暴排トピックス
取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人
1.生き残るのは誰だ~山口組分裂7年/工藤会トップ死刑判決1年
2.最近のトピックス
(1)AML/CFTを巡る動向
(2)特殊詐欺を巡る動向
(3)薬物を巡る動向
(4)テロリスクを巡る動向
(5)犯罪インフラを巡る動向
(6)誹謗中傷/偽情報等を巡る動向
(7)その他のトピックス
・中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向
・IRカジノ/依存症を巡る動向
・犯罪統計資料
(8)北朝鮮リスクを巡る動向
3.暴排条例等の状況
(1)暴力団排除条例の改正(鳥取県)
(2)暴力団排除条例に基づく勧告事例(新潟県)
(3)暴力団排除条例に基づく逮捕事例(東京都)
(4)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(大阪府)
1.生き残るのは誰だ~山口組分裂7年/工藤会トップ死刑判決1年
国内最大の指定暴力団である六代目山口組が2015年に分裂してから8月27日で7年となりました。特定抗争指定暴力団にも指定された六代目山口組と、袂を分かった神戸山口組、さらには絆会(旧・任侠山口組)の三つどもえの抗争状態が続いてきましたが今春以降、六代目山口組側が敵対組織の幹部宅を相次いで襲撃するなど攻勢を強めている状況にあります。2021年の秋には神戸山口組の中核を担っていた2次団体「山健組」が六代目山口組に復帰し、神戸山口組の構成員らは半減したとみられ、六代目山口組の勢力が他を圧倒しつつあります。捜査関係者は「(分裂抗争は)既に勝負あったという状況だ」とした上で、神戸山口組が「カエシ(報復)」を強行する恐れもあるとして警戒を強めています。警察庁によると、2021年末時点で六代目山口組は構成員や準構成員らを合わせ約8,500人に対し、神戸山口組は約1,000人、絆会は約230人と勢力差は顕著となっています。2022年8月29日付毎日新聞によれば、一連の幹部宅襲撃について、捜査関係者は「分裂から7年がたち抗争の早期終結を図っているのでは。次は今回以上のことをするという脅しの可能性もある」とみています。一方、「(上層部からの命令ではなく)下っ端の組員らが手柄ほしさに勝手にやっているだけでは」(別の捜査関係者)との見方もあります。劣勢に追い込まれた神戸山口組ですが、関係者によると井上組長は引退したり、六代目山口組にわびを入れたりするなど矛を収める気はなく、徹底抗戦の構えとされます。捜査幹部は「一つ抗争が起きれば体感治安が大きく損なわれる。今後も警戒は外せない」と気を引き締めています。
このような状況認識でいるところ、直近では、神戸山口組に絆會と池田組というともに神戸山口組から袂を分かった組織が再合流する可能性が出ているようです。2022年9月9日付テレビ大阪の報道によれば、「7年前、指定暴力団・六代目山口組から分裂した神戸山口組。その神戸から離脱していた組織が、神戸山口組と近く連合を組む可能性があることがわかりました。再び合流する形で六代目に対抗する狙いのようです。…神戸山口組と連合を組むとみられているのは、岡山県内に本拠を構える池田組です。2015年、神戸山口組の立ち上げに加わり、2020年には離脱していました。元暴力団組長で、内情に詳しい竹垣悟氏は…「(神戸山口組と池田組の)連合は本当。池田組長は六代目から絶縁状が出ている、帰る場所がない。一つの組織では六代目山口組からの荒波を越えていけない。長生きした者が天下を取れる」竹垣氏は、2017年に神戸山口組を離脱した絆會も、連合に加わるとみています。去年の年末時点で、六代目側の勢力はおよそ8,500人、対抗する神戸側の連合はおよそ1,500人」といったものです。今後の動向にますます目が離せない状況になったといえます。一方、当の神戸山口組においては、ナンバー2の寺岡若頭が引退するという情報もあります。週刊誌報道によれば、「「寺岡若頭はメンタルヘルス関連の病気で入院していました。以前に脳梗塞で倒れたこともあり、疲労が溜まりやすい傾向にあるようです。ただ、法要の時点ではすでに退院していたので、体調の面だけで欠席を選んだというわけではなさそうです」“手の空いている者は出席してやってくれ”と号令したのは執行部であるし、若頭補佐という幹部の死去は組織として大きな出来事なだけに、健康面での問題が深刻なものでないならナンバー2が法要に出席するほうが自然だろう。「神戸山口組の発足当初はど真ん中で井上組長を支えてきた寺岡若頭は差し当たって、解散推進派に転じています。六代目山口組に徹底抗戦しても意味がないと判断し、井上組長の首に鈴をつけるべくさまざまな動きをしてきました」「親分に引退・解散を迫る動きはもちろん、腹を括ったうえで進退をかけたものでした。しかしそれがうまくいかなかったので、自身の引退を決意しつつあるということですね。神戸山口組のために全力でやってきただけに落胆した部分も少なからずあるでしょう。ここはすっきりヤクザ社会から身を退き、カタギになる決意をしていると見ています」との状況のようです。このように、神戸山口組では、ナンバー2不在という異例の状況と、絆會と池田組の再合流という急転直下の状況にあります。なお、週刊誌情報ですが、直近の神戸山口組周辺の動きとしては、以下のような経緯を辿ったようです。
神戸山口組が人事を発表!執行部強化で空席の「若頭代行」を任命(2022年9月11日付週刊実話Web)
直近でも、2つの山口組の「小競り合い」は続いています。兵庫県警暴力団対策課と葺合署などは、建造物損壊の疑いで、六代目山口組山健組系の組員と同組員の男2人を逮捕していますが、2人の逮捕容疑は共謀して8月20日午前3時ごろ、運転する乗用車を神戸市中央区の飲食店にバックで衝突させ、シャッターや外壁を壊した疑いがもたれています。また、暴力行為法違反の疑いで、六代目山口組山健組系の組長を逮捕しています。逮捕容疑は、同法違反容疑で逮捕された2人と共謀して8月26日午後2~3時ごろ、兵庫県播磨地域にある神戸山口組系組員の自宅前で車を何度も走らせ、組員宅をスマートフォンで撮影して脅迫した疑いがもたれています。同課は、いずれの事件も山口組分裂抗争に絡む可能性もあるとみて調べているといいます。また、9月2日午前5時40分ごろ、福岡市東区香住ケ丘の住宅にトラックが突っ込み、けが人はなく、福岡県警は建造物損壊容疑で捜査していますが、この住人の男性は六代目山口組傘下組織の組長だということです。福岡県内ではこの事件より前の8月31日、対立する神戸山口組系の組長宅で車が燃やされる事件があり、県警は抗争事件との関連も調べています。
山口組分裂7年を機に、週刊誌各誌がさまざまな角度から分析しています。その中から、いくつか紹介します(あくまで、週刊誌情報である点にご留意ください)。
「山口組」分裂 「勝者なき7年」と言われる理由とは?(2022年9月1日付デイリー新潮)
《分裂7年》「親分のお気持ちを推察し断腸の思い」ヤクザの機関紙「山口組新報」が示す”神戸山口組との抗争・最終局面”(2022年9月4日付文春オンライン)
《抗争8年目》「何もかもカネだ」山口組分裂騒動・神戸山口組の弱体化に拍車をかける「”組長の引退”問題」(2022年9月4日付文春オンライン)
「追い込みすぎると別の恐れが…」暴力団業界のビッグネーム山健組“事務所使用禁止”の衝撃 山口組分裂問題で激化する「警察とヤクザの暗闘」(2022年9月4日付文春オンライン)
工藤会のトップである野村被告に死刑判決が言い渡されて1年が経過しました。また、福岡県警の頂上作戦により野村被告が逮捕されて8年が経過しています。工藤会の組織の弱体化が進むなか警察は資金源を取り締まる対策や離脱した人の社会復帰の支援などを通して壊滅を目指すことにしています。本コラムでたびたび取り上げたとおり、工藤会のトップで総裁の野村悟被告は1998年に起きた漁協の元組合長の射殺事件に関わったとして8年前の2014年の9月11日に逮捕され、警察は、工藤会に対して「壊滅作戦」と呼ぶ徹底した取り締まりを始めました。野村被告は、市民を狙った4つの事件に関わったとして殺人などの罪に問われ、福岡地方裁判所は2021年8月、死刑判決を言い渡したものです。福岡県警察本部によれば、2021年末までの8年間でのべ463人の構成員を検挙し工藤会の県内の構成員は2021年末時点でおよそ200人とピーク時の3分の1以下に減っています。さらに、北九州市では工藤会が関係する事務所の撤去も進んでいて組織の弱体化が進んでいるとみられます。警察はいわゆるみかじめ料の要求や犯罪収益など資金源を取り締まる対策や離脱した人の社会復帰の支援などを通して組織の壊滅を目指すことにしています。報道によれば、福岡県警察本部の田中伸浩暴力団対策部長は「弱体化はかなり進んでいるが組織の統制や凶悪性などの本質は変わっていない。特殊詐欺など犯罪収益による資金源対策を進めながら、離脱した組員の受け皿となる企業を増やし社会復帰を支援するなどして対策を続けていきたい」と話しています。また、福岡県警察本部は、繁華街の飲食店などを対象に暴力団員の立ち入りを禁止する標章について行ったアンケート調査で、およそ8割の店舗が標章を掲示し9割以上の店舗が暴力団の影響力を「感じない」と回答したという結果を発表しています。福岡県が暴排条例に基づいて発行する「暴力団員立入禁止」の標章が導入されてからこ今年で10年になるのにあわせて北九州地区や福岡地区など県内の主要な繁華街がある7つの地区を対象に8月アンケート調査を実施し423の店舗から回答があり、「暴力団員立入禁止」の標章について、「掲示している」と回答した店舗の割合は78%だったということです。「掲示していない」または「過去に掲示していた」と回答した店舗に理由を聞くと「必要性がない」と回答した割合が19.6%で、「報復が怖い」と回答した店舗も2.9%あったということです。そして繁華街で営業する上で、暴力団などの影響力を感じることがあるかという質問に対しては94%の店舗が「感じない」と回答したということです。この結果について、福岡県警察本部組織犯罪対策課の山口正一統括管理官は、「工藤会の繁華街の事務所が撤去されるなど、弱体化が進んでいることもアンケート調査の結果に表れている。引き続き標章制度の周知などを通じて暴力団の資金源対策などを進めたい」と述べています。
こうした状況をふまえつつ、各紙がさまざまな切り口から工藤会の動向について報じています。その中から、いくつか紹介します。
元マル暴刑事が語る「工藤会」暗黒の歴史 野村被告も心酔したヤクザのカリスマとは…独裁支配のトップ”極刑判決”から1年(2022年8月26日付FNNプライムオンライン)
工藤会トップ死刑判決から1年(4)福岡県警前刑事部長に聞く “野村崇拝”は根強いか 関東への進出は(2022年8月26日付FNNプライムオンライン)
工藤会トップ死刑判決から1年(3)-2 元“マル暴”刑事が見た「野村被告の恐怖支配」誕生の瞬間(2022年8月25日付FNNプライムオンライン)
工藤会トップ死刑判決から1年(2)現役組員「関東では食えている」 野村被告の影響力と組織の不穏な動き(2022年8月24日付テレビ西日本)
地元で弱体化、首都圏で暗躍する工藤会 トップ死刑判決から1年(2022年8月23日付毎日新聞)
「街を歩いても刺されなくなった」変わる修羅の街“最凶の暴力団”工藤会トップの死刑判決から1年~福岡(2022年8月24日付RKB毎日放送)
福岡の工藤会組員、20代は2人だけ…頂上作戦から8年「生活できない」「一人組長状態」(2022年9月11日付読売新聞)
口座も携帯も持てず 工藤会元組員、支援「知らず」険しい社会復帰(2022年9月10日付毎日新聞)
最近の暴力団の実態について、いくつか紹介します。
- 2022年8月14日付デイリー新潮では、「暴力団を取り締まる法規制は1990年代以降から急速に強化されてきた。全国の暴力団員数は年々減少を続け、老舗組織といえども弱体化や解散を余儀なくされるケースも続出している。…暴力団に対する法規制が厳罰化されるなか、法の目をかいくぐって生き残るための策として、「偽装行為」を企てる組織があるからだ。例えば代替わりの偽装だ。ニセの二代目組長を新しく擁立し、本物の初代組長への捜査追求をかわす。偽装解散を行い、組織ごと地下に潜ることもある。いずれも偽装の手口は大胆で巧妙だ。こうした偽装行為を警察が確認しているため、解散届を受け取っても鵜呑みにはできないという状況が続いている。…近年は暴力団員というだけで様々な規制の対象となる。それにとどまらず、暴力団員という理由だけで簡単に逮捕されるようになってしまえば、もう暴力団員の人権は忘れ去られてしまったとしか言いようがない。…暴力団員時代の人脈を使っているのであれば、相手が誰であろうとも油断すべきではない。ところが「元ヤクザのオレに刃向かうわけがないだろう」というオゴリが、大きな落とし穴となってしまうのである。…暴力団から足を洗って、カタギとして事業で成功する人は、ほんのひと握りかもしれない。せっかく興した事業が軌道に乗っても、元暴力団員特有の「オゴリ」と「油断」が、カタギとしての再出発を奈落の底へ引きずり込んでしまうことがある。」といった事例が紹介されています。
その他、最近の暴力団の状況を巡る報道から、いくつか紹介します。
- 極東会は東京・歌舞伎町に本部を構える的屋系組織で、東京のみならず埼玉、山形など1都12県に勢力を持ち、的屋系では日本最大とも呼ばれる暴力団で、的屋系の団体で指定暴力団に位置付けられているのは極東会のみとなっています。しかし、先日、松山会長が亡くなったことで、(その前からとの情報もありますが)ここ最近になって組織内で最高幹部らの絶縁状や怪文書が飛び交うなど内紛とも疑われる動きが活発化しているといいます。そもそも極東会の内部にはいくつかのグループがあるとも言われており、絶縁状や怪文書の真偽はともかく、松山元会長の死去をきっかけに内紛が起こっているらしいということで、今後の動向が注目されます。
- 暴力団幹部であることを隠して福岡県内のホテルに宿泊したとして詐欺の疑いで逮捕された久留米市の道仁会の小林会長が送検されています。傘下組織の組長らと共謀し、2021年6月、暴力団員の宿泊を拒否する福岡県内のホテルに暴力団幹部であることを隠して宿泊した疑いが持たれており、チェックインの際に組長らがサインし、小林会長と知人が宿泊していたものです。小林会長は同じホテルを複数回利用していたと見られていて、警察は小林会長の指示があったとみて調べているということです。道仁会の福岡県内の構成員数は2021年末時点で約320人で、浪川会(旧・九州誠道会、同県大牟田市)と2006年以降、抗争を繰り返し、計14人の死者が出ています。福岡など4県の公安委員会は2012~2014年にかけ、両団体を「特定抗争指定暴力団」に指定していました。なお、この事件を受けて、福岡県内のホテルでつくる協議会が臨時の総会を開き、暴力団排除を改めて宣言しています。報道によれば、「福岡県ホテル暴力団排除連絡協議会」の大月会長が「業界として暴力団のホテル利用を断固排除する強い信念をもって取り組んでいく」とあいさつ、参加者は、暴力団のホテル利用の排除や不当な要求は断固拒否するなどとする「暴力団排除宣言」を読み上げています。福岡県内では23年前にホテルで暴力団員3人が銃撃されて死傷する事件があり、警察は、暴力団員の利用を許せばほかの利用客の安全が脅かされるとして、宿泊カードに「暴力団関係者ではない」などと記入する欄を設けるなど、業界に対策を求めているといいます。福岡県警察本部の宮原暴力団排除対策官は、「県警とホテル業界で緊密な連携を取っているので、県民には安心してホテルを利用していただきたい」と述べています。
- 下田市の白浜大浜海水浴場で正規の許可を得てパラソルを貸し出していた市民を脅したとして、下田署と静岡県警捜査4課は、威力業務妨害の疑いで稲川会大場一家の総長ら2人を逮捕しています。同海水浴場では長年違法営業が問題となっていて、この2人も違法営業に関与していたとみられています。同署幹部は「違法営業の根絶につなげる」としています。報道によれば、他の仲間と共謀して8月7日午前11時半ごろ、同海水浴場でパラソルなどの貸出業務をしていた市夏期対策協議会原田支部の市民たちを、「商売をできなくしてやるぞ」などと脅し、同支部の業務を妨害した疑いがもたれています。同署によると、2人は同海水浴場で市の許可を得ずにパラソルの貸し出しや飲食の配達サービスを行っていた県外などの業者から、多額の「みかじめ料」を2021年まで得ていたといい、今夏から民間の警備業者が雇われて規制が強化された結果、みかじめ料を得ることができなくなり、同署などは腹いせで正規の営業をしていた市民を妨害したとみています。
- 暴力団と分かったため、関係を断とうとした会社員を脅した組幹部が強要未遂の疑いで逮捕されています。捕まったのは大分市東津留の六代目山口組傘下の組幹部で、容疑者は仕事で知り合った大分市内の男性会社員が、自分との関係を断とうとしたため、8月10日の午後2時頃電話をかけて「俺は俺のやり方でちゃんと責任を取ってもらう」と脅迫し、会おうとしたものの、会社員が警察に届け出たため、未遂に終わったもので、2日午前 強要未遂の疑いで逮捕されています。
足を洗った元暴力団員への「生活口座開設」 支援する弁護士が直面する現実と元組員が語ったホンネ(2022年8月27日付AERAdot.)
最後に、前回の本コラム(暴排トピックス2022年8月号)」でも言及した、「反社会的な団体」とみなしてよい「旧統一教会」について、触れておきたいと思います。
河野太郎消費者相は、霊感商法の被害対策をめぐる消費者庁の有識者検討会について「(宗教団体の)解散命令まで消費者庁が関わったり、解散命令まで踏み込めと文部科学省に働きかけたりすることになるかもしれない」と述べています。消費者庁の所管を超えて政府全体に提言を出すよう求めています。世界平和統一家庭連合(旧統一教会)などによる霊感商法に対し「(消費者庁が)後手に回ったという思いがある」と話し、信者による高額の献金への対処を含めて「やるべきことをやっていたのか検証する必要がある」と指摘しています。関連して、宗教法人を所管する文化庁が、2009年までに少なくとも9回、旧統一教会に対して活動状況を聴取し、適正な管理運営や個別事案への誠実な対応を求めていたことが訴訟資料から判明しています。この訴訟は元信者が国と教団を被告として訴えており、誤解を避けるために提訴後の聴取はやめたとしていますが、資料は、当時の文化庁宗務課長名で作成された報告書で、教団や信者による霊感商法や献金の強要による被害が指摘されていることに対し、宗務課として「問題意識は常に持っていた。法的に許容される範囲で何らかの対応が必要であると考えた」と説明、教団の所管が東京都から変更された1996年以降に少なくとも9回、報道などを基に、教団側の協力を得て面接で活動状況を聴取し、あわせて、別の民事訴訟の確定判決で認定された使用者責任を踏まえ、宗教法人としての適正な管理運営などを口頭で強く求めたということです。こうした現行法上の「対応の限界」を打破する必要性を痛感していますが、フランスのカルト規制にそのヒントがありそうです。
旧統一教会の反社会性を裏付ける事実としてさまざまな数字が出始めています。例えば、「教団が掲げた献金の目標が年間300億円近い規模だった」、「教団の手法は明らかに社会的モラルに反し、献金の強要は法令順守を徹底したとする09年以降も続いていた」、「献金の3割が韓国の世界本部に送金されていた」、「霊感商法に関する消費生活相談は平成24年度に3,267件あったが、29年度以降は1,200~1,500件程度で推移している」、「旧統一教会による金銭トラブルは2021年、約3億円が確認された」、「これまでに確認されたトラブルは3万人以上、1,237億円以上に及ぶ」、「霊感商法を巡っては、平成30年の消費者契約法の改正で取り消し権が行使できるようになったが、教会側が拒絶した場合は裁判となり、被害者が霊感商法であることを証明しなくてはならず、立証の難しさがある」、「霊感商法から寄附商法へと形を変えて、被害は続いている」、「合意書が目立つようになったのは09年の宣言以降で、意書に加え、信者が返金を求めないことを約束する様子を家庭連合側がカメラで撮影するケースもあり、返金請求を困難にさせている」、「改正消費者契約法で可能になった契約取り消しについて「件数の把握は困難」な状況にある」といったものです。また、「悪霊がついている」「先祖を救うため」などといって、印鑑や壺などを買わせる霊感商法については、2018年の消費者契約法改正で、不安をあおって勧誘した契約は取り消しができるようになったものの、実際は被害回復の現場であまり活用されていない実情があります。被害者の多くは壺や印鑑などを繰り返し購入しており、一つひとつの購入ごとに、法律の要件となっている「この契約をすれば救われる」と言われたことを立証するハードルが高いためで、「(加害者側に)『そんなことは言っていません』と言われてしまう」ことになります。また、現在は被害相談の多くは献金で、壺や印鑑といった物を買わせる手口とは違って、そもそも「消費者契約」と言えるのかどうかといった根本的な問題も孕んでいます。献金や寄付が「消費者契約」に当たるのかという点について、消費者庁の担当者は「献金であるからと言って、一概に(消費者契約)に当たらないということではない」というものの判然としない点が残ります。さらに、消費者契約法では、契約の相手方にしか請求できない点については、旧統一教会の場合は、商品などを販売する関連会社や信者個人であることもあり、背後にいるとされる教団組織にまではお金を請求しにくいという問題もあるようです。
以上の状況をふまえれば、現状、旧統一教会について「反社会的な団体」であって、「関係をもつべきでない」とすることが妥当な状況にあると言えると思います。今般、誰よりも清廉潔白であるべき国会議員について、自民党が旧統一教会や関連団体と一切関係を持たないとする基本方針を決め、方針を順守しない所属国会議員には、離党を求めることも含め厳しく対応することを示したことは大変評価できると言えます。基本方針は岸田首相(党総裁)の指示で策定したもので、「今後、旧統一教会や関連団体とは一切関係を持たない」と強調、「社会的問題が指摘される他の団体とも関係を持たない」とも記し、これらを党のガバナンスコード(行動指針)に盛り込む方針を示しています。そして、党の所属議員には、出席が適切な会合かどうかを事務所任せにせず、議員自身が責任を持って判断できる体制を早急に確立するよう求めています。チェック体制を強化するため、党も支援の在り方を検討するほか、霊感商法などの被害者救済を進めるため、党消費者問題調査会に小委員会を立ち上げ、政府と連携しながら対策を検討するとしています。一方、山際経済再生相の会見で述べているとおり、「一般的に新しい方を雇おうと面接する時に、日本の社会では通常、何教を信じているかということは聞かないのが通常だと思う。私もそういう認識でいたから、今まで内心の自由に触れるような質問はしたことがない」のも実務的には一般的であり(企業において、採用時に聞いてはいけない質問の代表例となっています)、このあたりの理念と実務のバランスをどうとるべきかは、反社会的勢力の見極めと同様の難しさがあります。
また、「関係を持たない」という方針はよいものの、国会議員との関係は、教団が「友好団体」と主張する団体が接点になっている場合が多く、教団とは別団体とされているため、教団との直接の関係を否定する国会議員もいるなど、「友好団体の存在が両者のつながりを見えにくくしている」構造に注意する必要があります。それはまさしく、反社会的勢力の見極めにおける「KYC(Know Your Customer)」では不十分であり、「KYCC(Know Your Customer’s Customer」にまで踏み込むべきとの考え方と同じといえます。教団は朝日新聞の取材に、少なくとも24の友好団体があるとしており、教団創始者である文鮮明氏が創設したもので、「同じビジョンを共有している団体」と定義しているというものの、「教団は、関連性がある団体を使って正体を見えにくくし、社会や政治への浸透を図っている。一部の議員は、教団との関わりを否定することに利用している可能性がある」と指摘されています。つまり、リストスクリーニングでは十分ではなく、実態をふまえ判断することが求められるということであり、これは議員側にとっては相当の負担となると考えられます。
以下、本件についての各種報道から、いくつか紹介します。
旧統一教会との接点 元信者「自民調査驚きなし」 識者ら「無意味」「アリバイ作り」(2022年9月9日付毎日新聞)
沈静化ほど遠く、新事実発覚すれば傷口拡大(2022年9月8日付産経新聞)
地方議員が証言する接点のきっかけ(2022年9月8日付産経新聞)
「踏み込み方で信教の自由を侵す」旧統一教会問題で三浦瑠麗氏(2022年9月8日付産経新聞)
解散命令検討すべき」評論家の潮匡人氏(2022年9月8日付産経新聞)
「信仰でなく具体的行為を問題にすべき」作家の佐藤優氏(2022年9月8日付産経新聞)
「反社会的集団との関係でみるべき」中北浩爾・一橋大教授(2022年9月8日付産経新聞)
元信者の仲正昌樹・金沢大教授「講演会参加の理由明らかにすべき」(2022年9月8日付産経新聞)
信仰2世複雑…「ダメージ与えられる」「被害者利用」(2022年9月8日付産経新聞)
旧統一教会と政治 「宗教=タブー」からの脱却(2022年9月4日付日本経済新聞)
物品販売から献金へ…変わる「霊感商法」 被害救済には壁も(2022年9月5日付産経新聞)
旧統一教会と社会 専門家に聞く 「信教の自由」を前に思考停止(2022年9月7日付毎日新聞)
2.最近のトピックス
(1)AML/CFTを巡る動向
2015年に英国で設立された「Revolut(レボリュート)」は、英国を拠点に世界にサービスを急拡大中の注目企業で、多数の国や通貨がひしめき合う欧州地域で海外送金を中心にサービスを開始し、「タッチ決済」にも対応した物理カードと、利用状況の確認やセキュリティ設定も自分で制御できるモバイルアプリの組み合わせでミレニアル世代の人気を掴んだとされる注目企業です。フルサービスを提供する従来の銀行とは異なり、特定のサービスに特徴を持ち、手数料の安さや小回りの利いたサービスでニーズの隙間を埋める新しいタイプの銀行は「Challenger Bank」などと呼ばれていますが、Revolutもまた注目のチャレンジバンクの1つとされます。ところが、この日本法人が、資金移動業者としてのAML/CFT態勢に不備があるとして、資金決済に関する法律第55条の規定に基づき、関東財務局から業務改善命令が発出されています。指摘事項には、経営陣の関与不足、委託先管理の不備、基本的な実務(取引目的及び職業の確認、厳格な取引確認、疑わしい取引の判断等)における脆弱性が指摘されており、ビジネスの注目度・期待度を裏切るような管理態勢の杜撰が露呈したといえます。
▼関東財務局 REVOLUT TECHNOLOGIES JAPAN株式会社に対する行政処分について
- 業務改善命令の内容
- 資金移動業の適正かつ確実な遂行のため、以下に掲げる事項について業務の運営に必要な措置を講じること。
- 経営管理態勢の構築(内部管理態勢及び内部監査態勢の構築を含む。)
- 法令等遵守態勢の構築
- 外部委託先管理態勢の構築
- マネー・ローンダリング及びテロ資金供与リスク管理態勢(以下「マネロン・テロ資金供与リスク管理態勢」という。)の構築
- 上記(1)に関する業務改善計画(具体策及び実施時期を明記したもの。)を令和4年10月3日までに提出し、提出後、直ちに実行すること。
- 上記(2)の実行後、当該業務改善計画の実施完了までの間、3か月毎の進捗・実施状況を翌月10日までに報告すること(初回提出基準日を令和4年10月末とする。)。
- 資金移動業の適正かつ確実な遂行のため、以下に掲げる事項について業務の運営に必要な措置を講じること。
- 処分の理由
- 金融庁において、当社に対し法第54条第1項の規定に基づき立入検査を実施し、報告を求めた結果、以下のとおり、当社の経営管理態勢、外部委託先管理態勢、マネロン・テロ資金供与リスク管理態勢について、重大な問題が認められた。
- 経営管理態勢等
- 経営陣の関与不足などから、取締役会が十分に機能しておらず、内部管理態勢や内部監査態勢等が適切に整備されていなかった。このため、以下(2)・(3)に掲げる態勢の不備が認められるなど、資金移動業を適正かつ確実に遂行する体制等の整備が十分に行われていなかった。
- 外部委託先管理態勢
- 当社は、取引時確認業務等、主要な業務の大部分を当社の親会社等に委託しているが、委託した業務について、再委託、再々委託の事実を把握していないなど、その業務の実施状況を確認していなかった。また、委託先が当該業務を適正かつ確実に遂行しているかを検証等していないなど、法第50条に定める委託先に対する指導その他の委託業務の適正かつ確実な遂行を確保するために必要な措置が講じられていなかった。
- マネロン・テロ資金供与リスク管理態勢
- 事業規模の拡大に応じた適切なマネロン・テロ資金供与リスク管理態勢の構築を十分に行ってこなかった結果、取引目的及び職業の未確認といった、犯罪による収益の移転防止に関する法律(平成19年法律第22号)に違反する事例が認められた。また、厳格な取引時確認を行う態勢の不備、疑わしい取引の判断に係る規程の不備のほか、マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドラインにおいて対応が求められる事項に係る措置が不十分である事例などが認められた。
- 経営管理態勢等
- 金融庁において、当社に対し法第54条第1項の規定に基づき立入検査を実施し、報告を求めた結果、以下のとおり、当社の経営管理態勢、外部委託先管理態勢、マネロン・テロ資金供与リスク管理態勢について、重大な問題が認められた。
宅地建物取引業におけるマネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン(案)が公表され、8月4日にパブコメが締め切られています。内容的には、ほとんど金融機関向けのものと変わりませんが、以下、宅地建物取引業独自の部分と思われる部分を中心に、何点か紹介したいと思います。
▼宅地建物取引業におけるマネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン(案)
- 宅地建物取引業者が取り扱う不動産は、財産的価値が高く、多額の現金との交換を行うことができることから、マネー・ローンダリング等に悪用される危険性がある。また、近年では、資産の保全又は投資を目的として不動産が購入される場合も多く、国内外の犯罪組織等が犯罪による収益の形態を変換する目的で不動産取引を悪用する危険性もある。
- なお、テロ資金供与対策については、テロの脅威が国境を越えて広がっていることを踏まえ、宅地建物取引業者においては、テロリストへの資金供与に自らが利用され得るという認識の下、実効的な管理体制を構築しなければならない。例えば、顧客の属性に見合わない高額な取引を行う場合は、顧客の属性に加えて、購入資金の出所等についても確認を行うなどのリスクに応じた対応が必要であるとともに国によるリスク評価の結果(犯収法に定める「犯罪収益移転危険度調査書」)やFATFの指摘等を踏まえた対策を検討し、リスク低減措置を講ずることが重要である。
- このほか、大量破壊兵器の拡散に対する資金供与の防止のための対応も含め、外為法や国際連合安全保障理事会決議第千二百六十七号等を踏まえ我が国が実施する国際テロリストの財産の凍結等に関する特別措置法(国際テロリスト財産凍結法)をはじめとする国内外の法規制等も考慮することが必要である。
- 宅地建物取引業者においては、こうしたマネロン・テロ資金供与対策が実際の顧客との接点である営業部門において有効に機能するよう、経営陣が主導的に関与して地域・部門横断的なガバナンスを確立した上で、同ガバナンスの下、関係部署が継続的に取組みを進める必要がある。また、経営戦略の中で、将来に渡りその業務がマネー・ローンダリングやテロ資金供与に利用されることのないよう先を見据えた判断として管理体制の強化等を図るとともに、その方針・手続・計画や進捗状況等に関し、データ等を交えながら、顧客・監督当局等を含む幅広い関係者に対し、説明責任を果たしていくことが求められる。
- 宅地建物取引業者が顧客と取引を行うに当たっては、当該顧客がどのような人物・法人で、法人の実質的支配者は誰か、どのような取引目的を有しているか、資金の工面等、顧客に係る基本的な情報を適切に調査し、講ずべき低減措置を判断・実施することが必要不可欠である。
- 顧客管理の一連の流れは、取引関係の開始時、継続時、終了時の各段階に便宜的に区分することができるが、それぞれの段階において、個々の顧客やその行う取引のリスクの大きさに応じて調査し、講ずべき低減措置を的確に判断・実施する必要がある。
- 宅地建物取引業者においては、これらの過程で確認した情報、自らの規模・特性や業務実態等を総合的に考慮し、全ての顧客について顧客リスク評価を実施するとともに、自らが、マネロン・テロ資金供与リスクが高いと判断した顧客については、いわゆる外国PEPs(Politically Exposed Persons)や特定国等に係る取引を行う顧客も含め、リスクに応じた厳格な顧客管理(Enhanced Due Diligence:EDD)を行う一方、リスクが低いと判断した場合には、リスクに応じた簡素な顧客管理(Simplified Due Diligence:SDD)を行うなど、円滑な取引の実行に配慮することが求められる。
- 疑わしい取引の届出は、売買契約が成立したものだけが対象となるものではなく、例えば、顧客とのやり取りの中で売買の申し込みが撤回された場合や契約締結後解約となった場合でも対象となる。
定期的に金融庁と業界団体との意見交換会が行われ、金融庁から定期された主な論点が公表されています。今回は全国地方銀行協会・第二地方銀行協会の論点から、AML/CFTの観点以外(本コラムの関心領域)も含めていくつか紹介します。
▼金融庁 業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点
▼全国地方銀行協会(令和4年7月13日)/第二地方銀行協会(令和4年7月14日)
- 暗号資産に関する動向について
- 暗号資産に関する動向を紹介する。金融安定理事会(FSB)は、7月11日、「暗号資産の活動に対する国際的な規制・監督に関する金融安定理事会の声明」と題する声明を公表した。この声明のポイントは次のとおり。
- 声明は、第一に、暗号資産交換業者に対しては、規制を遵守する必要性を、各国当局に対しては、FATF基準などの国際スタンダードを実施する必要性を指摘している。
- 声明は、第二に、引き続きFSBが暗号資産やステーブルコインに対する強固な規制・監督の実施へ向けた作業に取り組む、と述べている。具体的には、FSBは、10月のG20に2つの市中協議文書を提出する予定である。一つは、2020年に公表したグローバル・ステーブルコインに関する「10のハイレベルな規制・監督・監視上の勧告」の見直しに関するもの、もう一つは、暗号資産に関する規制監督アプローチの国際的な一貫性を促すものである。
- 声明は、このほか、他の基準設定主体における暗号資産関連の取組みに対する歓迎や支持も表明している。具体的には、暗号資産エクスポージャーに係る健全性規制上の取扱いに関するバーゼル委員会(BCBS)の取組み等である。
- 2022年6月、金融庁の羽渕国際政策管理官が、FATF基準改訂等を担当する部会の共同議長に指名された。共同議長職への就任は、(1)我が国の実情や考え方を国際的な議論に反映する、(2)世界の議論を我が国のマネロン等対策の向上に繋げるという観点から重要な進展である。引き続き、金融機関と緊密に連携したい。
- 暗号資産に関する動向を紹介する。金融安定理事会(FSB)は、7月11日、「暗号資産の活動に対する国際的な規制・監督に関する金融安定理事会の声明」と題する声明を公表した。この声明のポイントは次のとおり。
- 2022事務年度のマネロン検査について
- 金融庁は、2022事務年度も、各地の財務局と連携してマネロン検査を鋭意実施する予定。2021事務年度と同様に、金融庁マネロンガイドラインにおける「対応が求められている事項」の対応実施状況を中心に検証を行うものであり、引き続き、金融機関側において、何をどこまで対応すればよいかが明確になるような検査に努めていきたい。
- 検査を受けていない金融機関においても、2021事務年度に、各協会と連携して、金融庁で実施したマネロン勉強会のビデオや資料を活用して、鋭意態勢整備を進めていただきたい。
- また、先般コメントを頂いたFAQについても近日中に改訂版を公表予定であり、こうした資料も活用していただきたい。
- マネロン・システムの共同化について
- マネロン・システムの共同化については、現在、全国銀行協会と地方銀行協会及び第二地方銀行協会の会長行が、全国銀行協会における共同化タスクフォースにおいて、より具体的な検討を進めてられていると承知。
- 2025年から始まる予定のFATFの第5次相互審査においては、リスクベースでの有効性検証の目線が、第4次相互審査よりも更に高くなることは明らかであり、金融機関等における取引モニタリングや経済制裁対応の更なる高度化が求められる。
- マネロン・システムの共同化については、預金取扱金融機関全体のマネロン等対策の底上げに資するものであり、金融庁としても、全銀協を中心とした実用化への取り組みをしっかりとサポートしていく。
- 協会の各会員行におかれては、引き続き、会長行経由で積極的に意見を出していただくと共に、実質的な検討をお願いする。
- サイバーセキュリティの自己評価について
- サイバーセキュリティの強化に向けた新たな取組みとして、日本銀行及びFISCと共同で開発した「サイバーセキュリティに関する自己評価ツール」に基づく自己評価の実施を、先般、協会を通じて、日本銀行・金融庁より各金融機関に依頼した。
- 本ツールは、金融分野で利用されている基準・フレームワーク等を参考としつつ、地域金融機関の規模・特性を踏まえて作成したもの。各金融機関においては、本ツールを活用して、自組織のサイバーセキュリティ管理態勢を確認していただきたい。
- 自己評価結果は、日本銀行・金融庁で集約して還元予定(2022年10月以降)。経営層において、自組織のサイバーセキュリティの状況を確認したうえで、体制、人員・予算、人材育成などの面を含め、改善に取り組むなど、主体的に関与していただきたい。
- 金融業界における書面・押印・対面手続の見直しについて
- 2021事務年度においても、「金融業界における書面・押印・対面手続の見直しに向けた検討会」を開催し、金融業界における見直しの進捗状況や取組事例、引き続きの課題等についてフォローアップを行い、今般(6月24日)、その結果概要を公表した。
- 業界慣行による書面・押印・対面手続の見直しについては、法令等の規制に基づく手続とは異なり、業界全体での積極的な対応や各金融機関の創意工夫等を通じた継続的な取組みが不可欠である。
- 協会においては、こうした認識の下、具体的な期間を設けて、業界慣行における書面・押印・対面手続の見直しに向けて取り組むべき事項を策定し、その具体的な進捗状況を定期的に確認すること等を通じて、その着実な進展を図ることが期待される。
- 具体的な取組事項の検討に際しては、以下のような結果概要で示された今後の主なフォローアップのポイントを参照いただきたい。
- オンライン手続の利用状況の把握・分析を踏まえた利用率向上の検討
- 各社における課題や取組事例の実質的な共有
- オンライン手続における公的個人認証サービスの活用を含めた各種手続の更なる電子化の促進
- KDDIの通信障害について
- 7月2日に発生したKDDIの通信障害に伴い、金融分野においては、一部銀行の店舗外ATMが利用できなくなる事案が発生した。
- 一般論として、システム障害については、未然防止に努めることは当然であるが、それとともに、障害が発生し得ることを前提として、システムの早期復旧や、迅速かつ丁寧な顧客対応、といった復元力や対応力を高めることが大切と考えており、経営陣が先頭に立って日頃の態勢を整備していただきたい。
- 特に、第三者が提供するサービスの障害リスクに関し、様々な可能性があることを想定し、例えば、以下などについて、平時より検討を行っていただきたい。
- 代替手段の確保
- 早期復旧に向けたマニュアルの整備や訓練
- 顧客への影響を最小化するため準備
- 企業アンケート調査結果の公表について
- 金融庁では、2015事務年度以降、企業アンケート調査を毎年実施し、地域金融機関の金融仲介機能の取組等の顧客評価を確認している。2021事務年度実施分を取りまとめ、6月30日に公表した。
- 主な内容として、以下について記載している。
- コロナの感染拡大による企業の資金繰りへの影響や地域金融機関による支援の状況
- メインバンクの金融仲介プロセスに対する顧客評価
- 地域金融機関によるデジタル化支援の状況
- 法人インターネットバンキングの利用状況
- 経営人材の採用
- 各金融機関においては、当該アンケート結果も踏まえ、引き続き金融仲介機能の発揮に取り組んでいただきたい。
本コラムで以前紹介した、インターネット上で法人の登記情報を閲覧できる「登記情報提供サービス」について、法務省が会社代表者らの住所を一律に非表示とする方針については、今般、これを撤回し、原則として表示を続けることになりました。個人情報保護の観点から非表示とする省令を9月に施行する予定であったところ、反対する意見が相次いで寄せられていたといいます。ご存知のとおり、法人登記には会社などの所在地や役員名のほか、代表者の自宅住所も掲載され、各地の法務局で取得でき、2000年からは法務大臣の指定を受けた一般財団法人「民事法務協会」が運営する同サービスでも閲覧が可能になり、信用調査などで使われています。ところが、法制審議会の議論などで、個人情報を保護するためネット上では表示項目を制限すべきだとの見解が示され、法務省は2022年2月、同サービスでは住所を一律に非表示とする省令案を公表、その是非を問うパブリックコメント(意見公募)を実施したところ、ネットでの閲覧ができなくなると、法務局に赴くなど、情報の取得に手間がかかるようになるなど、ビジネス界などから「事業の迅速性を阻害する」、「詐欺的な人物が関与する企業との取引を排除するため、住所の表示は必要」といった意見が相次ぎ、同省は非表示の方針を撤回したものです。本コラムでも実務への影響の大きさを指摘していたところであり、まずは妥当な対応かと思います。
マネー・ローンダリングの具体的な事例をとりあげた2つの記事を抜粋して引用します。とりわけ1つ目の事例にあるように、「捉え方次第でマネロンはあらゆる場面に潜んでいる」ことを理解いただくことが、AML/CFTの実効性を高めるためのリスクセンスの底上げにつながるものと思います。
FATFの第4次対日相互資産の結果が公表されて1年が経過しましたが、他の国においても、公表が続いています。直近ではドイツとオランダの状況が公開されましたが、いずれも問題を指摘されています。
▼FATF Germany’s measures to combat money laundering and terrorist financing
- ドイツは過去5年間で大幅な改革を実施し、システムを強化し、マネー・ローンダリングやテロ資金供与に効果的に対処してきました。これらの新しい措置のいくつかはすでに成果を上げていますが、ドイツは引き続き改革を実施し、違法な資金の流れと闘うために運用レベルでリソースの調達と優先順位付けを確実に行うための措置を講じる必要があります。
- 世界第4位の経済大国であり、EUで最大の経済大国であり、多数のグローバルな相互接続を備えているドイツは、重大なマネー・ローンダリングとテロ資金供与のリスクに直面しています。ドイツ当局はこれらのリスクを十分に理解しており、他国のカウンターパートと建設的な協力を行っています。しかし、ドイツの16の州(Länder)間の国内調整は課題であり、さまざまな監督機関と法執行機関の間の調整と一貫性を強化する必要があります。また、国内での現金の多用と非公式のMVTSサービスの使用に関連するリスクを軽減することも優先されるべきです。
- 資産の没収は、ドイツ政権の強力な特徴です。有罪判決に基づかない資産没収法の導入により、多額の犯罪収益が没収されました。
- 2017年のドイツの行政FIUモデルへの移行は、金融情報の収集と使用の改善に向けた前向きな一歩でした。しかし、移行は困難であり、ドイツは運用レベルでこれらの改革の実施を引き続き優先し、金融情報の収集、分析、普及、および使用を強化し続ける必要があります。当局はまた、ドイツのリスクプロファイルに沿ってML活動を積極的かつ体系的に調査し、起訴するために、さらに多くのことを行う必要があります。
- ドイツは重大なテロリストの資金調達のリスクに直面しており、テロと戦うための全体的なアプローチの一環として、資金調達活動の調査、起訴、および妨害の優れた実績があります。ただし、ドイツは、テロリストの資産を凍結するための予防措置として、対象を絞った金融制裁体制をより積極的に利用する可能性があります。
- AML/CFTの遵守のために金融および非金融セクターを規制および監督するための堅牢で包括的なフレームワークが整備されていますが、300人を超える監督者のリソースを確保し、一貫したリスクベースのアプローチを確保することをより優先する必要があります。透明性レジスターの導入は前向きなものですが、2022年に完全なレジスターに移行する際に適切なリソースを確保することを優先する必要があります。
なお、ロイターの報道(2022年8月26日付)でより詳しく指摘事項が紹介されています。具体的には、「報告書は、ドイツは不動産業者など多額の資金を扱う主体への管理が行き届いておらず、リスクを承知しながら十分な対策を打っていないと批判。300余りの地域当局がばらばらに監督を担う体制や人員不足に問題があるとした。報告書によると、ドイツ当局は2020年、マネー・ローンダリングに関して3万7000件余りの取り調べを開始したにもかかわらず、起訴にこぎ着けたのは約1000人と非常に少なかった。ドイツの銀行数はEU諸国で最も多い。国民は現金の使用を好み、FATFによると決済の4分の3を現金が占めている。現金取引には上限額が設けられていない。FATFはまた、中東で広く利用される非公式決済ネットワーク「ハワラ」を通じたマネー・ローンダリングのリスクにも警鐘を鳴らした。報告書によると、ドイツに住む外国からの移民は1100万人と、世界で3番目に多い。FATFは最近フランスについても審査報告書を出したが、同国に比べてドイツの査定は大幅に低い。ドイツは向こう数年間、問題が指摘された点への対策の進展状況について毎年報告を義務付けられる」としています。また、報道によれば、審査報告書の公表に先立ちリントナー財務相は、「われわれは雑魚を追って大魚を取り逃している」と問題点を認め、中央管理体制の構築や人員増強、当局が採用するテクノロジーの近代化など、対策を強化すると表明したということです。
▼FATF The Netherlands’ measures to combat money laundering and terrorist financing
- オランダのマネー・ローンダリングとテロ資金供与に対抗するための措置は良い結果をもたらしていますが、国は、法人が犯罪目的で使用されるのを防ぎ、リスクベースの監督を強化し、マネー・ローンダリングとテロ資金供与犯罪に対する制裁を確実にするために、さらに多くのことを行う必要があります。バランスが取れており、説得力があります。
- オランダの主なマネー・ローンダリング・リスクは、オランダの犯罪収益の90%を占める詐欺と麻薬関連の犯罪に関連しています。この国は、ISILやその他の国連指定グループなどの宗教的過激主義からのテロ資金供与のリスクに直面していますが、極端な右翼のテロリズムからも直面しています。オランダは、直面しているリスクをよく理解しており、リスクに基づく堅牢なポリシーと戦略を策定して対処していますが、仮想資産サービスプロバイダーの規制など、いくつかの顕著な技術的欠陥に対処する必要があります。
- 国内の機関間の調整と官民パートナーシップは、オランダのアンチ・マネー・ローンダリングおよび対テロ資金供与システムの重要な特徴です。オランダの金融情報機関(FIU-NL)と法執行機関との間には強力な協力関係があり、捜査の過程でFIU-NL、データハブ、および協力プラットフォームからの高品質の金融情報を定期的に使用しています。
- オランダはまた、国際パートナーとの協力において特に効果的です。ただし、無認可の活動への対処や、予防措置の違反に対する相応の抑止的な制裁の確保など、リスクベースの監督を改善するためのリソースを増やす必要があります。
- オランダは、戦略的優先事項として犯罪資産の没収を追求しています。しかし、国は、法人が犯罪目的で使用されるのを防ぎ、適切で正確かつ最新の受益所有者情報へのアクセスを確保するために、さらに多くのことを行う必要があります.
- オランダ当局はまた、主に外国のテロ戦闘員への資金提供を含む、テロ資金供与を検出、調査、訴追することに成功しています。オランダは、非営利セクターと積極的に関与してテロ資金供与のための悪用を回避し、リスク回避を防止しています。しかし、当局は、テロ資金供与または拡散資金供与を対象とした金融制裁のタイムリーな実施の報告と監督にもっと焦点を当てる必要があります。
また、FATFは、10月には、ミャンマーのブラックリスト(高リスク国)入りを協議すると報じられています。2022年9月8日付日本経済新聞は、「2021年2月のクーデターで全権を掌握した国軍のもとで対応が不十分だと判断しているもようだ。実現すれば同国の金融機関の信用は大きく低下し、経済混乱が深まる。欧米・アジアの政府高官4人が明らかにした。FATFの本部があるパリで開く会議でブラックリスト入りが決まる見通しだ。ブラックリストには現在、北朝鮮、イランが載る。FATFはテロリストへの資金提供の防止対策も検討。米欧や中国、ロシア、日本、香港を含む約40カ国・地域・機関がメンバーになっている。ブラックリスト入りが決まれば、ミャンマーの外資誘致は一段と困難になる。最大都市ヤンゴンの複数の企業幹部によると、同国における銀行口座の開設や維持、国際取引に必要な金融サービスへのアクセスに支障を来す。外国の金融機関の大半は、審査基準を満たすための事務処理やコストを負担せず、ミャンマーの銀行との取引を避けるとの見方が多い。FATFの情報を得ているアジアの外交官は「FATFの国際協力レビューチームは(ミャンマーで)十分な改善がみられないため、10月の会議でブラックリスト入りを勧告するとみられる」と話す。「国軍は改善に向けた動きに欠ける。会議でミャンマーをブラックリストに載せないことを正当化するのは難しい状況だ」と説明する。…ミャンマー情勢に詳しい欧州の外交官によると、ミャンマー国軍当局は7月、FATFに対策の進捗に関する報告書を提出した。8月にはFATFの監査を受けた。この外交官は国軍支配を強く非難する。「ミャンマー中央銀行に送り込まれたのは海軍の要員だ。彼らは何が起こっているのか、まったく理解していない」と嘆いた。」と報じており、ミャンマーの政治情勢に加え、経済的な側面からも国際的に孤立する可能性が否定できません。
(2)特殊詐欺を巡る動向
特殊詐欺グループにおいては、捕まるリスクの高い末端は日本人から調達し、上位者には中国人が就いて国外から詐欺を主導するといったグループが複数暗躍している可能性が高いとされますが、中国の拠点から指揮しており、実態の解明が困難になっているのが現状です。詐欺に関与していた中国人は従来、受け子や出し子といった末端の実行役まで担うケースが多かったといいますが、コロナ禍で海外との往来が少なくなったためか、在日中国人が指示役などを担い、SNSで簡単に集まる日本人を実行役に従えるようになったといいます。指示役の在日中国人が中国本土とのパイプ役も果たしていたとみられ、報道によれば、警察関係者は「中国国内でも日本と同様の特殊詐欺が横行している。拠点を中国本土に置いたグループが、日本にも犯行の手を広げているのではないか」と指摘しています。警察庁では、中国人犯罪グループは地縁や血縁を利用したり、職場の同僚を誘い込むなどして結成される場合が多いと分析、「大阪府警が摘発した中国籍の容疑者は氷山の一角。彼らは独自のコミュニティーを持っており、全国に同様のグループが複数暗躍しているとも考えられる」と推察、「詐欺グループの実態解明と撲滅に向けて、着実に捜査を進めたい」と話しています。なお、特殊詐欺を仕掛ける犯罪集団のトップを「首魁」と呼ぶことが多いですが、キャッシュカードをだまし取った犯人を逮捕したとしても、捜査が首魁までたどり着けるのはまれで、首魁は巧妙に組織をつくり、犯行を繰り返しているとみられ、警察の捜査力だけでは対応し切れないのが現状です。
また、新たな手口として、「還付金がある」「キャッシュカードが必要」という還付金詐欺とキャッシュカード詐欺盗を組み合わせた「ハイブリッド型」の詐欺も出始めており、注意が必要です。こうした新たな手口の被害が関東地方で確認され、愛知県警は東海地方にも広がる恐れがあるとして注意を呼びかけています。報道によれば、東京都新宿区に住む80代の男性宅に5月、区役所職員を名乗る人物から「還付金があるので振込口座を教えてほしい」との電話があり、この後に電話で被害者をATMまで誘導したうえで、犯人側に金を振り込ませるのが「還付金詐欺」と呼ばれる手口の典型であるところ、今回のケースはこれとは異なり、直後に金融機関の職員になりすました者から電話があり、「キャッシュカードが古いので交換が必要。職員が取りに行く。暗証番号も教えて下さい」と伝えたといいます。信じ込んだ男性は、自宅を訪れた男にカード1枚を渡し、男は「すぐに戻ります」と言い残し、二度と戻ってこなかったというものです(不審に思った男性が金融機関に問い合わせて被害が発覚。口座からは現金50万円が引き出されていました)。これは「預貯金詐欺」といわれる手口となります。愛知県警は事件に関与した疑いで19~23歳の男3人を逮捕、詐欺グループでカードの受け取り役など末端を担っていたとみられています。今回発覚した両方の手口を組み合わせた「ハイブリッド」型が出てきた背景として、愛知県警は、還付金などお金が手元に戻るという誘い文句にひかれる被害者が少なくない一方、キャッシュカードを詐取すれば被害者が気づかない限り何度も現金を引き出せるからではないかとみています。
本コラムでも継続して取り上げている国際ロマンス詐欺ですが、立件の難しさが浮かび上がっています。兵庫県警は2021年4月、国際ロマンス詐欺に関与したとして、詐欺の疑いで、カメルーン国籍の男性を逮捕、その後も、ATMから国際ロマンス詐欺の被害金を引き出したなどとして、これまで6回逮捕していますが、すべてが不起訴となり釈放されたということがありました。7回逮捕で7回不起訴という異例の展開の背景には、外国人による国際ロマンス詐欺立件の難しさがあるようです。SNSによる仮名でのやり取りが中心のため、容疑者の特定が難しく、国外に入る場合はさらに捜査が困難になるためです。国民生活センターによると、国際ロマンス投資詐欺の相談は、2018年度は2件、2019年度は5件だったものが、2020年度は84件、2021年度は170件と急増しています。また、滋賀県内では2021年1年間と今年7月末までで、特殊詐欺の被害額を上回ったと報じられています。滋賀県内の特殊詐欺の被害額は2021年1年間で約1億4,000万円だった一方、国際ロマンス詐欺は約2億2,000万円、2022年7月までの特殊詐欺は約1億3,900万円であるのに対し、国際ロマンス詐欺は約2億円だったといい、その被害の急増ぶりにはかなりの注意が必要な状況だといえます。知り合うきっかけは、フェイスブックなどのSNSや婚活サイトが多く、高収入の女性が狙われる傾向があるといい、交際や結婚をちらつかせて気を引き、親密に連絡を取り合う仲になった後に何らかの理由を付けて現金を要求してくることが多いとされます。また、外務省も、海外安全情報に、日本人が国際交流サイトなどを通じて知り合った外国人異性から「あなたに会うために日本を訪ねようとしたが経由地のマレーシアで逮捕された。保釈金が必要」「あなた宛てに送った現金が税関でとめられた。後日送金するので関税を肩代わりしてほしい」などと要求され、マレーシアに送金したところ連絡が取れなくなるといった事案を紹介、「相手方のプロフィルは顔写真や身分証を画像加工ソフトで切り張りした代物であることが多い」などと注意を呼び掛けています。
例月どおり、2022年(令和4年)1~7月の特殊詐欺の認知・検挙状況等について確認します。
令和4年1~7月における特殊詐欺全体の認知件数は78,807件(前年同期8,054件、前年同期比+109.3%)、被害総額は177.5憶円(153.9億円、+115.3%)、検挙件数は3,488件(3,524件、▲1.0%)、検挙人員は1,265人(1,278人、▲1.0%)となりました。ここ最近は認知件数や被害総額が大きく増加している点が特筆されますが、とりわけ被害総額が増加に転じ、以後増加し続けている点はここ数年なかったことであり、あらためて特殊詐欺が猛威をふるっている状況を示すものとして十分注意する必要があります(コロナ禍における緊急事態宣言の発令と解除、人流の増減等の社会的動向との関係性が考えられるところです)。うちオレオレ詐欺の認知件数は2,011件(1,669件、+20.5%)、被害総額は60.3憶円(46.7億円、+29.1%)、検挙件数は911件(740件、+23.1%)、検挙人員は489人(391人、+25.1%)と、認知件数・被害総額ともに大きく増えている点が懸念されるところです。2021年までは還付金詐欺が目立っていましたが、そもそも還付金詐欺は自治体や保健所、税務署の職員などを名乗るうその電話から始まり、医療費や健康保険・介護保険の保険料、年金、税金などの過払い金や未払い金があるなどと偽り、携帯電話を持って近くのATMに行くよう仕向けるものです。被害者がATMに着くと、電話を通じて言葉巧みに操作させ(このあたりの巧妙な手口については、暴排トピックス2021年6月号を参照ください)、口座の金を犯人側の口座に振り込ませます。直近では新型コロナウイルスを名目にしたものが目立ちます。一方、ATMに行く前の段階の家族によるものも含め、声かけで2021年同期を大きく上回る水準で特殊詐欺の被害を防いでいます。警察庁は「ATMでたまたま居合わせた一般の人も、気になるお年寄りがいたらぜひ声をかけてほしい」と訴えていますが、対策をかいくぐるケースも後を絶ちません。なお、最近では、本コラムでも毎回紹介しているように金融機関やコンビニでの被害防止の取組みが浸透しつつあり、ATMを使った還付金詐欺が難しくなっているのも事実で、そのためか、オレオレ詐欺へと回帰している可能性が疑われます(とはいえ、還付金詐欺自体も高止まりしたままです)。最近では、コロナ禍の影響もあり、闇バイトなどを通じて受け子のなり手が増えたこと、外国人の新たな活用など、詐欺グループにとって受け子は「使い捨ての駒」であり、仮に受け子が逮捕されても「顔も知らない指示役には捜査の手が届きにくことなどもその傾向を後押ししているものと考えられます。特殊詐欺は、騙す方とそれを防止する取り組みの「いたちごっこ」が数十年続く中、その手口や対策が変遷しており、流行り廃りが激しいことが特徴です。常に手口の動向や対策の社会的浸透状況などをモニタリングして、対策の「隙」が生じないように努めていくことが求められています。
また、キャッシュカード詐欺盗の認知件数は1,679件(1,397件、+20.2%)、被害総額は23.2憶円(21.2憶円、+9.6%)、検挙件数は1,191件(1,059件、+12.5%)、検挙人員は287人(317人、▲9.5%)と、こちらは認知件数・被害総額ともに増加という結果となっています(上記の考え方で言えば、暗証番号を聞き出す、カードをすり替えるなどオレオレ詐欺より手が込んでおり摘発のリスクが高いこと、さらには社会的に手口も知られるようになったことか影響している可能性も指摘されていますが、増加傾向にある点は注意が必要だといえます。なお、前述したとおり、外国人の受け子が声を発することなく行うケースも出始めています)。また、預貯金詐欺の認知件数は1,222件(1,520件、▲19.6%)、被害総額は14.2憶円(19.9憶円、▲28.5%)、検挙件数は758件(1,270件、▲40.3%)、検挙人員は286人(417人、▲31.4%)となり、こちらは認知件数・被害総額ともに大きく減少している点が注目されます(理由はキャッシュカード詐欺盗と同様かと推測されます)。その他、架空料金請求詐欺の認知件数は1,359件(1,186件、+14.6%)、被害総額は46.4憶円(38.0憶円、+22.1%)、検挙件数は105件(147件、▲28.6%)、検挙人員は69人(75人、▲8.0%)、還付金詐欺の認知件数は2,400件(2,119件、13.3%)、被害総額は28.5憶円(23.8憶円、+20.0%)、検挙件数は485件(283件、+71.4%)、検挙人員は87人(55人、+58.2%)、融資保証金詐欺の認知件数は74件(99件、▲25.3%)、被害総額は1.2憶円(1.8憶円、▲30.0%)、検挙件数は21件(12件、+75.0%)、検挙人員は19人(8人、+137.5%)、金融商品詐欺の認知件数は15件(18件、▲16.7%)、被害総額は1.4憶円(1.1憶円、+25.9%)、検挙件数は4件(6件、▲33.3%)、検挙人員は9人(11人、▲18.2%)、ギャンブル詐欺の認知件数は28件(39件、▲28.2%)、被害総額は2.2憶円(1.2憶円、+70.4%)、検挙件数は9件(2件、350.0%)、検挙人員は8人(2人、300.0%)などとなっており、オレオレ詐欺の急増とともに、特にコロナ禍の社会情勢をふまえて「非対面」で完結する還付金詐欺や架空料金請求詐欺の認知件数・被害総額ともに大きく増加している点がやはり懸念されます。
犯罪インフラ関係では、口座開設詐欺の検挙件数は413件(389件、+6.2%)、検挙人員は217人(232人、▲6.5%)、盗品等譲受け等の検挙件数は11件(0件)、検挙人員は11人(0人)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は1,631件(1,269件、+28.5%)、検挙人員は1,291人(1,015人、+27.2%)、携帯電話契約詐欺の検挙件数は54件(101件、▲46.5%)、検挙人員は51人(90人、▲43.3%)、携帯電話不正利用防止法違反の検挙件数は6人(14人、▲57.1%)、検挙人員は3人(12人、▲75.0%)、組織的犯罪処罰法違反の検挙件数は63件(75件、▲16.0%)、検挙人員は11人(16人、▲31.2%)などとなっています。また、被害者の年齢・性別構成の特殊詐欺全体について、男性(25.6%):女性(74.4%)、60歳以上92.0%、70歳以上73.7%、オレオレ詐欺では男性(18.8%):女性(81.2)、60歳以上98.5%、70歳以上96.1%、融資保証金詐欺では男性(84.4%):女性(15.6%)、60歳以上17.2%、70歳以上1.6%、特殊詐欺被害者全体に占める高齢被害者(65歳以上)の割合について、特殊詐欺 87.4%(男性22.7%、女性77.3%)、オレオレ詐欺 98.0%(18.6%、81.4%)、預貯金詐欺 98.6%(10.2%、89.8%)、架空料金請求詐欺 51.0%(52.8%、47.2%)、還付金詐欺 88.7%(30.7%、69.3%)、融資保証金詐欺 10.9%(100.0%、0.0%)、金融商品詐欺 33.3%(60.0%、40.0%)、ギャンブル詐欺 50.0%(64.3%、35.7%)、交際あっせん詐欺 0.0%、その他の特殊詐欺 35.3%(100.0%、0.0%)、キャッシュカード詐欺盗 98.6%(13.1%、86.9%)
などとなっています。
また、国民生活センターへの相談の最近の状況のうち、架空請求について紹介されていました。
- 最近の事例
- 通信会社を名乗るSMSで通信料を請求され、コンビニでプリペイド型電子マネーを購入し、番号を伝えた。よく考えたら不審なので返金してほしい。
- 大手通信会社に似た名前でSMSが届き、滞納している携帯電話料金の支払いを督促された。覚えはなかったが相手に電話をかけ、名前と生年月日を伝えてしまい、個人情報の悪用が心配だ。
- タブレット端末のフリーアドレスに、覚えのない電子契約の未払金があるとメールが届いた。支払わないと訴訟すると書かれているが、どうしたらいいか。
- スマートフォンに動画サイトの未納料金を請求するSMSが届いた。覚えはなかったが、相手に電話をしたら、15万円をすぐに支払うように言われた。どうしたらいいか。
- スマートフォンに「料金未納、至急連絡をとりたい」とのSMSが届き、相手に電話すると動画サイトの利用料金10万円を請求された。覚えがないが、どうしたらいいか。
特殊詐欺被害に関する最近の報道から、いくつか紹介します。特殊詐欺は自分がだまされない限り被害は発生しないものであり、事例を知ること自体が、特殊詐欺被害を防止するための有効です。自分がだまされないことはもちろん、いつ何時、身内かどうかを問わず、周囲でだまされている人に遭遇するかも知れず、そういった方の被害を食い止めるためにも、最近の手口を知っておくことは大変意味のあることだと思います。
- 長野県警長野中央署は、長野市の70代の無職女性が現金648万円をだまし取られる特殊詐欺(電話でお金詐欺)被害に遭ったと発表しています。報道によれば、2022年7月、個人データを扱う会社の社員を名乗る男から「サイトの利用料金として50万円を払ってください」などと女性の携帯に電話があり、現金50万円を複数の口座に振り込んだといい、さらに、8月には警察官などを名乗る男から「あなたの携帯電話から電波が出て、仕事に損害が出た人がいる」「300万円の保険に入ればお金が戻ってくる」といった電話があり、複数回にわたり現金598万円を口座に振り込んだということです。その後、男と連絡が取れなくなったため女性が親族に相談し、被害に気づいたといいます。
- 埼玉県警幸手署は、同県幸手市の70代の無職女性が現金2,000万円をだまし取られる特殊詐欺被害に遭ったと発表しています。報道によれば、女性宅に8月30日昼、長男などを装った男の声で「病院でキャッシュカードの入ったかばんをなくした」「取引先にお金を振り込めなくなった」といった電話が数回あり、女性は翌31日午後、自宅近くの路上で上司の息子を名乗る男に現金を手渡したということです。
- 愛知県警安城署は、同県知立市の50代の会社員男性が、警察官をかたる男に現金約1,000万円と金塊約1.5キロ(時価1,245万円相当)を盗まれたと発表しています。報道によれば、男性は80代の母親と2人暮らしで、男性が外出していた9月3日昼頃、警察官をかたる女から「偽札のニュースが今話題になっている。金庫に偽札がまぎれているから確認させてほしい」と電話があり、母親が対応、訪ねてきた男に金庫の中身を確認させ、母親が目を離した隙に現金などを盗まれたということです。前述のとおり、特殊詐欺グループは事前のリサーチに力を入れており、現金と金塊を盗まれた本件も、その表れだと考えられ、警察も男らがこの家に多額の資産があることを何らかの方法で知った上で、組織的に犯行に及んだ可能性もあるとみて調べていると報じられています。
- 福岡市博多区で、80代の女性宅に、病院職員を名乗る男から、「息子さんが病院に連れてこられた」「のどに腫瘍がある」との電話があり、その後、息子の同僚を名乗る男から電話で、息子が入院することになったと告げられ、続けて「麻酔をしているから声が変わっていると思うが、息子さんと替わる」と電話を替わった息子は、「会社に迷惑をかけるわけにはいかないので、半分くらいお金を出さないといけない」「いくらくらいお金があるか」と尋ねてきたため、女性は金融機関で200万円を払い出し、昼過ぎに自宅を訪ねてきた男に、そのお金を手渡したということです。報道によれば、女性は50代の息子と同居していましたが、息子が家を不在にしていたといいます。
- 石川県警金沢西署は、金沢市内の60代男性が108万円分の電子マネーをだまし取られる架空請求被害に遭ったと発表しています。報道によれば、男性がパソコンでウェブサイトを見ていたところ、画面に「ウイルスに感染した」と表示され、画面の指示に従い、電話した先の男からセキュリティ費用として電子マネー3万円分を請求され、利用するための情報を教えたといいます。その後も「情報に間違いがあり、無効になった」などと繰り返し要求され、電子マネーの情報を伝え続けたということです。また、秋田県警大館署は、大館市内の60代男性が計45万円分の電子マネーをだまし取られる架空請求詐欺の被害に遭ったと発表しています。報道によれば、男性が勤務先で使っているパソコンに、ウイルス感染を知らせるメッセージが表示され、男性が表示された番号に電話したところ、ウイルス除去のため電子マネーを購入し、番号を画面に入力する必要があるなどと指示されたため、男性は市内のコンビニ店で電子マネーを計3回購入して利用番号を伝え、だまし取られたといことです。さらに、同じく秋田県で、大仙市内の60代男性が計17万円分の電子マネーをだまし取られる架空請求詐欺被害にあいました。同市と美郷町のコンビニ店で計2回、電子マネーを購入して利用番号を伝え、だまし取られたものですが、さらに支払いを要求された男性が、同市のコンビニ店で電子マネーを購入しようとし、不審に思ったコンビニ店員が同署に通報し、被害が判明したものです。
- 富山県警滑川署は、滑川市内の60代女性が現金計5,380万円をだまし取られる特殊詐欺被害に遭ったと発表しています。特殊詐欺の被害額としては、過去10年で最高額だということです。報道によれば、女性は、携帯電話にセキュリティ関連団体を名乗る男から、「あなたはランサムウエアを感染させた容疑者だ。被害者は90人ほどいる」などと電話があり、直後に警視庁の捜査員を名乗る別の男からも電話があり、再度、セキュリティ関連団体を名乗る男から、保険料や示談金名目で金銭が必要だと伝えられたといいます。これらを信じた女性は、金融機関のATMから複数回にわたって現金を送金したといいます。やり取りを不審に感じた女性が同署に相談し、被害が判明したものです。本件のような手口は初めてであり、最近のランサムウエア攻撃が猛威をふるっている状況から着想したものと考えられます。
- 高齢女性からキャッシュカードをだまし取ったとして、大阪府警枚方署は、無職の容疑者を詐欺の疑いで緊急逮捕しています。被害女性からの110番を受けた2分後、タクシーでコンビニ店に乗り付けた容疑者を、警戒中の署員が発見し、逮捕につなげたといいます。報道によれば、同府枚方市内の80代女性宅で、キャッシュカード4枚を詐取、その直前、女性宅には「還付金がある」「古いキャッシュカードを回収する」と電話があったといい、女性は銀行員を名乗る相手にカードを渡したが、不審に思い、午後0時半ごろに110番通報、2分後。バイクで巡回中だった枚方署地域課の男性警察官は緊急配備を受けて近くのコンビニ店に急行すると、手配の服装によく似た容疑者がタクシーで店に来たのを見つけ、店内のATMで50万円引き出したのを確認して職務質問、容疑者が女性のカードを所持していたため、関与が浮上したということです。本件では、女性が容疑者が立ち去った後、挙動や服装が不審だったと思い、110番した点、同署の署員が「受け子は犯行時にタクシーで移動することが多い。わざわざタクシーでコンビニに訪れたことなどに署員がピンときた」点など、両名のリスクセンスが働いたことで被害を防止することができたものといえます。
- 佐賀県警鳥栖署は、鳥栖市内の40代男性がSNSを利用した詐欺の被害にあい、約1億円をだまし取られたと発表しています。報道によれば、男性は、マッチングアプリで日本人と名乗る女性と知り合い、SNSで「外国為替取引をすればもうかる」などと言われ、指定された口座に17回にわたり1億435万円を振り込んだというものです。借金の相談を受けた知人の指摘で被害に気づき、男性が鳥栖署に届け出たということです。国際ロマンス詐欺の手口に似ており、その日本人版とでも言えると思います(今後、男性をターゲットとした同様の手口が増える可能性があり、外国人という設定以上にだまされるのではないかと危惧されます)。一方で、佐賀南署は、佐賀市の40代女性が外国為替証拠金取引(FX)の投資話を持ちかけられ、計約6,000万円をだまし取られたと発表しています。報道によれば、女性は、マッチングアプリで福岡市在住のシステムエンジニアを名乗る男性と知り合い、SNSなどを通じて「(自分たちの)未来のために投資をしないか」と持ちかけられたといいます(正に国際ロマンス詐欺の日本人版です)。女性は、男性の指定する投資運用サイトを通じて16の銀行口座に計20回にわたって計約6,000万円を入金していたといいます。男性とのやり取りに疑問を抱いた女性が、佐賀県警本部に相談したことから被害が発覚したものです。
- 千葉県警習志野署は、習志野市内の70代の無職女性が電話de詐欺に遭い、現金4,055万円をだまし取られたと発表しています。報道によれば、女性宅に長男を装った男から「駅でカバンをなくした。中に3,540万円の小切手や契約書、携帯電話が入っていた。上司が補填してくれるが、足りないから何とかならないか」「上司の知人がお金を取りに行く」と複数回電話があったため、女性は自宅近くの路上で計15回にわたり、上司の知人を装った男らに計4,055万円を手渡したといいます。その後、実の長男から電話があり、詐欺に気づいたというものです。
- 兵庫県警加古川署は、加古川市内の70代女性が現金約7,000万円を詐取されたと発表しています。報道によれば、女性は2022年3月頃、メールかSMSでの指示で会員制のサイトに誘導されて登録、「宝くじなどに高額当選できる。これ以上についてはポイント購入が必要」というメッセージが届き、7月にかけて金融機関を通じて600回以上にわたり、計約7,190万円を送金したというものです。
- 高齢者からだまし取った現金の「受け子」をしたとして、香川県警丸亀署は、横浜市の30代の無職の女(詐欺罪で起訴)と、東京都荒川区の女子高校生(17)を詐欺容疑で地検丸亀支部に書類送検しています。被害総額は7,992万円にのぼるといいます。報道によれば、2人は仲間と共謀し、2021年9~12月、香川、大阪、福井、愛媛各府県の80代の女性6人から現金をだまし取った疑いがもたれています。仲間が弁護士などを装い、「老人介護施設入居のための名義譲渡」と「名義貸しトラブルの解決」などの名目で金を要求し、女と女子高校生の自宅に現金を送らせていたとい、女と女子高校生は、SNSで受け子の募集に応じたということです。
栃木県内の2022年1~6月の特殊詐欺被害件数のうち、「オレオレ詐欺」が39件に急増したことが判明しています。報道によれば、1~6月の特殊詐欺の認知件数は前年同期比2件増の79件、被害額は同約2300万円増の約1億4100万円、「キャッシュカード詐欺盗」や「預貯金詐欺」が減少した一方、オレオレ詐欺が同19件増で、半数を占めたといいます。被害額は同約4,000万円増の約8,800万円、被害者は65歳以上の高齢者が9割、性別では女性が9割を占めています。栃木県警は特殊詐欺の未然防止に力を入れており、特殊詐欺を見破ってもらおうと、被害の97.5%を占める高齢者に、防犯講話などの中で「特殊詐欺被害防止検定」を実施し、2015年度以降、約2,200人が特殊詐欺に関する知識を身につけてきたといい、また、同年度に設けた「特殊詐欺被害防止コールセンター」は、計14人のオペレーターが、通報や詐欺グループから押収した名簿をもとに、どの地域にアポイント電話が集中的にかかってきているかを特定し、1日約700件、年間20万件の集中架電を行い、注意喚起を行ってきています。さらに、年2回被害を防止すると「声掛けマイスター」、年3回では「声掛けゴールドマイスター」に認定する制度を設け、銀行やコンビニエンスストアと連携した取り組みも進めているといい、2022年7月末時点で、声掛けマイスターには43人、声掛けゴールドマイスターには4人が認定されています。そのうえ、詐欺の防止に効果的な防犯機能付き電話機の設置も呼びかけ、電話機は県内21の市町で一部補助金が支給され、8市町では無料貸し出しを行っているということです。これだけの取組みを行っていても被害はなくならず、オレオレ詐欺自体は増加している点が事態の深刻さを物語っています。過去5年間のオレオレ詐欺の件数は、2017年の73件をピークに、その後は30~40件台にとどまっていたところ、今年は上回りそうな勢いにあり、全国でも2022年6月末までの暫定値で、同272件増の1,695件にのぼっています。カードをすり替える際に封筒に指紋が残り、現金を引き出す際に防犯カメラに映る可能性が高いキャッシュカード詐欺盗に比べてリスクが少なく、オレオレ詐欺にやり方を変えていったことが推測されます。
本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニエンスストア(コンビニ)や金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(最近では、これまで以上にそのような事例の報道が目立つようになってきました。また、被害防止に協力した主体もタクシー会社やその場に居合わせた一般人など多様となっており、被害防止に向けて社会全体の意識の底上げが図られつつあることを感じます)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。また、最近では、一般人が詐欺被害を防止した事例が多数報道されており、大変感心させられます。以下、コンビニの事例ですが、2022年8月30日付毎日新聞の記事「「お客様を放っておけない」2年半で13回 コンビニ、詐欺阻止の心得」で、未然防止の取組みが紹介されていますので、抜粋して引用します。
その他、コンビニの事例を紹介します。
- 「パソコンがウイルスに感染して……」。そんな理由で電子マネーのプリペイドカードを買おうとした客が「だまされている」と、ネパール出身のコンビニ店長が見抜いています。ファミリーマート津岩田店の店長タマン・ペマさんがバックヤードで荷物の整理をしていたところ、レジにいた女性店員から「10万円くらいのグーグルペイのカードを買おうとしているんですけど、大丈夫ですか」と相談され、70代の男性客から事情を聴いたといいます。「これ、何に使いますか?」「パソコンがウイルスにかかった。画面に出た番号に電話したら『3年保証で9万円必要』と言われた」「それ、絶対詐欺ですよ」といったやり取りがあったということです。報道によれば、三重県内では「電子マネー」を悪用した詐欺被害が急増しており、特に目立つのは、コンビニで電子マネーのプリペイドカードを買わせる手口で、使い方を知らない高齢者に買わせて、カードに書かれた換金のための文字列を聞き取り、電子マネーをだましとる手口が目立ち、何店舗もコンビニを回らせる場合もあるといいます。三重県内で2021年1年間で電子マネーを使った詐欺被害は14件だったところ、2022年は7月末までに既に11件発生しており、県警は県内のコンビニ大手4社の約780店舗に「未納料金を払え」「裁判になる」などのセリフがチェックリストで書かれた資料を配布し、詐欺かどうか判断できるようにしているとのことです。
- 三重県警名張署は、特殊詐欺被害を未然に防いだとして、三重県名張市松原町のファミリーマート名張松原店と店の関係者ら3人に、署長が感謝状を贈呈しています。報道によれば、電子マネーカードを購入するために市内の80代の男性が来店、福島店長ら3人が事情を聴いたところ、「パソコンのウイルスの駆除で5万円分のカードが必要」などと話したため、3人は男性が特殊詐欺被害にあいそうだと感じ、説得して購入を思いとどまらせたといいます。男性が翌日、名張署に相談し、特殊詐欺だと判明したものです。名張署管内の2022年の特殊詐欺認知件数(8月29日現在)は6件で、被害総額は約1,810万円に上っているといいます。
- 愛知県警足助署は、架空料金請求詐欺を未然に防いだとして、同県豊田市桑原町のコンビニエンスストア「セブン―イレブン豊田市稲武店」に感謝状を贈っています。報道によれば、店を訪れた50代女性がプリペイド式の電子マネー4万円分を買おうとしたものの、「マルチコピー機の扱い方が分からない」と店に応援に来ていたセブン―イレブン本部社員の中村さんに話したといいます。使い道を尋ねる中村さんに、女性は「携帯電話の料金」と回答するも、その携帯電話の画面を見ると、未払いだとする電話代の請求メールが届いていたといいます。「普通は振込用紙が届くなどしますよ」と伝え、URLも携帯電話会社のものではなく「個人の携帯電話から送信されたようで、おかしいと思った」として、「身に覚えはないが、留学中の息子が使ったのかもしれない」と不安そうな女性を、店長の森井さんと「警察に相談をした方がいい」と説得、女性は近くの御所貝津駐在所に相談して被害はなかったということです。
- 特殊詐欺被害を防いだとして、静岡県警静岡南署は、静岡市駿河区のコンビニの男性店長に感謝状を贈っています。報道によれば、来店した40代男性客が4万~5万円のプリペイド式電子マネーを複数回購入したのを不審に思い、用途を尋ねたところ、男性が「宝くじで当たった6億円を受け取るため」などと答えたことから詐欺だと気づき、110番したものです。署内で感謝状を受け取った店長は「怪しいと思ったら普段から客に声をかけている。これからは今以上にバリバリ声をかけて、少しでも被害を止めていきたい」と話しています。
- 特殊詐欺の被害を防いだとして、埼玉県警武南署は、川口市の「セブンイレブン川口青果市場入口店」の店長に感謝状を贈っています。携帯電話で話をしながらATMを操作する60代の客に声をかけ、犯人側への送金を阻止したということです。報道によれば、携帯電話で話をしながらATMを操作する男性客に気づき、男性は電話の相手に「この額を払えばいいんですね」と確認していたため、店長は詐欺を疑い、男性に「少々よろしいですか」と声をかけ、事情を聴いたといいます。送金の確定ボタンを押す寸前だったといい、男性は大手企業を名乗る「1年分の料金が未納」という内容のメールを受理したことや、記載の番号に電話をしたところ振り込みを指示されたことなどを店長に説明、店長の通報で駆けつけた警察官が特殊詐欺と断定したといいます。
- 高齢者を狙った特殊詐欺による被害を未然に防いだとして警視庁上野署は、「ローソン東上野一丁目店」を表彰し、店長に感謝状を贈呈しています。報道によれば、ATMを操作していた高齢女性が同店の従業員に「100万円を下ろしたいが(限度額の)20万円しか下ろせない」と声をかけたため、従業員は店長に相談、店長が女性から事情を聴くと「孫に100万円を準備してほしいと頼まれた」と話したため、特殊詐欺に違いないと直感した店長は「本当にお孫さんでしたか」と尋ねたものの、女性は「孫に間違いないから構わないで」と引き出した20万円を持って店を出たといいます。それでも店長は女性への説得を続け、上野署に通報。被害を防いだというものです。
- ニセ電話詐欺被害を未然に防いだとして、岐阜県警中津川署は、中津川市在住のコンビニ店員の女性に署長感謝状を贈っています。報道によれば、女性店員は、同市内のファミリーマートで、70代の女性から現金振り込みなどに使う複合機の操作方法を尋ねられたため、女性から振り込みの目的などを聞き、スマートフォンのメールを見せてもらうと「高額金を振り込む」などと記載されていたため、詐欺を疑い、店長に連絡、警察に通報して被害を未然に防止できたということです。感謝状を受け取った女性店員は「自分は疑い深いので、メールの内容からサイトを検索して詐欺だと分かった。女性を説得できて良かった」と話しています。
次に、金融機関の事例を紹介します。
- 銀行の窓口でニセ電話による架空請求詐欺の被害を防いだとして、福岡県警筑紫野署は、福岡銀行太宰府支店の課長に感謝状を贈っています。以前も窓口で対応した80代女性の異変に気付いたといいます。報道によれば、緊張した様子の女性が窓口を訪れ、聞き取れないほどの小さな声で「どうしても200万円現金で持ってかえりたい」と話していたといいます。普段とは違う女性の様子に、課長は女性から詳しく話を聞くことにし、県警から配布された詐欺防止用のアンケートの記入を促し、使用目的を聞き出すもののはっきりしなかったところ、女性が口にした製薬会社名や「コロナ」という言葉に、行内で詐欺事例の勉強会をしている課長は「普通の出金ではないな」と勘が働いたということです。
- 福岡銀行糸島支店の新人行員の平井さんが担当する窓口に、60代の男性が訪れ、「140万円を融資してくれ」と相談があり、窓口対応はまだ3回ほどしか経験がなかったものの使い道を尋ねたところ、男性は「海外にいる知人のために」と言うばかりで、1時間かけて話を聞いたといいます。その結果、男性が言う「知人」とは女性で、海外在住で出会ったのは1年前といい、「SNSでの知り合いじゃないか」と疑いはじめ、男性が「知人」と話していたのが、「彼女」に変わったところで、「だまされている」と感じたといいます。そこで上司の課長代理と交代、「SNSで知り合った女性から、私の口座に約3億7,000万円を入金したという連絡があり、証拠写真が送られてきた」と話したといいます。ネット上で取引される暗号資産の「ビットコイン」を日本円に換金するために140万円が必要とのことで、相手はSNSで「女性で国連の医師」と名乗り、「天涯孤独で身寄りがない」と訴え、資産管理を頼むふりをして、手数料を振り込ませようとしていたものでした。行員が不審に思って話をじっくり聞くことで、被害を防ぐことができた事例です。
- 特殊詐欺被害を防いだとして、和歌山県警海南署は、紀陽銀行海南東支店の業務課長と社員の女性に感謝状を贈っています。報道によれば、60代の男性が、キャッシュカードを使った振り込みの方法について相談に訪れ、女性が事情を聞くと、「フェイスブックで知り合った人から『ウクライナの友人が遺産の3億3,000万円を振り込むが、自分は受け取れないので代わりに受け取ってほしい。ただし、手数料を振り込んで』と言われた」と説明したため、不審に思った女性が課長に報告、課長は詐欺と判断、110番したものです。特殊詐欺は時事ネタを巧妙に織り交ぜることが多く、本件も「ウクライナ」を取り入れてリアリティを持たせたものといえます。
- 特殊詐欺の被害を防いだとして、大阪府警旭署は、銀行員の水馬さんと会社員の今村さんに感謝状を贈っています。高齢女性とATMとの間に強引に体をねじ込んで、操作をやめさせたということです。2人は、守口市内の無人ATMコーナーを別々に訪れたところ、焦った様子で電話しながらATMを操作する70代の女性に気づき、互いに面識はなかったものの目で合図して女性に近づき、水馬さんが女性の肩をたたいて「詐欺では」と伝えたといいます。しかし、女性は構わずに操作を続け、数字も口に出し始めたため、「振り込んでしまう」と感じた水馬さんは、女性とATMの間に割って入り、操作をやめさせたというものです。2人で女性を説得して110番したといいます。また、旭署は同日、旭区の大阪旭東郵便局員、上西さんにも感謝状を贈っています。上西さんは、店舗外のATM前で電話する70代男性に気づき、振り込みを食い止めたということです。2021年8月にも同様に高齢女性の特殊詐欺を防いでおり、感謝状は2回目だということです。
- 詐欺を未然に防いだとして、愛知県警緑署は、JAみどりの計5人に感謝状を贈っています。店内のATMで70代男性を見かけ、携帯電話で「今、着きました」と伝えていたこと、丁寧な話しぶりを不審に思い、「ATM操作でお困りのことはありませんか」と声をかけたところ、男性は、銀行員を名乗る電話の相手を信じ切っているようだったため電話を代わり、男とのやりとりから「銀行員の対応じゃない」と感じ、男性にATMの操作をやめるよう説得、警察に通報し被害を未然に防いだものです。また、豊田平戸橋郵便局には、携帯電話で「郵便局に着きました」などと通話しながらATMを操作している60代の女性に気づき、声をかけて被害を防いだといいます。特殊詐欺の前兆となる電話が管内にかかっていることを注意喚起する署からのファクスを見て警戒していたということです。
一般の方の事例を紹介します。
- 特殊詐欺の被害を未然に防いだとして、警視庁練馬署は、東京都練馬区立中学2年の門脇さん(13)に感謝状を贈呈しています。報道によれば、練馬区内の銀行で、携帯電話で通話しながらATMを操作する80代男性を目撃し、「詐欺じゃないですか」と声をかけて自ら110番通報したといい、男性は区職員を名乗る虚偽の電話を受け、現金を振り込もうとしていたということです。
- 警視庁亀有署は、警備会社「セコム」の警備員、土居さんに感謝状を贈っています。報道によれば、勤務で訪れた葛飾区内の金融機関で、携帯電話で通話しながらATMを操作する80代女性を見つけ、その場に居合わせた30代男性と声をかけ、還付金詐欺の被害を未然に防いだということです。
- 90代の母親の被害を寸前に食い止めた海南市の60代女性は「相手と対面した時の自分の違和感を信じてよかった」と話しています。報道によれば、玄関のドアが開きっぱなしになっており、玄関先には見慣れない男性用のバッグと靴があったため、胸騒ぎを抑えて居間に向かうと、金髪頭に白いワイシャツ姿の若い男が、母と話をしており、手には銀行のキャッシュカードを持っていたといいます。女性の問いかけに対し、自分のことを「私服警察官」と述べたため、警察手帳の提示を求めると、男はスマートフォンに保存した明らかに偽物とわかる画像を示したことから、疑念は確信に変わり、「カードを返してください」と言い、無我夢中で男を追い返したといいます。すぐに鍵を閉め、110番通報し、複数の顔写真の中から容疑者を絞る捜査などをへて、男は逮捕、起訴されたものです。父親が1年前に亡くなり、以来、母親は独り暮らしで、朗らかな人だったのに、事件以来「近所の人のことも信じていいのかわからなくなった」と漏らすことがあるといいます。「それくらい母は傷ついている。特殊詐欺は弱い者を狙った卑劣な犯罪で、誰でも被害に遭う可能性があると実感した」といいます。
最後に特殊詐欺対策を巡る最近の動向から、いくつか紹介します。
- 栃木県警の取組み事例については、前述しましたが、特殊詐欺の被害防止に、固定電話の留守番電話設定を活用しようと、茨城県警が呼びかけていることも報じられています。すぐに電話を取らないことで、犯人グループとの接触を減らす効果があるといい、PRのためのマスコットキャラクターも新たにつくり、啓発に力を入れているといいます。ニセ電話詐欺(特殊詐欺)対策室によると、2022年1~7月の県内のニセ電話詐欺被害者は128人(前年同期比約15%減)で、被害金額は約2億5,800万円(同約12%減)となり、全国的に急増している傾向にある中、一定程度抑制に成功しているように思われます。報道によれば、同室が2022年6月末までの被害者107人に聞き取ったところ、91人は固定電話にかかってきた電話を端緒に被害にあい、12人は留守電設定をしていたが、すぐに受話器を取ってしまい、64人は留守電機能はあったが設定していなかったといいます。さらに15人の電話には留守電機能がついておらず、留守電機能があるのに設定していなかった人の9割は、その効果を知らなかったといいます。県警は、在宅中でも留守電設定をして、知人であることを確認してから電話に出ることを勧めており、「この通話を録音させていただきます」などの警告メッセージを流す自動録音機能も抑止効果になります。栃木県警の取組みに限らず、留守電設定は特殊詐欺防止に効果があることが分かっており、全国の高齢者に向けた啓蒙活動等が急がれます。
- 京都府警と京都府立医大が共同開発した「のーさぎチェックKP3」というアプリは、使用者が特殊詐欺のだまされやすさを判定し、加害者側の思考を理解した上で対策を考える取り組みだといいます。報道によれば、開発の先頭に立ったのは、府立医大で認知神経心理学を専門とする上野大介助教で、2018年に府警と共同研究を始めて、特殊詐欺の発生事例や被害者の体験談に基づき、被害者の共通点を調べてきた成果を活用、これまでも府警と共同して、だまされやすさを判定する質問事項が印刷されたチラシや、金融機関などのATMコーナーに置くフロアマット(本コラムでも取り上げました)を考案したといいます。このアプリは、参加者はまず、(1)自分は詐欺に遭わない自信がある(2)知らない人の話によく聞き入る(3)電話が鳴ったらすぐ受話器を取るという3つの質問に回答し、2つ以上が当てはまると「詐欺被害に遭う可能性大」の判定が出る仕組みで、その上で、「犯人になってもらいます」体験をするというものです。この犯人体験は、高齢者がいる家の固定電話にかける設定で、「相手が通話を録音している」「留守番電話になっている」「相手がすぐに電話に出て世間話が始まり、相手をだませてしまう」の3パターンを体験できるようになっており、アプリを体験してもらうことで、加害者側が犯行をためらう対策法を参加者に学んでもらうのが狙いだといいます。上野助教は「自分の状況と加害者の思考を知った上で、対策してほしい」と話していますが、正に正鵠を射るもので、極めてユニークかつ実効性の高い取組みだと思われ、全国的に普及することを期待したいところです。
- 北海道警は、特殊詐欺事件にからみ、札幌市在住の高齢者約5,500人分の名簿データを押収したと発表、このうち十数人がすでに被害にあっており、道警は名簿に記載された高齢者が今後も被害にあう恐れがあるとして、戸別訪問して注意を呼びかけることにしています。こうした取り組みは道警では初めてだといいます。道警が札幌市内で発生した特殊詐欺事件を捜査する過程で、関与が疑われる人物が首都圏の名簿業者から高齢者の名簿を購入していたことが判明、道警はこの業者から名簿の電子データを押収、主に75歳以上の約5,500人分の氏名や住所、電話番号、生年月日が記載されていたといいます。名簿は複数の詐欺グループの手にわたっている可能性が高く、さらなる被害が出る恐れがあるため道警は、名簿に記載された高齢者宅を訪問して、注意喚起や被害に遭わないための助言などをしているということです。報道によれば、7月末時点の北海道内の特殊詐欺の被害総額は約7億3,000万円(183件)と、過去5年間で年間の被害額が最多だった2017年の約6億7,000万円をすでに上回り、件数も同年の307件を上回るペースで推移しているといいます。
- 特殊詐欺事件の捜査態勢を強化するため、兵庫県警が今秋、「特殊詐欺特別捜査隊」を新設する方針を固めています。同県警は、捜査力を強化し、高止まりする特殊詐欺被害に歯止めをかけたい考えです。警察庁は2021年4月、特殊詐欺犯罪に暴力団や半グレなどが関与するケースが目立つため、捜査を、知能犯罪などを担当する捜査2課から暴力団対策課に移管、これに伴い、2022年4月時点で33道府県警が担当を捜査2課から組織犯罪対策部門に移したほか、大阪府警では今春、専従部署として特殊詐欺捜査課を新設しています。一方、5県警では捜査2課に組織犯罪対策部門を移管するなど各都道府県警が対応を進めているといい、兵庫県警では、暴力団対策課などが属する刑事部組織犯罪対策局内に、専従組織を新設、所属長級警視である隊長の下、捜査2課で特殊詐欺捜査に従事していた捜査員のほか、組織犯罪捜査の経験がある捜査員ら約50人態勢とする予定だといいます。同県内の2021年の特殊詐欺被害額は12億円で、今年も上半期(1~6月)までの被害額が5億2,000万円と高止まりの状態が続いており、県警幹部は「特殊詐欺犯罪の背後には暴力団員がいるケースが多い。捜査態勢を整え、受け子や出し子だけでなく上位者への捜査を進めたい」と話しているといいます。
- 城南信用金庫が特殊詐欺から現金被害を防ぐことができる定期預金「被害ゼロ預金」の取り扱いを10月3日から始めるということです。解約しようとすると信金から大崎署に連絡が行き、署員が詐欺被害にあっていないかを確認するという仕組みで、全国初の取り組みといいます。報道によれば、100万円以上の預け入れがある70歳以上の個人が対象で、満期までの1年間に解約しようとすると大崎署員が解約理由などを聞きとった上で、詐欺が疑われる場合は店舗に駆けつけて対応に当たるもので、高齢者が詐欺グループに渡す現金を工面するのを防ごうと大崎署が発案したといいます。城南信金の川本恭治理事長は「他の金融機関でもこうした取組みが広がり、詐欺防止に役立てたら」と話しているといい、筆者としてもこのような取組みが全国に拡がることを期待したいところです。
- 電話を使った特殊詐欺の被害額が千葉県船橋市で前年を上回っている状況を踏まえ、同市と県警船橋署、船橋東署、防犯組合連合会(防連)は、NTT東日本の「AI(人工知能)を活用した特殊詐欺対策サービス」を活用し、被害の未然防止に取り組むということです。報道によれば、通話の内容を自動的に分析し、特殊詐欺の可能性がある場合には警告するというもので、市内の高齢者約20世帯に専用端末を設置してもらい、効果が確認できれば対象を増やすことを検討するとしています。NTT東のサービスは、まず家庭の電話機と接続した通話録音機能付き端末が通話の音声を録音、その音声データがクラウドへ転送され、「特殊詐欺解析サーバー」が通話の内容を解析、特殊詐欺の可能性があると判定した場合、事前に登録した親族らの電話番号やメールアドレスに注意喚起の連絡が届けられる仕組みとなっています。両署が過去のデータなどをもとに特殊詐欺対策が必要と判断した65歳以上の市民を選出し、防連に連絡。防連が意向確認を行い、利用する市民にはNTT東がサービスを提供するとしています。こちらも、最新の技術を導入した意欲的な取組みであり、成果が期待されます。
(3)薬物を巡る動向
最近の覚せい剤密輸の手口として、「貧困支援」を装い転送を依頼するというものがあるようです。SNSを通じて知り合った日本人男性に「日本の貧しい子どもに支援物資を渡してほしい」と持ちかけ、薬物の入った荷物を転送してもらうといったもので、今般、愛知県警が摘発しています。本コラムでも紹介しているとおり、以前は海外旅行中の日本人に荷物を託し薬物を日本国内に持ち込む方法が主流でしたが、コロナ禍の影響で旅行の機会が減り、代わりに郵便を利用した手口が増えたと考えられます。報道によれば、愛知県警は2022年7月、覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)の疑いで千葉県松戸市に住むナイジェリア国籍の男を逮捕、逮捕容疑は、カナダから覚せい剤約498グラム(末端価格約2,900万円)を隠した荷物を日本に密輸したというものです。名古屋税関の職員が薬物と気付き、送付先を特定するため中身を代替物にすり替えて泳がせ捜査(コントロールド・デリバリー)を展開、荷物の宛先は、名古屋市内に住む60代の日本人男性で、この男性はSNSを通じて「英国在住の女性」と知り合い、数カ月間にわたりやりとりを続けたといいます。その中で「日本の貧しい子どもを支援したい」と相談され、荷物の転送を頼まれたといい、男性は女性の指示通り、荷物を日本人の男に渡したといいます。愛知県警は受け子役の男と、最後に荷物を受け取った別のナイジェリア人の男も逮捕、一方、名古屋市の男性は受け取った荷物に覚せい剤が入っていたとは気付かず、捜査を受けて初めて事件に巻き込まれたと知ったといいます。なお、グループが宛先をナイジェリア人の男にしなかったのは、税関の目を欺くためだったとみられています。
また、最近の新たな手口として、韓国のある医院が販売している「ダイエット薬」が、日本国内では違法薬物に分類され、購入者が摘発されるケースが相次いでいるというものもあります。違法性に気付かないままの購入者も多くいるとみて、税関当局が注意を呼びかけているといいます。報道によれば、8月上旬、東京税関は埼玉県内のある住宅の捜索に着手、今年に入ってから、この住宅宛てに不審な医薬品が送られているのが何度も確認されていたためで、捜索では、台所の戸棚から数十錠の錠剤が見つかったといいます。住人の30代女性は調べに対し、錠剤は韓国の医院からネット購入した「ダイエット薬」と説明しましたが、税関が調べたところ、錠剤には「プソイドエフェドリン」という成分が10%超含まれており、この成分には食欲を減退させる効果があるものの、含有率が10%を超えれば、日本の覚せい剤取締法が輸入を禁じる「覚せい剤の原料」とみなされるのだといいます。税関関係者によると、この韓国の医院から国内に届いた同様の薬は2021年以降、全国で500件以上確認されており、購入者は30~40代の女性が中心で、多くは罪の意識がなく購入したとみられるため、税関ははがきを送り、輸入できないものだと注意を呼びかけているといいます。それでもダイエット効果を期待して繰り返し購入する人に対しては、税関が捜査に動くことがあるといい、東京税関だけでも、今年に入ってから関税法違反)輸入禁止貨物の輸入)容疑で13件を摘発しているといいます。また、これとは別に、人気キャラクターを模した覚せい剤の錠剤が出回っているようです。宮崎県警宮崎北署は、宮崎市の飲食店従業員の男を覚せい剤取締法違反(所持・使用)容疑で逮捕しています。報道によれば、錠剤は男が使う車から押収され、人気キャラクターを模した形をしていたといい、こうした錠剤が押収されるのは同県内で初めてだということです。警察は「出回ることで安易に手を出す人が増える恐れがある」としています。なお、男は「やばいものと思っていたが、覚せい剤とは思わなかった」と供述しているということです。
暴力団の関係した薬物事犯について紹介します。
- 茨城県の雑居ビルで大麻草を栽培したとして、大麻取締法違反の疑いで、六代目山口組系組員が逮捕されています。2022年7月、茨城県常総市の暴力団関係者が所有するビルの一室で大麻草65本を栽培した疑いがもたれており、「違法薬物を密売している」という情報をもとに家宅捜索をしたところ、大麻草のほか、8キロ以上の乾燥大麻を押収したということです。警視庁は組織的に密売目的の大麻を栽培していたとみているといいます。
- 海外から覚せい剤約3キロ(末端価格約1億7,700万円相当)を密輸したとして、警視庁は覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)などの疑いで、稲川会系組幹部ら5人を逮捕しています。報道によれば、「荷物を持っていただけ」「覚せい剤が入っているとは思ってもいなかった」などといずれも容疑を否認しているといいます。逮捕容疑は、何者かと共謀して7月、国際郵便で、日用品として送られた化粧品箱の中に覚せい剤計約3キロを隠し、フランスから米国経由で密輸したなどというものです。化粧品箱は覚せい剤を隠せるように底が二重になっていたといい、東京税関が7月、化粧品箱の構造に不審な点があることに気付き、荷物の中に覚せい剤が入っているのを発見したものです。警視庁が送り先の住所などを捜査し、5人が犯行に関わった疑いがあることが分かったということです。このように、新型コロナウイルスの感染拡大以降、覚せい剤を海外から手荷物として持ち込むケースが減った一方で、日用品に隠して密輸するケースが相次いでおり、警視庁が警戒を強めているといいます。
- 覚せい剤を1万円で売ったとして六代目共政会上田組幹部が逮捕されてます。報道によれば、2019年、自宅で覚せい剤約0.2グラムを1万円で人に譲り渡した疑いがもたれています。広島県警組織犯罪対策二課は、容疑者が所属する暴力団事務所を家宅捜索し、資料などを押収、容疑者は「知らない」と容疑を否認しているということです。警察は容疑者が常習的に覚せい剤の販売をしていたかどうか捜査を進めるとともに入手経路を調べているといいます。
国内の薬物事犯に関する報道から、いくつか紹介します。
- 食品の入った段ボールに乾燥大麻を隠して密輸入したとして、京都府警組織犯罪対策3課などは、大麻取締法違反(営利目的輸入)容疑で、ブラジル国籍で京都市の会社員を逮捕しています。報道によれば、8月1日、知人らと共謀し乾燥大麻約1.2キロ(末端価格約766万8,000円相当)を食品が入った段ボールに隠し、国際郵便で米国から自宅に密輸したというもので、大阪税関などによると、段ボールは約1週間後に成田空港へ到着し、陸路で関西国際空港に運ばれ、大阪税関がX線検査などで不審な影を発見し、大麻を確認、大阪税関は府警と共同捜査を行い、9月6日に関税法違反で容疑者を京都地検に告発したものです。また、東北厚生局麻薬取締部は、米国から乾燥大麻を密輸したとして、大麻取締法違反(営利目的輸入)の疑いで、青森市浪岡の広告代理業の容疑者を逮捕しています。報道によれば、逮捕容疑は、氏名不詳者らと共謀し、米国から乾燥大麻約283グラムを営利目的で輸入したというものです。さらに、青森市内で米国からの郵便物を受け取ったとして、麻薬特例法違反の疑いで、アルバイトの男も現行犯逮捕しています。函館税関は、関税法違反(禁制品輸入)などの疑いで、広告代理業の容疑者を仙台地検に告発、地検は、容疑者を大麻取締法違反(輸入)罪で、アルバイトの容疑者を麻薬特例法違反罪でそれぞれ起訴しています。
- 多量の覚せい剤を密輸しようとしたとして、神戸税関松山税関支署は、松山市の事務員の女を関税法違反の疑いで地検に告発しています。覚せい剤は約1.3キロ(末端価格約7,500万円)に上り、同支署の押収量としては過去最多といいます。報道によれば、女は何者かと共謀し、食品と偽った国際宅配貨物でメキシコから覚せい剤を密輸しようとした疑いがもたれており、覚せい剤は水に溶かされ、ジュース缶(高さ約18センチ)に隠されていたといいます。女はSNSで見つけた高額報酬をうたうバイトに申し込み、輸入代行を請け負っていたとみられています。大阪税関が、成田空港経由で入ってきた荷物を検査して発覚、合同で捜査していた県警が、覚せい剤取締法違反容疑などで逮捕しています。
- メキシコから覚せい剤約1.7キロ(末端価格約1億円)を密輸したとして、三重県警は、覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)の疑いで、いずれもボリビア国籍の派遣社員とパート従業員の妻を逮捕しています。報道によれば、2人の逮捕容疑は、国際スピード郵便で、営利目的で覚せい剤を関西空港に輸入したというもので、名古屋税関職員が中部国際郵便局に届いた荷物から、プラスチック製のボトルに隠された覚せい剤を見つけ、通報を受けた三重県警の捜査員が、県内の容疑者の友人宅に荷物が届いたのを確認、容疑者の妻が受け取りに来たのをきっかけに関与が浮上したものです。津地検は7月、容疑者を同法違反(営利目的輸入)などの罪で起訴、また8月、妻を嫌疑不十分で不起訴としています。
- 自宅で大麻を栽培したとして、大阪府警港署は、大麻取締法違反の疑いで、奈良県立高校の非常勤講師を逮捕しています。容疑者は自宅で血を流して倒れているのが見つかり、入院中に何者かが大麻を持ち去った形跡もあることから、同署は組織的な犯行の可能性もあるとみて慎重に調べているといいます。報道によれば、逮捕容疑は5月下旬、当時住んでいた大阪市港区のマンションのベランダで大麻草(11本)を栽培したというもので、5月29日未明、マンションの住人から「男が部屋の外で暴れている」などと110番があり、駆け付けた署員がエレベーターや階段に血痕があるのを発見、血は容疑者の部屋に続いており、室内で頭から血を流している容疑者と、乾燥大麻のようなものが入ったポリ袋や大麻草の加工に使う道具などが見つかったということです。部屋を家宅捜索したところ、ベランダで大麻草を植えたプランター3つを発見したが、ポリ袋はなくなっており、何者かが持ち去った可能性が高いということです。
- 2022年4月、大阪府門真市の薬局に侵入して現金を盗もうとしたとして、窃盗未遂罪などで起訴された40代の男2人が、3月にも大阪、奈良両府県の薬局で窃盗を繰り返した疑いのあることが判明しています。報道によれば、大阪府警捜査3課と門真署は起訴された被害を含む13件(総額約61万3,000円)の裏付けを進め、近く追送検する方針だといい、府警は、違法薬物の購入代や遊ぶ金欲しさに盗みを繰り返したとみているということです。
- 千葉県警第1機動隊の20代の男性巡査が同県船橋市内で職務質問を受け、その後の尿検査で大麻の陽性反応が出たということです。報道によれば、巡査は9月4日夜、船橋市のJR船橋駅近くに裸足で立っていたところを職務質問され、意識がもうろうとしていたことから病院に搬送されて尿検査を実施したところ、大麻の陽性反応が出たというものです。巡査はこの日、夏季休暇を取得していたといいます。
- 大阪府警浪速署は、兵庫県の町立小教諭の男を覚せい剤取締法違反(所持)の疑いで逮捕しています。報道によれば、教諭は2021年8月、大阪市阿倍野区内のマンションの一室で覚せい剤0.064グラムを所持していた疑いがもたれています。福崎町教育委員会は、高橋渉教育長が「教育者としてあるまじき、前代未聞の行為。誠に申し訳なく、心よりおわびする」と陳謝しています。報道によれば、教諭は同小で3~6年生の音楽を担当、熱心で特に変わった様子はなかったということです。
- 茨城県大子町の自宅で大麻を隠し持っていたとして、大子署は、町職員を大麻取締法違反(所持)の疑いで現行犯逮捕しています。報道によれば、容疑者は2020年4月から会計年度任用職員として同町町付の黒沢コミュニティセンターで勤務しており、これまで特に異常なことはなかったということです。
- 乾燥大麻を所持したとして、大阪府警大淀署は、会社員を大麻取締法違反(所持)の疑いで逮捕しています。報道によれば、容疑者は2019年から寝屋川署の警察署協議会委員と地域交通安全活動推進委員を務めており、逮捕を受けて辞職しています。タクシーの運転手が「客が酒に酔って起きない」と110番、署が容疑者を保護した際に所持品から大麻が見つかったものです。また、管理する大阪市北区のマンション一室で乾燥大麻(約20グラム)を所持した疑いも持たれています。なお、協議会委員は、警察署の業務運営に地域住民の意向を反映させるもので、府公安委員会から委嘱されていたといいます。
- 覚せい剤取締法違反(所持・使用)で起訴されたアイドルグループ「KAT―TUN」の元メンバー田中被告が、勾留先の千葉県警柏署から保釈されています。千葉地裁が8月25日に保釈を認める決定をしていたもので、地裁によると、保釈金は600万円、9月2日午前に納付が確認されたというこです。
- 福岡県警は、覚せい剤取締法違反(営利目的所持)の疑いで県内の70代男性を誤認逮捕し、同日中に釈放したと明らかにしています。男性が覚せい剤の所持を認め、簡易検査でも反応が出たものの、詳しい鑑定で覚せい剤ではないと判明したというものです。別の事件で男性宅を家宅捜索した際に白い結晶約100グラムを見つけ、簡易検査の結果などから現行犯逮捕、しかし、県警科学捜査研究所の鑑定で覚せい剤ではないことが分かり釈放したものです。また、別の違法薬物でもないことが分かったといいます。なお、県警は簡易検査に基づく現行犯逮捕は通常の手続きだと説明しています。
海外の薬物事犯等に関する最近の報道から、いくつか紹介します。
- 本コラムでも紹介しましたが、タイが大麻を合法化して2カ月が経過しました。登録した生産者は100万人を超え、自宅で大麻栽培を始める人が急増しているということです。2022年8月21日付日本経済新聞によれば、使用・販売できるのは健康や医療目的で娯楽目的は禁じられていますが、外国人旅行客の間で使用が広がる懸念があるとされます。タイ政府は6月9日、麻薬として禁止するリストから大麻を除外、20歳以上であれば届け出をするだけで大麻を栽培することを容認、幻覚作用のあるテトラヒドロカンナビノール(THC)の含有率を0.2%以下に抑えた大麻抽出物を、健康や医療目的で使用・販売できるようにする一方、娯楽目的では現在も禁止しています。保健省によると、大麻栽培を届け出る専用アプリの登録者数は15日時点で105万人に達し、アプリの閲覧回数は累計で4,631万回となり、人口約6,600万人のタイの人々の関心の高さがうかがえる状況となっています。一方、観光大国のタイが大麻を解禁したことで、多くの外国人観光客が安易に大麻を手にする懸念があり、日本のように大麻を規制する国では自国民にタイで大麻を使用しないよう呼びかけています(日本の大麻取締法は海外で大麻を所持した場合、国外犯規定が適用される場合があると定めています)。
- 米紙ワシントンポストは、南米コロンビアの左派ペトロ政権が麻薬カルテルの資金源を絶ち、流通を制御するためコカインの合法化を検討していると報じています。コロンビアは世界最大のコカイン生産国で、左派初の大統領に8月に就任したばかりのペトロ氏は「(力で抑え込む米国主導の)麻薬戦争は失敗に終わった」と断じ、発想転換を訴えているようです。同紙によると、ペトロ政権の麻薬担当高官は「もし公共の市場のようにコカインを扱えば高い利潤はうせ、麻薬密売も消滅する」と指摘、流通を政府の管理下に置く構想を明かしています。米国の一部の州やウルグアイなどでは、同じ理由で嗜好目的のマリフアナを合法化しています。
- 国連薬物犯罪事務所(UNODC)などによると、ケシから作ったアヘンの生産量は、「世界最大のアヘン生産国」アフガニスタンで2021年に約6,800トンに上っており、世界全体の86%を占める規模だといいます。アヘンはアーモンドやドライフルーツなどの輸出品の中に紛れ込ませる形で密輸され、タリバンや犯罪組織の資金源になってきたとも言われています。一方、2021年8月に発足したタリバン暫定政権は、貴重な収入源としてきたケシ栽培を禁止しましたが、その背景には、国内で薬物乱用者が増えていることも関係していると指摘されます。タリバンの指導者がケシ栽培などの禁止に踏み切ったことで、薬物使用者も減っていくだろう」と期待を示していますが、今後、ケシ栽培の禁止がどれだけ徹底されるかは不透明で、財政難にあえぐタリバン暫定政権は、戦闘員の給料を十分に払えておらず、給料を当てにせず、麻薬取引によって自活してきた一部のタリバン戦闘員にとっては、重要な資金源が断たれることを意味するほか、タリバンの支持基盤となってきた南部の農民たちからも不評を買いかねない危うさを孕んでいます。
- 2022年9月3日付ロイターの記事「アマゾン奥地で殺人急増、麻薬密売と環境犯罪が結合」は興味深いものでした。以下、抜粋して引用します。
- 全米にまん延した医療用麻薬「オピオイド」中毒を巡り、米医薬品大手ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)は、裁判所での審理が始まる前に、訴えを起こしていたニューハンプシャー州に4,050万ドルを支払うことで和解しています。同州は、ニューハンプシャー州は、J&Jなど2社が医師や患者にオピオイドを積極的に売り込み、慢性的な痛みに用いる場合の中毒性を正確に伝えず、高齢者などのぜい弱な人々を狙って利益を得たと主張しており、2022年2月にJ&Jと米医薬品卸売り大手3社が全米規模で和解(J&Jの支払い分は計260億ドル)したオピオイド訴訟には加わっていませんでした。単独で提訴する方がJ&J側から払われる金額が大きくなると踏み、2018年に同社とその傘下のヤンセン・ファーマシューティカルズを提訴していたものです。報道によれば、クリス・スヌヌ州知事は「この破壊的な商慣行が繰り返されないことを確かにするための前向きな一歩だ」との声明を出した一方、J&Jは声明では不正行為を引き続き認めず、オピオイドのマーケティングや販売促進は「適切だ」とも表明しています。さらに、ワシントン州が単独で起こしたオピオイド訴訟はまだ解決していないことなどに言及し、こうした他の関連訴訟でも不正行為はないことを主張していくとしています(ワシントン州の審理も9月に予定されていましたが、今は無期限で延期となっています)。また、オハイオ州クリーブランドの連邦地裁は、米薬局チェーンを運営するCVSとウォルグリーン、小売り大手ウォルマートの3社に対し、総額6億5,060万ドルを原告の同州レイク郡とトランブル郡へ支払うよう命じています。オピオイド訴訟で薬局運営企業が支払い命令を受けるのは初めてだといいます。薬局運営会社側は、医師の出した法的に問題のない処方箋の提出に対して責任を負うことはできないと主張しており、控訴する方針だといいます。レイク郡とトランブル郡は3社がオピオイド中毒のまん延に加担したと訴え、クリーブランド連邦地裁の陪審員団が2021年11月に原告側の主張を認める判断を示していました。2郡は支払われる資金を薬害の防止と救済に充てる見通しといいます。連邦地裁のダン・ポルスター判事は3社に対して、全額を15年かけて支払い、最初の2年分の8,670万ドルについては即時支払うよう命じたほか、3社にオピオイド乱用を防ぐ新たな取り組みを実施することも命じています。一方、アイルランドを拠点とする医薬品メーカーのエンドー・インターナショナルは、オピオイド系鎮痛薬の乱用問題を巡る訴訟に対応するため、米連邦破産法11条の適用を申請しています。本コラムでもたびたび紹介しているとおり、米国ではオピオイド乱用を招いた責任があるとして医薬品メーカーを相手取り、数千件の訴訟が起こされています。米製薬会社パーデュー・ファーマは2019年9月、オピオイド訴訟に対処するため、破産法の適用を申請しています。エンドーのブレイズ・コールマンCEOは声明で、「財務を圧迫している80億ドル以上の負債に対処し、弁護費用などが維持できないほどに上る数千件のオピオイド関連訴訟に終結への道筋を付けることで、当社は前進できる」と述べています。同社がニューヨークで提出した破産法適用申請書によると、資産と負債は10億~100億ドルだといいます。
- 2016年リオデジャネイロ五輪競泳男子100メートルバタフライを制し、シンガポール初の金メダリストとなったジョセフ・スクーリングが、兵役期間中に大会出場のため滞在したベトナムでの大麻使用を認めています。シンガポール国防省によると、検査で陽性反応は出なかったが、兵役期間中の練習や大会出場などの特別待遇は今後剥奪されるということです。報道によれば、27歳のスクーリングはリオ五輪でマイケル・フェルプス(米国)の4連覇を阻んで優勝、しかし2021年の東京五輪は予選落ちし、その後に父をがんで亡くしており、自身のSNSに「非常につらい時期を経て弱気になった」とつづっていました。
(4)テロリスクを巡る動向
本コラムでも発生以来継続して取り上げていますが、元首相銃撃事件はテロではないものの、テロ対策を考えるうえでの重要な社会的背景や問題点を提示しており、詳しく分析しておく必要があるといえます。残念ながら、本件に類似した「無差別攻撃」あるいは「テロ」が発生する土壌がすでに日本にある、つまり、いつ「無差別攻撃」や「テロ」が日本で起きてもおかしくないことを感じさせます。また、「想定外」や社会情勢の変化に対応してこなかった「不作為」がもたらした結果の重大さ、安全大国という幻想の上に胡坐をかいてきたがゆえの今後の課題の大きさも浮き彫りになっています。さらに筆者が強調しておきたいことは、今回の銃撃事件が突き付けたのは、「表現の自由」の名のもとにネット上に放置された有害情報が、むしろ言論の封殺に利用されかねないリスクが顕在化したということであり、「表現の自由」の前に思考停止してしまうことのないよう、腰を据えて取り組む必要があるということです。また、直接的に元首相を守ることができなかった警察の警備態勢の脆弱さについては厳しく検証すべきであるところ、警察庁から「警護警備に関する検証・見直しについて」と題する報告書が公表されました。以下、その内容から、抜粋して引用します。
- 奈良県警察本部及び奈良西警察署は、今回、警護上の危険について、本件事案のような、強固な殺意を有する者が、銃器等を使用して襲撃する事案を具体的に考慮しておらず、警戒の対象を聴衆の飛び出し等のより危険度が低い事案に向けていた。
- 被疑者は、本件警護に先立ち、ソーシャル・ネットワーキング・サービス上で特定の宗教団体を批判する投稿を繰り返していたとされるが、これまで、安倍元総理に危害を加えることを具体的に示唆するなどの投稿があったことは確認されておらず、奈良県警察においても、本件警護に関する個別具体的な脅威情報を把握していたものではない。
- しかし、近年は、我が国においてもインターネットを通じて、銃器等の設計図、製造方法等を容易に入手できるなど、治安上の脅威に深刻な変化が生じている。また、特定のテロ組織等との関わりがなくても、社会に対する不満を抱く個人が、インターネット上における様々な言説等に触発され、違法行為を敢行する事例も見受けられるところである。
- 警察としては、特定のテロ組織等と関わりのない個人が警護対象者に対する違法行為を敢行する可能性も見据え、各種情報収集に努めるとともに、警護対象者に関連する情勢等を収集・分析することにより、警護に活用する必要がある。また、インターネットを通じて、特定のテロ組織等と関わりのない個人が過激化し得ることや、銃器等の設計図、製造方法等に関する情報を容易に入手できる現代社会の特性を踏まえ、インターネット上の違法情報・有害情報対策、爆発物原料の調達への対策等を強化する必要があると認められる。
- 警護の強化のためには、警察庁の関与の強化にとどまらず、都道府県警察の現場における態勢を強化することも必要である。
- 警護の実施に当たっては、個々の身辺警護員等が教養訓練を通じ、警護に関する高度な能力を有していることが前提となる一方、その態勢を構築するに当たっては、特定の職員の能力のみに依存することなく、指揮官を含む警護に携わる者の能力の底上げや警護への組織的対応の拡充を通じ、組織的・重層的対応を行う必要がある。この点、警察庁としては、都道府県警察が警護に従事する者に対して、きめ細かい教養訓練の機会を提供することができるよう、警察庁が都道府県警察を指導するとともに、警護の現場全体を俯瞰する現場指揮官の育成等を行う必要があると認められる。
- 本件警護では、自民党奈良県連の関係者との連絡調整において、本件遊説場所で街頭演説をすることに伴って警護上想定される危険について具体的に考慮されることはなかった。街頭演説の予定については、選挙の情勢に応じて直前に決定されることも多いが、警護の現場及びその計画上、警戒の間隙が生じないようにするためには、警察として、制服警察官の配置、交通規制等の要否についても検討した上で、警護対象者及びその関係者と緊密な連絡を保ち、その意向を 考慮するとともに、身辺警護員等を直近に配置する必要が生じ得ること、警護対象者の後方を防護するための資機材を設置する必要があること等について、説明を尽くし、警護対象者及びその関係者の理解と協力を得る必要がある
- 警察庁が、警護を的確に実施するために必要な情報の収集、分析及び整理を行い、その結果を都道府県警察に通報する仕組みを導入する。危険度の評価は、一地方の治安情勢だけでなく、国内外の諸情勢の収集及び分析の上で行うべきものである。特に、現在、インターネットを通じて、誰もが銃器や爆発物の製造に関する情報を容易に入手でき、また、3Dプリンターを用いて銃器様の物を作成できるなど、新たな技術が警護対象者への違法行為に悪用され得るほか、特定のテロ組織等と関わりのない個人がインターネット上の情報に影響されて違法行為を敢行する事例も発生するなど、新たな脅威が生じている中で、こうした脅威については、各都道府県警察による管内の治安情勢の収集及び分析だけでは十分に把握することができない。このため、国内外のテロリズム等警護において想定すべき事態その他の警護を的確に実施するために必要な情報について、警察庁は、国家的又は全国的な見地から収集し、当該情報並びに都道府県警察における情報の収集及び分析の結果について報告を受けた内容の分析及び整理を行い、各局面における警護の重要性も含めて警護上の危険度を評価し、当該評価について都道府県警察に通報することとする。
- 警察庁が、都道府県警察において警護計画を作成する場合の基準を定める仕組みを導入する。警護計画の作成に当たっては、その前提となる危険度の評価を踏まえ、これに対応できるものとする必要があることから、警察庁による危険度の評価や警護に関する知識・経験の蓄積を、都道府県警察が作成する警護計画に反映させる必要がある。このため、警察庁は、屋内又は屋外その他の警護を実施する場所の種別、講演、視察、会合その他の警護を実施する場所における警護対象者の行動の態様、警護を実施する場所における不特定多数の者の有無その他の警護の態勢を決定するために重要な事項について、警護計画の基準を定めることとし、都道府県警察が作成する警護計画は、当該基準に適合するものでなければならないこととする
- 警察庁が、警護の指揮を行う幹部及び警護員の教養訓練に係る体系的な計画を作成するとともに、警護対象者への攻撃その他の突発事案が発生した場合における措置に関する訓練その他の高度な訓練を行うものとする。現在、警察庁及び都道府県警察において実施されている警護に関する教養訓練は、受講する職員の職務、経験及び技能に応じて体系化されているものではなく、それぞれの職員に応じて能力向上を図ることが困難であることから、警護の指揮を行う幹部及び警護員の育成のため、警察庁が、これらの教養訓練に係る体系的な計画を作成し、個々の職員がその職務、経験及び技能に応じた実践的教養訓練を受けることができるようにする。また、警察庁が、警護の指揮を行う幹部に対する教養訓練や、警護対象者への攻撃その他の突発事案が発生した場合における措置(銃声等の識別及び瞬時の回避措置を含む。)に関する訓練等の高度な教養訓練を行うとともに、都道府県警察にも上記の計画に基づく教養訓練を行わせることとし、受講者数も拡充することとする。また、警察庁は、教養訓練が円滑かつ効果的に行われるよう、所要の調整を行うこととする。例えば、現在、各道府県警察の警護の中核となる警護員に警視庁研修を受講させ、警護に従事させているところ、この派遣者数の大幅な拡充を図る。
- 警察庁が、警護の高度化に資する装備資機材に関する情報の収集を行うとともに、その開発及び導入に努めるものとする。警護において、先端技術を活用した資機材や銃器に対処するための資機材等を活用し、マンパワーの補完を図るため、警察庁が、警護の高度化に資する装備資機材に関する情報収集を行うとともに、その開発や導入に努めることとする。具体的な資機材の例は、以下のとおりである。
- 警護計画案の審査に資するため、警護の現場の状況を3D画像等で確認することを可能とする資機材
- 警護対象者への接近や攻撃を企図する者を効果的に把握するため、ドローン等の高所から警護の現場の状況を確認することを可能とする資機材
- AI技術を活用し、銃器を取り出す行為等の異常な行動や不審者を警護の現場で検知することを可能とする資機材
- 警護対象者の背面を守る防弾壁、演台の上に設置する透明な防弾衝立、対象者を避難させるための防弾シェルター等の銃器対策強化のための資機材
- 警察庁は、インターネットを通じて、誰もが銃器や爆発物の製造に関する情報を容易に入手できる状況を踏まえ、サイト管理者等に対する削除依頼をはじめとするインターネット上における違法情報・有害情報対策や、爆発物原料を容易に入手できないようにするための対策について、関係省庁・関係機関との連携を図りつつ、推進することとする。
- 今般の見直しに当たり、外国(アメリカ、イギリス、ドイツ及びフランス)の警護当局に対して調査を行い、警護に係る情報収集・分析、警護計画作成における留意事項、警護員の配置・体制、警護現場のリスクに係る評価・対策、突発事案が発生した場合の対処要領、警護実施後の見直し、教養訓練、装備資機材、警護に係る環境の整備等に関する知見を得た。今後も、外国の警護当局へ定期的に調査を行い、警護の高度化に努めることとする。また、今般の調査結果は有用なものであり、今般の見直しに当たり参考としたところ、その内容は、警護の手法等にかかわるものであることから、外国の警護当局との関係上、本報告書への直接の記載は差し控えざるを得ない
- 今後に向けて
- 警護の見直しのための具体的措置は第4のとおりであるが、これに加え、今後の警護について、特に以下の事項に留意することが必要である。
- 警護の不断の見直し
- 今般、第4に記載された措置を講ずることにより警護の高度化を図ることとしているが、今後、警護対象者への違法行為に悪用され得る技術の進展や、武器製造方法等をはじめとした警護対象者への違法行為に悪用され得る情報が更に容易に入手できるようになること等により、警護をめぐる情勢がより厳しいものとなる可能性が考えられる。このような情勢の変化に的確に対応し、警護対象者の生命及び身体の安全を確保するため、警察庁は、最新の知見を取り入れつつ、警護について不断に見直しを行う。
- 警護対象者等との更なる連携
- 現在、インターネットが普及し、誰もが警護対象者の日程を容易に入手できる環境となっている中で、警護対象者の生命及び身体の安全を確保するためには、今後、警護対象者及びその関係者との連携を一段と強化していくことが求められる。特に、警護現場においてはあらゆる場面で警護対象者に危害が発生し得ることや、警護対象者への攻撃その他の突発事案が発生した際には、警護対象者自身が危害を回避するための行動をとることが有効であることについて、警護対象者及びその関係者の理解及び協力を得ることが重要である。
- このことを踏まえ、警察庁は、警護対象者への攻撃その他の突発事案が発生した場合の対応等をはじめ、警護対象者及びその関係者との更なる連携を図る。
- 警護についての国民の理解と協力を得るための努力
- 警護の万全を期すに当たっては、警護の現場で警護員が執る様々な措置について、国民の理解と協力を得ることが不可欠であることから、今後、更に積極的かつ適切に情報発信を行うよう努める。
- 警護についての国家公安委員会への報告
- 今般、警護要則の抜本的見直し等により、各種の具体的措置を執ることとしているところ、警察庁において、これらの措置が確実に実施されているかを常に点検し、その状況について定期的に国家公安委員会に報告する。
上記では取り上げていませんが、同報告書では、演説場所が周囲360度ひらけた危険性の高い場所だったことを問題視、安倍氏の演説中に後方を警戒する警護員が誰一人いない状態が生じ、山上徹也容疑者(殺人容疑、鑑定留置中)が背後から近づいて1発目を発砲するまで接近に気づかなかったことが事件の主因であり、「最大の問題」だったと指摘しています。さらに現場には警察官十数人が配置され、安倍氏の直近には警視庁の警護員(SP)1人を含む警護員4人がおり、このうち奈良県警の1人が元々、後方の警戒を担当していたが、前方の聴衆が多かったことから別の警護員の指示で主に前方を警戒するよう変更、この際、他の警護員に後方を警戒させるなどの対応が取られず、後方に空白が生じたこと、近くには現場指揮官の県警警備課長もいて、全体の状況を見ていたが、安倍氏後方の警戒に空白が生じたことに気づかなかったことなど、報告書では「指揮官が空白に気づいて対応していれば、事件を防げた可能性が高かった」とも指摘しています。また、県警は事前の計画段階で、警護上の危険について十分な検討を行っておらず、6月に自民党の茂木幹事長が演説した際の警護計画をほぼそのまま踏襲した内容で、県警本部長らが決裁する過程でも後方の危険性は指摘されなかったことも指摘されています。本事件を受けて、警察庁は、要人警護のあり方を定めた「警護要則」を改め、8月26日から新たな警護手法を運用しています。都道府県警任せだった警護計画の策定を警察庁が主導するのが狙いで、警察庁が警護計画の基準を示すほか、都道府県警の計画を事前に審査し、修正も指示することになります。
報告書は、「近年はネットを通じて、銃器などの設計図や製造方法を容易に入手でき、治安の脅威に深刻な変化が生じている」、「ネットに触発され、特定のテロ組織と関わりのない個人が過激化しうる現代社会の特性を踏まえる必要がある」としたものの、奈良県警にこうした脅威への認識はなく、警察庁も自作武器による襲撃の危険性を都道府県警に伝えていなかったことを指摘しています。過去には、ネット上で紹介されていた設計図を基に3Dプリンターで銃を自作した事件も摘発されていますが、警察庁は、こうしたネット上の「有害情報」を抽出し、削除する仕組みの構築を検討するとし、危険性などの評価を都道府県警に通報することを見直しの柱の一つとしています。現在は爆発物への対策として、原料となり得る化学物質11品目の販売事業者に対し、大量購入者を通報するよう呼びかけていますが、警察庁はこうした枠組みを活用し、関係省庁や民間企業と連携して対策も拡充させる考えです。報道で、治安対策に詳しい東京都立大の星周一郎教授(刑事法)は「AI(人工知能)など民間の最新技術を駆使し、早期にネット上の有害情報を把握し、削除する必要がある。警察庁だけでなく関係省庁すべてが、日本で銃が自作できるという現実を直視し、違法サイトの法規制などのあり方も検討すべきだ」と話していますが、正にそのとおりだといえます。一方、警察庁は新しい部署を作って対応する方針を打ち出しましたが、マンパワーが足りるのか危惧されるところであり、今後は東京都を管轄する警視庁が果たす役割も大きくなる点も実効性という点で大きな課題となります。また、警察庁は今後、カメラ付きのドローンを積極的に活用し、高い位置からの状況把握にも力を入れるほか、AIを活用した以上行動検知システムの導入、要人を銃撃から守るための防弾ついたてや防弾ガラスの整備、警護計画の審査のため、現場で撮影した映像を3Dで再現する技術の実証実験も進めるとしています。さらに、インターネット上の銃器などの製造に関する有害情報に対するサイバーパトロールも強化する方針といいます。これらすべてが実現することは大きな前進ではありますが、一朝一夕にできるものでもなく、来年のG7サミットが一つの試金石となりそうです。この点について、報道で日本大危機管理学部の福田充教授は「テクノロジーの進化で警護環境は日々変化し、リスクが高まるなかで警護のコスト増はやむを得ない」としたうえで「予算が増えるだけで結果が伴わなければ批判は避けられず、政府は見直し内容や意義を丁寧に説明する必要もある」と指摘しています。2023年のG7サミット以降も海外要人らの来日が予定される重要イベントが続いており、高まるリスクに合わせて、警護要則や運用を今後も不断に見直していく必要があることは言うまでもありません。
以下、銃・爆発物の製造情報等に関する課題について取り上げた記事をいくつか紹介します。
隣り合わせの「銃社会」 材料調達ネットで容易に(2022年8月7日付日本経済新聞)
銃・爆発物の製造情報、SNS事業者に削除要請 警察庁、23年度から(2022年8月30日付毎日新聞)
世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に家庭を壊されたと主張する山上容疑者を支援する動きがあり、識者は「事件の正当化につながりかねない」と警鐘を鳴らしています。報道によれば、奈良地検は山上容疑者の刑事責任能力の有無を調べるため、大阪拘置所での鑑定留置を続けていますが、拘置所には現金書留での100万円を超える現金や、衣類、食料品、漫画本の差し入れが寄せられているといい、収容し切れず、一部は弁護人を通じて親族宅に届けられたといいます。ネット署名サイトの「Change.org」では、山上容疑者の減刑を嘆願する活動が続き、7,900筆を超える署名が集まっており、「事件に至る心情に同情を禁じ得ない」「彼は被害者だ」などというコメントも目立っているといいます。こうした支援の動きについて識者からは、個人的な恨みから事件を起こした容疑者の行為と、旧統一教会問題とは切り離して考えるべきだとの声が上がっています。報道で、東京未来大こども心理学部長の出口保行教授(犯罪心理学)は「容疑者に対する情状的な問題と、今回の事件の悪質性を混同して考えてはならない」と指摘、「家庭環境などに同情する意味での支援はあり得る」と前置きした上で、「そのことが、この犯罪を起こしていいと正当化することにつながってはならない」と強調していますが、筆者も正に同じ考えです。
アフガニスタンから米が撤退し、タリバン政権が復活して1年が経過しました。本件については、さまざまな視点から検証が加えられており、大変参考になります。以下、いくつか紹介します。
「侵攻後の安定、甘く見た」 米軍アフガン撤収1年 米元高官の悔悟(2022年8月29日付毎日新聞)
タリバン復権を許した、アフガン指導者の「腐敗と思い込み」 米識者(2022年8月30日付毎日新聞)
タリバン、臓器売買防止へ対策 経済危機で社会問題化―アフガン(2022年8月25日付時事通信)
経済悪化、麻薬生産拡大か 米軍撤収後、過酷さ増す生活―アフガン(2022年8月30日付時事通信)
米、薄れる国民の関心 大国間競争への傾斜加速―アフガン撤収1年(2022年8月30日付時事通信)
米軍アフガン撤収1年 中国・ロシアの増長招く(2022年8月29日付日本経済新聞)
米軍訓練の元アフガン治安要員、露や中国に雇われる恐れ=共和党(2022年8月15日付ロイター)
米軍撤退から1年、タリバンが「合法的政府」認定訴え(2022年8月31日付ロイター)
変わるメディア戦略、SNS発信の影で続く弾圧 タリバン復権1年(2022年8月15日付毎日新聞)
タリバン復権「感謝すべき」…アフガン実権1年 暫定政権が声明(2022年8月16日付読売新聞)
米国防長官「犠牲への疑問も理解」 アフガン戦争終結から1年(2022年8月31日付毎日新聞)
アフガン「タリバン復権1年」(2022年8月29日付産経新聞)
アフガンを待つのは中国「債務の罠」か シンガポール支局長 森浩(2022年8月30日付産経新聞)
アフガン再びテロ温床化も 「日本は対話促せ」元国連支援団代表(2022年8月31日付毎日新聞)
前回の本コラム(暴排トピックス2022年8月号)でも取り上げた、米による国際テロ組織アルカイダの最高指導者であるザワヒリ容疑者を殺害したことについても、いくつか関連報道がありましたので、以下、抜粋して引用します。
米の作戦「明確な内政干渉」 タリバン治安幹部インタビュー(2022年8月29日付産経新聞)
タリバン、パキスタンを非難 「米軍に上空通過を許可」(2022年9月6日付日本経済新聞)
「ザワヒリ容疑者」殺害報道の怪 イスラム思想研究者・飯山陽(2022年8月21日付産経新聞)
国際社会がアフガニスタンの支援を躊躇っている理由の一つが女性の人権尊重の約束が守られていないことが挙げられます。この点について、タリバン側からの反論も含め、いくつか記事を紹介します。
EU、タリバンに女性の人権尊重など要求 実権掌握1年で(2022年8月16日付ロイター)
タリバンに影響与えたイスラム宗派の学者 「男女は別々しかし平等」(2022年8月27日付毎日新聞)
「教育に反対する人はいない」 タリバン高等教育相インタビュー(2022年8月18日付毎日新聞)
独自に女子学校再開 タリバン反発「調査する」―アフガン(2022年9月7日付時事通信)
日本においては、2021年8月のアフガニスタン政権崩壊で日本に退避してきた98人について、出入国在留管理庁が難民認定しています。この98人は在アフガン大使館の現地職員とその家族ら18世帯だといいます。これまで日本の年間における難民認定者は2021年の74人が最多でしたが、今回すでに上回り、最多更新されることになります。日本は難民条約の解釈が厳格とされる中、今回は異例の規模となりました。アフガンではイスラム主義勢力のタリバンが全権を掌握し、外国に関係がある人などへの迫害の懸念が高まり、国外への退避者が相次いでいます。外務省などによると、これまで日本には国際協力機構(JICA)の現地職員や日本への元留学生ら約800人が退避、そのうち、大使館職員やその家族200人前後は渡航後、日本政府の生活や住居の支援を受けてきました。本件やウクライナ避難民の受け入れのように、社会的包摂の観点から、柔軟な対応をさらに推し進めていくことを期待したいところです。
また、アフガニスタンに限らず、日本においては、中東世界、イスラム諸国について十分な知識がある人は少ないと考えられます。
その他、最近のテロ・テロリスクに関する報道から、いくつか紹介します。
- アフガニスタンの首都カブールにあるロシア大使館前で、自爆テロとみられる爆発があり、AP通信などによると、大使館の職員2人が死亡し、他に4人の市民が犠牲になりました。爆発は午前11時前に発生し、ビザ申請などのために訪れていた人たちが被害にあったとみられています。過激派組織「イスラム国」(IS)が犯行を認める声明を出しています。2021年8月から権力を握るイスラム主義勢力タリバンは2022年8月、旧政権の崩壊や駐留米軍の撤退から1年になる日を祝日に設定し、戦闘員らが「米軍に勝利した日だ」などと祝いました。一方、タリバンを敵視するISの勢力による爆発事案などは散発的に発生しています。9月2日には西部ヘラート州のモスク(イスラム礼拝所)で自爆テロとみられる爆発があり、宗教指導者ら少なくとも18人が死亡しています。
- トルコのエルドアン大統領は、シリアで活動していたIS幹部のバシャル・スマイダイ容疑者をトルコ国内で逮捕したと明らかにしています。スマイダイ容疑者はイラク国籍で、ISの司法部門を統括する立場だったとされます。エルドアン氏は逮捕の日時を明らかにしていないものの、「イスタンブール検察の下、司法手続きが行われている」と述べています。治安当局が拘束した際、スマイダイ容疑者は変装し、偽の身分証明書を所持していたといいます。
- アフガニスタン国境に近いパキスタン北西部で、同国の地方議員や兵士らを対象にしたテロが相次いでいます。少なくとも一部は、パキスタンのイスラム武装勢力「パキスタンのタリバン運動(TTP)」が関与しているとみられています。TTPはアフガンを制圧したイスラム主義組織タリバンを支持する勢力で、パキスタン側とTTPが進めてきた和平プロセスは揺らぎ始めています。報道によれば、タリバンは2021年8月にカブールを攻略してから、アフガンで服役していたTTPの戦闘員を多数、解放してきたといいます。タリバンとTTPは作戦面で連携しており、両組織に事実上、重複して所属する戦闘員も多いとみられています。パキスタンの軍事専門家の一人は、アフガン駐留米軍が2021年に撤収した後、この地域の武装組織が米国という共通の敵を失い、足並みが乱れてきたと推測、米軍を追い出してアフガンを制圧したタリバンの「勝利」をみて、TTPのような組織もパキスタンなどで「同じことができると考えるようになった」と指摘しています。
- タイ南部ヤラ県などで8月16日深夜から17日未明にかけ、コンビニエンスストアやガソリンスタンドなど少なくとも17か所で爆発があり、タイ警察によると、少なくとも7人が負傷しています。タイ南部では、分離独立を求めるイスラム武装勢力のテロが頻発していますが、犯行声明は出ていないようです。爆発があったのは、ヤラ県のほかパッターニ県とナラティワート県で、いずれもイスラム武装勢力のテロが多い地域だとされます。南部のこれらの地域では2004年以降、銃撃や爆発などで7,300人以上が死亡しています。
- 英作家サルマン・ラシュディ氏が米東部ニューヨーク州で男に刃物で襲撃された事件で、殺人未遂などの疑いで訴追されたヘイディ・マタール容疑者が、イランの最高指導者だった故ホメイニ師について「尊敬している。偉大な人物だ」と述べているようです。ホメイニ師は1989年、ラシュディ氏の小説「悪魔の詩」がイスラム教を冒涜しているとして同氏に対して一方的に死刑宣告しています。マタール容疑者は、今回の襲撃が死刑宣告に触発されたものかどうかについては明言しませんでしたが、容疑者はラシュディ氏について「イスラム教を攻撃した人物」だと批判、一方で「悪魔の詩」に関しては「数ページ読んだだけ」だと述べています。
- 6年前に仏南部ニースで86人が犠牲になったトラックによるテロ事件の初公判が9月5日から始まっています。実行した男は警察との銃撃戦で射殺され、裁かれる被告は武器の調達に協力したとされる男ら8人で、被害者や遺族らは真相の解明を求めるものの、テロ計画を直接知っていた被告はいないとされ、困難が予想されています。事件は2016年7月14日夜、地中海沿いの観光地「プロムナード・デ・ザングレ」で起きました。花火の見物客にトラックが突っ込み、15人の子どもを含む86人が亡くなり、400人以上が負傷したものです。初公判はパリ市内の最高裁判所内の特別法廷で行われ、被告の身元などが確認されました。公判は被害者と認められた少なくとも850人の市民のうち200人以上が証言するなど64日間続き、12月に判決が出る予定といいます。仏メディアによると、8人の被告はいずれも、実行したチュニジア人の男がイスラム過激派の思想に傾倒していることは知っていたとされる一方、具体的なテロ計画を把握していた証拠は見つかっていないといい、1人は逃亡先のチュニジアで拘束されており、出廷しないまま判決を迎える可能性もあります。
(5)犯罪インフラを巡る動向
徳島県警徳島中央署は、インターネットバンキングによる不正送金の被害を未然に防いだとして、JA徳島市多家良支所に感謝状を贈呈しています。ネットバンキングは金融機関やATMに行かなくてもスマートフォンやパソコンで残高照会や振り込みができる一方、今回の事例では、利用者は自身が知らないうちに登録されていたといい、不正送金を目的とした新たな手口の犯行とみられます。報道によれば、徳島市内の70代男性の自宅に市役所職員を名乗る男から「保険料の払い戻しがある」と電話があり、その後、JAの職員をかたる別の男から電話で「払い戻しに必要」と伝えられ、男性は自身の口座番号と支店番号、暗証番号を伝えたといいます。男性は不審に思い、翌日、多家良支所に電話で連絡したところ、自身は手続きをしたことがないネットバンキングに登録されていたことを知ったといいます。スマホなどからネットバンキングに新たな口座を開設するには、運転免許証や顔写真付きのマイナンバーカードなどの本人確認書類が必要になるところ、今ある口座をネットバンキングに登録する場合は口座番号や支店番号、暗証番号、氏名を専用のアプリやサイトに入力するだけで手続きできる点が悪用されたものと考えられます。自分の知らないところで勝手に口座が開設され、不正使用されるリスクが高い(犯罪インフラを提供することになりかねない)ものであり、場合によっては誰がその口座を開設しコントロールしているのかも分かりにくいものともいえ、その手口を周知し、注意を喚起することが急務です。
無価値の商品を後払いで買わせて現金を融通する「後払い商法」で違法な利息を受け取ったとして、警視庁は、韓国籍で職業不詳の男ら男女10人を出資法違反(超高金利など)容疑で逮捕しています。報道によれば、男らは2020年9月~2021年11月、豊島区の事務所で、香川県の30代の会社員男性ら男女計10人に計161万7,000円を貸し付け、法定金利の34~139倍の利息計152万6,000円を受け取った疑いがもたれています。男らは五つのサイトを運営し、「最短5分で現金を調達」などと宣伝、無価値の情報商材をダウンロードさせた後、この商材に関する口コミを投稿させ、宣伝報酬名目で現金を振り込んでいたといいます。その後、商材代金として高額な利息を付けた形で現金を回収していたものです。警視庁は、男を中心とするグループが2020年9月以降、全国の男女約7,400人に計5億2,000万円を貸し付け、計2億8,000万円の利息を違法に得たとみています。
「闇バイト」など特殊詐欺に関連するキーワードで検索すると、「そのバイト ダメです!」といった警告をする広告が表示され、加害防止の啓発サイトに誘導するというターゲティング広告を東京都が開始しています。特殊詐欺の求人に若者が応募するのを防ぐ目的があり、「若者の犯罪インフラ化」を阻止し、特殊詐欺被害を減らしていくための取り組みとして注目されます。都内在住のおおむね15~39歳が対象で、検索エンジンのヤフーやグーグル、SNSのツイッターやインスタグラムで、「高時給」や「受け」「出し」などの言葉を使うと、動画広告を表示するものです。啓発サイトでは、犯罪に加担させる典型的な求人内容や警視庁などの相談窓口を紹介しています。ターゲティング広告の「犯罪インフラ化」が問題となっているところ、ターゲティング広告が「犯罪抑止インフラ」として機能することを期待したいところです。警視庁によると、2022年上半期の特殊詐欺の検挙人員のうち10~30代は83.0%(357人)を占めているといいます。都の担当者は(本コラムでもたびたび紹介している内容ですが)「詐欺グループはバイトと称して身分証明書を提出させ、辞めたくなっても逃げられなくする。若者が不審な勧誘に接触する前に踏みとどまらせる対策が必要だ」と話しています。
違法な性風俗店の売り上げと知りながら収益を得たとして、大阪府警保安課は、組織犯罪処罰法違反の疑いで、東京都府中市の会社役員(中国籍)を逮捕しています。報道によれば、性風俗店の売り上げが電子決済の利用料名目などを装い、コンビニの収納代行サービスを通じ容疑者に送金されていたということです。府警は犯罪の収益を隠そうとしたとみて調べています。逮捕容疑は2021年11~12月、別の性風俗店の従業員から、売春で得た犯罪収益と知りながら約13万円を受け取ったというもので、容疑者が経営する会社の口座には、2021年11月下旬~12月上旬に3,300万円以上の入金があったといい、府警は各地から売春の斡旋による収益を集めていたとみて詳しく調べているということです。そもそも、犯罪収益と知りながらの移転ですので、マネー・ローンダリングの手口としても認識する必要があるほか、コンビニの収納代行サービスの犯罪インフラ化の例として、今後、注意が必要だと思われます。
経済安全保障の問題は、企業活動のさまざまな脆弱性が相手国を利する形となっています。経済スパイの問題もこれまであまり表面化せず、大きな問題となってきませんでしたが、実は企業にとって認識すべきリスクの一つとなっています。本コラムでもたびたび取り上げていますが、先端技術の情報流出を防ぐため、警視庁公安部が国内の企業にスパイの「手口」を伝える活動を強化しています。経済安全保障対策の一環で、2021年はロシアのスパイが接触した企業に注意を促し、情報流出を防いでいます。摘発前に企業に通報し、漏えい防止するのは異例のことですが、同庁幹部は「マインドが変わってきた」と強調、今後も摘発との両輪で進める考えで、警察のスパイ対策は転換点を迎えているといえます。公安部によると、ロシアのスパイは対外情報庁(SVR)や軍参謀本部情報総局(GRU)に所属、下調べをした上で偶然を装って標的に接触し、仕事の悩みなどを話して親交を深めた上で、情報を引き出していくのが常とう手段だといいます。正に小説の世界のとおり、外交官や政府職員の身分を隠れみのに活動しており、摘発には時間がかかったり、不逮捕特権の壁に阻まれたりすることもあるようです。実際、公安部は2020年、営業秘密を不正に漏らしたとして、ソフトバンク元部長を不正競争防止法違反容疑で逮捕しましたが、教唆が疑われた通商代表部の元外交官については、聴取要請に応じず出国したため書類送検し、捜査を終結した経緯があります。また、経済安全保障の観点では、総務省が、来年度からスマートフォンアプリの不正機能を検証する方針を明らかにしたことももっと注目されてよい取組みだといえます。2023年度予算案の概算要求に関連費用として10億円を盛り込み、利用者の意図に反して情報が外部に送信されていないかなどを調べるというものです。スマホアプリを巡っては、最近でも中国のIT大手「バイトダンス」が運営する「TikTok」が利用者の入力した文字などの情報を外部に無断送信している可能性などが指摘され、米国や英国などでは警戒感が広がっているところです。寺田総務相は「特定のアプリを念頭に置いているものではない」とした上で「セキュリティ上の懸念が生じるということもありうるということに備え、様々なアプリの挙動の検証をする」と述べ、アプリの技術的な解析や、どういった情報を外部に送信しているかの実態を調査する方針を示しています。
さらに、経済安全保障の問題の一つに留学生への対応(軍事転用技術への対応)も深刻化しています。政府は、研究力向上などを目的に外国人留学生受け入れの強化を打ち出している。そんな中、軍事転用の恐れがある技術の海外流出を規制する「外国為替及び外国貿易法(外為法)」の規定が複雑で判断が難しいケースもあることから、留学生が学ぶ大学などは慎重な対応を迫られている事態になっています。外為法は、海外に特定の技術を提供する場合、技術を持つ企業などは国から許可を得る必要があると定めています。当時の規定では、6カ月以上の日本居住歴がある外国人については、許可は不要でした。技術流出に関して、大学や研究機関を取り巻く環境は厳しくなっており、外為法に基づき国は規制の対象となる技術をリスト化(リスト規制)、リストにない技術でも、「大量破壊兵器などの開発につながる懸念がある」「特定の外国企業などに在籍する相手に提供する」場合は規制対象となる可能性がある(キャッチオール規制)とされ、キャッチオール規制により、授業などで扱う技術がリストになかったとしても、留学生を受け入れる大学は軍事転用の可能性がないか見極めを迫られる形となりました。実際のところ、経産省によると、研究現場では技術流出につながりかねない「ヒヤリ・ハット事例」が確認されているといいます。研究情報の流出が外国の大学からの問い合わせによって判明したり、日本で学び他国で研究者となった元留学生に規制対象かどうかを確認しないまま研究情報が提供されたりしたとされます。報道によれば、経産省省関係者は「ある大学の技術管理担当者にサイバー攻撃が仕掛けられたこともあった」と説明しています。報道で佐藤丙午・拓殖大教授(安全保障論)は、かつて国立大が核開発への関与が疑われる海外の研究機関から留学生を受け入れ、原子力技術の研究をさせていた事例を挙げ「技術流出が問題化し、留学生の人権に配慮しつつも外為法の改正が進んだ。留学生の受け入れは積極的に進める必要はあるが、大学が技術管理のリスクを減らすことに協力するのは重要だ」と指摘、また「情報管理には、政府が研究者個人の背景などをチェックするシステムが望ましいが、個人情報を政府に渡すことへの抵抗感がネックになると思う」としています。
なお、経済安全保障の問題については、直近では、2022年9月4日付読売新聞の記事「【先端技術巡る攻防】経済のアキレス腱なくせ…明星大教授 細川昌彦氏 67」が、その背景や今後の取るべき対応など、よくまとまっていますので、以下、抜粋して引用します。
経済産業省は電子商取引(EC)サイトでのクレジットカードの不正利用防止に向け、購入者がカード所有者本人であることを複数手段で認証する国際的なシステム規格の導入義務化を検討すると報じられています。日本クレジット協会によると、国内で発行したクレジットカードの不正利用の被害額は2021年に過去最高の330億円に上り、このうち94%がカード番号の盗用による被害で、セキュリティ対策が脆弱なカード会社の加盟事業者やECサイトが狙われやすい傾向があるといい、対応を急ぐ必要があります。また、海外より遅れているキャッシュレス決済を広げるため、カードを安全に使える環境を整備する必要があります。導入の義務づけを検討するのは「EMV-3Dセキュア」と呼ぶ本人認証サービス規格で、VISAやマスターなど国際ブランド6社でつくる団体が2016年から提供しています。ECサイトで購入する際、カード所有者本人であることを確認するため、パスワードの入力など複数の認証をはさみ、セキュリティ効果を高めており、この認証サービス規格を導入したECサイトで決済を進めると、カード会社側には利用者のカード情報に加えて、利用者の端末のインターネット上の住所に当たる「IPアドレス」などの情報が届けられ、情報に基づいてカード会社が怪しい決済だと判定した場合、利用者にメールで伝えるワンタイムパスワードの入力を求めたり、利用者が事前に設定したパスワードの入力を求めたりするなど、不正を防ぐ仕組みも採用しているものです。複数認証は決済時に毎回パスワードを入力しなければならず、利用者が煩わしいと感じて手続きの途中で購入を取りやめる「かご落ち」の懸念もある一方、クレジットカードの不正利用の被害拡大を受け、経産省は複数認証システムの導入が急務だと判断したものです。関連して、メルカリが、2021年末から急増したクレジットカードの不正利用被害について、前述した、決済時にカード会社が推奨する最新の本人認証サービス(EMV-3Dセキュア)を導入した効果で、2022年7月以降の月間被害額が2021年12月比約9割減となったと明らかにしています。クレジットカードの不正利用をめぐっては、カード会社はECサイトが決済時に適切な本人認証を行っていないと判断すると被害弁済をECサイトに求めるため、対策が急務となっています。メルカリは運営するフリマサービス「メルカリ」でEMV-3Dセキュア導入を2022年2月に開始し、同月には2021年12月比4分の1に減少、7月にスマートフォン向けアプリでの対応完了後は同約1割と、9割減になったといいます。同社はクレカ不正利用で、2022年1~6月に23億円を補填額として計上するなど、影響を受けていました。前述したとおり、決済時の本人認証の強化は入力回数の増加につながり、消費者が手間を感じて買い物そのものをやめる「かご落ち」が起きて売り上げ減少につながるとされ、EC事業者は導入に後ろ向きですが、メルカリの担当者は、EMV-3Dセキュア導入によるかご落ちの影響は決済完了金額ベースで2~3%程度の減少と「軽微にとどまっている」とし、導入の効果を強調しています。
サイバー攻撃への対応の脆弱性が犯罪を助長している側面がある(犯罪インフラ化)と本コラムでは継続的に注意喚起しているところですが、直近でも、以下のような報道がありました。
- 2022年8月19日付日本経済新聞によれば、部品会社などでサプライチェーン(供給網)へのサイバー攻撃対策を強化する動きが広がる中、抜き打ちで取引先の脆弱性を検査するデロイトトーマツグループは2022年初から7月までの依頼数がすでに2021年1年間の2倍に増えたと報じられています。また、米パロアルトネットワークスもソフトの脆弱性などをチェックするサービスの引き合いが数十倍に拡大しているといいます。トヨタ自動車の工場停止などをきっかけに中小企業などでも対応が加速している状況にあるようです。例えば、今年5月、外部のセキュリティ調査を実施できるツールを導入した大手金融機関では、自社に勘定系システムなどを納入するIT企業2社のサーバーなどにそれぞれ100個超の脆弱性がある疑いが浮上したことが発覚したといいます。また、デロイトトーマツグループでは供給網の調査を請け負う件数が急増、「大手製造業が1~2次の比較的大きな取引先に実行しているほか、数百社を調査する例もあるようです。検査には「アタック・サーフェイス・マネジメント(ASM)」と呼ばれる手法が用いられ、インターネットにつながったIT機器から情報を収集し、誤った設定がされていないか、ソフトウエアに脆弱性がないかなどを調査するもので、自社のIT資産の管理に利用するのが一般的であるものの、公開情報を利用しているため他社にも事前許可なしで調査を実行できるとされます。報道でサイバーディフェンス研究所の名和利男専務理事は「元請けから対策を求めるだけでなく、同業者間でノウハウを共有することが必要だ」と指摘、対策リソースの乏しい中小企業では負担を分散する多角的な支援も重要になるといえます。
- トレンドマイクロはサイバーセキュリティの防衛体制について企業の自己評価を聞き取りした調査結果をまとめところ、社内のシステムの脆弱性についての対応を聞いた質問で日本の評価点は世界で最低水準だったということです。社内のサイバー防衛の体制などについて聞き取りし、10点満点で評価、日本はサイバー攻撃の糸口となる脆弱性の修正について2.86点と、欧州の6.6点、北米地域の5.88点と比べて突出して低く、アジア太平洋地域の4.03点、中南米の3.57点をも下回る結果となりました。2021年末に発見されたログ管理ソフト「Apache Log4j」の脆弱性への対応がその一例で、セキュリティ企業に「最悪レベル」と評価された深刻な脆弱性だったが、日本企業の対応は鈍く、トレンドマイクロの提供したツールを利用してこの脆弱性を発見した企業のうち、日本で対策をとったのは41%にとどまったということです。一方、米国は68%で世界平均は60%でした。防衛体制全体の評価でみると日本は29カ国・地域中9位となりました。事業継続計画(BCP)の一環にサイバー攻撃への対応を組み込んでいる点や各地のプライバシー規制に沿った取り組みをしている点は高く評価されています。
- 日本の主要企業の社員が設定するパスワードの多くが脆弱であることがわかりました。漏洩したパスワード約25,000件について日本経済新聞が調査したところ、64%が推測されやすい設定だったと報じられています。「12345」や「password」といった文字列や名前を使ったもの多く、社員個人が複雑なパスワードを多数管理することには限界もあり、企業の対策が求められることになります。セキュリティ企業のGMOサイバーセキュリティ byイエラエの協力を得て、ドメイン情報などをもとに連結売上高上位100社についてダークウェブ(闇サイト群)などに2008年から2022年ごろにかけて流出した社員のパスワード約25,000件を収集、パスワード管理ツールの米サイバーシステムズが提供するサービスを使い、パスワードの強度を4段階で判定(強度は文字数や文字の種類が少なかったり、良く知られた言葉や既に流出しているパスワードと同じ言葉を利用していたりすると低くなる仕組み)したところ、64%にあたる16,275件はほぼ確実に攻撃者に推測されてしまう「不可」と判定されています。攻撃の成功確率が5割未満の「可」は4,393件、成功確率4分の1未満の「良」は4,405件。攻撃が原則不可能な「優」は173件しかなかったということです。7割の漏洩パスワードが「不可」だったあるIT企業のセキュリティ担当者は「個人が利用するネットサービスが増えるにつれて、パスワードの単純化や使いまわしが進んでいる」と危惧しているものの、社内のシステムで強力なパスワードを強制することも可能とはいえ「複雑なパスワードを嫌う社員も多い」というのが実態のようです。また、2要素認証も鉄壁ではなく、米政府は2021年、通信会社をだましてワンタイムパスワードを盗み出す事件を1,611件覚知、2018~2020年の年平均の約15倍にも上ったといいます。報道で、企業のサイバー防衛に詳しい山岡裕明弁護士は「2要素認証に頼りきって、パスワードを単純にする社員もいる」と弊害も指摘しています。そのような中、生体認証に大きな期待が寄せられているようです。
- 米セキュリティ会社のコーブウエアはランサムウエア(身代金要求型ウイルス)の被害企業の身代金の支払額の中央値が2022年4~6月、前四半期の51%減の36,360ドル(約500万円)だったとする調査結果を公表しています。ランサムウエア集団が小規模な企業に狙いを移していることが背景にあるといい、身代金の減少傾向は今年に入ってから続いているということです。2021年9~12月と比較すると、身代金の中央値は69%減少しているといい、身代金の平均額は極端に高額な支払いが少数あったため、前四半期から8%増の228,125ドルだったところ、2021年9~12月と比較すると29%減っていることが分かりました。同社は「ランサムウエアを扱う集団は地政学的な圧力や法執行機関から注目を集める攻撃に慎重になっている」と指摘しています。また「高額の身代金を要求された大企業が交渉を拒否する傾向も出てきた」といいます。2021年は米国の石油パイプライン最大手コロニアル・パイプラインなどへの攻撃が相次ぎ、ロシアの犯罪集団の関与が浮上したことを受け、バイデン米大統領はロシアのプーチン大統領に取り締まりの強化を求めています。
- 松野官房長官は、9月6日夕方にデジタル庁が所管する行政オンラインサイト「e-Gov」など、総務省、文部科学省、宮内庁の4省庁計23サイトと、総務省の関連団体が運営する地方税ポータルサイト「eLTAX」が、DDoS攻撃にあい、一時閲覧できなくなったと明らかにしています。復旧措置を講じ、6日夜には閲覧可能になったといいますが、情報漏えいは現時点で確認されていません。また、複数の民間企業のサイトで障害があったことも明らかにしています。本件については、ロシアを支援しているとされるハッカー集団「キルネット」を名乗るアカウントが、通信アプリ「テレグラム」で犯行を示唆する投稿をしています。さらに、「キルネット」は9月7日夜、日本へのサイバー攻撃を継続する新たな声明を出しました。報道によれば、「キルネット」は投稿で千島列島に言及、北方領土の元島民らによる「ビザなし交流」などの日本との合意をロシア政府が破棄したことを巡り、日本政府を攻撃した可能性が考えられます。「キルネット」は政治的思想を掲げて活動する「ハクティビスト」と呼ばれるハッカー集団で、ロシアのウクライナ侵攻を支持する姿勢を示して西側諸国の企業や政府機関に相次いで攻撃を仕掛けています。なお、ウクライナ侵攻後にはロシア系サイバー犯罪集団「コンティ」が同国政府支持を一時打ち出していますが、「キルネット」もルーマニアやイタリアの政府系サイトを攻撃したとされ、ウクライナ支援国を狙う活動が活発化しています。ネット上で活動するセキュリティ研究者「サイバーノウ」は同様にロシアのウクライナ侵攻を後押しする43のサイバー攻撃集団を確認しているといいます。米マイクロソフトが6月に出したレポートによると、ロシアはウクライナを支援する42カ国、128の組織に情報窃取などを狙う攻撃をしかけたとみられています(組織の半数は政府機関だったといいます)。米国や英国、オーストラリアなどの各国政府当局は2022年4月、ロシア政府やロシア系サイバー集団の攻撃が増える可能性を指摘し、起きうる攻撃の詳細と取るべき対策を記した共同勧告を出していました。政府サイトへのDDoS攻撃は常とう手段で、ロシアのウクライナ侵攻を巡って両国が被害を受けたほか、8月にはペロシ米下院議長の訪台時に台湾当局の各種サイトが閲覧しづらくなっています。ただし、専門家は、「今後も攻撃が続く可能性があるが、DDoS攻撃ではサイト内の情報が盗み取られるわけではない。冷静な対応が必要だ」としており、(業務が一時的に滞る可能性はあるものの致命的な損害を被る性質のものではないという点で)正にそのとおりだといえます。
- ロシアが拠点とみられる世界最大のサイバー犯罪集団「ロックビット3.0」の幹部が共同通信のインタビューに応じ(かなり異例のことです)、「100人以上の仲間がいる」と述べ、その中に複数の日本人ハッカーがいると主張、日本人の協力者をさらに増やすと語っています。報道によれば、全世界でこれまで2,000以上の企業や団体、15,000人以上の個人に被害を与えたとしています。企業や団体の機密情報や個人情報を暗号化し、復元と引き換えに金銭を要求、要求に応じなければ機密情報などを公表すると脅迫するランサムウエア攻撃が行われており、2021年、徳島県のつるぎ町立半田病院を攻撃し、通常診療を停止させた事例は記憶に新しいところです。日本人ハッカーの増員に成功すれば、日本の企業や団体を狙った攻撃が一段と凶悪化する可能性があり、大変危惧されるところです。なお、幹部はロックビットについて「金銭を目的とした、完全に非政治的な組織だ」と説明しています。
- 国家主体のサイバー攻撃という点では、海外の動向となりますが、中国のサイバーセキュリティを担う国家コンピューターウイルス緊急対応センターは、西北工業大学が受けていたサイバー攻撃について、米国家安全保障局(NSA)傘下の機関が実施したとする報告書を発表しています。1万回以上のサイバー攻撃により、大量の情報が盗まれたというものです。西北工業大学は、中国の兵器の研究開発や人材育成に深く関わる大学として知られており、同大学は2022年6月、コンピューターを乗っ取る「トロイの木馬」プログラムが教師や学生宛てに送られ、個人情報などが盗まれる被害を受けたと発表していました。緊急対応センターと民間企業が共同で行った調査によると、サイバー攻撃はNSA傘下の極秘チーム「特注アクセス作戦室」(TAO)によるもので、日本や韓国など17カ国のサーバーを経由する形で行われていたといいます。1万回以上の攻撃を受け、140ギガバイトの価値の高いデータを奪われた可能性があるということです。報告書は「TAOが攻撃を仕掛けた証拠をつかんだ。実行役は13人いる」などと指摘、サイバー攻撃の環境を整えるため、NSAが米国の通信会社と60件以上の契約を交わしているとも指摘しています。
- ロシアのウクライナ侵攻において、ハッカーが果たす役割も注目されていますが、2022年9月5日付日本経済新聞の記事「最前線はサイバー空間、ウクライナハッカーの戦い」もそのあたりにスポットを当てており、一般人の情報戦への参加の状況など、大変興味深いものです。以下、抜粋して引用します。
国家主体のサイバー攻撃への対応、すなわり「サイバー防衛」に官民挙げて本格的に取り組むべき状況となっています。ウクライナ侵略開始8日前の2022年2月16日午前、岸田首相の地元・広島で突如、サーバーに大量のデータを送りつけてシステムを使用不能にしようとする「DDoS攻撃」が始まっていました。報道によれば、県庁や全23市町への攻撃は30分~1時間ごとに3月5日まで繰り返され、ウェブサイトへの接続は不安定な状況が続いたといいます。2月以降、地方自治体や企業を狙ったサイバー攻撃が国内で多発していることは本コラムでも取り上げてきたとおりですが、帝国データバンクによる3月の緊急調査(国内1,547社)では、3割の企業が「1か月以内に攻撃を受けた」と回答しています。サイバー専門家の間では「タイミング的にもロシアが関与した可能性がある」との見方がくすぶっています。一方、台湾有事では、開戦前からサイバー攻撃や情報戦を組み合わせた「ハイブリッド戦」が想定され、すでに日本への「初手」は打たれているとの見方もあります。報道によれば、防衛省関係者は「重要インフラのシステムにはマルウェア(悪意あるプログラム)が仕込まれている」と危惧しています。日中の緊張が高まれば発動し、電力、水道などに重大な影響を与える事態が想定されるところです。報道でサイバー分野に詳しい手塚悟慶大教授は「ウクライナが受けたサイバー攻撃に、現状で日本は耐えられない。台湾有事が起きて日本の電力が落ちた時に気がついても手遅れだ」と語っており、日本のサイバー防衛レベルの低さが深刻であることを示しています。ウクライナでは侵略前からいくつものウイルスが仕掛けられ、米IT企業や米軍などはサイバー防御に協力しましたが、台湾有事でも同様に、米国が日本への支援を買って出る可能性があるものの、政府は「同盟国とはいえ、他国にシステムの脆弱性をさらすことは難しい」として消極的であり、実効性を高めるための取り組みの困難さが分かります。ハイブリッド戦で想定される情報戦では、宇宙からの偵察、サイバーや電磁波による情報収集や防御が鍵を握るとされます。(本コラムでも取り上げたとおり)ウクライナ侵攻では、米国がこうした手法で得た機密情報を戦略的に開示し、ロシアの偽情報を否定することで、情報戦で優位に立った経緯があります。日本は特にサイバーで出遅れが指摘されており、能力の底上げが喫緊の課題だといえます。なお、今後の対処では法体系が大きな壁となります。インターネット通信を第三者から守る「通信の秘密」は憲法で保障されており、積極的な通信の監視や攻撃の発信源特定は困難であり、攻撃元のサーバーに侵入する行為は不正アクセス禁止法に抵触する恐れがあります。このように、サイバー分野で国の役割や権限などを定める法整備が不可欠だといえます。国内では、重要インフラに甚大な被害を与えるサイバー攻撃が迫っているとの危機感は広がっていないことが最も深刻な問題であり、対処を急がないと、取り返しのつかない事態が待っていることを、国民はもっと認識する必要があります。関連して、外務省は2023年度予算の概算要求で、「情報戦」への対応を強化する方針を示しています。ウクライナ情勢に関し、ロシアの侵攻を正当化するような誤った情報がSNSで流れるなどしており、人工知能(AI)を使用した情報収集・分析に取り組む方針です。概算要求では「情報戦を含む『新しい戦い』への対応の強化」を柱に位置づけ、情報戦への構えとして、「偽情報に関するAIによる情報収集・分析」を明示しました。SNSでの情報分析などの経費に5億1,000万円を新規で計上、国際情勢分析を強化するためのAI活用経費を前年度の8,000万円から大幅に増やし、3億3,000万円まで拡充することも求めています。また、サイバーセキュリティ対策の強化も挙げています。
その他、犯罪を助長するような仕組みやサービス、脆弱性など、「犯罪インフラ」に関する最近の報道から、いくつか紹介します。
ネット通販、凶器の「抜け穴」に 進まぬ規制、自治体間で差も(2022年8月22日付産経新聞)
「人=男性」? 世界に宿るバイアス、不公平の悲劇(2022年9月10日付日本経済新聞)
行動データ、個人の信用力に LINEなどAIで融資条件分析(2022年8月23日付日本経済新聞)
中ロ広げる脱ドル決済、制裁の抜け穴に 通貨秩序揺らす(2022年8月17日付日本経済新聞)
ロシア制裁は抜け穴だらけ 「原油ロンダリング」で焼け太り(2022年8月16日付産経新聞)
警察が人工衛星画像を活用 5年間で179回購入、殺人捜査も(2022年9月3日付毎日新聞)
ベールに包まれる「宇宙からの捜査の目」 プライバシー侵害の懸念も(2022年9月3日付毎日新聞)
(6)誹謗中傷/偽情報等を巡る動向
誹謗中傷対策の一環として、海外IT企業が日本での法人登記をしていないことが問題となっていますが、登記申請中だった米ツイッター社が登記を完了しています。法務省は、登記要請に従わなかった7社に対し、行政罰である過料を科すべきだと東京地裁に8月31日付で通知しています。過料通知を受けた社はこれで計14社となりました。法務省から3月以降に登記要請を受けていた48社のうち9月1日時点で、27社が登記を完了し、2社が登記を申請中で、9社が休廃業しています。これまでに米マイクロソフト、米グーグル、米メタなどが要請を受けて登記を済ませています。法務省は2021年12月、電気通信事業者として総務省に届け出ていた海外IT企業に対し、国内での登記義務を周知、2022年3月に未登記の48社に対し、登記の検討を要請し、申請の意思を示さなかった7社について6月、過料を科すべきだと通知していたものです。
本コラムでその動向を取り上げてきたとおり、ネット上の誹謗中傷に対応する法規制が整い始めています。刑法改正で中傷投稿でも懲役刑が科せられる可能性が出てきたうえ、2022年10月に施行する法改正などで問題投稿の発信者を特定する手続きも迅速になる見込みです。今後は被害者からの要求に企業側がどこまで対応するかなど、実効性が課題になるといえます。2022年8月29日付日本経済新聞の記事「ネット中傷、法の網強化 IT大手の開示対応が課題」では、そのような状況における課題について解説しています。制度面の整備にもかかわらず実効性の確保にはさまざまなハードルがあること、さらなる悪意の対応をもたらす可能性があることなど、参考になると思われますので、以下、抜粋して引用します。
宮内庁がSNSの活用を検討しています。コロナ禍で皇室の活動が制限されてきた中で、実現すれば情報発信の強化につながると期待される一方で、「炎上」などのリスクも抱えることになります。宮内庁の情報発信では、2021年10月に結婚した秋篠宮ご夫妻の長女、小室眞子さんと夫の圭さんを巡り、週刊誌やインターネット上でバッシングが相次ぎ、西村宮内庁長官が発信の在り方を「研究していきたい」と説明、庁内で議論が続いていたものです。増員要求の説明に当たった五嶋秘書課長は、「誤った情報がまるで真実かのように流布されている現状がある」として、「正しい情報を積極的に提供して国民に伝える必要があるのでは、という声も踏まえて要求した」と説明しています。報道かで、成城大の森教授(メディア史)は、SNS検討の背景について「価値観が多様化する時代に人々のニーズにどう対応するか、宮内庁が苦慮しているのだろう」と分析、「双方向性があだとなり、皇室のイメージを損なう事態も予想される。実現には困難もあるのでは」と懸念も示しています。またSNSを導入する場合、HP中心の発信とは発想を変える必要があるとして、「何を発信するのか、中身を考えることが大事だ」と強調していますが、正にそのとおりだと思われます。
インターネット上でキャラクターを使って動画配信する「バーチャル・ユーチューバー(Vチューバー)」の女性が、掲示板サイトで自分のキャラを中傷されたとしてプロバイダーに投稿者の氏名などの開示を求めた訴訟で、大阪地裁は、「キャラに向けての投稿であっても、女性の人格的利益を侵害している」として開示を命じる判決を言い渡しています。判決によると、女性は、少女のキャラを通じてユーチューブで歌やダンスを披露するなどし、ツイッターのフォロワーは100万人を超えていますが、2021年5月、女性のキャラについて投稿する掲示板で「バカ女」「母親がいないせいで精神が未熟」と書き込まれたものです。裁判官は、投稿内容は女性を一方的に侮辱する内容だと判断、「キャラをいわば衣装のようにまとって活動を行っているといえる」として、女性本人の名誉を傷つけたと認定しています。女性代理人の田中弁護士(東京弁護士会)は「裁判所はキャラクターと本人の同一性の高さを認め、誹謗中傷に厳しい判断を示した」と指摘していますが、筆者としても同感で妥当な判断だと考えます。
在日大使館や総領事館によるツイッターの日本語投稿が物議を醸すケースが相次いでいるとの報道がありました(2022年8月31日付読売新聞)。特に中国やロシアは自国の立場を声高に宣伝しており、専門家は過激な表現で世論の誘導を図っているとみており、情報の受け止め方に注意を呼びかけています。報道によれば、在大阪中国総領事館は、専門家による日米中の今後40年間の国内総生産(GDP)の予測に関する記事を引用して投稿し、「あまりにも非礼」などと批判されましたが、同館は「学者さんの文章の表現を引用したもので、当館の表現ではありません」としながらも、「誤解を避ける為に、関連内容を下げさせて頂きました」として削除しています。同館は2019年9月にツイッターのアカウントを開設、パンダの愛くるしいしぐさや中華料理の紹介に交じって、対立を深める米国を批判したり、人権問題が指摘される新疆ウイグル自治区について、経済発展が続いているとする投稿を繰り返したりしており、コロナの発生源を巡る問題に触れた2021年8月6日の投稿では、<もしもし~アメリカさん、聞こえてる~?ほんまはそっちから#コロナが出たんやないかな~?>と書き込み、「これが公式アカウントか」などと批判するコメントが殺到したこともあります。また、在日ロシア大使館は、同国がウクライナ侵略を始めた4日後の2022年2月28日、<日本は100年も経たぬ間に二度もナチス政権を支持する挙に出た。かつてはヒトラー政権を、そして今回はウクライナ政権を>と投稿しています。多くの批判にさらされましたが、同館はこの後も<キエフ(キーウ)政権がザポロジェ(ザポリージャ)原発に対する絶え間ない攻撃を続けている(8月23日)><ウクライナがロシア兵に有毒物質を使用(同21日)>など独自の主張を頻繁に投稿、一方、在日ウクライナ大使館は2022年3月、<ロシアの町との「姉妹関係」を保ち続けるのは偽善>などと書き込み、日本の自治体に関係を断つように呼びかけましたが、投稿は行き過ぎた内容として批判を呼び、大使館側は謝罪しています。SNSとはいえ、常に冷静沈着であるべき外交の場で、自らの国の品位を貶めるような発言を行う(さらには連発する)こと自体、疑問でしかありません。
阪神は、球団公式サイト、ツイッターなどで、SNSを利用するファンに対し「誹謗中傷や違法な投稿に対しては、警察への届け出や法的措置をとる場合がございます」などと注意喚起しています。青柳晃洋投手が8月23日のDeNA戦に登板後、中傷コメントの被害を受けたことをSNSで報告していたものです。また、2021年11月には中日の福敬登投手がSNS上で殺害予告を含む中傷を受けたことを明らかにし、警察へ被害届を出しています。インターネットを通じた誹謗中傷は球界で問題となっており、阪神は「SNS利用にあたってはマナーを守り、節度ある投稿を」と呼びかけています。
ヘイトスピーチ(憎悪表現)を含む文書を職場で繰り返し配布され、精神的苦痛を受けたとして、東証プライム上場の不動産会社「フジ住宅」に勤める在日韓国人の女性が、同社と会長に計3,300万円の損害賠償などを求めた訴訟の上告審で、最高裁第1小法廷は、会社側の上告を棄却する決定を出しています。これにより、132万円の賠償と文書の配布差し止めを命じた2審判決が確定しています。裁判官5人全員一致の意見ですが、小法廷は「上告理由に当たらない」とだけ述べています。1、2審判決によると、女性は2002年からパート社員として勤務、フジ住宅は2013年以降、正しい歴史認識を広めるためとして、従軍慰安婦の歴史認識などに関し中国や韓国の出身者を「うそつき」などと侮辱する内容が書かれた雑誌記事などを職場で繰り返し配りました。2審・大阪高裁判決は2021年11月、継続的かつ大量の文書配布は差別的言動の温床を生むが、同社は差別的思想が醸成されないような環境作りに配慮することを怠ったとして賠償金を132万円に増額していました。1審判決後も文書配布が続いたことから、女性は2審で文書配布の差し止めも求め、高裁は「職場での差別を助長し、会社側が得られる正当な利益も想定しがたい」として差し止め請求を認めていたものです。プライム上場企業で起きた事案であること、、昨今の人権を巡る社会の目線が厳しくなっていること、1審判決後も文書配布が続いたことなどを鑑みれば、会社と会長の対応は明らかに「行き過ぎ」で、人権侵害だと指摘されるレベルにあると思います。
川崎市在住の在日コリアンの女性が、自身に向けられたネット上での300件の投稿について、ヘイトスピーチに当たるとして法務局に人権侵犯被害の申告をしたところ、投稿の6割以上が違法な人権侵害と認定されたということです。一方、女性は申告前に市に対しても投稿の削除を要請したものの、大半は市人権条例に基づく「救済」の対象に当たらないとされたといい、代理人は「(市条例の)運用を改善してほしい」と訴えています。報道によれば、原告は2020年6月までに約340件の投稿について、川崎市に対し市条例に基づいて削除要請を申し立てたところ、市が専門家でつくる市差別防止対策等審査会に諮問したのは8件にとどまったといいます。市の対応を受け、原告は2020年12月、横浜地方法務局に人権侵犯被害の申告を行い、同局はブログと掲示板に投稿された38件のうち9割以上、ツイッターでは262件のうち6割について民法上の違法性を認定し、プロバイダーに対して削除要請を行っています。この中には、市がヘイトスピーチとして認定していないものも含まれていたということです。また法務局は、民法上の不法行為とまでは認定できないもののヘイトスピーチ解消法の定める「不当な差別的言動」にあたると判断した投稿については、その旨をプロバイダーに通知しています。市の条例に基づく「救済」に関する運用では、まず条例担当部局が削除要請すべきだと判断し、差別的投稿を審査会に諮問、さらに答申を受けた市が削除申請することになっていますが、一方で、この運用に対しては「極めて慎重で、十分な被害者救済がされていない」との指摘もあったところです。市に設置された人権専門機関も2021年3月、市に対し「救済」に実効性を持たせるため審査会への諮問範囲を見直すよう求めています。全国初の条例として注目されましたが、法務省と判断がここまで大きく乖離する現状は問題であり、速やかに運用の改善を図る必要があると思われます。
誹謗中傷や偽情報、陰謀論が流布するメカニズムについては、本コラムでもたびたび取り上げていますが、直近では、元首相銃撃事件を巡るネット空間の状況が問題視されているところです。ネットの「分断」、米中間選挙、陰謀論といったキーワード、SNSが「分断」をさらに増幅させている現実などについては、2022年8月21日付時事通信の記事「ネット空間「分断」深刻化 中間選挙控え陰謀論やまず―米国の民主主義に影」も参考になります。以下、抜粋して引用します。
次に偽情報(フェイクニュース)について取り上げます。
新型コロナウイルスワクチンの効果を巡り、鳩山由紀夫元首相が医師から聞いた話として「ワクチンを打った人の方が打たない人より3倍入院する確率が高い」とWHOが認めたとツイッターに投稿し、拡散しています。しかし、2022年9月4日付毎日新聞によれば、WHOの公表資料に発言内容と合致する記述は存在せず、WHOは毎日新聞の取材に発言内容を事実上否定しており、この投稿は誤りだとされています。さらに、元ワクチン担当相の河野太郎デジタル相は「元首相がワクチンデマを流していた。いったい何が起きたんだろう」とツイッターに投稿しています。同紙は、WHOに対し「ワクチンを打った人の方が打たない人より3倍入院する確率が高いとWHOが認めた」とする投稿内容について事実かどうかをメールで質問、WHOは、6月17日に公表した声明を引用しながら「現在のワクチンは、全ての(新型コロナの)変異株において重篤な疾患や死亡に対して高い有効性がある」と回答し、事実上投稿内容を否定しています。なお、この投稿を巡っては、ニュースサイト「バズフィードジャパン」が8月12日に記事を配信し、ワクチン接種の有効性についての記述は「誤った情報」と指摘しています。
2022年8月17日付産経新聞の記事「ネット検索は常に正しいか 「グーグル」の中にいる私たち」は、グーグルの寡占状態がもたらす、グーグルのフィルターを通して「正しいか」の判断を迫られているという点をあらためて示しており、大変参考になりました。とりわけ、「もし、新型コロナウイルスのワクチンの検索結果について、主に反ワクチンを上位表示させていたなら、反ワクチンの考えに染まっていく人は少なくないだろう」との指摘は心底ゾッとしました。以下、抜粋して引用します。
ペロシ米下院議長の台湾訪問を受けた中国軍による一連の軍事演習に伴い、中国側は台湾に対して偽情報も拡散させました。これまでのところ大きな影響はみられませんが、台湾有事では中国側が偽情報などによる「認知戦」で台湾社会の動揺を誘うシナリオも想定されており、台湾側は警戒を強めています。例えば、台湾空軍の董培倫・副参謀長(少将)は、中国軍東部戦区司令部が前日公開した映像の信憑性を否定、映像は中国の空軍機から撮影したとみられ、台湾の空軍基地がある澎湖諸島の上空に接近したことを印象づけるものですが、董氏は、映像は錯覚の効果で澎湖諸島への接近を誇張するように仕組まれたものだとし、「中国による情報戦の一環だ。中国の軍用機が澎湖諸島の上空に近づいた事実はない」と強調しています。この日はペロシ氏に続く米議会の超党派議員団が訪台し、中国軍も対抗で訓練を実施、映像の公開には、さらに国内外に軍の能力を誇示する狙いがあったとみられています。また、ペロシ米下院議長の訪台に反発した中国が、台湾を囲う形で軍事演習を始めた8月4日、蔡英文総統がビデオメッセージで「中国から発信される情報について、全てのメディアはしっかり真偽を確認し、安易に引用しないで欲しい」と訴えましたが、報道の自由が尊重されている台湾では、異例の要請だといえます。蔡政権は、中国政府が、フェイクニュースや偏った論評による台湾世論の揺さぶりを積極的に仕掛けているものとみています。
- 米グーグルの持ち株会社アルファベット傘下のジグソーは、ロシアによる軍事侵攻で発生したウクライナ難民に関する偽情報への対策をポーランド、スロバキア、チェコで開始しています。英ケンブリッジ、ブリストル両大の心理学専門家らが協力、ソーシャルメディアの有害なコンテンツに対する「予防接種」として、90秒の動画を作成しています(動画の配信期間は1カ月)。ユーチューブやツイッター、TikTokなどのソーシャルメディア上でアピールし、記事の見出しが改ざんされたケースなどの発見に役立ててもらうとしています。報道によれば、ジグソーのベス・ゴールドバーグ氏は「ポーランドが選ばれたのは、ウクライナ難民が最も多いためだ」と説明、チェコやスロバキアは、その他の欧州各国にとって有益な先例となるとの見方を示しています。
- NEC子会社のNECネッツエスアイはSNSなどの公開情報を分析して、自然災害やサイバー攻撃の発生を迅速に検知するサービスの提供を近く始めると報じられています。人工知能(AI)分析の米データマイナー社と組んで精度の低い情報を取り除き、企業が異常事態を自社の業務システムでいち早く正確に把握できるようにするといいます。災害やロシアのウクライナ侵攻など企業活動を脅かす事例が世界で増えており、企業の事業継続を支援するもので、データマイナーのシステムは米ツイッターなどのSNSや企業のウェブサイトなど、30万以上あるネット上の情報源からリアルタイムで災害やサイバー攻撃、暴動の発生などを検知できるもので、ネット上の文章や画像、音声などを1日あたり数十億件抽出してAIで分析し、信頼できる情報かどうか精査した上で利用者に通知するとしています。ツイッターで投稿を参照したいユーザーについて過去の投稿内容の真偽を確かめ、同内容の情報を発信するユーザーが他にいるかも調べるほか、投稿された画像や動画の内容もAIで瞬時に検証するなど、多数の情報源を常時監視して情報をすばやく検証することで、偽情報を的確に省いて信頼性を高めることを狙っています。
(7)その他のトピックス
①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(暗号資産)を巡る動向
中南米で最も貧しい国の1つである中米エルサルバドルで2021年9月7日に世界で初めて法定通貨に採用した暗号資産ビットコインですが、同国内での普及が遅れている状況にあります。報道によれば、国民は従来の法定通貨である米ドルを決済手段として使い続けており、(法令で義務付けられているものの)1年たっても多くの店舗がビットコインに対応していない状況(1,800世帯を対象にした調査によると、受け入れているのは20%に過ぎない)で、法定通貨とは名ばかりの実態が浮き彫りになっています。エルサルバドルは2021年9月7日に発効した「ビットコイン法」でビットコインを法定通貨と位置づけました。同法は顧客がビットコインでの支払いを希望した場合、店舗は原則として拒否できないと定めているほか、税金もビットコインで支払えるようになり、従来の法定通貨であるドルと併用している状況にあります。ビットコインを法定通貨にした後も、商品やサービスの価格はドルに基づいており、商品の値札に書いてあるドルの価格は変わらず、決済時の交換レートに応じてビットコインで支払う金額が決まる仕組みで、例えば1ビットコインが2万ドル(約280万円)のときに1ドルの商品を買うと、スマートフォンアプリを通じて0.00005ビットコインを支払う形となります。ところが、小規模な店舗の多くは1年たってもビットコインの決済に対応しておらず、法律が義務付けていても、実際には政府が店舗にビットコインの受け取りを強制していないことが背景にあります。エルサルバドルの弁護士も「ビットコインでの支払いを拒否して罰則を受けた事例はない」と指摘しています。普及が進まない背景にはビットコイン価格の下落があります。米連邦準備理事会(FRB)が金融引き締めに乗り出し、ビットコイン価格は足元で2万ドル以下と直近ピークの2021年11月に比べて7割落ち込んでおり、足元の価格が低迷しているため、高値で買ったビットコインで支払うのは損だという考えが消費者に広がっていることが挙げられます(2022年4月の全米経済研究所(NBER)のリポートによると、ユーザーは「ビットコインを理解しておらず、信頼せず、企業にも受け入れられていない上、ビットコインは非常に不安定で、高い手数料を伴う」ため、「取引の媒体として広く使用されていない」と指摘されています)。また、エルサルバドルは外国に住む出稼ぎ労働者からの送金が国内総生産(GDP)の2割超(26%と世界最高水準)に相当、政府は専用アプリを通じてビットコインを送れば手数料や受け取る手間を減らせると訴えてきましたが、同国の中央銀行によると、2022年1~7月には外国からの送金額のうちビットコインの比率は1.7%(約64億ドル)にとどまっているといいます。さらに、国際通貨基金(IMF)はビットコインを法定通貨にしたエルサルバドルに反発しており、同国が13億ドルの新たな融資を受ける交渉が停滞している状況にあります。政府はビットコイン購入で約5,900万ドルの含み損を抱えている可能性があるとの見方もあるうえ、同国の総債務残高がGDPの9割に迫り、米格付け会社は信用格付けをデフォルト(債務不履行)の一歩手前まで引き下げる苦境に陥っています。また、ブケレ大統領が2021年11月にビットコインを核とする戦略都市「ビットコインシティー」の建設計画を打ち出しましたが、法定通貨化から1年を経過した今でも、建設予定地は深いジャングルに覆われたままで建設に向けた動きは見られない状況です(ただ、計画は長期的だとしています)。ビットコイン政策は投資を呼び込み、銀行の手数料をゼロに引き下げ、観光客を増やして、誰もが金融サービスにアクセスできるファイナンシャルインクルージョン(金融包摂)を促進したと意義を強調していますが、ビットコイン価格の下落はエルサルバドルの財政リスクを高め、2023年と2025に期限を迎える16億ドルの国債は、償還資金の手当てが難航している状況にあります。前述したIMFはエルサルバドルに対し、金融、経済、法的な懸念を理由にビットコインの法定通貨化の見直しを求め、IMFとの融資交渉は複雑になっています。
さて、その暗号資産の下落傾向ですが、日本の関連株もふるわない状況にあります。9月7日の東京株式市場では暗号資産の交換事業を手がけるGMOフィナンシャルホールディングスが年初来安値を更新したほか、マネックスグループやSBIホールディングスも売られました。代表的な暗号資産であるビットコインの価格が大幅安となり、交換所の運営会社や暗号資産を保有する企業の収益に影響を与えるとの懸念が強まっているためです。さらに、交換所の運営会社への売りが広がっており、「GMOコイン」を子会社に持つGMO-FH株は、一時前日比3%安の722円まで下落、「コインチェック」を傘下に持つマネックスGも一時前日比4%安の472円まで下落しています。交換業は暗号資産の価格が下がると取引量が減少し、手数料収入が減りやすい傾向にあります。暗号資産を保有するgumi(4%安)やネクソン(1%安)も売られていますが、両社は過去に暗号資産の下落による損失を計上した経緯があります。前述したとおり、米金融引き締め長期化の観測が強まり、暗号資産からは資金流出が目立っており、暗号資産のなかで時価総額が2番目に大きいイーサリアムはマイニング(採掘)の廃止など大きな仕様変更を控える中、持ち高を事前に手じまう動きや、リスクヘッジのための先物売りが下落幅を大きくしているとされます。なお、直近では、米ドルが幅広い通貨に対して売られたことを受けビットコインが9日、節目の2万ドルを超えて21,254ドルと2週間ぶりの高値を付け、上昇率も9%を超えて2月下旬以来半年ぶりの大きさとなる見込みと少し明るい兆しもなくはありません。ビットコインは7日に一時18,540ドルまで下げていましたが、暗号資産が買われる理由は特に見当たらないものの、安全通貨であるドルの下落や世界的な株式の上昇によるものとされます。
日本では、暗号資産の税制見直しの機運が高まっています。金融庁と経済産業省が2023年度の税制改正で、ブロックチェーン(分散型台帳)技術関連の企業で資金調達などに使われている暗号資産をめぐり、法人税の課税方法の見直しを求めています。起業直後に多額の税金がかかる可能性があるため、日本人の起業家が海外に「流出」している実態を変える方向で検討しているようです。見直しを求めるのは、デジタル作品の希少性を証明する「NFT」や、既存の金融機関を介さない分散型金融サービス(DeFi)など、ブロックチェーンに関連した事業を起業する際に障害になっているとされる税制で、こうした企業は資金調達のために「トークン」という暗号資産を発行し、投資家に売ったり、議決権を持つために自社で一定量を保有したりするケースが多いところ、現在の法人税法上の仕組みでは、企業が保有する暗号資産について「活発な市場が存在する」とみなされれば、期末時点の時価評価で課税されるため、起業直後で現金収入が少ない中でも、多額の納税が必要になる可能性があることが指摘され、現に日本の起業家はこれを恐れ、シンガポールやドバイなど海外で起業している状況にあります。金融庁と経産省が求める税制の見直しは、自社が発行、保有する暗号資産については期末時価評価の対象から外すというもので、第三者への売却などで利益が出たときにのみ課税の対象とする方向とすることで、起業や事業継続がしやすい環境をめざす内容となっています。
一方、米国では、暗号資産の規制のあり方を巡る議論が活発になっています。政府や議会で検討が始まったにもかかわらず、米証券取引委員会(SEC)が2022年7月、独自の現行法解釈に基づいて捜査や告発などの法執行を強行する動きを見せたためです(このあたりは、前回の本コラム(暴排トピックス2022年8月号)でも取り上げたとおりです)。他の省庁・委員会や裁判所、議会を巻き込んだ論争が年末にかけて熱を帯びる可能性があります。SECは7月、暗号資産交換業大手の米コインベース・グローバルが扱う暗号資産のインサイダー取引で不正に利益を得たとして、同社の元従業員らを突然告発しました。告発の中で、コインベースの取引プラットフォームに「上場」している暗号資産のうち7銘柄を個別具体的に「有価証券である」とSECが断定していたため、クリプト(暗号)業界に衝撃が走りました。これに対しコインベースは「我々のプラットフォームには『有価証券』は一つも上場していない」とすぐに声明をツイート、「(2021年4月の)我々の株式新規上場の審査の過程で、SEC自身が我々の実践している判断基準を確認していたはずだ」と、SECの一貫性の欠如を指摘しています。仮にSECが、コインベースが違法に無登録で有価証券を扱っているとして告発に踏み切れば、米国籍のほぼ全ての暗号資産交換業者と、世の中で無数に出回っている「トークン」と呼ばれる非通貨型の暗号資産が未登録で違法状態にあることになり、業界全体が大混乱に陥る可能性があります。SECのやや強引な「法施行」と裁判の積み重ねによる判例法でデジタル有価証券の要件が固まっていくのか、それとも政府や議会のルール整備がスピードアップするのか、現時点では読みにくいものの、大部分の暗号資産について、ほとんど何も明確な法規制がないという状態が長くは続かないことだけは確かだといえます。なお、直近でもSECのゲンスラー委員長は、、暗号資産市場での取引促進を支援する企業は、他の市場仲介業者と同様にSECに登録する必要があると述べています。暗号資産市場の仲介業者は、取引所、ブローカーディーラー、清算機関、カストディアンとしての事業運営を含め、SECが規制するさまざまな機能を提供しており、それに応じて登録すべきとしています。講演で暗号トークンの大部分は有価証券に該当し、関連する法律で規制されていると強調、「暗号仲介業者内のさまざまな機能の混在は、投資家にとって固有の利益相反とリスクを生み出す」と述べています。さらに、一部の暗号資産取引の監視について「米商品先物取引委員会(CFTC)の権限を強化する必要があるなら、議会と協力する」とも述べました。商品先物市場を管轄するCFTCが代表的な暗号資産のビットコインなどを監督することを支持する発言で、米国で暗号資産規制の整備が一歩進む可能性があります。暗号資産関連の規制を巡ってはSECとCFTCの所管が定まっていない状況にあります。ゲンスラー氏は、セキュリティ・トークン(ST)と呼ばれるブロックチェーン(分散型台帳)を使って暗号化されるデジタル証券に該当するものはSECの管轄下に置くと強調しつつ、STに該当しない一部の暗号資産についてはCFTCが管轄することを支持、ビットコインやイーサリウムなどを指しているとみられます。多くの暗号資産交換業は、暗号資産は株式や債券などの伝統的な有価証券には当たらないとして、CFTCが管轄すべきだと主張してきています。CFTCを監督する米議会上院農業委員会の議員らは8月、CFTCに暗号資産市場を規制する権限を与える法案を検討すると発表、ゲンスラー氏の発言は、こうした議論を前に進める可能性があります。一方、同氏は「暗号資産市場に存在する約1万個のトークンのうち、その大半は有価証券だと考える」と強調、これまでの主張を維持した上で「多くの仲介業者は何らかの形でSECに登録しなければならない」と投資家保護の姿勢を強調しています。
今年3月にはNFTゲーム「Axie Infinity」が日本円にして754億円ほどの資金が北朝鮮のハッカーグループの手により流出した事件が起こりました(本コラムでも取り上げています)。2022年8月には米財務省は、暗号資産ミキサーを運営する「トルネード・キャッシュ」に制裁措置を行いました。暗号資産の取引情報を匿名化するサービスは「ミキシング」と呼ばれ、本来は個人情報の保護が目的ですが、複数の暗号資産をミックスすることにより、デジタル決済の出所や支払い先などを隠すことができます。暗号資産ミキサーは、イーサリアムとERC-20などの取引において匿名性を高めるサービスで、同省が問題誌したのは、その匿名性がゆえにマネー・ローンダリングに悪用されたという点です。悪用された資金の中には、北朝鮮のハッカーグループLazarus Groupが強奪した暗号資産4億5,500万ドル超(614億円)の資金もあったとされます。トルネード・キャッシュが2019年設立して以降、70億ドル(9,444億円)以上がマネー・ローンダリングに悪用されたと同省は説明しています。同省は2022年5月に別の業者を制裁対象に初めて指定しましたが、技術を悪用して「違法行為による収益の送受信者を隠している」(同省高官)と、警戒を強めています。関連して、暗号資産交換所コインベースは、暗号資産のミキシングサービスのトルネード・キャッシュを巡る訴訟への資金支援を表明しています。トルネード・キャッシュへの米財務の制裁措置について、ユーザー6人が、制裁は言論の自由を侵すものだとして米財務省を相手取った訴訟を起こしたもので、原告は「トルネード・キャッシュは、個人、団体、組織ではない」とし、財務省外国資産管理局(OFAC)の制裁権限はソフトウエアコードなどには及ばないと主張しています。コインベースのブライアン・アームストロングCEOはブログで、財務省が「特定の個人でなく、技術全体を制裁する」のは「行き過ぎ」と批判、制裁によって罪のない多くのユーザーが資金にアクセスできないなどの影響を受けていると述べています。また、オランダ当局は、暗号資産の匿名性を高める「ミキシング」サービスを行う「トルネード・キャッシュ」の開発者とみられる29歳の男をアムステルダムで拘束したと発表しています。前述したとおり、米政府は、北朝鮮のハッカー集団「ラザルス」などのマネー・ローンダリングを支援しているとして、トルネード・キャッシュに制裁を科すと発表しています。金融犯罪の調査を担当するオランダ当局のFIODは、拘束した男の身元を明らかにしていませんが、男は北朝鮮と関連があるとみられるグループがハッキングで盗んだ資金などの不正取引に関与した疑いがあり、マネー・ローンダリング容疑に問われているといいます。FIODはトルネード・キャッシュが2019年の創設以降、70億ドル超の暗号資産を洗浄したとみており、今年6月に犯罪捜査を開始していました。
その他、国内外の暗号資産およびステーブルコインを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。現時点で、グローバルなレベルで統一的な暗号資産に対する規制はありませんが、各地で規制強化の動きが見られ、FATFの動きとともに、今後の規制動向が大変注目されます。
- 米連邦準備理事会(FRB)のブレイナード副議長は、暗号資産による金融リスクは銀行が直面する脆弱性と類似していると述べています。会議で「暗号資産の金融システムには、伝統的な金融システムで非常によく知られた同様のリスクが全てある」と指摘、流動性リスクや個人投資家に対する多くのリスクなどを挙げ、「高度に相互連結している」としています。また、このような類似点は、暗号資産市場に対する既存の規則の施行を正当化するかもしれないが、「場合によっては、明確な規制のガードレールを作ることを意味する」と言及、「適切な規制がない場合、ステーブルコインは最もリスクの可能性が高い分野の1つだ。そして当然、これらのリスクは主要なコア金融システムに容易に波及する可能性がある」と語っています。
- シンガポール金融管理局(MAS、中央銀行)のラビ・メノン長官は、個人投資家がリスクについて「理不尽なほど無関心」に思えるとして、暗号資産の取引をより困難にする新たな措置を検討していると述べています。セミナーで「暗号資産への個人アクセスに制限を加えることを検討している」と説明、「顧客適合性テストや、レバレッジ・信用枠の利用制限などが考えられる」としています。シンガポールはここ数年、中国やインドなどからデジタル資産サービス関連企業を歓迎・誘致していましたが、最近はシンガポールに拠点を置く一部のグローバル暗号資産関連企業が債務不履行(デフォルト)に陥り、その多くが消費者保護や市場行為に関する金融規制当局のガイドラインの対象外であることから、規制強化への懸念が高まっていたものです。メノン氏は、10月までに提案に対するパブリックコメントを求めると表明、「MASのデジタル資産活動を後押しする姿勢と暗号資産投機を制限する姿勢は矛盾するものではない」と説明しています。
- オーストラリアのチャーマーズ財務相は、規制の対象とする暗号資産を特定するため、国内で保有されている暗号資産の目録を作成すると発表、世界で初めての試みといいます。「トークン・マッピング」と呼ばれる作業で、国内で保有されている暗号資産のタイプや用途を把握するとしています。同相は「暗号資産に関わる顧客が適切な情報を得て保護されているかを確認する必要がある」と表明、具体的にどのような規制を計画しているかは明らかにしていません、目録の作成が改革の第一歩になると述べています。なお、証券投資委員会(ASIC)の調査によると、同国では2021年終盤時点で個人投資家の44%が暗号資産を保有、ASICも規制の導入が望ましいとの見解を示しています。
- インドネシア政府はデジタル通貨への関心の高まりに伴う消費者保護策の一環として、2022年末までに暗号資産の取引所を開設するということです。当初は2021年に開設の予定でしたが、プロセスが複雑なため2022年1~3月期に延期され、その後棚上げされていたものです。インドネシア貿易副大臣は「あらゆる要件や手順、必要な措置をとる」と述べ、開設が遅れたのは重大な問題が発生したためではないと強調しています
- 温暖化ガス削減の成果に基づいて発行される民間カーボンクレジット(削減量)が投機対象になってきています。2021年秋に暗号資産に転換する仕組みが登場、投機筋が暗号資産を入手・転売するためにクレジットを大量に買う動きが活発になっており、2022年5月までの暗号資産と関係した取引は全体の9%に達しています。排出量と相殺する本来の目的とかけ離れた需要が膨らみ、市場の不透明さが増しています。
- 米連邦預金保険公社(FDIC)は、暗号資産取引所FTXの米国事業責任者ブレット・ハリソン氏が7月にツイッターに投稿した内容を巡り、顧客資金や同取引所を通じて購入された株式がFDICの保険対象であるかのうような「虚偽で誤解を招く」文言が含まれていたとし、ソーシャルメディアのアカウントやウェブサイトから文言を削除するよう命じています。問題のツイートでハリソン氏は、雇用主からFTXに直接入金された資金は「個別にFDICに保証された銀行口座に保管」されており、FTX経由で購入された株式は「FDICに保証された(証券口座)に保管」されているとしていた。FDICはFTXへの停止命令で、これらの記述は暗号資産と株式の保有にFDICの保険が適用されることを示唆していると指摘、FDICは証券口座に保証を提供していないとしています。
- 暗号資産交換業で世界最大手のバイナンスは、ユーザーの「USDコイン」など主要ステーブルコインの残高と新規預金を、9月29日からバイナンスのステーブルコインである「バイナンスUSD」に自動的に転換すると発表しています。流動性とユーザーの資本効率を高めるのが狙いで、転換対象となるのは「USDコイン」、「パックスドル」、「トゥルーUSD」の3種類のステーブルコインで、バイナンスはこの3種類のステーブルコインを含むスポット取引を停止するものの、ユーザーは引き続きこうしたステーブルコインで資金の引き出しが可能だということです。暗号資産情報サイトのコインゲッコーによると、米サークルが発行するUSDコインは市場評価額が518億ドルで、世界第2位のステーブルコインで、バイナンスUSDの市場評価額は約194億ドルとなっています。
- 暗号資産の一種であるステーブルコイン最大手「テザー」の発行企業は、2022年6月末時点の準備金が664億ドルと、同3月末の824億ドルから減少したと発表しています。160億ドル相当の償還に伴うものと説明しています。テザー社によると、同社のコインは流通している価値と同じかそれを上回るドル建ての準備金を保有することでその価値を維持しています。代わったばかりの同社の監査法人であるBDOイタリアによると、同社の準備資産664億ドルは662億ドルの負債を上回っているとのことです。暗号資産市場の幅広い暴落で、投資家が保有テザーをドルに交換する動きが出ていたところですが、発表によると、テザーの米国債保有額は第2・四半期に103億ドル減少して289億ドル、コマーシャルペーパー(CP)と譲渡性預金は117億ドル減の84億ドルとなったとのことです。テザーは7月、リスクが比較的高い資産へのエクスポージャーを減らす計画の一環として、CPの保有量を削減したと発表、10月末までにはゼロにするとしています。
次にCBDCを巡る動向を見ていきます。その中で、2022年8月6日付日本経済新聞bの記事「デジタル円・デジタルドル…CBDCって何?」は、CBDCについて大変分かりやすく解説されていましたので、あらためての確認の意味を込めて、以下、抜粋して引用します。
- 欧州中央銀行(ECB)理事会メンバーのレーン・フィンランド中銀総裁はECBが研究しているデジタルユーロについて、国境を越えた決済の促進などの利点があるとの見解を示しています。デジタルユーロに関する調査は2023年10月に終了する見込みで、ECBはこれを受けてデジタルユーロの構築を開始するかどうか決定すると説明しています。CBDCの導入にはいくつかの利点があると指摘し、銀行間取引だけでなく、一般の人の決済にも中央銀行のお金が利用できるようになると述べています。「デジタルユーロは、市民に支払い方法に関する新たな選択肢を提供し、デジタル化が進む経済において決済が容易になる」と語っています。既存の民間暗号資産の限界は、価格の大幅な変動やサイバーリスクに対する脆弱性など「構造的」との見方を示した一方、安全なCBDCは、将来の金融システムにおいて中立的で信頼できる決済手段を提供し、安定性を高めると述べています。
- 英米系格付け会社フィッチはCBDCについてのレポートで、西側諸国と中国・ロシアの間に相互信頼がなければCBDCの国際的なシステム発展が阻害され得ると警告しています。世界的に検討が広がるCBDCについて、専門家は成功させるには国境を越えて使えることが必要だと指摘しています。しかし、西側と中国・ロシアが関係悪化のためCBDCでの協調に消極的になる恐れが出ています。レポートは「戦略的な諸要因や相互信頼欠如によってCBDCを総括する国際的な汎用決済システムの発展が損なわれる可能性がある」と指摘、米政府が米国の価値観や法的義務と相いれない国に対しては、国境を越えたドルベースのCBDCシステムから締め出しを図るかもしれないとしています。一方、中国やロシアにとっては米国の支配からより独立した決済システムをつくることがCBDCの魅力の主要な部分でもあると指摘、戦略的なライバル国とはガバナンスのシステムを巡って合意したがらない国もあるかもしれないともしています。レポートは、協調態勢がなければ互換性のない異なるシステムが乱立する恐れがあるとも警告しています。
▼Fitch Geopolitics May Hinder Spread of Cross-Border CBDC Payment Systems
- SNSやマッチングアプリで知り合った相手から暗号資産への投資話を持ち掛けられて送金したが、出金できなくなるトラブルが相次いでいるとして、国民生活センターが注意を呼び掛けています。1億円以上の金を送金したが、返金されない事例もあるといいます。同センターによると、2021年度に全国から寄せられた暗号資産に関する相談件数は6,350件に上り、このうちSNSやマッチングアプリで知り合った人からの勧誘が4~5割を占めています。年代別では40代が1,189人で最も多く、20~60代を中心に幅広い世代から相談が寄せられています。平均投資額は、40~70代の各年代では400万円を超えているといいます。
- 最近の事例
- SNSで知った投資家に暗号資産のレンディングを勧誘され海外の業者に暗号資産を送金したが、満期が来ても出金できない。
- 婚活サイトで知り合った男性に勧められて暗号資産に投資したが、口座凍結の解除に必要だとして、高額な費用を請求されている。どうすればよいか。
- マッチングアプリで知り合った女性から暗号資産の運用を勧められた。儲かったので引出を求めたら税金を請求された。
- 母が暗号資産に投資すれば儲けられると友人に誘われ約20万円を渡したという。返金を求めたら出来ないと断られた。どうしたら良いか。
- 国に金融商品取引業の登録をせずに同僚警察官らに暗号資産への投資を募ったとして、神奈川県警が20代の警察官数人を金融商品取引法違反(無登録営業)の疑いで書類送検しています。警察官らは無登録で、「マイニングエクスプレス」と呼ばれる暗号資産の関連事業への投資を勧誘した疑いがもたれており、投資金額が計約600万円に上るとみてられています。知人から投資話を聞いた警察官1人が、警察学校の同期らを勧誘、誘われた警察官はさらに同僚を誘っていたといい、県警は、知人も同法違反の疑いで書類送検しています。県警は警察官らを処分していますが、悪質性は低いとして氏名や処分の内容を公表していません。
- 米ブロックチェーン分析会社チェイナリシスは、北朝鮮ハッカー集団「ラザルス」がオンラインゲーム網への攻撃を通じて盗んでいた暗号資産の約1割の3,000万ドル以上相当を米政府が差し押さえたと明らかにしています。差し押さえにあたり、同社も米捜査当局や他暗号資産グループに協力したとしています。北朝鮮ハッカー集団が盗んだ暗号資産を取り戻したのは初めてとみられています。ラザルスは3月に人気ゲーム「アクシー・インフィニティ」を攻撃、攻撃を受けたネットワークは当時の相場で総額約6億2,000万ドル相当が盗まれたと発表、米財務省は4月、攻撃にラザルスが関係していると断定していました。
- 暗号資産はブロックチェーン技術を基盤としていることもあり、中央集権的な考え方を嫌う傾向にあると言われています。その点について、2022年8月20日付毎日新聞の記事「巨大ITvs国家 無秩序なデジタル空間 クリプト・アナキストの理想」は、大変興味深いものでした。以下、抜粋して引用します。
②IRカジノ/依存症を巡る動向
大阪府と大阪市が進めるカジノを含む統合型リゾート(IR)の誘致をめぐり、大阪市議や元副知事らが呼びかけ人の市民団体「NO!大阪・IRカジノ」のメンバーが、東京都の国土交通省を訪れて、約150団体と約400人分の賛同書とともに、IR整備計画を認定しないよう岸田文雄首相と斉藤鉄夫・国交相宛てに要望しています。報道によれば、この団体は今年6月、川嶋広稔・大阪市議(自民)、小西禎一・元副知事、田中誠太・前八尾市長ほか、弁護士や大学教授らによって設立され、約21万筆の署名を集めて吉村洋文知事に住民投票を求めた市民団体とは別の動きで、企業や団体を中心に賛同を募っていたものです。大阪のIR計画は、IR整備法の掲げた目的に沿うものではなく、地元との合意形成も十分になされていないなどと訴えており、提出した野村友昭・前堺市議は、住民投票条例案が府議会で否決されたことを挙げ、「地域との合意形成は(国が認定するかどうかの)ポイントとして非常に大きいはず。21万筆の署名が求めた住民投票を行わなかったことは、果たして地域と合意形成ができていると言えるのか」と語っています。確かに、カジノ管理委員会による審査においては、地域住民との合意形成は重要なポイントとされており、このような動きが審査に影響を及ぼす可能性も考えられるところです。一方、こうした反対運動が続いていることから、理解促進の一環として、大阪府と大阪市は、誘致を目指すIRの事業内容に関する住民説明会を大阪市で開き、新型コロナウイルス収束後の経済成長にIR事業は不可欠だと重ねて強調しています。4月に国へ区域整備計画の認定申請をして以降、説明会は初めてで、約60人が参加したということです。報道によれば、講演した大阪観光局の溝畑宏理事長は、2025年の大阪・関西万博や2029年開業見込みのIRを契機に、関西、大阪、神戸の3空港の機能強化が進むなどの波及効果が望めると主張、食やスポーツなどを中心に、関西圏の国際競争力が伸びるとも訴えていますが、住民からは周辺地域の治安悪化を懸念する声も出たようです。
長崎県佐世保市のハウステンボスの売却が正式発表されました。長崎県の大石知事は、「県民に広く親しまれた観光資源で、県にとって重要な施設だ」とした上で「譲渡にあたっては従業員の雇用を継続することが前提と聞いている。営業と雇用をしっかり維持してほしい」と話しています。県がハウステンボスの隣接地に誘致を目指すIRについては「ハウステンボスと連携した運営を計画しており、誘致の実現に向けて協力をいただきたい」と述べています。また、佐世保市の朝長市長は、ハウステンボスとのやり取りで坂口社長が引き続き社長を務めると聞いていることを明らかにし「大歓迎。今の経営執行部で継続して企業価値を高めていかれるのがいいのではないか」と期待し、IRへの影響は「ないと思う」との見解を示しています。長崎県の審査については、この点がどのように影響するのかも注目したいところです。
一方、IR誘致を断念した横浜市は「ポストIR」の経済振興策の決め手に欠く状態が続いています。本コラムでもタイムリーの動向を追っていましたが、山中市長は就任直後、IRの誘致撤回を宣言、IRに代わる市の経済活性化策として、脱炭素と観光MICE(国際会議など)の推進を掲げました。しかしながら、いずれも緒に就いたばかりで「ポストIR」の決め手となっていないのが現状です。税収のおよそ5割を個人市民税に頼る横浜市では、人口減少の危機が迫っており、その打開策としてのIR誘致構想だったことから、「IRに匹敵する経済活性化策はない」、「100年に一度のチャンスを逃した」といった声も聞かれるようです。横浜市の厳しい財政の健全化には、経済振興が避けて通れない課題となっています。2022年1月1日時点の推計人口は、戦後初めて前年比で減少に転じ、市税収入が個人市民税に偏る同市財政に人口減が与える影響は大きいとされます。長期化するコロナ禍に加え、原油高、物価高で企業の経営環境は厳しく、IRに代わる具体的な経済振興と税収増、財政健全化の道筋を描けるか、2年目からの山中市長の手腕に注目が集まっています。
本コラムではIRに関連して、各種依存症の問題にも強い関心をもっています。依存症から立ち直ることを支援することが極めて重要ですが、そのベースについて考えさせられる記事「依存症に苦しむ女性たち 成功体験の積み重ねで自信 共同生活で支援」(2022年9月9日付毎日新聞)がありましたので、以下、抜粋して引用します。
さて、パチンコ、パチスロ、競馬などの賭け事がやめられなくなる「ギャンブル依存症」は、借金が重なって家庭を壊すこともあり、新型コロナの流行後は、オンラインの公営ギャンブルにはまる人も目立つようになっています。報道によれば、国立病院機構久里浜医療センターの松下院長は、「自宅や職場でいつでも賭けることができ、お金を使っている実感が乏しいのが特徴だ」と指摘、「ギャンブル依存症は適切な治療で回復が期待できる病気。社会全体の意識啓発も必要だ」と話しています。2020年に実施した国の調査では、18~74歳の2.2%にギャンブル依存症の疑いがあり、単純比較はできないものの、1%に満たないドイツやデンマーク、オランダなどに比べると目立って高く、人口に当てはめると100万人を超える依存症疑いの人がいることになります。調査した松下院長によれば、「あまり意識しないが繁華街にパチンコ店が建ち並ぶ日本はギャンブルとの距離感が非常に近い」、「これが海外との違いに関係するのかもしれない」とのことです。また、松下院長は2021年以降、国内のギャンブル依存症外来を訪れた約180人の経過を追跡しており、7割が20~30代で低年齢化の傾向がみられるほか、パチンコやパチスロ以外に、主にオンラインで公営ギャンブルなどをやっている人も3分の1を占めているといいます。のめり込みが強い重症の人ほど「これだけ負けたんだから次は勝てるはずだ」といったギャンブラー特有の「認知のゆがみ」に陥っていたといい、こうした人は治療が難しくなりがちだといいます。アルコール依存と異なり、抑うつ症状が長く続く傾向もみられたようです。ギャンブル依存症の治療には薬物でなく心理療法の「認知行動療法」を用いており、自分の心が抱える問題を見つめて整理し、それを回避するための対処方法を身につけるよう、決められたプログラムを半年かけて主に通院しながら実施しています。関連して、依存症患者に飲酒やギャンブルをやめることを強いず、徐々に健康や生活の改善を図る「ハームリダクション」という治療方法が広がり始めています。2022年8月24日付日本経済新聞によれば、コロナ禍でストレスを抱える人が増え、アルコール依存などの患者数が膨らむ可能性が懸念される中、家族らの理解をどう得るかなど普及には課題もあるものの、依存症から抜け出す一歩として注目されているといいます。筑波大付属病院の吉本医師によると、ハームリダクションは依存しているものを即座に断つことを求めず、依存症がもたらす社会生活上の支障や精神的・身体的な被害(ハーム)を低減(リダクション)することを目的とする治療や取り組みを指し、依存の背景にある苦しさや環境を改善し、依存症の脱却につなげる狙いだといいます。前述のギャンブル依存症の治療にも応用されており、埼玉県立精神医療センターは2019年ごろにハームリダクションを導入、パチンコでは、店のない通勤ルートを選ぶなど刺激を排除するための助言をしつつ、行く場合も通常の4分の1の貸玉料で遊べる店に変えるなど、経済的な損失が少なく済む治療を心がけているといいます(認知行動療法とあわせればよい効果が期待できそうです)。なお、ハームリダクションの普及に向けた課題は家族や周囲の理解を得ることだといいます。家族は健康や金銭面で被害が大きくならないよう早期に断つよう望むことが多く、徐々に酒量を減らすなどしていく方法に抵抗感を抱く場合があるといいます。埼玉県立精神医療センターの成瀬医師は「ハームリダクションの考え方は依存脱却への第一歩であり、患者を否定せず、苦しさに寄り添い、孤立させないことが大事だ」と話しており、一連の考え方や取組みをみると、「社会的包摂」が共通するキーワードであるように思われます。
本コラムでもたびたび紹介している香川県ゲーム条例とその合法性を巡る訴訟の動向について、大きな進展がありました。2020年4月に施行された「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」は、ゲームなどをしすぎると学力や体力の低下を招くとして、18歳未満の子どもの1日のゲーム時間を「平日60分、休日90分」を目安にするよう保護者に努力義務を課す全国初のものです。それに対し、高松市出身の大学生(19)と母親が「ゲームをする自由を侵害し、憲法に違反する」と訴え、県に計160万円の損害賠償を求めて訴訟が提起されていました(男性側は2020年9月に提訴、2022年4月、訴えの取り下げを地裁に申し入れましたが、県側が同意しなかったため、判決が言い渡されたものです)。高松地裁の判決で裁判長は、条例は原告らに具体的な権利の制約を課すものではなく、憲法に違反しないと判断し、原告側の請求を棄却しています。判決はまず、ネットやゲームをしすぎると社会生活に問題や支障を引き起こす可能性が相当数、指摘されており、複数の医療機関で対応を余儀なくされているとし「予防すべきだという社会的要請には一定の根拠がある」と認めています。また、男性側が、ネットやゲームの依存症を予防するという条例の制定目的には合理性が認められないと主張したことに対し、専門家らの意見を踏まえ、保護者に一定の目安を示し、子どもがゲーム依存状態に陥ることがないように配慮を求める条例を制定したことは「立法手段として相当でないとは言えない」と指摘、その上で、「ゲームやスマホを自由に利用できる権利やeスポーツを楽しむ幸福追求権などが侵害され、憲法13条に違反する」とした原告側の主張について検討、スマホを自由に利用することや、eスポーツを楽しむことなどは「現時点では、いわば趣味や嗜好の問題にとどまるといわざるを得ず、人格的生存に不可欠な利益とまではいえない」などとして退けたものです。また、条例の規定に関し「努力目標」で違反しても罰則はなく、必要最小限度の制約にとどまるとして「(原告らの)具体的な権利の制約を課すものではない」としています。この判決を含め、ネット・ゲーム依存の問題についての有識者の意見をいくつか紹介したいと思います。
ゲーム条例「合憲」 依存防ぐルールは当然だ(2022年8月31日付産経新聞)
「合憲」だった全国初のゲーム条例 実効性に浮かぶ疑問
関連して、「子どもがスマートフォンから離れない」と心配する親の相談が、小学校低学年からも寄せられており、物が二重に見え、夜眠れずに体調を崩すこととの因果関係も指摘され、兵庫県はスマホ利用の特命チームをつくったといいます。報道によれば、兵庫県は2021年7月、小学1年~高校3年の9301人にアンケートしたところ、小1~3では24.6%がスマホを持ち、1割が3時間以上インターネットを利用していると回答、小4~6の2.2%はゲームで5万円以上の課金をしていたといいます(低学年から家族でネット利用のルール作りを話し合う機会をつくり、一緒に家事や遊ぶ時間を増やすことが大切)。また、中高校生では成績不振や学校生活になじめず、「憂さ晴らし」でスマホに依存しがちとの指摘もあります(悩みやイライラを表現する言葉が見つからないまま、親から「どうして」「なんで」と詰問されて抱え込んでしまっているといいます)県のアンケートでは、ネット利用の時間短縮を試みると「イライラする」など依存傾向のある小5~高3の割合は2021年で12%となり、2015年の2倍となったといいます(高校生では減ったものの、小中学生は増えているといいます)。報道で、県立ひょうごこころの医療センターの田中究院長(児童精神科)は「ネット依存の前に、発達障害や学校不適応などの背景を理解しなければいけない」と強調していますが正にそのとおりだと思います。
最後に、かつてカジノで106億円余りを失い、東証1部上場企業の会長の座を追われた大王製紙の創業家3代目で、社長・会長を務めた井川さんのインタビュー記事から、抜粋して引用します。ギャンブルで熔けた金の穴埋めのため関係会社から巨額借り入れを行い、特別背任罪で懲役4年の実刑が確定、2017年10月の刑期満了から、間もなく5年を迎えるといいます。その考え方に共感できる部分は多くありませんが、ギャンブル依存症の心理状態を推測するうえで参考になると思われます。
③犯罪統計資料
例月同様、令和4年7月の犯罪統計資料(警察庁)について紹介します。
令和4年(2022年)1~7月の刑法犯総数について、認知件数は324,857件(前年同期325,22件、前年同期比▲0.1%)、検挙件数は139,209件(150,146件、▲7.3%)、検挙率は42.9%(46.2%、▲3.3P)と、認知件数・検挙件数ともに2020年~2021年において減少傾向が継続していた流れを受けて減少傾向が継続しています。なお、刑法犯全体の7割を占める窃盗犯の認知件数は219,387件(218,166件、+0.6%)、検挙件数は83,110件(92,064件、▲9.7%)、検挙率は37.9%(42.2%、▲4.3P)となりました。とりわけ件数の多い万引きについても、認知件数は48,514件(51,453件、▲5.7%)、検挙件数は33,861件(37,069件、▲8.7%)、検挙率は69.8%(72.1%、▲2.3P)となっています。コロナで在宅者が増え、窃盗犯が民家に侵入しづらくなり、外出も減ったため突発的な自転車盗も減った可能性が指摘されるなど窃盗犯全体の減少傾向が刑法犯の全体の傾向に大きな影響を与えていますが、3月のまん延防止等重点措置の解除から一転して最近の感染者数の激増といった状況などもあり、今後の状況を注視する必要がありそうです。また、知能犯の認知件数は20,918件(20,043件、+3.9%)、検挙件数は10,268件(10,404件、▲1.3%)、検挙率は49.3%(51.9%、▲2.6P)、とりわけ詐欺の認知件数は18,956件(18,250件、+3.9%)、検挙件数は8,695件(8,929件、▲2.6%)、検挙率は45.9%(48.9%、▲3.0%)などとなっており、本コラムでも指摘しているとおり、コロナ禍において詐欺が大きく増加しています。とりわけ以前の本コラム(暴排トピックス2022年7月号)でも紹介したとおり、コロナ禍で「対面型」「接触型」の犯罪がやりにくくなったことを受けて、「非対面型」の還付金詐欺が大きく増加傾向にあることが影響しているものと考えられます。刑法犯全体の認知件数が増加傾向を見せ、検挙件数が減少傾向の中、とりわけ知能犯、詐欺については増加傾向にあり、引き続き注意が必要な状況です(そして、検挙率がやや低下傾向にある点も気がかりです)。
また、特別法犯総数については検挙件数は37,640件(39.555件、▲4.8%)、検挙人員は31,013人(32,500人、▲4.6%)と2021年同様、検挙件数・検挙人員ともに減少している点が特徴的です。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は2,277件(2,932件、▲22.3%)、検挙人員は1,693人(2,119人、▲20.1%)、軽犯罪法違反の検挙件数は4,397件(4,707件、▲6.6%)、検挙人員は4,384人(4,707人、▲6.9%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は5,160件(4,644件、+11.1%)、検挙人員は3,990人(3,606人、+10.6%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は1,762件(1,341件、+31.4%)、検挙人員は1,457人(1,104人、+32.0%)、不正アクセス禁止法違反の検挙件数は285件(166件、+71.7%)、検挙人員は96人(64人、+50.0%)、不正競争防止法違反の検挙件数は31件(44件、▲29.5%)、検挙人員は35人(44人、▲20.5%)、銃刀法違反の検挙件数は2,832件(2,864件、▲1.1%)、検挙人員は2,496人(2,455人、+1.7%)などとなっています。減少傾向にある犯罪類型が多い中、迷惑防止条例違反や犯罪収益移転防止法違反、不正アクセス禁止法違反が増加している点が注目されます。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は545件(456件、+19.0%)、検挙人員は326人(267人、+22.1%)、大麻取締法違反の検挙件数は3,517件(3,684件、▲4.5%)、検挙人員は2,793人(2,898人、▲3.6%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は5,034件(6,278件、▲19.8%)、検挙人員は3,482人(4,215人、▲17.4%)などとなっており、ここ数年大麻事犯の検挙件数が大きく増加傾向を示していたところ、減少に転じている点はよい傾向だといえ、覚せい剤取締法違反の検挙件数・検挙人員ともに大きく減少傾向にある点とともに特筆されます。また、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯国籍別検挙人員については、、総数307人(342人、▲10.2%)、ベトナム89人(120人、▲25.8%)、中国55人(54人、+1.9%)、スリランカ25人(6人、+316.7%)、ブラジル23人(20人、15.0%)、フィリピン10人(23人、▲56.5%)などとなっています。
一方、暴力団犯罪(刑法犯)罪種別検挙件数・人員対前年比較の刑法犯総数については、刑法犯全体の検挙件数は5,305件(6,851件、▲22.6%)、検挙人員は3,148人(3,834人、▲17.9%)と検挙件数・検挙人員ともに2021年に引き続き減少傾向にある点が特徴です。以前の本コラム(暴排トピックス2021年3月号)では、「基礎疾患を抱え高齢化が顕著に進行している暴力団員のコロナ禍の行動様式として、検挙されない(検挙されにくい)活動実態にあったといえます」と指摘しましたが、一時活動が活発化している可能性を示したものの再度減少に転じている点は、緊急事態宣言等やまん延防止等重点措置の解除やオミクロン株の変異型の再度の流行などコロナの蔓延状況の流動化とともに今後の動向に注意する必要があります。犯罪類型別では、暴行の検挙件数は346件(421件、▲17.8%)、検挙人員は342人(393人、▲13.0%)、傷害の検挙件数は562件(670件、▲16.1%)、検挙人員は617人(798人、▲22.7%)、脅迫の検挙件数は198件(212件、▲6.6%)、検挙人員は189人(204人、▲7.4%)、恐喝の検挙件数は190件(226件、▲15.9%)、検挙人員は225人(275人、▲18.2%)、窃盗犯の認知件数は2,323件(3,328件、▲30.2%)、検挙人員は402人(563人、▲28.6%)、詐欺の検挙件数は909件(975件、▲6.8%)、検挙人員は712人(772人、▲7.8%)、賭博の検挙件数は38件(19件、+100.0%)、検挙人員は68人(71人、▲4.2%)などとなっています。とりわけ、詐欺については、3月まで検挙人員が増加傾向を示していたところ減少傾向に転じています。とはいえ、全体的には高止まり傾向にあり、資金獲得活動の中でも重点的に行われていると推測されることから、引き続き注意が必要です。さらに、暴力団犯罪(特別法犯)主要法令別検挙件数・人員対前年比較の特別法犯について、特別法犯全体の検挙件数は3,091件(4,103件、▲24.7%)、検挙人員は2,099人(2,795人、▲24.9%)とこちらも2020年~2021年同様、減少傾向が続いていることが分かります。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は5件(11件、▲54.5%)、検挙人員は9人(11人、▲18.2%)、軽犯罪法違反の検挙件数は35件(57件、▲38.6%)、検挙人員は31人(48人、▲35.4%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は49件(68件、▲27.9%)、検挙人員は44人(66人、▲33.3%)、暴力団排除条例違反の検挙件数は18件(20件、▲10.0%)、検挙人員は34人(54人、▲37.0%)、銃刀法違反の検挙件数は52件(67件、▲22.4%)、検挙人員は31人(53人、▲41.5%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は102件(79件、+29.1%)、検挙人員は40人(22人、+81.8%)、大麻取締法違反の検挙件数は538件(707件、▲23.9%)、検挙人員は321人(442人、▲27.4%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は1,832件(2,632件、▲30.4%)、検挙人員は1,209人(1,726人、▲30.0%)、麻薬等特例法違反の検挙件数は89件(77件、+15.6%)、検挙人員は55人(51人、+7.8%)などとなっており、やはり最近増加傾向にあった大麻事犯の検挙件数・検挙人員ともに減少に転じ、その傾向が定着していること、覚せい剤事犯の検挙件数・検挙人員がともに全体の傾向以上に大きく減少傾向を示していること、麻薬等取締法違反・麻薬等特例法違反が大きく増えていることなどが特徴的だといえます。なお、参考までに、「麻薬当特例法違反」とは、正式には、「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律」といい、覚せい剤・大麻などの違法薬物の栽培・製造・輸出入・譲受・譲渡などを繰り返す薬物ビジネスをした場合は、この麻薬特例法違反になります。法定刑は、無期または5年以上の懲役及び1,000万円以下の罰金で、裁判員裁判になります。
(8)北朝鮮リスクを巡る動向
朝鮮中央通信は、北朝鮮の最高人民会議(国会)が2022年9月8日に平壌の万寿台議事堂で開かれ、核兵器を国の防衛手段と定める法令が採択されたと報じました。法令は11項目からなり、核兵器の目的について「敵対勢力の侵略と攻撃企図を放棄させる」と定義、北朝鮮に対する核攻撃や、重要戦略対象に対する致命的な軍事攻撃が迫ったり、戦争の主導権を握るため必要が避けられなかったりする場合などに、核兵器を使用できるとしています(つまり、戦時以外でも体制維持のために核の先制使用ができることを明確にしたことになります)。さらに、核戦力の指揮系統が危険に直面すれば、「事前に決定された作戦案により、核攻撃が自動的に即時行われる」とも定めています。核兵器は「(金正恩・朝鮮労働党総書記が兼任する国家の代表ポスト)国務委員長の唯一の指揮に服従する」とし、金総書記が管轄することも明記されています。さらに、核を保有しない国に対しては、保有国と通じて攻撃行為に加担しない限りは核兵器を使用しないと規定、日米韓の軍事協力を牽制するとともに、「責任ある核兵器保有国」として他国との核兵器共有や関連技術の移転を行わないとの条項を設け、核保有の既成事実化を図っています。金総書記は演説で「米国は核放棄で我々の自衛権を弱らせ、政権を崩壊させることを狙っている」と主張、核政策の法制化について「(外交交渉で)これ以上取引ができないように、不退転の線を引いた」と強調するなど、非核化交渉に応じない姿勢を明確にし、金総書記が示す核への執着が落とし込まれる形となりました。過去の米国のトランプ前大統領との交渉失敗を踏まえ、「核保有国としての地位が不可逆的なものになった」と強調したことで、米国などが求める非核化交渉には応じず、核戦力強化を継続する姿勢を鮮明にし、「核保有国」の立場から米国との軍縮交渉に臨もうとする意図がうかがえます。金総書記は2018年と2019年に、トランプ氏と3回にわたって会談しましたが、自らに有利な非核化交渉に持ち込めず失敗した経緯があります。金総書記が演説で言及したように「絶対に、先に非核化はしない」という姿勢を譲ろうとしなかったためです。北朝鮮指導部はこの後、対米戦略を修正、米国や同盟国の日韓を脅かす戦略・戦術核の完成を先行させ、米国や日本が目指す対北朝鮮政策であるCVID(完全で検証可能かつ不可逆的な非核化)を放棄させる考えとみられています。そして、北朝鮮を取り巻く安全保障環境の変化はこの方針を後押しする形となっています。ロシアのウクライナ侵攻は、核を放棄した小国が容易に大国の攻撃を受けうる教訓を悟らせることとなりました。韓国で発足した尹錫悦政権は、文在寅前政権下で縮小した米韓合同軍事演習を復活させ、北朝鮮にとっての脅威は格段に増すことになりました。一方、中ロ首脳は、北朝鮮の建国74年に合わせて金総書記にそれぞれ祝電を送り、習近平国家主席は「戦略的疎通を維持し、中朝関係を共に守り発展させる」、プーチン大統領は「建設的な関係の発展を確信する」と言及したとのことです。
国連は、北朝鮮の最高人民会議が核兵器の使用条件などを定めた法令を8日採択したことについて、グテレス国連事務総長が「深く憂慮」しており、朝鮮半島の完全かつ検証可能な非核化に向けて「北朝鮮が関係国との対話を再開するよう改めて呼びかける」と発表しています。ドゥジャリク事務総長報道官は法令採択について「安全保障政策上の核兵器の役割と重要性を高めることは、核リスクの低減と排除に向けた国際社会の数十年にわたる努力に反する」と指摘、また、北朝鮮による核・ミサイル開発計画の推進は「(それらを禁じる)安全保障理事会の決議を無視している」と批判しています。
ロシアが北朝鮮から多数のロケット弾や砲弾を調達していることが分かったと報じられています。米政府当局者が分析内容を明らかにしたところによれば、当局者は「(ロシアへの)輸出規制や制裁が効き、ロシア軍が深刻な(兵器や弾薬の)供給不足に直面している」、「北朝鮮に手を伸ばしたという事実は、継戦能力の面で課題を抱えていることの表れだ」と述べ、ウクライナに侵攻したロシアに対する米欧の制裁の成果を強調しています。また、ロシアが北朝鮮からの調達をさらに増やす可能性があるとも説明しています。ロシアは国連で北朝鮮への制裁強化に反対するなど、北朝鮮との関係を深めてきていますが、北朝鮮はロシアから戦闘機などの兵器を買ってきた経緯があり、ロシアが逆に北朝鮮から購入するのは珍しいことだといえます。なお、ロシアは武器調達を外国に依存するケースが目立ってきています。米国務省のパテル副報道官は、ロシアがイランから無人機を調達したと言及、数百機の調達を目指していると見られています。さらに、米政権はこれまでにロシアが中国に軍事支援を依頼したとみており、中国の動向も監視しているとみられます。また、米国務省のパテル副報道官は、国連安全保障理事会決議に基づく制裁措置で北朝鮮からの武器購入が禁止されているとし、「安保理常任理事国がこうした措置を検討していることを特に懸念している」と述べ、ロシアの動きを強くけん制しています。一方、ロシア外務省のジノビエフ・アジア第1局長は、新型コロナウイルス感染対策として停止してきた北朝鮮への石油や石油製品の提供を再開する用意があると述べています。同氏は、ロシアと北朝鮮の貿易は2020年から止まっていると指摘した上で、北朝鮮側からの要請があれば石油などの輸出を再開できるとの考えを示しました。ロシアと北朝鮮は、ウクライナ侵攻を受けた対露制裁でロシアと日米欧の関係が極度に悪化した状況を背景に、関係強化が目立っています。
このような状況とあわせ、北朝鮮では、核・ミサイル開発も進められている状況にあります。直近では、米シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)は、北朝鮮が2012~2016年に事実上の長距離弾道ミサイルを発射した北西部東倉里の「西海衛星発射場」を8月31日に撮影した衛星写真に基づき、過去数週間にエンジンの燃焼実験を行った可能性があるとの分析を発表しています。ミサイルなどに使用されるエンジンの実験とみられています。エンジン実験台付近の草木が燃えた痕跡などを確認、「未公表の実験があったことを示している」と指摘しています。朝鮮中央通信は2022年3月、金総書記が同発射場を視察した際に大型ロケットを発射できるよう施設の拡充を指示したと報じており、CSISによると、6月8日ごろに始まった線路沿いの大型倉庫の建設はほぼ完了したといいます。一方、外務省の船越アジア大洋州局長、米国務省のソン・キム北朝鮮担当特別代表、韓国外交省の金健・朝鮮半島平和交渉本部長が外務省で北朝鮮情勢について協議、北朝鮮が核実験などの挑発を行った場合、毅然とした対応が必要との認識で一致、連携を確認しています。日本外務省幹部によると、3氏は北朝鮮が核・ミサイル開発を活発化させている状況について「深刻な懸念」を共有し、日米韓の安全保障協力で抑止力を高めていくことを確認、ウクライナへの侵攻を続けるロシアが弾薬を調達するため、北朝鮮と接触しているとの見方についても話題にのぼった一方、解決に向けて北朝鮮との対話の模索を続けることでも一致したといいます。また、秋葉国家安全保障局長、米国のサリバン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)、韓国の金聖翰国家安保室長はハワイ・ホノルルで会談、金氏は会談後「北朝鮮が7回目の核実験をすれば、間違いだったと分からせる方向で3カ国は協力を最大化させる」と話し、日米韓が断固とした対応を取ることを確認したとしています。日本政府は、最近の台湾やウクライナの情勢についても意見交換し、緊密に連携することで一致、北朝鮮の非核化に向けた連携と協力が重要だと申し合わせたほか、拉致問題の即時解決に向けた米韓両国の支持と協力も確認したと発表しています。
国際原子力機関(IAEA)は2022年9月7日に発表した年次報告書で、北朝鮮の核開発プログラムについて「深刻な懸念」があるとし、国連安全保障理事会決議を順守するよう要請しています。IAEAは、北朝鮮が豊渓里近くの核実験場で核実験用トンネルの掘削作業を3月に開始したと指摘、掘削作業は5月までに完了した可能性があるとしています。また、核実験場で複数の木製施設が建設されたほか、近くの道路の一部を補強する作業が確認されたと指摘しています。報告書で「北朝鮮の核開発計画の継続は、関連する国連安保理決議に対する明確な違反であり、深く遺憾だ」としています。
韓国の尹錫悦政権は、軍事偵察衛星の開発やステルス戦闘機の追加購入など防衛体制の強化を急いでおり、先制打撃能力を向上させることで、核・ミサイル開発を続ける北朝鮮への抑止力を高める狙いがあるとされます。強化の柱は、〈1〉ミサイル発射の兆候があれば先制打撃する「キル・チェーン」〈2〉ミサイル防衛〈3〉攻撃を受ければ北朝鮮指導部などに報復攻撃をする「大量反撃報復」、の3本で、「3軸体系」と呼ばれ、朴槿恵政権の2016年に整備が本格化しています。北朝鮮は迎撃の難しい変則軌道を含む様々な種類のミサイルを開発しており、韓国軍は発射の兆候を探知した時点で移動式発射台(TEL)などを先制打撃する能力の向上に力を入れるとしています。さらに、TELを監視するため、2025年までに米民間企業のロケットで、軍事偵察衛星5基も打ち上げるとしています(現在は独自の軍事偵察衛星がなく、米国に依存している状況だといいます)。一方、多数のミサイルをほぼ同時に発射する飽和攻撃を受けた場合、全て防ぐことは難しいことから、専門家は北朝鮮に攻撃を思いとどまらせるため、「平壌の指導部に対して大規模に報復できる攻撃力の保有も重要になる」と指摘しています。一方、パテル米国務省副報道官は、7回目の核実験を実施できる状態だとされる北朝鮮に対し「敵意は一切抱いていない」と述べ、対話姿勢を強調して挑発行為を牽制しています。「われわれの目標は朝鮮半島の完全な非核化であり続ける」とし「前提条件なしに北朝鮮側と会談する用意がある。北朝鮮が前向きに応じることを望む」と述べています。このような米韓両国の思惑の中、8月に米韓合同軍事演習「乙支フリーダムシールド」を実施しましたが、これに反発し、北朝鮮の対外宣伝メディアは、2日連続で「侵略勢力による演習には、必ず相応の軍事的対応が伴う」などと警告する論評を発表しています。対韓国窓口機関の祖国平和統一委員会が運営するウェブサイト「わが民族同士」は、同演習について「軍事侵攻を前提とした最も冒険的な侵略実戦演習」だと主張、「家の前で危険な火遊びが繰り広げられるのを、座してみている者がどこにいようか」と対抗措置も辞さない意向を示したほか、翌日の論評でも、尹大統領が「実戦同様の演習だけが、韓国国民の生命と国家の安全保障を堅固に守ることができる」と述べたことに反応、「演習が平和と安全を保障するというのは、放火犯が火を消すというような荒唐無稽な詭弁だ」と反発しています。北朝鮮は、そのほかの複数の対外宣伝サイトでも「(演習は)核戦争勃発の予告編だ」「好戦狂には無慈悲な懲罰しか出番がない」などと相次ぎ論評を発表、米韓への牽制を強めています。
その一方で、韓国の尹大統領は、北朝鮮に対する「大胆な構想」を明らかにしています。核開発をやめれば、食料を届け、発電所や港や病院を造ったり、直したりするとしています。尹大統領は演説で、北朝鮮の経済と国民の暮らしを「画期的に改善できる」とする「支援内容」として、「大規模な食料供給プログラム」「発電や送配電のインフラ支援」「国際貿易のための港湾や空港の現代化プロジェクト」「農業の生産性を高めるための技術支援プログラム」「病院や医療インフラの現代化支援」「国際投資と金融支援プログラム」など次々と並べたてました(5月に北朝鮮での新型コロナ禍が発覚した際には、尹政権が北朝鮮への「支援の用意がある」と表明したものの、北朝鮮側からの具体的な反応はなく、意思疎通が進まない状況があらわになっています)。それに対し、北朝鮮の金与正朝鮮労働党副部長は、「絶対に相手にしない」と一蹴しています。与正氏は、北朝鮮が核放棄と開放政策を取るのと引き換えに国民1人当たりの年間所得を3,000ドルに引き上げるとした李明博元韓国大統領の「非核・開放・3000」政策の「コピーにすぎない」とこき下ろしたほか、北朝鮮が8月17日に黄海に向けて巡航ミサイル2発を発射した地点について、韓国軍が発表した平安南道の温泉」付近ではなく「安州だった」と主張、「どうして発射地点もまともに明らかにできないのか」と韓国のミサイル追跡監視能力に疑問を呈するなど、北朝鮮に対する先制打撃を唱える尹氏を揺さぶる狙いとみられています。
また、北朝鮮外務省は、同国の完全な非核化を支持するとした国連事務総長の発言を公平性と公正さを欠くと批判しています。国連のグテレス事務総長は、韓国の尹大統領とソウルで会談した際、北朝鮮の完全な非核化に向けた努力を全面的に支持すると述べていました。北朝鮮外務省の国際機関担当高官は声明で「国連事務総長の発言は、朝鮮半島の問題に関して著しく公平性と公正さを欠き、国連憲章が定める事務総長としての義務に反しており、深い遺憾の意を表明せざるを得ない」と表明、国連事務総長は特定の国の政府に要請したり命令を受けたりすべきでなく、国連に対してのみ責任を負う国際公務員としての立場を損ねるような行為を慎むべきだと指摘しています。また、北朝鮮の核開発に関する「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」は「北朝鮮の主権侵害」と主張、「一方的に軍縮を要求しているが、北朝鮮がすでに容赦なく完全に拒否していることをグテレス事務総長はおそらく十分認識している」とし、朝鮮半島情勢が極めて深刻な中、グテレス氏は「危険な言葉」を口にするときは注意すべきだと述べています。
(前回の本コラム(暴排トピックス2022年8月号)で取り上げた)防衛白書は、北朝鮮について「日本の安全に対する重大かつ差し迫った脅威」と言及しています。低空を変則的な軌道で飛ぶ短距離弾道ミサイルなどの発射を繰り返しているとして「さらなる挑発行為も考えられる」と分析、金総書記が2021年、軍事力の強化策のひとつに「戦術核兵器」を挙げたと紹介しています。これまでは大陸間弾道ミサイル(ICBM)などに搭載し、相手国の都市などを標的にする威力の高い戦略核を開発しているとみられてきたところ、戦術核は核兵器の出力を抑えて敵の軍事拠点や部隊などの攻撃を想定するもので、「使える核」とも呼ばれ核使用のハードルが下がるという見方があり、ウクライナに侵攻したロシアは戦術核の使用をちらつかせて関係国を威嚇した経緯があります。核の運搬手段となるミサイルの開発も進めており、白書では2022年4月に「新型戦術誘導兵器」と称するミサイル、2019年以降は鉄道発射型や潜水艦発射型など多様な形態で短距離弾道ミサイル(SRBM)を撃ったと説明しています。これに対し政府は、「反撃能力」の保有を検討するとし、日本を攻撃すれば反撃されると思わせることで抑止力を高めるとしています。また、ほかに手段がない条件下では「自衛の範囲に含まれ、基地をたたくことは可能だ」と解説しています。
米国務省のプライス報道官は、北朝鮮が現地時間同日に黄海へ向けて巡航ミサイル2発を発射したことに関連し、近年のミサイル開発の進展状況に懸念を示しています。「インド太平洋の平和と安全に対する明白な脅威であり、その域外にも影響を及ぼし得る」と述べています。同氏は、国連安全保障理事会決議違反となる北朝鮮の弾道ミサイル発射には毅然とした対応を取ると強調、また、バイデン政権の対北朝鮮政策に関し、対話を呼びかけると同時に挑発行為には責任を取らせてきたと説明、北朝鮮が核実験の準備を終えたとみられることも念頭に「根本的に姿勢を改めるまで制裁を続ける」と語っています。
前述したとおり、北朝鮮は2022年8月17日未明、西海岸から黄海に向けて巡航ミサイル2発を発射しています。北朝鮮によるミサイル発射は6月5日の弾道ミサイル発射以来、約2カ月ぶりとなります。米韓両軍は合同軍事演習を約4年ぶりに規模を拡大して実施しましたが、8月16日から事前演習を始めており、演習実施に強く反発してきた北朝鮮が今回の発射で対抗する姿勢を誇示したとみられています一方、。金総書記は、新型コロナウイルス感染症との防疫戦に「勝利した」と宣言しており、コロナの影響を受けずに軍備拡張を推進することを内外にアピールする狙いもあると考えられます。なお、巡航ミサイルは弾道ミサイルと違い、国連安全保障理事会決議で発射は禁じられておらず、国際社会の反発の少ない巡航ミサイル発射で米韓の出方を探る意図も見え隠れしています。北朝鮮のミサイル発射は日本の国民にとって身近な脅威であるはずですが、その危機感は官民ともに十分とはいえません。その最たるものがシェルターの整備の遅れです。以前の本コラムでも取り上げましたが、ミサイル攻撃への備えとして、堅牢な地下のシェルターを増設することは優先順位の高い課題であるように思われます。ロシアのウクライナ侵攻の際に、ウクライナの人々の命を守った手段の1つが地下シェルターへの退避であることは明白であり、それでも遅々として整備が進まない状況には焦りを覚えます。その点、2022年8月24日付産経新聞の社説「シェルターの整備 首相直轄で急ぎ取り組め」は説得力がありました。以下、抜粋して引用します。
北朝鮮で食糧難が深刻化していると報じられています。2022年9月7日付読売新聞の記事「北朝鮮で食糧難か、「洪水で農作物が被害」と窮状…「放置すれば政権の不安定化に」」に詳しく、以下、抜粋して引用します。
金総書記は8日の最高人民会議において、新型コロナウイルスの再流行に備え、「ワクチン接種を責任を持って実施する」と表明しています。北朝鮮はこれまで国際社会によるワクチン提供に応じてきませんでしたが、方針転換に伴い、米韓などの人道支援表明に反応するかが焦点となりえます。金総書記は8月10日、新型コロナウイルスとの闘いについて「勝利宣言」をしています。北朝鮮は、4月末以降に感染疑いの発熱患者が計477万人超確認され、74人が死亡したものの、7月29日以降新たな感染者は出ていないと説明しています。関連して、国連は、北朝鮮の新型コロナウイルス関連規制が人権侵害悪化につながっているとするレポートを発表しています。具体的には、情報アクセス規制強化や国境警備強化、デジタル関連の監視強化などを挙げています。報道によれば、複数の人権団体は、権威主義的な政府がコロナ禍を監視強化や反対勢力の迫害に利用する例が世界的に横行していると指摘、、脱北者への聞き取りや他の国連機関の情報、公表されている資料などに基づき、北朝鮮が2020年初めに行った国境封鎖が外部情報へのアクセスを一段と疎外していると報告、当局は国境における軍増強、柵やテレビカメラの設置などを強化したといいます。さらに、電子透かしやハードウエア変更などの新技術導入を通じて監視を強化し、外国の情報へのアクセス抑制を行うとともに、海外ラジオ放送の周波数を妨害しているといいます。また、国連人権理事会の特別報告者エリザベス・サルモン氏が、北朝鮮の人権問題について、韓国の文在寅前政権が、漁船で越境してきた北朝鮮の船員を送還した問題について「非常に憂慮している。誰がそのような決定をしたかに関わらず調査していく」と述べています。韓国軍が2019年11月に拿捕した北朝鮮の漁船の船員2人は「同僚の16人を殺害して逃走中だった」として送還されたもので、今年5月に尹政権が発足した後、検察当局が、2人が亡命の意思を示したにもかかわらず、北朝鮮に強制送還された疑いがあるとして、当時の文政権幹部らを対象に捜査を進めているものです。サルモン氏は「いかなる脱北者でも、強制送還の対象になることには憂慮する」と述べ、送還後に拷問を受ける危険性が高いと指摘しています。サルモン氏はほかに、中国政府が脱北者を送還している状況にも触れ、「送還された脱北者は深刻な人権侵害にさらされている」との懸念を示し、「中国政府は、不法移民であり難民ではないとの立場だが、引き続き中国政府と対話の努力を続ける」と述べています。これらのレポートに対し、北朝鮮外務省は、同国の人権問題を担当する国連のサルモン特別報告者が「偏見」を抱いていると非難し、北朝鮮体制の転覆を目指す米国主導の取り組みを容認しないと表明しています。8月の就任後初めて韓国を訪問しているサルモン氏は着任に当たり声明を発表し、2年以上に及ぶ厳しい新型コロナウイルス対策により北朝鮮の人権状況が悪化していると指摘しました。北朝鮮外務省報道官は「単なる米国の操り人形にすぎない『特別報告者』を認めることも相手にすることもないという原則的立場をわれわれは既に明確にしている」と述べたほか、「北朝鮮の社会体制を転覆させる狙いで『人権』を巡り騒ぎ立てる米国とその従属国の動きを決して容認しない」とも語っています。国連は最近発表した別レポートでも、北朝鮮のコロナ関連規制が人権侵害悪化につながっていると指摘、具体的には情報アクセス規制強化や国境警備強化、デジタル関連の監視強化などを挙げています。
3.暴排条例等の状況
(1)暴力団排除条例の改正(鳥取県)
鳥取県暴力団排除条例(暴排条例)が一部改正され、8月より施行されています。
令和4年3月25日、鳥取県暴力団排除条例の一部を改正する条例が制定され、同年5月1日(暴力団排除特別強化地域に係る規制については同年8月1日)から施行されています。条例の主な改正点としては、「暴力団事務所の開設及び運営を禁止する規制区域の拡大(令和4年5月1日施行)」、「「暴力団排除特別強化地域(鳥取市及び米子市の繁華街等の一部)」内における特定営業者と暴力団員との利益の授受の禁止【新設】(令和4年8月1日施行)」、「立入検査等を規定【新設】(令和4年5月1日施行)」となり、暴力団に対する規制を非常に強化するものとしています。具体的には、暴力団排除特別強化地域に係る規制について、「鳥取市及び米子市の繁華街等の一部を「暴力団排除特別強化地域」に指定し、その地域内において風俗店や飲食店等の特定の営業者と暴力団員との間で、用心棒料、みかじめ料の授受を禁止することとし、令和4年8月1日から施行となります」、暴力団排除特別強化地域に係る規制については、鳥取市及び米子市の繁華街等の一部を「暴力団排除特別強化地域」に指定し、その地域内において風俗店や飲食店等の特定の営業者と暴力団員との間で、用心棒料、みかじめ料の授受を禁止するもので、令和4年8月1日から施行となります」と紹介されています。
(2)暴力団排除条例に基づく勧告事例(新潟県)
新潟県公安委員会は、暴力団員へ金銭的な援助をしたとして、新潟県暴排条例違反で、新潟県中越地区の建設会社と、柏崎市の六代目山口組系暴力団組員1人に勧告を行っています。報道によれば、建設会社は2020年11月下旬ごろから2022年4月下旬ごろにかけ、暴力団の運営に資することを知りながら、暴力団組員に援助目的で現金計70万円を渡し、利益を供与したというものです。暴力団員も事情を知りながら受け取ったといいます。
本条例第11条(利益の供与等の禁止)において、「事業者は、第18条第2項及び第3項に定めるもののほか、その行う事業に関し、暴力団員等又は暴力団員等が指定した者に対し、次に掲げる行為をしてはならない」として、「(2)前号に掲げるもののほか、情を知って、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなる利益の供与(法令上の義務又は情を知らないでした契約に係る債務の履行としてする利益の供与その他正当な理由がある場合にする利益の供与を除く。第18条第3項及び第19条第3項において同じ。)をすること」が禁じられており、事業者はこの規定に抵触したものと考えられます。また、同条第2項では、「暴力団員等は、第19条第2項及び第3項に定めるもののほか、情を知って、事業者から当該事業者が前項の規定に違反することとなる利益の供与を受け、又は事業者に当該事業者が同項の規定に違反することとなる当該暴力団員等が指定した者に対する利益の供与をさせてはならない」と規定されており、暴力団員はこちらの規定に抵触したものと考えられます。そして、第21条(勧告)において、「公安委員会は、第11条、第13条第2項又は第14条第2項の規定に違反する行為があった場合において、当該行為が暴力団排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、当該行為をした者に対し、必要な勧告をすることができる」と規定されていることから、今回、双方に勧告が出されたものと考えられます。
(3)暴力団排除条例に基づく逮捕事例(東京都)
東京・神田の繁華街を「縄張り」とする暴力団側にみかじめ料を払ったとして、警視庁が飲食店と風俗店計3店舗の経営者ら3人を東京都暴排条例違反容疑で書類送検しています。報道によれば、同じエリアでは3店以外にも複数の店舗がみかじめ料を払っていたことが確認されているといいます。神田署によると、経営者ら3人は2019年10月~2022年1月、住吉会系組幹部に計72万円をみかじめ料として支払った疑いがあり、幹部は、それぞれの店からみかじめ料を受け取ったとする同条例違反罪ですでに起訴されています。警視庁は2022年3月、3店とは別の居酒屋を脅し、約5年にわたってみかじめ料を支払わせたとして、この幹部のほか同じ組の関係者ら3人を恐喝容疑で逮捕しています。その後の捜査で、この組が10年以上前からJR神田駅周辺の居酒屋やキャバクラなど、少なくとも十数店舗からみかじめ料を徴収していたことが判明したというものです。なお、みかじめ料を受け取ったとされる幹部らが逮捕されて以降、神田駅周辺でみかじめ料をめぐるトラブルはないということです。
本条例第二十五条の三(特定営業者の禁止行為)第2項において、「特定営業者は、暴力団排除特別強化地域における特定営業の営業に関し、暴力団員に対し、用心棒の役務の提供を受けることの対償として、又は当該営業を営むことを暴力団員が容認することの対償として利益供与をしてはならない」と規定されており、さらに、第三十三条(罰則)において、「次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する」として、「三 相手方が暴力団員であることの情を知って、第二十五条の三の規定に違反した者」が規定されています。本件は、これらに抵触したものと考えられます。
(4)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(大阪府)
群馬県警高崎北署は、暴力団対策法に基づき、高崎市に住む松葉会系組幹部に対し、女性2人への暴力的要求行為をしないよう中止命令を出しています。報道によれば、群馬県内在住の70代女性と40代女性に対し、金品など財産上の利益の贈与を要求しないよう命じたといいます。
暴力団対策法第9条(暴力期要求行為の禁止)では「暴力的要求行為」の禁止が規定されており、本件は「二人に対し、寄附金、賛助金その他名目のいかんを問わず、みだりに金品等の贈与を要求すること」に抵触したものと思われます。そのうえで、第11条(暴力的要求行為等に対する措置)の「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をしており、その相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該暴力的要求行為を中止することを命じ、又は当該暴力的要求行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる」として、中止命令が発出されたものと思われます。