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暴排トピックス

「手を出さない」、「早期治療」、「社会復帰」のための3つの予防が重要だ~厚生労働省「大麻等の薬物対策のあり方検討会」とりまとめ(素案)を読み解く

2021.05.18
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取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人

大麻を断る女性

1.「手を出さない」、「早期治療」、「社会復帰」のための3つの予防が重要だ
~厚生労働省「大麻等の薬物対策のあり方検討会」とりまとめ(素案)を読み解く

厚生労働省の「大麻等の薬物対策のあり方検討会」は、大麻取締法を改正し、現行では罪に問われない「使用」について罰則を設ける方向でとりまとめの素案を示しました。今後、覚せい剤などと同様に使用罪を創設することで、大麻乱用に歯止めがかかることを期待されるところです。1948年の同法施行時は、栽培許可を持つ農家が大麻成分を吸い込む可能性が懸念されたため、使用罪の創設が見送られた経緯がありますが、2019年の同省の調査で、国内農家への検査では体内から成分が検出されなかったこと、さらに、本コラムでもたびたび指摘してきているとおり、大麻が薬物乱用のきっかけとなる「ゲートウェー・ドラッグ」の問題、若者への大麻の蔓延の問題などから、同省は使用罪の創設が必要と判断したものです。報道によれば、第6回検討会では、使用罪の導入について、「使用罪がないことで使用のハードルを下げるのは問題だ」との意見が出る一方、「使用罪で摘発されることで相談の機会などを失い、より孤立を生む」などとする反対意見もあったといいます。筆者がこれまで主張してきたことは、まず注意すべきは、嗜好用大麻と医療用大麻をまずきちんと位置付けを明確にすることが必要ではないかということ。国連の麻薬委員会が、薬物を規制する「麻薬単一条約」で大麻を「特に危険」とする分類から削除する勧告を可決していますが、大麻を原料とした医薬品に有用性が認められたことが主な理由だということ。嗜好用と医療用とは別物であり(さらにいえば産業用もまた別物)、とりわけ医療用大麻については、治療目的として有効である点をふまえ、適切に使用していくためにどうしたらよいかを、このタイミングで検討し始めてよいのではないかと考えること。一方、嗜好用大麻については、たばこや酒より無害だとする主張や合法化している国や地域が存在するとはいえ、依存性の高さや脳の萎縮効果など若年層への悪影響の大きさ、解禁している国・地域と比較した場合の日本における浸透度合い(生涯経験率)の低さを考えれば、現時点で「合法化」を検討すべきではないこと。ただし、治療によって依存症から立ち直ることができる流れをふまえ、「半永久的に人権侵害」とでも言うべき過剰なバッシングを受けないといけないかという点は見直す必要がある(正に、暴力団離脱支援、再犯防止のあり方と同じ構図)こと、です。以下に検討会の「とりまとめ(素案)」を紹介しますが、筆者の認識のとおりの方向性が維持されており、妥当なものと言えそうです。なお、言及されているとおり、治療や回復支援、若者への周知のあり方に極めて大きな課題があり、その点をどう実効性をもって取り組んでいけるか、が重要だといえます。

▼厚生労働省 第6回「大麻等の薬物対策のあり方検討会」 資料
▼資料1 とりまとめ(素案)

第1 大麻規制のあり方

「大麻規制の現状と課題」については、まず「薬物事犯に関するこれまでの経緯と取組」が簡単にまとめられています。「我が国の薬物規制は、大麻取締法(昭和23年法律第124号)、覚醒剤取締法(昭和26年法律第252号)、麻薬及び向精神薬取締法(昭和28年法律第14号)及びあへん法(昭和29年法律第71号)を中心にして、関係機関の連携による取締り等を実施」、「我が国における薬物乱用は、いわゆるヒロポンの流出等による第一次覚醒剤乱用期、それに続く第二次及び第三次覚醒剤乱用期、また近年ではいわゆる危険ドラッグの乱用や、インターネットやSNS等による薬物の不正取引形態の多様化かつ巧妙化が進んでいるが、薬物法規の改正や関係機関の連携により、取締りを強化」、「2018年には、薬物事犯の国際化を見据えた水際対策等、未規制物質又は使用実態の変化した薬物への対応、及び関係機関との連携を通じた乱用防止対策を重点に置いた「第五次薬物乱用防止五カ年戦略」(平成30年8月3日薬物乱用対策推進会議決定)を策定し、薬物乱用の取締りを一層強化」、「これらの取組の結果、我が国の違法薬物の生涯経験率は、諸外国と比較して著しく低く、特に欧米各国では20~40%台の大麻の生涯経験率は、我が国では令和元(2019)年は1.8%にとどまっている」とまとめています。さらに、「昨今の大麻に係る状況」として、これまで本コラムで紹介してきた情報を整理、「2020年には大麻事犯の検挙人員が7年連続で増加し、過去最高を更新。特に30歳未満の検挙人員も7年連続で最高を更新し、全体に占める割合は65%を記録、20歳未満の検挙人員も、6年連続で増加。また、30歳未満の検挙人員のうち20歳未満が占める割合が2020年には26%と若年層で大麻の乱用が拡大」、「大麻の生涯経験率も、1.8%と諸外国と比較して著しく低い水準にあるものの、2007年の0.8%と比較すると倍以上となっており、過去1年間の経験者数は、推計で、最低でも9.2万人」との推計結果も示されています。そして、「インターネットやSNS等の普及により、若年層が大麻を有害で違法なものという認識を持たず、気軽に大麻に手を出している状況」、また、「インターネット等において海外で承認された大麻由来の医薬品の他に、嗜好用として用いられる大麻についても医療用大麻と称している場合が散見される」こと、「一部の国や州において、大麻が合法化されたことについて、合法化された背景や使用に係る制限などの実態を伝えずに、大麻に有害性はない、健康に良いなどといった誤った情報が氾濫」、一方で、「諸外国ではエピデオレックスを始めとする大麻由来の医薬品が難治性のてんかん治療薬として承認されている」ことなどをバランスよく紹介しています。

さらに、「大麻が健康に与える影響、大麻の有害性」についても、最近の研究成果をふまえて説得力のある内容となっています。「INCB(国際麻薬統制委員会)は、2018年の年次報告書において、カナダ、ウルグアイ、米国の一部の州において医療目的以外での大麻の使用が合法化され、条約に違反していることについて懸念を表明」、「大麻を合法化したアメリカ合衆国コロラド州では、交通事故発生率の増加、大麻摂取による救急搬送数の増加、青少年の検挙数の増加などの有害事象が報告」されていること、「医療目的以外での大麻の使用を合法化している国や州でも、政府ホームページで大麻の健康への影響を示し、法律においても18歳未満の使用を禁止するとともに、法律に違反した場合には厳しい罰則」を設けており、制限なく解禁しているわけではないことを紹介しています。さらに、WHOにおいても大麻の健康に対する悪影響を示すとともに、国内外の研究では、以下の悪影響を指摘しています。

  • 「JAMA Psychiatry」では、「大麻の使用は、いくつかの物質使用障害のリスクの増加と関連している」との論文や「大麻を使用する青年の高い有病率は、大麻に起因するうつ病と自殺傾向を発症する可能性のある多数の若者を生み出す」との論文が掲載されている
  • 国内の研究において、以下が指摘されており、急性の有害作用による自動車運転への影響、運動失調と判断力の障害を引き起こす可能性が、慢性の有害作用による精神・身体依存形成、精神・記憶・認知機能障害を引き起こす危険性が指摘されている
    • 急性の主な精神作用:不安感、恐怖感、猜疑心、パニック発作、短期記憶の障害
    • 慢性の主な精神作用(成人期以降の乱用):精神依存(易怒性、不安、大麻に対する渇望等)の形成、統合失調症、うつ病の発症リスクの増加、認知機能、記憶等の障害
    • 慢性の主な精神作用(青年期からの乱用):より強い精神依存の形成、統合失調症、うつ病の発症リスクのさらなる増加、衝動の制御、一般情報処理機能等の障害、IQの低下、より強い認知機能の障害
    • 急性の主な身体作用:眠気、知覚(聴覚、触覚)の変容
    • 慢性の主な身体作用:身体依存の形成

また、「令和2年版犯罪白書-薬物犯罪-」(法務総合研究所)の調査では、「国内の覚せい剤取締法違反の入所受刑者のうち、覚せい剤の自己使用経験の経験がある者の約半数が大麻使用の経験を有し、そのうちの約半分は、20歳未満で大麻の使用を開始したという結果や、30歳未満の対象者で最初に乱用した薬物が大麻であると回答した者が42.6%と最も多いとの結果が出ており、大麻は、使用者がより効果の強い薬物の使用に移行していくおそれが高い薬物(ゲートウェイドラッグ)である」ことがあらためて説得力をもって指摘されています。そして、「近年大麻リキッドや大麻ワックス等、大麻製品が多様化。DEA(米国麻薬取締局)が押収した大麻製品におけるTHC(テトラヒドロカンナビノール)含有量は、1995年の4%から2018年には15.6%と急増しており、日本においても、2010年の調査で平均11.2%、最大で22.6%のTHCが含有されていることが確認されており、リスクの高い製品が増加している」など危険性が増していることも紹介されています(THC含有量の高さと依存性には相関関係があり、今後、日本でも依存症の方が急増するおそれがあるといます。なお、その背景には、THC含有量の高い大麻ほど高値で取引される傾向にあることもあるようです)。なお、「2020年WHO勧告により条約上のスケジュールが変更されたものの、大麻から製造された医薬品に医療上の有用性が認められたことに基づくもので、乱用のおそれがあり、悪影響を及ぼす物質としてスケジュールⅠの規制は未変更」であること、すなわち嗜好用大麻は引き続き禁止されるべき「有害」なものであることをあらためて指摘しています。一方、その「大麻規制に係る現状と課題」については、「大麻取締法は、「大麻草の成熟した茎及びその製品(樹脂を除く。)並びに大麻草の種子及びその製品」以外の「大麻草」及び「その製品」を規制の対象とした部位規制」であり、「THCやCBDといった大麻に含まれる成分は、大麻取締法が制定された1948年当時には解明されておらず、大麻がこうした化学物質から構成されるのが判明したのは1960年代」であること、「取締りの実態としては、THCを含有する製品は、大麻草の規制部位から製造された有害成分THCを含有する成分は取締りの対象とする一方、規制対象外の部位から製造されたCBD製品については取締りの対象としていない」こと、「THCについては、大麻草の規制される部位から抽出された場合は大麻取締法の規制対象となる一方、化学合成の場合は麻薬及び向精神薬取締法の規制対象。法定刑も適用される法律により異なる」ことなど、部位規制による矛盾や弊害が指摘されています。また、「大麻取締法において、大麻から製造された医薬品については施用が禁止されているため、G7諸国の中では日本だけ承認されていない」ことや、「大麻取締法には使用罪が規定されていないが、これは大麻の栽培農家が、大麻を刈る作業をする段階で空気中に大麻の成分が飛散し、それを吸引して麻酔いという症状を呈する場合を考慮」したものであること、「今般、いわゆる大麻栽培者の「麻酔い」に関する調査として、国内の大麻栽培農家に対して尿検査を実施したところ、全ての尿について大麻成分代謝物は検出されず、いわゆる「麻酔い」は確認されなかった」こと、さらに、「今回、大麻の単純所持で検挙された者に調査をした結果、「大麻取締法に使用罪が規定されていないことを知っていたことが、大麻を使用するきっかけとなった」者は5.7%、大麻の使用に対するハードルが下がった者は15.3%であった」ことなども紹介されています。

以上のような現状や課題をふまえ、「今後の方向性」として、「大麻規制のあり方」としては、「現在、大麻取締法においては、大麻草の部位による規制を行っているが、実態としては、THCという有害成分に着目して取締りを行っていることから、成分に着目した規制にすべきではないか」、「規制対象となる大麻由来成分を利用した医薬品について、現行の麻薬及び向精神薬取締法に規定される免許制度などの流通管理の仕組みを導入することを前提として、使用が可能となるよう見直すべきではないか」、「大麻取締法に使用罪がないことによって大麻を使用している者が2割いることやいわゆる「麻酔い」が確認されなかったことを踏まえ、他の薬物法規と同様に大麻取締法に使用罪を導入することをどう考えるか」(導入すべきである)と指摘しています。議論の方向性として、筆者の意見も同様であり、まずが冷静かつ合理的なものだと評価できると思います。さらに、「普及啓発の強化」として、「若年者の大麻事犯が増加し続けていることに対して、大麻の乱用については、(1)開始時期が早いほど、(2)使用量が多いほど、(3)乱用期間が長いほど依存症になるリスクが高まることなど、大麻の有害性に関する正確な情報を取りまとめ、SNSを活用したわかりやすい広報啓発活動等に取り組むべきではないか」、「大麻については、医薬品として用いるものや、THCが含有されていない産業用のものなどと、単に嗜好として用いられ乱用されているものを、きちんと区別して情報提供していくべきではないか」とも指摘しており、まったくそのとおりだと思います。なお、「産業用大麻の取扱い」としては、「神事などに使用される大麻草は、大麻取締法上の免許を取得した大麻栽培者によって栽培されているが、合理的でない規制の見直しや指導の弾力化を行うべきではないか」、「現在、都道府県ごとに策定されている大麻取扱者の免許基準について、統一を図るべきではないか」といった方向性でまとめられています。

第2 社会復帰支援を柱とする薬物乱用者に対する再乱用防止対策

薬物乱用者に対する際乱用防止対策の「現状と課題」についても整理されています。「薬物事犯の再犯の現状」では、「大麻事犯の検挙人員が増加しているとともに、覚せい剤事犯について、2019年の検挙人員は8,730人と1975年以来44年ぶりに1万人を下回る一方、2019年の再犯者率は、66.0%と13年連続で増加し、過去最高を更新」していること、また、「医療保険のデータによると、2017年度における薬物依存症を理由に精神科を受診した者は、外来で10,746人と2016年度の6,636人と比較して大幅に増加し、1万人を上回った」ことが紹介されています。そして、「再乱用防止と社会復帰支援」については、「このような国内における薬物情勢を受けて、「第五次薬物乱用防止五か年戦略」や「再犯防止推進計画」(2017年12月15日閣議決定)では、薬物乱用は犯罪行為であるとともに薬物依存症という病気である場合があることを十分に認識し、社会復帰や治療のための環境整備に努め、社会資源の活用を行った上で、再乱用防止施策を推進する必要があるとの考え方が盛り込まれている」こと、これらの計画に基づき厚生労働省や法務省では以下のような取組を実施していることをとりあげています。

  • 刑事司法関係機関等における社会復帰に繋げる指導・支援
    • 刑事施設における薬物依存離脱指導の実施
    • 札幌刑務支所における女子依存症回復支援モデルの実施
    • 少年院における薬物非行防止指導の実施
    • 保護観察所における薬物再乱用防止プログラム及び簡易薬物検出検査の実施
    • 薬物処遇重点実施更生保護施設における精神保健福祉士や公認心理師等の専門スタッフによる専門的な処遇の実施
    • 麻薬取締部による、薬物事犯により検挙され保護観察の付かない執行猶予判決を受けた者等に対する再乱用防止支援の実施
  • 医療提供体制に係る取組
    • 都道府県・指定都市における、相談拠点・専門医療機関の整備
    • 精神保健福祉センター等における、SMARPP(せりがやメタンフェタミン再乱用防止プログラム:薬物依存症者に対する、標準化された集団認知行動療法プログラム)等の集団治療回復プログラムの普及・実践
    • 2016年度から、医療機関において適切に実施された薬物依存症集団療法について、診療報酬で「依存症集団療法」として評価
    • 依存症対策全国拠点機関(国立精神・神経医療研究センター)による治療指導者に対する養成研修及び都道府県・指定都市による同指導者研修修了者等を活用した、医療従事者向け研修等の実施
  • 地域社会における本人・家族等への支援体制の充実
    • 依存症対策全国拠点機関による相談対応指導者に対する養成研修、民間依存症回復支援団体職員に対する研修の実施及び都道府県・指定都市による同指導者研修修了者等を活用した、相談員向け研修等の実施
    • 精神保健福祉センター等において、家族に対する心理教育プログラムや家族会等の実施
    • 地域や全国規模で薬物依存症の問題に取り組む民間依存症回復支援団体の活動を支援
    • 依存症に関する普及啓発活動の実施

また、「2016年6月より、刑の一部の執行猶予制度が導入され、薬物使用者等の罪を犯した者に対し刑の一部について一定期間執行を猶予するとともに、その猶予中保護観察に付すことが可能となった。本制度により、地域社会への移行、社会復帰後の生活の立て直しに際して、指導者・支援者等がより緊密に連携し、必要な介入を行うことができる」こと、「保護観察中では、必要な支援を受けることができるよう、保健医療機関等との連絡調整を実施しており、保健医療機関等による治療・支援を受けた者の数は2019年度で566人と2016年度以降毎年増加しているものの、薬物事犯保護観察対象者に占める割合は7.0%であり、未だ十分とは言えない状況である」こと、「保護観察期間終了後、継続的な治療・支援を受けるか否かは対象者の自発的な意思に委ねられており、治療・支援に継続的につながるための動機付けが必要」であること、「薬物依存のある刑務所出所者等に対する支援に関し、関係機関及び民間支援団体が、相互に有効かつ緊密に連携し、その責任、機能又は役割に応じた支援を効果的に実施することができるよう「薬物依存のある刑務所出所者等の支援に関する地域連携ガイドライン」を2015年に公表し、関係機関で連携を進めているが、相互理解が必ずしも十分ではない現状」があることなど、制度の浸透度合いや実効性に大きな課題があることを認識させられます。なお、「米国では、薬物等の使用障害のある者に対して障害からの回復を促すための特別な裁判手続又は実践としてのドラッグコート等が薬物問題に対する取組として行われている」ことも紹介されています。一方、「麻薬中毒者制度」については、「麻薬中毒者制度に関しては、1961年頃より深刻な問題となっていたヘロイン等の麻薬の乱用に関して、当時の精神衛生法(現精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(昭和25年法律第123号))ではヘロイン等の麻薬中毒者への入院措置が十分とは言えない実情があったことを受けて、1963年の麻薬取締法(現麻薬及び向精神薬取締法)改正により設けられた」ものである一方、「1999年の精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の改正に伴い、精神障害者の定義に薬物依存症も対象とされたことで、麻薬中毒者については、同法及び麻薬及び向精神薬取締法の2つの法律で重複して措置」されることとなっています。このようなこともあり、「2008年以降、麻薬及び向精神薬取締法に基づく麻薬中毒者の措置入院は発生しておらず、麻薬中毒者制度は実質的に機能していない状況」であることを認めています。また、「診断の結果麻薬中毒者であると診断した場合には、医師は速やかに都道府県知事に対して当該麻薬中毒者の氏名等を届け出ることが義務づけられている(麻薬及び向精神薬取締法第58条の2)が、医師の守秘義務(刑法(明治40年法律第45号)第134条)違反や届出の結果捜査が開始することで薬物乱用者に対する必要な治療が遅れることを懸念する医師が届出を躊躇するとの意見がある」ことも紹介しています。

以上のような現状と課題をふまえ、「今後の方向性」として、「再乱用防止対策、社会復帰支援策のあり方」については、「薬物事犯者の薬物再乱用の防止を目指し、厚生労働省や法務省では、刑事司法関係機関等における社会復帰に繋げる指導・支援、医療提供体制及び地域社会における本人・家族等への支援体制等の充実・強化に取り組み、一定の成果を挙げている一方で、それぞれの取組に関して、課題も認められている。薬物事犯者に対する息の長い支援を目指し、中長期的な視点も含め、関係機関が連携しながら、以下のような総合的な取組を進めていく必要がある」としています。海外と比較すると、日本独特の法制度体系もあって、そのままでは難しいものの、検討をしていただきたいところです。

  • 刑事司法関係機関等における社会復帰に繋げる指導・支援
    • 治療・支援が十分に行き届いていない満期釈放者、保護観察の付かない執行猶予者や起訴猶予となる者に対しても治療・支援が届くようにすべきではないか。
    • 保護観察期間終了後の対象者に対して、自発的な治療・支援につながるような取組が必要ではないか。
    • 米国のドラッグコート等薬物依存症からの効果的な回復措置として実施されている取組も参考にしつつ、社会復帰を促進するため、刑事司法関係施設で行われている施設内処遇及びそれに続く社会内における処遇や支援を効果的に行うための方策(例:社会奉仕活動や治療プログラムへの参加)を中期的に検討すべきではないか。
  • 医療提供体制に係る取組の継続
    • 居住地域にかかわらず、薬物依存症者が適切な治療や支援を受けられるように、専門医療機関、相談拠点の整備を引き続き進めるべきではないか。
    • 地域支援の受け皿となるこれらの機関で治療・支援を行う者の育成を引き続き進めるべきではないか。
  • 地域社会における本人・家族等への支援体制の充実
    • 刑事司法関連機関、地域の医療・保健・福祉機関、民間支援団体等との連携体制の構築に関して、それぞれの機関における役割や取組について相互理解を一層深めるべきではないか。
    • 広く国民に対して、薬物の有害性等について正確な情報を提供するとともに、乱用を繰り返すと薬物依存症という健康問題になること、薬物乱用は犯罪行為であることの認識を共有するための普及・啓発活動を進め、薬物依存症からの離脱や社会復帰を目指す者を支援する社会を目指すべきではないか。

また、「麻薬中毒者制度のあり方等」については、「麻薬中毒者制度については、制度の実態がないことから、廃止も含め、見直す必要があるのではないか」、「麻薬中毒者制度を見直すまでの間、制度における医師の届出義務と、医師の守秘義務の関係性が明確となるよう自治体、関係機関等に周知するべきではないか」といった方向性となっています。

第3 医療用麻薬及び向精神薬の規制

医療用における「現状と課題」として、「麻薬の流通管理、適正使用」については、「麻薬については、適正に使用されれば医療上極めて有用であり、我が国では麻薬216物質のうち、モルヒネ、コデイン等の13物質が医療用麻薬として用いられている」こと、一方で、「国民の麻薬に対する負のイメージ(寿命を縮める、いったん使用し始めたらやめられなくなる等)により、2010年のWHOの報告書によると我が国の実消費量(29mg/人)は適正使用量(189mg/人)に比べて著しく低い状況にあり、厚生労働省では医療用麻薬の適正使用に関する講習会を実施し、医療用麻薬の適正使用の普及・啓発を推進」していること、「同報告において適正使用量(210mg/人)に比べ実使用量(482mg/人)が多い米国では、処方薬であるオピオイドの過剰摂取により2017年にはおよそ47,000人が死亡する事態となり、当時の米国大統領が公衆衛生上の非常事態宣言を宣言するに至った(オピオイドクライシス)」ことが指摘されています(オピオイドクライシスについては本コラムでもたびたび取り上げてきたとおりです)。このように、「乱用された場合、乱用者自身の精神及び身体への障害をもたらすほか、薬物入手のための各種犯罪の発生など社会全体に対して危害をもたらすおそれが大きいことから、我が国では麻薬及び向精神薬取締法等に基づき、麻薬の不正な流通や乱用の防止を図っている」こと、「具体的には、流通段階において、(1)製造・輸入の段階から施用の段階に向けた一方通行が原則、(2)業態ごとの免許が必要、(3)譲受証・譲渡証の交付等による流通過程の明確化等を講じることにより、麻薬の厳格な管理を実施」していることも紹介しています。また、「向精神薬の流通管理、適正使用」については、「向精神薬についても、麻薬と同様に麻薬及び向精神薬取締法で規制されているが、医療用途や危険性の程度等も鑑み、麻薬ほど厳格な管理は行われていない一方で、不正流通や不正流通に基づく不適切な使用等がこれまでも社会問題化」していること、「向精神薬については、日本はG7の中ではドイツに次いで2番目に多く消費されており、向精神薬の適正使用の推進が課題」となっていること、「現状、一部の向精神薬(麻薬や覚醒剤原料の一部を含む。)については、不正流通や不適切な使用を防止する観点から、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(昭和35年法律第145号)第79条の規定に基づく承認条件が付され、これを受けて、当該医薬品の製造販売業者において医師登録等の流通管理体制の構築が行われている」ことが紹介されています。そのうえで、「今後の方向性」については、以下のとおり示されています。なお、正確な情報の伝達の必要性や流通管理もさることながら、「麻薬」「大麻」という言葉のネガティブなイメージと「医療用」としての促進は日本人にとっては明確に区別して受け入れられるか、微妙であり、名称のあり方の検討は必要ではないかと個人的には感じました。

  • 麻薬の流通管理、適正使用
    • 医療用麻薬について、不適切な使用がなされないような対策を講じつつ、適正使用の普及・啓発を引き続き推進すべきではないか。
    • 麻薬が医療目的で適正使用される場合も不正流通により悪用される場合も一様に「麻薬」と呼んでいるため、麻薬全体に対する負のイメージを与えていることから、適切な名称を検討すべきではないか。
    • 麻薬の厳格な管理を維持しつつ、弾力的な運用が可能となるよう麻薬元卸売業者と麻薬卸売業者の役割について見直すべきではないか。
  • 向精神薬の流通管理、適正使用
    • 向精神薬について、関係機関とも連携し、適正な使用を推進するための施策を講じるべきではないか。
    • 向精神薬等のうち、特に不正流通や不適切な使用が行われるおそれが高いものについては、行政による流通管理の監視指導が行えるような枠組みの創設等について検討すべきではないか。

第4 普及啓発及び情報提供

若者への大麻の蔓延を食い止めるための取り組みとして啓発や正確な情報提供は極めて重要だと筆者も認識しています。その「現状と課題」については、「厚生労働省をはじめ、関係省庁においては、一次予防を目的とした「ダメ。ゼッタイ。運動」をはじめ、青少年に対する普及啓発運動を実施」、「これまでの普及啓発活動については、日本における違法薬物の生涯薬物経験率が諸外国と比較して著しく低く抑えられていることに大いに寄与」したと評価されています。確かに、日本では、家庭や社会での人格形成において「ダメ。ゼッタイ。運動」はDNAのように刷り込まれてきたことが、これまでの蔓延防止の根本的な要因であると感じます。しかしながら、「昨今、大麻に有害性はない、健康に良いなどといった誤った情報が氾濫しており、2020年には、30歳未満の検挙人員が7年連続で最高を更新し、全体に占める割合は65%を記録」、「一方で、昨今、薬物依存症者に対する差別を助長するのではないかといった指摘がある」ともいわれています。つまり、「ダメなものに手を染めたダメな人間」というレッテルを早々と貼り、社会から排除していく傾向にある点は依存症や再乱用者化を食い止めることの重要性に鑑みれば、大きな障壁となっているのも確かだと思います。

それに対し、「今後の方向性」としては、「若年者の大麻事犯が増加し続けていることに対して、大麻の乱用については、(1)開始時期が早いほど、(2)使用量が多いほど、(3)乱用期間が長いほど依存症になるリスクが高まることなど、大麻の有害性に関する正確な情報を取りまとめ、SNSを活用したわかりやすい広報啓発活動等に取り組むべきではないか。【再掲】」、「大麻については、医薬品として用いるものや、THCが含有されていない産業用のものなどと、単に嗜好として用いられ乱用されているものを、きちんと区別して情報提供していくべきではないか。【再掲】」、「広く国民に対して、薬物の有害性等について正確な情報を提供するとともに、乱用を繰り返すと薬物依存症という健康問題になること、薬物乱用は犯罪行為であることの認識を共有するための普及・啓発活動を進め、薬物依存症からの離脱や社会復帰を目指す者を支援する社会を目指すべきではないか」、一次予防、二次予防、三次予防、それぞれの目的を踏まえ、普及啓発活動を進めていくべき」と指摘しており、まったくそのとおりだといえます。

さて、ここまで「とりまとめ(素案)」を紹介してきましたが、「これまでの検討会における委員からの御意見」も資料として配布されており、この「とりまとめ(素案)」を理解することに大いに役立ちます。以下、とりわけ参考になるもの等について、抜粋して引用します(本コラムでこれまで取り上げてきたことの、考え方の整理という点でも有用です)。

▼資料3
  • 長期間使った場合、THCには精神依存と身体依存の双方の危険性があるということが報告されており、特にTHCの濃度が高い製品を使うことは、依存に陥るリスクが極めて高いということが証明されている。
  • THCを長期間使用していく中で、いわゆる認知機能の変化ということで、学習、記憶、判断力に影響があるということが諸外国の報告の中で明らかになっている。
  • 大麻ワックスや大麻オイルのような製品が近年出回ってきている背景には、乾燥大麻の中に含まれるTHCの濃度が増え、THC自体を抽出することが容易になってきており、大麻の性質が変わってきていることがある。
  • THC濃度の高い大麻の品評会というものが世界で開かれており、濃度が高いものは非常に高値で取引されるという事実がある。こういった濃度の高いものが出ているということを認識する必要がある。
  • 2000年ぐらいまでTHC濃度は3~4%で推移していたが、その後18年間にわたって急激に含有量が増えてきたという印象を受ける。
  • THCの濃度が増加している件について、日本では繊維に利用する場合やCBDを利用する場合、THCの濃度を高める必要はないように思われるが、嗜好目的で使うニーズが海外にあり、それに応じて効率的にTHCが取れるように品種改良がされ、違法な栽培や販売につながっているのではないか
  • 若い年代で大麻を使い始めることによって依存症になるリスクが上がり、13歳から18歳までに使い始めた場合は、22歳から26歳までに使い始めた場合にくらべて5倍から7倍依存症になるリスクが高い
  • 17歳以前に大麻を使い始めた場合、大麻の使用頻度が上がるにつれ、28~30歳時点で依存症として診断されるリスクが量依存的に増えていく。
  • 大麻の使用による青少年期の問題として、高校を卒業できなくなる、単位を取得できなくなるリスクが上がり、ほかの違法薬物を使うリスク、自殺の企図といったリスクも、大麻の使用頻度が増えると同時に増えていく
  • 大麻について規制緩和が進んでいる海外においても、年齢制限が課せられていることは非常に重要で、若年者が使うべきではないというメッセージになっている
  • オンタリオ州では、大麻の合法化により2017年から2019年にかけて使用率は増加しているが、長い目で見るとあまり変わっていない
  • カナダやアメリカ等において、若者を大麻から遠ざけるために合法化したにもかかわらず、結局は若者に蔓延してしまっているという話も聞く
  • アメリカでは、違法薬物の生涯経験率が4割以上であり、大麻を嗜好品として使用していく方がよいのではないかという流れがある
  • アメリカは州の自治が非常に高いため、一部の州で大麻が合法化されているが、連邦法では依然として大麻はSchedule1ということで、規制されている薬物である。また、実際は、例えば年齢制限や使用する場所、購入量の制限があり、大麻の影響下での自動車運転等は禁止というところで、ルールとして明確に規定されている。
  • 大麻を合法化したことで、交通事故が増えたり、大麻製品の使用による緊急搬送が増えるということも確認されている
  • CBD製剤ということで医療用に使われる可能性があるのであれば、今後、我が国でCBD製剤の利用がスムーズに進む体制作りも検討する必要がある
  • 大麻植物由来の医薬品というものについて、医薬品として必要なのであれば、適切な規制の枠組みの中に入れて、日本でも製造販売が可能になるようにすることも重要である。
  • 医療用大麻という形で今後日本でも施行されるようになった場合に、単に使用者だけが処罰対象となるよりかは、処方する医師など流通の体制もやらなければならない。
  • 大麻医薬品について、法的な枠組みが決められると、逆に興味本位で使われる人も少なくなり、罰則が設けられることにより使用して良い悪いという白黒がはっきりするのではないか。
  • 「大麻」や「麻薬」という言葉は、受け取る側としてはかなりスティグマが強いという部分がある。
  • 1961年の麻薬に関する単一条約の前文には、なぜ法と刑罰をもって薬物を規制するのかという理由として、「人類の健康と福祉に思いをいたし」と書いてあるが、最近では、国際的には、規制というものが人類の健康や福祉を阻害する状況になっているのではないかという声も上がっている
  • 罰則は「犯罪の抑止」というものも大きな目的としており、罰則を定めることによって違法行為を抑止していくという考え方がある。その中で、違法だが非刑罰化、というのは今の日本の刑法の中であまり存在せず、おそらく検討もされていないので、非刑罰化するという今の刑法の考え方を変えていくのは難しいのではないか。
  • 抑止の目的だけで犯罪として規定して罰則を設ければ、それで効果が上がるという観点だけで罰則を設けるのはまずい。実際に重要なのはそれをどう適用していくかだ。実際、違法化された刑罰であっても、検挙率が非常に低ければ非常に犯罪が蔓延する傾向が一般的に強い
  • 単に法定刑の引上げをすれば、犯罪が減少するというものではない。併せて、法執行の在り方や違反者に対する働きかけ、例えば、薬物事犯の場合には、依存者に対する処遇や治療、一般の人々や児童に対する教育や啓蒙、マスコミによる適正な報道が合わさって、法規制の目的を達成することができるということを念頭に置く必要がある
  • 厳罰化するのは何のためなのか、こういう健康被害が起きている、交通事故が増えていたり暴力事件が増えているなどのデータは検証されなくていいのか。単に大麻事犯が増えているから厳しくするということだけで本当にいいのかということも検討すべきではないか。
  • 同じTHCという物質を規制しているにもかかわらず、経緯上、植物規制の大麻取締法と、成分規制の麻向法に股裂きの状態になっていることから、THCに着目して取締りを行っているという実態に併せた薬物規制法として整理すべき。
  • 薬物が合法化されれば組織犯罪を抑え込めるといったことは、実際そうではないのだと思った。
  • 法律で年齢制限をかけたとしても、薬物が未成年に渡るのを防ぐことは、カナダのように譲渡を厳罰化しても難しい。アメリカの州の例でも明らかかと思う。
  • 手を出さない、持ち込ませないという一次予防、早期発見・早期治療の二次予防、社会復帰としての三次予防、それぞれの側面から考えていくことが基本であると考える。
  • 違法薬物を使用して逮捕された方は、孤立化が進んだり、それにより薬物への依存がより進んだりして、社会的な資源とのつながりというものがつくれない状態にまで陥ってしまうことがある
  • 処罰より治療を選べる仕組みが必要であり、社会の中で包摂された環境で、薬物事犯の方が逮捕されたとしても生活を続けていけることが、持続可能で、誰一人取り残されない社会と感じている。
  • 依存症といっても千差万別であるが、大麻単独でダルクに来る依存症者は見たことがない。
  • 罪として罰するということであれば、治療をセットで議論をしないといけないと強く思っている。
  • 規制強化や取締りは大事であるが、一番大事なのは、違法化しても犯罪を犯すことをいとわず使ってしまう依存症の方を治療すること、回復支援すること、薬物を欲しがる人を減らすことである。
  • 日本では薬物事犯は起訴されても、多くの事犯が全部執行猶予となり、治療、社会復帰の観点が非常に弱いため、再乱用につながっていることから、どのように刑事手続から治療や社会復帰につなげていくかが課題である。
  • 違法化されたら刑事手続にすぐに乗るわけだが、そこからどのように処遇や教育、社会復帰に向けていくのかということを、トータルとして考えた上で犯罪化、刑罰化するのか考えていかなければならない。
  • 日本において、最大の問題は刑務所に代わる受け皿がないことである。
  • 大麻の場合、起訴された者については、ほとんどの者が全部執行猶予で保護観察がついていないということで、犯罪化されているのに手続に乗せて、結局有罪となって刑罰が科せられるが、全部執行猶予になってそれで終わりというのは、非常に大きな問題である
  • 全部執行猶予になっても単純執行猶予で治療には結びついていない。犯罪化されても刑罰だけ科して治療には結びついていないという、このことが再乱用、再犯につながる大きな背景になっているのではないか
  • 若年者の医療用麻薬に対する誤解もあることから、医療用麻薬の正しい理解と適正使用を推進していくべき。「麻薬」と「医療用麻薬」の区分について、正しい理解が進んでいないといったところが問題
  • 「ダメ、ゼッタイ。」については、予防しなければ駄目だというので、始めていない人、特に若者に対して、例えば母親が「やっては駄目」と言うように、そういう人たちに向けてできた言葉である。依存に陥ってしまった人たちに対し呼びかけしただけでは問題は解決できない
  • 「ダメ。ゼッタイ。」という用語について、これは薬物乱用はだめ、絶対ということであって、医療用麻薬の適正使用は推進すべきものである。条約上でそうなっているし、実際にもそのように行われるべきことである。
  • 麻薬と向精神薬について、乱用防止教育が行き過ぎてしまっており、必要な治療が提供できないと感じる。
  • 『ダメ。ゼッタイ。』に表される一次予防は、日本においては、薬物乱用を始めていない人たちに対しての標語である。したがって、対象者というのは、不幸にして薬物の使用を始めてしまって、勇気を持ってやめようと闘っている人たちではないことに留意する必要がある。
  • インターネットやSNSで興味本位で薬物を手にしやすくなるような情報が飛び交っていることが、生涯経験率が増加していることと関連しているのではないか
  • マリファナを使っている映像やアメリカやカナダで売られているような製品の紹介などが、誰でもいつでもどこでもアクセスできてしまう状況になっており、若者の薬物使用に影響は少なからずあるのではないか。
  • これまででは、努力して取りにいかないと情報にアクセスできなかった子供たちが、誰でもスマホを持つ時代となり、簡単に悪いものだと思わないで薬物にアクセスできる状況になっている。それに負けない強い発信力が必要である。

その他、これまでの議論を振り返りつつ、必要な情報が一つにまとまっているという点で、以下の資料も大変参考になります。これまで紹介してきたデータ等と重複しないものを中心にいくつか紹介します。

▼資料4
  • 大麻使用と精神障害との関連について
    1. 2016年2月17日、米国医師会雑誌の精神分野専門雑誌「JAMA Psychiatry」において、大麻使用と精神障害の関連性を示す論文が発表された。
    2. 同論文では2度の調査が行われており、1度目の調査で大麻を使用した経験があると回答した者について、3年後に行われた2度目の調査における精神障害の発生との関連を調査している。
    3. 調査の結果、大麻使用経験のある者が使用障害(ある物質の使用により問題が生じているにもかかわらず、その使用を続ける行動パターンがみられるもの)を発症するリスクは、大麻使用経験がない者に比べ、アルコールが7倍、大麻が9.5倍、大麻以外の薬物が2.6倍、ニコチンが1.7倍であったことから、同論文では「大麻の使用は、いくつかの物質使用障害のリスクの増加と関連している」と結論づけている
  • 2019年2月13日、米国医師会雑誌の精神分野専門雑誌「JAMA Psychiatry」において、青年期における大麻使用と若年成人期におけるうつ病、不安神経症及び自殺傾向との関連性を示す論文が発表された。
    1. 同論文では23,317人からなる11の研究について分析を行い、青年期に大麻使用経験のある者が若年成人期にうつ病等の疾患を発症するリスクは、大麻使用経験がない者に比べ、うつ病が37倍、自殺企図が3.46倍であったと報告している。
    2. また、推定人口寄与危険度(2%)、米国の18歳から34歳の若年成人期の人口(約7,087万人)、うつ病発生率(8.1%)から、大麻使用が原因でうつ病になった若年成人は約41万人に達するとし、「大麻を使用する青年の高い有病率は、大麻に起因するうつ病と自殺傾向を発症する可能性のある多数の若者を生み出す」と結論づけている。
  • 大麻取締法において使用罪が規定されていないことの認識及び大麻の使用罪が規定されていないことと大麻を使用したこととの関係について、厚生労働省と警察庁との間で協議し、警察庁において調査を実施(調査数631人)したところ、以下のような結果となった。
    1. 大麻取締法において使用罪が規定されていないことの認識
      • 大麻の使用が禁止されていないことを知っていた472人8%
      • 大麻の使用が禁止されていないことを知らなかった132人9%
      • 不明27人 4.3%
    2. (知っていたと回答した472人のみ)大麻の使用罪が規定されていないことと大麻を使用したこととの関係
      • 大麻使用罪がないことを知っていたことが、大麻を使用する理由(きっかけ)となった27人7%
      • 大麻使用罪がないことを知っていたため、大麻の使用に対するハードルが下がった72人3%
      • 大麻の使用が禁止されているか否かに関わらず、大麻を使用した346人3%
      • その他27人 5.7%
  • 医療用麻薬及び向精神薬
    • 麻薬等の薬物の中には、適正に使用されることにより医療上有用であることが知られており、医薬品として用いられている薬物もある。これらの薬物を、医療用麻薬、医薬品である覚せい剤原料等と称している。
    • 処方箋医薬品の中には、疾病の診断が困難である、重篤な副作用の早期発見が求められる、不適切使用・不正流通を防ぐ等の観点から、承認条件により専門医等による処方等が求められている医薬品がある。
    • コンサータ錠の場合、医師・薬局・患者を登録することにより、医薬品の安全性を確保するとともに、不正流通が起きないような管理体制が構築されている。

以上、第6回検討会から紹介しましたが、第4回・第5回の検討会においても、有益な情報がありますので、一部ですが紹介しておきます。

▼厚生労働省 第4回 大麻等の薬物対策のあり方検討会

インパクトの大きかった事象として、オピオイドクライシスについては、「2017年、全米で薬物過剰摂取により70,237人死亡、うち47,600人がオピオイドの過剰摂取により死亡(67.8%)」する状況になったことを受けて、同年10月大統領による「公衆衛生上の非常事態宣言」が発出されています。その具体的な取り組みとしては、「各省庁に対して優先的にオピオイド対策に資金の振り分け」、「専門家が少ない地域への遠隔医療サービス」、「常用性の弱い鎮痛剤の開発や普及に取り組む」、「違法なオピオイド系麻薬の流入を防ぐための国境対策等」のほか、「FDA(米国医薬品食品局)は処方鎮痛薬の製薬企業に対して、処方医を含めた医療従事者へのトレーニングの提供及び乱用防止の援助を求める。また、高リスクの鎮痛剤を直ちに市場から撤退させることを要求」、「HHS(米国保険福祉省)は、予防治療活動、患者のデータ収集、処方医への研修、抗オピオイド薬の配布、新たな治療法の検討の強化」、「CDC(米国疾病予防管理センター)は、鎮痛剤乱用の危険に係る処方箋認知キャンペーンを開始」といったものがありました。また、「2007年に、リタリン錠(メチルフェニデート塩酸塩)の不正処方・流通が摘発されるなど、大きくマスメディア等でも取り上げられ、社会問題化」したことも紹介されています。2018年1月、同一の有効成分であるコンサータ錠を不正に譲渡した容疑で医師が逮捕。2019年9月、医師登録の更新制や患者登録などを追加で導入するなど、コンサータ錠の流通管理の更なる強化が製造販売業者により実施されることとなりました。この取組みが、医療用大麻の導入における流通管理のモデルとなっています。その他、医療関係者による向精神薬不正譲渡事件として、(1)都内の男性開業医が、向精神薬「マジンドール(商品名サノレックス錠)」合計18,000錠を、営利の目的で、3人の顧客(中国人2名、帰化日本人1名)に対して不正に譲渡(2015年10月)・懲役6年6月、罰金400万円、(2)神戸市の中国籍の内科医が、マイスリーやアモバン等の向精神薬約800錠を知人の男女に不正に転売し、さらにその向精神薬が同男女から神戸市内の薬局に転売(2016年6月)・懲役3年執行猶予4年罰金30万円、(3)福岡市の精神科院長が、5年半にわたり、診察したように偽装して処方箋を出し、薬局から入手した向精神薬(睡眠導入剤)約16種類計12万錠を東京都内の知人に郵送、診療報酬を不正請求(2011年6月)・保険医登録5年間取消し処分、(4)東京都の看護師が偽造した処方せんを用いて近隣の薬局から向精神薬マイスリー約300錠、ロヒプノール約200錠を詐取した事案により書類送致。(2016年1月)・略式命令起訴/罰金20万円などが紹介されています。

なお、オピオイド中毒についても、以下のような指摘がありました。

  • オピオイドを使うと依存・中毒になる。
    • 身体的依存:薬の長期投与に対する薬理学的な正常反応であり、漸減法により中止すれば臨床的な問題は起こらない。
    • 精神的依存:基礎実験および多くの臨床試験から、痛みのある状態でオピオイドを投与しても精神的依存は起こらないことが実証されている。
  • オピオイドを使うと命が短くなる。
    • まったくの誤りであり、オピオイドの投与によって痛みが除去された患者は、よく眠れ、よく食べられ、よく考えられるようになるので、むしろQOL(生活の質)が著しく改善する。
  • 医療用麻薬の流通管理における一般の医療用医薬品との違い
    • 流通は一方通行が原則でありすべて麻薬の免許を持った業態のもと譲受証、譲渡証の交換で取引される。(一方通行)
    • 流通において製造番号の他に製品番号でのシリアル管理が一般的である。
    • 医師であっても麻薬施用者免許がないと患者に処方・交付できない。
  • 医療用麻薬の製造・流通と適正使用
    • 医療用麻薬は製造・流通・医療現場等で麻向法による規制を受け厳格に管理されている。
    • 日本に於いて医療用麻薬における乱用の報告は諸外国に比べ極めて少ない。
    • 一方で医療用麻薬に関する誤解・偏見があり必要とする患者に必要とする量が適正に使用されていないのが現状である。
▼厚生労働省 第5回 大麻等の薬物対策のあり方検討会

米国における大麻の規制について、「1996年、カルフォルニアで、米国の州で最初のMMLs(医療用大麻法)が成立」、「2021年4月5日時点までに、36州及びコロンビア特別区(D.C.)で大麻の医療目的使用を合法とするMMLsが成立」といった経緯のほか、「MMLsが運用されている州では、州の定めた手続きを行って患者登録されることが必須となっている」こと、「MMLsが導入されていない14州のうち11州に限り、大麻成分の1つであるCBDのみ医療目的での使用を認めている」こと、「アイダホ州、ネブラスカ州及びカンザス州においては、大麻の使用を全面的に禁止している」こと、「2012年、コロラド州とワシントン州で、嗜好品としての大麻使用が住民投票を経て合法化。その後、2021年4月5日時点で、17州及びD.C.においてRMLs(嗜好用大麻法)が可決され、医学的な正当性や特別な許可を必要とせずに、大麻を所持、栽培又は使用することが可能となった」こと、「RMLsが運用されている州では、医療目的で大麻を使用したい人のために、MMLsも独立して運用されている」ことなどが紹介されています。また、カナダにおける大麻合法化後の大麻使用の推移として、2018年第1四半期については、「カナダ人の14%近く(女性の12.2%、男性の15.8%)が、過去3か月間に大麻(医療目的の大麻製品を含む)を使用したことがあると報告」、「経験率が最も高かったのは25~34歳で26%、次いで15~24歳で23%」であったこと、2019年には、「過去3か月間の使用経験率は17.5%に上昇し、2019年第3四半期(17.1%)までその水準に近い状態が続いた」こと、「過去3か月間の大麻使用の経験率がほとんどの年齢層で上昇した一方で、最も顕著な増加が見られたのは、65歳以上で、2018年と比較して2倍近くとなった」ことが紹介されています。さらに、ウルグアイにおける大麻合法化後の大麻使用の推移について、「ウルグアイでは、2013年12月13日に、非医療用を含む様々な目的のための大麻の栽培、生産、調剤、使用を規制する法律(法律第19.172号)を承認した。ウルグアイ市民または18歳以上の永住権を持つ外国人は、法律に基づき、国立大麻規制管理研究所に登録し、(a)認可された薬局での購入、(b)クラブへの入会、(c)国内での栽培の3つの選択肢の中から1つを選択することで、医療目的以外の目的で大麻を入手することができるようになった」こと、「ウルグアイの薬物使用に関する2018年の調査では、過去1か月間に大麻を使用したことがある人は男性の約12%、女性の約5.8%と推定され、15~65歳の人口の過去1か月間の経験率は合計で8.9%、約15万8000人の使用者がいることが分かった。これは、2014年以降、同期間に、過去1年間の大麻使用量が50%以上増加し、過去1か月間の大麻使用量が3分の1以上増加したことを反映している」こと、「2019年、大麻使用の過去1か月の経験率が最も高かったのは19~25歳の若年層(20.8%)で、次いで26~35歳層(16.4%)であった」こと、「大麻を日常的またはほぼ日常的に使用していると推定される人は約25,500人で、これは過去1年間に大麻の使用を報告した人の9.9%(男性13.1%、女性5.2%)であり、正規の大麻使用者の3分の1以上は依存性があると考えられた」ことが紹介されています。なお、米国における大麻合法化後の大麻使用の推移について、以下のような状況となっています。

  • コロラド州とワシントン州は、大麻の非医療目的の使用が合法化される前においても、大麻使用の経験率が全国平均よりも高かった。※両州とも2012年に米国で初めて非医療用大麻を合法化
  • 2009年以降、コロラド州及びワシントン州の18歳以上の成人の大麻使用経験率は、全国平均よりもはるかに大幅に増加している(コロラド州では約86%、ワシントン州では2倍以上、全国全体では50%増加)。これは、大麻の非医療目的の使用を合法化した他の州にも当てはまる。
  • 2012~2013年には、コロラド州で12歳以上の人口の6%が日常的またはほぼ日常的に利用していると報告しており、全国では約3%であった。
  • 過去の経験率は18~25歳で引き続き高く、26歳以上の経験率は両州とも2008/09年から2倍以上に増加している。

また、日本の薬物犯罪における起訴・不起訴人員等の推移として、覚せい剤取締法においては、起訴人員については、2000年以降減少傾向にあり、2019年(9,942人)は、2000年(24,048人)の約4割の水準となっていること、不起訴人員については、2000年以降おおむね2,000人台で推移していたが、2006年からは3,000人台で推移していること、起訴率については、2002年に90%を下回った後緩やかな低下傾向が見られるものの、75%以上の比較的高い水準で推移していること、起訴猶予率については、4~9%台とおおむね横ばいで推移していることが紹介されています。また、同様に大麻取締法については、起訴人員は、2000年から2009年(2,484人)にかけて増加傾向を示した後、翌年から減少に転じたが、2014年から毎年増加していること、不起訴人員は、2000年以降増加傾向にあり、2019年(2,795人)は2000年(488人)の約5.7倍となっており、覚せい剤と大きく異なる傾向を示しています。さらに、起訴率は、2011年までは50%台後半から70%台前半で推移していたところ、2012年以降は50%前後で推移していること、起訴猶予率は、21~37%台で増減を繰り返しながら推移していることが分かります。また、麻薬及び向精神薬取締法においては、起訴人員は、2000年以降増加傾向にあり、2007年には888人に達したが、その後減少傾向に転じ、2015年からは500人前後で推移していること、不起訴人員は、2014年以降それほど大きな変動はなく、300人台後半から500人台前半で推移していること、起訴率は、2000年の77.7%から2014年の40.8%まで低下傾向にあったが、近年は50%台で推移していること、起訴猶予率は10~32%台で増減を繰り返しながら推移していることも分かります。また、2019年における薬物犯罪に係る保護観察の付かない全部執行猶予判決の割合は、覚せい剤取締法が33.5%であるのに対し、大麻取締法は82.3%、麻薬及び向精神薬取締法77.5%となっています。さらに、薬物事犯における少年保護事件の処分について、覚せい剤取締法違反では、少年院送致が45人(50.6%)と最も多く、次いで、保護観察24人(27.0%)、検察官送致(刑事処分相当)及び同(年齢超過)各7人(それぞれ7.9%)の順であったこと、他方、麻薬取締法・大麻取締法違反では、保護観察が271人(61.9%)と最も多く、次いで、少年院送致89人(20.3%)、審判不開始31人(7.1%)の順であり、検察官致(刑事処分相当)は3人(0.7%)であったこと、覚せい剤取締法、麻薬取締法・大麻取締法及び毒物及び劇物取締法の各違反のいずれについても、都道府県知事・児童相談所長送致はいなかったことも紹介されています。

さて、2021年5月6日付ロイターによれば、スイスの金融大手クレディ・スイスが、米国で事業を展開する大麻関連企業の株式の注文執行と保管業務を今後行わないと、ここ数カ月で顧客に通知していると報じられています。これまでクレディ・スイスは、顧客によるこうした大麻関連企業株の売買を積極的に手掛け、顧客向けの株式保管預かりサービスにも応じていたといいます。一方、前述のとおり、米国では大麻を合法化する州が増えてきているものの、連邦政府は依然として法律で禁止しており、投資銀行が大麻生産や取引に関わる企業に協力すれば、法的なリスクに直面することを考慮し、対応方針の大転換がなされたものと考えられます。このように、企業にとっての薬物リスクは、従業員の逮捕や社名報道などの風評リスク、犯罪組織を助長するリスク、さらには、交通事業者の安全運行にかかるリスクなどが代表的であったところ、最近では、勢いを増す大麻関連企業との取引なども慎重な検討を要すべき課題となっているといえます。さらに、若者の間で大麻が蔓延し、初犯も再犯も後を絶たない背景として、交友関係や家庭環境の問題に加え、「一発アウト」の社会から排除され孤立を深めている実態があることは既に紹介したとおりですが、それはまた、暴力団離脱者支援やテロ対策、再犯防止対策と同じ構図であり、処罰の厳格化や正確な情報発信だけでは足りず、治療や社会復帰支援など「社会的包摂」の視点も重要であることを意味しています。つまり、「誰一人取り残されない社会」の実現を目指すなら、企業は、日本の未来を担う若者を蝕む薬物問題にも真剣に向き合う必要があるということです。

最近の報道から、薬物の密輸に関するものをいくつか紹介します。

  • 2020年1月、中国から石川県の小松空港へ覚せい剤およそ8キロ(末端価格約1億1,000万円)をキャリーケースに入れて密輸したとして、覚せい剤取締法(営利目的輸入)違反と関税法違反の罪に問われている女の裁判員裁判で、金沢地裁は、懲役7年・罰金300万円の実刑判決を言い渡しています。報道によれば、この事件では、被告は「私はキャリーケースの中身は急須であると思っていた。まさか中身が覚せい剤だなんてちっとも思いませんでした」として無罪を主張していました(さらに弁護側は、検察の主張は「うまい話にはウラがあり、誰でも見抜ける」という一般論に過ぎないと反論、被告には精神障害があり「運び屋」を担っていることに気づけなかったと主張しています)が、判決で裁判長は、被告が指示役に中身が違法薬物かどうかを尋ねるなど、「未必の故意」があったと指摘、その一方で被告は密輸組織に利用された側面があるとして、懲役11年の求刑に対し、懲役7年・罰金300万円の実刑判決を言い渡したものです。
  • ラオスから覚せい剤約3キロ(末端価格約3億2,500万円)を密輸しようとしたとして、覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)と関税法違反の罪に問われた無職の被告の裁判員裁判の判決で、東京地裁は、段ボールに入った覚せい剤を骨董品だと信じ、故意はなかったと認定し、営利目的輸入については無罪としています。報道によれば、被告は高額な報酬を条件に、面識のない人物から荷物を運ぶように依頼され、2019年10月ごろ、「高級茶具」と印刷され、覚せい剤を含む板状の固形物が入った段ボールを受け取ったといいます。中身は骨董品と説明され、スーツケースに入れてラオスから日本に持ち込もうとした際、羽田空港の税関職員が発見したものです。
  • 手荷物に隠して覚せい剤997グラム(末端価格約6,100円)を密輸しようとしたとして、覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)と関税法違反の罪に問われたオランダ国籍の男性被告の控訴審判決で、東京高裁は、懲役7年・罰金300万円とした1審東京地裁の裁判員裁判判決を破棄し、無罪を言い渡しています。報道によれば、裁判長は、違法薬物の認識があったとはいえないと判断していますが、弁護側は、被告は出会い系サイトを通じて知り合った人物に、日本から品物を持ち帰る仕事を依頼されたとし、「日本に持って行く荷物に違法薬物が入っているとは考えていなかった」と無罪を主張していました。
  • 国際郵便を使ってアメリカから「大麻リキッド」と呼ばれる液体状の大麻約13グラムを密輸したなどとして、40歳の男が逮捕・起訴されています。報道によれば、成田空港から持ち込み、その後の大阪税関の郵便物検査で見つかったもので、大麻リキッドは電子タバコに装着するためのカードリッジに入っていて、ハンドクリームが入った容器の裏側に隠されていたといいます。
  • 九州厚生局麻薬取締部と門司税関は、大麻を密輸したとして共にオーストラリア国籍で長崎県雲仙市の英会話学校講師と弟で留学生の2人を大麻取締法違反容疑で逮捕し、関税法違反容疑で福岡地検へ告発しています。2人は共謀し、豪州から国際スピード郵便で大麻24グラムを日本に密輸したというものです。
  • 麻薬取締部などは、大麻(97グラム)や麻薬ケタミン(1.08グラム)などをオランダから密輸したとして20代の無職の容疑者を大麻取締法違反容疑などで逮捕しています。報道によれば、容疑者は「ダークウェブ(闇サイト)で注文し、ビットコイン(暗号資産)で精算した」などと容疑を認めているということです。
  • 米国から液状大麻約2キロを密輸したとして、茨城県警と東京税関成田税関支署の合同捜査班は、大麻取締法違反(営利目的輸入)容疑などで、土木作業員とび職の容疑者ら男6人を逮捕しています。うち3人は事件当時少年だったということです。報道によれば、密輸した大麻はSNSなどで募った10~20代の客などに販売していたとみられているといいます。昨年8月、車内でワックス状大麻約850グラムを持っていたとして、容疑者と20歳の元少年を同法違反(営利目的共同所持)容疑で逮捕、ほか数人と共謀し、米国からの密輸を繰り返していたとみて捜査を続けていたというものです。
  • 米国から大麻を密輸したとして大麻取締法違反などの罪に問われた長崎県佐世保市の米海軍佐世保基地所属の米国籍の軍人の初公判が長崎地裁佐世保支部であり、被告は被告人質問などで、大麻の密輸は初めてで精神状態を安定させるためだったと説明、「本当に後悔している」と陳謝したということです。報道によれば、氏名不詳者と共謀し、昨年8月、大麻を含む液体計約84グラムを隠した郵便物を米国から日本に郵送して大麻を密輸入したが、税関職員に発見されたというものです。

次に、最近の薬物を巡る報道から、青少年に関するものをいくつか紹介します。

  • 東京・練馬区で置引きをしたとして、19歳の少年ら3人が逮捕されましたが、3人は「大麻を買う金を稼ぐためにやった」と供述しているといいます。報道によれば、無職の19歳の少年と18歳の高校生ら3人は、練馬区内の公園で小型ゲーム機などが入った50代の男性のバッグを盗んだ疑いが持たれています。少年らは物を盗んで転売することを普段から「臨時」と呼び、練馬区内で置き引きなど繰り返していたとみられ、取り調べに対し、3人は「大麻を買う金を稼ぐためにやった」、「大麻のための窃盗団のようだった」と容疑を認めているといいます。練馬区内では他にも少年らの犯行とみられる窃盗被害が20件以上あり、警視庁は余罪を調べているということです。あまりにも身勝手で短絡的な犯行であるとともに、大麻の依存性の高さを裏付けるものであるとも指摘できます。
  • 米国から密輸した大麻を所持したり、譲渡したりしたなどとして、警視庁が大麻取締法違反や麻薬特例法違反の疑いで、慶応大の男子学生や米国にある慶応義塾ニューヨーク学院の男子高校生ら18~19歳の少年計5人を逮捕しています。5人はすでに家庭裁判所に送致されているといいます。報道によれば、昨年11月、米国からの国際郵便に液体大麻が隠されているのを東京税関が発見、この国際郵便は、別の米国にある高校に留学し、新型コロナウイルスの影響で帰国していた18歳の男子高校生の実家宛てだったといい、その後、友人だった慶応義塾ニューヨーク学院の男子高校生2人も譲渡にかかわっていることが判明したというものです。さらに、慶応大の19歳の女子学生ら5人が、東京・渋谷区で大麻を所持したとして大麻取締法違反の疑いで警視庁に逮捕されています。報道によれば、女子学生は容疑を否認していますが、警視庁は大麻の入手先などを調べているということです。
  • 東京都渋谷区の路上で大麻を所持したとして、警視庁渋谷署は、ともに18歳の大学1年生で日本大と青山学院大に通う男子学生2人(ともに高校の同級生)を大麻取締法違反(共同所持)容疑で逮捕しています。報道によれば、渋谷区道玄坂の路上で乾燥大麻約2グラムを持っていたといい、パトロール中の同署員が歩いていた2人に職務質問して発見したものです。
  • 沖縄本島中部で3月に高校生(当時)2人が、大麻取締法違反(所持)の容疑で逮捕されています。また、この2人の事件とは別に、沖縄県警が2月中旬に覚せい剤取締法違反などの容疑で、高校生を含む少年計3人を逮捕したことも明らかになっています。県警は、この二つの事件の関連性は薄いと見ているものの、逮捕が相次いだことを受けて、沖縄県教育委員会は県立学校83校を対象に、薬物乱用に関する特設授業の実施を決めています。
  • 鹿児島県警が大麻取締法違反容疑で昨年摘発した33人のうち、10代と20代は計24人と7割超を占め、ここ10年で最も多かったことが分かったと報じられています(2021年4月17日付南日本新聞)。さらに、男子高校生(当時)が含まれ、家裁送致されていたことも判明したといい、全国と同様、鹿児島県内の若年層にも大麻汚染が広がっている実態が明らかとなっています。報道によれば、鹿児島県警などは「ファッション感覚で抵抗感、罪悪感を持たずに手を染めるケースが多い」、「知人から大麻を勧められ、興味本位で安易に使う傾向がある」、「犯罪組織の資金源となって社会の平穏を脅かす恐れがある」などと指摘、取り締まりと広報活動を強化する方針だということです。
  • 2021年4月23日付琉球新報によれば、沖縄の元売人の男性の話として、インターネットやスマホの普及に伴い、薬物市場や販売手法は変化してきたということです。以前は売人が繁華街の路上に立つなどし、販売や受け渡しをしていたところ、現在はSNSを利用し、秘匿性の高いアプリのダイレクトメール(DM)などで交渉するのが主流となっているといい、「スマホに慣れた若者はSNS上で、大人よりも巧みにやりとりしている」と説明しています。また、暴力団など反社会的組織と関わりのない人物が、大麻の栽培や販売を行うことも珍しくないと指摘、「想像以上に県内で未成年者が薬物に関わっていて驚愕している」とコメントしています。

海外での薬物に関する動向も報じられています。

  • 南京市の救急センターに複数の大学生から「めまいがする」、「頭が混乱している」と120番(日本の119番)があり、9人の学生が南京医科大学付属病院に搬送されたことがあり、いずれも応急措置で症状が改善し翌日には退院したものの、ある学生が興味本位からインターネットで電子たばこを購入し、みんなで吸っていたことが分かったといいます。この電子たばこは専用カートリッジ内のリキッドを加熱して煙霧を発生させ、それを吸入する製品で、日本では法律によりニコチンを含むリキッドの販売は禁止されているところ、海外ではニコチン入りも販売され、一般のたばこよりニコチン摂取量を減らす効果もあるといいます。なお、中国のネット上では「ハイになる」「快感」などのうたい文句で電子たばこが売られており、その中には大麻の主成分のTHCが含まれている疑いがあるといいます。また、米国では電子たばこの吸引に絡む急性疾患での死亡者が相次ぎ、その多くが非正規ルートで売られているTHC成分を含むカートリッジを使用していたことが判明しているといいます。海外の若者の間でも大麻の蔓延が深刻化していることを感じさせます。
  • 台湾で大麻の大量栽培が摘発された件が報道されています。報道によれば、法務部(法務省)調査局が、北部・新竹県郊外で栽培されていた大麻草1,608株を押収、一度に摘発した大麻の栽培株の押収量としては過去最多だということです。同局は主犯格とみられる男2人を逮捕していますが、新型コロナウイルスの流行で水際対策が強化され、密輸がより困難な状況となり、国内で大麻価格が高騰、同局は、北部で大麻の「地産地消」を図っているグループがあるとの情報をつかみ、捜査を進めていたということです。コロナ禍の影響がこのようなところにまで及ぶことに驚かされます。
  • 中国麻薬規制当局は、世界で初めて全ての合成カンナビノイド(大麻に含まれる化学物質)を規制対象とする方針を示しています。報道によれば、合成カンナビノイドは、大麻に類似した効果をもたらすように人工的に作られた薬物で、多くの場合、作用はより強力で健康被害も大きいといい新種の合成大麻の登場に先手を打つ形となります。なお、当局によると、2020年末までに製造された合成大麻は世界中で1,047種類あるとされ、中国国内で生産されたものも、海外から密輸されたものもあり、特に西部の新疆ウイグル自治区で薬物の乱用が多く見られるということです。ウイグル自治区では人権問題で取り沙汰されることが多いですが、薬物乱用者が多い背景事情も確認しておく必要がありそうです。
  • 前述した「オピオイドクライシス」について、医療用麻薬「オピオイド」の中毒まん延を巡り、カリフォルニア州の複数の自治体が米J&Jなど製薬4社を訴えていた裁判の審理が始まっています。2021年4月20日付ロイターによれば、原告の同州サンタクララ郡、ロサンゼルス郡、オレンジ郡とオークランド市は、J&J、イスラエルのテバファーマスーティカル・インダストリーズ、エンドー・インターナショナル、米アッヴィのアラガン部門を相手取り、中毒性を軽視してオピオイド系鎮痛薬を宣伝・販売することで、米国内でのオピオイド中毒のまん延を引き起こしたと主張、被告4社の責任が認められる場合、公的不法妨害の対策費用と罰金として500億ドル以上を支払うべきだとしています。さらに、原告の弁護士は、オレンジ郡の裁判所で、被告各社が自社のオピオイド系鎮痛薬が中毒、過剰摂取、中毒死につながることを知っていたことが証拠から分かると述べたています。なお、米国内では3,300件以上の同様のオピオイド訴訟が争われています。

その他、薬物に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 実際には持っていない覚せい剤を売るという内容の「広告」をネット掲示板に書き込んだとして、愛知県警守山署は、名古屋市の30代の店員の男を、覚せい剤取締法違反(広告の制)の疑いで書類送検しています。報道によれば、「掲示板への書き込みを見たネット利用者から通報があり、同署が捜査したところ、店員は覚醒剤を持っていなかったというものの、自分のうそにつられて反応した人を馬鹿にしてストレスを解消しようと思った」などと話し、容疑を認めているといいます。なお、覚せい剤取締法は、医薬関係者向け以外に「覚せい剤に関する広告」を行うことを禁じています。また、実際に「覚醒剤を買いたい」という書き込みがあったかは不明だということです。
  • 大麻を所持したとして、警視庁碑文谷署に大麻取締法違反容疑で現行犯逮捕された男が、大麻を持って交番に自首する様子を自ら撮影し、ユーチューブで生配信していたといいます。目黒区の東急電鉄自由が丘駅前の交番を訪れ、衣服のポケットから大麻が入った袋を取り出して警察官に「これは大麻です」と差し出して、9日未明に逮捕されたものですが、配信された動画は約9分間で、男は「捕まったらどうなるのか動画に残せたらと思って生配信している」、「弁護人を募集」などと視聴者に呼びかけていたようです。前述の掲示板への書き込み同様、ユーチューバーの行き過ぎた行為が社会問題化している中、何とも呆れる行動です。
  • 2021年5月14日付Yahoo!ニュース「覚醒剤購入の警察官逮捕 なぜ覚醒剤取締法より罪が軽い麻薬特例法違反か?」の記事も参考になりましたので、以下、抜粋して引用します。
覚せい剤取締法の譲受け罪に問うためには、購入した物が間違いなく覚せい剤だったという客観的な立証を要する。使い果たされていて現物が残っていなければ鑑定できず、立証は困難だ。それでも、規制薬物の蔓延を阻止する必要性は高い。そこで、麻薬特例法には、覚せい剤取締法よりも要件を緩和した特別な譲受け罪などが設けられている。覚せい剤の所持といった薬物犯罪を行う意思をもって「薬物その他の物品」を規制薬物として譲り受けるなどすれば、それだけで処罰されるというものだ。「その他の物品」には覚せい剤か否か不明な場合のほか、全くのニセモノも含まれる。本人が中身を本物の規制薬物だと認識していさえすればよいからだ。もともとは税関検査などで覚せい剤が発見された際、塩や砂とすり替えて配達させ、受け取った者を検挙する「泳がせ捜査」のために設けられた規定だ。今では覚せい剤か否か確定できないような事案を立件するためにも使われている。ただし、現物がなく、覚醒剤を譲り受けたとは断言できないので、覚醒剤取締法の譲受け罪が懲役10年以下であるのに比べると、懲役2年以下と格段に軽くされている。

2.最近のトピックス

(1)最近の暴力団を取り巻く情勢

暴力団から離脱した元組員を雇用した際に支給金が出る福岡県の雇用給付金制度の下、元組員を受け入れる意向を示した「協賛企業」が増えているとの報道がありました(2021年5月13日付読売新聞)。それによると、今年1月の企業数は377社で、制度開始から約5年で2.5倍となり、実際に受け入れた企業は延べ68社に上るといいます。県警は「社会復帰できる環境づくりが市民の安全安心につながる」と今後も取り組みを強化させる考えだといいます。今後は、元組員の就労の選択肢が広がるよう協賛企業の職種を増やすとともに、受け皿を効果的に活用するための運用面が課題で、県警は「労働経験がなく社会復帰に必要な資金や運転免許すらない元組員も多い。離脱への後押しをする機運をさらに高めたい」としています。この福岡方式を参考に、暴力団から離脱した元組員を雇用した企業に対する給付金制度は、各地でも広がっており、六代目山口組の直系団体弘道会の本部がある愛知県では、今年度から内容を充実させたといいます。報道によれば、「愛知県では1996年度から元組員を雇った企業に、1か月あたり最大で5万円を半年間給付する制度があった。だが活用は1社だけで2002年度以降は使われず形骸化していた。暴力団抗争とみられる事件が相次ぐ中、組織の弱体化につなげようと、制度を一新。今年度から福岡と同じ1人あたり最大72万円の給付金、上限200万円の損害補償金の支給を始めた。長崎県では1か月最大10万円の給付金を半年間支給している」ということです。暴力団離脱者支援については、本コラムでも問題意識をもって取り上げてきていますが、ここでは、本分野における第一人者の意見をあらためて紹介したいと思います。以下に、以前の本コラム(暴排トピックス2021年1月号)でも紹介した、犯罪社会学者で作家の廣末登氏の論考「ヤクザ辞めても「元暴アウトロー」しか道がない現実」と題するコラム(JB PRESS)から抜粋して引用します。

犯罪の認知件数自体は減少している。コロナ禍でも、日本の安心・安全は崩壊していない。ただ、そうであっても、将来的にみると危惧される問題がある。それは、「裏社会のカオス化」である。筆者は、2003年から今日まで裏社会の取材を続けてきた。名誉か不名誉か分からないが、マスコミから「暴力団博士」という肩書まで頂戴した。犯罪社会学の学究、更生保護就労支援員、保護司として17年間、裏社会を見てきた筆者は、2010年の暴排条例施行以降、どうも裏社会に地殻変動が生じ、カオス化しているのではないかと考えるに至った。…真正離脱者(更生の意思をもって離脱した者)としての元暴が社会復帰しづらいケースは、現代社会で散見される。暴力団離脱者(と、その家族)は「反社」と社会からカテゴライズされ、社会権すら極端に制限されている現状がある。だからと言って、暴力団員歴を隠して、履歴書や申請書に記載しないと、虚偽記載となる可能性があるのだ。暴力団組員の宿泊を断るホテルに泊まっただけで、詐欺扱いされる。こうした極端な社会権の制限は、暴力団や暴力団の枠から外れて犯罪活動に従事する偽装離脱者を念頭に置いた対策であることは理解できる。しかし、真正離脱者には柔軟な対応が求められると考える。なぜなら、折角、更生しようと思って離脱した真正離脱者が、カタギとして生き直しができず、生活困窮の挙句、生きるために「元暴アウトロー」として犯罪に従事せざるを得なくなる可能性があるからだ。…日々を生きるために、暴力団離脱者とて稼がなくてはいけない。とりわけ、家族を養う必要がある暴力団離脱者は必死だ。合法的に稼げないで追い詰められれば、背に腹は代えられず非合法的な稼ぎに走る。彼らが組織に属していた時には「掟」という鎖があり、表向きのタブー(麻薬・強盗・泥棒、オレオレ詐欺などの特殊詐欺はご法度など)が存在した。しかし、離脱者は、そうした掟にもタブーにも縛られず、法律遵守の精神が強いとはいえないから、金になることならどのような悪事にでも堂々と手を染める。正真正銘の元暴アウトロー(掟に縛られぬ存在)の誕生である。元暴アウトローの増加は、わが国の組織犯罪の性質を一変させ、より悪いものへと変質さているのかもしれない。…多発する強盗や特殊詐欺も、暴力団では忌み嫌われる犯罪である。それらをこなす元暴アウトローのシノギは「犯罪百貨店」と呼んでも過言ではない。シノギに窮した暴力団組織は、こうした元暴アウトローにあえて盃を与えず(組員に登録せず)、任侠界では認められないシノギをさせていると聞く。犯罪のアウトソーシング化である。

さらに、論考「あなたの隣の反社・半グレ、排除だけならより悪質化」(JBpress)、「だからヤクザを辞められない…意外と身近に存在する「青少年半グレ」の素顔」(現代ビジネス)から一部引用して紹介します。

かつて筆者が更生保護就労支援所長として携わった半グレ少年の過半数が、家庭に何らかの看過し難い問題を有していたし、裕福でもなかった。何より、最大の問題点として、家庭に彼らの居場所が無いことが指摘された。…犯罪は社会を映す鏡である。居場所のない子どもを生み出す社会、他者に無関心な社会の土壌に加えて、自分さえよければいい、稼いだ者勝ち、捕まらなければセーフという社会の価値観が半グレという存在を生んだのではないだろうか。…現在の「反社」は、燎原を焼き尽くす野火のように国中に広がり、裏社会にカオスを生じさせている。そして、その犠牲になるのは、「オレオレ詐欺対策プラン」が指摘する通り、犯罪に取り込まれる未成年者や、老人など社会的に孤立した弱者、あるいは日々真っ当に生活している我々なのだ。ただ、こうした取締りで気を付けて頂きたいこと、それは「反社モラルパニック」である。つまり、社会秩序に対する脅威とみなされた「反社」に対し、多く人々が一斉に激しい感情をぶつけすぎるのはよしたほうが良い。それは社会秩序にとってもプラスにはならないからだ。…世の中が細かなことを必要以上に詮索する傾向を強めることは、決して反社を追い込むことにならないからだ。それどころか反社に新たなシノギの機会を与える可能性もある。…昨日の一般人は、今日の反社となるかもしれない。…昔はただの不良と言われた若者が、いつの間にか「半グレ」の一員になっている(されている)のだ。たとえば、仲のいい先輩から「おまえ、知り合いの通帳を借りてこい」と命令され、あるいは「ちょっとヤバいけど、カネになるバイトがあるから手伝ってくれ」と頼まれたことが、「詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団・個人」にカテゴライズされ、反社とされ、彼ら彼女らの未来への道が閉ざされてしまう可能性がある。そして最悪の場合、彼らは犯罪社会と刑事施設という負の回転ドアを回し続ける累犯者になる危険があり、更生など覚束なくなってしまう。…世間一般には当たり前でない文化(暴力団社会や不良グループ等、犯罪社会のサブカルチャー)で生きてきた人には、我々の「当たり前の社会の仕組み」は別世界のことなのかもしれない。それゆえに文化的葛藤に苦しみ、生きづらさを知覚し、自分の経験だけに基づく短絡的な行動を選択した結果、犯罪・再犯に至っている可能性がある。分からないことを気軽に尋ね、手助けしてくれる窓口や機関が「身近に」あれば、もしかしたら、非行の深化や累犯が防げるかもしれない。現在、問題になっている様々な社会病理――特殊詐欺被害、非行の低年齢化、いじめ、薬物乱用、孤独死、家庭内暴力、児童虐待、ひきこもり等々にも、社会的孤立や人間関係の希薄化がその一因と考えられる。これらも、身近に、気軽に相談できる「駆け込み寺」的な拠点があれば、もしかしたら最悪の結果を回避できるかもしれない。
闇バイトや先輩後輩の繋がりから、半グレの一員として特殊詐欺などの犯罪に手を染めると、銀行口座が作れないなどの厳しい社会的制裁を受ける。日本社会は、ワンストライクでアウトになる世の中である。…しかし、彼らを(とりわけ、顔の見えない犯罪者グループに使い捨てにされる青少年を)十把ひとからげにし、社会の敵として排除するだけが本当に正義なのか。彼ら彼女らの背景や、置かれている境遇を一顧だにせず、負のラベリングから社会権を制約し、望みのない隘路に追いやることが社会にとって正しいことなのか。法務省が掲げる「再犯を防止し、誰ひとり取り残さない社会」づくりと矛盾が生じるのではないかという疑問が生じる。…「犯罪の低年齢化」「犯罪のボーダレス化」という現象は、少子化の影響、暴排条例による締め付けで暴力団のシノギが苦しくなったというような事情があるのかもしれないが、暴力団や暴力団離脱者のアングラ化も視野に入れて、闇バイトの実態や特殊詐欺実行犯の低年齢化の背景を解明し、早急に対策を講じる必要がある。…彼らは「無知ゆえに」「脇が甘かったゆえに」プロの犯罪者から利用された被害者とも見ることができないだろうか。これが「つまようじ」と評される使い捨て要員に分類される半グレの実態だ。…我々は人生行路で躓いた人でも「生きづらさを感じない」、「社会的に排除されない」健全な社会を後世に引き継ぐ責任がある。やり直しを可能とする社会の実現を、真剣に考える時期にきているのではないだろうか

暴力団離脱者支援は、社会全体で考えていくべき問題であって、薬物依存やテロリスト、再犯防止、ジェンダーなどと同じ文脈で、「誰一人取り残されない社会の実現」に向けて「社会的包摂」によって、更生を支援すべきだといえます。反社会的勢力として排除した人間が、「元暴アウトロー」として社会不安を増大させる要因となっているのなら、結局は「反社会的勢力」というカテゴリーの中にとどまっていることになり、負の連鎖は無限にループしていくことになります。本人の更生に向けた強い意思が大前提であることは論を俟ちませんが、社会的包摂によって社会の中に迎え入れるために、企業や社会、行政は、それぞれ適切にリスクを分担(分散)していくことが必須だといえます。本コラムでは、この問題について継続的に考えていきたいと思います。

さて、前回の本コラム(暴排トピックス2021年4月号)では、「令和2年における組織犯罪の情勢について」を取り上げ、暴力団情勢を確認しました。主な内容としては、暴力団構成員及び準構成員等(暴力団構成員等)の数について、2005年以降減少し続けており、2020年末現在で25,900人となったことが示されています(令和元年末が28,200人でしたので、▲8.2%の減少となりました)。このうち、暴力団構成員の数は13,300人、準構成員等の数は12,700人であり、それぞれ2019年末との比較でいえば、13,800人(▲3.6%)、14,400人(▲11.8%)となりました。これまで、構成員・準構成員ともに、減少割合はほぼ同じ水準で推移してきたところ、昨年については構成員の減少幅が小さく、一方の準構成員の減少幅が大きくなったことは大きな特徴だといえます。また、主要団体等(六代目山口組、神戸山口組及び絆會並びに住吉会及び稲川会)の暴力団構成員等の数は18,600人で全暴力団構成員等の71.8%を占め、うち暴力団構成員の数は9,900人と全暴力団構成員の74.4%を占める状況となっています。なお、団体別の全体に占める構成比でいえば、六代目山口組が8,200人(31.7%)、神戸山口組が2,500人(9.7%)、絆會は490人(1.9%)、住吉会は4,200人(16.2%)、稲川会は3,300人(12.7%)などとなっています。さらに、各地の報道から、いくつか状況を見てみたいと思います。例えば、兵庫県内には六代目山口組と、そこから分裂した神戸山口組と絆會の3つの指定暴力団が本部を置き、暴力団構成員は2020年末の時点であわせておよそ430人、前年と比べるとおよそ40人減り、過去最少となりました。内訳をみると六代目山口組がおよそ100人、神戸山口組がおよそ270人、絆會がおよそ50人となっています。また、富山県内の暴力団構成員は、2020年末時点で県内の暴力団は3組織で、構成員数や準構成員はおよそ250人と、2011年の12組織、およそ430人と比べて半数近くに減少しているということです。一方、検挙件数は139件で、前の年と比べて50件増えています。罪種別では、覚せい剤取締法違反が22人、傷害が12人、窃盗が17人などとなっています。県は、今年1月、改正暴力団排除条例を施行し、暴力団への利益供与に対する罰則を新たに設けています。さらに、長野県においては、六代目山口組系の県内組織が今年1月末時点で21組織360人に上り、2019年末時点の12組織240人から急増しているといいます。六代目山口組から分裂した勢力の一部が結成した絆會系の県内組織はこの1年間余りで、11組織160人から2組織30人に激減しており、六代目山口組系への「回帰」が進んだとみられます。現在、県内の暴力団組織全体に占める六代目山口組系の割合は7割余であり、組織間のトラブルも減る可能性はあるが、県警は「予断を許さない」とし、引き続き警戒を強める考えだといいます。

前回の本コラム(暴排トピックス2021年4月号)でも取り上げましたが、暴力団組員が関与した振り込め詐欺などについて、組織トップに損害賠償を命じる司法判断が相次ぎました。特殊詐欺は暴力団の組織的関与が明確にならないケースも多く泣き寝入りしてきたところ、被害者救済の側面はもちろんのこと、特殊詐欺そのものの抑止につながる可能性や、暴力団に直接的な経済的ダメージを与えることができるという点でも意義は大きいといえます。組員による恐喝・暴行などに限り認められてきた法律上の使用者責任の対象が、組織外の人物を脅して加担させた事例にまで拡大されるなど被害救済の道は広がっていますが、今後は暴力団に所属しない「半グレ」への対応が課題として残っています。2021年5月7日付日本経済新聞では、以下のように解説されています。重要と思われる部分を抜粋して引用します。

日本弁護士連合会の民事介入暴力対策委員会によると、組員への賠償命令は財力を理由に被害弁済に至らないことも少なくないが、トップであれば賠償額が全額支払われる可能性も高まる。副委員長の大野徹也弁護士は「資金の持ち逃げや警察への密告などを防ぐため、犯行グループ内で暴力団の威力が使われるのは当然。相次ぐ司法判断が被害救済の枠組みを定着させつつある」と強調する。各国の被害救済制度に詳しい田中一郎弁護士によると、日本のように被害者自ら民事訴訟を通じて救済を求める国は珍しく、司法・捜査当局が刑事手続きで没収・追徴した資金を分配する手法が主流だという。「米国やスイスではマネー・ローンダリング対策として、犯罪収益を徹底的に追跡する体制が整備されている」と指摘する。もっとも日本の捜査機関も被害の回復に無関心なわけではない。警察庁は使用者責任を追及する民事訴訟で「特に積極的な情報提供を行う」よう各都道府県警に通達。事件記録が証拠採用されたり、警察官が証人として出廷したりしている。住吉会トップらに2月、約4億6500万円の賠償を命じた東京地裁の審理では、関連する事件を捜査していた警察官がまとめた報告書が証拠採用された。特殊詐欺の被害者に救済の網はかかったものの、死角はある。暴力団に所属せず犯罪を繰り返す「半グレ」と呼ばれる集団も「特殊詐欺を資金獲得の手段にしている」(大阪府警幹部)が、指定暴力団でないため使用者責任を定めた暴対法の規制の外にいる。京都産業大の田村正博教授(警察行政法)によると、半グレは事務所などの拠点を置かず、指揮命令系統も不明確なため、暴力団と認定するのは難しいという。「訴訟での被害回復に向けた立証は警察の捜査能力に頼る部分が大きい。背後に暴力団が介在するグループもあるとみられ、徹底した捜査を通じて双方のつながりや実態を解明し、被害救済の範囲を一段と広げる必要がある」と話している。

国内最大の六代目山口組から分裂した神戸山口組が指定暴力団となってから5年が経過しました。この間、六代目山口組との抗争状態が続き、昨年1月、ともに特定抗争団体に指定されることになりました。その後も抗争事件は相次いでいるものの、神戸山口組側は襲撃されるケースが目立つうえ、主要団体の離脱もあり、劣勢に立たされているのが実情です。抗争終結に向けた動きもささやかれるところ、情勢は不透明で警察当局は警戒を続けています。2021年4月15日付産経新聞において、ある捜査幹部は、「山口組側には、トップを狙うことで一気に抗争を終わらせる狙いがあるのでは」と分析している一方で、実行犯が最高幹部を狙っていたと明かすことで、神戸山口組側への圧力を強める狙いがあるとの見方もありうるところです。なお、水面下では他の指定暴力団が仲裁に入り、抗争の終結に向けた動きが始まったとの情報も浮かんでは消える状況が続いています。そもそも神戸山口組は既に内部崩壊の様相を呈していることもあり、再統合などを巡っては、まだまだ予断を許さない状況が続くとみた方がよさそうです。だが、別の捜査幹部は「中心だった幹部らも相次いで神戸山口組を離れ、内部が一体ではなく情勢は流動的な面もある」と指摘。「そうした状況が新たな事件につながる恐れもあり、市民の安全を最優先に警戒を続ける必要がある」と話しています。

静岡県富士宮市にある六代目山口組系政竜会の組事務所について、静岡県暴力追放運動推進センターは、静岡地裁が使用差し止めの仮処分を決定したと明らかにしています。周辺住民の代理として、同センターが3月に使用差し止めの仮処分を地裁に申し立てていたものです。政竜会はこの事務所に構成員を立ち入らせることなどが禁止されることになりました。報道によれば、政竜会は2019年12月に静岡県吉田町から東京都内に移転、その後、他の暴力団との抗争などを経て2020年8月ごろまでに富士宮市に事務所を移したといいます。

新型コロナウイルスの感染拡大が暴力団の資金獲得活動に思わぬ打撃を与えています。報道によれば、東京都内では複数の飲食店などが売り上げ減少を理由に「みかじめ料」の支払いをやめたといい、警視庁によると、昨年末以降に少なくとも20店以上が確認されたということです。さまざまな媒体で関係を断ち切った経営者の記事が出ていますが、共通するのは、「関係を断ち切る勇気をもつこと」、「警察に相談し、密接に連携すること」が重要だということです。警察は、暴力団対策法上の中止命令や再発防止命令の発出なども駆使しながら、全面的に支援する態勢をとっており、正に今がよい機会だと考えます。

その他、最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 持続化給付金の不正受給で暴力団組員らが逮捕された事件で広島県警は六代目共政会三代目沖本組事務所を家宅捜索しています。組員が自営業者と共謀し、新型コロナの影響で売り上げが落ちた個人事業主を装って持続化給付金100万円をだまし取った詐欺の疑いで逮捕され他ことを受けてとなります。なお、持続化給付金の不正受給で組員が逮捕されるのは初めてだといいます。持続化給付金の不正受給の事例では、インターネットで自ら申し込みをしていて、警視庁の調べに対し、「コロナの影響で露天商の仕事が激減し、生活に困っていたので申請した」と容疑を認めている事例もありました。不正受給絡みでは、愛知県警は、家賃支援給付金をだまし取ったとして、一宮市の暴力団組員と津島市の自営業の2人を逮捕、2人は、暴力団であることを隠して国の家賃支援給付金を申請し、約40万円をだまし取った詐欺の疑いがもたれているといいます。
  • 暴力団が組織ぐるみで特殊詐欺に関与したとして、京都府警は、神戸山口組系組幹部ら3人について詐欺容疑で逮捕、容疑者らが指南する詐欺グループが秘匿性の高い通信アプリで連絡を取っていたとみているといいます。これまでの捜査で、うその電話をかける「かけ子」が2019年8~12月頃、東京のマンションを転々とし、拠点としていたことが判明、容疑者らは別の組員らに命じ、虚偽の入居者情報を不動産管理会社に送るなどしてマンションを借りる契約をした詐欺容疑で今月6日に逮捕されていたものです。警察庁によると、2020年に特殊詐欺事件で摘発された2,658人のうち暴力団構成員は358人(約13%)で、主犯では、76人中30人(約40%)にのぼるなど暴力団の関与が指摘され続けています。
  • 北海道函館市の海で、約390キロのナマコを密漁したとして暴力団員の男ら5人と、それを買い取った水産加工会社の社長が逮捕・送検された事件で、新たに25歳と29歳の男2人が逮捕されています。当時2人は暴力団員の男らと計7人でナマコを密漁していたのを捜査員が確認していて、暴力団員の男らの調べを進める中で、2人の関与が浮上したといいます。この事件では、函館地検は、密漁したナマコと知りながら買い取ったとして、漁業法違反の罪で、神戸市の「三宮フーズ」の代表取締役と、法人としての同社が起訴されています。地検によると、昨年12月施行の改正漁業法で流通行為に罰則が設けられて以降、起訴は全国初ということです。密漁されたナマコと知りながら、同社の従業員を介して約390キロを約110万円で買い取ったというものです。
  • 薬物に絡む検挙事例も相次いでいます。佐賀北署は、覚せい剤取締法違反(営利目的所持)と大麻取締法違反(同)の疑いで、浪川会系組員を再逮捕していますた。走行中の乗用車内で、覚せい剤約7グラム(末端価格約10.2万円)と乾燥大麻約21.4グラム(末端価格約12.8万円)を営利目的で所持していた疑いがもたれています。また、大麻約200グラム(末端価格約120万円)の大麻を営利目的で所持していたとして、大麻取締法違反の現行犯で工藤会系組員の男が逮捕されています。警察は、容疑者が大麻を密売しているという情報を得て捜査を進めていたといいます。さらに、関東関根組系の組員が、東京メトロ副都心線の北参道駅構内で、営利目的で覚醒剤0.9グラムを所持した疑いで覚せい剤取締法違反で逮捕されています。容疑者は覚せい剤密売グループの仕入れ役とみられ、駅のコインロッカーに覚せい剤約18グラムのほか、多数の注射器などを隠していたといいます。
  • 今年2~3月、共同で覚醒剤、乾燥大麻を所持していたとして、沖縄県警は本島南部に住む女子高生=当時(17)=と同居人の有職少年=当時(17)、友人の有職少年=当時(16)の3人を覚せい剤取締法違反、大麻取締法違反の両容疑で逮捕、3人に加え、県内の高校生2人を含む4人の少なくとも7人が同事案への関与の疑いで逮捕されています。高校生らの覚せい剤の購入先が反社会的勢力とつながっている可能性があり、売買に関与した人物がグループに近いとみられているようです。
  • 少年らを使って大麻を密売していたとみられる準暴力団「チャイニーズドラゴン」のメンバーの男が、警視庁に逮捕されています。千葉県内の知人女性の自宅で、営利目的で乾燥大麻およそ69グラムを所持した疑いが持たれています。
  • 沖縄県警組織犯罪対策課は、自営業の40代男性の身体に危害を加えようと脅したとして、暴力団構成員ら5人を恐喝と恐喝未遂の容疑で逮捕したと発表しています。5人のうち、2人は旭琉会誉一家の構成員で、別の2人は暴力団などに属さずに犯罪行為を繰り返す「半グレ」組織のメンバーということです。被害男性は飲食店従業員の勤務する飲食店の権利を巡る金銭トラブルがあったといいます。

(2)AML/CFTを巡る動向

最近、海外におけるマネー・ローンダリング(マネロン)事犯に関する報道が増えているようです。以下、いくつか紹介します。

2021年5月9日付産経新聞によれば、暗号資産(仮想通貨)ビットコインのマネロンサイトとして知られる「Bitcoin Fog」が、過去10年にわたってユーザーの暗号資産の出どころや送金先を覆い隠す匿名化サービスを提供してきたところ、継続的に調査を行ってきた米国の内国歳入庁(IRS)が、背後にいたロシア系スウェーデン人を特定、数億ドル規模のビットコインをマネロンした容疑で起訴したと発表しています。以下、本報道に詳しいため、抜粋して引用します。暗号資産の匿名化の高さが「犯罪インフラ」化してきたことは事実ですが、暗号資産がブロックチェーン技術をベースにしている以上、その取引は正確に記載されており、正確に辿ることができれば、摘発に結び付くことがある好事例だといえます。そもそも犯罪インフラであることを志向する暗号資産であれば追求に限界はありますが、ビットコインのように改善を重ね、透明性や追跡可能性を高めている暗号資産であれば、今後、「匿名性」の高さが利便性につながっていたものが、逆に「摘発可能性」を高めることにもなりうることを意味し、「犯罪インフラ」から「犯罪抑止・防止インフラ」へと変貌を遂げ、「10年前に何か悪事を働いていれば、それが原因で今日にも逮捕される可能性がある」ことを示した点で大きな意義があります。

IRSの犯罪捜査部によると、ロシアとスウェーデンの国籍をもつスターリンコフは、Bitcoin Fogのユーザーが自分と他者の取引をごちゃ混ぜにできる状態にすることで、ビットコインのブロックチェーンを調べても個人の決済を追跡できないようにしていた。そうした取引から、彼は2~2.5%の手数料を受け取っていたという。…Bitcoin Fogによる資金洗浄であるとして告発されている3億3,600万ドル(約365億円)相当のうち、少なくとも7,800万ドル(約85億円)が薬物を販売する「Silk Road」や「Agora」「AlphaBay」といった複数のダークウェブ市場へと流れていた。…最も注目すべき点は、ブロックチェーンの分析をスターリンコフ自身のサービスで無効化できたはずが、この技術によってIRSが彼を追い詰めたことだろう。…ビットコインはかつて、追跡不可能な匿名取引を実現する強力なツールになると広く信じられていた。しかし今回の事案は、多くの事例において実態がその正反対であることを改めて示している。ビットコイン創成期以降のすべての取引が記録されているブロックチェーンの台帳は、いまや相当に古い取引まで追跡するための手段になり、ときに法執行機関の道具にもなっているのだ

その他、最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 英国の重大不正捜査局(SFO)は、3月に経営破綻した英金融会社グリーンシル・キャピタルの大口融資先だった、英GFGアライアンスを捜査していると発表しています。報道によれば、GFGアライアンスは、グリーンシルが手掛けてきた「サプライチェーンファイナンス」の大口利用者で、グリーンシルの破綻直前には50億ドル(約5,450億円)規模の融資があったといいます。SFOは、グリーンシルとの金融取引などで不正がなかったかどうか、GFGアライアンスの資金調達や事業活動について「詐欺や不正取引、マネー・ローンダリングの疑いを調べる」と表明しています。また、グリーンシルとの金融取引の実態も対象になるとしています。グリーンシルにはソフトバンクグループも出資しており、今後も動向を注視していきたいと思います。
  • 米司法省や内国歳入庁(IRS)が暗号資産換業世界大手のバイナンスを捜査していると報じられています(2021年5月14日付日本経済新聞)。報道によれば、マネー・ローンダリングや脱税などの疑いで情報を集めているといい、犯罪関連の資金が、他の交換会社と比べてバイナンスを通じて流れている場合が多いとの民間調査結果などもあり、米当局が懸念を強めているようです。暗号資産の「匿名性」の高さの「犯罪インフラ」性は本コラムでたびたび指摘しているところ、直近でも、サイバー攻撃で甚大な影響が発生したコロニアル・パイプラインの事件において、犯罪集団(ダークサイド)に身代金500万ドル(約5億5,000万円)を暗号資産で支払ったと報じられています。前述の事例のとおり、暗号資産のもつ正確な記録が、マネロンや脱税などの不正の摘発につながるか、あらためて注目したいと思います。
  • オランダの銀行大手ABNアムロのマネロン規制違反を巡るオランダ当局の捜査で容疑者に挙げられたとして、ダンスケ銀行のCEOが辞任しています。報道によれば、CEOは声明で、「オランダ当局の決定に非常に驚いている」とした上で、容疑者とされても起訴されるわけではないとの見方を示したものの、「ダンスケ銀行を取り巻く特殊な状況とダンスケ銀行が厳しい監視の下にあることを踏まえると、私個人を巡る憶測で、ダンスケ銀行の発展継続を阻害したくない」として辞任に至ったとしています。同氏は、同行のエストニア支店では、2007~2015年に総額2,000億ユーロ(2,390億ドル、約26兆円)の不審な取引が行われていましたが、同行を立て直すため、2019年6月にCEOに就任していました。なお、ダンスケ銀行の問題については、暴排トピックス2019年7月号で以下のとおり言及しています。
欧州警察機関(ユーロポール)は、欧州に流れる犯罪資金の出所の多くはロシアや中国で、バルト3国がマネロンの場として使われることが多いとの見方を示しています。ユーロポールでマネー・ローンダリング取り締まりの担当者は、ソビエト連邦の支配下にあった歴史を持つラトビア、リトアニア、エストニアのバルト3国の一部の金融機関がマネー・ローンダリングに対して非常に脆弱だと指摘、特にロシアからの不正資金の影響を受けやすいとの見方を示しました。また、バルト3国に流れた不正資金は、最終的には不動産、恐らくロンドンやローマなどの物件に投資されることが多いと説明しています。…デンマーク最大のダンスケ銀行で、エストニア支店を舞台に8年間で総額2,000億ユーロ(約26兆円)もの巨額のマネー・ローンダリングが行われていたという事実は文字通りのスキャンダルでした。本疑惑ではCEOが辞任する事態にまで発展しましたが、調査報告書によれば、2007~2015年の間、エストニア支店を通じて行われた巨額の国際送金について、「このうち相当部分が(不正を)疑われる」と指摘、居住実態のない「非居住者」15,000人の口座を調査対象とし、6,200人について不正が「疑われる」という驚くべき内容が報告されています。なお、資金の出所はロシアとエストニア国内が各23%で最大を占めたといいます。また、バルト三国の1つラトビアでは昨年2月、大手ABLV銀行が北朝鮮の弾道ミサイル開発にかかわる団体と違法取引し、マネー・ローンダリングに関与したとして、米国の制裁を受けています。それにより同行は資金繰りが急速に悪化し、破綻に追い込まれる事態となりました。これらの事実からも、ユーロポールの指摘には相応の説得力があるものと思われます。
  • オランダの銀行ABNアムロの第1・四半期決算は、最終損益が5,400万ユーロ(6,600万ドル)の赤字となったといいます。マネー・ローンダリングを巡る巨額の罰金を支払ったことが大きく影響しているといいます。同行は4月、同行の口座を介したマネー・ローンダリングの監視体制不備に関してオランダ検察当局の調査を受けていた問題で、4億8,000万ユーロの和解金を支払うことで合意していたものです。
  • ニュージーランド準備銀行(中央銀行)は、銀行や保険、マネー・ローンダリング対策分野のコンプライアンスに焦点を当てた新たな部門を設立すると発表しています。報道によれば、新部門と銀行監督部門はコンプライアンス目標の達成に向けて緊密に連携するとし、新部門を率いる中銀のバスカンド副総裁は「銀行のより集中的な監督・施行に向けたアプローチを支え、銀行が誠実さや革新性、包括性に基づいた健全で効率的な金融システムを推進することを後押しする」と説明しています。
  • ゆうちょ銀行は、インターネットバンキング「ゆうちょダイレクト」を使った1日当たりの送金限度額を1000万円から5万円へ大幅に引き下げています。新規の申し込みが対象。で、電子決済サービスでの預金の不正引き出し問題などを受けセキュリティーを強化、顧客資産の保護やマネー・ローンダリング防止につなげる狙いがあります。5万円は初期設定で、追加設定を行えば最大30万円まで引き上げることができますが、上限額の引き上げには別途審査が必要となります。

(3)特殊詐欺を巡る動向

昨年多数発生した新型コロナウイルス対策の持続化給付金の不正受給問題は、摘発・調査フェーズから、犯罪に加担した者に対する裁判での判決や懲戒処分等の懲罰フェーズに入っています。まず、詐欺罪などに問われた20代の甲府税務署元職員(3月5日付で懲戒免職)に対し、名古屋地裁一宮支部は、懲役3年、執行猶予5年(求刑・懲役3年6月)の判決を言い渡しています。報道によれば、裁判官は、「専門知識を悪用し、国民の信頼を裏切った点で悪質だ」と述べたといいます。昨年5~6月、ほかの男らと共謀し、虚偽の確定申告書などを使って申請し、4回にわたって給付金計400万円をだまし取ったもので、昨年12月には自宅で大麻を所持した疑いで逮捕されています。この持続化給付金の不正受給問題では、大学生が犯罪グループの手先となった事例もありましたが、2021年4月30日付毎日新聞によれば、大学生はその手口を「裏技」と言われたことを明かし、「お金を稼いでいる人たちはそういうこともうまくやっているんだと思った」と供述、「給付金の申請に必要な書類を役所に作りに行ってこいと言われたが、最初は慣れていなくて失敗した。成功して100万円が振り込まれると、森さんに渡すよう指示され手元にお金は残らなかった」、「森さんは話が上手で僕のことをわくわくさせてくれた。有名人とも仕事をしていると言われ、森さんを信用していればうまくいくと思っていた」、「おかしいとは思ったが、森さんから暴力を振るわれたり、暴力団がバックにいると言われたりして離れることができなかった」と振り返ったと報じられています。社会常識が十分に備わっていない若者を言葉巧みに操りつつ、暴力や暴力団という「恐怖」で支配するなど、完全に支配されていたことがうかがえるもので、犯罪組織の狡猾さが浮き彫りになっています(半グレと関係をもつ大学生と同じ構図を感じさせませす)。また、日本中央競馬会(JRA)の騎手らが新型コロナウイルス対策の国の持続化給付金を不適切に受給していた問題で、スポーツニッポン新聞社は、申請の勧誘に関与した大阪本社編集局レース部で競馬を担当していた男性記者を、出勤停止の懲戒処分としたと発表しています。男性記者は、申請を指南していた大阪市の男性税理士の知人とみられ、社内調査に「税理士に紹介してほしいと言われた。10人以上を紹介した」と説明、2月25日付でレース部から異動し、関西競馬記者クラブも退会したということです。さらに、ボートレーサーが新型コロナウイルス対策の国の持続化給付金を不適切に受給していた問題で、実態調査をしていた日本モーターボート競走会と選手会は、新たに選手4人が不適切に受給していたとして、計215人になったと発表しています。総額は約2億1千万円に上り、競走会などは215人全員を戒告などの処分とし、特に悪質だった67人は、5月から1~4カ月の出場停止としています。さらに、24人がフライングなどの違反による出場停止期間の減収を悪用して受給していたことも判明、全受給者の約6割は、昨年7月に選手会がレースの開催自粛はなく、申請要件に該当しないとする注意喚起の文書を出した後に受給していたといいます。全員が返還済みか返還の手続き中ということです。

なかなか収束の見えないコロナ禍ですが、いよいよワクチン接種が始まりました。この機に乗じた新手の詐欺も出始めており、注意が必要な状況です。例えば、長野県警では、特殊詐欺被害の発生を防ごうと、県内各地のワクチン集団接種会場などで特殊詐欺対策の啓発活動を行っています。県警特殊詐欺抑止対策室によると、9日時点で県内のワクチン接種に関連した特殊詐欺被害はないが、不審な電話が2件確認されているとのことです。また、三重県警鈴鹿署は、鈴鹿市内の高齢者宅に、偽の新型コロナウイルスワクチンの接種券(クーポン券)が届いたことを明らかにし、注意を呼びかけています。報道によれば、偽クーポン券は、60歳代と70歳代の会社員宅に届いたといい、白い封筒に入り、「2回接種で8,400円のところを4,200円でできます」、「接種料は後日返金されます」などと書かれ、接種料の振り込みを求めているものだといいます。さらに、秋田県警大仙署は、新型コロナウイルスワクチンの優先接種をかたり金銭を要求する不審文書が大仙市内の60歳代男性に届いたと発表しています。男性宅の郵便受けに4月下旬、宛名や宛先のない封筒が届き、中には、「ワクチンが余った。50万円を支払えば優先的に接種できる」などと書かれたA4サイズの文書が入っていたといいます。このような状況をふまえ、国民生活センターから注意喚起が出されていますので、以下、紹介します。

▼国民生活センター 「新型コロナワクチン詐欺 消費者ホットライン」の受付状況について-ワクチン接種に関して「優先順位を上げる」「費用がかかる」などの相談が寄せられています-
国民生活センターでは、新型コロナワクチンの接種に便乗した消費者トラブルや悪質商法(ワクチン詐欺)に関する相談を受け付けるため、令和3年2月15日(月曜)より「新型コロナワクチン詐欺 消費者ホットライン」を開設しています。今回、開設から令和3年4月22日(木曜)までの受付状況をとりまとめるとともに、主な相談事例と消費者へのアドバイスを紹介します。

  • 受付状況
    • 741件の相談等を受け付け、そのうち、ワクチン詐欺が疑われる相談件数は17件でした。
    • ワクチン詐欺が疑われる相談事例
    • スマートフォンに「ワクチン接種の優先順位を上げる」というメッセージが届いた
    • 「ワクチンを優先的に接種できる」と所管省庁をかたった電話があった
    • 余ったワクチンを案内していると電話があった
    • 中国製ワクチンを有料で接種しないかという勧誘があった
    • 携帯電話に新型コロナワクチンの関連で私の口座情報等を尋ねる電話があった
  • 消費者へのアドバイス
    1. ワクチンの接種は無料です
      • 「ワクチン接種の費用」、「優先して接種を受けるための費用」など、ワクチン接種に関連付けて金銭を求められても決して応じないでください。
    2. ワクチンの接種に関連付けて個人情報等を聞きだそうとする電話等に注意してください
      • 行政機関(国や市区町村等)等が、「ワクチン接種に必要」などと言って個人情報や金融機関情報などを電話やメールで聞くことはありませんので、個人情報や金融機関情報などを聞かれても答えないでください。
    3. 少しでも「おかしいな?」、「怪しいな?」と思ったり、不安な場合はご相談ください
▼国民生活センター 「新型コロナワクチン詐欺 消費者ホットライン」の受付状況について(2)-「予約代行する」、「接種の説明に行く」など言われても、すぐには応じない!-
各自治体でワクチン接種の予約が開始されていますが、「新型コロナワクチン詐欺 消費者ホットライン」には自治体職員をかたり、「ワクチン接種の予約を代わりに申請する」と来訪してきたり、「ワクチン接種の説明に行く」と電話をかけ、来訪しようとする事例がみられます。そこで、被害の未然防止のために相談事例と消費者へのアドバイスを紹介します。

  • ワクチン接種に便乗した詐欺だと疑われる相談事例
    1. 「ワクチン接種の予約代行をする」と市職員を名乗った人が訪ねてきた。詳しく質問しようとしたところ、ごまかして帰って行った
      • 先日、自宅マンションに「新型コロナワクチン接種の予約がなかなかとれないので、予約の代行をします」と男性が訪ねてきた。「市役所から来ました」というので部署名や担当者の名前を尋ねたところ、ごまかして帰って行った。料金については何も言っていなかった。(相談者:40歳代 男性)
    2. 接種の予約をしていないのに、「ワクチン接種の説明に行く」と電話があり、個人情報の確認をされた
      • 高齢の母親が住む自治体の職員を名乗った電話があり、「新型コロナワクチン接種の申し込みを受け付けた。役員が説明に伺うので都合のいい日を教えてほしい。住所はこれで合っているか」と住所の確認をされたうえ、翌日の午後に約束をしたそうだ。予防接種の予約はしていないが、母は娘である私が予約をしたと思い、質問に答えたそうだ。(相談者:60歳代 女性、母親:80歳代)
  • 消費者へのアドバイス
    1. 自治体名を出して、「ワクチン接種の予約代行をする」と言われてもその場では応じず、お住まいの自治体に確認してください
      • 予約代行の費用として金銭を要求されたり、接種予約に関連して個人情報を聞かれたりする可能性もあるので応じないようにしましょう。
      • 接種については、市町村から「接種券」と「接種のお知らせ」が届くので、電話やインターネットで予約をする、という流れになります。予約の方法等については、「接種のお知らせ」等の記載を確認するとともに、自治体によってはホームページに電話が混み合う時間帯を記載していたり、予約をサポートする取り組みを行っていたりすることもありますので、各自治体にご確認ください。
    2. ワクチン接種に関連付けて金銭を求められたり、個人情報を聞かれたりしても応じないでください
      • ワクチン接種は無料です。「ワクチン接種の費用」、「優先して接種を受けるための費用」など、ワクチン接種に関連付けて金銭を求められても決して応じてはいけません。
      • また、行政機関(国や市区町村等)や団体等が、「ワクチン接種の説明に行く」などと来訪したり、「ワクチン接種に必要」などと言って個人情報や金融機関情報などを電話やメールで聞くことはありませんので、個人情報や金融機関情報などを聞かれても答えないでください。
    3. 少しでも「おかしいな?」、「怪しいな?」と思ったり、不安な場合はご相談ください
      • 新型コロナワクチン詐欺 消費者ホットライン
        • 電話番号 フリーダイヤル:0120-797-188
        • 相談受付時間 10時~16時(土曜、日曜、祝日を含む)
▼国民生活センター 新型コロナ ワクチン詐欺に注意
  • 内容
    • スマートフォンに「ワクチン接種の優先順位を上げる」というメッセージが届いた
    • 「ワクチンを優先的に接種できる」と所管省庁をかたった電話があった
    • 余ったワクチンを案内していると電話があった
    • 中国製ワクチンを有料で接種しないかという勧誘があった
    • 携帯電話に新型コロナワクチンの関連で私の口座情報等を尋ねる電話があった
  • ひとこと助言
    • 新型コロナワクチンの接種に便乗した消費者トラブルや悪質商法に関する相談が寄せられています。
    • 新型コロナワクチンの接種は無料です。ワクチン接種に関連付けて費用を求められても決して応じないでください。
    • 国や市町村などの行政機関等が「ワクチン接種に必要」などと言って個人情報や金融機関の情報を電話やメールで聞くことはありません。聞かれても答えないでください。
    • 少しでもおかしい、不安だと感じたときは、すぐに「新型コロナワクチン詐欺 消費者ホットライン0120-797-188」または、お住まいの自治体の消費生活センター等にご相談ください(消費者ホットライン188)。
▼警察庁 令和3年3月の特殊詐欺認知・検挙状況等について

令和3年1~3月における特殊詐欺全体の認知件数は3,136件(前年同期3,442件、前年同期比▲8.9%)、被害総額は60.0億円(65.9憶円、▲9.0%)、検挙件数は1,540件(1,516件、+1.6%)、検挙人員は510人(584人、▲12.7%)となりました。特に、認知件数・被害総額が減少し続けている点、一方で検挙件数の増加が続いている点が注目されます。うちオレオレ詐欺の認知件数は621件(516件、+20.3%)、被害総額は17.7億円(13.7憶円、+29.2%)、検挙件数は296件(550件、▲46.2%)、検挙人員は135人(160人、▲15.6%)と、認知件数・被害総額ともに大きく増えている点が懸念されるところです。一方で、検挙件数・検挙人員ともに大きく減少している点もまた懸念されます。一方、キャッシュカード詐欺盗の認知件数は569件(989件、▲42.5%)、被害総額は8.4億円(14.8憶円、▲43.2%)、検挙件数は459件(551件、▲16.7%)、検挙人員は115人(182人、▲36.8%)と、こちらは認知件数・被害総額ともに大きく減少している点が注目されます。また、預貯金詐欺の認知件数は728件(1,038件、▲29.9%)、被害総額は10.2億円(12.1憶円、▲15.7%)、検挙件数は595件(109件、+445.8%)、検挙人員は191人(149人、+28.2%)となり、認知件数・被害総額ともに大きく減少している点が注目されます。架空料金請求詐欺の認知件数は433件(381件、+13.6%)、被害総額は14.1億円(18.5憶円、▲23.8%)、検挙件数は74件(143件、▲48.3%)、検挙人員は33人(43人、▲23.3%)、還付金詐欺の認知件数は695件(340件、+104.4%)、被害総額は8.1億円(4.5憶円、+80.3%)、検挙件数は101件(101件、±0%)、検挙人員は26人(101人、▲74.3%)、融資保証金詐欺の認知件数は51件(115件、▲55.7%)、被害総額は0.8億円(1.2憶円、▲33.3%)、検挙件数は5件(29件、▲82.8%)、検挙人員は2人(11人、▲81.8%)などとなっており、特に還付金詐欺の認知件数・被害総額ともに大きく増加している点が懸念されます。

犯罪インフラ関係では、口座開設詐欺の検挙件数は158件(204件、▲22.5%)、検挙人員は90人(119人、▲24.4%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は515件(640件、▲19.5%)、検挙人員は406人(526人、▲22.8%)、携帯電話契約詐欺の検挙件数は38件(46件、▲17.4%)、検挙人員は43人(41人、+4.9%)、携帯電話不正利用防止法違反の検挙件数は8件(8件、±0%)、検挙人員は5人(7人、▲28.5%)、組織的犯罪処罰法違反の検挙件数は36件(15件、+140.0%)、検挙人員は6人(2人、+200.0%)などとなっています。また、被害者の年齢・性別構成について、特殊詐欺全体では、男性25.8%:女性74.2%、60歳以上91.6%、70歳以上76.7%、オレオレ詐欺では、男性17.4%:女性82.6%、60歳以上97.6%、70歳以上95.7%、、架空料金請求詐欺では、男性53.3%:女性46.7%、60歳以上57.7%、70歳以上32.3などとなっており、類型によってかなり異なる傾向にあることが分かりますが、概ね高齢者被害の割合が高い類型では女性被害の割合も高い傾向にあることも指摘できると思います。このあたりについては、以前の本コラム(暴排トピックス2019年8月号)で紹介した警察庁「今後の特殊詐欺対策の推進について」と題した内部通達で示されている、「各都道府県警察は、各々の地域における発生状況を分析し、その結果を踏まえて、被害に遭う可能性のある年齢層の特性にも着目した、官民一体となった効果的な取組を推進すること」、「また、講じた対策の効果を分析し、その結果を踏まえて不断の見直しを行うこと」が重要であることがわかります。なお、参考までに特殊詐欺被害者全体に占める高齢(65歳以上)被害者の割合について、特殊詐欺全体88.0%(男性22.7%:女性77.3%)、オレオレ詐欺97.4%(17.7%:82.3%)、預貯金詐欺98.9%(16.1%:83.9%)、架空料金請求詐欺47.2%(54.7%:45.3%)、還付金詐欺93.7%(28.6%:71.4%)、融資保証金詐欺17.4%(75.0%:25.0%)、金融商品詐欺50.0%(20.0%:80.0%)、ギャンブル詐欺27.8%(60.0%:40.0%)、その他の特殊詐欺42.9%(0.0%:100.0%)、キャッシュカード詐欺盗97.4%(17.3%:82.7%)などとなっています。

次に、最近の報道から、手口に着目して、いくつか紹介します。

  • 東京都内で2月以降、キャッシュカードにパンチで穴を開け、使えなくなったように見せかけて持ち去る新手の詐欺が相次いでいるといいます。本コラムでは以前から紹介していますが、カードは穴を開けても使用可能で、ATMで現金を引き出される被害が3月末までに17件・計4,000万円超に上っているといい、警察当局は、被害が全国に広がる恐れがあるとみて警戒しているといいます。なお、報道によれば、カードに穴を開けても、ICチップや磁気テープなどを傷つけない限り、ATMで使用でき、2月以降、これまでに確認された被害はすべて警察官を装う手口で、偽の職員証を示すなどして言葉巧みに信用させていたということです。だましの文言が酷似しているほか、パンチで1~3か所開ける穴の位置もほとんど同じで、警視庁は犯行マニュアルが存在するとみているといいます。警察官という属性や制服、パンチで穴を開けるという演出で、安心させる要素を揃えており、高齢者であれば騙される確率が高まる可能性があり、一層の注意が必要です。
  • 福岡県内で百貨店従業員や全国銀行協会をかたりキャッシュカードなどを盗もうとする「アポ電(アポイントメント電話)」が急増しているといいます。報道によれば、今年1、2月は0件だったものの、3月は32件を確認、被害も発生しているといいます。キャッシュカードなどを狙った手口は、1月14件、2月70件、3月62件の計146件あり、被害は1~3月で17件、このうち6件が百貨店従業員らを名乗る手口だったということで、80歳以上の高齢者の被害が目立っています。また、最近は役所や金融機関を装った還付金詐欺やアポ電が増えているということです。
  • トイレや台所などの水回りの修理で高額な修理代を支払わされたとして、愛知、静岡両県の20~70代の男女23人が、複数の修理業者と、提携するインターネットのサイト運営者などに計約1,700万円の損害賠償を求め、名古屋地裁に提訴しています。弁護団によると、サイト運営者は同様の別のサイトの運営者からノウハウを提供されたとみられ、原告側はこのサイト運営者の責任も訴えているとのことです。報道で、原告側弁護士は「客が突然のトラブルで困惑している上に専門知識がないことにつけ込み、修理費をぼったくるのは悪質。ずっとやらせるわけにはいかない」と話しています。
  • トイレの詰まりといった水回りトラブルの「駆けつけサービス」をうたってインターネット広告を出している業者から法外な工事代金を請求されるトラブルが、全国で相次いでいます。報道によれば、「出張費・見積もりは0円」「最短10分でスピード訪問」などとうたい、業者に電話した段階で作業内容や料金が決まっていなければ、訪問販売に該当するところ、それでも、業者側は契約書面に「電話で要請された作業内容が変更する場合があると説明を受け、承諾した」などのチェック項目を設けている例もあり、被害者が声を上げにくい状況を巧妙に作り上げているといいます。さらに弁護団によると、兵庫県内では、水回り修理などの出張サービスの広告を掲載しているサイトの運営会社が、ネット検索でこうした広告を上位に表示されるよう工作、見返りに業者側から報酬を得ているとみられ、裏で連携している構図も浮かんでいるようです。サイト側が犯罪者側と組んでしまえば、一般の事業者が被害にあう可能性が格段に高まることが懸念され、悪質な事業者の排除の取り組みを業界あげて徹底していく必要があると考えます。
  • 東京有数の歓楽街・池袋の路上で、無店舗型風俗店の客引きを装って男性に声をかけ、現金をだまし取ったとして、警視庁は男6人を詐欺容疑で逮捕しています。このケースでは、風俗店の営業実態はなく、男性をホテルに案内しながら料金を受け取り、そのまま逃げていたといいます。池袋では数年前から同様の被害が相次いでおり、昨年1年間だけで署には約200件の相談があり、被害額は計約5,500万円に上っていたといいます。
  • 超高齢社会を背景に、消費者トラブルの被害に遭う高齢者が増えており、消費者庁は、コンビニエンスストアでの支払いを悪用したり、新型コロナウイルスの不安につけこんだりする架空請求や詐欺などの手口を紹介し、注意を呼びかけているところです。国民生活センターによると、60代以上から全国の消費生活センターなどに寄せられた相談は2019年度、約37万件。80代以上に限った相談件数は2008年度以降で最も多かった。トラブルの原因となった商品やサービスを種別ごとに調べると、主に架空請求についての相談にあたる「商品一般」が60代、70代、80代以上のいずれでも最多だった。高齢者を狙った手口に注意が必要な状況ですが、報道によれば、被害増加の背景には、スマートフォンの普及があるといいます。高齢者もより手軽に、ウェブサイトでの通信販売サービスを利用できるようになった分、架空請求の被害にも遭いやすくなっているとみられ、架空請求で目立つのが、コンビニエンスストアの収納代行サービスを悪用する手口です。コンビニエンスストアのマルチメディア端末で指定された番号を入力し、レジで支払うよう指示されたケースや、ギフトカードなどのプリペイドカード(プリカ)を購入させ、使用するのに必要なプリカ記載の番号を電話やメールで知らせるよう求める手口などがみられ、犯罪者側は、コンビニ店員と直接やりとりしないで済み、防犯カメラに映る懸念もなく、摘発リスクを相当低減させる「完全非対面」で行えるメリットもあるといえます。
  • 本人確認などを装った詐欺メールが増加しています。フィッシング対策協議会によると、3月の報告件数は前年同月比で4倍超となっており、アマゾンジャパンや楽天などECサイトをかたるメールが6割を占めています。一方、対策に有効な技術を導入する日本企業は25%と少ないとされ、セキュリティ大手の日本プルーフポイントによると、アマゾンジャパンを装うメールは1日平均40万通超にも上り、昨年8月から今年3月までの累計では約1億8,500万通が送信されているといいます。さらに、昨年10月以降はクレジットカード会社をかたって名前や住所、クレジットカード番号などを詐取するものも増えているようです。
  • 若者の特殊詐欺加担の事例も相変わらず報じられています。例えば、氏名不詳者と共謀のうえ、相模原市南区に住む90代の無職女性宅に市役所の職員を装って「医療費が戻ってきて振り込まれるので、訪ねた銀行員にキャッシュカードと通帳を渡してもらいたい」などと嘘の電話をかけ、銀行員を装って少女が女性宅を訪問、キャッシュカード1枚と通帳1枚をだまし取った事例がありました。銀行から多額の現金引き出しを確認する連絡を受けた女性が、不正に約200万円が出金されていたことに気づき、110番通報、防犯カメラの映像などから少女が浮上したということです。また、80代の無職女性宅に警察官を装って「銀行口座から現金が不正に引き出されている。金融庁の職員が訪問してキャッシュカードを確認する」などと嘘の電話をかけ、約1時間後、金融庁の職員を装った立教大生が女性宅を訪問、用意した封筒にカード2枚を入れるよう指示し、隙を見て別の封筒にすり替えて盗む事例もありました。容疑者が去った直後、不審に思った女性が銀行口座を停止させたため、現金が引き出されるなどの被害はなかったということです。
  • 通信事業会社「あくびコミュニケーションズ」(破産手続き中)とインターネットのプロバイダー契約を結ぶなどしていた顧客から、架空の通信利用料計約2億8,500万円をだまし取ったとして、警視庁捜査2課は電子計算機使用詐欺の疑いで、同社元社長、同社元事業部長を逮捕しています。延べ約1万2,000人の口座から計5億3,000万円超を詐取し、会社の運転資金などに充てていたとみられています。同社をめぐっては、提供するサービスに関連して不適切な電話勧誘などをしたとして、2017年以降、総務省から行政指導を受けるなどしていたといいます。その後、経営が悪化し、2020年2月に東京地裁が破産手続きの開始を決定しています。
  • オイルマネーの流れ込む中東屈指の金融センターや林立する超高層ビルなど、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイが持つ華やかなイメージを利用した「ドバイ詐欺」が全国で相次いでいるようです。在ドバイ総領事館によると、2019~2020年と2021年3月までの邦人被害額は、少なくとも計約7,800万円に上るといい、未遂に終わったものの約50億円を要求されたケースもあり、1件当たりの最高被害額は2,500万円だということです。在ドバイ総領事館によると、ドバイで見られる詐欺は、「金融機関をかたる詐欺」、「王族、政府機関をかたる詐欺」、「高利商取引を持ちかける詐欺」、「王族や紛争地域に在住する軍人や医師らとのロマンス詐欺」の4類型が多いといい、同総領事館が国内外の邦人に向けて、HPで注意を呼びかける事態となっています。

さて、本コラムでは、特殊詐欺被害の防止のためには、「手口を知る」ことが大事だとお話しています。ところが、今回、それだけでは被害を防げないことも明らかとなる事例が発生しています。2021年5月15日付朝日新聞によれば、さいたま市浦和区の70代の無職の女性が4,351万円のオレオレ詐欺の被害に遭った事件では、女性はオレオレ詐欺のことは知っていたというが、「実際に電話で『オレ、オレ』とは言われなかったから違うと思った」などと話しているというものです。計7回、自宅付近やJR両国駅付近の路上で、長男の代理人を名乗る男女に現金を手渡し、電話連絡が途絶えたことを不審に思った女性が、県内に住む会社員の50代の長男の自宅を実際に訪ね、詐欺だと分かったということです。女性は「ATMを使った還付金詐欺も知っていたが、路上に呼び出されるパターンは聞いたことがなく、詐欺だと思わなかった」とも話しているということです。報道を見る限り、女性は、特殊詐欺に関する情報を収集していたと考えられますが、手口に関する情報を収集するだけではやはり被害を防ぐのは難しいことを痛感させられます。本コラムでは、被害者の「確証バイアス」が大きく作用している点も指摘していますが、この場合でも、「自分の知っているケースとは違うから大丈夫だ」と「自分は騙されていない」ことを補強する方向で情報を収集、思い込んでしまう「確証バイアス」に囚われてしまったものとも推測されます。相手からの連絡が途絶えて初めて息子に確認をしたということですが、もし未然に防止できたとすれば、息子(と信じる相手)からの電話だとしても、特殊詐欺に類似するようなケースやお金にかかわるケースであれば、まずは「自分から息子に連絡する」というプロセスを踏むことを知識としてインプットしておけば状況が変わっていたかもしれません。いずれにせよ、渦中にある高齢者に「少しでも不審に思ったら…」というリスクセンスを求めても、被害を根絶することは難しいということであり、だからこそ、手口とともに、「おかしい」と気付くために必要な具体的な確認プロセスなどもあわせてしっかり周知していくことが重要であることを痛感させられます。

さて、手口を周知するだけでは限界があることが見えてきたことから、別の切り口の対策にも期待が集まっています。前述のとおり、給付金を支給すると偽るなどして現金をだまし取る「還付金詐欺」が、都内で今年に入り急増する中、コロナ禍に乗じた医療給付金名目の詐欺も確認されているといい、注意が必要な状況です。還付金詐欺では、ATMまで誘導し、振り込ませる手口が主流で、警視庁は、ATM周辺での携帯電話利用を控えるよう訴える活動などを都内の2信用金庫(城南信用金庫・多摩信用金庫)と共同で行うことを決め、共同宣言を発表しています。報道によれば、警視庁犯罪抑止対策本部は、2信金による還付金詐欺の新たな被害防止策について「『ATMで携帯を使えない』という意識が社会に広まれば、詐欺の根絶を実現できる。都民への周知が鍵なので、全面的に協力していく」としています。

本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニエンスストア(コンビニ)や金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(直近は、これまで以上にそのような事例の報道が目立ちました)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。

まず、金融機関の事例を取り上げます。(1)特殊詐欺被害を防いだとして、三重県警伊賀署は、伊賀市の三重銀行の支店の55歳と62歳の女性行員に感謝状を贈っています。市内の60歳代女性が来店し、「市職員と三重銀行員を名乗る者から、介護保険料の返金手続きがあると連絡を受けた」と申し出があり、応対した2人の行員が、女性への電話で名乗った男が支店にいないことなどから特殊詐欺に気づき、被害を防ぐことができたというものです。(2)神奈川県警川崎署は、横浜銀行の支店の40代の営業課長に、特殊詐欺を防いだとして感謝状を贈っています。昨年12月、80歳代の女性が高額を引き出そうとしたため、詐欺を疑って通報、女性は、孫をかたる男から「仕事のミスをした」と180万円を要求されていたといいます。報道によれば、営業課長は「違和感があれば、お客様に怒られてでも詳細を聞くことを徹底している」ということです。(3)利根郡信用金庫中町支店の50代の次長と30代の主任の女性に、特殊詐欺の被害を防いだとして、群馬県警沼田署から感謝状が贈られています。報道によれば、次長らは4月中旬に来店した高齢の女性から「兄が亡くなり、葬儀代として300万円を引き出したい。兄の息子が取りに来る」と聞かされ、「もしかしたら詐欺ではないか」と思って同署へ連絡したといい、次長は「詐欺だとの確信はなかったが、通報をためらってはいけないと実感した」と語っています。正に無駄になるかもしれない、怒らせてしまうかもしれない状況でも、「顧客の資産を守る」使命感をもって「おせっかい」を焼くことの重要性を痛感させられます。(4)静岡銀行大船支店の女性行員が、特殊詐欺を防いだとして、大船署から感謝状を贈られています。報道によれば、これまで警察に通報したこともあったが、詐欺ではなかったケースも含め、顧客から苦情を言われることも多かったところ、80代の常連のお客さまの状況から違和感を感じて、すぐに警察に通報したことで被害を未然に防止できたといい、「日々やってきたことは間違っていなかったんだ」、「これからもお客様の変化に気づける、寄り添った対応をしていきたい」とコメントしています。(5)電話de詐欺の被害を防いだとして、千葉県警君津署は、千葉銀行木更津支店の50代の副支店長と40代の窓口担当の女性に感謝状を贈っています。2人は、200万円を引き出しに来た君津市の70歳代男性に理由を確認。男性は「屋根の修理代」などと答えたが、見積書はなく業者名も不明だったことから詐欺を疑い、説得したということです。報道によれば、副支店長は「うるさがられても今回のように手順通りに対応していく」とコメントしていますが、正にその点がもっとも重要だといえます。(6)「国連関係の仕事をしている」などとうそをついて恋愛感情を抱かせた相手から現金を詐取する「国際ロマンス詐欺」の被害を未然に防いだとして、熊本県警熊本中央署は、ゆうちょ銀行熊本支店に感謝状を贈っています。報道によれば、60代女性が来店し、「国連関係の仕事をしている婚約者に送金したい」といって約100万円を振り込もうとしたため、窓口で応対した50代の職員は不審に思い、上司に相談。前日に鹿児島市内の支店で同様の被害を防いだとの情報を共有しており、こうした手口について注意喚起する国連のホームページを見せながら女性を説得し、振り込みを思いとどまらせたというものです。金融機関における平時からの情報共有、教育が徹底されていることを感じさせる好事例だといえます。(7)特殊詐欺の被害を未然に防ぎ捜査に協力したとして、埼玉県警東入間署は、JAいるま野大井西部支店の40代の支店長らに感謝状を贈っています。市内の90代の男性が、支店長に「リフォームで使うお金を下ろしたい」と電話で説明。その後に来店して「家族が使う車の購入費用にする」と違う目的を話したため、詐欺を疑った支店長が署に通報したものです。報道によれば、同日、男性宅近くでパトロール中だった警察官が受け子とみられるスーツ姿の20代の女を見つけ、男性に対する詐欺未遂の疑いで緊急逮捕したということです。こちらも、きちんとリスクセンスが発揮できた好事例だといえます。(8)東日本銀行戸越支店の女性行員に警視庁荏原署が感謝状を贈っています。報道によれば、被害が後を絶たないことを意識するよう職場全体で徹底し、丁寧に話を聞き取ったことで詐欺を見破ることができた事例だといいます。具体的なやりとりや状況も記事になっており、例えば、「女性は「早くお金を下ろさなきゃいけない」などと繰り返す。さらに質問を続けた。「息子さんとは普段から電話をされていますか。本当に息子さんの声でしたか」女性は「年に数回だが、間違いなく息子の声だった」と断言した。上司はためらわず、警視庁荏原署に通報した。荏原署は女性の話から特殊詐欺を疑い、犯人グループの一員が自宅周辺を下見している可能性があると判断。捜査員を派遣し、現金を受け取ろうとしていた20代の男を詐欺未遂容疑で逮捕した」といったものだったようです。このやりとりからも分かるとおり、他人の声を息子の声だと断言するほど「確証バイアス」に囚われ、信じ切っている相手を説得することは容易ではないところ、「「用途を聴くのは失礼だ」と何度も叱られた。 それでも、必ず被害を防ぐことにつながると信じて、声かけを続けてきた。顧客の大切なお金を守りたいという一心だった」というように、職業的使命感からきちんと対応できたことは大変すばらしいと思います。(10)外国人をかたって親密になった相手から金をだまし取る「国際ロマンス詐欺」の被害拡大を防いだとして、静岡県警浜松中央署は、浜松市のゆうちょ銀行に署長感謝状を贈っています。報道によれば、50代の男性が来店し、外国人名義の口座へ高額の振り込みを申し出たため、窓口で対応した40代の男性行員は、この男性が短期間に同様の口座に高額の振り込みをしていることに違和感を覚えたことから、詳しく話を聞くと、直接会ったこともない外国人女性からの依頼だといい、話を聞いた行員らは、国際ロマンス詐欺を疑い、過去の類似した手口を伝えるなどして男性を説得し、警察に通報したといいます。男性はSNSで知り合った米国兵士を名乗る女性から送金を求められていたものです。(11)特殊詐欺被害を防いだとして、北海道警帯広署は、帯広市川西町にある川西郵便局の局員2人に感謝状を贈っています。報道によれば、「アフガニスタンに送金したい」、「フェイスブックで知り合った友人に送る」という70代女性の言動から、詐欺に気付いたということです。(12)青森県警は、特殊詐欺の被害を未然に防いだとして荒川郵便局に「特殊詐欺被害防止対策優良店舗」の認定証を交付しています。優良店舗の認定は今年度から始まり、同郵便局が第1号となったということです。また、青森署は、被害防止に貢献した同郵便局長の50代の男性と、当時、同郵便局で勤務していた野内郵便局員の50代の男性に感謝状を贈っています。荒川郵便局で通話しながらATMを操作する60歳代女性を発見。声をかけたところ「市役所職員を名乗る男から介護保険料の還付があると言われた」と話したため特殊詐欺を疑い、郵便局長の男性が速やかに近くの駐在所に通報したということです。(13)埼玉県警寄居署は、特殊詐欺を未然に防いだとして、埼玉りそな銀行寄居支店の40代の支店長と30代の女性行員に感謝状を贈っています。報道によれば、「同店のロビー付近で掃除していたところ、店内で年配の夫婦が口論しているのが聞こえてきた。気になって近づくと、妻が「30万円なら家にあるから、わざわざ銀行に来なくてもコンビニで振り込めたじゃない」と怒っていた」といい、詐欺に気づいた女性行員がすぐに上司に相談。上司が2人を引き留め、寄居署に通報したというものです。(14)還付金に絡むニセ電話詐欺を防いだとして、福岡県警うきは署は、福岡銀行田主丸支店の行員2人に感謝状を贈っています。久留米市内に住む60代の女性が来店し「市役所から『介護保険料の還付金がある。福岡銀行田主丸支店で手続きする』と電話があった」などと話したことから、詐欺だと確信して警察に通報したものです。(15)特殊詐欺の被害を未然に防いだとして、京都府警中京署は、りそな銀行千本支店の20代の行員に感謝状を贈っています。同市北区の70代男性が、FBI(米連邦捜査局)に現金を振り込もうとしたのを不審に思ったということです。報道によれば、FBIをかたる英文のメールは「マネー・ローンダリングへの加担が疑われている。回避するには現金49万3,000円を振り込むように」といった内容で、振込先は、ゆうちょ銀行の京都市内にある支店の口座で、FBIとは関係ないとみられる名義だったといいます。女性行員は、以前、対応した顧客が詐欺にあってしまったことがあったといい、「反省を生かし、今回は入念にチェックした。被害を止められて良かった」とコメントしています。

次にコンビニの事例を取り上げます。(1)神奈川県警川崎署は、セブンイレブンの20代の副店長に、特殊詐欺を防いだとして感謝状を贈っています。副店長は今年2月、電子マネーを買いに店を訪れた60歳代の男性が、インターネットの有料サイトの未払い名目で架空請求に遭っていることを見抜き、警察への相談を促したということです。(2)ニセ電話詐欺被害を未然に防いだとして、佐賀県警鳥栖署は、鳥栖市のセブンイレブン従業員の女性2人に感謝状を贈っています。2人は、慌てた様子で来店した50代の男性客が「パソコンがウイルスに感染した」などと言って3万5,000円分の電子ギフト券を購入しようとしたため、詐欺を疑って警察に相談するよう勧めたというものです。その後、本人が110番して被害を未然に防止できたというものえです。(3)特殊詐欺を未然に防いだとして、宮城県警大河原署はセブンイレブン村田中央店の店員に感謝状を贈っています。「6億円が当たった」とするメールにだまされ、電子マネーを買おうとする高齢者を丁寧に説得し、通報につなげたということです。10分ほど続いたやりとりで「メールが届いた」と言ったのが気になったたえ、スマホの画面を見せてもらえたため、ただちに「詐欺なので、絶対支払わないで下さい」と伝えたということです。(4)架空料金請求詐欺被害を未然に防いだとして、静岡県警湖西署は、湖西市のセブンイレブンの50代のパート女性店員に署長感謝状を贈っています。報道によれば、70歳代の男性客が来店し、電子マネー4万円分を購入しようとしたため、女性店員は、高額なことを不審に思い、話を聞くと、商品名を知らないことや購入理由の曖昧さから詐欺を疑い、近隣の交番まで一緒に付き添ったといいます。近隣の交番まで一緒に付き添った行動は「おせっかい」ではありますが、疑心暗鬼になっている相手方を落ち着かせるためにはベストな行動だったのではないかと感心させられます。(5)詐欺被害を未然に防いだとして、埼玉県警東松山署は、セブン―イレブン吉見百穴店と、同店の20代のアルバイト女性に感謝状を贈っています。報道によれば、同店を訪れた50代の主婦が、電子マネーを購入しようとアルバイト女性に声をかけたところ、女性が「25万円分送金したい」と言ったため、女性が事情を聞くと、「アマゾンから未納金の支払いを求めるメッセージがきた」と話したことから、アルバイト女性は詐欺と判断し、同店のオーナーに相談。オーナーが110番したというものです。コンビニでお客さまとの会話からここまで情報を引き出すことは簡単なことではないと思われます。(6)25万円の電子マネーカードを買おうとした客に声をかけ、「詐欺ではない」と言われても通報して被害を防いだとして、福岡県警行橋署は、行橋市のセブンイレブン行橋延永店の40代の店長に感謝状を贈っています。報道によれば、金額の大きさや話の内容から、店長は詐欺だと思い、事前に署から配布されていた防犯のチラシなどを見せながら男性に購入しないよう声かけをしたものの、男性は「ネットで買ったものの支払い。詐欺ではない」の一点張りで、いったんは代金を支払ったといいます。それでも店長は、店には署員が時折立ち寄り「気軽に連絡し、対応は任せて」と言われていたことを思いだし署に通報。署員が駆けつけ、男性も詐欺だと納得し、返金を受けて笑顔で店を後にしたということです。本件も、詐欺ではないと言われても最後まできちんと対応した正義感の強さはもちろんのこと、警察との日頃からの連携、信頼関係が醸成されていたことが背景にあったものと推測される好事例だといえます。

それ以外でも、例えば、(1)窃盗事件の容疑者逮捕に協力したとして、福島県警伊達署は梁川タクシーに感謝状を贈っています。伊達市内では、なりすまし詐欺の予兆とみられる電話が相次いだことから、同署が警戒し、管内のタクシー会社に情報提供を呼びかけていたといいます。梁川タクシーに配車依頼の電話がかかってきたが、電話番号が非通知となっており、タクシーのナンバーを尋ねるなど不審な点があったため通報、署員がタクシーのGPSから追跡していたところ、乗客の男が福島市内のコンビニで降車、署員が職務質問をすると、伊達市内の80歳代女性からキャッシュカード1枚を盗んだ疑いがあることが発覚し、緊急逮捕に至ったというものです。正に警察とタクシー会社との連携の賜物だといえます。(2)孫を装う「オレオレ詐欺」で80代の女性から現金を詐取しようとしたとして、警視庁は30代の無職の容疑者を詐欺未遂の疑いで現行犯逮捕した事件がありました。報道によれば、女性は詐欺に備え、電話をかけてくる孫に「あなたのニックネームは何?」と聞くよう心がけていたといい、電話の相手が回答に窮したため警察に通報、自宅に現金を取りに来た容疑者を、捜査員が取り押さえたということです。本件も、日頃からの備えが被害の未然防止につながったものであり、さまざまな対策をきちんと講じることによって成果が出ることを感じさせるという意味でも、高齢者やその家族にもっと知ってほしい好事例だといえます。(3)被害の未然防止事例ではありませんが、特殊詐欺の被害を防ごうと、愛知県警南署と名古屋市の南区防犯協会が、「だまされたふり」に成功すれば1万円という報奨金制度を始めたと報じられています。詐欺の電話を受けた人と協力して受け子をおびき出す「だまされたふり作戦」で摘発に貢献した場合、協力者に1件につき1万円を贈るというもので、オレオレ詐欺などの不審な電話がかかってきた際にだまされたように装って県警に通報し、現金やキャッシュカードを受け取りにきた受け子の摘発をめざすということです。このように地域と連携しながら知恵を絞ることで、地域全体の特殊詐欺に対する意識や防犯意識を高めることにもつながると考えられ、大変興味深い取組みだといえます。

海外でも特殊詐欺が猛威を奮っています。2021年4月23日付時事通信によれば、香港に暮らす90歳の資産家の女性が昨年夏から5カ月間にわたり、中国公安当局者を装った詐欺グループに総額2億5,000万香港ドル(約35億円)をだまし取られる事件があったということです。被害額は香港で起きたこの種の事件としては過去最高だといいます。詐欺グループは中国本土で起きた重大事件で女性の個人情報が利用されたと説明、資産保全のため、捜査チームの銀行口座に金を振り込む必要があると伝えたといい、女性は11回にわたり送金に応じ、様子がおかしいと感じた家政婦が女性の娘に連絡。娘が警察に通報して事件が発覚したというものです。報道によれば、裕福な高齢者が多く住む香港は中国本土からの電話詐欺の格好の標的になっており、昨年警察が扱った電話詐欺事件は1,193件に達し、計5億7,400万香港ドル(約80億円)がだまし取られたということです。

(4)テロリスクを巡る動向

国際テロ組織アルカーイダの指導者、ウサマ・ビンラーディン容疑者を米軍が殺害してから5月2日で10年が経過しました。2001年9月11日の米中枢同時テロを首謀するなど、同容疑者の「対米ジハー(聖戦)」思想はイスラム過激派のテロ組織に大きな影響を与えました。その思想は、「米欧のキリスト教国とユダヤ教のイスラエルが手を結んだ十字軍の侵略からイスラム世界を防衛するため、すべてのイスラム教徒には米国やその同盟者を攻撃・殺害する義務がある」というものです。アルカーイダは組織としての統率力は失いましたが、忠誠を誓ったテロ組織が中東やアジア、アフリカでなお活動しており、世界に拡散したイスラム過激派の脅威は消えていません。たもとを分かって創設されたとはいえ、一時はイラクとシリアにまたがる地域を支配したイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)も、源流はアルカーイダにあります。さらには、シリアの「ヌスラ戦線」やイエメンの「アラビア半島のアルカーイダ」(AQAP)は、いまも両国で続く内戦の混迷の一因となっています。一方で、昨年にはイスラム教の預言者ムハンマドの風刺の問題をめぐり、過激化したイスラム教徒の若者が欧州で凶行に走る「ローンウルフ」(一匹おおかみ)型のテロが相次ぎました。この10年で、「リアルIS」から「思想型IS」へ(そして「リアルIS」と「思想型IS」のハイブリッド型へとISが変遷したように)組織から個人へと形態が変わる中、イスラム過激派によるテロの封じ込めは新たな課題に直面しているといえます。関連して、南アジアを拠点とするアルカーイダ構成員はCNNテレビとの単独取材で「アフガンやパキスタンを拠点とするタリバンとアルカーイダは関係を堅持している」と指摘し、「あらゆる戦線で米国と戦う」と強調しています。トランプ前政権とタリバンが昨年2月に結んだ和平合意では「タリバンとアルカーイダとの絶縁」が米軍撤収の前提条件だったものの、この構成員の発言が事実であれば、タリバンはアルカーイダと関係を解消する考えは毛頭なく、当初から米国を欺く意向だったことを意味することになります。なお、バイデン大統領は、アフガニスタンに潜伏していた「アルカーイダは弱体化した」と強調、同時テロから20年を迎える9月11日までにアフガン駐留米軍を撤退させる判断の正当性を訴えました。さらに、一連の軍事作戦でビンラーディン容疑者を「地獄の門まで追い詰めて仕留めた」と指摘、副大統領だった当時、オバマ大統領らとホワイトハウスの危機管理室で海軍特殊部隊の作戦映像を見ていたことを振り返り、「決して忘れない瞬間だ」と語っています。

さて、米バイデン大統領は、同時多発攻撃から20年を迎える9月11日までにアフガニスタンに残る駐留米軍2,500人を完全撤退させると正式表明しました。演説では「われわれがアフガンに向かったのは、20年も前に起きた恐ろしい攻撃のためであり、2021年もそこに留まらなければならない理由はない」とした上で、「わが国で最長となる戦争を終わらせ、米軍を帰還させる時が来た」と語っています(なお、NATO軍、英軍、豪軍も米軍の撤退にあわせて完全撤退させる予定です)。とはいえ、9月までにアフガンの治安回復や和平実現のメドが立つかどうかは不透明で、アフガンが再び国際テロの温床になるリスクは排除できない状況です。トランプ前政権は2020年2月にアフガンの反政府武装勢力タリバンと結んだ和平合意で、米軍が今年5月1日までに撤収すると約束していましたが、バイデン政権はタリバンがアフガン政府軍に対する攻撃を継続し、国際テロ組織との関係も断絶していないとみており、期限通りに撤収するかどうかを精査してきたところです。期限通りの撤収を迫っていたタリバンはこれに猛反発しており、昏迷状態はまだまだ続くことになります。なお、直近では、バイデン大統領が9月11日までのアフガン完全撤収を打ち出して以降、米中央軍は着々と準備を進めており、4月下旬の作業開始から5月10日までに全体の6~12%が完了したと発表しています。米軍のC17輸送機104機分の物資約1,800個以上をアフガン国外に搬出したといいます。撤収が急ピッチで進む見通しであることから、米独立記念日の7月4日までに撤収が完了するとの見方も出ているようです。バイデン政権は米軍撤収後も大使館を残すなどし、「アフガンへの関与を続ける」と強調、ブリンケン国務長官も「我々は経済・人道支援、政府軍への支援も含め、対アフガン援助を継続していく」と訴えています(残念ながら、米軍撤収後に治安維持を一手に担うアフガン政府軍は、装備品の調達や整備、訓練などで米国に依存したままであり、アフガンの自立が見通せない中、米国は駐留部隊撤収後も「終わりのない支援」を求められることになりそうです。アフガン軍はいまだ米国をはじめとする外国の請負業者に装備品の維持整備や訓練などを頼っており、米軍撤収に伴ってこうした業者がアフガンから引き揚げれば、アフガン軍は壊れた装備品を修理することができなくなる恐れがあるとの指摘もあります)。しかしながら、アフガン政府と対立するイスラム原理主義勢力タリバンは、国土の半分ほどを支配し、政府軍などよりも武力で勝ることから暴力行為を続けており、米軍の撤退開始を受けて抑止力が弱まれば、タリバンによる和平協議の主導権が一段と強まる恐れがあります。実際、タリバンは首都カブールを含む各地で攻勢を強めており、今後、治安が一層悪化するとの懸念が強まっています。

また、肝心のアフガニスタンの和平協議の行方自体は不透明さを増しています。米国は多国間協議でアフガン政府と反政府武装勢力タリバンの対話を促す方針でしたが、トルコで開く和平会議は延期され、米軍がアフガンから撤退するなかで武力に勝るタリバンの主導権が強まりかねず、政府内の対立も協議に影を落としています(ガニ大統領と国家和解高等評議会のアブドラ議長がそれぞれの和平案を作り、統一した将来像を打ちだせていないうえ、政権のトップとナンバー2の仲たがいが続いており、タリバンに足もとをみられる一因になっています)。直近では、首都カブールの女子学校近辺で、爆発事故によって60人以上の生徒らが死亡するテロがあり(米軍の撤退開始以降、民間人犠牲者の規模は最大とみられています)、タリバンは関与を否定したものの、ガニ大統領はタリバンの攻撃と非難しています。米軍が撤退を進めるなかで、テロや民間人への攻撃が相次いでおり、さらなる治安悪化の懸念が高まり、情勢安定に向けた和平協議の進展は乏しいというのが現実です。

さて、テロリスクは、世界中の至るところで高まりを見せています。直近では、パキスタン南西部クエッタの高級ホテルの駐車場で、車に仕掛けられた爆弾が爆発し、地元病院によると、5人が死亡、12人が負傷しています。現地を訪れていた中国の農融駐パキスタン大使を狙った犯行とされ(大使は爆発当時、宿泊先だったこのホテルにはおらず、無事)。地元のイスラム武装勢力「パキスタン・タリバン運動」(TTP)が「高官を狙った」と犯行声明を出しています。大使は、中国主導の巨大経済圏構想「一帯一路」で中核に位置づけられている「中国・パキスタン経済回廊」(CPEC)の協議のため、投資家や企業関係者らと訪れていたといいます。現地では中国に反発する武装勢力が、中国人や関連施設の襲撃を繰り返している状況にあります。米軍が隣国アフガニスタンから撤収を始め、同国の反政府武装勢力タリバンの関連組織がパキスタンでも活発になる可能性があります。同組織は一帯一路を中国による「侵略」と非難、報道によれば、「CPECは伝統的にパキスタンにおけるTTPの最優先の標的ではなかった。しかし、ここ数カ月で反中という表現がTTPの宣伝で使われている。特に中国が新疆ウイグル自治区のイスラム教徒を抑圧しているためだ」と専門家は指摘しています。タリバンが今後、アフガンの支配権を確立した場合、TTPと距離を置く可能性がある一方で、「TTPはISなどほかのグループと組んでパキスタンを荒らすだろう」と警告する専門家もおり、アフガン情勢の混迷はさまざまな影響を及ぼしています。

その他、海外のテロリスクを巡る報道から、いくつか紹介します。

  • ISの戦闘員の家族らを収容するキャンプの治安や生活環境の悪化に、国連などが懸念を強めています。2021年5月9日付朝日新聞によれば、教育や医療を受ける機会が乏しく、子どもたちは行き場を失っていることに加え、ISの過激思想の温床になっているとの指摘も出ています。国連などによると、内戦が続くシリアで最大規模のアルホルのキャンプでは約6万人の住民を抱え、IS戦闘員の家族も多く、2019年3月に陥落したシリア最後のISの拠点にいた人々らが収容されています。大半はシリア人とイラク人だが、ISに加わった欧米やアジアなど出身の外国人戦闘員の家族ら約1万人も暮らしています。国連の専門家グループは2月、欧米や中国、インドネシアなど57の国と地域の人たちがアルホルを含めた周辺のキャンプに留め置かれているとし、出身国に直ちに対応を取るよう求めました。米国連代表部は「国際社会が自国民の送還を受け入れなければ、ISの世界的な脅威が高まる」と警鐘を鳴らしたものの、出身国にとっては帰国者を通じて、ISの過激思想が国内に拡散することへの恐怖があります(いわゆる「IS戦闘員の帰還問題」)。自国で裁判にかけるにしてもシリアやイラクでの犯罪を立証するのが困難なことなどから、受け入れには後ろ向きにならざるを得ない状況です。一部の国は子どもらの帰還措置を進めているが十分とは言えないほか、英国など、IS関係者の帰国を防ぐために国籍を剥奪した国もあります。各国がコロナ禍への対応に追われて余裕がなくなったことも、送還が滞る要因になっているとみられています。
  • フランス政府は、国民のインターネットの閲覧履歴を当局が自動分析して捜査に活用することなどを盛り込んだテロ防止法案を閣議決定しました。フランスでは昨秋以降4件のテロが相次いでおり、治安対策強化に乗り出した形ですが、政府は具体的な情報収集方法を明らかにしておらず、専門家からは「規制内容や範囲があいまいで広すぎる」などとしてプライバシー侵害を懸念する声が出ているといいます。報道によれば、当局はインターネット上の膨大な情報をアルゴリズムで分析できるようになり、暴力や憎悪をあおるようなサイトを頻繁に閲覧したり、テロを示唆するメッセージを交わしたりしていれば、捜査当局が個人を割り出せる仕組みだということです。仏メディアは、実態は「ほとんどAI(人工知能)」を捜査に活用するようなものだと伝えています。
  • 米国土安全保障省は、同省職員を対象に、国内過激主義がもたらす脅威に関する内部調査を行うと発表しています。トランプ前大統領の支持者らによる1月6日の議会議事堂襲撃事件で国内過激主義がもたらす脅威が浮き彫りになったと指摘、同省の高官で構成するチームが「省内の暴力的な国内過激主義に関する脅威を予防かつ検知し、それに対応する最善の方法について、包括的な検証を早急に開始する」としています。また、直近では、同省が、国内の過激派が新型コロナウイルスを巡る規制の緩和を利用し、広範な標的に攻撃を仕掛ける可能性があると警告しています。報道によれば、今年に入り、米国は国内のテロリストや個人、「不満に基づく暴力に関与するグループ」からの脅威を含め「大きく発展し、ますます複雑化かつ不安定化する脅威に直面している」と指摘、ソーシャルメディアやネット掲示板がますます悪用され、過激派の暴力的な活動が拡散されているとしています。また、昨年から今年にかけて政府関連施設が国内の過激派によって定期的に狙われており、「日和見主義的な凶悪犯罪者」は「人種間の平等を巡る不満や警察の武力行使に対する懸念に関連した」公的な抗議活動を「イデオロギー上で対立しているとみられる抗議者を標的とする」動機として利用する可能性が高いとも指摘しています。さらに、ISや国際武装組織アルカーイダなど海外の過激派グループが米国を拠点とする過激派を「鼓舞しようとする」メッセージを送っており、そのようなグループとその支持者は「米国に対する脅威であり続ける」と警告、ロシア、中国、イランなどは新型コロナウイルスの起源に関する陰謀論を広めたり、ワクチンの有効性に疑問を投げ掛けたり、アジア系米国人への暴力を呼び掛けるメッセージを広めるなど米国人の間に確執をもたらす活動を活発化させているとしています。米国内の「分断」がすでにこのようなレベルにまで及んでいることをしっかり認識し、テロの脅威に備える必要があると思われます。
  • クーデターで国軍が実権を握ったミャンマーの国営テレビは、民主派が軍政に対抗して発足させた「挙国一致政府(NUG)」がテロ対策法に基づくテロ組織に指定されたと報じました。国軍は既にNUGを非合法組織に認定しており、民主派勢力への弾圧を一層強める構えです。軍政は国営テレビを通じ、NUGが市民に対し、クーデターに反対して職務を放棄する「不服従運動」への参加をあおっているとし、全土で爆発や放火、殺人などのテロ行為が横行する原因になっていると指摘しています。テロ組織認定もまた、政権による恣意的なものであることを痛感させられます。
  • ロシア金融監督庁は、反政権派指導者アレクセイ・ナバリヌイ氏の中核団体「ナバリヌイ本部」を、「テロや過激派の活動への関与を示す情報がある団体」に指定したと発表しています。プーチン政権の圧力を受け、ナバリヌイ陣営は大幅に活動を縮小しているが、さらに追い詰められることになりました。同庁は「政治状況を不安定化させる活動をしている」と判断したとい、指定により銀行口座凍結などの処分を受け、金融取引ができなくなるといいます。ミャンマー同様、テロ組織の認定の恣意性の問題は、深刻さを増している状況だといえます。
  • イラン原子力庁は、国営テレビで、中部ナタンツのウラン濃縮施設で停電が起き、現場の状況などから「核活動を標的にしたテロ行為があった」と断定したと明らかにしています。エルサレム・ポストを含むイスラエルの主要メディアが、欧米当局者の話として、イランと敵対するイスラエルの対外情報機関モサドがサイバー攻撃を仕掛けたと一斉に伝えています。イランの原子力庁長官は、国営テレビに、「イランの核産業の発展と制裁解除に向けた協議の成功を阻むためのテロ行為だ」と指摘、ただ、テロに及んだ主体の特定につながる情報は示しませんでした。

日本国内のテロリスク対策についても、最近の動向を確認しておきます。

  • 国土交通省は、鉄道会社が鉄道利用客に対して手荷物検査を行えるようにするため、関係省令を改正する方針を固めています。新幹線車内で乗客が刃物で殺傷されるなどの事件が続いたことを受け、危険物を持ち込ませないよう徹底を図るとしています。東京五輪の期間中に主要駅で実施することも見据え、7月1日施行を目指すということです。報道によれば、検査を拒否した場合は列車や駅敷地からの退去を要求できる権限も鉄道会社に与えるといいます。一方で、海外で導入している先行例に比べ、日本の鉄道は分刻みの過密ダイヤで、大きな混雑や運行の妨げにつながりかねず、鉄道関係者には懸念する意見もあったところ、同省は利便性が損なわれない方策の検討を進めることで五輪前の改正に道筋をつけました。具体的には、衣服の下に隠された物体を検出する装置などで不審者を絞り込んだうえで、手荷物検査を行うことを想定しているとのことです。
  • 東京電力柏崎刈羽原発のテロ対策に不備があった問題で、原子力規制委員会は、原子炉等規制法に基づき東電に改善命令を出しています。命令を受け、核セキュリティ対策が改まるまで、東京電力は同原発での核燃料の移動が禁じられ、原子炉に核燃料を装着したり新たな核燃料を運び込んだりすることができなくなります。商用原発の違反により、規制委が改善命令を出すのは初めてとなります。同原発では2020年3月から約1年間、敷地内への侵入者を検知する機器16個が故障、2020年9月には所員が同僚のIDカードを無断で持ち出して、中央制御室に不正に入室するなど問題が相次いでいたため、規制委は東電が核燃料を防護する義務を果たせない中、同原発内で核燃料を動かすのは、核セキュリティ上の危険性を高めると判断、核燃料の移動を禁じることにしたものです。また、今回の事態を受け、電気事業連合会は、原子力施設のテロ対策(核物質防護)を強化するため、各施設の具体的な対策の情報を電力各社の担当者間で共有する取り組みを始めるとしています。核物質防護に関する情報は社内でも関係する一部の職員に限られた機密扱いで、社を超えた共有が難しかったところ、今回、守秘義務を課して事例をチェックし合い、各社の対策が独善に陥るのを防ぐことを目指すといいます。国内では、2001年の米同時テロ後に核物質防護が強化され、国際指針にほぼ沿った法令が整ったものの、東京電力が法令を守らず、柏崎刈羽原子力発電所で防護設備の不備が長期間続いていたことが発覚、外部から監視の目が届きにくい核物質防護特有の危うさが表面化したことを受けての対応となります。
  • 難民の認定基準を定めるガイドライン(指針)を策定中の出入国在留管理庁は、「ジェンダー」に関連した迫害を指針で規定する方針を固めています。「新しい形態の迫害」と位置づけ、ISなどを想定した「非国家主体」による迫害も盛り込む方向だといいます。指針は今年夏にも取りまとめ、公表される予定です。日本の難民認定を巡っては、諸外国と比べて認定率が低いことから審査が不透明だとの批判があり、入管庁は認定基準を明確化するため、初となる指針を策定する作業を進めているところです。迫害を加える側として、通常想定されている国家機関だけでなく非国家主体も規定、ISのような過激派組織のほか、反政府団体や地域の武装勢力、犯罪組織などを念頭に、国家による保護が期待できると言えるかといった点が焦点になるということです。
  • 2001年の米同時多発テロで亡くなった銀行員の父が、米議会のテロ調査委員会が発表した報告書の全文を翻訳し、発生から20年を迎える今年秋に出版する計画だということです。費用を賄うためクラウドファンディングを始めたといいます。英語が得意ではなかったが、「テロリストを生んだ社会を知ることが、テロをなくすことにつながる」と決意し、ほぼ独力で成し遂げたということです。クラウドファンディングは6月25日までで、目標額は150万円。寄付は「READYFOR」のサイトから、「911テロの真相を知るため米国調査委員会報告書を日本語刊行したい」で検索できます。「なぜ事件が起きたのかを知るうえで欠かせない資料。日本の社会にも参考にすべきところがある」と呼び掛けています。
  • 高松市松縄町の商業施設の駐車場で、近くに住む会社員男性の軽乗用車に爆発物が仕掛けられていた事件で、香川県警捜査1課と高松南署は、20代の会社員を爆発物取締罰則違反容疑で逮捕しています。報道によれば、「以前から駐車方法を巡って不満を持っていた」と容疑を認めているといいます。容疑者は、男性が車から離れていた夕方から翌朝の間に、車体に爆発物を設置し、男性が乗り込んで発進した際、爆発させた疑いがもたれています。(手口等の詳細は明らかになっていませんが)一般人が簡単に車に爆発物を仕掛けられる環境があること自体、テロリスク対策として脆弱性があると捉えるべきで、そこに思想性が入りこんでしまえば、ホームグロン・テロリストとして、ローンウルフ型のテロを敢行できてしまうことになります。あらためて、日本国内におけるテロリスクについて、認識しておく必要があるといえます。

(5)犯罪インフラを巡る動向

あらためてですが、犯罪インフラとは、「犯罪を助長し、又は容易にする基盤のことをいい、その行為自体が犯罪となるもののほか、それ自体は合法であっても、詐欺等の犯罪に悪用されている各種制度やサービス等」(警察庁)と定義されます。最近では、本コラムでも取り上げていますが、SMS認証代行やデータSIMの悪用、機密性の高い通信アプリ「テレグラム」などが問題視されているほか、以前から指摘されているものとしては、他人名義の携帯電話や預貯金口座、闇サイト、偽変造された身分証明書、匿名性を高める電話関連サービスなどもその典型です。前回の本コラム(暴排トピックス2021年4月号
で取り上げた「令和2年度サイバーセキュリティ政策会議報告書」では、犯罪インフラを業として提供する事業者が後を絶たず、サイバー犯罪を容易にしている実態を踏まえ、警察においては、官民の情報を活用しながら、こうした悪質な事業者の摘発を強化していくべき」と指摘されています。翻って、企業もまた悪質な犯罪インフラ事業者と取引するなど関係をもつことで、直接・間接に犯罪組織の活動を助長することにつながることになり、「社会に貢献し消費者に選ばれる企業にならないとこれからは生き残れない」状況と逆行することになります。そういった意味でも、今、企業の「目利き力」が厳しく問われているといえます。

本コラムでも犯罪インフラの代表格として登場することの多い通信アプリ「テレグラム」ですが、警視庁が摘発した多くの強盗事件で犯行グループによる利用が明らかになっています。報道によれば、捜査1課は2019年から今年4月中旬までに、SNSで違法行為を請け負う「闇バイト」で実行役が募られた41件の強盗事件で計90人以上の容疑者を摘発、供述などから、39件でテレグラムの利用を確認し、ほかの2件でも犯行の状況などからテレグラムが使われた疑いが極めて強いとみているといいます。ガスや電気の点検を装った「点検強盗」や、事前にターゲットの資産状況を探る「アポ電強盗」では、SNSで実行役が集められる事件が増えており、指示役は実行役との直接の接触を避け、SNSなどで連絡しあうケースが多いということです。さて、その「テレグラム」は、ロシア出身のIT技術者らによって開発され、当初、反体制組織が機密性の高い通信を行う際などに利用することが想定されていたといいます。2013年にサービスを開始、高度な暗号化技術で通信内容を保護する機密性の高さが特徴で、グループチャットなどのやりとりが消去されれば復元は困難とされます。また、誰でも無料でダウンロードでき、全世界で4億人を超える利用者がいるとみられています。日本では特殊詐欺グループなどが悪用するなど「犯罪インフラ」化が顕著ですが、報道(2021年4月22日付産経新聞)で捜査関係者が、「テレグラムを使えば絶対捕まらないというのは間違い。安易に闇バイトに関わると、重大な犯罪に加担するリスクがある。全国の警察との情報共有もさらに進め、容疑者を追い詰めたい」とコメントしている点は大変心強い限りです。なお、同報道から、「テレグラム」の弱点、犯罪摘発に活用できる点について引用します。

テレグラムも犯罪者にとって「万能」のツールではない。森井氏は「スマートフォンのメモリを解析すれば、文章の中身が残っている場合もある」と指摘。通信内容などを完全消去するのは、技術的に極めて難しいという。また、違法な疑いがある利用では、通信会社などへの照会でテレグラムの使用時間などを裏付けることができるため、犯罪行為の証拠となる可能性もある。防犯カメラなど他の証拠もあわせて事件前後の状況を緻密に積み重ね、捜査当局が容疑者の特定、摘発につなげるケースは少なくない。

なお、米国の非営利団体が開発した通信アプリ「Signal」はさらに強力で、公安警察も利用しているようです。その理由は「国家レベルの検閲も迂回可能」と言われる鉄壁のセキュリティを誇っており、もともと日本で使い始めたのは、暴力団の組員や半グレだといいます。Signalには一定時間が経つと自動的にメッセージを完全消去できる機能が搭載されているため、麻薬の密売など犯罪に悪用されていたものです。運営元への情報開示請求も困難で警察も相当苦労した経緯があり、その性能の高さが知れ渡ったともいわれています。

アプリなどの利用登録に必要な本人確認手続き「SMS認証」を巡り、有料で他人の認証を請け負う代行業の取り締まりを警察が強化することになりました。警察庁がこのほど全国の都道府県警察に指示しています。代行は振り込め詐欺に使われる通話アプリの認証などで悪用の幅が広く犯罪インフラ化が強く懸念されるところです。報道(2021年4月22日付日本経済新聞)によれば、「代行業者は認証をすり抜けたい依頼者をネット上で募り、自分の電話番号を伝えて利用登録の手続きをさせる。確認用の暗証番号は業者のスマホに届くので、これも依頼者に伝え手続きを進めさせれば、依頼者は匿名でアカウントを利用できる。業者は1件1000円前後の対価を受け取る。こうした依頼は、特殊詐欺の通話アプリやマネー・ローンダリング目的の電子決済アプリなどでの悪用目的のケースが多い。利用者本人と登録名義が違うため、その後の警察の捜査をかいくぐる狙いがある」と指摘されています。さらに、「音声通話SIM」は契約の際に身分証明書の提出など本人確認が義務付けられる一方、「データSIM」にはそうした規制がなく、格安スマホを扱うMVNO(仮想移動体通信事業者)などを通じて手軽に購入できることから、代行業者の多くは「データSIM」を悪用している実態があります。警察庁は今年1月、総務省と連携しMVNOの業界団体に対し契約時の本人確認を徹底するよう要請、取り締まり強化と並び、事業者への働きかけで効果を高めていきたい考えだということです。

以前の本コラム(暴排トピックス2021年3月号)でも紹介しましたが、愛知県警は今年2月、在留カードの偽造工場を摘発しました。あるビルを家宅捜索し、プリンターや白無地のカード約7,000枚、ホログラムのフィルムなどを押収、タブレット端末「iPad」には、在留カードの偽造を依頼した客とみられるベトナム人やインドネシア人らの氏名や住所など、約1,500件の情報が残っていたほか、マイナンバーの通知カード、運転免許証、健康保険証などのデータも見つかったということです。なお、偽造カードは本物と見分けがつかないほど精巧だったといいます。2021年5月6日付朝日新聞によれば、「こうした偽造工場の摘発は各地で相次いでおり、今回はこれまでで最大級の規模という。捜査関係者は「ノウハウも機材も、偽造技術が高い中国から来ている。摘発しても別の誰かがいつでも始められる」と話す。出入国在留管理庁は、雇用主が在留カードの番号を入力すると有効かどうかを確認できるサイトを立ち上げ、偽造対策を強める。」と報じていますが、このような「道具屋」の存在が犯罪を支えているのであり、在留カード以外にも免許証やパスポートなども専門の「道具屋」が存在することが知られています(積水ハウスから約53憶円をだまし取った「地面師」事件でも、偽造パスポートが本人確認手続きにおいて重要な役割を果たしてしまいました。なお、同事件については、暴排トピックス2018年11月号などでも取り上げています)

また、最近取り上げることの多い、給料を担保に高利で現金を貸し付ける「給料ファクタリング」を巡っては、出資法違反などの罪に問われた業者「ZERUTA」に対し、東京地裁は、罰金1,200万円の判決を言い渡しています。報道によれば、罰金額は同社が得た利益の約64倍にあたり、裁判官は「この種の犯罪が経済的に割に合わないことを知らしめるため、その額が相当とした」と述べたといいます。その他、元医学大生が、164件の住居侵入を繰り返し、女性の下着計51点(約3万9,100円相当)を盗んだ疑いで逮捕された事件では、実習や授業の休憩中などに、カバンの中や机に置かれた鍵の番号を暗記したり撮影したりし、その番号から業者に合鍵を作らせていたこと、本人や知人から大まかな住所を聞き出し、作った合鍵で入れるマンションや部屋を探し当てていたことが分かっています。この事件からは、合鍵は番号が分かればネットなどで容易に作ることができるという「犯罪インフラ」化の懸念が指摘できるところです。また、知人にキャッシュカードを譲渡したとして、神奈川県警は、犯罪収益移転防止法違反(無償譲渡)の疑いで、ベトナム人の容疑者を逮捕しています。不正に使われることを知りながら、同国籍の被告(窃盗罪で起訴)に自分名義の銀行のキャッシュカードを提供したというものです。報道によれば、ドラッグストアで化粧品などを万引したとして逮捕されたベトナム人は、今回の事件については「万引の報酬を受け取るための口座として譲り受けた」と供述しているということです。また、三重県では今年10月1日に、自動車の解体施設「ヤード」での不正行為を規制する「盗難自動車の解体及び輸出の防止等に関する条例」が施行される予定です。この条例は、中古自動車の解体や輸出をする事業者に、氏名や所在地を届け出させた上で、盗難車の解体や輸出を防ぐことなどを目的としており、 具体的には、事業者には車の保管場所の届け出や、解体する自動車や部品の保管場所への標識の掲示を定めています。その他にも、盗難車の疑いがある場合には警察官に申告すること、周辺地域の良好な生活環境を確保するための措置も義務化したほか、違反した場合、県公安委員会は6か月以内の事業停止命令を出せる、業務停止命令違反では懲役1年以下または罰金50万円以下、無届け営業では、懲役6月以下または罰金30万円以下の罰則なども規定しています。「ヤード」は、盗んだ自動車を解体したり、車体番号等を付け替えたりして、海外に不正に輸出される事件の「犯罪インフラ」として悪用されている実態があります。

さて、楽天モバイルは4月末からiPhoneの販売を始め、高速通信規格「5G」に対応した「iPhone12」などを、端末単体でもオンラインで購入できるようになっています。購入には利用者のIDやパスワード、クレジットカード番号などの情報が必要ですが、未成年者が親のカードを使う場合などもあり、IDとカードの名義が一致しなくても購入できるようになっており、そのことに起因して不正購入被害が相次いでいます。楽天はECや携帯通信など自社サービスの利用者に対し「楽天ID」を発行していますが、今回の被害は、他人のクレジットカード情報を不正に入手した何者かが架空のIDを作成してなりすましたか、カード番号などがひも付いている他人のID情報を不正に悪用したケースなどが想定されています。さらに、楽天は携帯大手3社と異なり、すべての端末で、他社回線では使えないようにする「SIMロック」を掛けずに販売していることから、こうした販売の仕方も今回の不正の一因とみられています。これらの利便性が悪用される形となり、「犯罪インフラ」化が懸念されるところです。携帯(さらにはネット・SNSも含めて)の「犯罪インフラ」化のもう一つの側面としては、「ネットリテラシー」に絡めた2021年5月11日付日本経済新聞の記事から抜粋して引用すると、「ネットは「低コストで無害な好人物を演じられる道具」ともいえる。リアルな日常の中で、変質者や犯罪者が「本性」を隠そうとすれば、服装や身だしなみ、話しぶりを総動員しなければ「無害な好人物」は装えないし、成功する確率も決して高くはないだろう。ネットは違う。それらをデジタルの「借り物」で補えてしまうのだ。男性が女性に、大人が子どもに、悪人が善人に、手間もコストもかけずになりすませる。その認識もなくSNSを利用するのは、犯罪者らの思うつぼだ。SNSやスマホは道具にすぎない。人生を豊かにする一方、使い方を誤ればリスクを伴う危険がある。それが「ネットリテラシー」だ」というものです。匿名性の高さや偽名・借名・なりすましの容易性が、犯罪と高い親和性を持っているということです。一方、携帯電話は実質的に身分証明書と同様に扱われ、まさに生活インフラとして必須のものともなっています(スマホが無いと物件を借りることができないのが実情。契約に保証会社や管理会社が介在し、連絡先を持たない人は拒絶される。いったんスマホが使えなくなると、自分の名義で新たなスマホを持つことすら難しくなる)。つまり、スマホやネット・SNSとの向き合い方については、そのリスクの高さをふまえれば、もっと真剣に考えるべきだということです。

さて、情報社会においての重要インフラとなりつうあるIoTやVPNの脆弱性に関する指摘が後を絶ちません。例えば、インターネットにつながるIoTデバイスのソフトウェアに、攻撃者がデバイスをクラッシュさせてオフラインにしたり、遠隔操作を可能にしたりする新たな重要な脆弱性が見つかり、少なくとも1億台、最大で数十億台に影響する可能性が指摘されています。また、VPNについても、セキュリティ企業のFireEyeが十数にも及ぶマルウエア群を発見したと公表、企業や組織の対応の遅れが被害を広げるかもしれないと警告しています。その一方で、脆弱性解消に向けた企業の対応は鈍く、そうした現状維持が積み重なり、スパイ行為が長期間にわたって密かに続くことになりかねないのです(ゲームソフト大手のカプコンは、昨年発生したサイバー攻撃の被害について調査結果を発表し、社員が在宅勤務で社内ネットワークを利用する際の安全性を高めるVPN装置を介して不正侵入されたと明らかにしています。新型コロナウイルス感染拡大を受け在宅勤務でVPNを使う人が増える中、通信障害に備え残していた旧型装置の脆弱性が狙われたといい、現地法人は新しいVPN装置を導入していたものの、所在地のカリフォルニア州ではコロナ禍を受けて在宅勤務が増え、ネットワークへの負荷が拡大、通信障害が発生した際の代替用として旧型装置も残していたことが仇となった形です)。重要なことは、これだけ広範囲に普及しているにもかかわらず、その脆弱性が完全に克服されず放置されている状況は、犯罪者を利するだけで、極めて深刻だということです。IoTやVPNが「生活インフラ」から「犯罪インフラ」になってしまう事態は、その影響の大きさからも絶対に避けなければなりません。

さて、サイバー攻撃が相変わらず猛威を奮っています。米国最大の石油パイプラインが操業を停止し、ガソリンの供給が途絶えるなど市民生活に大きな影響が出た、犯罪組織「ダークサイド」によるランサムウエアを用いたサイバー攻撃が、米国社会を支える重要インフラの1週間の停止というその被害の甚大さもさることながら、守りを強固にしているはずの重要インフラのセキュリティを突破したことなど、世界に衝撃を与えています。さらには、同社はダークサイドの求めに応じ、身代金約5,000万ドル(約5億5,000万円)を暗号資産で支払ったとされており、この点も大きな衝撃です。身代金を支払うことは、犯罪組織の活動を助長することに直結することから、支払いは拒絶することが一般的ですが、サイバー攻撃による被害の大きさや復旧の遅れがさらなる被害の拡大を招くような状況において、経済合理性や公的サービスの使命等の観点からは必ずしも100%否定できるものでもなく、難しい判断が迫られます。なお、ダークサイドは、高度に組織化されており、ダークサイド自体が攻撃することはなく、実際にサイバー攻撃を仕掛ける実行組織にソフトウエアとノウハウを提供し、身代金の一部を上納させる、身代金を支払う財力のある企業を探し出し、交渉を手助けする相談窓口を持つなど「高度なビジネスモデル」(米メディア)を備えているとされます(報道によれば、大企業のみを攻撃対象とし、病院や学校、非営利団体などへの攻撃を禁止するルールを課しているとされるほか、被害者との交渉を円滑にするため、電話窓口などのヘルプデスクを用意するほか、被害者から受け取った身代金の一部を慈善事業に寄付していると主張。倫理的な団体であるかのように装うことで、自らの行為を正当化する狙いもあるようです)。直近では、活動の休止を表明しましたが、本件が「想定を超えた被害の拡大をもたらした」ことから内部で争いが起きていることがうかがわれ、攻撃を「後悔」するような釈明文を掲載、チャットルームでは「やりすぎた」との書き込みがあったようです。なお、直近では、ダークサイドが活動を休止する前に、東芝の子会社の東芝テックのフランスやベルギーなど4か国の子会社サーバーに一斉攻撃をしかけています。現時点で顧客関連の情報が流出した事実は確認されていないとのことですが、ダークサイドは、新規ビジネスや人事情報など機微に触れる情報を入手したとの声明を出しています。

さて、このようなサイバー攻撃は、ダークサイドに限らず北朝鮮やロシアなど国家的な背景を持つ者も含め、頻繁に仕掛けられており、企業にとって大きな脅威となっています。直近でも、アイルランドの公的医療サービス提供母体である保健サービス委員会(HSE)は、ランサムウエアによる大規模なサイバー攻撃を受けて、すべてのITシステムを停止したことを明らかにしています。幸い、新型コロナウイルスワクチンの接種には影響はないということです。また、サイバー対策大手のトレンドマイクロは国内の大規模製造業の半数超が、サイバー攻撃によりスマート工場が生産を停止する被害を受けたとする調査結果をまとめています。それによると、被害企業の約4割は停止期間が4日以上に及んでおり、あらゆるものをネットでつなぐIoTが普及する生産現場のリスクが浮き彫りとなったほか、日本企業の66.7%が自社のスマート工場に対し、コンピューターウイルスや不正アクセスなどによるサイバー攻撃を受けたことがあると回答、うち生産を停止したのは77%に上り、全体の約51%に上っています。停止期間の割合は1~3日が48.1%で最多、4~7日が20.8%で、1週間以上だった会社も約16%だったということで、サイバー攻撃が身近で起きていること、被害も大きいものであることが実感されます。

ダークサイドの件は、純粋な利益目的であって国家的な背景を持つ可能性は低くなっていますが、サイバー空間は今や「陸・海・空・宇宙・電磁波」と並び、主要な領域の一つとされます。サイバー防衛の観点からは、2021年5月15日付日本経済新聞が詳しいので、以下、抜粋して引用します。

米国で石油パイプラインがサイバー攻撃を受けた事件を契機に、電子空間を起点にした攻防が改めて鮮明になった。米政府は被害が重大なら軍事的手段で報復する構えも見せるが、国際法上の解釈の問題や事態エスカレートの危険もはらむ。一般にサイバー攻撃は、攻撃者側が自分の正体を特定されないよう、さまざまな中継地点を経由するとともに、発覚しにくい形でコンピューターウイルスを標的のシステムの中に埋め込む。米国など一部の国では、コンピューターに侵入されたルートをたどり、攻撃元を割り出せる高度な解析能力を有しているもようだ。攻撃者を特定できても、公表するとは限らない。公表すれば、攻撃者は別のルートを見つけて新たな攻撃をしかけるため、イタチごっこが続くことになる。また、防御する側は、あえて気づかないふりをして攻撃者を泳がせ、行動パターンを探ったり、侵入ルートを逆用して報復攻撃用ウイルスを送り込んだりすることもできる。…先々、極めて甚大な被害を及ぼすサイバー攻撃を、中国やロシア、北朝鮮などが起こす事態を念頭に、米国は被害規模次第では軍事的手段で報復する方針を明示。日米は「重大なサイバー攻撃は日米安全保障条約の発動要件になる」との立場をとる。…エストニアの首都タリンにある北大西洋条約機構(NATO)の研究所が事務局になり、13年につくられた同文書(注:タリン・マニュアル)は「サイバー攻撃であっても現実世界での戦争における攻撃と同様の被害を出せば、国際法上の武力攻撃に該当する」とみなしている。戦時国際法には「国家は自国が攻撃で受けた被害と釣り合う範囲なら相手国に反撃してもよい」という自衛権発動に関わる均衡の原則がある。実際に大規模なサイバー攻撃への対抗策として軍事力による報復に国家が踏み切るかどうかは、別途、政治家の判断にかかってくる。軍事報復がさらなる軍事報復を招き、全面戦争に至ってしまう恐れがあるからだ。ただ、先々も攻防が電子空間にとどまる保証はない。米中などでは、将来の戦争で敵の意表を突く攻撃を瞬時にするため、戦術を人工知能(AI)に立てさせるというアイデアが浮上している。仮にAIが、自制する人間のようには考えず、極めて攻撃的で甚大な被害をもたらすサイバー攻撃という選択肢を選んだ場合、攻撃された側が軍事力で対抗する道を選ぶかもしれない。サイバー戦争は静かに「次の段階」を迎えつつある

さて、このような状況もあり、日本政府は今秋にもまとめる新たなサイバーセキュリティ戦略で、サイバー攻撃への危機感を打ち出すことにしています。サイバー攻撃を国家のリスクと位置づけ、重要インフラを防護する必要性を訴えるほか、新型コロナウイルスを契機とする社会のデジタル化で被害が拡大しやすくなる状況に備え、「サイバー空間が国家間の競争の場になっている。外交・安全保障上のサイバー分野の取り組みを優先して進めていく」と強調しています。政府がこうした事象を安保上の課題として重視するのは、サイバー攻撃が物理的被害をもたらす恐れがあるためで、典型例としてインフラへの攻撃があげられます。先の米パイプラインの事件以外にも、原子力関連施設や航空管制、ダムへの攻撃も、メルトダウンや航空機の墜落、水害などをもたらす可能性があります。その他、最近の事例としては、米国で今年2月、フロリダ州にある浄水施設のシステムに何者かが侵入し、水酸化ナトリウムの濃度設定を通常の100倍まで引き上げたことがありました。施設職員が気付き、具体的な被害はなかったものの、犯行主体は不明のままだといいます。ウクライナでは2015年12月、サイバー攻撃で複数の変電所の送電が止まり、大規模な停電が発生しています(対立するロシアによる攻撃が疑われています)。また、本コラムではおなじみですが、北朝鮮の関与事例としては、2017年5月には「ワナクライ」と呼ばれるランサムウエアで、世界150か国超の病院や学校、企業などが電子情報を使えなくなり、英国の医療機関では、電子カルテや検査結果が閲覧できず、手術や診察の中止を余儀なくされたといったものがありました。さらに、米マイクロソフトは今年3月、企業向けメールシステムが中国系ハッカー集団から攻撃を受けたと発表、2万を超える中小企業などに影響したとされます。なお、世界のサイバーセキュリティ対策費用は年率8.7%で増加が続いており、2025年には2,137億ドル(約23兆円)に達すると見込まれており、産業界もまたサイバー犯罪対策への支出を拡大する一方で、ITシステムを攻撃することで利益を得ようとする犯罪者集団とのいたちごっこが続いていくことが予想されます。

さて、日本が標的となったサイバー攻撃としては、最近では、宇宙航空研究開発機構(JAXA)や三菱電機、日立製作所、IHI、慶応大など防衛や航空関連企業を中心に、国内約200の企業や研究機関を狙ったものが明らかになっています。中国軍の関与があったとみられ、国内へのサイバー攻撃で他国機関の関与の疑いが明らかになるのは異例のことです。男性は複数サーバーのアカウントを不正取得し中国のサイトで販売、この一部のアカウントを中国のハッカー集団「Tick」が入手し、サイバー攻撃に利用したということです。Tickは中国軍内部で日本や韓国を対象にサイバー攻撃などを行う「61419部隊」とほぼ同一組織とされ、使われたウイルスは、過去にTickが使用したものと同様の特徴があったといいます。一方、このサイバー攻撃では、別の中国籍の元留学生の男性も中国軍関係者の指示でサーバーを日本で契約していたことが判明しています。元留学生については、中国軍人の妻が、知人を通じて日本にいる留学生に接触を図り、「国に貢献しなさい」などと迫って軍側に協力させていたものです。本件では、企業も気付かないうちにシステムの脆弱性を見つける巧妙なもので、企業のウイルス対策の弱点を突いた「ゼロデイ攻撃」と呼ばれる攻撃手法が用いられていたといいます。攻撃者は日々攻撃を仕掛けて徹底的にシステムを分析し、そのうえで未知のコンピューターウイルスを送り込み、情報を抜き取るもので、極めて高度な手法だといえます。

(6)誹謗中傷対策を巡る動向

インターネット上で誹謗中傷の投稿をした人を特定しやすくするためのプロバイダー責任制限法の改正案が参議院本会議において、全会一致で可決され、成立しました。現在は1年ほどかかる開示の手続きが、数カ月から半年ぐらいに短縮されることになり、来年末までに施行される予定です。改正法が施行されると裁判所を通じた1回の開示請求で手続きが終わり、裁判所は数カ月から半年ほどで開示の可否を決めることになります。また、裁判所は書き込んだ相手の情報を消さないよう、事業者に命令を出すこともできるほか、開示手続きの費用負担は軽くなるといいます。今回の改正は誹謗中傷を直接防ぐものではなく、情報発信を抑える手段として開示請求が悪用される懸念も指摘されているところであり、「表現の自由」とのバランスをどうとるかが課題となります。なお、成立した際の付帯決議には、事業者向けガイドラインの作成や、被害者支援制度の充実などが盛り込まれました。誹謗中傷対策が進む一方、ネット上の中傷などに関し、サイトを運営する企業の対応の遅れが問題になっています。2020年のネット上の人権侵犯事件の処理件数は1,917件で、10年の約3倍の水準となり、うち特に深刻で、同省がサイト運営企業に削除を要請した件数は578件と過去最高となりました。しかしながら、要請を受けた企業が一部または全部を削除したのは、全体の約68%にすぎない状況となっています。また、10件以上の要請対象となった約20のサイトで削除率を比べたところ、100%から9%までばらつきが出たということです。削除が進まない背景には、違法性の線引きの難しさがあることは本コラムでもこれまで指摘してきたとおりです。安易に削除すれば、投稿者側から「表現の自由を侵害している」などと抗議される恐れもあり、専門家が「現在の法律はSNSを使って誰もが簡単に意見を発信する状況を想定していない。今の時代に合わせて基準を整理する必要がある」と指摘しているのは、正に正鵠を射るものといえます。なお、誹謗中傷の投稿削除などを巡り、法務省がグーグルと提携しています。報道によれば、日本の政府機関として初めて「プラットフォーマー」と呼ばれる巨大IT企業と具体的な対策で手を結んだ背景には、不適切な投稿の削除が進まない現状があるとされます。法務省人権擁護局は、誹謗中傷やプライバシー侵害などの問題がある投稿動画の情報について、グーグルが運営する動画投稿サイト「ユーチューブ」に報告する運用を始めました。ユーチューブは提供される情報を独自のガイドラインに沿って優先的に審査し、必要に応じて削除するというものです。ユーチューブは各国で政府機関や非政府組織(NGO)、個人らを「公認報告者」に認定し、削除などの要請があれば優先的に審査しており、同局はこの公認報告者に新たに認定され、ヘイトスピーチや嫌がらせなどの投稿動画を削除するユーチューブの取り組みに参加することになります。

さて、人権侵害を巡っては、ウイグル問題や米におけるヘイトクライムなどに代表されるように国際的に大きな問題となっています。そのような中、金融庁と東京証券取引所は6月に施行する上場企業への「コーポレートガバナンス・コード」(企業統治指針)に人権を尊重するよう求める規定を盛り込むことが報じられています(2021年5月5日付日本経済新聞)。中国のウイグル族の人権侵害で対中制裁に踏み切った欧米の投資家を中心に問題意識は高まっており、日本企業の人権意識が低いとみなされれば投資対象から外れるリスクがあり、指針を通じて自発的な対応を促すものです。東証は意見公募を経て6月に改定指針を施行することにしてます。東証が2022年4月に予定する市場再編で現在の市場1部に相当するプライム市場に上場する企業などを対象とし、具体的には指針の補充原則の中に、社会・環境問題をはじめとするサステナビリティー(持続可能性)を巡る課題の一つに「人権の尊重」を盛り込むことになります。関連して、日本企業が人権侵害を避けるためにサプライチェーン(供給網)の見直しを急いでいるとの報道もありました(2021年4月26日付日本経済新聞)。海外の取引先で児童労働や強制労働などがないかを調査し、必要に応じ調達先の切り替えを進めているといいます。以下、本記事から重要な部分を抜粋して引用します。

欧米では調達への人権配慮を求める法規制も進む。日本企業もリスクを把握し情報を開示するように求められ始めた。世界で民主主義が揺らぐ中、企業も政治リスクにどう向き合うか、難しい課題を突きつけられている。企業が強制労働やハラスメントなど人権への影響を特定することを「人権デューデリジェンス」と呼ぶ。自社だけでなく供給網も対象で、リスクに関する情報開示や予防・軽減策の導入も必要となる。欧州連合(EU)は加盟国に対して関連法制の整備を求める指令を出す方針で、2021年上半期にも法案が提出される見通しだ。日本政府も20年に「ビジネスと人権に関する行動計画」を策定し、企業に人権への配慮を期待するとした。…企業はウイグルの人権問題に対応すると、中国では不買運動のリスクにさらされ、ミャンマーでは税金を納めるだけで軍事クーデターを支援していると受けとられかねない状況も生じている。企業の政治リスクは高まるが、投資家は企業の選別を強めている。国連責任投資原則(PRI)はESG投資に関し、新型コロナ禍では「S(社会)」を重視すべきだとの考えを公表している。

関連して、外務省は同省のホームページに「ビジネスと人権」に関するポータルサイトを立ち上げ、日本政府が昨年策定した行動計画や、企業活動における人権尊重を定めた国連の指針を紹介する動画などを掲載しています。国際的に企業に人権尊重を求める声が高まる中、政府が昨年策定した「ビジネスと人権」に関する行動計画は、企業が強制労働や児童労働、差別といった人権侵害のリスクを特定し、予防策や対応策をとることの重要性などを指摘しています。一方で、自民党外交部会は、中国の新疆ウイグル自治区での人権侵害などをふまえ人権外交を推進する提言の骨子案をまとめています。集団殺害罪の防止や処罰に関する条約(ジェノサイド条約)への加入や、制裁のための法整備の検討を政府に求めることを盛り込み、5月中に提言を政府に示す予定としています。また、企業が事業活動に伴う人権侵害リスクを把握し、予防や軽減策を講じる「人権デューデリジェンス」の支援も求める内容です。なお、条約に加入すると、集団殺害の実行行為だけでなく共謀や扇動も処罰対象となるため、新たな国内法整備が必要になるとして慎重な声も多いところです。部会では、外為法や出入国管理法を改正して人権侵害を理由に資産凍結や入国拒否をしたり、海外で「マグニツキー法」と呼ばれる制裁法を新たに整備したりする手法を選択肢として提示しています。

写真上で別の人と顔を入れ替えるアプリが人気を集めるなど、誰でも気軽に作れるようになった合成映像ですが、一方で、人工知能(AI)を使って精巧に合成された「ディープフェイク」と呼ばれる偽映像が、デマや犯罪に利用されているとして海外で社会問題化しています。被害は国内でも広がりつつあり、専門家は法整備の必要性を訴えるものの、偽映像の作製自体を禁止するのは表現の自由もあり難しいと考えられるものの、選挙に影響するような政治的意図がある偽映像は取り締まれるよう、法整備や体制づくりを急ぐべきとの声も上がっています。直近では、福島、宮城両県で震度6強を観測した2月の地震直後、加藤官房長官が行った記者会見の画像が改ざんされ、ツイッターに投稿されたことがありました。このようにディープフェイクは深刻な社会問題となっており、2021年4月28日付読売新聞では、「SNSに投稿された精巧な偽の画像や動画を、どう判別するか。世界で方法が研究されているが、有効な技術は確立されていない。日本でも簡単に偽の画像や動画が作られ、飛び交う時代が近づいている。拡散を食い止められないと、何を信じていいのか分からない社会になりかねない」と警鐘を鳴らしています。同様の構図としては、フェイクニュース(偽情報)問題もあります。直近では、EUが公表した報告書で、ロシアと中国のメディアが西側諸国の新型コロナウイルスワクチンに対する不信感を広めるために組織的に偽情報を流布しているとの見解を示しています。報道によれば、報告書では、両国の国営メディアが昨年12月から今年4月にかけて、ワクチンの安全性に関する懸念を扇情的に伝えるフェイクニュースを複数の言語でオンライン上に流し、欧州におけるワクチン接種と死亡例との間に根拠のない関連性を持たせ、ロシア製および中国製のワクチンが優れていると示したと指摘しています(当然のことながら、ロシアと中国はEU側の主張を否定しています)。なお、ディープフェイク問題については、現在、総務省の検討会で議論が行われておりますので、最新の資料から、紹介しておきます。

▼総務省 プラットフォームサービスに関する研究会(第27回)配布資料
▼資料3-2 ディープフェイクについて
  • 「ディープフェイク」は、「ディープラーニング」と「フェイク」を組み合わせた造語。現在では人工知能を用いて、実際には存在しないリアルで高精細な人物の映像・動画を制作する行為や、それらで制作された映像・動画について指すことが多くなっている。本来は人物の動画、画像、音声を人工的に合成するための処理技術の一種(マイクロソフト「Spot the Deepfake」より)。広大な撮影スタジオや、専用の撮影・編集機材を用いなくても、PCなどの環境で動画等を作ることができるため、映画制作等において貢献する。
  • ディープフェイクが注目を集めたきっかけは、2017年、あるポルノ映像が作成されネット掲示板上に投稿されたことによる。ハンドルネームが「ディープフェイクス(deepfakes)」であった。
  • 2020年11月の米大統領選において「ディープフェイク」を用いた偽情報が制作され出回ることが懸念されたが、実際にはそのような状況にはならなかった(事例はゼロではなかった)。
  • 「ディープフェイク」は、「チープフェイク」と対義して使われることもある。「チープフェイク」は動画の再生速度を調整したり、画像編集ソフトを用いて画像の必要な部分を切り取る等の簡単な処理で作成する技術等を指す。なお、日本でも話題になった、米民主党の下院議長ナンシー・ペロシ氏が酔って話しているように見えた動画は、元の動画の再生速度を遅くして制作されており、「チープフェイク」に分類できる。
  • ディープフェイクは、海外の事案が多いが、2020年10月には、わが国において自らの有料ウェブサイトや海外サイトにディープフェイクポルノ動画をアップロードしていたとして大学生とシステムエンジニアの男2人が逮捕された。
  • ディープフェイクで作成された動画は増加傾向にある。オランダの情報セキュリティ調査会社の「Sensity(旧Deeptrace)」は、約500の情報源を対象に監視活動を通じてディープフェイク動画の検出を行っている。2020年12月には5万件の動画を検出した。同社が活動を始めた2018年以降、6か月ごとに約2倍のペースでディープフェイク動画が検出されている。
  • ディープフェイクの脅威に晒されている国は、米国が42%と最も高いが、日本は6%と5番目にランクされている。また、ディープフェイク動画の分野は、「エンタテイメント」55.9%、「ファッション」23.9%、「政治」4.6%の順で高くなっている。動画の内容はポルノが多いと言われており、対象者のプライバシーや肖像権保護の観点から問題視されている。
  • ディープフェイクで作成された動画を検出する技術・ツールが開発されている。Microsoft「Video Authenticator」、Sensityの「DEEPFAKE DETECTION」等、実用化したサービスもある。また、トルコの情報セキュリティ企業の「deepware」は、対象動画がディープフェイクの可能性があるかどうかを判断できるツール「DEEPWARE SCANNER(β版)」を開発し公開している。
  • ディープフェイクの脅威に対抗するための専門組織も立ち上げられている。例えば、米国の情報セキュリティ企業の「マカフィー」ではAIを活用しディープフェイクの検出を行う「ディープフェイクラボ」を2020年10月に設立した。しかし、ディープフェイク制作技術も同時に進歩しており、完全に抑え込めた状況にはなく、検出のための研究開発も進められている。
  • 一般の人がディープフェイクについて自己学習できるオンライン教材も存在する。Microsoft、ワシントン大学(UW)のCenter for an Informed Public、USA Today、Sensityは共同で「Spot the Deepfake(仮訳:ディープフェイクを見つけよう)」をウェブ上で公表した。学習者は10問のクイズに答えながらディープフェイクの特徴を学ぶことができる。
  • ディープフェイク検出技術の公募コンテスト。Facebook,Microsoft,ミュンヘン工科大学,フェデリコ2世ナポリ大学,コーネル工科大学,MIT,オックスフォード大学,UCバークレー,メリーランド大学カレッジパーク校,ニューヨーク州立大学オルバニー校,Partnership on AIが立ち上げた。ディープフェイク動画と本物の動画を識別するもので、2019年12月から2020年5月まで開催。優勝賞金は総額100万ドル、1位には50万ドルが授与された。2,114チームが参加した。
  • 結果
    • コンテスト用に制作し、あらかじめ公開していた動画(パブリックデータセット:115,000本)を対象とした場合、トップのチームがフェイク動画を識別できた精度は、56%であった。
    • 一方、コンテスト参加者に予め提供されていなかった動画(ブラックボックスデータセット:識別を困難にする加工も施された10,000本)を対象とした場合には、トップチームがフェイクを識別できた精度は、18%であった。
    • パブリックデータセットとブラックボックスデータセットでは、評価順位に大きな違いがあり、既知のデータから、新たな事例に対応することの困難さも明らかになった。
  • 日本では、文部科学省が定めた戦略目標「信頼されるAI」の下、2020年に科学技術振興機構(JST)の5つの戦略目標の中に、「信頼されるAI」も研究領域として位置づけられ、公募の結果5件が採択された。国立情報学研究所(NII)越前功教授が研究代表者となり、「インフォデミックを克服するソーシャル情報基盤技術」は、2020年12月から5年間かけて、取り組まれる。同研究は、「AIにより生成されたフェイク映像、フェイク音声、フェイク文書などの多様なモダリティによるフェイクメディア(FM)を用いた高度な攻撃を検出・防御する一方で、信頼性の高い多様なメディアを積極的に取り込むことで人間の意思決定や合意形成を促し、サイバー空間における人間の免疫力を高めるソーシャル情報基盤技術を確立する。」ことを目的としている。
  • まとめ(本日時点)
    1. ディープフェイク動画は、まだたくさん世の中に出ている状況ではない
      • ディープフェイクは、専門環境が不要でPCで作成でき、従来よりもコストをかけずにリアルな動画等を制作できる技術。しかし、高精細な動画を制作しようとした場合には、現状では一定のスキルが求められ、かつ手間暇がかかる。前述したトム・クルーズのディープフェイク動画においては制作者は、AIの画像学習に2か月、動画撮影に2日、編集に24時間かけている。
      • 2020米国大統領選においても、事前に懸念されていたようなディープフェイク動画が多く出るような状況にはなかった。簡単で安価なツールを使い、画像やテキストなどのディープフェイク以外の効果的な偽情報を生成できたためと分析されている。
    2. ディープフェイク制作技術は進化し続けている
      • ディープフェイクの検知技術の開発を行った、国立情報学研究所の越前功教授によると「ディープフェイク動画は精度は上がり、人目では判別がつきにくくなってはいるが、時間軸でみたときにまだ違和感が出てくる状態。一方で、ディープフェイクで作った静止画像は人目では真偽の判別が難しい、よりリアルなレベルになっている。」と、画像・動画制作技術は進化し続けているとの指摘がある(ヒアリングによる)。
      • また、前述した「deepfake detection challenge」では、主催者側で、識別を困難にする加工が施され、予め提供されていなかった動画を用意し、それらを対象に検出を行った結果、トップチームが識別できた精度は65%であった。検出精度は完璧とは言いづらい状況である。
      • 今後、新たなディープフェイク画像・動画等が出てくる可能性があり、検出技術の開発も進める必要がある。
▼資料4 フェイクニュース生成・拡散のメカニズム
  • フェイクニュースは、インターネットにおけるニュースの生態系(生成・拡散の構造)の問題である。
  • 既存メディアのようなプロフェッショナルメディアが、フェイクニュースに対抗するために記事書く際に、うわさを権威づけたり、より拡散してしまったり、しないように注意して取り扱うべきである(クレア・ウォードル)。
  • 日本では、テレビと新聞が全国をネットワークしており、インターネットではポータルサイトのヤフーが大きな影響力を持っている。インターネットのニュースでは、ミドルメディアが話題や議論の流れに影響を与えている。
  • ミドルメディアは、マスメディア(テレビやポータルサイト)とパーソナルメディア(ソーシャルメディアを含む)の中間的存在。ネットの話題や反応を取り上げるニュースサイト、まとめサイト、トレンドブログなどが代表例。
  • 「フェイクニュース」はいきなり生まれるのではなく、ミドルメディアを中心にし、ソーシャルメディアやマスメディアを行き来しながら、メディア間の相互作用で成長する。
  • メディア間の相互作用により成長した「フェイクニュース」は、記事配信を通して大きな影響力を持つポータルサイトに到達。ポータルサイトから、ミドルメディアやソーシャルメディアに拡散する。これを「フェイクニュース・パイプライン」と呼ぶ。
  • ミドルメディアを中心とした「フェイクニュース」の生成・拡散過程は、メディアによる「非実在型デマ」
    #東京脱出や「デマ」指摘がある千人計画問題でも同様の構造となっている。
  • ファクトチェック活動の課題
    • 対象がリベラル寄りで偏っているという指摘。
    • 政治家が対立する候補や政党を攻撃し、自らの立場を強める「ファクトチェックの武器化」が起きている(デューク大学レポータズ・ラボのマーク・ステンセル)。
    • 有権者が支持する候補者にとって有利な内容や相手候補者を貶める内容のファクトチェック結果を選択的シェアする傾向がある。
  • ソーシャルメディア研究で知られるダナ・ボイドは、信頼できる情報源が共有されていない社会では、批判的思考を重視するメディア・リテラシー教育が自分の信念を強化する方向に働き、むしろ逆効果になる可能性を指摘している。
  • 「フェイクニュース」対策の課題
    • 汚染されたニュース生態系の改善なくして「フェイクニュース」問題の解決は困難である。
    • ファクトチェック活動や、メディア・リテラシー教育も、ニュース生態系と無縁ではなく、構造を踏まえた活動や教育が求められる。
  • 「フェイクニュース」への対策案
    • 汚染されているニュース生態系の改善につながる複合的な対策が必要。
      1. プラットフォーム
        • 「フェイクニュース」を拡散しているアカウントやサイトの削除や広告の停止。
        • ポータルサイトやニュースアプリ等で、こたつ記事に代表される低品質記事の配信や表示を停止し、クオリティの高い報道に資金が流れる構造を作る。
      2. 既存メディア
        • こたつ記事をやめ、クオリティの高い報道に注力する。
      3. ファクトチェック団体など
        • ファクトチェック活動の透明性確保、説明責任を高める。
      4. 削除や停止のためには「フェイクニュース」アカウントやサイトを特定し、判断し、共有する仕組みが必要。
        • 表現の自由に配慮した、自主的な仕組みづくりが重要。
      5. 学際的な研究推進機関が必要。
        • テクノロジーと社会などの複合分野の研究者による立体的アプローチ。
        • 既存メディアやファクトチェック団体、プラットフォーム事業者(特にデータ提供は必須)との連携。
        • 研究対象のフォーカス。誤報やメディア批判が「フェイクニュース」として扱われ研究が推進される危険性。

その他、最近の報道から、誹謗中傷に関するものをいくつか紹介します。

  • フジテレビの番組「テラスハウス」の出演者が命を絶った問題を受けて、同社は、SNS上でのリスク管理や炎上した際の対応を行う「SNS対策部」を新設したことを明らかにしました。この問題を受けて同社が社内に設けたSNS対策委員会の提言を受け、今年3月8日に総務局内に「コンテンツ・コンプライアンス室」を新設、同室にSNS対策部を設けたということです。報道によれば、SNS上での炎上・誹謗中傷を防ぐための番組制作におけるリスク管理、炎上などが起きたときの対応、弁護士や精神科医など専門家による出演者・スタッフへのケア体制の構築などにあたるとしています。
  • フジテレビ「テラスハウス」出演後に死去したプロレスラー木村花さんの母響子さんが、インターネット上の書き込みで花さんを侮辱されたなどとしてプロバイダーに投稿者の情報開示を求めた訴訟の判決が東京地裁であり、判官は訴えを認め、氏名や住所などの開示を命じています。投稿者は昨年9月、ネット上の掲示板に「プロレスしか取り柄がないから他の仕事選べなくて死んだ」などと書き込んだというもので、裁判官は、書き込みが「社会通念上許される限度を超え、原告の子に対する追慕の情を侵害している」と認定、情報開示が必要と結論付けています。
  • 山梨県道志村のキャンプ場で2019年9月に行方不明になった小倉さん(8)の母とも子さんが、ツイッターの投稿で中傷され名誉権を侵害されたとして、米ツイッター社に発信者情報の開示を求める訴訟を東京地裁に起こしています。とも子さんは、美咲さんが行方不明になった直後から、目撃情報を得るためにSNSで毎日のように情報発信を続けていますが、報道によれば、これに対し2020年9月~2021年1月、「母親が犯人」などと、とも子さんを中傷する投稿が11件、美咲さんを侮辱する投稿も3件あったということです。とも子さん側は「中傷は許容される限度を超えて名誉感情を侵害している。死者に対する敬愛追慕の情は法的保護に値するとした裁判例があり、長期の行方不明者にもこれが当てはまる」と主張、14件の投稿をした9アカウントについて、ユーザー登録された電話番号やメールアドレスの開示を求めています。
  • 昨年7月に亡くなった俳優の三浦春馬さんが所属していた芸能事務所「アミューズ」は、公式サイトで、三浦さんに関する「事実ではない事柄に基づく書籍の販売やSNS等を利用した発信」を批判するとともに、ファンに購入や拡散をしないよう呼びかける声明を公表しています。報道によれば、「デマ情報」としてウェブサイトや本を名指ししており、SNS上などでは「(大手事務所としては)珍しい対応では」などとの声があがっているといいます。アミューズは定期的に警察に相談のうえ、発信者らへの削除要請などを重ねており、プロバイダーに対しては発信者情報開示などの手続きも活用しているということです。既に複数の裁判も抱えているといい、現在準備を進めている案件もあると明かしています。
  • 本コラムでも取り上げてきましたが、健康食品販売大手「DHC」がHPに在日コリアンを差別する吉田嘉明会長名の文書を掲載している問題に関連して、高知県南国市は、同社と結んでいる災害時などの包括連携協定を解消することを明らかにしています。報道によれば、市議会で指摘があり、市は4月中旬、DHCに削除を求めたが、断られたため、同23日に協定解消を決め、同社に文書で通知したとのことです。同市と同社は2017年2月、災害時に同社がサプリメントを供給するなどの協定を締結していました。なお、同様の協定を結んでいる同県宿毛市も「不適切な内容」として、対応を検討しているということです。
  • 在日コリアンの家族を持つ神奈川県内の男子大学生(18)が、ブログ上での差別的投稿で民族的アイデンティティーを傷つけられたなどとして、書き込んだ大分市の男性に300万円の賠償を求めた訴訟の控訴審判決が東京高裁であり、裁判長は「読者に対し差別的、侮辱的言動をあおるもの」、「書き込みは極めて悪質」と判断した上で、一審横浜地裁川崎支部が男性に命じた賠償額91万円を130万円に増額しました。報道によれば、賠償額のうち100万円は慰謝料で、原告が当時中学3年だったことを踏まえ、「多感な時期に与えた精神的苦痛は多大。謝罪の意などは被害を軽減するものとはいえない」として増額されたといいます。原告の代理人弁護士によると、1回の書き込みに対しては異例の高額となっており、判決は人種差別そのものを違法としており、ヘイトスピーチの抑止効果も期待できるといいます。
  • 神奈川県厚木市の映画館が、右翼団体の街宣活動の予定を受けて、ドキュメンタリー映画の上映を中止しています。配給会社は近隣店舗への説明やスタッフの負担など「劇場の事情を考慮した」と説明している一方で、映画関係者からは懸念する声も上がっています。同館と配給会社「太秦」は連名で「上映中止の経緯」とする文書を公表。厚木署から、右翼団体が周辺で街宣活動をするとの連絡があったとして「騒音などで近隣住民や隣接店舗に迷惑をかけることは心苦しい」、「見物人が密となり、新型コロナウイルス感染拡大が懸念される」と理由を説明しています。一方で、報道によれば、脚本家・映画監督の井上淳一さんは「抗議や圧力に屈することは、全ての映画、映画館に関わる」と危惧しています。なお、横浜でも街宣車が来たものの、予定通り上映したといい、「映画を届ける側も経験や情報を共有し、表現の自由を守る覚悟を持つ必要がある。議論が起こるような映画はやめておこう、となってしまうのが一番怖い」と指摘しています。

FBの監査委員会は、トランプ前大統領が今年1月6日にFBなどの動画で、米議会議事堂を襲撃した人たちを「偉大な愛国者たち」などと投稿して称賛したことは、暴力賛美を禁じたFBの規約を著しく違反するものだと指摘、また、昨年11月の大統領選が「詐欺的な選挙だ」などと主張したことについても、「暴力を引き起こし得る深刻なリスクがある環境を作った」と分析し、FBの凍結判断は「正当化される」としています。一方で、FBがトランプ氏ら保守派の投稿を削除したり、投稿に注記をつけたり、アカウントを凍結したりした判断については、「言論の自由を抑圧する」との批判があったほか、FBが利用者に科す通常の罰則は、「規約に違反した投稿の削除」や「期限つきのアカウント凍結」、「ページとアカウントの永久的な無効化」などであり、トランプ氏への「無期限の停止」という措置はあいまいで基準に基づかず、不適切だとも判断、半年以内に適切な処分を決めるように求めています。本件に関して、2021年5月9日付ロイターが、大変興味深い指摘をしていますので、以下、抜粋して引用します。

政治指導者の情報発信を巡るFBの対応は、米国だけでなくインド、ブラジル、ミャンマー、フィリピンといった国でも重大な意味を持つようになっている。国連や市民団体らによると、これらの地域の政治指導者がFBを通じて憎悪を駆り立てたり、偽情報を拡散したりして、多数の犠牲者を出すような事態を招いているからだ。監督委員会は「FBは政治的な話をする上で実質的に必要不可欠なメディアになった。(従って)政治的な意見表明を容認しながら、人権に深刻なリスクをもたらすのを避ける責任がある」と強調した。…主要な情報発信源になったFBは、総じて言えば政治指導者に対して表現の自由を行使する余地を与えている。なぜなら指導者の発言は、政府を機能させる上で大事であり、ニュース性があるからだ。それでも規約に違反した政治家や政治的発言への取り締まりに動いており、インドやハンガリー、メキシコなどの政府からの反発や規制強化の脅しを受けている。ただ多くの市民団体が苦言を呈するのは、FBがやたらとプラットフォーム上の反対意見を「封殺」しようとしながら、強権的な政府が同社やその傘下のインスタグラム、ワッツアップなどをさまざまな形で悪用している問題に対処する有効な手段を持っていない点だ。特に状況が緊迫しているのはインド。昨年以降、FBは与党のインド人民党(BJP)所属の政治家によるヘイトスピーチなどの規制が後手に回っている、と利用者から厳しい目を向けられている。その半面、FBはインド政府から、地方政治家などが中央政府のパンデミック対応を批判した投稿を削除するよう突き上げられている。

また、2021年5月12日付日本経済新聞に掲載された、Finanncial TIMESの論考(SNS無規制が招く危険表現の自由、企業に任せるな)も、大変興味深いものであり、同様に抜粋して引用します。

独自の監督委員会を創設することで、FBは表現の自由という問題の枠組みを巧妙に規定した。そうすることで、自社の業務慣行とビジネスモデルを暗に是認し、原因ではなく結果を重視する仕組みにしたのだ。だが、監督委自体が先日論じたように、これはFBが責任を回避できるということではない。…ブラジルのボルソナロ大統領やフィリピンのドゥテルテ大統領といった他の扇動的な指導者の投稿削除やアカウント凍結でFBがどこまで踏み込めるかが、その試金石となる。FBは、インドやベトナム、タイなど表現の自由が脅かされている国で、自由を守るためにより多くの対策を講じるべきだ。一方で、我々はSNS上にまん延する人種的な憎悪、デマ、過激なプロパガンダ(宣伝工作)の排除もFBに求めている。…欧州連合(EU)が人工知能(AI)規制法案で提案しているように、各国の規制当局はアルゴリズム(計算方法)によって導き出される企業の意思決定の根幹を成すデータにもっと注意を払うべきだ。各国の独占禁止当局は、ネットワーク効果と市場構造の影響を検証し、商業的な利益と公共の利益を切り離さなければならない。オンライン上での表現の自由をめぐる問題には、単純な答えは存在しない。だが、より複雑な答えを探す試みは不毛だというわけではない。ただ、表現の自由というすべての人にかかわる問題について、FBという一企業が自社に有利になるように枠組みを規定することは許してはいけない。
  • FBの写真共有アプリ「インスタグラム」は、ヘイトスピーチ(憎悪表現)やオンライン上のいじめ対策機能を付け加えると発表しています。攻撃的な言葉やフレーズ、絵文字を検知し、ユーザーの目に触れないようにするということです。こうしたフィルターオプションのほか、ユーザーにブロックされた人々が新アカウントを通じてユーザーに接触するのを一層困難にする措置も取るとしています。若年層の間でFBよりも人気が高いインスタグラムは、ヘイトスピーチやオンライン上でのいじめに対する取り組みを強化しており、フィルター機能はプライバシー設定で実行でき、ユーザーはブロックしたい言葉やフレーズ、絵文字を自身で選ぶことが可能であり、数週間以内に一部の国で導入するということです。
  • 米議会上院は、米国で多発しているアジア系住民へのヘイトクライム(憎悪犯罪)防止に向けた法案を超党派の賛成多数で可決しています。司法省に司令塔となるポストを設け、各州の警察当局が対策を取りやすくするのが柱で、類似の法案を検討している下院でも可決されれば、バイデン大統領の署名を経て成立することになります。憎悪犯罪は実際の発生件数と比べ、当局に報告されている数が少ないとの指摘があり、法案が成立すれば地方の警察当局が憎悪犯罪を把握し、地域のアジア人社会を含めた対策を取りやすくなる効果が見込めるということです。
  • イングランド・サッカー協会(FA)は、インターネット上で選手らに対する差別的な誹謗中傷が続くことに抗議し、プレミアリーグや女子スーパーリーグ、プロ選手協会などと合同でソーシャルメディアを一時的にボイコットすると発表しています。各クラブはFB、ツイッター、インスタグラムの使用を休止しました。イングランドでは特に選手に向けた人種差別的な投稿が横行する問題が深刻化しており、FAなどはソーシャルメディアの運営会社に対して対策強化を求めています。

(7)その他のトピックス

①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向

本コラムではその当初から動向を確認していましたが、米FB(フェイスブック)は、2019年6月にデジタル通貨を発行する構想を表明し、リブラ協会を設立しました。当初は複数通貨のバスケットを裏付けとする世界共通のシステムを構築して国際送金のコストを下げることなどを目指していましたが、金融政策への悪影響に加え、マネー・ローンダリング対策や個人情報の保護体制などについて、各国の規制当局や中央銀行から懸念が相次ぐ事態となりました。批判を受けて運営団体は2020年4月、個別通貨を裏付けとするステーブルコインの発行を優先する方針を決め、米ドル連動型に特化する形で準備を進めてきました。今般、FBが主導している暗号資産(仮想通貨)「ディエム」の発行・管理団体(本拠・スイス)がスイス金融当局への認可申請を取り下げ、主要拠点を米国に移すと発表しました。スイスを拠点にグローバルなデジタル通貨の立ち上げを目指してきたところ、米国の既存銀行と提携する形に切り替えることとなり、当初の構想からは大きく後退した形となりました。ディエムの管理団体は、暗号資産関連会社へのサービスで業績を伸ばしている米「シルバーゲート銀行」(本拠・カリフォルニア州)と提携し、同銀行がドルに連動する暗号資産「ディエム・ドル」を発行すると発表しています。さらに、ディエムの支払いサービスを運営する「ディエム・ネットワークスUS」は、米財務省の金融犯罪を防ぐ枠組み(フィンセン)に登録したうえで、サービス開始を目指すことになります。FBの「リブラ構想」のインパクトは相当なインパクトがあり、そこから各国のCBDC(中央銀行デジタル通貨)構想の検討が急ピッチで進められることとなったことは間違いありません。現時点ではドル連動型ステーブルコインという形になりますが、コロナ禍で世界が大きく変わる中、「リブラ構想」の描いた未来図に向けてどのような手を打ってくるのか、FBの動向には注視していく必要がありそうです。

さて、中央銀行が発行するデジタル通貨の実現が現実味を帯び始めていることは本コラムでも毎回、お話してきたとおりです。CBDCは中国やスウェーデンを含む複数の国で実証実験が進められており、米国でも「デジタルドル」の導入が提案されました。一方で、長らく懸念されてきた利用者のプライバシー保護という問題を完全に解決する道は、いまだ不透明なままになっています。プライバシーを巡る議論は、現金の重要性と独自性を改めて浮き彫りになっています。現金は「ポケットに入った硬貨は完璧な自由の証」との評価のとおり、完全な匿名性を得ている独自な存在ですが、CBDCでそれがどの程度実現できるのか、むしろ、オフラインで匿名性を確保できるデジタル通貨の実現も追求する道もあるように思われます。

CBDCのうち、今最も注目されているのは、中国のデジタル人民元です。来年2月の北京オリンピックでの実装に向けて実証実験が順調に進んでいるところ、中国人民銀行(中央銀行)の周小川・前総裁は、中国はデジタル人民元を国際決済に利用することを急ぐべきではないとの考えを示しています。規制上の問題と、世界的な影響を巡る海外からの懸念をその理由として挙げています。報道によれば、周氏は、デジタル人民元は当面、主に国内の個人向け決済に使われる予定で、いずれは国境をまたいだ資金決済にも用いられる可能性が高いと予想するも、マネー・ローンダリングのほか、テロ目的やギャンブル目的の資金調達防止など、複雑な問題を抱えるとし、簡単なことではなく「急ぐべきではない」と述べたといいます。一方、周氏は、デジタル人民元が既存の国際金融システムに脅威を与えるという海外の懸念を否定、主要通貨である米ドルに取って代わる存在になるとの懸念を示す向きもあるなか、元は交換性と利便性の面からドルに大きく遅れを取っていると指摘、「実際にはそれほど深刻ではないだろう」としています(さらに、中国人民銀行の李副総裁は、デジタル人民元の実証実験をより多くの都市で行う考えを示しつつ、正式な導入時期は決まっていないと述べています。これまでの実験の結果、デジタル人民元の発行・流通メカニズムが既存の金融システムと互換性があり、銀行セクターへの影響を最小限に抑えることができることが分かったとし、デジタル人民元のエコシステムを改善し、安全性と信頼性を高め、法律や規制の枠組みを構築する方針を示しています)。ただし、元を基軸通貨として国際的な覇権を握ることを目指す中国にとって、デジタル人民元のあり様は極めて重要であり、(当面の課題はその通りだとしても)周氏の発言を額面通り受け取ることは難しいものと思われます。一方で、デジタル人民元の導入により、お金の流れがすべて把握でき、監視態勢の強化に資するという点については、(デジタル人民元を導入せずとも)既に電子マネーなどモバイル決済に十分な規制をかけており、その目的は十分に達することが可能であること、高齢者を中心に現金がなくなることはないことなどからデジタル人民元が元や基軸通貨にとってかわるということも考えにくい状況もあります。さらに、国際的にみても「中国が他の主要国よりはるかに厳しい資本規制の維持にこだわっていることやその政治体制に対する根強い不信感が、人民元の魅力をそいでいる。制約要因は政策や政治であって、技術ではない」(2021年5月11日付日本経済新聞)といった意見も説得力があります。

一方、2021年4月30日付ロイターによれば、米証券取引委員会(SEC)のピアス委員が、中国が急速に開発を進めるデジタル人民元について、ドルの失墜にはつながらないという考えを示しています。中国はすでにデジタル人民元の試験運用を開始しており、元がいずれドルに代わる基軸通貨になるのではないかという声も一部にあるところ、ピアス委員は、ドルやユーロといった資産に固定され、安定した価格変動を目的とした暗号資産である「ステーブルコイン」の伸びにより、ドルの地位は維持されると指摘、「今年に入ってからもステーブルコインは非常に大きな成長を遂げており、これがデジタル人民元に対する事実上の答えなのかもしれない。もしステーブルコインがドルに裏付けられたものであれば、ドルはなお相当に重要な意味を持つ」と述べています。また、米ボストン地区連銀のローゼングレン総裁は、CBDCに関する必要な技術を検証しているが、発行に踏み切るにはさらなる調査が求められると述べています。また、報道によれば、CBDCは金融包摂を向上させ、国境を超えた金融取引のコストを削減し、金融政策の実施に柔軟性を与える可能性があると指摘、一方で、FRB当局者は金融安定性に対する脅威の可能性を含めCDBCの使用に伴う政策的含意やトレードオフを十分検討する必要があるとしています。そして、米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は、中国がデジタル人民元の開発を急速に進めていることはプレッシャーにはならないとし、中国のアプローチは米国では取れないとの見解を示しています。報道によれば、「速さよりも、きちんと実施することがはるかに重要」と述べ、FRBが重視するのは、世界の主要な準備通貨でもあるドルのデジタル化で重大な過ちが起きるのを防ぐことであり、実現のスピードでないと強調しています。また、デジタル人民元に関しては「どんな決済も政府がリアルタイムで把握できる」と指摘し、米国ではそういう運用はできないとの認識を示しています。FRBはCBDCについて、可能性のある性能を時間をかけて理解していると説明、世界の準備通貨としてのドルに依存する国、その国民が納得する方法でCBDC技術を活用することが含まれるとしています。

欧州中央銀行(ECB)は、ECBが発行を計画するデジタル通貨である「デジタルユーロ」に関するアンケートを公表しています。プライバシーや安全性を重視する声が目立ったということであり、デジタルユーロによる決済は匿名性が失われるとの懸念が一部で根強く、プライバシーの確保を最重要視するとの回答が43%と最も多かったといいます。このほかの回答は安全性が高いこと(18%)、ユーロ圏全体で利用しやすいこと(11%)、追加コストがかからないこと(9%)、オフラインで使用できること(8%)などとなっています。さらに、回答者の半数は保有できるデジタルユーロに上限を設けることや、残高が一定の水準を越えたらペナルティーを課すことに賛成しているといいます。

英国のスナク財務相は、イングランド銀行(英中央銀行)のデジタル通貨の可能性を探る新たなタスクフォースの設置を発表しています。報道によれば、「分散型台帳技術といったテクノロジーでイノベーションを進める企業を対象に新たな金融市場インフラ『サンドボックス』も立ち上げる」と述べ、政府は「できる限り最高の規制基準」を確保しつつ、株式取引の制約を緩和するといった資本市場改革に取り組むとしています。また、同行のカンリフ副総裁は、英中銀による独自のデジタル通貨発行には正当な理由があると述べつつ、まだ決定には至っていないとしています。2021年5月14日付ロイターによれば、国民が支払いに充てることが可能な資金の約95%は現在、現金ではなく銀行に預けられ、現金での支払い割合は10年前の約60%から新型コロナウイルスのパンデミック前時点で23%に低下したと指摘、さらにパンデミックにより、英中銀が発行する「公的なお金」からオンライン取引やクレジットカード・デビッドカードでの決済で使用される「デジタル上の私的なお金(電子マネー)」に加速的に移行しているとし、「一般的に使用可能で全国民が利用できる公的なお金の維持を望むなら、公的なデジタル通貨を発行する必要があるだろう」としています。ただし、イノベーションを民間に委ねた場合、1~2社が独占し、コストやプライバシーに影響を及ぼす可能性があるとも警告しています。

その他の国々の動向についても概観しておきます。まず、スイス国立銀行(中央銀行)のトーマス・モーザー代理政策委員は、他国とのデジタル通貨に関する初めての試験を計画していると述べています。報道によれば、デジタル通貨のイベントで、スイスの次の段階として「一部のクロスボーダー機能を試験する」と指摘、この試験には他国の中銀とスイスフラン以外の別の通貨が関与するとの見方を示しています。また、CBDCではありませんが、国境をまたぐデジタル送金の取り組みとして、シンガポールとタイの金融当局は、それぞれの国で運用中の銀行口座間の電子送金システムを接続したと発表したということもありました。東南アジア諸国連合(ASEAN)は金融サービスの相互接続を進めており、域内他国にも広げていく構想です。金融機関を監督するシンガポール金融通貨庁(MAS)とタイ中央銀行が発表、こうした2国間のデジタル送金システムの接続は世界初ということです。シンガポールの「ペイナウ」、タイの「プロンプトペイ」に事前登録済みの個人間で利用できるとしています。また、同じくCBDCではありませんが、フィリピンで初めて、支店を持たずオンラインでサービスを展開するデジタル銀行が誕生しました。人口の1割とも言われる海外で働く国民を対象に、デジタルサービスを通じて金融商品などを提供し、海外送金も迅速にできるようにするもので、フィリピン財務省が、オーバーシーズ・フィリピーノ・バンク(OFバンク)を認可したと発表しています。報道によれば、海外勢を含む複数の金融機関もデジタル銀行の免許取得の申請を進めているといいます。フィリピンは人口の1割にあたる約1,000万人が海外で働くとされ、海外からの送金や仕送りが国内の消費を支えている側面もあります。一方、インド政府は、CBDCの導入に向けて、今年に入ってから、「すべての民間暗号資産を禁止する」法案を議会に提出する意向を示しています。これにより約14億人の人口を抱える同国で暗号資産が禁止される可能性があり、暗号資産の規制が世界で最も厳しい国の一つに数えられるようになります。すでにロイター通信は3月、暗号資産の持ち高を完全に解消しない者に刑事罰を科す法律が検討されていると報じていました。報道によれば、インド政府関係者らは、暗号資産市場の成長に伴って、テロリストの資金集めなどの違法な目的に使われる恐れや、ルピーの存在感の希薄化を懸念しているといいます。

次に暗号資産を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

トルコ中央銀行は、モノやサービスの購入決済で暗号資産の使用を禁止しました。報道によれば、重大なリスクがあり、「回復不可能な」損害の可能性があるためということです。なお、官報に掲載された法律で中銀は暗号資産、その他ブロックチェーン(分散型台帳)技術に基づくデジタル資産の直接、間接の決済手段としての使用を禁止、「決済サービス業者は、暗号資産を直接、間接的に決済に利用できるビジネスモデルの開発、そのようなビジネスモデルに関連したサービスの提供はできなくなる」ということです。禁止の理由として、暗号資産が中銀などの当局の規制の対象外で、決済手段に利用して回復不可能な損害が出る可能性があると指摘しています。さらに、トルコの捜査当局は、同国に拠点を置く暗号資産の交換業者「トデックス」の関係者70人超を拘束しました。数日前からインターネット上の口座にアクセスできなくなったなどとして、利用者らが詐欺などの疑いで告訴していました。報道によれば、当局は20億ドル(約2,200億円)の顧客資金を持って国外に逃亡したとされる創業者を国際指名手配しています。さらに、地元メディアによると、トデックスでは約39万人が計数百億~1,000億円超規模の資産を取引しており、トデックスは声明で詐欺などの疑いを否定し、取引は外部からの投資案件を完了させたうえ、数日で再開するとしています(なお、原稿執筆時点では再開されていないようです)。さらに、これを一つのきっかけとして暗号資産業者の閉鎖や取引停止が相次いでいるようです。同国通貨の下落で暗号資産投資が拡大する中、一部で詐欺の疑いが浮上し、換金を求める利用者の急増に対応できなくなったことが原因と考えらえています。一方で、規制が未整備との指摘もあり、当局は対応に乗り出しているようです。報道によれば、トルコには日本のように交換業者を登録制にするなどの利用者保護の規制がなく、十分な資本のない小規模業者が乱立していたということです。大統領府傘下の宗務庁はかねて「不当利得」につながりかねないと指摘しており、イスラム色の強いエルドアン政権が今後一段と厳しい対応を取る可能性も指摘されています。

米電気自動車(EV)メーカー、テスラのイーロン・マスクCEOは、暗号資産のビットコインのマイニング(採掘)に膨大なエネルギーが消費されることを批判するツイートを投稿しました。マスク氏はツイッターに、ビットコインの採掘にかかる電力消費量を示すグラフとともに、「過去数カ月のエネルギー消費トレンドは常軌を逸している」としています。さらに、マスク氏は、テスラ車の購入でビットコインを使った支払いを認めない方針も表明しています。テスラは今年3月に、米国でビットコインでの決済を受け入れると発表したばかりであり、方向性が180度転換するほどの急変となっています。マスク氏の投稿内容は、「テスラはBitcoinを用いた車両の購入を停止した。我々は、ビットコインのマイニングと取引にともなう化石燃料、特に石炭の使用の急速な増加を懸念しており、石炭は中でも最悪の排出源だ。暗号資産は多くの面で良いアイデアであり、私たちもその将来性を確信しているが、それは環境に巨大なコストを課すものであってはならない。テスラは今後いっさい、ビットコインを売ることはないが、マイニングがより持続可能なエネルギーに移り次第、即座に商取引に採用する意思はある。我々はまた、エネルギーの使用量がBitcoinの1%にも満たない、その他の暗号資産に注目している」というもので、これによりビットコインの相場は急落しています。マスク氏の言動に振り回されるのは今回が初めてではありませんが、テスラ社やビットコイン自体のもつ構造的な課題もまた浮き彫りになったといえます。なお、2021年5月14日付日本経済新聞によれば、暗号資産はマイニング(採掘)と呼ばれる大量のコンピューターを使う膨大な計算作業が欠かせない一方、それぞれ方式が違うので消費電力にも差が出るということです。暗号資産関連企業のリップルによると、ビットコインの電力消費量は年間でポルトガルの2年分、取引1件当たりで時価総額2位のイーサリアムの20倍超に及ぶといいます。4月上旬には業界関係者らが暗号資産版のパリ協定(温暖化対策の国際枠組み)をめざす「協定」を立ち上げ、2025年までに消費電力をすべて再生可能エネルギーに替え、40年までに温暖化ガス排出量の実質ゼロをめざす方向を打ち出しています。「乱立する暗号資産。消費電力が市場の評価を分ける決め手になるかもしれない」との指摘はなかなか考えさせられるものです。

  • 米ネット証券大手、チャールズ・シュワブの調査によると、英国の若年層の投資家は、ビットコインなどの暗号通貨を購入する可能性が株式を購入する可能性の2倍であることがわかったということです。18歳から37歳までの投資家のうち、暗号通貨を取引・保有している人は51%、一方、株式を購入・保有している人は25%で、55歳以上の投資家で、暗号通貨を取引している人はわずか8%にとどまっており、世代間のギャップが明らかとなっています。個人投資家によるオンライン取引が急増する中、暗号資産への関心も高まっている状況です。
  • (マスク氏も支持する)暗号資産ドージコインの価格がこの1年で200倍に跳ね上がっています。ビットコインがこの間、5倍にしか上昇していないことを鑑みれば、この動きは明らかに常軌を逸した「投機」だといえます。報道によれば、ドージコインは理論上、妨害行為に対してもビットコインより脆弱であり、最も心配なのは、いわゆる51%攻撃、つまり悪質な行為者が支配的なマイナー(採掘者)となって記録を改ざんし、二重支払いをさせることへの対応が十分できるのかという点だといいます。さらにビットコインと違ってドージコインの供給には制限が設けられておらず、年間約50億ドージのペースで永遠に拡大し続けるといいます。どの暗号資産がこれから生き残っていくのかを予測するのは難しく、今後もさまざまな暗号資産が乱立していく中、それが犯罪等に悪用されないことを期待したいと思います。
  • 「プランスゴールド・アービトラージ」、通称「PGA」と呼ばれる用いた暗号資産ビジネスについて、500億円を超えるともみられる巨額トラブルが発生しているとの情報があります。PGAの触れ込みは、「独自のアルゴリズムを使って24時間体制で複数の仮想通貨の売買を自動かつ瞬時に行い、高い利鞘を生み出す画期的なシステム」というもので、中国の企業で発明されたシステムとされ、日本に入ってきたのは昨年の春頃で、月に10~21%という高配当や一口約10万円から投資が出来る気軽さ、また誰かを紹介すれば40%の配当が手に入るというシステムも重なり、PGAは全国的に広がりを見せたようです。2万人以上が出資したと言われていますが、昨年10月に突如として出金が出来なくなるトラブルが発生しているといいます。本件については、その動向を注視していきたいと思います。
  • 米国最大規模の暗号資産交換所のコインベースが、米ナスダック市場に上場しました。主要な米国の暗号資産企業としては初の上場となりました。暗号資産業界にとってコインベース上場の意味は大きく、金融市場を規制・監督する米証券取引委員会(SEC)の上場審査を通過したことで、「信頼できるインフラ」として一定の評価を得たと評価できると思います。一方で、ブロックチェーン(分散型台帳)ビジネスの成長への期待がある半面、暗号資産の高騰頼みはどうしても否めず、上場企業として規制やガバナンスへの対応を迫られるのは必至だといいます。さらに、暗号資産ビジネスの危うさも孕んでおり、中央銀行や特定の管理者を持たないビットコインは、伝統的な金融秩序の中にも入り込み始めたものの、違法行為の手段となったり、金融秩序を阻害するようになったりすれば、当然規制の網をかけざるをえなくなるという点で、暗号資産交換業の上場はこうしたさまざまな難しさを内包しているといえます。また、暗号資産、とりわけビットコインの立ち位置の変化をふまえたFinanncial TIMESの論考(2021年4月21日付)が極めて興味深い指摘がなされており、以下、抜粋して引用します。
ビットコインが市場に登場したとき、「管理者不在」のシステム、決済手数料の安さ、プライバシーの確保、などを売り文句にしていた。なかでもよく知られるのは、人々の「金融仲介業者への依存」を打破する、というものだった。だが、コインベースはウォール街の関心をひき、顧客本人確認(KYC、Know Your Customer)やマネー・ローンダリング防止のルールなどの規制を受け入れる中で、「国家が管理する既存の法定通貨システムに挑む」という役割を手放した。そればかりか、ビットコインを開発したサトシ・ナカモト氏が想定した暗号資産取引の匿名性も差し出したのだ。…米中央情報局(CIA)のマイケル・モレル元長官代行は先週「ブロックチェーン解析は犯罪対策や情報収集のツールとして極めて効果的」と発言し、ビットコインネットワークに公式に支持を表明した。同じ週、リバタリアン(自由至上主義者)として知られる投資家のピーター・ティール氏は、デジタル通貨に積極的に取り組む監視国家の中国が、ビットコインを米国に対抗するための金融兵器にしようとしていると警鐘を鳴らした。これが何かを示唆しているとすれば、金融システムの管理において、暗号資産でなく国家に軍配が上がっているということだ。中央銀行や旧来の金融事業者に依存する世界に仮想通貨が風穴を開けることを期待する人たちは、コインベースの上場を祝うのではなく、嘆くべきだろう。どの点をみても、暗号資産は「解放者」というより、ユーザーをより巨大な監視の下に誘い出す「ハニーポット(蜜つぼ)」の役割を果たしていることが暗に示されている。
②IRカジノ/依存症を巡る動向

カジノを含む統合型リゾート(IR)事業の汚職事件をめぐり、収賄と組織犯罪処罰法違反(証人買収)の罪に問われた衆院議員の秋元司被告の公判が東京地裁でありました。報道によれば、贈賄側に虚偽の証言をするよう持ちかけた男(組織犯罪処罰法違反で有罪確定)が検察側の証人として出廷、秋元議員から証人買収を頼まれたとし、「現金をぶつけたいと言われた。切羽詰まった様子だった」と証言しています。男性は2020年5月、保釈中の秋元議員と東京都内の飲食店で面会、秋元議員から、贈賄側の中国企業「500ドットコム」の元顧問(贈賄罪で有罪確定)について、「2,000万円で話がつきそうだ」と打ち明けられたとしたほか、別の同社元顧問(同)についても、「話をしてもらいたい」と頼まれたということです。さらに、贈賄側が招いた海外視察に秋元議員と同行した元衆院議員の勝沼栄明氏も証人として出廷し、視察について、自家用ジェットの利用やチップも相手負担の海外視察だったとして、「IR事業で便宜を図ってほしい目的があると思った」、「旅行全体が秋元先生を接待するためのものだった」などと述べたということです。海外視察は贈賄側の中国企業が企画し、勝沼氏は秋元議員に誘われ、白須賀貴樹・衆院議員(千葉13区)らと2017年12月に参加したといいます。一方、秋元司被告の弁護人は、東京地裁に4度目となる保釈を請求しましたが、却下されています。秋元被告は収賄罪で起訴後、昨年2月に保釈されましたが、贈賄側に偽証を働き掛けた疑いで8月に再逮捕されて以降、勾留が続いている状況です。

さて、大阪府・大阪市が誘致を目指すIRにおいて、追加公募を行ってきたもの応じる事業者はなく、米MGMリゾーツ・インターナショナルとオリックスの共同グループ1社の参加登録の結果となりました。本コラムでも取り上げてきたとおり、大阪府・大阪市はコロナ禍で打撃を受ける事業者に配慮し、「世界最高水準」の実施方針案を見直し、施設の部分開業を認めて初期投資を抑えられるようにするなど配慮していますが、事業者優位の構図が続くことになり、今後はMGM連合の提案内容が焦点となります。報道で、市幹部が「万博もIRも大阪の成長戦略の柱。滞りなく準備を進めたいが、事業者に強くお願いできる状況ではない」と話していましたが、MGMの2021年1~3月期決算は、純損益が361億円の赤字(前年同期は879億円の黒字)、売上高は前年同期より27%減の1,795億円となったことからも、苦しい立場がうかがえます(なお、コロナ禍でカジノやホテルの苦戦が続いているものの、米国でワクチン接種が広がっていることなどを受け、回復基調にあるともいわれています)。なお、今後については、事業者を9月ごろに正式に選定する見通しとなっています。

横浜市については、3月に開催したオンラインシンポジウムの視聴者数が、延べ296人だったといい、著名なタレントなどを招いて誘致への理解を広める目的に対して、期待通りの成果は上がらなかったといえます(報道によれば、市の人口は約377万人のため、仮に視聴したのが全員市民だとしても、視聴率は0・008%程度という計算になるようです)。その一方で、IRに関する事業説明会で実施したアンケート結果を公表しています。

▼横浜市 IR(統合型リゾート)事業説明会 アンケート

事業説明会は2~3月にかけ、主にZoomを利用しウェブ上で計6回実施され、市民や在住・在勤・在学の人など計271人が参加し、後日170件の回答があったものです。IRの魅力について聞いた複数回答の設問では「市内経済の活性化」(回答数78)や「税収の増加」(同64)、「観光・エンターテインメントの場の増加」(同55)などが目立ったほか、不安に感じる部分については、同じく複数回答で「反社会的勢力の関与」(同70)、「周辺地域の治安悪化」(同63)、「依存症の増加」(同57)が多く選ばれていた点が興味深いものです。また、横浜市については、反対運動が活発な点も気になるところですが、横浜港の港湾事業者で構成し、IR誘致に反対する「横浜港ハーバーリゾート協会」が、候補地となっている横浜市・山下ふ頭の再開発構想について新たに3案を発表しています。それによれば、国際展示場を中心とした再開発の構想を示していたところ、コロナ禍を踏まえ、物流施設などを例示、従来の開発計画を見直し、新型コロナに対応した国際展示場やホテルなどの複合施設を新設する案、山下ふ頭全体で巨大な物流施設を新設する案、マンションを中心とした開発案の3案をまとめています。さらに、ほかにも給食センターや植物工場などの開発も提案、今夏に予定されている横浜市長選挙を見据えて、気運の醸成を図っています。

一方、和歌山県が進めるIR誘致計画については、事業者として有力視されていたサンシティグループ(マカオ)が撤退すると発表しています。サンシティは、ベトナムやロシアなどで複数のIRを運営しており、富裕層をカジノに呼び込んで接待する「ジャンケット」(仲介業者)としても知られています。同社代表は、「新型コロナによる業界への影響と世界中の企業における不確実性は長期にわたり続く恐れがある。日本のIR区域認定手続きは当初よりも大幅に時間を要すると想定され、多くの事柄が不透明であることなど、事業者としてのリスクを鑑み決断した」とコメントを出しましたが、撤退の理由として、マネー・ローンダリングに関与した疑惑が生じたこともあるようです。報道によれば、オーストラリアのカジノ管理機関が今年2月に公表した報告書で、同社の顧客がカジノでマネロンをしたなどと指摘されたといいます。同社は「現地政府の厳格な監督管理のもと現地の法律を適正に遵守して運営されている」などと声明を発表、さらに同社は「反社会的勢力と一切関与していない」などと声明を出していますが、疑惑はぬぐえず、和歌山県の事業者選定が難航していたようです。なお、残り1社の候補についても、県は事業者として選定しないことがあり得ると説明しており、誘致計画を大きく見直す可能性が出てきています。本コラムでも今後の状況を注視していきたいと思います。

長崎県も、佐世保市のテーマパーク「ハウステンボス」に誘致を目指していますが、オール九州で後押ししようと「九州IR推進協議会」が発足しています。報道によれば、長崎はアジア各国に近いことなどから優位、との見方もある中、同推進協議会は、昨年10月の九州地域戦略会議での提案を受けて発足、福岡市内であった発足式には、九州の経済団体や自治体の代表者約20人が出席し、IR誘致とこれに伴う需要の地元調達、官民一体で九州全域の魅力発信に取り組むことを定めた共同宣言を採択しています。

依存症に関するトピックスとしては、本稿執筆時点で「ギャンブル等依存症問題啓発週間」となっていることが挙げられます。

▼費者庁 5/14~5/20はギャンブル等依存症問題啓発週間です。

本取組みにあたり、「ギャンブル等依存症とは、ギャンブル等にのめり込んでコントロールができなくなる精神疾患の一つです。これにより、日常生活や社会生活に支障が生じることがあります。例えば、うつ病を発症するなどの健康問題や、ギャンブル等を原因とする多重債務や貧困といった経済的問題に加えて、家庭内の不和などの家庭問題、虐待、自殺、犯罪などの社会的問題を生じることもあります。ギャンブル等依存症は、適切な治療と支援により回復が十分に可能です。しかし、本人自身が「自分は病気ではない」などとして現状を正しく認知できない場合もあり、放置しておくと症状が悪化するばかりか、借金の問題なども深刻になっていくことが懸念されます。そこで、ギャンブル等依存症に関する注意事項や、対処に困った場合の相談窓口をお知らせします。相談の内容に応じ、これらの窓口をご利用ください。」、「なお、ギャンブル等依存症対策については、ギャンブル等依存症である方やそのご家族を含む国民の皆様への周知啓発や教育に関する取組、回復支援や治療に関する取組、借金の問題を抱えた方への相談支援の取組等が進められているほか、競技施行者・事業者による広範な取組も進められております(具体的施策は、ギャンブル等依存症対策推進基本計画(平成31年4月19日閣議決定)をご覧ください。)。これらは、ギャンブル等依存症対策基本法に基づき設置されるギャンブル等依存症対策推進本部の総合調整の下、各省庁の連携を確保しながら推進されており、内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全)は、同本部の副本部長に特定されています。」と紹介されています。なお、「ギャンブル等依存症からの回復に向けて」として、以下のポイントが掲載されていますので、あわせて紹介します。

  • 本人にとって大切なこと
    • 小さな目標を設定しながら、ギャンブル等をしない生活を続けるよう工夫し、ギャンブル等依存症からの「回復」、そして「再発防止」へとつなげていきましょう(まずは今日一日やめてみましょう。)。
    • 専門の医療機関を受診するなど、関係機関に相談してみましょう。
    • 同じ悩みを抱える人たちが相互に支えあう自助グループに参加してみましょう。
  • 家族にとって大切なこと
    • ギャンブル等をしている方に、家族の行事を顧みなくなった、家庭内の金銭管理に関して暴言を吐くようになった等の変化が見られる場合、ギャンブル等へのめり込み始めている可能性を考慮しましょう。
    • 家族だけで問題を抱え込まず、家族向けの自助グループに参加するなど、ギャンブル等依存症が疑われる方に振り回されずに健康的な思考を保つことが何よりも重要です。
    • 自助グループのメンバーなど、類似の経験を持つ人たちの知見などをいかし、本人が回復に向けて自助グループに参加することや、借金の問題に向き合うことについて、促していくようにしましょう。ギャンブル等依存症が病気であることを理解し、本人の健康的な思考を助けるようにしましょう。
    • 借金の肩代わりは、本人の回復の機会を奪ってしまいますので、家族が借金の問題に直接関わることのないようにしましょう。
    • 専門の医療機関、精神保健福祉センター、保健所にギャンブル等依存症の治療や回復に向けた支援について相談してみましょう。また、消費生活センター、日本司法支援センター(法テラス)など借金の問題に関する窓口に、借金の問題に家族はどう対応すべきか相談してみましょう。

(8)北朝鮮リスクを巡る動向

2021年5月10日付産経新聞によれば、国際社会の制裁で外貨不足にあえぐ北朝鮮は近年、違法な外貨稼ぎの主軸をサイバー攻撃による暗号資産や現金の強奪にシフトさせており、新型コロナウイルス対応の国境封鎖で貿易収入が激減する中、サイバー空間での年間の違法収益は、昨年の中国との正常な貿易総額のほぼ倍に当たる推定10億ドル(約1,085億円)に達するということです。国連安全保障理事会の北朝鮮制裁委員会は3月、北朝鮮が2019~2020年にサイバー攻撃で計約3億1,640万ドル相当の暗号資産を奪ったとする専門家パネルの報告書を公表しています。北朝鮮は2011年末の金氏の最高指導者就任以来、サイバー部隊を拡充させ、攻撃の手口を高めてきており、ネット賭博ソフトの開発や販売、賭博サイトの運営から始まり、次に銀行やATMからの現金強奪を企てる方法にシフトしました。国連パネルは、北朝鮮が2015年末から3年半に、こうした「サイバー強盗」で最大20億ドル(約2,200億円)を得たと推算、中朝間の昨年の貿易額が前年比8割減の約5億3,900万ドル(約585億円)にとどまる中、ネット賭博なども合わせると、年ごとに増減するものの、サイバー空間で年間10億ドルを稼ぎ出していると分析されています。そして、北朝鮮が違法な外貨稼ぎの舞台をインターネット空間に移す中、北朝鮮内で養成されたサイバー工作の精鋭部隊が主に中国や東南アジアを拠点に暗躍している実態も浮かび上がっています。そして、制裁による国内経済の逼迫で、サイバー攻撃は外貨獲得手段としての重要性をますます増している状況にあり、北朝鮮が攻撃を一層拡大させる恐れも指摘されているところです。

さて、本コラムでもたびたびお伝えしているとおり、北朝鮮は、新型コロナウイルス流入防止のために2020年1月下旬から対中国境封鎖を行っていますが、北朝鮮側が韓国の民間支援団体に対し、非公式に「解除した」と連絡してきたことが分かったと報じられています。韓国の支援団体は、中国を経由し中朝国境を通じて人道支援物資などを送ることが多く、報道によれば、「形式的には封鎖が解除されたが、まだ(交流は)円滑な状態ではない」として、実際に国境をまたいだ支援活動が再開されるのはもう少し先とみられるということです。韓国統一省によると、4月15日の故金日成主席生誕日を祝う各種行事は、大幅に縮小された昨年と違って例年通りに行われたといい、北朝鮮は防疫対策に一定程度自信を深めていることがうかがえます。そのような中、駐北朝鮮ロシア大使は、北朝鮮の生活は厳しいが飢饉はなく、海外との交易もまもなく再開すると述べています。北朝鮮では、4月、金正恩総書記が現在の経済危機を飢饉と混乱が続いた1990年代に引き合いにし、朝鮮労働党幹部に「苦難の行軍」を呼び掛けたことが話題となりましたが、「苦難の行軍」は1990年代に飢饉と経済危機を乗り越えるために使われたスローガンで、「苦難の行軍」との発言は国民に対してではなく、党の末端組織の幹部たちに向けたもので、「人民に食糧が行き渡るように働け」という叱咤激励の意味合いが大きいと考えられています。駐北朝鮮ロシア大使は、金総書記の意図は不明だが現在の状況は当時とは比べ物にならないと述べ、今の北朝鮮に飢饉はない、輸入品は店の棚から消えたが、国産品は入手可能で値上がりもわずかにとどまっているとしています。また、2021年5月15日付読売新聞によれば、インターネット空間が拡大する世界の動きとは逆に、北朝鮮は国民を「ネット以前」の状況にとどめる動きを強めているということです。情報の出入りが体制を揺るがすことを極度に恐れているためだとされています。何度も指摘しているとおり、北朝鮮の経済は今、新型コロナウイルス対策の国境封鎖や経済制裁、自然災害で大打撃を受けた「三重苦」の状況にあり、締め付けの主な標的は10歳代半ばから約30歳の若年層だといいます。この世代は、国家からの配給停止で広がった闇市場などを通じて外国文化に触れてきたため、体制への忠誠心が比較的薄いとされ、スマホも操っており、金正恩氏は若者の離反を恐れているとの指摘もあります(なお、締め付けの際たるものとしては、韓国のドラマや映画を流布した場合に最高刑で死刑とする法律が制定されたことがあげられます。学生ら1万人が動画視聴などを認め「自首」したこと、違法録画用のDVDプレーヤー5,000台以上が提出されたことも分かっています)。さらに、北朝鮮は国内の情報流出にも敏感で、体制の弱点を握られたり、国際機関から人権問題を指摘されたりするのを避けるためだと言われています。このように体制維持に腐心する中、韓国の脱北者団体「自由北韓運動連合」は、金正恩体制を批判するビラ計50万枚を大型風船で北朝鮮に向けて飛ばしたことを明らかにしました。韓国でビラ散布を禁止する法律が3月に施行されて以降、散布が明らかになるのは初めてとなります。報道によれば、南北の軍事境界線付近から2回に分けて、ビラに加えて小冊子500冊、1ドル紙幣5,000枚を10個の大型風船に付けて北朝鮮側に飛ばしたといい、ビラには「人類は金正恩(朝鮮労働党総書記)を糾弾する」などの文言が書かれていたといいます。それに対し、金正恩氏の妹の金与正党副部長は、「我々の国家に対する深刻な挑発と見なし、相応する行動を検討する」と述べ、対抗措置を講じる可能性を示唆しています(現に北朝鮮は、軍事境界線付近で高射砲などの装備を韓国に近い南側に前方配置していたといいます。この点、北朝鮮は2014年、散布されたビラに対して十数発の銃撃を実施、一部の銃弾が韓国側に落下し、韓国軍が応射する事態となったこともありました)。なお、韓国政府のビラ散布の規制を巡っては、米国で4月に開かれた議会下院の公聴会で、表現の自由を侵害しているとの懸念が示されるなど、批判的な声が出ているところです。

さて、米CNNテレビは、バイデン政権が非核化をめぐる北朝鮮との対話再開を促すため、北朝鮮に対して新型コロナウイルスのワクチン提供などの人道支援を実施する可能性を排除していないと伝えています。バイデン政権は2月以降、北朝鮮との対話再開の可能性を探るため、複数のルートで接触を図っているが、北朝鮮からは返答を得られていないといい、バイデン政権は、北朝鮮が接触に応じないのは、新型コロナ危機への対処が落ち着くまでは対話に応じる余裕がないためだとみており、ワクチン提供で外交的関与を再開させる糸口につなげることを期待しているということです。一方、北朝鮮は制裁緩和を強く求めており、専門家などの間では人道支援だけでは対話に応じないとの見方も強いところです。なお、バイデン政権には、中国が北朝鮮に水面下でワクチンを提供し、同国への影響力を行使するのを封じる思惑もあるとみられています。とはいえ、北朝鮮は、先進諸国がワクチンを共同購入して発展途上国などに分配する国際的枠組み「COVAX」への参画を拒否しているほか、米国製ワクチンへの警戒感から、バイデン政権が提供を申し出ても辞退する可能性が高いとの指摘も出ており、状況は流動的です。関連して、米のブリンケン国務長官は新たな対北朝鮮政策について「現実的な進展に向け、北朝鮮に対してオープンに外交交渉を探るものだ」と説明、その上で、「我々が注目しているのは、北朝鮮が何を言うかだけでなく、北朝鮮がこれから数日から数カ月間、実際にどのような行動を取るかということだ。我々は外交を軸とする明確な政策を有している。これに関与したいか、したくないかの決断は北朝鮮次第だ」と語っています。北朝鮮に対価を与えながら「段階的な非核化」を目指す(現実的な)アプローチをとるとみられています。

一方、韓国の文政権は、バイデン米大統領の施政方針演説を、安堵と不安の両面で受け止めたとみられています。北朝鮮などの核問題について、バイデン氏は「同盟国と緊密に協力し、外交と断固たる抑止を通して脅威に対処する」と表明、米国の同盟国の一つである韓国にとって「同盟との緊密な協力」が強調されたことは大きな安心要素となりました。ただし、バイデン氏が中国との「競争」を前面に掲げ、人権侵害では引き下がらない姿勢を強調したことは、中国との関係強化を進めたい文政権にとっては不安要素ともなります。文政権は、北朝鮮や中国を刺激するのを避けようと、両国の人権問題への言及も控えてきた経緯があります。

北朝鮮が3月25日に日本海に向けて発射した2発の弾道ミサイルについて、韓国国防相は、飛行距離は当初日韓が推定していた約450キロではなく、600キロ程度だったと判断していることを明らかにしています。ミサイルが高度をいったん下げた後、再び上昇する「プルアップ」と呼ばれる変則軌道で飛距離を延ばしたと説明しています。北朝鮮の朝鮮中央通信は発射翌日の3月26日、2発の「新型戦術誘導弾(ミサイル)」が朝鮮半島から600キロ沖の日本海の水域に設定した目標を正確に打撃し、「低高度滑空跳躍型飛行方式の変則的な軌道特性」が実証されたと主張していました。日本政府によると、2発は北朝鮮東部宣徳付近から発射されており、宣徳から600キロの射程圏には島根県・竹島や長崎県・対馬の一部が入ることになります。北朝鮮のミサイル開発は進歩を続けており、日本にとっても大きな脅威になっています。

3.暴排条例等の状況

(1)暴排条例に基づく勧告事例(愛知県)

愛知県内の風俗店が案内所を通じて暴力団に「用心棒代」を支払っていたとして、愛知県公安委員会は店の経営者らに対して、愛知県暴排条例に基づき利益供与を禁止する勧告を行っています。報道によれば、勧告を受けたのは、愛知県で風俗店を経営する男、風俗案内所を経営する男、六代目山口組傘下組織組員の男といいます。経営者の男は今年1月、店で起きたトラブルを解決するいわゆる用心棒代として、案内所の男を通じ暴力団組員の男に現金5万円を支払ったということで、この案内所では風俗店だけでなく飲食店6店についても用心棒代を受け渡す仲介作業が行われていたとみられているといいうことです。

▼愛知県暴排条例

愛知県暴排条例では、第14条(利益の供与の禁止)において、第1項で「事業者は、第二十二条第二項(注:特別区域における特定接客業者の禁止行為)に定めるもののほか、その行う事業に関し、暴力団員等又は暴力団員等が指定した者に対し、次に掲げる行為をしてはならない。」として、「一暴力団の威力を利用すること又は利用したことの対償として金品その他の財産上の利益の供与(以下「利益の供与」という。)をすること。」、「二前号に掲げるもののほか、情を知って、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなる利益の供与(法令上の義務又は情を知らないでした契約に係る債務の履行としてする利益の供与その他正当な理由がある場合にする利益の供与を除く。)をすること。」と規定、第2項では、「暴力団員等は、情を知って、事業者から当該事業者が前項の規定に違反することとなる利益の供与を受け、又は事業者に当該事業者が同項の規定に違反することとなる当該暴力団員等が指定した者に対する利益の供与をさせてはならない。」と規定しています。そして、それに違反した場合、第25条(勧告)において、「公安委員会は、第十四条、第十六条第一項、第十七条第一項、第二十二条第三項又は第二十三条第三項の規定に違反する行為があった場合において、当該行為が暴力団の排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、公安委員会規則で定めるところにより、当該行為をした者に対し、必要な勧告をすることができる。」としています。

(2)暴排条例に基づく逮捕事例(栃木県)

栃木県警組織犯罪対策1課と宇都宮中央署は、学校近くで暴力団事務所を運営したとして、栃木県暴排条例違反の疑いで、六代目山口組系組長と同組系幹部を逮捕しています。

▼栃木県暴排条例

栃木県暴排条例では、第3章「青少年の健全な育成を図るための措置」第12条(暴力団事務所の開設及び運営の禁止)において、「暴力団事務所は、次に掲げる施設の敷地(第十号に掲げる物件にあっては、当該物件の区域である土地)の周囲二百メートルの区域内においては、これを開設し、又は運営してはならない。」として、「一 学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)第一条に規定する学校(大学を除く。)又は同法第百二十四条に規定する専修学校(高等課程を置くものに限る。)」と規定しています。そして、本規定に違反した場合は、第24条(罰則)において、「第12条第1項の規定に違反した者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。」としています。なお、参考までに、栃木県暴排条例においては、第18条(特定事業者の責務)として、「旅館業法(昭和二十三年法律第百三十八号)第二条第二項に規定する旅館・ホテル営業を営む者、ゴルフ場の経営者その他の不特定又は多数の者が利用する施設を運営し、又は管理する事業者であって公安委員会規則で定めるもの(第二号において「特定事業者」という。)は、その運営し、又は管理する施設の利用に係る約款、規約その他の定めにおいて、次に掲げる事項をその内容に含むものとするよう努めなければならない。」、「一 当該利用が暴力団の活動を助長し、又はその運営に資するものでないこと。」、「二 前号に掲げる事項に違反する事実が判明したときは、当該特定事業者は、催告をすることなく当該利用に係る契約を解除することができること。」と規定されており、旅館業やゴルフ場を特定事業者と指定して、暴排条項を盛り込む努力義務が明記されている点が珍しく、地域性が反映された特徴だといえます。

(3)暴力団対策法に基づく再発防止命令発出事例(千葉県)

北海道公安委員会は、登別市に住む六代目山口組系暴力団誠友会組員に暴力団対策法に基づく再発防止命令を発出しています。報道によれば、組員は昨年までの約5年間、登別市に住む知人の男に年末のしめ縄販売を依頼し、男は暴力団の威力を背景に、50店舗にしめ縄を販売していたといいます。なお、しめ縄は安いもので3,000円、高いものでは1万円で販売され、5年間で数百万円以上売り上げていたといい、暴力団の資金源になっていたとみられています。同公安委員会は、反復して同様の行為をする恐れがあることから、暴力団対策法に基づいて組員に対し男にしめ縄販売を依頼してはならないとする再発防止命令を発出したということです。さらに、男にも同様に組員の依頼に応じてはならないとする指示書が出されているといいます。なお、暴力団員が、組員以外に依頼して暴力的要求行為をさせることについて再発防止命令が発出されるのは北海道内で初めてだということです。

▼暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律

暴力団対策法では、第11条(暴力的要求行為等に対する措置)第2項において、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をした場合において、当該指定暴力団員が更に反復して当該暴力的要求行為と類似の暴力的要求行為をするおそれがあると認めるときは、当該指定暴力団員に対し、一年を超えない範囲内で期間を定めて、暴力的要求行為が行われることを防止するために必要な事項を命ずることができる。」と定められており、前述の通り、行為が繰り返されるのを防ぐために予防的に禁止する措置である「再発防止命令」が発出されたものとなります。

(4)暴力団関係事業者に対する指名停止措置等事例(福岡県)

直近で、福岡県、福岡市、北九州市において、8社について「指名停止措置」または「排除措置」が講じられ、公表されています。

▼福岡県 暴力団関係事業者に対する指名停止措置等一覧表
▼福岡市 競争入札参加資格停止措置及び排除措置一覧
▼北九州市 福岡県警察からの暴力団との関係を有する事業者の通報について

8社のうち1社は、福岡県に「指名停止措置」(福岡県建設工事競争入札参加資格者名簿に登載されている業者に対し、一定の期間、県発注工事に参加させない措置で、この期間は、県発注工事の、(1)競争入札へ参加すること、(2)随意契約の相手方となること、(3)下請業者となることができない)を、7社は「排除措置」(福岡県建設工事競争入札参加資格者名簿に登載されていない業者に対し、一定の期間、県発注工事に参加させない措置で、この期間は、県発注工事の、(1)下請業者となること、(2)随意契約の相手方となること、ができない)を講じられ社名が公表されています。なお、8社ともに、「役員等又は使用人が、暴力的組織又は構成員等と密接な交際を有し、又は社会的に非難される関係を有している」(福岡県)として、18カ月の排除措置となっています。なお、福岡市では、8社ともに「暴力団との関係による」として、12カ月の排除措置となっているほか、北九州市では、8社ともに「当該業者の役員等が、暴力団と「社会的に非難される関係を有していること」に該当する事実があることを確認した」とし、「令和3年5月7日から18月を経過し、かつ、暴力団又は暴力団関係者との関係がないことが明らかな状態になるまで」の排除措置となっています。これまでも指摘しているとおり、3つの自治体で、公表のあり方、措置内容等がそれぞれ明確となってはいるものの、措置内容等は異なっており、大変興味深いといえます(特に、福岡市の「停止期間」のみ短くなっている点は、福岡県等との整合性が採れておらず、実務上どのように処理されるか興味深いところです)。

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