暴排トピックス
令和3年犯罪収益移転危険度調査書/犯罪白書を読み解く
取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人
1.令和3年犯罪収益移転危険度調査書/犯罪白書を読み解く
(1)令和3年犯罪収益移転危険度調査書(NRA)のポイント
(2)令和3年版犯罪白書のポイント
2.最近のトピックス
(1)最近の暴力団情勢
(2)AML/CFTを巡る動向
(3)特殊詐欺を巡る動向
(4)薬物を巡る動向
(5)テロリスクを巡る動向
(6)犯罪インフラを巡る動向
(7)誹謗中傷対策を巡る動向
(8)その他のトピックス
・中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向
・IRカジノ/依存症を巡る動向
・犯罪統計資料
(9)北朝鮮リスクを巡る動向
3.暴排条例等の状況
(1)暴力団対策法に基づく再発防止命令発出事例(埼玉県)
1.令和3年犯罪収益移転危険度調査書/犯罪白書を読み解く
(1)令和3年犯罪収益移転危険度調査書(NRA)のポイント
2021年8月のFATF第4次対日相互審査結果を受けて、NRAの内容も大きく刷新されるものと注目していましたが、今回のNRAについては、マネー・ローンダリング事犯における危険度の高い主体として、従来と同じく「暴力団」「特殊詐欺の犯行グループ」「来日外国人犯罪グループ」が、また、危険度の高い取引形態として、「非対面取引」「現金取引」「外国との取引」が、危険度の高い属性については、「反社会的勢力」「国際テロリスト(イスラム過激派等)」「非居住者」「外国の重要な公的地位を有する者」「法人(実質的支配者が不透明な法人等)」がそれぞれ指定されるなど、主な骨格はこれまでと大きく変わっていません。一方で、リスク抽出やリスク分析、事例の分析など記述がより詳細かつ具体的となったほか、取り上げられている事例が多様な類型となったこと、事例の数も大幅に増えたことなど、FATFの指摘にもあった「リスクの理解が限定的」であることをふまえ、「深い理解」を促そうとする意図が強く感じられるものとなりました。さらに、具体的には、今回新たに「我が国の環境」に関するリスク分析が追加されたほか、テロや特殊詐欺、サイバー攻撃に関する記述が拡充されたほか、実態の不透明な法人や資金移動サービス、暗号資産がマネー・ローンダリングに悪用された事例が格段に増えています。とりわけ、筆者が注目したものとしては、法人(実質的支配者が不透明な法人等)の危険度において、公証人による定款認証が必要でない「合同会社」が増えており、株式会社に比べ合同会社が悪用された比率が高いこと、設立後、極めて短期間のうちに悪用されていること、多数の事業目的が登記され、それぞれの目的同士の関連が低いといった不審点が認められる法人の悪用も多いといった分析は本コラムにおいても、以前から指摘していることでもあり、大変興味深く、あらためて実務上注意を要するものだといえます。以下、その概要版の紹介、さらには本文から事例を中心にピックアップしたものを紹介します。
▼警察庁 犯罪収益移転防止対策室 犯罪収益移転危険度調査書(令和3年)
▼犯罪収益移転危険度調査書(令和3年)概要版
- 我が国の環境
- 地理的環境
- 我が国は、北東アジアと呼ばれる地域にある島国で、他国との間での人の往来や物流は海空港を経由して行われ、全国の海空港では、テロの未然防止や国際犯罪組織等による密輸阻止等の観点から出入国管理や税関手続等を行っている。
- 社会的環境
- 我が国の令和2年10月1日時点の総人口は1億2,622万7千人であり、10年前と比較して4%減少した。
- 令和2年10月1日時点の総人口に占める65歳以上人口の割合は過去最高の8%となり、10年前と比較して5.8ポイント増加し、他の先進諸国と比較しても最も高い水準にある。
- 今後、総人口が減少する中で65歳以上人口が増加することにより、高齢化は更に進展していくものと推定される。
- 経済的環境
- 我が国は、世界経済の中で重要な地位を占めており、アメリカ、中国に次ぐ世界第3位の経済規模を誇る。また、グローバルな金融の中心として高度に発達した金融セクターを有しており、世界有数の国際金融センターとして相当額の金融取引が行われている。
- グローバル化し高度に発展した我が国の経済的環境は、マネー・ローンダリング等を企図する国内外の者に対して、マネー・ローンダリング等を行うための様々な手段・方法を提供することとなる。
- 犯罪情勢等
- 刑法犯認知件数の総数については、令和2年は前年に引き続き戦後最少を更新した。刑法犯認知件数に占める高齢者の被害件数の割合は、平成21年以降増加傾向にある。
- サイバー犯罪については、令和2年中の検挙件数は過去最多となった。警察庁が国内で検知した、サイバー空間における探索行為等とみられるアクセスの件数も増加の一途をたどっている。
- 国際テロ情勢としては、世界各地でテロ事件が発生するとともに、海外で邦人や我が国の関連施設等の権益がテロの被害に遭う事案も発生しており、我が国に対するテロの脅威は継続しているといえる。
- 地理的環境
- マネー・ローンダリング事犯等の分析(主体)
- 暴力団
- 暴力団は、経済的利得を獲得するために反復継続して犯罪を敢行し、巧妙にマネー・ローンダリングを行っており、我が国におけるマネー・ローンダリングの大きな脅威となっている。
- 特殊詐欺の犯行グループ
- 近年、我が国においては、特殊詐欺の認知件数と被害額が高い水準にある。令和2年中の被害(認知件数 13,550件、被害総額 約285億円)は大都市圏に集中しており、東京・神奈川・千葉・大阪・兵庫・埼玉・愛知の7都府県で、認知件数全体の0%を占めている。
- 特殊詐欺の犯行グループは、預貯金口座、携帯電話、電話転送サービス等の各種ツールを巧妙に悪用し、組織的に詐欺を敢行するとともに、詐取金の振込先として架空・他人名義の口座を利用するなどし、マネー・ローンダリングを敢行している。
- 自己名義の口座や、架空・他人名義の口座を、遊興費や生活費欲しさから安易に譲り渡す者等がおり、マネー・ローンダリングの敢行をより一層容易にしている。
- 来日外国人犯罪グループ
- 外国人が関与する犯罪は、その収益の追跡が困難となるほか、その人的ネットワークや犯行態様等が一国内のみで完結せず、国境を越えて役割が分担されることがあり、巧妙化・潜在化をする傾向を有する。
- 来日外国人による組織的な犯罪の実態として、中国人グループによるインターネットバンキングに係る不正送金事犯、ベトナム人グループによる万引き事犯、ナイジェリア人グループによる国際的な詐欺事犯等に関連したマネー・ローンダリング事犯等の事例がみられる。
- 暴力団
- マネー・ローンダリング事犯等の分析(手口)
- 窃盗
- 犯行形態
- 窃盗は、暴力団や来日外国人犯罪グループ等の犯罪組織によって反復継続して実行され、多額の犯罪収益を生み出す事例がみられる。令和2年中における窃盗の被害総額は約502億円となっている。
- 手口例
- ヤードに持ち込まれた自動車が盗難品であることを知りながら買い取り、保管するもの
- 侵入窃盗で得た多額の硬貨を他人名義の口座に入金し、その後相当額を引き出して、事実上の両替を行うもの
- 盗んだ高額な金塊を会社経営の知人に依頼して、金買取業者に法人名義で売却させるもの
- 中国人グループ等が不正に入手したクレジットカード情報を使って、インターネット上で商品を購入し、配送先に架空人や実際の居住地とは異なる住所地を指定するなどして受領するもの
- 犯行形態
- 詐欺
- 犯行形態
- 特殊詐欺をはじめとする詐欺は、国内外の犯行グループ等によって反復継続して実行されており、架空・他人名義の預貯金口座を利用したり、法人による正当な取引を装ったりするなどして、多額の犯罪収益を生み出している。令和2年中における詐欺の被害額は約640億円となっている。
- 手口例
- 外国人が帰国する際に犯罪グループに売却した個人名義の口座が特殊詐欺の振込 先に悪用されたもの
- 特殊詐欺の収益の振込先にするために実態のない法人を設立して法人名義の口座を開設して悪用したもの
- 犯行形態
- 電子計算機使用詐欺
- 犯行形態
- インターネットバンキングに係る不正送金事犯に関しては、その被害の多くが、SMSや電子メールにより、金融機関を装ったフィッシングサイトへ誘導し、そこで入手したID・パスワード等を用いて被害者の銀行口座から不正に送金されたものと考えられる。
- 特殊詐欺については、暴力団の関与が認められる。また、インターネットバンキングに係る不正送金事犯については、国際犯罪組織の関与が認められ、犯罪組織が多額の犯罪収益を獲得するために、それらの犯行を行っている実態が認められる。
- 手口例
- 特殊詐欺でだまし取ったキャッシュカードを使用してATMを操作し、被害者名義の口座から犯人が管理する他人名義の口座に送金上限額を不正に振り込むもの
- 中国に存在する犯罪組織が日本の金融機関に不正アクセスを行い、他人名義口座に不正送金させて中国人犯罪グループによって引き出すもの
- 暗号資産ウォレットサービスのサーバへの不正行為により得た暗号資産を、犯人が管理する分散型暗号資産取引所の匿名アカウントに移転するもの
- 犯行形態
- 出資法/貸金業法違反
- 犯行形態
- 無登録で貸金業を営み、高金利で貸し付けるなどのいわゆるヤミ金融事犯等が認められる。その態様には、多重債務者の名簿に記載された個人情報を基にダイレクトメールを送り付けるなど、非対面の方法によって金銭を貸し付けて、他人名義の口座に振り込ませて返済させるもの等がある。
- 近年では、貸金業の登録を受けずに「給与ファクタリング」等と称して、個人が使用者に対して有する賃金債権を買い取って金銭を交付し、当該個人を通じて当該債権に係る資金の回収を行うものもある。
- 令和2年中のヤミ金融事犯の検挙状況をみると、被害金額は43億円を超えるなど、多額の犯罪収益を生み出している。また、暴力団が反復継続してヤミ金融を営み、有力な資金源としている実態が認められる。
- 手口例
- 他人名義、架空の事業者名義等で開設した私書箱に返済金を送付させるもの
- 借受人との間で架空の販売契約を結び、これを後払い決済することで返済金を入手するもの
- 犯行形態
- 入管法違反
- 犯行形態
- 外国人が正規の出入国者、滞在者、就労資格保持者等を装う目的で在留カードを 偽造するもの、偽造された在留カードを所持等するもの、就労資格のない外国人を不法に就労させ、又は不法就労をあっせんする不法就労助長等がみられる。不法就労助長には、犯人が外国人から旅券等を取り上げるなどして監視下に置き、就労させた人身取引事犯もみられる。
- 令和2年中の入管法違反の検挙件数は6,534件で前年比8%増加しており、また偽造在留カード所持等の検挙件数は790件で、計上が開始された平成25年以降で最多となっている。
- 手口例
- 偽造在留カード販売代金を他人名義の口座に振り込ませたもの
- 暴力団員が不法就労助長で得た犯罪収益と知りながら、みかじめ料として現金を収受したもの
- 犯行形態
- 常習賭博/賭博場開帳等図利
- 犯行形態
- 花札賭博、野球賭博、ゲーム機賭博のほか、オンラインカジノ賭博といった様々なものが認められ、これらの賭博事犯には暴力団が直接的又は間接的に深く関与しており、暴力団にとって有力な資金源となっている実態が認められる。令和2年中には、賭博場開帳等図利事件に関し、売上金等である現金約1億5,860万円について起訴前没収保全命令が発せられた事例がある。
- 手口例
- オンラインカジノによる賭博事犯において顧客から支払われる賭け金を借名口座に振り込ませるもの
- 野球賭博等において配当金を他人名義の口座に振り込ませて受け取るもの
- 賭博事犯によって得られた犯罪収益を、情を知らない税理士等を利用して正当な事業収益を装って経理処理するもの
- 犯行形態
- 風営適正化法/売春防止法違反
- 犯行形態
- 暴力団が違法な風俗店等の経営者等と結託するなど、暴力団が直接的又は間接的に関与している事例がみられ、風俗店等の経営が暴力団の資金源となっている実態が認められる。また、不法滞在等している外国人が違法に風俗店等で稼働している事例や、暴力、脅迫等を用いて売春を強要された人身取引事犯もみられる。
- 手口例
- 違法風俗店等に女性をあっせんした見返りとして自己名義の口座に収益を振り込ませるもの
- 暴力団員が売春による収益を親族名義の口座に振り込ませるなどして収受するもの
- 犯行形態
- 薬物事犯
- 犯行形態
- 覚醒剤事犯については全薬物事犯の6割以上を占め、依然として覚醒剤の密輸・密 売が多額の犯罪収益を生み出していることがうかがわれる。令和2年中の覚醒剤事犯の検挙人員の4割以上を暴力団構成員等が占めており、覚醒剤の密輸・密売に暴力団が深く関与している状況が続いている。
- 大麻事犯については、全薬物事犯の3割以上を占め、その割合は平成25年以降増加しており、特に若年層を中心に検挙人員の増加が顕著である。大麻の密売等にも暴力団が関与している状況が続いている。
- 近年では、暴力団が海外の薬物犯罪組織と結託するなどしながら、覚醒剤の流通過程にも深く関与していることが強くうかがわれ、覚醒剤密輸入事犯の洋上取引においては、令和元年、約587キログラムを押収した事件で暴力団構成員等や台湾人らを検挙している。令和2年中の薬物密輸入事犯については、航空機を利用した携帯密輸入が減少し、国際宅配便や郵便物を利用した密輸入の占める割合が高くなっている。
- 手口例
- 手渡しや郵送により覚醒剤の密売を行っていた密売人が、代金を他人名義の口座に振込入金させたもの
- 宅配便等により大麻等の密売を行っていた密売人が、代金を他人名義の口座に振込入金させたもの
- 犯行形態
- 窃盗
- マネー・ローンダリング事犯等の分析(疑わしい取引の届出)
- 令和2年中の疑わしい取引の届出受理件数を届出事業者の業態別にみると、銀行等が31万9,812件で届出全体の0%と最も多く、次いでクレジットカード事業者(2万9,138件、6.7%)、貸金業者(2万5,255件、5.8%)の順となっている。
- 令和2年中に都道府県警察の捜査等において活用された疑わしい取引に関する情報数は32万5,643件であった。
- 取引形態、国・地域及び顧客属性の危険度
- 取引形態と危険度
- 非対面取引
- 情報通信技術の発展、顧客の利便性を考慮した特定事業者によるサービス向上、新型コロナウイルス感染症への感染防止対策等を背景に、インターネット等を通じた非対面取引が拡大している。
- 非対面取引においては、特定事業者は、取引の相手方や本人確認書類を直接観察することができないことから、本人確認の精度が低下することとなり、対面取引に比べて、本人確認書類の偽変造等により本人特定事項を偽り、又は架空の人物や他人になりすますことを容易にする。
- 実際、非対面取引において、他人になりすますなどして開設された口座がマネー・ローンダリングに悪用されていた事例があること等から、非対面取引は危険度が高いと認められる。
- 現金取引
- 我が国における現金流通状況は、他国に比べて高い状況にある。
- 現金取引は、流動性及び匿名性が高く、現金を取り扱う事業者において、取引内容に関する記録が正確に作成されない限り、犯罪収益の流れの解明が困難となる。
- 実際、他人になりすますなどした上で、現金取引を通じてマネー・ローンダリングを行った事例が多数存在すること等から、現金取引は危険度が高いと認められる。
- 外国との取引
- 外国との取引においては、法制度や取引システムの相違等から、国内取引に比べて移転された資金の追跡が困難になる。
- 実際、外国との取引を通じてマネー・ローンダリングが行われた事例が存在することから、外国との取引はマネー・ローンダリング等に悪用される危険性があると認められる。
- 適切なマネー・ローンダリング等対策が執られていない国・地域との間で行う取引や多額の現金を原資とする外国送金取引等は危険度が高いと認められる。
- 非対面取引
- 国・地域と危険度
- イラン及び北朝鮮との取引は、マネー・ローンダリング等に悪用される危険度が特に高いと認められる。
- イラン及び北朝鮮のほかにも、FATFは、マネー・ローンダリング等への対策に重大な欠陥を有し、かつ、それに対処するためのアクションプランを策定した国・地域に対し、提案された期間内における迅速なアクションプランの履行を要請していることから、当該国・地域との取引であって、FATFが指摘する欠陥が是正されるまでの間になされるものは、危険性があると認められる。
- 顧客の属性と危険度
- 反社会的勢力
- 暴力団、準暴力団をはじめとする反社会的勢力は、財産的利益の獲得を目的に、様々な犯罪を敢行しているほか、企業活動の仮装・悪用をした資金獲得活動を行っている。このような犯罪行為又は資金獲得活動により得た資金の出所を不透明にするマネー・ローンダリングは、反社会的勢力にとって不可欠であり、反社会的勢力によって行われている実態があることから、反社会的勢力との取引は危険度が高いと認められる。
- 国際テロリスト(イスラム過激派等)
- 国際連合安全保障理事会決議を受けて資産凍結等の措置の対象とされた者の中に、日本人や我が国に居住している者の把握はなく、また、現在まで、日本国内において、国際連合安全保障理事会が指定するテロリスト等によるテロ行為は確認されていない。
- しかしながら、FATFは、令和元年に公表したレポートにおいて、国内でテロやテロ資金供与の事例がない場合であっても、それをもってテロ資金供与リスクが低いと直ちに結論付けることはできず、国内で資金が収集され、海外に送金される可能性を排除すべきではないと指摘している。
- また、我が国においても、特定事業者が提供する商品・サービスが、事業者の監視を免れて悪用され得ること等の懸念があることを認識すべきであり、特にイスラム過激派等と考えられる者との取引は、テロ資金供与の危険度が高いと認められる。
- 非居住者
- 非居住者との取引は、居住者との取引に比べて、特定事業者による継続的な顧客管理の手段が制限される。また、非対面で取引が行われる場合や外国政府等が発行する本人確認書類等が用いられる場合は、匿名性も高まり、マネー・ローンダリング等が行われた際に資金の追跡が一層困難となることから、非居住者との取引は危険度が高いと認められる。
- 外国の重要な公的地位を有する者
- 外国の重要な公的地位を有する者が、マネー・ローンダリング等に悪用し得る地位や影響力を有すること、その本人特定事項等の十分な把握が制限されること、腐敗対策に関する国ごとの取組に差があること等から、外国の重要な公的地位を有する者との取引は危険度が高いと認められる。
- 法人(実質的支配者が不透明な法人等)
- 法人は、その財産に対する権利・支配関係を複雑にすることができ、法人の実質的な支配者は、自らの財産を法人に帰属させることで、自らが当該財産に対する権利を実質的に有していることを容易に隠蔽することができる。このような法人の特性により、特に実質的支配者が不透明な法人に帰属させられた資金を追跡することは困難となる。
- 実際、詐欺等の犯罪収益の隠匿手段として、実質的支配者が不透明な法人の名義で開設された口座が悪用されていた事例があること等から、実質的支配者が不透明な法人との取引は危険度が高いと認められる。
- 反社会的勢力
- 取引形態と危険度
- 商品・サービスの危険度
- 預金取扱金融機関が取り扱う商品・サービス
- 預金取扱金融機関は、口座をはじめ、預金取引、為替取引、貸金庫、手形・小切手等様々な商品・サービスを提供している。一方、これらの商品・サービスは、その特性から、マネー・ローンダリング等の有効な手段となり得るものであり、これらの悪用により、犯罪収益の収受又は隠匿がなされた事例があること等から、これらの商品・サービスは、マネー・ローンダリング等に悪用される危険性があると認められる。また、国際金融市場としての我が国の地位や役割、金融取引量の大きさ、マネー・ローンダリング等に悪用された取引等の統計上の数値等を踏まえると、マネー・ローンダリング等に悪用される危険度は、他の業態よりも相対的に高いと認められる。
- 令和2年中に検挙された犯罪収益等隠匿事件における隠匿等の手口の多くは、他人名義の口座への振込入金であり、口座を提供する預金取扱金融機関は、口座譲渡を防ぐこと及び事後的に不正な取引を検知する措置を行うことについて継続的な対応が求められる。
- 保険会社等が取り扱う保険
- 資金の給付・払戻しが行われる蓄財性の高い保険商品は、犯罪収益を即時又は繰延べの資産とすることを可能とすることから、マネー・ローンダリング等の有効な手段となり得る。
- 実際、売春防止法違反に係る違法な収益を蓄財性の高い保険商品に充当していた事例があること等から、蓄財性の高い保険商品は、マネー・ローンダリング等に悪用される危険性があると認められる。
- 金融商品取引業者等及び商品先物取引業者が取り扱う有価証券の売買の取次ぎ等
- 金融商品取引業者等及び商品先物取引業者は、顧客が株式投資、商品先物取引等を行うための商品・サービスを提供しており、マネー・ローンダリング等を企図する者は、犯罪収益をこれらの商品・サービスを利用して様々な権利等に変えるとともに、犯罪収益を利用してその果実を増大させることができる。
- また、金融商品取引業者の中には、ファンドに出資された金銭を運用するものもあるが、組成が複雑なファンドに犯罪収益を原資とする金銭が出資されれば、その原資を追跡することが著しく困難になることから、金融商品取引業者等及び商品先物取引業者を通じて行われる投資は、マネー・ローンダリング等の有効な手段となり得る。
- 実際、詐欺や業務上横領によって得た犯罪収益を株式や商品先物取引に投資していた事例があること等から、金融商品取引業者等及び商品先物取引業者を通じて行われる投資は、マネー・ローンダリング等に悪用される危険性があると認められる。
- 信託会社等が取り扱う信託
- 信託は、委託者から受託者に財産権を移転させ、当該財産に登記等の制度がある場合にはその名義人も変更させるとともに、財産の属性及び数並びに財産権の性状を転換する機能を有している。また、信託の効力は、当事者間で信託契約を締結したり、自己信託をしたりするのみで発生させることができるため、マネー・ローンダリング等を企図する者は、信託を利用すれば、当該収益を自己から分離し、当該収益との関わりを隠匿することができる。
- 近年、信託が悪用されたマネー・ローンダリング事犯の検挙事例は認められないものの、このような特性から、信託については、マネー・ローンダリング等に悪用される危険性があると認められる。
- 貸金業者等が取り扱う金銭貸付け
- 貸金業者等による貸付けは、犯罪収益の追跡を困難にすることができること等から、マネー・ローンダリング等に悪用される危険性があると認められる。
- 架空の人物等をかたって融資詐欺を行い、その詐取金をあらかじめ開設していた架空名義の口座に入金させる事例も認められ、犯罪収益を生み出すために悪用される危険性も認められる。
- 資金移動業者が取り扱う資金移動サービス
- 資金移動サービスは、為替取引を業として行うという業務の特性、海外の多数の国へ送金が可能なサービスを提供する資金移動業者の存在、高額の為替取引を行うことが可能となる第一種資金移動業の存在等を踏まえれば、マネー・ローンダリング等の有効な手段となり得る。
- 実際、前提犯罪と無関係の第三者を利用したり、他人の本人確認書類を利用して同人になりすましたりするなどして海外に犯罪収益を移転していた事例や悪意のある第三者が不正に入手した預金者の口座情報等を基に、当該預金者の名義で資金移動業者のアカウントを開設し、銀行口座と連携した上で、銀行口座から資金移動業者のアカウントへ資金の入金(チャージ)をすることで不正な出金を行った事例も認められていること等から、資金移動サービスは、マネー・ローンダリング等に悪用される危険性があると認められる。
- 資金移動業における年間送金件数・取扱金額が共に増加していること、在留外国人の増加等による利用の拡大が予想されること、賃金の資金移動業者の口座への支払(ペイロール)や全国銀行データ通信システム(全銀システム)への参加資格を資金移動業者にも拡大することについての議論も進められていること等を踏まえると、資金移動サービスがマネー・ローンダリング等に悪用される危険度は、他業態と比べても相対的に高まっているといえる。
- 暗号資産交換業者が取り扱う暗号資産
- 暗号資産は、利用者の匿名性が高く、その移転が国境を越えて瞬時に行われるという性質を有するほか、暗号資産に対する規制が各国において異なることから、犯罪に悪用された場合には、その移転を追跡することが困難となる。
- 実際、その匿名性を悪用し、不正に取得した暗号資産を暗号資産交換業者を介して換金し、他人名義の口座に振り込ませていた事例があること等から、暗号資産は、マネー・ローンダリング等に悪用される危険性があると認められる。
- さらに、暗号資産取引が世界規模で拡大し、それを取り巻く環境も急激に変化していることも考慮に入れると、暗号資産がマネー・ローンダリング等に悪用される危険度は、他の業態よりも相対的に高いと認められる。加えて、預金取扱金融機関がマネー・ローンダリング等対策を強化していることを背景として、マネー・ローンダリング等を行おうとする者が、預金取扱金融機関が取り扱う商品・サービスのほかに、暗号資産取引を用いる事例も認められる。こうした事情も暗号資産の危険度を高めることとなる。
- 暗号資産取引を取り巻く環境の急激な変化に対して、適時適切な危険度の低減措置を行っていくことは容易ではないことから、暗号資産交換業者には、あらかじめ高水準の措置を行うことが求められる。こうした措置が不十分な場合には、暗号資産交換業者は危険度を適切に低減させることができなくなり、危険度は依然として高い状態となる。
- 両替業者が取り扱う外貨両替
- 外貨両替は、犯罪収益を外国に持ち出して使用する手段の一部になり得ること、一般に現金(通貨)による取引であることや、流動性が高く、その保有や移転に保有者の情報が必ずしも伴わないこと等から、マネー・ローンダリング等の有効な手段となり得る。
- 実際、海外で得た犯罪収益である外貨を、情を知らない第三者を利用するなどして日本円に両替していた事例があること等から、外貨両替は、マネー・ローンダリング等に悪用される危険性があると認められる。
- ファイナンスリース事業者が取り扱うファイナンスリース
- 近年、ファイナンスリースが悪用されたマネー・ローンダリング事犯の検挙事例は認められないものの、ファイナンスリースは、賃借人と販売者が共謀して実態の伴わない取引を行うことが可能であること等の特性から、マネー・ローンダリング等に悪用される危険性があると認められる。
- クレジットカード事業者が取り扱うクレジットカード
- クレジットカードは、現金で得られた犯罪収益を、クレジットカードを利用することにより別の形態の財産に変えることができること、クレジットカードを第三者に交付して商品等を購入させることにより事実上の資金移動が可能であること等から、マネー・ローンダリング等に悪用される 危険性があると認められる。
- 宅地建物取引業者が取り扱う不動産
- 不動産は、財産的価値が高く、多額の現金との交換を行うことができるほか、通常の価格に金額を上乗せして対価を支払うなどの方法により容易に犯罪収益を移転することができることから、マネー・ローンダリング等の有効な手段となり得る。
- 実際、売春や詐欺により得た収益が不動産の購入費用に充当された事例等が把握されていること等から、不動産は、マネー・ローンダリング等に悪用される危険性があると認められる。
- また、近年では、資産の保全又は投資を目的として不動産が購入される場合も多く、国内外の犯罪組織等が犯罪収益の形態を変換する目的で不動産取引を悪用する危険性もある。
- 宝石・貴金属等取扱事業者が取り扱う宝石・貴金属
- 宝石及び貴金属は、財産的価値が高く、運搬が容易で、世界中で換金が容易であるとともに、取引後に流通経路・所在が追跡されにくく匿名性が高く、特に金地金については現金取引が中心であること等から、マネー・ローンダリング等の有効な手段となり得る。
- 実際、他人になりすますなどし、犯罪により得た現金で貴金属等を購入した事例があること等から、宝石及び貴金属は、マネー・ローンダリング等に悪用される危険性があると認められる。
- 郵便物受取サービス業者が取り扱う郵便物受取サービス
- 郵便物受取サービスは、詐欺、違法物品の販売を伴う犯罪等において、犯罪収益の送付先として悪用されている実態がある。本人特定事項を偽り当該サービスの役務提供契約を締結することにより、マネー・ローンダリング等の主体や犯罪収益の帰属先を不透明にすることが可能となるため、郵便物受取サービスはマネー・ローンダリング等の有効な手段となり得る。
- 実際、架空名義で契約した郵便物受取サービス業者宛てに犯罪収益を送付させ、これを隠匿した事例があること等から、郵便物受取サービスは、マネー・ローンダリング等に悪用される危険性があると認められる。
- 電話受付代行業者が取り扱う電話受付代行
- 近年、電話受付代行業者が悪用されたマネー・ローンダリング事犯の検挙事例は認められないものの、電話受付代行は、顧客がその事業に関して架空の外観を作出してマネー・ローンダリング等の主体や犯罪収益の帰属先を不透明にすることを可能とするなどの特性から、マネー・ローンダリング等に悪用される危険性があると認められる。
- 電話転送サービス事業者が取り扱う電話転送サービス
- 電話転送サービスは、顧客が事業に関して架空の外観を作出してマネー・ローンダリング等の主体や犯罪収益の帰属先を不透明にすることを可能としており、特殊詐欺の犯罪収益を隠匿するなどのマネー・ローンダリング等に悪用される危険性があると認められる。
- 法律・会計専門家が取り扱う法律・会計関係サービス
- 法律・会計専門家は、法律、会計等に関する高度な専門的知識を有するとともに、社会的信用が高いことから、その職務や関連する事務を通じた取引等はマネー・ローンダリング等の有効な手段となり得る。
- 実際、犯罪収益の隠匿行為等を正当な取引であると仮装するために、法律・会計関係サービスを利用された事例があること等から、法律・会計専門家が、「宅地又は建物の売買に関する行為又は手続」、「会社等の設立又は合併等に関する行為又は手続」、「現金、預金、有価証券その他の財産の管理又は処分」といった行為の代理又は代行を行うに当たっては、マネー・ローンダリング等に悪用される危険性があると認められる。
- 預金取扱金融機関が取り扱う商品・サービス
- 今後の取組
- 本調査結果を踏まえ、今後、所管行政庁は、特定事業者に法令上の義務の履行を徹底させる取組を継続するとともに、所管する業態や特定事業者におけるマネー・ローンダリング等のリスクを的確に把握し、当該リスクに応じた指導・監督等を深化させていく必要がある。また、所管行政庁は、取組が低調な特定事業者に対して、行政指導も含めた適切な指導・監督を行うとともに、疑わしい取引の届出、体制整備等のマネー・ローンダリング等対策に関しての業界全体の底上げを図るために、業界団体等と連携して、特定事業者に取組に必要な情報や対応事例等を提供した上、所管する業態のマネー・ローンダリング等対策への取組の定着度を引き続き把握していく必要がある。
- 特定事業者は、法令上の義務を履行することは当然のことながら、法令違反等の有無を形式的に確認するだけでなく、疑わしい取引の届出を行う場合に該当しないか留意するほか、引き続き、自らの業務の特性とそれに伴うリスクを包括的かつ具体的に想定して、直面するリスクを特定し、実質的な対応を行う必要がある。特に、マネー・ローンダリング等に悪用される危険度が、他の業態よりも相対的に高い又は高まっていると認められている商品・サービスについては、それぞれのリスクに応じた実質的なマネー・ローンダリング等対策を適切に行い、危険度の低減措置を確実に図る必要がある。
- FATF第4次対日相互審査報告書の公表を契機として、政府一体となってマネー・ローンダリング等対策を強力に進めるべく、令和3年8月に警察庁及び財務省を共同議長とする「マネロン・テロ資金供与・拡散金融対策政策会議」が設置されるとともに、今後3年間の行動計画が策定・公表をされた。この行動計画は、マネー・ローンダリング等対策や拡散金融対策に関する法整備や執行面での改善を目指すもので、具体的には、国のリスク評価書の刷新、金融機関等の監督強化、実質的支配者情報の透明性向上、マネー・ローンダリング罪の起訴率の向上のためのタスクフォースの設置やこれを踏まえた捜査・訴追の実施、NPOの悪用防止等が掲げられている。今後、調査書で特定されたリスクを踏まえ、行動計画を着実に実施していくことが重要である。また、FATFの勧告を踏まえた法整備の検討を着実に行うため、内閣官房に「FATF勧告関係法整備検討室」が設置された。
- さらに、国全体としてマネー・ローンダリング等対策の一層の推進を図るためには、所管行政庁や特定事業者等が連携して、国民にマネー・ローンダリング等対策について周知し、その重要性を理解してもらい、特定事業者等が行うマネー・ローンダリング等対策のための措置について協力を得る必要がある。そのためにも、所管行政庁及び特定事業者は、様々な手段・方法により、国民に対する広報活動を継続的かつ強力に推進していく必要がある。
- 今後、経済活動のグローバル化や新たな技術の普及等により、犯罪収益やテロ資金の流れ がますます多様化することが見込まれる。このような中で、犯罪収益の移転やテロ資金供与の防止を効果的に行い、引き続き国民生活の安全と平穏を確保するとともに、経済活動の健全な発展に寄与するためには、所管行政庁及び特定事業者が、上記のそれぞれの役割を十分に理解した上で、本調査書の内容や国内外の情勢変化を踏まえ、官民一体となってマネー・ローンダリング等対策に取り組んでいく必要がある。
次にNRA本文から、上記概要版の指摘と重複しないところで重要と思われる部分や、具体的な事例をできる限りピックアップしてみました。特に、事例については社内での周知やリスクセンス向上にぜひ役立てていただきたいと思います。
▼令和3年犯罪収益移転危険度調査書
- FATF 第4次対日相互審査報告書における指摘について
- 日本は、マネー・ローンダリング等についてのリスクをよく理解している。一方、国によるリスク評価等について、更に改善の余地がある。
- 一部の金融機関を除き、金融機関や指定非金融業者及び職業専門家(以下「指定非金融業者等」という。)は、マネー・ローンダリング等リスクやマネー・ローンダリング等対策に係る義務に対する理解が限定的である。
- 全体的にみて、疑わしい取引の届出は、基本的な類型や疑わしい取引の参考事例を参照して提出されている傾向がある。また、全ての指定非金融業者等が疑わしい取引の届出義務の対象になっているわけではない。
- 金融機関に対するマネー・ローンダリング等リスクに基づく監督上の措置は改善する必要がある。指定非金融業者等の監督当局は、リスクベースアプローチによるマネー・ローンダリング等対策に係る監督を実施していない。
- 法人について正確かつ最新の実質的支配者情報が一様には得られていない。
- 資産の追跡のために、金融インテリジェンス情報の更なる活用が求められる。
- マネー・ローンダリング罪に適用される法定刑は、日本で最も頻繁に犯罪収益を生み出している前提犯罪に適用される法定刑よりも低い水準にある。
- 国境を越えた現金密輸のリスクがある中、虚偽又は無申告での国境を越えた現金移動についての効果的な検知と没収を行っていることを示していない。
- テロ資金提供処罰法の不備と、起訴に対する保守的なアプローチが、潜在的なテロ資金供与を起訴し、抑止力ある形で処罰する能力を制約している。NPO等に対するターゲットを絞ったアウトリーチが行われておらず、日本のNPO等は、テロ資金供与の活動に巻き込まれる危険性がある。
- 金融機関や暗号資産交換業者、指定非金融業者等による対象を特定した金融制裁の実施が不十分である。
- こうした指摘を踏まえ、日本のマネー・ローンダリング等・拡散金融対策を強化するため、同月公表された「行動計画」に沿って、危険度を低下させるための措置が検討され、又は実施されている。
- 国内犯罪情勢
- 全ての罪種において高齢者の被害割合が増加している。特に、詐欺等の知能犯について増加が顕著であり、令和2年中は31.0%と、平成22年と比較して15.6ポイント上昇している。さらに、我が国において、特殊詐欺の犯行グループがマネー・ローンダリングを行う主体の一つとなっていることから、高齢者の特殊詐欺の被害状況をみると、法人被害を除いた特殊詐欺の認知件数に占める高齢者被害の割合は令和2年で85.7%に上っている。
- 近年、検挙件数が増加傾向にあるサイバー犯罪についてみると、令和2年中の検挙件数(9,875件)は、過去最多となった。インターネットバンキングに係る不正送金事犯は、被害が急増した前年に比べて、被害額は大幅に減少したものの、その発生件数はやや減少したにとどまり、引き続き高水準で推移しており、被害の多くは、前年と同様、SMS(ショートメッセージサービス)や電子メールを用いて金融機関を装ったフィッシングサイトへ誘導する手口によるものとみられている
- テロ情勢
- 国際テロ情勢としては、ISILが「対ISIL有志連合」に参加する欧米諸国等に対してテロを実行するよう呼び掛けているほか、AQ及びその関連組織も欧米諸国等に対するテロの実行を呼び掛けている。また、令和3年(2021年)8月末にアフガニスタンからの駐留米軍の撤退が完了したことを受けて、同国内外でのテロの脅威の変化に注視する必要がある。さらに、世界各地でテロ事件が発生するとともに、海外で邦人や我が国の関連施設等の権益がテロの被害に遭う事案も発生しており、我が国に対するテロの脅威は継続しているといえる。北朝鮮による拉致容疑事案についても、発生から長い年月が経過しているが、いまだに全ての被害者の帰国は実現しておらず、一刻の猶予も許されない状況にある。こうした情勢に加え、サイバー空間においては、世界的規模で政府機関や企業等を標的とするサイバー攻撃が発生しており、我が国において、社会の機能を麻痺させる電子的攻撃であるサイバーテロが発生することも懸念される。
- マネー・ローンダリング事犯等の分析
- 暴力団
- 我が国においては、暴力団によるマネー・ローンダリングがとりわけ大きな脅威として存在している。令和2年中のマネー・ローンダリング事犯*1の検挙件数のうち、暴力団構成員及び準構成員その他の周辺者(以下「暴力団構成員等」という。)によるものは58件で、全体の9.7%を占めている。そのうち、組織的犯罪処罰法に係るものが57件(犯罪収益等隠匿事件27件及び犯罪収益等収受事件30件)で、麻薬特例法に係るものが1件(薬物犯罪収益等隠匿事件1件)であった。
- また、平成30年から令和2年までのマネー・ローンダリング事犯の検挙件数のうち、暴力団構成員等が関与したものについて前提犯罪別にみると、詐欺やヤミ金融事犯が多い。一方、検挙件数に占める暴力団構成員等が関与したものの比率について前提犯罪別にみると、賭博事犯、恐喝事犯、薬物事犯、売春事犯等が高い。
- 暴力団は、経済的利得を獲得するために反復継続して犯罪を敢行しており、獲得した犯罪収益について巧妙にマネー・ローンダリングを行っている。暴力団によるマネー・ローンダリングは、国際的に敢行されている状況もうかがわれ、米国は、平成23年(2011年)7月、「国際組織犯罪対策戦略」を公表するとともに大統領令を制定し、我が国の暴力団を「重大な国際犯罪組織」の一つに指定したことにより、暴力団の資産であって、米国内にあるもの又は米国人が所有・管理をするものを凍結するとともに、米国人が暴力団と取引を行うことを禁止した。
- 特殊詐欺の犯行グループ
- 特殊詐欺の犯行グループは、首謀者を中心に、だまし役、詐取金引出役、犯行ツール調達役等の役割を分担した上で、預貯金口座、携帯電話、電話転送サービス等の各種ツールを巧妙に悪用し、組織的に詐欺を敢行するとともに、詐取金の振込先として架空・他人名義の口座を利用するなどし、マネー・ローンダリングを敢行している。また、犯行拠点も賃貸マンション、賃貸オフィス、民泊、ホテルに加え、車両等にまで広がっているほか、外国犯行拠点の存在が表面化するなどしている。
- また、自己名義の口座や、偽造した本人確認書類を悪用するなどして開設した架空・他人名義の口座を、遊興費や生活費欲しさから安易に譲り渡す者等がおり、マネー・ローンダリングの敢行をより一層容易にしている。
- 警察では、令和元年6月25日に開催された犯罪対策閣僚会議において、特殊詐欺等から高齢者を守るための総合対策として「オレオレ詐欺等対策プラン」が決定されたことを踏まえ、関係行政機関、事業者等とも連携しつつ、特殊詐欺等の撲滅に向けた諸対策を推進しており、犯行に利用される電話転送サービスを営む特定事業者に対する指導監督を強化するとともに、電子マネー買取事業者による組織的犯罪処罰法違反事件等を検挙するなどしている。
- 来日外国人犯罪グループ
- 令和2年中のマネー・ローンダリング事犯の検挙事例のうち、来日外国人によるものは79件で、全体の13.2%を占めている。内訳は、法人等事業経営支配事件1件、犯罪収益等隠匿事件58件及び犯罪収益等収受事件20件であった。
- 過去3年間の組織的犯罪処罰法に係るマネー・ローンダリング事犯の国籍等別の検挙件数では、中国及びベトナムが多く、特に中国が全体の半数近くを占めている。
- 来日外国人による組織的な犯罪の中で、マネー・ローンダリング事犯が敢行されている実態が認められ、中国人グループによるインターネットバンキングに係不正送金事犯、ベトナム人グループによる万引き事犯、ナイジェリア人グループによる国際的な詐欺事犯等に関連したマネー・ローンダリング事犯等の事例がみられる。
- また、過去3年間の預貯金通帳・キャッシュカード等の不正譲渡等に関する犯罪収益移転防止法違反事件の国籍等別の検挙件数では、ベトナム及び中国で全体8割以上を占めている。
- さらに、過去3年間の疑わしい取引の届出件数は、国籍等別ではベトナム、中国及び韓国に関する届出が多く、特にベトナムに関する届出が近年大幅に増加している。
- 暴力団
中国人が関与したマネー・ローンダリング事犯としては、以下等が認められた。
- インターネットバンキングへの不正アクセスで得た犯罪収益を、不正に入手した複数のベトナム人等名義の口座に振込入金し隠匿した事例
- 医薬品を違法に転売して得た犯罪収益を、知人名義の口座に振込入金させ隠匿した事例
- 偽造ブランド品の販売代金を、不正に入手した日本人名義の口座に振込入金させ隠匿した事例
- SNSを利用して、高額商品の販売を装い、注文とは異なる安価な商品を顧客に発送するにもかかわらず、高額商品の価額に相当する販売代金を、他人名義の口座に振込入金させ隠匿した事例
ベトナム人が関与したマネー・ローンダリング事犯としては、以下等が認められた。
- SNSを利用して海外送金を受け付け、日本国内に開設された他人名義の口座に現金を振込入金させ地下銀行を営んだ事例
- 偽造在留カード等の販売代金を他人名義の口座に振込入金させ隠匿した事例
- 不法残留のベトナム人が、携帯電話の契約者本人になりすまして携帯電話が故障したように装い、補償サービスを不正に利用して、だまし取った携帯電話の売却代金を他人名義の口座に振込入金させ隠匿した事例
その他来日外国人が関与したマネー・ローンダリング事犯としては、以下等が認められた。
- ナイジェリア人らが、虚偽の内容の電子メールを送信するなどしてアメリカの会社からだまし取った詐取金を日本国内に開設された法人名義の口座に送金させ隠匿した事例
- ナイジェリア人らが、SNSを通じて知り合った女性からだまし取った詐取金を日本国内に開設された他人名義の口座に振込入金させ隠匿した事例
- マレーシア人が、指示役からSNSを通じてコインロッカーに偽造クレジットカードを受け取りに行くことを指示され、コインロッカーの偽造クレジットカードを収受した事例
- 窃盗
- 複数の暴力団組織の構成員が関与し、海外の銀行が発行したクレジットカードに記録されていた顧客情報を記録した偽造クレジットカードを使用して、複数のコンビニエンスストア等に設置されたATMから多額の現金を引き出した事例
- 近年増加傾向にあるベトナム人犯罪のうち多数を占める万引き事犯では、指示役を中心に、共犯者が実行犯、運搬役等の役割を分担し、ベトナム国内の指示役からSNSを通じて具体的な犯行指示を受けた実行犯が、化粧品や医薬品等の商品を大量に万引きし、盗まれた商品は、輸出代行業者や旅行客を装った運搬役等によって、指示役や故買屋の下へ運ばれている事例
- 暴力団や来日外国人犯罪グループ等によって敢行される組織的な自動車盗では、周囲が鉄壁で囲まれたいわゆるヤードに盗難自動車が運び込まれて解体された後、海外へ不正輸出等されている事例
- ヤードに持ち込まれた自動車が盗難品であることを知りながら買い取り、保管するもの
- 侵入窃盗で得た多額の硬貨を他人名義の口座に入金し、その後相当額を引き出して、事実上の両替を行うもの
- 盗んだ高額な金塊を会社経営の知人に依頼して、金買取業者に法人名義で売却させるもの
- 中国人グループ等が不正に入手したクレジットカード情報を使って、インターネット上で商品を購入し、配送先に架空人や実際の居住地とは異なる住所地を指定するなどして受領するもの
- 不正に入手したキャッシュカードを使用して現金を引き出して盗み、その現金をコインロッカーに隠していたもの
- 詐欺
- 令和2年中の財産犯(強盗、恐喝、窃盗、詐欺、横領及び占有離脱物横領)のうち、詐欺の被害額は約640億円(現金被害総額約592億円)であり、1件当たりの被害額は約210万円と、窃盗の1件当たりの被害額(約12万円)よりも大きく、特に特殊詐欺では、既遂1件当たりの平均が約220万円と、多額の犯罪収益を生み出している。
- 特殊詐欺の被害金を架空又は他人の名義の口座に振り込ませるものが多い。振込先として使用する口座に振り込まれた被害金は、被害発覚後に金融機関等により当該口座が凍結されることを回避しようとするため、犯人によって入金直後に払い戻されたり、他口座へ送金されたり、複数の借名口座を経由して移転されたりする傾向がある。また、隠匿先となる口座の名義は、個人名義、法人名義、屋号付きの個人名義等、詐欺の犯行形態によって様々である。
- また、取引時確認等の義務の履行が徹底されていない郵便物受取サービスや電話転送サービスを取り扱う事業者が、特殊詐欺等を敢行する犯罪組織の実態等を不透明にするための手段として悪用されている事例がみられる。
- 暴力団が特殊詐欺を敢行している事例
- 国際的な犯罪組織が国外で敢行した詐欺の収益が我が国の金融機関に開設された口座を通して流入している事例
- 来日外国人が国外から偽造クレジットカードを持ち込み、我が国の百貨店等において高級ブランド品をだまし取っている事例
- 不正に入手したID・パスワードを使用し、コード決済サービスの利用権者になりすまし商品をだまし取っている事例
- 外国人が帰国する際に犯罪グループに売却した個人名義の口座が特殊詐欺の振込先に悪用された事例
- 特殊詐欺の収益の振込先にするために実態のない法人を設立して法人名義の口座を開設して悪用した事例
- 外国で発生した詐欺事件の収益の振込先にするために屋号付きの個人名義の口座を開設して悪用した事例
- 電子計算機使用詐欺
- 特殊詐欺については、暴力団の関与が認められる。また、インターネットバンキングに係る不正送金事犯については、国際犯罪組織の関与が認められ、犯罪組織が多額の犯罪収益を獲得するために、それらの犯行を行っている実態が認められる。
- 特殊詐欺でだまし取ったキャッシュカードを使用してATMを操作し、被害者名義の口座から犯人が管理する他人名義の口座に送金上限額を不正に振り込む事例
- 中国に存在する犯罪組織が日本の金融機関に不正アクセスを行い、他人名義の口座に不正送金させて中国人犯罪グループによって引き出す事例
- 暗号資産ウォレットサービスのサーバへの不正行為により得た暗号資産を、犯人が管理する分散型暗号資産取引所の匿名アカウントに移転する事例
- 出資法・貸金業法違反
- 無登録で貸金業を営み、高金利で貸し付けるなどのいわゆるヤミ金融事犯等が認められる。その態様には、多重債務者の名簿に記載された個人情報を基にダイレクトメールを送り付けたり、不特定多数の者を対象にインターネット広告や電話を使って勧誘したりするなど、非対面の方法によって金銭を貸し付けて、他人名義の口座に振り込ませて返済させるもの等がある。近年では、貸金業の登録を受けずに「給与ファクタリング」等と称して、個人(労働者)が使用者に対して有する賃金債権を買い取って金銭を交付し、当該個人を通じて当該債権に係る資金の回収を行うものもある。
- 令和2年中のヤミ金融事犯の検挙状況をみると、被害金額は43億円を超えるなど、多額の犯罪収益を生み出している。また、暴力団が反復継続してヤミ金融を営み、有力な資金源としている実態が認められる。
- 返済金を他人名義の口座に振り込ませる事例
- 隠匿先となる口座は、ヤミ金融の債務者が借入金を返済する代わりに譲渡した個人名義の口座等が悪用されている事例がみられる。
- 他人名義、架空の事業者名義等で開設した私書箱に返済金を送付させる手口
- 貸付けに際して借受人に手形・小切手を振り出させ、返済が滞った際に当該手形・小切手を金融機関に持ち込み、他人名義の口座に入金させる手口
- 借受人との間で架空の販売契約を結び、これを後払い決済することで返済金を入手する手口
- 入管法違反
- 偽造在留カードの販売代金を他人名義の口座に振り込ませた事例
- 暴力団員が不法就労助長で得た犯罪収益と知りながら、みかじめ料として現金を収受した事例
- 風営適正化法違反・売春防止法違反
- 風営適正化法違反・売春防止法違反等の風俗関係事犯においては、暴力団が違法な風俗店又は性風俗店(以下「風俗店等」という。)の経営者等と結託するなど、暴力団が直接的又は間接的に関与している事例がみられ、風俗店等の経営が暴力団の資金源となっている実態が認められる。
- 不法滞在等している外国人が違法に風俗店等で稼働している事例
- 暴力、脅迫等を用いて売春を強要された人身取引事犯
- 薬物事犯
- 令和2年中の覚醒剤事犯の検挙人員の4割以上を暴力団構成員等が占めている。
- 覚醒剤の全営利犯検挙人員(490人)のうち、暴力団構成員等の検挙人員は278人と56.7%を占めており、覚醒剤の密輸・密売に暴力団が深く関与している状況が続いている
- 大麻事犯については、全薬物事犯の3割以上を占め、その割合は平成25年以降増加しており、特に若年層を中心に検挙人員の増加が顕著である。大麻事犯においても、全営利犯検挙人員(342人)のうち、暴力団構成員等の検挙人員は83人と24.3%を占めており、大麻の密売等にも暴力団が関与している状況が続いている。また、過去の調査では営利目的の大規模大麻栽培の7割以上に暴力団構成員等が関わっていることが判明するなど、薬物事犯が暴力団にとって有力な資金源となっている実態が認められる。さらに、近年では、暴力団が海外の薬物犯罪組織と結託するなどしながら、覚醒剤の流通過程(海外からの仕出しから国内における荷受け、元卸し、中間卸し、末端密売まで)にも深く関与していることが強くうかがわれ、覚醒剤密輸入事犯の洋上取引においては、平成29年、約475キログラムを押収した事件で暴力団構成員等や中国人らを検挙し、令和元年、約587キログラムを押収した事件で暴力団構成員等や台湾人らを検挙している。
- 海外の薬物犯罪組織については、特に中国系、メキシコ系及び西アフリカ系の薬物犯罪組織の存在感が依然として大きく、薬物事犯は国外の犯罪組織にとっても有力な資金源となっている。覚醒剤密輸入事犯の検挙件数を仕出国・地域別にみると、令和2年中は、マレーシア及びアメリカが最も多く、次いでタイ、ベトナム、台湾、イギリス、メキシコの順となっており、覚醒剤の密売関連事犯で検挙された外国人を国籍等別にみると、韓国・朝鮮、ブラジル、ベトナム、イラン等が多い。また、大麻密輸入事犯の検挙件数を仕出国・地域別にみると、令和2年中は、アメリカが最も多く、次いでカナダ、イギリス、フランスの順となっており、薬物の密輸・密売に伴う犯罪収益が法制度や取引システムの異なる国の間で移転しているおそれがある。
- 非対面取引
- 窃取した健康保険証等を本人確認書類として用いて、インターネットを通じた非対面取引により、他人名義で開設された口座が盗品の売却による犯罪収益の隠匿口座として悪用された事例
- 架空の人物になりすまして、インターネットを通じた非対面取引により開設された口座が、詐欺、ヤミ金融事犯等において、犯罪収益の隠匿口座として悪用された事例
- インターネットバンキングに係る不正送金事犯において、偽造された本人確認書類を用いて、インターネットを通じた非対面取引により開設された複数の架空名義口座が振込先に指定された事例
- 長期不在中の親族の写真付き本人確認書類を用いて、インターネットを通じた非対面取引(スマートフォンアプリケーションを活用)により銀行口座を開設して、詐欺の犯罪収益を振り込ませた事例
- 偽造した健康保険証を用いて、インターネットを通じた非対面取引により銀行口座の開設の申込みをして、キャッシュカードが本人限定郵便で郵送されてきた際に、郵便局員に口座開設の際に使用した、偽造健康保険証を提示し、キャッシュカードを受け取った事例
- インターネットを通じた非対面取引により、架空の法人名義口座を開設し、特殊詐欺の犯罪収益を振り込ませた事例
- 偽造した他人の運転免許証の画像を用いて、インターネットを通じた非対面取引により、他人名義の銀行口座の開設と貸金業者に対する貸金契約の申込みを行い、貸付金を同口座に振り込ませた事例
- 不正に入手した他人名義の銀行口座の情報を利用し、同口座名義人になりすまして、インターネットを通じた非対面取引により、インターネットバンキングのカードローン契約及び借入を行い、詐取した犯罪収益を自己の管理する口座に振り込ませた。
- 現金取引
- マネー・ローンダリング等を企図する者が、内国為替取引を通じて、架空・他人名義の口座に犯罪収益を振り込ませ、最終的にATMにおいて現金で出金することにより、その後の資金の追跡が困難になる事例
- 犯罪組織等は、犯罪収益を現金で隠匿している実態も認められ、実際に、賭博事犯やヤミ金融事犯等の多額の犯罪収益が、犯罪組織の管理する金庫に現金で隠匿されており、それらが没収された事例等
- また、外国で敢行された詐欺の犯罪収益を我が国の金融機関に送金する国際的なマネー・ローンダリング事犯においても、国際犯罪組織が取引の正当性を仮装し、一度に多額の現金を引き出すなどの事例
- 国境を越えた犯罪収益の移転として、キャッシュ・クーリエ(現金等支払手段の輸出入)による手法も認められるところ、金地金の密輸で得た犯罪収益である多額の現金を、税関長の許可を受けずに不正に輸出しようとしたとして摘発された事例
- 特殊詐欺で得た犯罪収益である現金を海外に持ち出すために、税関長に申告することなく、航空機の預け荷物として持ち出そうとしたとして検挙された事例
- 盗品を架空又は他人名義で質屋、古物商等に売却するなどして現金を入手した事例
- 暴力団構成員等が売春や賭博等による違法な収益をみかじめ料、上納金名目等で現金で受領した事例
- 窃盗により得た多量の硬貨を、金融機関の店舗に設置されたATMを使用して他人名義の口座に入金した後、別のATMを使用して紙幣で払戻しを受けた事例
- 知人名義の口座に強盗で得た現金の一部を、ATMを使用して短時間に多数回預入れを行った事例
- 詐取した自動車を売却して得た現金を、資金移動業者を介して海外に送金した事例
- 特殊詐欺の犯罪収益が振り込まれた銀行口座から現金を引き出し、ネット銀行に開設された暗号資産交換業者の口座に振り込み、暗号資産を購入した後、複数のアカウントに移転させた事例
- 外国との取引
- 国際犯罪組織が、外国で敢行した詐欺による詐取金等の入金口座として我が国の金融機関の口座を利用し、我が国にいる共犯者が正当な取引による送金であるかのように装って詐取金を引き出すなどの手口による国際的なマネー・ローンダリングが敢行されている。また、現金から物、再び現金へと犯罪収益の形態を転換させるなど、その手口も巧妙化している。
- アメリカ、ヨーロッパ等において敢行した詐欺(ビジネスメール詐欺(BEC)等)による詐取金を我が国の銀行に開設した口座に送金させた上、口座名義人である日本人が、偽造した請求書等を当該銀行の窓口で提示して、正当な取引による送金であるかのように装って当該詐取金を引き出した事例
- サーバをハッキングして、外国の企業に対して取引相手を装い、代金の振込先が変更になった旨の偽の電子メールを送信し、我が国に開設された営業実態のない会社名義の口座に当該代金を振り込ませ、一度に多額の現金を引き出した事例
- 中古自動車等輸出会社の実質的経営者が、盗品自動車について内容虚偽の書面を準備した上で、事実と異なる輸出許可を得て国外輸出した事例
- 顧客から送金依頼を受けて、外国で需要が高い中古自動車等を購入した後、正規の貿易を装って輸出して現地で換金することで、実質的に外国への送金を行った事例
- 顧客から送金依頼を受けて、他人名義の口座に振り込ませ、中古重機や農機具等を購入した後、正規の貿易を装ってこれらを輸出して現地で換金することで、実質的に外国への送金を行った事例
- 顧客から送金依頼を受けて、他の外国人名義の口座に振り込ませ、引き出した現金を外国人が経営する国内の会社に渡した上で、同社がその現金を原資として購入した日本製品を輸出し、現地で販売することで、実質的に外国への送金を行った事例
- 反社会的勢力(暴力団等)
- 特殊詐欺等の詐欺事犯、ヤミ金融事犯、薬物事犯、労働者派遣法違反等で収益を得る際に、他人名義の口座を利用するなどして犯罪収益の帰属を仮装した事例
- 暴力団が、その組織や威力を背景にみかじめ料や上納金名目で犯罪収益を収受した事例
- 暴力団員が、売春事犯の犯罪収益と知りながら、親族名義の口座に現金を振り込ませて犯罪収益を収受した事例
- 暴力団員が、代金引換郵便サービスを利用して健康食品を送り付け、その販売代金名目でだまし取った現金を当該サービスを提供する会社を介して、知人が開設した実態のない法人名義の口座に入金させた事例
- 暴力団員が、ヤミ金融の返済口座として、妻が旧姓で開設した口座を使用した事例
- 暴力団員が、特殊詐欺の犯罪収益と知りながら、現金書留により送金を受け犯罪収益を収受した事例
- 準暴力団関係者らが、弁護士等をかたり、高齢者からトラブルに関連する訴訟回避名目で現金をだまし取った事例
- 準暴力団関係者らが、商社社員等をかたり、高齢者から債券購入に関する名義貸しトラブルの解決金名目で現金をだまし取った事例
- 準暴力団関係者らが、不動産関連会社の従業員を装い、土地の所有者に虚偽の買収話を持ち掛け、土地の売買契約に係る諸費用等の名目で、現金をだまし取った事例
- 国際テロリスト(イスラム過激派等)
- テロ資金は、テロ組織によるその支配地域内の取引等に対する課税、薬物密売、詐欺、身代金目的誘拐等の犯罪行為、外国人戦闘員に対する家族等からの金銭的支援により得られるほか、団体、企業等による合法的な取引を装って得られる。
- テロ資金供与に関係する取引は、テロ組織の支配地域内に所在する金融機関への国際送金等により行われることもあるが、マネー・ローンダリングに関係する取引よりも小額であり得るため、事業者等が日常的に取り扱う多数の取引の中に紛れてしまう危険性がある。
- テロ資金の提供先として、イラク、シリア、ソマリア等が挙げられるほか、それらの国へ直接送金せずに、トルコ等の周辺国を中継する例がある。
- FATFは、非営利団体について、テロリスト等に悪用されることを防ぐように加盟国に要請している。もっとも、全ての非営利団体の危険度が高いわけではなく、活動の性質、範囲等によって危険度は異なることから、団体個々の脅威、脆弱性等を踏まえた対応が求められている。
- FATFの新「40の勧告」では、非営利団体が悪用される形態として、テロ組織が合法的な団体を装う形態、合法的な団体をテロ資金供与のパイプとして利用する形態及び合法な資金をテロ組織に横流しする形態を示している。同勧告及びその解釈ノート等を踏まえたテロ資金供与に対する非営利団体の脆弱性は、「非営利団体は、社会から信頼を得ており、様々な資金源を利用することができるほか、しばしば現金を集中的に取り扱うこと。」「テロ行為が実行されている地域やその周辺において活動し、金融取引の枠組みを提供しているものがあること。」「活動のために資金を調達する主体と当該資金を支出する主体が異なる場合等があり、使途先が不透明になり得ること。」
- 外国における事例等を踏まえた脅威は、「テロ組織やその関係者が、慈善活動を名目に非営利団体を設立して調達した資金を、テロリストやその家族への支援金にすること。」「合法的な非営利団体の活動にテロ組織の関係者が介入し、非営利団体が行う金融取引を悪用して、紛争地域等で活動するテロ組織に資金を送金すること。」「合法的な非営利団体の活動によって得られた資金が、国外にあるテロ組織と関連を有する非営利団体に提供されてテロ資金となること。」
- 輸出に際して経済産業大臣の許可を受けなければならないライフルスコープを、同許可を受けずにインドネシアに輸出したとして、外為法違反(無許可輸出)で逮捕された在日インドネシア人2人のパソコン等に、イスラム過激派の思想に共鳴していたとみられる画像や、爆発物の製造に関する動画が保存されていた。
- 第三者に利用させる目的で口座を開設し、キャッシュカードをだまし取ったとして会社役員が検挙されたが、当該口座には、国際手配中の日本赤軍メンバーを支援しているとみられる国内の団体からの入金があり、そのほぼ全額が外国で引き出されていた。
- ISIL支持組織設立のための自己資金の活用及び寄附の募集(シンガポール):平成28年(2016年)、ISILを支持するグループに関与したとして、過激化した複数のバングラデシュ人が逮捕され、うち6人がテロ資金供与に関する罪で有罪判決を受けた。当該グループは、バングラデシュ政府を転覆させてカリフ制国家を樹立することを企図し、最終的にISILに合流する考えを持っていた。グループの指導者は、その作戦行動のために構成員から寄附を募っていた。集金された資金の原資は構成員の給与であった。
- テロリスト勧誘に使用される資料作成のための資金提供(スペイン):平成26年(2014年)、スペインにおいて、テロ組織のための勧誘及びプロパガンダに関与したとして、複数の個人が逮捕された。同テロ組織はファストフードのチェーン店を悪用して資金を集めた。同店の営業により得られた収益は、チラシ、本、旗、映像等のプロパガンダ資料の制作に活用され、これらは同店を訪れる支持者に配布等された。逮捕の際、当局は、同店の裏部屋からプロパガンダ資料の作成に使用された複数のプリンターを押収した。
- テロリスト勧誘支援のための個人の貯蓄の活用(スペイン):平成28年(2016年)、ISILに参加する目的でシリアに渡航する外国人戦闘員の勧誘・支援をするスペイン所在の小グループの指導者であるとして、2人が逮捕された。2人のうち一方はシリアで戦闘に従事するテロリスト候補者を勧誘する役割を担い、他方はインターネット上のフォーラムの管理、携帯電話等の購入、安全な会議場所の確保、バス乗車券やホテルの予約等の後方支援の役割を担っていた。また、同人らは、暴行や薬物取引の犯罪経歴があり、自身の貯蓄や失業者手当を勧誘やテロ支援活動に充てていた。また、同人らは50ユーロから150ユーロ程度の少額を、支払サービス会社を通じ、欧州各国の勧誘活動の支援のために送金していた。
- テロ組織によるIT専門家の利用(インドネシア):平成24年(2012年)、インターネットを通じたテロ活動支援のため、テロ組織に勧誘されたIT専門家が、インターネット上のマルチ商法に関するウェブサイトに不正アクセスを行うことにより、テロ組織のための資金調達を成功させた。同人は、資金経路の追跡を回避するため、送金等の際、妻や親族の銀行口座の使用・借用をしたり、偽造本人確認書類を用いて口座を新規に開設したりしたほか、他人の口座を有償で譲り受けるなどし、さらに、銀行職員に怪しまれないよう、取引の額を少額にとどめた。これにより、テロ組織の資金となる口座取引が行われた。同人は、インドネシア国内のテロ組織の資金面での支援等の罪で有罪判決を受けた。
- テロ組織支援目的の資金提供に利用される中間業者(イスラエル):人物Aは、イスラエルで逮捕された人物らに対して資金を運搬するよう、テロ組織から依頼された。その額は数万新シェケル(1,000~20,000米ドル相当)に及び、テロ行為を敢行した報酬等として、逮捕された人物ら及びその家族に支払われた。支払に当たっては、同テロ組織とは関係のない中間業者が利用された。人物Aへの送金には様々な都市の中間業者が利用され、時には1回の送金に最大3工程が必要とされた。例えば、イスラエルの中間業者が、エジプトから違法に越境した人物と面会して11,000米ドルを回収し、その後、異なる都市に所在する人物Aに同資金を届けるケースもあった。イスラエルの中間業者は、この送金により150米ドルの手数料を得た。人物Aは、テロ資金供与禁止法違反を含む複数の罪で起訴され、懲役27か月及び罰金5,000新シェケル(1,250米ドル相当)の有罪判決を受けた。
- 寄附の悪用(エジプト):エジプト当局は、平成25年(2013年)に警察官24人を殺害した嫌疑で、事件に関与した複数のテロリストを逮捕した。その後の捜査の結果、これらのテロリストが所属していたテロ組織の構成員の1人が、資金を調達する目的で、同国内に実在する著名な慈善団体の名前を悪用して慈善事業を営んでいたことが判明した。
- テロ資金供与のための暗号資産の利用助長(米国):平成27年(2015年)8月、ISILを支援した罪で米国人Aが懲役11年及び生涯にわたる監視の有罪判決を受けた。同人は、ツイッターを用いてISIL及びその支援者に対して助言をしたことを認めた。同人は、ツイッター上で、ビットコインを用いてISILへの資金提供を隠蔽する方法や、シリアへの渡航を企図するISIL支持者へ便宜供与をする方法を提供した。また、戦闘目的でISILへの参加を企図する米国居住の少年のシリア渡航を、同年1月に支援したことを同人は認めた。米国人Aのツイッターアカウントは、4,000人以上のフォロワーを有し、7,000件以上の投稿を通じて、ISILを支持するためのプラットフォームとして利用された。特に、同人は、同アカウントを用いて、ビットコイン等のオンライン上の通貨を使ったISILへの資金支援を拡大する手法や、安全な方法によるISILへの寄附システムの設立方法について、ツイッター上に投稿するなどした。例えば、同人は、「Bitcoin wa’ Sadaqat al-jihad(ジハードのためのビットコイン及び寄附)」と題する自身の記事へのリンクを投稿した。同記事には、ビットコインやそのシステムの仕組みに関する解説のほか、ビットコイン利用者を匿名化する新しいツールの紹介が記載されていた。
- テロ資金調達のための慈善事業の悪用(オーストラリア):平成27(2015)年、オーストラリアの銀行によって、「ストリート・ダワー」というグループに所属している自称人道支援従事者の口座が凍結された。同人は、孤児や未亡人を助ける人道援助に従事していると主張しており、40,000ドル以上の寄付を集めたという。同人はISILに所属していることを否定しているものの、ISILのリクルーターを務めており、シドニーで市民の誘拐・殺害をする計画に関与していたとされている別のオーストラリア人過激主義者と連絡を取り合っており、また、SNS上でISILへの支持を表明していたとされる。
- 銀行からローンを借り入れて紛争地域へ渡航(マレーシア):平成26(2014)年、マレーシア人ISIL支援者数名は、銀行から個人ローンを借り入れることでISILに参加するための資金を入手した。報道によれば、マレーシア兵役訓練課程の元教官1人を含む5人以上のISIL支持者が銀行からローンを借り入れて渡航を企てたとされる。ローンの額は最大30,000ドルに及ぶ例もあったが、20代前半の若い過激主義者らは、信用格付がまだ低いため、5,000リンギット(約1,400ドル)程度のローンを申し込んでいた。また、別の過激主義者ら2人は、入手した資金をイラク・シリアへの渡航費、物資の調達資金、現地での生活費等として利用する予定であったとされる。
- 外国の重要な公的地位を有する者
- 日本企業の現地子会社の会社員が、外国政府高官に賄賂としてゴルフクラブセット等を渡した事例
- 外国における政府開発援助(ODA)事業において、日本企業の会社員が、道路建設工事受注の謝礼として、外国公務員に現金を渡した事例
- 日本企業の現地子会社の会社員が、同社の違法操業を黙認してもらう謝礼として、現地の外国税関の公務員に対し、賄賂として現金等を渡した事例
- 外国における政府開発援助(ODA)事業において、日本企業の会社員が、鉄道建設事業のコンサルタント契約を有利な条件で結ぶ謝礼として、外国公務員に現金を渡した事例
- 外国で受注した火力発電所の建設事業に関連して、日本企業の元取締役等が、同社の許可条件違反を黙認してもらうこと等に対する謝礼として、外国公務員に現金を渡した事例
- 日本企業の現地法人元社長が、通関違反をめぐる追徴課税や罰金を減額してもらうことに対する謝礼として、現地の外国税関の公務員に対し、賄賂として現金を渡した事例
- 日本在住の外国人が、在留資格の申請や婚姻届の提出に必要な書類を交付してもらう謝礼として、在日総領事館の領事に対し、賄賂として現金を渡した事例
- 法人(実質的支配者が不透明な法人等)
- 特徴
- 法人は、自然人と異なる独立した財産権の帰属主体であり、自然人は、その有する財産を法人の財産とすることで、他の自然人の協力を得なくとも財産の帰属主体を変更することが可能である。
- また、法人は、一般に、その財産に対する権利・支配関係が複雑であり、会社であれば、株主、取締役、執行役、さらには債権者が存在するなど、会社財産に対して複数の者が、それぞれ異なる立場で権利又は権限を有することになる。
- よって、財産を法人へ流入させれば、法人特有の複雑な権利・支配関係の下に当該財産を置くことになり、その帰属主体が不明確になることから、財産を実質的に支配する自然人を容易に隠蔽することができる。
- さらに、法人を実質的に支配すれば、その事業の名目で、多額の財産の移動を頻繁に行うことができる。
- マネー・ローンダリング等を企図する者は、このような法人の特性を悪用し、法人の複雑な権利・支配関係を隠れみのにしたり、取締役等に自己の影響力が及ぶ第三者を充てたりするなどし、外形的には自己と法人との関わりをより一層不透明にしつつ、実質的には法人及びその財産を支配するなどして、マネー・ローンダリング等を行おうとする。
- 我が国における法人は、株式会社、合名会社、合資会社、合同会社等であり、これらの企業活動を行う全ての法人は商業登記法等に基づき登記することで法人格を取得する。
- なお、法人の設立に際して必要となる定款の作成について、株式会社等の場合には公証人による定款認証が必要とされるのに対して、合名会社、合資会社及び合同会社の場合には、公証人による定款認証は必要とされていない。
- 近年の法人形態ごとの設立登記数をみると、合同会社の設立が増加している傾向にある)。
- 法人を悪用したマネー・ローンダリング事犯の国内での検挙事例等をみてみると、法人を悪用してマネー・ローンダリング等を意図する者は、「取引における信頼性を享受し得ること。」「多額の財産の移動を頻繁に行うことができること。」「合法的な事業収益に犯罪収入を混入させることで、違法な収益の出所を不透明にすることができること。」等の法人の特性を悪用している実態が認められる。
- 法人を悪用した手口の中でも、事業活動の実態や実質的支配者が不透明な法人を悪用するものは、犯罪収益の追跡が困難となる。具体的には、「犯罪収益の隠匿等に悪用する目的で、実態のない法人を設立すること。」「犯罪収益の隠匿等を企図する者が、第三者が所有する法人を違法に取得すること。」等の手口によって法人を支配し、同法人名義の口座を犯罪収益の隠匿先に悪用するなどの実態が認められる。
- 平成30年から令和2年までに検挙されたマネー・ローンダリング事犯のうち、実態のない又は不透明な法人が悪用された件数は43件であり、近年増加傾向にある。このうち、令和2年中における実態のない又は不透明な法人が悪用された件数は14件あり、悪用された法人数は20法人であった。この悪用された法人を形態別にみると、株式会社(特例有限会社を含む。)16法人、合同会社4法人となっており、「日本国内における主な形態別法人数」に記載した株式会社と合同会社の数の比率と比較してみると、株式会社に比べ合同会社の割合が高いことがうかがえる。
- また、上記の悪用された法人の中には、設立されてから極めて短期間のうちに悪用されたものも認められたほか、多数の事業目的が登記され、それぞれの目的同士の関連が低いといった不審点が認められる法人の悪用もみられた。
- 法人が悪用された事例における前提犯罪をみると、詐欺が最も多く、その中には、海外におけるものも含まれているほか、出資法・貸金業法違反や売春防止法違反等があり、犯罪組織によって反復継続して実行され、多額の収益を生み出す犯罪において、実態のない又は不透明な法人が悪用される実態が認められる。
- さらに、低い税率で外国法人や非居住者に対する金融サービスを提供する、いわゆるオフショア金融センターと呼ばれる国・地域においては、金融規制が緩く、様々な投資スキームが組成しやすいといわれているほか、プライバシー保護を目的として法人の役員や株主を第三者名義で登記できるノミニー制度が採用されている場合もある。これらの特性を利用し、オフショア金融センターとされる国・地域において、実態のない法人が設立され、当該法人が犯罪収益の隠匿等に悪用される危険性がある。
- このような状況を踏まえれば、法人がマネー・ローンダリング等に悪用されることを防止するためには、法人の実質的支配者を明らかにして、法人の透明性と資金の追跡可能性を確保することが重要である。
- この点、我が国においては、法人等のために、いわゆる「住所貸し」といわれる事業上の住所や設備、通信手段及び管理上の住所を提供するレンタルオフィス・バーチャルオフィス事業者が存在し、その中には次のような付帯サービスを提供している事業者もある。
- 郵便物受取サービス
- 自己の居所又は事務所の所在地を顧客が郵便物を受け取る場所として用いることを許諾し、当該顧客宛ての郵便物を受け取り、これを当該顧客に引き渡す業務を行う。
- 電話受付代行サービス
- 自己の電話番号を顧客が連絡先の電話番号として用いることを許諾し、当該顧客宛ての当該電話番号に係る電話を受けてその内容を当該顧客に連絡する業務を行う。
- 電話転送サービス
- 自己の電話番号を顧客が連絡先の電話番号として用いることを許諾し、当該顧客宛ての又は当該顧客からの当該電話番号に係る電話を当該顧客が指定する電話番号に自動的に転送する役務を提供する業務を行う。
- これらのサービスを悪用することにより、法人等は、実際には占有していない場所の住所や電話番号を自己のものとして外部に表示することができるほか、法人登記を用い事業の信用、業務規模等に関し架空又は誇張された外観を作出することが可能となる。
- 特徴
- 実態が不透明な法人がマネー・ローンダリングに悪用された主な事例
- 第三者を代表取締役として設立された会社の実質的支配者が、詐欺による犯罪収益を同社名義の口座に隠匿した事例
- 知人に依頼して実態のない株式会社を設立させて開設した同社名義の口座に、正当な事業収益を装って、売春による犯罪収益を隠匿した事例
- 犯罪収益を、複数の実態のない会社の口座を経由させた後、金融機関の窓口で払い戻した事例
- 実態のない法人名で、インターネット上の電子書籍販売に関する副業のあっせんを行うウェブサイトを開設し、当該副業のあっせんを申し込んできた者から、サーバのバージョンアップに関する必要費用等の名目で現金を架空名義の口座に振り込ませてだまし取った事例
- 特殊詐欺で得た電子マネーギフト券の利用権を取得するため、実態のない電子マネー売買業者間による架空取引を利用し、同ギフト券の利用権が正規の取引により取得されたものであるかのように装った上、現金化した事例
- 外国において発生した詐欺等の被害金を、実態のない法人名義の口座に振り込ませた事例
- 実態のない会社を設立した上、金融機関から融資金目的をかたってだまし取った金銭を、同社名義の口座に振り込ませた事例
- 不法就労の外国人を稼働させて得た収益を隠匿するために、既に廃業となっている親族が経営していた会社名義の口座を利用した事例
- 実態の不透明な法人を国外の租税回避地に設立し、同法人名義の口座を外国の銀行で開設した上、著作権法違反による犯罪収益を振り込ませた事例
- 無許可で飲食店を経営して得た不法な収益を法人設立の際の株式取得のための出資金とし、発起人としての地位を取得した上、自らを法人の代表者として、事情を知らない司法書士に依頼し、会社設立の登記をした事例
- 実態の不透明な法人又は真の受益者が不明として届け出られた法人に関する疑わしい取引の届出理由の例
- 本人確認書類等の資料提出を拒まれるほか、事業内容や取引目的等について説明を求めるも明確な回答が得られない事例
- 役員や法人に関連する口座名義人が暴力団をはじめとする反社会勢力であることが判明した事例
- 登記住所や申告された電話番号を確認するも、事務所や店舗が存在しない又は電話がつながらない事例
- 登記された事業目的の数が合理的な理由なく多岐にわたり、かつ関係性が乏しいものが列記されている事例
- 不動産業、古物商等、許認可が必要な業種にもかかわらず、許認可については未取得であり、事業実態も不明な事例
- 申告された事業内容が確認できず、銀行の残高が事業内容に対して極めて不相応である事例
- 実質的に休眠会社でありながら、口座の動きが頻繁で、不明瞭な現金の入出金がみられる事例
- 入金した資金を代表者が同一の他法人に即時全額送金するなど、トンネル口座としての悪用が疑われるもの
- 端数がない振込入金と法人宛の送金が反復発生している事例
- 預貯金口座がマネー・ローンダリングに悪用された主な事例
- 本国に帰国した外国人や死者の口座を、解約手続等の措置を執ることなく利用し、詐欺や窃盗等の犯罪収益の収受又は隠匿をした事例
- 金銭の対価を得る目的で売却された口座、架空名義で開設された口座、不正に開設された営業実態のない会社名義の口座等を利用し、詐欺、窃盗、ヤミ金融事犯、風俗事犯、薬物事犯、偽ブランド品販売事犯等の様々な犯罪収益の収受又は隠匿をした事例
- 悪用された口座の多くは個人名義の口座であり、親族や知人から借り受けたもの、他人から買い受けたもの、架空名義で開設したもの等である。
- こうした口座を違法に取得した手口は様々であるが、ヤミ金融事犯では、ヤミ金融の債務者名義の口座を使用する、賭博事犯では、暴力団員が親族又は知人名義の口座を使用する、特殊詐欺事犯では、第三者又は架空名義の口座を使用するといった特徴が認められる。そして、これまでに検挙された事件の中には、大量の他人名義の通帳やキャッシュカードが押収された事例もみられる。
- 医療費還付詐欺で逮捕された詐欺グループの被疑者の自宅から、大半が外国人名義である他人名義口座の通帳数十冊及びキャッシュカード数十枚が押収された事例
- 個人名義の口座に比べて件数は少ないが、法人名義の口座が悪用された事例も発生している。例えば、特殊詐欺や国際的なマネー・ローンダリング事犯等、犯罪組織によって敢行される多額の収益を生み出す犯罪において悪用されている。
- 売買等により不正に入手された架空・他人名義の口座は、特殊詐欺やヤミ金融事犯等において、犯罪収益の受け皿として悪用され、これを利用することにより、収益の移転が行われている。
- 「銀行口座や通帳、カードを買い取る」などとSNS上に掲示して、口座譲渡を違法に勧誘したとして検挙した来日外国人の犯行拠点から、数百通にも及ぶ通帳等を押収した事例
- 譲渡された口座数は検挙事件数を大きく上回ることがうかがわれ、口座譲渡によりマネー・ローンダリング等の敢行が助長されていることに注意を払う必要がある。また、国籍等別の検挙件数をみると、日本が最も多く、続いてベトナム、中国となっているところ、我が国の在留外国人数に比して、外国人が関与した口座譲渡に係る犯罪の検挙が目立っている。
- 内国為替取引がマネー・ローンダリングに悪用された主な事例
- 暴力団幹部の知人が詐欺により得た犯罪収益を、当該暴力団幹部の名義の口座に振り込ませて収受した事例
- 金融機関から融資名下でだまし取った現金の一部を、不正に開設された活動実態のない会社名義の口座に振り込ませた事例
- 帰国したベトナム人から有償で譲り受けた口座に、複数の顧客から依頼を受け、不法に海外送金をするための現金を振り込ませた事例
- わいせつDVDを代金引換郵便で販売し、宅配業者が顧客から受け取った代金を他人名義の口座に振り込ませた事例
- 顧客に指示をして、覚醒剤の代金、ヤミ金融の返済金や無許可営業の風俗店の利用料金を他人名義の口座に振り込ませた事例
- 日本国内で農業を営む中国人が、就労資格のない中国人を稼働させることで得た犯罪収益を、過去に働いていた中国人名義の口座に振り込ませた事例
- 特殊詐欺でだまし取った現金を借名口座に振り込ませた後、あらかじめ犯罪収益を隠匿するために開設していた自己名義の口座に振込入金した事例
- 人材派遣会社が就労資格のないベトナム人を工場に派遣して得た収益の一部であることを知りながら、上位の人材派遣会社が法人名義口座に振り込ませた事例
- インターネットオークションでだまし取った代金を、あらかじめ犯罪収益を隠匿するために開設していた知人名義のネット銀行の口座に振り込ませた事例
- 貸金庫がマネー・ローンダリングに悪用された主な事例
- だまし取った約束手形を換金し、その現金の一部を親族が契約した銀行の貸金庫に保管した事例
- 詐欺の犯罪収益が暴力団組織へ上納され、暴力団幹部が家族名義で契約している銀行の貸金庫に隠匿した事例
- 偽名を使い多数の銀行と貸金庫の契約を締結して犯罪収益を隠匿した事例(外国における事例)
- 資金移動サービスがマネー・ローンダリングに悪用された主な事例
- 報酬を得て外国送金を行うことの依頼を受けた者が、当該送金が正当な理由のあるものでないことを認識しながら、資金移動サービス業者を利用して送金を行った事例(マネーミュール事犯)
- 危険ドラッグを販売した者が、その収益を他人名義の口座に隠匿した上、資金移動サービスを利用して外国からの原料調達費を支払った事例
- 詐取した自動車を売却して得た現金を、資金移動サービスを利用して海外送金した事例
- 偽ブランド品の売上代金を、資金移動サービスを利用して親族名義のアカウントに送金した事例
- ビルの一室を賃貸していた者が、その部屋で行われた賭博の売上金を賃料名目で資金移動サービスを利用して収受していた事例
- 技能実習生として来日した不法在留者が、盗品を売却した犯罪収益を、外国の犯罪組織の首魁に資金移動サービスを利用して送金した事例
- 外国の犯罪組織が敢行した詐欺によって得た犯罪収益を、我が国の銀行口座に振り込ませた後、資金移動サービスを利用して、外国の犯罪組織に還流させた事例
- 過去には、インターネットバンキングに係る不正送金事犯の犯罪収益を別の口座に移した上で、資金移動サービスを悪用して、外国へ送金するマネーミュールが行われている事例も
- 資金移動業者による疑わしい取引の届出
- 取引を行う目的、職業又は事業の内容等に照らし、不自然な態様・頻度で行われる取引(2,000件、17.6%)
- 暴力団員、暴力団関係者等に係る取引(1,436件、12.7%)
- 短期間のうちに頻繁に行われる他国への送金で、送金総額が多額に上る取引(1,129件、10.0%)
- 多数の者に頻繁に送金を行う口座に係る取引。特に、送金を行う直前に多額の入金が行われる場合(1,082件、9.5%)
- 資金移動業者が、顧客に対して送金目的を確認したところ、「海外サイトを通じてコンサルティング会社の求人募集に応募すると、自己の銀行口座に送金があり、これを他国へ送金するよう指示された。」などとの申告があったという、いわゆるマネーミュールによるマネー・ローンダリングの疑いに関する届出があった。
- 暗号資産がマネー・ローンダリングに悪用された主な事例
- 不正に取得した他人名義のアカウント情報やクレジットカード情報等を利用して、暗号資産を購入後、海外の交換サイトを経由するなどして日本円に換金し、その代金を他人名義の口座に振り込んでいた事例
- 特殊詐欺の犯罪収益が振り込まれた銀行口座から現金を引き出し、ネット銀行に開設された暗号資産交換業者の口座に振り込み、暗号資産を購入し、その後、複数のアカウントに移転させていた事例
- 電子計算機使用詐欺によって得た暗号資産を、匿名での開設が可能な海外の暗号資産取引所のアカウントに移転していた事例
- 暗号資産の取引を業とする法人の従業員に、当該法人名義の口座に振り込まれた詐欺等の犯罪収益で暗号資産を購入させ、自己の管理する暗号資産アドレスに送信させた後、ほぼ同額の暗号資産を当該法人の暗号資産アドレスに送り返し、現金化させた事例
- 他人になりすまして暗号資産交換業者との間における暗号資産交換契約に係る役務の提供を受けること等を目的として、当該役務の提供を受けるために必要なID、パスワード等の提供を受けるなどした、犯罪収益移転防止法違反等の主な事例として、「ベトナム人が開設した暗号資産口座のID、パスワードを、第三者に有償で提供した事例」「他人名義の本人確認書類を利用して、暗号資産交換業者に口座を開設した事例」等がある
- 暗号資産が犯罪において対価を支払うために使用された主な事例として、「違法薬物の取引や児童ポルノのダウンロードに必要な専用のポイントの支払に暗号資産が用いられた事例」「ランサムウエアの身代金支払に暗号資産が使用された事例」等がある
- ファイナンスリース事業者による疑わしい取引の届出
- 暴力団員、暴力団関係者等に係る取引(252件、41.0%)
- 顧客とサプライヤーが共謀し、実際には設備等を設置せずファイナンスリース業者から物件代金を詐取しようとしている(いわゆる「空リース」)との疑いが生じたファイナンスリース契約に係る取引(128件、20.8%)
- 同一の設備等によって複数のファイナンスリース契約を締結し、ファイナンスリース業者から物件代金を詐取しようとしている(いわゆる「多重リース」)との疑いが生じたファイナンスリース契約に係る取引(61件、9.9%)
- クレジットカードがマネー・ローンダリングに悪用された主な事例
- 暴力団関係者が、知人がだまし取ったクレジットカードを無償で譲り受け、キャッシングして生活費や遊興費とした。
- だまし取ったクレジットカードを使用して高額商品を購入し、偽造の本人確認書類を使って古物商に売却した。
- ヤミ金融を営む店舗経営者が、借受人から貸付金の返済を受ける代わりに、借受人と架空の売買契約を結び、クレジットカード発行会社に虚偽の売買情報を送信して、代金の支払を受けた。
- クレジットカード事業者による疑わしい取引の届出
- 架空名義又は借名で締結したとの疑いが生じたクレジットカード契約(1万8,129件、26.3%)
- 契約名義人と異なる者がクレジットカードを使用している疑いが生じた場合(1万6,533件、24.0%)
- 暴力団員、暴力団関係者等に係る取引(9,419件、13.7%)
- 不動産がマネー・ローンダリングに悪用された主な事例
- 売春により得た収益を原資として、親族名義で土地を購入した事例
- 薬物の密売人等が、薬物の密売により得た収益等を使って、知人の名義で、生活用の不動産や薬物製造に使用する不動産を購入した事例(外国における事例)
- 宅地建物取引業者による疑わしい取引の届出
- 多額の現金により、宅地又は建物を購入する場合(9件、42.9%)
- 自社従業員の知識、経験等から見て、不自然な態様の取引又は不自然な態度、動向等が認められる顧客に係る取引(4件、19.0%)
- 業界の規模に比して、疑わしい取引の届出件数は少ないといえるが、次のような着眼点から届出がなされたものもあり、業界全体においても参考になると思料される。
- 年齢や職業等に見合わない多額の現金による支払が行われた取引についての届出
- 顧客が決済方法を現金取引にこだわる姿勢を示すなど資金の出所に関する疑わしさが勘案された届出
- 取引に当たって公開情報を検索した結果、詐欺等に関わった可能性のある顧客と判明したことによる届出
- 法人の実質的支配者を調査した結果、暴力団員等に該当したことによる届出
- 郵便物受取サービスがマネー・ローンダリングに悪用された主な事例
- 特殊詐欺の被害金を、郵便物受取サービス業者を含む複数の場所を経由して収受した。
- ヤミ金融の返済金やわいせつDVDの販売代金を、他人名義で契約した郵便物受取サービス業者宛てに送付させた。
- 電話転送サービスがマネー・ローンダリングに悪用された主な事例
- わいせつDVDの販売によって得た犯罪収益を隠匿した事件において、他人名義で契約した複数の電話転送サービスを顧客との連絡のため悪用した事例
- 電話転送サービス事業者の中には、犯罪に利用されることを認識していながら電話転送サービスを意図的に提供しているものが存在しており、このような電話転送サービス事業者が、特殊詐欺の犯行を容易にしたとして、詐欺事件の幇助で検挙された事例がある。
- 法律・会計関係サービスがマネー・ローンダリングに悪用された主な事例
- ヤミ金融を営む者が、行政書士に会社設立事務の代理を依頼して、実態のない会社を設立した上、預金取扱金融機関に同法人名義の口座を開設し、犯罪収益を隠匿する口座として悪用した事例
- 詐欺や賭博によって得られた収益を正当な事業収益であるかのように装うため、事情を知らない税理士・税理士法人を利用して経理処理をさせた事例
- 詐欺等で得た犯罪収益を出資金として株式会社を設立しようとした者が、その手続を、事情を知らない司法書士に依頼し、当該株式会社名義口座を開設し犯罪収益を振り込ませた事例
- 薬物の密売人が、薬物犯罪から得た収益が、共犯者であるビルの購入者から支払を受けた補償金であるかのように事実を仮装した事案において、事情を知らない弁護士が当該ビルの売買の代理人として利用された事例等があり、マネー・ローンダリングを企図する者が、犯罪収益の隠匿行為等を正当な取引として仮装するため、法律・会計関係サービスを利用している実態がある。
- 電子マネーがマネー・ローンダリングに悪用された主な事例
- 詐欺により得た電子マネーをインターネット上の仲介業者を介して売却し、その売却代金を他人名義の口座に振り込ませた事例
- 詐欺により得た電子マネー利用権で、別の電子マネー利用権を購入し、買取業者に転売し、その売却代金を借名口座に振り込ませ、その後、ATMで出金した事例
- 詐欺により得た電子マネーを現金化するため、インターネットオークションサイトに出品した架空の商品を架空人になりすまして落札し、落札代金を同電子マネーで支払う架空取引を行い、サイト運営会社から自己の管理する口座に正規の売却代金として振込送金させた事例
- 酒類販売業者と結託した特殊詐欺グループが、当該酒類販売業者がショッピングサイト内に架空出品した大量のビール券を、詐取した電子マネーで購入し、同サイト運営会社からビール券の売却代金を酒類販売業者の口座に振込入金させた事例
- 特殊詐欺により得た詐取金が振り込まれた口座から現金を引き出し、電子マネーギフトカードを購入して、同ギフトカードのプリペイド番号を詐欺グループへ伝達した事例
- 特殊詐欺グループがだまし取った電子マネーの番号を、買取業者が、特殊詐欺グループから電子メールで受信し、収受した事例
- 不正に入手したクレジットカード情報を利用して、オンラインで作成した他人名義のバーチャルプリペイドカードに電子マネーをチャージし、生活費等の決済に使用していたほか、新たに作成した他人名義のバーチャルプリペイドカードに送信した事例
- 令和2年中の架空請求詐欺の認知件数2,010件のうち、手口別交付形態が電子マネー型によるものは1,120件で、全体の55.7%を占めており、1件当たりの被害額は約89万円に上る。また、令和2年中のインターネットバンキングに係る不正送金事犯では、従来型の手口である預貯金口座への不正送金のほか、暗号資産や電子マネーの購入、プリペイドカードへのチャージ等の手口が確認されている。
(2)令和3年版犯罪白書のポイント
法務省が、「令和3年版犯罪白書」を公表しています。主な内容としては、2020年の刑法犯検挙者は戦後最少となる182,582人で、このうち再犯者は89,667人となったこと、「再犯者率」は過去最悪の49.1%に上ったこと、刑務所を出所した後、2年以内に再び罪を犯して入所した「再入率」は15.7%となり、2021年までに16%以下にするとの政府目標を達成したこと、出所者らを積極的に雇用する「協力雇用主」として登録されている企業数は2020年10月1日現在で24,2133社に上るが、実際に雇用していたのは1,391社(2019年から▲165社)であったこと、インターネットなどを使った詐欺の検挙件数は1,297件で、2019年より32.8%増加、ネットやSNSを使った脅迫や名誉毀損罪の検挙人数も増加したこと、2016年1~3月の間、関東の裁判所で有罪判決が確定した特殊詐欺犯202人の裁判記録を調査したところ、91人が現金を被害者から受け取る「受け子」やATMから引き出す「出し子」だったが、その半数以上が指示役から報酬を受け取っていなかったこと、特殊詐欺の検挙者の72.1%が30歳未満で、若年層が組織犯罪の手足として使われている実態が浮かんだこと、全体の67%が実刑判決を受け、執行猶予が付いたのは33%にとどまったこと、指示役は84%が実刑で、21%は刑期が5年超10年以下、指示役やかけ子の4割超は5件以上の事件に関わっていたのに対し、受け子・出し子の半数は事件数としては1件だけしか関与していなかったにもかかわらず、55%が実刑となり、大半が2年以上の懲役刑だったこと、年齢層でみると、指示役は7割近くが30歳以上だった一方で、かけ子や犯行準備役、受け子・出し子は30歳未満が過半数を占めるなど、組織の末端に年少者が取り込まれている現状、犯罪組織で末端にすぎない役割でも、裁判所が厳罰を科している傾向が見て取れること、などが明らかとなりました。「かけ子」や「出し子」などの実行犯においては、厳しい監視の中での作業や、高リスクの割に報酬が見合わない実態があり、2021年12月26日付産経新聞では、そのあたりについて、以下のように報じています。このような厳しい現実が、社会にもっと広く知られることが、バイト感覚で応募してしまう若者に対する抑止につながるのではないかと考えられます。
以下、令和3年版犯罪白書から、ポイントと思われる部分をピックアップして紹介します。
▼法務省 令和3年版犯罪白書
▼全文
- 刑法犯の認知件数は,平成8年から毎年戦後最多を更新して,14年には285万4,061件にまで達したが,15年に減少に転じて以降,18年連続で減少しており,令和2年は61万4,231件(前年比13万4,328件(17.9%)減)と戦後最少を更新した。戦後最少は平成27年以降,毎年更新中である。同年から令和元年までの5年間における前年比の減少率は平均9.2%であったが,2年は前年より17.9%減少した。平成15年からの認知件数の減少は,刑法犯の7割近くを占める窃盗の認知件数が大幅に減少し続けたことに伴うものである
- 刑法犯の検挙人員について、65歳以上の高齢者の構成比は,平成3年には2.4%(7,128人)であったが,令和2年は22.8%(4万1,696人)を占めており,検挙人員に占める高齢者の比率の上昇が進んでいる。一方,20歳未満の者の構成比は,平成3年には50.8%(15万348人)であったが,その後減少傾向にあり,令和2年は,9.8%(1万7,904人)となり,昭和48年以来初めて10%を下回った。
- 依存性薬物の所持・使用により保護観察に付された者であって,薬物再乱用防止プログラムに基づく指導が義務付けられず,又はその指導を受け終わった者等に対し,必要に応じて,断薬意志の維持等を図るために,その者の自発的意思に基づいて簡易薬物検出検査を実施することがある。令和2年における実施件数は5,475件であった
- 保護観察所は,依存性薬物に対する依存がある保護観察対象者等について,民間の薬物依存症リハビリテーション施設等に委託し,依存性薬物の使用経験のある者のグループミーティングにおいて,当該依存に至った自己の問題性について理解を深めるとともに,依存性薬物に対する依存の影響を受けた生活習慣等を改善する方法を習得することを内容とする,薬物依存回復訓練を実施している。令和2年度に同訓練を委託した施設数は40施設であり(前年比18施設減),委託した実人員は,504人(同83人減)であった。
- また,保護観察所は,規制薬物等に対する依存がある保護観察対象者の改善更生を図るための指導監督の方法として,医療・援助を受けることの指示等(通院等指示)を行っているところ,一定の要件を満たした者について,コアプログラムの開始を延期若しくは一部免除し,又はステップアッププログラムの開始を延期若しくは一時的に実施しないことができる。令和2年において,コアプログラムの開始を延期した件数は95件,ステップアッププログラムを一時的に実施しないこととした件数は120件であった。
- さらに,薬物犯罪の保護観察対象者が,保護観察終了後も薬物依存からの回復のための必要な支援を受けられるよう,保護観察の終了までに,精神保健福祉センター等が行う薬物依存からの回復プログラムや薬物依存症リハビリテーション施設等におけるグループミーティング等の支援につなげるなどしている。令和2年度において,保健医療機関等による治療・支援を受けた者は613人であった
- 窃盗事犯者は,保護観察対象者の多くを占め,再犯率が高いことから,嗜癖的な窃盗事犯者に対しては,その問題性に応じ,令和2年3月から,「窃盗事犯者指導ワークブック」や自立更生促進センターが作成した処遇プログラムを活用して保護観察を実施している
- 犯罪少年の薬物犯罪においては,昭和47年に毒劇法が改正されてシンナーの乱用行為等が犯罪とされた後,同法違反が圧倒的多数を占め,その検挙人員(警察が検挙した者に限る。以下この項において同じ。)は,57年のピーク(2万9,254人)後増減を繰り返していたが,平成5年前後に著しく減少し,それ以降減少傾向にあり,令和2年は3人であった。犯罪少年による覚醒剤取締法,大麻取締法及び麻薬取締法の各違反の検挙人員の推移(昭和50年以降)について、覚醒剤取締法違反は,57年(2,750人)及び平成9年(1,596人)をピークとする波が見られた後,10年以降は減少傾向にあったが,29年以降は90人台で推移し,令和2年は前年より4人増加し,96人であった。大麻取締法違反は,昭和61年以降増加傾向にあり,平成6年(297人)をピークとする波が見られた後,増減を繰り返していたが,26年から7年連続で増加しており,令和2年は853人(前年比258人(43.4%)増)であった。麻薬取締法違反は,平成16年(80人)をピークとする小さな波が見られるものの,昭和50年以降,おおむね横ばいないしわずかな増減にとどまっていたが,平成29年から増加傾向にある。
- 覚醒剤取締法違反(覚醒剤に係る麻薬特例法違反を含む。以下この項において同じ。)の検挙人員(特別司法警察員が検挙した者を含む。)の推移(昭和50年以降)について、昭和期から見てみると,まず,29年(5万5,664人)に最初のピークを迎えたが,罰則の強化や徹底した検挙等により著しく減少し,32年から44年までは毎年1,000人を下回っていた。その後,45年から増加傾向となり,59年には31年以降最多となる2万4,372人を記録した。60年からは減少傾向となったが,平成6年(1万4,896人)まで小さく増減を繰り返した後,7年から増加に転じ,9年には平成期最多の1万9,937人を記録した。13年から減少傾向にあり,18年以降おおむね横ばいで推移した後,28年から毎年減少し続け,令和2年は8,654人(前年比0.9%減)であり,元年以降,2年連続で1万人を下回った
- 覚醒剤取締法違反の年齢層別の検挙人員(警察が検挙した者に限る。)の推移(最近20年間)について、20歳代の年齢層の人員は,平成期に入って以降,平成13年まで全年齢層の中で最も多かったが,10年以降減少傾向にあり,令和2年(1,000人)は平成13年(6,280人)の約6分の1であった。30歳代の年齢層の人員も,14年から25年まで全年齢層の中で最も多かったが,13年以降減少傾向が続いている。40歳代の年齢層の人員は,21年から増加傾向にあり,26年以降全年齢層の中で最も多くなっているものの,28年から5年連続で減少している。50歳以上の年齢層の人員は,21年から毎年増加し,26年以降はほぼ横ばいで推移している。令和2年の同法違反の検挙人員の年齢層別構成比を見ると,40歳代の年齢層が最も多く(33.6%),次いで,50歳以上(29.1%),30歳代(24.4%),20歳代(11.8%),20歳未満(1.1%)の順であった。なお,令和2年の覚醒剤取締法違反の検挙人員(就学者に限る。)を就学状況別に見ると,高校生が11人(前年比1人増),大学生が8人(同18人減)(20歳以上の者を含む。)であり,中学生はいなかった(同3人減)。
- 令和2年に覚醒剤取締法違反により検挙された者(警察が検挙した者に限る。)のうち,営利犯で検挙された者及び暴力団構成員等(暴力団構成員及び準構成員その他の周辺者をいう。以下この項において同じ。)の各人員を違反態様別に見たものである。同年の営利犯で検挙された者の比率は5.8%であり,暴力団構成員等の比率は42.2%であった。
- 大麻取締法,麻薬取締法及びあへん法の各違反(それぞれ,大麻,麻薬・向精神薬及びあへんに係る麻薬特例法違反を含む。以下この項において同じ。)の検挙人員(特別司法警察員が検挙した者を含む。)の推移(昭和50年以降)について、大麻取締法違反は,52年から平成30年までの間は,1,000人台から3,000人台で増減を繰り返していた。9年には1,175人まで減少するなどしたが,6年(2,103人)と21年(3,087人)をピークとする波が見られた後,26年から7年連続で増加している。29年からは,昭和46年以降における最多を記録し続けており,令和2年は5,260人(前年比15.1%増)であった。平成23年以降,20歳代及び30歳代で全検挙人員の約7~8割を占める状況が続いているが,30歳代が近年横ばい状態で推移しているのに対し,20歳代は26年から増加し続けており,令和2年は,前年から30.3%増加し,2,540人であった。一方,20歳未満の検挙人員も平成26年から増加し続けており,令和2年は887人(前年比45.6%増)であった。なお,令和2年の大麻取締法違反の検挙人員(就学者に限る。)を就学状況別に見ると,中学生が8人(前年比2人増),高校生が159人(同50人増),大学生が219人(同87人増)(20歳以上の者を含む。)であった
- 覚醒剤の押収量は,平成28年から30年までの間,1,100kg台から1,500kg台で推移した後,令和元年に平成元年以降最多の2,649.7kgを記録したが,令和2年(824.4kg)は前年の3分の1以下に急減した。覚醒剤の「航空機旅客(航空機乗組員を含む。以下この項において同じ。)による密輸入」は,平成28年から30年までの間,50件台から90件台で推移した後,令和元年に229件に増加したが,2年(23件)は前年の約10分の1に急減した。覚醒剤の「国際郵便物を利用した密輸入」及び「航空貨物(別送品を含む。)を利用した密輸入」も,元年に顕著に増加したが,2年はいずれも急減した。大麻の「航空機旅客による密輸入」も,平成28年から令和元年までの間,40件台から60件台で推移していたが,2年(21件)は前年の約3分の1に急減した。令和2年における覚醒剤の密輸入事犯の摘発件数を仕出地別に見ると,地域別では,アジア(29件)が半数近くを占めて最も多く,次いで,北米(12件),ヨーロッパ(10件)の順であり,国・地域別では,米国及びメキシコ(9件)が最も多く,次いで,ベトナム(8件),タイ(7件)の順であった
- 令和2年における組織的犯罪処罰法違反の検察庁新規受理人員のうち,暴力団関係者(集団的に又は常習的に暴力的不法行為を行うおそれがある組織の構成員及びこれに準ずる者をいう。)は52人(8.9%)であった。なお,組織的犯罪処罰法の改正(平成29年法律第67号。平成29年7月施行)により,テロ等準備罪が新設されたが,同罪の新設から令和2年まで,同罪の受理人員はない。
- 暴力団対策法により,令和2年末現在,24団体が指定暴力団として指定されており,六代目山口組,神戸山口組,絆會(任侠山口組),住吉会及び稲川会に所属する暴力団構成員は,同年末現在,約9,900人(前年末比約800人減)であり,全暴力団構成員の約4分の3を占めている)。令和2年に暴力団対策法に基づき発出された中止命令は1,134件(前年比22件増),再発防止命令は52件(同20件増)であった。また,平成24年の暴力団対策法の改正(平成24年法律第53号)により導入された特定抗争指定暴力団等の指定や特定危険指定暴力団等の指定を含む市民生活に対する危険を防止するための規定に基づき,令和3年6月30日現在,2団体が特定抗争指定暴力団等に指定され,1団体が特定危険指定暴力団等として指定されている。
- 令和2年の入所受刑者中の暴力団関係者について,その地位別内訳を見ると,幹部260人,組員431人,地位不明の者84人であった。令和2年における入所受刑者のうち,暴力団関係者の年齢層別構成比を見ると,40歳代が34.6%と最も高く,次いで,50歳代(27.0%),30歳代(19.4%),20歳代(8.0%),60歳代(7.9%)の順であった。
- 不正アクセス行為の認知件数については,増減を繰り返しながら推移し,令和2年は2,806件(前年比154件(5.2%)減)であった。令和2年の不正アクセス行為の認知件数について,被害を受けた特定電子計算機(ネットワークに接続されたコンピュータをいう。)のアクセス管理者(特定電子計算機を誰に利用させるかを決定する者をいう。)別の内訳を見ると,被害は,「一般企業」が圧倒的に多く(2,703件),「行政機関等」は84件,「大学,研究機関等」は11件,「プロバイダ」は5件であった。また,不正アクセス行為後の行為の内訳を見ると,「インターネットバンキングでの不正送金等」が最も多く(1,847件,65.8%),次いで,「メールの盗み見等の情報の不正入手」(234件,8.3%),「インターネットショッピングでの不正購入」(172件,6.1%),「オンラインゲーム・コミュニティサイトの不正操作」(81件,2.9%)の順であった。「インターネットバンキングでの不正送金等」は前年と比較して39件(前年比2.2%)増加した。
- コンピュータ・電磁的記録対象犯罪(電磁的記録不正作出・毀棄等,電子計算機損壊等業務妨害,電子計算機使用詐欺及び不正指令電磁的記録作成等),支払用カード電磁的記録に関する罪(刑法第2編第18章の2に規定する罪)及び不正アクセス禁止法違反の検挙件数は,近年,増減を繰り返しており,令和2年は609件。
- 高齢者の検挙人員は,平成20年にピーク(4万8,805人)を迎え,その後高止まりの状況にあったが,28年から減少し続けており,令和2年は4万1,696人(前年比1.8%減)であった。このうち,70歳以上の者は,平成23年以降高齢者の検挙人員の65%以上を占めるようになり,令和2年には74.8%に相当する3万1,182人(同1.4%増)となった。高齢者率は,他の年齢層の多くが減少傾向にあることからほぼ一貫して上昇し,平成28年以降20%を上回り,令和2年は22.8%(同0.8pt上昇)であった。女性高齢者の検挙人員は,平成24年にピーク(1万6,503人)を迎え,その後高止まり状況にあったが,28年から減少し続けており,令和2年は1万3,291人(前年比2.2%減)であった。このうち,70歳以上の女性は,平成23年以降女性高齢者の検挙人員の7割を超えるようになり,令和2年は81.5%に相当する1万831人(同0.2%減)となった。女性の高齢者率は,平成29年に34.3%に達し,その翌年から低下していたが,令和2年は34.1%(同0.5pt上昇)であった。
- 全年齢層と比べて,高齢者では窃盗の構成比が高いが,特に,女性では,約9割が窃盗であり,そのうち万引きによるものの構成比が約8割と顕著に高い。
- 外国人新規入国者数は,平成25年以降急増し続け,令和元年には約2,840万人に達したが,2年2月以降,新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止のため,入管法に基づき入国拒否を行う対象地域の指定を始めとした水際対策が開始されたことにより,同年は,358万1,443人(前年比2,482万1,066人(87.4%)減)と大幅に減少した。国籍・地域別に見ると,中国(台湾及び香港等を除く。)が83万6,088人(同88.7%減)と最も多く,次いで,台湾64万7,424人(同85.7%減),韓国43万2,707人(同91.9%減)の順となっている。在留資格別では,観光等を目的とする短期滞在が93.8%と最も高く,次いで,技能実習(2.3%),留学(1.4%)の順であった。
- 再犯者の人員は,平成8年(8万1,776人)を境に増加し続けていたが,18年(14万9,164人)をピークとして,その後は漸減状態にあり,令和2年は平成18年と比べて39.9%減であった。他方,初犯者の人員は,12年(20万5,645人)を境に増加し続けていたが,16年(25万30人)をピークとして,その後は減少し続けており,令和2年は平成16年と比べて62.8%減であった。再犯者の人員が減少に転じた後も,それを上回るペースで初犯者の人員が減少し続けたこともあり,再犯者率は9年以降上昇し続け,令和元年にわずかに低下したものの,2年は49.1%(前年比0.3pt上昇)であった
- 有前科者の人員は,平成18年(7万7,832人)をピークに減少し続けているが(令和2年は前年比5.2%減),刑法犯の成人検挙人員総数が減少し続けていることもあり,有前科者率は,平成9年以降27~29%台でほぼ一定している。令和2年の有前科者を見ると,前科数別では,有前科者人員のうち,前科1犯の者の構成比が最も高いが,前科5犯以上の者も22.0%を占め,また,有前科者のうち同一罪名の前科を有する者は52.2%であった。なお,暴力団構成員等(暴力団構成員及び準構成員その他の周辺者をいう。)について,令和2年における刑法犯の成人検挙人員の有前科者率を見ると,72.5%と相当高い
- 覚醒剤取締法違反(覚醒剤に係る麻薬特例法違反を含む。)の成人検挙人員(警察が検挙した者に限る。以下この項において同じ。)のうち,同一罪名再犯者率は,近年上昇傾向にあり,令和2年は前年比で3.2pt上昇した70.1%であった
- 大麻取締法違反(大麻に係る麻薬特例法違反を含む。)の成人検挙人員のうち,同一罪名再犯者率は,平成16年(10.0%)を底として,翌年から上昇傾向に転じ,27年以降はおおむね横ばい状態で推移しており,令和2年は前年比で0.8pt低下した23.7%であった
- いずれの出所年の出所受刑者においても,満期釈放者等(満期釈放等により刑事施設を出所した者をいう。以下この節において同じ。)は,仮釈放者よりも再入率が相当高い。また,28年の出所受刑者について見ると,総数の2年以内再入率は17.3%,5年以内再入率は36.7%と,4割近くの者が5年以内に再入所し,そのうち約半数の者が2年以内に再入所している。23年の出所受刑者について見ると,10年以内再入率は,満期釈放者では55.4%,仮釈放者では35.6%であるが,そのうち5年以内に再入所した者が,10年以内に再入所した者のそれぞれ約9割,約8割を占めている
- 再入者のうち,前刑出所日から2年未満で再犯に至った者が5割以上を占めている。出所から1年未満で再犯に至った者は34.9%であり,3月未満というごく短期間で再犯に至った者も9.8%いる。また,再入者のうち,前回の刑において一部執行猶予者で仮釈放となった者は226人,実刑部分の刑期終了により出所した者は66人であり,そのうち出所から1年未満で再犯に至った者は,それぞれ121人,42人であった
- 詐欺の検挙人員総数は,平成21年(1万2,542人)をピークに翌年から減少傾向にあり,令和2年は8,326人(前年比5.8%減)であった。女性の検挙人員は,平成18年から21年まで2,000人台で推移した後,減少傾向にあり,令和2年は1,477人(同2.6%増)であった。女性比は,平成13年(13.2%)から19年(18.1%)まで上昇し続け,その後は,14%台から17%台の間で推移しており,令和2年は17.7%(同1.5pt上昇)であった。2年の詐欺の女性比は,刑法犯検挙人員総数の女性比(21.3%。)よりも低い。令和2年における刑法犯の検挙人員に占める詐欺の検挙人員の割合は,総数では4.6%であり,女性では3.8%であった
- 詐欺の検挙人員のうち少年の構成比は,平成16年(10.0%(前年比3.3pt上昇))に大きく上昇した後,20年から29年までは7%台から8%台の間で推移していたが,30年に11%台に上昇したのを経て,令和2年は8.2%(同1.6pt低下)であった。詐欺の検挙人員のうち20歳代の者の構成比は,上昇傾向を示しており,2年における少年及び20歳代の者の検挙人員の合計は,詐欺検挙人員の37.1%(平成13年比12.0pt上昇)を占める。40歳代の者の構成比は,21年以降,17%台から19%台の間で推移し,50~64歳の者の構成比は,14年(28.0%)を最高に低下傾向にある一方,65歳以上の高齢者の構成比は,上昇傾向にある。令和2年の詐欺の検挙人員に占める高齢者の比率は8.9%(前年比0.1pt上昇)であったが,令和2年の刑法犯検挙人員総数に占める高齢者の比率(22.8%。)よりも顕著に低い。なお,同年における高齢者の詐欺の検挙人員(745人)のうち70歳以上の者は,430人であった
- 暴力団構成員等による詐欺の検挙人員は,平成26年(2,337人)を最多に,翌年から減少し続けている。暴力団構成員等の比率は,26年(22.3%)を最高に,翌年から低下し続け,令和2年は15.0%であるが,同年の刑法犯の検挙人員総数に占める暴力団構成員等の比率(4.1%。)よりも顕著に高い。同年の暴力団構成員等による詐欺の検挙人員を地位別に見ると,首領及び幹部の合計は12.2%,組員は18.2%,準構成員は69.7%であった
- 持続化給付金制度は,同感染症の感染拡大に伴う営業自粛等により,特に大きな影響を受けている中小企業,個人事業者等に対し,事業の継続を支え,再起の糧となるべく,事業全般に広く使える給付金を給付することを目的とした制度であり,令和2年5月から3年2月までの間に約441万件の申請がなされ,約424万件の中小企業,個人事業者等に約5.5兆円の給付金が支給された。しかしながら,これらの申請の中には,事業を実施していないのにもかかわらず申請を行う,売上げを偽って申請する,売上減少の理由が同感染症の影響によらないのに申請に及ぶなどの不正行為に基づく申請が含まれることが判明した。その中には,自ら不正な申請を行うにとどまらず,友人や知人等に対して不正な申請を行うように勧誘するという例も見受けられた。同年8月26日現在,持続化給付金の給付要件を満たさないにもかかわらず誤って申請を行い受給したなどとして同給付金の自主返還の申出が行われた件数は,1万9,386件(返還済み件数・金額は,1万4,028件,約151億円)に及んでいる(中小企業庁長官官房の資料による。)。また,同年7月末現在の持続化給付金に係る詐欺の検挙件数・検挙人員は1,445件,1,703人であり,その立件額は合計約14億4,200万円に及んでいる
- 特殊詐欺の各類型について集計を始めた時期が異なる点等には留意する必要があるが,各年における各類型の認知件数が特殊詐欺全体の認知件数に占める割合を見ると,オレオレ詐欺は,融資保証金詐欺が最も高い割合を占めた平成17年及び18年を除いて最も高く,19年以降,35%台から64%台の間で推移し,令和2年は47.3%であった。平成30年から集計されているキャッシュカード詐欺盗の各年の認知件数が特殊詐欺全体の認知件数に占める割合は,令和元年(22.4%),2年(21.0%)において,オレオレ詐欺に次いで高かった。令和2年の検挙率を類型別に見ると,キャッシュカード詐欺盗(90.9%),融資保証金詐欺(67.1%),その他の特殊詐欺(66.7%),金融商品詐欺(63.8%),交際あっせん詐欺(63.6%)及びオレオレ詐欺(56.3%)が,特殊詐欺全体(54.8%)を上回った。
- 特殊詐欺の検挙人員は,24年に1,000人を,27年に2,000人をそれぞれ上回ると,令和元年には2,861人に達し,2年は2,621人(前年比8.4%減)であった。なお,平成26年以降の特殊詐欺4類型(オレオレ詐欺,架空料金請求詐欺,融資保証金詐欺及び還付金詐欺をいう。以下この項において同じ。)の検挙人員を見ると,30年に2,609人に達した後,減少し,令和2年は1,848人(同21.0%減)であった。特殊詐欺4類型の女性検挙人員を見ると,平成26年(48人)から令和2年(172人)まで増加傾向にあり,特殊詐欺4類型の検挙人員に占める女性検挙人員の比率も,平成26年(3.2%)以降上昇傾向にあり,令和2年は9.3%であった
- 人口比は,人口が多い都道府県で高い傾向があり,これを高等検察庁の管轄に対応する地方別で見ると,関東地方(東京都,神奈川県,埼玉県,千葉県,茨城県,栃木県,群馬県,静岡県,山梨県,長野県及び新潟県)が3.1,近畿地方(大阪府,京都府,兵庫県,奈良県,滋賀県及び和歌山県)が2.1,中国地方が1.6,中部地方(愛知県,三重県,岐阜県,福井県,石川県及び富山県)が1.2,北海道・東北地方が1.1,四国地方が0.9,九州・沖縄地方が0.8であった。もっとも,都道府県別の検挙人員及び人口比は,検挙した都道府県の管轄区域によるものであり,検挙された者や被害者が必ずしも検挙した都道府県の居住者とは限らない点に留意が必要である
- 検挙人員における30歳未満の若年者層の構成比は,詐欺全体では30%台で推移しているのに対し,特殊詐欺4類型では62%台から73%台の間で推移しており,令和2年は72.1%であった(前年比1.2pt低下)
- 特殊詐欺4類型の検挙人員は,いずれの年齢層も30年(年少少年40人(26年比25人増),中間少年273人(同156人増),年長少年468人(同274人増))まで増加傾向にあったが,令和元年から減少し,2年は,順に12人,124人,209人であった。少年による特殊詐欺の人口比も,同様の傾向であり,平成30年に年少少年(1.8),中間少年(11.7),年長少年(19.1)に達した後,いずれの年齢層も低下した。
- 暴力団構成員等の検挙人員は,27年(826人)を最多に,翌年から減少傾向にある。検挙人員総数に占める暴力団構成員等の比率は,26年の35.2%を最高に,翌年から低下し続け,令和2年は15.3%(前年比2.9pt低下)であった。
- 刑法犯の外国人検挙人員は,資料を入手し得た平成24年以降,1万人前後で推移しているのに対し,特殊詐欺については,29年までは20人台から60人台の間で推移していたが,30年に122人(前年比96.8%増)と急増した後も増加し続け,令和2年は136人(同0.7%増)と最多を更新した。2年の外国人検挙人員を国籍別に見ると,中国(97人,71.3%)が最も多く,次いで,韓国(10人,7.4%),ベトナム(7人,5.1%),タイ及びブラジル(それぞれ6人,4.4%)の順であった(警察庁刑事局の資料による。)。外国人の比率は,上昇傾向にあり,同年は5.2%(同0.5pt上昇。平成24年の3.2倍)と最高を記録した
- 警察は,110番通報のほか,警察相談専用電話(全国統一番号「#(シャープ)9110」),専用メールアドレス等の様々な窓口を通じ,特殊詐欺に関する情報を受け付けているほか,平成27年からは,匿名通報ダイヤルで特殊詐欺に関する情報を受け付け,国民から寄せられた情報を活用し,携帯電話の契約者確認の求めや,振込先指定口座の凍結依頼等につなげている。また,金融機関を経由した手口への対策を講じたこともあり,21年頃から,受け子が現金やキャッシュカードを受け取りに来る手口が目立つようになったことから,警察では,被害者の協力を得て,いわゆる「だまされた振り作戦」(特殊詐欺の電話等を受け,特殊詐欺であると見破った場合に,だまされた振りをしつつ,犯人に現金等を手渡しする約束をした上で警察へ通報してもらい,自宅等の約束した場所に現れた犯人を検挙する,国民の積極的かつ自発的な協力に基づく検挙手法)を実施して特殊詐欺犯人の検挙を行っている。
- 共犯者数が不特定多数である者は,平成13年から15年までいなかったが,23年以降その構成比が上昇傾向にあり,令和元年には71.4%に達したものの,2年は55.4%であった。
- 再犯者の人員は,平成21年(6,997人)まで増加傾向にあり,その後はおおむね6,000人前後で推移していたところ,令和元年に大きく減少し,2年は4,837人(前年比6.3%減)であった。他方,初犯者の人員は,平成13年から増加し続けていたが,19年(5,991人)をピークに,翌年から減少傾向に転じ,令和2年(3,489人)は平成19年と比べて41.8%減であった。再犯者率は,同年まで低下傾向にあり,その後,初犯者の人員が減少傾向にあった一方,再犯者の人員がおおむね横ばい状態にあったため,上昇傾向を示したが,令和元年に低下に転じ,2年は58.1%(同0.3pt低下)であった。また,詐欺の再犯者率を刑法犯検挙人員総数の再犯者率と比較すると,平成13年には詐欺の方が22.9pt高く,その後も詐欺の方が一貫して高いが,両者の差は縮小傾向にあり,その差は令和2年には9.0ptとなっている。
- 認知件数については,平成23年以降は,女性が男性を上回っており,13年には,女性が男性の約2分の1であったが,令和2年は,女性が男性の約1.3倍であった。被害発生率については,男性は,平成17年に68.9に達したが,その後大きく低下し,近年はおおむね20前後で推移している。女性は,23年以降,男性を上回って推移しており,近年はおおむね20台で推移している
- 認知件数に占める主たる被害者の年齢が65歳以上の者に係るものの構成比は,総数・女性共に,令和2年(47.0%,58.3%),平成23年(36.8%,48.9%),13年(17.6%,25.2%)の順に高くなっている(なお,特殊詐欺の認知件数が増加した時期が平成15年頃以降であることに留意する必要がある。)。令和2年の主たる被害者の年齢が65歳以上の者に係る件数は,総数では1万389件,女性では7,238件であるが,そのうち70歳以上の者に係る件数は,それぞれ8,986件,6,598件であった
- 被害額は,平成20年に700億円台に達した後,400億円台に減少したが,24年に800億円台に至り,26年には約846億円に達した。その後は,減少傾向にあったが,令和2年は約640億円(同36.3%増)であった。現金被害額は,平成26年に約810億円に達した後は減少し続けていたが,令和2年は約592億円(同39.1%増)であった
- 特殊詐欺総数では,男性が26.4%,女性が73.6%を占めた。融資保証金詐欺(男性70.1%)は,男性の構成比が女性の構成比を上回った。また,交際あっせん詐欺(同90.9%)及びギャンブル詐欺(同70.4%)も,同様であった。他方,預貯金詐欺(女性83.8%),オレオレ詐欺(同80.1%)及びキャッシュカード詐欺盗(同79.2%)は,女性の構成比が男性の構成比を上回り,いずれも被害者の約8割が女性であった。
- 特殊詐欺総数では,65歳以上の者が85.7%を占めた。65歳以上の者の構成比が高い類型は,預貯金詐欺(98.4%),キャッシュカード詐欺盗(96.7%)及びオレオレ詐欺(94.0%)であり,特に,預貯金詐欺は,80歳以上の者の構成比が68.8%に達していた。一方,40~64歳の者の構成比が高い類型は,交際あっせん詐欺(68.2%),ギャンブル詐欺(46.9%),融資保証金詐欺(44.3%)及び架空料金請求詐欺(41.2%)であり,その中でも,交際あっせん詐欺は,40~64歳の男性の構成比が63.6%であった。
- 被害総額は,同年(約284億円)から20年まで250億円以上で推移し,21年(約96億円)に大きく減少した。実質的な被害総額は,26年(約566億円)まで増加し続けたが,その翌年から減少し続け,令和2年は約285億円(前年比9.7%減)であった。被害総額と実質的な被害総額の差は,平成27年から令和元年までは広がり続けたが,2年は約106億円(同11.4%減)であった。各年の被害総額(平成22年以降は,実質的な被害総額)を特殊詐欺の認知件数で割った金額の推移を見ると,16年(約111万円)から増加傾向にあり,23年に200万円を,24年に400万円を超え,26年(約422万円)に最高額に達した後,その翌年から減少傾向にあったが,令和2年は約211万円(同12.3%増)であった
- 特殊詐欺の犯行グループは,「主犯・指示役」を中心として,電話を繰り返しかけて被害者をだます「架け子」,自宅等に現金等を受け取りに行く「受け子」,被害者からだまし取るなどしたキャッシュカード等を用いてATMから現金を引き出す「出し子」,犯行に悪用されることを承知しながら,犯行拠点をあっせんしたり,架空・他人名義の携帯電話や預貯金口座等を調達する「犯行準備役」等が役割を分担し,組織的に犯行を敢行している。確定記録調査対象者(196人)を役割類型別に見ると,被害金を直接受け取る「受け子・出し子」が46.4%を占めた。被害金を直接受け取らない者については,物資の調達等により犯行を補助する立場である「犯行準備役」が15.8%,犯行を主導する立場のうち犯行を指示する立場にある「主犯・指示役」が9.7%,「架け子」が28.1%であった。
- 検挙時の暴力団加入状況を見ると,総数では非加入の者の構成比(80.0%)が最も高く,次いで,準構成員・周辺者(11.0%),構成員(5.2%),元構成員等(3.9%)の順であった。役割類型別に構成員の構成比を見ると,「主犯・指示役」(23.5%)は,「犯行準備役」(7.7%)及び「架け子」(5.3%)よりも高く,「受け子・出し子」には,構成員がいなかった。また,役割類型別に構成員,準構成員・周辺者及び元構成員等の合計人員の構成比を見ると,「主犯・指示役」(47.1%)及び「犯行準備役」(46.2%)は,いずれも半数近くを占め,「受け子・出し子」(11.4%)及び「架け子」(7.9%)よりも顕著に高かった。
- 報酬額100万円以上の者の構成比は,「主犯・指示役」では42.9%,「架け子」では34.7%であり,「受け子・出し子」では2.4%にとどまった。他方,約束のみ(報酬を受け取る約束をしていたものの,実際には受け取っていないことをいう。)の者の構成比は,「受け子・出し子」では56.1%,「犯行準備役」では41.7%であった
- 特殊詐欺に及んだ動機・理由としては,総数及びいずれの役割類型についても,「金ほしさ」及び「友人等からの勧誘」の割合が突出して高かった。総数及び「受け子・出し子」は,「金ほしさ」の割合が最も高く(総数では66.1%,「受け子・出し子」では78.4%),「架け子」は,「友人等からの勧誘」の割合が最も高く(67.3%),「主犯・指示役」及び「犯行準備役」は,「金ほしさ」及び「友人等からの勧誘」の割合が同率で最も高かった(「主犯・指示役」では53.3%,「犯行準備役」では57.1%)。また,「友人等からの勧誘」は,「受け子・出し子」では23.9%であり,総数及び他の役割類型よりも低かった。「金ほしさ」及び「友人等からの勧誘」を除くと,「主犯・指示役」では「所属組織の方針」の割合(13.3%)が他の役割類型よりも高く,「受け子・出し子」では「軽く考えていた」(10.2%),「だまされた・脅された」(8.0%),「生活困窮」の割合(6.8%)が他の役割類型よりも高かった。
- 被害者が単身居住であった事件の構成比は,30.8%(91件)であった。被害者に同居人がある事件について,被害者の同居相手を見ると,配偶者及びその他の親族の構成比(配偶者以外の親族のみと同居している場合も含む。)が最も高く(41.7%,123件),次いで,配偶者のみ(26.8%,79件),親族以外の者(0.7%,2件)の順であった。被害者の年齢層別に見ると,被害者が単身居住であった事件の構成比は,70歳以上が最も高く(34.3%),次いで,65~69歳(33.3%),40歳代(16.7%)の順であった。65~69歳及び70歳以上については,被害者が単身居住であった事件及び同居相手が配偶者のみの事件の合計が,それぞれ全体の66.7%,59.7%を占めた
- 再犯調査対象者の再犯の罪名(重複計上による。)は,窃盗(32.1%)の割合が最も高く,次いで,詐欺(27.4%),傷害・暴行,住居侵入(いずれも7.1%),薬物犯罪(6.0%)の順であった。殺人,強盗及び性犯罪は,いずれも該当者がいなかった。さらに,再犯の罪名が詐欺であった者(23人)について,犯行の手口別構成比を見ると,無銭飲食等(34.8%,8人)の構成比が最も高く,次いで,特殊詐欺(21.7%,5人)であった。再犯の事件数を見ると,1件の者の構成比が最も高く(65.2%,15人),2件以上の者は全て同じ手口を反復したものであった。また,調査対象事件と同じ手口であった者の人員は,13人(56.5%)であり,このうち,7人が無銭飲食等であり,3人が特殊詐欺であった。
- 特に,「受け子・出し子」に続いて多かった「架け子」については,「受け子・出し子」よりも,実際に報酬を得た者の構成比が高い上,高額の報酬を得ている者の構成比も高い。しかしながら,「架け子」の8割強が全部実刑となり,その刑期も「受け子・出し子」よりも総じて長いものであることを考えれば,「割に合う」ものではないという点では同じである。「架け子」については,経済的な動機・理由や背景事情に加え,「不良交友」を背景事情とする者,「友人等からの勧誘」を動機・理由とする者の割合が高かった。「架け子」も約6割が30歳未満の若年者であり,3割強が保護処分歴を有していることを考えれば,不良交友関係を有する者に対しては,保護処分の段階で,その解消に向けた指導や,勤労意欲や能力を高めるための就労支援等を行い,あるいは,円滑に就職できるような職業訓練を実施するといった方策が,特殊詐欺を実行する犯罪組織への参加を予防することにもつながるものと思われる。
- だましの電話を受けた被害者が金品をだまし取られるに至らないようにするためには,同居していない家族・親族とのコミュニケーションを深めておくなど,相談しやすい環境が確保されるのが望ましい。もっとも,家族構成等からそれが困難な被害者も多くいると思われるため,そのような場合でも被害を食い止められるように,金融機関,コンビニエンスストア等の幅広い事業者の取組も重要である。今回の特別調査(確定記録調査)でも,特殊詐欺事件(未遂事件)の12.0%では,最初に詐欺に気付いたのは金融機関職員であり,実際に,金融機関等が詐欺被害防止に貢献している実態がうかがわれた。加えて,今回の特別調査(確定記録調査)では,犯人グループから被害者への最初の連絡方法は,9割弱が固定電話であった。固定電話を介した特殊詐欺を予防するためには,電話機の呼出音が鳴る前に犯人に対し犯罪被害防止のために通話内容が自動で録音される旨の警告アナウンスを流し,犯人からの電話を自動で録音する機器が有効であり,実際に,一部の地方公共団体がその普及促進に貢献していることは,注目に値する
- 被害者に弁償を行い,宥恕を得ようと努力する態度を示すことは,社会にも受け入れられ,周囲の者から社会復帰のための協力を得られやすくするものと考えられる。矯正や更生保護の処遇において,被害者への具体的・現実的な弁償計画を立て,弁償の着実な実行に向けた努力を行うよう適切な指導監督や援護を行うことは,再犯防止の点でも効果があると考えられる。また,特殊詐欺事犯者の背景事情に「不良交友」がある者が相当の割合含まれていることを考えると,不良な交友関係からの離脱について指導していくことが有効であると思われる。令和3年1月から,更生保護において,「特殊詐欺類型」の保護観察対象者に対し,最新の知見に基づき,効果的な処遇が行われているところ,特殊詐欺グループとの関係に焦点を当て,同グループへの関与や離脱意思の程度に応じた指導・支援等を行っていることは注目に値する
2.最近のトピックス
(1)最近の暴力団情勢
あらためて「2つの山口組」について考えてみます。2022年1月3日付産経新聞がコンパクトにまとめていますが、全国最大の暴力団、六代目山口組から2015年夏に神戸山口組が分裂して以来、両組織の抗争は6年以上に及んでいます。また、神戸山口組をめぐっては2021年、中核組織だった山健組をはじめとする有力組織が傘下を離れ、対立する六代目山口組に合流、さらに2次団体で多大な資金力を持つとされる池田組も離脱し、独立組織として指定暴力団に指定されています。組織規模で劣る神戸山口組は組員の流出に歯止めがかからず、勢力差はさらに広がっていますが、(このまま神戸山口組が黙っているとも考えにくく)抗争の火種は消えておらず、予断を許さない状況が続いています。警察庁のまとめでは、2020年末時点の六代目山口組の構成員は約3,800人、神戸山口組の構成員は約1,200人であったところ、神戸新聞によれば、兵庫県警組織犯罪対策課の直近の集計で、2021年12月10日時点で神戸山口組の勢力は全国19都道府県で約550人にまで減少しているということです。神戸山口組は2018年には32都道府県で約1,700人の勢力を誇っていましたが、3年間で3分の1以下に減少したことになります。今後、このような勢力差の拡大を背景に、六代目山口組がさらに神戸山口組に追い打ちをかけるなど抗争が激化する可能性もゼロではないというのが、大方の見方となります。一方で、両組織が、暴力団対策法に基づき「特定抗争指定暴力団」に最初に指定されて2年を迎え、兵庫、大阪、愛知など9府県の公安委員会は、両組織に対する指定を1月7日から4月6日まで3カ月間延長することを決めています。現状、警察当局の抑え込みなどが奏功し、抗争は減少傾向にあるものの、2年を経ても終結していないと判断したとみられています。このような状況が続く中、産経新聞が指摘するとおり、両組織には抗争終結を急ぎたい意向もあるとされ、5人以上の集合などを禁じる「特定抗争指定」の解除が至上命題となっており、どうにかして(その大前提である)抗争を終わらせようと画策しているとされます。
岡山県公安委員会は特定抗争指定暴力団の活動を制限するため倉敷市と津山市を警戒区域に指定していますが、このうち、倉敷市の指定が解除されることになりました。2020年12月、倉敷市児島味野の神戸山口組傘下の三代目藤健興業の事務所で六代目山口組系の組員が発砲する事件がおき、岡山県警はこの事件を山口組と神戸山口組の抗争事件と判断し、岡山県公安委員会は2021年1月22日から倉敷市を警戒区域に指定していました。一方、倉敷市に拠点を置く神戸山口組三代目熊本組の本部事務所が解体されたことなどの情勢を踏まえて、岡山県警が12月17日での解除を決めたということです。なお、津山市については、引き続き警戒区域に指定されています。
福岡、山口両県公安委員会は、暴力団対策法に基づく工藤会の特定危険指定の延長を決めています。期間は2021年12月27日からの1年間で、特定危険指定は全国唯一で延長は9回目となります。報道によれば、福岡県警は、2021年8月に福岡地裁で死刑判決を受けた総裁の野村悟被告=控訴中=をトップとする組織構造に変化がないと判断、無期懲役判決を受けたナンバー2で会長の田上不美夫被告=同=が求刑された罰金刑を援助する名目で傘下組織幹部が金銭を要求する事件もあり、県警は「暴力行為をする恐れが継続している」とみているということです。
暴力団対策法は、暴力団員が威力を利用した資金獲得行為で他人の生命や財産を侵害した場合、トップが賠償責任を負うと定めています。2021年は、特殊詐欺被害を巡って、暴力団対策法上の使用者責任が最高裁で認められるなど、一気に被害者救済の動きが加速する年となりました。一方、住吉会系組員に暴力団の資金源となる「みかじめ料」の支払いを強要されたのは代表者に責任があるなどとして、東京都内の繁華街の飲食店や性風俗店の経営者ら5人が2021年12月28日、住吉会トップらに計約5,000万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴しています。原告側の弁護団によると、都内の繁華街でのみかじめ料要求行為に対する暴力団トップへの損害賠償請求訴訟は今回が初めてだということです。報道によれば、提訴されたのは住吉会の関功前会長、福田晴瞭元会長ら幹部4人で、原告5人は1999年頃から2020年3月頃にかけて、住吉会3次団体の構成員にみかじめ料として毎月3~5万円を徴収され、支払いを拒否すると脅迫を受けるなどしていたといいます。被害金額は1人当たり約200~約1,430万円に上るということです。なお、このみかじめ料をめぐっては、3次団体の構成員の一部が恐喝罪などに問われ、有罪判決が出ています。弁護団は今回の提訴について「みかじめ料要求の抑止効果になる」としており、特殊詐欺同様、使用者責任が認められるかどうか注目されるところです。一方、銀行員や区役所職員を装い、還付金を受け取れるなどとうそを言って現金をだまし取ったとして、詐欺などの罪に問われた六代目山口組の2次団体「中島組」幹部に対し、東京地裁は、無罪の判決を言い渡しています。報道によれば、被告は詐欺グループメンバーに携帯電話や通帳を調達して渡していましたが、裁判長は「その後の詐欺への関与がなく共謀は認められない」と述べています。被告は東京都や神奈川県に住む高齢者らから2018年に2,000万円超をだまし取ったとして起訴されました。捜査当局は被告を詐欺グループの統括的立場とみていましたが、判決は、「携帯などを何に使うか話さないようにしていた」とした共犯者の供述をふまえ、「詐欺に使うと被告は聞いていなかった」と認定、犯罪に使うかもしれないとの考えはあっても、「事件に関与したとはいえず証拠がない」と結論付けています。なお、警視庁はこの事件をめぐり、電話の「かけ子」や現金を受け取る「受け子」ら20人以上を逮捕しています。これまでの使用者責任認定の判決の流れからみてやや違和感のあり、筆者としては今後の動向が気になるところです。
都道府県の暴力追放運動推進センターが、住民に代わり組事務所の使用差し止め訴訟を起こせるようにした暴力団対策法改正から2022年で10年となりますが、これまで18件あった訴訟は、結果が出た16件全てで住民側の主張が認められています。2021年12月6日付毎日新聞によれば、組員が立ち退いた後も施設が対立組織に襲撃される可能性は残り、住民の真の安全確保に向け、訴訟後の施設の取り扱い方が課題となっていると指摘しています。そもそも組事務所の使用禁止を求める住民訴訟は、平穏な生活を営む権利を守るために起こされていますが、住民には報復の不安が付きまとうため、暴力団対策法の改正により代理訴訟制度が誕生しています。訴訟書類では住民の氏名や住所を伏せる対応が取られているなど、相応の配慮がなされ、制度が徐々に定着し、成果は上がっているものの、これまでの決定はいずれも当該の暴力団が施設を事務所として使用することを禁じるのみで、所有を続けることや、別の暴力団組織への転売を禁じるものではありません。当該記事おいて、制度に詳しい森谷長功弁護士は「住民の不安を完全に取り去るわけではない。土地を更地にするなど、不動産をどう『ホワイト化』するかという課題がある」、「建物を解体し更地にすることが最も効果的だ」、「使用差し止め後、センターが一度不動産を購入し、更地にするというスキームがあれば、よりスムーズにホワイト化は進むはずだ」と指摘していますが、一定程度理解できるものだといえます。しかしながら、やはり、暴追センターが不動産を購入する時点で、その対価として売却代金が暴力団側に支払われることを免れることはできず、筆者としては、住民の安心・安全を確保するために必要不可欠であり、「公益」が優先すると考えることも可能とはいえ、「利益供与」とどうバランスをとるかが、まだしっくりときていません。なお、工藤会本部事務所の売却を巡る「北九州方式」では、売却代金が被害者救済のために相殺されましたので、大変よいスキームだと感心しました。今後、このあたりをどう整理するかが大きな課題となると思われます。
神戸山口組から離脱した岡山市の「指定暴力団」池田組について、岡山地裁は組事務所の使用差し止めの仮処分を決め、公示されました。2021年12月28日朝、岡山市北区田町にある池田組の事務所に岡山地裁の執行官が訪れ、組事務所の入口に使用差し止めの仮処分の公示書を貼り付けました。池田組を巡っては、神戸山口組の傘下だった2020年5月に、幹部が対立する六代目山口組傘下の暴力団組員に銃撃される事件が起き、岡山市全域が暴力団の活動を厳しく制限する「警戒区域」に指定されましたが、池田組が神戸山口組から離脱したことで2021年10月に警戒区域から外れていました。岡山市は、池田組が離脱した後も付近住民に危険が及ぶ可能性があるとして2021年8月に岡山地裁に組事務所の使用差し止めの仮処分を申し立て、認められたということです。これにより、組事務所で組員が集合することなどが禁止されます。なお、暴力団組事務所の使用差し止めの仮処分が認められるのは岡山県内では初めてだということです。一方、兵庫県内では、昨年、暴力団事務所が相次いで姿を消しています。本コラムでも、その動向を取り上げてきましたが、背景には、自治体の積極的な取り組みがありそうです。淡路市議会で2021年12月、市が所有者から直接、神戸山口組の本拠地だった「侠友会」の土地と建物を買い取るという異例の議案が提案され、正式に可決しています。今後、事務所内に残る家具などが撤去され、2022年1月中に引き渡される見通しだということです(門康彦市長は「除却(解体)は費用の問題もあり現実的ではない」とし、「地元町内会から有効活用を望む声もある」としています。今議会では、市議から「売却の可能性は」と質問が上がり、市長は「現段階で考えていない」と答弁、「暴力団事務所だった施設で、第三者の手に渡れば再び危険な状況になる可能性がある」ことを危惧するためとしています)。報道(2021年12月21日付サンテレビ)によれば、今回、淡路市は第三者機関を介さず、所有者と直接交渉を行ったといい、価格は妥当で暴力団側への利益供与にあたらないと説明し、購入後は、防災関連施設として利用する方針だとしています。一方、尼崎市は2021年3月、暴力団幹部の自宅の買い取りを発表しました。自治体が事務所以外の施設を買収するのは全国で初めてのことでしたが、幹部の自宅では発砲事件も発生していて住民の安全確保のため市が積極的に関与した形となりました。また、尼崎市では12月に、絆会の本部事務所の解体工事も始まっています。この事務所は50年ほど前から現在の場所にあったとされ、住民の訴えを受けた神戸地裁が2018年、使用差し止めの仮処分を出し、組関係者が立ち入れない状況が続いていました。尼崎市では、このほか絆会の別の事務所もことし秋に解体され、更地になっています。この事務所は、30年ほど前からあり、絆会の拠点として使われましたが、2019年には使用を差し止める仮処分が裁判所から出されていました。二つの事務所はいずれも民間事業者に売却されています。さらに、裁判所は尼崎市にある神戸山口組系の暴力団事務所についても使用禁止を命じています。この建物の近くでは2020年11月、この建物を使う暴力団幹部2人が、対立する六代目山口組系の暴力団幹部2人に拳銃で撃たれ大けがをする事件が起きて不安が広がり、周辺の住民およそ20人の委託を受けた暴追センターが使用禁止の仮処分を申し立てていました。なお、暴力団事務所の解体が進む尼崎市では11月、市が警察とともに「かんなみ新地」と呼ばれる風俗街に対し、初めて違法営業を禁止する警告文を出しました。およそ30店でつくる組合は解散し、戦後70年続いていた風俗街は姿を消すこととなりました。暴力団追放運動に詳しい垣添弁護士は、違法な風俗街の「解散」は尼崎市の成果だと指摘していますが、自治体が積極敵に暴力団対策に取り組み、成果を挙げていることを受けて、全国の自治体が同様の取組みをしていくことを期待したいと思います。
九州地区の指定暴力団の動向としては、工藤会が圧倒的に注目されていますが、実はその陰で道仁会が勢力を拡大しつつあります。そのあたりについて、2021年12月23日付西日本新聞の記事「組事務所の撤去進む筑後地区変わる勢力図、関係者なお危機感」が参考になりますので、以下、一部抜粋して引用します。
兵庫県警が県内の「半グレ」と呼ばれる三つの不良集団を「準暴力団」と認定していたことが分かったということです。報道によれば、県内での認定は初となり、県警は取り締まりを強化するとしています。警察庁などによると、準暴力団は、暴力団のような明確な組織性はないが集団的、常習的に暴力的な不法行為をしている集団とされ、暴力団対策法や暴力団排除条例は適用外ではあるものの、正式な犯罪組織として捜査対象となっています。半グレは明確な拠点を構えず、暴走族時代の先輩、後輩など個人的なつながりでグループを形成し、実態把握が難しいのが特徴であり、暴力団組員が減少する中、特殊詐欺や金の密輸などの組織犯罪分野で台頭しているとみられています。
六代目山口組が恒例の「事始め」を、浜松市中区の同組国領屋一家本部事務所で開催しています。暴力団対策法に基づき、活動を厳しく制限する「警戒区域」が全国各地で設定されて以降、六代目山口組は静岡県を含む警戒区域外で規制を逃れて集会を開いているとみられています。会合は例年12月13日に「直参」と呼ばれる直系組長が集まる事始めで、通常は神戸市の総本部で開かれますが、会場を変更せざるを得なくなっています。
福岡県、福岡市、北九州市など全国の自治体では、「指名停止措置」または「排除措置」が講じられた旨、社名公表される制度があります(とりわけ、この福岡の3つの自治体が最も頻繁に公表を行っています)。本コラムでもたびたび取り上げましたが、この制度に基づき社名公表された企業が2週間後には倒産するという事態が発生、最近になって、この暴力団組長と密接な交際をしていたと認定した福岡県警の調査や、公共工事から排除した県や福岡市の決定は違法だとして、大分県に本社を置いていた管工事会社「九設」の社長だった男性(51)が2021年11月、決定の取り消しや損害賠償を求めて福岡地裁に提訴しています。本件について、本コラムではおなじみの廣末登氏(久留米大学非常勤講師、龍谷大学犯罪学研究センター嘱託研究員、ノンフィクション作家)の論考「「知人が反社だったら」認定されたら地獄、密接交際者が負う代償」がJBpressで配信されています。大変鋭い切り口で論じられており、大変参考になりますので、以下、一部抜粋して引用します。
さて、「暴排条例10年の、厳格な反社対策の副作用」といってよい、暴力団離脱者支援についても、廣末氏同様、本コラムでも高い関心をもって取り上げています。警察は元組員の生活を安定させることで、再び暴力団に戻るのを防げるとして就労支援に力を入れていますが、その柱の一つが協賛企業制度で、あらかじめ警察に雇い入れる意向を示す企業での就労を世話していますが、その企業数は、2011年の2,240社から2015年には1,846社まで減り、2020年は1,441社まで落ち込んでいるといいます。業種が建設業に偏っている事情もあり、2011~20年に離脱を支援した5,900人のうち就労につながったのは210人にとどまっています。報道によれば、暴排問題に詳しい疋田淳弁護士は「例えば、働く習慣が身につく研修を公的施設で受けさせ、身分を保証するような仕組みができれば雇用が広がる可能性もある。警察だけに頼るのではなく社会全体で支援する枠組みとその機運を作ることが重要だ」と指摘していますが、「身分を保証するような仕組み」を含め、全く同意するところです。関連して、2021年12月20日付毎日新聞の記事「就職率3%”ヤメ暴”が明かす元暴力団員「シューカツ」最前線」、同27日の記事「「ヤメ暴」の就活、狭き門」が最近の動向について的確にまとめられていると思いますので、以下、一部抜粋して引用します(2つの記事を筆者にて再構成しています)。
その他、暴力団対策や暴排等を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 暴力団組員に捜査情報を漏らしたとして、地方公務員法(守秘義務)違反に問われた佐賀県警の若手刑事が2021年11月、有罪判決を受けました。報道によれば、刑事は「関係を築いて情報を取ろうという気持ちもあった。不注意だった」と釈明していますが、暴力団排除が進み、警察の捜査手法も見直される中で、同様の事件は後を絶ちません。暴力団捜査では、組織や関係者の動向などの情報を収集するため、暴力団内部に協力者を育成する手法が長く続いてきたといいます。佐賀県警の幹部は「情報収集は暴力団捜査において非常に重要だが、今は組員との接点は取り調べの機会などに限られる。協力者をつくることは難しくなっているのが実情だ」と明かしているとおり、従来の方法は通用しない状況にあります。この巡査長の同僚は「捜査情報の漏えいが、あってはならないことは当然」としたうえで、「自分たちだけではなく、相手もこちらから情報を取ろうと思っている。緊張感と慎重さを忘れずに向き合わなければ、取り込まれる」と述べており、そうした自覚や危機感を強く持つことが捜査関係者には求められているといえます。
- 強盗など6件、1,300万円あまりの犯行を指示したとして懲役12年を言い渡された半グレグループの元リーダーに対し、大阪高裁は懲役11年6か月を言い渡しています。2021年6月に1審の大阪地裁に懲役12年を言い渡され控訴していたのは、解散した半グレグループ89のリーダーだった被告で、大阪・ミナミの時計店や梅田の百貨店など6店舗で起きた被害総額およそ1,300万円の強盗や窃盗などを指示したとして強盗致傷などの罪に問われています。大阪高裁は判決で、リーダーの地位を利用した犯行は悪質だとした一方、1審判決のあとに示談が1件成立し反省が進んでいるなどとして、1審判決を6か月短縮しています。
(2)AML/CFTを巡る動向
冒頭とりあげたNRAでは、今後の取組みとして、「今後、経済活動のグローバル化や新たな技術の普及等により、犯罪収益やテロ資金の流れがますます多様化することが見込まれる。このような中で、犯罪収益の移転やテロ資金供与の防止を効果的に行い、引き続き国民生活の安全と平穏を確保するとともに、経済活動の健全な発展に寄与するためには、所管行政庁及び特定事業者が、上記のそれぞれの役割を十分に理解した上で、本調査書の内容や国内外の情勢変化を踏まえ、官民一体となってマネー・ローンダリング等対策に取り組んでいく必要がある」と述べています。それに呼応する形で、警視庁は来年度の組織改編で、マネー・ローンダリングを専門に捜査する「犯罪収益対策課」を全国で初めて設置する方針を固めたと報じられています(2022年1月8日付読売新聞)。複雑・巧妙化するマネー・ローンダリングの解析や摘発強化が狙いだといいます。報道によれば、マネー・ローンダリングなどの可能性がある「疑わしい取引」は年々増え、2020年は全国で約43万件に上り、詐取金を匿名性の高い暗号資産に替えるなど手口が高度化しており、詐欺グループなどを摘発しても、被害金を回収できないケースもあることなどから、来年度、警視庁が組織犯罪対策部を再編し、従来の「マネー・ローンダリング対策室」を「犯罪収益対策課」に格上げして捜査体制を拡充するほか、「没収保全係」を置き、捜査で見つけた犯罪収益を迅速に差し押さえて被害回復につなげることを目指すとしています。さらに、各国の企業に偽の取引メールを送って送金させる「ビジネスメール詐欺」でも、日本国内の金融機関で詐取金を引き出す手口が目立つことから、海外の捜査当局との連携も深め、国際的な犯罪組織の解明を目指すとしています(なお、2003年に発足した警視庁組織犯罪対策部の再編は初めてで、ほかにも、外国人犯罪を対象とする組対1課と2課を「国際犯罪対策課」に、暴力団の対策と捜査を担う組対3課と4課を「暴力団対策課」に統合するといいます。分散していた情報の集約と捜査の効率化が狙いで、違法薬物や銃器を扱う組対5課は「薬物銃器対策課」に改称するということです)。
本コラムでもその動向を注視していた金融庁の金融審議会「資金決済ワーキング・グループ」の議論ですが、このほど「資金決済ワーキング・グループ報告(案)」が示され、高額な送金が可能な電子ギフト券などの発行者に本人確認手続きを義務付ける方針を示しました。マネー・ローンダリング対策の強化が目的で、実質的に送金の機能を持っているギフト券に新たに規制の網をかけることになります。具体的には、1回の送金額が10万円、1カ月の合計が30万円を超える場合に限り、電子ギフト券の発行者に対して運転免許証などを通じたオンラインでの本人確認手続きを求めるとしていますが、事業者には、規制に対応した人員配置やシステム開発のコストが重くのしかかるほか、キャッシュレス化の進展を阻むとの反発の声も聞かれます。メガバンクなどはすでにマネー・ローンダリング対策の高度化を求められており、経営戦略にも影響を与えていますが、小規模の事業者にとって対応コストは大きな負担で、事業の縮小や撤退につながる可能性も考えられるところです。しかしながら、本コラムでもたびたび指摘しているとおり、世界のマネー・ローンダリング監視の水準は一層高まっており、2021年8月のFATFの第4次対日相互審査結果によって、さらにその取り組みレベルを向上させることが国としての至上命題となっています。なお、すでに「LINEPay」などのスマホ決済やクレジットカードについては本人確認が義務付けられているうえ、すでに数千万円にのぼる取引が可能なプリペイドカードが出てきていることも踏まえ、「問題が顕在化する前にリスクの芽を摘み取る」との金融庁のコメント(2021年12月28日付日本経済新聞)はそのとおりだと思います。
▼金融庁 金融審議会「資金決済ワーキング・グループ」(第5回)議事次第
▼資料1 資金決済ワーキング・グループ報告(案)
- マネー・ローンダリング等の犯罪については、一般に、その対策が十分でない銀行等が狙われる等の指摘がある。こうした観点から、各銀行等における単独での取組みに加え、銀行等が業界全体としてAML/CFTの底上げに取り組むこと意義がある。また、銀行等によるAML/CFTの実効性向上は、詐欺等の犯罪の未然防止や犯罪の関与者の捕捉に直結するほか、被害者の損害回復にも寄与するものであり、利用者保護の観点からも重要な意義を有する。
- 銀行等によるAML/CFTについては、顧客管理と取引フィルタリング・取引モニタリングを組み合わせることで実効性を高めることが重要である。具体的には、各銀行等において、AML/CFTの基盤となる預金口座等に係る継続的な顧客管理を適切に行うこととあわせて、リスクベースアプローチの考え方の下、一般にリスクが高いとされる為替取引に関する「取引フィルタリング」「取引モニタリング」について、システムを用いた高度化・効率化を図っていく必要がある。これらの業務の中核的な部分を共同化して実施する主体(以下「共同機関」)の具体的業務内容としては、FATF 審査の結果や共同化による実効性・業務効率向上の観点を踏まえ、銀行等の委託を受けて、為替取引に関して、以下の1、2の業務を対象とすることが考えられる。なお、通常は、1の業務は、銀行等における制裁対象者との取引の未然防止の観点から、2の業務は、銀行等が行った取引について犯収法に定める疑わしい取引の届出の要否を判断する観点から、それぞれ行われることになるものと考えられる。
- 顧客等が制裁対象者に該当するか否かを照合し、その結果を銀行等に通知する業務(取引フィルタリング業務)
- 取引に疑わしい点があるかどうかを分析し、その結果を銀行等に通知する業務(取引モニタリング業務)
- 共同機関が多数の銀行等から委託を受け、その業務の規模が大きくなる場合、銀行等による共同機関に対する管理・監督に係る責任の所在が不明瞭となり、その実効性が上がらないおそれがあるほか、共同機関の業務は、AML/CFT業務の中核的な部分を担うものであり、共同機関の業務が適切に行われなければ、日本の金融システムに与える影響が大きいものとなり得る、と考えられる。
- このような場合を念頭に置いて、一定以上の規模等の共同機関に対する業規制を導入し、当局による直接の検査・監督等を及ぼすことで、その業務運営の質を確保する制度的手当てを行う必要があると考えられる。こうした対応は、金融のデジタル化の進展や、マネー・ローンダリング等の手口の巧妙化を踏まえ、国際的にもより高い水準が求められるAML/CFTの適切な実施にも資するものと考えられる。
- 取引フィルタリング・取引モニタリング業務に関連するものとして、例えば、制裁対象者リストの情報を共同機関の利用者となる銀行等に提供し、銀行等の継続的な顧客管理に活用してもらうこと や、銀行等に対して、AML/CFTの研修を行うこと、さらには、取引フィルタリング・取引モニタリングの分析の高度化に向けたコンサルティングを行うこと等が考えられる。また、銀行等以外の金融機関に対し、制裁対象者リストの情報を提供すること等も想定される。一方で、取引フィルタリング・取引モニタリング業務と関連のない他業を幅広く営むと、後述の個人情報の適正な取扱い等との関係で、支障が生じ得る可能性もあると考えられる。このため、共同機関が兼業できる業務の範囲は、取引フィルタリング・取引モニタリングに関連するものを基本とすべきと考えられる。
- 銀行等による共同機関への利用者の個人情報等の提供と個人情報保護法で求められる銀行等によるその利用者への利用目的の特定・通知又は公表との関係については、現行の銀行等の実務では、銀行等は個人情報を犯収法に基づく取引時確認等に利用するとしていることから、一般論としては、現在、銀行等において利用者に通知・公表されている利用目的の範囲内となるものと考えられる。
- 共同機関が、各銀行等から提供を受けた個人データを、各銀行等から委託された業務の範囲内でのみ取り扱い、各銀行等別に分別管理する(他の銀行等のものと混ぜない)、各銀行等の取引等を分析した結果(個人データを含む)は、委託元の各銀行等にのみ通知する(他の銀行等と共有しない)場合には、一般論として、銀行等の行為は「利用目的の達成に必要な範囲内において個人データの取扱いの全部又は一部を委託することに伴って当該個人データが提供される場合」に該当すると考えられ、銀行等は、あらかじめその利用者の同意を得ることなく、当該個人データを共同機関に提供することができると考えられる。
- 共同機関における分析能力の向上を図る観点から、上記アに加え、共同機関が、ある一つの銀行等からの委託を受けて、当該銀行等の利用者の個人情報を機械学習の学習用データセットとして用いて、当該銀行等のために生成した学習済みパラメータ(重み係数)を、共同機関内で共有し、他の銀行等からの委託を受けて行う分析にも活用する場合には、一般論として、当該パラメータと特定の個人との対応関係が排斥されている限りにおいては、「個人情報」にも該当しないと考えられ、銀行等は、あらかじめその利用者の同意を得ることなく、当該パラメータを共同機関内で共有し、他の銀行等の分析に活用することができると考えられる。
- このように、共同機関においては、業規制等に基づく適切な規制・監督等の下で、各銀行等から共同機関に提供される個人情報は、分別管理し、他の銀行等と共有しない、さらに、共同化によるメリットの一つである分析の実効性向上を図る観点から、これに資するノウハウを特定の個人との対応関係が排斥された形(個人情報ではない形)で共有する、ことにより、個人情報の保護を適切に図りつつ、プライバシーにも配慮した形で、共同化によるAML/CFTの実効性向上等との適切なバランスが確保されるものと考えられる。
- 欧州連合(EU)では、2020年9月にステーブルコイン50を含む暗号資産の規制案が公表され、米国でも、2021年11月に大統領金融市場作業部会(PWG)が決済用ステーブルコイン(Payment stable coins)の発行者を、銀行を始めとする預金保険対象の預金取扱金融機関に限定する等の規制方針等を示した報告書を公表している。
- 民間事業者の発行するデジタルマネーに関して過不足ない制度整備を検討することは、利用者保護やAML/CFTの観点から必要な対応を行うことに加えて、民間事業者が、近年の関連する制度整備とあわせ、決済の効率化等に向けた様々の取組みを試行できる環境を整備する意義があると考えられる。国内における決済サービスの提供状況を見ると、全銀システム(内国為替取引取扱高)は2,927兆円、資金移動業者(国内送金取扱高)は2兆円、前払式支払手段(発行額)は25.8兆円となっている。また、国際的に検討が進む中央銀行デジタル通貨(CBDC)は民間デジタルマネーとの共存が前提となっている。今回の制度整備によって、こうした決済サービスの利便性向上等に向けた取組みにつながることが期待される。
- ステーブルコインについて、現行制度の考え方に基づけば、価値を安定させる仕組みによって、以下のとおり分類できると考えられる。
- 法定通貨の価値と連動した価格(例:1コイン=1円)で発行され、発行価格と同額で償還を約するもの(及びこれに準ずるもの)
- 上記以外(アルゴリズムで価値の安定を試みるもの等)
- 現行制度上、上記1(以下「デジタルマネー類似型」)は「通貨建資産」(資金決済法第2条第6項)に、上記2(以下「暗号資産型」)は基本的には「暗号資産」(同条第5項)にそれぞれ該当し得ると考えられる。現行の資金決済法上、「通貨建資産」は「暗号資産」の定義から除外されているため、その仲介者には暗号資産交換業の規律が及ばない。
- こうしたデジタルマネー類似型と暗号資産型は、経済社会において果たし得る機能、法的に保護されるべき利益、及び金融規制・監督上の課題が異なると考えられる。そのため必要な制度対応等については、引き続き、両者を区分して検討することが適当と考えられる。その際、利用者保護等の観点から、問題のあるものについて適切に対応する必要がある。
- 仲介者の機能に関して、暗号資産取引における暗号資産交換業者同様、取り扱う電子的支払手段に係る情報提供や適切なAML/CFT対応のほか、これらの前提となる適切な体制整備等(システム対応等含む)が確保されるべきと考えられる。さらに、海外発行のものを含め、利用者保護等の観点から、利用者財産の管理や情報提供等、必要な規律を及ぼすとともに、利用者保護等の観点から支障を及ぼすおそれのある電子的支払手段は取り扱わないこととすべきと考えられる。
- 仲介者に関する規律を導入することにより、仲介者規制の下で、発行者以外の者が海外に所在する者の発行する電子的支払手段を取り扱うことができるかとの論点が生じる。この点に関しては、発行価格と同額での償還等を約している電子的支払手段の性格等を踏まえると、発行者の破綻時等に利用者資産が適切に保護され、実務において利用者が円滑に償還を受けられることが重要となる。この点については、FSBの勧告においても、利用者の償還請求権の法的強制力等やプロセスに関する法的明確性を確保することを求めている。
- 発行者と仲介者が分離する中で、両者をあわせた全体として適切な金融サービス提供には、システム全体としての適切なガバナンスの確立が重要である。社会経済で広く使われる可能性のある送金・決済手段に求められる水準としては、システムの安全性・強靱性等に加え、一般に(ⅰ)権利移転(手続、タイミング)に係る明確なルールがあること、(ⅱ)AML/CFTの観点からの要請に確実に応えられること、(ⅲ)発行者や仲介者等の破綻時や、技術的な不具合や問題が生じた場合等において、取引の巻戻しや損失の補償等、利用者の権利が適切に保護される ことが必要と考えられる。
- これらの要件のうち、特に(ⅱ)AML/CFTの観点からの要請については、システム仕様等で技術的に対応することにより実効的な対応が可能となると考えられる。そのための水準を満たす方法について、FATFでの議論等を踏まえつつ、例えば、発行者及び仲介者のシステム仕様等を含めた体制整備において、本人確認されていない利用者への移転を防止すること、本人確認されていない利用者に移転した残高については凍結処理を行うことといった事項を求めることを検討することが考えられる
- これらの規律は、第1章で検討した銀行等におけるAML/CFTの高度化・効率化に向けた対応と比較すると、基本的なものに留まる。電子的支払手段の仲介者等に対しても、銀行等と同様、今後、マネー・ローンダリング等に関するリスク環境の変化等により、より高い水準でのAML/CFTを求める可能性があると考えられる。また、発行者と仲介者の適切な連携や利用者から見た発行者と仲介者の役割や責任関係の明確化等を求めることが考えられる。こうした観点から、電子決済等代行業者における銀行と電子決済等代行業者の契約締結義務を参考に、利用者に損害が生じた場合の発行者と仲介者の間の責任分担に関する事項等について、発行者と仲介者の間で契約を締結すること等を求めることが考えられる。
- 大規模に利用される又はクロスボーダーで決済等に使われ得る電子的支払手段に関しては、その発行・償還の金融市場への影響等を含め、金融システムの安定等へ与える影響が大きくなり得ることから、より高い規律が求められることとなる。また、プラットフォーマーを含む大規模な事業者による市場の寡占等の可能性を念頭においた議論も行う必要がある。
- FSB の勧告を踏まえたものであり、この枠組みの下で、その仕組みや事業規模等を考慮しつつ、金融市場等への影響を含むリスクベースの監督を行っていくことが考えられる。例えば、銀行が発行者の場合、電子的支払手段の発行に際して預かる資産は、自ら管理・運用することを前提としており、金融危機時等における急激な償還請求により生じ得る金融市場への影響については、銀行の財務規制(流動性規制を含む)で対応することとなる。また、資金移動業者が発行者の場合、電子的支払手段の発行に際して預かる資産は供託することが基本となっており、利用者からの大規模な償還に迅速に対応することについての課題は指摘されているものの、急激な償還により生じ得る金融市場への影響は限定的と考えられる。
- デジタルマネーの発行者に係る規律のあり方については、国際的には、今後のデジタル時代に相応しい政府・中央銀行が発行する通貨や民間デジタルマネーのあり方を含め、幅広い観点から議論が行われている。我が国においても、今後のサービスの提供状況等も踏まえつつ、引き続き、以下の論点を含め、幅広い観点から検討すべきである。
- 中央銀行が発行者となるモデル(中央銀行デジタル通貨(CBDC))
- 日本銀行を含む各国の中央銀行がCBDCに関する実証実験等を行っている。その制度設計にあたっては、G7から公表された「リテール中央銀行デジタル通貨(CBDC)に関する公共政策上の原則」も踏まえ検討する必要がある。その際、金融システムの安定や利用者保護の観点からは、主として以下の論点について検討を行う必要があると考えられる。
- 銀行等(預金取扱等金融機関。)の金融仲介機能への影響や金融危機時等における影響等に対処すること
- 民間の決済サービスとの共存によるイノベーションの促進の観点から、民間の創意工夫を促す柔軟な設計を検討すること
- 利用者保護の観点等から権利義務関係を明確に規定すること
- AML/CFTの要請に適切に対応すること
- プライバシーへの配慮や個人情報保護との関係を整理すること
- クロスボーダー決済等で使用される可能性を考慮すること
- 日本銀行を含む各国の中央銀行がCBDCに関する実証実験等を行っている。その制度設計にあたっては、G7から公表された「リテール中央銀行デジタル通貨(CBDC)に関する公共政策上の原則」も踏まえ検討する必要がある。その際、金融システムの安定や利用者保護の観点からは、主として以下の論点について検討を行う必要があると考えられる。
- 銀行が発行者となるモデル
- 我が国のように銀行をデジタルマネー発行者とする制度下では、デジタル化が進展する下での預金保険のあり方についても論点となり得る。
- 銀行等が銀行法等に基づき提供するデジタルマネーサービスについては、金融システムの安定確保・預金者保護の観点から、預金者等から受け入れた(チャージされた)資金を預金として、その性格に応じ決済用預金又は一般預金等として、預金保険の保護対象とする扱いとなっている。
- 現在の預金保険制度は、決済用預金に対する全額保護の仕組みが導入されて以来、約20年が経過しているが、そのあり方について抜本的な見直しは行われていない。決済用預金制度の導入当時は今日のようなデジタルマネーサービスが普及することが想定されてなかった。また、他の主要国の預金保険制度においては決済用預金のように預金を全額保護する仕組みとなっていないとの指摘や全額保護の仕組みはモラルハザードが生じるとの指摘がある。こうした中で、デジタルマネーサービスを預金保険制度による全額保護の対象とする場合、国際的にみてデジタルマネーの保護が過度に手厚くなる等の指摘がある。
- 一方、現行制度上、こうしたモラルハザードに関しては、決済用預金には付利しないことや預金保険料をその他の預金よりも高く設定することで抑制されているとの指摘もある。本章において検討した仲介者に係る制度整備によりこの傾向が変わるか推移を見極める必要もあると考えられる。
- また、銀行等によるデジタルマネーサービスの提供は、預金に付帯する決済サービスの高度化と考えられる。従来の口座振替サービスに加え、買い物等の際に預金口座から残高の引き落としで支払いを行うデビットカードやその基盤を利用したQRコード決済、少額での買い物を中心に利便性を向上させた銀行発行デジタルマネー(銀行内のデジタルマネー専用アカウントで資金管理)等が登場している。
- デジタルマネーの発行者に関連するその他の論点
- デジタルマネーの発行者と関連する論点として、いわゆるナローバンクの議論がある。この議論は、幅広い論点を含み得るが、預金保険との関係という観点からは、以下のア、イに大別できる。
- ア)預金保険の適用のある銀行等を前提に、預かり資産の運用機能を高流動性・安全資産等に限定すること等により、専ら決済機能を提供することを想定する場合(銀行型)
- イ)預金保険の適用のない銀行等以外の主体を前提に、預かり資産の運用機能を高流動性・安全資産等に限定すること等を想定する場合(非銀行型)
- ア(銀行型)については、運用機能が限定されることに伴う銀行規制・監督をどう考えるか等の論点がある。イ(非銀行型)については、現行の資金移動業と異なり自ら資産運用を行うのであれば、破綻時の利用者の償還請求権保護等の観点から、厳格な兼業規制や財務規制等のほか、利用者の運用資産に対する優先弁済権の付与を検討する必要がある。さらに、発行者破綻時の迅速な払戻し機能(セーフティネット機能)の必要性等についても検討すべきと考えられる。また、イ(非銀行型)については、預かり資産を自ら金融市場等で運用することを想定すると、大規模な発行・償還が金融市場に与える影響等への対応も必要となる。こうした観点から、例えば、預かり資産を中央銀行預金で資産保全するモデルが議論されることもある。さらに、イ(非銀行型)の業務の規模が大規模になる場合は、銀行等の金融仲介機能への影響も生じ得る。
- デジタルマネーの発行者と関連する論点として、いわゆるナローバンクの議論がある。この議論は、幅広い論点を含み得るが、預金保険との関係という観点からは、以下のア、イに大別できる。
- 中央銀行が発行者となるモデル(中央銀行デジタル通貨(CBDC))
- 我が国におけるデジタルマネー・電子マネーの発行については、銀行業・資金移動業によるもののほか、小口決済等に幅広く使われている前払式支払手段を活用したものがある。前払式支払手段については、原則として利用者に対する払戻しが行えないこと等も背景として、銀行・資金移動業者と異なり、犯収法上の取引時確認(本人確認)義務や疑わしい取引の届出義務等が課されておらず、また、資金決済法上、利用者ごとの発行額の上限も設けられていない。我が国で利用されている第三者型の前払式支払手段の大宗を占める(紙型・磁気型以外の)IC型・サーバ型の利用実態等については、以下のとおりとみられる。
- 多くは、交通系ICカード等、電子的に譲渡・移転できず、少額のチャージ上限の下で、小口決済に使われている(小口決済型)。
- 一方、電子的な譲渡・移転が可能なもの(電子移転可能型)として、残高譲渡型と番号通知型が提供されている。
- この電子移転可能型の中には、アカウントのチャージ可能額の上限額が高額となるもの(チャージ上限設定のないものを含む:高額電子移転可能型)もある。実際に高額のチャージや残高譲渡型において多額の譲渡をしている利用者はかなり限られると見られるが、例えば、国際ブランドのプリペイドカードにおいて数千万円のチャージが可能なサービスも提供されている。
- 前払式支払手段は、発行者や加盟店への支払手段として制度化されたものであり、制度創設当初は電子的な移転等のサービス提供を想定したものではなかった。しかしながら、近年、オンラインのプラットフォームや国際ブランドのクレジットカード決済基盤を活用すること等により、広範な店舗で多種多様な財・サービスの支払いに利用できる前払式支払手段が登場し、発行者に対する償還請求が行えないという制約はあるものの、その機能は現金に接近していると考えられる。我が国においては、こうした前払式支払手段が紙幣や硬貨等の現金に置き換わり、利便性の高い決済サービスとして、キャッシュレス化やイノベーション創出に寄与しているとの指摘がある。
- 電子移転可能型のうち、残高譲渡型に関しては、2019年12月の金融審議会ワーキング・グループ報告に基づき、不正利用防止の観点等から、内閣府令等を改正し、所要の措置を講じた。具体的には、自家型・第三者型の前払式支払手段の発行者に対し、譲渡可能な未使用残高の上限設定や、繰り返し譲渡を受けている者の特定等の不自然な取引を検知する体制整備、不自然な取引を行っている者に対する利用停止等を義務付けた。
- これに基づき、発行者においては、1回当たりの残高譲渡の上限額を10万円とする取組みや、1日又は1か月当たりの残高譲渡額に上限額を設ける取組み等が進められている。これらの取組みを通じて、不正利用のリスクが一定程度抑制されているとの指摘がある。
- 一方、番号通知型(番号通知型(狭義)及び番号通知型(狭義)に準ずるもの。)については、現時点では、残高譲渡型と同様の体制整備等の対応は求めていない。しかしながら、番号通知型については特殊詐欺等を含む不正利用事案の例が報告されているほか、転売サイトの利用等に伴うトラブルも報告されている。
- こうした不正利用への対応については、発行者が、発行額を少額にする等の商品性の見直しにより犯罪利用を抑制することや、利用者に対して転売等が禁止されていることをわかりやすい態様で十分周知するほか、不正転売等のモニタリング等を行うことが重要と考えられる。
- また、番号通知型(狭義)の前払式支払手段に関しては、取引時確認(本人確認)なく発行され、発行者が管理する仕組みの外で、当該前払式支払手段を容易に電子メール等により移転できる仕組みの下で利用トラブルが生じやすい面もあると考えられる。発行者側において利用者が安心して利用できるサービスを提供するとの観点から、商品性の見直しやシステム面での対応の可能性等を含め、どのような対応が可能か検討すべきと考えられる。
- 番号通知型においても、残高譲渡型と同様、対象を高額のものに限るのではなく、少額の取引を含めた上で、リスクベースでの取組みが求められると考えられる。
- 以上を踏まえ、番号通知型について、不正利用防止等の観点から、残高譲渡型と同様の価値移転に焦点を当てた体制整備等を求める趣旨で、以下の対応が考えられる。
- 自家型・第三者型の前払式支払手段の発行者に対して、利用者が安心して利用できるサービスを提供するとの観点から発行額を少額にする等の商品性の見直しやシステム面での対応の検討等、転売を禁止する約款等の策定、転売等を含む利用状況のモニタリング、不正転売等が行われた場合の利用凍結等を行うとともに、利用者への注意喚起等を行う体制整備を求める。
- 当局として、商品性等から不正利用リスクが相対的に高いと考えられる前払式支払手段の発行者に対し、リスクに見合ったモニタリング体制が構築されているか等を確認するとともに、広くサービス利用者等に対し、転売サイトの利用等を控えるよう周知徹底を図る。
- なお、番号通知型(狭義)に関しては、発行者等から買取業者・転売サイト等の買取り(第三者買取り)に対する強力な対策が必要であるとの意見が示された。これに対し、買取業者等は法規制の隙間で活動することが多く、発行者による買取り等の取組みが有益である等の指摘もある。まず商品性の見直し等の対応を行った上で、なお問題が残る場合には、発行者による業務の健全な運営に支障が生ずるおそれがない範囲内での買取り(現行制度で認められる払戻し)等の取組みを検討することが考えられる。この点、発行者による発行価格と同額での買取り(払戻し)は、第三者買取りが通常割引価格で行われることを踏まえると、これを利用するインセンティブを大きく減じさせ、有効な対策となる場合もあると考えられる
- マネー・ローンダリング等のリスクについては、2014年の改正犯収法に基づき、2015年から国家公安委員会が犯罪収益移転危険度調査書を策定し、分析結果を公表している。この調査書の中においては、2015年以降、犯収法上の特定事業者(金融分野に限らず幅広い事業者が含まれる)に加え、引き続き利用実態を注視すべき新たな技術を用いた商品・サービスとして電子マネー(前払式支払手段等)も記載されている。
- マネー・ローンダリング等は、一般に、その対策が脆弱な部分が狙われる側面があり、AML/CFTは提供されるサービスの機能に着目して横断的に検討する必要がある。前払式支払手段に関しても、デジタル技術を活用した様々なサービス提供手段が生じてきている現状を踏まえ、AML/CFTの観点からの適切な規律のあり方を検討することが必要と考えられる。その際、国際的にも、マネー・ローンダリングを行う者は非常に巧妙に当局の対策を迂回する新しいスキームを作り出すとされ、当局が包括的かつ十分な法的な権限・規制上の権限を持ち、かつ、柔軟な制度を持つことの重要性が強調されていることを踏まえた検討を行う必要がある。
- 国際連合の条約によれば、締約国は、犯罪収益である財産の不正な起源を隠匿し若しくは偽装する目的等で当該財産を転換し又は移転すること等の行為を犯罪とするための立法措置等が求められている。また、この犯罪収益は、一般に、違法な武器売買、密輸、組織犯罪のほか、横領、インサイダー取引、賄賂、コンピュータ犯罪等非常に幅広いものが念頭に置かれている。AML/CFTの観点からは、換金できるか否かにかかわらず、幅広く対策を講じることが求められる。この点、前払式支払手段は払戻しが認められておらず、マネー・ローンダリング等に係るリスクは相対的に限定されているとの考え方は、我が国で幅広く利用され、電子的に譲渡・移転ができず、チャージ上限を少額に設定する小口決済型の前払式支払手段(例:交通系IC カード)には当てはまるものの、それ以外の前払式支払手段には当てはまらないと考えられる。リスクに応じた対応を検討する必要がある。
- こうした観点を踏まえ、従来、犯収法に基づく取引時確認(本人確認)義務や疑わしい取引の届出義務等は課さないこととされていた前払式支払手段発行者についても、銀行・資金移動業者、暗号資産交換業者、クレジットカード事業者等を含む他の特定事業者との間で、マネー・ローンダリング等への対応の差異が拡大しないための対応が求められる。リスクベースアプローチの下、利用者利便の観点や、前払式支払手段がキャッシュレス化やイノベーション創出に果たしている役割にも配慮しつつ、取引時確認(本人確認)や疑わしい取引の届出義務等が必要となる高額電子移転可能型前払式支払手段の範囲を定めることが考えられる。
- いわゆる国際ブランドの前払式支払手段(番号通知型(狭義)に準ずる前払式支払手段に該当)は、同ブランドのクレジットカードと同じ機能を提供しており、マネー・ローンダリング等の観点からは、少なくとも同じ危険度があると考えられる。また、近年、数千万円規模の高額なチャージを可能とする国際ブランドの前払式支払手段もサービス提供されている。同じリスクに対しては同じ対応を求める必要がある。
- マネー・ローンダリング等の防止の観点からは、権利や価値が移転する一連の過程を追跡できることが重要であり、本人確認を経ないアカウント等に基づくモニタリングでは、その効果に限界がある。例えば、犯罪収益移転危険度調査書においては、危険度の高い取引の顧客の属性として反社 会的勢力(暴力団等)を指摘している。金融庁が検査で把握した事例では、電子移転可能型前払式支払手段のサービスから犯収法上の取引時確認(本人確認)を経て資金移動業のサービスに移行した利用者の中に反社会的勢力と評価される者が確認され、サービス利用を停止した事例がある。本人確認等を行うことなく、反社会的勢力に対する前払式支払手段の価値・残高の移転等を防止することには限界がある。
- 高額電子移転可能型前払式支払手段の範囲については、支払手段の電子的な譲渡・移転を反復継続して行う場合、マネー・ローンダリング等に悪用されるリスクが特に高くなると考えられる。こうした観点から、対象範囲の検討にあたっては、残高譲渡型はチャージしたアカウントから他のアカウントに電子的に残高を移転する行為に着目し、番号通知型は電子的にアカウントにチャージする行為に着目することが適切と考えられる。
- 高額の水準の考え方について、現金を持ち込んで銀行送金する場合は、10 万円超の送金に対して取引時確認(本人確認)を求める犯収法の考え方を参考に、1回当たりの譲渡額・チャージ額を 10 万円超とすることが考えられる。また、同一の機能・リスクに対しては同一のルールという考え方に基づき、電子移転可能型前払式支払手段と機能が類似する資金移動業者・クレジットカード事業者に関する制度や利用実態等を踏まえ、1か月当たりの譲渡額・チャージ額の累計額を 30 万円超とすることが考えられる。
- AML/CFTに関しては、国際的に、マネー・ローンダリング等を行う者が非常に巧妙に当局の対策を迂回する新しいスキームを作り出してきていること等を踏まえ、当局として、包括的かつ十分な法的な権限・規制上の権限を持ち、かつ、柔軟な制度を持つことの重要性が強調されている。高額電子移転可能型前払式支払手段は、現時点において特にリスクが高いものとして切り出したものであって、それに属さない前払式支払手段のマネー・ローンダリング等のリスクが低いことを示すわけではない。今後とも、マネー・ローンダリング等に係るリスク環境の変化や前払式支払手段のサービス提供状況等を踏まえ、不断の制度見直しを機動的かつ柔軟に行っていくことが重要である。
みずほ銀行は、2021年9月のシステム障害の際の外国送金の対応に不備があったことをめぐり、財務省に再発防止策などを盛り込んだ報告書を提出しています(月末による処理作業の集中でシステム負荷が高まり、外国送金の処理に遅れが発生。その際、テロリストなどの制裁対象者が受取人になっていないかチェックする機器に障害が発生。みずほは送金を急ぎ、外為法で求められている事前確認をせずに送金を実施。これを受け、財務省が11月、みずほ銀に対して是正措置命令を出していたもの)。行内に法令順守を徹底させることやシステムの拡充が柱となっています。再発防止策では、外国為替及び外国貿易法(外為法)などの知識を身につけさせるため、全役職員を対象に研修をしたり、システム面でもデータ処理を担う中央演算処理装置(CPU)を増強したりするほか、コンプライアンス部門の中に、関連法令を一元的に管理する専門チームを設けるということです(外為法に詳しい幹部や社員10人前後で構成される専門組織の新設が公表されています。日々の送金業務が外為法に沿って運営されているかをチェックすることに加え、国内外の資金洗浄対策を巡る情報収集を担うことに加え、行内からの相談を受け付けるほか、人材育成も行うといいます)。なお、本件にかかる問題点については、2021年12月19日付日本経済新聞の記事「みずほ外為法違反「犯意なき過ち」が映すテロへの意識」が参考になりますので、以下、一部抜粋して引用します。
さて、金融庁「業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点」が公表されています。その中から、いくつか紹介します。
▼金融庁 業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点
▼主要行等
- 事業者支援について
- 感染の落ち着きにより経済活動は徐々に再開されてきたが、事業者の状況については、引き続き、売上の回復スピードは緩やかであるといった、厳しい見方も聞かれている。政府では、まもなく経済対策を策定し、事業者への支援を行っていくが、地域経済と事業者の状況を丁寧に把握し、最適な支援を行っていただきたい。
- 改めて、以下をお願いしたい。
- コロナの影響により資金繰りが厳しい事業者の状況を十分に勘案し、事業者の立場に立った最大限柔軟な資金繰り支援を徹底すること、
- 事業者の経営改善・事業再生・事業転換支援等を、スピード感をもって進めること
- 還付金詐欺被害の増加について
- 新型コロナウイルス感染症の流行拡大により、在宅の機会が増えたことに乗じた還付金詐欺などの被害が増加する中、各行において、70歳以上の顧客についてATMにおける振込限度額を設定するなど、被害の拡大防止に向けた取組みを実施しているものと承知。
- しかしながら警察庁の統計によれば、令和3年に入ってから、還付金詐欺の認知件数・被害金額が増加しており、特に60代後半の高齢者を狙った還付金詐欺が急増している
- こうした犯罪被害の発生を防止するため、前述の被害状況を踏まえた預金者の啓発・注意喚起や、ATM周辺での携帯電話の利用自粛など、預金者の保護に向けた取組みを引き続き検討・実施いただきたい。
- 電話転送サービスを悪用した不正送金について
- 通信事業者の提供する電話転送サービスを悪用し、銀行が本人確認のために用いるIVR認証を不正に利用する手口が確認されている。
- 関係省庁の協力・申入れもあって、現在、複数の通信事業者において、こうした電話転送サービスの悪用防止に向けた検討を進めているところ。
- これまでに確認されてきた不正送金などの手口も踏まえ、例えば、IVR認証とSMS認証を併用したセキュリティの高度化を図るなど、いま一度、不正送金の防止に向けた対策の強化を検討いただきたい。
- 国内不動産向け与信に関するモニタリング結果について
- 長引くコロナ禍が経済活動に様々な影響を与える中、国内不動産向け与信に関しては、バブル崩壊時やリーマンショック時に多額の与信コストが発生したことも踏まえ、昨年に続けて実態把握を実施した。
- その結果、以下が確認された。
- 各行とも商業・ホテル関連の不動産について厳しい見方をしている一方、物流関連の不動産ではEコマース拡大による底堅い需要増を見込むなど、セクターによって市況認識が異なること
- リーマンショック以降、与信先の選別やコベナンツ強化等の与信管理の改善に取り組んできたことから、引き続き与信コストの発生見込みは限定的であること
- 各行とも、リスク管理を行いつつも資金需要にはしっかりと対応する方針に変わりないこと
- 国内不動産向けについては、コロナ禍を契機とした不動産需要の変化に伴うリスクや、主要中銀の金融政策変更による海外からのマネーフローの変化などの不確実性に留意し、十分なリスク管理の下で、適切な金融仲介機能発揮を継続していただきたい。
- 顧客本位の業務運営に関する「金融事業者リスト」の公表等について
- 11月10日、金融庁ウェブサイトにて、9月に続き、「金融事業者リスト」を公表した。リストへの掲載対象は、顧客本位の業務運営に関する原則を採択した金融事業者でリストへの掲載を希望する旨の報告(9月30日期限)があった先のうち、原則の各項目と各金融事業者の取組方針との対応関係が明確であることが確認できた先のみとなる。
- 9月の意見交換会で申し上げたとおり、「金融事業者リスト」の作成は、昨年8月の金融審議会市場ワーキング・グループ報告書の提言を踏まえている。金融事業者からの報告内容をみると、取組状況を検証、評価するのに役立つ事例も見受けられる。
- 具体的には、例えば、「顧客にふさわしいサービスの提供(原則6)」におけるアフターフォローなどのサービスに関して、「定期的」や「丁寧」などといった抽象的・主観的な表現ではなく、どのような場合に実施するか・目的・内容等を具体的・定量的に示しているもの、更には、「動機づけの枠組み等(原則7)」について、業績評価の項目として、単に「顧客本位に資する」といった抽象的な説明ではなく、具体的な評価項目を示しているものがある。
- 他方で、引き続き、「見える化」の施策が顧客向けであることが必ずしも理解されていないと見受けられる先もある。
- 金融庁としては、取組状況のモニタリングも含め、金融事業者と対話を行い、好事例の公表を行う予定である。各金融機関においては、来年に向けて取組方針に基づく取組状況の整理を意識して対応していただきたい。
- 10月開催のG20の成果物について
- 10月に開催されたG20財務大臣・中央銀行総裁会議及び首脳会議について、主要な成果である以下を紹介したい。
- サステナブルファイナンス
- G20傘下に設置されているG20サステナブルファイナンス作業部会(SFWG)が策定した「G20サステナブルファイナンスロードマップ」及び「統合レポート」が承認された。ロードマップでは、気候と持続可能性に関するSFWGの今後複数年にわたる作業計画等が示されている。
- 具体的な項目として、わが国が主張してきたトランジションファイナンス、すなわち、脱炭素化に向け、グリーンかグリーンでないかという二元論でなく、排出削減が難しいセクターの着実な移行を支援する取組みの必要性が広く認識された。今後SFWGがトランジションファイナンスに関するハイレベル原則を策定する予定。
- 今後の課題として、サステナブルファイナンスの対象を気候変動だけでなく、生物多様性や社会問題にも徐々に広げることの重要性が、G20で共通の認識となっている。10月31日に公表されたG20ローマ首脳宣言においては、特に生物多様性などに関する財務情報開示の作業の重要性が認識されている。このほか、COP26や、生物多様性に関して気候変動と同様に定量的な目標設定などを目指す国際会議(COP15)についても、その議論をぜひフォローしていただきたい。
- クロスボーダー送金の改善
- クロスボーダー送金の改善については、費用・速さ・透明性・アクセスの4つの課題の対処に向けた定量目標が承認され、2027年末までにグローバルな平均送金コストを1%以下に引き下げることを目指す等、野心的な目標となっている。まずは目標のモニタリングに必要なデータの収集方法等について日本銀行や民間決済事業者等と議論を行うなど、実現に向けて公的部門と民間部門の連携を進めてまいりたい。
- FATFにおける暗号資産・ステーブルコインを巡る議論
- FATFにおける暗号資産・ステーブルコインを巡る議論については、「2回目の12ヵ月レビュー報告書」(21年7月公表)及び「改訂暗号資産ガイダンス」(21年10月公表)の2つが公表された。前者の報告書は、特に暗号資産(と暗号資産交換業者)に係るFATF基準の早期実施を求めている。これを踏まえ、後者のガイダンスは、ステーブルコインがFATF基準の対象であること等を明記している。したがって、例えば本邦金融機関がステーブルコインを取り扱う場合には、当然、FATF基準の遵守が必要となり、本報告書及びガイダンスに沿った対応が期待されることとなる。なお、金融庁は、FATFにおいてこれらを担当するコンタクト・グループの共同議長として作業に貢献した。
- ノンバンク金融仲介
- ノンバンク金融仲介(NBFI)については、新型コロナウイルス感染症の拡大による昨年3月の市場の混乱を踏まえ、金融安定理事会(FSB)及び証券監督者国際機構(IOSCO)をはじめとする各基準設定主体において分析作業が進められ、G20首脳会議に進捗報告書が提出された。関連して、マネー・マーケット・ファンド(MMF)に関する政策オプションを示す最終報告書も公表されている。
- G20/OECDコーポレートガバナンスコードの見直し
- G20の財務大臣・中銀総裁及び首脳からは、G20/OECDコーポレートガバナンスコードの見直しへの期待が示された。コロナ後を見据えた経済回復に資する重要な作業であり、今後の企業運営に大きく関係するため、各金融機関の意見もよく伺いつつ、国際的な議論に貢献してまいりたい。
- サステナブルファイナンス
- 10月に開催されたG20財務大臣・中央銀行総裁会議及び首脳会議について、主要な成果である以下を紹介したい。
- COP26の議論・成果物について
- 10月31日から11月12日に開催されたCOP26(気候変動枠組条約締約国会議)について紹介したい。
- 首脳級、大臣級、様々な会合が開催されたが、特に、11月3日、開催国である英国が「Finance Day」と定め、行われた議論内容について共有したい。各国政府・団体主催の会議が行われ、気候変動問題へ対処するための公的・民間資金の役割について議論された。主な項目は2点
- 一点目として、IFRS財団の傘下でサステナビリティ開示の基準を策定予定の国際サステナビリティ基準審議会(International Sustainability Standards Board)の設置が公表され、日本を含む各国政府や各基準設定主体が歓迎の意を表明した。
- 二点目として、民間セクターでの取組みとして、マークカーニー前イングランド銀行総裁が議長を務め、日本の金融機関も参加しているGFANZ(The Glasgow Financial Alliance for Net Zero)の活動報告も行われた。民間資金の一層の拡大は、新たな産業・社会構造への転換を促すために不可欠なものである。こうした民間部門の取組みについて、引き続き情報をいただけると幸い。
- 今後、COP26での議論を受けて、2050年ネットゼロに向けた官民の具体的な対策は実装段階に入っていく。金融庁としては、(1)排出削減が難しいセクターの着実な移行、すなわちトランジションファイナンス、(2)生物多様性などの気候変動以外のテーマの扱いについて、引き続き、各金融機関と連携して取り組んでまいりたい。
▼全国地方銀行協会/第二地方銀行協会
- マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策について<第二地銀協のみ>
- 継続的な顧客管理について
- 継続的顧客管理については、マネロンガイドラインでも対応すべき事項の1つとして、2024年3月末までに態勢整備をお願いしている。
- 3月に金融庁が公表した「マネロンガイドラインに関するよくあるご質問(FAQ)」において、リスクに応じた簡素な顧客管理(SDD)という考え方を示しているが、その内容について、わかりづらいとの声があることは承知している。
- そのような声を踏まえ、現在、SDDについて、よりわかりやすくお示しできないか検討を行っているところ。
- マネロン広報について
- 金融庁としても、政府広報含め、各業界団体と連携して、国民の皆様に、マネロン・テロ資金供与対策に係る確認手続きについて広報活動等を行う予定である。
- 広報についても、金融業界から、より広く国民へ周知してほしいとの声があることから、その意見を踏まえ、今後の広報活動等について検討してまいりたい。
- 継続的な顧客管理について
▼日本証券業協会
- 金商業者向け監督指針の改正について
- 協会が令和2年9月に公表した「プリンシプルベースの視点での自主規制の見直しに関する懇談会」報告書における要望も踏まえ、11月9日、金商業者向け監督指針を改正し、投資信託の販売・乗換え勧誘上の留意点等について、真に顧客の投資目的や理解度に応じた説明が行われるよう、プリンシプルベースでの見直しを行った。
- 具体的には、投資信託の勧誘に係る留意事項において、販売手数料の保有期間に応じた1年あたりの負担率の説明に係る記載を削除したほか、投資信託の乗換えに関する重要事項の説明に係る留意事項において、(1)顧客への具体的な説明事項を削除し、顧客の理解度に応じて、乗換えが顧客の投資目的に沿ったものであるか顧客が判断するために必要な事項の説明を行う旨を記載、(2)顧客への説明状況の検証に係る社内管理体制の構築に関し、社内記録の作成等の例示を削除し、実効的な検証を求める内容としたといった改正を行った。
- ただし、画一的に説明を減らしてよいということでは当然なく、本改正の内容・趣旨を十分踏まえ、顧客の状況に応じた適切な説明を行うよう心掛けていただきたい。
- IOSCOのAI/MLに係る最終報告書の公表について
- 9月7日、IOSCOは、「人工知能(AI)及び機械学習(ML)を利用する市場仲介者及び資産運用会社むけのガイダンス」を公表した。
- 同ガイダンスは、AI及びMLの利用について、「既存のプロセスの効率性を高め、投資サービスのコストを削減し、他の活動のためにリソースを開放することによって、市場仲介者、アセットマネージャー、投資家に利益をもたらす」と述べる一方で、「リスクを生み出したり、増幅させたりすることで、金融市場の効率性を損ない、消費者や他の市場参加者に損害を与える可能性もある」という警鐘も鳴らしている。
- こうした状況認識を踏まえ、同ガイダンスでは、「適切なガバナンスやコントロール」、「十分な知識・経験を有するスタッフの配置」、「強固で一貫性のある開発とテスト」、「適切な情報開示」等に関する措置が示されている。
- 市場仲介者及び資産運用会社にとっては、AI及びMLを利用する場合に期待される行動規範を示したものとなっているため、参照いただきたい。
- IOSCOのアウトソーシング原則について
- IOSCOは、10月27日に最終報告書「アウトソーシングに関する原則(Principles on Outsourcing)」を公表した。
- 本原則は、外部委託を行うに際して、様々な市場参加者が考慮すべき基本的な原則を記載したもの。対象となる市場参加者としては、取引所、市場仲介業者、マーケットメイカーなど自己勘定ベースで活動する市場参加者、信用格付会社などを想定している。
- 拘束力はなく、IOSCOによる実施状況レビューも予定されていない、業界向けの文書である。また、本原則は、外部委託の規模・複雑性・リスクに応じて適用され実施されるべきとされており、杓子定規な適用を想定したものではない。
- 本原則は、外部委託先の選定プロセスとモニタリング、契約交渉、情報セキュリティの確保、秘密保持、特定の外部委託先への業務集中、外部委託先の保有する情報へのアクセス、外部委託契約の解除など、外部委託先に関与する様々な局面において考慮すべき原則と、その実施に向けたガイダンスを記載している。
- 有益な記載が含まれるため、外部委託関係の検討をされる際には参照いただければ幸い。
▼日本暗号資産取引業協会
- 金融行政方針について
- 8月31日、本事務年度の金融行政方針を公表した。毎年、事務年度のはじめに、金融庁として進める施策の方向性を明らかにするもの。
- 暗号資産関連ビジネスは目まぐるしく変化している中で、暗号資産交換業者におけるビジネスモデルや内包するリスクを適切に把握し、フォワードルッキングな監督業務を実施するため、ビジネスモデルにかかるヒアリングや、財務リスク等の把握、経営管理態勢及び業務運営態勢の適切性にかかるモニタリングを実施する方針。
- また、新規の業登録に関して、審査プロセスの透明性を維持しつつ、より迅速に登録審査を進めることとしている。
- 現在、暗号資産交換業者においては、NFT関連事業やIEOの取扱いなど、従来の暗号資産交換業に含まれないものも含めた新たな業務が開始・検討されているため、イノベーションの促進と利用者保護のバランスに留意しつつ、モニタリングしていくべき範囲や深度、着眼点を検討していきたい。
- 暗号資産移転における通知義務対応について
- 貴協会で検討中の通知義務、いわゆる、トラベルルールの自主規則については、来年4月に施行される予定で検討が進められていると承知している。引き続き、会員各社と連携して対応いただきたい。
- FATF(金融活動作業部会)における暗号資産を巡る議論
- 暗号資産・暗号資産交換業者に関するFATF基準についての2回目の12ヵ月レビュー報告書
- 7月5日に公表された「2回目の12ヵ月レビュー報告書」については、各国に暗号資産にかかるFAFT基準の早期実施を要請するとともに、トラベルルールに関して、官民双方に早期実施を要請している。FATFとしては、来年6月に、これらの進捗状況を整理することとしており、各国における進捗に注目が集まっている状況。
- 暗号資産及び暗号資産交換業者に対するリスクベースアプローチに関するガイダンス
- 2019年6月の暗号資産及び暗号資産交換業者に関するFATF基準の最終化とともに採択していたFATFの暗号資産ガイダンスの改訂版が10月28日に公表された。主要な改訂テーマは、(1)FATF基準の適用範囲(VA,VASPの定義)(2)P2P取引のリスク削減、(3)ステーブルコイン、(4)トラベルルールなど。
- 例えば、トラベルルールに関しては、取引相手の暗号資産交換業者のデューデリジェンス、通知すべき情報・タイミング等について記載しており、トラベルルール実施に向けた自主規制規則策定や業務運営に有益な情報が盛り込まれているところ、是非参考にしていただきたい。
- 金融庁は、FATFにおいて本件を担当するコンタクト・グループの共同議長国として、これらの作業に貢献してきた。こうした点も踏まえ、ガイダンスの詳細な内容については、今後、業界向けにも説明・意見交換等を行っていく。
- 報告書・ガイダンスは、先日のG20財務大臣・中央銀行総裁会合コミュニケでも言及されており、国際的な関心も非常に高い。金融庁は、今後とも、国際的な議論に貢献するとともに、そこで得た知見・情報を国内関係者にも幅広く共有していく方針。
- マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策について
- FATF第4次対日審査の公表等について
- FATFの第4次対日審査報告書が8月30日に公表された。
- 今回の対日審査では、前回審査以降の取組みを踏まえ、日本のマネロン・テロ資金供与対策の成果が上がっているとの評価を得た。同時に、日本の対策を一層向上させるため、金融機関等に対する監督の強化等に優先的に取り組むべきとされている。
- 当報告書の公表を契機として、政府は今後3年間の行動計画を策定・公表している。「行動計画」の中で、金融庁は、マネロン・テロ資金供与・拡散金融対策の監督強化、金融機関等による継続的顧客管理の完全実施を含む、リスク低減策の高度化、取引モニタリングの共同システム実用化の検討等に取り組んでいくこととしている。
- これらの対策は、利用者の官民が連携してしっかりと対応していく必要があることから、引き続き、マネロン・テロ資金供与対策の高度化の取組みへの協力をお願いしたい。
- デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会について
- 金融庁では、7月に「デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会」を設置し、送金手段や証券商品などのデジタル化のあり方等について、金融のデジタル化が加速していることを踏まえ、民間のイノベーションを促進しつつ、利用者保護などを適切に確保する観点から、これまで4回にわたり議論が行われた。
- 直近(11月1日)開催された第4回研究会においては、(1)パーミッションレス型の分散型台帳等を利用した金融サービスに関する基本的な課題、(2)ステーブルコインを巡る諸課題等について議論が行われた。
- ステーブルコインを巡る諸課題等については、引き続き、金融審議会資金決済ワーキング・グループにおいて制度整備に向けた論点について議論が行われる予定。
- 研究会には、貴協会もオブザーバーとして出席しているが、今後、制度整備の検討に当たっては、意見を伺うこともあるかと思うので、協力をお願いしたい。
- FATF第4次対日審査の公表等について
その他、AML/CFTを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 英金融監督当局は、HSBCのマネー・ローンダリング対策に不備があったとして6,395万ポンド(8,520万ドル)の罰金を科したと発表しています。金融行動監視機構(FCA)によると、2010年3月31日から2018年3月31日までの8年間で、HSBCの英国での取引監視システムの主要な3部門で深刻な脆弱性が見つかったといい、具体的には、2014年までマネー・ローンダリングやテロリスト向け融資の監視が不十分だったほか、2016年以降は「新たなシナリオ」のリスク評価が杜撰だったというものです。また、不適切な検査、監視システムのデータの正確性や完全性のチェックを怠ったといいます。報道によれば、「これらの問題は容認できないもので、HSBCやコミュニティを回避できるリスクにさらした」と指摘、罰金は9,100万ポンドだったところ、HSBCが異議をとなえなかったため減額されたといいます。HSBCは2012年、メキシコの麻薬カルテルの資金洗浄に関わったとして米当局に罰金19億ドルを支払っていますが、FCAは、今回の罰金はそれとの関連性はないとしています。
- 利用が広がるスマートフォン決済で、不正利用の被害を防ぐ仕組みができると期待されています。他人になりすました出金などに使われたメールアドレスや電話番号などを決済事業者が登録・共有し、被害の防止に役立てるもので、NTTドコモ、KDDI、LINEペイ、楽天ペイメント、ファミマデジタルワン、コモニーの6社が参加し、2022年度から運用を始めるということです。2020年秋に発覚したNTTドコモの電子決済サービス「ドコモ口座」での不正引き出しの被害額は少なくとも2,885万円、2018年にはPayPay、2019年にはセブン&アイHDのスマホ決済でも大規模な不正利用が起きましたが、犯罪者集団が不正に入手した銀行口座やクレジットカードの情報を使って、現金やポイントを引き出す被害の防止が課題で、各社が不正利用された電話番号やアドレスをデータベースに登録、データベースと自社のシステムを連携し、登録された電話番号を使ってアカウントが作られた際などに本人確認を厳しくするといった対策をとれるようにするということです。なお、マネー・ローンダリング対策に厳しい米国では、こうした不正情報は捜査機関が集約しているということです。
- 生体認証サービスのLiquidは千葉銀行など地銀10行でつくる広域連携「TSUBASAアライアンス」と組み、参加行のオンライン本人確認を支援、口座開設や顧客情報の変更に伴う手続きなどの電子化を進め、マネー・ローンダリング対策で求められる継続的な顧客管理を強化するということです。
- イスラム世界の非公式金融網「ハワラ」という決済システムは、簡単に足がつく書類手続きがなく、密航あっせん者らは当局の監視を逃れ、国境をまたぐ資金のやり取りをせずに済むほか、移民希望者にとっても、多額の現金を持ち運ぶ必要がなく、詐欺や盗難のリスクも低下するメリットがあります。ハワラは、信頼できる仲介人のネットワークが銀行システム以外で決済を行う仕組みで、その起源は何世紀も前にさかのぼるとされます(ハワラを通じた決済は、ある場所にいる仲介人がお金を預かった上で、違う都市や国にいる別の仲介人に連絡してこれまでに受け取った金額を報告することで機能するものですが、実際には現金が国境間を行き交わないケースが多く、一種の信用制度に基づいているといえます。仲介人はサービスの手数料を請求するものの、通常の国際送金などより費用が安いとみなされています)。5年ほど前にはバルカン諸国経由の移民にしばしば使われてきましたが、現在は欧州中部から英国を目指す人々に広く利用されているということです。2021年12月11日付ロイターによれば、欧州刑事警察機構(ユーロポール)の広報担当者は、ハワラ自体は非合法でないものの、犯罪集団がマネー・ローンダリングに悪用しかねないと懸念を示しています。
- バイデン米政権は、反汚職戦略を発表しています。汚職対策は民主主義サミットのテーマの1つとなりましたが、その一環として、犯罪者や腐敗した政治家がマネー・ローンダリング目的で米国の住宅を現金で購入する行為を取り締まることとなります。現行法では匿名で会社を設立し、資金源を示さずに全額現金で不動産を売買することが可能となっているといいます。その背景には、2021年10月に報じられた「パンドラ文書」など最近流出した資料によって、政府の要人などが納税を回避したり不正を糾弾されることを免れるために海外に資金を移転する行為が問題視されるようになり、米国が対策強化に乗り出した格好となっています。
- 米国にある法人がだまし取られた金を不正に引き出したなどとして、警視庁組織犯罪対策総務課と築地署は組織犯罪処罰法違反(犯罪収益隠匿)などの疑いで、ナイジェリア国籍の容疑者を逮捕しています。報道によれば、容疑者はマネー・ローンダリンググループの指示役とみられるものの、「関係していない」などと容疑を否認しているといいます。逮捕容疑は、2018年8月、法人側から不正送金された約3,500万円を、犯罪収益と認識しながら、飲食店出店に関する正当な取引であると偽って、引き出したり別口座に送金するなどしたというものです。警視庁は2020年12月、口座を用意するなど事件に関与した日本人5人を同容疑などで逮捕、容疑者は出国していたが、2021年12月、日本に入国したことが分かり逮捕したということです。
- FAFTの第4次対日相互審査結果においても、「法人」の悪用について指摘がありましたが、「宗教法人」もその対象となること(とりわけ、「休眠宗教法人」が悪用されるリスクが高いこと)に注意が必要です。実際、過疎地を中心に寺社の担い手不足が深刻で、地域住民の高齢化で氏子や檀家も減り、法事や祭りなどを通じて地域コミュニティを結びつける寺社の機能が急速に失われつつあります。本堂などの建物が放置され、不法侵入などの被害に遭う寺社も出始めていますが、取り壊そうにも所有する宗教法人の役員が分からないなど高い壁が立ちはだかっているといいます。2021年12月11日付日本経済新聞で、宗教ジャーナリストで僧侶の鵜飼秀氏によると、全国の寺院約7万7,000のうち住職がいない無住寺院は約1万7,000、宗教活動を停止した不活動寺院は2,000以上あるとされます。さらに、「文化庁によると、法人格だけが残る不活動宗教法人は全国に3,394(20年時点)ある。宗教法人には、賽銭や布施が法人税の課税対象にならないなど税制面の優遇があり、過去には実体のない法人格を悪用して、課税対象となるホテル経営などの収入を布施などと偽る所得隠しが発覚したこともある。インターネット上には「節税に最適」などとうたい、宗教法人の売買を仲介するサイトもある。あるサイトでは建物付きの法人やペーパー法人が1千万円以上の価格で売り出されていた。宗教法人法に詳しい元東京基督教大教授の桜井圀郎さんは「売買は違法ではないが、購入後も建物などが放置される例があり、不法侵入などが深刻化する恐れがある」と懸念する。」といった点も指摘されています。
(3)特殊詐欺を巡る動向
前回の本コラム(暴排トピックス2021年12月号)では、IP電話に対するあらたな対策について紹介しました。「IP電話回線は工事もせずに簡単に転売できる。大手が売った回線が道具屋を介して転売が重ねられ、その際の身元確認が甘いことも多く、偽造された身分証が使われていることもある。警察が最終的に電話を掛けた人にたどり着くのは難しい」、「IP電話は特別な機器や工事もなく導入でき、転売も簡単。規制や対策が追いついていないのが実情だ」とその犯罪インフラ性が指摘される中、警察は詐欺に使われたIP電話の番号を使えなくするよう通信事業者に求める取り組みを始めているというものです。固定電話ではすでに2019年から同様の取組みを始めており(2020年は1年間で3,378件の番号を利用停止)、携帯電話不正利用防止法で契約時の本人確認を義務付けるなど携帯電話への対策も進んでいますが、インターネット回線を使うIP電話への対応は遅れており、これまで固定電話を使っていた特殊詐欺グループが050番号に目をつけていたことが指摘されていました。具体的には、050番号が特殊詐欺などに悪用された場合、警察から要請を受けた電話会社が、番号の利用を停止するとともに、契約者情報を警察に提供する、契約者は多くの場合、電話番号を販売する「電話再販業者」で、同じ再販業者の番号が繰り返し悪用された場合は、業者との契約を一定期間、取りやめるといった内容となります。今年6月までに詐欺で使われた番号を供給した再販業者など11社に対しては、新たな番号を一定期間購入できないようにする措置が取られています。一方、同じく特殊詐欺に悪用されるなど「電話転送サービス」や「バーチャルオフィス」の犯罪インフラ化も大きな問題となっています。総務省が、この問題に対して、新たな対策の方向性として、「総務省において、今後も電話転送役務に係る電気通信番号制度の一層の周知・広報に努めるとともに、利用者がより安心して電話転送役務を利用することができるようにするため、電気通信番号使用計画の認定を受けた電気通信事業者名等を公表することなどについて、検討することが適当である。これにより、電気通信事業者間での数次卸等の取引においても、相手方が電気通信番号制度に関して必要な手続を受けているかを確認することで、一定の信頼性が生まれることになると考えられる」、「バーチャルオフィス等の運営者・最終利用者に対する固定電話番号を使用した電話転送役務の提供に係る電気通信番号の使用に関する条件の適用関係について、分かりやすく整理の上、公表すべきである。加えて、既に提供されているバーチャルオフィス等の運営者による固定電話番号を使用した電話転送役務に関し、電気通信番号の使用に関する条件を満たさない最終利用者が存在する場合、当該最終利用者において適正な電気通信番号の利用となるよう、関係事業者等とも連携しつつ、制度の厳格な運用を図るべきである。」と示しています。
▼総務省 「デジタル社会における多様なサービスの創出に向けた電気通信番号制度の在り方」
▼別紙1 情報通信審議会からの答申
- 制度見直しから約2年半が経過したところであるが、電気通信市場や社会環境の変化が進み、多様なサービスが新たに出現してきており、これらに係る電気通信番号のニーズや課題等に対応していく必要が出てきている。
- 電話転送サービスについては、新型コロナウイルス感染症の拡大防止や、社会全体のデジタル化の促進等によるテレワーク需要の増大も受けて、その利用ニーズが高まっているところ、クラウドPBXの普及をはじめとする技術の進展もあったことから、固定電話番号に係る制度の見直しを求める意見も寄せられている。
- 電気通信番号制度に関連するこれらの現状や今後の動向を踏まえ、デジタル社会における多様なサービスの創出を促進する観点から、音声伝送携帯電話番号の指定の在り方等及び固定電話番号を使用した電話転送役務の在り方について検討を行ってきたものである。
- 特殊詐欺等の現状と対策
- 従来の携帯電話を用いた特殊詐欺に代わり、電話転送機能を悪用して、相手方に「03」等の固定電話番号を表示させたり、官公署を装った電話番号への架電を求めるはがきを送りつけたりする手法が増加している。こうした状況を踏まえ、令和元年6月に犯罪対策閣僚会議により決定された「オレオレ詐欺等対策プラン」の下、総務省においては、警察庁とも連携しながら、「特殊詐欺に利用された固定電話番号の利用停止」や「電話転送サービス事業者に対する指導監督の強化」などに取り組んでいる。
- このような政府の取組を受け、電気通信事業者では、特殊詐欺に利用された固定電話番号について、令和2年中に3,378件の利用停止を実際に行っている。
- 委員会において、特殊詐欺等の現状・対応ついて、関係者ヒアリングを行ったところ、次のような意見があった。
- 過去の電話詐欺に関する新聞記事において、捜査関係者によると、詐欺グループは、番号購入の際に身元確認が厳しい大手電話会社ではなくて、元請再販業者が転売した2次・3次の再販業者から入手して足をつきにくくしていること、都内で2019年に起きたニセ電話詐欺の9割は固定電話番号が使われていたことなどの状況が報じられている。
- 電話番号と住所というのは、普通はセットで消費者の側に示されるものであると考える。電話番号が示す場所に拠点がない場合の転送電話番号利用というのは虚偽の住所を使っていることがほとんどであろうと推測できるし、あるいは電話のみを使ってだます手口のものに使われていると推察される。
- 事業者は警察から利用状況や利用者に関して照会を受けることがあるものの、照会時にその背景等の説明はないため、不適正な利用を知ることはできない。しかし、協会を通じて警察庁や捜査機関との意見交換を行い、不適正な利用の実態把握に努め、対策について議論している。(JUSA)
- 提供している転送電話を利用したサービスで不適正な利用を認知したことはない。事業者として特殊詐欺利用の番号と判断することはなく、警察等からの情報に基づく場合に限られる。警察庁との間のスキームにより、利用停止の要請をいただいた番号については、利用停止を行っている。(KDDI)
- 通信の内容については把握していないため、犯罪を認知することはできない。捜査事項照会があった際にも、照会理由は付されていないため知り得ない。(まほろば工房)
- 捜査機関からの捜査事項照会はあるものの、照会の理由や目的は明かされないのが通例であることから、当社が犯罪の事実・実態を知ることはほぼ不可能である。(三通テレコム)
- 「オレオレ詐欺」をはじめとする特殊詐欺は、令和2年において、認知件数が13,550件、被害額約285億円と依然高い水準にある。特殊詐欺の被害者は、65歳以上の高齢者が8割を占めるとされ、また、特殊詐欺を行うツールとして、固定電話番号を使用した電話転送役務が利用されている実態がある。
- 総務省においても、関係省庁と連携して、これまでどおり取組を進めていく必要がある。
- そのほか、各事業者や自治体等においても特殊詐欺による被害防止に資する取組を行っており、一定の効果があると考えられる。例えば、通話録音機能付き端末(特殊詐欺対策アダプター)から、録音した通話内容をクラウド上の特殊詐欺解析AIにより解析し、特殊詐欺の疑いがある場合に、契約者本人や親族等に注意喚起を行うサービスが一部の電気通信事業者から提供されている。また、メーカーからは、防犯機能付きの電話機が販売されている。加えて、自治体では、特殊詐欺の被害防止のための地域住民に向けた周知・啓発活動を地元警察等と共同で行ったり、防犯機能付きの電話機の購入補助を行ったりしている。
- バーチャルオフィスの運営者は、同オフィスの利用者に対し、電話転送、電話受付代行、郵便物の転送等のサービスも行っていると考えられる。このようなバーチャルオフィスの運営者による電話転送サービスは、提供の実態が不透明なものになっている。
- また、関係者ヒアリングにおいても、業界団体からは、電気通信番号使用計画の認定を受けていないと見られる者が多数あり、これを放置することは電気通信番号制度におけるモラルハザードにつながることから、違反事業者や犯罪利用を繰り返し発生させる者の指導等を進めていくことが重要である旨が指摘されている。
- これらを踏まえ、電気通信番号の不適正利用を防止し、制度運用の適正化を図っていく必要がある
- 本人確認及び最終利用者の拠点確認
- 固定電話は、国民生活や社会経済活動において重要な役割を担うことが期待されており、引き続き、地理的識別性及び社会的信頼性を確保していくことが重要である。
- このため、固定電話番号を使用した電話転送役務については、引き続き、本人特定事項や番号区画内における活動の拠点の有無を確認するという条件を課していくべきである。
- また、最終利用者が勤務・居住するなどしている「活動の拠点」に対して、固定電話番号により識別される固定端末系伝送路設備の一端が設置されることについては、引き続き原則とすべきである。
- 他方で、固定端末系伝送路設備に関し、その一端の設置場所について、最終利用者の実際の居所とせずに、それと同一の番号区画内のDC等とし、インターネットや携帯電話回線を用いて当該DC等と最終利用者との間を転送しているサービスも少なからず存在している。
- 利用者の利便性の観点からは、このような事例の許容についても、利用者の実際の居所及びDC等が同一の番号区画に存在するという条件の下で、引き続き継続すべきである。この場合において、固定端末系伝送路設備の一端については、固定端末設備等を接続できるようにし、転送によらない固定電話を利用可能な状態としておくべきである。
- 「発信転送」及び「着信転送」の定義については、利用者の実際の居所ではないDC等における転送を許容するのであれば、転送すべき呼が着信する「端末設備等」に関しては、「利用者」に所有権・利用権があると明記する必要はないなど、技術の進展による実態を踏まえて適切に見直すべきである
- 不適正利用を踏まえた今後の制度運用の在り方
- 関係者ヒアリングにおいて、固定電話番号を使用した電話転送役務を提供しているにもかかわらず、電気通信番号使用計画の認定を受けていない者が存在し、こうした者に対する検挙・指導を進めるべきとの意見があった。総務省においても、認定を受けていない者への指導等をこれまで行ってきているが、制度運用の安定性・適切性を確保し、利用者が安心してサービスを利用できる環境を整備していく観点から、こうした者に対する指導等の取組を一層充実させていくことが重要と考えられる。
- このような取組を進めていく上で、その実効性を確保するため、日頃から行政、電気通信事業者等が情報共有を行い、問題事例が生じた場合の対応方策をはじめ、諸課題の改善に向けて連携して取組を進めていくことを目的として、関係者による連絡会のような組織を設置することが適当である。
- また、電話転送役務に係る電気通信番号制度について、利用者・事業者の双方の理解が深まるよう取り組むことが、不適正利用の防止に資すると考えられ、適切に周知・広報を行っていくことが重要と考えられる。
- このため、総務省において、今後も電話転送役務に係る電気通信番号制度の一層の周知・広報に努めるとともに、利用者がより安心して電話転送役務を利用することができるようにするため、電気通信番号使用計画の認定を受けた電気通信事業者名等を公表することなどについて、検討することが適当である。これにより、電気通信事業者間での数次卸等の取引においても、相手方が電気通信番号制度に関して必要な手続を受けているかを確認することで、一定の信頼性が生まれることになると考えられる。
- なお、経過措置については、現状、その適用を受けた電気通信事業者からは期限までに何らかの対応を行うことが示されており、役割を終えることになると認められることから、予定どおり現行制度の施行後3年経過をもって措置期間を終了し、特例的に許容されてきた事項については廃止の方向とすることが適当である。
- バーチャルオフィスへの対応
- バーチャルオフィスについては、そのサービスの趣旨からみて、レンタルオフィスやシェアオフィスと異なり、それを活動の実態が伴う場所と整理することには無理があると考えられる。バーチャルオフィスの運営者による電話転送役務の提供例をみると、最終利用者の活動の拠点の場所の如何にかかわらず、電話転送役務を提供しているものもみられる。すなわち、最終利用者は、バーチャルオフィスと異なる番号区画の場所に活動の拠点を置きながら、固定電話番号を使用した電話転送役務の利用が可能となっている状況がみられる。
- この点、現行の電話転送役務に係る電気通信番号の使用に関する条件に照らせば、「固定端末系伝送路設備の一端」が設置されているバーチャルオフィスの住所(クラウドPBXによる電話転送役務の場合は、そのDC等の住所)と、最終利用者の実際の「活動の拠点」が同一の番号区画内に存在しない場合には、当該条件を満たしていない状態が生じていると考えられる。
- バーチャルオフィスの運営者が最終利用者に電話転送役務を提供することは、通常、電気通信事業に該当するものと考えられ、電気通信事業法の規律が適用される。すなわち、バーチャルオフィスの運営者は、電気通信番号制度においても、電気通信番号の使用に関する条件に従い、電気通信役務を提供することが求められる。
- 総務省では、バーチャルオフィスについて問合せがあれば、「法人登記をしたバーチャルオフィスの住所は、最終利用者の活動の拠点ではない」ことを説明する等の対応は行ってきているが、現行制度の施行に際して設けた経過措置の適用を受ける電気通信事業者には拠点への設備設置確認等の条件の適用を一部免除していることから、これまで電気通信番号制度上の適用関係を必ずしも明確に示してこなかった経緯がある。
- このため、総務省において、電気通信番号使用計画の認定の申請に関する手引きを改正するなどにより、バーチャルオフィス等の運営者・最終利用者に対する固定電話番号を使用した電話転送役務の提供に係る電気通信番号の使用に関する条件の適用関係について、分かりやすく整理の上、公表すべきである。
- 加えて、既に提供されているバーチャルオフィス等の運営者による固定電話番号を使用した電話転送役務に関し、電気通信番号の使用に関する条件を満たさない最終利用者が存在する場合、当該最終利用者において適正な電気通信番号の利用となるよう、関係事業者等とも連携しつつ、制度の厳格な運用を図るべきである。
本コラムでもたびたび指摘しているとおり、コロナ禍で影響を受けた人や企業を支援するため、国が設けた給付金には不正受給が相次ぎました。
上記と関連して、コロナ禍に関連した各種給付金を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 経済産業省は、新型コロナウイルス対策の給付金をだまし取ったとして詐欺罪に問われた同省元キャリア官僚2人の元上司2人を戒告処分にしたと発表しています。元上司2人は管理職級で、監督責任を明確化したといいます。元キャリア官僚2人は持続化給付金など二つの給付金計約1,550万円を詐取したとして東京地裁が有罪判決を言い渡しています。経産省は「国民生活がコロナで苦しい中、所管する制度の悪用は極めて遺憾で申し訳ない」とのコメントを出しています。
- 持続化給付金をだまし取ったとして、詐欺罪に問われた、行田市の建設会社元社長と元同社事務員の判決公判がさいたま地裁で開かれ、裁判官は元社長に懲役2年6月(求刑・懲役4年)、元事務員に懲役2年6月、執行猶予4年(求刑・懲役2年6月)をそれぞれ言い渡しています。報道によれば、裁判官は判決理由で、会社ぐるみで申請名義人を多数集め、虚偽の給与明細や確定申告書を作成していて「計画的かつ組織的で悪質」とし、計800万円の被害額も高額だと指摘したといいます。その上で社長を務めていた元社長は元事務員に虚偽の給与明細を作成させ、必要書類のデータを税理士に送信するなどして持続化給付金の申請を依頼していたとして「主導的立場にあり、必要不可欠な役割を果たしていた」と強調、元事務員については「従属的立場だった」と述べています。
- 18歳以下への10万円相当給付など新型コロナウイルス対策の給付金に便乗した詐欺が増える可能性があるとして、消費者庁が注意を呼び掛けています。ワクチン接種に乗じた詐欺的被害の相談を受け付ける専用ホットラインの対象を広げ、給付金に関するトラブルの相談も受けることとしています。
次に、最近の新たな手口や注意が必要な手口等に関する報道から、いくつか紹介します。
- 医療費などの還付や、給付金の支払いをすると偽って現金をだまし取る「還付金詐欺」が急増しています。本コラムでも毎月その動向を確認していますが、2021年10月末時点で、昨年同期は21都府県だった被害が、宮崎県を除く46都道府県に拡大し、詐取された総額は倍増の約38億円に達しています。還付金詐欺が初めて確認されたのは2006年で、2008年に過去最悪の約47億円の被害が出ましたが、金融機関の注意喚起などが奏功し、2010年に約7,000万円まで減りました。しかしながら、2016年に再度急増し、約42億円が詐取されています。その後はおおむね、減少傾向だったところ、今年になって再び大きく増え、2021年11月末現在、認知件数は前年同期比約2.3倍の3,699件になっています。2016年(3,683件)を上回るペースで、被害者の約9割は65歳以上の高齢者です。これまではATMの多い首都圏の被害が多かったところ、還付金詐欺への警戒心が薄い地方の自治体が狙われている可能性が指摘されているほか、被害が増えた理由の一つとして、特殊詐欺の「受け子」不足も指摘されています。冒頭取り上げた犯罪白書でも指摘されているとおり、摘発リスクが高く、その割に報酬ももらえない(低い)ことから、受け子が集めにくい状況となっています。それに対し、還付金詐欺の場合、「かけ子」が電話を通じてATMを操作させるため受け子は必要ないことから、特殊詐欺の手口として、還付金詐欺に移行している可能性が考えられるところです。
- 新型コロナウイルスの感染防止に乗じた新たな手口としては、前回の本コラム(暴排トピックス2021年12月号)でも紹介したとおり、現金などを自宅の郵便ポストに入れるよう指示する「投函型」や受け取り役が一切しゃべらない「沈黙型」が登場しています。上記のとおり、日本人の受け子不足の状況から、(日本語が不慣れな)外国人を受け子としてリクルートする流れとなっており、被害者に不審に思われるのを避けるためにこのような手口となってきた可能性が指摘されています。特殊詐欺は、被害者に詐欺の電話をかける「かけ子」、現金やカードを受け取る「受け子」、カードを使って現金を引き出す「出し子」などに役割が細分化されており、受け子は被害者と直接接触して現金やカードを入手するため、顔が知れわたったり、挙動の不審さを見抜かれたりして摘発につながるケースが多いことは冒頭の犯罪白書でも指摘されているとおりです。日本語に不慣れな外国人が受け子として警察官や自治体職員をかたると以下にも不自然で見抜かれかねず、「投函型」であれば通報のリスクが減り、「沈黙型」であれば日本語が不慣れで不自然さを感じさせるリスクが減り、いずれもコロナ禍を巧妙に利用しているといえます。特殊詐欺に関与したとして摘発された外国人は2020年は136人と4年連続で増加しており、受け子が約6割を占めています。背後に外国人と日本人が混成した特殊詐欺グループが暗躍している可能性も考えられるところです。
- 経営幹部や取引先を装いメールで金銭や情報を詐取する「ビジネスメール詐欺」が、全世界で急増していることが、情報セキュリティ会社のトレンドマイクロの調べで分かりました。
▼トレンドマイクロ 電子メールサービスの特性を悪用する様々なビジネスメール詐欺の手口を解説
本レポートにおいて、「「DX」や「2025年の崖」など新たなデジタル世界への対応と変革が推進される中、これらの変化を悪用する多くのオンライン攻撃や脅威が被害を拡大させています。同様に、ビジネスメール詐欺(Business Email Compromise、BEC)は、被害者の数を減少させているにもかかわらず、依然として法人組織に最も大きな金銭的損失をもたらすサイバー犯罪の1つとして確認されています。トレンドマイクロは、BECの脅威動向を継続的に監視するなかで、2021年1~9月にかけて検出数が増加していることを観測しました」と報告されています。「特に、8月に突如として検出数が大幅に増加したことに着目しました。BEC攻撃者が主に経営幹部や管理職になりすましていた過去数年間のキャンペーンに対し、今回の調査では、一般社員の氏名をメールの表示名に悪用して本人になりすます特定のBECキャンペーンが観測されました。これらの調査結果から、電信送金リクエストや銀行の給与口座の変更、または所属企業に関連する様々な情報を得るために一般社員になりすました、あるいは一般社員を標的とした危険な詐欺メールが急増している」点が特徴だといいます。2021年7~9月に同社製品が検出した件数は約5万件と、新型コロナウイルス禍前の2019年の同時期に比べて約3.5倍となっており、急増の背景にはコロナ禍の長期化と在宅勤務の普及が挙げられています。トレンドマイクロは「新型コロナの感染拡大から1年以上たち、企業内で対面コミュニケーションをしなくても業務が進むようになった。電子メールで指示する機会が増えたため、犯罪者はこの状況につけ込んでいる」と指摘しています。
- 80代女性を脅し現金を奪ったとして、警視庁捜査1課は、強盗などの疑いで、自称建設業の20代の容疑者を逮捕しています。報道によれば、女性は事件前に特殊詐欺被害にあっており、容疑者が女性の銀行口座の情報で資産状況を把握していたとみられています。女性は10月下旬、区役所職員や郵便局員を名乗るものから電話で、「介護料の還付金があり、古いキャッシュカードを回収するので、職員に渡してもらいたい」などと伝えられ、自宅でキャッシュカード3枚をだまし取られ、直後にATMから合計約240万円が引き出される被害にあいました。詐欺と強盗の実行犯は別人と考えられており、組織的に女性を狙った可能性があるとみられています。特殊詐欺被害に加え、恐喝や強盗の被害にあう可能性をあらためて示す卑劣極まりない事例で、同様の手口が拡大しないか懸念されるところです。
- 高齢者を狙い、高額な海産物を送る約束をして、安価な商品を送りつける悪質商法が増えています。コロナ禍での厳しい経営を助けてほしいと涙ながらに購入を促す「泣きつき商法」の手口が目立つといいます。日本海の冬の味覚ズワイガニなど旬の海産物が出回る時期で、新型コロナウイルスの感染が拡大していることから、国民生活センターは同様の手口が広がる恐れがあるとみて警戒を呼びかけています。報道によれば、九州北部の60代女性は2021年11月、漁業関係者を名乗る男から電話で「コロナ禍で海産物の売り上げが低迷している。どうか助けてほしい」と泣きながら求められ、エビとカズノコが入ったセットを15,000円で購入することにしたものの、届いたのは安価なホッケやホタテで、代金引換のため、女性は宅配業者に支払ったが、後に男に返金を求めて電話すると、つながらなかったということです。
- 国民生活センターが「消費者問題に関する2021年の10大項目」を公表しています。同センターでは、毎年、消費者問題として社会的注目を集めたものや消費生活相談の特徴的なものなどから、その年の「消費者問題に関する10大項目」を選定し、公表していますが、2021年は、新型コロナウイルス感染症をきっかけとした「ワクチン接種」や「おうち時間」に関連したトラブルがみられ、また、特定商取引法や預託法の改正が注目を集めました。
▼国民生活センター 消費者問題に関する2021年の10大項目
2021年の10大項目
- 「優先接種」「予約代行」コロナワクチン関連の便乗詐欺発生
- 「おうち時間」でオンラインゲーム 子どものゲーム課金トラブル
- 成年年齢引き下げに向けた啓発活動が活発化
- やけどや誤飲、窒息死亡事故も 繰り返される子どもの事故
- 高齢者の消費者トラブル 自宅売却や予期せぬ“サブスク”の請求も
- 被害回復へ初めての終結案件 消費者団体訴訟制度
- 特定商取引法・預託法改正
- 詐欺的な定期購入・送り付け商法への対策強化、販売預託取引が原則禁止に
- 消費者トラブルのグローバル化とともに 越境消費者相談スタートから10年
- 「消費生活相談のデジタル化」 検討はじまる
- 「訪日観光客消費者ホットライン」多言語サイト開設
次に、特殊詐欺グループの実態等についての報道から、いくつか紹介します。
- 2022年1月6日付朝日新聞で、「受け子」として逮捕された60代男性の「後悔」が報じられています。そのリアルな心情の吐露は犯罪抑止の観点からも参考になると思われます。
東海テレビが、2022年1月3日に「犯罪を「裏バイト」と称し勧誘…連絡したら「銀行員のふりしてカード等をもらうのは?」特殊詐欺グループの実態」と題する番組を放映しています。こちらもその実態がリアルに感じられる内容ですので、その一部を抜粋して引用します。
次に、例月どおり、直近の特殊詐欺の認知・検挙状況等について確認します。
▼警察庁 令和3年11月の特殊詐欺認知・検挙状況等について
令和3年1~11月における特殊詐欺全体の認知件数は13,053件(前年同期12,318件、前年同期比+106.0%)、被害総額は243.2億円(252.6憶円、▲3.7%)、検挙件数は6,073件(6,780件、▲10.4%)、検挙人員は2,214人(2,394人、▲7.5%)となりました。これまで減少傾向にあった認知件数が増加に転じている点が特筆されます。2か月前には被害総額も増加に転じたことから極めて深刻な事態だと注意喚起を行いましたが、先月から減少に転じる結果となりました。しかしながら、高水準で推移していることは事実であり、あらためて特殊詐欺が猛威をふるっている状況を示すものとして、十分注意する必要があるといえます(詳しくは分析していませんが、コロナ禍における緊急事態宣言の発令と解除、人流の増減等の社会的動向との関係性が考えられるところです)。とりわけオレオレ詐欺については、認知件数は2,472件(1,823件、+35.6%)、被害総額は70.0憶円(53.1憶円、+69.5%)、検挙件数は1,137件(1,599件、▲28.9%)、検挙人員は615人(492人、+25.0%)と、認知件数・被害総額ともに激しく増えている点が懸念されるところです。これまでは還付金詐欺だけが目立つ状況でしたが、そもそも還付金詐欺は自治体や保健所、税務署の職員などを名乗るうその電話から始まり、医療費や健康保険・介護保険の保険料、年金、税金などの過払い金や未払い金があるなどと偽り、携帯電話を持って近くのATMに行くよう仕向けるものです。被害者がATMに着くと、電話を通じて言葉巧みに操作させ(このあたりの巧妙な手口については、暴排トピックス2021年6月号を参照ください)、口座の金を犯人側の口座に振り込ませるものですが、直近では新型コロナウイルスを名目にしたものが目立つ状況です。一方、警察庁によると、ATMに行く前の段階の家族によるものも含め、声かけで今年上半期は6,774件、約26億9,000万円と昨年同期を大きく上回る水準で特殊詐欺の被害を防いだといいます。警察庁は「ATMでたまたま居合わせた一般の人も、気になるお年寄りがいたらぜひ声をかけてほしい」と訴えていますが、対策をかいくぐるケースも後を絶ちません。最近では、本コラムでも毎回紹介しているように金融機関やコンビニでの被害防止の取組みが浸透しつつあり、ATMを使った還付金詐欺が難しくなっているのも事実で、そのためか、あらためてオレオレ詐欺へと回帰している可能性も疑われます(とはいえ、還付金詐欺自体も高止まりしたままです)。また、最近では、前述したとおり、コロナ禍の影響もあり、闇バイトなどを通じて受け子のなり手が増えたこと、外国人の新たな活用など、詐欺グループにとって受け子は「使い捨ての駒」であり、仮に受け子が逮捕されても「顔も知らない指示役には捜査の手が届きにくことなどもその傾向を後押ししているものと考えられます。なお、認知件数(2,719件)について「形態(文言)別」で分類すると、損失補填金等名目1,682件(構成比61.9%)、横領事件等示談金名目98件(3.6%)、借金等の返済名目82件(3.0%)、妊娠中絶費用等名目57件(2.1%)、傷害事件等示談金名目22件(0.8%)、痴漢事件等示談金名目1件(0.04%)、その他の名目777件(28.6%)となっており、圧倒的に「損失補填等名目」が多いことが分かります。さらに、還付金詐欺についても、認知件数(3,699件)について「形態(文言)別」で分類すると、医療費名目1,819件(49.2%)、健康保険・社会保険等名目1,506件(40.7%)、年金名目123件(3.3%)、税金名目50件(1.4%)、その他の名目201件(5.4%)となっており、意外にバリエーションが多くないことが推測されます(実際には医療費名目でも多種多様な手口がありますが)。特殊詐欺は、騙す方とそれを防止する取り組みの「いたちごっこ」が数十年続く中、その手口や対策が変遷しており、流行り廃りが激しいことが特徴です。常に手口の動向や対策の社会的浸透状況などをモニタリングして、対策の「隙」が生じないように努めていくことが求められています。
また、キャッシュカード詐欺盗の認知件数は2,308件(2,666件、▲13.4%)、被害総額は33.9億円(39.7憶円、▲14.6%)、検挙件数は1,749件(2,357件、▲25.8%)、検挙人員は529人(657人、▲19.5%)と、こちらは認知件数・被害総額ともに大きく減少している点(オレオレ詐欺や還付金詐欺に移行していると考えられる点)が注目されます。前述の状況から言えば、暗証番号を聞き出す、カードをすり替えるなどオレオレ詐欺より手が込んでおり摘発のリスクが高いこと、さらには社会的に手口も知られるようになったことか影響している可能性があります。一方で、外国人の受け子が声を発することなく行う「沈黙型」や郵便ポストに投函させる「投函型」など非対面の手口が出始めていることは既に述べたとおりです)。預貯金詐欺については、認知件数は2,210件(3,809件、▲42.0%)、被害総額は26.8憶円(53.6憶円、▲50.0%)、検挙件数は2,019件(1,506件、+34.1%)、検挙人員は672人(850人、▲20.9%)となり、こちらも認知件数・被害総額ともに大きく減少している点が注目されます(理由はキャッシュカード詐欺盗と同様かと推測されます)。その他、架空料金請求詐欺の認知件数は1,857件(1,805件、+2.9%)、被害総額は55.8億円(67.9憶円、▲17.8%)、検挙件数は220件(465件、▲52.7%)、検挙人員は111人(152人、▲27.0%)、還付金詐欺の認知件数は3,699件(1,578件、+134.4%)、被害総額は41.8億円(21.6憶円、+93.5%)、検挙件数は705件(417件、+69.1%)、検挙人員は102人(54人、+88.9%)、融資保証金詐欺の認知件数は144件(269件、▲46.5%)、被害総額は2.6億円(3.6憶円、▲28.5%)、検挙件数は27件(193件、▲86.0%)、検挙人員は19人(55人、▲65.5%)、金融商品詐欺の認知件数は30件(52件、▲42.3%)、被害総額は2.7億円(3.9憶円、▲32.0%)、検挙件数は11件(31件、▲64.5%)、検挙人員は17人(30人、▲43.3%)、ギャンブル詐欺の認知件数は55件(90件、▲38.9%)、被害総額は1.6憶円(1.9憶円、▲16.0%)、検挙件数は4件(35件、▲88.6%)、検挙人員は4人(10人、▲60.0%)などとなっており、オレオレ詐欺の急増とともに、特にコロナ禍の社会情勢をふまえて「非対面」で完結する還付金詐欺の認知件数・被害総額ともに大きく増加している点がやはり懸念されます。
犯罪インフラ関係では、口座開設詐欺の検挙件数は659件(632件、+4.3%)、検挙人員は376人(442人、▲14.9%)、盗品等譲受け等の検挙件数は4件(5件、▲20.0%)、検挙人員は1人(3人、66.7%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は2,192件(2,330件、▲5.9%)、検挙人員は1,753人(1,891人、▲7.3%)、携帯電話契約詐欺の検挙件数は155件(197件、▲21.3%)、検挙人員は134人(161人、▲16.8%)、携帯電話不正利用防止法違反の検挙件数は21件(28件、▲25.0%)、検挙人員は11人(24人、▲54.2%)、組織的犯罪処罰法違反の検挙件数は153件(136件、+12.5%)、検挙人員は44人(16人、+175.0%)などとなっています。また、被害者の年齢・性別構成について、特殊詐欺全体では、男性(25.4%):女性(74.6%)、60歳以上91.7%、70歳以上73.5%、オレオレ詐欺では、男性(18.3%):女性(81.7%)、60歳以上96.2%、70歳以上93.2%、融資保証金詐欺では男性(79.2%):女性(20.8%)、60歳以上24.8%、70歳以上13.6%などとなっており、類型によってかなり異なる傾向にあることが分かりますが、概ね高齢者被害の割合が高い類型では女性被害の割合も高い傾向にあることも指摘できると思います。このあたりについては、以前の本コラム(暴排トピックス2019年8月号)で紹介した警察庁「今後の特殊詐欺対策の推進について」と題した内部通達で示されている、「各都道府県警察は、各々の地域における発生状況を分析し、その結果を踏まえて、被害に遭う可能性のある年齢層の特性にも着目した、官民一体となった効果的な取組を推進すること」、「また、講じた対策の効果を分析し、その結果を踏まえて不断の見直しを行うこと」が重要であることがわかります。なお、参考までに特殊詐欺被害者全体に占める高齢被害者(65歳以上)の割合については、特殊詐欺 88.2%(男性22.3%、女性77.7%)、オレオレ詐欺 95.4%(17.8%、82.2%)、預貯金詐欺 98.7%(14.7%、85.3%)、架空料金請求詐欺 48.0%(56.8%、43.2%)、還付金詐欺 94.4%(23.6%、76.4%)、融資保証金詐欺 16.8%(85.7%、14.3%)、金融商品詐欺 60.0%(33.3%、66.7%)、ギャンブル詐欺 38.6%(59.1%、40.9%)、交際あっせん詐欺 16.7%(100.0%、0.0%)、その他の特殊詐欺 26.3%(40.0%、60.0%)、キャッシュカード詐欺盗 98.3%(18.3%、81.7%)などとなっています。
次に、特殊詐欺被害を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- SNSで外国籍を名乗る異性と知り合い、投資などを持ちかけられて金をだまし取られる国際ロマンス詐欺と呼ばれる詐欺被害が相次いでいることは本コラムでもたびたび紹介しています。コロナ禍でSNSが出会いの手段として浸透していることが背景にあり、個人同士、ネット上でのやりとりが続くため、犯罪が露見しにくい課題が挙げられています。国民生活センターによると、マッチングアプリなどSNSをきっかけとする投資絡みの相談は2020年度に84件、2021年度は11月末までに166件で、2019年度の5件に比べ急増しています。2021年12月24日付読売新聞に、国際ロマンス詐欺に関する分析が掲載されていますので、以下、一部抜粋して引用します。
- 高齢女性からキャッシュカードをだまし取ろうとしたとして、埼玉県警東松山署は、詐欺未遂容疑で、東京都瑞穂町に住む中学生の少年(14)を逮捕しています。報道によれば、受け子とみられていますが、「仕事と思い、詐欺だとは思わなかった」と容疑を否認しているといいます。逮捕容疑は何者かと共謀して数回にわたり、市役所職員などを装って埼玉県熊谷市の70代の女性に電話し、「65歳以上対象の新型コロナウイルス給付金が出ます」「金融機関を教えてください」などと話してキャッシュカードをだまし取ろうとしたというものです。なお、少年の逮捕事例としては、高齢女性から1,700万円を詐取した容疑で(別の詐欺容疑で逮捕した)少年(18)が再逮捕されたものもありました。何者かと共謀のうえ、群馬県太田市に住む80代の無職女性方に女性の次男とその上司を装って電話をかけ、「咽頭がんになっちゃった。ガサガサ声だけど分かるかい。手術のために病院に行ったら、財布が入ったカバンを盗まれてしまった」「おカネがすぐに必要。私のせがれを行かせるので渡してください」などと嘘をいい、上司の息子を装ったこの少年が女性の自宅で現金1,700万円を受け取り、だまし取ったというものです。さらには、千葉県警柏署は、神奈川県秦野市の男子高校生(16)を詐欺容疑で逮捕したと発表しています。報道によれば、高校生は、千葉県柏市内の80代の女性宅を訪れ、現金35万円と通帳などをだまし取った疑いがもたれています。孫を装った共犯者が「大事な書類を送り間違えて、金が必要になった」と女性宅に電話をかけ、高校生は同僚の息子を装って現金を取りに行っていたといい、その日の夜、コンビニの駐車場で警察官の職務質問を受けて犯行が発覚したということです。なお、こうした若者たちが軽い気持ちで犯行に加担している状況については、冒頭に取り上げた犯罪白書からも浮かび上がっていますが、少年たちの立ち直りに取り組む少年院の取組みについて、2022年1月5日付朝日新聞で報じられていました。
- 北海道警札幌北署は、札幌市北区の60代男性が3カ月以上にわたって架空の請求を信じ込み、現金を110回以上振り込むなどして計約1億6,600万円をだまし取られたと発表しています。道内で発生した特殊詐欺では過去最悪の被害額ということです。報道によれば、「NTTファイナンスサポートセンター」や「日本個人データ保護協会」、「日本ネットワークセキュリティー協会」などの団体名をかたったり、警察官を名乗ったりする人物からのメールや電話が相次いだといいます。例えば、身代金要求型のコンピューターウイルス「ランサムウエア」に男性のIPアドレスが使われ、被害者が出ているなどと告げられ、立て続けに「被害者の一人が自殺未遂をして慰謝料がいる」「あなたの資産を海外の安全な口座に移す必要がある」などと言われ、賠償金や慰謝料などの名目で振り込みを繰り返したといい、連絡が取れなくなったことなどを不審に思い、同署に相談して被害が発覚したものです。道内では2021年11月末までに119件の特殊詐欺被害が確認されています。「3カ月」「110回以上」という数字から、どうしてもっと早く本人も周囲もおかしいと気付くことができなかったのかと、被害防止の難しさをあらためて感じさせます。
- 特殊詐欺の被害者が口座に振り込んだ現金およそ50万円を引き出して盗んだとして、27歳の男が逮捕されています。自分名義の口座に、還付金の手続きを装った特殊詐欺の被害者の大阪市の男性が振り込んだ現金およそ50万円を引き出して盗んだ疑いが持たれています。現金が引き出された後、口座は凍結されていましたが、容疑者が利用しようとしたところを金融機関の職員が発見し警察に通報したものです。口座凍結の手続きが逮捕につながったものといえます。
- 北海道警札幌白石署は、札幌市白石区在住の80代女性が特殊詐欺事件で約3,400万円をだまし取られたと発表しています。報道によれば、2019年11月中旬、女性に防犯協会職員を名乗る男から「(あなたは)ボランティアに登録されている」「大阪の人が代わりにやってくれることになった」などと電話があり、続けて災害支援団体職員を名乗る男から「大阪の人が不正融資で金融庁に疑われている」、金融庁職員を名乗る男から「あなたも共犯。拘束されないためにお金を払って」などと言われたといいます。女性は金融機関で数百万円ずつ現金を引き出し、指定された東京の住所に2回にわたり現金計3,400万円を宅配便で送ったということです。金融庁職員を名乗る男からはその後も定期的に連絡があったものの、2021年12月10日ごろを最後に連絡が途絶え、署に相談し被害が発覚したものです。複数のかけ子による「劇場型」の手口で、冷静さを失い、信じてしまったのではないかと推測されます。これとは別に、「劇場型」の手口として、福岡県警中央署が、福岡市中央区の80代の無職男性がニセ電話詐欺で現金約1億円をだまし取られたと発表しています。報道によれば、犯人グループは「犯罪被害防止センター」や企業、監督官庁などをかたり、男性のせいでトラブルが起きたように思い込ませ、保証金や示談金を要求したとみられています。グループは2021年11月9日からほぼ毎日、男性方に電話をかけて口座から現金をおろさせており、11月22日ごろ~12月16日ごろの間、5回にわたり男性の自宅近くで現金9,987万円を手渡しで受け取り、弁護士費用として指定した口座に34万円を振り込ませたといい、その後連絡が途絶え、男性は不審に思って12月31日、電話で中央署に相談したといいます。
- 警察官になりすまして複数の高齢者らからキャッシュカードをだまし取り、計約3,000万円を引き出したとして、大阪府警が無職の容疑者を詐欺や窃盗の疑いで逮捕しています。報道によれば、この容疑者は特殊詐欺グループ内でATMから現金を引き出す「出し子」と、被害者からカードや現金を受け取る「受け子」の2役を1人で担当しており、出金回数もわずか1カ月間で60回を超えていたといいます。一連の事件は金融機関の申告で発覚、大阪府警はATMや周辺の防犯カメラ映像を集中的に捜査した結果、マフラーのような小物を首に巻く不審な人物が頻繁に出金を繰り返していたことが判明、容疑者の関与が浮上しました。
- 山形県警特殊詐欺対策強化推進本部と山形署は、実在する通信料金回収業者「NTTファイナンス」を名乗る人物から、有料サイト閲覧の未納料金があるなどとして、山形市の60代の女性が現金計5,610万円をだまし取られる特殊詐欺被害にあったと発表しています。報道によれば、被害金額は2021年の最高額で、2020年の1年間の被害総額(約5,406万円)を上回ったといいます。女性は、同社を装ったSMSに記載されていた電話番号に連絡し、同社サポートセンターを名乗る人物から「有料サイトを閲覧した際の未納料金がある」などと言われ、現金10万円を指定された銀行口座に振り込んだといい、その後に紹介された3人を含む計4人から「サイバー保険の加入が必要」「預金口座がハッカー集団に狙われている」などと電話で言われ、現金10万~200万円を50回以上にわたって銀行口座に振り込み、計5,610万円をだまし取られたというものです。女性は10月中旬、1人と連絡が取れなくなったことを不審に思い、警察に相談して詐欺に気づいたということです。この事例も「2か月」「50回以上」という数字から、どうしてもっと早く気付くことができなかったのかと感じさせられます。さらに、北海道後志管内に住む50代の男性がおよそ350回に渡り電子マネーを購入し合計およそ1,600万円分をだまし取られる被害にあったという事例もありました。報道によれば、2020年1月に以前から届いていた「支援します」とのメールを開いたところサイトに誘導され「55億円を支援します」「支払いには事務処理手数料が必要です」という内容が書かれていたことから、男性はサイトの内容を信用し2021年12月までにコンビニで電子マネーをおよそ350回に渡り購入し、合計およそ1,600万円分をだまし取られたものです。事件は12月19日に後志管内にあるコンビニの店員から「男性が電子マネーを以前から購入している」と警察に相談があり発覚したということです。コンビニ店員が違和感を持ったことが直接の要因とはいえ、「2年以上」「350回以上」という数字から、高齢者とも言えない50代の男性が、どうしてもっと早く気づかなかったのか、やはり「騙される」ことの恐ろしさ、本人や周囲が気付くことの難しさを痛感させられます。
- 兵庫県たつの市の80代の女性がキャッシュカード3枚をだまし取られる事案が発生しています。女性の口座から現金160万円が引き出されており、兵庫県たつの署は窃盗事件として調べています。報道によれば、女性の自宅に百貨店の店員をかたる女から「あなた名義のカードを出してきた女性がいた」などと電話があり、その後、銀行協会職員を名乗る男から電話で「カードを取りに行く。コロナの関係があるので封筒に入れ、袋を玄関にぶら下げておいてほしい」と指示されたといい、カードを何者かが持ち去ったとみられています。女性はカードの暗証番号を電話で伝えていたということです。また、同様の手口として、福島県郡山市の80代女性の家族から「キャッシュカードと通帳を渡してしまった」などと郡山署に通報があり、女性の口座からは少なくとも現金100万円が引き出されており、同署が「なりすまし詐欺」事件とみて調べているというものもありました。やはり百貨店従業員を名乗る男から「あなた名義のカードで買い物をしようとしている人がいる」などと電話を受け、その後、全国銀行協会の職員を名乗る男から「あなたの口座が悪用されている可能性があるので職員を行かせる」と再び電話があったことから、女性は自宅を訪れた同協会を名乗る男の指示を受け、用意された封筒にキャッシュカード4枚を入れ、封印のためのはんこを用意していた際に封筒の中身をすり替えられたものです。その後、再び訪れた男に通帳3通を渡したといいます。
- 還付金があると偽り現金をだまし取る詐欺被害が相次ぐ中、大分市内の高齢女性から約50万円をだまし取った疑いで、東京都の男が逮捕されています。容疑者を含む犯行グループは、大分市の職員を名乗って市内の60代の女性の自宅に電話をかけ、「介護保険料の還付金を受け取れる」などと嘘をいいグループが管理する口座に約50万円を振り込ませ、だまし取ったといい、容疑者は現金を引き出す出し子とみられています。さらに、60代の女性が同様の手口で約32万円をだまし取られる被害も発生しています。大分県内では、2021年12月に還付金詐欺の被害が少なくとも10件発生しているということです。
- 金沢西署は、金沢市内で高齢者が自宅を訪れた男にキャッシュカードをだまし取られる特殊詐欺の被害が2件あったと発表しています。市内では同様の被害がほかに4件発生しており、石川県警はいずれも同じ詐欺グループが関与している可能性もあるとみて調べているということです。報道によれば、70代の女性方に、市職員を名乗る女の声で「医療関係で18,000円が返ってくる」、金融機関の社員を名乗る男の声で「通帳を新しいものに替える」と立て続けに電話があり、その後、女性は自宅に来た男に通帳2冊とカード1枚を渡したというものです。もう1件は、80代の女性方に、男の声で「19,000円が戻ってくる」と電話があり、女性はその後、自宅を訪れた男にカードを渡したというものです。
- 兵庫県警三田署管内で、三田市内の60代の女性が還付金詐欺の被害にあいました。報道によれば、女性は、三田市介護保険課の職員を名乗る者からの電話で「医療費の還付金がある」と無人ATMに誘導され、指示通りに入金、詐欺に注意を求めるポスターも目に入らぬまま、「カードの磁気が弱いようだ」と何度も振り込みを求められ、160万円を振り込んでしまったというものです。当人は「なぜ信じ込んだのか」と悔やんでいたと報じられていますが、やはり、「自分は大丈夫」と過信することなく、現金や振り込みを求める電話やメールがあったら、周囲と相談するなど慎重に対応する、警察に相談することが重要だということです。
- 介護保険料の還付金が受け取れるとうそを言い、高齢者ら103人から現金1億円超をだまし取ったとして、大阪府警四條畷署は、無職の容疑者を電子計算機使用詐欺や窃盗などの疑いで逮捕、送検しています。容疑者は特殊詐欺グループの「出し子」とみられ、ATMを使った出金回数は約7カ月間で233回に及んだということです。報道によれば、容疑者はグループの他のメンバーと共謀し、2020年12月~2021年7月、自治体の職員などを装って「ATMを操作すれば介護保険料の還付を受けられる」とうそをつき、20都府県の高齢者らに現金を振り込ませ、だまし取るなどした疑いが持たれているといいます。これだけの被害者を出し、これだけの回数、犯行に及んだことに大変驚かされます。
本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニエンスストア(コンビニ)や金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(最近では、これまで以上にそのような事例の報道が目立つようになってきました。また、被害防止に協力した主体もタクシー会社やその場に居合わせた一般人など多様となっており、被害防止に向けて社会全体の意識の底上げが図られつつあることを感じます)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。
まずは一般人の事例です。佐賀県警唐津署は、高齢者がニセ電話詐欺の被害に遭うのを防いだとして、唐津市相知町の派遣社員と、佐賀銀行唐津支店相知出張所に署長感謝状を贈っています。派遣社員は、同出張所のATMコーナーで、女性が携帯電話で通話しながら操作しているのを不審に思い、声をかけたところ、女性が大手電話会社にお金を振り込もうとしていると説明したため、詐欺を疑い、同行員に連絡したものです。出張所のスタッフらが対応。女性に事情を聞き、電話を代わると、男性が出て「勝手に代わらないでください」などと高圧的だったため、女性に電話を切るように促して被害を防いだということです。派遣社員の勇気ある行動が功を奏したものといえます。また、ニセ電話詐欺の被害を未然に防いだとして、福岡県警直方署は同県鞍手町保険健康課の女性係長と福祉人権課の女性職員に感謝状を贈っています。女性職員は、町役場内で高齢の女性が携帯電話で話しながらATMを探しているのに気づき、声をかけたところ、女性が「年金の還付がある」と話したため、女性係長に連絡、女性係長は年金事務所に照会するなどし、還付の話がうそであることを女性に説明し被害を防いだということです。また、高齢女性への特殊詐欺を未然に防いだとして、大阪府警住之江署は不動産会社役員に感謝状を贈呈しています。「余計なお世話だと思わず、不審に思ったら声を掛けることが大切だと感じた」と話しており、正に「お節介」さが功を奏した事例となりました。具体的には、大阪市内の銀行で、携帯電話を片手に70代の女性が「今、ATMに着きました」と話していたところに居合わせ、女性が電話相手に指示を受け、ATMを操作しているように見えたため、不審に思い、「大丈夫ですか?詐欺じゃないですか」と声を掛けたといいます。女性は取り合いませんでしたが、報道で、特殊詐欺の被害者は自分がだまされていることになかなか気付かない、と聞いたことがあったことから、「この人も同じではないか」と思い、再度女性に声を掛けていったんATMから離し、落ち着かせてから詳しく話を聞いたところ、女性は区役所職員を名乗る男から「医療還付金が戻ってくる。はがきを送った」などと電話があったことを説明、特殊詐欺だと確信し、警察に連絡したというものです。さらに、特殊詐欺被害を未然に防いだとして、埼玉県警浦和署はさいたま市の主婦に感謝状を贈っています。主婦は、近所で詐欺被害があったことなどから、日常的に詐欺関連の報道をチェックしており、だまされそうになっていた高齢者への声かけにつながったといいます。報道によれば、JR浦和駅前にある商業施設内のATMコーナーを訪れた主婦は、隣で電話しながら機械を操作する70代の男性に気がつき、男性は数字を確認したり、「振り込む」といった言葉を口にしたりしていたため、その様子から「詐欺かもしれない」と直感、「今日はなぜ来られたんですか」。と思い切って男性に声を掛けると、「市役所の職員から電話があり、ATMに向かってくれと言われた」と返答したため、「絶対に詐欺だ」と確信し、周囲にいた人とも協力して警察に110番するなどし、男性の詐欺被害を未然に防いだものです。男性は、あと少しでお金を振り込むところだったといいます。
福岡県春日市では、特殊詐欺の電話を受けた91歳の男性が、機転を利かせて犯人との会話を約1時間半長引かせ、逮捕に貢献して県警から表彰されたという事例もありました。
次に金融機関の事例を取り上げます。
- 特殊詐欺被害を未然に防いだとして、大阪府警八尾署は、大阪シティ信用金庫八尾営業部の女性行員に感謝状を贈っています。報道によれば、来店した70代の女性が定期口座の解約を申し出たものの、落ち着きのない女性の様子を不審に思った女性従業員が解約理由を確認したところ、女性が「怪しい商売に引っかかってしまった。カードの請求が来るのでお金が必要だ」などと話したため、詐欺を疑い、同署に通報するなどして被害を食い止めたということです。女性行員のリスクセンスが功を奏した事例といえますが、その背景には、組織としての日頃からの教育・啓蒙があったものと考えられます。
- 三重県警伊賀署は、特殊詐欺の被害を防いだとして、北伊勢上野信用金庫城北支店職員の冨沢さんと上田さんに感謝状を贈っています。報道によれば、市内の70代の女性が来店し、窓口で仕事をしていた冨沢さんに「このキャッシュカード使えますか」と尋ねたといい、冨沢さんが女性と話しているうちに「市の職員から電話があり、給付金を振り込むからATMコーナーに行くよう」と言われたことが分かり、冨沢さんと上田さんは市に電話して職員が実在しないことを確かめ、署に通報したといいます。2人が対応している間にも女性の携帯電話に着信があり、上田さんは「出ない方がいいですよ」と助言、被害を防止したということです。なお、女性の来店時は時間外でATMコーナー前の玄関は工事のため閉鎖され、ATMに用のある客は通用口から入り、窓口の前を通ってコーナーに行くようになっていたことが幸いしたということです。
- 特殊詐欺の被害を未然に防いだとして、和歌山県警新宮署は、同県新宮市三輪崎の三輪崎郵便局に感謝状を贈っています。報道によれば、高齢夫婦が同郵便局を訪れ、女性局員に「ATMで手続きしたいが暗証番号がわからない」と申し出たため、局員が利用目的を尋ねると、「新宮市から介護保険料36,200円の還付金があるのでATMに行くよう言われた」などと説明、局員は特殊詐欺と判断し、同署に通報したものです。夫婦が詐欺の電話を受けたのはこの日よりも前で、前日夕方にも同郵便局を訪れたが、ATMの操作がうまくいかず、帰宅していたといい、局員はその様子を見ていて不審に思い、夫婦の顔を覚えていたため、すぐに詐欺と直感したということです。局員のリスクセンスが十分に発揮された好事例といえます。郵便局の事例としては、長崎県警対馬北署は、特殊詐欺被害を未然に防止したとして、対馬市の郵便局局長と、同局員に感謝状を贈ったものもありました。報道によれば、局員は、局のATMで60代の女性が携帯電話で話しながら慌てた様子で操作していたため、不審に思い声をかけたところ、女性は「男性から介護保険料の還付金が約3万円ある。近くの郵便局に行くように言われた」などと説明、局長が女性と代わって話そうとすると、一方的に通話を切られたことから、女性を説得して110番し、その後の捜査で特殊詐欺と判明したというものです。
次にコンビニの事例を取り上げます。
- 特殊詐欺を防いだとして、宮崎県警は宮崎銀行に感謝状を贈っています。被害者がキャッシュカードを盗まれた後に入金を阻止したもので、大変珍しいケースだといえます。報道によれば、大阪市内の80代の女性宅に「銀行口座が不正に使われている」「警察官が自宅に向かうのでキャッシュカードを渡してほしい」との電話があり、その後、女性宅に金融庁職員を名乗る人物が訪れ、女性はカード数枚を盗まれたといいます。詐欺グループは女性の口座から宮崎銀行の口座に現金100万円を振り込もうとしたところ、同行事務統括部の金融犯罪対策グループが未然に防いだものです。預金は元の金融機関に返金され、全額が無事だったといいます。全口座の金銭の流れを監視する「取引モニタリングシステム」を使い、1日数百件ある警告信号から不正の有無を確認している中で、今回は、犯行前に口座の不審な金の動きを把握し、口座が犯罪に利用されていると判断、当日の口座への入金を停止したものです。翌日には大阪府警から口座の凍結依頼があったといいますが、それより前に対応できたこと、カードが盗まれると犯行グループの口座への入金に至る事例が多い中、今回のようなケースは全国的にも珍しいといえます。
- 和歌山県警田辺署は、特殊詐欺被害を防いだ和歌山県田辺市のファミリーマート田辺つぶり坂店の21歳の店長に感謝状を贈っています。報道によれば、市内の70代の女性が数万円の電子マネーを購入しに来店、店員から連絡を受けた店長が事情を聞くと「携帯電話にお金の当選連絡が入り、当選資格の確保のために支払いを求められた」と答えたことから詐欺だと直感、購入を思いとどまらせ、同署へ通報したものです。店長は「過去に2度、少額の電子マネーを購入した方で、今回は高額になり、おかしいと思った。普段から特殊詐欺への警戒を店員に徹底していたのが役に立った」と述べており、やはり日頃からの備え(警戒の徹底を組織的に行っていたこと、店長と店員のコミュニケーションが図れていたことなど)が有効であることを感じさせます。
- インターネットの架空料金請求詐欺の被害を未然に防いだとして宮崎県警都城署は、ローソン牟田町店の従業員、川畑さんと小林さんに署長感謝状を贈っています。2人は以前もネット詐欺を防ぎ、署長感謝状が贈られていました。報道によれば、60代の男性が店を訪れ、小林さんに1万円分の電子マネーの購入方法を尋ねてきたため、小林さんは「スマホの画面を見せてくれませんか」と声をかけ、画面を見て詐欺ではないかと思い、川畑さんに相談、2人で警察に連絡したり、男性を引きとめたりして被害を防いだということです。店長は「私たちがネット詐欺の防波堤だと思う。少しでも不審に思えば積極的に『何に使うのですか』などと声をかけるようにしている。従業員だけでも対応できるようになった」と話しており、やはり日頃から店員に対し十分な意識付けを徹底していることが感じられます。
- 特殊詐欺被害を未然に防いだとして、長野県警小諸署は小諸市内のセブン―イレブンとヤマト運輸東小諸センターに感謝状を贈っています。報道によれば、長野県佐久市の60歳代男性が「電子マネーを購入したい」とセブン―イレブンを訪れ、女性従業員が使用目的を尋ね、男性が「30万円分のアプリの使用料金を振り込まないと裁判になってしまう」と話したため、女性従業員は架空料金請求詐欺を疑い、集荷で店に来ていた同センターの従業員と男性を説得し、被害を防いだというものです。同店オーナーは「店にある県警作成のチラシを示して説得したのが役に立った」と強調、会社から特殊詐欺防止の教育を受けているという同センター従業員も「女性従業員を助けることができて良かった」と話しているといいます。いずれも、特殊詐欺対策として地道に行っていることが成果につながったといえます。
- 特殊詐欺を未然に防いだとして、千葉県警野田署は野田市内のローソンの店員の女性と、別のローソンオーナーに感謝状を贈っています。報道によれば、女性は、市内の60代の男性が不慣れな様子で店内の端末を操作し、プリペイドカードを購入しようとしているのに気づき、声をかけたところ、男性が「3,000円分購入し、番号を教えれば2億円がもうかるというメールが来た」と話したため、同署員に来てもらい、被害を防いだというものです。別のローソンでも同じ日、市内の70代の男性が10万円分のプリペイドカードを買い求めようとしたため、対応した2人の女性店員とオーナーが、男性から「ネットサイトの広告を誤ってクリックしてしまい『解約に10万円が必要』と言われた」という話を聞き出し、同署に連絡したということです。
- 特殊詐欺被害を未然に防いだとして、大阪府警寝屋川署は、寝屋川市内のファミリーマート店の統括店長に感謝状を贈っています。報道によれば、ファミリーマートの店長は、携帯電話で話しながら店内のATMを操作する70代の男性に声を掛け、被害を未然に防いだものです。店長はその時、店にかかってきた苦情電話に対応中だったといいますが、電話口の男の声に交じり、市役所を名乗る別の男の声が聞こえたため、集団による詐欺ではないかと疑ったということです。店長のリスクセンスが発揮された好事例と言えると思います。
- 特殊詐欺の被害を防いだとして、滋賀県警長浜署は、長浜市の長浜元浜郵便局の局員3人に感謝状を贈っています。22歳の女性局員と52歳の女性局員2人は窓口で勤務していたところ、70代女性から「定期貯金を解約し、498,000円を振り込みたい」との依頼を受けたものの、振込先について女性が言葉を濁したため、事情を聞くと「有料サイトの利用代が未払いとのメールが届いた」と話し、指示役の男とつながったままの携帯電話を持っていたため、上司を通じて110番したというものです。3人は、女性が請求書ではなく走り書きのメモを持っていた点も不審に思ったといい、「振り込む必要はないと知り、安心した女性の表情が忘れられない」などと話しています。
- コンビニエンスストア店長で特殊詐欺被害を連続して防いでいる元警察官が、鳥取県警初の「特殊詐欺被害防止マイスター」に認定されています。報道(2021年12月11日付読売新聞)によれば、石川さんは元神奈川県警の警察官で、退職した2006年から故郷の鳥取市でコンビニ店長やオーナーとして勤務、県警がコンビニ店に配布する詐欺の手口を記したチェックシートを使いながら高齢者らに声がけし、昨年から6件の被害を未然に防いでいるということです。鳥取署や鳥取地区防犯協議会は被害防止の意識を広げようと、石川さんをマイスターに認定、認定式で河本署長は「特殊詐欺被害防止に関して顕著な知識と実績をもつ」と称賛、今後は講師として招き、署員に現場で得た教訓などを話してもらう機会を設ける考えを示しています。石川さんは「大変な任務を与えていただき、感謝と頑張らなければならない気持ちでいっぱい」とした上で、「一緒に被害を食い止めた従業員にも感謝状を贈りたいような気持ち。今後も従業員と一緒に『防波堤』となり、被害を水際で阻止したい」と話しています。
最後に、特殊詐欺対策に関する最近の報道から、いくつか紹介します。
- 特殊詐欺の被害を防ごうと、初めて募集された「にいがた特殊詐欺だまされま川柳コンテスト」の入賞作が発表されています。高止まりする被害を減らすため、作品は啓発ポスターなどに用いられるといいます。県警本部長賞には、長岡市の会社員の「『母さん』で バレたオレオレ うちは『ママ』」が選ばれました。また、優秀賞は、「俺俺と言ったら名前をまず聞こて」「『なんだろう?』押しちゃダメだよその画面」「電話口『録音するよ』アレ切れた」の3作品が選ばれています。
- 京都府警が街中を走る3,000台超のタクシーとタッグを組み、現金を受け取る「受け子」の摘発態勢を強化しているとの報道がありました(2021年12月6日付産経新聞)。府警は、受け子には「丈のあっていないスーツを着ている」「タクシー車内で電話をかけ続ける」「地図を見続けている」といった特徴がみられるため、タクシー会社との連携を強化することにしたといいます。具体的には、府警が事件を認知次第(10分以内に)、人相や服装などの受け子情報をタクシー側に提供、監視の「目」となってもらい、早期の発見・確保につなげるという全国的にも珍しい取り組みだといいます。受け子が被害者宅を訪問する手口が多いことに着目した新たな手法に期待したいところです。
- 長野県警は、警察官が制服姿のままコンビニエンスストアでの買い物を認める運用を始めています。強盗や特殊詐欺などの犯罪を防止する狙いだといいます。休憩時間でも「仕事をさぼっている」と誤解されるなどとして、着替えたり、上着を羽織ったりするよう推奨していましたが、今後は飲食物や衛生用品、文房具のみ購入を認めることとしています。2020年に県内のコンビニ店で起きた強盗や万引きなどの犯罪は501件で、前年から65件増えており、コンビニのオーナーは「犯罪の抑止力になるので制服での来店はありがたい。これからも続けてほしい」と話しているといいます。
- 心理的な誘導で無意識に人の行動変容を促す「仕掛学」を活用した防犯対策に、愛知県警などが取り組んでいるとの報道がありました(2021年12月20日付時事通信)。「ついやってみたくなる」「何となく気になる」という心理を巧みに利用し、効果も上々だといい、参考になりますので、以下、一部抜粋して引用します。
(4)薬物を巡る動向
薬物の密輸を水際で防いでいるのが税関ですが、密輸の手口は巧妙になっており、その攻防がますます激化しているようです。2021年12月17日付毎日新聞によれば、千葉など6県の11港、3空港を管轄とする横浜税関の2021年1~6月に摘発した不正薬物の密輸は、押収量こそ約328キロと前年同期より621キロ減ったものの、件数では66件多い254件に上ったということです。具体的な手口としては、押収された不正薬物328キロのうち約297キロは、香港からコンテナ貨物で届けられた工業用レーザーマシンの空洞部分に隠されていたもので、さらに工業用機械だけでなく、乗用車の座席の下、燃料タンクの中、二重に作ったコンテナの壁の中など、ありとあらゆる場所から発見されたといいます。また、米から国際郵便で届いたシャンプーボトルの中に液体状の大麻約3.5キロが入った瓶を隠した事例もあったようです。さらに、受け渡しの手口も変わってきており、不正薬物を日本国内に送り届けるため、外国の男性がSNSで日本の女性とメッセージのやりとりを重ね、恋愛感情を利用して「日本に住む友人宛ての荷物を受け取ってほしい」と依頼するケースもあったということです。それに対し、税関サイドも、麻薬探知犬の活用や洋上で船から船へ荷物を積み替える「瀬取り」対策として、海上での巡回も強化しているといいます。税関はさまざまな手口に対処するために「リスクセンス」を磨いているといいます。手口を知り抜いておくことはもちろん重要ですが、彼らが徹底しているのは、「正しいこと」を叩き込むことだといいます。例えば、伝票に書かれている内容と梱包されたものの大きさや形、重さとの「正しい関係」をしっかり認識しておくことで、ちょっとした「違和感」を感じやすくなるということです。この点は、コンプライアンス・リスク管理の文脈からも極めて重要な示唆を得ることができます。通常業務を「よく知る」ことが「リスクセンス」の向上に直結するということをもっとよく認識いただきたいと思います。
次に、最近の薬物を巡る報道から、いくつか紹介します。全体的な傾向として、外国人が関係する事案が多い印象があります。また、組織に所属する人間の不祥事に対する組織としての適切かつ迅速な対応が極めて重要であることを感じさせる事例も2つありました。
- 警視庁麻布署は、東京都内でコカインを所持したとして、麻薬取締法違反の疑いで、ラグビーの新リーグ「リーグワン」の「NECグリーンロケッツ東葛」に所属する30代お容疑者を現行犯逮捕しています。容疑疑者はチーム所属前、オーストラリアでプレーしていたといいます。報道によれば、港区六本木の飲食店で男性とトラブルになり、署に任意同行され、所持品検査で発覚したということです。なお、同チームは「NECグリーンロケッツ東葛所属の契約選手ブレイク・ファーガソンが、12月30日に違法薬物所持の疑いで逮捕されました。関係の皆様に多大なるご心配とご迷惑をお掛けしておりますことにつき、深くお詫び申し上げます。当チームでは警察の捜査に全面的に協力するとともに、状況把握に努めております。[1/2追記]ファーガソン選手については1月2日に選手契約を解除いたしました。」と公表していますが、先日開幕したラグビー新リーグ「リーグワン」には通常通り参画しています。この点については、1月4日付で今後の対応について、以下のように公表しています(一部抜粋して引用します)。全員に対する個別ヒアリングや誓約書の取得、薬物検査の実施、さらには調査委員会の設置まで速やかな対応がなされており、これまで同様の事案があった際に自粛する対応とは異なる対応ではあったものの、現時点で大きく問題視されることもなく、クライシスコミュニケーションとして一つの成功例と言えると思います(ただし、今後、調査委員会の報告・提言を受けて、選手・チームらが厳しく自らを律し、再発防止策を実効性あるものとしていくことが条件となります)。
チームではこれまでコンプライアンス遵守の徹底と日々の注意喚起を行っておりましたが、結果的に新規契約選手への周知・徹底などの取組みが不十分であったと言わざるを得ず、今回の事態に至ったことを厳粛に受け止めております。今回、緊急対策として既にチームの選手・スタッフ全員に対し外部機関による薬物検査を実施し、全員の検査結果が陰性であることを確認いたしました。また、外部の弁護士同席のもと全選手に対してコンプライアンス遵守の説明を実施した上で、個別ヒアリングと誓約書の取得を行いました。さらに今後、全選手への定期的な薬物検査およびコンプライアンス研修の実施、また新規選手契約時の薬物検査を含む身辺調査の徹底を行ってまいります。これらの対策に加え、今回の事実関係の徹底分析に基づく最終的な再発防止策の提言に向けて調査委員会を設置し、1か月程度を目途に対策を纏め、公表する予定です。また管理責任を明確にするため、適切な対策の実施後にスポーツビジネス推進担当役員およびチーム幹部の処分を行うことを予定しています。こうした状況を踏まえて熟慮した結果、全力でのプレーを通じて信頼回復に努め、ラグビーをはじめとするスポーツ振興や地域活性化への責任を果たしていきたいとの考えから、2022年1月8日のJAPAN RUGBY LEAGUE ONEの開幕戦に出場することを決定いたしました。
当然ながら今回の件によりリーグ、関係者、ファンの皆様におかけしたご心配とご迷惑も重く認識していることから、今期のホストゲームの収益の一部をリーグにおける違法薬物の根絶対策などのために寄付することで、一般社団法人ジャパンラグビーリーグワンと協議を進めております。
- 福岡県警東署は、和太鼓演奏グループ「DRUM TAO」のメンバーを大麻取締法違反(所持)容疑で現行犯逮捕したと発表しています。報道によれば、同容疑者は、福岡市東区の路上に止めた車の中で、乾燥大麻約0.5グラムを所持した疑いがもたれており、警察官が車内の容疑者に職務質問したところ、大麻が入った袋が見つかったといい、「自分で使うために持っていた」と供述しているということです。国内外の公演の制作・マネジメントを行う会社は、容疑者が容疑を認めていること、懲戒解雇処分とすることを発表し、謝罪していますが、「なお、山口氏の休演に関しましては、当初、体調不良によるものと発表させて頂きました。これは、結果的に皆様を欺くことになってしまいましたが、逮捕されたとの第一報だけでは詳しい事実関係も明確ではなく、弊社としての対応を 決めることが出来ないため、やむを得ず一旦体調不良と発表させて頂きました」と当初は逮捕ではなく、体調不良での休演だと発表し、逮捕の公表まで時間を要したことについて説明しています。さらに、1月1日には、「この度の事件を受け、当事者以外の全メンバー35名へ大麻定性検査を行いました。検査の結果、全員陰性であることをご報告いたします。」とリリースしています(さらに、医師による陰性証明書も確認できます)。このような丁寧な説明と謝罪、薬物検査という速やかな対応を行った点も、メンバーの不祥事がグループの活動の継続性に大きな障害となることなく、結果的に回避できているという意味で、クライシスコミュニケーションの一つの事例となりうると思います。
- 沖縄の米軍基地内に届く軍事郵便で大麻やコカインを米国から密輸したとして、沖縄県警などが在沖米海兵隊員と軍属の4人を含む計12人を検挙したことが判明、報道によれば、違法薬物が米軍基地を経由して国内に流通した可能性があり、県警などが背後関係を調べているということです。沖縄県警は、沖縄地区税関や在日米海軍犯罪捜査局などとの合同捜査で2021年6~12月、住所不定、無職の小南容疑者ら10人を麻薬取締法や大麻取締法の違反(営利目的輸入)容疑などで逮捕するなどしたと発表、在沖米海兵隊所属の男性軍属と男性隊員も含まれています。主な逮捕容疑は、6月に米国から3回にわたってコカイン計約2.25キロ(末端価格約4,500万円相当)や大麻リキッド約2キロを密輸したというもので、コカインは段ボール箱に詰められ、非公用軍事郵便として米軍牧港補給地区内の郵便局に届いたものを軍属が受け取り、ブラジル人女性らに手渡していたといいます。海兵隊員も大麻リキッドの受け取りに関わった疑いがあるとされ、小南容疑者が中心になって首都圏などで販売しようとしたとみられています。また、このグループとは別に、那覇地検は2021年11月、在沖米海兵隊所属の伍長と上等兵を大麻取締法違反(営利目的輸入)などで起訴しています。報道によれば、4月に軍事郵便を使って大麻の植物片約156グラムなどを米国から米軍牧港補給地区に輸入したとされます。以前から軍事郵便を使った密輸が摘発されているところ、比較的容易に大量の薬物が国内に持ち込まれている実態があらためて明らかになりました。(以前、これがビジネスとして黙認されているという主旨の発言を週刊誌上で目にしたことがあり、あくまで都市伝説の類であって、組織的な犯罪ではないと思いたいところです。なお、あくまで参考までにその部分を抜粋して引用すると、「「いま日本に入って来ているシナモノ(覚醒剤、大麻、コカインなどの麻薬)は、7割がヤクザルート。残りの3割はどこからか、なあ、分かるか?」「米軍。つまり在日米軍基地からの横流しだ。それも北朝鮮などから組織的にね。もちろんそれだけじゃない。在日米軍では、毎月、米兵に本国から仕送りができる。一人当たり10キロの積荷が認められている。検査もなく飛行機で直接、基地に運べる。このなかにシャブやコカイン、マリファナを忍ばせ、それをヤクザが買い取っているんだ」、「知る限りでは、中国や北朝鮮から直行便がある横田基地。これは間違いない。あとは沖縄。こうした米軍基地に飛行機等で持ってこないと絶対に無理です。いくら摘発してもシャブがなくならないのは、このルートが秘密裏に機能しているから。」」(2021年11月2日付文春オンライン)といった内容ですが、信ぴょう性は高くはないものと認識いただければと思います)。
- 薬物密売グループのリーダー格の男2人が逮捕された事件で、このグループから薬物を買っていたとみられる客4人が逮捕されています。この事件は、覚せい剤や乾燥大麻など違法薬物あわせて300万円相当を営利目的で所持していたとして、薬物密売グループのリーダー格でイラン国籍の容疑者と中村容疑者が逮捕されたものです。報道によれば、警察は2人の捜査を進める中で、高橋容疑者を覚せい剤の営利目的所持の疑いで、その妻ら3人を覚せい剤使用の疑いで逮捕しています。この事件では、合わせて12人が逮捕されていて、警察が薬物の入手ルートなど実態解明を進めているといいます。
- 名古屋市中区で、末端価格合わせて290万円相当の覚醒剤や大麻などを持っていたとして、イラン国籍の容疑者と暴力団関係者の男2人が逮捕されています。報道によれば、2人は2021年7月、名古屋市中区の路上で、覚せい剤およそ45グラムや乾燥大麻など、末端価格合わせて293万円相当を販売目的で所持した疑いが持たれていますが、関係先から末端価格260万円相当の覚せい剤も押収されており、密売グループの主犯格とみて調べているといいます。
- 4億3,000万円相当の覚せい剤をテーブルの天板の中に隠し密輸したとして、準暴力団「チャイニーズドラゴン」の男とイラン国籍の男が警視庁に逮捕されています。容疑者らは、2021年10月、販売目的で覚せい剤およそ7.2キロ(末端価格4億3,000万円相当)をアメリカから航空便で密輸した疑いがもたれています。海外の捜査機関からの情報をもとに、都内のマンション宛てに送られてきたテーブルの天板とされる荷物を分解したところ、中から覚せい剤が見つかったといい、その後、宛先に配送されたこの荷物を容疑者ら2人が受け取っていたということです。
- 米国などから覚醒剤約8.7キロ(末端価格約5億2,000万円相当)を密輸しようとしたとして、大阪府警薬物対策課は、覚せい剤取締法違反(営利目的共同輸入)などの疑いで、無職の林被告=麻薬特例法違反などで起訴=らいずれも中国籍の男女6人を逮捕、送検しています。報道によれば、林被告の逮捕、送検容疑は6月で、浄水器の部品や幼児用食品の紙箱内などに覚せい剤計約8・7キロを隠し、米国とカナダから関西国際空港などに密輸しようとしたというものです。覚せい剤は国際宅配便や国際郵便を利用して運ばれたものの、大阪税関の検査で配達前に見つかったといい、府警は税関から情報提供を受け、配達先などを捜査して6人を割り出したということです。
- 大麻の密売を繰り返して麻薬特例法違反などの罪に問われた女に対し、大阪地裁は懲役6年・罰金200万円、追徴金として6億6,700万円あまりを科す判決を言い渡しています。報道によれば、朴被告は2018年7月ごろからの約2年間で、神奈川県や長崎県など大勢の客に対して大麻を販売し、大麻の密売を仕事としており、これまでの裁判で検察側は、朴被告が交際相手とともに大麻の密売組織を立ち上げ、2年間で6億6,900万円あまりを売り上げていたと指摘、一方で弁護側は、組織の中で一販売員に過ぎなかったなどと主張していました。大阪地裁は、「約2年という長期間、多数回にわたり大麻などの密売を行い、総額6億円を超える巨額の収益を上げたという点で、大麻の密売では過去に例を見ないほど規模が大きく、多量の大麻の害悪を社会に拡散させた」として、厳しい判決を言い渡しました。
- 大麻を所持し、警察官に暴行を加えたなどとして、神奈川県警田浦署は、大麻取締法違反と公務執行妨害の疑いで、飲食店従業員を逮捕しています。報道によれば、路上で乾燥大麻約1.4グラムを所持したほか、容疑者に声をかけたところ不審な様子をみせたため、降車させたうえで職務質問をしようとした男性警部補を振り切って普通乗用車に乗り込み、車両を発進させて警部補を転倒させたということです。同署が行方を追っていたところ、弁護士とともに同署に出頭してきたといいます。
- 福岡県警は、福岡市立高校の臨時講師の20代の男を覚せい剤取締法違反(使用)容疑で逮捕しています。報道によれば、容疑を認め、「物事に集中する目的で使った。仕事やプライベートで不安を抱えていた」という趣旨の供述をしているといいます。覚せい剤を口から飲んで使用した疑いがもたれており、別の学校で教員として働いていた約3年前に初めて使用し、今夏以降、SNSで知り合った人物から3回ほど購入、当時の自宅で覚せい剤を飲み、具合が悪くなったため、自ら119番したといいます。
- 大麻取締法違反の疑いで無職の容疑者が逮捕され、自宅から大麻草72鉢が押収されています。報道によれば、2021年8月ごろから12月にかけ、一戸建ての自宅で大麻草を販売目的で栽培した疑いがもたれています。11月、「容疑者が大麻を購入している」という情報があり、警視庁は自宅から大麻草72鉢と栽培に使用する照明器具、さらに600万円相当の乾燥大麻およそ1キロなどを押収したということです。取り調べに対し、「高校のころから大麻を吸っている」「自分が栽培した大麻を毎日吸っている」と供述していますが、「販売目的ではなかった」と容疑を一部否認しているといいます。
- 乾燥大麻を密輸したとして、いずれも17歳でブラジル国籍の男子高校生と派遣社員の少年の2人が逮捕されています。報道によれば、2人は航空郵便を利用して、営利目的で乾燥大麻を輸入したなどの疑いがもたれています。2人は知人関係ということで、警察は入手経路や販売先などを調べているといいます。
- 合成麻薬LSDを所持していたとして、奈良県警西和署などは、自称歌手の30代の男を麻薬及び向精神薬取締法違反容疑(所持)で逮捕しています。大阪市西区の自宅でLSDを含ませた紙片約0.13グラムを所持していた疑いがもたれています。無人の民泊を利用して大麻を密売していたとして大麻取締法違反(営利目的所持)などの疑いで逮捕、起訴された男の関係者として浮上し、同署などがこの男の自宅を捜索していたといいます。
- 前回の本コラム(暴排トピックス2021年12月号)
でも取り上げた、覚せい剤が含まれた木炭を密輸したとされる事件について、警視庁や静岡県警は、覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)の疑いで、イラン国籍の水たばこ販売会社経営者を再逮捕しています。報道によれば、木炭は計約24トンあり、同庁などは大量の覚せい剤が含まれているとみて調べているといいます。容疑者は密輸グループの指示役とみられ、氏名不詳者らと共謀して2021年10月、トルコからエジプトやシンガポール経由で、木炭に含まれた覚せい剤相当量を東京港の埠頭に密輸した疑いがもたれています。警視庁などは11月以降、覚せい剤が含まれている木炭だと知りながら浜松市内で荷物を受け取って所持したとして、麻薬特例法違反容疑で同容疑者とブラジル国籍の男ら計7人を逮捕しています。なお、同容疑者は2022年1月5日に処分保留となっていました。
次に、薬物捜査の不手際に関する報道から、いくつか紹介します。
- 大麻取締法違反事件の捜査で、原宿署の捜査員が事件関係者と別人の自宅を誤って家宅捜索していたことが判明、捜査上の手続きの確認不足が原因と説明し、同署は既に相手に謝罪したといいます。報道によれば、捜査員が大麻取締法違反の疑いで捜索した際、住人を署に任意同行し事情を聴いたところ、別人であることが判明、同署は時期や場所を明らかにしていませんが、事件の捜査は継続中だということです。
- 合成麻薬のMDMAを使用したとして麻薬取締法違反の罪に問われた大学生の20代の女性について、東京地裁立川支部は無罪を言い渡しています。報道によれば、裁判官は、現場での簡易検査が陰性にもかかわらず警察署に同行しようとした経緯などをふまえ「任意捜査の限度を超えた」と指摘し、「令状主義の精神を没却する重大な違法捜査」と認めています。判決は、警察官が女性に「簡易検査で陰性なら帰宅していい」と約束したにもかかわらず、陰性と判明後も署への任意同行を求め続けた行為を「違法」と認定、警察官への暴行は、署への同行を求められるなかで「違法捜査によって直接的に誘発された」と判断しています。
最後に、海外の薬物を巡る報道から、いくつか紹介します。
- 2021年12月10日付日本経済新聞によれば、殺人発生率が高いメキシコでも、カンクンが位置するキンタナロー州は突出しており、年初からの殺人発生率(人口10万人当たり)はメキシコ全土の平均18.5人に対して、同州では28人に上るといいます。同州には、メキシコの2大麻薬組織である「ハリスコ・ヌエバ・ヘネラシオン(CJNG)」と「シナロア・カルテル」が縄張り争いを繰り返しているといいます。観光地は通常、非常に安全のはずですが、メキシコの国立統計地理情報院(INEGI)の調査によると、カンクン市民の85%近くは、街中は安全ではないと感じているといい、その割合は、メキシコ国内のほとんどの都市を大きく上回っているといいます。また、表立って話題に上ることはないものの、「みかじめ料」も地元商店にとっては深刻な問題となっており、ビーチ近くの商店主は、これまで何度か金銭を強要する電話がかかってきても、今まではすぐに電話を切って被害を防いできたというものの、「奴らが来て脅してきたら、店を閉める」と語ったといいます。薬物が治安の悪化に直結している状況、犯罪組織によるみかじめ料要求に苦しむ状況の深刻さがうかがえます。
- 製薬大手テバ・ファーマシューティカル・インダストリーズのイスラエル子会社は、医療用大麻市場に参入すると発表しています。イスラエル企業Tikun Olam-Cannbitと提携、Tikun Olam-Cannbitが複数の医療用大麻オイル製品を生産し、テバ・イスラエルがイスラエル、パレスチナ、ウクライナの患者に販売するというものです。提携期間は10年で、さらに9年間延長する可能性があるとされます。
(5)テロリスクを巡る動向
25人が死亡した大阪・北新地のビル放火殺人事件は、テロとは言えませんが、テロ対策に通じるさまざまな論点をあらためて提示しています。まず、医療施設での火災はこれまでも起きており、放火によるものも少なくないことが挙げられます。全国約2,500病院が加盟する日本病院会は、約50年間に会員病院96か所で発生した102件の火災を2018年に調査したところ、出火原因では放火が33件で最も多く、病室やトイレに火を付ける事例が目立った一方で、待合室や非常階段もあったということです。同会は調査結果などを踏まえ、放火の防止策などを盛り込んだ指針を策定しており、「医療施設は消毒用アルコールや医薬品のほか、機器が多数設置されており、多様な出火危険に配慮しなければならない」とし、「放火に対しては、危険物の持ち込みをさせないことが重要な防止対策。院内の整理整頓などで放火されない環境づくりが重要だ」と医療施設に呼びかけています。診療に落ち度や問題がなかったとしても、依存欲求が満たされない患者により、医師や病院が攻撃対象となることはありうることをふまえ、より慎重な対応が必要になるといえます。
なお、36人が犠牲になった2019年7月の京都アニメーション放火殺人事件を受け、京都市消防局は2020年3月、ガソリンを使った放火など「最も厳しい状況」を想定した「火災から命を守る避難の指針」を策定しています。今あらためてその内容を確認していく必要があるといえます。
▼京都市消防局 火災から命を守る避難の指針
▼京都市消防局 火災から命を守る避難の指針(PDF)
指針1 火災を早く知る手段の確保と早期の避難行動の開始指針2 煙が流入しない安全な避難経路(階段)の確保と冷静な避難行動
指針3 窓,ベランダ等から屋外へ逃れる手段の確保
指針4 煙から逃れ一時的に避難できる場所の確保
指針5 煙や炎に覆われるなど危機的状況下における対策
指針6 避難後の命を守る行動
指針7 放火等防止のための防犯対策の徹底
+1 7つの指針を実効的なものとするための訓練の実施
■ 火災分析から得た指針のポイント
ガソリン燃焼等により、急激に炎と煙が拡大する火災が、屋外階段がなく、かつ、階段等が防火区画されていない建物で発生した場合には、階段等が煙突状となり、上階に大量の煙が急激に広がることから、建物内の上階にいる者の避難が厳しい状況となる。事業所の事前防火対策、個人の状況判断に基づく早期の行動開始及び迅速な避難行動が、命を守るターニングポイントとなる。
■ 事前対策及び具体的な避難行動(知恵)
知恵1 何らかの異状を感じたら即行動を起こす
知恵2 とにかく早く避難行動を開始する
知恵3 自分の火災人命危険レベルを判断
知恵4 煙を建物の内部に広げず,有効な避難経路(階段)を確保
知恵5 広がった煙を建物の外部へ逃がす(有効な煙の排出ルートをつくる)
知恵6 階段で逃げられないことも想定する(ベランダ、窓、庇等を用いた避難)
知恵7 建物内に一時避難スペースを設け,消防の救助等を待つ
知恵8 サバイバル方法の習得
知恵9 人間の行動特性(思考力、判断力の低下)を踏まえた対策
知恵10 避難後は決して戻らないことを前提とした事後体制の構築
知恵11 放火等による出火防止の体制づくり
おおまかに指針を確認する限り、「火災に遭遇したときは、まず階段で屋外に向かうのが基本。しかし煙が充満して階段を使えなければ、窓やベランダのある場所に移動する。2階でロープやはしごがなければ、飛び降りることが最終的な選択肢。ただ、そのまま身を乗り出してジャンプするのではなく、窓枠から外にぶらさがり、足を伸ばしてから手を離すようにする。3階以上になると飛び降りることはできないため、「一時避難スペース」の確保が求められる。扉でほかの部屋と区切られ、かつ外に面した窓がある部屋に逃れ、テープやティッシュで扉の隙間を目張りして煙の流入を防ぐ。それでも煙が入ってくれば、窓の外に顔を出し、外気を吸うことが望ましい。煙は窓の上部から外に上がっていくため、腰を「く」の字に曲げて顔を下に向けることで煙の吸引を少しでも減らせる。煙が充満した場所でも、パニックにならず思考をめぐらせることが重要。煙はまず天井付近にたまってから次第に下がってくる特性があることから、タオルや服で口と鼻を覆いながら、煙の侵食具合に応じて「かがみ」「アヒル歩き」「四つんばい」と姿勢を下げて避難する。息を止めるのは禁物。一回で多くの煙を吸ってしまう恐れがあるため、浅い呼吸を続ける。煙で視界を奪われても、部屋の床や壁の隅には、まだ空気が残っている可能性が高い。床や壁に手を当てて自分のいる場所を確かめながら、はうように移動すれば、助かる可能性は上がる。衣服に火がついたときは、その場に寝転び、目や口、鼻をおさえながら転がって消火するのが望ましい。」といったあたりがポイントとなります。事前に知っているのと知らないのとでは、有事の際の助かる可能性を大きく左右することが伝わる内容となっていますので、企業としても安全配慮義務を果たすためのひとつの取組みとして、一度、ご確認いただきたいと思います。なお、近年の大量殺人事件は電車内や、ビル内の店舗や病院など閉鎖的で人が集まる空間で起きる傾向があることをふまえ、個人として日常的に気を付けるべきこととしては、「電車内などではできる限りスマートフォンから顔を上げて周囲に注意する」「建物に入ったらまず避難経路をチェックする」「万が一を想定し、自ら考えて行動する」ことが必要であること、また企業としても、今一度防犯体制を見直し、犯カメラに「作動中」と大きく表示することや、さすまたなどの防犯用具を備えること、警察や消防に助言を仰いでリスクを知り、できることを重層的にやって危険性をできるだけ下げる取り組みを継続に行っていくことが重要であることは言うまでもありません。
また、今回の事件は、古い雑居ビルでの火災が大惨事となる潜在的なリスクを突きつけてもいます。大火災が起きるたび規制は強化されたとはいえ、複数の避難路確保など現基準を満たしていない建物もあるほか、凶器とみられるガソリンの購入でも虚偽申告を見抜くのは難しく、規制には実態とのズレがあるのが現実です。違法でなくても現在の基準を満たさない建物は「既存不適格」と呼ばれ、専門家は「今回、既存不適格のビルが抱える安全性のリスクが顕在化した」と指摘しています。今回放火事件があったビルで法令違反は確認されていませんが、避難経路となる階段は1カ所しかありませんでしたが、1974年の法改正以前に建てられたため、「2方向避難」の適用対象外でした。また、消防法は初期消火に有効とされるスプリンクラーなど消火・防火設備の配置を規定していますが、スプリンクラーはビルの義務付けは11階以上であるところ、北新地のビルは8階建てで対象外でした。今回の事件は、建築基準法や消防法上、違法でない「合法」であっても安全を保証するものではないことを突きつけたといえます(とはいえ、悪質な放火事件、「自爆テロ」への対応として、規制強化の視点から対応するのはそもそも無理筋ではないかとの意見も一定数あります)。また、2019年7月の京都アニメーション放火殺人事件を契機にガソリンの購入の規制強化が導入され、消防法で、給油所がガソリンを携行缶などに詰めて売る際、客の本人確認や使用目的の確認を義務付けたほか、販売記録の作成も必須となりましたが、本人確認の実効性など抜け穴は存在しています。さらには、王線の事件も含め、残念ながら現行の規制は自分が死んでもいいという人には抑止効果がないと言え、自由な経済行動や人権とのバランスを考えながら、さらなる規制強化に向けて具体的に議論を進めなければならない段階にきていると思われます。もう一歩踏み込むとすれば、ガソリン購入者は事前登録を必須にするほか、GSでの対面販売以外での販売を規制するなどが考えられるところです。ただし利便性の問題やそもそも規制強化で犯罪がなくなるわけではないとの指摘も説得力があります。また、ガソリンを規制しても他の方法で事件は起こりうることをふまえれば、そもそも社会などに不満を持つ人の受け皿をどう整備していくべきかといった観点から対策を考える必要があるといえます。
さらに、本事件については、亡くなった谷本容疑者が大勢の人々を巻き込んで自殺を図ったとみられています。こうした行為は「拡大自殺」と呼ばれ、同様の大量殺害事件は近年たびたび起きており、その背景には孤立感や絶望感があると指摘されています。本事件でも、容疑者が離婚後に仕事を辞めるなど生活が荒れ、2011年に息子を包丁で負傷させる事件を起こし、懲役4年の実刑とした大阪地裁判決(確定)では「寂しさに耐えかね、自殺を考えるようになったが、死ぬのが怖くて踏み切れず、誰かを殺せば死ねるのではないかと思うようになった」と認定しています。服役後、2021年11月から単身生活を始めたのは、かつて家族4人で暮らした大阪市西淀川区の自宅で、専門家は「幸せだった生活への愛着と、対照的な深い孤独の中、社会への復讐願望を強め、『一人で死んでたまるか』と考えたのではないか」との見方が大勢です(事前に周到な準備をしていた状況が明らかになっていますが、刹那的ではない強く持続的な殺意の存在を感じさせます)。一般的に自殺願望には「1人で自殺に向かうか」「人を巻き込んだ拡大自殺に向かうか」の2パターンがあり、自分を責める傾向が強ければ単独自殺、何でも他人のせいにする人は拡大自殺に向かうとされます。その上で、自分の人生がうまくいかず、他人や社会のせいと思い込みたい願望に駆られ、他責的な傾向が強くなり、無差別大量殺人が起きやすいのではないかと考えられています。どこかで思いとどまらせることができなかったのか、社会的に援助の手をさしのべるセーフティーネットが必要だといえます。なお、このような傾向について、2021年12月25日付日本経済新聞の記事「日本は安全な国なのか 相次ぐ「自爆犯罪」が示すもの」が参考になりますので、以下、一部抜粋して引用します。
さて、本コラムでも取り上げた、小田急線や京王線の電車内で相次いだ乗客の刺傷事件を受けて、鉄道事業者などが訓練を行っています。東京都調布市を走る電車で乗客が刃物で刺され、車両に火を放たれた。乗客17人がけがを負った京王電鉄は、警視庁とともにこの種の事件を想定した対処の訓練を、笹塚と新宿の間を走る電車内で同様の事件が起きたという想定で行っています。報道によれば、まず、車掌が通報装置を通じて乗客から事情を聴き、駅員に概要を説明、その上で電車を新宿駅に止め、乗客を避難させた、警察官は消火器や盾を持ってホームで電車を待ち構え、数人がかりで容疑者役を取り押さえるといったものです。京王電鉄が事件後にこうした訓練を公開するのは初めてとなります。また、大阪府警富田林署と近畿日本鉄道は、近鉄富田林駅構内で無差別殺傷事件を想定した訓練を初めて合同で実施しています。駅員が利用客を守りながら110番通報し、パトカーで駆け付けた警官がさすまたやシールドを使って暴れる男を取り押さえる訓練を行いました。京王線の乗客刺傷事件など相次ぐ列車内での事件を受け、府警が2021年12月、在阪鉄道事業者や国土交通省近畿運輸局と鉄道利用者の安全確保に関する包括連携協定を締結、今回の訓練は同署員や近鉄社員ら計37人が参加し、刃物を振り回す男がホームに現れ、利用客を襲う想定で行われました。なお、訓練ではありませんが。、東京地下鉄(東京メトロ)は同社が管理する全駅構内に設置しているゴミ箱を撤去するとしています。1月17日の始発から、駅構内でのゴミ箱の利用ができなくなります。走行中の鉄道車両内での事件が相次いでいることから、「セキュリティ強化のため」としています。同社では2005年からは不審物対策のために中身が見える透明なゴミ箱に置き換えており、従来も国際会議などが開催される際にはセキュリティ強化の観点から一時的にゴミ箱の利用を中止する措置を講じていましたが、2021年8月に小田急電鉄、10月に京王電鉄の走行中の車両内で事件が発生、国土交通省は一連の事件を受けて車両の新造時や大規模改修の際に車内防犯カメラの設置などの対策をとりまとめるなどしていますが、鉄道各社は防犯カメラ以外でも、安全対策の強化を検討しているところです。
その他、テロやテロ対策を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 東京都港区の東京メトロ白金高輪駅で2021年8月、男性が顔などに硫酸をかけられて重傷を負った事件で、傷害容疑で警視庁に逮捕された静岡市の大学生が、インターネット通販で購入したバッテリー液(希硫酸)から硫酸を作っていたことがわかったということです。容疑者については、鑑定留置で責任能力が認められたといい、東京地検が近く傷害罪で起訴する見通しとなっています。報道によれば。押収したスマートフォンを解析したところ、容疑者が事件半年前の2021年2月、インターネット通販でバイク用のバッテリー液を2度にわたって購入していたことが判明、自宅の捜索でバッテリー液に関する説明書も押収されたといいます。バッテリー液は硫酸の濃度が薄い「希硫酸」で、警視庁が事情を聞いたところ、容疑者は「インターネットで加工法を調べ、濃度を高めて硫酸を作った」と供述したということです。本コラムでもたびたび取り上げた、元大学生(当時19)が自宅で爆薬「過酸化アセトン(TATP)」や拳銃、覚せい剤などを製造(密造)した事件と共通するのは、このような危険なものが比較的簡単に入手できる、その製造方法がインターネットで簡単に調べられる、という恐るべき事実です。そこに思想が加われば、恐ろしい武器を持った「テロリスト」となることを示すものであり、そのリスクを厳しく認識する必要があります。
- 政府の個人情報保護委員会は、カメラで撮影した顔の画像から抽出した「顔認識データ」に関し、ルールづくりを検討する有識者検討会を設置しています。公共施設に備えたカメラから取得した顔認識データの保管期間の明示などを検討することとしており、現状では利用目的の公表義務はあるが、詳細な規定がなくプライバシー侵害につながる恐れがありました。顔認識カメラで取得したデータの保管期間や、データの廃棄方法の公表を求めるといったルールの策定を検討し、2022年夏ごろまでに案をまとめるということです。顔認証技術は公共施設や民間企業で、防犯目的などで活用され始めていますが、JR東日本は2021年7月に顔認識機能を備えた防犯システムを導入したものの、検知対象に刑務所の出所者などを含める運用方針を明らかにしていなかったことで批判を受け、運用を中止したこともありました。個人情報保護委員会は顔認証カメラを簡単に導入できる環境が整いつつあることから、ルール整備が必要だと判断したということです。顔認識機能を備えた防犯カメラはテロ対策の重要なツールでもあり、明確なルールの整備と適切な運用、テロ対策としての効果のバランスをとっていくことが重要となります。
- 米国務省は、世界のテロの動向に関する2020年版の報告書を発表しています。2020年に起きたテロの件数は2019年に比べ15%、犠牲者数も12%増えたということです。イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)や国際テロ組織アルカイダの支部・関連団体が拡散していることが要因の1つと分析しています。報道によれば、報告書は白人至上主義団体などによる人種や民族を理由にしたテロに関する項目を新たに設けたほか、テロ支援国家として北朝鮮、イラン、シリアを掲載、北朝鮮について国務省テロ対策調整官代行は「多くの分野で北朝鮮の行動は引き続き問題が多く懸念される」と説明しています。米政府は2008年に北朝鮮のテロ支援国家指定を解除しましたが、北朝鮮の金正恩総書記の異母兄が殺害された事件を受けて2017年に再指定しています。トランプ前政権は政権交代直前の2021年1月にキューバをテロ支援国家に再指定しましたが、今回発表した報告書は2020年版のため含まれていません。民主党議員などから指定解除を求める声が出ていますが、国務省テロ対策調整官代行は「検証作業中」と述べるにとどめています。
さて、2021年のテロリスクの動向は、タリバン復権がもっとも大きなインパクトがありました。本コラムでもその動向について詳細に確認してきましたが、テロリスクはますます高まるばかりの情勢にあります。2021年8月、バイデン米政権はアフガニスタンに駐留する米軍の撤収を完了、20年間に及ぶアフガン戦争を終わらせた一方、撤収までの過程は混乱し、イスラム主義組織タリバンも復権することとなりました。「協調」を掲げ2021年1月に発足したバイデン政権の外交に対する信頼を揺るがし、世界は再びテロ組織が復活しかねないという不安を抱えることになりました。このあたりの展開については、2021年12月28日付日本経済新聞の記事「タリバン復権、テロ脅威再び〈混迷2021〉」でコンパクトにまとめられていますので、以下、少し長くなりますが、一部抜粋して引用します。
その他、アフガン情勢に関する最近の報道から、いくつか紹介します。
- 米軍がイラクでの戦闘任務を終え、今後は隣国イランをけん制しながら、イラク軍の訓練などを担う方向に転換しています。米軍は2003年に始まったイラク戦争の終結により2011年に完全撤収しましたが、ISの勢力拡大を受けて2014年から駐留を再開、2017年にISを壊滅状態に追い込みました。2021念7月、バイデン米大統領とイラクのカディミ首相が会談し、2021年末までに戦闘任務を終了することで合意していたものです。前述のとおり、米軍はアフガニスタンからの撤収で失態を演じ、外交や安全保障の資源を中国に集中させようとするバイデン米政権の「中東離れ」には思わぬ落とし穴も潜んでいます。2021年12月14日付日本経済新聞によれば、汚職、不正、失業、停電、治安など問題に対処できない政府に人々は怒りを爆発させているといいます。イラク北部とシリアのISの残党は約1万人とされることとあわせれば、テロリスクは大きく高まっているといえます。米国は、同盟関係のアラブ諸国がより自立した安全保障体制を築くことを期待していますが、反体制派を弾圧し、外敵との対立を強調する権威主義的な指導者たちは地域の火種をむしろ広げている可能性があるといえる状況です。サウジアラビアが2015年に始めた隣国イエメンへの軍事介入は泥沼化、エジプトでは本来穏健だったイスラム主義勢力がシシ政権による激しい締め付けで過激化、アフガンからの撤収混乱で拡散した「米国は弱い」というシグナル、これらが増幅されれば、同盟国は米国への疑念を膨らませ、中国、ロシアなどのライバルが空白を埋める絶好の機会を生むことになります。
- 国連がアフガニスタン支援団の安全確保のため、イスラム主義組織タリバン暫定政権の内務省に約600万ドルの支払いを提案しているということです。国連支援団に関して旧アフガン政府と結んだ地位協定を広げる形で、国連施設を警備するタリバン戦闘員の来年の給与引き上げや食料費手当に主に充当するとしていますが、国連による支払いは、タリバンと暫定政権幹部に対する米と国連の制裁に抵触する可能性があります(米国はアフガンの在外資産を凍結。ハッカニ内務相は、国連や米国の制裁対象となっており、また米国がテロ組織に指定する最強硬派「ハッカニ・ネットワーク」を率い、米連邦捜査局(FBI)は拘束につながる情報に賞金を懸けています)。さらに、他の使途に資金が流用された場合に国連が検知可能かという問題も残ります。アフガニスタンの首都カブールには国連職員約3,500人が勤務し、国連のフィールドオフィサー10人も職務に就いています。公共サービスが破綻し、外国の支援停止で経済の崩壊が進む中、国連職員の多くは食料不足に対応した支援を行っています。なお、米財務省は、人道危機に直面するアフガニスタンへの支援の流れを継続するため、タリバンと取引を行っている米国と国連の当局者を制裁から正式に免除しました。具体的には、米当局者や国連などの国際機関の職員がタリバンやタリバン内の強硬派ハッカニ・ネットワークが関連する取引に関与することを認めたほか、非政府組織(NGO)が人道支援などの活動を行う際にタリバンやハッカニ・ネットワークに対する米制裁から保護することも認める内容です。
- アフガニスタンのイスラム主義組織タリバンのザビフラ・ムジャヒド報道官が、首都カブールで毎日新聞のインタビューに応じています。その内容について、2021年12月18日付毎日新聞から、以下に一部抜粋して引用します。
- イスラム協力機構(OIC)は、2021年8月のタリバンの権力奪取後、アフガンに関する最大規模の国際会議となる臨時の外相会議を開き、タリバンが暫定政権を樹立したアフガニスタンへの人道支援について、暫定政権のムッタキ外相も出席する中で話し合い、米国による経済制裁が国民生活に打撃を与えているとして「明確な人権侵害だ」と批判しています。報道によれば、保健や教育など社会サービスの存続が瀬戸際に立たされていると訴え、支援を呼び掛けたほか、同国のカーン首相は「このままではアフガンが大混乱に陥る」として各国に迅速な対応を求めています。また、OIC諸国はアフガンの人道支援に向けた基金創設の方針で合意しました。パキスタンやイランなどのアフガン周辺国は、人道状況の悪化による難民流入や過激派によるテロの拡大を警戒している状況にあります。たびたび指摘しているとおり、アフガンは干ばつによる不作や2021年8月の米軍撤退に伴う混乱などから食料価格が高騰、さらに米国などがタリバンによる資金流用を防ぐためアフガン政府の在外資産を凍結している影響で経済危機に陥っており、人口の半数以上が深刻な食料不足に直面しています(世界食糧計画(WFP)によると、アフガンでは2022年3月までに人口の半数以上に当たる2,280万人が深刻な食料不安に陥る可能性があるとし、国連児童基金(ユニセフ)は、2022年にアフガンの5歳未満の子供のうち2人に1人が急性栄養失調に陥ると推計するなど、人道危機は刻一刻と深まっているのは事実です)。なお、関連して、タリバン暫定政権のバラダル副首相は、米政権によるアフガンの在外資産凍結を巡り「(凍結している資産は)政府当局者のものではなく、アフガンの人々のものだと、なぜ米国に言わないのか」と各国の対応を批判しています。
- アフガン復権から、日本へ退避を希望した人のうち2021年12月20日までに489人が日本政府の支援で日本に到着、希望者向けの窓口になっている外務省によると、この人たちには在カブール日本大使館や国際協力機構(JICA)事務所の現地職員とその配偶者や子供、JICAの「未来への架け橋・中核人材育成プロジェクト」(通称PEACEプロジェクト)新規留学生や、留学などで日本に縁があり日本に身元保証人がいる人が含まれているとのことです。当初、自衛隊機での退避が想定されていた退避希望者のうち現地に残っているのは140人ということです。タリバン支配が戻ったアフガンでは、依然不安定な治安が続いており、国連アフガニスタン支援団(UNAMA)は、「元アフガン治安部隊員や政府、(NGOなど)市民社会関係者らの殺害や暴力被害、強制的失踪などについて信頼できる報告があり、深く懸念する」と表明しています。退避希望者の退避実現も大きな人道的問題となっています。
- EUの国境管理機関の統計によると、EU東部国境を違法に越える難民・移民は今年6月ごろから急増しており、2021年1~10月分を合計するとイラク出身者が4,000人近くと最多で、アフガニスタン、シリア、アフリカ諸国などと続いているといいます。いずれも長年の戦乱で国土が荒廃した国々で、「安定した暮らしを」と移動する人々は絶えず、地中海を越える南の海上ルートも利用されているようです。イラクは2003年にイラク戦争で米英軍がフセイン独裁政権を打倒したが、その後イスラム教シーア派とスンニ派の宗派間対立が一時は内戦状態にまで陥り、2014年にはISが席巻して混乱が長期化し、ISは2017年に駆逐されて治安は改善してきたものの、政治腐敗に庶民が苦しむ構図が続いています。また、タリバンによる、イスラムや伝統的価値観を重視する非民主的な支配を恐れる都市住民も少なくなく、既に260万人いるアフガン難民はさらに増える可能性があり、その一部は欧州へ向かっている状況です。このような状況受けて、EU欧州委員会のヨハンソン委員(内務担当)は、加盟27カ国のうち15カ国が計約4万人のアフガニスタン人難民を受け入れることを約束したと明らかにしています。同氏は内訳を明かしていませんが、報道によれば、ドイツ、フランスなどが公約したとされます。グランディ国連難民高等弁務官が2021年10月、今後5年間で再定住支援が必要と見込まれる85,000人のうち半数を受け入れるようEUに要請していました。同氏は「素晴らしい連帯行動だ」と15カ国を称賛、非正規移民のEU流入を防ぐためにも「重要なことだ」と強調しています。
- タリバン暫定政権は10万人規模の同国軍の再編成に着手しています。米軍が育成した旧政府の軍隊は事実上崩壊しており、タリバン戦闘員の国軍への編入も進め、国内でテロを続けるIS系勢力を取り締まるとしています。民兵から正規軍への転換で国家の体裁を整え、政権に対する国際社会の承認を得る狙いもあるとされます。なお、新たに編成する国軍の特殊部隊内に「自爆攻撃部隊」を設ける方針を明らかにしています。タリバンは約20年間のアフガン戦争で、米軍などを標的に自爆テロを重ねてきましたが、現在は敵対するIS系の「ISホラサン州(IS―K)」の討伐を進めており、自爆攻撃部隊に一役を担わせる可能性が指摘されています。報道によれば、旧政府の国軍は2015年に米軍が治安維持の任務を引き継いだ際、兵力が30万人以上に達していましたが、2021年8月にアフガン駐留米軍が完全に撤収すると、旧政府軍の将兵の多くはカブールを目指したタリバンの民兵部隊と戦わずに逃亡、国際人権団体のヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW))が2021年11月30日に公表した調査によると、タリバンはアフガン制圧から3カ月間で、4州で計100人を超える旧政府軍のメンバーを殺害あるいは拉致したとされ、タリバンの追及を逃れた旧政府軍の将兵の一部はISホラサン州に加わっています。そのIS系の「ISホラサン州」(IS―K)が活動を活発化させています。報道によれば、IS―Kの活動地域は、かつては幾つかの州に限定されていましたが、現在はほぼ全土に拡大したといいます。また、2020年のIS―Kによる攻撃は60回でしたが、2021年は11月中旬までで330回を超えています。米軍などは、IS―Kの台頭に懸念を強めているほか、国際社会はタリバンにどの程度の治安維持能力があるのかを見定めている段階にあります。これまでゲリラ的に政府軍などを攻撃していたタリバンが、テロを取り締まる側になり、ある程度治安が維持されていますが、一方、タリバンが「IS掃討」の名目で、敵対したガニ政権や政府軍関係者に報復している実態もあり、「IS掃討」を理由にすれば、超法規的な襲撃や殺害も許されるという状態のようです(なお、関連して、経済混乱に伴う市民の困窮は深まっており、国際社会の関与の必要性は増している最高指導者のアクンザダ師は、アフガンの直面する経済の混乱にほとんど関心を示していないという報道もあります)。
その他、テロリスクを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- パキスタンのイスラム武装勢力「パキスタン・タリバン運動(TTP)」は、政府との間で2021年11月から1か月続いた停戦について、「継続は困難」だとして延長しない方針を示しています。TTPが挙げるメンバーの釈放が実施されず、軍が掃討を継続したなどと主張しており、双方による戦闘が再発する恐れがあります。TTPの報道官名で出された声明では、メンバー102人の釈放が実現せず、双方が和平を話し合う協議会に政府関係者が来ないと批判しました。さらに政府側が停戦を破って、掃討作戦やTTP関係者の殺害をこの1か月に何度も行ったと非難しています。停戦は、双方と関係があるアフガニスタンのタリバンの仲介で実現しましたが、シャリーア(イスラム法)に基づく極端な統治を求めるTTPと政府の隔たりは大きいのが現実です。
- 国際テロ組織アルカイダなどに影響を与えたエジプト発祥のイスラム原理主義組織「ムスリム同胞団」の内部で、権力闘争が激化しているといいます。報道によれば、同胞団を敵視するエジプト・シーシー政権との関係をめぐる路線対立や、同胞団に好意的だったトルコ政府の姿勢が変化したことなどが背景にあるとされます。行き場を失ったようにみえる原理主義の「老舗」ですが、欧州に触手を伸ばしているとの見方も出ているようです。1928年に創設されたムスリム同胞団は、エジプトで貧者救済などの奉仕活動により草の根の支持を固め、中東・北アフリカ一帯に影響力を広げ、アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディン容疑者らイスラム過激派の理論的支柱となり、反イスラエル武装闘争を続けるパレスチナの原理主義組織ハマスの母体となったことでも知られます。
- フランスの治安当局は、クリスマス休暇中に刃物による無差別殺傷テロを計画したとして、23歳の男2人の身柄を拘束しています。仏パリジャ紙によると、2人のうち1人は警察に対し、ISの呼び掛けに応じて「不信者」を標的としたテロを計画していたと供述、パリ郊外のショッピングモールや大学、混雑した通りなどで通行人を無差別に殺害しようとしていたといいます。一方、もう1人の男はISに強い興味を持っていることを認めつつ、テロ計画を否定しているといいます。警察はパリ首都圏にある容疑者の自宅を捜索し、刃物と複数のノートパソコンや電話を押収、ISが作成した暴力的な映像も含まれていたということです。欧州における「ローンウルフ型テロリスト」の脅威はまだ健在であることを示すものとして注目されます。
- ハイチ北部ゴナイブの教会で、武装グループが独立記念の式典に出席していたアンリ首相を狙って襲撃、護衛らと銃撃戦になり1人が死亡し2人が負傷する事件がありました。アンリ氏は無事でしたが、ハイチでは2021年7月にモイーズ大統領が暗殺されており、アンリ氏が事実上の国家首脳で、首相府は襲撃が「テロリスト」によるものだとして激しく非難しています。ハイチではギャング団が各地で強い影響力を持ち治安が極度に悪化、2021年10月には米宣教師ら17人が拉致される事件が起きています。今回の事件前にアンリ氏の殺害予告をしていたギャング団もいたといいます(なお、モイーズ氏の後任を選ぶ大統領選実施のめども立っていない状況のようで、大地震の被害も甚大だったこととあわせ、ハイチの混乱はまだ続きそうです)。
- クーデターで権力を握ったミャンマー国軍のミンアウンフライン最高司令官は、1月4日の独立記念日にあわせた式典で声明を発表し、国軍に抗議する民主派の活動を「テロ行為」と非難しています。2021年2月のクーデターから11カ月を経てもなお、国軍は弾圧の手を緩めておらず、声明は、アウンサンスーチー氏を支持する民主派が立ち上げた統一政府や、その自衛の組織「国民防衛隊」の抗議活動を「テロ行為」と糾弾、「国民の平和と安定、安全を傷つけるテロ行為を防ぐため、国民と手を取り合っている」とし、国軍の武力弾圧を正当化しています。
(6)犯罪インフラを巡る動向
米アップルのスマートフォンの基本ソフト(OS)で新たに追加された機能が波紋を呼んでいます。新機能はプライバシー保護を目的にIPアドレスを匿名化するもので、悪用されれば犯罪者の識別や追跡が困難となる恐れがあります。不正取引やマネー・ローンダリングなどの金融犯罪対策強化へ逆風になりかねないインパクトがあります。注目されているのはアップルが2021年9月に配信を始めたOS「iOS15」に搭載されたプライバシー機能で、スマホの設定画面で「プライベートリレー」というプライバシー保護機能をオンにすると、Safariブラウザーを使ってウェブを閲覧した場合にIPアドレスが匿名化されるというものです。金融機関はウェブサイトに顧客がログインする時にIPアドレスが把握できず、なりすましや不正取引を見抜きにくくなる恐れがあります。「アップルや米グーグルなどビッグテックの持つプラットフォームはインフラ化している。一つの機能変更が社会システム全体に大きな影響を及ぼす構図が強まっており、金融機関にだけマネロン対策の強化を求めても穴をふさぐのには限界がある。海外も含めて政府や業界団体が協力してビッグテックと向き合う必要性が高まっている」(2021年12月25日付日本経済新聞)といえます。
インターネット広告の閲覧数を水増しして広告費をだまし取るなどの「アドフラウド」(広告詐欺)被害が深刻化しています。この点については、以前の本コラム(暴排トピックス2021年11月号)で取り上げました。その時の指摘内容は、以下のとおりです。
上記のアドフラウド対策として、不正業者を排除する枠組みが動き出しています。民間認証機関が対策をとった企業に「お墨付き」を与える制度がこのほど始まり、まずヤフーなど53社が取得したと報じられています。認証は広告関連の3団体が今年設立した一般社団法人デジタル広告品質認証機構(JICDAQ)が始め、広告事業者や広告を載せるサイトの運営会社などが対象で、クリック数や閲覧数の水増し、広告主が望まないサイトへの配信を防ぐ体制を構築できているかどうかチェックするものとなります。被害を減らすには、まずは広告主に認証企業との取引を促すことがカギを握ることになります。2021年12月25日付日本経済新聞によれば、広告詐欺の年間損失額は少なくとも数百億円規模とみられ、1,000億円超との推計もあるといいます。米インテグラル・アド・サイエンス(IAS)によると、2021年1~6月に日本の静止画広告の2.3~2.6%が被害にあったとされ、調査した主要20カ国で最悪水準だといいます。専門家は「広告市場は大きいのに対策ツールの導入が遅れて対策レベルも低く、標的になっている」と指摘、広告入札前に制御する高度なツールが普及せず、事後対応が中心となっているようです。デロイトトーマツグループの2020年の調査では、広告詐欺などの対策をとる企業は予定を含めて3割、内容を理解するのは4割にとどまっており、「予算消化や収益を優先して不正を黙認する企業もある」(日本情報経済社会推進協会の寺田真治主席研究員)という状況です。反社会的勢力の収益源ともされる不正を黙認することは、反社会的勢力の活動を助長することにもつながりかねず、一刻も早い取組みの深化を期待したいところです。
前回の本コラム(暴排トピックス2021年12月号)でも取り上げましたが、体形や肌など見た目のコンプレックスを過度にあおり、誇大に効果をうたう化粧品や健康食品のネット広告について、大手IT企業を中心に排除する動きが出ています。報道によれば、日本広告審査機構(JARO)に「不快だ」との苦情が急増しており、違法な内容も多いといいます。JAROは悪質な広告について、販売業者側に警告。削除や変更を求めているものの、多すぎて対応が追いつかない状況といいます。不適切な広告の発信元の多くは、商品の販売業者ではなく、「アフィリエイト」と呼ばれるネットビジネスをしている個人や小規模業者だとみられています。作成した広告経由で商品が売れれば、販売業者側から実績に応じた金額を受け取れる「成果報酬型」で、副業で始める人が増加、悩みを抱える人らの目をひくために、不適切な表現が横行しやすい構図となっています。大手IT企業は対策を迫られており、ヤフーは2020年8月、「一部の身体的特徴をコンプレックスとして表現するような広告」として具体例を挙げ、サイトへの掲載を断ると発表、ユーチューブに表示される広告を巡っても2020年、「体毛や体形に関する卑下の広告、やめませんか」というネットの署名運動が始まり、4万人以上が賛同しています。ユーチューブを運営する米グーグルの日本法人によると、不適切な広告の削除を強化しており、昨年6月から今年10月までに計55万件に上るといいます。こうした成果報酬型のインターネット広告「アフィリエイト」で虚偽や誇大な表示が問題となっていることを受け、消費者庁は、全国の消費者2万人に実施したアンケートの結果を公表しています。ブログなどの形式をとった広告について、86.8%が「広告だと分かるようにしたほうがいい」と回答、消費者庁はネット広告のルール作りに生かす方針を示しています。そのほか、「毎日少なくとも1回はインターネットを利用する」と回答した約1万9,800人のうち、87.5%が「第三者の体験談や口コミは参考になる」とした一方、「企業からお金をもらって書かれた場合」は34.1%に減少するという結果になりました。消費者庁のアフィリエイトを巡る有識者検討会は「『広告主から対価を得ている広告』であるとの明示を義務付ける重要性が、アンケート結果から裏付けられた」と指摘、消費者庁は2022年にインターネットのサイト形式で商品を紹介する「アフィリエイト広告」について指針を策定する方針です。明確に広告だと認識できる表示を求め、消費者が広告でないと誤認するのを防ぐことや、広告主の責任を明記し、誇大な品質や効果をうたった場合に取り締まりの対象になると周知することが想定されています。なお、アフィリエイト広告は口コミを交えた商品レビューやランキングといった形態をとりますが、口コミを装った宣伝「ステルスマーケティング(ステマ)」のように一見して広告と判別できない例も多いほか、商品が売れた場合などに成功報酬が得られることから、報酬を増やそうと効果を過大にうたって購入をあおるケースもあり、トラブルの要因になっています。さらに、指針に従わない場合には消費者庁が指導・助言、勧告できることとし、最終的に事業者名の公表も可能で、これらの問題を抑止する効果を見込んでいます。
恋愛感情以外のつきまとい行為の取り締まりを強めようと、警視庁が東京都迷惑防止条例の改正案をまとめています。相手の居場所をGPSによって無断で取得する行為を新たに罰することとし、GPSの悪用(GPSの犯罪インフラ化)を防ぐというものです。恋愛感情によるつきまとい行為は、改正ストーカー規制法で2021年8月からGPS対策が強化されていますが、条例の改正により、恋愛感情を伴わない同様の行為も取り締まれるようにする目的があるといいます。報道によれば、都道府県が制定している迷惑防止条例でGPSを使った行為を規制するのは初めてとみられ、改正案では、規制対象のつきまとい行為を現在の7類型から9類型にするとしています。具体的には、一つはGPSを使って位置情報を無断で取得する行為で、相手のスマートフォンにアプリを入れて遠隔で情報を受信したり、情報を記録したGPS機器を相手の車から回収したりすることが当てはまります。もう一つは相手の承諾なく持ち物にGPS機器をつける行為で、車やバッグに機器を取り付けたり機器を仕込んだプレゼントを渡したりすれば罰せられるというものです。罰則はどちらも1年以下の懲役または100万円以下の罰金としています。
インターネットで「就職」「転職」などと検索するだけで、多数の求人情報が表示され、手軽に職探しができるようになった一方、求人情報が実際の労働条件と異なるなどし、就職後にトラブルに発展するケースが相次いでおり、新型コロナウイルス禍で転職を選択する人も増える中、政府は「求人サイト」の規制に乗り出しました。報道によれば、各地の労働局などには、「給与や仕事の中身が掲載内容と違う」といった利用者からの苦情や、企業側から「『掲載料ゼロ』という条件だったのに、高額な掲載料を請求された」との相談も寄せられており、厚生労働省は、「振り込め詐欺の『受け子』を募っているサイトがあるとして、捜査当局から照会を受けたこともあった」と話しています。「効率的で居住地域などに縛られずに職探しができる求人サイトは、既に社会のインフラとなっており、倫理観に乏しい業者の排除は急務だ」「求人側、求職側の双方の利便性を失わない形でルール作りを進めていくべきだ」(2021年1月8日付読売新聞)との指摘は正に正鵠を射るものといえます。
交通系ICカードが鍵となり、決済もできる仕組みのコインロッカーから荷物を盗んだとして、愛知県警は無職の容疑者を窃盗の疑いで逮捕しています。報道によれば、施錠が完了する前に「使用可」のランプが消えるため、閉めたと思い込んで被害にあったとみられ、同様の被害が相次いでいるといいます。報道によれば、被害にあったロッカーのタイプは、「荷物を入れて扉の横のレバーを下げると一時的に施錠され、「使用可」のランプも消える。さらに画面を操作して料金を支払うと施錠が完了する。被害者はレバーを下げたものの、その後の操作をしていなかったとみられ、この場合、数十秒後に自動的に解錠される。」といったもののようです。容疑者はこの仕組みを悪用したとみられており、ロッカーの仕組みに潜む犯罪インフラ性の悪用とも言えると思います。
偽名で入手したスマートフォンのSIMカードを利用し、本人確認に使われる「SMS認証」を代行したとして、大阪府警は、東京都墨田区の無職の男を私電磁的記録不正作出・同供用容疑で逮捕しています。報道によれば、2019年8月~2021年7月、格安スマホ事業者2社と291回、偽名で契約、2021年8~12月、大阪府吹田市の男ら2人にSMS認証で必要となる電話番号や認証コードを教え、不正にアカウントを作った疑いがもたれており、「生活費を稼ぐためだった」などと供述しているということです。本人確認の「SMS認証」を1回あたり1000円から3000円で代行、利用客の男は、SNS上で偽名のアカウントを使い、「家出した少女」を装って金銭的な支援を求める投稿をして、数万円を稼いでいたといいます(購入者は認証代行で不正に取得した他人名義のアカウントを用いて、アプリの友達紹介のポイントを二重取りしたり、成りすましや転売をするなど犯罪目的で使用していることが多いとされます)。なお、男の自宅などからSIMカード約500枚が押収されていますが、男が契約したSIMカードは、音声通話ができないタイプで、法律上、契約時の本人確認が義務づけられていませんが、警察は、犯罪に悪用される危険性が高いとして、スマートフォンの通信事業者に対して、音声通話ができないSIMカードでも、契約時に本人確認をするよう求めているところです。本件のような「データSIMカード」の犯罪インフラ性については、本コラムでも以前から指摘していたものであり、被害が後を絶たない以上、規制の強化(音声SIMカード同様、厳格な本人確認の実施等)を検討する必要があります。SMS関連では、スマートフォンのSMSを使い、通販サイト「アマゾン」などを装って偽サイトに誘導する「スミッシング」攻撃が拡大しているといいます。2021年の検知数は2020年比3.1倍で端末を乗っ取るマルウエア(悪意のあるプログラム)を仕込む悪質な攻撃も目立っており、NTTドコモなどは対策ツールを導入するようユーザーに呼びかけています。近年は新型コロナウイルス禍に関連した「自治体からのワクチン接種案内」「特別定額給付金の申請」など、受け手に信じこませるよう内容が巧妙になっています。報道によれば、急拡大する偽SMS攻撃の温床となっているのは、不正な闇サイトや海外における請負サービスで、SMSを国内で送ると1通当たり3~30円程度の料金がかかるためコスト面から避けられがちですが、匿名性の高い闇サイト群「ダークウェブ」では、6,000件の送信を99ドル(約1万円)で請け負うとの投稿もあり、格安で大量のSMS送信が可能になっています(犯罪インフラ化)。さらには、日本からSMSを送ると、送信元の番号は実際の端末に応じた番号や文字列が表示されるところ、海外には別の端末に偽装したり、実際の送信元とは別の社名を表示したりできるサービスが提供されている例もあり、実際にある企業の番号や社名を装えば、見た目での判別は極めて困難で、対策ソフトが認識していない文面やURLでは検知もできないと言われています。基本的には、「SMS上のURLは開かない」ことを徹底することが最も重要だといえます。また、他人のアカウントへの不正アクセスの事例としては、写真共有アプリ「インスタグラム」の他人のアカウントに不正アクセスしたとして、愛知県警豊田署などは、パート従業員を不正アクセス禁止法違反容疑で逮捕しています。報道によれば、2,040件の不正アクセスを確認したといいます。容疑者はインスタグラムのアカウント名やプロフィル欄からIDやパスワードを推測することで不正なアクセスを繰り返していたといい、被害者のほとんどが自分の名前や誕生日などをアカウント名として登録していたといいます。不正アクセスに成功すると、被害者のアカウント情報が見られ、被害者が登録時に使用したメールアドレスも閲覧できることから、容疑者はこうして入手したメールアドレスを使用し、さらに「グーグルアカウント」や「アップルID」に侵入、クラウド上にアップされたスマホ内に保存されている写真や動画も閲覧していたといいます。
ソニー生命保険の海外子会社から約170億円が不正送金された事件で、警視庁は、不正送金した資金を暗号資産「ビットコイン」に替えて隠したとして、ソニー生命社員の被告の男(詐欺罪で起訴)を組織犯罪処罰法違反(犯罪収益隠匿)容疑で追送検しています。報道によれば、男が管理する暗号資産口座に入っていたビットコインを米連邦捜査局(FBI)が発見し、保全したということです。男は清算業務を担当していた2021年5月、海外子会社の口座から米国銀行の口座に約170億円を不正送金したとして、11月29日に詐欺容疑で逮捕され、12月20日に同罪で起訴されています。その後の調べで、送金された資金全額がビットコイン購入に充てられていたことが判明、調べに男は「ビットコインなら事件が発覚しても口座を凍結されないと思った」と供述しているといいます。本コラムでもたびたび指摘しているとおり、ビットコインの匿名性から犯罪インフラの代名詞のように悪用された時期もありましたが、現状、ビットコインがブロックチェーンを基盤としていることからくる取引履歴の記録・保全性の高さから、犯罪摘発インフラとして機能しはじめており、実際、ランサムウエア攻撃による身代金支払いに使われたビットコインを回収できた事案などもあります。
日本で外国人技能実習生が最も多いベトナムの送り出し機関を巡り、これまでに日本側が、高額な手数料の徴収疑いなど79件の不適切事例をベトナム政府に通報したものの、同国側が認定を取り消したのは2件にとどまることが、法務省と厚生労働省が所管する「外国人技能実習機構」が作成した内部資料で分かったといいます。2021年12月20日付日本経済新聞によれば、日本側が実習生の聞き取りなどを基に、問題があると判断し通報対象としたのは63機関で、禁止されている、実習契約が履行されなくなった場合に備えた保証金の徴収や、ブローカーの存在が疑われるケースなどがあり、資料では、ほとんどの例で「(ベトナム側で)証拠が見つからないとして処分に至らず、調査完了になっている」と指摘しています。また、資料では63機関のうち、11機関が所属する業界最大手グループを分析したところ、グループにはベトナム政府系機関も含まれるが「悪評がない機関はないと思われる」などと記載しているといいます。外国人技能実習生を巡りベトナム政府と癒着した構図が明るみ出た形ですが、同様の構図は、ベトナム人による窃盗事犯にも見られます(ここでは詳述は避けますが、日本からの大量の窃盗品をベトナム国内に持ち込む必要があるところ、入国審査等ではスルーされている現実があるようです)。外国人の関係ということでは、外国人の在留資格を不正に変更するため、東京出入国在留管理局に虚偽の申請書を提出したとして、警視庁組織犯罪対策1課は、行政書士と中国籍の男2人を入管難民法違反(虚偽申請)の疑いで逮捕しています。既に出国した別の中国籍の男らと協力し、在留資格を変更したい中国人をSNSで募り、実体のない会社事務所の写真を用意するなどして虚偽申請を繰り返したとみられています。2016年8月以降、約80人から少なくとも計約4,500万円を見返りとして得ていたといいます。逮捕容疑は、氏名不詳者と共謀して2020年4~6月、逮捕された1人の中国籍の男が会社を経営しているという虚偽の内容を記載した申請書を東京入管に提出した疑いがもたれており、在留資格を「留学」から「経営・管理」に変更したというものです。同じ会社事務所の写真などを使った複数の申請を不審に思った東京入管から通報があり、発覚したということです。また、同じく外国人の関係では、在留カードを偽造したとして、警視庁は、中国籍で派遣社員の男を入管難民法違反容疑で逮捕したと発表しています。警視庁は、男がカード偽造組織の国内の指示役とみているといいます。報道によれば、男は仲間と共謀して2021年9月、大阪府東大阪市のマンション一室で、パソコンやプリンターを使ってインドネシア人やカンボジア人などの在留カード32枚を偽造した疑いがもたれています。偽造カード販売で2020年6月以降に約1,700万円を稼ぎ、約9割を海外の仲間に送金したとみられています。さらに、中国人の女と偽の婚姻届を提出したとして、福岡県警は、住所不定無職の容疑者を電磁的公正証書原本不実記録・同供用の疑いで逮捕しています。報道によれば、容疑者は日中両国のブローカーらと共謀し、中国人の女が日本に長期滞在できるようにする目的で偽装結婚を企て、2014年8月27日、北九州市若松区役所に自分と女との婚姻届を提出した疑いがもたれています。なお、事件をめぐっては、組織的な偽装結婚に関与したとして2015~18年に計19人が検挙され、容疑者は逃亡を続け指名手配された「最後の1人」だったということです。
FB(フェイスブック 現メタ)の元社員による内部告発により、FBがシリコンバレーから遠く離れた場所の危険なコンテンツの監視に苦労している状況が明らかになりました。報道(2022年1月1日付産経新聞)によれば、パキスタンやエチオピアで話される言語に対するモデレーションのアルゴリズムが不十分であると懸念する声が、社内から上がっていたといいます。また、アラビア語のさまざまな方言に対してシステムを調整するトレーニングデータが不足していることも憂慮されているといいます。FBを運営するメタ・プラットフォームズは現在、一部のタスクのための新しいAI(人工知能)モデレーションシステムを配備したと説明しています。これは従来のシステムと比べて必要とするトレーニングデータがはるかに少ないことから、新しいガイドラインに即したモデレーション作業に素早く対応できるといいます。「Few-Shot Learner(FSL)」と呼ばれる新しいシステムは100言語以上に対応しており、テキストだけでなく画像でも機能するとメタは発表、FSLを利用すれば、新しいモデレーションルールの自動適用にかかる期間を約6カ月から約6週間に短縮できると、Facebookは説明しています。投稿内容が完全な嘘でなくても、新型コロナウイルスのワクチン接種を思いとどまらせるような内容のコンテンツを禁止するルールが2021年9月に導入されていますが、このルールを徹底させる上でもシステムが役立っているといいます。またFBは、2021年前半に初めて配備されたFSLが、プラットフォーム内のヘイトスピーチの減少に寄与したとも説明しています。FBは人々を結びつけると主張し、世界を席巻しましたが、皮肉なことにそのネットワークは、同時に憎しみや嫌がらせ行為の温床にもなりました。国連の報告によると、ミャンマーのイスラム教徒であるロヒンギャの虐殺も、FBが助長したとされています。システムをやみくもに信頼し、自動化が進めば、監視が行き届かなくなるという構図があり、精度やバイアスに関するシステムのパフォーマンスをチェックするシステム(仕組み)も同時に開発していくことがSNSが「犯罪インフラ化」しないためには重要となります。さて、最近FBへの批判が強まったきっかけは、元従業員フランシス・ホーゲン氏による内部告発でした。告発の元になった文書からは、傘下の写真投稿アプリ「インスタグラム」をめぐり、FBが社内調査で「若者への悪影響」を把握しながら、対応が後手に回っていた様子がうかがえます。報道によれば、FBは2020年12月、日本を含めた10カ国の5万人を対象に社内調査を行った結果、回答者の33%が、インスタ上で自分の見た目を他人と「しばしば」「いつも」比較すると回答、10代の少女では48%にのぼったといいいます。さらに、10代少女の37%がインスタ上で自分の身体に対する感情が悪くなる投稿を「しばしば」みると答えたといいます。インスタは2019年、「いいね」の数を非表示にするテストを日本など一部の国で始めると公表、発表文では若者への悪影響については説明されていませんでした。文書では、この機能について様々な実験を進めた結果、2020年2月の文書では「いいね」を隠すことについて「全体的な健康面の数値の変化はみられない」と指摘されていました。それでも2021年5月、「いいね」の表示・非表示を管理できる機能を全世界で導入したことになります。ボーゲン氏は「彼らは、この機能の効果がほとんどないことを知りながら、導入を検討していた。学者やジャーナリスト、政府関係者が喜ぶからだ」「若者の健康に対して、何かをやっているかのように見せたかっただけだ」と指摘しています。
インターネットやSNS、スマホの急速な普及でありとあらゆる情報が公になっています。その公開情報を活用して事実に迫る「オシント(open-source intelligence)」も重要となっています。しかしながら、それが行き過ぎとなるとさまざまな弊害がもたらされることになります。2022年1月3日付毎日新聞では、ロマンス詐欺の被害防止のために相手を特定する「特定屋」が取り上げられていました。情報の取扱い次第で、それが犯罪インフラ化するリスクがあることも認識させられる、大変興味深い内容であり、以下、一部抜粋して引用します。
サイバー空間におけるサプライチェーン・リスクについて、警察庁は「デジタルサービスの相互連鎖の拡大やサプライチェーンの複雑化は、ひとたびサイバー事案が発生した場合の影響範囲を飛躍的に拡大させてしまうというリスクを内在している」とし、「サービスが複雑に連携する中で、連携サービスの全体を通じてどのように本人確認がなされ、どのようなセキュリティ対策がとられているかといった全体像が不透明となり、想定外の被害が生じるおそれもある。今後、新技術の普及や、デジタル化によるサプライチェーン等の一層の複雑化とそれに伴うブラックボックス化により、事故やサイバー攻撃等の影響範囲も格段に広がり、かつ、影響がどこに発現するのか把握することが困難となる」と指摘しています。生命さえ脅かす脅威には、無地域性をふまえた対応が必要となると認識する必要があります。そもそもサイバー空間は、もはや、国家間の「戦場」と化している実態があり、生命を脅かす攻撃の応酬が日々なされています。例えば、数十年にわたって対立しているイランとイスラエルの間で、サイバー攻撃の応酬が激化しており、そのハッキングの対象は燃料供給システムや鉄道管制システム、航空会社などにまで及び、一般市民の生活が脅かされる事態にまで発展しています。すでに国家がサイバー攻撃に対して即座にサイバー攻撃で報復した事例が登場、数カ月にわたってエスカレートしている状況にあります。サイバー攻撃には国が関与した犯行と独立したハッキング集団による犯行とがありますが、共通点はイランの一般市民や企業に混乱をもたらしている点です。ハッカー集団がイランの標的を狙って成功を収めているのは、イランに対する制裁措置の影響もあるとの指摘もあります。イランでは、インフラシステムで使われている製品を含め、米国企業の製品の多くを購入・更新することができないため、ツールや機器のアップデートや、パッチの適用もできず、サポートを受けることさえできず、イランはサイバー防衛に関してはかなりの脆弱性を有していることが原因だとされます。一方で、このような潜在的な脆弱性があるにもかかわらず、イランの国家支援を受けたハッカー集団は積極的に他国を標的にしているのも事実です。政治家やセキュリティ業界の多くの人々は、インフラに侵入して何百万人もの人々の生活に支障をきたすことを、越えてはならない一線であると認識していますが、今後、その一線を軽々と超えてしまう愚かさをもつ国や組織、個人が出てこないことはありえず、残念ながら、サイバー空間における防衛力の強化を官民挙げて進めていくことが急務だといえます。
サイバー空間におけるサプライチェーン・リスクについては、サイバー攻撃への防衛力を格付けするサービスを導入する企業が増えている点に注意が必要です。欧米企業が先行し、日本でも資生堂などがグループ会社のチェックに使い始めているといいます。2022年1月8日付日本経済新聞によれば、取引先の状況を検証し、「落第点」なら取引停止を検討する例も出ているといい、各社でばらつきのあるサイバー防衛力を客観評価することが重要になっており、信用格付けのように普及する可能性も指摘されています。例えば、記事では、以下のような事例が紹介されています。
経済産業省は、企業のサプライチェーン全体を見渡した新たなサイバー攻撃対策に乗り出すとしています。いわゆる「つながる車」やあらゆるモノがインターネットにつながるIoT製品に使うソフトウエアについて、弱点の有無が一目で分かる仕組みを整えるというものです。報道によれば、一連の情報は供給・調達網の中の企業で共有し、問題が起きた際の早期復旧につなげる、対策で先を行く米国との協力も見据えるもので、想定するのは、製品に使われるソフトの部品を一覧表にし、供給・調達網に関わる企業が共有できる仕組みだといいます。同省は製品名や開発したサプライヤー、バージョンなどが細かく把握できれば、セキュリティ上の弱点の確認にもつながるとみています。脆弱性が見つかった際、川下の半製品や完成品をつくる企業も問題を即座に認識でき、修正・復旧までの時間は短くなると考えられます。
社会で幅広く使われるソフトを、ボランティアのプログラマーが自主運営する集団を通じて、無償で開発・保守するのがオープンソースの大まかな運用手法ですが、一見するととんでもない、社会実験として始まったこの手法は今やITの中心的存在となっています。報道によれば、最近の平均的な応用ソフトにはオープンソースで開発されたソフトが500以上も組み込まれているとされます。それだけに、今回のLog4jの事例は、オープンソースの時代が始まってから20年以上たった現在、専門家ですら驚くような情報セキュリティの欠陥がみつかったものとして、極めて憂慮すべき事態だといえます。また、脆弱性に関連して、今後注意が必要なものとして、まず、正規のウェブサイトを侵害することでサイトの訪問者のデバイスをハッキングする「水飲み場型攻撃」という手法が広まっていることが挙げられます。水源を汚染して水を飲んだ人を感染させる手口に由来するこのハッキング手法は、静かに実行されることから成功率が高く、その危険性も高まっているといいます。最近の最も悪名高い水飲み場型攻撃は、中国のウイグル人イスラム教徒のiPhoneユーザーを2年間にわたって標的にしたもので、2019年に明るみになりました。一方で、専門家らは、水飲み場型攻撃はかなり一般的に使われていると強調しており、その理由はおそらく、きわめて強力で生産性の高い攻撃であるからだと考えられます。自分がもっているデバイスが水飲み場型攻撃に感染するリスクを完全になくすことは不可能ですが、コンピュータとスマートフォンのソフトウエアのアップデートを怠らず、デバイスを定期的に再起動すれば、特定の種類のマルウェアを追い出して自分を守ることができると考えられます。さらに、地球最強の生物との異名をもつ微小な無脊椎動物のクマムシにちなんで、「Tardigrade(緩歩動物)」と名付けられた悪意あるマルウェアがセキュリティ業界に衝撃を与えているといいます。2021年12月11日付産経新聞によれば、主にバイオ産業を狙うこのマルウェアは、業務妨害から破壊行為、スパイまであらゆる活動に対応するように設計され、しかも自律的な動作が可能といいます。その背後には、国家によるスパイ活動の存在も見え隠れしているとも指摘されています。専門家は「これまで確認されてきたこの業界のマルウェアのなかでは段違いに洗練されています。ほかの産業を標的にしたAPT攻撃(持続的標的型攻撃)による国家主導の攻撃や活動に不気味なほど似ています」、あるいは「このマルウェアは、環境ごとに異なる動作をするように設計されているので、シグネチャーが常に変化し、検出しづらくなっています」「100回近くテストしましたが、Tardigradeは毎回違う方法で自己構築し、違う方法で通信を試みました。さらにC&Cサーバと通信できない場合は、より自律的に独自に活動する能力を備えていたのです。これについてはまったく予想していませんでした」と指摘しています。さらに、「こうした被害の多くは公表されていません。知的財産が盗まれても、法的には公表する義務がありませんから」「しかしわたしたちは、ヘルスケア企業に対する経済的動機に基づく破壊的攻撃や、バイオテクノロジー企業と製薬会社に対するスパイ活動を目的としたさまざまなサイバー攻撃を目にしてきました」とも指摘しています。また、ランサムウエア攻撃はほかの活動の隠れみのになっている可能性も考えられるとしています。
企業のサイバー攻撃対策については、コンサルティング大手の米アクセンチュアの調査(日本を含む世界18カ国の大企業の経営幹部4,700人以上を対象にした2021年の調査)で、大企業の55%はサイバー攻撃に対して効果的な防御策や被害の軽減などを実行できていないことが分かったといいます。「サイバー攻撃の手法が進化しており、対応コストを維持できない」と考えている回答者は81%で、2020年の69%から増加したほか、回答者の82%は直近1年間でセキュリティ対策の投資を拡大したといいます。しかし、アプリケーションやネットワークなどに受けた不正アクセスは1社当たり平均270件になり、2020年より31%増加しました。中でもサプライチェーンを介した攻撃の被害は44%から61%に増えたといいます。
警察庁の有識者懇談会は、2022年度の新設が検討されている警察庁の専門部隊「サイバー隊」の役割について「国の捜査機関として前面に立ち、戦略的に国際捜査を推進する」と提言する報告書をまとめています。警察庁はサイバー隊に、国境をまたぐサイバー攻撃などの犯罪の捜査に他国と協力して取り組ませる方針です。サイバー捜査では各国との連携が不可欠であり、それぞれの捜査機関が国ごとに捜査しても、国外のサーバから攻撃を受けることが多く、全体像の把握が難しいためです。近年は各国が情報を持ち寄り、国際共同オペレーションで捜査を進める動きが活発化しており、サイバー犯罪捜査では国際共同オペレーションが一定の成果を上げています。本コラムでも取り上げましたが、偽メールを通じた感染が世界で猛威を振るったコンピューターウイルス「Emotet(エモテット)」について、2021年1月、ユーロポール(欧州刑事警察機構)は、オランダ、ドイツ、米国など8カ国の捜査機関などと共同作戦を展開し、偽メールの指示を出していたサーバを機能停止(テイクダウン)にしたと発表しました。また、(こちらも本コラムで取り上げましたが)ユーロポールは2021年6月にも、オランダ、英国など9カ国と共同し、犯罪インフラ化していたVPN(仮想専用線)の関連サーバを押収したと公表しています。さらに2021年11月には欧米諸国や韓国など17カ国との共同作戦で、身代金要求型ウイルス「ランサムウエア」の悪用に関与した7人が摘発されたと発表しています。残念ながら、こうしたオペレーションに日本は参画できていませんでした。逆に、日本で被害が出た事件の多くは、海外にあるサーバが攻撃に使われており、他国に契約者情報を照会するなどの捜査共助が必要であるものの、回答が来なかったり、時間がかかったりすることは少なくないこと、また、重要インフラ事業者などを狙う攻撃には国家レベルが関与している疑いも指摘されていること、国際連携から取り残されれば、海外で暗躍してきた犯罪組織が日本を標的とする動きを強める可能性があることなどを考えれば、国際捜査への参画はマストである(むしろ遅すぎた)といえます。なお、警察庁は来年度、サイバー専従の連絡担当官を欧州に配置する方針を固めたとも報じられています。ユーロポールなどとの連携を強化し、国際的な共同捜査に参画していくのが狙いで、前述のとおり、ユーロポールは近年、サイバー捜査の国際的な共同オペレーションで中心的な役割を担っており、国際的な共同捜査に参画していくとしています。さらに、警察庁は、2022年秋以降に予定していた直轄捜査部隊「サイバー隊」の発足を2022年4月に前倒しし、本格運用を始めるともしています。
世界各地で重要インフラがサイバー攻撃にさらされる中で、国内で2016年以降、少なくとも11病院がコンピューターウイルス「ランサムウエア」による被害を受けていたことが、読売新聞の取材でわかりました。以下、2021年12月29日付読売新聞の記事「「身代金」ウイルス、国内11病院が被害…救急搬送や手術に支障も」から、一部抜粋して引用します。
なお、サイバー攻撃を受け患者約85,000人分の電子カルテが閲覧できなくなった徳島県つるぎ町の町立半田病院は1月3日、電子カルテを管理するサーバが復旧したことを明らかにしています。4日に全13診療科で通常診療を再開されました。病院のサーバは2021年10月末、データを暗号化し復元する代わりに身代金を請求するコンピューターウイルス「ランサムウエア」に感染し、外部のセキュリティ会社に復旧を依頼、病院によると2021年12月29日に復旧が確認されたといいます。今後、検査機器などとの接続や、システムを使えなかった約2カ月間のデータ入力などを進めるとし、今のところ、個人情報が流出した情報は寄せられていないということです。2021年11月の記者会見では、犯人がカルテ復元の代わりに要求していた「身代金」を支払わず、約2億円をかけてカルテのシステムをゼロから再構築する方針を説明していました。また、医療機関を狙ったコンピューターウイルス「ランサム(身代金)ウェア」による被害が相次いでいる問題を受けて、厚生労働省は今年度中に、医療機関向けの新たな情報セキュリティ指針を策定するといいます。被害の拡大を防ぐため、電子カルテなどのバックアップデータについては、病院のネットワークから切り離して保管することを明記する方針で、バックアップデータが病院のシステムとオンラインで結ばれている場合、同時にランサムウエアに感染し、閲覧できなくなる可能性があるため、予備のデータは独立して保管することを求め、保存する媒体の種類や更新の頻度なども具体的に示す見通しということです。さらに、新指針では、添付ファイルに仕込まれたウイルスから感染することがあるため、メール送信の際にはファイルを添付せず、内容を本文に書き込むように促すほか、ランサムウエアの侵入を探知する対策ソフトの導入や、サイバー攻撃を想定した訓練の実施を求めることも検討しているということです。
中国人民解放軍が関与したとされる宇宙航空研究開発機構(JAXA)などへのサイバー攻撃を巡り、警視庁公安部は、中国籍の元留学生について詐欺未遂容疑での逮捕状を取ったと発表しています。男は既に中国に帰国しており、国際刑事警察機構(ICPO)を通じて国際手配する方針です。2016年11月、実在しない日本の企業名や担当者名を使い、東京都内の会社が販売している日本企業向けのウイルス対策ソフトを購入しようとした疑いがもたれており、会社側が不審点に気づき、販売を見送ったということです。男は、人民解放軍61419部隊所属の軍人の妻からSNSやメールで「祖国に貢献しろ」などと執拗に容疑者に対し協力を求めていたといいます。公安部は軍関係者の指示で日本製のセキュリティーソフトを不正に購入しようとした疑いが濃厚と判断、軍が一般国民を巻き込みながら組織的に日本企業の情報を盗み取ろうとしたとみて、企業にさらなる対策を呼びかけています。このサイバー攻撃を巡っては、公安部が2021年4月、攻撃で使われた別のレンタルサーバーを偽名で契約したとして、既に帰国していた男性を私電磁的記録不正作出・同供用容疑で書類送検、10月に不起訴処分(起訴猶予)となっていました。この攻撃には、中国のハッカー集団「Tick」が関与したとされ、公安部のこれまでの捜査では、Tickと、中国人民解放軍でサイバー攻撃を担う「戦略支援部隊」の下部組織「61419部隊」のメンバーが重なることが判明しています。また、報道によれば、日本国内でも一般の中国人が圧力により国や軍の指示に従わざるを得ないケースは少なくないと考えられ、警視庁は昨年春から、高い技術力を持つ企業を対象にサイバー攻撃の手口や、社員や留学生として生活しながらスパイ活動に従事した事例を周知し、対策を促しており、警察庁も全国の警察に指示し、対策を急いでいるということです。
三菱電機が受けた大規模なサイバー攻撃で、外部に流出した可能性がある情報の中に「安全保障に影響を及ぼす恐れがある」ものが59件含まれていたと防衛省が2021年12月に発表しています。特に問題視されたのが、防衛装備品に関する「機微な情報」が3件含まれていたことで、三菱電機によると、防衛省からは注意を受けたということです。
これら国が関わるようなサイバー攻撃への対処について、日本はとりわけ人材の確保に大きな後れがあるとされています。2021年12月27日付日本経済新聞の記事「」は、この点について踏み込んだ提言がなされており、大変参考になりますので、以下、一部抜粋して引用します。
さて、本コラムでは、経済安全保障についても高い関心をもって取り上げています。経済安全保障推進法案では、軍事転用の恐れのある特許の公開を制限し、代わりに出願者や企業に金銭補償する内容が盛り込まれています。情報通信や電力など基幹インフラを担う大企業を対象に安保上問題になる機器を導入しないよう政府が審査する制度も設けるとしています。サプライチェーンの強靱化、基幹インフラの安全性・信頼性の確保、先端的な重要技術の官民協力、特許出願の非公開制度が4本柱となります。「他国による技術の悪用や経済・生活基盤を脅かすリスクを軽減「、「特許の公開制限は企業や研究者が発明や技術を出願する際、海外で軍事転用される可能性があるか国が審査」、「安保に関わる技術と判断すれば出願内容を非公開に」、「海外で特許を得るのも認めない」(なお、日本の特許制度は公開が原則で出願から18カ月たてば内容が一般に公開され、外国政府や企業だけでなくテロリストなども閲覧が可能となっています)。さらに、「政府が指定した基幹インフラ事業者が他の企業から機器やシステムを導入する際、計画を事前に提示してもらう」、「所管省庁が審査して導入の可否を決める」、「外国政府の影響を受ける事業者が生産していないかを調べる」、「サプライチェーンは半導体、医薬品、希少鉱物、大型磁石を安定供給と確保の必要な物資に指定する」、「事業者に計画を作成してもらい、国が認定すれば補助金などで支援する」、「先端技術の官民開発で秘密を漏らせば罰則を与える」なども検討されています。
また、内閣官房で経済安全保障法制に関する有識者会議の議論が始まっています。以下に第2回の資料を紹介から、一部抜粋して引用します。
▼内閣官房 経済安全保障法制に関する有識者会議
▼資料1
- 第1回有識者会議における主なご指摘
- 戦略的自律性の確保と戦略的不可欠性の確保の両面において、限られた資源を有効活用する観点から、絞り込みが重要。何を守らなければいけないかを絞り込んで特定し、そこの周りに高い壁を張り巡らすこと、それから、限られた資源を絞り込んだものに戦略的に投入していくことが大事。競争力のない分野におカネをつぎ込むことは避ける必要。
- 優位性・不可欠性の獲得のためには、相手にたくさん買ってもらえることが前提であり、自由貿易の原則が大変重要。経済安全保障というと、企業も対外取引を委縮するような面もあるので、経済安全保障政策と自由貿易のバランスをとることが必要。
- 事業者は、サプライチェーンのマネジメントをめぐるリスクの多様化、複雑化、リスク対応のコスト増加に対応しているが、今後の制度設計に当たっては、事業者が国や関係機関と連携しながら独自の工夫ができるように配慮すべき。
- 我が国は、国際社会における法の支配の実現を基本方針としており、経済安全保障政策も国際法と整合的に行うことで、国際社会の理解も得られ、結果として様々な政策が成功することにつながるのではないか。
- グローバリゼーションの進展を背景とした供給網の多様化により、各国で供給ショックに対する脆弱性が増大。コロナ禍では、医療関連物資や自動車部品・電子部品等の供給が不足するなど、重要な物資の安定供給を図るためのサプライチェーン強靭化が課題に。
- 国民の生命、国民の生活や経済上重要な物資を他国に依存した場合、他国由来の供給不足時に、我が国に重大な影響が生じるおそれ
- 米国サプライチェーンに関する報告書『強靭なサプライチェーンの構築、米製造業の再活性化、幅広い成長の促進』(2021/6/8)
- 米国は2021年2月の大統領令に基づき、サプライチェーンに関する報告書・ファクトシートを公表。
- 同報告書は、100日レビューの対象となっていた4分野である半導体、大容量電池、重要鉱物、医薬品等について、現状と課題を詳細に分析した上で、直ちに実施する短期的な対応を特定するとともに、産業基盤を構築するための取組を列挙。
- また、コロナ禍からの経済再開に向けた対策や、より長期的な戦略として包括的な勧告を整理。
- 1年レビューの対象となる6つの産業基盤(防衛産業基盤、公衆衛生及び生物事態対処産業基盤、情報通信技術産業基盤、エネルギー産業基盤、運輸産業基盤、農作物及び食糧)については、これらを再活性化するための包括的な戦略を本年を通じて策定する旨明記。
- サプライチェーン強靭化に向けた取組(米国)
- 短期的取組
- 重要医薬品の国内生産支援
- 先進蓄電池の国内サプライチェーン確保
- 国内外の持続可能な重要鉱物の生産・加工への投資
- 半導体不足に対処するための産業界、同盟国・パートナーとの連携
- 産業基盤の構築に向けた取組
- 米国人労働者への支援及びイノベーション
- 国内外の持続可能なサプライチェーンへの投資
- 不公正貿易慣行への対抗
- 長期的戦略
- 米国の生産力とイノベーション力の再構築
- 市場発展支援
- 政府による購入・投資
- 国際貿易ルールの強化
- グローバルサプライチェーン脆弱性を低減するための同盟国・パートナーとの協力
- 短期的取組
- EUは、電池や半導体といった戦略的な重要物資のチョークポイントを分析し、特定国への依存を低減させ自立化を図っていく新たな産業政策を発表
- 「2020産業戦略アップデート」(21年5月)
- 単一市場の強靭性強化
- 加盟国間での標準共通化や適合性評価の迅速化を含む、域内の物資供給の円滑化
- 戦略分野の特定国への高依存に対する対処
- 6つの戦略分野(原材料・電池・有効医薬成分・水素・半導体・クラウドエッジ技術)の自立化
- 既存の原材料、電池、水素に加え、新たにプロセッサ・半導体、産業データ・エッジ・クラウド、宇宙ロケット、ゼロエミッション航空機といった戦略分野の産業アライアンス支援
- EU域内補助金規律の例外対象となる重要プロジェクト認定の柔軟化(次世代クラウド、水素、低炭素産業、医薬品、最先端半導体)
- 標準化戦略策定、政府調達の活用等で産業界を支援
- グリーン・デジタル移行の加速
- 移行支援するための競争ルールの見直し
- WTOルールに整合的な国境調整措置の具体化
- ETSの収益を活用した欧州式炭素差金決済を検討
- 単一市場の強靭性強化
- チョークポイント分析
- EUにとって海外依存度が高いセンシティブな137品目(総輸入額6%相当)を特定。
- 多くは、環境エネルギーやヘルス、デジタル関連製品。輸入の約半分は中国が占めており、次いでベトナム、ブラジル。
- そのうち、34品目(エネルギー関連の原材料や化学品、医薬品原体など)は、代替が困難で、より脆弱である可能性。
- 「2020産業戦略アップデート」(21年5月)
▼資料3
- 第1回サプライチェーンの強靭化に関する検討会合 議事のポイント
- サプライチェーン強靭化の必要性について
- サプライチェーンの脆弱性が日本の産業分野の広範な産業分野に影響を及ぼすことが、今回のコロナ禍で明らかになった。我が国としても有効な対策を考えていく必要。
- 資源がない島国として、資源や素材をどう確保していくかを検討していく必要。
- 政府がサプライチェーンに関与すべき物資の基本的な考え方について
- 最先端産業を対象とするべき。日本の強みを伸ばすような支援措置を講じていく必要。
- 代替性の有無などを考慮しつつ、エコノミック・ステイトクラフトの対象になって困るものは何かと いう観点で検討したらどうか。特定国への依存度をもとに抽出する方法も考えられる。
- 偏在性から経済的に武器として利用されてしまうような機微な技術はまず大切と考える。
- 国民の生命に関わるものと未来の産業力等に影響を及ぼすものでは、強靭化の対象とする判断基準が異なるため、それぞれに応じた議論が必要。
- 需要サイドにおいて代替品がなく、物資価格が上がっても代替供給が叶わない物資を選択していくのではないか。
- 川上の事業者が国内生産から撤退しているのに気づかなかった事例も見られる。リスクマッピングを作成して検討を進めるべき。
- サプライチェーン強靭化のための政策的な措置・留意点について
- 迅速な決定を下せるよう機動的に措置を講じていくことができる制度設計にすべき。
- 日本の強みを伸ばすような支援措置を講じ、サプライチェーンの川上を抑えられるような支援を進めるべきではないか。
- 規制的なものではなく、企業の強靭化策をインセンティブ等で誘導・後押しする措置であるべき。
- 物資によって置かれた状況は異なるため、措置も一様ではないことに留意する必要。
- コロナ禍においてサプライチェーンの把握が十分できない事象が明らかになった。政府の調査権限は必要ではないか。
- サプライチェーンの強化は重要だが、WTO協定との関係を整理したうえで、制度の建付けはよく検討すべき。
- サプライチェーンのボトルネックを可視化をするべき。その上で代替ネットワークをどうやって作るか等戦略的な方針を作ることが重要。
- サプライチェーン強靭化の必要性について
▼資料6
- 第1回基幹インフラに関する検討会合 議事のポイント
- 新しい仕組みの必要性/どのような仕組みが必要か
- 安全保障の観点から、基幹インフラのサービス提供へのリスクに対処できるよう、設備や維持管理の委託の状況を政府が把握できる新しい仕組みが必要。
- 設備へのサイバー攻撃を防止するには、内部に脆弱性を仕込まれ、被害が出てからでは遅いため、設備の導入の際、事前に供給者などに問題がないか確認するという考え方が重要。アップデートや維持管理に関与する委託先の確認も検討すべき。
- 設備のサプライチェーンを包括的に見る必要がある。
- 他方、事業者ごとに分散的に対応をしても時間がかかるので、民間の努力に加えて、国が包括的に確認できる仕組みが必要。
- 事業者にとっての予見可能性の観点からは、導入後に政府が問題を指摘する仕組みではなく、事前審査を行う仕組みとせざるを得ない。
- 経済活動の自由と国家及び国民の安全の両立
- 国家・国民の安全と事業者の経済活動の自由との間でバランスが必要。
- 規制対象となる事業、事業者、設備等について対象を絞ることが重要。
- 諸外国の審査基準も参考とし、審査基準を可能な限り明確にすべき。
- 事業者の事業判断が遅れないよう、政府における審査は可能な限り速やかに行うべき。
- 我が国だけでこのような取組みを進めるのではなく、国際的な動向も見定めるべき。
- 国際法との整合性が必要
- 守るべき基幹インフラ事業の考え方/守るべき基幹インフラ事業者の考え方
- 安定供給が脅かされた場合に、国民の生存に支障をきたすものや、国民生活や経済活動に広範囲・大規模な混乱が生ずるもの等に対象事業を限定すべき。
- 対象事業者は、規模等により限定すべきであり、特に中小企業に規制を課すのは慎重になるべき。
- 対象事業者は絞ることを前提としつつ、ネットワーク全体への影響や競争の公正性も念頭に検討することが必要。
- 新しい仕組みの必要性/どのような仕組みが必要か
▼資料9
- 第1回官民技術協力に関する検討会合 議事のポイント
- 先端技術の研究開発への投資
- 優位性を高めて不可欠性につなげていくためには、分野を選び集中投資することが必要。
- 科学技術は国がリスクを取ることが当たり前のもの。特に量子をはじめ世界が一変する技術が生まれ、諸外国がしのぎを削っている中で、国として総力を挙げて開発しなければならない。
- 従来は大企業が基礎研究も含めた先端技術の研究開発を行い日本の産業を支えていたが、今はこうした企業が減っている。理研や産総研、大学で出てきたイノベーションの種を産業につなぐメカニズムが必要。
- 先端技術を効果的に守りつつ育成する仕組み
- 先端技術の実装を進める意味では、警察、海保、防衛といった政府部門の具体的なニーズを研究者と結び付けていくことが非常に重要。
- 産学官を含めて先端技術を開発する会議体が必要ではないか。その際、何が機微なのかや、研究開発の進め方、オープン・クローズを、参加者が納得して決める運営が必要であり、安心して情報提供できることが重要。
- 経済安全保障の目的に特化したプログラム以外にも、経済安全保障的な視点を入れていく方法もあるのではないか。
- 日本のスタートアップはセキュリティが弱い部分がある。少数ではあるが経済安全保障に影響がある貴重なデータを持っているスタートアップがあり、セキュリティを支援する仕組みが必要。
- 日本では、基礎的な領域から進んでいく段階で、海外、特に米国との連携が欠けている。今は米国に日本と組みたい意向があるので、アメリカンスタンダードで仕組みを作るべき。米国の一流大学が共同研究できない制度だと意味がない。
- 育成すべき先端技術を見出すための仕組み
- シンクタンクの分析・情報を踏まえて政府が戦略を立て、それに合った研究開発の仕組みを実現していくことが重要。
- 優位性がある先端科学技術領域を把握し、勝ち筋となる領域を設定するために、専門家を集める必要。同時に、プロフェッショナルな人材の育成も重要。法制で、人材育成も含めたシンクタンクの在り方を盛り込んでいただきたい。
- 新しい才能を新しい分野で育成していくという観点で、シンクタンクが優秀な科学者のキャリアパスの一つとしての立場を確立していくことが重要。
- 先端技術の研究開発への投資
▼資料12
- 第1回特許非公開に関する検討会合 議事のポイント
- 制度新設の必要性・制度の枠組み
- 特許非公開制度は早期に導入すべき。理由としては、我が国の特許制度において出願人が公開に懸念を持つような機微技術であっても公開を促す制度となってしまっていること等。
- 非公開制度を導入するのであれば、秘密保持義務や外国出願制限もセットで検討する必要がある。
- イノベーションの促進との調和が課題。海外で特許を先に取られてしまい、かえって経済安全保障の武器を失ってしまうおそれもある。
- 対象にすべき発明のイメージ
- 非公開の対象とすべき発明は、いわゆる国防上の機微性が極めて高いものとすべき。
- 非公開になり得る特許の範囲や、外国出願が制限される技術の分野があらかじめ特定されていることが重要。他方、要件を細目化しすぎると政府の評価能力をテストする悪意の出願が行われるおそれがあるため、バランスが課題。
- 対象となる技術分野は絞り込む必要がある。シングルユース技術であれば当事者もその機微性を認識している。他方、デュアルユース技術全体に広く網を掛けることは非現実的であり、対象に含めるにしても限定すべき。小さく生んで育てるという発想が必要。
- 機微発明の選定プロセスの在り方/選定後の手続と漏えい防止措置
- まず特許庁が一次審査を行い、その後、別の機関が機微性を審査するという2段階の審査の形にならざるを得ない。
- 二次審査の主体として継続的に見ていくことのできる組織・機関を設けることを検討すべき。
- 審査に要する期間は短い方がよいが、一次審査で対象が絞られており予見性があるのであれば、10月程度までは許容可能ではないか。
- 出願者の意見陳述の機会、出願者の意向を踏まえた上での手続の進行を行う仕組みが必要ではないか。
- ひとたび非公開の指定がされた以上、そのプロセスから離脱を認めることは考えづらい。
- 技術は日進月歩であり、指定継続の必要性については、随時見直しが行われるべき
- 外国出願制限の在り方/補償の在り方
- 制度を導入する以上、外国出願の制限はやむを得ない。前提として対象を絞る必要がある。
- 対象となる発明の要件を予見可能な形で規定した上で、場合によっては政府に相談できる制度を設けるべきではないか。
- 損失補償は必要。具体的にどこまで補償するかは今後議論すべき。
- 制度新設の必要性・制度の枠組み
経済安全保障について、最新の論点等を専門家らの視点から確認しておきたいと思います。
- 経済安保、企業は対応を米中対立でリスク増すPwCジャパングループ・ピヴェット久美子シニアマネジャー(2022年1月7日付毎日新聞)
経団連は「人権を尊重する経営のためのハンドブック」を作成したと発表しています。
▼日本経済団体連合会 企業行動憲章 実行の手引き「第4章 人権の尊重」の改訂および「人権を尊重する経営のためのハンドブック」の策定
▼人権を尊重する経営のためのハンドブック
企業の人権問題に対する国際的な視線が厳しくなっており、会員企業に取り組み強化を促す狙いがあります。人権侵害のリスクを予防、軽減する「人権デューデリジェンス(DD)」の事例も紹介されていますが、欧州が先行する義務付けには慎重です。ハンドブックは、業種ごとに異なる世界のサプライチェーンのリスクを例示、アパレルでは、縫製工場の長時間労働やコットン栽培での農薬による健康被害を挙げています。また児童労働が鉱物採掘の他に食品や日用品など幅広い業種で懸念されるとしています。さらに、人権DDについては、自社の原材料の調達指針を順守するよう取引先に求めたり、取引先を対象にセミナーを実施したりする企業の施策を列挙しています。また、現場訪問や監査といった追跡調査の重要性を強調し、情報開示の必要性も指摘しています。なお、ハンドブックから、「背景」に関する記述を以下に引用します。
(1)人権の尊重は人類共通の不可欠な価値観
「人権の尊重」は人類共通の不可欠な価値観である。「誰一人取り残さない」人間中心の経済社会の構築を目指す、SDGsを達成するためにも、すべての国、組織、人々が人権を尊重することが必要である。また、グローバル化や相互依存関係が深まる現在、世界各国が直面する社会的課題に対処していくためには、「人間」に焦点を当てた「人間の安全保障」1の視点から、横断的・包括的に捉えることが重要である。
(2)人権を保護する国家の義務と、人権を尊重する企業の責任
一般的に、人権を保護する義務は国家にあるとされる。他方、2000年代に入って、多国籍企業のグローバルなサプライチェーンが発展途上国における労働や人権に影響を及ぼしていることが注目されるようになり、企業に対して、人権を尊重する経営を求める動きが加速した。2011年、国連人権理事会において「ビジネスと人権に関する指導原則」が全会一致で支持され、「人権を保護する国家の義務」と「人権を尊重する企業の責任」が整理された。その後、G7エルマウ・サミット首脳宣言(2015年)における「責任あるサプライチェーン」に関する合意を経て、指導原則に基づく国別行動計画(NAP)の策定や、人権への取組みを評価基準に盛り込んだESG投資の拡大、「誰一人取り残さない」を中心理念とする2015年の国連でのSDGs採択など、人権を尊重する事業活動を後押しする機運が高まった。人権を尊重する経営を行うことは、顧客との信頼関係や採用競争力の強化、企業価値の向上や利益の拡大に影響するとの認識が高まっている。人権に関する取組みが不十分である場合、取引の停止や不買運動による売上低下、株価の下落、罰金の発生など、企業の大きな損失につながることもある。また、特定の地域での人権侵害を理由とした経済制裁が行われるなど、レジリエントなサプライチェーン構築の観点からも、人権への取組みの重要性が高まっている。
その他、経済安全保障を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 米国のバイデン大統領は、中国新疆ウイグル自治区からの輸入を原則として禁止する「ウイグル強制労働防止法案」に署名し、法律が成立しました。自治区産の原材料や部品を使った製品も対象で、米国で事業展開する日本企業も調達網などの対応を迫られることになります。法律は、自治区産の全ての原材料や製品は強制労働によって作られたものとみなし、米税関・国境取締局が例外だと認めない限り、米国への輸入を禁止することとしています。輸入するためには、強制労働によって作られたものではないことを示す「明確で説得力のある証拠」が必要になります。成立から180日後の2022年6月下旬に施行されます。なお、米政府に対し、強制労働に関与する自治区の企業や、そうした企業の製品を米国に輸出している業者などのリストを作成することや、中国政府当局者らに制裁を科すことも求めています。米政権は、中国当局の新疆ウイグル自治区での人権侵害を「ジェノサイド(集団殺害)」と非難、2022年2月の北京冬季五輪に政府当局者を派遣しない「外交ボイコット」を発表したほか、ウイグル族への迫害に関与しているとして、ドローン世界最大手の中国企業など計42機関に対し、投資禁止や輸出規制の制裁をかけると発表しています。なお、報道によれば、「数多い取引先すべてを対象に人権侵害が『ないこと』を証明するのは至難の業」とある大手アパレル幹部は話しており、複数の綿や化学繊維を合成した素材もあり、それらは企業独自のノウハウでもあるため、取引先にも素材を開示しないケースが多く、そのため「そもそも取引先が新疆綿を使用しているかどうかも厳密には特定できない」ということです。また、ある商社の担当者は、今回の立法について「人権問題に加え、国家間のイデオロギーの対立も背景にありそうだ。今回はウイグルだが、米国による輸入禁止の商品や地域が広がったり、中国が報復措置に出たりするのではないかと心配している」と話しています。一方、企業側がウイグル自治区での取引を解消すれば、中国政府と中国の消費者による報復を受けるリスクがあるほか、仮に問題が見つかっても簡単には取引先を変えられないという企業も少なくなく、米中の対立が激化する中で各企業は難しい対応を迫られていることは間違いありません。一方の中国は強く反発しています。背景には、米国の制裁が関連産業への打撃となることが挙げられます。人工知能(AI)など先端産業の資金調達が滞れば、米中覇権争いの行方を左右するほか、新疆ウイグル自治区は中国の綿花生産量の9割を占めており、中国で生産した綿製品が締め出されれば、雇用への悪影響が避けられないためだとされます。
- 政府は人権侵害に使われる恐れがある先端の監視技術について米欧などと連携し、輸出規制を検討するとしています。バイデン米政権が監視技術の輸出を管理する多国間の枠組みについて表明したことを受け、協議に入るもので、顔認証などの監視に使われる製品は日本企業が強みを持つ分野の一つですが、中国やロシアといった強権国家で疑われている弾圧などの人権侵害行為に悪用されるのを防ぐ狙いがあります。政府は人権侵害に悪用されかねない技術を指定し、安易に輸出されないようにする案などを検討することとしています。日本では外為法に基づき「国際的な平和及び安全の維持」の観点から武器や軍事転用できる民生品を輸出管理しており、対象に指定された物品や技術の輸出には経済産業相の許可が必要となります。人権侵害の分野もこの手法で規制できるか検討するとしています。人権侵害に使われる技術を巡っては平和や安全の維持を妨げる紛争の一因になるとの解釈もあるものの、現時点では外為法の輸出管理の対象にできるかは明確ではなく、その整理も含めて議論するということです。
- アパレル各社が、人権に配慮した服作りを強化しています。背景には、中国・新疆ウイグル自治区での強制労働問題を契機に、ファッション分野が抱える社会課題に対する消費者の意識が急速に高まっていることがあります。原材料から最終製品までアパレルの供給網は複雑ですが、業界には責任ある人権への対応が問われています。企業が人権重視にかじを切るのは、消費者や投資家の目が国内外で厳しくなっているためであり、過去には、縫製業者に多数の死傷者が出たバングラデシュのビル崩落事故で劣悪な労働環境が問題視され、海外大手アパレルに批判が集まりました。ウイグル問題がこうした傾向に拍車を掛けているといえます。ただ、天然素材の綿から最終製品ができるまでには栽培や紡績、縫製といった長い工程があり、適法性を全て把握するのは困難とされ、新疆綿に関しても「完全に取り除くには限界がある」との声が上がっています。一方で、人権への配慮はアパレル各社の取引先にも広がっており、帝人グループは毎年、国内外の取引先に対して児童労働が無いかなどを問うアンケート調査を実施。NGO(非政府組織と協力して監査を行うなど、人権侵害に関与しない姿勢を明確にしています。
- 経済安全保障という言葉が取り沙汰されるようになったのは、米国のトランプ前政権と中国の習近平指導部との対立が先鋭化したのと重なっており、中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の機器に情報漏洩リスクがあるとして、米国政府が高速通信網「5G」からの排除を同盟国に要求、その後もサプライチェーンや先端技術を中国に握られるのを避けるため、輸出・投資規制の強化や関税引き上げなど対抗手段を矢継ぎ早に打ち出し、バイデン政権にも引き継がれています。さらに追い打ちをかけたのが新型コロナウイルスの感染拡大で、報道によれば、経済産業省の幹部は感染拡大当初、中国からの輸入停滞でマスクや医療用ガウンが不足した事態から、「特定国に依存する危うさを痛感した」といいます。電気自動車(EV)に欠かせないレアアース(希土類)なども中国の意向一つで打撃を受けかねないリスクを孕んでいます。また、特に危機感が強いのが、軍事と民間の垣根が薄らいでいることで、人工知能(AI)や量子暗号などの先端技術は軍事転用でき、かつてインターネットなど国防関連の研究から生まれた技術が民間に普及することが少なくなかったものの、今や「安全保障の技術は民間が生みだす」といわれるほどデュアルユース(軍民両用)が広がっていることが挙げられます。企業や大学から中国に流出した技術が軍事転用されるリスクが高まっているものの、企業や大学の現場の意識は追いつかない状況です。
- NTTは自社グループの調達網に強制労働や児童労働といった人権侵害を行う企業が入り込まないよう、2022度から実地監査を始める方針を固めました。国内外の大口調達先を中心に年間40~50社程度を訪問し、人権順守の状況を直接確認するということです。。対応に不備があれば、取引停止を含め厳しい姿勢で臨む中国の新疆ウイグル自治区で強制労働への懸念が高まり、欧米では、企業に取引先の労働環境を調べる「人権DD」を義務付ける法整備が進んでおり、日本本企業も人権保護の取り組みに消極的と見なされれば、国際的な事業展開に支障が出かねない状況となっています。NTTは社会インフラを担う企業として率先して対応強化に乗り出すこととし、実地監査は富士通やNEC、住友電気工業、米国のアップルやアマゾン・コム、マイクロソフトなど約130社の大口調達先を中心に、数年で一巡するよう対象を入れ替えながら実施する方向だということです。
- カルビーは2022年度にもグループの国内工場で使用するパーム油の全量を環境や人権に配慮した「認証油」とするということです。2030年までに使用する100%を認証油とすることを目指していましたが、前倒しで達成する見通しとなりました。同社は非認証油が混ざっていても、認証農園から供給された認証油の量は保証される「マスバランス」という方式を採用、ポテトチップスなどを生産するフライ工程でパーム油を使い、国内のグループ工場で年間約4万トンを調達する必要があり、仲介業者からパーム油を仕入れるなかで、使用する約4万トン分を認証油として確保、認証パーム油の調達コストは非認証油と比べて「平均1割ほど高い」とされます。なお、パーム油の原料となるアブラヤシ農園は、開発による森林伐採や児童労働などが指摘され、社会問題となっています。国内でも食品や日用品メーカーが認証パーム油の調達を進めています。
- 日立製作所の小島啓二社長は、米中摩擦や新型コロナウイルスの感染再拡大など、地政学リスクや不測の事態に備える必要性が高まっているとして、国内外の事業のリスク管理を行う専門部署を新設する考えを明らかにしています。小島氏は「インテリジェンスや金融、コンプライアンスなどのリスクを総合的にコントロールする仕掛けを作る」と述べ、来春に策定する中期経営計画で具体策を示すと表明しています。各国の政策情報などを収集する渉外部門や、調達部門などから担当者を集め、リスク分析に取り組むということです。
- 三菱重工業の泉沢清次社長は、経済安全保障に関するタスクチームを立ち上げたと明らかにしています。報道によれば、米中対立などを背景に経済安保への関心が世界的に高まる中、防衛や宇宙、原子力などの基幹事業を幅広く手掛ける企業として、体制を強化する必要があると判断したといいます。チームは管理部門や関連事業の担当者らで構成し、情報収集や対策の検討を担う。泉沢社長は「従前から安全保障面の対応は進めてきたが、(今後は)サプライチェーンやそれ以外の技術情報の取り扱いも出てくる」と指摘、経済安保をめぐる政府の動きを注視していく考えを示しています。
- 外事警察が経済安全保障の観点から、捜査の「手の内」を企業などに熱心に説明するようになっています。2021年12月19日付毎日新聞で、外事警察の今が報じられています。以下、一部抜粋して引用します。
- 政府がインターネットなどの国際通信の重要インフラである海底ケーブルの陸揚げ拠点の分散に2022年度から本格的に乗り出すとしています。海底ケーブルは主に太平洋側に敷設され、陸揚げ拠点も東京圏などの一部地域に集中、経済安全保障上のリスクや地震をはじめとする大規模災害への強靱性を高めるため地方への分散を支援すると同時に、デジタル技術の活用で都市と地方の格差を解消する「デジタル田園都市国家構想」の実現に取り組む狙いもあるとされます。海底ケーブルの特定地域への集中はテロや敵対勢力による切断・破壊の危険があり、2013年にはエジプト沖でケーブルが切断される事件が起きています。報道によれば、政府関係者は「事故か故意かはわからないが、中国の船が日本周辺のケーブルを切断する事例もある」と話しています。さらに、南房総や志摩などは首都直下地震や南海トラフ地震も想定されており、。地震でケーブルが断線すればネットの遮断や障害が発生する恐れがあります。2011年の東日本大震災でも茨城沖のケーブルが断線し、通信速度が遅くなる被害が出たといいます。
(7)誹謗中傷対策を巡る動向
最近、誹謗中傷、偽情報/誤情報/ディープフェイクなどを巡る報道が多く目につくようになっています。まずは、誹謗中傷を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 加害者が「上級国民」と批判された池袋暴走事故の裁判において、検察側の求刑は自動車運転処罰法違反(過失致死傷)の上限となる「禁錮7年」だったところ、判決は「禁固5年」と2年の減軽が認められた形となりましたが、量刑の理由として挙げられたのが、SNSなどでの誹謗中傷でした。裁判で弁護側は、ツイッターなどソーシャルメディアにおける投稿について「デジタル空間上に残り続ける。(被告は)苛烈な社会的制裁を加えられた」と訴えていたところ、判決はこのことに触れた上で、「被告が厳しい社会的非難を受けること自体はやむを得ない面もあると考えられるが、過度の社会的制裁が加えられている点は、被告に有利に考慮すべき事情の一つといえる」と認定、SNSの中傷が情状酌量として認められることは異例のことだといえます。2021年12月29日付毎日新聞で、この問題を取り上げており、以下、一部抜粋して引用します。
- 前述した大阪・北新地の放火殺人事件で現場となった「西梅田こころとからだのクリニック」には、心の不調と向き合う大勢の人が通っていました。仕事や人間関係のストレスなどから、誰もが心療内科や精神科を受診する可能性はあるものの、社会の理解が十分に進んでいるとはいえません。事件の容疑者がクリニックに通院していたこともあり、関係者は社会の無理解や患者への偏見が広がらないか懸念しているといいます。報道によれば、精神科や心療内科といった心に関する医療機関(2017年)は5,824か所、患者は419万人で、2002年と比べ1,700か所以上、患者は約160万人増えているといいます。心療内科も1996年に診療科として認められて以降、ほぼ右肩上がり。心療内科を主とする医療機関は、2017年までの約20年で14倍になっています。それにもかかわらず、今回の事件後、ネット上には心療内科や精神科に通う人を危険視し、中傷する書き込みが散見され、大阪市内のある心療内科クリニックでは、こうした書き込みを見た患者から不安や憤りを訴える相談が増えているといいます。誰もがなりうる精神疾患にもかかわらず、理解が進まない現状が変わることを期待したいところです。
- 本コラムでもたびたび取り上げていますが、フジテレビの番組「テラスハウス」に出演していた女子プロレスラーの木村花さん(当時22歳)がSNS上で中傷されて自殺した問題で、母親の響子さんが、フジテレビと番組の制作会社「E&W」に損害賠償を求める訴訟を2022年、東京地裁に起こす方針を明らかにしています。響子さんは会見で、番組の過剰な演出や出演者をおとしめる意図的な編集が中傷につながり、自殺を招いた可能性があると主張、「番組のどこに問題があって花が追い詰められたのか、裁判を通じて明らかにしたい」と話しています。一方、響子さんの弁護団は、提訴に備え、両社が保管する番組の未編集動画や台本、企画書などの証拠保全を東京地裁に2021年8月に申し立てていたと公表しています。地裁は10~11月、決定で申し立てを認めたが、両社が「職務上の秘密」などを理由に拒否したため、12月10日、制作会社に提示を命じたということです。本コラムでは、今後の裁判の動向についても注視していきたいと思います。
- 自分の分身としてネット空間で活動させるキャラクターへの中傷は、本人への非難と同じだとして、キャラの姿を借りて動画を投稿する「バーチャルユーチューバー」(Vチューバー)の女性が、そんな主張で東京地裁に訴訟を起こしています。報道によれば、仮想(バーチャル)のキャラに、現実(リアル)の人間の権利は及ぶのかが争点となっています。別のVチューバーを「(女性のキャラが)いじめた」との情報がネットで広がり、女性のキャラに対して「辞めろ」「首つれ」など1万件以上のメッセージが届いたといい、思い出すたびに息苦しくなったという女性の動画投稿は1年以上止まったままで、「いじめ」の情報を最初に投稿したVチューバーの個人情報の開示を求める訴訟を提起することに決めたといいます。実名などが特定できれば、法的責任を追及するということです。「Vチューバーとしての女性の活動を現実社会で知る人が多く、本人の名誉が侵害されたといえる」と原告側代理人は主張、一方、ユーチューブを運営する被告のグーグルは情報の不開示を主張、「バーチャル世界のコミュニケーションで示された事実を視聴者は信用しないと考える」と反論しています。同じ構図はツイッターをめぐっても起きており、過去の裁判では、ハンドルネーム(ネット上の名前)への名誉毀損を認めた例もあります。このときの東京地裁判決(2016年)は、芸名やペンネームを例示して、戸籍上の名前でなくても権利侵害は認められると指摘しています。
- パワハラを理由に所属事務所から契約を解除されたとの報道で名誉を傷つけられたとして、俳優の細川茂樹さんがTBS情報番組の元チーフプロデューサーの男性に2,000万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は、請求を棄却した1審東京地裁判決を取り消し、名誉毀損の成立を一部認め、男性に80万円の支払いを命じています。報道によれば、細川さんは2017年2月の放送前に「パワハラは事実無根」として東京地裁に契約継続を求める仮処分を申し立て、地裁は同月に仮処分を認める決定を出していました。高裁は「番組では地裁が仮処分を認めたとの事実を示していない」と指摘、「事務所の主張が根拠に乏しい理由のないものだと視聴者が分からず、細川さんの社会的評価を低下させた」と認定しています。
- 四国放送は、ツイッターの公式アカウントで特定の政党や政治家を誹謗中傷する内容が投稿されていたとして、謝罪するコメントを出しています。報道によれば、12月21日に特定の政党などを名指しし、「一族郎党ともに地獄へ墜ちろ、カス」などと投稿され、同日中に削除されたということです。公式アカウントは、番組に関わる複数の社員が投稿できる仕組みになっており、現在、投稿者や経緯を調査していますが、同社は「不適切な内容や言葉が発信されたことを深くおわびします」としています。
- 北海道旭川市で2021年3月、中学2年の広瀬さん(当時14歳)が遺体で見つかり、母親が過去にいじめを受けていたと訴えている問題で、母親がツイッター上で中傷を受けたとして、プロバイダに投稿者情報の開示を求めた訴訟の判決が旭川地裁であり、裁判官は母親側の主張を認め、プロバイダ側に投稿者の氏名と住所の情報を開示するよう命じています。訴状や原告代理人弁護士によると、2021年4月下旬、ツイッターで広瀬さんが亡くなった原因が家庭環境の問題にあるかのような内容が同一アカウントから投稿され、悪質な2件について母親の社会的評価を低下させたとして、プロバイダ2社に投稿者情報を開示するよう求めていたところ、うち1社は回線の契約者情報を開示したため、原告が訴えを取り下げたものの、投稿は不特定多数が出入りする場所から送信されたもので、投稿者の特定には至らなかったといいます。今回の判決は残る1社に対するもので、同社の代理人弁護士は「判決を精査して対応を検討したい」としています。
- 山梨県道志村のキャンプ場で2019年9月に行方不明となった千葉県成田市の小倉美咲さん(当時9歳)の母親をインターネットで中傷したとして、名誉毀損罪に問われた投資家の判決が千葉地裁であり、裁判長は、懲役1年6月、執行猶予4年(求刑・懲役1年6月)を言い渡しています。判決によると、被告は2020年2~10月、ブログで「美咲ちゃん事件募金詐欺」「仕組まれた誘拐」などと書いた文章を不特定多数が閲覧できるようにし、母親の名誉を傷つけたというものです。裁判長は判決理由で「被害者の社会的評価を低下させる可能性があり悪質だ」とし「証拠もなく関与を決めつけ、臆測で記載を続けた」と指摘、弁護側は、投稿は感想だったなどと主張しましたが、「閲覧者が信じる可能性があり、主観的な感想にとどまるものではない」と退けています。
- 2019年7月の京都アニメーション放火殺人事件にNHK職員が関与したとの虚偽情報をブログに記され、名誉を傷つけられたとして、NHKが投稿者に約905万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決で、東京地裁は、185万円の支払いを命じています。報道によれば、投稿者は自身のブログに「京アニ放火テロ事件で暴走するNHK」とのタイトルで記事を執筆、「警察よりも早く、事件の犯人の遺留品を回収するNHK取材クルー」の文言とともに、ポリ袋を持って歩く人の姿を写した画像を掲載するなどしました。裁判長は、記事はNHK職員が事件に関与した上、証拠隠滅行為に及んだとの印象を読者に与えるものだとし「NHKの社会的評価を低下させ、名誉を傷つけた」と認めています。
- 動画投稿サイト「ユーチューブ」で、著作権侵害の通知制度を乱用されて投稿動画を不当に削除されたなどとして、富山県の40代女性が京都市の40代女性ら2人に慰謝料など約119万円を求めた訴訟の判決で、京都地裁は、慰謝料と広告収入への損害など計約7万円の支払いを命じています。報道によれば、裁判長は「動画の投稿や、動画を通じた利用者との関係で生じる人格的利益が享受できなくなり、精神的苦痛を受けた」として慰謝料を5万円と認定しています。原告側によると、ユーチューブへの投稿で人格的な利益が得られるとした判決は全国初ということです。両者の動画を比較し「編み方の説明や表現方法が類似しているとはいえず、著作権を侵害するものではない」と判断、被告による通知を「著作権の侵害になるという独自の見解に基づいていた」として重過失を認めました。さらに、通知を受けて3回警告された投稿者はアカウントが停止され、動画が全て削除されることもあるため、「投稿者が精神的苦痛を受け、損害を被ることはあり得る」としました。原告側の弁護士によると、米国では同様の虚偽通知が問題になっているといい、今回の判決について「安易な通報の歯止めになる」と評価しています。
- インターネット上に投稿されたコメントで名誉を傷つけられたとして、「少年革命家ゆたぼん」の名前で活動するユーチューバーの少年(13)が北海道に住む30代男性を相手取り慰謝料など60万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が東京地裁であり、裁判官は「社会通念上許される限度を超えた侮辱行為」として、男性に33万円の支払いを命じています。報道によれば、少年は、小学生の時に不登校となった経験を踏まえ「不登校は不幸じゃない」などのメッセージをユーチューブで発信しています。少年の父によると、少年に対するネット上での誹謗中傷は、少年がメディアに取り上げられるようになった2019年ごろから急増、これまでに投稿者が謝罪するなどして示談に至ったケースだけでも50件超に上るといい、「裁判費用は完全に赤字だが、『匿名なら何でも書き込んでいい』というネット環境を変えたい」と訴えたということです。少年側の代理人弁護士は「投稿者は『匿名だから』と気軽に書いているケースが多い。誹謗中傷は誰も得をせず、不幸しか生まれない」と話しています。
- 秋田は感染者数こそ少なかったものの、感染にまつわる真偽不明のうわさを今年もよく聞いた。うわさをする側がどこまでその悪意を自覚しているかは分からないものの、うわさされた側の被害は深刻です。
- 福岡県内の女性に「コロナみたいな顔」と言ったとして、福岡区検が長崎県佐世保市の会社経営の男性を侮辱罪で福岡簡裁に在宅起訴しています。報道によれば、男性は2021年2月、福岡市博多区の福岡空港に駐機中の那覇行きの航空機内で、近くの席にいた乗客の女性から、マスクをあごにかけて鼻まで覆っていないことを注意され、女性に「コロナみたいな顔してからに」などと言って公然と人を侮辱したということです。空港署は女性の相談を受け、5月に男性を侮辱容疑で書類送検しています。
- 2021年12月11日付朝日新聞の記事「ネット炎上、見過ごせぬ既存メディアの加担SNSと「共振」で増幅」における山口真一氏のメディア私評は大変興味深いものでした。
- 2021年12月16日付読売新聞の記事「発信源不明の「サイト」、正確さより負の感情あおる情報…」も大変興味深いものでした。以下、一部抜粋して引用します。
次に、差別・差別的投稿に関する最近の報道から、いくつか紹介します。
- 大阪市は、在日韓国・朝鮮人を中傷するチラシを配布したとして、ヘイトスピーチ(憎悪表現)抑止条例に基づき、個人名を市のホームページで公表しています。公表されたのは「朝鮮人のいない日本を目指す会」代表者で、市によると、代表者は2018年12月29日、大阪市生野区鶴橋の住宅街で「朝鮮人は危険」などと主張するチラシを多数の世帯に配布、2019年に審査の申し立てがあり、市が有識者でつくる審査会の答申を踏まえ、ヘイトスピーチと認定したものです。市ヘイトスピーチ審査会の矢倉会長は「戸別配布は在日韓国・朝鮮人の方々に自宅ですら安全地帯ではなく、いつ何時平穏な生活が脅かされるかもしれないという強い不安感を抱かせた」とコメントしています。2016年の条例制定以降、氏名や団体名が公表されるのは4例目、この代表者は、条例初のケースとして氏名を公表されています。
- ツイッター上の差別的な投稿で精神的苦痛を負ったとして、フォトジャーナリストの安田菜津紀さんが、西日本在住の投稿者2人に計約400万円の賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしています。安田さんは「在日コリアンを一律に差別する投稿だ」と訴えています報道によれば、2人は、日本での差別意識に対する問題提起として安田さんが昨年12月に公開した在日コリアンの父親(故人)の記事について、「密入国では?犯罪ですよね?」「なぜ日本人から嫌われてるかがよく分かる」「お前の父親が出自を隠した理由は推測できる」などと投稿、安田さんは「出自が卑しいと決めつけられ、地域から排除されない権利や名誉感情を侵害された」としています。提訴後の会見で安田さんは「ツイッター上で差別や排除の言葉が増産されていく連鎖を止めたいと思い、裁判を起こした」と語っています。また、取材に対し「嫌なら出ていけ、この社会に入るなという趣旨の言葉がとても多いです。父も私も、日本社会で生まれ生きてきたのに、突然線を引かれて、ここから先の人間は排除してもいいとされてしまう。それが続くと、自分の存在そのものがこの社会からそがれていくような感覚になります」と語っています。そして、「差別の問題は、心の傷つきということにとどまりません。外出が不安になったり、また差別の言葉を浴びせられるのではと思って沈黙したりしてしまうように、差別された側の行動を理不尽に変容させ、日常をねじ曲げ、尊厳そのものを粉々に砕いてしまう問題だと思っています」とも指摘しています。そして、今回の提訴では、2件の差別ツイートだけでなく差別を許してきた社会の仕組みや法制度などの「構造的な問題に目を向けていきたい」とも話しています。
次に、偽情報や誤情報、情報工作、SNS情報の活用のあり方などを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- FBやツイッターなどのSNSで、中国関係者とみられる偽アカウントが政治的な投稿を行うケースが後を絶ちません。実在しない欧米などの民間人を装い、新型コロナウイルスの起源や新疆ウイグル自治区の人権問題について、中国政府の意向に沿った主張を投稿しています。中国では規制されて使えない欧米のSNSを用い、国際世論の風向きを変えようと情報工作を展開していると考えられています。米メタ(旧FB)社は昨年11月、運営するFBやインスタグラム上から、偽情報の拡散を目的にしたアカウント約850個を削除したと発表していますが、パレスチナ自治区やポーランド、ベラルーシに関連するものも含まれていたものの、全体の7割を超える600個以上が中国に関係するアカウントだったということです。
- 新型コロナウイルス禍でインターネットやSNSを利用する機会が多くなるとともに、宣伝効果を狙った過激な表現や、消費者に誤解を与える内容の広告をめぐる苦情が増えているといいます。「気持ち悪い」「見たくない」など不快に思う人もいる一方で、業界の自主規制には限界もあり、対策が急務となっています。ネット広告の中には、露骨な画像や表現で消費者の関心を集めようとするものもあり、日本広告審査機構(JARO)には3年度の上半期、「化粧品」「医薬部外品」「健康食品」のネット広告に関し、計786件の苦情が寄せられたといいます。背景にはコロナ禍があり、消費低迷で多くの企業が広告出稿を減らした影響でネット広告の入札単価が低下し、劣悪な広告がはびこるようになったということです。さらに、広告はインパクトが重要で、一見不快と思える内容でも、気持ち悪いもの見たさを喚起したり、コンプレックスを持っている人を引き付けたりする効果があるとされます。報道によれば、悪質広告への対策も進んでおり、大阪府警は2020年、医薬品ではない健康食品の効能をネット広告で宣伝したとする医薬品医療機器法違反容疑で、記事作成などに関わった関係者を逮捕しています。虚偽・誇大表示が問題視されるアフィリエイトと呼ばれる成果報酬型広告をめぐっても、消費者庁が規制強化を検討しています。
- SNSでつながった人たちの価値観が均一になればなるほど、ヘイトスピーチのように他者への攻撃的な言動が出やすいとの研究結果を、南カリフォルニア大のチームが発表しています。報道によれば、仲間内で同調が進む「エコーチェンバー現象」の負の側面を示しており、チームのモハマド・アタリ博士は「多様な考え方に触れられる仕掛けがSNSに必要だ」と指摘しています。また約1,400人に、FBなどで意見の多様性がある集団、多様性がない集団に加わってもらう実験も行ったところ、多様性がない集団の中では一体感がより強くなり、外部に対して好戦的になったといい、実験参加者の政治的な立場とは関係なく、同様の傾向が見られたということです。アタリ氏は、置かれた環境によって集団心理に拍車が掛かるとの見方を示し「自分たちが他者を正す崇高な義務を負ったように感じるのではないか」と分析しています。
- 毎日新聞が「オシント新時代」という特集を組んでおり、どれも読みごたえのある内容でした。その中から、3つの記事について、以下、一部抜粋して引用します。
オシント新時代・荒れる情報の海省庁縦割り、人材不足内調幹部、出向ポスト(2022年1月6日付毎日新聞)
ワクチン巡るデマ拡散、主な起点は7アカウント「命奪いかねない」(2022年1月5日付毎日新聞)
医療デマ、SNS攻防(その2止)24歳、接種ためらい後悔デマに、ほんろうされ(2022年1月5日付毎日新聞)
次にディープフェイクに関する最近の報道から、いくつか紹介します。
- 2022年1月4日付毎日新聞の記事「ディープフェイク、脅威拡大」は大変興味深いものでした。以下、一部抜粋して引用します(2つの記事を筆者にて再構成しています)。
- 政策担当者はディープフェイク技術の規制を模索しているが、その足取りは重く、技術上・倫理上の新たな混乱にも直面していると報じられています(2021年12月19日ロイター)。オンラインでのディープフェイク技術の悪用を特に対象とする法律は、中国、韓国、米カリフォルニア州などで成立しています。カリフォルニア州では、本人の同意を得ずに悪意をもってポルノ描写に登場させ、あるいはそうした素材を流布すれば、15万ドル(約1,700万円)の法定損害賠償を科される可能性があります。また、欧州議会が委嘱した研究者らは2021年10月、議会委員会に提出した報告書の中で、「ディープフェイク・ポルノに対する立法による具体的な介入やその犯罪化は、まだ十分でない」との見解を示し、立法措置においては、悪用した者だけでなくアプリの開発者や配布者といった関係者にも広く責任を問うべきであると示唆しています。さらに「問題は、有害な影響を阻止するには、そうした改ざんが認識されるだけで十分なのか、という点にあり、陰謀論があれほど広まることを参考にするならば、あまりに馬鹿げていて事実ではありえないような情報も、やはり社会に広く有害な影響を与える可能性がある」と専門家が指摘しています。
最後に、インターネット・SNS事業者・プラットフォーマーを巡る最近の報道を中心に、いくつか紹介します。
- 世界最大のSNSを運営するFBが、政治家ら著名人の投稿を一般とは違う基準で扱い、規定に反する内容や虚偽情報でも容認していたことがわかりました。報道によれば、こうした特別扱いには社内でも「利用者を誤った情報にさらす」といった指摘が複数回されていたが、対策は遅れていたといいます。FBは著名人のアカウントに対し「X(クロス)チェック」という仕組みを用いていましたが、内部文書によると、本来はこうした著名人のアカウントのチェック態勢を手厚くし、不当な抗議などによって不必要に削除されることを防ぐことが目的だったものの、実際にはXチェックの対象として登録されたアカウントは、FBの基準に反する投稿があっても削除されないことが多かったといいます。FBの内部文書は「選ばれた少数の人には基準を適用していない。影響を受けずに違反できる」と指摘していたといい、登録基準もあいまいだったということです。
- FBは日本での投稿管理について、「人工知能(AI)」と人員を組み合わせて、規定に反する不適切な投稿を見つけ出して削除している」と説明していますが、2020年12月にはQアノンの主張の一つとなっている新型コロナのワクチンへの懐疑論に関連して「安全性、有効性、成分、副作用に関する誤った主張は削除する」との指針を示したものの、日本では「コロナとワクチンは人口削減計画だ」といった指針に抵触する可能性が高い投稿が削除されずに残っています。社会的に影響力のある人の投稿もあり、ある県議はフェイスブック上でワクチン接種に反対する主張を繰り返していますが、FBは「全ての有害コンテンツを完全に特定することはできない」と認めています。ツイッターでも真偽不明の投稿が目立っています。一方、ヤフーが投稿管理の具体的な取り組みや数値を公表しているのに対し、FBは「安全や安心のために4万人が働いている」と説明するものの、ツイッターとともに日本単独での監視人数の詳細な内訳などを明らかにしていません。専門家は、日本の状況について「海外プラットフォーマーが十分な対策を取れているとは思えない」とし、各国の実情に沿った有効な対策を打たなければ、社会を不安定にする要因となりかねず、早急な対応が望まれるところです。
- FB上で運営されている新聞やテレビなどの公式ページに投稿された中傷について「その責任はページ所有者のメディア側にある」としたオーストラリア連邦最高裁の判決が波紋を広げています。豪州では判決が出た2021年9月以降、責任を負うのを回避しようと、政治家らも自身のFBでコメント機能を制限し始めています。こうした動きに対し、豪州政府はソーシャルメディア側に責任を取らせるための法整備に着手しています。報道によれば、一連の裁判でメディア側は、媒体としての責任を負うためには、コメントの内容や趣旨を事前に知る必要があり、第三者のコメントに関してまで責任は負えないと主張、しかし、連邦最高裁の判決は「メディアはFBページを持ち、そこに(記事を)投稿することでコメントを推奨してきた」などと指摘し、メディアには責任があるとしました。判決は、メディア側に第三者のコメントを許可しないか、即座に削除するなどの対応を迫るものといえます。名誉毀損訴訟に詳しいシドニー大のデイビッド・ロルフ教授は、「暴力的映像や児童ポルノなどと異なり『名誉毀損』の定義は難しい。SNSは世界中で利用されており『表現の自由』に対してもどの尺度を用いるか議論が必要だ」「ネット上に国境はないが、法律は国によって違う。現行の法律では対応できなくなっている」「あらゆる議論がインターネット上で行われ、公共の利益にかなうことも多い」「一義的には、いかなるコメントにも個人情報を開示し、発言者が責任を取る仕組みが必要だ。インターネット上を無法地帯にさせてはいけない」と指摘しています。一方、山田健太・専修大教授(言論法)は、「被害者救済に向けた取り組みは前向きに評価できるが、法的規制や事業者による自主規制が一斉に強まれば、表現の自由の幅が一気に狭まる可能性がある。日本ではメディアによる自主規制の歴史があり、SNS事業者も社会的責任を果たすことで、さらに主体的な努力を積み重ねる必要がある」と指摘しています。
- フランスの情報保護当局「情報処理及び自由に関する国家委員会」(CNIL)は、米グーグルに対し、利用者のネット閲覧履歴などを記録する「クッキー」の利用をユーザーが拒否しにくくしているとして、1億5千万ユーロ(約197億円)の制裁金を科したと発表しています。報道によれば、CNILによるIT企業への制裁としては過去最高額ということです。さらに、同様の理由で、FBの欧州法人にも6千万ユーロ(約79億円)の制裁金を科しています。CNILは発表で、両社はネット上で、クッキー利用の同意にはクリックが1回で済むのに対し、拒むには何度もクリックをする必要がある仕組みにしていると指摘、制裁額は両社がクッキーを利用して得た「莫大な利益」をふまえて定めたということです。CNILは昨年2月以降、グーグルに対してたびたび是正を促していたといいます。
- モスクワの裁判所は、宗教的対立をあおるなどとしてロシア当局が求めたコンテンツ削除に応じなかったことを理由に、米グーグルに約72億2千万ルーブル(約112億円)、FBに約19億9千万ルーブル(約31憶円)の罰金を支払うよう命じています。報道によれば、裁判所は、特定の宗教の信者を侮辱したり、過激主義やテロリストを称賛したりするコンテンツが含まれているとのロシア通信情報技術監督庁の再三の削除要求に応じず、法律違反を繰り返したとしています。背景には、ロシアのプーチン政権がネットを通じて反政権機運が広がるのを警戒し、締め付けを強めていることが挙げられます。ロシアの裁判所が両社に年間売上高に基づいた高額の罰金を科したのは今回が初めてとなります。
- ヤフーは、誹謗中傷などへの対応状況をまとめた「メディア透明性レポート」を公表しています。同社のニュース配信サービス「ヤフーニュース」のコメント欄や、質問と回答を寄せ合う「ヤフー知恵袋」が対象で、人工知能(AI)や人海戦術での中傷対策の概要を明らかにしています。ヤフコメや知恵袋を巡っては、「差別や中傷の場になっている」との批判が絶えず、同社が設置した外部有識者会議が2020年末に中傷対策の透明化を提言していたことから今回、初めての「透明性レポート」の公表に至ったものです。レポートによると、2021年3月の1カ月分で、ヤフコメは約1,050万件の投稿があり、うち約3%にあたる約35万件を削除。知恵袋は約450万件のうち、約7%の約30万件を削除したといい、投稿はいずれも、独自開発したスパコンによる機械判定と、スタッフ約70人態勢でのパトロールや利用者からの違反申告といった人の目を併せて削除を判断したということです。また、ヤフコメは、削除コメントのうち約7割はAI判定で、知恵袋は、削除の約7割が人の目を使ったパトロール巡回だといいます。さらに、書面による削除請求は行政機関からの請求を含め118件あり、2021年6月末までに削除したのは55件、うち52件は名誉・信用・プライバシーに関するもので、裁判での削除請求は6件、同様に削除したのは名誉に関わる1件だということです。また、ヤフーは、ヤフーニュースのコメント欄で違反投稿を抑止する取り組みを強化したと発表しています。誹謗中傷対策の一環で、同日からコメントごとに「非表示・報告」とのボタンを設け、不適切な書き込みについて読者からの通報を促す仕組みとなりました。違反投稿を繰り返す利用者への警告も強めています。報告ボタンはコメントの右上に設け、読者は「わいせつや暴力的」や「過度な批判や誹謗中傷」などの理由を選んで送信するもので、違反投稿を繰り返す利用者への警告に「発信者情報開示請求を受けた場合、法令上の手続きにのっとり開示を行う場合がある」との文言を加え、プロバイダ責任制限法に基づいた対応を取ると強調しています。
- 米ツイッターは、連邦議会襲撃事件から1年となる1月6日を前に、事件に関連する有害なコンテンツに対処するためのチームを結成したと明らかにしています。ツイッターやFBなどのソーシャルメディアプラットフォームが過激主義的な行動を助長したと非難されています。報道によれば、ツイッターは、「機能横断的な作業グループを招集した」と説明、このグループはサイトの整合性や信頼性、安全性を確保する一連のチームのメンバーで構成され、事件から1年の節目の日に暴力をあおる投稿やアカウントを監視するといいます。また、FNの広報担当者は「弊社のプラットフォーム上の脅威を引き続き積極的に監視しており、状況に応じて対応する」としています。グーグル傘下ユーチューブの広報担当者は、過去1年間に米国の選挙関連ポリシーに違反した数万本の動画を削除したと述べ、サイト上の選挙関連誤情報を引き続き注意深く監視していく方針を示しています。
- 2022年の米中間選挙を控え、SNS運営企業が対策を急いでいます。投票など政治参加を促す役割を担う半面、誤情報(デマ)や憎悪表現(ヘイトスピーチ)を助長していると厳しい批判が絶えません。中間選挙はバイデン政権の「信任投票」となり、結果に悪影響を及ぼす事態になれば、企業にとって命取りになりかねません。FBは、「有権者の投票行動に干渉するコンテンツを削除する方針を徹底している」と説明、選挙妨害や誤情報への対抗策に取り組んでおり、2022年に発表する予定としています。
- 米国防総省は、米軍内での過激主義的な活動に対処する新たな指針を発表しています。政治的、宗教的、差別的な考えに基づく不法な暴力や活動の意味を明確化し、積極的な参加があった場合に処分の対象としました。2021年1月にあった連邦議会議事堂乱入事件に現役や退役の軍人が関与していたことから対策が急がれていたもので、報道によれば、これまでも過激主義的な活動は禁止されていたものの、その定義は曖昧だったということです。また、処分時に上官が「積極的な参加」を証明する手続きも明確になっていませんでした。新指針では、過激主義的な活動を、「連邦政府や州政府などの形態を不法な手段で変更する試み」「米国内外でのテロ活動に関して擁護、従事、支援」「人種、肌の色、国籍、宗教、性別、性的指向に基づく差別の提唱」など六つに分類、こうした活動に関わる勧誘、訓練、支援などを含めて14の類型を「積極的な参加」としました。ソーシャルメディアへの投稿や「いいね」などの賛意の表明も対象となる場合があるということです。
- 米連邦議会議事堂襲撃事件から1年となるのを機に、ワシントン・ポスト紙がメリーランド大と実施した世論調査で、政府に対する暴力行為が時と場合によっては「正当化される」と答えた人が34%に上り、3人に1人を占める結果となりました。トランプ前大統領の選挙不正の申し立てに呼応した議会襲撃やバイデン大統領が進める新型コロナウイルスのワクチン接種義務化を踏まえ、左右を問わず、為政者が権力を乱用することに対しては「力」を行使しても構わないと考える国民が増えていることがうかがわれます。報道によれば、米憲法修正2条は「国民が武器を保有し携行する権利は、自由な国家の安全にとって必要だから、侵してはならない」と定めており、これを根拠に政府の圧政に対する「最後の手段」として武装蜂起を合憲とする考え方があり、議会襲撃を正当化する論法としても用いられているといいます。ABCニュースと世論調査会社イプソスによる別の調査では、トランプ氏と同じ共和党員の52%が暴徒は「民主主義を守っている」と回答しています。また、暴動は、FBIなどの政府機関と結託した、黒人差別に反対するBLM(ブラック・ライブズ・マター)運動や過激左派「アンティファ」が扇動したといった陰謀論が、一部のトランプ支持者の間では浸透しています。政治の二極化で党派対立が激しくなっている米国では、事件に対する見方も分かれており、米国内には、事件は暴力による政変を意図した、事実上のクーデターだったという見方があり、キニピアック大の2021年10月の世論調査では、民主党支持層の93%が「事件は政府に対する攻撃だ」と答えたが、共和党支持層では29%にとどまったといいます。共和党支持者の間では「民主党や大手メディアが事件を政治利用している」という不満もくすぶっており、ピュー・リサーチセンターが2021年9月に実施した世論調査では、共和党支持層の57%が「襲撃事件に注目が集まりすぎている」と回答する一方、民主党支持層では8%だったということです。米議会襲撃事件は「大統領選挙で不正があった」というトランプ氏の根拠のない主張が招いた結末から1年経った今、その主張は米国社会に定着し、民主主義の根幹をなす選挙制度への信頼を揺るがしているとさえいえます。
- 2022年5月のフィリピン大統領選の投開票までまもなく4カ月となります。若年層が多く、世界で最もインターネット利用時間が長いとされる同国で進んでいるのが選挙でのSNSの活用です。報道によれば、ターゲット広告やフェイクニュースが入り乱れるSNSは選挙の主戦場となりつつありますが、各候補がSNSを重視する背景には、同国特有の人口構成とネット利用環境があるとされます。同国は1億人を超える人口を抱えていますが、平均年齢が約25歳と若く、人口の多数を占める若年層はネット利用にたけており、SNSが主な情報源の一つになっています。若年層の多さもあり、フィリピンの1日当たりのネット利用時間は約11時間と世界で最も長いく、世界平均より6割程度多く、日本の2倍以上となっています。SNSの利用時間も1日当たり4時間を超えている状況があります。SNSでの宣伝戦が過熱する中で、フェイクニュースへの懸念も高まっています。選挙で言いっぱなしの嘘があふれるようでは、有権者の判断がゆがめられる恐れがあります。米グーグルは2021年12月、ネット検索の「グーグル」や動画共有サイト「ユーチューブ」などでフィリピンの選挙活動期間中に関連する広告の掲載を中止すると発表しています。特定候補の過度な支援や批判を避け「選挙の規範の保護につなげる」としています。
- 元TBSアナウンサーの下村さんは、不確かな情報に惑わされないリテラシーを若い世代に身につけてもらおうと、各地の小中高校で出前授業を続けているといいます。報道によれば、「約2時間の授業では、「何でもうのみにせず、一呼吸置く」「情報源を確認する」「誰かの意見や印象と事実を区別する」「自分と違う意見が目に入るよう心がける」などの点を平易な言葉で伝えており、授業では、実際のデマの例を挙げて真偽を見抜く方法を説明し、「ちょっと確認すれば、おかしいとわかる」と訴えているということです。ただ、習得するには繰り返し実践することが必要で、1回の授業では限界もあり、そもそも、こうした授業を実施する学校自体がごく一部だといいます。日本のリテラシー教育の遅れの一方で、進んでいるのがフィンランドです。2021年12月29日付毎日新聞の記事「小学生から教える「批判的思考」 偽情報はねのけるフィンランドの教育」には、その辺りの状況が紹介されており、参考になります。以下、一部抜粋して引用します。
(8)その他のトピックス
①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向
前回の本コラム(暴排トピックス2021年12月号)でも取り上げましたが、銀行や地方自治体など74の企業・団体が、現金を電子化したデジタル通貨の開発を進め、2022年度後半ごろまでの実用化を目指しています。安価に素早く送金や支払いができるほか、通貨に取引情報を記録する機能も備えることで事務効率化を図れるのが特徴で、2021年度中に実証実験を行った上で企業同士の決済から導入し、一定エリアで出回る地域通貨や行政手続きなどに広げることを見込んでいます。このデジタル通貨は政府や日銀が出すのではなく、IT企業ディーカレットを事務局として三菱UFJ銀行やJR東日本、関西電力といった各業界大手が主導する民間版の通で、昨年から導入形態や技術面の議論を重ね、円建てデジタル通貨を指す「DCJPY」の仕様をまとめています。預金を裏付けに銀行が発行し、利用者は口座を開設することでデジタル通貨を保有でき、円建てのデジタル通貨で最小取引単位は1円とし、当面は国内の法人や個人の利用を想定しています。これまで国内ではSuicaやPASMOなどの電子マネーが広く普及してきたものの、主な利用は個人による小口の支払いが中心で、サービスが過度に乱立すれば逆に使い勝手が悪くなる懸念も出ていました。また、電子マネーはチャージすれば原則引き出せませんが、デジタル通貨は出し入れ自由で、企業にとってはデジタル通貨の方が利用しやすく、業界の垣根を越えた企業が連携した決済基盤が実現できれば、企業間送金や大口決済のスピードをあげられるほか、国際的に高コスト体質が顕著な日本の送金コストを下げられる可能性もあります。一方、運用時にはデジタル通貨の取引を銀行口座に常時反映させる負荷がかかり、ネットワークの安定稼働が課題となっているほか、サイバー攻撃に耐える安全性も欠かせず、実証で問題点を洗い出すことにしています。
前述のとおり、金融庁は法定通貨を裏付けとする暗号資産(仮想通貨)のステーブルコインに規制をかけることにしました。発行体を銀行と資金移動業者に限ったうえで、仲介業者も新たに監督対象にすることが柱で、先行して普及する米国では市場規模が10兆円超に膨らみ規制強化の流れが強まっている(発行額が最も多い「テザー(USDT)」で、裏付け資産の約半分がコマーシャルペーパー(CP)といったリスク資産だったことが発覚したことも背景にあります)ことから、金融庁も歩調をあわせ発行・仲介両面から網をかけることとしました。本コラムでもたびたび指摘しているとおり、ステーブルコインは価格変動が大きいビットコインなどと違い「1コイン=1円」のように法定通貨と連動するのが特徴で、ブロックチェーン(分散型台帳)技術を使い低コストの決済手段になり得るため、世界の当局は規制することで安全性を高める方向にかじを切っています。マネー・ローンダリング対策も強化し、ステーブルコインの取引・管理を担う仲介業者を監督対象に加え、利用者の本人確認や、犯罪の疑いのある取引の報告など、犯罪収益移転防止法(犯収法)で定められた措置を求めることにしています。
以下、海外におけるCBDCやステーブルコインを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- CBDCの実現に向けて世界をリードする中国では、中国人民銀行(中央銀行)が、デジタル通貨「デジタル人民元」のスマートフォン向けアプリの配信を始めました。開幕まで1か月に迫った北京冬季五輪の関連施設で利用でき、選手や大会関係者らを通じて、利便性の高さをアピールする狙いがあるとみられています。開発したのは人民銀デジタル通貨研究所で、今回のアプリは「試行版」と位置付けており、米アップルや米グーグルが中国で運営するアプリストアからダウンロードできるといいます。利用者は、国有銀行と民間銀行の大手7行と電子決済サービス「アリペイ」「ウィーチャットペイ」から事業者を選び、身分証番号や銀行口座など、提供する個人情報を増やすと、限度額が上がるかなくなるといい、個人情報が携帯電話番号のみの場合は、「デジタル財布」の残高の上限は1万元(約18万円)、取引の上限は1回2,000元(1日5,000元)だといいます。
- オーストラリア準備銀行(中央銀行)のロウ総裁は、CBDCの導入を支持する強い根拠はまだないとの見解を示しています。その上で、技術や国民の好みが急速に変化する中でそうした根拠が生じる可能性はあると認めています。報道によれば、規制当局が暗号資産の扱いを見直しているとも述べ、購入する際のリスクについて投資家に警告したほか、デジタル決済の普及に伴い、CBDCを利用できるようになる可能性があると指摘、「それはリテールCBDC、eAUDのような形になるだろう」と述べています。その上で「ただ現時点では、特にオーストラリアの効率的で迅速かつ便利な電子決済システムを考慮すると、その方向に進む公共政策上の強い根拠は見当たらない」としています。技術が進化し、豪中銀が保証するデジタル決済トークンの利点が生まれれば、根拠になる可能性があるとしながらも「歴史からの教訓は、民間が発行・保証する通貨は金融不安や消費者の損失をもたらすケースがあまりにも多いことを示している」と述べています。
- フィジーなど太平洋に浮かぶ島国の4カ国がデジタル通貨の開発・検討に入っています。報道によれば、カンボジアのデジタル通貨の開発に携わった日本の「ソラミツ」と発行に向けた調査を始めるといいます。経済がデジタル化するなかで、小国にもCBDCの流れが波及してきたといえそうです。内閣官房から大洋州諸国の金融インフラ調査・分析をNTTデータ経営研究所が受託し、一部業務をソラミツが請け負うもので、調査対象になるのは、フィジーのほか、ソロモン諸島、トンガ、バヌアツの4カ国のいずれも島国で、現金の輸送に船などを使っていることから、安全面やコスト削減効果も大きいと考えられます。まず、4カ国の金融機関同士の決済の実情やキャッシュレスの普及状況、資金移動業者の役割などについて調査・分析した上で、ソラミツがカンボジアの中央銀行と共同開発した「バコン」のようにデジタル通貨を実際に導入できるかどうかを検証する流れだということです。
2022年1月1日付日本経済新聞において、フィナンシャルタイムズ紙の恒例の「2022年大予測」が取り上げられていました。その中で、「多くの国が中国の暗号資産取り締まりに続くか?」との問いがあり、以下のような予測が披露されています。筆者としては、中国が暗号資産を否定するのは、中央集権国家として「デジタル人民元」を徹底的に浸透させたい狙いがあること、大量に電力を消費するマイニングを野放しにできないことが大きな要因だと考えます。したがって、以下の回答も筆者としては大きな違和感はありません。
なお、その点については、2021年12月11日付毎日新聞の記事「「ビットコイン禁止令」中国が徹底排除にこだわるワケ」に詳しく、以下、一部抜粋して引用します。
さて、ブロックチェーン分析企業チェイナリシスは、暗号資産に絡む犯罪が昨年は過去最高の140億ドルになったと発表しています。前年比では82%増加して78億ドル(約9,040億円)となったものの、暗号資産取引全体の0.15%と過去最低となりました。2021年の総取引量は15兆8,000億ドルと2020年の5倍以上に膨らんでいます。同社の報告書によれば、分散型金融(DeFi)プラットフォームにおける詐欺や窃盗の急増が犯罪増加の主な要因と指摘、暗号資産の導入に大きな障害となり、政府による規制の可能性を高めるとの見方を示しています。2021年の暗号資の窃盗は約32億ドル相当で、このうち約22億ドル(全体の約72%)はDeFiサイトから盗まれたといいます。なお、不正取引総額のうち、ラグプル(合法的に見える暗号資産プロジェクトを立ち上げて、投資家らの資産を持ち逃げする行為)は28億ドル(約3,240億円)以上を占めたといいます。暗号資産がますます主流になり、暗号資産犯罪が増加するにつれて、法執行機関も取り締まりを強化しており、米内国歳入庁犯罪捜査局(IRS-CI)は、2021年に35億ドル(約4.060億円)相当の暗号資産通貨を押収、米司法省も、2021年に5,300万ドル(約61億円)相当の暗号資産を押収しています。
また、ビットコインに地政学リスクが影を落としている状況となっています。燃料価格の高騰に端を発したカザフスタンの政情不安で、ビットコイン価格は2021年末に比べて1割強下落、カザフスタンはマイニング(採掘)を禁止した中国に替わる採掘大国であり、最大手の通信事業者がインターネットを遮断したことで、施設が稼働できなくなり、ビットコインの現物売りが出るとの思惑が強まったためです。さらに、中米のエルサルバドルが国家としての事業参入を表明したほか、イランやロシアなどが外貨を獲得するためにビットコインの採掘に力を入れている状況があります。暗号資産は無政府通貨とされ、本来は各国の政治情勢とは切り離されているが、従来以上に各国の政治や社会情勢に振り回されやすくなっていることがここにきて明確となっています。
以下、暗号資産を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- ナティクシス・インベストメント・マネージャーズの調査によると、機関投資家は2022年に暗号資産が大きく調整すると予想していることが明らかになったということです。各国中央銀行が規制強化に動くとの観測もあり、それでも暗号資産への投資意欲が強いことから、運用難に悩む姿が浮き彫りとなりました。投資家は様々な資産やセクターで調整があるとみており、ポートフォリオへのリスクとしてインフレ率の上昇を69%、低金利を64%、高いバリュエーションを45%の投資家が挙げています。調整が予想される資産のトップは暗号資産で過半数の投資家があげたほか、中銀による規制が必要だとの回答は9割、透明性の欠如がサイバー犯罪を助長すると回答者の4分の3が懸念しており、規制強化の理由になる可能性があります。それでも4割が暗号資産を正当な投資対象とみており、28%はすでに投資しており、そのうち28%が今後の配分を増やし、62%が現状を維持すると答えるなど投資意欲は旺盛だと指摘しています。
- 国際決済銀行(BIS)は四半期報告で、暗号資産の取引の仕組みである分散型金融(DeFi)の拡大は金融の安定を損ねる可能性があり、一段の防護措置が必要とされていると指摘しています。DeFiのプラットフォームを利用すると、銀行など当局の監督下にある伝統的な機関を介さず、通常、暗号資産やステーブルコインで貸借取引や貯蓄ができることになりますが、BISは、DeFiが伝統的な金融業務の補完的役割を果たす可能性を持つものの、現段階で、実体経済で利用されている事例は乏しく、主に異なる暗号資産の裁定取引や投機取引を支えていると指摘しています。さらに、マネー・ローンダリング規制の適用や顧客チェックが限定的なこと、取引の匿名性という特徴から、DeFiは違法行為や市場操作に使われる可能性があるとしています。また、仲介機関を失くすことでコストを削減できるというDeFiの主要なメリットもまだ実現していないようだとの見解を示しています。
- 米議会下院の金融サービス委員会は、暗号資産関連企業6社の経営トップを招いた公聴会を開催しています。米財務省などは、法定通貨を裏付けにした「ステーブルコイン」発行企業の監督体制を整えるため、議会に立法措置を要請しており、公聴会では投資家保護を重視する与党・民主党と、規制強化を嫌う野党・共和党の温度差が浮き彫りになりました。共和党は伝統的に自由市場を重視し、規制強化には反対の立場をとっており、同委員会の共和党トップ、マクヘンリー下院議員は暗号資産を「次世代のインターネット」と評価したうえで、「(暗号資産を)理解する前に規制しようとする動きは、米国の創意工夫を阻害し、競争上不利な立場に追いやるだけだ」と主張しています。一方、金融サービス委員長、民主党のウォーターズ下院議員は公聴会の冒頭で「従来のルールがどう適用されるのか、規制当局が投資家や消費者を保護するために十分な権限を持っているのかについては、いくつかの疑問が残っている」と述べ、デジタル資産活用によるイノベーションを認めつつも、金融システムへの影響を見極めたいという姿勢を打ち出しています。
- 米金融市場では急速に広がる新型コロナウイルスの変異型「オミクロン型」への警戒感が高まり、リスク資産から資金を引き揚げる動きが目立っており、暗号資産も例外ではありません。1カ月ほど前にビットコイン価格が最高値を付けたころの熱狂は消え、「三重苦」ともいえる逆風が暗号資産に吹き付けている状況です。オミクロン型の流行による投資家のリスク回避姿勢の強まりから、価格変動の大きい暗号資産は真っ先に資金が逃げ出しやすくなっています。さらには、米連邦準備理事会(FRB)が金融引き締め路線に転じたのも逆風となっています。また、規制当局の動きも足かせになっており、米証券取引委員会(SEC)はビットコインの現物で運用する上場投資信託(ETF)の上場に慎重な姿勢を崩していません。このような状況からビットコインの流動性が高まらないことが、価格の乱高下を招く悪循環に陥っている状況だといえます。
- イングランド銀行(英中央銀行)のベイリー総裁は、規制当局が新たなルールを導入するまで、金融機関など規制を受ける企業は暗号資産の保有に「特に慎重」になるべきだと警告しています。報道によれば、リスク管理とイノベーションや競争を支援する必要性とのバランスを取った規則が制定されるとの見通しを示した上で「そうした体制が整うまでは、金融機関は暗号資産の導入について慎重な上にも慎重なアプローチを取るべきだと考えている」と述べたといいます。金融行政委員会(FPC)は、英大手銀による暗号資産の直接保有はまだ報告されていませんが、一部では暗号資産のデリバティブ取引やカストディ業務など多様なサービスの提供が始まっていると指摘しています。ベイリー総裁は、規制を検討する際には銀行にとどまらずノンバンクも対象に見据える必要があると指摘、FPCは「急成長する市場の成長に応じ、国内の規制とともに国際的な規制の強化が必要だ」としています。
- ビットコインを法定通貨にすると決めたエルサルバドルのブケレ大統領は、「金融包摂」を一つの意義として掲げています。本コラムでも指摘しているとおり、途上国では、多くの国民が銀行口座を持たず、金融機関を利用することができないでおり、事業を拡大しようにも融資を受けられないなど、経済発展の足かせになっているといわれています。さらに、国連のSDGsでも「金融包摂」は目標の一つとなっています。同国では、国民の6割が銀行口座を持っていないとされ、ブケレ大統領は、ビットコインを利用することで金融口座を持つことにつながると訴えていますが、「多くの人はそもそもスマホを持っていない」のが現実です。
- 韓国の暗号資産取引所がコンプライアンス部門の拡大を急ぐなか、同国の政治家が公務員に対し、高額報酬を求めて暗号資産関連企業に移るのをやめるよう呼びかけているといいます。報道によれば、公職を辞し、新たな規制への対応を急ぐ暗号資産関連企業に転職する金融規制当局者や警察官が増えているといいます。2021年に規制が導入された後、韓国政府は最近、暗号資産売買に対する規制の姿勢を緩めています。2022年3月の大統領選に先駆け、若い有権者を喜ばそうとする狙いがあると見られています。さらに、韓国国会は2021年11月、暗号資産売買からのキャピタルゲインに課税する計画を1年先送りする法案を可決しています。
- インドのモディ首相は、暗号資産などの新興技術は民主主義を損なうためではなく、強化するために活用されるべきとの見解を示しています。インドの政策担当者らは、デジタル通貨が規制なく取引されればマクロ経済と金融安定が損なわれる可能性があるとしており、政府は当初、暗号資産使用を禁止する計画だったところ、現在は運用を監督する法律を検討しているといいます。モディ首相は、バイデン米大統領がオンラインで開催した「民主主義サミット」で、「ソーシャルメディアや暗号資産など新興技術の活用が民主主義の損傷でなく強化につながるよう、協力して世界基準を構築しなければならない」と述べています。
- 暗号資産交換業世界大手のバイナンスは、バーレーンの中央銀行から同国の暗号資産サービスプロバイダーとしての基本認可を取得したと発表しています。完全に規制された中央集権型暗号資産取引所となる計画の一環でバーレーン中銀に申請を行っていたもので、今後、本格的な申請手続きが必要になるといいます。
②IRカジノ/依存症を巡る動向
カジノを含む統合型リゾート施設(IR)誘致を巡る動向が本格化しています。2022年4月の国への申請期限に向け、誘致を目指す3地域(大阪・和歌山・長崎)は計画の策定を急いでいます。数千億~1兆円規模の投資をしてカジノや高級ホテルを開発し、国内外から1,000万人規模の観光客を呼び込むという壮大な計画ですが、IRは単なる遊戯施設としての意味合いだけではなく、コロナ禍で傷ついた観光業・地方経済の起爆剤としての期待、日本の観光産業の新たな目玉になる可能性を秘めているといえます。一方で、本コラムでたびたび指摘してきたとおり、カジノによる治安の悪化や依存症を懸念する声は根強く、2018年に成立したIR実施法はギャンブル依存症対策として日本人客の入場回数を7日間で3回などに制限していますが、不安を払拭するまでには至っておらず、(以前は横浜市が、直近では)和歌山では住民投票を求める声が上がっています。和歌山県と長崎県は住民感情や資金調達の面で不安が大きく、大阪以外の2地域は国への申請も難航するのではないかとの見方もある中、現状のスケジュールでいけば、今年夏ごろの選定に向けて、国への申請締め切りまで4カ月を切るなか、計画案の詰めだけでなく、住民への丁寧な説明も求められています。
直近では、大阪府と大阪市が、事業内容に関する1回目の住民説明会を市内で開催、担当者が区域整備計画案を説明しています。報道によれば、事前に申し込むなどした75人が参加し、年間2,000万人とする来場者数の実現性を疑う意見や、運営事業者の米カジノ大手、MGMリゾーツ・インターナショナルとオリックスが撤退する可能性などに関する質問が出たほか、市の財政負担などへの懸念から反対する意見が相次いだほか、賛成の立場からメリットを明確に説明すべきだという声も上がったようです。また、市民にとって関心が高いテーマであるギャンブル依存症についての質問には、大阪府・大阪市側が「しっかり対策すれば、カジノ設置で依存症が増えることは一定抑制できる」と回答したことに対して「増えることは認めるということか」と追加の質問が上がる場面もあったようですが、行政側は「見解を申し上げる立場にない」としつつ、シンガポールのIRを例に「国を挙げて対策することで、オープン後に依存症の割合は減っているというデータもある」と回答しています。さらに、建設予定地となる人工島・夢洲で土壌対策工事を行う必要があり、約790億円かかると発表したことについては、「土地の所有者の責任に加え、国際観光拠点など政策的観点も踏まえ、市が負担する。港営事業会計の収支見込みを算出し、資金不足は生じない」と回答しています(大阪市が、造成した用地の売却や賃貸を巡り、土壌対策費を負担するのは異例だといえます。事業者の調査で、大地震の際、用地が液状化する危険性のあることが判明したほか、予定地周辺では2021年1月、市の調査で基準値を超えるヒ素やフッ素が検出されており、市は液状化や土壌汚染の対策費、地中残置物の撤去費を約790億円と見積もっています。「もともと埋め立てそのものがずさんだった」と大阪市長が指摘したほか、IR実現に伴い、多数の来場者が見込まれ、経済効果が期待できる(IR開業後は、事業者から土地賃貸料として毎年25億円が入る計画)として、対策費の負担を特例的に決めています。ただし、2021年12月17日付毎日新聞は、決定に向けた経緯について、「夢洲を所管する大阪港湾局は「民間業者の建設費の一部を負担するとみなされ、地盤改良をせずに売却してきた土地との公平性を保てず、住民訴訟で敗訴する可能性がある」との弁護士の意見を紹介。負担するなら、IR実現のための「政策的な観点」で支出するという理由付けが必要との認識を示した。一方、IR推進局は「(土地によって)条件に差異が生じることは当然で、住民訴訟で敗訴する可能性があるとは考えられない」とする別の弁護士の見解を示し、土地所有者として市が負担することは妥当とした」と報じています。あらたな巨額費用負担の話でもあり、今後の議論の推移を見守る必要がありそうです)。
なお、大阪府・大阪市は、2021年末、2029年秋~冬を開業時期とする区域整備計画案を策定、大阪IRはカジノ施設のほか、国際会議場や展示場などのMICE施設、客室数が2,500室規模で市内最大級となる3つのホテルを建設するほか、世界や日本の演劇などが見られる3,500席規模の「夢洲シアター」や大阪などの食を発信する「ジャパン・フードパビリオン」も設置する計画で、IR施設全体の延べ床面積は約77万平方メートルと想定、そのうちカジノ施設の面積は約6万平方メートルになる見通しだといいます。MICE施設は6,000人超を収容可能な国際会議場や展示面積が2万平方メートルの展示場を整備、年間の売上高は約5,400億円を見込んでいます。初期投資額は1兆800億円で、事業者に選ばれた米MGMリゾーツ・インターナショナルとオリックスを中心に、パナソニックやサントリー、JR西日本、関西電力、近鉄GHD、阪急阪神HD、NTT西日本、大和ハウス工業、大阪ガス、ダイキン工業、JTBなど20社が出資に加わり、IR建設時の近畿圏での経済波及効果が約1兆5,800億円に上ると試算しています(関西2府4県に福井県を含めたエリアで年間1兆1,400億円の経済波及効果を見込む)。20社の合計の出資額は約1,000億円強となりますが、出資企業は今後増える可能性もあります。あわせて初期投資額の51%にあたる約5,500億円は融資で調達、既に三菱UFJ銀行と三井住友銀行から融資を確約する「コミットメントレター」を取り付けており、2行を中心に金融機関が融資団をつくるということです。また、新産業のIRを推進するうえで、知名度の高い地元企業との連携は住民理解を得るためにも重要なほか、出資企業にとってはIR関連のビジネスを進めるなかでメリットが大きいといえ、国の認定を勝ち取るためにも、20社の参画は大きなアピール要素となると考えられています。関西の経済界が一丸で支援する姿勢を打ち出すことについて、有識者は、「なじみのある企業が計画に参画することで、地元住民には安心感が生まれる」と指摘、一方、住民の根強い反対でIR誘致が中止された横浜市では、「地元企業の協力が十分ではなかった」とされます。今後、市民が参加する公聴会の開催、2月開会の府市両議会で整備計画の議決を得た後、4月までに国に提出する方針となっています。なお、IRを巡っては、和歌山県と長崎県も誘致を目指しており、政府は自治体と事業者からの提案を受け、今年の夏にも、国内で最大3か所を選ぶ見通しです。
同じくIR誘致を目指す和歌山県の動向については、和歌山市の市民団体「カジノ誘致の是非を問う和歌山市民の会」が、2022年1月7日、20,039人分の署名とともに、住民投票条例の制定を求める書面を尾花正啓市長に提出しています。有効署名数は有権者数の約6.5%で、直接請求に必要な50分の1の3倍超に達しています(地方自治法に基づき、尾花市長は請求から20日以内に市議会を招集、条例案を提出しなければならず、早ければ1月中に議会が招集される見込みです)。本コラムでも紹介しているとおり、和歌山県は「クレアベストニームベンチャーズ」を運営事業者に選定し、2021年11月から住民説明会などを予定していましたが、資本参加する企業名や資金計画などを県議会に説明できず、延期している状況です。尾花市長は産業誘致の面からIR推進の立場を明らかにしており、1月中にIR運営を担う特別目的会社(SPC)の構成や資金調達について説明するとし、近く臨時市議会を招集、意見を添えて条例案を提案するとしていますが、住民への丁寧な説明が求められるなど、今後の見通しは楽観視できない状況にあります。一方、和歌山県内の経済団体はIRに期待を寄せており、県内五つの経済団体が集まった1月6日の会合では、和歌山県商工会議所連合会長は「雇用も含めて計り知れない経済効果が期待される。IRの実現を強く願う」と話しています。
長崎県は、2021年12月、テーマパークの「ハウステンボス」(HTB)の誘致を目指すIRの区域整備計画素案を、県議会総務委員会に提示しています。医療の提供と温泉での療養を組み合わせたヘルスツーリズムを打ち出すことが特徴で、国内外の富裕層をターゲットにした「メディカルモール」構想を盛り込んでいます。メディカルモールには様々な診療科のクリニックや薬局などが入り、IR設置運営事業予定者であるカジノ・オーストリア・インターナショナル・ジャパン(CAIJ)の林社長は「中国や韓国、中東では日本の高度な医療技術へのニーズが高い。優れた検診システムを提供すれば、富裕層が定期的に長崎に通ってくれるようになる」と狙いを話しています。また、年間840万人を見込む来場者を受け入れる交通手段として、最寄りのJRハウステンボス駅と施設をロープウエーで結び鉄道利用を促すほか、海上交通網を拡充する、HTBの利用者は、大半がマイカーやレンタカーを利用していることから、海上交通網として、海上空港である長崎空港とHTBを30分で結ぶ高速船を導入するとしています。また、カジノ事業での年間収益は、全体の68%にあたる1,500億円になるとの試算を示したほか、九州圏への経済効果は年3,200億円、うち長崎県内分が3,000億円と試算しています。計画は県とCAIJがまとめたもので、今後、細部を詰めて2022年3月の県議会での議決を目指すとしています。さらに、IRの長崎県への誘致を目指す、九州の経済団体や自治体で組織する「九州IR推進協議会」などは、2021年12月に福岡市で「九州IRシンポジウム」を開催、CAIJと共同で開いた会合で、オーストリア大使館関係者は同国が本拠のレッドブルなどがIR事業に参画する意向があることを明らかにしています。駐日同国大使館の商務参事官はあいさつの中で、IR施設については「オーストリアの文化を持ち込みたい」とした上でレッドブルのほか、ホテル・ザッハー、宝飾品のスワロフスキーも参画に意欲を示しているとしています。
一方、誘致を断念した横浜市では、2021年1月3日付日本経済新聞において、横浜商工会議所会頭が、「21年には民意により横浜市がIR誘致を断念した。IRは横浜を活性化させる重要施策で、横浜は100年に一度のチャンスを逃した。商議所としてはIRに代わる事業を提案できるよう、政策提言活動を強化する」、「27年の国際園芸博覧会に向け協会が設立された。戦後の負の遺産だった米軍施設が、次の横浜の発展の地となることは経済界にとって感慨深い。参加団体・企業とともに事業を盛り上げていきたい」、「コロナ禍の横浜は開港、敗戦に次ぐ第3の転換期を迎えた。人口減少と超高齢化のなか、横浜を維持発展するためには多くの人や企業を惹きつけることが重要。横浜市には、IRに代わる発展の起爆剤となる振興策や都市開発事業を進めてほしい」などと述べています。
次に、依存症を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- インターネットを通じて実際に金銭を賭けるオンラインカジノに、日本からのアクセスが急増しているといいます。日本はギャンブルが原則禁止されており、オンラインカジノ利用も違法ですが、2021年12月19日付日本経済新聞によれば、新型コロナウイルス流行に伴う外出自粛を背景に、今年9月のアクセス数は3年前の100倍以上に増えたといいます。ギャンブル依存症については、IRカジノやパチンコがやり玉に挙がっている状況ですが、オンラインカジノについても、早急に抜本的な対策を講じないとギャンブル依存症の蔓延が懸念されるレベルかと思われます。以下、同報道から一部を抜粋して引用します。
2年近くにわたる新型コロナウイルス禍で、生活スタイルの変化やストレスから飲酒量が増え、新たにアルコール依存症と診断されるケースや、依存症患者の症状悪化が問題となっているといいます。2021年12月6日付産経新聞によれば、専門医は依存症に陥る様子を「アリ地獄」にたとえ、「在宅勤務による仕事環境の変化や、外出自粛に伴う孤独感などで無自覚のまま転落する人も目立つ」と分析、回復するには早期発見と治療に加え、家族を含めた周囲の支えが必要だと訴えています。以下、同報道から一部抜粋して引用します。
さらに12月25日付産経新聞は、依存症の当事者や、回復を目指す「自助グループ」の取材から、生涯にわたって付き合わなければいけないアルコール依存症の“怖さ”が浮かび上がってきたと指摘しています。以下、同報道から一部抜粋して引用します。
- 横浜市教育委員会が市内の小中学生を対象に実施した「ゲーム障害」やインターネット依存に関する調査で、児童生徒の1割近くがゲームやネット依存の傾向にあることが明らかになりました。報告書などによると「この一年の間に、ゲームをしている時のことばかり考えていた時期がありましたか」などとする質問計9問のうち、5問以上で「はい」と答えた児童生徒を「ゲーム依存傾向」と分類。これに回答者のうち8・9%が該当しました。学年や男女別に見ると、小学生男子の割合が高く、小学4年が23.3%、同5年が21.5%と2割を超えたほか、男子と比較すると、女子はいずれの学年でも割合が低いという結果となりました。また、「ネット依存傾向」は「あなたはインターネットに夢中になっていると感じますか」などの質問8問のうち5問以上で「はい」と答えた児童生徒が9.4%存在し、男女ともに、中学2年の割合が最も多い結果となっています。さらに、抑うつ症状がある児童生徒は、ない場合にくらべネット依存傾向の割合が4・65倍になると分析しています。また、就寝や起床時間が遅く、習い事や部活動をしないほどゲームやネット依存傾向があり、生活習慣の悪化と深い関連があるとみられると指摘しています。
▼横浜市立小中学校児童生徒に対するゲーム障害・インターネット依存に関する実態調査報告書
- 主な結果
- 平日及び休日のゲーム使用時間、動画視聴時間が長く、フィルタリングが無い児童生徒ほど、ゲーム依存傾向の割合が高かった。
- 運動日数が多く、平日及び休日の睡眠時間が長い児童生徒ほど、ゲーム依存傾向の割合が低かった。一方で、平日及び休日の就寝時刻並びに平日の起床時間が遅く、習い事、塾、部活動に参加していない児童生徒ほど、依存傾向の割合が高かった。
- 抑うつ症状が見られ、親にはいろいろ相談できると思わない、何でも話せる現実の友達がいると思わない、学校が楽しいと思わない、家ではホッとできると思わない、自分自身に満足していると思わない児童生徒ほど、ゲーム依存傾向の割合が高かった。一方で、気持ちを人に言えないことがあると思わない、誰かを攻撃したいと思わない、少しくらい悪いことをしてもかまわないと思わない児童生徒ほど、ゲーム依存傾向の割合が低かった。
- 主な考察、臨床から見た重要な指摘
- ゲーム依存傾向によって健康的な生活時間が削られているのか、何らかの理由で健康的な生活時間を送ることが難しい児童生徒がゲーム依存傾向となっているのか、両方のことが言えるため留意が必要となる。
- ゲーム依存傾向は引きこもりや不登校との関連、親との関係悪化(特に父親)、抑うつ症状や注意欠如・多動症との関連が知られている。それらは、自己評価の低さや攻撃性、衝動性などとの関わりが見られる。
- 臨床的な観点からも保護者及び学校がゲーム依存の予防として、使用時間のルール作成、フィルタリングを設定する必要がある。また、ゲーム依存傾向の予防及び回復においては「日頃から周りの人に相談できる関係づくり、学校が楽しいと思える居場所であること、家庭が安心できる場であること、自己肯定感がもてること」が大切である。
- ゲーム障害の予防及び回復には、ゲーム以外の他の活動を増やすことが大切であり、また、それを保護者及び学校に対して明確に示す必要がある。
- 現在、部活動を作る、授業に取り入れるなど、教育現場にe-sports(イースポーツ)を取り入れる流れがあるが、e-sportsを教育に取り入れるのであれば、依存の予防教育が大切である。
③犯罪統計資料
令和3年1~11月の犯罪統計資料(警察庁)について紹介します。
▼警察庁 犯罪統計資料(令和3年1~11月分)
令和3年(2021年)1~11月の刑法犯総数について、認知件数は521,144件(前年同期566,466件、前年同期比▲8.0%)、検挙件数は244,648件(258,144件、▲5.2%)、検挙率46.9%(45.6%、+1.3P)と、認知件数・検挙件数ともに減少傾向が継続している点が特徴です。なお、刑法犯全体の7割を占める窃盗犯の認知件数は351,049件(385,179件、▲8,9%)、検挙件数は149,797件(158,432件、▲5.5%)、検挙率は42.7%(41.1%、+1.6P)、うち万引きの認知件数は79,394件(79,708件、▲0.4%)、検挙件数は58,549件(57,703件、+1.5%)、検挙率は73.7%(72.4%、+1.3P)となっています。また、知能犯の認知件数は32,481件(30,861件、+5.2%)、検挙件数は17,396件(16,632件、+4.6%)、検挙率は53.6%(53.9%、▲0.3P)、うち詐欺の認知件数は29,464件(27,555件、+5.2%)、検挙件数は14,982件(13,979件、+4.6%)、検挙率は50.8%(50.7%、+0.1P)などとなっています。刑法犯全体の認知件数・検挙件数が減少傾向の中、万引きと知能犯、詐欺については増加傾向にあり、引き続き注意が必要な状況です。
また、特別法犯総数については検挙件数は検挙件数は65,201件(67,062件、▲2.8%)、検挙人員は53,358人(56,416人、▲5.4%)と昨年同様、検挙件数・検挙人員ともに微減の傾向を示している点が特徴的です(なお、検挙件数については直近までわずかながら増加傾向を示していましたが、減少に転じています)。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は4,499件(6,353件、▲29.2%)、検挙人員は3,287人(4,655人、▲29.4%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は7,927件(7,035件、+12.7%)、検挙人員は6,038人(5,739人、+5.2%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は2,338件(2,492件、▲6.2%)、検挙人員は1,895人(2,015人、▲6.0%)、不正アクセス禁止法違反の検挙件数は335件(583件、▲42.5%)、検挙人員は126人(128人、▲1.6%)、不正競争防止法違反の検挙件数は71件(123件、▲42.3%)、検挙人員は73人(66人、+10.6%)、銃刀法違反の検挙件数は4,734件(4,961件、▲4.6%)、検挙人員は4,066人(4,376人、▲7.1%)などとなっています。減少傾向にある犯罪類型が多い中、迷惑防止条例違反や不正競争防止法違反が増加傾向にある点が気になります。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は836件(942件、▲11.3%)、検挙人員は472人(482人、▲2.1%)、大麻取締法違反の検挙件数は6,213件(5,368件、+15.7%)、検挙人員は4,926人(4,525人、+8.9%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は10,386件(10,854件、▲4.3%)、検挙人員は7,027人(7,590人、▲7.4%)などとなっており、大麻事犯の検挙件数が前年に比べても大きく増加傾向を示しており、かなり深刻な状況となっています。また、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯国籍別検挙人員については、総数582人(510人、+14.1%)、ベトナム217人(94人、+130.9%)、中国91人(84人、8.3%)、ブラジル41人(53人、▲22.6%)、フィリピン32人(25人、+28.0%)、インド17人(17人、±0%)、スリランカ16人(13人、+23.1%)、韓国・朝鮮16人(26人、▲38.5%)などとなっています。
一方、暴力団犯罪(刑法犯)罪種別検挙件数・人員対前年比較の刑法犯総数については、検挙件数総数は11,133件(12,310件、▲9.6%)、検挙人員は6,239人(7,009人、▲11.0%)と最近まで増加していたところ、一転して検挙件数・検挙人員ともに減少に転じている点が特徴です。以前の本コラム(暴排トピックス2021年3月号)
では、「基礎疾患を抱え高齢化が顕著に進行している暴力団員のコロナ禍の行動様式として、検挙されない(検挙されにくい)活動実態にあったといえます」と指摘しましたが、一時活動が活発化している可能性を示したものの再度減少に転じたのは、緊急事態宣言等のコロナ禍の状況や東京五輪に向けた自粛(一般的に国民的行事の際には、暴力団は活動を自粛する傾向にあります)などの要素もあることも考えられ、いずれにせよ緊急事態宣言解除など状況の流動化とともに今後の動向に注意する必要がありそうです。犯罪類型別では、暴行の検挙件数は656件(812件、▲19.2%)、検挙人員は621人(788人、▲21.2%)、傷害の検挙件数は1,041件(1,285件、▲19.0%)、検挙人員は1,249人(1,515人、▲17.6%)、脅迫の検挙件数は342件(420件、▲18.6%)、検挙人員は337人(383人、▲12.0%)、恐喝の検挙件数は356件(400件、▲11,0%)、検挙人員は424人(535人、▲20.7%)、窃盗犯の検挙件数は5,525件(6,150件、▲10.2%)、検挙人員は922人(1,101人、▲16.3%)、詐欺の検挙件数は1,650件(1,430件、+15.4%)、検挙人員は1,383人(1,115人、+24.0%)などとなっています。とりわけ、全体の傾向と同様、詐欺については、大きく増加傾向を示している点は注意が必要です。さらに、暴力団犯罪(特別法犯)主要法令別検挙件数・人員対前年比較の特別法犯について、検挙件数総数は6,570件(7,290件、▲9.9%)、検挙人員総数は4,457人(5,327人、▲16.3%)とこちらも昨年1年間の傾向同様、減少傾向が続いていることが分かります。犯罪類型別では、軽犯罪法違反の検挙件数は84件(117件、▲28.2%)、検挙人員は74人(102人、▲27.5%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は101件(113件、▲10.6%)、検挙人員は91人(104人、▲12.5%)、暴力団排除条例違反の検挙件数は38件(49件、▲22.4%)、検挙人員は87人(114人、▲23.7%)、銃刀法違反の検挙件数は108件(155件、▲30.3%)、検挙人員は79人(124人、▲36.3%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は130件(165件、▲21.2%)、検挙人員は46人(56人、▲17.9%)、大麻取締法違反の検挙件数は1,101件(1,027件、+7.2%)、検挙人員は697人(699人、▲0.3%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は4,181件(4,747件、▲11.9%)、検挙人員は2,761人(3,286人、▲16.0%)、麻薬等特例法違反の検挙件数は269件(322件、▲16.5%)、検挙人員は218人(248人、▲12.1%)などとなっており、全体の傾向同様、大麻事犯の検挙件数が増加傾向にあること、一方で覚せい剤事犯の検挙件数が減少傾向を示していることなどが特徴的だといえます。
(9)北朝鮮リスクを巡る動向
北朝鮮が新年早々に昨年10月19日の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)以来となる弾道ミサイルとみられる飛翔体を発射しました(北朝鮮の朝鮮中央通信は、兵器の開発機関である国防科学院が音速の5倍以上の速さで飛ぶ「極超音速ミサイル」の発射実験を実施したと報じた一方で、米韓の軍当局が、音速の6倍(マッハ6)の速度で飛行したと評価する一方、北朝鮮側が主張する「極超音速ミサイル」の技術には至っていない(上下左右に複雑に動く「制御性と安定性」が確認されていない)としています。また、700キロ先の目標に命中したとの報道についても、目標には到達していないとしています。なお、極超音速ミサイルは放物線を描く一般的な弾道ミサイルと異なり、低高度で複雑な軌道を飛ぶためレーダーによる捕捉や迎撃が難しいとされます)。その背景には、国際社会に存在感を示し、国内に向けた国威発揚の材料として新型兵器による武力示威しか持ち合わせない金正恩朝鮮労働党総書記の手詰まり感を反映しているようにも見えます。「近代戦に相応した威力ある戦闘技術機材の開発、生産を力強く進めるべきだ」「不安定化している朝鮮半島の軍事的環境と国際情勢により、防衛力の強化が求められる」と金総書記氏は昨年12月31日まで5日間開かれた党中央委員会総会う新兵器開発に拍車を掛けるよう強調しましたが、この言葉をミサイル発射という行動で真っ先に見せつけたといえます。報道によれば、総会では米国や韓国との外交関係などの外交方針は公表されず、台湾問題などで米中対立が深刻化し、北京五輪や韓国大統領選も控えて周辺情勢が複雑化する現状で対外方針を公開するのは得策ではないと判断した可能性も指摘されています。とはいえ、米中を含む国際社会の北朝鮮への関心が薄まる中、ミサイル発射で存在感を示す必要に迫られていた側面もあると思われます。金総書記は総会で農業振興策について雄弁に語り、北朝鮮メディアは総会報道の半分以上を農業問題に割きました。さらに「人民が最も解決を待つ切実な課題」とも力説、新型コロナウイルス対応の国境封鎖や国際社会による制裁で経済難が続く中、「食の問題」を放置すれば体制が揺らぐとの危機感の表れとも考えられます。昨年を「偉大な勝利の年」と総括しつつも、内政や外交で目に見えた成果はなく、新兵器開発しか実績を語れない苦しい内情が浮かび、今年も兵器実験の継続は確実で、日本への脅威が一層高まることを意味しています。一方、弾道ミサイルとみられる飛翔体を発射した北朝鮮について、韓国や米国は対応に苦慮しています。韓国の文大統領にとって「南北融和」は5月の退任前に形にしたい自身のレガシー(政府的遺産)ですが、今回の発射はその思惑に冷や水を浴びせた格好となります。また、バイデン米大統領も昨年1月の就任後、北朝鮮と一度も正式な交渉を実現できておらず、手詰まり状態が続いています。文氏は昨年9月、国連総会の演説で停戦状態にある朝鮮戦争の「終戦宣言」を提案するなど、南北関係進展を政権のレガシーとすべく、対話再開を模索していますが、北朝鮮は現在、米国との非核化交渉が進まず、新型コロナウイルスの影響で国境封鎖も続けており、北朝鮮が対話に応じる可能性は低い状況であり、退任が5月に迫った文氏には残り時間が少なく、今さら方針転換できないのが実情です。なお、日本政府は、国連安全保障理事会(安保理)決議に違反したとして、中国・北京の大使館ルートを通じて北朝鮮に厳重抗議しています。また、国連安保理が緊急会合を開く調整を進めているといいます。米国、英国、フランスなどを含む5カ国は、非公開の会合を要請、声明文の発表は現時点では予定されていません。フランスのドリビエール国連大使はツイッターで「北朝鮮が極超音速ミサイルだと主張する発射は国際平和と安全保障を脅かすとともに明確な安保理の決議違反だ」と投稿しています。過去もそうですが、国連安保理としての決議がなされない可能性も高く、その存在意義が問われかねません。
さて、中国を拠点に活動する北朝鮮工作員が、北朝鮮の外貨獲得活動に日本企業を利用した疑いがあるとして、警察当局が「諜報事件」に認定していたことがわかったと報じられています。警察当局は、国連の経済制裁下にある北朝鮮が外貨獲得のため、国際的な信用のある日本企業に目を付けていたとみています。報道によれば、韓国当局から2017年頃、(20年以上前から対南(韓国)工作に関わる大物工作員の)リ・ホナムと日本企業との接点に関する情報が寄せられ、警視庁公安部が捜査、2020年秋、東京都内の貿易会社の関係先を入管難民法違反容疑で捜索したところ、リ・ホナムが貿易会社の関係者と連絡を取り合い、外貨獲得活動を行っていた疑いが浮上したといいます。法人登記簿によると、この貿易会社は「資源開発と石油、石炭の販売及び輸出入」などを業務としていますが、同社の関係者は2021年12月、「中国で何度も会った」とリ・ホナムとの面識を認める一方、「どういう人物かは知らない」と説明、「リビアの重油やロシアのLNGなどの取引はしていないし、資金提供もしていない」と述べています。なお、日本には、韓国の国家保安法のような工作活動を直接取り締まる法令はないため、警察は外国人らに適用される入管難民法違反などで工作員らを摘発し、関係者の供述や押収物の分析などから、工作活動の実態を調べているといい、これまでの諜報事件と認定された54件の大半は日米の軍事情報の収集や対南工作で、北朝鮮の貨客船「万景峰92」号を舞台にした諜報事件などがあるほか、ロシアや中国関連の事件があります。
中国と北朝鮮が、新型コロナウイルス対策で2020年秋から停止している陸路貿易を2022年1月中に再開することで合意したとみられることが、中朝関係者の話でわかったといいます。報道によれば、他国との往来再開に極めて慎重だった金総書記が、2022年に祖父と父の生誕の節目を控え、物資の確保に動いた可能性があるということです。両国は2021年11月に陸路貿易を再開する方針で一致していましたが、再開が遅れていたのは、輸入品にウイルスが付着して流入するのを防ぐための消毒・隔離期間について、北朝鮮が自国からの輸出について「3日間」を要求したのに対し、中国は「14日間」を主張して譲らなかったためといいます。一方、中国は、2月に開幕する北京冬季五輪など重要行事を控え、徹底隔離を継続する姿勢です(中朝両国が消毒・隔離期間でどのように折り合ったのかは明らかではありません)。中国の税関当局の貿易統計によると、2021年1~11月の北朝鮮の中国からの輸入額は約2億2,500万ドル(約260憶円)と、前年同期比でほぼ半減しています。新型コロナ禍前の2019年と比べると、9割減となっています。現在は西部・南浦を拠点とする海上ルートで一部の物資を中国から輸入しているものの、運送コストが安い陸路貿易の再開が急務となっていました。なお、関連して、韓国統計庁は、北朝鮮の2020年の実質GDP(国内総生産)が前年比4.5%減だったと推定する統計資料を発表しています。経済制裁や新型コロナウイルスの防疫対策の国境閉鎖に加え、水害が重なり、脆弱な経済に打撃となりました。統計庁は北朝鮮の2020年の名目GDPを34兆7,000億ウォン(約3兆3,000億円)と推定、これは韓国の1.8%の水準にすぎず、農林漁業や鉱工業、サービス業を中心に産業全般で大きく落ち込む結果となっています。
北朝鮮が感染力の強さが指摘される新型コロナウイルスの「オミクロン株」の侵入を警戒し、封鎖中の中国との陸路国境の警戒をさらに強化しており、「不法な越境者は、自国民でも容赦なく撃て」といった指示も出ているようです。国境の街では工場や学校で毎日徹底的な消毒が実施されるようになったといい、朝鮮中央通信は、オミクロン株への対策について「ウイルスの流入を徹底的に遮断してウイルス拡散の隙を未然に防ぐための、われわれ式の先制的な防疫措置をさらに講じている」と報じています。また、年末に開催された朝鮮労働党中央委員会総会では外交方針について米国などに向けたメッセージは発表されず、新型コロナウイルス対策など内政を重視する方針が示され、金総書記は、新型コロナ対策を「最優先事業」と位置づけ、「防疫をささいな緩みや抜かりもなく展開せよ」と指示しています。なお、ラヂオプレス(RP)は、北朝鮮メディアによる今年の金正恩朝鮮労働党総書記の動静報道は78回だったと伝えています。党や政府の会議を中心とする国内関係の活動が62回と8割を占め、会議指導に重点を置く姿が浮き彫りになっており、新型コロナウイルス禍で地方へ出ることを控えた可能性が考えられるところです。ミサイルの発射実験の立ち会いや軍部隊の視察はなく、対外関係の活動は中国との協力にからむ記念施設訪問の1回だけで、2018、19両年に活発だった首脳外交は鳴りをひそめる形となりました。かつて頻繁に行った工場など現場の視察も今年は1回しかありませんでした。金正恩氏の動静は、2013年の活動が230回報じられたのをピークに、2019年まで毎年100回超ありましたが、コロナ対策で国境封鎖を始めた昨年は54回に激減していました。
北朝鮮オリンピック委員会と体育省は中国オリンピック委員会などに伝達した書簡で、北京冬季五輪・パラリンピックへの不参加を表明しています。報道によれば、書簡は北朝鮮がミサイル発射実験を行った5日、駐中国大使が中国国家体育総局の幹部に渡したもので、五輪開催を「全面的に支持、応援」するとの記載もあったといいます。開幕を控えた状況でのミサイル挑発に大会を妨害する意図がないことを強調し、中国との良好な関係を維持する狙いがうかがわれます。国際オリンピック委員会(IOC)は昨年9月、適切な手続きを経ずに東京五輪への不参加を決めたとして、北朝鮮に2022年末までの資格停止処分を科すと発表、選手個人の資格による大会参加は容認されるとみられていました。また、国際パラリンピック委員会(IPC)は、北朝鮮の参加は可能としていましたた。書簡は「敵対勢力の策動」と新型コロナウイルスのため五輪に参加できなくなったと主張、「外交ボイコット」を決めた米国を念頭に、「あらゆる妨害」を退けた上での大会の成功を確信すると強調しています。
国連総会本会議は、北朝鮮の人権侵害を非難するEU提出の決議案を議場の総意により無投票で採択しています。同趣旨の決議採択は17年連続となります。日本人拉致問題の早急な解決に向けて「被害者の即時帰還の緊急性と重要性」を強調、日本は共同提案国として決議に賛同しています。報道によれば、北朝鮮の金星国連大使は採択前の演説で「わが国に人権問題は存在しない。全面的に拒否する」と表明、中国の代表も「人権を口実に他国に圧力をかけることには反対」として、決議に加わらないと述べています。国連総会決議に法的拘束力はないものの、決議は拉致問題をめぐり「被害者と家族の長年の苦しみに重大な懸念」を表明、北朝鮮に対して「(拘束や拉致などの)強制失踪問題を全て解決し、失踪者の消息や居場所に関する正確で詳細な情報を家族に知らせるよう強く要求」しています。それに先だち、米英仏など安保理メンバー国と日本の計7か国は、北朝鮮で新型コロナウイルス対策と称した措置によって「人権侵害が悪化している」と非難する共同声明を発表しています。報道によれば、声明は、脱北を試みる国民が射殺され、国際社会からの必要な支援も受け入れていないと指摘、また、「北朝鮮による抑圧は国境を越えている」として日本人拉致問題にも言及し、被害者の即時帰国の実現を要求しています。さらに、人権侵害が「大量破壊兵器やミサイル開発と同様に国際社会の平和と安全を揺るがしている」として、安保理で優先的に扱われるべきだとも訴えています。
さて、北朝鮮の金正恩総書記が2011年12月に父の金正日総書記の死去に伴い朝鮮人民軍の最高司令官に就任してから12月30日で10年の節目を迎えました。北朝鮮の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」は同日の社説で、金正恩氏が軍を「世界最強の精鋭武力へと強化・発展させた」と業績を称賛し、「国家防衛の柱である人民軍強化を最優先に」と、人民軍のさらなる強化を求めました。社説では、核やロケット(ミサイル)といった言葉はなかったものの、金正恩氏の「不滅の業績」として、「強力な戦争抑止力、平和守護の最強の宝剣を準備した」と指摘し、核・ミサイル開発を加速させていることを間接的にたたえる内容となりました。この10年の総括について、主要各紙の論評や報道からいくつか紹介したいと思います。
北朝鮮、今年は「最悪の試練」克服を強調する狙いか(2021年12月22日付毎日新聞)
金正恩体制 10年間 権力盤石化に集中…礒崎敦仁・慶応大教授(北朝鮮政治)(2021年12月26日付読売新聞)
北 金正恩体制10年、「核と経済」行き詰まり(2021年12月26日付読売新聞)
「権力」「権威」を確立 核開発、対米交渉で自信―金正恩氏、執権10年・北朝鮮(2021年12月18日付時事通信)
金正日氏の政策が基盤 北朝鮮紙、「白頭の血統」の正統性強調(2021年12月17日付産経新聞)
北朝鮮の経済・非核化どうみるか 専門家に聞く(2021年12月20日付日本経済新聞)
北朝鮮の脅威、深刻さ増す 40~50の核兵器保有か(2021年12月20日付日本経済新聞)
「正恩体制、あと10年は継続」と英専門家(2021年12月17日付産経新聞)
「核保有国と認知」北の目標に近づく 元CIA分析官(2021年12月18日付産経新聞)
金正恩体制10年 加速する核・ミサイル開発 対米交渉は頓挫(2021年12月19日付毎日新聞)
北朝鮮の核使用のハードル「さらに下がる懸念」金正恩体制10年(2021年12月19日付毎日新聞)
北朝鮮、外交で見せた「大胆さと、計算の甘さ」金正恩体制10年(2021年12月19日付毎日新聞)
その他、北朝鮮を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 北朝鮮メディアは、同国西部、南浦の嶺南船舶修理工場で12,000トン級の大型の貨物船「チャンスサン」が建造され、進水式が行われたと報じています。2019年に米国が国連安全保障理事会決議に違反したとして北朝鮮の貨物船「ワイズ・オネスト」(約17,000トン)を差し押さえた後に同国で建造が報じられた船では最大級とみられています。
- 北朝鮮が政府内に「食料工業省」を新設したことが朝鮮労働党機関紙、労働新聞の報道で分かりました。報道によれば、北西部平安北道の食料工場に関する記事で、工場の設備改善に同省食料工業研究院食料機械研究所が関与していると記されていたものです。
- 北朝鮮の朝鮮中央通信は、金徳訓首相がドイツのショルツ新首相に祝電を送ったと報じています。報道によれば、「両国関係が相互尊重、互恵の原則で良好に発展するものと期待する」とし、ショルツ氏が政治的成果を上げることへの期待も表明したといいます。北朝鮮外務省は11月にドイツのフリゲート艦が、北朝鮮船舶が海上で積み荷を移し替える「瀬取り」の警戒監視活動を行うと公表したことに「米国の対朝鮮敵視政策に便乗した敵対行為だ」と反発していました。なお、ドイツは北朝鮮と国交を持ち、平壌に大使館を置いています。
3.暴排条例等の状況
(1)暴力団対策法に基づく再発防止命令発出事例(埼玉県)
不当な金品などの贈与要求を繰り返したとして、埼玉県公安委員会は、六代目山口組傘下組織組員で職業不詳の組員に暴力団対策法に基づく再発防止命令を出しています。報道によれば、組員は2021年1月、日高市の40代の男性会社経営者に、実際には金を貸していないのに約2,000万円の支払いを要求、6月に飯能署長から中止命令を受けましたが、9月には秩父市の20代の男性会社員に同様の手口で約50万円を求めて10月に秩父署長から中止命令を出されています。埼玉県公安委員会は今後も反復して同様の違反行為を行う恐れがあるとして、再発防止命令を出したものです。
▼暴力団対策法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律)
当該組員については、暴力団対策法第9条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない。」のうち、「二人に対し、寄附金、賛助金その他名目のいかんを問わず、みだりに金品等の贈与を要求すること。」の規定に抵触したものと考えられます。そのうえで、第11条(暴力的要求行為等に対する措置)第1項において、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をしており、その相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該暴力的要求行為を中止することを命じ、又は当該暴力的要求行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる。」規定に基づき中止命令が発出され、さらに第2項において、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をした場合において、当該指定暴力団員が更に反復して当該暴力的要求行為と類似の暴力的要求行為をするおそれがあると認めるときは、当該指定暴力団員に対し、一年を超えない範囲内で期間を定めて、暴力的要求行為が行われることを防止するために必要な事項を命ずることができる。」との規定により、再発防止命令が発出されたものといえます。