暴排トピックス
首席研究員 芳賀 恒人
1.三栄建築設計 第三者委員会調査報告書から学ぶべきこと
2.最近のトピックス
(1)AML/CFTを巡る動向
(2)特殊詐欺を巡る動向
(3)薬物を巡る動向
(4)テロリスクを巡る動向
(5)犯罪インフラを巡る動向
(6)誹謗中傷/偽情報等を巡る動向
(7)その他のトピックス
・中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向
・IRカジノ/依存症を巡る動向
・犯罪統計資料
(8)北朝鮮リスクを巡る動向
3.暴排条例等の状況
(1)暴力団排除条例に基づく逮捕事例(北海道)
(2)暴力団排除条例に基づく逮捕事例(沖縄県)
(3)暴力団対策法に基づく逮捕事例(兵庫県)
(4)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(静岡県)
(5)暴力団対策法に基づく再発防止命令発出事例(福岡県)
1.三栄建築設計 第三者委員会調査報告書から学ぶべきこと
三栄建築設計創業者による暴力団組長への利益供与問題について、2023年8月15日に第三者委員会の調査報告書が公表されました。本報告書から、私たちが何を学ぶべきかに焦点を絞って、いくつか指摘しておきたいと思います。
▼三栄建築設計 第三者委員会の調査報告書公表等に関するお知らせ
本件はまずは創業者のコンプライアンス意識の欠如によるものが極めて大きいことは明白です。相手が指定暴力団の暴力団員であると認識したうえで、その関係を長年にわたり継続し、特定の従業員を窓口として、いわば特命案件として各種の便宜を図ったのみならず、同社のトラブル案系の交渉を委ねるなどしたほか、暴力団員の紹介する業者を同社の取引に関与され経済的利益をも供与したものであり、さらには同社の接待交際費によって暴力団員と飲食をともにしていた疑いも認められるなど、プライム上場企業のトップとして、完全に不適格であると指摘せざるを得ません。さらに、報道によれば、2022年9月12日、会社法違反(特別背任)容疑で警視庁の捜索を受けたその日の夜、被疑者とされた創業者は幹部4人と顧問弁護士を集めて不満をぶちまけ、「昔からの知り合いと飲み食いしただけで何の問題があるのか。法に触れるわけではないだろう」、暴力団組長から紹介された業者に解体工事を回し、代金の一部を渡したとの疑惑については、「小切手で払えと言われて、自社内で払うのはリスクがあるので、法律事務所で弁護士に渡してもらうよう指示を出した。リスクヘッジしているのだから、問題はない」と釈明したといいます。この時点で辞める意思はなかったといいますが、社外役員や金融機関の圧力が強まり、1カ月半後には辞任、事件は2023年6月、東京都公安委員会から勧告を受ける形で表沙汰になりました。こうした言動を見るにつけ、創業者のカリスマ性は、会社の成長の原動力であると同じくらい、会社にとっての大きな爆弾を抱えるという「副作用」もまた大きいということを痛感させられます。また、創業者と暴力団員とのが何らかの関係性を有していることを認識していた者もいたものと認められるものの、結局、「創業者に対してものが言えない社内の風土」があり、創業者のコンプライアンス意識が欠如した状態が是正されないまま放置される結果をもたらしたといえます。この点は、一方で、同社の役職員の間で、反社会的勢力排除の意識が十分ではなかったことをも示すものでもあります。誰も、それを深く確認しようとも、関係解消に向けて具体的なアクションを講じようともしなかった不作為につながる結果となりました。さらに、事案が発覚してからの創業者一族の排除の動きの迅速さを見るにつけ、もっと早く社外取締役との連携がなされなかったのかも悔やまれるところです。
筆者は今回、第三者委員会の報告書を読みながら、創業者という絶対的なトップに対するガバナンスをいかに実効性をもって機能させるかとともに、反社会的勢力排除のための「内部統制システム」の整備の重要性を、あらためて強く認識させられました。筆者は以前、当時上場していた不動産会社の創業者と反社会的勢力との関係が噂されていることを受けて、当該企業の過去の社内資料(稟議書や経費関連の証票類など)を精査する機会がありました。その時、正に、「内部統制システムが経営者によって無力化」させられている実態、「経営陣の暴走」を誰もとめられてなかった実態を目の当たりにして、強い衝撃を受けました。こうした経験から、しっかりとしたガバナンス態勢以外にも、反社リスク対策においては、反社チェックはその一部に過ぎず、適切な「内部統制システム」を整備することが重要だと言い続けています。実際、2007年の政府指針(企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針)においては、「会社法上の大会社や委員会設置会社の取締役会は、健全な会社経営のために会社が営む事業の規模、特性等に応じた法令等の遵守体制・リスク管理体制(いわゆる内部統制システム)の整備を決定する義務を負い、また、ある程度以上の規模の株式会社の取締役は、善管注意義務として、事業の規模、特性等に応じた内部統制システムを構築し、運用する義務があると解されている」、「反社会的勢力による不当要求には、企業幹部、従業員、関係会社を対象とするものが含まれる。また、不祥事を理由とする場合には、企業の中に、事案を隠ぺいしようとする力が働きかねない。このため、反社会的勢力による被害の防止は、業務の適正を確保するために必要な法令等遵守・リスク管理事項として、内部統制システムに明確に位置付けることが必要である」と指摘されていることを、あらためて皆さまには認識いただきたいところです。その当時、露呈した事実については、例えば以下のようなものがありました。
- 至急での現金支払い
- 至急との理由から、事前の稟議なく、ごく一部の経営陣のみの承認により、支払い内容が不明確なまま、1億円が現金で支払われた事例があった。社内(内部監査室)の調査に対して、「手付金」との当事者の説明があったが、その具体的な内容を説明できる資料は提出されず、1年以上当該案件は議論の遡上に上ることもなくうやむやにされ、結局、経理処理も最終的に雑損処理された。
- 特定の取引先との不透明な関係
- 特定のコンサルティング会社や特定の紹介者だけでなく、地上げや立退きなど特定の専門業者においても反社会的勢力との風評のある先と知っていて頻繁に業務を委託している。
- また、特定の紹介者の紹介先であれば、実態がほとんど確認できない新設企業であっても、専門業務を委託する(当然ながらその後再委託されるがその先は反社会的勢力の風評がある)等のずさんな取引先選定が行われている。
- 不透明な業務委託と報酬
- 用地の購入を巡って社会運動を標榜する団体とトラブルが発生した際に、前代表の関係で取引しているコンサルティング会社(反社会的勢力との風評)に仲介を依頼し、同社に3億円が支払われた。業務委託契約書は明らかに後付けであり、法務部門の見解からも、案件の規模からも適正な範囲を逸脱した額であると考えられ、最終的な受領先が不明なまま処理されている等とあわせ、不透明な業務委託と報酬となっている。
- また、過去犯罪歴のある特定の紹介者については、その関係会社に対する業務委託が、条件が相手方に有利であるばかりか、相次ぐ追加業務(至急での依頼であったり、必要性に欠ける内容のものが多い)に対する請求に対し、ほとんど何らの精査を加えることなく支払われている例が散見された。当該紹介者は、前社長とは個人的な紹介によりZ社と取引が開始されたものであり、Z社にとって重要な案件への関与度合いが大きく、当該人物に対する会社としての依存度はかなり高かった。
こうした内部統制システムの綻びについては、三栄建築設計の事案でも確認できます。例えば、創業者の接待交際費の使用状況において、「摘要において接待の相手方について具体的な記載がないという特徴が認められた」という指摘です。それ以外にも暴力団員が創業者に対して多数枚の領収証を交付していた事実も認められていたといいますが、少なくとも、こうした「例外処理」を創業者のものだからといって安易に認めていたために、反社会的勢力との関係の端緒を把握できなかったといえます。正に、こうした「例外処理」を一切排除し、その理由を突きつめていくことが重要となるのです。
また、東京証券取引所について、2022年4月の市場再編では、「より高いガバナンス水準を備えた企業」をプライム市場に集めるとしていたにもかかわらず、なぜ上場時も、上場後も10年以上にわたって経営トップが暴力団員と関係を続けていたこと、そして、それを見抜けなかったことを東証は重く受け止める必要があります。見抜く手だては本当になかったのか、メインバンクや主幹事証券会社も全く知らなかったのか、東証は、経営や上場に関わった当事者から話を聞くなど問題を徹底的に検証し、再発防止策を講じる必要があると思います。ただし、残念ながら、今回のケースでは、通常の反社チェックのレベルでは見抜くことが難しかったように思います。一方で、前述のとおり、接待交際費の使用にあたり、特定の人間について摘要欄が空白という異例な状況であることがつかめれば、それをきっかけとして深堀り調査をすることで、その問題が把握できた可能性があります。この点については、東証、メガバンク、主幹事証券会社のいずれもそこまでの端緒を知ることは困難であり、したがって、通常果たしうる最大限の努力をもってしても、反社会的勢力との関係を見抜くことが難しかったと考えられます。重要なことは、だからといって何もしないのではなく、改善すべき点、改善できることを洗い出して、精度を高める努力をしていくことだと思います。
第三者委員会の報告書では、反社チェック体制の課題がいくつか指摘されています。まず、「エビデンス提出が義務付けられていない」という点であり、コンプライアンスチェックの結果をエビデンスとして添付しなくても承認申請自体が可能であったといいます。次に、「規程に従った継続取引先調査が実施されていない」という点です。例えば、年1回実施することが求められている継続取引先調査が、2017年から、総務課からランダムに抽出した数十社程度のみを対象として実際されている状況が続いていることが指摘されています。背景には、チェック態勢のリソースが実施すべき対象数に対して不足していたことなどが挙げられています。全社的なリスク評価を行って、まずはチェックのあり方を見直し、ルール等を改定するとともに、実現可能な人員の配置や外部業者への委託などを検討していくことが重要となります。また、「上長判断の不透明性」も指摘されています。同社では、例えば、コンプライアンスチェックの結果、該当があるにもかかわらず、なぜ最終段階で「取引可」としたのか、その理由も明確にされず、上司の恣意的な運用が可能な態勢となっていたといいます。反社チェックにおいては、必ずシロクロがはっきりわかるわけではありません。重要なことは「組織的判断」のあり方を明確にすることです。判断には、「反社会的勢力かどうか」と「取引してよいか(関係をもってよいか)」の2つがあります。グレーであることもある程度想定されるからこそ、それぞれの判断基準、判断者、エスカレーションのあり方など、「組織的判断」とするために必要な仕組みを整備していくことが必要です。そして、「直接の取引先以外に対する反社チェック」のあり方を改善すべきとの指摘があります。第三者委員会の報告書では、「本件事案は、当社及びMAIの直接的な取引先が反社会的勢力であったという事案ではなく、反社会的勢力から紹介された取引先を関与させたという事案であり、別件事案の中にもそのような事案が認められるところ、一般的に反社会的勢力による関与は直接的な取引先以外に生じることが考えられる」、「そのため、反社会的勢力との関係遮断を徹底し、同種事案の発生を防止するためには、直接的な取引先以外、例えば、新規取引先の紹介者や、当社及びそのグループ会社の下請け業者にとっての取引先等についても、反社チェックの対象としたり、直接的な取引からその取引先や関係者が反社会的勢力に該当しない旨を誓約させたりするなどして、反社会的勢力を排除する措置を検討することが考えられる」との指摘があります。正に、KYC(Know Your Customer)にとどまらず、KYCC(Know Your Customer’s Customer)の視点、実質的支配者・真の受益者の特定の視点が求められているといえます。
第三者委員会の報告書の末尾は、「今後、当社及びそのグループ会社の役職員は、かかるステークホルダーからの信頼を取り戻すべく行動しなければならない。そのためには、創業者のみに原因がある特異な事案であり、創業者が役員を辞任し、取締役の構成も変わったことをもって足りると安易に考えるのではなく、反社会的勢力との関係をもってしまうことが企業としての存立を危うくしかねない極めて深刻なリスクであることを痛感し、将来にわたり反社会的勢力との一切の関係遮断を実現しなければならないという強い意志を持ち続けていく必要がある」と指摘しています。筆者としても、反社リスクは、正に「企業の存続と従業員の人生を左右しうるほどの破壊力をもつ」重大なリスクであるという危機意識をすべての企業が持ち、緊張感をもって業務にあたるべきということを、あらためて本件を学ぶべきと考えます。
なお、三栄建築設計は、同業のオープンハウス社に買収され、上場廃止となります。また、東京証券取引所は、創業者(元社長)が長期にわたって暴力団関係者と交流していたことが、上場時の宣誓内容に反し、株主や投資家の信頼を損ねたとして、同社に対して、上場契約の違約金1千万円の支払いを求めると発表しています。
長年にわたってみかじめ料を支払ってきた露天商組合、「愛知県東部街商協同組合」が、「完全に関係を切って、信用される露天商として頑張っていきたい」として暴力団との決別を宣言し、記者会見で暴力団組長にみかじめ料1000万円の返還を求めたことを明らかにしました。以前の本コラムでも取り上げましたが、組合のみかじめ料は暴力団の主要な資金源となってきた経緯がありますが、こうした取り組みは貴重であり、「過去がどうであれ、こちらから関係を絶つことが重要だ」との専門家の指摘の通りと考えます。報道によれば、組合は愛知県内に6支部あり、主に三河地方の20~70代の約30人の露天商が所属、祭りなどで屋台を出していますが、公表の影響で主に自治体が主催する祭りへの出店を断られ、組合員の生活は困窮しているといいます。みかじめ料について、40代の組合員は「その金額を払っておけば面倒なことはないんじゃないかという感覚だった」と振り返り、60代の組合員も「僕らがこの世界に入った時からあったし、テナント料みたいなものだと思っていた」と話すなど、一般の組合員は暴力団との付き合いはなく、半ば慣習的に支払ってきた実態があります。組合を支援する元日本弁護士連合会民事介入暴力対策委員会副委員長の宇都木弁護士は会見で「露天商は非常に弱い立場。暴力団の恐怖と闘っていくのは大きな決意が必要。組合員の勇気、決意を理解してほしい」と呼びかけており、愛知県警は、組合の取り組みを注意深く見守り、組合と暴力団の関係が解消されたかを確認していくとしています。
警察庁は、育児や介護などを抱える職員でも働きやすい職場改革の取り組みや、さまざまなキャリアを持つ職員を特集した2023年版の警察白書を公表しています。人口減少やサイバー空間の拡大などによって急速に変化する治安課題に対応するため、多様な人材の確保と、それを支える職場環境の整備を推進していく考えを示しています。白書によると、2022年の刑法犯の認知件数はピーク時の2002年から78.9%も減少した一方、国民の体感治安の改善は限定的だと指摘、背景には「統計だけでは現れない社会の変容に伴う治安課題の複雑化がある」とし、多様な能力や知見を持った人材の必要性を強調しています。また、他にも、特殊詐欺や強盗などを働くために匿名性の高いSNSなどを通じてつながる「匿名・流動型犯罪グループ」への対策に加え、要人警護強化や自転車の安全利用促進に向けた取り組みなどが盛り込まれました。ウクライナのゼレンスキー大統領らが参加した2023年5月のG7広島サミットに伴う警備も振り返り、会議の進行に影響するテロやサイバー攻撃はなかったと総括しています。以下、令和5年警察白書から、抜粋して引用します。
▼警察庁 令和5年警察白書
▼特集 複雑化する社会に適応する警察組織と多彩な人材
- 情報通信技術の発展、サイバー空間の変容と治安課題の変化
- 情報通信技術の著しい発展や、日常生活や経済活動へのサイバー空間の浸透は、社会に様々な便益をもたらす反面、サイバー空間を舞台とした犯罪をはじめ、新たな治安課題を生み、また深刻化させている。
- 1990年代以降急速に発展したインターネット、パソコン、携帯電話等の情報通信技術は、それ以前の固定電話を中心とする通信手段に大きな変化をもたらした。特に、近年、スマートフォンが様々なコンテンツやアプリケーションの利用が可能なモバイル端末として急速に普及し、サイバー空間が日常生活に浸透してきたことにより、新たな治安課題が生じているところである。
- サイバー空間における技術・サービスの犯罪インフラ化
- インターネット上で提供される技術・サービスの利用により匿名でのコミュニケーションや経済取引が可能となる中、これらの技術・サービスは、犯罪の実行を容易にし、あるいは助長するツールとして悪用されており、いわば犯罪のインフラとして利用されるようになっている。
- 例えば、他人の携帯電話番号や認証コードを利用したSMS認証により不正に設定されたアカウントがサイバー事案や特殊詐欺に悪用される実態がみられるなど、インターネット上で提供されるサービスが、規制の間隙を突いて不正に用いられている。
- また、「Tor」等の匿名化技術は、情報統制が行われている海外の国々において、インターネット上での自由な活動と当該活動におけるプライバシーの保護等の目的で利用される一方で、これらの技術が活用されたダークウェブについては、ランサムウエアにより窃取された情報や児童ポルノ画像等が掲載されるなど、犯罪インフラとして悪用されている。
- さらに、SNS上では、犯罪の実行者を募集する投稿(犯罪実行者募集情報)等が発信されている実態がみられる。こうした犯罪実行者募集情報等においては、「高額バイト」等の表現が用いられたり、仕事の内容を明らかにすることなく著しく高額な報酬を示唆したりするなど、犯罪の実行者を募集する投稿であることを直接的な表現で示さないものがみられる。こうした犯罪実行者募集情報等は、青少年等が安易に犯罪に加担する契機となっている。
- サイバー空間における犯罪やテロを助長する情報等の拡散
- 個人の誹謗中傷に類する言説やプライバシーに関わる画像・映像等のほか、企業における秘密情報が、インターネットを通じて急速かつ広範囲に拡散されるようになるなど、情報をめぐる違法行為が治安課題となっている。
- また、インターネット上の情報量が増大する中、爆発物を製造する方法や銃砲を3Dプリンタを用いて製造する設計図等がインターネット上に匿名で投稿され、容易に入手することができるようになるなど、テロ等の準備・実行に利用されるおそれがある情報がインターネット上で流布されている。また、インターネット上における様々な言説等を契機として、特定のテロ組織等と関わりのない個人が過激化するいわゆるローン・オフェンダーの脅威も現実化している。
- サイバー空間を通じた犯罪・テロのグローバル化
- サイバー空間が、全世界において重要な社会経済活動が営まれる公共空間となる中、サイバー空間をめぐる脅威は、グローバル化し、深刻の度を増している。
- 国境を越えて敢行されるサイバー事案・組織犯罪
- ランサムウエアと呼ばれる不正プログラムによる被害は、全世界で深刻化しており、国内においても、サプライチェーン全体の事業活動や地域の医療提供体制に影響を及ぼす事例が確認されるなど、被害が拡大し続けている。
- 令和4年中、ランサムウエアの感染経路については、VPN機器やリモートデスクトップからの侵入が全体の8割以上を占め、テレワーク等に利用される機器等のぜい弱性や強度の弱い認証情報等を利用して侵入されたと考えられるものが大半を占めている。
- また、SNSの普及等により国内外の間の連絡が容易となる中、犯罪者グループの中には、犯罪の実行に当たっての役割分担を細分化させ、そのネットワークを海外にまで広げているものもみられる。こうした犯罪者グループには、指示役と実行役との間の指示・連絡に秘匿性の高い通信手段を用いているものや、国内外の金融機関を利用してマネー・ローンダリングを行うものがあるなど、情報通信技術やサイバー空間を利用しながら国境を越えて犯罪を敢行している。
- 国家を背景に持つサイバー攻撃集団等によるサイバー攻撃
- 近年、我が国の事業者や学術関係者等を標的としたサイバー攻撃が発生しており、これらの中には、国家を背景に持つサイバー攻撃集団によるものがみられる。
- 例えば、北朝鮮当局の下部組織とされるラザルスと呼称されるサイバー攻撃集団が用いる手口と同様のサイバー攻撃が、我が国の暗号資産交換業者に対してなされており、数年来、我が国の関係事業者もこのサイバー攻撃集団によるサイバー攻撃の標的となっていることが強く推察される状況にある。
- また、海外の政府機関や重要インフラ分野の関連企業・施設等に対するサイバー攻撃も後を絶たず、これらの攻撃についても、国家を背景とするサイバー攻撃集団の関与が疑われるものがみられる。我が国においては、令和4年9月、「e-Gov」等の政府機関等が運営する複数のウェブサイトが一時的に閲覧不能となる事案が発生し、時期を同じくして、親ロシアのハッカー集団とされる「Killnet」等が犯行をほのめかす声明を発表したことが確認されている
- サイバー空間における技術・サービスの犯罪インフラ化
- 我が国の治安情勢全般に関する国民の認識
- 犯罪情勢に関する指標の動向
- 我が国における刑法犯認知件数は、官民一体となった総合的な犯罪対策や様々な社会環境の変化を背景に、総数に占める割合が大きい自動車盗、傷害及び暴行等の街頭犯罪及び侵入強盗や侵入窃盗等の侵入犯罪を中心として、平成15年以降大幅に減少している。令和4年の刑法犯認知件数は60万1,331件と、ピーク時の平成14年と比べ約225万件(78.9%)減少している。
- 国民の体感治安の動向
- 内閣府の最新の治安に関する世論調査によれば、「日本は安全・安心な国だと思う」と回答した者の割合は85.1%(平成16年の調査では42.4%)となっており、国民の体感治安には一定の改善がみられる。一方、「ここ10年で日本の治安は悪くなった」と回答した者の割合は54.5%で、依然として半数以上を占めている。
- また、治安に関連した現在の日本社会に関する認識として、「偽の情報を含め様々な情報がインターネット上で氾濫し、それが容易に手に入るようになった」と回答した者の割合は64.4%、「人と人のつながりが希薄となった」は54.1%、「国民の規範意識が低下した」は33.0%となっている
- 犯罪情勢に関する指標の動向
- 多様な治安課題に対する国民意識の高まり
- 我が国の犯罪情勢は、全体的に改善されてきたものの、1で述べたような社会情勢の変化に伴い、被害が深刻化しているサイバー事案や特殊詐欺等、従来の街頭犯罪や侵入犯罪に重点を置いた犯罪対策では捉えられない事象が生じており、治安課題が多様化している。ここでは、治安に関する世論調査において「自分や身近な人が被害に遭うかもしれないと不安になる犯罪等」として高い割合が示されている犯罪等を中心に、その結果も引用しつつ、近年における国民意識の変化に触れる。
- サイバー空間をめぐる脅威に対する国民の不安
- 治安に関する世論調査によれば、自分や身近な人が被害に遭うかもしれないと不安になる犯罪等として、不正アクセスやフィッシング詐欺等のサイバー犯罪を挙げた者の割合は52.3%(平成16年は24.2%)となっているほか、自分や身近な人が犯罪に遭うかもしれないと不安になる場所としてインターネット空間を挙げた者の割合は53.9%(平成16年の調査では19.1%)となっている。
- サイバー空間をめぐる脅威は、依然として深刻な情勢にあるところ、社会のデジタル化が進展し、インターネットの利用が日常生活に不可欠なものとなる中で、国民がサイバー空間をめぐる脅威に不安を感じているものとみられる。
- 特殊詐欺をめぐる国民意識
- 治安に関する世論調査によれば、自分や身近な人が被害に遭うかもしれないと不安になる犯罪等として、特殊詐欺や悪質商法等の犯罪を挙げた者の割合は52.6%(平成16年は28.4%)となっている。特殊詐欺については、暴力団、匿名・流動型犯罪グループが、犯行手口を巧妙化させ、犯行の分業化と匿名化を図った上で、組織的に敢行している実態にある
- 女性や子供に対する犯罪をめぐる国民意識
- 治安に関する世論調査によれば、自分や身近な人が被害に遭うかもしれないと不安になる犯罪等として、配偶者からの暴力や児童虐待等の家庭内での犯罪を挙げた者の割合は26.0%(女性は28.8%)、児童ポルノ、児童売春等の子供に対する犯罪を挙げた者の割合は24.4%(女性は26.6%)、痴漢や強制わいせつ等の性犯罪を挙げた者の割合は23.9%(女性は26.1%であり、平成16年は23.2%)となっており、いずれも4分の1程度の割合を占めている。
- 性犯罪・性暴力は、被害者の尊厳を著しく踏みにじる行為であり、その心身に長期にわたり重大な影響をもたらすものであることから、その根絶に向けた取組や被害者支援の強化が求められている。こうした中、「性犯罪・性暴力対策強化のための関係府省会議」において、令和2年6月に「性犯罪・性暴力対策の強化の方針」が決定され、令和5年3月には、取組の継続・強化を目的とした「性犯罪・性暴力対策の更なる強化の方針」が決定されるなど、政府による取組が推進されているほか、累次の立法措置が講じられた。
- 児童虐待については、児童虐待又はその疑いがあるとして警察から児童相談所に通告した児童数が年々増加しており、令和4年中の通告児童数は過去最多の11万5,762人となっている。さらに、配偶者からの暴力事案等の相談等件数は増加傾向にあり、令和4年は8万4,496件と、配偶者暴力防止法の施行以降で最多となった。
- 重要犯罪をめぐる国民意識
- 治安に関する世論調査によると、自分や身近な人が被害に遭うかもしれないと不安になる犯罪等として、殺人、強盗、暴行、傷害等の凶悪・粗暴な犯罪を挙げた者の割合は43.5%(平成16年は、殺人、強盗等の凶悪な犯罪が34.7%、暴行、傷害等の粗暴な犯罪が43.0%)となっている。
- 国民の体感治安に影響するとみられる殺人、強盗、強制性交等の重要犯罪の認知件数は、令和4年は9,535件で、9年ぶりに前年を上回った。また、世論調査後には、一般住宅等において多額の現金や貴金属等が強取される強盗等事件が連続して発生したことなどにより、国民の間で不安が広がっていることが懸念される。
- 交通事故をめぐる国民意識
- 治安に関する世論調査によれば、自分や身近な人が被害に遭うかもしれないと不安になる犯罪等として、飲酒運転による交通事故やひき逃げ、妨害運転(あおり運転)等の悪質・危険な交通法令違反を挙げた者の割合が50.2%(平成16年は30.5%(注4))となっている。
- 交通事故情勢については、令和4年中の交通事故による死者数(注5)は2,610人と、7年連続で減少し、警察庁が統計を保有する昭和23年以降の最少を更新した一方、子供が犠牲となる痛ましい交通事故や、高齢運転者による悲惨な交通事故が相次いで発生しており、子供をめぐる交通安全対策や高齢運転者対策の充実・強化に対する社会的要請が高まっている。
- サイバー空間をめぐる脅威に対する国民の不安
- 我が国の犯罪情勢は、全体的に改善されてきたものの、1で述べたような社会情勢の変化に伴い、被害が深刻化しているサイバー事案や特殊詐欺等、従来の街頭犯罪や侵入犯罪に重点を置いた犯罪対策では捉えられない事象が生じており、治安課題が多様化している。ここでは、治安に関する世論調査において「自分や身近な人が被害に遭うかもしれないと不安になる犯罪等」として高い割合が示されている犯罪等を中心に、その結果も引用しつつ、近年における国民意識の変化に触れる。
▼第2章 生活安全の確保と犯罪捜査活動
- 特殊詐欺への対策
- 特殊詐欺の情勢等
- 令和4年中の特殊詐欺の認知件数及び被害額は、いずれも前年より増加し、高齢者を中心に多額の被害が生じており、依然として高い水準にある。
- 令和4年中の認知件数は、手口別にみると、還付金詐欺が4,679件と最も多く、次いでオレオレ詐欺(注4)が4,287件となっている。
- 警察では、職務質問等による「受け子」等の検挙、架け場等の摘発、悪質な犯行ツール提供事業者に対する取締り、犯行グループ及びその背後にいるとみられる組織の実態等に関する情報の収集・集約・分析を徹底することにより、特殊詐欺の根絶に向けた取組を推進している。
- 「オレオレ詐欺等対策プラン」等に基づく対策の推進
- 令和元年6月に開催された犯罪対策閣僚会議において、特殊詐欺等から高齢者を守るための総合対策として「オレオレ詐欺等対策プラン」が決定され、これに基づき、国民、各地方公共団体、各種団体、民間事業者等の協力を得ながら、各府省庁において施策を推進していくこととされた。警察では、増加傾向にある還付金詐欺への対策として、「ATMでの携帯電話はしない、させない」ことを社会の常識として定着させるための「ストップ!ATMでの携帯電話」運動を引き続き推進するなど、金融機関やコンビニエンスストア等と連携した各種被害防止対策、特殊詐欺に悪用される電話への対策等の犯行ツール対策及び効果的な取締り等を推進している。また、幅広い世代に対して高い発信力を有する著名な方々で構成される「ストップ・オレオレ詐欺47~家族の絆作戦~」プロジェクトチーム(略称:SOS47)では、全国各地における広報イベントを実施するとともに、各種メディアを通じて被害防止に向けたメッセージを継続的に発信している。
- このほか、警察庁では、令和5年4月、特殊詐欺に用いられる通信手段等の手口を分析し、「特殊詐欺の手口と対策」を取りまとめ、今後の特殊詐欺対策の推進に役立てることとしている。
- 特殊詐欺の情勢等
- 犯罪インフラ対策の推進
- 犯罪インフラに関する取組
- 犯罪インフラとは、犯罪を助長し、又は容易にする基盤のことをいい、本人確認書類を偽造して携帯電話やクレジットカード等の契約をするなどその行為自体が犯罪となるもののほか、それ自体は合法であっても、特殊詐欺等の犯罪に悪用されている各種制度やサービス等がある。
- 警察では、犯罪インフラに関連する情報を広範に収集・分析をし、関係事業者等との連携を強化することによって、犯罪インフラの解体等を図るとともに、関係事業者が提供するサービス等に関する捜査に必要な情報を適時かつ円滑に確保することができるようにすることにより、迅速かつ的確な捜査に資する捜査環境(捜査インフラ)を構築するための取組を推進している。
- 警察庁においては、関係省庁及び事業者と連携し、技術の発展等に伴う新たな制度やサービス等が犯罪に悪用されることの防止・解消をするための取組を推進している。
- 携帯電話への対策
- 特殊詐欺等を実行する犯行グループには、自己への捜査を免れるために不正に取得した携帯電話を悪用する実態が認められ、特に近年では、MVNOに対して偽造した本人確認書類を提示したり、本人確認書類に記載された者になりすまして契約したりするなどの方法により、不正に取得された架空・他人名義の携帯電話が特殊詐欺等に悪用される事例が目立っている。
- このような状況に鑑み、警察では、不正に取得された携帯電話について、携帯電話不正利用防止法に基づく役務提供拒否がなされるよう携帯電話事業者に情報提供を行うとともに、悪質なレンタル携帯電話事業者を検挙するなど、犯罪に悪用される携帯電話への対策を推進している。
- 固定電話番号への対策
- 特殊詐欺の犯行では、電話転送の仕組みを悪用して、犯行グループの携帯電話等から相手方に固定電話番号を表示させて架電したり、官公署を装った電話番号への架電を求める文面のはがき等を送り付けたりする手法が多用されている。
- このような状況に鑑み、令和元年9月以降、電気通信事業者において、犯行に利用された固定電話番号の利用を警察の要請に基づき停止することとしているほか、電気通信事業者が連携して、複数回にわたって利用停止の要請がなされた固定電話番号の契約者には新たな電話番号の提供を一定期間行わないなどの対策を推進している。警察による利用停止の要請に基づき、令和4年末までに1万1,785件の利用停止が実施されている。
- 特定IP電話番号への対策
- 近年、特定IP電話番号(050IP電話番号)が特殊詐欺の犯行に悪用される事例がみられていることに鑑み、令和3年11月、犯行に利用された固定電話番号の利用停止等についての電気通信事業者における枠組みの対象に、特定IP電話番号が追加された。警察による利用停止の要請に基づき、令和4年末までに2,110件の特定IP電話番号の利用停止が実施されている
- 犯罪インフラに関する取組
▼第3章 サイバー空間の安全の確保
- ランサムウエアの情勢
- 令和4年中のランサムウエアによる被害の報告件数は230件(令和4年上半期114件、下半期116件)であり、令和2年下半期(21件)以降、連続して増加している。従来の被害においては、暗号化したデータを復元する対価として企業等に金銭や暗号資産を要求する手口が一般的であったが、最近の事例では、データを窃取した上で、企業等に対し「対価を支払わなければ当該データを公開する」などと対価を要求するダブルエクストーション(二重恐喝)という手口が認められる。対価を要求する手口を警察として確認したランサムウエアによる被害の報告件数182件のうち、ダブルエクストーション(二重恐喝)の手口によるものは119件であり、65%を占めている。
- また、ランサムウエアによる被害の報告件数を被害企業・団体等の規模別にみると、大企業は63件、中小企業は121件と、企業・団体等の規模を問わず被害が発生している。さらに、企業・団体等におけるランサムウエア被害の実態を把握するため、被害企業・団体等を対象としてランサムウエアの感染経路に関するアンケート調査を実施したところ、有効回答数102件のうち、VPN機器を利用して侵入された事例は63件(62%)、リモートデスクトップサービス(注4)を利用して侵入された事例は19件(19%)と、テレワークに利用される機器等の弱性や強度の弱い認証用パスワード等の情報を利用して侵入したと考えられるものが大半を占めている。
- サイバーテロ・サイバーインテリジェンスの情勢
- 重要インフラの基幹システムを機能不全に陥れ、社会の機能を麻痺させるサイバーテロや情報通信技術を用いて政府機関や先端技術を有する企業から機密情報を窃取するサイバーインテリジェンス(サイバーエスピオナージ)が、世界的規模で発生している。
- サイバーテロの情勢
- 情報通信技術が浸透した現代社会において、重要インフラの基幹システムに対する電子的攻撃は、インフラ機能の維持やサービスの供給を困難とし、国民の生活や社会経済活動に重大な被害をもたらすおそれがある。海外では、電力会社がサイバーテロの被害に遭い、広範囲にわたって停電が発生するなど国民に大きな影響を与える事案が発生している。
- サイバーインテリジェンスの情勢
- 近年、情報を電子データの形で保有することが一般的となっている中で、軍事技術への転用も可能な先端技術や、外交交渉における国家戦略、新型コロナウイルス感染症に関連する研究等の機密情報の窃取を目的としたサイバーインテリジェンスの脅威が世界各国で問題となっている。また、我が国に対するテロの脅威が継続していることを踏まえると、現実空間でのテロの準備行為として、重要インフラ事業者等の警備体制等の機密情報を窃取するためにサイバーインテリジェンスが行われるおそれもある。我が国においても、不正プログラムや不正アクセスにより、機密情報が窃取された可能性のあるサイバーインテリジェンスが発生している
- サイバーテロの情勢
- 重要インフラの基幹システムを機能不全に陥れ、社会の機能を麻痺させるサイバーテロや情報通信技術を用いて政府機関や先端技術を有する企業から機密情報を窃取するサイバーインテリジェンス(サイバーエスピオナージ)が、世界的規模で発生している。
▼第4章 組織犯罪対策
- 暴力団情勢
- 暴力団構成員及び準構成員等の推移
- 暴力団構成員及び準構成員等の過去10年間の推移は、図表4-1のとおりであり、その総数は平成17年(2005年)以降減少し、令和4年(2022年)末には、暴力団対策法が施行された平成4年以降最少となった。この背景としては、近年の暴力団排除活動の進展や暴力団犯罪の取締りに伴う資金獲得活動の困難化等により、暴力団からの構成員の離脱が進んだことなどが考えられる。
- また、六代目山口組からの分裂組織を含む主要団体等の暴力団構成員及び準構成員等の総数に占める割合は、令和4年末も7割を超えており、寡占状態は継続している。
- 暴力団の解散・壊滅
- 令和4年中に解散・壊滅をした暴力団の数は106組織であり、これらに所属していた暴力団構成員の数は369人である。このうち主要団体等の傘下組織の数は67組織(63.2%)であり、これらに所属していた暴力団構成員の数は121人(32.8%)である。
- 暴力団の指定
- 令和5年6月1日現在、暴力団対策法の規定に基づき25団体が指定暴力団として指定されている。令和4年中は14団体が、令和5年中は6月までに4団体が、それぞれ指定の有効期間を満了したことから、引き続き指定を受けた。
- 暴力団構成員及び準構成員等の推移
- 暴力団犯罪の取締りと暴力団対策法の運
- 検挙状況
- 暴力団構成員及び準構成員その他の周辺者(以下「暴力団構成員等」という。)の検挙人員は、図表4-3のとおりである。令和4年中は9,903人と、前年と比べ1,832人(15.6%)減少した。また、平成4年以降の検挙人員の罪種別割合をみると、図表4-4のとおりであり、恐喝、賭博及びノミ行為等の割合が減少しているのに対し、詐欺の検挙人員が占める割合が増加傾向にあり、暴力団が資金獲得活動を変化させている状況がうかがわれる。
- 資金獲得犯罪
- 暴力団は、覚醒剤の密売、繁華街における飲食店等からのみかじめ料の徴収、企業や行政機関を対象とした恐喝・強要のほか、強盗、窃盗、各種公的給付制度を悪用した詐欺等、時代の変化に応じて様々な資金獲得犯罪を行っている。特に、近年、暴力団構成員等が主導的な立場で特殊詐欺に深く関与し、暴力団が特殊詐欺を有力な資金源の一つとしている実態がうかがわれる。
- また、暴力団は、実質的にその経営に関与している暴力団関係企業を利用し、又は共生者と結託するなどして、その実態を隠蔽しながら、一般の経済取引を装った違法な貸金業や労働者供給事業等の資金獲得犯罪を行っている。
- 警察では、巧妙化・不透明化をする暴力団の資金獲得活動に関する情報の収集・分析をするとともに、社会経済情勢の変化に応じた暴力団の資金獲得活動の動向にも留意しつつ、暴力団や共生者等に対する取締りを推進している。
- 特殊詐欺
- 令和4年中の特殊詐欺の検挙人員2,458人のうち、暴力団構成員等の人数は434人であり、その割合(17.7%)は、刑法犯・特別法犯総検挙人員に占める暴力団構成員等の割合(4.4%)と比較して、依然として高い割合となっている。また、主な役割別検挙人員に占める暴力団構成員等の割合をみると、現場実行犯である「受け子」では11.2%、「出し子」では14.6%となっている一方、中枢被疑者では41.5%、「受け子」等の指示役(注1)では34.3%、リクルーター(注2)では54.9%と、犯行グループ内で主導的な立場にある者の割合が高い水準で推移しており、暴力団が主導的な立場で特殊詐欺に深く関与している実態がうかがわれる。さらに、近年は、匿名・流動型犯罪グループが特殊詐欺事件に関与している事例も確認されている。
- 警察では、特殊詐欺事件の背後にいるとみられる暴力団や匿名・流動型犯罪グループを弱体化し、特殊詐欺の抑止を図るため、各部門が連携した多角的な取締りを推進するとともに、積極的な情報収集等により、こうしたグループの活動実態や特殊詐欺事件への関与状況等の解明を推進している
- 対立抗争事件等の発生
- 暴力団は、組織の継承等をめぐって銃器を用いた対立抗争事件を引き起こしたり、自らの意に沿わない事業者を対象とする報復・見せしめ目的の襲撃等事件を起こしたりするなど、自己の目的を遂げるためには手段を選ばない凶悪性がみられる。
- 近年の対立抗争事件、暴力団等によるとみられる事業者襲撃等事件等の発生状況は、図表4-8のとおりである。これらの事件の中には、銃器が使用されたものもあり、市民生活に対する大きな脅威となるものであることから、警察では、重点的な取締りを推進している
- 暴力団対策法の運用
- 指定暴力団員がその所属する暴力団の威力を示して暴力的要求行為を行った場合等において、都道府県公安委員会は、暴力団対策法に基づき、中止命令等を発出することができる。中止命令等の発出件数の推移は、図表4-9のとおりである。
- 検挙状況
- 地方公共団体における暴力団排除に関する条例の運用
- 各都道府県は、地方公共団体、住民、事業者等が連携・協力をして暴力団排除に取り組む旨を定め、暴力団排除に関する基本的な施策、青少年に対する暴力団からの悪影響排除のための措置、暴力団の利益になるような行為の禁止等を主な内容とする暴力団排除に関する条例の運用に努めている。
- 各都道府県では、条例に基づき、暴力団の威力を利用する目的で財産上の利益の供与をしてはならない旨の勧告等を実施している。令和4年中における実施件数は、勧告が38件、指導が3件、中止命令が10件、再発防止命令が4件、検挙が14件となっている。
- 暴力団員の社会復帰対策の推進
- 暴力団を壊滅するためには、構成員を一人でも多く暴力団から離脱させ、その社会復帰を促すことが重要である。警察庁では、令和5年に閣議決定された「第二次再犯防止推進計画」等に基づき、関係機関・団体と連携して、構成員に対する暴力団からの離脱に向けた働き掛けの充実を図るとともに、構成員の離脱・就労、社会復帰等に必要な社会環境及びフォローアップ体制の充実に関する効果的な施策を推進している。
- 匿名・流動型犯罪グループの動向と警察の取組
- 匿名・流動型犯罪グループの動向と特徴
- 暴走族の元構成員等を中心とする集団に属する者が、繁華街・歓楽街等において、集団的又は常習的に暴行、傷害等の事件を起こしている例がみられるところ、こうした集団の中には、暴力団のような明確な組織構造は有しないが、暴力団等の犯罪組織との密接な関係がうかがわれるものも存在しており、警察では、こうした集団を暴力団に準ずる集団として「準暴力団」と位置付け、取締りの強化等に努めてきた。
- こうした中、近年、準暴力団として位置付けられる集団以外に、SNSや求人サイト等を利用して実行犯を募集する手口により特殊詐欺等を広域的に敢行するなどの集団もみられ、治安対策上の脅威となっている。これらの集団は、SNSを通じるなどした緩やかな結び付きで離合集散を繰り返すなど、そのつながりが流動的であり、また、匿名性の高い通信手段等を活用しながら役割を細分化したり、特殊詐欺や強盗等の違法な資金獲得活動によって蓄えた資金を基に、更なる違法活動や風俗営業等の事業活動に進出したりするなど、その活動実態を匿名化・秘匿化する状況がみられる。こうした情勢を踏まえ、警察では、準暴力団を含むこうした集団を「匿名・流動型犯罪グループ」と位置付け、実態解明を進めている。
- また、匿名・流動型犯罪グループの中には、資金の一部を暴力団に上納するなど、暴力団と関係を持つ実態も認められるほか、暴力団構成員が匿名・流動型犯罪グループと共謀して犯罪を行っている事例もあり、このような集団の中には、暴力団と匿名・流動型犯罪グループとの結節点の役割を果たす者が存在するとみられる。
- 警察の取組
- 警察では、匿名・流動型犯罪グループの動向を踏まえ、繁華街・歓楽街対策、特殊詐欺対策、侵入強盗対策、暴走族対策、少年非行対策等の関係部門間における連携を強化し、匿名・流動型犯罪グループに係る事案を把握するなどした場合の情報共有を行い、部門の垣根を越えた実態解明の徹底に加え、あらゆる法令を駆使した取締りの強化に努めている。
- 暴力団構成員の男(22)は、自らがリーダーとなっている集団のメンバーらと共に、令和4年5月、知人の男性を車両後部座席に乗車させ、同男性の顔面等を殴るなどの暴行を加えて負傷させるとともに、同男性の両手首等を結束バンド等で緊縛し、同男性の目等を粘着テープで塞ぎ、同車からの脱出を不能にした。さらに、これらの暴行等により反抗を抑圧されている同男性から腕時計等を強取した。同年8月までに、同男ら5人を逮捕監禁罪等で逮捕した(警視庁、福岡)。
- 特殊詐欺等の事件を起こしていた集団のメンバーの男(24)らは、令和3年9月、知人女性とトラブルになった男性に制裁を加えようと考え、出会い系サイトを利用して同男性をおびき出し、熊本県内の駐車場において、車両に乗車中の同男性に対し、木刀等を手に持って同車両を取り囲んだ上、「お前昨日何かしよったやろが」などと言い、運転席窓ガラス等を殴打するなどし、さらに、運転席ドアを開けて木刀を車内に突き入れるなどの暴行を加えて脅迫した。令和4年8月、同男ら7人を暴力行為等処罰に関する法律違反で逮捕した(熊本)。
- 暴力団と密接に関係し、その資金源となっている状況がうかがわれる集団のメンバーであり、飲食店の個人事業主である男(40)は、令和3年1月から同年11月にかけて、国の雇用調整助成金制度の特例措置及び緊急雇用安定助成金制度を利用して同助成金の名目で現金をだまし取ろうと考え、虚偽の雇用調整助成金支給申請書等を厚生労働省福岡労働局に提出して同助成金の支給を申請し、現金合計約2,554万円をだまし取った。令和4年6月、同男を詐欺罪で逮捕した(福岡)。
- 電磁的公正証書原本不実記録(偽装結婚等)等の事件を起こしていた集団のメンバーの男(36)らは、住宅ローン融資の名目で金融機関から現金をだまし取ろうと企て、令和3年4月から同年6月にかけて、勤務先や年収等について虚偽の内容を記載した住宅ローンの借入申込書を提出するなどして金融機関に融資を承認させ、総額2,498万円をだまし取った。令和4年8月までに、同男ら3人を詐欺罪で逮捕した(岐阜)。
- 表向きにはラップグループとして活動している集団を特殊詐欺事件の捜査過程で把握したことを端緒として、同集団に対する実態解明を進めた結果、同集団がSNSを利用して大麻の密売をしていることが明らかになった。令和4年9月までに、同集団のリーダーの男(26)ら13人を詐欺罪、大麻取締法違反(営利目的譲渡等)等で検挙し、同集団を壊滅させた(群馬、沖縄)。
- 警察では、匿名・流動型犯罪グループの動向を踏まえ、繁華街・歓楽街対策、特殊詐欺対策、侵入強盗対策、暴走族対策、少年非行対策等の関係部門間における連携を強化し、匿名・流動型犯罪グループに係る事案を把握するなどした場合の情報共有を行い、部門の垣根を越えた実態解明の徹底に加え、あらゆる法令を駆使した取締りの強化に努めている。
- 匿名・流動型犯罪グループの動向と特徴
- 薬物情勢
- 令和4年(2022年)中の薬物事犯の検挙人員は1万2,142人と、引き続き高い水準にあり、我が国の薬物情勢は依然として厳しい状況にある。薬物は、乱用者の精神や身体をむしばむばかりでなく、幻覚、妄想等により、乱用者が殺人、放火等の凶悪な事件や重大な交通事故等を引き起こすこともあるほか、薬物の密売が暴力団等の犯罪組織の資金源となることから、その乱用は社会の安全を脅かす重大な問題である。
- 覚醒剤事犯
- 令和4年中、覚醒剤事犯の検挙人員は前年より減少したが、全薬物事犯の検挙人員の50.4%を占めている。また、押収量は289.0キログラムと、前年より399.8キログラム減少した。覚醒剤事犯の特徴としては、検挙人員のうち約4割を暴力団構成員等が占めていることのほか、30歳代以上の検挙人員が多いことや、他の薬物事犯と比べて再犯者の占める割合が高いことが挙げられる。
- 大麻事犯
- 大麻事犯の検挙人員は過去最多となった前年から横ばいで推移しており、覚醒剤事犯に次いで検挙人員の多い薬物事犯である。近年では、面識のない者同士がSNSを通じて連絡を取り合いながら大麻の売買を行う例もみられる。大麻事犯の特徴としては、他の薬物事犯と比べて、検挙人員のうち初犯者や20歳代以下の若年層の占める割合が高いことが挙げられる。
- 覚醒剤事犯
- 令和4年(2022年)中の薬物事犯の検挙人員は1万2,142人と、引き続き高い水準にあり、我が国の薬物情勢は依然として厳しい状況にある。薬物は、乱用者の精神や身体をむしばむばかりでなく、幻覚、妄想等により、乱用者が殺人、放火等の凶悪な事件や重大な交通事故等を引き起こすこともあるほか、薬物の密売が暴力団等の犯罪組織の資金源となることから、その乱用は社会の安全を脅かす重大な問題である。
- 薬物密輸入事犯の検挙状況
- 令和4年中の薬物密輸入事犯の検挙件数は294件と、前年より82件(38.7%)増加し、検挙人員は376人と、前年より108人(40.3%)増加した。
- 覚醒剤密輸入事犯の検挙状況の推移は、図表4-13のとおりである。令和4年中は、覚醒剤の押収量が前年より減少したものの、暴力団構成員等や来日外国人の検挙人員は前年より増加し、覚醒剤密輸入事犯の検挙件数は、3年ぶりに100件を超えており、覚醒剤に対する根強い需要が存在しているものと考えられる。
- 犯罪組織等の動向
- 暴力団による薬物事犯
- 令和4年中の薬物事犯の検挙人員(1万2,142人)のうち、暴力団構成員等が24.0%(2,915人)を占めている。また、密売関連事犯(注)の検挙人員(626人)のうち、暴力団構成員等が33.9%(212人)を占めているところ、これらを薬物事犯別でみると、覚醒剤の密売関連事犯の検挙人員(280人)のうち53.6%(150人)を、大麻の密売関連事犯の検挙人員(305人)のうち20.0%(61人)を、それぞれ暴力団構成員等が占めており、覚醒剤や大麻の密売に暴力団が深く関与していることがうかがわれる。
- 来日外国人による薬物事犯
- 令和4年中の来日外国人による薬物事犯の検挙人員は652人と、前年より62人(8.7%)減少した。このうち、営利目的輸入事犯の検挙人員は150人であり、国籍・地域別でみると、ベトナムが48.0%(72人)を占めているほか、密売関連事犯の検挙人員は36人であり、国籍・地域別でみると、ベトナムが38.9%(14人)を占めている。
- 暴力団による薬物事犯
- 来日外国人犯罪の情勢
- 来日外国人犯罪の組織化の状況
- 令和4年(2022年)中の来日外国人による刑法犯の検挙件数に占める共犯事件の割合は37.5%と、日本人(13.0%)の約2.9倍に上っている。罪種別にみると、万引きで46.7%と、日本人(2.6%)の約18.0倍に上る。
- このように、来日外国人による犯罪は、日本人によるものと比べて組織的に行われる傾向がうかがわれる。
- 組織の特徴
- 来日外国人で構成される犯罪組織についてみると、出身国や地域別に組織化されているものがある一方で、より巧妙かつ効率的に犯罪を行うために様々な国籍の構成員が役割を分担するなど、構成員が多国籍化しているものもある。このほか、面識のない外国人同士がSNSを通じて連絡を取り合いながら犯行に及んだ例もみられる。
- また、近年、他国で行われた詐欺事件による詐取金の入金先口座として日本国内の銀行口座を利用し、詐取金入金後にこれを日本国内で引き出してマネー・ローンダリングを行うといった事例があるなど、犯罪行為や被害の発生場所等の犯行関連場所についても、日本国内にとどまらず複数の国に及ぶものがある。
- 犯罪インフラの実態
- 来日外国人で構成される犯罪組織が関与する犯罪インフラ事犯には、地下銀行による不正な送金、偽装結婚、偽装認知、不法就労助長、旅券・在留カード等偽造等がある。
- 地下銀行は、不法滞在者等が犯罪収益等を海外に送金するために利用されている。また、偽装結婚、偽装認知及び不法就労助長は、在留資格の不正取得による不法滞在等の犯罪を助長しており、これを仲介して利益を得るブローカーや暴力団が関与するものがみられるほか、近年では、在留資格の不正取得や不法就労を目的とした難民認定制度の濫用・誤用が疑われる例も発生している。偽造された旅券・在留カード等は、身分偽装手段として利用されるほか、不法滞在者等に販売されることもある
- 来日外国人犯罪の組織化の状況
- 犯罪収益移転防止法に基づく活動
- 暴力団等の犯罪組織を弱体化させ、壊滅に追い込むためには、犯罪収益の移転を防止するとともに、これを確実に剥奪することが重要である。警察では、犯罪収益移転防止法、組織的犯罪処罰法及び麻薬特例法を活用し、関係機関、事業者、外国のFIU等と協力しながら、総合的な犯罪収益対策を推進している。
- 犯罪収益移転防止法の適切な履行を確保するための措置
- 国家公安委員会では、犯罪収益移転防止法に基づき、毎年、犯罪収益の移転に係る手口等に関する調査及び分析を行った上で、特定事業者等が行う取引の種別ごとに、当該取引による犯罪収益の移転の危険性の程度等、当該調査及び分析の結果を記載した犯罪収益移転危険度調査書を作成・公表している。
- また、国家公安委員会では、関係機関と連携し、犯罪収益移転防止法に基づき、顧客等の本人確認、疑わしい取引の届出等を行う特定事業者に対する研修会等を実施しているほか、特定事業者が犯罪収益移転防止法上の義務に違反していると認めた場合には、当該特定事業者に対して報告を求めるなどの必要な調査を行うとともに、当該特定事業者を所管する行政庁に対して、是正命令等を行うべき旨の意見陳述を行っている。
- 疑わしい取引の届出
- 犯罪収益移転防止法に定める疑わしい取引の届出制度により特定事業者がそれぞれの所管行政庁に届け出た情報は、国家公安委員会が集約して整理・分析を行った後、都道府県警察や検察庁をはじめとする捜査機関等に提供され、各捜査機関等において、マネー・ローンダリング事犯の捜査等に活用されている。
- 疑わしい取引の届出の年間通知件数は、図表4-24のとおりであり、おおむね増加傾向にある。
- 犯罪収益移転防止法の適切な履行を確保するための措置
- 暴力団等の犯罪組織を弱体化させ、壊滅に追い込むためには、犯罪収益の移転を防止するとともに、これを確実に剥奪することが重要である。警察では、犯罪収益移転防止法、組織的犯罪処罰法及び麻薬特例法を活用し、関係機関、事業者、外国のFIU等と協力しながら、総合的な犯罪収益対策を推進している。
- マネー・ローンダリング事犯の検挙状況
- マネー・ローンダリング事犯の検挙件数は、図表4-26(省略)のとおりであり、令和4年中は726件(前年比94件(14.9%)増加)であった。前提犯罪別にみると、主要なものとしては窃盗に係るものが257件、詐欺に係るものが254件、電子計算機使用詐欺に係るものが105件となっている。
- 令和4年中におけるマネー・ローンダリング事犯の検挙件数のうち、暴力団構成員等が関与したものは64件と、全体の8.8%を占めている。前提犯罪別にみると、主要なものとしては詐欺に係るものが28件、電子計算機使用詐欺に係るものが11件、窃盗に係るものが9件、恐喝に係るものが7件と、暴力団構成員等が多様な犯罪に関与し、マネー・ローンダリング事犯を行っている実態がうかがわれる。
- また、令和4年中における来日外国人が関与したマネー・ローンダリング事犯は108件と、全体の14.9%を占めている。前提犯罪別にみると、主要なものとしては詐欺に係るものが36件、窃盗に係るものが35件、電子計算機使用詐欺に係るものが11件、入管法違反に係るものが6件と、日本国内に開設された他人名義の口座を利用したり、不正入手した他人の電子決済コードを利用したりするなど、様々な手口を使ってマネー・ローンダリング事犯を行っている実態がうかがわれる
「ルフィ」などと名乗る人物が指示したとされる一連の広域強盗事件で、昨年5月に京都市の貴金属店で高級腕時計を奪ったなどとして、強盗罪などに問われた建築業、伊藤被告の裁判員裁判の第2回公判が大阪地裁で開かれ、検察側はルフィがテレグラムで被告に「5分後に突入」などと詳細に指示を出していたことを明らかにしています。それによると、ルフィは《(組織内の)トップ》と自らの立場を説明し、グループ内での伊藤被告の呼び名を《何にしますか?ゾロ?》と提案、大津事件では、ルフィが《伊藤君がボスで動いてもらいます》と、店舗の写真や住所などの情報を事前に送信、事件当日も《5分後に突入》《強行突破で頼みます》などと具体的な指示を出していたことが分かりました。検察側は冒頭陳述で、ルフィが犯行を持ち掛けており、「従属的だった」とする一方、「実行犯として計画を立て、現場で指示するなど重要な役割を果たした」と指摘、弁護側は「細かくルフィから指示を受けていた」と従属的な立場であることを改めて強調しています。なお、ルフィグループの実態については、週刊誌上で興味深い実態が紹介されていますので、以下、抜粋して引用します。
「裏切ると”報復部隊”が実家に」「金庫番の報酬は500万円」「情報屋は野放し」 ルフィ事件・捜査最前線はここまで進んでいた!(2023年9月6日付デイリー新潮)
14都府県20件に及び死者も出した広域強盗団による連続強盗事件(通称「ルフィ事件」)。一時期と比べて報道の量は激減したが、警察が威信をかけて注力しただけあって、捜査はこの間確実に進んでいたようである。執念の捜査から浮かび上がったのは、指示役と実行役以外の陰で暗躍する「情報屋」「金庫番」の存在。問題は、彼らはいまだに捜査の網をかいくぐり、身を潜めているという現実だ。…「捜査資料が浮き彫りにするのは、”情報屋””金庫番”といった存在で、こいつらがいかに重要かということ。それは、彼らの報酬にも表れている。犯行には通信後、メッセージがすぐ消えてしまうテレグラムが使われていたため、捜査は難航すると思われていた。だが、われわれは特殊なシステムを活用して復元することに成功したんだ。これにより細かい指示内容ばかりか、盗品処分や金の流れも追うことができた。加えて実行犯たちだけではなく、赤坂、新宿、綾瀬にも手渡しによる送金先があることが判明した。こいつらは“たたき”(強盗)のターゲットに関する地下情報を提供する情報屋や、事前に犯行資金を渡す金庫番的な存在だった。広島事件では現場の実行犯は高くても100万円、多くは50万円しかもらえず、運転手役に至っては無報酬だった。しかし、情報屋になると170万円や200万円、金庫番は計500万円近くもの報酬を懐に入れていた」情報屋の一人は赤坂が拠点のS・A(28)。広島に土地勘があり、「この店はセキュリティが甘く、防犯カメラもない」「金庫に3千万円の現金が入っている」などの情報を提供。広島県警関係者が言う。「本人か手下が現地で下見もしている。詳細な情報をルフィに送り、”玄関からのアタックが確実です”との助言もしていた」金庫番は綾瀬でフィリピン人との偽装結婚をあっせんするブローカーのH・M(65)。…「現在の犯罪の手口は巧妙化が著しく、セクション別に細かい分業体制を取るようになっています。情報屋もそのひとつ。彼らは不動産投資家などの詳細な個人情報を集めた名簿を持っており、特殊詐欺犯や強盗犯はその情報を用いてターゲットを定めている。情報屋を捕まえることが捜査上は重要なのです」名簿には標的となる家の間取りや家族構成、店内にどれほど監視カメラがあるか、金庫に大金が保管されているか、などのデータまで収められているという。情報屋こそ諸悪の根源で、摘発しないかぎり、第2、第3のルフィ事件が後を絶たないだろう。…「情報屋の所在をつかむのは極めて難しく、また、せいぜい個人情報保護法違反の罪に問えるくらい。逮捕したところで”名簿や情報が何に使われるのか知らなかった”と主張されてしまうと、強盗の共謀共同正犯に問うことなどできない」ルフィらが逮捕された後も各地で強盗事件が頻発している理由はここにある。…「ルフィらは闇バイトで集めた連中に免許証などの画像をスマホで送らせ、実家の住所を把握していた。グループから足抜けしようとするメンバーを”お前の身元や家族の居場所も分かっている”と脅すため。そうした脅迫の際の手足となる”報復部隊”まで雇っていたんです」(同)…「ルフィの指示で、実行犯らの取りまとめや現地への引率、犯行に使うモンキーレンチや結束バンドなど道具の購入・用意、盗品の換金処分やその後の報酬の分配など後方支援全般を担った大古健太郎(34)という男がいます。こいつは、”自分が一度グループを抜けようとしたら、ひげを生やした中東系のような風貌の大男が大阪の実家に現れた。(イスラム原理主義組織『アルカイダ』を率いた)オサマ・ビンラディンのような不気味さで、母親が脅された。だから抜けることはできなかった”と話しています」
「闇バイト」が狙う“金がありそうな家の名簿”はどうやって作られているのか【元暴力団の証言】(2023年9月6日付デイリー新潮)
ことし1月、東京・狛江で発生した老女強盗殺害事件をきっかけに、フィリピンから指示を出し、「闇バイト」に強盗をさせる犯行グループの存在が浮かび上がった。さらに、その実行役の多くが「闇バイト」の若者と言われる特殊詐欺に関しては、1日あたり9900万円(2022年の統計より)もの被害があるという。日々の脅威を増す「闇バイト」絡みの犯罪だが、彼らはターゲットをどのように探すのか。…特殊詐欺やアポ電強盗、強盗をする上で、重要な役割を果たすツールが闇名簿です。この名簿は、さまざまな種類があり、ランク付けされています。…闇名簿はピンキリで、サラピン(一度も犯罪に使われていない)は値が張ります。詳細な名簿なら一件あたり一万円する場合もある。一方、使い古された名簿(出涸らし)は、一件300円、500円と安くなる。おそらく、首都圏を中心に全国各地で発生した広域連続強盗事件で使われた名簿は、金を持っている、入ったら金がありそうな家の名簿を使ったと思います。(裏社会の)名簿屋は、情報屋から情報を買います。情報屋はカタギから情報を買うんです。…捜査関係者も「自治体からの漏えい、情報の販売は絶対ある。言い切れるレベルで自信ある。場所によっては、セキュリティーチェック体制も緩い。ザルなところなんてたくさんあるよ」とインタビューに答えています。…ブランドや高級車の購入者名簿が欲しければ、従業員に接触して、カネをチラつかせてデータのコピー取らせるとか、さまざまな方法があります。…カタギさんに「家にカネありそうなところを知らないか。そこに本当にカネがあれば、(儲けの)10%あげるから教えてくれ」って言うと、必死で調べてきますよ。こうした生の情報はありがたい。自分がタタキの実行犯(強盗犯)にならなかったとしても、情報自体が売れるんですから。…当時のダークウェブは、英語版しかなかったのですが、現在では日本語版のサイトも存在します。シルクロードは薬物専門でしたが、昨今のダークウェブは、名簿、銃器、シャブ、殺人請負い、児童ポルノ、キャッシュカードから臓器まで、何でも売られています。もちろん、闇の名簿なども手に入ります。もっとも、違法サイトですから、商品が届かなくても被害届は出されないので、詐欺も横行しています。
特殊詐欺や不正送金、マネー・ローンダリングなど、複数の犯罪組織が結びついた外国人の犯罪ネットワークの存在が愛知県警の調べで明らかになったと報じられています(2023年8月31日付朝日新聞)。2022年2月からの1年間で被害は全国で約2500件、約12億4千万円にのぼるとみられ、特殊詐欺などの組織犯罪は末端の摘発にとどまることが多く、全体像がわかるのは異例のことですが、ネットバンキングの不正送金事件で逮捕したベトナム国籍の男がリーダー格だったため、詐取金の流れや役割分担などが判明したものです。サイバー犯罪対策課によると、このネットワークは大きく三つの組織に分かれており、(1)詐取金の集約や洗浄、犯罪に使う口座情報の収集などを行う男を中心とした上層部(2)これらの口座情報を実行部隊に伝えるなどする仲介ブローカー(3)特殊詐欺やロマンス詐欺といった犯罪の実行部隊で、やり取りは秘匿性の高い通信アプリ「テレグラム」などが使われていたといいます。愛知県警は内容などからメンバーは中国人とベトナム人で構成されていたとの見方を強めています。また、愛知県警は男を中心とした犯罪ネットワークには明確な役割分担があったとみています。組織間には面識はなく、インターネットで知り合ったとみられています。報道で捜査関係者が、「それぞれの組織が持つ犯罪のノウハウをいかしつつ、逮捕のリスクを分散させるためにこうした犯罪ネットワークを構築していた」と指摘していますが、一方で、詐取金の一部は海外に流出したとみられるものの、ネットワークには不透明な点も少なくないといいます。
神戸市灘区に拠点を置く日本最大の暴力団「山口組」から、「神戸山口組」が分裂して8月27日で丸8年になりました。警察庁の統計によれば、六代目山口組の構成員らの2022年の人数は、取り締まりの強化などを背景に、2015年から約4割減の8100人、中核団体の離脱が相次いだ神戸山口組は約9割減で千人を割り込み、勢力差が際立っています。神戸山口組の井上邦雄組長宅に発砲事件やガソリンのような液体をまき、放火予備罪で起訴される事件などが相次ぎました。発砲した男の説明には不明な点も残るが、捜査関係者は「幕引きを図るため、六代目山口組が攻撃姿勢を強めている可能性はある」とみられています。神戸山口組では、中核団体だった「山健組」の六代目山口組への合流や「池田組」の独立の影響が大きく、直近1年でも、淡路市の有力団体「侠友会」が解散届を出すなど神戸山口組の退潮傾向が顕著になっています。本コラムでもたびたび取り上げているとおり、住民、行政と連携した排除運動も活発化しており、尼崎市では、分裂時に8カ所あった暴力団関係施設が2022年9月にゼロになりました。一方で、六代目山口組と神戸山口組の抗争とされる事件は2023年7月末現在で147件(警察庁調べ))に上り、2022年8月以降も7件起きており、兵庫県警は警戒態勢を保っています。週刊誌上では、分裂劇をウオッチし続けてきた指定暴力団幹部が、「分裂して8年になるが、(神戸山口組組長の)井上は本当に何をしたかったのか分からない。逆盃ということをしたのだから、その場からケンカになるのは分かっていること。だが、井上は打開策を講じず、神戸(山口組)は押されたままとなった。それで多くの若い衆が神戸を去っていった」と批判的な視線を向け、その上で、さらに「神戸(山口組)にとって、最も大きかった損失は、(井上の後任の)山健組組長が組織を率いて去ったことだろう。元の親分を置いて行ってしまったのだから。世間にも説明できない状況だった。さらに、六代目(山口組)に復帰してしまった。これは痛かったはずだ」と指摘しています。また、井上をリーダーとした神戸山口組の結成に参加した最高幹部たちについても、「なぜ、賢い(宅見組組長の)入江や(池田組組長の)池田らが井上を担いだのか分からない。(侠友会会長だった)寺岡にしてもヤクザとして筋を通すことは曲げないなかなかの男。人としても立派といっても過言ではない。このような人たちがが、なぜ井上に付いて行ったのか今でも疑問だ」としています。警察当局で組織犯罪対策を担当する捜査幹部も、「六代目山口組に押されたままで、神戸山口組は組織が縮小していくばかりだった。井上はふと気が付いたら、周囲に誰もいなくなったというのが現状ではないか」と指摘したています。
その他、最近の暴力団、反社会的勢力に関する報道から、いくつか紹介します。
- 兵庫県公安委員会は、いずれも特定抗争指定暴力団の六代目山口組と神戸山口組の活動を厳しく制限する「警戒区域」に、同県高砂市と稲美町を追加しています(2023年8月18日付の官報で公示されました)。兵庫県内ではこれまで神戸、姫路、尼崎の各市が指定されており、警戒区域は4市1町となりました。区域内では、組員がおおむね5人以上集まったり、事務所を使用したりする行為が禁じられ、違反すれば警察が即座に逮捕できることになります。兵庫県公安委員会は7月21日、神戸山口組の本部事務所(主たる事務所)の所在地を神戸市中央区から稲美町に変更したと発表、今回の追加はこうした動きを踏まえた措置となります。
- 福岡県警は、特定危険指定暴力団工藤会の暫定トップが交代し、同会幹部(48)がついたことを明らかにしています。福岡県警は、暴力団対策法に基づき、事務所の使用制限などの命令対象者を変更するための仮命令を出しています。福岡県公安委員会が今後、工藤会から意見聴取を行い、本命令を出す見通しとなっています。同会トップで総裁の野村悟被告(1審で死刑判決、控訴中)は、勾留されています。
- 福岡県警が工藤会トップらを逮捕する「頂上作戦」を始めた2014年以降、9年間で延べ1741人の暴力団組員を摘発したということです。全国最多の5つの指定暴力団が本拠を置く福岡県内の勢力はこの間に半減、作戦が始まった2014年は1560人でしたが、2022年は過去最少の760人まで減少しています。9月11日で着手9年となる「頂上作戦」を契機に、同会以外の組員摘発にも力を入れたことが奏功した形といえます。報道によれば、摘発数(延べ人数)は工藤会480人、道仁会(久留米市)466人、太州会(田川市)149人、浪川会(大牟田市)138人、福博会(福岡市)124人などとなっています。2014~2017年は工藤会が年間延べ61~98人と組織別で最多であったところ、その後は減少、組員の約半数が勾留・服役中となったことが影響したとみられています。一方、筑後地区が拠点の道仁会は若手の加入が続いており、福岡県警は2018年に「筑後地区暴力団集中取締本部」を設置して体制を増強し、2018~2022年は最多の同33~79人を摘発、服役によって活動できる組員が減り、資金が稼げず弱体化につながっています。
- 北九州市で建設会社の役員が射殺された事件など、7つの事件に関与したとされ、殺人や組織犯罪処罰法違反などの罪に問われている特定危険指定暴力団、工藤会の58歳の暴力団員の裁判で、福岡地方裁判所は7つの事件への関与を認定し、求刑どおり無期懲役の判決を言い渡しました。北九州市の特定危険指定暴力団、工藤会の暴力団員、田口被告(58)は、2011年に北九州市で建設会社の役員が射殺された事件や、大手ゼネコンの社員がけん銃で撃たれてけがをした事件など7つの事件に関与したとして、殺人や組織犯罪処罰法違反などの罪に問われました。これまでの裁判で検察が無期懲役を求刑したのに対し、弁護側は射殺事件について共謀は認められないとして無罪を主張するなど、争いましたが、8月29日の判決で、福岡地方裁判所は、それぞれの事件で得られた共犯者の供述や事件に使われた凶器や車両の発見などから被告の関与や共謀が認定できるとして、弁護側の主張を退け、その上で「いずれの人身被害も一般市民に及んでいて組織の独善的な思考に基づき、加害行為が行われた。被告は実行役や若頭の立場として重要な関与を果たしていて責任は大きい。社会から寄せられる強い非難に見合う処罰を科さなければならない」として求刑どおり、無期懲役を言い渡しました。被告側は控訴したということです。また、一般男性を襲撃して重傷を負わせたとして、千葉県警は8月10日、殺人未遂などの疑いで工藤会傘下長谷川組の組員ら男3人を逮捕しています。千葉市内の飲食店で、知人らとやって来ていた男性に対し、工藤会の名前を出して脅し、男性の頭部を酒の瓶やバットなどでも殴るなどして、上顎や頬を骨折させる全治約6カ月のケガを負わせた疑いが持たれています。工藤会は最近、近隣県のみならず関西、そして関東にまで進出しています。他の暴力団組織に比べ、突出してカタギの人間をターゲットにしがちな組織であることは明らかで、目的のためには手段を選ばず、最凶と呼ばれ、福岡の人々を恐怖に陥れたイメージをそのまま関東に持ち込み、犯罪をおこなっているといえそうです。
- 福岡の歓楽街・中洲で暴力団が関与する犯罪被害を防ごうと、福岡県警は「暴力団員立入禁止」の標章を掲示している飲食店をパトロールしています。福岡県では、2012年8月から福岡県暴排条例で、中洲地区などの暴力団排除特別強化地域内に営業所を置く特定接客業者は、「暴力団員立入禁止」の標章を掲示することが可能になりました。中洲地区では2023年7月末時点で、対象店舗約1600店のうち約1450店で標章を掲示しているということです。また、北九州市の飲食店に暴力団員が手りゅう弾を投げ込んだ事件から20年となるのにあわせて、8月18日の「市民暴排の日」に、福岡県警が市内の繁華街でパトロールを行い暴力団の追放を呼びかけています。
- 住吉会系組員が関与する特殊詐欺で被害を受けたとして、関東地方の50~80代の男女38人が、当時の住吉会幹部ら5人に計約1億円の賠償を求める訴えを東京地裁に起こしています。弁護団によると、詐欺被害で暴力団幹部に賠償請求した同種訴訟のうち、請求金額は過去3番目の規模だとしています。弁護団や訴状によると、住吉会系組員(死亡)の主導する詐欺グループは2020年3~4月、医療費などの還付金名目で被害者にATMを操作させ、現金をだまし取ったとされています。5人は住吉会の「特別相談役」や「総本部長」などの立場だったといいます。38人の被害額は1人当たり約30万~約750万円で、組員は、指定暴力団の構成員であることをグループのメンバーに認識させるなどし、組織統制に利用したと指摘。幹部らは暴力団対策法上の賠償責任があるとしています。
- 住吉会の本部事務所が入る東京・赤坂のビルの区分所有権が売却され、2023年6月にビル解体工事が始まったことは本コラムでも取り上げましたが、移転先が分からず暴力団対策法に基づく事務所の公示ができない状態になっているといいます。暴力団排除訴訟などに支障が出かねないとの指摘もあり、警視庁が移転先について情報収集を進めています。登記簿や民事訴訟の記録などによると、関連会社は2021年12月、区分所有権を港区の不動産会社に約8億円で売却、2023年2月には、この区分所有権を含め建物すべての所有権を埼玉県内のパチンコ店経営会社が購入、売買に関わった仲介業者は近隣住民に「跡地は当面、駐車場として使われる」と説明、6月下旬にビル解体工事が始まりました。暴力団対策法と施行規則は、指定暴力団の所在地や代表者などに変更があった場合、都道府県の公安委員会が官報で公示すると定めていますが、住吉会は2021年12月以前から新宿区のマンション一室を事務局として使用、埼玉県日高市の建物や千葉県富里市の事務所でも会合を開いており、「現状ではいずれの施設も本部と指定できるだけの決め手がない」(捜査関係者)状態だといいます。新たな事務所を公示できなければ、暴力団排除のための民事訴訟を起こす際の訴状の送達先が不明になるなどの事態も起こりうることから、警視庁幹部は「解体されつつある建物が事務所所在地となっている現状は放置できない」とし、移転先の特定を急ぐ方針です。新たな事務所が判明すれば、住民が立ち退きを求めて運動を起こす可能性もあり、暴力団側は近年、事務所を秘匿する傾向にあります。報道で暴力団対策に詳しい京都産業大の田村正博教授(警察行政法)は「代表者やその居宅が明らかな場合は、事務所を特定しなくても規制を維持できるようにするなど、暴力団の実態に合わせた法改正が必要ではないか」と指摘していますが、そうした検討が急務な状況といえます。
- 自身が所属する暴力団の組長を殴ったなどとして、愛知県警は、六代目山口組弘道会系組幹部の男を暴行の疑いで逮捕しています。報道によれば、男は名古屋鉄道常滑駅のロータリーで、暴力団組長の男性の頭を平手で殴ったり、足を蹴ったりした疑いがもたれています。県警によると、男は殴る際に「ばかやろう」「お前また下手うちしやがって」などと怒鳴っていたといい、目撃した人が110番通報したものです。愛知県警は、2人の間で何らかのトラブルがあったとみて調べていますが、捜査幹部は「上下関係が厳しい暴力団の世界で、子分が親分を殴るなんて聞いたことがない」と話しています(なお、週刊誌上では、暴行の原因のひとつに総長の体調の変化によるもの(親分の介護)があるのではないかとの見解があります)。
- 浜田靖一防衛相は、反社会勢力の元メンバーと集合写真を撮影したとの週刊文春報道に関し「写真を撮影したのは事実だ」と認めています。その上で「そのような方が参加していたとは知り得ず面識もない。瑕疵はないと思うが、指摘を受けたことは反省しないといけない」と述べています。週刊文春によると、浜田氏は2023年3月、山梨県の寺院で開かれた知人の出家祝いに出席、集合写真を撮影した際、反社会勢力の元メンバーが含まれていたということです。
最後に暴力団離脱者支援を巡る記事を紹介します。2023年9月1日配信のJBpressの記事「暴力団離脱者の更生支援する元大物やくざが力説する「彼らの居場所」の重要性」です(本コラムではおなじみの廣末登先生の論考です)。
社会には表があれば裏がある。日本社会でいうと、カタギとやくざの関係もそうだ。これは何も日本独自のものではない。イタリアではンドランゲタ、コーザ・ノストラ、カモッラが裏社会で睨みを効かせ、中国では三合会(=トライアド)が、裏社会の仕切り屋として存在する。良し悪しは別として、それが古今東西の社会の実態である。われわれのような合法的な職業社会に生きる者とは異なり、彼らは非合法的な手段を用いて、経済的目標を達成しようと試みる。その手段は、賭博、不良債権回収、管理売春、薬物売買など。いずれも犯罪色の濃いビジネスである。…私はあるときから、日本の裏社会が変質してきていると感じ、たびたび警鐘を鳴らしてきた。変質とは、分かりやすく言うと、様々な集団のメルト化だ。集団が確固たる形を失い、裏社会を構成するさまざま集団を一言で表現できなくなった。いわゆる半グレという、既存の暴力団組織の形態とは一線を画し、事務所もなく、メンバーも常に流動的な集団の出現もメルト化の要因のひとつだが、もうひとつ、裏社会に籍を置いた人間が、更生したいと思った時に、なかなか更生し難い社会になってしまっていることも大きな要因となっている。現在の社会情勢の下では、意を決してやくざを辞めた人間は、なかなか金融機関で口座を作れない。そのことで就職を断念せざるを得ないことが多い。こうなると、せっかくやくざの世界を離れたのに、再び犯罪に走り、「元暴アウトロー」となって、新たな犯罪被害者を生む恐れがある。実際、筆者が就労支援した経験に照らしても、やくざを辞めた人の就労支援は、普通の刑務所出所者の支援に比べて難しい。それは、彼らが生きてきたやくざ社会の文化に染まっていること、口座や携帯の契約ができないこと、彫り物や小指の欠損等々、様々な理由が挙げられる。だから筆者は、やくざを辞めた人が、就職に困らないようにまずは銀行口座開設の要件を緩和すべきだと説いてきた。だが、現実はなかなか厳しい。…筆者は、この五仁會の活動が日本中に広がって欲しいと思っている。それは、やくざの更生を真に支援できるのは、やくざを経験した者でないと難しいと考えるからだ。…現在、裏社会はメルト化が進行しており、表社会が更生したいやくざ離脱者を受け入れなければ、いっそうメルト化が進み、取り返しのつかない危険な世の中になってしまう。…読者の皆さんも「最近の犯罪はタガが外れてきている」と感じているのではないだろうか。しかも、こうした犯罪は実行犯を捕まえてみてもほとんどが素人同然の人間で、指示していたホンボシはなかなか尻尾を現さないようになっている。日本社会の底が抜けてしまったのだ。…人間は社会的動物であるから、ひとりでは生きられない。帰属先が必要である。会社員でも定年退職した後、個人名刺の片隅に「元~~会社」などと印字しており、同期会など開催するではないか。全てのヤメ暴が該当するわけではないが、彼らも、そうした帰属集団は必要だ。…同じ釜の飯を食った仲間同士、昨今の厳しい世の中で、苦労を分かち合い、知恵を出し合って社会復帰を目指すという目標が共有できる。ヤメ暴で、暗中模索している方は、全国のヤメ暴が集う姫路の五仁會に、社会的居場所と、カタギで生きるための知恵を求めてみてはいかがか。
2.最近のトピックス
(1)AML/CFTを巡る動向
金融庁と業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点(2023年7月25日開催 主要行等)から、AML/CFTに関する部分を紹介します。
▼金融庁 業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点
▼主要行等
- マネロンレポートの公表及び態勢整備について
- 2022事務年度版の「マネーローンダリング・テロ資金供与・拡散金融対策の現状と課題」(通称、「マネロンレポート」)を2023年6月30日に公表した(これまで2018年、2019年、2022年に公表しており、2023年で4回目)。
- レポートでは、検査やモニタリングを通じて把握した金融機関の共通課題や、取組みの好事例、FATFにおける議論の状況等について記載している。
- 各金融機関においては、本レポートを参考に、自らの態勢の改善や業界全体の底上げに向け、取り組んでいただきたい。
- レポート概要
- 技術の進歩による決済手段の多様化や取引のグローバル化等が進行し、金融取引が複雑化する中、コロナ禍における非対面取引の拡大等も要因として、金融機関等が直面するマネロン等に関するリスクも変化。特に、特殊詐欺やサイバー空間での犯罪件数が増加するとともに、暗号資産や資金決済(収納代行)等についても引き続きリスクが内在しており、金融機関等は、マネロン等リスクの変化に応じた継続的なリスク管理態勢の高度化が求められている。
- マネロンガイドラインで求める事項についての態勢整備の期限としている2024年3月末に向け、金融機関の全体的な態勢水準は高度化しているものの、包括的かつ具体的なリスクの特定・評価の実施や、態勢高度化に向けた計画検討に時間を要し、実際の取組に遅れが認められる金融機関が存在。
- 金融庁は、検査やヒアリングを通じて、引き続き、金融機関等のリスクベースでの取組みの高度化を促していくため、ガイドラインで対応が求められる事項とされる取組みに関するギャップ分析の正確性、2024年3月末に向けた行動計画の進捗状況について検証を行っていく。
米司法当局は、北朝鮮の対外工作機関・朝鮮人民軍偵察総局傘下のハッカー集団「ラザルス」が窃取した仮想通貨(暗号資産)のマネー・ローンダリング(マネロン)に協力したとして、暗号資産の送金を手がける「トルネードキャッシュ」の共同創設者2人をマネロンの共謀などの罪で起訴しています。トルネードキャッシュは匿名性の高さを売りにしていましたが、司法省は「10億ドル(約1450億円)以上の犯罪に関わるマネロンに利用された」と指摘しています。トルネードキャッシュは2019年8月ごろにサービスを開始、送金者や受取人の情報を匿名化する「プライバシー保護」を宣伝文句にしていましたが、送金ルートを追跡できないため、「違法な資金かどうかを判別できなくするマネロンの温床になる」との懸念がありました。同社は、サイバー攻撃で暗号資産を窃取された取引所から「犯人がトルネードキャッシュを利用している」と連絡を複数回受けていたものの、調査への協力を断っていたといいます。2022年4~5月にはラザルスが窃取した約4億5500万ドル(約660億円)相当の暗号資産が、トルネードキャッシュを通じて送金されていました。米連邦捜査局(FBI)がこの暗号資産窃取事件でラザルスの関与を断定した後、トルネードキャッシュは「対策を講じる」と発表したものの、実効性のある対策はとられていませんでした。本コラムでも取り上げましたが、米財務省は2022年8月、トルネードキャッシュを対北朝鮮制裁の対象に追加、米国内の資産は凍結され、米国民との取引も禁止されていました。
「不正蓄財の温床」という悪評を払拭するため、スイス政府はマネロン規制の強化に乗り出しています。2023年8月、信託や会社の最終的な「実質所有者」の申告を義務付ける対策案を発表、スイスは現在、欧州で唯一、こうした所有者登録制度がない国だったようです。2023年9月6日付日本経済新聞によれば、世界各地のオリガルヒ(新興財閥)や犯罪者がスイスの現行制度を悪用し、金融機関や専門知識を使って資産の所有を偽装していると批判されており、財務相は「国際的に重要、安全で先見性のある金融センターという評価を永続的にするためには、金融犯罪を阻止する強固な制度が不可欠だ」と強調しています。人口約870万人のスイスは、非居住者を規制や税制面で優遇する「オフショア市場」の世界最大の拠点となっており、スイスの銀行が預かる海外資産は推定2兆4000億ドル(約350兆円)に上るといいます。ロシアのウクライナ侵攻を受け、スイスは金融規制の強化を求める国際的な圧力にさらされており、ロシアへの経済制裁ではEUと足並みをそろえるものの、スイス政府は法令違反を十分に取り締まっていないとの批判を受けています。G7の駐スイス大使は2023年4月、スイスには数々の国内法の「抜け穴」が存在し、国内の弁護士がこれを悪用して制裁逃れを手助けしているにもかかわらず、政府は見て見ぬふりをしていると非難しています。改革案には、スイス国内で設立された全ての法人と信託の実質所有者を登録する新たな名簿の作成が盛り込まれ、また、スイスの弁護士や会計士などサービス提供者には、顧客に対するデューデリジェンスの実施、検査記録の保管、マネロン疑われる場合の当局への報告が義務付けられることになります。
大規模なマネロンを捜査しているシンガポール警察は、外国人容疑者10人のうち1人の銀行口座から1億2500万シンガポールドル(9179万米ドル)を押収しています。報道によれば、クレディ・スイスとジュリアス・ベアにあるトルコ国籍の容疑者の口座から、それぞれ約9200万シンガポールドルと3300万シンガポールドルを押収、警察は数週間前にも一斉手入れを行っており、押収した資産はこれで合計18億シンガポールドルに達しています。
スタートアップの起業スタイルとして人気を集める「合同会社」を巡って出資トラブルが相次ぎ、金融当局が規制強化に乗り出しています。本来は少人数が出資して経営するものですが、最近では不特定多数の投資家から資金を集めるケースも増え、不当な勧誘が行われていることが背景にあります。最近で訴訟に発展するケースも出ており、2023年8月20日付読売新聞によれば、30代男性が600万円を出資した合同会社を巡って2022年秋、投資家ら約50人が同社に出資金の払い戻しを求める訴訟が東京地裁に起こされています。同社側は訴訟で「代表社員の裁量で金額を制限できる」との定款を盾に払い戻しを拒否しましたが、2023年5月の地裁判決は、同社側が事業や財政の詳細な状況を説明せず、代表社員の裁量が合理的かどうかが立証されなかったとして、全員に総額4億8000万円を払い戻すよう命じています。金融庁は従来、小規模な企業が多い合同会社が事業資金を調達する必要性を考慮し、出資の勧誘については金融商品取引業の登録を不要としてきましたが、トラブルの多発や、証券取引等監視委員会の調査で不適切な勧誘が確認されていることを踏まえ、2022年10月、経営に責任を持つ「業務執行社員」以外の従業員らに勧誘をさせる場合に登録を義務づけ、大規模な勧誘を規制しています。無登録の場合は業者名を公表するほか、裁判所に禁止命令を申し立てる制度も創設し、悪質業者の締め出しへとかじを切っています。
(2)特殊詐欺を巡る動向
特殊詐欺が猛威を奮っています。特殊詐欺は長年蓄えた被害者の財産を短時間で奪うだけでなく、家族との信頼関係や命にまで影響が及ぶことさえある、極めて悪質なものであり、絶対に許されるものではありません。支援団体は「特殊詐欺は間接殺人」と非難し、被害に遭わないように日頃から家族全体で備えることの大切さを訴え、「被害に遭うのは家族を思う優しさ、役に立ちたいという気持ちによるもの。悪いのは加害者で、被害者を責めてはいけない」、「特殊詐欺は日本の社会構造が生む犯罪で、解決策が見つからないのは日本国民の連帯責任だ」と訴えていますが、正に正鵠を射る指摘であり、胸を衝かれます。また、報道で警視庁の担当者が「高齢者だけでなく、現役世代も特殊詐欺について知識を持ち、子供たちから両親、祖父母に注意喚起する機会を持つようにしてほしい」と述べていましたが、正にそのとおりであり、高齢者が騙されてしまう実態をふまえ、家族や社会全体が特殊詐欺に対する理解を深め、さまざまな形でその被害を防止できる社会を作り上げていくことが重要だと思います。
2023年上半期の認知件数の増加は、架空請求詐欺の増加が大きな要因となっています。中でも半数近くが「パソコンがウイルスに感染した」などと偽り、復旧名目で料金を請求する「サポート詐欺」となっています。コンビニで電子マネーカードを購入させ、画像を送らせて金銭情報を騙し取る事例が6割を超えています。被害者は一定のITリテラシーがある層となっている点が特徴です(被害者全体に占める65歳以上の割合は、特殊詐欺全体が80.9%であるのに対して、架空請求詐欺では57.5%となっています)。家族になりすますオレオレ詐欺や、医療費や保険料の過払い金を受け取れると騙す還付金詐欺の被害層がほぼ高齢者となっていますが、犯罪組織側が標的の層を変えてきていると考えられます。なお、警視庁によれば、犯行に使われる電話番号は、2022年は「03」や「06」の市外局番で始まるものが半数以上を占めていましたが、2023年は約9割が「050」から始まるIP電話の番号になっている点も注目されます。電子マネーカードを何枚も買ったり、買おうとしている人への声掛けを徹底するなど、警察はコンビニと連携を強める方針で、事業者と密接な連携のもと抑止や防止に努めていただきたいところです。関連して、警察庁は、2023年上半期に急増した「サポート」と「電子マネー」をキーワードとする架空料金請求詐欺に警鐘を鳴らし、下半期に入り対策を強化しています。犯行は、電話をかけずに被害者との直接の接触も一切ないのが特色で、2022年から際立って目立ち始めたと言われています。詐欺の電話をかける拠点「かけ場」のマンション摘発が相次ぎ、集めたかけ子たちが一網打尽されるケースが増えたことから、移動する自動車内から電話する「移動式かけ場」、アジトを海外に移転、居場所の特定を避けるため電話の使用をやめパソコンやスマートフォンといった端末のポップアップに移行など、だましの手口が多様化している状況です。前述したとおり、特殊詐欺は、そもそも高齢者をターゲットにした犯罪であるところ、高齢者が特に苦手なITの分野に的を絞っている点が特徴であるほか、これまで闇バイトで出し子や受け子を募集し被害者側と接触させることで資金を獲得していたところ、コンビニエンスストアで手軽に買える電子マネーを悪用することにより、そもそもトカゲの尻尾切りの「尻尾」となる受け子らが不要となり、指示役の秘匿性をより高めています。また、ランサムウエアとサポート名目詐欺の関連性も指摘されており、サポート詐欺では、パソコンの電源を落とせば復旧するケースも多く、被害者サイドのPCを事実上支配するランサムウエアとはレベルが違うものの、ランサムウエアはサポート詐欺の延長線上にある高度な犯行形態とも言え、サポート詐欺はもはや、特殊詐欺という分類よりも、サイバー犯罪と言った方がしっくりするとの指摘もあります。いずれにせよ、特殊詐欺の手口はいたちごっこ的な様相を呈しており、検挙や抑止・防止が進めば、また別の手口が流行りだすものであり、前述のとおり、高齢者のみならず、社会全体で特殊詐欺の手口や被害の実態、その変遷等についての理解を深めることが重要だといえます。
特殊詐欺にも深く関与している闇バイトについては、外務省からも注意喚起が出されています。
▼外務省 特殊詐欺事件に関する注意喚起(加害者にならないために)
- ポイント
- 「海外で短期間に高収入」「簡単な翻訳作業」といった、いわゆる闇バイトの謳い文句に誘われ、海外において特殊詐欺事件のいわゆる「かけ子」や「受け子」として犯罪に加担させられた結果、組織内のトラブルにより暴行を受けるなどの被害や、加害者として現地警察に拘束される事案が多く発生しています。
- このような求人に安易に応募することがないよう、また、意図せず犯罪の加害者になることがないよう、十分慎重に行動してください。
- 本文
- 近年、東南アジアを中心とする海外において、特殊詐欺事件のいわゆる「かけ子」や「受け子」として犯罪に加担させられた結果、現地警察に拘束される事案が多く発生しています。
- 「海外で短期間に高収入」、「簡単な翻訳作業」といった、いわゆる闇バイトの謳い文句に誘われ、「海外旅行に出かけて小遣い稼ぎができる」といった安易な気持ちで海外に渡航した結果、意図せず詐欺犯罪の加害者になってしまうケースがあります。こうしたいわゆる闇バイトに一度加担してしまうと、「やめたい」と思っても、パスポートを取り上げられて軟禁状態となり、また、自分自身や家族等の個人情報をもとに脅迫され、抜け出すことができないばかりか、組織内でのトラブルにより、暴行を受け重傷を負うなどのおそれがあります。
- 短期間で多額の報酬を得られるような仕事は、海外でも通常はないことを十分認識し、安易にこうした求人に応募することがないよう、また、意図せず犯罪の加害者になることがないよう、十分慎重に行動してください。
- 以下の警察庁ホームページもご参照ください。
▼「闇バイト」は犯罪実行者の募集です
「プロが早期解決!」「経験豊富な弁護士が被害金を取り戻します」マッチングアプリなどを通じてつながった相手に恋愛感情を抱かせ、金銭をだまし取る「ロマンス詐欺」の被害が相次ぐ中、ネット上では「泣き寝入りせず被害回復を」などの文句で依頼を募る法律事務所の広告があふれていますが、味方のはずの弁護士との間でトラブルになるケースもあるといい、一部の弁護士会では、問題のある広告を出したとして弁護士の懲戒処分を検討する事態に発展しています。2023年8月30日付毎日新聞では、「やり取りはLINEで、弁護士に直接会うことはなかった。事務所からのメッセージには「相手をとことん追い込みます」などと自信満々の言葉が並んだが、返信は次第に滞った。不審に思った男性は、有志で投資詐欺などの被害者救済に取り組む「東京投資被害弁護士研究会」に相談した。そして、弁護士は送金先の口座にわずかに残っていた残高を差し押さえる手続きをせずに放置していたことが判明した。男性が抗議すると、弁護士は「詐欺相手との交渉は実現しておらず、回収は難しい」と打ち明けたという。交渉して着手金などは取り戻したが、男性は「だまされた上に、まただまされた気分だ」と嘆いた」という事例が紹介されています。同報道の弁護士業務の広告問題に取り組む東京弁護士会のグループによると、ロマンス詐欺の被害回復などをうたう法律事務所の広告には、架空の事例や実績を紹介、弁護士が1人しかいないのに24時間365日相談対応と記載、弁護士ではなく事務職員が相談対応するなど、弁護士法や日本弁護士連合会のルールに違反する恐れのあるものも多数確認されているといいます。無資格の職員が弁護士業務を行う違法な「非弁行為」も横行しているとみられ、依頼者が状況説明などを求めても対応してもらえなかったり、被害金の高額回収を約束しながら実現されなかったりし、「着手金倒れになった」という苦情も多数寄せられているといいます。
本コラムではロマンス詐欺についても事例をたくさん取り上げていますが、海外で編み出された手法とされています。2023年8月20日付ロイターによれば、ガーナでは学校を中退した若者がソーシャルメディア上で個人情報を盗んだり、国際ロマンス詐欺に手を染めるケースが増えているといい、ガーナのサイバーセキュリティ当局によると、2023年に入ってからのなりすまし詐欺による被害額は、推計4950万セディ(約6億4000万円)に上るといいます。被害者から送られてきたお金は暗号資産ウォレットで現金化し、シフト制で詐欺を働く仲間と分け合うといったことが行われており、こうした詐欺が広がる背景には、数十年にもわたるガーナの経済危機があるとされ、貧困が続き、若者の失業率が30%を超えているといいます。また、ガーナのサイバーセキュリティ当局は2022年の報告で、オンライン詐欺の摘発件数の大半をなりすましが占めており、ソーシャルメディアのアカウント作成が容易になったためだと分析、英国のサイバーセキュリティ企業ソフォスX―Opsの研究者、ショーン・ギャラガー氏は、ガーナなど西アフリカ地域の犯罪者は暗号資産のアカウントを使って送金するなど、中国のロマンス詐欺のテクニックを真似ていると指摘しています。さらに、同氏によれば、フェイスブックやツイッター(現X)のハッキングされたアカウントを売買する市場があり、暗号資産や現金で購入することができるといい、他のソーシャルメディアのアカウントからコピーした写真などを使い完璧なプロフィールを作り上げる場合もあり、こうした仕組みは既に産業レベルに達しているといいます。ロマンス詐欺の直近の事例としては、京都市伏見区の50代の女性会社員が、ミャンマー在住で日英ハーフを自称する男らに手数料名目などで計約500万円をだまし取られた事例がありました。日英のハーフをかたる男は女性に好意を示した上で「ミャンマーでテロ被害にあい、政府から報償金を受け取った。現金などを手元に置いておきたくないので預かってほしい」などと持ちかけ、その後、運送会社社員を自称する別の人物から「金塊や大金が入った小包を送ったが、税関に引っ掛かり手数料を振り込む必要がある」などと女性に連絡があり、信じた女性は2023年7月、指定された口座に3回にわたり計約500万円を振り込んだというもので、女性から相談を受けた息子が詐欺だと気づき、被害が発覚したといいます。また、富山第一銀行は、振り込みを希望する60代の男性来店客に、振込先や理由を確認、男性が、「SNSを通じて知り合った女性に振り込みを依頼された」と話したため詐欺を疑い、上司に相談、警察に通報し被害を防いだ事例もありました。
国連人権高等弁務官事務所は、東南アジア地域で近年見られる詐欺拠点や違法なオンライン事業に数十万人規模の人々が犯罪組織の手で移送され、強制労働を強いられているとする報告書を発表しています。2023年8月30日付ロイターによれば、ミャンマーで少なくとも12万人、カンボジアで約10万人が詐欺拠点に収容されている可能性があると指摘、ほかにも、ラオスやフィリピン、タイなどに、暗号資産詐欺やオンライン賭博などの犯罪組織が所有する企業があるとしています。ターク国連人権高等弁務官は「こうした詐欺行為に強制的に加担させられている人々は、非人道的な扱いを受けながら犯罪行為を強いられている。被害者であって犯罪者ではない」と述べていますが、カンボジア警察の広報は報告を見ていないとした上で、「(10万人という)数字をどこから得たのか。外国人がとやかく言っているだけだ」などと述べ、ミャンマー軍政はコメント要請に応じていないとのことです。こうした状況は新型コロナウイルス禍以降に見られ、カジノ閉鎖で規制の緩い東南アジア各地に拡大、報告書は、詐欺拠点は急速に拡大し、毎年数十億米ドル規模の収入を生み出していると分析しています。なお、関連して、中国公安省は、インターネットや電話を悪用して中国人を狙った詐欺グループがミャンマーで摘発され、1207人の容疑者が中国に移送されたと発表しています。中国では海外を拠点としたグループによる詐欺の被害が深刻化しており、2023年8月下旬には中国とインドネシアの当局が協力し、インドネシアで詐欺グループの88人が拘束されています。
ルフィグループに属し、フィリピンの廃ホテルなどから日本に特殊詐欺の電話をかけ続ける「仕事」を4年ほど続けた女が、東京地裁の公判でその実態が明らかになっています。「NBI(国家捜査局)、イミグレ、知事、マフィアにお金を払って、(かけ子が)逃げ出さないように、(組織が)摘発されないようにしていた」といい、「ホテル代を負担してもらっている、飛行機代の元を取らないといけない、という感情になっていました」などと述べています。裁判官は「従属的ではあるが、能動的に重要な役割を担っていた。犯行の分け前を直接受け取る立場にはなかったが、滞在費用などとして分け前を間接的に受ける立場にあった」と認定、その上で「だましの電話をかけることを分かった上で犯罪組織に加わった。仮に後に組織から抜けられない状況に陥ったとしても、あまり同情できず、利欲的な動機で関わったことは強く非難
フィッシング対策協議会によれば、偽のサイトに誘導し、クレジットカード情報やアカウントのIDなどを盗み出す「フィッシング詐欺」被害の報告件数が2022年、96万8832件に上り過去最高を記録したといいます。同協議会が5313人から得られたアンケート結果によると、6割がフィッシング詐欺と考えられるSMSを受け取ったことが「ある」と回答、発信者としてなりすまされた業種で多かったのは、宅配業者、ECサイト、クレジットカード会社、銀行、携帯電話キャリアの順で、国税庁を始めとする官公庁のなりすましも確認されているほか、政府による全国旅行支援が発表された時期には、旅行予約サイトを装ったフィッシングもあったといいます。金銭的な被害に遭ったのは全体の4.3%、年代別では男性の20代と10代がそれぞれ10.9%と10.1%で1割を超えています。同協議会は、2022年4月から成人年齢が18歳に引き下げられたことに伴い、18~19歳が契約に保護者の同意が不要になるため、「ターゲットに選ばれやすい可能性があるため、注意が必要」としています。
最近、新しい手口が増えていますので、以下、いくつか紹介します。
- 実在する警察署の電話番号を悪用した特殊詐欺の手口が、最近、確認されるようになっているといいます。2023年8月28日付産経新聞によれば、スマートフォンや固定電話の画面に警察署の正式な番号が偽装表示され、電話に出た高齢者らに「警察官」と信じ込ませ、現金などをだまし取るというものですが、正式な番号を表示されるシステムは不明で、警視庁は警戒を強めていいます。具体的な事件としては、東京都板橋区に住む50代の女性のスマートフォンに2023年7月下旬、末尾が「0110」の固定電話から2回着信があり、いずれも仕事中で取れなかったため、数時間後に折り返したところ神奈川県警の警察署の代表につながったといいます。着信があった旨を伝えたものの、応対した職員が調べを尽くしてくれた結果、警察署内の、どこからも発信された形跡がないことが確認され、特殊詐欺グループが署の番号を偽装表示させた疑いが浮上したということです。報道で女性は「電話に出られなかったから良かったが、実在する警察署の電話番号から掛かってきたとなると、いくら注意していても、だまされてしまうのではないか」と話していますが、そうした可能性は否定できないところです。こうした警察署の電話番号を悪用した手口は最近、目立つようになっているといい、警視庁暴力団対策課が2023年7月、詐欺未遂容疑で逮捕した20代の男のグループも、実在する北海道警の警察署の番号を表示させ、70代の女性のスマートフォンに電話を掛けており、電話に出たその女性に、警察官らに成りすまし「犯罪嫌疑がかけられている」「現金を郵送する必要がある」などと嘘を言って、現金をだまし取ろうとしていました。グループはこうした手口で、2021年8月以降、約50件で総額計9400万円をだまし取ったとされます。一方、どのように実在する警察署の電話番号を表示させていたのかは、男が黙秘するなどし、詳しくは分かっていないといいます。警察庁によると、2022年11~12月に全国の警察が認知した特殊詐欺事件の分析では、犯行グループが被害者に最初に接触する手段として、最も多いのは「電話」で85.2%を占めており、警戒が必要です。
- 東京都大田区のスーパーチェーンの店舗で、本部の社員をかたった人物が電話で店員に指示し、90万円相当の電子マネーを詐取する被害があったということです。報道によれば、業務を装って電子マネーを詐取する手口は2023年8月中旬以降、東京都内で相次いで確認されており、警視庁は警戒を強めています。スーパー本部の社員を名乗る人物が、大田区の店舗に電話し、商品のカード型電子マネー(プリペイドカード)について「古くなったものを処理しろ」と指示、一部のカードを有効化し、コード番号を伝えるよう求め、店員は指示に従って、レジで計90万円分の入金手続きをしたカードを有効化し、コード番号を伝達したといいます。その後、不審に思って上司に相談し、被害が発覚したものです。海外の取引先や自社の経営者層等になりすまして、偽の電子メールを送って入金を促すビジネスメール詐欺(BEC(Business Email Compromise))のリアルバージョンとでも言え、業務指示と誤信してしまう点で共通しており、こちらも大変注意が必要です。
- 電話の自動音声ガイダンスでメッセージを流す手口の特殊詐欺が兵庫県内で急増しているといいます。2023年9月1日付毎日新聞によれば、「電気協会」をかたり、電気料金が未納で停止すると伝えて詐欺グループに誘導する手口で、連日の猛暑で電気が止められることを気にして焦って詐欺に遭うケースもみられるといい、兵庫県警は「詐欺なのですぐに切ってほしい」と注意を呼びかけています。報道によれば、電気協会を名乗る詐欺被害が県内で初めて確認された2023年7月17日から8月30日までの間で、同様の手口による電話が約210件確認されたといい、兵庫県警の担当者は「連日の猛暑で電気が止められると考えると焦ってしまったり、音声ガイダンスは比較的珍しく、高齢者は詐欺だと気付きにくかったりする」といい、危機感を強めているといいます。
- 正当な理由なく自身のキャッシュカードや口座情報を譲り渡したとして、京都府警上京署は、犯罪収益移転防止法違反の疑いで、愛知県立豊川工科高校の20代の非常勤講師を逮捕しています。逮捕容疑は2023年3月6~11日、カード1枚につき約40万円を受け取る約束で、特殊詐欺グループの一員とみられる人物に自身のキャッシュカード計3枚を譲り渡し、それぞれの銀行口座の暗証番号を伝えたといいうもので、いずれの口座も特殊詐欺に利用されていたといいます。3月に上京署管内で発生した還付金名目の特殊詐欺事件でこのうちの1つが使われており、捜査の過程で容疑者の関与が浮上したものです。犯罪インフラの代表格といえる「口座」の売買が後を絶ちませんが、1口座あたり約40万円というのは、筆者が知り得る限りでも非常に高額であり、特殊詐欺被害の大きさからみて、犯罪者から見ればそれでも入手したいということの表れでもあり、今後も口座売買の摘発に注力していくことが重要だと思われます。
- 架空請求詐欺の一つである老人ホームの入居権をかたった特殊詐欺も増えているようです。宮城県警は、宮城県内の高齢女性が老人ホームに入居できる名義を巡り約8500万円をだまし取られたと発表しています。報道によれば、2023年5月中旬ごろ、女性宅にハウスメーカー社員を名乗る男から「老人ホームに入居する権利がある」と電話があり、女性は断ったが「名義を貸してほしい」と頼まれ同意、後に金融庁の職員や弁護士を名乗る人物から、「名義貸しは犯罪で、このままだと財産が没収される。会社の金庫で預かるので送ってほしい」などと相次いで電話があったといい、複数回にわたって指示された東京都内の住所に金を送ったというものです。なお、本事件は、宮城県内で発生した特殊詐欺事件のうち最も大きい被害額だということです。また、奈良県警は、奈良県内の70代女性が老人ホームの入居権をかたった特殊詐欺の手口で現金など9317万円をだまし取られたと発表しています。奈良県内の被害としては2023年の最高額だといいます。2023月4月下旬に女性宅の固定電話にハウスメーカーの社員を名乗る男から「新しくできる老人ホームの入居権が決まりました」などと電話があり、女性が断ったところ、「別の人に権利を譲ってもらえないか」と聞かれたため、女性は了承、翌日、男に指示された番号に女性が電話をかけると、電話口の別の男から「名義貸しは犯罪です。警察に捕まりますよ」などと言われ、解決のために現金など215万円を要求され、信じた女性は、6回にわたって現金計9310万円を宅配便で送ったほか、計7万円分のプリペイド式電子マネー「アップルギフトカード」を購入し、番号を電話で伝えたというものです。特殊詐欺捜査をしていた他府県警からの情報提供によって発覚したということです。なお、宮城県警では、本事件を除く2023年1~7月の特殊詐欺の被害額は約3億4000万円で、現金送付型がうち約1億3200万円を占めているといいます。
- 口座を新規開設させる手口も横行しているようです。京都府警伏見署は、京都市伏見区の70代の女性が、警察官などを名乗る人物らに口座から現金999万円をだまし取られる事件があり、電子計算機使用詐欺容疑で捜査しているとのことです。報道によれば、2023年8月23~30日、女性宅に警察官や検察官などを名乗る人物らから「ヤクザを捕まえたら、あなたから通帳を買ったと言っている。共犯でないことを証明しなければならない。口座を作って持っているお金を全部入れてください」などと電話があり、女性は指示通り、口座を新規開設し入金したところ、その後、何者かによって口座から現金999万円が別の口座に送金され、だまし取られていたことが分かったというものです。大阪府警特殊詐欺捜査課は、大阪府内在住の一人暮らしの80代女性が、刑事を名乗る男にインターネットで金融取引ができる銀行口座の開設を迫られ、約4440万円をだまし取られる被害にあったと発表、電子計算機使用詐欺などの容疑で捜査しているといいます。報道によれば、2023年8月中旬ごろ、「東京中央署の刑事」を名乗る男から電話があり、女性の通帳が犯罪に使われた可能性があり、調査のため新たに口座を開設し、預金を1カ所に集めてほしいと告げられ、女性はいったん拒否したものの、男に「協力しないとあなたも逮捕される」と言われ、指示通りに開設、口座のIDとパスワードを男の上司をかたる別の男に伝えたところ、その後、口座を開設した銀行から「多額の送金が行われている」と連絡があり、約4440円を身に覚えのない口座に複数回に分けて送金されていたことが判明したものです。
- 札幌市で2023年夏、中国人留学生が中国の捜査当局者を装った男らに「犯罪に関わっている」と脅されるなどし、現金800万円をだまし取られていたことが分かりました。本コラムでも以前取り上げましたが、酷似した手口で中国人留学生を狙う詐欺事件は2023年6月以降、東京都内でも続発しています。北海道内で確認されたのは初めてですが、被害が全国に広がっている可能性があります。中国人留学生の女性に2023年7月12日以降、「上海警察」や「中国公安局」をかたる男らから「あなたの名義のSIMカードが悪用されている。保釈金を支払わなければ強制送還する」などと電話があり、女性は身に覚えがなかったものの、同24日に指定口座に800万円を送金、その後さらに、「検察官」を名乗る男から「被害者の親族が訴訟を起こし、さらに1600万円の示談金が必要」などと要求されたといいます。女性が現金の工面に困っていると、男は「誘拐されたように偽装し、親に金を払わせろ」などと指示、女性は自ら足を縛り、目隠しもして写真を撮影し、家族に送信したということです。女性が通う大学は2023年8月、家族や知人を通じて事態を把握し、「誘拐されたという情報がある」と110番、捜査に乗り出した道警が女性から事情を聞き、虚偽の誘拐と判明したといいます。北海道警は、留学生向けの啓発ポスターを中国語で作成し、配布するなどして注意を呼びかけています。最近同様の手口が増えており、中国の詐欺グループが何らかの手段で留学生の携帯電話番号を入手したと見られていますが、留学生の金銭被害については詐欺事件として捜査できるものの、身代金については中国国内の被害で、捜査対象にならないと見られています。また、やりとりには秘匿性の高い通信アプリ「テレグラム」が使われ、電話の発信元や振込先口座をたどる捜査も国境の壁があり容易ではなく、犯罪グループはそうした事情を逆手に取り、日中当局の摘発をかいくぐろうとしているとも見られています。こうした警察官などを装って金を詐取する手口は、日本の特殊詐欺と共通しており、中国では「電信詐欺」と呼ばれ、習近平国家主席が2021年4月に対策強化を求める指示を出し、捜査を強化してきた経緯があります。報道で中国の犯罪事情に詳しい一橋大の王雲海教授(刑事法)は「中国での対策強化を受け、現地の詐欺グループが中国外の同胞に標的を移している可能性がある。留学したばかりで、生活に不慣れな学生は格好の餌食だ。留学生の相談先を充実させ、周知を進めていく必要がある」と指摘していますが、正にそのとおりだと思います。なお、日本在住の中国人名簿が出回っていることをうかがわせる事件も多発しており、警察が注意喚起をしています。大阪府警は、大阪府内在住の中国籍の50代女性が中国語の電話による特殊詐欺の被害に遭い、3800万円をだまし取られたと発表しています。報道によれば、中国の通信会社や警察官を名乗る男から中国語で、「あなた名義で携帯電話が購入されている」、「詐欺で逮捕状が出ており、口座の金が詐欺の被害金か確認する」と女性に電話があり、女性は指定された銀行口座に4回、計3800万円を振り込み、だまし取られたというものです。
暴力団が関係する特殊詐欺も相変わらず発生しています。特殊詐欺グループから脱退しようとした「かけ子」の監禁事件を捜査している静岡県警沼津、伊東、清水各署と県警捜査4課は、南伊豆町や沼津市で2022年に発生した被害金計550万円の特殊詐欺事件に関与したとして、詐欺と窃盗の疑いで、ボリビア国籍の住吉会系組幹部のチャベス・ゲレロ・ギジェルモ容疑者=逮捕監禁致傷、恐喝、強要未遂、詐欺容疑で逮捕=を再逮捕しています。報道によれば、容疑者はいずれの特殊詐欺事件でも首謀者だったとみられ、被害金は住吉会の資金源になっていたとみて突き上げ捜査を続けるとしています。逮捕容疑は、監禁の被害者でもある20代のかけ子の男らと共謀し、南伊豆町の80代の女性宅に親族をかたって電話をかけ、「書類を落とした」「お金を工面しなければ」などとうそを言い、「受け子」役がおいの知人を名乗って女性宅を訪問して現金200万円とキャッシュカードをだまし取った上、下田市内のコンビニ店のATMから約50万円を窃取、沼津市の70代の女性宅にも、おいをかたって電話をかけるなどして300万円をだまし取った疑いがもたれています。静岡県警は監禁事件をはじめとした一連の事件を巡ってかけ子、受け子の両グループなどの計11人を逮捕し、首謀者の関与を裏付けています。
例月どおり、2023年(令和5年)1~7月の特殊詐欺の認知・検挙状況等について確認します。
▼警察庁 令和5年7月の特殊詐欺認知・検挙状況等について
令和5年1~7月における特殊詐欺全体の認知件数は10,979件(前年同期8,838件、前年同期比+24.2%)、被害総額は228.8憶円(181.2憶円、+26.7%)、検挙件数は3,912件(3,500件、+11.8%)、検挙人員は1,281人(1,252人、+2.3%)となりました。ここ最近、認知件数や被害総額が大きく増加している点が特筆されますが、この傾向が継続していることから、あらためて特殊詐欺が猛威をふるっていると十分注意する必要があります。うちオレオレ詐欺の認知件数は2,411件(2,018件、+19.5%)、被害総額は69.9憶円(61.0憶円、+14.5%)、検挙件数は1,225件(911件、+34.5%)、検挙人員は539人(483人、+11.6%)となり、相変わらず認知件数・被害総額ともに大きく増えている点が懸念されるところです。2021年までは還付金詐欺が目立っていましたが、オレオレ詐欺へと回帰している状況も確認できます(とはいえ、還付金詐欺自体も高止まりしたままです)。そもそも還付金詐欺は、自治体や保健所、税務署の職員などを名乗るうその電話から始まり、医療費や健康保険・介護保険の保険料、年金、税金などの過払い金や未払い金があるなどと偽り、携帯電話を持って近くのATMに行くよう仕向けるものです。被害者がATMに着くと、電話を通じて言葉巧みに操作させ(このあたりの巧妙な手口については、暴排トピックス2021年6月号を参照ください)、口座の金を犯人側の口座に振り込ませます。一方、ATMに行く前の段階の家族によるものも含め、声かけで2021年同期を大きく上回る水準で特殊詐欺の被害を防いでいます。警察庁は「ATMでたまたま居合わせた一般の人も、気になるお年寄りがいたらぜひ声をかけてほしい」と訴えていますが、対策をかいくぐるケースも後を絶たない現状があり、それが被害の高止まりの背景となっています。とはいえ、本コラムでも毎回紹介しているように金融機関やコンビニでの被害防止の取組みが浸透しつつあり、ATMを使った還付金詐欺が難しくなっているのも事実で、そのためか、オレオレ詐欺へと回帰している可能性も考えられるところです(繰り返しますが、還付金詐欺自体事態、大変高止まりした状況にあります)。最近では、闇バイトなどを通じて受け子のなり手が増えたこと、外国人の新たな活用など、詐欺グループにとって受け子は「使い捨ての駒」であり、仮に受け子が逮捕されても「顔も知らない指示役には捜査の手が届きにくいことなどもその傾向を後押ししているものと考えられます。特殊詐欺は、騙す方とそれを防止する取り組みの「いたちごっこ」が数十年続く中、その手口や対策が変遷しており、流行り廃りが激しいことが特徴です。常に手口の動向や対策の社会的浸透状況などをモニタリングして、対策の「隙」が生じないように努めていくことが求められています。
また、キャッシュカード詐欺盗の認知件数は1,375件(1,699件、▲19.1%)、被害総額は17.2憶円(24.9憶円、▲30.7%)、検挙件数は1,058件(1,699件、▲37.7%)、検挙人員は274人(288人、▲4.9%)と、こちらは認知件数・被害総額ともに減少という結果となっています(上記の考え方で言えば、暗証番号を聞き出す、カードをすり替えるなどオレオレ詐欺より手が込んでおり摘発のリスクが高いこと、さらには社会的に手口も知られるようになったことか影響している可能性も指摘されています。なお、前述したとおり、外国人の受け子が声を発することなく行うケースも出ています)。また、預貯金詐欺の認知件数は1,550件(1,219件、+27.2%)、被害総額は19.9憶円(14.9憶円、+33.6%)、検挙件数は843件(760件、+10.9%)、検挙人員は269人(290人、▲7.2%)となりました。ここ最近は、認知件数・被害総額ともに大きく減少していましたが、一転して大きく増加し、その傾向が続いている点が注目されます(検挙人員が減少している点が気になります)。その他、前述した架空料金請求詐欺の認知件数2,929件(1,372件、+113.5%)、被害総額は78.6憶円(47.0憶円、+67.2%)、検挙件数は171件(105件、+62.9%)、検挙人員は59人(70人、▲15.7%)と、認知件数・被害額・検挙件数の急激な増加が目立ちます(一方、検挙人員の減少は気になります)。還付金詐欺の認知件数は2,408件(2,404件、+0.2%)、被害総額は27.6憶円(28.4憶円、▲2.8%)、検挙件数は573件(482件、+18.9%)、検挙人員は101人(83人、+21.7%)、融資保証金詐欺の認知件数は109件(77件、+41.6%)、被害総額は1.6憶円(1.3憶円、+19.5%)、検挙件数は15件(21件、▲28.6%)、検挙人員は8人(19人、▲57.9%)、金融商品詐欺の認知件数は114件(14件、+714.3%)、被害総額は12.0憶円(1.4憶円、+779.4%)、検挙件数は15件(4件、+275.0%)、検挙人員は18人(9人、+100.0%)、ギャンブル詐欺の認知件数は13件(29件、▲55.2%)、被害総額は0.4憶円(2.2憶円、▲81.9%)、検挙件数は0件(9件)、検挙人員は0人(8人)などとなっており、オレオレ詐欺の急増とともに、「非対面」で完結する還付金詐欺や架空料金請求詐欺の認知件数・被害総額ともに大きく増加している点がやはり懸念されます。なお、組織犯罪処罰法違反について、検挙件数は145件(50件、+190.0%)、検挙人員は53人(10人、+430.0%)、口座開設詐欺の検挙件数は408件(419件、▲2.6%)、検挙人員は230人(218人、+5.5%)となっています。
犯罪インフラ関係では、口座開設詐欺の検挙件数は408件(419件、▲2.6%)、検挙人員は230人(218人、+5.5%)、盗品等譲受け等の検挙件数は2件(0件)、検挙人員は1件(0件)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は1,534件(1,649件、▲7.0%)、検挙人員は1,202人(1,315人、▲8.6%)、携帯電話契約詐欺の検挙件数は73件(58件、+25.9%)、検挙人員は77人(53人、+45.3%)、携帯電話不正利用防止法違反の検挙件数は13件(6件、+116.7%)、検挙人員は11人(3人、+266.7%)などとなっています。また、被害者の年齢・性別構成について、特殊詐欺全体では男性(31.6%):女性(68.4%)、60歳以上88.2%、70歳以上68.9%、オレオレ詐欺では男性(19.8%):女性(80.2%)、60歳以上97.3%、70歳以上95.1%、融資保証金詐欺では男性(76.0%):女性(24.0%)、60歳以上16.0%、70歳以上4.0%、特殊詐欺被害者全体に占める高齢被害者(65歳以上)の割合について、特殊詐欺 80.9%(男性28.1%、女性71.9%)、オレオレ詐欺 96.7%(19.5%、80.5%)、預貯金詐欺 99.3%(8.9%、91.1%)、架空料金請求詐欺 57.5%(63.3%、36.7%)、還付金詐欺 78.6%(33.9%、66.1%)、融資保証金詐欺 6.0%(66.7%、33.3%)、金融商品詐欺 30.7%(42.9%、57.1%)、ギャンブル詐欺 23.1%(100.0%、0.0%)、交際あっせん詐欺 14.3%(100.0%、0.0%)、その他の特殊詐欺 32.3%(55.0%、45.0%)、キャッシュカード詐欺盗 99.2%(12.2%、87.8%)などとなっています。
本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニエンスストア(コンビニ)や金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(最近では、これまで以上にそのような事例の報道が目立つようになってきました。また、被害防止に協力した主体もタクシー会社やその場に居合わせた一般人など多様となっており、被害防止に向けて社会全体・地域全体の意識の底上げが図られつつあることを感じます)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。また、最近では、一般人が詐欺被害を防止した事例が多数報道されており、大変感心させられます。
- 特殊詐欺の被害を防いだとして、警視庁福生署と多摩信用金庫は、東京都立青梅総合高校の3年、畠山さん(18)に感謝状を贈っています。報道によれば、2023年8月6日午後4時半ごろ、あきる野市の多摩信用金庫あきる野支店のATMで、畠山さんが入店すると、高齢女性が携帯電話のスピーカーフォンで電話しているのが聞こえ、女性が「これ、詐欺なんじゃないの」と言ったり、電話の相手の男が「詐欺じゃないですよ」と答えたりしていたといいます。当日は日曜日で、信金の窓口は閉まっており、畠山さんは詐欺を疑い「自分がなんとかしなきゃ、と思った」といい、福生署に電話をかけ、対応方法を相談、署員が畠山さんのスマートフォンで、女性に詐欺であることを知らせたというものです。報道で畠山さんは「これからも、見て見ぬふりをせず、自ら進んで行動できるような人になりたい」と述べていますが、正にこうした思いとそれを行動に移した勇気こそ称賛されるべきだと思います
- 訪問介護の利用者を詐欺被害から防いだとして、大阪府警西淀川署は、大阪市淀川区の介護士、橋本さん(51)に感謝状を贈っています。報道によれば、2023年8月2日早朝、橋本さんが勤める訪問介護事業所に利用者の80代女性から「銀行に連れていってほしい」と連絡があり、橋本さんが送迎することになりました。女性は支援金名目でお金を受け取れるという詐欺メールを複数回受信しており、女性が車内でしきりに携帯電話を操作し、「57億円をもらえる」などと話す様子を不審に思い、詐欺を疑った橋本さんが、車を近くのコンビニの駐車場に止めて同署に通報、駆けつけた署員が女性を説得したものです。
次にコンビニにおける事例を紹介します。前述したとおり、還付金詐欺が急増する中、コンビニの果たす役割は大変大きくなっており、こうした成功事例を共有しながら、未然防止に努めていただきたいと思います。
- 埼玉県警所沢署は、高齢者に声をかけて特殊詐欺被害を未然に防いだとして、ファミリーマートの所沢ニュータウン店店長と、所沢小手指南店のアルバイト店員に感謝状を贈っています。報道によれば、店長がレジで勤務していたところ、80代男性が10万円分の電子マネーを買おうと来店、男性の話の内容から、パソコンがウイルスに感染したと装って金を要求する「サポート詐欺」の手口だと気づき、警察に通報したものですが、コンビニで特殊詐欺被害が頻発していることから「手口をネットで調べていた」ということです。一方、アルバイト店員は、4万円分の電子マネーを購入したいという80代男性に対応、男性が電子マネーを理解していない様子からサポート詐欺を疑い、通報したものです。所沢署は管内のコンビニ133店舗に月3回以上巡回するなど連携を強化してきたといい、アルバイト店員も「警察の人が見回りでよく声をかけてくれるので通報しやすかった」と話しており、警察の地道な努力が成果に結びついた好事例といえます。
- 松江市のコンビニ「ファミリーマート松江学園南店」は、5年間で約10回特殊詐欺を未然に防いでいます。店長の山内さんの兄はお笑いコンビで活躍しており、山内店長は「積極的な声かけが一番効果的」と強調しています。報道によれば、2018年4月、店を訪れた高齢男性が「これ買いたいんだけど」と話しかけてきて、差し出された携帯電話のメールを読むと、男性に未納料金があり、電子マネーで3万円相当を支払ってほしいという趣旨だったため、山内店長は購入するのを待ってもらって警察に相談、駆け付けた警察官から詐欺だと伝えられたといった事例があったといいます。山内店長が最も気を使うのが声のかけ方で、いきなり「詐欺です」と伝えるのではなく、購入目的を尋ね、丁寧に説明することを心がけているといい、「兄が芸人なので自分が話題になることで、被害を食い止めることに役立つのでは。今後も取り組みを続けたい」と話しているといいます。
- 京都府警京丹後署は、詐欺被害を防いだとして、京都府京丹後市のコンビニ「ファミリーマート大宮町河辺店」マネジャーの女性に感謝状を贈っています。報道によれば、2023年7月10日朝、スマホの操作がわからないと客の男性から尋ねられた女性は、画面に「32億円当選」との文字があったことから、怪しいと感じて「詐欺です」と注意するよう声をかけるも、男性は「32億円当選」を信じ切っている様子だったため110番通報、詐欺を未然に防いでいます。男性は大金がもらえるとのメールを受け、指示されるまま電子マネーを購入しようとしていたといいます。
- 富山県射水市のローソン富山県立大学前店の店長が、特殊詐欺の被害を未然に防いだとして、射水署から5回目の感謝状を贈られています。1人で警察から5回も感謝状をもらうのは、富山県内で最多ということです。店長のコンビニでは2023年7月8日午前11時頃、「4万円分の電子マネーを買いたい」と言って80代の男性が来店、違和感を抱いて購入目的を聞くと、男性は自宅のパソコンで「ウイルスに感染している」との警告画面が出たといい、表示された電話番号に問い合わせると、修理代として電子マネーを購入してくるように指示されたといいます。店長はすぐに警察に通報し、被害を阻止したものです。店長は2020年5月以降、いずれも電子マネーを購入させようとする手口の特殊詐欺に対し、来店者に声をかけることで防いでおり、「使い方になじみのない高齢者が狙われている。怪しいと思ったら必ず何に使うか聞くようにしている」と話しており、他の店員にも違和感があった時は客に積極的に尋ねるよう指導しているといいます。
- コンビニで機械の操作に悩んでいた客に声をかけ、ネット詐欺を未然に防いだとして、佐賀県警伊万里署は、ファミリーマート伊万里黒川店のアルバイト店員に感謝状を贈っています。報道によれば、2023年7月20日午後3時すぎ、同店に70代の男性客が訪れ、マルチコピー機の操作方法が分からず悩んでいることに気付き、「コピーでお悩みですか」と声をかけると、男性は「カード(電子ギフト券)2千円分がほしいが、買い方が分からない」と答えたといい、購入理由を聞いたところ「メールが来たから買いたい」と話し、さらに「知っている人からのメールですか」と尋ねると、「全く知らない人だが、自分が当選したから」と答えたため、「メールを確認させて下さい」とお願いし、スマホの画面を見たところ、当選金3億5千万円を受け取れる約10人のグループに入ったとなっており、男性は「大きなお金が動くから」と信じ込んでいる様子、「これは詐欺だ」と判断し、「警察に連絡してもいいですか」と男性に確認し、伊万里署に通報、駆けつけた警察官に説得された男性は、購入をやめたといいます。これまでも数回、詐欺ではないかと疑った事案を警察に連絡したということです。
その他、特殊詐欺の未然防止に向けたさまざまな取り組みについて紹介します。
- 特殊詐欺の一つ「サポート詐欺」の被害を防ごうと、大阪府警四條畷署がコンビニへの巡回を強化しているといいます。報道によれば、管内の全68店舗を対象に、店長だけではなく「全アルバイト店員」に防犯への熱意を直接伝えるほど徹底しています。効果も出ており、ウイルスに感染したという偽の警告をパソコンなどの画面上に表示させ、復旧名目で金銭を要求する「サポート詐欺」では、被害に遭いそうな人が来店した際、コンビニ店員による声掛けは大切であるところ、アルバイト店員の入れ替わりも多く、防犯意識の浸透が課題と考えていたといいます。そこで交番勤務の地域課員ほぼ全員に、複数店を割り振り、勤務日に必ず巡回することにしたものです。実際、ある店長は詐欺の手口を巡回時に教えてもらっていたことから、「詐欺かもしれない」と引き留めることができたといい、「巡査部長が何度も通ってくれている。心強い存在でためらわずに通報できた」と話しています。同署が巡回を強化した春以降、同様にコンビニ店員の声掛けがきっかけで被害を防いだ事案は6件にのぼり、中矢高稔地域課長は「コンビニ店の理解がないと防ぐことが難しい。粘り強く協力を求めていきたい」と話しており、こうした官民連携の強化が各地で取り組まれることを期待したいところです。なお、大阪府警が2023年に認知した特殊詐欺の被害は6月末現在で1491件、このうち架空請求詐欺は388件を占め、サポート詐欺はその約6割(件数は非公表)に上っています。
- 地域企業が持つ広報用チラシなどの情報発信媒体を活用し、住民に特殊詐欺の現状や被害抑止の大切さを周知しようと、横浜市の戸塚、泉、栄の3警察署と、これらのエリアを中心とする100以上の企業からなる「戸塚泉栄工業会」は、「特殊詐欺撲滅対策に関する協定」を締結しています。報道によれば、締結期間は12月末までで、各企業が持つホームページやチラシ、デジタルサイネージなどの媒体を活用して特殊詐欺の関連情報、啓発スローガンを掲示するほか、警察官を企業に派遣し、従業員に対して被害防止策について講義することも予定しているといいます。これまで金融機関やコンビニ、タクシー会社などの事例は紹介してきましたが、それ以外の一般企業が地域住民のために特殊詐欺の防止に積極的に取り組むことは極めて有効であり、企業の社会への貢献のあり方のひとつとして高く評価したいと思います。
- ニセ電話詐欺を防ぐため、長崎県警大浦署は、長崎市戸町の安全タクシーと連携して訓練を実施、「還付金が受けられる」との虚偽電話を受けた高齢者が慌ててATMに行くためタクシーに乗るという想定で、運転手が乗客の説得方法などを学んでいます。報道によれば、訓練は同社配車センターであり、署員と運転手約10人が参加、「市役所からの還付金を受け取るためにATMに行く」という乗客役の署員に対し、運転手が「市役所が直接、お金の話をすることはない」などと説得を試みていたといいます。同署の生活安全課長は「年金支給日などにタクシーを利用する高齢者は多い。電話やメールでお金に関する話があったら、まずは身近な人に相談してほしい」と呼び掛けていますが、こうした訓練は筆者の知る限り珍しいものと思われ、全国的に拡がることを期待したいところです。
- 埼玉県警とNTT東日本が人工知能(AI)を活用し、詐欺グループからの電話を検知し、家族や近隣住民に注意を呼びかける実証実験を入間市で行っています。詐欺被害のきっかけとなりやすい固定電話への対策を強化し、被害防止への体制づくりを目指すとしています。報道によれば、「事故を起こしてしまい、医療費で500万円必要」と同市の70代の男性宅の固定電話に、息子を名乗る男から電話がかかってくるという実証実験では、電話を受けた固定電話機に設置したAI搭載のアダプターが電話の内容から詐欺と検知、NTTのシステムが事前に登録した家族や近隣住民、銀行などの連絡先に自動で電話をかけ、「家族に確認を取るなど注意して」「近隣で詐欺と思われる電話が発生」などと注意を促しました。このような実証実験は、市内8世帯の固定電話にアダプターを設置し行われ、実験中に実際の詐欺の予兆電話はなかったものの、埼玉県警が実演した詐欺の電話では、受け手の家族が2分ほどで心配する電話をかけてきたといいます。埼玉県警とNTTは結果を踏まえ、実用化に向けてシステムの改良などを検討するとしていますが、こうした最新技術を駆使した詐欺被害防止の取り組みも積極的に展開してほしいところです。
- 警察庁は来年度予算の概算要求に、特殊詐欺対策などとして約5億3千万円を盛り込んでいます。医療費などが戻ると偽ってATMから振り込ませる「還付金詐欺」などの特殊詐欺は、被害が全国にまたがる一方、犯人による現金引き出しは首都圏、大都市圏に集中していることから、警察庁は以前から、全国の道府県警から捜査員を警視庁と埼玉、千葉、神奈川の3県警に派遣し、防犯カメラの映像から現金引き出し役(出し子)を追跡する作業や、犯行グループが使う携帯電話の通話記録の差し押さえなどに当たらせています。警察庁は2024年度、各県警などからの派遣の増強や、受け皿に大阪府警などを加えることを検討しているといいます。警視庁などとの協力体制を強め、東京都内の拠点も増やす方針のほか、押収した出し子らのスマホなどから通話アプリのデータなどを抽出する機器を約50台増やして配備数を約140台にし、データをより効率的に取れるよう機能を高めるとし、出し子や金品を被害者から受け取る「受け子」らを現場で逮捕した際にその場でデータを取り出し、パソコンにつなげてデータを証拠化できるといいます。また、被害防止対策では、押収した名簿に載っている人たちに電話をかけて注意を呼びかける取り組みを拡充するとしています。警察は押収した名簿の電話番号などを整理し、リスト化していますが、警察庁はリストの登録件数を現在の約50万件から2024年度には約90万件に増やすほか、コールセンターの取り組みも強化する方針としています。関連して、官民で協力してオレオレ詐欺などの特殊詐欺被害を防ごうと、警視庁は、「特殊詐欺対策官民会議」を東京・千代田区のホテルで開いています。会議には金融機関や通信事業者の担当者らが参加し、詐欺被害の現状について情報共有、警視庁の田中俊恵副総監は「詐欺被害を根絶するためにはより一層の協力が不可欠」と話し、「官と民が一体となって高齢者を守っていく必要がある」と呼び掛けています。警視庁によれば、2023年7月末までの特殊詐欺認知件数は1625件で前年同期と比べて減少、一方、被害額は約45億6千万円で12億円超の増加となっています。会議では担当者が「固定電話を端緒とした被害が多い」と犯行手口の特徴を説明し、電話をかけてきた相手の番号を表示する「ナンバー・ディスプレイ」の普及など被害防止に向けた取り組みを紹介しています。
- 若者のキャリア教育などを手掛ける一般社団法人のハッシャダイソーシャルは若年層の詐欺被害を防ぐ対策を進めており、詐欺被害や悪徳商法の事例を紹介する電子テキストを2023年6月に発行し、希望する学校に冊子としても配布しているといいます。高校生がSNSを経由した犯罪に巻き込まれるケースも多く、学校などでの教育コンテンツとして導入を広げていくとしています。2022年4月の成人年齢の引き下げに伴い、高校生でも保護者の同意なしに契約などができるようになり、国民生活センターの調査によると、契約当事者が18~19歳の消費者トラブルの相談件数は2022年度に約9900件と、前年度より16%増え、親や教師の目の届きにくいSNSを通じて若年層が詐欺被害に巻き込まれるケースが多くなっているといいます。高額の脱毛エステで金銭をだまし取られたり、SNSの「現金配り」に引っかかって加害者となってしまったりといった問題が出てきています。電子テキストでは特に注意の必要な詐欺被害を6つ紹介、フィッシング詐欺のほか、脱毛やサロンでの無料をうたった詐欺、レッスン料などをだまし取るタレント・モデル契約詐欺、マルチ商法、犯罪に加担することにもつながる「現金配り」の詐欺などで、注意点や対処法をテキストに掲載しているといいます。企業によるこうした取り組みもまた社会の理解を深め、詐欺被害の防止に貢献するものとして注目したいと思います。
- 埼玉県警川越署は、盆休みの帰省客らに特殊詐欺の被害防止を呼びかけようと、蓮馨寺で啓発キャンペーンを実施し、詐欺の手口などが書かれたチラシを配っています。家族や親戚が集まるこの時期に特殊詐欺防止の意識を高めようと、同署や同市役所の職員らが家族連れらにチラシを配布したもので、犯人は声を録音されることを嫌い、被害の防止につながるとして、留守番電話の設定などを呼びかけています。埼玉県内における2023年の特殊詐欺の認知件数(暫定値)は6月末現在で前年同期比5.3%増の615件、被害額は同15.5%増の14億3811万円となっており、息子などを装ってだます「オレオレ詐欺」の手口の増加が目立つといい、全体の約4割を占めています。こうしたタイミングや場所を工夫した啓発活動は通常よりも効果が高いことが期待され、官民でこうした工夫をしていくことが重要と思われます。
(3)薬物を巡る動向
厚生労働省の薬物情勢統計によれば、警察や海上保安庁、厚生労働省麻薬取締部などによる2022年の大麻事件の摘発者数が5546人(前年比▲4.1%)となりました。過去最多だった前年から減少したものの依然高止まりとなっており、年代別の内訳は、10代が917人、20代は2923人となり、摘発者のうち30歳未満の割合は69.2%と過去最多を更新しています。報道で厚労省担当者は「SNS上で容易に購入できることなどを背景に、若年層の乱用拡大が顕著だ。乱用防止に向け総合的な対策に取り組む」として、サイバー空間を悪用した薬物の密売や密輸の取り締まりを強化するとしています。本コラムでもこれまで述べてきたとおり、大麻は他の薬物と比べ値段が安く、若い人が手を出しやすく、たばこのような感覚で始めてしまうことが考えらます。ネット上では、大麻の危険性を否定する情報が出回っていますが、頭痛や吐き気などの症状が出ることもあり、長期間乱用すれば幻覚や妄想を引き起こす状態になることもあります。また、最近はSNSでも大麻を売買でき、犯罪組織とは無関係の若者が、会社をやめて売人になる例もあるなど、過去の乱用者の体験談を伝えるなどして、大麻の危険性を継続して訴えていくことが重要です。薬物事件全体の摘発者数は前年比▲12.4%の1万2621人、うち覚せい剤は7年連続減少となる6289人(▲21.1%減)でしたが、再犯率は67.7%(+0・8ポイント)と上昇に転じています。薬物別の押収量は、覚せい剤が475.3キロ(▲52.4%)、乾燥大麻が330.7キロ(▲12.3%)となった一方、コカインは42.8キロ(+183.4%増)、MDMAなどの合成麻薬は9万5614錠(+18.6%増)となりました。薬物密輸の摘発件数は348件(+21.7%増)、摘発者数は443人(+20.7%増)でいずれも前年より増加しています。
厚生労働省から 「第六次薬物乱用防止五か年戦略」が公表されています。「はじめに」において、現状について、「政府は、平成10年5月に第一次となる「薬物乱用防止五か年戦略」を策定して以降、その時々の薬物情勢に即した4度の改訂を行ってきた。同戦略に基づき、関係府省庁の緊密な連携のもと、予防啓発活動等による国民の規範意識の醸成や取締り等を含めた総合的な対策の結果、我が国は諸外国と比較して、極めて低い薬物生涯経験率を誇り、薬物政策が功を奏している。特に第五次戦略中(平成30年~令和4年)における覚醒剤乱用検挙者数は、減少の一途をたどり、令和4年には6,289人にまで減少した。これは第三次覚醒剤乱用期のピークであった平成9年の約1万9千人台と比して約三分の一の検挙人員と等しい。しかしながら、後述する大麻事犯の急激な増加等により、全薬物事犯の検挙人員を見ると、この10年間は1万4千人前後の横ばい状態であり、引き続き予断を許さない状況と言える」と指摘しています。そのうえで、今後の方向性として、「我が国における新たな脅威として注目するのは、大麻の乱用拡大、サイバー空間の悪用、密輸形態の変化である。戦後約70年、我が国の主要な薬物犯罪は覚醒剤事犯であったが、近年大麻事犯が覚醒剤に迫る勢いで急激な増加傾向を示している。令和3年には過去最多の検挙人員を記録し、今まさに大麻乱用期の渦中にあると言え、大麻に特化した施策が急務となっている。また、今後見込まれる国際的な人の往来増加による薬物密輸入リスクの増加に加えて、サイバー空間における薬物密売市場の拡大及び供給・入手手段の巧妙化といった新たな脅威への対策も重要である」と指摘しています。また、大麻の乱用拡大については、「その背景として、インターネット等における「大麻には有害性がない」等の誤情報の流布や、諸外国における嗜好用大麻の合法化のような国際的な潮流が影響しており、大麻乱用防止の規範意識を向上させるためには、より一層の啓発活動の強化が求められている。併せて、大麻乱用者の特徴として、大麻の乱用を正当化する傾向があり、再乱用防止の動機付けに対する障害となっているため、再乱用対策においては、規制薬物という一律的な枠組みに加えて、大麻に特化した取組も必要である。さらには、乱用者の取締りのみならず、栽培事犯、密輸事犯の取締りなど、供給遮断の観点から、関係省庁の連携による取締強化も必要であり、まさに政府全体での対応が求められている」、「薬物乱用者は、治療を必要とする薬物依存症患者である場合があるとともに、精神的・肉体的な疾患や様々な社会的困難を抱えている場合もあることを理解した上で、薬物依存症からの回復支援の対応を推進し、薬物依存症の治療等を含めた再乱用防止や社会復帰支援策を充実させる必要がある。そのため、薬物乱用や薬物依存の背景事情も考慮に入れ、社会復帰を目指す者を地域社会の一員として社会全体で支えるために、関係機関が連携した“息の長い支援”を一層強化する必要がある」、「近年、秘匿性の高いメッセージアプリ、暗号資産等の通信技術の普及により、インターネット上のサイバー空間を悪用した薬物の密輸、密売が急速に広がっており、通信記録や資金の流れ等が秘匿化されることによって、取締機関による摘発や立証が困難となる事態が生じている。また、近年、SNS等により、顔を合わせることなく薬物密輸の共犯者を募るいわゆる「闇バイト」も確認されており、安易に応募した者が密輸に加担させられる事案も発生している。このような現在の薬物情勢においては、国民の誰しもがインターネット端末一つで、違法薬物の購入のみならず、薬物密輸に関与し、薬物犯罪の当事者になり得る深刻な状況にある」、「今後、急激な国際的な人の往来増加が見込まれることから、特に訪日外国人による規制薬物の国内への持ち込みや、海外渡航者による帰国時の持ち込みによって、密輸のリスク増加が予想される」、「諸外国においては、近年では一部の国々の潮流として、薬物政策を転換し、嗜好用途での大麻使用を合法化する動きや、ハームリダクション政策として、薬物使用者に対する非犯罪化、非刑罰化等を推進する動きがある。一方、我が国の違法薬物の生涯経験率は、諸外国と比して著しく低く、予防政策を含む薬物政策が功を奏していると言える。我が国の安全、安心を引き続き確保していく上でも、我が国の薬物政策は今後も維持すべきであり、我が国の薬物政策の特徴や利点についての国際的な理解を進め、予防政策や啓発活動の継続、発展的検討の重要性について国際社会への発信を強化し、連携・協力していく必要がある」などと、本コラムでもこれまで指摘してきたような具体的なリスク評価、リスク対策が述べられており、今後の参考になります。
▼厚生労働省 「第六次薬物乱用防止五か年戦略」を策定しました
▼発表資料
- 厚生労働省は、本日、関係閣僚で構成される薬物乱用対策推進会議で、「第六次薬物乱用防止五か年戦略」を策定しました。今後は、「第六次薬物乱用防止五か年戦略」に基づいて、政府一丸となった総合的な薬物乱用防止対策を実施していきます。
- 平成30年8月に決定した「第五次薬物乱用防止五か年戦略」から強化・新設した「第六次薬物乱用防止五か年戦略」の主な重要項目は以下のとおりです。
- 戦略策定上の重要項目
- 大麻乱用期への総合的な対策の強化
- デジタルツール等を用いた効果的な啓発活動の強化
- 大麻乱用者に特化した再乱用防止の取組の強化
- 大麻事犯に対する取締りの徹底による大麻乱用期の早期沈静化
- 再乱用防止対策における関係機関と連携した“息の長い支援”強化
- 薬物依存症患者としての回復支援強化
- 薬物依存症の治療等を含めた再乱用防止と社会復帰支援策の充実
- サイバー空間を利用した薬物密売の取締りの強化
- 秘匿性の高いメッセージアプリや暗号資産を用い巧妙化する犯罪手口への対応強化
- 「闇バイト」を利用した薬物犯罪への取締り強化
- 国際的な人の往来増加への対応強化
- 水際における薬物取締体制の拡充
- 訪日外国人、海外渡航者への注意喚起の推進
- 薬物乱用政策についての国際社会との連携・協力強化と積極的な発信
- 仕出国、中継国となっている国・地域の捜査機関との国際的な連携強化
- 予防政策を含む、世界的に誇る我が国の薬物政策の理解獲得の強化
- 大麻乱用期への総合的な対策の強化
▼令和5年8月8日取りまとめ フォローアップ概要
- 令和4年の薬物情勢
- 薬物事犯の検挙人員(医薬品医療機器等法違反を除く)は12,621人(▲1,787人/▲12.4%)と前年より減少した。このうち、覚醒剤事犯の検挙人員は6,289人(▲1,681人/▲21.1%)と7年連続で減少し、4年連続で1万人を下回っている。また、大麻事犯の検挙人員については5,546人(▲237人/▲4.09%)と前年より減少したが、依然として高い水準である。
- 覚醒剤の押収量は475.3kg(▲523.4kg/▲52.4%)と前年より減少した。大麻の押収量のうち、乾燥大麻の押収量は330.7kg(▲46.5kg/▲12.3%)と前年より減少した。大麻リキッドに代表される大麻濃縮物の押収量は90.0kgであった。
- 一方、コカインの押収量は42.8kg(+27.7kg/+183.4%)、MDMA等錠剤型合成麻薬の押収量は95,614錠(+14,991錠/+18.6%)と前年より増加した。
- 薬物密輸入事犯の検挙件数は348件(+62件/+21.7%)、検挙人員は443人(+76人/+20.7%)と前年より検挙件数、人員がともに増加した。
- 30歳未満の検挙人員は、覚醒剤事犯、大麻事犯ともに前年より減少したが、依然として高い水準にあり、大麻事犯全体に占める30歳未満の検挙人員の割合は69.2%(+1.2P)と過去最高を更新した。
- 覚醒剤事犯の再犯者率は67.7%(+0.8P)と再び上昇に転じ、依然として高い水準である。
- 危険ドラッグ事犯の検挙人員は312人(+148人/+90.2%)と前年より増加した。
- 目標1 青少年を中心とした広報・啓発を通じた国民全体の規範意識の向上による薬物乱用未然防止
- 薬物の専門知識を有する各関係機関の職員等が連携し、学校等において薬物乱用防止教室を実施したほか、各種啓発資料の作成・配付を行った。〔文科・警察・法務・財務・厚労〕
- 大麻の乱用拡大が進む若年層に対し、薬物乱用の危険性・有害性に関する正しい知識を普及するため、社員研修等を通じた薬物乱用防止講習や児童・保護者等を対象としたインターネットの安全な利用に係る普及啓発を目的とする出前講座の実施、有職・無職少年を対象とした薬物乱用防止読本の作成・配布、政府広報としてのインターネット広告やテレビ番組等による情報発信、関係省庁のウェブサイトやSNSへの広報啓発資料・動画の掲載といった広報啓発活動を実施した。〔内閣府・警察・総務・文科・厚労〕
- 各種運動、薬物乱用防止に関する講演、街頭キャンペーン等、地域住民を対象とした広報啓発活動を実施するとともに、ウェブサイトやリーフレット等の啓発資材に相談窓口を掲載し、広く周知した。〔内閣府・警察・消費者・法務・財務・文科・厚労〕
- 海外渡航者が安易に大麻に手を出したり、「運び屋」として利用されたりすることのないよう、法規制や有害性を訴えるポスター等の活用を図ったほか、ウェブサイトやSNS等で注意喚起を実施した。〔警察・外務・財務・厚労〕
- 目標2 薬物乱用者に対する適切な治療と効果的な社会復帰支援による再乱用防止
- 「依存症対策地域支援事業」の実施により、依存症専門医療機関及び依存症治療拠点機関の選定を推進するとともに、「依存症対策全国拠点機関設置運営事業」により医療従事者の依存症治療に対する専門的な能力の向上と地域における相談・治療等の指導者となる人材の養成を実施した。〔厚労〕
- 薬物事犯により検挙され、保護観察処分が付かない執行猶予判決を受けた者等、相談の機会が必要と認められる薬物乱用者に対して、再乱用防止プログラムの実施を強化するとともに、パンフレットを配布して全国の精神保健福祉センターや家族会等を紹介するなど相談窓口の周知を徹底した。〔厚労・警察〕
- 薬物事犯者の処遇プログラムを担当する職員への研修等の実施により、職員の専門性向上を図るとともに、関係機関が連携し、薬物処遇と社会復帰支援を一体的に実施した。〔法務・厚労〕
- 保健所、精神保健福祉センター、民間支援団体等と連携しての家族会等の実施や、再非行に走る可能性のある少年やその保護者に対し、積極的に指導・助言等の支援活動を行った。〔法務・厚労・警察〕
- 目標3 薬物密売組織の壊滅、末端乱用者に対する取締りの徹底及び多様化する乱用薬物等に対する迅速な対応による薬物の流通阻止
- 各種捜査手法の効果的な活用に努め、薬物密売組織の中枢に位置する者に焦点を当てた取締りを推進し、令和4年中、首領・幹部を含む暴力団構成員等2,932人を検挙した。〔警察・法務・財務・厚労・海保〕
- 令和4年中、麻薬特例法第11条等に基づく薬物犯罪収益等の没収規定を56人に、同法第13条に基づく薬物犯罪収益等の追徴規定を222人にそれぞれ適用し、没収・追徴額の合計は約8億6,665万円に上った。〔法務〕
- 迅速な鑑定体制を構築し、未規制物質や新たな形態の規制薬物の鑑定に対応するため、資機材の整備を行うとともに、薬物分析手法にかかる研究・開発を推進し、会議等を通じ関係省庁間で情報を共有した。〔警察・財務・厚労・海保〕
- 近年の若年層を中心とした大麻事犯の増加等の国内における薬物情勢、諸外国における大麻から製造された医薬品の医療用途への活用、大麻抽出成分の活用等の国際的な動向を踏まえ、厚生労働省において「大麻規制検討小委員会」を設置し、とりまとめにおいて、大麻の使用の禁止、大麻の部位の規制から成分に着目した規制の導入等、大麻取締法等改正に向けた方向性が示された。〔厚労〕
- 目標4 水際対策の徹底による薬物の密輸入阻止
- 関係機関間において緊密な連携を取り、捜査・調査手法を共有した結果、統一的な戦略の下に効果的、効率的な取締りが実施され、令和4年中、水際において、約1,147kgの不正薬物の密輸を阻止した。〔警察・財務・厚労・海保〕
- 麻薬等の原料物質に係る輸出入の動向及び使用実態を把握するため、国連麻薬統制委員会(INCB)と情報交換を行うとともに、関係機関と連携し、麻薬等の原料物質取扱業者に対し、管理及び流通状況等にかかる合同立入検査等を実施した。〔厚労・経産・海保〕
- 訪日外国人の規制薬物持ち込み防止のため、関係省庁のウェブサイト等での情報発信に加え、民間団体等に対して広報協力の働きかけを行うとともに、国際会議や在外関係機関を通じて広報・啓発を実施した。〔財務・警察・厚労・法務・外務・海保〕
- 目標5 国際社会の一員としての国際連携・協力を通じた薬物乱用防止
- 国際捜査共助等を活用し、国際捜査協力を推進するとともに、国際的な共同オペレーションを進めた結果、薬物密輸入事案を摘発した。〔法務、警察、財務、厚労、海保〕
- 第65会期国連麻薬委員会(CND)再開会期会合及び同第66会期通常会合、アジア太平洋薬物取締機関長会議(HONLAP)、グローバルSMARTプログラム・ワークショップ等に出席し、参加各国における薬物取締状況や薬物の密輸動向及び取締対策等に関する情報を入手するとともに、国際機関や諸外国関係者等と積極的な意見交換を行い、我が国の立場や取組について情報共有を図った。〔警察・外務・財務・厚労・海保〕
- 当面の主な課題
- 令和4年の我が国の薬物情勢は、大麻事犯の検挙人員が過去最多を記録した前年に続く高い水準にあり、「大麻乱用期」の渦中にあると言え、特に若年層における乱用の拡大に歯止めがきかない状況にある。一方で、一部の国において大麻の医療用途や嗜好品としての解禁等の国際的な動向も注目すべき状況にあり、厚生労働省では、厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会の下に「大麻規制検討小委員会」を設置し、とりまとめにおいて示された基本的な方向性を踏まえ、制度改正に向けた検討を進めている。
- また、我が国で乱用される規制薬物の大半は海外から密輸されたものと考えられており、今後も貨物に隠匿して密輸入しようとする事犯や海外からの入国者が規制薬物を持ち込もうとする事犯等が懸念されることから、国内外の関係機関が連携を強化し、コントロールド・デリバリー捜査の活用等による密輸組織の解明や海外渡航者・訪日外国人への注意喚起等を通じて、徹底した水際対策を実施する必要がある。さらに、覚醒剤事犯の再犯者率は、依然として高い水準で推移していることから、関係省庁との連携を強化し、薬物乱用者に対する適切な治療・処遇と効果的な社会復帰支援をこれまで以上に推進する必要がある。
- なお、令和5年のフォローアップをもって第五次薬物乱用防止五か年戦略は満了することになるが、我が国の薬物情勢は上記のような課題を抱えていることから、第五次五か年戦略を引継ぎ、新たな課題に対処するためにも第六次薬物乱用防止五か年戦略を本年策定し、薬物乱用のない社会を目指して引き続き政府一丸となって薬物乱用防止対策に取り組んでまいる。
前述の五か年計画でも言及がありましたが、大麻規制に向けて大きな動きがありました。現行法は、大麻の栽培や所持、大麻を原料とする医薬品の使用を禁じています。本コラムでもこれまで取り上げてきたとおり、大麻の主成分には、錯覚などの精神作用を引き起こす成分「テトラヒドロカンナビノール(THC)」のほか、害が少なく、抗てんかん作用や抗不安作用などがある成分「カンナビジオール(CBD)」も含まれており、米国などでは難治性てんかんの治療薬が使われています。厚生労働省は2019年に、臨床試験(治験)に限って大麻由来の成分を使えるとの見解を示し、国内でもてんかん薬の治験が始まっていますが、法改正により、医薬品に使える大麻の成分を規制の対象から外し、有効性と安全性が確認され、薬事承認を得れば使えるようにすることになります。また、医療用大麻をめぐってはその有用性が認められ、国連の麻薬委員会が2020年、薬物を規制する「麻薬単一条約」で、大麻を「特に危険」とする分類から外す勧告を可決しています。現行法は大麻の所持は禁じている一方で使用は禁じていません(大麻草は衣類や神事などに使われることがあり、栽培農家が刈り取る際に大麻の成分を吸い込んでしまうことなどが1948年の法制定時に考慮されたとされています)。大麻は「ゲートウェー・ドラッグ(入門薬物)」と呼ばれ、若者の間での広がりが近年問題となっており、大麻による検挙者数は、2021年に過去最多の5783人となり、前述したとおり、2022年も5546人で、20代以下が約7割を占めています。改正方針をまとめた2022年9月の厚生労働省の専門家委員会の報告書は、使用罪が存在しないことで「大麻使用へのハードルを下げている状況がある」と指摘、覚せい剤など他の薬物に使用罪があるのに「大麻の使用に対し罰則を科さない合理的な理由は見いだしがたい」と結論づける一方、使用した若者が孤立を深める懸念から、「厳罰化」ではなく、治療や社会復帰に向けた支援の必要性を指摘する意見も述べられているところです。こうした経緯をふまえ、医療用大麻の使用解禁など麻取締法などの改正案を、政府が秋の臨時国会に提出する方向となりました。活用できる範囲を広める一方、大麻の乱用を防ぐために「使用罪」も新設、栽培は繊維や種子の採取目的に限ってきたところ、これを医療や一部の産業目的に拡大するとしています。
本コラムでも以前から警鐘を鳴らしていますが、大麻成分を含んだバターやクッキーなどの食品の押収が相次いでおり、インターネットで簡単に作り方を調べられ、当局は若者を中心に広がらないよう警戒を強めています。一般的な大麻の摂取方法になりつつあることから、見かけと違い、非常に危険なものと認識させていく必要があります。大麻を含む加工食品の摘発に関する統計はなく。国内での詳しい実態は分からないものの、最近は押収が続いています。無駄なく利用するため、吸引用の乾燥大麻に使わない廃棄する葉の部分を使うケースも確認されています。大麻食品は手を出すことへの心理的なハードルが低く、若年層を中心に広まりつつあり、海外では「エディブル」と呼ばれる大麻成分の入った菓子が出回っており、国内でも国際郵便での密輸や旅行者の持ち込みなどによって浸透しつつあるのが実態です。その結果、お菓子感覚で食べられ、抵抗感がなくなることから過剰に摂取し救急搬送されるケースもあり、やはり危険性の周知が欠かせないところです。
国民生活センターは、新たに「指定薬物」となった「テトラヒドロカンナビヘキソール」(THCH)について、摂取すると意識不明に陥るなどの症状が現れると注意を呼びかけています。THCHは大麻草に含まれる化学物質「カンナビノイド」の一種でグミやクッキー、電子たばこのリキッドとして販売されていましたが、8月から厚生労働省令の施行により医療や学術研究目的以外での販売や所持、使用が禁止されました。
▼国民生活センター カンナビノイド「THCH」は指定薬物です!-THCHを含む商品を入手したり使用したりしてはいけません-
- 2023年7月25日、厚生労働省は、危険ドラッグに含まれるカンナビノイドの2物質(THCH:Tetrahydrocannabihexol/テトラヒドロカンナビヘキソール)を「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」の「指定薬物」として新たに指定する省令を公布し、8月4日に施行されました。「指定薬物」は医療等の用途以外の目的での製造、輸入、販売、所持、使用等が禁止されている成分です。
- 医療機関ネットワークやPIO-NETには、THCHを含む食品を摂取した後に救急搬送された等の事例が複数見られます。THCHは購入や所持等も禁止された成分ですので、これを含む商品を絶対に購入や使用しないよう消費者に注意喚起します。
- 医療機関ネットワークに寄せられた情報
- THCHグミを食べた後に気分が悪くなり、幻視(視覚領域に現れる幻覚)が見えると訴えたため、救急搬送された。
- PIO-NETに寄せられた事例
- インターネット通販で購入したTHCHカプセルを飲んだところ、上半身と顔が痺れ、目の焦点が合わなくなり、激しいめまいのあと意識不明になり救急搬送された。2日間意識不明となり集中治療室で治療を受けた。
- インターネット通販で購入したTHCHグミを食べたところ、体調が悪くなった。商品説明に記載があった成分について、知識がないまま購入してしまった。
- 消費者へのアドバイス
- THCHは、医療等の用途以外の目的での製造、輸入、販売、所持、使用等が禁止されました。THCHを含む商品を絶対に入手したり、使用したりしないでください。
前述した五か年計画でも言及がありましたが、例えば米厚生省は2023年8月29日付の書簡で、マリフアナ(大麻)をめぐる連邦の規制レベルを引き下げるよう麻薬取締局(DEA)に提言しています。バイデン大統領が同省に規制緩和の具体策の検討を指示していたもので、州レベルでは大麻の合法化や医療目的での使用が広がっているところ、DEAが規制緩和に踏み切れば、連邦レベルでの合法化に向けた一歩となるとして注目されています(筆者として危機感を覚えています)。米連邦政府は、乱用や依存症のリスクに応じて、規制薬物を5段階に分類、同省は大麻に関して、乱用の恐れが高く医療用の使用も認めない「スケジュール1」(ヘロインや幻覚剤など)から、身体的に依存症になるリスクが低・中程度の「スケジュール3」(ケタミンなど)に2段階引き下げるよう求めたようです。提言通りに規制が緩和されれば、医療用の使用拡大につながる可能性が考えられます。バイデン氏は2022年10月に連邦法に基づく大麻所持の犯罪歴を抹消する恩赦を行うなど、大麻の規制緩和を促進しており、世論も支持の傾向が強くなっており、2022年10月のピュー・リサーチ・センターの調査では、59%が「医療用、嗜好用とも合法化」、30%が「医療用に限って合法化」を支持しています。
さらに、今後の日本への影響という点で危惧されるのは、ドイツのショルツ政権が嗜好目的での大麻の所持・栽培を認める方針を決めたことです。違法大麻の横行を止められず、合法化して流通を管理する体制への転換を図り、関連法案を閣議決定、今後議会に諮り、2024年初頭の施行を目指しているといいます。ドイツ国内では1グラムあたり5~8ユーロ(約800~1300円)の安値で取引され、未成年でも街中で簡単に手に入れられ、数十億ドル規模の資金がマフィアなど反社会的組織に流れているとされます。ドイツ政府の調査によると、約450万人の成人のうち11%の男性、7%の女性が過去に大麻を使用したことがあると回答しているほか、18~25歳の8.6%、12~17歳の1.6%が大麻を定期的に使っていると回答するなど若年齢化が加速しています。さらに、薬物犯罪の増加に加え、不純物や人工化合物が混じった粗悪品も多く、健康被害の危険性が指摘されています。このため、合法化に転換して大麻を管理することで健康リスクを低減し、未成年保護や啓発、依存対策の取り組みも強化する狙いがあります。医師でもある保健相は、大麻を取り締まる従来の対策は「遺憾ながら失敗した」と説明した上で、「合法化されても危険であることに変わりはない」と強調しています。独メディアによると、保健当局に団体を登録し、団体内の集団栽培と最大500人まで募れる会員への流通を許可、これにより、18歳以上の成人個人に25グラムまでの所持と、学校やデイケアセンター、スポーツ施設など一部の公共の場を除き使用を認めるほか、自宅でも最大3株の栽培を許容する、一部地域では大麻専門店での販売も可能になるといった内容です。一方、合法化への批判は根強く、大麻は、薬物乱用の入り口となる「ゲートウェー・ドラッグ」と呼ばれ、薬物の蔓延に拍車がかかるとの懸念もあり、最大野党・キリスト教民主同盟は「医学的に無責任だ」と批判、医師団体も「若者の精神的健康と発達を危険にさらす」と指摘しています。欧州ではスイスなどが医療目的の所持を認めていますが、嗜好目的ではオランダなど一部にとどまっていますが、イタリアなどでも合法化議論があり、ドイツの動向が影響する可能性も考えられます。なお、ドイツの新たな瀬策では、認可を受けた非営利団体が販売する大麻には税金が課され、価格が2倍前後に上昇するため、お金のない若者は非正規品の購入を続ける可能性があるうえ、法律で使用が認められれば、大麻に手を出す絶対数は増えることになります。本コラムでも取り上げているタイは2022年6月、医療目的での使用と家庭栽培に限定して大麻を解禁しましたが、嗜好目的での使用を禁じているものの、取り締まりが追いつかず、中毒者は増加傾向にあります。また、1976年にいち早く「コーヒーショップ」と呼ばれる専門店での大麻使用を解禁したオランダでは、犯罪の増加から一部の都市で外国人の使用を禁じたり、違法業者からの仕入れを規制するなど、揺り戻しが起きています。
日大の薬物問題も大きな問題と発展しています。日大のアメリカンフットボール部員が違法薬物を所持していた疑いで2023年8月5日に警視庁に逮捕された問題で、日大は10日、アメフト部の無期限活動停止処分を解除したと発表し、逮捕された部員1人のみを無期限活動停止処分としました。日大は部員の逮捕を受け、5日にアメフト部を無期限の活動停止処分としていましたが、「部員1名による薬物単純所持という個人犯罪。個人の問題を部全体に連帯責任として負わせることは、競技に真剣に取り組んできた多くの学生の努力を無に帰することになり、学生の成長を第一に願う教育機関として最善の措置ではないと判断した」といいます。一方、日大が所属する関東学生アメリカンフットボール連盟は、問題に関する事実の解明が不十分で責任の所在も明確ではないとし、日大アメフト部を「当面の間の出場資格の停止」処分にすると発表しています。同連盟は、「逮捕された部員以外の部関係者全員が違法薬物に潔白であると保証できない旨が示された」「逮捕部員以外の部関係者に違法薬物使用者が存在している疑いが払拭できない」「再発防止策の提示ならびにその実施がなされていない」「部関係者(指導者、学生を含む)の責任の所在が明らかでない」の4点から、現状では試合に出場させることはできないと判断したといいます。筆者もマスコミの取材等に対し、大学、とりわけスポーツ団体における実態について、「濃密な人間関係」による構造的要因を指摘しています。例えば、ただでさえ上下関係が厳しく断りにくいいうえに、共同生活を送る学生寮においては、薬物を受け渡しやすいという物理的な側面だけでなく、同調圧力が強く、ノーと言いづらい心理的な側面、「薬物を使うとパフォーマンスが上がる」などと周囲から言われることによる自己正当化などの要因が挙げられます。さらに、そもそも若者には大麻等について「興味」があり、「好奇心」から手を出しやすい傾向もあります(さらに言えば、使用にとどまらず、営利目的販売など深みにはまる/嵌められる危険性も高まる点にも注意が必要かと思います。大麻だけでなく覚せい剤も見つかった、自らの使用料を大幅に上回る所持をしていた、などは正にその表れといえます)。本件もまたこうした「濃密な人間関係」が犯罪を誘発する構造的要因が指摘できるところであり、そうした要因の解消に向けて真摯に取り組むことなく問題を放置すれば次の犯罪を生むだけであって、その解決がない「今ではない」のではないかと指摘しました。なお、筆者としては、学生スポーツにおける薬物蔓延について、「連帯責任」についても検討すべき時期にきていると考えます。ほとんどすべての場合、活動の無期限停止などの措置が講じられることになり、真摯に取り組んできた多くの若者の努力が水泡に帰す結果となります。こうした厳しい措置があることで、「仲間のため、これまでの皆の努力を無駄にしないためにも、薬物は絶対ダメ」という動機になる一方、その重大性がゆえに、見て見ぬふりをしてしまい、結果的に蔓延がより深刻化するリスクもあるように思われます。そのため指導者らによる一定の生活管理や報告窓口の設置など、自浄作用の働く環境整備が必要だといえます。もちろん、問題が発生した際には、「自分ごと」として捉え、自らを戒めるとともに、組織として落ち度がなかったかをあらためて見直す機会とすることは極めて重要ではありますが、一律に活動停止や解散などという対応を取るのは「行き過ぎ」なのかもしれません。一方、本件では、「濃密な人間関係」という構造的要因が明確であり、こうした構造の解消が先決であり、そのうえで「連帯責任」を問うかを検討すべきと考えます。この問題については、その後、警視庁が8月3日に続き8月22日にアメフト部の学生寮を家宅捜索しました。逮捕した部員の供述やスマートフォンの解析などから、別の部員数人が寮などで大麻などを所持していた疑いが浮上したためです。日大は複数の部員が任意聴取されたことを踏まえて「もはや個人の犯罪にとどまるところではなく、大学としての管理監督責任がより厳しく問われている」とし、「このような事態を招いたことを深く反省し、徹底的に調査することとした」と説明、「薬物と無縁であるにもかかわらず、活動を停止しなければならない部員と保護者に活躍の場を提供できないことをおわび申し上げる」とコメントしました(大麻と覚せい剤を所持していたとしてすでに逮捕された部員のほかに、複数の部員が所持していた疑いがあり、今後の捜査で複数人の関与が明らかになれば、部の存続問題にも発展しかねない深刻な事態を招くことになります)。日大の拙速かつ稚拙な判断はこれだけに止まらず、日大がアメフト部の寮で植物片を確認してから警察に連絡するまで「空白の12日間」が生じたことや、2022年11月に、「大麻と思われるものを吸った」と申告した学生を厳重注意にとどめたことなどが明らかになっており、証拠隠滅や犯人隠避に問われかねない行為ともいえ、文部科学省は「公益性の高い学校法人の信頼性を損なう事態が生じている」として8月22日、第三者委を設けて、9月15日までに調査結果を報告するよう日大を指導しています。さらなる不信感(不審感)を招く対応はただただ残念ですが、2023年8月10日付産経新聞で、「捜査機関ではなく教育機関であるからこそ、立証の可否によらず違法行為の認識に対して厳正に処分していれば、その後の最悪の事態は免れたかもしれない」、「一連の大麻疑惑は、下級生部員の内部告発から始まったとされる。内部告発者は不利益から保護されるべき存在だが、同部は無期限活動停止処分となり、彼らは活躍の場を失った。この理不尽の責任は、多くを指導陣を含む大学側が負う。その自覚はあるか。」と厳しく指弾していますが、正に正鵠を射るものと思います。
前回の本コラム(暴排トピックス2023年8月号)でも取り上げたとおり、大学の運動会系での同様の事案は多発しています。大麻草を会社員に売ったとして、大麻取締法違反(営利目的譲渡)容疑で岐阜県警に逮捕された朝日大ラグビー部員3人(いずれも20歳)について、岐阜地検は不起訴としています(地検は理由を明らかにしていません)。また、東京農業大ボクシング部員らが大麻を販売目的で所持したとして逮捕された事件で、警視庁薬物銃器対策課は、新たに男子部員(19)を大麻取締法違反(所持)容疑で逮捕しています。同大ボクシング部を巡る大麻事件で、部員の逮捕は4人目となり、警視庁は部内で大麻が広がっていたとみて入手経路などを詳しく調べています。一連の事件で、警視庁は7月に最初の部員を逮捕するとともに、寮内を家宅捜索するなど捜査を続けていました。一方、同部も無期限で活動を休止、同大としても8月25日、ホームページに江口文陽学長が事件の経緯などを説明したうえで謝罪する動画を掲載、大学側は再発防止策として、運動部の学生や指導者を対象として違法薬物使用防止セミナーを開催する計画なども明らかにしています。一方、直近では、個人での試合出場などの活動は認められていることが明らかとなりました。大学は部の団体としての活動や、部室入室を禁止していますが、個人での活動についてはアマチュアを統括する日本ボクシング連盟にも相談し、制限しないことにしたといいます。7月に問題が発覚した後、逮捕された部員が試合に出た例はなく、辞任届を提出した部長や監督がセコンドにつくことは認めていないとのことです。
大学生の違法薬物事件が相次ぐ中、桜美林大は、大麻などの危険性を学ぶセミナーを開いています。警視庁の警察官を講師に招き、運動部や留学予定の学生ら約430人が対面やオンラインで参加、薬物銃器対策課の巡査部長は、増加するSNS経由での入手を「履歴は必ず残る」と指摘し、「芋づる式に捕まる可能性がある」としたほか、大麻の健康被害や刑罰の重さを解説、友人に誘われて断りにくい場合は「『トイレに行く』と立ち去るか、『調子が悪い』と言おう」と説明、周囲への相談が難しければ、匿名で相談できる警視庁などの窓口に連絡するよう伝えています。また、大麻の使用防止を訴えるVR(仮想現実)動画で啓発に協力したとして、千葉県警は、東金市などにキャンパスを置く城西国際大メディア学部代表の学生らに感謝状を贈っています。VR動画「香澄と大麻」は、大学に入学したばかりの主人公「香澄」が、共通の趣味で意気投合した友人から勧められた大麻によって人生の階段を踏み外していく様子を描いた約20分の作品で、動画投稿サイト「ユーチューブ」の県警公式チャンネルで公開されています。報道によれば、制作は、千葉県内で増加傾向にある若者の大麻使用を防止するため、千葉県警がメディア学に特化した学部を持つ同大に依頼、二十数人の学生が集まり、脚本から出演、撮影、編集まで分担しながら約8カ月をかけて完成させたものです(専用のゴーグルを着けると、映像の中にいるような臨場感のなか、大麻を勧められるという体験ができます)。
▼千葉県警 STOP!!大麻乱用【千葉県警察公式チャンネル】 香澄と大麻
※YouTubeが開きます。音量等ご注意ください。
増加する若年層の大麻乱用を防ぐため、厚生労働省がSNSなどインターネットでの啓発に力を入れています。検索サイトで大麻関連の単語を調べると、危険性を伝えるホームページに誘導する「リスティング広告」が表示されるなどの対策を実施、若者に重点を置いた訴えかけを展開しています。同省は2021年度、デジタル広報啓発事業を開始していますが、X(旧ツイッター)で1カ月間、13~24歳のユーザーを対象に「大麻は怖い。それを知らないことは、もっと怖い」というバナーを出し、ネット情報などをうのみにしないよう「誤解だらけ。危険だらけ」と強調しています。大手検索サイトでは、大麻を意味する単語を検索すると特設サイトへ誘導される手法を採用、サイトは2択の問題に答えながら正しい知識が身につくような構成にしています。
一方、若年層による大麻事犯は後を絶ちません。沖縄県警は、本島中部の公園で乾燥大麻を所持していたとして、14歳の男子中学生を逮捕しています。2023年6月、本島中部で「公園で寝ている子どもたちがいる」と通報が入り、現場に駆けつけた警察官が4、5人の少年に職務質問したところ、14歳の男子中学生のポーチの中から紙に包まれた乾燥大麻、およそ0.1グラムが見つかったということです。また、中学生の自宅からも少量の乾燥大麻が見つかったということです。男子中学生は使用する目的で購入したと容疑を認めており、警察は入手経路などを詳しく調べているといいます。また、佐賀県警佐賀北署は、佐賀県内の私立高に通う武雄市の少年(16)を大麻取締法違反(所持)の疑いで現行犯逮捕しています。佐賀市内の路上で、バッグの中に乾燥植物片が入ったポリ袋1袋を所持していた疑いがもたれており、「自分で吸うために大麻を持っていた」などと容疑を認めているといいます。「少年数人が公園で大麻を吸っているようだ」との110番を受け、同署員が公園近くにいた少年に職務質問して発覚したものです。また、2億5千万円あまりに相当する覚せい剤を密輸入したとして、埼玉県警は、東京都北区の大学生の男(20)と足立区の無職の男(20)を覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)の疑いで逮捕しています。報道によれば、大学生が指示役、無職の男が荷物の受け取り役とみられています。2人は19歳だった4月上旬、ほかの人物と共謀し、アラブ首長国連邦から航空便で都内のアパートに覚醒剤約4.1キロ(末端価格約2億5420万円)を送らせて密輸入した疑いがもたれています。覚せい剤は化粧品容器の中に隠されていたといい、埼玉県警は、以前からこのアパートを違法薬物の取引の拠点としてマークしていたとのことです。2023年4月中旬、アパート宛てに不審な荷物が送られたとの情報が東京税関から県警に寄せられ、県警は、この荷物がアパートから埼玉県内の公園に転送されるよう指定されていることを確認、捜査員が、公園にいた無職の男を違法薬物を持っていたとする麻薬特例法違反容疑で現行犯逮捕していたもので、その後の捜査で、密輸入の指示役とみられる大学生も特定したといいます。
外務省が、海外での薬物犯罪・違法薬物の利用・所持・運搬に関する注意喚起をしています。厳しい現実をかなり強めのトーンで伝えられていますので、多くの方に一読していただきたいと思います。
▼外務省 海外での薬物犯罪・違法薬物の利用・所持・運搬
- 海外で麻薬に関わることは、非常に深刻な事態を招きます。ほぼ毎年、各国で違法薬物の所持・運搬等の容疑で拘束される日本人がおり、重い刑罰を受け長期間海外の刑務所に服役しているケースもあります。軽はずみな行動や不注意から、海外で麻薬犯罪に関わることは絶対に避けてください。
- 違法薬物の利用・所持・運搬は厳罰に処されます
- 違法薬物の利用・所持・運搬等に対し、海外には、日本よりも重い刑罰を科す国が多く存在します。中には、一定量以上の違法薬物の所持・運搬等による刑罰の最高刑を死刑としている国もあります。これまで、海外において日本人に対して死刑判決が下され、実際に死刑が執行されたケースもあります。
- 現行犯で逮捕されたら「知らなかった」は通用しません
- 現行犯で逮捕された場合、人から預かった鞄や荷物の中身が「違法薬物だとは知らなかった」等と釈明しても、捜査当局は放免してくれません。海外において、違法薬物の所持・運搬容疑等で逮捕・拘束された場合、日本国大使館・総領事館は、要請を受けて面会又は連絡をして可能な支援を行います。しかし、その国の司法手続きに従う必要がありますので、日本国大使館や総領事館では、釈放や減刑等の要求はできません。
- 麻薬組織はあなたを狙っています
- 麻薬組織は、常に「運び屋」になりそうな人を探しています。金銭的な報酬で取引きを持ちかけてくることもあれば、恋愛感情や力関係(先輩と後輩の関係、借金の返済圧力等)を利用することもあります。特に、素性がはっきりしない、或いは、親交の浅い知人等から、無料の海外旅行、謝金付きの荷物運びまたは知らない人への荷物の転達を持ちかけられた場合は、相手にいくら「荷物は危ないものではない」等と説得されても、引き受けないでください。
- 大麻(マリファナ)が合法の国であっても、日本で罪に問われることがあります
- 大麻が合法化されている国でも、年齢や所持数量の制限が設けられていたり、免許を受けた販売業者から購入することが義務づけられていたり、国外への持ち出しが厳しく規制されていたりする場合があります。そのような規制に違反した場合には、その国の法律に基づき罰せられるおそれがあります。
- また、日本の大麻取締法は、国外において大麻をみだりに、栽培したり、所持したり、譲り受けたり、譲り渡したりした場合などに罰する規定があり、罪に問われる場合があります。そのため、大麻が合法化されている国でも、大麻には決して手を出さないようにしてください。
- あなたが逮捕されたら悲しむ人がいます
- あなたが逮捕された場合、あなたが思っている以上に、悲しむ人が、あなたの周りにはいます。自分の生活を投げ打って、方々に借金してまでも、裁判費用を捻出しようと懸命になる家族もいます。後でどれほど後悔しても手遅れになることがあります。あなたの帰りを待ち望む人への感謝と自責の念を日々感じながら、刑務所で言葉や食事、他の外国人受刑者との関係に苦労しながら長時間過ごすことになります。二度と日本に戻れない可能性もあります。自分は大丈夫と安易に考えないでください。見知らぬ人からの誘惑等に惑わされず、断る勇気を持ってください。
暴力団員の関与する大麻事犯も相変わらず報じられています。2022年6月~2023年6月、大大阪府能勢町の民家で大麻草2株を栽培したとして、大阪府警捜査4課は、大麻取締法違反(営利目的栽培)の疑いで、六代目山口組直系「秋良連合会」組員ら男3人を逮捕しています。他に逮捕されたのは、秋良連合会傘下組織組員と無職の男で、6月に別事件の捜査の過程で発覚、民家1階には50株、2階には17株の大麻草があったといいます。また、東京・新宿区のマンションの1室で他人に売り渡す目的で覚せい剤や大麻などを所持していたとして逮捕された暴力団員について、検察は不起訴にしています。この暴力団員は、2023年5月、東京・新宿区のマンションの1室で他人に売り渡す目的で、コカインおよそ200グラムや覚せい剤およそ40グラムなどを所持していたとして、6月に覚せい剤取締法違反などの疑いで逮捕されていたものです。
最近の薬物事犯に関する報道から、いくつか紹介します。
- 2023年6月、都内の自宅で乾燥大麻約1.694グラムを所持したとして大麻取締法違反に問われた俳優の永山絢斗被告は、東京地裁で開かれた初公判で起訴内容を認め、「大麻を使うと、リラックスした気持ちになって眠ることができた」と動機を説明しています。検察側は「周囲からやめるよう注意されても続けていた。依存性が認められる」として懲役6月を求刑、東京地裁は、懲役6月、執行猶予3年(求刑・懲役6月)の有罪判決を言い渡しています。裁判官は「大麻に対する依存性や常習性が認められ、強く非難されるべきだ」と指摘したほか、「あなたを応援し、復帰を待っている人がいる。裏切らないよう、大麻を断ち切って立ち直って欲しい」と声をかけています。公判で検察側は、永山被告は中学2年の夏ごろの音楽イベントで、地元の先輩に勧められて初めて大麻を使用し、18歳か19歳の頃に知人の勧めで再開してからは継続的に使用していたと指摘、被告は今後について「許されるならば表現の仕事をしたいと思っている」と話し、当面は母親と同居し、密売人らと接触しないようGPS機器で監督を受けるといい、「自分の甘さと弱さから多くの人たちに迷惑をかけた。申し訳ございませんでした」と謝罪しています。
- 乾燥大麻を所持したとして、広島県警広島中央署は、輸入車販売会社「バルコム」の前社長、山坂容疑者を大麻取締法違反(所持)の疑いで再逮捕しています。山坂容疑者は女性の下半身を盗撮しようとした疑いで現行犯逮捕されていました。商業施設で性的姿態撮影等処罰法違反未遂の疑いで現行犯逮捕された際に乾燥大麻約0.15グラムを所持したというものです。なお、バルコム社は、社長だった山坂容疑者について全役職から解任し、社員としても在籍させないと発表しています。
- 知人女性に覚せい剤を使用したとして、警視庁目黒署は、覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで、東京都渋谷区の職業不詳、淡路容疑者を逮捕しています。淡路容疑者はカジノを含む統合型リゾート施設(IR)事業の汚職事件を巡り、知人の秋元司元衆院議員と共謀し、贈賄側に裁判での虚偽証言を求めたとして組織犯罪処罰法違反(証人等買収)罪で執行猶予付きの有罪判決を受けています。
- 福岡県警博多署は、自称大工の男を大麻取締法違反(所持)容疑で逮捕しています。2023年4月に警察学校に入校後、交番で実務研修中の男性巡査が男を発見し、逮捕にこぎ着けたといいます。男は7月23日午前6時頃、同市博多区中洲のコンビニ店で乾燥大麻0.36グラムを所持した疑いがもたれており、店の床に落ちていた大麻を店員が発見し、交番に届け出、男性巡査が店の防犯カメラの映像を確認後、交番前で立番していたところ、同日、似た男を発見して職務質問、大麻の鑑定結果などを踏まえて逮捕したといいますが、男は「大麻は私の物ではない」と否認しているということです。
- 覚せい剤約5.9キロ(末端価格約3億7千万円相当)をタイからの国際郵便物に隠して密輸したとして、神奈川県警薬物銃器対策課などは、覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)の疑いで、無職の容疑者を逮捕しています。逮捕容疑は2023年3月、営利目的で成田空港に密輸したというもので、神奈川県警は、密輸を指示した組織があるとみて背景を調べています。横浜税関が、キャンドルやお香が入った段ボール8箱に、ビニール入りの覚せい剤計240袋が隠されているのを発見したものです。
- コカインの原料のコカ葉を海外の旅行先から持ち込み、小学校の授業で児童に見せたなどとして、愛知県教育委員会は、豊橋市立幸小学校の女性教諭を懲戒免職にしています。報道によれば、女性教諭は2017年12月~18年1月、コロンビアを旅行し、土産物屋でコカ葉50グラムとコカ茶ティーバッグ1箱を購入、日本へ持ち帰って自宅の物置で保管していたといいます。2023年2月には、担任する3年生の授業で外国の文化や風習を紹介する際にコカ葉などを見せ、「高山病を和らげる薬として用いられている」「麻薬の原料になる」などと説明したということです。児童から相談を受けた保護者が翌日来校し発覚、教諭は児童に謝罪し、学校側は保健所に相談、教諭は麻薬取締法違反容疑で書類送検されましたが、6月に不起訴(起訴猶)となりました。
- 山口県宇部市は、市主催のガーデニング講座で、麻薬「アヘン」の原料となるケシの苗を誤って受講者に配布していたと明らかにしています。健康被害などは確認されていないといいます。報道によれば、2023年3月に市の主催で開かれた「セラピーガーデンインストラクター」の養成講座で、運営スタッフが「アツミゲシ」の苗を受講者22人に配ったといい、スタッフが知人から譲り受けて栽培したもので、見た目が似ている「アイスランドポピー」と誤認していたものです。アツミゲシの栽培は、あへん法で禁止されているものです。
- 甲府地検は、甲府市の工場跡で大麻を栽培したとして、大麻取締法違反(営利目的栽培)の罪で、いずれもベトナム国籍の無職の男3人を起訴しています。山梨県警と警視庁の合同捜査本部は、自宅や工場跡から大麻草とみられる植物1354鉢を押収、一部を鑑定した結果、大麻草と判明、組織的に栽培や密売をしていたとみて調べています。また、奈良県警組織犯罪対策課は、奈良県橿原市内のマンションで営利目的で組織的に大麻を栽培したとして、大麻取締法違反(営利目的共同栽培)容疑などで会社員の男ら3人を逮捕しています。同課はマンションから、大麻草112本と乾燥大麻約5キロ(末端価格約2545万円相当)を押収しています。逮捕容疑は2022年6月から2023年7月13日までの間、容疑者が住むマンションの2室で、大麻を組織的に栽培したというものです。さらに、群馬県警沼田署は、群馬県沼田市、電気技術者の男を大麻取締法違反(栽培)の疑いで現行犯逮捕しています。報道によれば、男は、自宅アパートで大麻草約20本を栽培した疑いがもたれており、「自分で吸うために育てた」と容疑を認めているということです。「ベランダに大麻のような植物がある部屋がある」と通報があったといい、夜はライトで点灯していたということです。自宅からは乾燥大麻や巻紙も押収されたています。また、営利目的で大麻草を栽培したとして、大麻取締法違反の罪で無職の男が逮捕・起訴されえいます。2023年6月、自宅や敷地内のビニールハウスで大麻草208株(末端価格約7800万円)を営利目的で栽培したとされ、自宅などからは大麻草のほか、乾燥大麻およそ1.6キロ、末端価格800万円相当なども見つかったといいます。被告は、SNS上で「エディブルあります」などと大麻の販売を示唆する投稿をして購入者を募り、約1年半で少なくとも1100万円を売り上げていたといい、。調べに対しては、「自分で吸うために栽培していた」と営利目的について否認しているといいます。
- 公務員の薬物事犯も数多く報じられています。覚せい剤を所持したとして、兵庫県教育委員会は、猪名川町立猪名川小学校の教諭(32)=覚醒剤取締法違反(所持)罪で起訴=を懲戒免職処分としています。教諭は2023年7月、大阪市内の駐車場で大阪府警都島署の署員から職務質問を受けた際に財布から覚せい剤が見つかり、現行犯逮捕されたものです。教諭は兵庫県教委の聞き取りに対し「覚せい剤を複数回使用した」という趣旨の説明をし、「安易な考え、軽率な行動によって、多方面に迷惑をかけ、信頼を裏切ってしまった」と話しているといいます。また、警察寮で大麻を所持したとして大麻取締法違反の罪に問われた元兵庫県警察官の堀本被告(21)の初公判が神戸地裁であり、被告は起訴内容を認め、検察側は懲役10カ月を求刑し、即日結審しています。堀本被告は2023年6月、神戸市須磨区の警察寮で大麻の液体約0.436グラムを所持したとされ、現行犯逮捕され、8月に懲戒免職処分になっています。検察側の冒頭陳述によると、堀本被告は2021年夏、出身地である熊本県内の飲食店で知り合った男に勧められ初めて大麻を使用、同年10月に県警の警察学校に入学したあとも大麻が忘れられず、翌2022年末ごろにSNSで購入、以後継続的に使用したということです。被告は弁護人に大麻の使用回数を問われ、「150回くらい」と答え、「仕事のストレス」があったと述べた。不規則な交番勤務のきつさに加え、「孤独死などの遺体を扱いショックを受け、こういう仕事をこれからやっていくと思うとこたえた」、「兵庫に知人もおらずずっと一人だった」などと述べています。その捜査の過程で、大阪市内の居酒屋などで大麻を所持していたとして、兵庫県警は、神戸西署地域課に勤務する20代の男性巡査を大麻取締法違反(単純所持)と麻薬特例法違反(共同所持)の容疑で書類送検しています。「同僚と居酒屋で使った」などと容疑を認めているといいます。居酒屋には、2人のほかに、県警の同期2人が同席、この2人には大麻の使用などは認められなかったものの、違法行為を見逃したとして、うち男性巡査1人を戒告処分にしています(別の1人は、問題の発覚前に退職していました)。さらに、静岡県警の警察官による不祥事が続く中、覚せい剤を使用した疑いで裾野署地域課の男性警部補(44)が逮捕されています。報道で同志社大学の太田肇教授(組織論)は「警察組織の構造的な問題がある」と指摘、「トップダウンで強い管理をすることで、職場から離れた瞬間に自分を律する事ができなくなるのでは。上から言われた命令を受けるだけではなく、自分の判断でできる裁量を増やすことで公私ともに警察官である自覚を育てていくことが大切だ」と語っていますが、正にそのとおりだと思います。また、福岡県警大牟田署生活安全課の非常勤職員の男(36)が覚せい剤を使用した疑いで逮捕された事件で、県警は、職員を懲戒免職処分としています。職員は2023年7月、福岡県筑後市内で、車内で覚せい剤を水に溶かして飲んだといい、外部からの情報提供を受け、8月1日に任意で尿検査を実施、陽性反応が出たため、覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで緊急逮捕していたものです。職員は以前から使用していたといい、「私生活上のストレスがあって使用した」と供述しているといいます。一方、陸上自衛隊第8師団(熊本市)は、大麻を使用したなどとして、西部方面特科連隊の男性陸士長3人(21~23歳)を懲戒免職処分にしています。報道によれば、23歳の陸士長は2019年8月頃~2022年6月、熊本市北区の北熊本駐屯地内の隊舎などで複数回にわたって大麻を使用し、後輩の21歳の男性陸士長も強要されて使ったとされ、別の21歳の男性陸士長も複数回使用したというものです。23歳の陸士長は大麻について「SNSを通じて購入した。週に2、3回使った」と話しているといいます。
薬物事犯の捜査には、薬物の不正取引が行われる場合に、取締当局がその事情を知りながら、直ちに検挙することなくその監視の下に薬物の運搬を許容し、追跡して、その不正取引に関与する人物を特定するための捜査手法である「コントロールド・デリバリー」が使われるケースが増えています。そのような中、届いた荷物にまったく覚えがないにもかかわらず、荷物を受領したとして逮捕されるケースもあるようです。2023年8月31日付毎日新聞の記事「「誰か送った?」身に覚えない荷物、自宅で開けたら逮捕されて…」では、そうした事例が取り上げられており、大変興味深いものでした。以下、抜粋して引用します。
市販薬の過剰摂取(オーバードーズ)で救急搬送された人は、2021年5月~2022年12月末に全国7救急医療機関で122人いて、10~20代や、女性がともに約8割を占めていたことが、厚生労働省研究班の調査でわかったといいます。「自傷・自殺」目的が最多で、若年女性を中心に乱用が広がっている可能性が示されています。市販薬の過剰摂取による救急搬送に関する疫学調査は初めてということです。調査対象以外の医療機関への搬送や、医療につながっていない人も含めると、さらに多くの過剰摂取者がいるとみられ、研究班は「122人は氷山の一角にすぎない」としています。市販薬は医師の処方がなくてもドラッグストアやインターネットで購入できる一方、依存性のある成分が含まれているものがあり、治療目的以外での使用や決められた回数や量を上回って服用するケースがあります。こうしたことから、生きづらさを抱える若年者の間で過剰摂取が増えているとの指摘があります。122人のうち、男性は25人(20.5%)、女性は97人(79.5%)、平均年齢は25.8歳、最年少は12歳、10代が43人(35.2%)、20代が50人(41.0%)で、20代までが約8割を占め、若い女性に多い傾向がみられます。また、薬の入手経路はドラッグストアなどの実店舗での購入が85件(65.9%)で、置き薬20件(15.5%)、インターネットでの購入が12件(9.3%)となり、ドラッグストアが増え、手軽に入手できるようになっていることがうかがわれます。なお、店頭に薬剤師らがいて複数購入できず、3店舗を回り購入した例があったといい、このあたりに今後の対策のヒントがあるように思われます。服用された市販薬は計83種類189品目で、解熱鎮痛薬が47品目(24.9%)、せき止めが35品目(18.5%)、かぜ薬が34品目(18.0%)となりました。過剰摂取が初めてだったのは77人(63・1%)の一方、3回以上の「常用」は33人(27.0%)いたことも注目される点です。報道で調査にあたった埼玉医大臨床中毒センターの喜屋武医師は「悩みや生きづらさが過剰摂取に走らせるのではないか」、「ドラッグストアで薬剤師らが悩みを聞く仕組みを整えるなど社会全体で支援する必要がある」と指摘しています。乱用につながる成分を含む市販薬について、厚生労働省は、購入時に薬剤師らが名前の確認をしたり使用目的を聞いたりする「指定第2類医薬品」と位置づけており、2023年4月からは乱用を防ぐため、その対象範囲を拡大しています。報道で同大の上條吉人・臨床中毒センター長は、指定された成分以外にも乱用につながるおそれがある成分は他にもあり、「厚労省や製薬会社を巻き込んで対策を考えていく必要がある」と述べています。関連して、東京都は、都民を対象とした大麻や覚醒剤などの薬物の乱用に関する意識調査の結果を発表し、近年社会問題化する市販薬の過剰摂取(オーバードーズ)が重篤な健康被害を引き起こすと認識している都民が8割を超えたと明らかにしています。調査ではオーバードーズについて「知っていること・聞いたことがあること」を質問、「過剰摂取により重篤な健康被害を引き起こすことがある」を選んだ人は83.0%、「市販薬の成分によっては依存症になることがある」は59.7%、乱用される薬物として知っているものについては、「大麻」が99.6%と最多で、覚せい剤98.4%、コカイン94.5%と続いています。処方箋なしで薬局などで購入できる風邪薬や痛み止めといった「市販薬」を選んだ人は57.3%でした。報道で都保健医療局の担当者は「都民全般の意識が高まってきた一方で、大麻による30歳未満の逮捕や10~20代のオーバードーズが目立つなど、若い世代への啓発強化の必要性を感じている」と述べており、こうした実態を社会はよく認識しておく必要があると感じます。
海外の動向も確認します。就任から1年を迎えた南米コロンビアのペトロ大統領に、2022年の大統領選に絡むスキャンダルが浮上しています。マネロンなどの容疑で逮捕された長男が、選挙運動資金に「麻薬マネー」が含まれていたと語ったためです。元左翼ゲリラで、同国初の左派大統領として期待を集めたペトロ氏ですが、政権運営の先行きに暗雲が広がっています。コロンビアは世界最大のコカイン生産国で、麻薬組織の首領として知られた故パブロ・エスコバルがかつて暗躍、歴代の右派政権は麻薬組織に強硬に対処したが、ペトロ政権は融和姿勢に転じています。裏金は、麻薬組織が政権に取り入る狙いだったとされます。この問題を巡り、議会は暫定調査に着手、ペトロ氏の連立政権からは離脱する政党が相次ぎ、課題の医療・年金改革も進んでおらず、調査の結果次第では大統領弾劾につながり、政局が流動化するリスクもありそうです。また、中米ホンジュラスの検察当局は、米国への計90トンのコカイン密輸に関与した疑いで北東部ブルスラグナの市長を拘束しています。市長は三つの麻薬カルテルと取引をしていたといい、15年以上前から麻薬密輸に手を染め、カルテルとは別に、自身でも30トンのコカインを扱っていたとされます。報道によれば、コロンビアで密造されたコカインは船や飛行機を使ってホンジュラスのカリブ海沿岸に持ち込まれ、メキシコの麻薬カルテルが中米諸国経由で米国に密輸しているとのことです。
(4)テロリスクを巡る動向
アフガニスタンでイスラム原理主義勢力タリバンが首都カブールを制圧し、8月15日で2年を迎えました。復権したタリバンは独自のイスラム法解釈に基づき、公開処刑を復活させ、音楽や女性の教育を禁止していますが、国内の経済悪化には打つ手がない状況です。一方、米軍撤収で生まれた力の空白を好機として、中国が影響力拡大を本格化させています。タリバンは、カブール制圧直後は穏健路線をアピールしていましたが、2022年12月に公開処刑を復活させ、女性問題省を廃止し、宗教警察ともいえる「勧善懲悪省」を復活させるなど、旧政権期(1996~2001年)さながらの苛烈な統治を取りつつあり、国際的な公約に反し、女性への抑圧も強め、中等学校(日本の中学、高校に相当)への女子生徒の登校を禁止、2022年8月に活動家が開いた女性のための図書館は2023年3月に閉鎖に追い込まれました(女性抑圧からの解放は西側諸国の価値観に基づくものであり、彼らには彼らなりの思考体系、歴史や文化の蓄積があること、多文化共生、他者への寛容・理解を忘れず、双方の歩み寄りが必要だと思われます)。国内では貧困が急速に進み、タリバン暫定政権を承認した国はなく、最大時に国の歳入の8割を占めた国際援助は打ち切られています。世界銀行によると、アフガニスタンの1人あたり国内総生産(GDP)は2021年に363ドル(約5万3000円)と、前の年から3割減り、2024年には345ドルまで減少するとしています。また、国連によれば、人口の3分の2に上る約2920万人が支援を必要とし、約270万人が特に深刻な食料不足に直面しており、国連は「世界最悪の人道危機の一つ」と指摘しています。中国はそうしたアフガンに触手を伸ばしており、タリバン暫定政権を承認していないものの、アフガンを安定させ、国内へのイスラム過激派の流入を防ぐ思惑があるとされるほか、アフガンに埋蔵されている金や銅、バッテリーの生産に欠かせないリチウムなどの天然資源にも注目しています(旧政権時代の2019年に出された政府の報告書には、米地質調査所などの調査を元に、「アフガニスタンは1兆ドル(約148兆円)以上の価値のある鉱物資源を保有する」と記されており、アフガニスタンは、これまでは、治安の悪化や膨大な費用がかかることなどがネックになり、採掘はなかなか進められなかったところ、「資源マーケットにおける重要なプレーヤーになれる」と自信を見せています)。カブール陥落後の2021年8月30日に駐留軍を撤収させた米国は、2023年7月下旬にタリバン代表とカタールで会談し、他のテログループのアフガン内での活動について確認、「アフガンをテロの温床としない」というタリバンとの和平合意の履行に神経をとがらせているものの、関与は限定的となっています。とはいえ、バイデン大統領は、米軍撤収後も米本土はアフガンや世界のテロリストの脅威から守られていると強調、対テロ作戦のために「危険な場所に恒久的に部隊を駐留させる必要がないことを証明した」と完全撤収を正当化したほか、空港に殺到したアフガン人ら約12万人を「史上最大規模の空輸で国外退避させたと強調しています。また、米国防総省のライダー報道官は、米軍がアフガニスタン国内での対テロ作戦に関与し続ける方針を強調、無人機で過激派を監視する「オーバー・ザ・ホライズン」と呼ばれる作戦を「継続する」と述べています。さらに、オースティン国防長官は声明で「アフガンでわれわれと共に戦い、現在はアフガン国外で生活する人々への支援を続ける」と表明、撤収後、11万5000人以上のアフガン人を米国に受け入れてきたと説明しています(ただし、米国での永住を保証されていない人が多く、不安定な生活が続いている実態もあります)。米側は女子の中等教育禁止なども撤回を要求、タリバンは米国が凍結したアフガン政府資産の解除を求めていますが、独自のイスラム法解釈を崩す考えはなく、米国の要求に耳を貸さなかったとされます。報道によれば、「国民は表向きタリバンを支持している。もし彼らに抵抗すれば、刑務所に入れられるか殺されるだけ」と諦めの色が濃く、貧困による臓器売買や強制結婚も横行しているようです。また、タリバンは「治安は回復した」と主張していますが、国連アフガニスタン支援団(UNAMA)によれば、タリバン復権時から2023年5月末までに、爆弾テロなどに巻き込まれて死傷した民間犠牲者は3774人にのぼり、死傷者の約4分の3は礼拝所や学校といった公共の場での無差別テロによるもので、欧米と手を組みイスラム教を弱体化させたと断じる過激派組織「イスラム国」(IS)による攻撃もとどまる気配はない状況にあります。さらに、国内に約500万人もいるとされる薬物乱用者を減らすため、タリバンが禁止したケシ栽培も資金源の減少につながっていると指摘されています。ケシは、アヘンやヘロインといった麻薬の原料となり、国連によると、アフガニスタンのアヘン生産量は2021年に約6800トンに上り、世界全体の86%を占めていましたが、禁止令によって、従来の2割近くまで減少するとみられています。
先ごろ公判が始まった京都アニメーション放火殺人事件(京アニ事件)は、ガソリンを使った放火という通常想定されない「特殊な火災」への備えに課題を残しました。国が対策として促すのが、一時的に火や煙を防げる「退避スペース」の設置で、民間ビルに改修を進めてもらうため、補助制度を始めています。国土交通省と総務省消防庁は2022年、ビルの防火対策について有識者による検討会を開き、報告書をまとめました。京アニ事件では建物1階の出入り口付近に火が付けられましたが、近くのらせん階段を通じて3階まで炎や煙が一気に噴き上がり、避難が困難だったとされます。そうした中、出入り口とは逆方向のトイレに3人が逃げ込み、命を保ったとされます。ドアを閉めたことで煙の侵入が遅れ、窓から脱出したといい、結果的にトイレが退避スペースとなった形です。大阪市北区のクリニックで2021年にガソリンを使った放火殺人事件(26人が犠牲)では、ビル4階の非常階段の出入り口付近にガソリンがまかれて放火され、逃げ場がなくなったとされています。報告書では、地上に通じる階段が一つしかない建物について、別の階段を増設して「2方向避難の確保」が重要としています。京都アニ事件を受け、京都市消防局は2020年3月、ガソリンを使った放火など「最も厳しい状況」を想定した「火災から命を守る避難の指針」を策定しています。今あらためてその内容を確認していく必要があるといえます。
▼京都市消防局 火災から命を守る避難の指針
▼京都市消防局 火災から命を守る避難の指針(PDF形式, 2.83MB)
指針2 煙が流入しない安全な避難経路(階段)の確保と冷静な避難行動
指針3 窓,ベランダ等から屋外へ逃れる手段の確保
指針4 煙から逃れ一時的に避難できる場所の確保
指針5 煙や炎に覆われるなど危機的状況下における対策
指針6 避難後の命を守る行動
指針7 放火等防止のための防犯対策の徹底
+1 7つの指針を実効的なものとするための訓練の実施
火災分析から得た指針のポイント
ガソリン燃焼等により、急激に炎と煙が拡大する火災が、屋外階段がなく、かつ、階段等が防火区画されていない建物で発生した場合には、階段等が煙突状となり、上階に大量の煙が急激に広がることから、建物内の上階にいる者の避難が厳しい状況となる。事業所の事前防火対策、個人の状況判断に基づく早期の行動開始及び迅速な避難行動が、命を守るターニングポイントとなる。
事前対策及び具体的な避難行動(知恵)
知恵1 何らかの異状を感じたら即行動を起こす
知恵2 とにかく早く避難行動を開始する
知恵3 自分の火災人命危険レベルを判断
知恵4 煙を建物の内部に広げず,有効な避難経路(階段)を確保
知恵5 広がった煙を建物の外部へ逃がす(有効な煙の排出ルートをつくる)
知恵6 階段で逃げられないことも想定する(ベランダ、窓、庇等を用いた避難)
知恵7 建物内に一時避難スペースを設け,消防の救助等を待つ
知恵8 サバイバル方法の習得
知恵9 人間の行動特性(思考力、判断力の低下)を踏まえた対策
知恵10 避難後は決して戻らないことを前提とした事後体制の構築
知恵11 放火等による出火防止の体制づくり
おおまかに指針を確認する限り、「火災に遭遇したときは、まず階段で屋外に向かうのが基本。しかし煙が充満して階段を使えなければ、窓やベランダのある場所に移動する。2階でロープやはしごがなければ、飛び降りることが最終的な選択肢。ただ、そのまま身を乗り出してジャンプするのではなく、窓枠から外にぶらさがり、足を伸ばしてから手を離すようにする。3階以上になると飛び降りることはできないため、「一時避難スペース」の確保が求められる。扉でほかの部屋と区切られ、かつ外に面した窓がある部屋に逃れ、テープやティッシュで扉の隙間を目張りして煙の流入を防ぐ。それでも煙が入ってくれば、窓の外に顔を出し、外気を吸うことが望ましい。煙は窓の上部から外に上がっていくため、腰を「く」の字に曲げて顔を下に向けることで煙の吸引を少しでも減らせる。煙が充満した場所でも、パニックにならず思考をめぐらせることが重要。煙はまず天井付近にたまってから次第に下がってくる特性があることから、タオルや服で口と鼻を覆いながら、煙の侵食具合に応じて「かがみ」「アヒル歩き」「四つんばい」と姿勢を下げて避難する。息を止めるのは禁物。一回で多くの煙を吸ってしまう恐れがあるため、浅い呼吸を続ける。煙で視界を奪われても、部屋の床や壁の隅には、まだ空気が残っている可能性が高い。床や壁に手を当てて自分のいる場所を確かめながら、はうように移動すれば、助かる可能性は上がる。衣服に火がついたときは、その場に寝転び、目や口、鼻をおさえながら転がって消火するのが望ましい。」といったあたりがポイントとなります。事前に知っているのと知らないのとでは、有事の際の助かる可能性を大きく左右することが伝わる内容となっていますので、企業としても安全配慮義務を果たすためのひとつの取組みとして、一度、ご確認いただきたいと思います。なお、近年の大量殺人事件は電車内や、ビル内の店舗や病院など閉鎖的で人が集まる空間で起きる傾向があることをふまえ、個人として日常的に気を付けるべきこととしては、「電車内などではできる限りスマートフォンから顔を上げて周囲に注意する」「建物に入ったらまず避難経路をチェックする」「万が一を想定し、自ら考えて行動する」ことが必要であること、また企業としても、今一度防犯体制を見直し、犯カメラに「作動中」と大きく表示することや、さすまたなどの防犯用具を備えること、警察や消防に助言を仰いでリスクを知り、できることを重層的にやって危険性をできるだけ下げる取り組みを継続に行っていくことが重要であることは言うまでもありません。
2023年4月に和歌山市の選挙演説会場で発生した岸田首相らに爆発物が投げられた事件で、和歌山地検は、無職の木村容疑者(24)を殺人未遂や爆発物取締罰則違反などの罪で起訴しています。約3カ月の精神鑑定の結果を踏まえ、刑事責任能力を問えると判断したとみられています。本事件は、2022年7月に発生した安部元首相銃撃事件と同様、ローン・オフェンダーの犯行としての側面も注目されました。ローン・オフェンダーについては、1人でこっそり準備、組織に関係する者と違い、誰がそうなのか見つけるのが難しい点が指摘されています。警察が進める対策の柱が、SNSの書き込みを含むネット上の情報への対応で、安倍元首相の事件を受け警察庁は、「インターネット・ホットラインセンター」による監視対象に、2023年2月から爆発物や銃砲の製造などに関する情報を加えました。また、「サイバーパトロールセンター」による情報収集活動には、2023年9月中に人工知能(AI)を導入し、効率化を図るとされます。さらに、画像を含む情報を収集・分析する民間のシステムを新たに活用する方針で、2024年度予算の概算要求に約6千万円が盛り込まれました。警察の各部門で得た不審人物などに関する情報を公安部門に集約する対応も強化、8月からは10近い警察本部で定期的に会議を開き、情報集約を徹底する取り組みを始めており、今後、ほかの警察本部にも広げることを検討しています。報道で警察幹部は「あらゆる警察活動の中で得た情報を公安部門に集め、事件を企図していると分かれば対策を打つ」と説明していますが、実際に有効な情報を事前につかむのは容易ではなく、国民の「監視」につながる懸念もあり、情報収集の取り組みには難しさが伴います。
その他、海外におけるテロリスクの動向について、最近の報道からいくつか紹介します。
- 2001年の米同時多発テロ以降、中東と北アフリカで米国が関係した対テロ戦争による直接・間接的な死者は、少なくとも450万人に及ぶとの報告書を米ブラウン大の研究プロジェクト「戦争のコスト」がまとめています。アフガニスタンでは2021年の駐留米軍撤収による「米史上最長の戦争」終結後も間接的な死者は拡大しているとしています。2023年5月に公表された報告書は、米政府が対テロ作戦の名目で関わったアフガニスタン、イラク、パキスタン、シリア、イエメン、リビア、ソマリアでの紛争を公開されている文献から分析、総死者数は少なくとも450万~470万に上る可能性があるとしました。このうち360万~380万人は、貧困の拡大、食料不足、医療や公共インフラの破壊、環境汚染、継続的な暴力やトラウマなどを背景にした「間接的な死」と見積もっており、特に女性や子供、社会から疎外された人々が犠牲になるリスクが高いとしました。。
- フランス政府は2023年9月の新学期から、公立学校でイスラム教徒の女性用長衣アバヤの着用を禁止しました。マクロン大統領は「わが国の公教育は政教分離が原則。宗教を示すものがあってはならない」と訴えています。服装規制には、イスラム移民2世や3世が宗教で自己主張しようとするのを封じる狙いがありますが、新たな摩擦を招くとの懸念も出ています。フランスは2004年、公立学校で「宗教シンボル」を排除する法律を施行し、イスラム女性が髪をスカーフで覆うことを禁じていますが、8月31日の通達で、アバヤを禁止対象に追加、さらに、イスラム男性が着る長衣カミスも禁止、説得しても生徒が着用をやめない場合、学校は処罰できるとしていまる。こうした背景には、イスラム人口の増加に伴い、国是である政教分離が脅かされているという不安があり、世論調査では77%が「イスラム主義は国の脅威」と答えています。特に学校現場の危機感は強く、2020年には、中学で預言者ムハンマドの風刺画を生徒に見せた教員がイスラム過激派に惨殺されるテロが起きていることもあります。フランスは政教分離を憲法で定めており、原点は19世紀、義務教育からカトリック教会の影響を排除した法律にあり、いまも学校の脱宗教化は共和国の基盤とみなされています。今回の長衣禁止に急進左派は「宗教狩り」と反発していますが、共産党から極右まで保革野党の多くは支持を表明しています。
- フランスのダルマナン内相は、ラグビーW杯仏大会の開幕を控え、期間中は1日最大7500人の警察官を試合会場周辺に配置してテロ対策などに当たると表明しています。国内のスポーツイベントでは「前例がない最高度」の警備になるということです。フランスでは2024年夏にパリ五輪が開催されます。ダルマナン氏は、ラグビーW杯の警備は「われわれを待ち受ける2024年の前半戦のようなものだ」と語っています。W杯では、外国からの60万人を含む250万人の来場が見込まれており。仏治安当局は410万ユーロ(約6億5000万円)を投じてスタジアムや関連施設に監視カメラを設置、無人機対策にも万全を期す構えです。
- 西アフリカ・ニジェールでクーデターにより軍部が実権を掌握して1カ月が経過しました。軍事政権は3年以内に民政移管する方針を示すなど事態は長期化の様相を呈しています。ニジェールは米国とフランスがイスラム過激派を監視する要衝で、ロシアの浸透や過激派の勢力伸長を警戒する見方も出ています。仏紙ルモンドや米CNNテレビによれば、ニジェール周辺では国際テロ組織アルカイダやISの傘下組織が活動し、旧宗主国フランスは過激派対策のため1500人前後の軍人を駐留させています。米軍も約1100人が駐留し、ドローンなどによる過激派の情報収集の拠点としてきました。サハラ砂漠南縁部のサヘル地域では2022年、過激派関連の事件で推定8千人が死亡したとされますが、クーデターで米仏の活動継続が危ぶまれています。特に旧宗主国フランスへの反発が強く、仏軍の駐留拠点や仏大使館前では反仏デモが起きており、軍事政権は、フランスの駐ニジェール大使に国外退去を命じています。米軍はコートジボワールなどに拠点を移すことも検討しているといいます。ただ、2年前に撤収したアフガニスタン同様、監視目標から遠ざかれば無人機での情報収集が困難になり、過激派が勢いづく恐れも指摘されています。
- インドネシアでアルカイダ系のイスラム過激派組織「ジェマ・イスラミア(JI)」が政界への影響拡大を図っています。2024年の大統領選を見据え、イスラム国家設立への支持を広げる狙いとみられています。別のイスラム過激派組織がSNSに投票所への攻撃を予告するなどの動きも出ています。何十人ものメンバーが逮捕され組織が弱体化した2019年以降、JIは政界への影響拡大を目指すようになり、逮捕者の一人、パラ・ウィジャヤント最高指導者は警察の取り調べに対して、JIには「6000~7000人のメンバー」がおり、政府機関や宗教団体など様々な組織で活動していると供述しています。JIは従来、テロを活動の軸に据えており、特に1999~2009年にテロ活動を盛んに行い、2002年にはバリ島で200人以上が犠牲になった爆弾テロ事件を引き起こしています。専門家は、JIの政界進出について「イスラム法(シャリーア)に基づくイスラム国家の設立を目指した動きだ」と指摘、テロよりも政治活動の方がより効率的だと判断したとみられています。インドネシアは2024年2月に大統領選と総選挙を控え、テロなど攻撃への警戒感が強まっています。ISを信奉する国内組織「ジャマア・アンシャルット・ダウラ(JAD)」も投票所を攻撃するとの犯行予告をSNSに投稿しています。こうした組織の支持者らは選挙期間中、当局者やイスラム政党のメンバー、選挙の参加者を攻撃する可能性があります。
- 北欧スウェーデンの治安当局は、「テロ脅威レベル」を5段階で上から2番目に引き上げています。イスラム教の聖典コーランに火を付ける抗議活動に対する反発がイスラム圏で広がっており、イスラム過激派によるテロの標的になることへの懸念が高まっているためです。スウェーデンのウルフ・クリステション首相は、治安当局や軍、情報機関などが連携してテロ対策を強化しているとし、「テロ計画を未然に防いだ」と述べ、国内外で逮捕者が出ていると明らかにしましたが、詳細には言及していません。コーランを燃やす行為については、「合法的な行為がすべて適切とは限らない」と語り、改めて自重を求めたほか、表現の自由にも配慮し、国家の安全を脅かす事例に限って適用するという条件ながら、警察がこうした行為の許可申請を拒否できるようにすることを検討しています。英政府は、「テロリストが攻撃を行う可能性が高い」として、スウェーデンへの渡航者に注意を呼びかけているほか、スウェーデンと同様にコーランに火を付ける抗議行動が相次ぐデンマークも、テロ発生への警戒を強めています。
- 英政府はロシアの民間軍事会社「ワグネル」をテロ組織に指定する制度案を議会に提出しています。ワグネルを支援した個人などに罰則を科すもので、ウクライナや中東、アフリカでの活動が世界の安全保障上の脅威になっていると判断したものです。ブレーバーマン内相はワグネルが「暴力的かつ破壊的」でプーチン体制下のロシアの「軍事的道具」になっていると指摘、内務省は声明で、ワグネルが中東、アフリカ、ウクライナ全域で略奪や拷問、「野蛮な殺人」に関与しており、世界の安全保障に対する脅威との見解を示し、「彼らがテロリストであることは単純明快だ」としています。ワグネルへの所属や支援、ロゴの使用が犯罪となり、最長14年の懲役や罰金の対象となるほか、ワグネルの資産差し押さえも可能となります。英政府はすでに2020年にプりゴジンン氏を、ワグネル・グループを2022年3月に制裁対象にしていますが、締め付けを強めることにしたものです。創設者のプリゴジン氏は2023年6月に反乱を起こし、8月の搭乗機墜落で死亡しましたが、英政府は「最近の出来事にかかわらず、ワグネルの脅威は依然として続いている」と説明しています。また、英国で「イランの脅威」を巡る議論が活発化しており、最高指導者ハメネイ師直属の精鋭軍事組織・イラン革命防衛隊をテロ組織に指定したい内務省に対し、イランとの外交関係を重視する外務省はこの動きに反対の立場をとっています。近年はイラン側による英市民の拉致計画が発覚するなど治安への懸念が広がる中、イラン対応を巡り英政府は「分裂している」(英紙FT)と報じられています。イランは2015年、核開発を制限する代わりに経済制裁の解除を引き出す「核合意」を主要6カ国(米英仏独露中)と結びましたが、トランプ政権時の米国が2018年に核合意から一方的に離脱、さらに米国は2019年に革命防衛隊をテロ組織に指定しています。緊張が高まる中、英国は核合意の存続を支持しており、外交当局者にはイランを過度に刺激したくないとの思惑もあるとみられています。
(5)犯罪インフラを巡る動向
2023年9月11日付日本経済新聞によれば、AIで人間の声を合成する「ディープフェイクボイス」を悪用した詐欺への懸念が米国など海外で高まっているということです。想定されるのは人工の声で親族らになりすまし金銭をだまし取る手口で、3~4秒間の音声データがあれば高い精度で合成できるとされ、日本でも被害の恐れがあるといい、検知技術の向上といった対策が急務と思われます。米連邦取引委員会(FTC)のリナ・カーン委員長が悪用例の一つにあげたのが、ディープフェイクボイスで親族などを装う詐欺電話で、米国では友人や家族を装う電話による詐欺が2022年に約5千件あり被害額は1100万ドル(約16億円)に上り、このうち人工音声が悪用された割合は判明していないものの、使われた疑いが強い事件が浮上しているということです。中国でもAIで加工した動画や音声を使った詐欺が2023年に入り増加したとみられています。マカフィーの2023年4月の調査によると、欧米や日本など7カ国の7千人のうち10%の人が「AI音声を用いた詐欺に遭遇したことがある」と回答、知人が遭遇したと答えた人(15%)を合わせた25%のうち、約8割が金銭を詐取されたといいます。AI音声詐欺に遭遇したとする日本人の割合は3%でと7カ国中で最も少ない結果となったとはいえ、同社が「日本ではAI音声の悪用の認知が広がっていない。被害が潜在化している可能性がある」と指摘しているとおりの状況なのかもしれません。AIの犯罪インフラ化はとどまるところを知りません。
2023年8月31日付毎日新聞によれば、新型コロナウイルスの検査を無料にする事業で、医療機関など24事業者が東京都や大阪府など7都府県に対し、総額約240億円の補助金をだまし取ろうと不正な申請をしていたことが、毎日新聞の取材で判明しています。7都府県に含まれない福岡や茨城両県も不正の調査に乗り出しており、総額が膨らむ可能性は高いと報じられています。不正申請は約240億円に上る一方、途中で不正に気付くなどした結果、交付済み額は15事業者に対する約30億円、不正な申請が最も多かったのは、東京都(約182億9700万円)で、次いで大阪府(約42億8000万円)、神奈川県(約11億3000万円)が続く、事業者の業種別にみると、美容外科などの医療機関と薬局が多く、ホテル経営会社や医療物流会社もあったといいます。具体的な手口は、水増し請求や検査申込書の偽造による架空請求などが大半を占めています。なお、これとは別に、大阪府は、5事業者で計39億1260万円の不正申請を認定し、全額の返還を請求したと発表しています。関連して、東京都が実施した新型コロナウイルスの無料検査事業で、検査件数を水増しして補助金をだまし取ろうとしたとして、警視庁は、会社役員の上嶋容疑者ら男6人を詐欺未遂容疑で逮捕しています。医療法人の名義で2022年度に約28億円の補助金を申請したものの、不正発覚によって全額が不交付となっており、警視庁が経緯を調べています。報道によれば、6人は医療法人「華風会」(大阪市)から業務委託を受ける形で、都の無料検査事業に参加、2022年8月、中野区や府中市など都内4か所の検査所で行ったPCR検査と抗原検査の実施件数を水増しして都に報告し、水増し分を含む計約5億3000万円の補助金をだまし取ろうとした疑いがもられています。容疑者の1人がが営する不動産会社の顧客名簿などをもとに、実際には検査していない人を検査したように偽装、上嶋容疑者が華風会の「事務長」として申請業務を行っていたといいます。検査件数が不自然に多かったため都が調査を行い、不正が発覚したものです。
中古車価格の高止まりなどを背景に、自動車盗が増加しているといいます。2023年8月21日付時事通信によれば、盗まれた車は、エンジンルームなどに刻印された車両識別の「車台番号」が付け替えられて国内で転売されるほか、解体して海外にも不正輸出されているといいます。愛知県警は2022年7月、車台番号を付け替え、車検を通したとして、自動車販売業の男ら2人を詐欺容疑などで逮捕、2人とも不起訴処分となりましたが、事故で大破し登録が一時抹消された車の車台番号を切り取り、同じ車種の盗難車に付け替えていたとされます。盗難車は一時抹消された車として登録を受け、車検付きで転売されていたといいます。さらに、愛知県警は2023年7月にも同様の事件に関わった疑いでトルコ国籍の男を逮捕しており、中古市場に流通している盗難車は少なくないとみられています。また、本コラムでもたびたび指摘していますが、盗難車の多くは高い塀などに囲まれた「ヤード」と呼ばれる作業場に持ち込まれ、解体されているとみられ、部品として転売されたり、海外に不正輸出され現地で組み立て直して売られたりすることもあるといいます。報道で自動車解体業を営む70代の男性は、車台番号の付け替えについて「溶接の跡が分からないよう巧妙に加工されれば、プロでも気付かない可能性がある」と指摘、個人間の売買には特に注意が必要といい、「相場より明らかに安い中古車には気を付けた方がいい」と指摘しています。また、自動車の盗難事件の手口や狙われる車種に変化が見られており、自動車窃盗がより「身近な犯罪」となりつつあるようです。これまではランドクルーザーやレクサスLXといった海外で人気の国産高級車の被害が目立っていましたが、2023年はプリウスやアルファードなど、より一般的な乗用車も被害に遭っているといい、こうした変化について日本中古自動車販売協会連合会は、報道で、海外で日本車全体の需要が高まっていることが影響している可能性を指摘しています。この数年は半導体不足で新車の納入が遅れたことが影響し、中古車の需要が高まったことも一因との見方があります。
前回の本コラム(暴排トピックス2023年8月号)で、自治体や公的機関のツイッター(X)公式アカウントが、相次いで凍結されて使えなくなる事態が発生したことを取り上げました。主に同社の人員削減等の影響によって対応が適切に行われていない実態の表れとして、公共インフラとしての機能をツイッターに依存するリスクが顕在化したと指摘しました。関連して、2023年2月、トルコ南部で起きた巨大地震の救助のさなか、ツイッター(当時)が使えなくなる事態が発生しました。支援要請を伝える手段が限られ、救出活動に混乱を及ぼしましたが、実はトルコ政府が強硬手段に動いており、対応の遅れなど政権批判を封じるために、通信会社などにアクセス停止を命じたものでした。救援や物資要請の連絡手段だったツイッターが使えなくなり、サプライチェーン(供給網)の寸断で物資の配送が大きく減少したといい、ここでもX(ツイッター)の公共インフラとしての限界、運営事業者による恣意的な運用の怖さが露呈しました。事業者による恣意的な運用(明確な意思による遮断)としては、直近では、米起業家のイーロン・マスク氏が2022年、同氏が率いる宇宙開発企業スペースXの衛星通信サービス「スターリンク」をクリミアの港湾都市セバストポリで使用したいとするウクライナ側の要請を拒否していたことも挙げられます。ウクライナ側からセバストポリまでスターリンクを稼働させるよう緊急要請があったものの、これには停泊中のロシア艦隊を攻撃するという明らかな意図があったとみられ、重大な戦争行為と紛争の激化に明確に加担することになるため拒否せざるを得なかったとしています。開かれたはずのネットを通じたデータや情報の巨大な供給網の分断が進み、リアルの供給網にも影響し始めているといえます。報道でPwCコンサルティングの上杉謙二ディレクターは「安全保障名目で政府の監視・検閲が強まり、(データとリアルの双方で)供給網の分断は増えていく」と指摘しています。2023年8月16日付日本経済新聞では、「特定のサイトやアプリが一部地域で使えなくなるインターネットの遮断は、国家権力が影響力を行使する手段として広がっている。特に多いのが、途上国で紛争地域や選挙期間中にネットが使えなくなるケースだ。政権側が世論を誘導する目的で行われる。ロシアは2019年、有事に海外のインターネットから国内を遮断できる「主権ネット法」を施行した。本来は自由なネットの世界が分断される「スプリンターネット」と当時からいわれたが、実際ウクライナ侵攻後は多くの海外サイトやアプリが利用できなくなった。大規模なネット遮断を、監視や社会統制の手段として長年使ってきたのが中国だ。中国は通信インフラの整備で、新興国への投資・支援に積極的だ。通信機器やソフトと合わせて、効果的なネット遮断の仕組みも世界に広がっているとみられる。統制強化は先進国も例外ではない。英国ではメッセージアプリの暗号化解除を求める「ネット安全法」の議論が進む。米国モンタナ州では中国発の動画アプリ「TikTokの提供を禁じる州法が成立した。自由を重視する先進国でも「安全保障目的であれば監視・検閲は辞さない」という姿勢の変化を感じる。デジタル空間の重要性が高まり、日本を含めた世界で今後も政府の統制はさらに強まるだろう」と指摘しています。供給網がブロック化する中、ルールに従うだけではリスクを見落とす恐れがあり、盲点を洗い出し、ひずみに耐えられる枠組みを構築できるか、新たな秩序に適合できた国や企業だけが生き残れる状況となりつつあります。
インターネットバンキング利用者のIDやパスワード(PW)が盗まれ、預金が別口座に不正送金される事件が、2023年1~6月に2322件あり、被害額が約30億円に上ったことが警察庁のまとめで分かりました。いずれも半期としては過去最悪で、件数は上半期だけで過去の年間統計を上回り、被害額は通年で過去最悪だった2015年の約30億7千万円に匹敵する規模となりました。金融機関を装ったメールやSMSを送り付け、偽サイトに誘導してID、PWを窃取するフィッシングと呼ばれる手口が急増、とりわけ2023年上半期は、店舗を持たないネット専業銀行や信託銀行の口座での被害が目立ったようです。警察庁は、ネットバンキングの利用拡大や偽メールが精巧になっていることなどが被害増加の背景にあるとみています。フィッシングで送り付けられるメールやSMSには、金融機関を装って「個人情報が流出している」「口座が解約される」などと、利用者の不安をあおる内容と偽サイトに誘導するためのURLが書かれており、URLをクリックすると偽サイトが表示され、IDなどの入力を求められ、犯罪グループは、こうして窃取したID、PWを悪用し、利用者の口座から別口座に預金を移しているとみられています。金融庁もこうした状況に注意喚起を行っています。
▼金融庁 フィッシングによるものとみられるインターネットバンキングによる預金の不正送金被害が急増しています。
- メールやショートメッセージサービス(SMS)、メッセージツール等を用いたフィッシングと推察される手口により、インターネットバンキング利用者のID・パスワード等を盗み、預金を不正に送金する事案が多発しています。令和4年8月下旬から9月にかけて被害が急増して以来、落ち着きを見せていましたが、令和5年2月以降、再度被害が急増しています。8月4日時点において、令和5年上半期における被害件数は、過去最多の2,322件、被害額も約30.0億円となっています。
- SMS等を用いたフィッシングの主な手口
- 銀行を騙ったSMS等のフィッシングメールを通じて、インターネットバンキング利用者を銀行のフィッシングサイト(偽のログインサイト)へ誘導し、インターネットバンキングのIDやパスワード、ワンタイムパスワード等の情報を窃取して預金の不正送金を行うもの。
- 被害に遭わないために
- こうした被害に遭わないために、以下のような点を参考にしてください。
- 日々の心がけ
- 心当たりのないSMS等は開かない。(金融機関が、ID・パスワード等をSMS等で問い合わせることはありません。)
- インターネットバンキングの利用状況を通知する機能を有効にして、不審な取引(例えば、ログイン、パスワード変更、送金等)に注意する。こまめに口座残高、入出金明細を確認し、身に覚えのない取引を確認した場合は速やかに金融機関に照会する。
- 金融機関のウェブサイトへのアクセスに際しては、SMS等に記載されたURLからアクセスせず、事前に正しいウェブサイトのURLをブックマーク登録しておき、ブックマークからアクセスする。または、金融機関が提供する公式アプリを利用する。
- スマートフォンやパソコン、アプリの設定
- 大量のフィッシングメールが届いている場合は、迷惑メールフィルターの強度を上げて設定する。
- 金融機関が推奨する多要素認証等の認証方式を利用する。
- 金融機関の公式サイトでウイルス対策ソフトが無償で提供されている場合は、導入を検討する。
- パソコンのセキュリティ対策ソフトを最新版にする。
- 日々の心がけ
- こうした被害に遭わないために、以下のような点を参考にしてください。
クレジットカードの不正利用も後を絶ちません。2022年の被害は前年比3割増の約437億円と過去最悪となっています。コロナ禍でカードによるネット購入が身近になり、番号を盗んで不正に使う手口も広がっています。なお、日本クレジット協会によれば、2022年の不正利用の被害額約437億円のうち9割は番号盗用によるものです。また、不正に購入した品の換金方法も巧妙になっています。これまでパソコンや家電が多かったところ、電子マネーも増えています。ネット上で「イラストを描く」「翻訳する」などのサービス提供側にもなりすまし、盗んだ番号を使って金だけを動かす手法もあるといいます。報道で三井住友カードは「モノを転売する手間すらない。不正利用が増え、このままだと対策の方針を見直す必要がある」と述べています。2022年の経済産業省の審議会では、ネット購入サイトのセキュリティの甘さ、カード業界の不十分な情報開示で対策が行き届かない点が問題になったほか、カード会社による被害補償も、クレカの決済費用に含まれ、結局は買い物客が負担する構図だとの指摘もなされました。「(不正被害は)犯罪者集団に献金されるようなしくみ。何とかしなくては」と危機感が共有されましたが、具体的かつ恒久的な対策はなかなかないのが問題です。
一方、相次ぐフィッシングによる詐欺被害に対し、警察も捜査に力を入れており、2023年8月21日付朝日新聞によれば、神奈川県警が2022年から2023年にかけて摘発した事件で、フィッシングサイトで抜き取った大量のクレジットカード情報をもとに、不正な買い物を繰り返す大がかりな中国人グループの存在が浮き彫りになっており、その驚くべき実態が明るみになっています。2023年5月、神奈川県警が押収した1台のパソコンから、不正に入手したとみられる大量の個人情報のデータが見つかり、国内では過去に例をみないほどの量で、約1億件分のメールアドレスが残されており、このうち約290万件が、このパソコン内に記録されていたID・パスワードとひもづけられていたといいます。神奈川県警はこの約290万件中、約190万件について「メルカリ」など、メールアドレスとパスワードを管理する44社から流出したと特定、各社に対して、流出したものが悪用されたかの確認と、被害の拡大防止の措置をとるよう要請しています。さらにパソコン内には、この44社に登録されていた約1万7千件のクレジットカード情報もそれぞれの暗証番号や口座情報付きで保存されていたといいます。保存されていたのは、個人情報だけではなく、各金融機関や大手ショッピングサイト、通販など偽サイトの「作り方」のマニュアルや、偽サイトへ誘導するための案内文のひな型、さらに、利用者のパソコンを感染させて個人情報を抜き取るためのコンピューターウイルスの作成法についての記述まであったといいます。専門家は「日本を狙うサイバー犯罪、攻撃の多くは、中国が拠点となっている」と指摘、特定のメッセージアプリを使ってアクセスできる「ブラックマーケット」と呼ばれるインターネット市場で、日本の企業や一般市民の情報が売り買いされているといいます。なお、マーケットで扱われる「商品」は、マイナンバーカードの表裏の写真や、クレジットカード番号・氏名・生年月日・住所・電話番号が記載された十人以上の名簿のリストまであるといい、フィッシングは、カードの名義人本人が個人情報を入力していることが多いという点で情報が正確で、市場での価値も高い傾向にあるということです。
共産党の大門実紀史・前参院議公式サイトを閉鎖したら、同じURLで偽サイトが開設される被害にあっています。偽サイトには、大門氏のプロフィルや写真が掲載され、大門氏の議員活動を紹介するサイトのように見えますが、「ブックメーカーに興味のある方は、海外で合法的に運営されている人気のブックメーカーに登録してみましょう」などとオンラインカジノの利用を促す文章とともに、カジノを紹介する外部サイトへのリンクが張られているといいます。報道で立命館大学の上原哲太郎教授(サイバーセキュリティ)は、ドメインの所有権が消えた(=ドロップ)のを見計らって、第三者が手に入れる(=キャッチ)行為を「ドロップキャッチ」と呼ぶと説明、本件について上原教授は、「社会的信頼の高い国会議員のサイト内にオンラインカジノに誘導するリンクを埋め込むことで、カジノサイトも信頼が高いとグーグル検索が判断する可能性がある」といい、これにより、カジノサイトを検索結果の上位に表示させるのが狙いではないかと指摘しています。ドロップキャッチ自体は違法ではないものの、この仕組みを悪用し、公共機関のサイトが閉鎖後、同じドメインで不適切なサイトに切り替わったケースが続発しています。
国民生活センターが毎月配信している「国民生活」の2023年8月号で、「ネットを悪用した手口に騙されないために4つの代表的な罠を知ろう」(独立行政法人情報処理推進機構(IPA)神谷健司氏)と題するコラムが掲載さられていました。これまでみてきたフィッシング詐欺などについて、大変分かりやすく整理されていましたので、以下、紹介します。
▼国民生活センター 国民生活 2023年8月号
- ネットを悪用した手口に騙されないために4つの代表的な罠を知ろう
- パソコンやスマートフォン(以下、スマホ)を使ったインターネットサービスは、生活に欠くことができないものになりました。その一方で、インターネットには個人を狙う罠が仕掛けられている場合があります。
- 罠のほとんどは、偽の警告などの嘘で利用者を巧みに「騙す仕掛け」です。こうした仕掛け(=手口)を知ることが、騙されないための対策になります。そこで、本稿では、IPAが開設している「情報セキュリティ安心相談窓口」に数多くの相談が寄せられている騙しの手口について解説します。
- 偽のセキュリティ警告を使用したサポート詐欺
- パソコンでウェブサイトを閲覧中に突然、「パソコンがウイルスに感染して個人情報が漏えいしている」などの警告が表示されることがあります。警告が画面いっぱいに表示され、電話番号が表示されているなどの場合、それは偽の警告です。パソコンから、けたたましい警告の音声が鳴りやまないこともあります。
- これは、警告を消せず焦った利用者に、偽のサポート窓口に電話をさせ、サポート料金と称して高額の金銭を騙し取る、「サポート詐欺」と呼ばれる手口です。
- 電話をすると、片言の日本語を話す外国人のオペレーターにつながります。相手は、マイクロソフト社などの著名な企業のサポート技術者であると偽り、パソコンに遠隔操作ソフトをダウンロードさせます。
- 遠隔操作ソフトを使用すると、遠隔地にあるパソコンから、操作対象のパソコンの画面を見ながらマウスやキーボードの操作が可能になります。相手はこの機能を悪用して次々と画面を開き、パソコンに問題があるという嘘の説明を繰り返します。被害者がこの説明を信じると、ウイルスの除去やセキュリティサポートサービスと称して高額な金銭を要求します。
- 偽警告の被害にあわないために
- 偽の警告で被害者を焦らせ、不安をあおり、そのうえで言葉巧みに信用させ、金銭を騙し取るやり方は、オレオレ詐欺などの特殊詐欺にも共通する手口と言えます。ところが、特殊詐欺の手口に関する知識があり、日頃から注意をしていてもサポート詐欺に騙されてしまうことがあります。「ウェブサイト閲覧中のウイルス感染」など、経験したことがない騙しの手口を使われると、従来の知識が通用せず、嘘が見破れないことがあるためだと考えられます。騙されないためには、こうした手口を知ることが重要です。
- 加えて、普段目にしない警告が突然表示された場合、それは正しいものなのかを立ち止まって考えることも重要です。
- 正規のウイルス対策ソフトがウイルス感染を検知した際も警告が出ますが、今すぐ電話をするように求めることは基本的にありません。
- 現在のパソコンはセキュリティが強化されています。個人の利用では、基本的なセキュリティ対策を行っている場合、ウイルスに感染することは非常に少なくなりました。
- そのため、正規のウイルス対策ソフトが動作した際の表示を見る機会がないため、突然表示された「偽のウイルス警告」を本物と勘違いしてしまうことが考えられます。
- 偽の警告が表示された際の対処
- パソコンに偽の警告が表示された際の対処は、所定のキー操作を行い、ウェブブラウザーを閉じるだけで問題ありません。詳細は「IPA安心相談窓口だより『偽のセキュリティ警告に表示された番号に電話をかけないで!』」の5項をご参照ください。
- 電話をかけて、パソコンを遠隔操作されてしまった場合は、Windowsの「システムの復元」機能を使用して、遠隔操作ソフトをインストールする前の状態にシステムを戻すことを推奨します。システムの復元ができない場合、遠隔操作の及ぼす影響について判断ができないため、パソコンの初期化を推奨します。詳細は前出の資料の3項をご参照ください。
- フィッシング
- フィッシングとは、実在する企業・団体名をかたり、その企業・団体の公式サイトにそっくりな「偽サイト」に誘導し、利用者を騙して情報を入力させて、その情報を奪う手口のことです。
- フィッシングを目的とした、メール、ショートメッセージサービス(以下、SMS)、ソーシャルネットワーキングサービス(以下、SNS)の投稿などに記載されたURLをクリックし、パスワードやクレジットカード番号などを入力すると被害が発生します。
- 逆の見方をすると、フィッシングメールを受信しても、URLのクリックさえしなければ被害は発生しません。そのため攻撃者は、さまざまな騙しのテクニックを使ってURLをクリックさせようとします。主な手口は次のとおりです。
- アカウントが凍結されるなどの、受信者に不安を抱かせる内容を記載
- 偽の当選や還付金の通知など、思わずURLをクリックしたくなる内容を記載
- 新型コロナウイルスワクチンの接種予約など、その時々の社会情勢に乗じた内容を記載
- メールの送信元やロゴマークを偽装して公式からの通知であると錯覚させる など
- フィッシングの被害にあわないために
- フィッシングメールは、本物らしい文面を使用し、送信元などを偽装しているため、真偽の判断が難しいことが多くなっています。本物かどうかの判断に迷った場合は、公式サイトなど確かな情報源を使ってご確認ください。真偽がはっきりしないメールについては、次の対応をしてください。
- URLをクリック、タップしない
- 添付ファイルを開かない
- 記載の電話番号に電話をしない
- 返信しない
- フィッシングメールは、本物らしい文面を使用し、送信元などを偽装しているため、真偽の判断が難しいことが多くなっています。本物かどうかの判断に迷った場合は、公式サイトなど確かな情報源を使ってご確認ください。真偽がはっきりしないメールについては、次の対応をしてください。
- SMSを悪用した手口
- 従来、フィッシングサイトへの誘導は、主にメールで行われていました。近年は、新たな手口として、SMSを悪用したものが増えています。その代表例が、宅配事業者をかたる偽の不在通知SMSです。
- フィッシングメールに関する知識があり、不審なメールに注意をしていても、この偽のSMSに騙されてしまうことがあります。SMSでもフィッシングが可能であることを知らない場合に、荷物の配達予定日にたまたまこうしたSMSが届くと、思わずURLをタップしてしまうことがあるためです。
- 偽のSMSは、宅配事業者をかたるものに加えて、通信キャリアや公的機関をかたる架空請求、金融機関をかたるフィッシングなど、複数のバリエーションがあります。
- 悪意の攻撃者は、SMSに偽の不在連絡や、支払い請求などを記載し、受け取った人を驚かせて、SMSのURLをタップさせようとします。URLをタップしてしまうと、スマホの種別や偽SMSのタイプによって、次に示すさまざまな被害が発生します。
- Androidでは多くの場合、不正アプリのインストールに誘導される
- iPhoneではフィッシングサイトに誘導され、「Apple IDとパスワード」や「クレジットカードの情報」を入力させられ、それらを奪われる
- 架空請求SMSでは、フィッシングサイトへ誘導され、コンビニで買ったプリペイドカードで支払うように指示され、フィッシングサイトに「プリペイドカードの発行番号」を入力させられて金銭を奪われる。クレジットカード番号を窃取されることもある
- 偽SMSの被害にあわないために
- 不審なSMSのURLをタップしない限り前記の被害にあうことはありません。不審なSMSが届いた際は削除し、URLはタップしないようにしてください。
- Androidに不正なアプリをインストールしてしまうと、そのスマホから、同じ内容の偽SMSが見知らぬ宛先に多数送信されてしまいます。
- 偽SMSの発信元には、不正なアプリをインストールしてしまった被害者の電話番号が使われます。そのため、荷物の問い合わせの電話が複数の人からかかってくるようになり、この時点で異常に気がつくことがあります。
- 被害者に不正なアプリをインストールさせる際も、騙しのテクニックが使われます。Androidには不正なアプリを誤ってインストールしないための保護機能があります。ところが、攻撃者は、利用者を騙してこの機能を解除させようとします。
- SMSのURLをクリックすると、「使っているアプリが古いため更新が必要」などの偽の警告を表示して、不正なアプリをインストールすることを求めます。アプリの更新に見せ掛けて、利用者に保護機能を解除して不正なアプリをインストールさせようとするのです。このような不審な警告が出た場合は、指示には従わないでください。
- この手口の詳細や、不正なアプリをインストールしてしまった際の対処方法は、IPA安心相談窓口だよりをご参照ください。
- 性的な映像をばらまくと恐喝し、暗号資産で金銭を要求する迷惑メール
- 「あなたのパソコンをハッキングしてアダルトサイトを閲覧している姿をウェブカメラで撮影した。家族や同僚にばらまかれたくなければ暗号資産で金銭を支払え」というメールを受信したという相談が寄せられています。この手口では、ハッキングなどの言葉で相手を不安にさせたうえで、性的な映像をばらまくと脅しています。こうした脅しに騙されてはいけません。
- このメールは同じような文面で不特定多数にばらまかれています。実際の動画へのリンクや添付などがないことから、このメールの内容について根拠はないと考えられます。そのため、メールを無視して削除するだけで問題ありません。
- 手口を知る、立ち止まって考える
- インターネットを悪用して個人を狙う代表的な騙しの手口についてご説明しました。こうした手口を知ることで、安全にネットを楽しむことができます。より多くの手口を知りたい場合は、警察庁、IPA、国民生活センターなどの注意喚起情報をご参照ください。
- もう1つ、騙されないためのポイントをご紹介します。前述のとおり、騙しの手口には、落ち着いて考えると通常は発生しない不自然な点が多々あります。そのため、初めて見る警告、もしくは不自然な状況に遭遇した場合、それらは偽物である可能性が高いです。従来と異なる状況に遭遇した際に、これは騙しの手口ではないかを「立ち止まって考える」ことが重要です。
- どうしたらよいかが分からない場合は、相手の指示には従わず、近くの詳しい人やIPAなどの窓口に相談するようにしてください。
- サイバー攻撃を知る
- JPCERTコーディネーションセンターはサイバーセキュリティ上の問題・事件(以下、インシデント)の発見と対処、被害の抑止に向けた活動を行っており、国内外のさまざまな個人・組織からインシデントの報告を受けています。当センターに寄せられた過去5年間のインシデントの報告の推移を図1に示します。図から分かるように、年々増加しており、消費者がサイバー攻撃に遭遇するケースが増えているといえます。
- 報告を受けたインシデントをカテゴリー別に分類したものが図2になります。全体の報告のうち、3分の2はフィッシング攻撃に関する報告であり、標的となっているのは個人消費者です。それ以外のスキャンやウェブサイト改ざんなども個人消費者が標的となっているものが多いです。
- 高度な標的型攻撃と呼ばれるものを除くと、一般的にサイバー攻撃というのは、金銭やそれに代わるものを窃取することを目的としています。その手段として被害者を騙すことで攻撃を成功させようとします。そのため、サイバーセキュリティ対策として必要なことは、まずはどのような攻撃があるかを知り、注意すべき点を知ることです。昨今のサイバー攻撃の傾向や事例について知り、どのような時にどのような点について注意を払って行動するべきかを知ることが重要です
- パスワードの監理
- サイバー攻撃で最も狙われる対象の1つはアカウントとパスワードの「認証情報」です。パスワードは文字数や使う文字によって安全さが異なります。当センターでは安全なパスワードの条件として次の条件を満たすものを推奨しています。
- 安全なパスワードの条件
- パスワードの文字列は、長めにする(12文字以上を推奨)
- 大小英字だけでなく、さまざまな文字種(数字、記号)を組み合わせる
- 推測されやすい単語、生年月日、数字、キーボードの配列順などの単純な文字の並びやログインIDは避ける
- ほかのサービスで使用しているパスワードは使用しない
- しかし、複雑で安全なパスワードをサービスごとに作成し管理するのは利用するサービスが少なければ可能ですが、多くなると管理するのは困難になります。管理が難しい場合は、信頼性のあるパスワード管理ツールを使用しましょう。
- 多くのパスワード管理ツールでは、インターネットサービスごとにアカウントIDとパスワードを一度登録しておけば、利用する際にツールから呼び出して自動入力することができます。したがって、利用者はツールを起動するためのパスワード1つを覚えてさえいればよく、サービスごとに異なる複雑なパスワードをすべて覚えておく必要はありません。サービスごとの複雑で安全なパスワードもパスワード管理ツールが自動的に作成することも可能です。
- 多くのパスワード管理ツールはパソコンとスマートフォンどちらでも一貫して利用することが可能となっています。
- パスワード管理ツールを使うことのメリットは、複雑なパスワードを覚えておくのを任せることができるという点だけではありません。そのパスワードを入力するべきサイトをセットで覚えているため、ほかのサイトに誤入力することがないという点です。例えば、フィッシングサイトを訪れてしまってパスワードを入力しようとしても、正規のサイトではないためパスワード管理ツールが入力を行いません。そのことを理解していれば、フィッシングサイトであることに気がつきパスワードを入力してしまうこともなくなるでしょう。
- さらに、より強固なセキュリティ対策として携帯電話へのSMSやトークン、スマートフォンアプリなどを使用したワンタイムパスワードを使った2段階認証があります。アカウントIDとパスワードによる認証に加えて、ログイン時に一定時間だけ有効なパスワードを使用してログインを行うしくみです。もしパスワードとワンタイムパスワードが盗まれてしまった場合でも、ワンタイムパスワードは毎回変化するため、利用者の手元で確認する最新のワンタイムパスワードがない限り、不正なアクセスを防ぐことができます。パスワード管理ツールと合わせて使うとより効果的です
- ウイルス対策ソフトの利用
- ツールでできるセキュリティ対策はほかにもあります。まず優先すべきことはパソコンへウイルス対策ソフト、スマートフォンへウイルス対策アプリなどのツールを導入しておくことです。
- ウイルス対策ソフトは、パソコンがコンピューターウイルスに感染した時に見つけ出すことができます。初めからインストールされているウイルス対策ソフトでもある程度はブロックしてくれますが、製品によってはインターネットでアクセスするウェブサイトが不審なものかどうかを判定しブロックしてくれる製品もあります。
- 例えば、コンピューターウイルスに感染するおそれのあるウェブサイトやフィッシングサイト、偽ショッピングサイトなどを検知してブロックしてくれます。こういった製品を選んで導入すれば、ウイルス対策ソフト1つでコンピューターウイルスの被害と悪意あるウェブサイトの被害の双方からデバイスを守ることができますので検討してください。
- なお、ウイルス対策ソフトが新しい脅威を検知するためには、定期的にセキュリティサービス提供元へ通信し、脅威情報をアップデートする必要があります。ウイルス対策ソフトを導入すると定期的に自動で通信する設定になっているため、そのままの設定にしていれば問題はありませんが、有償のウイルス対策ソフトであれば1年ごとなど定期的にライセンスを購入し更新する必要があります。ライセンスの切れたウイルス対策ソフトは導入していても効果はほぼありませんので、注意してください。
- ただし、ウイルス対策ソフトといえども、ウイルスの発見も危険なウェブサイトのブロックも完璧に行えるものではないことには注意が必要です。・ウイルス対策ソフトが警告を出さなかったからといって必ずしも安全といえるわけではありませんので、不審なファイル、不審なサイトだと思われたときには、より安全な対応となるように不審なものは触れないようにしてください。
- ソフトウエアの定期更新
- 定期的に更新が必要なものはウイルス対策ソフトだけではありません。すべてのソフトウエア、アプリは新しいバージョンが出たら更新する必要があります。なぜ更新が必要なのでしょうか?
- ソフトウエアのバージョンアップには主に2つの内容が含まれています。1つは機能の追加、もう1つはソフトウエアの不具合の修正です。
- 後者の不具合の修正には、ソフトウエアにできてしまったセキュリティ上の“穴”を修正するものが含まれます。ソフトウエアを作る際にはセキュリティに考慮して作成されますが、それでも意図しない挙動が発生してしまうことがあります。それは脆弱性と呼ばれるセキュリティ上の“穴”(セキュリティホール)となり、これがサイバー攻撃に悪用されることがあります。
- こういった脆弱性を防ぐためにソフトウエアに新しいバージョンが出たらバージョンアップする必要があります。製品によってはセキュリティの適用をまとめたものをバージョンアップとしてではなく「パッチ」と呼んで提供しているケースもあります。その場合は「パッチの適用」と呼ばれます。
- バージョンアップが必要なソフトウエアの中で一番重要なのは、パソコンやスマートフォンの基本のソフトウエアであるOSです。パソコンであればWindows、Mac OS、スマートフォンであればAndroid、iOSです。これらは基本のソフトであるために最もセキュリティ上の穴になりやすく、OSの提供元が定期的にバージョンアップの提供を行っています。例えばWindowsであれば毎月OSのアップデートが提供されていますので、提供されたらアップデートを適用しましょう。スマートフォンの場合はOSのアップデートまでの期間が長い傾向がありますが、代わりにアプリの更新が頻繁に行われています。
- 設定可能であれば自動で更新されるように設定しましょう。ただし、OSにはサポート期間という概念があります。古い製品を使い続けているとサポート期間が終了して、バージョンアップやセキュリティパッチの提供がなくなってしまいます。そういった製品を使い続けることはセキュリティが担保できなくなるため、よくありません。古いパソコンやスマートフォンは性能も低くなりますので、OSを更新する意味でもパソコンであれば3~5年、スマートフォンであれば2~4年に1度を目安に買い換えるのがよいでしょう。
- バージョンアップが必要なのはOSだけではありません。特にサイバー攻撃で狙われることが多いのは、ほかにブラウザー、オフィスソフト、メールソフト等です。また家庭にある機器で狙われるものにルーターがあります。ルーターは基本的には自動で更新されますので、標準のパスワードを変更したうえで、定期的に更新される設定になっていることを確認してください
- ウェブサイトのセキュリティ対策
- ソフトウエアの定期的な更新が必要なのは家庭内の機器だけではありません。人によってはサーバーを借りるなどして、ウェブサイトを持っていることもあるのではないでしょうか。
- その場合にはウェブサイトを構成するソフトウエアもまた同様に定期的な更新が必要になります。ウェブサイトは基本的には誰からも見られるようインターネットに公開されているため、利用者と同じように攻撃者もアクセスができます。そのため、セキュリティ対策の“穴”があればすぐに狙われてしまいます。
- サーバーを借りている場合にはどのようなOSやソフトウエアが使われているかを把握しておく必要があります。特にWordPressなどのコンテンツ管理ソフトを使っている場合には、プラグインも含めて把握したうえで、パソコンと同様にOSとソフトウエア、プラグインのアップデートを定期的に行う必要があります。対して、クラウドサービスを利用してウェブサイトを公開している場合にはサービス提供側がソフトウエアを一括して管理していますので、アップデートを個人が管理する必要はなくなります。ウェブサイトのソフトウエアの管理が難しい場合にはクラウドサービスを使うことも検討してください。
- どちらの場合でも、管理者アカウントのパスワードは、複雑で安全なものにする必要があります。ウェブサイトは公開するという意識とともに管理するという意識も必要になります。管理できない場合にはウェブサイトをクローズする、あるいは管理できる人に依頼する、といったことも考える必要があります。
- サイバー攻撃は誰もが狙われる
- 昨今のサイバー攻撃は企業や個人、業種業界を問わず標的とします。その中でも特に狙われるのは、セキュリティ対策が不足している所です。セキュリティ対策が不足している人からアカウント情報を窃取し、セキュリティ対策が不足しているパソコンやアプリは踏み台として他所への攻撃に悪用されたり、自組織への侵入経路として使われたりします。
- インターネットを利用するうえでは誰もがセキュリティ対策をする必要があります。セキュリティの脅威を知らないということは、詐欺師に騙される可能性が高くなるのと同じであり、セキュリティ対策を行わないということは、家に鍵をかけずに留守にするのと同じようなものです。本記事をきっかけとして、取り組めそうなものからセキュリティ対策を行っていただければと思います
サイバー攻撃は、自らが「被害者」であると同時に、他者への攻撃への「踏み台」とされる可能性もあり、「加害者」にもなりうるという側面があります。そして、基本的な対策を疎かにするなどの実態が明らかになっており、その脇の甘さが犯罪組織に狙われ、資金源とされてしまうことになり(いわば「犯罪インフラ化」の状態)、それによってさらなる犯罪が再生産されてしまうという側面もあります。その脅威を正確に把握することが、実効性ある対策を講じるための第一歩となります。以下、サイバー関連の犯罪インフラに関する動向を見ていきます。
2023年8月30日付朝日新聞の記事「サイバー攻撃にさらされた病院ができること 当事者が語る反省と教訓」では、2022年10月に起きた大阪急性期・総合医療センターへのサイバー攻撃の当事者となった方数十名へのインタビューをまとめた記事でした。ここでは、「サイバー犯罪者に対して金銭を払う考えはなく、病院内で議論にもなりませんでした。コンピューターがないと、病院は全然動かないということを改めて痛感しました」、「今振り返って思うことは、「防御策」をもう少し取れなかったのか、事前に何か対策が取れていれば、ここまでの被害は起きていなかったかもしれない。とはいえ当時は、誰かに頼むなど、方法論すら思いつかなかった」、「サイバーセキュリティに関して、病院同士が連携する仕組みはありません。そうしている間にまた次の被害が起きかねません。今回の被害状況を、まずは他の病院に共有したいと思っています」、「半田病院が2022年6月に調査報告書を公表していました。あの時しっかりと熟読し、もっと早く対策を講じることができなかったのか、今更ながら思っています。今時の病院はコンピューターシステムなくしては動かない。命に直結するわけで、もっと厳密に取り組むべきだったと反省しています」、「これまでは、医療システム業者が「仕様です」と言われたら、そういうものだと受け止めていました。これからは自分たちで把握して管理すると認識を改めました」、「改めて問題の本質は、ITの効果を高めリスクを最小限にする取り組みである「ITガバナンス」の欠如であったと感じています」、「私たちの調査の結果、半田病院も大阪急性期も、今あるシステムに正しい設定を施せば、サイバー攻撃を防ぐことができたことがわかりました。まずはウィンドウズやファイアウォール(通信制御装置)の設定など、基本的なことをしっかりやることが大事なんです。脅威や技術が進化しても、まずは既存の製品を有効活用する。私がセキュリティに携わってきた約20年前から、何も変わっていないというのが、今回の教訓です」などの言葉は、正に今、多くの経営者やセキュリティ関係者にかみしめてもらいたいと思います。本事件のように、医療機関で、身代金要求型コンピューターウイルス「ランサムウエア」によるサイバー攻撃被害が相次いでおり、ハッカーが仕込んだウイルスに感染するとシステム障害が発生し、電子カルテや会計システムが使えなくなり、復旧に時間を要し、長期間の診療停止を余儀なくされるなど深刻なケースもあることをふまえ、政府は医療法施行規則を改正し、2023年4月から医療機関に対し、サイバー攻撃への備えを義務化していますが、人材不足などから対策が薄い中小病院も目立つ状況のようです。現状、各病院は情報システムを提供する民間事業者(ベンダー)と個別に契約していますが、複数の病院がクラウド上でサーバーを共同利用すれば必要なソフトウエア整備にかかるコストや人件費を抑えられ、対策に取り組みやすくなることなども自民党から指摘されています。
愛知県内でも急増するランサムウエアの被害を知ってもらおうと、愛知県警は企業へ働きかける「アウトリーチ活動」に力を入れています。2023年1~6月だけで防犯講話を700回以上、開いたといい、システムに欠陥がないか個別に調べるなどきめ細かく支援しています。愛知県警によれば、被害認知件数は統計を取り始めた2015年から21年までは1~8件だったが、2022年は28件に急増、うち半数にあたる14件は中小企業が狙われたものといいます。背景には、コロナ禍で普及が広がったテレワークがあり、外部から社内ネットワークに接続する仮想プライベートネットワーク(VPN)を利用する機会が増え、VPN機器や、職場のパソコンを遠隔操作するリモートデスクトップから侵入されるケースが目立つといいます。2023年7月に名古屋港で起きたシステム障害でもVPNに脆弱性が確認され、3日にわたってコンテナの搬出入が停止するなど物流に影響が出ました。暗号解除の身代金の要求に加え、近年は「機密データを公開する」などと脅す二重恐喝の手口が増えています。
ロンドンのシンクタンク「戦略対話研究所」(ISD)は、ロシアの民間軍事会社「ワグネル」がフェイスブック(FB)やインスタグラムで戦闘員を勧誘していたのに、運営するメタ社が適切な措置を取っていなかったとの調査結果を発表しています。報道によれば、ISDはFBとインスタで、ワグネルを称賛したり、支援を表明したりする計114アカウントを確認、計数十万人に及ぶフォロワーがいて、英語やフランス語、スペイン語やロシア語など13言語で投稿されていました(日本語は含まれていません)。投稿はロシアによるウクライナ侵攻について、「ウクライナの非ナチ化」といったロシアの一方的な言い分を増幅させるような内容が多く、また、アフリカや中東におけるワグネルの行為を称賛するものもあったといいます。さらに、ISDが調査のために開いたFBアカウントに、ワグネル関連の投稿が「おすすめ」されたといいます。ISDは「メタ社がワグネルのコンテンツを察知するのに失敗しただけでなく、アルゴリズムで自動的により多くのユーザーにコンテンツが届くようになっていた可能性がある」としています(正に、SNSの「犯罪インフラ化」の状況といえます)。また、米政治専門サイト「ポリティコ」によれば、別の英調査機関は2023年5月、ワグネルがFBやツイッター(現X)に求人広告を出していると指摘、メタ社はその際、ワグネルを「危険な組織」に指定したと明らかにしていました。メタ社の指針によると、「危険な組織」を支援するような内容のコンテンツは削除されることになっているものの、調査では、ワグネルによる暴力行為が映像でつけられた投稿すら放置されたままになっていたといい、ISDは「指針を一貫して守るためには、断固とした行動を取らなければならない」とメタ社を批判、英語だけでなく、多言語でコンテンツの監視を強化する必要性を訴えています。
AI(人工知能)を使った学習履歴などのデータ活用が、学校現場で進んでいますが、先行する米国で昨今特に議論になっていることの一つが、学校の安全とプライバシーのバランスだといいます。例えば、銃規制の関連で、子どもたちのSNS上の書き込みなどを見て、銃に関する投稿をしていないかを確認するケースがありますが、学校側は、学校の安全を守るためだと主張するものの、SNS上の投稿の監視は子どものプライバシーの侵害になり得るといった具合です。米国では、性的マイノリティーの若者の自殺率が他の若者に比べて高い傾向があり、学校では、自殺予防を目的に、子どものSNS上の書き込みや検索履歴などから、性的マイノリティーに関わる言葉を抽出するシステムを導入し、管理職が保護者にその内容を連絡するケースがありましたが、この場合、性的指向などを本人の同意なく第三者に明かす「アウティング」になるという問題もあります。このように、データ活用の利点とプライバシー、両者の折り合いをどうつけるべきかが議論になっているといいます。学校でのデータ活用は、「教育的利用」という言葉とセットで語られがちで、教育に望ましいと言われ、多くの保護者が好意的に受け止めているのが現状ですが、その言葉で終わらせず、それが何を目的にし、どのような利点と懸念があるのか、プライバシーの観点とともに、子どもの成長・発達という視点からみて、データ活用が適切かどうか議論を深めていくことが大切だと専門家は指摘しています。
G7が年内にまとめる生成AI(人工知能)の国際ルールに向けた閣僚級会合がオンラインで開かれ、生成AIがもたらすリスクに対応するため、AIの利用が不適切な領域の公表など、開発企業側が守るべき原則である「行動指針」の骨子について合意されています。今後、この指針をもとに、企業の具体的な責務を「行動規範」として定め、年内の合意を目指すとしています。この日の会合では、透明性の確保や偽情報の拡散、知的財産権の侵害などAIのリスクについて認識を共有、その上で、特にAI開発者向けの行動指針として、AIの能力や限界の公表、AIのリスク低減のための手法の開発やその公表といった10項目の骨子を盛り込むことで合意、こうした内容を「G7広島AIプロセス G7デジタル・技術閣僚声明」として採択しています。
▼総務省 広島AIプロセス閣僚級会合の開催結果
▼G7広島AIプロセス G7デジタル・技術閣僚声明(仮訳)
- 前文
- 我々G7デジタル・技術担当大臣とOECD及びAIに関するグローバルパートナーシップ(GPAI)を含むパートナーは、G7首脳によって創設されたG7広島AIプロセスの一環として、2023年9月7日にオンラインで会合を開催し、基盤モデルと生成AIを中心とする高度な人工知能(AI)システムの機会と課題について議論した。4月29-30日に開催されたG7デジタル・技術大臣会合での責任あるAIとAIガバナンスに関する議論及びG7広島AIプロセスでの作業を踏まえ、我々は、以下の取組を支持し、今後G7首脳に提示する。(1)G7広島首脳コミュニケで強調された優先事項に基づき、生成AIの優先的なリスク、課題、機会をまとめたOECDによる報告書、(2)すべてのAI関係者に適用可能な国際的な指針の策定、(3)高度なAIシステムを開発する組織向けの行動規範の策定、(4)責任あるAIツールとベストプラクティスの開発を支援するプロジェクトベースの協力。
- 我々は、民主主義、人権、法の支配、そして我々が共有する民主主義の価値と利益の促進に向け、新興国や発展途上国を含む世界中の公益のために、信頼できるAIシステムが設計、開発、導入される環境を促進することにコミットすることを再確認する。我々は、民主主義の価値を損ない、表現の自由を抑圧し、人権の享受を脅かすような方法でのAIの誤用・濫用に反対する。我々は、イノベーションを可能にする信頼できるAIのための国際標準と相互運用可能なツールの開発と導入を促進するというコミットメントを再確認する。これらの目的のため、我々は、OECDAI勧告に基づき、人間中心で信頼できるAIを促進するというコミットメントを再確認する。
- 我々は、最も迅速かつ緊急に、個人、社会、民主主義の価値に対する新たなリスクと課題を管理し、高度なAIシステム、特に技術が急速に進歩している基盤モデル及び生成AIがもたらす利益と機会を活用する必要性を認識する。我々は、人権の尊重を促し、包摂性を促進し、リスクを軽減し、気候危機や持続可能な開発目標(SDGs)の達成を含む社会最大の課題の解決に貢献する、安全、安心で信頼できる高度なAIシステムの開発及び導入にコミットする。我々は、高度なAIシステムの設計、開発、導入及び責任ある利用の促進には、リスクに基づいた適切なガードレールと、新興国や発展途上国を含む同志国との国際協力が必要であるという認識を共有する。
- これらの目的を達成するため、我々は、高度なAIシステムを開発する組織向けの指針と国際的な行動規範を策定し、G7首脳に提示することにコミットする。
- 我々は、AIエコシステムにおける全てのAI関係者に向けた全体的な指針を含む包括的な政策枠組みを年内に策定することを目指す。この包括的な枠組みは、責任あるAIイノベーションを支援し、それぞれの国内アプローチに沿った規制とガバナンス体制の整備の指針となるとともに、ステークホルダーへの働きかけと協議による恩恵を受けるだろう。指針を含む包括的な政策枠組みは、技術の発展に照らして、継続的に更新・補完され得る生きた文書とみなされるべきである。ステークホルダーへの働きかけと協議を行うことにより、新興国や発展途上国を含む世界中の主要なステークホルダーによる指針の精緻化と実践が担保されることになるだろう。
- 我々は、安全、安心で信頼できるAIシステムが、民主主義、人権、法の支配、そして我々が共有する価値観と利益を促進する公益のために開発及び導入される環境を促進することを約束する。
- OECD報告書に基づく優先的なリスク、課題、機会の理解
- OECDが2023年7月から8月にかけて取りまとめ起草した報告書に基づき、優先事項として、また、生成AIに関する共同作業を含め、共通の理解、立場、今後の行動に関する検討の基礎として、さまざまなリスクと機会が特定された。例えば、当該報告書において、G7メンバー間で懸念される主要な分野として、透明性、偽情報、知的財産権、プライバシーと個人情報保護、公正性、セキュリティと安全性等が特定された。また、生産性の向上、イノベーションと起業家精神の促進、ヘルスケアの改善、気候危機の解決への貢献等の機会も特定された。報告書で特定されたリスクと機会は、高度なAIシステムに関するG7の今後の取組に役立つだろう。我々は、学術界、市民社会、政府、産業界のステークホルダーとも関わり、作業の一環としてこれらの問題についての彼らの意見を求める予定である。
- 我々は、このような複雑な課題については、更なる作業とマルチステークホルダーの関与が必要であること、また、テクノロジーとリスク状況の進化に適応できるアプローチを構築するためには段階的なプロセスが必要であることを認識している。
- その第一歩として、我々は、OECD事務局がG7広島AIプロセス作業部会からのインプットに基づき策定した「生成AIに関するG7の共通理解に向けたOECDレポート」を歓迎する。
- 高度なAIシステムの開発者向けの国際的な指針及び行動規範
- 我々は、AIエコシステムにおける様々なAI関係者が、既存及び新たなAIリスクに対処する責任を共有しており、AIの開発者、導入者、利用者を含む全てのAI関係者に向けた指針を策定することの重要性を認識している。特に、我々は、基盤モデル及び生成AI等の高度なAIシステムを開発する組織は、現時点において重要な役割を担っているものと認識しており、これらの技術の急速な進歩のペースに鑑みると、高度なAIシステムを開発する組織向けの行動規範の策定はグローバル社会にとって最も緊急の優先事項の一つである。
- この観点から、我々は、高度なAIシステム、特に基盤モデル及び生成AIを開発、導入、利用する組織に向けた指針の策定にコミットする。これらの指針は、高度なAIシステムの開発者向けの国際的な行動規範の基礎となるだろう。また、我々は、これらの指針の一環として、著作権保護等の知的財産権に関する課題や、データ保護に関する課題についても引き続き検討していく。高度なAIシステム開発向けの指針には以下の事項が含まれ得るが、これらに限定されるものではない。
- 適切な安全対策の実施及び市場投入を含む導入前の社会的リスクの考慮
- 市場投入を含む導入後の脆弱性の特定と低減に向けた努力
- 十分な透明性を確保する形での、モデルの能力、限界、適切・不適切な利用領域の公表
- AI開発者と政府、市民社会、学界との間での責任ある情報共有に向けた取組
- プライバシーポリシー及びAIガバナンスポリシーを含むリスク管理計画及び低減手法の開発及び開示
- サイバーセキュリティ及びインサイダー脅威対策を含む強固なセキュリティ管理措置への投資
- 電子透かし技術等のAIが生成したコンテンツを利用者が識別できる仕組みの開発及び導入
- 社会、環境、安全のリスクを軽減するための研究及び投資の優先的な実施
- 気候危機、グローバルヘルス、教育等の世界最大の課題に対処するための高度なAIシステムの優先的な開発
- 国際的に認知された技術標準の開発及び整合性確保の推進
- 高度なAIシステムの導入と利用のための指針は、G7広島AIプロセスを通じて策定される。
- 法的枠組みから自主的なコミットメントその他のさまざまな手段、あるいはそれらを組み合わせに至るまで、国や地域によってこれらの指針に対して独自のアプローチをとることができる。
- プロジェクトベースの協力
- 我々は、エビデンスに基づく政策議論を進める上で、OECD、GPAI、UNESCO等の国際機関と協力してプロジェクトベースの取組を推進することを計画している。このようなプロジェクトベースの取組には、AIに対する信頼を高め情報環境を支援するために、外国からの情報操作を含むAIを活用した偽/誤情報を識別するための最先端の技術的能力に関する研究と理解を進めること等、OECDの生成AIに関するG7の共通理解に向けた報告書の中でG7メンバーによって特定されたものが含まれうる。
- 我々は、今年後半に開始される生成AI時代の信頼に関するグローバル・チャレンジの策定も歓迎する
政府がAI(人工知能)関連の事業者向けに策定を進める新たなガイドライン(指針)の骨子案が判明しました。事業者に透明性の向上を促す内容が柱で、一定規模以上の企業には、AIのリスクを踏まえた行動指針の策定を求めています。骨子案では、AI関連の事業者全般に向けて、「人権侵害、テロや犯罪を目的とする、あるいは助長するAIを提供、利用してはならない」と明記、不適切なAI利用の抑止に役立つ技術の開発や導入に努める責任についても言及しています。企業に求める行動指針は、顧客や従業員の不適切な利用をモニタリング(監視)するための計画作りなどが想定されており、AIの開発者に対しては、AIシステムの機能やリスク情報の開示を求めています。AIに学習させるデータを収集する際に学習対象から除外するルールや、学習データそのものの公開の必要性も盛り込まれたほか、第三者による外部監査の要否や、その手法なども検討していく考えを示しています。AIを利用したサービスを提供する事業者向けには、個人情報保護に向けた方針の策定・開示を掲げ、偽情報や迷惑メールの生成といった許容しない利用方法を宣言することや、AIを利用したサービスであると明示することなども、検討課題に挙げています。
▼内閣府 AI戦略会議 第5回
▼資料1-2 新AI事業者ガイドラインスケルトン(案)
- AI開発から運用・利用にあたってのガバナンス
- アジャイルガバナンス原則
- 一律の事前規制ではなく、民間の知見を活用しながら機動的で柔軟な改善を可能とするガバナンスのあり方を志向
- G7デジタル・技術大臣会合において合意した、アジャイルガバナンス5原則(法の支配、適正手続き、民主主義、人権尊重、イノベーションの機会の活用)
- AI原則
- 生成AIの普及等をふまえ既存のAI原則のアップデートの可能性も検討すべきではないか
- AI事業者に共通する事項
- 各主体は、法の支配、人権、民主主義、多様性、公平公正な社会、人間中心を尊重するようAIシステムを設計・利用する責務がある。具体的には、以下のような責務を負うべきではないか
- 各国の法制度を遵守する義務があり、法制度に違反した場合には処罰等の対象となる。
- 人権侵害、テロや犯罪等を目的とする、あるいは、助長する蓋然性の高い不適切な入出力を行うAIを提供又は利用してはならない。
- AIの不適切な入出力の抑止に資する技術の開発・導入に努めなければならない。
- AIに関する多様なリスクを認識し、計画を策定し、行動をとらなければならない。一定規模以上の組織においては、AIガバナンスポリシー及び体制を構築することが望ましい。
- AI原則にもとづく体制構築のあり方
- 経営層のリーダーシップの下でのAIリスクの分析、ゴール設定、システムデザイン、運用、評価及びリスク分析のアップデートを含む組織ガバナンスを求めるべきではないか
- AI事業者の行動目標、実践例
- AIガバナンス・ゴールとの乖離評価例
- AI事業者が実施すべき行動目標を提示するとともに、それぞれの行動目標に対応する仮想的な実践例やAIガバナンス・ゴールとの乖離を評価するための実務的な対応例(乖離評価例)を例示
- サプライチェーンを念頭に置いたリスク管理・ガバナンスの維持
- 複数プレーヤーにまたがる論点、プレーヤー間で問題になり得る点について、サプライチェーン/リスクチェーンの観点における連携確保のあり方の検討
- AI開発からサービス実施にわたるサプライチェーン・リスクチェーンが複数国にまたがることが想定される場合、データの越境移転における適切なガバナンスの検討(Data Free Flow with Trust)に留意し、民間の知見や取り組みを活用しながら、リスクチェーンの明確化とチェーンの段階ごとに適したリスク管理・ガバナンスのあり方について検討
- アジャイルガバナンス原則
- AIのアルゴリズム開発者向け
- 透明性確保・説明可能性のあり方
- AIシステムの目的、機能、予想される効果やリスクについての情報を開示するか、または利用者に説明すべきではないか
- 透明性確保の手法
- 外部監査のあり方の検討
- システムの動作についての利用者への情報提供の検討
- 主な検討事項
- 情報開示等の要否・あり方。透明性確保の目的(「何のために」)・対象(「何を」)・客体(「誰に向けて」)を踏まえた、透明性確保の内容(要求される基準の検討(実務的・技術的要素、国際法や外国法の法規制に照らした実現可能性を考慮)等)。外部監査の要否・あり方(検証可能性確保のために要求される基準の検討(実現可能性を考慮)等)。第3部と第4部の主体について区分けする要否。第2部に記載されたAI事業者に共通する事項に加え、第3部特有の責務について議論。
- 透明性確保・説明可能性のあり方
- AIの学習実施者向け
- 制御可能性の確保のための学習データ公開の要否・あり方
- 学習データの収集ルール及び除外ルール公開の要否・あり方
- その他の学習データの検証可能性確保の手法
- 外部監査のあり方の検討(あらゆるフェーズにおいて検討が必要な論点)
- 利用者からの問い合わせに迅速に対応できる仕組みの検討
- 適正な学習データ利用についてのあり方
- 主な検討事項
- 情報開示等の要否・あり方。情報開示の目的(「何のために」)・対象(「何を」)・客体(「誰に向けて」)を踏まえた、情報開示の内容。外部監査の要否・あり方(検証可能性確保のために要求される基準の検討(実現可能性を考慮)等)。第2部に記載されたAI事業者に共通する事項に加え、第4部特有の責務について議論。
- 主な検討事項
- AIシステム・サービス実装者向け
- AIを組み込んだシステム・サービスの安全性等の担保のあり方
- 安全性は、「セーフティ」(人の身体・生命の保護、未成年者の保護、詐欺的利用の防止等)の意味合いだけでなく、「セキュリティ」(機密保護、情報管理等)も含むべきではないか
- AIをクラウドにより(SaaS形式で)提供する場合の留意点
- 主な検討事項
- 第5部と第6部についてプレーヤー区分けの要否は今後の論点。第2部に記載されたAI事業者に共通する事項に加え、第5部特有の責務について議論。
- 主な検討事項
- AIを組み込んだシステム・サービスの安全性等の担保のあり方
- AIを活用したサービス実施者向け
- 公正・説明責任・透明性の確保
- AIアプリケーションの悪用対策等の責任分担のあり方
- ユーザー情報の管理方法
- 入力情報(プロンプト)及び出力情報の管理方法、その権利関係、フィルタポリシ
- 権利関係は、「AI・データの利用に関する契約ガイドラインAI編」を参照
- 入出力データや利用者情報の取扱いを含むセキュリティポリシーを策定・開示することが必要ではないか。個人情報を扱う場合には、プライバシーポリシーも策定・開示することが必要ではないか。
- 許容しない利用方法などの宣言及びその実効性の担保
- ディープフェイクや迷惑メール生成などの不適切な利用や許容しない利用を宣言することが必要ではないか。また、その宣言の実効性を担保する方法の検討が必要ではないか。
- AIの不適切な挙動、不適切な利用方法等に関する情報を収集・共有し、システム・サービスの改善に努めることが必要ではないか。
- AIを活用しているサービスであることの明示の要否・あり方
- 業務でAIを利用する者等との連携方法(B2B2Cやサプライチェーンを念頭においたリスク管理)
- 制御可能性、予測可能性に関して求めるレベル感の明確化
- 特に身体・生命の安全性に影響を与える場合や、雇用における利用の場合等のように、社会的な要保護法益性が大きい場合には、高度の制御可能性と予見可能性が求められるのではないか
- 主な検討事項
- AI利用者に対して、提供するAIの概要やリスク等の情報を提供することや、不適切な使用の抑制を検討。「AIを活用している」旨の明示の要否や方法の検討。リスクや分野等に応じて制御可能性、予測可能性をどのようにどこまで求めるか等の検討。第2部に記載されたAI事業者に共通する事項に加え、第6部特有の責務について議論。
- 主な検討事項
- 特に身体・生命の安全性に影響を与える場合や、雇用における利用の場合等のように、社会的な要保護法益性が大きい場合には、高度の制御可能性と予見可能性が求められるのではないか
- 業務でAIを利用する者向け
- 利用する業務と期待する効果とリスクの整理
- AIの利用に関するリスク(組織内の職員等による不適切な使用も含む)を認識し、リスクを抑止するための工夫を講じ、また、問題の発生を把握し、適切に対処することが求められるのではないか
- 外部サービスに情報入力し、生成結果を受け入れることのリスク
- 生成AIにより生成された結果に虚偽が含まれる可能性があるため、このような限界を認識し、根拠や裏付けを確認するようにすることが求められるのではないか
- 外部サービス利用により機密情報が公開されてしまうリスク
- レピュテーションリスク、顧客への説明責任、再発防止策の為の情報確保、紛争解決の為の証拠の保存
- 多様なリスクの洗い出し、リスクを現実化する脅威の洗い出し、リスクが現実となる可能性を低減する方法(いわゆるリスクアセスメント)
- 政府のAI利用に関する注意点についても記載を検討
- 主な検討事項
- 記載するリスク例の検討。AIの入出力等の検証可能性を確保するため、入出力等のログの記録・保存についての検討。業務でAIを利用する者の具体的な対象や範囲等の検討。第2部に記載されたAI事業者に共通する事項に加え、第7部特有の責務について議論。
- 主な検討事項
- 利用する業務と期待する効果とリスクの整理
国連教育・科学・文化機関(ユネスコ、本部・パリ)は、教育現場での生成AIの利用に関する指針を公表しています。教育現場の態勢が整っていないとして、利用を13歳以上に制限することなどを求めています。指針は、生成AIの基礎データが先進国に偏っていることに加え、個人情報保護の面で各国の規制が追いついていないなどの課題を示しています。利用者が13歳以上であることを認証する仕組みについて、サービスを提供する企業に開発を働きかける必要性も指摘しています。
日本新聞協会などは、生成AIについて、著作権者の権利が侵害されるリスクが強く懸念されるとして、権利の保護策を検討するべきだとの共同声明を発表しています。日本の著作権法は諸外国に比べてAI学習に極めて有利である一方、著作権者の救済策は不十分だとして、同法改正の必要性を見極め、権利者団体と関係当局との著作権保護に関する意見交換の場を設けるよう求めています。生成AIは、多くの場合、ネット上の大量のデータを著作権者の同意や対価の支払いなしに学習した上で、文章や画像を自動的に作り出すとされ、著作権法30条の4は、AIによる機械学習など情報解析が目的であれば著作物を利用できるとしています。声明は、同法が「著作権者の利益を不当に害する」場合は学習利用できないとしているものの、その解釈が不明確で、海賊版の学習利用も禁止されていない点を問題視、著作権を侵害するコンテンツが大量に出回る恐れがあるのに、実効的な救済策が示されていないと指摘しています。さらに、生成AIにより、創作機会が失われ、著作活動が困難になる、違法コンテンツを利用した非倫理的なAIの開発・生成が行われる、AI利用者が意図せず権利侵害を行う可能性があるなどとして、文化の発展を阻害する恐れがあると訴え、その上で、AIが学習できない場合の著作権法の解釈を明確にし、同法改正の必要性を見極める必要があると提言、技術の進化に合わせた著作権の保護策が検討されるべきだとしています。
米マイクロソフトの研究者は、中国当局が操作するソーシャルメディアの偽アカウントのネットワークと見られるものを発見したとの調査報告を発表しています。AIを利用して米国の有権者に影響を与えようとしていると見られています。マイクロソフトは、偽アカウントは中国による情報操作の一部である疑いがあるとし、米司法省が「(中国)公安部(公安省)内のエリート集団」の行為としている活動と類似していると指摘、研究者らは影響を受けたソーシャルメディアを特定しませんでしたが、報告書のスクリーンショットにフェイスブック、ツイッター(現在のX)と見られる投稿が示されていました。マイクロソフトは政治的な内容を英語で作成して「米国の有権者に見せかける」ため、2023年3月ごろから生成AI技術が使い始められたと説明、特定されたアカウントは公開場所を米国内とし、米国の政治的スローガンを投稿し、国内の政治問題に関連するハッシュタグを共有することによって米国人に見せかけようとしていたといいます。ワシントンにある駐米中国大使館の報道官は、中国がAIを使って偽アカウントを作成しているという非難は「偏見と悪意ある憶測に満ちている」とし、中国はAIの安全な使用を提唱していると主張しています。
技術革新が加速するAIを悪用した偽情報の脅威が高まっており、AI開発企業などが急増する英国では、政府がAIを国家安全保障を損なうリスクがある「継続的な課題」の一つと認定しました。AIによる偽情報の蔓延でプロパガンダが増加し、選挙に悪影響をもたらす懸念も強まっています。EUや英政府はAIの規制に関する法整備を進めていますが、安全性に関するリスクを早期に軽減できるかは不透明な状況です。英政府は国家を脅かすリスクについてまとめた文書で、AIを気候変動、深刻な組織犯罪などとともに「慢性的なリスク(Chronic risks)」と分類しました。慢性的なリスクとは、経済や地域社会、国家安全保障などを損なう潜在的なリスクを指し、継続的な課題として、長期的な対策が求められるということです。
国連の中満泉軍縮担当上級代表(事務次長)は、AIが核兵器と結び付いた場合、「これまでは予想できなかったような新しいタイプのリスク」をもたらすと警鐘を鳴らしています。その上で、「(こういった状況が)既に生まれつつある」との認識を示しています。国連は2023年7月、AIを使い人間の判断を介さず目標を攻撃する「自律型致死兵器システム(LAWS)」を法的に禁止する枠組みを、2026年までに設置するよう求める提言書を公表しています。中満氏は、実現には「(米国やロシアなど)軍事大国と言われる国々の政治的な意思」が必要だと訴えました。AIの軍事利用については「核査察などに使えるようになるとポジティブな影響もある」とも指摘、ただ、AI兵器の検証や規制は「今存在する手法では非常に難しい」と強調しています。
国際労働機関(ILO)は、「大半の仕事と産業は自動化の影響を部分的にしか受けていないため、AIに取って代わられるというよりも、むしろ補完される可能性が高い」と指摘、AIの最も大きな影響は業務の補完だとしています。また、生成AIが世界の雇用に与える潜在的な影響は、男女間で大きく異なるとする報告書をまとめています。業務の自動化による影響を受ける女性労働者の割合は、男性に比べて2倍以上高いと見積もられています。一方、多くの仕事や産業で自動化の影響は部分的で、AIによって置き換わるのではなく、補完する可能性が高いとした。職務別では秘書や銀行の窓口、データ入力、会計や簿記など事務支援の業務がAIの影響を受けるリスクが最も大きいと推定しています。中・高所得国では、女性がこれらの仕事に多い傾向があり、世界で自動化の影響を受ける可能性がある女性労働者の割合は3.7%(4800万人)、男性労働者は1.4%(2700万人)と試算しています。高所得国に限ると、影響を受けやすい女性労働者は7.8%(2100万人)、男性労働者は2.9%(900万人)でその差は拡大しています。報告書は「生成AIの社会経済的な影響は、今後どのように普及を管理するかに大きく左右される」と指摘、問題が起きてから対処するのではなく、今回の知見などを踏まえて「秩序ある、公正で、協議に基づく移行を支援する政策」を進めるよう呼びかけています。
生成AI「ChatGPT」が作成した日本語の文章と人間が書いた文章は、犯罪捜査にも使われる統計的手法を使うと、正確に見分けられることが、目白大の財津准教授(犯罪心理学)の研究で分かったということです。文章を品詞に分解して助詞の使い方や読点の打ち方といった特徴を統計的に解析する「計量文体学」の知見を活用、心理学に関する日本語の論文72本について、ChatGPTに、「同じタイトルと分量で論文を書いてください」と依頼し、比較したところ、隣り合う品詞の組み合わせ、助詞の使い方、読点(、)の打ち方、「また」「この」といった単独で意味を持たない単語の割合-の4つの尺度で分析すると、ChatGPTと人間の文章には統計的に明確な違いがあることが浮き彫りとなったといいます。こうした違いをAIに学習させ、読点の打ち方に着目して論文を判別させると93.5%、4つの尺度すべてを総合して判別させると100%見分けることができたといいます。
(6)誹謗中傷/偽情報等を巡る動向
前回の本コラム(暴排トピックス2023年8月号)で取り上げましたが、インターネット上の中傷対策を議論する総務省の有識者会議は、今後の検討の方向性を取りまとめています。国内外を問わず、SNSなどの運営事業者に対し、違法な投稿を迅速かつ適切に削除する「責務を課すべきだ」と明記、事業者に投稿削除の判断基準などに関する指針を策定・公表させることを目指すとし、指針に盛り込む内容などを検討し、年内に最終報告を取りまとめる方向だとしています。
インターネット上で差別や誹謗中傷を受けた被害者を支援しようと、全国の自治体で条例施行が相次いでいます。SNSで誹謗中傷された女性(女子プロレスラーの木村花さん)が自殺した問題をきっかけに、相談体制や啓発活動を充実させる動きが拡大、大阪府では差別的な発信の削除をプロバイダ事業者や発信者に要請しようと条例改正に乗り出しています。今回、差別的な投稿の削除に応じない発信者に大阪府が直接注意できるようにする条例改正案を9月議会に提出、誹謗中傷を受けた人向けの相談窓口を11月に開設し、投稿の削除要請や証拠保全を支援するとしています。これまで大阪府は、投稿が部落差別や蔑称を用いたヘイトスピーチと判断できる場合に限り、プロバイダーや法務省に削除を要請してきましたが、改正案では差別となる対象を性的少数者や新型コロナウイルス感染症のような特定の病気に広げた上で、要請に応じない発信者への働きかけも強めるとしています。ただ、誹謗中傷については「表現の自由」の観点から対策が限定的となっており、条例の実効性をどう高めるかが課題です。報道でネット上の誹謗中傷被害に詳しい弁護士法人ATBの藤吉修崇弁護士は「行政はどのような発信が誹謗中傷に該当するのかを類型化して明示したうえで、表現の自由を守りながら削除要請に取り組む必要がある」と指摘していますが、9月の定例府議会で条例改正案の提出を目指す吉村知事は2023年7月の記者会見で誹謗中傷について、「する方は簡単だが、される方は精神的な被害の回復が困難で負担も大きく、非常にアンバランスだ」と批判、条例では支援対象が自治体の住民に限られることや、表現の自由に関わる行政判断が必要なことから、「国権の最高機関である国会で法整備を正面から議論してほしい」と求めています。
インターネット上で被差別部落の地名や個人宅などをさらす投稿が後を絶ちません。法務省によれば、ネット上で被差別部落などを示し、人権を侵害する事案は増え続けており、同省は違法性があるものはプロバイダ(接続業者)などに削除を要請してきましたが、4割近くで対応がなされておらず、実効性ある対策が急務となっています。動画投稿サイト「ユーチューブ」には、字幕とともに、被差別部落とされる地区を歩き、個人宅などを映した動画が多数公開され、中には商店名や車のナンバーが映り込むものもあるという深刻な状況です。法務局が2022年に扱ったネット上の人権侵害事案は1721件で、5年前より約2割減少、しかし、被差別部落など特定の地区を示す事案に限ると、過去10年で最多の414件で約10倍となっています。法務省は2018年末以降、SNSの運営事業者や、接続業者らに対し、差別の目的があるか否かにかかわらず、特定の地区を被差別部落と示す投稿について削除を要請しており、2020~2022年の削除要請は計458件でしたが、応じたのは295件と64%にとどまっており、削除率が82%の性的画像などに比べて低い状況です。要請に強制力はなく、削除は事業者の判断によるところが大きく、事業者の規約では、性的画像のほか、人種、障害、ジェンダーなどの差別を削除対象に定めるケースは多いものの、被差別部落について触れるものは少ないのが実態で、法務省は「日本固有の歴史と経緯が関係する被差別部落の問題は、海外事業者などから理解されにくいことが低い要因とみられる」としています。こうした状況において、差別の解消に向け注目される判決が6月28日にありました。部落解放同盟と同盟員ら230人余が、川崎市の出版社と経営者らを相手取り起こした訴訟で、被差別部落の地名リストの復刻出版の禁止や、ネット上のリストの削除などを求めたもので、東京高裁は「差別されない人格的利益」を初めて認めています。報道によれば、出版社は2016年2月、戦前の報告書「全国部落調査」を復刻出版するとネットで告知、ウェブ上にリストや解放同盟幹部の名簿を掲載しましたが、原告は公表が差別を助長し、原告の四つの権利、すなわち、プライバシー権、名誉権、差別されない権利、部落解放同盟が業務を円滑に行う権利を侵害すると主張していました。2021年9月にあった東京地裁の判決では、個人の住所や本籍が被差別部落にあたるかどうかはリストと対照すれば容易に知り得るとして、プライバシー権の侵害にあたると認め、プライバシー権と名誉権の侵害をおおむね認める一方で、その他の侵害は否定、現在の住所や本籍がリストにない原告については、個別のプライバシー侵害を否定、差別されない権利については、「原告の主張する権利の内実は不明確でどのような場合に侵害されているのか判然としない」と退けています。東京高裁は今回の判決で、プライバシー権侵害とは別の論理構成で原告側の請求を認めています。個人の尊重や幸福追求権を定めた憲法13条と、法の下の平等を定めた14条に言及、「人は誰しも、不当な差別を受けることなく、人間として尊厳を保ちつつ平穏な生活を送ることができる人格的な利益を有するのであって、これは法的に保護された利益である」とし、そのうえで「部落差別は本件地域の出身というだけで不当な扱いを受けるから、問題の根深さ、人生に与える影響の甚大さ、ネット上の部落差別の事案の増加傾向に鑑みると、本件地域の出身を推知させる情報の公表は上記の人格的な利益を侵害する」と認定、公表禁止や削除、損害賠償といった法的救済を求めることができるとしたものです。
東京電力福島第1原発処理水の海洋放出が始まってから、中国人による反日活動が頻発しています。在中国の複数の日本人学校へ石や卵が投げ込まれたほか、福島県をはじめとする国内の飲食店、公的施設などへ中国発信の抗議や嫌がらせの電話が相次ぎ、中国のSNSでは日本へ迷惑電話をかける動画や日本製品不買呼びかけの投稿が目立っています。処理水は科学的根拠に基づき安全な方法で放出されているもので、こうした動きは理解に苦しむ不当なものといえます。SNS上でも日中間の亀裂が深まっており、中国では「小日本」「汚染水」などの表現で日本を非難する書き込みが相次ぐ一方、日本では「中国人へのビザ発給を停止すべきだ」などと反発する投稿もみられています。過去にも中国国内で反日デモが起きましたが、中国人が海を越えて日本人に対して直接抗議行動を起こすのは初めてではないかとの指摘もあります。報道で東京大の園田茂人教授(中国社会論)は、処理水を巡る日本側の対応を非難する中国政府の強い姿勢が背景にあり、抗議活動が活発化していると指摘、さらにSNSが発達し、抗議の様子を撮影した動画をインターネット上で共有できるようになったため、「日本をさらし者にしてやろうという心理で行動している人たちも多いのではないか」と分析、中国国内では一種の正義感から、SNS上で犯罪者らを特定し、非難する行為が日本以上に日常化しているといい、「抗議電話をかけている人たちの『中国側が一方的に善であり、日本側が悪である』というフレームは、処理水を巡る日本政府の対応を非難する中国政府の姿勢とよく似ている。そうした正義感に駆られた人々が自発的に行動し、抗議電話をかけているのではないか」、「日本側から見れば、中国の人たちがなぜ抗議電話をするのか理解しがたいと思うが、過去のデモの例を見ても、過熱した中国のネット上の反応は、やがて収縮していくことが予想される。クレーム処理にも似ているが、嫌がらせ電話やSNS投稿に対しては、まずは一歩引いて落ち着いて対応することが大切」としています。
膵臓がんを宣告されて闘病中の妻と、その夫が配信するユーチューブに、「詐病」「病気をネタにしている」などと心ない誹謗中傷の書き込みが相次いでいるといいます。当事者は「家族に対して、同じ言葉をかけられますか?」、「ネットであれば何をしても大丈夫だと思う人、相手がどう感じるか考える想像力の無い人がいることに驚いた」、「きっかけ(投稿者なりの)正義感なのだろうが、やがて注目されたいという自己承認欲求に変わり、限度が無くなってしまう」と述べています。本件について、ネットの誹謗中傷問題に詳しい国際大学GLOCOMの山口真一准教授は、当事者が、中傷の投稿者を特定するために情報開示請求すると動画で宣言したことについて「適切」だったとし、一つの投稿がきっかけで裁判で損害賠償を請求されるおそれがあると広まれば、過激な投稿が抑制される効果が期待できるという理由です。ただし、山口准教授の調査では、炎上したネットの投稿にコメントを書き込んでいる人の6割以上が個人の価値観に基づいた正義感で投稿しており、こうした人たちは中傷の意図を持たず、炎上した投稿者に社会的制裁を受けさせたい思いが先行しているため、議論が成立しにくく、「被害者側の行動だけでは誹謗中傷の抑制効果は限られている」とも指摘しています。あるSNSではAIが投稿前の内容を判断して注意を促す機能が備わったことで、注意された約4割が投稿の修正や削除をしていたといいます。山口准教授は「誹謗中傷を減らすには、政府がX(旧ツイッター)などのプラットフォーム事業者と綿密に連携し、中傷対策の現状や効果を聞いたり、侮辱的な内容のコメントを送れないような機能の実装を求めたりすることが必要だ」と指摘しています。
2023年8月9日付読売新聞によれば、前述した山口准教授が2022年度に実態調査を行い、ネット利用者約1万7000人に、過去1年間にSNSへの返信などの形で、脅迫・恐喝のほか侮辱的・攻撃的な言葉を含む悪口などの被害を受けたことがあるかどうかを尋ねたところ、被害者は全体の約4.7%と20人に1人ぐらいの割合となりました。若い人の割合が高く、特に10代男性は10%超の人が被害にあっているという実態が明らかになりました。また、被害を受けた人のうち、精神的・身体的な健康に何らかの影響が発生したという回答は10%を超えました。健康面にも、少なからず害が及ぶことが明らかとなったといえます。山口准教授は、誹謗中傷の背景には、SNSの普及で誰もが自由に発信できる「人類総メディア時代」になったことがあり、芸能人などの著名人にも、簡単に直接ものを言えるようになるなど、結果として、中傷をするハードルが非常に低くなったことを指摘しています。また、気づかずに誹謗中傷をしてしまうケースも多く、「許せなかったから」「失望した」といった動機で、自分が正しいと思って書き込んでいるといいます。「批判であって中傷ではない」との主張もありますが、中傷は、容姿の否定などその人自身に対する攻撃である一方、批判は、特定の意見に対し、反対の見方などを示すもので、根本的に違うものだといいます。誹謗中傷が経済や企業活動に与える影響も大きく、表現の萎縮が起きています。社会には多様な人がいて、商品やサービスの好みも異なりますが、ネットで中傷や「炎上」が頻繁に起こると、特色のある「とがった」モノやサービスを作りにくくなり、企業はニッチ(隙間)を狙えず、市場は縮小してしまううえ、消費者にとっては、自分の好みに合うものが市場から減ることになるといいます。また、誹謗中傷は、報道にも影響があり、報道機関の記者やフリーランスのライターなどを対象に調査したところ、SNSで被害を受けた人は21.5%と、一般人の4.7%と比べ、圧倒的に高い割合となり、SNS上で職業を明かして発信しているジャーナリストは、5人に1人以上が被害を受けている状況だといえ、被害を受けたジャーナリストの中で、誹謗中傷の対象となった関連テーマの記事の執筆をやめた人は20%を超えています。
2023年9月1日は関東大震災から100年の節目となりました。よく知られているとおり、100年前の関東大震災では、混乱の中で社会に影響をもたらす流言や虚報(デマ)が飛び交いました。一方、個人が自由に情報を発信できる現代で、関東大震災クラスの地震が発生すれば、デマがSNSなどインターネットを通じて一気に拡散するリスクが指摘されています。誤った情報は避難行動にも影響を及ぼしかねず、こうした「災害デマ」の対策は喫緊の課題であり、まずは情報の真偽が確認できないときは拡散しないことを心掛けるべきだといえます。また、100年前でも写真の「合成」や「修正」は行われていましたが、いま、AIで生成されるフェイクの画像や映像は、即座に真贋を判別できないほど精緻なものとなっています。さらに、現実を伝えない誤情報の流布は、生命を脅かすことにもつながりかねません。「災害に直面し多くの人が不安になり、同じ心理に陥ったときに流言は広まりやすい」と専門家は指摘しています。懸念されるのが「被害を受けてない地域」にいる人たちが誤情報をうのみにして拡散していく恐れで、真偽を確かめずにSNSで引用し、友人やフォロワーに「よかれと思って」伝えた「善意」の情報がデマの場合、社会不安を招いたり、避難行動に影響して人命が失われたりするケースも危惧されるところです。さらに、偽情報は事実に比べて約6倍の速さでツイッター上で拡散したとする海外の研究結果もあります。これらから、災害時にはメディアの力が極めて重要で、報道機関各社が協力し、あるいは政府自身が、デマを否定する正しい情報の発信に努める仕組みを構築する必要があるといえます。SNSが普及した社会では、誰もが災害デマに振り回される被害者にも、拡散する加害者にもなる可能性もあることをあらためて認識する必要があります。また、東日本大震災での外国人犯罪流言について、東北学院大学の郭教授は2016年、仙台市民にアンケートをとったところ、51%の人が「被災地で外国人犯罪のうわさを聞いたことがある」と答え、うち86%が事実だと信じていたといいます。うわさで語られた犯罪種別では、略奪・窃盗が最も多い結果となりました。郭教授は「戦災や災害などの非常時には、コミュニケーションの敷居が低くなり、他人の話を信じやすい。一方で余震は続き、家族が見つからないといったフラストレーションはたまる。怒りのやり場がないとき、『鬼は外』とばかりに、矛先は外部から来た存在に向きやすい」、「誰が標的になるかは、非常事態に先立つ時期の外国人に関する報道に左右される」と指摘しています。さらに、東日本大震災では、発災後の人々のふるまいを見て「忍耐強い」「秩序だっている」と称賛する海外発の報道が相次いだことで、ガソリン抜き取りや店舗荒らしなどの犯罪が多発し、報じられていた事件について、「外国人を犯人だと信じれば、日本人はモラルが高いと考えたままでいられる。こうした心理メカニズムが働き、外国人犯罪流言は浸透しやすかったのでしょう」と指摘しています。
外務省は、2024年度予算の概算要求を発表、総額は2023年度当初予算比9.4%増の8137億円(デジタル庁所管分を除く)となりました。中国などを念頭に、インターネット上での偽情報対策、戦略的な対外発信を強化する経費701億円を計上、同志国の軍を支援する枠組み「政府安全保障能力強化支援(OSA)」を増額するとしています。偽情報対策ではAIを活用し、誤った情報を拡散するアカウントの情報収集や分析を行う能力の向上を目指すとしています。「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化」に1965億円を計上、このうち2023年4月に創設したOSAに21億円を盛り込み、一部は現段階で金額を示さない「事項要求」としています。
海外の動向について、最近の報道からいくつか紹介します。
- 国籍や民族、出自などを理由としたインターネット上の差別的な投稿が日本で後を絶たない一方、ナチスの過去を持つドイツは1960年代から刑法でヘイトスピーチを禁じていることに加え、2017年にはネット上のヘイト投稿について、SNS事業者に苦情対応や削除を義務付ける法律を制定しています。2023年9月9日付毎日新聞によれば、「ドイツの刑法上明らかに問題になるヘイト表現」については24時間以内、「明らかではないが判断に時間を要する場合」は7日間以内に削除するよう決めています。「SNS事業者側では判断できない場合」は国から独立した外部機関に判断が委ねられるといいます。また、年間100件以上の苦情を受け付けたSNS事業者については、半年に1回、苦情への対応をまとめた報告書の作成と公開が義務付けられているといいます。さらに、2019年7月にはFBに対して、苦情数を一部しか報告しなかったとして200万ユーロが科されたほか、2022年10月には通信アプリ「テレグラム」の運営会社に対して、苦情窓口の設置不備などを理由に計約500万ユーロが科されています。ドイツでは日本と異なり、ヘイト投稿が迅速に削除される仕組みが整っていますが、ヘイト投稿は書き込まれた瞬間からシェアされ、被害が拡大するものであり、24時間以内の削除という規定は、拡散を防止する観点から設定されたもので、被害を最小限にとどめることができるといえます。専門家は、「ヨーロッパは人権感覚に厳しい」といわれるものの、世界の流れから言えば「日本が極端にヘイトに無関心」なだけと指摘しています。
- 米グーグルは、AIが作成した選挙広告について、AIを使用したとの説明を開示するよう広告主に義務づける方針を明らかにし、11月中旬から適用するということです。報道によれば、選挙広告にAIを活用した画像、動画、音声が含まれる場合、「この画像はコンピューターで作成された」といった表現で、視聴者にわかりやすく伝えることを求め、画像のサイズ変更や明るさの調整などは開示の対象外としています。2024年に大統領選を控える中、米国ではAIで作成された偽の画像や動画によって候補者本来の姿が有権者に正しく伝わらなかったり、中傷合戦が横行したりする懸念が広がっています。グーグルは米オンライン広告市場で約3割のシェア(占有率)を握っており、他の大手IT企業にも同様の取り組みが広がる可能性があります。
- 米マイクロソフトは、サイバー攻撃に関する調査報告書を公表しています。SNS上で中国の工作員とみられる偽アカウントが生成AIを使い、米国の世論を誘導しようと試みている可能性があると指摘しています。2024年の米大統領選に向け、情報操作への警戒感が強まることが予想されます。報道によれば、2023年3月ごろから銃規制や特定の政治家など論争になりやすいテーマに焦点を当てた誤情報が増えたといい、生成AIで目を引く画像をつくって発信しているのが特徴だといいます。いずれもアカウントはインフルエンサーや著名人を偽装しているケースが多く、調査対象にしたSNSの詳細は明らかにされていませんが、X(旧ツイッター)やFBとみられています。米国の有権者になりすました投稿があり、米司法省が中国の公安当局の工作グループによるプロパガンダ情報だと指摘した手法と類似しているとしています。SNS上の偽情報やプロパガンダへの警戒感はロシアの介入が報じられた2016年の米大統領選をきっかけに強まっており、近年では急速に生成AIの商用サービスが広まったことで複数の言語への翻訳や自由な画像作成が容易となり、悪用が懸念されているところです。
- 米メタは、FBなどを使って世論工作を図る中国拠点のグループのSNSアカウントを7700件以上削除したと発表しています。偽アカウントで大量の情報を流す「スパムフラージュ」と呼ばれる手法(要求されていない情報を送りつける「スパム」と「カムフラージュ」をかけた造語で、偽アカウントで身分を隠し、情報を大量発信するプロパガンダ手法)が使われていたものです。米国やその友好国に批判的な投稿が多く、日本も標的の一つとなっているようです。ただし、活動が広がる一方、影響力は限定的だと指摘しています。報道によれば、FB上のアカウント7704件や情報共有用のページ954件、画像共有アプリ「インスタグラム」で15件のアカウントを削除したといいます。中国や新疆ウイグル自治区について同国に都合のいい内容を発信し、米国などへの批判を展開、具体的には、新型コロナウイルスの発生源は米国だとする主張の拡散を試みた例もあり、組織的な活動とみられ、中国当局に関係する人物とのつながりも見つかっています。一方、英語のスペルなどに間違いが多いことや、ブログ記事の見出しと本文の言語が違うなど投稿の質が低いとされます。また、工作アカウントのフォローや投稿への反応は多くがベトナムやバングラデシュのスパム業者から購入した偽アカウントによるものだと分析しています。
- 企業に偽情報の拡散防止などを義務づけるEUの「デジタルサービス法(DSA)」が、域内月間利用者が4500万人超などの条件を満たした、グーグル検索やFB、ユーチューブ、X(旧ツイッター)など19のサービスに対して適用を開始しました。ヘイトスピーチや児童ポルノといった違法コンテンツの削除など、利用者保護に必要な措置を講じるよう企業に求めるもので、違反した場合、最大で世界の年間売上高の6%にあたる制裁金が科されることになります。2024年2月からは巨大IT以外にもDSAが適用されることになります。DSAは、サービスを提供する企業に、違法な商品や偽情報を削除することなどを義務づけるほか、利用者の行動や好みを分析し、検索結果や広告などの表示に活用するアルゴリズムについての説明や開示も求め、利用者を保護し、企業の責任を明確化する狙いがあり、今後、各国の規制当局の動向にも影響を与える可能性があります。巨大IT企業側は対応を進めている。米メタや米グーグル、動画共有アプリ「TikTok」を運営する中国のバイトダンスは、欧州域内ではDSAに対応した仕様に変更すると発表していますが、米アマゾン・ドット・コムなどは、巨大ITへの指定が不当だとして異議を申し立てています。なお、EUは9月にも、巨大IT規制のもう一つの柱である「デジタル市場法(DMA)」の対象企業を正式に指定する方針で、DMAは巨大ITの市場支配を抑制する規制を定め、2024年3月に適用が始まります。グーグルの親会社アルファベットやメタ、アマゾン・ドット・コムなど米中韓の7企業が対象企業の候補となっています。
(7)その他のトピックス
①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向
財務省は、電子データ形式の法定通貨(中央銀行デジタル通貨=CBDC)「デジタル円」発行の実現可能性を検討する有識者会議を開き、日本銀行と民間の金融機関との役割分担を整理しています。現金と同様に日銀がデジタル円を発行し、民間銀行などが流通を担う体制を提示、識者全員から賛同を得ています。このほか、デジタル円の管理・記録に向けた分散型台帳などの技術の活用については引き続き検討するとし、利便性を高めるため、他の事業者が参入できるようにするのが適当だとの意見もあったといいます。政府はデジタル円を導入するかどうかは決めていないものの、制度設計に必要な情報を整理しており、今後はデジタル円と他の決済サービスの役割分担なども議論し、年内にも取りまとめることとしています。
三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)とみずほFGは企業間決済に使うデジタル通貨で連携すると発表しています。MUFG傘下の三菱UFJ信託銀行の共通インフラで2024年にも発行するデジタル通貨の枠組みにみずほが参加し実用化を目指すとしています。瞬時に決済が完了しコストもほぼゼロになるデジタル通貨を使い、複雑で高コストな貿易決済などを効率化する狙いがあります。各行が発行を検討しているのは、発行総額に相当する円やドルなどの法定通貨の保有を義務付けられている「ステーブルコイン」と呼ばれるデジタル通貨で、1コイン=1円といった具合に法定通貨と価値を連動させることでビットコインのように価格が大きく変動しないように設計されているものです。日本では2023年6月施行の改正資金決済法で定義され、銀行、信託会社、資金移動業者に限って発行できるようになりました。ブロックチェーン(分散型台帳)上でデータをやり取りするステーブルコインの最大の特徴は決済スピードと取引情報を盛り込めることで、モノの受け渡しと代金の支払いをブロックチェーン上で相互にひもづけられるため、受け渡しと同時に決済が完了することになります。ステーブルコインが最も効力を発揮するとみられるのが企業間決済の中でも複雑で時間やコストがかかっている貿易決済の分野となります。国際送金のコスト高を背景に法定通貨を裏付けにしたデジタル通貨を活用する動きは海外が先行しており、米JPモルガン・チェースは法人決済用の「JPMコイン」を発行し、取引できる通貨の幅を広げているほか、シンガポールのDBSは中国のCBDC「デジタル人民元」の活用を始めています。
スペイン中央銀行のデルガド副総裁は、デジタルユーロの導入について、欧州中央銀行(ECB)は最終決定する前にユーロ圏の銀行システムへの影響を把握しておく必要があると指摘しています。ECBは2023年10月に判断を示す予定としています。EUは6月、決済事業の競争促進に向けた提案を発表し、デジタルユーロに法的裏付けを与えています。デルガド氏は「デジタルユーロの導入が、金融システムの安定を損なうことがあってはならない」と述べ、ユーロ圏の銀行セクターは強固だが「銀行の競争力や収益性に影響しかねない要素は無視できない」としています。ECBの監督委員会の一員でもあるデルガド氏は、デジタルユーロは、欧州のインフラに基づきユーロ圏全域で受け入れられた決済方法を提供するとし、金融の安定を損ねないために、デジタルユーロの保有に3000ユーロ(3200ドル)の上限を設定するなどの措置が講じられるとの見方を示しています。
米連邦準備理事会(TRB)のバー副議長(金融規制担当)は、FRBが独自のCBDCをめぐり精査しているものの、発行するかどうかの決定には「程遠い」という認識を示しています。さらに、大統領からの「明確な支持」と議会の承認なしに発行されることはないとも述べています。バー氏は「米国通貨の発行者として、さらに決済システムの運営者として、FRBはCBDC発行がもたらす動向やトレードオフを理解する必要がある」とした上で、調査や考察は導入に関する実際の決定とは大きく異なると強調、また、しっかりとした監督なく金融システムで広がっているステーブルコインについて「深く懸念」しているとし、「連邦政府の規制を受けていないステーブルコインが決済手段や価値の保存手段として普及すれば、金融の安定や金融政策、米決済システムに著しいリスクをもたらす恐れがある。重大なリスクが顕在化する前に法律と規制の枠組みを適切に整えることが重要だ」と述べています。
ブラジル中央銀行が進めるCBDCプロジェクトの調整役ファビオ・アラウジョ氏は、CBDC導入前に解決すべき問題として、プライバシーの維持とブロックチェーン技術の理解促進を挙げています。デジタルレアル「DREX」は、2024年5月に第1段階として金融機関を対象にした試験運用が始まる予定で、アラウジョ氏は、分散型台帳技術の基となっているイーサリアム・バーチャル・マシーン(EVM)が、全情報が参加者に見えてしまう傾向があり、プライバシー保護の点で課題があると指摘しています。また、企業が新たな活用を見出すことを期待しており、市場の成熟も解決すべき重要な課題と述べています。試験運用の予定について、アラウジョ氏は安全性やプライバシーの要件が満たされることが条件と説明、デジタルレアルの導入で金融サービスを利用しやすくすることが中央銀行の狙いであり、アラウジョ氏は、まず政府債投資の利便性につながる可能性を指摘しています。
シンガポール金融管理局(MAS)は、単一通貨型ステーブルコインの安定維持に向けた規制の枠組みを発表しています。シンガポールドルやG10通貨に連動する単一通貨型ステーブルコイン(流通額500万シンガポールドル以上)を発行するノンバンクに適用するとしています。対象となるステーブルコインは「MAS規制対象ステーブルコイン」と呼ばれ、MASは今後、立法に関する協議を行い、議会が規制の枠組みを施行する修正案を可決する必要があります。シンガポールで発行されているステーブルコインは現在1種類のみで、規制の対象となるステーブルコインの発行会社には、価値の安定と資本に関する基準の順守を求めるほか、償還請求から5営業日以内の額面での償還やユーザーへの監査結果の開示を義務付けています。発行会社には「極めてリスクの低い」準備資産の維持を求め、準備資産は単一通貨型ステーブルコインの流通残高の100%以上とする必要があるとしています。
米決済大手ペイパルHDのダン・シュルマンCEOは2023年8月、独自のステーブルコイン「ペイパルUSD」を発行することを明らかにし、「デジタル通貨に移行するには米ドルのような法定通貨と簡単に接続できる安定した手段が必要だ」と強調しています。前述のとおり、ステーブルコインは、米ドルなど裏付けとなる資産を担保に発行し、価格が大きく変動しないようにブロックチェーン上で設計されたデジタル決済手段で、暗号資産を購入するための待機資金の置き場としても使われています。米国では暗号資産の一種として位置づけられています。同社が狙うのは、デジタル決済手段としての普及が期待されるステーブルコインで主導権を握ることにあります。米国ではテザーなどの存在感がありますが、情報開示などが不十分で個人利用の裾野が広がっていない現状がありますが、利点は店舗が受け取った後にそのまま仕入れなど別の用途に使える点で、店舗などからすれば資金効率が上がることが期待されるほか、海外送金のあり方も変わり、従来は国際銀行間通信協会(Swift)のシステムや中継銀行を経由するため、手数料が高止まりしていたところ、ステーブルコインなら手数料不要で即時送金できることになります。送金費用が安くなれば、米ドル中心だった従来の取引慣行が変わる可能性もあります。発行側の事情としては、コインと引き換えに得た資金を短期の運用に回せば収益を上げられるという利点もあります。一方、2022年5月、担保がなくアルゴリズムが自動で供給を調整するステーブルコイン「テラ」が暴落した件では、安定した資産とはいえず、決済手段としての意義を問う以前の問題になりました。コインの裏付け資産の適切な管理も問われているほか、規制もこれからとなります。規制が整備された日本以外では、欧州は2024年の予定で、米国ではなお議論が続いている状況です。デジタル決済の分野では、世界の中央銀行の9割がCBDCを研究しており、主要国でCBDCが普及すれば、ステーブルコインが淘汰される可能性もあります。
米証券取引委員会(SEC)が2023年6月、コインベース・グローバルなどの交換所大手を証券法違反で提訴した際に、未登録の有価証券と名指しした暗号資産として、バイナンスコイン、ソラナ、カルダノなどが挙げられましたが、いずれも時価総額で1兆円を超え、上位に入るものでしたが、SECに名指しされたことで価格は急落し、足元の戻りは鈍い状況が続いています。SECのゲンスラー委員長が狙うのは、ビットコイン以外の暗号資産を株式や社債のように規制の下で登録制にし、従来の取引所のような場で取引されるようにすることとされます。実現すれば「登録や報告、情報公開ができないような暗号資産は日の目を見なくなるだろう」、「価値のあるものはビットコインのみになり、そのほかの暗号資産には規制が強まっていく」と専門家は指摘しており、暗号資産の淘汰が進む可能性があります。SECのゲンスラー委員長が、ビットコイン以外の暗号資産を規制しようとしているのは、2022年のFTXトレーディングの破綻を受け、多くの同業者が本来守るべき証券法の規制をすり抜けて投資家の資金を危険にさらしていると問題視しているためで、「暗号資産ほど法令順守を欠く分野はない」と強調しています。リーマン危機を招いた中央集権的な金融行政への不信から生まれ、国も銀行も関係ない自由な決済社会を目指した最初の暗号資産ビットコインが誕生して2024年で15年となりますが、今や2万種類の暗号資産があり全体の時価総額は100兆円を超しているところ、FTX破綻で当局が規制に動き、混沌としていた暗号資産の世界はビットコイン、それ以外の暗号資産、法定通貨と連動するステーブルコインの3つに分けられつつあります。そのあたりの背景事情については、2023年9月6日付日本経済新聞に詳しく、以下、抜粋して引用します。
背景にあるのが米証券取引委員会(SEC)による仮想通貨潰しの動きだ。米国では暗号資産の法的な位置づけが定まっていないが、突如として6月、交換業のバイナンスとコインベース・グローバルを証券法違反で提訴した。多くの暗号資産は株式や債券のような有価証券とみなし、必要な手続きをしていなかったと批判した。「もうデジタル通貨は必要ない」。SECのゲンスラー委員長は暗号資産不要論を打ち出した。この蚊帳の外に置かれたのがビットコインだ。ゲンスラー委員長はかねて「ビットコインは証券ではない」と述べ、貴金属などと同じ商品(コモディティー)として米商品先物取引委員会(CFTC)に一定の監督権限を委ねる考えを示してきた。CFTCは15年、ビットコインを商品と定義している。今回の提訴で「規制強化の流れは強まりつつも、相対的にビットコインの存在にお墨付きが与えられた」(大和総研の長内智主任研究員)。ビットコインを商品とみる理由はいくつかある。ビットコインは設計上、発行総量に上限があり、埋蔵量が限られる金(ゴールド)などの商品と似ている。価格の変動が大きくそのものでは決済しにくい点や、コンピューターを使ってビットコインを生み出すプロセスをマイニング(採掘)と呼び、入手にコストがかかる点で類似性を指摘する声もある。そもそもSECは金融資産を証券かどうか判断する場合、株式や債券のように利益を得る期待があるかなどを基準にする。他者の経営や起業のためにビットコインを投じて利益を得ようとしているわけではないため、証券に該当しないとみる。…ビットコインを巡っては各国で位置づけが異なる。日本では証券や商品に分類せず、改正資金決済法で他の暗号資産と同様に暗号資産と定義している。主要市場の米国と異なり、世界でビットコインの定義を巡って議論になる可能性がある。…商品と定義され決済手段に定着する道は遠のき、現物ETFが承認されればマネーの受け皿としての要素は強まる。一方、資金洗浄対策で米当局が規制強化にさらに踏み込むリスクはある。ビットコイン1強という市場の楽観論は危うさもはらむ。
大手金融機関が暗号資産などデジタル資産の管理・保管業務に参入する動きが加速しています。三菱UFJ信託銀行とブロックチェーン開発のGinco連合が8月31日に参入を表明したほか、三井住友トラスト・ホールディングスと暗号資産交換業大手ビットバンク連合、SBIホールディングスも参入するといった状況です。世界で不正アクセスによる暗号資産流出問題が起きるなか、信託銀行がその信用力を生かして機関投資家マネーの受け皿になることを狙っていることが背景にあります。米ブロックチェーン分析会社チェイナリシスによると、2022年にハッキングされた暗号資産の被害額は38億ドルと過去最大となりました。巨額資金を動かす機関投資家にとっては万が一にも資金が流出するリスクは避けなければならない点が、カストディー需要につながっています。一方、日本の機関投資家マネーがすぐに動くかは不透明で、本コラムでもたびたび取り上げているとおり、日本の暗号資産に関する会計・税制ルールを整備しなければ、暗号資産への投資は難しいとの認識が一般的です。
アフリカ最大の経済国家ナイジェリアは外貨不足で法定通貨のナイラは対ドルで1年前と比べ半値になりました。インフレ率は年20%を超え「身を守れない」とビットコインを日常使いする人は多いといいます。シンガポールのフィンテック企業のトリプルAによると、ナイジェリアでは1000万人以上が暗号資産を保有していますが、ナイジェリアはCBDC「eナイラ」を発行済みであるものの、が普及していません。国際通貨基金(IMF)は2023年5月、ダウンロードされたeナイラのアプリの98.5%が使われていないと指摘しています。世界の中央銀行がCBDCの開発に乗り出していますが、発行すれば使われるというほど単純ではないことがわかります。
国際決済銀行(BIS)は最新のレポートで、暗号資産は特に新興国において金融上の課題を素早く簡単に解決してくれるとの幻想が拡がっていますが、こうした地域で逆にリスクを増幅させていると指摘しています。レポートは、将来的に暗号資産と伝統的な金融市場の統合がさらに進んだ場合に起きる事態に目を向けており、金融安定リスクを重視するには、暗号資産も他の資産と同じようにリスクと規制の観点で評価が必要だとの見方を示しています。各国当局に対して、市場を効果的に監視するために必要なデータの定義付けで協力が可能であり、金融機関や中核的な市場インフラとの重要な接点の特定に力を入れるべきだと提言しています。ただこうした取り組みには情報開示の要素が不可欠なのに対して、暗号資産に資金が流入する大きな理由となっている匿名性との矛盾が生じると問題点を挙げています。また暗号資産市場がオフショアで匿名性を備えていることから、全面的に取引を禁止しても、実効性は担保できないかもしれないとも指摘しています。
国際取引所連合(WFE)が公表した報告書によれば、世界の主要取引所は暗号資産への関心を生かす方法について協議しているものの、直近の調査に回答した取引所の3分の1は、暗号資産を提供する計画はないと答えたということです。取引所は暗号資産について、統一された規制が制定されていないことや、激しく変動する相場、サイバーセキュリティ上のリスクを懸念しているといいます。回答した取引所の約38%は、暗号資産または同関連サービスについて重点的に取り組む作業部会を既に立ち上げたか、今後立ち上げる計画だとしたほか、全体の4分の1強は、暗号資産が近い将来、主流になるとの見方を示しています。
暗号資産が犯罪に悪用された事件をいくつか紹介します。
- 「闇バイト」の利益を暗号資産に換えて海外へ不正送金したとして、埼玉県警サイバー捜査課などは、仙台市の会社員、諸岡容疑者ら男女5人を組織犯罪処罰法違反(犯罪収益等隠匿)容疑で再逮捕しています。報道によれば、不正送金された暗号資産は計約9000万円相当に上り、埼玉県警はマネロンが目的だったとみているといいます。諸岡容疑者の再逮捕容疑は2021年9~10月に計17回にわたり、犯罪収益で購入した暗号資産を海外の暗号資産口座に送金し、犯罪収益を隠匿したというものです。5人はSNSで募集された「闇バイト」に関与し、他人名義のクレジットカードを使ってオンラインのフリーマーケットでゲーム機など計約1億円分を購入、入手した品物を買い取り業者などを通じて換金し、さらに暗号資産に換えたとされます。オンラインフリーマーケットの150以上のアカウントと、約400件の名義のクレジットカード情報が不正利用された可能性があるといい、埼玉県警は、口座を管理して5人に送金を指示した「指示役」がいるとみて捜査しているとのことです。
- 滋賀県警甲賀署は、甲賀市内の女性会社員が、SNSで知り合った男から暗号資産を利用した投資話を持ちかけられ、計約2300万円をだまし取られたと発表しています。女性は2023年5月、SNSで外国籍を名乗る男と知り合い、メッセージアプリで「11万ドル投入して2万3000ドルの利益を得た」「取引はリスクはない」などと暗号資産を利用した投資話を持ちかけられ、6月22日~8月2日に投資などで指定口座に計17回、計約2300万円を振り込み、だまし取られたといいます。
②IRカジノ/依存症を巡る動向
大阪府・市は、大阪湾の人工島・夢洲に誘致を進めるカジノを含む統合型リゾート(IR)について、開業時期を「2029年秋~冬頃」から「30年」に延期しています。政府による事業計画の認定が想定より半年程度ずれ込んだためです。また、事業者の初期投資額についても、物価高の影響を考慮し、約1兆800億円から1兆2700億円に約18%増額(この初期投資額については、中核株主のMGMリゾーツ・インターナショナル(米国)、オリックスの2社と、関西電力など20社の出資金を約1900億円増やして約7200億円となりました)、こうした内容を含む開業に必要な取り決めをまとめた実施協定の認可を、大阪府はIR整備法に基づき国に申請しました。国の審査を経て認可が得られれば、IR運営事業者(MGMリゾーツ・インターナショナル日本法人とオリックスを中核株主とする大阪IR株式会社)と実施協定を締結することになります。大阪府・市は2023年9月中の協定締結を目指していますが、国の審査期間は定められておらず認可時期の目途は立っていません。なお、契約締結後、IR運営事業者はカジノ免許の交付をカジノ管理委員会に申請、審査を経て免許が交付されれば、開業のための手続きがほぼ完了することになります(工事着工は2025年春ごろの予定です)。IRを巡っては、政府が2023年4月、大阪・府市と事業者が事業内容をまとめた区域整備計画を認定しましたが、大阪府・市とIR運営事業者は実施協定案を協議したうえで2023年9月5に公表し、大阪府・市の会議で承認されています。
一方、IR用地の土壌対策を巡っては今回、IR開業後にホテルや展示場の施設を増築した場合の対策費や、想定外の地中埋設物が見つかった場合の撤去費についても、新たに大阪市が負担することが明らかになっています。すでに最大788憶円の負担が決まっていますが、追加負担の額については、大阪市は最大約257憶円と想定しているものの、具体的には見通せず、公費負担がどこまで膨らむかは不透明な状況となっています。本件の経緯については、本コラムで以前から取り上げていますが、大阪湾に浮かぶ夢洲は、廃棄物や海底のしゅんせつ土で埋め立てられた人工島で、事業者が2020年に実施した予定地のボーリング調査で、地震発生時の液状化リスクが発覚、また、都心部と島をつなぐ地下鉄延伸工事では、掘削土から国の基準値を超えるヒ素などが検出されました。IRは本来「民設民営」の事業ですが、大阪市は2021年12月、「液状化リスクのある土地での大規模開発は極めて困難」とする事業者の求めに応じ、液状化対策約410億円、汚染土の処分約360億円、地中残置物の撤去約20億円の計788億円を上限に全額の公費負担を表明、大阪市議会もGOサインを出した経緯があります。大阪市がこれまで大阪湾の埋め立て用地の売却や賃貸で液状化対策費を負担した例はなく、その後に問題が生じても責任を負わないとする従来の姿勢とも矛盾する異例の対応となりました。一方、IR用地の年間賃料は約25億円で、市が事業期間の35年で見込む賃料収入は計約880億円となります。
また、報道によれば、協定案では事業者がIR事業から撤退できる「解除権」が3年間延長され、契約的に「不安定」な状態が続くことが判明しています。さらに、建設工事が同じ人工島の夢洲で開かれる万博の開幕(2025年4月)と重なり、脆弱性が指摘される交通インフラへの懸念も強まるなど、課題は山積している状況です。解除権については、「途中で投げ出して逃げてしまうんじゃないかというリスクが思い浮かぶが、蓋然性はそこまで高くない」(大阪市長)、「約1兆3000億円という超巨大投資にリスク管理は当然。成功のため事業者とリスクを共有したい」(大阪府知事)との認識のようです。具体的には、カジノ事業にかかる法人税などの制度設計、IR用地の土壌に対する市の適切な措置、新型コロナウイルス感染症の終息などを満たさない場合が条件とされ、2023年7月にはこの解除期限を9月30日まで延長していましたが、事業者側が、事業の前提条件が整っておらず、事業実施の可否を「最終判断できる状況にない」と主張、解除権の維持を求めたものです。また、万博を巡っては、海外パビリオンの建設遅れが深刻化しており、開幕に間に合わせるため、直前まで工事が集中する恐れが指摘されるほか、期間中は来場者を乗せたシャトルバスなどが行き交い、安全対策も必須となっており、島という立地ゆえ、工事車両の主なアクセスは橋やトンネルに限られ、万博とIRの工事を同時に進行できるのか懸念されています。その他、夢洲は海上の埋め立て地で、高潮や南海トラフ地震による津波の被害を受けるリスクがあり、避難場所や避難ルートの整備を含む災害対策についても大きな課題となっているほか、以前から指摘されているとおり、カジノの開業に向け、ギャンブル依存症や地域の治安悪化を懸念する声は根強く、住民の理解の向上も大きな課題となっています。この点について、産経新聞が、ギャンブル依存症の取り組みや非カジノ(ノンゲーミング)のあり方など、さまざまな角度から論じており、大変興味深いものでした。以下、2つの記事を抜粋して紹介します。
賛否渦巻くカジノ ギャンブル依存症「予防も治療もできる」 反対派の視点を変え得るか(2023年8月7日付産経新聞)
依存症に対する懸念は尽きないが、整備計画のお手本とするシンガポールの依存症対策や現状はどうなのだろうか。2010年にIRが開業。ホテルや劇場、国際会議場などが集まる都市型の「マリーナベイ・サンズ」、ユニバーサル・スタジオや自然を生かしたリゾート型の「リゾート・ワールド・セントーサ」という趣向の異なる2カ所のIRがある。依存症対策として、自国民からカジノ入場料を徴収するだけでなく、本人や家族からの申告に基づく入場排除プログラム▽入場の年齢制限(21歳未満の入場禁止)▽カジノに関する広告の規制-などを実施。治療体制や相談窓口の整備も進んだ。問題ギャンブル国家評議会(NCPG)の3年ごとの調査によると、「ギャンブル等依存が疑われる者等」の割合は、開業前の2008年は2.9%だったが、開業翌年の11年は2.6%、14年0.7%と減少。以降は0.9%(17年)、1.2%(20年)と微増に転じたが、開業前と比較すれば減少は明らかだ。シンガポールも競馬やサッカーなどのスポーツ賭博といった既存の合法ギャンブルがあり、依存症は懸念されていたが、カジノの開業を機に導入した対策で一定の効果が上がっているようだ。…カジノに詳しい「国際カジノ研究所」の木曽崇所長は、大阪のIRで実施される依存症対策について「すでにカジノがある国の先行事例から、良いものを取り入れている」と評価。とりわけ注目しているのは、依存症患者の家族からの申告に基づき、マイナンバーカードでの本人確認時に入場を制限する制度だ。木曽氏は「競馬や競輪などの公営ギャンブルにこのような仕組みはなかった。カジノは問題を抱える人がアクセスできない措置が導入されるだけに、パチンコだけでなく、公営ギャンブルにも参考になる」と語る。
賛否渦巻くカジノ 競争力あるIRへ コンテンツは多元的に(2023年8月14日付産経新聞)
「人間が知的な動物である以上、賭け事はヒトの欲望に組み込まれているといってよく、賭博に寛容な日本にカジノがないのは不自然だ」経済産業省出身で、海外のカジノを含むギャンブルに詳しい京都大公共政策大学院名誉フェローの佐伯英隆氏は、こう指摘する。その上で、日本に開業するカジノについて「推進派も反対派も過大評価している」との見方を示す。…佐伯氏は「カジノを隠すような形」にしたIR整備法ではなく、時間をかけてでも正面からカジノ法案を国会の議論に付すべきだったと主張。大阪IRのカジノについて「国際競争力はない」として、こう直言する。「日本を訪れる外国人観光客の多くは、日本の文化や情緒などを楽しむのが目的だろう。現状の制度設計でIRにカジノをつくり、外国人観光客を呼ぶという想定自体が虚構といえる」一方で、反対派が懸念するギャンブル依存症の拡大や治安悪化については「日本にできるカジノは厳しい規制をかけられ、そこまで(負の)影響力はない」と話す。…国際カジノ研究所の木曽崇所長は「地方が発展する上で観光は重要なファクターだ。カジノの強みは、富裕層を顧客として観光業界の収益性を上げること。岸田文雄政権には力を入れてもらいたい」と期待を込める。ポストコロナの時代において、カジノだけを観光振興の起爆剤とするのは現実的ではない。リピーターを増やすためにもカジノ以外のコンテンツも含めた集客力についてもっと議論を深め、目玉施設を多元的に展開すべきだ。政府は必要とあれば、カジノに関する法規制の見直しも排除すべきではないだろう。
IRは悪手か カジノ一辺倒の賛否に違和感(2023年9月4日付産経新聞)
IR反対派の中で最も多いのが、「カジノはギャンブル依存症患者を増やす」との意見だ。ただ、日本人客にはマイナンバーカードによる本人確認や1回6千円の入場料を課す。マリーナベイ・サンズの国内客入場料150シンガポールドル(約1万6千円)には及ばないが、大阪IRでは国内客の入場を週3回・月(28日間)10回までに制限する。さらに、シンガポールの依存症対策を参考に、本人や家族からの申告に基づく利用制限措置なども実施する。日本では競馬や競輪、競艇などの公営ギャンブルの他、パチンコ・スロットなどに興じる人も多く、カジノにのみ風当たりが強いことには違和感もある。…カジノの高い収益力を活用すれば、ホテルや国際会議・展示会を開くMICE施設など「ノンゲーミング」と呼ばれる集客施設を建設しやすくなるからだ。実際、マリーナベイ・サンズは3棟の高層ビルを屋上(57階)で連結した構造のホテルを中心に、カジノの他、MICE施設、劇場、ショッピングモール、世界最大の屋上プールなどを併設し、幅広い層の集客に成功。総投資額55億ドル(約8千億円)を4年余りで回収できた。…りそな総合研究所の荒木秀之主席研究員は「ほとんど話題にならないノンゲーミングこそが大阪・関西発展のために重要。テーマパークやマリンレジャーなどが整備されれば、ノンゲーミング売上高は当初想定の年1千億円から2500億円に膨らむ」と分析する。
マカオのカジノ運営大手が、ホテルやイベント会場など「非カジノ」事業に注力しているといいます。経済再開(リオープニング)で中国本土客が戻りつつある一方、中国政府の締め付けで富裕層需要が細るなど先行きへの懸念が残る状況にあります。報道によれば、各社は計2兆円規模を投じて収益の多様化を急いでいますが、カジノ頼みからの脱却には紆余曲折がありそうです。マカオ政府は経済のカジノ依存からの脱却を掲げており、域内総生産(GDP)に占めるカジノ関連比率を2019年の約5割から2028年に約4割まで引き下げる方針としています。2022年末が期限だったカジノ免許の更新にあたっては、非カジノ分野への投資や外国人観光客の開拓などを求め、前述のとおり、各社は約10年間で非カジノ事業に総額約2兆円を投じる計画を打ち出し免許を更新しています。マカオは伝統的に共産党幹部の蓄財や海外への資金移転の拠点として使われてきましたが、習近平指導部は不透明な資金の流れを断つため監視強化に動き、カジノで億円単位の大金を使う富裕層の需要は急速に冷え込んでいます。マカオでの消費などの行動に関する情報は当局に筒抜けで、富裕層離れが進んでいるといいます。そうした中、ノンゲーミング事業でいかに稼いでいくかが重要となっており、大阪IRにとっても参考になる動きとなりそうです。なお、マカオのカジノについては、2023年8月12日付読売新聞の記事「黒社会が暗躍したマカオのカジノ、返還後も一国二制度で存続…ラスベガス抜き一時は世界一」でも取り上げられていました。マカオの経済に占める存在感の大きさの一方で、「黒社会」との結びつきやマネロンなどにも言及されており、参考になります。
③犯罪統計資料
例月同様、令和5年1~7月の犯罪統計資料(警察庁)について紹介します。
▼警察庁 犯罪統計資料(令和5年1~7月分)
令和5年(2023年)1~7月の刑法犯総数について、認知件数は393,895件(前年同期324,680件、前年同期比+21.3%)、検挙件数は146,344件(139,118件、+5.2%)、検挙率は37.2%(42.8%、▲5.6P)と、認知件数・検挙件数ともに前年を上回る結果となりました。最近は、検挙件数が前年を下回る傾向にあったものの、ここにきて増加に転じています。その理由として、刑法犯全体の7割を占める窃盗犯の認知件数・検挙件数がともに増加していることが挙げられ窃盗犯の認知件数は271,057件(219,326件、+23.6%)、検挙件数は85,456件(83,069件、+2.9%)、検挙率は31.5%(37.9%、▲6.4P)となりました。なお、とりわけ件数の多い万引きについては、認知件数は54,253件(48,509件、+11.8%)、検挙件数は35,481件(33,847件、+4.8%)、検挙率は65.4%(69.8%、▲4.4P)と、最近減少していたところ、認知件数が増加に転じています。また凶悪犯について、認知件数は2,987件(2,469件、+21.0%)、検挙件数は2,469件(2,148件、+14.9%)、検挙率は82.7%(87.0%、▲4.3P)、粗暴犯の認知件数は33,792件(29,571件、+14.3%)、検挙件数は26,772件(24,295件、+10.2%)、検挙率は79.2%(82.2%、▲3.0P)、知能犯の検挙件数は27,112件(20,777件、+30.5%)、検挙件数は10,573件(10,254件、+3.1%)、検挙率は39.0%(49.4%、▲10.4P)、とりわけ詐欺の認知件数は24,953件(18,941件、+31.7%)、検挙件数は9,031件(8,689件、+3.9%)、検挙率は36.2%(45.9%、▲9.7P)などとなっており、本コラムで指摘してきたとおり、コロナ禍において詐欺が大きく増加、アフターコロナの現時点においても増加し続けています。とりわけ以前の本コラム(暴排トピックス2022年7月号)でも紹介したとおり、コロナ禍で「対面型」「接触型」の犯罪がやりにくくなったことを受けて、「非対面型」の還付金詐欺が増加しましたが、必ずしも「非対面」とは限らないオレオレ詐欺や架空料金請求詐欺なども大きく増加傾向にある点が注目されます。刑法犯全体の認知件数、とりわけ知能犯、詐欺については増加傾向にあり、引き続き注意が必要な状況です(そして、検挙率が低下傾向にある点も気がかりです)。
また、特別法犯総数については検挙件数は38,996件(37,606件、+3.7%)、検挙人員は31,948人(30,926人、+3.3%)と2022年は検挙件数・検挙人員ともに減少傾向が続いていたところ、2023年に入って以降、ともに増加に転じ、その傾向が続いている点が大きな特徴です。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は3,274件(2,280件、+43.6%)、検挙人員は2,318人(1,688人、+37.3%)、軽犯罪法違反の検挙件数は4,386件(4,395件、▲0.2%)、検挙人員は4,343人(4,374人、▲0.7%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は5,907件(5,154件、+14.6%)、検挙人員は4,559人(3,982人、+14.5%)、ストーカー規制法違反の検挙件数は691件(588件、+17.5%)、検挙人員は570人(463人、+23.1%)、不正アクセス禁止法違反の検挙件数は257件(285件、▲9.8%)、検挙人員は71人(96人、▲26.0%)、不正競争防止法違反の検挙件数は27件(31件、▲12.9%)、検挙人員は33人(35人、▲5.7%)、銃刀法違反の検挙件数は2,761件(2,831件、▲2.5%)、検挙人員は2,321人(2,493人、▲6.9%)などとなっています。減少傾向にある犯罪類型が多い中、入管法違反、軽犯罪法違反、迷惑防止条例違反やストーカー規制法違等が増加している点が注目されます。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は668件(543件、+23.0%)、検挙人員は405人(325人、+24.6%)、大麻取締法違反の検挙件数は4,042件(3,514件、+15.0%)、検挙人員は3,352人(2,776人、+20.7%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は4,244件(5,031件、▲15.6%)、検挙人員は2,924人(3,471人、▲15.8%)などとなっており、大麻事犯の検挙件数がここ数年、減少傾向が続いていたところ、2023年に入って増加し、はじめて大麻取締法違反の検挙人員が覚せい剤取締法違反の検挙人員を超えた点が注目されます。また、覚せい剤取締法違反の検挙件数・検挙人員ともに大きな減少傾向が数年来継続しており、その原因については少し気掛かりです(覚せい剤は常習性が高いため、急激な減少が続いていることの説明が難しく、その流通を大きく支配している暴力団側の不透明化や手口の巧妙化の実態が大きく影響しているのではないかと推測されます。言い換えれば、覚せい剤が静かに深く浸透している状況が危惧されるところです)。なお、麻薬等取締法の対象となるのは、「麻薬」と「向精神薬」であり、「麻薬」とは、モルヒネ、コカインなど麻薬に関する単一条約にて規制されるもののうち大麻を除いたものをいいます。また、「向精神薬」とは、中枢神経系に作用し、生物の精神活動に何らかの影響を与える薬物の総称で、主として精神医学や精神薬理学の分野で、脳に対する作用の研究が行われている薬物であり、また精神科で用いられる精神科の薬、また薬物乱用と使用による害に懸念のあるタバコやアルコール、また法律上の定義である麻薬のような娯楽的な薬物が含まれますが、同法では、タバコ、アルコール、カフェインが除かれています。具体的には、コカイン、MDMA、LSDなどがあります。
また、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯 国籍別 検挙人員 対前年比較について、総数338人(306人、+10.5%)、ベトナム117人(88人、+33.0%)、中国42人(55人、▲23.6%)、ブラジル24人(23人、+4.3%)、スリランカ13人(25人、▲48.0%)、フィリピン12人(10人、+20.0%)などとなっています。
一方、暴力団犯罪(刑法犯)罪種別検挙件数・人員対前年比較の刑法犯総数については、検挙件数は5,032件(5,657件、▲11.0%)、検挙人員は3,239人(3,300人、▲1.8%)と、刑法犯と名異なる傾向にありますが、最近、検挙件数・検挙人員ともに継続して増加傾向にあったところ、先月から再び減少に転じた点が注目されます。以前の本コラム(暴排トピックス2021年3月号)では、「基礎疾患を抱え高齢化が顕著に進行している暴力団員のコロナ禍の行動様式として、検挙されない(検挙されにくい)活動実態にあったといえます」と指摘しましたが、一時活動が活発化している可能性を示したものの再度減少に転じていたことなど、アフターコロナにおける今後の動向に注意する必要があります。犯罪類型別では、暴行の検挙件数は321件(361件、▲11.1%)、検挙人員は304人(358人、▲15.1%)、傷害の検挙件数は536件(592件、▲9.5%)、検挙人員は630人(647人、▲2.6%)、脅迫の検挙件数は180件(207件、▲13.0%)、検挙人員は165人(195人、▲15.4%)、恐喝の検挙件数は2,169件(2,469件、▲12.2%)、検挙人員は440人(436人、+0.9%)、詐欺の検挙件数は936件(1,009件、▲7.2%)、検挙人員は746人(747人、▲0.1%)などとなっています。とりわけ、詐欺については、増加傾向に転じて以降、高止まりしていましたが、今回、減少に転じた点が特筆されます。とはいえ、依然として高止まり傾向にあり、資金獲得活動の中でも重点的に行われていると推測される(とはいえ、詐欺は暴力団の世界では御法度となっているはずです)ことから、引き続き注意が必要です。さらに、暴力団犯罪(特別法犯)主要法令別検挙件数・人員対前年比較の特別法犯について、特別法犯全体の検挙件数は2,571件(3,253件、▲21.0%)、検挙人員は1,777人(2,216人、▲19.8%)と、こちらも検挙件数・検挙人数ともに継続して減少傾向にあります(さらに減少幅も大きい点が特筆されます)。また、犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は13件(8件、+62.5%)、検挙人員は12人(9人、+33.3%)、軽犯罪法違反の検挙件数は42件(38件、+10.5%)、検挙人員は33人(34人、▲2.9%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は38件(53件、▲29.3%)、検挙人員は37人(46人、▲19.6%)、暴力団排除条例違反の検挙件数は12件(17件、▲29.4%)、検挙人員は23人(35人、▲34.3%)、風営適正化法違反の検挙件数は32件(62件、▲48.4%)、検挙人員は32人(81人、▲60.5%)、銃刀法違反の検挙件数は45件(54件、▲16.7%)、検挙人員は29人(32人、▲9.4%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は111件(103件、+7.8%)、検挙人員は51人(40人、+27.5%)、大麻取締法違反の検挙件数は549件(563件、▲2.5%)、検挙人員は369人(330人、+11.8%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は1,442件(1,933件、▲25.4%)、検挙人員は959人(1,283人、▲25.3%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は65件(92件、▲29.3%)、検挙人員は29人(56人、▲48.2%)などとなっており、最近減少傾向にあった大麻事犯について、2023年に入って増減の動きが激しくなっていること、覚せい剤事犯の検挙件数・検挙人員がともに全体の傾向以上に大きく減少傾向を示していることなどが特徴的だといえます(覚せい剤については、前述のとおりです)。なお、参考までに、「麻薬等特例法違反」とは、正式には、「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律」といい、覚せい剤・大麻などの違法薬物の栽培・製造・輸出入・譲受・譲渡などを繰り返す薬物ビジネスをした場合は、この麻薬特例法違反になります。法定刑は、無期または5年以上の懲役及び1,000万円以下の罰金で、裁判員裁判になります。
(8)北朝鮮リスクを巡る動向
北朝鮮は2022年にかつてない頻度でミサイルを発射、防衛省によれば、少なくとも59回で過去最多となりました。2023年版の防衛白書は北朝鮮の核・ミサイル開発の動向を特集していますが、金正恩朝鮮労働党総書記は2021年の朝鮮労働党大会で、核兵器の小型・軽量化といった軍事の目標に言及しましたが、このとき掲げた「国防5カ年計画」に沿って北朝鮮は核・ミサイル開発を進め、2022年1月には「極超音速ミサイル」と称した弾道ミサイルを発射、5月以降は変則軌道の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)も発射、複数の地点から短時間で多発する動きも見せました。防衛白書はこのように発射を繰り返した背景として(1)核・長距離ミサイルの保有による対米抑止力の獲得(2)米韓両軍との武力紛争に対処できる戦術核兵器やその運搬手段のミサイルの整備を挙げ、「従前よりも一層重大かつ差し迫った脅威」と指摘しています。さらに、「北朝鮮が紛争のあらゆる段階において事態に対処できるという自信を深めた場合、軍事的な挑発行為がさらにエスカレートしていくおそれがある」と予測しています。実際、2023年に入っても北朝鮮の暴挙は続いており、7月末までに少なくとも17発のミサイルを発射、7月12日の大陸間弾道ミサイル(ICBM)級の弾道ミサイルは過去最長となる74分間飛行し、防衛省は「米国全土が射程に入る可能性がある」と分析しています。北朝鮮は8月24日、事前に予告した人工衛星の打ち上げを試みたが失敗、今年3回目の発射を10月に断行すると表明しており、軍事偵察衛星の開発を急いでいるとみられ、挑発行為を続ける可能性があります。
前述したとおり、朝鮮中央通信は8月24日の発射失敗の原因について「短期間内に解明する」とし「事故の原因は大きな問題ではない」と断言、10月に3回目の発射を行うと予告しました(専門家の中には、技術的に進展があったことを誇示する意図で、発表が事実ならば、事故防止や機密保持のための自爆装置を指すとみられる「非常爆発システム」の異常で意図しない爆発が起きたものの、5月末のエンジン異常による発射失敗のような重大な欠陥ではなく、発射や分離という本質的な技術に問題はないということではないかとの見解もあります)。それに対し、自衛隊の元幹部は「科学技術的にあり得ない。打ち上げに失敗したら、原因究明と対策づくりに半年以上かかるのが普通だ」と指摘しています。韓国政府関係者も「そう短時間で(ロケットの)能力が向上するわけではなく、体制の緊張が高まるのでは」とみています。韓国統一省の8月17日付の資料によれば、正恩氏が2022年に現地視察した回数は経済分野の9回に対し、軍事分野が40回にのぼり、2023年も8月17日時点で、経済の4回に対して軍事は30回と圧倒的に多く、「経済部門は資金と資源不足で成果を出せない。業績を誇りたい正恩氏の足は、優先的に予算を回している軍事部門に向かうことになる」と指摘しています。北朝鮮が軍事偵察衛星を発射する背景には国防力の強化と共に国威発揚を図る狙いもあるとみられています。再発射を急いだのは、9月の建国75年の節目に合わせたことも一因とみられ、食糧難に苦しむ北朝鮮では餓死者が相次ぎ、8月には広範囲で洪水被害も発生、民生分野で実績が乏しい金総書記は、打ち上げ成功で、国威発揚につなげようとした可能性が高いとも考えられます。また、金総書記は2022年3月、軍事偵察衛星の目的について「南朝鮮(韓国)と日本、太平洋上での米軍などの行動情報をリアルタイムで(自国に)提供する」ことだと語っていましたが、武藤・元航空総隊司令官によれば、低軌道で日本や朝鮮半島を5分間隔で撮影しようとすれば、単純計算で衛星が200機程度必要になる試算もあるといい、武藤氏は「正恩氏の指示を達成することは、技術的にも経済的にも不可能だと言わざるを得ない」と述べています。軍事偵察衛星の発射は金総書記が現場指導を繰り返して進めてきた肝いり事業で、目的の一つは、米軍への対抗です。北朝鮮は米軍に監視を受けていると強い不満を繰り返し示してきましたが、米軍の戦略偵察機が北朝鮮の経済水域上空を飛行したと非難する朝鮮人民軍総参謀部報道官の声明を発表、「どんな物理的対応も辞さない」と警告しています。軍事偵察衛星を複数保有すれば、米韓の軍事動向をリアルタイムで把握することが可能になり、ミサイルによる正確な打撃につながり、抑止力にもなること、衛星を軌道に乗せる技術を活用し、弾道ミサイル技術の向上につなげる狙いもあるとみられています。北朝鮮は2012年に地球観測衛星だとする「光明星3号」の打ち上げに失敗した際は8カ月後に再発射して成功しましたが、今回は失敗から約3カ月という早さで踏み切りました。衛星は複数で運用する必要があるため、専門家からは、5月時点で既に別の機体が用意されているとの指摘も出ています。北朝鮮が2回連続で衛星打ち上げに失敗したのは初めてでしたが、すぐに失敗を認めています。また今回は日本に事前通告もしており、手順を踏んだ正当性のある発射だと示すためだと見られており、今後も成功するまで打ち上げを重ねる可能性があります。外交が行き詰まる中、米国は自衛隊や韓国軍との合同訓練、核兵器搭載可能な原子力潜水艦の韓国への寄港など軍事的な示威を強化していますが、北朝鮮の相次ぐミサイル発射はとどまる気配がなく、北朝鮮が軍事偵察衛星の打ち上げ技術を確立すれば、米軍の動向が把握されやすくなるリスクがあるものの、米国は北朝鮮の動向を注視する以外に有効な手を打てない状況にあります。
8月24日の発射失敗後、8月30日には短距離弾道ミサイル2発を日本海に発射、9月に入っても、北朝鮮はミサイルを発射し続け、9月2日には、朝鮮半島西側の黄海に巡航ミサイル数発を発射しています。米韓両軍が8月31日まで行っていた合同軍事演習への対抗措置として、北朝鮮が核弾頭の搭載を想定した戦略巡航ミサイル「ファサル」を発射した可能性が考えられます。巡航ミサイルは低空で飛行するため、レーダーによる探知が難しいとされ、北朝鮮は射程が異なる複数の巡航ミサイルを開発しており、実際、北朝鮮は、模擬核弾頭を搭載した長距離戦略巡航ミサイル2発を1500キロメートルの距離を8の字形の軌道で約2時間飛行し、目標地点の上空150メートルで爆発させたと発表しています。
8月30日の発射より前に、米政府は、日本に長距離空対地ミサイルを売却することを承認し、議会に通知したと発表、売却総額は推定約1億400万ドル(約150億円)で、日本政府は最大50発と関連装備の売却を要請していたもので、今回売却が承認された米ロッキード・マーティン社製の射程距離延長型の空対地スタンド・オフ・ミサイルは射程約900キロ、敵の射程圏外から攻撃することが可能となるほか、敵のミサイル発射拠点などをたたく反撃能力(敵基地攻撃能力)の一環として使うこともできるとされます。それに対し、北朝鮮は、日本が米国からのミサイル購入や独自の開発を進めていることを批判し「先制攻撃力を確保し戦争が可能な国へと変身しようとする日本の行動は、太平洋戦争前夜をほうふつとさせている」と主張しています。また、金総書記は、演説で先の日米韓首脳会談で自衛隊と米韓両軍による共同訓練の定例化が合意されたことを挙げ、対抗して海軍力を増強しなければならないと強調、日米韓の海からの脅威が増していると判断していると考えられます。さらに、金総書記は日米韓の首脳を「ごろつきの頭目ども」と非難、北朝鮮は5月下旬、日本が態度を変えるなら「会えない理由はない」との外務次官談話を出していましたが、金総書記が岸田首相も罵倒したことで、日本への対決姿勢を鮮明にしたといえます。また、松野官房長官は、北朝鮮が8月24日に「軍事偵察衛星」を発射したことなどを受け、核・ミサイル開発に関与した3団体・4個人を外為法に基づく資産凍結等の対象に追加指定すると発表しています。外務省によると、北朝鮮への制裁は2023年3月以来となります。制裁対象には北朝鮮によるサイバー攻撃に関与した朝鮮人民軍偵察総局傘下のハッカー集団「アンダリエル」や「ブルーノロフ」などが含まれ、核・ミサイル開発の資金源を断つ狙いがあります。アンダリエルは2016年、機密情報を盗む目的で韓国国防相執務室のコンピューターに侵入、ブルーノロフはバングラデシュ中央銀行のシステムから8000万ドルを詐取したことなどで知られています。松野氏は会見で「前例のない頻度と新たな態様で続く一連の挑発行動は、我が国の安全保障にとって重大かつ差し迫った脅威で、断じて容認できない」と改めて非難、拉致問題についても「北朝鮮から解決に向けた具体的な動きが示されていない」とし、「拉致、核、ミサイルといった諸懸案を、北朝鮮が問題解決に向け具体的行動を取るよう強く求める」と述べています。
独立した制裁監視団が国連安全保障理事会の委員会に提出した報告書によると、北朝鮮は2023年も核兵器の開発と核分裂性物質の生産を続け、同国の核・弾道ミサイルプログラムの資金源を断つための国連制裁を回避していると指摘しています。報告書は「2022年に推定17億ドル(約2450億円)の記録的なサイバー窃盗を行った後、北朝鮮のハッカーは世界で暗号資産などの金融取引所を標的とすることに引き続き成功していると報告されている」とし、北朝鮮の対外工作機関「偵察総局(RGB)」とつながりのあるハッカーが「資金と情報を盗むために一段と洗練されたサイバー技術を使い続けている」と指摘、「暗号資産、防衛、エネルギー、ヘルスセクターの企業が特に標的にされたほか、北朝鮮は国際金融システムに引き続きアクセスし、不正な金融活動にも関与した」としています。さらに、不法な石炭輸出や「北朝鮮に石油精製品を供給する船舶による多種多様な制裁回避手段」についても報告、北朝鮮による軍事通信機器や弾薬の輸出疑惑について調査していることも明らかにしています。また、核・ミサイル開発についても「少なくとも19発の固体燃料短距離ミサイルを発射し、大陸間弾道ミサイルの発射実験も実施した」とし、北朝鮮が弾道ミサイルの開発を続けていると非難、自国内の寧辺にある核施設や豊渓里の核実験場における建設活動も続いていると指摘しています。なお、直近でも、米連邦捜査局(FBI)は、「ラザルス」「APT38」と呼ばれる北朝鮮ハッカー集団が2023年8月21~22日にかけて数億ドル(数百億円)規模の暗号資産を窃取したと発表しています。4千万ドル(約60億円)以上が換金される可能性が高いとして、被害に遭ったアドレスを公表して取引関係者らに警戒を呼びかけています。FBIによると、北朝鮮ハッカー集団は6月2日に1億ドル、同月22日に計9700万ドルの暗号資産を窃取するなど活動を活発化しています。さらに、米マイクロソフトは、北朝鮮のハッカー集団が2023年3月に複数のロシアの外交官を標的にし、ロシアの航空宇宙研究機関への不正アクセスに成功していたと明らかにしています。マイクロソフトは東アジア地域でのサイバー攻撃に関するブログで「北朝鮮のハッカーは、ロシアがウクライナ戦争に集中していることをロシア企業の情報収集の機会として利用している可能性がある」と指摘しています。北朝鮮のハッキング行為を巡っては、北朝鮮のハッカーが2022年に少なくとも5カ月間にわたりロシアのミサイル開発大手に不正アクセスを行い、ロシアの極超音速ミサイルとロケット推進剤技術に関する情報を収集できる状態にあったといい、北朝鮮によるハッキングを調査していた同社担当者が誤って社外に情報を流出させ、詳細が明らかになったということです。なお、北朝鮮のミサイル開発に情報が流用されたかどうかは明らかになっていません。ウクライナ戦争を進めるロシアが北朝鮮との関係を深める中、北朝鮮のハッカーによるロシアへの不正アクセスが事実なら事態が複雑化する可能性があります。北朝鮮によるサイバー攻撃に対し、韓国が本格的な対策に乗りだしています。SNSやメールを通じて機密情報を得ようとするなど、北朝鮮の手口が日増しに巧妙化しているためで、米国や北大西洋条約機構(NATO)との連携に加え、従来の防御的な姿勢からの戦略転換も模索しています。2022年4月末、韓国軍検察団は北朝鮮高位級ハッカーに軍事機密を流し、その見返りとして4800万ウォン(約520万円)相当の暗号資産を受け取った疑いで、現役陸軍幹部を国家保安法違反容疑で逮捕・起訴しています。このハッカーは通信アプリで「ボリス」という偽名を使用。「自分は中国に居住する朝鮮族ブローカーだ」と名乗って接近、陸軍幹部は100万ウォン相当の暗号資産を受け取ったのを皮切りに、機密情報を次々とボリスに流したとされます。当時、この幹部は、有事に平壌に進入して北朝鮮指導部を排除する「斬首作戦」を担当する部隊に所属しており、ハッカーに情報が流出した結果、部隊は作戦計画の全面的な見直しを迫られました。尹政権は北朝鮮のサイバー攻撃に対し、これまでの防御的立場から転換する戦略を描いています。3月に尹氏は韓国軍サイバー作戦司令部で「軍のサイバー作戦を守勢的概念から脱皮し、先制的・能動的作戦概念に発展させなければならない」と指示しています。
北朝鮮のハッカー養成の実態について、2023年8月21日付日本経済新聞が報じています。大変興味深い内容ですので、以下、抜粋して引用します。
2023年8月18日付毎日新聞によれば、ミサイル技術に詳しい米マサチューセッツ工科大学のセオドア・ポストル名誉教授は、北朝鮮が2023年4月と7月に発射した新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星18」がロシアの技術協力で開発された可能性が高いとの分析結果を公表しています。迎撃ミサイルを惑わすデコイ(おとり)を多数搭載可能で、「米国の弾道ミサイル防衛システムを突破して、複数の水素爆弾で米本土を狙う能力がある」と指摘しています。ポストル氏が米シンクタンク「戦略国際問題研究所」(CSIS)のウェブサイトで発表した分析によると、火星18の形状や全長はロシアのICBM「トーポリM」に酷似、北朝鮮が従来開発してきた液体燃料型ではなく、燃料注入の作業が不要な固体燃料型の開発に成功した点について「ロシアの政府や科学者の協力がなかったとすれば説明が難しい」と指摘しています。北朝鮮はウクライナに侵攻するロシアへの武器弾薬の提供を検討しているとされます。そのような中、米紙NYTは、北朝鮮の金総書記が2023年9月、ロシア訪問とプーチン大統領との会談を計画していると報じています。対露武器供与などについて協議する見通しとされます。両首脳は、9月10日から13日までウラジオストクで開かれる国際会議「東方経済フォーラム」に出席、同紙は当局者の話として、プーチン氏が北朝鮮から砲弾や対戦車ミサイルの供与を望んでいるのに対し、金総書記は、ロシアから衛星や原子力潜水艦の技術の提供のほか、食糧支援を望んでいると報じています。北朝鮮当局は8月下旬、約20人の代表団が平壌からウラジオストクまで列車で移動、その後、モスクワに飛行機で移動したといい、金総書記の訪露の下見とみられています。北朝鮮は9日に建国75年を迎えましたが、金総書記は平壌での記念式典に出席した後、ロシアに向かう可能性が指摘されています。金総書記は2019年4月にも、専用列車でウラジオストクを訪問し、プーチン氏と会談しています。
国連の安全保障理事会は、北朝鮮における人権状況について議論する公開会合を開き、開催後には国連加盟国のうち50カ国以上が共同声明を発表し「北朝鮮における人権侵害は、違法な兵器や弾道ミサイルの開発と表裏一体の関係にある」と訴えています。米国、日本、アルバニアのほか、理事国ではない韓国が会合開催の要請に加わりました。公開会合は2017年12月以来、約6年ぶりで、北朝鮮の人権に関する会合は2014~17年まで公開で開いていましたが、安保理は人権を議論する場ではないと主張する中国とロシアの反対などを受けて近年は非公開での開催となっていました今回の会合でも、安保理が北朝鮮の人権侵害について責任を追及すべきであるとする日韓や西側諸国の主張に対し、中ロからは批判の声があがりました。日米韓欧などが加わった共同声明では「北朝鮮は自国民への弾圧のほか、日本や韓国のような他国でも拉致や脅迫を繰り返している」と批判、北朝鮮は違法な兵器や弾道ミサイルの開発資金を得るために国内外で自国民を強制労働をさせていることや、貧困や栄養失調にあえぐ国民には資金を投じずに兵器の開発に充てていると指摘しています。
北朝鮮は3年を超える国境の封鎖を解除して人の往来に踏み出し、経済活動の活発化にもつなげようとしています。帰国を待ちわびていた人が多い一方、外国からの情報流入に対する金正恩政権の警戒も根強く、一定の時間をかけて人の行き来を増やす見通しとされます。北朝鮮は入国した自国民に、施設での1週間の隔離を課すことを明らかにしており、労働者らは帰国に際して、徹底した思想教育も施されると見られています。北朝鮮が自国民の帰国を受け入れ始めたことで、今後の焦点になるのが本コラムでもたびたび取り上げてきた、労働者の国外派遣の動向で、国連安保理は2017年12月の制裁決議で、北朝鮮の国外労働者を2019年12月までに帰国させるよう加盟国に義務づけました。核やミサイル開発の資金源を断つ目的でしたが、その期限の直後に北朝鮮の国境封鎖が始まったこともあり、中国にはいまも多くの北朝鮮の労働者が滞在しているとされます。外貨稼ぎのために労働者を国外に派遣してきた北朝鮮が今後、労働者を入れ替える動きを見せるのかどうかが注目されるところです。
政府は、ミサイル発射を受けて避難を呼びかける全国瞬時警報システム(Jアラート)の改修を終え、2023年9月1日から新しいシステムで運用を開始しています。発信が遅いとの批判をふまえ伝達の早さを優先することとし、ミサイルが通過する可能性が少しでもあれば対象地域へすぐに送信するシステムに変更されました。政府は2022年10月に北朝鮮の弾道ミサイルが青森県上空を通過したときに当てはめれば、1分程度早く送れるようになると説明しています。対象地域に隣接する都道府県にもあらかじめ発信、これまでは新たに通過の可能性が出た都道府県に追加で送信していました。報道で日大の福田充危機管理学部教授は「30秒でも1分でも短縮できれば、より安全な場所に逃げられる可能性もあり、避難行動に大きな進歩になる」と政府の対応を評価、「正確さにこだわっても、警報の伝達が間に合わなければ意味がない」、「Jアラートをいくら早く出しても、ミサイルの種類や対策に関する国民への教育を徹底しなければ避難行動にはつながらない」とも指摘していますが、正にそのとおりだと思います。
3.暴排条例等の状況
(1)暴力団排除条例に基づく逮捕事例(北海道)
性風俗店の経営者からみかじめ料を受け取ったとして、北海道警は、札幌市の六代目山口組四代目誠友会幹部の男を逮北海道暴力団排除条例(北海道暴力団の排除の推進に関する条例)違反で逮捕しています。報道によれば、2023年2月、すでに逮捕されている男と共謀し、ススキノの性風俗店経営者2人から「みかじめ料」として33万円を受け取った疑いが持たれており、2018年から2023年2月までで合計700万円以上にのぼるとされます。「みかじめ料」を渡していた性風俗店は売春による違法な営業をしていたといい、これらの店の売り上げが暴力団の資金源になっていたとみて、金の流れなど事件の全容解明を進めているといいます。
▼北海道暴力団の排除の推進に関する条例
同条例の第20条の4(暴力団員の禁止行為)第2項において、「暴力団員は、暴力団排除特別強化地域における特定接客業に関し、特定接客業者から、用心棒の役務の提供をする対償として又は当該特定接客業を営むことを容認する対償として、財産上の利益の供与を受けてはならない」と規定されています。さらに、第26条において、「次の各号のいずれかに該当する者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」として、「(3)第20条の4の規定に違反した者」が規定されています。
(2)暴力団排除条例に基づく逮捕事例(沖縄県)
沖縄県暴排条例で暴力団排除特別強化地域に指定されている沖縄市上地(通称・中の町)で、用心棒代などの名目で現金3万円を授受したとして、沖縄県警組織犯罪対策課と生活保安課、那覇署、沖縄署の特別合同捜査本部は、同条例違反容疑で旭琉会二代目功揚一家構成員の男2人(すでに恐喝未遂で逮捕・起訴されています)と、キャバクラ店経営者の男ら計4人を逮捕しています。なお、報道によれば、暴力団員らが本島中南部の飲食店など数十店舗から毎月およそ160万円を受け取っていた疑いがあるとみて詳しく調べているといいます。強化地域における罰則付きの禁止行為規定を盛り込んだ2019年5月の改正沖縄県暴排条例施行後、摘発は初めてだということです。同条例は那覇市松山と中の町の一部を特別強化地域に指定、同地域で風営法に携わる店舗の営業者が用心棒代などの名目で暴力団に資金を供与することや、暴力団がその供与を受けることなどを禁じていますが、本コラムで以前取り上げたとおり、沖縄県警は2023年7月、松山や中の町の飲食店などを一斉捜索、2023年8月に約100人体制の特別合同捜査本部を設置し、店舗営業者らから暴力団に支払われる資金の流れを捜査、松山、中の町の繁華街を中心とした中南部地域で、数十店の飲食店や風俗店から功揚一家への資金供与を把握し店舗営業者らの摘発や勧告を行う方針を示しています。なお、沖縄県警は罰則の減免措置があるとして、暴力団に資金提供している営業者に「自首」を勧め、暴力団との関係断絶を呼び掛けているといいます。
▼沖縄県暴力団排除条例
同条例第19条(特定営業者の禁止行為)第2項で「特定営業者は、特別強化地域における特定営業に関し、暴力団員からその営業所における用心棒の役務(営業を営む者の営業に係る業務を円滑に行うことができるようにするため顧客、従業者その他の関係者との紛争の解決又は鎮圧を行う役務をいう。次項及び次条第2号において同じ。)の提供を受けてはならない」、第3項で「特定営業者は、特別強化地域における特定営業に関し、用心棒の役務の提供を受ける対償又は特定営業を営むことを容認させる対償として、暴力団員に対して、利益の供与をしてはならない」と規定されています。さらに、暴力団員に対しても、第20条(暴力団員の禁止行為)において、「暴力団員は、特別強化地域における特定営業に関し、次に掲げる行為をしてはならない」として、「(1)客に接する業務に従事すること。(2)特定営業者のために用心棒の役務を提供すること。(3)特定営業者から前条第3項に規定する利益の供与を受けること。」が規定されています。そのうえで、第25条(罰則)において、「次の各号のいずれかに該当する者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」として、「(2)相手方が暴力団員であることの情を知って、第19条の規定に違反した者(3)第20条の規定に違反した者」が規定されています。
(3)暴力団対策法に基づく逮捕事例(兵庫県)
神戸山口組の井上組長宅に火を付けようとしたとして放火予備罪で起訴された六代目山口組系組員の男について、兵庫県警暴力団対策課と神戸北署は、「警戒区域」で対立組織の組員宅近くを歩き回ったとする暴力団対策法違反容疑で追送検しています。報道によれば、この容疑での立件は県内初だといいます。暴力団対策法が定める「警戒区域」では、対立組織の組員への付きまといや、おおむね5人以上で集まることなどの行為が禁止されており、2023年5月20日~6月28日、神戸市北区にある井上組長宅付近を歩き回るなどした疑いがもたれてます(なお、男は、下見の際に無免許でミニバイクを運転した疑いも持たれており、道交法違反容疑でも追送検されています)。
▼暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律
暴力団対策法第十五条の三(特定抗争指定暴力団等の指定暴力団員等の禁止行為)では、「特定抗争指定暴力団等の指定暴力団員は、警戒区域において、次に掲げる行為をしてはならない」として、「二 当該対立抗争に係る他の指定暴力団等の指定暴力団員(当該特定抗争指定暴力団等が内部抗争に係る特定抗争指定暴力団等である場合にあっては、当該内部抗争に係る集団(自己が所属する集団を除く。)に所属する指定暴力団員。以下この号において「対立指定暴力団員」という。)につきまとい、又は対立指定暴力団員の居宅若しくは対立指定暴力団員が管理する事務所の付近をうろつくこと」が規定されています。
(4)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(静岡県)
静岡県警浜松東署と捜査4課は、暴力団対策法に基づき、六代目山口組弘道会系の男に中止命令を出しています。報道によれば、男は2023年8月上旬、静岡県西部在住の20代女性に暴力団の威力を示し、借金返済名目で金銭を要求したとされます。
暴力団対策法第9条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない。」として、「八 人に対し、債務の全部又は一部の免除又は履行の猶予をみだりに要求すること」が禁止されています。そのうえで、(暴力的要求行為等に対する措置)で、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をしており、その相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該暴力的要求行為を中止することを命じ、又は当該暴力的要求行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる。」とされています。
(5)暴力団対策法に基づく再発防止命令発出事例(福岡県)
少年に入れ墨させたなどとして、福岡県公安委員会は、六代目山口組傘下組織の幹部と、道仁会傘下組織組長に、暴力団対策法に基づく再発防止命令を出しています。報道によれば、六代目山口組傘下組織幹部は、2022年7月ごろ、宗像市の飲食店で、当時18歳の少年に、「入れ墨代出すけん、入れてこい」「入れ墨を完成させないと中途半端やろうが」と、入れ墨を入れることを強要し、同法の「少年に対する入れ墨の強要等の禁止」に違反したとされています。また、同時期に、当時18歳の別の少年に対しても、同様に強要したことから、反復の恐れがあり、再発防止命令を出したといいます。さらに、2人の少年に「ヤクザをしろ」「俺がこれから教えていくけん」などと六代目山口組への加入を強要していて、同法の「加入の強要等の禁止」違反でも再発防止命令を受けています。一方、道仁会傘下組長は、2人の少年に対し、2022年8月ごろ~2023年5月ごろ、自宅で入れ墨を施したといいます。なお、少年2人は、暴力団には加入していないということです。2022年末時点の福岡県内の構成員は、六代目山口組が130人、道仁会が180人となっており、暴力団も高齢化が進んでいることから、若年層の勧誘に力を入れている証左といえそうです。
まず、少年に対する加入強要の禁止については、暴力団対策法第十六条(加入の強要等の禁止)において、「指定暴力団員は、少年(二十歳未満の者をいう。以下同じ。)に対し指定暴力団等に加入することを強要し、若しくは勧誘し、又は少年が指定暴力団等から脱退することを妨害してはならない」と規定されています。さらに、再発防止命令については、第十八条(加入の強要等に対する措置)第2項において、「公安委員会は、指定暴力団員が第十六条の規定に違反する行為をした場合において、当該指定暴力団員が更に反復して同条の規定に違反する行為をするおそれがあると認めるときは、当該指定暴力団員に対し、一年を超えない範囲内で期間を定めて、同条第一項若しくは第二項の規定に違反する行為の相手方若しくは同条第三項の規定に違反する行為に係る密接関係者を指定暴力団等に加入することを強要し、若しくは勧誘し、又はこれらの者が当該指定暴力団等から脱退することを妨害することを防止するために必要な事項を命ずることができる」と規定されています。一方、少年に対する入れ墨の強要の禁止については、第二十四条(少年に対する入れ墨の強要等の禁止)において、「指定暴力団員は、少年に対して入れ墨を施し、少年に対して入れ墨を受けることを強要し、若しくは勧誘し、又は資金の提供、施術のあっせんその他の行為により少年が入れ墨を受けることを補助してはならない」と規定されています。さらに、再発防止命令については、第二十六条(少年に対する入れ墨の強要等に対する措置)第2項において、「公安委員会は、指定暴力団員が第二十四条の規定に違反する行為をした場合において、当該指定暴力団員が更に反復して同条の規定に違反する行為をするおそれがあると認めるときは、当該指定暴力団員に対し、一年を超えない範囲内で期間を定めて、少年に対して入れ墨を施すこと、少年に対して入れ墨を受けることを強要し、若しくは勧誘すること又は資金の提供、施術のあっせんその他の行為により少年が入れ墨を受けることを補助することを防止するために必要な事項を命ずることができる」と規定されています。