暴排トピックス

コロナ禍におけるリスクの変化に対応せよ~犯罪収益移転危険度調査書を読み解く

2020.11.10
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主席研究員 芳賀 恒人

タイトルイメージ図

1.令和2年犯罪収益移転危険度調査書のポイント

国家公安員会から、今回で5回目となる「犯罪収益移転危険度調査書(令和2年版)」(以下「本調査書」)が公表されています。本調査書を公表するという取組みは、FATF(金融活動作業部会)の新「40の勧告」(2012年2月)において、各国に対し、「自国における資金洗浄及びテロ資金供与のリスクを特定、評価」すること等を要請していることを受けたものです。なお、同勧告の解釈ノートにおいて、事業者に対し、「自らが取り扱う商品・サービス等の資金洗浄及びテロ資金供与のリスクを特定、評価するための適切な手段をとること」として、事業者自らがリスクベース・アプローチを実施することを要請しており、その前提として事業者自らが行う取引の危険度を的確に把握する必要があり、それに資するよう、犯罪による収益の移転に係る情報や疑わしい取引に関する情報を集約、整理及び分析する立場にある国家公安委員会が、特定事業者を監督する行政庁(所管行政庁)から、各特定事業者が取り扱う商品・サービスの特性やマネー・ローンダリング等への対策の状況等に関する情報等を得た上で、その保有する情報や専門的知見をいかし、事業者が行う取引の種別ごとに、危険度を記載した調査書を作成、公表しているものです。以下、本調査書の概要版をベースに、本編の内容も加味しながらポイントを確認していくこととします。なお、昨年の本調査書については、暴排トピックス2020年1月号で詳細に紹介しており、今年の本調査書の内容と変わらない部分も一定程度あることから、あわせて参考にしていただければと思います。

▼警察庁 犯罪収益移転防止対策室(JAFIC)
▼犯罪収益移転危険度調査書(令和2年)
▼犯罪収益移転危険度調査書(令和2年)概要版

まず今回独自の内容となると考えられる特集「新型コロナウイルス感染症に関連する犯罪情勢等」について紹介します。本コラムでもコロナ禍特有の暴力団の動向、詐欺事案や薬物事案等について情報をタイムリーに収集していますが、それらの事案がマネー・ローンダリングとどう絡むかについては、筆者自身、以下の整理によって気付かされた部分もかなりあります。読者におかれても、コロナ禍がマネー・ローンダリングやテロ資金供与等に与える影響をきちんと認識し、自社のリスクベース・アプローチの検討にあたっての参考にしていただきたいと思います。

1 新型コロナウイルス感染症に関連する犯罪情勢

(1) 情勢

世界的に新型コロナウイルス感染症の感染が拡大する中、これに関連する詐欺やサイバー犯罪等が増加することや、各種の違法な資金獲得活動の犯行形態が変化すること等が想定されるところであり、これに伴ってマネー・ローンダリング等の脅威が高まることが懸念されている。INTERPOL(国際刑事警察機構)等の国際機関は新型コロナウイルス感染症の感染拡大に乗じた詐欺やサイバー犯罪の手口に関して注意喚起を行っており、我が国でも警察庁や消費者庁等において新型コロナウイルス感染症の感染拡大に乗じた不審な電話やメール等についての注意喚起を行っている。

(2) 国内での犯罪発生の状況

我が国でも、新型コロナウイルス感染症に関連した以下のような事案が発生しており、今後も新型コロナウイルス感染症に関連するマネー・ローンダリング等の脅威が高まることが予想される。

  • 新型コロナウイルス感染症の検査費名目で現金をだまし取ろうした事案
  • 新型コロナウイルス感染症に乗じた融資保証金名目で指定する口座に現金を振り込ませてだまし取った事案
  • 市役所の職員をかたる者が給付金の支給手続の名目でキャッシュカードをだまし取った事案
  • 外国の取引会社社員を装い、新型コロナウイルス感染症の影響で通常の取引で利用している金融機関が利用できないため別の金融機関の口座に商品の代金を振り込むよう求めるメールを送信し、代金を振り込ませてだまし取った事案
  • 暴力団員らが、金融機関に対し、事業を営む者でないにも関わらず、新型コロナウイルス感染症に関係する貸付金を申し込み、貸付金をだまし取ろうとした事案
  • 新型コロナウイルス感染症対策に係る休業要請への協力を行っていなかったにも関わらず、飲食店を経営するブラジル人と日本人が共謀して、休業要請等の協力に応じて支給される休業要請支援金の給付を申請し、金融機関の口座に振り込ませようとした事案
  • 新型コロナウイルス感染症に関連して休業中の飲食店等で金品を窃取した事案
  • 貸金業の登録を受けずに、新型コロナウイルス感染症の影響により生活が困窮していた者から賃金債権を買い取り、手数料を差し引いた分の金銭を交付し、貸付金を回収していた事案
  • 新型コロナウイルス感染症の影響により所得が減少した者に高金利で貸付けを行っていたヤミ金融事案
  • 衛生マスク及び消毒等用アルコールを購入価格を超える価格で転売した事案

(3) 疑わしい取引の届出の分析

新型コロナウイルス感染症が影響したと考えられる疑わしい取引の届出について分析したところ、届け出られた主なものは以下に記載のとおりであった。事業者は以下の内容も参考にして新型コロナウイルス感染症が影響を与えるマネー・ローンダリング等のリスクについて認識を深め、自社が行うリスクベース・アプローチによる対策の参考としていただきたい。

  • なりすまし取引の疑いがあったことから、対面での本人特定事項等の確認を顧客に求めるも、顧客が新型コロナウイルス感染症への感染の懸念を理由として拒否したもの。
  • 金融機関の口座に多額の現金を預入れするに際し、新型コロナウイルス感染症に係る経済的なリスク回避等という理由で原資が判然としなかったもの。
  • 新型コロナウイルス感染症の影響で生活が困窮した者に対する援助やウイルス防護服の輸出代金等を理由とする外国送金について、事業規模や取引内容と送金額が整合的でなかったもの。
  • 外国の不動産購入を目的とする外国送金の原資に、地元金融機関から新型コロナウイルス感染症対策資金としての借入れを充当しており、送金目的とその原資の借入れ目的が乖離していたもの。
  • 新型コロナウイルス感染症に関連する給付金等の受給を目的として金融機関に口座開設を申し込んだ顧客の属性が、暴力団をはじめとする反社会的勢力であることが判明したもの。
  • 新型コロナウイルス感染症に関連する融資金等の受給を目的として金融機関に口座開設を申し込んだ顧客が、休眠状態の法人や実態が不透明な法人であることが判明したもの。
  • 新型コロナウイルス感染症の感染拡大に乗じた特殊詐欺、ビジネスメール詐欺、投資詐欺被害の疑いがあったもの。

2 所管行政庁・事業者への影響等

新型コロナウイルス感染症の感染拡大は、新たなマネー・ローンダリング等のリスクの出現並びに監督当局及び事業者のマネー・ローンダリング対応等に影響を及ぼすことが予想され、FATFは新型コロナウイルス感染症の感染拡大から生じるマネー・ローンダリング等の脅威と脆弱性に関する課題等を記載した「COVID-19-related Money Laundering and Terrorist Financing Risks and Policy Responses(令和2年(2020年)5月)」を公表している。

我が国においては、家計支出の変化による取引量の増減、感染防止等のため対面取引から非対面取引に移行するなどの取引形態の変化、不安定な社会・経済情勢における顧客からの通常時と異なる依頼等の増加等に伴い、マネー・ローンダリング等のリスクも高まることが懸念されている。実際に新型コロナウイルス感染症に関する水際対策の強化等による訪日外国人や海外渡航者の減少で取引量に変化がみられる業態もあり、刻一刻と変化する経済・社会環境等に機動的に対応できるよう、事業者にはリスクベース・アプローチによる実効的な対応がより一層求められる。

所管行政庁においても、取引モニタリングや敷居値の変更等を検討し、リスク低減措置の見直しを行うなどして、所管する業態の取引形態等の変化に応じたリスクベース・アプローチによる監督・指導等に積極的に取り組む必要がある

では次に、本調査書の内容を概観していきます。

まず、マネー・ローンダリングを行う主体が様々であるところ、主なものとして、昨年同様、「暴力団」、「特殊詐欺の犯行グループ」、「来日外国人犯罪グループ」が抽出されています。それぞれの調査・分析結果についての概要については、以下のとおり整理されています。

  • 暴力団
    • 暴力団は、経済的利得を獲得するために職業的に犯罪を敢行し、その利得を巧妙にマネー・ローンダリングするなど、我が国におけるマネー・ローンダリングの大きな脅威となっている。
    • 前提犯罪ごとにマネー・ローンダリング事犯における過去3年間の暴力団構成員等の関与状況を見ると、検挙件数では詐欺や窃盗が多いが、一方で、罪種別の検挙件数に占める暴力団構成員等の比率を見ると、賭博事犯、恐喝事犯、薬物事犯、売春事犯等が高い。
  • 特殊詐欺の犯行グループ
    • 近年、我が国においては、特殊詐欺が多発している。令和元年中の被害(認知件数 16,851件、被害総額 約316億円)は大都市圏に集中し、東京・大阪・神奈川・埼玉・千葉の5都府県で、認知件数全体の0%を占めている。
    • 特殊詐欺の犯行グループは、首謀者を中心に、だまし役、詐取金引出役、犯行ツール調達役等にそれぞれ役割分担した上で、預貯金口座、携帯電話、電話転送サービス等の各種ツールを巧妙に悪用し、組織的に詐欺を敢行するとともに、詐取金の振込先として架空・他人名義の口座を利用するなどし、マネー・ローンダリングを敢行している。また、犯行拠点が、賃貸マンション、賃貸オフィス、ホテルに加え、車両等にも広がっているほか、外国犯行拠点の存在が表面化するなどしている。
    • 自己名義の口座や架空・他人名義の口座を遊興費や生活費欲しさから安易に譲り渡す者等がおり、マネー・ローンダリングの敢行をより一層容易にしている。
  • 来日外国人犯罪グループ
    • 外国人が関与する犯罪は、その収益の追跡が困難となるほか、その人的ネットワークや犯行態様等が一国内のみで完結せず、国境を越えて役割が分担されることで、犯罪がより巧妙化・潜在化する傾向を有する。来日外国人による組織的な犯罪の実態として、中国人グループによるインターネットバンキングに係る不正送金事犯、ベトナム人グループによる万引き事犯、ナイジェリア人グループによる国際的な詐欺事犯等に関連したマネー・ローンダリング事犯等の事例がみられる。
    • 過去3年間の預貯金通帳・キャッシュカード等の不正譲渡等に関する犯罪収益移転防止法違反事件の国籍等別の検挙件数では、ベトナム及び中国で全体の8割以上を占めている。
    • 犯罪インフラ事犯の検挙状況を見ると、旅券・在留カード等偽造は、平成28年以降、増加傾向で推移している。

また、マネー・ローンダリングの前提犯罪の種類によって、生み出される収益の規模、マネー・ローンダリング事犯等との関連性、悪用される取引の状況、組織的な犯罪を助長する危険性、健全な経済活動に与える影響等は異なります。主たる前提犯罪の犯行形態とマネー・ローンダリングの手口についての調査・分析結果の概要については、以下のとおり整理されていますので、一部を抜粋して紹介します。

  • 窃盗
    • 犯行形態:窃盗の犯行形態は多様であり、被害額が比較的少額なものもあるが、暴力団や来日外国人犯罪グループ等の犯罪組織によって職業的・反復的に実行され、多額の犯罪収益を生み出す事例がみられる。令和元年中における窃盗の被害総額は約633億円となっている。
    • 手口:ヤードに持ち込まれた自動車が盗難品であることを知りながら買い取り、保管するもののほか、侵入窃盗で得た多額の硬貨を他人名義の口座に入金して払い出し、事実上の両替を行うもの、盗んだ高額な金塊を会社経営の知人に依頼して、金買取業者に法人名義で売却させるもの、中国人グループ等が不正に入手したクレジットカード情報を使って、インターネット上で商品を購入し、配送先に架空人や実際の居住地とは異なる住所地を指定するなどして受領するもの等がある。
  • 詐欺
    • 犯行形態:特殊詐欺をはじめとする詐欺の犯行形態としては、国内外の犯行グループ等によって職業的・反復的に実行されており、令和元年中における詐欺の被害額は約469億円となっている。
    • 手口:特殊詐欺の被害金を架空又は他人の名義の口座に振り込ませるものが多く、振込先として使用する口座に振り込まれた被害金は、被害発覚後の金融機関等による口座凍結の措置等を回避するため、入金直後に払い戻されたり、他口座へ送金されたり、複数の借名口座を経由して移転されたりするなどの傾向も認められる。隠匿先となる口座の名義は、個人名義、法人名義、屋号付きの個人名義等、詐欺の犯行形態によって様々である。また、取引時確認等の義務の履行が徹底されていない郵便物受取サービスや電話転送サービスを取り扱う事業者が、特殊詐欺等を敢行する犯罪組織の実態等を不透明にするための手段として悪用されている事例がみられる。
  • 電子計算機使用詐欺
    • 犯行形態:電子計算機使用詐欺罪が適用される犯罪として、特殊詐欺やインターネットバンキングに係る不正送金等の事犯がある。特殊詐欺の形態は、キャッシュカード手交型とキャッシュカード窃盗型で特殊詐欺全体の半数以上を占めている。インターネットバンキングに係る不正送金事犯の形態としては、他人のID、パスワード等を使って金融機関が管理する業務システムに対して不正アクセスを行い、他人の口座から犯人が管理する口座に不正送金するものがある。令和元年中の被害は、発生件数1,872件、被害額約25億円と、発生件数は過去最多であった平成26年に次ぐ件数となり、被害額も前年と比べて大幅に増加した。特殊詐欺については、暴力団の関与が認められるほか、インターネットバンキングに係る不正送金事犯については、国際犯罪組織の関与が認められ、犯罪組織が多額の犯罪収益を獲得するために、組織的にそれらの犯行を行っている実態が認められる。
    • 手口:特殊詐欺でだまし取ったキャッシュカードを使用してATMを操作し、被害者名義の口座から犯人が管理する他人名義の口座に送金上限額を不正に振り込むもの、中国に存在する犯罪組織が日本の金融機関に不正アクセスを行い、他人名義口座に不正送金させて中国人犯罪グループによって引き出すもの、暗号資産ウォレットサービスのサーバへの不正行為により得た暗号資産を、犯人が管理する分散型暗号資産取引所の匿名アカウントに移転するもの等がある。
  • 薬物事犯
    • 犯行形態:全薬物事犯の6割以上を占める覚せい剤事犯については、令和元年中の押収量が2,293.1キログラムと過去最多となるとともに、平成28年から令和元年まで4年連続で1,000キログラムを超えており、覚せい剤の密輸・密売が多額の犯罪収益を生み出していることがうかがわれる。令和元年中の覚せい剤事犯の検挙人員の4割以上を暴力団構成員等が占めており、覚せい剤の密輸・密売に暴力団が深く関与している状況が続いている。近年では、暴力団が海外の薬物犯罪組織と結託するなどしながら、覚せい剤の流通過程にも関与を深めていることが強くうかがわれ、覚せい剤密輸入事犯の洋上取引においては、令和元年、約587キログラムを押収した事件で、暴力団構成員等や台湾人らを検挙している。
    • 手口:代金を他人名義の口座に入金させて隠匿するものが多くみられる。暴力団員の親族名義の口座に係る不審な資金移動を端緒として捜査した結果、同暴力団員らを覚せい剤の密輸等で検挙した事例もある。過去の麻薬特例法に基づく起訴前の没収保全命令の対象としては、自動車、土地、建物等もあり、現金等で得た薬物犯罪収益等が、その形態を変えている実態が認められる。

特定事業者においては、犯罪収益移転防止法等を踏まえた適切な取組を実施し、取り扱う商品・サービスがマネー・ローンダリングに悪用されることを効果的に防止することが求められています。特定事業者が取り扱う商品・サービスごとの危険度の評価、本編の「第5 危険度の高い取引」で取り上げる取引のほかに危険度が高まる取引及び危険度を低減させるために執られている事業者・専門家の措置の概要はそれぞれ以下のとおり整理されており、一部抜粋して紹介します。

  • 預金取扱金融機関が取り扱う商品・サービス
    • 危険度の評価
      • 預金取扱金融機関は、口座をはじめ、預金取引、為替取引、貸金庫、手形・小切手等、様々な商品・サービスを提供している。一方で、これらの商品・サービスは、その特性から、マネー・ローンダリング等の有効な手段となり得るものであり、これらの悪用により、犯罪による収益の収受又は隠匿がなされた事例があること等から、これらの商品・サービスは、マネー・ローンダリング等に悪用される危険性があると認められる。また、国際金融市場としての我が国の地位や役割、金融取引量の大きさ、悪用された取引等の統計等も踏まえると、悪用される危険度は、他の業態よりも相対的に高いと認められる。
      • 令和元年中の犯罪収益等隠匿事件は、他人名義の口座への振込入金の手口を用いるものが多くを占めており、口座を提供する事業者は、口座譲渡を防ぐこと及び事後的に検知する措置を行うことについて継続的な対応が求められる。
    • 危険度が高まる取引
      • 匿名又は架空名義・借名・偽名(その疑いがあるものを含む。)による取引
      • 通常は資金の動きがない口座にもかかわらず、突発的な多額の入出金が行われる取引
      • 取引目的や職業又は事業の内容等に照らし、不自然な態様・頻度で行われる送金や入出金等の取引
    • 事業者の措置
      • 過去に疑わしい取引を届け出た顧客について、システム上での情報共有体制を構築の上、当該顧客との取引に当たっては、書面やヒアリングによる詳細な確認を行うとともに、上級管理者の承認を受けることとしているもの
      • 口座開設時において注意すべき顧客区分を設定しており、該当する場合には追加的な質問等を行うことにより口座開設の合理性を確認した上で、合理性の判断が困難な場合には、上級管理者の確認を経た上で口座開設の可否を判断しているもの
      • 非対面取引において、なりすましの可能性を勘案し、IPアドレス、ブラウザ言語等のアクセス情報に着目した取引モニタリングを実施しているもの 等
    • 疑わしい取引の届出
      • 職員の知識、経験等から見て、不自然な態様の取引又は不自然な態度、動向等が認められる顧客に係る取引(20万8,514件、1%)
      • 暴力団員、暴力団関係者等に係る取引(14万8,599件、6%)
      • 経済的合理性のない多額の送金を他国から受ける取引(7万8,701件、2%)
      • 多額の現金又は小切手により、入出金(有価証券の売買、送金及び両替を含む。以下同じ。)を行う取引。特に、顧客の収入、資産等に見合わない高額な取引、送金や自己宛小切手によるのが相当と認められる場合であるにもかかわらず、あえて現金による入出金を行う取引(7万8,613件、2%)
      • 多数の者から頻繁に送金を受ける口座に係る取引。特に、送金を受けた直後に当該口座から多額の送金又は出金を行う場合(7万5,436件、9%)
      • 通常は資金の動きがないにもかかわらず、突如多額の入出金が行われる口座に係る取引(7万4,698件、8%)
      • 経済的合理性のない目的のために他国へ多額の送金を行う取引(4万6,928件、3%)
      • 多額の入出金が頻繁に行われる口座に係る取引(3万8,377件、5%)
      • 口座開設時に確認した取引を行う目的、職業又は事業の内容等に照らし、不自然な態様・頻度で行われる取引(3万8,109件、5%)
      • 架空名義口座又は借名口座であるとの疑いが生じた口座を使用した入出金(3万5,561件、3%)
      • インターネット上でのみサービスの提供を行う銀行をはじめとする様々な預金取扱金融機関から、顧客のIPアドレスや携帯電話番号に着目した届出もなされている。
  • 資金移動業者が取り扱う資金移動サービス
    • 危険度の評価
      • 資金移動サービスは、為替取引を業として行うという業務の特性、海外の多数の国へ送金が可能なサービスを提供する資金移動業者の存在等を踏まえれば、マネー・ローンダリング等の有効な手段となり得る。
      • 実際、前提犯罪と無関係の第三者を利用したり、他人の身分証明書を利用して同人になりすましたりするなどして海外に犯罪による収益を移転していた事例があること等から、資金移動サービスは、マネー・ローンダリング等に悪用される危険性があると認められる。
      • 資金移動業における年間送金件数・取扱金額が共に増加していること、在留外国人の増加等による利用の拡大が予想されること等を踏まえると、資金移動サービスがマネー・ローンダリング等に悪用される危険度は、他業態と比べても相対的に高まっているといえる。
    • 危険度が高まる取引
      • 匿名又は架空名義・借名・偽名(その疑いがあるものを含む。)による取引
      • 取引目的や職業又は事業の内容等に照らして不自然な態様・頻度の取引
      • 多数の者からの頻繁な取引
    • 事業者の措置
      • 顧客の属性や取引状況を勘案し、顧客ごとのリスク評価を行い、評価に応じた措置を行っているもの
      • 前払式支払手段発行者を兼業している場合において、同発行者として提供しているサービスについても、リスクの特定・評価を行っているもの
      • 商品・サービス、取引形態、国・地域及び顧客属性によって取引金額の上限を設定し、それを上回る場合は厳格な取引時確認を行っているもの(例えば、「永住者」、「技能実習生」、「留学生」等の在留資格に応じて、取引金額の上限を変更)
      • 外国人との取引に際して、本人確認資料として在留カードの提示を受け、在留期間を確認した上で、システムによって管理しているもの 等
    • 疑わしい取引の届出
      • 多数の者に頻繁に送金を行う口座に係る取引。特に、送金を行う直前に多額の入金が行われる場合(904件、7%)
      • 短期間のうちに頻繁に行われる他国への送金で、送金総額が多額に上る取引(581件、8%)
      • 多数の者から頻繁に送金を受ける口座に係る取引。特に、送金を受けた直後に当該口座から多額の送金又は出金を行う場合(480件、3%)
      • 取引を行う目的、職業又は事業の内容等に照らし、不自然な態様・頻度で行われる取引(465件、1%)
      • 暴力団員、暴力団関係者等に係る取引(445件、8%)
      • 資金移動業者において、顧客に対して送金目的を確認したところ、「海外サイトを通じてコンサルティング会社の求人募集に応募すると、自己の銀行口座に送金があり、これを他国へ送金するよう指示された。」等との申告があったという、いわゆるマネーミュールによるマネー・ローンダリングの疑いに関する届出がある
  • 暗号資産交換業者が取り扱う暗号資産
    • 危険度の評価
      • 暗号資産は、利用者の匿名性が高いという性質や、その移転が国際的な広がりを持ち、迅速に行われるという性質を有するほか、暗号資産に対する規制が各国において異なること等から、犯罪に悪用された場合には、当該犯罪による収益の追跡が困難となる。
      • 実際、その匿名性を悪用し、不正に取得した暗号資産を暗号資産交換業者を介して換金し、他人名義の口座に振り込ませていた事例等があることも踏まえれば、暗号資産は、マネー・ローンダリング等に悪用される危険性があると認められる。
      • さらに、暗号資産取引が世界規模で拡大し、それを取り巻く環境も急激に変化していることも考慮に入れると、暗号資産がマネー・ローンダリング等に悪用される危険度は、他業態よりも相対的に高いと認められる。加えて、預金取扱金融機関がマネー・ローンダリング等対策を強化していることを背景として、マネー・ローンダリング等を行おうとする者が、預金取扱金融機関が取り扱う商品・サービスのほかに、暗号資産取引を用いる事例も認められ、こうした事情も暗号資産の危険度を高めることとなる。
      • 暗号資産取引を取り巻く環境の急激な変化に対して、適時適切な危険度の低減措置を行っていくことは容易ではなく、それらの取組が不十分な場合は適切な低減措置が図れず、危険度はなお高いままとなる。
    • 危険度が高まる取引
      • 匿名又は架空名義・借名・偽名(その疑いがあるものを含む。)による取引
    • 事業者の措置
      • 特殊詐欺利用のリスク等について、取引時確認において発見した、顧客の本人確認書類の写真や顧客属性等の特徴の不自然な一致に係る調査・分析結果を、特定事業者作成書面に反映するとともに、取引時確認の強化を行ったもの
      • 他国における金融犯罪関連の送金に関する起訴事例や悪質な報道事例、他国当局によるリスク分析や腐敗認識指数(CPI)に着目し、高リスクと判断した国との取引及び同国籍顧客について、モニタリングを強化しているもの
      • 帰国時における口座売却等のリスクについて、外国人の留学生や就労者等の顧客の在留期間を確認した上で、システム等によって在留期間を管理しているもの 等
    • 疑わしい取引の届出
      • 架空名義口座又は借名口座であるとの疑いが生じた口座を使用した金銭又は暗号資産の入出金、暗号資産の売買及び他の暗号資産との交換(1,694件、3%)
      • 匿名又は架空名義と思われる名義での金銭又は暗号資産の送金を受ける口座に係る取引(582件、2%)
      • 暴力団員、暴力団関係者等に係る取引(512件、7%)
    • 架空名義や借名での取引が疑われるものの内容
      • 異なる氏名・生年月日の複数の利用者が使用した本人確認書類に添付されている顔写真が同一
      • 同じIPアドレスから複数の口座開設・利用者登録がされている
      • 利用者の居住国が日本にもかかわらずログインされたのが日本国外である
      • 同一携帯番号が複数のアカウント・利用者連絡先として登録されていたが、使用されていない電話番号である
    • 暗号資産がマネー・ローンダリングに悪用された事例
      • 不正に取得した他人名義のアカウント及びクレジットカード情報等を利用して暗号資産を購入後、海外の交換サイトを経由するなどして日本円に換金し、その代金を他人名義の口座に振り込んでいた事例
      • 特殊詐欺の犯罪収益が振り込まれた銀行口座から現金を払い出し、ネット銀行に開設された暗号資産交換業者の口座に振り込み、暗号資産を購入し、その後、複数のアカウントに移転させていた事例
    • 他人になりすまして暗号資産交換業者との間における暗号資産交換契約に係る役務の提供を受けること等を目的として、当該役務の提供を受けるために必要なID、パスワード等の提供を受ける等の犯罪収益移転防止法違反等の事例
      • ベトナム人が開設した暗号資産口座のID、パスワードを第三者に有償で提供した事例
      • 他人名義の本人確認書類を使用して暗号資産交換業者に口座を開設した事例 等
    • 暗号資産が犯罪における支払い手段として使用された事例
      • 違法薬物の取引や児童ポルノのダウンロードに必要な専用のポイントの支払いに暗号資産が用いられていた事例
  • 宅地建物取引業者が取り扱う不動産 項目 調査・分析結果
    • 危険度の評価
      • 不動産は、財産的価値が高く、多額の現金との交換を行うことができるほか、通常の価格に金額を上乗せして対価を支払うなどの方法により容易に犯罪による収益を移転することができることから、マネー・ローンダリング等の有効な手段となり得る。
      • 実際、売春や詐欺により得た収益が不動産の購入費用に充当されていた事例等が把握されていること等から、不動産は、マネー・ローンダリング等に悪用される危険性があると認められる。
    • 危険度が高まる取引
      • 匿名又は架空名義・借名・偽名(その疑いがあるものを含む。)による取引
    • 事業者の措置
      • 過去において取引を中止する又は何らかの理由によって取引が成立しなかった顧客との取引についての情報をデータベース化して全社的に共有し、当該顧客に関して、以後の取引が生じた場合は、顧客管理を強化する又は取引を謝絶するなどの措置を講じているもの 等
    • 疑わしい取引の届出
      • 多額の現金により、宅地又は建物を購入する場合(8件、1%)
      • 自社従業員の知識、経験等から見て、不自然な態様の取引又は不自然な態度、動向等が認められる顧客に係る取引(5件、8%)
    • 以下のような着眼点から届出がなされたものもある
      • 年齢や職業等に見合わない多額の現金による支払いが行われた取引についての届出
      • 決済方法を現金取引にこだわる姿勢を示す顧客等、資金の出所に関する疑わしさが勘案された届出
      • 取引に当たって公開情報を検索した結果、詐欺等に関わった可能性のある顧客と判明したことによる届出
      • 法人の実質的支配者を調査した結果、暴力団員等に該当したことによる届出
  • 郵便物受取サービス業者が取り扱う郵便物受取サービス
    • 危険度の評価
      • 郵便物受取サービスは、詐欺、違法物品の販売を伴う犯罪等において、犯罪による収益の送付先として悪用されている実態がある。本人特定事項を偽り当該サービスの役務提供契約を締結することにより、マネー・ローンダリング等の主体や犯罪による収益の帰属先を不透明にすることが可能となるため、郵便物受取サービスはマネー・ローンダリング等の有効な手段となり得る。
      • 実際、架空名義で契約した郵便物受取サービス業者宛てに犯罪による収益を送付させ、これを隠匿した事例があること等から、郵便物受取サービスは、マネー・ローンダリング等に悪用される危険性があると認められる。
    • 危険度が高まる取引
      • 匿名又は架空名義・借名・偽名(その疑いがあるものを含む。)による取引
      • 会社等の実態を仮装する意図でサービスを利用するおそれがある顧客との取引 等
    • 事業者の措置
      • 過去において何らかの理由により取引を中止した又は取引が成立しなかった顧客との取引について、同業他社との間で情報を共有することにより、顧客管理の強化を行っているもの 等
  • 電話受付代行業者が取り扱う電話受付代行 項目 調査・分析結果
    • 危険度の評価
      • 近年、電話受付代行が悪用されたマネー・ローンダリング事犯の検挙事例は認められないものの、電話受付代行は、顧客が事業に関して架空の外観を作出してマネー・ローンダリング等の主体や犯罪による収益の帰属先を不透明にすることを可能とするなどの特性から、マネー・ローンダリング等に悪用される危険性があると認められる。
  • 電話転送サービス事業者が取り扱う電話転送サービス
    • 危険度の評価
      • 電話転送サービスは、顧客が事業に関して架空の外観を作出してマネー・ローンダリング等の主体や犯罪による収益の帰属先を不透明にすることを可能とするなど、マネー・ローンダリング等に悪用される危険性があると認められる。
    • 危険度が高まる取引
      • 匿名又は架空名義・借名・偽名(その疑いがあるものを含む。)による取引

なお、引き続き利用実態等を注視すべき新たな技術を活用した商品・サービス(電子マネー)を挙げており、以下、紹介しておきます。

  • キャッシュレス化の進展と相まって、電子マネーが利用可能な店舗はオンライン店舗を含めて多数存在している。また、電子マネー(プリペイドカード)をだまし取る詐欺に加え、だまし取った電子マネーの番号を伝達し、電子マネー利用権を買取業者に売却するなどして、マネー・ローンダリングを敢行する事例が認められている
  • 電子マネーがマネー・ローンダリングに悪用された事例として
    • 詐欺により得た電子マネーをインターネット上の仲介業者を介して売却し、販売代金を他人名義の口座に振り込ませていた事例
    • 詐欺により得た電子マネー利用権で、別の電子マネー利用権を購入し、買取業者に転売し、その代金を借名口座に振り込ませ、その後、ATMで出金していた事例
    • 特殊詐欺グループが酒類販売業者と結託した上、酒類販売業者がショッピングサイト内に架空出品した大量のビール券を、特殊詐欺グループが詐取した電子マネーで購入し、同サイト運営会社から販売代金を酒類販売業者の口座に振込入金させた事例
    • だまし取った電子マネーの番号を、買取業者が特殊詐欺グループから電子メールで受信し、収受していた事例 等
  • なお、令和元年中の架空請求詐欺の認知件数3,533件のうち、手口別交付形態が電子マネー型によるものは1,481件で、全体の9%を占めており、1件当たりの被害額は約80万円に上る。また、令和元年中のインターネットバンキングに係る不正送金事犯では、従来型の手口である預貯金口座への不正送金のほか、電子マネーの購入、プリペイド型のバーチャルクレジットカードへのチャージ、大手通信販売サイトの電子ギフト券の購入等の手口が確認されている。
  • 電子マネーは、その態様や利用方法は多様であるものの、一般的に、運搬性に優れ、匿名性が高いものもあり、実際にマネー・ローンダリングの過程において、電子マネーが利用された事例が存在し、その件数は増加傾向にある。我が国においては、資金決済法に基づき、原則として前払式支払手段の払戻しが禁止されており、利用者はチャージした金額について自由な引き出し等を行うことができない。また、現状、多くの発行者においてチャージの上限額が設定されているほか、利用することができるのは特定の加盟店等に限られている。しかしながら、キャッシュレス化の進展と相まって、電子マネーが利用可能な店舗はオンライン店舗を含めて多数存在している。
  • さらに、電子マネーの普及に伴い、架空の有料サイト利用料金等の支払を求められた被害者が、コンビニエンスストア等で電子マネー(プリペイドカード)を購入し、そのIDを教えるよう要求され、プリペイドカードの額面分の金額(利用権)をだまし取られたり、スマートフォン等のモバイルデバイスとバーコード又はQRコードを活用したコード決済サービスに不正アクセスをして、不正に入手したクレジットカード番号等を利用して商品を購入されたりするなど、電子マネーが犯罪に悪用される事例が発生していることから、マネー・ローンダリング事犯を防止する観点だけではなく、犯罪被害全般を防止する観点から、関係省庁や業界団体等において注意喚起等の取組が進められている。具体的な取組として、経済産業省等においては、令和元年8月にキャッシュレス決済機能を提供する事業者に対して不正アクセスに備えた十分な対策を講じることを要請しているほか、一般社団法人キャシュレス推進協議会においては、平成31年4月に「コード決済における不正流出したクレジットカード番号等の不正利用防止対策に関するガイドライン」を公表している。また、電子マネー利用権の売買に関与する買取業者の中には、だまし取った電子マネーであることを知りながら、若しくはその疑いを持ちながら買取りを行うことにより、犯罪を助長し、又は容易にさせている悪質な業者もあり、それらに対して、警察では、実態解明と解体等のための取組を強化しており、電子マネー買取業者による組織犯罪処罰法違反事件等を検挙しているほか、電子マネーを詐取される類型の詐欺についての対策として、コンビニエンスストア、電子マネー発行会社等の関係事業者と連携した被害の未然防止を推進している。
  • これらの状況等を踏まえると、電子マネーについては、引き続き我が国における利用実態等を注視していく必要がある

また、FATFガイダンス、犯罪収益移転防止法上の措置、マネー・ローンダリング事犯の検挙事例等を参考に、「取引形態」、「国・地域」及び「顧客」の観点から、危険度の高い取引を特定し、分析・評価を行っており、観点ごとの危険度の評価及び事業者の措置の概要は以下のとおりとなっています。

  • 非対面取引
    • 危険度の評価
      • 非対面取引においては、取引の相手方や本人確認書類を直接観察することができないことから、本人確認の精度が低下することとなり、対面取引に比べて匿名性が高く、本人確認書類の偽変造等により本人特定事項を偽り、又は架空の人物や他人になりすますことを容易にする。
      • 実際、非対面取引において他人になりすますなどして開設された口座がマネー・ローンダリングに悪用されていた事例があること等から、非対面取引は危険度が高いと認められる。
    • 事業者の措置
      • 疑わしい取引を判断するに際して、IPアドレスやログイン所在地を踏まえて取引をモニタリングするなど、リスク低減措置を図っているもの
    • 非対面取引がマネー・ローンダリングに悪用された事例
      • 窃取した健康保険証等を用い、インターネットを通じた非対面取引により他人名義で開設された口座が盗品の売却による収益の隠匿口座として悪用されていた事例
      • 架空の人物になりすまして非対面取引により開設された口座が、詐欺やヤミ金融事犯等において、犯罪による収益の隠匿口座として悪用されていた事例
      • インターネットバンキングに係る不正送金事犯において、偽造の身分証明書を使用した非対面取引により開設された複数の架空名義口座が振込先に指定されていた事例
      • 長期不在中の親族の写真付き本人確認書類を使い、スマートフォンアプリにより銀行口座を開設して、詐欺の犯罪収益を振り込ませていた事例
      • 偽造の健康保険被保険者証を使用し、オンラインで銀行口座の開設の申込みをして、キャッシュカードが本人限定郵便で郵送されてきた際に、郵便局員に口座開設の際に使用した偽造の本人確認書類を提示し、キャッシュカードを受け取っていた事例
      • オンラインで架空の法人名義口座を開設し、特殊詐欺の犯罪収益を振り込ませていた事例
      • 偽造した他人の運転免許証の画像を利用して、インターネット上で他人名義の銀行口座の開設と貸金業者に対する貸金契約の申込みを行い、貸付金を同口座に振り込ませていた事例 等
  • 現金取引
    • 危険度の評価
      • 現金取引は、流動性及び匿名性が高く、現金を取り扱う事業者において、取引内容に関する記録が正確に作成されない限り、犯罪による収益の流れの解明が困難となる。
      • 実際、他人になりすますなどした上で、現金取引を通じてマネー・ローンダリングを行った事例が多数存在すること等から、現金取引は危険度が高いと認められる。
    • 事業者の措置
      • 一定基準を超える現金の入出金については、店頭においてヒアリングシートを起票し、必要に応じて疑わしい取引の届け出をするもの 等
  • 外国との取引
    • 危険度の評価
      • 外国との取引は、法制度や取引システムの相違等から、国内取引に比べてマネー・ローンダリング等の追跡を困難にする。
      • 実際、外国との取引を通じてマネー・ローンダリングを行った事例が存在することから、外国との取引はマネー・ローンダリング等に悪用される危険性があると認められる。
    • 事業者の措置
      • FATF声明で加盟国等に対して対抗措置等が要請された国・地域に近接するエリア向けの海外送金取引について、取引時確認を強化するもの
      • 外国からの送金について、送金目的と受取人の実際の資金の使用状況との乖離に着目し、疑わしい取引の届出を行うもの 等
  • 国・地域と危険度
    • 危険度の評価
      • FATF声明を踏まえれば、イラン及び北朝鮮との取引は、マネー・ローンダリング等に悪用される危険度が特に高いと認められる。
      • FATFは、マネー・ローンダリング等への対策に重大な欠陥を有し、かつ、それに対処するためのアクションプランを策定した国・地域について、国際的なマネー・ローンダリング等対策の遵守の改善を継続して実施している国・地域として公表した上で、当該国・地域に対し、迅速かつ提案された期間内におけるアクションプランの履行を要請していることから、当該国・地域との取引であって、FATFが指摘する欠陥が是正されるまでの間になされるものは、危険性があると認められる。
  • 反社会的勢力(暴力団等)
    • 危険度の評価
      • 暴力団をはじめとする反社会的勢力は、財産的利益の獲得を目的に、様々な犯罪を敢行しているほか、企業活動を仮装・悪用した資金獲得活動を行っている。このような犯罪行為又は資金獲得活動により得た資金の出所を不透明にするマネー・ローンダリングは、反社会的勢力にとって不可欠といえることから、反社会的勢力との取引は危険度が高いと認められる。
    • 事業者の措置
      • 取引開始時及び取引開始後も定期的に国内外のデータベース等を用いて、自社の顧客のスクリーニングを行い、暴力団・準暴力団をはじめとする反社会的勢力に該当する場合、疑わしい取引の届出を行っているもの
    • 暴力団構成員等が関与したマネー・ローンダリングの事例
      • 平成29年から令和元年までの間のマネー・ローンダリング事犯の検挙事件は1,409件で、そのうち、暴力団構成員等の関与が明確になったものは173件であり、全体の3%を占めている。
      • 特殊詐欺等の詐欺事犯、ヤミ金融事犯、薬物事犯、労働者派遣法違反等で収益を得る際に、他人名義の口座を利用するなどして犯罪による収益の帰属を仮装する事例が多い
      • 暴力団がその組織や威力を背景にみかじめ料や上納金名目で犯罪による収益を収受している事例
      • 暴力団員が売春事犯の犯罪収益と知りながら、親族名義の口座に現金を振り込ませて犯罪収益を収受した事例
      • 暴力団員が、代金引換郵便サービスを利用して健康食品を送り付け、その販売代金名目でだまし取った現金を、サービスを提供する会社の社員を介して、知人が開設して実態のない法人名義の口座に入金させていた事例
      • 暴力団員がヤミ金融の返済口座として、妻が旧姓で開設した口座を使用していた事例 等
    • 準暴力団の資金獲得活動の事例
      • 準暴力団関係者らが、弁護士等をかたり、高齢者からトラブルに関連する訴訟回避名目で現金をだまし取るなどした事例
      • 準暴力団関係者らが、商社社員等をかたり、高齢者から債券購入に関する名義貸しトラブルの解決金名目で現金をだまし取るなどした事例
      • 準暴力団関係者らが、不動産関連会社の従業員を装い、土地の所有者に虚偽の買収話を持ち掛け、土地の売買契約に係る諸費用等の名目で、現金をだまし取った事例 等
  • 国際テロリスト
    • 国際連合安全保障理事会決議を受けて資産凍結等の措置の対象とされた者の中に、日本人や我が国に居住している者の把握はなく、また、現在まで、日本国内において、国際連合安全保障理事会が指定するテロリスト等によるテロ行為は確認されていない。
    • しかしながら、FATFは、令和元年に公表したレポートにおいて、国内でテロやテロ資金供与の事例がない場合であっても、それをもってテロ資金供与リスクが低いと直ちに結論付けることはできず、国内で資金が収集され、又は海外に送金される可能性を排除すべきではないと指摘している。
    • また、我が国においても、事業者が提供する商品・サービスが、事業者の監視を回避する方法で悪用され得ること等の懸念があることを認識すべきであり、特にイスラム過激派等と考えられる者との取引は、テロ資金供与の危険度が高いと認められる。
  • 非居住者
    • 非居住者との取引は、居住者との取引に比べて、事業者による継続的な顧客管理の手段が制限されてしまう。さらに、非対面取引が行われる場合は、匿名性も高まり、マネー・ローンダリング等が行われた際に資金の追跡が一層困難であることから、非居住者との取引は危険度が高いと認められる。
  • 外国の重要な公的地位を有する者
    • 外国の重要な公的地位を有する者が、マネー・ローンダリング等に悪用し得る地位や影響力を有することのほか、その本人特定事項等の十分な把握が制限されること、腐敗対策に関する国ごとの取組の差異等から、外国の重要な公的地位を有する者との取引は危険度が高いと認められる。
  • 実質的支配者が不透明な法人
    • 法人は、所有する財産を複雑な権利・支配関係の下に置くことにより、その帰属を複雑にし、財産を実質的に支配する自然人を容易に隠蔽することができる。このような法人の特性により、実質的支配者が不透明な法人は、その有する資金の追跡を困難にする。
    • 実際、詐欺等の犯罪による収益の隠匿手段として、実質的支配者が不透明な法人の名義で開設された口座が悪用されていた事例があること等から、実質的支配者が不透明な法人との取引は危険度が高いと認められる。

最後にカジノについても、言及がなされており、以下、紹介しておきます。

海外においては、多数の国・地域で、合法的にカジノが行われている中、カジノに係るマネー・ローンダリングの危険性については、FATFが平成21年に公表したレポートで以下のような指摘をしている。

  • カジノは現金が集中する事業であり、しばしば24時間営業を行い、多額の現金取引が素早く行われること。
  • カジノは、口座、為替送金、外貨両替等の多様な金融サービスを提供すること。
  • 地域によっては、カジノを金融機関ではなく娯楽場として認識し、マネー・ローンダリング等対策が十分になされていないこと。
  • 地域によっては、カジノ業界における職員の離職率が高く、マネー・ローンダリング等対策のための教育訓練等が十分になされていないこと。

また、カジノに関連するマネー・ローンダリング事犯の手口として、以下が指摘されている。

  • 犯罪収益でカジノチップを購入し、それを使うことなく、再び現金に払い戻す手口
  • カジノチェーンを利用して、犯罪収益をカジノ口座から他の口座に送金する手口
  • 他の顧客のチップを犯罪収益で買い取る手口
  • 多額の小額の紙幣やコインを、カジノの窓口において、より管理のしやすい高額の紙幣に両替する手口 等

特定複合観光施設区域整備法(平成30年法律第80号。以下「IR整備法」という。)が成立し、今後、カジノに関連するマネー・ローンダリング等対策を適切に講じていく必要があるところ、カジノがマネー・ローンダリングに利用される危険性を勘案し、FATFの新「40の勧告」では、カジノ事業者に対して、顧客との間で継続的取引関係を樹立する場合や3,000米ドル/ユーロ以上の金融取引を行う場合に、顧客の身元確認及び照合等の顧客管理の措置を行うこと、また、資金洗浄・テロ資金供与対策を効果的に実施するための措置として、カジノを免許制とすること等を要請している。

これを踏まえ、IR整備法では、カジノ事業を免許制とするとともに、犯罪収益移転防止法を改正し、カジノ事業者を特定事業者に追加し、顧客に対する取引時確認、取引記録の作成・保存、疑わしい取引の届出等を義務付けることとしている。また、平成31年3月に公布された

特定複合観光施設区域整備法施行令(平成31年政令第72号。以下「IR整備法施行令」という。)による改正後の施行令において、以下について、取引時確認等の義務が課される「特定取引」とした。

  • 特定資金移動業務又は特定資金受入業務に係る口座の開設を行うことを内容とする契約の締結
  • 特定資金貸付契約の締結
  • チップ交付等取引(チップの交付若しくは付与又は受領をする取引)であって、当該取引に係るチップの価額が30万円を超えるもの
  • 特定資金受入業務に係る金銭の受入れ
  • カジノ関連金銭受払取引(特定資金受入業務に係る金銭の払戻し、特定資金貸付契約に係る債権の弁済の受領又は金銭の両替)であって、当該取引の金額が30万円を超えるもの
  • カジノ行為関連景品類(いわゆる「コンプ」)の提供であって、当該提供に係るコンプの価額が30万円を超えるもの

さらに、IR整備法及びIR整備法施行令では、これらの規制に加えて、カジノ事業者に対し、以下により、マネー・ローンダリング対策を講じていくこととしており、カジノがマネー・ローンダリングに悪用されない環境作りが行われていくこととなる。

  • 犯罪収益移転防止規程の作成の義務付け(カジノ管理委員会による審査)
  • 上記「特定取引」であって、100万円を超える現金の受払いをする場合のカジノ管理委員会への届出の義務付け
  • チップの譲渡・譲受け・持出しの防止措置を講じることの義務付け 等

令和2年1月には、IR整備法に基づき、内閣府の外局として置かれる行政委員会として、マネー・ローンダリング対策を含む厳格なカジノ事業の規制・監督を実施することを責務とするカジノ管理委員会が設立された。

さて、本調査書でも言及がありましたが、コロナ禍によって、AML/CFT(アンチ・マネー・ローンダリング/テロ資金供与対策)にも変化を求められることになります。そのあたりについて、FATFが議長声明を公表しておりますので、以下に紹介します。

▼金融庁 金融活動作業部会(FATF)による新型コロナウイルス(COVID-19)関係の議長声明の公表について
▼FATF 議長声明: COVID-19 パンデミック下における AML/CFT 態勢への十分なリソースの割当ての重要性
  • COVID-19の流行が社会に深刻な影響を及ぼし続けている。FATFでは、2020年5月に、COVID-19がもたらす新たな資金洗浄・テロ資金供与の脅威や脆弱性についての課題、グッドプラクティスや政策対応に関する報告書をまとめて以降も、この世界的危機の影響に関する最新の知見の反映に取り組んでいる。FATFは、この「COVID-19に関する資金洗浄・テロ資金供与のリスク及び政策対応に関する報告書」の分析が引き続き有効であることを確認している。
  • COVID-19を悪用する犯罪者は後をたたず、医療品偽造、投資詐欺、COVID-19に適応したサイバー犯罪、政府による経済対策の悪用といった事例が世界各地で多発している。同時に、政府機関や民間部門では、資金洗浄・テロ資金供与の検知、予防及び捜査の遂行能力に深刻な支障が生じている。FATFのグローバルネットワークを対象に行ったアンケートでは、半数以上が、資金洗浄活動に対する政府の検知、捜査、訴追又は阻止能力に影響があったと回答している。
  • FATFとその加盟国、オブザーバー、FATF型地域体及びグローバルネットワークの構成員は、引き続き連携し、COVID-19が資金洗浄・テロ資金供与活動及びその対策(AML/CFT)態勢の運用に及ぼす影響を把握する。
  • グローバルネットワークを対象に行った近時のアンケートと、7月と9月に実施したCOVID-19関連ウェブセミナーに照らすと、5月のFATF報告書における指摘事項が引き続き有効であると認められる。もっとも、外出制限へのアプローチ、社会的隔離措置や利用可能なインフラは国ごとに異なることから、パンデミックの影響、リスクの性質、各国のAML/CFT態勢のレジリエンス、民間部門が直面するリスクについては、国によって大きな差がみられる
  • 各法域が、犯罪者やテロリストによるCOVID-19の悪用方法を積極的に特定、評価及び理解すること、また、リスクベース・アプローチを適用して、特定した資金洗浄・テロ資金供与リスクに応じた防止又は低減措置を確保することが引き続き重要である。
  • 失業率の上昇、遠隔取引の増加と経済対策実施の加速化は、近いうちに犯罪者により利用されるおそれのある脆弱性を示している。経済の不確実性による現金の流通増加や国境封鎖措置も、資金洗浄活動に影響を及ぼすとみられる。
  • 例えば、顧客との非対面でのやりとりを可能とするデジタルな本人確認方法の活用など、新たな技術が、民間部門によるパンデミックへの対応に貢献している。他のデジタルソリューションも、情報共有や疑わしい活動の検知・分析を支援するだろう。ドイツ議長国の下、FATFは、AML/CFT態勢のデジタルトランスフォーメーションを推進し、将来的なAML/CFT態勢のレジリエンス確保と効率性向上に役立てる。
  • 環境変化に適応し、効果的な運用の継続が可能なAML/CFT態勢を確保するためには、官民パートナーシップの活用をはじめ、政府部門と民間部門の実効的な情報共有が一層重要である。
  • 資金洗浄・テロ資金供与等の犯罪活動による被害から市民を守ることを、引き続き世界のすべての政府にとっての優先課題とすべきである。犯罪者によってもたらされる脅威の進化やパンデミックの影響によるリソース制約に照らし、関係当局が効果的に機能するため、適切なリソースが引き続き提供されるべきである。

その他、AML/CFTを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 前回の本コラム(暴排トピックス2020年10月号)でも取り上げた「フィンセン文書」には、数多くの国際的な美術品取引が含まれており、その最新の手口には驚かされます。そのあたりは、黒木亮氏の「高額美術品を狙え!巨額マネーを「資金洗浄」する犯罪者たちの最新手口」と題するレポートに詳しいので、一部抜粋して紹介します。
美術品は通称「3Dビジネス」で、death(死)、divorce(離婚)、debt(借金)をきっかけに取引が動くと言われる。しかし実態は、「3DプラスL(Laundering=資金洗浄)」である。1点数十億円から100億円以上する絵画は、さながらダイヤモンドの塊で、現金や金と違ってかさばらず、重量もないので、運ぶのにいたって便利である。また取引の大部分が秘密裏に行われ、株式や不動産のように登録や登記をする必要もなく、規制もほとんどない。日本でも過去、大手百貨店の高島屋が、暴力団組長への約7億円の利益供与の資金を捻出するため、すでに所有している絵画など美術品を新たに購入したように見せかけ、架空の経費を計上した事件や、総合商社の伊藤萬(のちイトマンに改称)が、市価の2~3倍に偽造された鑑定評価書にもとづき、絵画や骨とう品を676億円で買い、差額が闇社会やマスコミ工作に流れた事件があった。・・・典型的な脱税スキームは次のようなものである。ある資産家の遺族が、莫大な価値のある絵画を遺産として残された。しかし、なるべく相続税を払わないですませたい。そこで美術商がオフショアに持っているペーパーカンパニーを使って、すべての絵画を市場価格の3分の1程度で買い取る。その後、美術商は5年くらいをかけ、美術品市場で絵画を徐々に売却し、売却代金を遺族がオフショアに設立したペーパーカンパニーがオフショアの銀行に保有する口座に振り込む。こうしたペーパーカンパニーの役員には、現地の法律事務所の職員や地元の人々が名義貸しをしており、真の所有者(美術商、遺族)は外部には分からない。真の所有者は、ペーパーカンパニーの無記名株式を持ち、実質的に支配する。ペーパーカンパニーの銀行口座の資金は、真の所有者のサインがあれば自由に動かすことができる。税務署に対しては、市場価格の3分の1程度で売った当初の売却代金だけを申告し、その分の相続税を払ってすませる。
  • メキシコ銀行(中央銀行)が、外国からメキシコへの9月の送金額が35億6,850万ドル(約3,7000億円)だったと発表しています。前年同月比で15%増え、過去最高だった2020年3月(40億ドル)、8月に次ぐ、3番目の高水準となっています。メキシコ人の主要な労働先である米国から、新型コロナウイルスの感染拡大で厳しい経済状況にあるメキシコの親族への送金が堅調に推移しており、前年同月を上回るのは5カ月連続となっています。
  • シンガポールの中央銀行にあたる金融通貨庁(MAS)は、来年1月1日から1,000シンガポール・ドル(約7万7,000円)札の新規発行を停止すると発表しています。報道によれば、マネー・ローンダリングやテロ資金に使われるのを防ぎ、キャッシュレス化も進めるのが狙いだといいます(すでに流通している1,000ドル札は引き続き使用可能)。高額紙幣を使えば個人が匿名で多額の資金を移すことが可能になるため、MASは1,000ドル札の発行停止は世界的な流れに沿った対応と説明しています。本コラムでも以前紹介しましたが、インドにおいても、2016年に脱税や不正蓄財の防止、偽札の根絶を目的に一部の高額紙幣を廃止しています。
  • EU欧州委員会は、キプロスとマルタに対し、一定規模の投資の見返りに国籍を付与する「ゴールデンパスポート」と呼ばれる両国の制度が、EU市民権を「販売」し「その本質を損なう」として、法的措置に着手したと発表しています。報道によれば、この制度は資金洗浄や組織犯罪への利用が懸念されているものです。国籍を得れば、当該国とつながりがなくてもEU市民の権利を全て享受でき、欧州委員会はEU全体に影響が及ぶと問題視しています。

2.最近のトピックス

(1)最近の暴力団情勢

兵庫県尼崎市のコンビニ駐車場で、特定抗争指定暴力団神戸山口組傘下組織「古川組」組長ら2人が銃撃され、負傷する事件が発生しました(負傷した2人はいずれも手と足を狙われており、至近距離から撃たれたものの、あえて急所を外されたとみられています。なお、本件については、六代目山口組系司興業の幹部が出頭し逮捕されています。また、もう1人の実行犯は逃亡中です)。本コラムでもたびたび取り上げてきましたが、ともに特定抗争指定暴力団に指定された神戸山口組と六代目山口組は暴力団対策法に基づき活動が厳しく制限されているものの、両組織の抗争とみられるトラブルは相変わらず続いており、抗争終結の見通しは立っていません。主な抗争事件としては、昨年10月、神戸市の神戸山口組直系「山健組」事務所付近で、傘下組織の組員2人が、高山若頭の出身母体の六代目山口組直系「弘道会」の傘下組織幹部の男に射殺された事件のほか、昨年11月には、尼崎市内の繁華街で、今回も襲撃対象となった古川組の組長が、六代目山口組系の元幹部の男に射殺される事件が発生、飲食店や住宅が立ち並ぶ場所で、殺傷能力が高い自動小銃が使用されたことから社会に大きな衝撃を与えました。

特定抗争指定やコロナ禍により一時は沈静化していたように見えていましたが、本コラムで危惧していたとおり、水面下では引き抜きや切り崩しが進んでおり、とても沈静化どころではなかったようです。その辺りの内部事情については、週刊誌等で少しずつ表に出てきていますので、(情報源は週刊誌が中心となるものの)少し背景事情等について整理しておきたと思います。昨年銃撃され死亡した古川組の古川総裁については、もともと六代目山口組の直参であったにもかかわらず神戸山口組に合流することを決めました(ただし、事前に六代目山口組から数百万円渡され、受け取っていたにもかかわらず寝返ったとされます)。その後、古川総裁は、絆會(旧任侠山口組)の幹部だった男を古川組の3代目組長にする決断をしますが、それに嫌気を差した若頭と組員が、古川組を離脱して別の2代目古川組を設立、古川組は神戸山口組系と絆會系の2つの組織に分裂することになります。そして、今年8月、絆會系の古川組の幹部が六代目山口組の中核組織である弘道会野内組系の組織にこぞって移籍する事態となりました。そして、神戸山口組からの離脱は古川組以外にも、中核組織の一つである宅見組からも数十人が六代目山口組に移籍、同じく木村組も六代目山口組系に名称変更するなどの動きも相次いでいます。つまり、六代目山口組は、引き抜きや切り崩しを繰り返すことで、神戸山口組と絆會双方を弱体化させることを狙っていることが明らかになりました。そして、その中心にいるのは、武力・経済力・知力を有する六代目山口組若頭の高山清司であるのは間違いありません。事件を起こした竹中組や大同組の幹部が軒並み六代目山口組の中で最高幹部へと出世、高山若頭が出所したことで、それらの組の若い組員が、自分の親分を売り出すために、神戸山口組側に事件を仕掛けているといった事情も考えられるところです。そして、このような背景事情のもと、今回の事件では、出頭した司興業幹部が拳銃を持参していなかった点や特定抗争指定下の「警戒区域」内での銃撃が白昼堂々と敢行された点に着目する必要があります。通常、拳銃を持たないで出頭すれば拳銃の所在について徹底的に調べられ、組事務所の家宅捜索も行われるものであり、司興業が六代目山口組組長である司忍が創立した組であることを鑑みれば、司忍周辺にまで捜査の手が伸びる可能性も否定できません。さらに、警戒区域内での白昼の堂々の犯行ということと重ね合わせれば、六代目山口組からの強いメッセージであると理解せざるを得ません。すなわち、「返し」のない神戸山口組への最終的な「抗争終結」という宣言なのではないか、その最後のメッセージではないか、ということです。そう遠くない時期に抗争が終結するのではないかという見方が以前から出ていたこともあり、いよいよ3つの山口組(とりわけ2つの山口組)の終焉、六代目山口組再統一(一強時代)の始まりが現実味を帯びてきているといえます。

さて、新型コロナウイルスの感染拡大で打撃を受けた個人事業主に最大100万円を支給する国の持続化給付金の不正受給問題が社会問題化している中、暴力団や半グレの関与も指摘されています。たとえば、福岡県警は、不正な申請や受給に関する相談が約100件に上ること、10~20代が申請したケースが約8割を占めることなどを明らかにしていますが、西日本新聞の報道によれば、「暴力団関係者から不正を持ち掛けられた」、「暴力団関係者から『申請しないか』と誘われ、さらに不正申請をする人を紹介するよう求められた」という証言も寄せられているようです。さらに、警視庁は、持続化給付金を不正に受給したとして、詐欺容疑で元暴力団組員ら2人の容疑者を逮捕していますが、容疑者が給付金の不正受給の方法を元暴力団員に指南し、だまし取った金の一部が容疑者に謝礼として支払われていたようです。なお、この元暴力団員は、収入が減少した世帯に生活費を貸し付ける「緊急小口資金」を詐取した容疑でも逮捕、起訴されていたといい。警視庁は、詐取金が暴力団の資金源になった可能性もあるとみて捜査しているということです。また、福島県警福島署も、詐欺の疑いで暴力団幹部ら2人の容疑者を逮捕しています。報道によれば、持続化給付金の詐欺事件の摘発は、福嶋県内では初めてのケースで、スマホを使って中小企業庁の給付金申請サイトに個人事業主を装って虚偽の申請を行い、だまし取った疑いがもたれています。さらに、大阪府でも六代目山口組系の組員が逮捕されています。報道によれば、暴力団員であることを隠して清掃業を行っているとうその申請を行い、持続化給付金100万円をだまし取ったとされていますが、この組員については、「緊急小口資金」制度を悪用し、現金20万円をだまし取った疑いでも逮捕されています。

また、前述のとおり、持続化給付金に限らず、コロナ禍におけるさまざまな給付金・貸付金・支援金等の詐取も横行しており、そこに暴力団等の関与も見られています。たとえば、暴力団員であることを隠し、新型コロナウイルスの影響で減収した世帯を対象にした貸付金をだまし取ったとして、兵庫県警暴力団対策課と灘署は、詐欺の疑いで、不動産コンサルティング業を営む六代目山口組系組員の男を逮捕しています。報道によれば、今年4月以降、暴力団員であることを隠して、新型コロナの影響で休業したように装い、兵庫県社会福祉協議会が貸し付ける「緊急小口資金」と「総合支援資金」を申し込み(自ら窓口を訪れて面談を受けていたといいます)、5月から10月までの間、7回にわたって計95万円を自身の口座に振り込ませた疑いがもたれています。また、長崎県では、新型コロナウイルスの影響で収入が減った世帯への「特例貸付金」をだましとる詐欺を行ったとして、六代目山口組系組織の組員とその弟の2人が逮捕されています。報道によれば、新型コロナにかかわる詐欺事件の検挙は長崎県内でこれが初めてで、弟が、収入が減った事実がないにも関わらず特例貸付金を申請し、長崎県社会福祉協議会から60万円をだましとったとされ、兄の暴力団組員が事件を主導したと見られています。なお、2人は2018年に名義を偽って銀行口座を開設した疑いで、今年9月に逮捕されています。さらに類似の事件として、暴力団員であることを隠して埼玉県社会福祉協議会が実施している「生活福祉資金貸付制度」の貸付金20万円をだまし取ろうとしたとして、県警捜査4課と川口署が、詐欺未遂の疑いで、住吉会傘下組織組員の自称会社員の男を逮捕したという事件もありました。報道によれば、同制度を利用した詐欺事件(未遂含む)の摘発は埼玉県では初めてで、申込書には申請者が暴力団員ではないことを確約する箇所があるものの身分を隠していたといい(本人は「暴力団員ではない」と否定しているといいます)、コロナ禍の影響で収入も減ったと偽っていたとみられています。また、新型コロナウイルスの影響で生活に困っている人が当面の生活費を借りられる国の「緊急小口資金」制度を悪用して現金20万円をだまし取ったとして、詐欺の疑いで六代目山口組系の組員が逮捕されています。暴力団員の利用は禁止されているところ、暴力団員ではないと書面で誓約し、審査を行う大阪府社会福祉協議会に申請していたということです。関連して、兵庫県警加古川署も、新型コロナウイルスの影響で収入が減った世帯に貸し付ける生活福祉資金「緊急小口資金」20万円をだまし取ったとして、詐欺の疑いで六代目山口組系組幹部を逮捕しています。暴力団員の身分を隠し職業を偽って申請書を県社会福祉協議会に提出し、「緊急小口資金」を口座に振り込ませた疑いがもたれており、9月に脅迫事件で逮捕され、新聞報道で暴力団員だと知った協議会が署に相談し、発覚したものです。さらに、新型コロナウイルス対策として福井県が支給する給付金「小規模事業者等再起応援金」をだまし取ろうとしたとして、福井県警福井南署と県警組織犯罪対策課、捜査2課は、詐欺未遂の疑いで、六代目山口組系組員で菓子製造業の男を逮捕しています。報道によれば、福井県内で新型コロナ関連の給付金を巡る事件の摘発は初めてで、本制度でも誓約事項に暴力団排除規定が明記されているにもかかわらず一般県民であるかのように装い、申請書類を県庁宛に郵送し、職員らをだまして応援金10万円の交付を受けようとした疑いがもたれています。同署が福井県暴排条例に基づき、同事業申請者の照会をしたところ容疑が分かったということです。なお、不正受給ではありませんが、静岡県警焼津署は、男性2人から新型コロナウイルス対策の特別定額給付金計約10万円を脅し取ったとして、恐喝の疑いで、稲川会系組長を逮捕しています。報道によれば、50代の男性2人に「おまえ、給付金が入るだろ。お金を工面しろ」などと脅迫、6月中旬に2人に給付された特別定額給付金の一部を脅し取った疑いがもたれています。

さて、前回の本コラム(暴排トピックス2020年10月号)でも取り上げましたが、特殊詐欺事案における暴力団組長の「使用者責任」を問う裁判が相次ぐ中、那覇地裁が、三代目富永一家の事実上のトップに使用者責任があると認め、被害者に317万円を支払うよう命じています。報道によれば、この裁判において、原告側の民暴弁護士らが注目したのは、捜査の過程で、組員ではない複数の詐欺グループのメンバーが「グループを抜けたら家族が暴力団から危害を加えられると思い指示に従った」と供述していた点だったということです。暴力団が背後にいる特殊詐欺では、組の名前を出して報復をチラつかせることにより、メンバーが詐取金を持ち逃げしたり、グループから離脱したりすることを防いでおり、それを「暴力団の威力を利用した」と構成したものとされます。なお、関連して稲川会の「特殊詐欺への関与厳禁(関与したら破門)」との通達を出したことについて、ある週刊誌で捜査関係者が、「特殊詐欺だけでなく、覚せい剤だって『任侠道にもとる』と公には認めていませんが、どの組織だってシノギの一つ。上層部の賠償責任を問われないように予防線を張っているのでしょうが、こんな通達を出す時点で、組長訴訟が暴力団組織に打撃を与えているのは明らかです」と話していますが、まさにそのとおりかと思います。以下に、暴力団の関与した特殊詐欺を巡る報道について、いくつか紹介します。

  • 特殊詐欺グループのリクルート役とみられる六代目山口組系の組員が、警視庁に逮捕されています。報道によれば、昨年9月、詐欺グループのメンバーと共謀し、岐阜県に住む男性からうその訴訟の和解金として現金200万円をだまし取った疑いが持たれており、この詐欺グループは男性宛てに「総合消費料金未納に関する訴訟最終通知のお知らせ」といううそのハガキを送り、男性に電話をかけさせて和解金を請求していたということです。組員は容疑を否認していますが、警視庁は、特殊詐欺グループのリクルート役とみていて、このグループが奈良県など8つの県に住む高齢者11人から、あわせて4,000万円以上をだまし取ったとみて捜査しています。
  • 還付金を装ったウソの電話で、千葉県内の60代の女性から約180万円を盗むなどした疑いで、六代目山口組系の組員ら詐欺グループ6人が逮捕されています。市役所の職員を装って、千葉県内に住む60代の女性に対して「保険料還付の過払いがある」などと電話をかけ、コンビニのATMから現金約180万円を振り込ませ、現金を引き出すなどした疑いがもたれています。容疑者は詐欺グループのリーダーとみられていて、暴力団の資金稼ぎのために犯行に及んでいた可能性があると見て調べています。なお、本件は、グループの末端の少年が金の一部を持ち逃げしようとしたことで、犯行が明らかになったということです。
  • うその電話をかけて不正に振り込ませた現金約180万円を引き出したとして、大阪府警捜査2課などは、窃盗容疑で、六代目山口組弘道会傘下組織の組員を逮捕しています。「還付金がある」などとうその電話をかけて女性にATMまで行くよう指示し、振り込ませていたといいます。府警はこれまでに、現金を引き出す「出し子」やその指示役、グループへの勧誘役らを逮捕しており、この組員がグループを統括するリーダーだったとみているとのことです。
  • 窃盗の疑いで六代目山口組系組員が逮捕されています。詐欺グループの他のメンバーと、今年7月、品川区の80代の女性に「詐欺グループを逮捕した。被害にあった200万円を返還します」などと、うその電話をかけた上、警察官になりすまして女性の自宅を訪問し、キャッシュカードなど3枚を偽物とすり替えて盗んだ疑いがもたれています。盗まれたキャッシュカードで現金およそ132万円が引き出されたといい、この組員は特殊詐欺グループのリクルーター役とみられていて、警視庁は余罪があるとみて捜査しています。
  • 岡山南署は、詐欺の疑いで、神戸山口組系池田組幹部と会社経営の男の両容疑者を逮捕しています。女と共謀し、同市北区の銀行支店で今年3月~8月の計13回、解散した同市の機械部品製造会社名義の口座から社員を装って現金計約693万円を引き出した疑いがもたれています。口座には会社経営の男の会社が所有する東京都内のビルテナント賃料が振り込まれており、現金は暴力団の資金源になったとみられています。解散した会社名義の口座が悪用された事件としても興味深いものといえます。
  • 特殊詐欺ではありませんが、今年1月、愛知県内の2店舗で額面5,000円の偽造されたJCB商品券計24枚を使って家庭用ゲーム機など8点を詐取した疑いで、愛知県警などは、偽造有価証券行使と詐欺の疑いで、無職の容疑者(23)ら2人を逮捕していますが、県内では今年、計917枚の偽造JCB商品券が使用されており、愛知県警は暴力団関係者が関与している可能性もあるとみて調べているということです。被害品と製品番号などが一致する商品がリサイクルショップに持ち込まれ、県警は8月、持ち込んだ男2人を逮捕、背後に指示役がいたとみて捜査を進めていたものです。なお、この容疑者らは今年2月~3月、大阪市西区で偽造JCB商品券を使用した容疑で大阪府警に逮捕されていました。

さて、暴力団が特殊詐欺だけでなく、代表的な伝統的資金獲得活動の一つである薬物の売買にも深く関与しています。先日、大麻密売グループの指示役で、特殊詐欺の受け子グループのリーダー格でもあった住吉会幸平一家傘下の組員が、大麻を営利目的で所持した大麻取締法違反の疑いで警視庁に逮捕されるという事件がありました。今年2月、東京・国立市の知人の家で乾燥大麻など524グラム、末端価格260万円相当を営利目的で所持した疑いがもたれているといい、この量は、およそ1,050回分の使用量にあたるということです。報道によれば、この組員は、住吉会幸平一家傘下の組員による大麻密売グループの指示役であったほか、特殊詐欺の受け子グループのリーダー格でもあったということで、すでに詐欺の疑いで起訴されているとのことです。住吉会幸平一家は武闘派の老舗組織ですが、最近では半グレを取り込むなどして特殊詐欺にも深く関与している組織ですが、特殊詐欺と大麻密売の両方を仕切っていた組員の例は意外に耳にする機会は少なく、興味深い事件だといえます。また、薬物事犯では大麻の若年層への蔓延が深刻な問題となっていますが、コロナ禍に伴い、なかなか外出できない若者が、興味本位からネットで情報を集め、売人から大麻や覚せい剤などの薬物を入手し、乱用へと進んでしまう例も後を絶たず、ついには薬物にはまるだけでなく、自身の購入資金を稼ぐため売人になってしまう10代から20代の若者が増えているようです(その人脈から若者に薬物が蔓延していくことになります)。オレオレ詐欺などの高齢者を狙った特殊詐欺や売春、薬物の密売が暴力団の大きな資金源となっているところ、若者を実行犯に仕立て上げ、収益源を自己増殖する形で犯罪収益を得る構造が共通化してきています。薬物乱用者を売人として仕立て、仲間や周辺の若者たちへと密売が拡がる様はまさに「大麻感染症」であり、その負の連鎖を断ち切るための警察やマトリ(厚生労働省麻薬取締官)らによる徹底的な取り締まりや、中高大学生に対する適切な啓蒙活動などの取組みが急務だといえます。今、腰を据えて取り組まなければ、多くの若者たちが大麻感染症に罹患し、それを契機として薬物中毒への道に転落してしまうことになります

続いて、それ以外の暴力団等の薬物売買を巡る報道から、いくつか紹介します。

  • 茨城県沖で2017年8月、海上で受け渡しをする「瀬取り」と呼ばれる方法を使い、覚せい剤約475キロ(末端価格307億円相当)を香港から密輸したとして、覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)の罪などに問われた元住吉会系組長の裁判員裁判で、水戸地裁は、求刑通り無期懲役、罰金1,000万円の判決を言い渡しています。報道によれば、検察側は論告で、被告が首謀者として中心的役割を果たしたと指摘、密輸された覚せい剤が大量で「これまでをはるかに超えた重大事案だ」で、財産的な制裁も必要と主張していました。一方、弁護側は起訴内容を認めた上で、被告は連絡役にすぎず、懲役20年が相当だと主張していました。それに対し裁判長は、国内での準備や陸揚げ後の覚せい剤の運搬などを掌握していたと指摘、被告を「日本側の最高責任者」と認定しています。なお、この事件では、被告は、覚せい剤約475キロを船籍不詳の船舶から漁船に積み替えた上、茨城県ひたちなか市の那珂湊港に陸揚げし、輸入したとしていうものです。その量刑の重さにあらためて薬物犯罪のもつ深刻さを痛感させられます。
  • 覚せい剤を所持したなどとして、兵庫県警が覚せい剤取締法違反の疑いで、住所不定の無職男を逮捕していますが、この容疑者は神戸市を拠点とする大規模な覚せい剤密売グループの中心人物とみられています。報道によれば、兵庫県警はこれまでにグループのメンバーや仕入れ先、客ら数十人を逮捕しており、組織の実態解明に向け、詰めの捜査を進めているといいます。この密売グループは、近年、急速に勢力を伸ばし、県警が数年がかりで捜査していたといい、東京などの大都市から薬物を仕入れ、兵庫を中心に全国の客へ売っていたとみられるということで、暴力団の関与も明らかになっているようです。県警は、男がこの組関係者以外にも覚せい剤の仕入れルートを持っていたとみて調べているとのことです。
  • 大麻を営利目的で栽培したなどとして、警視庁は、松葉会系組員ら男5人を大麻取締法違反(営利目的所持、栽培)容疑で逮捕しています。報道によれば、群馬県前橋市と渋川市の大麻の栽培施設2カ所を摘発し、大麻計367株と乾燥大麻計約3キロ(末端価格計1億3,800万円)を押収したということです。情報提供を受けた署が9月上旬、同法違反容疑で前橋市のアパートを捜索し、大麻や栽培用の照明器具、空気清浄機を発見していたものです。なお、大麻裁判関連では、胆振管内安平町のゴルフ場跡地に侵入して大麻の苗木23鉢を栽培したとして8月に暴力団員ら男2人が逮捕された事件で、苫小牧署と道警捜査4課などは、大麻取締法違反(栽培)と建造物侵入の疑いで、暴力団員と無職の容疑者を新たに逮捕しています。
  • 福岡県警は、末端価格740万円の覚せい剤を密売目的で所持したとして、太州会系の組長ら2人を覚せい剤取締法違反(営利目的所持)で逮捕しています。報道によれば、2人は飯塚市の住宅に密売目的で末端価格740万円相当の覚せい剤115グラムを隠し持った疑いがもたれており、この住宅からは計量器と注射器172本、覚せい剤を小分けするための袋73枚も発見されているといい、県警は太州会の資金源になっていた疑いもあるとみて入手経路などを調べているといいます。

さて、本コラムでも以前取り上げましたが、ナマコやアワビの密漁が後を絶たず、暴力団員の検挙も相次ぐなど、これらが暴力団の資金源となっている可能性が指摘されています。このような状況をふまえ、農林水産省は密漁による水産物の流通を規制する「漁獲証明」制度を創設する方針を固めました。密漁リスクの高い一部の魚介類について、取引記録や証明書がないと国内の流通や輸出入ができないようにするもので、水産資源の枯渇が国際的に問題となる中、欧米で先行する証明制度を導入して密漁品を流通から排除する狙いがあります。報道によれば、漁業者でない者による密漁は2015年ほど前から増加しており、2018年の検挙件数は20年前の約6倍の1,185件に上っており、一方ではナマコやアワビの漁獲量は減少が続いている現状もあります。さらに、密漁は巧妙化して摘発が難しく、水産資源を守るためにも流通段階の規制が求められていたところです。さらに、暴力団の資金源を断つという点でも意義の大きな取組みとして期待したいと思います。

半グレの動向が喧しい昨今ですが、石垣島の「半グレ」グループが解散届を提出するという驚きのニュースがありました。現地の2020年11月4日付琉球新報から、以下、転載します。

石垣島の繁華街・美崎町で活動する「半グレ」グループのリーダーで、賭博開帳図利ほう助などの罪に問われて公判中の男性被告らが4日、八重山署に「解散届」を提出した。10人のメンバーらが立ち会い、グループの解散と石垣島からの撤退を宣言した。「長きにわたり地域社会の皆さま方を不安に陥れ、世間を騒がせし多大なご迷惑をおかけしたことを心よりおわび申し上げる」と謝罪した。「県警の集中取り締まりを受け、これ以上世間を騒乱させることは本意ではない」などとして解散・撤退を表明した。男性被告は報道陣に対して、グループ結成は石垣島で飲食店経営をする関西出身者らのトラブルを防止する目的だったと説明。その上で「(本土でしているような)キャッチ(客引き)がすごく目立ち、他の店の営業の妨げになる行為があった。店でぼったくりに遭ったという通報がたくさん警察にもあったようだ」と話した。解散届の提出については、「島民の方に安心して生活してもらうために、このような形で発表しようと思った」とした。自身は美崎町で経営していた4店舗を全て閉じたという。男性被告は今年、労基法違反や傷害などの容疑で5回逮捕された。現在は保釈中。

なかなか一筋縄ではいかない連中だけに額面通り受け取るわけにもいかず、やはり警察には、継続的に監視を続け、違法行為等があれば、法に則って粛々と取り締まりを続けていただきたいところです(実は、撤退した店舗は仲間に引き継がれて営業を継続している状態であり、すでに関東の準暴力団「関東連合」が関係する店舗が進出しているとの情報も飛び交っている状況で、今後の動向を注視する必要があります)。

半グレの活動の活発化については、他にも、「給与ファクタリング」と呼ばれる新手の「闇金」を営んだとして業者の男らが逮捕された事件で、警察は新たに、実質経営者とみられる準暴力団「怒羅権(ドラゴン)」のメンバーとみられる男を逮捕するというものもありました。今年3月以降、貸金業の登録をせずに、4人に29万円を違法に貸し付けた疑いがもたれており、借り手に将来支払われる給与を債権とみなして金を貸し付ける「給与ファクタリング」と称して、金を貸し付けていたとみられ、これまでに従業員ら7人が逮捕されています。また、大阪・ミナミを根城にした準暴力団で、半グレの「アビス」や「O7(アウトセブン)」との別名がある拳月グループが、リーダー格や幹部の相次ぐ逮捕・収監で壊滅状態になり、それらの残党がキタと呼ばれる大阪・梅田を中心とした歓楽街を根城にしている準暴力団の「ヤオウ」と合流し、大阪市内の繁華街は再び騒然としているということです。ともに準暴力団の「ヤオウ」と「アビス」との間は、地盤がミナミとキタという位置関係にあることから、個人間の交友はあったものの、グループとしての交友関係はなかったところ、「アビス」がミナミで活動できなくなったことでメンバーが離散し、その一部が加入したことで、「ヤオウ」は一気に勢力を増大したと見られています。さて、その「ヤオウ」については、2019年11月に準暴力団に指定され、大阪府警曽根崎署が摘発を強化しているとの報道もありました(2020年10月30日付毎日新聞)。約1年間で、幹部を含むメンバー34人を強盗や恐喝などの疑いで逮捕しており、ぼったくりバーなどを収入源にしていたとみて、経営していたガールズバーなど6店を閉店に追い込んだといいます。ヤオウの店員らは、キャリーバッグを持った旅行客や酒に酔った客などを狙い、「1時間2000円で飲み放題」などと勧誘、詳しい料金説明をせず、ゲームで客が負けるようにして酒で酔わせ、寝込んだ客のクレジットカードで高額な代金を決済するなどしていたと報じられています。さらに、新型コロナウイルスの影響で、休業した事業主などに支給される支援金をだまし取った詐欺の疑いで、大阪市北区にある「BAR Vegas」の経営に関与していた「ヤオウ」の幹部ら3人が逮捕されています。報道によれば、今年4月から5月にかけて店を営業していたにも関わらず、大阪府が休業を要請した事業主などに支給する支援金50万円をだまし取った疑いが持たれており、このグループは大阪キタを中心にバーやキャバクラを経営していて、昨年8月から、昏睡強盗や窃盗などの疑いで延べ59人のメンバーが検挙されているといいます。

また、暴力団でも半グレでもないあらたな反社会的勢力のカテゴリーとなりうるか注目したいのが、「スカウト」です。一躍その存在が知られるところとなったのは、東京・歌舞伎町の路上で乱闘をしたとして、警視庁が、住吉会系の組員と女性を風俗店などに誘うスカウトら男数人を暴力行為等処罰法違反や傷害の疑いで逮捕された事件です。東京五輪・パラリンピックを控え、都内では歌舞伎町を含む繁華街で安全対策を進めているところですが、乱闘があった日は最大で数十人が関与する騒ぎに発展し、最終的にスカウトの男性1人が組員に囲まれて暴行を受け、けがを負ったというものです。その後、事件から数日間は組員とみられる男らがスカウトを探し歩く姿が確認され、SNS上に「危険な街」「スカウト狩り」などの書き込みが相次ぎました。このグループは「ナチュラル」と名乗り、組織性や資金力があるとみられるといい、警視庁は粗暴性もあるとみて実態解明を急いでいるとのことです。報道によれば、ナチュラルは数年前に歌舞伎町で活動を始めたとされ、スカウトは5人前後でグループを作るのが一般的であるところ、ナチュラルは数百人規模で、歌舞伎町のほか、渋谷や六本木、横浜市など首都圏の広い範囲で活動しているとみられるとのことです。その素行の悪さは有名で、今回の事件も結果的に住吉会のメンツをツブしたことで暴力団を本気にさせ、警察もその実態解明に乗り出すなど警察も本気にさせたことになり、まさに今後の動向に注目したいと思います。

それ以外の暴力団の動向については、まず、絆會が、本部事務所の使用を禁じた神戸地裁による仮処分命令に違反したとして、同地裁は、今後違反した1日ごとに100万円の支払いを課す「間接強制」を決定しています。間接強制を申し立てていた暴力団追放兵庫県民センターが明らかにしたものです。間接強制は、裁判所が出した命令に従わない場合に、金銭の支払い義務を負わせることで改善を促す措置ですが、絆會本部事務所を巡っては、同センターの申し立てを受けた神戸地裁が2018年に使用を差し止める仮処分命令を出したものの、その後も組員が出入りしていたといいます。こうした絆會の動向に不安を抱いた地元住民の委託を受け、同センターが今年4月、地裁に間接強制を求める訴えを起こし、地裁が同センターと組側の双方から意見を聴取していたものです。なお、「間接強制」は、兵庫では2018年、神戸山口組について下した淡路市の事務所に次ぎ2例目となります。また、組事務所を巡る動きでは、福岡中央署が、福博会系の組事務所の撤去を確認したと発表しています。事務所はマンションの1室で、10年以上前から使用されてきたとみられ、マンションの住民から「怖い雰囲気の男性たちが出入りしている」と不安の声が上がり、同署が今年2月から撤去に向けて組側と交渉してきたといいます。トラブルの発生はなく、部屋は事務所の撤去後、仲介業者を通じて第三者が購入したということです。さらに、暴力団が使用する目的を隠して不正にアパートの賃貸借契約を結んだなどとして、浜松中央署と静岡県警捜査4課、組織犯罪対策課の合同捜査班は、詐欺の疑いで、六代目山口組国領屋一家総長と知人の会社員の男の両容疑者を逮捕しています。報道によれば、静岡県警は、無職の男が不正契約したアパートを国領屋一家の本部事務所とは別の「隠れ事務所」として使用していた可能性があるとみて、実態解明を進めるとしています。なお、この「隠れ事務所」は国領屋一家の本部事務所と数キロ離れた場所にあり、県警は最近まで存在を把握していなかったということです。

(2)特殊詐欺を巡る動向

本コラムでも以前取り上げましたが、NTT東日本など大手電話各社が先10月末までの1年間に、息子を装うオレオレ詐欺などに使われた固定電話番号計3,336件を利用停止にしていたことが分かったと報じられています。全国の警察からの要請に基づく措置で、これらの番号を販売した電話再販業者11社への番号提供も一時中止したということです。今年1月~9月の特殊詐欺認知件数は前年同期比で約18%減少しており、警察当局は、特殊詐欺被害の抑止に一定の効果があったとみているようです。特殊詐欺では、身元を隠す必要から発信元を偽装するため電話転送サービスを使い、「03」や「0120」から始まる番号を表示させる手口が増加しており、実際は海外を拠点にかけているケースなどが確認されています。そのような実態を受けて、本対策はNTT東日本など大手電話各社の協力で昨年9月から始まったものです。なお、利用停止にした番号の約3割にあたる939件は警視庁からの要請だということです。詐欺グループは通常、大手電話各社とは直接契約せず、電話転送サービスも手掛ける電話再販業者を経由して番号を取得しており、警察当局は、電話再販業者のうち番号の利用停止が相次いだ11社を特定したようです。また、直近では、特殊詐欺グループに利用されると知りながら、携帯電話やIP電話の電話番号を提供したとして大阪府警捜査2課は、詐欺容疑で携帯電話レンタル会社2社の代表社員2人を逮捕しています。特殊詐欺に関与したとして携帯レンタル会社が摘発されるのは珍しく、大阪府内では初となります。報道によれば、2社が提供した番号を利用した特殊詐欺被害は大阪府内だけで計50件、約1億1,600万円に上るとみられています。逮捕容疑は、特殊詐欺グループのメンバーらと共謀して昨年5月、千葉県の70代女性に銀行協会職員などをかたって「あなたのキャッシュカードが偽造されている」とうその電話をかけ、キャッシュカード4枚をだまし取ったというもので、大阪府警が今年2月に摘発した特殊詐欺グループの捜査で、犯行に利用された電話番号を記録したSIMカードなどの提供元として2社が浮上したということです。特殊詐欺の重要な犯罪インフラとなっている「固定電話」「レンタル携帯」「電話転送サービス」「SIMカード」などにかかわる悪質な事業者に対する規制や摘発が進めば、特殊詐欺被害の抑止につながる可能性が高いことは、本コラムでは以前から指摘してきたところであり、大変喜ばしく、さらなる取組みの深化を期待したいと思います。

次に、例月どおり、直近の特殊詐欺の認知・検挙状況等について確認しておきます。

▼警察庁 令和2年9月の特殊詐欺認知・検挙状況等について

令和2年1月~9月における特殊詐欺全体の認知件数は10,172件(前年同期12,380件、前年同期比▲17.8%)、被害総額は195.7憶円(231.9憶円、▲15.6%)、検挙件数は5,157件(4,429件、+16.4%)、検挙人員は1,821人(1,915人、▲4.9%)となっています。ここ最近同様、コロナ禍の状況もあり、認知件数・被害総額ともに減少傾向にあることに加え、検挙件数が大幅に増加、検挙人員も認知件数や被害総額ほどが落ち込んでいないことから、摘発が進み、特殊詐欺が「割に合わない」状況になっていることを示しているのではないかと考えることも可能です(前述のとおり、犯罪インフラの摘発が進んでいることも要因のひとつと言えるかもしれません)。なお、後述しますが、直近の犯罪統計資料によれば、暴力団犯罪のうち、詐欺の検挙件数は1,043件(1,658件、▲37.1%)、検挙人員は806人(938人、▲18.4%)となっており、新型コロナウイルス感染拡大や特定抗争指定などの影響により、暴力団の詐欺事犯への関与が激減していることがより際立つ対照的な数字となっています。

類型別では、オレオレ詐欺の認知件数は1,570件(5,126件、▲69.4%)、被害総額は43.2憶円(51.0憶円、▲15.3%)、検挙件数は1,426件(2,283件、▲37.5%)、検挙人員は459人(1,145人、▲59.9%)などとなっています。また、キャッシュカード詐欺盗の認知件数は2,323件(2,455件、▲5.4%)、被害総額は32.1憶円(38.5憶円、▲16.6%)、検挙件数は1,833件(921件、+99.0%)、検挙人員は517人(263人、+96.6%)などとなっており、分類の見直しもあり、前期との比較は難しいとはいえ、キャッシュカード詐欺盗の被害の深刻化が相変わらず続いていることは指摘できると思います。さらに、預貯金詐欺の認知件数は3,163件、被害総額は0.2憶円、検挙件数は1,002件、検挙人員は592人(従来オレオレ詐欺に包含されていた犯行形態を令和2年1月から新たな手口として分類)、架空料金請求詐欺の認知件数は1,474件(2,637件、▲44.1%)、被害総額は50.8憶円(66.1憶円、▲23.1%)、検挙件数は396件(919件、▲56.9%)、検挙人員は110人(436人、▲74.8%)、還付金詐欺の認知件数は1,229件(1,876件、▲34.5%)、被害総額は17.2憶円(24.1憶円、▲28.6%)、検挙件数は295件(192件、+53.6%)、検挙人員は41人(15人、+173.3%)、融資保証金詐欺の認知件数は241件(222件、+8.6%)、被害総額は3.0憶円(3.4憶円、▲11.8%)、検挙件数は122件(66件、+84.8%)、検挙人員は41人(15人、+173.3%)、金融商品詐欺の認知件数は45件(22件、+104.5%)、被害総額は2.9憶円(1.6憶円、+81.3%)、検挙件数は21件(20件、+5.0%)、検挙人員は22人(18人、+22.2%)、ギャンブル詐欺の認知件数は83件(29件、+186.2%)、被害総額は1.9憶円(2.4憶円、▲20.8%)、検挙件数は34件(9件、+277.8%)、検挙人員は10人(10人、±0%)などとなっています。これらの類型の中では、「融資保証金詐欺」や「金融商品詐欺」などが増加している点に注意が必要な状況です。

犯罪インフラの状況については、口座詐欺等の検挙件数は466件(669件、▲30.3%)、検挙人員は307人(388人、▲20.9%)、盗品譲受けの検挙件数は2件(5件、▲60.0%)、検挙人員は1人(3人、▲66.7%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は1,845件(1,732件、+6.5%)、検挙人員は1,516人(1,423人、+6.5%)、携帯電話端末詐欺の検挙件数は151件(205件、▲26.3%)、検挙人員は117人(152人、▲23.0%)、携帯電話不正利用防止法違反の検挙件数は25件(35件、▲28.6%)、検挙人員は22人(24人、▲8.3%)、組織犯罪処罰法違反の検挙件数は67件、検挙人員は16人などとなっています。これらのうち、犯罪収益移転防止法違反の摘発が増加しているのは、金融機関等におけるAML/CFTの取組みが強化されていることの証左ではないかと推測されます。

また、被害者の年齢・性別構成について、特殊詐欺全体では60歳以上89.5%、70歳以上79.3%、男性:女性=26.4%:73.6%、オレオレ詐欺では60歳以上95.7%、70歳以上92.8%、男性:女性=18.9%:81.1%、融資保証金詐欺では60歳以上28.1%、70歳以上11.5%、男性:女性=67.7%:32.3%、特殊詐欺被害者全体に占める高齢(65歳以上)被害者の割合について、特殊詐欺全体では85.5%(男性23.1%、女性76.9%)、オレオレ詐欺95.3%(19.4%、80.6%)、預貯金詐欺98.4%(16.3%、83.7%)、架空料金請求詐欺44.8%(45.4%、54.6%)、還付金詐欺85.4%(35.3%、64.7%)、融資保証金詐欺21.2%(84.8%、15.2%)、金融商品詐欺77.8%(28.6%、71.4%)、ギャンブル詐欺22.9%(63.2%、36.8%)、交際あっせん詐欺17.6%(100.0%、0.0%)、その他の特殊詐欺40.0%(20.0%、80.0%)、キャッシュカード詐欺盗96.6%(20.9%、79.1%)となり、類型によってかなり異なる傾向にあることが分かりますが、概ね高齢者被害の割合が高い類型では女性被害の割合も高い傾向にあることも指摘できると思います。このあたりについては、以前の本コラム(暴排トピックス2019年8月号)で紹介した警察庁「今後の特殊詐欺対策の推進について」と題した内部通達で示されている、「各都道府県警察は、各々の地域における発生状況を分析し、その結果を踏まえて、被害に遭う可能性のある年齢層の特性にも着目した、官民一体となった効果的な取組を推進すること」、「また、講じた対策の効果を分析し、その結果を踏まえて不断の見直しを行うこと」が重要であることがわかります。

さて、すでにさまざまに報道されている通り、持続化給付金を巡る不正受給問題については、沖縄の事件では不正な名義貸しは1,800件といわれ、愛知県では800人を超え、広島では100件以上と、全国でその実態が暴かれており、続々と詐欺の実態が明らかになるにつれ、不正がどこまでに拡がるのか、予測すらできない状況で空恐ろしい状況となっています。そのような状況をふまえ、ジャーナリストの多田文明氏の論考「持続化給付金詐欺をした人たちに、強く自首を勧める、その理由とは?裏社会からの闇が迫っている。」が興味深いため、以下、転載します(下線部は筆者)。

今回の不正受給で詐欺の手足となった人たちは、身分証や銀行口座のコピーを犯罪グループに送り、さらには税務署から虚偽の確定申告書類を受け取るためにマイナンバーも伝えていることでしょう。つまり、すでに犯罪者側に、不正受給者たちの個人情報は渡ってしまっているのです。当然、犯罪者らは裏社会でつながっていますので、これらの貴重な個人情報はすべてリスト化されて、情報屋などに出回っていると思われます。今後、その情報が使われて、何かの借金をさせられるなどの二次被害の恐れも充分にあります。・・・持続化給付金詐欺を行ったことの怖さは、警察に逮捕されるだけではなく、裏社会の人間に追われて、犯罪を重ねてしまうこともあるのです。・・・運よく警察の手を逃がれたとしても、闇社会はいつまでも追ってきます。警察の摘発と闇社会の恐怖におびえるという、二重の苦しみをすることになるでしょう。こうしたアプローチを受けないためには、やはり警察に行き、もう罪を犯さない人であることを示す必要があります。周りにいまだ、自首に躊躇している人がいれば、ぜひとも教えてあげて頂ければと思います。持続化給付金詐欺の手足になったことで、犯罪行為の蟻地獄にはまってしまう。それは警察に逮捕されるよりも怖いことなのです。

本論考で呼びかけているとおり、不正受給を認め、監督官庁に届け出ること、警察に行くことが望ましい対応といえると思います(経済産業省は、ペナルティにあたる加算金等を徴収しないとしていますが、警察は犯罪行為に該当する場合は粛々と対応するとしています)。経済産業省は、持続化給付金について、5月の申請受け付け開始から10月29日までに6,028件の返還の申し出があったと発表しています。このうち7月上旬までに申し出があった751件の計約7億9,200万円が戻されたといい、同省は10月30日から、誤って二重に受け取った人などに対して郵送で返還手続きの通知を始めていますが、持続化給付金を巡っては各地で不正受給が発覚しており、残りの5,277件のうち、同省が不正の疑いで別途調査している場合には通知の対象から外すということです(なお、別の報道では、10月中旬までに東京、大阪、広島などの10都府県警が計47人を詐欺容疑(未遂を含む)で摘発、立件総額は2,800万円に上っているほか、「不正に受給した」と自ら名乗り出るなどの相談が全国の警察に計約1,600件寄せられているといいます)。本コラムでも以前から指摘しているとおり、不正受給がこれだけ拡がってしまった背景には、迅速な支給を目指すためにオンラインでの申請手続きが簡単にされているうえ、審査も緩いといった「性善説」に基づく行政サイドの手続き面の脆弱性が「犯罪インフラ化」して突かれてしまっていること、他の主な資金支援策とは異なり返済の必要もないことなどが挙げられます

報道によれば、虚偽の書類を作成する方法が共通し、犯罪組織に属さずに個人で不正を行っている容疑者が多いといい、SNSで若者らを勧誘する例もあるといいます。大学生が気軽に申請した後、自宅に届いた給付通知書で親が気付き、不正受給が発覚するケースも目立っているようです。具体的に愛知県を例にとると、愛知県警には6月8日~10月16日、申請者252人分(未遂や未申請者も含む)について「不正受給をした」「誘われて不正をしそうになった」といった相談を受けており、申請者の半数以上が10~20代の若者だったということです。4分の3近くが本人から、ほかは親族や知人らからで、年齢別では20代が140人で半数以上を占め、10代(22人)を加えると6割を超えているといいます。学生からの相談は、愛知大の男子学生2人が不正受給を指南した疑いで逮捕された9月29日を境に急増しており、1日あたりで3倍超のペースになったということです(なお、愛知大の事件は、個人事業主と偽り、4月の売り上げが、前年同月の半分以下の約8万円だったとする虚偽の売り上げ台帳のデータなどを用意して電子申請し、6月5日に国から男の口座に100万円を振り込ませたというもので、20人以上の不正受給に関わっていたとされています。また、同志社大でも十数人が同様の事件に関与したことが発覚しています)。それまで自らの行為に何ら疑念を抱かず安易な気持ちで犯罪に加担している実態をみるにつけ、残念な気持ちになります。なお、そのような状況にあっても、経済産業省は、持続化給付金に関し、想定を超える利用があったことから予算を3,140億円増額すると発表しています(中小事業者の家賃負担を軽減する「家賃支援給付金」の余剰分を活用するため、追加の財政支出は発生しないとのことです)。持続化給付金制度は5月の運用開始から既に380万件の申請があり、補正予算などで計上した給付原資約5兆円のうち、これまでに4兆8,000億円が充てられています。来年1月15日の申請期限までにさらに30万件程度が見込まれるといいますが、審査や手続きの厳格化といった方向性などは今のところ示されておらず、「犯罪インフラ化」のさらなる深みにハマらないか、犯罪組織などを助長することになりねないか、そもそも不正受給のために財源が枯渇して本当に必要な事業者に支援が行き届かなくなるおそれすら想定され、運用に関するもっと慎重な議論も必要かと思われます。審査の厳格化が難しければ、事後検証を厳格化し、サンプル調査などで実態を確認するプロセスを設けるといった工夫や、不正が発覚した場合の刑事告発などの厳しい対応を示していくといったことも考えられるところです。

なお、不正受給問題については、持続化給付金を巡る問題に限らず、さまざまな給付金・貸付金・支援金などが悪用されている実態も見られます。たとえば、同姓同名の人間になりすまして特別定額給付金をだまし取った事例(すでに被告が起訴されています)、愛媛県が事業化した「えひめ地域産業力強化支援事業補助金」に関し、不正受給などの勧誘を受けたとの相談が県内事業者から県に寄せられ、県が関係機関に注意喚起している事例、「緊急雇用安定助成金」をだまし取ろうとしたとして、詐欺未遂の疑いで、会社員と自称教材販売業の容疑者が逮捕された事例(架空の事業所が助成金の受給要件を満たすよう装った申請書類を公共職業安定所に2回提出し、計1,324万円あまりを詐取しようとしたもの)、北九州市にうその申請をし、新型コロナ対策助成金を50件以上も不正に受け取ろうとした疑いで逮捕・起訴された事例がありました。また、持続化給付金についても、たとえば、大阪府と愛媛県の人を中心に約100人分、計約1億円の虚偽申請をした可能性があるとして、男女4人が警視庁に詐欺容疑で逮捕された事例、西宮市監査事務局職員の男など合わせて7人が兵庫県警に逮捕された事例(押収したパソコンの解析から、不正申告を少なくとも170件(1億7,000万円分)繰り返していたことが判明、主犯の男と共犯者の一部は詐欺罪で起訴されています)、20代~30代の男女4人が神奈川県警に詐欺容疑で逮捕された事例(4人の職業は会社役員や大学生などで、SNSで個人情報を集め、申請手続きも代行するなどして、約60人分(約6,000万円)の不正申請に関わったとされます)、男6人が詐欺容疑で広島県警に逮捕された事件(パソコンなどを押収した結果、広島県内の大学生など100人以上が加担し被害総額は1億円以上にのぼる可能性があることが判明、組織的な犯行が疑われています)などが代表的かと思われます。なお、不正受給の中には、給付対象ではない知的障害者のフリーター男性が、知人らの指示を受けて書類を申請し、100万円を受給する事例など複数あったといいます。関係者らは、知的障害者は罪の意識のないまま加担してしまう場合があると注意を呼び掛けていますが、大変許せない犯行です。ただ一方で、学生らも罪の意識のないまま犯行に及んでいる場合が多いことにも憤りを覚えます。なお、新型コロナウイルス対策として政府が国民1人あたり10万円を配った「特別定額給付金」の「2回目の給付が決定した」とする虚偽メールが出回っており、総務省が注意を呼び掛けています。偽の手続きサイトに誘導し、個人情報を入力させて盗み取るフィッシング詐欺の手口で、「施策の目的」などを記載したメール、サイトの作りは巧妙で注意が必要で、本人確認のためと称して、運転免許証やパスポートの画像をアップロードするよう求められるといった内容です。

特殊詐欺の手口は時代のキーワード(現在であれば「コロナ」、少し前なら「国勢調査」など)に敏感に反応するなどしながら変遷していくものですが、それとは別に、摘発や被害防止の取組みが進むことで、過去の手口が少しブラッシュアップされて新たに流行するといった反復性も確認されています。たとえば、最近、埼玉県内では、息子や孫など親族をかたって現金をだまし取る「オレオレ詐欺」の認知件数が増加しているといいます。キャッシュカードを狙う詐欺の防犯啓発が強化されたことに伴い、キャッシュカードを狙う詐欺への警戒が強まっていることや、カードの引き出し限度額に上限があることが背景にあり、詐欺グループが一度に多額の現金をだまし取れる旧来型のオレオレ詐欺に回帰している可能性が指摘されています。特殊詐欺を防止するためには、手口を知っておくことが有効ですが、社会情勢に応じて主流の手口が変化していることなども知っておくことでより有効な対策となり得ます。警察庁の統計情の分類である、オレオレ詐欺、架空請求詐欺、キャッシュカード詐欺盗(窃盗)、還付金詐欺、融資保証金詐欺、預貯金詐欺、金融商品詐欺、ギャンブル詐欺、交際あっせん詐欺、その他の10分類位を認識しておくとよいかと思われます。なお、最近の特殊詐欺について、キャッシュカード詐欺盗や電子マネー詐欺以外の新たな手口・傾向としては、在日外国人(とりわけ中国人)を狙った事件が増加していること(大使館員を装って「強制送還」といった言葉で不安を煽る手口など)、メールやインターネット経由ではなく紙の封書を使った架空請求詐欺(「料金未納遅延損害金請求事件」などと記載した文書や、「裁判所に訴状が提出されました」といった文言で電話連絡を求める内容で不安を煽る手口など)、不審電話を使った手口(警察署に呼び出すなど)などが挙げられるかと思います。

以下、最近の特殊詐欺などの手口や被害事例に関する報道から、いくつか紹介します。

  • 東京・中野区のドラッグストアで偽造クレジットカードを使って商品をだまし取ったとしてマレーシア人の男が逮捕されています。報道によれば、容疑者はマレーシア人の詐欺グループの一員で、すでに偽造カードの製造役などとしてグループの6人が逮捕・起訴されています。グループはSNSで「捕まっても日本では無料の弁護士サービスが受けられます」、「日本までの航空券代を立て替えます」などと説明し、40人以上のマレーシア人を集めていたといい、被害は1億円以上に上るとみられています。
  • 浜松市の女性が「携帯電話がハッキングされている」などと嘘をつかれ現金約2,500万円をだまし取らました。66歳の女性の携帯電話に「確認できないお金があります」とショートメッセージが届き、女性が記載された番号に電話をかけると個人情報保護協会を名乗る男が「あなたの携帯電話がハッキングされ、他の人に被害が出たため損害賠償が必要」、「銀行口座に不正アクセスがあったので別の口座にお金を移しましょう」などと話したということです。
  • 融資の保証金の名目で現金をだまし取ることを企て、マッチングアプリで知り合った融資元を探していた男性会社員に「自己資金の3倍までの融資になる」、「最低自己資金は200万円必要だ」などと嘘のメッセージを送信、4回にわたって合計200万円を振り込ませたものです。さらに、詐欺に使われた銀行口座のキャッシュカードや暗証番号を犯行に使われると知りながら容疑者らに提供したとして、さらに1人を詐欺ほう助の疑いで逮捕されています。
  • JCBをかたるフィッシングメールが出回っているとして、フィッシング対策協議会が注意を呼び掛けています。同社のカード会員向けWebサービス「MyJCB」の本人確認を装った内容で、クレジットカードの利用を制限したと偽り、本文中のリンクから偽サイトに誘導するもので、件名は「【My JCB】ご利用確認のお願い」などだといいます。本文には「カードのご利用を一部制限させていただき、ご連絡させていただきました」、「ご回答をいただけない場合、カードのご利用制限が継続されることもございます」(全て原文ママ)といった文言が記載されているということです。
  • 警察官を名乗り「口座から不正な引き出しがあるため、警察署に来てほしい」などという不審電話が奈良県内で約50件相次いだといいます。奈良県警はキャッシュカードをだまし取る詐欺の電話だとして注意を呼び掛けています。報道によれば、「口座から不正な引き出しがある。被害届を出して裁判所に申告すればお金が戻ってくる。今日警察署に来ることはできますか」という電話がり、女性が「行けない」と答えると、「再交付手続きのため、先にカードを預かる必要がある」と言われ、自宅を訪れた警察官を装う男にカードを渡した。口座からは50万円以上が引き出されていたという事件も発生しています。
  • 滋賀県警守山署は、野洲市内の派遣社員の男性が日本セキュリティ協会などを名乗る男らに現金150万円と電子マネー130万円分をだまし取られたと発表しています。報道によれば、男性の携帯電話に「ご利用料金の確認がとれていません」などといったメールが届き、記載された番号に電話すると「本日中に支払いされない場合は裁判になります」などと言われ、守山市内の複数のコンビニで電子マネーを購入、券面番号を伝えたほか、指定された場所に現金を送付したというものです。
  • 大阪市に住む80代の女性からキャッシュカードをだましとったとして、特殊詐欺のリクルーター役の女が逮捕されています。報道によれば、女は、受け子の心のケアもしていたということです。容疑者は昨年9月、詐欺グループの仲間とともに大阪市に住む80代の女性にうその電話をかけ、キャッシュカード2枚をだまし取った疑いがもたれており、SNSで特殊詐欺の受け子を勧誘するリクルーター役として、「東京はやばいから大阪はどう?」などと言って勧誘していたほか、「私も受け子をやっていたから、気持ちわかるよ」などと励まして、受け子の“心のケア”をしていたということです。
  • 電話で架空の投資話を持ちかけて現金をだまし取ったとして、大阪府警捜査2課などは、詐欺容疑で職業不詳の容疑者ら特殊詐欺グループの男女6人を逮捕しています。報道によれば、このグループが関係する複数の口座には計約4億7,000万円の入金があり、うち少なくとも約2億円は特殊詐欺の被害金で、府警は実態解明を進めているといいます。また、押収した名簿などから、6人は容疑者が指示をしながら、今年に入ってから690人以上に電話をかけていたとみられています。また、このグループが詐取した約1,300万円を、マネー・ローンダリングのために暗号資産(仮想通貨)に換金したとして、組織犯罪処罰法違反(犯罪収益隠匿)容疑で自営業の容疑者も逮捕しています。
  • 韓国にある法人からだまし取った現金を不正に引き出したとして、警視庁組織犯罪対策総務課と築地署、向島署は、組織犯罪処罰法違反(犯罪収益隠匿)などの疑いで、人材紹介業の男=組織犯罪処罰法違反(犯罪収益隠匿)罪などで起訴=と会社会長=同=の両被告を再逮捕しています。容疑者は、取引先を装って企業に虚偽メールを送信し、現金を送金させる「ビジネスメール詐欺」グループのメンバーで、現金引き出しなどの指示役とみられ、グループは計約2億円の不正引き出しに関与した疑いがあるということです。
  • 埼玉県警熊谷署は、50代の無職女性が現金3,600万円をだまし取られたと発表しています。女性の携帯電話に音声ガイダンスで「あなたは出入国ができない」などと電話があり、音声の指示に従いスマホの番号を押すと、中国大使館職員や上海警察を装う男女から「大規模な詐欺事件を捜査中で、あなたも詐欺の犯人として疑われている」などと言われ、10月1~8日に複数回にわたり、市内の金融機関のATMコーナーで、指定された口座に現金を振り込んだといいます。女性は家族に相談後、110番し被害に気づいたということです。
  • 「インドネシアで金を仕入れて差益を稼ぐ」といううたい文句で架空の投資話を持ちかけ、高額の現金をだまし取ったとして、兵庫県警が無職の男2人を詐欺容疑で逮捕しています。報道によれば、これまで立件した被害総額は計2億円余りで、今後増える可能性もあるといいます。コロナ禍での経済不安もあって、安定資産とされる金に投資家の資金が流れる傾向にあり、注意が必要です。

本コラムでは最近、特殊詐欺被害を防止した金融機関やコンビニエンスストア(コンビニ)の事例や取組みを中心に積極的に紹介しています。以下、最近の報道からいくつか紹介しますが、これまでたびたび指摘しているとおり、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことがポイントとなることが、以下の事例からも読み取れるかと思います。なお、2020年11月2日付産経新聞で、特殊詐欺の被害を開店から4年で5度も防ぎ、地元の警察署から表彰された福井市内のコンビニがその秘密について、「最新の手口を知り、スタッフと共有したうえで、客の表情などの不審点を見逃さない注意深さが重要」と指摘、「新たな詐欺の手口については事務所内だけでなく、お客さんにも見える店内にも掲示」、「もっと詐欺の内容を知って、被害を避けてほしいから」との思いからだと話していました。さすがの取組みや姿勢であり、こちらも参考にしていただきたいと思います。

  • まずは警察の摘発事例を紹介していきます。(1)高齢者からキャッシュカードをだまし取ろうとしたとして、兵庫県警は、詐欺未遂の疑いで、中国籍で専門学校生の女を逮捕しています。報道によれば、警戒中の捜査員が不審な動きをしていた女に職務質問し、スマホに残されたメールが逮捕の決め手になったということです。芦屋市内で、百貨店員や警察官をかたった不審な電話が相次ぎ、捜査員が警戒していたところ、午後6時ごろ、JR芦屋駅前の商業施設でうろうろしたり、座り込んでスマホをのぞき込んだりしていた女に捜査員が声を掛けたところ、「中国の知り合いに頼まれてカードを受け取る仕事に来た」と説明、リュックの中には「全国銀行協会」と書かれた書類を持っていたほか、女のスマホからは行き先を指示する中国語のメールが見つかり、県警が被害者を特定し、不審な電話などを確認したというものです。警察のファインプレーですが、行動(ふるまい)の不審さを見逃さなかった点がポイントとなります。また、コロナ禍で外出自粛などを促す緊急事態宣言が発令された影響で、一時減少傾向にあった特殊詐欺の「予兆電話」が再び目立ち始めており、埼玉県警越谷署では、専門の捜査チームを作り、被害者から金品を受け取る「受け子」の検挙に力を入れているといいます。たとえば、(2)上下スーツ姿でネクタイを緩めた男が、左手に荷物で膨らんだバッグを持ち合わせているのを見て「不審だ」と直感して声掛けをしたところ、男のバッグの中から、スーツに着替える前の服のほか、予兆電話をかけたとみられる家のリストが見つかったという事例があったといいます。さらに、電子マネーを悪用した特殊詐欺を防ぐため、(3)和歌山県警は今月から県内のコンビニ各社に対し、高齢者が高額の電子マネーを購入しようとした際には精算前に警察へ通報するよう協力を依頼しているといいます。犯人側にとってコロナ禍の中、移動の手間なく電話一本で現金をだまし取ることができるメリットがあるとみられ、水際対策を強化しているものです。
  • 敵を知ることは己を守ることにもつながります。架空請求の代金をコンビニで売られている電子マネーを介してだまし取るパターンが多いのは本コラムでも紹介しているとおりです。実際に島根県警が公開した犯人とのやり取りの音声データでは、「(コンビニの)店員に聞いても案内できないので、わからないことがあったら店の外に出て私に電話してください」、「何の支払いか?」「詐欺じゃないか?」と聞かれたら、「自分で使うので大丈夫」と答えて、店員を安心させてあげてください」といった巧妙な手口となっています。
  • コンビニの事例としては、(1)セブンイレブン阪神御影駅東店で、80代の男性が「3万5,000円分の電子マネーカードを買いたい」と来店、理由を聞くと「パソコンが動かなくなり、画面に出た電話番号にかけたら、電子マネーカードの番号を聞かれた」と話したため、不審に思って警察に通報し被害を未然に防止したというものがありました。また、(2)ローソン福知山三和町店では、80代の男性が夜1人で店を訪れ、約30万円分の電子マネーを購入しようとマルチメディア端末の操作を依頼、電話で誰かと話をしながら高額の電子マネーを購入しようとしていたため、特殊詐欺被害に遭っているのではないかと心配し、男性に注意喚起をし、警察にも通報して被害を未然に防止したというものもありました。(3)セブンイレブン幸手緑台店では、70代の男性がパソコンのセキリュティー対策費用として10万円分の電子マネー購入を要求された際、「封筒に入ったお金を持参したのでおかしい」と思い、特殊詐欺を疑い110番通報して被害を未然に防止しています。(4)ローソン長与高田郷店では、通話しながら来店した70代男性に電子マネーの買い方を尋ねられ、相手から指示されているような様子に詐欺を疑い、店長と店員は「だまされています」と男性に伝え、店長が代わりに電話に出るなどして被害を防いだというものもありました。また、(5)那覇市にあるファミリーマート小禄一丁目店では、お店を訪れた女性客がネットで誤って購入手続きをした商品のキャンセル料として15万円を払うよう求められたことを店員に相談、店員が女性に支払わないよう説得、特殊詐欺を未然に防いだというものもありました。さらに、(6)大阪府警交野署は、高額な電子マネーカードを購入しようとした高齢者らを思いとどまらせ特殊詐欺を防いだとして、コンビニ3店に感謝状を贈っています。いずれも9~10月、自宅のパソコン画面に出た嘘の警告や請求を信じて電子マネーカードを購入しようと来店した50~70歳代の客に購入理由を尋ねるなどして詐欺被害を見抜き、警察に通報したもので、ある店長は「以前にも被害は免れたが、高額のカードを購入されるケースがあり、詐欺には注意していた。勇気を出して警察に電話してよかった」と話しています。(7)ローソン草加松原店では、おびえた様子で店内をうろうろしていた常連客の80歳代女性の様子がおかしいと思い、「何かお探しですか」と声をかけると、女性は震える声で「30万円のプリペイドカードが必要なの」と答えたため、不審に思って理由を尋ねると、通信会社関係者を装う男から電話で、未払いの通信料を支払うために、プリペイドカードを購入するよう指示されたとのことだったため、詐欺を疑い自ら110番し、草加署員が来るまで女性をなだめ続け、被害を未然に防ぐことができたといった事例もありました。
  • 長野県警長野中央署は、特殊詐欺事件の容疑者逮捕に貢献した運輸会社の社員3人に感謝状を贈呈しています。報道によれば、若い男から電話で同社に配車依頼があったものの、非通知設定で番号を聞いても男が答えなかったことなどから、不審に思った男性が同署に通報、さらに男が指定した商業施設の駐車場にタクシーを配車、その場に署員が駆けつけ、タクシーに乗り込もうとした男に職務質問したところ、長野市内でキャッシュカード4枚を盗んでいたことが判明、窃盗の疑いで緊急逮捕し、現金引き出しを未然に防ぐことができたということです。
  • 特殊詐欺の被害を防いだとして、港南署は、横浜市港南区の港南台駅前郵便局に感謝状を贈っています。「ATMからの振り込みができない」という70代の女性の相談に局員が応対、女性がスマホの着信を気にしている様子から「詐欺ではないか」と感じ、目的を尋ねたところ、「動画サイトに登録され、今日中に35万円を払わないと裁判になる」などと女性は説明したため、署に通報し、署員が事情を聴いて詐欺だと判断したということです。

その他、特殊詐欺被害を防止するためのツールや取組み等についての報道から、いくつか紹介します。

  • 高齢者の特殊詐欺被害を防ぐ「撃退装置」を香川県警が貸し出しています。この普及に生命保険会社も協力しているといいます。電話機に接続すると自動で会話が録音されるほか、呼び出し音が鳴る前に相手に録音されることを伝える警告メッセージが流れるもので、2017年6月から9月までに県内で約000台が貸し出されています。生命保険会社の営業担当の社員が顧客の家を訪問する際、防犯の啓発チラシを配るほか装置を紹介、撃退装置の貸し出しは、警察署や交番などでも申し込みを受け付けているという連携の成果となります。似たような取組みはどこでも実現可能であり、もっと広く普及してほしいものだと思います。
  • 増加するニセ電話詐欺の被害に歯止めをかけようと、福岡県警東警察署は高齢者への注意喚起や事件摘発に向けた捜査を強化していつといいます。今月から、「ストップ!ニセ電話詐欺!50日作戦」と銘打ち、来月20日まで被害の抑止に取り組み、具体的には、詐欺グループから押収した電話リストを基に、被害に遭いやすい高齢者に注意喚起を図るほか、現金の振り込みなどで利用されることが多いコンビニに被害防止への協力を求めていくというものです。また、千葉県警が、千葉県佐倉市で京成線線路沿いの急斜面に迷い込み、その後観光施設に保護された子ヤギの「ポニョ」を、電話詐欺の撲滅を呼び掛ける県警の大使に任命したというものもありました。
  • 医療費などの還付を装う「還付金詐欺」の被害を減らそうと、警視庁は東京都内の無人ATMに携帯電話の電波妨害装置を試験導入しています。詐欺グループが携帯電話で被害者にATMの操作を指示するためで、警視庁によると、警察独自でATMに電波妨害装置を導入するのは全国で初めてだということです。装置はATMの周囲に微弱電波を発して電波を遮り、利用者の携帯電話を強制的に圏外にするもので、列に並んで待っている人への影響はないとのことです。都内の5か所に設置し、今後増設も検討するということです。

(3)薬物を巡る動向

嗜好用大麻の是非を巡り世界で初めて実施されたニュージーランド(NZ)の国民投票は、反対が53.1%と多数を占める結果となりました。報道によれば、同国では国民の8割は大麻を使用した経験があるといい、既に医療用大麻が解禁されるなど、嗜好用大麻合法化を受容する素地があったと考えられていました(事前の世論調査でも賛成派の方が多数だったようです)。一方で、健康への影響を懸念する声が高まっていたともいわれており、結果的には合法化は見送られることとなりました。本コラムでたびたび指摘しているとおり、医療用大麻と嗜好用大麻とではそもそも成分などが異なり、大麻の有害性・依存性の高さは科学的事実です。嗜好用大麻合法化を巡る最近の海外の動きは、ある程度大麻の使用が蔓延している社会において、あくまでコカインやヘロインなどより害悪の大きな「ハードドラッグ」の取り締まりに法執行機関のリソースを投入したいとする目的や、管理コスト削減や税収増などの「経済的合理性」、「組織犯罪対策」の観点などからやむを得ない帰結に過ぎず、使用者率が世界的に見てもまだまだ低い日本とでは事情が全く異なるといえます。なお、参考までに、厚生労働省の調査(2017年)によれば、日本の15歳以上64歳以下の生涯経験率は、大麻1.4%、有機溶剤1.1%、覚せい剤0.5%、コカイン0.3%、危険ドラッグ0.2%であるのに対し、海外のそれは、大麻だけ見れば、米44.2%、カナダ41.5%、仏40.9%など桁違いに高いという結果となっています。SNSやコロナ禍を媒介に「興味本位」で若年層が大麻に手を出す連鎖は正に「大麻感染症」とでもいえる状況であり、若年層への「大麻感染症」が拡大している中、日本で合法化を議論することは徒らに好奇心を煽るだけでありすべきではないと考えられます。むしろ今は、若年層への蔓延、再犯率の高さの現実に向き合い、司法的対応から治療的対応(治療、教育、福祉、リハビリ)へという世界的な流れをふまえた本質的な対策を急ぐべきだといえます。なお、合法化ではなく「非犯罪化」の議論はすでに始まっています。刑事罰を恐れることなく治療が受けやすくなることで、薬物使用者の健康リスクや犯罪リスクを減らし、結果、使用自体を抑制することにつながる可能性が示されているというものです。

さて、今回の米大統領選とあわせて実施された全米各地での住民投票の結果からも「非犯罪化」などさまざまなことを考えさせられました。まず米国で初めて大麻を合法化したオレゴン州では、コカイン、ヘロイン、オキシコンチン、覚せい剤など「ストリート・ドラッグ」と呼ばれる比較的ポピュラーな麻薬の少量の所持に対しては非犯罪化するという法案が賛成多数で可決されています。同時に同州では「マジック・マッシュルーム」などの呼び名で知られるトリップするキノコも合法となっています(このキノコは米国でも多くの州で違法とされています)。そして、その背景にあるのが、まさに「軽犯罪として刑務所に収容するよりも、麻薬に対するリハビリセンターなどに入れて依存症から立ち直らせるべき」という考え方です。なお、国際的な人権NGOのヒューマン・ライツ・ウォッチ」によれば、米国では25秒に1人(年間で125万人)が麻薬所持の容疑で逮捕されており、全逮捕件数の実に9分の1を占めているといいます(そのうえで、麻薬を使用する人の比率は黒人と白人でほぼ同じにもかかわらず、麻薬所持で逮捕される黒人は白人のおよそ2.5倍となっており、麻薬による逮捕は人種差別を助長すると主張しています)。このように、非犯罪化による「厳罰化から健康問題化へ」との大きな流れが確かに存在することを確認することができます。さらに今回の全米各地での住民投票では、新たにニュージャージー、アリゾナ、モンタナ、サウスダコタの各州が大麻合法化に賛成票を投じており、これにより米国では15の州と首都ワシントンで大麻が合法されることになります。そして、その背景には、やはり「自治体政府の経済的負担の大きさと常用者の数の多さ、合法化の結果としての税収増」などが挙げられています。なお、ストーカー対策においても同様に、最近では医学的アプローチが重視される流れとなっています。報道によれば、ストーカーに対し、警察が医療機関での治療を働き掛けるケースが近年増加し、昨年は全国824人で過去最多になったことが分かりました。ストーカー規制法施行から20年を迎え、被害防止に加害者対策の重要性が注目され始め、医学的アプローチの有効性が指摘されはじめています。警察庁によると、働き掛けた加害者は4年前の405人から倍以上に増えています。ただし、受診を拒否した人について、昨年は635人で824人の7割強を占めている点は課題となりますが、一方で、受診した124人のうち、再びストーカー行為をしたのは10人に留まる結果となりました。参考までに、海外のある研究結果によれば、逮捕されたストーカー犯 312人のうちからランダムに78人を選別し、9年間追跡して、再犯した者とそうでない者、暴力行為に及んだものとそうでない者を比較したところ、期間中77%が再犯に及び、その56%は別の被害者へのストーカー事案だったということです。また、粗暴再犯に至った者は33%だったということです。つまり、ストーカー対策もまた医学的アプローチによって、再犯を抑制する可能性が示されているということになります。その点については、コロナ禍によって、薬物依存症の治療に影響が出ていることも気になります。コロナ禍で「供給」が滞った影響(旅客による密輸から海上貨物へと手口が移行しています)や路上での取引が減少してデリバリーに移行している流れからか、違法薬物の摘発は軒並み減少しているところ、薬物乱用者が依存から脱却するのに重要な依存者らの集会が、新型コロナの影響で開けないケースも出ているとの報道がありました(2020年10月28日付産経新聞)。専門家らは、「薬物の実態がより見えなくなっている側面もある」と懸念しているほか、依存症支援者も「オンラインでのミーティングを増やすことは大切だが、リアルよりは効果が落ちる。依存症からの回復に必要なのは「3密」と「不要不急の(ミーティングへの)外出」だ」と指摘している点は考えさせられます。

若年増への大麻蔓延への対策が急務となる中、前回の本コラム(暴排トピックス2020年10月号)でも取り上げた東海大学野球部での大麻蔓延の実態が明らかとなった事件など、2020年に入って、大学スポーツ界での大麻使用事案が増えています。1月には路上で大麻を所持していた疑いで日本大ラグビー部員が逮捕され、10月にも近畿大サッカー部の複数部員が大麻を使用したとして、いずれも活動停止になっています。ある大学スポーツ関係者のコメントとして、「競技活動が自身のアイデンティティーになっている学生は、思うように試合ができない状況で心に隙が生まれ、興味本位から薬物に走る危険性もある」として、新型コロナウイルス感染拡大に伴って大会やリーグ戦が通常通り行われていない影響を指摘していましたが、部活動の無期限活動停止など関係者に多大な迷惑をかける危険性の認識が低く、「興味本位」で手を出したとか、コロナ禍を理由とするのは、何か「甘え」が見え隠れしているようで釈然としません。この点についてはむしろ、2020年10月20日付産経新聞の以下の指摘の方が正鵠を射るものと考えます。以下、転載します。

大麻の使用を認めた野球部員は大学の聴取に「興味本位だった」と説明した。日大ラグビー部員も「興味本位で始め、深みにはまってしまった」と話したという。近大サッカー部員は「新型コロナウイルスで暇になり、興味本位でやった」と話した。警察庁が平成30年に行った大麻取締法違反の検挙者に対する調査では、未成年者の初使用のきっかけは「好奇心・興味本位」「誘われて」「その場の雰囲気」とする回答が多く、危険性についての認識は希薄だった。関係者に多大な迷惑をかけることは分かっていたはずだ。そこに思いが至らない理由には学内などで特別視される強豪野球部のおごりや、「おれたちは大丈夫」という根拠のない錯覚があったとしか思えない。「コロナ」の言い訳は甘えにすぎない。部の閉鎖性や誤った仲間意識が薬物使用の温床となったのではないか

以下、薬物を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 覚せい剤などの違法薬物を所持したとして、警視庁組織犯罪対策5課は、いずれもベトナム国籍での埼玉、群馬、大分の3県に住む22~27歳の男女10人を麻薬特例法違反(規制薬物所持)などの疑いで逮捕しています。報道によれば、同課は、既に逮捕・起訴されたベトナム人被告の自宅から覚せい剤約104グラム(末端価格約665万円)を押収しており、母国の指示役に従い、複数のグループが覚せい剤などを在日ベトナム人向けに営利目的で輸入したとみて調べているといいます。集団窃盗事案でも明らかになっていますが、SNSを通じて在日ベトナム人同士はつながっており、同課は容疑者6人が住む群馬県警などと合同捜査本部を設置し、違法薬物の売買のほか、同県太田市などで相次ぐ家畜の窃盗事件との関連も捜査しているといいます。海外の犯罪組織の暗躍(日本国内への浸透)、在日外国人のコミュニティにおける薬物蔓延、他の犯罪との関係など、さまざまな要因が絡む興味深い事件だといえます。
  • 警視庁町田署は、大麻取締法違反(所持)の疑いで、ともに22歳の東海大4年の男子学生と同大の卒業生の男性を現行犯逮捕しています。報道によれば、東京都町田市の駐車場で少量の乾燥大麻を所持していたもので、パトロール中の署員が駐車場にいた2人に職務質問をしたところ、それぞれが袋に入った大麻を隠し持っていたといいます。なお、本件は東海大野球部との関連は今のところ否定されています。さらに、福岡県警は、大麻を売買するなどしたとして、大麻取締法違反(営利目的譲り渡しなど)の疑いで、建設作業員(22)ら高校生2人を含む県内の17~22歳の男12人を逮捕しています。報道によれば、昨年11月~今年7月、北九州市の商業施設や公園で、大麻を譲り渡したり所持したりした疑いがあり、12人は地元の友人を介したつながりがあるということです。容疑者はこの中の1人の少年に乾燥大麻を売却するよう求めて渡しており、「もうけたかった。少年だからしゃべらないと思った」と供述しているといいます。やはり若年層特有の仲間意識が蔓延を助長している構図があるように思われます。また、大麻草を所持したとして、奈良県警橿原署は、会社員の少年(19)と男子大学生(18)を大麻取締法違反(共同所持)の疑いで逮捕しています。報道によれば、2人は、橿原市内の路上で、大麻草約0・723グラムを所持した疑いがもたれており、パトロール中の署員が路上でたばこを吸っていた2人に職務質問しようとしたところ、会社員の少年が逃走、途中で大麻草の入った袋を捨てたものの、その後、確保されたということです。
  • 密売目的で覚せい剤などを所持したとして、大阪府警南署は、覚せい剤取締法違反(営利目的共同所持)などの疑いで、美容師ら男女6人を逮捕しています。報道によれば、容疑者が今年3月~7月、自宅など5カ所のマンション一室で、覚せい剤約1・2キロ(末端価格8,230万円相当)やコカイン41グラム(同82万円相当)、大麻17グラムを所持していたことを裏付けています。さらに、注射器約6,400本と現金約1,100万円も押収しており、同署は容疑者らが密売目的で大量の違法薬物を隠し持っていたとみて、入手経路などを調べているといいます。なお、密売事案では、名古屋市瑞穂区の会社員が、アパートで乾燥大麻およそ65グラムを営利目的で所持していたとして逮捕された事件もありました。報道によれば、家宅捜索で大麻草34株のほか、電子タバコで使用する「大麻リキッド」とみられる液体26本とその製造機が見つかったということです。「大麻リキッドは1本1万5,000円から2万円で売った」などと供述、750万円以上の利益を上げていたと見られているといいます。
  • 公務員の逮捕事案もありました。自宅で大麻を所持していたとして、埼玉県警は、大麻取締法違反容疑で、関東信越国税局大宮税務署職員を逮捕しています。「自分で使うために持っていた」と容疑を認めており、埼玉県警は大宮税務署を家宅捜索、薬物の入手ルートや動機の解明を急いでいます。報道によれば、自宅で「大麻リキッド」と呼ばれる液状の大麻を所持した疑いがあり、自宅を家宅捜索した際に押収した喫煙具2本のうち、1本から大麻成分が検出されたということです。また、陸上自衛隊福島駐屯地は、大麻を所持していたとして、第44普通科連隊の男性陸士長(20)を懲戒免職処分としています。報道によれば、陸士長と同室の隊員が「葉っぱのようなものを見せられた」と中隊長に報告したことから発覚したものだということです。さらに自衛官関係者では、大麻を密売したとして、津市の元自衛官の男が大麻取締法違反(営利目的譲渡)などの疑いで九州厚生局麻薬取締部に逮捕、起訴されています。報道によれば、昨年夏以降、ツイッターで客を募り、大麻を「野菜」「ドライフルーツ」などと隠語で表記、全国の130人超に大麻など違法薬物を販売し、1,400万円以上を売り上げていたとみられるということです。被告は、三重県内の自衛隊駐屯地で15~19年3月に勤務していたといい、自宅から、顧客リストや若干量の合成麻薬LSDも押収しています。さらに、自宅で乾燥大麻を所持したとして、千葉県警は、東京都渋谷区総務課の技能主任の男を大麻取締法違反(所持)容疑で現行犯逮捕しています。報道によれば、容疑を認め、「自分で吸うために持っていた」と話しており、自宅2階の寝室の机から乾燥大麻約2グラムが入った袋のほか、アルミホイルで作られたパイプ3個、葉たばこ用の吸引器具が見つかったといいます。男は公用車の運転業務などを担う輸送係だということあり、人命を預かり、車を運転する者の薬物接種は極めて危険だといえます。
  • 東京・練馬区のビジネスホテルで覚せい剤6グラムを現金1万4,000円で譲り渡したなどとして男女2人が逮捕されています。報道によれば、容疑者らは10月、東京・北区で覚せい剤を所持していたとして現行犯逮捕され、その際、覚せい剤とみられる薬物約70グラムなどが押収されているといい、2人は都内のホテルなどを転々としながら、違法薬物の密売を繰り返していたとみられるということです。特殊詐欺のアジトが短期間で移転していることはよく知られていますが、違法薬物の売買においても、流動的なアジトが活用されている実態が垣間見られます
  • 自宅で大麻を所持したとして、京都府警城陽署は、無職の男を大麻取締法違反(所持)の疑いで現行犯逮捕しています。報道によれば、落とし物の財布の中から乾燥大麻が見つかり、城陽署が捜査を進めていたもので、自宅で大麻の入ったビニール袋を3袋所持した疑いがもたれています。男は、財布の遺失物届を出していたといい、男に事情を聞くと、「自宅にも大麻がある」と認めたことから家宅捜索したところ、大麻3袋が見つかったものです。
  • 菓子「グミ」に似せた合成麻薬「MDMA」をオランダから密輸したとして、埼玉県警は、英国籍の認定こども園職員を麻薬取締法違反(輸入)容疑で逮捕しています。報道によれば、MDMAは錠剤が一般的で、グミの形状での密輸は珍しいといいます。何者かと共謀して、MDMA成分入りのグミ53粒(計約31グラム、約21万円相当)を入れた郵便物を自宅アパートに送り、密輸した疑いがもたれています。
  • 危険ドラッグに関する事案も複数ありました。密造した危険ドラッグを販売したとして、警視庁組織犯罪対策5課は、行政書士と同居の母親を医薬品医療機器法違反(業としての販売)容疑で逮捕しています。報道によれば、同課は、両容疑者が2015年以降、中国から原料を輸入して自宅で配合した危険ドラッグをインターネット上で販売し、約2億3,100万円を稼いだとみて調べているということです。両容疑者はネット上で「全て植物の肥料」「腐葉土」とうたって販売しており、「売ったのは植物の肥料」などと容疑を否認していますが、同課は、危険ドラッグを所持したとして客9人も同法違反の疑いで立件する方針だということです。また、関連して、危険ドラッグを販売、所持したとして、警視庁は、この行政書士と医師ら男女4人を医薬品医療機器法違反(指定薬物販売、所持)容疑で逮捕しています。報道によれば、行政書士ら2人は6月、東京都北区の男に危険ドラッグの液体約3ミリリットルを現金1万6,000円で販売した疑いが、医師ら2人は9月、行政書士から買った危険ドラッグの粉末約3グラムと植物片約9グラムを群馬県で所持した疑いがもたれているということです。4人とも「違法薬物ではない」と容疑を否認しています。なお、危険ドラッグの摘発という点では、関東を中心に複数の病院などを経営している医療法人理事長の男と交際相手の看護師の女が、危険ドラッグを所持したとして、警視庁に逮捕された事件もありました。2人は今年9月、群馬県内で危険ドラッグの粉末0.32グラムなどを所持した疑いが持たれているということです。猛威を振るった最盛期から見れば下火になったとはいえ、危険ドラッグもいまだ蔓延している実態が浮かび上がっています
  • 知人の男に協力させて覚せい剤の摘発事件をでっち上げたとして、愛知県警は、岡崎署地域課の男性巡査部長を覚せい剤取締法違反(所持、譲り渡し)と虚偽有印公文書作成・同行使の疑いで名古屋地検に書類送検しています。また、県警は巡査部長を同日付で懲戒免職にしました。報道によれば、巡査部長は交番勤務中に、30歳代と40歳代の男に覚せい剤の成分が付着したビニール袋を持たせた上で、同県岡崎市の路上などで行った職務質問で摘発したとする虚偽の捜査報告書を作成した疑いや、自宅で覚せい剤が付いた袋を所持した疑いがもたれています。なお、報道によれば、今回の事件で「押収」を装った覚せい剤は計量できないほど微量だったとされ、摘発しても処罰されないと見越して知人の協力を得ながら、刑事に復帰するため、実績を上げようとしていた可能性があると見られているということです。そもそも押収した覚せい剤が極めて微量だと処罰の対象にならないことが多い一方、摘発の実績にはなり、とりわけ、交番勤務員など地域課の警察官にとっては、街頭での職務質問から犯罪を割り出したケースは評価が高いとされ、実際のところ、巡査部長は今回、虚偽の摘発で表彰を受けていたということです。

次に、海外における薬物を巡る報道から、いくつか紹介します。

  • 南米パラグアイの内務省は、首都アスンシオン近くの港でコンテナの中に隠されていたコカイン4トンを押収したと発表しています。5億5,000万ドル(約580億円)相当にも上り、摘発規模としては同国最大だということです。
  • メキシコのサルバドール・シエンフエゴス前国防相が、訪問先の米ロサンゼルスの空港で米麻薬取締局に麻薬密売とマネー・ローンダリングの疑いで逮捕されています。ペニャニエト前政権時代に6年間国防相を務め、当時は麻薬組織の取り締まりで主導的な役割を果たしたことで知られた人物です。国防相として麻薬犯罪対策を指揮しながら、自身も麻薬カルテルのトップとして君臨し、「エル・パドリーノ」(ゴッドファーザー)の異名で呼ばれていたとされています。中南米から米国への主要な麻薬密輸ルートにあたるメキシコでは、密輸を取り仕切る複数の麻薬カルテルが対立、縄張り争いなどの抗争で治安が悪化し、軍が介入する「麻薬戦争」が行われているのはよく知られています。前国防相は取り締まりを指揮する立場の一方で、自身に賄賂を贈る凶悪な麻薬密売組織「H2ーカルテル」が活動しやすいように調整したり、仲間の被害が少なくなるようにしたりしていたほか、同カルテルによる拷問や殺害などの暴力を見逃し、勢力拡張を側面支援していたともされます(報道によれば、傍受された携帯電話での数千のやり取りからは、競合の麻薬組織についての捜査ばかりを指示するメッセージが確認されているといい、映画や漫画並みの事態には呆れるばかりです)。
  • 米製薬会社パーデュー・ファーマは、医療用麻薬「オピオイド」入り鎮痛剤の販売を巡り、米司法省に80億ドル(約8,400億円)以上の和解金を支払うことで合意しています。製薬会社の和解金の支払額としては、過去最大となります。報道によれば、米司法省は販売手法などを巡り刑事・民事の両面で捜査しており、パーデューは詐欺罪や反キックバック法違反などを認めたといい、和解金には35億ドル超の罰金や28億ドルの民事和解金などが含まれるといいます。本コラムでもたびたび取り上げてきましたが、オピオイド系鎮痛剤は従来薬に比べて依存症のリスクが低いとして、1990年代に売り出されましたが、乱用による中毒患者が急増して社会問題となっています。米疾病対策センター(CDC)によると、1999~2018年に米国でオピオイド中毒で45万人が死亡しています。

(4)テロリスクを巡る動向

仏シャルリエブド紙の風刺画再掲載が、新たなテロの犠牲者を生みました。そして、そのこと自体が2つの価値観の違いを際立たせることとなり、その対立が先鋭化、両者のさらなる分断を招き、今やテロ発生のメカニズムがより強固なものとなりつつあります。前回の本コラム(暴排トピックス2020年10月号)では、この再掲載が招く事態について、以下のとおり予想していました。

「表現の自由」がどこまで許されるのか、悲惨なテロから5年経ってもなお解決の糸口さえ見つからない難しい問いをあらためて投げかけています。そのような中、フランスのマクロン大統領は、イスラム過激派対策として、モスクへの規制強化などを盛り込んだ法案を年末までに提案する方針を示しています。公の場所に宗教を持ち込まないフランスの原則を徹底させることが柱で、国内のモスクに外国からの資金が流れていないか監督を強化するほか、「反乱主義者」が紛れていないか監視する、(不適切な教育を施す保護者がいるため)子どもが学校の代わりに自宅で義務教育を受けることを原則認めないといった内容のようです。マクロン大統領は、「我々が戦うのは『イスラム分離主義』だ」として、男女平等、政教分離などを軽視する考え方を分離主義と呼んで問題視、イスラム教徒を批判しているわけではないとも強調しています。前述のシャルリエブド事件などフランスでは近年、イスラム過激派によるテロが相次いでおり、ホームグロウン・テロリスト(自国で育ったテロリスト)が少なくないことが背景にあるようです。フランス共和国の価値観はまさに「男女平等」「政教分離」にありますが、それが「イスラム分離主義」者のみならず、イスラム教徒を分離する(排除する)ことにつながるのであれば、まさにテロの発生メカニズムを引き起こす(ネガティブ・スパイラルが起動する)危険な状況ではないかと考えます。本コラムでたびたび指摘しているとおり、テロの背景にあるのは、政府の機能不全や内戦、宗派・部族対立による混乱といった「人心・国土の荒廃」であり、今の「コロナ禍」だといえます(コロナ禍の長期化に伴い、インターネット上の情報との適切な距離感が問われているともいえます。「巣ごもり」でネット利用が拡大するなか、過激派が勧誘などに悪用、確証バイアスやフィルターバブル現象・エコーチェンバー現象が相互に助長しあって、視聴者自身がネット検索で思い込みを強化してしまうこともあり、過激思考の拡散が懸念されるところです。イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)はオンライン上の宣伝や勧誘を強化しており、コロナ禍は「神が我々の敵(欧米など)に与えた罰だ」とし、「敵」が対策で忙殺されている今こそ攻撃強化をと呼びかけているといいます)。ISに限らず、ホームグロウン・テロリストのように、思想に共鳴したテロがひとたび発生すれば、人々の間に疑心暗鬼が芽生え、それがさらなるテロを生むという悪循環となり、そこにISなどのイスラム過激派が実効支配を強めていくという構図が考えられるところです。過激思想やテロに屈しない強い姿勢を示す必要性は認められるものの、本来排除すべき対象と「社会的包摂」の中で対処していくべき対象を明確にし、正確に国民に伝え共有していくことが不可欠だといえると思います

そして懸念はついに現実のものとなり、10月16日にパリ近郊の路上で、イスラム教預言者の風刺画を授業で扱った中学教諭が殺害されたテロ事件が発生してしまいました。それに対し、仏マクロン大統領は、「我々の存在をかけた闘いだ」と語り、イスラム過激主義との対決姿勢を強調、数百万人のイスラム教徒が暮らすとされる仏社会で、「表現の自由」と信仰をめぐる大きな亀裂をさらに深めました。さらにマクロン大統領は、「表現の自由」とともに「冒涜の自由」を主張し、これにより仏国内のみならず世界中のイスラム教信者との亀裂は決定的なものとなりました。なお、「冒涜の自由」は仏の歴史を紐解けば重要な概念であることが分かります。仏はすでに1881年の段階で冒涜罪を廃止しています。宗教を批判したり、その象徴を傷つけたりしても罰せられない自由を獲得したものであり、今も冒涜罪があるイタリアやスペイン、ドイツなどと比べ、フランスの自由を特徴付けている概念でもあります。また、海外出身のイマーム(宗教指導者)が仏語を理解せず、仏社会の根幹をなす政教分離の概念や、既に法制化されている同性婚や男女平等などの価値観を共有しないとして、しばしば問題となってきました。さらに、この30年で、公の場に宗教を持ち込まないフランス社会の原則がより厳しく解釈されるようになり、過激主義者ではないイスラム教徒が「イスラム教徒としての自分を社会で認められない」という疎外感を持ち、それが過激化につながっているとの分析もあります。このように、そもそも仏社会における宗教的分断、表現の自由と信仰を「至高の価値」とする価値観の相違の溝が深まっていることが背景にあることを理解することが重要で、マクロン大統領が「冒涜の自由」を強く訴えたことも、一定程度理解できるところではあります。仏の世論調査でも、表現の自由を教える授業で宗教を侮辱する風刺画を生徒に見せる行為は「正当化される」と答えた人は78%に上っているといいます。ただ、どこまでを表現の自由として認めるかをめぐっては、あいまいな部分も多く、「表現の自由」とは「権力を批判する自由」であり、宗教に対する冒涜を含む一方で、信者個人に対する中傷や侮辱は許されないものであり、「宗教への冒涜が信者個人の信仰心を傷つける」と指摘する声も上がっているといいます。

一方のイスラム教的価値観からの反撃もまた苛烈を極めています。たとえば、熱心なイスラム教徒のトルコのエルドアン大統領は、「イスラム教徒の何が問題なのだ。信仰の自由を理解していない国家元首に何と言えばいいのか。あなた(マクロン氏)はいつも私をいじめるが、あなたが得るものはない」、「治療が必要だ」と述べ、外交問題にまで発展しています(シャルリエブド紙もエルドアン大統領の強烈な風刺画を掲載しています)。また、マレーシアのマハティール前首相は、イスラム教徒は「何百万人ものフランス人を殺す権利がある」との文言を含む文章をツイッターに投稿(仏は猛反発し、ツイッターは削除されています)、教員の殺害に反対した上で「他者への侮辱は表現の自由に含まれない」と指摘しています。さらに、イスラム教スンニ派最高権威とされるエジプトのアズハル機構は、容疑者を批判する一方、「神聖な事柄は敬う必要がある」とし、宗教を侮辱して憎悪をあおるべきではないと述べ、譲れない一線があるとの姿勢を示しています。さらに、パキスタンのカーン首相は、「マクロン大統領がイスラム教徒を故意に挑発することを選択したのは残念だ。無知に基づく声明は憎悪やイスラム恐怖症、過激派を生み出す」と批判、「マクロン氏は明らかに理解がないままイスラム教を攻撃し、世界中の信徒の感情を傷つけた」と指摘、「世界は二極化を望んでいない」と主張しています。また、聖地メッカがあるサウジアラビア外務省は、表現の自由は「憎悪や暴力、過激主義を拒絶し、尊敬や寛容、平和の指針になるべきものだ」、「預言者への攻撃的な風刺を非難する」との声明を出しています。50カ国以上のイスラム諸国が加盟するイスラム協力機構(OIC)は声明で、「フランスの特定の政治家たちによる、イスラム世界とフランスの関係にとって有害な談話」への懸念を表明、事件は容認できないと強調する一方、「イスラム教、キリスト教、ユダヤ教の預言者への侮辱行為は常に非難する」、「表現の自由を名目に、宗教冒涜に基づく嫌がらせを正当化すべきでない」と述べています。また、ヨルダン外務省は「表現の自由を口実とした預言者の風刺画の出版が続いていること」を批判、エジプトのシシ大統領は、表現の自由を理由にしてイスラム教の預言者ムハンマドを「侮辱する」行為を終わりにしてほしいと世界に訴え、「思っていることを表現する権利は誰にもあるが、イスラム教徒が傷ついているのだ。やめるべきだと思う」と強調しています。なお、クウェートやカタールなどではフランス製品をボイコットする動きが出ているほか、イスラエルでもアラブ系市民らによる抗議行動が起きています。

表現の自由と信仰という価値観の大きな分断が事件をきっかけにその亀裂の度合いを深め、さらなるテロを生み出す土壌を耕してしまっている今の状況は極めて憂慮すべきものです。本コラムの立場としては、「社会的包摂」の重要性をあらためて噛みしめ、「不寛容」がもたらす負の連鎖を断ち切るべきだというものであり、カナダのトルドー首相の、「表現の自由は常に守っていかなければならないが、限度がないわけではない」としたうえで、表現の自由を行使する場合、「相手への敬意を保ち、同じ社会、地球に暮らす人々を故意に、あるいは不必要に傷つけないよう、自ら戒める責任を負う」こと、「多元的で多様な社会では、他者への発言や行動の影響に配慮する責任を負う。特に今なお差別を経験している人々に対してはそうだ」と訴えたスタンスに完全に同意するものです。

さて、同じヨーロッパでは、オーストリアの首都ウィーン中心部のシナゴーグ(ユダヤ教会堂)周辺で11月2日午後8時ごろ銃撃があり、同時間帯に付近の5カ所でも銃や刃物による襲撃が相次ぎ、一連の襲撃で男女4人が死亡、複数が負傷するテロ事件が発生しています。新型コロナウイルス対策として、政府が夜間外出禁止などの規制強化を始める前夜、大勢の人出があったタイミングでの犯行であり、射殺された容疑者はオーストリアと北マケドニアの国籍を持つ20歳の男で、シリアに渡航を試みたことがあるなどISの信奉者だったということです。オーストリアのクルツ首相は「これはキリスト教徒とイスラム教徒の対立でも、オーストリア人と移民の対立でもない。これは、平和を信じる多くの人々と、信じない少数の人々との戦いだ。文明と蛮行の戦いだ」と非難、「われわれの民主主義を全力で守る」と表明しています。なお、仏やオーストリアでのテロとの関係は不明ですが、英は、テロ警戒水準を5段階中上から2番目の「深刻(severe)」に引き上げたと発表しています。同水準はテロ攻撃が起こる可能性が高いことを意味しており、パネル内相は「予防措置で、特定の脅威が存在するわけではない」とした上で、国民に警戒を続けるよう促しています

ISが関与したものとしては、アフガニスタンの首都カブールでも、武装集団がカブール大学に侵入して教室にいる学生らに発砲、治安当局との銃撃戦に発展し、学生ら22人が死亡、22人が負傷するテロ事件も発生しています。ISは犯行声明で、新卒の裁判官や治安当局者を標的にしたと主張しています。カブールでは1週間ほど前にも教育施設の近くで大規模な自爆テロがあり、31人が死亡、70人超が負傷し、同じくISが犯行声明を出しています。カブールではISが、アフガンで少数派のイスラム教シーア派を狙ったテロを繰り返している状況にあり、アフガン政府は反政府武装勢力タリバンと恒久停戦に向けた協議を続けているが、戦闘や爆発が相次いでいることもあり、進展が見られない状況です。

さて、世界でのテロリスクの高まりは、来年世界最大のイベントである東京五輪・パラリンピックが開催される日本にとっても対岸の火事ではいられません。米司法省は、2018年の韓国・平昌冬季五輪などを標的にサイバー攻撃を仕掛けていたとされるGRU(ロシア情報機関・軍参謀本部情報総局)の現・旧情報部員6人を起訴しています。一方、英政府は、GRUが東京五輪関係団体へのサイバー攻撃があったことを明らかにしています。五輪とテロとの関係については、2020年10月20日付産経新聞で述べられていますので、以下、転載します。

五輪は、軍事施設や重要なインフラ施設と比べて警備が手薄な「ソフトターゲット」としてテロ攻撃の標的とされてきた。古くは1972年ミュンヘン五輪中にパレスチナ系武装組織が選手村に侵入し、イスラエル選手ら11人を殺害。96年アトランタ五輪でも大会期間中に爆破テロが起きた。ロンドン五輪では地対空ミサイルが配備されるなど警備を強化した。一方で暗躍してきたのがサイバーテロだ。同五輪は2億件のサイバー攻撃を受けたとされ、特に各国首脳ら要人が集まり、世界全体で10億人規模がテレビ視聴する開会式が標的とされた。情報をつかみ対策を取ったため難を逃れたが、会場の照明を落とす狙いで電力施設が狙われたという。18年平昌冬季五輪は大会前を中心に攻撃は6億件に達した。英外務省は、GRUは平昌五輪でもサイバー攻撃を仕掛けたとしている。その動機として、英BBC放送はドーピング問題でロシアが国としての出場を禁じられたことへの反発の可能性を伝えている。GRUを巡っては、国ぐるみの不正を認定した世界反ドーピング機関(WADA)へのサイバー攻撃も指摘されてきた。WADAは昨年12月には、ロシア選手団を東京五輪も含め今後4年間、主要大会から除外する制裁を決めた。ロシア側がスポーツ仲裁裁判所に異議を申し立て、緊張が高まっている。

日本国内には、ヨーロッパや中東、アフリカなどのような深刻な宗教上、人種上、思想上の亀裂・断裂は顕在化していませんが、来年に向けてテロリスクは確実に高まっていると認識すべき状況です。国内の亀裂・断裂に対しては国民が相互に真摯に向き合ってテロリスクを低減させることも考えられるところ、国際的なイベントを狙ったテロの場合、日本としてできることは、発生自体を低減させる術はほとんどなく、一方的に仕掛けられる攻撃に対して、最大限の防御態勢を敷くことに対応が限られてしまいます。しかも、リアルもサイバー空間のいずれに対しても堅牢な防御態勢を構えることが求められており、その難度は極めて高いと言わざるを得ません。しっかりとした防御態勢を構築するためにも、まずは官民挙げてテロリスクへの感度を高めることが求められているといえます。

(5)犯罪インフラを巡る動向

2020年11月2日付日本経済新聞によれば、データ通信用の電話番号を大量に取得する事例が増えているといいます。架空名義のアカウント作成に悪用するのが目的とみられ、1つの携帯番号を1人の利用者とひも付けて本人確認する各種の認証サービスの前提を揺るがしかねない状況となっています。1人が大量の番号を所有した場合、架空名義での登録を見破るのは難しく、「1人=1携帯番号」という前提の認証方法の隙が突かれている事例が増えているということです。具体的には、各サービスで架空のアカウントを作るためSMSでの本人認証を代行する事件の摘発が目立っており、こうした事件でもデータSIMが悪用されていることが多いといいます。さらに、データSIMは「契約の結び方を工夫すれば1人で100枚買うことも可能」で、契約の際の本人確認も義務付けられていないということですから、まさに犯罪インフラそのものだといえます。前回の本コラム(暴排トピックス2020年10月号)で、ドコモ口座問題について、以下のとおり指摘しましたが、まさに携帯電話の本人確認自体の脆弱性を突かれるという点では共通しています。

ペイペイやゆうちょ銀行なども含め一連の今回の問題では、(1)ドコモ口座の場合、実質的にメールアドレスだけで開設できた、(2)銀行口座とひも付ける際の本人確認が不十分だった、(3)銀行口座と暗証番号に加え、携帯電話を使った2段階認証などが導入されていなかった(口座番号や暗証番号はこれまで幾度となく繰り返されてきたサイバー攻撃によりすでに漏えいしていた可能性があり、さらにID・パスワードなど利用者側の「使い回し」の習性などが悪用されたか、総当たり攻撃などで突破され、なりすましが可能となっていた)、(4)2段階認証を導入していたにもかかわらず、SMS認証も突破された(すなわち、不正に入手した銀行口座情報を基に口座の持ち主になりすまし、本人確認が不十分な携帯電話を用いて決済事業者の口座を開設。銀行口座にあった預金の送金先として、使用した可能性があるということ)という具合に、セキュリティを強化しても、さまざまな「犯罪インフラ」を駆使することでその隙を突破されてしまうことの繰り返しだったと言い換えることができます。そもそも携帯電話の本人確認を信用したセキュリティが構築されていること自体、脆弱性を有していたことになります。携帯電話の本人確認の脆弱性については「犯罪インフラ化」の懸念があるとして、本コラムでもたびたび指摘してきたところであり、前述のプラットフォームの健全性をどうやって担保するか同様、さまざまな「犯罪インフラ」が世の中に流通していることを前提として、利用者の利便性をどこまで犠牲にして安全性を確保するか、難しい対応が迫られているといえます。

なお、ドコモ口座問題の構造的な背景要因としては、特に、近年急激に普及するスマホ決済の分野が顧客獲得競争も激しく、安全対策が後回しになりがちであることが指摘されており、金融庁もまた、スマホ決済事業者の動向について、通常の金融機関以上に注視する必要があったところ、問題を見抜けなかった点に課題が残りました。むしろ過度な規制については「イノベーションを阻害する可能性がある」といった声も根強いのも事実であり、利便性を追求し安全がおろそかになる雰囲気が、事業者と監督側の両方にあったのは否定できないと思われます。また、ゆうちょ銀行は3年前から被害の申告があったことを明らかにしており、金融庁が過去の事案を見過ごしていた可能性も否定できません。また、本件をふまえた再発防止策として、金融庁は、銀行側に厳格な本人確認を義務づける方針を固めたといい、年度内にも銀行への監督指針を見直すということです。不正引き出しでは、銀行側の本人確認の甘さが被害拡大の一因となったことから、金融庁は銀行に安全対策を徹底させることで、再発防止につなげる考えだということです。具体的には、銀行と決済サービス事業者との間で、口座振替の手続きをする際、銀行側に対し、一時的なパスワードや指紋認証といった複数の手段で本人確認をするよう義務づけるというものです。ただし、銀行側のセキュリティを強化するだけでは不十分であることはすでに指摘したとおりであり、事業者側の対策の強化、とりわけ本人確認の厳格化やSMS認証の脆弱性(架空名義のアカウント作成リスク)への対応(すなわち、データSIMの本人確認の厳格化など)も急務だといえます。また、関連して、スマホのアプリ登録時などに必要なSMSによる認証の違法な代行が相次いでいるとの報道もありました(2020年10月13日付毎日新聞)。SMS認証は、アカウントの不正取得やなりすましを防ぐために幅広く採用されていますが、アプリの会員登録などの際に利用者が携帯電話番号を入力すると、事業者は番号宛てに「認証コード」を送信、そのコードを入力することで本人確認が完了する仕組みであるのに対し、「認証代行」はSIMカードに登録された携帯電話番号を依頼者に教え、さらに事業者から届いた認証コードも伝える手法で、依頼者が身元を隠したままアカウントを取得できる「抜け道」を作り、不正取得を助けることになりかねません。これもまたSIMカード、SMS認証の「犯罪インフラ化」であり、法に触れる可能性を知らないまま代行を繰り返しているケースもあるといいます。代行の摘発を進めている埼玉県警は、代行を持ち掛けるツイッターの投稿に警告文を返信する取り組みを始めています。

さらに、他人名義のIDとパスワードを使い、スマートフォンアプリでATMから現金を引き出したとして、福岡県警は、中国籍の容疑者を不正アクセス禁止法違反と窃盗の疑いで逮捕しています。報道によれば、キャッシュカードなしでATMを利用できるサービス「スマホATM」を悪用した事件の摘発は全国で初めてだといいます。容疑者は氏名不詳者と共謀して、北九州市門司区の30代の会社員男性のIDとパスワードを「auじぶん銀行」のスマホアプリに入力し、都内のコンビニに設置されたATMで男性の口座から現金42万円を引き出した疑いがもたれているというこです。そもそもIDとパスワードを使ったサービスは、それを盗まれれば、なりすましが容易となる脆弱性を有しており、「スマホATM」もそのリスクはある程度、予測できていたのではないかと考えますが、利便性を優先した結果だったのか、検証が必要だと思われます。また、QRコード読み取りアプリの悪用事例も摘発されています。他人の口座とひも付けた銀行アプリで不正に現金十数万円を引き出したとして、岩手県警サイバー犯罪対策課と盛岡東署は、窃盗容疑で、中国籍の容疑者を逮捕しています。報道によれば、キャッシュカードを使わず、ATMに表示されるQRコードをスマホのアプリで読み取ることで入出金できるサービスを悪用したとみられ、県警は個人情報の入手方法などを調べているということです。横浜市鶴見区のコンビニで、東北地方在住の男性名義で銀行アプリにログインし、ATMから現金を引き出して盗んだ疑いがもたれている事案ですが、リスクの構造的には、前述の「スマホATM」とほぼ同様のことが指摘できると思います。

本コラムでもたびたび取り上げてきた暗号化問題(あるいはスマホロック問題)ですが、先日、英政府は、米FB(フェイスブック)などのIT企業に対し、対話アプリの暗号化技術を見直すよう求める共同声明に日本を含む7か国が署名したと発表しています(機密情報を共有する政府間の枠組み「ファイブ・アイズ」に参加する米英豪とカナダ、NZの5カ国に、日本とインドを加えた計7カ国)。対話アプリで使われる暗号が、児童を巻き込んだ犯罪やテロ事件の温床になっていると主張、プライバシー保護を目的とするこの暗号化技術により、メッセージを見られるのは送信者と受信者のみとなり、FBなど運営側は閲覧できない仕様となっているといいます(いわゆる「エンドツーエンド暗号化」と呼ばれる仕組みで、事業者が暗号を生成していないため、捜査当局のデータ提供の要請に応じることが技術的にできず、プライバシーを保護しやすいものとなります)。声明では、プライバシー保護の必要性を認める一方、運営側も犯罪に関連するメッセージに気づけず、犯罪捜査の支障にもなると強調、IT企業に対し、捜査機関がメッセージの内容を閲覧できるよう対策を取るべきだとしています。公共の利益か個人情報保護か、暗号を巡る両者の駆け引きがあらためて熾烈となっています。なお、この論点について本コラムでは暴排トピックス2019年2月号において、以下のとおり指摘しており、そのまま参考になるものと思われます。

米アップル社のスマホ「iPhone」のロック機能を、日本の捜査当局が民間企業の協力を得て解除し、事件捜査に活用していることが明らかになりました。このロック解除を巡っては、米アップル社が2016年、個人情報保護を理由に米連邦捜査局(FBI)の要請を拒否し、FBIは外部協力者に多額の報酬を支払って解除させたことが話題になりました。以前の本コラム(暴排トピックス2016年3月号ほか)でも取り上げましたが、本論点については、結果的には議論が煮詰まらないままの状態となっています。振り返ってみると、当時、当事者同士の間では、当局側が「この端末だけの解除を求めており、すべてのiPhoneに適用されるわけではない」と主張しているのに対し、米アップル社CEOは「この事件にとどまらない影響がある」「悪用されれば、すべてのiPhoneのロックが解除される可能性がある」などと争っていました。そこに、国連人権高等弁務官が、こうした動きは「世界の人々の人権に悪影響をもたらす恐れがある」と警告して米当局に慎重な対応を要請したり、米マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏が、「IT企業はテロ捜査で法執行機関に協力すべきだ」との考えを示すなど、多くの関係者を巻き込んだ論争となりました。米アップル社寄りの代表的な意見としては、「(端末の情報保護システムに)抜け穴を作らせようとする、政府の前例のない要求は危険過ぎる。憲法が保障する表現の自由を侵害する」「犯罪者や敵対的組織などのサイバー攻撃や、政府による不当な調査要請のリスクを高める」といったものがあり、実際に、ニューヨーク連邦地裁が、解除を強制できる法的根拠がないとして、アップル社を支持する判断を下しました。一方、テロ対策を重視する立場から、米司法省は、銃乱射事件容疑者所有のロック解除をめぐって争われたカリフォルニア州での訴訟では、1789年の「All Writs Act(全令状法)」を根拠にアップル社にロック解除が命じられたと主張しています。本コラムでは、「この問題の本質的な争点は、テロ対策をはじめとする犯罪捜査と個人情報の保護をいかに両立させるかという点にあります。そして、必要なのは、テロに対抗するには捜査機関とIT企業の一定の協力は欠かせないという共通認識のもと、(現状の議論を整理したうえで)技術の進歩に対応した法制度・ルールを整備していくことだと思われます」と指摘しましたが、日本の当局も、同様の措置を取っていたことが今般判明したものの、本論点が日本内外で議論され、明確なルール・法整備が進んだかと言えばNOであり、そのような状況において、捜査上の必要性を理由に(なし崩し的に)捜査当局が解除に踏み切っていることは残念です。

パソコンに感染して遠隔操作するマルウェア(悪意あるプログラム)を、闇サイトで専用ソフトを使わないと閲覧できないネット空間「ダークウェブ」の掲示板サイトで購入者を募り、販売したとして、愛知県警は、自称フリーカメラマン(21)を不正指令電磁的記録保管・提供などの疑いで逮捕しています。報道によれば、ダークコメットと呼ばれるマルウェアは、感染したパソコンを不正に操作し、データ閲覧や改ざん、外部への送信、カメラの起動などを行うとされ、容疑者は何らかの方法でファイルを入手したとみられ、マルウェアを1ファイル3万円で販売するという趣旨を掲示板に書き込んでいたといいます。この書き込みを県警の捜査員が5月中旬に発見、容疑者は、同じ掲示板に違法薬物や架空口座の販売をほのめかす書き込みもしていたといい、県警はマルウェア以外にも5~7月に少なくとも90万円を売り上げていたとみているといいます。まさに、闇サイトという「犯罪インフラ」を通じて、マルウェアや架空口座など「犯罪インフラ」を流通させていた事例でもあり、野放しにしておくことは許されない、極めて憂慮すべき状況だといえます。さて、闇サイトには匿名化ソフト「Tor」が使われますが、犯罪インフラである「Tor」の悪用事例として、インターネットの掲示板に高知大と高知県立大を爆破すると書き込み大学の業務を妨害したとして、警視庁は、大阪大大学院生(22)が威力業務妨害の疑いで逮捕された事例がありました。報道によれば、爆破予告の書き込みは事件とは無関係の男性ユーチューバーの名前をかたり、発信元を隠す匿名化ソフト「Tor」が使われており、こうした特徴の似た大学や企業に対する爆破予告が今年に入って都内だけでも130件以上確認されており、関連を調べているといいます。なお、容疑者は強要未遂容疑で逮捕された際、インターネット上で個人への嫌がらせなどを繰り返す集団に所属しているなどと説明したとも報じられており、そのような集団の存在自体、誹謗中傷が深刻化する現在の社会情勢において、「表現の自由」で片付くことではないものといえます。また、マルウェアつながりでいえば、身代金目的のランサムウェアの脅威も増しています。たとえば、「二重脅迫ランサムウェアの恐るべき手口」というコラム(TechTarget 11/2配信)によれば、ランサムウェアは最も多いサイバー脅威の一つであり14秒ごとに実行され、2019年だけでも115億ドル(約1兆2,200億円)の被害を発生させたといいます。ランサムウェア攻撃を仕掛けるサイバー犯罪グループは、システムに侵入してデータを暗号化し、被害者が身代金を支払わなければそのデータを消去するというもので、最近は、ランサムウェアからさらに多額の利益を引き出す目的で「二重脅迫」と呼ばれる手口を使うケースが増えているといいます。データを暗号化して身代金を要求するだけでなく、要求に応じなければそのデータをインターネットにアップロードすると脅迫するもので、情報を晒される方が重大な結果を招くことから、要求に応じてしまう事例が相次いでいるということであり、極めてやっかいなものといえます。このコラムで専門家が、「従来の予防ベースのセキュリティを破られたりかわされたりした場合に備えて、継続中の不正な暗号化を直ちに隔離して食い止める『最後の防衛線』を含めることを検討しなければならない。サイバー犯罪グループによる重要なデータストアの暗号化や無効化を難しくするため、オフラインコピーを含む確実なバックアッププロセスも取り入れる必要がある」と指摘していますが、その脅威の大きさを考えれば、やはり「そこまでやるか」というレベルでの取組みが求められているといえます。

また、インターネットやSNSの犯罪インフラ性については、本コラムでもたびたび指摘してきたところです。警察庁から委託を受けてネット上の違法・有害情報を監視する「インターネット・ホットラインセンター」(IHC)への通報のうち、自殺の誘因などに当たると判断された通報が今年上半期(1~6月)で3,042件あり、昨年1年間の件数を上回ったと報じられています。わいせつな画像・動画をアップしたり、違法薬物を広告したりして「違法情報」と判断された通報も昨年同期から大幅に増加しており、コロナ禍でネット環境に接する機会が増えたことなどが影響した可能性も考えられるところです。なお、3,042件のうち、IHCは、事前に削除されたものを除く2,934件についてプロバイダなどに削除を依頼、その結果、1,195件が削除されたということです。また、2020年10月24日付日本経済新聞でSNSの持つ「空恐ろしさ」を感じさせる報道がありました。それは、戦後75年を過ぎ、過去の戦争や悲劇の歴史について、若者が簡単に肯定的な姿勢を示すケースが目立っているというものです。真偽不明のSNSの投稿に大量の「いいね」が付いたり、戦争は「仕方ないこと」と捉えたりしており、「影響力はフォロワー数で決まり、発信者のキャリアや研究歴は関係ない。ネットをはじめ単一の媒体にしか触れない人も多く、戦後培ってきた反戦や平和への意識が安易な投稿によって局所的に崩れてきている」と専門家が危機感を露わにしていますが、正に正鵠を射るものといえます。その背景要因として、「最近の学生は人への優しさや寛容を重視するあまり、権力者の不正や戦争などにも理解を示そうとするのでは」、「(安易に)白黒をつけるのではなく、考え続けることが大切。本音で議論できる場で、率直な意見を言い合う経験が必要だと伝えたい」と教育関係者のコメントがありましたが、まずは対面で大人と学生がきちんと議論することがスタートではないでしょうか。それは、SNSの「犯罪インフラ」性というより、教育が為すべきことのはずです。そして、我々大人も、それを見て見ぬふりをしてはいけないのだと思います

また、インターネットやSNSで拡散するものの中でも、AIの顔認証技術を悪用した精巧な偽動画「ディープフェイク」の問題も深刻化しています(本物に近づけるAIと偽物を見抜くAIを対決させることでその精度を高めている現実があるようです)。警視庁などは有名人のわいせつな偽動画を作成した男らを摘発していますが、海外では要人らの架空の動画が政治問題化する事態も起きているほか、個人への名誉毀損にとどまらず、大規模な情報操作に悪用される危険性を孕むィープフェイクへの対策が急務だといえます。対策の一つとして、スマホで撮影された写真や動画が「本物」であることを証明すべく、撮影された時刻と場所を正確にデータにタグ付けできるカメラアプリのプロトタイプが登場しています。この技術がスマホに組み込まれれば、SNSに投稿される画像や動画の信ぴょう性を簡単にチェックできるようになる可能性を秘めており、犯罪インフラ化しているディープフェイクの高度化を防ぐ技術革新を期待したいと思います。また、プラットフォームの犯罪インフラ化を巡り、ついに米通信品位法230条のあり方を巡る議論が本格化している点も注目されます。1996年に成立した同法では、企業が投稿内容に手を加えたり、逆に放置したりしても法的責任を原則問わないとされ、議員らはSNS企業がこの法律を盾にコンテンツへの介入を強めたり、逆に監視を怠ったりしている、「誤情報やヘイトスピーチ、児童ポルノなどを「放置」している」などと指摘しています。一方、公聴会でSNS事業者側は、230条があることにより表現の自由と安全を両立できると主張、スタートアップ企業の支えになっていることも説明しています。また、SNS各社はAIの活用と対応人員の拡充を同時に進めており、サービスの利用が増え続けるなか、投資負担がさらに重くなる可能性も高まっています。さらに、情報を取捨選択して表示順序を決めるアルゴリズムも焦点となっており、「アルゴリズムが偏っているため、保守派の発言が利用者の目に触れにくくなっている」といった批判を許しています。米通信品位法230条の議論や米司法省によるグーグル提訴の動向については、本コラムでも今後注視していきたいと思います。

その他、犯罪インフラを巡る報道から、いくつか紹介します。

  • 財務省は、6月までの1年間(2019事務年度)で金の密輸による脱税額が前年同期比で▲62%となる、199件3億6,071万円だったと発表しています。新型コロナウイルスの感染拡大で旅客数が減ったことや、2018年4月から金密輸への罰金が引き上げられたことが影響したとみられています。脱税に関する調査全体では告発などの処分件数が計271件と半減し、判明した脱税額は▲57%となる4億5,180万円で、金以外では高級自動車を輸入する際に価格を実際より低く申告して納税を免れる事例などがあったということです。
  • 金融庁が3月、給与を受け取る権利を現金で買い取る「給与ファクタリング」の実態はヤミ金だと注意喚起して以降、商品売買を装うなどした新たな現金化商法が増えているといいます。「借金ではない」と顧客を安心させるのが特徴で、審査が緩く手軽に利用できる一方、強引な取り立てや法外な「手数料」に苦しむ人は多く、いわば形を変えた高利貸だといえます。
  • 第一生命保険の山口県と和歌山県の拠点で、女性営業社員が顧客のお金をだましとって解雇される不祥事が相次ぎましたが、共通するのは、加入保険をもとに顧客がお金を借りる契約者貸付制度の利用でした。必要なお金をすぐ手にできる便利なしくみが、顧客と密接につき合う社員に悪用された事例であり、こうした事態を防ぐ会社のチェック機能も結果的に働かなかったことになります(実際は、被害金額が19憶円に上る不祥事例では、第一生命は女性の不審な情報の報告を同僚社員から2018年以降に複数回受けており、調査しても見抜くことができなかったようです)。なお、生命保険の犯罪インフラ的な事例としては、外貨建て保険販売も挙げられます。。銀行の勧誘を受けた高齢者が、仕組みをよく知らないまま定期預金をもとに契約したとみられるケースが大半を占め、苦情が相次いでいるものです。生命保険に限らず、金融商品については、販売する側と購入する側とで「圧倒的な情報の格差」が存在し、それが販売する側にとっては「犯罪インフラ化」している実態が垣間見られるということかと思われます。
  • 車を手に入れたい不法滞在者向けの違法なビジネスとして、愛知県警が捜査の過程で偽の検査標章(ステッカー)が横行、名義が日本人のままの中古車がベトナム人らに広く販売されている実態が判明したということです。報道(2020年11月5日付日本経済新聞)によれば、別の犯罪に使われた車もあり、愛知県警は「外国人犯罪の温床になりかねない」と警戒しているということです。主な客は不法滞在になったベトナム人らで、有効な身分証を持たないため、車を持っていても車検を通らないことが背景にあるといいます。偽のステッカーはカラーコピーした紙を貼り合わせ、テープで巻く簡素な構造だが、捜査幹部は「有効期間を示す数字にしか目が行かず、偽物と見抜くのは難しい」と語るなど、犯罪インフラとしては「よくできた盲点」だったといえます。
  • 政府は、海外から流入する偽ブランド品など模倣品の取り締まりを強化する方針を固めています。商標権を侵害している場合、個人使用目的で輸入した物品であっても没収対象にする方向で、国内の業者が海外の事業者から模倣品を輸入した場合は、水際で差し止められる一方、個人が海外事業者から自分で使うと称して輸入した模倣品は商標権侵害を問えず、流入を阻止できなかった問題を解消することになります。これまで個人になりすまして模倣品を輸入する業者もいるとみられ、法の不備が突かれていた形となります。なお、電子商取引(EC)の拡大を背景に、模倣品の輸入は増加しており、商標権侵害を含む知的財産侵害物品の税関での輸入差し止め件数は今年1月~6月で前年同期比7%増の1万5,344件に上り、中国からが最多を占めているということです。
  • SNSで人を募る「アルバイト強盗団」の事件が相次いでいるといいます。「#裏バイト」「#闇バイト」といった不審な名目の求人に応募した若者が実行役となって民家に押し入るもので、一度強盗に手を染めるとグループの指示役らに弱みを握られ、犯行を重ねる若者もいるといいます。犯罪グループは実行役を集めるためSNSという若者の日常的なツールや「バイト」という言葉を使い、犯罪に加担させる心理的なハードルを下げようとしている状況があります。一方で、逮捕された男らは「簡単に稼げると思った」と口をそろえ、重大犯罪に加担したという意識は薄いといい、まさに特殊詐欺や持続化給付金を巡る状況と酷似しています。なお、実際の事件では、SNSで募集された実行役(初対面の者同士)に対して、指示役とみられる人物が「テレグラム」(メッセージが一定時間経過後に消去され秘匿性が高いツール)を使って、強盗に入る民家や共犯者との集合場所などを詳細に伝えていたということです。なお、関連して、ガス点検を装った強盗事件も頻発しています。今夏以降、関東を中心に増加しており、被害者は高齢者が多く、振り込め詐欺などを行っていたグループがこの種の強盗にくら替えしたとみられています

(6)誹謗中傷対策を巡る動向

警察庁は、性暴力やSNSの誹謗中傷、死傷者が多数に上る事件への対策を盛り込んだ第4次犯罪被害者等基本計画案を公表しています。計画は5年ごとに見直されており、相模原障害者施設殺傷事件や京都アニメーション放火殺人事件、女子プロレスラーの木村花さんが死去した際に社会問題化したインターネット上の書き込みなどに対する取り組み方針を示した内容となっています。

▼警察庁 第4次犯罪被害者等基本計画案・骨子

本計画は、具体的には、ワンストップ支援の強化や相談対応の拡充、事件発生時の被害者や家族の状況を想定した支援訓練などが柱で、性暴力被害者対策では、産婦人科での診察やカウンセリング、警察や弁護士への紹介を1カ所で担う「ワンストップ支援センター」の増設や、夜間休日コールセンター設置、男性や性的マイノリティーの被害者に配慮した捜査や支援を目指し、警察学校などで専門家による研修を実施する施策も追加されています。

また、ヤフーは、「Yahoo!ニュース」のコメント欄に不適切な投稿を繰り返す利用者への対応を強化したと発表しています。過去に投稿停止の措置を受けた利用者が新たに利用登録をしても、携帯電話番号が同じ場合は投稿できなくするというもので、新たに登録して投稿を繰り返す利用者がいるためで、誹謗中傷や人を不快にさせる投稿を防ぐ狙いがあるといいます。

▼ヤフー Yahoo!ニュース、違反コメント投稿者に対する投稿停止措置を強化

リリースによれば、「「Yahoo!ニュース」は2018年6月より、不適切なコメントを複数にわたって投稿したアカウントについては、それ以降の投稿ができなくなるように「投稿停止措置」をとっています」、「残念ながら一部のユーザーにおいて、「投稿停止措置」を受けてもYahoo! JAPAN IDを新たに取得し、不適切な投稿を繰り返す行為が確認されています」、「そこで「Yahoo!ニュース」は、こうした状況を改善するために、違反投稿を繰り返す悪質なユーザーに対して、これまでより厳しい措置をとることを決定しました」として、「Yahoo! JAPAN IDの新規取得時に携帯電話番号の登録が必須になったことを活用し、一度「Yahoo!ニュース」で「投稿停止措置」を受けたユーザーが、同じ携帯電話番号を利用してYahoo! JAPAN IDを再取得した場合であっても、コメントの投稿を制限します」としたものです。同社の取組みについては、「健全な言論空間を創出するため、専門チームによる人的なパトロールに加えて、自社で開発した「深層学習を用いた自然言語処理モデル(AI)」を利用して、誹謗中傷などの不適切な投稿を1日平均約2万件削除するなど、不適切な投稿への対策を行っています」としたうえで、「「Yahoo!ニュース」は今後も、「Yahoo!ニュース コメント」で投稿される多様な考えや意見によって、ユーザーがニュースに対する興味や多角的な視点を持つきっかけを提供するとともに、健全な言論空間を構築するために努めていきます」としています。プラットフォーマーの社会的責任を果たし、プラットフォームという「場の健全性」を確保していくために、インターネットの誹謗中傷対策として、このような自立的・自律的な取組みを推進していくことは大変素晴らしい取組みだと思います。

また、徳島大で新型コロナウイルスの感染者が出たことに絡み、学生が差別的な取り扱いを受けていると、大学が明らかにしています。アルバイト先から休んでほしいと言われたり、飲食店で入店を断られたりしていたといい、大学はこうした行為を「やめてほしい」と呼びかけています。差別的な取り扱いについては、コロナウイルスの感染者や、感染者が受診した医療機関の関係者にも及んでおり、徳島県ではこうした行為を禁止する条例を作っています。

▼徳島県新型コロナウイルス感染症の感染拡大の防止に関する条例

本条例の第7条では、第1項で「何人も、新型コロナウイルス感染症の患者及び医療従事者並びにこれらの家族並びに事業者のみならず全ての者に対し、新型コロナウイルス感染症に感染し、又は感染しているおそれがあること、新型コロナウイルス感染症の感染防止策を適切に講じていないおそれがあること等を理由として、不当な差別的取扱い、誹謗中傷その他の権利利益を侵害する行為(以下「差別的取扱い等」という。)をしてはならない」と規定し、さらに第2項で「県は、差別的取扱い等が行われないようにするため、新型コロナウイルス感染症に関する正しい知識の普及、差別的取扱い等の禁止に関する啓発その他必要な措置を講ずるものとする」としています。このように自治体が独自に誹謗中傷対策を講じていることもたいへん素晴らしい取組みだといえます。

また、福井県においても、新型コロナウイルスの感染者や治療にあたる医療従事者への誹謗中傷や差別を防ごうと、11月から、AIを活用してインターネット上の投稿などの監視を始めています。

▼福井県人権センター【新型コロナウイルスへの誤解や偏見による差別を行わないでください】

本サイトでは、「新型コロナウイルス感染者・濃厚接触者や医療従事者ならびにその家族や関係者等に対して、いわれのない誹謗中傷や差別的行為は絶対にしないようにお願いします」としたうえで、「県では、インターネット上の誹謗中傷や差別に関して、AIシステムを活用したモニタリングを実施します」、「AI等の先進技術により検索、収集し、誹謗中傷に当たる情報は、スクリーンショットデータとともに、県で保存します。誹謗中傷等を受けた方の求めに応じ、該当する画像を保存している場合は、データを提供します」と説明しています。さらに、「ご自身でも、URLとともに、画像を保存しておきましょう」と呼びかけています。これらの取組みは、マンパワーをかけることなく多くのウェブサイトを確認する態勢を整えることで、心ない人らから寄せられる「言葉の攻撃」を封じ込める狙いがあるといいます。具体的な仕組みとしては、本サイトでも紹介されていますが、専門の業者に委託し、ツイッターやインターネット掲示板の投稿の中から、「コロナ」や「県内の地名」といったキーワードを自動で検索、抽出した書き込みが中傷や差別にあたるかどうかをAIに判定させた上で、担当者が一つずつ実際に読み、もう一度判断するもので、AIと担当者がともに「中傷にあたる」と判断した投稿は、画像化して保存、中傷被害を受けた感染者らが申し立てをすれば開示し、削除依頼や民事訴訟などの際の証拠として使えるようにするということです。徳島県同様、自治体が独自に誹謗中傷対策を講じている点は大変素晴らしく、さらに知恵を絞った取組みが全国に拡がっていくことを期待したいと思います。

以下、最近の誹謗中心を巡る報道から、いくつか紹介します。

  • ジャーナリストの伊藤詩織氏が、自民党の杉田水脈・衆院議員に名誉を傷つけられたとして東京地裁に提訴した裁判に出廷し、ハニートラップなどの言葉は「私にとってセカンドレイプだ」と指摘、杉田氏がそうした発言の拡散を手伝ったことについて、「法律を変える力のある国会議員が行ったことに、衝撃、恐怖さえ感じる」と述べています。なお、杉田氏は9月、自民党本部での会議で性犯罪被害者への支援に絡み「女性はいくらでもウソをつける」と発言し、いったん否定したものの、のちに認めて謝罪していますが、伊藤氏は、この発言についても「今まさに被害を告白したいと思っている人を黙らせ、親に『助けて』と言いたい人にもそれを言えなくさせてしまうものだ」と批判しました。さらに「杉田氏が今後、同じような過ちを大切な人にしないでほしいと心から願っている」とも訴えています。
  • 2020年10月21日付毎日新聞によれば、新型コロナウイルスに感染しているかのようなデマや中傷をツイッターに勤務先名や顔写真とともに投稿され、ストレスにより休職を余儀なくされた滋賀県内の30代女性が、取材に対し、投稿は約5カ月半が経過した現在もツイッター上に残っており、女性は「内容がうそだと認め、謝罪してほしい」と訴えています。「知人や常連客から「投稿を見た」と言われ、「ネットの広がりの早さに恐怖を覚えた」、「不適切な投稿としてツイッター社に通報したが、削除されなかった」、「当初は警察も「対応は難しい」と言われた」といった状況だったようです。本報道の中で専門家が、「憲法で保障された匿名表現の自由や通信の秘密が失われれば、企業の内部告発や政治家に対する正当な批判ができなくなる恐れがある」と慎重な議論の必要性を強調しつつ、「匿名だからといって何を書いてもいいわけではない。投稿で傷付く人がいないかを考えるなど、ネットリテラシーを高める必要がある」と指摘していますが、それはその通りだとしても、まったく身に覚えのない誹謗中傷に晒された被害者の立場・被害回復の仕組みや手当がやはり現行のままでは「弱すぎる(ほぼ泣き寝入りするしかない)」と指摘せざるを得ず、加害者となりうる投稿者は匿名のままで何らの対応もしないで済む状況には憤りすら覚えます。
  • 山梨県道志村のキャンプ場で昨年9月に行方不明となった千葉県成田市の女児(8)の母親を中傷したとして、千葉県警は、自称投資家の男(69)を名誉毀損容疑で逮捕したと発表しています。報道によれば、男は今年2月25日、ネット掲示板に母親の顔写真を掲載した上で、「育児疲れから美咲ちゃんを自宅で殺し、悪天候を利用し行方不明を企て、募金詐欺をした」などと書き込み、名誉を傷つけた疑いがもたれており、容疑を否認しているといいます。

本コラムでもその議論の行方を注視してきたSNSなどネット上で中傷された被害者を迅速に救済するための新たな制度づくりが佳境を迎えています。すでに紹介したとおり、総務省は今夏、電話番号を開示対象に加え、投稿者を特定しやすくしています。さらに現在は情報開示に必要な裁判手続きを簡素化する方向で検討を進めています。被害者を救済する一方で、投稿者の権利を損ねかねないと懸念する声も出ており、新たな裁判手続きの創設で「匿名表現の自由」や「通信の秘密」が脅かされかねないとして、7月には有識者が懸念を表明する意見書を提出、10月の会議でも「非公開だと透明性が低く、事後検証が難しくなる」、「決定理由が分からない仕組みだと表現の萎縮につながる」などの意見が出るなど、中傷で苦しむ被害者と、投稿者の権利をともに担保する知恵が問われているといえます。

▼総務省 発信者情報開示の在り方に関する研究会(第9回)配布資料
▼資料9-1  最終とりまとめ骨子(案)
  • 「発信者情報の開示対象の拡大」について
    • 発信者情報の開示対象については、プロバイダ責任制限法第4条第1項において「氏名、住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって省令で定めるものをいう」と規定されている
    • 発信者情報の開示対象の範囲については、省令により定められているところ、現在定められている発信者情報以外の情報についても開示対象として追加すべきとの指摘がある
    • 開示対象となる「発信者の特定に資する情報」とは、発信者を特定(識別)するために参考となる情報一般のうち、発信者に対する損害賠償請求等の責任追及を可能とするという観点から、その『相手方を特定し、何らかの連絡を行うのに(発信者を特定するために)合理的に有用と認められる情報』とされている
    • 発信者情報の具体的内容が省令に委任されている趣旨は、「被害者の権利行使の観点からは、なるべく開示される情報の幅は広くすることが望ましいことになるが、一方において、発信者情報は個人のプライバシーに深くかかわる情報であって、通信の秘密として保護される事項であることに鑑みると、被害者の権利行使にとって有益ではあるが、必ずしも不可欠とはいえないような情報や、高度のプライバシー性があり、開示をすることが相当とはいえない情報まで開示の対象とすることは許されない。加えて、今後予想される急速な技術の進歩やサービスの多様化により、開示関係役務提供者が保有している情報であって開示請求をする者の損害賠償請求等に有用と認められるものの範囲も変動することが予想され、その中には開示の対象とすることが相当であるものとそうでないものが出てくることになると考えられるが、それらを現時点において法律中に書き尽くすことは不可能である。そこで、総務省令によって発信者情報の範囲を画することとしたものである」とされている
    • 開示対象に関する以上のような基本的な考え方を踏まえると、サービスの多様化や環境の変化等といった制定時からの事情変化があれば、それを踏まえて、現在省令に含まれていない情報についても、開示対象の追加を検討することが適当と考えられる。「電話番号」については中間とりまとめにおいて開示対象として省令に追加することが適当であると整理され、これを踏まえ総務省令が改正済である。最終とりまとめにおいては、発信者情報の開示対象の拡大については、残る論点である「ログイン時情報」について検討を行うこととする
  • 「ログイン時情報(発信者の同一性)」について
    • ログイン時の通信は、権利侵害の投稿時の通信とは異なる通信であることから、仮にそれぞれの通信の発信者が異なるにもかかわらず、ログイン時情報として、権利侵害投稿の発信者以外の者の情報が開示されてしまった場合には、当該発信者以外の者の通信の秘密やプライバシー等を侵害することとなる」、「ログイン時情報を開示する際は、権利侵害投稿の通信とログイン時の通信とが、同一の発信者によるものである場合に限り、開示できることとする必要がある
    • 同一性については、アカウント共有などはレアケースであり、これまでと同様、同一のアカウントのログイン通信と権利侵害投稿通信は原則として同一の発信者から行われたものととらえることができるのではないか
  • 「ログイン時情報(開示の対象とすべきログイン時情報の範囲)」について
    • 開示を可能とする情報が際限なく拡大すれば、権利侵害投稿とは関係の薄い他の通信の秘密やプライバシーを侵害するおそれが高まることから、開示が認められる条件や対象の範囲について、一定の限定を付すことが考えられる
    • <補充性要件について> 開示が認められる場合の要件としては、コンテンツプロバイダが投稿時情報のログを保有していない場合など、侵害投稿時の通信経路を辿って発信者を特定することができない場合に限定することが適当ではないか。プロバイダ内のログ保有状況について被害者側が厳密に立証することが難しい場合の対応も考慮することが必要ではないか
    • <権利侵害投稿との関連性について> 開示対象とすべきログイン時情報の範囲については、開示が認められる条件や対象の範囲について、権利侵害投稿との一定の関連性を有するものなど、何らかの限定を付すことが適当ではないか。その上で、プロバイダの負担への考慮から、発信者の特定に必要最小限度のものに限定することが適当ではないか
    • <ログイン通信以外に含みうる情報について> ログイン通信以外に、権利侵害の投稿時の通信とは異なる通信に関係する情報を辿って発信者を特定することが可能な情報として、電話番号等によるSMS認証を行った際の通信に係る情報や、アカウントを取得する際の通信に係る情報等を開示の対象とすることが適当ではないか
  • 「ログイン時情報(開示請求を受けるプロバイダの範囲)」について
    • 開示請求を受ける者の範囲に、権利侵害投稿通信以外の通信(ログイン通信やSMS通信など)を媒介するプロバイダや電話会社などを含めるべきではないか
    • この場合、請求の相手先が開示関係役務提供者の範囲に含まれない場合もありうることから、現行法における「開示関係役務提供者」の要件や範囲の見直しを行う必要があるのではないか
  • 「非訟手続の創設の利点と課題の整理」について
    • 現行の訴訟手続と比較した非訟手続の利点としては、非訟手続には柔軟な制度設計が可能であるという特徴があることから、制度設計次第で、例えば、(1)現状では、発信者を特定するためには、一般的に2回の裁判手続を別々に経ることが必要とされているところ、これを1つの手続の中で行うプロセスを定めることが可能であり、これにより円滑な被害者の権利回復を実現できる可能性があること (2)特定のログを迅速に保全可能とする仕組み(後述)を発信者の特定のプロセスと密接に組み合わせた制度を実現することが可能であり、これにより、ログが消去されることにより発信者が特定できなくなるという課題を解消するとともに、発信者の特定のための審査・判断について、個々の事案に応じて、短期間で迅速にも、時間をかけて丁寧にも行うことができるようになること (3)上記のとおり1つの裁判手続の中で発信者を特定するプロセスにすることで、コンテンツプロバイダとアクセスプロバイダがともに適切に発信者の権利利益を確保する役割を果たすことができるほか、訴訟手続よりも裁判所の職権性が強い非訟事件手続においては、裁判所が運用上一定程度後見的な役割を担いうることで、制度上の直接の当事者ではない発信者の権利利益の保護を一定程度図ることが可能 (4)事案に応じて、一本化された手続において柔軟に書面審理や口頭審理など適切な手続を活用することにより、特に権利侵害が明らかな誹謗中傷など、争訟性が高いものではない事案について、より迅速な判断を可能とする仕組みを創設することが可能、(5)申立書の送付を送達よりも簡易な方法によることができるものとすることにより、特に海外事業者に対する迅速な開示手続となりうることといった点が挙げられるのではないか
    • 現行の訴訟手続と比較した非訟手続の課題としては、非訟手続においては、原告と被告という対審構造や裁判手続の公開が原則とはされていないことなどの特徴があることから、制度設計次第では、(1)現行の発信者情報開示訴訟とは異なる当事者構造となることにより、あるいは、発信者側の主張内容が裁判手続に十分に反映されないことにより、適法な情報発信を行う発信者の保護が十分に図られなくなるおそれがあり得ること (2)裁判手続の取下げや紛争の蒸し返しが比較的容易であり、また、それが外部から見えにくい等により、手続の濫用の可能性があり得ること (3)原則として非公開で行われるため、開示可否に関する事例の蓄積が図られない可能性がある、といった点が挙げられるのではないか
    • ログが保全されているのであれば、表現の自由やプライバシーといった発信者の権利利益の保護に鑑み、開示判断については非訟手続ではなく訴訟手続が望ましいという指摘について、どのように考えるか。発信者の権利利益の確保に十分配慮しつつ、迅速かつ円滑な被害者の権利回復が適切に図られるようにするという目的を両立した制度設計が求められると考えられる中で、適切に非訟手続を設計し開示可否について1つの手続の中で判断可能とした上で、実体法上の開示請求権との併存による訴訟手続への移行可能性等を具体的に検討すべきではないか
  • 「実体法上の開示請求権と非訟手続の関係について
    • 実体法上の請求権に「代えて」非訟手続とする考え方と、請求権を存置しこれに「加える」形で非訟手続を新たに設ける考え方を比較した場合、それぞれの利点・課題は何か
    • <案1:実体法上の請求権に「代えて」非訟手続を新たに設ける考え方の利点> (1)訴訟手続を不要とすることにより最終的な開示までの手続全体を簡略化し、迅速な開示が可能になること、(2)後述のように非訟手続と訴訟手続を併存させる場合と比較して、制度の組み合わせによる選択肢が簡潔となり、実務上の運用が安定すること、等の利点があると考えられるのではないか
    • <案2:請求権を存置しこれに「加えて」非訟手続を新たに設ける考え方の利点>原則としては非訟手続において迅速な解決を図り、非訟手続における開示可否判断に異議がある場合には、訴訟手続において慎重な審理を行うというプロセスが想定されるのではないか
    • この場合、(1)争訟性が低く訴訟に移行しない事件については非訟手続限りでの早期解決が可能になること、(2)請求権を持つという被害者の地位が現行法と同程度に確保されること、(3)争訟性が高い事案については従来どおり訴訟手続が保障されること、(4)非訟手続の開示決定であっても実体法上の請求権に基づく履行強制が可能であり執行力が確保されること、(5)非訟手続が異議がなく開示可否が確定した場合には既判力が生じるものとすることができ、濫用的な蒸し返しが防止できること、(6)実体法上の請求権に基づき、現行法と同様に裁判外での開示が可能であること(前述のように実体法上の請求権に変えて非訟手続とした場合、請求権に代わる任意開示を認める根拠規定が必要)、(7)争訟性の高い事案は公開の訴訟手続に移行し、問題となった争点についての裁判例の蓄積が図られること、等の利点があると考えられるのではないか
    • 案1と案2を比較すると、案2を前提とした検討を進めていくことが妥当であり、現行制度の進化という点からも望ましいのではないか
  • 「新たな裁判手続(非訟手続) 裁判所による命令の創設」について
    • 新たな裁判手続(非訟手続)として、1つの手続の中で発信者を特定することができるプロセスとともに、当該プロセスの中で、特定のログを迅速に保全できるようにする仕組みを導入する場合、例えば、裁判所が、被害者からの申立てを受けて、新たな裁判手続(非訟手続)として、以下の3つの命令を発することができる等の手続を創設することが考えられるのではないか。 (1) コンテンツプロバイダ(CP)及びアクセスプロバイダ(AP)等に対する発信者情報の開示命令 →決定手続による開示判断が可能になる ※CPの発信者情報からAPを早期に特定し、APとCPの審理をまとめ、1つの開示判断で開示可能になる (2) CPが保有する権利侵害に関係する発信者情報を、被害者には秘密にしたまま、APに提供するための命令 (3) APに対して、CPから提供された発信者情報を踏まえ権利侵害に関係する発信者情報の消去を禁止する命令 →APにおいて、権利侵害に関係する特定の通信ログを早期に確定し、開示決定まで保全することが可能になる
    • <アクセスプロバイダや発信者の特定方法>コンテンツプロバイダを特定主体としつつ、アクセスプロバイダの特定及び発信者の特定に資する情報の提供を迅速かつ適切に行うために、現在申立人の代理人弁護士等が専門性や実務的知見を有して特定作業を支援していることも踏まえ、コンテンツプロバイダ・アクセスプロバイダ・有識者・専門性や実務的知見を有する者が協力して発信者の特定手法について支援協力を行える体制やノウハウ共有を行う場が必要ではないか
    • <提供命令と消去禁止命令の発令要件> (1) 迅速なアクセスプロバイダの特定及びログの保全が求められていること (2) アクセスプロバイダ名については、被害者がコンテンツプロバイダと併せてアクセスプロバイダに対しても開示命令の申立てを行うために被害者に通知する必要があると考えられるものの、IPアドレスや電話番号等の発信者の特定に結びつく情報そのものは被害者側には秘密にされ、アクセスプロバイダ名のみが提供されるといった仕組みが考えられること 等も踏まえ、提供命令及び消去禁止命令の発令要件については、現在の開示要件よりも一定程度緩やかな基準とすることが適当であると考えられるが、どうか」としています。
  • 「新たな裁判手続(非訟手続) 新たな手続における当事者構造」について
    • 新たな裁判手続における当事者構造をどのように設計すべきか」、「発信者情報を保有しているのはプロバイダであることから、新たな裁判手続のプロセスにおいても現行制度と同様に、プロバイダが直接の当事者となることが適当ではないか
    • 新たな裁判手続の中においても、発信者の権利利益がその意に反して損なわれることのないよう、原則として発信者の意見を照会しなければならないこととし、発信者の意見が開示判断のプロセスに適切に反映されるようにするなど、発信者の権利利益の確保を図る構造を維持することが適当ではないか
    • 現行制度の場合と同様の当事者構造を維持する場合、直接的な当事者となるプロバイダが発信者の意見を裁判所とやりとりをする前に確認することは、裁判所における手続のプロセスを通じて発信者の意見を踏まえプロバイダが適切に対応することに資するのではないか
  • 「新たな裁判手続(非訟手続) 発信者の権利利益の保護」について
    • プロバイダを直接の当事者とした場合に、手続の中で発信者の意見を適切に反映するための方策として、現行制度においてプロバイダに義務づけられている発信者への意見照会とともに、どのような観点や仕組みが必要か
    • 発信者への意見照会については、その時期、その主体、権利利益の保障について総合的に検討すべきではないか。新たな裁判手続では、コンテンツプロバイダとアクセスプロバイダが連携してより確実に発信者の権利利益の保護を図る設計も可能なのではないか
    • <発信者の意見のプロバイダを経由した反映> (2)に基づき、新たな手続においても、現行制度と同様にプロバイダが直接の当事者となり発信者の意見照会により発信者の権利利益の確保を図る構造が維持される中で、現行制度の場合と同様に、直接的な当事者となるプロバイダが、裁判における手続の中で当事者としての主張を行う前に、意見照会により発信者の意見を確認することは、発信者の意見を踏まえプロバイダが適切に対応するという観点から重要なのではないか」、「基本的に現行法の意見照会義務を維持しつつ、プロバイダがより適切に発信者の意見を反映させることができるよう、照会の際に「開示するかどうか」に加えて、「不開示の場合、その理由」を聞くこととする方法を検討していくことが有用なのではないか。特に、審理の中で争点となる可能性が高い事項や、書き込み内容の真実性など、発信者しか知り得ない事項については、プロバイダが事前に意見照会を行い、発信者から情報を入手しておくことが望ましいのではないか
    • <意見照会による萎縮効果への対応> スラップ訴訟的な開示請求の濫用の場合にもプロバイダが発信者に意見照会を行うことで、発信者への心理的負担や萎縮効果が生じるおそれが高いところ、濫用的な意見照会を防ぐためにどのような方法が考えられるか。不開示の場合には意見照会が行われないとすると、発信者への萎縮効果やプロバイダの負担は軽減されることが指摘される。しかしながら、仮にプロバイダの意見照会義務を廃止した場合や、開示手続の初期にプロバイダが発信者の意向を十分に確認していない場合には、プロバイダは形式的な反論や、場合によっては発信者の意向に基づかない反論をせざるを得なくなることで、円滑な手続が進まなくなり、被害者・プロバイダ双方にとって不利益となる可能性が高いと考えられるが、どうか
    • 他方で、現行法においても、意見照会を行わなくてもよい「特別な事情がある場合」について、例えば、発信者情報開示請求が被侵害利益を全く特定せずに行われた場合等、法第4条第1項の定める要件を満たさないことが一見して明白であるようなときも含むとされており、このような場合にプロバイダが不必要な意見照会を行わないようにするためには、どのような方策が考えられるか
    • どのような場合に開示請求の濫用であり意見照会が不要であるかの判断をプロバイダが行うことは、多くの場合難しいと考えられ、やはり原則としてプロバイダは発信者への意見照会を行うことが適当ではないか。他方で、開示請求の濫用であり意見照会が不要と考えられる場合の事例の積み重ねが今後の制度運用の中で図られるのであれば、状況に応じて、ガイドライン等への追記を検討していくことも望ましいのではないか
    • <発信者の直接的な手続保障> 例えば、発信者が望む場合や、プロバイダが不熱心な応訴態度を示した場合には、追加的に意見を反映させる仕組みとして、裁判所に書面により意見を提出できるための方法等が考えられるか。それを、被害者側に対して確実に匿名を保持したまま行うためにはどのような配慮が必要か。特に、裁判所に提出された書面は、裁判記録となり、原則として当事者等は記録の閲覧が可能である点を踏まえ、発信者・プロバイダ・裁判所のうちどの主体が匿名を保持するための責任を負うことが考えられるか
    • 例えば、原則として当事者等は記録の閲覧が可能である点を踏まえ、被害者に対して秘匿しておきたい部分について発信者自らが匿名化の責任を負った上で、プロバイダを通じるなどして裁判所に書面を提出する方法についてどう考えるか
    • 他方で、発信者が望む場合に、匿名で手続関与を認める方法(例えば裁判所が発信者に直接話を聴くような手続を想定)も考えられるが、他に例のない制度であり、当該手続に被害者を関与させることができず、発信者の主張等についての攻撃防御の機会の保障の面で問題があるといった点で、法制面及び裁判所の運用面でハードルが高いといった課題があると考えられるのではないか
    • プロバイダの意見照会義務を存置する前提の下、不熱心なプロバイダが同義務に反して意見照会を行っていない場合に備え、氏名・住所等の発信者情報が開示される前に、裁判所の意見照会等によって必ず1回は発信者の意見が聴取されることを確保する必要があるという指摘についてどう考えるか
    • 一方、ヒアリング結果によると、国内のほとんどのアクセスプロバイダは概ね全ての場合において意見照会を行っていることを踏まえどう考えるか
    • 裁判所が開示要件を満たすという心証を得た段階で裁判所がプロバイダに意見聴取の嘱託を行うなど、発信者情報を開示する場合に必ず意見照会を行う方法についてどう考えるか。発信者に2度意見照会を行うことで審理における主張に有効な情報が発信者から新たに得られる可能性は低いと考えられ、開示決定までの迅速性も失われるという課題もあることから、手続の初期の段階で適切にプロバイダによる意見照会により発信者の意見を確認することがより望ましいのではないか
    • <裁判所による発信者への通知・意見照会>裁判所から発信者に直接連絡がいく仕組みを設けた場合、発信者への心理的負担や萎縮効果が生じるおそれが高いのではないか
    • <発信者の異議申立てへの関与>請求権を存置しこれに「加える」形で非訟手続を新たに設ける場合、非訟手続による開示決定に対して、異議申立てにより、必要な場合には訴訟に移行することが可能となると想定され、手続の当事者はあくまでプロバイダであることから、異議申立てを行うかどうかについては最終的にはプロバイダが決定すべき事項であるものの、異議申立ては当事者ではない発信者にとっても利害の大きい事項であることから、発信者が異議申立てにどのように関与することが望ましいか
    • 発信者にも異議申立ての権限を与えることや、異議申立てに際して、プロバイダに発信者からの意見聴取を義務付けるという方策が考えられるのではないかという指摘について、どう考えるか
    • 他方で、(1)手続の当事者はあくまでプロバイダであること、(2)異議申立てを行ったとしても開示となる可能性が極めて高いような争訟性が低い事案の場合であっても、すべからく発信者による意向のみで異議申立てが可能であるとすると、争訟性が低い事案の場合には非訟手続のみで被害者の迅速な被害回復を図るという新たな裁判手続の制度趣旨にそぐわないこと、(3)プロバイダが望まない場合にも異議申立てにより訴訟に移行した場合であっても原則として訴訟に係るコストはプロバイダが負うことになること、といった課題についてどう考えるか
    • 上記の観点を踏まえると、異議申立てについては直接の当事者であるプロバイダが決定すべき事項であるものの、発信者から非訟手続における開示決定に対して異議申立てを希望する意向がある場合には、プロバイダは可能な限り発信者の意向を尊重した上で、個別の事案に応じた総合的な判断により異議申立ての要否を検討することが望ましいのではないか
  • 「新たな裁判手続(非訟手続) 開示要件」について
    • <開示要件> 新たな手続における発信者情報の開示命令に関して、どのような要件とすることが適当か
    • 円滑な被害者救済を図る観点から、現行プロバイダ責任制限法第4条第1項に定める発信者情報開示請求権の開示要件(「権利侵害の明白性」の要件)について、より緩やかなものにすべきとの考え方がある一方で、適法な匿名表現を行った者の発信者情報が開示されるおそれが高まれば、表現行為に対する萎縮効果を生じさせかねないことから、現在の要件を維持すべきとの指摘が多くの構成員からあったことも踏まえ、現行の要件を維持することが適当ではないか
    • <開示判断に係る事例の蓄積> 非訟手続の場合、原則として非公開で行われるため、開示可否に関する事例の蓄積が図られない可能性があるとの指摘がある。この点、(1)請求権を存置しこれに「加えて」非訟手続を新たに設ける場合には、争訟性の高い事案は公開の訴訟手続に移行し、問題となった争点についての裁判例の蓄積が図られること、(2)非訟事件における裁判例であっても、重要な法律上の論点を含むものについては判例雑誌等で公表される場合もあること、(3)事案によって裁判所の判断で決定の詳細な理由が示される場合もある点に留意が必要ではないか
    • これらを踏まえ、後述の裁判外(任意)開示においてプロバイダが円滑に開示可否の判断を行うことを可能とすること等を目的に、事業者団体及びプロバイダを中心に、関係者間で新たな手続においても開示可否に関する事例の蓄積を図っていくことが望ましいと考えるが、どうか
  • 「新たな裁判手続(非訟手続) 新たな裁判手続の濫用の防止」について
    • 新たな裁判手続の創設に当たって、手続の悪用・濫用(いわゆるスラップ裁判(訴訟))も増える可能性があることから、それを防止するための方策として、どのようなものが考えられるか
    • 例えば、前述のとおり、請求権を残して非訟手続と訴訟手続を併存させる場合には、非訟手続であっても、異議がなく開示可否が確定した場合には既判力が生じ、濫用的な蒸し返しが防止できると考えられるが、どうか
    • 他方で、蒸し返しの防止以外にも、一部の者による手続の濫用防止のための仕組みを設けることで、過度に制度の使いやすさを制約してしまう場合には、被害者救済の観点から問題とならないか
    • 開示請求の濫用の場合には、プロバイダが発信者に意見照会を行うことで、発信者への心理的負担や萎縮効果が生じる可能性があることから、開示請求の濫用であり意見照会が不要と考えられる場合の事例の積み重ねが今後の制度運用の中で行われ、対応が図られていくことが望ましいのではないか
  • 「新たな裁判手続(非訟手続) 海外事業者への対応」について
    • 「現在の主要なSNSはその多くが海外のコンテンツプロバイダによって提供されているサービスであることから、本中間とりまとめにおいて行っている発信者情報開示に関する制度設計の具体的な検討に当たっては、海外のプロバイダに対してどのようにルールを適用・執行するかという視点が不可欠である
    • 新たな裁判手続に関しては、裁判所による命令とすることによって、決定の実効性を確保することが適当ではないか
    • 特に、発信者の提供命令においてコンテンツプロバイダがアクセスプロバイダの特定主体となる場合には、大手海外コンテンツプロバイダも参加する形で、プロバイダや有識者が協力して発信者の特定手法についてのノウハウ共有を行う場を形成することが必要ではないか
    • 現行の仮処分によるコンテンツプロバイダへの開示手続と類似の簡易な方法による迅速な海外への伝達が可能な仕組みとすることが適当ではないか。この点、開示判断を訴訟手続で行うこととすると、海外コンテンツプロバイダに対する送達が必要となり時間を要するものの、非訟手続による場合、申立書の送付など簡易な仕組みとすることが可能ではないか
  • 「裁判外(任意)開示の促進」について
    • 現在は請求権構成に基づき裁判外での開示請求も可能であるところ、新たな裁判手続を創設するに当たって、裁判外開示を可能とする制度上の仕組みを維持すべきではないか
    • 現在裁判外で開示されているものは、意見照会で発信者の同意が得られた場合や、著作権侵害など形式的に権利侵害が判断しやすいものなど、限定的になっているという指摘がある
    • 裁判外での開示が円滑になされるために、権利侵害が明らかである場合には、プロバイダが迷うことなく開示の判断を行いやすくする観点から、例えば、要件該当性の判断に資するために、プロバイダにアドバイスを行う民間相談機関の充実や裁判手続において要件に該当すると判断された事例等をガイドラインへの集積するなどの取り組みが有効であると考えられるのではないか

(7)その他のトピックス

①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向

前回の本コラム(暴排トピックス2020年10月号)で紹介した日本銀行(日銀)による中央銀行デジタル通貨(CBDC)の取り組み方針公表の前後から、世界的にCBDCを巡る動きが活発化しています。日銀を中心とする日本のCBDCへの取組みについては、関係者の様々なコメントから、まだまだかなり慎重なスタンスがうかがわれます。たとえば、日銀の黒田総裁は、「民間の決済サービス事業者を置き換えたり排除したりするものではない」、「中央銀行が民間金融機関に通貨を供給し、民間が企業や消費者に決済サービスを提供する2層構造を維持すべきだ」、「(裏付け資産を持ち、通貨価値を安定させるステーブルコインは普及時に金融システムの安定を揺るがしたり、マネー・ローンダリングに利用されたりする恐れがあることをふまえ)注意深く監視し、適切に規制されなければならない」などと述べています(2020年10月12日付日本経済新聞)。また、日銀の神山決済機構局長は、「CBDCを発行する場合には民間銀行の現金預金からのシフトを抑制するために発行額や保有額に上限を設けることも選択肢の1つ」、「金利のある預金とCBDCの間で資金シフトが生じることは、金融システムの安定上問題だ」、「金融政策のためにCBDCの付利を利用するという考え方ではない」、「CBDCに関する検討はあくまで決済システムをより良いものにするためで、金融政策に使うためではない」と述べています(2020年10月15日付ロイター)。また、自民党の山本金融調査会長は、もう少し具体的に踏み込んで、「日銀がCBDCを発行するなら、日銀法改正が必要で、その場合は金融政策の目的も含めて議論すべき」、「米連邦準備理事会(FRB)のように雇用の最大化と物価安定を日銀の金融政策の目標として明記するとともに、2%のインフレ目標も盛り込むことが望ましい」、「CBDCの実証実験を今年度中に始めるべきだ」などと述べています(2020年10月12日付ロイター)。なお、米国もどちらかと言えば日本と同様、かなり慎重なスタンスを取っており、報道によれば、米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は、国際的に利用されるデジタル通貨の開発について、米国にとっては「最初に開発する国」になるより、正しく対応することの方が重要になる」、「一番乗りになるよりは、正しく対応することの方が重要だと考えている。正しく対応するとは、CBDCの潜在的な恩恵だけでなく、潜在的なリスクも検証し、重大な代償の可能性を認識することだ」などと述べています。

さて、国際通貨基金(IMF)は、世界各地の中央銀行や民間企業などが検討を進めるデジタル通貨に関する報告書を公表しています。報道によれば、民間企業のデジタル通貨が世界市場を独占したり、いくつかの主要通貨が地域ごとに割拠したりする四つの将来像を提示して、利点や課題を探り、(1)デジタル化の加速で国際金融市場の流動性が高まり、将来的にはドル基軸体制が崩れる可能性があること、(2)民間が発行した通貨であっても、世界のユーザーに普及した場合は、法定通貨のように利用される可能性があり、その場合は、各国が実行する金融政策の有効性に影響を与えること、(3)官民によるいくつかの「デジタル通貨圏」の出現もありうること、(4)国際金融の構図は変わらないまま、デジタル通貨が国際決済の手段に限定して使われる可能性もあることなどを示しています。さらに、適切な規制を整備しないと、犯罪対策や規制当局による取引の制限・管理が難しくなるとし、グロ-バルステーブルコイン(GSC)発行を管理する企業が中央銀行のような存在になり、ガバナンスに問題が生じる可能性もあると指摘しています。

また、世界の金融当局で構成する金融安定理事会(FSB)は、民間企業が発行するデジタル通貨を主な対象とした規制の基本原則を示しています。IMFの報告書と共通する指摘も含まれているようですが、金融安定の確保に向け情報の透明性を求めるとともに、利用者に混乱が生じないような措置の必要性も指摘、国境を越えて使われるデジタル通貨に対する規制や監督を各国に促す内容となっています。以下、金融庁から仮訳が公表されていますので、紹介します。

▼金融庁 金融安定理事会による「『グローバル・ステーブルコイン』の規制・監督・監視-最終報告とハイレベルな勧告」の公表について
▼プレス・リリース 金融安定理事会は、「グローバル・ステーブルコイン」の規制・監督・監視に係るハイレベルな勧告を公表
  • 金融安定理事会(FSB)は、先般の市中協議を踏まえ、本日、「グローバル・ステーブルコイン」(GSC)の規制・監督・監視に係るハイレベルな勧告の最終版を公表した。本報告書は、GSCは、業務を開始する前に、適用され得る全ての規制上の基準を順守し、金融安定上のリスクに対応するほか、必要に応じて新たな規制要件に適応することが期待されていると記述している。
  • いわゆる「ステーブルコイン」は、金融サービス提供の効率性を高める可能性を持つ、暗号資産の一類型であるが、これは同時に、特に大規模に利用されるようになった場合、金融安定上のリスクを生じさせる可能性がある。ステーブルコインは、その価値をソブリン通貨等の一種類以上の資産に紐づけることによって、“伝統的な”暗号資産に見られた高いボラティリティに対応することを目指したものである。これらは、決済に効率性をもたらし、金融包摂を促進する可能性を持つ。もっとも、潜在的に複数法域にまたがって広く利用され得るステーブルコイン(いわゆる「グローバル・ステーブルコイン」、またはGSC)は、決済手段としての機能等において、一つまたは複数の法域でシステム上重要となる可能性がある
  • GSCの出現は、既存の規制・監督・監視の包括性及び実効性における課題となり得る。こうした中、FSBは、GSCによる金融安定上のリスクに対応するための、協調され実効性のある規制・監督・監視を促進する10項目のハイレベルな勧告に合意した。この勧告は、責任ある金融技術革新を後押しし、また各法域におけるアプローチについて十分な柔軟性を確保するものである。
  • この勧告は、リスクに応じた規制・監督・監視を求めるものであり、当局は“同じビジネス、同じリスクには同じルールを適用する(same business, same risk,same rules)”という原則に基づき、監督・監視の能力や実務を適用する必要性に合意している。
  • GSCの一部の機能は、法域を超えた重要な影響をもたらす可能性がある。本報告書の勧告はまた、柔軟で、効率的、包括的かつ業態横断的な、クロスボーダーの協力・協調・当局間の情報共有体制の価値を強調するものである。
  • FSBは、G20の要請を受けたクロスボーダー送金改善に向けた作業行程(ロードマップ)における主要な要素(ビルディングブロック)として、以下の更なる活動について合意した。
  • 2021年12月までに、国際基準設定に係る作業の完了。
  • 2021年12月までに(加えて市場の発展を踏まえ、必要性に応じて)、当局間の協力体制の確立、または必要に応じた調整。
  • 2022年7月までに(加えて市場の発展を踏まえ、必要性に応じて)、各国における、FSBの勧告や国際基準・指針と整合的な規制・監督・監視の枠組みの確立、または必要に応じた調整。
  • 2023年7月までに、本報告書の勧告や国際基準の実施状況のレビュー、及び国際基準の精緻化や調整の必要性に関する評価。

さらに、日米欧がG7財務大臣・中央銀行総裁会議を開き、デジタル通貨に関する共同声明をまとめています。各国が検討する中央銀行によるデジタル通貨に関し、「透明性」などの条件を満たす必要があると指摘、利用履歴を利用したプライバシーの侵害や、デジタル人民元の実用化に向けて先行する中国をけん制しています。声明では、決済や通貨が信認される条件として「透明性」に加えて「法の支配」、「健全な経済ガバナンス」の3つを挙げ、条件を満たしていないデジタル通貨の発行は、G7としては認めないとの認識を示し、「デジタル・ペイメントの広範な普及は、金融サービスへのアクセス向上、非効率性の低減、コストの低下を通じて、既存の決済システムの課題に対処できる潜在性を有する」としながらも、金融の安定性や消費者保護のほか、マネー・ローンダリング、テロ資金供与などに対処する必要があるとし、「決済サービスは適切に監督・規制されるべき」と指摘しています。なお、身代金目的でコンピューター端末内のデータを暗号化する「ランサム(身代金)ウエア」を使った攻撃に対抗していく姿勢も示し、同時に、適切な規制が導入されるまでステーブルコインは導入されるべきではないと表明した点も注目されます。以下、金融庁から声明の仮訳が公表されていますので、紹介します。

▼金融庁 デジタル・ペイメントに関するG7財務大臣・中央銀行総裁会議における声明の公表について
▼デジタル・ペイメントに関するG7 財務大臣・中央銀行総裁声明(仮訳)
  • デジタル・ペイメントの広範な普及は、金融サービスへのアクセス向上、非効率性の低減、コストの低下を通じて、既存の決済システムの課題に対処できる潜在性を有する。他方で、関連する課題やリスク、例えば金融の安定性、消費者保護、プライバシー、課税、サイバーセキュリティ、オペレーションの頑健性、マネー・ローンダリング、テロ資金供与及び拡散金融、市場の健全性、ガバナンス、法的確実性などに対処するため、決済サービスは適切に監督・規制されるべきである
  • 公的部門は、法定通貨の供給、独立した金融政策の実施、規制・監督上の役割を通じ、決済システムの安全性・効率性、金融の安定性、マクロ経済目標の達成を確保する上で必要不可欠な役割を果たしている。G7当局の多くが、中央銀行デジタル通貨(CBDCs)に関連する機会とリスクを探求しているのは、こうした文脈においてである。国内決済システム及び国際通貨システムの安定性への信認は、透明性、法の支配、健全な経済ガバナンスに対する、公的部門の信頼ある長年のコミットメントによって支えられている。我々は、決済システム内の既存の課題に対処し、継続的に改善を行っていくことにコミットしている。
  • G7は、FSB、FATF、CPMIやその他の基準設定主体による、デジタル・ペイメントに関連するリスクを分析し適切な政策対応を決定する作業を、引き続き支持する。特に、G7は、クロスボーダー決済の効率性を高め、グローバル・ステーブルコイン及びその他の類似の取組から生じる規制上及び公共政策上の課題に対処するとのG20のアジェンダの重要性を強調する。G7は、いかなるグローバル・ステーブルコインのプロジェクトも、適切な設計と適用基準の遵守を通じて法律・規制・監督上の要件に十分に対応するまではサービスを開始すべきではないとの立場を、引き続き維持する。
  • 最後に、G7は、ランサムウェアによる攻撃の脅威が増していることを懸念している。特に、新型コロナウイルスのパンデミックの中で、悪意ある主体が重要なセクターを標的としている。しばしば暗号資産による支払を伴うこうした攻撃は、社会に不可欠な機能、ひいては我々皆の安全・繁栄を危うくする。我々は、共にそして各々でこの脅威と戦う決意を確認する。

さて、IMF、FSB、G7からけん制される形となっている中国の「デジタル人民元」については、すでに実証実験の段階に突入しています。デジタル人民元は、紙幣の人民元(アナログ人民元)では見られなかったような新興国への普及を実現させる可能性を秘めています。そもそもデジタル通貨は国民の経済活動を監視しやすく、権威主義的な政権が多い中国や新興国に受容されやすいことが予想されます。中国がリアルに推し進めている巨大な経済圏「一帯一路」構想に沿って新興国を中心にデジタル人民元を浸透させることも不可能ではないため、現行のドル通貨圏とは別のデジタル通貨圏となりうる可能性があり、けん制されるのも頷けるところです。そのような状況において、まず、中国人民銀行(中銀)が、デジタル人民元を法定通貨に加える法改正案を公表、民間による暗号資産(仮想通貨)などの発行を禁じる規定も盛り込んでいます(暗号資産が金融システムの安定や金融政策の効果を損ないかねないと警戒したものと捉えられます)。さらに、デジタル人民元の実証実験は、中国国内28都市に広げつつ、個人どうしでやり取りする機能など必要な技術の確立を急いでいるといいます。なお、直近の報道(2020年11月2日付ロイター)によれば、中国人民銀行(中銀)総裁は、広東省深センなどで実施したデジタル人民元の最初の実証実験について、20億元(2億9,907万ドル)以上が支払いに使われ、取引件数は400万件だったと明らかにしています。実験では、抽選で市民5万人に1人当たり200元(29.75ドル)のデジタル人民元を「お年玉」のように配布したもので、まだ初期的な段階とはいえ、実証実験はこれまでのところ非常に順調に進んでいると強調しています。

また、デジタル通貨の位置づけについて日米欧が議論の途上にある中、中国以外の新興国で、すでにデジタル通貨を発行する国も出てきています。報道(2020年10月28日付日本経済新聞)によれば、カンボジア国立銀行(中銀)が試験運用を終えて正式に発行、バハマ中央銀行も発行を始めたということです。いわば「リープフロッグ」のように新興国でデジタル通貨の導入が進む背景には、自国通貨の信用が相対的に低い状況(自国の金融政策のコントロールが効きにくい状況)が指摘されており、現状は国内の小規模な取引が中心であるところ、国境をまたぐ取引にどう対応していくかが大きな課題となります。また、デジタル通貨は、「リープフロッグ」型発展をみせるアフリカ諸国でも親和性は高そうです。世界銀行は新型コロナのパンデミックによる世界的な経済悪化が響き、今年の貧困国への送金が4,450億ドル(約46兆6,400億円)と、前年比▲20%の記録的な落ち込みになると予測する一方で、アフリカで事業を手掛ける送金企業の利用は急拡大しているとの報道がありました(2020年11月1日付ロイター)。これまでの海外送金では、非公式ネットワーク(貿易商、バス運転手、旅行者など)が活用されてきたところ、コロナ禍でそれらが機能しなくなり、まさに「一足飛び」にオンライン送金が普及しはじめたというものです。中央集権型で自国通貨の信用が相対的に低い国が多いアフリカ諸国でデジタル通貨が普及する状況は揃いつつあり、アフリカに投資を続ける中国のデジタル通貨圏に包含される可能性も否定できず、G7を中心とするドル通貨圏の対応が急がれます。

その他、暗号資産に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 本コラムでも以前取り上げた闇サイト「シルクロード」(2013年にFBIにより閉鎖)に絡み、米司法省が、総額10億ドルを超えるビットコインを押収したと明らかにしています。報道によれば、押収額は米政府によるものとしては過去最高で、ハッカーが「シルクロード」から盗んだものだったということです。シルクロードでは違法薬物から銃器、暗殺依頼にまで取り扱われており、同サイトは匿名化ソフト「Tor」のネットワークを使って運営され、唯一の決済手段としてビットコインを採用していたことで知られていました。
  • オンライン決済大手の米ペイパルHDは、暗号資産の売買を始めると発表しています。2021年初めに世界のペイパル加盟店2,600万店以上で暗号資産を使った支払いができるようにするといいます。ペイパルは世界に3億4,000万人を超える利用者を抱えており、これまで投機利用の面が強調されてきたところ、決済利用に道が大きく開け、暗号資産の普及を後押しする可能性が出てきました。早速、発表を受けてビットコインは1万2,900ドル近くまで値上がりし、2018年1月以来の高値となっています(ペイパルも同様に株価が高騰しています)。ビットコインの決済利用が進むかどうかは未知数でもあり、今後の展開を注視していきたいと思います。
②IRカジノ/依存症を巡る動向

安倍前首相は、カジノなどの総合型リゾート(IR)施設整備を熱心に推進していましたが、菅首相もその流れを踏襲し、衆院代表質問で「観光先進国となる上で重要な取り組み」と説明し、誘致を続ける方針を明確に示しています。さらに、「いわゆるカジノは130カ国・地域でおこなわれており、日本型IRは国際会議場・展示場や宿泊施設を併設、家族で楽しめる施設とする予定であり、日本が観光先進国となるうえで重要な取り組みだ」とも強調しています。さて、そのIR整備については、コロナ禍の影響で遅れていた「IR基本方針案」の改正案がパブコメに出されており、先ごろ締め切られたばかりです(なお、本内容については、前回の本コラム(暴排トピックス2020年10月号)を参照ください)。そこで示されている期間については、政令案として「法第9条第10項の政令で定める区域整備計画の認定の申請の期間は、令和3年10月1日から令和4年4月28日までとする」と提示されました。各自治体は戦略の見直しを迫られる形となっていますが、横浜市は、2019年に提出を受け付けたコンセプト募集(RFC)について、提案した7事業者や提案概要を公表しています。また同時に11月末まで追加のRFCを実施する方針も明らかにし、新型コロナへの対策や、IR事業者のコンプライアンス確保などについて提案を受け付けることを表明しています。

▼横浜市 IR(統合型リゾート)の実現に向けたコンセプト募集の提案概要公表及び追加募集について

公表された事業者からの提案内容の概要を確認すると、たとえば「カジノ施設」については、「一般の顧客同線からは目に留まらない場所にカジノを配置」、「ゆとりあるラグジュアリーなゲーミング空間を創出し、大人の社交場に相応しい品格と格式を持たせる」、「VIP顧客専用ゾーンの設置等、訪問客自らの嗜好に基づいて選択できるよう、マルチゾーンによって構成」、「最高位の透明性と法令順守をもって運営」、「カジノ従業員全員は各自の所属部署に関するもののみならず、責任あるゲーミングについても厳格な研修を受講」といったコンセプトが並んでいます。また、「危機管理・災害対策」としては、「津波・高波対策として歩行者専用スペースを主に2階以上に配置、浸水対策を意識し重要設備を高層階に配置」、「地震災害に備えた制振システムや免振システムの導入」、「台風等の風水害リスクに対応した建設物の全体計画」、「電線の地下化や複数の電力供給ネットワークの構築による安定的な電力供給体制の整備」、「電力供給が完全に途絶した場合に備えた、重要な施設向けの非常用発電設備」、「大型の太陽光発電設備等、可能な限り電力共有源を多様化するため、再生可能エネルギーによる電力供給を導入」、「事業継続計画と緊急時対応計画の策定、計画に基づく研修や訓練の実施」、「行政機関、警察、自治会、交通事業者等と協調した対応策の構築」、「非常用放送やデジタルサイネージによる発災時の情報発信」、「誰でも避難が可能で、高齢者や子供でも移動がしやすいバリアフリーアクセスの整備」、「負傷者や足止めされた来訪者へ支給する災害用キット(ブランケット、懐中電灯、応急処置用医療品、乾燥食品、非常用トイレ、水等を含む)の貯蔵」、「周辺地域の帰宅困難者等の受入れ対応」といった項目が並んでいます。さらに、「反社会的勢力の排除対策」としては、「厳格なカジノライセンス制度に基づくカジノ営業」、「包括的なセキュリティシステム(顔認証、監視カメラ等)の活用」、「取引業者及び従業員の背面調査」、「データベースを活用した暴力団排除」、「警察との連携」などの項目が、「マネー・ローンダリング対策」としては、「国際基準(FATF勧告)に準拠した内部統制システムの構築」、「AML/KYCポリシーの導入」、「徹底した情報管理の実施(顧客情報・取引情報等)」、「従業員に対する教育・訓練」、「AML専門チームの設置」といった項目が挙げられています。さらには、社会的に関心の高い「ギャンブル等依存症の増加への対策」として、「マイナンバーカードや顔認証システム等による入場制限」、「自己制御・家族制限プログラム・排除命令プログラムの導入」、「ゲーミングフロアにおけるATM設置の禁止」、「貸付対象者の限定・貸付上限額の設定」「プレイ時間、掛け金等、ゲーミング習慣の追跡」「従業員への訓練・教育」、「市民への啓蒙・教育活動」、「依存症相談窓口の設置、カウンセリングサービス」、「自助グループ等の紹介・連携」、「ギャンブル等依存症についての産学共同研究」、「ギャンブル等依存症対策に係る資金的支援」、「身近な地域での総合的な依存症対策に取り組むネットワークの構築」などが掲げられています。なお、「日本型IRにおける懸念事項対策のための規制」として、「カジノライセンス取得御為の背面調査及びカジノライセンス取得後の定期的な審査」、「マイナンバーカード等による本人・年齢確認」、「本人の申告、本人以外の家族が深刻することによる入場制限」といったものも当然ながら盛り込まれています。

さて、その横浜市のIR誘致を巡っては、反対派の活動も活発化しており、林文子市長のリコール(解職請求)を目指す市民団体は、11月4日時点で4万1,122人の署名が集まったと発表しています(署名期間は残り約1カ月で、解職の是非を問う住民投票に必要な署名数は約50万人とやや苦戦しているようです)。さらに、IR誘致について賛否を問う住民投票の実施を目指す市民団体の署名期間が11月4日に終了し、15万6,000筆を超える署名が集まったということです。今後、署名簿を区ごとにまとめ、各区選挙管理委員会に提出され、各区選挙管理委員会が20日以内に署名の審査を終えて総数と有効数を告示、横浜市内の合計で有効数が地方自治法の法定数(約6万人)を超えていれば条例制定の直接請求ができることになります(その後、林文子市長が条例案を市議会に提出、住民投票の実施の可否を市議会で採決する流れとなります。なお、報道によれば、市議会はIR誘致に積極的な自民党などの会派が過半数を占めており、住民投票実施に関する条例案が提出されても可決されるかどうかは不透明だといいます。また、市議会に条例案を提出する際は市長が意見を付すことになりますが、林市長は賛否を示さないと明言しています。さらに住民投票が実施され、反対多数だった場合は誘致を撤回する方針を示しています)。そのような反対派の動きを見つつも、横浜市は「タイトなスケジュールだ」としながらも準備を進めている状況で、今後、計画の具体化などに伴い担当部局による説明会を検討するなどして、市民の理解を得ていく考えだということです。また、直近では、神奈川県や公安委員会らと意見交換する協議会「横浜イノベーションIR協議会」を設置すると発表、今月17日に初会合を開き、IR整備法で必要と定められている協議を実施することとしています。報道によれば、林文子市長を議長とし、神奈川県の黒岩祐治知事、県の公安委員会、地域住民として横浜市町内会連合会、横浜商工会議所、横浜市立大学からそれぞれ代表1人を委員として招き、市の取り組みを説明したうえで意見交換する方針だといいます。なお、横浜市は事業者選定などに関し、協議会とは別に選定委員会も設置するとのことです。

一方、横浜市よりも取組みを積極的に先行させてきた大阪府・大阪市ですが、全面開業時期の見通しが不透明な状況となっています。当初は2025年の大阪・関西万博前の開業を目指していたものが2026年度末にずれ、報道によれば、現状ではさらに遅れて2027~2028年度の見込みとなっているといいます。土地の引き渡しや事業者による提案書類の提出期限がコロナ禍で遅れたことなどが要因で「1年以内の遅れは想定内」としているものの、開業時期がさらにずれる可能性も否定できない状況です。IR整備は1兆円規模で、建設予定地の人工島・夢洲への地下鉄延伸も事業者が負担する取り決めとなっていますが、すでにオリックスと共同で事業者に唯一名乗りをあげた米MGMリゾーツ・インターナショナルの経営はコロナ禍で悪化しており、計画に変更があれば、大阪の再開発やインフラ整備の計画の見直しにまで影響することもあり得ます。コロナ禍への対応や、先日の大阪都構想の住民投票での否決による大阪維新の会の求心力の低下、あるいは日本経済新聞社とテレビ大阪が10月16~18日に大阪市内の有権者を対象に実施した電話世論調査では、IRについて「賛成」が37%で「反対」が52%と、6月下旬の前回調査と比べて反対が3ポイント増え、賛成が3ポイント減る結果となるなど、大阪府・大阪市のIR整備もまだまだ紆余曲折が予想されるところです。

また、和歌山県も、開業時期目標を、当初の2025年の春ごろから2026年春ごろに1年先延ばしすると発表しています。和歌山県もまた2025年大阪・関西万博前の開業を目指して準備を進めていましたが、コロナ禍や。国が誘致自治体からの申請受付期間を9カ月延ばしたことに伴い、当初は2021年1月ごろとしていた事業者選定も2021年春ごろに延期するということです。また、今年10月までとしていた事業者からの提案審査書類などの提出期限も来年1月15日に変更しています。なお、和歌山県は、和歌山市の人工島「和歌山マリーナシティ」に誘致を目指しており、カナダのクレアベストグループと香港のサンシティグループの2事業者が名乗りを上げています。一方、和歌山県では面白い試みも行われました。2020年10月20日付産経新聞によれば、IRをテーマに、和歌山県立向陽高校の生徒たちが是非を議論する討論会が校内で開かれたということです。論理的な思考を身につけてもらうのが狙いで、賛成・反対のグループに分かれ、「雇用創出が期待される」「犯罪の温床につながる」などと主張を展開したと報じられています。担当教諭が「和歌山の将来を担う生徒が、地元の未来を考える上でIR誘致は重要な議題」とし、「SNSの定着で会話能力の低下が心配される世代にとって、討論会の授業は生徒が活発に議論するいい機会になる」と述べていますが、次代を担う若者が自分事としてIRの問題を考えることは大変有意義なことだと感じました。

本コラムでも動向を追ってきたIRを巡る汚職事件では、秋元司・衆院議員(収賄罪などで起訴)への贈賄罪などに問われた中国企業「500.com」元顧問・紺野昌彦被告と同・仲里勝憲被告の判決が東京地裁でありました。報道によれば、裁判長は「多額の金銭を提供し、露骨な接待を行った」と述べ、紺野被告に懲役2年、執行猶予3年(求刑・懲役2年)、仲里被告に懲役1年10月、執行猶予3年(同・懲役1年10月)を言い渡しています。検察側は9月25日の論告で、両被告が「500.com」社のIR事業を有利に進めるため、秋元被告に短期間で4件の贈賄を繰り返す一方、秋元被告からIR整備に関する情報提供を受けて癒着を深めたと指摘、「廉潔性が強く求められていたIR事業に対する社会の信頼を著しく失墜させており、厳正に対処する必要がある」と主張していたものです。これに対し、両被告の弁護側は最終弁論で、同社のIR参入が実現していない点を挙げ「贈賄による実害はない」と強調、執行猶予付きの判決を求めていました。さらに、秋元司被告が収賄罪で起訴されたIR汚職を巡る証人買収事件では、贈賄側被告に虚偽の証言をする見返りに現金の提供を持ちかけたとして、組織犯罪処罰法違反(証人等買収)に問われた佐藤文彦被告と淡路明人被告が、東京地裁で開かれた初公判で、いずれも起訴内容を認めています。報道によれば、両被告は、IR事業への参入を目指していた中国企業「500.com」元顧問の紺野被告(贈賄罪で有罪確定)に公判で虚偽の証言をするよう依頼し、報酬として6月に現金1,000万円、7月に現金2,000万円の提供を持ちかけたとされます。裁判で指摘されたとおり、日本型IRは「世界最高水準の厳格な規制」(世界一の清廉性/廉潔性)を掲げています。一連の事件は国会議員が関与した贈収賄事件という最悪の事態を招いたという点で問題の根は深く、本件を踏まえてIR基本方針が改正が図られ、「厳格な接触ルール」を定めて「IR事業者の廉潔性確保」に「全般的なコンプライアンス確保」が求められることとなりました。IR事業(とりわけカジノ事業)は、そもそも社会から相当厳しい目で見られているところ、今回の事件で「世界一の廉潔性」はやはり画餅ではないかと冷笑されている事実を関係者はあらためて自覚し、それでもなお、自らを厳しく律しながら「世界一の廉潔性」を目指していくべきだと思います。

その他、IRカジノや依存症に関する報道から、いくつか紹介します。

  • 横浜市へのIR誘致にも名乗りを上げていた米カジノ大手(世界でも最大手)のラスベガス・サンズは、ラスベガスのカジノの売却を検討しているようです。ブルームバーグ通信発の報道(2020年10月28日付日本経済新聞)によれば、売却代金は60億ドル(約6,300億円)以上を見込んでおり、縮小傾向にある米国事業(昨年の売上高構成比15%未満)を手放し、収益に占める割合の大きいマカオなどに経営資源を集中するとのことです。コロナ禍により、2020年7~9月期決算は売上高が前年同期比▲82%の5憶8,600万ドル、最終損益も7億3,100万ドルの赤字にまだ落ち込んでいる状況で、海外カジノ大手の苦境は日本のIRにもまだまだ大きな影響を与える可能性を秘めています。
  • 国際カジノ研究所の木曽所長のレポート(【衝撃】違法オンラインカジノへの参加者、100万人超)から転載させていただくと、「我が国における違法インターネットカジノ対策の不在に付け込む形で海外業者のアフィリエイターが攻勢をしかけ、誤った違法性認識が国民に広がっている結果が、冒頭でご紹介した「パチンコファン内でのライブカジノ参加数が100万人超」、全体パチンコファン内の7%が直近1年の間にライブカジノに参加をし、また12%「一度も遊んだことはないが関心がある」という犯罪予備軍となってしまっている現状であります」といった驚くべき状況が浮かび上がっています。IRとは無関係で、そもそもインターネットカジノは違法であるところ、この数字はかなりインパクトがあります。厳格なIR規制も必要ですが、明らかに違法なインターネットカジノをどう規制し、取り締まっていくべきかも真剣に検討すべきと思われます
  • オンラインゲームやテレビゲームのやり過ぎで日常生活が困難になる「ゲーム障害」に対応するため、消費者庁は、全国の消費生活センターの相談員を対象としたマニュアル作成に向け、専門家による「アドバイザー会議」を開いています。会議は精神医学が専門の医師らで構成され、ゲーム障害の恐れがある人を医療機関や精神保健福祉センターといった専門機関につなぐ基準や、当事者や家族から相談があった際の応答要領、各地の専門機関のリスト化などを検討するということです。なお、消費者庁のサイト(オンラインゲームを楽しむ際には、家庭内であらかじめルールを設定しましょう。~オンラインゲームのやりすぎには注意すべきことが潜んでいます。~)では、「ゲーム障害」について、「令和元年5月、WHO(世界保健機関Iにおいて、ゲーム障害が精神疾患の一つとして位置付けられたことを踏まえ、関係省庁で連携して取組を進めており、令和2年2月に、「ゲーム依存症対策関係者連絡会議」(事務局:厚生労働省)が開催されました。消費者庁では、予防・啓発の一環として、このページを随時更新し、ゲーム関連業界団体において自主的に推進している普及啓発の取組等を含め、幅広く情報提供を行うこととしています」としています。さらに、「インターネットの長時間使用などに関しては、現時点において、疫学調査等が実施されるに至っていないものも存在するため、それらの全てを「依存」として評価すべきであるかについては、慎重に考えられるべきものです。他方で、平成30年3月に公表した「ギャンブル等依存症に関連すると考えられる多重債務問題に係る相談への対応に際してのマニュアルについて」についての検討過程から、各地域で消費生活相談をお受けするに際し、「のめり込み」をうかがわせるギャンブル等以外の領域に係るものも寄せられるとの意見が示されたところです。そのため、消費者庁においては、金融庁と共同し、ギャンブル等依存症対策マニュアルをより広範に活用することに関し、各地域の精神保健福祉センター等と御相談の上で、合意形成を図ることができた場合においては、対応に際して参考となる資料として御活用いただくことも考えられる旨をお知らせしています」として、現時点では、ゲーム障害についても、ギャンブル等依存症対策マニュアルを参照することを推奨していますが、今後、ゲーム障害に関する専用の対応マニュアルが策定されることで、対策が進むことを期待したいと思います。
③犯罪統計資料
▼警察庁 犯罪統計資料(令和2年1~9月)

令和2年1~9月の刑法犯の総数は、認知件数は459.946件(前年同期561,141件、▲18.0%)、検挙件数は201,884件(210,638件、▲4.2%)、検挙率43.9%(37.5%、+6.4P)となり、コロナ禍により認知件数が大きく減少していることとあわせ、令和元年における傾向が継続される状況となっています。犯罪類型別では、刑法犯全体の7割以上を占める窃盗犯の認知件数は313,147件(398,682件、▲21.5%)、検挙件数は123,938件(129,281件、▲4.1%)、検挙率は39.6%(32.4%、+7.2P)であり、「認知件数の減少」と「検挙率の上昇」という刑法犯全体の傾向を上回り、全体をけん引していることがうかがわれます(なお、令和元年における検挙率は34.0%でしたので、さらに上昇していることが分かります)。うち万引きの認知件数は64,184件(70,702件、▲9.2%)、検挙件数は46,184件(48,210件、▲4.2%)、検挙率は72.0%(68.2%、+3.8P)であり、認知件数が刑法犯・窃盗犯ほどには減少していない点が注目されます。また、検挙率が他の類型よりは高い(つまり、万引きは「つかまる」ものだということ)一方、ここのところ検挙率の低下傾向が続いたところ、プラスに転じている点は心強いといえます。また、知能犯の認知件数は24,737件(26,970件、▲8.3%)、検挙件数は12,694件(13,480件、▲5.8%)、検挙率は51.3%(50.0%、+1.3P)、さらに詐欺の認知件数は22,095件(24,243件、▲8.9%)、検挙件数は10,684件(11,276件、▲5.3%)、検挙率は48.4%(46.5%、+1.9P)と、とりわけ刑法犯全体の減少幅より小さく、コロナ禍においてもある程度詐欺が活発化していたこと、検挙率が高まっている点が注目されます(なお、令和元年は49.4%でしたので、少しだけ低下しています)。

また、令和2年1月~9月の特別法犯総数について、検挙件数は51,024件(52,172件、▲2.2%)、検挙人員は43,302人(44,171人、▲2.0%)となっており、令和元年においては、検挙件数が前年同期比でプラスとマイナスが交互し、横ばいの状況が続きましたが、前月に続き減少する結果となりました。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は4,848件(4,411件、+9.9%)、検挙人員は3,535人(3,309人、+6.8%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数1,991件(1,834件、+8.6%)、検挙人員1,617人(1,510人、+71.%)、不正アクセス禁止法違反の検挙件数は295件(561件、▲47.4%)、検挙人員は92人(111人、▲17.1%)、不正競争防止法違反の検挙件数は48件(54件、▲11.1%)、検挙人員は56人(49人、+14.3%)、銃刀法違反の検挙件数は3,817件(3,959件、▲3.6%)、検挙人員は3,365人(3,464人、▲2.9%)などとなっており、入管法違反と犯罪収益移転防止法違反、不正競争防止法違反は増加したものの(これまでよりペースダウンしています)、不正アクセス禁止法違反がこれまで大きく増加し続けてきたところ、ここにきて大きく減少している点が注目されます(不正アクセス事案は体感的にまだまだ減っていないと思われているだけに数字的にはやや意外な結果となりました。引き続き注視が必要な状況だといえます)。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は698件(674件、+3.6%)、検挙人員は360人(318人、+13.2%)、大麻取締法違反の検挙件数は4,024件(3,780件、+6.5%)、検挙人員は3,428人(2,954人、+16.0%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は8,269件(8,084件、+2.3%)、検挙人員は5,815人(5,768人、+0.8%)などとなっており、大麻事犯の検挙が、コロナ禍で刑法犯・特別法犯全体が減少傾向にあるにもかかわらず、令和元年から継続して増加し続けていること、一方で、覚せい剤事犯については、ここ最近では減少傾向が見られていましたが、いったん増加に転じて注目していたところ、4月以降再度減少するなど、検挙件数・検挙人員が横ばい(あるいは微増)の傾向にあります(参考までに、令和元年における覚せい剤取締法違反については、検挙件数は11,648件(13,850件、▲15.9%)、検挙件数は8,283人(9,652人、▲14.2%)でした)。

なお、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯の国籍別検挙人員の総数403人(333人、+21.0%)、中国69人(68人、+1.5%)、ベトナム77人(54人、+42.6%)、ブラジル43人(31人、+38.7%)フィリピン20人(21人、▲4.8%)、インド14人(5人、+180.0%)、スリランカ11人(12人、▲8.3%)などとなっており、令和元年から大きな傾向の変化はありません。

暴力団犯罪(刑法犯)総数については、検挙件数は8,325件(14,046件、▲40.7%)、検挙人員は5,150人(5,866人、▲12.2%)となっており、特定抗争指定やコロナ禍の影響からか、刑法犯全体の傾向と比較しても検挙件数・検挙人員ともに大きく減少していること、とりわけ検挙件数の激減ぶりは特筆すべき状況となっていることが指摘できます(なお、令和元年は、検挙件数は18,640件(16,681件、▲0.2%)、検挙人員は8,445人(9,825人、▲14.0%)であり、暴力団員数の減少傾向からみれば、刑法犯の検挙件数の減少幅が小さく、刑法犯に手を染めている暴力団員の割合が増える傾向にあったと指摘できましたが、現状では検挙されない(検挙されにくい)活動実態にあるといえます)。また、犯罪類型別では、暴行の検挙件数は635件(684件、▲7.2%)、検挙人員は605人(635人、▲4.7%)、傷害の検挙件数は981件(1,142件、▲14.1%)、検挙人員は1,148人(1,291人、▲11.1%)、脅迫の検挙件数は328件(296件、+10.8%)、検挙人員は293人(272人、+7.7%)、恐喝の検挙件数は295件(361件、▲18.3%)、検挙人員は375人(454人、▲17.4%)、窃盗の検挙件数は3,770件(8,260件、▲54.4%)、検挙人員は817人(979人、▲16.5%)、詐欺の検挙件数は1,043件(1,658件、▲37.1%)、検挙人員は806人(938人、▲18.4%)、賭博の検挙件数は37件(75件、▲50.7%)、検挙人員は135人(104人、+29.8%)などとなっており、暴行や傷害、脅迫、恐喝事犯の減少が続く一方、これまで増加傾向にあった窃盗と詐欺が一転して大きく減少している点(さらに、暴行等の減少幅をも大きく上回る減少幅となっており、特定抗争指定や新型コロナウイルス感染拡大の影響がまさにこの部分に表れているものとも考えられます)は注目されます。

また、暴力団犯罪(特別法犯)の総数については、検挙件数は5,435件(5,797件、▲6.2%)、検挙人員は3,947人(4,135人、▲4.5%)となっており、こちらも大きく減少傾向を継続している点が特徴的だといえます(特別法犯全体の傾向より減少傾向にあるもおの、刑法犯ほどの激減となっていない点も注目されます)。うち暴力団排除条例違反の検挙件数は40件(19件、+110.5%)、検挙人員は97人(33人、+193.9%)、銃刀法違反の検挙件数は107件(116件、▲7.8%)、検挙人員は87人(84人、+3.6%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は127件(147件、▲13.6%)、検挙人員は39人(42人、▲7.1%)、大麻取締法違反の検挙件数は745件(828件、▲10.0%)、検挙人員は508人(554人、▲8.3%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は3,546件(3,756件、▲5.6%)、検挙人員は2,453人(2,560人、▲4.2%)などとなっており、令和元年の傾向とやや異なり、大麻取締法違反の検挙件数・検挙人員も大きく減少に転じている点が注目されます。さらに、覚せい剤取締法違反についても令和元年の傾向を大きく上回る減少となっている点も注目されます。いずれも、新型コロナウイルス感染拡大による外出自粛の影響で対面での販売が減っている可能性を示唆していますが、(覚せい剤等は常習性が高いことから需要が極端に減少することは考えにくいこと、さらに対面型からデリバリー型に移行しているとの話もあり、正確な理由は定かではありません(なお、令和元年においては、大麻取締法違反の検挙件数は1,129件(1,151件、▲1.9%)、検挙人員は762人(744人、+2.4%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は5,274件(6,662件、▲20.8%)、検挙人員は3,593人(4,569人、▲21.4%)でした)。

(8)北朝鮮リスクを巡る動向

長引く国連制裁とコロナ禍、豪雨被害の「三重苦」に直面している北朝鮮ですが、最高指導者の金正恩氏は、台風で被災した住民に関し、「劣悪な環境で生活させていることを深く自責しなければならない」、先月実施された軍事パレードでも「努力が足りず、人民が生活上の困難を克服できていない」と自身の力不足を認める異例の発言を繰り返し、国民重視の低姿勢を強調するなど、内部結束を図ろうと腐心している状況がうかがえます。そして、この「三重苦」からの脱却、生き残り戦略については、米大統領選が大きく影響する可能性も考えられます。原稿執筆時点(2020年11月8日)で選挙結果は(最終的に確定してはいないものの)バイデン氏が勝利した模様ですが、金氏は、共和党のトランプ氏が再選すれば、再び非核化措置をちらつかせながら制裁解除を勝ち取る取引を再開したいと考えていたはずで、核や弾道ミサイルを手放すことなく、「三重苦」から逃れ、経済発展につなげたいと目論んでいたはずです。しかしながら、民主党のバイデン氏が勝利したことで、トランプ氏の対北朝鮮政策は失敗と判断され、緊張が再び高まるリスクがあります。当然、金氏はトランプ氏の再選を望んでいたものと推測されますが、そこは強かな金氏ですから、今後の生き残り戦略をどう打ち出してくるか、注視していきたいと思います。

さて、先月実施された軍事パレードでは、事前の予想とおり、片側11輪の移動式発射台(TEL)に載せられた新型大陸間弾道弾ミサイル(ICBM)が初めて登場、新型潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)も初公開されました。いずれも詳細は不明ではあるものの、新型ICBMは北朝鮮が米本土を射程に収めると主張するICBM「火星15」より大型化し、複数の弾頭が装備可能な「多弾頭型」の可能性が指摘されるなど、あらためて北朝鮮の核・弾道ミサイル計画が地域と世界の安全保障と安定に対して依然深刻な脅威であることを示したといえます(トランプ政権は、北朝鮮によるICBMの発射中断を外交成果と自賛してきましたが、北朝鮮に核・ミサイル開発を自制させる「タガ」は1年以上前から外れていた現実が浮き彫りになったといえ、「われわれの軍事力は、われわれの要求通り、われわれの時間表通りに発展速度と質、量が変化している」との金氏の宣言はかなり挑発的です。ただし、非核化交渉に影響を与えないよう、当日のミサイル発射などの挑発は避けています)。一方、トランプ政権も新型ミサイルを深刻に受け止めており、北朝鮮の狙いがある程度嵌ったともいえます。米国防当局者や軍事専門家が懸念を強める理由として、北朝鮮がICBMの大型化を通じて1基のミサイルに複数の弾頭を搭載する多弾頭化を実現すれば、米軍が配備する「地上配備型ミッドコース(中間段階)防衛」(GMD)システムの迎撃能力では米本土を守り切れなくなる恐れが極めて高いためだと言われています。なお、「新型ICBMを載せた移動発射台は車軸が11もあり、悪路や坂道では使えないため、移動範囲が狭く、実戦向きとは言えない」、「北朝鮮の技術では、SLBMを積む潜水艦の実用化は難しい」との見方もある中、この軍事パレードについて、2020年10月25日付時事通信で武貞秀士・拓殖大学大学院客員教授が大変興味深い論考を行っており、以下、転載します。

未明に実施した狙いの一つは、韓国に対する心理的圧力である。朝鮮人民軍は1950年6月25日、午前4時に軍事境界線から南下した。未明の攻撃で虚を突かれた韓国ソウルは、人民軍の支配下に入った。未明でも、軍隊が整然とパレードを実施できることを、韓国に誇示したのである。内部的な権力誇示の意味もある。未明に軍隊が整列して行進するのは、体力的、精神的に消耗する。忠誠心を鼓舞する狙いがある。北朝鮮民の不満増大を心配していないということでもある。・・・ICBMは移動を容易にして、上空からの発見を逃れるために大型にはしないものだ。北朝鮮が新型ICBMを大きくした三つの理由は次の通りだ。(1)主エンジンを4個搭載して距離を1万3,000キロに延ばすために大きくする必要があった。中距離弾道ミサイルの「火星12」は、主エンジン1個、補助エンジンが3個だった。射程距離1万3,000キロとなると、ワシントンとニューヨークを攻撃できる。(2)弾頭部分を多弾頭化して攻撃力を増すためには大型化が必要だった。(3)大型化して世界最大級のICBMを持っているというPRになる。・・・金正恩委員長は演説で「戦争抑止力を引き続き強化していく」と述べた。今年の5月頃から、北朝鮮が「核抑止力」とは言わず、「戦争抑止力」と言うようになった。「核抑止力は完成した。今後、局地的な軍事衝突に対しては、通常兵器で柔軟に対応できるように、大口径の多連装ロケットなどを強化して、通常戦力分野でも、米韓軍を圧倒する時代に備える」という意味を込めている。われわれは、北朝鮮の軍事的脅威は核兵器と通常兵器の両方になりつつあることを知っておきたい。

韓国の情報機関、国家情報院が最近、北朝鮮の金朝鮮労働党委員長の朝鮮人民軍階級が現在の「共和国元帥」から「大元帥」に格上げされる可能性があるとの見方を示しています。報道によれば、大元帥は金日成主席と金正日総書記にも授与された称号で、まさに「独裁色」を強めた形となります(一時期、軍部を掌握できていないのではないかといった情報もありましたが、掌握できた表れなのかもしれません)。また、北朝鮮が人民武力省の名称を最近「国防省」に変更、国際的に使われている名称にすることで「正常国家のイメージ」を持たせるための措置との見方も示しています。さらに、SLBMを搭載可能な潜水艦2隻を建造中だとも明らかにし、1隻は旧式の「ロメオ級」の改良型で、もう1隻は新型だとしています。また、北朝鮮は国境封鎖や隔離措置など、厳格な新型コロナ対策を進めていますが、最近、新型コロナウイルス対策を怠った幹部を最高刑で死刑とする「コロナ怠慢罪」を新設したことなども報告されています。報道によれば、北朝鮮は自国の防疫体制の脆弱さを認め、新型コロナで「30万人死ぬか、50万人死ぬかわからない」とする文書も作成していたということです。なお、北朝鮮では、朝鮮労働党の関係者が全国に派遣され、管理違反者は軍法に基づいて処罰されており、8月には韓国などの物資を北朝鮮に搬入した税関職員が大量に処分されています。水際対策を徹底するために、非正規ルートでの入国を避けるため、中朝国境の一部に地雷を埋めているともいいます(10月には、中国から飛来する黄砂で新型コロナウイルスが運ばれてくる可能性があるとし、国民に外出を控えるよう呼び掛けるということもありました)。

新型コロナ対策として国境封鎖も行われていますが、その結果、9月の中国と北朝鮮の貿易総額(輸出と輸入の合計)は前年同月比▲91%となる2,081万ドル(約21億6,000万円)だったと中国税関総署が発表しています。北朝鮮が朝鮮労働党の創建から75年となる10月10日(軍事パレードの日)に向けて新型コロナ対策を強化し、人やモノの往来の制限を強めた結果となります。なお、北朝鮮は1月末、新型コロナ対策で対中境界を閉じ、中国との貿易が激減、その後、北朝鮮は物資の往来を段階的に復活させ、貿易額も復調に向かっていましたが、7月以降は再び減少に転じています。そして、9月の貿易総額は前月比でも19%減り、3月(1,864万ドル)以来の低い水準となったということです。なお、関連して、本コラムでもたびたび指摘していますが、北朝鮮が核・ミサイル開発の進展に伴い科された国連安全保障理事会の制裁に違反して、数万人の出稼ぎ労働者を中国に派遣し続けています。「新型コロナウイルスを防ぐための中朝境界の封鎖で帰国できない」ことを理由にしており、労働者らの中国での短期ビザの期限は切れているものの、中国は滞在を黙認、境界封鎖で外貨獲得が限られる中、北朝鮮の中国依存の実態、中国の国連制裁決議を履行していない実態が改めて浮き彫りになっています。以前も紹介した米国務省の推計では、北朝鮮は以前から約10万人の労働者を海外に派遣しており、中国が多数を占め、北朝鮮政府の取り分は年5億ドル(約550億円)超にのぼり、有力な外貨獲得手段になっています。

その他、日本と北朝鮮の関係を中心に、いくつか報道を紹介します。

  • 国連制裁決議の履行という点では、防衛省は、北朝鮮船舶が別の船に横付けして物資を積み替える「瀬取り」を阻止するため、ニュージーランド(NZ)が10月下旬から11月下旬にかけて在日米軍嘉手納基地を拠点に哨戒機で警戒監視活動を実施すると発表しています。北朝鮮が国連制裁決議から逃れるため、瀬取りを繰り返している現状を踏まえ、日米、オーストラリアなども恒常的に上空からの警戒監視を行っています。
  • 国際社会で存在感を強める中国と北朝鮮の脅威に対応するため、警視庁は来春、情報収集や違法行為の取り締まりの態勢を強化する方針を固めたとの報道がありました(2020年11月2日付朝日新聞)。両国の対策を担ってきた担当課を分割、増員し、中国が政府のスパイ活動への協力を国民に義務づけたり、北朝鮮が新型ICBMを公表したりしたことを受けて判断、公安部の外事部門を強化する模様です(現行は、主にロシア・欧州各国の対策を担う1課、中国・北朝鮮の2課、ISなどの国際テロに対応する3課の3所属の態勢のところ、2課を分割して中国と北朝鮮でそれぞれ課をつくり、4所属態勢にするというものです)。
  • EUは、北朝鮮の人権侵害を非難する決議案を国連総会第3委員会(人権)に提出、日本は昨年同様、文面の起草を主導する立場に加わらず、決議案を支持する「共同提案国」にとどまっています。同趣旨の決議は15年連続で採択されていますが、日本は2018年までEUと起草を主導してきましたが、今年は2019年に続き、EUの決議案の支持にとどめて北朝鮮との対話を模索する路線を維持しています。なお、現段階で共同提案国は約40カ国となっています。

3.暴排条例等の状況

(1)暴排条例に基づく勧告事例(神奈川県)

稲川会系組事務所の修繕工事を請け負ったなどとして、神奈川県公安委員会は、神奈川県暴排条例に基づき、横浜市内の建築業経営の男性に利益供与をしないよう、また同会系組幹部で無職の男に利益供与を受けないよう、それぞれ勧告しています。報道によれば、男性は昨年12月下旬ごろ、知人の紹介で市内の建物のリフォームの見積もりを行った際、途中でその建物が暴力団事務所だと気づいたものの、断り切れずに工事を請け負ったなどと説明しているといい、工事は今年4月下旬ごろから約1カ月にわたって行われ、男性は男から現金100万円を受け取っていたというものです。暴排条例の勧告事例としては典型的なものとなりますが、業務途上で暴力団関係者と気付いていながら「断り切れずに」業務を提供したという点については、官民挙げて暴力団排除に取組んでいるとはいえ、まだまだ十分に浸透していない実態を表すものであり、極めて残念です。

▼神奈川県暴力団排除条例

神奈川県暴排条例においては、事業者に対して第23条(利益供与等の禁止)第2項「事業者は、その事業に関し、次に掲げる行為をしてはならない」として、「(5) 正当な理由なく現に暴力団事務所の用に供されている建築物(現に暴力団事務所の用に供されている部分に限る。)の増築、改築又は修繕を請け負うこと」という規定があり、これに抵触するものと考えられます。そして、同条第3項「何人も、前2項の規定に違反する事実があると思料するときは、その旨を公安委員会に通報するよう努めなければならない」との努力義務についても反する行為であったといえます。それに対し、第28条(勧告)「公安委員会は、第23条第1項若しくは第2項、第24条第1項、第25条第2項、第26条第2項又は第26条の2第1項若しくは第2項の規定に違反する行為があった場合において、当該行為が暴力団排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、公安委員会規則で定めるところにより、当該行為をした者に対し、必要な勧告をすることができる」との規定により、勧告がなされたものと考えられます。また、依頼した組幹部については、第24条(利益受供与等の禁止)「暴力団員等又は暴力団経営支配法人等は、情を知って、前条第1項若しくは第2項の規定に違反することとなる行為の相手方となり、又は当該暴力団員等が指定したものを同条第1項若しくは第2項の規定に違反することとなる行為の相手方とさせてはならない」との規定に抵触し、同じく第28条(勧告)の規定により勧告が出されたものと考えられます。

(2)暴排条例改正後の動向(兵庫県)

本コラムでもその動向を取り上げてきた、六代目山口組本部事務所におけるハロウィン行事については、兵庫県暴排条例が10月に改正施行されたことや、特定抗争指定暴力団への指定や抗争状態が続いていることなどから、今年も中止となりました。同暴排条例の改正については、六代目山口組によるハロウィン行事による児童や近隣住民への菓子配りの問題(住民懐柔策であること、未成年者が暴力団員と親交を持つことでリクルートされたり、事件等に巻き込まれるケースが想定されることなど)への対応が念頭にあり、未成年者への金品の提供を禁じる規定や、「事務所に入れる」、「支配下に置くために電話や面会をする」ことを禁じること、違反した場合は兵庫県公安委員会が中止命令を出し、繰り返される場合は6カ月以下の懲役か50万円以下の罰金を科すことができること、組織的な行為の場合は代表者の責任も問える、といった内容となっており、暴力団側が18歳未満の子供を組事務所へ立ち入らせる行為にはすでに13都府県が暴排条例で罰則を設けているところ、金品などの提供を罰則付きで禁じる条例は全国初となっていました。

▼兵庫県警察 暴力団排除条例の一部を改正する条例

兵庫県暴排条例においては、あらたに第21条(健全育成阻害行為の禁止)に、第1項「暴力団員は、正当な理由がなく、自己が活動の拠点とする暴力団事務所等に青少年を立ち入らせてはならない」、第2項「暴力団員は、自己が所属する暴力団の活動として、青少年に対し、金品その他の財産上の利益の供与(以下単に「利益の供与」という。)をしてはならない」、第3項「暴力団員は、青少年を自己又は自己が所属する暴力団の支配下に置く目的で、当該青少年に対し、次に掲げる行為をしてはならない。・面会を要求すること。・電話をかけ、ファクシミリ装置を用いて送信し、又は電子メールの送信等をすること。・つきまとい、待ち伏せし、進路に立ち塞がり、住居、勤務先、学校その他当該青少年が通常所在する場所(以下この号において「住居等」という。)の付近において見張りをし、住居等に押し掛け、又は住居等の付近をうろつくこと」などが規定されました。

(3)暴排条例に基づく逮捕事例(愛知県 2事例)

愛知県名古屋の繁華街・錦三地区の風俗店からみかじめ料を受け取ったとして、愛知県警は、六代目山口組弘道会系組長で同会系高山組の幹部ら男3人を愛知県暴排条例違反容疑で逮捕しています。なお、高山組は弘道会の最有力組織の一つで、六代目山口組ナンバー2の高山清司若頭が結成し、弘道会の竹内照明会長の出身母体でもある組織です。報道によれば、愛知県警は弘道会対策を重点課題に挙げ、組幹部の逮捕と資金源断絶の両面で捜査しており、高山組については、幹部や大規模資金源の摘発を進めているといいます。容疑者は同地区などの風俗店や飲食店に強い影響力を持っているとみられているところ、弘道会への捜査の過程で高山組と店の関係を示す資料が見つかり、店側は開業した2014年11月から2020年5月までの5年半で総額約200万円の用心棒代を払っていたとされます。また、愛知県豊橋市でマッサージ店の経営者から用心棒代3万円を受け取ったとして、同暴排条例違反の疑いで六代目山口組傘下組織組長が逮捕されています。報道によれば、今年3月、豊橋市松葉町の「暴力団排除特別区域」内にあるマッサージ店を経営者から、客などとのトラブルを解決する用心棒代として現金3万円(約1年半前から経営者から用心棒代を毎月受け取っていて、今年3月までに約50万円)を受け取っていたとみられています。なお、同組長については、直近でも別の店舗からも用心棒代を受け取っていたとして再逮捕されています。

▼愛知県暴排条例

愛知県暴排条例においては、2011年(平成23年)4月1日の最初の施行当初から、全国に先駆けて「暴力団排除特別地域」として、「名古屋市中区の区域のうち錦三丁目、栄三丁目1番から15番まで及び栄四丁目の区域」を指定(第21条)して、「特定接客業者が暴力団員から用心棒の役務の提供を受けること及び用心棒の役務の提供を受けることの対償としての利益の供与をすることの禁止(第22条)、違反者への罰則(1年以下の懲役又は50万円以下の罰金)(第29条)」、「暴力団員が特定接客業者に用心棒の役務の提供をすること及び用心棒の役務の提供をすることの対償としての利益の供与を受けることの禁止(第23条)、違反者への罰則(1年以下の懲役又は50万円以下の罰金)(第29条)」といった規定を設けていた点に大きな特徴があります(翌年、「豊橋市の区域のうち松葉町一丁目及び二丁目並びに広小路一丁目の区域豊橋市地域」についても「暴力団排除特別地域」に指定する改正を行い、範囲を拡大しています)。

(4)暴力団対策法に基づく中止命令の発出

30代男性に指詰めの強要や脱退のわび料名目で現金を要求するなどしたとして、静岡警察は指定暴力団の2次団体幹部ら4人に暴力団対策法に基づく中止命令を出しています。報道によれば、静岡県東部に住む30代の男性に対し、5月上旬に2次団体の幹部が指詰めの強要を行い、別の幹部ら3人は、9月下旬に富士市内の暴力団事務所で男性の脱退を妨害し、「わび料」の名目で現金を要求したということです。なお、興味深いことに、いわゆる「盃」は交わしておらず、男性自身は組員という自覚はなかったものの、手伝いなど暴力団とはつながりがあり、4人は組員と認識していたということであり、このあたりからも暴力団員を認定することの困難さの現状が浮かび上がっています。

▼暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律

わび料の要求については、暴力団対策法第9条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない。」という行為のうち、「二 人に対し、寄附金、賛助金その他名目のいかんを問わず、みだりに金品等の贈与を要求すること。」が禁止行為として規定されています。また、中止命令の発出については、第11条において、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をしており、その相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該暴力的要求行為を中止することを命じ、又は当該暴力的要求行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる。」と規定されています。さらに、「再発防止命令」については、同法第11条第2項において、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をした場合において、当該指定暴力団員が更に反復して当該暴力的要求行為と類似の暴力的要求行為をするおそれがあると認めるときは、当該指定暴力団員に対し、一年を超えない範囲内で期間を定めて、暴力的要求行為が行われることを防止するために必要な事項を命ずることができる」と規定されています。

一方、指詰めの強要については、第20条(指詰めの強要等の禁止)において、「指定暴力団員は、他の指定暴力団員に対して指詰め(暴力団員が、その所属する暴力団の統制に反する行為をしたことに対する謝罪又はその所属する暴力団からの脱退が容認されることの代償としてその他これらに類する趣旨で、その手指の全部又は一部を自ら切り落とすことをいう。以下この条及び第二十二条第二項において同じ。)をすることを強要し、若しくは勧誘し、又は指詰めに使用する器具の提供その他の行為により他の指定暴力団員が指詰めをすることを補助してはならない」と定めています。そのうえで、第22条では、「公安委員会は、指定暴力団員が第二十条の規定に違反する行為をしている場合には、当該指定暴力団員に対し、当該行為を中止することを命じ、又は当該行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる。」としています。なお、報道によれば、男性は盃は交わしていなかったため、直接的には「他の指定暴力団員」ではないものの、実態として「暴力団とつながりがあり」、指定暴力団員らが「暴力団員であると認識していたこと」から行われた行為であるとして、本条項を適用したのではないかと推測されるところです(あくまで報道をふまえた私見となります)。

(5)暴力団関係事業者に対する指名停止措置等事例(福岡県)

直近で、福岡県、福岡市、北九州市において、同時に3社とほか1社のあわせて4社について、排除措置が取られています。

▼福岡県 暴力団関係事業者に対する指名停止措置等一覧表
▼福岡市 競争入札参加資格停止措置及び排除措置一覧
▼北九州市 福岡県警察からの暴力団との関係を有する事業者の通報について

4社ともに福岡県に「排除措置」(福岡県建設工事競争入札参加資格者名簿に登載されていない業者に対し、一定の期間、県発注工事に参加させない措置で、この期間は、県発注工事の、(1)下請業者となること、(2)随意契約の相手方となること、ができない)を取られていますが、3社については「役員等又は使用人が、暴力的組織又は構成員等と密接な交際を有し、又は社会的に非難される関係を有している」(福岡県)として、18カ月の排除措置となりました。また、残る1社については、「役員等が、暴力的組織の構成員となっている」(福岡県)として、36カ月の排除措置となっています。なお、福岡市では、4社ともに「暴力団との関係による」として、3社については12カ月、1社については36カ月の排除措置が取られています。さらに、北九州市では、2社については「当該業者の役員等が、暴力団と「社会的に非難される関係を有していること」に該当する事実があることを確認した」とし、うち1社は「令和2年11月2日から18月を経過し、かつ、暴力団又は暴力団関係者との関係がないことが明らかな状態になるまで」の排除措置が取られています(もう1社については、原稿執筆時点(2020年11月8日)では、排除期間は「審議中」となっています)。また、福岡県・福岡市ともに36カ月の排除措置が取られた事業者については、北九州市においても「当該業者の役員等が、暴力団構成員であることを確認し、「暴力団員が事業主又は役員に就任していること」に該当する事実があることを確認した」として、「令和2年11月2日から36月を経過し、かつ、暴力団又は暴力団関係者との関係がないことが明らかな状態になるまで」という措置が取られています。残る1社については、「当該業者の役員等が、「契約の相手方が暴力団員であることを知りながら当該暴力団員と商取引に係る契約を締結していること」に該当する事実があることを確認した」として、「令和2年11月2日から24月を経過し、かつ、暴力団又は暴力団関係者との関係がないことが明らかな状態になるまで」といった措置が取られています。4社の取扱い(公表のあり方、措置内容等)が3つの自治体で異なっており、大変興味深いものです。

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