暴排トピックス
「平成29年犯罪収益移転危険度調査書」および「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン(案)」から
取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人
【もくじ】―――――――――――――――――――――――――
(1) 暴力団情勢
(2) 厳格な顧客管理のあり方
(3) 特殊詐欺を巡る動向
(4) テロリスクを巡る動向
(5) 仮想通貨を巡る動向
(6) 犯罪インフラを巡る動向
・SNS
・専門家リスク
・宗教法人
(7) その他のトピックス
・薬物を巡る動向
・金の密輸
・訓練の重要性
・パナマ文書・パラダイス文書
・平成29年版犯罪白書のあらまし
・北朝鮮リスクを巡る動向
(1) 福岡県の逮捕事例
(2) 新潟県の勧告事例
(3) 福島県の勧告事例
(4) 大阪府の勧告事例
(5) 神奈川県の勧告事例
(6) 福岡県等の指名停止等措置
1.「平成29年犯罪収益移転危険度調査書」および「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン(案)」から
(1) 平成29年犯罪収益移転危険度調査書
今回3回目となる「犯罪収益移転危険度調査書(平成29年版)」が公表されています。
今回の平成29年版調査書においては、前年と比較して、「危険度の高い取引」とされていた「写真付きでない身分証明書を用いる顧客」について、平成28年10月の犯罪収益移転防止法(犯収法)の改正施行を受けて危険度がより小さくなったと評価され、「危険度の高い取引」から削除された点が大きな変更点となります。また、平成29年4月から、「仮想通貨交換業者が取り扱う仮想通貨」が犯収法上の対象となったことから、疑わしい取引の届出の件数等が初めて記載されています。その他、こまかく見ていくと、類型ごとの「疑わしい取引状況」や「事例」、「危険度」などが追加・削除されているものも多数あり、国内外の社会経済情勢の変化や事業者の取り組み状況などによって、その評価にも変化が生じていることが分かります。以下、前年から変わった部分を中心にご紹介したいと思います。
まず、今回の大きな変更点である「写真付きでない身分証明書を用いる顧客」にかかる取引の危険度が下がった理由について、犯収法の「改正により、写真なし証明書を用いる顧客等の本人特定事項の確認方法について、その提示を受けた上、(1)記載された住居に宛てて、取引関係文書を書留郵便等により転送不要郵便等として送付する方法、(2)一定の写真なし証明書(健康保険証等一を限って発行されるもの。(3)において同じ。)の場合に他の本人確認書類又は補完書類の提示を受ける方法、(3)一定の写真なし証明書の場合に他の本人確認書類若しくはその写し又は補完書類若しくはその写しの送付を受ける方法が定められた」ことによって、「写真なし証明書を用いる顧客の本人確認方法については、写真付き証明書を用いる顧客の本人確認方法との違いによって生じる危険度の差異は小さくなったと認められる」と評価された結果となります。ただし、写真なし証明書は、写真付き証明書と比べ、「その同一性の証明力が劣ることに変わりはないこと等」から、引き続き注意を払う必要があると指摘しています。
全般的な傾向としては、平成28年中のマネー・ローンダリング事犯の検挙事例のうち、暴力団構成員及び準構成員その他の周辺者(以下「暴力団構成員等」という。)によるものは76件で、全体の19.6%を占めている(前回の調査書では94件、24.2%)こと、来日外国人によるものは35件で、全体の9.0%を占めている(前回の調査書では34件、9.7%)ことが指摘されています。暴力団のウェイトの低下は、そもそもの暴力団構成員数の減少がその大きな理由と考えられるところです。また、特殊詐欺の犯行グループ等については、首謀者を中心に、だまし役、詐取金引出役、犯行ツール調達役等にそれぞれ役割分担した上で、組織的に詐欺を敢行するとともに、詐取金の振込先として架空・他人名義の口座を利用するなどし、マネー・ローンダリングを敢行していること、自己名義の口座や偽造した身分証明書を悪用するなどして開設した架空・他人名義の口座を遊興費や生活費欲しさから安易に譲り渡す者等がおり、マネー・ローンダリングの敢行をより一層容易にしているといった指摘がなされています。
個別の商品・サービスの危険度のうち、預金取扱金融機関における平成26年から28年までの間の疑わしい取引の届出件数は108万6,105件で、全届出件数の92.2%を占めており、(前回の調査書では104万5,296件、92.8%)、類型ごとの届け出件数の多いものは以下の通りとなっています。トップは、これこそ「疑わしい取引」の典型的な事例であると言えますが、システム的に検知されたものというより、現場の職員の「目利き力」から抽出された成果と考えれば、まだまだ現場の目が重要であることの証左であるとも言えます。
- 職員の知識、経験等から見て、不自然な態様の取引又は不自然な態度、動向等が認められる顧客に係る取引(19万8,171件、18.2%)
- 暴力団員、暴力団関係者等に係る取引(16万71件、14.7%)
- 多数の者から頻繁に送金を受ける口座に係る取引。特に、送金を受けた直後に当該口座から多額の送金又は出金を行う場合(10万7,797件、9.9%)
なお、昨年は上位に入らなかったもので、今回新たに追加された類型として以下があります。前者は、特殊詐欺を連想させる資金の動きの典型のように思われますし、後者は新規口座開設時のチェック時に抽出したものであり、両方とも実務面で注力されている部分でもあり、今回、上位に入ったのも納得がいきます。
- 多数の者に頻繁に送金を行う口座に係る取引。特に、送金を行う直前に多額の入金が行われる場合(2万3,570件、2.2%)
- 口座開設時に確認した取引を行う目的、職業又は事業の内容等に照らし、不自然な態様・頻度で行われる取引(2万1,892件、2.0%)
さらに、預貯金口座がマネー・ローンダリングに悪用された事例として、新たに以下のような事例が紹介されています。
- 本国に帰国した外国人や死者の口座について、解約手続等の措置を採ることなく利用し、詐欺や窃盗等の犯罪による収益を収受又は隠匿した事例
- 金銭の対価を得る目的で売却された口座、架空名義で開設した口座、不正に開設された営業実態のない会社名義の口座等を利用し、詐欺、窃盗、ヤミ金融事犯、風俗事犯、薬物事犯、偽ブランド品販売事犯等の様々な犯罪による収益を収受又は隠匿した事例
また、預金取引がマネー・ローンダリング、内国為替取引に悪用された事例として、新たに以下のような事例が紹介されています。
- 外国で発生した詐欺事件の収益が国内の口座に送金された際に、正当な事業収益であるように装い、払戻しを受けた事例
- 窃盗、詐欺、横領、薬物犯罪、賭博等による収益を他人名義の口座に預け入れて隠匿していた事例
- わいせつDVDを代金引換郵便で販売し、宅配業者が顧客から受け取った代金を他人名義の口座に振り込ませていた事例
資金移動サービスについては、本サービスの導入により、安価な送金手数料で容易に外国へ送金することが可能となったこと等から、外形的には適法な送金を装いつつ、資金移動業者の提供するサービスを犯罪による収益の移転の手段として悪用する者が現れるようになっており、以下のような事例が紹介されています。
- 報酬を伴う外国送金の依頼を受けた者が、当該送金が正当な理由のあるものでないことを認識しながら、資金移動業者を利用して送金を行ったマネーミュール事犯
- 危険ドラッグを販売した者が、その収益を他人名義の口座に隠匿した上、外国からの原料調達に充当し、資金移動業者を利用して支払を行っていた事例
- 外国送金に係る地下銀行を営む者が、あらかじめ送金先国にプールしておく必要がある資金を資金移動業者を利用して補填していた事例
また、資金移動サービスにおける疑わしい取引の届出において、今回新たに登場した類型としては、以下があります。
- 多数の者から頻繁に送金を受ける口座に係る取引。特に、送金を受けた直後に当該口座から多額の送金又は出金を行う場合(53件、2.7%)
仮想通貨交換業者が取り扱う仮想通貨については、平成29年4月1日から10月1日までの間の仮想通貨交換業者による疑わしい取引の届出件数が、170件となりました。また、仮想通貨がマネー・ローンダリングに悪用された事例として、以下が紹介されています。
- 偽造の身分証明書を使い、仮想通貨交換所で架空名義のウォレットを開設した上で、不正に入手した他人名義のクレジットカードを使って仮想通貨を購入し、その後、同交換所で日本円に換金し、架空名義の口座に振り込ませた事例
また、危険度については、「仮想通貨は、利用者の匿名性が高く、その移転が国際的な広がりを持ち、迅速に行われるという性質を有することや、仮想通貨に対する規制が各国において異なることなどから、犯罪に悪用された場合には、当該犯罪による収益の追跡が困難となる。また、実際、その匿名性を悪用し、不正に取得した仮想通貨を仮想通貨交換業者を介して換金し、架空名義の口座に振り込ませていた事例等があることも踏まえれば、仮想通貨は、犯罪による収益の移転に悪用される危険性があると認められる」と評価しています。また、紹介された事例からは、「非対面取引」の持つ脆弱性と相まって危険度が増幅される構図も読み取れます。一方、「地面師」の問題は「対面取引」ですら「なりすまし」を見抜けない現実を突きつけています。対面取引にせよ非対面取引にせよ、そのベースにあるのは厳格な本人確認であり、その厳格な運用なくして健全なビジネスはあり得ないということになると思われます。
クレジットカード事業者が取り扱うクレジットカードにおいて、マネー・ローンダリングに悪用された事例として、新たに追加された事例も含め、以下が紹介されています。
- 暴力団幹部が、その知人がクレジットカード事業者からだまし取ったクレジットカードを無償で譲り受け当該クレジットカードを使用して商品等を購入した代金を知人に支払わせていた事例
- だまし取ったクレジットカードを使用して高額商品を購入し、偽造の身分証明書を使って古物商に売却していた事例
宅地建物取引業者が取り扱う不動産がマネー・ローンダリングに悪用された事例として、新たな事例も含めて、以下が紹介されています。
- 売春により得た収益を原資として、親族名義で土地を購入していた事例
- 薬物の密売人等が、薬物の密売により得た収益等を使って、知人の名義で、生活用の不動産や薬物製造に使用する不動産を購入していた事例
- 詐欺により得た収益をマンションの購入に充てていた事例
宝石・貴金属等取扱事業者が取り扱う宝石・貴金属については、疑わしい取引の届出の類型、件数等が大きく入れ替わり、今回は以下のようになっています。
- 多額の現金により購入する場合(11件、26.2%)
- 数人で同時に来店し、別々の担当者に多額の現金取引を依頼する場合(8件、19.0%)
- 1回当たりの購入額が少額であっても頻繁に購入を行うことにより、結果として多額の購入となる場合(6件、14.3%)
- 同一人物・企業が、短期間のうちに多くの貴金属等の売買を行う場合(6件、14.3%)
また、宝石及び貴金属が、マネー・ローンダリングに悪用された事例として、新たに以下が紹介されています。
- 窃盗により得た金塊を金買取業者に売却する際に、知人によって法人名義で売却させた事例
- 窃盗により得た現金により、宝石店において他人名義で貴金属を購入していた事例
郵便物受取サービス業者が取り扱う郵便物受取サービスについては、特殊詐欺等の捜査過程で、取引時確認義務等に違反している疑いが認められたことにより、平成28年中に国家公安委員会が郵便物受取サービス業者に対して実施した報告徴収の件数が9件あったこと、同報告徴収によって判明した具体的な違反の内容が以下の通りであることが指摘されています。
- 顧客の取引目的や職業等の確認を怠った
- 法人の顧客の実質的支配者等の確認を怠った
- 非対面取引において取引関係文書を書留郵便等で送付していない
- 確認記録を作成又は保存していない
さらに、危険度については、(上記のような)「具体的な違反内容に鑑みれば、郵便物受取サービス業者の内部管理体制の不備等による法令上の義務の不履行も、郵便物受取サービスの危険度を高める要因の一つとなる」と厳しい指摘がなされています。現状では、犯罪インフラ性の高い業務・サービスと認識されており、関係者の真摯な取り組みを期待したいところです。
電話転送サービス事業者が取り扱う電話転送サービスについても、「顧客は、自宅や事務所の実際の電話番号とは別の電話番号を自己の電話番号として外部に表示し、連絡を受けることができるため、特殊詐欺等において電話転送サービスが悪用されている実態があり、実際、証券購入費用名目の架空請求詐欺事件等における被疑者の連絡先として電話転送サービスが悪用されていた例などもある」との指摘が追加されたほか、事例として、「わいせつDVD販売による犯罪収益等隠匿事件において、他人名義で契約した複数の電話転送サービスが、顧客との連絡のため悪用されていた事例」が追加されています。
法律・会計専門家が取り扱う法律・会計関係サービスについては、「法律・会計専門家は、その目的に適った財産の管理又は処分を行う上で必要な法律・会計上の専門的知識を有するとともに、その社会的信用が高いため、法律・会計専門家を取引や財産の管理に介在させることにより、これに正当性があるかのような外観を作出することが可能になる」といった専門家リスクを指摘したうえで、新たに以下の事例が紹介されています。
- ヤミ金融を営む者が、行政書士に会社設立事務の代理を依頼して、実態のない会社を設立した上、預金取扱金融機関に同法人名義の口座を開設し、犯罪による収益を隠匿する口座として悪用していた事例
- 詐欺によって得られた収益を正当な事業収益であるかのように装うため、事情を知らない税理士法人を利用して経理処理させていた事例
- 薬物の密売人が、薬物犯罪から得た収益について、共犯者であるビルの購入者から支払を受けた補償金であるかのように事実を仮装した事案において、事情を知らない弁護士が当該ビルの売買の代理人として利用されていた事例(海外)
「引き続き利用実態等を注視すべき新たな技術を活用した商品・サービス」としては、「電子マネー」が取り上げられており、電子マネーがマネー・ローンダリングに悪用された事例として、「詐欺により得た電子マネーをインターネット上の仲介業者を介して売却し、販売代金を他人名義の口座に振り込ませていた事例」が紹介されています。また、危険度として、「電子マネーの普及に伴い、架空の有料サイト利用料金等の支払を求められた被害者が、コンビニエンスストア等で電子マネー(プリペイドカード)を購入し、そのIDを教えるよう要求され、プリペイドカードの額面分の金額(利用権)をだまし取られるなど、電子マネーが犯罪に悪用される事例も増加していることから、マネー・ローンダリング事犯を防止する観点だけではなく、犯罪被害全般を防止する観点から、関係省庁や業界団体等において注意喚起等の取組みが進められている」として、特殊詐欺対策に関連づけて指摘されています。
「危険度の高い取引」としては、まず「非対面取引」があげられており、「非対面取引は、取引の相手方と直に対面せずに行う取引であることから、同人の性別、年代、容貌、言動等を直接確認することにより、本人特定事項の偽りや他人へのなりすましの有無を判断することができない。また、本人確認書類の写しにより本人確認を行う場合には、その手触りや質感から偽変造の有無を確認することができない。このように、非対面取引においては、他人になりすますことを企図する者を看破する手段が限定され、本人確認の精度が低下することとなる」と指摘したうえで、非対面取引がマネー・ローンダリングに悪用された事例として、以下のような事例が紹介されています。
- 窃取した健康保険証等を用い、インターネットを通じた非対面取引により他人名義で開設された口座が盗品の売却による収益の隠匿口座として悪用されていた事例
- 架空の人物になりすまして非対面取引により開設された口座が、詐欺やヤミ金融事犯等において、犯罪による収益の隠匿口座として悪用されていた事例
- インターネットバンキングに係る不正送金事犯において、偽造の身分証明書を使用した非対面取引により開設された複数の架空名義口座が振込先に指定されていた事例
さらに、その危険度については、「非対面取引においては、取引の相手方や本人確認書類を直接観察することができないことから、本人確認の精度が低下することとなる。したがって、非対面取引は、対面取引に比べて匿名性が高く、本人確認書類の偽変造等により本人特定事項を偽り、又は架空の人物や他人になりすますことを容易にする。実際、非対面取引において他人になりすますなどして開設された口座がマネー・ローンダリングに悪用されていた事例があること等から、非対面取引は危険度が高いと認められる」と指摘しています。この流れでいけば、「対面取引」については、取引の相手方や本人確認書類を直接観察することができることから、悪用されるリスクが低いことになりますが、たびたび指摘している通り、「地面師」の事例のように、対面取引でありながら、目の前の人間と書面上の人間が同一か否かを見極めることが困難なケースもあり得るところです。やはり、重要なことは、最前線にいる役職員のリスクセンス・「目利き力」をいかに底上げしていくかに収斂することになります。
外国との取引については、以下のような事例が紹介されています。
- アメリカ、ヨーロッパ等において敢行した詐欺事件における詐取金を我が国の銀行に開設した口座に送金させた上、口座名義人である日本人が偽造した請求書等を当該銀行の窓口で提示して、正当な取引による送金であるかのように装って当該詐取金を引き出す
- サーバをハッキングして、外国の企業に対して取引相手を装い、代金の振込先が変更になった旨の偽のメールを送り、我が国の営業実態のない会社名義の口座に当該代金を振り込ませ、一度に多額の現金を引き出した事例
- 詐欺による収益(日本円)を中国に所在する顧客との取引(インターネットオークションの落札代行を請け負う取引)を通じて中国元に替えていた事例
- 顧客から送金依頼を受けて他人名義の口座に振り込ませ、現金を引き出した後に旅行バッグ等に入れて外国へ密輸した事例
- 顧客から送金依頼を受けて他人名義の口座に振り込ませ、中古重機や農機具等を購入した後、正当な貿易を装ってこれらを輸出して現地で換金することで、実質的に外国への送金を行っていた事例
- 犯罪による収益が、国境を越える大口の現金密輸、実際の商品価格に金額を上乗せして対価を支払う方法による取引等によって外国に移転されていた事例
- 来日外国人で構成される犯罪組織が、出身国に存在する犯罪組織の指示を受けて犯罪を敢行するなど、その人的ネットワーク、犯行関連場所が一国内のみで完結せず、国境を越えて役割が分担されることで、犯罪がより巧妙化かつ潜在化している実態が目立ち始めている
国際テロリスト(イスラム過激派等)については、テロの脅威の多様化に加え、新たに「テロの脅威が国境を越えて広がっていることからも、各国が連携してテロ資金供与対策を講ずることが不可欠である」とその意義が強調されています。さらには、テロ資金供与の脅威・脆弱性に関する国際的な指摘等を踏まえると、テロ資金供与の特性として、「テロ資金は、テロ組織によるその支配地域内の取引等に対する課税、薬物密売、詐欺、身代金目的誘拐等の犯罪行為、外国人戦闘員に対する家族等からの金銭的支援により得られるほか、団体、企業等による合法的な取引を装って得られること」、「テロ資金供与に関係する取引は、テロ組織の支配地域内に所在する金融機関への国際送金等により行われることもあるが、マネー・ローンダリングに関係する取引よりも小額であり得るため、事業者等が日常的に取り扱う多数の取引の中に紛れてしまう危険性があること」、「テロ資金の提供先として、イラク、シリア、ソマリア等が挙げられるほか、それらの国へ直接送金せずに、トルコ等の周辺国を中継する例があること」等を挙げています。
また、「テロ資金供与に関する疑わしい取引の届出に当たっては、マネー・ローンダリングにおける留意点に加えて、次の事項等についても留意することが求められる」として、以下が指摘されています。
- 顧客属性について、外為法及び国際テロリスト財産凍結法における資産凍結対象者の氏名、通称、生年月日等の本人特定事項
- 国・地域について、送金先・送金元が、テロ組織が活動する国や地域(イラク、シリア、リビア、ナイジェリア、イエメン、アフガニスタン、パキスタン、ソマリア、レバノン等)又はそれらの周辺国や地域であるか
- 取引形態について、送金理由が寄附等であっても、活動実態が不透明な団体や個人を送金先としていないか、送金後に現金での即時引出し又は異なる口座への即時送金がなされていないか
さらに、危険度として、「我が国に対するテロの脅威や、テロ資金供与の脅威・脆弱性に関する国際的な指摘等を踏まえると、我が国においても、「イスラム過激派等が、イスラム諸国出身者のコミュニティに潜伏し、当該コミュニティを資金調達等に悪用すること」、「外国人戦闘員によって資金調達等が行われること」、「我が国の団体、企業等の合法的な取引を装ってテロ資金が供与されること」等の懸念があり、特にイスラム過激派等と考えられる者との取引は、テロ資金供与の危険度が高いと認められる」と指摘しています。さらに、「テロが極めて密行性の高い行為であり、収集されるテロの関連情報の大半が断片的なものであることから、上記危険度を踏まえた更なる情報の蓄積及び継続的かつ総合的な分析が引き続き求められる」との指摘も極めて重要だと思われます。
実質的支配者が不透明な法人については、「詐欺、出資法違反事件等において、正当な取引を装うために実態のない法人を設立し、同法人名義で開設した口座を犯罪による収益を隠匿する口座として悪用している実態が認められる」、「国境を越えて行われるマネー・ローンダリング事犯等では、貿易関連の事業を装うために「貿易」や「トレーディング」等の屋号が付いた個人名義の口座を開設して犯罪による収益を隠匿する口座としていた実態や、架空の事業者名義で郵便物受取サービスを契約して、当該事業者名義の私書箱に犯罪による収益を隠匿していた実態等も認められる」、「オフショア金融センターたる国・地域において、実態のない法人が設立され、当該法人が犯罪による収益の隠匿等に悪用される危険性がある」といった実態をベースとした危険性の指摘がなされています。そのうえで、法人がマネー・ローンダリングに悪用された事例として、以下のような事例が紹介されています。
- 第三者を代表取締役にして設立した会社の実質的支配者が、詐欺による収益を当該会社名義の口座に隠匿していた事例
- 実態のない法人名で、インターネット上の電子書籍販売に関する副業のあっせんを行うホームページを開設し、当該副業のあっせんを申し込んできた者から、サーバのバージョンアップに関する必要費用等の名目で現金を架空名義の口座に振り込ませてだまし取っていた事例
(2) マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン(案)
「マネー・ローンダリングやテロリストへの資金供与を未然に防ぐためには、各国が協調して対策を講じ、それを的確に実施することが重要であり、特に地政学的リスクの高まりや世界各地におけるテロの頻発を踏まえ、我が国においても、その高度化が求められている」ところ、「金融庁としては、2019年に予定されている第4次FATF対日相互審査も踏まえ、官民双方が連携して、マネー・ローンダリングやテロ資金供与に利用されない金融システムを確保するための体制強化を図ることが重要であると考えており、今般、金融機関等の実効的な態勢整備を促すために、マネロン等に係るリスク管理の基本的考え方を明らかにするものとして、本ガイドライン案を策定」したとの説明のもと、今般、本ガイドライン(案)が公表されました(現在、パブコメ手続き中となっています)。以下、本ガイドライン(案)のうち、筆者にて重要と思われる記述について抜粋し、箇条書きの形で紹介しておきたいと思います。
▼金融庁 「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン(案)」及び「主要行等向けの総合的な監督指針」等の一部改正(案)の公表について
▼(別紙1)「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン(案)」
【基本的考え方】
- 金融システム全体の健全性を維持するためには、金融システムの参加者たる個々の金融機関等において、その業務や金融システムにおける役割に応じ、堅牢な管理態勢を構築・維持することが不可欠
- 各金融機関等が講ずべきマネロン・テロ資金供与対策は、時々変化する国際情勢や、これに呼応して進化する他の金融機関等の対応に強く影響を受けるものであり、金融機関等においては、こうした動向やリスクの変化等に機動的に対応し、マネロン・テロ資金供与リスク管理態勢を有効性のある形で維持していく必要がある
- 金融機関等においては、前記動向の変化等も踏まえながら自らが直面しているリスク(顧客の業務に関するリスクを含む。)を適時・適切に特定・評価し、リスクに見合った低減措置を講ずること(いわゆる「リスクベース・アプローチ」)が不可欠
- 国際社会がテロ等の脅威に直面する中で、マネロン・テロ資金供与対策の不備等を契機として、外国当局より巨額の制裁金を課される事例や、取引相手である海外の金融機関等からコルレス契約の解消を求められる事例が生じるなど、マネロン・テロ資金供与対策に対する目線が急速に厳しさを増していることには、留意が必要
【金融機関等に求められる取組み】
- 管理態勢の構築・維持に当たって、関係法令や本ガイドライン等を遵守することのみを重視し、管理部門を中心として法令違反等の有無のみを形式的にチェックすることとならないよう留意し、関係法令や本ガイドライン等の趣旨を踏まえた実質的な対応を行うことが求められる
- マネロン・テロ資金供与対策に関する取組みを全役職員に浸透させるには、業績評価においてマネロン・テロ資金供与対策を勘案するなど、マネロン・テロ資金供与対策に関する経営陣の積極的な姿勢やメッセージを示すことも重要
- モニタリング等を通じて、本ガイドラインにおける「対応が求められる事項」に係る措置が不十分であるなど、マネロン・テロ資金供与リスク管理態勢に問題があると認められる場合には、業態ごとに定められている監督指針等も踏まえながら、必要に応じ、報告徴求・業務改善命令等の法令に基づく行政対応を行い、金融機関等の管理態勢の改善を図る
【リスクベース・アプローチ】
- マネロン・テロ資金供与の手法や態様は、その背景となる犯罪等の動向のほか、広く産業や雇用の環境、人口動態、法制度や、IT技術の発達に伴う取引形態の拡大、経済・金融サービス等のグローバル化の進展等、様々な経済・社会環境の中で常に変化している。手法や態様の変化に応じ、マネロン・テロ資金供与対策は、不断に高度化を図っていく必要がある。近年では、情報伝達の容易性や即時性の高まり等により、高度化に後れをとる金融機関等が瞬時に標的とされてマネロン・テロ資金供与に利用されるリスクも高まっている
- 自らが直面するマネロン・テロ資金供与リスクを特定する、自らの営業地域の地理的特性や、事業環境・経営戦略のあり方等、自らの個別具体的な特性を考慮する、包括的に、直接・間接の取引可能性を検証し、リスクを把握する、新たな商品・サービス等の提供前に分析を行い、マネロン・テロ資金供与リスクを検証する、経営陣の主体的かつ積極的な関与の下、関係する全ての部門が連携・協働し、リスクの包括的かつ具体的な検証を行うことが求められる
- リスク評価の結果を文書化し、これを踏まえてリスク低減に必要な措置等を検討する、マネロン・テロ資金供与対策に重大な影響を及ぼし得る新たな事象の発生等に際し、必要に応じ、リスク評価を見直す、リスク評価の過程に経営陣が関与し、リスク評価の結果を経営陣が承認する
- 管理部門において、疑わしい取引の届出件数等の定量情報について、総数のほか、店舗・届出要因・検知シナリオ別等のより粒度の細かい指標を収集し、こうした指標の大きさや変化を、商品・サービス、取引形態、国・地域、顧客属性等別のリスクの高低に反映させ、第一次的なリスク評価を実施している取り組み事例もある
- 自らが特定・評価したリスクを前提に、個々の顧客・取引の内容等を調査し、この結果を当該リスクの評価結果と照らして、講ずべき実効的な低減措置を判断・実施する、リスクが高い場合にはより厳格な低減措置を講ずる、自らの直面するリスクに見合った低減措置を講ずる
- 顧客管理の一連の流れは、取引関係の開始時、継続時、終了時の各段階に便宜的に区分することができるが、それぞれの段階において、個々の顧客やその行う取引のリスクの大きさに応じて調査し、講ずべき低減措置を的確に判断・実施する必要がある
- リスクが高いと思われる顧客・取引とそれへの対応を類型的・具体的に判断することができるよう、顧客の受入れに関する方針を定める、顧客及びその実質的支配者の職業・事業内容のほか、例えば、経歴、資産・収入の状況や資金源、居住国等、顧客が利用する商品・サービス、取引形態等、顧客に関する様々な情報を勘案する、顧客及びその実質的支配者の氏名と関係当局による制裁リスト等とを照合するなど、国内外の制裁に係る法規制等の遵守その他必要な措置を講ずる、信頼性の高いデータベースやシステムを導入するなど、金融機関等の規模や特性等に応じた合理的な方法により、リスクが高い顧客を的確に検知する枠組みを構築する
- リスクが高いと判断した顧客に対するより厳格な顧客管理(EDD)として、「資産・収入の状況、取引の目的、職業・地位、資金源等について追加的情報を入手する」「上級管理職の承認を得る」「リスクに応じて、当該顧客が行う取引に係る敷居値の厳格化等の取引モニタリングの強化や、定期的な顧客情報の調査頻度の増加等を図る」「属性等が類似する他の顧客につき、リスク評価の厳格化等が必要でないか検討する」
- 必要とされる情報の提供を利用者から受けられないなど、自らが定める適切な顧客管理を実施できないと判断した顧客・取引等については、取引の謝絶を行うこと等を含め、リスク遮断を図ることを検討する
- リスクが高い顧客に対しては、取引モニタリングシステムによる異常取引検知の敷居値を下げる、外部データ等を活用し、不芳情報の確認の頻度を増加させるなど、実態に応じたリスクの低減に努めている。加えて、定期的に質問状を発送する、場合によっては往訪・面談を行うなどにより、当初の取引目的と現在の取引実態との齟齬等を確認するといった取り組み事例がある
- 疑わしい取引の届出の状況等を他の指標等と併せて分析すること等により、自らのマネロン・テロ資金供与リスク管理態勢の強化に有効に活用することができる
- リスク評価やリスク格付を担当する部門内に、データ分析の専門的知見を有する者を配置し、個々の顧客情報や取引情報をリアルタイムに反映するなど、リスク評価やリスク格付の結果を機動的に修正・更新できる態勢を構築。これらの修正・更新を通じて、検知する異常取引の範囲や数量等を調整する、振込禁止設定等により一定の取引を制限するなど、マネロン・テロ資金供与リスクの程度に応じて、低減措置を機動的に変更している取り組み事例がある
- 海外送金等の業務は、取引相手に対して自らの監視が及びにくいなど、国内に影響範囲がとどまる業務とは異なるリスクに直面していることに特に留意が必要
- 取引時確認や疑わしい取引の検知・届出等の様々な局面で、AI、ブロックチェーン、RPA等の新技術が導入され、実効性向上に活用されている。こうした新技術のマネロン・テロ資金供与対策への活用は、今後も大きな進展が見込まれるところであり、金融機関等においては、当該新技術の有効性を積極的に検討し、他の金融機関等の動向や、新技術導入に係る課題の有無等も踏まえながら、マネロン・テロ資金供与対策の高度化や効率化の観点から、こうした新技術を活用する余地がないか、前向きに検討を行っていくことが期待される
【管理態勢とその有効性の検証・見直し】
- マネロン・テロ資金供与対策の機能不全は、巨額の制裁金や取引の解消といった過去の事例に見られるとおり、レピュテーションの低下も含めた経営上の問題に直結するもの
- 営業・管理・監査の各部門等が担う役割・責任を、経営陣の責任の下で明確にして、組織的に対応を進めることが重要
- 第1の防衛線(第1線)である営業部門が実効的に機能するためには、そこに属する全ての職員が、自らが関わりを持つマネロン・テロ資金供与リスクを正しく理解した上で、日々の業務運営を行うことが求められる
- 第2の防衛線(第2線)であるコンプライアンス部門やリスク管理部門等の管理部門については、第1線における管理態勢等を独立した立場から監視を行うこと、マネロン・テロ資金供与対策に係る適切な知識及び専門性等を有する職員を配置することなどが求められる
- 第3の防衛線(第3線)である内部監査部門は、独立した立場から、全社的なマネロン・テロ資金供与対策に係る方針・手続・計画等の有効性についても定期的に検証し、必要に応じて、方針・手続・計画等の見直し、対策の高度化の必要性等を提言・指摘することが求められる
- 本部がグループ共通の視点で海外拠点も含む全社的なリスクの特定・評価を行いつつ、実地調査等を踏まえて各拠点に残存するリスクを実質的に判断し、グループベースの管理態勢の実効性強化に役立てている事例もある
- 専門性・適合性等を有する職員を必要な役割に応じ確保・育成しながら、適切かつ継続的な研修等(関係する資格取得を含む。)を行うことにより、組織全体として、マネロン・テロ資金供与対策に係る理解を深め、専門性・適合性等を維持・向上させていくことが求められる
【金融庁によるモニタリング等】
- 我が国金融システム全体の健全性を維持するためには、個別の金融機関等における対応のみならず、内外の関係当局、業界団体、金融機関等の民間事業者が連携・協働して対応を進めていく必要がある
2.最近のトピックス
(1) 暴力団情勢
ここ最近、企業と暴力団の関係が明らかとなる事例が続いています。
まず、ビル型納骨堂「梅旧院光明殿」の運営会社「光明殿」の関連宗教法人から資金を引き出して暴力団に流し、損害を与えたとして、大阪府警は、同社社長を背任の疑いで再逮捕した事例がありました(法人税や消費税など計約2億1,000万円を脱税していたことが既に判明しており、所得税法違反罪などで起訴されています。脱税したお金で暴力団に流出した資金を捻出したものと見られます)。事案は、元夫で指定暴力団六代目山口組直系吉川組組長と共謀し、2014年3月下旬、既に権利が消滅していた納骨壇に関する特許権を同組長から購入する名目で、同社の関連宗教法人「梅旧院」から現金3,500万円を引き出させ、梅旧院に損害を与えたというものですが、組長に支払われた3,500万円などが暴力団の資金源となったと見られています(報道によれば、直参昇格に当たり、資金力を誇示するために、新たな事務所を購入、また一部は六代目山口組への上納金に充てられたとされます)。具体的な手口としては、光明殿が手がける納骨堂運営に関する業務について、業務委託先の会社に委託しているように装うなど架空の経費を計上するもので、光明殿の法人所得計約5億2,800万円を隠し、法人税の支払いを免れた形です。本事案を受けて、大阪府警捜査4課は、関係先として背任容疑で神戸市灘区の六代目山口組総本部を家宅捜索しています。本件は、納骨堂ビジネスに絡む資金が、暴力団活動の維持・拡大に使われた典型的な事例となります。
また、企業と暴力団の関係に関する別の事例としては、国会記者クラブの食堂が暴力団の資金源だった疑惑が浮上しているといったものがあります(ただし、本件は雑誌に掲載された記事であることをあらかじめお断りしておきます)。記事では、六代目山口組傘下組織である淡海一家から「破門状」を出された男が、京都では名の知れた実業家であること、この実業家は、不動産管理・企業コンサルタント会社の代表取締役社長を務めており、さらに傘下に警備業、人材派遣業などグループ8社を抱えているとしています。問題は、この「破門状を出されたことで暴力団と一定の関係が推認される」同氏が東京のレストラングループの事実上のオーナーだった時期に、国会記者会館、高等裁判所、総務省、町田市役所といった官公庁内に食堂を出店していたということであり、それが事実であれば、官公庁の施設が暴力団の資金源となっていた可能性があることになります(別の問題としては、これらの施設管理上の委託契約の審査を通っていたことも考えられるところです)。さらに、記事によれば、同氏は「暴力団員であった事実はない」と否定、破門状を出した同組の総長とは(総長がカタギの時期に)顔見知りで、「一時期、企業舎弟のようなことをしていた」といった内容の話が書かれています。結局、記事自体は、同氏が「隠れヤクザ」だったのか、それとも「ヤクザに売られた」のか、真相を見極めるのは困難だとしていますが、警察による暴力団の認定がますます厳しくなる中、事業者としては、このような記事に接しつつ、警察照会の結果、「所属した事実はない」などの回答があった場合、どう判断すべきか難しい事案だと言えます。
さらに、東証マザーズ上場のインターネット通販業「ストリーム」の株価が不正につり上げられた株価操縦事件で、金融商品取引法違反(相場操縦)容疑で同社が強制捜査を受け、関係者も複数逮捕されています。強制捜査の際に、証券取引等監視委員会と警視庁は、ある会社にも家宅捜索に入っていますが、同社の周辺では、過去に刑事事件に関わったり、金融庁の処分を受けたりした”不良企業”が複数、浮上している状況です。報道(平成29年10月27日付産経新聞)によれば、暴力団と連携した不法行為で利益を上げる「特殊知能暴力集団」に警察当局が認定している某氏(最後のフィクサーとも呼ばれる)らが拠点している事務所が捜査の対象となっており、複数の仕手筋と組み、株価を操縦した疑いがもたれているということです。株価操縦を行い公正な証券市場を荒らす「反市場勢力」は、10年前のIPOバブルの頃に跋扈していましたが、最近はあまりその活動を聞かなくなっていました。ただ、ここへきて、昔の人脈を活用しなから、「反市場勢力」が様々なM&A案件やIPO案件(それもかなり早いステージ)等で見かけるようになりました。彼らの中には、暴力団等反社会的勢力との関係を有する者や過去、共謀関係にあった者などもいるため、注意が必要な状況となっています。
また、前回の本コラム(暴排トピックス2017年11月号)などでも取り上げた「地面師」について、アパグループをだました地面師ら9人逮捕されています。彼らは2013年8月、港区赤坂の土地(約378平方メートル)の所有者の相続人になり済まして、アパグループの関連会社「アパ」と売買契約を結び、購入代金約12億6,000万円をだまし取った疑いが持たれています。 契約後の登記申請の審査で、印鑑証明書などが偽造されていたことが発覚、申請は却下され、アパは土地を取得できず、代金も返却されていない状況です。なお、このような地面師グループはまだ複数存在しており、中には暴力団との関係が疑われる地面師グループもあるとされ、だまし取った巨額の資金が闇社会に消えている可能性があります。また、大手企業でも相次いで被害に遭う理由としては、運転免許証、保険証書などの公的証明書の偽造技術の精度の向上もその要因の一つであり、登記官や司法書士などが簡単に見破ることが出来ない状況があると言われています。また、所有者と一緒に撮影した写真や所有者の署名が入った立ち退き証明書を示すなどして不動産会社をだます手口や、「司法書士」と言う専門家の肩書を悪用して不動産会社を信用させる手口などのほか、相手になりすましているため、「土地の売却を急がせる」といった状況が散見されるようです。「取引を急がせる」のは反社会的勢力の行動様式の一つでもありますが、土地取引に限らず、相手に対し、事前に基礎調査などで不審な点などの裏付け確認を徹底するなど、おいしい話には裏があるという基本姿勢を持つことが重要となることはすべてに言えることだと思います。
さて、前回の本コラム(暴排トピックス2017年11月号)でも取り上げた通り、指定暴力団神戸山口組の本部事務所について、改正暴力団対策法の代理訴訟制度に基づき、近隣住民約20人の委託を受けた公益財団法人暴力団追放兵庫県民センターが、事務所の使用差し止めを求める仮処分を申し立て、神戸地裁が使用差し止めを決定しています。それを受けて、現在、神戸山口組は、神戸市内の別の事務所で定例会を開催したことが確認されています。なお、この事務所については、拠点新設を禁じた兵庫県暴排条例改が改正(繁華街の組事務所新設の禁止という全国初の内容を含むもので平成29年8月施行)される前に同組側が所有権を取得したものです(平成29年3月に、神戸山口組最高幹部の若頭で、傘下組織の侠友会会長が所有権を取得していたもので、同4月から組員が交代で詰め、幹部らによる「執行部会」の会場にもなっていたといいます)。そのため規制の対象外とみられ、兵庫県警などは本部の移転先として有力視しているといいます。なお、今回の神戸地裁の仮処分決定をめぐり、兵庫県警の組織犯罪対策局長は、県議会警察常任委員会で、委員の質問に「山口組総本部も視野に入れている」と答弁し、神戸側と対立抗争状態にある六代目山口組総本部についても、司法手続きを通じて使用禁止を求めたい考えを示しており、こちらも注目されます。また、同様に、神戸山口組の新たな拠点と目される事務所についても、再度の仮処分申請を見据えて動いてほしいところです。
さて、反社会的勢力のあり様が多様化していることは本コラムでもたびたび指摘していますが、「半グレ」と言われる「準暴力団」の動向が注目されています。準暴力団については、「平成26年の暴力団情勢」において、「近年、繁華街・歓楽街等において、暴走族の元構成員等を中心とする集団に属する者が、集団的又は常習的に暴行、傷害等の暴力的不法行為等を行っている例がみられる。こうした集団は、暴力団と同程度の明確な組織性は有しないものの、暴力団等の犯罪組織との密接な関係がうかがわれるものも存在しており、様々な資金獲得犯罪や各種の事業活動を行うことにより、効率的又は大規模に資金を獲得している状況がうかがわれる」と指摘されて、準暴力団とカテゴライズされたものですが、「暴力団等の犯罪組織との密接な関係」と言われるものの、その関係が今一つ見えてきませんでした。ところが、ここにきて、大阪ミナミなどで「みかじめ料」の取り立てや、けんかといった頭数が必要なときに、「契約やアルバイトのような関係で半グレを使うようになった」(元暴力団関係者)というところまで準暴力団の組織のあり方や暴力団との関係性に変化が生じてきているようです(平成29年11月20日付産経新聞)。準暴力団は、もともとは暴力団のような上下関係を嫌う、緩いグループだったものが、今は暴力団と共存するところまできていると言えます。今後、暴力団と伍するまでに台頭してきた準暴力団を暴力団対策の中でどう位置づけ、規制していくのか、重要な論点になるものと思われます。
みかじめ料の関係で言えば、直近では、東京・赤坂の飲食店から、みかじめ料を脅し取ったとして、警視庁組織犯罪対策4課が、指定暴力団住吉会系の組幹部ら9人を恐喝容疑で逮捕しています。2015年以降、赤坂地区の20~30店舗から、少なくとも4,000万円以上を徴収していたとみられています。警視庁はみかじめ料が暴力団の主要な資金源になっているとみて、繁華街の各店舗を巡回する「暴排ローラー」を展開、摘発を強化しており、以前大きなインパクトを与えた銀座の事件や今回の赤坂の事件もその一環となります。
また、特定危険指定暴力団工藤会が起こしたとされる元福岡県警警部銃撃事件に関与したとして組織犯罪処罰法違反(組織的殺人未遂)の罪などに問われた同会系組員に対し、福岡地裁は、懲役6年(求刑・懲役8年)を言い渡しています。報道(平成29年11月29日付毎日新聞)によれば、判決理由の中で、銃撃の動機について、「工藤会の事件捜査に長年従事してきた元警部の言動などへの反発にあると推察される」と指摘し、同会トップで総裁の野村悟被告の指揮命令で実行したと認定しています。弁護側は被告が担った元警部の行動確認の目的を知らされていなかったとして殺人未遂は無罪を主張していましたが、判決は、被告が元警部の襲撃事件以前に建設会社会長が射殺された事件でも行動確認を担ったことを挙げ、「元警部を銃撃する事態を容認していたとみるほかない」と退けています。本判決は、指定暴力団の持つ絶対的な組織性のもと、トップの責任を認定した点で大変画期的なものと言えると思います。一連の工藤会の公判はもちろん、暴力団の関与したみかじめ料や詐欺被害の回復のため組織トップの使用者責任を問う流れができつつある中、極めてよい影響が及ぶものと期待したいと思います。
また、工藤会を巡る別の公判のうち、工藤会の上納金を巡る脱税事件では、所得税法違反に問われた工藤会トップで総裁の野村悟被告と工藤会幹部の山中政吉被告の第3回公判が福岡地裁であり、報道(平成29年11月22日付毎日新聞)によれば、福岡県豊前市でパチンコ店の出店手続きを委託されていた不動産業者の男性が、工藤会系の組の支援団体幹部に「(みかじめ料を)払わないと工事はできない」と脅されて4,000万円を支払ったと証言しています。一連の公判では、このような工藤会によるみかじめ料徴収の実態や組織内部の状況が少しずつ明るみに出てきており、(組員が組織上層部に対して失望するなど)この点からも工藤会の弱体化が進むことが期待されます。
最後に、ここ最近の暴力団が関係した事件から、(やや珍しいものを)いくつか紹介しておきたいと思います。
- 福岡県飯塚市で起きた交通事故の保険金を詐取した疑い(男5人がほとんど通院していないのに、施術費約80万円を損害保険会社から詐取した疑い)で整骨院院長や元暴力団組員の男ら9人が逮捕されています。なお、他の交通事故でも院長が保険金詐取に関わっていた疑いがあることが分かりました。福岡県警は同院長が偽装事故に積極的に関与し、施術費などを繰り返しだまし取っていたとみてるということですが、暴力団と共謀して被害を偽装し保険会社をだますという医療関係者としてあってはならない事件で、かなり悪質だと言えます。
- 難民申請した外国人を就労資格がないのに解体現場で働かせたとして、北海道警捜査4課と外事課、札幌手稲署などは、入管難民法違反(不法就労助長)容疑で、解体業者の実質的経営者で指定暴力団山口組系暴力団員と同社幹部らの男計6人を逮捕しています。また、同法違反(無許可活動)などの疑いで、20~30代のインド人とバングラデシュ人の男計6人も逮捕されています。難民申請を悪用して就労する「偽装難民」の摘発は道内で初めてだということで、道警は、同社の売り上げが暴力団の資金源となっていたとみて調べているということです。
- 指定暴力団・住吉会の傘下の組長が、知り合いの暴力団員に拳銃3丁を80万円で売ったとして逮捕されています。この組は構成員が3人にまで減っていたということで、警視庁は組長が生活資金などに困り、持っていた拳銃を売ったと見て調べているということです。
(2) 厳格な顧客管理のあり方
「厳格な顧客管理」の現状と今後のあり方については、前回の本コラム(暴排トピックス2017年11月号)で述べさせていただきました。そのポイントとしては、(1)反社会的勢力の不透明化等に伴い、「真の受益者」の特定の困難さが深刻化しており、企業は「目に見えない相手」との戦いを強いられているが、反面、それは事業者に「どこまでやるか」という本気度を迫るものでもあること、(2)反社会的勢力の形態や範囲が多様化していることに対して、自社の反社チェックが十分対応できているのか、今一度、確認すべきであり、それは顧客管理の厳格化の方向に進むべきであること、(3)「厳格な顧客管理」の射程範囲は、暴排の枠を超えており、社会の要請に適切に応えるために必要な顧客管理のあり方を進化・深化させていく必要があること、(4)そのためには、「サプライチェーン・マネジメント」や「ジャッジメント・モニタリング」の視点が重要であり、(入口におけるKYCチェックの精度に限界があることをふまえ)「モニタリング」の重要性に着目していく必要があること、(5)今後の「厳格な顧客管理」の実効性を確保するために、AIやロボットなどシステムの高度化とともに高いリスクセンスとコンプライアンス意識を持った人材を育成するという両面からの取り組みが重要となること、の5つに集約されます。
今回は、直近の事例なども交えながら、「厳格な顧客管理」についてもう少し考察してみたいと思います。
まず、平成24年以降、転売目的であることを隠して、都内の複数の携帯電話販売店でスマホなど480台(販売価格計4,200万円相当)を契約しだまし取った疑いで、会社役員や暴力団員ら男3人が警視庁に逮捕されるという事例がありました。報道によれば、実体がない投資会社2社を名乗り、複数の携帯電話販売店と法人契約を結び、、3か月間は料金を支払って販売店を信用させた上、機種変更を繰り返していたもので、複数のスマホ本体を入手した後、支払いをやめて音信不通になっていたとのことです。平成24年から27年にかけ、同様の手口で携帯電話がだまし取られる被害が9都府県で発生しており、約12,000台が詐取され、被害額は9億円以上に上るとみられ、一部は暴力団の資金源となった可能性があるとして警視庁が関連を調べているとのことです。この事例では、「法人契約」、「実体がない投資会社」、「3か月で大量の機種変更を繰り返される」といった点で厳格な顧客管理ができていたのかがポイントとなると考えられます。
大前提として、企業の実体や実態を確認することは必須であり、「大口の法人契約」の一方で「実体がない投資会社」と契約していることから、審査内容あるいは審査の運用に脆弱性があったと指摘できます。法人の実体や実態は、商業登記情報(これだけでは実態のない会社となっているケースを否定できません)や信用情報の取得(少なくとも調査時点で実体があることが推認できますが、決算内容等の具体的な実態については申告ベースであると認識する必要があります)、さらには現場を訪問する(現時点において「存在するか」や「稼働実態」等の把握につながります)といった審査実務を行う必要があります。また、3か月経過時点ですぐに機種変更されていることも、「合理性のない行為(ふるまい)」として、本来は端緒として把握する(その理由等をきちんと確認する)必要があったものと思われます。また、法人にひも付く役員や取引等に登場する関係者について、その属性等をチェックすることも必要です。たとえDBやインターネット上の風評等に該当がない場合でも、対面取引における相手方の状況(風体やふるまい、話の内容など)に違和感がなかったのか、そのあたりが審査に反映される仕組みだったのかといった検証も必要となると思われます。
さて、現金や盗品などフリマで不適切な出品が相次いだメルカリについては、12月から本人確認の厳格化が導入されています(初回出品時に、住所や氏名、生年月日の登録が必須になったほか、登録情報と銀行口座名義が一致しない場合は、売上金を引き出せなくなるなど。さらに、すでに出品経験のあるユーザーにも登録を求めるといった内容です)。同社のビジネスは犯罪収益移転防止法上の特定事業者には該当しませんが、報道(平成29年12月6日付日本経済新聞)によれば、メルカリ会長は、「多少の犠牲はあるかもしれないが、健全な取引の場を保つことが今のメルカリや市場の拡大に必要だ」と述べており、企業の健全さやビジネスモデルの健全性を保つために「厳格な本人確認」が必要であることを示唆したものであり、一般事業者においても、厳格な本人確認がビジネスの健全性を担保するために必須とされる時代となったと認識すべきだと思います。さらに、ビジネスの健全性は社会の要請と密接に結びついていますが、同社が、象牙の出品を禁止する措置を講じたことも、それを端的に示しています。密猟によるアフリカゾウ絶滅の懸念から各国が国内市場を閉鎖する中、日本政府は容認していますが、ネット大手の楽天や流通大手イオンが出品禁止を決めるなど、民間では国内取引禁止の動きが加速している状況があります。報道によれば、「グローバルに事業展開するにあたり、象牙市場の閉鎖を求める国際的動向を考え決定した」と説明しているということですが、世界的な「エシカル消費」やSDGs(持続可能な開発目標)、ESG投資といった文脈への対応は、「厳格な顧客管理」につながると捉えることができます(具体的な実務では、出品内容に象牙がないかをパトロールする「モニタリング」が新たに必要となります。これが「厳格な顧客管理」の一部を成すということです)。
また、一般事業者による本人確認手続きの厳格化という点では、転売サイト最大手のチケキャン(なお、同社は、現在、商標法違反および不正競争防止法違反の容疑で捜査当局による捜査を受けたことを公表し、全面的にサービスを停止しています)が、音楽コンサートやスポーツイベントなどのチケットが販売価格より高額で転売されている問題をふまえ、運営会社「フンザ」のサイトにおいて、「公演あたりのチケット出品枚数のルール変更」「本人認証厳格化」「カスタマーサポート強化」の新たな取り組みの導入を公表しています。そのうち、「本人認証厳格化」については、初回出品の際に、本人情報(住所・氏名)の登録を必須とし、出金時には更に身分証明書等の確認を行い登録された氏名と一致する銀行口座名義ではない場合は売上金を引き出せない仕様・運用とすること、なお、過去に出品経験のあるお客様についても適用すること、本人認証厳格化のシステム対応は、来年3月を目途に進めることを公表しています。また、参考までに、チケット転売を巡る問題については、議員立法成立の動きもあり、規制対象となるのは(1)特定の日時や場所、座席を指定、(2)主催者らが転売の禁止を明示、(3)主催者らが本人確認などの防止策を講じている、の3条件を満たすチケットを規制対象とする案のようです。これを転売目的で事業として入手することや、定価を超える価格で商売として販売することを禁じる内容で、違反者には、ダフ屋行為に科されるのと同程度(東京都では6か月以下の懲役、50万円以下の罰金)かそれ以上の罰則が適用されるのではないかと言われています。このように、社会的にもコンプライアンス上も不適切とされてきたチケット転売の問題の抜本的な解決に向けて社会が動き出したことに敏感に反応して、「厳格な顧客対応」を導入する動きを見せていることは、(本件については)評価できると思います。
全く方向性は異なりますが、新規事業への出資を持ちかけて高齢者から多額の現金を詐取したとして、警視庁が、健康食品販売社長ら男女6人を組織犯罪処罰法違反(組織的詐欺)の容疑で逮捕しています。同社は2007年以降、芸能人を招いたショーで集客し、首都圏を中心に高齢者約1,000人から計約60億円を集めていたということですが、このショーに出演していた芸能人(芸能事務所)側が、「10年以上前に同社主催のショーに出演したことはあるが、ここ数年間はない。健全な業務をしている企業だと思っていたので、このような事態になり困惑している」とコメントしていました。芸能人や著名人を広告塔にして怪しげなビジネスを展開する悪質な事業者は後を絶ちませんが、やはり、それに出演する側も、相手が問題ない企業であることを確認したうえで取引するという姿勢は欠かせないと言えます。コメントの「健全な業務をしている企業だと思っていた」というのが、どの程度まで厳しく審査をした結果だったのかは分かりかねますが、事業者には、「厳格な顧客管理」を日常から運用してきた実績をふまえて説明責任を果たしていくという姿勢が求められていることは言うまでもありません。
また、金融機関の実務においても、いくつか「厳格な顧客管理」の流れから考えさせられる事例が最近ありました。1つは、全国銀行協会が、個人に無担保で融資するカードローンについて、ギャンブル依存症の人への貸し付けを自粛する制度を導入すると発表したことです。報道によれば、ギャンブル目的の借り入れに一定の歯止めをかけ、依存症の深刻化を防ぐ目的で、貸し付けの制限は、本人や家族などからのギャンブル依存症の申し出を踏まえて判断するとのことですが、ギャンブル依存症と借金の相関関係は強いものと推察されるところ、カジノ解禁の動きに端を発したギャンブル依存症対策の強化を求める世論の高まりが、銀行の個人ローンの急拡大への批判と相まって、社会の要請の変化(厳格化)への対応を迫ったと言えるかもしれません。(家族からの申し出はともかく)本人の申し出にどれだけ実効性があるのか分かりませんが、本来は「リスクの高い(一方で旨みの多い)」顧客層であり、かつギャンブルを助長しかねないとの観点からは、もう少し早くから取り組んでもよいテーマであったような気もします。
もう1つは、フランスの極右政党・国民戦線のルペン党首が、仏金融大手ソシエテ・ジェネラルから党の銀行口座を、英HSBCからルペン氏個人の口座をそれぞれ閉鎖するよう相次いで要求されたことを明らかにしており、同氏は両社を提訴する方針だというこです。報道内容からは十分な情報は得られていませんが、政治的スタンス以外に口座を閉鎖する理由がないのであれば、日本ではこのような対応は、現時点では困難だと思われますが、「厳格な顧客管理」のあり方として、行き過ぎかどうかは判断の難しいところです。
(3) 特殊詐欺を巡る動向
兵庫県警が昨年1年間の特殊詐欺被害者のうち357人にアンケートを実施したところ、7割以上の人が特殊詐欺の知識を持ちながら、自らの被害は警戒していなかったことが判明したということです(平成29年11月17日付産経新聞)。それによると、自分が特殊詐欺被害に遭う可能性を考えたかどうかとの質問に対し、13人が「十分注意していた」、37人が「少し注意していた」野に対し、79人が「自分は大丈夫だと思っていた」、187人が「全く考えなかった」と回答しています。さらには、オレオレ詐欺被害に遭った120人のうち90人が、詐欺の手口を「よく知っていた」「少し知っていた」と回答したほか、架空請求詐欺の被害者155人のうち56人も「犯人は言葉巧みに高齢者に嘘をつく」ことを認識しながら、結果的にだまされていたことが分かりました。さらに、先日、内閣府から公表された「治安に関する世論調査」においても、例えば、治安に関連して、「新しい手口の犯罪が出現した」(65.2%)、「地域社会の連帯意識が希薄となった」(54.6%)、「様々な情報が氾濫し、それが容易に手に入るようになった」(49.2%)といった認識があり、自分や身近な人が被害に遭うかもしれないと不安になる犯罪については、「インターネットを利用した犯罪」(60.7%、10年前の調査では2.3%)、「振り込め詐欺や悪質商法などの詐欺」(50.2%、同43.4%)などが上位にきていることとあわせれば、多くの人が特殊詐欺にあう可能性の高さを社会情勢の変化とあわせ実感している(十分認識している)ことがうかがえる結果となっています。
ただ一方で、犯罪の取締り以外に、犯罪被害を防ぐために、警察が、今後、特に力を入れるべき活動としてどのようなものを望むかという問いに対しては、「制服警察官によるパトロール」(48.3%)、「街頭や施設等の公共の場所における防犯カメラの設置に対する支援」(45.3%)、「インターネット空間におけるパトロール(サイバーパトロール)」(42.2%)、「各種相談や要望に応じる窓口などの充実」(41.5%)などが上位にきており、特殊詐欺被害の根本的な防止につながるとの観点からはやや遠いものが並んでいる点が興味深いところです。
さて、これらの結果は、特殊詐欺被害の防止の難しさを端的に示しており、以前の本コラム(暴排トピックス2017年10月号)でも指摘した通り、そもそも人は、(騙されやすい性質をもっているものの)まさか自分が詐欺の被害にあうとは思っておらず、自分の判断を信じ、少しくらいおかしな点があっても、つじつまの合うように修正してしまう性質(=確証バイアス)を持っています。被害にあった方(特に高齢者)は正にこの「確証バイアス」が働いている状況にあると言えます。そのような方に対して、「振り込め詐欺じゃないですか?」と声かけをしても、逆に相手を怒らせてしまい(一般に頑固な高齢者ならなおさらです)、より一層冷静さを欠き、確証バイアスから抜け出せないことが指摘されています。つまり、いくら特殊詐欺に関する知識を広報しても「自分は大丈夫と思っていた」という結果になることをふまえれば、広報戦略においては、高齢者だけなく家族に対しても、特殊詐欺における確証バイアスの存在についても正しく周知するとともに、そもそも正確な判断ができなくなることを前提として、仕組みとして簡単に払い出せなくするサービス(例えば、払い出しの際、預けた本人だけでなく事前登録した親族の同意も求める「セキュリティ型信託」など)を活用するといった工夫が必要な状況だと言えます。
続いて、例月に同じく、警察庁の統計資料から、平成29年1月~10月の状況を確認します。
▼警察庁 平成29年10月の特殊詐欺認知・検挙状況等について
平成29年1月~10月の特殊詐欺全体の認知件数は14,729件(前年同期11,389件、前年同期比+29.3%)、269.4億円(同322.0億円、▲16.3%)となり、ここ最近と同様、件数の大幅な増加と被害総額の大幅な減少傾向が続いています。件数の増加については、(前年比で)還付金等詐欺の猛威が衰えつつあるにもかかわらず、代わって架空請求詐欺の増加が激しいことがその主な要因と思われます。
類型別では、特殊詐欺のうち、振り込め詐欺(オレオレ詐欺、架空請求詐欺、融資保証金詐欺及び還付金等詐欺を総称)の認知件数は14,506件(10,952件、+32.4%)、被害総額は255.5億円(294.6億円、▲13.3%)、特殊詐欺全体および前月と全く同様の傾向を示しています。また、振り込め詐欺のうち、オレオレ詐欺の認知件数は6,632件(4,763件、+39.2%)、被害総額は126.8億円(129.3億円、▲1.9%)と高止まりの状況にあるほか、架空請求詐欺の認知件数は4,641件(2,822件、+64.5%)、被害総額は91,6億円(124.0億円、▲26.1%)、融資保証金詐欺の認知件数は468件(340件、+37.6%)、被害総額は5.5億円(5.7億円、▲3.5%)、還付金等詐欺の認知件数は2,765件(3,027件、▲8.7%)、被害総額は31.5億円(35.5億円、▲11.3%)などとなっています。融資保証金詐欺の被害総額が前月、減少傾向からいったん増加に転じたものの、再び減少に転じたこと、何よりも、還付金等詐欺の認知件数、被害総額がともに前月同様、減少に転じているという大きな変化が見られ、傾向として定着しつつあることは大きなポイントだと言えます。
なお、参考までに、口座詐欺の検挙検数は1,284件(1,305件、▲1.6%)、検挙人員は731人(826人、12.7%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は2,000件(1,518件、+31.8%)、検挙人員は1,630人(1,139人、+43,1%)と、総じて犯罪インフラ型の犯罪の検挙が引き続き伸びている状況がうかがえます。また、特殊詐欺全体の被害者について、性別別では、男性27.9%に対して女性72.1%となっているほか、年齢別では、60歳以上が77.0%を占めており、とりわけ高齢者対策の重要性が示唆されている点はこれまでと同様です。
また、特殊詐欺対策として有効と思われる対策や実際に効果のあった対策などについて、最近報道されたものから以下に紹介します。
- 愛媛県警では、金融機関で100万円以上の出金や預金解約を依頼してきた高齢者に詐欺の可能性を伝える「最終確認カード」を25万枚作製し、愛知県内の金融機関で利用を始めています。カードには「電話で急にお金を要求された」「息子や孫、警察や金融機関からお金を要求された」と二つのチェック項目が記載されており、該当者には家族や警察への相談を呼びかけています。
- ATMによる現金引き出しについては、金融機関やコンビニでは行員や店員など第三者の目が厳しくなったことに伴い、犯罪の手口が現金手交型からカード手交型に移行していると言います。カード手交型は第三者の目が届かないところで行われ、暗証番号も聞きだされるなど被害防止が難しい側面があります(この形態においては、すぐにキャッシュカードを取りに来るため、不審に思う時間もないこと、被害者が金融機関に行くことがなく第三者が気付いて止める機会がないことから、被害の防止が難しいとも言われています)。これらの状況をふまえ、千葉県警は、機動隊の車両を巡回させ、注意喚起の音声を流すほか、カードや現金の「受け取り役」ら不審者への警戒も強める取り組みを始めています。検挙と抑止の両面への効果が期待されるところです。
- 特殊詐欺グループが使う電話番号を警察当局が民間に提供し、被害防止に役立てる取り組みが広がっています。捜査で判明した電話番号をDB(データベース)化し、その番号から着信があると応答しないよう警告したり、AIと組み合わせ、詐欺の電話を予測するシステムの運用も始まっています。
- 清掃大手ダスキンが、特殊詐欺防止を呼びかけるフロアマットのレンタルを大阪府内で始めています。金融機関やコンビニのATM前に敷くなどして活用してもらうもので、大阪府警の協力を得て製作されたということです。警察官のイラストとともに「ATMから還付金は戻りません」などと注意を呼びかけるメッセージが描かれています。
また、新手の詐欺の手口や最近の動向等についても多くの報道がありますので、以下に紹介します。
- 「訴訟が提起された」などと書かれたはがきを送りつけ、訴訟の取り下げ名目で現金をだまし取る架空請求詐欺について、最近はメールに押されて鳴りを潜めていた手口が、今春以降、再び被害や相談が相次いでいるということです。警察や業界団体が詐欺メール対策を強化した結果、「アナログ回帰」の兆しが見られるということです。なお、このような手口の変遷は、特殊詐欺全体に見られ、例えば、「現金手交型」や「振込み型」の詐欺と、指定場所へ送付させる、宅配便や郵便で送付させる、バイク便業者や代理人が被害者の自宅近くに受け取りに現れて手渡しをさせるなどの「受け取り型」については、被害の深刻化・対策の高度化とともにその手法を変遷・多様化させている実態があります。また、だまし取る対象も「現金」から「カード」へと変遷している状況にあることは前述の通りです。
- アマゾンになりすましたメールで金銭をだまし取られる被害が相次いでいるとして、消費者庁が注意を呼びかけています。消費者の携帯電話に「有料動画の未納料金が発生しております。本日中にご連絡無き場合、法的手続きに移行致します。アマゾン●●。」などと記載したSMS(ショートメッセージサービス)を送信するとともに、SMSに記載された電話番号に連絡してきた消費者に「お客様は●●という動画サイトを利用しており、料金未納の悪質な利用者だとみなされて請求が上がっています。」、「本日中に支払わなければ民事裁判へ移行します。」などと告げ、有料動画の未納料金の名目で金銭を支払わせようとする事業者に係る相談が、各地の消費生活センター等に寄せられているというものです。
▼消費者庁 SMSを用いて有料動画の未納料金の名目で金銭を支払わせようとする「アマゾンジャパン合同会社等をかたる架空請求」に関する注意喚起
- 有料サイトの利用料の支払いを求める架空請求詐欺事件で、詐欺グループがコンビニに設置されている「マルチメディア端末」を操作させる手口が増えているということです。コンサートのチケットなどを予約購入する機器ですが、最近ではチャージ式電子マネーの入金も取り扱っている点に目を付けたものです。プリペイドカードなら数千円単位での購入であるのに対し、電子マネーのチャージは数十万円単位であり、犯罪グループにとってもより旨みのある手口であり、今後、注意が必要だと思われます。
- 上記と似たような手口として、コンビニ決済を悪用したものもあります。犯行グループから伝えられた決済用の番号を使い、コンビニで現金を支払わせるもので、大阪府警捜査2課が、この手口としては初めて、詐欺容疑で犯行グループの22~41歳の男計5人を逮捕しています。
- 携帯電話へ「お客さま端末からウィルスを確認。無料削除を実行ください」などとするSMSを送りつけて、架空のウィルス対策ソフトの販売を装った偽サイトに誘導する「スミッシング」と呼ばれる手口で、現金をだまし取ったなどとして、警視庁サイバー犯罪対策課は、詐欺と割賦販売法違反の疑いで、男性を逮捕しています。報道によれば、押収したスマホ17台からは19万件のSMS送信履歴が確認されており、パソコンからは約200件のクレジットカード情報も見つかったということです。
(4) テロリスクを巡る動向
前回の本コラム(暴排トピックス2017年11月号)で取り上げた通り、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)は、7月にイラク北部モスル、10月にシリア北部ラッカの二大拠点を失い、組織も壊滅状態に追い込まれ、既に主要な拠点は全て奪還されています。11月に入って、ラッカや隣国イラクから逃れたIS戦闘員が抵抗を続けていた最後の拠点都市である東部アブカマルについても、途中反撃にあったものの、最終的には完全に制圧しています。ISは、リアルな実効支配地域(実態)は限りなく消滅していく流れが確定的となる一方で、「思想」をキーにその実体を維持している状況もあり、各国は、今後、この「IS後」の世界とどう向き合うかが問われることになります。
ISの弱体化の一方で、アフガニスタンにおいては、治安状況が急速に悪化しています。10月に入ってテロで少なくとも200人以上が死亡するなど、イスラム原理主義組織タリバンの活性化が著しく、米は、オバマ大統領時代に撤退を決めたことがタリバンの再拡大を招いた反省から駐留米軍の増派こそ決めたものの、ISの浸透を防ぎたいロシアがタリバンを支援しているとされ、今後、情勢は泥沼化する可能性を孕んでいます。このような混乱は、人心の荒廃から過激思想が浸透しやすく、テロ組織等があらためて力を持つおそれが高まる時期でもあり、一刻も早く、国際社会という枠組みによる再建を支援していくことが必要であるにもかかわらず、報道(平成29年11月20日付産経新聞)で専門家が、「アフガンはこのままでは国家崩壊の危機に直面する」と警告しているように、米露の思惑を中心に各国のパワーゲームの様相を呈しており、混乱は容易に収束しそうにありません。
一方、先月、エジプトのシナイ半島で発生した300人を超える死者を出した過去最悪のテロでは、エジプト治安当局はISなどがイスラム教スンニ派の神秘主義(スーフィズム)信徒らを狙った可能性を明らかにしています。中東全域で劣勢の過激派は、テロの標的をイスラム教徒にも拡大し始めており、特にISに忠誠を誓う「ISシナイ州」はスーフィズムを異端視して攻撃し続けています。その流れに、イラクやシリアからのIS残存勢力が入り込むことで、態勢立て直しを図りつつ、軍と地域住民の分断によって政府を混乱させようとしていると考えられます。なお、エジプト治安当局はISだけと戦うわけにはいかず、政権に敵対する武装勢力(現政権が排除したムスリム同胞団の流れを汲む武装集団等)との戦いも強いられています。その意味では、テロの標的が政権やキリスト教以外に拡大する恐れがあり、エジプトにおけるテロの頻発、治安の悪化も懸念されるところです。
このような、まだまだ混乱を引きずる「IS後」の国際社会の枠組みを検討すべき重要なタイミングで、米トランプ大統領が、エルサレムはイスラエルの首都だと認定したことで、中東世界は新たな混乱の局面に陥ることとなりました。「世界中のイスラム教徒の感情に火をつけることになる」とサウジアラビアのサルマン国王が述べたように、中東世界の間で反米感情が高まることによって、弱体化まで追い込んだISなどイスラム過激派等の行動に「大義」を与えてしまう(イスラム教の聖地を取り戻すために、米国やその同盟国に対する攻撃を正当な聖戦(ジハード)であるとする)事態になることが深く憂慮される状況です。今は潜伏しているISの「思想面での同志」が様々な場所で、予測不能なテロを起こす可能性を著しく高めてしまった、あるいはテロの脅威を、日本を含む国際社会に一気に拡げてしまったとも言えます。本コラムでは、伊勢志摩サミット等で示された「多元的共存」「寛容」「平等」といった行動指針のもと、宗派や民族に関係なく、公平・公正な政治が行われる土壌が育たない限りは、テロとは、いつでも、どこででも発生しうるものであると指摘してきました。米が、テロを助長する危険性を認識しながら、自ら「多元的共存」の道を閉ざしたとすれば、国際社会の平穏さえ上回る「国益」の存在やその価値を疑わざるを得ません。
一方、日本においては、直近で警察庁から「治安の回顧と展望(平成29年版)」が公表されましたので、テロへの対応部分を中心に紹介しておきます。
まず、「2017年中は、2016年に引き続き欧米諸国において、刃物、車両及び手製爆発物を使用したテロ事件が続発した」として、英国・ロンドンにおける車両及び刃物を使用したテロ事件(3月22日)、スウェーデン・ストックホルムにおける車両を使用したテロ事件(4月7日)、英国・マンチェスターにおける手製爆発物を使用したテロ事件(5月22日)、英国・ロンドンにおける車両及び刃物を使用したテロ事件(6月3日)、スペイン・バルセロナ及びカンブリルスにおける車両を使用したテロ事件(8月17日)、フランス・マルセイユにおける刃物を使用したテロ事件(10月1日)、米国・ニューヨークにおける車両を使用したテロ事件(10月31日)が紹介されています。
また、IS(本文書中は「ISIL」と表記)については、「ISILは、イラク及びシリアにおける軍事介入に対する報復として、「対ISIL有志連合」参加国やロシア、イラン等に対するテロを実行するようインターネットを活用して呼び掛けている。また、これまでも世界中の支持者に対して、爆弾や銃器が入手できない場合にはナイフ、車両等を用いてテロを実行するよう呼び掛けて」いること、「インターネットを活用してこれらのテロ事件を称賛するとともに、効果的な作戦として推奨するなどして、更なるテロの実行を呼び掛けて」いること、「各国がイラク及びシリアへの外国人戦闘員の渡航を規制する措置を講じたことなどにより、ISILに参加するためイラク及びシリアに渡航する外国人戦闘員の人数は減少しているとみられる」ことなどを指摘し、「今後、外国人戦闘員が自国に戻り又は第三国に渡航してテロを行うことが懸念されるほか、アフガニスタン、イエメン、リビア等のイラク及びシリア以外の紛争地域が多数の外国人戦闘員を引き付け、当該地域の紛争を激化、長期化させたり、当該地域から世界中に過激思想を拡散させたりすることが懸念される」と展望しています。
一方、我が国に対する国際テロの脅威については、「2013年1月の在アルジェリア邦人に対するテロ事件、2015年1月及び2月のシリアにおける邦人殺害テロ事件、3月のチュニジアにおけるテロ事件、2016年7月のバングラデシュ・ダッカにおける襲撃テロ事件等、邦人や我が国の権益がテロの標的となる事案が現実に発生していることから、今後も、邦人がテロや誘拐の被害に遭うことが懸念される」と指摘しています。さらには、「米国で拘束中のAQ(アル・カーイダ)幹部ハリド・シェイク・モハメドの供述によれば、我が国に所在する米国大使館を破壊する計画等に関与したことなども明らかになっている」といった情報もあり、日本国内での大型テロ発生の可能性が否定できない状況にあることを実感させられます。また、日本国内におけるホームグロウン・テロリストについても、「ISIL関係者と連絡を取っていると称する者や、インターネット上でISILへの支持を表明する者が国内に存在しており、ISILやAQ関連組織等の過激思想に影響を受けた者によるテロが日本国内で発生する可能性も否定できない」と指摘しており、やはり日本も例外ではないと厳しく認識する必要があると言えます。
さらに、テロ対策については、「テロは、その発生を許せば多くの犠牲を生む。そのため、テロ対策の要諦はその未然防止にある。一方、万が一テロが発生した場合には、被害を最小限に食い止め、犯人を制圧・検挙することが必要」として、両面からの対応を推進していることを強調しており、具体的には、情報収集・分析、入国管理局・税関との協力の下での顔画像情報や指紋情報等を活用した水際対策、警戒警備、違法行為取締りと事態対処、官民連携といったテロ対策の推進、爆発物の原料となり得る化学物質等への対策、ソフトターゲット対策等、各種テロ対策を強化・加速化といった視点から、以下のような対策が講じられています。
- 不特定対数の者が集まる施設等について、制服を着用した警察官による巡回の実施や、パトカーの活用等により「見せる警戒」を実施、施設管理者に対して職員や警備員による巡回強化により自主警備を強化するよう働き掛ける
- 情報収集・分析の強化のため、インターネット上に公開されたテロ等関連情報の収集・分析を強化するために、警察庁警備局に「インターネット・オシントセンター」を設置
- テロリスト等の入国を阻止するため、事前旅客情報システム(APIS)、BICS、乗客予約記録(PNR)の運用
- 爆発物の原料となり得る化学物質の販売事業者に対して継続的に個別訪問を行い、販売時における本人確認の徹底、盗難防止等の保管・管理の強化、不審情報の通報等を要請、実際に接客に当たる従業員に対し、不審購入者の来店や電話による問合せがあった場合を想定した体験型の訓練(ロールプレイング型訓練)の実施
- 全国の原子力関連施設では、自動小銃、サブマシンガン、ライフル銃、耐爆・防弾仕様の車両等を装備した原発特別警備隊が、24時間体制で警戒
- NBCテロが発生した場合に迅速・的確に対処するため、9都道府県警察(北海道、宮城、警視庁、千葉、神奈川、愛知、大阪、広島及び福岡)に、高度な装備資機材を配備したNBCテロ対応専門部隊を設置
- 防衛省・自衛隊との連携、特殊部隊・銃器対策部隊の充実強化、スカイ・マーシャルの運用
- 国民保護法に基づいて行われる内閣官房、各都道府県等が主催する国民保護訓練に積極的に参加し、住民避難、被災情報の収集・提供、被災者の捜索・救出等の訓練を実施
- 国際テロリストの財産の凍結等に関する特別措置法の特別措置法及び外為法に基づき、398個人103団体の国際テロリストを財産の凍結等の措置を執るべき国際テロリストとして公告(10月31日現在)など、国際協力の推進 など
さて、本コラムでは、テロリスクへの対応を、企業の危機管理の中に位置づけることを提唱していますが、先日、経団連が企業行動憲章を改正して、新たに「危機管理の徹底」として「市民生活や企業活動に脅威を与える反社会的勢力の行動やテロ、サイバー攻撃、自然災害等に備え、組織的な危機管理を徹底する」との文言が追加されたことは、前回の本コラム(暴排トピックス2017年11月号)で紹介した通りです。
前述した「治安の回顧と展望」の内容もふまえれば、企業はテロリスク対策に真剣に取り組むべき状況にあります。役職員の生命を守るのは企業の義務であるとの視点はもちろんのこと、海外等でテロに巻き込まれた際の緊急事態対応に向けた社内態勢の整備、テロに対する脆弱性を有する施設や警備態勢等の見直しといった、平時から取り組むことが重要だと言えます。
(5) 仮想通貨を巡る動向
仮想通貨を巡っては、最近、その多様なリスクが表面化しており、とりわけ悪用リスクや犯罪インフラ化の懸念についても、現実のものとなってきています。
直近では、投機目的の資金の流入から仮想通貨の価格が異常なほど急騰(あるいは乱高下)しており、素人が手を出すには危険な領域になりつつあります。それに伴い、消費者からの苦情も増加しており、金融庁は、同庁の相談窓口に今年7~9月に寄せられた仮想通貨に関する相談や質問、苦情が計685件に達し、直前の四半期(4~6月)より26.2%(142件)増えたと発表しています。「ビットコイン」などの認知度が高まる半面、一部で仮想通貨をかたる詐欺が横行していることを念頭に、規制の強化などを求める声が相当数あったほか、最近の相場の乱高下といった取引リスクなどに不安を覚える消費者も増えていると言えます。
また、仮想通貨そのものの安全性についても不安視するような事態も発生しています。ビットコインに次ぐ流通量を誇る仮想通貨「イーサリアム」で、185億円(平成29年11月14日時点)に相当する通貨の取引が凍結されるトラブルが発生しました。主に企業が利用しているウォレットにハッキングの恐れのある重大な不具合(脆弱性)が見つかったため、法人客の587のウォレットとその中身のイーサリアムが凍結されたというものです。凍結は継続しているものと思われますが、そもそも7月の段階で一部発見されたバグを修正したプログラムの中にも欠陥があり、それが11月になって攻撃を受けたものであることが明らかとなっています。技術的な詳細までは分かりませんが、「イーサリアムのブロックチェーン上で行われたトランザクションを、実行した人以外の人間がKILL(取り消す)ことが出来る」といった欠陥であり、直接的にはイーサリアム自体に問題があったわけではないものの、ハッキング攻撃が仮想通貨全体の極めて大きな脅威であることが示されています。さらに、法人のウォレットとイーサリアムが凍結されたことで、ICO(イニシャル・コイン・オファリング=仮想通貨技術を使った資金調達)による資金を集めたプロジェクトにも大きな影響が及んでいるとも指摘されています。ICO自体の持つ脆弱性(というより「危うさ」)については既に本コラムでも指摘しています(暴排トピックス2017年11月号など)が、ICOにとってもセキュリティの問題が極めて重要な要素であること、現時点でハッキングをされたわけではない(被害が発生したわけではなく、セキュリティ上の課題解決のために凍結されている状態)にも関わらず、(価値の低下を含む)具体的な影響が発生していること、ある事象がイーサリアムだけでなく仮想通貨全体、リアルの経済や企業活動に及ぼしうることがあること、といったリスクをあらためて認識する機会と捉えることもできると思います。
一方で、直近では、ハッキング攻撃によりビットコインが実際に盗難にあう事例も発生しています。仮想通貨の採掘(マイニング)や、マイニング能力の売買ができるマイニングプールサイト「NiceHash」が12月7日午前5時、「セキュリティ侵害があった」として24時間全ての業務を止めると発表しました。この侵害により支払いシステムが乗っ取られたため、NiceHashが保管していたユーザーのビットコインが盗まれたということで、正確な被害額は調査中とのことです。一方で、SNS上で盗難ビットコインの送金先と思われる疑惑のビットコインアドレスが公表されており、それによると4736BTC(約76億円、1BTC161万円換算=当時)が当該アドレスに保持されているようです。ただ、この疑惑のビットコインアドレスを特定しても、登録上の所有者等とは別の「真の受益者」に辿り着くのは容易ではないことも想定されます。この点に関連して、以前の本コラム(暴排トピックス2017年11月号)でも紹介しましたが、「ビットコイン」を使って少なくとも40億ドル(約4,400億円)相当のマネー・ローンダリングに関与した疑いで、ロシア人の男がギリシャで拘束された事件がありました。麻薬取引などで犯罪組織が得た不法収益をビットコインで受け付け、米ドルなどの現金に換金する手口で、男が自ら運営に関わっていたブルガリアのビットコイン取引所(BTC-e)を利用したマネー・ローンダリングの首謀者とされるほか、男が関わったマネー・ローンダリングと2年前に破綻したビットコイン取引所マウント・ゴックス(MTG)へのハッキングとの関連も指摘されています(MTGから容疑者個人のウォレットやBTC-eに送金されていく様子が可視化されたチャートが出回っています)。さらに、2014年に世界に拡散したランサムウェア「クリプト・ウォール」で集められた身代金が、最終的にBTC-eに一括して集められたとも言われています。これら一連の事件においては、「取引所」を悪用して「犯罪インフラ化」した事例だとも言えます(ただし、本事例は、取引所の運営者が事件の首謀者と言う分かりやすい構図であり、今回の「NiceHash」の事件の「真の受益者」がどのような存在でどこに潜んでいるのかは、今後の展開を待ちたいと思います)。いずれにせよ、あらためて認識すべきは、どんなに仮想通貨がブロックチェーン技術を使って安全性や透明性を謳っていても、その「つながり」「面」のどこか1か所でも「悪意」の抜け穴が存在し、それが塞げない(資金の流れを止められない)のであれば、それはもはや犯罪を助長する高度なインフラでしかないという点です。また、その「抜け穴」についても、セキュリティ上の脆弱性、非対面取引における本人確認手続きの脆弱性など、様々なものが考えられるところであり、仮想通貨全体の「犯罪インフラ」性を完全に否定するのは、現段階では難しいものと思います。
その他、仮想通貨を巡る最近の課題としては、新たな技術であるがゆえの「規制格差」が生じていることの歪みや、規制自体の「困難さ」(ブラックボックス化)に対する懸念などが噴出していることが挙げられます。例えば、米においては、米証券取引委員会(SEC)が、新設のサイバー部隊が違法なICOを摘発したと発表している一方で、米商品先物取引委員会(CFTC)がCMEグループとCBOEにビットコインの先物上場を認める方針を示す(そもそもCFTC自体、数か月前は「監視対象にする」と慎重な姿勢を示していました)など、米当局間の「規制格差」がサイバー空間にも及んでいる実態が鮮明となっています。また、ICOについては、ICO発行企業がホワイトペーパーと呼ばれる事業計画書を公表すると、新たなICOに関する情報がオンラインで拡散され、ほとんど審査されることもなく、ものの数分で新興企業が巨額の資金を得ることができることから、各国の監督当局に警戒を抱いている点は間違いないものの(中国や韓国ではICO自体が禁止されています)、国際的に統一された規制アプローチがなく、各国当局がこの危険性に対して影響力を行使できない状況が続いています。このままの状態が続けば、ICOの規制を強化した国から規制の緩い国に対して「資金の流出」が起こることが考えられ、それはまた、犯罪組織や悪意のある者を太らせることにもつながるものであり、国際的な規制網のあり方を検討する必要がある時期にきていると言えます。
また、「規制」自体の困難さ(ブラックボックス化)については、例えば、日銀総裁は、金融業務でAIの活用が進めば「意思決定がブラックボックス化し、顧客にとってのリスクにつながる」と指摘しています。金融システムのリスクを精査する上で、従来の金融機関の資産規模に加え、「膨大なビッグデータや、広く使われるアルゴリズムなどの重要度が増していく」ことから、そのリスクを精査することの困難さに直面すると警戒感を強めています。同様のことは、グーグル副社長も述べており、AIの進化で金融サービスやヘルスケア、運輸などの業界を管轄する当局にとっては、これらの業界規制が新たな試練となるだろう、との見方を示しています。曰く、「ニューラルネットワーク(人間の脳内にある神経細胞(ニューロン)とそのつながり、つまり神経回路網を人工ニューロンという数式的なモデルで表現したもの)は膨大なデータを読み込み自ら学習することで、車の運転や金融取引の予測分析、病気判断のための画像処理といった人間の脳と同様の働きができるが、このネットワーク自体が複雑な仕組みで動いており、開発者ですら把握して規制当局者に説明するのは不可能だ」と指摘します。つまり、規制当局が(さらには使用する事業者も)現に行われている業務を適切にリスク評価していくことが困難になりつつあるという課題に直面することになるということです。実際、報道(平成29年11月27日付ニッキン)によれば、クリーブランド連邦準備銀行が、オンライン融資を利用した消費者は、より深刻な負債を抱えているという調査結果を明らかにしています。オンライン融資の利用者は、その後2年間で他のローンにも手を出しやすい傾向があること、また、クレジットスコアが低い消費者も多いこと、さらに、通常の銀行からの融資も受けており、結局、多重債務の悪循環に陥っているという驚くべき実態が指摘されています。オンライン融資のAIのアルゴリズムをブラックボックス化させることなく厳しく解析し、あるいは、厳しく検証・監査していくことの必要性がすでに示されている以上、金融関係者にとっては喫緊の課題だと言え、他の事業者にとっても、AI等の活用の高度化に伴う、ブラックボックス化やそのもたらす弊害・リスクへの適切な対応については、今から取り組むべき課題だと言えます。
なお、金融庁は、このような状況を見据えて、現行の金融規制を見直す検討を始めています。現在は銀行なら銀行法が適用されるなど、業態ごとに規制がありますが、例えば、同じ決済サービスなのに、業態の主体ごとで適用する法律や規制内容が違っているのが現状であり、サービスごとに業態をまたぐ横断的なルールを規定することで、現行制度の不備をついて規制を回避しようとする動きを防ぐ狙いもあると思われます。その方向性については、既に述べた規制のあり方を巡る諸課題の解決とともに、十分に議論をしていただきたいと思います。
(6) 犯罪インフラを巡る動向
【SNS】
座間市の事件で、容疑者がSNS(ツイッター)を使って、自殺をほのめかしていた被害者と接触していたことを受けて、SNSの「犯罪インフラ化」からの脱却の取り組みが活発化してきました。政府などが業界・事業者に対策を求めるなど規制を強化する「公助」、業界が連携した対応を模索する「共助」、事業者が自らあるべき対応・対策を講じていく「自助」の3つのレイヤーでそれぞれ動きがあり、1つの大きな流れを作り出していると言えます。
まず「公助」の部分では、例えば、政府がマイクロソフト(MS)社に対し、運営する検索サイトに「死にたい」などと打ち込まれた場合に悩み相談などのリンク先を優先して表示する対応をとるよう要請しています。これにより、既にグーグルやヤフーなどは同様の対応を取っていることとあわせ、検索サイトの約99%がカバーできると言うことです。あるいは、超党派の議連からは、「若者の主な情報手段がツイッターやラインなどのSNSであることを踏まえた対応が必要」として、自殺に関するSNS上の書き込みに対し自動的に支援機関の情報が表示されたり、自殺ほう助など犯罪につながる書き込みは削除されたりする仕組み作りなどを求める要望書を厚労相に提出しています。また、「共助」としては、報道によれば、LINEやフェイスブックジャパン、DeNA、グリー、サイバーエージェント、ミクシィの6社を中心として設立された「青少年ネット利用環境整備協議会」が、SNSの利用規約に自殺の勧誘禁止を明記することを柱とする以下の5つの提言を発表しています。
- インターネット上の自殺に関連する情報に的確に対応できるガイドラインを協議会で策定し、協議会に参加する事業者は利用規約において「人を自殺に誘引もしくは勧誘する行為、又は第三者に危害の及ぶおそれの高い自殺等を紹介するなどの行為」等を明確に禁止すること
- 今回の事件で被疑者が投稿したような人を自殺に誘引する行為と認められる投稿を確認した際は、各事業者が定める利用規約等に基づき積極に対処をすること
- 人の生命・身体に危害が及ぶおそれがあり、かつ、緊急性の高い情報を認知した場合は、警察当局との連携等をし、被害を未然に防ぐ努力をすること
- 各事業者が運営するサイト・アプリ内において、注意喚起文の掲載、専門機関の紹介を行うなど安心・安全に利用できる対策をすること
- 協力省庁、全国SNSカウンセリング協議会などの関係諸団体と連携していくこと
この提言内容は、利用規約による制限だけでなく、事業者が認知した際の積極的な対応のあり方、有事の際だけでなく平時においても警察や外部の専門家と連携していくこと、利用者への積極的な案内を通じた安心・安全なネット環境の整備などが網羅されており、自殺や自殺ほう助の犯罪インフラ化からの脱却、表現の自由などの利用者の権利等に対してSNS事業者として「まだできることがある」との立場から、その可能性を積極的に追及したものとして高く評価できると思います。
また、「自助」という点では、事件に悪用された形のツイッター社は、そのオープンさが犯罪インフラ化を招いている面もあり、いち早く「もっとも重要なことはツイッターをより安全にし、悪用の可能性を排除すること。我々にできることはもっとある」とコメントし、改善する意向を示しています。グーグルの運営するユーチューブでは、暴力描写や憎悪をあおる表現を含まない過激派の動画の削除を行っています(直近でも、暴力やヘイトスピーチ(憎悪表現)を含まなくても、米英政府が「テロリスト」と指定した人物や組織を扱っている動画が新たに削除の対象となっています)。また、フェイスブックは、自殺をほのめかす投稿や動画をAIで抽出し、利用者の自殺を予防する取り組みを、EUを除く各地で展開すると発表しています。既に米国で試験運用されており、同社の専門家らで構成するチームにAIが通知し、利用者本人やその友人に電話相談の利用などを提案、緊急性が高い場合と判断した場合、フェイスブック側から当局に連絡することもあるというものです。
一方で、このような規制は、問題の本質的な解決につながらないという否定的な意見もあります。「いわば逃げ場となっているSNSで、悩みや思いをつぶやけなくなったら問題が表に出にくくなり、闇に葬られる危険性がある」といったものが代表的ですが、これら3つのレイヤーによる取り組み自体は、悩みや思いをつぶやくことを規制しているわけではなく、そのような悩みや思いが悪用されないために必要な規制、さらにはその問題を解決に導くために、事業者ができることを追求しようとしているものと整理すべきかと思います。
SNSの犯罪インフラ化については、このような側面だけでなく、容疑者と被害者の接点がほぼインターネット上だけであり、リアルな関係がほとんどないこと、通信の秘密や個人情報保護法の高い壁によって捜査の実効性が著しく阻害されていることなどがあります。例えば、携帯電話の位置情報の照会すら、緊急性の要件が満たされ、かつ頻繁には利用できないと言われています。捜査員を大量に動員することが通常は困難だという捜査上の現実もありましたが、実際のところ、被害者のうち2人について、わずか5日ほどの間に携帯電話の電波が同一の基地局内で途絶え、それが現場アパートからは約30メートルの距離であったにもかかわらず、すぐには突き止めることができなかった事実があります。結果的に「もう少しできることがあるのではないか」と言われればその通りだとしても、実際は、多くのノイズにかき消されるような、犯罪捜査を阻害する要因が多い現実があり、それがSNSの持つ犯罪インフラ性であると言えると思います。このSNSの持つ犯罪インフラ性の解消に向けては、事業者の積極的な取り組みや官民の連携、事件捜査における有効性の追求など、多層的・多面的な取り組みが必要だと言えます。
【専門家リスク】
パナマ文書やパラダイス文書によって、タックスヘイブン(租税回避地)が広く利用されている実態が明らかとなりましたが、報道(平成29年11月15日付ロイター通信)によれば、EUの執行機関である欧州委員会委員(経済・財務・税制担当)が、EUは納税額を大幅に削減するスキームの考案を手助けする弁護士、銀行家、アドバイザーなどを規制するルールで早急に合意すべきとの考えを示しています。専門家が高度な専門知識を駆使して脱法的なスキームを構築し、適正な納税を逃れているのではないかとする懸念がベースにあり、正に「専門家リスク」に着目したものだと言えます。本報道でも指摘していますが、「アグレッシブ・タックス・プランニング(ATP)」と「租税回避」自体は、合法ではあるもののグレーゾーンとされており、不当行為の隠れ蓑になるケースもあります。BEPS(税源浸食と利益移転)と呼ばれる「近年のグローバルなビジネスモデルの構造変化により生じた多国籍企業の活動実態と各国の税制や国際課税ルールとの間のずれを利用することで、多国籍企業 がその課税所得を人為的に操作し、課税逃れを行っている問題」(国税庁)を巡っては、すでにOECDから平成27年9月に最終報告書が出されていますが、パナマ文書やパラダイス文書の問題を契機として、あらためてATPと租税回避における透明性に関する境界線を巡る議論が活発化するものと期待したいと思います。
なお、本件については、日本経済団体連合会(経団連)からOECD租税委員会あての意見書「BEPS行動12(義務的情報開示ルール)に係わる公開討議草案に対する意見」(平成27年4月28日付)において、「一部の多国籍企業によるアグレッシブ・タックスプランニング(ATP)を抑止し、税源侵食の防止、及び平等な競争条件の確保を図るとの行動12の趣旨は理解できる。BEPSを推進するプロモーター、それらスキームを利用・開発する濫用的納税者は厳しく取り締るべきである」としつつも、「但し、通常の納税者の事務負担が不当に増加するようなことがあってはならない」と過度な規制の導入をけん制しています。その上で、「プロモーターと納税者の双方に報告義務を課すことは、納税者のみならず税務当局の執行及びコンプライアンスコストの更なる増加という、不必要な事務負担の増大につながることから、まずはスキームの全体像を熟知しているプロモーターに第一開示義務を課すべき」との意見を表明しています。この点については、直近の「平成30年度税制改正に関する提言」においても、「国際課税の諸問題~(2)BEPS勧告の国内法制化に関する課題」において、「義務的開示制度」との項目の中で、「移転価格文書化や外国子会社合算税制に関する近年の改正によって、課税当局に開示する情報は増加傾向にある。まずはこれら制度の定着を図ることが先決であり、なお足らざる情報があるか否かについての検討はその後の課題と位置づけるべきである。万が一導入される場合でも、納税者の事務負担を最小化する観点から、報告義務者はプロモーターとすべきである」と述べており、現在も専門家リスクの当事者が透明性を高めるべきであるとする意見が継承されています。
▼経団連 平成30年度税制改正に関する提言(平成29年9月19日)
【宗教法人】
前述したビル型納骨堂「梅旧院光明殿」の運営会社「光明殿」の関連宗教法人から資金を引き出して暴力団に流し、損害を与えた背任事件でも「宗教法人」が犯罪インフラとして悪用されましたが、直近では、それ以外にも、佐賀県の宗教法人がヤミ金を行っていたとして出資法違反(超高金利)の疑いで摘発されています。報道によれば、佐賀県伊万里市の宗教法人「至誠光魂寺」が、「女神建立のため」の寄付金、茶わんやコーヒーカップの売買に偽装してヤミ金融を営み、全国の中小企業の経営者らに10億円以上を貸し付け、利息を含め約16億円を回収したとみられています。また、逮捕された代表らが架空の信者を記した名簿を県に提出し、法人設立の認証を受けた疑いももたれています。宗教法人は国や都道府県に対し、財産目録や役員名簿を毎年、提出することが義務づけられているにもかかわらず、届出が行われていない(活動実態が不明な)休眠宗教法人が多数存在し、ブローカーの関与によって犯罪の温床となっている実態があります。さらに、自治体の人員不足等の理由により規制が進んでいないとも指摘されていますが、そもそも行政が法人側に個別報告を求めるには国の宗教法人審議会に諮ることが必要で、佐賀県でも報告を求めた例がなかったということです。また、宗教法人が生活に困窮する信者を助けるため非営利で融資することは認められており、お布施など宗教上の活動で得た収入は非課税とされているのが現実です。つまり、宗教法人のこれらの特例的な取扱いが隠れ蓑となり、外形的に公正な宗教活動を取り繕い易く、構造的にその実態が外部から見えにいという問題があり、そのことが不正の温床(犯罪インフラ化)につながっているのです。
それに加え、佐賀の事件では、宗教法人の存在そのものがほぼ架空であったという点も大きな問題だと言えます。このあたりの構造は、休眠会社を悪用するスキームと同様であり、本コラムでも以前((暴排トピックス2013年6月号、(暴排トピックス2014年12月号など)、休眠会社の悪用について取り上げた際に、「休眠宗教法人」の増加に関する問題が表面化している(脱税等のハコとして悪用されている)点を指摘しています。宗教法人は、前述の通り、活動実態に関する国への報告を行っていないところが多く、そもそも整理・統合といった実態の把握が進んでいない状況にあります。また、税制面で優遇される宗教法人を脱税の隠れみのとして悪用する事例も後を絶たない状況が以前から続いており、実際に暴力団が宗教法人を悪用して犯罪収益のマネー・ローンダリング、脱税を行っている事例も発生、売買を仲介するブローカーも暗躍している状況にあります。そもそも宗教法人では、寄付金やお布施、お守り販売といった宗教に関する事業や幼稚園の経営などによる収入は非課税となるほか、収益事業の法人税率も一般の法人と比べて優遇されていることから、悪用される危険性が高い「犯罪インフラ」であり、その実態の不透明さを悪用した「休眠宗教法人」については、さらに「犯罪インフラ化」の危険性が高いと言ってよいと思われます。なお、悪用された事例として、他にも、開運商法で得た所得を隠したとして、大阪市の開運グッズ販売会社(解散)の元実質経営者ら5人が逮捕された脱税事件で、同社が休眠状態の宗教法人を買収し、同法人から開運グッズを仕入れていると装って経費を架空計上していた事例が報道されています。
事業者の反社チェック等の実務においては、休眠会社(休眠会社を使った活動実態の偽装等)の見極めも重要なポイントのひとつです。実際、暴力団関係企業の登記情報を精査すると、ある時点で全く別の企業に様変わり(断絶)している状況を目にすることも多く(ネットでの休眠会社の売買を仲介するシステムという「犯罪インフラ」の存在もあります)、反社チェックにおいては、相手方企業の来歴を丁寧に確認していくことが重要であり、「隠そうとする断絶」を発見したら、これまでご紹介したような悪用の手口を想起していただきたいと思います。そして、宗教法人との取引においても、相手が休眠法人や休眠宗教法人でないか、反社チェックの一環として登記情報や実体・実態確認を適切に行い、その犯罪収益の移転(取引等を通じた資金の流れ)に巻き込まれないような取組みが求められると言えます。
(7) その他のトピックス
【薬物を巡る動向】
最新の警察庁の犯罪統計資料(平成29年1~11月)によれば、刑法犯全体の認知件数が前年同期に比べて8.2%減少していますが、覚せい剤取締法の送致件数については13,108件(前年同期13,858件、前年同期比▲5.4%)、送致人員が9,193人(9,510人、▲3.3%)と減少しているのに対し、大麻取締法については、送致件数が3,576件(3,109件、+15.0%)、送致人員が2,701人(2,281人、+18.4%)とむしろ増加している状況が確認できます。さらに、暴力団員による覚せい剤取締法違反についても、検挙件数が6,416件(7,066件、▲9.2%)、検挙人員が4,397人(4,709人、▲6.6%)であるのに対し、大麻取締法違反の検挙件数は1,001件(943件、+6.2%)、検挙人員は688人(601人、+14.5%)と増加していることが分かります。暴力団員の減少傾向が続いている中、とりわけ大麻事犯が増加していること、暴力団の薬物犯罪への関与が深まる中、暴力団が大麻に関与しているケースが増加していることが読み取れ、注意が必要な状況だと言えます。
先日、警察政策フォーラム「薬物犯罪の現状と課題~再犯防止及び大麻の拡散防止を中心に~」を聴講しましたが、警察庁の報告によれば、危険ドラッグから大麻へのシフトが明らかになっていること、覚せい剤事犯における初犯者の割合が35%であるのに対し、大麻事犯では77%を占めていること(さらに、再犯者の割合が10年前は13.3%だったのに対し、今は23%と増えていること)、暴力団の薬物事犯(特に覚せい剤事犯)への関与が強まっていること、(本コラムでも紹介していますが)暴力団による大麻栽培の摘発が増えており、東組傘下組織組長による大麻大量栽培事件では、栽培施設に4,000万円が投資された一方で、摘発時には、2万本以上、末端価格にして40億円と推定される大麻が押収されたこと(その投資効率の高さが分かります)や、ベトナム人マフィアグループと神戸山口組傘下組員との国際的な協働事例があったことなどが紹介されました。さらに、大麻の仕出国の上位が、アメリカ・カナダ・オランダなど大麻の合法化が進んでいる地域からであること、密輸に代わり「国内製造」「国内流通」にシフトしつつあることなどにも注意が必要だと言うことです。
また、薬物依存症治療に携わる医師からは、大麻依存症の場合、(覚せい剤等とは異なり)ごく普通の人の来院が目立つことから、既に社会の広範囲に拡がっているのではないか、「大麻は安全」との誤った認識が流布しているのではないかといった懸念が示されたほか、他の報告者の内容等からも、治療や犯罪等で表に出ている以上に大麻に手を染めている人間が若者を中心に多いことを懸念する声が相次ぎました(実は、30歳台以上の大麻依存症患者の多くは、かなり昔から大麻に手を出していることが知られており、それが社会的に表面化していないだけという状況もあるようです)。
なお、当該医師の報告によれば、薬物依存症の正体は「ドーパミン依存症」であり、行為依存症(ギャンブル依存症やネット依存症など)も同じドーパミン依存症であること、ただし、薬物依存症では、依存症物質が脳を委縮させるなどの障害を引き起こすこと、薬物依存症は脳障害が少しずつ重症化する進行性疾患であること(したがって早い段階での医学的治療が有効であること)、大麻依存症の依存症化率は10%にも上ること(アルコール依存症は0.9%であり、大麻には強い依存性があること)、大麻は海馬を委縮させて記憶障害を引き起こすこと(再就労等において大きな障害となること)、医療用大麻と吸煙大麻は成分が異なっており、医療用は腸からゆっくり吸収されるため「無害」であるのに対し、後者は肺で一気に吸収されるため「有害」であること、大麻合法化は、「大麻が国民の50%近くまで蔓延して禁止する意味がなくなった国がやむなく行うこと」で「経済的損失を少なくするための便宜的措置に過ぎないこと(WHOが大きな疾患と指摘しているように、大麻が安全だから合法化するわけではないこと)」など、医学的見地からの示唆に富む報告がありました。本コラムでは、大麻(マリファナ)の合法化については、犯罪組織の資金源への打撃を与えることが大きな目的と捉えてきましたが、その視点とは別に、経済合理性の観点から蔓延を防ぐ意味を失うことがその背景にあるとの指摘は、大変考えさせられるものでした(関連して、前回の本コラム(暴排トピックス2017年11月号)でも取り上げたオピオイド問題について、米経済諮問委員会(CEA)が、2015年にオピオイド関連で33,000人が死亡し、これによって失われた経済生産は2210億~4310億ドルに上ると指摘しています。また、報道によれば、死に至らないオピオイド使用による2015年の経済コストは720億ドルと推計されており、これには医療費、刑事司法関連の費用、中毒患者による経済生産低下が含まれるとのことです。米におけるオピオイド被害については、トランプ大統領が非常事態宣言を出すほど事態が深刻化していますが、このようなコストの増大が臨界点に達した場合、規制のあり方にどう影響するのか注目されます)。
さらに、このような大麻の有害性(依存性の高さや脳への影響、再就労への影響など)や「医療用と吸煙用」の大麻の違い(無害性と有害性の違い)は現時点でも国民の間で十分な理解が得られているとは言えません。今後、大麻合法化・非処罰化の国などからの流入量の増加や大麻から覚せい剤へのシフトなどの危険な事態の定着化・深刻化も危惧されること、大麻の有害成分であるテトラヒドロカンナビノールが品種改良を経て強力になっていること(有害性が高まっていること)などから、これまで以上に大麻の違法性・有害性を国民にきちんと伝えていくための広報が重要となると思われます。
【注】 直近の報道では、富山大大学院教授(薬物治療学)らの研究グループが、体内にあるたんぱく質の一種「TMEM168」が、覚せい剤依存を抑制する働きがあることを突き止めたと発表しており、治療薬開発につながる可能性があると言うことです。このような医学的見地からの薬物阻止の取り組みが進展することも、あわせて期待したいところです。
さて、直近においても、大麻栽培に関する以下のような報道がありました。暴力団の関与以外の2つの事例において、逮捕されたのが外国人であること、市民からの情報提供により発覚したという共通点を持っている点が注目されます(外国人や暴力団以外の「普通の人」が大麻栽培をしていた場合、市民からの情報提供がきちんとなされるのかは危惧されるところです)。
- 密売目的で大麻を栽培したなどとして、警視庁組織犯罪対策5課は、大麻取締法違反(営利目的栽培)などの疑いで、六代目山口組系組長と男3人を逮捕しています。植木鉢で大麻を栽培、容疑者の自宅で、乾燥大麻約41グラムを所持していたというものです。
- 滋賀県警は、自宅で大麻草を栽培したとして、大麻取締法違反(営利目的栽培)の疑いでベトナム国籍の男4人を現行犯逮捕しています。自宅からは、800株以上の大麻草が見つかっており、滋賀県内で摘発した中で最も多い量だと言うことです。なお、「外国人が違法薬物をやっている」と滋賀県警に情報提供があり発覚したようです。
- 富山県警高岡署などは、覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで、ブラジル国籍の男を逮捕しています。容疑者が大麻を栽培しているとの情報が寄せられ、富山県警は、大麻取締法違反の疑いで自宅アパートを家宅捜索、大麻草118本を発見しています。
また、アフガニスタンでヘロインなどの原料となるケシの栽培が、今年急激に拡大したとする調査結果が、国連薬物犯罪事務所(UNODC)から公表されています。推定栽培面積は前年比63%増の32万8千ヘクタール、収穫量見込みは87%増の9千トンと、いずれも過去最大規模だと言うことです。アフガニスタン当局の取り締まりが都市部に集中したことで地方が伸びたことや太陽光発電による収穫効率化が進んだことが背景にあるとされます。アフガニスタンは世界の麻薬供給源として、さらには、反政府勢力タリバンやISの資金源となっていることから、これまでも問題になっていましたが、安価で高品質の麻薬が世界に拡散することになり、状況が悪化していることから対策が急務だと言えます。
【金の密輸】
本コラムでもたびたび紹介しているように、密輸した金を日本国内で売却すると、本来税関で納めるべき消費税額分が利益として得られることを悪用して、金の密輸が急増しており、暴力団や海外の犯罪組織による組織的な関与も表面化しています。今後、消費税が8%から10%に引き上げられれば、さらに問題が深刻化することは明らかであり、その対策が急務とされていたところ、財務省は、罰金の上限を現行の1,000万円から、密輸した金の価格の5倍に引き上げる法案を来年の通常国会に提出するということです。金の価格は現在、1キロ500万円ほどであり、罰金が1,000万円では、大量に密輸する犯罪組織などへの抑止効果が不十分であると指摘されていたところでしたので、密輸には相応のリスク(割に合わないレベル)を取ることになります。また、直近では、韓国から中部空港に金塊計30キロ(約1億3,000万円相当)を密輸入し消費税を免れたとして、関税法違反(無許可輸入)などに問われた女5人に有罪判決が下されましたが、「組織的・職業的犯行で、密輸に不可欠な役割を果たしており、非難に値する」と指摘されています。報道によれば、本件の公判では、「旅費が浮くなら」「みんなと一緒なら」といった、近所の主婦仲間5人がアルバイト感覚の軽い気持ちで、事件に加担していたことが浮かび上がっており、財務省案であれば、密輸は割に合わないと犯罪者に思わせ、犯行の抑止につながることも期待でき、相当程度の効果を発揮するものと思われます。加えて、今年6月までの一年間の脱税額は約8億7,000万円と過去最大となっており、とりわけ金の密輸は韓国と香港、中国からが7割以上を占めていることから、先日、日本、中国、韓国の税関トップが会合を開き、日本で急増する金の密輸対策のため、協力していくことで一致しており、国際的な包囲網の形成による摘発の強化・抑止力の強化も期待されます。
【訓練の重要性】
本コラムでも最近続けて取り上げていますが、北朝鮮による弾道ミサイル発射や世界で頻発するテロ、2020年東京五輪を控えた状況下にあって、ここにきてようやく国内での実践的な訓練が数多く実施されるようになりました。直近では、弾道ミサイルの着弾による「武力攻撃事態」を想定した初の国民保護訓練が、長崎県雲仙市などで行われています。国民保護法に基づく訓練は、公共施設での化学薬品の散布などテロへの対応に限られてきたところ、ようやく実現できたことになりますが、国民や自治体の意識の高まり自体は評価できるものの、(日本の国民性を考えれば)それだけ脅威が身近に迫っていることの証左でもあります。弾道ミサイルの飛来を想定した避難訓練自体は、3月の秋田県以来、全国で20回以上実施されていますが、今後は、より実効性を高める意味で、弾道ミサイルの標的になる可能性がより高い大都市や、米軍基地、原発などの施設周辺の自治体での訓練の実施が望まれます。一方で、報道(平成29年11月29日付朝日新聞)によれば、北朝鮮が11月29日に発射した弾道ミサイルについて、日本政府は事前に兆候をつかんでいたものの、不完全な情報で不安をあおるリスクや情報収集を他国(米国や韓国等)に依存している事情からむやみに公表することで北朝鮮が計画を変更する可能性等を考慮し、公表して国民に注意喚起することはなかったとされます。本来は重大な危険が迫っていればいち早く国民に知らせるべきところ、このような慎重な対応を取らざるを得ない日本の情報収集能力の脆さは極めて残念です(ただし、今回は、事前に「重大な兆候がある」との報道が一部でなされていたことから、政府として唯一取り得る警告対応だったのではないかと思われます)。一方で、以前、滋賀県の幼稚園は小中学校に弾道ミサイル飛来への注意喚起文書を配布したところ、「いたずらに不安をあおる」として学校に抗議した保護者が多かったということがありました。直近の福岡市における弾道ミサイル訓練においても、平和運動の市民団体が「戦争の危機をあおるな」と抗議活動を行ったことや、「通勤時間帯に行わなくてもよいのはないのか」といった市民の声が報道されていましたが、いずれも、それを受け止める人々の危機意識が低いと指摘せざるを得ません。与えられた情報について、大人であれば言うまでもなく、子どもに対しても、自らの常識や良識をふまえてどう伝えるか、どう接するべきかを主体的に考えるべき場面であり、「命を守る」教育がこれまで全くなされてこなかった日本の危機管理の「底の浅さ」が露呈したと言えると思います。今後、実践的な訓練が官民挙げて実施され、それが当然の如く受け入れられる状況になることで、日本の危機管理のレベルアップにつながるものと思います(東日本大震災の時の「釜石の奇跡」は有名ですが、それは、日頃の真剣な避難訓練の実施(訓練時には様々な障害を潜ませておく徹底ぶり)や「とにかく逃げる」「高齢者など避難弱者を助けて逃げる」といった行動指針の徹底に裏付けられており、決して奇跡ではありません。そこまで徹底することで危機管理のレベルが向上するのであり、現状の予定調和的な訓練ではまだまだ十分だとは言えません)。
さて、今回も、直近で報道された様々な訓練について、以下、列記しておきたいと思います。
まず、北朝鮮による相次ぐ弾道ミサイルの発射を受け、万一の飛来に備える訓練が以下のように全国各地で行われています。
- 山梨県と身延町は、山梨県町立身延中学校で北朝鮮の弾道ミサイル発射を想定した避難訓練を行っています(当日の朝に実際に北朝鮮の弾道ミサイルが発射されています)。県内では先月の山梨市に次ぎ2回目、学校単独の訓練は初めてとなります。全校生徒と教員の約200人が参加しています。
- 福岡市で、北朝鮮の弾道ミサイルが上空を通過したとの想定で訓練が行われましています。市内全域の携帯電話に緊急速報メールが配信され、鉄道各社も参加し市内を走る地下鉄やJR在来線、私鉄の全線で数分列車が止まりました。政府と地元自治体によるミサイル想定の訓練は、政令指定都市での実施も都市部での実施も初めてだったと言うことです。
- 米ハワイ州が、弾道ミサイル攻撃に備えた警報訓練を行っています。訓練は東西冷戦終結以来の実施で全米でも初となり、今後は毎月実施されるということです。州知事の、核攻撃への備えは「新たな常識になった」という発言も重い意味があります。
- 広島県は弾道ミサイル着弾を想定した初の国民保護図上訓練を実施し、対策本部の設置や警戒区域の設定、避難指示など関係機関と連携した対策を確認しています。広島県内にミサイルが落下し、負傷者や被害住宅が出たほか、山林火災が発生、鉄道やバス、フェリーなど交通機関も停止したとする、かなり実践的な想定だと言えます。なお、広島、島根、高知の3県は、北朝鮮が8月、米領グアム周辺に向けた弾道ミサイル発射計画での上空通過を予告したエリアとなっています。
- 総務省消防庁は、ミサイルの発射や災害情報を国から自治体へ伝える全国瞬時警報システム(Jアラート)の一斉訓練を実施、全ての都道府県と市区町村が対象となりましたが、愛知県や滋賀県などの一部自治体で防災行政無線から音声が流れなかったり、登録制のメールを送信できなかったりするトラブルが発生しました。その後の追加の訓練でも、東北や近畿など10府県計12市町で、住民に情報が伝わらないトラブルがあったということです。報道によれば、トラブルには機器の電源欠落やケーブルの緩みなど日頃の点検不足によるものもあり、同庁は12市町に改善と再訓練を要請しています。
- 北朝鮮情勢が緊迫する中、他国からの弾道ミサイル発射を想定した国民保護共同訓練が、福井市で行われました。Jアラートの全国一斉テストに合わせ、国と県、福井市が共催。避難訓練や情報伝達訓練があり、県内の他市町にも参加を呼びかけて実施され、ミサイル発射を想定した訓練は県内で初めてだということです。
- 国と長崎県が共同で計画した雲仙市でミサイル着弾を想定した訓練を実施しました。ミサイル攻撃を想定した避難訓練は各地で行われていますが、自衛隊なども含む関係機関が連携して着弾への現場対応を行う国民保護訓練は初めてだということです。訓練は、他国からミサイル2発が発射され、7分後に同県雲仙市の港の埋め立て地と近くの海に落下したとの想定で行われ、不発弾だったが、付近の家屋に被害が出て5人が負傷したという、かなりリアルな想定も含まれてます。
また、2020年東京五輪・パラリンピックを見据え、テロを想定した訓練も実施されています。
- 爆発物などの原料となる薬品がテロリストに渡るのを防ごうと、警視庁万世橋署は、ドラッグストアで、不審者が来店した場合の対応訓練を実施しています。訓練は、不審者が「オキシドールを大量に買いたい」と来店したとの想定で実施され、警察は「地域からの情報がテロ防止には必要。どういう購入目的か、不審な点はないか、余裕を持って対応してもらえれば」と述べたと報道されています。なお、このようなロールプレイング形式の訓練は、警視庁により定期的に実施されています。
- 大規模テロを想定し、埼玉県やさいたま市、国などが、情報収集や救援措置などを行う国民保護共同図上訓を実施しています。埼玉県内では2019年にラグビーワールドカップ、2020年に東京五輪・パラリンピックが予定されており、テロ対策が課題となっています。埼玉県危機管理防災センターやさいたま市危機管理センターには約300人の関係者らが集まり、テロの初動対応などを確認しています。
- JR秋葉原駅で、駅コンコースでナイフを所持したテロリストが駅利用者を無差別に殺傷し逃走したという想定で訓練が実施されています。警視庁万世橋署員のほか、JR東日本職員や神田消防署員を含めた約70人が参加し、通報で駆けつけた救急隊員らが応急救護所に負傷者を運び、手当ての緊急度に従って優先順位をつける「トリアージ」などを行っています。
【パナマ文書・パラダイス文書】
租税回避地(タックスヘイブン)を巡る「パナマ文書」の報道に参加したマルタの女性調査報道記者が爆殺された事件で、マルタ警察は10人を殺人容疑などで逮捕しています。容疑者は全員がマルタ人で、多くは犯罪歴があったということですが、今のところ首謀者に関する情報は明らかになっていません。亡くなった女性記者は、パナマ文書を元に首相の妻らがマルタのエネルギー輸入に関連して中米パナマに会社を置き、大金を得た疑惑などを報じていましたが、政府関係者の資産隠しの疑惑を自らのブログに書いた直後、レンタカーで自宅を出たところで爆殺されています。同国首相は自身の疑惑を否定した上で、爆殺事件の徹底捜査を約束、米連邦捜査局(FBI)などに協力を要請していたものです。しかしながら、報道(平成29年11月25日付毎日新聞)によれば、この事件の背後には、パナマ文書だけではなく、犯罪組織を巡る数々の追及記事があったようです。例えば、この女性記者は、リビアの民兵組織とマルタ企業が協力し、リビア産原油を欧州に密輸している疑惑や、国債購入などと引き換えにマルタの旅券を「販売」する政府の政策を強く批判する論調の報道を行っていたとされます。ロシアマフィアとのつながりが指摘されるマルタに住んでいないロシアの資産家が、マルタ旅券を取得した実態を明らかにし、マルタ旅券がEU内の移動のために悪用される可能性、マルタからEU全体にマフィアが入り込む可能性などを指摘していたといいます。このような実態を受け、欧州議会は、マルタ警察が汚職や資金洗浄などの犯罪を防げていないとして「深刻な懸念」を表明、欧州委員会にマルタの「法の支配」の実情を調査するよう求める決議を賛成多数で採択しています。「マルタの闇」(同紙)を巡る真相が女性記者の死によって明らかにされるのか、このまま闇に葬られるのか現時点では何とも言えませんが、少なくともパナマ文書がその闇の一部を白日の下に晒したと評価できると思います。タックスヘイブンを巡る問題の本質は、本コラムでたびたび指摘してきているように、租税回避行為にとどまらず、マネー・ローンダリングやテロ資金供与、金融制裁逃れなどの犯罪を助長する「犯罪インフラ」機能にあります。さらに言えば、今回注目されることとなったマルタを巡る犯罪組織の動向、あるいは、国際安全保障の脅威となる北朝鮮等やテロリスト、反社会的勢力などにつながる資金の流れを断ち、犯罪や脅威を抑えこむという視点から、「真の受益者」にかかる資金の流れを解明することこそ急務であり、正にその視点からパナマ文書(あるいはパラダイス文書等)の解析がますます重要になっていると言えます。
また、タックスヘイブンを巡る最近の動向としては、EUが17の国・地域をタックスヘイブンのブラックリストに指名し公表したことも大きな話題となっています。指定されたのは、米領サモア、バーレーン、バルバドス、グレナダ、グアム、韓国、マカオ、マーシャル諸島、モンゴル、ナミビア、パラオ、パナマ、セントルシア、サモア、トリニダード・トバゴ、チュニジア、アラブ首長国連邦(UAE)で、これらの国・地域は、EU機関が国際金融業務で利用できなくなるほか、関連取引が精査対象となる可能性もあると言うことです。なお、ケイマン諸島やバミューダなど英国の海外領土はブラックリストから外れた(ちなみに、これらの地域は、日本と国際的な脱税及び租税回避行為の防止に向けた情報交換ネットワークの拡充に向けた租税協定を締結しています)ほか、「グレー」リストとして、スイスやトルコ、香港など47の国・地域を監視対象となりました。これらの国や地域は、透明性や協力に関するEU基準に適合するよう、租税規則の変更を確約しているとされます。
また、EUは、IT分野の多国籍企業の課税逃れを防ぐため、課税の強化策を検討する方針で一致しています。加盟国の間で意見の相違が残っており、課税強化策が実現するかは不透明ではありますが、米国のIT企業が、欧州内で税率の低い国に子会社を設置して利益を集め、納税額を減らしていることに対し、域内で危機感が強まっていることが背景にあります。
【平成29年版犯罪白書のあらまし】
法務省から「平成29年版犯罪白書のあらまし」が公表されています。今回は、「更生を支援する地域のネットワーク」が特集として組まれています。
同文書によれば、出所受刑者の約4割が5年以内に再び受刑(再入所)しており、そのうち約半数は2年以内に再入所、2年以内の再入率18.0%と高いことが指摘されています。罪名別の2年以内再入率では、窃盗(23.2%)、覚せい剤(19.2%)が総数より高いこと、年齢層別の2年以内再入率では、高齢者が23.2%(前年比2.8pt上昇)と他の年齢層と比べて一貫して高いことが分かります。とりわけ、高齢者(65歳以上)の入所受刑者は2,498人で、平成9年の約4.2倍に上っており(女性では約9.1倍)、高齢者率は12.2%(前年比1.5pt上昇)、再入者の割合が70.2%(全年齢層では59.5%)と高齢者の再入所が急激に増加しており、高齢者の再犯防止が喫緊の課題であることが数字面から明らかとなっています。
また、更生支援に対する国民の意識については、「過半数の国民には、犯罪や非行をした者の更生支援への協力意識があるものの、直接関わることに対しては不安や抵抗感がある。犯罪や非行をした者への意識の変化が国民の協力を得る鍵となる」と指摘しています。また、民間協力(協力雇用主、保護司等)については、登録上の協力雇用主数は増加しているものの、実際に雇用をしている協力雇用主の比率は伸び悩んでいる状況にあります(裏返せば、出所者の就労先確保の難しさが浮き彫りになっていると言えます)。また、保護司の人員は減少傾向にあることなどとあわせ、民間協力者の協力状況は厳しい現状にあると言えますが、「民間協力者が当初感じる不安も、犯罪や非行をした者との実際の関わりや、支援制度の活用を通じて軽減できる」と指摘し、支援に向けて1歩を踏み出すことの重要性を感じさせます。また、地方公共団体については、競争入札における加点措置(協力雇用主に対する優遇措置)、直接雇用は増加傾向にあるほか、保護司の活動場所となる更生保護サポートセンターの設置数も増加傾向にあり、地方公共団体の施設等への設置が約8割にも上るなど、地方公共団体においては民間協力者(協力雇用主、保護司等)に対する支援を通じた再犯防止の取組みが拡がりつつあることが確認できます。
これらの分析結果に加え、「先駆的な取組の多くは、地方公共団体の首長や職員の意識に支えられており、民間協力者が地方公共団体の理解を得るのに重要な役割を果たしている例が多い」といった指摘や、「社会福祉士等の専門知識を備えた職員は、地方公共団体等、地域の関係機関・団体等の理解を促す重要な役割を果たしている」といった指摘などとあわせれば、民間協力者の支援を引き出すためには、特に不安や抵抗感を感じやすい協力の初期の段階での手厚い支援が有効であることや、地方公共団体等においては専門知識を備えた職員の配置等が重要となること、当然のことながら首長などトップの強いコミットメントなどが必要となること、さらには、地域ぐるみのネットワーク(民間協力、地方公共団体を含む多機関連携)の強化による、刑事司法の期間等にとらわれない切れ目のない”息の長い支援”が現場では求められていること、などが極めて参考になるものと思います。
【北朝鮮リスクを巡る動向】
北朝鮮は、11月29日の早朝、9月15日以来となる弾道ミサイルを発射しました(弾道ミサイルの発射は今年15回目となります)。今回は、日本の排他的経済水域(EEZ)内の日本海に落下したと見られていますが、国内では被害も確認されておらず、Jアラートは発令されないまま特段の混乱等もありませんでした。今回のミサイル発射は、11月20日の米国による「テロ支援国家」再指定(米政府は1988年に北朝鮮をテロ支援国家に指定していますが、ブッシュ政権時の2008年に解除しています。なお、テロ支援国家に指定されると、対象国に対する武器禁輸や人道目的以外の経済支援停止など独自制裁が科されることになります。現在、テロ支援国家には、イラン、スーダン、シリアも指定されています)に対抗する意図があったものと見られています。その米国は、テロ支援国家再指定後、北朝鮮の核・弾道ミサイル開発の資金源を遮断するため、米財務省が、違法取引を行ったとして中国と北朝鮮の貿易、輸送会社など13団体、個人として中国人1人、北朝鮮の船舶20隻を、米国内の資産凍結や米国人との取引禁止などの制裁対象に指定したと発表しました。注目すべき点としては、北朝鮮以外の第三国の企業や個人に制裁を科す「二次的制裁(セカンダリー・サンクション)」を中国企業に発動したことが挙げられます。なお、今回の追加制裁では、北朝鮮の労働者をポーランドなどに派遣する北朝鮮企業も対象になっています。ポーランドは、EU内で、これまで最も多くの北朝鮮労働者を受け入れてきた国であり、平成28年以降、北朝鮮の核実験などを受けて新規ビザ発行を中止していますが、今も不法滞在する労働者はいるとみられ、実態は不明だと言うことです。また、北朝鮮労働者の排除という点では、モンゴルで北朝鮮労働者1,200人を帰国させる動きが出ていることも注目されます。同国は北朝鮮の伝統的な友好国であるにもかかわらず、今回は、国連安全保障理事会の対北朝鮮制裁決議に基づき、契約更新を禁じる厳しい対応をとっており、さらに、国連安保理決議を順守し、新規就労も許可しないことも同国外相が明言しています。また、中国の対応についても、政府が中国遼寧省丹東と北朝鮮の新義州を結ぶ鉄橋を一時閉鎖すると報じられています。鉄橋は中朝貿易の主要ルートであり、表向きは補修工事が理由ですが、北朝鮮との貿易を一定期間制限することで、北朝鮮に圧力を加える意図があるとみられています(その一方で、北朝鮮の外貨獲得手段の一つであるサイバー攻撃については、中国とロシアが接続インフラの提供を行っており、昨今の北朝鮮によるサイバー攻撃リスクを高めている実態があります。このような「抜け道」をどう塞いでいくかも、制裁の実効性を高めるうえで重要となります)。今回のミサイル発射でこれだけ狭められてきた包囲網がますます厳格な運用となることは必至であり、北朝鮮を巡る緊張は高まる一方です。
日本においては、今回のミサイル発射と前後して、北朝鮮からの不審船の漂着が相次いでいます。人道的な見地からは難民が大量に押し寄せる事態も検討すべき状況にあると言えますが、その際の感染症対策について、北朝鮮で発生している感染症の把握(WHOが指摘するマラリアのほか、日本では予防できているはしかや風疹、ウィルス性肝炎など)や難民保護施設などで集団感染が起きた場合の対応などの検討を厚労省が始めています(それだけ、事態が発生する可能性が高まっていると言えます)。一方で、それに紛れて北朝鮮の工作員の不法上陸等の事態も想定しておく必要があります。実際、漁具や家電を盗んだりした連中が注目を浴びましたが、実は部隊名プレートの付いた漁船も発見されています(軍人などが乗っている可能性が高く、そうであれば別の目的があると考えるべきです)。すべての海岸線を警備するのは難しく、そうであるが故に、武装した工作員や難民の攻撃などの可能性も含め、警備態勢を強化する必要があると思います。
また、ALM/CTFの国際基準を策定しているFATF(金融作業部会)から、北朝鮮に関する声明が出されており、とりわけ資金の流れの面で十分な監視を行うよう国際社会に警告していますので、紹介しておきます。
声明では、「FATF は北朝鮮から生じる拡散金融リスクについて深く懸念し、北朝鮮の不正な金融活動を根絶するべく、FATF 勧告の強力な履行の重要性を強調する。本年採択された、北朝鮮に対する厳しい金融制裁を強化する国連安保理決議を踏まえ、FATF は拡散金融に関する国連の国際的な基準を再確認する」として、「大量破壊兵器の拡散及びその金融に関する北朝鮮の不正な活動によって引き起こされる脅威に対処するため、FATF は、関連するFATF 勧告及び国連安保理決議を効果的に履行するよう加盟国に要請するとともに、全ての地域に強く求め」ています。そのうえで、「一般的に、効果的な資金洗浄・テロ資金供与対策の枠組みは、不正な金融対策にとって重要であるが、FATF は、北朝鮮から生じる拡散金融の脅威に対処するためには、FATF 勧告の履行が特に重要であることを強調する」として、北朝鮮リスクを封じ込めていくためには、厳格なAML/CTFによる、不正な資金の流れを食い止めるための包囲網を形成することが重要である(有効である)と指摘しており、正にFATFの指摘通りであると考えます。また、北朝鮮の手口として、「北朝鮮は、国連安保理決議第2270 号(主文16)に記載されたように、制裁に違反する目的で、フロントカンパニー、シェルカンパニー、合弁企業及び複雑かつ不透明な所有構造を頻繁に使用している」と指摘しています。したがって、各国および事業者は、厳格な顧客管理を「北朝鮮リスク」の視点からもより一層徹底していくことが求められています。さらに、FATFは、厳格な顧客管理の一つのあり方として、「各国が、自国民により又は自国の領域内において、北朝鮮の団体又は個人(北朝鮮「政府」の代理としてか代表としてかを問わない。)との間で新規及び既存の全ての合弁企業又は共同事業体の開設、維持及び運営を禁止することを決定すること(国連安保理決議第2375 号、主文18)なども、北朝鮮による不正な金融活動の根絶に、特に関連していることを強調する」と述べています。つまり、「北朝鮮リスク」排除の観点から、「北朝鮮の団体又は個人(北朝鮮「政府」の代理としてか代表としてかを問わない)」との間の「一切の関係を遮断する」ことを求めているということであり、歴史的な経緯もあって、国内に北朝鮮関係者や関係事業者が多数存在するであろう日本にとって、極めて厳しい運用を迫られていると言えます。地政学上、最も近くで最も大きな脅威に晒されているとも言える日本が、国際的な厳格な要請を充足できない可能性があることは、極めて憂慮すべき問題です。さらには、当事者である日本がこれを徹底していくためには、AML/CTFの取り組みやその狙いが、(お金だけの流れではなく、商品やサービスの流れを、サプライチェーンから排除していくという意味で)金融機関の枠を超えて、すべての事業者にも共有されていく必要があり、その難易度はさらに高いと言えるでしょう。
3.最近の暴排条例による勧告事例ほか
(1) 福岡県の逮捕事例
福岡県公安委員会は、みかじめ料名目で現金を受け取ったとして、指定暴力団三代目福博会の幹部に対し、福岡県暴排条例に基づく勧告を行っています。報道によれば、男性幹部は今年1月から5月にかけて、福岡市の中洲地区で風俗案内所やスナックなどを経営する会社から、みかじめ料の名目であわせて90万円を受け取っていたというもので、平成19年以降、およそ2,900万円が暴力団の資金源となったものと推測されています。なお、本件は、福岡県警博多署が進めている「博多マル暴ゼロ作戦」の情報収集で、今年8月、みかじめ料のやり取りを把握した点が注目されます。一方、現金を渡した風俗案内所などの実質経営法人代表者に対しても、「暴力団員らに、金品などの財産上の利益を供与しない」といった内容の勧告書を送達しています。
なお、福岡県警では、暴力団組員などから「みかじめ料」、「用心棒代」、「ショバ代」、「不当な料金での商品あっせん」、「不当な料金での商品リース」、などを受けた場合は、『みかじめ通報ダイヤル』(暴力団追放ダイヤルと共通番号)へ通報・情報提供するよう呼びかけています。
(2) 新潟県の勧告事例
新潟市中心部の古町地区の飲食店の営業をめぐって六代目山口組系暴力団組長らが用心棒を請け負っていたなどとして、暴力団組長や飲食店経営者など合わせて11人が、新潟県暴排条例違反の疑いで逮捕されています。報道によれば、暴力団組長らは飲食店経営者が実質経営する飲食店グループのうち7店舗の営業をめぐって、客などとのトラブルに対応する用心棒を請け負っていた疑いが、また、飲食店経営者についても、暴力団組長らから用心棒の提供を受けた疑いが持たれています。なお、新潟県暴排条例違反による逮捕は初めてだということです。
参考までに、新潟県暴排条例においては、第17条において、暴力団の活動の状況を勘案して、暴力団排除を徹底することにより、安全で安心なまちづくりを特に強力に推進する必要がある区域として「特別強化区域」が指定されており、今回の事例が当該地域に含まれているほか、第18条において、飲食店営業等を行う者(特定営業者)は「暴力団員から、用心棒の役務(営業を営む者の営業に係る業務を円滑に行うことができるようにするため顧客その他の者との紛争の解決又は鎮圧を行う役務をいう。以下同じ)の提供を受けてはならない」と規定されています。さらに、第19条では、「暴力団員は、特別強化区域における特定営業の営業に関し、特定営業者に対し、用心棒の役務の提供をしてはならない」(第1項)「暴力団員は、特別強化区域における特定営業の営業に関し、特定営業者から、顧客その他の者との紛争が発生した場合に用心棒の役務の提供をすることの対償として利益の供与を受けてはならない」(第2項)などと規定されています。
(3) 福島県の勧告事例
福島県警は、福島県暴排条例に違反し、学校の近くに暴力団事務所を開設するなどした疑いで六代目山口組「七代目奥州会津角定一家」総長および幹部ら3人を逮捕しています。報道によれば、5月下旬から10月中旬までの間に、福島市で学校の周囲200メートル以内の場所に暴力団事務所を開設して運営していた疑いがあるということです。なお、昨年、組の事務所で発砲事件があり、それを契機に、今回の場所に事務所を移転させたようです。本事例のような組事務所の移転においては、(既に所有しているような場合を除き)不動産事業者などの協力者が存在することが合理的に疑われるところであり、暴力団の活動を助長する悪質な事業者が存在するのであれば、その摘発を期待したいところです。
なお、福島県暴排条例においては、第21条(暴力団事務所の開設及び運営の禁止)において、「学校教育法第1条に規定する学校又は同法第124条に規定する専修学校若しくは同法第134条第1項に規定する各種学校」などの「施設の敷地の周囲200メートルの区域内においては、これを開設し、又は運営してはならない」と規定されています。なお、参考までに、この第21条の第3項には、「県は、第1項の規定の適用を除外され、同項に規定する区域内に存在する暴力団事務所について、市町村と連携し、その撤去に向けた活動を促進するものとする」との規定があります。他の自治体の暴排条例ではあまり見かけない条項と思われ、現時点では、暴追センターによる組事務所使用差し止めの代理請求などの手法が積極的に活用されているところ、本条例施行時点から積極的に暴力団事務所の撤去を促す規定が盛り込まれている点は大変興味深いと言えます。また、悪質な不動産事業者の排除については、他の自治体の暴排条例同様、本条例においても、第26条(不動産の譲渡等に係る措置)において、「当該不動産が暴力団事務所の用に供されることとなることを知って、当該譲渡等に係る契約をしてはならない」といった規定が盛り込まれているほか、当該譲渡等に係る契約において、「当該不動産を暴力団事務所の用に供してはならないこと」「当該不動産が暴力団事務所の用に供されていることが判明したときは、催告をすることなく当該契約を解除し、又は当該不動産の買戻しをすることができること」を定めるよう求めています。
(4) 大阪府の勧告事例
暴力団組長が使用すると知りながらカーリース契約を結んで乗用車を貸したとして、大阪府公安委員会は、大阪府暴排条例に基づき、府内の自動車販売修理業者の40代男性に暴力団への利益供与をやめるよう勧告しています。また、車を借りた神戸山口組傘下組織の組長にも、利益供与を受けないように勧告しています。報道によれば、男性は、カーリース契約上必要な名義変更や車庫証明などの手続きを行わないまま、毎月11万円で組長に国産高級車を貸与していたということであり、組長が組織の行事に出席する際にこの車を使用し発覚したということです。名義変更や車庫証明手続き等を行わないまま貸与していたということですから、正に「暴力団と知って」利益供与を行ったことがうかがわれる悪質な事例だと言えます。なお、参考までに、リース契約にかかる暴排条例の勧告事例としては、埼玉県の造園業者に対して、都内の指定暴力団による飲食店への観葉植物リース業を代行したとして、東京都暴排条例に基づき、利益供与の中止を勧告した事例(東京都暴排条例が初適用された事例)があります。
(5) 神奈川県の勧告事例
自身の誕生日会に招いた参加者から現金をもらったとして、神奈川県公安委員会は誕生日会を開いた指定暴力団双愛会系の男性幹部に対して神奈川県暴排条例に基づき、今後、利益供与を受けないよう勧告しています。また誕生日会に参加した建設会社の代表取締役の男性ら3人に対しても今後、利益供与をしないよう、同条例に基づいて勧告しています。報道によれば、8月に飲食店で男性幹部の誕生日会があり、参加者から会費として現金約1万円を受け取るなどしていたということで、誕生日会には約35人が参加、計約33万円の資金を得ていたというものです。それ以上の詳細は不明ですが、(おそらくは知人としての関係が以前からあり)誕生日会とはいえ組員らが集まる行事に参加することは密接交際であり、建設会社の代表取締役の行動は、現在の社会の常識(社会の目線)から見れば極めて不適切だと批判されるべきものであり、そのあたりの認識が不十分だったのではないかと推測されます。「代表取締役」という立場をわきまえ、それにふさわしい「ノブレス・オブリージュ」(社会的地位の保持には責任が伴うこと)を実践してほしいものだと思います。
(6) 福岡県等の指名停止等措置
前回同様、福岡県、北九州市、福岡市において、同一の企業が指名停止等の措置が講じられ、公表されています。
本件は、「当該業者の役員等が、暴力団構成員と「社会的に非難される関係を有していること」に該当する事実があることを確認した」(北九州市)という点が排除措置の理由として明記されており、排除措置期間については、「平成29年11月29日から18月を経過し、かつ、暴力団又は暴力団関係者との関係がないことが明らかな状態になるまで」(北九州市)と定められていますが、排除措置について、福岡県は北九州市と同じ18か月であるのに対し、福岡市については1年間(12か月)とされている点で相違が見られます。なお、参考までに、福岡市競争入札参加停止措置要領においては、措置要件の1つに「暴力団関係」があり、その期間については、「当該認定をした日から12か月以上24か月以内を経過し、かつ、暴力団又は構成員等との関係がなくなったと通知があるまで」と規定されています。措置要件(暴力団関係)については、以下の通りです。
次の各号のいずれかに該当するものとして、福岡県警察本部から通知があり、契約の相手方として不適当であると認められるとき
ア.暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(平成3年法律第77号。以下「暴対法」という。)第2条第2号に規定する団体(以下「暴力団」という。)又は暴力団の構成員(暴対法第2条6号に規定するもの(構成員とみなされる場合を含む。)以下「構成員等」という。)に対して、資金的援助又は便宜供与をしたとき
イ.構成員等であることを知りながら、その者を雇用し若しくは使用しているとき
ウ.暴力団若しくは構成員等であること又は構成員等が経営に事実上参加していることを知りながら、その者と下請契約若しくは資材,原材料等の購入契約を締結したとき
エ.自社、自己若しくは第三者の不正の利益を図る目的又は第三者に損害を与える目的をもって、暴力団又は構成員等(以下「暴力団等」という。)を利用したとき
オ.有資格者である個人、有資格者である法人の代表役員等若しくは一般役員等(以下「役員等」という。)又は使用人が個人の私生活上において、自己若しくは第三者の不正の利益を図る目的又は第三者に損害を与える目的をもって、暴力団等を利用したとき、又は暴力団等に資金的援助若しくは便宜供与をしたとき
カ.役員等又は使用人が、暴力団等と密接な交際又は社会的に非難される関係を有しているとき
また、入札参加資格の取消基準についても、「役員等(役員等として登記又は本市若しくは関係機関に届出がされていないが、経営に事実上参加している者を含む。)が暴力団の構成員等であるとして、福岡県警察本部から通知があり、契約の相手方として不適当であると認められるとき」、および、「次の各号(上記に列記したア~カ)に該当するとして、福岡県警察本部から通知があり、役員等が禁こ以上の刑にあたる犯罪の容疑により公訴を提起され、又は禁こ以上の刑若しくは暴対法、刑法、暴力行為等処罰に関する法律若しくは福岡県暴力団排除条例等の規定により罰金刑を宣告され、契約の相手方として不適当であると認められるとき(次の各号(上記のア~カ)に該当する事実と当該容疑又は当該刑の対象となった行為との関連性を認めることが相当である場合に限る)」と規定されています。