暴排トピックス

取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人

テロで車が燃えているイメージ画像

1.テロリスクを巡る動向~スリランカ同時爆破テロの教訓

スリランカで同時爆発テロが発生しました。スリランカの最大都市コロンボをはじめとした国内の8か所で、同時多発的に発生し、コロンボを含む国内の複数の都市にあるキリスト教教会や高級ホテルが標的とされました。テロ発生日はキリスト教におけるイースターであり、教会には礼拝を目的として多数の人がおり、少なくとも36カ国の外国人(日本人1人含む)と3人の警察官を含む253人が死亡、500人以上が負傷する大惨事となりました。このスリランカ同時爆破テロの背後にイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)の存在が指摘されています。最盛期にシリアとイラクで推計3万人超の兵力を擁したISは、実効支配地域を失ってなお、国際社会の安定を脅かす存在であり続けています。戦闘的なジハード(聖戦)を通じて究極的には「世界をイスラム化する」とのISのイデオロギーはいまだ健在で、今年に入って米がシリアを完全制圧したと宣言、実効支配地域を失っても、世界中のテロ発生時には声明を公表、実行犯がISへの忠誠を誓う動画がたびたび公開されるなど、その存在感は衰えることはありません。このように、ISは「リアルIS」から「思想的IS」へとアメーバ状に思想を拡散する方向に転換していますが、最近では、「リアルIS」への「再反転」の動きさえ見られます(直近でもインド北部のカシミール地方で軍兵士を攻撃したと主張、さらにインドの一部に支配地域を設定したと主張しています。同地方では1947年の英領インドからの分離独立以来、インドとパキスタンが領有権を争い、同地方の分離・独立を求めるイスラム過激派がテロ活動を展開している地域とされます)。

さて、スリランカは10年ほど前に内線が終了し、比較的政情が安定した国と国際的には認識されており、多様な宗教・宗派が共存共栄してきた寛容な国でもありましたが、そのような国で大規模テロが敢行された事実は極めて重いといえます。さらに、これまで、テロへの対応としては、伊勢志摩サミットにおける成果文書のひとつ「テロ及び暴力的過激主義対策に関するG7行動計画」において明記された「多元的共存」「寛容」「平等」といった共通の価値観と思われたものすら、IS/テロの凶暴性の防波堤となりえなかった事実は、今後のテロ対策を考えるうえでは極めて重い事実して伸し掛かってきます(これらの普遍的な価値観と思われるものですら、結局は共通のものではなかった、IS/テロの行動原理は全く別の価値観に基づくものであることをあらためて突きつけられたことが衝撃でした)。なお、本件に関連して、直近で外務省が公表した「平成31年版外交青書(外交青書2019)」要旨から、テロ対策に関する部分を抜粋して紹介します。

▼外務省 平成31年版外交青書(外交青書2019)(要旨及び目次)
▼外交青書2019(要旨)
  • テロについては、「イラクとレバントのイスラム国」(ISIL)の退潮は見られるものの、国際テロ組織を含めた非国家主体による国際社会への影響力には引き続き注意を有する。また、いわゆるソフトターゲットを狙ったテロが近年大きな脅威となっている。SNSを含むコミュニケーション・ツールの進歩は、テロの根本原因の一つである暴力的過激主義の拡散とテロ組織の活動範囲の拡大にも利用されている。
  • l拡大するテロ・暴力的過激主義の脅威に対し、2016年に日本がG7 伊勢志摩サミットにおいて取りまとめた「テロ及び暴力的過激主義対策に関するG7 行動計画」等に基づき、(1)テロ対処能力向上、(2)テロの根本原因である暴力的過激主義対策及び(3)穏健な社会構築を下支えする社会経済開発のための取組から成る総合的なテロ対策強化に取り組んでおり、2018年のG7 シャルルボワ・サミット(カナダ)でも、テロに対抗するために引き続きG7 が協働することが確認された。また、国際テロ情報収集ユニット(CTU-J)を通じた情報収集の更なる強化に努め、関係各国とテロ対策に関する協力を強化している。これらと並行して、日本企業や日本人旅行者・留学生、国際協力事業関係者を含め、在外邦人の安全対策強化に取り組んでいる。

今回のテロの衝撃としてはさらに、テロ発生の事実自体が社会に疑心暗鬼や憎悪、「亀裂」「分断」をもたらし、そのことによって、すでにIS/テロ受容の土壌を醸成し始めている事実も挙げられます。テロが発生する背景にあるのは、「憎悪」「混乱」「分断」「亀裂」などですが、それと関係のないところですら、一度テロが発生してしまえば、人々の間に「不審」「不信」から「憎悪」などの感情が芽生え、「自分たちと異なる」ものに対する「疑心暗鬼」や「憎悪」が台頭し、ついには社会に「分断」「亀裂」をもたらす、そのことがあらたなテロ発生をもたらす…というテロ発生のネガティブ・スパイラルが、今、スリランカで起きているのです(スリランカの人口の7割を仏教徒が占め、ヒンズー教徒は13%、イスラム教徒は10%、キリスト教徒は7%ですが、今回のキリスト教会に対する攻撃が、宗教や民族の分断への引き金となることが懸念されています)。このようなテロ発生のメカニズムをISやテロリストが熟知しているがために、各地のロンリーウルフ型テロリストやホームグウン・テロリスト(あるいは、全世界の散らばっている信奉者やIS元戦闘員、外国人戦闘員など)に思想的に呼び掛けて蜂起させ(あるいはそれに刺激されて自立的な蜂起へと駆り立てられ)、(テロとは無縁そうな国や地域にさえ)社会の分断をもたらし、それに伴う「混乱」を引き起こすことを企図しているのであり、それこそがテロリストの真の狙いです。そして、このようなテロ発生のメカニズムから日本も逃れられない現実を直視する必要があります。

一方で、今回のテロを通じて、いくつか今後の課題も見えてきています。例えば、スリランカ政府が、テロが起きる可能性を示した情報を、インドの情報機関やイスラム教団体などから入手しながら共有されていなかったとして批判が集まっていることもそのひとつです。政権内部の対立が情報共有を妨げたといわれており、「取り返しのつかない不作為」だといえます。ただし、事前に端緒情報を得られたとしてもそれを正しく分析できなければテロを未然に防ぐことはできません。したがって、外務省が紹介している「国際テロ情報収集ユニット(CTU-J)を通じた情報収集の更なる強化」のような端緒情報の収集態勢の強化はもちろんですが、テロ対策の専門家の育成や政府等との連携体制の強化が重要となります。また、今回のテロの実行犯の中には、経済的に安定している中流家庭出身者が多かったこと、指導者がSNSなどを通じて実行犯を勧誘し、海外で爆発物の取り扱いなどの訓練を受けさせていたとみられることも今後の対策を考えるうえでは重要な事実です。テロ実行犯に対するステレオタイプの当てはめは禁物であり、予断を排し、SNSの犯罪インフラ性にも着目した投稿監視態勢や武器やアジト等の把握・モニタリング、海外渡航歴等をふまえた行動監視やプロファイリングの強化なども必要です。しかしながら、これらのテロ対策をすべて実行するのはリソース的に不可能であり、やはり「リスクベース・アプローチ」に基づく優先順位づけが必要となります。IS/テロリストが、宗教的・人種的な対立とは関係なく、「どこでもよい」あるいは「インパクトを考えれば「起こらないだろう」とされる平和で安全な国・地域の方が望ましい」と考えているとすれば、私たちには、日本においてすら、テロ対策は常に綱渡りの状態にあるとの危機感をもって対策を講じていくことが求められています。

また、前回の本コラム(暴排トピックス2019年4月号)でも取り上げたニュージーランド(NZ)銃乱射テロにおけるSNSのあり方を巡る議論について、NZ政府は、SNSがテロや過激主義を助長する手段となるのを防ぐ取り組みを模索するため、パリで国際会議を開催すると発表しています。NZ首相と仏大統領が会議の共同議長を務め、各国の政府代表やIT企業の最高経営責任者(CEO)が参加し、テロや暴力的な過激主義に関連したコンテンツをネット上から排除する決意を盛り込んだ「クライストチャーチ宣言」の合意を目指すということです。なお、NZ銃乱射テロ事件の実行犯がテロの生中継を行ったことに関連して、米フェイスブック(FB)は、事件発生から24時間で、世界中で拡散された約150万の動画を削除し事後対応の早さを強調していますが、テロ対策専門家などは、「拡散を許したことは、運営側が対策を優先事項と捉えていないことの証拠」と批判しています(本コラムでも、「少なくともテロ動画等の拡散を放置することは、SNS等の事業者がテロを助長することに直結しているのであり、あわせて人々を傷つけるテロ行為そのものでもあって、SNSの「犯罪インフラ性」を放置することなく、その「公益性」を認め、「表現の自由」と厳しく闘っていく必要がある」と指摘しました)。直近の報道(令和元年5月12日付朝日新聞)によれば、FB副社長がインタビューで、テロなどの映像の配信を防ぐ技術を「早く実現できるように多くの社内資源を投入している」と述べ防止策の徹底を急ぐとしています。また、FBには、NZ銃乱射テロを受けて、「同時配信は原則禁止し、遅らせて配信させるべきだ」との声が寄せられているとのことですが、「FB上で自殺願望を訴える人もいる。配信を遅らせると、(こうした人を救えなくなり)地域の安全確保にはつながらない」と否定的な見解を示しており、FB/SNSの持つ「公共性」の側とのバランスなど、テロ対策が一筋縄ではいかない難しさも感じさせます。なお、FBが活用しているAIでは、すでにテロ関連の検知率は99%以上(一方、ヘイトスピーチ関連では52%にとどまっている)ということであり、今後の課題としては、検知から削除までのスピードや拡散への対応(スピード/大量の投稿への対応など)が求められているということになろうかと思います。なお、関連して米ツイッターは2018年下半期(7-12月)にテロ行為を助長するアカウント166,153件を凍結したと発表しています。凍結したアカウント数は前年同期に比べ19%減少したものの、テロ行為を助長すると判断されたアカウントの91%が凍結され、アカウントのほとんどは設定時の情報からシステムによって警告が出されたため、最初のツイートが行われる前に凍結されたということですので、FBの検知率同様、初期の最低限の機能はしているものと評価できるのではないかと思われます。このようなソーシャルメディア規制におけるテロ対策か表現の自由(プライバシー)の問題は、たしかにそのバランスを見極めることが難しいといえますが、高度に暗号化された無料通信アプリ「テレグラム」に関する報道(令和元年5月9日付毎日新聞)は考えさせられます。テレグラムは2013年にロシア人兄弟によって設立され、暗号化されたメッセージを最大20万人のグループに一斉送信できるほか、送受信歴などの痕跡を一切残さずにいつでもメッセージを消去することが可能なアプリでその点は正に「犯罪インフラ」です。2015年10月のエジプトでのロシア旅客機墜落事件や同年11月のパリ同時多発テロ事件、2016年9月のパリのノートルダム大聖堂付近でのテロ未遂事件などでISの犯行声明やIS戦闘員等に利用されてきた「犯罪インフラ」としての実績があります。同社は、プライバシーポリシーについて、テロ捜査に関し裁判所の開示命令があれば容疑者の情報を開示すると定めたものの、国の情報機関などへのユーザーデータの提供拒否は堅持するなど、「プライバシー最優先」の原則は変えていません。報道では、「ネット上には数多くのソーシャルメディアが存在するため、大手IT企業がネット空間の管理・規制に協力をしても、「抜け穴」はいくらでもあるのが実情だ。FBのザッカーバーグCEOは「統一されていないプライバシー指針を各社が持つ限り、インターネットから不適切コンテンツを完全に排除することは不可能だ」と指摘している」と紹介していますが、テレグラムの「犯罪インフラ」性の問題とともに、「テロ対策よりプライバシーが優先される」との思想、インターネットにおける「抜け穴」を塞ぐことの困難性、SNSの犯罪インフラ性を完全に排除することは不可能であることなど、多くの課題を突き付けられていると実感させられました。

さて、以下、国内におけるテロ対策について、最近の動向等を紹介します。まずは、前述のスリランカ同時爆破テロ発生時における、外務省「海外安全ホームページ」による注意喚起の内容以下のとおりであり、どう行動すべきかについてわかりやすく書いてあり、参考になります。

▼外務省 海外安全ホームーページ スリランカにおける同時爆発に伴う注意喚起

(現時点でも本内容は有効とされていますが)「4月21日現地時間の午前9時前後(日本時間の同日午後0時半前後)、コロンボ市を含む数カ所で爆発事案が発生し、多数の死傷者が出ている。スリランカ政府は,現在の治安情勢に鑑み、4月22日(月)24時にスリランカ全土において非常事態宣言を発令した。これにより、公権力による逮捕令状なしの逮捕・拘留が可能となるなど行動が制限される可能性がある。ついては、現下の不安定な情勢を踏まえ、事案発生場所の周辺には近づかないことはもちろんのこと、当面の間不要不急の外出を控えること。また、当面の間同国への不要不急の渡航は控えるように。やむを得ず渡航する場合には、以下の対応に努めること」として、

(1)夜間外出禁止令が再度出される可能性があるので、最新の関連情報の入手に努める。

(2)以下の場所がテロの標的となりやすいことを十分認識する。
→教会・モスク等宗教関係施設、ホテル、政府関連施設(特に軍,警察,治安関係施設)等、観光地周辺の道路、スポーツの競技場、コンサートや記念日・祝祭日等のイベント、公共交通機関、観光施設、レストラン、ショッピングモール、スーパーマーケット、ナイトクラブ、映画館等人が多く集まる施設。

(3)上記の場所を訪れる際には、周囲の状況に注意を払い、不審な人物や状況を察知したら速やかにその場を離れる、できるだけ滞在時間を短くする等の注意に加え、その場の状況に応じた安全確保に十分注意を払う。

(4)現地当局の指示があればそれに従う。特に爆弾等の事案に遭遇してしまった場合には、警察官等の指示をよく聞き冷静に以下のような行動をするように努める。

  • 頑丈なものの陰に隠れる。
  • 周囲を確認し、可能であれば、爆音等から離れるよう、速やかに、低い姿勢を保ちつつ安全なところに退避する。閉鎖空間の場合、出入口に殺到すると将棋倒しなどの二次的な被害に遭うこともあり、注意が必要。

また、改元前に、秋篠宮ご夫妻の長男、悠仁さまが通われるお茶の水女子大付属中学校で、悠仁さまの机の上に刃物が置かれた事件が発生しました。建造物侵入容疑で逮捕された容疑者が、天皇制を批判する趣旨の供述を行い、「(悠仁さまを)刺そうと思った」などと述べていること、事件数日前から都内のホテルに滞在してナイフなどを購入しており、5月1日の代替わり直前のタイミングを狙って犯行を計画していたとみられることなどから、(無差別性はありませんが)これもまた一種のテロだと捉えることも可能です。学校に不審者が侵入する事件はこれまでも発生しており、学校側の管理体制の不備が問われ続けています。当然ながら、広大なキャンパスに入るときだけでなく、中学校に入る際にも不審者かどうかをチェックする多層防御体制を敷くことや、容疑者の追跡を容易にする防犯カメラの設置の仕方の工夫やモニタリング態勢の検討、教職員の巡回や警報装置の点検など、子ども・学生・教職員等の安全確保の観点からあらためて点検する必要があります(なお、文部科学省も、全国の学校に対し、不審者の侵入を防止するための安全管理を徹底するよう注意喚起を行っています)。

以下は、本件とは直接関係ありませんが、「学校の危機管理マニュアル作成の手引き」から不審者対策に関する部分を抜粋して再構成したものです。学校だけでなく、社屋や工場への不審者対策の参考としていただきたいと思います。

▼文部科学省 「学校の危機管理マニュアル作成の手引」の作成について
▼学校の危機管理マニュアル作成の手引
  1. 不審者かどうかを見分ける。
    • 来校者として不自然なことはないかをチェックする。
      • 来校者の名札、リボン等をしているか
      • 不自然な場所に立ち入っていないか
      • 不自然な言動や行動及び暴力的な態度は見られないか
      • 凶器や不審物を持っていないか
    • 声を掛けて、用件をたずねる
      • 用件が答えられるか。また、正当なものか
      • 教職員に用事がある場合は、氏名、学年・教科等の担当が答えられるか
      • 保護者なら、児童生徒等の学年・組・氏名が答えられるか
    • 正当な理由があっても、名札、リボン等を付けていない場合には必ず受付に案内する
  2. 退去を求める
    • 退去に応じない場合には、児童生徒等に危害を加える可能性があると考えなければならない
    • 校内緊急通報システムや校内放送等を用いてほかの教職員に応援を求め、速やかに「110 番」通報するとともに、教育委員会への緊急連絡・支援要請などを行う必要がある。同時に、可能であれば別室に案内して隔離することを試みるとともに、所持品に注意して警察の到着を待ちつつ、児童生徒等を避難させるか判断する
    • (1)他の教職員に連絡して協力を求める。
      • 原則、教職員が一人で対応してはならない。自身の安全のために適当な距離をとりながら、多くの教職員が駆けつけるのを待つことが大切
    • (2)言葉や相手の態度に注意しながら、退去するよう丁寧に説得する
      • 相手に対応するときは、相手が手を伸ばしても届かない距離を保つことが必要
      • 教職員が持っていても自然である長い定規などを持つことも有効
      • 毅然とした態度で対応し、いかなる場合であっても、不審者に背を向けないようにする
      • できる限り、児童生徒等がいる場所に不審者を向かわせないようにする
    • (3)退去に応じない場合には、不審者とみなして「110番」通報する
    • (4)退去後も再び侵入しないか見届ける。
  3. 不審者が退去に応じた後は、以下の対応を行う
    • 一旦退去しても、再び侵入する可能性もあるので、敷地外に退去したことを見届ける
    • 門や入口が開いている場合には必ず閉めて施錠する
    • 再び侵入したり近くに居続けたりする可能性があるので、しばらくの間は複数の教職員がその場で様子を見る
        ようにする
    • 警察や教育委員会に連絡し、学区内のパトロールの強化や近隣の学校や自治会に情報提供を行う
  4. 通報する
    • 校内緊急通報システムや校内放送等を用いて他の教職員に応援を求め、速やかに「110番」通報するとともに、教育委員会への緊急連絡・支援要請を行う
      • 不審者がまだ暴力的な言動をしていない場合には、サイレンを鳴らさないでパトカーに来てもらうことも検討する
    • 立ち入られた場合、相手を落ち着かせるために別室に案内して隔離することを試みる
      • 児童生徒等から遠い位置にある部屋に案内する
      • 複数の教職員で案内する。案内する際には、危害を加えられる可能性があるため、前ではなく、横を歩くようにする
      • 別室では不審者を先に部屋の奥へ案内し、教職員は身を守るために入口近くに位置する
      • 不審者と教職員が1対1にならないようにする
      • 教職員がすぐに避難できるように、別室の出入口の扉は開放しておく
    • 所持品に注意して警察の到着を待つ
      • 凶器をカバン等に隠し持っている場合もあるので、手の動きに注意する
      • 不審者が興奮しないように、丁寧に落ちついて対応し、警察が到着するのを待つ
      • 到着した警察官が不審者のところに駆けつけられるよう、警察官を案内する教職員を決めておく
    • 児童生徒等を避難させるかどうかを判断する
      • 教職員は、自分の目の前で起こっていることだけでなく、学校全体の様子に気を配る必要がある。児童生徒等を避難させるのと教室に留まらせるのと、どちらが安全かを素早く冷静に判断しなければならない。児童生徒等を避難させる必要がある場合には、役割分担に応じて安全に誘導するなど、警察により不審者が確保されるまでの間、児童生徒等の安全を守る。避難を指示する場合は、あらかじめ決めておいた文言を放送で流す
      • 不審者への対応については、最初から児童生徒等や教職員に危害を加える目的で侵入してくる場合や、教職員が対応しているうちに豹変して危害を加えてくる場合等、様々な場合が想定される
      • どのような場合であっても、教職員だけで何とかしようと考えると、被害が拡大する可能性があるので、危険を感じた場合は、警察に躊躇なく連絡する必要がある
  5. 児童生徒等の安全を守る
    • 児童生徒等に危害が及ぶおそれがある事態では、大切な児童生徒等の生命や安全を守るために極めて迅速な対応が必要。不審者の確保は警察に任せるべきであり、警察が到着するまでの時間を稼ぐことを優先する
    • このとき、応援を求め、必ずほかの教職員と協力して組織的に行動することを心掛ける。2~3人の教職員では、刃物を持っている不審者を抑止し、移動を阻止することは極めて困難。多くの教職員が、防御に役立つものを持って取り囲み、組織的に児童生徒等の安全を守るように心掛ける
    • また、こうした事態に備えて、さすまた等については、使用方法を全教職員が理解しておく必要がある
    • 防御(暴力の抑止と被害の防止)する
      • 対峙した教職員は、児童生徒等から注意をそらさせ、不審者を児童生徒等に近づけないようにすることで、被害(の拡大)を防止しながら、警察の到着を待つ必要があります。教職員の応援を求める際には、警報装置、通報機器防犯ブザー、校内放送等が考えられる
      • なお、応援に駆けつける場合は、必ず防御に役立つものを持っていくようにする
      • さすまた等の不審者を取り押さえるための用具の活用に当たっては、相手に奪われることがないよう注意するとともに、複数人でのけん制、取り押さえに配意する。警察の指導を受けられる講習会等に参加して、正しい使い方を身に付ける
    • 避難の誘導をする。
      • 教室等への侵入などの緊急性が低い場合や避難のため移動することで不審者と遭遇するおそれがある場合は、児童生徒等を教室等で待機させる(ただし、教室を施錠するとともにすぐに避難できる体制を整えておく)
      • ほかの教職員から避難の指示がある場合はそれに従う。教室等に不審者が侵入した場合には、指示がなくとも児童生徒等が避難できるよう訓練しておく
      • 多くの学校で不審者対応訓練が行われていますが、訓練は不審者を捕らえることを目的とするものではない。あくまで、不審者から児童生徒等を遠ざけ、警察が来るまでの時間を稼ぎ、児童生徒等の安全をいかに確保するかを確認するために行うもの。このために、防御や不審者の移動の阻止について訓練するとともに、不審者確保後の逃げ遅れた児童生徒等の捜索及び家庭への連絡や引渡しなども訓練の一部に入れる必要がある
  6. 学校への犯罪予告・テロへの対応について
    • 学校への爆破予告などの犯罪予告があった場合、警察等の関係機関と連携した対策が求められる。自分の学校だけが受信している場合や近隣の学校等にも同様の予告がなされている場合など、状況によっても対応は異なるが、警察の指示の下、教育委員会と連携し事案に応じて適切に対処することが必要
    • 例えば、爆破予告等の情報等があった場合、児童生徒等を不安にさせない配慮をしつつ最悪の状況を想定し、安全を第一とした対応が求められる。当該情報に最初に触れた教職員は管理職等へ報告し、速やかに校内で情報共有するとともに、学校から速やかに教育委員会や警察へ通報し、指示や情報を得ることが第一
    • また、世界の各地において、病院やホテル・コンサート会場・交通施設等、多くの人が集まる民間施設を標的としたテロが発生し、多くの尊い命が犠牲となっている。こうしたソフトターゲットを標的としたテロが日本でも発生する可能性が否定できないことから、学校が標的となり得る点を踏まえ、警察等の関係機関と連携した対策が求められる。その際も、弾道ミサイルへの対応と同様に、学校独自に考えるのではなく、自治体の国民保護計画に沿って、発生する事案の状況に応じてあらかじめ必要な情報を共有し、いざというときに児童生徒等の安全確保ができるように備えることが重要
    • 学校においては、不審なものがないか等、以前と異なる状況を早期に発見できるよう、日頃から学校環境を整備し、特に薬品等の備品管理を徹底するとともに、安全点検等を実施することも大切

最後に、最近の日本におけるテロリスク対策を巡る報道からいくつか紹介します。

  • 外為法が、安全保障上の観点から武器製造、原子力など指定の業種を外資規制の対象としているところ、パソコン、半導体、携帯電話といったIT、通信関連の20業種なども安全保障やサイバーテロに結びつく恐れがあることから、新たに規制の対象として追加されることとなりました。具体的には、外国投資家が対象業種の上場企業の株式を10%以上取得したり、非上場企業の株式を取得したりする場合、事前に届け出るよう義務付けるもので、審査の結果、国の安全を損なう恐れがあると判断されれば、計画の変更や中止を勧告・命令できることになります。
  • 原発の新規制基準で設置が義務づけられたテロ対策の「特定重大事故等対処施設」(特定施設)を巡り、再稼働した原発を持つ関西電力、四国電力、九州電力の3社が、施設設置が期限より遅れるとの見通しを示した問題で、原子力規制委員会は、期限の延長を認めないことを決めています。九州電力川内原発1号機は来年3月に期限を迎えますが、その時点で施設が完成していなければ運転停止となります。今回の対象は、航空機衝突などのテロ攻撃で原子炉を冷却できなくなった際に遠隔操作で非常用電源や注水ポンプなどを作動させるために必要な施設であり、各社にとって早期完成は急務だといえます。規制委の安全審査が停滞し、国内で再稼働した原発は9基にすぎず、さらに運転停止に追い込まれる原発が増えれば電気料金の値上がりや、地域経済への打撃、さらには温室効果ガスの排出抑制も難しくなるなどの影響も考えられます。原発自体の是非の問題はもちろん重要な論点ですが、現に存在している以上、テロ対策については、政府や国会も本腰を入れて検討すべきだといえます。
  • 核物質を使用したテロ行為に備え、日本原子力研究開発機構が、人工知能(AI)を取り入れた「核鑑識」の技術開発に乗り出しています。報道によれば、国際原子力機関(IAEA)が、核物質をまき散らす「汚い爆弾」の使用などを核テロとして想定し、国際的な安全保障上、最大の脅威の一つに位置付けている中、テロに悪用された核物質の組成や製造元などを素早く、正確に特定する技術を確立し、核テロの「抑止力」としたい考えだということです。
  • 天皇陛下が譲位する4月30日から新天皇ご即位を祝う一般参賀があった5月4日までの皇室関連行事について、警視庁は「国家的な警備」と位置付けて臨みました。元号が変わる5月1日午前0時に向けた「改元カウントダウン」ではトラブルが同時多発する可能性も想定、10連休中で、どれくらいの人が集まるか読めない中での警備となりました。また、新たな脅威として無人航空機「ドローン」の悪用も懸念されていましたが、実際に目撃事例もあったようです。なお、ドローンを使ったテロ対策としては、基本作戦だった網による「捕獲」に加え、妨害電波で飛行を停止させるジャミング(電波妨害)装置も配備したということです。
  • 6月28、29日に大阪市で開催される20カ国・地域首脳会議(G20サミット)まで2カ月を切りました。5月中には、会場となる人工島・咲洲の国際展示場「インテックス大阪」周辺で、フェンスの設置工事が始まったり、ドローンの飛行が禁止されたりする予定で、サミットに向けた準備が本格化していくことになります。伊勢志摩サミットの際も「史上最高レベルの警備態勢」が話題となりましたが、今回も同様の厳重な警備態勢が敷かれるものと考えられます。
  • 2020年東京五輪・パラリンピックに向け、東京消防庁は、「統合機動部隊」の運用開始式を東京都渋谷区の同庁消防学校で開きました。この部隊は、テロや大規模災害が起きた際に管内各地から集結した消防車両を現地で指揮したり、通信機器や指揮スペースを備えたコマンドカーが現地に出向くなどして迅速な救助に当たるとされています。式には小池百合子知事らが出席。市街地での爆破テロで多くのけが人が出たとの想定で、部隊長が乗り込む指揮統制車(コマンドカー)が出動して救助訓練を実施したということです。
  • 成田空港で、国際テロの水際防止を想定した大規模な訓練が行われました。6月の大阪G20サミット、9月のラグビーW杯、来年の東京五輪・パラリンピックと大型イベントが続くのを見据えて実施、内閣空港・港湾水際危機管理チーム、千葉県警、東京税関、東京入管、成田国際空港会社など8機関、約130人が参加。国際テロリストの制圧や、爆発物の探知、処理などの訓練を行ったということです。
  • 5月1日の新元号「令和」への改元を前に、神社内での爆発や放火などのテロを想定した訓練が神戸市内の湊川神社で行われています。昭和から平成に改元された際には、全国で約20の神社で放火などのテロ行為が発生したといいます。訓練では、何者かが神社内に爆発物を放置したとの想定で開始、通報を受けた警察官が現場の状況を確認し、周辺を規制して参拝客らを避難させました。その後防護服を着用した機動隊員が爆発物の処理を行ったということです。
  • 6月の大阪G20サミットに向けて、大阪市港区の水族館「海遊館」は、大阪府警と合同のテロ対策訓練を行っています。海遊館職員ら約80人が参加し、本番を前に、客の誘導方法や府警との連携などを確認したということです。訓練は凶器を持った不審者による無差別テロを想定して行われ、サングラスにマスク姿の男がナイフを手に海遊館前の広場に現れると、海遊館職員がさすまたや防護盾を持って対峙、相手を網で捕まえる防犯器具「ネットランチャー」で動きを封じ、駆けつけた警察官が確保するといった内容でした。
  • 6月の大阪G20 サミットを前に、大阪府警は特殊部隊SATや機動隊の隊員など約500人が参加する大規模訓練を、大阪府大東市の警察施設で行っています。武装したテロリストが銃を乱射し、市街地のビルに立てこもった事態などを想定、ビルの屋上からロープで降下したSAT隊員らが特殊閃光弾を使って室内に突入し、犯人を制圧するといった内容でした。
  • 2020年東京五輪・パラリンピックに向け、警視庁代々木署などは、東京都渋谷区の変電所で、送電設備を攻撃して電力供給を止め大会を妨害する「電力テロ」への対処訓練を初めて行っています。警視庁や東京消防庁、電力関連の事業者など約60人が参加したということです。
  • JR名古屋駅で5月11日未明に、新幹線車内でのテロを想定した訓練が行われました。JR東海の社員や愛知県警の警察官ら約90人が参加、爆発物への対応や乗客の避難誘導などの手順を確認したということです。終電後の午前0時50分に始まった訓練は、新幹線「のぞみ」が走行中、乗客が座席に不審なカバンを発見したという想定で行われ、駅職員の通報を受けて駆けつけた県警機動隊の爆発物処理班が、不審物を撤去するなどしたということです。

2.最近のトピックス

(1) 最近の暴力団情勢

信金大手の西武信用金庫が指定暴力団の関連企業に融資していた疑惑については、同金庫の積極的な姿勢から推測するに、新築の不動産投資に始まった融資が、審査が次第に緩くなって中古物件へと移行、そこに暴力団が目を付けてフロント企業等を使った借り入れが行われ、上層部の不適切な関与もあって安易な審査が横行した結果、あっという間に数千億円の融資残高に膨れあがった中で発生したものと考えられます。今回の金融庁検査でその全貌が露呈すれば、某地銀同様、社会問題に発展するのは必至の状況です。一方で、金融庁は、全国の金融機関に対し、反社会的勢力との取引について、5月にも緊急の重点検査を始めるということです。本件は、現場レベルの融資書類の改ざんの問題などその「現場の暴走」自体も問題ですが、「3線管理」や「内部統制システム」が上層部の不適切な関与によって無効化されたという内部管理態勢の重大な不備もまた明らかであり、組織的かつ意図的という点では相当悪質な事案である可能性が否定できず、当然ながら、AML/CFT態勢とあわせ反社リスク管理態勢が十分機能していなかったものと推測されます。金融庁としても、FATF(金融活動作業部会)の第4次対日相互審査を今秋に控える中、他の金融機関に同様の脆弱性がないか、相当の危機感をもって重点検査に臨むものと思われます。金融庁には、まずは本件について徹底的に実態解明を行っていただきたいと思いますが、今後、同信金の不適切な融資や暴力団や半グレ等との不適切な関係、あるいは他の金融機関にも波及しかねない同様の問題等も考えられるところであり、その問題については本コラムであらためてお伝えしたいと思います。

また、直近では、会社の決算書を改ざんして、複数の銀行から融資金あわせて15億円以上をだまし取ったとみられる男ら5人が、警視庁に逮捕された事件が注目されます。詐欺の疑いで逮捕されたのは、破産したインテリア商品などの輸入販売会社「ラポール」の実質的オーナーだった黒木正博容疑者と元社ら5人ですが、この黒木容疑者は、約20年前、「ネットベンチャーの旗手」として脚光を浴びた人物で、一方では、暴力団との関係が指摘されてきた人物でもあります。当時34歳だった黒木容疑者は1999年12月、東京証券取引所の新興企業向け市場「マザーズ」上場の第1号企業となった音楽配信会社「リキッドオーディオ・ジャパン」の若手オーナーとして注目を集め、上場記念パーティーには多くの芸能人が出席するなど、経済界の話題をさらいました。その後、金融ブローカーとして活動、不公正ファイナンスを主導する、いわゆる「増資マフィア」と呼ばれるようになりました。彼ら「増資マフィア」が手掛ける案件は、「ボロ株」に投資、危うい操作で株価を上げて収益を確保するため、そもそも資金元は「危ない先」が多く、そこに暴力団のカネや脱税資金などが混じることもあり、そのような危うい輩と増資を受ける上場企業経営陣とのパイプ役として暗躍していたものです。容疑者が過去、一緒に逮捕された者の中には、元暴力団幹部で現在も六代目山口組直系組織の組長と親しい関係にある者もおり、容疑者自身、いわゆる「共生者」、「反市場勢力」といった位置づけ(属性)の人物といえるかもしれません。今回、(少なくとも7種類の)虚偽の決算書を作成しながら銀行から騙しとった金は、複数の暴力団員からの借金の返済等に充てられたと見られており、金の流れからみれば、暴力団への間接的な融資といった側面も否定できません。さらに、破産した「ラポール」を彼らが買収後、社会保険料などの支払いが滞る一方で、複数の融資が相次いで申請された事実もあり、当初から、同社(ラポール)の過去の信用力を背景に融資を引き出すための「ハコ企業」として悪用する狙いがあったとも考えられるところです。決算書の改ざん、黒木容疑者の関与、「ハコ企業」化の兆候など、当時、融資にあたっては相当の慎重さがそもそも求められていたと推測されるところ、さらには社会保険料の滞納等の事実をふまえた「適切な事後検証」が行われていたのか等、融資を認めた銀行の審査態勢やその判断、反社リスク管理態勢全般に(個別というより組織的な)問題がなかったのかが問われかねない状況でもあり、本件についても今後の実態解明を待ちたいと思います。

さて、過去の本コラム(暴排トピックス2018年9月号など)でも取り上げた不動産競売からの暴排が盛り込まれた改正民事執行法が今国会で成立しています。警察庁の平成29年の調査では、全国に約1,700ある暴力団事務所のうち、約200の物件に不動産競売の形跡があり、競売からの排除策が課題となっていたところ、ついに不動産競売からの暴排が実現することとなります。これまでは民事執行法による不動産競売においては、暴力団員であることのみを理由として不動産の買受けを制限する規定は設けられておらず、不動産競売において買い受けた建物を暴力団事務所として利用する事例や、その転売により高額な利益を得た事例などが見られました。今回の改正で、入札参加者には暴力団組員でないことを陳述させることとし、裁判所は最高額の入札者が組員かどうかを警察に照会し、もし組員だった場合は、売却の不許可を決定する、うその場合は刑事罰を科すといったスキームとなっています。以下に要綱案の該当部分を抜粋します。

▼法務省 「民事執行法制の見直しに関する要綱案」(平成30年8月31日決定)

第2 不動産競売における暴力団員の買受け防止の方策

  1. 買受けの申出をしようとする者の陳述
    • (1) 陳述の内容等
      • 不動産の買受けの申出は、次のア又はイのいずれにも該当しない旨を買受けの申出をしようとする者(その者に法定代理人がある場合にあっては当該法定代理人、その者が法人である場合にあってはその代表者)が最高裁判所規則で定めるところにより陳述しなければ、することができないものとする。
        • ア. 買受けの申出をしようとする者(その者が法人である場合にあっては、その役員)が暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律第2条第6号に規定する暴力団員(以下アにおいて「暴力団員」という。)又は暴力団員でなくなった日から5年を経過しない者(以下「暴力団員等」という。)であること。
        • イ. 自己の計算において当該買受けの申出をさせようとする者(その者が法人である場合にあっては、その役員)が暴力団員等であること。
    • (2) (1)の陳述をした者が虚偽の陳述をした場合について、所要の罰則を設けるものとする。
  2. 執行裁判所による警察への調査の嘱託
    • (1) 最高価買受申出人について
      • 執行裁判所は、最高価買受申出人(その者が法人である場合にあっては、その役員。以下(1)において同じ。)が暴力団員等に該当するか否かについて、必要な調査を執行裁判所の所在地を管轄する都道府県警察に嘱託しなければならないものとする。ただし、最高価買受申出人が暴力団員等に該当しないと認めるべき事情があるものとして最高裁判所規則で定める場合は、この限りでないものとする。
    • (2) 自己の計算において最高価買受申出人に買受けの申出をさせた者について
      • 執行裁判所は、自己の計算において最高価買受申出人に買受けの申出をさせた者があると認める場合には、当該買受けの申出をさせた者(その者が法人である場合にあっては、その役員。以下(2)において同じ。)が暴力団員等に該当するか否かについて、必要な調査を執行裁判所の所在地を管轄する都道府県警察に嘱託しなければならないものとする。ただし、買受けの申出をさせた者が暴力団員等に該当しないと認めるべき事情があるものとして最高裁判所規則で定める場合は、この限りでないものとする。
  3. 執行裁判所の判断による暴力団員の買受けの制限
    • 執行裁判所は、次に掲げる事由があると認めるときは,売却不許可決定をしなければならないものとする。
    • 最高価買受申出人又は自己の計算において最高価買受申出人に買受けの申出をさせた者が次のいずれかに該当すること。
      • (1) 暴力団員等(買受けの申出がされた時に暴力団員等であった者を含む。)
      • (2) 法人でその役員のうちに暴力団員等に該当する者があるもの(買受けの申出がされた時にその
          役員のうちに暴力団員等に該当する者があったものを含む。)

課題として指摘しておきたい点としては、まず、「5年卒業基準」を採用し、それ以上の制約を課さないものとなっており、おそらくは、それ以上に巧妙に姿を隠している反社会的勢力を排除することころまでは射程に含まれていない点が挙げられます。今後は、基準が明確になることで、その裏をかく反社会的勢力による買受けの横行や、一定期間経過後の転売等に注意していく必要があると考えられます。また、法人における排除すべき対象の認定基準のうち、「暴力団員等」(暴力団員と5年以内の元暴力団員)があからさまに役員に就任しているかについては、残念ながら、そのような法人はあまりないのが実態です(公証人による法人設立時における実質的支配者確認制度と同様の課題です)。やはり、このように基準が明確になることにより、今後、不動産競売に参加する法人は、表面的には共生者等やその意を受けた第三者が役員として登記され、反社会的勢力が実質的に経営を支配したり、経営に関与している実態を深く確認することなく、手続きが進められてしまう可能性が高いことになります。全体的にみれば、「不動産競売からの暴排」の規制が新設されることは歓迎されるべきこととはいえ、実質的に反社会的勢力を排除できるかとの視点からみれば、まだまだ不十分であると指摘せざるを得ず、 今後、反社会的勢力の実態に即した、より実効性ある規制に向かっていくことを期待したいと思います。

特定危険指定暴力団工藤会が関与したとされる2件の一般人襲撃事件で、被害者側が同会トップの野村悟被告らに計約1億1,000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が福岡地裁であり、野村被告らに約6,448万円の支払いを命じています。なお、工藤会トップに賠償を命じる判決は初めてだということです。被害者側は野村被告らに民法の使用者責任や暴力団対策法の代表者責任があったなどと主張、野村被告側は関与を否定し、請求棄却を求めていたものですが、工藤会トップの賠償責任が認められる画期的な内容だと言えると思います(なお、野村被告は判決を不服として福岡高裁に控訴しています)。報道(平成31年4月24日付西日本新聞)の中で弁護士が述べているように、「落ち度のない被害者を救済し、工藤会の力をそぐ画期的な判決だ。泣き寝入りしていた市民や企業も勇気を持って提訴できるようになる」という点は同感です。福岡県警は今後も被害者を支援する考えを表明していることから、同様の訴訟が提起され、工藤会の資金源への打撃と弱体化につながることを期待したいと思います。一方で、損害賠償請求に備える意味もある工藤会本部事務所の撤去・北九州市への売却については、暴力団被害者の支援などに取り組む福岡県暴追センターの役割に「暴力団事務所の撤去支援」を加えることで、暴追センターが直接買い取ることが可能となっています。北九州市としては、暴追センターを介して事務所を買収することで暴力団への直接的な税金投入を避ける狙いがあります。なお、水面下では市と工藤会との交渉も進んでいるようですが、数千万円と見込まれる売却益が確実に賠償に充てられるという確固たる担保がなければ、税金が工藤会の活動資金に流用される懸念もあり、撤去実現の時期は今のところ不透明な状況のままです。

さて、本コラムでは、暴力団離脱者支援の問題についても関心をもって取り上げていますが、警察庁「平成30年における組織犯罪の情勢」によれば、平成30年中、警察及び都道府県センターが援助の措置等を行うことにより暴力団から離脱することができた暴力団員の数については、約640人であり、平成28年末、平成29年末と3年連続して同数となっていることから、足踏み状態が続いているようにも思われます。前回の本コラム(暴排トピックス2019年4月号)では、本問題について、廣末登氏のコラムを紹介しましたが、同氏の論考が「現代警察159号」誌にも掲載されていましたので、以下、重要と思われる点を抜粋して紹介します。

  • 職業社会での安定的な就業は、暴力団離脱者の社会復帰における重要な要素です。暴力団離脱者の職業生活に関して重要なことは、彼らが「カタギ」の職業に就業できるかということ自体であり、社会復帰の成否も、これにより大幅に左右されるのです。(略)社会復帰の成否は、誰が、どのようにして判断するのかーこの問題を行政任せにすることに筆者は違和感を覚えます。暴力団離脱者問題が社会で注視されるいまこそ、研究者、民間団体、そして地域社会に暮らす我々一人ひとりが、議論を深めるべきではないでしょうか。
  • 現時点では、離脱者が社会復帰したくても許容しない現実があります。そうなれば、彼らは生きるために、違法なシノギを続ける選択肢しか残されていません。筆者は、調査過程において、社会に受け入れられなかった離脱者が、アウトローとして違法なシノギを選択する様を目にしてきました。それはたとえば、覚せい剤の密売、恐喝、窃盗、強盗、人さらい、詐欺行為等です。(略)社会的 に排除され、追い詰められた離脱者は犯罪をエスカレートさせています。
  • 注意すべきは、社会復帰できなかった離脱者が、社会の表裏両方でアウトローとなっている可能性です。(略)アウトローに掟という楔は存在しません。どんなことでもシノギにする危険な存在なのです
  • 暴力団離脱を促進させるためには、離脱におけるプッシュ要因「北風の政策」と、プル要因「太陽の政策」を念頭に置く必要があるということです。暴力団離脱におけるプッシュ要因とは、暴力団に居続けることへの魅力の欠如です。(略)一方、プル要因とは、個人のライフコースにおける暴力団以外の新たな合法活動と道筋に引き付ける環境と状況を指します。それはたとえば、個人が配偶者や子どもを持ち、地域社会に再統合されて就職することです。欧米のギャング離脱研修を参考にすると、こうしたプッシュとプル要因の積み重ねの効果に注目しています。(略)しかし、もし、プッシュ要因のみが強くなり、暴力団を辞めても一般的な社会に戻れないとしたら、家族がありながら職に就けないとしたらどうでしょう。現在、暴力団に在籍している離脱予備軍の離脱を阻む壁を一般社会が作ってしまうことになります。
  • 筆者は、社会的排除だけではなく、社会的包摂、社会的受け皿の存在こそ、暴力団離脱者問題を好転させると確信します。(略)近年、官民が協働して、暴力団離脱者の社会復帰に向けて具体的な一歩を踏み出しました。(略)【ちなみに、2017年に警察や暴追センターが離脱支援した640人のうち、就労まで支援できた者は全国で37人。そのうち17人は福岡県において就労支援された者といいます。「どこの自治体でも福岡県と同質の支援が受けられたら、社会復帰できる離脱者は増える」と福岡県暴追センター専務理事。】これらの試みを、より実効的なものとするためにも、一般社会の意識改革や元暴5年条項適用条件の検討等を、同時並行的に行う必要があると考えます。社会的包摂の主体は、行政に加え、企業や地域社会に生きる我々です。暴力団離脱者に限らず、更生したいと願う者を受け入れる健全な社会無くして、真の安心・安全な社会の実現は難しいと考えます。

本コラムでは、暴排が結局は社会不安の解消に役立っておらず、むしろ離脱者の更生を妨げ、犯罪を再生産しているのではないかといった問題意識を持ち続けています。さらにいえば、暴力団やギャングだけでなく、ロンリーウルフ型テロリストの過激思想化の阻止や犯罪者の再犯防止の観点からも、「社会的包摂」「社会的受け皿の存在」が極めて重要ではないかと思われます。それはつまり、多様性の受容や再チャレンジできる社会、寛容さが浸透した「健全な社会」こそ、真の安心・安全な社会のベースだということでもあります。廣末氏が指摘するとおり、もっと地に足の着いた具体的な支援策、公的な保証、社会全体による社会的包摂のあり方の模索が求められているといえると思います。

その他、暴排に関する最近の報道からいくつか紹介します。

  • 尼崎市は、暴力団排除活動の訴訟費用などを支援するため「市暴力団排除活動支援基金」を創設しています。「六代目山口組」の分裂で「神戸山口組」、「任侠山口組」と三つの指定暴力団による抗争事件が警戒されていることを受けた措置だということです。
  • 指定暴力団の会津小鉄会で会長の引退表明を機に、指定暴力団の山口組派と神戸山口組派の幹部がそれぞれ後継の「7代目会長」を名乗り内紛が起きていた問題で、京都府警は、神戸山口派幹部の金子利典(本名・金元)氏を7代目会長とする府公安委員会の公示を発表しています。
  • 準暴力団「怒羅権」の初代総長の男が、東京・江戸川区の路上で男性を殴ってけがをさせたとして、警視庁に逮捕されています。東京メトロ葛西駅前の路上で、内装業の男性に肩がぶつかったと言いがかりをつけ、顔を殴るなどしてけがをさせた疑いがもたれています。2人は事件前に、近くの店で酒を飲んでいたといいます。
  • 関東の暴力団に、東京五輪に向けて〈二〇二〇年東京オリンピックパラリンピックに向けまして社会情勢を鑑み各会に銃器の使用の自重を改めて要請致し又今後発砲事件が起こらぬ様関東親睦会各会協力の元 各会会員の指導教育も併せて申し合わせ致しました〉と記載されている文書が配布されています。大規模なイベントの際にこのように暴力団が自粛した事例は過去にもあり、たとえば、1985年の山一抗争の時の「ユニバーシアード神戸大会」を前に休戦が宣言されて、2か月間の休戦が実現した事例や、最近でも2015年8月末に六代目山口組から神戸山口組が分裂した翌年(2016年)の「伊勢志摩サミット」に際しても、休戦の通達が出されています。

(2) AML/CFTを巡る動向

FATFによる第4次対日相互審査に向けた官民挙げた取り組みが熱を帯びてきています。前回の第3次審査では、各国の法整備が焦点だったところ、今回は、事業者に直接ヒアリングなどして確認するなど、金融機関がしっかり対応できているかに重点が置かれている点が特徴です。とりわけ、「継続的な顧客管理」として、口座開設時だけでなく、既存客にも属性や取引目的の定期的な確認ができているか、大量破壊兵器の拡散リスクが懸念されている北朝鮮や、米国が経済制裁を続けているイランなど、FATFが「重大な欠陥国」と認定する13カ国への送金を水際で防げているかなどが重点的にチェックされることになりそうです。すでに21カ国が4回目のFATF審査を終えていますが、合格と認められたのは英国とイタリア、スペインなど5カ国だけであり、金融先進国とみられてきた米国やスイス、シンガポールを含む大半の国は及第点とはなりませんでした。「ほぼすべての金融機関でリスクに対する理解が不適切でマネロン対策の実施が不十分」などと認定されたためで、アイスランドは「要監視国」として落第点をつけられています。このように「不十分」の烙印を押されると、日本の金融機関の国際取引が制約を受け、海外決済・送金や貿易取引に影響が及ぶ恐れが生じることになります。そのため、たとえば、金融庁は、今後、金融機関や企業などに対し、日本で就労・就学した外国人が帰国する際は、小遣い稼ぎで口座を売却しマネロンや振り込め詐欺などに悪用されるケースが多発していることをふまえ、銀行口座の解約を促すよう周知徹底することにしています。また、メガバンクは預金規定の改定で、AML/CFT上の手続き等について、正当な理由なく協力を得られない場合、取引を一部制限できるようにするなどの対応を急いでいます(例えば、銀行窓口では6月から順次、送金などで書類に記入する項目が増えること、現金を窓口に持って行き、海外に直接送ろうとしても、送り主の身元がはっきりしないという理由で、できなくなる可能性が高くなること、銀行口座から送金する場合でも、職業や国籍、送金の目的や経済制裁の対象国と取引があるかなど、さまざまな項目について細かく聞かれること、などが予想されます)。

さて、FATF対応の一環として、金融庁が「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」(ガイドライン)の一部改正(案)について、パブリックコメントを募集していましたが、その結果等が公表されています。以下、金融庁のコメントから重要と思われる部分のみ抜粋して紹介します。

▼金融庁 「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」の一部改正(案)に対するパブリックコメントの結果等について
▼コメントの概要及びそれに対する金融庁の考え方
  • 金融庁所管の特定事業者である金融機関等においては、リスクの特定・評価に際して犯罪収益移転危険度調査書を勘案するとともに、定期的にリスク評価を見直すほか、マネロン・テロ資金供与対策に重大な影響を及ぼし得る新たな事象の発生等に際し、必要に応じ、リスク評価を見直すことが求められております
  • 本ガイドラインは、これまでも国内外の制裁に係る法規制等の遵守その他必要な措置を講ずること等を金融機関等に求めてきたところですが、本改正は、テロ資金供与対策や大量破壊兵器の拡散に対する資金供与の防止のための対応について、外為法や国際テロリスト財産凍結法をはじめとする国内外の法規制等を踏まえた態勢整備の必要があることを改めて明確化したものです。当庁としては、金融機関等の実効的な取組みに資する情報や対応事例等について、今後、業界団体等とも連携しながら、共有等に努めて参ります
  • 「各業態が共通で参照すべき分析」とは、例えば犯罪収益移転危険度調査書やFATF勧告など、いずれの業態においても参照すべきものが考えられます。また、「業態別の分析」は、ご指摘のFATFのセクターごとの分析のほか、例えば国際機関や海外当局が公表している業態別の分析や業界団体が会員向けに共有・公表している事例集等が考えられます。例えば、ご指摘の預金取扱金融機関を対象とした分析や地方銀行を対象とした分析は「各業態それぞれの特徴に応じた業態別の分析」に該当するものと考えられますが、営業地域や規模等のさらに詳細な分析や他業態を対象とした分析については、本改正で想定しているものではございません。なお、本ガイドラインでは、リスクの特定・評価に際し、自らの営業地域の地理的特性や、事業環境・経営戦略のあり方等、自らの個別具体的な特性を考慮することが求められております
  • 改正内容にかかるモニタリングについては、業態ごとに定められている法令に基づき実施するものであり、本ガイドラインや監督指針等の遵守状況を形式的に判断して実施するものではなく、マネロン・テロ資金供与リスク管理態勢に問題があるかどうかという観点から、実質的に行うものです
  • 顧客のリスク評価は、顧客属性だけでなく、商品・サービス、取引形態及び国・地域等に対する自らのマネロン・テロ資金供与リスクの評価の結果を総合して実施すべきものであり、業界団体との意見交換会など、アウトリーチの機会においても周知して参ります
  • 本改正は、全ての顧客について、金融機関等によるマネロン・テロ資金供与リスクの特定・評価の結果を総合して、マネロン・テロ資金供与リスクを評価することを求めるものですが、具体的な対応策については、金融機関等の規模・特性等に応じて個別具体的に判断する必要があります。例えば、長期不稼動口座を保有する顧客については、長期にわたって取引がなされていない点に着目してそのリスクを評価し、新規に取引が発生するまでシステム上の取引制限を課すなど、リスクに応じた対応を講ずることが考えられます
  • 継続的な顧客管理については、顧客にかかる全ての情報を更新することが常に必要となるものではなく、顧客のリスクに応じて、調査の頻度・項目・手法等を個別具体的に判断していただく必要があります
  • 金融機関等は、継続的な顧客管理として、各顧客のリスクが高まったと想定される具体的な事象が発生した場合のほか、リスクに応じた頻度で定期的に顧客情報の確認を実施するとともに、かかる顧客情報を踏まえて適時・適切に顧客のリスク評価を見直すことが求められます
  • 顧客のリスクを評価する手法については、金融機関等の規模・特性等に応じて個別具体的に判断する必要がありますが、例えば、疑わしい取引の届出対象となった顧客であることや、犯罪収益移転危険度調査書に記載の危険度の高い取引を行う顧客であること等を踏まえて顧客を類型化することが考えられます。(略)なお、ITシステムは、その的確な運用により、マネロン・テロ資金供与リスク管理態勢の強化を容易にするものですが、適切に顧客のリスクを評価できるのであれば、ITシステムを用いずに顧客のリスクを評価することも否定されるものではありません
  • 継続的な顧客管理については、リスクが低いと判断した顧客も含む全ての顧客をその対象とすることが求められますが、全ての顧客に一律の時期・内容で調査を行う必要はなく、顧客のリスクに応じて、調査の頻度・項目・手法等を個別具体的に判断していただく必要があります。顧客との店頭取引や各種変更手続の際に、マネロン・テロ資金供与対策にかかる情報も確認されているのであれば、そのような実態把握をもって、継続的な顧客管理における顧客情報の確認と看做すことが可能な場合も考えられます
  • 顧客のリスク評価は、商品・サービス、取引形態、国・地域、顧客属性等に対する自らのマネロン・テロ資金供与リスクの評価の結果を総合してこれを実施すべきものであり、例えば、組合員と非組合員、法人と個人、生活口座として利用する顧客とそれ以外の目的で口座を利用する顧客といった観点で類型化することが適切である場合も考えられます
  • 顧客のリスク評価については、まずは各金融機関等が保有する顧客情報に基づいてリスク評価を行い、かかる評価結果に応じた継続的な顧客管理を実施していく過程で顧客情報を更新していくという手法が考えられます。このような過程において、当初は高リスク類型・低リスク類型といった2段階で顧客のリスク評価を行い、より詳細な評価へと高度化させていくという手法が適切な場合も考えられますが、いずれにしても、具体的な対応策については、金融機関等の規模・特性に応じて個別具体的に判断されることとなります
  • 本改正は、金融機関等に対し、犯収法等の関係法令を遵守することを当然の前提とした上で、顧客のリスクに応じたより実効的な対応を金融機関等に求めるものであり、外国PEPsについても、犯収法等の関係法令を遵守した上で適切に対応していただく必要があります
  • 本改正は、必要に応じたITシステムの導入・活用とともに、実効的なデータ管理(データ・ガバナンス)を確保し、金融機関等による効果的・効率的なマネロン・テロ資金供与対策の実施を求めるものです
  • 「検証」の具体的手法についてはご指摘の確認も含まれ得るものですが、各金融機関等において、規模や特性、顧客のリスク等に応じて、個別具体的に判断されることになります。例えば、ITシステムの有効性検証と併せ、(1)正確かつ網羅的に抽出されたデータが取引モニタリング・フィルタリングシステムに入力されるプロセスが適切に整備されているか、(2)取引内容に応じた適切な制裁リストを用いており、リストの更新が適時適切にシステムへ反映され、追加された項目が既存顧客に対しても照合されているか、(3)取引フィルタリングシステムの照合に係るあいまい検索機能等や取引モニタリングシステムのシナリオ・敷居値等が適切かなどといった一連の過程を検証することが考えられます
  • 定期的な検証における確認項目や頻度については、金融機関等の規模・特性等に応じて個別具体的に判断することとなります。その検証の過程で、本人確認書類の有効期限が経過することが確認された場合には、継続的な顧客管理において、新たな本人確認書類の提示・写しの提出を求める等の対応をとるかを、顧客のリスクに応じて判断することとなります
  • ITシステムを導入している金融機関等においては、IT システムを有効に活用するため必要な情報はデータとして正確に把握・蓄積し、分析可能な形で整理することなどが求められており、本改正は、かかるデータがITシステムに用いられる際に網羅性・正確性が確保されていることの定期的な検証を求めるものです。なお、金融機関等においては、記録の保存について、犯収法等の関係法令を遵守することも当然に求められます
  • 本改正は、顧客情報、確認記録・取引記録等のデータがITシステムに用いられる場合に、網羅性・正確性の観点で適切なデータが活用されているかを定期的に検証することを求めるものであり、ITシステムを用いて顧客リスク格付を実施することを求めるものではありません
  • 定期的な検証の主体については、コンプライアンス部門が中心となって第2線の関係部門が行う検証や、内部監査部門が独立した立場から行う検証などが考えられ、各金融機関等の規模や組織構造等に応じて、個別具体的に判断されることとなります

また、最近の金融庁と金融機関の意見交換会の内容から関連する部分について紹介します。

▼金融庁 業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点
▼主要行

金融庁は、モニタリングの方針として、ガバナンスの重要な機能の一つである内部監査を重点的に検証することとしており、内部監査に係るモニタリングの観点として、(1)内部監査の評価、(2)内部監査の活用があるといいます。このうち、(1)内部監査の評価については、「各金融機関の内部監査部門が、各行のビジネスモデル、経営戦略及び組織体制に基づくリスクプロファイルに対応した監査を実施しているかといった観点等から検証している」として、特に、「従来のような既定ルールへの準拠性中心の表面的な事後チェックを行う事務不備監査から、リスクに対応した根本原因まで掘り下げた未然予防の経営監査となっているかが重要」としている点は重要かと思われます。また、(2)内部監査の活用については、「内部監査のリスクアセスメントや監査計画に、当局モニタリングの問題意識を反映していただきたい。併せて、内部監査、監査委員会(監査役会)及び外部監査の間(三様監査)においても、同様の問題意識を共有していただきたい(当局モニタリングを加えた「四様監査」の連携)」としています。そのうえで、「今後、各行の内部監査態勢で認識された課題やビジネスモデル等に基づく課題について内部監査部門と対話を実施し、監査態勢のより深い把握と改善に向けた提案を行う予定である。また、今後、内部監査、監査委員会(監査役会)、外部監査との対話を通じて、当局モニタリングの問題意識を共有することも計画している」としています。また、デジタライゼーションの進展に伴い、GAFA やFintech 企業等新たな事業者と連携した外部委託の形態が増しつつある中、「特定のベンダーに委託が集中することや、外部委託先の優先的地位によって、金融機関の要望を満たさない契約を受け入れざるを得ないといったリスクも考えられる」と指摘しています。こうした「新たな(特に海外における)Third-Party risk を踏まえた外部委託に関するリスク認識・評価・対策を行うこと」が求められており、「経営陣も含めた、第2線防御・第3線防御による牽制の重要性が高まっている」との指摘は、メガバンク等に限らず、今後の事業者のリスク管理を考えていくうえで示唆に富む内容だと思われます。

▼全国信用金庫協会

同協会との意見交換においては、出入国管理法改正案に関連して、昨年末には、外国人の受入れ・共生のための施策のパッケージとして、政府から「総合的対応策」が公表されたこと、「総合的対応策」では、外国人の生活サービス環境の改善に向けた施策として、金融機関に対しても、円滑な口座開設や多言語対応の充実、手続きの明確化のためのガイドラインや規定の整備等が求められていることをあらためて確認したうえで、「当庁から各業界団体に対して要請文を発出している。また、全銀協において、勤務形態の確認方法や多言語対応の取組みについて、アンケート調査を実施しており、結果が共有されていると承知している。各金融機関におかれても、当該事例等を参考に、各金融機関内で体制を整備していただくようお願いする」との要請があったほか、「外国人口座の開設や期中・出口の管理については、現在、全銀協で留意すべき点や対応事例等を取りまとめ中である。このような全銀協の取組みも参考に、引き続き、リスクベース・アプローチに基づいて、マネロン・テロ資金対策に御留意いただくようお願いする」との要請もありました。

さて、繰り返しとなりますが、留学生らが帰国する際に売る日本の銀行口座が、マネロンや特殊詐欺で得た資金の受け皿に使われる事例が相次いでいることを受けて、大手銀行などが外国人による口座開設の審査を厳しくしています。出入国管理法改正で外国人労働者が増えれば、口座売買が広がるリスクも高まることになり、金融庁は金融機関に対策の徹底を求めていますが、一方で、政府から外国人の円滑な口座開設の要請もあり、難しい対応を迫られています。例えば、入国直後は携帯電話を契約できず、開設時に必要な電話番号を保有していないケースが多いことをふまえ、金融庁は雇用された職場の番号で受け付けることを容認しています。今後、金融庁は、こうした柔軟な対応が徹底されているかなどについても点検するとしています。さらに、点検では、滞在中は在留期間と関連づけて管理し、帰国時には口座解約につなげられる仕組みが整備されているかも見るといいます。AML/CFTの観点からも雇用主との緊密な連携は重要かつ効果的であり、在留管理がしやすくなることが「厳格な顧客管理」につながると考えられます。また、FATFの第4次審査では、運用実態が問われていることもあり、金融機関としては、口座開設手続きや管理手法を内部規定に反映させ、「営業現場(第1線)にきちんと浸透させること」が求められています。なお、金融庁からは、関連施策についての文書が出ていますので、紹介します。

▼金融庁 外国人の受入れ・共生に関する金融関連施策について
▼(別添)「外国人の預貯金口座・送金利用について(外国人の受入れに関わる方に知っていただきたい事項)」
  • 外国人の受入れに関わる皆様においては、外国人が預貯金口座を開設する上では通常以下のような書類が必要となることや、日本語に自信のない場合は受け入れ先企業や就学先の通訳を伴っていくよう伝えてください
    • 本人確認書類(在留カードが利用できます。)
    • 印鑑(印鑑作成の方法についてもご紹介ください。なお、サインでの預貯金口座開設が可能な金融機関もあります。)
    • 社員証または学生証
  • また、受け入れ先企業や就学先の皆様においては、金融機関での預貯金口座開設手続きに同伴し会話や手続をサポートする、勤務先や就学先の証明をするなどの支援をしていただくようお願いします
  • 受け入れた外国人に対しても、外国人の利便性や給与支払いの透明性を確保するため、速やかに預貯金口座振り込みの手続きを行ってください
    【注意!】特定技能1号の資格で受け入れた外国人に対しては、給与支払いを預貯金口座振込などの支払額が確認できる方法で行うことや、預貯金口座開設の支援をすることが義務付けられています
  • 外国人は母国への送金のニーズがあるものと思います。銀行を利用すればほとんどの国に送金できますが、一部の国にしか送金できないものの銀行に比べて比較的安い手数料で海外送金ができる金融庁の登録を受けた資金移動業者も使えます。皆様からもこれらの送金サービスについて外 国人に伝えてください
    【注意!】登録を受けずに送金を行う業者は違法ですので、絶対に利用しないように伝えてください。また、違法業者についての情報は金融庁・財務局または警察までご連絡ください。登録業者の一覧は7ページに掲載しています。情報提供にご協力お願いします
  • 以下のような場合は、外国人に金融機関での手続きが必要であることを伝えてください
    • 住所や在留期限、在留資格が変わったとき
    • 退職・退学をしたとき
    • 通帳やキャッシュカードをなくしたとき(金融機関に届け出た住所と現住所が異なると、キャッシュカードを郵送で受け取ることができません)
  • 留期間が終わるなどの理由で帰国することとなり、預貯金口座を利用しなくなるときは、金融機関の窓口に行き、預貯金口座を解約するよう伝えてください。(再入国するなどの予定があり、引き続き預貯金口座を利用することが見込まれる場合は、金融機関にご相談ください)
  • 受け入れ先企業や就学先の皆様におかれては、外国人が帰国することを知ったときは、金融機関にご連絡いただくようお願いします
  • 預貯金口座の売買(預金通帳・キャッシュカードの譲渡等)は犯罪です。帰国する外国人が犯罪行為であるとの認識が薄いまま、小遣い稼ぎのために預貯金口座を売却する事例が多発しております。そのようにして売却された預貯金口座が振り込め詐欺等の犯罪収益の受け渡しに使用されることになりますので、絶対にそういった行為に関わらないよう注意喚起してください
  • 以下の行為は犯罪行為です。受け入れた外国人が関わらないよう、注意喚起してください。法令による処罰や、国外退去処分などの対象となります
    • 地下銀行やヤミ金融:免許を持たずに銀行業を行うことや登録を受けずに資金移動業を行うこと(地下銀行)、登録を受けずに貸金業を行うこと(ヤミ金融)は犯罪ですので、利用しないよう注意喚起してください
    • マネー・ローンダリングへの関与:マネー・ローンダリング(犯罪による収益を隠して預金したり送金したりすること)は犯罪です。関わらないよう注意喚起してください
    • 預貯金口座の売買・譲渡:預貯金口座を売買すること(預金通帳やキャッシュカードを売却・譲渡することも含む)は犯罪です。帰国前に軽い気持ちで預貯金口座を売却する事例が多く見られますが、重大な犯罪であることを理解させてください
    • 偽造クレジットカードや偽造キャッシュカードの使用

また、経済産業省から、金地金等取引事業者1社に対して、犯罪収益移転防止法に基づく行政処分が出されています。また、その際に、金地金等取引事業者における「疑わしい取引」の参考事例も公表されていましたので、あわせて紹介します(かなり具体的な事例もあり参考になります)。

▼経済産業省 金地金等取引事業者1社に対して行政処分等を行いました

犯罪による収益の移転防止に関する法律第17条の規定に基づき、(1)法第8条第1項及び同条第2項等に定める疑わしい取引の届出を速やかに行うこと、(2)これらの違反行為の再発を防止するため、法第11条第1号及び第2号の規定に定める社員に対する教育訓練の更なる強化及び規程の整備・見直し等取引時の確認等の特定事業者としての義務を的確に履行するための措置を講ずること、併せて、上記指導を踏まえて事業者が講じた措置について、指定された期日までに報告するよう、法第15条に基づき、報告徴収命令を発出しています。具体的な違反行為の内容としては、「現金による多額の金地金の買取を、短期間に繰り返し実行するという疑わしい取引を行っていた顧客が存在していたにも関わらず、行政庁に対する届出を怠っていた」というものです。

▼(参考)「金地金等取引事業者の法令順守事項について」 疑わしい取引の参考事例
  • 取引と顧客の収入/法人の規模等がアンバランス(例)資本金1万円の会社の担当者が1日に数億の金地金を何回も持ち込んでいる
  • 取引の仕方・頻度等が不自然(例1)1回あたり現金199万円の取引を1週間で何回も繰り返す、(例2)同一の外国人観光客グループが何度も来店し、金地金を少額ずつ持ち込む
  • 購入ルートや(外国購入品の場合)水際での税関手続きに関する説明ぶりが曖昧
  • 顧客が取引の関係書類に自己の名前を書くことを拒んだり、本人確認書類の提示に拒否反応を示す場合
  • 本人確認の際に顧客が呈示した身分証明書等の記載事項が虚偽である疑いがある場合
  • 売買契約、申込書、売買契約書等の取引の関係書類それぞれに異なる名前を使用しようとする、もしくは名義が偽名/名義借りの疑いがある場合
  • 法人の実体がないとの疑いが生じた当該法人関係者が取引に関わっている場合や、当該法人に確認した本人確認等に関する情報(住所、電話番号等)に虚偽の疑いがある場合
  • 顧客の住所と異なる場所に関係書類の送付を希望する場合
  • 顧客が事業者と取引をしたことを秘密にするよう要求、もしくは記録を残さないよう依頼する場合
  • 数人で同時に来店し、別々の担当者に多額の現金取引を依頼する場合
  • 短期間に多数の貴金属等を購入するにもかかわらず、金額のみに着目し、商品内容・市況等の情報にほとんど関心を示さない場合
  • 同一人物・企業が、短期間のうちに多くの貴金属等の売買を行う場合
  • 経済合理性から見て異常な取引を行おうとする場合(例)地金を売却することを急ぎ、市場価格を大きく下回る価格での売却でも厭わない場合等
  • 顧客による地金売却時に、刻印されている品位と実際に確認した品位が異なる場合。また、刻印が不自然な(偽物の疑いがある)場合

その他、最近のAML/CFTを巡る動向に関する報道から、いくつか紹介します。

  • 三井住友銀行は、米ニューヨーク連邦準備銀行からマネー・ローンダリング防止に関する内部管理が不十分との指摘を受け、改善措置を講じることで同連銀と合意したと発表しています(制裁金は科されていません)。60日以内に監視体制の強化や、疑わしい取引の届け出など内部管理の強化策を報告するよう求められており、外部の専門家による助言を得ながら対策の高度化に努めるということです。なお、同連銀が同行のニューヨーク支店を点検した結果、マネロン対策で必要な水準に達していないと指摘していたものですが、同行は北朝鮮やイランなど経済制裁に違反する個別の取引は認定されていないと説明しています。米国の銀行に対する資金洗浄規制を巡っては、同じメガバンクの三菱UFJ銀行が今年2月、米通貨監督庁(OCC)から内部管理体制の不備を指摘され、改善措置を講じることで合意しています。
  • 本コラムでもたびたび紹介しているスウェーデンの銀行スウェドバンクは、デンマーク最大手ダンスケ銀行による最大2,000億ユーロ(約25兆円)の不正な資金移転問題に関わった疑いがもたれていることについて、マネー・ローンダリング対策に不備があったことを認め、複数の米当局から調査を受けていることを明らかにしています。同行は、ダンスケ銀行との間で2007~15年、少なくとも400億クローナ(約4,700億円)のマネー・ローンダリングが疑われる顧客資金の移動があったと現地紙に報じられていたほか、この報道の直前に一部の主要株主に情報を伝えていた疑惑も浮上していました。同行CEO代行は、これまでの内部調査は不備があったことが示されたと認め、「スウェドバンクが顧客、当局、投資家、従業員、その他関係者の信頼に値するには、資金洗浄対策の継続した改善が必要だ」と述べています。
  • 米財務省や米連邦準備理事会(FRB)などは、イタリアの大手銀行ウニクレディトへ計13億ドル(約1450億円)の罰金を科すことで合意したと発表しています。米国のイランなどへの経済制裁措置に違反し、資金を送金したと認められたものです。同行は当時、イランの海運会社の米ドル口座などを管理、米金融機関を通じて制裁対象国への送金に関わっていたといいます。送金は合計2,000回以上にわたり、金額は5億ドル(550億円)を超える大変大きな規模だということです。
  • 日本など8カ国・地域を適用除外としていた措置が打ち切られ、米はイラン原油の全面禁輸に踏み込ました。イラン核合意を離脱した米政権は、合意前と同水準の制裁を完全復活させて圧力を強め、イランに弾道ミサイル開発やウラン濃縮の停止を迫っています(なお、米は産油国ベネズエラにも制裁を科している状況で、アラブ首長国連邦(UAE)などに石油の増産を促しています)。さらに、イランと取引する企業や金融機関への制裁強化を検討しているとも報じられています。イランの米ドル調達を制限するのが狙いで、原油に次いでイランの主要収入源となっている石油化学製品の取引が対象に含まれるということです。米制裁で規制されているアンモニアやメタノール、尿素といった石油化学製品の販売について、外国企業への制裁強化が検討されているほか、石油化学製品の取引に際し、イラン企業に米ドル建てでの支払いを手配する金融ネットワークへの制裁も検討中とのことです。さらに、直近では、鉄鉱石、鉄鋼、アルミニウム、銅など産業向け金属の輸出による収入を標的とする対イラン制裁の大統領令にも署名しています。

(3) 特殊詐欺を巡る動向

まずは、例月通り、平成31年1月~3月の特殊詐欺の認知・検挙状況等についての警察庁からの公表資料を確認します。

▼警察庁 平成31年3月の特殊詐欺認知・検挙状況等について

平成31年1月~3月の特殊詐欺全体の認知件数は3,426件(前年同期4,063件、前年同期比▲15.7%)、被害総額は46.3億円(65.8億円、▲29.6%)となり、認知件数・被害総額ともに減少傾向が継続し、さらに減少幅が大きく拡大しています。なお、検挙件数は1,287件となり、前年同期(986件)を+30.5%と昨年を大きく上回るペースで摘発が進んでいます(検挙人員については538人と前年同期比+3.5%と、全体的には摘発の精度が高まっているといえます)。また、特殊詐欺のうち振り込め詐欺の認知件数は3,401件(4,000件、▲15.0%)、被害総額は44.5億円(63.2億円、▲30.0%)と、特殊詐欺全体の傾向に同じく、件数・被害額ともに大きく減少する傾向が継続しています。また、類型別の被害状況をみると、オレオレ詐欺の認知件数は2,024件(2,285件、▲11.4%)、被害総額は23.0億円(30.6億円、▲24.8%)とこれまでの増加傾向から減少に転じたうえに、被害額も減少傾向が継続しています。また、架空請求詐欺の認知件数は、816件(1,235件、▲33.9%)、被害総額は14.6億円(26.4億円、▲44.7%)と件数・被害額ともに大幅な減少が見られています(前月、被害額が増加傾向から減少に転じています)。さらに、融資保証金詐欺の認知件数は74件(101件、▲26.7%)、被害総額は0.8億円(1.4億円、▲40.4%)、還付金等詐欺については、認知件数は487件(379件、+28.5%)、被害総額は6.0億円(4.7億円、+27.3%)と、件数・被害額ともに数年ぶりに再び増加傾向に転じており注意が必要です。現状、特殊詐欺全体でみれば件数・被害額ともに減少傾向あるものの、依然として高水準を維持しているといえます。なお、それ以外の傾向としては、特殊詐欺全体の被害者については、全体では男性21.1%/女性78.9%、オレオレ詐欺では男性12.2%/女性87.8%、融資保証金詐欺では男性78.3%/女性21.7%、架空請求詐欺では男性31.4%/女性68.6%、還付金等詐欺では男性31.4%/女性68.6%などと類型別に大きく異なる割合となっている点は興味深いといえます。また、60歳以上は87.0%(70歳以上だけで73.8%)とこれまでより顕著な偏りをみせており、全体的にみれば、女性および高齢者のセグメントにおいて被害者が圧倒的に多い傾向がみてとれます(さらに、その傾向に少しずつではありますが拍車がかかっている点に注意が必要です)。また、犯罪インフラの検挙状況として、口座詐欺の検挙件数は217件(332件、▲34.6%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は541件(597件、▲9.4%)、検挙人員は443人(464人、▲4.5%)、携帯電話端末詐欺の検挙件数は86件(56件、+53.6%)、検挙人員は56人(44人、+27.3%)、携帯電話不正利用防止法違反の検挙件数は9件(7件、+28.6%)、検挙人員は6人(7人、▲14.3%)などとなっています。

さて、最近の特殊詐欺のひとつのトピックとして、海外を拠点として日本を対象とした「かけ子」が摘発された事案や海外の詐欺グループが日本国内の拠点を構えていた事案など、「特殊詐欺」と「海外」というキーワードの連関の高さが目立ってきたことが挙げられます。そのような中、外務省が海外安全ホームページで異例の注意喚起を行っています。

▼外務省 海外安全ホームページ 特殊詐欺事件に関する注意喚起(加害者にならないために)

それによると、「最近、海外において特殊詐欺事件のいわゆる「かけ子」として日本人が拘留される事案が散見される。「海外で短期間に高収入が得られる」といった文句に誘われ、安易な気持ちで海外に渡航した結果、意図せず犯罪の加害者になってしまうこともある。犯罪に荷担させられることにならないよう、慎重な判断が求められる」という内容です。より具体的には、(1)日本国内での特殊詐欺の拠点摘発が進み、また、インターネットを介して低料金で国際電話をかけることが可能であること等から、最近では海外(特に中国、東南アジア)にも特殊詐欺の拠点が設けられるようになっていること、(2)特殊詐欺グループは、インターネット(掲示板、SNS)や人材派遣会社を通じて「かけ子」の求人を出すこともあり、「海外で短期間に高収入が得られる」といった魅力的な誘い文句で、若者を中心に勧誘を行っている。「海外旅行に出かけて小遣い稼ぎができる」と安易な気持ちで応募した結果、犯罪に荷担することとなり、現地で何年も服役しなければならなくなることもあり得ること、(3)短期間で多額の報酬を得られるような仕事は、海外でも通常はないことを十分認識し、安易に求人に応募することがないよう、また、意図せず犯罪の加害者になることがないよう、このような求人広告を見た際には慎重に判断すること、としています。

なお、今回タイで摘発された事案については、報道(平成31年4月19日付時事通信)によれば、20代後半の男を含む3人が入居した際、IP電話や通信機器を大量に搬入し、家具の配置を換えたため、家の賃貸を仲介した不動産業者の男性が「違法事業を行うのか」と繰り返しただしたが否定されたといった経緯や、その後、プールの清掃員から「訪ねたら泳いでいた住人が慌てて室内に入り、ドアとカーテンを閉めた。家は静まり返っていた」という報告を受けたこと、浴室が故障したとの連絡を受け、派遣した修理業者が室内への立ち入りを拒まれたことなどから、この男性は疑念を深め警察に通報したということです。この点については、以前からタイ人のホテルやアパートなどの物件のオーナーは外国人が入居した際にはイミグレーションに受け入れの報告をする義務があり、近年、この報告義務が厳しくなり、オーナーはこれまで以上に外国人入居者を注視するようになっているという事情もあるようです。今回の件も、このような怪しい「端緒」が揃えば、通報されるのも当然といったところです。さらに、日本から海外に「出稼ぎ」する者については、SNS上などで密かに流行っている「個人間融資」を通じて、出し子や受け子など、特殊詐欺の末端要員たちがいとも簡単に集められ、海外に送り込まれている実態があるようです。それは、どこからも借金できなくなった者にSNSで違法金利の「個人間融資」をもちかけ、その後、返済に困窮した者を「かけ子」等に利用するという構図です(実際にタイで逮捕された者のうち複数人がお金に困りヤミ金に手を出していたことが分かっています)。

一方、海外の特殊詐欺グループが日本を活動拠点とする動きについては、中国でも特殊詐欺が社会問題化しており、摘発も強化されていることから、同国内の捜査を免れるため、日本に拠点を移している可能性が指摘されています。今回、山梨県で台湾籍の男女10人が入管難民法違反(資格外活動)の疑いで再逮捕された事件では、事務所に使われた空き屋は、ここ数年誰も使っていなかったところ、昨年ぐらいから中国語を話す男女数人が頻繁に出入りするようになり、子どもの姿もあったということです。また、警視庁は、中国の特殊詐欺グループの摘発に入管難民法違反を適用しましたが、グループの関係者は台湾、詐欺の被害者は中国本土におり、国内の捜査だけでは詐欺での立件は難しいのが現実であり、これまで以上に国際間の捜査協力が重要となります(なお、今回押収した中国の高齢者の名簿などの情報を台湾や中国の警察当局に提供し、連携して実態解明を進めるということです)。このような状況について、「自国の人間は、自国の人間を騙すものであり、詐欺の手口は変われども、どこにいてもまずターゲットとして狙うのは他国の人間ではなく同じ国の人間だ」と指摘する暴力団幹部の発言が雑誌に掲載されていました。「詐欺という犯罪形態である限り、言葉が通じて、生活や習慣、文化がわかるからうまくいくのだ」ということであり、説得力のある説明だと感じます。また、(1)ひとつの手口を解明して捜査手法を確立すると、もう次の新しい手口が出てくること、(2)せっかく被疑者に目星をつけても次には違うメンバーが入ってくること、(3)数十人が何回も、日本を出たり入ったりを繰り返しながら犯行を重ねていくことなど、海外を拠点にした特殊詐欺の事案への対応の難しさがあるといいます。そのような中、かけ子集団を組織し、拠点やIP電話やパソコン等を大量に用意するには多額の資金も必要であり、暴力団などの犯罪組織が関与している可能性も考えらえるところです。いずれにせよ、国境を越えた特殊詐欺グループの活動には今後も注意が必要です。

さて、最近の特殊詐欺に関する最近の報道から、とりわけ手口に注目して、いくつか紹介します。

  • タイで摘発された特殊詐欺グループの事件では、だまされて電話を掛けてきた被害者に「長期未納金」の解決と称し、電子マネーのギフトカードを介して現金を詐取、この際、初回の電話での被害者の対応から、1人ずつ「いい人」「気が弱い」「だまされやすい」などと手書きでメモに記録、これを元に2回目は「新たな滞納金が見つかった。今後費用を掛けないため、支払い1回限りのサイバー保険に入った方がいい」と促し、実在する情報セキュリティを扱うNPO法人の名を挙げ、「保険料」などとして100万~500万円を払うよう求め、一部の被害者はこれに応じたとみられるということです。
  • 大阪府警捜査2課は、大阪府内で2月下旬から3月中旬にかけて、80代の男女2人が相次いで現金1,000万円以上をだまし取られる特殊詐欺の被害にあったと発表しています。府内の80代の女性宅に銀行員を名乗る男から「平成から令和に代わるので、古いキャッシュカードが使えなくなる」などと電話があり、自宅に来た男にキャッシュカード9枚を手渡してだまし取られ、口座から300万円が引き出されていたというものです。被害防止のため、大阪府警は、「ゴールデンウイークで家族が顔を合わせる機会に、家族間で合言葉を考えたり、防犯機能つきの電話を用意するなど対策を話し合ってほしい」と呼びかけています。
  • 銀行職員になりすまし、「元号が変わったので、カードが使えなくなります。使えるようにしますので一度預かります」などとうそを言い、女性からカード1枚をだまし取ろうとした男が、大分県警に詐欺未遂で逮捕されています。カードの暗証番号を確認するため、男と女性が佐伯市内の郵便局を訪れた際、不審に思った職員が110番通報、男はその場を立ち去ったものの、駆け付けた大分県警佐伯署員が、市内の路上で男を発見したものです。
  • 静岡県内で今年に入ってから、特殊詐欺の前兆とみられる不審電話が急増しているといいます。警察官や金融機関をかたる従来の手口に加え、「令和」への改元を利用したものや、高齢者の資産状況などを事前に聞く「アポ電」から実際に被害につながったケースもあるとのことです。被害を防ぐため、県警は4月から実際にかかってきた電話の録音データ公開に踏み切っています。「番組内で今、お一人暮らしの方を対象に統計調査を行っていまして」とNHKの「アンドウ」と名乗る男が、実在する情報番組の調査と説明して、わずか1分30秒のうちに、女性の資産状況を聞き出す鮮やかな手口が録音されています。
▼静岡県警察 振り込め詐欺犯人の生音声
  • 横浜市内の80代の女性宅に、デパートの店員や銀行協会の職員を装った男たちから電話があり、「あなた名義のカードで婦人服を買った客がいた。不審に思い調べている間にいなくなったため、連絡をした」、「カードが偽造された恐れがある、カードを新しくしましょう」などと言われ、その後、銀行協会の職員を名乗る女が自宅を訪れたため、カード2枚を手渡し、だまし取られたという手口です。神奈川県警では、「キャッシュカードを取りに行く」などと電話で言われた場合は、詐欺を疑い、通報するよう強く呼びかけています。
  • 50代の女性宅に、町田市職員を装う男から「令和になり、制度が見直されて医療費が戻る。返金に必要な番号をATMで受け取って」と電話があり、女性は銀行に誘導され、携帯電話で指示を受けながらATMを操作し、指定口座に現金約32万円を振り込んだといいます。その後、家族に相談してだまされたことに気付いたということです。
  • 神奈川県警は特殊詐欺グループの指示役の男を逮捕しています。数人と共謀して、神奈川県平塚市に住む1人暮らしの80代無職女性宅と、同県藤沢市に住む70代無職男性宅に、それぞれの長男を装って電話をかけて、投資で失敗したなどと嘘を告げたうえで、「いくらか貸してくれないか」、「駅のコインロッカーに500万円を入れてほしい」などと言い、現金をだまし取ろうとしたといいます。
  • 山梨県警捜査2課は、笛吹市の30代女性が電話詐欺で50万円をだまし取られたと発表しています。被害者の名前が掲載された偽の東京地検のものと似たホームページに誘導する新たな手口で県警が注意を呼び掛けています。女性の携帯電話に警察官を名乗る男から、「詐欺で逮捕した人の押収物の中にあなた名義の口座があった。お金の出し入れがあり、あなたも容疑者になるかもしれない」、「東京地検のホームページにあなたが事件に関与した書類が載っている」などと言い、アドレスを伝え、偽サイトを見るよう誘導、実際に東京地検のものと似たサイトには女性の名前が掲載されているものです。さらに、「お金を振り込めば無実が証明できる」という男の言葉を信じた女性は指定口座に現金を振り込んだということです。
  • 以前の本コラムでも紹介しましたが、警察官などを装って「キャッシュカードが不正利用されている」とうそを言い、隙を見て別のカードにすり替える新たな手口の窃盗事件が多発しています。昨年1年間の認知件数は約1,300件、被害額は約19億円に上り、警察庁は注意を呼び掛けています。罪名は窃盗ではありますが、手口としてはオレオレ詐欺などの特殊詐欺と同じと見なされています。
  • 走行中の車内から特殊詐欺の電話をかけたなどとして、大阪府警捜査2課などは、詐欺未遂容疑で、住所職業不詳の男(24)ら少年1人を含む男3人を逮捕しています。3人は特殊詐欺の「かけ子」グループとみられ、摘発を逃れるため車で全国を移動しながら携帯電話で詐欺を仕掛けていたとみて、府警が実態を詳しく調べています。
  • 全国の消費生活センター等には「身に覚えのない請求を受けた」等の架空請求に関する相談が寄せられており、2016年度は約8万件だったところ、2017年度に急増し、2018年度(2019年3月時点)は20万件以上の相談が寄せられたといいます。2018年7月には「架空請求対策パッケージ」が策定され、関係省庁や関係団体による取り組みが進められており、消費者がお金を支払ってしまったケースの割合は減少傾向にあるものの、依然として架空請求に関する相談が多く寄せられているため、同センターが、消費者が被害に遭わないよう、架空請求に関する最近の手口やアドバイスをまとめ、消費者に情報提供をしています。
▼国民生活センター 架空請求の相談が20万件を突破~身に覚えがないと思ったら絶対に相手に連絡しないこと!~

それによると、相談事例からみる最近の手口としては、(1)架空請求の通信手段が多様化していること、(2)連絡を取らせようと様々な手口で消費者の不安をあおってくること、(3)連絡すると金銭を請求されること、(4)様々な支払い手段が悪用されていること、などが特徴とされます。具体的な相談事例としては、以下のようなものが紹介されており、「身に覚えがなければ絶対に連絡しない」、「架空請求か判断がつかず不安に思ったり、執拗な請求等のトラブルにあった場合には、すぐに消費生活センター(局番なしの188)や、警察(警察相談専用電話:#9110)へ相談を」と呼びかけています。

  • 公的機関と誤認させる名称をかたるケース:
    公的機関のような団体から「消費料金に関する訴訟最終告知」と書かれたハガキが届き、指示された支払番号を使いコンビニで支払った。
  • 実在の事業者と誤認させる名称をかたるケース:
    大手通販会社をかたる電話でアダルトサイト等の未納料金を請求され、プリペイドカードで支払った。
  • 消費者本人を特定すると思わせる情報が記載されているケース:
    「特殊開示通知」とのメールが届き、自分の名前が掲載されていた。

また、特殊詐欺への対応についての最近の報道から、いくつか紹介します。

  • AML/CFTの項で紹介した、金融庁「業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点~共通事項」において、金融庁から、「警察庁がオレオレ詐欺の被害者などを対象に実施した調査結果によると、金融機関窓口などでの声掛けにより多くの被害が食い止められている。他方、被害者の3割弱が、被害に遭う前に金融機関の職員などから、思いとどまるよう声を掛けられていたにも関わらず、声掛けが形式的なものだったことなどにより、結果的に被害を防ぐことができていなかった。被害防止に向けて、警察とも連携し、より踏み込んだ窓口対応をお願いしたい」との要請が金融機関に対してなされています。以前の本コラム(暴排トピックス2019年3月号)でも指摘したとおり、「促す」というよりも「より強い対応」に踏み込まない限り被害を完全に防止することにつながらないことが分かってきました。警察庁の調査結果でも、「被害者が現金を準備しようとする際に、その約5割は金融機関窓口で現金を払い戻していることに鑑みれば、警察と金融機関等が連携して、より踏み込んだ窓口対応を行うことが被害防止に効果的と認められる」と結論付けていますので、ATMの利用制限と同様、金融機関の対応スタンスを見直すことが重要だといえます。
  • 群馬銀行は6月17日から、65歳以上の顧客を対象にキャッシュカードを使ったATMでの振込限度額を引き下げると発表しています。高齢者を狙った還付金詐欺などを防ぐ狙いがありすでに多くの金融機関でも取り組んでおり、群馬県内では高齢者を狙った金融犯罪の増加に伴い、東和銀行や各信用金庫などでATMでの振込限度額を制限する動きが進んでいる中での対応となります。同行では、65歳以上で過去3年間ATMで群馬銀のキャッシュカードを利用した振り込みをしていない顧客が対象となるということで、対象顧客の1日あたりの振込限度額を20万円とするといいます。
  • NTTは、振り込め詐欺などの電話を使った特殊詐欺で、通話内容を人工知能(AI)が解析して、詐欺かどうかを判定する実証実験を実施すると発表しています。電話がかかってくると、通話内容を録音するというガイダンスが流れ、録音を開始、音声をクラウド上のAIに転送して、AIが過去の犯罪で使われた音声内容などを参考にして、振り込め詐欺かどうかを判定、特殊詐欺と判定されれば、本人や家族などに注意喚起のメールが自動で送信されるというものです。AIを活用した特殊詐欺対策としてはあらたなす手法でもあり、実証実験の結果が注目されます。
  • AIを活用した特殊詐欺対策としては、上記とは全く異なるアプローチも検討されています。報道(令和元年5月9日付朝日新聞)によれば、千葉銀行では、振り込め詐欺の被害かもしれない取引が1日あたり数百件ある中、これまではベテラン行員が取引内容を分析し、数百件の中から実際の被害を見つけ、追加の被害を減らしてきたものの、分析には時間がかかり、次々に出てくる新たな手口への対応も難しかったのが現実のところ、日々行われる膨大な数の取引データを集めてAIで分析することで、振り込め詐欺を検知する精度が上がることが期待されるというものです。さらに、その際、顧客のプライバシーを保護しつつ、データを活用するための暗号化技術「秘匿計算」が注目されているといいます。銀行は暗号化された取引情報だけを提供、AIが暗号化された状態のまま情報を分析し、振り込め詐欺の手口を学ぶというもので、万一、情報が流出しても、解読できないので悪用される心配は少ないといいます。千葉銀行に限らず、多くの金融機関がこの情報通信研究機構の実証実験に参加して、見極めの精度を高めていただきたいと思います。

(4) 仮想通貨(暗号資産)を巡る動向

世界最大の仮想通貨取引所の一つであるバイナンスは、ハッカーによって、7,000ビットコイン(4,100万ドル/約46億円相当)の仮想通貨ビットコインが盗まれたと明らかにしました。報道によれば、一見関連がないと思われる複数のアカウントが悪用され、一気に不正引き出しが実行されたといい、セキュリティ機構をすり抜けられて異常検知後すぐに引き出し処理を止めたものの奪われてしまったということです。実行犯は、フィッシングやマルウェアなどさまざまな手口でユーザーのAPIキーや2FA(2段階認証)コード、その他情報を大量に盗み、攻撃に利用したとみられ、攻撃で引き出されたビットコインについても、同取引所が管理している全ビットコインのうち、2%が保存されていた「ホットウォレット」(インターネットと接続して仮想通貨を保管する場所)のものだということですが、被害は、顧客保護を目的として設立された基金「Secure Asset Fund for Users(SAFU)」から補てんされるようです。仮想通貨のホットウォレット管理の脆弱性については、過去のコインチェックやZaifの流出事件でも問題視されていましたが、顧客の利便性のため、一定程度の比率で残すのが一般的だと言われています。残念ながら、今回の事件もまたホットウォレットの脆弱性を突かれた形となりました。関連して、実は金融庁は、先月(4月)、仮想通貨交換業者に対し、コールドウォレット(インターネットと接続せずに仮想通貨を保管する場所)で仮想通貨を管理する際の社内規則を徹底するよう求めています(平成31年4月16日付ロイター)。報道によれば、ホットウォレットで管理する仮想通貨を減らし、コールドウォレットで管理する仮想通貨が相対的に増えた結果、今度は内部者による不正引き出しのリスクが浮上してきており、金融庁が業者を調査したところ、一部の業者で担当者を定期的に交代させるなどのルールが作られていなかったことが判明したというものです。内部者による不正や通常業務に伴う障害を未然に防ぐため、金融庁は問題があった業者に改善を求めるとのことです。なお、その関連性は不明ですが、先月(4月)から金融庁は中国系フォビオとフィスコの立入検査に入っているようです。2社の経営管理体制や顧客保護の取り組みなどに不十分な点があるとみて、行政処分も視野に詳細なチェックを行っているとされます(フィスコは、Zaifの顧客73万口座の移管で顧客基盤が急拡大しており、利用者保護の体制や内部管理体制などが機能しているかなどを検証する目的が考えられるところです。また、フォビオは100種類以上の仮想通貨を扱い、世界130カ国以上に300万人のユーザーを抱えており、経営体制の変更があったフォビジャパンについて、ガバナンス体制や法令順守体制、AML/CFT態勢などについて調べるものと見られています)。

このように、ホットウォレットには外部からの攻撃リスクが、コールドウォレットには内部不正リスクが顕在化していることになりますが、日本が議長国として6月に福岡市で開催するG20財務相・中央銀行総裁会議で、仮想通貨の流出防止対策など、各国の規制に活用できるツールキット(手引書)を策定する議論を始め、年内にも取りまとめるということです。国境を越えて取引されるという仮想通貨の特徴を踏まえ、各国の規制水準の引き上げを促すことで、安全かつ公平な取引環境を整備するのが狙いで、昨年2度の大規模流出事件が起きた日本の経験を共有するという国際的に規制先進国である日本の立ち位置、タイミングであることもあり、仮想通貨交換事業者にはより一層のリスク対策(実効性ある運用)が求められています。

さて、以上のように、強固なリスク管理態勢の構築・運用が要請されているだけに、仮想通貨交換業への新規参入が難しくなっているのが現実です。AML/CFTの態勢整備コストの上昇と仮想通貨の価格低迷に伴う収益悪化が重しとなり、マネーフォワードは参入延期に追い込まれました。また、昨年6月、金融庁はAML/CFT態勢に不備があった仮想通貨交換業者6社に対し、資金決済法に基づいて行政処分を一斉に出しましたが、まだ1社も処分解除となっていない現実があります。報道(平成31年4月18日付ロイター)によれば、金融庁幹部の話として、「仮想通貨そのものが、マネロンの温床だ。匿名性の高い通貨をやめればいいというものでは決してない」、「マネロン防止の出発点となる、リスクの特定もまともにできていないところがある」ということであり、金融庁としてもFATF対応の観点からも厳格な対応をせざるを得ない状況にあるといえます。また、報道によれば、「その一方、金融庁は新規参入を希望する会社の審査を強化している。1月にはコインチェック、3月には楽天ウォレットとディーカレットが新規に登録業者となった。しかし、コインチェックと楽天ウォレットは、制度開始前からビジネス展開していた「みなし業者」で、実質的な新規参入はインターネットイニシアティブ傘下のディーカレットのみ。仮想通貨交換業の登録を目指し、金融庁に照会してきた業者は約120社。このうち、役員面談、書類審査、訪問審査からなる「登録に向けた主要プロセス」に入ったのは「7-8社程度」(金融庁幹部)だという」といった状況から、新規参入のハードルは相当高いものとなっていることがうかがえます。

一方、このような状況の日本に対し、米FBが仮想通貨事業への参入に向けて準備を進めていると米紙が報じています。送金や買い物での利用を検討しており、実現すればインターネット通販で最も利用される仮想通貨になる可能性があるといいます。FBは総額約10億ドル(約1,100億円)の出資を、米クレジットカード大手のビザやマスターカードなどに打診、出資金で仮想通貨の価値を安定させ、ビットコインのように価格変動が大きくなることを防ぐことも検討しているとのことです。さらに、世界の証券取引所が仮想通貨に接近しているとの報道もありました(平成31年4月18日付日本経済新聞)。ナスダックが仮想通貨交換所に取引システムを提供するほか、米インターコンチネンタル取引所は決済基盤などを開発する企業を立ち上げていること、仮想通貨は各国で規制ができ、不動産や特許などによる裏付けのある資産として広がる可能性があり、機関投資家のマネーが流入すると見込み、取引所が動き始めているというものです。値動きの激しい仮想通貨と距離を置くところが多いところ、たしかに報道のように各国の規制が強化され、FBの参入や証券取引所が介入することによって、仮想通貨に「安定性」のある資産となれば、あらたな展開も考えられるところです。

その他、仮想通貨に関する最近の動向から、いくつか紹介します。

消費者庁から、「暗号資産(仮想通貨)」をめぐるトラブルが増加していること、暗号資産(仮想通貨)の交換と関連付けて投資を持ち掛け、トラブルとなるケースが増えていることをふまえ、注意喚起が行われています。改正資金決済法等の施行(平成 29年4月)に伴い、暗号資産(仮想通貨)交換業者は金融庁・財務局への登録が義務付けられていることから、「取引の際には金融庁・財務局に登録された 事業者であるか、また、事業者が金融庁・財務局から行政処分を受けているか確認するとともに、別添の注意点に気を付けていただきたい」、「加えて、これまでに寄せられている主な相談事例を紹介するので、取引を行うかどうか 検討する際や、暗号資産(仮想通貨)に関する不審な電話、メール、手紙、訪問等に注意していただく際に活用願いたい」、「内容に応じて、「困ったときの相談窓口」に相談を」といった内容となっています。

▼消費者庁 暗号資産(仮想通貨)に関するトラブルにご注意ください!
▼暗号資産(仮想通貨)に関するトラブルにご注意ください!

具体的な事例(平成 31年4月 17 日追加分のみ)としては、以下のようなものがあります。

  • 「アカウントを乗っ取った、仮想通貨を払え」と脅迫じみた迷惑メールが届いて、困惑している
  • 実家の母が知人の紹介で出資し借用書を持っているが、仮想通貨で返済すると言われているらしい。同様の苦情はあるか
  • 大手証券会社をかたって電話が掛かり、外国の仮想通貨を購入する権利が発生したと言ってきた。切っても切っても電話が掛かる
  • 知り合いの紹介で、月利 20%の仮想通貨への投資をした。投資グループと連絡が取れなくなり、役員は逮捕された。返金を求めたい
  • 有名企業との関連をうたう仮想通貨の投資をネットで見付け購入したが、有名企業との関連は嘘だった。SNSで代表者に返金を求めたが調査中と応じない

さらに、暗号資産 ( 仮想通貨 ) を利用する際の注意点として、以下のような説明がなされています。

  • 暗号資産(仮想通貨)は、日本円やドルなどのように国がその価値を保証している「法定通貨」ではありません。インターネット上でやりとりされる電子データです。
  • 暗号資産(仮想通貨)は、価格が変動することがあります。暗号資産(仮想通貨)の価格が急落し、損をする可能性があります。
  • 暗号資産(仮想通貨)交換業者(暗号資産(仮想通貨)と法定通貨、暗号資産(仮想通貨)同士を交換するサービス などを行う事業者)は金融庁・財務局への登録が必要です。 利用する際は登録を受けた事業者か金融庁・財務局のホーム ページで確認してください。
  • 暗号資産(仮想通貨)の取引を行う場合、事業者が金融庁・ 財務局から行政処分を受けているかを含め、取引内容や リスク(価格変動リスク、サイバーセキュリティリスク等) について、利用しようとする事業者から説明を受け、十分に 理解するようにしてください。
  • 暗号資産(仮想通貨)や詐欺的なコインに関する相談が増え ています。暗号資産(仮想通貨)の持つ話題性を利用したり、 暗号資産(仮想通貨)交換業の導入に便乗したりする詐欺や 悪質商法にご注意ください。

また、仮想通貨を巡るトラブルの訴訟についてもトピックスがあり、まず、特定適格消費者団体のNPO法人「消費者機構日本」は、「仮想通貨で高収入を得るノウハウ」と称してDVDを販売していた業者、ONE MESSAGEなど2社に対し、代金返還義務の確認を求めて東京地裁に提訴したというものがありました。被害者に代わって被害回復を求めることができる消費者裁判手続き特例法に基づくもので、悪質商法をめぐる提訴は初めてだということです。またZaifの会員が、不正アクセ報道(令和元年5月12日付日本スにより自身の仮想通貨が流出したのはシステム管理が不十分だったためだとして、運営していた「テックビューロ」に約1,100万円の損害賠償を求めた訴訟の和解が大阪地裁で成立し、同社が解決金として135万円を支払う内容だということです。

(5) 犯罪インフラを巡る動向

ドイツと米国の捜査当局は、世界最大級の闇サイト(ダークウェブ)「ウォールストリート・マーケット」を運営したなどとして両国の5人を逮捕し、サイトを閉鎖しています。報道によれば、同サイトでは薬物やマルウェア(悪意のあるソフト)、偽造書類など6万以上の「商品」が違法に売り出され、100万人以上が利用し、約5,400人が売り手として登録されていたといい、同サイトは匿名化ソフトを使ってのみ接続できるダークウェブ上で世界2位の規模の違法売買サイトだったということです。ドイツ当局は同サイトを共同で運営していたとみられる22歳~31歳のドイツ人3人を逮捕し、コンピューターや現金、仮想通貨を押収、米国で逮捕された2人は麻薬の大物密売人とされ、客の多くは米国にいたとも言われています。同様の過去の摘発事例の中で有名なものとしては、2013年に、「シルクロード」というダークウェブをFBI(米連邦捜査局)が摘発した事例があります。当時、シルクロードでは違法薬物から銃器、暗殺依頼にまで取り扱われており、同サイトはTorのネットワークを使って運営され、唯一の決済手段として仮想通貨「ビットコイン」を採用していたことで知られていました。また、2017年7月には、米司法省と欧州刑事警察機構が、各国の捜査機関と連携して、禁止薬物やマルウェアなどを大量に販売していた当時世界最大のダークウェブ「AlphaBay」と、3番目の規模をもつ「Hansa Market」を閉鎖させています。AlphaBayは、シルクロード同様、ダークウェブでTorのネットワークを使って運営され、約4万の販売業者と20万人のユーザーが利用、同サイトで販売されており、禁止薬物や毒物は25万点、盗まれた個人情報や偽造品、マルウェアなどのハッキングツール、火器などは10万点にのぼるということです。「Tor」「ダークウェブ」「匿名性の高い仮想通貨」など、それぞれが犯罪の高度化を象徴するツール(犯罪インフラ)でありながら、これらが複数組み合わされより高度・巧妙な犯罪インフラを構成している実態があり、摘発に向けた捜査の高度化・洗練化が急務だといえます。

さらに、以前の本コラム(暴排トピックス2019年3月号)でも紹介しましたが、ダークウェブ上で「Collection#1」と呼ばれていた漏えいアカウント情報(電子メールアドレスとパスワードのセット)のデータベース(個人情報)がインターネット上に大規模に漏洩していたことが分かりました(すぐに削除されています)。流出規模は世界で27億件、日本関連が2,000万件もあり、特に中小企業が主な標的になっており、本コラムでは、機密情報の流出や顧客の個人アカウントの乗っ取りなどの被害が懸念されていると指摘しましたが、すでに情報はダークウェブ上にとどまらず一般的なネット空間にも拡散、売買されているようです。また、サイバー空間に流出したクレジットカード情報が「商品」として流通し、ネット通販の不正購入などに悪用されている実態もあります。最近の複数の報道によれば、例えば、流出したカード情報などは、国や発行会社、利用限度額などに応じた値を付けて(格付けされて)売買する闇市場があり、世界中の企業や個人から盗み出された情報が供給されているということです。専門家は「サイバー空間での犯罪の敷居が低くなっている」と指摘するなど、ダークウェブに限らず、「犯罪インフラ」対策全般の高度化が急務だといえます。

また、ネット関連の「犯罪インフラ」として意外なものもクローズアップされました。大学が使わなくなったドメイン(インターネット上の住所)を教育関係者ではない男性が昨年12月に取得し、風俗店を紹介するウェブサイトを運営していたことが分かったというものです。通常、大学や学校法人などにしか登録が認められない末尾「ac.jp」のドメインが、アダルトサイトで確認されたのは初めてとみられ、ドメイン登録機関の資格要件の審査の不備が原因であり、犯罪者(犯罪組織)が「検索されやすい」と考え悪用したものといえます(後述する休眠NPO法人の悪用と似た構図だといえます)。なお、本件を受け、総務省は、ドメイン登録機関に対して適切な管理・運用を要請しています。

▼総務省 株式会社日本レジストリサービス(JPRS)に対する「.jp」ドメイン名の管理・運用に係る措置(要請)

本件は、旧山梨医科大学(旧山梨医科大学は平成14年に山梨大学の医学部として統合)がかつて利用していたドメイン名「yamanashi-med.ac.jp」について、本来「ac.jp」ドメイン名の資格要件を満たさない者を登録してしまったものとなりますが、「.jp」ドメイン名を管理・運用しているJPRSでは、同社の「属性型(組織種別型)・地域型JPドメイン名登録等に関する規則」において、「ac.jp」ドメイン名は高等教育機関等のみが登録できるものとして資格要件を定めているところ、「ac.jp」の登録に当たって申請者が資格要件を満たすかどうかの確認漏れがあったというものです。総務省は、「インターネットの利用者は、政府機関等を示す「go.jp」や高等教育機関等を示す「ac.jp」等のドメイン名を信頼して情報にアクセスしているものであり、公共性の高い「.jp」ドメイン名に対する信頼性の確保は、安全かつ円滑なインターネットの利用のために必要不可欠であることから、総務省としては、JPRSから、本事案の原因と再発防止策の取組状況について報告を受けるとともに、同社に対し、「.jp」ドメイン名の信頼性確保のための一層の取組を要請した」としています。事例としては極めてレアケースかもしれませんが、私たちが日常、何ら疑うことなく信用している事実の裏にも脆弱性が潜んでいること、信頼性や利便性が高いものほど悪用リスクも高いことにあらためて気付かされます。

さて、ネット関連のうち、SNSの犯罪インフラ性、テロ対策の難しさ等についてもこれまで指摘していますが、例えば、偽ニュース(フェイクニュース)や不適切投稿(選挙への不正介入、ヘイトスピーチや児童ポルノ、先日のスリランカ同時爆破テロにおける動画など)の削除対応の遅れなどが、様々な犯罪を助長してしまっている現実があります。米FBはこのような不適切な投稿対策の人員を、2017年と比べて3倍となる世界で3万人に増やしたり、不適切な投稿の表示を減らす技術の開発を進めるなどして対応にあたっているといいます。最近でも、極右思想や陰謀論を掲げる政治評論家ら6人と1団体を「危険」と認定し、アカウントを永久に削除し、投稿を認めないなどの新たな措置を発表、さらに、主にロシアと関連し、偽情報などの拡散に利用されている118のページやグループ、アカウントを削除したと発表しています(削除したのは、ウクライナ情勢のほか、ドイツ、スペイン、英国などに関するコンテンツを含むものとされます)。また、傘下の写真共有アプリのインスタグラムも同様の措置を取っています。このように、SNS各社はインターネット上への投稿の規制を強化していますが、今度は、トランプ大統領が来年の大統領選を視野に、取り組みは野党の民主党寄りで「保守派の主張が排除されている」と反発を強めるなど、その判断の「恣意性」や「表現の自由」との衝突などの問題も指摘されています(テロ対策と表現自由の線引き問題と同じ構図です)。この論点については、シンガポールで、インターネット上に流れた偽ニュースを取り締まる法案が成立したこと(報道によれば、「虚偽で国益に反する」情報と閣僚が判断した場合、書き込んだ個人や掲載したメディアは削除を命じられるもので、個人には最大で禁錮10年が科される可能性があるというもの)に対して、偽ニュースの判断基準が不明瞭なこともあり、政府による言論統制につながる恐れもあると指摘されるなど、米グーグルをはじめ、人権団体やジャーナリスト、テクノロジー企業など内外から反対する声があがっている状況もまた同様です。

さらに、飲食店の支払いや飛行機の搭乗手続きなどで使われるようになってきたQRコードは、消費者にとって便利な決済手段になりつつありますが、QRコード先進国と言われる中国では偽造コードを使った詐欺が起きており、日本でも急速にサービスが普及するなか、QRコードの「犯罪インフラ」化は対岸の火事とは言えない状況です(現状、日本ではQRコードやスマホ決済のサービスの多様化が進み、利便性の追求に寄りすぎの感があり、いずれ、これらのサービスを悪用した詐欺などの犯罪が横行する可能性は今から認識しておく必要があります)。ただ、「犯罪インフラ」は、本来、利便性や革新性をもった「社会インフラ」が悪用されることと表裏一体のものであり、そのバランスのあり方は、その時々の社会情勢によって(バランスを取る)支点が左右に動くものでもあります(未来永劫、正解が一つに固定されるものではありません)。重要なことは、利便性と悪用リスクの双方に対して等しく配慮すること、社会情勢をふまえて規制のあり方を柔軟に見直すこと(一方で、規制の予見可能性の問題は残ります)であり、その革新性(社会に貢献すること)と悪用リスク(犯罪者・犯罪組織を助長しないこと)を高い次元で融合しようと絶えず検討し続けること(ジャッジメント・モニタリング)だと思われます。

その他、最近の事件や報道から、犯罪インフラについていくつか取り上げたいと思います。

  • 筆者は、今年はじめ、当社サイト内の「週刊危機管理Plus(2019年1月7日号)」において、「(2018年)12月末、経産省の研究会は「一企業が取り組むセキュリティ対策だけでサイバーセキュリティを確保していくことには限界がある。このため、それぞれの企業がセキュリティ・バイ・デザイン等の観点を踏まえて、企画・設計段階から製品やサービスのサイバーセキュリティ対策を実施することに加え、関連企業、取引先等を含めたサプライチェーン全体として、ビジネス活動のレジリエンスまで考慮に入れてセキュリティ対策に取り組むマルチステークホルダーによるアプローチや、データ流通におけるセキュリティも含めて、サイバーセキュリティ確保に取り組んでいく必要がある」と指摘した。その核心は、暴排、AML/CFTにおける「真の受益者」からの排除のあり方にも通じる。「サプライチェーンマネジメントの厳格化」の視点こそ今後のリスク管理に不可欠だと言えよう」と2019年のリスク管理のあり方について展望しました。この点、最近の大阪商工会議所が実施した全国の中堅・大企業を対象にしたアンケートで、4社に1社が取引先の中小企業が受けたサイバー攻撃の影響があったことが判明しています。
    ▼大阪商工会議所 「サプライチェーンにおける取引先のサイバーセキュリティ対策等に関する調査」結果について

    そのサマリーによれば、大企業・中堅企業の約7割(68%)は、「仕入・外注・委託先(買い先)」「販売・受注・受託先(売り先)」におけるサイバーセキュリティやサイバー攻撃被害について「あまり把握していない」と回答、また56%は、取引先のサイバーセキュリティへの「関与・管理等」につき「何も(殆ど)せず」と回答しています。また、「取引先に今後求めていきたいこと」として、「口頭や文書での注意喚起」(42%)、「契約締結の依頼/要件化」(34%)の一方で、「何も(殆ど)せず」の企業も約2割(19%)存在しているほか、「取引先がサイバー攻撃被害を受け、それが自社に及んだ経験」がある企業は4社に1社(25%)で、内容は、標的型メール(15社)、詐欺的誘導メール(13社)などがあり、その結果、「情報漏洩」(5社)、システムダウン(3社)、データ損壊(3社)など深刻な実害も実際に出ている実態も明らかとなりました。さらに、「中小企業は今後どうしていくべきか」については、「中小企業自身が自衛すべき」(60%)、「国や自治体が支援すべき」(45%)、「IT 企業や損保会社が安価・簡便なセキュリティサービスを提供すべき」(30%)、「商工会議所などが支援すべき」(27%)などがあげられています。「サプライチェーン攻撃」と呼ばれる中小企業への攻撃を踏み台にして取引先の大企業などの情報を奪い取る手口が高度化している現状からみれば、あまりに意識が低く無防備すぎる実態が露呈しています。大企業・中堅企業にとって、中小企業が「犯罪インフラ」化しはじめている現状に早く気付くこと、サイバーリスクはサプライチェーン全体で解決を模索すべき現状にあることを指摘しておきたいと思います。

  • 報道(令和元年5月12日付日本経済新聞)によれば、指紋や静脈など身体的特徴をもとに本人確認をする「生体認証」について、最近、家族や知人が当人の指紋をこっそり入手したり、偽造した指紋などを使ったりしてなりすます事例が後を絶たないということです。客観的な証拠が乏しい場合が多く、警察による立件は難しいとされ、ストーカー等の犯罪に実際に悪用される事例が多数報告されているようです(海外ではレーザープリンターで瞳の周りにある円盤状の膜の虹彩を印刷したり、石こうや紙を使って他人の3Dマスクを作ったりして、身体的特徴を偽造してスマホのロックを解除できたケースが報告されているいい、大変驚かされます)。このような「先進的かつ安全な技術」(と思われるものであって)も悪用されることで「犯罪インフラ」化の危険があると認識すべきということになります。「生体認証は安全性や利便性は高いが、一般的なIDやパスワードと同様に1つの認証だけに頼ることにはリスクがある。利用者は他人に見られたくない情報は暗号化する機能を追加するなどして自衛するしかない」と専門家が述べていますが、利便性に潜む犯罪インフラ性にいち早く気付き、リスク対策をしていくことの重要性を感じさせます
  • 本コラムでも関心をもって紹介している休眠状態の特定非営利活動法人(NPO法人)が放置されている問題で、内閣府は、全所管自治体(47都道府県と20政令市)を対象にした実態調査の結果を発表しています。
    ▼内閣府 いわゆる「休眠状態」にあるNPO法人の実態調査結果について

    本結果によれば、年度ごとに提出義務のある「事業報告書」を提出していない法人は全体の約16%に当たる8,064法人に達し、活動実態の不明確な法人も延べ3,676法人ありました。また、その定義・把握の方法としては、事業報告書等において「活動実績なし」「支出ゼロ」などと記入している法人を把握する、市民からの「活動していない」との情報提供などがあげられる一方、44所轄庁で「事業報告書等を提出しているものの活動実態が不明確であると考えられる法人」を把握していながら、12所管庁では何ら対応をしていないことも分かりました。また、過去(平成24年4月1日~平成30年10月1日までの間)に、提出期限から3年以上事業報告書等を提出していないことを理由に認証を取り消された法人は、56所轄庁において計2,172法人あったものの、11所轄庁においては、取消しを行ったことがなかったという結果となりました。本コラムで指摘してきたとおり、所管する自治体によって実態の把握やその管理にバラつきがあり、その管理の甘さ(脆弱性)が休眠NPO法人の悪用につながっている(犯罪インフラ化)といえそうです。

  • 前回の本コラム(暴排トピックス2019年4月号)で紹介した事件(愛知、滋賀、兵庫3県警が、偽の在留カードを提供しようとしたとして、入管難民法違反の疑いで中国籍の容疑者を逮捕。容疑者が愛知県内でカードを製造しており「約400枚作った」と供述したもの)について、カードの偽造拠点と見られるアパートからレターパックに入った偽カード計28枚や偽の住民票、無地のカード約1,500枚などを押収しています。また、これとは別に、精巧に偽造された在留カードが神奈川県内で相次いで見つかっているということであり、同県では、所持や行使などの疑いによる外国人の検挙が、昨年までの過去5年間で計181件に上ったといいます。改正入管法が施行され外国人労働者の受け入れが拡大される中、今後、在留期限が切れれば、偽造在留カードのニーズは高まりを見せることが予想され、別の犯罪や劣悪な労働にもつながる犯罪インフラ化する懸念が高まっています
  • 在留カードだけではなく、クレジットカードの偽造拠点の摘発も相次いでいます。直近では、自宅で偽造カード1枚を所持した疑いでマレーシア人を逮捕した事件では、別のマレーシア人が関与した偽造カード所持事件の捜査から、製造拠点として部屋の存在を把握、室内からクレジット情報を記録する前のカード約950枚のほか、番号を刻印する「打刻機」などの道具類も押収されています。さらに、これとは別に、福岡県警中央署内で偽造クレジットカード4枚を所持した疑いでマレーシア人を不正電磁的記録カード所持容疑で現行犯逮捕したところ、自宅からクレジットカードの元となるプラスチックのカード481枚のほか、文字を刻印する器械、情報を書き込むカードリーダーも発見し、押収したということです。マレーシア人の絡んだ偽造カード事件は増加傾向にあり、2018年の摘発件数は前年の1.5倍近い180件に上っています。このように観光目的で来日したマレーシア人らが、偽造カードで商品を購入したなどとして逮捕されるケースが、2017年から急増しており、商品を売りさばいて現金化することが目的と考えられています。本コラムでも指摘しているとおり、クレジットカードには偽造が難しいIC式と、比較的偽造しやすい磁気式があるものの、導入費用の面などからIC式の決済率は17%(2017年)にとどまっており、来日観光客の急増に乗じて、偽造対策の甘い日本が狙われている現状にあると推測されます。
  • 本コラムでたびたびとりあげているタックスヘイブン(租税回避地)の「犯罪インフラ性」については、あらためて説明するまでもありませんが、直近では、貴金属商社大手の創業者と、英領バージン諸島のタックスヘイブンにある会社が、東京国税局から所得税と法人税計約66億円の申告漏れを指摘されていたことがわかったということです。報道(令和元年5月12日付朝日新聞)によれば、自身が保有する同社株を売却して事業譲渡するため英領バージン諸島の会社に譲渡、すぐに別の会社に転売したものですが、東京国税局は、この取引について、外国企業が日本企業の株式を売却した際、保有割合が大きかった場合などは売却益に課税できる税制を適用し、この会社に約52億円の申告漏れを指摘したということです。さらに、この株式売却に絡み、同氏が100%株主となっていた英領バージン諸島の別の会社が、転売先の親会社の株式の一部を買った後に約2倍の高値で売り戻していたことも判明、こちらも東京国税局は税負担の軽い国・地域に所得を移して日本での税金を減らすのを防ぐ「タックスヘイブン対策税制」を適用し、同社が得た売却益を吉沢会長の所得だとみなして、約14億円の申告漏れを指摘したというものです。現時点で「国際的な課税逃れ」以外の犯罪組織絡みの要素はうかがえないものの、タックスヘイブンの「犯罪インフラ性」を示す事例だといえます。
  • 犯罪組織の関与ではないものの、1%程度の固定低金利で長年借りられる住宅ローン「フラット35」を、不動産投資に使う不正が起きています。不動産業者らがお金に困った若者らを、投資セミナーやネット上で勧誘、フラット35の融資で顧客に投資物件を買わせ、20年間の家賃保証もつける方法で、物件価格を水増しして多額のお金を引き出せば、自己資金ゼロで借金の帳消しやキャッシュバックをセットにできるという仕組みです。本手口を使った元社員の証言(令和元年5月4日付朝日新聞)によれば、「三つの金融機関を使ったが、担当者は不正を直接は知らなかっただろう。業者がわざわざ「投資用」と明かすことはないからだ。ただ、独身の若者の融資案件を続々と持ち込むのは怪しいでしょ。少しも疑わないってことがあるのかなという思いは、正直言ってある」と指摘しています。金融機関の審査態勢、リスクセンスに問題がなかったかということですが、そのような審査態勢の脆弱性が犯罪に悪用されるケースはこれまでも多数ありました。本件も大規模な事例としてはじめて発覚しただけで、(類似の手口も含め)すでに犯罪組織が大規模に手掛けてきた可能性すら考えられるところであり、実態の解明が急がれます。

(6) その他のトピックス

1. 薬物を巡る動向

本コラムでも指摘してきたとおり、若者の間に大麻が蔓延しており、深刻な問題となっています。前回の本コラム(暴排トピックス2019年4月号)でも紹介した警察庁「平成30年における組織犯罪の情勢」によれば、大麻関連事件で検挙された20歳未満の少年の数は2014年から増加に転じており、昨年には過去最多となりました。その背景には、(1)大麻にまつわる誤った情報がインターネット等で流布しており、興味本位で手を出してしまう実態があること、(2)2014年に医薬品医療機器法(旧薬事法)が改正され、危険ドラッグ等の指定薬物だけでなくその疑いがあるものも販売停止になったことで入手が困難となったことから、大麻に「回帰」した可能性があること、(3)スマホを持つ中高生が増え、ネットで入手方法が調べられる現状があることなどが挙げられます。とりわけ、本コラムでたびたび指摘していますが、若年層への大麻蔓延対策は、「正しい情報」を「正しく届ける」ことが最も重要ではないかと考えていますが、直近では、警察庁が新たに大麻対策のためのポータルサイトを開設しています。以下に主な内容を紹介しますが、これまで本コラムで紹介してきた内容が集約されており、大変分かりやすく参考になりますので、企業内研修等でも役に立つものと思われます。是非、ご確認されることをお勧めいたします。

▼警察庁 大麻対策のためのポータルサイト「I’m CLEAN」
▼大麻乱用のリアル(動画)

まず、「大麻にはTHC(テトラヒドロカンナビノール)という成分が含まれている。これがさまざまな精神症状を引き起こす。ひとつの症状として攻撃性が高まることがわかっている。THCを投与したラットは外界の刺激に過敏になって、ゲージの中に棒を入れただけでも噛みついてくる。一方で、精神を過剰に抑制する面もある。カタレプシーという症状があって、日本語でいうと「鉱物化」と言うが、手を挙げたら挙げたままになって動けなくなってしまう。鉱物のように固まってしまう」、「大麻を繰り返し大量に摂取したことによる「大麻精神病」というものが病名として認められている。特に若い人は脳がまだ発達段階で、大人の完成した脳よりも弱い。したがって、若い頃に大麻を使うと、後になって精神症状が出てくることがある。大麻が合法化されているカナダでも19歳以下に大麻を使わせると厳罰を受ける」とその害悪についての説明があり、身体(特に脳)にとって有害であることが分かります。さらに、「1回でもやるとまたほしくなる。これを強化効果と言って、薬物を摂取する行動を強めてしまう。大麻でも依存症にはなる。身体症状が出にくいので依存症になっていることに気づいていないこともある。「大麻は依存症になりにくい」という間違ったイメージがあるせいで気軽に大麻に手を出してしまい、やがてもっと強い刺激を求めてほかの薬物に移行するケースが後を絶たない。そのため大麻は「ゲートウェイドラッグ」と呼ばれている。特に若い人ほどハマりやすい。若い人は精神的にも肉体的にもこれから育っていく発達過程にあることを自覚してもらいたい。その時期に薬物のような刺激を与えると、遺伝子に傷がついて、「大麻精神病」のように後々影響が出てくることがある」と大麻のもつ依存性の高さについて警鐘を鳴らしています。そして、「大麻依存症とは、簡単に言えば、薬物によって自分の生活が支配されてしまう状態。常に薬物のことを考えていて、お金を得たらすぐ薬物につぎこむように。薬物探索行動といって、薬物を探し求めてあちこちあさるような行動もみられる。つまり、自分のお金も時間もすべて薬物のために使ってしまう。生活の最優先事項が薬物になるということ」、「依存症の治療はそんなに簡単ではない。日本で依存症の治療ができる医療機関は数えるほどしかないし、治療ができる専門医も10名程度しかいない。特効薬もない。治療はとても困難」と、依存からの脱却の難しさ、治療の難しさ等についても指摘がなされています。

したがって、「快楽物質といわれるドーパミンが大量に分泌され一時的な刺激を求めてしまう。でもドーパミンは薬物以外でも分泌される。自分にとって心地いいことをすると脳の「報酬系」と呼ばれる回路が活性化されてドーパミンが分泌される」としてうえで、「報酬系が満たされていれば、もし薬物をやらないかと誘われても受け入れずにすむはず。薬物に誘うような仲間はありえないが、家族や友達、恋人などがまわりにいて孤独な環境でないことも大切」と心身ともに健全な習慣によって「報酬系」が満たされていることが重要であるとしています。そのうえで、「自分のため、大切な人のためにできること」として、以下の行動原則が示されています。

  • 大麻は薬物。一度使用してしまったら、自分の意思だけではやめられない。 自分の未来は自分で守ろう、取り戻そう。
  • 大麻の使用を誘われたら
    • 誘われてもきっぱり断る!
    • 断りづらいならとにかくその場から離れる!
    • 気持ちが揺れそうになったら「大事なこと」「将来やりたいこと」「大事な人」を思い出す
    • 断れなくて困ったら、薬物専門の窓口に相談する!
  • 友人や家族が大麻を使っていたら
    • 自分の力で薬物をやめさせるのは無理!
    • 薬物専門の窓口に相談をする
    • なるべく早いほうがいい

また、「正しい情報」を「正しく届ける」ことが最も重要であるところ、最近、報道(平成31年4月21日付朝日新聞)をはじめ、薬物依存症のリアルを伝えるものが増えてきており、よい傾向だと思います。例えば、インターネットで「薬物」関連の画像を検索すると、目が落ちくぼみ、ほおがこけた人物の写真が並ぶが、「ゾンビのような外見の乱用者はめったにいない」こと、むしろ居場所がなく孤立した子どもたちに、薬物を勧めてくる乱用者には「優しく話を聞いてくれて、かっこいい見た目のお兄さん」もいること、そんな姿に「実はそんなにたいしたことがないんじゃないか」と、薬物に対する警戒心を緩めてしまうことがあること、したがって、「薬物の怖さを伝えるため使用者のイメージを誇張してしまうと、乱用防止にはつながらない」と専門家が指摘していましたが、極めて示唆に富むものだと思います。事実を歪曲するのも、誇張するのも薬物の怖さを伝えるには問題があり、正に「リアル」を伝えることが重要だと認識させられます。あるいは、最近、蔓延が指摘されるコカイン(参考までに、コカインについては、効果の持続時間が短いため、覚せい剤などと違って陽性反応が出る時間も短いといいます。覚せい剤が場合によっては使用から1週間たっても尿から成分が検出されるのに対して、コカインは半日で反応が出なくなることもあるとのことで、このあたりも蔓延の要因の一つかもしれません)についても、別の専門家が、「テレビのコメンテーターが『コカインを注射器で打ったり…』と言っていたが、ありえない話。コカインを水に溶かしても片栗粉のようで、打つと体がけいれんし、注射を打つ手も震えて腕が血だらけになる。あってはならないことだが、テレビを見た若い子が注射器で打って心臓が止まるケースもあるかもしれない」と専門家が指摘しているように、「正しい情報」を伝えることが極めて重要です。なお、この専門家は、続けて、「1回刑務所に入るとレッテルを貼られ、セカンドチャンスがない。罪を償った人のやり直しをサポートし、回復の道を見守るべき」と訴えていますが、正にそのとおりであり、依存症が「病気」であることを考えると、依存症からの脱却とは、「その心身の回復」とともに「社会的地位・名誉の回復」にも及ぶべきだとの意を強くしています。なお、「正しい情報」を「正しく伝える」という点では、専門家による研修(若者への蔓延対策であれば、その指導を担う教職員向けの研修)が重要であるところ、京都府教委委員会が、昨年10月と今年3月に市内の中学生が大麻所持の疑いで逮捕されたことを受け、教員向け研修会を開催したといいます。報道によれば、京都府警少年サポートセンター所長が講師となり、大麻所持の検挙が近年増加する背景について、人体への害が少ないとの誤った情報が広がっていること、若者が手を出しやすいため暴力団が資金源として力を入れていることなどを説明しつつ、事件は「氷山の一角だという危機感を持ち、子どもの変化に早期に気付いてほしい」、「家庭と連携を強め、薬物所持の兆しがあれば早期に相談を」と呼びかけたということです。なお、薬物を含む「依存症対策」の一環として、文部科学省が教職員向けの指導参考書を作成しており、後述しますので、あわせて参考にしていただきたいと思います。

さて、薬物の蔓延の状況について、最近の報道からいくつか紹介します。

  • 覚せい剤が入っていた米国からの国際郵便を受け取ったとして、警視庁組織犯罪対策5課などは麻薬特例法違反(規制薬物所持)容疑で経済産業省のキャリア官僚で製造産業局自動車課課長補佐を現行犯逮捕しています。警視庁や税関が中身をすり替えて泳がせ捜査をしたところ、容疑者が受け取ったというものです。当初、本人は否認していましたが、経済産業省内の職場の机などを警視庁が家宅捜索したところ、複数の注射器などが押収されたことなどがから、省内で注射器を使って覚せい剤を使用していたことも認めています。なお、報道によれば、この容疑者は、「仕事のストレスから、医師に処方された向精神薬を服用していたが、より強い効果を求めて覚せい剤に手を出した」という趣旨の供述をしており、当初は都内で売人から買っていたが海外のサイトを通して個人で密輸するようになったこと、密輸取引の決済には、匿名性が高いとされる仮想通貨のビットコインを利用していたことなどが分かっています。本件からは、「海外のサイト」「ビットコイン」が犯罪インフラとなっていること、職場で覚せい剤を使用していたという衝撃の実態があり、それは企業の従業員に置き換えても十分ありうることを実感させられます。
  • 松山大学の教授が、麻薬研究者の免許がなかったにもかかわらず、合成麻薬「MDMA」を学生に作らせたり、別の麻薬を所持したりしたとして、四国厚生支局麻薬取締部が、麻薬取締法違反の疑いで書類送検されています。教授は医療薬学科の教授で、危険ドラッグなどの薬物を研究しており、学生に合成させたことを認め、「勉強のためにやらせていた」などと話しているということであり、「ミイラ取りがミイラに」なってしまった可能性、あるいは、研究対象として日常的に取り扱うことで感覚が麻痺してしまった可能性などが考えられます。また、大学の事例としては、筑波大の大学院生2人が、大麻を混ぜたクッキーを食べるなどしたとして停学処分を受けていたという事件もありました。このうち1人が大麻入りのクッキーを購入して食べた上、もう1人の院生に2度譲渡、この院生もクッキーを食べたということです。大学側の聞き取りに対し2人とも事実を認めたため、大学は学則違反として譲渡した院生を停学1年、提供を受けた院生を同3カ月としたということです(報道では、警察も事実を把握しているというものの、刑事事件とはなっていないようです)。

本コラムでは、米のオピオイド(麻薬性鎮痛剤)中毒問題の深刻化についてもたびたび取り上げてきましたが、米政府は、オピオイドの流通で患者の安全より利益を優先した疑いで、薬販売大手のロチェスター・ドラッグ・コーポレーティブと幹部らを刑事告訴しています。オピオイドを巡る薬販売大手に対する刑事告訴は初めてだといいます。報道によれば、同社は2012年1月から2017年3月まで、不適切使用の内部警告が出ていたにもかかわらず、オキシコドンやフェンタニルなどの規制薬物を流通させ、麻薬法に違反したと認めているということです(検察側の主張によれば、オキシコドンなど疑わしい注文約8,300件を特定しながら、麻薬取締局には4件しかを届け出なかったなどして、同期間中にオキシコドン錠剤の売り上げを800%強、フェンタニルの投薬量を2,000%程度押し上げたほか、CEOの報酬額が倍以上増えたと指摘しています)。さらに、報道(令和元年5月3日付ロイター)によれば、米製薬インシス・セラピューティクスの創業者らが医師に賄賂を渡して依存性のあるオピオイドを患者に処方させた罪に問われていた裁判で、ボストンの連邦陪審が有罪の評決を下したということです。陪審は、被告と4人の同僚らがオピオイド系スプレー「サブシス」の処方の見返りに医師に賄賂を渡したことは贈賄罪や共謀罪に当たると認定、さらに同剤はがん患者の使用に限られているにもかかわらず、それ以外の患者にも処方されたとされ、オピオイドの乱用拡大を招いたとして、最高20年の禁錮刑を言い渡したというものです。米国では薬物の過剰摂取による死者数が増え続けており、1999年以降の合計で70万人を超えています。とりわけ、合法的に処方されたオピオイドの依存者が違法薬物にも手を出すようになり、依存が深刻化したといわれています(危険ドラッグや大麻が、最終的に覚せい剤につながる「ゲートウェイドラッグ」と呼ばれる構図と似ています)。さらに、依存症の母親の胎内で薬物を摂取してしまう「生まれながらの依存症」の子供も急増しているということで、問題はさらに世代を超えて深刻化している状況です。また、米国では、嗜好用大麻(マリファナ)を連邦政府レベルでは合法化していませんが、州政府レベルではすでに合法化されている州も33にのぼるという「ちぐはぐ」な状況が生じています。言ってみれば「一部の業者は、ある一連の規制を、別の規制に違反せず遵守することが不可能」というものであり、医療費削減や取締り費用の削減という経済合理性の要請とあわせ薬物対策行政の難しさが浮き彫りになっています。なお、直近で「ちぐはく」な状況が生じた事例として、米西部コロラド州デンバーで実施された住民投票で、幻覚作用のあるキノコ「マジックマッシュルーム」の使用・所持に対し、刑事罰の適用を事実上見送る案が過半数の賛成を得て成立する見通しとなったことが挙げられます。全米で最初に幻覚キノコの犯罪扱いをやめる都市となりますが、この幻覚キノコは連邦レベルでは「乱用の可能性が高い薬物」に指定されているもので、賛成派はうつ病や禁煙などの治療への活用を訴えていたもので、マリファナ合法化とともに同様の動きが広がる可能性もあります。

2. IR/カジノ/ギャンブル依存症を巡る動向

カジノを含む統合型リゾート(IR)の誘致を目指す大阪府と大阪市は、IR事業者から事業概要(コンセプト)を募る独自の要項を発表しています。

▼大阪府 「(仮称)大阪・夢洲地区特定複合観光施設設置運営事業」の事業コンセプトを募集します

リリースによれば、「大阪府・市では、大阪・夢洲における特定複合観光施設区域(以下「IR区域」という。)の整備の早期実現をめざしており、特定複合観光施設区域整備法に基づき、国が基本方針を定めた後、速やかに、実施方針の策定並びに特定複合観光施設を設置及び運営する事業を行う民間事業者の公募・選定(以下「RFP」という。)を行うべく、準備を進めて」いるところ、「本RFCは、大阪府・市が2019年2月に公表した「大阪IR基本構想(案)」等をもとに、本事業を実施する意思を有する民間事業者から、具体的な事業コンセプトの提案を募るものであり、本RFCの過程を通じて、IR区域整備のあり方や本事業に対するニーズ・課題等について、早い段階から、大阪府・市及び民間事業者の相互理解を深めることで、より良い本事業の実施につなげるとともに、本事業に係る各種準備・検討の加速化を図り、国の基本方針策定後の速やかなRFP実施につなげることを目的に実施するもの」とされています(この取組み自体は正式公募ではありません)。本年8月頃を期限に具体的に「提案を求める主な項目」として、「開発コンセプト・全体配置計画」、「各施設の規模・機能・運営方針」、「懸念事項対策の取組方針」、「事業スケジュール」が挙げられています。報道によれば、大阪府・大阪市としては、本年秋ごろに始める正式公募・選定手続きを経て、来春に事業者を決定、2024年の開業を目指すということです。

さて、IRにおける最重要課題のひとつである「ギャンブル依存症対策」については、本コラムでもたびたび取り上げていますが、昨年7月、「ギャンブル等依存症対策を総合的かつ計画的に推進し、もって国民の健全な生活の確保を図るとともに、国民が安心して暮らすことのできる社会の実現に寄与すること」を目的として、ギャンブル等依存症対策基本法(平成30年法律第74 号。以下「基本法」という。)が成立し、同年10 月に施行されています。基本法は、ギャンブル等依存症対策に関し、国や地方公共団体、関係事業者、国民等の責務を明らかにするとともに、ギャンブル等依存症対策の総合的かつ計画的な推進を図るため、政府に対し、ギャンブル等依存症対策推進基本計画(以下「基本計画」

という。)の策定及び施策の推進を義務付けており、今般、その案が公表されています。

▼首相官邸 第2回ギャンブル等依存症対策推進本部幹事会
▼資料1 ギャンブル等依存症対策推進基本計画(案)【概要】

本基本計画は、「国内の「ギャンブル等依存が疑われる者」の割合:成人の0.8% (平成29年度日本医療研究開発機(AME)調査結果)」という現状をふまえ、ギャンブル等依存症対策の基本理念等として、「発症、進行及び再発の各段階に応じた適切な措置と関係者の円滑な日常生活及び社会生活への支援」、「多重債務、貧困、虐待、自殺、犯罪等の関連問題に関する施策との有機的な連携への配慮」、「アルコール、薬物等依存に関する施策との有機的な連携への配慮」を掲げ、以下のような「取り組むべき具体的施策 (主なもの)」が整理されています。

  • 関係事業者の取組
    • 新たに広告宣伝に関する指針を作成、公表。注意喚起標語の大きさや時間を確保 (~平成33年度) 【公営競技・ぱちんこ】
    • 通年、普及啓発活動を実施するとともに、啓発週間に新大学生・新社会人を対象とした啓発を実施 (平成31年度~) 【公営競技・ぱちんこ】
    • 本人申告・家族申告によるアクセス制限等に関し、個人認証システム等の活用に向けた研究を実施 (~平成33年度) 【競馬・モーターボート】
    • インターネット投票の購入限度額システムを前倒し導入 (平成32年度)【競馬・モーターボート】
    • 自己申告プログラムの周知徹底・本人同意のない家族申告による入店制限の導入 (平成31年度) 【ぱちんこ】
    • 自己申告・家族申告プログラムに関し、顔認証システムの活用に係るモデル事業等の取組を検討(~平成33年度)【ぱちんこ】
    • 18歳未満の可能性がある者に対する身分証明書による年齢確認を原則化 (平成31年度) 【ぱちんこ】
    • 施設内・営業所内のATM等の撤去等 (平成31年度~) 【公営競技・ぱちんこ】
    • 自助グループをはじめとする民間団体等に対する経済的支援 【公営競技:平成33年度までの支援開始を目指す/ぱちんこ:31年度に開始、実績を毎年度公表】
    • ギャンブル依存症予防回復支援センターの相談者助成(民間団体の初回利用料・初診料負担)の拡充の検討に着手(平成31年度~)【モーターボート】
    • 依存症対策最高責任者等の新設 、ギャンブル等依存症対策実施規程の整備 (~平成33年度)【競馬・モーターボート】 依存問題対策要綱の整備、対策の実施状況を毎年度公表 (平成31年度~) 【ぱちんこ】
    • 第三者機関による立入検査の実施 (平成31年度~) 、「安心パチンコ・パチスロアドバイザー」による対策の強化(~平成33年度)【ぱちんこ】
    • 全都道府県・政令指定都市への相談拠点の早期整備 (平成32年度目途 【厚労省】
    • ギャンブル等依存症である者等の家族に対する支援の強化 【関係省庁】
    • 婦人相談所相談員、母子・父子自立支援員、児童相談所職員、障害福祉サービス従事者・発達障害者支援センター職員等における支援(平成31年度~)【厚労省】
    • ギャンブル等依存症対策に関する各地域の消費生活相談体制強化 (平成31年度~) 【消費者庁】
    • 多重債務相談窓口・日本司法支援センターにおける情報提供・相談対応 (平成31年度~) 【金融庁・法務省]】
    • 相談対応等においてギャンブル等依存症に配慮できる司法書士の養成 (平成31年度~)【法務省】
  • 治療支援
    • 全都道府県・政令指定都市への治療拠点の早期整備 (平成32年度目途)【厚労省】
    • 専門的な医療の確立に向けた研究の推進、適切な診療報酬の在り方の検討 (平成31年度~) 【厚労省】
  • 民間団体支援
    • 自助グループをはじめとする民間団体が行うミーティング等の活動支援に係る施策の改善・活用促進 (平成31年度~)【厚労省】
    • ギャンブル等依存症問題を有する生活困窮者の支援 (平成31年度~) 【厚労省】
    • ギャンブル等依存症問題を有する受刑者への効果的な指導・支援 (平成31年度~)【法務省】
    • 受刑者・保護観察対象者等に対する就労支援 (平成31年度~) 【法務省】
  • 調査研究・実態調査・多重債務問題等への取り組み
    • ギャンブル等依存症の標準的な治療プログラムの確立に向けたエビデンスの構築等、治療プログラムの全国的な普及 (平成31年度~)【厚労省】
    • 個人認証システム・海外競馬の依存症対策に係る調査、ICT技術を活用した入場管理方法の研究 (平成31~33年度)【【競馬・モーターボート
    • 多重債務、貧困、虐待、自殺、犯罪等のギャンブル等依存症問題の実態把握 (平成32年度)【厚労省】
    • 国民のギャンブル等の消費行動の実態調査を実施 (~平成33年度) [消費者庁]
    • 相談データの分析によるギャンブル等依存症問題の実態把握 (平成31年度~) 【公営競技・ぱちんこ】
    • ギャンブル等依存症が児童虐待に及ぼす影響の調査 (平成31年度~) 【厚労省】
    • 貸金業・銀行業における貸付自粛制度の適切な運用の確保及び的確な周知の実施 (平成31年度~)【金融庁】
    • 違法に行われるギャンブル等の取締りの強化 (平成31年度~)【警察庁】

本基本計画は、基本法に基づき政府が策定する初めての計画であり、これにより、ギャンブル等依存症対策は、新たな法的枠組みの下で、従前にも増してより強力に進められることになります。政府もまた、「今後、政府においては、本基本計画に基づき、ギャンブル等依存症により不幸な状況に陥る人をなくし、健全な社会を構築するため、地方公共団体や関係機関・団体、事業者等と密接に連携を図りつつ、必要な取組を徹底的かつ包括的に講じていくこととする」としています。なお、本基本計画をふまえて、文科省はギャンブルなどの依存症予防に向けた教員用の指導参考資料を作成していますので、以下、参考となるような部分を抜粋して紹介します。依存症を生み出す要因などを明記して教員の理解を深め、高校での活用を促進させるのが狙いということですが、これまで本コラムでもたびたび紹介してきた内容が集約されていますので、企業内の研修にも役立つはずであり、ご一読をおすすめします

▼文部科学省 ギャンブル等依存症指導参考資料について
▼「ギャンブル等依存症」などを予防するために
  • 一般的にニコチン、アルコール、薬物、ギャンブル等、ゲームなどを「やめたくてもやめられない」状態のことを「依存症」といいますが、医学的には「嗜癖(しへき)」という用語を使います。「嗜癖」の対象は、ニコチン、アルコール、薬物などの特定の「物質」の摂取と、ギャンブル等の「行動」に分けられます。その対象が「物質」の摂取の場合は「物質依存」といい、対象が「行動」の場合は「行動嗜癖」といいます。
  • いずれの嗜癖行動も興味・関心から始まりますが、のめり込むかどうかは、「心理的な要因(ストレスなど)」、「環境的な要因(簡単に手に入れやすい、いつでも、どこでもできる)」、「家族の要因(家庭環境等)」といった要因が関わると考えられています。行動嗜癖は、誰でもなる可能性があり、開始年齢が低いほど、陥りやすい傾向があります。
  • ギャンブル等を行ったり、依存物質を摂取したりすることにより、脳内でドーパミンという神経伝達物質が分泌されます。ドーパミンが脳内に放出されることで中枢神経が興奮して快感・多幸感が得られます。この感覚を脳が「報酬(ごほうび)」と認識すると、その報酬(ごほうび)を求める回路が脳内にできあがります。しかし、その行為が繰り返されると次第に「報酬(ごほうび)」回路の機能が低下していき、「快感・喜び」を感じにくくなります。そのため、以前と同じ快感を得ようとして、依存物質の使用量が増えたり、行動がエスカレートしたりしていきます。また、脳の思考や創造性を担う部位(前頭前野)の機能が低下し、自分の意思でコントロールすることが困難になります。特に子供は前頭前野が十分に発達していないため、嗜癖行動にのめり込む危険性が高いといわれています。
  • 世界保健機関(WHO)は疾病の状況や死因の統計のために疾病分類を示しており、現在用いられている国際疾病分類第10 版(ICD-10)では、様々な行動嗜癖のうち、ギャンブル障害のみが疾病分類に示されています。約30年ぶりに改訂作業が行われ、2018年6月に公表された国際疾病分類の第11 回改訂版(ICD-11)(最終草案)では、ゲーム障害(オンラインゲーム、オフラインゲームを含む)が「物質使用及び嗜癖行動による障害」にギャンブル障害とともに位置付けられました。今後、WHO の総会で加盟国に採択された場合、我が国への適用に向けた検討が行われることになります。なお、ギャンブル、ゲーム以外の嗜癖行動は、「その他の嗜癖行動による障害」に分類されます。
  • 平成29年度に実施された国内のギャンブル等依存に関する疫学調査(中間まとめ)では、過去1年間のギャンブル等の経験等において、ギャンブル等依存症が疑われる者の割合は0.8% であり(平均年齢は46.5歳、男女比9.7:1)、日本の人口に換算すると約70 万人と推計されています。(前述)
  • 高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説(保健体育編・体育編 平成30年7月 文部科学省)では、「精神疾患の特徴」に、「アルコール,薬物などの物質への依存症に加えて、ギャンブル等への過剰な参加は習慣化すると嗜癖行動になる危険性があり、日常生活にも悪影響を及ぼすことに触れるようにする。」と記載されています。さらに「精神疾患への対処」において、「人々が精神疾患について正しく理解するとともに、専門家への相談や早期の治療などを受けやすい社会環境を整えることが重要であること、偏見や差別の対象ではないことなどを理解できるようにする。」と記載されています。
  • 行動嗜癖に陥る背景には、ストレスなどの心の問題があると言われています。これは、ニコチン、アルコール、薬物などの物質依存に陥る背景とも共通しています。ギャンブル等やゲームなどにのめり込まないようにするためには、これまで喫煙、飲酒、薬物乱用防止教育でも行われているように、ストレスに対する適切な対処方法を身に付けることが大切です。ストレスへの対処には、ストレスの原因となる事柄に対処すること、ストレスの原因についての受け止め方を見直すこと、友達や家族、教員、医師などの専門家などに話を聞いてもらったり、相談したりすること、コミュニケーションの方法を身に付けること、規則正しい生活をすることなどいろいろな方法があり、それらの中からストレスの原因、自分や周囲の状況に応じた対処の仕方を選ぶことが大切です。また、自分の強みや得意なことを知り、それらを活用して目標を掲げ、達成に向けて努力することも大切です。努力した結果、充実感を体験し、新たな目標に向けて挑戦するはずみになります。そうした体験を繰り返すことにより、自己肯定感を高めることができ、行動嗜癖に陥らない生活習慣を身に付けることができます。
  • 行動嗜癖に関する指導は、保護者にその指導の意義と必要性について伝え、学校と家庭が互いに連携しつつ展開することが大切です。そのためには、学校での授業を公開したり、学校保健委員会や広報誌を活用し、子供たちの嗜癖行動などに対する意識や関心、実態を知らせたりして、指導についての理解と協力を求めるようにつとめます。
  • 行動嗜癖は、物質依存と同様に自分の意思のみでやめることはできません。最寄りの保健所や精神保健福祉センターなどの相談機関に相談することや専門医療機関などで診断・治療を受けることが大切です。また、自助グループ等民間支援団体などとつながり、同じ行動嗜癖の仲間と経験談を話し合うなど、支援を受けることもお勧めします。

(7) 北朝鮮リスクを巡る動向

5月に入り、北朝鮮は、日本海に向けて相次いでミサイルを発射しました。北朝鮮のミサイル発射は2017年11月29日、大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星15」を発射して以来、1年5カ月ぶりとなり、弾道ミサイルであれば、国連制裁決議に違反することになります。北朝鮮は、軍の「定期的かつ自衛的な」「火力砲撃訓練」であり、「特定の標的はなく、地域情勢の悪化にもつながっていない」としています。さらに、砲撃訓練は予告なしで行われ、立ち会った金正恩朝鮮労働党委員長は、「強力な力によってのみ真の平和と安全が保証される」、「いかなる勢力の威嚇や侵略からも、国の政治的自主権と経済的自立を守るため、戦闘力強化のための闘争を一層力強く進める」と述べたとされています。なお、今回のミサイル発射については、最新兵器の実験に踏み切ることで米国をけん制し、今後の非核化協議を有利に進める狙いや、軍部の引き締めを図る狙いがあると考えられています。

そして、実際のところ、米戦略国際問題研究所(CSIS)は、先月(4月)の段階で、北朝鮮北西部・寧辺の核施設で、5台の特殊車両の動きを確認したと発表、特殊車両が放射性物質の運搬に関わった可能性もあると分析しているほか、やはり先月の段階で、金委員長は、新型の戦術誘導兵器の射撃実験を視察したと国営朝鮮中央通信が報じていました。さらに、北朝鮮は、ミサイル発射に先立ち、ロシアのプーチン大統領とロシアのウラジオストクで初の首脳会談を行っています(露朝首脳会談は2011年以来、8年ぶりだといいます)。プーチン氏は北朝鮮の非核化への「努力」を評価、非核化実現に先立ち体制保証や制裁緩和が必要だとする北朝鮮側の主張を支持する姿勢を示しています。金委員長も「両国関係の強化は確固たる戦略方針だ」とロシアとの対話を継続する意思を表明、露朝の共闘姿勢が鮮明になったといえます。これらから、表向き非核化の動きを見せつつ、核開発を辞めない姿勢やミサイル発射の挑発に近い動きをみせつつ、ロシアから日米韓への強い姿勢を堅持する後ろ盾を得て、その一連の流れを受けて、ミサイル発射に至ったということも考えられます。

この明らかな軍事的挑発行為に対して、日米はこのミサイルを短距離弾道ミサイルであると断定、日本は、「国連制裁決議に違反するもので、極めて遺憾だ」として北朝鮮に厳重に抗議しています。米トランプ大統領も、「北朝鮮経済が持つ潜在力を十分に理解していると思う。壊すようなことはしないはずだ」、「北朝鮮は(米国と)交渉をしたがっているが、交渉の用意ができているとは思えない」、「発射は非常に重大な問題とみており、誰もうれしく思ってはいない。事態を注視している」とけん制を続けています(ただ、「短距離であり、信頼を裏切る行為だとは全く考えていない」と述べ、静観する姿勢を示している点は日本とトーンがやや異なっています。一連の発言からは、挑発行為の継続は許容しないにせよ、対話路線を維持して非核化を目指す立場を堅持しようとする姿勢は伝わります)。その一方で、韓国は、「具体的な種類などに関しては韓米軍当局が引き続き分析中だ」として弾道ミサイルと断定することを避けているほか、北朝鮮への食料支援をめぐっても「変わりはない」とのスタンスを取っており、本来一枚岩であるべき日米韓の間で足並みが乱れる状況にあります。そのこともあってか、米国務省のビーガン特別代表が訪韓して米韓作業部会を開いたのに続き、ボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が5月末にも訪韓する予定となっているなど、米高官が相次いで韓国を訪問する動きを見せています。その背景には、人道支援や制裁緩和ばかりを主張する韓国の文政権にクギを刺す狙いもあるように思われます。「北朝鮮に対する制裁包囲網で、韓国が中国並みの「穴」とみられている現状に、米国は強い警告を発するもよう」(令和元年5月11日付産経新聞)との指摘は正にそのとおりと考えます。

なお、このようなタイミングで、国連機関の世界食糧計画(WFP)は、北朝鮮の農業生産が過去10年間で最低となり、食料不足が深刻化していると警告を発しています。1日1人当たりの配給量は300グラムと、この時期としては最低水準にまで落ち込み、人口約2,520万人の4割に当たる1,010万人が十分な食料を得ていないと指摘、さらには、WFPは、現在の状況は「飢餓」とはいえないものの、早ければ数カ月後にも飢餓が訪れる恐れがあるとも指摘しており、このような内部の不満を外に向ける目的や、国際社会に人道的支援の拡大を求める目的、韓国の文政権に揺さぶりをかけ(踏絵を踏ませ)日米間の足並みを乱す目的など、様々な推測が成り立ちます。

その北朝鮮に対する制裁包囲網について、米司法当局は、北朝鮮による石炭輸出や重機輸入など、国連安保理制裁決議などに違反する行為に関与したとして、北朝鮮籍の貨物船「ワイズ・オネスト」号を差し押さえたと発表しています。報道によれば、米国が制裁違反を犯した北朝鮮の貨物船を差し押さえたのは、今回が初めてだということです。同貨物船は、北朝鮮の南浦港で石炭を積載した後、東シナ海を南下、通常は「船舶自動識別装置」(AIS)を使って、船名や位置を電波で発信しなければならないところ、2017年8月以来、装置を遮断していたといいます。北朝鮮の「制裁逃れ」に関与したとみられ、インドネシア当局によって、昨年4月に拿捕されていたものです。また、日本でも、外為法に基づく北朝鮮輸出入禁止措置を延長する手続きを行っています。

▼経済産業省 外国為替及び外国貿易法に基づく北朝鮮輸出入禁止措置を延長しました

この措置は、「北朝鮮を仕向地とする全ての貨物について、経済産業大臣の輸出承認義務を課すことにより、輸出を禁止する(関係条文:外国為替及び外国貿易法(以下「外為法」という。)第48条第3項)」、「北朝鮮を原産地又は船積地域とする全ての貨物について、経済産業大臣の輸入承認義務を課すことにより、輸入を禁止する(関係条文:外為法第52条)」もので、これらの措置に万全を期すため、次の取引等を禁止するとしています(なお、人道目的等に該当するものについては、措置の例外として取り扱うものとし、平成33年4月13日までの間、実施するものとしています)。

  • 北朝鮮と第三国との間の移動を伴う貨物の売買、貸借又は贈与に関する取引(仲介貿易取引)(関係条文:外為法第25条第6項)
  • 輸入承認を受けずに行う原産地又は船積地域が北朝鮮である貨物の輸入代金の支払(関係条文:外為法第16条第5項)

3.暴排条例等の状況

(1) 沖縄県暴排条例の改正

暴力団の威力を利用した金品などの利益供与を禁止する沖縄県暴排条例の一部を改正し、5月1日から施行されています。最近の他の自治体の改正動向に同じく、歓楽街において暴力団の介入を阻止するために、那覇市松山1丁目・2丁目の一部と、沖縄市上地1丁目・2丁目の一部を新たに暴力団排除特別地域として定めて規制を強化しています。また、これまで「暴力団の威力を利用する」との類型のみに限定されていた「利益供与」を他の自治体同様の範囲まで拡大して、「暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなることの情を知って、暴力団員又は暴力団員が指定した者に対して、利益の供与をしてはならない」旨の規定が追加されています。さらに、新たに「事業者と暴力団の関係遮断を促すため、暴力団を利用した事業者等が自主申告した場合は、刑を減刑または免除する旨の自首減免規定を定め」られ、ようやく、全国と同等レベルの暴排条例の内容となったことが注目されます。

▼沖縄県 改正の概要
▼沖縄県警察 沖縄県暴力団排除条例の一部改正に伴う広報啓発ポスター

昨年、パブリックコメントに付されたときの説明として、「沖縄県においては、県民が利用する飲食店等において、白昼堂々暴力団による会合が開催されるなど、安全で平穏な県民生活に多大な影響を及ぼしている現状」があると指摘し、「事業者が暴力団の活動を助長することなどを知りながら、暴力団員に金品や飲食場所の利用等の利益の供与をすることを規制することに加え、暴力団への資金流入を遮断するため、風俗店や飲食店が集中する那覇市及び沖縄市の一部地域を「暴力団排除特別強化地域」(以下「特別強化地域」という。)に指定し、同地域内の風俗店等の事業者等による用心棒の依頼等の暴力団の利用や暴力団員の用心棒代等のみかじめ料を徴収する行為を禁止し、違反した場合に罰則を科すなどの規定を新たに設ける沖縄県暴力団排除条例の一部改正を行う」と説明しています。

▼沖縄県警察 沖縄県内暴力団の概要

なお、沖縄県内における昨年末の暴力団の情勢としては、指定暴力団旭琉曾で約320人の勢力とされています。加えて、同サイトでは、「県内の暴力団の誕生と変遷」が詳しく詳細されている点がユニークです。

それによると、「沖縄県の暴力団は、第二次世界大戦後の混乱期から復興の兆しが現れた昭和27年頃、不良者等が集団化したのが始まりで、伝統やしきたり、掟というものはなく、 腕力の強い者がリーダーとなり、そのうち那覇市を活動拠点とする那覇派(約70人)とコザ市(現沖縄市)を活動拠点とするコザ派(約70人)の不良グループが組織化されたものが沖縄県の組織暴力団の起こりとなっている」とのことで、「昭和47年5月15日、沖縄の本土復帰が決定したことを契機として、数次に渡る対立抗争を繰り返しながら生き残ってきた「那覇派」と「山原派」が、本土暴力団の沖縄進出阻止を目的に大同団結し、昭和45年12月8日「沖縄連合旭琉会」を結成」したということです。ところが、「その後も組織内の争いは絶えず、組織の統廃合を繰り返しながら、昭和51年12月「沖縄旭琉会」、昭和53年9月「二代目旭琉会」、昭和58年5月「三代目旭琉会」へと改称され、構成員1,000人余を擁する県内最大の組織暴力団となったが、 組織運営方針に端を発する確執によって絶縁処分となった理事長が平成2年10月「沖縄旭琉会」を結成し、両団体による一般市民を巻き込むなど希にみる凄惨ないわゆる第六次抗争へと発展」、同抗争では、警察官2人と、アルバイト中の定時高校生1人がけん銃で殺害されるなど痛ましい事件が発生したこともあり、警察は徹底した取締りを行い、首領11人、幹部88人を含む220人の被疑者を検挙・隔離するとともに、延べ522箇所に対する捜索を実施し、けん銃42丁を含む5,452点を押収するなどし抗争を鎮静化させた経緯があります。その結果、「平成23年11月27日、第六次抗争時に分裂していた「四代目旭琉会(当時:三代目旭琉会)」と「沖縄旭琉会」が第六次抗争から21年余の歳月を経て一本化し、名称を『旭琉曾』と改称し、現在に至っている」ということです。平成23年11月という時期は、その前月となる平成23年10月に東京都と沖縄県で暴排条例が施行されたことで、全国の都道府県すべてで暴排条例が揃った時期と重なります。そのような経緯から、これまで沖縄県における暴排条例の内容がそれほど高いレベルでなかった理由も推し量れるというものです。

▼沖縄県警察 沖縄県暴力団排除条例 ~主なポイントQ&A~

なお、沖縄県警の暴排条例を説明するページで「この条例で見込まれる効果は何か」として、「この条例において、社会全体で暴力排除活動を推進するための責務や施策を規定することにより、社会全体が暴力団の不当行為を許さないという意識付けとなり、暴力排除活動をより積極的に行うきっかけとなると考えられ、その結果として、県内暴力団組織の弱体化、暴力団を利用する者へのけん制となるものと認識しています。また、新規事務所の開設、運営に対する規制も設けていることから、県外暴力団の県内進出阻止も図られるものと考えています」と説明されている点や、「暴力排除活動を行った場合、暴力団からの仕返しが心配されるが」との問いがそもそも明記されており、「この条例の目的を達成するためには、社会全体で暴力団の排除に取り組む必要があります。県民や事業者にも、暴力団を排除するためのあらゆる取り組みに積極的に参加し、協力することが求められますが、県民や事業者が安心して取り組めるよう、警察官による警戒を行うなど、保護対策を万全に行います」と回答されているなど、過去の経緯をふまえたものであることが分かります。また、「事業者による利益の供与の禁止」について、他県等において勧告を受けた事例として、以下のような事例が紹介されています。

  • ガソリンスタンドの責任者が、暴力団幹部等に対し、無料で洗車をしていた事案
  • 歓楽街の飲食店数店舗が、暴力団幹部に対し、みかじめ料及び用心棒料等の名目で現金を供与していた事案
  • 建設業者が、業務に関し他人とのトラブルを解決する用心棒料の名目で、暴力団員に現金を供与していた事案
  • 自動車整備業、資材販売業等の事業者が、暴力団の後援会費として、暴力団幹部に現金を供与していた事案
  • 電設業を営む事業者が暴力団組長に対し、自己が使用していた普通乗用自動車を無償で貸した事案
  • 公共施設の館長が、暴力団組長の出所祝い等を兼ねた新年会を施設内で行わせた事案

(2) 福岡暴排条例による「暴力団立ち入り禁止の標章制度」の状況

報道(平成31年4月24日付西日本新聞)によれば、福岡市博多区の中洲で暴力団壊滅を目指す福岡県警博多署の「マル暴ゼロ作戦」が、10年を迎え、その間、福岡県暴排条例による「暴力団立ち入り禁止の標章」を掲げる飲食店は、1,035店から1,387店に増え、掲示率は85%になったということです。さらに、暴力団の事務所数は着実に減り、暴力団との関係が疑われる客引きもピーク時は200人いたものの、現在はほぼ撤退したということです。一方で、風俗店などから広告料を取って客を紹介する「無料風俗案内所」が増え、暴力団の新たな資金源になっているケースもあるとされ、今後の課題だといいます。「マル暴ゼロ作戦」は、福岡県内で2008年まで5年連続で発砲事件の件数が全国最悪を記録していたことから、福岡県警が10年前に「暴力団犯罪の撲滅」を最重点目標に掲げて取組みが開始されたとう経緯があります。具体的には、暴力団の取り締まりに加えて「安全安心ローラー」と銘打ち、飲食店や風俗店の指導や聞き込みも強化され、2018年は11回実施し、署員100人が400店舗を一斉に回るなどして、暴力団の活動状況をデータベース化し、取り締まりにも活用してきたといいます。暴排先進県といわれる福岡県ですが、このような地道な取組みの成果が標章の定着につながっているのであり、他の自治体等においても模範となるものと高く評価したいと思います。

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