暴排トピックス
取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人
1.企業存続にかかる重大なリスクだ~今あらためて反社リスクの重大性を認識したい
2.最近のトピックス
(1)AML/CFTを巡る動向
(2)特殊詐欺を巡る動向
(3)薬物を巡る動向
(4)テロリスクを巡る動向
(5)犯罪インフラを巡る動向
(6)誹謗中傷対策を巡る動向
(7)その他のトピックス
・中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向
・IRカジノ/依存症を巡る動向
・犯罪統計資料
(8)北朝鮮リスクを巡る動向
3.暴排条例等の状況
(1)暴排条例に基づく勧告事例(愛知県)
(2)暴力団対策法に基づく再発防止命令発出事例(東京都)
(3)暴力団対策法に基づく再発防止命令発出事例(兵庫県)
1.企業存続にかかる重大なリスクだ~今あらためて反社リスクの重大性を認識したい
本コラムでは、毎月、暴排条例に基づく企業名公表措置等の状況について取り上げています。前回の本コラム(暴排トピックス2021年5月号)では、福岡県、福岡市、北九州市において、8社について「指名停止措置」または「排除措置」が講じられた旨、公表されましたが、その裏側で起きていたことをレポートした内容(ダイヤモンド・オンライン「企業の突然死」のニューノーマル、高まる反社リスクとは)を以下に抜粋して引用します(詳細をぜひ本編でご確認ください)。そこから見えるのは、反社リスクが企業存続にかかる重大なリスクだということです。本件は代表者の認識の甘さがすべてではありますが、銀行や取引先などは、本件事実を事前に認知できていたのかもまた重要な論点だといえます。このような警察の認定により暴排条項の適用が容易になり、契約を解除することで反社リスクを低減させることが可能となりますが、本来は、それ以前に、厳格な顧客管理を自立的・自律的に実効性高く行えていたかが極めて重要だといえます。貴社の反社リスク対策が十分なものか、今一度、厳しく見つめなおす機会にしていただきたいと思います。
反社リスクの重大性については、これまで本コラムでも数多く取り上げてきました。今回は、やや古い事例となりますが、当社が2020年に公表した「SPNレポート~企業における反社会的勢力排除への取り組み編(2014.3)」から、実際の事例をご紹介します。企業と反社会的勢力の接点のあり様は、現時点でも十分注意すべきものであり、ぜひ参考にしていただきたいと思います。
▼SPNレポート~企業における反社会的勢力排除への取り組み編(3)コンプリート版
まず、当社(SPN)が実際に関与したX社(上場・小売)の事例を紹介します。
1.事案の概要(反社会的勢力の侵入)
- X社のA店では、数年前に同地区一帯を地盤とする指定暴力団傘下B一家のY組と、購入した商品に関するクレームについて、本来のメーカー責任の範囲を逸脱して販売店舗の責任として対応してしまったことに端を発し、通常の対応以上の便宜供与(商品交換等)を行ってしまい、その初期対応の拙さから、以後便宜を供与せざるを得ない状況に追い込まれ、そのような状態が5年間続いていた。
- Yに対しては、歴代のA店の店長・副店長が直接対応し、1日何度にもわたる電話に即座に応えるため他の業務が出来ないほどであり、例えば、以下のような便宜を提供し続け、その範囲も組長だけでなく配下組員や家族などにも拡大していく状況となった。
- 代金未払い(納品時にクレームをつけて代金支払いを拒否)
- 私的物品の預かり(店舗の倉庫を使用)
- 無償での大量写真現像サービス、物品の無償配送サービスを頻繁に要求
- 大量購入時の値引き要求
- 無償の雑用の要求(組長個人宅の清掃等)
- Yの出入り業者への業務支援
- Y関連の売上げは、店舗売上げの1割を占める上得意先となり、しかもYは、直接来店することはほとんど無く、一般客への直接の迷惑行為はなかった。とはいえ、店長・副店長は本来業務を全く実施できないこと、従業員の士気低下等のマイナス要素を考えれば、結果としては損失になっており、本社に何度も相談があった。
- 本社は、状況を知っていたにもかかわらず、5年間何の対応も行わなかった。その背景には、Yへの便宜供与は「お得意様」に対するサービスという認識があったことは否定できない。
2.事案の概要(反社会的勢力の排除)
- 5年前にX社に他社から出向してきたD役員は、着任早々、本事案の存在を知り、Yとの関係遮断のため、SPNに対応を依頼。
- SPNとX社、X社顧問弁護士と以下のような排除計画を策定し、速やかに実行する。
- SPNからリスクマネージャーを派遣
- Yの動向や不当要求・強要・脅迫等の事実確認を担当させたほか、店舗従業員として店舗内の警備にあたる。
- SPNによるA店の全従業員に対するヒアリングの実施
- 実態の把握に努め、問題点を抽出するとともに、ヒアリングを通じ全従業員の反社会的勢力排除へ向けた意思統一を行う。
- 警察に事情を相談し、排除に向けた取組みを伝え協力を要請
- 顧問弁護士と連携し、以下の事項を記載した内容証明郵便を送付
- 約自由の原則に基づき、Y関係者に対しては、今後一切販売しないこと
- 店舗の倉庫に置いてあるYの所有物を引き取ること
- SPNからリスクマネージャーを派遣
- 内容証明郵便の送付により、何らかの報復措置も予想され、各種仮処分申請や刑事告訴等の法的対応、警備から広報に至る緊急事態を想定した万全の対応体制を敷くも、特に問題は発生せず、Yは所有物の引き取りに応じるとともに、以後、取引は一切発生せず、取引の解消に成功した。
- 関係解消後の取り組み
- YとA店との取引関係は解消されたが、あわせて、SPNとX社は、以下の取組みを推進し、全社を挙げて反社会的勢力排除に努めた。
- 関係者の懲戒処分
- 残念ながら、事実関係の調査の過程で、歴代の店長・副店長がYより定期的に現金を受領していたことが明らかとなった。X社の組織的対応が遅れ、彼らに負担をかけた点との関係を考慮するにせよ、十分な事実確認および弁明の機会を設けて事情等を確認のうえ、最終的に会社として厳正な処分を行った。
- 全社的調査の実施
- A店以外の店舗に対しても、SPNによるヒアリング調査、内部監査を実施して、コンプライアンスに関する問題の有無を確認した。その結果、同様の案件が他の店舗でも数件発覚し、X社として、それに対して個別に取引の解消に努めた。
- 【注】以下は、その時点で発覚した事案の中でも、特に影響が大きかった、Z店における反社会的勢力との関係の事案概要である。
- 関係開始の端緒:副店長が、大量のミネラルウォーターを個人客Fに届けたところ、「今、金がないので、代金は後日払う」と言われた。本来、X社では、個人客への掛売りは認めていないところ、副店長は、同客の(暴力団風の)人相風体に負けて申し出を受け入れた。
- 要求の拡大と取り込み工作:Fは、上記代金支払いの延期を要求するとともに、掛売りでの追加注文を繰り返し、最終的な未払代金は約7,000万円に上った。その一方で、当該副店長には現金を与える等で取り込み、事案が顕在化することを妨げた。
- 事件化:副店長は、店舗のPOSデータを不正に操作して多額の未払代金の隠蔽を図っていたが、会社側はその不正の証拠を把握するとともに、同人を懲戒免職の上、刑事告訴した。なお、不正に利用されたPOS上の不備についても速やかに解消した。
- 社内体制の整備
- 全社的な調査の実施と並行して、X社の企業姿勢の明確化と周知徹底の取組みが行われ、統制環境の改善を図った。
- 「コンプライアンス宣言」の制定と公表・周知:制定した内容について、社内外に公表するとともに、全従業員に対して、「コンプライアンス宣言」を遵守する旨の誓約書を提出させる。
- 「内部通報規程」を制定し内部通報窓口を設置:コンプライアンス違反を早期に顕在化させ、自浄作用を機能させるための内部通報体制を整備する。
- 就業規則の見直し:「コンプライアンス違反」を懲戒事由とする旨を明示するとともに、「コンプライアンス違反について」と題する通達で社内に周知徹底した。
- 「反社会的勢力取引排除規程」の制定:「コンプライアンス宣言」の下部規程として同規程を策定し、会社としての対応骨子を整備した。
- 全社的な調査の実施と並行して、X社の企業姿勢の明確化と周知徹底の取組みが行われ、統制環境の改善を図った。
3.事案分析
- X社が、反社会的勢力との関係を組織的に認知していたものの、5年にわたって何らの対応をしてこなかったことは、コンプライアンスより営業利益を重視し、反社会的勢力排除の企業姿勢が醸成されなかった統制環境の重大な欠陥であった。そして、会社として組織的な対応がなされなかった結果、現場の従業員がその矢面に立ち、最終的に(組織の弱い部分から)反社会的勢力の侵入と拡大を許してしまったという事案が(複数)発生したというものでもあった。また、その侵入と拡大の手口は、反社会的勢力によるアプローチの典型であるともいえる。
- 本事案を契機に、X社が真摯に反社会的勢力排除の方針に転換したことは、極めて重大な決断であり、同社にとっても大きな岐路であったといえる。実際の排除にあたっては、A店従業員に限らずX社全体の反社会的勢力排除の意識の統一と社内体制の整備、Yに取り込まれていた店長・副店長への慎重な対応、内容証明郵便を発送した後の報復の可能性への対応など、X社社内だけでなく外部の専門機関との連携を密にしなければなし得ないものであったといえる。
- 本事案の成功は、会社としての重大な決断の結果、X社社内で大きな自信と毅然とした対応の重要性を認識・浸透させることとなり、速やかな社内体制の整備と相まって統制環境の変革が急激に実現される結果をもたらした。
- なお、同地域には、ライバル社の店舗も所在しており、X社同様、Yの侵入を許してしまっており、最終的に当該ライバル社は同地域から撤退することとなった。X社は反社会的勢力に毅然と立ち向かい、排除する道を選択し、一方のライバル社は反社会的勢力との関係を理由に撤退する道を選択するという対照的な企業姿勢を示す結果となった。現在では、排除の道を選択したX社が、同地域に強固な営業地盤を獲得することに成功し、危機管理の究極の目的である「危機管理による利益の実現」を体現した事案としてみることもできる。
次に、同じく実施に当社が関与したY社(非上場運輸倉庫)の事例を紹介します。なお、同社コンプライアンス委員会からの委託により当社が実施した特別調査の結果について記載します。
1.背景
- 5年前、Y社は、P社により買収され、同社より新たな経営陣が送り込まれたが、同時にY社のコンプライアンスの現状を把握することを目的として、コンプライアンス委員会が設置された。
- Y社は急成長を遂げた一方で、反社会的勢力との関係に関する風評があり、P社として徹底した現状の把握により何らかの対策を講じる必要があるものと考えていた。
- Y社と反社会的勢力との関係に関する風評は、主に前社長個人が反社会的勢力と関係しているのではないかというものであった。
2.内部統制システムの脆弱性と反社会的勢力の侵入
- 前社長時代の稟議書類や経理証憑類、取引先一覧等の社内資料の詳細精査、あるいは関係者へのヒアリングを行った結果、以下のような内部統制システム上の脆弱性が浮き彫りとなり、そこから反社会的勢力との関係が懸念されることとなった。
- 取引先との関係の透明性に関する懸念
- 用地の確保、建設等に関する専門業務の委託先は、特定の業者との属人的な関係から選定され、十分な相見積や選定手続きが行われていない。
- 紹介者経由の案件について、紹介者の関連会社に業務委託等が集中する傾向が顕著である。
- 特定の業者に対して、業務委託の内容(必要のない業務等)や対価(他の業務や相場から異常に乖離した水準での支払い等)に関する不透明性が拭えない案件が多数存在する。
- 取引先管理の問題
- 取引先の選定にあたっては、外部専門機関の企業情報データを収集・精査のうえ、相見積を行った上で組織的に決定するルールとなっているのに対し、ほとんどが過去の実績や担当者との個人的な相性といった属人的な判断によって選定され、必要な調査も行われなかったが、それらについて組織的なけん制が全く窺えない。
- 取引実績の高い取引先からの紹介があれば、何らかの調査を行うことなく信用して取引してしまう組織的な傾向がある。
- 案件の収益性等の観点からの検討はなされても、反社会的勢力かどうかの観点での調査・検討は全く行われていない。
- 稟議手続きの問題
- 稟議手続き自体がけん制のない形式的なものになっている。その結果、以下のような、意思決定の過程にけん制の観点から懸念のある事例が多数散見された。
- 支払いのための稟議なのに、「至急」として財務・経理部門の承認が後回しとなっている
- 定められた全ての承認者を経由していない
- 承認日が決裁ルートの逆から押印されている
- ごく一部の承認者のみで決裁されている
- 稟議手続きルールの不徹底が担当者レベルだけでなく、管理部門レベルでも顕著であり、規定を逸脱した稟議決裁が日常的に行われている。
- 案件の選定から取引先の選定に至る全てに関して前社長あるいは他の役員からのトップダウンで実行された事例も確認された。
- 稟議手続き自体がけん制のない形式的なものになっている。その結果、以下のような、意思決定の過程にけん制の観点から懸念のある事例が多数散見された。
- 経理支払い手続きの問題
- 以下のような支払い手続きの異例処理が確認された。
- 承認が後付けとなる等、規定された手続きを経ないで支払いがなされている
- 稟議書や請求書等の必要書類が添付されていない
- 社内資料である支払申請書のみの申請で支払い内容が不明なまま支払われている
- 相手先と請求書上の支払い指定先、実際に支払われた先の全てが相違しておりその理由が不明である
- 前社長のみの決裁で支払われている
- 至急として稟議手続きの全くなされず支払われている
- 口頭ベースでの合意が得られているとして、最終的な意思決定に先行して支払われている
- 経理部門は、内容のチェックを行わず事務的に支払うのみとの意識レベルであることがヒアリングでも確認された。
- 以下のような支払い手続きの異例処理が確認された。
- 取引先との関係の透明性に関する懸念
3.反社会的勢力への収益流出の実態
- Y社の内部統制システムの脆弱性は、運用に関与する当事者の意図的な逸脱、経営者自らが無力化させているなどの限界点を露呈しており、数多くの異例処理・例外処理を許す結果となった。その異例処理・例外処理こそが反社会的勢力との関係の端緒であり、関係当事者に関する詳細な調査を行うことによって、反社会的勢力との関係の実態を疑うに足る証拠を収集することができた。以下は、調査により抽出された個別の問題事案であり、その端緒の事例である(実際の調査においては、更に踏み込んだ調査を実施したが、以下は反社会的勢力による企業からの収益流出の端緒事例としての紹介にとどめる)。
- 至急での現金支払い
- 至急との理由から、事前の稟議なく、ごく一部の経営陣のみの承認により、支払い内容が不明確なまま、1億円が現金で支払われた事例があった。
- 内部監査室の調査に対して、「手付金」との当事者の説明があったが、その具体的な内容を説明できる資料は提出されず、1年以上当該案件は議論の遡上に上ることもなくうやむやにされ、結局、経理処理も最終的に雑損処理とされた。
- 不透明な業務委託と報酬
- 用地の購入を巡って社会運動を標榜する団体とトラブルが発生した際に、前社長の関係で取引しているコンサルティング会社(反社会的勢力との風評)に仲介を依頼し、同社に3億円が支払われた。業務委託契約書は明らかに後付けであり、法務部門の見解からも、案件の規模からも適正な範囲を逸脱した額であると考えられ、最終的な受領先が不明なまま処理されている等とあわせ、不透明な業務委託と報酬となっている。
- 過去犯罪歴のある特定の紹介者について、その関係会社に対する業務委託は、条件が相手方に有利であるばかりか、相次ぐ追加業務(至急での依頼であったり、必要性に欠ける内容のものが多い)に対する請求に対しほとんど何らの精査を加えることなく支払われている。当該紹介者は、前社長とは個人的な紹介によりY社と取引が開始されたものであり、Y社にとって重要な案件への関与度合いが大きく、当該人物に対する会社としての依存度はかなり高い。
- 特定の取引先との不透明な関係
- 上記コンサルティング会社や特定の紹介者だけでなく、特定の専門業者においても反社会的勢力との風評のある先と知っていて頻繁に業務を委託している。
- 特定の紹介者の紹介先であれば、実態がほとんど確認できない新設企業であっても、専門業務を委託する(当然ながらその後再委託されるがその先は反社会的勢力の風評がある)等のずさんな処理が行われている。
- 至急での現金支払い
4.Y社のその後の取組み
- SPNは、上記の調査結果に基づき、Y社と反社会的勢力との関係の具体的な端緒について、Y社コンプライアンス委員会に報告した。同コンプライアンス委員会は、反社会的勢力との関係遮断をY社取締役会に提言し、Y社としての取組みを本格化させることとなった。
- Y社の反社会的勢力との関係遮断に関する具体的な取組み方針は以下の通りであり、現在もその取組みは進行中である。
- コンプライアンスを担保する内部統制システムの再構築
- 業務ラインから独立した社長直轄の「コンプライアンス室」を新たに設置し、同部門を要として本取組みを推進する。
- 企業のコンプライアンスの根幹を成す「組織的意思決定(稟議決裁)」「経理支払い」について、コンプライアンス室によるけん制が十分に働き、役職員の恣意性が排除されることを主眼とした見直しを行う。
- 「取引先管理」についても、反社会的勢力排除の観点だけでなく、公正な取引の実現の観点から全体的な見直しを図り、契約締結や取引審査を厳格にし、例外的な運用を認めない体制を整備する。
- 取組みの実効性を高めるため、社内規程類の整備と周知徹底、役員層・管理職層などの階層別の研修や、日常業務におけるクロスチェック、コンプライアンス室・内部監査室によるモニタリングとコンプライアンス委員会への定期的な報告といった取組みをあわせて行う。
- 関係当事者との関係遮断
- 本調査の結果、問題が明らかとなった特定のコンサルティング会社・紹介者・取引業者については、今後取引をしない旨通知する。
- 取引先管理体制の運用に際しては、取引を解消された者の関係者が、新たな取引先として侵入してくることを想定し、周辺へのヒアリングや実態の確認に力点を置いた審査を行うとともに、業務の再委託に関する厳格運用を開始する。
- 役職員に対しては、「誓約書」の提出を求めた。問題となった者とのこれまでの関係が懲罰の対象となるのではないかとの恐れから提出を拒否する管理職層もいたが、コンプライアンス室長が直接面談しながら、今後の健全経営の実現への協力を確約する。
- コンプライアンスを担保する内部統制システムの再構築
さて、本コラムでは、暴排トピックス2021年2月号から4月号にかけて、暴力団対策法に基づく組長の使用責任を問う最高裁の判断などを取り上げました。直近でも、使用者責任を問う流れが大きな流れとなりつつあり、暴力団の資金源に対する直接的なダメージを与えられるものとして、さらには特殊詐欺の抑止効果も期待されることから、各地で暴力団トップの責任を問う訴訟が起こされています。直近では、六代目山口組系組員による「オレオレ詐欺」などの特殊詐欺で被害を受けた80代の男女3人が、六代目山口組の篠田建市(通称・司忍)組長らに対し、被害金額など計約2,660万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴しています。報道によれば、暴力団対策法に基づき暴力団トップの代表者責任を問う訴訟で全国9件目、六代目山口組組長を訴えたのは初めてだということです。2019年1月、家族の同僚や役所の職員を名乗る犯人に現金やキャッシュカードを渡し、総額2,200万円の被害に遭ったといい、実行役らの有罪が確定、六代目山口組系組員が、詐欺に使う携帯電話の調達に協力して、詐欺グループのメンバーを管理したとしています。弁護団は「六代目山口組は暴力団の中で圧倒的な資金力があり、組トップの責任が認められれば被害回復も進む」と話しています。また、北九州市で2011年に射殺された同市の建設会社会長の遺族2人が、工藤会トップの野村悟被告=殺人罪などで起訴=やナンバー2の田上不美夫被告=同=ら3人に計約8,800万円の損害賠償を求めて福岡地裁に提訴しています。この事件では、会長射殺に関与したとして同会系組員ら8人が殺人罪などで起訴され、一部は有罪判決が確定しています。両被告については、本コラムでも取り上げてきたとおり、現時点で事件への直接的な関与は認定されていませんが、遺族側は暴力団対策法上の使用者責任の規定などに基づき賠償責任を追及するとしています。なお、既に確定した刑事裁判の判決は、暴力団排除を推進した会長を工藤会が組織的に銃撃したと認定しています。こちらの訴訟の行方についても、今後注視していきたいと思います。さらに、住吉会系組員らが関与した特殊詐欺事件で被害に遭った77~88歳の女性5人が、同会トップらに暴力団対策法上の代表者責任があるとして、計約7,000万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴しています。同種の提訴は前述の六代目山口組への提訴に続き全国で10件目となります。報道によれば、5人は2018年10~12月、介護施設の入居権名目などで現金計約6,000万円をだまし取られたもので、住吉会系組員はうち1人の被害(被害額200万円)について詐欺罪で起訴され、有罪が確定しています。組員は住吉会のイメージを利用し詐欺グループを統制しており、配下が現金受け取り役の「受け子」を確保する際に暴力を振るうことを容易にしたなどとしています。残る4人の被害についても、警察が捜査過程で収集した銀行の利用明細や詐欺グループの電話番号を記したメモなどの証拠を基に組員が関与したとして提訴しています(このあたりの警察による訴訟支援もまた重要な意味を持つものといえます)。
最近の暴力団を巡る報道から、いくつか紹介します。
- 実際には行われていない株主総会の議事録を法務局に提出し、代表取締役の変更を登記したなどとして、静岡県警清水署と捜査4課、組織犯罪対策課は、電磁的公正証書原本不実記録・同供用、有印私文書偽造・同行使の疑いで、静岡市清水区に本部を置く六代目山口組清水一家総長ら3人を逮捕しています。総長は六代目山口組最高幹部の1人とされます。3人が暴力団活動の「隠れみの」に活用していた会社を存続させるため、虚偽の登記を行ったとみて調べを進めています。報道によれば、3人の逮捕容疑は共謀して2018年7~8月、清水一家本部に本店を構える株式会社について、実際には臨時株主総会を開いていないのに、当時の代表取締役が辞任し、63歳の男が後任に就く決議があったとする虚偽の議事録を作成した上、静岡地方法務局に提出して登記に変更を記録させた疑いです。株式会社は2006年7月に設立され、活動実態は不明で、当時の代表取締役は組員だった男性で、組織を離脱する意向を示していたといいます。3人は男性が離脱に伴い株式会社の経営権を組織以外の第三者に譲渡してしまう事態などを危惧し、男性に無断で登記の変更を行ったとみられています。同社から、清水一家本部の土地・建物の名義人である総長に対して賃料などの名目で資金が流れていたとみられています。県警は株式会社を介することで、不正に得た資金をマネー・ローンダリングしていた可能性があるとみて捜査を進めているとのことです。それはつまり、会社自体が犯罪インフラ化となりうることを示唆しているといえます。
- 中国地方に拠点がある指定暴力団4団体の2020年末時点の構成員数は前年比約30人減の約300人となり、1992年の暴力団対策法施行後、最少となりました。減少は14年連続で、不法行為に加担する準構成員なども約40人減の約290人と初めて300人を下回りました。広島県警は、昨年4月施行の改正広島県暴排条例や新型コロナウイルス感染拡大を受け、資金獲得が困難な現状が背景にあるとみています。なお、改正広島県暴排条例は、「みかじめ料」の授受に絡み、組員と店側双方の罰則を設けたもので、これまでに同条例違反容疑で共政会や浅野組の組員らが逮捕されています。また、同条例には自主申告した店側の罰則を減免する規定を新たに設けており、広島県警は「店が要求を断りやすくなった」としています。しかしながら、報道によれば、みかじめ料を要求された飲食店などからの相談は昨年3件、今年も5月17日時点で3件寄せられているのみです。
- 5月末、岡山県倉敷市で、神戸山口組系熊本組関係者を名乗る男性から「組長の自宅に拳銃を撃ち込まれた」と岡山県警児島署に通報があり、署員が男性組長宅を調べたところ、玄関ドアなどに複数の弾痕を確認したといいます。その約30分後、拳銃のようなものを持った男が倉敷署に出頭し、同署が実弾1発を所持したとして銃刀法違反容疑で現行犯逮捕しました。男は、六代目山口組系杉本組幹部で、発砲についても関与をほのめかしており、六代目山口組と神戸山口組の抗争事件の可能性もあるとみて関連を調べているとのことです。なお、本事件を受けて、岡山県警は、暴力団対策法に基づき、六代目山口組系杉本組の事務所の使用を制限する仮命令を出しています。多数の組員の集合や抗争に向けた連絡、凶器保管のための事務所使用が禁止されることになります。なお、仮命令の効力は6月18日までのところ、岡山県警は今後、本命令に向けて再度、意見聴取を行うとしています。
- 静岡県暴力追放運動推進センター(暴追センター)は、富士宮市にある暴力団事務所の使用を差し止める仮処分が決定したと発表しています。仮処分が決定したのは、富士宮市北山の六代目山口組良知二代目政竜会の組事務所で、同暴追センターが、地元住民に代わり、事務所の使用差し止めを求める仮処分を静岡地方裁判所に申し立てていたところ、5月12日付で仮処分が決定したものです。仮処分を受けた暴力団は2019年12月、事務所を吉田町から東京都足立区に移転したものの、足立区が事務所の使用差し止めを求める仮処分を申し立てたため、富士宮市に事務所を移転してきたものです。
- 福岡県暴追センターが道仁会2次団体の組長に組事務所の使用禁止を求めた訴訟の控訴審第1回口頭弁論が福岡高裁であり、組長側は使用禁止を命じた1審の福岡地裁久留米支部の判決を不当だとして取り消しを求める一方、事務所を売却して和解に応じる意向も明らかにしたと報じられています(和解協議は6月28日に開催予定です)。報道によれば、問題となっている事務所はマンションの一室で、住民の委託を受けた同暴追センターが提訴しており、第三者への売却を前提とする和解を提案、弁論で組長側も売却の模索を前提に和解に向けた日程調整に応じたということです。
- アパートの一室で短刀1本(刃渡り約22センチ)を所持していたとして、滋賀県警は、六代目山口組の中核組織・弘道会の若頭、野内正博容疑者ら6人を銃刀法違反容疑で逮捕しています。ほかに逮捕されたのは組員3人と組関係者2人で、報道によれば、6人は共謀して2019年11月28日、岐阜市内のアパートで短刀を所持していた疑いがあるということです。なお、野内容疑者は弘道会のナンバー2で、岐阜県に本拠を置く山口組傘下組織の組長です。
- 石川県警は、六代目山口組傘下組織幹部で無職の被告の男(窃盗未遂罪で起訴)と同市のとび職の少年(18)を窃盗容疑などで再逮捕したほか、同市の男子大学生(19)を窃盗容疑で逮捕しています。報道によれば、3人は、加賀市の公園にある管理センター兼トイレの屋根材の銅板約370キロ(時価約40万円相当)をはがして盗んだ疑いがもたれています。男は、金沢市のリサイクル業者に対し、偽名を使って盗んだ銅板を約30万円で売却したとして、組織犯罪処罰法違反容疑でも再逮捕されています。
2.最近のトピックス
(1)AML/CFTを巡る動向
本コラムでもその動向を注視している、「金融活動作業部会」(FATF)の第4次相互審査については、今年6月末に取りまとめられ、8月には公表される見通しとなっています。今回の審査では、法令等の整備状況に加え、有効性(当局および事業者による韓国の履行状況)も審査対象となったことから、「厳しい結果」になることが懸念されています(これまでの審査の結果でも、29カ国中、実質的合格は英国・イタリア・スペイン・ポルトガル・イスラエル・ギリシャ・香港・ロシアの8カ国しかありません)。この点については、2021年6月3日付産経新聞でも報じられていますが、「国内で電子決済サービスの悪用や暗号資産(仮想通貨)交換業者からの不正流出が頻発するなど、対策の不十分さが露呈している」からでもあります。最悪、「監視対象国」となれば、各国の金融当局が自国の金融機関に対し、国名公表された国のAML/CFT態勢が不十分であるとして、当該国の金融機関との取引におけるAML/CFT態勢強化を指示することや、指示を受けた各国金融機関が、当該国の金融機関に対し、AML/CFT態勢に関する説明や態勢整備を求めあるなど審査を厳格化、その結果、当該国の金融機関との取引が遅延したり、取引自体を回避する動きに至る可能性が考えられ、「日本の金融の信頼が揺らぎ、「海外銀行との取引解除につながる可能性もあり、経済活動に影響しかねない」(大手銀幹部)」状況に陥ることも考えられます。報道は、「世界の中央銀行でデジタル通貨の検討が進み、国内では給与のデジタル払いの議論が始まる中、審査の焦点となるのは、サイバー攻撃による不正送金や情報窃取に対する防止力だ。こうした課題を踏まえ、大手銀行は海外送金の条件を厳格化。日本郵政や一部地銀は海外送金業務の撤退・縮小に踏み切るなど対策強化に努めてきた。金融庁は平成30年2月にマネー・ローンダリング対策指針を策定。「犯罪による収益の移転防止に関する法律」など関連法を順次改正・強化し、不合格水準とされた事項の改善を図っている」ものの、「金融取引のデジタル化やキャッシュレス化の進展で、インターネット上で簡単に口座が開設できるなどの利便性の向上が資金の不正流出を招いているとも指摘される。ただ、セキュリティを強化すれば利便性が損なわれるジレンマもあり、対応は容易ではない」と指摘していますが、正にそのとおりだと思います。そのような危機感を反映してか、金融庁は金融機関に対して、「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に係る態勢整備の期限設定について」と題する通達を出しています。
▼金融庁 マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に係る態勢整備の期限設定について
内容は、「金融庁では、各金融機関における実効的なマネロン・テロ資金供与対策の実施に向けて、平成30年2月に「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」(以下、「ガイドライン」といいます。)を策定し、本年2月に2回目の改正を実施しました」、「ガイドラインの策定・公表から3年が経過し、金融機関等において態勢整備への意識が浸透してきたことから、より実効的な態勢整備を行うよう、今般、別紙のとおり、ガイドラインで対応を求めている事項に対する完了期限(2024年3月)を設け、態勢を整備することを、各業態団体を通じて要請しました」、「本要請内容は、ガイドラインにおける金融機関等の全ての事業者に対応していただく必要があるものです。したがって、各金融機関等におかれては、本要請を踏まえ、対応計画に基づく適切な進捗管理の下、ガイドラインへの対応に向けた態勢整備を着実に実行していただくよう、お願いいたします」といったもので、「金融庁・財務局としては、下記の要請事項に係る各金融機関の取組状況について、検査やモニタリングを通じて確認していくほか、仮にマネロン・テロ資金供与対策に問題があると認められた場合には、法令に基づく行政対応を含む対応を行う場合があることを予めご承知願います」との文言も含まれるなど、相当の危機感を示すものとも解釈できます。
さらに、今年3月には、AML/CFTガイドラインのFAQも金融庁から出されました(本件については、暴排トピックス2021年4月号を参照ください)が、直近では、オンラインで完結可能は本人確認方法に関する「金融機関向けQ&A」も公表されています。かなり実務的に細かい内容が多いところ、いくつかピックアップして、以下に紹介します。
▼金融庁 犯罪収益移転防止法におけるオンラインで完結可能な本人確認方法に関する金融機関向けQ&A
- 「写真付き本人確認書類の画像」+「容貌の画像」を用いた本人確認方法とはどのようなものか。
- 顧客から、「写真付き本人確認書類に組み込まれたICチップ情報」(氏名、住居、生年月日及び写真の情報)の送信を受けるとともに、特定事業者が提供するソフトウエアにより、当該ソフトウエアを使用して撮影された顧客の「容貌の画像」の送信を受ける方法です。
- 「本人確認書類の画像又はICチップ情報」+「銀行等への顧客情報の照会」を用いた本人確認方法とはどのようなものか。
- 顧客から、特定事業者が提供するソフトウエアを使用して、1枚に限り発行された本人確認書類の画像(氏名、住居及び生年月日並びに本人確認書類の「厚みその他の特徴」を確認できるもの)又はICチップ情報(氏名、住居及び生年月日の情報)の送信を受けるとともに、他の特定事業者(銀行等又はクレジットカード会社)が顧客から顧客しか知りえない事項等(ID・パスワード等)の申告を受けることにより、預貯金口座やクレジットカードの契約時の確認記録に記録されている顧客と同一であることを確認していることを確認する方法です。
- 「登記情報提供サービスの登記情報」を用いた本人確認方法とはどのようなものか。
- 顧客である法人の取引担当者から、「電子認証登記所発行の電子証明書」(商業登記法の規定に基づき登記官が作成した電子証明書)及び「当該電子証明書により確認される電子署名が行われた特定取引等に関する情報」の送信を受ける方法です。なお、法人の取引担当者自身の取引時確認を併せて行う必要があります。
- 特定事業者が提供するソフトウエア」に求められる性能等はどのようなもので、何らかの限定はあるのか。それらについては法令には規定されていないという理解でよいか。
- 当該ソフトウエアの性能等は、本人特定事項の確認のために必要な要素を満たしていると合理的に認められるものであることが求められます。例えば、他人へのなりすまし等の防止が特定事業者に求められるのは当然であるところ、画像が加工されないことを確実に担保するため、ソフトウエアは画像の加工機能がないものでなければなりません。必要な要素を性能等が満たしていないと認められれば、特定事業者が監督上の措置の対象となり得ます。
- 平成30年11月30日付けパブリックコメント回答7に「画像が加工されないことを確実に担保するため、ソフトウエアは画像の加工機能がないものでなければなりません」とあるが、特定事業者側に限り画像の確認・保存の利便性のために必要な加工を行える機能を当該ソフトウエアに搭載することは認められるか。
- 認められます。平成30年11月30日付けパブリックコメント回答7において、「画像の加工機能がないもの」を求めている趣旨は、顧客による不正(偽り・なりすまし)を防ぐものであり、特定事業者がその便宜のために行う加工を禁止するものではありません。すなわち、画像の確認や記録保存のために必要な範囲において、特定事業者による加工が可能な機能があるソフトウエアであっても、顧客が画像の加工を行えない仕様であれば許容されます。ただし、画像の加工を行う場合には、平成30年11月30日付けパブリックコメント回答No.17において求めるように、撮影内容が十分に判別できないようにならないようにする必要があります。
- 「画像情報」は、条文記載の「特徴」を確認できるのであれば、白黒のものや解像度の粗いものでも許容されるという理解でよいか。
- 白黒画像はカラー画像に比べて本人特定事項の確認のために得られる情報量が少なく、本人特定事項の確認に支障が生じることから、認められません。また、解像度についても、本人特定事項の確認に支障が生じる場合は認められません。
- 本人確認用画像情報は、静止画像でもビデオ通話のような動画でもよいのか。動画でもよいとすれば、動画の撮影時間、音声等に基準はあるのか。
- 本人確認用画像情報は、静止画に限らず動画も認められます。動画の場合には、撮影時間及び音声の制限はありません。なお、本人確認用画像情報は静止画であるか動画であるかにかかわらず、本人特定事項の確認時に撮影されたものである必要があることから、あらかじめ撮影された録画ファイルは認められません。
- 本人確認用画像情報の撮影から送信までの時間について、法文上「直ちに」や「速やかに」といった文言がないが、送信直前に撮影されたものでなくても、送信前の一定期間内に撮影して保存してあったデータなら許容されるのか。例えば、本人確認用画像情報の撮影後、その送信前にいったん手続きが中断された場合、手続きの再開後に当該本人確認用画像情報を送信することは許容されるのか、それとも新たに撮影させる必要があるのか。
- 撮影後に手続を一時中断して送信すると、画像を加工されるおそれが高まるほか、本人特定事項の確認の時点における顧客等の実在性の確認等の観点からも支障があると考えられます。特定事業者は、送信を受ける画像が当該特定事業者の提供するソフトウエアを使用して撮影をさせたものであることを担保するため、撮影させた画像を加工可能な状態に置くことなく送信させることが求められます。そのため、撮影後直ちに送信させることが求められます。
- 規則第6条第1項第1号ホの方法を用いて取引時確認をした顧客について、2回目以降の取引において、既に取引時確認を行っていることを確認するに当たり、ID・パスワードではなく、その「容貌」が取引時確認の確認記録として保存されている「容貌」と同一であることを確認することとした場合、規則第16条に該当することとなるか。
- 御質問にあります容貌によって、顧客等が確認記録に記録されている顧客等と同一であることが示されるのであれば、規則第16条第1項第2号として利用することは可能です。
- 令和2年2月4日以降の申請により発行された日本国旅券は、オンラインで完結可能な本人確認方法の本人確認書類として使うことができるか。
- 規則第6条第1項第1号ホ及びトにおいて本人確認用画像情報の送信を受ける場合:令和2年2月4日以降の申請により発行された日本国旅券については、所持人記入欄がないため、旅券のほかに住居の記載がある他の本人確認書類等の送付等を受ける必要があります。
- 規則第6条第1項第1号ヘ及びトにおいてICチップ情報の送信を受ける場合:特定事業者はICチップ情報が真正なものであることの確認が求められます。具体的には、秘密鍵で暗号化されている当該ICチップ情報に係る事項の送信を受け、これを公開鍵で復号することによって真正なものであることを確かめることが考えられます。日本国旅券のICチップは当該確認ができないため使うことができません。
- 本人確認書類の真正性の確認は、サンプルチェックでも認められるか。
- 認められません。
- 「厚みその他の特徴」の確認による本人確認書類の真正性の確認は、機械で行う方が精度高く行える場合でも目視の確認が必要なのか。また、顧客等の容貌と写真付き本人確認書類の写真との照合を専ら機械により行う場合、当該機械が有すべき性能についての基準はいかなるものか。
- 規則第6条第1項第1号ホ、へ及びトについては、本人確認書類が真正なものであることの確認は、目視によるものに限らず、専ら機械(十分な性能を有しているものに限ります。)を利用して行うことも許容されます。また、当該機械が有すべき性能について、具体的な基準は定めておりませんが、十分な性能を有することについて、特定事業者が責任を持って確認する必要があります。
- 規則第6条第1項第1号ホ及びトにおいて、本人確認書類の厚み以外に、目視により確認すべき項目はあるか。
- ホにおいては、顧客の容貌の画像と本人確認書類に貼り付けられた写真の人物が同一であるかを確認する必要があります。なお、十分な性能を有した機械であれば目視により確認する方法に限定されておりません。
- 顔照合の認証率、照合率(他人受入率、本人拒否率等)の基準はあるか。
- 特定事業者は、本人確認書類の真正性を確認するため、本人確認書類や本人特定事項の確認時に撮影された顧客の容貌の画像を専ら機械を利用して確認することも許容されており、その機械においては十分な性能を有しているものに限りますが、具体的な方法や基準は特定事業者が判断することとなりますので、一律に数値をお示しすることは困難です。必要に応じて金融庁まで御相談ください。
- 本人確認書類の真正性の確認は、取引の性質に応じて合理的な期間内に行われればよく、それができない場合には犯収法第5条の免責規定によって取引を中断するのであり、顔写真の照合と同時に行われなかったり、銀行口座開設後に行われたからといって、問題はないという理解でよいか。
- 本人確認用画像情報の送信を受けると同時にその内容を確認しなければならないわけではありませんが、特定取引を行うに際して確認されたと合理的に認められる期間内に確認を行う必要があります。なお、銀行口座開設後に本人確認書類の真正性の確認ができなかった場合には、特定事業者の責任となる可能性があると考えられます。
- 「特定事業者が提供するソフトウエア」をいかに開発しても、事前に撮影した画像を使用するなどの不正を全て防止することは困難である。この点について、何らかの不正防止策を行う必要があると考えられるが、かかる不正防止策については特定事業者において合理的な方法を検討の上実施するということで問題ないか。例えば、何らかの数字を記載した紙と一緒に撮影させることや、ランダムに指示される事項(例えば、本人確認書類の右端に人差し指を重ねることや、容貌の撮影の際に一定の姿勢を取らせること)を顧客に行わせ、これとともに撮影するといったことが考えられるが、これらを適切に実施すれば法令上問題ないと考えてよいか。また、IDセルフィー(容貌と本人確認書類を同時に撮影する方法)により本人確認を行う場合、当該撮影に際して上述したような不正防止策を講じていれば、1枚の写真で、容貌と本人確認書類の両者について、本人特定事項の確認時に撮影されたものであることを確認したと認められるか。
- 特定事業者は、本人特定事項の確認時に、容貌や本人確認書類の実物を撮影させてその送信を受ける必要があることから、容貌や本人確認書類の実物を事前に撮影した写真を撮影させてその画像の送信を受けることは認められません。特定事業者は、この点を確認できるようにする必要があります。その具体的な方法は特定事業者が判断することとなりますが、例えば、本人特定事項の確認時にランダムな数字等を顧客等に示し、一定時間内に顧客等に当該数字等を記した紙と一緒に容貌や本人確認書類を撮影させて直ちに送信を受けることなどが考えられます。IDセルフィーについては、容貌と本人確認書類を一緒に撮影させることは認められますが、当該撮影に係る画像が、本人確認書類に記載されている氏名、住居及び生年月日並びに当該本人確認書類の厚みその他の特徴が適切に確認できるなど、規則上の要件を満たす必要があります。1枚の写真により当該要件を満たすのであれば、その撮影の際に上記のランダムなポーズをとらせるなどの対策をとることにより、容貌に係る本人確認用画像情報と本人確認書類に係る本人確認用画像情報の両者について、本人特定事項の確認時に実物が撮影されたものであることが確認できると考えられます。
- 顧客の容貌及び本人確認書類を撮影させてその送信を受ける際の注意点は何か。
- 特定事業者は、本人特定事項の確認時に、容貌や本人確認書類の実物を撮影させてその送信を受ける必要があることから、容貌や本人確認書類の実物を事前に撮影した写真を撮影させてその送信を受けることは認められません。特定事業者は、この点を確認できるようにする必要があります。その具体的な方法は特定事業者が判断することとなりますが、例えば、本人特定事項の確認時にランダムな数字等を顧客等に示し、一定時間内に顧客等に当該数字等を記した紙と一緒に容貌や本人確認書類を撮影させて直ちに送信を受けることなどが考えられます。
- 「登記情報提供サービスの登記情報」を用いた方法は、特定事業者が自ら一般財団法人民事法務協会の登記情報提供サービスを利用して顧客等である法人の情報を取得(オンライン上に限定されず、窓口又は郵送を含む。)するのであれば、本人確認書類の送付を受けることを要しない、というものか。
- そのとおりです。
また、AML/CFTの実務においては、「実質的支配者の確認」の困難性があることが共通の認識であるところ、間もなく、あらたな認証制度の創設が予定されています。
▼法務省 商業登記所における法人の実質的支配者情報の把握促進に関する研究会
▼議論のとりまとめ概要
法務省によれば、本とりまとめの主旨について、「公的機関において法人の実質的支配者情報を把握することについては、法人の透明性を向上させ、資金洗浄等の目的による法人の悪用を防止する観点から、FATFの勧告や金融機関からの要望等、国内外の要請が高まっている」ことをふまえ、「このような要請に応えるものとして、法人設立時の実質的支配者情報については、既に、公証人が定款認証を行う際に嘱託人に法人の実質的支配者となるべき者を申告させる取組が行われており(注:公証人は、申告された実質的支配者について、定款その他の資料によってその実質的支配者の該当性を判断するとともに、当該実質的支配者が暴力団員等に該当していないかを確認し、また、申告された実質的支配者の実在性等を本人確認の書面により確認している)、同取組は国際的にも評価を得ているところであるが、法人設立後の継続的な実質的支配者の把握が更なる課題となっている」こと、「設立後の法人の基礎的な情報は、商業登記所に登記されており、当該業務を担う登記官は、商業・法人登記の分野において高度な専門性を有しており、法人の実質的支配者情報の把握促進のために効果的な役割を果たし得る」ことを踏まえ、「本研究会で、商業登記所による法人の実質的支配者情報の把握促進のための方策の在り方について、研究を行うものである」としています。その結果、今年の夏から秋ごろをめどに、以下のような施策が実施されることになります。
- 顧客のBOの確認に関する犯罪収益移転防止法の枠組み及び銀行の実務
- 犯罪収益移転防止法上の枠組み
- 特定事業者は、法人である顧客等との間で特定取引を行う際に、顧客等の代表者等から申告を受ける方法によりそのBO(法人の実質的支配者)の本人特定事項(氏名、住居、生年月日)の確認義務を負う(第4条第1項)。
- なりすまし取引、偽りのある取引、特定国居住者等との取引等のハイリスク取引については、特定事業者は、申告されたBOと顧客との関係を株主名簿等の書類によって確認する義務を負う(第4条第2項)。
- 金融庁のマネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン(以下「金融庁マネロンガイドライン」という。)により、金融機関は、通常の特定取引について確認を行う際にも、「信頼に足る証跡を求めてこれを行う」こととされている。
- 銀行による法人のBOの確認実務
- 上記犯罪収益移転防止法の枠組みに従って、ハイリスク取引については、BOの本人特定事項の確認は申告に基づいて、BOと顧客との関係の確認は株主名簿等の書類に基づいて行い、通常の特定取引については、これらのいずれの確認についても、顧客の申告に基づいて行うこととしている。
- なお、通常の特定取引の場合であっても、各銀行は、その運用の中で、取引開始時や継続的顧客管理の中で、実質的支配者と顧客との関係や、実質的支配者の本人特定事項について、リスクに応じて信頼に足る証跡となる資料を確認することがある。
- 犯罪収益移転防止法上の枠組み
- 【施策案】法人の申出により、商業登記所が当該法人のBOリストを保管しその写しを交付する制度
- 法人の申出により、商業登記所が当該法人が作成したBOリスト(実質的支配者について、その要件である議決権の保有に関する情報を記載した書面をいう。)について所定の添付書面によりその内容を確認して写しを作成し、写しであることの認証を付する制度(以下「本制度」という。)
- 本制度を利用しようとする法人(以下「申出法人」という。)が、そのBOリストを作成し、商業登記所の登記官に対し、BOリストの保管及びその写しの交付の申出
- 申出を受けた登記官は、添付書面及び商業登記所の保有する情報等に基づきBOリストの内容を調査
- 登記官は、調査が終わるとBOリストをスキャンして保管するとともに、申出法人について、BOリストが保管されている旨を登記簿に付記(BO情報を届け出ている信用性の高い会社と評価され得る)
- その上で、登記官は、当該法人に対し、BOリストの写し(登記官が写しであることの認証を付したもの)を交付
- 本制度の対象は株式会社・特例有限会社、対象となるBOは犯罪収益移転防止法施行規則第11条第2項第1号のBO(株主が外国会社の場合は制度の対象外)
- 専門性を有する商業登記所の登記官がBO情報を確認するハブとなって統一的に判断を行うことにより、個々の金融機関が窓口でその都度確認を行っている現状に比べ、運用の統一性及び一定レベルの判断水準が保されることにより信頼性が向上
- なお、記載事項は、「申出法人の商号,本店所在地,会社法人等番号」「実質的支配者情報を確認した時点」「作成者」「実質的支配者の該当事由」「実質的支配者の本人特定事項として、氏名(及びふりがな)、住居、国籍等、生年月日、性別」「実質的支配者が有する申出法人の議決権割合及び間接保有の有無」「実質的支配者が申出法人の議決権を間接保有する場合には、支配関係図」「実質的支配者該当性に関する添付書面の種類」「実質的支配者の本人確認の書面の種類」
なお、現行の法人設立時の申告制度について、本コラムで以前指摘したとおり、そもそも暴力団関係者が自ら代表者等に就任したり、実質的支配者と申告するケースは考えにくいことから、限界があるといえます。残念ながら、本件についても、経験豊富な登記官の目を欺くなどして、虚偽の実質的支配者が認証されてしまう可能性があること、(今後の課題と認識されている)「実質的支配者変更の適時の把握の在り方」についても、暴力団等が乗っ取りや買収等により実質的支配者になったとしても、本制度においては、変更されなければ、誤った認証に基づく実質的支配者の確認結果となる可能性があること、したがって、暴力団等からみれば、逆に自らの「透明性」や「信用性」をまとうことができる「犯罪インフラ」となりかねないおそれがあると指摘しておきたいと思います。
また、総務省が、電話転送サービス事業者に対し、犯罪収益移転防止法にかかる是正命令を出しています。
▼総務省 モバイル・サービス合同会社に対する犯罪収益移転防止法違反に係る是正命令
本件は、電話転送サービス業を営むモバイル・サービス合同会社に対し、同法第18条の規定に基づき、確認記録の作成義務に係る違反行為を是正するために必要な措置をとるべきことを命じたものです。同法では特定事業者に対し、一定の取引について顧客等の取引時確認等を行うとともに、その記録を作成する等の義務を課しており、電話転送サービス事業者は、同法の特定事業者として規定されています。具体的には、モバイル・サービスが法に定める義務に違反していることが認められたとして、国家公安委員会から総務大臣に対して同法に基づく意見陳述が行われ、これを踏まえ、総務省において当該事業者に対して報告徴収を行った結果、法違反が認められたため、当該事業者への処分を行うものと説明されています。なお、電話転送サービス事業者については、従来の携帯電話を用いた特殊詐欺に代わり、電話転送機能を悪用して、相手方に「03」等の固定電話番号を表示させたり、官公署を装った電話番号への架電を求めるはがきを送りつけたりする手法が増加し、電話番号転送サービスが「犯罪インフラ」として悪用されている実態に鑑み、特殊詐欺対策(犯罪対策閣僚会議決定「オレオレ詐欺等対策プラン」)の一環から、特殊詐欺に利用された固定電話番号の利用停止措置とともに、指導監督の強化が求められているところです。
最近のAML/CFTを巡る海外の動向から、いくつか紹介します。
- 中国公安省は、電話やインターネットを利用した詐欺で得た資金を、暗号資産を使ってマネー・ローンダリングした疑いで1,100人あまりを警察が逮捕したと明らかにしています。後述するとおり、中国は暗号資産取引への取り締まりを強化しており、5月には金融関連3団体が暗号資産に関するサービス提供を禁止し、国務院(内閣に相当)は代表的な暗号資産であるビットコインのマイニング(採掘)と呼ばれる生成や取引を取り締まる方針を示しています。報道によれば、警察は、暗号資産を使ったマネー・ローンダリングに関与した170以上の犯罪グループを摘発・逮捕、犯罪グループは5%~5%の手数料を取ってマネー・ローンダリングを請け負っていたといいます。決済業務の自主規制機関、中国支付清算協会は、匿名性があり世界に通用して利便性が高いことから暗号資産が越境マネー・ローンダリングに利用される事例が増えていると述べています。関連して、6月1日には、中国人民銀行(中央銀行)が、アンチ・マネー・ローンダリング法の改正草案を公表しています。報道によれば、特定の違反行為に対する罰金額を最大1000万元(160万ドル)に引き上げるほか、多くの非金融機関を対象範囲に含めるもので、対象には不動産開発業者、会計事務所、貴金属取引所のほか、ノンバンク決済会社、オンライン小口融資業者、金融資産運用会社、金融リース企業も含まれるということです。また、顧客に対する資産査定(デューデリジェンス)、大口取引や疑わしい取引の報告を怠った違反行為の最高罰金額は従来の50万元から200万元に引き上げること、犯罪による利益の隠蔽を手助けしたり、テロリストへの資金供給を支援したりする機関の行為には最大1,000万元の罰金を科す(従来は500万元)といった内容です。
- 英金融行動監視機構(FCA)は、かなりの数の暗号資産関連企業がAML/CFTの基準を満たしておらず、多くが登録申請を取り下げていると明らかにしています。英国では今年1月から暗号資産関連企業に対しFCAに登録することが義務付けられました。FCAはAML/CFT措置を講じていると確信できる企業のみを登録するとしています。報道によれば、これまでに登録が認められたのは5社にとどまっていますが、これに加えて5月12日時点で90社が一時的に登録されており、FCAが審査を行っている間は取引を続けることができるとされます。なお、FCAはこの状態は「適格」とはみなされないとしています。このあたりは、日本における暗号資産事業者の登録制への移行と同じような状況と言えそうです(日本でも、金融庁が2017年4月に仮想通貨交換業者を登録制とする改正資金決済法を施行、最も多かった時は15社のみなし業者が存在、法施行から2年半あまりで、すべての業者が正式な登録業者に移行しています)。
- オーストラリアのAML/CFT当局である豪金融取引報告・分析センター(AUSTRAC)は、カジノ運営大手のスター・エンターテインメント・グループを顧客資産査定(デューデリジェンス)法違反の疑いで調査していると明らかにしています。報道によれば、同業のクラウン・リゾーツに対する90億豪ドル(70億米ドル)での買収案が危うくなると指摘されています。AUSTRACは2015年から2019年まで「高リスク」などとされた顧客への対応を評価する中で同社のシドニーカジノでのコンプライアンス違反の可能性を見いだしたということです。カジノ事業者関係では、日本の和歌山県の誘致に積極的に関与してきたサンシティグループ(マカオ)の撤退の理由もマネー・ローンダリングに関与した疑惑が生じたことがあったとされます。報道によれば、オーストラリアのカジノ管理機関が今年2月に公表した報告書で、同社の顧客がカジノでマネー・ローンダリングをしたなどと指摘されたといいます。同社は「現地政府の厳格な監督管理のもと現地の法律を適正に遵守して運営されている」などと声明を発表、さらに同社は「反社会的勢力と一切関与していない」などと声明を出しています。
- フランスの検察当局がレバノン中央銀行のリアド・サラメ総裁に対し、マネー・ローンダリング疑惑で捜査を開始したということです。報道によれば、共謀と組織的な資金洗浄に関与した可能性について捜査が進められているといい、反汚職団体「シェルパ(Sherpa)」は、サラメ氏による海外での不動産などの投資を巡り、フランスで同氏を告発、これを受けて同氏は5月、自身の富は1993年に中銀職に就く前に取得したものだとこれまで示してきたと説明していたようです。レバノン検察当局も4月にスイスの要請で同氏への捜査を開始、スイス側はサラメ氏の弟が所有する企業がレバノン中銀から3億ドル以上を横領した疑いを指摘していたといいます。
(2)特殊詐欺を巡る動向
特殊詐欺被害を防止するためには、犯罪者の手口を知ることや被害者が「騙されてしまうメカニズム」を分析することが重要だと考えられるところです。2021年5月28日付読売新聞「なぜお金を振り込んでしまうのか、誤解を誘う犯人の「話術」…警察に聞いた様々な手口」は、後者についての重要な示唆を含む興味深いものでした。還付金詐欺の事例をもとに、以下、抜粋して引用します。
冷静に考えればおかしいと気付くものでも、このような巧みな話術で疑う余地もないほどに、当たり前のように指示されることで、ただでさえお金が振り込まれると信じている人間であるがゆえに、盲目的に指示に従っていくことになることが分かります。対面ではなく電話で指示をすること(留守電設定が推奨されていることからも分かるとおり、高齢者などは電話から聞こえる話を信じやすい傾向にある)なども含め、人間の心理を巧みに突いたもので、ほとほと感心させられます。
さて、長引くコロナ禍によって、詐欺の手口も社会情勢に適応したものが相次いで登場しました。本コラムでもその動向を追っている持続化給付金の不正受給問題はその典型だといえます。直近では、不動産会社の社長で詐欺グループの主犯格とされる男が逮捕され、被害総額は数億円にも上るとみられる大型の事件がありました。報道によれば、容疑者らは、昨年7月、20代の男性を個人事業主に仕立て上げ、新型コロナウイルスの影響で収入が減ったと嘘の申請をして、国の持続化給付金100万円をだまし取った疑いが持たれており、関係者の供述からこの詐欺グループが持続化給付金を数億円だまし取った疑いがあるとみて、捜査しているということです。さらに、別の不動産業の容疑者(27)が、SNSを通じて新型コロナ関係の給付金の不正受給の手法を教える「指南役」として、全国の33人に総額約3,300万円を不正受給させ、報酬約950万円を得たとして、警視庁サイバー犯罪対策課が詐欺容疑で逮捕する事件もありました。また、警視庁は、元携帯電話販売会社社長(36)ら関東地方の20~30代の男女5人を詐欺容疑で逮捕しています(なお、この容疑者はソフトバンクの携帯電話を購入した顧客の情報を無断で複製、リスト化したしたなどとして不正競争防止法違反の疑いで逮捕、同罪で起訴されています)。報道によれば、5人が知人名義で160人分の虚偽申請をし、計1億6,000万円を詐取したとみて、裏付け捜査を進めているといいます。5人は昨年6月、別の3人と共謀し、この3人が収入が減った個人事業主であるように装い、専用サイトから中小企業庁に給付金を申請、3人分の給付金計300万円を国からだまし取った疑いがあり、5人のうち3人は申請者の勧誘役で、それぞれの知人らに謝礼を払って名義を借りていたといい、知人らがサービス業や娯楽業を営んでいるよう偽って申請を繰り返し、収入が激減した証拠として、架空の確定申告書や売り上げ台帳などを作っていたということです。さらに、新潟でも、男女5人が、昨年7月、架空の卸売店の売り上げが減ったように嘘の申請をして、持続化給付金100万円をだましとった疑いで逮捕されており、余罪が数十件、被害は数千万円にのぼるとみられています。なお、持続化給付金をだまし取った罪に問われている広島大学の元大学生(21)の裁判では、検察が懲役4年を求刑しています。被告は昨年6月以降うその事業内容に基づいて持続化給付金を申請するなどして現金をだまし取った罪に問われており、検察は給付が必要な人のため厳格な審査をしない制度を悪用した犯行で、被告も組織内で積極的に勧誘活動をしていたことなどから懲役4年を求刑、一方、弁護側は約束されていた報酬がきちんと支払われていなかったことや、大学を退学になるなど社会的な制裁を受けているとして執行猶予を求めています。
不正受給は持続化給付金だけに限りません。新型コロナウイルス対策の時短営業に応じた事業者に支給される東京都の協力金を詐取したとして、警視庁は、ベトナム国籍のカラオケバー経営の被告(38)を詐欺容疑で再逮捕し、知人の税理士事務所職員の男を同容疑で書類送検しています。都の協力金詐取の摘発は初めてであり、報道によれば、2人は今年2~3月、被告が経営する豊島区巣鴨のカラオケバーが昨年12月18日~今年1月7日に時短営業をしたとする虚偽の申請を行い、都の協力金84万円をだまし取った疑いがもたれています。また、不正受給以外のコロナ禍に絡む詐欺事件としては、京都府警八幡署が、無職女性(73)が「新型コロナウイルスワクチンを開発するための債権を買う権利がある」などと持ち掛けられ、現金計4,250万円をだまし取られる被害にあったと発表しています。報道によれば、昨年7月ごろ、女性宅に銀行員を名乗る男から「日本郵便投資事業部がコロナワクチンを開発するための債権を発行し、3,000万円分を優先的に買う権利がある。支払いは無理でも名義を貸せば大丈夫」と電話があり、女性が承諾すると後日、金融庁や同事業部をかたる男らから「名義貸しは違法だ」「あなたのせいで事業が進まない」と、解決金を支払うよう求められたというものです。また、自治体職員を名乗る人物から「新型コロナウイルスのワクチン接種の予約を代行する」と言われ、金銭を要求されたという相談が東京都内をはじめ全国で相次いでいるといいます。警視庁は新たな詐欺の手口とみて、自治体と連携するなど被害対策を強化しているといいます。国民生活センターによると、ワクチン接種をめぐり、電話で「予約を代行する」「優先順位を上げる」と言われ、金銭や口座番号を要求されたという相談が、全国で数多く寄せられています。また、ワクチン接種予約をかたった偽のメッセージが携帯電話に送りつけられ、アクセスすると個人情報が盗み取られるフィッシングが横行しているといいます。ネット予約に不慣れな高齢者を狙っているとみられ、内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)や国民生活センターが注意を呼びかけています。報道によれば、トレンドマイクロ社は、使われているコンピューターウイルスの型などから、2019年10月頃から活動する詐欺グループによるフィッシングだと分析、ワクチン接種をかたった詐欺は、SMS以外でも広まっており、消費者庁によると、全国各地で市役所などの行政機関を装って「優先的に接種できる」「予約を代行する」などの不審電話が相次いでいるといいます。また、詐欺グループが実際に自宅を訪問してくるケースもあるということです。特殊詐欺は社会情勢に応じて(乗じて)その手口を巧妙に変化させて信ぴょう性を高めることで、その「だましの精度」を高めています。やはり、特殊詐欺被害を防止するためには、犯罪者の手口を知ることや、(犯罪者が騙される心理を研究して突いてくることから)被害者が「騙されてしまうメカニズム」を分析することが重要だとあらためて痛感させられます。
さて、消費者の動向をまとめた2021年版の「消費者白書」が閣議決定されています。新型コロナウイルス感染を防ぐために進んだ「新しい生活様式」や緊急事態宣言は、消費者の過ごし方や支出にどのような影響を及ぼしたのか、白書では、コロナ禍で余儀なくされた「巣ごもり生活」がインターネットと親和性が高いことが改めて浮き彫りになっています。また、消費者庁は「消費者の行動変容が求められる社会状況となり、『外出型消費』の減少と『巣ごもり消費』の増加が確認された」と分析しています。以下、白書の内容について、その概要を紹介します。
▼消費庁 令和2年版消費者白書
▼【概要】令和3年版 消費者白書
- 2020年度に消費者庁に通知された消費者事故等は11,414件。「生命身体事故等」が2,435件、うち重大事故等が1,487件、「財産事案」が8,979件。
- 消費者安全法の規定に基づく通知等を踏まえ、消費者安全調査委員会において調査を実施。2020年度は、2件について報告書を公表。関係行政機関の長に対して、10件の意見具申。
- 消費者安全法の規定に基づく通知を端緒として、財産事案について2020年度に34件の注意喚起を実施。
- 2020年の消費生活相談件数は4万件。架空請求の相談件数は減少したが(13.1万件→3.4万件)、新型コロナウイルス感染症に関連した相談等の増加により、架空請求以外の相談件数は増加(80.9万件→90.0万件)。
- 若者の相談では、インターネットや美容関連の相談が上位に。20歳未満のオンラインゲームに関する消費生活相談が増加。
- 高齢者の消費生活相談は前年に続き減少。相談全体に占める高齢者の相談の割合は約3割。
- 商品・サービス別では前年に続き迷惑メールや架空請求を含む「商品一般」が最多。ただし、件数は半減。定期購入を含む「他の健康食品」は増加傾向。2020年はマスクを含む「保健衛生品その他」が上位に
- 販売購入形態別では「通信販売」の割合が増加。「店舗購入」や「訪問販売」、「電話勧誘販売」の割合は減少。「インターネット通販」に関する相談が増加。商品・サービス別では商品の相談が増加しており、中でも商品未着・連絡不能(事業者との連絡がつかない)等のトラブルが多くみられる。
- 通信販売での「定期購入」に関する消費生活相談は引き続き増加傾向。2020年は約6万件で過去最多。SNSが何らかの形で関連している消費生活相談も引き続き増加傾向。
- 2020年の消費者被害・トラブル額は、推計約8兆円(既支払額(信用供与を含む。))。
- 2020年の消費は、3月から5月にかけて急速に落ち込み、その後、持ち直しの動きがみられた。財・サービス別では、財(商品)への支出額が微増し、サービスへの支出額は減少。品目別構成比では、食料への支出割合が増加し、旅行や外食関連への支出割合が減少するなど、いわゆる「巣ごもり消費」の増加と外出関連消費の減少がうかがえる
- 2020年の消費支出は、1-3月に比べ4-6月に大きく減少したが、インターネットを利用した支出総額は増加。世帯主の年齢層別にみても全ての年齢層でインターネットを利用した支出総額が増加
- インターネット上での商品・サービスの購入を「安心」と感じている消費者は約7割。年齢層が高くなるにつれて「安心」と感じる消費者の割合が小さくなる。インターネット上での商品・サービスの購入で「心配なこと」として、6割超の消費者が「個人情報が漏えい・悪用されている」、「商品やサービスが期待とは異なる」、「望まない広告メールが送られてくる」を挙げている。
- 1度目(2020年4月)と2度目(2021年1月)の緊急事態宣言の発出前後では、後者の方が、食料品等の購入頻度及び購入量の変化について「変わらない」と回答した消費者の割合が大きい。2度目の緊急事態宣言の発出前後では、多くの消費者が落ち着いた消費行動をとったことがうかがえる。
- 新型コロナウイルス感染症に関連した消費生活相談は、2020年4月に2万1千件を超えて最多となり、その後は同年11月まで減少傾向。内訳をみるとインターネット通販に関連した相談が多くみられた。マスクを含む「保健衛生品その他」に関する相談が約3割で最多。次いで、解約やキャンセルに関するトラブルがみられた「結婚式」、「スポーツ・健康教室」等が続く。
次に、例月通り、最新の特殊詐欺の認知・検挙状況について確認します。
▼警察庁 令和3年4月の特殊詐欺認知・検挙状況等について
令和3年1~4月における特殊詐欺全体の認知件数は4,401件(前年同期4,640件、前年同期比▲5.2%)、被害総額は85.0憶円(89.6憶円、▲5.1%)、検挙件数は1,998件(2,112件、▲5.4%)、検挙人員は676人(776人、▲12.9%)となりました。特に、認知件数・被害総額が減少し続けている点、一方で検挙件数の増加が続いていたところ、減少に転じた点が注目されます。うちオレオレ詐欺の認知件数は891件(691件、+28.9%)、被害総額は24.6憶円(20.9憶円、+17.7%)、検挙件数は406件(714件、▲43.1%)、検挙人員は183人(211人、▲13.3%)と、認知件数・被害総額ともに大きく増えている点が懸念されるところです。一方で、検挙件数・検挙人員ともに大きく減少している点もまた注視していく必要があると考えられます。一方、キャッシュカード詐欺盗の認知件数は783件(1,293件、▲39.4%)、被害総額は11.1億円(19.8憶円、▲43.9%)、検挙件数は575件(748件、▲23.1%)、検挙人員は158人(237人、▲33.3%)と、こちらは認知件数・被害総額ともに大きく減少している点が注目されます。また、預貯金詐欺の認知件数は1,007件(1,399件、▲28.0%)、被害総額は13.6億円(16.7億円、▲18.6%)、検挙件数は761件(206件、+269.4%)、検挙人員は243人(230人、+5.7%)となり、認知件数・被害総額ともに大きく減少している点が注目されます。架空料金請求詐欺の認知件数は605件(526件、+15.0%)、被害総額は21.7億円(22.5憶円、▲3.6%)、検挙件数は86件(203件、▲57.6%)、検挙人員は42人(54人、▲22.2%)、還付金詐欺の認知件数は1,001件(505件、+98.2%)、被害総額は11.7億円(6.4憶円、+82.8%)、検挙件数は152件(153件、▲0.7%)、検挙人員は34人(14人、+142.9%)、融資保証金詐欺の認知件数は67件(157件、▲57.3%)、被害総額は1.1億円(1.5憶円、▲25.8%)、検挙件数は7件(56件、▲87.5%)、検挙人員は3人(17人、▲82.4%)などとなっており、特にコロナ禍の社会情勢をふまえて「非対面」で完結する還付金詐欺の認知件数・被害総額ともに大きく増加している点が懸念されます。
犯罪インフラ関係では、口座開設詐欺の検挙件数は201件(245件、▲18.0%)、検挙人員は116人(161人、▲28.0%)、盗品等譲受けの検挙件数は1件(1件、±0%)、検挙人員は0人(0人)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は662件(854件、▲22.5%)、検挙人員は526人(692人、▲24.0%)、携帯電話契約詐欺の検挙件数は48件(73件、▲34.2%)、検挙人員は48人(63人、▲23.8%)、携帯電話不正利用防止法違反の検挙件数は8件(8件、±0%)、検挙人員は5人(6人、▲16.7%)、組織的犯罪処罰法違反の検挙件数は46件(22件、+109.1%)、検挙人員は6人(5人、+20.0%)などとなっています。また、被害者の年齢・性別構成について、特殊詐欺全体では、男性25.5%:女性74.5%、60歳以上91.8%、70歳以上76.5%、オレオレ詐欺では、男性18.2%:女性81.8%、60歳以上96.9%、70歳以上94.5%、融資保証金詐欺では男性72.4%:女性27.6%、60歳以上27.6%、70歳以上12.1%などとなっており、類型によってかなり異なる傾向にあることが分かりますが、概ね高齢者被害の割合が高い類型では女性被害の割合も高い傾向にあることも指摘できると思います。このあたりについては、以前の本コラム(暴排トピックス2019年8月号)で紹介した警察庁「今後の特殊詐欺対策の推進について」と題した内部通達で示されている、「各都道府県警察は、各々の地域における発生状況を分析し、その結果を踏まえて、被害に遭う可能性のある年齢層の特性にも着目した、官民一体となった効果的な取組を推進すること」、「また、講じた対策の効果を分析し、その結果を踏まえて不断の見直しを行うこと」が重要であることがわかります。なお、参考までに特殊詐欺被害者全体に占める高齢被害者(65歳以上)の割合について、特殊詐欺全体では88.4%(男性22.5%:女性77.5%)、オレオレ詐欺96.6%(18.1%:81.9%)、預貯金詐欺98.6%(16.3%:83.7%)、架空料金請求詐欺49.5%(52.7%:47.3%)、還付金詐欺93.7%(26.2%:73.8%)、融資保証金詐欺17.2%(80.0%:20.0%)、金融商品詐欺50.0%(16.7%:83.3%)、ギャンブル詐欺27.3%(50.0%:50.0%)、交際あっせん詐欺0.0%、その他の特殊詐欺33.3%(0.0%:100.0%)、キャッシュカード詐欺盗97.6%(18.2%:81.8%)などとなっています。
次に、最近の報道から、手口や摘発の状況などに着目して、いくつか紹介します。
- 埼玉県警春日部署は、高齢の女性から現金などをだまし取ったとして、詐欺の疑いで、福島県内の高校に通う女子生徒(17)を逮捕しています。報道によれば、特殊詐欺グループ内で現金などを受け取る役目の「受け子」とみられ、静岡県裾野市の女性(83)方で、この女性から現金250万円とキャッシュカード2枚をだまし取ったというものです。「指示されて荷物を取りに行っただけ」という趣旨の供述をしているといいます。なお、本件は、詐欺目的とみられる予兆電話があった地域で警戒していた埼玉県警の捜査員が女子生徒に職務質問し、予兆電話との関係をほのめかす説明をしたとして任意同行を求めたとい、その後、女子生徒の供述や所持品のスマートフォンの記録から静岡県の事件への関与を裏付けたということです。
- 山梨県警は、高齢男性から息子を装って現金をだまし取ろうとしたとして、詐欺未遂の疑いで、大学生(22)を逮捕しています。報道によれば、休日の警察官が被害者の自宅近くの神社で、スーツに着替える不審な男を見つけて通報し、逮捕につながったといいます。なお、だましの手口としては、山梨県中央市の70代男性に「コンビニの開店資金500万円を甲府駅のトイレに置き忘れた。半分は借りるが、残りを何とかしてほしい」などと嘘の電話をし、現金をだまし取ろうとしたとしたというものです。
- 80代の女性の自宅に2月上旬、不動産会社の社員を名乗る男から「あなたの名前や電話番号、個人番号が犯罪者グループの名簿に載っているので気をつけた方がいい」と忠告する電話があり、その後も毎日のように電話があり、世間話をする中で女性は男に預金額を伝えたとみられています。その後、男から「あなたの個人番号が不正に使われた。示談金が4,000万円くらいかかるが、後で戻ってくる」と言われ、指示通り2回に分けて、JR穴山駅前に現れた男に現金計4,173万円を手渡したといいます。後日、不審に思った女性が韮崎市に相談して詐欺と気づいたということです。
- 奈良県警は、大和高田市内の女性(76)が、800万円をだまし取られる特殊詐欺の被害に遭ったと発表しています。報道によれば、女性宅に、息子を装った男から「会社の金を使い込んだ。400万円を持ってきてほしい」と電話があり、女性は大阪市内で代理人を名乗る男に400万円を手渡したほか、別の日にも息子だと偽る男から「追加で400万円必要」と電話があり、女性は大阪市内で同じ代理人という男に400万円を手渡したということです。本件では、「コロナで声がかれて変わっている」などと息子を装った電話をかけてきており、県警が注意を呼びかけています。
- 神奈川県警南署は、横浜市南区の80歳代の夫婦が、新手の手口で現金100万円をだまし取られたと発表しています。報道によれば、夫婦宅に電話があり、息子を装った男が「1,500万円と仕事の書類を間違った相手に送ってしまった。いくらか用意できないか」と泣きついてきたといい、その後、再びかかってきた電話に応対した夫は、「書類が見つかった。タクシーを手配するから、横浜駅で受け取ってほしい」と頼まれて承諾、家の前に来たタクシーで横浜駅に向かったといいます。妻が一人で残ったところに「同僚と一緒にお金を取りに行く」との電話があり、妻は自宅に現れた「息子の同僚」とかたる男に現金を手渡したということです。同署は、夫婦を引き離すことで不安にさせ、詐欺を疑う冷静さを失わせようとした可能性もあるとみて、似た手口の詐欺に注意を呼びかけています。
- SNSなどで恋愛を装い現金を振り込ませる「国際ロマンス詐欺」に使われたとされるカメルーン国籍の男の銀行口座に、東京、神奈川、兵庫などに住む男女7人から昨年4~5月、計571万円が振り込まれていたことを兵庫県警が発表しています。7人は、米軍人や国連職員をかたる人物から結婚手続きの費用などの名目で、現金を振り込むよう依頼されていたといい、自身の給与受け取り用口座と偽ってこの口座を昨年3月に開いたとして、会社員エコゲ容疑者を詐欺容疑で再逮捕しています。「口座を使いたいと依頼してくるナイジェリア人やカメルーン人の要望に応えるためだった」と供述しているということです。
- 新潟市中央区に住む70代の男性が、今年2月から4月までの2か月の間に、8回に分けて現金や暗号資産、電子マネーなどおよそ2300万円をだまし取られる被害にあいました。報道によれば、きっかけは男性の携帯電話に「利用料金の支払い確認が取れない」などとメッセージが送られてきたことで、男性が書かれていた電話番号に電話を掛けると、「日本個人データ保護協会」や「セキュリティ協会」、「神奈川県警」などを名乗る人物から次々と電話があり、「料金が支払われていない」、「個人情報が漏れている」などと言われたということです。男性は、コンビニエンスストアの収納代行サービスや宅配便などを使って金銭を渡すよう指示されていたといいます。
本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニエンスストア(コンビニ)や金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(最近では、これまで以上にそのような事例の報道が目立つようになってきました。また、被害防止に協力した主体も多様となっていることを感じます)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。
まず、コンビニの事例を取り上げます。(1)特殊詐欺の被害を未然に防いだとして、仙台市太白区のコンビニと同店マネジャー(27)に、宮城県警仙台南署から感謝状が贈られています。4月中旬に来店した60歳代の男性が、約4万円の電子マネーを購入しようとした際、「パソコンがウイルスに感染した。修理業者から請求があった」と説明したことから、マネジャーは詐欺を疑い、警察に通報、男性の購入を引き留め、被害を防いだということです。手口としては典型的ですが、顧客の発するかすかな端緒から詐欺を疑い行動を起こした点が素晴らしいと思います。(2)特殊詐欺被害を未然に防いだとして栃木県警真岡署は、セブンイレブンの女性店員(72)ともう一人の女性店員(22)に感謝状を贈っています。来店した60歳代の男性が携帯電話で話しながらマルチコピー機を操作して電子マネーを発行させようとしていたため、不審に思った22歳の女性店員が男性に声をかけ、72歳の女性店員が電話を代わって通話相手に支払い目的を確認するなどしたところ電話が切れたということでう。男性によると、サイト利用料金未納を知らせるメールが携帯電話に届き、指示に従って支払おうとしていたといいます。こちらの手口も典型的ですが、70歳代の女性店員が電話をかわる「お節介」な行動が被害防止につながったものと思います。(4)栃木県警矢板署は、特殊詐欺の被害を防いだ同県矢板市のファミリーマートの女性店長(39)に感謝状を贈っています。店長は、60歳代の女性が2,000円分の電子マネーを購入しようとしていると男性従業員から聞き、声をかけたところ、女性が「6億円の懸賞に当たったとメールがあったので、電子マネーを購入して払い込まなければいけない。ブラックリストに載ってしまう」と答えたため、詐欺を疑って110番したというものです。高額の電子マネー購入であれば疑う事例は多いですが、本ケースでは、2,000円分の電子マネーの購入であり、「金額の多寡ではなく、高齢者と電子マネーの組み合わせ自体をリスク情報と認識していた」ことが功を奏したものといえます。(5)特殊詐欺被害を1年以内に2度防いだ、ファミリーマート那須塩原住吉町店のアルバイト店員の女性(29)に、栃木県警は「声掛けマイスター」を委嘱、自身の経験を周りにも伝え、積極的に声を掛けて被害防止に協力してもらうものだといいます。アルバイト店員の女性は、70歳代女性が25万円分の電子マネーのカードを購入しようとしたため、「何に使うんですか?」と声を掛けたところ、女性が「パソコンがウイルスにやられて、急いで直さなきゃいけない」などと話したのを不審に思い、女性を説得して警察に相談したというものです。高額の電子マネー購入と高齢者という典型的な事例とはいえ、確実に声がけをして警察に相談するところまでもっていく行動力はさすが「声掛けマスター」だと評価できます。(6)特殊詐欺を未然に防いだとして埼玉県警杉戸署はファミリーマートのアルバイト女性2人に感謝状を贈っています。電話をしながら同店に70歳代の高齢の男性が入店し、40歳のアルバイト女性に「電子マネーはどこにある」と尋ねたほか、その後も電話口で「よくわからないよ」と困惑していたため、45歳のアルバイト女性が電話を代わったといいます。電話口の相手は片言の日本語で「コンピューター会社勤務のヤマモトです」などと名乗ったため、不審に思った45歳のアルバイト女性は電話を切り、同署に通報したというものです。この事例も電話をかわるという行動力が素晴らしいといえます。(7)特殊詐欺を未然に防いだとして、群馬県警沼田署はローソンで働く店員3人に感謝状を贈っています。70歳代の女性が端末を利用しようと来店、女性が「4,000万円が当たった。手数料を送ってほしい」という内容のメールを受け取ったと言ったことから、店員の女性らが詐欺を疑って通報し、被害を防いだものです。すべての事例に共通して言えますが、やはり、事前に典型的な事例等についての認識があり(職場内で注意喚起がなされており)、それがベースとなって詐欺を疑うことができているものと痛感させられます。(8)詐欺被害を未然に防いだとして、千葉県警佐倉署は、セブンイレブンのアルバイト店員(20)に感謝状を贈っています。レジで80歳代の男性から現金5万円の送金方法を聞かれたものの、振込先の口座番号が書かれたメモしか持っていないことを不審に思い、通報したということです。男性は自宅のパソコン画面に「ウイルス感染」の警告が出たため、表示された番号に電話、対策費用として5万円を振り込むよう指示されたといいます。この事例は、他の事例とは異なり、正に本人のリスクセンスにより被害防止につながったものと評価できます。口座番号が書かれたメモしか持っていないことだけで詐欺を疑うのは、なかなかできることではありませんし、一方でその状態で声がけをすること自体、勇気がいることでもあります。(9)特殊詐欺被害を未然に防いだとして、長野県警長野南署はセブンイレブンに感謝状を贈っています。同市の80歳代女性が、電子マネー25,000円分を購入したいとレジで相談、対応した従業員の男性(31)が、入店直後だった女性の焦った様子を不審に思い、理由を尋ねたところ、「パソコンから警告音が鳴ったので表示された番号に電話したら、パソコン修理の保証金が必要と言われた」と話したということです。男性は警察に相談するよう促し、女性は帰宅後、駐在所に自ら電話をかけたといいます。この事例も、本人のリスクセンスにより被害防止につながったと評価できます。高額ではないものの、電子マネーと高齢者の組み合わせに加え、「焦った様子」を感じ取ることができたこと自体が素晴らしいといえます。
次に金融機関の事例を取り上げます。(1)高齢者の振り込め詐欺被害を防止したとして、京都府警中京署は、りそな銀行千本支店に勤める行員(29)に感謝状を贈っています。米連邦捜査局(FBI)関係者を名乗る人物から、「マネー・ローンダリングの可能性がある。回避したければ現金約49万円を振り込め」と英文のメールが送られてきたと説明、突拍子のない話だったため、すぐに詐欺だと気づいたこの行員が「絶対におかしい」と強く引き留めると、当初はメールの内容を信じ込んでいた男性も、状況を理解し始めて不安げな表情になり、上司が警察に通報し、被害を食い止めることができたということです。報道によれば、別の支店に勤務していた際、(振り込みの理由を尋ねたものの押し切られたことで)客の振り込め詐欺被害を防ぎきれなかった苦い経験を生かして今回の被害を防いだといい、「これからも怪しいと感じたらお客さんに声を掛けていきたい」と話しているといいます。手口の珍しさもありますが、断られたり、怒られたりされることも厭わず、きちんと声がけをしたことで被害防止につながったものといえます。(2)特殊詐欺を防いだとして、三重県警伊賀署は三重銀行伊賀新堂支店の2人の行員に署長感謝状を贈っています。支店を訪れた市内の60代女性が「市職員と銀行職員を名乗る者から介護保険料の返金手続きがあると連絡を受けた」と窓口の行員らに相談したところ、女性が持参したメモには相手から伝えられた「050」で始まる電話番号と「コールセンター」の記載があったことに気付いたといいます。三重銀行にコールセンターはなく、該当職員もいないことを確認し、詐欺を防いだということです。「050」と「コールセンター」からリスクを嗅ぎ取るリスクセンスと、冷静かつ正確に事実確認を行ったことが被害防止につながったといえます。(3) 特殊詐欺の被害を未然に防いだとして、埼玉県警上尾署は、管内の郵便局の職員2人に感謝状を贈っています。まず、伊奈小室郵便局の職員が、2~3カ月に1度ほど来る70代の女性客が「息子のお金を100万円下ろしたい」と言ったのを不審に思い、やりとりを重ねると、女性は「会社でトラブルがあったと息子から電話があったが、いつもの声と違うと感じた。本当に息子なのか確かめるためにおばあちゃんの名前を聞くと、息子は怒り出した」、「息子を疑って悪かったと思う」と自分を納得させるような様子も見せたため、詐欺を疑ったといいます。また、上尾白小鳩郵便局の職員(23)は、80代の女性に200万円の引き出しを依頼され、高額だったため使い道を尋ねると、女性は「孫から電話があって、会社でトラブルがあったから金を用意してほしいと頼まれた」と話したため、詐欺を疑ったといいます。ともに、冷静に話を聞き、疑わしい情報を引き出すことに成功した点が共通しており、顧客の言葉をきちんと「聴き」とることが被害防止には重要であることを痛感させられます。(4)高齢者の特殊詐欺被害を防いだとして大阪府警寝屋川署は、京都銀行寝屋川支店事務長、営業担当ら銀行と郵便局の計4人に感謝状を贈っています。同支店では、60代の女性顧客から「市から医療費の返金があると電話があった。手続きに行く」と連絡があり行員が対応、別の行員が市に確認の上、同署に通報して被害を防いだというものです。報道によれば、「聞いたことのない話だったので上司に相談した。お客さまを守れてよかった」と話しているということです。このほか、70代の顧客に局内で声をかけて詐欺被害を防いだ寝屋川高柳五郵便局と寝屋川対馬江郵便局の局員2人にも感謝状が贈られています。なお、同署管内の5月までの特殊詐欺被害は29件約5,000万円で昨年の倍の勢いだといい、高齢者を誘い出す「アポ電」も約160件と昨年の約3倍に増えているといい、このような水際での被害防止の取り組みの重要性が増しています。(5)ネットショッピングによる詐欺被害を防いだとして、福島県警は東邦銀行支店に感謝状を贈っています。70歳代女性が「夫がネットショッピングで購入した品物の料金を振り込みたい」と支店を訪問、ATMで手続きをしていたところ、振込先の氏名が表示されなかったため、付き添っていた行員が上司に報告、すぐに口座を調べたところ、外国人名義などの不審な点があり、振り込むのをやめさせたというものです。なお、同署のその後の調べで、ショッピングサイトは海外サーバーを利用した詐欺に使われているものと分かったということです。なお、報道によれば、女性が振り込もうとしていたのは1万円以下で、ネットショッピングによる詐欺の被害は比較的少額で、泣き寝入りしてしまうケースも多く、警察が感知しにくいとされます。金額の多寡にかかわらず、リスク情報を見逃さない取組みの重要性を認識させられます。(6)高齢者の振り込め詐欺被害を防止したとして、京都府警山科署は、滋賀銀行山科南支店の行員3人に感謝状を贈っています。「関東に住む息子から200万円を振り込んでほしいと連絡があった」との説明に対し、ここまで高額な振り込みはおかしいと思った行員が、すぐに上司に報告、あらためて女性から話を聞くと、息子は実家に定期的に仕送りをする余裕があり、「いきなり高額な金銭を要求するのは詐欺だと気付いた」上司は、「受話器から聞こえた声は、確かに息子の声だった」と言い切っていた女性を、「息子さんはそんな要求するような子じゃないでしょ」と説得、その間、別の行員が息子に電話をかけると「そんなお願いはしていない。とめてほしい」と頼まれたといいます。顧客の話を「聴く」ことの重要性と、「絶対に被害防止する」という強い意思のもと、組織内の連携が功を奏した事例と高く評価したいと思います。(7)還付金詐欺の被害を防いだとして、山梨県警日下部署は、山梨市役所の職員と山梨中央銀行牧丘支店の行員の4人に署長感謝状を贈っています。62歳の男性市職員が、同市役所牧丘支所にあるATMで携帯電話を使用しながら操作する女性に気づき、「電話詐欺ではないですか」と声をかけるとともに上司や同支店の男性行員らに相談。女性は甲州市職員を名乗る男から「還付金がある」と言われ、3万円を送金するよう指示されていましたが、4人で詐欺と判断し、同署に通報したというものです。市役所内にある支店という特殊な要因の中、組織を超えた連携で被害防止につながったものといえます。
タクシー運転手の事例も報じられています。会津若松署は、詐欺被害を未然に防いだとして、タクシー運転手に感謝状を贈っています。客の80歳代の女性が孫のために現金50万円を引き出すと聞き、タクシー運転手はピンときたため、「詐欺じゃねえだべね」と尋ねたものの、女性は「(孫の声に)間違いねえ」と繰り返す、しかし、聞けば聞くほど心配になったため、説得は十数回に及び、最後は感謝の電話につながったという事例がありました。報道によれば、署長は「だまされているという方は、子どもさんや、お孫さんを助けたいという一心で、夢中になっている状態にありますので、周りで気が付いた方が声を掛け、注意を促すのが非常に大事」と話していますが、まさにそのとおりだといえます。実際、この女性は他人の声を孫の声と信じ切っており、本コラムでも指摘している「確証バイアス」の恐ろしさを感じる一方で、根気よく説得を続けた「お節介」が被害防止につながったものと高く評価したいと思います(なお、2021年6月9日付朝日新聞デジタルでは、実際のやりとりの動画を視聴することもできます)。また、特殊詐欺事件の容疑者逮捕に貢献したとして、群馬県警が高崎市のタクシー会社に感謝状を贈っています。市内の80歳代の男性が金融機関職員を名乗る男にキャッシュカード1枚を盗まれた事件で、タクシーを利用する可能性があるとの連絡を高崎署から受けていた同社社員などが機転を利かせて容疑者の逮捕につながったというものです。電話でタクシーを呼んだ男が、江木町の「江」の字を読めず、さらに車内でも不審な行動があったことから、同社が同署に通報したものです。報道によれば、同社の社長は「間違いを恐れず通報してよかった。今後も警察と連携して、犯罪をやりにくいと思われる地域にしていきたい」と話しています。警察とタクシー会社の連携、不審な端緒や行動を見逃さなかった運転手のリスクセンスによって被害防止につながったものとこちらも高く評価したいと思います。
警察官のリスクセンスが逮捕につながった事例も報じられています。2021年6月4日付朝日新聞によれば、愛知署豊明幹部交番の2人の警官は、パトカーで巡回していた際に、(1)管内では百貨店従業員を名乗る電話が相次ぎ、男がキャッシュカードを受け取りに現れたという情報もあった中、(2)「まだ近くにいるかもしれない」と2人で異変を見逃すまいと目をこらしていた、(3)ある男について、目的地が定まっていないような足取りに思えたため、2人とも確信はなかったものの「指示役の仲間と連絡をとりあっているのかもしれない」と男に声をかけた、(4)提げかばんに入っていた白い封筒についてたずねたとき、淡々と答えていた男の態度が変わり、明らかに慌てた様子を見せた、(5)封筒を触ると中身は手紙ではなくキャッシュカードのような手触りがした、(6)男は中身について説明を変えたため、封筒の中身を見せるよう説得、30分後、男は自分で封筒を破り、中からのりづけして束ねられた4枚ほどのトランプが出てきた、(7)男は過去に関わった事件を自供したことから窃盗の疑いで逮捕した…というものです。この一連の流れをみると、警察官として、「受け子」の行動様式や行動範囲といった知識を活かし、その時々の状況に応じた判断、行動等が積み重なって逮捕につながることを感じさせます。また、埼玉県警東入間署は、同県富士見市の70歳代の女性から現金をだまし取ろうとしたとして、詐欺未遂の疑いで、20歳代の無職の容疑者を現行犯逮捕しています。詐欺グループ内で現金を受け取る役目の「受け子」とみられていますが、報道によれば、東入間署は、管内の特殊詐欺認知件数で埼玉県内39署中ワースト1となったことから、「巡回連絡」と呼ばれる戸別訪問活動を行うなどして被害の抑止に取り組んでいるといいます。この女性は、5月10日に署員の訪問を受けて詐欺の手口などについて説明を受けており、孫を名乗る男の電話が署員から聞いた手口に酷似していると感じ、親族を通じて110番通報、張り込んでいた捜査員が容疑者を現行犯逮捕したということです。やはり地道な活動が被害防止につながるという好事例だといえます。
その他、一般人の行動が被害防止につながった事例も多数報じられています。まず、不審な電話を受けた高齢の女性を地域の民生委員が守ったとして、茨城県警水戸署が感謝状を贈っています。宅配業者を名乗る男から女性宅に電話があり、「午後5時に荷物を届けるから必ず家にいてほしい」との内容だったといい、女性は「必ず」という言葉に引っかかって民生委員に連絡、民生委員も「怪しい」と直感したため、110番通報を促したといいます。女性には玄関を開けないよう伝え、近所の見回りをしていたところ、見知らぬ若い男3人を見つけたため、警察官が到着するまで話を続けて引き留めたといいます。首都圏では、ガス設備の点検などを装って住宅に押し入り、金品を奪う「アポ電」強盗の被害が起きており、本件もそういった狙いがあったようです。この民生委員は、詐欺被害への注意喚起を促すビラを配ったり、日頃から近所の家を回ったりし、「不審なことがあったら相談して」と声をかけてきたといい、こうした地道な活動が功を奏したといえます。また、パソコンがウイルスに感染したと焦っている高齢男性に助言し特殊詐欺の被害を防いだとして、奈良県警香芝署が香芝市の家電量販店「エディオンエコール・マミ店」のパート従業員(24)に感謝状を贈っています。報道によれば、詐欺の手口を察知できたのは、日常業務の中で地道に続けてきた心がけがあったからだといいます。男性の話を聞き、「正規ではない方法でお金を払わせるのは詐欺です。警察に相談すべきです」と助言、男性の妻が県警に相談し、詐欺被害が判明したといいます。店には月に1回程度、「パソコン上にウイルス感染の警告が表示される」などの相談電話があるといい、その場合は「詐欺なので無視してください」と伝え、強制終了する方法を説明しているということです。また、店員は、日頃から、ネットメディアなどで、セキュリティの脆弱性に関わる情報や詐欺の手口に関わる情報などに目を通しているほか、最新の情報や客からの相談内容についてはスマートフォンの売り場を担当する店員と共有しているといい、そのような日頃からの取組みが被害防止につながったものと高く評価したいと思います。さらに、埼玉県警川越署はコンビニ店で電子マネーを購入しようとした高齢者に声をかけて、特殊詐欺の被害を未然に防いだとして入間市の会社員の男性(34)に感謝状を贈っています。会社員の男性は川越市内のコンビニ店を訪れた際、電子マネーを購入するためのカードを手に持ち電話をかけている男性(85)を発見、不審に思った会社員の男性は、「そのカード何に使うの?」と声をかけたところ、男性が「携帯電話の未納料金を支払いに来た」と話したため、交番の警察官を呼んだというものです。なお、男性は、通信事業者を装う男から携帯料金の未納を理由に20万円分の電子マネーを購入するように指示を受けていたということです。見ず知らずの方に声がけをするのは勇気がいることですが、躊躇せず行動に移したことが被害防止につながったといえます。また、同じく、高齢者を特殊詐欺の被害から救ったとして、兵庫県警甲子園署は兵庫県西宮市の会社員女性(45)に感謝状を贈っています。金融機関のATMコーナーで、隣のATMにいた高齢女性が、携帯電話で通話しながら機器を操作していたところ、付き添いの娘が「還付金詐欺だから、やめて」と制止しても、耳を貸さず、金融機関の職員も説得に加わる中、高齢女性はついに通話相手に預金残高を伝えようとしたため、会社員女性は「とにかく電話を切って」と声をかけたといいます。そこに至って、高齢女性はやっと思いとどまり、被害を免れたということです。会社員女性は甲子園署まで高齢女性に付き添ったといいますが、最後まで、詐欺だとは信じられない様子だったと報じられています。このように、騙されている高齢者は、身内や行員の説得にも耳を貸さないほど頑なになりがちでそのような中、説得するのは容易ではないことをあらためて痛感させられます。さらに、身内や行員の説得に応じない状況の中、あえて声がけをするという勇気は素晴らしいと思いました。結果的に、見ず知らずの第三者だったからこそ、一瞬立ち止まることができたともいえ、「見て見ぬふりをしない」ことの重要性もあらためて認識させられます。
最後に紹介しておきたい動画があります。奈良県警が、同県葛城市内の70代男性宅の電話にかかってきた特殊詐欺犯とみられる人物の実際の音声を動画投稿サイト「YouTube」で公開したものです。詐欺犯は自分を警察官だと偽り、男性に架空の事件について説明し、キャッシュカードをだましとろうとしていました。音声は男性の固定電話に録音されていたもので、生々しいやりとりが残されています。実は、筆者も特段の事前の情報もなく、この動画を視聴していたところ、警察官を名乗る女性について、本物の警察官だと信じてしまっている自分に途中で気がつきました。何の前提もなく、いきなりこのような電話に出たら、高齢者でなくても騙される可能性があることを、身をもって痛感した次第です。一度、ご視聴いただければと思います。
(3)薬物を巡る動向
前回の本コラム(暴排トピックス2021年5月号)では、厚生労働省「大麻等の薬物対策のあり方検討会」とりまとめ(素案)について内容を確認しました。その後の検討会でさらに議論が重ねられ、先日、最終的な報告書がとりまとめられました。結論としては、今後、覚せい剤などと同様に使用罪を創設すること、医療用大麻について検討をしていく方向性が示されることとなりました。1948年の同法施行時は、栽培許可を持つ農家が大麻成分を吸い込む可能性が懸念されたため、使用罪の創設が見送られた経緯がありますが、2019年の同省の調査で、国内農家への検査では体内から成分が検出されなかったこと、さらに、本コラムでもたびたび指摘してきているとおり、大麻が薬物乱用のきっかけとなる「ゲートウェイドラッグ」の問題、若者への大麻の蔓延の問題などもあり、「不正な使用の取締りの観点や他の薬物法規との整合性の観点からは、大麻の使用に対し罰則を科さない合理的な理由は見い出し難い」として、使用罪の創設が必要と判断したものです。なお、報告書には3名の反対意見も明記されています。主な理由として、「国際的には薬物乱用者に対する回復支援に力点が置かれている中で、その流れに逆行することになるのではないか」、「使用罪の導入が大麻の使用を抑制することを目的とするのであれば、使用罪の導入が大麻使用の抑制につながるという論拠が乏しい」、「大麻事犯の検挙者数の増加に伴い、国内において、暴力事件や交通事故、また、大麻使用に関連した精神障害者が増加しているという事実は確認されておらず、大麻の使用が社会的な弊害を生じさせているとはいえないことから、使用罪を制定する立法事実がない」、「大麻を使用した者を刑罰により罰することは、大麻を使用した者が一層周囲の者に相談しづらくなり、孤立を深め、スティグマ(偏見)を助長するおそれがある」が指摘されています。
本検討会の議論に先立ち、筆者は、まず注意すべきは、嗜好用大麻と医療用大麻をまずきちんと位置付けを明確にすることが必要ではないかということ。国連の麻薬委員会が、薬物を規制する「麻薬単一条約」で大麻を「特に危険」とする分類から削除する勧告を可決していますが、大麻を原料とした医薬品に有用性が認められたことが主な理由だということ。嗜好用と医療用とは別物であり(さらにいえば産業用もまた別物)、とりわけ医療用大麻については、治療目的として有効である点をふまえ、適切に使用していくためにどうしたらよいかを、このタイミングで検討し始めてよいのではないかと考えること。一方、嗜好用大麻については、たばこや酒より無害だとする主張や合法化している国や地域が存在するとはいえ、依存性の高さや脳の萎縮効果など若年層への悪影響の大きさ、解禁している国・地域と比較した場合の日本における浸透度合い(生涯経験率)の低さを考えれば、現時点で「合法化」を検討すべきではないこと。ただし、治療によって依存症から立ち直ることができる流れをふまえ、「半永久的に人権侵害」とでも言うべき過剰なバッシングを受けないといけないかという点は見直す必要がある(正に、暴力団離脱支援、再犯防止のあり方と同じ構図)こと、を主張してきました。
報告書では筆者の認識のとおりの方向性が維持されており、妥当なものと考えますが、一方で、報告書でも言及されているとおり、治療や回復支援、若者への周知のあり方に現状では極めて大きな課題があり、その点をどう実効性をもって取り組んでいけるかがより重要となっていくものと思います。言い換えれば、若者の間で大麻が蔓延し、初犯も再犯も後を絶たない背景として、交友関係や家庭環境の問題に加え、「一発アウト」の社会から排除され孤立を深めている実態があること、それはまた、暴力団離脱者支援やテロ対策、再犯防止対策と同じ構図であり、処罰の厳格化や正確な情報発信だけでは足りず、治療や社会復帰支援など「社会的包摂」の視点も重要であるということです。それはまた、「誰一人取り残されない社会」の実現を目指すなら、企業も、日本の未来を担う若者を蝕む薬物問題にも真剣に向き合う必要があるのではないかということを意味しています。検討会では、「手を出さない、持ち込ませないという一次予防、早期発見・早期治療の二次予防、社会復帰としての三次予防、それぞれの側面から考えていくことが基本である」とある委員が指摘していましたが、これまでは、「ダメ、ゼッタイ。」に代表される一次予防に注力してきたところ(それが日本における薬物使用率の低さにつながっているのは事実です)、今後は、使用罪の創設で「厳罰化」の方向が示されつつも、それだけでは使用がなくなるわけではないとの認識のもと、国際的な潮流もふまえた「早期発見・早期治療」(過度な「厳罰化」から相談しにくくなる・潜在化して犯罪または健康への影響などとして顕在化するまで発見されにくくなる状況を是正し、早期の段階で適切な治療を受けられる体制の構築や社会的風潮の醸成を行っていくこと)への注力、さらには「社会復帰」に向けた回復支援(それは心身の健康の回復という意味だけでなく、社会の「偏見」から真の意味で解放され、社会的な地位を回復することをも含みます)へとつなげていく、正に「3つの予防線」を意識していくことが重要となります。以下に、直近の検討会における資料の内容を抜粋して引用します。とりわけ、第7回の議事録には、賛成・反対の双方の主張が激しくぶつかり合う様子が生々しく記録されており、あらためて本問題の根の深さを実感させられます。
▼厚生労働省 第8回「大麻等の薬物対策のあり方検討会」 資料
▼資料1
本資料では、とりまとめ(素案)に対して、最終的に修正された状況を確認できます。以下に主な修正箇所を紹介します。
- 大麻については、World Drug Report(世界薬物報告)2で報告されているとおり、世界で最も乱用されている薬物であり、150ヵ国以上の国・地域が批准している国際条約(麻薬に関する単一条約(1961年)。以下「麻薬単一条約」という。)において、条約制定当初から、最も厳格な規制対象として位置づけられてきている。
- 昨今、諸外国において、大麻から製造された医薬品が上市され、CND(国連麻薬委員会)においても、大麻が引き続き条約上最も厳格な規制対象であるスケジュールⅠであることに変わりはないものの、大麻から製造された医薬品の医療用途等への活用を踏まえた議論で規制カテゴリーの変更が行われたところである。
- このような社会状況の変化や国際的な動向等も踏まえ、「大麻規制のあり方」の検討を中心に、「社会復帰支援を柱とする薬物乱用者に対する再乱用防止対策」、「医療用麻薬及び向精神薬の規制」、一次予防、二次予防、三次予防いずれにも配慮した「普及啓発及び情報提供」について議論を行った。
- 嗜好用大麻を合法化している国や州でも、政府ウェブサイトで大麻使用の健康への悪影響を示すとともに、法律においても一定年齢未満の青少年の使用を禁止する等、使用に制限を課しており、違反した場合には厳しい罰則を規定している。WHO(世界保健機関)も、同じく大麻の健康に対する悪影響を示している
- 大麻には依存性を含む健康に対する有害性はあるものの、以下の理由から3名の委員より反対意見があった。
- 国際的には薬物乱用者に対する回復支援に力点が置かれている中で、その流れに逆行することになるのではないか
- 使用罪の導入が大麻の使用を抑制することを目的とするのであれば、使用罪の導入が大麻使用の抑制につながるという論拠が乏しい
- 大麻事犯の検挙者数の増加に伴い、国内において、暴力事件や交通事故、また、大麻使用に関連した精神障害者が増加しているという事実は確認されておらず、大麻の使用が社会的な弊害を生じさせているとはいえないことから、使用罪を制定する立法事実がない
- 大麻を使用した者を刑罰により罰することは、大麻を使用した者が一層周囲の者に相談しづらくなり、孤立を深め、スティグマ(偏見)を助長するおそれがある
- 全部実刑の仮釈放者に対しては、薬物再乱用防止プログラムが実施されているところ、仮釈放期間が6月未満の場合は期間が短く、特別遵守事項による受講の義務付けまではなされていない。
- 保護観察対象者のうち仮釈放期間が6月未満の者に対しても、薬物再乱用防止プログラムを実施できるような仕組みを整備することについて検討すべきである。また、保護観察期間中に治療・支援につながるよう働きかけを強化するとともに、保護観察期間終了後や満期釈放後においても、自発的に地域におけるな治療・支援につながるような取組が必要である。さらに、大麻事犯に多い、保護観察の付かない執行猶予者や起訴猶予となる者に対しても治療・支援が届くようにすべきである。
また、以下の第7回検討会の議事録から、筆者にて(反対意見を述べられている方の主張を中心に)重要と思われる発言を抜粋して引用します。議論の中でも指摘されていますが、そもそも大麻に特化した調査が世界的にも多くない中、どうバランスをとっていくべきなのか考えさせられることの多い内容です。
▼参考(第7回検討会の議事録)
- 立法事実というのでしょうか。そこはやはりきちんと整理していく必要があると思うのですよ。何ゆえにまずいのかということだと思います。例えば大麻で捕まる人が増える中で暴力犯罪が増えているとか、交通事故が増えているとか、あるいは健康被害が深刻であるとか、それから、今、ゲートウェイドラッグというものがどれだけ理由になるかも分からないのですけれども、確かにそうなっている非常に確証の高いデータがあるとかということなら分かるのですが、実は暴力犯罪は減っていますし、交通事故も減っていますね。それから、ゲートウェイドラッグなる大麻で捕まる人が増えていれば覚醒剤取締法事犯も増えなければいけないのだけれども、むしろどんどん減っているという状況をどのように解釈したらいいのか。
- 実は病院調査で浮き彫りになってくるのは、様々な薬物の関連障害の患者さん同士を比較すると、大麻の関連障害の患者さんの特徴は何かというと、仕事に就いている方が多い、学歴が高い、非常に社会的な機能が高いことが逆に浮き彫りになっているのです。恐らく逮捕されたことで障害が進行する前に病院に来たのだという考え方もできるけれども、これはどうなのかなという気もします。
- 過去1年以内に大麻を使用した経験のある方たちの中でDSM-5の使用障害、広い意味での依存症。これに該当する方が3%だったのです。これはアメリカのデータなどとも一致するので、かなり確証が高い数字ではないかと思っています。それから、実は3割ぐらいの方たちが、大麻を使って不快な症状、いわゆるバッドトリップみたいな感じになった経験はあります。ただ、その中で数時間以上続いてしまって人の助けが必要だったという経験をしている人は0.12%なのです。私はこれをもって大麻は安全だと言うつもりはないのですが、やはりこういう数字をきちんと大事にしていく必要がある。それから、慢性持続性の精神病症状を呈している方たちは、この市中の大麻経験者の中の1.3%です。統合失調症の市中における生涯経験率が大体0.7~1.0%ということを考えてみたときに、その大麻の精神病惹起作用についても我々はもっと慎重に吟味する必要があるということなのです。世界的に大麻はゲートウェイという見方は非常に強いと私は思います。だからといって、日本の覚醒剤が増えるかというと、そんな単純なことではないのです。これはほかの国でもそうです。それでヘロインが増えたかというと、そうとも言えないのです。今、この10年以上、世界で起きている事態は、要するに、所持あるいは使うことによって捕まる薬物から、捕まらない薬物へのシフトなのです。簡単に言うと、それは医薬品絡みにシフトしているのです。だから、当然、覚醒剤はそんなに単純には増えません。世界的に見ると、ヘロインもそんなに単純には増えておりません。だから、そのゲートウェイならばほかの薬物が増えるだろう。だけれども、増えていないではないかという論法は、全然、現実と違うと思います。厄介ならば医薬品という、そういうところにシフトしてきている難しさがやはりあると思います。
- 使用を罪にすべきではないというところでよく言われるのが、いわゆるスティグマ論というか、犯罪者のレッテルを貼られてしまいますという議論ですけれども、その犯罪者のレッテルが貼られて社会復帰が難しくなる実態があるのは全く否定しませんし、それは大きな問題であるのは間違いないので、そういう方が社会復帰できるような仕組みはきっちりつくり上げなければならないし、そこは全力で取り組むべきだと思います。そこは多分、誰も異存がないところかと思います。ただ、このスティグマ論がとりわけ大麻についてだけ、なぜ強調されるのかというのが私はちょっとよく分からなくて、その犯罪者のレッテルが貼られると社会復帰が難しいというのは別に大麻だけではなくて、麻薬でも覚醒剤でも同様に当てはまる話なのではないかという気がしていまして、犯罪を犯してしまった人がどうやって社会に戻ってくるのを支援するか。こういう全ての犯罪に通じる話だと思います。それを大麻についてだけ、なぜ特別視するのか。覚醒剤取締法とか麻薬及び向精神薬取締法も含めて、薬物犯罪についてはすべからく使用罪をこの期に削除しましょうという提案であればまだロジカルには分かるのですが、そうでなければあまり理屈としてはよく分からないところだと思います。まとめますと、大麻についてだけ何かスティグマ論というものを取り上げて、ほかの薬物に関する規制との整合性を曲げてまで使用罪の部分だけちょっと置いておこうというのは理屈とか合理性はあまり感じなくて、何か大麻に関する特殊な考え方が背景にあるのかなと思ってしまうのですけれども、そういう何か特別な考え方を国の政策として法改正を通すというのは極めて困難で、これをどうやって国会で審議を持たせるのかというところもあると思います。
- 国際的な潮流を考えれば、薬物を使用罪や少量の所持で罰することに関しては、国際機関は懐疑的な声明をたくさん出しております。むしろ司法的な問題ではなく健康問題として支援しましょうという流れの中です。その流れの中で今、新たに使用罪をつくる必要はないのではないかと言っているわけであって、既にもう日本は規制しているのだから、これだけ特別扱いはおかしいねという論法は成り立たないのではないかと思っています。スティグマを解消するために頑張らなければいけないというふうにおっしゃったのですが、やはり前科のある方たちが就労することはとても難しいことだし、どこに就職しても、なかなか同僚と仲良くなればなるほど苦しくなるのです。必ず話せない秘密が増えるからで、依存症からの回復で一番大事なのは正直になることなのですが、必ず秘密を持ち続けなければいけないということがいかに回復の現場で回復を難しくしているのか。そういうことを考えてみると、日本はかなり厳罰主義でやってきていますけれども、ここでさらにそれを加速させる必要はないのではないかというのが私が使用罪の創設に反対する一番の理由です。
- 大麻に使用罪があったからこの方々が使用をやめるとは限らないわけですね。なぜかというと、この調査では、「もし使用罪があればあなたは使用をやめますか」ということは聞いていないからです。したがって、現時点で使用罪があることの抑止効果がどれぐらいあるのかということは不明です。また、人が薬物を使う理由は使用罪があるかないかだけではなくて、様々な理由で人は薬物を使うと思います。3つ目の理由ですが、仮に大麻取締法で使用罪を創設した場合、検挙される方が増えるわけです。やはり検挙者だけが増えて、現状、そのほとんどが保護観察のつかないような状態で、ある意味、野放しになっている状態では、薬物問題の根本的な解決にはならないと個人的には思っております。というのも、やはり薬物事犯者に対する社会のスティグマが非常に強いからです。規制を強化するだけでは薬物問題の根本的な解決にならないと思います。
- 国際的な流れというか、話の中では、刑罰を行うよりも地域とか社会的な場所で相談ができる、刑罰という形で禁錮とか懲役刑を受けるのではない形の施策が望まれるという一文が国際条約の中でも話されていると思うのですけれども、そういった形で、私自身は大麻だけではなく、この薬物等と考えたときには、ほかのものもそういうふうに運用されることを当事者として現在では願っています。そして、困っている当事者だけではなく、使ったことがない方たちも相談ができる。そういう人がそばにいることで相談ができる。そこで何か、日本に住んでいて、生活に困っている、貧困で困っている。何でもいいのですが、そういったことを正直に相談ができる窓口が現在もないことがとても当事者としては悲しいと思いますし、僕と同じような境遇になっていく人が増えないでほしいと考えています。
- むしろ、今、臨床の現場ですごく問題だなと感じているのは、やはり10代の子たちの市販薬の乱用のほうなのです。そっちのほうがはるかに深刻で、処方薬にアクセスするためには10代の子たちは親に相談して保険証をもらわなければいけないのです。でも、親に相談できない子たちが市販薬の乱用になってくる。それで、市販薬の乱用がいつから深刻になってきたかというと、危険ドラッグの乱用が終えんした後、それから、2014年にインターネットでの市販薬の販売規制が緩和された後だったりしているのです。だから、実は僕としては市販薬の対策のほうがむしろ喫緊ではないかと思っています
- 大麻関連の問題で精神科受診した患者では、他の薬物関連の問題で受診した患者に比べて、「依存症」の診断に該当する人の割合が、顕著に低いのです。実際、刑務所や保護観察所で問題になっているのは、我々が開発にも関わった覚醒剤の依存症をメインにしたプログラムだと、大麻の人たちは全然乗ってきません。なぜならば、彼らは薬によって振り回されて、引っ張られて、本当に生活が破綻したという実感を全然持っていなくて、本当にコントロールして使っていたという感じがしているのです。つまり、プログラムが完全にミスマッチなのです。依存症ではない人、病気ではない人に治療提供していて、だから、本人たちからすると内容が納得できないし、必要性を感じることができない。そこに病気があるならば、介入するのは医療者として当然と納得することができますが、何らかの本人の価値観とか信念とかに介入することになってくると、ちょっとそれは医療というよりも、ブレーンウォッシングに近いものになってしまうのではないか。私はそういったことを危惧しています。
- 一次予防だけではなく、早期発見、早期治療、二次予防的なニュアンスも入れていきたいというお話はとてもありがたい話だと思っています。ただ、それと同時に、早期発見、早期治療するために何が必要なのか、犯罪化すれば早期発見、早期治療が難しくなるのは常識です。そこのところをどうバランスを取っていくのかということは、前段の話も含めてまた考えてほしいと思っています。
- いわゆる知識伝達型の予防教育では、受けた生徒の知識は増えているけれども、行動は変わっていない。薬物は危ないのだということは分かった。でも、その後、薬物を使ってしまっているのです。だから、やはりもうちょっとそこで、このレビュー論文で言っていることは、問題解決能力ですとかゴール設定スキルなどを含む様々なソーシャルスキルに関連したアプローチが有効であるということです。しかし、これはやはり1回の予防教育だけではなかなか難しいので、学校教育全体で考えていく必要がありますので、このあたりはぜひ文部科学省など、教育の専門家の先生方と議論していくべきことではないかと思います。
- リスクの高い子たちには全然効いていないということなのです。だから、リスクの高い子たちが相談できるような学校環境を作る、あるいは、コミュニティーを作るには、どのような啓発をしたらいいのか。そこをぜひとも考えていただきたいと思います。
- 既に広島県ではそういうポスターの募集要項に、「『ダメ。ゼッタイ。』に代表される一次予防教育が功を奏してきてはいるが、そのような予防教育が薬物依存症者の回復の妨げとなっているという意見もある」ということをわざわざ断り書きとして既に書いていて、裏を返せば、「ダメ。ゼッタイ。」という言葉を入れなくていいのだとほのめかしているみたいな事例もあります、それも一つの工夫かなと思います。
最近の薬物に関する報道から、いくつか紹介します。
- 東京五輪・パラリンピックに出場する選手に限り治療用覚せい剤の日本への持ち込みを認める改正五輪特別措置法が、参院本会議で可決、成立しています。治療用覚せい剤は注意欠陥多動性障害(ADHD)の医薬品で、東京大会では10人以上の海外選手が必要としているといいます。2016年リオデジャネイロ大会など過去の大会では認められており、国際オリンピック委員会(IOC)が大会組織委員会に対応を求めていたものです。改正法では覚せい剤取締法の特例として、厚生労働相の許可を得て医療用覚せい剤の日本への持ち込みを認める内容となっています。なお、立憲民主党は、治療用覚醒剤の使用で選手の能力が上がる可能性や紛失時の対応を不安視して反対しています。
- 密売目的で乾燥大麻を隠し持っていたとして、福岡県警は、いずれも20歳代の男4人を大麻取締法違反(営利目的共同所持)の疑いで現行犯逮捕しています。報道によれば、4人は密売グループとみられ、メッセージが自動的に消去される無料通信アプリ「テレグラム」で客と連絡を取り合い、大麻の密売をくり返していたようです。この密売グループは口コミやSNSなどで客を募り、実際の売買に関するやり取りにはテレグラムを使っていたとされ、県警は、売買の形跡を残さないため、メッセージが消去され、復元が困難なテレグラムを悪用したとみています。
- 熊本県天草市で2019年、覚せい剤約587キロ(末端価格約352憶円)が押収された事件の裁判で、福岡地裁は、台湾出身の密輸組織幹部の男に、懲役30年などの判決を言い渡しています。公判では、違法薬物の密輸について認識していたかどうかが争われ、3人は「認識していなかった」と無罪を主張してきましたが、裁判長は、被告Aを「密輸に関わる事前準備から事後の手配までを行った」とし、被告Bも「船長という立場で関与した」として、ともに密輸を認識していたと認定しました。そのうえで、「輸入しようとした覚せい剤の量が極めて大量で、組織性・計画性が高い」と非難し、被告Aに懲役30年と罰金1,000万円を、被告Bに懲役19年と罰金500万円を、それぞれ言い渡しました。なお、乗組員の男性被告Cには、「密輸に関する役割を何も果たしていないため、密輸を認識していたと断定できない」として、無罪を言い渡しています。
- 若年層への大麻の蔓延を物語る最近の事件をいくつか紹介します。(1)知人の少年(18)から大麻草を購入したとして、大阪府警少年課は、大麻取締法違反(譲り受け)容疑で、大阪府内の私立高校3年の女子生徒(17)を書類送検しています。報道によれば、少年から紙巻きたばこ状の大麻草1本を2,500円で購入したというもので、女子生徒は「交際していた成人男性に勧められて始めた。また吸いたかった」と供述しているといいます(大麻のもつ依存性リスクの高さを感じさせます)。また、(2)関東信越厚生局麻薬取締部(麻取)は、明治大学4年生(22)を大麻取締法違反(単純所持)容疑で現行犯逮捕しています。報道によれば、容疑者は、自宅で瓶に入った乾燥大麻約27グラム(末端価格約16万円相当)を所持した疑いがもたれており、容疑者宅からは、ほかにもハンガーにつるすなどした乾燥大麻約80グラム(末端価格約50万円)と鉢植えの大麻草2本が押収されています。さらに、(3)大麻の密売人に刃物で切り付けて金品を奪おうとしたなどとして、神奈川県警少年捜査課は、強盗殺人未遂の疑いで、無職の少年(17)を逮捕しています。報道によれば、数人の少年らと共謀のうえ、横浜市内の団地敷地内で、SNSを通じて大麻の売買取引を持ち掛けてきた無職の男(21)=大麻取締法違反の罪で起訴=を呼び出し、刃物で背中や肩などに切り付けてけがを負わせ、金品を奪おうとしたなどとした疑いがもたれています。また、(4)大麻を所持したとして、兵庫県警尼崎北署は、大麻取締法違反の疑いで、尼崎市内の塗装工の少年(18)を現行犯逮捕しています。報道によれば、少年は「大麻とは知らなかった。自分のものかも分からない」と容疑を否認しているといいます。同市内の路上に駐車していた車内で、大麻片が入ったポリ袋(縦2センチ、横1・5センチ)7袋を所持した疑いがもたれており、パトロール中の同署員が車内にいた少年と友人を不審に思い、職務質問しようとしたところ、2人が車外へ出て逃げようとしたため、車内を調べたところ、大麻片が入ったポリ袋や巻紙を見つけたといいます。さらに、(5)大学生など10人が検挙された事件の供給元になっていたとみられる会社員ら4人を、営利目的で大麻を栽培・所持していた疑いで警察は摘発しています。昨年6月までに静岡市内の大学生ら10人が摘発された事件で、4人が大麻供給元になっていたとみられ警察が詳しく調べているということです。
- 米国から液体状の大麻「大麻リキッド」などを密輸入したとして富山県警は、プロバスケットボールBリーグ、富山グラウジーズ元選手(28)=大麻取締法違反(所持)の罪で起訴=を同法違反(密輸入)容疑で再逮捕しています。容疑を認め、「自分で使用するため」輸入したと供述しているといいます。
- 岡山県新見市の消防士が大麻を譲渡した大麻取締法違反容疑で逮捕された事件で、岡山中央署は、覚せい剤を使用したとして、覚せい剤取締法違反の疑いで、同市消防署神郷分署に勤務する男(23)=大麻取締法違反罪で起訴=を再逮捕しています。再逮捕容疑は5月中旬、岡山県内か、その周辺で覚せい剤を使用した疑いがもたれています。報道によれば、男は昨年10月上旬、岡山市内の駐車場で知人に乾燥大麻約4グラムを32,000円で譲り渡した疑いで逮捕されていますが、その後の尿検査で覚せい剤の陽性反応が出たといいます。
- 兵庫県三田市内の家屋で大麻草を栽培していたなどとして、兵庫県警は、県内に住む30代の男5人を大麻取締法違反(営利目的栽培)などの疑いで逮捕・送検しています。県警は1500株を超える大麻草を押収、この家屋が大規模な「栽培工場」だったとみて密売先の解明を進めているということです。報道によれば、5人は昨年9月中旬から10月下旬までの間に、三田市内の家屋に大麻草の苗を持ち込み、肥料を与えたり照明器具で光を当てたりして計約580株を営利目的で栽培したなどの疑いがもたれています。なお、栽培については、他にもいくつか摘発されています。まず、知人の男に大麻入りの植物片を譲り渡したとして、警視庁は無職の容疑者(50)を大麻取締法違反(営利目的譲渡)の疑いで逮捕、容疑者が管理する笛吹市内の畑から大麻草15本を押収しています。報道によれば、「3~4回、同じ男に譲り渡した」と供述しているといいます。なお、知人の男は昨年3月、東京都港区の路上で麻布署員から職務質問を受け、覚せい剤取締法違反(所持)容疑で現行犯逮捕され、大麻も所持していたことから、その後の捜査で入手先として本容疑者が浮上したものです。また、大麻取締法違反の罪で起訴された無職の被告(30)の自宅から大量の乾燥大麻や大麻草が押収されています。報道によれば、被告は今年4月9日、自宅で乾燥大麻を所持していたほか、大麻草を栽培したとされており、自宅からは乾燥大麻約9キロ(末端価格約1,200万円)と大麻草132本、それに、栽培器具などが押収されたということです。なお、本コラムでたびたび指摘しているとおり、大麻栽培の摘発事案が急増していることから、私たち市民がその兆候に気づき、通報することも重要となります。埼玉県警のHPでは、大麻栽培が疑われる場所の端緒として、「玄関の隙間や家屋の換気口から、大麻特有の青臭い・甘い匂いがする場合は要注意」、「光量の調節のためには、外の光をシャットアウトして暗闇を作る必要がある。大麻栽培プラントでは、雨戸や遮光カーテン等を閉め、さらに目張りをするなど、外の光の差込みや匂いの漏れなどを防いでいるケースが多い」、「人が生活している様子がないのに「電気メーターが常に早く回っている」、「常にエアコンの室外機が回っている」などの特徴がある」、さらには、「必要な作業のため、「連日深夜等に人が短時間立ち寄る」ほか、栽培に必要な「大量の土、肥料、電気設備、植木鉢、ダクトなどを運び込む」、あるいは、「収穫した大麻を、ダンボールやゴミ袋に詰め込み、人に見つからないように持ち出す」といった特徴がある」などといったものが紹介されており、参考になります。
- 外国人の関与する事件も多数報じられています。覚せい剤8キロ(末端価格約1憶1,000万円)を中国から密輸したとして、懲役7年、罰金300万円の実刑判決を受けた被告が控訴しています。一審では、被告が違法な薬物だと認識しながらそれでも構わないという「未必の故意」があったかどうかが争点となり、弁護側は無罪を主張していましたが、判決で裁判所は未必の故意を認定し、有罪判決を言い渡したものです。これに対し、弁護側は「判決には結論だけで、なぜそう判断できるのかが示されていない」などとして、控訴の申し立てを行ったということです。また、東京・六本木でコカインなどの違法薬物を所持していたとして、密売グループの仕切り役とみられるナイジェリア人の男が逮捕されています(なお、警視庁ではこの6月から薬物の簡易鑑定を行う新しい試薬を導入しており、この試薬を使ったはじめての逮捕となりました)。報道によれば、六本木の雑居ビルの外階段に設置されたメーターボックスの中にコカイン約30グラム(末端価格約60万円)などを所持した疑いが持たれており、ビルの5階と7階からは覚せい剤58グラム(末端価格約180万円)やコカイン289グラム(末端価格約580万円)など大量の違法薬物が押収されています。さらに、茨城県つくば市に住む英会話教室経営でアメリカ国籍の容疑者(43)が、液状大麻およそ2キロ(末端価格約8,000万円)をトリートメントのボトルに隠して小包で密輸しようとしとしたとしたとして、関税法違反の疑いで東京地検に告発されています。茨城県内のホテルで小包を受け取ろうとしたところ、厚生労働省の麻薬取締官に現行犯逮捕されましたが、その後の捜査で、自宅などから液状大麻5キロ(末端価格約2億円)が見つかり、販売目的で所持した疑いでも再逮捕されています。押収された液状大麻はあわせておよそ7キロ(末端価格約2億8,000万円)で、組織的な犯行とみられるということです。また、埼玉県警薬物銃器対策課は、合成麻薬MDMA226錠(末端価格約113万円)を密輸したとして、麻薬取締法違反(営利目的輸入)の疑いで、ベトナム国籍の無職の容疑者(24)を再逮捕しています。麻薬特例法違反容疑で逮捕され、処分保留となっていたところ、何者かと共謀し、4月、MDMAを英国から国際宅急便で容疑者方のアパートへ発送し、密輸したというものです。
- 暴力団の関係する事件も数多く報道されています。(1)営利目的で覚せい剤約96グラム(末端価格約30万円)を所持していたとして、覚せい剤取締法違反の罪に問われた浦添市の旭琉会三代目富永一家構成員に対し、那覇地裁は、懲役4年、罰金30万円(求刑懲役5年、罰金30万円)を言い渡しています。報道によれば、判決理由で裁判長は、所持した覚せい剤は少量と言えず、小分けにされるなどいつでも密売できる状態だったとして、「覚せい剤の害悪を社会に拡散させる危険性が高い犯行だった」と指摘、覚せい剤事件の前科があるうえ、より刑事責任の重い営利目的所持に及んだとして、「規制薬物との関わりが根深い」と述べています。また、(2)高知県警高知東署は、営利目的で大麻を所持したとして大麻取締法違反容疑で、豪友会本部組員ら男女3人を現行犯逮捕しています。報道によれば、共謀し、容疑者の乗用車内に乾燥大麻約200グラム(末端価格約120万円)を所持した疑いがもたれているものです。また、別の容疑者も、組員と同居する自宅で乾燥大麻約40グラム(末端価格約24万円)を所持した疑いがもたれています。さらに、(3)佐賀南署は、大麻取締法違反(所持)の疑いで、道仁会系組(24)を再逮捕しています。報道によれば、公務執行妨害の疑いで現行犯逮捕された後に身体検査を受けた武雄署で、大麻約2.8グラム(末端価格約17,500円)を所持した疑いがもたれています。さらに、(4)販売目的で乾燥大麻などを所持したとして、大麻取締法違反などの疑いで、六代目山口組傘下組織の組員が再逮捕されています。報道によれば、自宅で乾燥大麻およそ670グラム(末端価格約400万円)などを販売目的で所持した疑いがもたれています。容疑者は暴力団組員であることを隠して口座を開設し、キャッシュカードをだまし取ったとして逮捕され、警察が自宅を捜索したところ、乾燥大麻などが見つかったということです。(5)佐賀北署は、大麻取締法違反(営利目的有償譲り渡し)の疑いで、浪川会系組員(32)を再逮捕、また、同法違反(譲り受け)の疑いで会社員の男(40)を、さらに同法違反(譲り受けほう助)の疑いでアルバイト業員の女(32)をそれぞれ逮捕しています。報道によれば、武雄市内の店舗駐車場で、営利目的で大麻約2グラム(末端価格約14,000円)を、仲介を受けて受け渡した疑いがもたれています。組員は大麻取締法違反などの疑いで逮捕され、本件は携帯電話の解析などで明らかになったといいます。最後に、(6)車上狙いで逮捕・起訴された稲川会系組員の男が、覚せい剤を使った疑いで再逮捕されています。報道によれば、男は「現実逃避したくて」と容疑を認めているといいます。なお、この組員は、横浜市内のコインパーキングで他人の車の中からゴルフバッグなどを盗んだとして、逮捕・起訴されたほか、横浜市内のコンビニの駐車場から、750万円相当の高級外車を盗んだ疑いでも追送検されています。
(4)テロリスクを巡る動向
米軍の撤退が進むアフガニスタンでは、治安が一段と悪化しているようです。報道によれば、アフガン政府と反政府武装勢力タリバンの和平協議が停滞し、国土の約7割で双方の戦闘が起きているとされます。すでに駐留米軍の半分以上が撤収し、タリバンが武力で存在感を高めており、タリバンは国際テロ組織アルカイダとの関係も維持しているとされ、アフガンが再びイスラム過激派などの活動拠点に転じる可能性も否定できない状況となっています。なお、駐留米軍の徹底状況については、すでに輸送機500機分の物資を国外に運び出すなどしており、主要拠点のパグラム空軍基地もアフガン政府に近く引き渡す方針だといいます(当初、派兵のきっかけとなった米中枢同時テロから20年となる9月11日を期限に設定しているところ、7月初旬から中旬の撤退完了も視野に入っているようです)。ある程度予想されたこととはいえ、タリバンの勢力拡大に対し、どのように国外からアフガン政府軍への支援を続けるかが大きな課題となっているといえます。なお、関連して、タリバンは、米軍など外国駐留部隊の通訳や護衛として働いてきたアフガン人に対し、「過去の行いを深く悔やみ、敵対しなければ」安全を保証すると主張、外国軍協力者により「過去20年間、多くのアフガン人が欺かれてきた」と批判する一方で、「誰も国を捨てるべきではない」と述べ、「改心」を呼び掛けている点も見逃せません。
さて、5月に入り激化したイスラエル・パレスチナ紛争について、中山防衛副大臣が「イスラエルにはテロリストから自国を守る権利があります」とツイート(のちに削除)したことが議論を呼んでいます。日本政府はイスラエルとパレスチナ双方に自制を呼び掛けるスタンスであったこととの整合性が問われた一方で、一部マスコミ等は「イスラエル側に肩入れ」、「イスラエル側を擁護」と批判しました。そもそも両者に領土問題で言い分があるところ、一方的にどちらが悪いと言えるものでもないうえ、イスラエルを攻撃しているのは「ハマス」というイスラム過激派テロ組織であり「ロケット弾」でイスラエルの主権を脅かしているのが実態です。2021年5月23日付産経新聞では、「ハマスは「悪の帝国主義占領国家イスラエルに対する抵抗運動」を掲げてロケット弾攻撃をすれば、世界のリベラルメディアが自らを支持し、イスラエルを非難すると熟知しているからこそテロを続ける。…イスラエルを一方的に非難し続ける…はハマスのテロの共犯者に等しい。イスラエルとハマスは停戦で合意したが、ハマスに人間の盾として利用され、国際的な支援金や支援物資を収奪されているパレスチナの人々のためにも、まずはハマスにテロという戦術を捨てさせねばならない。」と指摘していますが、少なくとも中山氏のツイートは民主主義国家としては当然の内容であり、一方でテロ組織を正当化する行為は認め難いものだといえます。
米財務省は、トルコを拠点にイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)のために地下送金システムを運営したなどとして、イラク人の兄弟とシリア人の男1人の計3人と、兄弟が経営する企業1社を制裁対象に指定したと発表しています。報道によれば、イラク人兄弟はトルコ国内で金融関連企業を経営、イスラム教で「ハワラ」と呼ばれる送金システムなどを利用し、ISに代わって世界各地の戦闘員らに資金を送ったり、外国のIS支援者からの資金を仲介したりしたということです。さらに、シリア人の男もトルコ国内で金融ビジネスを営み、IS幹部間の送金の仲介やシリア国内のIS戦闘員らへの送金を行ったとされます。テロリストが活動を続けられるのは、このような「テロ資金供与」が各国の制裁網をかいくぐって機能しているからであり、あらためて現状はハワラに対して無力な(銀行取引規制が中心の)AML/CFTの実効性をさらに高める努力を、金融機関をはじめすべての事業者は念頭に置いておく必要があるといえます。なお、「ハワラ」とは、昔からあるイスラム世界の信頼を前提になら立っている送金システムです。ハワラの仕組みは単純で、送金をしたい人がエージェントにお金を預け、この時エージェントは暗証番号を送金者に交付、そしてお金を受ける人は、別のエージェントにその暗証番号を伝えることによってお金を受け取ることができるというシステムです。手数料は0.6%といわれ、低い手数料でお金を送金できることが特徴で、エージェントは電話などで暗証番号や額面などをやり取りするほか、ハワラは送金者が振り込むと、すぐに引き出せるというメリットがあります。暗証番号が分かればすぐに引き出せるので大変便利で、これが、ハワラが多くの人に利用されている理由の一つだとされます。AML/CFT規制と大きく異なり、書類の証拠がほとんど残らず、ハワラ送金が何重にも重ねられると、追跡がより困難になります。さらに、ハワラの手法においては、資金を実質的にどのような形にも変えることができるため、見た目の合法性を得ることが容易にできる点も特徴といえます。
フランスのマクロン大統領は、仏軍がアフリカのマリなど「サヘル地域」で行っているイスラム過激派掃討のための作戦を終了すると表明しました。報道によれば、仏軍は段階的に撤退する見通しで、日程などの詳細は今月末頃に発表するということです。同地域への今後の関与について「根本的に変革する」とし、欧州各国との連携など新たな枠組みで対テロ作戦に臨む考えを示したもので、G7サミットの課題の一つとしてアフリカの安定などを挙げています。仏政府は2013年からサヘル地域に軍事介入し、最大で約5,100人の仏軍兵士が展開してきたところ、今後2年で半数が撤退する可能性があるということです。マリでは5月に軍がクーデターを起こし、仏国防省が軍事支援を停止すると発表しています。なお、西アフリカでは、ISなどイスラム過激派の活動が活発化しており、直近では、西アフリカのブルキナファソ北部で起きた過激派とみられる武装集団の襲撃では、160人が殺害され、うち約20人が子どもという、イスラム過激派の暴力が頻発し始めた2015年以降で最悪の事件が発生しています。襲撃があったのはニジェールとの国境近くで、国際テロ組織アルカイダやISに関連する勢力が市民らを標的にしているといいます。事件を受けて、政府は3日間の服喪を宣言し、「テロリスト」があらゆる年齢の市民を殺害し住居や主要な市場に放火したと非難、グテレス国連事務総長は報道官を通じて「強い憤り」を表明、「暴力的過激主義と戦う加盟国への国際社会の支援」を訴えています。さらに、同じく西アフリカのナイジェリアを中心に展開する、西洋の価値観を否定し、イスラム法による統治をめざすイスラム過激派組織「ボコ・ハラム」の指導者が、敵対するIS系過激派組織との衝突により死亡したか重傷を負ったと報じられています。この指導者は、2014年、北東部ボルノ州の学校から276人の女子生徒を拉致した事件を主導したことで知られており、これまでもたびたび死亡説や負傷説が取り沙汰されています。なお、ボコ・ハラムは2015年にISに忠誠を誓っていますが、2016年には指導者の方針に反発するグループが離反し、ISWAPとして活動を始め、ボコ・ハラムと敵対関係になっています。
前回の本コラム(暴排トピックス2021年5月号)でも取り上げましたが、ロシア金融監督庁は、反政権派指導者アレクセイ・ナバリヌイ氏の中核団体「ナバリヌイ本部」を、「テロや過激派の活動への関与を示す情報がある団体」に指定したと発表しています。プーチン政権の圧力を受け、ナバリヌイ陣営は大幅に活動を縮小しているところ、さらに追い詰められることになりました。報道によれば、同庁は「政治状況を不安定化させる活動をしている」と判断したとい、指定により銀行口座凍結などの処分を受け、金融取引ができなくなるといいます。ミャンマー同様、テロ組織の認定の恣意性の問題は、深刻さを増している状況だといえます。さらに、ロシアの裁判所も、収監中の反体制派指導者ナワリヌイ氏が率いる団体を「過激派」と認定し、非合法化しています。これにより、関係者の選挙への立候補が禁止され、米ロ首脳会談を控え両国がさらに緊張化するとみられています。一方、収監中のナワリヌイ氏は、インスタグラムで「ばかげている」と批判し、弁護団は声明で上訴する考えを示しています。しかし、過激派組織と認定された団体の関係者は最長10年の禁錮刑を科される恐れがあり、活動継続は困難になりそうな状況です。
その他にも、カナダ東部オンタリオ州ロンドンで、歩道を歩いていたイスラム教徒の家族5人にピックアップトラックが突っ込み、4人が死亡、1人が重傷を負う事件がありました。報道によれば、警察はトラックを運転していたとみられる男を逮捕、イスラム教徒を狙ったヘイトクライム(憎悪犯罪)とみて捜査しているといいます。これに対して現地のイスラム教徒団体は、「これはテロ攻撃だ」と非難する声明を発表、2017年にケベック市で礼拝所(モスク)が銃撃され、6人が死亡した事件に触れ、「カナダのイスラム教徒はイスラム恐怖症による暴力に慣れすぎてしまっている」と訴えています。また、ベルギーでは、武器を持ったまま逃亡した空軍兵捜索のため、オランダ国境付近の国立公園に約250人の警察や軍の部隊を展開しました。報道によれば、兵士は極右思想を持ち、国家や著名人への脅迫状を残し行方をくらましたといい、乗り捨てた車の中から、対戦車ロケットランチャー4丁や弾薬が見つかったということです。容疑者は対テロ機関の監視対象者だったということですが、空軍では普通に勤務していたといいます。ネット上で陰謀論者や極右の標的になっている新型コロナウイルス専門家を一緒になって脅迫していたとも報じられています。
さて、東京オリンピックが7月23日の開幕まで1カ月あまりと迫ってきました(現時点で中止や延期が決定されていません。新型コロナウイルスの感染拡大で海外客の受け入れはなくなりましたが、近年はサイバー攻撃や組織に属さない「ローンウルフ(一匹オオカミ)」型のテロが主流となっていることから、警備の中心となる警視庁は警戒を続けています(なお、あくまで推測ですが、東京オリンピックでテロを敢行しようとする外国人であれば、すでにかなり前から入国して市民に溶け込みながら着々と準備をすすめている可能性もあり、ヒットアンドアウェー方式のテロだけではない可能性も指摘しておきたいと思います)。テロ対策における警備の状況については、2021年5月18日付毎日新聞でも取り上げられていますが、報道で国際テロ担当の捜査員が、「国外の過激派が入国するリスクは当然減った」と語るものの、近年は既に国内にいる人物がインターネットを通じて過激思想に影響を受ける恐れ(ローンウルフ型かつホームグロウン型のテロリストが存在する可能性)が高まっており、組織への対策とは異なる取り組みが求められていると指摘しています。関連して、コロナ禍で自粛生活が長引くなか、孤独感を抱える若者の心につけ込もうと、カルト集団がSNS上で勧誘に動いているとも報じられています(2021年5月30日付産経新聞)。報道によれば、素性を隠して相手に近づき、思想を探りながら共感を引き出す手口で、SNSがカルトにとって都合のいいツールとなっているようです。さらには、オンラインでの勧誘は誰からも目撃されないため、人知れずカルトに入会してしまう恐れがある点にも注意が必要です。軽い気持ちでも一度入会すれば抜けるのが難しく、これまでの対人関係が崩壊したり多額の金銭を搾取されたりするケースも少なくなく、オンラインでの授業が続き、孤立しがちな大学生が狙われやすくなっており、専門家は「カルトの危険性を改めて周知していく必要がある」と警鐘を鳴らしています。この構図は、まさにISらのテロリストのリクルート活動と同じであり、「人心の荒廃がテロの温床」であることを認識させられますが、例えば、千葉県警では、ローンウルフ型テロ対策として、日常生活で気付いた不審者や不審物に関する情報提供を広く呼びかけているといいます。報道(2021年5月31日付毎日新聞)によれば、「不審者動向の情報からテロの未然防止につながるケースもあるという。例えば、大型商業施設や公共交通機関などで、防犯カメラの場所や警備員の配置などを注意深く確認したり、周囲の様子をうかがいながら徘徊したりする人物などに関する情報だ。同課の担当者はこうした行動は「テロの下見をしている可能性がある」と話す。また、インターネット上でテロを賛美するなどの人物にも目を光らせている」ということです。さらに、本コラムでも取り上げ、その重要性を指摘している爆発物の原料となる薬剤を販売する薬局や拠点化の恐れがあるホテルなどに対して、不審者情報の提供を要請しています。世界各地で発生しているテロでは、市販の化学物質などから製造した爆弾が使用されたこともあり、国内でも、都内の男性が2007年に爆弾を製造した容疑で逮捕された事件のほか、数年前には高校生が爆薬「過酸化アセトン(TATP)」を製造した事件などもあり、日本人による爆弾テロの可能性も対岸の火事ではありません。なお、東京都の男性の事件では、爆弾の原料となる薬品を注文した薬局からの通報が逮捕につながったといいます。
また、大会の運営システムを狙ったサイバー攻撃に備え、大会組織委員会や民間事業者と連携した対策も進めています。一方、大会本番中にテロの標的になると懸念されているのは、「ソフトターゲット」とされる各競技会場と最寄り駅、その間を結ぶ道のりである「ラストマイル」の三つとなり、人が密集するため被害が大きくなる恐れがあり、厳戒警備が必要になります。さらに、ハッカー集団「ダークサイド」が米最大級のパイプラインを対象に主導したサイバー攻撃のような、「身代金」目的の攻撃による被害は国内でも増加しており、コロナ禍によるリモートワークの脆弱性も絡み、防御の難易度は増している状況にあります。さらに、東京オリンピックの開催を控える日本は標的になりやすい状況でもあり、とりわけ重要インフラを狙ったサイバー攻撃には最大限の注意が必要だと言えると思います。直近では、米自治領プエルトリコの電力会社がサイバー攻撃を受けたと発表しています。その2時間後に変電所で火災が発生、大規模な停電が起きたともいいます。報道によれば、停電の被害者は約70万人に上る一方、サイバー攻撃と火災の関係について当局は口を閉ざしているといい、捜査が続けられています。
さて、東京オリンピックを前に、鉄道会社による乗客の手荷物検査が7月から可能となります。国土交通省が関係する改正省令を公布しています。
▼国土交通省 鉄道運輸規程の一部を改正する省令案について
国土交通省によれば、「旅客の鉄道車内への危険物等の持込みについては、鉄道運輸規程(昭和17年鉄道省令第3号。以下「規程」という。)第23条において禁止されている。また、鉄道営業法(明治33年法律第65号。以下「法」という。)第6条では、旅客が同条も含めた法令等を遵守しない場合には鉄道事業者に運送を拒絶することが認められているほか、危険物等の持込み等は法第42条及び規程第24条における旅客又は公衆の車外や鉄道地外への退去強制の対象ともなり得るところである。一方、当該措置を講じるにあたっての前提としての手荷物等の点検は、法及び規程のいずれにも定めがなく、各鉄道事業者の運送約款や施設管理権に基づいて行われることとなる」としたうえで、「鉄道におけるセキュリティ対策の一層の向上が求められていること」、「不審者(物)検知技術等鉄道セキュリティに関する技術・手法の進展等に伴い、手荷物等の点検の対象として選定すべき者をより合理的に特定することが可能になってきていること」、「上記を踏まえ、今後の大規模イベント等においては、一定の検知手法を用いて対象者を特定して手荷物等の点検を行うことも考えられること」等の鉄道をとりまく状況の変化に鑑みると、「今後とも安全・安心な鉄道輸送を確保していくためには、手荷物等の点検に係る規定を法令に位置づけ、各鉄道事業者において、状況に応じて必要な点検が適切に実施される環境を整備することが望ましい。このため、今般、法第2条に基づく規程において、手荷物等の点検に係る権限を明確化することとする」ということです。そこで、規程において、新たに以下の規定を設けることになったものです。
- 法令で禁止する物品の車内への持込みを防ぐことなど、車内及び鉄道地内における秩序を維持することを目的として、旅客及び鉄道地内の公衆一般を対象として手荷物等の点検を行うことができるものとする(旅客又は公衆の立会いを前提)。
- 当該点検の実効性を担保するため、点検(点検実施のための協力を含む。)を拒否した場合には、客車又は鉄道地内からの退去を求めることができるものとする。
そもそもは、東海道新幹線で2018年に起きた乗客死傷事件を踏まえた措置でもあり、同省は危険物の持ち込みを防いでテロ対策の強化につなげたいところ、利便性の観点から、恒常的に検査を実施する鉄道会社はないとみられています。これまでもその必要性は指摘されてきたところ、最低限の取組みは行う姿勢が見られる点は評価できると思います。
また、埼玉県警とJR東日本が、東京五輪を標的としたテロ活動を想定し、バスケットボール会場のさいたまスーパーアリーナに近いJRさいたま新都心駅で爆発物処理訓練を行っています。大宮署員や機動隊員、駅員ら計約40人が参加し、駅構内のベンチに爆発物が入ったリュックサックが置かれていたという想定で、リュックを見つけた駅員が県警通信指令課に連絡し、駆け付けた署員が爆発物と判断するまでの手順や、駅利用者の避難誘導、機動隊の爆発物処理班が専用の容器を用いてリュックを運び出す作業など、一連の流れを確認したといいます。有事を想定した訓練も極めて重要であり、残り1カ月あまりですが、実効性の高い訓練を積み重ねて本番を迎えたいところです。
(5)犯罪インフラを巡る動向
本コラムではかなり前から「犯罪インフラ」の代表格として注意を促していた電話の「転送サービス」について、犯罪に悪用されていることから、いよいよ政府が対策に乗り出しはじめました。総務省の電話番号制度についての有識者会議では、転送サービスが詐欺電話の身元隠しなどに使われているとして対策の検討を開始、転送サービスを手掛ける事業者へのヒアリングなどを経て10月にも報告書を取りまとめる予定だということです。会議では転送サービスを悪用した特殊詐欺が増加していることも示されています。なお、電話の転送サービスは大手通信会社以外にも、固定電話の回線を保有する業者が手掛けるケースもあり、詐欺グループはこうした業者の固定電話回線を通じて電話をかけることで発信元や身元を隠す手口をとっています。2019年5月に施行された改正電気通信事業法では、転送サービス業者が「03」と表示する場合なら、転送を依頼した利用者の住所や拠点が実際に都内にあることを確認する義務が課せられたものの、有識者からは「活動実態がない拠点でも転送サービスを受けられる実態がないか、調査が必要」との声が出ています。
一定期間利用のない「休眠口座」や紙の通帳発行で手数料を取る銀行が増えている。なお、休眠口座は、マネー・ローンダリング等に不正利用されるケースも多く、「犯罪インフラ」の一つといってよいものです。犯罪対策の観点に加え、そもそも低金利が長引いて銀行の経営環境は厳しさを増しており、口座や紙の通帳の管理コストは経営の重荷になっていることをふまえた動きでもあります。例えば、八十二銀行は今年4月、2年以上使われていないすべての休眠口座を対象に、税込み550円の年間手数料を導入しました。4月以降に開いた口座は残高1万円未満、それ以前なら残高が1,000円に満たないと対象になるということです。既存の顧客の休眠口座で手数料を取るのは全国の銀行で初めてだといい、これまで契約の不利益変更は民法上、難しかったところ、昨年4月の民法改正で、合理的な内容であれば既存契約の変更が認められたことから導入に踏み切ったものです。
インターネット上で価値のない写真などを代金後払いで購入契約させ、感想の投稿謝礼などとして現金を融通する「後払い現金化」が横行しており、高金利での貸し付けにあたる疑いもあり、被害相談も相次いでいるといいます。本コラムでも注意喚起してきた「給与ファクタリング」業者の一部がくら替えしたとも言われており、新手のヤミ金融としてあらためて注意が必要です。報道によれば、専門家は「新型コロナの収束見通しが立たない中、困窮者を狙った新たな手口は次々に出てくる可能性がある」と警鐘を鳴らしているほか、金融庁も新たな手法について、「利用者と業者の現金の流れからすると、貸金業法に抵触する可能性がある」として問題視しており、警察とも連携しながら実態把握を進める方針だということです。
支払い決済が無効化されているプリペイドカード(プリカ)を不正に使用し、腕時計やネックレスなどを大量にだまし取ったとして、愛知県警は、スリランカ国籍で無職の男2人を詐欺の疑いで逮捕しています。報道によれば、2人は別のスリランカ国籍の2人と共謀し、昨年9月、沖縄県糸満市の貴金属店で、カタールの銀行が発行した他人名義のプリカを支払いに使い、腕時計やネックレスなど計44点(計1,772万円相当)をだまし取った疑いがもたれています。このプリカは無効化されているにもかかわらず、1回につき15,000円以内の少額決済ではクレジットカードのように使えたということです。4人は3日間で計1,000回以上にわたって少額決済を繰り返したと報じられています(結局、不審に思った店舗側が警察に相談して発覚したとのことです)。このような中東・カタールの銀行が発行したプリカを悪用し、商品をだまし取る詐欺事件が日本国内で相次いでいるといいます。決済端末の設定によっては入金残高ゼロでも買い物が可能で、警視庁などが捜査を進めているということです。報道によれば、プリカの発行元はカタールの銀行で、同じ手口の詐欺は2019年頃から日本国内で確認されており、これまで30枚以上が使われ、昨年5月以降だけで、被害が計約3億円に上っているといいます。カタールの企業は、銀行口座を持たない外国人労働者に対し、プリカに入金する形で給料を支払うことが多いといい、カタールでの出稼ぎを終えて帰国したスリランカ人のプリカが、詐欺グループに渡ったとみられています。なお、対する店舗等の決済端末は、クレジットカードの照会にも使われますが、被害に遭った店舗では、通信料の節約や決済時間短縮のため、少額決済に限って残高照会を省くオフライン設定になっていたといいます。犯罪者側も、高額な商品をあえて小口の金額で分割して決済をさせるといった「通常とは異なる」対応を求めることが多いのも特徴となっています。当然のことながら、警察幹部は、「カードを多数回使って商品を購入する客が訪れた際には、警察に通報してほしい」と呼びかけています。
携帯電話の補償サービスを悪用してスマートフォンなどを盗んだとして、佐賀県警は、ベトナム国籍で無職の容疑者(27)を私電磁的記録不正作出・同供用と窃盗の疑いで逮捕しています。報道によれば、容疑者は、同県鹿島市の20代男性のアカウントを不正に使い、携帯電話会社の会員専用サイトにログイン、「携帯電話が故障した」などと申請し、交換用のスマホ1台(8,250円相当)とSIMカード1枚(2,200円相当)を自宅に配送させ、盗み取った疑いがあるとされます。容疑者は今年3~4月、広島県警に同容疑などで逮捕、起訴されていますが、佐賀県警などは、同容疑者が転売目的で他地域でも同様の犯行をしていた可能性があるとみて調べているとのことです。
宮崎市で約15年間空き家だった民家に勝手に住み込んだとして60代の無職の女性が逮捕された事件がありました。女性は空き家と無関係にもかかわらず電気やガスを自ら契約し、数カ月は当たり前のように暮らしていたとみられています。全国で増え続ける空き家も事件の舞台となりうる可能性が懸念される状況のようです。2021年6月3日付毎日新聞によれば、専門家は「不法占拠は全国で起こり得るが実態は不明だ。空き家は個人の所有物で他人は口出しできないが、不法占拠や老朽化などによる周囲への悪影響は大きく、持ち主と地域住民でもっと話し合いがなされるべきだ」と指摘していますが、特殊詐欺や薬物売買などのアジトとして、あるいは新設が困難となってきている暴力団事務所など、このような実態であれば悪用されかねない危険性があります。
訴えられたことに一切気付かないまま敗訴し、判決が確定、預金が差し押さえられるといった事件が相次いだの報じられています(2021年6月1日付毎日新聞)。男性の訴えがまかり通った背景には、民事訴訟の訴状送達制度があるといいます。通常、民事訴訟は、原告から受け取った訴状を裁判所が被告に郵送し、受け取りを確認してから審理が始まるものですが、被告が長く家を空けていたり、居留守を使ったりしていると訴状は裁判所に送り返される場合があります。その場合、裁判所は「付郵便送達」という民事訴訟法上の規定を使うことができ、書留郵便で訴状を送付した段階で送達が完了したものとし、審理を始めているというものです。男性が悪用したのはこの付郵便送達で、まず、女性とは関係のない住所を訴状の郵送先として裁判所に伝え、訴状はもちろん送り返されるため、裁判所は宛先に本当に女性がいるのか確認する必要があるところ、男性は「(偽の住所から)女性が出てくるのを見た」などと裁判所に報告、男性の言い分を信用した裁判所は、付郵便送達を採用し、女性の手元に訴状が届かないまま審理が始まり、民事訴訟では、被告が反論しなければ原告の主張がそのまま認められるため、男性は争うことなく勝訴を得ることができたというものです。制度の抜け穴を巧妙に突いた手法には驚かされるばかりです。
特別養子縁組をあっせんしていた東京の民間団体「ベビーライフ」(解散)の事業停止問題を受け、厚生労働省は、現在活動中の全国22団体について、実父母の記録保管などを規定した国指針の順守状況を点検するため、団体を監督する都道府県に確認を求める通知を出しています。養子縁組をあっせんする民間団体は、2018年の養子縁組あっせん法施行で、自治体への届け出制から許可制に変わっています。同法に基づき国が策定した指針は、子供が自身の生い立ちを知ることができるよう、生い立ちや実父母の記録を永年保管することを規定しており、事業を取りやめた場合は、都道府県などに引き継ぐよう法律に定めていますが、ベビーライフは昨年7月に突然事業を停止後、実父母らに関する全ての記録を東京都に引き継いでいないことが問題となっています。「出自を知る権利」の観点や人身売買・人権侵害の観点からも早急な対応が求められているといえます。
大阪市内の百貨店で洋服や貴金属など計約1億4,000万円相当を免税購入した中国人男性に対し、大阪国税局が電子記録を基に免税が認められない転売目的と判断し、消費税約1,400万円の徴収を決めたといいます。免税記録の電子化は2020年4月に始まったばかりで、この記録を活用した国税調査は初めてだといいます。法令では免税は訪日客が国外に持ち出す土産品購入などに認められているが、転売のような営利目的での購入は対象外となっています。報道によれば、男性は大阪市内の3カ所の百貨店で免税購入したものの、金額や量の多さから国税局が調査し、転売目的と認定したとされます。電子記録化のメリットが早速活かされたものといえます。また、外国為替証拠金取引(FX取引)の利益を隠し、法人税を脱税したとして、東京国税局が東京都中央区の投資関連会社(解散)の元社長の男を法人税法違反の疑いで東京地検に告発しています。元社長は自己資金を元手にFX取引で多額の利益を上げていたものの、売り上げの一部を除外する方法で2018年7月期までの2年間に計約1億7,200万円の所得を隠し、法人税約4,000万円を脱税した疑いがもたれています。報道によれば、元社長は数年前、FX業者との約款で禁じられた短期売買を繰り返したことで取引口座が凍結されましたが、知人数十人の名義を借りて開設した借名口座で取引を繰り返していたといい、知人らには2年で計約6,000万円を名義貸しの手数料として支払っていたということです。なお、国税当局がFXの取引状況を把握する手段の一つに、取引業者に提出を義務付けている「支払い調書」があります。顧客の個人情報や損益などが記載されており、国税当局は集まった情報をデータ化し、税逃れや申告ミスの発見に活用しているといいます。本件のように支払い調書では把握できない借名口座を使った税逃れについても、行為者の特定や摘発に至っており、FX口座の入出金の流れを追えば、原資がどこから来ているのか、利益が誰に帰属しているのか、ある程度裏付けが取れるものであり、借名口座を使っても、調査で行為者にたどり着くことができるとされます。
顔認証データを活用したeKYCが進化している一方で、その膨大な顔データ(個人情報)の取扱いを巡って、不正流出や悪用される危険性等が高まっています。米で昨年、ソフトウエア会社がSNSなどで公開されている30億枚の画像を無断で収集したことが明らかになりました。データは警察当局や銀行、大手スーパーなどで顔認証に利用され、人権団体が収集差し止めの訴訟を起こしています。また、EUでは今年4月、警察などによる公共空間での顔認証を制限する方向性が打ち出されるなど、顔データを巡る状況が大きく変わろうとしています。本人確認の精度を高めることに寄与する「インフラ」としてその重要性を増している顔認証技術や顔データが、一歩間違えれば「犯罪インフラ化」してしまうリスクが顕在化しており、今後の適切な運用管理のあり方が問われているといえます。関連して、警察庁は容疑者側のSNSを人工知能(AI)で解析し、人物の相関図を作成する捜査システムの導入を決めたと報じられています(2021年5月31日付日本経済新聞)。報道によれば、SNSは特殊詐欺などで多数の関与者をつなぐ「犯罪インフラ」として使われている側面があり、指示役を含む組織の全体像を解明、摘発に結び付ける考えだといいます。AIで解析するのは組織的な犯罪に関与した容疑者や捜査対象者が使うSNSのアカウントで、ツイッターの「フォロー」、フェイスブック(FB)の「友達」といった機能の承認・登録先や、コメントの返信相手などをたどり、つながるアカウントを調べて相関図を作成するものといいます。相関図から浮上した人物のコメントは捜査員が精査、内容などから勧誘役や指示役のアカウントを突き止め、このアカウントを再度AI解析に掛けて新たな相関図を作成するといった形で、解析と精査を繰り返して犯罪組織の「可視化」を目指すということです。本コラムでも、SNSの「犯罪インフラ化」に大変な危惧を覚え、注意喚起しているところですが、「犯罪を摘発するためのインフラ」としても機能しうるという点は大変興味深いものです。似たような構図として、ビットコインが匿名性の高さから「犯罪インフラ化」してきた一方で、今や、ベースとなるブロックチェーン技術の特性から、正確に追跡ができることとなり、やはり「犯罪を摘発するためのインフラ」として機能し始めている点が挙げられます(ランサムウエア攻撃による身代金を暗号資産で支払ったことから回収できた事例に加え、次に紹介する、米FBIのおとり捜査に使われた匿名通信アプリなどもそのような典型例となります)。
海外から大変驚きのニュースが飛び込んできました。EUのユーロポール(欧州刑事警察機構)は、米豪などの捜査当局と協力し、違法薬物や武器の取引など組織犯罪にかかわった800人を逮捕したと発表しています。米連邦捜査局(FBI)が「おとり」用に運営していた通信アプリ(ANOM)を犯罪組織に利用させ、一網打尽にしたというものです。本コラムでも取り上げているとおり、「テレグラム」や「シグナル」など通信内容の暗号化など秘匿性の高い通信アプリは、各国で薬物取引など犯罪の温床となっています。今回、FBIなどは「グリーンライト/トロイの盾」と名付けた作戦の一環として、2019年から通信アプリ「AN0M」を開発し運用、ANOMはイタリアのマフィアを含む100カ国300以上の犯罪組織が利用するまでに普及していたといいます。米欧豪などの警察当局は、暗号化された2,700万件のメッセージを解読、6月に入り16カ国700カ所を捜索し、コカインなどの違法薬物計32トンや250の武器、4,800万ドル(約52億3,200万円)相当の現金と暗号資産を押収したということです。本件について、2021年6月13日付日本経済新聞電において、以下のような評価がなされており、参考になりますので、抜粋して引用します。
また、もう一つ、米で驚くべきニュースがありました。米司法省は、米最大級のパイプラインがサイバー攻撃を受けて一時停止した問題で、運営会社コロニアル・パイプラインが暗号資産「ビットコイン」でハッカー集団に支払った身代金440万ドル(約4億8,000万円)の大半を押収したと発表したというものです。ダークサイドが仕掛けたサイバー攻撃には、データを勝手に暗号化し、その解除と引き換えに金銭を要求するランサムウエアと呼ばれるウイルスが使われました(これまで、インフラや製造業、ヘルスケア産業などでこれまでに90件を超える被害が確認されているといいます)が、同省が創設したランサムウエア専門の特別作業班による初めての作戦で暗号資産の差し押さえに成功したといいます。ビットコインは攻撃当時と比べて価格が下落しており、押収分は現在の価値で約230万ドル相当ということです。すでに指摘したとおり、ビットコインであるがゆえに、追跡が可能になったともいえ、「犯罪インフラ」の「犯罪摘発インフラ化」への転換が、さまざまなところで進展していくことを期待したいと思います。
さて、ランサムウエアによるサイバー攻撃の対象が拡大しており、被害を受けた企業は世界で累2,000社を突破したともいわれています。これまでは製造業が中心だったところ、企業が持つ個人情報や決済情報などを盗む手口が生まれたことで、小売りなどにも影響が広がっているといいます。ブラジルの食肉大手への攻撃では供給への世界的な影響が懸念されましたが、消費者に被害が及ぶ生活必需産業は圧力がかけやすく標的になっているということです。一般的には被害者が多い攻撃ほど企業が身代金を払う可能性が高く、特に市民や消費者に影響の大きい業種のリスクが増えていること、狙う業種を絞る必要がなくなり、あらゆる業種が標的となりうる状況であることに、今後注意していく必要があるといえます。なお、米司法省は、ランサムウエアによるサイバー攻撃に関する捜査の優先度をテロリズムと同等の水準に引き上げたということです。報道によれば、「ランサムウエアとデジタル恐喝による米国に対する脅威」が増大している例としてコロニアル・パイプラインに対する攻撃を挙げ、ランサムウエア攻撃に関する捜査を巡る情報は、このほどワシントンに新設されたタスクフォースで一元的に管理される必要があるとした上で「国内外のケースに関する捜査を必要に応じて結びつけ、国家と経済の安全保障に対する脅威を包括的に把握するために、一元的な内部追跡を強化しなくてはならない」としています。また、米ホワイトハウスのサイバーセキュリティ問題を担当するアン・ニューバーガー氏は、ランサムウエアによるサイバー攻撃の「脅威は深刻で、増大している」とし、企業の首脳や幹部に対しセキュリティ対策を強化するよう呼び掛けています。最近のサイバー攻撃が単なるデータ窃盗から中核事業の運営を混乱させるという脅威にシフトしつつあると指摘、バイデン大統領がサイバー攻撃への対応を優先課題に掲げているとしつつも、規模や所在地にかかわらず、いかなる企業も攻撃の標的となる可能性があるとし、民間部門にも攻撃を回避する重大な責任があると強調しています。さらに、レモンド米商務長官も、バイデン政権はランサムウエアによるサイバー犯罪を防ぐため、軍事的対応を含む「あらゆる選択肢」を検討していると述べています。最近の大規模サイバー攻撃の一部はロシアに本拠を置く集団によるものだったとみられており、バイデン政権はロシアに対して姿勢を硬化させていることから、同氏はサイバー攻撃の「影響、結果、あるいは報復の可能性について検討する際、われわれはいかなる選択肢も排除していない」と語ったということです。また、ブティジェッジ運輸長官は、コロニアル・パイプラインへの攻撃で民間企業へのハッキングが国家全体に影響を及ぼし得ることが明らかになったと指摘、「サイバーセキュリティの強さは最も弱い部分でしか測ることができない。これが、米国のサイバーセキュリティが脆弱な一因だ」と語っています。また、企業は標的になった場合は連邦政府に通報し、犯罪者に身代金を支払うべきではないと強調、一方で、バイデン政権あるいは議会が身代金の支払いの禁止に動くかどうかは不明だと続けています。
日本企業においてもランサムウエアによるサイバー攻撃被害が生じており、対策が急務となっています。残念ながら犯罪者の脅迫に屈する企業もあるのが実情で、クラウドストライクの調査では身代金を支払ったと回答した日本企業は32%に上り、平均支払額は117万ドル(約1億2,700万円)だったということです。一方、拒否した企業は実際にデータを闇サイトに暴露されることが多く、ゲーム大手カプコンを攻撃した犯罪者集団「RAGNARLOCKER」は、従業員のパスポートや社内メールなどとみられるデータを2020年11月に公開しました。ランサムウエアからの防御においては、データを暗号化される前に気づいて防御する必要があるところ、英サイバー対策企業ソフォスの2020年調査によれば、データを暗号化される被害を事前に防いだ日本の企業や組織は5%だけにとどまっていたということです。同じ調査で米国は25%が防いでいたことと比較すると、相当取組みに遅れが見られることが分かります。また、米サイバー対策企業タニウムの日本法人は、日本国内におけるランサムウエアの対策ソフトの導入状況に関する調査結果をまとめ、導入済みの企業は2割にとどまり、導入していても「効果が限定的」との回答が4割以上あったと発表しています。あらためて日本企業の備えが不十分な実態が浮き彫りになっています。なお、ランサムウエアによるサイバー攻撃によって身代金を支払ったのは日本企業に限った話ではなく、前述のとおり、コロニアル・パイプラインはダークサイドに440万ドル、ブラジルの食肉加工大手JBSは、米国拠点にサイバー攻撃を仕掛けたロシアのハッカー集団「レビル」に対し、1,100万ドル(約12億円)の身代金を支払っています。報道によれば、JBS米法人の首脳は、攻撃にともなう混乱が長引けば飲食店や畜産業者ら取引先への影響が広がる恐れがあったとして、「正しいことをした」と述べて身代金支払いを擁護しています。なお、攻撃発覚後、FBIに通報する一方、攻撃された情報システムの復元を進めたと説明、大半の工場が再稼働した後に「保険」として身代金を払ったと話しています。犯罪集団への資金の提供となる可能性と事業停止・事業再開遅延リスク、情報漏えいリスクなどの比較衡量となるとはいえ、代金支払いの判断は極めて困難を伴うものであり、やはり、そもそも情報漏えいリスクをどれだけ低減できるか、漏えいをどれだけ早く認知し初動で防げるか、バックアップをどの程度しっかり取っておくか、といったレベルから事前の段階で十分な備えを検討しておくことが重要だといえます。
なお、2021年6月8日付日本経済新聞によれば、セキュリティの専門家、例えば米クラウドストライクのヘンリーCSOは、「敵の能力が向上しており、私たちが直面しているリスクもどんどん厳しくなっている」として「プロアクティブ(先見的)でなければ対処できない。自分たちの環境を常に監視しつづけ、未来を見越して実際に攻撃が始まる前に予測することが重要」と述べています。また、サイバー攻撃の複雑さが高まっている状況をふまえ、従来の手法だけに頼らない対策を講じるよう呼びかけています。「以前と異なり、今は攻撃を受ければ数日から、場合によっては数カ月間にわたり業務を停止する状況になる。そうすればお金や顧客との関係、ブランドの評判を失うということになる」とも指摘しています。また、2021年5月21日付日本経済新聞にょれば、「伝説のハッカー」と呼ばれたケビン氏は、「現在のサイバー攻撃の多くはEメールから始まる。メールをきっかけにネットワークに侵入し国や企業の機密情報を盗み、最近ではランサムウエアで手っ取り早く金銭を脅し取ろうとする攻撃も多い」、「だましの手口は昔と比べても巧みになっている。例えば人間は同じような作業を繰り返す日常業務では、つい手抜きをしてしまいがちだ。慎重に物事を考える状態ではない。攻撃者は(偽メールの文面で)こうした思考に誘導しだましやすくしている。心理操作の技術が向上している」、「インターネットにつながっている限り、例外なく標的にされていると考えておくべきだ。(規模が小さいなど)攻撃者が興味を持つような業界ではないと思うこともあるかもしれないが、あたかもその企業から攻撃が仕掛けられたように見せかけ、踏み台とされてしまうこともある。対策が不十分な企業はまだ多く、通信履歴の記録や不審なプログラム検知の仕組みを用意すべきだ」と指摘しています。
先日、世界各地で、突然、メディアやインターネット通販のウェブサイトなどが一時的にアクセスできなくなった事案がありました。原因は、米IT企業「Fastly」が手がけるコンテンツ配信サービスの障害でした。インターネットのスムーズな利用を支えてきた「黒衣」のような仕組みだが、ひとたび障害が起きれば、ニュースや動画を見たり、ネット通販をしたりという普段の生活や、公的機関による情報発信がストップしてしまう、「1社依存リスク」の典型として限界が露呈しました。障害が長時間にわたれば、その影響は計り知れないものになることから、バグを100%排除することは難しく、今回のような問題が今後も起きる可能性は十分あると認識し、決済のような問題が生じたときに重大な影響を受ける分野で代替手段を確保する必要はあるといえます。
バミューダ諸島やバージン諸島など、課税逃れに使われてきた英領の「宝島」群が過去半世紀で最大の危機に瀕していると報じられています(2021年6月8日付ロイター)。G7の財務相会合が、課税逃れ防止の国際ルールで合意したためで、大英帝国の名残であるこうした島々は、富裕な中国政府関係者やロシアの新興財閥、西側企業、ヘッジファンドなどにより、納税額を減らす、あるいは完全に秘密を守るためのタックスヘイブン(租税回避地)として活用されてきた歴史があります。本コラムでも犯罪インフラの典型として取り上げてきましたが、企業や個人の課税逃れで失われている税収は世界全体で年間4,270億ドルにも上るといいます。このうち多国籍企業が利益をタックスヘイブンに移すことで発生した損失は約2,450億ドルで、富裕な個人の資産隠しによる損失は1,820億ドルだということです。G7財務相会合の公約が実現に移されれば、世界の隠匿利益の流れは20世紀の大英帝国崩壊以降、最も抜本的とも言える転換に直面する可能性があります。なお、英国海外領土はバミューダ諸島、バージン諸島、ケイマン諸島、ジブラルタル、タークス・カイコス諸島などで、世界に14カ所存在しており、企業の課税逃れを助長しているタックスヘイブンの上位3つをバージン諸島、ケイマン諸島、バミューダ諸島が占めています。関連して、そのタックスヘイブンを巡る国税当局の課税処分取り消しを求める訴訟で、企業側の敗訴が続いています(2021年5月21日付日本経済新聞)。2月にはサンリオ、3月にはみずほ銀行が東京地裁で敗訴しています。悪質な税逃れを行っていたわけではないものの、租税回避を防ぐ税制が適用されたものです。簡単に法人を作れるなど税以外の利点からも日本企業が租税回避地を利用する場面は多いところ、思わぬ税務リスクが膨らんだ形となっています。もはやタックスヘイブンに抱える利益が増えるほど、課税リスクも高まるといえ、専門家は、「タックスヘイブン対策税制は複雑で落とし穴が複数ある。企業は内部チェック体制を充実させるうえ、外部専門家のダブルチェックも経て、適切に税務処理をする必要がある」と指摘しています。一方、非営利の米報道機関プロパブリカは、米アマゾン・ドット・コム創業者のジェフ・ベゾス氏や著名投資家ウォーレン・バフェット氏ら米富裕層が、連邦所得税の納税を回避している実態を報じ、波紋を広げています。保有資産の価値増加に対する納税額が少なく、富裕層に有利な税制になっていると主張しています。プロパブリカは、富裕層の納税記録を独自に入手し分析、報道は公益に資すると説明している一方で、財務省などの当局は「機密情報の不正な開示は違法」として、情報流出に関する調査に着手したといいます。なお、上位25人の合計資産価値は2014年から5年間で、計4,010億ドル(約44兆円)増加したものの、連邦所得税の支払いは136憶ドルだけで「真の税率」は3.4%にすぎないと分析。平均的な中所得層は、同時期に自宅の価値の上昇分とほぼ同額の税金を納めていたといいます。
米国が人工知能(AI)に対する規制に本格的に乗り出しています。EUが4月に包括的な規制案を公表した一方で、米国は連邦取引委員会(FTC)が摘発に動いています。欧米で規制の動きが活発化していることで、規制強化が世界の潮流になる可能性が高く、各国の企業は対応を迫られることは必至です。報道(2021年6月9日付日本経済新聞)によれば、消費者を欺いたり、性別や人種間の差別につながる偏ったアルゴリズムのAIを開発、使用したりした企業を摘発するとし、すでにFTCは取り締まりに動いているといいます。顔認証サービスを提供するパラビジョン社に対し、データやアルゴリズムの削除を求め、5月に和解しています。同社は利用者から同意を得ないまま、顔画像を集めて顔認証用のAIを開発し、提供するアプリに標準機能として組み込んだことなどをFTCが問題視したとされます。開発企業だけでなく、AIを活用する企業も責任が問われる時代となっており、AIの活用法に問題がないか、アルゴリズムに問題がないか、開発に使ったデータにバイアスがないかなど、これからは、AIやデータの品質保証が欠かせず、外部の専門家による監査も必要になると考えられます。関連して、米グーグルのピチャイCEOは、開発が進む人工知能(AI)について、「各国政府は責任あるAI規制を作り上げる必要がある」と語り、気候変動対策で各国が合意したパリ協定のAI版のような、国際的なルール作りが必要だとの認識を示しています(2021年5月27日付朝日新聞)。同社がプライバシー保護対策を進化させる考えも強調しています。よく知られていますが、顔認識の際に人種や性別によって正確性に偏りがあるなど、差別を助長する危険性が問題になっています。EUは4月、主要国で初となるAIの利用に関する規制案を公表、顔認証を使った警察捜査や政府による個人の信用格付けなどを原則禁止とする内容となっており、ピチャイ氏は「欧州のAI規制を目にして、人々は我々と同じ次元で考えていると感じ、勇気づけられた」と語っています。
(6)誹謗中傷対策を巡る動向
本コラムでもたびたび取り上げている、プロレスラーの木村花さん(当時22)がSNSで誹謗中傷を受けた後に死去した問題で、母親の響子さんが、中傷の投稿をした長野県の男性に約294万円の損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁は、男性に約129万円を支払うよう命じる判決を言い渡しています。この問題で投稿者に賠償が命じられたのは初めてとなります。男性は答弁書を提出せず、口頭弁論を欠席、争う姿勢を示していなかったため、判決は響子さん側の主張通りに事実を認定、ただ、「不法行為の内容や態様などの事情を考慮すれば、精神的苦痛に対する慰謝料は50万円が相当だ」などとして賠償額を減らす内容となりました。また、本件に関連して、警視庁は、複数回の投稿があることで捜査対象に絞り込んだ7アカウントのうち5アカウントについて侮辱容疑での立件を見送りました。(すでに紹介した)書類送検した2人のケースを除き、他の投稿は全て5月22日午前0時に同罪の公訴時効を迎えたことによるものです。2021年5月23日付日本経済新聞によれば、一連の捜査は約300件あった書き込みの約9割が不問のまま終結したことになります。1年という時効の短さと情報開示を巡るSNS事業者の姿勢などが刑事責任を追及する上での壁となりました。なお、米ツイッター社に情報開示を求めたものの、同社は「緊急事案に該当しない」として照会に応じなかったといいます。一方、ツイッター社は規約などで、差し迫った危険を回避するために必要な情報は開示するとしていますが、「テロや殺人と違い、侮辱や名誉毀損についての照会に応じない」(捜査幹部)とされます。また、投稿履歴が一定期間後に自動で消えることが多いというSNSの匿名性も捜査の足かせとなったようです。記事の中で専門家が、「侮辱罪がネット上の中傷を想定していない。逃げ得を許さないための公訴時効の延長と、被害の未然防止のための罰則強化が有効なのではないか」と指摘していますが、「表現の自由」は守られるべきとはいえ、相手の人権を踏みにじってまで認められるべきものであるはずもなく、人権侵害であるものについては「に逃げ得を許さない」制度設計が必要だと考えます。
なお、全体的にみても、誹謗中傷の投稿は近年多発しており、救済の迅速化が大きな課題となっていることは論を俟ちません。総務省運営の「違法・有害情報相談センター」に寄せられた相談は2010年度に約1,300件だったところ、2015年度には約4倍に増え、その後も5,000件以上の高止まりが続いている状態です。また、IT企業20社が参加する一般社団法人「セーファーインターネット協会」の誹謗中傷ホットラインには、2020年6月からの半年間で約700人から相談があったといいます。同協会では、973件の投稿の削除を求め、うち8割超の836件で削除を確認したといいます。さらに、法務省は今年4月末、動画投稿サイト「ユーチューブ」の不適切動画について優先的に削除の審査が受けられるよう、運営元のグーグルと提携しています。日本の政府機関として「プラットフォーマー」と呼ばれる巨大IT企業と初の提携となりました。
最近では、新型コロナウイルスワクチンを巡り、政府はワクチンを推奨する一方、接種はあくまで自己判断との立場で、差別や強制をしないよう求めていますが、接種を迷う人に対する強制や、不利益を生じさせるような対応が複数起きていることが日弁連のまとめで分かったと報じられています。医療従事者が「打たなければクビ」と告げられたとの事例のほか、基礎疾患があり医師から接種を止められている自営業者が、近所の人に責められているという相談や、「近所の目が心配」と言う同調圧力の高まりがうかがえるものもあり、接種推進の陰に隠れた差別問題の実態が浮かび上がっています。関連して、12~15歳への新型コロナウイルスワクチン接種を始めた京都府伊根町に対し、接種に抗議する電話などが約140件寄せられ、同町は7日から問い合わせ窓口のコールセンターを停止しています。電話には脅迫めいた内容もあり、町は府警に相談しているといいます。報道によれば、7日朝から「子どもの接種をやめるべきだ」との電話が相次ぎ、3回線あるコールセンターを約30分で停止、電話は98件、メールが36件、ファクスが8件あり、多くが町外からで、「断固、反対」「殺すぞ」といった内容のほか、職員が30分近く対応したケースもあったほか、SNSで町の電話番号を記して抗議を促す書き込みもあったといいます。このような状況は、2019年の「表現の不自由展」問題と全く同じであり、同展の検証委員会では、「実際には作品を見ていない人たちの間で、批判や非難が広がり、それが大量の電凸に結びついた。抗議の数は、電話3,936件、メール6,050件、FAX393件の、合わせて10,379件に及び、今もダラダラ続いている状態」、「実際にかかってきた電話が4例、紹介された。職員に説明の暇を与えないほどしゃべり続ける女性、巻き舌で「日本国民をなめてる」「お前らバカじゃないか」とまくし立てる男性などの声が再生された」、「こうした電凸について、検証委は、SNSで断片的あるいは不正確な情報が流され、電凸マニュアルが拡散し、「抗議」が一種の「娯楽(祭り)」に転換することで起きた「ソフト・テロ」と位置づけた」としています(いずれも江川紹子氏コラム「「表現の不自由展」何が問題だったのか~検証委員会第2回会合を傍聴して」より)。反ワクチンを巡る今回の騒動も、コロナ禍によって、人々の間に不満や不安が渦巻き、断片的あるいは不正確な情報が拡散したり、陰謀論に基づく自らの正義を貫こうと、それが外に向かって発散されていく際に、「ソフト・テロ」のように一斉に「誹謗中傷」に走る状況が現出したものといえます。さまざまな形で立ち上がる誹謗中傷をなくすことは難しいものの、「ソフト・テロ」化のメカニズムをしっかり分析すること、電凸など「ソフト・テロ」に対する対処法を確立し準備しておくことの重要性を痛感させられます。そのような意味では、愛知県が、新型コロナウイルス感染症や同和問題などを巡るインターネット上の誹謗中傷をなくすため、差別を助長する書き込みに対するモニタリングを実施し、削除要請につなげると発表している点は注目されます。報道によれば、モニタリングの対象は新型コロナと同和問題のほか、外国人へのヘイトスピーチと障害者に関わる差別的な書き込みで、コンピューターシステムによるモニタリングを専門業者に委託、人権侵害にあたると判断した場合は、名古屋法務局を通してプロバイダーに削除を要請するというものです。また、千葉県では、SNSやインターネット掲示板で個人情報を漏らすなど、問題のある書き込みをした千葉県内の中学、高校、特別支援学校などの生徒が2020年度は1,014人(2019年度比▲1,535人)で、県が調査を始めた2011年度以降、最も少なかったことが判明したといいます。啓発活動に加え、新型コロナウイルスの影響で学校行事が減り、SNSへの投稿機会が減ったことなどが要因とみられる一方で、他人の個人情報公開や個人を特定した誹謗中傷などは増えている点が大きな課題です。ただし、特に問題のある書き込みが増加した要因として、これまでは県の専門職員が学校名を検索するなどの調査方法を取っていたところ、AIを活用する業者に委託したことで、これまで見つけられなかった書き込みの発見につながったからだとの分析もあります。いずれにせよ、このような試みが今後も試行錯誤しながら拡大していくことを期待したいと思います。
また、誹謗中傷を巡っては、最近は、東日本大震災の津波で犠牲になった宮城県石巻市立大川小の児童の遺族や池田小学校の児童殺傷事件の遺族に脅迫文を送りつけた男が逮捕された事件のように、再発防止や真相究明などを訴えて活動する事件・事故の遺族や被害者が、誹謗中傷される被害が後を絶たない点も気になります。インターネット上での悪質な書き込みが問題化する中、矛先が向かうことで、活動を萎縮させてしまう恐れもあり、「遺族や被害者らが世論を動かし、様々な制度改正を実現させてきた。活動を萎縮させる卑劣な行為を絶対に許してはならない。警察による摘発強化や厳罰化により、社会全体で守ることが重要だ」(2021年6月8日付読売新聞)との有識者の指摘は正に正鵠を射るものといえます。そして、コロナ禍では、それは、患者やその家族、医療関係者への差別、偏見、誹謗中傷という形で現れています。「感染を理由に解雇される」、「回復後も出社を拒否される」、「勤務先の病院で感染者が出たことで子どもの保育園の利用を拒否される」、「感染者が出た学校の学生の店の利用を断る」など理不尽とでも言える内容が多く、いわゆる「犠牲者非難(victim-blaming)」という誤った考え方が流布している現状に恐怖を覚えます。言い換えれば、「感染したのは、その人が一般的に期待される努力を怠ったから」、「感染したのは、その人の振る舞いが悪かったから」というもので、感染した個人や集団を過度にとがめるものですが、感染症はだれもがかかる可能性があり、自らの努力だけで100%コントロールすることは困難なものであり、差別の解消と根絶は、急いで解決すべき課題だといえます。
化粧品会社ディーエイチシー(DHC)が吉田嘉明会長名でウェブサイトに掲載していた在日コリアンを差別する内容の文章が削除されました。SNSで「ヘイトスピーチだ」と批判する投稿が相次ぎ、自治体が問題視する動きや実際に協定等の解消、不買運動も起きているところです。同社の製品をふるさと納税の返礼品としていたさいたま市は取り扱いを中止したほか、千葉県横芝光町や高知県南国市は同社と結んでいた連携協定を解消する方針を示しています。さらに、大阪市のNPO法人「多民族共生人権教育センター」などが4月、DHCの主要取引先32社に対し、DHCに謝罪を要請して取引停止などを求める要望書を送付、うち22社から回答を得たところ、「遺憾の意を伝えた」(JR西日本)「不適切で公式見解を求めた」(平和堂)など、7社が何らかの対応を取ったと回答したとようす。また、「社会性を著しく欠く」(キリン堂ホールディングス)などとして今後対応を検討すると答えた企業もあったということです。ウイグル問題や米におけるヘイトクライムなどの人権侵害の問題に端を発して、「人権デューデリジェンス」、「ビジネスと人権」の問題が企業にとっては極めて重要な課題となっています。そのような中、有名企業のトップが差別的文書を堂々と掲載している状況はもはや欧米では「一発アウト」であり、日本においても国際的な潮流をふまえた感覚をビジネスにおいてもバランスよく発揮していくことが求められていると認識する必要があります。
さて、国家首脳から市民まで様々な人が情報発信に使うSNSが、現代社会の重要な言論ツールとなる中、投稿内容の削除や監視は、SNS運営側のプラットフォーマーが担っていますが、今、その透明性と説明責任の確保が論争となっています。2021年5月31日付読売新聞によれば、米国で2000年に施行されたデジタルミレニアム著作権法(DMCA)について、「著作権を侵害する投稿がある」と申し立てを受けたSNS運営会社が、投稿を削除すれば法的責任が免除されることから、申し立ての真偽を確認する必要はなく、ツイッターは申し立てがあったアカウントを凍結しているといいます。この対応を悪用して、著作権侵害を受けたと虚偽の申し立てを行い、他人のアカウントを凍結させる嫌がらせが多発しているといいます。ツイッターは世界で年間150万のアカウントを凍結、FBは昨年、中傷と憎悪表現だけで9,550万件の投稿を削除した一方で、両社とも監視方法などを公開しておらず、政府もプラットフォーマーの自主的な対応に委ねている実態があります。そのような状況で、「悪用リスク」への対応が不十分になってしまっていることは大きな問題だといえ、より積極的な開示の姿勢や問題解決に向けた意気込みがプラットフォーマーには求められるようになるといえます。また、発信者情報開示制度が改正され、今後は発信者の特定が現行より容易になりますが、改正で誹謗中傷被害の抑止につながることが期待される一方で、乱用も懸念され始めています。例えば、政治家が自らを批判する投稿について、批判をやめさせる目的で開示を請求することも考えられますが、そのような場合にはプラットフォーマーにはより慎重な対応が求められるのは当然のことであり、社会もそれを漫然と許容してはならないと考えます。
その他、最近の誹謗中傷等を巡る報道から、いくつか紹介します。
- 企業に届いた匿名の脅迫メールを巡り、最高裁が地裁や高裁の判断を覆し、送信者情報の開示を認めない決定を出しています。報道によれば、今回の決定の背景には、メールがインターネット掲示板やSNSへの投稿と異なり、プロバイダー責任制限法で情報開示の対象になっていないことがあるといいます。同じネット上の行為でありながら、片方は「野放し」になりかねず、専門家からは法整備を求める声が上がっているといいます。決定によれば、「メールの利用者は、通信の秘密が守られているという信頼の下に送受信を行っており、そうした信頼は社会的に保護する必要性が高い」と指摘、「プロバイダーは特別の規定がない限り、メールの内容にかかわらず、送信者の情報を開示する義務を負わない」と結論付けたのですが、代理人弁護士は「匿名で脅迫メールを送りつける『権利』を保護したようなものだ」と批判しており、筆者としてもなかなか理解に苦しむ結果と受け止めています。
- 兵庫県丹波篠山市内の同和地区を撮影した動画がインターネットサイト「ニコニコ動画」で公開され、神戸地裁柏原かいばら支部がサイト運営会社「ドワンゴ」に対して動画の削除を命じる仮処分決定を出しています。部落解放同盟によると、部落差別に関する動画の削除を命じる仮処分は全国初ということです。報道によれば、動画は約20分で、地区内の住宅や公園などを映し、「差別地区を歩く」という趣旨の字幕を入れるなどしていたといいます。市と地区の当時の自治会長は昨年12月、「地区住民の名誉やプライバシーの侵害に当たる」などとして、ドワンゴを相手取り、削除を求める仮処分を申し立てていました。ドワンゴは同支部の決定を受け、動画を削除したものの、動画の投稿者は特定できておらず、市側は「他のサイトへの投稿が続くようなら、投稿者の特定も必要だ」としています(YouTubeやライブドアブログは本決定前には削除しています)。本件も、権利侵害、被る不利益の大きさ等に鑑みれば、妥当な対応ではないかと考えられます。願わくば、同社や同様のプラットフォーマーには、自主的に差別や誹謗中傷にあたる投稿等をモニタリングし、「場の健全性や透明性」を保つための事業者の責務として活動し、その是非を社会に問うていく仕組みや動きを期待していきたいところです。
- ハンセン病の全国13の国立療養所の入所者のうち、社会に残る偏見と差別などを理由に、4割近い380人が本名を伏せた生活を余儀なくされていることが朝日新聞のアンケートで分かったと報じられています(2021年6月6日付朝日新聞)。社会復帰した後に再入所した人は、少なくとも延べ313人いたといいます。アンケートでは、本名に戻せない理由について、「家族の結婚や就職差別への不安があるため」、「ふるさとがどこかさえ言えない人もいる」、「半世紀以上使ってなじんでしまい、いまさら本名に戻せない」などが挙げられ、予防法廃止後に再び入所した者には短期の入所も含むものの、多くは「高齢化して健康不安になっても病歴を伝えづらく、身近な病院に通えない」、「頼れる家族や親族がいない」、「高齢になり独居も不安」などで、社会での孤立が続く状況がうかがえる内容となっています。患者を強制的に隔離した「らい予防法」の廃止から25年、国の隔離政策の違憲性を認めた2001年の熊本地裁判決から20年を迎えたものの、長い隔離の末、社会でのつながりが断たれた結果、回復できない「被害」がいまなお続いているという大きな問題が明らかとなりました。表面的・形式的には解消されたと思われていた差別が、実際には今でもこれほどまでに強固な社会的分断を堅持している現実を私たちは受け止める必要があります。
- コロナ禍において、米国で増加したアジア系住民に対するヘイトクライム(憎悪犯罪。特定の人種・民族を標的とした暴力、脅迫など)は日本でも報じられ、注目を集めているのは確かですが、日本でも深刻な問題として捉える必要があります。川崎市での被害が立法事実とされたヘイトスピーチ解消法施行から6月3日で5年を迎えましたが、いまだに攻撃が続いているのが現状です(2021年6月2日付毎日新聞によれば、脅迫文書や爆破予告、ツイッターでの名誉棄損などの実態が挙げられています)。「公人が先頭に立って現場に行ったりヘイトクライムを許さないとの姿勢を明らかにしたりすることが、社会を変える力になる」、「解消法で止まらないどころか、ヘイトクライムという形で悪化して非常に危険な状態」、「死人が出ないと動かないのか」、「ヘイトクライムやヘイトスピーチは人間としての尊厳を根本的に踏みにじり、属性によって社会の一員と認めないものであり、深刻なものは犯罪として処罰すべき」といった関係者のコメントが痛烈に刺さります。
- 安全保障関連法制に反対した学生グループ「SEALDs」の元メンバー2人がSNS上で中傷されたとして、投稿した東京都の女性に損害賠償を求めた訴訟の判決が東京地裁でありました。裁判長は「臆測と強引な関連付けによって攻撃した色彩が強く悪質だ」として、計99万円の支払いを命じています。報道によれば、被告の女性は2016~18年、ツイッター上で原告らの実名をあげ「何をして金をもらっているのでしょう」、「享楽をするための報酬のためにデモしただけじゃん、嘘つき」などと投稿したといいます。判決は、政治的な言論について「批判的な立場からの自由な意見交換も保障されるべき」としながら、今回の投稿は真実性がなく、真実と信じる相当な理由も「被告独自の見方で解釈したにすぎず認められない」と判断しています。原告は「物言う若者をだまらせるために投稿された数多くの言葉の暴力にさらされてきた。ネットを使う人には、言葉にはパワーがあると知って責任を持ってほしい」と述べていますが、誹謗中傷にあたるものを「表現の自由」を主張するのであれば、その結果に対しても責任を負う覚悟も求めたいところです。
- 横浜市は、金沢区にある金沢公会堂の40代の男性館長が、公式ツイッターに区内で起きた死亡交通事故に関する不適切な投稿をしたと発表し、謝罪しています。報道によれば、同区は原因として、「投稿時の確認体制が不十分で、公共施設の公式ツイッターであることに対する意識が不足していた」ことを挙げています。
- 公開中のドキュメンタリー映画「狼をさがして」に対し、神奈川県内で右翼団体が上映中止を求めて映画館に押しかけるなどしています。4月下旬から上映中の横浜市の「横浜シネマリン」では右翼団体の街宣活動が相次ぎ、館内にも立ち入りましたが、同館は「暴力的、かつ的外れな抗議行動に決して屈することなく、上映を続けます」との声明を発表し、上映を続けています。一方、5月8日から公開予定だった神奈川県厚木市の映画館では、周辺での街宣活動の情報を受けて上映を中止、配給会社「太秦」によると、厚木付近で代わりとなる上映をすべく調整中だということです。
- SNSで飛び交う誹謗中傷の抑止を目指す一般社団法人「この指とめよう」が25日に発足した。2020年10月28日にスタートした、クラウドファンディングによるメッセージ広告から派生したプロジェクトで、2025年までに誹謗中傷のツイート件数を半減することを掲げるほか、啓発図書の児童図書認定にも取り組むとしています。具体的には、監視チームがSNSでの炎上や誹謗中傷が多く発生していると判断した場合、リアルタイムでバナー広告をTwitter上に配信するもので、主に想定しているのは人種や見た目、障害者などに対する差別全般で。他の誹謗中傷についても、アドバイザーらが協議して対処方法を判断するといいます。また、SNS上の誹謗中傷について知識や免疫がない未就学児や小中学生などを対象に、童話を基にした図書を作製。教育機関や出版社と提携し、図書は子どもたちに寄付するといいます。誹謗中傷を受けた人の心のケアや、発信者の情報開示や損害賠償を求める手続きをサポートするフローチャートも作り、ウェブサイトで無償で公開しています(なお、団体の代表については、子役俳優やアイドルグループを中傷する過去の不適切ツイートが明るみとなり、謝罪に追い込まれています)。
- 本コラムでも以前取り上げましたが、車いすユーザーが無人駅を利用した際の不便さを訴えたブログに対し、ネット上で大きな「炎上」が起きましたた。SNSには、女性を支持するハッシュタグができる一方、「駅員だって大変なのに」、「書き方がおかしい」といった批判が集まり、誹謗中傷は1カ月以上経っても続いているといいます。2021年6月6日付朝日新聞の記事で、有識者が「ネットには能動的な発信しかない。強い思いを持って『言いたい』人、極端な意見の人が発信する。『双方の意見も分かる』という中庸の人はなかなか書き込まないでしょう?」と述べていますが、正にそのとおりだと思いました(それがネットの限界だと言えなくもりません)。さらに、「特にSNSは自分と同じ意見の人をフォローすることで同様の声ばかりが反響する「エコーチェンバー」に陥りがちだ。「この問題の解決は、オープンなSNSでは難しい」「もしかしたら自分の情報は偏っているかもしれない、と考えることが大切」」などと指摘されていることは、正に正鵠を射るものだといえまず。一方で、そのような「極端な意見」から距離を置くことができる人は、そもそもネットやSNSの議論には積極的に関与しない現実もあり、ネットやSNSという「閉じた空間」だけでなく、リアルの空気感を感じつつ、両者の間で冷静にバランスをとっていくことができることが望ましいことだといえます。
- 陰謀論のファクトチェックに挑んだ毎日新聞の3回にわたる企画記事「陰謀論の思考とは」(2021年6月4日~6日)はなかなか興味深いものでした。ここでは、第3回の記事から、抜粋して引用します。自分たちこそが「真実」に覚醒していて、一般人は政府やメディアに繰られている「気づいていない人たち」と頑なに信じている人たちの思考が垣間見えること、その行動が時に危険をもたらしうることなど考えさせられることも多いものです。
- ファクトチェックの重要性が叫ばれる中、「事実」と「真実」の危うい関係についての考察「ウイルス流出説、政治に左右される「真実」」(2021年6月11日付日本経済新聞)もまた興味深い内容でしたので、以下、一部を抜粋して引用します。
- EUの行政を担う欧州委員会は、グーグルやFBなどのプラットフォーマーに向け、虚偽情報の排除を促すための指針を公表してます。2021年5月26日付朝日新聞によれば、配信を止めた広告主の情報の交換や、ファクトチェックの強化などを求める内容で、各社に対し、取り組みの方針を今年秋までに報告させることとしています。また、新型コロナウイルスの虚偽情報などが公衆衛生を脅かした、と欧州委は指摘し、大手とともに、新たに中小の広告企業やソーシャルメディア、ネット通販企業の取り組みも求めるものとなります。なお、欧州委の調査では、市民の83%が「虚偽情報で民主主義が脅かされている」と感じ、若い世代では63%が「週に1度はフェイクニュースに触れている」としているといいます。欧州委員(域内市場担当)は声明で「虚偽情報が収益源になってはならず、プラットフォーマーの強力な対応が必要だ」と述べています。
- FBは、トランプ前大統領のアカウント利用の停止措置を2年間とすると発表しています。連邦議会議事堂の一時占拠事件を受けて1月に講じた停止措置は、来秋の米中間選挙後の2023年1月まで続くことになります。報道によれば、FBは利用停止を「無期限」としてきましたが、(本コラムでも取り上げましたが)FBの投稿管理を審査する監督委員会が5月、「曖昧で、適切ではなかった」として再検討を求めていたものです。FBは今回、著名人が深刻な違反をした場合は2年間、投稿を制限できるとする新たな罰則規定を設け、これに基づき、トランプ氏への措置を決めています。なお、同監査委員会は、SNS企業は、規定に触れていたとしても政治家の投稿を「ニュース価値」があるとして看過することが多かったことをふまえ、全利用者に等しくルールを適用すべきだと勧告、ニュース価値よりも危害の深刻度を優先するよう提言した点が注目されてます。FBのザッカーバーグCEOは、私企業による政治家の投稿管理に慎重で、政治家による陰謀論などを第三者による事実確認の対象から外すなど、FBでは一般利用者の投稿とは取り扱いが異なっていたところ、大きな転換となります。なお、関連して、米南部フロリダ州ではSNSを運営する企業が州議会候補者らのアカウントを永久凍結した場合に罰金を科す法案に知事が署名しています。FBとツイッターが1月にトランプ前大統領のアカウントを凍結したことを受けた動きで、大手デジタルプラットフォーマーによる投稿の監視を規制する初めての州となります。同州の知事は、「差別的な検閲」を行うビッグテック企業が責任を問われるようになると説明しています。これまで本コラムでの取り上げてきたとおり、SNSの運営企業は1996年に成立した通信品位法230条で、利用者の投稿に対する責任を原則として問われずに済む一方、削除する権利も認められています。同州の法案では14日間までのアカウント停止やポリシー違反に該当する投稿の削除は認めるものの、運営企業には投稿を削除するかどうかを決める方法の明示を求めるほか、一定の規模を持つ報道機関のコンテンツを削除したり、優先的に表示したりすることも禁じています。共和党基盤の州で同様の規制の流れが波及する可能性も指摘されています。
- ナイジェリア政府は、ツイッターの同国内での利用を無期限に停止したと表明しています。ツイッターはブハリ大統領の投稿に問題があるとして削除し、アカウントを一時凍結したばかりで、これに対する報復の可能性があります。報道によれば、政府は公式には「ナイジェリアを弱体化させる活動に使われている」ことがツイッター利用停止の理由だと説明しています。ツイッターは、ブハリ大統領が政府施設に対する襲撃事件について、特定民族の集団による犯行と断定するような投稿をしたとして問題視、「攻撃的な行為」を禁じる利用規約への違反と判断しています。
- 9月に下院選を控えたロシアで、反政権派ナバリヌイ陣営の候補者の被選挙権を剥奪できるようにする法整備が急ピッチで進んでおり、過去にSNSで「いいね」をしただけでも違法とされかねない内容で、政権を支持しない幅広い候補が排除される可能性があります。正に「ありえない」手段で政敵を強引に排除していく姿勢に、心底恐怖を覚えます。なお、同じくロシアでは、通信規制当局が米IT企業各社に罰金を科すよう求めている行政訴訟で、モスクワの裁判所が、各社が露国内法に違法する情報の削除義務に違反したとする当局側の主張を認め、FB社に計2,600万ルーブル(3,850万円)、グーグル社に計600万ルーブル(891万円)の罰金支払いを命じています。また、これに先立つ4月には、同様の訴訟でツイッター社に罰金計890万ルーブル(1,300万円)の支払いが命じられています。インターネットの発達でプーチン政権のプロパガンダを担ってきたテレビの影響力が低下する中、政権は米IT企業が情報を通じて内政に干渉しているとみて規制強化を進めており、今回の訴訟もこうした圧力の一環とみられています。前述した政治手法同様、言論の自由も表現の自由も著しく制限されているロシアの状況には危惧を覚えます。
- 新型コロナウイルスの爆発的感染拡大がなかなか収まらないインドにおいて、インド政府は、ソーシャルメディアの運営会社に「インド変異型」と言及した全ての投稿を削除するよう要請しています。通達では「WHOは『インド変異型』という表現を使っていない」と理由を挙げていますが、国のイメージを損なう懸念が背景にあると考えられています。インド警察が与党(BJP)幹部による投稿の扱いを巡って米ツイッターのオフィスを訪れた問題で、同社は、現地スタッフの安全に懸念を示しています。報道によれば、ツイッターは警察の行動には直接言及せず、「(サービス)利用規約の実行に対し警察が脅迫的な手段を用いることについて、インドをはじめ世界中の人々と共に懸念を抱いている」と表明しています。問題となっているのは、新型コロナウイルス感染拡大への対応で政府の失敗を強調した文書をBJPの幹部がツイッター上で公開したもので、与党側は最大野党の国民会議派がこの文書を作成したと主張していますが、野党側はねつ造されたものと非難、ツイッターは一部の投稿に操作されたメディアのラベルを付けたものです。
(7)その他のトピックス
①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向
中央銀行デジタル通貨(CBDC)を巡る議論や動向が活発化しています。まず日本については、自民党の金融調査会が、CBDCについて、実現の可能性や制度設計で一定の結論を政府・日銀に求める提言案をまとめ、政府がまとめた経済財政運営の基本方針「骨太の方針」などにも反映されることとなりました(骨太の方針2021【第2章 次なる時代をリードする新たな成長の源泉~4つの原動力と基盤づくり~】において、「CBDCについて、政府・日銀は、2022年度中までに行う概念実証の結果を踏まえ、制度設計の大枠を整理し、パイロット実験や発行の実現可能性・法制面の検討を進める。」との言及がなされています)。これまでCBDCについては、日銀は「現時点で発行する計画はない」と説明していますが、4月に実証実験を始めるなど、将来の環境変化に対応できるよう準備は進めている状況です。後述するとおり、世界的に見ても、中国や英国、スウェーデンなどの中央銀行が、金融システムの近代化、暗号通貨による影響回避、国内外決済の迅速化を目的にデジタル通貨の開発を検討しているほか、一部の国では発行が始まっています。なお、国際決済銀行(BIS)が今年1月公表した調査によると、世界全人口の2割をカバーする地域の中銀が今後3年以内にCBDCを発行する可能性が高いということです。
次にアジア圏については、中国のデジタル人民元が実証実験を着実に進めているほか、香港金融管理局(HKMA、中央銀行に相当)は、中国のデジタル人民元と香港域内の決済ネットワークを連携させる実証試験を実施すると発表しています。香港ではデジタル人民元の越境決済に関する実証試験も行われており、今回の試験は第2段となります。携帯電話を通じて香港域内の決済に使用されている高速決済システムにデジタル人民元をどのように組み込むかを検討することになります。また、HKMAは、デジタル香港ドル発行に関する文書を12カ月以内に公表すると発表しています。潜在的な使用事例やデータの気密性、AML/CFTなどが検討される見込みです。また、韓国銀行(中央銀行)は、デジタル通貨の試験プラットフォームを構築するための技術サプライヤーを選定すると発表しています。韓国銀行は、CBDCをテスト環境で立ち上げ、その実用性を調査するため、公開入札を通じてパートナー業者を選ぶと説明、韓国では初の試みとなります。さらに、インドネシア銀行(中央銀行)のペリー総裁は、将来的にCBDCの発行を計画していると明らかにしています。具体的な発行時期については言及しなかったものの、CBDCについて「法的支払いの手段となる」と表明、研究が進められている英国、中国、日本などを念頭に、他国で使われているCBDCに関する技術やサービス基盤(プラットフォーム)を参考にしていることも明らかにしています。インドネシア政府はデジタル経済を推進しており、5月には同国の配車サービス大手ゴジェックとソフトバンクグループが出資するインターネット通販大手トコペディアが経営統合を発表するなど、デジタル決済の普及がさらに進む見通しとなっています。
次に欧州を中心に確認します。イングランド銀行(英中央銀行)は、暗号資産の一種で法定通貨を裏付け資産とするステーブルコインが普及した場合、「ステーブルコインが通貨と同じように使われれば、市中銀行が扱う貨幣と同様の基準を満たす必要がある」として、現在銀行が手掛けている決済と同様の規制が必要になるとの見解を示しています。また、英中銀がCBDCを発行するかどうかはまだ決定していないとも明らかにしています。報道によれば、英中銀は国内銀行に個人預金として預けられている資金の5分の1が新たな形態のデジタル通貨に置き換わるケースをモデルとして検討した結果、市中銀行は流動性比率を維持するためにバランスシートを調整する必要が生じるほか、銀行の資金調達コストが増加し貸出金利の上昇につながると予想しました。さらに、一部の借り手はノンバンクによる融資のほうが有利になる可能性があるものの、貸出金利や信用供与への全体的な影響は「比較的小さい」と結論付けたようです。また、欧州中央銀行(ECB)は、ECBが発行するCBDCである「デジタルユーロ」の導入により、決済や貯蓄が容易になり、ユーロの国際的な地位の向上につながるとの認識を示しています。ユーロ圏経済の健全性と規模の方が重要ではあるものの、デジタルユーロはユーロの魅力を高める可能性があると指摘、「安全性、低い取引コスト、バンドル効果は通貨の国際的な導入を容易にする可能性がある」としています。また「透明性や選択的プライバシーにより、より優れたコンプライアンスや顧客確認が可能となり、不正な支払いの流れをコントロールすることができる」として、「このような保護措置によってデジタルユーロの評価と信頼性が高まる」と結論付けています。ただし、ECBはデジタルユーロ導入を正式に決定しておらず、4~5年は導入されない見込みです。さらに、ロシア中央銀行のナビウリナ総裁は、デジタル形式の国家通貨に対する需要があるとして、2022年にデジタルルーブルの試行を開始する方針を明らかにしています。ロシアは個人や企業の決済を促進し、西側諸国による制裁に直面する中で自国通貨の利用を世界で広めるため、既存の現金・非現金ルーブルに加えて、デジタルルーブルの導入に取り組んでいるとされます。一方、カナダ銀行(中央銀行)のレーン副総裁は、同中銀がデジタル通貨の機能など具体的な条件の検討に差し掛かっているとしつつも、現時点で「発行を正当化する確固たる根拠はない」との認識を示しています。カナダ中銀は現金に近いCBDCの開発を進めており、必要が生じれば、発行も可能な状況にあるといいます。カナダでの現金利用量の急減や、ハイテク大手が暗号資産を発行し急速に普及させる可能性など、カナダ中銀によるデジタル通貨発行を後押しし得る要因を注視しているとしています。また、暗号資産ビットコインは現時点で「主に投機的な資産」として利用されているとの見方も示しています。
最後に米については、特に米連邦準備制度理事会(FRB)を巡る動向が注目されます。直近では、FRBのブレイナード理事は、消費者によるデジタル決済の利用が拡大し、各国政府が独自のデジタル通貨の開発を押し進める中、FRBはデジタル通貨「デジタルドル」の開発に向け調査などの取り組みを強化していると述べました。デジタルドルなどCBDCについて「不正防止や基準作りで国際協力が求められる」との考えを示しています。さらに、外国が発行するデジタル通貨の影響力拡大への懸念も表明、デジタル人民元の実用化を目指す中国が念頭にあるとみられています。また、同氏は、特定の国家がCBDCを発行し「国境をまたぐ取引の主要な支払い手段になれば、世界に大きな影響を与えかねない」と指摘、、民間企業によるデジタル決済の選択肢が増えることで、決済システムが「分断化」され、摩擦が生じて一部の消費者が締め出される恐れがあるとも警告、米政府が包括的で安全なデジタル通貨の導入を進めるためには、政策面での主要な課題と技術的な問題に対応する必要があるとしたほか、家計のプライバシーを保護しつつ、不正行為を防止するデジタル通貨を開発するために、政策当局者はバランスを取る必要があること、「米国が国際基準の議論に参加することは不可欠だ」としています。このように、米がCBDCにかなり前向きになってきたこの背景について、同氏は、「いつでも銀行口座にアクセスできるようにするという課題への幅広い解決策の一部になり得る」として、すべての人に金融サービスを行き渡らせる「金融包摂」を高める可能性を強調しています。なお、同氏は「米国では5.4%の世帯が銀行口座を持っていない」とい、新型コロナウイルス対策で現金給付などの政策を実施するのに時間がかかったことなどから、「金融包摂」を重視する姿勢を示しています。なお、同氏の発表に先立ち、FRBは、CBDCを巡り、利点やリスクに関する見解をまとめた報告書を今夏に公表すると発表しています。米国内での議論を促し、「デジタルドル」発行の可能性を探る考えと見られています。FRBのパウエル議長は「CBDCの発行を進めるかどうかを決定する前に、幅広い意見を聞くことを約束する」、「我々が最終的に(発行の可否について)どのような結論を出すにせよ、CBDCを巡る国際的な標準の策定にあたり、主導的な役割を果たすつもりだ」と述べています。FRBはこれまでCBDCの研究を強化してきたものの、早期発行には慎重な姿勢を示してきました。実際、パウエル氏はこの日も「金融の安定性や消費者保護、プライバシーなど考慮すべきことがあり、慎重な検討と分析が必要だ」と述べ、「CBDCは現金や預金の代替ではなく、補完として機能することが重要だ」とも述べています。さらに同氏は、「我々の焦点は安全で効率的な決済システムの確保だ」と強調、中銀が独占的に発行する法定通貨の枠外で勢いを増してきたビットコインなどの暗号資産について、「便利な決済手段としては機能していない」と言及、法定通貨を裏付けにする「ステーブルコイン」に対しても「利用者や金融システムにリスクをもたらしうる」との懸念を改めて示しています。とはいえ、数日後のブレイナード理事の発表で、その姿勢を前向きなものに舵を切ってきたことになります。そしてその背後にあるのは、昨今のビットコインなど暗号資産のボラティリティの高さから支払い手段としての有用性の限界が露呈したこと、これまで見てきたとおり、中国をはじめ、主要各国がCBDCの導入に向けた本格的な検討を開始しているという世界的な潮流があるのは間違いなさそうです。
次に暗号資産を巡る動向について概観したいと思います。ビットコインをはじめとして投機対象としての暗号資産はいまだ存在感はありますが、世界的には「規制強化」の方向に確実に舵を切っている状況だといえます。5月中旬に中国人民銀行(中央銀行)が金融機関に暗号資産を決済に利用しないよう警告しました。今回は2017年に出された前回の規制に比べて禁止されたサービスの範囲が非常に広く、「暗号資産には実物資産の価値による裏付けがない」と断じたほか、金融機関が暗号資産を受け入れたり、支払いや決済の手段に利用することを禁じると明確にしています。金融機関は暗号資産を人民元や外国通貨と交換するサービスも提供できないことになります。さらに金融機関は暗号資産について、貯蓄、信託、担保差し入れなどのサービスを提供することや、暗号資産関連の金融商品を組成することが禁じられました。また信託やファンド商品が暗号資産を投資対象として利用することも禁じられました。また、銀行や決済企業は暗号資産取引が絡む資金の流れの監視態勢を強化し、リスクの特定で協力を深めることも求められることとなります。さらには、中国のある地方政府は住民に、暗号資産のマイニング作業を発見したら電話で緊急通報するよう呼びかけているとも報じられています。直近では、ビットコインのマイニング(採掘)や取引を取り締まる中、中国版ツイッター「微博(ウェイボ)」上で、暗号資産関連アカウントが相次いでブロックされ、当該アカウントが「法規則に違反している」というメッセージが表示されているといいます。中国での違法な暗号資産関連活動を刑法により直接的に結び付けるなど、さらなる取り締まり強化が予想されるといいます。専門家はまた、中国の最高裁判所が近く、暗号資産のマイニング・取引事業を同国の刑法と関連付ける司法解釈を示す可能性にも言及、そうした司法解釈によって、ビットコイン取引を「違法事業」として明確に特定できなかった法律上の曖昧さが解消されると指摘しています。
一方、前述のとおり、FRBを含む複数の中銀はCBDCを開発中で、CBDCが誕生すれば、決済スピードなど今の暗号資産が抱えるメリットの一部は価値を失うことになります。さらには、米税務当局は今後、暗号資産取引への課税を強化するとも発表しています。ECBもビットコインのマイニングによる莫大なエネルギー消費の事実(全世界でビットコインのマイニングに消費される電力は、パキスタンの全電力消費量を上回るといいます)を指摘したように、CO2排出の観点から暗号資産を問題視する向きも強まっている状況にあります。これらをふまえて、ECBは明確に、暗号資産は決済に広くは使われておらず、ユーロ圏の金融機関も暗号資産をほとんど保有していないので「現時点の金融システムに及ぼすリスクは極めて低い」と断じたほか、ベイリー総裁に至っては、「暗号資産に本質的価値はない」、「有り金をすべて失う用意があるなら買えばいい」とさえ述べています。FRBも「暗号資産の下落が金融システムを揺るがすと考えるべき理由は見当たらない」、セントルイス連銀も「暗号資産は経済に浸透するほど普及していない」などと述べています。つまり、2021年5月28日付日本経済新聞で総括されているとおり、「中銀と規制当局が仮想通貨を規制しようと考え、実際に規制し始めたら、仮想通貨の価値は大幅に下落することになり、一部の保有者は巨額の損失を被るだろう。だが大損をした人々は、自分たちは何も警告を受けなかったとはもはや文句は言えないのだ」ということになります。中央集権型への反発という革新性を有して人気を集めた暗号資産は、ほかならぬ中央集権型といえるCBDCに今後取って代わられる存在であり、CBDCの発展や健全性等を阻害する要因、AML/CFTや気候変動リスクの観点からの脆弱性を有している限り、規制が強化されていく位置づけとなりました。なお、米では、金融システムの安定を脅かすリスクを重視するほか、暗号資産が脱税やマネー・ローンダリングに悪用されることを警戒、米財務省は、1万ドル(約110万円)相当以上の暗号資産を送金する場合、内国歳入庁(IRS)への報告を義務づける方針を発表、暗号資産が事業所得の一部として今後10年間で重要性を増す可能性があるとしつつも、「脱税などの違法行為を助長しており、重大な問題だ」と指摘しています。
そのような中、バーゼル銀行監督委員会(金融機関を対象とした国際的なルールを協議・決定し、継続的な協力を行うためにG10諸国の中央銀行総裁会議での合意によって創設された機関)は新型コロナウイルス感染症の銀行への影響について議論し、金融危機後の規制改革を評価し、暗号資産に係る市中協議の実施に合意したとして文書を公表しています。銀行による暗号資産の保有を規制するもので、保有する暗号資産の額に応じて資本の大幅な積み増しを求める内容となっています。実際に導入されれば、銀行は暗号資産への投資などに動きにくくなります。存在感を強める暗号資産への警戒が各国当局の間で強まっていますが、バーゼル委が規制案をまとめたのは、暗号資産やそれに関連する金融サービスの拡大が、「資本要件を導入しなければ、詐欺やサイバー攻撃、マネー・ローンダリングを通して、金融の安定性への懸念を引き起こし、銀行が直面するリスクを拡大しかねない」とみているためです。銀行による保有は今のところ限られているが、金融監督上の新たな「保守的」なルールを整える必要があると判断したものです。なお、2021年6月11日付ロイターによれば、バーゼル委員会は、暗号資産を2グループに分けることを提案、1つ目は、トークン化された伝統的資産とステーブルコインで、これらは債券や融資、預り金、株式と同様に既存の規制が適用されるとしています。第2のグループは、ビットコインなどの暗号通貨で、新たな「保守的で慎重な扱い」が必要となります。バーゼル委員会は、暗号資産が急速に展開していることを踏まえると、最終規制を公表する前に、資本要件についてさらなる公の協議を設ける可能性が高いとしています。なお、CBDCは規制の対象とはなっていません。
▼金融庁 バーゼル銀行監督委員会による議事要旨の公表について
▼議事要旨(仮訳)
- バーゼル銀行監督委員会(以下「バーゼル委」)は、新型コロナウイルス感染症の銀行システムに対するリスクについて議論し、引当実務についてレビューし、資本及び流動性バッファーの利用の重要性を強調。
- コロナ禍におけるバーゼル枠組みの影響を評価した中間報告書のレビューを実施。
- 暗号資産エクスポージャーに係るプルデンシャルな取扱いに関する市中協議の実施に合意。
- バーゼル委は2021年6月4日に会議を開催し、新型コロナウイルス感染症の銀行システムに対するリスクについて状況把握(ストックテイク)を行うとともに、政策及び監督上の取組みについて議論した。
- 新型コロナウイルス感染症のリスクと脆弱性
- 不均衡な回復と不確実なグローバル経済環境の下、銀行及び監督当局は、更なるリスクと脆弱性に対して、引き続き警戒しなければならない。バーゼル委は、銀行がショックを吸収し、信用力の高い家計や企業への貸出を維持するために、バーゼルⅢの資本及び流動性バッファーを活用すべきというガイダンスを改めて表明する。メンバーは、最近最終化されたオペレーショナル・レジリエンス及びオペレーショナル・リスクのための諸原則に沿って、銀行がオペレーショナル・レジリエンスを強化することが重要であると強調した。バーゼル委はまた、パンデミック期間中の銀行の引当実務について議論した。バーゼル委は、これらの実務を引き続きモニターし、国際的な会計・監査基準設定主体や監査法人と積極的に関わっていく。より一般的には、バーゼル委メンバーは、バーゼル枠組みに対する一時的な調整が、その全体的な目的と整合的であり、かつ余裕を持って解除されることを確保するために、こうした調整に関する意見交換やモニタリングを継続する。
- 金融危機後の規制改革の影響評価
- バーゼル委は、実施されたバーゼルⅢ基準のパンデミック期間中の影響について予備的な評価を与える報告書をレビューした。この中間報告書は、金融危機後の規制改革の影響評価に関するバーゼル委のより広範な作業計画の一部である。同報告書は7月に公表される予定であり、その調査結果の諸要素は、G20財務大臣・中央銀行総裁に提出される、新型コロナウイルス感染症から得られた金融安定上の教訓に関する金融安定理事会(FSB)の中間報告書に含まれることになる。
- 暗号資産
- バーゼル委は、暗号資産に関連する市場の発展と、銀行の暗号資産エクスポージャーに係るプルデンシャルな取扱いを策定するための次のステップについて議論した。銀行の暗号資産へのエクスポージャーは現在のところ限定的である一方、具体的なプルデンシャルな取扱いがない場合には、一部の銀行における関心の高まりに伴って、暗号資産と関連サービスの継続的な規模の拡大及び革新が、世界的な金融安定性に対する懸念と銀行システムに対するリスクを増大させる可能性がある。
- バーゼル委は、銀行の暗号資産へのエクスポージャーに係るプルデンシャルな取扱いのデザインについて、外部関係者の見解を求めるための市中協議を行うことに合意した。これは、以前のディスカッション・ペーパー、広範な関係者からのコメント、及び他のグローバルなフォーラムや基準設定主体で進行中の取組みを踏まえている。同市中協議文書は今週公表される
その他、暗号資産を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 中米エルサルバドルのブケレ大統領は、暗号資産の代表格といえるビットコインを政府が法的に認める法定通貨にする考えを示しました。実現すれば世界初とみられます。報道によれば、国民の約7割は銀行口座を持っておらず、同国は国内総生産(GDP)の2割を海外の出稼ぎ労働者からの送金が占める送金依存の国家であり、ネット環境さえあれば送金できる利便性から今回の検討に至ったようです。なお、これまで同様、米ドルも法定通貨として存続させると指摘、ビットコインの使用は任意であり、利用者にリスクをもたらすことはないとしています。一方、これまで取り上げてきたとおり、暗号資産は利便性が高い半面、価格が不安定なほか、政府や中央銀行による管理が届かない恐れがあるほか、同国企業との取引などに影響が出る可能性も懸念されています。報道(2021年6月8日付日本経済新聞)によれば、日本暗号資産ビジネス協会長は、「ビットコインの存在感の膨張から考えればいずれ起きるかも、との期待はあったが、犯罪発生率の高い国で資金洗浄などに使われると悪いイメージを与えかねない」と指摘しており、正にそのとおりかと思います。
- 国際通貨基金(IMF)は、中米エルサルバドルが世界で初めてビットコインの法定通貨採用を承認したことについて、経済・法律面で多くの懸念があると発表しています。IMFのライス報道官は「ビットコインの法定通貨採用は、マクロ経済、金融、法律上の多くの問題を提起し、非常に慎重な分析を必要とする」と指摘、「われわれは動向を注視し、当局との協議を継続する」としています。
- 国内上場企業で、暗号資産に投資する動きが出ています。2021年6月7日付日本経済新聞によれば、直近の決算期では16社に上っているといいます。暗号資産交換業やゲーム会社、飲食店の運営企業が名を連ね、合計の評価益・売却益は約30億円とのことです。これまでの指摘のとおり、ビットコインは価格変動が激しく、企業によっては財務への影響が無視できず、厳しいリスク管理が求められることになります。暗号資産の保有にあたっては株主に対する説明責任を果たす必要があるといえます。
- 米燃料パイプラインのサイバー攻撃の身代金支払いでビットコインが使われたことを受け、米政府が暗号資産への規制を強化するとの見方が投資家心理を冷やしています。FBIは複数のビットコインの取引履歴から、身代金支払いに使われたビットコインの一部の流れを突き止めて差し押さえたと発表しています。「秘密鍵」と呼ばれるパスワードも把握し、残りの資産も回収する見通しだといい、米政府の発表は「多くの悪質なプレーヤーをおびえさせ、ビットコインの保有から撤退させている」とも指摘されています(2021年6月9日付日本経済新聞)。今回のFBIの迅速な動きは、追跡不可能という性質を称賛してきた暗号通貨支持者にとっては真逆の結果となりました。犯罪の裏社会の資金として注目されたことで、暗号資産はますます規制強化の対象となる可能性があると見られています。言い換えれば、当初はその匿名性の高さから「犯罪インフラ化」が深刻化しましたが、最近では、KYCやAML/CFT規制を受け容れ、技術的基盤のブロックチェーンを解析することで犯罪対策に貢献し始めたという側面もあります。技術革新の恩恵は生活インフラと犯罪インフラの双方に等しくもたらされるところ、犯罪者が悪用を進め、犯罪インフラ化が進むほど、他ならぬその技術が自らの摘発リスクを高めることに直結していくことになります。(ビットコインの革新性からみれば不本意かもしれませんが)摘発する側、悪用リスクを排除すべき私たちとしては、その循環に期待したいところです。
- カナダ銀行(中央銀行)は5月に公表した金融システム年次点検報告で、暗号資産の価格変動の大きさが決済手段としての幅広い利用を阻んでいるとの見解を示しています。ただ、暗号資産市場の急速な発達はカナダの金融システムに脆弱性をもたらしつつあるとしています。中銀は暗号資産市場を注視する姿勢を示し、関心は広がっているものの、ビットコインなどの暗号資産は本質的な価値を捉えるのが難しいため、高リスクであることに変わりはないと指摘、「投機的需要に起因する価格のボラティリティは決済手段として暗号資産が広く受け入れられるのを阻む重大な障害に依然なっている」としています。
- 消費者庁は、USBメモリーの販売預託商法を展開し、特定商取引法違反で消費者庁から業務停止命令(2年)を受けたVISION社が「ピクセル&プレス」という別会社を名乗って勧誘を続けているとして、消費者安全法に基づき社名を公表しています。「魅力的な取引に見えるが、破綻リスクは非常に高い」と改めて注意を呼び掛けています。なお、これまでは現金振り込みだったが、「日本円、暗号資産で受け取ることができます」と明記されており、ここでも犯罪に悪用されていることが明らかになりました。同社関係者によると、会社側は暗号資産の名称を「ヴィカシー」と呼び、会員に「日本円への交換もできる」と説明しているということです。一方、ヴィカシーは国内の交換業者では取り扱いがなく、同社も交換業の登録をしていないとみられることから、継続的に換金できるかどうかは不透明な状況です。消費者庁は同社が今年2月までの1年5カ月間で674億円を集金しており、破綻すれば巨額の消費者被害になる恐れがあるとも警告しています。暗号資産がこのような形で犯罪に悪用されていることも十分認識しておく必要があるといえます。
②IRカジノ/依存症を巡る動向
カジノを中核とする統合型リゾート(IR)を巡り、収賄罪と組織犯罪処罰法違反(証人等買収)に問われて公判中の秋元司・衆院議員について、東京地裁は、保釈を認める決定をしています(保釈保証金は8,000万円。検察側は地裁の決定を不服として東京高裁に抗告するも、東京高裁も東京地裁の決定を支持)。本コラムでもその動向を追っていますが、秋元被告は2019年12月、IR汚職事件で東京地検特捜部に逮捕さ、起訴後の2020年2月には3,000万円の保釈保証金を納付し、1度目の保釈が認められたものの、保釈中の2020年8月、贈賄側の中国企業「500.com」の元顧問2人(有罪確定)に対する証人買収事件で再び逮捕され、東京地裁が2020年9月、保釈の取り消しと保証金全額の没収を決定しています。なお、報道によれば、東京地裁で始まった被告人質問では、2017年9月の衆院解散当日に現金300万円を渡したとする贈賄側の説明に「全く理解できない。疑問と怒りがある」と反論、300万円は「受け取っていない」と改めて授受を否定しています。一方、保釈中に元顧問2人に虚偽の証言をする報酬として計2,500万円の現金提供を持ちかけたとする組織犯罪処罰法違反(証人等買収)については、知人を介して贈賄側に接触したことは認め、「保釈条件違反になることは分かっていた」としたが、「真実を追究したい思いが強かった」と述べ、虚偽の証言をさせる意図はなかったとしています。また、被告と共謀したとして収賄罪に問われた元政策秘書も、賄賂を受け取った日として検察側が主張する2017年9月の衆院解散当日に「贈賄側と会った記憶はない」、「50万円をもらったならば、さすがに忘れるわけがない。秋元先生は事務所にいなかったと思う」と説明、秋元被告らと共有するスケジュール帳には元顧問2人との面会予定の記載はなかったと主張しています(なお、元秘書は捜査段階で収賄容疑を認める供述をしていたものの、初公判で無罪主張に転じています)。
さて、IRの誘致を巡り、自治体の事業者選定プロセスが進み始めています。まず、横浜市は、2グループが応募のための資格審査を通過、2グループのうち、1グループはシンガポールでカジノを運営するゲンティン・シンガポールを代表とするグループであることを公表しています。6月11日を締め切りとしていた提案審査書類については両グループから提出があったといい、ゲンティンを代表とするグループは、大林組、鹿島、セガサミーホールディングス、ALSOK、竹中工務店の5社が構成員として参加するということです。もう1グループについては、マカオでカジノを運営するメルコリゾーツ&エンターテインメント中心のグループとみられるところ、横浜市は応募社が公表を希望していないため、非公表としています(なお、応募が予想されていた、中国・マカオでカジノを運営するギャラクシー・エンターテインメントは、応募を見送っています。理由は説明されていませんが、日本の他都市での参画を模索するといいます。報道によれば、同社のフランシス・ルイ副会長は声明で「熟慮の結果、参加見送りを決めた。持続可能な世界水準のIRを日本に造り上げるという目標達成のため、対話を継続していく」と述べています)。今後、横浜市は最大でこの2グループから事業計画の提案を受け、今夏ごろに事業予定者を決める流れとなりますが、8月には横浜市長選が予定されており、IRの是非が大きな争点になるのは確実な情勢です。本コラムでもたびたび取り上げているとおり、IRをめぐっては、経済界に景気の起爆剤として期待する声がある一方、ギャンブル依存症や治安悪化、市のイメージダウンなどを心配し反対する声も根強く、反対運動が強力に推進されるなど、今後の動向が注目されるところです。とりわけ、反対派のドンでもある藤木幸夫氏が会長を務める「横浜港ハーバーリゾート協会」も活動を活発化させている点が懸念されます。
また、和歌山県については、前回の本コラム(暴排トピックス2021年5月号)において、「事業者として有力視されていたサンシティグループ(マカオ)が撤退すると発表しています。サンシティは、ベトナムやロシアなどで複数のIRを運営しており、富裕層をカジノに呼び込んで接待する「ジャンケット」(仲介業者)としても知られています。同社代表は、「新型コロナによる業界への影響と世界中の企業における不確実性は長期にわたり続く恐れがある。日本のIR区域認定手続きは当初よりも大幅に時間を要すると想定され、多くの事柄が不透明であることなど、事業者としてのリスクを鑑み決断した」とコメントを出しましたが、撤退の理由として、マネー・ローンダリングに関与した疑惑が生じたこともあるようです。報道によれば、オーストラリアのカジノ管理機関が今年2月に公表した報告書で、同社の顧客がカジノでマネロンをしたなどと指摘されたといいます。同社は「現地政府の厳格な監督管理のもと現地の法律を適正に遵守して運営されている」などと声明を発表、さらに同社は「反社会的勢力と一切関与していない」などと声明を出していますが、疑惑はぬぐえず、和歌山県の事業者選定が難航していたようです。なお、残り1社の候補についても、県は事業者として選定しないことがあり得ると説明しており、誘致計画を大きく見直す可能性が出てきています。」と紹介しましたが、その後、県は、運営事業者にカナダのIR投資会社のグループ会社「クレアベストニームベンチャーズ」を選定しました。これにより、和歌山県と同社は2022年4月下旬までに区域整備計画を国に提出し、選ばれれば2026年春ごろまでに和歌山市毛見の人工島「和歌山マリーナシティ」でのIR開業を目指すことになります。
なお、海外の動向としては、米大手カジノ企業、ラスベガス・サンズが、マカオでの営業免許取得を巡り契約違反があったとして元パートナーから120億ドル規模の賠償訴訟を起こされていると報じられています(2021年6月9日付ロイター)。間もなくマカオの裁判所で審理が始まるといい、訴状によると2001年に同社はアジアン・アメリカンと共同でマカオのカジノ営業免許を申請、しかし手続き中に、サンズは、パートナーを香港のギャラクシー・エンターテインメントに変更、サンズ・ギャラクシー組は10年あまり前に営業免許を取得したもので、サンズは2007年からアジアン・アメリカンとの係争に入っています。なお、アジアン・アメリカンは最初、米国で提訴したものの、その訴訟が退けられた後、2012年にマカオで提訴したものです。
③犯罪統計資料
令和3年1~4月の犯罪統計資料が警察庁から公表されていますので、紹介します。
▼警察庁 犯罪統計資料(令和3年1~4月分)
令和3年1~4月の刑法犯総数について、認知件数は180,159件(前年同期209,098件、前年同期比▲13.8%)、検挙件数は85,153件(87,586件、▲2.8%)、検挙率は47.3%(41.9%、+5.4P)と、認知件数・検挙件数ともに減少傾向が継続している点が特徴です。なお、刑法犯全体の7割を占める窃盗犯の認知件数は121,196件(146,875件、▲17.5%)、検挙件数は52,582件(54,655件、▲3.6%)、検挙率は43.5%(37.2%、+6.3P)、うち万引きの認知件数は29,747件(29,064件、+2.3%)、検挙件数は21,043件(20,559件、+1.9%)、検挙率は70.7%(71.1%、▲0.4P)、知能犯の認知件数は11,229件(10,782件、+3.3%)、検挙件数は5,818件(5,550件、+4.8%)、検挙率は51.8%(51.0%、+0.8)、詐欺の認知件数は10,213件(9,741件、+4.8%)、検挙件数は4,964件(4,709件、+5.4%)、検挙率は48.6%(48.3%、+0.3P)などとなっています。刑法犯全体の認知件数・検挙件数が減少傾向の中、万引きと知能犯、詐欺については増加しており、ともに注意が必要な状況です。
また、特別法犯総数については、検挙件数は検挙件数は検挙件数は21,758件(21,129件、+3.0%)、検挙人員は17,987人(17,786人、+1.1%)と昨年は検挙件数・検挙人員ともに微減となったものの、反転して増加傾向を示している点が特徴的です。犯罪類型別では、1,738件(2,033件、▲14.5%)、検挙人員は1,266人(1,451人、▲12.7%)、ストーカー規制法違反の検挙件数じゃ306件(295件、+3.7%)、検挙人員は254人(232人、+9.5%)、貸金業法違反の検挙件数は27件(36件、▲25.0%)、検挙人員は22人(21人、+4.8%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は724件(886件、▲18.3%)、検挙人員は575人(738人、▲22.1%)、不正アクセス禁止法違反の検挙件数は76件(210件、▲63.8%)、検挙人員は35人(40人、▲12.5%)、不正競争防止法違反の検挙件数は27件(28件、▲3.6%)、検挙人員は22人(32人、▲31.3%)などとなっています。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は256件(274件、▲6.6%)、検挙人員は152人(143人、+6.3%)、大麻取締法違反の検挙件数は1,919件(1,621件、+18.4%)、検挙人員は1,543人(1,354人、+14.0%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は3,350件(3,241件、+3.4%)、検挙人員は2,238人(2,285人、▲2.1%)などとなっており、覚せい剤事犯と大麻事犯の検挙件数は前年に比べても大きく増加傾向を示しており、深刻な状況だといえます。また、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯国籍別検挙人員については、総数192人(168人、+14.3%)、ベトナム56人(19人、+194.7%)、中国31人(33人、▲6.1%)、ブラジル15人(19人、▲21.1%)、フィリピン11人(7人、+57.1%)などとなっています。
一方、暴力団犯罪(刑法犯)罪種別検挙件数・人員対前年比較の刑法犯総数については、検挙件数総数は3,599件(3,515件、+2.4%)、検挙人員総数は1,935人(2,175人、▲11.0%)と昨年1年間の傾向から一転して、検挙件数は増加に転じてい点が特徴です。以前の本コラム(暴排トピックス2021年3月号)では、「基礎疾患を抱え高齢化が顕著に進行している暴力団員のコロナ禍の行動様式として、検挙されない(検挙されにくい)活動実態にあったといえます」と指摘しましたが、ここにきて活動が活発化している可能性を示すともいえ、今後の動向に注意する必要がありそうです。犯罪類型別では、暴行の検挙件数は221件(262人、▲15.6%)、検挙人員は210人(255人、▲17.6%)、傷害の検挙件数は331件(437件、▲24.3%)、検挙人員は407人(507人、▲19.7%)、脅迫の検挙件数は109件(121件、▲9.9%)、検挙人員は107人(111人、▲3.6%)、恐喝の検挙件数は117件(117件、±0%)、検挙人員は140人(142人、▲1.4%)、窃盗犯の認知件数は1,843件(1,583件、+16.4%)、検挙人員は298人(316人、▲5.7%)、詐欺の検挙件数は481件(466件、+3.2%)、検挙人員は353人(362人、▲2.5%)などとなっています。とりわけ、全体の傾向と同様、窃盗、詐欺については、昨年はコロナ禍の影響で大きく減少したところ、一転して大きく増加傾向を示している点は注意が必要だといえます。さらに、暴力団犯罪(特別法犯)主要法令別検挙件数・人員対前年比較の特別法犯総数について、検挙件数総数は1,994件(2,177件、▲8.4%)、検挙人員総数は1,342人(1,599人、▲16.1%)とこちらは昨年1年間の傾向同様、減少傾向が続いていることが分かります。犯罪類型別では、暴排条例違反の検挙件数は10件(25件、▲3.6%)、60.0%)、検挙人員は32人(58人、▲44.8%)、銃刀法違反の検挙件数は27件(41件、▲34.1%)、検挙人員は20人(29人、▲31.0%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は38件(50件、▲24.0%)、検挙人員は10人(18人、▲44.4%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は1,327件(1,419件、▲6.5%)、検挙人員は848人(986人、▲14.0%)などとなっており、薬物事犯全体が大きく増加している中、暴力団犯罪については引き続き減少傾向を示している点が特徴的だといえます。
(8)北朝鮮リスクを巡る動向
長引く国際社会による経済制裁と、やはり長引くコロナ禍(と国境封鎖)、そして度重なる自然災害という「三重苦」に苦しむ北朝鮮ですが、5月31日に閉幕したWHO年次総会で、北朝鮮は途上国への新型コロナウイルスワクチンの供給が遅れていることについて「一部国家が必要以上に確保し、不公平な事態を招いている」と批判する声明を発表しています。北朝鮮はワクチンを共同購入して途上国にも分配する国際的枠組み「COVAX」を通じ、5月までに約170万回分のワクチン供給を受ける予定になっていたところ、遅れが生じています。さらに、北朝鮮は、特許を一時放棄することでワクチン供給を増やす政策に反対する意見が出ていることについて、「国家の利己主義」だとして非難、WHOに「差別なく治療が受けられる公正な世界を実現するよう努力を傾けるべきだ」と訴えています。三重苦のうちコロナ禍を収束させる手段としてワクチンを重要視していることを示すものと言えそうです。さて、コロナ禍に関連して、国際オリンピック委員会(IOC)は、北朝鮮に割り当てられた東京五輪の出場枠を他国に再配分すると発表しています。報道によれば、IOCの担当責任者は、北朝鮮側が新型コロナウイルスへの懸念を理由に4月に不参加を決めていたものの、「IOCへの正式な通知はなく、こちらからできる限りの対応を申し出るなど何度も協議を重ねてきた」と説明、その上で「北朝鮮の出場枠を他国の選手に振り替えざるを得ないと判断した」と述べ、北朝鮮の不参加が事実上確定したことになります。北朝鮮は1964年東京五輪も不参加で、夏季大会での参加見送りは1988年ソウル五輪以来、33年ぶりとなります。また、韓国の政府系シンクタンク、韓国開発研究院は、北朝鮮の昨年の穀物生産量が推定で440万トンと、年間の需要量575万トンに対して135万トン不足すると発表しています。昨年の天候不良や災害に加え、コロナ防疫のための中朝国境封鎖や経済制裁が重なる「三重苦」で、肥料や農業資材が足りないことも響いているようです。報道によれば、同院は、今年の輸入や国際社会の支援が例年と同じ規模で進むと仮定しても不足量は70万~100万トンに及ぶと分析、「北朝鮮が自ら解決できる範囲を超えている」とし、中朝国境封鎖を解除して貿易の再開や中国からの支援が必要になるとの見方を示しています。ただ、防疫態勢が整わない北朝鮮にとって封鎖解除は現実的でなく、中国からの支援がカギになると考えられます。
さて、北朝鮮が、今年1月の第8回朝鮮労働党大会以降、党規約から金正恩党総書記の祖父、金日成や父、金正日の名前を大幅に削除する一方、党中央委員会に「第1書記」のポストを新設するなど大幅な改正を加えていたことが判明し、さまざまな憶測を呼んでいます。そもそもこの肩書は正恩氏が指導者就任後、一時使用していたもので、3代世襲の正恩氏が、先代や先々代の威光に頼ることなく「独り立ち」し、幹部らに権限を委任できるほど権力を掌握した証しとみられています。なお、規約に新たに設けられた「第1書記」は、金正恩総書記に何かが起こった場合に「代理人」を置くための備えとの見方、正恩氏が業務負担を減らし、自身は重要な政策決定に集中するためとの見方などがあります。とりわけ、最高指導者の権限を代行できる総書記の「代理人」と位置づけられ、金正恩総書記に次ぐ公式のナンバー2も意味、韓国の複数の専門家は、正恩氏が万一の事態に、妹の金与正党副部長が第1書記に就き、一時後継者役を担う可能性があるとの分析が有力のようです。いずれにせよ、「唯一指導」の名の下、最高指導者のみに絶対権力を付与してきた北朝鮮でナンバー2の役職が正式に設けられるのは極めて異例のことといえます(最近、約1カ月ぶりに公の場に姿を見せた正恩氏が、写真や映像から大幅に体重が減ったとみられることが注目を集めています。米国や韓国では、肥満で知られる金氏がダイエットした可能性のほか、健康問題との関連性も指摘されています。金氏は昨年来、地方視察や国政の指揮の一部を側近らに任せ、自らは党の会議での方針決定に注力、「第1書記」の設置もそうした文脈で捉えることが自然かと思われます。ただ、業務負担の軽減や新型コロナウイルス対策のためともみられる一方で、健康管理と関連している可能性も考えられるところです)。なお、党規約の改正については、これまで「日本軍国主義の再侵(略)策動を潰し~」という表現がありましたが、改正で「日本軍国主義」の表現も消えたといいます。報道で専門家が、「いつかは日朝国交正常化交渉につながるという肯定的な面があるのかもしれない」とも指摘した点は興味深いところです。
直近では、北朝鮮の朝鮮労働党中央委員会政治局会議が開催され、金総書記が司会し、今年上半期の主要政策の執行状況について、「多くの挑戦と制約を受けているが、党と人民の自力更生の闘争気風で、多くの事業が将来を見通して促進されている」と総括したと報じられています(5月21日の米韓首脳会談に関する言及はなかったようです)。その後、党中央委員会幹部や地方幹部を集めた協議会も平壌で開かれ、党中央委員会総会をふまえ、金総書記が「国家経済事業と人民生活安定の実質的転換に向けた構想」を表明したようです(あわせて、「高度の射撃準備完了態勢を徹底して堅持しなければならない」と指示したとも報じられています)。報道によれば、総会開催は今年2月以来となり、バイデン米政権が4月に対北朝鮮政策の見直しを終え、非核化に向けた対話を呼び掛けているところ、総会で対外方針が示されるかどうかも焦点となります。なお、北朝鮮政府が「情報産業省」を新たに設置したとみられることも、朝鮮労働党機関紙、労働新聞の報道で判明しています。IT分野をはじめとして科学技術強化に力を入れる金総書記の意向を反映している可能性があります。本コラムでたびたび指摘しているとおり、北朝鮮はIT分野の人材を国内の経済建設に加え、海外派遣やサイバー攻撃による外貨稼ぎに利用している実態があります。また、今年4月には最高人民会議(国会)常任委員会総会がソフトウエア開発促進のため「ソフトウエア保護法」を採択するという動きもありました。
さて、バイデン米大統領が次期在韓米軍司令官に指名したポール・ラカメラ陸軍大将が、上院軍事委員会の公聴会で、北朝鮮の金正恩総書記が核実験や大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射実験に踏み切る可能性を警告しています。同氏は「米国から譲歩や制裁解除を引き出すため、緊張を高めようとしているかもしれない」と懸念を示したほか、経済制裁だけでは北朝鮮は対話のテーブルに戻ってこないとの認識を示し、「常時訓練された信用ある戦闘部隊を維持するのが不可欠だ」と指摘しています。すでにバイデン米政権は歴代米政権の検証を踏まえ「緻密かつ現実的なアプローチ」で対北朝鮮政策を進める方針を示していますが、あらためて対北朝鮮政策をめぐり日米や日米韓で緊密に連携していく姿勢を明確にしています。また、加藤官房長官も、米韓両国首脳が会談し北朝鮮情勢への「深い懸念」で一致したことに関し、「北朝鮮対応をはじめとする地域の安定のため、引き続き日米韓3カ国で連携したい」と述べています。関連して、米国のシャーマン国務副長官は、バイデン大統領が朝鮮半島問題の専門家で国務次官補代行を務めていたソン・キム氏を北朝鮮担当特使に起用したことに関して、「北朝鮮と対話する用意があり、準備ができているというシグナルだ」と述べています。さらにシャーマン氏は、バイデン政権が北朝鮮問題への対応で日本や韓国などと連携していることをふまえ、「朝鮮半島の非核化という最終目的に向かって前進するために取り組む」と強調、「北朝鮮が対話を始めることを望んでいる」と語り、非核化に向けた米朝協議の再開に意欲を示しています。一方で、米韓首脳会談で、バイデン氏は記者会見で「国務長官ら交渉チームが北朝鮮側と協議し、交渉の道筋の大枠が見えてこない限り、首脳会談は行わない」と明言、北朝鮮が完全な非核化に向けた工程表を示さない限り、北朝鮮の金総書記には会わないとくぎを刺しています。さらに、共同声明では「国連安全保障理事会決議の完全な履行」がうたわれており、米側の慎重な姿勢が目立つ形となっています。それを受けて、韓国が北朝鮮に対し南北対話の再開を呼び掛けたものの、北朝鮮は、バイデン政権が対北経済制裁を解除する見通しがないことを理由に消極的な態度を見せたということです。さらには、北朝鮮の朝鮮中央通信が5月31日になって、(5月22日に開催された)米韓首脳会談について、「米国が我々への圧力を強めようとすることは、停戦状態にある朝鮮半島をさらに不安定化させる失策だ」との論評を出しました。首脳会談では、射程を800キロメートルに制限していた韓国のミサイル開発に関する指針の撤廃を決めましたが、撤廃について、「故意的な敵対行為」とし、「(米韓の)侵略の野望が明確になった」と非難する内容となっています。
また、ロシアのプーチン大統領は、核・ミサイル開発を進める北朝鮮について「北朝鮮を窒息させたり、さらなる制裁を科したりする方法で問題解決を図るべきではない」と述べ、同国の安全を保障する条件づくりが必要だとの認識を示しています。報道によれば、プーチン氏は、ロシアは大量破壊兵器の拡散には断固として反対だと強調、その立場は「北朝鮮側も知っている」と述べています。その上で「皆で北朝鮮問題の最適な解決法を見つけたい」と述べ、多国間の経済協力も手段になり得るとしています。ロシアは北朝鮮の伝統的な友好国であり、国連安全保障理事会でも北朝鮮擁護の姿勢を示しています。北朝鮮を巡る動向については、日米韓の連携に加え、ロシアがどのように振る舞うかも今後のキーとなりそうです。
3.暴排条例等の状況
(1)暴排条例に基づく勧告事例(愛知県)
暴力団事務所に防犯カメラなどを取り付けたとして、神奈川県警暴力団対策課は、神奈川県公安委員会が神奈川県暴排条例に基づき、東京都の防犯カメラ販売工事事業を営む経営者の男性に利益供与をしないよう、また稲川会系組幹部に利益供与を受けないよう、それぞれ勧告したと発表しています。報道によれば、男性と男に面識はなく、男が事業者のホームページを見て、工事を依頼したといい、男性は今年3月上旬から下旬にかけて、事務所に防犯カメラ4台などを取り付ける工事を行い、代金として男から計約30万円を受け取っていたということです。神奈川県警の警察官がパトロールしていた際、暴力団事務所で工事が行われているのを発見したといいます。報道からこれ以上の詳細な状況は分かりませんが、勧告を受けた事業者は、暴力団事務所関係の工事であると「知って」(情を知りながら)、業務を提供したことが推測されます。
▼神奈川県暴排条例
神奈川県暴排条例においては、事業者に対して第23条(利益供与等の禁止)第2項「事業者は、その事業に関し、次に掲げる行為をしてはならない」として、「(5)正当な理由なく現に暴力団事務所の用に供されている建築物(現に暴力団事務所の用に供されている部分に限る。)の増築、改築又は修繕を請け負うこと。」が明記されており、本件はこれに抵触したものと考えられます。そして、暴力団員については、第24条(利益受供与等の禁止)「暴力団員等又は暴力団経営支配法人等は、情を知って、前条第1項若しくは第2項の規定に違反することとなる行為の相手方となり、又は当該暴力団員等が指定したものを同条第1項若しくは第2項の規定に違反することとなる行為の相手方とさせてはならない。」に違反したものと考えられます。そのうえで、、第28条(勧告)「公安委員会は、第23条第1項若しくは第2項、第24条第1項、第25条第2項、第26条第2項又は第26条の2第1項若しくは第2項の規定に違反する行為があった場合において、当該行為が暴力団排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、公安委員会規則で定めるところにより、当該行為をした者に対し、必要な勧告をすることができる」との規定により、事業者および暴力団員の双方に対して勧告がなされたものと考えられます。
(2)暴力団対策法に基づく再発防止命令発出事例(東京都)
宝飾店に正月飾り代名目でみかじめ料を要求したとして、東京都公安委員会は、松葉会系組幹部に対し、暴力団対策法に基づく再発防止命令を発出しています。報道によれば、同幹部は「新型コロナで(店が)大変な時期なので、みかじめ料を取れなかった。せめて年末の飾り代くらいはほしかった」などと話しているといいます。具体的には、昨年末、葛飾区の宝飾店に「今年もいつものお願いしますよ」などと言ってしめ飾りを売りつけ、代金として現金1万5,000円を受け取ったとされ、他にも飲食店2店舗から、みかじめ料を集めたとして今年2月に中止命令を受けています。警視庁は、幹部が所属する組が宝飾店から30年以上にわたってみかじめ料を受け取っていたと見ているということです。
▼暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律
暴力団対策法では、第11条(暴力的要求行為等に対する措置)第2項において、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をした場合において、当該指定暴力団員が更に反復して当該暴力的要求行為と類似の暴力的要求行為をするおそれがあると認めるときは、当該指定暴力団員に対し、一年を超えない範囲内で期間を定めて、暴力的要求行為が行われることを防止するために必要な事項を命ずることができる。」と定められており、行為が繰り返されるのを防ぐために予防的に禁止する措置である「再発防止命令」が発出されたものとなります。
(3)暴力団対策法に基づく再発防止命令発出事例(兵庫県)
兵庫県公安委員会は、暴力団組員の脱退を妨害する恐れがあるとして、絆会系組長に、暴力団対策法に基づく再発防止命令を発出しています。報道によれば、昨年2月、神戸市長田区内で組を脱退しようとした男性に対し「飛んだら追い込みをかける」などと脅迫、今年2月にも別の男性組員に同市西区内で「身内のところに行って詰めなあかん」などと脅して脱退を妨害し、いずれも所轄署長から中止命令を受けていたものです。なお、男性組員2人は組離脱の意思を示しており、県警は脱退を支援する方針だということです。なお、暴力団対策法では、第16条(加入の強要等の禁止)第2項で「前項に規定するもののほか、指定暴力団員は、人を威迫して、その者を指定暴力団等に加入することを強要し、若しくは勧誘し、又はその者が指定暴力団等から脱退することを妨害してはならない。」と定めており、脱退を妨害する行為が禁止されています。