本が、自らへの脅威を招きかねない北朝鮮の活動を助長し、それを規制できないという信じがたい構図が見られることを、国民や事業者はもっと厳しく認識する必要があります。当該経営者との取引や投融資、その他の関係を有することが、最終的には北朝鮮を利することになります。国内の法的規制の如何に関わらず、事業者は正に自らの社会的責任を自覚し、自ら進んで、自らの関わるチェーンマネジメントを厳格化することで、不適切な取引や関係者を排除に取り組んでいく必要があると考えます。
◆北朝鮮リスクへの対応
前項に関連しますが、報道(平成29年6月8日付毎日新聞)によれば、北朝鮮の核開発を支援した疑いで中国当局に昨秋摘発された中国企業が、タックスヘイブン(租税回避地)に実態を隠したフロント企業20社以上を設立して北朝鮮ビジネスの隠れみのにしていたことが、米司法省の資料で分かったと言うことです。タックスヘイブンをめぐっては、本コラムでもたびたび取り上げてきましたが、富裕層や日本の反社会的勢力の周辺者を含む犯罪組織などが、資産隠しや税逃れに利用していたことが、「パナマ文書」によってその実態が暴露されました。今回問題となった中国企業は、制裁を受けた北朝鮮の金融機関の機能の代替手段としてタックヘイブンを利用して提供しており、国際的な包囲網を無力化したと言えます。当然ながら、この中国企業やその関連会社等との取引等を国内外の事業者が行わないことが資金の流れを断つうえで極めて重要になります。つまり、事業者の経済活動においても「北朝鮮リスク」が潜んでいることをあらためて認識すべきだと言うことです。なお、タックスヘイブンに関連して、国際的な枠組みにおいては、直近で、G20やOECDに加盟する日本や欧州など約60カ国(米は除く)が、国際的な課税逃れを防ぐ多国間協定に署名しています。これまでのように2国間の租税条約を改正しなくても、協定の参加国間で統一ルールを適用、企業の過度な節税を防ぐ包囲網を迅速に構築できることになります(なお、「パナマ文書」を巡り、登場する日本の個人や法人を国税当局が調べた結果、所得税などの申告漏れが総額10億円を超えることが判明しています)。本スキームにより、国際的な資金の動きの透明化が進むことにもなることから、犯罪収益の移転の実態等にも効果が発揮されることを期待したいと思います。
北朝鮮リスクについては、前回の本コラム(暴排トピックス2017年5月号)で紹介したように、「北朝鮮有事」への備えについても引き続き取り組んでいく必要があります。テロリスクへの対応についても同様ですが、日本においては「命を守る」ための社会的な教育・訓練が実施されてきておらず、危機感(危機意識)を持続できない国民性と相まって、極めて深刻なダメージをもたらす可能性が指摘できます。そのような中、北朝鮮有事を想定して、政府と地方自治体による共同訓練が3月に秋田県で初めて行われました。4月には政府から都道府県に対して弾道ミサイルを想定した訓練の実施を要請したことを受け、6月には既に、山形、山口、新潟の3県が実施しています。また、自治体が独自に行うケースも出てきており、青森県むつ市、福岡県大野城市、福岡県吉富町が既に訓練を実施しています。行政側の手順やインフラの確認、住民側の避難経路や対処方法、注意事項等の周知・徹底の場として、極めて重要な取り組みであり、危機感の高まっているこの時期に実施することが最も効果的だと言えます。関連して、7月には、国と長崎県が共同で、他国から武力攻撃を受ける「武力攻撃事態」を想定した住民保護訓練が実施される予定です。13年前に成立した国民保護法は、武力攻撃事態のほか、大規模テロなど「緊急対処事態」での住民保護を規定しているところ、テロなどを想定した訓練は実施されてきたものの、武力攻撃事態を想定した訓練はこれまで自治体の要請がなかったため実施例がなく、今回が初めてということです。そして、このような時期だからこそ、事業者としても、(その形態は様々ですが)テロや武力攻撃を想定しながら、役職員の「命を守る」ための訓練やマニュアル等の策定・周知、BCP(事業継続計画)の策定、避難訓練などについて、自社の「リスク管理」の一つと位置付けて、検討を進めていただきたいと思います。
◆外為法の改正
今国会で、外国為替及び外国貿易法(外為法)の改正法案が成立しました。
今回の改正の狙いは、「事業の国際化の加速等に伴い、我が国の企業等が保有する安全保障に関する技術や貨物(機微技術等)の海外への流出の懸念が増大」していることをふまえ、「我が国や世界の安全保障を維持していくためには、機微技術等について適切な管理を確保し、輸出入に係る制裁の実効性を強化するための制度の構築が必要」だとして、(1)輸出入・技術取引規制における罰金額の上限を3,000万円(当該貨物の価格の5倍が3,000万円を超えるときは、当該価格の5倍)に引き上げ、法人処罰に係る罰金額の上限を10億円(当該貨物の価格の5倍が10億円を超えるときは、当該価格の5倍)とする罰則の強化、(2)輸出入規制における行政制裁等の強化(輸出入を禁止する制裁期間の上限を3年に延長する、当該役員等に対して、当該禁止期間と同一の期間を定めて、当該業務を営む法人の当該業務の担当役員となること等を禁止することができる等)、(3)対内直接投資規制の強化(対内直接投資等が国の安全を損なう事態を生ずるおそれがある対内直接投資等に該当するとき又は特定取得が国の安全に係る特定取得に該当するときは、当該対内直接投資等又は特定取得により取得した株式の全部又は一部の処分その他必要な措置を命ずることができる)といった強化策を図ることに主眼があります。
以前の本コラム(暴排トピックス2017年3月号)でも取り上げましたが、外為法は、テロ資金の供与の防止(CTF)及び経済制裁の実施を主な目的としています。一方で、犯罪収益移転防止法(犯収法)は、マネー・ローンダリングの防止(AML)が主な目的となりますので、両者は相違する部分はありますが、FATFの新勧告では、「AMLとCTFを一体的に行うこと」を求めており、外為法対応も含め同一の文脈で捉えて、実務としても一体的に行っていくことが重要だと言えます(そもそも実務上は、制裁リストスクリーニングや疑わしい取引の監視等が主なチェック手法となりますので、同時に実施することが効果的かつ効率的です)。具体的には、犯収法同様、外為法においても、「顧客の本人確認義務」、「本人確認記録及び取引記録の作成・保存義務」を負っている点は同じですが、外為法では、「疑わしい取引の届出義務」、「外国為替に係る情報通知義務」は定められていません。一方で、外為法で定められている「テロ資金などの犯罪収益の受入禁止義務」、「テロ資金の供与禁止及びテロリストの資産凍結義務」については、犯収法では定められていないといった相違があります。とはいえ、両者を一体的に運用し、両者を厳格な同一のチェック手法・管理手法を実施していくことで、AML/CTFの実効性が高まることをご理解いただけるものと思います。
◆クレジットカード加盟店管理の厳格化
昨年成立した改正割賦販売法では、加盟店が悪質な取引を行っていないか及び必要なセキュリティ水準を満たしているかといった観点から加盟店管理の厳格化などが盛り込まれていますが、経済産業省の有識者委員会から、より具体的な管理のあり方に関する報告書(提言)が公表されています。
▼経済産業省 産業構造審議会 商務流通情報分科会 割賦販売小委員会‐報告書
▼報告書~クレジットカード取引及び前払式特定取引の健全な発展を通じた消費者利益の向上に向けて~
例えば、本報告書では、最低限の調査事項として、以下の3点を指摘しており、反社チェックのあり方などにとっても参考になります。
- 加盟店の特定に必要な事項として、加盟店の所在地、法人番号、代表者に係る情報が挙げられる。特に悪質な事業者は、例えば法人名を変えて悪質な取引を繰り返すことも想定されるため、代表者に着目して実質的に同一の加盟店を捕捉できるようにすることが必要である
- 加盟店が悪質な取引を行っているかの判断の材料になるものとして、取扱商材、販売方法が挙げられる。取扱商材の調査については、実務面の対応可能性及び費用対効果の観点も踏まえ、国際ブランドが定める加盟店分類コード等も参考にしつつ、高リスク業種の加盟店についてはより詳細な調査を求める等、分類の粒度(細かさ)については適切なレベルのものとすることに留意が必要である(筆者注:いわゆる「リスクベース・アプローチ」が推奨されています)
- 改正法上のクレジットカード番号等の適切な管理(改正法第35条の16)及びクレジットカード番号等の不正な利用を防止するために必要な措置(改正法第35条の17の15)の義務を加盟店が満たしているかを確認するため、加盟店が講ずるセキュリティ対策の内容の調査も求めるべきである
「リスクベース・アプローチ」という観点からは、他にも、「悪質加盟店の排除及び必要なセキュリティ措置を確保するという目的を実現するために実効的な方法であればよいとする「性能規定」の考え方に従い、原則として、契約締結時の調査及び締結後の途上調査を事業者の合理的判断により組み合わせて行うことを認め、省令において詳細な手段・方法を定めるべきではない」との指摘があります。この部分については、事業者の自立的・自律的なリスク管理を求めているとも考えられます。また、途上調査の具体的なあり方として、「平時には、定期的に契約締結時の調査事項の変更の有無を確認したり、認定割賦販売協会の加盟店情報交換制度を活用して最新の加盟店情報を照会するといった簡易な方法での調査を認める一方、情報漏えい事故や消費者苦情等の問題発生時には、事故状況や原因、再発防止策、苦情の原因となった加盟店行為の存否、問題を誘発した加盟店における体制や業務運営実態等について、より深度のあるきめ細かな調査を行うことが必要となる」としており、反社チェックにおけるモニタリング手法と全く同じ考え方となっています。また、これらの管理手法については、「FinTech 企業の参入等によって、めまぐるしい構造変化の波にさらされているクレジットカード業界において、平成28年追補版で提言された「リスクベース」「性能規定」といった考え方は、イノベーションの促進を通じた「利便性と安全性」の両立を効果的かつ効率的に実現し得るものとして、セキュリティ対策以外の分野にも基本的に妥当しうるもの」とその妥当性が説明されており、この点についても、反社リスク管理の制度設計においても参考になるものと思われます。
3.最近の暴排条例による勧告事例ほか
(1) 祭礼等からの暴排(大阪府岸和田市)
大阪府岸和田市で9月に行われる「岸和田だんじり祭」の今年のPR用ポスター約4000枚に、暴力団組員が写っているとして、大阪府警が、「祭礼からの暴力団排除を定めた市条例に抵触する恐れがある」と指摘、運営組織が作り直すことになったとの事案がありました。報道によれば、写っていたのは、指定暴力団「神戸山口組」の中核組織「山健組」の現役組員だったということです。
岸和田市暴排条例第13条(祭礼等からの暴力団の排除)では、「祭礼、花火大会、興行その他の公共の場所に不特定又は多数の者が特定の目的のために一時的に集合する行事の主催者又はその運営に携わる者は、当該行事により暴力団を利することとならないよう、当該行事の運営に暴力団又は暴力団員を関与させない等必要な措置を講ずるよう努めなければならない」との規定があります。
祭礼等からの暴排の規定については、既に東京都などで規定されていますが、残念ながら岸和田市は、「だんじり祭り」が全国に有名であり、一方で暴力団員が運営等に参加しているとの噂も絶えなかったにもかかわらず、本条例制定当初(平成25年6月)にその規定はなく、その後、平成27年9月になって(訪日外国人客が急増し、「祭都岸和田」を象徴するだんじり祭も国際的に注目されたことを受けて)本条例の一部を改正して規定されたという経緯があります(つまり、「対外的なアピール」の側面が強い改正だったと言えます)。
なお、本事案を受けて、報道があった2日後には、岸和田市長が、同市HPにおいて、「積極的に岸和田市のシティセールスを行っている観点からも残念」としたうえで、「市では平成25年度に、暴力団排除条例を制定し、平成27年度には同条例の改正を行い、市民生活の安全と平穏を確保するとともに、祭礼や花火大会からの暴力団の排除に対する取り組みを進め、整備してまいりました。今後ともこの条例について研究検討を行い、大阪府警、事業者さまにもご協力いただき、市民の皆様が安全安心できるまちづくりに取り組んでまいります。」とのメッセージを発信しています。
▼岸和田市 岸和田市暴力団排除条例の整備について(市長メッセージ)
そのうえで、報道によれば、現行の条例では、祭礼などの行事の主催者らに対し、運営に暴力団員らを関与させないよう努力義務はあるが罰則規定がないことから、今後、罰則規定を設ける改正を行うことを検討し始めたということです。これまでの対応の遅れとは異なり、今回は、報道後速やかに首長トップ自らメッセージを社会に向けて発信し、全国でも厳格な内容となる条例改正の方針を打ち出した点は、現時点の同市の暴排に関する真摯な姿勢を示すものとして、また、クライシス時の対応のあり方と合わせ、高く評価できると思います。
(2) 祭礼等からの暴排(大阪天満宮)
7月に大阪市で開かれる日本三大祭りの一つ「天神祭」で、運営する大阪天満宮と関係団体が、祭りの運営や行事から暴力団を締め出す「暴力団排除規程」を策定しています。報道によれば、大阪府警の要請や暴力団排除の機運の高まりを受けて、「暴力団を利用しない」「全ての行事に暴力団員を参加させない」などを盛り込み、神事や奉納花火、露店などに暴力団が参加や協賛といった形で関与するのを拒否する内容となっていると言うことです。なお、大阪府暴排条例については、「祭礼等からの暴排」が規定されておらず、前述した岸和田市やこの大阪天満宮のケースもあり、まずは大阪府暴排条例に盛り込む意義は大きいのではないかと考えます(同様のことは、東京など既に祭礼からの暴排を暴排条例に盛り込んだ自治体以外においても言えます)。
(3) 暴力団関係事業者に対する公表措置等(福岡県等)
福岡市・北九州市・福岡県のHPにおいて、福岡市内の事業者について、「当該業者の役員等が、暴力団構成員と「社会的に非難される関係を有していること」に該当する事実があることを確認した」として、「平成29年5月25日から18月を経過し、かつ、暴力団又は暴力団関係者との関係がないことが明らかな状態になるまで」の間、福岡市の公共事業などからの排除される旨、公表されてます(本内容は北九州市の公表内容)。なお、自治体によって排除期間が微妙に異なっており、福岡市が5月24日、北九州市が5月25日、福岡県が6月5日からとなっています。