暴排トピックス

取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人

パトカー 画像
【もくじ】―――――――――――――――――――――――――
1.暴排条例10年~成果と課題
2.最近のトピックス
(1)AML/CFTを巡る動向
(2)特殊詐欺を巡る動向
(3)薬物を巡る動向
(4)テロリスクを巡る動向
(5)犯罪インフラを巡る動向
(6)誹謗中傷対策を巡る動向
(7)その他のトピックス
・中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向
・IRカジノ/依存症を巡る動向
・犯罪統計資料
(8)北朝鮮リスクを巡る動向
3.暴排条例等の状況
(1)暴排条例の改正動向(福岡県)
(2)暴排条例に基づく勧告事例(埼玉県)

1.暴排条例10年~成果と課題

社会と暴力団との関係を断つことをめざす暴力団排除条例(暴排条例)が47都道府県すべてで成立してから、この10月で10年が経過しました。この10年の間に、六代目山口組が「3つの山口組」に分裂する騒動があり、工藤会に対する頂上作戦の実施から同会トップへの福岡地裁の死刑判決が出されるなど、暴力団を取り巻く状況も大きく変化しました。その中で、暴排条例により暴力団への包囲網は確実に強まり、彼らの資金獲得活動が急激に細った(そこにコロナ禍が追い打ちをかけた)ことが最大の変化であり、成果だといえます。結果として、暴力団構成員・準構成員はこの10年で3分の1にまで減少しました。報道によれば、捜査現場では、暴力団の活動実態が見えにくくなったとの声もあり、ある警察幹部によると、組事務所を捜索しても、組員の名札など、組織の全容を示すような資料は置いていないのが普通だといい、幹部は「実際の組員らの数は警察が把握しているより多いはずだ」と指摘しており、「暴力団のマフィア化」が確実に進展していることがうかがえる一方で、数字だけからはうかがえない、こうした点は今後注意していく必要があります。一方で、このような急激な変化に伴い、組を離れた人たちの受け皿作り(暴力団離脱者支援)も大きな課題となっています。大阪府の暴力追放推進センター(暴追センター)では2011年4月の府暴排条例施行以来、元組員に対して5件の就労支援をしたといいます。せっかく受け入れ先が決まっても、就労初日から出勤しなかったり、1日出勤しただけで連絡が途絶えたりしたことがあったといい、担当者は「一般社会のルールになじんで就労を継続することには難しさがある」と話しているといいます。また、全国唯一の特定危険指定暴力団「工藤会」の壊滅を目指す「頂上作戦」で、福岡県警が、取り締まりとともに力を入れているのが組員の離脱支援であり、2014年9月の頂上作戦開始から11日で7年を迎え、2015年以降に県警が支援して就労した工藤会の元組員らは28人を数えます。一方で、元組員を雇用した際に支給金が出る県の雇用給付金制度の「協賛企業」は、2016年の制度開始から400社近くに拡大しています。実際に元組員の男性を雇用する社長は制度が始まった直後に手を挙げたところ、「元組員を雇って大丈夫か?」などと当初は周囲から心配されたといいますが、男性の真面目な仕事ぶりにその目も変わったということです。がむしゃらに仕事に打ち込む姿に「信じることが大切」と痛感し、社長は男性以外にも元組員を雇うことを決めたといいます。一方、県警が支援した工藤会を含む暴力団の就労者数は2018年の19人をピークに伸び悩んでいる現状もあります。2020年は新型コロナウイルスの感染拡大の影響で企業面接が進まなかったこともあり10人にとどまっています。協賛企業の職種は建設業が中心で離脱者のニーズと合わないケースもあり、受け入れ先の確保は喫緊の課題となっているといいます。SDGs全盛の折、「誰ひとり取り残されない社会」を目指すということは、「社会的包摂」にしっかり取り組むことでもあります。暴力団離脱者や再犯防止に取り組む犯罪者、薬物事犯者など、「強く更生したいと願う」のであれば、それを受け容れる社会を創り出すことが今後の社会のあり方のひとつとして問われているといえます。「社会的包摂」が表面的な取組みに堕してしまえば、それは彼らに再度「ドロップアウト」させることを意味し、「元暴アウトロー」(廣末登氏)や「再犯者」「薬物常習者」として、社会不安の増大要因を創り出してしまうことをも意味します。企業の暴排・反社リスク対策の取組みの定着など暴排条例の10年がもたらしたものは大変大きいですが、「暴力団離脱者支援」に社会全体で取り組むことが、これからの10年の大きな課題の一つだと考えます。そして、前回の本コラム(暴排トピックス2021年9月号)で指摘した「反社リスク対策における実効性の確保」(「形式」的なものから、いかに「実効性」を高めていくかという「本気の取り組み」へのギアチェンジ)もまた、これからの10年で大きく進展することを期待したいと思います。

神戸山口組から飛び出し、独立組織となった五代目山健組が、正式に六代目山口組に復帰しました。報道によれば、山健組の名跡はそのまま存続し、拘留中の中田浩司組長は「幹部」という役職名のポストを与えられるといいます。裏切った神戸の中核組織が厚遇されて出戻ることは、通常はありえないことだといえます。その背景にどのような深謀遠慮があるのかが、この状況を読み解くポイントとなります。

そもそも山健組の転機は2020年の夏であり、山健組はこの頃に分裂騒動に発展したとされます。兵庫県警の関係者によれば、「警察の規制強化や、コロナ禍での資金繰りの悪化でどの組も本音では抗争どころではないが、井上氏は多額の上納金にあえぐ傘下組織の窮状もどこ吹く風。幹部が井上氏に引退を迫る場面もあったが拒否。古参の組長らも愛想を尽かした」というのが内幕とされます。中田組長一派は、神戸山口組から離脱し独立組織となる意向を示した一方、神戸山口組への残留を訴える幹部もいたといいます。2020年7月、兵庫県内の喫茶店に山健組傘下組織の組長が集結、神戸残留派が途中退席したところで、この場はそのまま、独立組織となった山健組の「決起集会」に変わったということです。山健組の分裂は決定的となり、山健組は神戸残留派を、神戸山口組は山健組を、それぞれ処分しています。その後、抗争相手だった六代目山口組は、独立組織となった山健組に接近、2021年8月下旬には山陰地方で幹部同士が会談し、六代目山口組への合流が話し合われたとみられています。なお、今回の山健組の動きを受け、兵庫県警は情報を詳しく精査した上で(偽装分裂の可能性を排除していないとも考えられます)、山健組を「六代目山口組傘下組織」として再定義するか検討することになります。「神戸山口組傘下」からそのまま「六代目山口組傘下」への変更となれば、事務所使用禁止などの規制も引き続き切れ目なく行えるものと考えられます。

神戸山口組は、六代目山口組から分裂して約6年が経過した今、離脱者が相次ぎ、脱退時の勢いはありません。13団体の組織トップは、いずれも六代目山口組から絶縁(最も重い処分で組から縁を切られる)、破門(やはり縁を切られるが復縁の可能性もある)の処分を受けましたが、今、残っているのは井上邦雄組長、入江禎副組長(二代目宅見組)、寺岡修若頭(侠友会)、宮下和美舎弟頭補佐(二代目西脇組)、清崎達也幹部(四代目大門会)の5名だけという状況です。その後、新たな舎弟・直参を加え14団体となっているものの、勢力減は否めません。2017年には、若頭代行の織田絆誠氏が離脱し任侠山口組(現・絆會)を結成しましたが、今回、五代目山健組の離脱が決定しました。山健組の中田浩司組長は、2019年8月、神戸市内で発生した三代目弘道会系組員への銃撃事件の実行犯として逮捕、起訴され拘留中で、中田組長は、拘置所のなかから「六代目山口組に復帰し、自分は幹部となる」という組員宛の手紙を出し、9月16日の五代目山健組会合で公表されたといいます。約1年前、既に中田組長は、神戸山口組を離脱、単独組織としていました。そもそも六代目山口組分裂自体、神戸に本拠を置く山健組と名古屋を本拠とする弘道会の勢力争いを背景にするものでしたので、時代の移ろいを感じさせます。雑誌情報になりますが、六代目山口組の高山若頭は、中田組長が無罪になるとは思っておらず、「神戸立ち上げの時、中田は四代目山健組傘下の組長で処分は受けてない。だから復帰させるんですが、有罪なら20年内外の重い実刑判決は間違いない。復帰は事実上、ないわけで高山は山健組を労せずして手に入れたことになる」、「現実は、カネと組織力のある六代目山口に切り崩され、離脱した組員が言い訳に井上批判をしていることが多い。しかし、井上さんは守銭奴ではありません。今、神戸山口組は特定抗争指定団体に指定されているから5人以上の集結は禁じられており、3人の部屋住みの若いものと自宅暮らし。訪れる組関係者を含めた友人知人との会話が、唯一の息抜きです。弱体化は免れませんが、最後まで付き従う組員はいるわけで、『引退はせん!』と、そこは意気軒昂。『去る者は追わず』の心境でしょう」という見方もあるようです。

いずれにせよ、これで六代目山口組が圧倒的に優位な状況になったのは誰の眼にも明らかであり、六代目山口組からみれば、今回の復帰劇は実質的な戦後処理だといえなくもありません。司忍・六代目山口組組長への裏切りは決して許せないとはいえ、暴力団対策法による特定抗争指定を受け、本部や主要な事務所が使用禁止となり、定例会や組行事も満足に出来ない状況が続いており、六代目山口組側も本音を言えばいち早く抗争を終えたいところかと思われます。六代目山口組の高山若頭としては、「中田組長の勾留は長期に及ぶと予想され、出所して幹部に就任する可能性は低い」、「抗争の早期終結で、特定抗争指定が解除される期待もある」といったことを考えているものと推測されます。そのような点からも、今後、六代目山口組が「神戸山口組の解散」「井上組長の引退」という幕引きに向けてどう動くのか、注視してく必要があります。

本件について、作家・溝口敦さんのコメントが2021年9月16日付毎日新聞に掲載されていましたので、以下、抜粋して引用します。

「神戸山口組の井上邦雄組長(73)の集金方法に不満を持ったというのが一つある。井上組長は4代目の山健組組長だった。その後を継いで山健組組長になった中田浩司被告(62)=殺人未遂などの罪で起訴=が反旗を翻すというのは本来ならあり得ない話。よほど腹に据えかねていたのだろう。山口組側にとって山健組は大きな勢力で、引き寄せようとしていた。とはいえ、山健組が最近、開いた会合では復帰に反対する組員もいたとの情報もある。意見は割れていたのだろう。山健組の一部の組員が神戸山口組に残るかもしれない。」、「山口組の構成員が増え、神戸山口組を支える勢力はわずかになる。山口組からすれば、神戸山口組に決定的なダメージを与えられる。山健組は、かつて「山健にあらずんば山口にあらず」といわれたほどの「名門」。その組織が山口組傘下に入ることは、勢力図が変わり、象徴的な意味合いがある。」、「 山口組が神戸山口組より優位に立つ状況がより鮮明になる。ただ、事件を起こして世論が反発すれば警察の取り締まりが厳しくなるので、山口組は事件を起こすことを控えるのではないか。神戸山口組も山口組を攻撃する余力はないだろう。」、「分裂に伴う抗争で警察の取り締まりが厳しくなったこともあり、山口組、神戸山口組の双方の組員数が減っている。ただ幹部クラスの危機感は弱い。構成員数や上納金が減っても、幹部らはぜいたくな生活を続けているからだ。」、「末端にいる組員らは稼ぎが減り、追い込まれている。一方で、組を抜けて再就職することは難しく、刑務所に入って面倒を見てもらうか、いわゆる「半グレ」など定義が曖昧な犯罪グループに転落するしかない。」、「コロナ禍で人との交流が制限され、例えば「みかじめ料」を取るといった資金の獲得はさらに難しくなっている。山口組なども含め、暴力団の衰退傾向は止まらないだろう。」

次に、最近取組みの深化が著しい「暴力団事務所の撤去」巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 福岡県警は、北九州市小倉北区三萩野1にある工藤会の2次団体・田中組の本部事務所(築約38年の3階建てで、工藤会幹部が代表を務める会社が所有)の解体工事が始まったと発表しています。今年に入り、工藤会と県内民間業者の間で、建物と土地の売買契約が成立したということです。なお、田中組は工藤会トップで総裁の野村悟被告の出身母体で、工藤会の主要団体です。事務所の撤去は、近隣住民の要望を受け、県警が働きかけていたもので、事務所を巡っては、2014年11月、福岡県公安委員会が暴力団対策法に基づき使用制限命令を出して以降、一度も途切れずに現在まで延長されている状況にあり、原則、組員の出入りなどが禁じられて事務所として機能しておらず、組織の弱体化に加えて事件の被害者への賠償金や裁判費用がかさみ、建物の維持費用などが組の負担になっていたとみられています。なお、福岡県警によると、野村被告らを逮捕する「頂上作戦」が始まった2014年から今年9月までに、県内では工藤会の22の事務所が撤去されたといいます。さらに、工藤会の本部事務所を巡っては、昨年2月に北九州市小倉北区神岳1の「工藤会館」が撤去され、次に使用されていた同区三郎丸の事務所も、今年7月、民間企業に売却されたと県警が発表しています。なお、参考までに、今年8月、福岡地裁で言い渡された野村被告への死刑判決において、裁判長は、被告が組織運営の実権を握っていた根拠の一つに「本部事務所の売却に関わったこと」を指摘しています。売却の契約書に、事務所を所有する法人代表として被告が署名押印したことが決定打となったとも指摘されています。
  • 岡山県暴追センターが、倉敷市を拠点とする神戸山口組系の三代目熊本組の組事務所を買い取って建物を解体し、土地を民間に転売することが分かったということです。熊本組は解散を表明しており、別の暴力団勢力が拠点として使用するのを防ぐ狙いがあるといいます。暴追センターが組事務所を購入し、撤去につなげるのは県内で初めてとなります。報道によれば、買い取るのは鉄骨3階のビルと敷地約150平方メートルで、所有する熊本組関係者が売却の意向を示し、付近住民も撤去を望んでいたとこが、岡山県暴排条例で民間業者と直接の取引が制限されるため、同センターが県警と連携して仲介することを決めたものです。売買は既に合意しており、所有権を移した後、さら地にして暴力団と関わりのない民間の転売先を探すといいます。六代目山口組の有力な直系組織だった三代目熊本組は2015年の六代目山口組分裂後、神戸山口組に合流、昨年12月に倉敷市児島味野にある系列の組事務所に銃弾が撃ち込まれ、特定抗争指定暴力団の活動を厳しく制限する「警戒区域」に同市が指定されています。今年5月には熊本組組長宅への発砲事件もあり、6月に組長が自らの引退と組織の解散を県警に伝えていたといいます。その岡山県の警戒区域指定については、岡山県公安委員会が、10月7日から岡山市を除外することを決定しています。昨年5月、神戸山口組傘下で、岡山市北区田町に事務所を置く池田組の男性幹部が、対立する六代目山口組傘下の暴力団幹部に銃撃された事件を受け、岡山市が警戒区域に指定されていましたが、池田組が神戸山口組から離脱し、岡山市における抗争状態が解消したとみられることから今回の除外が決まったものです。浪川会の本部事務所跡地について、福岡県大牟田市は土地を取得した第三者から寄付を受けたと発表しています。この場所には、かつて浪川会の本部事務所があり、前身の九州誠道会の時代から、道仁会との抗争を繰り返してきた経緯があります。昨年12月、地域住民から委託を受けた福岡県の暴追センターが使用差し止めを求めて、福岡地方裁判所に提訴し、今年7月に浪川会側が、その請求を受け容れる形で訴訟が終結していました。その後、この土地を取得した第三者から大牟田市に対し、「再び暴力団の手に戻ることがないよう市に寄付したい」と申し出があったということです。暴排がまさに市民のものとして定着していることを示すものとして高く評価したいと思います。なお、浪川会の新たな本部事務所については、福岡県警は「主たる拠点がなくなれば組織の活動が見えにくくなる懸念もあるが、情報収集を続け、今後の調査で特定する」としています。
  • 絆会(旧・任侠山口組)の拠点施設の一つになっている傘下組織「古川組」の事務所について、民間の所有者が近く解体工事を始め、10月末ごろには完了するといます。六代目山口組の分裂抗争が続く中、事務所撤去の動きが全国的に進んでおり、絆会は2017年、六代目山口組から離脱した神戸山口組の一部直系組長が、再び分裂して発足しましたが、その際に離脱派の会見会場となったのが古川組事務所で、第三勢力となった絆会の拠点施設として使用されてきました。一方で抗争はさらに激化し、「平穏な住民生活が脅かされる」との訴えを受けた神戸地裁が2019年末、事務所の使用を差し止める仮処分を決定、長期にわたって組員が立ち入れない状況が続き、所有者が売却の意向を示していたものです。

その他、最近の暴力団や反社会的勢力排除を巡る動向から、いくつか紹介します。

  • 六代目山口組系組員らが関与する特殊詐欺事件グループ現金をだまし取られたとして、被害者6人が、六代目山口組トップの篠田建市(通称・司忍)組長らを相手取り、計約1,346万円の損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こしています。弁護団によると、特殊詐欺事件で暴力団最高幹部の使用者責任を問う訴訟は全国12例目で、事件には篠田組長の出身母体で六代目山口組2次団体弘道会の下部組織の組員が関与しており、だまし取った金額の一部が弘道会側に渡っていたといいます。弁護団は「組織ぐるみで特殊詐欺を行っており、特殊詐欺が有力な資金源となっている可能性がある」としています。報道によれば、原告は関東、関西地方に住む77~87歳の女性6人で、2018年8~12月、金融庁や地方公共団体の職員を装った嘘の電話を受け、1人当たり100~約350万円をだまし取られたといい、事件では実行犯を含む組員8人が詐欺罪などで起訴され、有罪判決が確定しています。最高裁で特殊詐欺に関する使用者責任が認められて以降、認定の流れがありますので、今回も認定され、資金源に直接的に打撃を与えることを期待したいと思います。
  • 冒頭にも取り上げましたが、六代目山口組と神戸山口組の分裂抗争を巡り、神戸山口組を離脱した中核団体山健組が六代目山口組へ合流したことを受け、中国地方の5県警が警戒を強めているといいます。2015年8月の分裂後、双方の構成員が襲撃されるなどの事件が各地で相次ぎ、中国地方にも飛び火している中、今回の山健組の動きが新たな火種になる恐れもあり、5県警は傘下組織の監視や情報収集などを進めています。中国5県のうち広島県は、六代目山口組と神戸山口組の傘下組織の事務所がない唯一の「空白県」で、現在は共政会(本拠・広島市南区)、侠道会(同・尾道市)、浅野組(同・笠岡市)の指定暴力団3団体が活動しています。ただし、広島県警の捜査関係者によると、六代目山口組の中核団体の組員らの動きが確認されているといい、警戒を強めている状況です。
  • 六代目山口組系組幹部に名義を貸し、不動産登記を虚偽申請したとして、警視庁は、電磁的公正証書原本不実記録・同供用の疑いで、プロ野球巨人の元選手(64)を逮捕しています。同容疑で六代目山口組系名神会の会長も逮捕しています。報道によれば、2人の逮捕容疑は共謀して2016年11月、暴力団会長の資金で購入した都内のマンションの登記について、元選手の名義で法務局に虚偽申請したというものです。
  • 工藤会トップの死刑判決の妥当性について、2021年9月23日配信の記事「工藤會・オウム・山口組、変わる「死刑」判例相場」(JBpress)がユニークで参考になりますので、抜粋して引用します。
この判決で注目されるのは、一般市民を対象とした「殺人」ならびに「組織犯罪処罰法違反」の罪状で訴えられた両被告が、いずれも「実行犯」ではないこと。そして実行犯に対する「共同共謀正犯」を立証する被告の指示を示す直接的な証拠が残っていない状態で、多数の証言を積み重ね、実行役との共謀を認定した点にあります。…端的に言えば暴力団という存在形態そのものへの死刑判決に等しい、大きな意味をもつ判決が出たことになります。こんな判決が出てしまったら、暴力団は下手な「抗争」など、一切できなくなります。…直接の指示を示す証拠が不明確なまま、実行犯ではない共同共謀正犯として「死刑」が宣告、執行された例を少なくとも一つ挙げることができます。麻原彰晃こと、オウム真理教のインチキ教祖、松本智津夫元被告です。…こうした「兵器」を含む武装は、すでに「反社会勢力」といった微温な証言ではなく「武装組織」「民兵」もっと言えば「テロ集団」として国家に反逆する存在と見なされて、国が威信をかけて潰しにかかる対象となって、不思議ではありません。その先例として麻原彰晃こと、松本智津夫元被告への判決を挙げることができます。…オウム真理教は化学兵器、生物兵器の自前調達のみならず、旧ソ連から輸入した軍用「ミル17型」ヘリコプターなどの武力を装備したうえ、国家の中枢である霞が関を狙って事件を起こしており、こうした判決になりました。…今回の工藤會判決もまた、いわば象徴的な判決、社会に日本国は「暴力団組織というもの、そのものを完全否定する」というマニフェストとして宣布された特殊な判例であると見る必要があるように思います。…いわゆる「イスラム原理主義勢力」などの「自殺特攻」なども同様で、つまるところ薬物もまた軍事物資に端を発する、戦争の傷跡として理解する必要があるでしょう。裁判そのものは引き続き争われることになると思われますが、2021年日本の司法、そして三権は実質的に「テロ組織としての暴力団を存在そのものから否定」しました。
  • 電気やガス、水道、固定電話などは「ユニバーサルサービス」として、例外的に暴力団関係者からの申し込みを謝絶できない立て付けとなっていました。2017年にガスの自由化が進められた際も、東京ガスと大阪ガスは経過措置として、料金や供給条件に規制がかけられていましたが、今回、9月30日をもってその規制が撤廃されることで、対象約款について一部変更することになり、反社会的勢力への供給停止についても明記することになりました。生活インフラを停止することが憲法25条の「生存権」に抵触するかどうかについては、住居の賃貸契約でも暴力団員だと発覚して追い出したことが認められたケースもあることをふまえ、ライフラインについても同様に、企業側が契約条項に明記すること自体は違法ではないと考えられます。一方で、銀行の生活口座同様、暴力団関係者が子や家族と同居している場合は、彼らの生存権が考慮されるので難しい判断となり、ケースバイケースで対応されるものと考えられます。
  • 国土交通省は、「マンションの管理の適正化の推進を図るための基本的な方針」を策定、新たに開始されるマンション管理計画認定制度の認定基準などを定めました。その中で、「暴力団等の排除規定」をあらたに定め、「暴力団の構成員に部屋を貸さない、役員になれないとする条項を整備」しています。個人的な感覚としては、かなり対応が遅れていると感じるところですが、明文化されたことは大きな前進かと思われます。
  • コンサートやスポーツの試合会場近くでチケットを高額で転売する「ダフ屋」が姿を消したと報じられています(2021年10月3日付産経新聞)。警視庁によれば、昨年、摘発されたダフ屋行為はわずか3件で、背景にはコロナ禍でイベントが減少していることに加え、転売の主戦場がインターネット上へ移ったことが挙げられます。警視庁はこうした状況を踏まえ、イベントの主催団体と連携して、転売すると違法となる「特定興行入場券」の普及を図り、インターネット上での不正転売の撲滅を目指しています。ダフ屋は古くから存在し、その利益は暴力団の資金源になっているとされ、これまで警察はダフ屋に対し、公共の場での転売行為を禁じる自治体ごとの迷惑防止条例を適用して摘発を行ってきました。
  • 京都市でさまざまな事業を営む男性が、過去に暴力団組員だったと事実と異なる記事で社会的評価を低下させられたとして、「週刊ポスト」を発行する小学館、記事を執筆したフリーライターS氏らに対し1億1,000万円の損害賠償を求めた訴訟で、京都地裁は記事の内容は事実とは認められないなどとして、同社らに110万円を支払うように命じています。問題の記事が掲載されたのは2017年11月で、原告の男性が六代目山口組系淡海一家の組員だった疑惑があるという内容、その根拠となったのが「破門状」で、そこに原告の名前が書かれているなどとしたものです。しかし、それは虚偽の破門状だったことが判明、警察は原告男性に関して、暴力団組員だった過去はないとしています。地裁の判決は、「本件破門状の真偽には疑問を差し挟む余地が多分にあると言わざるを得ない」とし、元組員だった事実は「認められない」と断じています。

2.最近のトピックス

(1)AML/CFTを巡る動向

前回の本コラム(暴排トピックス2021年9月号)でも詳細に紹介したとおり、FATF第4次対日相互審査結果からは、反社リスク対策における課題同様、マネロンリスク・テロリスク(テロ資金供与リスク)の手口(実態)の理解が浅いことにより、手口(実態)とリスク対策の間に「大きなミスマッチがある」ことが炙り出されたといえます。表面的な理解からは表面的な対策しか生まれず、その実効性も高まることがなく、その結果、目の前の手口(実態)に潜む問題に気付けず、気付かないことでリスク認識を誤り(大したことはないと勘違いしてしまい)、さらにリスク対策が形骸化していくという悪循環に陥っているように思われます。具体的には、「実態把握の甘さやリスク認識の甘さが、リスク評価やリスク低減措置を表面的・形式的にしている(そのことによりさらにリスクを高めている)」こと、「NRA(犯罪収益移転危険度調査書)やSTR(疑わしい取引の届出)に掲載されている事例や類型に囚われすぎ、複雑な実態の端緒を把握できていない可能性もある」こと、「制裁リストや反社リストスクリーニングが中心だが、本来チェックすべき対象がチェック対象から外れるなど的を得ていない(もう少し踏み込んでいえば、実質的支配者の確認の不備がすべての脆弱性の要因となっている)」こと、「犯罪組織の手口・スキーム、犯罪インフラ性に対する理解が浅く、新規・既存モニタリングのポイントが的を得ていない」ことなどが挙げられると思います。それに対して、FATFは「適切な啓発・研修によるリスク・義務の理解」や「自らの業務等に応じたリスク評価の策定」に取り組むべきと指摘していますが、正にそのとおりであり、「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」をあらためて深く認識する必要があるといえます。以下、前回の本コラム(暴排トピックス2021年9月号)で紹介した指摘事項からさらに絞り込んで、真に認識しておくべき事項をあらためて列記しておきたいと思います。

  • 報告書概要より
    • その他の金融機関は、自らのマネロン・テロ資金供与リスクの理解がまだ限定的である。
    • 一定数の金融機関は、自らのリスク評価を開始しているが、その他の金融機関はリスクに基づいた低減措置を適用していない。
    • 継続的顧客管理、取引モニタリング、実質的支配者の確認・検証等の、最近導入・変更された義務について、十分な理解を有していない。
    • 一般に、これらの金融機関は、主に犯罪収益移転危険度調査書(以下、NRA)の評価に基づく、監督当局が指摘するリスクカテゴリーについて、例えこれらのリスクが自らの業務に関連しない場合であっても参照している。金融機関は、現金取引を介するもののほかは、前提犯罪とマネロンとの関連性や、犯罪収益がどのように銀行システムに侵入するかについて、深く理解していない。
    • 金融機関がマネロン・テロ資金供与リスクについて限定的な理解しか有していない場合、金融機関のRBA(リスクベースアプローチ)の適用に直接的な影響を及ぼす。一定数の金融機関は、自らのリスク評価や、認識されたリスクに応じた低減措置を適用している。その他の金融機関は画一的な低減措置を適用し、顧客の本人確認、取引確認及び疑わしい取引の届出以上の措置は実施していない。
    • 金融機関は、紛争地域への近接性に基づき、テロ資金供与リスクを理解しているようであり、金融セクターにおける他の類型のテロ資金供与については、報告も調査もされていない可能性を示している。金融機関は、イランや北朝鮮等のリスクの高い国々と関連のある取引については、特別な注意を払っている。
    • 基本的な取引モニタリングシステムは一定数の金融機関で既にある程度導入されており、取引スクリーニングシステムはほとんどの金融機関で導入されているが、どちらのシステムもその効果は限定的
    • 金融機関は、基本的な顧客の情報を収集しているが、このために金融機関の顧客に関する知識が限られており、かつ、この情報は通常更新されていない。金融機関は、顧客の特性に基づいた顧客リスク格付も、顧客属性等と取引記録との結び付けも行っていない。
    • 疑わしい取引の届出の総件数(年ベース)は増加傾向にあり、届出の大部分は金融セクターによるもので、三分の一は大規模銀行によるものであるが、これらはFIU(JAFIC)のガイダンスに基づいた基本的な類型・疑わしい取引の参考事例を参照したものである。
    • 基本的な取引モニタリングシステムは一定数の金融機関で既にある程度導入されており、取引スクリーニングシステムはほとんどの金融機関で導入されているが、どちらのシステムもその効果は限定的であり、非常に高い割合で誤検知が見られる。既に取引モニタリングシステムを導入している大部分の金融機関は、独自のツールを開発しているが、異なるツール間で複雑性や有効性にばらつきがあり、また、それ以外の金融機関には手動で管理を行っているものもある。
    • 顧客のリスク特性は、主にリスト照合に焦点を当てている。顧客に関する情報は、取引関係の構築の際に取得した基本的な情報に限定され、かつ、この情報は大抵の場合、更新されていない。顧客の取引先や関係会社を検出し、これらを名寄せしたりグループとしてリスクを評価し、取引をモニタリングする仕組みはない。自主的に分析した顧客のリスク特性を、グループ内の異なる法人間で共有している金融グループは少ない。
  • 暴力団
    • これらの活動(これまでの暴排)の焦点は、犯罪者自身を検出し、特定し、追跡することであり、犯罪者の活動に関連する資金の流れを追跡することではなかった。
    • 国境を越えるリスクと、犯罪の実行と収益の洗浄に非公式の地下チャンネルがどの程度使用されているかに十分に焦点を当てるために、さらに改善される可能性がある。このことは、暴力団の犯罪行為と特に関連があり、その主たる洗浄手段は現金であることに留意する必要がある。・・・暴力団がどのようにして国外から薬物を調達しているのか、どのような国際犯罪組織と取引しているのか、AML/CFTシステムがどのようにしてこれらのリスクにさらされているのかを理解することが課題となる
    • 取引関係の構築に当たって、潜在的な顧客が、制裁及び反社リストに該当する場合や必要な情報が不足している場合には、金融機関により取引が謝絶される。金融機関は、日本における他の事業者と同じく、暴力団・反社会的勢力関係者との関係を排除しなければならない。金融機関がアクセス可能な、固有かつ公式の(暴力団)リストは存在しない。基本的に、金融機関は、自らの情報と警察庁や都道府県警察を含むその他の情報源、サービス提供会社からのデータに基づいて作成した独自のリストを有している。当該リストは、金融機関により継続的に更新されることが必要であり、その正確性や確度の確保については課題がある
    • 既存顧客が反社リストに該当した場合、又は、既存顧客が暴力団員である、もしくは、暴力団員に関連していると疑われる場合、口座の活動は厳格な調査と管理により取引に制限が加えられる。組織犯罪に関連する口座解約の手続には、長期間を要するようである。
  • NPO法人等/実質的支配者
    • 日本で活動しているNPOは、限定的なTFリスクに直面しているように見えるが、よりリスクの高い国で活動しているいくつかの日本のNPOは、ある程度のTFリスクに直面している
    • 日本は、法人のリスクについてある程度理解しているが、その理解には深みがない。NRAは、実質的支配者の透明性のない法人を高リスクと認定しているが、日本の企業構造の違いによる脆弱性は十分に理解されていない。日本で運用されている法的取極め(国内外の信託)に関連するリスクは十分に理解されていない。
    • 非営利団体(NPO)-6つの法律は、法人であるNPOに一定の義務を課しており、FATFにおけるNPOの定義において、活動の種類に応じて、これらの法人を6つのサブカテゴリーに分類している。6つの法律の下で設立された団体は、日本におけるFATFのNPOの定義に沿って「良い仕事」を行っている団体の大多数を占めている。
      • NPO法人の種類としては、「公益法人」「特定非営利活動法人」「設立教育機関」「宗教法人」「医療法人」「社会福祉法人」
      • 法人の種類としては、「株式会社」「合資会社」「合同会社」「一般財団法人」「一般社団法人」がある
    • 実質的支配者に関する情報は、顧客の申告に基づいて収集されることが多いが、これは不十分な検証方法である。日本は、近年、有益な検証手段となる可能性のある、公証人主導の実質的支配者の登録制度を創設したが、いくつかの制約が確認されている。
    • 適切で、正確で、最新の実質的支配者情報は、まだタイムリーな方法で法人に一貫して利用可能ではない。
    • 法人を悪用するために用いられた方法や技術の分析と理解は、広範なテーマを特定する一方で、深みに欠けている。例えば、より脆弱なセクターは、詳細に検討されていないようである。法人が非公式の名義人によって所有または支配されている場合は、NRAにおいてリスクとして参照される。しかし、日本に特有の非公式の名義人に関連するリスクについて、より詳細な分析やより深い理解は、NRAでは検討されておらず、所管当局によっても示されていない。暴力団との関係については、NRAにおいても、また、現場においても、当局からの照会があったが、日本においては、暴力団が法人を利用した資金洗浄等に用いている具体的な手法や手法について、理解を示さなかった。
    • 違法収益と企業の合法資金を混ぜたり、「ダミー」や「フロント」企業を使って違法収益を合法的に見せかけることによって、法人が悪用されていることは理解されているが、日本の法人を巻き込んだより複雑なスキームに伴うリスクは十分に理解されていない。日本では相当数の外国法人が活動しており、当局の推計によると、東京で新設される企業の約10%は、外国法人及び/又は所有の連鎖を伴う複雑な所有構造を有している(ただし、他の地域ではその割合は低くなる可能性が高い)。
  • 疑わしい取引の届出
    • STRが主に主要な類型や指標を反映しているため、ガイダンス及び参考事例が報告主体によって十分に利用されていないことを懸念している。
    • 金融機関は、主に主要な類型および指標と一致するSTRを報告するようであるが、STRガイダンスで提供されている多様な類型およびレッドフラグの届出には及ばない。疑惑の幅は、より精巧なシナリオや、より的を絞ったレッドフラグ指標とうまく整合していないという懸念がある
    • 疑わしい取引の届出の大部分は、基本的な犯罪類型と疑わしい取引の参考事例に関するものであり、主にFIU(JAFIC)が銀行セクターに示したものである。入手可能なデータによると、疑わしい取引の届出の大部分は、FIUの指針に記載されている基本的な犯罪類型に基づいている。仮に適切な取引モニタリングツールが既に導入されており、より洗練された疑わしい取引の参考事例等を踏まえて、より精巧なシナリオを考慮していれば、検知される疑いの範囲と届出に含まれる情報の内容という両方の点で、届出が改善される可能性がある。このことは、金融機関によるリスクのより良い理解と組み合わさって、疑わしい活動の特定及び分析の継続的な改善につながるであろう。このことはまた、国レベルでのリスク全体のより良い理解にもつながるであろう。
    • 疑わしい取引の届出自体は、比較的基本的な検知事例を含む傾向がある。したがって、テロ資金供与にさらされている可能性について金融機関への更なる啓発や追加の疑わしい取引の参考事例及びシナリオの提供により、金融機関によるテロ資金供与の潜在的リスクのある取引の検知を支援し、複雑なテロ資金供与の手法の防止に寄与する必要がある。
  • 顧客管理措置(CDD)
    • ほとんどの金融機関は、新規顧客について、その属性を総合的に評価し顧客リスク格付を付すための適切な顧客管理(CDD)の仕組みを整備しているが、既存顧客については情報更新手続の途上である。一定数の金融機関は、CDDのためのツールを導入し始めたが、情報更新手続は進行中である。よりリスクの高いリスクカテゴリーは、主に、NRAに分析・記載されているリスク要因に基づいて設定されている。顧客のリスク特性は、主にリスト照合に焦点を当てている。
    • 金融機関は、実質的支配者の確認・検証や、取引モニタリングシステムと組み合せた継続的顧客管理等の顧客管理措置(CDD)の導入に、大きなギャップを有しているようである。情報更新とリスク評価の見直しが実施されていない多くの既存口座が存在している。
    • 金融機関は、取引関係の構築に当たって、顧客の住所等の基本的な顧客情報を収集・検証しようとしているだけのようである。口座開設のための写真付の身分証は、標準的なリスクの顧客にとっては必須とはならない。金融機関は、2016年に義務化されるまで、収集した基本的な顧客情報を更新しなかった。さらに、この新たな義務は体系的かつ適時に、既存及び新規の顧客に適用されていない傾向がある。
    • 金融機関は、口座の売買や不正利用の蔓延に係る問題に直面している。口座の不正利用の容易性とその拡大は、金融機関が直面する主要なリスクの一つとして認識されているが、適用される顧客管理措置(CDD)の質と有効性に更なる懸念を生じさせている。
    • 継続的顧客管理について、金融機関は、金融庁AML/CFTガイドラインの規定に従い、正確かつ適切な顧客情報を保つためのシステムの構築を開始している。しかしながら、継続的顧客管理措置は、収集された顧客情報の更新及びリスト照合に限定されているように見られる。この手法に従って継続的顧客管理に係る措置を実施しても、金融機関が、顧客の特性と業務内容を結びつけ、予測される顧客の取引パターンからの逸脱の可能性を検知できるようにはならない。この弱点に対処し、継続的顧客管理に係る義務の履行の有効性を改善するためには、監督当局からの説明、又は、指導が必要と思われる。・・・しかし、これらのITシステムは、ほとんどの場合まだ導入されておらず、既に導入されている場合でも、その効果は限定的である(既に顧客のリスク特性に基づいて敷居値を調整した取引モニタリングシステムを導入しているメガバンクと一定数の地銀についても、非常に高い割合の誤検知等の多くの課題に直面している)。
    • 一般に、適用されているリスク低減措置は、制裁者及び反社リストとの照合に限定されている。場合によっては、これらの措置は国際的な電信送金にしか適用されていない。しかし、金融庁AML/CFTガイドラインの指示に従い、一定数の金融機関においては、基本的な取引モニタリングシステムが整備されている。現在導入されているITツールの有効性は、大量のアラートが発生し、誤検知の平均比率が最大99%にのぼっていることからすると、不十分である。このことは、検知の指標が、単に、基本的なトリガー基準(シナリオ)及び敷居値に関連しているだけで、不適切に設定されていることを示している。これらには、取引のパターンやマネロン・テロ資金供与の手法の検知シナリオが含まれるべきである。これらの要因は、金融機関が基本的なもの以外の疑わしい取引パターンを検知する能力を制限している(この点は翻って、金融機関及び国のリスク評価、及び、理解に影響を及ぼしている。)。さらに、大量の誤検知を手作業でチェックする非常に時間のかかる作業は、金融機関がAML/CFTの枠組みを改善するための経営資源の活用に制約を加えている

このような指摘を受けて、とりわけ体制が脆弱な地域金融機関の取引モニタリングの底上げのために、共同で監視する新システムの導入が検討されています。本コラムでも以前取り上げましたが、共同システムを巡っては、全国銀行協会やNEC、あずさ監査法人が、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の予算を活用して2021年3月まで実証実験を実施、7月から実用化に向けた検討会議が始められているところです。2021年9月14日付読売新聞によれば、「共同化を目指すのは、顧客情報の管理や取引監視のシステムだ。資金洗浄対策では、他人への口座転売の恐れがあるため、預金口座の開設時だけでなく継続的に利用者の確認が必要になる。巨額の入出金や頻繁な取引を抽出する作業も欠かせない。システムはAI(人工知能)を用い、不正利用の疑いがある口座や利用者を選び出せるようにする。地銀や信用金庫といった小規模な金融機関は資金や人材の面からこうした監視システムをつくる余裕がなく、人手に頼っている。人口減少や低金利など厳しい経営環境にある地域金融機関の負担を軽減し、対策を底上げする狙いがある」とされています。一方で、FATFの指摘するとおり、取引モニタリングシステムの誤検知の高さをどう克服するか、「犯罪シナリオをどれだけ精緻に作り込めるか」、AIを活用するとはいえ、犯罪者も同様に手法を高度化・巧妙化する中、知恵比べとなるのは必然であり、システム導入後のシステムの改善・精度の向上に継続的に取り組むことも求められています。

また、2021年10月10日付日本経済新聞によれば、金融庁は2022年夏にかけて、金融事業者がマネー・ローンダリング対策を十分にとっているかを集中的に検査すると報じられています。以下、抜粋して引用しすると、「銀行に加え、脆弱さが指摘される信用金庫や信用組合、スマートフォン決済事業者や暗号資産(仮想通貨)の交換業者も対象に広げ、総数は約160になる。国際的に日本はマネロン対策の課題が挙げられている。検査を通じて不正送金対策の底上げを急ぐ。・・・小規模な事業者についてはリスクの低減が不十分だと指摘していた。今回の検査対象の約160のうち、信金・信組が約80、地銀などの銀行が約60を占める。現金の不正引き出しが相次いだスマホ決済事業者についても、約20社を検査の対象とする。・・・大手行については年間計画を立てて、すでに日常的に検査を実施している。一方、信金や信組などはマネロンに重点を置いた検査がこれまでは限られていた。金融庁はマネロンのリスクが高いとみられる事業者や過去の検査から時間が経過した事業者を優先して検査する。抜け穴を防ぐための体制整備や、職員によるリスクの理解度、顧客への周知の方法などを検査する。・・・マネロンの犯罪者は脆弱な事業者を狙い撃ちにする傾向があり、日本全体として対策を強化しなければ国際的な評価は改善しない。不正を洗い出すためには金融機関からの聞き取りに利用者が応じることも欠かせない。金融庁は業界団体と連携して周知活動を展開する」とのことです。もはやまったなしのAML/CFTの実務レベルの底上げですが、官民ともに強い危機感をもって、妥協を排して徹底的に取り組んでいただきたいと思います。

また、2021年9月27日付日本経済新聞によれば、金融機関は口座の所有者の所在を追跡するため電力会社のデータを活用しはじめているということです。「各金融機関はまず、口座保有者の所在確認を進める。口座開設時に登録した住所に住んでいるか確かめるのが目的だ。現在は登録住所に郵送したはがきの返送の有無で把握している。ただ、この手法では郵送代がかさむほか、データ入力の手間もかかる。空き家の増加で郵送の「無駄撃ち」となるケースも増加傾向にあるという。そこで、一部の地方銀行やインターネット銀行はマネロン対策の効率化のために、デジタル技術を活用する検討を始めた。実証実験を通じて規制緩和につなげる政府の「規制のサンドボックス制度」で2019年に、電力設備の稼働状況に関わるデータの活用を認可したことが背景にある。銀行が電力会社に照会をかけることで、口座保有者の情報更新に役立てようという試みだ。電力会社と銀行のそれぞれのシステムを「API」と呼ぶ仕組みでつなげば、定期的な所在確認にかかる手間やコストを大幅に減らせる可能性がある。一例として、銀行に登録された住所が電力設備が稼働していない住所だと把握できれば、ひもづく口座を重点的に監視し、不審なお金の動きを早期に察知することにもつながる」と紹介されています。そのほかにも、「フリマアプリ大手のメルカリでは、アカウント作成時や決済時の本人確認を厳しくするとともに、不審な動きを繰り返す利用者が使ったIPアドレスを割り出して取引を止める仕組みを2010年代より導入している。「24時間、常時監視する仕組みを整え、被害を未然に防ぐようにしている」(担当者)」、「高価で持ち運びしやすい貴金属や宝石もマネロンに悪用されるケースが多い。近年は密輸対策などから海外製の金地金などの買い取りをとりやめる貴金属店も増えている。大手の石福金属興業(東京・千代田)は2018年から、海外製の貴金属地金の買い取りを一律でやめた。現在も海外製の買い取りを続けている別の貴金属大手も、入手した場所が分かる書類の提示を求めるなど本人確認を厳しくしている」といった取組み事例も紹介されています。これらの先駆的・積極的な取組みが一部の事業者の好事例にとどまっているのは大変残念であり、このような好事例を周知・拡大させることで、業界をあげて底上げを図っていただきたいところです。

AML/CFTの精度を高めていくためには、利便性を一定程度犠牲にしてでも顧客の理解と協力を得ることが必要不可欠となります。その辺りについて、2021年9月21日産経新聞のコラム「コロナ禍と資金洗浄対策」で解説されていますので、抜粋して引用します。

米中枢同時テロから20年の「テロとの戦い」で、国際社会が取り組んだことの一つに資金源を断つことがある。犯罪で得た資金がマネー・ローンダリング(資金洗浄)で摘発を逃れ、テロや組織犯罪に使われる。それを封じる対策は安全な社会に欠かせぬ意義を持つ。・・・気になるのはコロナ禍の影響である。最近は、手軽に稼げるなどとネットで副業を持ち掛け、応じた人から金をだまし取る副業詐欺などが横行している。マネロン検挙事案の3分の2は窃盗か詐欺のどちらかで得た収入を隠蔽しようとしたものだ。コロナ禍で収入が減った人や在宅勤務が続く人から副業名目などで金を詐取する実態がマネロンで見えにくくなる例も当然増えているだろう。付け加えれば、犯罪者がマネロンに使うのは、他人名義や架空企業の預金口座だ。ネットでは個人や企業の口座が違法に売られており、犯罪者はここから口座を入手する。資金繰りに行き詰まる企業が自らの口座を貸したり売ったりする傾向が強まれば、さらにマネロンを助長しかねない。だからこそ、金融機関には疑わしい口座の動きを見抜く力が今まで以上に求められる。例えば長期間、入出金のない不稼働口座が突然使われたら使途を確認する。個人の口座に海外から巨額資金が振り込まれる場合なども確認が必要だ。重要なのは、顧客の協力をいかに得られるかである。犯罪収益移転防止法は使途確認などの口座管理を認めているが、いざ銀行が口座名義人に確認しようとすると、自らが疑われていることに反発する企業や個人もいるからだ。それでなくとも、最近はネットや電話で銀行の名を騙り、個人情報などをだまし取る詐欺が問題化している。顧客は詐欺への警戒を怠ることなく、金融機関の確認要請にも適切な対応が求められることになる。「マネロンに甘い国」とならないためには、規制や監視が強まることへの国民の理解も深めなければならない。日本の対策の不備が指摘されたことを機に、このことも改めて認識しておくべきである。

さて、現状のAML/CFTの取組みにおける最大の課題が「実質的支配者の確認」実務の脆弱性だと指摘しました。この課題を解決するために、国としても新たな制度を立ち上げる予定であり、この制度自体、まだまだ改善すべき点は多数あるものの、一歩前進だといえます。以下、法務省のサイトから本制度について紹介します。

▼法務省 実質的支配者情報リスト制度の創設(令和4年1月31日運用開始)
  • 公的機関において法人の実質的支配者(Beneficial Owner。以下「BO」という。)に関する情報を把握することについては、法人の透明性を向上させ、資金洗浄等の目的による法人の悪用を防止する観点から、FATFの勧告や金融機関からの要望等、国内外の要請が高まっているところです。
  • こうした要請を踏まえ、法人設立後の継続的な実質的支配者の把握についての取組の一つとして、登記所が、株式会社からの申出により、その実質的支配者に関する情報を記載した書面を保管し、その写しを交付する制度を創設することとし、令和4年1月31日から運用を開始します
    1. 制度の概要
      • 本制度は、株式会社(特例有限会社を含む。)が、商業登記所の登記官に対し、当該株式会社が作成した実質的支配者(※)に関する情報を記載した書面を所定の添付書面とともに提出し、その保管及び登記官の認証文付きの写しの交付の申出を行うことができることとするものです。なお、本制度は無料で御利用いただけます。(※)実質的支配者(BO)とは、法人の議決権の総数の4分の1を超える議決権を直接又は間接に有していると認められる自然人等をいいます(犯罪による収益の移転防止に関する法律(平成19年法律第22号。以下「犯収法」という。)第4条第1項第4号及び犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則(平成20年内閣府・総務省・法務省・財務省・厚生労働省・農林水産省・経済産業省・国土交通省令第1号(以下「犯収規則」という。)第11条第2項参照)。
    2. 利用することができる法人
      • 本制度を利用することができる法人は、資本多数決法人である株式会社(特例有限会社を含む。)です。(※)他の資本多数決法人(犯収規則第11条第2項参照)は対象外となります。
    3. 対象となる実質的支配者
      • 本制度の対象となる実質的支配者とは、犯収規則第11条第2項第1号の自然人(同条第4項の規定により自然人とみなされるものを含む。)に該当する者をいいます。具体的には、次の(1)又は(2)のいずれかに該当する者です。
        1. 会社の議決権の総数の50%を超える議決権を直接又は間接に有する自然人(この者が当該会社の事業経営を実質的に支配する意思又は能力がないことが明らかな場合を除く。)
        2. (1)に該当する者がいない場合は、会社の議決権の総数の25%を超える議決権を直接又は間接に有する自然人(この者が当該会社の事業経営を実質的に支配する意思又は能 力がないことが明らかな場合を除く。)
    4. 手続の流れ等(抜粋)
      • BOリストの内容を証する書面として、申出会社の申出日における株主名簿の写し(株主名簿の写しに代えて、申告受理及び認証証明書(公証人発行、設立後最初の事業年度を経過していない場合に限る。)又は法人税確定申告書別表二の明細書の写し(申出日の属する事業年度の直前事業年度に係るもの)を添付することも認められる)、合致していない理由を明らかにする書面、実質的支配者の本人確認の書面(実質的支配者の氏名及び住居と同一の氏名及び住居が記載されている市町村長その他の公務員が職務上作成した証明書(当該実質的支配者が原本と相違ない旨を記載した謄本を含む。)など
    5. Q&A(抜粋)
      • 直接保有とは何ですか。
        • 直接保有とは、例えば、自然人Aが、甲株式会社の議決権のある株式を自ら直接有していることをいいます(犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則(平成20年内閣府・総務省・法務省・財務省・厚生労働省・農林水産省・経済産業省・国土交通省令第1号)第11条第3項第1号)。
      • 間接保有とは何ですか。
        • 間接保有とは、例えば、自然人Aが、甲株式会社の株主である乙株式会社を介して間接的に甲株式会社の議決権のある株式を有していることをいいます。この場合において、間接保有というためには、自然人Aは、乙株式会社の50パーセントを超える議決権を有していることが要件となります(犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則第11条第3項第2号)。
      • 実質的支配者を判断する際、議決権制限株式等については、どのように考えることになりますか。
        • いわゆる相互保有株式(会社法(平成17年法律第86号)第308条第1項参照)については、実質的支配者を判断する上での議決権に含むものとされています。一方、取締役、会計参与、監査役又は執行役の選任及び定款変更に関する議案(これに相当するものを含む。)の全部につき株主総会で議決権を行使することができない株式に係る議決権は、実質的支配者を判断する上での議決権から除かれるものとされています(犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則第11条第2項第1号括弧書参照)。
      • 法人が実質的支配者となる場合はありますか。
        • 本制度の対象となる実質的支配者とは、犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則第11条第2項第1号の自然人(同条第4項の規定により自然人とみなされるものを含む。)に該当する者をいいます。「自然人とみなされるもの」に該当するのは、国、地方公共団体、人格のない社団又は財団、上場企業等及びその子会社です(犯罪による収益の移転防止に関する法律(平成19年法律第22号)第4条第5項、犯罪による収益の移転防止に関する法律施行令(平成20年政令第20号)第14条、犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則第11条第4項参照)。そのため,例えば、上場会社の子会社が、甲株式会社の議決権のある株式の50パーセント超の株式を有する場合、当該子会社は甲株式会社の実質的支配者に該当することとなります。
      • 上場会社又はその子会社の100パーセント子会社の場合、実質的支配者は、誰になりますか。
        • 上場会社又はその子会社は、自然人とみなされます(犯罪による収益の移転防止に関する法律施行令第14条第5号参照)。そのため、上場会社又はその子会社が、100パーセント子会社の実質的支配者に該当することとなります。
      • 「事業経営を実質的に支配する意思又は能力を有していないことが明らかな場合」とは、どのような場合を指しますか。
        • 例えば、信託銀行が信託勘定を通じて25パーセント超の議決権を有する場合、病気等により事業経営を支配する意思を欠く場合、名義上の保有者に過ぎず、他に出資金の拠出者等がいて当該議決権を有している者に議決権行使に係る決定権がない場合等が想定されます(平成27年9月警察庁・共管各省庁『「犯罪による収益の移転防止に関する法律の一部を改正する法律の施行に伴う関係政令の整備等に関する政令案」等に対する意見の募集について』参照)
      • 議決権の算定に当たって、自己株式は、どうなりますか。
        • 自己株式には、議決権はありません。そのため、実質的支配者を判断する上での議決権の算定に当たって、自己株式は、議決権の総数及び保有数から除くこととなります。
      • 実質的支配者リストは、誰が作成することになりますか。
        • 実質的支配者リストには、会社の代表者が、作成者として記名することとなります。そのため、作成者は、会社の代表者となります。
      • 実質的支配者が上場会社である場合、実質的支配者情報一覧の「実質的支配者の本人特定事項等」欄には、どのように記載することとなりますか。
        • 住居欄及び氏名欄には、上場会社の本店及び商号を記載することとなります。国籍等欄及び生年月日欄は、空欄となります。
      • 株主名簿の株主として外国人が外国語で表記されている場合、実質的支配者情報一覧に記載する実質的支配者の表記は当該外国語でよいのですか。
        • 漢字圏以外の外国人の氏名は、アルファベットで表記することとなります。なお、フリガナはカタカナで表記します。
      • 実質的支配者情報一覧に記載する実質的支配者の情報は、いつ現在のものを記載すればよいですか。
        • 申出日から1か月以内の情報を記載することとなります。
      • どこの登記所に申出をすることとなりますか。
        • 申出をする株式会社の本店の所在地を管轄する登記所(変更の登記等を申請する登記所と同一の登記所)に申出をすることとなります。
      • 本制度に係る申出は、代理人からすることができますか。
        • 本制度に係る申出は、代理人からすることができます。代理人が申出をする場合には、申出書には、代理権限を証する書面を添付する必要があります。
      • 申出書及び代理権限を証する書面には、株式会社の代表者印を押印する必要はありますか。
        • 押印する必要はありません。ただし、申出書又は代理権限を証する書面に、株式会社の代表者印(登記所届出印)が押印されている場合には、申出人である会社の代表者の本人確認書面の添付を省略することができます。
      • 申出は、郵送でもできますか。
        • 郵送により申出をすることもできます。この場合には、切手を貼付し、送付先を記載した返信用封筒を添付していただくこととなります。
      • 送付の方法により実質的支配者情報一覧の写しの交付を求める場合、その送付先は、どこになりますか。
        • 申出をした株式会社の本店の所在場所若しくは申出人欄又は代表者欄に記載されている住所のいずれかのうち、希望する送付先に送付することとなります。この場合には、希望する送付先を記載した返信用封筒(切手を貼付)を添付することとなります。なお、再交付の場合において、本人確認書面の添付がないとき又は申出書若しくは委任状に代表者印(登記所届出印)の押印がないときは、本店の所在場所宛てに送付することとなります。
      • 株主名簿等の写しには、代表者が原本と相違ない旨を記載する必要がありますか。
        • その必要はありません。
      • 実質的支配者情報一覧と株主名簿等の写しの内容とが合致していない場合とは、どのような場合ですか。また,その理由を明らかにする書面としては,どのようなものが該当することとなりますか。
        • 会社法第109条第2項の規定による定款の定めにより議決権を行使することができない者がいる場合や会社の事業経営を実質的に支配する意思又は能力を有しない者がいる場合(犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則第11条第2項第1号参照)などが考えられます。その理由を明らかにする書面としては、定款や上記に該当するために実質的支配者情報一覧と株主名簿の写し等の添付書面の内容が合致していない旨が記載された代表者の作成に係る証明書(上申書)等が該当します。
      • 実質的支配者情報一覧の写しが追加で必要になりました。再交付を受けることは可能ですか。
        • 実質的支配者情報一覧の写しの再交付の申出ができます。この場合に、再交付の申出ができるのは、申出をした株式会社に係る最新の申出に基づく実質的支配者情報一覧の写しとなります。なお,保存されている実質的支配者情報一覧に記載されている会社の商号、本店又は作成者である会社の代表者が変更されている場合には、再交付の申出をすることができません。この場合には、新たに実質的支配者情報一覧を作成して、申出をすることとなります。
      • 商業登記所に保管されている実質的支配者情報一覧に記名した代表者が退任した場合でも、再交付の申出はできますか。
        • 実質的支配者情報一覧に記名した代表者が退任した場合には、再交付の申出をすることができません。この場合には、新たに実質的支配者情報一覧を作成して、申出をすることとなります。
      • 実質的支配者情報一覧の保管の申出をした後、商号の変更や本店移転の登記をした場合は、再交付の申出をすることはできますか。
        • 商号の変更や本店移転の登記をした場合には、再交付の申出をすることはできません。この場合には、変更後の商号等が記載された実質的支配者情報一覧を作成した上、新たな申出をすることとなります。
      • 実質的支配者情報一覧に記名した株式会社の代表者が死亡した場合、その相続人から、再交付の申出をすることはできますか。
        • 実質的支配者情報一覧に記名した株式会社の代表者が死亡した場合、その相続人から、再交付の申出をすることはできません。実質的支配者情報一覧の写しが必要な場合には、現在の代表者が記名した実質的支配者情報一覧を作成し、新たな申出をすることとなります。
      • 再交付の申出は、実質的支配者情報一覧に記名した代表者以外の代表者からもできますか。
        • 実質的支配者情報一覧に記名した代表者が、再交付の申出時において現任の場合には、他の代表者からも再交付の申出をすることができます。
      • 実質的支配者が誰になるかが分からないときは、商業登記所で教えてくれますか。
        • 実質的支配者が誰であるかが分からないときは、本制度を御利用いただけません。
      • 申出をした実質的支配者情報に記載している実質的支配者が変更された場合には、申出をし直す必要はありますか。
        • 本制度は、任意の申出に基づいて実質的支配者情報一覧の写しを発行するものですので、実質的支配者情報一覧に記載されている情報に変更があった場合であっても、変更後の実質的支配者情報一覧の保管及び写しの交付の申出をするかどうかも任意となります。新たな情報が記載された実質的支配者情報一覧の写しを必要とする場合には、改めて申出をすることとなります。
      • 実質的支配者情報一覧を作成した後、申出をする前に、実質的支配者情報一覧に記載された内容に変更を生じた場合には、どうすればよいですか。
        • 最新の情報を記載した実質的支配者情報一覧を作成して、申出をすることをおすすめします。

AML/CFTの実務においては、「本人確認」が最も重要なものの一つですが、その手法の高度化に関する現状について、金融庁から「ブロックチェーン技術等を用いたデジタルアイデンティティの活用に関する研究報告書」が公表されています。そこでは、「金融サービスをデジタル化する上で不可欠な構成要素の一つがデジタルアイデンティティであると指摘されている。サービスの提供形態によらず、金融サービス提供者は利用者保護、マネーロンダリング・テロ資金供与防止等の観点からアイデンティティの適切な取り扱いが求められるが、金融サービス提供者が顧客を適切かつ効率的に識別した上で、利用者の属性やニーズに応じたきめ細やかなサービスを提供するためには、適切なフレームワークに基づくデジタルアイデンティティ・システムを構築することが期待されている」と指摘されています。報告書では、技術的な要素が多くを占めており、理解が難しいところ、AML/CFTにおける本人確認に関連する部分(考え方・方向性等)でも有用な示唆を得ることができますので、その点を中心に抜粋して引用します。

▼金融庁 「ブロックチェーン技術等を用いたデジタルアイデンティティの活用に関する研究報告書」を公表しました。
  • デジタルアイデンティティとアイデンティティマネジメントシステム(IMS)
    • アイデンティティとは「ある実体に関連する属性の集合の表現」であり、常に変化・成長するアイデンティティの状態を管理するための仕組みとして、アイデンティティマネジメントシステム(IMS)が必要となる。IMSとは、アイデンティティ情報を維持するためのポリシー、手順、技術、その他のリソースで構成されるメカニズムのことである。
    • デジタルアイデンティティとは「ある実体に関連する属性の集合の電子的な表現」である。従来のIMS間のアイデンティティ情報のやり取りについては、紙媒体等を用いたアナログでの処理を行っているシステムも依然として多かったが、デジタルアイデンティティの活用により、このような相互のやりとりをデジタル化すること(例えば、マシンリーダーブルな形式でのアイデンティティエビデンスの連携等)を目指す動きも出てきている(=IMSのデジタル化)。
  • 主要なIMSモデルと構成要素
    • 現在の主要なIMSモデルは、Centralizedモデルや、フェデレーションモデルであるが、これらモデルを支える技術要素として、プロビジョニング管理、認証、認可、アイデンティティ連携に関するプロトコルの技術標準が策定されている。
    • また、IMSを適切に運用していくにあたっては、標準プロトコル等の技術要素だけではなく、ガバナンスの要素も踏まえた設計・運用が重要となる。例えば、欧州ではeIDAS規則として法制化されていたり、米国や英国、カナダなどでもデジタルアイデンティティを適切に設計・開発・運用・利用していくためのガバナンスフレームワーク(トラストフレームワーク)が策定されており、これら法規制やフレームワークに準拠したデジタルアイデンティティの活用が求められている。
  • 自己主権型アイデンティティモデル
    • 既存のIMSモデルには、(悪意を持った)IdPにアカウント停止されるリスクや、(悪意を持った)IdPにアイデンティティを改ざんされるリスクが指摘されており、これら懸念に対応するモデルとして、「自己主権型アイデンティティ(Self-Sovereign Identity: SSI)」、「分散型アイデンティティ(Decentralized Identity: DID)」が提唱されている。
    • SSIモデルが提示する(1)認証と属性の分離、(2)選択的なクレーム提示、(3)Unlinkability、(4)過去取得したクレームの再提示・検証が可能、といった特徴により、既存モデルの懸念を解消する可能性を有している。
  • 継続的顧客管理(取引モニタリング(事後))
    • 金融機関はサンクションリスト等および金額等の閾値や顧客の取引傾向から異常取引を検知している。
    • 金融機関は検知した異常取引の内容を精査し、精査結果に応じて顧客リスクを再評価している。
    • 金融機関は検知した異常取引が疑わしい取引に該当する疑いがある場合は、疑わしい取引の届出を実施している。
  • 社内外のアイデンティティ情報を活用した顧客サービス向上
    • 金融機関は顧客の属性や取引傾向を分析し、顧客に適したサービスを選定/設計している。
    • 金融機関は顧客にサービスを提案している。
  • 【AML/CFT】アナログのアイデンティティエビデンスの検証困難性
    • 金融機関は実務上、(1)アイデンティティエビデンスの真正性および有効性を照会・確認する仕組みがない、(2)ヒューマンエラーの可能性、という2つの課題を抱える。なお、(1)の仕組みは、日本においても現状構築されていない。
  • 日本の主要なアイデンティティエビデンスにおける真正性および有効性の検証状況
    • 人の目に頼った真正性および有効性の検証が太宗である。
    • なお、免許証とマイナンバーカードは、デジタルアイデンティティエビデンス(ICチップ情報等)の利用により真正性および有効性検証が機能的には可能なだが、実務での活用拡大に関してはコスト面や運用面での課題が指摘されている。
    • 免許証はICチップに格納された情報により真正性検証可能、マイナンバーカードは公的個人認証の仕組みを使い真正性および有効性の検証が可能である。
    • 実務での活用に関しては、国内金融機関や有識者へのヒアリングにおいて、ICリーダーの準備コストや参照用暗証番号を忘れている等、幅広い活用に向けた課題が意見として挙がっている。
  • 定期的顧客情報調査におけるアナログIMSに起因した諸課題
    • 定期的顧客情報調査においては、顧客と金融機関の間の書面によるやり取りに起因した事務負担やコスト負担の課題が発生している。(顧客情報確認書類が紙ベースであることによる郵電費負担が大きい、顧客にとって郵便物の投函等の返送手続負担が大きい、金融機関職員にとって紙で受け取った顧客情報確認書類のデータ化負担が大きい、など)
  • アイデンティティ情報を活用したサービス提供課題の概要
    • 複数サービス横断で顧客データを利活用するための、データ利用許諾の整備負担
    • 識別子の不一致によりデータ集約が困難:部門/組織毎の管理により顧客識別子不一致・他社データとの顧客識別子不一致
    • 社内外のデータフォーマットの不統一によりデータ集約が困難
    • データ利活用の目的と範囲に関する、顧客と金融機関の認識齟齬リスクの増大
  • 顧客識別子やデータフォーマットが社内で不統一でありデータ利活用が困難
    • 金融機関における情報分析業務に関して、複数の文献でデータの部分最適化に関する課題が指摘されている。
    • 銀行の管理会計は縦割りの部門軸であったため、事業部門・プロダクトごとに管理された膨大な数の業務によってマスターデータは部分最適化が進み、横串での管理が困難な状況であるとの指摘が国内金融機関実務者から上がっている。)
    • データ設計に関するルールがなく、システム毎にコード体系や粒度が異なり、データの体系を揃えるのに負担が大きくコストも大きいため、分析に有用なデータを提供することができないという問題も有識者から指摘されている。)
    • 社内データが部分最適化されると、顧客識別子やデータフォーマットが部門毎やシステム毎に異なる場合があり、サービス向上に向けた顧客軸での横断的なデータ分析を十分に行えない、という課題が発生していると考えられる。
    • 関連する課題として、顧客との間のデータ利用許諾は契約の都度利用目的を明示する形で説明を行う等サービス毎になっている場合があり、その場合、顧客軸での横断的な分析にはデータ利用許諾の確認が必要なケースがあると考えられる。また、その際の不十分な顧客への説明により、顧客が顧客自身が望まないデータ利活用を懸念する可能性がある。
  • 非対面化による対面・アナログIMSの課題の一部解消
    • 顧客・金融機関の一部事務負担は削減されるが、非対面化に伴う本人確認の難度上昇や、本人所在確認のための口座開設郵送通知コスト、Web申込用のインフラ整備・運用コスト(Web申込に対応する場合のみ)が新たに発生している。
  • 非対面化後も残る課題
    • 非対面化後も、顧客の事務負担と金融機関の書類保管コスト以外の課題は解消されないまま残存するほか、本人確認の難度上昇等の新たな課題も発生している。
  • 【AML/CFT】非対面化に伴う本人確認の難度上昇
    • 非対面取引は、対面取引と比較して、金融機関側が他人へのなりすましを看破する手段が限定されることから、本人確認の精度が低下するリスクを孕んでいる。
    • 取引の相手方と直に対面しないことで、性別、年代、容貌、言動等を直接確認することで容易に確認できる筈の情報を確認できないまま本人確認を行ってしまうことになる。これにより、本人特定事項の偽りや他人へのなりすましの有無を判断することが困難となる。
    • また、顧客本人ではなく、アイデンティティエビデンスの偽変造等についても認識することが難しい傾向がある。アイデンティティエビデンスのコピーにより本人確認を行う場合には、その手触りや質感を感知できない。
    • 非対面でのonboarding業務において、アイデンティティエビデンスの真正性・有効性の検証が不十分にしかできないアナログIMSを利用している限りにおいては、当該リスクを低減することが困難であり、非対面化により生じる/拡大するリスクが存在することに留意する必要がある。
    • このため、一般的には、非対面取引は対面取引より高リスクなものとして金融機関が認識している傾向にある。犯罪収益移転危険度調査書でも、危険度の高い取引形態の一つとして非対面取引に言及している。
  • 金融機関のデジタルアイデンティティ活用の重要性
    • コロナ禍において社会全体のデジタルシフトが加速し、金融取引のデジタル化も急速に進展する中で、AML等のコンプライアンスの観点から、デジタル空間における本人性の確認がより重要になっている。
    • 手続がデジタルで完結する利便性高いUXが金融においても徐々に普及し、デジタル化への顧客の期待が高まっている。
    • 前節で整理した、金融機関が直面しているアナログIMSの課題解決として、デジタルIMSの活用が期待されている。
  • デジタルIMSによる課題解決:アナログのアイデンティティエビデンスの検証困難性の解消
    • マシンリーダブルでデジタルに検証可能なアイデンティティエビデンスの活用により、アナログIMSにおけるアイデンティティエビデンスの検証困難性等諸課題が解消されうる。
  • デジタルIMSによる課題解決:その他アナログIMSの諸課題の解決
    1. 非対面化に伴う本人確認の難度上昇
      • デジタルIMSによる真正性および有効性の確認により、アイデンティティエビデンス改ざんによるなりすましリスクが軽減されうる。
      • 生体情報等とのバインドにより、提示されたアイデンティティエビデンスが口座開設を申し込んできた当人であることを確認する精度が向上し、なりすましリスクが軽減されうる。
    2. 所在確認のための口座開設通知郵送コスト
      • デジタルアイデンティティエビデンスとして国民IDを利用する場合、国民IDの住所を正として国民IDのアップデートを速やかに取り込む仕組みの構築を行うことで郵便による確認を不要とする。
      • 顧客の取引時の位置情報等を参考に届出住所を確認する仕組みを構築することで、郵便による確認を不要とする。
  • 課題 デジタルIMSの適切な活用を促す規制フレームワークの整備
    • FATFは、規制目的に適したIAL (Identity Assurance Level)が担保されるよう、デジタルIMSの採否基準として以下を提唱している。(1)政府により顧客管理への利用を許可されたもの または (2)堅牢性やIALが政府や政府認可機関により保証もしくは監査され、かつAML/CFTの観点から十分なIALが提供されるもの
    • 加えてFATFは適切なIALが担保されたデジタルIMSの下では、リスクベース・アプローチが可能となり、AML/CFTの高度化や金融包摂への寄与する利点に言及している。
    • 一般に高リスクに分類される非対面取引においても、適切なデジタルIMSに依拠する場合は、標準的もしくは低リスクなレベルのリスクになる可能性がある)。
    • ユースケースの概要
      • 既存の金融機関口座のデジタルアイデンティティを用いて別の金融機関の新規口座を開設する。
      • 顧客の口座開設負担軽減、金融機関のアイデンティティエビデンス検証負担削減、等の効果が期待される。
  • 特定の金融機関(IdP)への依存リスクが高まる
    • 顧客が他社で作成したアイデンティティを用いての口座開設を複数金融機関に対して行う場合、IDの出し手(金融機関A)に対する依存度が高まる可能性があり、これに伴うリスクが懸念される。金融機関Aでの検証に問題が発生した場合、ID連携先の金融機関のサービスに影響が発生する。
    • ユースケースの概要
      • デジタルIMS化により金融機関と顧客のやり取りがデジタル化され、金融機関・顧客双方の事務負担が削減される。
      • デジタルIMS化により他社データを活用した分析の実施が現状より容易になることが期待される。
  • デジタルIMS化によるリスクベース・アプローチの高度化
    • FATFはデジタルアイデンティティに関するガイダンスにて、デジタルアイデンティティによる新たな技術を活用したリスク低減措置の高度化の可能性へ言及している)。
      1. 顧客に紐づく情報の拡大
        • ジオロケーション、IPアドレス、取引に利用したデジタルデバイスのID等
        • インターネットや携帯電話等の様々なチャネルを通じて得られる追加情報
      2. 広範な情報を用いた顧客の行動分析
        • アクセスしている人物に対する本人認証の強化
        • 異常なもしくは疑わしい取引検知の強化
      3. 金融包摂
        • 新興国における従来の公的書類(パスポート、運転免許証等)の代替手段
        • 新興国におけるデジタルアイデンティティの保証レベルに応じた金融サービスの提供
  • ジタルIMSによる課題解決:顧客のアイデンティティ情報の部門間/会社間の紐づけ
    • 社内の各部門のDBが持つ顧客のアイデンティティ情報や他社が持つ顧客のアイデンティティ情報を、デジタルIMS上の共通の顧客識別子に紐づけて管理することで、社内でのデータ利活用の促進が期待される。
    • アイデンティティ情報の連携は、社内の部門間から企業間に広がることが期待されるが、効率的連携には連携仕様の整備が重要である。この点、デジタルIMSにおいては、OpenID Connect®等のアイデンティティ連携仕様の活用により、アイデンティティ情報の連携はより行いやすくなることが期待される。
    • また、金融機関においては個別最適化されたデータ・システムが多数存在しているケースもあるため、現実的には、業務や利用目的が近いシステムに対し部分的に統一を図っていくことで段階的に成果を出していく形が考えられる。
    • ただし、データ利活用の促進に当たり、顧客のアイデンティティ情報の紐づけは解決策の一部であり、データを横串で利用できるよう顧客とのデータ利用許諾規定を見直す等、引き続き残る課題がある。
  • 他社情報の活用に関する諸課題
    • データ利活用が企業を跨いで行われるようになると、複数サービス横断で顧客データを利活用するためのサービス利用許諾整備負担に加え、データ提供側/データ利活用側双方に、情報の第三者提供に関する対応負担が発生する。
  • ユースケースには分類が難しいが既存研究等で指摘されている技術的課題を挙げる。
    1. デジタルID集中によるサイバーセキュリティ脅威の増大
      • IDプロバイダーがデジタルIDを集中管理すると、犯罪者から大量のデジタルIDを一度に狙われるリスクが高まる。より高いセキュリティレベルが求められる。
    2. オンラインID窃盗
      • IDがデジタル化されると、オンラインでのID窃盗のリスクが高まる。デジタルIDの導入と並行してID管理に対するセキュリティレベルの向上も必要である。
    3. Authoritative Sourceの突然死
      • 身元確認が第三者によって実施される場合、Authoritative Sourceの身元確認プロセスに障害が発生すると、影響範囲が広がり、エコシステム全体に影響を与えることになる。
      • インサイダーの脅威IDプロバイダーがデジタルIDを集中管理することで、内部の犯行者が現れるリスクが高まる。IDプロバイダー内部のアクセス権限の管理レベル、セキュリティレベルの向上が求められる。
    4. 記録の完全性
      • ある企業で作成したデジタルIDを他者が利用し、何らか問題が発生した場合、責任の所在を明確にする必要があるため、デジタルIDの作成や更新の記録が完全でなければならない。
    5. 申請者がIDの真の所有者であることの確認
      • バイオメトリクスの活用、IDデータベースの検証・取消リストの活用など、より高度な技術で、申請者がIDの真の所有者であることを確認する必要がある。
    6. 認証技術の有効性についての継続的な測定
      • 継続的認証技術の測定方法が成熟していないため、IDに紐づけられる属性が変化する可能性がある。分析システムはIDが詐欺等により悪用されることを示唆するリスク・シグナルを検知できる可能性がある。
  • 【AML/CFT】法人の実質的支配者確認に関する課題をめぐる動向
    • 国内金融機関に対するヒアリングにおいても、法人実質的支配者の確認負担が高いという意見が出ている。
    • 現状、FATFは、2019年10月公表の「best-practices-beneficial-ownership-legal-persons」において、FATFの相互審査で示された各国の実情を鑑みると、実質的支配者確認において、複数の情報を組み合わせて判断する手法を推奨しており、確認負担自体はやむを得ない側面もある。
    • むしろ、FATFにおいてもこうした対応が推奨されている根本的な課題としては、法人の実質的支配者確認における実質的支配者情報の確からしさを担保する仕組みが確立されていないこと、であると考えられる。
  • 前頁の課題に対し、各国で制度の整備等が検討されている。例えば、日本では以下の検討が進んでいる。
    • 法務省民事局で、犯罪収益移転防止法施行規則第11条第2項第1号の実質的支配者(以下BO)を対象として、商業登記所がBOリストの保管と写しの交付をする制度が検討されている。(令和2年7月法務省民事局「商業登記所における法人の実質的支配者情報の把握促進に関する研究会取りまとめ概要」より)
    • 日本では、公証人の行う定款認証における株式会社等のBOの申告制度により、会社設立時に公証人によるBO情報確認が行われている。
    • 今後の課題は、(1)法人の設立後における継続的なBOの把握及び(2)公的機関が把握したBO情報への捜査機関等によるアクセス。
    • 専門性を有する商業登記所の登記官が実質的支配者を確認するハブとなって統一的に判断を行うことにより、個々の金融機関が窓口でその都度確認を行っている現状に比べ、運用の統一性及び一定レベルの判断水準が担保されることより信頼性が向上するとされている。
  • 【AML/CFT】クロスボーダー取引の諸課題をめぐる動向
    • FSBが2020年4月にG20に提示したクロスボーダー送金の改善に向けた取り組みの第一次報告書では、クロスボーダー送金は、高コスト、低速、限定的なアクセス、透明性不足といった課題に直面している点が指摘されている。
    • 同報告書では、法規制や監督フレームワークに関わる論点として、多様な法的・規制慣行を持つ複数の国・地域をまたいでクロスボーダー送金を行う際の摩擦が指摘されている。コンプライアンスの質を損なうことなく、また、適切な監督を確保しつつ、AML/CFTやその他のコンプライアンス・プロセスの効率性を改善しコストを削減するために、どのような取り組みが考えられるか検討すべきとしている。
    • 関連する議論として、2021年6月に改正されたFATF解釈ノートにより暗号資産の移転時に課せられる通知義務(いわゆるトラベルルール)に関しても、各国のAML/CFT法令の導入が進むと共に、差異に対する対応はFATF自身も課題と認識している
    • 以上から、クロスボーダー取引におけるアイデンティティ管理上の課題は、AML/CFT規制の国家毎の差異や、FATF基準およびその他の規制・監督上の要件を実施する際の国境を越えたデータ共有への法的な障壁(各国のデータ保護法制等)、等、法規制面のものが主であると考えられる。(金融機関のアナログIMSがデジタルIMS化されることで解決されるものではないと考えられる。)
    • 加えて、FSBの第一次報告書*2)では、“企業のための法人識別子(LEI)及び個人のためのデジタルIDの使用の拡大”といったデジタルアイデンティティに関する取り組みがあげられており、これは、金融機関が個人・法人についてのアイデンティティ情報をより効率的に確認するための周辺情報の整備の取り組みであると考えられる。
    • 国内金融機関に対するヒアリングにおいても、クロスボーダー取引における国を跨いだ顧客の情報収集の負担の声はあり、期待される施策であると考えられる。
  • 下表の課題を対象とする。
    1. IAL
      • デジタルIMSの適切な活用を促す規制フレームワーク整備:適切なIALの設定およびIALとリンクしたAML規制の整備を行う。整備のアプローチとして、信頼性の高い国民IDを広く活用することを前提とし、それを可能とするAML規制の整備も考えられる。また、IAL整備の範囲についても、本人確認に特化せず、AML対応に必要な顧客属性の保証レベルまで踏み込む等の対応も考えられる。
    2. ID連携(責任分界を中心に)
      • ID連携当事者間のビジネスモデル・責任分界の未整備:デジタルIDを用いたKYC共有化を実現した際、各種チェック等を行う最終責任を明確化-新規口座開設時や継続的顧客管理実施時にデータの最新化が求められるため、その担い手・責任を明確化-データ過誤により顧客もしくはIDを利用した金融機関において何らかの損害が発生した場合の責任分界の明確化
      • 特定の金融機関(IdP)への依存度が高まる:特定のIdPへの依存度を下げるためには、SSI/DIDが課題解決策の一つと考えられる。一方、金融規制の実施においては、SI/DIDのデータの運用管理はWalletベンダーに委託、Walletの管理環境はクラウドにあるといった、より信頼性のある管理体制の構築が望ましいという側面がある。
    3. プライバシー(同意管理・データミニマイゼーション)
      • ID連携の同意管理負担
      • 複数サービス横断で顧客データを利活用するための、データ利用許諾の整備負担
      • データ提供側として、情報の第3者提供に関する顧客同意対応負担が大きい
      • 情報の第3者提供に関して、データ受け取り側としての対応負担が大きい
      • データ利活用の目的と範囲に関する、顧客と金融機関の認識齟齬リスクの増大
    4. 金融包摂
      • デジタル対応できない人物の金融排除:各国の現状の金融機関の業務整備状況や各国の政治体制等応じて対応-デジタルアイデンティティを活用した金融に必要なインフラ(アイデンティティ管理インフラや決済インフラ)を国を挙げて整備し、全国民をデジタルに取り込む方針に基づき対応-既存の業務も活用しアナログ・デジタル両方の形での受入を行う方針(日本等先進国)。金融当局および金融機関はデジタル化によりAMLの高度化を図っている側面もあるため、AMLの高度化と金融包摂のバランスを取った対応が必要
    5. 相互運用性
      • 煩雑なID連携仕様への対応負担:技術仕様や関連する法制度の整備を官民の連携により対応し、社会全体への幅広い普及を目指す
    6. 新しい業務へ移行するための投資判断
      • 最適化された既存業務をデジタルIMS利用のために変更する投資判断が困難:投資額を費用対効果の面から妥当なものとするため以下等を検討-インフラの共同利用によるコスト削減-国として整備を進めるよう官の巻き込み-ID連携による収益化
    7. クロスボーダー取引の諸課題
      • AML/CFT規制の国家毎の差異や、FATF基準及びその他の規制・監督上の要件を実施する際の国境を越えたデータ共有への法的な障壁:広域に適用可能なeIDを活用し取引時確認の統一化を行い、かつ広域に対して取引時確認統一化と平仄を合わせたAML指令を整備(EU・北欧の事例)のように、クロスボーダーを行う法域間での協調による対応が一つのアプローチとして考えられるか
  • プライバシー考慮事項として、下記点が挙げられている。
    1. 個人を特定できる情報(PII)を非公開にする
      • DIDメソッド仕様が、すべてのDIDとDID Documentが公開されているpublic verifiable data registryのために書かれている場合、DID Documentには個人データが含まれないことが重要である。すべての個人データは、DID subjectの管理下にあるサービスエンドポイントの後ろに保管されるべきである。個人データは、DID Document内の公開鍵記述によって識別され、かつ安全に保護された通信チャネルを使用して、プライベートなP2Pで交換できる。また、個人データが不変の分散型台帳に書き込まれないため、DID subjectや依頼者はGDPRの忘れられる権利を実行できる。
    2. DIDの相関リスクと別名DID
      • DIDは相関関係に使用されるかもしれないため、DID controllerは、対となるユニークなDIDを使用することで、このプライバシーリスクを軽減できる。各DIDは別名として機能する。
    3. DID Documentの相関リスク
      • 別名DIDの相関防止保護は、対応するDID Document内のデータを相関させることができれば容易に打ち破られる。例えば、複数のDID Documentで同じ公開鍵記述または独自サービスエンドポイントを使用することは、同一DIDの使用と同程度の相関情報が提供される。エンドポイントプライバシーのためのより良い戦略は、多くの異なるsubjectによって数千、数百万のDIDでエンドポイントを共有することかもしれない。
    4. subjectへのタイプの割り当て
      • DID subjectのタイプおよび性質を、明示的、あるいは推論によって示すために使用できるプロパティをDID Documentに追加することは危険である。そのようなプロパティは、個人を特定できる情報や相関可能なデータがDID Document内に存在するだけでなく、特定の操作や機能性に含まれたり除外されたりするような方法で特定のDIDをグループ化するために使用できる。これらのリスクを最小化するために、DID Document内のすべてのプロパティは、DIDの使用に関連する暗号材料、エンドポイント、または検証方法を表現するためのものであるべきである。
    5. プライバシー群
      • DID subjectが群の中で他と区別がつかない場合、プライバシーを利用できる。デジタルフィンガープリントを減らすためには、要求側の実装で共通設定を共有し、有線プロトコルでネゴシエートされたオプションを最小限に抑え、暗号化されたトランスポートレイヤーを使用し、メッセージを標準的な長さにパディングする

最後に、最近の報道から、AML/CFTやマネロン関連事件等について、いくつか紹介します。

  • 特殊詐欺による収益をマネー・ローンダリングしたとして、福岡、秋田など4県警の合同捜査本部は、IP電話回線レンタル会社「ボイスオーバー」の経営者と、傘下業者の容疑者2人を組織犯罪処罰法違反(犯罪収益等隠匿)容疑で逮捕しています。報道によれば、同社は特殊詐欺用に回線を貸し出す国内有数の業者とされていますが、貸し出した先の特殊詐欺グループによる被害は2013年以降の約8年間で約4,600件、計約80億円に上るとみられているといいます。詐欺グループは回線を利用して還付金詐欺などを実行、詐取金の一部がA容疑者側に流れていたといい、B容疑者はA容疑者の意向を受け、詐欺グループに指示していたとされます。本コラムでは以前から、IP電話回線レンタル会社の「犯罪インフラ」化に警鐘を鳴らしていましたが、大手業者の深刻な「犯罪インフラ」化の実態は大変な危惧を覚えます。
  • 特殊詐欺についての警視庁からの照会に対し、偽の契約者情報を提出した(警視庁から特殊詐欺事件の捜査で電話番号の照会を受け、偽造した免許証の写しや契約書を郵送で提出した)として、同庁は通信会社「モバイル801」社長ら男3人を偽造有印私文書行使と偽造有印公文書行使の疑いで逮捕しています。報道によれば、逮捕容疑は6月上旬ごろ、特殊詐欺に使われたIP電話回線をめぐり、警視庁から契約者について照会を受けた際、回答時に架空の人物の名義で偽造した契約書や免許証の写しを提出したというもので、同課は同社の運営に関与していた容疑者が事件を主導し、本当の契約者を隠す目的で偽造書類を提出したとみているといいます。同社はIP電話回線の再販事業を展開、同社が販売した電話回線が悪用された特殊詐欺の被害は、2020年3月~21年7月に都内で少なくとも4件(被害総額約9,000万円)確認されたといい、この間に同社が販売した回線は約170あり、同課は、いずれも特殊詐欺に悪用された可能性があるとみて調べているということです。前項の事件同様、IP電話回線再犯業者の「犯罪インフラ」化(道具屋化)もまた深刻な状況です。
  • シンガポール金融管理局(MAS、中央銀行)は、各行が顧客や取引の情報を共有することができるデジタルプラットフォームを2023年上半期に導入すると発表しています。マネー・ローンダリングや犯罪活動への資金供給を防ぐ取り組みの一環。で、同国内で事業を展開する主要6商業銀行(DBSグループ、OCBC、UOB、スタンダード・チャータード銀行、シティバンク、HSBC)と協力するということです。MASは、顧客口座の異常な動きについて金融機関が互いに警告し合えないことが課題だったとし、金融犯罪はこうした不備を頻繁に突いてくると指摘、「情報共有の枠組みは重大な犯罪行為を対象に設計され、金融機関は悪人をより早急に検知できるようになる」と説明しています。MASの指摘・問題意識は正にそのとおりであり、日本においても同様の共有化が進むことを期待したいところです。

(2)特殊詐欺を巡る動向

特殊詐欺の手口に関する興味深い記事「犯人はタカハシが好き?防犯メール3万件分析で見えた詐欺電話の傾向」(2021年10月8日付朝日新聞)がありました。そこから見えてきたように手口に一定の傾向があるのは、「マニュアル化」されているからとの警視庁の指摘は、筆者にとって腹落ちするものでしたが、こうした「幹」の部分と「枝葉」のアレンジされた部分のトレンドを理解することによって、「だましの手口」を見抜く力の向上に直結するものと考えられます。

また、特殊詐欺の被害は日本だけではありませんし、日本の特殊詐欺グループが海外に拠点を持ち活動していることなどは本コラムでもたびたび紹介してきたとおりです。中国における特殊詐欺グループについて、最近、東南アジアを拠点とする中国の詐欺グループに加わって指名手配された容疑者が続々と帰国しているとの報道がありました(2021年10月4日付朝日新聞)。ゲーム依存症に対する取締りなど、中国当局の規制のあり方は「やりすぎ」なことも多いのですが、特殊詐欺のような卑劣な犯罪に対してこれだけ強い姿勢で臨めることは、筆者としてはある意味うらやましくもあり、考えさせられるものでもあります。

日々進化を続ける特殊詐欺ですが、その新しい手口等について、いくつか紹介します。

  • 日本語がほとんど話せない外国人がキャッシュカードなどを受け取る役目の「受け子」をしている事件が確認されています。警察官や自治体職員などをかたる場合、外国人が来たら不審に思われるところ、コロナ禍に便乗し一言も話さないという新手の手口が外国人受け子を可能にしたといえます。背景には、摘発されるリスクの高い受け子の「人材不足」が影響し、外国人までリクルートせざるを得ない事情もあると考えられます。2021年10月1日付産経新聞によれば、その手口は「80代の女性宅に郵便局員をかたる男から電話があった。その後、女性のもとには埼玉県警の警察署員を名乗る男から「(口座から現金を引き出した)受け子を逮捕した」「キャッシュカードを新しくする必要がある」などと電話がきた。署員役は女性宅に捜査員を向かわせるとした上で、「コロナですからマスクと手袋を着用させ、一切しゃべることはさせません」と断りを入れた。その日の昼過ぎ、捜査員を名乗る男が女性宅を訪ねると、男は持っていたスマートフォンのスピーカー機能を使って署員役とつなぎ、女性にカードを封筒に入れるよう指示。女性に印鑑を持ってくるよう求め、そのすきに捜査員役が封筒を別の封筒とすり替えた。捜査員役がすり替えた封筒を渡した後、電話口の署員役が最後に「26日ごろまで封筒を開けないでください」と指示。捜査員役は一言も発さないまま、女性宅を後にした」といったものです。さらに、報道によれば、この事件の受け子も中国人と見られるほか、別の事件で摘発された中国籍の専門学校生の女は「日本語レベルは問わない」「高収入」などとうたう中国人向けの求人サイトを通じ受け子になったといい、中国の通信アプリを使って指示役とやり取りしていたといいます。警視庁は背後に日本人と中国人からなる詐欺グループがいるとみて捜査しているところ、「この手口が広まるのは脅威。『カードを交換する』と言われたらすぐに警察に通報してほしい」、「摘発のリスクが高い受け子役のリクルートが難しくなっているのではないか」とも分析しているようです。本コラムでもたびたび指摘しているとおり、被害者と接する受け子や、ATMで詐取金を引き出す「出し子」は、摘発のリスクが高いといえます。この点については、警視庁が今年上半期(1~6月)で詐欺事件に関与したとして摘発した人数は390人で、そのうち受け子は247人、出し子は51人で全体の7割以上を占めているという数字もあり、いかにリスクが高いかが分かります。
  • 対面しない詐欺も新たに登場しています。香川県内では、今年に入って、新型コロナウイルスの感染防止を理由に、被害者と対面せず、現金をだまし取る手口が増えているといいます。9月には、中国籍の4人組が詐欺と窃盗の疑いで逮捕されましたが、4人は何者かと共謀し、岡山市内の80代の女性宅に百貨店の従業員になりすまして電話し、「あなたのキャッシュカードが不正に使われている可能性がある」「カードの利用停止措置をした」などと言い、「新型コロナの関係で直接会って受け取ることが難しいのでポストに入れてください」と告げたといいます。4人は女性が自宅のポストに入れたカード2枚を盗み出し、金融機関などで計110万円を引き出した疑いがあり、他にも余罪があるとみられています。
  • 息子や親族をかたって現金をだまし取ろうとするオレオレ詐欺では、電話を受けていったんだまされたふりをして犯人検挙に結びつける「だまされたふり作戦」が編み出されましたが、最近では、それを逆手に取って、「お金を取りに来る犯人を捕まえるので100万円を渡してください」などと伝えて現金を詐取する巧妙な手口も出てきています。さらに、コロナ禍に便乗して、「コロナの検査キットを送ったはずだが、届いていないか」などといった電話が確認されているほか、給付金の支給をうたうなど、手口が多様化している実態もあります。
  • 10月分の「年金振込通知書」について、日本年金機構は宛名と別人の基礎年金番号などを記載して送るミスが起き、対象は愛知、三重、福岡3県の計53市区町村約97万人分になると公表しています。同機構は「基礎年金番号だけで個人は特定できない」としていますが、自分の情報が他人に見られる可能性も高く、受給者に心配が広がっています。その一方で注意しないといけないのは、社会的に関心の高いこうした問題に乗じて受給者の不安をあおり、「お金を振り込めば個人情報の流出を防げる」などとし、詐欺まがいの電話や訪問などが横行する可能性があるということです。通知書をめぐって見ず知らずの人から連絡があっても、応じないことが重要となります。
  • 「お手持ちのお金が偽札にすり替えられている」などと語る不審な電話が東京都内の住宅にかかってきているといいます。特殊詐欺の新たな手口で、電話を受けた人が家を訪れた偽警察官に「回収」名目で現金をだまし取られる被害も今年になって急増しているということです。具体的な手口としては、「警視庁の警察官」を名乗る男から、「空き巣犯を捕まえました。犯人はあなたの家にも侵入しており、お金を偽札にすり替えたようです」「偽札かどうか調べたいので、今から向かう警察官に手渡してほしい」といった電話があり、直後に警察官を名乗る男が男性宅に現れ、現金を手渡してしまうというものです。報道によれば、都内での同様の被害を、警視庁は2019年ごろから確認しており、被害は2019年が5件、2020年は26件だったところ、今年は8月までに54件と急増し、計約2億円がだまし取られたということです。
  • 特殊詐欺による違法な収益と知りながら電子マネー利用権を買い取ったとして、神奈川県警捜査2課などは、東京都や横浜市などの26~39歳の男5人を組織犯罪処罰法違反(犯罪収益等収受)容疑で逮捕しています。3年余りの間に、約57億円の電子マネーを特殊詐欺グループなどから額面より安く買い取ったうえで転売し、差額で稼いでいたとみられています。なお、特殊詐欺では、細かく役割分担がなされいますが、電子マネーを現金化する「換金役」の摘発は珍しいといえます。

次に、例月どおり、直近の特殊詐欺の認知・検挙状況等について確認します。

▼警察庁 令和3年8月の特殊詐欺認知・検挙状況等について

令和3年1~8月における特殊詐欺全体の認知件数は9,348件(前年同期9,056件、前年同期比+3.2%)、被害総額は177.6億円(179.6億円、▲1.1%)、検挙件数は3,992件(4,655件、▲14.2%)、検挙人員は1,455人(1,574人、▲7.6%)となりました。特に、これまで減少傾向にあった認知件数が増加に転じている点が特筆されます。一方で、被害総額や検挙件数・検挙人員は引き続き減少傾向となっています(詳しくは分析していませんが、コロナ禍における緊急事態宣言の発令と解除、人流の増減等の社会的動向との関係性が考えられるところです)。うちオレオレ詐欺の1,930件(1,388件、+39.0%)、被害総額は54.7億円(40.7億円、+34.4%)、検挙件数は860件(1,286件、▲33.1%)、検挙人員は467人(385人、+21.3%)と、認知件数・被害総額ともに大きく増えている点が懸念されるところです。これまでは還付金詐欺が目立っていましたが、そもそも還付金詐欺は自治体や保健所、税務署の職員などを名乗るうその電話から始まり、医療費や健康保険・介護保険の保険料、年金、税金などの過払い金や未払い金があるなどと偽り、携帯電話を持って近くのATMに行くよう仕向けるものです。被害者がATMに着くと、電話を通じて言葉巧みに操作させ(このあたりの巧妙な手口については、暴排トピックス2021年6月号を参照ください)、口座の金を犯人側の口座に振り込ませます。直近では新型コロナウイルスを名目にしたものが目立ちます。一方、警察庁によると、ATMに行く前の段階の家族によるものも含め、声かけで今年上半期は6,774件、約26億9,000万円と昨年同期を大きく上回る水準で特殊詐欺の被害を防いだといいます。報道によれば、警察庁は「ATMでたまたま居合わせた一般の人も、気になるお年寄りがいたらぜひ声をかけてほしい」と訴えていますが、対策をかいくぐるケースも後を絶ちません。なお、最近では、本コラムでも毎回紹介しているように金融機関やコンビニでの被害防止の取組みが浸透しつつあり、ATMを使った還付金詐欺が難しくなっているのも事実で、そのためか、オレオレ詐欺へと回帰している可能性が疑われます。最近では、コロナ禍の影響もあり、闇バイトなどを通じて受け子のなり手が増えたこと、外国人の新たな活用など、詐欺グループにとって受け子は「使い捨ての駒」であり、仮に受け子が逮捕されても「顔も知らない指示役には捜査の手が届きにくことなどもその傾向を後押ししているものと考えられます。特殊詐欺は、騙す方とそれを防止する取り組みの「いたちごっこ」が数十年続く中、その手口や対策が変遷しており、流行り廃りが激しいことが特徴です。常に手口の動向や対策の社会的浸透状況などをモニタリングして、対策の「隙」が生じないように努めていくことが求められています。

また、キャッシュカード詐欺盗の認知件数は1,621件(2,130件、▲23.9%)、被害総額は23.8億円(31.7憶円、▲24.9%)、検挙件数は1,176件(1,716件、▲31.5%)、検挙人員は334人(457人、▲26.9%)と、こちらは認知件数・被害総額ともに大きく減少している点が注目されます(上記の考え方で言えば、暗証番号を聞き出す、カードをすり替えるなどオレオレ詐欺より手が込んでおり摘発のリスクが高いこと、さらには社会的に手口も知られるようになったことか影響している可能性があります。一方で、前述したとおり、外国人の受け子が声を発することなく行うケースも出始めています)。また、預貯金詐欺の認知件数は1,706件(2,864件、▲40.4%)、被害総額は21.1億円(38.8億円、▲45.6%)、検挙件数は1,424件(835件、+70.5%)、検挙人員は472人(537人、▲12.1%)となり、こちらも認知件数・被害総額ともに大きく減少している点が注目されます(理由はキャッシュカード詐欺盗と同様かと推測されます)。その他、架空料金請求詐欺の認知件数は1,348件(1,268件、+6.3%)、被害総額は43.1憶円(45.8億円、▲5.9%)、検挙件数は156件(372件、▲58.1%)、検挙人員は79人(89人、▲11.2%)、還付金詐欺の認知件数は2,543件(1,045件、+143.3%)、被害総額は28.8億円(14.9憶円、+93.3%)、検挙件数は338件(276件、+22.5%)、検挙人員は66人(32人、+106.3%)、融資保証金詐欺の認知件数は110件(226件、▲51.3%)、被害総額は1.9億円(2.7憶円、▲29.1%)、検挙件数は13件(109件、▲88.1%)、検挙人員は10人(37人、▲73.0%)、金融商品詐欺の認知件数は23件(42件、▲45.2%)、被害総額は2.1億円(2.9憶円、▲26.9%)、検挙件数は8件(19件、▲57.9%)、検挙人員は13人(22人、▲40.9%)、ギャンブル詐欺の認知件数は43件(71件、▲39.4%)、被害総額は1.3億円(1.6憶円、▲18.8%)、検挙件数は4件(28件、▲85.7%)、検挙人員は4人(10人、▲60.0%)などとなっており、オレオレ詐欺の急増とともに、特にコロナ禍の社会情勢をふまえて「非対面」で完結する還付金詐欺の認知件数・被害総額ともに大きく増加している点がやはり懸念されます。

犯罪インフラ関係では、口座開設詐欺の検挙件数は425件(1,365件、▲68.9%)、検挙人員は284人(597人、▲52.4%)、盗品譲受け等の検挙件数は1件(2件、▲50.0%)、検挙人員は0人(1人)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は1,467件(1,657件、▲11.5%)、検挙人員は1,176人(1,364人、▲13.8%)、携帯電話契約詐欺の検挙件数は111件(135件、▲17.8%)、検挙人員は97人(114人、▲14.9%)、携帯電話不正利用防止法違反の検挙件数は14件(21件、▲33.3%)、検挙人員は7人(18人、▲61.1%)、組織的犯罪処罰法違反の検挙件数は115件(67件、+71.6%)、検挙人員は31人(14人、+121.4%)などとなっています。また、被害者の年齢・性別構成について、特殊詐欺全体では、男性26.1%:女性73.9%、60歳以上91.7%、70歳以上74.2%、オレオレ詐欺では、男性19.0%:女性81.0%、60歳以上96.9%、70歳以上94.0%、融資保証金詐欺では、男性77.9%:女性22.1%、60歳以上26.3%、70歳以上14.7%、キャッシュカード詐欺盗では、男性18.9%:女性81.1%、60歳以上99.0%、70歳以上96.7%、などとなっており、類型によってかなり異なる傾向にあることが分かりますが、概ね高齢者被害の割合が高い類型では女性被害の割合も高い傾向にあることも指摘できると思います。このあたりについては、以前の本コラム(暴排トピックス2019年8月号)で紹介した警察庁「今後の特殊詐欺対策の推進について」と題した内部通達で示されている、「各都道府県警察は、各々の地域における発生状況を分析し、その結果を踏まえて、被害に遭う可能性のある年齢層の特性にも着目した、官民一体となった効果的な取組を推進すること」、「また、講じた対策の効果を分析し、その結果を踏まえて不断の見直しを行うこと」が重要であることがわかります。なお、参考までに特殊詐欺被害者全体に占める高齢被害者(65歳以上)の割合について、特殊詐欺被害者全体に占める高齢(65歳以上)被害者の割合について、特殊詐欺全体では88.2%(男性22.9%、女性77.1%)、オレオレ詐欺 96.2%(18.5%、81.5%)、預貯金詐欺 98.7%(16.4%、83.6%)、架空料金請求詐欺 48.1%(54.3%、45.7%)、還付金詐欺 94.2%(24.7%、75.3%)、融資保証金詐欺 17.9%(82.4%、17.6%)、金融商品詐欺 56.5%(38.5%、61.5%)、ギャンブル詐欺 34.9%(53.3%、46.7%)、交際あっせん詐欺 0.0%(-、-)、その他の特殊詐欺 33.3%(40.0%、60.0%)、キャッシュカード詐欺盗 98.1%(18.5%、81.5%)などとなっています。

コロナ禍における給付金等の詐取事例もまだまだ報じられています。

  • 新型コロナウイルスの影響で収入が減った事業者を支援する国の「持続化給付金」をだまし取ったとして、警視庁組織犯罪対策1課は、風俗店経営、別の風俗店従業員、自営業の3容疑者を詐欺容疑で逮捕しています。風俗店従業員の知人のベトナム人を通じて同国の留学生らに不正受給させ、計約1億円を詐取していたとみられるということです。容疑者らから依頼を受けたベトナム人男性らは、フェイスブックを通じて「70万円の手数料を払えば30万円をもらえる」などと同国の留学生に呼び掛けていたといい、ベトナム人男性は不正受給について「100件くらいやった」と話しているといいます。
  • 政府の観光支援事業、「Go Toトラベル」キャンペーンを巡り、虚偽の申請をして国から給付金約4,000万円をだましとったとして倉敷市の旅行会社社長の男ら2人が、詐欺の疑いで逮捕されています。報道によれば、2人は共謀し、2020年10月と11月の合わせて2回、容疑者が社長を務める旅行会社「ひかり観光」が団体旅行を受注していないにもかかわらず、団体旅行客がもう1人の容疑者が経営するホテルに宿泊したなどの虚偽の申請をし、国から給付金をだまし取った疑いがもたれているということです。なお、「Go Toトラベル」キャンペーンを巡る詐欺事件での逮捕は、岡山県内では今回が初めてだといいます。
  • 昨年6月、新型コロナウイルス対策の持続化給付金100万円をだましとったとして当時、消防士だった男ら2人が逮捕されています。報道によれば、2人は、給付要件を満たす個人事業者を装い、中小企業庁にうその申請をして、持続化給付金をだまし取った疑いがもたれており、2人は同じ高校の出身で、同様の事件で元消防士が1度、自称仲介業の男が3度逮捕されているということです。

最近の特殊詐欺を巡る報道から、いくつか紹介します。

  • 高齢者宅で現金をだまし取ったとして、警視庁は、服飾業の容疑者ら「受け子」グループの男女34人を詐欺容疑などで逮捕しています。警視庁はこのグループが2017~19年に東京、大阪など14都府県の高齢者ら約60人から計約1億6,000万円を詐取したとみています。容疑者らは2018年12月、大阪市の無職の80代女性宅を訪れ、現金1,500万円をだまし取った疑いがあり、事前に仲間が孫を装って電話し、「書類を誤って郵送し、今日中に現金が必要」とうそをついた上、孫の上司の息子を装って訪問したというものです。警視庁は2018年に最初の1人を逮捕し、供述や防犯カメラなどの捜査でメンバーを1人ずつ特定、容疑者が統括役で、詐取金の回収も行っていたとみて調べているといいます。
  • 介護保険料などの払い戻しを装い、高齢者らをATMに誘導する「還付金詐欺」の被害が京都府内で増加しており、今年8月末時点で21件と、昨年1年間の認知件数4件を大幅に上回っています。2021年10月4日付読売新聞で、直前で被害を免れた京都市の60代の女性が、「まさか自分がだまされるとは思っていなかった」、「何百万円だったらそんなはずはないと言えるが、35,000円ならあり得るかもしれないと思ってしまった。心の弱みにつけ込まれてしまった」などと話しています。さらに、「ニュースなどで詐欺について知っていたつもりだったが、「どこか人ごとのように思っていたかもしれない。誰にでも起こる可能性があると伝えたい」などとしています。還付金詐欺が増えている原因については、京都府警は「1回でだまし取れる金額は低いが、受け子を必要としないなどリスクが低いことが大きな要因の一つではないか」と分析しています。
  • 米国籍の男性を装いSNSで知り合った女性から現金90万円をだまし取ったとして、京都府警東山署は、シンガー・ソングライターの70代の女性を詐欺容疑で再逮捕しています。交際相手のように振る舞って恋愛感情を抱かせ、金銭を要求する「国際ロマンス詐欺」の手口とみられますが、このケースでは、容疑者自身も外国籍の男をかたった詐欺の指示役とみられる人物に恋愛感情を抱き「指示してくれる人の役に立ちたかった」と、被害者から現金を受け取る「受け子」を無報酬でしていたといいます。
  • 高齢者から現金やキャッシュカードをだまし取ったとして、警視庁は、無職の20~40代の男女6人を詐欺や詐欺未遂などの容疑で逮捕しています。報道によれば、6人は、東京都内や横浜市の60~80代の男女5人の自宅に警察官を装って「あなたのカードが偽造された。今から取りに行く」とうその電話をかけ、現金350万円とキャッシュカード計16枚をだまし取るなどした疑いがあり、5人のうち4人の口座から計約920万円が勝手に引き出されていたということです。なお、このグループについては、今年1~9月に計10億円以上を詐取した可能性があるとみられています。さらに、特殊詐欺グループは多くの場合、マンションなどに拠点を設け、だましの電話をかけるメンバーを集めて詐欺を行いますが、このグループの場合、6人のうち2人はリクルーター、4人が受け子で、SNSで指示を受けて、各自の自宅から電話をかけていたという「テレワーク型詐欺」とでも言うべき点が極めて特徴的です。警視庁は、新型コロナウイルスの感染対策のほか、拠点の一斉摘発を免れるため分散していたとみているといいます。
  • 「テレワーク型詐欺」ではありませんが、商業施設の駐車場を転々としながら特殊詐欺の電話をかけ続けた事例もありました。埼玉県警は、無職の男2人を詐欺容疑で緊急逮捕しています。報道によれば、両容疑者は何者かと共謀して、東京都杉並区の70代の無職女性に義弟や金融機関職員などを装って「600万円入れるから口座を教えてほしい」などと電話し、現金550万円をだまし取った疑いがもたれています。県内での特殊詐欺事件の捜査で両容疑者が浮上、富士見市のショッピングモールの駐車場にいたところを取り押さえたということです。
  • 山口県内でうそ電話詐欺の被害が相次いで発生したことを受け、山口県警は「うそ電話詐欺警戒警報」を発令しています。10月1日に制度の運用が始まってから初めての発令となるとのことです。「うそ電話詐欺警戒警報」は、昨年を上回るペースで被害が出ているうそ電話詐欺を未然に防ごうと県警が10月1日から運用を始めた新たな制度で、警報が発令されるのはおおむね10日の間に5件以上の被害を確認したときか、1日に同じ手口の不審電話を10件以上認知したときに発令されるということです。山口県内では10月8日までの3日間でうそ電話詐欺の被害が5件、相次いで確認され初の警報が発令されたといい、5件の被害はすべて還付金詐欺だということです。
  • 神奈川県警緑署は、横浜市緑区の80代女性が現金950万円をだまし取られたと発表しています。報道によれば、女性宅に孫を装う男から、アルバイト先のキャッシュカードをなくし、1,000万円ほど必要だと電話があり、女性はその後、自宅に来た「孫の上司のおい」をかたる男に現金を手渡したが、再び孫を装う男と電話で話した際、この男が「コロナにかかっていないか」と、本物の孫と数日前に話したばかりのことを口にしたため、「偽者」と気づいたということです。
  • 静岡県内で、高齢者が多額の現金をだまし取られる特殊詐欺被害が相次いでいるといい、長期化する低金利やコロナ禍による将来不安、コロナ禍で、金融機関に行く機会を減らしている傾向にあることなどから、現金を手元に置く傾向が強まっており、静岡県警は「タンス預金」が狙われている可能性があると分析、「現金はできるだけ自宅に置かず、金融機関に預けてほしい」「空き巣や強盗の被害に遭う可能性もある」」と呼びかけています。報道によれば、例えば、「大事な書類の送り先を間違えた。何とかならないか」と三島市の80代女性宅に息子をかたる男から電話があり、女性は指示されるままに長泉町へ向かい、関係者を名乗る男に現金約2,500万円を手渡したという事件がありました。現金は自宅で保管していたといいます。
  • 北海道警江別署は、札幌市の15歳の無職少年を窃盗の疑いで逮捕しています。報道によれば、少年は昨年10月、静岡県掛川市の80代の女性宅を訪ね、警察官を名乗って女性のキャッシュカード1枚をすり替えて盗んだうえ、現金1,400万円入りの紙袋を持ち去った疑いがもたれており、別の特殊詐欺の捜査で少年が浮上したということです。少年の訪問前に「偽札がはやっている。お札の番号を見ればわかる。警察官を向かわせる」と電話があったといい、盗まれたキャッシュカードで現金も引き出されたことから、金融機関からの連絡で被害が発覚したということです。
  • 息子をかたる電話で高齢女性から現金1,000万円をだまし取ったとして、大阪府警四條畷署は、詐欺容疑で無職の男を逮捕しています。大阪府四條畷市内の70代女性の自宅に、息子を名乗って電話をかけ「保証人になったが、その人が夜逃げしてしまった。1,000万円を貸してほしい」などと嘘を言って現金をだまし取ったというもので、容疑者は「息子の弁護士の弟」を名乗り、女性宅近くで、女性が銀行の貸金庫から出した1,000万円を受け取っていたといいます。女性は1人暮らしで今月10日に息子が女性宅を訪れ、被害が発覚、同署が被害届を受理し、現金受け渡し場所付近の防犯カメラ捜査などで容疑者を割り出したということです。
  • 秋田県警由利本荘署は、由利本荘市に住む30代の女性が現金1,460万円をだまし取られる詐欺被害に遭ったと発表しています。報道によれば、女性の携帯電話に、「NTTファイナンスサポートセンター」をかたって「ご利用料金の支払い確認が取れておりません」とのショートメッセージサービス(SMS)が届いたため、記された連絡先に電話をかけると、「支払い確認が取れないのは、あなたが詐欺事件の主犯格だからです」「解決金100万円を支払ってもらう」などと相次いで要求され、複数回にわたり、指定された口座に同市内のATMで現金計1,460万円を振り込んだというものです。女性は「メールが来て解決金を支払わなければいけないと思った」と話しているといいます。高齢者だけでなく、30代の女性でもだまされることがあることをあらためて認識させられます。

本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニエンスストア(コンビニ)や金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(最近では、これまで以上にそのような事例の報道が目立つようになってきました。また、被害防止に協力した主体もタクシー会社やその場に居合わせた一般人など多様となっており、被害防止に向けて社会全体の意識の底上げが図られつつあることを感じます)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。

なお、金融機関やコンビニ以外の事例としては、以下のようなものもありました。

  • 神奈川県警宮前署は、特殊詐欺未遂事件の容疑者逮捕に貢献したとして、多摩田園タクシーの運転手の男性に感謝状を贈っています。男性が駅で男を乗せると、男は車内で電話し、「書類を受け取ったら銀行へ行く」と車を待たせて降車、男性は、同署が配った特殊詐欺に関するチラシ通りの行動に思え、同署に通報したといいます。その後、男が駅で降りると、同署員らが、男性が伝えた特徴に基づいて男を見つけ、詐欺未遂容疑で逮捕したというものです。男は、仲間と共謀して80代の女性から健康保険料の返戻金を名目にキャッシュカードをだまし取ろうとしたものの、女性に見抜かれ、犯行を諦めたということです。警察が配布した資料を確認、内容を精査していたこと、注意深く相手を確認したことなど、意識の高さによって被害の防止につながった好事例だといえます。
  • 特殊詐欺の被害を未然に防いだとして、埼玉県警蕨署は、川口市の介護職員の男性に感謝状を贈っています。介護職員の男性は、戸田市内の訪問介護先の90代の男性の自宅を訪れ、男性の足のリハビリを行っていると、80代の妻が電話で、「そんなお金今すぐは無理よ」などと困った様子で話していたといい、不審に思った介護職員の男性が事情を聞くと、息子を名乗る男らから「喫茶店で書類の入ったカバンをなくしたので、100万円を用意してほしい」などと言われていたということです。介護職員の男性は「一度電話を切って、息子さんの携帯に連絡してみたら」と女性を説得、息子に電話をかけたところ、詐欺だとわかり、同署に通報し、被害を防いだというものです。上記事例同様、この男性も日頃から特殊詐欺に関する情報を得ていたことがうかがえ、継続的な情報提供の重要性を痛感させられます

次に金融機関の事例を取り上げます。

  • ニセ電話詐欺被害を防いだとして、福岡県警筑紫野署が、西日本シティ銀行の行員2人に感謝状を贈っています。銀行を訪れた客から相談を受けた際、それぞれ別の詐欺を見抜き、被害を食い止めています。金沢さんは、80代の女性からATMの操作がうまくできないと相談され、送金の理由を尋ねると、女性は「息子がかばんを落とし、取引先にすぐに50万円を振り込まなければならない」と説明、詐欺だと思い手続きを止めさせたというものです。もう1人の永田さんは、60代の夫婦から「市役所から介護保険料の払い戻しがあると電話があった」と相談を受け、金沢さんが詐欺被害を防いだ経緯を知っていたため、警戒しており、「詐欺だと思います」ときっぱり伝えたというものです。報道によれば、2件とも午後の来客で、永田さんは「銀行が閉まる午後3時までに駆け込みで振り込ませる手口が多いので、午後2時以降は特に気をつけています」と話しており、特殊詐欺防止に向けて日頃から取組んでいることをうかがわせます。同署長お「ATMを操作させる手口の最後のとりでは銀行員の方々。今後も積極的に声をかけていただきたい」と感謝しています。
  • 特殊詐欺の被害を未然に防いだとして、群馬県警前橋署は、群馬銀行前橋駅南支店に勤務する男性行員と女性行員の2人に感謝状を贈っています。案内係の女性行員は、来行した80代男性から「130万円を引き出したい」と相談を受け、高額だったため理由を聞くと「家の用事で必要」などと言葉を濁されたため、「詐欺かも」と直感したといいます。女性行員から相談を受けた上司の男性行員が通報したものです。言葉を濁すというちょっとした兆候を掴んで詐欺を疑うということはできそうでなかなか難しいことでもあります。
  • 特殊詐欺を未然に防いだとして、埼玉県警小川署は、小川町の郵便局の局長と局員に感謝状を贈っています。電話をしながら慌てた様子で70代の女性が入店、そのまま、ATMコーナーに向かい「どういうこと」などと通話相手に話していたといいます。この女性は常連客で、「こんな姿見たことがない」と不審に思った局長が女性に声をかけたところ、「天気予報のアプリの未払い金があるから、誰にも言わず、約49万を振り込めと言われた」と話を聞き出し、詐欺だと確信、女性の気が動転していたことから、落ち着かせようと、局長は機転を利かせ、女性の娘として電話を代わり、犯人に「警察に相談する」と言い電話をきったということです。その後、女性の対応を局員が、同署への通報は局長が行ったといいいます。
  • 愛知県警熱田署は、郵便局員3人に感謝状を贈っています。「保険年金課から電話がかかってきた。2万円を返してくれる」。そんな相談を受けた郵便局員が「特殊詐欺」だと見抜き、被害を防いだものです。70代女性が不慣れなATMの操作について、郵便窓口の近藤さんに相談、3人は「『保険年金課』という言葉が出た瞬間、詐欺と直感した」といい、区役所や警察に連絡して、女性を説得、その間も女性の携帯電話には非通知で電話がかかり続けたといいます。報道によれば、郵便局長は「貯金窓口が閉まる夕方を狙い、指示通りにATMを使わせようとしたのかも。少しでも疑問に思ったら相談を」と話しています。
  • ニセ電話詐欺を防いだとして福岡県警久留米署は、久留米南町郵便局の課長代理に感謝状を贈っています。詐欺に気づいていない高齢女性を説得し、ほかの金融機関にも事情を話して口座を止めてもらうなど機転や行動力が評価されたということです。近くの70代の女性が同局を訪れ、「ATMにスキミングの機械が付けられているのでは」と尋ねてきたため事情を聴くと、百貨店の店員を名乗る人物から「カードが不正使用されて高額利用されている」「銀行協会に連絡してほしい」という電話が自宅にかかったといい、女性は動揺し、郵便局のATMを使った際にカード情報が抜き取られたと思い込んでいたといいます。柿本さんは詐欺だと直感、女性は当初信じてくれなかったが、百貨店に自ら問い合わせ、女性に電話をしていないことを確認、本人に伝えて説得したということです。女性が郵便局や別の銀行の口座の暗証番号などを電話で伝えていたことも分かったため、銀行にも連絡、郵便局ともども口座を利用停止にし、被害は出なかったということです。百貨店や他の金融機関にも連絡を入れるなどして被害を未然に防いだ行動力、「お節介」さは大変素晴らしいものとだといえます。
  • SNSなどを通して外国人の異性をかたり、金銭をだまし取る「国際ロマンス詐欺」の被害を未然に防いだとして、神奈川県警厚木署は、厚木市のスルガ銀行厚木鳶尾支店に感謝状を贈っています。「外国から金塊を買うので、定期を解約したい」と同支店の窓口に70代男性が相談に訪れたため、窓口の杉田さんが経緯をたずねると、次から次へとあやしい話が出てきたといいます。報道によれば、男性は6月にSNSで「中村ジェニファー」と名乗る中東の戦場で働く女性医師と知り合ったといい、メッセージ上で親密になると「日本に行きたい」、「結婚したい」などと迫られるようになり、「結婚は無理だよ」と断ると、「10キロの金塊20個を日本に送るので預かって欲しい。運送会社に止められているので、500万円を貸して欲しい」と連絡があり、なぜか振込先の口座は二つで、別人の名義だったということです。杉田さんは1時間以上かけて矛盾点を聞き出し、その日は引き取ってもらい、厚木署に相談、署員から国際ロマンス詐欺の手口だと聞き、被害を防いだということです。強く思い込んでいる高齢者を説得して翻意させるのはかなり大変ですが、時間をかけて話を聞き出したこと(信頼関係の醸成につながると思われます)、その内容の矛盾点を整理したこと(論理的な説得が可能になります)、その日は引き取ってもらったこと(冷静さを取り戻すことができる可能性が高まります)など、大変素晴らしい対応だと評価したいと思います
  • 特殊詐欺被害を未然に防いだとして、神奈川県警山手署は、かながわ信用金庫山元町支店の支店長と女性職員に感謝状を贈っています。報道によれば、80代女性から「金が口座から下ろされていると警察から電話があった。口座残高を確認したい」と問い合わせがあったため、電話に出た女性職員が口座の履歴の確認をしたが下ろした形跡はなく、不審に思って支店長に報告、同署生活安全課に相談して、特殊詐欺の予兆電話だったとわかったものです。犯人は、警察を装った電話で女性を不安にさせ、その後に改めて信金職員を装って電話し、口座の暗証番号を言わせたうえでキャッシュカードを受け取ろうとしたとみられています。すぐに不審と感じるリスクセンスや速やかに警察と連携している点など、日頃からの取組みの成果だと感じさせます

次に、コンビニの事例を取り上げます。

  • 新潟県佐渡市のローソン佐渡佐和田店の店員が特殊詐欺被害を防いだとして、佐渡署から表彰されています。市内の70代男性がパソコンでインターネット中に現れた画面の番号に電話したところ、知らない男から片言の日本語で「画面を消すにはコンビニで22万円分の電子マネーギフトカードを買って番号を連絡してほしい」と言われたといい、男性はローソン佐渡佐和田店で、メモをみながら22万円分を買おうとしたといいます。その様子を店員が不審に思い、事情を聴いたことで詐欺と判明したものです。表彰された店員は元自衛官でコンビニ勤務は3年目だといいますが、ローソンでは店員に特殊詐欺の被害を防ぐよう指導しているということです。
  • 兵庫県警加古川署は、電子マネーを使った特殊詐欺被害を防いだコンビニエンスストア2店に感謝状を贈っています。セブン―イレブン播磨東本荘店では、20万円分の電子マネーを購入しようとした70代の男性に、詐欺被害を心配した女性アルバイト店員が声をかけたところ、男性は「孫へのプレゼント」と話したが、高額だったためオーナーに相談し、同署に連絡、警察官が事情を聞き、電子マネーを使った詐欺とわかったというものです。また、セブン―イレブン加古川平岡山之上店では、5万円分の電子マネーを買い求めた60代男性に店オーナーの長男が声をかけたことから、パソコンを介した詐欺と判明、警察に届けたというものです。2件ともに、電子マネーの購入に伴いきちんと声かけを行い、不審な点があればすぐに警察に相談するという一連の流れができていたことが被害防止につながったものといえます。
  • 電話de詐欺の被害を未然に防いだとして、千葉県警君津署は、君津市内にあるセブン―イレブンのパート従業員の女性2人に感謝状を贈っています。左手に現金30万円、右手に携帯電話を持った50代の会社員男性が、震えながらプリペイドカード30万円分の購入を求めたため、レジにいた従業員が使途を尋ねると、男性は黙って外へ出て携帯で話し始めたといい、従業員は詐欺と確信、別の店員に110番してもらい、同署員が駆けつけてうその請求だとわかったというものです。男性は利用料金の未納額30万円の支払いを求めるメールを見て動転し、相手の指示を疑わずに送金しようとしていたということです。
  • うそ電話詐欺を防いだとして山口県警周南署は、ローソン新南陽土井一丁目店の店員2人に感謝状を贈っています。紙幣を挟んだ通帳を持った70代男性が、35,000円分の電子マネーカードを購入しようとしたため、店員が理由を尋ねると、パソコンにウイルス感染の表示が出て、連絡先に電話すると電子マネーを買うよう指示されたと答えたため、詐欺を疑い、2人で男性を説得したというものです。

最後に、特殊詐欺の未然防止に向けた取組みについて、いくつか紹介します。

  • 特殊詐欺の被害を減らそうと、警視庁の女性警察官が特技を生かし啓発のための漫画を描き、10月の対策強化月間中、2万8000部を住民に配り、注意を呼び掛けているといいます。「アポ電」と呼ばれる不審電話を信じ、詐欺に巻き込まれた人を多く見てきたことから、被害撲滅への思いは強く、得意の絵を生かした啓発を思いついたといい、「活字に比べストーリーが想像しやすく分かりやすい」と評判で、高齢女性が被害に遭う情景を描いた漫画には、警察官をかたる特殊詐欺の手口とともに、対策の注意点も記されているといいます。
  • 漫画家のかわぐちかいじさんが、代表作「空母いぶきGREATGAME」をモチーフにした特殊詐欺根絶運動のポスターを作製し、警視庁小金井署から感謝状が贈られています。ポスターは、東京都小金井市に40年以上住むかわぐちさんに同署が依頼して作製されたといい、主人公の蕪木薫が「信じるな、振り込むな、手渡すな!」と呼び掛けているもので、約3万枚作られ、市内の駅や公民館などに掲示されるほか、新聞の折り込みで配布予定だといいます。
  • 青森県警は、俳優の梅沢富美男さんに特殊詐欺防止の広報大使を委嘱、。梅沢さんへの委嘱は4回目となり、「詐欺を防止するためには一人一人の意識が大切。楽をして稼げる甘い話を信じてはいけない」と呼びかけたということです今後、梅沢さんの写真を載せた被害防止のキャンペーンポスター2,000枚を県内の駅や市役所などで配布する予定だといいます。青森県内の今年の特殊詐欺の被害件数は9月30日現在で前年同期比16件増の38件、被害額は同2,503万円増の5,940万円に上っており、全体の6割以上が還付金詐欺による被害だということです。
  • 大阪府警地域部に所属するバイク部隊「スカイブルー隊」(通称=青バイ隊)が、特殊詐欺対策に一役買っていると報じられています。全国の都道府県警で唯一、交通部所属の白バイ隊とは別に1997年に創設、当初はひったくりなど街頭犯罪の取り締まり強化が目的だったといい、機動力を生かした新たな任務に当たっているということです。大阪府内のひったくりの認知件数は2000年の10,973件をピークに年々減少、今年1~7月は55件で、年間100件を下回るペースで推移していますが、一方、同期間の特殊詐欺の認知件数は約800件で、被害額は約14億1,000万円と、前年同期比で約1億8,000万円増加しているということです。

(3)薬物を巡る動向

全国の警察が今年上半期(1~6月)に大麻事件で摘発した人数(暫定値)が前年同期比305人増の2,544人に上り、過去最多を更新しています。10~20歳代が7割に上り、若者への蔓延が深刻化していることが浮き彫りになりました。20歳未満は505人で昨年の上半期から83人増えたほか、20代は1,296人で174人増、学校種別では、大学生が111人、中高生も105人(同15人増)おり、最年少は14歳となっており、警察庁は、「大麻は有害ではない」などの誤解が一部で広がっていること、SNSなどを通じて入手しやすいことなどが影響していると分析、取り締まりを強化するとともに、ネット上の有害情報の排除や薬物乱用防止に関する広報啓発を進めていくとしています。例えば、福岡県では、県と県警が協力し、薬物依存を断ち切るための教材「少年用大麻再乱用防止ワークブック」を作成、大麻について少年向けの教材を作るのは全国初の取り組みといい、ワークブックを活用して少年らの立ち直りを後押ししたい考えだといいます。具体的には、大麻を使っていた当時の身近な人間関係や一日の生活を振り返りながら、吸いたくなる状況や場所を自身で明確にし、どのように行動を変えれば引き金を避けられるかを考えてもらう内容で、自分の行動を分析することで適切な対処法を見いだし、改善を図る「認知行動療法」の知見が生かされた内容となっているといいます。作成者は。大麻乱用のきっかけを「軽い気持ちで」と説明する若者は多いというが、その言葉の奥に隠れた内面に目を向ける姿勢が解決の鍵だと指摘、「孤独やさみしさを抱えても、様々な事情で人に頼れず、物質に依存してしまうケースが多い。周囲の人と親密な関係を築けるようにサポートすることが欠かせません」と話しています。また、山口県では、今年7月下旬から、若者が多く利用しているツイッターを活用した啓発活動を始めています。県内でツイッター利用者が「野菜」や「手押し」といった大麻に関する隠語を入力すると、童話「ジャックと豆の木」や昔話の「こぶとりじいさん」を模して、大麻の違法性を紹介する約20秒のアニメーションが配信されるというもので、8月末時点で約80万回配信されたということです。山口県薬務課では「思っていたより数字の伸びが大きい。動画を通して大麻の違法性を認識してもらい、安易に手を出さないようにしてほしい」と話しているといいます。また、大麻の使用をきっかけに、覚せい剤など他の違法薬物に手を染めるケースが多いことから、大麻は「ゲートウエー・ドラッグ」と呼ばれており、本コラムでも取り上げたとおり、厚生労働省の検討会では今年6月、「大麻使用の罰則がないことが、『大麻は使用してもよい』という誤ったメッセージになりかねない」として、使用罪の必要性に言及、これを受け、厚生労働省は使用罪を盛り込んだ改正案の国会提出を目指しています。現行の大麻取締法は大麻の所持や譲渡は禁じているものの、覚せい剤取締法のように使用を直接罰する規定はなく、大麻乱用に歯止めをかけるため「使用罪」の新設を求める声が上がっている一方、使用罪の立証方法や摘発の基準は定まっておらず、「大麻は他の薬物と違って体内からすぐに物質が消失してしまうため、使用の検査が難しい。立証方法などを十分に検討する必要がある」との専門家の意見もあります。

また、財務省は、全国の税関による今年1~6月の大麻の押収量が、前年同期の約3倍の約83キログラムだったと発表しています。SNSを通じて海外から入手するケースが増えており、摘発件数も1.3倍の118件となりました。不正薬物全体の摘発件数は20%増の413件で、国際郵便物に隠して密輸しようとした事案が増えています。コロナ禍による入国規制や国際線の運航減の影響で、旅客便を使った密輸は前年同期比84%減の8件に激減、代わりに、国際郵便を使った密輸が39%増の351件と急増する結果となっています。密輸品では、液体大麻の押収量が大幅に増えており、大麻草からエキスを抽出した「大麻リキッド」と言われるもので、紙巻きたばこに代わって普及が進んでいる電子たばこ器具のカートリッジに薄めて仕込み、吸引されているといいます。液体を含む「大麻樹脂」の押収量は70キロで、前年同期の約3.5倍と、2019年の21キロ、20年の68キロという過去2年の年間の押収実績をすでに半年で上回り、4年連続で増える見込みだといいます。

▼財務省 令和3年上半期の全国の税関における関税法違反事件の取締り状況
  • 不正薬物(覚せい剤、大麻、あへん、麻薬(ヘロイン、コカイン、MDMA等)、向精神薬及び指定薬物をいう)
    • 不正薬物全体の摘発件数は413件(前年同期比20%増)、押収量は約619kg(同57%減)と、摘発件数は増加し、押収量は減少した。
      1. 覚せい剤
        • 摘発件数は37件(同12%減)、押収量は約512kg(同20%増)と、摘発件数は減少し、押収量は増加した。
        • 押収した覚醒剤は、薬物乱用者の通常使用量で約1,708万回分、末端価格にして約307億円に相当する。
      2. 大麻
        • 大麻草の摘発件数は66件(同57%増)、押収量は約13kg(同69%増)と、共に増加した。
        • 大麻樹脂等(大麻リキッド等の大麻製品を含む。)の摘発件数は52件と前年同期と同数であり、その内、大麻リキッドが43件(大麻樹脂等の摘発件数の内、関税局・税関において大麻リキッドと判断した物件が含まれるものの件数)と大宗を占めた。
        • 大麻樹脂等の押収量は約70kg(同約3.5倍)と大幅に増加し、上半期で前年の押収量を上回った。
      3. 麻薬
        • コカインの摘発件数は11件(同15%減)、押収量は約4kg(同ほぼ全減)と、共に減少した
        • MDMAの摘発件数は37件(同5%減)と減少し、押収量は錠剤型が約8万6千錠(同36%増)、その他の形状が約8kg(同約6.6倍)と、共に増加した
      4. 指定薬物
        • 指定薬物の摘発件数は141件(同21%増)、押収量は約8kg(同95%減)と、摘発件数は増加し、押収量は減少した。
  • 金地金
    • 摘発件数は2件(同94%減)、押収量は約4kg(同97%減)と、共に減少した。
  • 知的財産侵害物品等
    • 著作権を侵害するDVDや商標権を侵害する衣類等の知的財産侵害物品の密輸入事件を7件告発した。
    • ワシントン条約に該当するタイマイ(ウミガメの一種)の甲羅の密輸入事件や、偽造有価証券の密輸入事件を告発した。

さて、10~11月は「麻薬・覚醒剤・大麻乱用防止運動」が実施されています。今年の取組み等について、厚生労働省のサイトでは以下のような発信がなされています。

▼厚生労働省 麻薬・覚醒剤・大麻乱用防止運動の実施について~薬物乱用の根絶に向けた啓発を強化します~
厚生労働省は、都道府県と共催して、10月1日(金)から11月30日(火)までの2か月間、「麻薬・覚醒剤・大麻乱用防止運動」を実施します。令和2年の我が国の大麻事犯の検挙人員は、7年連続で増加し、過去最多を更新しました。このうち、30歳未満の若年層が65%以上を占めており、大麻乱用期とも言える状況です。麻薬、覚醒剤、大麻、危険ドラッグ等の薬物の乱用は、乱用者個人の健康上の問題にとどまらず、さまざまな事件や事故の原因になるなど、公共の福祉に計り知れない危害をもたらします。一度でも薬物に手を出さない・出させないことは極めて重要であり、国民一人ひとりの理解と協力が欠かせません。この「麻薬・覚醒剤・大麻乱用防止運動」は、薬物の危険性・有害性をより多くの国民に知っていただき、一人ひとりが薬物乱用に対する意識を高めることにより、薬物乱用の根絶を図ることが目的です。

  • 「麻薬・覚醒剤・大麻乱用防止運動」の概要
    1. 実施期間
      • 令和3年10月1日(金)から11月30日(火)までの2か月間
    2. 実施機関
      • 主催:厚生労働省、都道府県
      • 後援:内閣府、警察庁、法務省、最高検察庁、財務省税関、文部科学省、海上保安庁、公益財団法人麻薬・覚せい剤乱用防止センター
    3. 主な活動
      • 例年実施している麻薬・覚醒剤・大麻乱用防止運動地区大会は、新型コロナウイルスの影響により、地域の実情に配慮した上で下記活動を実施します。
        • 正しい知識を普及するためのポスター、パンフレット等の作成・掲示
        • 薬物乱用防止功労者の表彰

最近の日本国内における薬物犯罪等に関する報道から、いくつか紹介します。

  • 大阪市浪速区の音楽事務所で大麻を隠し持っていたとして、大阪府警が事務所の男性役員ら2人を大麻取締法違反(共同所持)の疑いで逮捕しています。経営者の男性が事務所内での大麻売買を黙認していたことも判明、警察当局はこの事務所が大麻の密売拠点だったとみて実態解明を進めているといいます。複数の購入客がいたとされ、これまでに客も含め十数人が摘発されたとみられており、今回の事件を巡っては、京都府警も独自の捜査過程で購入客を検挙、この音楽事務所を中心として広範囲に大麻がまん延していた可能性が高いとみて、両府警は6月に合同捜査本部を設置して捜査を進めていたものです。
  • 東海北陸厚生局麻薬取締部は大麻の売買で男を逮捕・起訴していますが、大麻の密売で得た、70万円相当の暗号資産「モネロ」を受け取ったほか、自宅で大麻を所持していた、大麻特例法違反などの罪に問われています。報道によれば、被告は「モネロ」を日本円に換金した後、1割にあたる7万円ほどを手数料として受け取り、残りを2人に渡したということです。本コラムでも以前から指摘しているとおり、「モネロ」は匿名性が高く、送金情報などの特定が難しいため、犯罪に悪用されるケースが増えていますが、大麻の密売に使われた、暗号資産の決済を巡っての検挙は、全国の麻薬取締部で初めてだということです。
  • 警視庁は、大麻所持の疑いで9月26日に現行犯逮捕した20代の男性について、本鑑定で大麻成分が検出されなかったため9月30日に釈放したと発表しています。渋谷区道玄坂で20代の男性に職務質問をしたところ植物片が見つかり、簡易検査で大麻の陽性反応が出たため現行犯逮捕したものの、9月30日に行った本鑑定で、植物片から大麻成分は検出されず、警視庁は男性に謝罪した上で、釈放したということです。警視庁は、再発防止にむけて、簡易検査の結果のみに頼らないよう指導を徹底していきたいとしています。
  • 京都府警は、同府舞鶴市の舞鶴工業高専に通う学生3人を大麻取締法違反容疑で逮捕、3人を含め同校の18~22歳の男女約10人が「大麻を吸ったことがある」と話しているといい、府警は他の学生にも広まっていた可能性があるとみて調べています。報道によれば、学生らは中高生のころから大麻を使用していたと供述、「大麻パーティーをするために仕入れた」などと容疑を認めているということです。外部から「学校内で大麻がまん延している」との情報提供を受け、数カ月前から捜査を進めていたもので、逮捕を受け舞鶴高専記者会見を開き、3人が同校の学生と認めた上で、内海校長が「今後、こういうことがないようにしたい」と謝罪、「学生の聞き取り調査をし、(事件)全体の概要を明らかにしたい」との意向を示しています。若者への大麻の蔓延もここまできたかと暗澹たる気持ちにさせられる事例です。
  • 佐賀市で覚せい剤の密売を行なっていたとし佐賀県警は無職の51歳の男や客の男など8人を覚せい剤取締法違反の疑いで逮捕しています。容疑者は今年3月、佐賀市内の宿泊施設で30代の男性に覚せい剤およそ0.25グラムを譲り渡した疑いがもたれています。佐賀県警が覚せい剤の密売情報を入手し、関係先数十カ所を家宅捜索、容疑者の妻や養子縁組を行った両親が所持の疑い、福岡県や佐賀県に住む男4人が使用や譲受未遂の疑いで逮捕されています。
  • 末端価格で1億円以上の覚せい剤を密輸したとして、覚せい剤取締法違反などの罪に問われた女の控訴審が名古屋高裁金沢支部で始まりました。この裁判は、被告が、覚せい剤およそ1.8キログラムをキャリーケースに隠して中国から密輸したとして、覚せい剤取締法違反などの罪に問われているものです。一審では、被告が違法な薬物だと認識しながらそれでも構わないという「未必の故意」を裁判所が認定し、懲役7年、罰金300万円の判決を言い渡していました。名古屋高裁金沢支部で開かれた控訴審の初公判で、検察側は「控訴に正当な理由はなく棄却すべき」だと述べました。また弁護側が提出した証拠はほとんどが採用されず、被告人質問や証人尋問も認められず、即日結審しています。
  • 埼玉県警は、オランダから覚せい剤約25グラム(末端価格約150万円相当)を密輸したとして覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)の疑いで、春日部市消防本部の消防士(21)=麻薬取締法違反で起訴=を再逮捕しています。報道によれば、海外の違法薬物販売サイトで覚せい剤を注文、オランダから封筒に入れた状態で自宅宛てに発送し、4月中旬に輸入、成田空港に到着した封筒を税関職員が調べて発見したもので、「借金があり売るつもりだった」と供述しているといいます。
  • 乾燥大麻を所持したとして、福岡県警は、陸上自衛隊都城駐屯地所属の自衛隊員ら男5人を大麻取締法違反(共同所持)の疑いで現行犯逮捕しています。容疑者ら4人は容疑を認めているが、1人は「大麻をもっていないし、使ってもない」と容疑を否認しているといいます。報道によれば、5人は共謀し、福岡市中央区の路上に駐車中の乗用車内で、ポリ袋に入った乾燥大麻約1.9グラムを所持していた疑いがもたれており、署員が車を止めさせて職務質問し、発覚したということです。容疑者は第43普通科連隊所属の陸士長で、同連隊長は「捜査に協力し、判明した事実に基づき厳正に対処するとともに、再発防止を徹底する」とコメントを出しています。また、同じく自衛隊関係では、三重県伊勢市の陸上自衛隊明野駐屯地に所属する男性隊員2人が駐屯地の近くで大麻を吸っていたとして懲戒免職処分となっています。2人は2019年からの2年間に、複数回に渡って駐屯地の近くの公園や路地裏などで大麻を吸っており、久居駐屯地で別の男性隊員が大麻を吸っていた事件を受け、今年3月、明野駐屯地で隊員の尿検査が行われたことで、2人の大麻の使用が発覚したといいます。2人は大麻取締法違反の疑いで書類送検され、その後不起訴処分となっていて、調べに対し「SNSで知り合った売人から大麻を購入した」と話しているということです。
  • 乾燥大麻を譲り受けたり、所持した罪に問われている岩手県警の元事務職員の男の初公判が盛岡地方裁判所で開かれました。男は起訴内容を認め、懲役2年が求刑されています。県警察本部の事務職員だった被告(27)は今年1月から3月、インターネットで乾燥大麻やコカイン、合成麻薬MDMAを複数回購入したうえ、7月には自宅で乾燥大麻を所持した、大麻取締法違反と麻薬特例法違反の罪に問われています。検察側は「警察職員になる前の2012年から違法薬物を使用していて、悪質で、警察への信頼を失墜させた」などと指摘し、懲役2年を求刑、弁護側は、「薬物依存からの脱却を約束している」などとして、執行猶予付きの判決を求めています。
  • イラン人の覚せい剤密売グループのメンバーとみられる男2人が逮捕・送検されています。2人は、三重県鈴鹿市の路上で男性客に覚醒剤約0.25グラムを15,000円で販売した疑いがもたれており、2人は三重県内で覚せい剤を密売するグループのメンバーで、客は100人以上いるとみられています。警察は関係先から、乾燥大麻約32グラム(末端価格約19万円)、覚せい剤約90グラム(末端価格約540万円)を押収していて、入手ルートなどを詳しく調べているといいます。
  • 稲川会佐野組幹部らによる覚せい剤密売事件で、山梨県警が通信傍受法に基づいて事件関係者の通話を傍受し、容疑者の逮捕につなげていたことが分かりました。報道によれば、組員から薬物を購入したとして麻薬特例法違反で起訴された男らの公判で、検察側が「でかいの」「(薬を)入れといて」といった会話を、起訴内容を裏付けるための証拠として明らかにしたものです。この事件を巡っては、覚せい剤の密売に関わったとされる佐野組の組員や、その顧客ら男女計19人が覚せい剤取締法違反などの疑いで逮捕されています。本コラムでも詳しく取り上げていますが、通信傍受法は、裁判所の令状に基づき、捜査機関が特定の犯罪に関係する電話や電子メールなどの通信を傍受できると定めており、捜査機関にとっては「組織犯罪と闘う武器」と言われています。2019年6月施行の改正通信傍受法では、傍受する際に通信事業者の立ち会いが不要となったほか、新たに警察の施設内でも傍受できるようになるなど、捜査により活用しやすくなっています。
  • 日本相撲協会の芝田山広報部長(元横綱大乃国)は、報道陣の代表取材に応じ、薬物問題や新型コロナウイルス対策、SNSに関する研修会を10月16日に実施すると明らかにしています。大相撲では7月に十両貴源治が大麻使用で解雇処分を受けたほか、元力士が現役時代にLINEのやりとりを通じて女子児童に裸の画像を撮影させたなどとして、児童買春・ポルノ禁止法違反などの疑いで9月上旬に逮捕される件もありました。同部長は「以前に何度も(研修などを)やっているが、事例が起きているので、改めて講習を受けてもらう」と意図を説明しています。

最後に海外における薬物犯罪に関する報道から、いくつか紹介します。

  • オランダのルッテ首相を麻薬組織が誘拐や襲撃の対象として狙っている「兆候」が見られるとして、当局が警備を強化しています。麻薬組織と闘ってきた記者が殺害されるなど、オランダの麻薬問題は深刻化しており、事件があった7月から当局は取り締まりを強化しているといいます。
  • 米麻薬取締局(DEA)は、致死性が高い合成オピオイドの「フェンタニル」や「メタンフェタミン」を含むニセ鎮痛剤の違法販売が急増しているとして、注意を喚起しています。米国では2020年、過去最高の93,000人超が薬物の過剰摂取で死亡しており、DEAは「ニセ鎮痛剤の急増が死者数を押し上げている」と指摘しています。報道によれば、国内外の犯罪組織がこうしたニセ鎮痛剤を製造、見た目は「オキシコドン」などの処方薬と同様で、ソーシャルメディアやオンラインサイトを通じて販売されており、10代の若者を含めスマートフォンでも容易に購入でき、処方薬と思って服用すると死に至る危険性があるということです。DEAは、2021年度は過去2年の合計を上回る950万錠のニセ鎮痛剤を押収しており、特にフェンタニルが混じった錠剤の押収量は2019年度比で5.3倍に達しているということです。DEAの検査によると、フェンタニルが混じった錠剤の4割は、致死量のフェンタニルが含まれていたといいます。本コラムでもたびたび取り上げていますが、米国では、医療用麻薬オピオイドの乱用による薬物中毒が増え、社会問題化しています。当初は処方鎮痛剤の乱用が中心だったものの、その後、比較的安価に製造でき、少量でも強力で致死性が高い合成オピオイドのフェンタニルが闇市場で大量に出回り始めたことから、過剰摂取による死者が増え、新型コロナウイルス感染が拡大した2020年は、社会的孤立といった要因で乱用が一段と増え、死者数も増えています。新型コロナウイルスの感染拡大によって、欧米で伸び続けてきた平均寿命が第2次世界大戦以来の大幅なマイナスになる見通しとなっており、これだけ多くの国が同時に寿命を縮めるのは史上まれなことといえます。とりわけ深刻だったのは米国で、(調査対象の)29カ国で最も平均寿命が縮まり、女性が1.65歳、男性が2.23歳も短くなっています。その背景として、コロナ禍だけでなく米疾病対策センター(CDC)は薬物過剰摂取による死者の増加も影を落とすと分析しているようです。
  • 国際刑事裁判所(ICC)は、フィリピンのドゥテルテ政権の「麻薬戦争」における人道に対する罪について、ICCの主任検察官が本格捜査を始めることを承認したと発表しています。検察は2016~19年に「麻薬戦争」で超法規的に殺害された市民は12,000~30,000人に上るとみて責任を追及する構えです。フィリピンは2019年3月に予備調査開始に反発してICCを離脱しましたが、ICCは離脱前までの犯罪には司法権が及ぶと判断、ドゥテルテ大統領がダバオ市長を務めていた期間も含め、2011年からが捜査対象となるということです。なお、ドゥテルテ大統領は、最後の施政方針演説の中で、自身が主導した麻薬犯罪撲滅作戦(麻薬戦争)によって犯罪が減少し、平和と秩序を回復したと主張しつつ、「麻薬まん延との戦いの道のりは長い」と訴えています。2021年7月27日付ロイターによれば、麻薬戦争は数千人の死者を出し、残忍で人道に反すると人権団体などが批判されてきましたし、以前、ICCに自分を裁判にかけるよう言い放ったこともあるドゥテルテ大統領は演説で、「わたしは一度も否定したことはない。ICCは以下を記録してよい。わが国を破壊する者、わが国の若者を破壊する者を、わたしは殺す。わたしはこの国を愛している」と指摘しています。
  • インド当局は、西部グジャラート州のムンドラ港でアフガニスタン製ヘロイン約3トンを押収、インド人容疑者2人が逮捕されています。報道によれば、ヘロインはタルク(滑石)と表示されたコンテナ二つに積み込まれ、アフガンを出発しイランから海上輸送されており、当局は声明で「捜査はデリーやチェンナイなどでも実施した」と説明、全土で一斉摘発を試みたということです。

(4)テロリスクを巡る動向

現在進行形のテロリスクを考えるうえでは、アフガニスタンにおけるタリバン復権の動向に注視する必要がありますが、その歴史的な位置づけや今後の方向性など、もう少し大きな視点でテロリズム/テロリスクを考えることも重要です。まずはこの点について、以下、示唆に富む3つの記事を紹介します。テロリズム/テロリスクについて画一的な見方しかできていなかったことを痛感させられます。

[あすへの考]【西洋・イスラム・国際社会】「9・11」不信の世紀が始まった…立命館大教授 末近浩太氏(2021年9月26日付読売新聞)
イスラム主義は本来、非暴力のローカルな世直し運動です。エジプトやシリアなど、自分たちの住む国や社会をイスラム的なものにしたい、独裁を排した公正なものにしたい、といった動機から始まりました。それが独裁政権の弾圧を受け、60年代に暴力による世直し運動になる。すると、さらに弾圧されるので自国で立ちゆかなくなり、他国に活動の場を求めるようになる。そして、独裁やイスラエル支援などの不条理の背後にあるとみた米国にジハードの矛先を向けていきます。イスラム主義は常に現実の政治や世界との関わりの中で解釈が変わってきました。過激派が登場するのは、元々イスラム主義が世界を不安定にする「原因」だからではなく、世界がそういう人間たちを生み出す構造を持っていた「結果」であることも見落とすべきではありません。ビンラーディンは、非暴力のローカルな世直しよりも、暴力によるグローバルな世直しを目指していました。その結果が「9・11」だったのですが、それが中東イスラム世界の人々の気持ちを代弁していたとは思いません。米国への異常な憎しみは、ビンラーディン特有のものでした。「9・11」は甚大な被害を生んだ衝撃的な事件でしたが、アルカイダというたった一つのテロ組織によって起こされた事件であったことも事実です。だから、それが世界を変えたとすれば、事件自体よりも、事件への反応、特に対テロ戦争というものをしっかりと見るべきです。そもそもテロ組織に世界を変える力があると認めてはなりません。つまり、世界を構成する「私たち自身」の方が変わったという視点が必要で、その「変わった」中身が本当に妥当だったのか。対テロ戦争の論理は「彼我の区別」です。自由文明社会の「我ら」と、テロリスト及びテロを支援するならず者国家の「奴ら」を峻別し、常に敵の存在を前提に政策を策定し法整備を行う。・・・言論の世界でも、人々の間で「見たいものしか見ない」という主観が強まったと思います。中東やイスラムを語るのも難しくなりました。「イスラムが怖い」と考える人は、「イスラムは怖い」と言ってくれる人の主張が真実だと思いがちです。・・・異文化理解の大切さ、広くは「他者」への関心が色あせつつあり、そのきっかけとなったのが「9・11」だったように思います。冷戦終結後の90年代には、いよいよ一体化に向かい出した世界を知ろうとするムードがあった。それが、「9・11」が起こることで、どこか「きれいごと」と見なされるようになり、「他者」への無理解や偏見すらも公言されるようになりました。その意味では、21世紀は「不信の世紀」と呼べるものであり、「9・11」は、21世紀がそうなってしまった「起点」だったように思います。「我ら(自分)」と「彼ら(他者)」との間の差異を設けた上で、「彼ら」を不信や憎悪、排除、攻撃の対象とする思考様式が当たり前になった。近年の排外主義や自国第一主義などの分断の土壌にもなっています。・・・過剰な干渉は慎むべきですが、「他者」への不信や警戒が、無理解や偏見の言い訳となっているように思います。結果として世界は「多様化」したように見えますが、決して「寛容」になったとは言えない。・・・米国のアフガン管理の失敗という「ローカルな失敗」に矮小化されるべきではなく、異質な「他者」との付き合い方を誤った国際社会の失敗という「グローバルな失敗」として見つめ直す必要があると思います。・・・今後の世界を考える上で重要なキーワードは、「ゆっくり急ぐ」かもしれません。タリバンのアフガンでも、国際社会は、圧政や弾圧を阻止するための関与は急ぐ必要がありますが、現地の人々が決めるべき政治や社会のあり方について結論をせかすような介入はすべきではないでしょう。硬直化した価値観を押しつけ合うのではなく、西洋もイスラム世界も納得できる第三の道を求め続けてこそ、「9・11」の病理を克服できる。多様化した世界の「新たな近代」もそうやって出来ていくと思います。
欧州の「ホームグロウンテロ」の盛衰。カギはタリバンか?(2021年9月18日付毎日新聞)
「9・11」と呼ばれる2001年の米同時多発テロ以降、欧米諸国では「ホームグロウンテロ」の嵐が吹き荒れた。国際テロ組織の指示を受けたり、感化されたりした「自国育ち(ホームグロウン)」の若者らが引き起こしたテロだ。・・・17年には実行が10件、阻止が11件だったが、18年には実行7件で阻止が16件、19年には実行3件で阻止が14件となった。20年には実行10件に対し、阻止が4件と傾向が異なるものの、少なくとも17~19年にかけてはかなりの割合でテロ計画が未然に防がれたと言えるようだ。EUテロ対策調整官は21年7月、仏紙ルモンドのインタビューで、イスラム過激派組織ISは消滅していないとしながらも「国際協調の行動の結果、ISにはもはや欧州にテロリストを送り込む能力はなくなった」と、国際的な連携が欧州での大規模テロの阻止につながっているとの見方を示した。「セキュリティ能力の改善が主な理由。テロリストは(事前の)探知によって計画を実行するのが困難になった。欧州の治安当局は米国からのかなりの支援も得ながら、警戒システムを発展させた」と分析した。・・・一方、IS自体の弱体化とそれに伴う若者らへの影響力の低下が関係している可能性も指摘される。「ISが広めた『約束された理想郷』が実現せず、殉教の魅力が弱まった」ことも、ホームグロウンテロの減少に影響したと分析する。・・・「今では(イスラム過激派だけでなく)多くの説教師たちがSNSなどで発信して平和の大切さを説いており、そういう教えに触れる機会が多くなっている」・・・豪シンクタンク「経済平和研究所」の20年のまとめでは、テロによる世界の犠牲者は14年をピークに以降5年連続で減少した。一方、欧米などでは極右過激派によるテロの発生件数が14年以降3.5倍になった。・・・米アメリカン大のシンシア・ミラーイドリス教授は最新号の米外交誌フォーリンアフェアーズで「『9・11』は外国人嫌悪や白人至上主義などを広める人への贈り物となった」と述べ、「9・11」が欧米における極右隆盛のきっかけとなったとの見方を示した。言い換えれば、イスラム過激派の活性化と彼らによる攻撃やテロが頻発することが、その反作用として、極右過激派の活性化を生んだ、というものだ。そのうえで教授は、イスラム過激派のテロ阻止に対して人的資源などを投入しすぎることが、極右を利する結果につながっていると警告した。・・・オーバートン氏の指摘に戻ると、イスラム過激派の弱体化が広く認識されるようになれば、潜在的に過激派に誘引されそうな一定の割合の若者らが、過激派への関心を減らす―という図式が見えてくる。そうであれば、逆にイスラム過激派が活発化し、再び占領地を得たり、拡大したりするような状況が喧伝されれば、再び若者らがイスラム過激派に引きつけられやすくなる可能性があるかもしれない。そういう観点から見ると、タリバンの実権掌握は再び欧米でホームグロウンテロが活性化を招く恐れがないとは言えないだろう。・・・元々、アフガン一国のイスラム国家建設を目指すタリバンと、グローバルなジハード(聖戦)の展開をもくろむアルカイダとは別物であり、タリバンが本当にアルカイダなどのテロ組織と決別できれば、国際社会の対応は変わってくるだろう。しかし、決別できるかは、まだ分からない。・・・「タリバン」の著書で知られるパキスタン人ジャーナリスト、アフメド・ラシッド氏が最近、英誌スペクテーターへの寄稿で、タリバンの若い構成員たちの相当数がアルカイダと国際的なジハードという考えに強い影響を受けてきたと指摘し、以前のタリバン指導者たちと比べてこの若者らを「より好戦的で急進的」と分析したのだ。事実だとすれば国際社会にとって懸念材料であるし、仮に、より急進的なグループがタリバン内でイニシアチブを取っていくことにでもなったら、欧州などでグローバルジハードに興味を抱く若者らがイスラム過激派に吸引されやすくなることで、ホームグロウンテロの活発化につながる可能性がより高くなるだろう。さらにその先を言えば、イスラム過激派が欧州で活性化すれば、反作用として極右が勢いづく恐れもある。欧州の今後の治安については、アフガン情勢をにらみながら、見ていく必要がありそうだ。

さて、アフガニスタンの首都カブール陥落から1カ月。戦闘で電撃的勝利を収めたイスラム主義組織タリバンは、一転して平時の安定政権を築くという難題に直面しています。40年に及ぶ戦争を経て数万人の死者を出したアフガンでは、治安はおおむね改善したものの、過去20年間で数千億ドルの開発投資が行われたにもかかわらず、経済は崩壊状態にあり、干ばつと飢饉に見舞われた農村部から今、数千人が都市部に押し寄せています。世界食糧計画(WFP)は、9月末には食糧が尽きて最大1,400万人が飢餓に瀕しかねないと懸念しています。国連のグテレス事務総長は、経済崩壊が起これば、市民に「悲劇的な」状況が生じるとともに「テロ組織への贈り物」になってしまうとして、同国への資金注入を呼び掛けています。国連アフガニスタン支援団(UNAMA)のデボラ・ライオンズ事務総長特別代表が国連安全保障理事会に対し、イスラム主義組織タリバンから数十億ドルのアフガンの海外資産を保護するための凍結措置が「深刻な経済の下振れ」をもたらすのは不可避と指摘、「現時点で、国連は職員の給与さえ支払えない状況だ」と述べています。また、「人々に悲劇をもたらす状況と、私見だが不安定化の原因であり、現在も国内で活動するテロリスト組織への贈り物となるような状況の回避方法を模索しなければならない」と述べています。一方、国際通貨基金(IMF)は新たな緊急支援4億4,000万ドルについて、タリバンのアクセスを禁止、アフガン中央銀行(中銀)の海外資産1,000億ドルも、タリバンが実権を掌握して以後、大半が凍結されています。グテレス事務総長らは、国際プログラムを通じてイエメンに資金を提供している方式をアフガンにも適用できるよう期待しているようです。国家財政については、国家歳入の約5割を占める国際援助の減少は避けられず困窮することが確実です。アフガン経済はさらに混乱し、ほとんどの国民が貧困層になるシナリオが現実味を帯びています。タリバンが今まで発表した50人超の閣僚ら高官は、多くがテロ活動への関与などから国連の制裁対象者に名を連ねており、暫定政権は女性の入閣を排除し、女子生徒の復学も北部クンドゥズ州の一部でしか認められていないことなどもあり、米欧などがタリバンを国家として認める機運は依然として乏しいといえます。タリバンは財政運営の根幹をなす予算編成を近く始めるというものの、そもそも実務家が足りず、「閣僚は専門家でなく読み書きができない人もいる」とも報じられています。国連はアフガン支援に向けた閣僚級会合を開き、米欧などは総額12憶ドル(約1,300億円)超の拠出を表明していますが、これは人道支援が主目的です。国際社会がタリバンを国家として認めなければ支援の上積みは見込みにくく従来の予算編成は賄えないことになります。旧アフガン政府の統計によると、2020年度の国家総予算は4,593億アフガニ(約5,900億円)にのぼり、それを各省庁の歳出や職員の給与などに充てていました。国家予算は国際社会の支援と国内の税収が2本柱になっており、世界銀行や各国など国際社会の支援が2,301億アフガニと全体の約5割を占めています。一方で、アフガン経済の低迷から国内の税収は1,778億アフガニにとどまっており、過去3年間、国際社会の支援は全体の5~6割ほどで推移し、国家財政は援助に依存している格好です。

さらに医療体制の逼迫も深刻です。WHOのテドロス事務局長は、アフガニスタンの首都カブールを訪問し、タリバン暫定政権で首相を務めるアフンド幹部らと会談、同国ではタリバンが政権を崩壊させた8月以降、国際援助の送金が止まったり、医療品が不足したりして混乱が続いており、タリバン報道担当によると、タリバン側は会談で、新型コロナウイルスの脅威が続くなか国際援助がなければ「人道危機に陥る」と主張、援助をてこにタリバンの権力独占を防ごうとする国際社会に対し、「人道支援と政治は切り離すべきだ」と注文したといいます。会談後、カブール市内の病院を視察したテドロス氏は「医療制度が崩壊すれば犠牲者がさらに増える」とツイートし、支援を続ける考えを示しています。

このような状況を受けて、生活苦にあえぐ貧困層支援のため、現金を空輸し、タリバンを通さずに人々に直接配る計画が欧米諸国の間で極秘に検討されているといいます。2021年10月9日付時事通信によれば、アフガンではタリバン政権発足後、市中に流通する現金が枯渇し経済が崩壊の瀬戸際にあり、市民は食料を買うために持ち物を売るなどしており、世界食糧計画(WFP)の駐アフガン代表マッグローティ氏は「子供に食べさせるため多くの親たちが食事を我慢している」と事態の深刻さを強調しています。今回の支援策は人道危機を回避するのが目的で、計画では、タリバンの同意を得つつも関与させずに現金を首都カブールに空輸し、銀行経由で200ドル未満の給付金を貧困層に配布するといものです。タリバン政権をこのまま承認すれば、テロを助長することとなるほか、アフガン国内の人権問題の深刻化も予想されますが、一方で、資金凍結を解除せず、各種支援が滞れば、そのまま人名に直結する危機的状況にあり、そのバランスのとり方で厳しい選択を国際社会は迫られています。

これから冬の季節を迎えるにあたって、さらに厳しさを増すことが予想されます。2021年9月21日付朝日新聞でアフガニスタンとパキスタンの地域研究が専門の東京外国語大学講師の登利谷正人さんが、そのバランスの獲り方を含め、興味深い指摘をしています。

同じく朝日新聞の2021年9月18日付の記事において、NGO「日本国際ボランティアセンター(JVC)」顧問の谷山博史さんが、同様の主旨の主張をされています。とりわけ、このような困難な状況において、日本の果たすべき役割の大きさにも言及されており、考えさせられます。

そのような中、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)系の「ISホラサン州」(IS-K)によるテロも頻発しています。アフガニスタン北部クンドゥズ州にあるイスラム教シーア派のモスク(礼拝所)で10月8日、爆発があり、暫定政権を発足させたイスラム主義組織タリバンの関係者の話として、100人以上が死傷したと報じられています。IS-Kが敵視するシーア派を標的にテロを繰り返してきており、犯行声明を出したようです。爆発があった当時、モスクでは人々が礼拝中で、アフガンではタリバンが8月15日に首都カブールを制圧して以降、政府軍とタリバンとの戦闘が激しかった8月以前に比べて治安は安定しつつありますが、IS-Kは活動を継続、8月26日にカブールの国際空港付近で約180人が殺害された自爆テロの犯行を主張したほか、東部ジャララバードを中心に、タリバンなどを標的にした攻撃を繰り返しているとみられています。正に、アフガン国内は混乱の極みという状況にあります。

米では、アフガン撤退を巡る混乱の責任などについて、激論が続いていますが、正直、責任の擦り付け合いという低レベルなもので極めて残念です。米上院軍事委員会は、米軍幹部らを招き、アフガンからの米軍撤収に関する公聴会を開き、軍幹部からは、軍駐留の維持をバイデン大統領側に進言したとの発言が相次ぐなど、軍と大統領との距離感が目立つ内容となっています。軍のアフガン完全撤収からまだ1か月足らずの状況にもかかわらず、軍幹部から大統領の指揮への不満とも取れる発言が飛び出すのは異例と言えます。撤収はバイデン氏がブリンケン国務長官らと主導したとされ、国防総省内では「我々の失敗ではない」(関係者)との声が強いといい、責任を回避したいとの思惑がにじんでいます。さらに、米退役軍人から、20年間の駐留の成果が水泡に帰したとの不満が出ていることも無視できない状況にあるようです。アフガン撤収を巡る米軍内外の不満には、ホワイトハウスも神経をとがらせており、年明けには国家安全保障戦略など重要な文書策定が控え、政権内の不調和を修復できるかが注目されます。

また、米軍の無人爆撃機による遠隔攻撃の失敗を巡っても議論が交わされています。米軍は今後の対テロ作戦で、遠隔地から無人航空機などで攻撃する能力「オーバー・ザ・ホライズン(OTH)」の重視を明確に打ち出していますが、民間人が犠牲になった誤爆を機にその能力を疑問視する声が上がっているものです。下院軍事委員会の公聴会では、「遠隔地からの対テロ作戦で民間人の犠牲者を出すことを防げるのか」と中東地域を管轄する中央軍のマッケンジー司令官が与党・民主党の議員から詰め寄られる場面もありました。同氏は「(誤爆と)OTHを同じように考えるのは間違っている」と語気を強めて反論していますが果たしてどうなのでしょうか。米軍は当初、テロリスト個人を特定して攻撃していましたが、近年は標的の行動からテロリストだと推定して攻撃するケースも多いとされます。例えば、穴を掘っている人がいたら、爆弾を埋めていると判断し撃つといった形で、こうした方法が誤爆につながっているとの指摘があります。米軍は小型の爆弾や、爆発せずにブレード(刃)が飛び出して標的を殺傷するミサイルを導入するなど、巻き添えによる被害を抑えるよう努力していますが、誤爆が相次げば反米感情や国際的な批判が高まり、対テロ戦争を継続できなくなる可能性があります。民間人の被害を最小限に抑えるには、さらに目標確認などをより慎重に行うことなどが求められますが、アフガンでは地上軍が撤収したことで情報収集がさらに困難になっており、誤爆は今後も増加する可能性が否定できないところです。対テロ戦争は終わりがない戦争だ。米国は誤爆のリスクとのバランスを考えながら、慎重に、モグラたたきのように、無人機での攻撃を続けるしかないだろうというのが専門家の意見のようです。

その他、最近の動向を含め、参考となる記事をいくつか紹介します。

  • 英国のウォレス国防相は下院で、アフガニスタンでかつて英軍の通訳として働き、国外脱出を望むアフガン人ら250人以上のメールアドレスなどが英国防省のミスで漏洩した可能性があるとし、謝罪しています。アフガンの実権を握ったイスラム主義組織タリバンを恐れ、アフガンで身を潜める人も含まれ、英与野党議員が政府に早急な救出を求めているところです。国防省でアフガン人の移住支援を担うチームが、アフガンに残る通訳らに連絡する際、受信者のメールアドレスを伏せずに一斉送信したもので、アドレスのほか氏名やプロフィル写真も閲覧できる状態だったといいます。前回の本コラム(暴排トピックス2021年9月号)において、「住民は、支援機関や治安部隊が維持してきた生体認証情報データベースが、自分たちの追跡に利用されるのではないかと不安を募らせている」、「インターネット上に掲載したアフガン人の個人情報を削除、非公開にする動きが広がっている」といった動きを紹介しましたが、英軍を支援したアフガン人のプロフィル写真も含めた情報の漏えいは、正に生命の危険に晒される重大事案だといえます。
  • タリバン暫定政権との距離について、関係各国が腐心している状況について、2021年9月14日付毎日新聞では、「暫定政権を発足させたが「恐怖政治」の再来やテロ組織との関係など、懸念は多い。タリバンと友好関係を維持する中国なども含め、各国とも暫定政権との距離の取り方に腐心している。中国がタリバンとの関係に注意を払うのは、アフガンが混乱すれば国境を接する新疆ウイグル自治区にもテロが波及しかねないとみるからだ。タリバンにはウイグル独立派組織「東トルキスタン・イスラム運動」などを支援しないようくぎを刺している。また、アフガン情勢が不安定化すれば、CPECの事業にも悪影響が出かねないとみているようだ。ただ、中国は米国に代わってアフガンに深く関わることに慎重だ。アフガンは「帝国の墓場」とも呼ばれ、英国や旧ソ連、今回の米国といった「大国」が深く関与し、いずれも失敗した歴史がある。・・・今回の強引な駐留米軍の撤収は、バイデン政権発足で復活に向かっていた米欧の協力関係に影を落としている。欧州各国は米国の「テロとの戦い」を支持し、北大西洋条約機構(NATO)の加盟国として派兵。だが、アフガン撤退の混乱により、テロの脅威や2015年の難民危機の再来が懸念され、「米国追随」に対する批判が強まっている。・・・インドの当面の優先事項は、アフガンを過激派の拠点としないことだ。同様の懸念を共有するロシアなどと協調していくとみられる。」と報じています。
  • イスラム主義勢力タリバンが政権を掌握したアフガニスタン情勢を協議するG20外相会議が、オンラインで開かれ、女性の権利尊重をタリバンに求めることで一致しています。一方、タリバンへの経済制裁については、維持を訴える米国と解除を求める中国の姿勢の違いが浮き彫りとなったようです。報道によれば、米政府はG7メンバーと足並みをそろえ、タリバンに対して人権尊重やテロ対策、少数派を含む包括的な政権づくりなどを求めており、タリバンは「人権を守る」などと表明しているものの、実際に行動で示すまでは制裁を維持したい考えを示しています。一方、中国外務省によると、中国の王毅国務委員兼外相は「制裁を政治圧力のカードとすべきではない」と訴えています。米国やNATOの拙速な撤退が混乱を招いたと非難し、人道支援や難民問題に取り組むよう求めています。中国はタリバンとの意思疎通を続けて包括的な政権づくりを促す方針で、ロシアなどと協調して情勢の安定化をはかる姿勢を示しています。
  • アフガニスタンを掌握したイスラム原理主義勢力タリバンへの対応で、隣接する中央アジア3カ国の温度差が目立っていると報じられています。2021年10月7日付産経新聞によれば、タジキスタンはタリバンを非難し、双方が国境付近の兵力を増強する事態に発展、一方、ウズベキスタンとトルクメニスタンはタリバンに融和的だとされます。背景には、経済や治安、民族問題をめぐる各国の思惑の違いがあるといいます。タジクのラフモン大統領は、国連総会で「タリバンは各民族が参加する包括的政府をつくるとの約束を守るべきだ」と演説、タリバンは過激派を釈放していると非難し、「アフガンは再び国際テロの温床になる」と警告しています。一方、タリバンは、「潜在的脅威に対処するため」としてタジク国境付近に特殊部隊を配備したと発表、タジクが危惧しているのは、アフガン国民の3割前後を占めるとされるタジク系住民がパシュトゥン人主体のタリバン政権下で迫害されることだといいます。さらにアフガンには、ラフモン政権の打倒を宣言し、テロ活動を行ってきたタジク人系過激派組織「ジャマート・アンサルッラー」が存在し、タリバンと協力関係にあり、タジクは民族保護や治安維持の観点から、タリバンとの敵対も辞さない構えです。
  • アフガニスタンを掌握したイスラム主義組織タリバンに対し、パキスタンが率先して「支援の輪」を広げようとしています。2021年9月28日付時事通信によれば、民主政権を武力で崩壊させ、恐怖政治を再び導入しかねないタリバンの暫定政権承認に国際社会が二の足を踏む中、「タリバンの育ての親」と言われる隣国が「孤軍奮闘」している形となっています。パキスタンは、宿敵インドへの対抗心から「後背地」アフガンに自国に都合の良い政権を樹立することを死活的な戦略としてきました。タリバンの黎明期から支援を続けているとされ、1996~2001年の旧政権もサウジアラビアなどと共に承認、今年8月にタリバンが復権を果たしたことを受け、再承認へ準備を進めている段階とみられています。パキスタン紙ドーンによれば、カーン首相は、国連総会に宛てたビデオ演説で「進む道は一つしかない。現在の(タリバン)政権を強化し、安定化させることだ」と強調、違う道を選べば、アフガンが再びテロの温床になると警告しています。欧米諸国はタリバンへの関与や人道支援に前向きな姿勢を示す一方、正統な国家としての承認には慎重な姿勢を示しています。
  • アラブ各国の指導者がナショナリズムを強調し、国民の結束を目指し始めています。サウジアラビアは建国を記念する9月23日の「ナショナルデー」を国家イベントとして盛大に祝ったほか、アラブ首長国連邦(UAE)は12月の建国50周年を、ドバイで10月1日に始まる国際博覧会(万博)の場で祝う見通しです。中東では、イスラエルに圧迫されるパレスチナを念頭に、国家の枠を超えてアラブ民族の連帯を目指す「アラブの大義」という概念があったものの、パレスチナ問題の長期化とともに、こうした民族主義が薄れているのが実情です。各国指導者は「国家」を前面に出すことで、その枠組みを揺るがしかねない過激思想を封じ込める狙いがあるとされ、アフガニスタンを制圧したタリバンの影響を警戒しているといいます。民主主義の先進国と異なり、市民社会が未成熟なアラブ諸国で、指導者が国家主義を強調する動きには危険がともない、結束を促すため、近隣諸国との対立を演じるリスクもその一つとされます。多くのアラブ諸国はイスラム教スンニ派が支配層を占めており、国内で不満を持つ同シーア派など少数派の反発を招く可能性もあります。

さて、アフガン情勢以外のテロリスク等の動向について、最近の報道からいくつか紹介します。

  • 2007年にイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を発表後、殺害の脅迫を受けてきたスウェーデンの漫画家ラーシュ・ビルクス氏が、自動車事故で死亡しました。現場は南部マルカリュードの路上で、対向してきたトラックとビルクス氏の車が衝突したといい、同氏は警察の24時間警護対象で、同乗中の警官2人も死亡しています。衝突後、2台は炎上し、トラックの運転手は病院に搬送されています。警察は「他の交通事故同様の捜査を行っている」と述べ、犯罪の疑いはないと強調していますが、同氏の殺害には国際テロ組織アルカイダが10万ドル(約1,100万円)の賞金を懸けており、2015年には同氏が参加したコペンハーゲンでの会議が銃撃され、九死に一生を得ていました。自然死でない以上、テロや暗殺でないことを徹底的に確認する必要がありそうです。
  • NZ議会で新たな治安法が可決されています。9月初めに最大都市オークランドで起きた刃物襲撃事件を受け、テロリストによる攻撃準備も法的に禁止するものです。新法は、テロ攻撃の計画や準備を防ぐために、令状なしで捜索や監視ができる権限を警察に与え、攻撃目的の武器使用訓練も犯罪とみなすもので、ファーフォイ法相は、世界的にテロリズムの特徴が変化し、組織的な攻撃より単独の攻撃の方が多くなっていると指摘し、今回の改正で同国の治安法は他国並みになったと述べています。テロリスクの変化をふまえ、機動的に法律を見直す動きは、高く評価できるものと思います。
  • フランスのマクロン大統領は、アフリカ西部を拠点とする過激派組織「大サハラのイスラム国(ISGS)」の指導者アドナン・アブワリド・サハラウィ容疑者を殺害したと明らかにしています。時期や場所などの詳細は明らかにしていませんが、指導者の喪失はISGSへの大きな打撃になりそうです。報道によれば、ISGSはサハラ砂漠南縁のサヘルと言われる地域のうち、特にマリ、ニジェール、ブルキナファソの国境地帯で活動、昨年は前年の倍以上となる524件の襲撃を実行するなど、活動を活発化させていました。公安調査庁によると、アドナン容疑者は2015年にISに対して忠誠を誓い、元々所属していたアルカイダ系の過激派組織から分派しています。米国は2018年にアドナン容疑者を国際テロリストに指定、国連安保理も2020年にISGSを制裁対象に指定しています。そのフランスで130人が死亡した2015年のパリ同時多発テロで、実行犯のうち唯一の生存者とされ、テロ殺人罪などに問われたモロッコ系フランス人サラ・アブデスラム被告が、パリの裁判所で開かれた公判で「フランス(という国)を攻撃し、市民を狙った。ただ人々に個人的な恨みはなかった」と述べ、テロの実行を認めました。同被告は2016年3月にベルギーで拘束されてから今月の初公判までほぼ黙秘を続け、言動が注目されていたものです。テロ実行当時、フランス軍が行っていたシリアでのISに対する空爆を非難し、テロを正当化しています。
  • 国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)は、モザンビーク北部のカボデルガード州で、ISに忠誠を誓う勢力が少年数百人を拉致し、軍事訓練を施し政府軍との戦闘に参加させているとして、非難する報告を発表しています。被害者の中には12歳の少年もいるといい、HRWは聞き取り調査を実施し、子どもを連れ去られた親や元子ども兵らの証言から実態を分析しています。なお、同州の沖合ではフランスの石油・ガス大手トタルが主導し、日本企業も参画する巨大ガス田の開発事業が進んでいるといいます。
  • ルワンダの裁判所は、テロ組織に加わったなどとして訴追された元ホテル支配人ポール・ルセサバギナ被告に禁錮25年を言い渡しています。同被告は1994年の大虐殺を扱った映画「ホテル・ルワンダ」でホテルに避難者をかくまう英雄として描かれていました。ルワンダ政府は、2018年に市民が死傷した事件の実行グループに被告が関与したとして非難、検察側は終身刑を求刑していました。被告は強権的なカガメ大統領を公然と批判してきたことでも知られ、国外にいたが、捜査当局が昨年8月に逮捕を発表していました。
  • ナイジェリア北西部で9月以降、武装集団による住民への襲撃事件が相次いでいます。地元紙デイリー・トラストなどによると、西部ナイジャ州では9月28日から1日までに少なくとも50人が死亡したとされ、多数の女性が誘拐されたほか、各地で村が放火されたということです。水資源などを巡る牧畜民と農耕民の民族対立が背景にあるとの指摘もあります。本コラムでもたびたび取り上げていますが、ナイジェリア北西部では、身代金目当てに学校を襲撃し、児童らを誘拐する事件も頻発しています。治安悪化を受け、隣国ニジェールなどに避難する住民も相次いでおり、国連児童基金(ユニセフ)は、ナイジェリア国内で少なくとも100万人の子供が学校に通えない状況に陥っていると発表しています。
  • 南米エクアドルの最大都市グアヤキルの刑務所で受刑者による大規模な暴動が起き、ギジェルモ・ラソ大統領は、116人が死亡、約80人が負傷、エクアドルの刑務所で発生した暴動や衝突では過去最多の死者数と発表しています。犯罪組織間の抗争とみられ、銃や爆弾、刃物が押収され、頭部を切断された遺体も複数見つかったといいます。地元紙などによると、港湾都市のグアヤキルは南米で生産されたコカインを米国などに出荷する拠点とされ、メキシコの麻薬カルテルと結託した地元犯罪組織が勢力を争っているといいます。

最後に、東京都世田谷区内を走行していた小田急線車内で8月に乗客10人が刃物で刺されるなどして重軽傷を負った事件を受け、国土交通省は、再発防止に向けた警備強化や被害回避・軽減対策を発表しています。小田急電鉄を含む鉄道事業者との意見交換を踏まえてまとめたもので、各鉄道事業者が中心となってセキュリティの強化に努めるとしています。具体的には、人工知能(AI)の最新技術を活用するなどして、防犯カメラの画像を解析して不審者や不審物を検知する機能を高度化するとともに、技術の共有化を検討するとしています(ただし、今後、個人情報の取扱いについては、議論の深化や社会的合意の取得が必要となる可能性があります)。さらに、ピクトグラム(絵文字)を駆使し、車内にある非常通報装置の設置位置や使用方法の周知を図ることや、車内や駅構内に防犯カメラを増設し、警備員らによる警戒のための添乗を実施するといった取組みも発表されています。

▼国土交通省 小田急線車内傷害事件の発生を受けた対策をとりまとめました
▼報道発表用資料
2021年8月6日に発生した小田急線における車内傷害事件を受け、国土交通省では、JR・大手民鉄・公営地下鉄等の鉄道事業者と意見交換を行い、線区や車両等の状況を踏まえた取組として、以下の対策をとりまとめ、順次実施。

  • 警備の強化
  • 被害回避・軽減対策(見せる警備・利用者への注意喚起)
    • 駅係員や警備員による駅構内の巡回や車内の警戒添乗等の実施
    • 業界共通のポスターや車内アナウンス等を活用した警戒警備の周知
    • 車内や駅構内の防犯カメラの増備
    • 警察との連携の強化
  • 最新技術を活用した不審者や不審物の検知機能の高度化
    • 防犯カメラ画像の解析などによる不審者・不審物の検知機能について、AIを含む最新技術を活用した機能の高度化や技術の共有化等を検討(最新技術の活用状況等について関係者間で共有)
    • ピクトグラムも活用した非常通報装置等の車内設備の設置位置や使用方法のよりわかりやすい表示
    • 指令を含む関係者間のリアルタイムの情報共有
    • スマホやタブレットの活用
    • 非常時映像伝送システムの活用等
    • 防護装備品や医療器具類等の整備
    • 車内事件発生時における現場対応力を向上させるための社員の教育・訓練の実施及びマニュアル等の見直し
      • ※具体的な方策の検討・実施に向けては安全統括管理者会議等を活用(安全統括管理者:鉄道事業法に基づき、各鉄道事業者が選任する安全の責任者(副社長、専務・常務取締役等))
      • ※<参考>車内への携行品に関する関係法令の整備
        • 適切に梱包されていない刃物の持ち込みについては、省令改正(平成31年4月施行)により禁止
        • 手荷物検査の実施については、省令改正(令和3年7月施行)によりその権限を明確化

(5)犯罪インフラを巡る動向

世界のエリート層、富裕層のタックスヘイブン(租税回避地)を悪用した国際課税逃れ行為等が強く疑われる詳細データである「パンドラ文書」が明るみに出ました。本文書については、過去に明るみになった「パナマ文書」や「パラダイス文書」との比較もあわせ、2021年10月7日付日本経済新聞でコンパクトにまとめられていることから、以下に抜粋して引用します。

国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)が入手したデータで蓄財や資金移動のためにタックスヘイブンを利用していたことが判明した人物の中には、ヨルダンのアブドラ国王やチェコのバビシュ首相、アゼルバイジャン大統領を18年間勤めている独裁者アリエフ氏などの名前があった。このほか、ロシアのプーチン大統領やブレア元英首相などの世界の指導者も1,200万件に及ぶ大量の文書ファイルで名前が挙がっている。ICIJが今週公表したデータ「パンドラ文書」はこれまでに表面化した文書と同様、世界の資産家や有力者の金融取引に焦点を当てているが、これまでの文書とは大きく異なる点もある。(編集注、パナマの法律事務所から流出し、)ICIJが16年に存在を公表した「パナマ文書」はオフショア(国外)の租税回避地を介した税犯罪に光を当てていた。それ以降、パナマをはじめとする租税回避地の多くは税の透明性を高める国際的な取り組みに参加するなど、ルールを強化した。これに対して17年の「パラダイス文書」は、企業が租税回避のために編み出した手法に焦点を当てる傾向が強かった。この点に関しては、経済協力開発機構(OECD)が法人最低税率の新たなルール作りで国際的な合意を得ようとしている。一方、パンドラ文書はこれまでのところ租税回避を指摘しているわけではない。パンドラ文書は、超富裕層や政治家らがいかにオフショアの信託会社や秘密法人を活用しているかに焦点を当てている。これらは合法的な秘匿性のために設立されることが多く、マネー・ローンダリングや贈賄目的で悪用されることもある。パンドラ文書の流出が浮き彫りにしたのは不公平な税制であり、大半の人々が受けることのできない恩恵を富裕層が受けているということだ。・・・14年以降、世界の税当局間が自動的に金融口座情報を共有することが国際法で求められるようになった。これはOECDが策定した「CRS(共通報告基準)」と呼ばれるルールで、9月時点で世界110カ国が参加している。しかし、米国はCRSには参加しておらず、「FATCA(外国口座税務コンプライアンス法)」と呼ばれる独自の法規で対応している。ナイドル氏は「米国のルールはCRSと比べるとはるかに貧弱であり、税の透明性という点では米国は基本的に世界に後れを取っている」との見方を示した。パンドラ文書の流出は、バイデン米大統領にとって不名誉なことになりかねない。同氏は20年に「国際的な取り組みを率いて世界の金融システムの透明性を高めるとともに、違法な租税回避地の利用を取り締まる」と表明していた。・・・英非政府組織(NGO)、タックス・ジャスティス・ネットワークのアレックス・コブハム代表は「利用者の身元を秘匿する企業を許すべき理由はない。見られていないところで振る舞いを正す人間などいない」と述べた。カリフォルニア大学バークレー校の経済学者ガブリエル・ズックマン氏は「経済的実態がないペーパーカンパニーの場合、唯一の目的は税法などの法規をかいくぐることであり、違法とすべきなのは明らかだろう」と語った。

また、米国は、他国のタックスヘイブンを非難してきましたが、中西部サウスダコタ州などが世界の富豪や政治家らの資金の有力な流入先になっていること、米国外の40カ国とつながりを持ち、総額10億ドル(約1,110億円)以上相当の資産を持つ米国拠点の206の信託のうち30近くが世界の脆弱な地域で詐欺や贈収賄、人権侵害といった不正行為で告発された人物や企業に関連する資産を持っていたことなどが明るみになり、ICIJは、「成長する米国の信託産業は、国外のタックスヘイブンをしのぐレベルの財産保護と秘密保持を約束することで、国際的な富豪らの資産をかくまっている」と指摘しています。なお、米政府は今年1月、企業に実質的所有者の開示を求める「企業透明化法」を制定していますが、信託の受益者などについての言及はありません。「パンドラ文書」を受けて、サキ米大統領報道官は、「バイデン大統領は米国内外の金融システムに、さらなる透明性をもたらすために取り組んでいる」と強調、これまでに署名した大統領覚書によって、金融取引規制が緩和された国外を含め「米国内外の不正で不透明な金融取引を減らす取り組みを強化した」とも説明、プライス国務省報道官も、米政府は「金融の透明性」を重視していると指摘、ペーパーカンパニーの背後にいる受益者の情報開示を可能にするための対策強化にも触れるなど、事態の沈静化に躍起となっています。一方、EUの執行機関である欧州委員会のジェンティローニ委員(経済担当)は欧州議会で、租税回避や脱税に対処するための新たな法案を年内に提示すると明らかにしています。同氏は「税務上の(経営実態を確認できない)シェルカンパニーの悪用に対処するため」年内に提案するとしたほか、欧州委員会が「一部の多国籍企業が支払っている実効税率の公表」に関する新たなルールを提案することも明らかにしています。タックスヘイブン(租税回避地)のEU域内のブラックリストが9地域にとどまっているとの批判に対しては、同氏はリストは成果を上げているとしながらも、リスト基準の見直しが必要となる可能性にも言及しています。現在の基準では、EU域内を含むほぼ全ての主要なタックスヘイブンが除外されています。

その他、パンドラ文書からは、国内の資産家が将来の相続税の支払いなどに備え、タックスヘイブンに設けた法人などを介し、利率が高い海外の生命保険を契約している実態が明らかになっています。保険業法は、日本に支店を持たない外国の保険会社が日本に住む人と契約を結ぶことを禁じているほか、例外的に国の許可を得た場合を除き、日本の居住者側にも契約を原則禁じており、金融庁は、法に違反するとして注意を呼びかけています。また、東南アジアの古代遺跡から略奪された文化財が、タックスヘイブンの信託の管理下に移されていたことも明らかになっています。タックスヘイブンの高い秘匿性は文化財取引の追跡の壁になっています。パンドラ文書を巡る新たな事実の発見とそれを巡る騒動はまだまだ続きそうです。

さて、新型コロナウイルスの感染拡大後、恋人探しに「マッチングアプリ」を使った人は4割超と最も多かったことが、MMDラボが今年9月、スマートフォンを持つ20~40代の男女1万人を対象に実施したアンケート調査で分かりました。緊急事態宣言の発令などで外出自粛を求められ、出会いの場もインターネットに切り替わった格好ですが、出会いを求めて利用した手段や場所を聞いたところ、昨年4月以降に恋人を探した約2,170人のうち、マッチングアプリと答えた割合が42.6%に上った一方で、同年3月以前に探した人の4割が答えた「職場や学校」は、29.4%に低下、「合コン」も3割弱から8.5%へ急落したといいます。また、これまでにマッチングアプリを利用したことがある人のうち、付き合ったり結婚したりした「成功率」は38.4%だった一方で、利用者の約半数が「性行為目的」「見た目の詐称」などのトラブルを経験しているといいます。婚活アプリの「犯罪インフラ」化に注意が必要な状況ですが、サイバー空間に潜む純粋な人の思いを食い物にする悪い輩によって大金をだまし取られる詐欺被害も顕在化しています。また、同様に、SNSを悪用した性被害も後を絶たない状況です。警察庁によると2020年、SNSをきっかけに犯罪に巻き込まれた18歳未満の子供は1,819人にも上っており(2019年より263人減少したものの、2013年の1,293人と比べると約1.5倍に増加しています)、大半は性被害だといいます。SNSは、ツイッターが全体の35.3%と最も多く、児童が投稿した書き込みや動画に対し、容疑者がダイレクトメッセージを送るなどして知り合うケースが多いようです。送った画像はインターネット上で拡散されたり、販売されたりする危険性を孕んでいるばかりか、画像を脅迫の材料にされ、誘拐事件につながるケースもあります。見ず知らずの誰とでも簡単につながることのできる時代(Z世代)だからこそ、SNSの「犯罪インフラ性」とその危険性については、Z世代の特性を踏まえた形で学校や家庭でしっかりと教えることが重要となっているといえます。

サイバー空間では、さまざまなサービスが「犯罪インフラ」化している状況にあります。例えば、他人のクレジットカード情報で不正購入された商品が大手通販サイトに出品され、格安で販売されている事例がありました。大手通販サイトは盗品などの出品を禁止しているものの、流通量の多い商品の場合、見抜くのは難しいという現実があります。警視庁は昨夏以降、他人のカード情報を不正に使って化粧品や加熱式たばこ、タブレット端末などを購入したとして、中国人グループ7人を詐欺と同法違反(犯罪収益等隠匿)容疑などで逮捕しましたが、捜査の結果、7人が商品を定価の半額以下などでヤヤヨに売却していたことが判明、ヤヤヨは帳簿上、実質経営の男の知人の会社から商品を仕入れたように装っていたものの、実際には実質経営の男が中国人らと連絡を取り合い、中国の電子決済サービスを使って代金を払っており、買い取った商品は、「ワケあり大幅値下げ」「原価ギリギリ」などと宣伝してヤフーショッピングやアマゾンなどに出品し、定価の6~9割で販売していたとされます。報道によれば、盗品などの出品は通販サイトの規約などで禁じられていますが、ヤフーの担当者は「異常な安売りなどを除けば、見抜くのは難しい」と話しており、ヤフー側は実質経営の男の逮捕後、ヤヤヨを出店停止にしています。つまり、このような悪質な手口は完全に「後追い」「いたちごっこ」の状況を呈しているといえます。同様の手口としては、不正に入手したクレジットカード番号を利用し、インターネット通販でスマートフォンを購入したとして、警視庁サイバー犯罪対策課などは私電磁的記録不正作出・同供用と窃盗の疑いで、自営業と派遣社員の容疑者2人を逮捕したという事例がありました。報道によれば、被害額は計2億円以上に上るとみられ、サイバー犯罪対策課によると、今年4月にタブレット端末を不正購入したとして警視庁に逮捕されたデイトレイダーの被告=私電磁的記録不正作出・同供用容疑などで公判中=らが首謀し、指示を受けた容疑者が不正入手したクレジットカード番号を用いて商品を注文、荷受け役を介し、もう1人の容疑者が商品の回収、換金を行っていたということです。さらに、直近では、NTTドコモの利用者が携帯電話端末の暗証番号を盗まれ、計約1億円分のギフトカードを勝手に購入された問題で、端末の入力内容を遠隔操作で即時に盗み取る「リアルタイムフィッシング」とみられる手口が用いられていたことが判明しました。ドコモによると、9月30日から10月1日にかけて、「ドコモお客様センターです。ご利用料金のお支払い確認が取れておりません」などと記されたショートメッセージサービス(SMS)が利用者に大量に送りつけられましたが、暗証番号などを盗むのが目的の「フィッシングメール」で、被害に遭った約1,200人は、SMSに添付されたURLをクリックし、「NTTセキュリティ」などの偽アプリをインストールさせられていたようです。このアプリに、携帯電話を遠隔操作するウイルスが仕込まれていたとみられています。

典型的な犯罪インフラの一つである「偽造免許証」について、中国人技能実習生に虚偽の住民異動届を提出させたとして奈良県警天理署に逮捕された中国籍の男が、実習生ら51人に対し、偽って登録した住所で原付きバイクの運転免許を取得させた上で、免許証を買い取っていたという事例がありました。男は手に入れた免許証でクレジットカードを取得しており、「スマートフォンを購入し、転売で稼ぐためだった」と供述しています。報道によれば、逮捕された実習生は「免許証は生活に必要なかった。簡単に稼げる話があると聞き、バイト感覚でやった」と話しているといい、原付き免許は、学科試験などに合格すれば1日で取得できる点が盲点であり、それが立派に「写真付きの本人確認資料」となったことで、免許証と同じ名義のクレジットカードが発行できることとなり、本件では約300点のクレジットカードも見つかったといいます。被告はカードと免許証を使い、スマホを分割払いで購入した後、途中で支払いを打ち切り、スマホはリサイクルショップなどに転売して利益を得ていたといい、「数百万円を稼いだ」と供述しているということです。

個人情報の取扱いを巡って「犯罪インフラ」化しかねない事例も相次ぎました。まず、地図上に破産者の名前や住所を表示するウェブサイト「破産者マップ」でプライバシーが侵害されたとして、東京都などの2人がサイトを運営していた神奈川県の男性を相手取り、計22万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしています。第1回口頭弁論が開かれ、元運営者側は請求棄却を求めましたが、訴状によれば、元運営者は2018年12月ごろ、破産者マップを開設し、官報インターネット版に掲載された少なくとも過去3年分の破産者の居住地を地図上に印をつけて表示、印をクリックすれば氏名、住所、破産申立先の裁判所などが閲覧できたというものでした。2019年に個人情報保護委員会が「本人同意を得ずに、個人データを第三者に提供してはならない」「個人情報を取得時に利用目的を、本人に通知または公表しなければならない」などと、個人情報取扱事業者に対して定める個人情報保護法に照らして問題があるとして、サイトを閉鎖するよう運営者に行政指導を行い、現在はサイトは閉鎖されています。プライバシー侵害の度合いが大きいことから、犯罪等に悪用されるリスクも大きく、ネット上だけでなくリアルにおいてもいたずらに流通されることのないような取組みが求められます。また、大阪府警中堺署は、地域課の男性巡査(21)が勤務中に、465人分の個人情報が記載された特殊詐欺対策の名簿を紛失したと発表しています。堺市中区に住む高齢者らの氏名や住所、電話番号が記載されていたといいます。男性巡査は、名簿を挟んだファイルを持ちながら、特殊詐欺の注意喚起のため戸別訪問をしていたということですが、交通事故の対応で約1.7キロ先までバイクで移動した後、紛失に気付き、同6時すぎになって上司に報告したものです。名簿は、過去の事件で検挙した特殊詐欺グループから押収した資料などを基に作成していたものです。紛失自体に悪質性はないものの、特殊詐欺対策名簿というそもそもの性質上、あらためて特殊詐欺に悪用される可能性が高く、被害を防止するための対策が急がれます。さらに、個人情報を売買するデータブローカーと呼ばれる企業の活動が活発化しているといいます。2021年9月25日付産経新聞において、「規制の及ばない巨大なデータ仲介業界が、金を積んだ者に米国人のリアルタイムな位置情報まで売りさばく実情は、市民権や国家の安全、ひいては民主主義を脅かしている。・・・データブローカー各社は、個人の属性データ(人種からジェンダー、所得水準まで)、政治的傾向や信条に関するデータ(全米黒人地位向上協会やアメリカ自由人権協会、中絶権利擁護団体のPlanned Parenthood、全米LGBTQタスクフォースなどの支持に関する情報を含む)、また連邦政府と軍の現役職員に関するデータを扱っていることを、公然としかも明確に謳っている。このうち数社は、もうひとつ別の不穏な情報を売買している。米国人の位置情報だ。・・・研究では、攻撃的な意図のある個人がストーカー行為やハラスメント、パートナーへの身体的暴力に及ぶべく、個人情報検索サイトを使ってデータブローカーのデータを入手する方法が多数あることが示されている。これらの暴力が向けられる対象は圧倒的に女性とLGBTQだ。こうしたデータを買う手段をもつ人物は、アクティビストや政治的活動の主導者などを傷つけ、攻撃する目的で位置情報を手に入れることもできる。・・・議会はプライバシー保護の強力な連邦法にデータ仲介業界のエコシステムも組み込み、米国市民の個人情報を含むデータの恒常的な売買に規制をかけるべきだ。また、外国の組織や機関へのセンシティブなデータの販売を規制する権限を、行政の輸出管理当局に与えることも必要になる、データブローカーがかかわる数々の不当なデータ利用行為を調査できる強い権限を、連邦取引委員会(FTC)に与えることも検討すべきだろう。そうした実効性のある手段を講じるまでは、この国の人々のリアルタイムな位置情報は、市場で自由に売買され続けることになる」などと指摘されています。

また、個人情報の活用とプライバシー保護との関係については、JR東日本が7月から、顔認識カメラを使って、刑務所からの出所者と仮出所者の一部を駅構内などで検知する防犯対策を実施していることがわかったと報じられたあと、「社会的な合意形成が十分ではないと判断した」として取りやめるという事例がありました。検知の対象は、〈1〉過去にJR東の駅構内などで重大犯罪を犯し、服役した人(出所者や仮出所者)〈2〉指名手配中の容疑者〈3〉うろつくなどの不審な行動をとった人で、JR東日本は、これらの対象者の顔情報をデータベースに登録、主要110駅や変電所などにはネットワーク化されたカメラ8,350台が設置されており、映った人の顔情報と登録された顔情報を自動照合するものでした(実際に使用するカメラの台数は公表されていません)。個人情報保護法では、前科などは「要配慮個人情報」に位置付けられ、本人の同意なしに取得することは禁じられている一方で、今回の被害者等通知制度のような法令に基づく場合などは例外として認められており、本件も個人情報保護委員会に相談していたものとされます。このような個人情報は適切に使えば治安向上に役立つものの、被撮影者の権利侵害の程度も大きく、社会全体を萎縮させる副作用も懸念されるところです。このため、欧米では顔認識カメラに特化したルール整備が進んでおり、EUでは、日本の個人情報保護法にあたる一般データ保護規則(GDPR)で顔特徴データを含む生体情報を「特別な種類の個人データ」と定め、本人の同意のない取り扱いを禁じています。さらにカメラに特化したガイドラインも作成しているほか、今年4月に公表したAI規則案でも、公共空間での顔認識カメラ使用を厳しく制限する提案がなされています。また、米国では顔認識データの取得を禁止した州や市があります。報道(2021年9月20日付ロイター)によれば、イリノイ州の法律は、民間の企業や機関が、無防備な市民から州内もしくはオンラインで生体認証データを収集することを禁じており、データを販売、移転、取引することもできないといいます。同州は米国で唯一、この法律に違反した容疑で市民が企業を訴えることが可能で、世界屈指の巨大企業を相手に数百件の訴訟が実施されているといい、ロイターが2015年以降のイリノイ州の個人訴訟と集団訴訟、約750件を調べたところ、民間企業が情報開示や同意を経ずに数百万人の生体認証データを集め、分類していた証拠が数多く見つかったということです。個人情報保護団体によると、大半の州では既存の法律が生体認証技術の急拡大に追い付いておらず、個人は身元情報の窃盗やプライバシー侵害、差別的慣行に対して無防備な状態だと指摘されています。

日本では個人情報保護法上の整理はされていたとはいえ、「社会的合意」という国民感情との整合が取れていないという点で、ルール作りが急がれるところです。顔認識カメラの防犯への利用を巡っては、民間事業者らの対応が分かれており、書店の万引対策など公表して活用する事業者がある一方で、プライバシー侵害への懸念から技術提供を中止したメーカーも出ています。個人情報保護委員会は防犯カメラについて、目的が明白であることから、使用理由などを明示する必要はないとしていますが、顔認識分野で国内外トップクラスのNECは2019年、本人の同意を取らずに顔情報を登録するシステムへの技術提供を取りやめています。報道(2021年9月24日付読売新聞)によれば、「プライバシー侵害の恐れに加え、大衆監視による表現の自由への萎縮が問題視されている」というのがその理由だといいます。AIに詳しい山本龍彦・慶大教授(憲法学)は「現在は、顔認識技術を公共空間で使うことに対して社会的な合意やルールがない状況だ。どのような手続きを踏めば利用できるかの議論を進める必要がある」と指摘しています。

一方、走行中の小田急線の車内で乗客10人が包丁で切られるなどして重軽傷を負った事件を受け、国土交通省は、防犯カメラを使った不審者検知システムの導入や高度化など鉄道の安全対策を取りまとめており、安全対策には、防犯カメラを駅や列車内に増設することや巡回の強化、車掌らに連絡がとれる「非常通報装置」の周知徹底を盛り込んだほか、防犯カメラについては、不審な行動をとる人物や不審物の検知機能の導入や高度化も求めた。人工知能(AI)を使ったものなどを想定しており、国交省は、最新技術の活用状況を事業者で共有してもらうことも検討しているところですが、国交相は本件を受けて、「防犯カメラの活用にあたっては、個人情報保護に十分配慮し、適切に実施する必要がある。国交省も助言と指導を行いたい」と述べています。

その他、JR東海は11月から、東海道新幹線の品川、名古屋両駅の一部改札で、顔認識カメラを使った自動改札サービスの導入へ向けた実験を実施するとしています。撮影対象は社員のみとし、改札に設置した顔認識カメラで乗客を自動検知することで、切符を持たずに新幹線に乗車したり、様々な割引を適用したりするサービスの実現を想定しており、実験では、品川駅の新幹線北口と名古屋駅の新幹線南口の改札それぞれ1か所に、顔認識カメラを設置。事前に顔情報を登録した社員2,000人が出勤などで通過したことを検知し、正確に照合できるかどうかを調べるものだといいます。現場では、撮影中であることを明示し、登録した社員以外の人の顔情報は残さないとしています。さらには、バチェレ国連人権高等弁務官は、人権に深刻な脅威をもたらす人工知能(AI)技術の一時使用停止を国際社会に要求しています。報道によれば、顔認証技術などは人種や性別で精度に差が出ると言われ、人権を侵害しかねないとの懸念が強まっているためだといい、最先端技術の有効活用と人権配慮の両立へ官民の知恵が求められているとしています。国連がまとめたAIと人権に関する報告書は、国や企業がAIの導入を急ぎすぎるあまり、リスク評価や対策を怠っていることが多いと警告、欠陥のあるAIによって社会保障給付を拒否されたり、逮捕されたりするなど、AIの誤用によって不当な扱いを受けるケースが多数発生していると指摘しています。不透明な方法での個人データ収集などにも懸念を示し、開発や利用状況について透明性の確保を求めています。さらに、2021年9月13日付ロイターによれば、米グーグルのクラウド部門は昨年9月、顧客金融機関から融資審査に人口知能(AI)を活用するサービスを提供してほしいと持ちかけられたものの、何週間も協議した末、出た結論は却下、AI技術は人種や性別にまつわる差別を永続化させかねず、倫理的に危うすぎる、というのがその理由だったといいます。昨年初め以来、グーグルは感情を分析する新たなAI機能についても文化的配慮の欠如を懸念して阻止しています。米マイクロソフトは声を模倣するソフトウエアの利用に制限をかけ、米IBMは顔認識システムの進化版を作って欲しいという顧客の要望を拒否しています。社会的責任を強く求められるようになった業界では今、莫大な利益をもたらすAIシステムを追求することと、社会的責任との間でバランスを図ろうとする機運が芽生えているようです。

また、適切な個人情報の取扱いを巡っては、就職希望者が匿名で使っているSNSの「裏アカウント」を探り出し、その投稿内容を調べて企業に報告する業者が存在することが問題提起されています。2021年9月25日~28日付朝日新聞で取り上げられましたが、こうした行為は法的に、また倫理的に問題がないかどうか、あらためて議論が必要な状況となっています。厚生労働省は、就職差別を念頭に「本人の適性・能力に関係のない情報が把握されかねず、採用に影響する懸念があるため、望ましくない」との考えを示していますが、業者は「閲覧するのはネット上に公開されたもの」であって、入社希望者には、エントリーシートの提出時に委託調査について同意をもらっており、「法令違反にならない配慮をしている」と反論しています。このような状況について、専門家らは、「分析した裏アカウントが本当に調査対象者のもので、取り違いやなりすましがないと言えるのかが重要だ。もし間違いがあれば、学生の一生を左右しかねない」、「個人情報保護法では、事業者はデータの正確性の確保に努めねばならないと定めている。もし調査会社が別人のSNSを分析して採用企業に報告書をあげた場合、法の趣旨に反するし、学生に与える損害は大きい。学生から個人情報の扱いについて同意を得たとしても、調査には客観的な信用性の確保と厳格さが求められる」、「採用企業と委託された調査会社が個人情報の利用目的を通知または公表していれば、個人情報保護法には違反しない。ただ、入社を望む会社から同意を求められた学生が、それを拒むのは難しい」、「採用企業が学生から同意書さえもらっていればいいという問題ではない。学生が、自ら提供した個人情報をもとに調査をされる可能性をどれだけ理解できているかが重要だ。同意書に署名する意味が、学生側にわかりやすく伝わる仕組みにすべきだ」、「学生が若気の至りで不用意にSNSに書き込み、うっかり残してしまったものを必死に探す。それは過去の失敗をほじって糾弾し、失脚させて喜ぶ行為と根っこは同じで、正義ではない。つまらない会社になるだけだ」、「SNS上のモラルは大事だが、学生が将来の調査を気にしすぎて萎縮し、自由に表現できない状態にはなってほしくない」、「若者は未熟だという前提に立つくらいの寛容さがほしい。過去に失敗していても、優れた能力をもつ人は大勢いる。かつて出身地を調べる企業があったが、それに似た行き過ぎた身元調査だ。こうしたことが横行すると、社会全体が萎縮していってしまう」などといった見解が並びます。正に、「法令に違反していないかもしれないが倫理上問題がある」として社会的な合意が得られない「コンダクトリスク」として認識されるべきリスクであり、現時点では「犯罪インフラ」とまでは言えないにせよ、あらためてその乱用を防止し、企業としての透明性の高い取組みとして運用していくことが求められているといえます

また、米フェイスブック(FB)で偽情報対策などを担当していたフランシス・ハウゲン氏の内部告発が波紋を広げています。FBなどのSNSをめぐっては、米大統領選などをめぐって社会の分断をあおったとの指摘や、若者がSNSに没頭し、SNS依存を深めていると問題視する見方が広がっていたところ、FBが運営する写真共有アプリ「インスタグラム」が若者の自殺など心身に悪影響を及ぼすとの社内調査結果をふまえ、アルゴリズムが利用者の興味のある内容を繰り返し表示し、「(大人にとっての)たばこと同じように、悪いと思っても自分ではやめられない」と中毒性を高めていると指摘、「FBは子どもに害を与え、分裂をあおり、民主主義を弱めている。安全より利益を優先している」と証言、「FBは自力で変われない」とも述べ、法規制の強化を支持する立場を示したものです。同氏は、FBが用いるアルゴリズム(人工知能による計算)が、怒りなど極端な反応を引き出す投稿を拡散する危険性を会社側は認識していたと指摘、ザッカーバーグCEOが拡散を抑える措置の導入を決めなかったと非難しています。その上で、FBなどSNS企業を監視する専門機関の創設を提言、企業が抱えるデータや調査結果を踏まえたルールを制定することで、利用者保護や市場の独占防止を図れると訴えました。なお、それに対し、FBの渉外担当幹部は「多くの主張に同意しかねるが、ルールを作る時であることには賛成する。業界に期待するのではなく、議会自ら行動を起こすべきだ」とコメントしています。なお、FBについては、米独占禁止当局の連邦取引委員会(FTC)から反トラスト法(独禁法)違反の疑いで提訴された訴訟について、却下するよう首都ワシントンの連邦地裁に申し立てています。動画共有アプリ「TikTok」などと激しい競争を繰り広げているとして、「市場を独占しているという根拠はない」と主張しています。訴訟は昨年12月に始まったが、裁判所がFTCに対し今年6月、FBがSNS市場を支配しているとする内容についての証明が不十分だとして訴状を出し直すよう求めています。これを受けてFTCは8月、2012年以降の米国のSNSの月間利用者のうち、FBが65%以上を占めていることなどを指摘した訴状を連邦地裁に再提出していたものです。

対話アプリのテレグラムの創設者、パベル・ドゥーロフ氏は、FBでシステム障害が起きていた間に7,000万人以上の新規ユーザーを獲得したと明らかにしています。テレグラムは、送受信した文章や画像が一定の時間を経過すると自動消去されるなど、特殊詐欺や強盗などの犯罪グループ内で悪用されている「犯罪インフラ」の代表格であり、利用者の拡大によって今後犯罪が助長されることがないよう、利用者が節度を持って利用することを期待したいと思います。なお、FBとインスタグラム、ワッツアップで6時間近くにわたりシステム障害が発生し、35億人に上る利用者が影響を受けましたが、この問題は「誤った設定変更」が原因だったと明らかにしています。一方、EUの執行機関である欧州委員会のベステアー委員(競争政策担当)は、FBのシステム障害について、少数の大手企業に依存することの弊害を示しており、より多くの競合企業が必要であることを強調しています。

さて、企業にサイバー攻撃を加えて身代金を要求するランサムウエア被害が世界で拡大するなか、被害を受けた企業の過半が身代金の支払いに応じていることが判明しました。取引先に被害が及ぶなど攻撃の悪質性が高まっていることが要因の一つではあるものの、米ではサイバー保険による支払いが攻撃を助長しているとの指摘もあります。一般的には、ランサムウエア事案を多く手がける弁護士によると、被害企業はまずセキュリティ会社や弁護士に相談し、自力復旧に加え脅迫元との接触を探り、相手の素性調査、支払いによる復旧の見通し、身代金額の交渉など複数のプロセスを踏みます。そのうえで企業は支払うかどうか判断するといいます。多くは警察にも捜査を求めるが、中小・零細企業の中には最初から届け出ない企業もあるということです。言うまでもなく、安易な支払いは脅迫行為を勢いづかせ、サイバーテロの温床となりかねず、自社のサイバー防衛を最新の状態にしたうえで、被害を受けたらいち早く捜査機関に通報したり、業界団体と情報共有したりする適切な対応が求められています。なお、参考までに、ランサムウエア攻撃において、ハッカー集団に狙われやすいタイミングは、実は多くの人が仕事を休んでいる週末や連休、そして長期休暇の時期だといいます。攻撃者にとって、長い休みは、じっくり時間をかけてネットワーク全体にランサムウエアを増殖させることができ、その間にハッカーたちは次々とアクセス権を獲得し、システムの大部分を最大限にコントロールするとされ、誰かが侵入に気づくまでの時間が長いほど、大きなダメージを与えられることになります。過去、バングラデシュ銀行が8,100万ドル(約89億2,000万円)を盗まれた事件では、北朝鮮のハッカー集団「Lazarus」は巧妙に時期を選んで犯行に及んだとされ、バングラデシュの週末が米国とは異なる金曜と土曜であることを利用した上で、アジアの多くの地域で祝日となる旧正月を狙っています。しかも、残念ながら、金曜の午後にあらゆる出入り口をふさいでおけばハッキングの可能性に備えられるというものではなく、攻撃者はほとんどの場合すでにシステム内に侵入し、最適な瞬間を狙って攻撃を仕掛けてくるものであり、鉄壁の守りを敷くベストなタイミングは、ランサムウエアが実際に攻撃を始める数週間前であることが多いとされます

政府は、首相官邸で「サイバーセキュリティ戦略本部」を開き、サイバー攻撃の脅威対象として初めて中国、ロシア、北朝鮮を明記した「次期サイバーセキュリティ戦略」の方針を決定しました。外交、安全保障分野へのサイバー攻撃対策についてさらに優先度を高め、米国などとの連携強化策を盛り込んだほか、サイバー空間を「地政学的緊張も反映した国家間の競争の場」と位置づけ、「国家や民主主義の根幹を揺るがす重大な事態が生じ、安全保障上の課題へ発展していくリスクをはらむ」と安全保障環境への危機感を鮮明にしています。IT機器や重要インフラに関して信頼性を確保するよう企業に求め、情報通信や電力など14分野を重要インフラに指定、これらの事業者に関し「適宜適切な情報把握や分析、事案対処に向けたルール作りを一体的に推進する」と記したほか、安全性を可視化する基準づくりを推進し、サプライチェーンの防衛を強化すると掲げています。また、クラウド事業者をサイバー攻撃の重点防護対象に加えています。さらに、中国、ロシア、北朝鮮の3カ国を名指しして「サイバー能力の構築・増強を行っているとみられる」と表記、情報窃取等を企図したサイバー攻撃を行っている可能性を指摘、こうした国からの攻撃を巡っては、外交や刑事訴追の手段も含めて「断固たる対応をとる」と強調しています。また、対応策として「防御力・抑止力・状況把握力」の強化を急務とし、同盟国などとの国際連携の重要性を掲げ、日米豪印4カ国(クアッド)の枠組みのほか、ASEAN(東南アジア諸国連合)を連携強化先に挙げ、「自由、公正かつ安全なサイバー空間」を確保できるルール形成が必要としています。

▼内閣サイバーセキュリティセンター サイバーセキュリティ戦略本部
▼資料1 次期サイバーセキュリティ戦略(案)
  • 2020年代を迎えた最初の1年に、世界はコロナ禍の影響による不連続な変化に直面した。世界各地でロックダウンや外出制限が行われ、人々のくらしや様々な経済活動の基盤となる日常空間は、当たり前に享受できるものではなく、至るところに脆弱な側面を抱えているものであることが浮き彫りとなった。一方で、このような危機への対応を通じ、結果として人々のデジタル技術の活用は加速し、サイバー空間は、我々の生活におけるある種の「公共空間」として、より一層の重みを持つようになってきている
  • また、この変化は、長い時間軸でみた大きな潮流を反映したものとも捉えられる。平成の時代を通じたデジタル経済の浸透は留まることなく、令和の時代に入り、デジタル庁を司令塔として、加速していくことが想定される。2020年代は、2030年に向けた国際的目標であるSDGsへの貢献も期待される中、我が国の経済社会が、サイバー空間と実空間が高度に融合したSociety5.02の実現へと大きく前進する「Digital Decade」となり得ると考えられる。
  • 一方で、足元では政治・経済・軍事・技術を巡る国家間の競争の顕在化を含む国際社会の変化の加速化・複雑化、情報通信技術の進歩や、複雑な経済社会活動の相互依存関係の深化が進むなど、サイバー空間をとりまく不確実性は絶えず変容し、かつ増大している。
  • サイバー空間の「自由、公正、安全」が所与のものではなく、むしろその確保が危機に直面している中、我々はサイバーセキュリティに対し、常に変化を重ねていくことこそが確保すべき価値の不変性に繋がるとする「不易流行」の精神で取り組んでいかなければならない。その礎として、我が国としての戦略があらためて求められている。
    1. デジタル経済の浸透、デジタル改革の推進
      • インターネットの登場によりサイバー空間という新たな空間が創出され、平成の時代を通じデジタル経済が大きく進展し、デジタル経済の影響は、人々の生活そのものに波及している。我が国のインターネット利用者は8割を超え、インターネットの平均利用時間は1日当たり2時間を超えた。また、IoTやAI、5G、クラウドサービス等の利用拡大、テレワークの定着、教育におけるICT活用等の実施など人々の行動が変容しており、サイバー空間はあらゆる人にとって経済社会活動の基盤となりつつある。このような変化の潮流は、確かな推進力として、サイバー空間と実空間が高度に融合したSociety5.0の実現を後押しすることが期待される。
      • 一方で、デジタル化の推進に向けては悪用・乱用からの被害防止やリテラシーの涵養、公的機関・民間双方のデジタル化の遅れなど、諸課題への的確な対応が必要となる。このため、2021年9月に設置されたデジタル庁をデジタル社会の形成に向けた司令塔とし、「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化」の実現を目指して「デジタルの活用により、一人ひとりのニーズにあったサービスを選ぶことができ、多様な幸せが実現できる社会」をビジョンに掲げ、デジタル改革を強力に推進していくこととしている。
    2. SDGsへの貢献に対する期待
      • 我が国として強力に推進するSociety5.0の実現を通じて、更なるデータ活用が可能となり、それによって防災や気候変動、環境保護、女性のエンパワーメントなど、SDGsでも重点事項として挙げられている様々な分野において、地球規模課題の解決に寄与することも期待される。
      • 特に、我が国における「2050 年カーボンニュートラル」に伴う「グリーン成長」の実現に向けては、スマートグリッドや製造自動化をはじめ、強靱なデジタルインフラが不可欠であるとされている。
    3. 安全保障環境の変化
      • 我が国が享受してきた既存の秩序の不確実性は急速に増している。政治・経済・軍事・技術を巡る国家間の競争の顕在化を含め、国際社会の変化の加速化・複雑化が進展しており、サイバー空間をめぐる情勢が重大な事態へと急速に発展していくリスクをはらんでいる。
    4. 新型コロナウイルスの影響・経験
      • コロナ禍の影響による不連続な変化に直面し、様々な制約や社会的要請への対応を余儀なくされることを通じ、結果として、「ニューノーマル」とも呼ばれる新しい生活様式がSociety5.0の実現を部分的にも体現することとなった。具体的には、テレワークをはじめとする多様な働き方や教育におけるICT活用、遠隔診療などの取組が、コロナ禍以前と比べて大きく進展することとなった。
      • また、コロナ禍への対応の過程で、「パーソナルデータ」を含む様々なデータを活用した新たなサービスの創出・活用も進展することとなった。
    5. 東京大会に向けた取組の活用
      • 2021年に開催された2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会(以下「東京大会」という。)に向けて官民が連携して行ってきた対処態勢の整備やリスクマネジメントの促進等の取組は、コロナ禍という異例の環境下でも行われたことを含め、我が国にとって貴重な経験であると言えよう。こうした経験を、今後、2025年日本国際博覧会(以下「大阪・関西万博」という。)等の大規模国際イベントを含め、我が国におけるサイバーセキュリティの向上に活用していくこととしている。また、これらの取組から得られた知見、ノウハウは、世界的にみても貴重なものであり、海外に発信・共有していくことで、国際連携への寄与も期待される。
  • グローバルな拡張・発展を遂げたサイバー空間は、場所や時間にとらわれず、国境を越えて、質・量ともに多種多様な情報・データを自由に生成・共有・分析することが可能な場であり、流通する場である。こうした特徴を持つサイバー空間は、技術革新や新たなビジネスモデルなどの知的資産を生み出す場として、人々に豊かさや多様な価値実現の場をもたらし、今後の経済社会の持続的な発展の基盤となると同時に、自由主義、民主主義、文化発展を支える基盤でもある。
  • サイバー空間を「自由、公正かつ安全な空間」とすることにより、基本法に掲げた目的に資するべく、国は、これまで2度にわたり、我が国のサイバーセキュリティに関する施策についての基本的な計画として、サイバーセキュリティ戦略を策定してきた。
  • 先に述べた時代認識を踏まえれば、その目的、そしてサイバー空間に対する考え方はいささかも変わるものではない。むしろ、その確保が危機に直面する中で、「自由、公正かつ安全なサイバー空間」を確保する必要性はこれまで以上に増しているとの認識が深められるべきである。
  • かかる認識の下、我が国は、サイバーセキュリティに関する施策の立案及び実施に当たって従うべき基本原則については、従来のサイバーセキュリティ戦略で掲げた5つの原則を堅持し、それに従うものとする。
    1. 情報の自由な流通の確保
      • サイバー空間が創意工夫の場として持続的に発展していくためには、発信した情報がその途中で不当に検閲されず、また、不正に改変されずに、意図した受信者へ届く世界(「信頼性のある自由なデータ流通」が確保される世界)が作られ、維持されるべきである。なお、プライバシーへの配慮を含め、情報の自由な流通で他者の権利・利益をみだりに害すことがないようにしなければならないことも明確にされるべきである。
    2. 法の支配
      • サイバー空間と実空間の一体化が進展する中、自由主義、民主主義等を支える基盤として発展してきたサイバー空間においても、実空間と同様に、法の支配が貫徹されるべきである。また、同様に、サイバー空間においては、国連憲章をはじめとした既存の国際法が適用されることを前提として、平和を脅かすような行為やそれらを支援する活動は許されるべきではないことも明確にされるべきである。
    3. 開放性
      • サイバー空間が新たな価値を生み出す空間として持続的に発展していくためには、多種多様なアイディアや知識が結びつく可能性を制限することなく、全ての主体に開かれたものであるべきである。サイバー空間が一部の主体に占有されることがあってはならないという立場を堅持していく。これには、全ての主体が平等な機会を与えられるという考え方も含まれる。
    4. 自律性
      • サイバー空間は多様な主体の自律的な取組により発展を遂げてきた。サイバー空間が秩序と創造性が共存する空間として持続的に発展していくためには、国家が秩序維持の役割を全て担うことは不適切であり、不可能である。サイバー空間の秩序維持に当たっては、様々な社会システムがそれぞれの任務・機能を自律的に実現することにより、社会全体としてのレジリエンスを高め、悪意ある主体の行動を抑止し対応することも重要であり、これを促進していく。
    5. 多様な主体の連携
      • サイバー空間は、国、地方公共団体、重要インフラ事業者、サイバー関連事業者その他の事業者、教育研究機関及び個人などの多様な主体が活動することにより構築される多次元的な世界である。こうしたサイバー空間が持続的に発展していくためには、これら全ての主体が自覚的にそれぞれの役割や責務を果たすことが必要である。そのためには、個々の努力にとどまらず、連携・協働することが求められる。国は、連携・協働を促す役割を担うとともに、国際情勢の変化を踏まえ、価値観を共有する他国との連携や国際社会との協調をこれまで以上に推進していく。
  • 国民の自由な経済社会活動を保障し国民の権利や利便性の確保を図ること、また、適時適切な法執行・制度により悪意ある者の行動を抑制することによって国民を保護することこそ、国民から期待されるサイバーセキュリティ政策のあるべき姿である。我が国は、政治・経済・技術・法律・外交その他の取り得る全ての有効な手段を選択肢として保持する点を、これまで以上に明確にする。
  • 本戦略の策定に当たっては、サイバー空間がもたらす恩恵のみならず、この空間をとりまく変化やリスク(脅威、脆弱性いずれの観点も含む。)を的確に認識し、デジタル改革のビジョンである「一人ひとりのニーズにあったサービスを選ぶことができ、多様な幸せが実現できる社会」の実現に向けて、これら不確実性をできる限り制御していくアプローチが重要である。
  • サイバー空間そのものは、デジタルサービスが社会に定着していきサイバー空間に参画する層が増加をしていく過程で「量的」に拡大するとともに、取り扱えるデータ量の増大やIoT、AI技術、モビリティ変革、AR/VR16技術をはじめとした最新技術の活用した新たなデジタルサービスの普及、「ニューノーマル」とも呼ばれる新しい生活様式の定着等を通じ、実現し得る価値の「質的」な多様化や、実空間との接点の「面的」な拡大が進んでいる。
  • これらが同時かつ相互影響的に進展する中で、サイバー空間が有する性質も変容しつつある。地域や老若男女問わず、全国民が参画し、自律的な社会経済活動が営まれる重要かつ公共性の高い場としての位置付け、すなわち、サイバー空間の「公共空間化」が進展するとともに、サイバー空間において提供される多様なサービスは、クラウドサービスの普及やサプライチェーンの複雑化等に伴い、サイバー空間内やサイバーとフィジカルの垣根を越えた主体間の「相互連関・連鎖性」が一層深化していくことが想定される。
  • 一方で、サイバー空間におけるデジタル技術の利用は、新たな課題も提示する。不適切に悪意をもって利用されれば、国家間における分断や危険を増大させ、人権を阻害し、不公平を拡大し得ることが指摘されている。サイバー空間の変容は、従来では想定し得なかったリスクも同様に拡大させることも想定され、さらに、コロナ禍等により不連続な形で起こる変化は、予期しない形でリスクを顕在化させるおそれがある。サイバー空間が公共空間へと変貌を遂げつつある一方で、このような状況により、国民がサイバー空間に対する不安感を完全に払拭できていないことも事実である
  • これらを念頭に、「自由、公正かつ安全なサイバー空間」を確保するためには、足元で起きている変化、又は近未来に起こり得る変化によって生じるリスクを適切に把握した上で、取り組むべき課題を明確化し、政策を推進していく必要がある。また、サイバー空間ではサービス提供の担い手は数年単位で入れ替わり、サイバーセキュリティの確保に大きな役割を果たす主体も変わり得ることから、中長期的にはその前提も大きく変わり得ることも同時に意識することが重要である。
  • 国際情勢からみたリスク
    • サイバー空間は平素から、地政学的緊張を反映した国家間の競争の場の一部ともなっているが、サイバー攻撃が匿名性、非対称性、越境性という特性を有する中で、重要インフラの機能停止、国民情報や知的財産の窃取、民主プロセスへの干渉など国家の関与が疑われるものをはじめとする組織化・洗練化されたサイバー攻撃の脅威の増大がみられるなど、足元では、サイバー空間をめぐる情勢は、有事とは言えないまでも、最早純然たる平時とも言えない様相を呈している。
    • 経済社会のデジタル化が広範かつ急速に進展する中、こうしたサイバー攻撃の増大等は、国民の安全・安心、国家や民主主義の根幹を揺るがすような重大な事態を生じさせ、国家安全保障上の課題へと発展していくリスクをはらんでいる。サイバー攻撃者の秘匿、偽装等が巧妙化しているが、特に国家の関与が疑われるサイバー活動として、中国は軍事関連企業、先端技術保有企業等の情報窃取のため、ロシアは軍事的及び政治的目的の達成に向けて影響力を行使するため、サイバー攻撃等を行っているとみられている。また、北朝鮮においても政治目標の達成や外貨獲得のため、サイバー攻撃等を行っているとみられている。さらに、中国・ロシア・北朝鮮において、軍をはじめとする各種機関のサイバー能力の構築が引き続き行われているとみられている。
    • 加えて、サイバー空間に関する基本的価値の相違や、国際ルール等をめぐる対立が顕在化する中、一部の国が主張するように、国家によるサイバー空間の管理・統制の強化が国際ルール等の潮流となれば、我が国の安全保障にも資する「自由、公正かつ安全なサイバー空間」や従うべき基本原則の確保が脅かされる。安全保障の裾野が経済・技術分野にも一層拡大する中で、技術覇権争いが顕在化し、また、国家によるデータ収集・管理・統制を強化する動きも見られる。
    • また、サイバー空間を構成するシステムのサプライチェーンの複雑化やグローバル化を通じ、サプライチェーンの過程で製品に不正機能等が埋め込まれるリスクや政治経済情勢による機器・サービスの供給途絶など、サイバー空間自体の信頼性や供給安定性に係るリスク(サプライチェーン・リスク)が顕在化している。
    • このように、サイバー攻撃の脅威に晒される対象の拡大とともにその手段が組織化・洗練化され、サイバー空間の安定性が揺らぐ中で、個々の主体あるいは一国のみで対応することが極めて困難な国際社会共通の切迫した課題となっており、まさに我が国が目指すべきグローバル規模での「自由、公正かつ安全なサイバー空間」の確保は危機に直面していると言えよう。
  • 近年のサイバー空間における脅威の動向
    • 以上で示したリスク要因は、近年のサイバー空間における脅威の動向をみても、明らかな傾向として表れている。
    • 組織犯罪や国家の関与が疑われる攻撃が多く発生しており、海外では選挙に対する攻撃をはじめとする民主プロセスへの干渉や、サプライチェーンの弱点を悪用した大規模な攻撃、制御系システムを対象とした攻撃をはじめ広範な経済社会活動、ひいては国家安全保障に影響を与え得るインフラへの攻撃が猛威を奮っている。
    • また、テレワーク等の普及に伴い個々の端末経由又はVPN機器22の脆弱性を悪用しネットワークに侵入されるケースや、クラウドサービスが攻撃の標的とされるケースが増加しているほか、ワクチンに関するニュースに関連したビジネスメール詐欺やフィッシングなどのコロナ禍に乗じたサイバー攻撃や、比較的対策が行き届きづらい海外拠点を経由した攻撃、匿名性の高いインフラを通じて行われる攻撃など、足元の環境変化をタイムリーに捉えたサイバー攻撃も現にみられている。
    • これらに加えて、ばらまき型攻撃が2020年に入り急増するなど、標的型攻撃の被害は引き続き止んでいないほか、データ復元に加え窃取したデータを公開しない見返りの金銭要求も行ういわゆる「二重の脅迫」を行うランサムウエア、匿名化技術や暗号技術の悪用による事後追跡の回避など、従来の脅威が複雑化・巧妙化している。背景として、マルウェアの提供や身代金の回収を組織的に行うエコシステムが成立し、悪意のある者が高度な技術を持たなくても簡単に攻撃を行える状況が指摘されている。
    • こうしたサイバー攻撃により、生産活動の一時停止、サービス障害、金銭被害、個人情報窃取、機密情報窃取など、経済社会活動、ひいては国家安全保障に大きな影響が生じ得る状況となっている。
  • 「任務保証」の深化(エンドユーザへのサービスの確実な提供を意識したサプライチェーン全体の信頼性確保)
    • 従来の「任務保証」の考え方は、サービス提供者が特に契約関係のあるサービスの直接的な利用者を中心に、遂行すべき業務を「任務」として着実に遂行するための考え方として位置付けられてきた。
    • 近年、クラウドサービスの普及やサプライチェーンの複雑化等に伴い、サイバー空間を通じて提供されるサービスに対する様々な主体の関与や、クラウドサービス事業者等への依存度の増加により、サービス・業務の責任主体がエンドユーザから見えにくくなっている。また、インシデントが発生した際の影響も広範かつ複雑化し、その波及の予見や解決に向けた困難性も増している。クラウドサービスを例に挙げれば、あるクラウドサービスを利用する事業者のみならず、その利用事業者が提供するサービスを利用するエンドユーザにも影響が及び得る状況となっている。このような状況は、従来、サイバー空間への関与が少なく、デジタル化進展の過程で不可避的にサイバー空間に参加する者にとっては、なおさら深刻である。こうした認識に基づき、サイバー空間を活用して業務・サービスの提供に携わる者は、提供者と利用者間の一対一の関係だけではなく、サプライチェーン全体を俯瞰し、その信頼性を意識して責任ある行動をとることが求められる。
    • 「任務保証」の考え方の重要性は今後も不変のものとして、さらにこれを深化させ、あらゆる組織が、サイバー空間を提供・構成する主体として、自らが遂行すべき業務や製品・サービスからエンドユーザに至るサプライチェーン全体の信頼性確保を「任務」と捉えることで、サイバー空間を構成する多様な製品やサービスについて、その安全性・信頼性が確保され、利用者が継続的に安心して利用できる環境をめざす。
  • 「リスクマネジメント」に係る取組強化
    • 組織化・洗練化されたサイバー攻撃の脅威の増大等がみられる中で、国として、各国政府・民間等様々なレベルで連携をしつつ、個々の主体による「リスクマネジメント」を補完し、一層実効的に取組を強化する。
    • 具体的には、我が国として、サイバー攻撃に対して能動的かつ(自動化技術の活用等により)効率的に防御するとともに、脅威の趨勢を踏まえ、常に想定されるリスク等の見直しや事後追跡可能性(以下「トレーサビリティ」という。)の確保に努める。
    • また、国民の個人情報や国際競争力の源泉となる知的財産に関する情報、安全保障に係る情報の窃取のための一つの重要なチャネルとしてサイバー空間が利用されている現状を踏まえ、このようなサイバー攻撃への対処とともに、サイバー空間を構成する技術基盤自体の信頼性の確保に努める。
  • 安全保障の観点からの取組強化
    • 我が国の安全保障を巡る環境は厳しさを増し、サイバー空間が国家間の競争の場の一部ともなっている中で、サイバー空間における攻撃者との非対称な状況を看過してはならない。
    • 各主体がその姿勢を明確化するとともに、防衛省・自衛隊をはじめとした政府機関等の能力強化により、国家の強靱性を確保するなどして防御力を強化し、攻撃者を特定し責任を負わせるためにサイバー攻撃を検知・調査・分析する能力を引き続き高め、抑止力を強化する。また、サイバー脅威に対しては、同盟国・同志国と連携をして、政治・経済・技術・法律・外交その他の取り得る全ての有効な手段と能力を活用し、断固たる対応をとる。
    • 加えて、サイバー空間の健全な発展を妨げるような取組に対して、同盟国・同志国や民間団体と連携して対抗し、我が国の安全保障に資する形で、グローバルに「自由、公正かつ安全なサイバー空間」を確保するために、積極的な役割を果たす。
  • サイバー空間を悪用したテロ組織の活動への対策
    • サイバー空間は、個人や団体が自由に情報をやり取りし、自らの考えを述べる場を提供するものであり、民主主義を支えているものの一つである。他方、テロ組織が、過激思想の伝播や示威行為、組織への勧誘活用、活動資金の獲得等の悪意ある目的でサイバー空間を利用することは防止しなければならない。このため、表現の自由を含む基本的人権を保障しつつ、サイバー空間を悪用したテロ組織の活動への対策に必要な措置を引き続き国際社会と連携して実施する。
  • 攻撃把握・分析・共有基盤の強化
    • サイバー攻撃の巧妙化・複雑化・多様化や、IoT機器の普及に伴う脆弱性拡大等のサイバー攻撃の脅威動向に適切に対処するため、AI等の先端技術も活用しつつ、サイバー攻撃の観測・把握・分析技術や情報共有基盤を強化する。
    • 具体的には、巧妙かつ複雑化したサイバー攻撃や今後本格普及するIoT等への未知の脅威に対応するため、広域ダークネットや攻撃種別に柔軟に対応するハニーポット技術等を用いたサイバー攻撃観測技術の高度化や、AI技術による攻撃挙動解析の自動化技術に係る研究開発を実施する。また、標的型攻撃の攻撃挙動の把握・解析やそのための迅速な対応を進めるために、サイバー攻撃誘引基盤の高度化、及びその活用の拡大を図り、標的型攻撃の具体的な挙動収集や未知の標的型攻撃等を迅速に検知・解析する技術等の研究開発を行う。加えて、脆弱なIoT機器の確度の高い把握、及びそのセキュリティ対策のため、通信量の抑制と精度の向上を実現する効率的な広域ネットワークスキャンのための研究開発を行う。このほか、サイバーセキュリティに関する情報を国内で収集・蓄積・分析・提供していくための知的基盤を構築・共有する取組を推進する。
  • 暗号等の研究の推進
    • 実用的で大規模な量子コンピュータが実現することによる既存の暗号技術の危殆化を想定しつつ、耐量子計算機暗号や量子暗号等に関する先進的な研究を推進し、安全性を確保するための基盤を確立する。また、IoT等のリソースの限られたデバイスにおいても、安全な通信が可能となるよう、軽量な暗号技術を確立する。
    • 具体的には、実用的で大規模な量子コンピュータの実現やIoT等の普及、新たな暗号技術の動向等を踏まえ、暗号技術の安全性・信頼性確保や普及促進等に関する検討を継続的に実施するとともに、耐量子計算機暗号、軽量暗号等に関するガイドラインの作成に向けた検討を行う。また、盗聴や改ざんが極めて困難な量子暗号等を活用した量子情報通信ネットワーク技術や、量子暗号通信を超小型衛星に活用するための技術の確立に向けた研究開発を推進する。
  • AI技術の進展を見据えた対応
    • AI技術は、近年、加速度的に発展しており、世界の至るところでその応用が進むことにより、広範な産業領域や社会インフラなどに大きな影響を与えている。サイバーセキュリティとの関係では、AIを活用したサイバーセキュリティ対策、AIを使ったサイバー攻撃、AIそのものを守るセキュリティの3つの観点があると考えられる。
    • まず、AIを活用したサイバーセキュリティ対策(AI for Security)に関しては、実際にAIを活用したセキュリティ製品やサービスの商用化が進んでいる。国は、AI技術に関する総合的な戦略等に基づき、AIを活用した民間のサイバー対策を引き続き後押しするとともに、予防、検知、対処の各フェーズにおいてAIを活用した高効率かつ精緻な対策技術の確立を推進していく。
    • また、AIを使ったサイバー攻撃に対処する観点から、攻撃者の防御側に対する非対称性をさらに拡げないためにも、「AI for Security」の取組は重要となる。その際、攻撃の視点から知見を得て、先手を打ってセキュリティ対策を高度化するプロアクティブな研究のアプローチが重要であると考えられる。
    • さらに、AIそのものを守るセキュリティ(Security for AI)では、AIのセキュリティ面での脆弱性がどのようなものかまだ十分に理解されていないと考えられるところ、学術面では、例えば、機械学習の誤認識を誘発し得る敵対的サンプルの生成を試みる研究や、一方でその防御に関する研究も海外では多くなっている。我が国においても基礎的な研究を振興するとともに、5~10年先に実現を目指す長期的取組として、引き続き技術課題の検討を進めていく。
  • 量子技術の進展を見据えた対応
    • 量子コンピュータの進展により、現代のインターネットセキュリティを支える公開鍵暗号技術が解読される可能性が生じ、国際的に耐量子計算機暗号に関する検討が進められている。我が国においても、耐量子計算機暗号等に関する先進的な研究を推進し、安全性を確保するための基盤を確立することとしている。
    • 一方、耐量子計算機暗号においても危殆化のリスクがあるため、各国が安全保障にも関わる重大脅威との認識の下、原理的に安全性が確保される量子通信・暗号に関する研究開発を急速に進めている。我が国としても、量子技術に関する総合的な戦略に基づき、国及び国民の安全・安心の確保、産業競争力の強化等の観点から、重要な情報を安全に保管する手段として、機密性・完全性等を有し、かつ市場化を見据えて国際競争力の高い、量子通信・暗号に関する研究開発や、その事業化・標準化等に取り組んでいく。
  • 「DX with Cybersecurity」に必要な人材に係る環境整備
    • デジタル化の進展と併せてサイバーセキュリティ確保に向けた取組を同時に推進すること(DX with Cybersecurity)が社会全体で実現されるためには、企業・組織内でのデジタル化進展に伴い新たに必要となるセキュリティを含む人材・仕事の需要の増加と、若年層や社会的要請に応じた人材流入や適切なマッチング等による人材・仕事の供給の増加が、双方とも連関して好循環を形成することが重要である。
    • 実務者層・技術者層向けの人材育成プログラムの「質」・「量」の確保はもちろん、企業・組織内での機能構築、人材の流動性・マッチングの観点から、セキュリティ人材が活躍できるような環境整備が図られなければ、悪循環に陥り、経済社会のデジタル化推進は不確実性をはらむものとなり得る。
    • 加えて、そのためには、経営層はもちろん、企業・組織内でデジタルトランスフォーメーションを推進したり関与したりする様々な者において、デジタル化とサイバーセキュリティ対策は他人事ではなく、同時達成されるべき、業務と収益の中核を支える基本的事項として認識されることがその前提となる。経営層の意識改革に取り組みつつ、必要な素養や基本的知識が補充できる環境整備が重要となる。

(6)誹謗中傷対策を巡る動向

深刻化するインターネット上の誹謗中傷対策として、上川法相(当時)は、侮辱罪を厳罰化し、懲役刑を導入する刑法改正を法制審議会(法相の諮問機関)に諮問しました。現在の法定刑は、刑法で最も軽い「拘留(30日未満)または科料(1万円未満)」であるところ、「1年以下の懲役・禁錮、または30万円以下の罰金」を追加することを目指しています。さらに、法制審の議論を経て、法改正が実現すれば、公訴時効も1年から3年に延びることになります。侮辱罪は、公然と人を侮辱した行為に適用される、明治時代からある規定で、元々は悪口を人前で言ったり、家に張り紙をしたりする行為が想定されていたところ、社会情勢の変化をふまえ、ネットの投稿も対象となっています。本コラムでも関心をもって取り上げている女子プロレスラーの木村花さん(当時22歳)が自殺した問題では、木村さんのSNSに送られた中傷は約300件に上ったものの、投稿者の特定に時間がかかるなどし、時効までに同罪で摘発されたのは2人のみでした。刑も科料9,000円にとどまり、「法定刑が軽すぎる」との批判が出ていたものです。法務省は、厳罰化や時効の延長で、ネット上の中傷を抑止し、摘発できる事件も増えるとみており、上川法相は諮問に際し、法制審の総会で「ネット上の中傷が社会問題化しており、こうした行為は、厳正に対処すべき犯罪であると示す必要がある」と述べています。インターネット空間に匿名の悪意が跋扈することには、当初から懸念の声があり、悪意はそのうちに自然淘汰されるとの楽観論もあったものの、「悪貨は良貨を駆逐する」の格言通り、心ない誹謗中傷は多くの人を傷付け続けており、コロナ禍による社会不安の増大やストレスの増加がそれを助長しています。このような悪意を駆逐し、抑止していくために、侮辱罪の厳罰化は正しいものと考えます。それに加え、来年秋までに「改正プロバイダー責任制限法」が施行され、1度の申し立てで裁判所が投稿者の情報開示を判断し、運営事業者や接続事業者に命令を出せる新たな裁判手続きが創設されます。侮辱罪の厳罰化で公訴時効が延長されることと合わせ、従来は時効の壁や手続きの煩雑さで容易ではなかった悪意の投稿者の割り出しが進むことも期待できます。懲役刑が追加されることで、新たに幇助罪や教唆罪も適用できるようになります。SNSやサイトの運営事業者も刑事責任が問われる可能性が生じることで、情報開示への協力も求めやすくなるといった相乗効果も期待したいところです。匿名の悪意を決して許さないという社会の強い意思こそが「悪貨を駆逐する」ためにまずは必要なことだと思います。ネット空間における匿名の悪意の多くは、「最悪お金さえ払えば済む」と軽く考えているものと推測されるところ、インターネットやSNSの拡散力の大きさ、本人や家族など周辺に与える精神的苦痛の大きさ、社会的信用や名誉を毀損し、最悪の場合、社会的に抹殺されるところに至る「殺人に等しい」行為であることを厳格化によって知らしめる必要があります。

このように被害者の救済や誹謗中傷の抑止につながると期待される一方、批評行為との線引きや利用者のモラル向上など課題も多いといえます。投稿が批評なのか侮辱なのか、厳罰化されるに伴い判断にはより慎重にならなければならないといえ、ネット上の誹謗中傷が問題になっても悪質な書き込みはなくなっていないのが現状であり、厳罰化に伴って、利用者のモラル向上に向けた取り組みなどがますます重要な課題となるといえます。さらには、デジタルプラットフォーマーの取組みの深化も期待したいところです。今年9月には、SNSなどのインターネット上での誹謗中傷やフェイクニュースについて議論する総務省の有識者会議が、デジタルプラットフォーマー」に対し、誹謗中傷などの実態把握の取り組み状況の開示など、透明性の確保を求める中間提言を取りまとめています。中間提言は実態把握や書き込みの削除基準の共有などをデジタルプラットフォーマーに要請、こうした対応はデジタルプラットフォーマーにより自主的に行われることが前提としつつも(いわゆるゴールベース規制のあり方といえます)、応じない場合にはプラットフォーマーに対する法的規制を検討することも明記されています。なお、法的規制の是非や内容は引き続き検討することとしています。一方、総務省が7月に提言案を公表した際、日本新聞協会は、フェイクニュースなど規制対象となる情報の定義が不明確で「恣意的な運用につながる恐れがある」とし、規制について慎重に検討するよう求める意見を提出しており、今後の議論の行方を注視していく必要があります。以下、中間とりまとめからのピックアップと、新聞協会の声明を抜粋して引用します。

▼プラットフォームサービスに関する研究会 中間とりまとめ
  • インターネット上では、依然として、違法な情報や有害な情報の流通も認められ、昨今、特定の個人に対して多くの誹謗中傷の書き込みが行われるいわゆる「炎上」事案や、震災や新型コロナウイルス感染症などの社会不安に起因する誹謗中傷が行われるなど、特にSNS上での誹謗中傷等の深刻化が問題となっている。また、インターネット上でのフェイクニュースや偽情報(以下「偽情報」という。)の流通の問題が顕在化しており、例えば新型コロナウイルス感染症や米国大統領選挙に関するものも含めSNS上で偽情報が拡散する等これに接触する機会が増加している。
  • インターネットのような能動的な言論空間では、極端な意見を持つ人の方が多く発信する傾向がみられる。過去1年以内に炎上に参加した人は、約0.5%であり、1件当たりで推計すると0.0015%(7万人に1人)となっている。書き込む人も、ほとんどの人は炎上1件に1~3回しか書き込まないが、中には50回以上書き込む人もいるなど、ごく少数のさらにごく一部がネット世論を作る傾向が見られるとの指摘がある。また、炎上参加者の肩書き分布に特別な傾向は見られない。書き込む動機は「正義感」(どの炎上でも60~70%程度)となっている。社会的正義ではなく、各々が持っている価値観での正義感で人を裁いており、多くの人は「誹謗中傷を書いている」と気付いていないという分析結果が挙げられた。
  • 民間における取組としては、一般社団法人セーファーインターネット協会(SIA)は、2020年6月より、「誹謗中傷ホットライン」の運用を開始した。インターネット上で誹謗中傷に晒されている被害者からの連絡を受け、コンテンツ提供事業者に、各社の利用規約に基づき削除等の対応を促す通知を行っている。2020年の連絡件数は1,237件であり、そのうち、ガイドラインに基づき削除通知対象となる「特定誹謗中傷情報」に該当するものが293件(22.4%)、非該当が944件(77.6%)3であった。293件のうち、973URLに対して削除通知を行い、削除確認されたものが836URL(削除率85.9%)であった。
  • モニタリングの結果、プラットフォーム事業者の誹謗中傷等への対応に関する透明性・アカウンタビリティ確保状況には差異が見られた。ヤフー・LINEは、我が国における誹謗中傷への対応について、具体的な取組や定量的な数値を公表しており、透明性・アカウンタビリティ確保に向けた取組が進められている。Googleは、一部、我が国における定量的な件数が新たに示されているが、構成員限りで非公開となっている情報も残されており、部分的に透明性・アカウンタビリティ確保に向けた取組が進められている。Facebook・Twitterは、グローバルな取組や数値は公表しているが、我が国における具体的な取組や定量的な数値を公表しておらず、我が国における透明性・アカウンタビリティ確保が果たされていない。
  • 2021年3月の調査結果によると、直近1か月での偽情報への接触率は75%であり、3割程度の人は、偽情報に週1回以上接触している。偽情報を見かけることが多いジャンルは、新型コロナウイルス及びスポーツ・芸能系関連となっている。特に、直近1ヶ月の間での新型コロナウイルス関連の偽情報に接触した層は半数程度であり、拡散経験層は3割弱程度となっている。
  • 上記とは別の調査結果によると、2020年には、年間2,615件(1日平均7.2件)の疑義言説が拡散しており、主に新型コロナウイルス関連・米国大統領選挙関連の偽情報が拡散している。新型コロナウイルス関連10件・国内政治関連10件の実際の偽情報に関する調査の結果、特に新型コロナウイルス関連の偽情報接触率が高い(45.2%)。10代の接触率が最も高いが、あらゆる年代層で接触しており、全体で51.7%の人は1つ以上の偽情報に接触している。偽情報と気づいた割合は、新型コロナウイルス関連が58.9%だが、国内政治関連は18.8%と、ファクトチェック済みの偽情報でも多くの人が偽情報と気付けていない。情報リテラシー(読解力・国語力)が高い人は偽情報に騙されにくい。他方、ソーシャルメディアやメールへの信頼度が高いと偽情報に騙されやすい。また、マスメディアへの不満や自分の生活への不満が高いと偽情報に騙されやすい(特に、国内政治関連の偽情報)。
  • 大量の人に拡散した「スーパースプレッダー」は全体で1%以下しかいないが、拡散数では約95%を占めるなど、ごく一部の拡散者が偽情報拡散の大部分を広めていた。一方、スーパースプレッダーはソーシャルメディアからの訂正情報で考えを変えやすい傾向にある。
  • 偽情報は、ミドルメディアを中心に、メディア間の相互作用で成長する例が見られ、具体的には、(1)ソーシャルメディアでの話題をニュースサイト・まとめサイトなどのミドルメディアが編集し、それをマスメディアが取り上げる、(2)ミドルメディアが、マスメディアの話題とソーシャルメディアの反応を組み合わせてソーシャルメディアに拡散する、(3)記事配信を通して大きな影響力を持つポータルサイトに到達し、ポータルサイトから、ミドルメディアやソーシャルメディアに拡散する(フェイクニュース・パイプライン)、といった流れの存在が指摘されている。
  • また、ミドルメディアの典型的な記事の作り方として、「こたつ記事(取材が不十分な、こたつでも書ける低品質な記事)」の問題があり、ネットの反応は多くの場合情報源やデータが提示されておらず、話題の捏造が可能であるとの指摘がある。この点、コンテンツの内容が間違っていてもページビューを稼げば広告収入で儲かる仕組みにより、正確な記事を書くインセンティブがないため、偽情報の方が「得」な状況となってしまっているとの指摘や、ミドルメディアの多くについて、運営元がウェブサイトに表示されておらず正体不明であり、運営元を表示しなくても検索結果に表示され、広告収入が得られるとの指摘もある。さらに、記事の配信や検索表示によりアクセスが流入し、広告収入がミドルメディアの活動を支えており、偽情報を拡散する特定のウェブサイトやソーシャルメディアのアカウントへの対応が不十分で生成・拡散を助長している点や、対策が不十分なことで、既存メディアの記事や映像は偽情報に使われ、間違ったり、歪んだりした内容が拡散してしまっているといった指摘もある。
  • ディープフェイクは、海外の事案が多いが、我が国の事例としては、2020年10月にディープフェイクポルノ動画をアップロードしていた2人が逮捕された。また、2021年4月には、加藤官房長官が福島県及び宮城県を襲った地震に関する記者会見で笑みを浮かべる画像がTwitterに掲載された。
  • 偽情報の問題に対しては、多様なステークホルダーによる多面的な議論が行われ、プラットフォーム事業者、ファクトチェック機関、メディアなど関係者間の協力が進められることが必要である。
  • モニタリングの結果、全体的な傾向として、プラットフォーム事業者の偽情報への対応及び透明性・アカウンタビリティ確保の取組の進捗は限定的であった。他方、多様なステークホルダーによる協力関係の構築、ファクトチェック推進、ICTリテラシー向上に関しては、まだ十分とは言えないものの、我が国においても取組が進められつつある。
  • プラットフォームサービス以外の、CDN・ホスティング(クラウドサービス)・アプリマーケット・ミドルメディア等も射程に含め、コンテンツ流通メカニズム全体を踏まえながら、引き続き違法・有害情報対策に関する検討を行っていくことが必要である。さらに、ヘイトスピーチ、部落差別、性被害、自殺誘引等、様々な類型の違法・有害情報が問題となっていることから、誹謗中傷や偽情報以外も含む違法・有害情報全般について対策を行っていくことが必要である。
  • 行政からの一定の関与の検討に際しては、(1)リスクベース・アプローチに基づく検討、(2)特に、リスクの大きい巨大プラットフォームサービスについて、自らのサービスのリスク分析・評価の実施及び結果の公表、(3)リスクを低減するための合理的・比例的・効果的な対応の実施とその結果及び効果の公表、(4)政府及び外部研究者等による継続的なモニタリング、(5)モニタリングを可能とするデータ提供、といった大枠としての共同規制的枠組みの構築を前提に検討を進めることが適当であると考えられる。
  • 特に、個別のコンテンツの内容判断に関わるものについては、表現の自由の確保などの観点から政府の介入は極めて慎重であるべきことから、プラットフォーム事業者等に対して削除義務を課すことや、個別のコンテンツを削除しなかったことに対して罰則等を設ける法的規制を導入することには、誹謗中傷の場合と比較してもより一層、極めて慎重な検討を要する。他方で、違法・有害情報全般に関する透明性・アカウンタビリティ確保と同様に、次回以降のモニタリングにおいて、偽情報への対応に関して、事業者が自主的な報告を行わない場合や、我が国における透明性・アカウンタビリティ確保が実質的に図られない場合には、透明性・アカウンタビリティの確保方策に関する行動規範の策定及び遵守の求めや法的枠組みの導入等の行政からの一定の関与について、具体的に検討を行うことが必要である。
  • ニュース配信プラットフォームサービスにおいては、ニュースや情報に関する選別・編集責任等に関するサービスの性質を踏まえながら、利用者のニーズに応じて信頼性の高い情報配信が行われるよう引き続き努めるとともに、情報配信に関する透明性やアカウンタビリティの確保方策を適切に実施することが望ましい。
  • また、偽情報の拡散要因について、インターネットにおけるニュースの生態系の問題として、ミドルメディアが大きな影響を与えていることがこれまでの分析により判明しつつある。したがって、インターネット上におけるメディア全体の情報の信頼性をどのように確保していくかについて、ミドルメディアを中心とした偽情報の生成・拡散・流通メカニズムに関する実態把握と分析も踏まえ、「Disinformation対策フォーラム」等の場も活用しつつ、伝統的なメディア・ネットメディア・プラットフォーム事業者等の関係者間で、ミドルメディア運営事業者との連携可能性等も含め、今後検討をさらに深めていくことが望ましい
▼一般社団法人日本新聞協会 表現の萎縮招く法規制に反対 偽情報対策巡り意見 総務省に新聞協会
  • 新聞協会は8月20日、インターネット上の偽情報や誹謗中傷への対応を検討する総務省に対し、法規制が導入されれば表現の自由を萎縮させる恐れがあるとして「行政の関与に反対する」との意見書を提出しました。プラットフォーム事業者が自主的に対策の説明責任を果たすことが望ましく、事業者側に真摯な対応を促すべきだと主張しました。通信端末の位置情報やウェブサイトの閲覧履歴など「利用者情報」の保護に関しては、事業者側が適切な対応をとるための情報提供に努めるよう求めました。
  • 総務省の意見募集に応じました。誹謗中傷や偽情報への対策を巡っては、同省の有識者会議が7月、事業者側の対策が改善されない場合は法規制の導入も検討する必要があるとの報告書案をまとめていました。
  • これに対し新聞協会は「正当な批判を萎縮させるような制度設計は避けなければならない」と訴えました。報告書案で対策が必要だとする「違法・有害情報」の定義があいまいなことから「取材を尽くしてもなお結果的に誤ってしまった情報」までも規制される恐れがあると指摘。制度設計に当たっては表現の自由に配慮し「極めて慎重な検討を求める」と記しました。
  • 表現の自由を担保するため、可能な限りプラットフォーム事業者の自主的な取り組みに委ねるべきだと主張しました。事業者側には検索結果の表示ルールの透明性確保も求めたいとしました。
  • デジタル広告取引などにも使われる「利用者情報」の保護を全ての取り扱い事業者に求めるとした有識者会議の提言については適切だと評価しました。具体的な方策を事業者側に分かりやすく周知するよう求めました。また、保護ルールを強化することで既に多くの利用者を持つプラットフォーム事業者の市場における競争力がさらに高まる懸念があると指摘。市場に与える影響を踏まえて検討するよう要望しました。

表現の自由に関連して、今年のノーベル平和賞に、報道の自由を掲げ政権の強権的な姿勢を批判してきたフィリピンのインターネットメディア、「ラップラー」のマリア・レッサ代表と、ロシアの新聞「ノーバヤ・ガゼータ」のドミトリー・ムラートフ編集長の、2人の報道関係者が選ばれたことも印象深いといえます。2021年10月9日付毎日新聞では、「授賞の判断には、世界各地で表現の自由が脅かされ、言論が封殺されているという危機感がにじんだ。ノルウェー・ノーベル委員会のライスアンデシェン委員長は会見で「自由で、独立した、事実に基づくジャーナリズムは権力の乱用やうそ、プロパガンダから守る役割を果たす」と指摘。表現の自由は「民主主義の肝要な前提条件で、戦争と対立から守る」と述べた。権力者による報道への攻撃は世界各地で相次ぐ。・・・ インターネットやソーシャルメディアの発展によって情報があふれるなか、何を信用していいのか、という問題もある。新型コロナウイルスをめぐっては虚偽情報や、ワクチンに関する陰謀論がいくつも飛び交った。個人や組織を対象とした誹謗中傷や、ヘイトスピーチも増え続けている。そんななか、報道する側も問われている。誰でも情報を発信できる時代になっているからこそ、「情報の質」によって信頼を得なければならない。ノーベル委員会も、フェイクニュースについても懸念を示した。ライスアンデシェン氏は「皮肉にも、かつてないほど報道と情報があるなか、乱用も起きている」と発言。フェイスブックが公共の議論を操作することに用いられていることにも触れ、「表現の自由はパラドックスだらけだ」と認め、「全ての表現の自由には限界がある」と語った。発信する側の責任にも目を向けたといえる。」と述べており、正にそのとおりだと思います。なお、同氏については、平和賞の選考に関して、「平和について特定の定義があるわけではない」、「平和」の意味する範囲が時代とともに広がっているとの見方も示し、「これまで気候変動や社会的正義、人権活動、軍縮など平和につながる様々な分野の貢献に賞を授与してきた」と述べていた点も個人的には大変興味深く感じました。

さて、いわゆる陰謀論の流布はさまざまな問題を投げかけていますが、直近では、米東部メリーランド州で9月、兄とその妻ら3人を殺害したとして、地元警察が46歳の男を第1級殺人容疑などで逮捕した事件で、男は「政府が新型コロナワクチンで人びとを毒殺しようとしている」との陰謀論を信じているといい、当局が詳しい動機を調べていると報じられています。容疑者の兄は薬剤師として、新型コロナワクチンを希望者に投与していたことに対して、容疑者は兄と「対決する必要がある」と考え、同居する母親には「兄は何かを知っている」としきりに語っていたといいます。米国では8月、サーフィン指導員の男が、2歳の息子と10カ月の娘をメキシコに連れ出して殺害したとされる事件が発生、男は過激な陰謀論集団「Qアノン」に傾倒し、「自分の妻は大蛇のDNAを持ち、それが移った子どもたちはモンスターになる」と語ったとされ、米社会に衝撃を与えたばかりです。新型コロナのワクチンについても、「マイクロチップを埋め込まれる」「人類を減らすため」といった虚偽の情報が拡散していますが、陰謀論が殺人を助長するところまでいけば、適切な規制のあり方を検討すべき状況だともいえます。以下、陰謀論の現状や発生のメカニズムなどについて報じられた記事から、いくつか紹介します。

ワクチン誤情報、FBに批判 目立つ対応の遅れ(2021年10月1日付時事通信)
新型コロナウイルスワクチンに関する誤情報で、SNS最大手FBへの批判が強まっている。誤情報を広めたとして動画投稿サイト「ユーチューブ」から排除された人物が、FBではアカウントを維持されるなど、FBの対応の遅れが目立っている。米英を拠点とするNGO「デジタルヘイト対抗センター(CCDH)」によると、誤情報拡散の中心にいる十数人は、FBと傘下の画像共有アプリ「インスタグラム」で計640万人のフォロワーを持つ。FB関連のアプリ月間利用者は計35億人に上り、誤情報の波及し得る範囲は広大だ。FBはワクチンの誤情報対策について、「誤情報2,000万件を削除し、ルール違反を繰り返した3,000以上のアカウントなどを永久に禁止した」(広報担当者)などと説明。正確な情報の発信を通じ、米国のFB利用者の間でワクチン接種に対する「ためらい」を1月から50%減らしたとも主張した。ただ、反ワクチン派のリーダーの一人、ジョゼフ・マーコラ医師はFBに175万人のフォロワーを抱え、いまだに発信を続けている
「ワクチン打つと体から毒出る」陰謀論へ傾倒、妻は家を出た[虚実のはざま]反響編<上>(2021年9月26日付読売新聞)
欧米でも同じ問題が起きており、陰謀論に傾倒した家族らへの接し方を心理学者らが提唱している。▽相手を完全否定せず、情報の根拠を確かめるように促す▽嘲笑しない▽説得や論破ではなく、相手の心の奥に不満や不安がないか理解しようとする―という姿勢が大事だとされる。人は信じることを否定されると、逆に考えがより強固になる場合があるという。最近は、陰謀論から抜け出した体験をネット上で発信する人もいる。その内容を基に話し合えば解決の糸口になる可能性がある。・・・家族に亀裂が入る状況は、カルト宗教の問題と似ているとの意見も届いた。こうした声に対し、信者や家族を支援した経験を持つ臨床心理士は「関係が切れると相手が戻る場所を失い、孤立化して先鋭化する恐れがある。『考えは違うけど、あなたを大切に思っている』『心配している』という気持ちを伝え、関係を維持することが大切」と言う。・・・専門家は「ネットの陰謀論で洗脳されるというのは、新たな社会問題だ。より深刻化する恐れがあり、国や専門家が実態を認識し、相談や支援体制を作る必要があるだろう」と指摘する。
欧州からの報告 陰謀論に陥った論客(その1)「ゲイツがワクチンで世界監視」(2021年9月25日付毎日新聞)
「新型コロナウイルスに感染しても多くは症状がない。(本当は危険ではないのに)人為的に恐怖の風潮が作られている」「(米マイクロソフト共同創業者のビル・)ゲイツはワクチンで我々に微粒子を注入し、全世界の70億人を監視するつもりだ」―。ユーチューブの動画に映る一人の老紳士。厳しい表情でそうまくし立てる。発言は荒唐無稽な「陰謀論」にしか聞こえない。だが彼は、これまで日本研究などで世界的に評価されてきた著名なオランダ人ジャーナリストだ。・・・オランダメディアは、誤った情報を振りまく「陰謀論者」としてウォルフレン氏を非難した。アムステルダム大学は20年10月、ウォルフレン氏が「新型コロナなどに関する偽情報を促していることを遺憾に思う」とする声明を発表し、事実上関係を断った。
欧州からの報告 陰謀論に陥った論客(その2止)ネット検索、誤信助長(2021年9月25日付毎日新聞)
「(新型コロナウイルス感染が拡大した)この1年半、壮大なごまかしやウソが続いている。その裏で何が起きているのか。それは全体主義的な権力の掌握です」8月下旬、アムステルダム郊外。オランダの著名ジャーナリスト、カレル・バン・ウォルフレン氏(80)は記者の取材に対してもやはり、根拠不明の「陰謀論」を繰り返した。パンデミックは米マイクロソフト共同創業者のビル・ゲイツ氏や米富豪ロックフェラー家らによる「一種の犯罪シンジケート」が仕組んだ虚構で、恐怖をあおり、ワクチン接種を推進することにより、「ゲイツ氏らが空想するSF(サイエンスフィクション)の世界を現実化する企て」が進められているのだという。インターネット上に拡散するフェイクニュースや偽情報の寄せ集めではないか。そんな思いで根拠を問うと、ウォルフレン氏はこう答えた。「証拠なんてとても簡単にみつかります。ネット上の情報源をどうやってたどるかさえ知っていれば」・・・ネット検索では利用者が好みそうな情報が優先的に表示される。自分の意見に合う情報ばかりに囲まれる「フィルターバブル」に陥りやすい。似たような思考を持つ人が集って共鳴する「エコーチェンバー(反響室)」現象により、誤信が強まる傾向も指摘されている。ウォルフレン氏は地球温暖化に対する懐疑論なども唱えるようになり、5年ほど前から過激な意見で視聴者を集めるユーチューブ番組の常連となった。・・・EU内では検討中のデジタルサービス法案で偽情報への法規制を強めるべきだとの声も出ている。ただ、巨大IT企業らはEUのデジタル政策を巡るロビー活動に多額の資金を投入しており、規制強化に抵抗しているとみられる。
「5Gがコロナ拡散」「PCRは風邪も検出」…生活・メディアに不満強いと偽情報信じる傾向(2021年9月20日付読売新聞)
自分の生活やマスメディアへの不満が強い人ほど、偽情報を信じやすい―。国際大グローバル・コミュニケーション・センターの研究チームの調査で、そんな傾向が明らかになった。センターの山口真一准教授は、新型コロナやワクチンを巡るデマや陰謀論の拡散にも、こうした心理や考えが影響しているとみている。「PCR検査は普通の風邪も検出する」「5Gがコロナを広めている」などのコロナ関連と、政治関連の計20の偽情報について聞いた結果、約半数がいずれかを見たことがあった。誤りと見抜けなかった割合は56%だった。研究チームは不満などとの関係を分析。「人生」「人間関係」「収入」などに「不満・不安を感じるか」を7段階で尋ねており、強い人ほど偽情報だと判断できる確率が低かったマスメディアへの不満が強い人は、その傾向がより顕著だった。「客観的な事実と、発信者の意見を区別できるか」といった情報リテラシー(読み解く能力)を調べる質問もしており、区別して理解するのが苦手な人のほうが、偽情報を信じやすい結果が出た。ツイッター情報への信頼度が高い人、ネットの利用歴が浅い人も同じ傾向が見られた
真偽不明の情報・陰謀論の拡散、どう対処?専門家に聞く…[虚実のはざま]第4部 深まる断絶(2021年9月15日付読売新聞)
問題の背景にある人間の心理として、まず考えられるのが「感情(不安)の正当化」という作用だ。コロナ禍が長引き、漠然とした不安を抱える人が多い。だが人は理由が分からないと落ち着かず、なんとか原因を突き止めようとする習性がある。ネットで検索すれば、大げさな表現で「ワクチンを打つと危ない」と主張する情報があふれている。根拠がなくても「そうだったのか」という気持ちになれ、一時的な納得感を得られる。社会が緊張状態にあれば、判断力が弱まりやすく、十分に確かめずに飛びついてしまう傾向に拍車をかけている面もある。・・・専門知識がない人が正確に判断するのは難しいだろう。「確証バイアス」という認知のゆがみも影響する。人間の脳には、自分の意見や願望に合致する情報を集めようとする作用があり、情報が偏ってしまう。SNSの閉じた空間では、何かを発信すると、反響するように似た意見ばかりが返ってくる「エコーチェンバー」という現象が起こる。「私は真実を知っている」という優越感や、「みんなのために」という、ある種の正義感から情報を拡散させようとしたり、誤りを指摘されると攻撃的になったりする傾向もある。・・・求められるのは、国などの公的機関が自らの発する情報の信頼性を高める努力だ。平時から意思決定の過程やデータをできる限り公開し、透明性を高めることが欠かせない
新型コロナ ワクチン巡るデマ、拡散の仕組み(2021年9月15日付毎日新聞)
社会心理学の研究から、社会的に重要な事柄であればあるほど、また、その事柄に関する情報が曖昧であればあるほど、デマが発生しやすいことが分かっています。新型コロナのワクチンは、国民にとって重要な関心事です。加えて、ワクチンについて不明確なことがある曖昧な状態が、デマの温床になっていますデマが広まるのは、人々に不安な気持ちがあるときです。身に迫った明確な危険なら、不安ではなく恐怖が生じます。その場合は、危険からただ逃げればいいので、デマが出回る暇はありません。不安は、危険があるかどうか言い切れないときに生じます。・・・不安が恐怖に変われば逃げれば済むので、かなりのストレスを軽減できます。ワクチンが不安な人は、ワクチンを危険だと見なすために、「ワクチンなんか打ってはいけないんだ」と言ってくれる人を信じたくなる。これが、デマが拡散するメカニズムです

その他、海外における偽情報関連の報道から、いくつか紹介します。

  • トランプ前米大統領は、自身のツイッターアカウントの再開を求めてフロリダ州の連邦地裁に仮処分を申請しました。ツイッターは今年1月、同氏の投稿が暴力を扇動するリスクがあるとしてアカウントを永久停止しています。ツイッターなどソーシャルメディア各社は、トランプ氏支持者による1月6日の連邦議事堂乱入事件を受けて、同氏のアカウントを停止するなどしており、トランプ氏は裁判所への提出文書で、ツイッターはイスラム主義組織・タリバンがアフガニスタン全土を掌握した際に投稿を認めたにもかかわらず、トランプ氏の投稿については「誤解を招く情報」としたり、「暴力賛美」を禁じる規則に違反しているなどとして検閲を行ったと主張しています。
  • SNSにおける偽情報対策という点では、米グーグル傘下の動画投稿サイト、ユーチューブが、各国の保健当局やWHOが承認したワクチンの偽情報を含む動画を削除すると発表した点が注目されます。従来は新型コロナウイルスワクチンの偽情報を削除していたところ、対象をワクチン全般に拡大することとし、ユーチューブは声明で「コロナワクチンに関する誤った主張がワクチン全般に波及している」と指摘、「取り組みを拡大することが重要になっている」と説明しています。動画投稿に関する指針を改訂し、承認されたワクチンが慢性的な副作用を引き起こすと主張したり、効果がないと主張したりする動画は削除対象になります。
  • ユーチューブがロシア政府系メディアRTのドイツ語放送チャンネルをサイトから削除しています。これを受け、ロシア側は、ユーチューブへのアクセスを遮断すると警告しています。ロシアの通信監督当局は、RTチャンネルに対するユーチューブの制限を解除するようグーグルに書面で要求したと明らかにし、対応が取られなければユーチューブへのアクセスを部分的、もしくは全面的に制限する可能性があるとしています。さらに報道によれば、ロシアのペスコフ大統領補佐官は、法律違反があったようだとの認識を示し、ユーチューブにロシアの法律を順守させる措置を講じる可能性があると発言、「このような法律違反には不寛容が必要だ」と述べたほか、ロシア外務省も「ユーチューブのホスティングサービスや独メディアに対する報復案」を策定する方針を示しています。一方、ロシア当局は、違法と見なすコンテンツの削除に米FBが何度も応じていないとして、ロシアでの年間売上高の1割に当たる罰金を科そうとする可能性があると報じられています。現地報道によれば、ロシア通信規制当局のRoskomnadzorは、児童ポルノ、薬物乱用や過激派コンテンツが含まれた投稿を削除しないなど、FBが違反行為を繰り返しているとして、ロシアでの年間売上高の5%か10%の罰金を科す可能性があるとしています。さらに、米アルファベット傘下のグーグルと米アップルは、ロシアの反体制派ナワリヌイ氏陣営のアプリを削除しています。ロシア政府は今年9月、アプリ削除を両社に要求、拒否すれば、17~19日の下院選への干渉と見なすと警告していたものです。当局は選挙に先立ち反体制派への締め付けを強め、ナワリヌイ氏は現在収監中で、下院選では、プーチン政権を支える与党「統一ロシア」が支持率低迷にもかかわらず勝利しています(票の動きの不自然さから選挙結果が操作されたのではないかとの疑惑が持ち上がっています)。報道によれば、ロシア大統領府のぺスコフ報道官は「このアプリはロシアでは違法だ」とし、グーグルとアップルは当局の通達を受け、法律に基づいて削除したようだと述べています。これらの動向を見るにつけ、ロシア(あるいは中国)における表現の自由のあり方の難しさを痛感させられます。

その他、最近の国内における誹謗中傷等を巡る報道から、いくつか紹介します。

  • SNSで誹謗中傷された後の昨年5月に急死したプロレスラーの木村花さんの母響子さんを中傷したとして、警視庁杉並署が東京都内に住む40代男性を侮辱容疑で書類送検しています。報道によれば、警視庁は花さんを侮辱する投稿をしたとして男性2人を書類送検していますが、響子さんに対する書き込みで立件するのは初めてとみられ、響子さんは「きちんと起訴されることを願っている。自分の行いにしっかり向き合い、償っていただきたい」と述べています。
  • 北海道旭川市で今年3月、中学2年生(14)が凍死体で見つかり、背景にいじめがあったとされる問題で、母親がインターネットで虚偽の事実を書き込まれ中傷を受けたとして、プロバイダー(接続業者)のソフトバンクとワークアップにそれぞれ投稿者の情報開示を求めて旭川地裁に提訴し、第1回口頭弁論が開かれています。報道によれば、4月下旬、2社のインターネット接続サービスを経由し、ツイッターで匿名の同一の投稿者から「家庭環境に問題がある」といった書き込みが2件あり、名誉が傷つけられたとしているもので、母親は5月、米ツイッター社に情報開示を求めて東京地裁に仮処分を申し立てて認められ、プロバイダーの2社が特定できたもので、投稿者が判明すれば損害賠償請求を検討するということです。
  • 山梨県道志村のキャンプ場で2019年9月、千葉県成田市の小学生(9)が行方不明になった事件で、とりわけ母親に対する誹謗中傷が問題となりました。報道によれば、「捜すためホームページやツイッターなどSNSも使っていますが、一番ひどかったのは不明になって半年間ぐらい。『犯人は母親』『どこかで死んでいる』などのほか、美咲への汚い言葉もありました。書いている人は軽い気持ちだろうけど、精神的に追い詰められます。私自身が『あの時、ついていれば』と自分を責め続けています。だから他人に『子供をひとりにして自業自得』と書かれるととても苦しい」、「自分への悪口なら我慢できるけど、美咲が内容を知ったら、とても傷つくと思います。自宅前に来て長女に話しかけたとの書き込みもありました。『子どもたちを守るためにも立ち上がらないと』と、昨夏に弁護士を頼みました。今春、書き込んだ人を特定するため裁判を起こしたことを公表したら、中傷がかなり減りました」と述べています。匿名の名のもとに、表現の自由の名のもとに、軽い気持ちで他人を誹謗中傷する行為は正に「殺人に等しい」行為であり、絶対に許されないものだとあらためて認識させられます。
  • 東京・池袋で2019年4月に11人が死傷した乗用車暴走事故で、禁錮5年の判決が確定した被告には事故後、SNS上などで誹謗中傷が相次ぎました。ツイッター上には、自動車運転処罰法違反(過失致死傷)に問われた旧通産省工業技術院元院長の被告(90)を中傷する「上級国民爺さんは消えろ」、「お前が普通に飯食ってるって考えるだけで吐き気がする」といった言葉が並びました。被告の弁護人は1審の最終弁論で「ソーシャルメディアの投稿はネット上に拡散してデジタル空間上に残り続け、苛烈な社会的制裁とも言える」と強く主張、判決では、事故が広く報道されて被告が社会から厳しく非難されたなどとする弁護人の主張を受け、「過度の社会的制裁は被告に有利に考慮すべき事情」と指摘、量刑が求刑(禁錮7年)を下回った理由の一つとなりました。遺族の一人は「人間は感情の生き物ですから怒りを持つことは否定しない」としつつ、遺族が抱える悲しみや思いを無視して個人を必要以上に攻撃し続けているとして「とても残念」、誹謗中傷は、事故防止のための本質的な議論を妨げており、「時間や命は元に戻らないし、誰もが事故の被害者、加害者、遺族になり得る。だからこそ、誰かをたたき続けるのでなく、社会でどうすれば事故を防げるのかを考えてほしい」と述べており、大変考えさせられます。
  • フリージャーナリストの安田純平さん(47)がシリアで武装勢力に拘束中、月刊誌「WiLL」の記事で人質ビジネスに加担していたかのように示されたとして、出版した「ワック株式会社」に330万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が東京地裁であり、裁判長は「安田さんの会見以外に取材した様子はなく社会的評価を低下させた」と名誉毀損の成立を認め、同社に33万円の支払いを命じています。報道によれば、同社は2018年に発行した「WiLL」の記事で、安田さんが2015年から3年以上拘束されたことについて「中東でよく行われている人質ビジネスでは?と邪推してしまう」などと指摘、判決はこの記事が「身代金名目で金銭を得る側に安田さんが加担していたことを黙示的に示した」と説明し、安田さんの名誉を毀損したと認めました。安田さんは「被告は真実性の説明すら放棄しており妥当な判決だが、賠償金額が低すぎるため誹謗中傷に対する抑止効果が望めない点で残念と言わざるを得ない」とコメントしています。
  • 河野規制改革相(当時)はインターネット番組で、自らのツイッターで一部の投稿者をブロックする理由に触れ、「見るに堪えない罵詈雑言を、みんなが楽しくやろうと思っているときに私のフォロワーに読ませる必要はない。私は堂々とブロックする」と強調しました。また、ネットの活用方法にも言及し、「『政治家は批判を受けろ』と言われるが、政治家も必要なら批判や違った意見は自分で読みに行く」と述べ、「リアルでもネットでも誹謗中傷は許されない。政治家、芸能人、誰でもダメだ」と語っています。筆者としても、表現の自由は尊重されるべきものとはいえ、他人の尊厳を傷付けることは許されず、表現の結果に一定の責任を負うべきものと考えます。一方で、国会議員の場合はその立場上、「民主主義と表現の自由」のバランスのとり方には大きな課題があることは指摘しておきたいと思います。
  • プロフィル掲載サービスを手掛けるTieUpsは誹謗中傷を防ぎやすくする独自機能を設けたSNSの提供を始めています。共通の趣味やテーマについて交流できる「コミュニティ」ごとに管理者を設け、不適切な投稿をする利用者の利用を制限できるようにする仕組みで、まず若い世代に人気のあるインフルエンサーなどの利用を見込んでいるといいます。近年のSNSは好みのアカウントをフォローしてその人が発信する情報を受け取るものが多かったところ、同サービスではコミュニティと呼ぶ人が集まる場を中心に情報を発したり受け取ったりすることが特徴で、コミュニティを開設した人がこうした場について管理権限を持ち、誹謗中傷や同じ内容の書き込みを繰り返す人の利用を禁止することができるものだといいます。SNSを巡っては大手の米ツイッターが2021年にコミュニティ機能を導入するなど、限定された範囲内で情報をやりとりする需要が高まっており、誹謗中傷の「行き過ぎ」の反動といえるものだと思います。

(7)その他のトピックス

①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向

まず、FATF第4次対日審査結果報告書(IO.4該当箇所)から、暗号資産交換業者に対する指摘事項について以下に抽出しましたので、参照いただきたいと思います。

  • 暗号資産交換業者は、2017年以降、登録義務が課されており、AML/CFT目的で規制・監督されている。暗号資産交換業者は、暗号資産取引に関連する犯罪のリスクについて一般的な知識を有する。テロ資金供与リスクの理解は概して限定的である。暗号資産交換業者は、基本的なAML/CFTに係る義務を実施する傾向があるが、一般に、自らのリスク応じた低減措置や、厳格な顧客管理措置(EDD)又は特定の顧客管理措置(CDD)の適用について、この業種に特有なリスクに則した方針を定めていない。一定数の暗号資産交換業者は、顧客の本人確認のために厳格な措置を適用している。
  • 暗号資産交換業者の疑わしい取引の届出は、2017年以降顕著に増加しているが、これは、主にFIU(JAFIC)と日本暗号資産取引業協会(JVCEA)が共同で行った一連の啓発活動やガイダンスの結果である。
  • 暗号資産交換業者は、登録義務制度が導入されており、2017年以降、AML/CFT目的で適切に規制・監督されている。今のところ19社の暗号資産交換業者が、登録されている。
  • ML/CFT義務の新たに課されたカストディアル・ウォレット・サービスについて、適時に履行するようにすべきである
  • 「トラベルルール」の解決策が開発された際には、暗号資産交換業者とカストディアル・ウォレット・サービス提供業者が、電信送金に係る義務の対象となるようにすべきである。
  • 引続き、暗号資産交換業者のマネロン・テロ資金供与リスクに対する理解を改善させると共に、暗号資産に関連する全ての新しい技術開発(新たなビジネスモデル、取扱候補の暗号資産及びその他の暗号資産に係るイノベーション等)が、マネロン・テロ資金供与リスクを勘案して分析されるようにすべきである。
  • 暗号資産交換業者のコンプライアンス文化を継続的に強化するため、AML/CFTに係る義務の理解と実施に欠かせない指導やサポートを提供する。この際、各事業者のリスク評価及び当該評価に基づく全てのAML/CFTに係る義務の履行に重点が置かれるべきである。
  • 暗号資産交換業者の特性に合わせた、より踏み込んだシナリオ設定に資するために、疑わしい取引の届出へ参考となる情報の提供を精緻化、そして調整すべきである。
  • 暗号資産交換業者は、暗号資産取引に関連するリスク(追跡可能性の欠如、即時移転可能性、国境を越えた移転の容易さ、匿名化技術を含む技術革新の速度等)について一般的な知識を有する。過去数年間において日本に影響を及ぼした大規模な暗号資産流出事件(例えば、Mt Gox、コインチェック、Zaif)は、市場の脆弱性についての認識を引き上げる重要な事件であったが、こうした認識は、AML/CFTよりも消費者保護の観点によるものであった。したがって、暗号資産交換業者は、セクター固有のマネロン・テロ資金供与リスクよりも、暗号資産取引に係る消費者保護リスクにより焦点を当てている、と審査団は判断した。
  • 一般に、暗号資産交換業者は、NRAに挙げられているリスク要素以外に、自らが取り扱っている暗号資産の種類(匿名・非匿名)等の、多数の主なリスク要素を追加している。これは、当該セクターが率先して固有のリスク特性を判断している前向きな的な兆候である。
  • JVCEAは、コンプライアンス文化をまだ改善させる必要があると認識していた。JVCEAは、金融庁と協力して、会員を対象に月次でAML/CFT勉強会を開催している。2018年にいくつかの暗号資産交換業者に対して発出された業務改善命令を受けて、暗号資産交換業者は、現在、ほとんどの事例において、経営陣レベルでAML/CFTの問題に対処しており、金融業界出身のAML/CFTオフィサーを雇っている。
  • 現状、暗号資産交換業者は、顧客・ユーザの特定、制裁者及び反社リストとの照合、NRAに基づくよりリスクの高い要素の特定及び疑わしい取引の届出等の基本的なAML/CFTに係る義務を理解している。
  • 資金決済法における暗号資産交換業者の定義の範囲のために、AML/CFTに係る義務は、暗号資産交換業者が提供するカストディアル・ウォレット・サービスには適用されない。しかし、このギャップを埋めるために資金決済法が2019年5月に改正され、オンサイト審査後の2020年5月1日に施行された。
  • 日本における取扱い暗号資産のマネロン・テロ資金供与リスクを低減・管理するために、暗号資産交換業者は、金融庁及びJVCEAに、取扱い暗号資産を追加する等変更する場合、事前に報告しなければならない。取扱候補の暗号資産は、暗号資産交換業者による評価に基づいて、また必要に応じて、当該暗号資産の適法性及び技術的側面を検証する第三者を通じて、検討される。ある暗号資産はギャンブル目的で使用された履歴があることから、最近取扱いが拒否された。暗号資産交換業者が金融庁及び/又はJVCEAの指導に反した場合、金融庁は、当該業者に対する行政処分を課す最終的な権限を有する。
  • さらに、日本の全登録暗号資産交換業者に適用される自主規制規則は、匿名性暗号資産の取扱いを禁じている。これらの暗号資産は、追跡可能性がなく、ダークネットでの取引媒体の大宗を占め、高リスクであると考えられている。
  • AML/CFTに係る予防的措置に関しては、暗号資産交換業者は、金融機関の場合と同様に、基本的な義務を画一的に適用し、自らのリスクに合わせて調整しない傾向がある。
  • 暗号資産交換業者は、顧客・ユーザの確認・検証、制裁者及び反社リストとの照合を中心とした、基本的な顧客管理措置(CDD)に係る義務を実施しているようである。顧客・ユーザの確認・検証には、通常、顧客・ユーザがどこからアクセスしているかを知るためのIPアドレスの確認、及び、当該アドレスが顧客・ユーザによって提供された他の情報(居住地又は職業に関する情報等)と一貫性があるかの確認が含まれる。IPアドレスに伴う地理的位置情報は、分散型台帳技術分析ツール(distributed ledger technology analytical tools)を使用して特定することができる。金融機関の場合と同様に、継続的顧客管理及び取引モニタリングは、暗号資産交換業者においてまだ完全には実施されていない。暗号資産交換業者は、顧客・ユーザの情報及び取引記録を保存しているようであり、法執行当局からの要求に応じて情報を提供することができる。
  • 暗号資産交換業者は、高リスク顧客に対して、厳格な又は特定の措置を適用していないようである。特に、暗号資産交換業者は、顧客・ユーザが(国内PEPsを含む)PEPsであるかどうかを特定するために必要な仕組みを有していないが、これは金融機関についても強調されている規制上の制約も要因となっている。
  • 勧告16・電信送金において、暗号資産交換業者は、「トラベルルール」問題に対処するための技術的解決策を見つける必要性を認識している。JVCEAは、このセクターでの取組みを調整し、各国の同じ問題意識を持つ業界団体とグローバルに協働している。
  • 暗号資産交換業者は、顧客・ユーザに関し、テロ資金供与に係る制裁者リストとの照合を行っている。一定数の暗号資産交換業者は、暗号資産取引のスピード及び不可逆性のために、顧客・ユーザがこれらのリストに該当しても、取引の発生を防ぐことができない可能性のあることを認識している。一定数の暗号資産交換業者の中は、トラベルルールの適用に関係する可能性のあるこの問題に既に対処しているが、その他の業者は解決策の策定を検討中である(勧告15.7.b)。
  • 暗号資産交換業者は、一般に、よりリスクの高い国を認識しているが、リスクを低減するために取られている措置は不明確である。一定数の暗号資産交換業者は、口座開設段階において、顧客・ユーザのプロファイルに応じて、リスクのより高い国が関連する取引を禁止することを検討するべきではないか。
  • 2019年4月には、金融庁とJAFICが共同で、匿名化技術(ミキサー、タンブラー等)を用いたいくつかのマネロンの手法を対象とした、疑わしい取引の参考事例を作成・推進した。
  • 暗号資産交換業者によって届出がなされた疑わしい取引の大部分は、架空の名前を使用した取引やなりすましを含む顧客情報に関連する問題に基づいていた。これは、金融機関について強調されているように、日本で適用されている本人確認の制度に関し、更なる懸念を提起している。金融機関について言及されたものと同様に、疑わしい可能性のある取引の検知・届出に用いられた参考事例は、かなり基本的かつ汎用的なのではないか。取引モニタリングシステムは、こうした参考事例も勘案し暗号資産交換業者によって開発される必要があり、また、届出を改善するための重要な一歩である。
  • 暗号資産交換業者は、AML/CFTに係る内部管理態勢を構築する義務を負っており、金融機関について要求されたものと同様のAML/CFTに係るガバナンス体制を整備している。これは、コインチェックの暗号資産流出事件に基づき2018年に実施された立入検査において金融庁が主に焦点を当てた分野であった。これらの検査は、暗号資産交換業者の急速な事業拡大に対応していなかった内部管理態勢に主な弱点があることを明らかにした。例えば、評価の結果が取締役会に報告されていなかったり、経営陣が事業の性質・発展に合わせて人員を増やしたり、システムの能力を見直したりすることがなかったことが挙げられる。
  • 他の特定事業者(暗号資産交換業者やDNFBPs)は、AML/CFTに係る義務の履行についてまだ初期段階である。疑わしい取引の届出は、特に暗号資産交換業者について増加しているものの、基本的な類型や疑わしい取引の参考事例に基づいている。
  • 地域における最も重要な金融ハブの一つとしての日本の役割、日本の状況における金融セクターの重要性、重大なマネロン・テロ資金供与リスクにさらされている銀行や固有のマネロン・テロ資金供与リスクを有する暗号資産交換業者分野の出現を考慮すると、IO.4については、いまだ大幅な改善(major improvements)が必要である。

さて、FATFの報告書でも指摘されているとおり、暗号資産交換業者は、過去たびたび発生した大規模流出事件や詐欺的事件等をふまえ、セクター固有のマネロン・テロ資金供与リスクよりも、暗号資産取引に係る消費者保護リスクにより焦点を当てている傾向にあります。最近では、暗号資産を巡り個人間の直接取引が犯罪の温床として浮かび上がっています。金融庁は暗号資産交換業者を通じた取引には目を光らせているものの、主流とされる個人間売買は監視の対象外となっていますが、(本コラムでも以前紹介したとおり、米コロニアル・パイプラインの事例が代表的ですが)海外では取引経路を追跡するソフトを駆使し、流出コインの回収につなげた例もあります。犯罪インフラの典型とされてきた暗号資産ですが、ブロックチェーン基盤のメリットである追跡可能性を高めることで「犯罪摘発インフラ」へと変貌しつつある状況にあり、回収を重ねることが不正資金の移動そのものの抑止につながるといえ、「越境性」の高い性質を有するがゆえ、追跡ソフトの技術力向上と普及を図る仕組みづくりに官民の連携、国際間の連携が求められています。2021年9月29日付日本経済新聞では、以下のように紹介されています。重要と思われる部分を抜粋して引用します。

注目されるのが、開発した取引を可視化し、追跡できる技術。サイバー攻撃で操業停止に追い込まれた米コロニアル・パイプラインのケースで成果を上げた。同社は交換業者などを介さず攻撃グループにビットコイン約400万ドル相当を支払ったとされるが、米連邦捜査局(FBI)は最新技術で約230万ドル相当を取り戻した。裁判所に提出された資料によると、特殊ソフトで身代金が保管された口座を特定、パスワードにあたる「秘密鍵」も入手したという。被害回復を図る上で追跡技術への期待は高まるが、犯罪組織は不特定多数の口座から送られた通貨を混ぜて別の口座に送金し、送金元の特定を困難にする「ミキシング」と呼ばれる手法で捜査当局などの目をくらます。業者が提供するプログラムを使い、自動的に取引を成立させる金融サービス「DeFi(分散型金融、ディーファイ)」も、業者が個人情報を確認できない弱点がある。個人間取引で不正資金が移動される状況が今も続くなか、日本にはFBIのような被害金を回収する手法も確立されていない。仮想通貨に詳しい斎藤創弁護士は「現状で送金自体を未然に防ぐ技術の導入は難しいが、回収を重ねることが犯罪組織に対する抑止につながる」と指摘。「民間が追跡ソフトの精度や分析力を高め、国が交換業者や捜査当局への普及を進めるシステムの整備が急務だ」と強調している。

以下、各国の最近の暗号資産の規制を巡る動向から、いくつか紹介します。

  • 中国人民銀行が、9月、暗号資産に関わるサービスを全面的に禁止すると発表しています。その直後からビットコインやイーサリアムなどが軒並み10%前後も急落し、市場には動揺が広がっています。関連サービスは全て違法な金融活動に該当するとして、刑事責任を追及するとし、暗号資産取引の監視や取り締まりを強化するというものです。人民銀や公安省など10部門連名で中国の省・直轄市・自治区に出した通知によると、禁止するのは暗号資産と法定通貨の交換や暗号資産同士の交換、情報仲介や価格設定サービスなどで、国内の居住者が、インターネットを介して国外の暗号資産交換所のサービスを利用することも禁じるものです。通知では、ビットコインやイーサリアムなど代表的な暗号資産を名指ししたうえで、法定通貨と同等の法的地位はなく、通貨として市場で流通・使用すべきではないと明記、報道によれば、人民銀の担当者は「ビットコインなど暗号資産は経済や金融秩序を乱し、マネー・ローンダリングや違法な資金調達、詐欺など違法な犯罪活動を生んでいる」と指弾しています
  • 韓国では、暗号資産交換業者に厳格なセキュリティ管理を求める特定金融情報法の改正があり、韓国で60を超える交換業者のうち、現行通りに営業を継続できるのは最大手のアップビットなど4社にとどまったといいます。報道によれば、半数以上は営業中止か廃業に追い込まれたようです。法改正では、9月24日までに暗号資産交換業者は政府に申告しないと事業を継続できなくなるというもので、申告には(1)情報セキュリティ認証の「ISMS」取得、(2)入出金が実名確認できる口座開設の確認、(3)役員の法令違反がないこと、の3つの条件を満たす必要がありました。法改正はマネー・ローンダリングに悪用されないようにするためですが、乱立する交換業者の退場を促す狙いもあるとみられています。なお、この中で最大のハードルとなったのが実名口座を使うための銀行との提携だといいます。銀行はマネー・ローンダリングの懸念から暗号資産には慎重で、大手4社以外は銀行と組めず、ウォン貨を使った取引ができなくなり、暗号資産同士の取引だけで事業を継続するとみられていますが、存続は難しいとの見方が大勢のようです。
  • 暗号資産イーサリアムの開発者バージル・グリフィス氏は、北朝鮮に暗号資産を利用したマネー・ローンダリングや国連の制裁を回避する方法を教えようとしたとして、米ニューヨーク州のマンハッタン連邦地裁に有罪を認めています。米司法省の発表によると、同氏は2019年4月に北朝鮮の平壌で開催された国際会議に出席し、ブロックチェーン技術や暗号資産を使って規制や制裁を回避する手法を講義、その後、2019年11月に逮捕されています。同氏は安全保障や経済分野などで米国の重大な脅威となる相手との商取引を禁じる国際緊急経済権限法(IEEPA)に反する行動をとろうとしたと認め、最長で懲役6年半の司法取引に合意したということです(従来は最長20年の刑を受ける可能性があったといいます)。核・弾道ミサイル開発の継続を受け、米国や国連安全保障理事会(安保理)は北朝鮮に制裁を科しているところ、国連安保理の北朝鮮制裁委員会の専門家パネルは2020年の年次報告書で同について言及し、制裁回避の方法を指導する目的で北朝鮮を訪れる人物に警戒するよう各国に勧告していました。
  • 国際通貨基金(IMF)は、暗号資産の普及が金融システムにもたらす影響を分析した報告書を公表しています。新興・途上国を中心に利用が広がるなか「大半の国では運用や規制の枠組みが不十分だ」と指摘、政策当局の協調を通じた国際基準の導入や監視の強化を訴えています。暗号資産の事業者は複数の国でサービスを提供する場合も多く、全体像を把握できない各国当局の規制や監督を難しくしており、事業者によるデータの開示も任意で、統一基準がないといった問題もあることから、IMFは暗号資産のリスクなどを捕捉するための国際基準の導入を各国当局に求めています。現在はマネー・ローンダリングやテロ資金への利用を防ぐものなど、限られた基準しかなく、当局間の国境を越えた監督面での連携も訴えています。さらに、ドルなどの法定通貨や金融資産で価値を裏付けるステーブルコインの事業者にはリスクや影響の大きさに見合った規制が必要との見解も示しています。自国通貨の信用力が低く仮想通貨の利用が急拡大している新興国については、中央銀行の発行するデジタル通貨(CBDC)の利点を検討するよう促しています。なお、暗号資産を巡っては、中米のエルサルバドルが9月にビットコインを法定通貨にする一方、中国人民銀行(中央銀行)が関連取引を全面的に禁止するなど、各国で対応が分かれていることをふまえ、国際金融システムの安定を担うIMFは暗号資産の急拡大に警戒感を強めています。
  • バイデン米政権が、ドルなどの法定通貨などを裏付けに価値を安定させている暗号資産「ステーブルコイン」を発行する企業に対し、銀行並みの厳しい規制を課すことを検討しているということです。具体的な規制の内容は明らかになっていませんが、ステーブルコインの発行企業に対して金融機関としての登録を求め、厳しく監督できるような法案を検討するよう議会に働きかけるといいます。ステーブルコインはビットコインなどの一般的な暗号資産と異なり、米ドルなどに裏付けされて価値が安定しており、最大手はテザーが発行しドルを裏付けとする「テザー(USDT)」で、サークルが発行する「USDコイン(USDC)」などが続いています。ステーブルコインの利用拡大に伴い、米当局者からは金融安定性に及ぼす影響を懸念する声が上がっていたところであり、本コラムでも問題視したテザーが開示した6月末時点の裏付け資産627億ドルのうち、半分はコマーシャルペーパー(CP)が占めていたことが明るみになり、裏付け資産の価値に市場で疑念が生じればステーブルコインの価格が下落し、他の資産にも売りが波及するとの指摘もあるところです(関連して、デザーは債務問題を抱える中国恒大集団発行のCPや証券を裏付け資産として保有していないと表明しています。恒大集団が発行したCPや社債、証券を保有したことは一度もないとし、現在保有するCPの大半は「A-2」以上の発行体格付けを持つと説明しています)。以上の状況からみても、ステーブルコインの規制を銀行並みに厳格化することは一定の合理性があるものと考えます。関連して、証券監督者国際機構(IOSCO)と国際決済銀行(BIS)は、ステーブルコインについて、従来型の決済手段と同じ安全対策が必要になるとの提案をまとめています。よく利用されている「システミックな」ステーブルコインが対象で、意見公募を行い、来年初めに最終決定するということです。ステーブルコインの運営企業は法人を設立し、企業統治体制や、サイバー攻撃などオペレーショナルリスクの管理方法について、詳述することが必要になり、ステーブルコインの運営を許可する国は、IOSCOとBISへの所属の一環で、今回の原則を適用することを義務付けられることになります。不換通貨のバスケットにペッグしているステーブルコインは、今回の提案の対象外で、別個に検討を進めるとしています。
  • 米国は暗号資産の規制を巡り、投資家保護により力点を置き始めています。米証券取引委員会(SEC)のゲーリー・ゲンスラー委員長は、議会上院で「暗号資産交換プラットフォームで取引されるデジタル資産の大部分をSECに登録する必要がある」、「詐欺や不正行為がまん延しているのに十分な投資家保護を与えられていない」と述べ、投資家保護の必要性を強調、脱税やマネー・ローンダリング対策と合わせ政府一体で対策を急ぐとしています。SECの狙いの一つが続々と生まれる暗号資産への対応であり、世界には12,000弱の暗号資産が存在するとされ、中には収益分配を受ける権利が付与された暗号資産があり、有価証券との線引きが曖昧になっています。「証券性を帯びるものがあれば、SECへの登録が必要」というのがゲンスラー委員長の考えで、一定の合理性があると思われます(SECは、コインベースが導入しようとしていた価格が法定通貨に連動する「ステーブルコイン」の融資サービスについて、必要な認可を取得するよう警告を出しています)が、暗号資産をコモディティ(商品)と捉え、「SECは取引所に対して何の権限も持たない」(商品先物取引委員会(CFTC)委員)との意見もあります。さらに、もう一つの理由が株式などに比べて未整備な取引ルールへの懸念であり、。脱税やマネー・ローンダリングの温床となっていることはすでに周知の事実となっており、各国も規制のあり方に悩んでいるところです。
  • エルサルバドルでは、9月7日から暗号資産ビットコインを法定通貨としましたが、多くの一般市民は自分の生活にどう降りかかってくるのか、理解しあぐねているというのが現実のようです。ブケレ大統領は、これまでに約640万人の国民の4分の1がチボを使い始めたことを明らかにしており、ビットコインの法定通貨化によって国民は送金手数料を年間約4億ドル節約できると説明しています。一方で、データ保護やビットコイン相場の急変動などの点に懸念があると指摘されているところであり、全人口の7割にも上るとされる銀行口座を持っていない人々が金融サービスにアクセスしやすくなる「金融包摂」の考え方を打ち出しているものの、特に高齢者が、置き去りにされる恐れがあります。とりわけ農村部は自動支払い機やインターネットアクセスが少ない上、現金文化が根付いていることも背景要因として挙げられます。さらに、世界銀行によると、エルサルバドル国民の半分はインターネットにつながっておらず、最貧困層やスマホを持たない人々、デジタルに疎い人々が、ビットコインに飛びつくのも難しいというのが現実で、国民に定着するかどうかはいまだ見通せない状況と思われます。
  • バイデン米政権は、ランサムウエア攻撃による身代金支払いに関与したとしてチェコ共和国を拠点とする暗号資産取引所Suex OTCに制裁を科すと発表しています。米国がランサムウエア攻撃を巡り暗号資産取引所に制裁を科すのは初めてであり、財務省によると、Suexは少なくとも8種類のランサムウエア攻撃による身代金支払いに関する取引に関与したということです。報道によれば、専門家は「不正を働く暗号資産取引所は長らくランサムウエア攻撃を行う集団にとって重要な役割を担ってきた」と指摘、「米政府による今回の制裁措置はどこを拠点にしようともこのような活動を容認しないという明確なシグナルを送っている」と述べています。
  • 暗号資産の主要交換所であるバイナンスの取引高が今年7月から9月の間に急増し、最近の規制強化の影響をほとんど受けていないことが示されたといいます。暗号資産交換所を巡っては、消費者保護やマネー・ローンダリング対策の基準を巡る懸念から英国やドイツ、香港、日本の規制当局が過去数カ月にバイナンスに対する圧力を強めているといった背景があると本コラムでも紹介しています。直近ではシンガポール通貨庁(MAS、中央銀行)が、バイナンスのサービスが国内法に違反している可能性を指摘し、同国向けサービスの停止を同社に要請、これを受け、バイナンスはシンガポールの規制に従い、同国内の利用者による暗号資産の購入や取引を停止すると発表しています。バイナンスは7月には欧州の先物とデリバティブの取引から手を引くと発表、8月には香港の利用者によるデリバティブ取引も制限するとしたほか、マネー・ローンダリング対策強化のため、今後は顧客の身元照会を厳格化する方針を表明するなど、健全性に向けた取組みを加速する必要に迫られています。関連して、世界でベンチャーキャピタル(VC)による暗号資産事業への投資が加速しているといいます。今年1~9月半ばまでの暗号資産やブロックチェーン企業への投資額は173億ドル(約1.9兆円)と、前年同期の約4倍となったといいます。暗号資産決済など利用の広がりが投資を呼び込んでおり、世界の金融当局が規制強化に動くなか、投資の過熱を懸念する声も上がっています。各国の政府当局の動きは暗号資産とその技術に法的な正当性を与えていますが、高い投機性が利用を限定的にしているのも事実です。さらに、世界の中央銀行がCBDCを発行すれば、暗号資産の需要と競合する可能性も十分考えられるところです。

日本では、6月の「骨太の方針」に盛り込まれた中央銀行が発行するデジタル通貨(CBDC)を巡る議論の行方は、菅首相の退陣で次期政権に引き継がれることになりました。CBDCの発行には機能や流通など技術面だけでなく、法定通貨と認めるかどうかといった制度面・法制面の議論も必要となり、決済の在り方を大きく変えうるCBDCの発行に日本はなお慎重の姿勢を崩していません。日銀は、CBDCを発行する場合でも現金の供給を続けることや、民間の「仲介機関」を経由してCBDCを利用者に供給していくといった基本的な仕組みを打ち出しているところ、CBDCと現金の発行量のバランスや、仲介機関を銀行以外に拡大するのかなどについては検討課題となっています。さらには、日銀法以外にも、広範囲にわたる法整備が必要とされ、CBDCを発行する場合にはマクロ経済や金融政策のみならず、民事法分野にも大きな影響が及ぶことも考慮する必要があります。民法はデジタル技術の進展を前提に作られてはおらず、例えばCBDCを差し押さえる手続きをどうするのかなど、民事の手続法や訴訟法を中心に法改正はかなり膨大な領域に及ぶことが予想されます。一方CBDC発行のためには、堅牢なシステム構築やマネー・ローンダリング防止対策、デジタル通貨流出時の補償体制など課題は多く、その実現性に懐疑的な見方も一部にはあります。さらには、日本では暗号資産を日常的な決済手段とする動きは広がっていない実態があります。巨額の顧客資産の流出を受け利用者保護のための法改正が行われたものの、価格の乱高下やマネー・ローンダリング対策などやはり不安が拭えないことが背景にあります。日本を含む主要各国はむしろデジタル化を自国通貨の利便性向上に役立てるため、CBDCの導入に向けて動き出しています。さらに、現金からデジタル通貨への移行は世界的流れでもあり、各国中銀は暗号資産の混乱を反面教師に、公的な価値の裏付けがあるCBDCの導入に向け動き出しています。本コラムでたびたび取り上げているとおり、先行する中国は「デジタル人民元」の来年発行に向け大規模な実証実験を実施しており、日銀も今年4月に実証実験を開始しているほか、欧州中央銀行(ECB)や米連邦準備制度理事会(FRB)でも「デジタルユーロ」や「デジタルドル」の実用化に向けた検討が急ピッチで進んでおり、信頼性の高いCBDCが導入されて広く普及すれば、キャッシュレス化が一層進むといったデジタル化の恩恵で、経済の活性化にもつながることが期待されています。一方で、各国が検討や実証実験を急ぐ背景として、デジタル通貨で後れを取れば、自国通貨の国際的な地位が低下し、デジタル通貨のルール作りに関われなくなるとの懸念があり、金融政策の効果の低下や不正送金の増加など、金融システムへの影響への懸念も払しょくされていない点に注意が必要です。

次に中央銀行デジタル通貨(CBDC)を巡る国内外の動向から、いくつか紹介します。

  • 日銀や欧州中央銀行(ECB)など7中央銀行と国際決済銀行(BIS)は、CBDCに関し、既存の金融システムの安定性を保つため、導入する場合は「慎重な設計と実施を求める」とした報告書を発表しています。CBDC導入の検討が各国で進むなか、対処すべき事項についてまとめたもので、CBDCの導入の際、効果的な運用ができるように「官民で協働し、既存の支払いシステムとの総合運用性を確保する」ことが求められるとしたほか、設計段階から官民で協力することで、利用者の将来のニーズにも対応できると指摘、一方、CBDCは「金融仲介に影響を与える」ため、既存の金融システムが対応するための時間や柔軟性を確保することも必要だとしています。さらに報告書では、7中銀とBISがG7やG20のほか、CBDCの研究を進める新興国を含む各国との協力を続けていくことも明記しています。また、商業銀行の顧客が貯蓄を新しい技術へ突然移した場合、銀行の取り付け騒ぎが起こる恐れがあることも指摘しています。なお、関連して、国際決済銀行(BIS)は、CBDCを使った決済試験に関する報告書で、3~5日かかる国境を越えた決済がCBDCを使うと数秒に短縮し、コストは最大50%削減できると指摘しています。銀行が現在、営業拠点がない国に送金する場合、現地の銀行を経由して行う必要があるところ、そのプロセスは複雑で、銀行はリスクのある提携先との関係を解消したり、コンプライアンスやコスト面の理由から一部市場から撤退する事例もあるとしています。それに対して、流動性管理、コンプライアンス、外国為替業務の一部を削減することで、コストを最大で半減できたとして、次の段階としてプロトタイプを実用的ソリューションに発展させることなどを目指すとしています。
  • 国際通貨基金(IMF)は、新興市場国におけるデジタル通貨の台頭が地域経済の「クリプト化(クリプトイゼーション)」を招き、為替・資本規制を弱体化させ、金融安定を脅かす恐れがあるとの認識を示しました。前述のとおり、エルサルバドルが暗号資産ビットコインを法定通貨としたほか、ベトナムやインド、パキスタンなどでも利用が急速に拡大しています。IMFは、不健全なマクロ経済政策や中央銀行(中銀)に対する低い信認、非効率な決済システムなどが、新興国におけるドル化(ダラーライゼーション)を加速させ、デジタル通貨普及の要因にもなっていると指摘、「ドル化は、中銀による効果的な金融政策運営を妨げ、銀行や企業、家計のバランスシートにおける通貨のミスマッチを通じ金融安定リスクにつながる」と警鐘を鳴らしています。さらに、デジタル資産が脱税を助長する可能性があり、「クリプト化」が財政政策に脅威をもたらす恐れもあるとの認識を示しました。
  • 前述したとおり、中国人民銀行が、暗号資産の関連サービスを全面的に禁止すると発表しましたが、その決定は「デジタル人民元」への布石でもあることが明らかだといえます。中国人民銀行は北京冬季五輪がある2022年冬に主要国で初となるCBDCの発行を目指しており、このタイミングでの強硬な措置には、民間の暗号資産に後れを取るデジタル人民元の普及を後押ししたい考えも透けて見えます。中国人民銀行は2014年からデジタル人民元の研究を始め、昨年10月から実証実験を開始、今年7月に公表した白書によると、デジタル元の取引総額は6月末時点で345億元に上るといい、利用範囲は実店舗のほか、水道代や電気代の決済にも拡大、132万カ所を超えています。上海の商業施設の関係者は政府主導のデジタル元は「民間企業の電子決済より信頼性が高い」と評価、中国は北京五輪に際し、デジタル元専用の無人スーパーを開設するなどしてアピールするとみられ、国際通貨としての地位向上や普及を図りたい考えです。なお、中国ではスマホでの電子決済が支払い全体の6割を超えるとの調査結果もあり、利用者の違和感は少ないとされます。
  • 英金融大手ナットウエスト銀行のハワード・デイビス会長は、英国では数年以内にポンドのCBDC「デジタルポンド」が試験的に導入され、送金コストが削減されるとの見方を示しています。イングランド銀行(英中央銀行)はポンド建てのCBDCを推進するかどうかまだ決定していませんが、デイビス氏は3年から5年以内に試験的にCBDCの運用が始まるとの見方を示しました。CBDCは、銀行業務の観点からは問題があるものの、現金使用が徐々に減る中で理論的な展開だと語っています。同じイベントで英中銀のベイリー総裁は、各国中銀はCBDCについて審査していると述べ、「イングランド銀行と英国がこの問題で遅れをとっているとは思わない」と語っています。
  • ワイトマン独連銀総裁は、欧州中央銀行(ECB)が導入を準備している独自のCBDCである「デジタルユーロ」を巡って、銀行セクターの混乱や中銀の役割拡大につながる可能性があるとして、当初は機能を限定すべきとの考えを示しています。報道によれば、「リスクを踏まえると、段階的なアプローチが適切。つまり、当初は限定的な機能を持たせ、後に追加するということになる」と語ったといいます。ECBは今年7月、理事会がデジタルユーロ導入に向けた調査開始を決定したと発表、調査期間は2年で、その3年後に導入される見通しとされます。同氏は、懸念される事項として、危機の際に消費者が銀行に殺到して預金をCBDCに替え、金融システムを不安定にさせる可能性を指摘しています。
  • NZ準備銀行(中央銀行)は、CBDCの利用可能性について一般から意見を公募すると発表しています。中銀のホークスビー総裁補は声明で「CBDCは現金の特徴や利点をデジタルの世界で享受することができ、商業銀行の口座で保有されている現金やプライベートマネーと並んで機能することになる」と指摘、「これにより、はるかに効率的で統合されたプラットフォームが実現する可能性があり、個人や企業に利益をもたらすと同時に、通貨主権を守ることができる」としています。ただ、「CBDC発行を決定する場合には、サイバーセキュリティなど運営上のリスクや金融セクターへの影響などを慎重に考慮する必要がある」とも述べています。中銀は声明と併せて公表した論文で、国内で現金の利用や受け取りが減少していることや、ステーブルコインなどプライベートマネー分野の革新に言及しています。
  • 東南アジアのラオスはデジタル通貨の開発検討に入りました。報道によれば、ラオス中央銀行が10月にも、カンボジアのデジタル通貨の開発に携わった日本のソラミツと発行に向けた調査を始めるということです。経済で密接につながる中国の通貨・人民元の存在感が増すなか、使い勝手を高めて自国通貨の利用を促す狙いがあります。ソラミツはラオスにおける銀行・資金移動業者の役割や、誰もが金融サービスを受けられる「金融包摂」の潜在性などについて調査を受託、ラオスがCBDCの発行を決断した場合、ソラミツが開発に携わる可能性があります。また、ブータンの中央銀行も9月に米リップルと組み、デジタル通貨の発行を検討すると発表しています。このように東南アジア各国が開発を急ぐ背景には、2022年にも本格発行を控えるデジタル人民元の存在があるとされ、当面は国内での流通を見込むものの、中国人民銀行(中央銀行)は国境をまたぐ決済の試験を検討すると公表しており、早晩、国際決済が視野に入ることは間違いないためです。アジア地域ではドルが公式、非公式の主軸通貨となっている国が多い一方で、リーマン危機以降、中国経済の規模が拡大するに伴って各国の対中貿易額は膨らみ、自国通貨の対人民元レートの安定が重視されています。自国のCBDC開発は、デジタル人民元の過剰な流入を抑える意図もあるようです。

次に、最近の暗号資産を巡る国内外のトラブル事例等について、いくつか紹介します。

  • 暗号資産を巡る税務処理に、国税当局が監視を強めているとの報道がありました(2021年10月3日付日本経済新聞)。関東地方などの個人に大規模な税務調査があり、数十人が計約14億円の申告漏れを指摘されていたことが判明しており、企業や個人の暗号資産投資が盛んになり、法的にグレーとみられる「節税策」も広がっているようです。国税当局は今後も重点的に調査や、適切な税務処理の情報発信に力を入れるとしています。報道によれば、国税当局は2018年ごろから、暗号資産関連の税務調査を重点施策と位置づけており、これまで東京国税局なども、大規模な税務調査を手掛けてきたところ、今回の一斉調査については、エイダのようなマイナーな暗号資産も対象としており、国税当局の厳しい姿勢がうかがえるといえます。背景には、2018年ごろに節税セミナーなどが開かれ「暗号資産から暗号資産への交換は非課税」といった誤った情報が流れ、デマを信じて節税策を行った人もいたことがあるようです。その他にも、「出国すれば税金はかからない」などのデマが絶えない状況であり、当たり前のことですが、一定以上の利益が出た場合は納税が必要。ペナルティーも重く、適切な申告・納税が重要であるということだと思います。
  • 国に無登録のまま暗号資産を販売したとして、東京の会社代表が9月、資金決済法違反の罪で起訴されています。この会社が運営していた暗号資産の保有者の多くは別の投資詐欺事件の被害に遭っており、「被害をゼロにする」と勧められていたといいます。報道によれば、会社側は「暗号資産を現金化できるよう準備は進めているが、具体的なめどは立たない」としており、「二重の被害になるのでは」との不安の声も出ているところです。この暗号資産(WFC)の保有者の多くは、愛知、岡山両県警に2019年に詐欺容疑で実質的経営者が逮捕された投資会社テキシアジャパンHDの出資者だといい、テキシア社は高額配当をうたい、約13,000人から約460億円を集めたとされますが、2016年夏には債務超過に陥り、その後経営破綻しています。その実質的経営者は今年6月に名古屋地裁で懲役8年の判決を受けています。被告らは2017年ごろから各地でテキシア社の出資者ら向けの講演を開き、「コインで負債がなくせる」と暗号資産への切り替えや購入を呼びかけていたといい、さらなる被害の拡大が懸念されます。なお、暗号資産をめぐる相談は急増しており、国民生活センターが統計を取り始めた2014年度に受けた相談は2018年度に3,000件を超え、昨年度は3,342件となり、「現金化できない」「運営会社と連絡がつかない」「会員サイトに入れない」「無登録業者から買ってしまった」といったトラブルがめだつということです。
  • 暗号資産交換業者大手コインベース・グローバルはハッカー攻撃を受け、少なくとも6,000人の顧客の口座から暗号資産を盗まれたようです。同社が被害者の顧客に送った「データ侵害通知書」で明らかになったもので、米カリフォルニア州の司法当局のウェブサイトに掲載された通知書の写しによると、ハッカー攻撃は今年3月から5月20日にかけて行われており、何者かがコインベースのショートメール(SMS)アカウント回復プロセスの脆弱性を突いて顧客の口座に不正侵入し、コインベースとの関連がないウォレットに暗号資産を送金したというものです。コインベースは、「欠陥を直ちに修復し、アカウントの管理回復と盗難分の補償に向けて顧客と協力している」と説明、不正侵入には顧客のアカウントとつながりのあるメールアドレスとパスワード、電話番号の入手が必要で、これで個々の顧客のメールへのアクセスが可能になるとされます。

最後に、金融庁の「デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会」資料から、ステーブルコイン等についての最新の国際動向等について、抜粋して引用します。

▼金融庁 「デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会」(第3回)議事次第
▼資料1 事務局説明資料
  • EUにおけるステーブルコインに関する規制案(1):発行体
    • 2020年9月、欧州委員会はステーブルコインを含む暗号資産の規制案(暗号資産市場規制案)を公表。ステーブルコイン(電子マネートークン及び資産参照型トークン)の発行体に開示規制や資産保全義務等を課すとともに、暗号資産のカストディ、交換、トレーディング・プラットフォームの運営を含む暗号資産サービスの提供者についても認可制を採用して様々な規制を課す内容となっている。
    • 暗号資産市場規制案は、電子マネートークンに関しては電子マネーに係る規律をベースとした規制を設ける一方で、資産参照型トークンに関しては独自の規律を設け、重要なトークンについては上乗せ規制を課している。
  • EUにおけるステーブルコインに関する規制案(2):暗号資産サービスの提供者
    1. 参入要件
      • 原則、当局からの認可(EU域内に登録事務所を有する法人限定)
    2. 財務要件
      • 暗号資産サービスの種類に応じた金額(5万ユーロ~15万ユーロ)又は前年の固定間接費の25%の高い方の金額の自己資本又は保険が必要
    3. 共通の義務
      • 顧客の利益に従った誠実公正義務、公正・明瞭・誤認のない情報提供義務、暗号資産に係るリスク警告義務、価格方針の公表義務、所定の組織要件の具備(法令遵守、サービスの継続性、システムに関する要件を含む)、当局への経営陣の変更及び組織要件の遵守の評価のために必要な情報の提供義務、顧客の資産保全に係る義務、苦情処理に係る義務、利益相反防止に係る義務、外部委託に係る義務
  • 英国におけるステーブルコインに関する規制案
    • 2021年1月、英国財務省は暗号資産とステーブルコインに関する規制案の市中協議プロセスを開始。市中協議案は、ステーブルコイン(ステーブルトークン)を新たな暗号資産の類型とすることや、発行、価格安定、取引検証、送金、保管、交換等の行為毎に規制の適用の有無について意見を募集。
  • 米国におけるステーブルコインに関する規制動向
    • 米国では現状、ステーブルコインについて複数の連邦規制当局からの監督を受ける可能性があるとともに、既存の送金又は仮想通貨に関する各州法の規律を受けるものと考えられている。
    • 2020年12月、大統領金融市場作業部会(The US President’s Working Group on Financial Markets:PWG)は、ステーブルコインに関する主要な規制・監督上の論点についての声明を公表。2021年7月の会合ではステーブルコインに関する規制の枠組みを早期に整備する必要があるという考えが示されている。
      1. 連邦レベルの規制
        • ステーブルコインは、複数の連邦規制当局からの監督を受ける可能性。
        • 例えば、ステーブルコインの移転業務は、米財務省金融犯罪取締ネットワーク(Financial Crimes Enforcement Network:FinCEN)の定める”money services business”に含まれるため、FinCENへの登録が必要。
      2. 州レベルの規制(例:NY州)
        • NY州法上、NY州において又はNY州の居住者に対して、(1)移転のための仮想通貨の受取り又は暗号資産の送信、(2)他者に代わって行う暗号資産の保管・管理、(3)顧客ビジネスとしての暗号資産の売買、(4)顧客ビジネスとしての交換サービス、(5)暗号資産の発行・管理・コントロールを行うためには(以下「暗号資産事業活動」)、暗号資産事業活動に係るライセンス(通称:BitLicense)を取得する必要。
        • 法定通貨と連動するステーブルコインは通常暗号資産に当たると解されており、NY州でステーブルコインの発行・移転等を行うためには、原則としてBitLicenseを取得することが必要。
          • ※NY州銀行法上の銀行又は信託会社であって当局の承認を得た者は、BitLicenseなしに暗号資産事業活動を行うことが可能
          • ※法定通貨(例:米ドル)の送金業務も行う場合、BitLicenseに加えてNY州銀行法上のmoney transmitter licenseが必要
        • BitLicenseの保有者は、暗号資産事業活動の実施に当たり、(1)資本要件、(2)顧客資産の保管・保護義務、(3)AML義務、(4)帳簿作成・保管義務、(5)サイバーセキュリティプログラムの策定義務、(6)事業継続計画策定義務、(7)広告・勧誘規制、(8)リスク等の開示義務、(9)苦情処理方針策定義務等の所定の義務を遵守する必要。
      3. 大統領金融市場作業部会によるリテール決済用の米国ステーブルコインの主要な規制・監督上の考慮事項に係る声明(2020年12月)
        • 決済に係るイノベーションは推奨されるが、ステーブルコインは、以下を含む米国の適用法・規制・監督上の要請に従う必要。
        • 全てのAML/CFT対応及び制裁に係る義務
        • ステーブルコインが証券・コモディティ・デリバティブを構成する場合、米国連邦法の適用規定
        • ステーブルコインが米国で広く普及する場合、(1)金融の安定性、(2)エンドユーザー保護、(3)市場の完全性、(4)オペレーショナルレジリエンス、(5)決済及び取引市場の円滑な運用、(6)マクロ経済及び国際金融の安定性、(7)包括的なクロスボーダーの監督の促進の確保を目指す追加的な義務
    • FATF – ステーブルコインのAML/CFT対応
      • ステーブルコイン(”so-called stablecoin”)はグローバルに普及する(mass-adoption)可能性が高いことから、マネー・ローンダリング/テロ資金供与(ML/FT)に使用されるリスクが高い。
      • 金融活動作業部会(FATF)は、2020年6月のG20報告書において、ステーブルコインは、暗号資産又は伝統的な金融資産としてFATF基準の適用対象となる旨を明確化。また、2021年11月にも、改訂暗号資産ガイダンスを公表し、ステーブルコインに関する規制内容も明確化する方針(2021年3月に市中協議済)。
    • ステーブルコインのML/FTリスク
      • ステーブルコインには、他の暗号資産と同様に、(1)匿名化、(2)グローバルリーチ、(3)多層化(layering)を含むML/FTリスクがある。
      • リスクの顕在化の度合いは、普及度合い等によるところ、ステーブルコインは、高価格変動、低利便性、信頼・セキュリティの欠如、価値交換手段としての未受容等、従来の暗号資産が有していた課題に対処し、広く普及する可能性がある。
      • ステーブルコインが完全に分散化すると、AML/CFT上の義務を履行する主体が不在となり、かかるステーブルコインが普及した場合、高いML/FTリスクが生じる可能性がある(但し、極端に分散化した場合には普及しにくい。)。
    • AML/CFT上の残余リスク
      1. 仲介業者を通さないP2P取引
        • 取り得るリスク低減策として、以下の例が挙げられる。
        • アンホステッド・ウォレットを利用できるプラットフォームの禁止・免許剥奪
        • P2P取引への取引制限・金額制限
        • 暗号資産取引における仲介業者利用の義務化
      2. AML/CFT規制が不十分な法域の存在(規制アービトラージ)
      3. 分散型ガバナンス構造
    • FATF暗号資産ガイダンス改訂案(2021年3月)
      1. ステーブルコイン
        • FATF・G20報告書における以下のようなキーメッセージをガイダンス化
        • ステーブルコインについては継続的かつフォワードルッキングにリスクを分析し、かかる仕組みが実際にローンチされる前にリスクに対処することが必要。
        • ガバナンス主体等は通常FATF基準の対象である。
      2. P2P取引のリスク削減
        • FATFのG20報告書で課題とされたP2P取引のリスク削減について、暗号資産サービスプロバイダー(VASP)の解釈を拡大の上、下記の対応を国によるリスク削減策として例示。
        • アンホステッド・ウォレットの取引を可能とするVASP等への継続的監督強化、免許剥奪、AML管理の要求水準引上げ
        • アウトリーチ、当局からの注意喚起文発出、当局向けトレーニング
    • 現行制度におけるステーブルコインの取扱い
      • いわゆるステーブルコインは、特定の資産の価値に連動するものである。連動する資産の種類等によって、その性格は異なると考えられる。
      • 法定通貨と連動した価格(例:1コイン=1円)で発行され、発行額と同額での償還を約するものの発行・移転は、為替取引に該当し得ることを踏まえ、銀行業免許・資金移動業登録を受けなければ行うことができないと解される。
      • 上記以外のものは、価値が連動するものや、償還合意の有無及びその内容に応じて、その性格を個別判断(有価証券又は暗号資産に該当し得る)。
      • 銀行等(預金取扱金融機関)が銀行法等に基づき提供するデジタルマネーサービスについては、金融システムの安定確保・預金者保護の観点から、利用者等から受け入れた(チャージされた)資金を「預金」として、その性格に応じ「決済用預金」又は「一般預金等」として、預金保険の保護対象とする扱いとなっている。
②IRカジノ/依存症を巡る動向

カジノを含む統合型リゾート施設(IR)について、国への整備計画の申請受付が始まり、自治体の誘致活動が本格化します。大阪府市、和歌山県、長崎県の3地域はすでに事業者を選定し、計画の取りまとめを急いでいるところです。国は「最大3カ所」を選定できることになっていますが、今回の選定ですべての地域が選ばれるかは不透明で、各地域は独自性を打ち出せるかが焦点になりそうです(参考までに、北海道は候補地の環境影響調査に時間がかかるとして2019年に見送る方針を表明していますが、「7年後」とされる次回の申請に向けて準備を進めているといいます。ただい、新型コロナウイルス禍などで情勢は様変わりしており、道は「きたるべき挑戦の機会に向けて準備を進める」と話すものの、先行きは不透明な状況です。)。報道(2021年10月1日付産経新聞)によれば、大阪府は9月28日に大阪IRの事業者を米MGMリゾーツ・インターナショナルとオリックスの共同グループに決定、吉村知事は「事業予定者と共同し提案内容の向上などを行いながら、地域経済の振興に資する魅力的な整備計画の作成を進める」、「世界最高水準のIRを魅力ある大阪ベイエリアに誘致したい」と強調しています。MGMとオリックスの提案では初期投資額が約1兆800億円で、2020年代後半の開業に向けて、2021年内にも区域整備計画を作成、大阪府・市両議会の議決などを経て2022年4月までに国に提出、2025年開催の大阪・関西万博の会場にもなる同市の人工島・夢洲での誘致を目指しています。足元では、新型コロナウイルスの感染拡大による訪日客の低迷も懸念されていますが、吉村知事はワクチンや経口薬の普及に期待感を示し、「感染症に強いIRを事業者と協力しながら進めたい」としています。

また、和歌山県はクレアベスト・グループ(カナダ)を事業者に選定、コンソーシアム(共同事業体)に米カジノ大手「シーザーズ・エンターテインメント」が参加することも決まり、事業者と計画の原案作成を進めており、「カジノは大事なエンジンではあるが、カジノ依存では成り立たない」と分析、「MICE(国際会議場や展示場)や観光がこれからの勝負。世界に向け和歌山の認知を図りたい」、「与えられた期間を有効に使いたい」としています(クレア社は今年6月、フランスのカジノ大手「パルトゥーシュ・グループ」と「AMSEリゾーツジャパン」がコンソーシアムに加わるといったん発表していましたが、この2社は参加しないことになりました。クレア社は「和歌山IRの実現性を高めるため、チームの強化を図った。よりふさわしい相手だと判断した」と説明しています)。なお、報道(2021年9月22日付日本経済新聞)によれば、和歌山県は、日本のカジノでは入場時、日本人にはマイナンバーカードの提示が必要などの規制があるため「大金を使うような人は少ない」と予想、「日本人客はカジノの30~40%を占めるだろうが、売り上げでは10%いくかどうか」とみているといいます。また、MICEでは「大阪や名古屋が近いので、勝負するのに時間がかかる。当座はプラスマイナスゼロが目標」としています。さらに、長崎県は、リゾート施設「ハウステンボス」の敷地を活用し、早ければ2027年度中の開業を目指しています。担当者は「われわれが目指すのは都市型ではなく地方型IR。他地域と相互に送客でき、すみ分けが可能だ」とし、独自性を打ち出そうと知恵を絞っています。

このように、各自治体とも誘致する意義を「観光誘客で地域振興につながり、年間数千億円規模の経済効果が見込める」と説明していますが、国内だけでなく、シンガポールやマカオなど海外IRとも競合がある中、国内・海外と比較してどれだけ特徴のある計画を提案できるかが重要となっています。また、IRを巡っては、誘致を目指していた横浜市が9月に撤回を正式表明するなど、誘致活動に対する反対意見も根強く、誘致を進める自治体ではこれまで以上に住民への丁寧な説明が求められることになります。また、各地域では年間の来訪者数のうち2~3割をインバウンドと想定していますが、新型コロナウイルスの感染状況次第で観光需要が見通しづらいことが事業者にとってはリスクとなりえます。IRの成長を維持するために各事業者が収益をどのように再投資していくのかも注目されるところです。

さて、IR誘致に向けて最大の争点の一つがギャンブル依存症対策だと思います。この点、2021年9月29日および30日付朝日新聞において、賛成・反対の両方の意見が紹介されていました。

依存症に関する国内外の報道からいくつか紹介します。

  • 前回の本コラム(暴排トピックス2021年9月号)で紹介した厚生労働省「ギャンブル障害およびギャンブル関連問題の実態調査報告書」によれば、「過去1年間にギャンブル等の経験があるのは、男性の45.0%、女性の22.9%であり、SOGS5点以上でギャンブル問題が疑われるのは、男性の3.7%、女性の0.7%、全体の2.2%であった」こと、「新型コロナウイルス感染症拡大前(令和2年1月時点)と比較し、インターネットを使ったギャンブルの利用が増えた(「する機会が増えた」との回答)は、SOGS5点未満の者では2.2%であったのに対し、SOGS5点以上の者では7.3%であった」こと、「SOGS5点以上でギャンブル等依存症が疑われる者では、コロナ禍でインターネットによるギャンブル等をする機会が増えた者が多い傾向が示唆された。これより、インターネットによるギャンブル等とギャンブル等依存症の関連について、今後より詳細な検証が必要である」とされたことなどが指摘されています。報道によれば、公益社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」には、2020年、全国から電話などで約900人の相談が寄せられ、前年よりも微増したといい、近年は学生など若年層のギャンブル依存症が目立つということです。本コラムでたびたび指摘しているとおり、ギャンブル依存症は適切な治療で回復することができる病気ですが、コロナ禍が長引き、今後悩みを抱える人が増えることが危惧される状況です。
  • 中国のゲーム会社200社以上が、ゲーム依存症対策のため、自主規制を導入する方針を示したと報じられています(2021年9月24日付ロイター)。未成年者を特定するため、顔認証技術を利用する可能性もあるといいます。中国当局は未成年者のゲーム依存症に強い懸念を表明しており、以前の本コラム(暴排トピックス2021年8月号)でも紹介した報道によれば、国営新華社通信系の経済参考報が「『精神的アヘン』がこともあろうか数千億元(1元は約17円)規模の産業に成長」という見出しの記事を掲載、「精神的アヘン」とは、ネット・ゲームのことを指し、他にも「電子麻薬」とも表現、ゲームが未成年の健康的な成長に影響を与えるとして痛烈に批判しています(「ネット・ゲーム依存」の状況をふまえれば、「精神的アヘン」という表現も言い得て妙だと感じます)。さらに、国家新聞出版署は今年8月、18歳未満の未成年者について、オンラインゲームのプレイ時間を週3時間に制限、企業や投資家の間では、規制がさらに強化されるのではないかとの懸念が浮上している状況にあります。ゲーム会社は、歴史をゆがめるコンテンツや「男らしくない」行為を助長するコンテンツを取り締まる方針も表明、外国のゲームプラットフォームの利用など、ルール違反を防ぐため、作業を進める意向を示したといいます。また、テンセントは今年7月、未成年者が成人に成りすまし、夜中にゲームをする問題を解決するため、「深夜パトロール」と銘打った顔認証機能を導入、子供のいる親が同機能を利用できるようにしています。
③犯罪統計資料

令和3年1~8月の犯罪統計資料(警察庁)について紹介します。

▼警察庁 犯罪統計資料(令和3年1~8月分)

令和3年1~8月の刑法犯総数について、認知件数は373,422件(前年同期408,486件、前年同期比▲8.6%)、検挙件数は171,675件(180,752件、▲5.0%)、検挙率46.0%(44.2%、+1.8P)と、認知件数・検挙件数ともに減少傾向が継続している点が特徴です。なお、刑法犯全体の7割を占める窃盗犯の認知件数は250,840件(278,531件、▲9.9%)、検挙件数は105,140件(111,495件、▲5.7%)、検挙率は41.9%(40.0%、+1.9P)、うち万引きの認知件数は58,236件(57,213件、+1.8%)、検挙件数は42,147件(41,323件、+2.0%)、検挙率は72.4%(72.2%、+0.2P)となっています。また、知能犯の認知件数は23,036件(21,785件、+5.7%)、検挙件数は11,873件(11,209件、+5.9%)、検挙率は51.5%(51.5%、±0P)、詐欺の認知件数は20,956件(19,505件、+7.4%)、検挙件数は10,221件(9,433件、+8.4%)、検挙率は48.8%(48.4%、+0.4P)などとなっています。刑法犯全体の認知件数・検挙件数が減少傾向の中、万引きと知能犯、詐欺については増加傾向にあり、注意が必要な状況です。

また、特別法犯総数については、検挙件数は45,275件(45,059件、+0.5%)、検挙人員は37,268件(38,033人、▲2.1%)と昨年は検挙件数・検挙人員ともに微減となったものの、検挙件数についてはわずかながら増加傾向を示している点が特徴的です。犯罪類型別では、迷惑防止条例違反の検挙件数は5,402件(4,677件、+15.5%)、検挙人員は4,166件(3,888人、+7.2%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は1,545件(1,784件、▲13.4%)、検挙人員は1,270件(1,463人、▲13.2%)、不正アクセスの検挙件数は190件(264件、▲28.0%)、検挙件数は76件(72件、+5.6%)、不正競争防止法違反の検挙件数は50件(44件、+13.6%)、検挙人員は46件(48人、▲4.2%)、銃刀法違反の検挙件数は3,282件(3,397件、▲3.4%)、検挙人員は2,816人(2,995人、▲6.0%)、廃棄物処理法違反の検挙件数は4,200件(4,020件、+4.5%)、検挙人員は4,578人(4,454人、+2・8%)などとなっています。減少傾向にある犯罪類型が多い中、迷惑防止条例違反や廃棄物処理法違反が増加傾向にある点が気になります。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は520件(599件、▲13.2%)、検挙人員は298人(292人、+2.1%)、大麻取締法違反の検挙件数は4,229件(3,552件、+19.1%)、検挙人員は3,341人(2,987人、+11.9%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は7,188件(7,310件、▲1.7%)、検挙人員は4,832人(5,090人、▲5.1%)などとなっており、大麻事犯の検挙件数が前年に比べても大きく増加傾向を示しており、かなり深刻だといえます。また、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯国籍別検挙人員については、総数399人(359人、+11.1%)、ベトナム149人(69人、+115.9%)、中国65人(60人、+8.3%)、フィリピン24人(15人、+60.0%)、ブラジル20人(38人、▲47.4%)、韓国・朝鮮12人(22人、▲62.5%)などとなっています。

一方、暴力団犯罪(刑法犯)罪種別検挙件数・人員対前年比較の刑法犯総数については、検挙件数総数は7,349(7,838件、▲6.2%)、検挙人員総数は4,154人(4,739人、▲12.3%)といったん増加していたところ、一転して検挙件数・検挙人員ともに減少に転じている点が特徴です。以前の本コラム(暴排トピックス2021年3月号)では、「基礎疾患を抱え高齢化が顕著に進行している暴力団員のコロナ禍の行動様式として、検挙されない(検挙されにくい)活動実態にあったといえます」と指摘しましたが、一時活動が活発化している可能性を示したものの再度減少に転じたのは、緊急事態宣言等のコロナ禍の状況や東京五輪に向けた自粛(一般的に国民的行事の際には、暴力団は活動を自粛する傾向にあります)などの要素もあることも考えられ、いずれにせよ状況の流動化とともに今後の動向に注意する必要がありそうです。犯罪類型別では、暴行の検挙件数は456件(602件、▲24.3%)、検挙人員は427人(574人、▲25.6%)、傷害の検挙件数は710件(923件、▲23.1%)、検挙人員は859人(1,068人、▲19.6%)、脅迫の検挙件数は235件(285件、▲17.5%)、検挙人員は224人(257人、▲12.8%)、恐喝の検挙件数は256件(275件、▲6.9%)、検挙人員は292人(350人、▲16.6%)、窃盗の検挙件数は3,577件(3,615件、▲1.1%)、検挙人員は595人(763人、▲22.0%)、詐欺の検挙件数は1,024件(967件、+5.9%)、検挙人員は857人(706人、+21.4%)、賭博の検挙件数は32件(34件、▲5.9%)、検挙人員は79人(129人、▲38.8%)などとなっています。とりわけ、全体の傾向と同様、窃盗、詐欺については、昨年はコロナ禍の影響で大きく減少したところ、一転して増加傾向を示している点は注意が必要です。さらに、暴力団犯罪(特別法犯)主要法令別検挙件数・人員対前年比較の特別法犯について、検挙件数総数は4,446件(4,989件、▲10.9%)、検挙人員総数は2,963人(3,658人、▲19.0%)とこちらも昨年1年間の傾向同様、減少傾向が続いていることが分かります。犯罪類型別では、暴力団排除条例違反の検挙件数は22件(40件、▲45.0%)、検挙人員は57人(97人、▲41.2%)、銃刀法違反の検挙件数は71件(101件、▲29.7%)、検挙人員は54人(84人、▲35.7%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は87件(113件、▲23.0%)、検挙人員は22人(34人、▲35.3%)、大麻取締法違反の検挙件数は739件(697件、+6.0%)、検挙人員は455人(482人、▲5.6%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は2,887件(3,243件、▲11.0%)、検挙人員は1,855人(2,240人、▲17.2%)などとなっており、薬事犯全体が大きく増加している中、暴力団犯罪については、大麻事犯の検挙件数が増加傾向にあること、それ以外は引き続き減少傾向を示している点が特徴的だといえます。

その他、報道によれば、全国の警察が今年上半期(1~6月)に詐欺事件で摘発した暴力団構成員や準構成員らが、前年同期比で16%増えたといいます(なお、上半期に摘発された暴力団構成員らは前年同期比13%減の計5,260人となっているほか、薬物事犯は軒並み減少しています)。構成員らの減少に伴って減少傾向が続いていたものの、新型コロナウイルスの影響で収入が細るなか、手っ取り早く資金を得ようと組織ぐるみの詐欺行為を活発化させている可能性が考えられるところです(上記の暴力団犯罪に関する統計からも、詐欺の検挙件数は5.9%増、検挙人員も21.4%増となっています)。さらに、コロナ禍で暴力団から要求されるみかじめ料の支払いを拒む飲食店が増えていることも資金源に大きな打撃となっている状況も推測されるところです。関連して、報道によれば、警視庁は今年4月、東京都内で少なくとも20店超が支払いをやめたことを確認したといい、店の関係者は「売り上げが減少して払えなくなった」「コロナで不景気だから」などと同庁に説明したということです。コロナ禍で苦境にあえぐ飲食店ですが、これを機会に暴力団と関係を遮断することにつながったのであれば、また、暴力団による各種助成金や給付金等の不正受給事例も後を絶たない中、そのような公的支援が飲食店を通して暴力団に流れていた悪循環を少しでも断ち切ることができたとすれば、コロナ禍がもたらした社会構造の変化の一つとして評価できるのではないかと考えます。

コロナ禍がもたらした社会構造の変化との関連でいえば、滋賀県消費生活センターが2020年度に寄せられた相談を集計したところ、「ネット通販で頼んだ商品が届かない」「お試し価格のつもりで注文したら定期購入だった」といったネット通販関連の相談が過去最多の2,290件と、2019年度の1.5倍に増えたという報道もありました。相談者の年齢別では、70歳代が15.7%で最も多く、50歳代(14.1%)、60歳代(13.9%)と続いており、新型コロナウイルスに伴う外出自粛の影響とみられます。商品が届かないといった相談が多く、詐欺サイトの可能性が高いとも指摘されており、ネット通販の利用拡大と特有の詐欺的商法の被害の拡大(とりわけネット通販に未熟な高齢者の被害の拡大)がコロナ禍を経てあらたな社会的課題となっています。

(8)北朝鮮リスクを巡る動向

北朝鮮は最近相次いでミサイル発射を繰り返しています。9月11日と12日には新開発した長距離巡航ミサイルの発射実験を行い、飛行距離は1,500キロと主張しています(事実であれば、日本のほぼ全域が射程に入ることになります。さらに、ミサイルが北朝鮮の領空を楕円や8の字の軌道で2時間6分20秒にわたり飛行した後、標的に命中したと伝え、「飛行の操縦性や、標的に誘導して命中させる正確性」が証明されたとしています。一方、2001年9月の米同時多発テロから20年が過ぎた直後でのタイミングであり、米国はアフガニスタンからの駐留米軍の撤収だけでなく、イラン核合意の再建などが緊急課題であると、北朝鮮は認識しているとみられ、北朝鮮との本格的な交渉より「管理モード」で対応しようとする米国の姿勢を逆手に取る形で、新たな挑発行為を行い、反応を見ようとした側面もあると考えられています。一方の米国にとっても、「日韓両国およびアジア太平洋に展開する米軍への脅威の増大を意味する新たな兵器を北朝鮮が保有することは許容し難い事態」であること、「アフガン情勢の失敗をみて敵対勢力が挑発行動を仕掛けてくるとの懸念が現実となりバイデン外交への批判が高まる事態」となったこと、「アフガンから中国へと勢力を振り向けようとする矢先で北朝鮮対応を本格化させざるを得ない事態」となったこと、といった意味を持つと考えられます)。また、15日には距離弾道ミサイル2発を発射、日本の排他的経済水域(EEZ)内に落下(朝鮮中央テレビは、山中に展開した列車の荷台の上部が開き、そこから発射されるミサイルの映像を4年ぶりに公開しています。また、同日には韓国が潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射実験を行っていますが、北朝鮮国防科学院の張昌河院長は「核心的な水中発射技術がまだ完成していない」と一刀両断、具体的な指摘とともに北朝鮮の脅威になる段階ではないと主張しています)、さらに、28日にもミサイルを発射し、北朝鮮メディアは新たに開発した「極超音速ミサイル」の発射実験だったと報じました。そして、30日には、新たに開発した対空ミサイルの試験発射を行いました(対空ミサイルの総合的な戦闘性能や発射台などの運用実用性の実証が目的で、「ミサイル制御システムの即応性と誘導の正確さを大幅に増やした新型対空ミサイルの驚くべき戦闘的能力が検証された」と総括しています)。

このように、北朝鮮が多角的なミサイル開発を同時並行で進めていることを誇示することで、日米韓をけん制する狙いあるとみられていますが、日本にとっても大きな意味をもつものと捉えるべきだと思います。例えば、直近の9月28日朝に日本海に向けて発射したミサイルについては「極超音速ミサイル」の実験だったとされます。これは、高速で相手の迎撃網をすりぬけるように複雑な軌道で飛ぶため迎撃は極めて困難とされ、日本の既存のミサイル防衛システムは無力化することになり、 防衛力強化を巡る議論は急務となっています。日本のミサイル防衛は飛んでくるミサイルをイージス艦と地対空誘導弾パトリオットミサイル(PAC3)で打ち落とす二段構えで備える発想で「きれいな放物線を描く」ことが前提となっていますが、北朝鮮が近年開発を進める変則軌道のミサイルはこうした日本の迎撃システムの前提を覆し、きれいな放物線を描かないものが増えています。軌道が複雑になると予測計算が間に合わず、迎撃の命中精度も格段に下がることが危惧されます。迎撃態勢の抜本的な見直しは急務であり、「専守防衛」を掲げる憲法との整合性を指摘する意見はあるものの、敵基地攻撃は何らかの武力攻撃が発生したとみなした後に実行するもので、先制攻撃とは一線を画すものだとの共通認識も必要な状況となりつつあります。しかしながら、このような安全保障論争をしている間にも軍事技術の発展スピードは加速していることが明らかとなっており、技術開発は米国との協力に頼るだけでなく自前の努力も不可欠だといえます。日本の政権移行期のさなか、北朝鮮は日本側の危機対応力を試すようにミサイルを発射しています。岸田政権の発足は日本周辺の安全保障環境の急速な変化を直視し、防衛体制のあり方を根本から議論する好機といえなくもありません。なお、28日は国会にあたる最高人民会議の開催が予告された日であることに加え、北朝鮮の国連大使が国連で演説を行っており、国内外に向けた国威発揚の効果を狙った可能性が指摘されています。なお、国連演説では、朝米関係について「交戦国同士の関係で、法的に戦争状態にある」と指摘、「我々自身を守るための確かな力を蓄えてきた」としつつ、「誰かを狙ってそれを使いたくはない。言い換えれば、米国や南朝鮮(韓国)、その他の近隣国の安全を侵害したり、危険にさらしたりはしない」とも述べています。バイデン米政権に対しては、北朝鮮に対して「敵対的な意図はないという政策的立場を、言葉ではなく、行動で証明すべきだ」と話し、「二重基準の撤廃」を要求、「米国が我々への脅迫をやめ、敵意をなくせば、朝米関係、南北関係に明るい展望が開けると、私は確信している」として、歩み寄る姿勢も見せた点も興味深いところです。

また、2021年9月30日付毎日新聞において、ミサイル問題に詳しい東大先端科学技術研究センターの小泉悠特任助教が、開発のペースが速いことから、ロシアをはじめ「国外から継続的な技術供与を受けている可能性が高い」と指摘している点も看過できないものです。ミサイルの発射実験として回数が非常に少ない点を指摘、2017年のミサイルの発射もほとんど成功させているが、普通は新型開発は「これほどすぐに成功しない」といい、「北朝鮮の資金力や工業力を考えると、これだけ短期間に多様な実験を行うというのは信じがたい」としたうえで、ロケットに搭載された弾頭にも注目し、「弾頭についている4枚の羽根をかじに軌道を変えられるようになっている」、ミサイルは大気圏に再突入する際に表面温度が非常に高くなるため、弾頭に高性能の耐熱素材を用いなければならない。これらの素材も国外から手に入れていると考えられるとしています。正に、北朝鮮を舞台とした国際的なパワーゲームが繰り広げられていることを痛感させられ、一方で、このような状況にもかかわらず、安全保障問題に関する議論を進められず、取り残される日本の政治には歯がゆい思いです。「軍事挑発をてこに、米国や日本などから制裁緩和を引き出そうとする瀬戸際戦術は、北朝鮮の常套手段だ。挑発を重ねて日米など国際社会の反応をうかがっているが、決して許してはならない。・・・力の信奉者の北朝鮮には、圧力をかける必要があると銘記したい。新型コロナウイルス禍で長期にわたり国境を封鎖したことなどで北朝鮮経済は疲弊している。にもかかわらず、核・ミサイル戦力を放棄しないのが金正恩政権だ。現状を放置すれば、北朝鮮に核・ミサイル戦力強化のための時間を与えるだけだ。…日本自身の防衛力強化は急務だ。弾道ミサイルに加え、巡航ミサイルを撃ち落とす態勢を整えるのは当然だが、敵基地攻撃能力の保有も決断すべきだ。それが抑止力を格段に高める道である」(2021年9月16日付産経新聞)という主張は、今まさに耳を傾けるべきものと考えます。

このような北朝鮮の相次ぐミサイル発射にもかかわらず、国連安全保障理事会(安保理)は非公開の緊急会合で協議したものの、安保理としての非難声明などの発表は見送っています。中国とロシアが難色を示したといい、これだけミサイル発射が相次いでいても、何らの意思表示させできない状態が続いています。緊急会合を要請した米英仏が北朝鮮の「挑発行為を非難」し、緊張を高める行為をやめるよう要請、米国との対話再開も求め、声明発表などを模索する向きもありましたが、中国とロシアは「ミサイル発射の状況分析に時間が必要だ」などと反対したということです。ここまでくると、安保理の存在意義自体が問われかねない状況といえます。一方の北朝鮮は、安保理が非公開の緊急会合を開いたことについて、米国などの軍事活動を黙認し、北の「自衛的措置」に対してのみ反応するのは「明白な二重基準」だと反発する談話を発表しています。ミサイル発射実験が「安全な公海上で行われ、周辺国の安全にいかなる脅威、危害も与えていない」と主張、「正当な主権の行使」であると訴えた上で、これに反発するのは北朝鮮を「主権国家として認めないというのと同じだ」と強調し、安保理に発射実験を「正常で計画的な自衛的措置」として認めるよう求めています。

さて、ミサイル発射で国際社会を挑発する一方で、北朝鮮国内の厳しい状況もあわせて認識しておく必要があります。国連北朝鮮人権状況特別報告者は、新型コロナウイルスが流行する中、国際的に孤立している北朝鮮で飢餓が起きるリスクがあり、同国の核・ミサイル開発に対する国連の制裁を緩和すべきだとの報告書をまとめています。報道によれば、報告書は、人道状況が悪化し、危機に発展するリスクがあると指摘、北朝鮮市民の窮状に対し、世界的に「無関心な傾向が強まりつつある」との見解を示しています。「人道支援と人命救助を進め、一般市民が適度な生活水準を享受する権利を促進する上で必要な場合は、国連安保理が科した制裁を見直し、緩和すべきだ」としています。報告書によると、中国との国境付近の商業活動に依存していた多くの北朝鮮市民が収入を失っており、制裁で事態が一段と悪化しており、「食料入手が深刻な問題になっており、最も弱い子供と高齢者が餓死するリスクがある」と指摘、「必要不可欠な医薬品や医療品の供給が不足しており、中国からの輸入がストップしたため、価格が数倍に跳ね上がっている。人道支援団体も医薬品などを持ち込めない状況だ」としています(ある報道によれば、北朝鮮の市民の経済活動を一手に支えてきた「市場」が荒れており、物価高騰は手がつけられないほど凄まじく、そもそもモノが絶対的に不足しているという実態があり、その悪影響は甚大で、このままでは金正恩体制を揺るがしかねないほど深刻だとしています。市場で物価騒動が起き、当局も介入するほどの状況だといいます。経済危機が続く中、市場における供給不足と需要の縮小、住民の購買力の低下が同時進行で起き、これにコロナの悪影響が追い打ちをかける形となり、当局としてもなすすべがなく、状況は深刻化しているといいます)。一方、WHOは、北朝鮮への新型コロナウイルス支援物資を中国の大連港を通じて送っていることを明らかにしています。大連港は北朝鮮との国境近くに位置していますが、北朝鮮は新型コロナ対策で国境を封鎖しており、WHOは支援物資が北朝鮮に到着したかどうかについて詳細を明らかにしていません。WHOによれば、北朝鮮は少なくとも40,700人を対象に新型コロナの検査を実施しているものの、9月23日時点で陽性者はゼロとしています。米韓の当局者は、感染者がゼロとの北朝鮮の主張を疑問視していますが、新型コロナが大流行している形跡も確認されていないといいます。

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記は、平壌で開かれた最高人民会議(国会)の2日目の会議で施政演説を行い、現在は不通となっている南北通信線による当局間の連絡について、「朝鮮半島の平和を実現する努力の一環として10月初めに復旧する」と述べています(その後、10月4日に復旧しました)。南北通信線は、8月の米韓合同軍事演習の際に北朝鮮側の応答が途絶えていましたが、金総書記は、韓国の文在寅大統領が提案した朝鮮戦争の終戦宣言について、敵視政策の撤回などが必要だと主張し、「北南関係が回復するか、悪化状態が続くかは、南朝鮮(韓国)当局の態度次第だ」と述べています。相次ぐミサイル発射と硬軟織り交ぜた対応で韓国を揺さぶり、経済制裁解除に向けて米国に働きかけるよう、促す意図があるとみられています。一方、米国のサキ大統領報道官は、北朝鮮との対話実現に向けて「具体的な提案」をしてきたが、これまでに反応はないと説明したうえで「あらゆる問題を協議する用意がある」と述べ、重ねて対話に応じるよう促しています。このような米国のバイデン政権による前提条件なしでの対話の呼びかけについて、金総書記は「敵対行為を隠すための仮面で、歴代米政権が追求してきた敵視政策の延長にすぎない」と批判しています。関連して、最高人民会議では、国家の重要政策を決める国務委員に金総書記の妹の金与正党副部長や最側近の趙甬元党書記らを選出、国務副委員長に金徳訓首相が就くなど、大幅な人事の刷新が行われています。対米外交を担ってきた崔善姫第1外務次官は委員を解任されました。金総書記は対米外交での「戦術的対策」を整える方針も表明、外交路線の仕切り直しを反映した人事とみられています。

また、韓国の文在寅大統領が国連総会で朝鮮戦争(1950~53年)の終戦宣言を提案したことについて、北朝鮮外務次官は、「米国の敵視政策が残っている限り、終戦宣言は虚像にすぎない」として、「時期尚早だ」とする談話を出しています。「米国によるダブルスタンダード(二重基準)と敵視政策の撤回が、朝鮮半島の情勢安定化と平和の定着において最優先課題だ」としました。金与正党副部長も、「興味深い提案で、良い発想だ」としつつも、「今が適切なのかを考えるべきだ。敵視政策、不公平な二重基準がまず撤回されるべきだ」と条件を付け、時期尚早との立場を表明、「戦争の火種になりかねないことをそのままにして終戦宣言をするというのは話にならない」とも批判しています。一方で、「今後の言動が敵対的でないなら、いくらでも(南北間の)緊密な意思疎通を維持し、関係回復と発展に向け建設的な議論をする用意がある」とも述べ、対話再開に余地を残してもいます。さらに異例なことに、翌日にも「公正性と互いに対する尊重の姿勢が維持されれば、意義ある終戦宣言ができる」との談話を発表しています。背景には、経済制裁の解除に向け、韓国が米国への働きかけを強めるよう促す狙いがあるとみられています。なお、この終戦宣言は、北朝鮮の非核化の代償として検討された「体制の安全の保証」の一案で、文大統領の提案は、北朝鮮の非核化の見通しがない中で行われ、北朝鮮に有利なものだったにもかかわらず、拒否されたことになります。

一方で、北朝鮮国営の朝鮮中央通信は、金総書記が9日の建国73周年に際して祝電を寄せた中国の習近平国家主席に答電を送ったと報じています。金総書記は「敵対勢力の悪辣な挑戦と妨害の動きを粉砕し、社会主義を守る共同の戦いで同志的な団結と協力が絶えず強化されていることをうれしく思う」と強調しています。なお、それに先立ち、金総書記は中国建国から72年になる10月1日、習近平中国国家主席に祝電を送り、「敵対勢力の狂乱的な反中国対決策動を退け、国家の自主権と発展権、領土の保全を守るための中国共産党と政府、人民の正当な闘争を確固として支持する」と表明、「伝統的な朝中親善協力関係が発展していくことを確信する」とも伝えています。一連のこれらの動きの背景にも、中朝の友好関係を強調することで、中国との対立を激化させている米国などをけん制する狙いがあるとみられています。

ミサイル発射に関心が向かう中、国際原子力機関(IAEA)は、ウィーンで年次総会を開き、北朝鮮の核開発活動を非難する決議を全会一致で採択しています。IAEAは8月にまとめた報告書で、北朝鮮北西部・寧辺の核施設で原子炉の再稼働を示す兆候が確認されたと指摘しており、決議はこれを問題視し、「北朝鮮の核活動は国連安全保障理事会決議に明らかに違反しており、遺憾だ」などと抗議しています。なお、北朝鮮は2009年4月、寧辺の核施設の稼働停止・封印を監視していたIAEAの査察官を追放、IAEAはそれ以来、核施設への立ち入りができていない状況にあります。なお、IAEA総会に先立ち、北朝鮮が北西部・寧辺にある核施設の拡充を図っているとみられることが、米国の核専門家らによる衛星写真の分析で明らかになったと報じられました。相次ぐミサイル発射と並び、米国のバイデン政権を揺さぶる狙いとみられています。報道によれば、米ミドルベリー国際大学院モントレー校の核専門家ジェフリー・ルイス氏らは、拡充によって「高濃縮ウランの生産能力が、最大25%増加する」とみており、米本土全域を攻撃できる大陸間弾道ミサイル(ICBM)に搭載する「超大型重量級核弾頭」の開発を狙った可能性もあると指摘しています。寧辺は、トランプ前米大統領と金総書記が2019年2月、ベトナム・ハノイで行った米朝首脳会談で議題となりました。金総書記は、寧辺の廃棄と引き換えに、対北朝鮮制裁の全面的な解除を要求しています。バイデン政権は、北朝鮮に対話を呼びかけているが、北朝鮮が望む対北制裁の解除に応じようとしておらず、北朝鮮は、寧辺での活発な核開発を見せつけ、バイデン政権が、早期に交渉のハードルを下げるよう促しているとみられています。米朝非核化協議が再開する展開に備え、寧辺の「交渉カード」としての価値を高めておく狙いも垣間みえるところです。

さて、直近では、国連安全保障理事会の北朝鮮制裁委員会の専門家パネルが、対北朝鮮制裁の履行状況に関する中間報告書を正式に発表しています。その内容については、2021年10月5日付日本経済新聞に詳しいため、以下、抜粋して引用します。

パネルは「経済的苦境のなかでも北朝鮮は核・弾道ミサイル計画を維持し、開発を継続している」と報告した。制裁をかいくぐり、安保理の制裁決議が禁じる石炭の輸出を続けている現状も明らかにした。・・・パネルは2020年12月~21年2月に撮影された赤外線画像などから、北朝鮮が寧辺の核施設の実験用軽水炉で複数回の試験を実施したと分析している。・・・石炭や石油などの積み荷を洋上で船から別の船に移す「瀬取り」が昨年に続き横行していることも明らかにした。報告書によると、21年2~5月の間に少なくとも41回に分け、北朝鮮産の石炭36万4000トンが中国の寧波・舟山地域へ輸出された。安保理の制裁決議では、北朝鮮による石炭の輸出を禁止している。・・・一方、7月中旬時点で制裁委員会に報告された石油精製品の輸入量は安保理が定める年間供給上限(50万バレル)の4.75%にとどまったと指摘した。21年上半期は従来より大幅に少なかったが、ある加盟国は違法に輸入している石油精製品が増えているため「安保理が定めている上限を超える」と分析している。報告書はシンガポールに拠点を置く石油取引会社ウィンソン・グループが北朝鮮の制裁をかいくぐった燃料調達の要となっていると説明した。パネルは調査で北朝鮮に関わる取引や船舶の登録に同社名義のメールアドレスや関連する住所などが利用されていたと判明したとし、今後も同社やその子会社の調査を続けるとした。新型コロナウイルス禍の国境閉鎖で高級品を含む消費財の輸入は事実上停止したという。ただ、車のタイヤや部品、建築・内装材、金正恩総書記の家族の別荘向け物資など輸入品や高級品の一部は国境の鉄道基地から南浦などの港に船で不正に運ばれたと報告した。トヨタ自動車の高級車「レクサス」ブランドの車の北朝鮮への出荷に中国企業が関与していたとも指摘した。外貨獲得のためのサイバー攻撃の実態については、北朝鮮が特定の組織や人物を狙い、偽の電子メールを送る「スピアフィッシング」と呼ばれる手法で「仮想通貨交換所に対するサイバー攻撃を継続的に行っている」とも分析した。一方、サイバー攻撃で奪った仮想通貨の額については「調査中」のため、明らかにしなかった。北朝鮮制裁委員会専門家パネルが3月に公表した最終報告書では仮想通貨交換業者などへの攻撃で19~20年に推計3億1,640万ドル(約347億円)を奪ったと報告していた。

3.暴排条例等の状況

(1)暴排条例の改正動向(福岡県)

前回の本コラム(暴排トピックス2021年9月号)で紹介したとおり、福岡県暴排条例の改正案が、福岡県議会の令和3年9月定例会にて可決され、12月1日施行の運びとなりました。

▼福岡県警察 令和3年10月 改正暴力団排除条例

本ページの説明によれば、「以下の場所の周囲200mの区域で、暴力団事務所の開設及び運営が禁止されます」とし、(1)子ども子育て支援事業等の保育を行う場所(子ども・子育て支援事業を行う施設、家庭的保育事業所、認可外保育施設など)、(2)遊びの場(都市公園、公営の体育施設など)、(3)学びの場(各種学校、博物館相当施設、世界遺産、重要文化財など)、(4)住宅地・商業地域(都市計画法に規定する住居系用途地域及び商業系用途地域)を列記しています。

現行の同条例では学校や図書館などの敷地から200メートル以内での暴力団事務所の開設・運営を禁じているところ、改正案では、新たに認可外保育施設、子育て支援施設などを追加するといい、対象施設は約3,600か所から約12,290か所に増えることになります。さらに、都市計画法に基づき住宅用地や商業用地に指定されている場所での開設も禁止されます。今回の改正によって福岡県の全面積に占める規制対象割合は7%から18%に広がり、市街地ではほぼ全域で事務所を開設できなくなることになります。また、現在確認されている暴力団事務所の約9割が含まれることになり、「事務所周辺では、これまで火炎瓶の投げ込みや発砲などの事件が起きてきた。危険から市民を守り、暴力団排除を一層強めていく」、「暴力団の資金獲得活動が活発な都市部に拠点をつくらせないことで、有効な暴力団対策になり市民の安心にもつながる」といった県警幹部のコメントが報じられています。なお、就学前の障害児発達支援施設(約300カ所)などは全国で初めて対象となるとのことです。また、違反した場合、1年以下の懲役などの罰則が科されることになります。暴力団事務所の開設・運営を禁じる規定は全国の暴排条例で見られ、その適用範囲を拡大する動きも見られていますが、ここまで拡大するのは福岡県が初めてと思われ、暴力団の活動を規制するという意味では有効な手段と考えられ、今後、他の自治体にも広がっていくことを期待したいと思います。

(2)暴排条例に基づく勧告事例(埼玉県)

埼玉県暴排条例に違反して利益供与したとして、埼玉県公安委員会は、埼玉県北部で認可保育園を経営する社会福祉法人と、稲川会傘下組織組員に勧告を行っています。報道によれば、同法人は暴力団の活動に協力する目的で、2014年12月下旬から2020年12月下旬までの間、7回にわたり、組員から門松を購入して利益を供与したというものです。門松は通常約17,000円の品物であるところ、1個30,000円、総額228,000円にのぼるといいます。60代の組員と法人の70代の男性理事長は以前からの知人だったといい、門松は保育園の経費で購入し、園の玄関に飾っていたといいます。いずれも勧告内容を認めており、理事長は「もうしない。保育園としても取り引きしない」と話しているということです。

▼埼玉県暴排条例

まず、社会福祉法人については、同条例第19条(利益の供与等の禁止)第1項「事業者は、その事業に関し、暴力団員又は暴力団員が指定した者に対し、次に掲げる行為をしてはならない。」の「(3)前2号に掲げるもののほか、情を知って、暴力団の資金獲得のための活動を行う場所の提供その他の暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなる利益の供与であって、公安委員会規則で定めるものをすること。」に、また、暴力団員については、第22条(暴力団員による利益受供与の禁止)第1項「暴力団員は、事業者が第19条第1項の規定に違反することとなる利益の供与を受け、又はその指定した者に対し、当該利益の供与をさせてはならない。」にそれぞれ抵触したものと考えられます。そのうえで、第28条(勧告)「公安委員会は、第19条第1項、第22条第1項、第23条第2項、第24条第2項、第25条第2項又は第26条の規定に違反する行為があった場合において、当該行為が暴力団排除活動の推進に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、当該行為をした者に対し、公安委員会規則で定めるところにより、必要な勧告をすることができる。」に基づき勧告がなされたものと考えられます。

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