暴排トピックス

取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人

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1. 西武信用金庫に対する行政処分

金融庁は、準暴力団幹部と疑われる関係者へ融資していたなどとして、西武信用金庫に信用金庫法に基づく業務改善命令を出しています。反社会的勢力排除の取組みについては、「十分な経営資源を配分することなく極めて少人数の担当者に頼った取組となっているなど、組織的な対応が不十分」、「一部の営業店幹部は、監事から反社会的勢力等との関係が疑われるとの情報提供を受けていた者について、十分な確認を怠り、同者関連の融資を実行している」といった厳しい指摘がなされています。さらに、主力の投資用不動産向け融資でも審査書類の偽造を見過ごすなど問題融資が横行していたことが判明、不動産業者が顧客の預金通帳や物件の家賃収入表(レントロール)などを改ざんし、職員が看過した可能性が高いのは127件、うち73件(139億円分)で改ざんを確認したといい、28店舗で45人が関与したとされます。さらに返済期間を延ばすため、中古物件の耐用年数を長くするよう職員が外部専門家に働きかける例も258件あり、32店舗で90人がかかわったといいます。これらの実態に対して、「業績優先の経営を推進するあまり内部管理体制の整備を怠った」、「強い発言力を持つ理事長に対し十分なけん制機能が発揮されておらず」、「通常の注意を行っていれば分かったはずだがあえて見ないようにした」(金融庁幹部のコメント)等との指摘がなされています。反社会的勢力排除に重要なのは第1線の「健全な意識」と「リスクセンス」であることは、本コラムでもたびたび指摘していますが、それらを「曇らせ」、第2線や第3線を「黙らせ」たのが経営トップ(理事長)であり、「組織全体が思考停止していた」事実は重いといえます。そもそも、反社会的勢力にせよ投資用不動産にせよ、このような「本来貸せない相手」に貸して利益を得ようとする金融機関の本旨を逸脱したモラルハザードの典型事例は増加傾向にあり、一方でそれへの対応として営業のノルマを廃止する動きも見られます。ただ、果たしてそれが「正しく稼ぐ」という本質の理解に資するものかは極めて疑わしいように思われます。本件のような事例を見るにつけ、コンプライアンスやリスク管理の基盤がいかに脆いものか、ただただ痛感させられます。

▼金融庁 西武信用金庫に対する行政処分について
▼関東財務局 西武信用金庫に対する行政処分について
  1. 命令の内容
    信用金庫法第89条第1項において準用する銀行法第26条第1項に基づく命令

    • (1)健全かつ適切な業務運営を確保するため、以下を実行すること
      • 本処分を踏まえた責任の所在の明確化と内部統制の強化
      • 融資審査管理を含む信用リスク管理態勢の強化
      • 反社会的勢力等の排除に向けた管理態勢の抜本的な見直し
    • (2)上記(1)に係る業務の改善計画を令和元年6月28日までに提出し、直ちに実行すること
    • (3)上記(2)の改善計画について、当該計画の実施完了までの間、3か月毎の進捗及び改善

      状況を翌月15日までに報告すること(初回報告基準日を令和元年9月末とする)
  2. 処分の理由
    当局による立入検査の結果や信用金庫法第89条第1項において準用する銀行法第24条第1項に基づき求めた報告を検証(注)したところ、金庫は業績優先の営業を推進するあまり、内部管理態勢の整備を怠った結果、以下のような問題が認められた。
    (注)「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」(平成30年2月6日金融庁発表)への適合状況を含む

    • (1)投資用不動産向けの融資にあたり、形式的な審査にとどまり、不適切な信用リスク管理態勢となっている。
      • 融資実行を優先するあまり、融資審査にあたり、投資目的の賃貸用不動産向け融資案件を持ち込む業者による融資関係資料の偽装・改ざんを金庫職員が看過している事例が多数認められる。
      • 投資目的の賃貸用不動産向け融資について、融資期間に法定耐用年数を超える経済的耐用年数を適用する場合には適切な見積りが不可欠である中、経済的耐用年数等を証する書面を作成する外部専門家に対し、金庫職員が耐用年数や修繕費用等を指示・示唆するなどの不適切な行為が多数認められる。
    • (2)反社会的勢力等との取引排除に向けた管理態勢が不十分である。
      • 反社会的勢力等との取引排除に向けた管理態勢については、十分な経営資源を配分することなく極めて少人数の担当者に頼った取組となっているなど、組織的な対応が不十分となっている。特に、反社会的勢力等に関する金庫としての管理区分が限定的に運用されているなど、その管理手法は不十分なものとなっている。
      • このため、一部の営業店幹部は、監事から反社会的勢力等との関係が疑われるとの情報提供を受けていた者について、十分な確認を怠り、同者関連の融資を実行している。
    • (3)内部統制が機能していない。
      • 強い発言力を有する理事長に対して十分な牽制機能が発揮されておらず、上記(2)ⅱに関し、懸念を抱いた監事及び監事会から理事長に対し、複数回にわたって書面で調査を要請したにもかかわらず、理事長は当該要請を拒否し、組織的な検証を怠っているなど、内部統制が機能していない

さて、本件のうち、反社会的勢力排除の態勢不備の指摘については、(直接的には)関東財務局が初めて行政処分を下した内容とはいえ、あらためて整理が必要な状況があります。大手紙はなかなか報じませんが、ネット媒体や雑誌等の情報から、本件の事実関係については、概ね以下のような内容に集約されると考えられます(あくまで参考程度にとどめてください)。

  • 西武信金立川南口支店の顧客に、地元でスナックや居酒屋を手広く経営している女性がいたが、彼女は準暴力団チャイニーズドラゴン幹部の妻だった
  • 立川市など多摩地区は、チャイニーズドラゴンが跋扈していることで知られており、当該女性の夫もその一人で、傷害容疑で逮捕された前科があるという
  • 同支店の支店長(今回理事長とともに辞任した常勤理事)は、その女性から客を紹介されて取引を拡大していった
  • 西武信金内では、監事が、女性の夫が逮捕歴のあるチャイニーズドラゴンの幹部との情報を入手、理事長に取引停止を進言していた。また、西武信金として、地元警察に照会をしたものの、対象者としていたのは、チャイニーズドラゴンの幹部である夫ではなく女性の方であったため、警察は「暴力団員としての属性がない」との回答があったという
  • 理事長は、その結果から、警察から「お墨付き」を得たと勘違いし、忠告した監事を怒鳴りつけ、取引を継続。その結果、女性本人やその紹介者10人前後で融資総額は合計で40億円近くにまで膨れ上がったという
  • これら一連の融資について、理事長は金融庁に「毎月きちんと返済されている」と、資金回収に自信を見せたという
  • 現時点の状況については、「現在も当該者の関連者に対する融資残高はあります(債務者名義1人、1社で合計326百万円)」(同金庫の令和1年5月24日付リリース)とのことだが、これは女性に対する債権のみであり、これ以外に10人前後に対するものもあるという(総額で40億円近くに上るうえ、チャイニーズドラゴン関連の融資総額は10億円を超えているとの情報もある)

上記情報をもとに(ある程度正しいものとして)、本件の課題をいくつか整理していきたいと思います(以下に述べることはあくまで私見です)。

まずは、「準暴力団本人」の確認の問題があります。

本件では女性のみを照会していますが、本来は夫も照会が必要となる場面として考えます。まず、警察の情報提供の内部通達は今年3月に更新されていますが、平成25年通達と大きな変更はなく、いまだ「準暴力団」であるかどうかを属性のみで回答できる立てつけとはなっていません。したがって、「暴力団員としての属性がない」との回答をそのまま「反社会的勢力ではない」、「準暴力団ではない」と判断するのは問題があるといえます。本件は、夫が「準暴力団ではないか」との疑いから警察への照会に至っています(実際は女性のみ照会)ので、二人について警察へ照会するに際しては、疑いの根拠等を示しながら、(回答いただけるかは別として)「準暴力団ではないか」なり、「暴力団と密接な関係があるのではないか」といった方法も考えられるところです。そのうえで、回答結果のいかんに関わらず、過去の逮捕報道や準暴力団との情報をふまえた「レピュテーションリスク」の観点から、慎重な検討を行うべきだといえます。

次に、「準暴力団本人ではなく、その親族(女性)への融資」と「準暴力団の親族から紹介された融資」の是非についても検討する必要があります。

「準暴力団本人への融資」については、現状、おそらくほとんどの金融機関において、「新規」取引においては「取引NG」など相当慎重な判断を下すものと考えられます(既存先についても、即座に「取引NG」とされるかは別として、慎重な判断となると思われます)。また、「準暴力団の親族」のうち、「配偶者」については、暴排実務においては「経済的一体性」を重視して(暴力団本人が直接取引できないことから、配偶者を使って取引を仮装されるケースが多いことをふまえ)暴力団本人と同列に取り扱う運用が一般的です(なお、配偶者以外の親族である、「親」「子」「親戚」等については、原則は同列に扱わないものの、本人との関係性や暴力団等に対する活動助長性などを慎重に見極めて判断する運用となることが多いようです)。「暴力団の配偶者」と「準暴力団の配偶者」で実務が異なるかどうかは実例がまだ多くはないと推測されるものの、「新規」であれば同様に取り扱うことになるのではないかと考えられます。したがって、本件のような場合は、新規融資は本来お断りすべき事例であるといえます。

また、「準暴力団の親族から紹介された融資」については、まず、「準暴力団本人からの紹介」であれば、これも新規取引であれば「取引NG」など慎重な判断となることに異論はないものと思います。さらに、本件のような「準暴力団本人の配偶者」についても、上記の考え方からやはり相当慎重な判断(取引NG)となるものと考えられます。一方で、「準暴力団本人の配偶者以外の親族からの紹介」であれば、

いったんは通常の判断基準とはするものの、当該相手先と準暴力団本人の関係性や自行に及ぶレピュテーションリスクなどを見極め、関係性が認められる/レピュテーションリスクが懸念されるのであれば「取引NG」とするでしょうし、関係性がない/レピュテーションリスクの懸念がない場合は、取引はするものの「要監視先」としてモニタリングをしていくことになろうかと思われます。なお、新規取引の場合は、「契約自由の原則」がありますので、レピュテーションリスクの観点を重視して、一律に「取引NG」とする運用も考えられます。また、普通預金取引のみであれば取引は認めるものの、それ以外の与信取引や貸金庫取引等であれば「取引NG」とするのも実務上考えられるところです。

さらに、本件において、「監事から反社会的勢力等との関係が疑われるとの情報提供を受けていた者について、十分な確認を怠り、同者関連の融資を実行」、「懸念を抱いた監事及び監事会から理事長に対し、複数回にわたって書面で調査を要請したにもかかわらず、理事長は当該要請を拒否し、組織的な検証を怠っている」との指摘に関して、「十分な確認」とはどの程度なのか、警察の回答のみで「問題なし」とした理事長の判断の妥当性なども整理しておく必要があります。

結論からいえば、本件は、そもそも準暴力団の配偶者が接点となっていますので、いくら女性に反社会的勢力の属性に何ら問題がないとの回答が警察からあったにせよ、金融機関としては、準暴力団本人と配偶者の関係性が問題になることは認識できたはずであり、警察に両名について照会のうえ、「経済的一体性」や「仮装取引の可能性」を疑い、慎重に判断するのが通常であり(したがって、「あえて見ないようにした」ことが推測されます)、「十分な確認」がなされたとはいえないものと考えられます(十分な確認の結果、この関係性を認識したうえで「全く問題ない」と判断したのであれば、それ自体、昨今の社会の要請や金融庁の求める反社リスク管理態勢からみて重大な不備となります)。同様に、理事長が、警察の回答のみでそれ以上の確認を拒絶したのは不作為(「通常の注意を行っていれば分かったはずだがあえて見ないようにした」)であって、善管注意義務違反にも問われかねないといえます。

本件の行政処分については、明確に反社会的勢力と認定できないグレーゾーン対応に伴う行政処分としては関東財務局で初であることもあって、「辞任まで追い込む必要があったのか」との声も聞かれるところですが、反社会的勢力排除に限ってみても、善管注意義務違反にも問われかねない重大な不作為があり、準暴力団の活動を利することになる可能性も否定できない状況を招き、放置したこと、内部管理態勢の不備もまた明らかであり、これに投資用不動産向け融資の問題も加味すれば、そういった批判はあたらないのではないかというのが筆者の考えです。

さて、金融庁の行政処分を受け、西武信金が新理事長名で、「当金庫に対する業務改善命令について」と題する文書をリリースしています。以下、そのうち、再発防止に関する部分からピックアップして紹介します。

▼西武信用金庫 当金庫に対する業務改善命令について
内部統制の強化

実効的な牽制体制を構築し、内部統制の強化を図ってまいります。現状、以下のような改善対応を実施しております。

  1. 当金庫の業務全般を洗い出し抜本的な管理体制の改善を図ることを目的に、本年3月22日に外部有識者をスーパーバイザーとした「業務改善委員会」を設置いたしました。
  2. 役員人事・報酬の牽制機能を強化するべく、本年3月22日に役員等の指名や報酬等を理事長・理事会へ答申する独立委員会組織として外部有識者を評議会議長とした「人事報酬評議会」を設置いたしました。
  3. 監事会からの要請に加え、「人事報酬評議会」から理事長、理事会へ勧告できる制度も創設いたしました。また監査部の主管を監事会としてその独立性を高めました。
  4. 各部署間のコミュニケーションを強化し責任を明確化すべく、本日開催の理事会にて、常務理事の部長職委嘱を廃止し経営に専念させ、また、常務理事以上について共同執務室での業務運営体制とし、牽制機能を強化しました。

信用リスク管理態勢の強化

従来の規程、与信管理、営業店の組織体制、研修体系などを抜本的に見直し、融資審査管理を含む信用リスク管理態勢の強化を図ってまいります。現状、投資目的の賃貸用不動産融資に関して、以下のような改善対応を実施しております。

  1. 融資審査体制の強化を図るため、本年1月から、投資目的の賃貸不動産融資案件を持ち込む業者の取扱いに係る審査基準を定め、厳正化いたしました。
  2. 日付で、審査部を2部制とし審査担当人員の増加を図りました。
  3. 本年1月、改ざん・偽装の看過や外部専門家に対する指示・示唆の原因となった貸出目標を過度に評価する業績評価基準を見直し、該当評価項目を廃止いたしました。

反社会的勢力等の排除に向けた管理態勢の抜本的な見直し

経営陣の意識改革をすすめ、本日付で反社会的勢力等の排除への対応の担当役員(常務理事)を明確にし、当該役員の下で、反社会的勢力等の排除に向けた管理態勢の強化を図ってまいります。現状、以下のような改善対応を実施しております。

  1. 当該担当役員は、反社会的勢力等の排除への対応を一元的に所掌するとの観点から、リスク管理統括部、事務部、システム企画部を管掌します。
  2. 本部組織体制を見直し、反社マネロン対応を含むリスク管理部署の新たな人員を配置し体制強化を図っており今後も増員を図ってまいります。
  3. 当金庫で実施している反社会的勢力等の管理区分については、本年5月末までに、リスクの度合いや情報の質に応じ、更に細分化した区分を設けます。また、データベースの整備やシステム対応の高度化を図り、このようなデータベースを活用した管理を徹底してまいります。

(注)なお、現状当金庫で把握している計数等は以下のとおりです。

  • 暴力団排除条項導入後、本年3月31日時点で、当金庫の全取引先を調査した結果、当金庫の信用金庫取引約定書に盛り込まれた暴力団排除条項に該当する反社会的勢力との融資取引はありませんでした。
  • 上記「2.処分の理由(2)」の「監事から反社会的勢力等との関係が疑われるとの情報提供を受けていた者」については、警察に確認したところ、「暴力団員としての属性がない」旨の回答を得たことから、暴力団排除条項には該当しないと判断し、現在も当該者の関連者に対する融資残高はあります(債務者名義1人、1社で合計326百万円)。上記「2.処分の理由(3)」の指摘を踏まえた調査を実施しており、調査結果に基づく対応を行います。

再発防止策全体としては妥当なところだと思われますが、最後の注釈部分の「「監事から反社会的勢力等との関係が疑われるとの情報提供を受けていた者」については、警察に確認したところ、「暴力団員としての属性がない」旨の回答を得たことから、暴力団排除条項には該当しないと判断し、現在も当該者の関連者に対する融資残高はあります」については、既存取引先の契約解除に関わる部分であるため、新規取引の場合とは異なるものの(新規取引の場合については前述の通りです)、厳密に暴排条項への該当性を検証した結果だと考えられますし、仮に暴排条項を適用したとしても、融資先の状況(一連の融資の借り手は飲食店経営者が多く、十分な担保価値のある不動産を保有している人物は少ないと見られているという情報もあります)を鑑みれば、期限の利益を喪失させて債権を一括で回収することが困難(この場合、再利回収機構の特定回収困難債権の買取り制度の利用が可能なのかどうかも微妙なところです)であって、「債権回収の最大化」を図ろうと思えば、そのまま契約を継続する(「毎月きちんと返済されている」ことが望ましい)と考えるのもあり得ることです。いずれにせよ、本件に限らず一連の契約については、返済状況や属性等の変化など、今後も十分なモニタリングをしていくべきだといえると思います。

さて、金融機関と準暴力団の不適切な関係以外にも、直近では、芸人と特殊詐欺グループの不適切な関係も問題視されています。FRIDAY記事に端を発した一連の報道によれば、吉本興業は、反社会的勢力のパーティーに会社を通さず芸人を出席させる「闇営業」をしたとして、お笑い芸人との契約を解消したと明らかにしています。同人の仲介で複数の芸人が振り込め詐欺グループに関係する勢力のパーティーに出席したといい、同人らは同社の聞き取りに「(反社会的勢力とは)知らなかった」と答えたということですが、吉本興業は、「闇営業は社の規律に違反し、巻き込まれた芸人のイメージを著しく低下させた」と判断、話し合いの上で契約解消に至ったということです。問題となった特殊詐欺グループには暴力団関係者も多数在籍していたほか、宴席等で彼ら自身が当該芸人に対して特殊詐欺グループであることを伝えていたといいますから、「闇営業」という規律違反(契約違反)とあわせ処分はやむを得ないものと考えられます。吉本興業としては、以前の大物司会者の暴力団との密接交際が社会問題化した過去もあり、厳格な対応を貫いた点は評価できますが、やはり芸能人と暴力団関係者の接点を完全に断つことの難しさをあらためて痛感させられます。一方、特殊詐欺グループのパーティーに出席していた芸能人らはテレビ等に相変わらず出演している状況もあり、「詐欺グループの集まりとは知らなかった」との主張をそのまま鵜呑みにしている点は違和感が残るところです。

次は、暴力団と特殊詐欺の関係が争点となった裁判について紹介します。

措定暴力団住吉会系の組員らによる特殊詐欺の被害に遭った茨城県の女性3人が暴力団対策法上の使用者責任規定に基づき、住吉会の関会長と福田前会長に計約700万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、水戸地裁は、3人のうち2人に対する605万円の賠償を会長らに命じています。報道によれば、組員が住吉会の威力を利用して「受け子」を集め、詐欺グループを構成したと認定、会長らが特殊詐欺について、暴力団対策法上の使用者責任を負うとの判断を示したものです。特殊詐欺で暴力団トップに暴力団対策法上の使用者責任を適用したのは全国で初めてとなります。本コラムでもたびたび紹介しているとおり、2008年施行の改正暴力団対策法では、「暴力団の威力」を利用して他人に危害を加えたり財産を奪ったりした場合、末端の組員が行った場合でも組幹部の責任を問えると規定しています。判決は、組員が被害者に直接威力を使わなくても、共犯者集めなど犯罪実行までの過程で威力を利用していれば使用者責任が生じると指摘、今回の事件では、受け子探しを指示された男は、組員が住吉会系の暴力団員であることを認識して恐怖心を抱いており、組員もそのことを知っていたと認定し、「威力の利用」にあたると判断、会長らは「損害を賠償する責任を負う」とされました。一方で、受け子役の男については、だまし取った現金を回収する男の腕に入れ墨があることを見ていたものの、暴力団員が関与しているという認識があったとは確認できず、「威力の利用には当たらない」と判断されています。

それに対し、住吉会系組員らによる特殊詐欺の被害者が、組員と住吉会最高幹部ら8人に1,950万円の損害賠償を求めた別の訴訟の判決で、東京地裁は、実行犯の組員に1,100万円の賠償を命じています。一方、幹部ら7人への請求は棄却、「詐欺に暴力団の影響力が使われたとは認められない」と判断しています。報道によれば、判決では、「組員が共犯者をどのように手配し、管理・統制していたか明らかではない」などとして幹部らの責任を否定したほか、「組員が住吉会の資金獲得のため詐欺を行った証拠はない」として、従業員らの不法行為の責任を雇用主らが負うとする民法の「使用者責任」の成立も否定しています。組員の男は詐欺グループの中心人物に受け子を紹介しているものの、その人物と住吉会側との関係も明らかでないこと、詐取された金が住吉会側の収益となった証拠もないことなどから、「組員の男が住吉会の事業として詐欺行為をしたとは認められない」と結論づけています。報道の中で、原告代理人弁護士が、暴力団対策法、民法いずれの「使用者責任」も否定した判決を受けて、「想定外の判決。暴力団内部の収益の移動を被害者が立証するのは難しい。その困難な立証を強いるものだ」と批判していますが、筆者としても、その立証のハードルの高さから使用者責任を認められないとするのは暴力団と特殊詐欺グループの関係性の実態をふまえれば違和感を覚えます。2件とも控訴審でさらに議論が深化していくことを期待したいと思います。

また、静岡県南伊豆町の海岸で不審な小型船内から覚せい剤約1トンが見つかり、警視庁などが押収しています。一度の押収量としては国内最多で、末端価格は約600億円に上るという大規模なものです。警視庁や海上保安庁などが背後に暴力団が関与しているとみて数年前から捜査していたようで、海上で積み荷を移し替える「瀬取り」による密輸とみて内偵を進めていたといいます。本件については、警視庁組織犯罪対策5課などは覚せい剤取締法違反(営利目的共同所持)容疑で、覚せい剤を荷揚げしていた24~40歳の中国人の男7人を逮捕しています。なお、この小型船は5月末に横浜市内の会員制クルージングクラブを出港し、事件前日に約600キロ南方の太平洋で覚せい剤を受け取っていた疑いがあることが分かっています。さらに、逮捕された中国人グループの一部に香港出身者が含まれていたことも判明しており、過去にこの海域で行われた密輸では、香港から覚せい剤が運ばれたとの情報もあるということです。関連して、台湾が絡んだ覚せい剤の大量密輸事件が全国で相次いで摘発されている実態があります。財務省によると、台湾から国内に密輸された覚せい剤の押収量は、2015年は4件で45キロ、2016年は16件で104キロ、2018年は9件で345キロと急激な増加傾向にあります。報道(令和元年6月5日付産経新聞)の中でコメントしている暴力団関係者によれば、台湾からの密輸が増えた理由について、海上で船同士が薬物の受け渡しをする「瀬取り」が増えていること、「台湾からだと、船の燃料の給油をせずに四国付近まで往復出来るので、様々な場所で取引がしやすい」といった要因があるといいます。

最後に、暴排を巡る警察庁の内部通達から最近のものをいくつか紹介します。特に筆者が下線を引いた部分が注目されます。

▼警察庁 証券市場における暴力団等排除対策の推進について(通達)

証券市場から暴力団等を排除することは、暴力団の資金源対策の観点から、極めて重要であるため、日本取引所グループ(以下「JPX」という。)の暴力団等排除の取組を支援するため、各都道府県警察にあっては、下記事項に留意し、証券市場からの暴力団等排除対策の推進に努められたい。

  1. JPXからの暴力団関係相談
    JPXのうち自主規制業務を行っているのは、日本取引所自主規制法人(以下「自主規制法人」という。)であることから、自主規制法人から関係都道府県警察の暴力団対策主管課に対し、証券市場において暴力団等の関与が疑われる場合に相談がなされる
  2. 暴力団情報の提供上の留意事項
    暴力団関係相談に対する暴力団情報の提供に当たっては、「暴力団排除等のための部外への情報提供について」(平成31年3月20日付け警察庁丙組組企発第105号ほか)に基づき、迅速かつ適切に対応すること
  3. 情報の厳格な管理
    自主規制法人から暴力団関係相談がなされた場合、金融商品取引法(昭和23年法律第25号)に定められている重要事実に該当し得る情報に接する場合もあることから、当該情報を知った者がその公表前に当該情報に係る企業の有価証券の売買を行えば、同法で禁止されるいわゆるインサイダー取引となるおそれがあることを情報に接する者に周知徹底すること。また、暴力団対策主管課においては、所属長から指定された暴力団排除業務担当者(複数人可)のみが、自主規制法人からの暴力団関係相談の事務を処理することとし、必要な場合を除き、担当者以外の者が当該相談に係る情報に接しないようにすること
  4. 警察庁刑事局組織犯罪対策部暴力団対策課への事前連絡
    自主規制法人から暴力団関係相談を受けた都道府県警察は、自主規制法人に暴力団情報を提供する前に警察庁刑事局組織犯罪対策部暴力団対策課に連絡すること
▼警察庁 暴力団構成員等に対する課税措置の促進について(通達)
  1. 課税通報制度の目的
    課税通報制度は、警察活動を通じて把握した暴力団構成員等の合法、非合法を問わないあらゆる収益等について税務当局に通報し、税務当局が課税及び徴収措置をとることによって、暴力団の資金源を封圧することを目的とする
  2. 通報に当たっての留意事項等
    • 暴力団構成員に係る重点的な通報
    • 暴力団の資金獲得活動に効果的に打撃を与えるため、暴力団構成員に係る通報を積極的に行うものとし、特に、首領等に対する通報を重点的に行うこと
    • 幅広かつ積極的な通報
    • 企業等からの賛助金、寄付金等の名目で得た収益など、直ちにその取得行為を犯罪行為として立証し難いものであっても、課税及び徴収漏れの疑いがあるものについては、積極的に通報すること
    • 税務当局との緊密な連携
    • 通報した事案について、税務当局から資料提供の要請等があった場合は、捜査に支障のない範囲で積極的に協力すること
  3. 税務職員に対する危害防止措置の徹底
    • 税務職員に対する危害の防止措置
    • 税務当局から要請があった場合は、積極的に警察官を現場に派遣し、警戒に従事させるなど、暴力団構成員等からの危害防止措置を講じること
    • また、税務当局から要請がない場合であっても、暴力団構成員等から危害を加えられるおそれがあると認められる場合は、その旨を税務当局へ連絡した上で、同様の措置を講じること
    • 税務職員に対する危害発生時の措置
    • 税務職員が、暴力団構成員等から危害を加えられた場合は、速やかに検挙措置をとるとともに、同種事案が再発しないよう危害防止措置の徹底を図ること
  4. 連絡体制
    • 前記の通報及び危害防止措置をとるに当たっては、平素から税務当局と緊密な連絡を保つよう配意すること
    • なお、税務当局との連絡体制については、別に定める
  5. 保秘の徹底
    • 課税通報は、税務当局による税務調査等を開始するための「端緒」であり、通報の事実や内容等が外部に漏れた場合、税務調査等に支障を及ぼす可能性があることから、あらゆる場面において保秘の徹底を図ること
    • また、税務調査等の終了後であっても、通報事実等が公になった場合、今後の税務調査等への対抗策を講じられる可能性があることから、保秘の徹底を図ること
  6. 教養
    • 暴力団取締りに従事する捜査員のみならず、各職員に課税措置の持つ意義及びその必要性を十分認識させるとともに、課税措置に必要な税務関係知識について教養を徹底し、課税通報制度の効果的な運用を図ること
▼警察庁 特定回収困難債権の買取りに関する預金保険機構との合意書の締結について

預金保険法(昭和46年法律第34号、以下「法」という。)の一部改正に伴い、法第101条の2に定める特定回収困難債権の買取りに関して預金保険機構(以下「機構」という。)及び警察庁との間で、機構が警察庁に対して行う照会要領について下記のとおり合意したので、事務処理上遺漏のないようにされたい。なお、下記運用要領については、別添1の合意書のとおり、機構と協議済みであり、また、別添2のとおり、機構が定めた「特定回収困難債権の買取りに係るガイドライン」が示されているので申し添える。

  1. 特定回収困難債権の買取り制度の概要
    法の一部改正に伴い、機構は特定回収困難債権(暴力団員等が債務者又は保証人となっている債権等金融機関が回収のために通常行うべき必要な措置をとることが困難となるおそれのある特段の事情がある債権)の買取・回収を行うことが可能となり、各金融機関から機構に買取申請があった場合、機構は買取・回収を実施し、金融システムの全体の安定化を図ることとしたものである
  2. 照会の対象
    機構が警察庁に行う対象者(以下「暴力団員等」という。)は次のとおりである
    • 暴力団
    • 暴力団員
    • 暴力団員でなくなった時から5年を経過しない者
    • 暴力団又は暴力団員が経営を支配していると認められる関係を有する者
    • 暴力団又は暴力団員が経営に実質的に関与していると認められる関係を有する者
    • 自己、自社若しくは第三者の不正の利益を図る目的又は第三者に損害を加える目的をもってするなど、不当に暴力団又は暴力団員を利用したと認められる関係を有する者
    • 暴力団又は暴力団員に対して資金等を提供し、又は便宜を供与するなどの関与をしていると認められる関係を有する者
    • その他暴力団又は暴力団員と社会的に非難されるべき関係を有する者
  3. 合意書の要旨
    機構の担当部長(以下「機構担当部長」とう。)は金融機関から申請があった債権の債務者又は保証人(以下「債務者等」という。)について、警察庁刑事局組織犯罪対策部暴力団対策課の長(以下「暴力団対策課長」という。)に対し照会し、暴力団対策課長は、当該債務者等に関する暴力団員等の該当性について、当該機構担当部長に回答することとする
  4. 各都道府県警察の対応
    上記照会に関して、警察庁から各都道府県警察に対して暴力団員等に関する該当性について照会があった場合、的確に対応すること
  5. 警察庁への報告
    各都道府県警察は、特定回収困難債権の債務者等が暴力団員等であることを確認した場合は、速やかに警察庁刑事局組織犯罪対策部暴力団対策課に報告すること
  6. 保護対策の徹底
    特定回収困難債権の買取りに関して、これに反発する者による関係者に対する危害が生じる可能性もあることから、必要に応じ、金融機関及び機構の担当者等について、保護対策実施要綱(平成6年8月24日付け警察庁丙暴暴一発第17号)に基づく迅速かつ適切な保護措置を講じること

2. 最近のトピックス

(1)AML/CFTを巡る動向

三井住友銀行などメガバンクは、AML/CFTの観点から店頭の窓口で口座開設などの際に行う本人確認や取引目的のチェックを厳しくする取り組みを開始しています。三井住友銀行では、国籍、経済制裁対象国との取引の有無などを確認項目に加えると明らかにし、日本国籍を持たない場合、在留資格と在留期間も尋ねるなど、既存の口座所有者にも、情報の再確認や追加提出を求める機会が増えるということです。以下、同行のサイトから今回の対応に関する預金規定等の改定内容について紹介しますが、一定の公共性があり保守的な対応が要請される普通預金規定においてすら、実務的に踏み込んだ内容となっている点が注目されます

▼三井住友銀行 「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」を踏まえた預金規定等改定のお知らせ

例えば、普通預金規定では、「解約等」の条項において、以下(4)~(6)が追加されています。

2.次の(1)から(6)までの一つにでも該当した場合には、当行は、預金者に通知することにより、この預金取引を停止し、またはこの預金口座を解約することができるものとします。この場合、到達のいかんにかかわらず、当行が解約等の通知を届出の住所にあてて発信した時に預金取引が停止され、または預金口座が解約されたものとします

(1)~(3)省略

  1. (4)当行が法令で定める本人確認等の確認を行うにあたって預金者について確認した事項または後記11の2(1)もしくは(2)の定めにもとづき預金者が回答または届出た事項について、預金者の回答または届出が虚偽であることが明らかになったとき
  2. (5)後記11の2(1)から(3)までのいずれかの定めにもとづく取引の制限が1年以上に亘って解消されないとき
  3. (6)この預金がマネー・ローンダリング、テロ資金供与、経済制裁関係法令等に抵触する取引に利用され、またはそのおそれがあると認められるとき

また、「取引の制限等」の条項(11の2)が新設されています。

  1. (1)当行は、預金者の情報および具体的な取引の内容等を適切に把握するため、預金者に対し、各種確認や資料の提出等を求めることがあります。この場合において、預金者が、当該依頼に対し正当な理由なく別途定める期日までに応じていただけないときは、入金、振込、払戻し等の本規定にもとづく取引の全部または一部を制限することがあります。
  2. (2)日本国籍を保有せずに本邦に居住している預金者は、在留資格および在留期間その他の必要 な事項を当行の指定する方法によって当店に届出てください。この場合において、届出のあった在留期間が経過したときは、当行は、入金、振込、払戻し等の本規定にもとづく取引の全部または一部を制限することがあります
  3. (3)前記(1)の確認や資料の提出の依頼に対する預金者の対応、具体的な取引の内容、預金者の説明内容およびその他の事情に照らして、この預金がマネー・ローンダリング、テロ資金供与、経済制裁関係法令等に抵触する取引または法令や公序良俗に反する行為に利用されるおそれがあると認められる場合には、当行は、入金、振込、払戻し等の本規定にもとづく取引の全部または一部を制限することがあります
  4. (4)前記(1)から(3)までの定めにより取引が制限された場合であっても、預金者の説明等によりマネー・ローンダリング、テロ資金供与または経済制裁関係法令等への抵触のおそれが解消されたと認められるときは、当行は速やかに当該取引の制限を解除するものとします。

三井住友銀行と同様の改定については、地域銀行も予定しており、例えば、東京スター銀行と西京銀行は6月、足利銀行と常陽銀行、西日本フィナンシャルホールディングス(FH)とふくおかフィナンシャルグループ(FG)は9月、広島銀行は10月に踏み切るほか、肥後銀行と鹿児島銀行を傘下にもつ九州FGも6月中に改定を発表するとのことです。また、報道(令和元年6月4日付日本経済新聞 九州・沖縄版)によれば、AML/CFTの観点から、例えば、西日本FHとふくおかFGでは、法人用口座は取引目的や事業の実態を把握するため、即日での口座開設サービスを廃止するなど業務を厳格化するといいます(一方、個人の生活口座については引き続き即日開設できるとしています)。また、ふくおかFGは顧客情報を継続的に管理し、事業の評価に基づく融資にも役立てる新システムを秋にも稼働させる予定ということであり、FATFの対日相互審査を一つの大きな契機として、業務の厳格化・高度化・効率化が進むことになります。一方で、AML/CFTの観点からはリスクが高いと見られる海外送金については、(全国的にも同様ですが)制限をかける動きも広がっており、鹿児島銀行はすでに、出所の確認が難しい現金による海外送金を原則停止しています。西日本シティ銀行は6月28日に、61店舗で海外送金を取りやめるほか、すでに3月にも43店舗で終了させるなど、同業務を扱う店舗を全体の3割ほどに絞り込んでいるといいます。また、報道(令和元年5月10日付ニッキン)によれば、信用金庫業界においても、外国為替業務を縮小する動きが広がっているということであり、4月までの直近1年間で、預金残高5,000億円以上(2018年9月末時点)の82信金のうち、少なくとも25信金が窓口での現金による海外送金受け付けを中止するなどの対応を公表しているということです。一方、海外送金の取扱件数が多い首都圏の大手信金では、過去3年分の海外送金取引から不審な案件を抽出し、点検しているとのことです。各行がリスクベース・アプローチに基づき、業務の見直しに取り組んだ結果と思われますが、これらの動向を見るにつけ、地域金融機関にとって海外送金は極めてリスクが高い業務であることが推測されます(だからこそ、これまで実際のマネー・ローンダリング事犯に悪用されてきた現実があったといえます)

その一方で、金融庁は、送金サービスなど決済分野における規制の見直しに向けた報告書案をまとめ、1度に数万円までの少額の送金に限って参入障壁を下げるほか、資金移動業者を取り扱う金額に応じて3分類に再編し、サービスの機能やリスクに応じて規制を改める方向を示しています。金融とITが融合する「フィンテック」が台頭するなか、異業種参入による新たな金融サービスを制度面から後押しするとしていますが、AML/CFTにおける海外送金のリスクの高さとの整合性をどうとるべきか、課題があるように思われます。しかしながら、銀行が少なく、また口座を持たない人が多くを占める「金融途上国」においては、送金業務などはすでに銀行を使わないサービスが普及しており、旧来の仕組みを突き崩しつつあるのが現実です。それはまた、固定電話網が未整備の国で、携帯電話が爆発的に普及したのと同じ構図だといえます。銀行以外にサービスが多様化するのは世界的な潮流であり、規制緩和もまたその流れの中にありますが、AML/CFTの観点から「リスクが高い」とされた送金業務について、その代替となる新たなサービスにおいても、銀行同様のリスク管理態勢が構築されていなければ、マネロンやテロ資金供与に悪用される可能性は極めて高いといえます。また、海外送金については、これらの動きとは別に、日米欧の有力銀行など14社が5月に新会社を設立して、ブロックチェーン(分散型台帳)の技術を使って各国の通貨に対応した電子通貨を発行し、銀行間取引を効率化する取り組みを模索し始めています。各国の中央銀行の当座預金に置くお金をもとに電子通貨をやりとりする構想で、セキュリティ面だけでなく、(これまでいくつもの銀行を経由して送金してきたことと比較すれば)業務効率上も顧客の利便性も高いレベルで両立できそうですが、一方で、銀行を介さない仮想通貨も有力視されており、海外送金の代替サービスを巡る競争が激化しそうです。

また、最近の金融庁と金融機関の意見交換会の内容から関連する部分について紹介します。

▼金融庁 業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点
▼主要行

留学生らが帰国する際に売る日本の銀行口座が、マネロンや特殊詐欺で得た資金の受け皿に使われる事例が相次いでいることを受けて、大手銀行などが外国人による口座開設の審査を厳しくしています。出入国管理法改正で外国人労働者が増えれば、口座売買が広がるリスクも高まることになり、金融庁は金融機関に対策の徹底を求めていますが、一方で、政府から外国人の円滑な口座開設の要請もあり、難しい対応を迫られています。このような外国人材受入れに伴う利便性の向上の観点とAML/CFTの観点からの実務の厳格化のバランスが問題となる中、「今月1日に改正入管法が施行され、新たな在留資格による外国人材の受入れが始まっている。外国人の皆様が生活していくにあたり、お困りにならないよう、当庁から金融機関の皆様に対し、(1)円滑な口座開設や、(2)多言語への対応の充実、また、(3)在留カードを使った本人確認等の手続きの明確化、(4)これらの取組みをガイドラインや規定で整備すること、等を要請している。当庁の調査によると、主要行におかれては、ほぼ全ての銀行が、既に内部規定を整備し、行内のイントラネットに掲載したり、研修を実施していらっしゃると承知している。こうした取組みが各営業店の職員の方々に伝わるよう、周知・徹底して 頂きたく、我々としても、皆様の取組みの進捗状況や浸透度合いを確認していく」、「また、外国人の方々は日本語が不自由な場合もあると思うため、円滑な口座開設に向けて、受入れ企業のサポートが重要である。本日の資料として配布しているが、犯罪への関与の防止も含め、当庁として受入れ企業の皆様に具体的にサポート頂きたい事項を今月上旬に取りまとめ、「パンフレット」として、当庁のウェブサイトに公表し、皆様にもお送りしている。皆様の御取引先の中にも、外国人材を受け入れている企業がおありになると思うが、こうした取引先企業にパンフレットを配布して、サポートを頂けるよう、ご協力をお願いしたい」、「なお、外国人向けの口座開設手続き等に係るパンフレットについても現在、当庁において作成中。全銀協におかれても、顧客向けのチラシを13 言語で作成し、会員の皆様に共有されていると伺っている。こうしたチラシがあると、外国人の方は円滑に口座を開設できるようになり、口座売買やマネロン等の犯罪防止にも有効と思うため、来店時にお渡しできるよう、営業店への周知徹底をお願いしたい」として、どちらかといえば、「円滑な口座開設」、「外国人にもわかりやすい手続きの明確化」などが前面に出ているように思われます。また、AML/CFTについては、「全銀協において、外国人顧客の口座の継続的管理に係る留意点を取りまとめ、3月末に会員行に周知されたと伺っている。犯罪防止の観点から、在留カードを使った本人確認により、帰国時期を把握し、口座を開設したお客様については、帰国時に連絡を取って 口座解約を促すことが重要である。全銀協においては、マネロン・テロ資金供与対策の観点から、3月末に普通預金規定の雛形を改正し、預金者の情報や具体的な取引の内容等について、正当な理由なく期限までに御回答頂けない場合には、入金、払戻し等の取引の一部を制限するなど、リスクに応じた対応が明確化されたと承知している。一部の金融機関におかれては、既に普通預金約款改訂していらっしゃると承知しているが、その他の金融機関におかれましても、約款の見直しも検討の上、顧客のリスクに応じた対応を強化して頂くようお願いしたい」としており、これまでの方向性を繰り返し強調しています(なお、外国人受入れについては、前段との兼ね合いから、AML/CFT上の厳格な対応を後段で指摘することで相互のバランスをとっているようにも見えます)。

その他、AML/CFTに関する動向について、最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 三菱UFJ銀行は、利用者の本人確認をする他社向けに自行の口座情報を提供すると発表しています。邦銀初となるサービスで、クレジットカードの発行を申し込んだり証券会社に口座を開いたりする際、ネット上の申請フォーマットで自分の本人確認に関する情報を三菱UFJ銀行が提供するのを認める意思を示し、書類の郵送で数日~1週間かかっていた本人確認が即時でできるようになるというものです。利用者にとっては手続きが早く簡単になる、事業者も郵送の手間やコストを省けるといったメリットがあります。
  • 日本は今秋にFATFの対日相互審査を控えており、さらには、G20サミット議長国の威信にかけてもAML/CFTで後手に回るわけにはいかない事情もあり、金融庁は銀行など伝統的な金融機関に加え、本人確認の甘さや取引の匿名性が指摘される仮想通貨交換業者の監督も厳格化しています。報道(令和元年5月18日付日本経済新聞)によれば、暗号資産(仮想通貨)交換業者のFSHOに金融庁が立ち入り検査した結果、犯罪の疑いがある取引が複数発覚したといいます。同じ顧客が多額の仮想通貨を短期間に何度も現金化する疑わしい取引があったにもかかわらず、業者は見過ごしていたとのことであり、出どころ不明の資金が反社会的勢力などに渡ったおそれがあるなど、事態を重くみた金融庁は同社に対し交換業者としての登録を初めて拒否しています。また、他社でも「本人確認が不十分で顧客の登録住所が『私書箱』だった」というずさんな事例も発覚しています。
  • 日米欧や新興国などG20が暗号資産のAML/CFTで足並みをそろえ、(日本が先行して実施してきた)暗号資産(仮想通貨)交換業者に登録制を導入するなど金融当局の監視強化で合意する見通しということです。暗号資産は個人間で国際送金できる利便性が強みですが、各国で規制や取引ルールに温度差があり、それが不正送金の抜け穴となっていましたが、その穴を塞ぐ方向で一致したことになります。ただ、各国の姿勢は今なお温度差があり、いくら規制を強めても、監視の緩い国へ取引が流れると金融当局の目が届きにくくなる恐れがあり、結局抜け穴が存在することになる可能性が指摘されています。さらにG20は、ITを使ったマネロンやテロ資金供与を阻止するため、追加対策を2021年までに立案するよう関係当局へ要請する方針を固めています。暗号資産のほか、フィンテクの活用などで、これから普及する新技術の悪用も想定して規制を脅かすリスクを洗い出し、抜け穴を塞ぐことを目指すことになります。

最後に、AML/CFTとは直接関係ありませんが、今後の暗号資産やフィンテックの動向から新たなリスクが登場することが予想されています。現段階では明確に認識できないとしても中長期的に何らかのリスクとなるもの=「コンダクト・リスク」への対応が今後のリスク管理の一つの大きな潮流となります。その「コンダクト・リスク」への対応の必要性を痛感させられたのが、野村総合研究所の研究員が「上場基準が250億円以上とされる可能性が高くなっている」との情報を漏洩した問題です。

▼金融庁 野村證券株式会社及び野村ホールディングス株式会社に対する行政処分について

本件では、野村HD/野村証券に対して金融庁が「業務改善命令」という厳しい行政処分を下しています。その内容を精査してみると、金融庁は、「法令等諸規則に違反する行為ではないものの、(略)資本市場の公正性・公平性に対する信頼性を著しく損ないかねない行為」と指摘、本件がコンダクト・リスクからの問題提起であることを明確にしています。さらに、「本件行為は、(ア)本件行為を適切に規律する規程が存在しなかったこと、(イ)本件行為に関与した社員がコンプライアンスの本質を理解しておらず、より有益な情報源を有していると示すことにより自らの評価を高めたいとの動機を優先し、市場の公正性・公平性の確保という証券会社にとって重要な役割に対する意識が不十分であるなど、証券会社の社員として求められる水準のコンプライアンス意識が欠如していたこと、(ウ)外部機関投資家に対する不適切な情報提供について、これを未然に防止すべき審査・監督体制が適切に整備されていなかったこと等を原因として発生したものと認められる」と厳しい指摘が並んでいます。さらに、平成24年の増資インサイダー事案との類似性を指摘し、「本件行為が発生し、本件行為に気付き得た社員がいたにもかかわらず、疑問や是正の声が挙がることなく、結果的にそれが看過されていた」、「社員に対する意識調査において、コンプライアンスを法令遵守に限定して捉え、本件行為について問題ないと評価する意見も一部ではあるものの確認されている」ことをもって、コンプライアンス態勢が不十分と厳しく指弾しています。コンダクト・リスクへの対応の難しさに加え、一部の社員の行為が組織の問題と捉えられ行政処分に直結した点は、コンプライアンスの本質を考える上で極めて重要な示唆に富むものといえ、今後のコンプライアンス・リスク管理の徹底にあたって十分に浸透させなければならないものといえそうです。また、コンプライアンス・リスク管理においては、もはや「受け身」は許されず、「声を上げない」不作為も厳しく問題視されていることをふまえれば、組織を成す一人ひとりの「自立・自律」的な行動の「質」まで問われるところまできていることを示しており、形式的・表面的な取り組みでは足りず、役職員一人ひとりの内面に向けてどう落とし込んでいくか(どこまで取り組めば個人と組織の問題を切り離せるのか)、大きな課題を突き付けられたようにも感じます。

(2)特殊詐欺を巡る動向

警察庁から平成30年の特殊詐欺の認知・検挙状況等の確定値と概況を分析したレポートが公表されています。主な内容については、すでに以前の本コラム(暴排トピックス2019年2月号)で詳細に紹介していますのでそちらを参照いただきたいと思いますが、特殊詐欺の認知件数については、2月に公表した暫定値より3件多い16,496件となっています。

▼警察庁 特殊詐欺認知・検挙状況等(平成30年・確定値)について

次に、例月通り、平成31年1月~4月の特殊詐欺の認知・検挙状況等についての警察庁からの公表資料を確認します。

▼警察庁 平成31年4月の特殊詐欺認知・検挙状況等について

平成31年1月~4月の特殊詐欺全体の認知件数は4,600件(前年同期5,558件、前年同期比▲17.2%)、被害総額は66.4億円(93.9億円、▲29.3%)となり、認知件数・被害総額ともに減少傾向が継続し、さらに減少幅が大きく拡大しています。なお、検挙件数は1,623件となり、前年同期(1,369件)を+18.6%と昨年を大きく上回るペースで摘発が進んでいます(検挙人員については707人と前年同期比▲4.6%の結果となりましたが、傾向的には摘発の精度が高まっている様子がうかがえます)。また、特殊詐欺のうち振り込め詐欺の認知件数は4,567件(5,476件、▲16.6%)、被害総額は63.6億円(90.5億円、▲29.7%)と、特殊詐欺全体の傾向に同じく、件数・被害額ともに大きく減少する傾向が継続しています。また、類型別の被害状況をみると、オレオレ詐欺の認知件数は2,611件(3,119件、▲16.3%)、被害総額は28.5億円(44.6億円、▲35.3%)と2か月前に増加傾向から減少に転じて以降、被害額も大幅な減少傾向が継続しています。また、架空請求詐欺の認知件数は1,172件(1,687件、▲30.5%)、被害総額は25.8億円(37.6億円、▲31.4%)と件数・被害額ともに大幅な減少傾向が継続しています(2か月前に被害額が増加傾向から減少に転じています)。さらに、融資保証金詐欺の認知件数は93件(153件、▲39.2%)、被害総額は1.0億円(1.7億円、▲43.6%)、還付金等詐欺については、認知件数は691件(517件、+33.7%)、被害総額は8.3億円(6.6億円、+25.8%)と、件数・被害額ともに数年ぶりに再び増加傾向に転じておりその傾向が継続している点には注意が必要です。現状、特殊詐欺全体でみれば件数・被害額ともに減少傾向あるものの、依然として高水準を維持しているといえます。なお、それ以外の傾向としては、特殊詐欺全体の被害者については、全体では男性22.4%/女性77.6%、オレオレ詐欺では男性12.7%/女性82.5%、融資保証金詐欺では男性76.1%/女性23.9%、架空請求詐欺では男性32.0%/女性68.0%、還付金等詐欺では男性34.9%/女性65.1%などと類型別に大きく異なる割合となっている点は興味深いといえます。また、60歳以上は85.8%(70歳以上だけで72.0%)と顕著な偏りをみせており、全体的にみれば、女性および高齢者のセグメントにおいて被害者が圧倒的に多い傾向がみてとれます(さらに、その傾向に少しずつではありますが拍車がかかっている点に注意が必要です)。また、犯罪インフラの検挙状況として、口座詐欺の検挙件数は268件(428件、▲62.6%)、盗品譲受けの検挙件数は7件(0件)、検挙人員は5人(0人)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は707件(813件、▲13.0%)、検挙人員は586人(631人、▲7.1%)、携帯電話端末詐欺の検挙件数は97件(75件、+29.3%)、検挙人員は67人(65人、+3.1%)、携帯電話不正利用防止法違反の検挙件数は12件(11件、+9.1%)、検挙人員は8人(10人、▲20.0%)などとなっています。

さて、高齢者から還付金名目で現金をだましとったとして逮捕された暴力団関係者の男が、「かけ子」や「受け子」に半グレの少年らを使うケースが増えています。例えば、六代目山口組の竹中組関係者が昨年8月、尼崎市の70代の女性に市役所の職員を装って、「国民健康保険料の還付がある」などとうその電話をかけ、キャッシュカードをだまし取り現金50万円を引き出した疑いで逮捕されていますが、大阪府警はこれまでに少年8人を含む13人を逮捕、だまし取った金が総額は約3,500万円に上り、暴力団に流れていたとみて捜査しているとの報道がありました。ただし、特殊詐欺における暴力団と半グレの関係は様々であることに注意が必要です。これまでの様々な事件報道を振り返ってみると、暴力団員自ら直接犯罪に関与しているケースもあれば、暴力団は表向き一切手を出さず、完全に半グレを下請けとして使っているケース、半グレが主体的に特殊詐欺を行いつつ暴力団に一定の額を上納しているケース(組織的な上納やグループ首謀者らの個人的な上納など、こちらも様々なケースがあります)、さらには、半グレとして特殊詐欺を行っていたグループがその後暴力団員になるケース(特殊詐欺のメンバーが構成員として大量に移籍したケースもあります)や、そもそも暴力団員であることを隠して表面的には半グレなどと称して特殊詐欺に関与するケースなどがあります。

また、最近では、取引先などを装ったメールで金をだまし取る「ビジネスメール詐欺」の被害が続いています。香港では、日本企業と海外企業のメールのやりとりをハッキングしていて、送金のタイミングで途中から割り込み、本物の書類も添付してだますといった巧妙な手口が横行しているようです(令和元年6月4日付日本経済新聞)。日本企業の被害だけでなく、国際的な詐欺の舞台として日本が選ばれてしまっているケースも多く(ナイジェリア人が指示役、日本人が出し子として組織犯罪処罰法違反(犯罪収益隠匿)などの疑いで逮捕されたケースもあります)、「詐欺の実行グループ、金の回収グループ、出し子のグループと役割を分担し、国際的な犯罪組織を構成していると推認されるが、実態解明には至っていない。海外の関係機関とも協力して捜査を進める」(警視庁)という現状です。なお、記事の中では、「日本企業は、通常の手順と異なる依頼をメールなどの文書で受けた場合、相手先の実在する担当者に電話でも確認するといった対策を強化してほしい」、「(被害にあわないために)何重にも防御策を講じる必要がある」、「返信先に本物と同じアドレスを表示させるのも技術的に難しくはない。また、メールアドレスが1つでも盗まれると、会社全体や取引先にも攻撃が拡大する恐れがある」、「企業はセキュリティーソフトなどシステムを整え、詐欺を念頭において送金に関する社内規定を整備するだけでは足りない。不審と感じた場合に社内や取引先と情報共有したりすることも重要」などと専門家らが指摘していますが、ビジネスメール詐欺への対応はまさに内部統制システムやサプライチェーン・マネジメントの問題でもあり、技術的側面や物理的側面の整備はもちろんですが、組織面や従業員の心理的要因にまで踏み込んだ対策が求められているといえます。なお、関連して、海外における特殊詐欺の事例として、最近では、携帯電話の発信番号を偽装して家族や当局から電話がかかってきたように見せかけ、誘拐や不正行為をでっち上げ金銭をだまし取る事件が米国で相次いでいるようです。日本でも使えるスマホのアプリなどが悪用されているとみられ、米政府機関は詐欺の新たな手口として注意を呼びかけているとのことです。

その他、最近の特殊詐欺の手口を巡る報道について、いくつか紹介します。

  • 警察官を装って高齢者からキャッシュカードと現金をだまし取ったとして、兵庫県警長田署は、プロ野球オリックス元選手を詐欺と窃盗の疑いで逮捕しています。尼崎市の80代の高齢男性方に警察官と名乗って「キャッシュカードが犯罪に関連している」などと電話し、キャッシュカード2枚をだまし取り、その後、現金約200万円を引き出したというもので、特殊詐欺グループの勧誘担当だった可能性があるとみられています。
  • 警視庁は、東京都大田区の80代女性が自宅に白い粉が入ったビニールの小袋が届いた後、薬物捜査をかたる男らからキャッシュカードをだまし取られ、口座から約117万円を引き出されとして、警視庁が詐欺容疑で調べているといいます。報道によれば本件は、「女性宅に小袋が入ったレターパックが届いたのは6月2日」、「差出人は関東に住む知らない人物で文書などは添えられておらず、不審に思いながらも放置していた」ところ、翌3日に「あなたが麻薬を売っている情報がある」などと警視庁の捜査員を名乗る男らから電話があり、暗証番号などを聞き出された後、訪ねてきて「保険機構の職員」と名乗った人物にカードを渡してしまったというものです。新たな手口であり、同様の白い粉が届いたとの通報が3日以降、都内でほかに9件あるということであり、注意が必要です。
  • FBで知り合った米軍人をかたる男に送金するため、勤務先の老人保健施設から計1,000万円を着服したとして、業務上横領罪に問われた60代の女性被告に対し、名古屋地裁は、懲役1年8月(求刑・懲役2年6月)の実刑判決を言い渡しています。この「国際ロマンス詐欺」の被害にあいながら横領に手を染めた事件について、判決では「被害は多額で常習的な犯行」、「送金した自己資金分の返還を受けていないことは同情に値するが、好意を抱いた外国人に会いたいとの思いで犯行に及んだことは正当化できない」と指摘しています。
  • 注文を受けた仏像が完成したと高齢者にうその電話をかけ販売したとして詐欺容疑などで通信販売業の社長らが逮捕された事件で、滋賀県警は、電話の「かけ子」向けのマニュアルを公開しています。高額商品を買ったことがあるかや、通帳を自分で管理しているかなど、だましやすい相手かどうかを探る要点を解説しており、かけ子は電話した高齢者に「高額商品を買ったことがあるかどうか」を確認し、購入経験がある場合は金額や分割払いだったかを聞き出し、相手の経済状態を調べ、この時点で勧誘に乗ってこない相手は諦めるなどと記載されているといいます。
  • 消費者庁は令和元年度に入ってからも、すでに2件の悪質事業者に対して注意喚起を行っています。うち1件は、「ゲーム感覚で毎日3万円稼げる」などとうたい、有料の仮想通貨の取引補助アプリを販売していたものです。同事業者は複数の仮想通貨交換所間で価格差が生じた際に、通知音及び点滅で知らせる機能を持った、アービトラージツール然としてふるまうアプリケーションを販売、無料アプリの提供からLINEや電話でのやり取りを経て、徐々に高額のアプリを売り込むという手法を取っていたことが報告されています。アプリを最初は無償で提供、取引を疑似体験させて有料会員になるよう勧誘し、約10万円を支払わせるというもので、高性能なアプリの利用料として約50万円を求めた例もあったものの、確実に収益を得られる仕組みにはなっておらず、広告のような利益を得た人もいなかったといいます。
  • 本コラムでも紹介してきたタイを拠点とした特殊詐欺グループの事件では、SNS上などで密かに流行っている「個人間融資」を通じて、結果的に返済に困窮した者を「かけ子」等に利用している実態(実際にタイで逮捕された者のうち複数人がお金に困りヤミ金に手を出していた多重債務者で、半ば強制的に違法労働に従事していた可能性)がありますが、それ以外にもアジトの一軒家は、逮捕された15人とは別人名義で借りられていること、多数のPCやIP電話等の犯罪インフラが手配されていること(多額の資金が必要であること)などを総合的に勘案すれば、背後に手配役などを含む組織的な関与が疑われており、かつ逮捕者された男らの本籍地は九州・沖縄が多いといった状況から九州の暴力団関係者がいる可能性が高まっています。

さて、特殊詐欺対策を巡る金融機関の対応を巡って訴訟となったことが報道されています。特殊詐欺被害を防ぐため、家族の同席なく高額の預金を解約しないよう信金に求めていたのに、守られず被害にあったとして、東京都の女性(81)が、さわやか信用金庫に約1,550万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴したというものです。報道によれば、女性は2016年10月、長男の上司を名乗る男から電話で「(長男が)ミスをした。解雇されないためには大金が必要だ」と言われ、1人で信金を訪れて約1,550万円の預金を解約し、自宅付近まで来た男に渡したという事件で、犯人は見つかっていないようです。本件では、特殊詐欺被害を心配し、女性や長男が解約の際の家族の同席を申し入れていたとされ、信金側が事前にその申し入れを何らかの形で応諾していたのであれば対応に問題があるといえそうですが、今後、金融機関の実務に大きな影響を与えること(特殊詐欺対応の負担が一層増す可能性)も考えられるところであり、その推移を注視したいと思います。

また、大阪府が「大阪府安全なまちづくり条例」に特殊詐欺に関する条項を追加する改正を行い、6月1日から施行されています。昨年6月に大阪市内の民泊施設を拠点としていた特殊詐欺グループが摘発されたことをふまえ、不動産業者や宿泊施設の事業者に対し、部屋が特殊詐欺に悪用されないよう契約時等に確認する努力義務や、万が一悪用された場合は明け渡しを申し入れるよう求める努力義務などのほか、特殊詐欺の実態をふまえた様々な規定が盛り込まれており、市民や事業者として果たすべき役割も多数規定されています(暴排条例の構成に極めて似ている点が興味深い点です)。以下に当該条項を紹介しますので、是非、確認いただきたいと思います。

▼大阪府警察 「大阪府安全なまちづくり条例」条文~特殊詐欺に関する条項追加
  • 第十九条
    府は、特殊詐欺(詐欺(刑法(明治四十年法律第四十五号)第二百四十六条の罪をいう。)又は電子計算機使用詐欺(同法第二百四十六条の二の罪をいう。)のうち、面識のない不特定の者を電話その他の通信手段を用いて対面することなく欺き、不正に取得した架空の名義又は他人の名義の預金口座又は貯金口座への振込みその他の方法により、当該者に財物を交付させ、又は財産上不法の利益を得、若しくは他人にこれを得させるものをいう。以下同じ。)の被害を防止するため、特殊詐欺の根絶に向けた施策を総合的かつ計画的に推進する。
    • 2 府は、市町村と連携して、府民及び事業者に対し、特殊詐欺の被害の防止に必要な広報、啓発等の活動を行うものとする。
    • 3 府は、府民が特殊詐欺に加担しないよう、府民に対し、周知を図るものとする。
  • 第二十条
    府民は、特殊詐欺に関する知識及び理解を深め、府及び市町村が実施する特殊詐欺の根絶に向けた施策に協力するよう努めるものとする。
    • 2 事業者は、特殊詐欺に関する知識及び理解を深めるとともに、府及び市町村が実施する特殊詐欺の根絶に向けた施策並びに府民、事業者及びこれらの者が組織する団体が実施する特殊詐欺の根絶に向けた自主的な活動に協力するよう努めるものとする
    • 3 事業者は、特殊詐欺の犯行の態様に鑑み、犯行手段として利用され、又は利用されるおそれがある商品等の流通及び役務の提供に際し、特殊詐欺の手段に利用されないための措置を講ずるよう努めるものとする
    • 4 青少年の育成に携わる者は、青少年が特殊詐欺に加担しないよう、青少年に対し、指導し、助言し、その他適切な措置を講ずるよう努めるものとする。
  • 第二十一条
    府民は、次の各号のいずれかに該当する場合には、警察官に通報するよう努めるものとする。
    • (1)その言動から特殊詐欺の被害に遭うおそれがある者を発見したとき
    • (2)自己又は家族、親族、近隣住民その他の者が、特殊詐欺と疑われる電話、郵便物等を受けたとき
    • 2 事業者は、特殊詐欺の犯行の態様に鑑み、犯行手段として利用され、又は利用されるおそれがある商品等の流通及び役務の提供に際し、特殊詐欺の被害に遭うおそれがある者を発見したときは警察官に通報するとともに、特殊詐欺の被害の防止を図るため当該被害に遭うおそれがある者の注意を喚起し、特殊詐欺を行っていると思われる者を発見したときは警察官に通報するよう努めるものとする
  • 第二十二条
    何人も、自己が貸付けをしようとする府の区域内に所在する建物が特殊詐欺の用に供されることとなることを知って、当該貸付けに係る契約をしてはならない
    • 2 建物の貸付けをしようとする者は、当該貸付けに係る契約の締結の前に、当該契約の相手方に対し、当該建物を特殊詐欺の用に供するものでないことを書面により確認するよう努めるものとする。
    • 3 建物の貸付けをしようとする者は、当該貸付けに係る契約において、次に掲げる事項を定めるよう努めるものとする。
      • (1)契約の相手方は、当該建物を特殊詐欺の用に供してはならないこと。
      • (2)貸付けをした建物が特殊詐欺の用に供されることが判明したときは、当該貸付けをした者は、催告をすることなく当該契約を解除することができること。
    • 4 建物の貸付けをしようとする者が前二項に規定する措置を講じた場合において、当該貸付けをした建物が特殊詐欺の用に供されることが判明し、当該行為が当該建物の貸付けに係る契約における信頼関係を損なうときは、当該貸付けをした者は、当該貸付けに係る契約を解除し、又は当該建物の明渡しを申し入れるよう努めるものとする
  • 第二十三条
    建物の貸付けの代理又は媒介をする者は、当該代理又は媒介に係る建物が特殊詐欺の用に供されることとなることを知って、当該建物の貸付けに係る契約の代理又は媒介をしてはならない。
    • 2 建物の貸付けの代理又は媒介をする者は、当該建物を貸し付けようとする者に対し、前条第二項及び第三項に規定する措置を実施することを助言するよう努めるものとする。
  • 第二十四条
    旅館業法(昭和二十三年法律第百三十八号)第三条第一項の許可を受けて旅館業を営む者、住宅宿泊事業法(平成二十九年法律第六十五号)第三条第一項の届出をして住宅宿泊事業を営む者及び国家戦略特別区域法(平成二十五年法律第百七号)第十三条第一項の認定を受けて同項に規定する国家戦略特別区域外国人滞在施設経営事業を営む者(以下この条において「旅館営業者等」という。)は、当該業を営む施設が宿泊しようとする者により特殊詐欺の用に供されることとなることを知って、当該施設に宿泊させてはならない
    • 2 旅館営業者等は、当該施設が特殊詐欺の用に供されることが判明したときは、当該宿泊者に対し、当該施設からの退去を求めるよう努めるものとする。
  • 第二十五条
    何人も、特殊詐欺の用に供されることとなることを知って、個人情報データベース等(個人情報の保護に関する法律(平成十五年法律第五十七号。以下この条において「法」という。)第二条第四項に規定する個人情報データベース等をいう。以下同じ。)を提供してはならない
    • 2 個人情報取扱事業者(法第二条第五項に規定する個人情報取扱事業者をいう。)のうち第三者に個人情報データベース等を有償で提供することを業とする者は、第三者に個人情報データベース等を提供するに際し、法第二十五条第一項の規定による記録の作成等を行う場合には、運転免許証の提示を受ける方法その他の公安委員会規則で定める方法により、公安委員会規則で定める事項の確認を行うよう努めるものとする。
    • 3 前項の確認を行った者は、公安委員会規則で定めるところにより、当該確認に係る記録を作成し、当該記録を作成した日から三年間保存するよう努めるものとする。

その他、特殊詐欺対策に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 静岡県警の本部長が、振り込め詐欺などの被害の一掃に向けた「特殊詐欺総合対策班会議」の中で、「本県は交通網の発達による地理的利点と温和な県民性から犯罪者グループに狙われやすい」と指摘したとの報道がありました。その上で、幅広い情報収集、あらゆる法令を駆使した戦略的取り締まり、高齢者がだまされたふりをして通報する「だまされたふり作戦」による摘発の推進を指示、高齢者に対して繰り返し広報・啓発を行う必要性も強調したといいます。反社リスクには地域性による高低があることは否定できない事実ですが、特殊詐欺対策をこのような視点から分析して、リスク対策に活かそうという発想(具体的な対策は王道的なものですが)は評価できるのではないかと思います。
  • 特殊詐欺の「架空請求詐欺」を防いだとして大阪府警河内長野署は、会社社長と「ローソン三日市駅前店」店長の2人に、感謝状を贈呈しています。買い物で来店した社長が、店内に入ってきた80代の女性が携帯電話で「5万ポイントの何を買ったらいいんですか」などと会話しているのに気づき、「高齢者を狙った詐欺ではないか」と店員に連絡、店長がすぐに110番して、被害防止につなげたというものです。特殊詐欺対策を警察任せ、事業者任せにしがちな傾向がある中、一市民としてできる行動を示した好事例であり、「社会的な見守り」の視点が特殊詐欺対策にとって重要であることも示しているともいえます。
  • 特殊詐欺事件の「受け子」として高校生などの少年たちが摘発されるケースが後を絶たない中、少年が特殊詐欺の加害者となるのを防ごうと、犯罪グループの勧誘手口などを紹介する啓発DVDを、神奈川県警と県内の高校生が協力して制作したということです。「狙われる少年~特殊詐欺に加担しないために~」で、再現ドラマの役者や編集を高校生が行っているのが特徴で、同年代に親近感を持ってもらう狙いがあるといい、報道によれば、制作に参加した高校生は「特殊詐欺に加担してしまう可能性は身近にあると知ってほしい」と話しているということです。
  • 前回の本コラム(暴排トピックス2019年5月号)では静岡県警の取り組みを紹介しましたが、千葉県警生活安全総務課は、警察官をかたる特殊詐欺の「アポ電」(アポイントメント電話)の音声(約1分間)を公開しています。県内では、こうした電話を端緒にキャッシュカードをだまし取られる被害も発生しており、報道によれば、「警察がカードを要求することはない。このような電話があればすぐに警察に電話してほしい。日ごろから家族で話し合ったり、在宅時も留守電にしたりして対策を進めてほしい」と話しています。
▼千葉県警察 電話de詐欺 実際の犯人からの電話音声
  • 大阪府警は特殊詐欺対策として、全ての警察官・職員約23,000人に、固定電話の通話内容を自動的に録音する機器の設置を呼び掛けています。メーカーと共同開発した特注品で、まずは警察官の家族から防犯に取り組み、効果を検証した上で府民の購入も促すということです。警察職員に録音機設置を呼び掛けるのは全国で初めての取り組みとなります。
  • 警察官などを語る「受け子」にキャッシュカードなどを騙し取られる特殊詐欺被害を水際で防ごうと、大阪府警枚岡署は、犯人への警告や高齢者らに注意を喚起するステッカーを、住宅玄関のインターフォンなどに貼り付ける活動を始めています。受け子にキャッシュカードなどを渡さない「イエローカード作戦」としてステッカーを考案、「枚岡発の被害ゼロを目指したい」と意気込んでいるということです。
  • 愛知県内の15信用金庫はキャッシュカードを使ったATMでの振り込み制限の対象年齢を70歳以上から65歳以上に引き下げるということです。報道によれば、ATMを利用する還付金等詐欺被害を防ごうと、2016年に70歳以上の利用者への制限を開始して以降、60代の被害者が急増したためだといいます。制限を開始した2016年の還付金等詐欺の認知件数は352件であったところ、2018年には147件にまで減少、さらに、2016年の認知件数のうち74.4%の被害者が70歳以上であったところ、2018年には36.1%となるなど本取り組みの効果が確認された一方で、60代の被害者は2016年の16.5%から2018年には49%と半数を占めるようになるといった弊害も明確になったことから、厳格な対応に踏み切ったものといえます。特殊詐欺対策はこのような「モグラたたき」の側面はありますが、状況に応じて、適切な対応を模索し「続ける」ことが重要だといえます。
  • 本コラムでもたびたび指摘してきましたが、特殊詐欺の被害防止をめぐり、金融機関の窓口やATMでの高額引き出しの対応が課題になっています。特殊詐欺の1件あたりの平均被害額は200万円以上に上り、高額被害を防ぐため、上記のように金融機関は出金限度額を引き下げるなど対応を進めていますが、利便性との兼ね合いから限界もあるところです。そのような中、報道(令和元年5月18日付産経新聞)によれば、AIを活用したATMが開発されるなど各方面で、水際での被害防止に向けた取り組みの模索が続いているということです。記事の中で、「詐欺グループの話術は巧みで、だまされる人をなくすのは難しい。だからこそ、ATMや窓口で被害を最小限にとどめる水際対策が重要だ」と警察幹部が話していますが、今後、人とシステム、仕組みを適切に組み合わせて、多重防御の発想で被害を防止していくことがさらに重要となっていくものと思われます。
  • 上記に関連しますが、佐賀銀行は振り込め詐欺を未然に防ぐため、AIを活用したATMコーナー監視システムを6月から本格導入しています。AIカメラが利用者の行動や年齢などを画像解析し、詐欺に合っている可能性が高いと判別すると「携帯電話のご利用はお控えください」といったアナウンスで注意喚起を行うもので、設置箇所は非公表ですが、駅やデパートなど店舗外の無人ATMコーナー10カ所以上に取り付け、警察とも連携して防止に努めるということです。無人ATMが特殊詐欺に悪用されている実態もふまえれば、とてもよい取り組みだと思われ、このような工夫が拡がっていくことを期待したいと思います。

(3)暗号資産(仮想通貨)を巡る動向

本コラムでもその動向について取り上げてきた、仮想通貨の交換業者への規制強化などを盛り込んだ資金決済法や金融商品取引法の改正法が今国会で可決、成立し、今後1年以内に施行されることになりました。暗号資産を巡る規制については、2017年4月に世界に先駆けて資金決済法で交換業者に登録制を導入しましたが、取引そのものには明確な規制がありませんでした。国内の取引の大半は証拠金取引が占めていることをふまえ、投機熱の高まりを懸念する声も強いため規制を強化することとなったものです。今回、新たに規制が強化されたポイントとしては、交換業者向けには、不正流出に備え、顧客の暗号資産を高いセキュリティで管理(コールドウォレット)することや、弁済資金の確保を義務化すること、投機を助長するような広告や勧誘の禁止、取り扱う暗号資産の変更は事前の届け出制とし、問題の有無を確認することなどがあげられます。また、取引については、証拠金取引は外国為替証拠金(FX)取引と同様に規制することとし、証拠金倍率に上限を設けること(別途、内閣府令で証拠金倍率の上限を2~4倍と定める方向)、風説の流布や価格操作など不公正取引を禁止することなど、投資型のICOについては、暗号資産による出資募集を規制対象に明確化することなどが柱としてあげられます。さらに、仮想通貨の名称は「暗号資産」に変わることになります(本コラムでも以降「暗号資産(仮想通貨)」あるいは単に「暗号資産」と表記します)。今後、交換業者の新規参入は増え続ける見通しで、現在は100社以上が登録待ちの状態といいます。金融庁はAML/CFTなどを厳格に審査した上で順次、登録作業を進めることとしていますが、近年相次ぐ顧客の資産流出事件への対応を厳格に行うことで顧客の信頼回復につなげていけるかがポイントとなりそうです。関係者は「健全な市場が整備されれば、機関投資家の参入を含め市場が広がる」と期待していますが、一方で、「4月末時点で登録業者は19社。代表的な仮想通貨ビットコインの価格は足元で復調しているものの、17年末のピークからは半分以下にとどまる。最大で25倍あった証拠金倍率(レバレッジ)の上限は2~4倍になる方向で、かつてのような活発な売買は見込みにくい。人材や技術力で優位に立つ大手の参入で競争が激しくなる中、独自サービスで差別化できない業者の淘汰が進む可能性がある」(令和元年5月16日付日本経済新聞)の指摘もあるように、暗号資産を取り巻く環境は今後も厳しいことが予想され、利用者の保護と技術革新の両立が課題となっていくものと思われます。

さて、その登録状況については、報道によれば、インターネットイニシアティブ(IIJ)の持ち分法適用会社であるディーカレットは設立から1年あまりで3月に登録業者に認定され4月から取引を開始しています(同社の株主は、三菱UFJ銀行や三井住友銀行、野村HD、大和証券グループ本社といった金融大手に加え、JR東日本などが名を連ねており、こうした企業との連携を進めていくと表明しています)。また、楽天グループの楽天ウォレットも今夏に始める予定(楽天銀行との提携やAI技術を使った自動応答のチャットサービスの提供などが予定されています)のほか、ヤフーが子会社を通じて出資するTAOTAO(旧ビットアルゴ取引所東京)も参入、ヤフー子会社のワイジェイFXなど金融業界で経験のある社員も加わり、ペイペイとの協業も視野に展開することが見込まれています。このように、暗号資産業界は、昨年相次いだ巨額の不正流出事故に端を発した再編が一巡し、大手を軸に独自サービスを競う段階に入っており、その中で競争がさらに激化することは目に見えています。その結果、やはり利便性とセキュリティ(顧客保護)とを一層高い次元で両立して独自のサービスが提供できる登録業者だけが生き残っていく(それを可能にする大手資本など基盤がしっかりしていることが不可欠)ということだと思います。

さて、前述した金融庁「業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点」において、日本仮想通貨交換業協会とのものも公表されていますので、紹介します。

▼金融庁 業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点
▼日本仮想通貨交換業協会

まず、「認定後半年経過したが、その間にも改正法案の提出や新規業者の登録等行っているところ、環境変化のスピードが早い暗号資産業界において、自主規制機能を継続的に発揮するためには、自主規制規則について機動的に見直し、充実させることが重要と考えている」こと、「各暗号資産交換業者において、自主規制規則に則した内部規程を概ね策定したと認識している。ただし、内部規程は整備するだけでなく、その内容の適切性や十分性、遵守・定着されることが重要である。この点、各事業者が策定した規程に則り、自主規制を確実に遵守していくよう、貴協会において、実効的なモニタリングを期待している」というように、内部管理体制について、形式的な整備で終わらせることなく実効性ある運用まで求め、自主規制団体を中心に有効なモニタリングを効かせるべきことを求めています。また、リスク管理態勢については、「不正流出対策について、技術委員会の知見も活用し、より厳格な対策等の検討を続けていると承知。また、自主規制団体として、国内外の最新の不正流出事例及びその攻撃手法等に関する情報の収集・分析・周知を徹底してほしい。」、「コールドウォレット管理体制について、内部不正やオペリスクの観点から今後、各事業者における牽制・防止態勢のより一層の整備を求めたいと考えているところ、貴協会にもご協力願いたい」と、自主規制団体への対策の強化の要請とともに、金融庁としてもより一層の厳格化な規制を考えていることが示されており、より一層高い次元での利便性と顧客保護の両立が課題となるといえます(一方で、以前も紹介したとおり、コールドウォレットで管理する暗号資産が相対的に増えた結果、今度は内部者による不正引き出しのリスクが浮上してきており、金融庁が業者を調査したところ、一部の業者で担当者を定期的に交代させるなどのルールが作られていなかったことが判明しており、新たなリスク管理態勢の強化も迫られています)。また、「民事執行法等における債権差押え等に関して、債権者が裁判所への申立てにより、債務者以外の第三者から債務者の財産の情報を取得する手続を新設すべく、改正案が国会へ提出・審議されている。暗号資産交換業者については、当該手続における第三者である金融機関の対象となっておらず、通常、利用規約に基づき、差押命令を受けた顧客によるサービス利用を停止・解約するといった対応を行っていると聞いているが、業界として、民事執行制度の趣旨を踏まえ、関係法令が遵守されるよう、適切な対応をお願いしたい」といった点も確認しておくべき点です。暗号資産を巡る様々な実務がまだまだ手探りである点は否めません(例えば、暴排の観点からの取引解除の際の残存資産の返却方法など銀行口座や証券口座の契約解除とは異なる論点が多数あることが想定されるところです)が、類似の対応を参照しながら、手探りで積み重ねていくことになろうかと思います。

さて、暗号資産の取引をめぐり、全国で少なくとも50人と30社による総額約100億円の申告漏れが指摘されています。2017年末に主要通貨「ビットコイン」の相場が年初の約20倍に高騰しており、このころに多額の売却益を得たのに税務申告しなかったり、実際よりも少なく申告したりしたケースが相次いだとみられています。ビットコインの誕生から10年が経過し、暗号資産は新しい決済手段として脚光を浴びる一方、「投機」の対象としても注目を集め、暗号資産の「犯罪インフラ」性を悪用した税逃れが横行する実態が浮かび上がりました。今回の事案は、暗号資産の換金(売却)を代行していた都内の会社が、2018年5月までの1年間に約2億円の所得隠しを指摘されたもので、報道によれば、同社は資金決済法で義務づけられた国への登録をせず、ブローカーやSNSなどから換金依頼を集約、換金額の数%の手数料を取っていたということです。報道(令和元年6月5日付朝日新聞)で当該企業の代表が、「登録業者で普通に売買すると取引記録が残ってしまうので、手数料を払ってでも税金をごまかそうとした人が多かった」と述べていますが、まさに規制強化の網をかいくぐって暗号資産の「犯罪インフラ」性を悪用しようとした実態が垣間見えます。

また、独自の暗号資産「サークルコイン」を販売していた会社Aが東京国税局と沖縄国税事務所の税務調査を受け、平成29年5月期までの2年間で約9億円の所得隠しを指摘されています(重加算税を含む追徴税額は約3億円)。報道(令和元年6月6日付産経新聞)によれば、A社は米ラスベガスの会社Bが発行したとするサークルコインを東京などで販売していたものの、このB社の会実態はなく、A社の代表を務める男性の知人らが設立、サークルコイン自体も都内のシステム開発会社が発行していたことが国税側の調査で分かったというものです。A社が仕入れ代金として経費計上した約9億円は、仮装・隠蔽を伴う所得隠しと判断されたようです。このように、企業が独自の暗号資産を発行し、資金を集める手法であるICOについては、本コラムでもたびたび指摘してきたとおり、国内外で「詐欺的な事案や事業計画がずさんな事案も多い」と指摘されていたところであり、本事案もその典型的な事例であり、暗号資産やICOのもつ「犯罪インフラ」性が課税逃れに悪用されたものといえると思います。

このように個人がインターネットを介した暗号資産取引などで得た収入に適正に課税するため、国税庁は、全国の国税局などに専門のプロジェクトチームを設置し、情報収集の体制を強化すると発表しています。多額の利益を得た顧客の情報を事業者から入手するなどし、無申告や過少申告による課税逃れを防止するというもので、3月末に成立した改正国税通則法(2020年1月施行)により、一定条件の下、国税当局は多額の利益を得た顧客などの情報を事業者に照会することが可能になることをふまえたものとなります。なお、事業者が正当な理由なく情報提供に応じない場合は罰則もあり、これまで事業者に任意の情報提供を求めて断られることもあったところ、報道(令和元年6月5日付日本経済新聞)で国税庁幹部が「法律に基づいて顧客情報を照会できるようになったことは強力な武器になる」と話しているとおり、暗号資産の「犯罪インフラ」性を封じる有効な手法だといえそうです。各地の専門PTは法施行後、この制度に基づいて暗号資産の交換業者、ネットオークションや民泊仲介サイトの運営業者などから情報を入手し、多額の申告漏れの発見に生かす見通しだといい、今後の成果を期待したいと思います。

最後に海外の暗号資産を巡る動向について、いくつか紹介します。

  • 英金融行動監視機構(FCA)によると、同国での通貨やビットコインといった暗号資産による詐欺の被害額は2018年度(19年4月末過去1年)に2,700万ポンド(約3,438万ドル)に上ったとされます。1件当たりの平均被害額は14,600ポンド、被害届は前年の3倍以上に増え、1,800件となり、詐欺犯がソーシャルメディアを使って「すぐにもうかる」インターネット取引サービスを宣伝するケースが多かったということです。
  • 前回の本コラム(暴排トピックス2019年5月号)でも紹介したとおり、米フェイスブック(FB)が暗号資産を発行する計画があるとされ、FBは5月に、データ分析や投資に加え、ブロックチェーン技術や決済に取り組むフィンテック企業をスイスに設立しています。一方で、米商品先物取引委員会(CFTC)の委員長が、FBとの協議は、同社の暗号資産の計画がCFTCの監督を受けるものかどうかを理解するための初期的な段階だと明らかにしています。FBは送金や買い物での利用を検討しているとされ、実現すればインターネット通販で最も利用される仮想通貨になる可能性があり、暗号資産の「安定化」につながれば、市場の健全性が進むことも予想されるところであり、今後の展開に注目したいと思います。
  • 大阪市で開かれるG20サミットへの政策提言をまとめた、シンクタンク関係者の枠組み「T20」の会合に参加した米ミルケン研究所のクロード・ロペス氏は、インターネットを介した個人間でのお金の貸し借り「ピア・ツー・ピア(P2P)レンディング」や暗号資産などが、各国の異なる環境の中で広がっていることを指摘したうえで、新しい金融サービスに対しても各国が共通した定義を持って監視・対処できるよう、「G20は枠組みをデザインしていくべきだ」と述べたほか、その枠組みを通して「リスクを認識することは強靱な金融システムを作ることになる」、「先進国と発展途上国が参加し世界経済の多くを占めるG20の議論は非常に役に立つ」として、サミットでフィンテックや暗号資産に関する国際的な監視、規制ルールの導入を目指していくべきだと指摘しています(令和元年6月5日付産経新聞)。確かに、もはや国境を飛び越えるインターネットを介したフィンテックや暗号資産を、各国の異なる規制下でバラバラに監視することは、「規制の緩い」抜け穴探しにつながり悪用リスクを高めるだけであり、同氏の指摘するとおり、国際的な強靭な金融システムの構築が急がれます。

3. 暴排条例等の状況

(1) 神奈川県暴排条例に基づく勧告事例

暴力団幹部に自動車を無償で提供したとして、神奈川県公安委員会は、同県暴排条例に基づき、県内にある商業協同組合代表理事の男性に利益提供をしないよう、また稲川会系組幹部の男に利益供与を受けないよう、それぞれ勧告しています。報道によれば、2人は以前からの知り合いで、男が電話で男性に暴力団対策法や暴排条例によって「最近では車も買えない」と話したところ、男性は「うちの車でよければ使ったら」と回答、昨年12月上旬、男性は組合の事務所を訪れた男に組合が所有する国産の普通乗用車を無償提供したというものです。

▼神奈川県警察 神奈川県暴力団排除条例

神奈川県暴排条例における「利益供与の禁止」の規定ぶりは他の暴排条例とやや異なっていますので、詳しく紹介します。まず、第23条(利益供与等の禁止)第1項については、「事業者は、その事業に関し、暴力団員等、暴力団員等が指定したもの又は暴力団経営支配法人等に対し、次に掲げる行為をしてはならない」として、(1)暴力団の威力を利用する目的で、金銭、物品その他の財産上の利益を供与すること、(2)暴力団の威力を利用したことに関し、金銭、物品その他の財産上の利益を供与することが規定されており、この点は他の暴排条例と同じです。なお、「暴力団経営支配法人等」とは、同県の暴排条例独自のものであり、「法人でその役員(業務を執行する社員、取締役、執行役又はこれらに準ずる者をいい、相談役、顧問その他いかなる名称を有する者であるかを問わず、法人に対し業務を執行する社員、取締役、執行役又はこれらに準ずる者と同等以上の支配力を有するものと認められる者を含む。)のうちに暴力団員等に該当する者があるもの及び暴力団員等が出資、融資、取引その他の関係を通じてその事業活動に支配的な影響力を有する者をいう」と第2条で定義されています。いわゆる「暴力団関係企業」や「共生者」といった者を、暴排条例の制定(平成23年4月)当時から排除対象として明確にうたい、具体的に定義している点は先進的であり、今なおここまで踏み込んでいる暴排条例も珍しく(他では、「暴力団員等又は暴力団員等が指定した者」といった表記が一般的。他には、東京都暴排条例の「規制対象者」として、「暴力団の威力を示すことを常習とする者であって、当該暴力団の暴力団員がその代表者であり若しくはその運営を支配する法人その他の団体の役員若しくは使用人その他の従業者若しくは幹部その他の構成員又は当該暴力団の暴力団員の使用人その他の従業者」といった定義があります)、大変すばらしいことだといえます。

さて、第23条(利益供与等の禁止)第2項には、「事業者は、その事業に関し、次に掲げる行為をしてはならない」として、 他の暴排条例ではあまり見られないのですが、以下のように禁止行為が具体的に列挙されています。

  1. (1)暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなるおそれがあることを知りながら、暴 力団員等、暴力団員等が指定したもの又は暴力団経営支配法人等に対して出資し、又は融資すること
  2. (2)暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなるおそれがあることを知りながら、暴力団員等、暴力団員等が指定したもの又は暴力団経営支配法人等から出資又は融資を受けること
  3. (3)暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなるおそれがあることを知りながら、暴力団員等、暴力団員等が指定したもの又は暴力団経営支配法人等に、その事業の全部又は一部を委託し、又は請け負わせること
  4. (4)暴力団事務所の用に供されることが明らかな建築物の建築を請け負うこと
  5. (5)正当な理由なく現に暴力団事務所の用に供されている建築物(現に暴力団事務所の用に供されている部分に限る。)の増築、改築又は修繕を請け負うこと
  6. (6)儀式その他の暴力団の威力を示すための行事の用に供され、又は供されるおそれがあることを知りながら当該行事を行う場所を提供すること
  7. (7)前各号に掲げるもののほか、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなるおそれがあることを知りながら、暴力団員等、暴力団員等が指定したもの又は暴力団経営支配法人等に対して金銭、物品その他の財産上の利益を供与すること。

さらに、第3項で、「何人も、前2項の規定に違反する事実があると思料するときは、その旨を公安委員会に通報するよう努めなければならない」 との規定も置かれており、こちらも他の暴排条例には見られない通報義務(努力義務)が明記されている点も注目されます。

それ以外の細かいところでは、例えば、第22条(契約の締結における事業者の責務)第2項において、「事業者は、その事業に関して書面による契約を締結するときは、その契約書に、当該契約の履行が暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することが判明したときは当該契約を解除することができる旨を定めるよう努めるものとする。ただし、当該契約の履行が暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなるおそれがないことが明らかなときは、この限りでない」との規定があります。現状の実務において、ほぼすべての契約等に暴排条項が導入されていることを鑑みれば、ただし書き部分は、あえて明記する必要性を感じないところではあります(制定当時の状況を反映しているものと推察されますが、実際のところ、このような規定は他の暴排条例では見当たらず、現状もふまえれば削除してもよいのではないかとも思われます)。

(2) 静岡県暴排条例に基づく公表事例

静岡県暴力団排除条例第24条の規定による勧告を受けた者が正当な理由がなく当該勧告に従わなかったため、静岡県暴排条例第25条に基づき、氏名が公表された事例がありました。最近では、昨年9月に愛知県暴排条例に基づく公表事例がありましたが、公表事例自体、それほど多くはなくいのですが、厳格に運用されていることは大変高く評価できると思います。

▼静岡県警察 静岡県暴力団排除条例第25条の規定に基づく公表(令和元年5月17日)

1 勧告に従わなかった者の氏名及び住所(略)

2 公表の原因となる事実

標記の者は、暴力団六代目山口組六代目清水一家幹部の立場にある暴力団員であり、静岡県内で無店舗型性風俗特殊営業を経営する事業者から、その行う事業に関し、暴力団の威力を利用する目的であることの情を知って、平成28年1月28日頃から平成28年7月25日頃までの間、8回にわたり交付された現金合計約94万円の供与を受けたことにより、静岡県暴力団排除条例第18条の規定に違反したことから、同条例第24条の規定による勧告を受けた者であるが、正当な理由なく当該勧告に従わず、静岡県内で無店舗型性風俗特殊営業を経営する事業者から、その行う事業に関し、暴力団の威力を利用する目的であることの情を知って、平成30年10月中旬頃、交付された現金10万円の供与を受けたものである。

▼静岡県暴力団排除条例

参考までに、静岡県暴排条例の第25条(公表)では、「公安委員会は、第23条の規定により説明又は資料の提出を求められた者が次に掲げる行為をしたときは、公安委員会規則で定めるところにより、その旨を公表することができる」とされ、(1)正当な理由がなく説明又は資料の提出を拒んだとき、(2)虚偽の説明又は資料の提出をしたとき、を定めています。さらに、第2項では、「前条の規定による勧告を受けた者が正当な理由がなく当該勧告に従わなかったときも、前項と同様とする」としています。本事例ではこの第2項が適用されてものと考えられます。

(3) 指名停止・排除措置公表事例(福岡県)

福岡県、福岡市、北九州市において、福岡県春日市の土木業者について、代表者が指定暴力団道仁会系組員だったとして指名停止措置(排除措置)が講じられ公表されていますので、紹介します。

▼福岡県 暴力団関係事業者に対する指名停止措置等一覧表
▼福岡市 競争入札参加資格停止措置及び排除措置一覧
▼北九州市 暴力団と交際のある事業者の通報について

本件については、代表者が暴力団構成員である事例であり、3つの自治体ともに「排除措置36か月(北九州のみ、「36か月を経過し、かつ、暴力団又は暴力団関係者との関係がないことが明らかな状態になるまで」としています)と措置としては最長となっています。

(4) 暴力団対策法に基づく再発防止命令(神奈川県/静岡県)

神奈川県公安委員会は、用心棒代を要求したとして、稲川会系組幹部に対して暴力団対策法に基づく再発防止命令を発出しています。報道によれば、この幹部は、昨年11月、横浜市内の居酒屋の経営者に「俺がこの店の面倒を見てやるよ」などと言って用心棒代を要求したとして、今年1月に同県警伊勢佐木署長から中止命令を受けていたものの、その後、3月にも別の居酒屋の経営者に用心棒代を要求したとして、同署長から2回目の中止命令を受けています。同県公安委員会は、男が今後、さらに類似の行為を行う恐れがあるとして、再発防止命令を出したということです。また、静岡県警察の公表内容によれば、昨年11月から12月にかけ、静岡県東部の事業者に対し、暴力団の威力を示して正月飾りの購入を要求した指定暴力団六代目山口組藤友会系幹部及び組員の男2人に対し再発防止命令を発出したということです。

なお、暴力団対策法では、再発防止命令に違反すると、暴力団対策法第47条の「三年以下の懲役若しくは二百五十万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」という罰則が適用されることになります。

▼暴力団対策法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律)

(5) 東京都暴排条例の改正動向

以前の本コラム(暴排トピックス2019年2月号)でご紹介しましたが、来年の東京五輪・パラリンピックの開催に備え、東京都は、6月4日に開会する定例議会へ暴力団排除条例の改正案を上程しています。今回の改正の具体的な内容としては、(1)都内の主な繁華街を「暴力団排除特別強化地域」と指定し、同地域における「特定営業者」及び「客引き等を行う者」が暴力団員に対し用心棒料、みかじめ料の利益を供与する行為や、暴力団員がこれら利益の供与を受けること等を禁止するもの、(2)暴力団排除特別強化地域:風俗店、飲食店が集中し、暴力団が活発に活動していると認められる地域を指定、(3)特定営業者及び客引き等を行う者の禁止行為として、「暴力団員又は暴力団員が指定した者から用心棒の役務の提供を受けること」、「暴力団員又は暴力団員が指定した者に用心棒の役務を受けることの対償として利益を供与すること(いわゆる「用心棒料」)又は営業を営むことを容認する対償として利益を供与すること(いわゆる「みかじめ料」)」を明記、(4)「暴力団員の禁止行為」として、「特定営業者又は客引き等を行う者に用心棒の役務を提供すること」、「特定営業者又は客引き等から用心棒の役務の提供をすることの対償として利益の供与を受けること又は営業を営むことを容認する対償として利益の供与を受けること」、(5)罰則として、「1年以下の懲役又は50万円以下の罰金(特定営業者、客引き等を行う者は自首減免規定あり)」がそれぞれ定められたものとなります。とりわけ、現行条例にも罰則はあるものの、「勧告」「公表」などの手続きを経る必要があり、みかじめ料の支払いが発覚しても、手続きの途中段階で店側が暴力団との関係を絶つなどし、これまで双方に罰則が適用されたケースはないのが現状のところ、今回の改正で、罰則を「即座に」適用できる規定を設け、摘発要件のハードルを下げることで初期段階から暴力団への利益供与の「芽」を摘もうとしている点が注目されます。

実は、今回のこのような改正のきっかけとなったのは、昨年8月の東京地裁の判決だといわれています。報道(平成31年2月15日付産経新聞など)によれば、平成29年6月、警視庁組織犯罪対策4課が、東京・銀座で複数の飲食店関係者らからみかじめ料を徴収したとして、恐喝容疑で指定暴力団山口組系組長らを逮捕、組長ら2人を恐喝と恐喝未遂の罪で起訴していますが、その後の公判で、みかじめ料を支払ったクラブ店長らが「断ろうと思えば断れた」「恐怖心を感じたことはなかった」と証言、「支払った側に『脅し取られた』という意識が希薄だった点が判決の決め手となり、昨年8月、東京地裁が恐喝罪について無罪が言い渡されたというものです。現行制度での暴力団対策での限界が露呈したものであり、その強い危機感が今回の改正につながったということです。また、東京五輪で収入増が見込まれる飲食店から暴力団等の反社会勢力への資金流入を防ぐ意味でも、早期の店の規制強化は不可欠だったといえます。さらに、今回の改正では、店が支払いを申告すれば罰則を減免する規定(リニエンシー)の導入も含まれており、店側が暴力団等との関係を断つインセンティブを高める工夫もなされている点は評価できると思います。一方で、福岡県暴排条例による標章制度導入の際に多発した(工藤会による)一般人襲撃事件を持ち出すまでもなく、暴力団の主要な資金源にかかる規制強化であり、今回の改正が暴排のさらなる進展、暴力団の資金源の枯渇化に真に資するものとなるためには、店側が安心して暴排に取り組めるような、具体的な安全確保策もまた重要なポイントとなります。

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