暴排トピックス

肝心なものは目に見えない(3)~「匿名・流動型犯罪グループ」を可視化せよ

2024.02.14
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首席研究員 芳賀 恒人

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1.肝心なものは目に見えない(3)~「匿名・流動型犯罪グループ」を可視化せよ

警察庁は、2023年の犯罪情勢を公表し、警察が認知した刑法犯が2022年比17%増の70万3351件だったことが明らかとなりました。認知件数の増加は2年連続で、特殊詐欺の被害額は約441億2千万円(暫定値)と7年ぶりに400億円を超えています(犯罪情勢については、別項にて詳しく紹介します)。本レポートにおいても、今後の取組みとして「国民の安全・安心を確保するため、警察としては、我が国の社会情勢等が大きく変化している中、警戒の空白が生じることを防ぎ、直面する様々な課題に的確に対処するため、総合的な対策を、これまで以上に強力に推進する。特に、匿名・流動型犯罪グループに対し、部門や都道府県警察の垣根を超えて、戦略的な取締りを更に強化する」と指摘されています。正に「治安上の脅威」である「匿名・流動型犯罪グループ」とどう向き合っていくかが、官民挙げての今後の大きな課題となっているといえます

まず、前回の本コラム(暴排トピックス2024年1月号)で筆者が述べた「匿名・流動型犯罪グループ」の捉え方について、あらためて紹介させていただきます。

2023年は、暴力団対策において1つの転機となった年だったといえます。ルフィグループがその典型ですが、一連の捜査を通じて、SNSで実行役を集め、事件ごとにメンバーを入れ替え、アメーバのように形を変えて犯行を繰り返していた姿が明らかになりました。それにより、これまでの反社会的勢力の概念・捉え方をさらに拡大する必要に迫られることになり、「匿名・流動型犯罪グループ」と警察が呼ぶ新たな犯罪集団がカテゴライズされたのも当然の帰結だといえます。その主なキーワードが「闇バイト」であり、ルフィグループをはじめとする「特殊詐欺グループ」、「匿名・流動型犯罪グループ」に包含されることとなった「半グレ(準暴力団)」、さらには「スカウトグループ」や「悪質ホストクラブ」なども含むものとして、いよいよ反社会的勢力はグレーの範囲を拡大しており、一般人(シロ)との境界が完全に溶け合ってしまい、渾然一体とした状況となりました。捉え方として筆者が以前から提唱している「(暴力団等と何らかの関係が疑われ)関係を持つべきでない相手」であるという点では、概念的には理解できるものですが、実務的にはより困難さが増している状況です。少なくとも「半グレ(準暴力団)」までは、報道等を精査することである程度、その存在を特定、捕捉し、排除する(関係を持たない)ことが可能だったといえますが、「匿名・流動型犯罪グループ」については、民間企業として見極めるための根拠となる報道において、警察がそのように認定していると明記されることが圧倒的に少ないうえ、警察相談における情報提供も期待できないことから、そもそも「特定する」ことに極めて高いハードルがあります。したがって、実務としては、主に繁華街におけるさまざまな逮捕情報等を収集し、報じられている内容(悪質なホストクラブとして何らかの犯罪行為に関与している、悪質な客引き等で摘発されている、違法カジノ等で摘発されている等)の状況を「捕捉する」しかないといえます。それは、反社データベースの限界でもあり、新聞記事検索やインターネット風評検索等を活用することで、KYC/KYCCを一層深化させることが重要になるといえます。すでにこうした反社チェックの手法を採用している事業者であれば、「絞り込みキーワード」として、「繁華街特有の行為要件」や「スカウト」「悪質ホストクラブ」といった属性要件を追加することも一つの対策といえると思います。今後、報道のあり方、警察の情報提供のあり方などが変化し、現状より容易に捕捉、特定できるようになれば、反社データベースに取り込まれることでより精度の高い反社チェックが可能となると考えられます。さらに、「排除する」という点では、新規取引の場合は特段これまでと変わらず「関係をもたない」とすれば足りますが、既存取引先である場合は、「反社会的勢力」という属性で契約等を解除することがほぼ困難であり、「公序良俗に反する」、「その他関係を継続することのできない事由」といった形を模索するしかないといえます。その意味では、契約内容、暴力団排除条項の見直しも視野に入れる必要があります。現時点で見解が確定しているわけではありませんし、これまでの暴力団排除条項等を見直すことによる手間やコストが膨大となることも容易に想像できるところであり、現状の内容から「匿名・流動型犯罪グループ」が排除対象と含むことが可能か、不芳な属性を持つ相手と関係を解消するための解除事由は十分に備えてあるかの観点で今、検討することをおすすめします

上記でも懸念点として挙げている「報道」については、最近の報道(鳥貴族を語るぼったくり事件)でも以下のようなものがありました。

【報道1-1】「鳥貴族」系列かたり案内、ぼったくり苦情20件…「店が混んでいるので系列店を紹介する」(2024年1月30日付読売新聞)

焼き鳥居酒屋チェーン「鳥貴族」の系列店を装って客引きをして無関係の店に案内したとして、警視庁は29日、東京都豊島区の職業不詳の男(58)ら18~58歳の男女15人を偽計業務妨害容疑で逮捕したと発表した。逮捕は28、29日。発表によると、男らは昨年3月と8月、新宿区歌舞伎町の路上で鳥貴族の店舗に入ろうとしていた客に声をかけ、「店が混んでいるので系列店を紹介する」などとうそをつき、容疑者らが経営する居酒屋に連れて行き、鳥貴族の業務を妨害した疑い。新宿署には昨年、鳥貴族の系列店をかたる客引きに案内された店から高額料金を請求されたという相談が約20件寄せられていた。

【報道Ⅰ-2】「鳥貴族」系列店装い悪質店へ誘導か 客引きした容疑者ら十数人逮捕(2024年1月29日付毎日新聞)

焼き鳥チェーン大手「鳥貴族」の系列店を装って東京・歌舞伎町の路上で客引きをして営業を妨害したとして、警視庁暴力団対策課は28日、飲食店経営者の50代男性や客引き(キャッチ)グループのメンバーら男女十数人を偽計業務妨害容疑で逮捕した。捜査関係者への取材で判明した。声をかけた客を店に誘導し、いろいろな名目で飲食代に上乗せした料金を請求していたという。…とりどりなどの2店舗では入店時に説明せず、「席料金」「週末料金」などの名目で料金を上乗せするぼったくり行為が横行し、警視庁新宿署などに苦情が寄せられていたという。歌舞伎町などを拠点とするキャッチの2グループと店側が組織的に客引きやぼったくり行為を繰り返し、利益を得た疑いがあるという。暴力団対策課は背後に暴力団など組織の関与がある可能性も視野に、2店舗の経営実態などを詳しく調べている。鳥貴族HDも以前から、系列店を装った客引きの存在を把握していたという。

【報道Ⅰ-3】口約束の3倍超請求、ぼったくり 鳥貴族系列装い業務妨害の疑い(2024年1月29日付毎日新聞)

焼き鳥チェーン大手「鳥貴族」の系列店を装って東京・歌舞伎町(新宿区)の路上で客引きをして営業を妨害したとして、警視庁暴力団対策課は29日、いずれも職業不詳、高橋(58)と、中国籍の張鵬(47)の両容疑者ら男女計15人を偽計業務妨害容疑で逮捕したと発表した。両容疑者は客引き(キャッチ)とともに、路上で声をかけた客を自らが実質的に経営する居酒屋に誘導し、いろいろな名目で飲食代に上乗せした料金を請求していたという。他に逮捕されたのは、誘導先の居酒屋従業員やキャッチグループのメンバーら10~50代の男女13人。暴力団対策課によると、高橋容疑者と張容疑者は2022年ごろから、歌舞伎町内で「とりみち」「とりきち酒場」などと店名を変えながら、居酒屋2店舗を経営。鳥貴族の従業員を装ったキャッチらと、組織的に客引きやぼったくり行為を繰り返していたとみられる。…暴力団対策課によると、2店舗は、勧誘時に口約束した3倍以上の「飲み放題料金」を請求したり、説明のないまま「席料」や「週末料金」を上乗せしたりするなど、悪質なぼったくり行為で不当に利益を上げていたという。両容疑者は準暴力団「チャイニーズドラゴン」の関係者とみられる。暴力団対策課は売り上げの一部が、反社会的勢力の資金源になっていないかなど経営実態を調べる。

【報道Ⅰ-4】存在しない鳥貴族の系列店、10分で4人が紹介 歌舞伎町を歩いたら(2024年1月29日付朝日新聞)

逮捕された男らが関わった飲食店をめぐっては、2021年12月ごろ、高額な代金を請求され「ぼったくり」だと訴えるツイッター(現X)の投稿が拡散した。口コミサイトには、最近でも、十分な説明がないまま「席料」や「チャージ料」「週末料金」を請求されたという内容の投稿が複数ある。…歌舞伎町の違法な客引き行為に詳しい中村剛弁護士によると、客引きはコロナ禍明けの1~2年前から増えているという。「地方からの観光客や酔っ払い、外国人が狙われやすい」と言う。捜査関係者は「客引きや違法スカウトを収益源にして暴力団側に流している集団がいる」とみる。昨年10月以降、歌舞伎町を中心に女性を風俗店などに違法に紹介する国内最大規模のスカウトグループ幹部らが監禁容疑などで逮捕・起訴された。警察庁は、SNSなどで緩く結びつくこうした暴力団以外の犯罪集団の一部を「匿名・流動型犯罪グループ」と呼び警戒している

報道Ⅰ-1からは、「新宿歌舞伎町でぼったくりの摘発があった」事実しか分からず、繁華街でのぼったくりの背後に反社会的勢力がいそうだとリスクセンスを働かせない限り、事案の本質を掴むのは難しいといえます。実際、この記事しか見ない場合、それ以上の情報を収集することにはつながらないのが通常の実務だと思われます。また、報道Ⅰ-2については、「警視庁暴力団対策課」が動いていることが分かり、反社会的勢力と何らかの関係がうかがえる事案なのだと認識することが可能です。さらに、記事の末尾に暴力団など組織の関与がある可能性についても言及されていることから、極めて高い関心を持つ必要があります。一方、この記事に接するだけでは反社会的勢力との関係について漠然としたものに過ぎず、本来は、この報道をふまえて、関連記事を検索するなどして背後関係についてより深く知ろうとすることが求められることになります(ただし、通常の実務において、これ以上踏み込むかどうかはケースバイケースとなると考えられます)。そして、報道Ⅰ-3で、「警視庁暴力団対策課」「客引き」「組織的に客引きやぼったくり行為を繰り返していた」、さらには「両容疑者は準暴力団「チャイニーズドラゴン」の関係者とみられる」との報道に接することで、はじめて本事案に「準暴力団」の関与があり、その概念を含む「匿名・流動型犯罪グループ」の関与が明らかとなります。最初から報道Ⅰ-3に接していれば、本事案と反社会的勢力の関係が明らかになるのですが、報道Ⅰ-1・報道Ⅰ-2だけではそこまで判断できる材料になり得ないということになります。つまり、こうした「匿名・流動型犯罪グループ」の関与がありそうな事件の場合は、念のため、複数の記事を確認することが、「匿名・流動型犯罪グループ」の見極めにはより重要となることがお分かりいただけるものと思います。なお、報道Ⅰ-4においては、「準暴力団」に関する言及はありませんが、「匿名・流動型犯罪グループ」の紹介がなされており、こうした事案への関与もうかがわせるものですが、本事案における「匿名・流動型犯罪グループ」の関与自体を報じているわけではないので、その判断には、さらに別の記事(報道Ⅰ-3など)にあたって確証を得ていくプロセスを辿ることになります。前述した「実務としては、主に繁華街におけるさまざまな逮捕情報等を収集し、報じられている内容(悪質なホストクラブとして何らかの犯罪行為に関与している、悪質な客引き等で摘発されている、違法カジノ等で摘発されている等)の状況を「捕捉する」しかない」ということが、実務上はこのようなプロセスを踏まえるべきであることがお分かりいただけるものと思います。なお、参考までに、本事件については、摘発された容疑者は準暴力団(チャイニーズドラゴン)と深いつながりがあることから、客引きたちは暴力団の縄張り(シマ)である歌舞伎町で堂々と客引きをしていたという構図になります。当然、暴力団にみかじめ料を支払って、ぼったくり行為をしていたと考えられ、「ぼったくり居酒屋」が、暴力団の資金源になっていた可能性が高いということです。

もう1つ、別の事案を紹介します。事案自体は繁華街とはあまり関係のなさそうなものですが、報道によって「匿名・流動型犯罪グループ」との関係性が浮かび上がってくるもので、驚かされるものです。

【報道2-1】リフォーム会社社長ら再逮捕 無許可で建設業を営んだ疑い 元社員も詐欺未遂容疑で(2024年2月7日付産経新聞)

無許可で建設業を営んだとして、警視庁暴力団対策課は7日、建設業法違反容疑で、リフォーム会社「大和住建」社長、高橋容疑者(27)=横浜市港北区=ら2人を再逮捕した。…建設業法では、500万円を超える工事を請け負う場合、建設業としての登録が必要と定めており、同社は契約を2回に分けることで代金を500万円未満に偽装しようとしたとみている。また、暴対課は、屋根の補修費名目で現金をだまし取ろうとしたとして、詐欺未遂などの疑いで、大和住建の元社員、コロンビア国籍の葵田ことアントニオ容疑者(28)も再逮捕した。逮捕容疑は4年8月、東京都足立区の男性方で、「屋根がおかしいので調べさせてください」などと言って一部を破壊。工事費用として、330万円をだまし取ろうとしたなどとしている。男性は費用が高額だったことや、3年前に補修したばかりだったことなどから不審に思い、契約を解除したという。

【報道2-2】 わざと屋根壊し詐欺か リフォーム会社社長逮捕 反社勢力関与も捜査(2024年1月17日付毎日新聞)

訪問先の住宅で「屋根が壊れている」などと虚偽の説明をして修繕費用をだまし取ろうとしたなどとして、警視庁暴力団対策課は17日、横浜市港北区のリフォーム会社「大和住建」の社長、高橋容疑者(27)=港北区新羽町=や元従業員ら男性7人を詐欺未遂容疑などで逮捕した。暴力団対策課によると、大和住建の従業員らは、飛び込み営業をする「アポインター」や契約を結ぶ「クローザー」などの担当に分かれ、神奈川県や東京都内などで住宅を訪問。勧誘の文言などが記されたマニュアルに沿って、虚偽の説明をして本来は不要な工事契約をさせていたとされる。…暴力団対策課は悪質なリフォーム業者の一部に、特殊詐欺などに関わったグループが入り込んでいるとみており、実行役らが緩やかに結びつき離合集散する「匿名・流動型犯罪グループ」の一種とみている。同社についても、反社会的勢力に収益が流れていないかなど実態解明を進める。

報道2-1については、「警視庁暴力団対策課」の事案ということが明らかですが、反社会的勢力がどのように関与するのか、この記事だけでは判然としません。とはいえ、「何らかの関係がありそうだ」とリスクセンスを発揮すべきであり、ここでスルーするのではなく、別の報道がないかを探してみるべきだといえます。そうすると、報道2-2のように、「匿名・流動型犯罪グループ」の関与が明確に指摘されている記事を見つけることができると思います(同様の報道は多くあり、むしろ、時系列的に後ろであるのに、「匿名・流動型犯罪グループ」に触れない報道2-1のような記事は珍しく、何らかの意図(必ずしも「匿名・流動型犯罪グループ」との関係が明確ではないなど)を感じさせもるものでもあります)。このように、複数の報道を確認したうえで、当該企業と反社会的勢力との関係について貴社としての判定を行い、取引可否判断につなげていくことになります。なお、悪質リフォーム業者については、2024年1月17日付毎日新聞の記事「悪質リフォーム業者”のれん分け”で増殖か 被害を防ぐポイントは」で解説されており、例えば、「住人の不安をあおり、必要のない工事の契約を結ぶ悪質なリフォーム業者を巡る相談は、国民生活センターにも多く寄せられている。センターによると、訪問勧誘のリフォーム工事に関する相談件数は2020年度8786件▽21年度9753件▽22年度1万76件と、1万件前後で推移している。「屋根工事などの契約をしたが、請求額が見積もりと違って高額だった」などの相談が多いという」「警察幹部は「まず従業員として働き、勧誘方法などノウハウを学んだ後に『のれん分け』する。そうして独立した業者が組織ぐるみで悪質リフォームに手を染めるケースが少なくないのでは」とみる」、「建設業法では、代金が500万円未満の屋根の修繕などに限れば、施工業者に国や都道府県の建設業の許可取得は義務づけられていない。このため、小規模なリフォーム工事が「犯罪グループにとって、特殊詐欺などに比べて摘発のリスクの低い資金源になっているのではないか」(捜査関係者)との見方もある」といったもので、こうした記事をふまえて、「小規模リフォーム業者」と特殊詐欺グループのような犯罪グループ、さらには「匿名・流動型犯罪グループ」との関係性を疑うことができるようになり、以後の反社チェックの実務に役立つことになります

なお、2024年2月9日付産経新聞の記事「組織的「リフォーム詐欺」で警視庁が摘発強化 不要な屋根工事、相談5年で3倍以上」においても、本事件の解説がなされていますが、警察の捜査の観点からのもので大変興味深いものです。例えば、「リフォーム詐欺や風俗店のスカウト、カジノなど、横行する組織犯罪に対応するため、警視庁は部署を越えた新たな態勢で捜査に当たっている。令和4年12月、警視庁ナンバー2の副総監をチーム長とする「特命チーム」を立ち上げ、事件情報の収集、分析に当たるとともに、その下に事案ごとの司令塔を担うタスクフォースを設置。巧妙化・複雑化する犯罪集団の摘発に成果を上げている「一軒家の屋根は、居住者も普段目にすることが少なく、業者に勝手に直されると元の状態が分からないため、工事が不必要だったかどうかの判断がつきにくい」。ある捜査関係者は、屋根のリフォーム詐欺摘発の難しさを、こう明かす。捜査は、暴力団など組織解明に強みを持つ組織犯罪対策(組対)部と、悪質商法の摘発を担う生活安全(生安)部から成るタスクフォースが担当。専門家からも話を聞き、工事の必要、不必要の判断を進めるとともに、「どうすれば事件化できるか検討を重ねた」(捜査関係者)という。警視庁が組織犯罪を行う集団の代表格として警戒対象としてきた暴力団の勢力が減退する一方で、内部の指示系統などを徹底的に隠し摘発を逃れようとする犯罪集団が台頭。「暴力団と『共生』し、カネのやり取りが疑われるものもある」(捜査関係者)という。こうした集団には専従の警戒態勢はなく、個別の事件を捜査してきたが、警察内の情報共有や連携がうまくいかないと組織の解明、上層部の摘発が難しい、という課題があった。そこで警視庁が採用したのが、特命チームとタスクフォースによる捜査態勢の構築だった。特命チームとほぼ同時期に立ち上げられた「風俗・スカウトタスクフォース」では、東京・歌舞伎町を中心に女性を風俗店などに紹介する違法スカウトグループ「ナチュラル」などを次々と検挙。海外にサーバーがあるなどして、摘発を逃れてきた「オンラインカジノ」や、今回の「リフォーム詐欺」など、いくつかのタスクフォースが作られ、活動を続けている。ある警察幹部は「新たな犯罪形態に対応するには、既存の組織にこだわらず、情報を共有して動いていく必要がある」と話している」といったもので、最近、「画期的」とされる事件解決の手法が編み出されたり、事件の背後関係が明らかになるケースが増えていると感じていましたが、こうした犯罪組織の新たな形態に対応すべく、警察も柔軟に対応しつつある状況がよくわかり、その成果が出ていることを高く評価したいと思います。

これらとは別に、繁華街以外における「匿名・流動型犯罪グループ」の報道もありましたので、参考までに紹介しておきます。

【報道3-1】姫路の山中に産廃76トンを不法投棄、容疑で男5人逮捕 兵庫県警(2024年2月5日付神戸新聞)

兵庫県姫路市の山中にがれきを不法投棄したとして、県警暴力団対策課と姫路署などは5日、廃棄物処理法違反の疑いで、同市に住む建設業の男(44)ら30~50代の男5人を逮捕した。5人の逮捕容疑は、当時姫路市内に本店があった解体業者「山崎興業」(解散)の実質的経営者の男(43)と共謀して2022年11月20日、同市飾東町にある山林に木くずやがれきなど計約76トンを不法投棄した疑い。同課は5人の認否を明らかにしていない。県警は、5人がいずれも当時山崎興業の従業員で、東西播地域を中心に活動する「匿名・流動型犯罪グループ」のメンバーとみている。実質的経営者が指示し、本店周辺の仮置き場からダンプカーで6回に分けてがれきなどを運んでいたという。近隣住民らから市に多数の相談が寄せられ、県警が捜査していた。5人のうち4人は2回目の逮捕。

この報道自体、「匿名・流動型犯罪グループ」の関与を明記しているので分かりやすいのですが、「県暴力団対策課」「解体業者」「実質的支配者」「不法投棄」といったキーワードが並んでいる時点で反社会的勢力との関係性を疑うくらいのリスクセンスも持っておきたいところです。なお、これらのワードがあるからといってそれだけで反社会的勢力が関与していると特定(断定)してしまうのでなく、記事の内容をしっかり読み込みつつ、他に報道があればその内容もあわせて吟味しながら、「見極めの精度」を高めていくことが肝要です。重要なことは、反社DB(データベース)やネット風評、記事検索を表面的に実施するだけでは見えてこないという点です。だからこそ、できる限りの多くの報道を比較検討しながら、リスクセンスを発揮して見極めの精を高めいく必要があるのです。そして、こうした取組みこそが反社チェックの本質だと言えるのです。

その他、「匿名・流動型犯罪グループ」やその周辺を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 支払い能力を超える高額な料金を請求し、多額の売掛金(ツケ)を女性客に背負わせる悪質ホストクラブの問題を巡り、ぼったくり行為などの法令違反があったとして、東京都公安委員会が歌舞伎町のホストクラブ2店舗を営業停止の行政処分をしています。報道によれば、1店舗は2023年8月、店を出ようとした女性客を「飲まないと帰れない」などと言って引き留め、近くのATMで現金を引き出させたうえ、85万円を支払わせるなどしていたといい、都公安委は、この行為が都迷惑防止条例で規制するぼったくり行為に該当するとみており、都条例のぼったくり行為を適用し、ホストクラブに対して行政処分が実施されれば初めてのケースとなります。また、別のホストクラブグループの1店舗は2023年3月、18歳未満の少女を客として店に立ち入らせており、風営法に違反することが確認されています。なお、今回問題となっている2店舗は一斉立ち入りではなく、警視庁による捜査の過程で法令違反が確認されたということです。
  • 新型コロナの影響で一時減少していた「客引き」ですが、仙台市でも今、再び増加しているといいます。宮城県警は、客引きに関与していたとみられるキャバクラ店などを家宅捜索、客引きグループの指示役とみられる六代目山口組傘下組織幹部など9人を、2023年、国分町で繰り返し客引きをしたとして宮城県迷惑行為防止条例違反の疑いで逮捕しています。県警は、9人の認否を明らかしていませんが、客引きで得た金が暴力団の資金源になっていた可能性があるとみて、事件の全容解明を進めているといいます
  • 東京・歌舞伎町を中心に活動する違法スカウトグループ「ナチュラル」に在籍していた男性が、メンバーから監禁や暴行を受けた事件で、警視庁暴力団対策課などは、監禁と強制わいせつ致傷の疑いで、グループ幹部ら5人を新たに逮捕しています。事件を巡っては2023年10月、別の幹部の沢田被告、兼子エディ被告=いずれも監禁罪などで起訴=ら十数人が逮捕されています。今回逮捕された5人は逃亡していたものの、それぞれ、2024年1月に板橋署に出頭したものです。逮捕容疑は、共謀して2023年2月、集団の内規に違反した制裁として当時在籍していた男性を東京都新宿区内のマンションに監禁し、フライパンやヘルメットで殴る蹴るの暴行を加えて全治約半年のけがを負わせたなどというものです。
  • ツケ払いの「売掛金」を支払わせるため女性客を脅迫して売春させたとして、警視庁保安課は、東京・歌舞伎町のメンズコンセプトバー従業員を売春防止法違反(脅迫・暴行による売春など)容疑で逮捕しています。報道によれば、メンズコンセプトバーやメンズコンセプトカフェ(コンカフェ)は、男性スタッフが店のコンセプトに合わせた衣装などで接客することが多いといい、同容疑者は女性だが男装するなどして働いていたといい、売掛金のあった20代の女性客から財布やキャッシュカードを取り上げたうえ、「稼げなかったら風俗に飛ぶ」と約束させる様子を動画で撮影し、売春を強要していたといいます。保安課はコンセプトバーやコンカフェでも、ホストクラブ同様、料金を明示しないで酒類を販売するなど法令違反の営業をする店舗があるとみて実態を詳しく調べているとい
  • 2024年2月11日付毎日新聞によれば、日本人女性が欧米やアジアの各国に渡航し、現地で売春ビジネスに関わった事例について、警察当局が摘発に乗り出すなど警戒を強めているといいます。歓楽街で女性に声をかけ、性風俗産業にあっせんするスカウトが仲介した疑いのあるケースも把握しているといい、円安の影響で「海外のほうがより稼げる」と勧誘しているとみられ、警察当局は背後に反社会的勢力がいる可能性もあるとみて捜査していると報じています。警視庁は2024年1月、30代の日本人女性に米ラスベガスでの売春の仕事を紹介したとして、デートクラブ経営者ら男女3人を職業安定法違反(有害業務の募集)容疑で逮捕、女性は「過去にもサウジアラビアやフィリピン、シンガポールで売春をした」などと説明したとされ、警視庁は国内に海外売春をあっせんする複数のグループが存在するとみており、警視庁はこの事件以外にも、スカウトに仲介された女性が豪州で売春していたとみられる事案を把握しているといいます。現地からスカウト側に送金があったとされ、経緯を調べています。報道で警察幹部は「円安が進み、『海外の方が実入りが良い』などと女性を誘い出している可能性がある。裏に反社会的勢力がいないかも含め、ブローカーなどはしっかり摘発していく」と強調、こうした事例の中には、ホストクラブなどで多額の売掛金(ツケ)を抱えた女性らが売春をしている事例も多いとみられています。
  • 東京都中野区のJR中野駅周辺のマンション一室で違法に店舗型性風俗店を営業したとして、警視庁生活安全特別捜査隊は風営法違反(禁止区域営業)の疑いで、渋谷区の風俗店経営を逮捕しています。報道によれば、駅周辺にある複数のマンションの計40室以上で店を営業、約400人の女性従業員が在籍しており、これまでに同法違反の疑いで従業員の男女14人が逮捕されています。
  • 特殊詐欺などの「闇バイト」に手をそめる若者が後を絶たない。犯罪社会学者の廣末登氏が当事者に直接取材し、その実態を「闇バイト―凶悪化する若者のリアル」(祥伝社新書)に著しています。主な主張について産経新聞の記事から紹介すると、「「自業自得」と彼らを突き放すのではなく、更生を支援し、犯罪集団に戻さないことが大切で「寛容な社会こそが犯罪の拡大再生産の防波堤になる」、「「ルフィ」を名乗る人物を指示役とする連続強盗事件が連日報道され、闇バイトが社会問題化していた。しかし、学生は新聞を読んでいない、テレビのニュースも見ていない。「闇バイトの犯罪性を深く理解し、逮捕された後の過酷な将来を想像できていないのではないだろうか。無知、無関心が犯罪のハードルを下げている」「闇バイトのきっかけはSNSを通じての募集や地元の先輩、友人からの紹介だ。「高収入」「即金」という甘言にだまされる。「楽してもうけたい」という若者のニーズにうまくはまる」、「採用時、身分証明書のコピーをとられ、緊急連絡先として実家や勤務先の住所や電話番号を書かされる。「辞めたい」と言うと、実家や勤務先に「押しかけるぞ」、ネットに名前、顔写真を「さらすぞ」と脅されたらやり続けるしかない。著書では暴走族OBや元組員にインタビューして詳細に勧誘の手口を明らかにした」、「当事者の証言だけに副題の「リアル」そのものだが、ページの多くをさき、強調したのは逮捕後のほうだ。特殊詐欺は初犯でも実刑が免れず、刑事施設に収容される。厳罰性が高いとされる理由を元検察官は「受け子、出し子、かけ子は末端で利用される存在とはいえ、彼らがいるからこそ犯罪が敢行される。役割の重要性は否定できず、厳罰の必要性は末端でも変わらない」と説明する」、「廣末さんは初犯者への厳罰化には違和感を抱いている。「歴史をふりかえれば、厳罰化で犯罪は抑制されただろうか」。刑期を終えて社会に出ても銀行口座が開けない、携帯電話が持てないことが多々ある。「就職、結婚が妨げられ、希望を失い自暴自棄になり、再犯に至る。新たな被害者を生む危険性は否定できない」闇バイトに手を染めた若者たちを「自業自得」とか「自己責任」という言葉で片づけてはいけないと訴える。「地域や学校で(職業観、勤労観を身に着ける)キャリア教育、(知識、情報を活用する力を身に着ける)リテラシー教育を行うべきだ。過ちを償い、更生を志すものには再チャレンジの機会を与え、制度を整えてほしい」、「現行の法制度で十分とはいえない。それを前提に若者たちに言っておきたいことがある。「人は裏切ることもあるが、学問は裏切らない。手に職をつけたなら、泥棒だろうが、権力者だろうが、誰もそれを奪えない。人生のうちでほんの数年間でいい、一生懸命に何かにうちこんでほしい」」といったものです。闇バイトの実態を知る廣末氏ゆえの説得力のある言葉だと思います。

2024年2月5日付朝日新聞付において、ETCを巡る暴力団規制に関する裁判について特集が組まれていました。憲法学者、弁護士、(被告となる)高速6社がそれぞれの立場から主張しており、大変参考になりました。例えば、憲法学者は「憲法第22条第1項は『居住、移転及び職業選択の自由』を定めている。高速道を走る自由は、公共の道路を日常的に通れるのと同じように『移転の自由』に含む形で権利として保障される。暴力団員であっても同じだ」、「どの程度の制約や権利侵害になるかがポイントの一つだ。高速道から完全に排除すれば権利の侵害と言えるが、カードがなくてもETCレーンを通れるなら話は変わる。現金で利用する場合の手間や負担がどの程度か、身近なインターはどうなっているか。そうした実害の程度によっても判断は違ってくる」、「憲法第22条第1項には『公共の福祉に反しない限り』という前置きがある。公共の福祉は、みんなの幸せを指す。他人に迷惑をかけるような権利の使い方は認められず、制約できると解釈される」、「パソカの利用規約には以前から、『不当な要求行為』『脅迫的な言動や暴力』『業務を妨害する行為』などがあれば会員資格を取り消せると定めていた。これらは公共の福祉に反する行為だ」、「一方、暴力団員が高速道を走るだけで、暴力団員ゆえの迷惑行為が起きやすいと想定するのは難しい。不当な行為がないのに、属性だけで入会を断るのは、憲法や法律に照らすと正当化できない」「全くの民間企業なら契約自由の原則があり、取引相手は自由に選べる。だが、国や地方公共団体では認められない。国から出資を受ける高速道路会社も、純然たる民間企業と同じ論法は通用しない。憲法上の権利を保障するために、国の関与を継続させているとも考えられる」、「憲法上は、暴力団をやめなくていい『自由』も保障される。やめられるかどうかが権利制約の理由にはならない。法律の世界では通用しない理屈だ」「暴力団を排除すべきだと真剣に考えるなら、どういう種類の結社や職業がなぜ困るかという議論を正面からすべきだ。そうした議論を避け、隠然とわかりにくい形で公共サービスの細かいところに制約を加えていく考え方では、こっそりと憲法に違反することがまかり通ることになる」、「基本的人権に少しでも関わることは、検討が緻密であるべきだ。理屈や筋を通すべきで、『なんとなく規制してもいいんじゃないか』という雰囲気や空気が論理を凌駕することは認められない」などと(過去の最高裁の判断に対する反対意見も含め)極めて厳しい指摘が並びます。一方、筆者としては、こうした厳しい思考訓練を経て、暴排実務が深化・徹底されていくのであればいいかなと考えます。また、弁護士は、「暴力団側との契約や取引には、規制が必要なもの、規制が許容されるもの、規制すべきでないもの、という三つに分けると考えやすい。ETC利用は規制が許容されるものだと考えている」、「規制が法的に許容されるかどうかは、規制する必要性と、規制される暴力団側の不利益の比較衡量で決まる。規制の目的の正当性や手段の相当性に加えて、不利益がどの程度のものかが判断材料になる」、「暴力団排除を徹底するためには、企業はあらゆる取引を規制していくべきだ。その意味では、『規制が必要なもの』と『規制が許容されるもの』に大きな差がないと言える。生存に必須なライフラインまで規制するのはやり過ぎだと言える。しかし、そう考えても、ETCの利用が生活に必須とまでは言えないし、不利益はさほど大きくないので規制は許容されてよい」、「暴力団による被害を減らすためには、暴力団を弱体化させる必要がある。暴力団という存在自体が法律上は違法とされていないなかでも、暴力団の勢力を弱めることが被害の防止につながるのは間違いない」、「『企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針』を政府が取りまとめたのは2007年。その時点で8万人を超えていた暴力団員は、いまは2万人台にまで減っている。これは民間企業が暴力団との契約を拒むようになった影響が大きい。壊滅が目的ではないとしても、勢力を弱体化させる副次的な効果があると評価できる」、「お金の稼ぎ方が変わってきた面もある。国の給付金の不正に絡むこともあるし、被害が急増している特殊詐欺の事件でも、首謀者には一定の割合で暴力団員が含まれている。闇バイトで集めた学生から身分証明書を取り上げ、脅して犯罪をさせて使い捨てにする例もある。被害者や犯罪に加担させられた若者の将来を思えば、暴力団対策を緩めていいはずがない」「暴力団員であり続けるかどうかは、本人の選択だ。暴力団を離脱する人が社会に受け入れられることも重要だが、そのうえで自ら暴力団員であり続ける選択をするなら、一定程度の不利益を甘受するのも当然。暴力団員でない人や、暴力団をやめる選択をした人たちと同等の生活をすることは認められない」といった見解が述べられていますが、筆者としても同様の見解であり、妥当なものと思います。さらに、高速6社については、「国がETC非対応車の料金徴収を検討中だとし、誤進入車を誘導するサポートレーンを使えば、パソカのない暴力団員でもETC専用の出入り口を通れる」「暴力団排除は社会の要請であり、組員が自ら脱退できることからも違法とはならない」と反論しています。なお、公共サービスは法令で提供義務が課せられていることも多く、暴力団排除を積極的には推進していない実態があります。首都圏のJRや私鉄の交通系ICカードの規約、電力大手の電気供給や通信大手の携帯電話の約款に暴排条項は入っていません。一方、東京ガスは一般ガス供給約款に暴排条項を入れていますが、実際に排除するかは個々の判断で、法令で義務づけられた最終保障料金での供給を拒むことはないとしています。本訴訟の動向については、本コラムでも引き続き注視していきたいと思います。

勤務先を偽装して住宅ローン「フラット35」の融資金を詐取したとして、警視庁は池田組傘下組織幹部ら男5人を詐欺や有印公文書偽造・同行使容疑などで逮捕しています。逮捕されたのは、住宅ローン専門会社「SBIアルヒ」のFC代理店の元社員と、不動産仲介会社社員らで、報道によれば、5人は共謀して2020年6月、5人のうち無職の男が、戸建て住宅購入のためアルヒ代理店を通じてフラット35に申し込む際、偽造した建設会社の在籍証明書や健康保険証を使い、2020年7月にアルヒ側から融資金約2800万円を振り込ませ、だまし取った疑いがもたれています。フラット35は独立行政法人「住宅金融支援機構」が提供する最長35年の固定金利型住宅ローンで、店舗の元社員が不動産仲介業者に利益の一部を還元し、業者は暴力団員に紹介料を払ったとみられ、警視庁は、暴力団員の男らが他にも、無職や収入が不安定でフラット35を利用できない人の不正申請に関わったとみているといいます(他にも4件で計約1億円がだまし取られた疑いがあるとの報道もあります)。本件のような不正行為や暴力団の関与を見極めることは、実務的に難しい部分はありますが、国の補助金が入っている以上、より厳格なチェックにより、不正防止、暴排に取り組んでいただきたいと思います。

用心棒代として浪川会へみかじめ料を払い、会社に損害を与えたとして大阪府警捜査4課は、会社法違反(特別背任)などの疑いで、全国で数十店の風俗店を抱える業界大手のグループ会社を経営する「金龍興業」の元代表と、浪川会の総裁の両容疑者を再逮捕し、浪川会組員と妻で会社役員の両容疑者を逮捕しています。報道によれば、共謀し、2020年10月~2022年2月、浪川会へみかじめ料を払うため、ビルメンテナンス契約料を装い、金龍興業や系列会社から、34回にわたり夫妻が経営する会社に計1092万円を振り込み、風俗店経営会社に損害を与えるなどしたとし、これまでに少なくとも4600万円が金龍興業などから浪川会側に流れたとみて調べているといいます。

最近の暴力団等反社会的勢力を巡る報道から、いくつか紹介します。

  • 2013年に発生した「餃子の王将」社長射殺事件で、殺人罪などで起訴された工藤會傘下組織幹部の田中被告について、裁判官と検察側、弁護側が争点などを絞り込む第1回公判前整理手続きが京都地裁で行われています。報道によれば、田中被告も出席し、争点を「犯人性」とし、非公開で、約30分で終了しています。起訴状によれば、氏名不詳者らと共謀し、2013年12月19日午前5時45分ごろ、京都市山科区の王将フードサービス本社前で、社長だった大東隆行さん(当時72歳)の腹や胸を拳銃で撃ち、失血死させたとしています。
  • 北九州市で2011年に建設会社会長(当時72歳)が射殺された事件で、遺族が工藤會トップの野村悟被告=別の4事件で死刑判決、控訴中=やナンバー2の田上不美夫被告=同事件で無期懲役判決、控訴中=に計約7200万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、福岡地裁は、両被告に計3300万円を支払うよう命じています。報道によれば、会長は2011年11月、北九州市の自宅前で銃殺され、同会系組幹部ら8人が殺人罪などで起訴され、一部は有罪判決が確定しています。野村、田上両被告は起訴されていませんが、(本コラムでたびたび取り上げてきたとおり)暴力団対策法は暴力団の威力を利用して資金獲得目的で第三者に損害を与えた場合は組織の代表者も賠償責任を負う(使用者責任)と規定しており、遺族が提訴していたものです。判決は、暴力団排除を推進していた会長を組織的に銃撃したと認定、動機は「建設業界からのみかじめ料(用心棒代)支払いの途絶の動きに対する報復と、工藤會の意に反する者は加害する姿勢を示し、工藤會の資金回収を保持することにあった」と判断、その上で、野村被告が工藤會内外で最上位の扱いを受けていたことなどから工藤會会長の田上被告だけでなく、野村被告も「首領」とし、代表者責任を認めています。なお、ほかにも住民が襲撃された計4事件で被害者らが同様に野村、田上両被告に損害賠償を求めて提訴しており、一部は支払いを命じる判決が確定しています。
  • 2011年に北九州市で建設会社の役員が射殺された事件など、工藤會が市民を襲撃したとされる5つの事件に関与した罪に問われている暴力団員の裁判で福岡地方裁判所は1つの事件について無罪、4つの事件について犯行への関与を認定し「組織的、計画的で悪質だ」として、懲役30年の判決を言い渡しています。判決で福岡地方裁判所の伊藤裁判長は射殺事件について工藤会會ほかの組員の供述から被告が実行犯を乗せたバイクの運転手をしたことを認定するなど4つの事件で犯行に関わったと共謀を認めた一方、福岡市博多区で看護師が刃物で切りつけられた事件について「工藤會の組員が連動して行った加害行為を当時、被告が把握していたと認めるに足る証拠はない」として無罪としています。その上で「組織的、計画的に行われた悪質な犯行への関与を繰り返していた」として、懲役30年の判決を言い渡したものです。福岡県警が工藤會に対して行った2014年以降の「壊滅作戦」では、一般市民を襲撃した事件などで39人の暴力団員などが起訴されていましたが、今回の判決で1審では全員が有罪判決を言い渡されたことになります。
  • 本コラムでも以前から指摘していますが、北九州市を拠点とする工藤會傘下の暴力団構成員が、千葉県内で活動を活発化させています。千葉県警は2023年、殺人未遂事件などに関与したとして、少なくとも3人の構成員を逮捕するとともに、工藤會傘下の暴力団の拠点についても千葉県松戸市内で確認し、勢力拡大の動きに警戒を強めています。報道によれば、工藤會傘下の構成員が関東で活動を活発化させたのは5年ほど前からといい、東京・錦糸町と千葉県内の東葛や京葉地域などを中心に動きがあるといいます。なお、千葉県内の暴力団構成員は2022年末時点で、準構成員らを含めると約1060人、最大勢力は県北西部などを拠点とする住吉会で、京葉から内房地域を中心に稲川会、外房地域などは双愛会の勢力範囲とみられています。
  • 自らが営むしゃぶしゃぶ店で「黒豚」「黒毛和牛」と偽って交雑種の肉を提供したとして、愛知県警は、六代目山口組傘下組織の幹部ら男3人を不正競争防止法違反の疑いで逮捕しています。報道によれば、愛知県警幹部は「ヤクザがしゃぶしゃぶ屋をやっていると聞いたのは初めて」と話し、売り上げの一部が上部組織に流れていたとみているといいます。「鹿児島産黒豚」「黒毛和牛」を使っていないのに、店舗紹介サイトやメニューに誤認させる表示をした疑いがあり、厨房にはスーパーの白いトレーもあり、県警はより安い肉を仕入れて利益を得ていたとみられています。

2.最近のトピックス

(1)AML/CFTを巡る動向

金融機関のAML/CFTにかかるリスク管理態勢の整備の期限(2024年3月末)が近づく中、実務上課題が多いのが「継続的顧客管理」です。継続的顧客管理については、その本質は、金融庁FAQによれば、「継続的な顧客管理の実施には、前提として、商品・サービス、取引形態、取引に係る国・地域、顧客属性等のリスクを包括的かつ具体的に検証して得られたリスク評価を踏まえ、全顧客に顧客リスク評価がなされていることが必要」、「既存顧客に対する顧客リスク評価は、既存の顧客情報に基づく暫定的な顧客リスク評価を行った上、最新の顧客情報に基づいて当該仮の顧客リスク評価を見直し、そのリスクに応じた頻度により、あるいは、随時に顧客情報を更新する必要」があること、すなわち、「調査結果を踏まえて顧客リスク評価を見直すことにより、実効的なリスク低減措置を講ずること」にあります。したがって、その調査範囲は、「本人特定事項や取引目的、職業、事業内容等の再確認」に加えて、「例えば、顧客及びその実質的支配者の資産・収入の状況、資金源等が含まれ得るもの」であって、「いかなる項目を調査対象とするかについては、対象となる顧客の顧客リスク評価や取引の特性等に応じて、個別具体的に判断」し、「顧客リスク評価に必要な情報を収集するために必要な調査を実施する」ことが求められています。そのうえで、「継続的顧客管理における顧客情報の更新については、顧客に対してより一層丁寧な説明を行うことが必要になるものと考えます」とされています。もちろん、金融機関の主体的なリスク管理事項として最大限の努力を講じる必要があるものの、「より一層丁寧な説明」だけでは国民の十分な協力を得ることが難しいのも事実であり、国としての「より一層丁寧な説明」が求められているともいえます。今回、金融庁から国民に対して、継続的顧客管理への協力のお願いが発信されていますので、以下、紹介します。

▼金融庁 金融機関のマネロン対策にご協力ください
  • お使いの銀行などの金融機関から、手紙やはがきが届いていませんか?
    • 金融機関ではマネロン対策のため、みなさまの情報を定期的に確認しています。
  • 「お客様情報確認」や「お取引目的確認」などと書かれていたら、開封・確認ください
    • たとえば次のようなことをお聞きしています(注)。
    • お名前やご住所、生年月日、お仕事、お取引の目的 など
    • (注)暗証番号、インターネットバンキングのログインID・パスワードなどの最も重要な情報をお聞きするようなことは絶対にありません。
  • 届いた手紙・はがきへのご返信をお願いします
    • みなさまのご協力が次のような被害を防ぎ、くらしの安全・安心につながります。
      • みなさまの口座やお金が、知らないうちに犯罪・マネー・ローンダリングに使われてしまうこと
      • みなさまの口座を通じて犯罪者やテロリストにお金が流れ、犯罪・テロを起こされてしまうこと

金融庁では、金融機関のマネロン対策についてのインターネット広報を実施しています

  • 法人を対象としたマネロン対策に係るチラシを作成しました
    • 法人口座は振込限度額が高額であることや、大口の取引が頻繁に行われるため、近年、法人口座が口座売買や特殊詐欺などの犯罪に不正利用されるケースも生じています。そこで、法人の継続的顧客管理の意義・協力要請を行うチラシを作成し、各業界団体を通じて周知活動を行っています。
  • 【参考:金融庁・金融機関におけるマネロン・テロ資金供与・拡散金融対策の取り組みについて】
    • 金融庁・金融機関は、金融サービスを悪用するマネーローンダリング・テロ資金供与・拡散金融(マネロン等)の対策に取り組んでいます。
    • 犯罪で得られたお金を多数の金融機関を転々とさせることで資金の出所をわからなくしたり、テロリスト等に容易にお金を送金されてしまうと、将来の犯罪活動やテロ活動を助長することになってしまいます。
    • 犯罪やテロなどと聞くと、私たちの暮らしの中ではあまり関係がないと思われがちですが、例えば、日本では最近、不特定多数の人から現金等をだまし取る特殊詐欺(オレオレ詐欺)が多発しており、組織的に詐欺を敢行して、だまし取ったお金の振込先として、架空の口座や他人名義の口座を利用するなど、様々な手口を使ってマネー・ローンダリングが行われています。また、ミサイルの発射実験などを繰り返している北朝鮮や、ウクライナに侵略しているロシア、国際連合安全保障理事会等で制裁対象となっているテロリストなどが、必要な活動資金を入手するために日本の金融機関を悪用する可能性があることから、これを未然に防ぐ必要があります。
    • このため、年々複雑化・高度化するマネロン等の手口に対抗できるよう、金融機関では様々な確認手続を行うなどして、対応を進めています。犯罪組織やテロ組織は、一般の利用者に紛れて気づかれないように取引を行おうとするため、金融機関を利用する一人一人の情報を確認することで、マネー・ローンダリングやテロ資金供与を防止することができます。犯罪組織やテロリスト等への資金の流れを止めることで犯罪やテロを未然に防止して、皆様の安心・安全な生活を守るとともに、皆様の預金や資産を守るため、ご理解とご協力をお願いいたします。

本コラムでもたびたび取り上げていますが、暗号資産等の取引おける「トラベルルール」が義務化されました。そもそもトラベルルールとは、「暗号資産・電子決済手段の取引経路を追跡することを可能にするため、暗号資産交換業者・電子決済手段等取引業者に対し、暗号資産・電子決済手段の移転時に送付人・受取人の情報を通知する義務」というルールであり、FATF(金融活動作業部会)がAML/CFTについての国際基準において、各国の規制当局に対して導入を求めているものです。匿名性や追跡可能性の点で「犯罪インフラ化」している暗号資産について、一層の健全性を獲得するために必要なルールと考えますが、一方で限界もあります。まず、主なトラベルルール対応技術は2つあり、「Travel Rule Universal Solution Technology」(TRUST)と「Sygna Hub」(Sygna)というものですが、これらには相互に互換性が無いこと、日本の法令上、通知対象国・地域に日本国を加えた取引所以外への送金や、個人のウォレットへの送金には、トラベルルールが適用されないこと(ただし、マネー・ローンダリング(マネロン)などが疑われる場合は取引が制限される可能性があります)などが挙げられます。暗号資産はそもそも「国境を超えた」移動をすることが本質であり、いわゆる「法域」の中での取引は限定的であり、ルールを導入している法域の範囲内だけで取引されるケースも全体からみれば、一部にとどまっています。暗号資産等の「犯罪インフラ化」を阻止するためにはその適用範囲を拡大していくことを期待したいところです。今般、金融庁から、その「法域」の拡大について公表されていますので、以下、紹介します。

▼金融庁 「犯罪による収益の移転防止に関する法律施行令第十七条の二及び第十七条の三の規定に基づき国又は地域を指定する件の一部を改正する件(案)」の公表について
▼(資料1)トラベルルール対象法域について
  • 我が国は、暗号資産・電子決済手段の取引経路を追跡することを可能にするため、暗号資産交換業者・電子決済手段等取引業者(VASP)に対し、暗号資産・電子決済手段の移転時に送付人・受取人の情報を通知する義務(トラベルルール)を課している。
  • 通知対象の国又は地域(法域)の法制度が整備されていなければ通知の実効性に欠けること等に鑑み、トラベルルールの対象は、我が国の通知義務に相当する規制が定められている法域に所在する外国業者への移転に限ることとしている
  • 今般、各法域におけるトラベルルールの施行状況(各国のFATF相互審査結果及びそのフォローアップ報告書、法令・ウェブサイト等を参照し確認したもの)を踏まえ、下表の法域を追加をすることとする。
  • 現在の対象法域(20法域)
    • アメリカ合衆国、アルバニア、イスラエル、カナダ、ケイマン諸島、ジブラルタル、シンガポール、スイス、セルビア、大韓民国、ドイツ、バハマ、バミューダ諸島、フィリピン、ベネズエラ、香港、マレーシア、モーリシャス、リヒテンシュタイン、ルクセンブルク
  • 今回追加する法域(8法域)
    • アラブ首長国連邦、インド、インドネシア、英国、エストニア、ナイジェリア、バーレーン、ポルトガル
▼(資料2)トラベルルールについて
  • 暗号資産・電子決済手段の取引経路を追跡することを可能にするため、暗号資産交換業者・電子決済手段等取引業者(以下「VASP」という。)に対し、暗号資産・電子決済手段の移転時に送付人・受取人の情報を通知する義務を新設
  • 対象とする移転
    • 国内VASPへの移転・外国VASPへの移転を対象とする(個人・無登録業者は対象外)。
    • 金額、種類にかかわらず、全ての移転を対象とする
  • 除外される移転
    • 我が国の通知義務に相当する規制が定められていない国又は地域に対する移転については、除外する。(告示指定)
  • 通知事項
    1. 送付人情報
      1. 自然人
        • 氏名
        • 住居or顧客識別番号等
        • ブロックチェーンアドレスor当該アドレスを特定できる番号
      2. 法人
        • 名称
        • 本店又は主たる事務所の所在地or顧客識別番号等
        • ブロックチェーンアドレスor当該アドレスを特定できる番号
    2. 受取人情報
      1. 自然人
        • 氏名
        • ブロックチェーンアドレスor当該アドレスを特定できる番号
      2. 法人
        • 名称
        • ブロックチェーンアドレスor当該アドレスを特定できる番号
  • 通知事項の記録・保存義務
    • 通知した事項・通知を受けた事項について記録・保存義務を課す。

海外におけるAML/CFTに関する最近の動向から、いくつか紹介します。

  • EUは、暗号資産部門を含むAML/CFTを巡り協力体制強化で暫定合意しています。現在の各国の異なるアプローチに終止符を打つことが目的で、EU議長国ベルギーのヴィンセント・ヴァン・ペテゲム財務相は「これにより詐欺師や組織犯罪、テロリストが金融システムを通じて収益を合法化する余地がなくなる」と声明で表明しています。今回の合意は、新たにEUのマネロン防止機関を設立する対策パッケージの一部をカバー、既存のAML/CFT規則が拡大され、暗号資産サービスのプロバイダーは1000ユーロ(1090ドル)以上の取引を行う顧客をチェックし、疑わしい行為を報告することになるほか、国境を越えた暗号資産業者は追加措置が必要となること、貴金属や宝石商などの高級品の取引業者や、高級車、飛行機、ヨットの販売業者も顧客のチェックが求められることになります。さらに、犯罪者のマネロンをより困難にするため、EU全体で現金支払いの上限が1万ユーロとされることになります。
  • 国連薬物犯罪事務所(UNODC)が発表した報告書によると、北朝鮮のハッカーが東南アジアの詐欺集団や麻薬密売人とマネロンや地下銀行ネットワークを共有しているほか、カジノや暗号取引所が組織犯罪の重要な場として浮上していると指摘しています。UNODCはミャンマー、タイ、ラオス、カンボジアを含むメコン地域で、北朝鮮のサイバー攻撃グループ「ラザルス」を含むハッカーによるこのような情報共有が「数例」確認されたと指摘、詳細は明らかにされていませんが、事例情報やブロックチェーンデータの分析を通じて活動を特定したとしています。2024年1月16日ロイターによれば、北朝鮮の在ジュネーブ国連代表部はUNODCの報告書について「この問題についてよく知らない」とした上で、ラザルスに関するこれまでの報道は「全て憶測であり、誤った情報」としています。一方、UNODCは、東南アジアのカジノや富裕層に賭博行為を仲介したり資金を貸し付けたりする「ジャンケット」、規制されていない暗号通貨取引所がこの地域の組織犯罪によって使用される銀行構造の「基盤となる部分」を担っていると指摘しています。北朝鮮やミャンマーはイランとともにいわゆる「ブラックリスト」に指定されていますが、正にこうした闇の共有ネットワークが存在していることが明らかとなった点で興味深いといえます。
  • インド準備銀行(中央銀行)は、同国の電子決済サービス「Paytm」の決済を担うペイティーエム・ペイメンツ・バンクで適切な身分認証手続きを経ない口座開設が数十万件あったことを確認し、金融犯罪対策機関である執行局(ED)に報告したと報じられています。インド準備銀行は、一部口座がマネロンに使われた可能性を懸念しており、EDのほか内務省と首相府にも調査結果を送付、2024年1月31日、ペイティーエム・ペイメンツ・バンクに対し、「執拗な違反、継続的かつ重要な監督上の懸念」を理由として、預金やクレジット商品、モバイルウォレットなど大半の事業を2月29日までに停止するよう命じています。なお、同社に対してこれまで法令違反などが指摘され、特にマネロンに関わりかねない本人確認についての問題が取り沙汰されていたといいます。今回の措置は、インド市場全体の投資家心理やインドのテック業界、スタートアップへの見方にも影響を与えることになりそうです。
  • 米財務省は、ロシアが米国から軍事利用目的の物品を入手しようとするリスクが増大していると警鐘を鳴らしています。マネロンやテロ資金供与に加え、大量破壊兵器の開発などで資産凍結された人物に資金面の便宜を図る「拡散金融」に関し、同省は2024年版の国家リスク評価(NRA)の報告書を公表、その中でロシアがもたらすリスクの高まりを強調しています。ロシアはウクライナ侵攻を支えるため、フロント企業や荷物の積み替えなどを駆使して取引を隠し、軍事目的に使用される可能性のある米国原産品の違法購入を拡大してきたと財務省が指摘したほか、北朝鮮によるリスク増大も挙げています複数の組織が暗号資産サービスプロバイダー(VASP)のハッキングなどを通じ、デジタル経済を悪用する行為が増えているほか、イスラム組織ハマスが国際金融システムを悪用する方法も取り上げています。ハマスはイランから年間約1億ドル(約148億円)の資金提供を受け、中東で運用、暗号資産を含めた資金集めのため、ネットを通じて小口資金を集めるクラウドファンディングや慈善団体を装う手法も駆使しているといい。資金提供を求める際、その使途を知った上で寄付する人だけでなく、知らない人から募るケースもあるといいます。なお、同省はハマスが2023年10月にイスラエルを急襲した後、米国がそうした資金提供を断ち切ろうとしてきたことにも言及、こうした実態について、ネルソン米財務次官(テロ・金融情報担当)は、テロや麻薬取引、ロシアのウクライナ侵攻などを挙げ、「不正金融は米国の安全保障への脅威だ」と強調しています。米国のNRAで指摘されている点は、日本についても当てはまることであり、ウクライナ情勢やパレスチナ情勢の深刻化、北朝鮮リスクの増大など、AML/CFTおよび拡散金融対策(CPF)の重要性がさらに増していると認識する必要があります。
  • 米財務省は、親イラン武装組織のテロ資金調達などに関与したとして、イラクのアルフーダ銀行を金融制裁の対象にする方針を発表しています。海外送金を仲介する「コルレス業務」を米金融機関が同行に提供することを禁じ、米金融システムから切り離すとし、同時に、同行会長兼オーナーのハマド・アルモサウィ氏の米国内の資産を凍結しています。財務省は、同行がイランの革命防衛隊や親イラン武装組織などを支援するため、米ドル調達に関与し、マネロンに加担したと説明、ネルソン米財務次官(テロ・金融情報担当)は声明で、「不正な活動を目的に、イラク経済を利用し、資金の調達や移動を行っている」と非難しています。
  • 米紙NYTが、ロシアが国内に保有する北朝鮮の凍結資産3000万ドル(約44億円)のうち、900万ドル(約13億円)の解除を許可したと報じています。北朝鮮は解除された資金を原油購入に充てるとみられるといます。本コラムでもたびたび取り上げているとおり、国連安全保障理事会は、北朝鮮の核・ミサイル開発に関わる資産凍結を各国に要請していますが、ウクライナ侵略を続けるロシアに対する北朝鮮の武器供与の見返りとして、ロシアが「制裁逃れ」を助けている構図が明らかになったといえます。報道によれば、北朝鮮のフロント企業によるロシアの銀行での口座開設も確認されており、北朝鮮が今後、ロシアを通じた第三国との金融取引を目指す可能性が考えられます。AML/CFT/CPFが機能するためには、「抜け道」が存在しないことが前提となりますが、ロシアや北朝鮮、ハマスの動向はその有効性を「無」にするものといえ、怒りを禁じ得ません
  • イスラエルの銀行大手レウミは4日、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)に対し、口座凍結を伝えています。報道によれば、「ガザのテロ組織への資金移動について具体的な疑い」がある追跡不可能な送金があったと説明、口座からハマスに送金されているとみて懸念しているといいます。UNRWAを巡っては、イスラム組織ハマスが2023年10月に行ったイスラエル奇襲への職員関与疑惑が浮上したのを受け、日米を含む10カ国以上が資金拠出の停止を表明、戦闘が続くパレスチナ自治区ガザでの人道支援を担うUNRWAは、資金難から2024年2月末にも活動中断に追い込まれる恐れが出ており、口座凍結は苦境に追い打ちを掛けることになりそうです。同行はまた、バイデン米政権が制裁を決めたユダヤ人入植者4人のうち、1人の口座を凍結、イスラエルの銀行は、残る3人にも同様の措置を取るとみられています。
  • 英紙FTは、イランの石油化学会社が極秘で所有するダミー会社が、米国の制裁を回避するためにスペインの大手銀サンタンデールと英銀大手ロイズ・バンキング・グループの口座を利用していたと報じています。英国内でイランの情報機関が送金などの取引を支援していたとされ、米国によれば、この石油化学会社はイラン革命防衛隊の精鋭「コッズ部隊」向けに巨額の資金調達を行い、ロシア情報機関と協力するネットワークに関与していたとされます。両行が当局から制裁を受ける可能性が指摘され、両行の株価が急落しています。米国の対イラン制裁に違反すると、金融機関は多額の罰金を科されることになり、2019年には英スタンダードチャータードや伊ウニクレディトがそれぞれ10億ドル(約1500億円)以上の罰金を受けています。
  • ウクライナに軍事侵攻するロシアに対し、欧米諸国は原油の輸出制限を狙った制裁を発動したものの、大きな効果を上げることができておらず、その背景には「影の船団」と呼ばれる露産原油を運ぶ闇タンカーの存在が指摘されていると2024年2月9日付毎日新聞が報じています。報道によれば、闇タンカーの所有会社は書類上、ギリシャやアラブ首長国連邦(UAE)の主要都市ドバイなどに拠点を置いていますが、「大半は所有権を複雑にして船主をたどれないようにしてあり、ロシア政府との関連を証明するのは至難の業だ」、「利益を狙って原油価格が上がった時だけ参加する船主も多く、実態の把握をさらに困難にしている」と専門家が指摘しています。欧米の各調査機関によると、所有者が判然としない闇タンカーは、2023年2月の段階で100~200隻とみられていましたが、約1年後の現在は、600~800隻に激増、1000隻以上とみる推計もあるといいます。廃船間近の老朽船などが使われ、船の位置情報を発信する船舶自動識別装置(AIS)の電源を切ったり、洋上で別のタンカーに原油を積み替えたりして、出発地と目的地を知られないようかく乱することが多いといいます。また、ノルウェー海運当局によると、ロシア西岸からバルト海を通過するタンカーの交通量は、2020年3月~22年3月には1カ月平均約660便だったのが、2022年4月~23年9月には、月平均約950便に増加、特に古いタンカーが目立ち、2020年には平均船齢8.3年だったものが、2023年には14.6年に上がったとされます。中古タンカーの急激な価格上昇も起きており、影の船団への需要の高まりを示すと考えられています。さらに、影の船団が世界にもたらすリスクは増大、例えば、闇タンカーは古い船が使われているうえに、位置情報を隠したり、タンカー同士が沖合で接近して原油を移したりするため、事故が起きる可能性が格段に上がるとされ、専門家は「影の船団への対応は困難を極める。世界各国は、影の船団を単なる(制裁逃れのための)輸送手段としてみるのではなく、航海ルート周辺国に甚大な被害を及ぼす存在であることを認識しなければならない」と指摘している点は大変興味深いものです。また、闇の船団はの手口やあり方は、反社会的勢力の実態の不透明化や手口の巧妙化の1つの表れである「フロント企業」など法人の悪用の実態と相通するものがあります
  • 2023年8月の一斉摘発で発覚したシンガポール最大のマネロン事件で、地元警察が押収した資産の総額が30億シンガポールド(22億4000万米ドル)超の規模に拡大したと地元紙ビジネス・タイムズが報じています。報道によれば、警察は新たに不動産55物件と自動車15台の処分禁止を命じたほか、摘発前にシンガポールを離れた2人には地元警察から逮捕状が出ており、国際刑事警察機構(ICPO)が所在特定と身柄拘束を求める国際手配書(レッドノーティス)も発行済みといいます。警察は既に、詐欺やオンライン賭博を含む海外での組織犯罪で得た収益を洗浄していた疑いで多国籍の外国人容疑者10人を逮捕しています。当初の押収総額は高級物件の不動産や自動車、金の延べ棒、宝飾品などの計10億シンガポールドル相当だったところ、その後の捜査でスイスの銀行にも犯行グループの資産があることを突き止めるなどして、2023年10月には計28億シンガポールドルに膨らんでいたものです。

日本国内におけるマネロン等関連事案に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 他人に譲渡する目的で金融機関口座を開設したとして、警視庁は、詐欺の疑いで、警視庁巡査を逮捕しています。調べに対し「金欲しさに口座を作ったことは間違いない」と容疑を認めているといいます。報道によれば、2023年10月ごろ、他人に譲渡する目的で、金融機関3社で3口座を開設したというもので、口座は本人名義で開設され、実際に他人へ譲渡されていたといいます。なお、警視庁は、口座の特殊詐欺などへの悪用については明らかにしていません。さらに、不正にキャッシュカードなどを譲り渡したとして、福岡県警が警察署に所属していた30代の男性巡査を犯罪収益移転防止法違反(有償譲り渡し)容疑で書類送検しています。2023年3月27~31日ごろの間、不正に利用されると知りながら、スマホを使って氏名不詳の相手に自分名義の預金口座の暗証番号を提供した上、キャッシュカード1枚を送付したというものです。報道によれば、巡査は2018年7月以降、多額の借金を抱えており、今回の不正譲渡の見返りに数万円を得ていたといいます。また、秋田県仙北市の30代の男性職員が2023年5月、数万円の融資を受けるため、自己名義の銀行口座を融資元に提供し、口座が詐欺事件で悪用されたと報じられています。秋田県警が犯罪収益移転防止法違反の疑いで書類送検しています(12月に不起訴)。職員は複数の同僚職員の連絡先も無断で融資元に提供し、融資元から同僚や勤務先に頻繁に電話がかかってきたということです。
  • 京都府警組対2課と宇治署は、共謀して、2021年2月~22年7月、53歳の男名義の預金通帳1冊と暗証番号の情報を渡したり、受け取ったりしたとして、犯罪収益移転防止法違反などの疑いで、大津市、会社員の男ら男女3人を逮捕しています。3人の逮捕容疑は。また、39回にわたり、53歳の男名義の通帳から2241万円を引き出した疑いがあるといいます。報道によれば、会社員とされる男は指定暴力団に所属しており、暴力団の活動資金になっていた可能性があるといいます。
  • 中古貨物船の輸出先を偽って税関に申告した疑いがあるとして、警視庁公安部は、大阪市の船舶売買・仲介会社と関係先を関税法違反(虚偽申告)容疑で捜索しています。貨物船は申告先のアラブ首長国連邦(UAE)ではなく、外国船舶に対する襲撃への関与が疑われるイランに輸出されていたといいます。報道によれば、船舶売買・仲介会社は2021年5月頃、中古の貨物船1隻(総トン数499トン)をUAEの企業に輸出すると偽り、税関に虚偽の申告書類を提出した疑いが持たれており、公安部が貨物船の位置情報を分析したところ、日本を出た後、東南アジアを経由し、イラン国内の港に到着していたことが判明、輸出に際し、同社はイラン側から許可を得ていたといいます。イランへの船舶輸出は禁止されていないといいますが、外務省によると、核開発などを巡り米国が独自の経済制裁を科していることから、商社や貿易会社は取引に慎重になるケースが多いといいます。一方、ホルムズ海峡周辺では近年、イランの関与が疑われる武装勢力の民間船の襲撃が相次いでおり、対立するイスラエルは、イランが中古船に無人機やミサイルを搭載して軍用船に改造していると非難しています。同社はこれまで、UAEや中国、東南アジアなどへの船の売却を仲介していたようですが、こうしたところに日本も関与している実態が明らかになったことは、極めて憂慮すべき状況だといえます。

(2)特殊詐欺を巡る動向

警察庁から「令和5年における特殊詐欺の認知・検挙状況等について(暫定値版)」が公表されました。特殊詐欺の被害はなお高止まりしている実態に加え、ルフィグループに代表される海外拠点の摘発が、海外の当局との連携によって進展したことや、匿名・流動型犯罪グループによる犯行が顕著となっていることなどが大きな特徴といえます。

▼警察庁 令和5年における特殊詐欺の認知・検挙状況等について(暫定値版)
  • 認知状況全般
    • 令和5年の特殊詐欺の認知件数(以下「総認知件数」という。)は19,033件(+1,463件、+8.3%)、被害額は441.2億円(+70.4億円、+19.0%)と、前年に比べて総認知件数及び被害額は共に増加。
    • 被害は大都市圏に集中しており、東京の認知件数は2,920件(▲298件)、大阪2,649件(+585件)、神奈川2,024件(▲66件)、愛知1,357件(+377件)、埼玉1,338件(▲49件)、千葉1,310件(▲147件)及び兵庫1,213件(+139件)で、総認知件数に占めるこれら7都府県の合計認知件数の割合は67.3%(▲2.5ポイント)。
    • 1日当たりの被害額は1億2,089万円(+1,929万円)。
    • 既遂1件当たりの被害額は237.9万円(+19.3万円、+8.8%)。
  • 主な手口別の認知状況
    • オレオレ詐欺、預貯金詐欺及びキャッシュカード詐欺盗(以下3類型を合わせて「対面型特殊詐欺」と総称する。)の認知件数は8,896件(▲828件、▲8.5%)、被害額は191.7億円(▲13.4億円、▲6.5%)で、総認知件数に占める割合は46.7%(▲8.6ポイント)。
      • オレオレ詐欺は、認知件数3,946件(▲341件、▲8.0%)、被害額130.4億円(+1.1億円、+0.8%)と、認知件数は減少するも、被害額は増加し、総認知件数に占める割合は20.7%(▲3.7ポイント)。
      • 預貯金詐欺は、認知件数2,734件(+371件、+15.7%)、被害額34.3億円(+5.4億円、+18.7%)と、いずれも増加し、総認知件数に占める割合は14.4%(+0.9ポイント)。
      • キャッシュカード詐欺盗は、認知件数2,216件(▲858件、▲27.9%)、被害額27.0億円(▲19.8億円、▲42.3%)と、いずれも減少し、総認知件数に占める割合は11.6%(▲5.9ポイント)。
    • 架空料金請求詐欺は、認知件数5,136件(+2,214件、+75.8%)、被害額138.1億円(+36.3億円、+35.7%)と、いずれも増加し、総認知件数に占める割合は27.0%(+10.4ポイント)。
    • 還付金詐欺は、認知件数4,184件(▲495件、▲10.6%)、被害額51.3億円(▲2.4億円、▲4.5%)と、いずれも減少し、総認知件数に占める割合は22.0%(▲4.6ポイント)。
  • 主な被害金交付形態別の認知状況
    • 現金手交型の認知件数は3,458件(▲523件、▲13.1%)、被害額101.0億円(▲29.1億円、▲22.3%)と、いずれも減少し、総認知件数に占める割合は18.2%(▲4.5ポイント)。
    • キャッシュカード手交型の認知件数は2,999件(+328件、+12.3%)、被害額は42.2億円(+2.4億円、+6.0%)と、いずれも増加。一方、キャッシュカード窃取型の認知件数は2,216件(▲858件、▲27.9%)、被害額は27.0億円(▲19.8億円、▲42.3%)と、いずれも減少。両交付形態を合わせた認知件数の総認知件数に占める割合は27.4%(▲5.3ポイント)。
    • 振込型の認知件数は6,495件(+437件、+7.2%)、被害額は194.0億円(+88.8億円、+84.3%)と、いずれも増加し、総認知件数に占める割合は34.1%(▲0.4ポイント)。
    • 現金送付型の認知件数は436件(+117件、+36.7%)、被害額は48.2億円(+9.7億円、+25.0%)と、いずれも増加し、総認知件数に占める割合は2.3%(+0.5ポイント)。
    • 電子マネー型の認知件数は3,343件(+1,927件、+136.1%)、被害額は21.3億円(+11.4億円、+115.0%)と、いずれも増加し、総認知件数に占める割合は17.6%(+9.5ポイント)
  • 欺罔手段に用いられたツール
    • 被害者を欺罔する手段として犯行の最初に用いられたツールは、電話77.4%、ポップアップ表示12.2%、メール・メッセージ9.2%、はがき・封書等1.2%と、電話による欺罔が8割近くを占めている。
    • 主な手口別では、対面型特殊詐欺及び還付金詐欺では99.9%が電話。架空料金請求詐欺ではポップアップ表示が43.8%、電話が30.2%、メール・メッセージが25.5%。
  • 予兆電話
    • 警察が把握した、電話の相手方に対して、住所や氏名、資産、利用金融機関等を探るなどの特殊詐欺が疑われる電話(予兆電話)の件数は133,967件(+13,523件、+11.2%)で、月平均は11,164件(+1,127件、11.2%)と増加。
    • 都道府県別では、東京が26,130件と最も多く、次いで埼玉13,561件、大阪12,573件、千葉11,572件、神奈川8,012件、愛知7,928件、兵庫5,693件の順となっており、予兆電話の総件数に占めるこれら7都府県の合計件数の割合は63.8%。
  • 検挙状況全般
    • 令和5年の特殊詐欺の検挙件数は7,219件(+579件、+8.7%)、検挙人員(以下「総検挙人員」という。)は2,499人(+41人、+1.7%)と増加
    • 手口別では、オレオレ詐欺の検挙件数は2,131件(+360件、+20.3%)、検挙人員は986人(+19人、+2.0%)と、いずれも増加。還付金詐欺の検挙件数は1,061件(±0件、±0.0%)、検挙人員は203人(+17人、+9.1%)と検挙人員が増加。
    • 中枢被疑者(犯行グループの中枢にいる主犯被疑者(グループリーダー及び首謀者等))の検挙人員は62人(+21人)で、総検挙人員に占める割合は2.5%
    • 受け子や出し子、それらの見張り役の検挙人員は1,893人(▲24人)で、総検挙人員に占める割合は75.8%。
    • このほか、特殊詐欺に由来する犯罪収益を隠匿、収受した組織的犯罪処罰法違反で363件(+226件)、141人(+123人)検挙。
    • また、預貯金口座や携帯電話の不正な売買等の特殊詐欺を助長する犯罪を、3,803件(+162件)、2,798人(+27人)検挙。
  • 暴力団構成員等の検挙状況
    • 暴力団構成員等の検挙人員は404人(▲30人、▲6.9%)で、総検挙人員に占める割合は16.2%。
    • 暴力団構成員等の検挙人員のうち、中枢被疑者は24人(+7人、+41.2%)であり、出し子・受け子等の指示役は17人(+5人、+41.7%)、リクルーターは70人(▲9人、▲11.4%)。また、中枢被疑者の総検挙人員に占める暴力団構成員等の割合は38.7%と、・依然として暴力団が主導的な立場で特殊詐欺に深く関与している実態がうかがわれる。
    • このほか、現金回収・運搬役としては43人(+4人、+10.3%)、道具調達役としては6人(▲5人、▲45.5%)を検挙。
  • 匿名・流動型犯罪グループの動向と警察の取組
    • 近年、暴力団とは異なり、SNSを通じるなどした緩やかな結び付きで離合集散を繰り返す犯罪グループが特殊詐欺等を広域的に敢行するなどの状況がみられ治安対策上の脅威となっている。
    • これらの犯罪グループは、そのつながりが流動的であり、また、匿名性の高い通信手段等を活用しながら役割を細分化したり、特殊詐欺等の違法な資金獲得活動によって蓄えた資金を基に、更なる違法活動や風俗営業等の事業活動に進出したりするなど、その活動実態を匿名化・秘匿化する状況がみられる。
    • こうした情勢を踏まえ、警察では、準暴力団を含むこのような集団を「匿名・流動型犯罪グループ」と位置付け、実態解明・取締りを進めている。
    • 検挙事例 令和4年5月に発生した特殊詐欺グループ内でのトラブルを発端とした監禁事件の捜査を端緒として、同グループのリーダーの男(25)がSNSを利用するなどして実行犯を募集した上、高齢者のキャッシュカードを別のカードにすり替えて窃取するなどの手口で特殊詐欺事件を広域的に敢行していた実態を解明し、令和5年5月までに、同男ら37人を窃盗罪等で逮捕した(大阪、滋賀及び奈良)
  • 少年の検挙状況
    • 少年の検挙人員は446人(▲27人、▲5.7%)で、総検挙人員に占める割合は17.8%。少年の検挙人員の71.5%が受け子(319人)で、受け子の総検挙人員(1,594人)に占める割合は20.0%と、受け子の5人に1人が少年。
  • 外国人の検挙状況
    • 外国人の検挙人員は124人(▲21人、▲14.5%)で、総検挙人員に占める割合は5.0%。外国人の検挙人員の54.0%が受け子で、24.2%が出し子。
    • 国籍別では、中国46人(37.1%)、ベトナム30人(24.2%)、韓国14人(11.3%)、フィリピン7人(5.6%)、タイ6人(4.8%)、ペルー5人(4.0%)、ブラジル5人(4.0%)、インドネシア2人(1.6%)、その他9人(7.3%)。
  • 架け場等の摘発状況
    • 犯行グループが欺罔電話をかけたり、出し子・受け子らグループのメンバーに指示を出したりする架け場等の犯行拠点について、国内では15箇所を摘発(▲5箇所)。*車両4・ホテル3・賃貸オフィス3・賃貸アパート2・賃貸マンション1・一般住宅1・民泊施設1
    • また、海外におけるこれらの拠点を外国当局が摘発し、日本に移送して検挙した人員については、令和5年中69人となっている。*検挙人数69人、うちフィリピン9人、カンボジア47人、タイ4人、ベトナム9人
  • 主な検挙事件
    • 令和5年2月から5月にかけて、フィリピン共和国に拠点を置いた特殊詐欺(キャッシュカード詐欺盗)事件の首謀者等とみられる4人を含む被疑者9人を、同国を退去強制後に順次逮捕(警視庁ほか)。
    • 令和5年4月、カンボジア王国に拠点を置いた特殊詐欺(架空料金請求詐欺)事件の被疑者19人を、同国を退去強制後に逮捕(警視庁ほか)。
    • 令和4年3月から5年6月にかけて、特殊詐欺(架空料金請求詐欺)事件の拠点を摘発し、6人を逮捕するとともに、犯行に利用されたIP電話回線を提供した事業者の経営者ら7人を逮捕(埼玉)。
    • 令和5年5月、特殊詐欺(架空料金請求詐欺)事件の被害金で購入された暗号資産を日本円に換金して隠匿していた事業者の経営者ら3人を逮捕(愛知)。
    • 令和4年2月に認知した特殊詐欺(還付金詐欺等)事件の被疑者として指定暴力団太州会傘下組員ら11人を順次逮捕するとともに、令和5年7月、中枢被疑者を逮捕(大分)。
  • 特殊詐欺に係る広域的な捜査連携の強化
    • 特殊詐欺は、全国各地で被害が発生しているにもかかわらず、その被疑者や犯行拠点の多くは首都圏をはじめとした大都市に所在していることが多く、捜査範囲が広域にわたることから、捜査をいかに効率的に行うかが課題になっていた。
    • 全国警察が一体となり効率的に捜査を進め、上位被疑者の検挙や犯行拠点の摘発につなげるため、令和6年4月から、他府県からの依頼を受けて管轄区域内の捜査を行う「特殊詐欺連合捜査班」(TAIT(タイト):Telecom scam Allianced Investigation Team)が各都道府県警察に構築されることとなり、令和5年12月、全国特殊詐欺取締主管課長等会議においてその方針が示された。
  • 関係事業者と連携した対策の推進
    • 金融機関の窓口において高齢者が高額の払戻しを認知した際に警察に通報するよう促したり、コンビニエンスストアにおいて高額又は大量の電子マネー購入希望者等に対する声掛けを働き掛けたりするなど、金融機関やコンビニエンスストア等との連携による特殊詐欺予防対策を強化。この結果、関係事業者において、22,346件(+3,616件、+19.3%)、71.7億円(▲8.5億円、▲10.6%)の被害を阻止(阻止率 54.6%、+2.1ポイント)。
    • キャッシュカード手交型とキャッシュカード窃取型への対策として、警察官や金融機関職員等を名のりキャッシュカードを預かる又はすり替えるなど具体的な手口の積極的な広報を推進。また、金融機関に預貯金口座のモニタリングを強化する取組や高齢者口座のATM引出限度額を少額とする取組(ATM引出制限)等を推進(令和5年12月末現在、43都道府県、258金融機関)
    • 還付金詐欺への対策として、金融機関に対し、一定年数以上にわたってATMでの振込実績がない高齢者のATM振込限度額をゼロ円又は極めて少額とする取組(ATM振込制限)(令和5年12月末現在、47都道府県、411金融機関)や窓口に誘導して声掛けを行うようにするなどの働き掛けを推進。また、金融機関と連携しつつ、還付金詐欺の手口に注目した「ストップ!ATMでの携帯電話」運動を全国で実施。
    • 現金送付型への対策として、宅配事業者に対し、過去に犯行に使用された被害金送付先のリストを提供し、これを活用した不審な宅配の発見や警察への通報等を要請するとともに、公益財団法人日本賃貸住宅管理協会に対して、警察庁作成にかかる「空き家(空き部屋)悪用対策シール」を配付し、シールの活用による空き家(空き部屋)の悪用防止を働き掛ける取組を推進。このほか、コンビニエンスストアに対し、高齢者からの宅配便の荷受け時の声掛け・確認等の推進を要請。
    • 電子マネー型への対策として、コンビニエンスストアと連携し、高額の電子マネーを購入しようとする客への声掛け、購入した電子マネーのカード等を入れる封筒への注意を促す文言の記載、発行や申込みを行う端末機の画面での注意喚起等を推進。このほか、電子マネー発行会社に対して、不正な方法によって入手された電子マネーカードの利用を停止するなどの対策強化を働き掛ける取組を推進。
    • SNSを利用した受け子等の募集の有害情報への対策として、特殊詐欺に加担しないよう呼び掛ける注意喚起の投稿や、受け子等を募集していると認められる投稿に対して、返信機能(リプライ)を活用した警告等を実施(令和5年12月末現在、28都道府県)。
  • 「実行犯を生まない」ための対策~犯罪実行者募集への対処
    • 警察庁では、令和5年1月から同年7月末までに検挙した被疑者を対象として、その供述や証拠から受け子等になった経緯を集計したところ、「SNSから応募」が約半数を占めている実態が判明した。
    • 犯罪実行者募集の投稿については、従来から一部の都道府県警察において、事業者に対する削除依頼、返信(リプライ)機能を活用した投稿者等に対する個別警告及び実行犯募集に応募しようとしていることがうかがわれる者への注意喚起を推進しているところ、令和5年7月、人身安全・少年課では、少年が、社会的に「闇バイト」と表現されることがある犯罪実行者募集への応募をきっかけに犯行グループに使い捨てにされ、検挙されるまでの実態を取りまとめた「犯罪実行者募集の実態」を公表して、非行防止教室等の場を活用するなどして少年が特殊詐欺等に加担してしまうことなどがないよう広報啓発を強化している
    • また、同年9月、警察庁の委託事業であるインターネット・ホットラインセンター及びサイバーパトロールセンターにおいて、その取扱情報の範囲に犯罪実行者募集情報を追加し、当該情報の排除に向けた取組を推進している。
  • 防犯指導等の推進
    • 特殊詐欺等の捜査過程で押収した名簿を活用し、同名簿に載っていた人に電話するなど注意を喚起する取組を推進。
    • 高齢者が犯人からの電話に出ないようにするために、固定電話の防犯機能強化に向けた対策を推進。具体的には、自動通話録音、警告音声、迷惑電話番号からの着信拒否等の機能を有する機器の設置、相手の電話番号を表示するナンバー・ディスプレイ等の導入や留守番電話の設定を通じ、知らない番号からの電話に出ない、国際電話番号の利用を休止するなどの対策を呼び掛ける取組を推進。
    • 地方創生臨時交付金における「重点支援地方交付金」の推進事業メニューに防犯性能の高い建物部品・固定電話機・防犯カメラの設置等が含まれていることを受け、同交付金を活用した防犯対策が適切に実施されるよう、地方公共団体との連携を推進。
  • 「被害に遭わない環境を構築する」ための対策~高齢者の自宅電話に犯罪グループ等から電話がかかることを阻止するための方策の推進~
    • 特殊詐欺として被害届を受理したもののうち、犯人側が被害者側に接触する最初の通信手段は77.4%が電話で、そのうちの90.5%が被害者の固定電話に対する架電であることが判明している。
    • NTT東日本・西日本では、特殊詐欺被害防止のため、令和5年5月から70歳以上の契約者及び70歳以上の方と同居する契約者の回線を対象に、ナンバー・ディスプレイ契約、ナンバー・リクエスト契約を無償化等する取組を実施しており、都道府県警察では、各種警察活動を通じて周知に向けた取組を行うとともに、その利用に向けた具体的な支援を行うなど、犯人側から電話がかかることを阻止するための方策を強力に推進している。
    • この結果、特殊詐欺への抑止効果が見込まれるナンバー・リクエスト契約数が、令和5年12月末時点で、前年同期に比べて約20万件増加(+150%)
    • また、令和5年7月以降、国際電話番号を利用した特殊詐欺が急増しているところ、国際電話に関しては、KDDI株式会社、NTTコミュニケーションズ株式会社及びソフトバンク株式会社の国際電話三社が共同で運用している「国際電話不取扱受付センター」(連絡先0120-210-364)に申込めば、固定電話・ひかり電話を対象に国際電話番号からの発着信を無償で休止できる。都道府県警察では、同センターの周知及び申込み促進に向けた取組を行うとともに、手続が煩雑等の理由で申込みを控える高齢者世帯等に対しては、警察において可能な支援を行うなどの取組を行っている。
  • 犯行ツール対策
    • 主要な電気通信事業者に対し、犯行に利用された固定電話番号等の利用停止及び新たな固定電話番号の提供拒否を要請する取組を推進。令和5年中は固定電話番号866件、050IP電話番号7,302件が利用停止され、新たな固定電話番号等の提供拒否要請を6件実施。
    • 令和5年7月から、悪質な電話転送サービス事業者が保有する「在庫番号」を一括利用停止する仕組みの運用を開始。新規番号の提供拒否対象契約者等が保有する固定電話番号等の利用停止等要請を4事業者に行い、在庫番号3,270番号を利用停止。
    • 犯行に利用された固定電話番号を提供した電話転送サービス事業者に対する犯罪収益移転防止法に基づく報告徴収を3件、総務省に対する意見陳述を3件実施。
    • 犯行に利用された携帯電話(仮想移動体通信事業者(MVNO)が提供する携帯電話を含む。)について、携帯電話事業者に対して役務提供拒否に係る情報提供を推進(3,042件の情報提供を実施)。
    • 犯行に利用された電話番号に対して、繰り返し電話して警告メッセージを流すことで、その番号の電話を事実上使用できなくする「警告電話事業」を推進。
    • 総務省は、令和5年8月、携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等及び携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律施行規則を改正する省令を公布し、令和6年4月から050IP電話についても同法に基づく役務提供契約締結時の本人確認を義務化。
  • 今後の取組
    • 令和6年4月から、特殊詐欺連合捜査班(TAIT)を各都道府県警察に構築し、全国警察が一体となった迅速かつ効果的な捜査を推進。
    • 特殊詐欺に深く関与している暴力団や匿名・流動型犯罪グループの実態解明と、あらゆる刑罰法令を駆使した戦略的な取締りを推進。
    • 海外拠点に関連する情報の一層の収集及び集約を行うとともに、外国当局との国際捜査共助を推進し、海外拠点の積極的な摘発を推進。
    • 「緊急対策プラン」等に基づき、関係行政機関・事業者等と連携しつつ、特殊詐欺等の撲滅に向け、取締り、被害防止対策、犯行ツール対策を強力に推進

上記レポートにもあるとおり、海外拠点の摘発が進んでいます。近年は日本と時差が少なく、物価が安く滞在費を抑えられるほか、インターネット環境が整っていつつも、通信手段の本人確認規制は日本よりも緩いとされる東南アジアなどを拠点に詐欺の電話を日本国内にかける特殊詐欺グループが増え、警察庁は外国当局と連携して取り締まりを強化しています。2023年はフィリピン、カンボジア、タイ、ベトナムの4カ国を拠点とした男女69人が、6都府県警に詐欺や窃盗容疑で逮捕されましたが、海外拠点の特殊詐欺グループの逮捕者は2019年16人、2020年18人、2021年19人、2022年はなしという状況でした。2024年1月にも、神奈川県警がフィリピン拠点の8人、埼玉県警がカンボジア拠点の3人を逮捕しています。こうした摘発が進む背景として、警察庁が、拠点が多い東南アジア諸国との協力関係を地道に構築してきたことや、現地で拘束してもらい、日本に移送して逮捕する方法を確立したことが挙げられます。ただ、こうした地域の警察当局では汚職が横行しているとされ、暴力団関係者などが現金を握らせて摘発を逃れる例も指摘されていますが、報道で捜査関係者は「汚職がなくなったとまではいえないが、警察当局同士で交流を重ね、こちらの要請を聞いてしっかり対応してもらえる関係ができてきた」と明かしています。さらに、日本側が逮捕状を取得して相手国に伝え、現地で在留資格を取り消して不法滞在で国外退去にしてもらうことで、帰国と同時に逮捕するケースも増えています。また、レポートから読み取れる傾向としては、被害者宅に赴く「受け子」の摘発や金融機関の対策強化を受け、現金の受け取り手段として「電子マネー型」が広がっていることも挙げられます。2023年は3343件(2022年比+136%)で前年を大きく上回っており、被害も高齢者以外にも拡大している状況です。警察は電子マネーの購入場所となるコンビニと連携するなど対策を進めていますが、詐欺グループは手口を巧妙化させており、摘発を逃れようと、東南アジアなど海外に拠点を移す動きが加速しているほか、サポート詐欺のシステムの開発や電話対応には外国人のメンバーも携わっている事案も増えています。詐欺グループの国際化を受け、警察庁は各国当局との連携を強化しているほか、2024年4月には全都道府県警が参加する「連合捜査班」(TAIT)を新設するなど、摘発強化に向けた体制整備を急いでいます。TAITについては、特殊詐欺の被害者は全国に広がる一方、容疑者は首都圏に集中しており、これまでは道府県警の警察官が東京都内に出張し、捜査をする必要があったところ、詐欺グループの活動の広域化も受け、首都圏などの7都府県警に配置した計約500人の専従捜査員が各地の警察からの要請を受け迅速に捜査を進めることとしています。また、犯罪との関連が疑われるSNS投稿のパトロールや削除要請の委託業務では、効率的な検知につなげるため23年9月に人工知能(AI)の導入も今後に期待をもたせる取り組みといえます。一方、被害を減らすためには、民間企業などと連携し、被害の「予防」に力を入れる必要があります。鍵は、詐欺の入り口となる電話と、電子マネーの対策であることも見えてきています。レポートにもあるとおり、特殊詐欺では8割近くで電話が使われ、うち9割は固定電話にかかってきており、NTT東日本とNTT西日本は、詐欺の電話がかかってこないようにする対策を取っているほか、2023年7月以降は、「+」から始まる国際電話の番号を利用した特殊詐欺が急増、通信大手3社で共同運営する「国際電話不取扱受付センター」(0120・210・364)は、海外からの電話を無料で止めるサービスを提供しており、警察庁は「犯人からの電話を直接受けないことが大切だ」として、これらの機能の利用を呼びかけています。また、被害が目立つ「サポート詐欺」では、犯人側が電子マネーを要求することが多く、警察庁は電子マネーの発行会社などに対策を呼びかけています。詐取された電子マネーの種類では、アップルギフトカードが件数、被害額ともに全体の約7割を占めています。件数については、2023年1月は全体の2割だったところ、2月以降に増え始め、12月は9割を占めており、アップルギフトカードは実物の商品を購入でき、アプリなどの購入にしか使えない他の電子マネーとは違い、商品を転売しやすい利便性が悪用されていると考えられます。警察庁はアップル社に対し、犯罪に使われた電子マネーの利用を停止するなどの対策を求めています。また、被害者がコンビニなどで電子マネーを購入する際に被害を止められるよう、コンビニ側にも高齢者らへの積極的な声かけを呼びかけています。

後述する「令和5年の犯罪情勢」から、インターネットを悪用した詐欺被害が2023年に約772億円に上り、2022年から倍増していることが判明しています。新型コロナウイルス禍での電子商取引(EC)の普及などが背景にあるとみられ、さらに拡大する恐れがあります。ネットを使う詐欺は海外でも脅威となっており、被害国外からの犯行も目立つなど、摘発に向け各捜査当局の連携強化が求められています。詐欺が横行すれば個人の財産が不当に侵害されるだけでなく、対策や啓発にかかる社会的なコストも増大し、オンライン上の商取引の信頼性への悪影響も懸念されます。警察庁によると、詐欺全体の被害額は2022年比85%増の約1626億円で、うち47%の約772億円をネット経由の手口が占めており、「1日2億円」に上る計算となります。ネットを使う詐欺の被害額は統計を取り始めた2020年(約241億円)から急増、警察庁の露木康浩長官は「SNSを使った非対面型の投資詐欺や国際ロマンス詐欺といった手口による被害が大きく増加している。極めて憂慮すべき状況だ」と危機感を示しています。また、ECサイトを装うなどネットショッピングを悪用する詐欺も目立っており、拡大の要因として、新型コロナ禍でオンライン上での交流や取引が広がった点が挙げられます。国内のソーシャルメディア利用者は2022年に1億人を超え、消費者向けEC市場規模は2022年に22兆7千億円となり2021年から約1割増と、いずれもさらに広がるとみられています。人をだまし財物を交付させる詐欺はかつて対面型が主流であったところ、近年は2000年代に登場した特殊詐欺を含め、ネット環境を悪用した犯罪が急速に広がっている状況で、それは海外も同様です。米国のコールセンター詐欺ではインド拠点のグループが摘発された例があり、警察庁は国内で被害が確認されたネット経由の特殊詐欺についても、拠点は海外にあるとみており、犯罪組織を摘発するためには国際連携の強化が急務だといえます。前回の本コラム(暴排トピックス2024年1月号)でも取り上げましたが、2023年12月に水戸市で開催されたG7の内務・安全担当相会合ではオンライン型を含め国境をまたぐ組織的詐欺が初めて議題に上り、各国が危機感を共有し共同文書をまとめています。「我々が今行動しない限り、組織犯罪グループによる詐欺で引き起こされる人的、社会的コストは増大し続ける」とし、犯行手段の抑止や詐欺グループの摘発、啓発活動などで協力を強化することを確認しています。なお、2024年3月には英国で「国際詐欺サミット」が開催予定であり、その成果も期待したいところです。

最近の特殊詐欺を巡る報道から、いくつか紹介します。

  • 兵庫県警西宮署は、西宮市に住む70代の無職女性が総額約3400万円をだまし取られる特殊詐欺の被害に遭った発表しています女性は約10年前、未公開株をめぐる投資詐欺に遭っており、今回は「その被害金が保管されている全国補償協会という団体がある」との電話を受けたことがきっかけだったといいます。報道によれば、2023年11月、女性宅に男の声で「(以前)だまし取られたお金が協会に保管されているので、被害者で分配しませんか」などと電話があり、電話の相手は「お金を分配するには保証金30万円が必要」と言い、その後、協会職員を名乗った「いま資産があるとお金を戻せないから、いったん資産を預かる」という電話や、同じ詐欺被害者を装った「私は被害額を取り戻せた」などとの電話が続いたといい、女性は数十回にわたり、相手側の指示に沿ってレターパックに数十万円ずつ入れ、東京都内の指定された住所へ送金、しかし被害額の受取日とされていた2024年1月17日に入金がなく、相手と連絡もつかなくなったため署へ届け出たといいます。女性が過去に遭った詐欺の被害者名簿が詐欺グループの間で出回り、使われた可能性があるとみられています
  • フィリピンを拠点に日本の高齢者を狙った架空請求詐欺に関与したとして、神奈川県警は、いずれも住所、職業不詳で25~35歳の日本人グループの男8人を詐欺未遂の疑いで逮捕しています。詐欺電話をかける「かけ子」とみられ、携帯電話やパソコン、住所録、マニュアルなど300点以上を押収しています。県警は現地に捜査員を派遣し、不法就労の疑いでフィリピン当局に拘束されていた8人の引き渡しを受けて、マニラから日本へ移送し、航空機内で逮捕しています。8人はマニラ近郊で共同生活をしながら、詐欺の電話を繰り返していたとみられ、県警は全国で確認されている数千万円の詐欺被害との関連、それぞれの関係性などを調べるとしています。なお、フィリピンのレムリヤ法相は、ルフィグループの事件では、施設で収容者が自由に携帯電話を使い、インターネットにアクセスしていたほか、客を招き入れたり、食事を出前させたりしていたとし、「看守らは施設を王国のように扱い、収容者から金を得ていた」と指摘、一方、「再発はない」と断言しています。看守を異動させたことで汚職撲滅を図っているともアピール、「半年ごとに交代させ、王国をつくれないようにする」と述べたほか、施設の状況を確認するため、抜き打ち検査する考えも示しています。ルフィグループの事件では容疑者らが刑事事件をでっち上げ、日本への強制送還を逃れていたことも発覚しています。
  • カンボジアのホテルを拠点に、特殊詐欺の「受け子」役を募集する役目を担ったとして、埼玉県警は、日本人の20代の男3人を詐欺容疑で逮捕しています。カンボジア警察から身柄の引き渡しを受け、日本に向かう航空機内で逮捕状を執行しました。一部の共犯者は日本で逮捕しており、埼玉県警はグループの実態解明を進めるとしています。報道によれば、3人は仲間と共謀して2023年12月、神奈川県内の70代の女性からオレオレ詐欺の手口で現金100万円をだまし取った疑いが持たれています。なお、3人はSNSで募集した「闇バイト」に応じたとみられています。県警は、埼玉県内で発生した詐欺事件の関係者を捜査する過程で、3人が同国南部シアヌークビル州のホテルを拠点に組織的な犯行に加担しているとの情報を入手、2023年12月、現地当局が身柄を確保していたものです。同州は首都プノンペンから南に約180キロ離れていますが、警視庁が2023年4月に逮捕した日本人の詐欺グループの男19人が拠点としていたのも、同州のホテルでした。
  • 全国で相次いだ広域強盗事件に「ルフィ」などと名乗る指示役の一人として関与したとされる渡辺優樹被告=強盗致死罪などで起訴=について、警視庁捜査2課は、特殊詐欺事件に絡んだ窃盗容疑で再逮捕しています。逮捕容疑は2019年11月、実行役らと共謀し、警察官を装って「カードが不正使用されているので保管の必要がある」などと関東地方に住む70~80代の男女3人に電話をかけ、キャッシュカードなど十数枚を盗んだというものです。3人の口座からは現金計約440万円が引き出されたといいます。渡辺容疑者はフィリピン拠点の特殊詐欺グループのリーダーでしたが、その後に実行役を集めて強盗をさせるようになったとみられ、2023年1月に東京都狛江市で住民女性が死亡した事件などに関与したとして逮捕、起訴されています。特殊詐欺を巡る逮捕は6回目となります。捜査2課によると、フィリピン拠点の特殊詐欺グループについては、これまでに指示役や実行役ら80人以上が検挙され、被害総額は約60億円に上るということです。また、警視庁はさらに少なくとも20人が関わっているとみて、窃盗容疑などで逮捕状を取って行方を追っており、他に現地の入管施設に収容中のメンバーも3人いるといいます。
  • 特殊詐欺に関与したとして、警視庁は、職業不詳の男を詐欺容疑で逮捕しています。警視庁は、男は被害金の受け取り役「受け子」グループのリーダーとみています。報道によれば、男は別の人物と共謀して2022年1月、70代の女性に電話をかけ、おいを名乗って「山手線でカバンを忘れた。中に財布と携帯電話が入っていた」などとウソをつき、女性から120万円をだまし取った疑いがもたれています。男は「Dの箱」と呼ばれる約10人の受け子グループなどのリーダーだったといい、うその電話をかける「かけ子」のグループからの依頼で受け子を提供していたといいます。Dの箱は、「現金の持ち逃げをしない」として犯罪グループに「評判」が良かったということです。
  • 特殊詐欺をしたとして、警視庁は韓国籍で無職の男を詐欺と窃盗の疑いで逮捕しています。報道によれば、男は別の人物と共謀し2023年12月、東京都立川市の50代女性の自宅に信用金庫の職員をかたって電話をかけ、「磁気が古いのでキャッシュカードを交換する必要がある」などとうそをついてカード2枚をだまし取り、ATMから現金計100万円を引き出して盗んだ疑いがもたれています。署は、男は金品を受け取る「受け子」だったとみています。本物の信用金庫の職員から「お金がたくさん引き出されているが、何があったのか」と女性側に連絡があり、事件が発覚したといいます。一方、女性宅の前にいる男や、だまし取った女性のカードと一緒に写った男の写真計2枚が、女性宅に郵送されてきたといい、差出人には、男の実名と住所が書かれており、警視庁が行方を追っていたものです。男のスマホには、特殊詐欺の指示役とみられる人物から「金を持ち逃げしただろ」などとメッセージが届いていたといい、詐欺グループ内で仲間割れがあり、その報復のために写真が送られたとみて調べています。男は、Xで「即金案件」「高額」と検索し、特殊詐欺グループと関わりを持ったとみられています。
  • SNS上で医師やモデルになりすますなどした共犯者らと共謀し、恋愛感情を悪用した「国際ロマンス詐欺」で現金をだまし取ったとして詐欺罪に問われた元大阪府警巡査=懲戒免職=の判決公判が佐賀地裁で開かれ、裁判官は懲役3年執行猶予4年(求刑懲役3年)の有罪判決を言い渡しています。判決によると、被告はSNS上でカナダ人男性医師などになりすますなどした共犯者と共謀し、2023年8月に佐賀県の50代の女性に20万円、同9月には埼玉県の60代の女性に70万円を被告の口座に振り込ませて、だまし取ったものです。検察側は冒頭陳述で被告自身が2023年7月中旬ごろ、ロマンス詐欺被害に遭ったと指摘、その際に現金を送金した口座の名義人から後日、「被害金を取り戻す方法がある」などと勧誘を受け、詐欺組織から振り込まれるお金を暗号資産に替えて送金することで5%の報酬を受け取る説明を受け、報酬ほしさに加担したといいます。裁判官は、被告が借金の返済に困っていた、と指摘、現職の警察官でありながら立場を顧みることなく、被害者らの恋愛感情につけ込んだ身勝手な犯行、と述べています。また、マッチングアプリで知り合った男性から現金をだまし取ったとして、徳島県警徳島中央署は、大阪市の無職の女を詐欺容疑で逮捕しています。報道によれば、女はマッチングアプリで知り合った徳島市内の会社員男性に対し2023年6月中旬頃、「(病気で)手術を受けなければ余命1か月」、「手術費用が払えないので助けてくれませんか」などとLINEでメッセージを送り、現金計130万円を自身の銀行口座に振り込ませ詐取した疑いがもたれています。不安を覚えた男性が別人を装って同じアプリで検索したところ、女とみられる人物を発見、やり取りするうちに、同様に金を貸すよう求められたことなどから同署に被害を届け出たといいます。ウクライナ在住の医師を名乗る人物とのSNSのやり取りなどを通じて、福島県二本松市の70代女性が150万円をだまし取られたと福島県警が公表しています。報道によれば、女性は2023年11月から2024年1月の間、SNSを通じて知り合った「ウクライナで医師をしている男」を名乗る人物と日本語でメッセージをやり取り、「受け取った300万ドルの報酬を日本に送りたいので協力してほしい」と相談され、「金を配送するには外交官と連絡を取る必要がある。メールしてほしい」と外交官のメールアドレスを教えられ、メールすると、外交官を名乗る人物から「配送に金がかかる」と伝えられ、指定の金融機関の口座に複数回にわたって計150万円を振り込んだといいます。さらに現金の要求があり、怪しいと感じた女性が署に相談して発覚したものです。
  • 大阪拘置所に収容されている特殊詐欺グループの20代の男に「裏切り者」などと脅迫したとして、大阪府警は、証人威迫容疑で、勾留中の住所不定、無職の容疑者を逮捕しています。報道によれば、2023年11月、大阪府警此花署の留置施設から同拘置所に収容されていた20代男に対し、「裏切り者へ」などと記載した手紙を郵送して脅し、男を不安にして困惑させた疑いがもたれています。手紙には男の実家の住所なども書かれており、容疑者と男は、フィリピンを拠点とする特殊詐欺グループの一員で、それぞれ日本国内での現金回収に関与、グループは2022年1~10月に約5億円をだまし取っていたとみられています。
  • 特殊詐欺による犯罪収益と知りながら現金を受け取ったとして、組織犯罪処罰法違反の罪に問われた会社経営の男性と従業員女性の判決で、大阪地裁は、「犯罪収益と認識していたかは合理的な疑いが残る」として、いずれも無罪を言い渡しています。2人は特殊詐欺組織のメンバーから2022年、現金250万円を受け取ったとして起訴され、男性は懲役2年6カ月や罰金など、女性は同1年6カ月を求刑されていました。裁判官は現金の授受は認めつつ、2人が犯罪と無関係の取引を重ねてきた取引先の依頼でメンバーと接触した点に着目、「信頼する取引先の依頼で、犯罪収益と認識していたとは考えがたい」としたものです。なお、大阪府警はこの事件で、女性については写真を公開して捜査していました。
  • 特殊詐欺に関与したとして、警視庁は住吉会傘下組織組員ら男3人を詐欺と窃盗の疑いで逮捕しています。警視庁は、容疑者は被害金受け取り役のグループのリーダーとみているといいます。報道によれば、3人は別の人物と共謀して2021年5月~6月、東京都目黒区の70代の無職女性に電話をかけ、息子を名乗って「取引先の会社に損失を出してしまい補填しなければならない」などとうそをついて女性からキャッシュカード3枚をだまし取り、ATMから100万円を引き出して盗んだ疑いがもたれています。また、80代女性から現金をだまし取ったとして、大阪府警は、詐欺容疑で、韓国籍で六代目山口組傘下組織組員ら男2人を逮捕しています。2人は関西を拠点とする複数の特殊詐欺グループの統括役とされ、大阪府警は全国の290人から計約5億2550万円をだまし取ったとみて調べています。報道によれば、氏名不詳者らと共謀して2023年1月、大阪府の80代女性に「財布を盗まれた」と息子を装って電話をかけるなどして、現金2千万円をだまし取ったというものです。2人が統括していたとされるグループでは2023年、指示役とみられる男2人が大阪府警に詐欺容疑で逮捕され、受け子などを担ったとされる男女21人も全国で摘発されています。
  • 2023年の宮城県内の特殊詐欺被害は352件で2022年を29件上回り、被害額は同約4億6892万円増の約9億7478万円に上ったといいます。特に株や外国為替証拠金取引(FX取引)などの投資話を持ちかけられて被害に遭う「金融商品詐欺」が多発し、被害額は全体の3分の1以上を占めています。金への投資名目で約600万円をだまし取られた仙台市に住む50代の会社員女は、「細やかなサポートだと感じ、信じてしまった。投資に無知だった」と明かしています。報道によれば、振り返ると、思いとどまる機会は何度かあったといい、LINEの運営会社から「詐欺グループではないか」と警告され、アシスタントに問いただしたが、「オープンチャットなので、皆が見知らぬ人」、「皆に詐欺に注意するように告げます」などと返答があり、信じてしまったほか、アシスタントと話したことは一度もなく、振り込み口座は毎回違ったものの「怪しい」とは思わず、誰にも相談しなかったといいます。SNSでやり取りを完結するケースが多く、だまされていることに気づきにくいのが特徴で、複数回にわたって現金を求められ、被害も高額になりやすいといえます。また、長野県警は、SNSで投資の勧誘を受けた同県上田市の60代の男性が、指定された口座に振り込みを繰り返し、計約8249万円をだまし取られたと発表しています。報道によれば、男性は2023年10月、SNSで見つけた投資関連の広告にアクセスすると、投資家を名乗る人らから「FX投資を一緒にやらないか。利益を出している」とメッセージが届き、同11月上旬~2024年1月上旬、17回にわたり別々の口座に振り込んだといい、男性が利益の払い出しができないのに気付き、県警に相談したものです。さらに、福島県警田村署は、同県田村市の50代女性がSNSで持ちかけられた投資話を信じ、計約1億4510万円をだまし取られたと発表しています。報道によれば、女性は2023年7月下旬~12月中旬に数十回、SNSで知り合った相手が指定した口座に計約1億3800万円を送金、2023年9月下旬~10月上旬にも複数回、別アカウントの相手から指定された口座に計710万円を送金、女性は返金を求めたが、相手が応じないことを不審に思い、2024年1月に被害届を出したもので、SNSだけでやりとりし、女性は相手と一度も対面していないといいます。また、北海道警函館中央署は、函館市の60代男性がLINEでうその投資話を持ちかけられ1900万円をだまし取られたと発表しています。報道によれば、男性は2023年10月にLINEで知り合った外国為替証拠金取引(FX)の取引業者を名乗る人物らに、「言う通りに投資すれば大きな利益が出る」と言われて2023年11月~12月、指定された銀行口座に現金を計12回振り込んだといい、資金を引き出そうとすると多額の手数料を要求され、同署に相談したものです。
  • 高齢女性からキャッシュカードを盗んだなどとして大阪府警特殊詐欺捜査課は7日、詐欺と窃盗の疑いで、特殊詐欺グループの指示役で自営業の容疑者ら2人を逮捕しています。報道によれば、2022年12月、市役所職員を名乗り、府内の80代女性宅に電話をかけ、「国民健康保険料の還付金がある」と嘘をいって女性のキャッシュカードを盗み、ATMからカードを使って約62万3千円を引き出したというものです。大阪府警はこれまでにグループのメンバー52人を摘発、グループは認知症や1人暮らしの高齢者らをターゲットに犯行を繰り返していたとみられ、被害額は7億2720万円に上るといいます。宅配便やレターパックを使って現金を送らせてだまし取る特殊詐欺の被害が、大分県内で2023年1年間で7件の約7200万円確認されたといいます。うち3件が1000万円を超え、最高額は80代女性の約4000万円だといいます。すべて老人ホームの入居契約を巡るキャンセル料などの名目で、大分県警は注意を呼びかけています。報道によれば、一般的なケースとして、自宅の固定電話に「老人ホームに入居を希望している人がいる。名義を貸してあげられないか」などと電話がかかってくる。着信は特殊詐欺で多用される「050」から始まる番号が多いほか、犯行で宅配便が6件、レターパックが1件で、配送先は東京都や千葉県内のアパートなどが指定されることが多かったといいます。そのほか、巧妙な手口も明らかになっており、被害者が「警察に相談する」というと、犯人側が「これは犯罪である」「逮捕されて裁判所までいくような話だ」とさらに不安をあおったほか、配送中に現金が動くのを防ぐため、ティッシュの空き箱に現金を詰めさせた後、隙間に新聞紙をまるめて入れるように指示されるケースなどもあったといいます。
  • 病院の医師や息子などをかたって、現金をだましとろうとしたとして、警視庁成城署は詐欺未遂容疑で、住居不定、無職の容疑者を現行犯逮捕しています。報道によれば、共謀の上、病院の医師や息子を名乗って、「のどの痛みで病院に来て麻酔を打っている」、「病院でカードケースを置き忘れた」などと嘘を言い、東京都世田谷区の80代男性から現金をだまし取ろうとしたというものです。不審に思った男性が110番通報し、駆け付けた署員が現行犯逮捕しています。「報酬が欲しかった」などと話し、SNSの「シグナル」で「会社」というアカウントから紹介されたといいます。
  • 電話で大手企業の社員や公務員などをかたり、現金をだまし取る特殊詐欺が相次いでいるといいます。大阪府内の2023年の認知件数は、11月時点で、すでに過去の年間最多を上回る2469件となり、被害総額は33億円に達しています。ある女性は、手を替え品を替え、振り込みの要求が続き、現金が底をつくと、今度は、家を不動産業者に売ってお金を得るとともに、賃料を払ってその家に住む「リースバック」を指示されたといい、女性から相談を受けた不動産会社が不審に思い、大阪府警に通報しています。電子マネーの購入が計4回、振り込みが計13回で、被害額は計3400万円にのぼったといいます。一方、被害者が犯人側に現金を送る際に多く使われるのは、ATMが置かれ、電子マネーが購入できるコンビニで、(以前の本コラムでも紹介しましたが)四條畷署は2023年度、管内にあるすべてのコンビニ計約70店舗を警察官が巡回する取り組みを始め、1人あたり3~4店舗を3日に1度の割合で訪問し、店員全員と実際に顔を合わせ、事件に巻き込まれそうな高齢者を見かけた場合には、声をかけるよう依頼するなどしており、こうした取り組みを続けるなか、2024年1月までの約10カ月間で、計23件の被害を未然に防止したといいます。店側からは「110番通報を迷うような、ささいなことでも相談しやすくなった」などの声が寄せられているといいます。また、だまし取った現金をATMで引き出す「出し子」とみられる不審人物の通報も増えたといいます。報道で署の担当者は「コンビニも銀行と同様、特殊詐欺が起こる場になっている。被害の防止に向け、地域の協力を得て対策を強めたい」と話しています。

本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニや金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(最近では、これまで以上にそのような事例の報道が目立つようになってきました。また、被害防止に協力した主体もタクシー会社やその場に居合わせた一般人など多様となっており、被害防止に向けて社会全体・地域全体の意識の底上げが図られつつあることを感じます)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。また、最近では、一般人が詐欺被害を防止した事例が多数報道されています。直近でも、高齢者らの特殊詐欺被害を一般の人が未然に防ぐ事例が増加しており、たとえば、銀行の利用者やコンビニの客などが代表的です。埼玉県警によると、こうしたケースは2023年1~8月で104件にのぼり、すでに2022年1年間(103件)を超えたといいます。県警は、街頭での啓発活動や金融機関でのポスター掲示などが一定の効果を上げているとみています。また、被害を未然に防げた「水際防止」は2023年に全体で22346件となり、2022年を3616件上回り、結果、71.7億円(▲8.5億円、▲10.6%)の被害を阻止(阻止率 54.6%、+2.1ポイント)することができました。大多数は家族やコンビニ店員、金融機関職員が詐欺と気づいて声をかけたものですが、居合わせた一般の人による声がけや警察への通報も数多く含まれているはずです。特殊詐欺の被害防止は、何も特定の方々だけが取り組めばよいというものではありませんし、実際の事例をみても、さまざまな場面でリスクセンスが発揮され、ちょっとした「お節介」によって被害の防止につながっていることが分かります。このことは警察等の地道な取り組みが、社会的に浸透してきているうえ、他の年代の人たちも自分たちの社会の問題として強く意識するようになりつつあるという証左でもあり、そのことが被害防止という成果につながっているものと思われ、大変素晴らしいことだと感じます。以下、最近の被害防止の事例を紹介します。

  • 栃木県警真岡署は、特殊詐欺被害を水際で防いだとして、足利銀行の長嶋・芳賀ブロック次長、芳賀支店の増井支店長代理、山納さんに感謝状を贈っています。報道によれば、2024年1月12日午後0時半頃、60代の男性客が来店し、窓口担当の山納さんに「投資用の資金」として19万8000円の振り込みを依頼、山納さんが増井さんとともに男性客に話を聞いたところ、来店前に「毎月7万円もうかる」とうたう不審なサイトを見ていたことが分かったため、長嶋さんに報告、長嶋さんが同署に通報したものです。長嶋さんは2023年7月にも詐欺被害を防いだ実績があり、感謝状贈呈式では県警から「声掛けマイスター」を委嘱されています。長嶋さんは「職場で行員間や来店客との意思疎通に力を入れてきた成果だ。今後も被害防止に取り組みたい」と語っています。
  • 高額当選金やパソコン補修などを名目にした特殊詐欺の被害を防いだとして、京都府警京丹後署は京都府京丹後市のコンビニエンスストア2店の関係者らに感謝状を贈っています。「ローソン丹後緑風高校前店」では2023年12月、「ウイルスに感染したパソコンの画面表示削除とセキュリティ強化に10万円分の電子マネーが必要」と指示されたという60代の男性が来店、応対した副店長が説得し、事なきを得たといいます。また、「ファミリーマート峰山町杉谷店」では2024年1月上旬、70代男性が「7億円が当たったというLINEのメッセージが来て手数料を求められた」と電子マネーを購入しようとしたが、店員が思いとどまらせたといいます。
  • 相次ぐ特殊詐欺の被害をレジで阻止し、秋田県警から3度表彰されたコンビニエンスストア店長、東海林さんは、70代男性が来店し、電子マネーの利用番号の送信方法を尋ね、「10億円を複数人で分けるキャンペーンに当選した。受け取るには手数料が必要で、払わないと他の人も当選金を受け取れない」という趣旨のメールをスマホに受信しており、3000円分の電子マネーを購入しようとしていたため、「詐欺では」と指摘したものの、男性は納得できない様子で店を出たため、「他店で購入してしまうかも」と懸念し、車のナンバーや男性とのやりとりを署に通報、署員が男性に注意を促し、男性は購入するのをやめたといいます。また、別の事例では、男性が慌てた様子で「通販で買い物したので支払いたい」と店のATMを使おうとしたが、手にしていたメモ書きが、警察の指摘する詐欺の誘導手口に似ているのに気付き、男性が別のATMを使おうと店を出た後、警察に通報して被害を防いでいます。3度も未然に抑止できた理由について、東海林さんは「2、3回目はシニアの方だった。スマホとかパソコンの知識が不十分そうだったり、電子マネーのプリペイドカードの仕組みに不慣れなまま購入しようとする人は気づきやすかった」と振り返っています。店舗の周辺にはお年寄りが多く住んでおり、「親身に声をかければ支払い理由を話してくれる方もいる。電子マネーを高齢者が買おうとしている時は、まず店員ぐるみで気軽に話せる雰囲気づくりに努めている」といいます。また、東海林さんは「自分だけでも約5年間で3度防げたので、各地のコンビニでも似たケースが日常的に起きていると思う」とみており、「この店でも詐欺と見抜けず電子マネーを売ってしまったことが分かり、後で警察から指導を受けたこともある。まだまだ100%は防げていない。詐欺被害は身近にある」と強調し、今後も客に声をかけ続けるつもりだと語っています。

(3)薬物を巡る動向

本コラムでもその動向を取り上げてきた日本大学(日大)アメフト部の薬物問題について、日大は、複数の部員の違法薬物事件により2023年12月15日開催の臨時理事会で廃部を決定したアメリカンフットボール部について、2024年1月23日の学長決裁で正式に廃部にしたと公式ホームページで発表しています(廃部日は昨2023年12月15日)。同部を率いていた監督ら4人の指導者も、同日付けでの解任を発表、また、2024年度の入学予定者と薬物事件に関与していない在学生の部員については、大学として「できるだけの支援をしていく」と説明、対象の学生の受け皿となる新たなアメフト部の創設などについて、「スポーツ改革特別委員会で引き続き検討していく」としています。薬物とスポーツの問題については、日大アメフト部に限らず発生しています。まず、大学寮で高校時代の先輩の男から大麻を含む植物片約1.568グラムを受け取ろうとしたとして、大麻取締法違反に問われた早稲田大3年で元相撲部の被告(20)に対し、福岡地裁は、懲役10月、執行猶予3年(求刑・懲役10月)の判決を言い渡しています。裁判官は「大麻を部活の後輩や寮の仲間に使用させていたことを認めるなど、大麻を拡散させる危険性があり、常習性も認められる」、「大学内で大麻を拡散させる危険性の高い行為で悪質だ。若者を中心に大麻が蔓延している状況からも厳罰で臨む必要がある」と述べています。なお、被告は公判で、「(後輩は)結構な頻度で吸っていた。寮の部屋で一緒に吸うのが楽しかった」と述べたほか、「他のスポーツ部の寮生から『吸わせて』と頼まれたので吸わせた」と供述しており、同大としても「大麻使用などの違法行為が起こりうる状態だったか、指導者や責任者がそれを知りうる状態だったかを踏まえ、再発防止に向けて対処したい」、「調査対象を広げるなどして改めて調べる」と対応を迫られています(なお、相撲部は活動停止となっています)。また、大麻を所持したとして大麻取締法違反の疑いで逮捕された福山大の22歳と21歳のサッカー部員について、広島地検は、処分保留で釈放しています。2人は224年1月、福山市の路上で大麻を所持したとして広島県警に逮捕されていました。なお、別の大麻取締法違反で起訴された3年生部員の被告が広島県警の調べに「他にも複数人が大麻を使用していた」と供述しているといいます(複数人の実名を挙げているようです)。広島県警は学生間で大麻が広がっている可能性もあるとみて調べています。被告は2年生部員から「大麻リキッド」と呼ばれる液体大麻1本(約0・6グラム)を有償で譲り受けたとして再逮捕されていました。一方、大学が部員約100人を対象に行った聞き取り調査では、2年生部員を含む全員が「(違法薬物は)使っていない」と回答していました。なお、広島県警が被告のスマホを解析したところ、SNSを通じて2年生部員と大麻リキッドの受け渡し場所を決めたり7000円を支払う約束をしたりしたやり取りが確認されたといいます。

こうした問題の発生する要因として、筆者は、若者の目に触れることが多いインターネット、またXやインスタグラムなどのSNSを用いて薬物の取引が行われており、中には密売目的の広告や、薬物乱用をあおる書き込みなどもみられ、薬物乱用の入り口になりやすいこと、薬物の成分や効果への誤解、依存性についての理解不足など、知識の無さから危機感を感じにくくなっているといった「外的要因」に加えて、大学スポーツ界においては、寮生活やスポーツへの過度な集中など閉鎖的な組織では一部のメンバーの行動がほかのメンバーに影響を与えやすく、違法な行為でも外部の目が届かないため、追随しやすくなってしまう「構造的要因」があると指摘してきました。したがって、こうした要因を排除し、正確な情報提供と危険性の認識を高めるために、地域や学校での説明会や講座がより一層重要になるものと考えています。また、「構造的要因」の改善に向けては、米国の改革が参考になるとの指摘もなされています。米ジョージア工科大では、学業を最優先にし、練習や試合に参加するための学業基準を設け、人生で必要な知識を身につける講義の受講や、社会奉仕活動の義務など、他にも様々なことがプログラムで課されました。練習時間が制限されるため、反発も多かったものの、数年後、低迷していた運動部が全米や所属リーグで優勝を争うようになったほか、33%だった運動部員の卒業率が、十数年後には87%まで改善されたといいます。今では全米の大学が、このようなプログラムを持っているといい、問題がゼロになるわけではないが、道を踏み外す学生を少なくする仕組み作りの観点は重要で、日大も、同じような取り組みの導入を検討しているといいます。2023年12月18日付朝日新聞では、「運動部員も学業を最も重視する▼試合や練習に参加するための学業基準を設ける▼部に学業担当のコーチを置く▼心身や生活のことを相談できる機関を充実させる▼薬物やアルコールの知識、性的暴行や暴力を防ぐ方法、他者を尊重すること、時間の管理術など、長い人生に必要なことを学ぶ場を設ける▼部という狭い世界だけにとどまらないよう、地域や他の世界とつながる社会貢献活動を課す▼これらの時間を確保するために、練習時間制限を設ける」といった取組みを推奨、「薬物依存は、罰よりもケアが必要だと認識されるようになっていることもある。日大も、罪を犯した学生を退学させて切り捨てるのではなく、その成長をサポートし、社会に送り出すようにするべきだ。若者の成長に責任を持つとは、そういうことだと思う」と指摘しており、正に正鵠を射るものと考えます。また、別の観点から、2023年12月16日付朝日新聞で、スポーツ選手のメンタルヘルスに詳しい国立精神・神経医療研究センターの小塩研究員が、「不健全なストレス対処として、大麻などの薬物使用や過度なアルコール摂取など、社会的に危険と言われる行動に手をつけてしまうことがあります。競争社会のスポーツ界はそのリスクが高いと言えるかもしれません。健全なストレス対処は、誰かに相談したり、心安らぐ趣味に取り組んだり、規則正しい生活習慣をしたりすることでなされますが、効果が見られるまで時間がかかる。一方で不健全なストレス対処は、短期的にストレスが発散され、気持ちよくなるので陥りやすい。個人としての課題として認識されやすいですが、それが起きてしまう組織、スポーツチームは「環境としての病気の状態」になっているととらえられるかもしれません。その環境に、必要なアプローチをしていかなければならないと思います」として、「まず、チーム全体でメンタルヘルスの基本的な理解をし、予防から回復まで必要な知識を備えておくこと。また、定期的にメンタルヘルスに関するディスカッションの機会を持つことが大事だといわれています。そして、メンタルヘルスについて、客観的に評価するアセスメントがあるといいと思います」と提案、さらに、「今回の問題は、メンタルヘルスの課題に対して、先述のような環境が整っているかを、組織全体で考えるきっかけにしてもらいたいです。社会として寛容になってほしいと思います。一人でもメンタルの不調を抱える人がいたら、その人だけが自分事にするのではなく、周囲の人や環境としても改善していくようにする。その方が、確実に個人の回復にもつながるはずです」と述べています。後述するテロリスク対策においても、「孤独・孤立の問題」「つながりの希薄化」がテロリスクを助長している実態があり、「社会的包摂」の考え方がこうした社会的課題を解決する一つのキーワードとなることを、すべての関係者は知っておくべきものと考えます。

最近の薬物に関する報道から、いくつか紹介します。

  • 新型コロナウイルス禍で入国制限を完全撤廃した2023年4月以降、航空機による海外からの違法薬物の密輸が急増しています。飲み込んで体内に隠して運ぶのは古典的な手口も多いものの、薬物の包装が破れるなどして命を落とすこともあります。航空機で海外から薬物を密輸する「運び屋」の摘発件数は、2023年上半期(1~6月)で81件に上り、72件だった2022年の年間の件数を上回りました。航空機による密輸にはスーツケースの二重底やブラジャーのカップ部分に違法薬物を隠す手口などがありますが、薬物を飲み込んで運ぶ手口は発覚しにくいとされるものの、死亡する危険性もあります。2019年5月にメキシコから成田空港へ向かう機内で死亡した40代の日本人男性の体内からはコカインを小分けにした袋246個が見つかり、袋の破損による薬物の過剰摂取が原因とみられています。また、最近でも、羽田空港で2023年1月、覚せい剤など約1キロを飲み込んで密輸しようとしたイスラエル国籍の50代男性が死亡する事案があり、警視庁薬物銃器対策課は、男性を覚せい剤取締法違反(営利目的輸入未遂)容疑などで、容疑者死亡で書類送検しています。報道によれば、男性は、覚せい剤とコカイン計約1キロをラップのようなものに包んで飲み込み、羽田空港経由で密輸しようとしたとし、フランス発の航空機で羽田空港に到着後、機内で倒れ、搬送先の病院で死亡が確認されたといいます。男性の体内などからは、小分けにされた覚醒剤とコカインの包み計89個が見つかったといい、死因は覚せい剤中毒だったということです。税関などによると、薬物の包装に問題がなくても、大量の異物を体内にとどめる負担は大きく、顔色の悪さや下腹部の不審な膨らみなど、体調の異変から税関職員が「運び屋」と気付くケースもあるといい、レントゲン撮影で体内に異物が確認されれば、警察官立ち会いの下、網の上に排せつさせ、薬物かどうか調べ、下剤などを無理やり飲ませることができないため、排せつまで数日間、待つこともあるといいます。報道によれば「出てきた薬物は長時間体内にとどまっていた影響で、包みが剥がれたり、変色したりしているものもある。1個でも包みが破れ、体内に薬物が漏れ出ると命を失う危険がある」と警鐘を鳴らしています。
  • 青森県三沢市で危険ドラッグを販売していたとして、厚生労働省東北厚生局麻薬取締部は、麻薬取締法違反(営利目的所持)と医薬品医療機器法違反(販売目的所持)の容疑で、自営業の容疑者(28)を逮捕しています。報道によれば、青森県内で危険ドラッグの販売業者が摘発されるのは初めてとのことです。逮捕容疑は2023年7月、麻薬成分を含む液状の危険ドラッグ0.437グラムを営利目的で所持し、指定薬物の成分を含む液体状の危険ドラッグ0.768グラムを販売目的で所持したとしています。容疑者の経営する店は「日本最大の合法大麻屋」をうたう「GOODCHILL」グループのフランチャイズ店で、同グループから逮捕者が出るのも初めてだといいます。全国麻薬取締部は2023年7月、同グループで大麻の疑いがある商品が販売されているとの情報に基づき、15都道府県の29店舗を一斉捜索、三沢市の店舗も捜索し、その際に押収した電子たばこ用の液状の商品を鑑定した結果、麻薬成分と指定薬物の成分が検出されたものです。また、「ヘキサヒドロカンナビノール(HHC)」と呼ばれる指定薬物を販売目的で所持したとして、静岡県警は、医薬品医療機器法違反の疑いで、会社役員と無職の男を逮捕しています。容疑者は、2022年12月から静岡市で店を開いており、静岡県警は2024年2月に店を捜索、大麻成分を含む可能性があるクッキーやカートリッジなどを押収しています。
  • 密売目的で大麻や合成麻薬MDMAを所持していたとして、大阪府警は、大麻取締法違反(営利目的共同所持)などの疑いで、無職の被告(26)=同罪で起訴=ら25、26歳の男9人の密売グループと客の男女6人を逮捕しています。報道によれば、グループはSNS上で客を募集、2023年9月までの3年間で、数百人に大麻を密売し、2千万円以上のもうけがあったとみられています。逮捕容疑は2023年2~11月、共謀して、大阪市浪速区の民泊施設と同市東淀川区の集合住宅の一室で、営利目的で大麻を所持したなどとしてり、室内から大麻草約750グラムや合成麻薬MDMA50錠などを押収しています。グループは中学時代の同級生などからなり、野菜(大麻)、手押し(手渡し)を意味する隠語を使った「大阪野菜屋さん@大阪手押し」というアカウントを使用、1日5組に大麻などを密売していたということです。また、大麻を密売するなどしたとして、香川県警丸亀署は、密売グループのリーダーで香川県丸亀市の男(23)や当時高校生の女子生徒(18)ら男女6人(17~24歳)を大麻取締法違反(営利目的譲渡など)の疑いで逮捕したほか、客3人(17、18歳)も同法違反(譲り受け)容疑で逮捕・書類送検しています。客3人のうち2人は、女子生徒から1グラム6000円で購入、密売グループは地元の知り合いだったといいます。さらに、九州厚生局麻薬取締部と宮崎県警の合同捜査本部は、営利目的で大麻を所持するなどしたとして、大麻取締法違反(営利目的共同所持)などの疑いで宮崎市に住む20代の男女7人を逮捕しています。逮捕された7人はSNSを使って購入希望者を募り、販売していたといいます。
  • 佐賀や神奈川など4県警と関東信越厚生局麻薬取締部の合同捜査本部は、覚せい剤取締法違反(営利目的共同所持)などの疑いで、住吉会傘下組織幹部を逮捕しています。報道によれば、SNSを悪用して全国へ発送していた薬物密売の「元締め」とみられています。逮捕容疑は共謀して2023年2月、東京都江東区のビジネスホテルで、覚せい剤約2.2キロ(約1億3640万円相当)、大麻約5キロ(約2500万円相当)を所持した疑いがもたれています。なお、一連の捜査でこれまでに全国で売人19人、客120人が逮捕されています。また、新潟県警長岡署と県警国際薬物銃器対策課、組織犯罪対策課は2024年1月、覚せい剤取締法違反(譲渡)の疑いで、稲川会傘下組織幹部を逮捕しています。2023年9月中旬、長岡市内で知人の40代男性に覚せい剤約1グラムを3万円で譲渡した疑いがもたれています。
  • 兵庫県警は、大麻成分を含んだ液体を吸引したとして神戸方面の署の男性巡査(21)を停職6カ月の懲戒処分にしています。巡査は大麻取締法違反容疑で書類送検され、依願退職しています。報道によれば、巡査は2023年10月、西播方面に停車中の乗用車内で、知人男性とともに大麻成分の入った大麻リキッド約0.6グラムを所持、職務質問の後の尿検査で陽性反応が出たといい、県警に「仕事を辞めるかどうか悩み、知人に勧められて2023年4~10月に10回ほど吸った」と説明しているといいます。
  • 沖縄県の慶良間諸島海域で2023年8月、漂流しているコカイン約28キロ(末端価格約6.8億円相当)が見つかり、第11管区海上保安本部(那覇)と沖縄地区税関、沖縄県警の合同捜査本部は、麻薬取締法違反(密輸入予備)容疑で、容疑者不詳のまま書類送検しています。報道によれば、慶良間諸島南方の海域で袋に入った大量のコカインが漂流しているのを一般の人が見つけ、通報、何者かが2023年8月、コカインを密輸する目的で海上に投下したとみて捜査を続けてきたものの、容疑者の特定には至らなかったとのことです。その他の密輸事案としては、覚せい剤約5.47キロ(末端価格約3億3925万円)を密輸したなどとして、警視庁薬物銃器対策課は、メキシコ国籍の職業不詳の容疑者を覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)容疑などで逮捕した事例もありました。報道によれば、羽田空港の東京税関職員が所持品検査で不審な様子に気づき、覚せい剤の所持が発覚したもので、ベストや下着の内側にポケットが9カ所あり、覚せい剤をビニール袋に小分けした状態で隠していたといいます。また、関税法違反(禁制品の輸入未遂)の疑いも持たれており、同課は男を違法薬物の「運び屋」とみていて、国際的な密輸組織の関与がうかがわれます。こうした密輸は新型コロナの水際対策が緩和された2022年10月以降、増加しており、羽田空港における2020年と2021年の摘発件数は1桁だったところ、2023年は30件以上、204年はすでに6件に上っており、東京税関などは水際対策を強化するとしています。さらに、麻薬のケタミンをドイツから密輸しようとしたとして大阪税関と大阪府警大阪水上署が、関税法違反(禁制品輸入未遂)罪で、いずれもベトナム国籍で、住所不定、無職の2人の被告=麻薬取締法違反罪で起訴=を大阪地検に告発しています。報道によれば、両容疑者は共謀し、2023年6~9月、ケタミンの粉末684グラムをフェイスマスクなど美容品が入った袋に入れ、国際郵便でドイツから輸入しようとしたといいます。関西空港に到着した国際郵便を検査した際に税関職員が発見したものです。
  • 密売目的で大麻草を栽培したとして、愛知県警と福島県警の合同捜査本部が、岐阜県可児市などに住む男女6人を大麻取締法違反(営利目的共同栽培)容疑などで逮捕し、名古屋地検に送検しています。栽培場所からは大麻草とみられる植物565株が押収され、両県警は組織的犯罪とみて調べています(鉢の押収量は2019年以降で最多とのことです)。報道によれば、容疑者らは床面積が120平方メートルほどの建物内で、LEDライト38台や炭酸ガスボンベ5本などで光合成を促し、エアコンや大型扇風機、除湿器を使い、遠隔で生育状況を確かめられるカメラを天井につけ、温度や湿度をスマホで遠隔操作しながら、栽培していたといいます(先端技術を活用するスマート農業も顔負けの「大麻栽培の工場」だったようです)
  • 日本自転車競技連盟は、大麻取締法違反(所持)の容疑でBMXレース日本代表の元コーチが2023年12月に逮捕、起訴されたと発表、無期の登録資格停止処分を科しています(不適切な行為があったとして、2023年12月28日付で解職していたものです)。被告は日本代表コーチとして、2023年秋の杭州アジア大会に参加していました。日本自転車競技連盟は「再発防止策を講じ、法令の順守、コンプライアンスの徹底に努める」としています。
  • 大阪・道頓堀にあるグリコ看板下の遊歩道で知り合った女子中学生らに睡眠導入剤を渡すなどしたとして、大阪府警は、無職の男を麻薬取締法違反(営利目的所持、譲渡)と麻薬特例法違反(規制薬物としての譲渡)の疑いで再逮捕しています。男は、遊歩道に集まる若者から「グリ下の帝王」と呼ばれていたようです。睡眠導入剤を過剰摂取すると命の危険があり、両法は、処方された睡眠導入剤の譲渡などを禁じています。

本コラムでも継続的に取り上げていますが、市販薬を過剰摂取するオーバードーズ(OD)が原因と疑われる救急搬送者が、2023年1~6月で5625人に上ったことが、総務省消防庁と厚生労働省の調査で判明しています。20代が1742人で最も多く、10代の846人と合わせて半数近くを占めたほか、女性が4132人で全体の7割を占めています。風邪薬やせき止めなどを大量に服用するODは、一時的に気分が高揚することもありますが、意識障害や呼吸不全を引き起こす危険があり、厚労省は依存性がある成分を含む市販薬を20歳未満に販売する場合は、小容量製品1個に制限するといった制度の見直し案をまとめ、医薬品医療機器法改正を目指していますなお、ODの問題については、2024年2月6日付産経新聞の記事「市販薬、ドラッグストアで買いにくくなる? オーバードーズ問題で厚労省検討…不安の声も」が興味深いものでした。OD対策としての規制が、薬局やドラッグストアで買える市販薬(OTC医薬品)を使って風邪などに対処する「セルフメディケーション」の流れを阻害するというもので、医薬品を製造する企業からは「乱用を防ぐ努力は惜しまないが、薬を必要とする消費者が不便になる恐れがある」との声も上がっているといいます。前回の本コラム(暴排トピックス2024年1月号)でも取り上げましたが、厚労省の検討会は、乱用の恐れがある成分を含む風邪薬やせき止めなどの市販薬を薬局などで20歳未満に販売する際は、小容量(2~3日分)1個のみ、購入者に身分証の提示などを求め、氏名を記録する義務を課すなどの案を盛り込んだとりまとめを公表、医薬品医療機器法(薬機法)の改正を視野に検討を進めるとしています。また、販売に当たっては、薬剤師や販売資格を持つ店員が、購入者が乱用していないか確認したり、乱用のリスクを説明したりできるよう、購入者が手に取れない場所に商品を置くことも求めています。一方、医療費を抑制しながら国民の健康づくりを促進する考えから、国はこれまで一定の条件の下、特定の市販薬の購入費の税控除を受けられる「セルフメディケーション税制」を導入するなど、軽度の不調は自身で対応するよう市販薬の使用を促してきた経緯があります。店舗で手に取って検討した上での購入ができなくなったり、購入しても小容量のため何度も足を運ばなければならなくなったりすれば、市販薬に頼らず医療機関を受診する人が増える可能性が考えられるほか、医師の働き方改革が進む中、軽度の不調による受診が増えれば医療の逼迫につながり、医療費抑制の流れにも逆行するというものです。また、販売方法が厳しくなっても、異なる店舗を回って購入を繰り返したり、複数人で購入したりすることは防げられず、ODは医療機関で処方される睡眠薬などの処方薬でも行われていることから、市販薬だけを厳しくしても「抜け道」は塞ぎきれないという指摘もあります。

海外における薬物を巡る最近の動向から、いくつか紹介します。

  • 前回の本コラム(暴排トピックス2024年1月号)でも取り上げましたが、米中両国は、米国で乱用が問題になっている医療用麻薬「フェンタニル」対策を協議する政府高官による作業部会の初会合を北京で開催しています。バイデン米大統領と中国の習近平国家主席は2023年11月の首脳会談でフェンタニルの供給源への対処について協力することで合意しています。米国はフェンタニルについて、主に中国で製造された原料をメキシコの犯罪組織が合成し、米国に密輸していると主張、中国はこれを否定しています。米中双方の代表団は会合で取り締まり面での協力や国際犯罪組織のネットワークによる資金調達の摘発、定期的な情報共有の重要性を確認しています。中国の王小洪・公安相は米代表と共同演説し「綿密かつ実務的な意思疎通を図り、作業計画を巡り共通理解に達した」と指摘、両国が双方の懸念に配慮し、「安定かつ健全で、持続可能な米中関係に一段の前向きなエネルギーを与えるような協力の強化と拡大」を期待すると述べています。フェンタニルは医療用に開発された麻薬鎮痛剤で、ヘロインの約50倍強力な作用があり、極めて依存性が高いとされ、米国内で過剰摂取による死者が急増しており、18~49歳で最大の死因となるなど深刻な問題になっています。2024年2月5日付朝日新聞の記事「米国むしばむフェンタニル禍 専門家が指摘する「薬害」の側面とは」で、その歴史的経緯も含め、詳しく紹介されており、大変参考になります。例えば、「2013年以降、フェンタニルの過剰摂取による死者が急増しています。16年に米国の人気歌手、プリンスさん(当時57)が亡くなったのも、フェンタニルの過剰摂取でした。米疾病対策センター(CDC)によると、フェンタニルを含む合成オピオイドの過剰摂取による死者は1999年から2021年までに64万5千人に上っています。日本で言えば地方都市が一つ消滅するほどの数で、非常に深刻です。フェンタニルについては、中国で原料が製造され、メキシコの犯罪組織が合成して米国に密輸するという国際的な犯罪ルートが注目されていますが、問題の根源は、別のところにあります」、「90年代半ば、米国の製薬会社「パーデュー・ファーマ」が商品名「オキシコンチン」という半合成オピオイドの鎮痛剤の販売を始めました。強い鎮痛作用があり、がんの痛みなどに対して処方されました。オピオイドなので当然、依存性があります。ところが、製薬会社はこの薬を売るために、「依存性は低い」と偽って医師に猛烈な営業をかけ、関節痛や外傷など「日常的な痛み」にも処方するよう仕向けたとされています。その結果、一般の人々が処方薬で依存症となり、過剰摂取で死亡するという事案が相次ぐようになりました。特に、工業が衰退した米中西部「ラストベルト」の労働者たちの関節痛などに処方され、過剰摂取が増加したことが知られています」、「米国では処方薬は高いので、安価な非合法のヘロインへと薬物使用者が流れたためです。ラストベルトやその南部のアパラチア地域で顕著でした。その後、さらに安価なフェンタニルへと移っていったと考えられています」、「鎮痛剤の「マーケット」ができあがった社会に、さらに安価な密造フェンタニルが流れ込みました。米麻薬取締局(DEA)の発表では、調査した密造フェンタニル錠の4割以上に2ミリグラム以上のフェンタニルが含まれていたとされています。ということは、1錠服用するだけで死ぬ恐れがあるということです。フェンタニルや密造フェンタニルによる死者は21年に7万人以上にも上っています」、「コロナ禍がフェンタニルの問題を悪化させたとみられています。人との接触が制限され、病院に行くのも難しくなり、適切な医療サポートが得られないまま、過剰摂取で命を落とす人が急増したと考えられます。21年のデータによると、死者の年代は25~54歳と幅広く、白人が中心です。半数余がフェンタニル単体の過剰摂取、残り半数弱がコカインや覚醒剤など複数の薬物を摂取していました」というもので、正に「薬害」「人災」という側面が浮かび上がってきます。
  • フィリピンのマルコス大統領は、国際刑事裁判所(ICC)が同国の麻薬対策を巡り捜査することに協力しないと表明しています。ドゥテルテ前政権が実施した違法薬物一掃の取り締まり手法は超法規的だとして国際的な批判が高いところ、フィリピン政府の協力を得られないなか捜査は難航する可能性が高まっています。ICCは戦争犯罪や人道に対する罪を犯した個人を裁く常設の裁判所で、フィリピンのドゥテルテ前大統領は2016~22年の任期中に「麻薬戦争」とも呼ばれる薬物犯罪対策を重要政策の一つと位置付け、その取り締まりを巡っては超法規的に殺害されたケースがあるとされ、ICCは合法的な法執行活動ではないとして本格的な捜査を進めるとしていたものです
  • 南米エクアドルでは1月上旬から非常事態宣言が出され、生放送中のテレビ局スタジオに武装集団が乱入するなどの騒ぎが起きています。2024年1月26日付朝日新聞で、中南米の地域研究を行う国際金融情報センターの木下・主任研究員は、治安悪化の背景に、「ゴキブリ効果」があると説明しています。「ゴキブリ効果」とは、監視や統制をして締め付けを強くすれば、犯罪や不法行為は、規制のゆるい地域に移るという理論です。南米は、古くから世界のコカ栽培の中心地で、米国は、自国への麻薬流入を防ぐためにも、ペルーやボリビアでコカ栽培撲滅プログラムを実施、その結果、コロンビアが最大の栽培地となり、麻薬カルテルが台頭したことから、2000年代、米軍主導で麻薬組織の掃討作戦が行われた経緯があります。一方、エクアドルでは反米のコレア元大統領の時に、米国の麻薬対策や協力が大幅に縮小され、海路や空路から入ってくる不審な船舶や航空機に監視の目が行き届かなくなり、締め付けが強くなったコロンビアから、麻薬組織がエクアドルに入り込んできた形となりました。報道によれば、国内に36カ所の刑務所があるところ、受刑者がこの10年で2.5倍と収容能力を超え、その9割がコロンビア人、ペルー人、ベネズエラ人で、刑務所内で頻繁に受刑者同士の抗争が起き、2021~22年には計503人もが死亡したといいます。さらにラッソ前大統領は、過密状態を解消するために軽犯罪者の釈放を早めたことで、さらに治安悪化に拍車をかける形となりました。こうした状況を受け、ノボア政権は、エクアドルのブケレ大統領の強硬路線を意識して、(米国の支援を受け)強硬な治安対策に踏み込んでおり、マフィアや麻薬カルテルとの抗争の激化も予想されるところです。も黙っていないでしょう。これからも捜査関係者や政府高官を狙うでしょう。ノボア政権の治安対策には、米国が支援を行うようです。同じく観光産業が盛んな中米コスタリカはかつて、治安の良さが売りの一つだったところ、近年、ギャング同士の争いなどで高い殺人発生率に悩まされ、2023年は過去最多を大きく更新する900件超の殺人事件があり、チャベス大統領は2023年11月、「非日常の時代には非日常の措置が必要だ」として「マノ・デュラ(厳格、の意味)」法を導入する意向を発表、同じく治安が悪い中米ホンジュラスでは、2022年12月に非常事態宣言を発令、憲法上の権利の一部を停止し、犯罪に関連するとみなした人を容易に拘束できるようにしています。

(4)テロリスクを巡る動向

警察は、テロ(テロリズム)を「広く恐怖または不安を抱かせることにより、その目的を達成することを意図して行われる政治上、その他の主義主張に基づく暴力主義的破壊活動」と規定し、「外国人またはその活動の本拠が外国にある日本人によるテロリズム」を国際テロリズムとしています(愛知県警察のWebサイト「国際テロ対策」ページから)。したがって、一般的に「事業者とテロリスク」と言った場合、真っ先に浮かぶのは、そのような破壊活動に対する防御や未然防止等に関する直接的な対応ではないかと思われます。また、宗教や人種をめぐる激しい対立がない日本においては、テロリストとしての端緒・行動原理が表面化しにくく、対策の難しさが指摘されています。とはいえ、安部元首相や岸田首相の銃撃事件など、ホームグロウンテロ(ローンウルフ型テロ)の拡がりや脅威のリアル化もふまえれば、市民生活の中に溶け込んでいるテロリスト(やその予備軍)の察知(端緒の把握)もまた重要な課題であり、「テロを許さない」とする国民的合意のもと、国民一人ひとりの「目」を通じた監視を機能させることが求められています。こうした一人ひとりが持つべきこの端緒の把握と通報の重要性については、社内であらためて確認・徹底されることを期待したいところです。さらに、テロリスクは、破壊活動への対応に限られず、今やその脅威の及ぶ領域や影響範囲を急激に拡大させており、事業者も、テロリスクへの対応を優先度高く取り組む必要性に迫られています。ただ、日本の多くの事業者は、テロリスクへの理解の不足(テロ対策=破壊活動への対応との短絡的な理解)から、いまだにテロリスクを事業リスクとしては過小評価する(あるいは最初からリスク管理の対象外としている)傾向にあります。実は、ITの高度化、新たなサービスやスキームの登場、技術革新、暗号資産の普及やデジタル決済化、AI/生成AIの深化、それに伴う利便性の向上など、あらゆる事業者の創意工夫の営み自体が、テロリスク自体に「拡がり(多様性)」をもたらし、その結果、自社の提供するサービス等が、知らず知らずのうちにテロに悪用されたり、テロリストの活動を助長しかねない状況をもたらしているのであり、多くの事業者は、自社サービスの「テロの犯罪ツール・犯罪インフラ化」リスクという視点が欠落している状況にあります。あらためてテロリスクと一口に言っても、その脅威の及ぶ領域や事業者への影響範囲、そのリスクの深刻度合いの拡がり(多様さ・深刻さ)は想像以上のものがあり、事業者として自らがテロを助長する「犯罪インフラ化」することがないよう、十分な注意が必要だといえます。また、テロリスクの持つ様々な側面を正しく捉え、冷静な議論のもと、日本がグローバルなテロ包囲網、組織犯罪対策等から見て大きなセキュリティホール(犯罪を助長する高リスク国と認定されてしまうこと)とならないよう、国内における迅速かつ適切な各種施策の実行と国際的な連携の実現が望まれます

企業におけるテロリスク対策の現状としては、残念ながら、AML/CFTの観点(それでもどこか遠い世界の話としてリアリティをもった取組みにはなっていません)以外については、さほど深化していると感じられない、極めて憂慮すべき状況にありますが、日本経済団体連合会(経団連)が、企業行動憲章において、テロやサイバー攻撃などへの組織的な危機管理を企業に求めている点をあらためて認識しておく必要があります。

▼日本経済団体連合会 企業行動憲章の改定にあたって~Society 5.0の実現を通じたSDGs(持続可能な開発目標)の達成~
▼企業行動憲章 実行の手引き(第7版)

2017年11月に企業行動憲章に新たに「危機管理の徹底」として「市民生活や企業活動に脅威を与える反社会的勢力の行動やテロ、サイバー攻撃、自然災害等に備え、組織的な危機管理を徹底する」との文言が追加されています。また、(反社リスク対応については特段目新しい部分はありませんが)新たに設けられた「テロの脅威に対する危機管理と対策に取り組む」とした改定版の手引きにおいては、まずは「テロや犯罪リスクを洗い出し、それぞれのリスクを評価し、優先的に対策を講じるリスクを決定する」とされています。続いて、「テロ対策に向けた体制構築や危機管理マニュアルの策定や既存マニュアルの見直しなどを行う」こと、「海外危機管理において最も困難な判断を迫られる海外拠点からの緊急退避に関して、現地駐在員や帯同家族を急ぎ避難させる事態を念頭に、緊急退避計画を事前に作成することに努める」ことなどが求められています。さらに、「教育・訓練」の重要性を指摘し、「テロを想定したシナリオに基づいた訓練(本社および現地の対策本部が情報収集、緊急対策の実施、業務継続のための施策の検討などを模擬体験する訓練)を実施する」ことや、「訓練を通じ顕在化した問題点を改善し、いざという時に機能する危機管理体制を構築する」ことを求めています。これらは、正に企業危機管理の中にテロ対策を位置付けたという意味では画期的なことと評価できます。筆者としては、以前から、「従業員の生命を守る」ことは企業の責務であるとして、テロ対策を企業の取り組みの中に位置づけるべきだと指摘してきましたので、今後、多くの企業がテロリスクに真摯に向き合うことを期待したいと思います。ただし、今回の企業行動憲章の内容については、まだ「従業員の生命を守る」といったより具体的・実践的な視点が前面に出ていない点がやや気になります。具体的には、「テロから身を守る方法」「テロから逃れる方法」などのほか、「被害に遭った駐在員の家族への状況説明や相談・メンタルヘルス対応」、「補償」、「メディア対応」、「政府や関係機関等との連携」、あるいは「法的対応・訴訟対応」などといった実務面の示唆が明らかに不足していると言えます。テロ発生時だけでなく、事前の準備や事後対応も適切に行ってこそ、企業としてのテロ対策は有効に機能するものであり、いずれにせよ、企業行動憲章の内容をあらためて確認し、「企業としてのテロ対策」が浸透し、進化・深化していって欲しいと切に願います。

テロリスク対策を考えるうえでは、企業の対策だけではなく、社会全体における孤独・孤立対策(つながりの重要性)も極めて重要な観点となります。日本では宗教的・信条的な背景をもつテロというより、無差別大量殺人、無理心中、いわゆる拡大自殺などといった形をとることが多いといえますが、おそらく、真因として「孤独・孤立」「つながり」の希薄さなどがあげられる点で共通項はあるように思われます。直近の京都アニメーション放火殺人事件の公判では、青葉真司被告の過去や心情が明らかになり、家族や社会から孤立を深めていった姿が浮かび上がりました。近年は孤立が背景とされる凶悪事件が相次いでいることから、2024年4月には孤独・孤立対策推進法が施行されることになっており、正に「社会全体の課題」として取り組むことが求められることになります。2024年1月26日付日本経済新聞で、新潟青陵大の碓井真史教授(社会心理学)が、「被告は世の中への憎しみや京アニへの妄想的な思いを晴らすべく犯行に及んだ」、「普通の人は失うものを考えるが、孤立していればブレーキのない『無敵の人』となりうる。被告は理想と現実の折り合いをつけることができなかったのではないか」と指摘していますが、考えさせられます。確かに、近年は社会で孤立した末に起こされたとみられる凶悪事件が目立ち、2021年の大阪・北新地のビル放火殺人事件、小田急線と京王線の車内で起きた乗客への襲撃事件では、周囲との接点が乏しい中で自身の境遇に不満を募らせ、無関係な相手を襲う点が共通しています。孤独・孤立対策推進法では、孤独や孤立を「社会全体の課題」と明記し、自治体ごとに「対策地域協議会」を立ち上げ、NPOなどが加わって地域の実情に応じた支援内容を話し合い、犯罪や自殺の防止につなげるとしています。海外でも孤立は共通の社会課題となっており、英国政府は2018年、孤独対策を取りまとめた報告書を公表、郵便配達員による見守りや、住民らが交流できるカフェや居場所づくりなどの具体的な施策が盛り込まれているほか、医師が孤立や孤独を感じる患者に地域活動を紹介するなど、社会とのつながりをつくるケースも報告されています。「社会には、助けを必要とする人に対する様々な支援窓口がある。行政やNPOが支援対象者に積極的に関わっていくアウトリーチと呼ばれる取り組みも広がる。被告は事件前、精神疾患のために心身の状態を観察する訪問看護を受けていたが、助けを求めづらい性格だったこともあり、自ら接触を断ってしまった。事件を教訓として、支援する側がどのようにつながりを保ち続けられるか知恵を絞り続ける必要がある」という碓井教授の指摘、早稲田大の石田教授の「誰かとつながりたいと感じた時に連絡できる場があるかないかは大きな違いだ。貴重なタイミングを逃さないためにも、国や自治体、NPOなどが連携し根気強く支えていく姿勢が必要だ」との指摘、ノンフィクション作家の吉岡忍氏の「家族、友人、学校、職場など近しい人たちに助けてもらったり、助けたりする関係こそが社会を形作るのに欠かせない」(自助・共助・公助のどれでもない「近助」の重要性)との指摘など、テロリスク対策にとって重要な「社会的包摂」の具体的なあり方として注目したいところであり、正に正鵠を射るものと言えます。

海外におけるテロリスクを巡る最近の動向から、いくつか紹介します。

  • 中国政府は、反テロリズムに関する法整備や対応をまとめた白書を公表しています。白書は、教育により「過激主義」の浸透を防いできたとして、思想統制を正当化、新疆ウイグル自治区での人権問題を指摘する西側諸国などを念頭に、「人権を口実にした内政干渉」を批判しています。中国政府は反テロの名の下に、新疆などでの思想統制を徹底していると日本や欧米では見ていますが、白書は「反テロ闘争の主戦場」である新疆で貧困脱却が進み、観光客も増えたと説明、政府の取り組みにより「国家の安全と社会の安定を力強く守り、人民大衆の安全は著しく向上した」と主張したほか、「各国の政治体制には違いがあり、直面するテロの形式は異なる」と強調、「一部の国は自らの意図を押し付け、他国のやり方を無責任に批評している」と非難しています。イスラエルとハマスがそれぞれの正義から衝突しているように、「何が正しいか」が一面的な見方から導くことはできませんが、「今起きていること」を正しく直視することまで排除されるべきではないと考えます。
  • 「国益」の表れである戦争や国際紛争について、メディアは独立した第三者の立場から伝えることができているのかという点で、政府と報道姿勢を巡って対立している英国の公共放送BBCの伝え方が注目されています。2023年10月7日、パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスがイスラエルに越境攻撃をかけたことを受け、自国民に死者を出した英国では、政府がハマスを「テロ組織」だと断定した一方で、公共放送BBCは「テロリスト」と直接表現することは避け、「武装組織」「過激派」などと放送しました。英国政府はBBCの報道姿勢を厳しく批判しましたが、「誰かをテロリストと呼ぶことは片側に立って、状況を公正に扱うことをやめることを意味する」と主張、その投稿は世界の1000万人以上が閲覧し、英国内で賛否両論の論争が起こりました。BBCは伝統的に戦争報道について政府から独立した立場を取ることで知られ、ガイドラインでも戦争について定めており、「戦争、紛争、テロ行為などの報道において、BBCは英国及び国外の視聴者に特別の責任を持つ。世界の人々は、BBCに対し、文脈や分析、幅広い種類の視点や意見の提供を期待している」、『テロリスト』という言葉自体が理解を助けず、妨げになることもある。何が起きたかを描写することでテロ行為の十分な結果を示すべきだ。攻撃者、戦闘員など加害者の具体的な行動を表す言葉を使うべきだ」と記述しているといいます。なお、BBCは2023年10月後半以降、「米国や英国がテロ組織と指定しているハマス」との表現をより頻繁に使用するようになっています。日本においても、「国際テロリズム要覧」の最新版で、テロ組織のリストから「ハマス」が「削除され、問題となっていることは、前回の本コラム(2024年1月号)で取り上げたとおりです。2022年版要覧には、米国やEUの指定したテロ組織など、ハマスを含む約230団体が掲載されていたものの、「なぜテロ組織なのか」などと外部の問い合わせが集中したため、2023年版は国連安全保障理事会の制裁委員会が指定した約60団体に絞った経緯があるといいます。とはいえ、日本政府はハマス工作員の資産を凍結するなどの制裁を科しており、整合性が問われています。また、いったん公開された政府の公式年報が削除、閲覧停止されるのは極めて異例であり、日本のテロリスクへの向き合い方自体が問われているといえます
  • 英国は、イスラム過激派組織「ヒズブ・タフリール」を非合法のテロ集団と認定、反ユダヤ主義組織として、同組織への所属は犯罪になるといいます。報道によれば、クレバリー内相は「ヒズブ・タフリールは反ユダヤ主義的な組織であり、テロリズムを積極的に促進し奨励している」と指摘、同組織のウェブサイトで、イスラム組織ハマスによる10月7日のイスラエルへの大規模攻撃などを称賛し、ハマスが英雄であるかのように記述されていることは、テロリズムを促進・助長していることになるとしたほか、ヒズブ・タフリールはユダヤ人に対する攻撃を称賛してきた過去があるとしています。
  • パキスタン南西部バロチスタン州で、総選挙を前に、選挙事務所2カ所の付近で爆発があり、当局者によると26人が死亡、数十人が負傷、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)が犯行声明を出しています。最初の爆発はピシン地区の無所属候補者の事務所で発生し、14人が死亡、他に20数人が負傷したといい、アフガニスタン国境に近いキラサイフラーでの2回目の爆発は、以前から武装勢力の攻撃対象となっていた宗教政党JUIの事務所付近で発生、事務所近くに止められたオートバイに仕掛けられた爆発装置で12人が死亡、25人が負傷したといいます。イスラム武装勢力「パキスタンのタリバン運動(TTP)」やバロチスタンの分離主義グループなど、他のグループもここ数カ月の間に攻撃を行っています。なお、同国の総選挙については、野党系の候補の優勢が伝えられる一方、与党側も勝利を宣言し、不透明な情勢となっています。
  • イランとパキスタンが「対テロ」名目の武装組織掃討の名目のもと、双方攻撃する状況になっているほか、イランでは反政府勢力が活動する南東部を中心に治安が悪化しており、戦闘が続くパレスチナ自治区ガザなど中東各地の動きに深く関わるイランが不安定化すれば、中東の混迷が一段と深まりかねない状況となっています。シーア派大国のイランで、シーア派を敵視する武装組織の活動が活発化しており、2023年12月に南東部ラスクで警察署が襲撃され、警官11人が死亡、2024年1月にも南東部ケルマンで、スンニ派のISが犯行を主張する自爆テロで約90人が犠牲になったことから、イランは、隣国イラクやシリアのほか、パキスタン領内の「テロ拠点」2カ所を空爆するなどしています。極めて異例の攻撃に踏み切った背景には、イラン国内の動揺を食い止めたい保守強硬派による主戦論が勢いを増している可能性も指摘されています。イランは、ガザでイスラエルと交戦するイスラム組織ハマスやレバノンのシーア派組織ヒズボラ、紅海で商船攻撃を繰り返すイエメンのフーシ派を支援、「抵抗の枢軸」と称される外国の代理勢力を利用して米国など国際社会を揺さぶってきました。ただ、国内に抱える緊張激化の火種への対応を強いられれば、中東の親イラン組織の動向に影響を及ぼす可能性が指摘されています。一方、イスラエル軍は、パレスチナ自治区ガザ南部ハンユニスの地下トンネルで、イランからイスラム主義組織ハマスへ約1億5000万ドル(約222億5000万円)が送金されたとされる証書が見つかったと発表しています。報道によれば、軍報道官は「イランが中東にテロを輸出している具体例だ」と述べ、イランとハマスのつながりを強調しています。証書には2020年までの7年間に、イランからハマスのガザ指導者ヤヒヤ・シンワル氏らに送金されたと記録されており、イスラエルは同盟国に証書を送り、裏付けを進めているといいます。また、近くの金庫からは2000万シェケル(約8億1000万円)の紙幣も見つかったといい、報道官は「ハマスの指導者が隠れ、人質が拘束されていた場所だ」と指摘しています。
  • ヨルダンで米兵3人が死亡した無人航空機(ドローン)攻撃への報復として、米軍は革命防衛隊や親イラン武装組織が往来するイラク、シリア両国境付近を集中的に空爆、両国に置かれた駐留米軍拠点への脅威を減らすため、今後も攻撃を続ける構えとしています。イラク、シリア両国境付近では2013年ごろから、ISの前身組織が活発に活動、ISを掃討するため、イラク、シリア両政府と協力関係にあった親イラン武装組織も拠点を構えていましたが、米軍もイラク政府やシリアのクルド人民兵組織と連携して、ISに対処するために拠点を構築、米国とイランは当初、IS掃討で形式上は「共闘」していましたが、ISの勢力が衰退した後は主導権争いで緊張が高まっていたところでした。こうした状況下、米国とイランの対立を巡り、双方と友好関係にあるイラク政府は板挟みになってきたところ、今回の米軍の攻撃でイラクの親イラン武装組織に多大な被害が出たことから、イラクは米国への反発を強めているようです。イラクには、IS掃討を支援するため、2500人規模の米軍が駐留していますが、米国とイラクは2024年1月、駐留米軍の態勢を見直す協議を開始、今回の攻撃で米軍の早期撤収を求める声も強まっており、中長期的にはイラクでの影響力拡大を狙うイランを利する流れになっています。

(5)犯罪インフラを巡る動向

休眠状態に陥った不活動宗教法人の解散を迅速に進めることなどを目的に、文化庁が宗教法人の解散手続きに関する「不活動宗教法人対策マニュアル」を改訂しています。

▼文化庁 不活動宗教法人対策マニュアル(改訂)(令和5年12月)

従来はなかった不活動法人を判定する統一基準を新たに明記しています。マニュアルは都道府県との内部共有にとどめていましたが、改訂に伴い2024年1月に初めて公表に踏み切っています。手続きの法的根拠なども明示し、宗教界からの理解を得ることを目指しています。マニュアルでは、不活動法人の合併や任意解散、裁判所への解散命令請求などを進める手続きを定めており、文化庁が1983年、都道府県の宗教担当部局向けの手引として作成したもので、以降、複数回の改訂はあったものの、不活動法人と判断するための基準などは明記せず、公表もされてきませんでした。ただ、不活動法人の判定を委ねられた都道府県側は判断基準もない上、慢性的な人員不足もあって解散手続きにまで手が回らない実態が判明、2023年3月末、文化庁宗務課長通知で不活動法人の迅速な解散を進める方針を明確化したことから、改訂版ではこの内容を新たに盛り込んだ経緯となります。具体的には、宗教法人法で年に1度の提出が義務づけられている現況報告書について、2年以上提出を怠るなどした宗教法人を不活動法人リストに区分すると明記、その上で、法人役員らと連絡がつかず、活動再開の見込みがなければ「速やかに解散命令請求に着手」することをフローチャートで示したほか、休眠状態が疑われる法人の実態を把握する方法も記載、戸籍や住民票から役員の所在を調べ、関係者と接触できた場合には、裁判所への解散命令請求に異議があるかどうかなどを確認するよう求めています。不活動法人の解散を巡っては都道府県側の人手不足を解消するため、2023度に文化庁は2022年度比約74倍の不活動宗教法人対策推進事業費(4億3747万円)を計上、都道府県の非常勤職員の人件費に充てられるようにルールを改めています。また、関連して、2023年12月に「宗教法人の売買に類似した取引による違法行為の助長を防止するための取組について」と題する資料も公表されていました。

▼宗教法人の売買に類似した取引による違法行為の助長を防止するための取組について

本資料は「違法・有害情報への対応等に関する通信事業者向け説明会(2023年11月1日)」のものでありますが、筆者が以前から指摘している問題意識に沿った形で文化庁のスタンスが明記されており、休眠宗教法人(不活動宗教法人)の「犯罪インフラ化」を阻止する必要性について述べられています。まず、インターネットを介した売買に類似した取引の実態などが報告されている点について、問題の概要として、「宗教法人として設立されながら、事実上、宗教活動を停止しており、法人格のみが残存しているもの(いわゆる不活動宗教法人)が実態上見受けられ、これを放置した場合、第三者により法人格が不正に取得され、脱税や犯罪収益の移転、いわゆるマネー・ローンダリング等の違法行為につながるおそれがあることが指摘されている」としています。さらに、「政府として不活動宗教法人対策の徹底に全力を挙げているにもかかわらず、今次、節税への活用等を謳って、宗教法人の売買に類似した取引を呼びかけるインターネット上の仲介サイトが多数あることが報道等において指摘されており、このようなサイトを通じた取引の一部は、宗教法人を悪用した違法行為を助長しているおそれがある」とし、大前提として「宗教法人の代表役員等の地位は、宗教法人法では、取引の対象となっていない。簡単に売り買いができるかのように呼びかける行為は問題である」と指摘しています。さらに、「宗教法人法は、第三者が法人格を取得し、宗教活動以外の目的に法人格を利用する事態を想定しておらず、法の許容するところではない」、「宗教活動の実態を伴わない宗教法人の売買を呼びかけるインターネットサイトが横行すれば、政府として取り組んでいる不活動宗教法人対策の効果が無に帰されるばかりか、脱税やマネー・ローンダリング等の違法行為を助長することとなる」「宗教法人という仕組み自体への信頼の失墜を招く行為であり、社会的にも望ましいものと言えないことは明らか。安心して利用できるべきインターネット空間に、予見できない法の潜脱行為という危険を招く。インターネット上の宗教法人の売買や、これを呼びかける行為が無制限に行われることは避けなければならない」と厳しい指摘が続きます。そのうえで、「御協力いただきたい取組」について、「次のような取組を、法令遵守の姿勢の一環として検討していただきたい」として、「法人格を悪用した違法な行為を助長することが疑われるサイトを運用する事業者に対し、宗教法人法の趣旨を踏まえ、不正な法人格取引等の温床になっていないか確認するよう求めるなど、本通知を活用するなどして、周知・啓発等を行う」、「法人格を悪用した違法な行為を助長することが疑われるサイトの利用者に対し、本説明会の資料や通知等の掲載等を通じて、注意喚起を行う」、「宗教法人格の不正な取引の調査のため、捜査機関や裁判所等からの法的な要求があった場合には、自社規定に基づき、適切に対応するよう求める」ことが挙げられています。

出会い系サイトのアカウントを不正に作成したとして、愛知県警は、格安SIM販売会社の役員を私電磁的記録不正作出・同供用の疑いで逮捕、送検しています。報道によれば、容疑者は他の者と共謀し、2023年2月9~10日に出会い系サイトで6回にわたって不正にアカウントを作成した疑いがもたれています。サイト運営会社は規約で、1人で複数の会員登録を禁じるほか、不正が疑われるアカウントを凍結するなど監視を強めている一方、SIMカードはアカウント開設時の本人確認に使われますが、販売にあたっての本人確認が厳密でないものもあり、抜け穴を突けば多数のSIMを入手できてしまうと指摘されています。容疑者は、犯罪に悪用されるアカウントを用意する「アカウント屋」の男に、「SIMを大量に売れる」と接触、愛知県警は、1枚あたり3千円で少なくとも100枚を販売したとみているといいます。なお、愛知県警は2023年、こうした大量のアカウントを使って男性客を集めた売春あっせんグループを摘発しています。

直近では、クレジットカードや電子決済サービスの悪用事例が目につきました。

  • 勤務先の食料品店で客がNTTドコモの電子決済サービス「d払い」で商品を買ったように偽装し、クレジットカード会社から約1000万円をだまし取ったとして、大阪府警などは、ベトナム国籍の20代の男を電子計算機使用詐欺容疑などで逮捕しています。報道によれば、男は2023年5~6月、勤務していた大阪市生野区のベトナム食料品店で、不正に入手した他人名義のスマホ、少なくとも226台を使い、d払いで商品を購入したように偽装、少なくとも990回決済を重ね、クレジットカード会社から店名義の口座に約1000万円を振り込ませ、詐取した疑いがもたれています。当時は店長が不在で、男が口座を管理していたといいます。また、スマホの名義人約200人のうち大半はベトナム人などの在留外国人で、商品の代金はカード会社が立て替え払いし、スマホの利用料に上乗せして名義人に請求する仕組みでしたが、ほとんどが未納だったといい、店が使う決済用端末はカード会社が管理しており、決済が数日に集中したことから、カード会社が不審に思って大阪府警に相談していたものです。大阪府警は、男が決済を繰り返して多額の金をだまし取るため、大量のスマホを用意したとみて入手ルートを調べています。なお、名義が使われた外国人は大阪府警に「4台契約すれば、30万円を渡すと誘われた」と話したということです。このベトナム人等外国人名義の大量のスマホの入手ルートはAML/CFTの観点、金融犯罪対策の観点からも、極めて悪質な「犯罪インフラ」であり、ぜひ詳らかにしてほしいと思います。
  • スマホ決済サービス「LINE Pay」で計約11億7900万円の架空取引を繰り返し、還元される約3500万円分のポイントをだまし取ったとして、警視庁犯罪収益対策課は電子計算機使用詐欺の疑いで、会社役員ら男女6人=別の電子計算機使用詐欺罪で起訴=を再逮捕しています。犯罪収益対策課によると、容疑者はSNSで参加者数十人を集めており、容疑者の会社からスマホなどを買ったと装う手口で、決済金額に応じて付与されるポイントを詐取していたといいます。逮捕容疑は2020年4月~2021年8月ごろ、共謀の上、容疑者の会社からスマホやタブレットを購入する名目で約2430回の架空取引を繰り返し、還元されるポイントをだまし取ったというもので、6人は決済サービス「au PAY」でも同様の手口でポイントを詐取したとして2023年11月に逮捕、起訴されています
  • 他人名義で不正にクレジットカード会社の加盟店契約を申し込んだとして、警視庁が決済代行会社「全東信」の東京支社営業本部長ら男3人を私電磁的記録不正作出・同供用容疑などで逮捕しています。本来は加盟店契約を結べない飲食店などから手続きを請け負い、売り上げの一部をキックバックさせていたとみられています。報道によれば、容疑者らは2022年1~2月、港区新橋の飲食店でカードが使えるようにする加盟店契約の手続きを代行した際、中国籍の女性経営者を別の日本人女性と偽って申請するなどした疑いがもたれています。カード会社は審査で「公序良俗に反する」と判断した場合、加盟店契約を結びませんが、同店は無許可で男性客への接待をしたとして、2023年7月、風俗営業法違反容疑で摘発されています。会社役員の男が店側から代行の依頼を受け、店に設置する決済端末を用意、容疑者がカード会社に申請していたもので、店側はカードで決済された売上金の数%を3人に支払っていたといいます。いわゆる専門的な知見を悪用する「専門家リスク」といえます。
  • 他人名義のクレジットカード情報を登録したスマホの決済アプリを使い、自身が経営するコンビニエンスストアで商品を不正購入したとして、埼玉県警国際捜査課は、コンビニ経営者ら男女4人を電子計算機使用詐欺容疑などで逮捕しています。容疑者は店の売り上げを増やすため、不正に加担したとみられています。自身が経営する「ファミリーマート浮間一丁目店」で、熊本県の50代女性のカード情報を使い加熱式たばこ約2510箱(計約145万円相当)を購入したというもので(当該女性は、個人情報を盗み取るフィッシング詐欺被害に遭ったとみられています)、容疑者が商品購入役の「買い子」で、SNSで店側と連絡を取り合い、不正購入する商品の在庫などを事前に調整していたとみられています。同店では加熱式たばこの売り上げが1100万円超に上る日があったほか、容疑者の自宅などからはスマホ約240台が見つかっており、同課は店ぐるみで不正を繰り返していたとみて実態解明を進めています。

大手グルメサイト「食べログ」に掲載されている飲食店側が「不当に評点を下げられた」として、食べログの運営会社に約6億4千万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が東京高裁であり、食べログ側の独占禁止法違反を認定した一審・東京地裁判決を取り消し、飲食店側の逆転敗訴となりまた。本件訴訟では、食べログのようなデジタルプラットフォームによるアルゴリズムの運用は影響が大きい一方、中身は「ブラックボックス」であることが多い中、その一端が明らかになった上、一審判決が、食べログ側の独禁法違反(優越的地位の乱用)を認定し、注目されました(アルゴリズムの犯罪インフラ化の側面ともいえます)。報道によれば、一審判決では、食べログは2019年5月、評点を算出するアルゴリズムを変更、チェーン店の「認知度」を「調整」する内容が含まれており、結果的に原告の店の点数が下落したことについて、原告にとって食べログは、事業経営に大きな影響があり、「優越的地位」にあると認定、その上で、食べログが評点を「投稿者の主観的な評価をもとに算出した数値」と公表しているのに、今回の調整が「チェーン店かどうか」を基準にしていた点を重視、変更を事前に対象店に知らせていなかったことなどから、独禁法が禁じる優越的地位の乱用に当たると判断し、食べログ側に3840万円の支払いを命じたものでした。今回、食べログ側は、問題のアルゴリズム変更では、社内で「新ロジック」と呼ぶ評点算出の仕組みを導入していたと新たに説明、一審で不当とされたチェーン店の「認知度調整」は、新ロジックで生じる不具合を補正するもので、正当な目的があったなどと主張、これに対して原告側は、仮に補足的な調整だったとしても、認知度調整の対象にならなかったチェーン店もあったと指摘、調整は人為的・恣意的に行われ、「不公正で不合理だった」と訴えていました。また、食べログと「有料店舗会員契約」を結んでいたことを踏まえ、食べログ側にはこの契約に基づき、「不合理なアルゴリズム変更をしない義務があった」とも新たに主張していました。本訴訟については、今後の動向を注視していきたいと思います。

政府は日本の製品や部品が輸出先で軍事転用されるのを防ぐための安全保障貿易管理の規制を厳格にし、相手国で武器の製造・開発に用いられないことを確認するよう輸出事業者に義務づける制度に関し、一部の品目について対象国を中国やロシアなどに広げるとしています。中ロを含む「一般国」でも北朝鮮やイラクといった武器禁輸国向けと同水準の厳しい対応に改め、米欧と足並みをそろえて技術流出を防ぐほか、第三国を迂回して転用リスクなどが懸念される国に流れるルートについても遮断を狙うものです。さらに、たとえ輸出先が安全な国でも他の国に流れて武器に転用される可能性があると政府が判断した場合は、経済産業相が事業者に輸出許可を申請させ、政府側で輸出の可否を決められるようにし、現在は米国や英国、韓国など向けは対象外であるところ、こうした例外もなくすといいます。武器に転用されかねない先端素材や精密な工作機械などは、すでに経産省が輸出規制リストに挙げて管理(「リスト規制」と呼ばれる仕組み)しており、輸出先の国にかかわらず経産相の許可を原則必要とします。本コラムでもたびたび警鐘を鳴らしていましたが、ロシアによるウクライナ侵攻後、中国などで軍と関わりがありそうな企業との取引を自主的に控える日本企業がある一方で、輸出を続ける事業者がいることが問題視されていました(KYCだけでなくKYCCの観点から、サプライチェーン・リスクマネジメントの強化が必要だと筆者は主張してきました)。政府は規制強化にあたり、注意が必要な輸出先を列挙して公開することも検討、現在は大量破壊兵器の開発などの懸念がある団体を載せた「外国ユーザーリスト」はあるものの、より一般的な武器の開発に関わる団体も挙げる案があります。さらに、キャッチオール規制はリストに載っていない品目でも輸出先に安保上の懸念がある場合、経産相の許可をとるよう求める制度で、今回の制度改正はこのタイプの規制の強化にあたります。規制が最も厳しいのは武器禁輸国で、北朝鮮やイラク、アフガニスタンなど10カ国はここに含まれますが、一方で輸出管理を厳格にしていると日本が認めた「グループA(旧ホワイト国)」には用途確認などの義務はなく、米英や韓国など27カ国がこれに当たります。米国は2020年に軍事用途の定義を改めるなど、通常兵器向けのキャッチオール規制を強化、欧州各国もデュアルユース(軍民両用)の品目に関し輸出管理の厳格化を進めています。

トレンドマイクロが従業員500人以上の法人のセキュリティ責任者らに実施した調査で、56.8%が過去3年間にサイバー攻撃を経験したと回答しています。被害が出た会社の平均額は1億2500万円にのぼり、米戦略国際問題研究所(CSIS)とマカフィーの調査によるとサイバー犯罪による2020年の世界全体の損失は1兆ドル(147兆円)超で、世界の国内総生産(GDP)の1%を占める規模となっており、対策が遅れる国は特に標的になりやすく「GDPの1%」では済まないことになりますまた、国家が関与するようなケースではより深刻な事態を招くことになります。防衛機密が漏れれば安全保障上の大きなリスクになり、防御が甘い国は同盟国から情報をもらえなくなる恐れがあります。報道によれば、韓国は2023年、北朝鮮のハッカーに船の設計図や無人機のエンジン情報などの資料を盗まれ、国家情報院によると北朝鮮は過去4年間で少なくとも25カ国の防衛産業を攻撃、航空分野や戦車、衛星、艦艇の情報が狙われたといいます。また、イスラエルでは2020年、水道設備がサイバー攻撃を受け、政府高官によると水道水に許容量以上の塩素が混入される大惨事になる可能性があったといいます。サイバー攻撃は狙う対象や方法によっては武力行使に匹敵する攻撃力を持ち、イメージダウンや防御レベルを知られるのを懸念して被害を公表しない事例が多いだけに政府主導で守る体制が欠かせないといえます。残念ながら、日本の対策は遅れており、平時からサイバー空間を監視し、状況に応じて攻撃が予想される国・集団のサーバーに侵入して対処する「能動的サイバー防御」の導入に道筋がみえない状況でもあります。

ただ、重大なサイバー攻撃を未然に防ぐ「能動的サイバー防御」を巡り、内閣法制局は憲法解釈について見解を示し、憲法21条が保障する「通信の秘密」に関し「公共の福祉の観点から、必要やむを得ない限度で一定の制約に服すべき場合がある」としています。近藤内閣法制局長官が衆院予算委員会で自民党の長島昭久氏の質問に答えたもので、見解はサイバー攻撃で国民に甚大な被害が発生する場合などを念頭に、通信の秘密より公共の福祉を優先する可能性があるとの考えを示したものとして注目されます。能動的サイバー防御は、基幹インフラへの攻撃など重大な影響が出る予兆をつかむ目的で平時から通信状況を監視するしくみで、政府は被害を防ぐために国内の通信事業者が持つ情報を使い攻撃者のサーバーを検知したり、侵入して攻撃手段を防いだりする仕組みを検討していますが、プライバシーの侵害につながるとの懸念もあり、政府機関や通信事業者が平時から幅広く情報を監視するため「通信の秘密」が担保されなくなるとの懸念が代表的です。今回の内閣法制局長官の発言はやむを得ず「通信の秘密」が制限される場合があると示唆したもので、一歩踏み込んだ形となります。政府は2022年末にまとめた安全保障関連3文書で能動的サイバー防御の導入を決めましたが、電気通信事業法や不正アクセス禁止法、刑法など幅広い法改正が必要になることから、今国会においても、いまだ本格的な議論が始まっていない状況です。米国の元政府高官は日本のサイバー防衛について「日米同盟の最大の弱点」と批判しました。「同盟の現代化」には日本の能動的サイバー防衛の導入が急務となります。

最近のサイバー攻撃に関する報道から、いくつか紹介します。

  • 米証券取引委員会(SEC)は、X(旧ツイッター)のアカウントが不正アクセスされた問題で、「SIMスワップ」と呼ばれる電話番号乗っ取りの被害に遭ったと明らかにしています。この問題は2024年1月月9日に発生、暗号資産ビットコインの現物に連動する上場投資信託(ETF)承認への期待が高まる中、何者かがSECのアカウントに不正アクセスし、ETFを承認したとの偽メッセージを書き込んだもので、これを受け、ビットコインの価格が一時的に急騰する事態となりました(SECは翌日、ETFを承認しています)。SIMスワップは電話番号を別の端末に割り当て直すことでその番号を乗っ取る手口で、2023年には日本でもSIMスワップによる携帯電話の不正乗っ取りが犯罪に悪用される事例が多発しました。SEC報道官は声明で、不正アクセス者が電話番号を乗っ取った後、SECアカウントのパスワードを再設定したと説明、ハッカーがSECの携帯通信会社をどのようにだまして電話番号を別端末に割り当てさせたか法執行機関が調べているとしています。SECはさらに、アカウントのセキュリティを高める多要素認証(MFA)を職員が2023年6月に無効にし、今回の問題発生後まで復元しなかったことも明らかにしています。職員はアカウントへのアクセスが困難としてMFAを無効にするようXに要請していたといいます。
  • 機密情報を含む外交公電を在外公館とやりとりする外務省のシステムが2020年に中国からサイバー攻撃を受け、情報漏洩が起きていたことが判明しました。インターネットから閉ざされ、特殊な暗号を用いるシステムに侵入された形で、秘匿が求められる外交公電の漏洩は極めて異例の事態となります。林官房長官は、サイバー攻撃に関し「情報セキュリティに関する事案の性質上、答えを差し控える」と言及を避けた上で「外務省が保有する秘密情報が漏洩した事実は確認されていない」と述べています。外交公電は、外務省本省と在外公館の間で交わされる報告や指示などで、相手国政府の機微情報も含まれ、通常のインターネットとは遮断された仮想専用線システム「国際IPVPN」で送受信していますが、今回漏洩した規模や公電の内容、発覚の経緯は明らかになっていません。なお、中国外務省は本件について「確実な証拠もない状況下で、中国側をいわれなく中傷することに反対する」として反発しています(なお、中国外務省が公式サイトで、汪文斌副報道局長の「記者会見録」として発言を掲載しましたが、実際には、汪氏は記者会見ではサイバー攻撃に関する質問に対して「承知していない」とだけ答えており、発言を追加して、日本側を批判する意思を示す思惑があるとみられています)。
  • 関連して、オランダの情報機関は、中国政府を後ろ盾とするハッカーが2023年、オランダ軍のネットワークに侵入したとする報告書を公表、オランダがサイバースパイ活動を中国によるものと公に特定したのは初めてですが、中国側はこれに対し、いかなる団体・個人にもサイバー攻撃などの違法行為や、そのために中国の設備を使うことを決して容認しないと反論しています。
  • 米英および豪政府は、医療保険大手メディバンクの現旧顧客970万人の個人情報流出を招いたサイバー攻撃について、関与したロシア人男性に制裁を科しています。豪内相によると、ロシア人のアレクサンドル・エルマコフ氏を対象に金融制裁と渡航禁止措置を講じています。2021年に法制化されたサイバー制裁の枠組みを初めて適用、エルマコフ氏に暗号資産ウォレットや身代金を含む資産を提供すれば犯罪となり、最長10年の禁錮刑と罰金に問われる可能性があるといいます。米財務省も、エルマコフ氏がもたらすリスクを理由に米英が同氏に制裁を科したと発表しています。米国の制裁措置により、同氏の米資産が凍結されるほか、米国人との取引が禁止されることになります。ネルソン米財務次官(テロ・金融情報担当)は「本日の英豪との三国による措置はこのような措置としては初の協調的な行動であり、これらの犯罪者の責任を追求するというわれわれの団結した決意を強調するものだ」と述べています。
  • 米アルファベッ傘下のグーグルは、監視ソフトウエア会社が危険なハッキングツールの使用を可能にしていると指摘し、取り締まりを強化するよう米国や同盟国に促しています。監視ソフト業界を巡っては、イスラエル企業NSOのスパイウエア「ペガサス」が人権活動家など世界でさまざまな人物のスマホから見つかって以降、監視の目が厳しくなっています。グーグルの研究者は報告書で、NSOは比較的よく知られているが、悪用目的でのスパイ技術の拡散を助長している小規模企業は多数あると指摘、イタリアのCy4Gate、RCS Labs、Negg Group、ギリシャのインテレクサ、スペインのVaristonなどの企業名を挙げています。グーグルは「政府機関の顧客からの需要は依然として強く、今回の調査結果は商用スパイウエアの販売会社が、全ての人にとってインターネットの安全性を損なうハッキングやスパイウエア機能をどれほど拡散させているかを浮き彫りにしている」としています。
  • 米欧と中国の間でスパイ戦が激しさを増しており、米中対立の長期化に伴い、機密情報の収集や漏えい防止の重要性が高まっています。た。従来は明るみに出なかった水面下の攻防が次々と公表され、双方が強く警戒を呼びかける事態となっています。米連邦捜査局(FBI)が捜査中の中国に関するスパイ事件は数千件に上るといい、主戦場はサイバー分野だといいます。2023年夏、中国のハッカー集団の攻撃で米政権幹部のメールが流出、米国の20以上の重要インフラ施設が中国のハッカーに侵入されたことも判明しています。最近はAIなど先端技術を駆使した手法もみられるといいます。詳細な手口も明らかにする異例の対応には、米国との対立長期化を見据えて国民に注意喚起を促し、スパイ摘発への協力を求める狙いがあるとされます。
  • 2024年1月30日付日本経済新聞の記事「サイバー防衛、生成AIが実務 クラウドストライクCEO」は大変興味深いものでした。例えば、「我々の2023年の調査では、攻撃者が企業の情報システムへ侵入するのにかかる時間は平均79分で、22年から5分縮まった。侵入スピードが年々速まっている。インターネット上の闇市場では企業の従業員の認証情報が多数売られており、これらを悪用して企業内にあるセンシティブな情報へとすぐにたどり着かれてしまう」、「ChatGPTなどの正規ツールは、マルウエア(悪意のあるプログラム)を作成するなど悪用を目的としたプロンプト(指示文)に対しては拒否する仕組みが備わっている。しかし現在、攻撃者は悪意のある指示にも従う『ダークAI』を作り出している」、「具体的には『ワームGPT』などの名前のツールで、生成AIの技術を生かして不正なプロンプトへも動作し、言われたとおりにマルウエアなどをつくる。現在はチャットGPTほどの高度な処理はできないが、学習が進めばいずれ実用的なものとなるだろう」、「現在広く使われている、セキュリティ情報の監視・検出を行う『SIEM』はいずれ消滅に向かうだろう。なぜなら攻撃実行のハードル低下の結果、担当者にインシデントを告げる警告の量があまりにも増え、全てを検知するには負担が大きくなりすぎるからだ」、「アナリストの日々の実務に関してはAIが代行して自動化し、時間を短縮できる。テストしたところ、手動ならば8時間はかかるルーティンを適切なプロンプトを用意すれば10分まで短縮することもできた」、「人間に代わって対策の処理を行わせる場合、その処理の安全性も確保しなければならない。AIが意図せぬ処理を行うことで会社の業務に影響が出ることもあるためだ」といった指摘は大変示唆に富むものです。
  • 2024年2月6日付日本経済新聞の記事「巧妙化するボット、違法性曖昧 F5ネットワークス幹部」もまた大変興味深いものでした。例えば、「現在インターネット通信の5割弱は自動プログラム(ボット)によるものとされている。特にロシアによるウクライナ侵攻以降、西側諸国の大手ブランドの商品をロシアの消費者に販売するなどの目的で、サイトの情報を抜き取る「スクレイピングボット」の増加が目立つという」、「悪性ボットで最近特に目立つのは、ダークウエブ(闇サイト群)上などで流通している大量のIDとパスワードでネットサービスに不正ログインを試みるクレデンシャルスタッフィングと呼ばれる攻撃だ。近年流通量が急増しているため、億単位のデータでの攻撃も珍しくない」、「クレデンシャルスタッフィングのような攻撃は、ログインの失敗を繰り返すIPアドレス(ネット上の住所)からの通信を制限するのが一般的な対策だ。しかし、大量の端末を乗っ取ってボットを仕込めば制限はかかりにくい。ウッズ氏は「以前は1つの攻撃で数千のIPアドレスが使われていたが、現在では100万超だ」と語る。それでも攻撃を繰り返していけば、乗っ取られたIPアドレスは次第に判明していく。しかし、無料のVPN(仮想通信網)のサービスが普及するにつれてIPアドレスを追跡する難易度も上がっている。通信経路を隠すことができるVPNはボットの通信でも利用できるからだ。ボットと人間のカーソルの動きを区別する仕組みも開発されているが、攻撃者側も「人間側の無駄のある動きを機械学習でボットに学ばせている」(ウッズ氏)という」といった指摘もまた大変参考になります。

SNSの犯罪インフラ性についても興味深い動きがありました。米ニューヨーク市は、「TikTok」や「ユーチューブ」などのSNSサービスを「公衆衛生上の危険」に指定したと明らかにしています。米国の主要都市で初の取り組みといいます。市は指定に合わせ、14歳未満の子どもにSNSを利用させないことや、対面での会話促進に向けSNSの利用時間の上限を設けることなどを保護者や学校関係者に求める勧告を発表しています。エリック・アダムズ市長は「大手IT企業が子どもたちの精神を危険にさらすのを黙って見ているわけにはいかない」とする声明を公表、(本コラムでもたびたび取り上げてきたとおり)米国では、SNS上の写真や動画を見て自分の体形に劣等感を持ったり、自殺願望を抱いたりする恐れがあるとして、若者によるSNS依存の悪影響が社会問題化しています。すでに米南部フロリダ州では、保護者の同意にかかわらず、16歳未満のソーシャルメディア利用を禁止する法案が州議会下院を通過、法案が成立するには今後、州上院や州知事の承認も必要となりますが、16歳未満は新規にアカウントを開設できず、開設済みの場合は削除を義務づける内容となっているほか、すべての利用者に、独立した第三者による年齢確認も求めるといいます。一方、反発も起きており、フロリダ州の米自由人権協会(ACLU)は法案について「インターネット上の表現の自由を抑圧するのが目的」として、反対する声明を出しています。報道で米コロンビア大学で疫学研究に取り組むキャサリン・キーズ教授は「子どもが目にする内容こそが問題だ」と指摘、全面的な利用規制ではなく、摂食障害や自殺を助長する投稿など、具体的なリスクを取り除く対応が望ましいと指摘しています。一方、米メタは、インスタグラムやフェイスブックで、未成年者のための安全対策を強化すると発表、自主的な規制に取り組む姿勢を示していますが、2023年12月にハーバード大公衆衛生大学院が公表した調査によると、フェイスブック、インスタグラム、スナップチャット、ティックトック、X、ユーチューブは、18歳未満の若者から2022年に計110億ドル(約1兆6千億円)近い広告収入を得ており、こうした収益構造を踏まえれば、企業側の自主規制には期待できないとの声も根強くあります。なお、2024年1月31日には米上院司法委員会が、大手5社の幹部を呼んだ公聴会を開催、各社のSNS運営手法に「利益優先で安全対策が不十分」などと集中砲火を浴びせ、SNS規制法案への協力を迫っています。米国では、SNSを使って未成年を狙った同様の被害が増加、米連邦捜査局(FBI)によると、2021年10月から2023年3月にかけて少年を中心に1万3000件以上の被害報告があり、少なくとも20人以上の自殺が確認されています(性的画像を脅迫材料に、少女が性行為を強要されるケースもあるなど、報告をためらい表面化していないケースも多数あるとみられています)。法規制が進まない背景には、本コラムでもたびたび取り上げてきた、利用者の投稿内容に関してSNS運営会社の法的責任を問わないと規定した「通信品位法230条」の存在があります。SNS上の「表現の自由」を守るための条項ですが、有害コンテンツを野放しにしてもSNS運営会社は免責されるため批判が強まっており、公聴会では、議員から条項の廃止を求める意見も出ています。SNSによる子どもの性被害は日本でも問題になっており、警察庁によると、2022年にSNSをきっかけに犯罪に巻き込まれた18歳以下の子どもは1732人、児童ポルノの検挙件数は3035件で、中学生の被害が約4割を占め、だまされたり脅されたりして、子どもが自撮りした裸の画像を送ってしまう被害がとくに多く、わいせつ目的のために子どもを手なずける「グルーミング」被害にも、市民団体らが注意を呼びかけています。その一方で、日本では子どもの安全対策へのSNS大手の責任を追及する動きは乏しく、報道で関西大の水谷瑛嗣郎准教授(メディア法)は、ソーシャルメディアの仕組みへの理解不足が背景にあるとし、「SNSのアルゴリズムは、スロットマシンのように利用者を画面に引きつける中毒性があるとされる。その特性が広く社会で認識されれば、日本でも子どもの保護強化を含めた規制の議論につながるかもしれない」と指摘していますが、まさにその通りかと思います。

また、2024年1月25日付日本経済新聞の記事「政変相次ぐアフリカ 裏にSNS工作 危うさ伴う急成長」によれば、「軍部による政権転覆が続くアフリカ西部やサハラ砂漠南部のサヘル地域。「クーベルト(クーデターベルト)」と呼ばれる一帯で地ならし役の一端を担うのは、ネットを介した情報拡散だ。「コンゴ共和国で軍事クーデター」。2023年9月中旬、SNSでこんな情報が広がった。コンゴ共和国の通信大臣が直後に強く否定したことで「噂」は収まったが、同国政府としては安心できない。ニジェールで23年7月末に起こったクーデターでも、約半年前に政変を示唆する情報発信があった「、「「情報工作が軍政を擁護するオンライン集団を生み出し、クーデターが成功しやすい環境を築いた」と指摘する。中でも、ロシア関連のアカウントが暗躍している」「アンチ西側」の空気を追い風に、ワグネルは勢力を伸ばそうとしている。偽情報を人工知能(AI)で分析する英ロジカリーによると、ワグネルはニジェール政変後に情報発信を更に増やした。ワグネルは先にクーデターが起こったマリやブルキナファソでも、混乱に乗じ政権中枢に取り入った」「アフリカ社会は飛躍的発展を意味する「リープフロッグ(カエル跳び)」に例えられる。デジタル技術が急速に普及し、先進国が数十年かけて得た技術革新を短期間で達成する現象だ。急成長は前向きに捉えられることが多い一方、危うさも伴う。スマートフォンのインフラ化はその一つだ。精神科医で『スマホ脳』著者のアンデシュ・ハンセン氏は「人の脳はいつも自分の意見に近い情報を求めており(スマホを通してやり取りされる)SNSはその特性を利用している」と指摘する。東北大大学院の虫明元教授(脳神経科学)は「(スマホやネットで)情報共有が一気に進む社会になり、集団的な意思決定に引っ張られる傾向が強くなった」と話す。「人と人の関係が密で情報伝達力が強い地域」(アフリカ研究が専門の山田肖子・名古屋大大学院教授)では、真偽の疑わしい情報も加速度的に広まる」といった指摘は興味深いものでした。

AI/生成AIの持つ危険性等に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 人間と対話するかのように文章を作り出したり、精巧な画像や動画を瞬時に生み出したりできる生成AIは、社会に恩恵をもたらす一方、様々なリスクが顕在化しています。偽情報や誤情報の氾濫、犯罪への悪用、著作権の侵害が大きな社会問題となり、さらに雇用の喪失、思考力・創造力の低下といった将来への影響も懸念されるほか、兵器への利用など人類の脅威にもなり得ます。人類の知能に匹敵する「汎用AI」を目指す動きは、生成AIの登場を機に、さらに加速しており、社会を誤った方向に導く危険性があるのが、偽画像・動画を作る「ディープフェイク」です。政治家らの偽動画や偽音声が選挙前に氾濫し、世論が誘導されるような事態が起きれば、民主主義の根幹を揺るがしかねないことは各方面から指摘されているところです。その技術は今や、誰の手にも届くところにある点も脅威です。生成AIには、業務の効率化につながるとの期待がある一方、人が行っていた業務がAIに置き換わり、大量の失業者を生む恐れもあり、行政の現場などで活用しようという動きが出ていますが、人間の意思決定に生成AIが深く関与するようになれば、「AIによる人類の支配が強まるのでは」と危惧する声もあります
  • 米連邦通信委員会(FCC)は、AIで作成した自動音声メッセージを電話で送る「ロボコール」と呼ばれる行為が法律違反に当たるとの見解を決定しています。2024年11月の大統領選を控え、AIが偽情報の拡散に使われるのを防ぐ狙いがあります。米ニューハンプシャー州で2024年1月、大統領選の民主党予備選への不参加を促すバイデン大統領の偽音声が有権者に届く事件があり、FCCは国民を混乱させる可能性があるとして、AIを使ったロボコールを電話消費者保護法の違反行為にあたると明確にしたもので、違反した場合は行政処分の対象となり、州司法当局の取り締まりを受ける可能性があります。なお、ロボコールは「電話」と「ディープフェイクボイス」ですが、SNSなどのデジタル空間では、見たい情報ばかりに囲まれ、正しくても欲していない情報には接しにくくなる「フィルターバブル」や、自分に似た意見が推奨され、考え方が近い人とばかりつながっていく「エコーチェンバー」が起きやすく、こうした中ではディープフェイクや偽情報を事実と信じ込み、行動が過激化しやすいことが知られており、生成AIが民主主義の基盤を揺るがす可能性は否定できず、官民挙げた取組みの高度化が求められています。
  • コンピューターウイルスや詐欺メール、爆発物の作成など犯罪に悪用できる情報を無制限に回答する生成AIがインターネット上に複数公開されています。既存の生成AIに、不正行為に関わる情報を学習させたものとみられています。誰でも指示をすればこうした情報を入手できるため、悪用される懸念が高まっています。一般のインターネット上の検索サイトや通信アプリから接続して操作することができ、1か月あたり数十ドルの料金を要求されるケースもあるようです。報道でセキュリティ会社「三井物産セキュアディレクション」の吉川孝志氏が2023年12月、調査目的でこのうちの一つに対し、身代金要求型コンピューターウイルス「ランサムウエア」を作るよう指示したところ、すぐにウイルスの設計図に当たる「ソースコード」が回答されたといい、同社で上級マルウエア解析技術者を務める吉川氏は、「現状の完成度は低いが、ランサムウエアとしては機能する。サイバー犯罪に悪用されることも含め、リスクが高まるのは時間の問題だ」と指摘しています。さらに、巧妙な文面の詐欺メールを作成でき、爆発物の作り方も表示するほか、犯罪者らが集まるダークウェブ(闇サイト)の掲示板では、各AIでどのような不正行為ができるかなど情報交換も行われているなど、犯罪インフラ化とその高度化が急激に進んでいます
  • リスクが高いのに各国の規制の対象外なのが軍事分野で、自律型ドローン兵器はすでに存在しており、イスラエル軍はガザへの空爆の標的選びでAIを使っているとされます。中国やロシアなども力を入れるなか、ルールづくりは難しいといえます。AIは初期段階だが、進化はとても速いのが特徴で、実効性のある規制を急ぐべきだが、実現にはかなりの努力が求められることになりそうです。
  • AIが差別や偏見を助長するとの警告も以前からなされています。そもそもAIが学習したインターネット上のデータに含まれる偏見や固定観念が表れているのであり、その意味でこの問題は、人間社会にバイアスや固定観念がいかに埋め込まれているのかということになります。しかし、これほどAIが広く使われるようになってしまうと、例えば、AIがバイアスを含んだ回答をして、それがメディアなどを通じてネットに出ていき、再びAIが学習するという流れが繰り返されると、バイアスが再生産され、どんどん強固になっていく可能性が危惧されるところです。AIは、インターネット上やその他様々なデータを学習し、次に来る言葉の確率を計算して回答するものであり、「人間社会の映し鏡」とも言えます。AIの「公平性」の議論は、翻って、社会における「公平」「平等」とは何か、ということの私たちへの問いでもあるということです。つまり、社会が「公平」に近づけば近づくほど、AIの学習データも「公平」になっていくことも考えられます。生成AIは、社会に埋め込まれている差別や偏見を可視化するものでもあり、私たちが、それらを「再」発見することにもつながります。バイアスの少ないAIの開発や、開発者への倫理的な教育、社会的弱者に与えるリスクを抽出して産業界に注意喚起するなど、多くのことが考えられます。
  • 生成AIは、もっともらしいうその説明をする「ハルシネーション」や著作権の課題などを抱えつつ、業務効率化などの目的で導入が進んだ一方で、ある調査によると、使っている人の4分の1が「相談相手」としているといいます。会話できるAIは確実に家庭や仕事など人々の日常に入り込んでいるといえます。ChatGPTとやりとりし、考えを練り上げる使い方は「壁打ち」と呼ばれ、「AIは脳内にあるものを形にするツール。思考の解放を手伝ってくれる」との評価もあります。専門家は「まるで人間と話しているように応答してくれる点が相談相手として優れており、少なくともChatGPTであれば返答内容もおおむね適切」といいます。ただ、相談相手として頼るあまり、相手が人格を持っていると錯覚してマインドコントロールされる恐れもあると指摘され、依存しすぎないよう注意が必要だとしつつ、「生成AIに悩み事を相談したいと思う人は今後、増えるだろう」と考えられています

日本でも総務省・経済産業省が「AI事業者ガイドライン案」を提示しています。「公平性」「透明性」などの10原則を掲げ、偽情報対策を強化する方針も示し、「人間の意思決定や感情を不当に操作することを目的としたAIの開発・提供は行わない」として人間の判断を介在させる必要性を強調しています。以下、骨格のみですが、紹介しておきます。

▼総務省 デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会(第6回)配付資料
▼資料6-1 AI事業者ガイドライン案の概要
  • 背景・経緯
    • 我が国は従前より、世界に先駆けて、AIに関する議論を主導(G7香川・高松情報通信大臣会合(2016年)、人間中心のAI社会原則(2019年、内閣府))。今般、「AIに関する暫定的な論点整理」(2023年5月、AI戦略会議)を踏まえ、総務省・経済産業省が共同事務局として、既存のガイドラインを統合・アップデート(AI開発ガイドライン(2017年、総務省)、AI利活用ガイドライン(2019年、総務省)、AI原則実践のためのガバナンスガイドライン(2022年、経済産業省))し、広範なAI事業者向けのガイドライン案をとりまとめ
    • 作成にあたっては広島AIプロセスの議論やマルチステークホルダー・アプローチを重視。総務省の「AIネットワーク社会推進会議」、経済産業省の「AI事業者ガイドライン検討会」及び各検討会下のWGを活用し、産業界、アカデミア及び市民社会の多様な意見を聴取
  • 全体の構成、今後の進め方
    • 事業活動においてAIに関係する全ての事業者(企業に限らず、公的機関を含めた組織全般)を対象。事業者を(1)AI開発者、(2)AI提供者、(3)AI利用者(事業活動以外でAIに関係する者を含まない)に大別
    • 3つの事業者カテゴリに共通の指針を括りだした上で(第2部C)、各カテゴリに特有、重要となる事項を整理(第3部~第5部
      1. 本編の構成
        • 第1部AIとは
        • 第2部AIにより目指すべき社会と各主体が取り組む事項
          • A 基本理念
          • B 原則
          • C 共通の指針(一般的なAIシステム)
          • D 高度なAIシステムに関係する事業者に共通の指針
          • E ガバナンスの構築
        • 第3部AI開発者に関する事項 データ前処理・学習時、AI開発時、AI開発後、国際行動規範の遵守
        • 第4部AI提供者に関する事項 AIシステム実装時、AIシステム・サービス提供後、国際指針の遵守
        • 第5部AI利用者に関する事項 AIシステム・サービス利用時、国際指針の遵守
      2. 別添
        • 本編を補完する位置付けとして、次のような事項を記載
          • AIシステム・サービスの例(各主体の関係性等を含む)
          • AIによる便益や可能性、具体的なリスクの事例
          • ガバナンス構築のための実践ポイント、具体的な実践例
          • 本編の各項目に関するポイント、具体的な手法の例示、分かりやすい参考文献 等
        • 対象範囲
          • 広島AIプロセスでとりまとめられた高度なAIシステムに関する国際指針及び国際行動規範を反映しつつ、一般的なAIを含む(想定され得る全ての)AIシステム・サービスを広範に対象
          • 実際のAI開発・提供・利用においては、本ガイドラインを参照し、各事業者が指針遵守のために適切なAIガバナンスを構築するなど、具体的な取組を自主的に推進することが重要
      1. 高度なAIシステムに関する取組事項
        • 広島AIプロセスの成果(包括的政策枠組み)を反映
          • 全てのAI関係者向け及び高度なAIシステムを開発する組織向けの広島プロセス国際指針
          • 高度なAIシステムを開発する組織向けの広島プロセス国際行動規範
      2. あらゆるAIシステムに関する取組事項
        • 原則を元に、各主体が取り組むべき指針や事項を整理
        • AI開発ガイドライン、AI利活用ガイドライン(総務省)も取込み
          • 1)人間中心、2)安全性、3)公平性、4)プライバシー保護、5)セキュリティ確保、6)透明性、7)アカウンタビリティ、8)教育・リテラシー、9)公正競争確保、10)イノベーション
      3. 基本理念・原則
        • 「人間中心のAI社会原則」の基本理念を土台とし、OECDのAI原則等を踏まえ、基本理念・原則を構成
      4. AIガバナンス
        • AI原則実践のためのガバナンス・ガイドライン(経済産業省)をもとに整理
        • 各主体が取り組む主な事項の例(抜粋)
  • 第2部 AIにより目指すべき社会と各主体が取り組む事項
    • 法の支配、人権、民主主義、多様性、公平公正な社会を尊重するようAIシステム・サービスを開発・提供・利用し、関連法令、AIに係る個別分野の既存法令等を遵守、人間の意思決定や感情等を不当に操作することを目的とした開発・提供・利用は行わない
    • 人間の生命・身体・財産、精神及び環境への配慮、偽情報等への対策、AIモデルの各構成技術に含まれるバイアスへの配慮
    • プライバシー保護やセキュリティ確保、関連するステークホルダーへの情報提供(AIを利用しているという事実、AIモデルの情報 等)
    • トレーサビリティの向上(データの出所や、開発・提供・利用中に行われた意思決定等)
    • 文書化(情報を文書化して保管し、必要な時に、利用に適した形で参照可能な状態とする等)
    • AIリテラシーの確保、オープンイノベーション等の推進、相互接続性・相互運用性への留意等
    • 高度なAIシステムに関係する事業者は、広島AIプロセスで示された国際指針を遵守(開発者は国際行動規範も遵守)
    • 「環境・リスク分析」「ゴール設定」「システムデザイン」「運用」「評価」といったサイクルを、マルチステークホルダーで継続的かつ高速に回転させていく、「アジャイル・ガバナンス」の実践 等
  • 第3部 AI開発者に関する事項
    • 適切なデータの学習(適正に収集、法令に従って適切に扱う)
    • 適正利用に資する開発(安全に利用可能な範囲の設定、AIモデルの適切な選択)
    • セキュリティ対策の仕組みの導入、開発後も最新動向に留意しリスクに対応
    • 関連するステークホルダーへの情報提供(技術的特性、学習データの収集ポリシー、意図する利用範囲等)
    • 開発関連情報の文書化
    • イノベーションの機会創造への貢献 等
  • 第4部 AI提供者に関する事項
    • 適正利用に資する提供(利用上の留意点の設定、AI開発者が設定した範囲でAIを活用等)
    • 文書化(システムのアーキテクチャやデータ処理プロセス等)
    • 脆弱性対応(サービス提供後も最新のリスクを把握、脆弱性解消の検討)
    • 関連するステークホルダーへの情報提供(AIを利用していること、適切な使用方法、動作状況やインシデント事例、予見可能なリスクや緩和策等)
    • サービス規約等の文書化 等
  • 第5部 AI利用者に関する事項
    • 安全を考慮した適正利用(AI提供者が示した適切な利用範囲での利用)
    • バイアスに留意し、責任をもってAIの出力結果の利用を判断
    • プライバシー侵害への留意(個人情報等を不適切に入力しない等)
    • セキュリティ対策の実施
    • 関連するステークホルダーへの情報提供(業務外利用者等に平易かつアクセスしやすい形で示す等)
    • 提供された文書の活用、サービス規約の遵守 等
  • 第7回AI戦略会議 「松本総務大臣ご発言」より
    • 「広島AIプロセス」に関しては、12月1日「G7デジタル・技術大臣会合」において、「広島AIプロセス包括的政策枠組み」と作業計画について合意が得られた。来年以降も、作業計画に基づき、他の国や地域、国際機関等と協力しながら「広島AIプロセス」を更に推進してまいる。
    • また、AIガバナンスの相互運用性を推進する観点から、「広島AIプロセス」の成果を踏まえ、経済産業省と連携して「AI事業者ガイドライン案」の検討を進めており、年度内に策定・公表予定だが、その後も随時更新してまいる。
    • さらに、生成AIに係る偽情報等について、現在、総務省では、デジタル空間における情報流通の健全性確保に向けた検討を進めており、これらの検討結果もAI事業者ガイドラインにも反映するなどし、安心してAI開発、提供、利用を進められるよう取り組んでまいる。
    • 最後に、我が国の開発力の強化に向けて、NICTの保有するAI学習用の良質な日本語データについて、年明けを目途に国内のAI開発事業者等に対して提供開始する予定である。こちらにもしっかり取り組んでまいる
  • 第7回AI戦略会議 「構成員ご発言」より
    • 今後の課題というところで申しあげると、偽情報問題が非常に重要。政治家若しくは紛争、戦争、そういった関連の偽画像、偽映像が拡散しているということは周知のとおりだが、それだけではなく、話題になったニュースに関連するAI生成画像がどんどん今、出てきている。こういった中で実効性のある対策ということを考えることが非常に重要である。
  • 第7回AI戦略会議 「来年のAI戦略会議の課題について」より
    • AI利用により巧妙化、増加するおそれのある偽情報対策を強化すべきではないか。例えば、コンテンツ認証・来歴管理技術等の新たな技術の開発・導入の促進策や、欧州で議論されているAI作成コンテンツの明示義務やデジタルプロバイダーの役割について検討してはどうか

海外のAI/生成AI規制を巡る最近の動向から、いくつか紹介します。

  • 2024年1月に閉幕した世界経済フォーラム(WEF)の年次総会(ダボス会議)では、AIが主要テーマとなり、AI規制の必要性では一致したものの、具体論では温度差がみられる結果となりました。国連のグテレス事務総長は「意図しない深刻な結果が生じるリスクが増している。企業は人権やプライバシー、社会的影響を無視して利益を追求している」と述べ、AIへの警戒感をあらわにしています。2024年は米大統領選や欧州議会選などの大型選挙が予定されており、生成AIが作り出した精巧な動画や音声を含む偽情報が拡散する懸念が高まっており、WEFも報告書で、世界の最大のリスクだと警鐘を鳴らしています。各国・地域の政府高官も、規制の重要性に触れ、EUの執行機関・欧州委員会のベラ・ヨウロバー副委員長は「基本的人権や表現の自由、著作権などの優先事項がAIによって変わってはならない」と述べ、強力な規制が必要との考え方を示し、米国のアラティ・プラバカー大統領補佐官(科学技術担当)も「AIは現代で最も強力な技術だ。管理しなければならない」と訴えています。こうした声に対し、ChatGPTを開発した米オープンAIのアルトマンCEOは「技術のマイナス面を恐れるのは良いことだ。社会の意見を取り入れ、(悪影響を防ぐ)方法を見いだす必要がある」と述べ、規制の必要性は認めたものの、企業の出席者からは「(AIの安全性を巡る)対話が行われており、非常に楽観的だ」(米マイクロソフトのナデラCEO)、「技術を規制すると、技術革新が止まってしまう」(米IBMのクリシュナCEO)との声も相次ぐなど、AIをビジネスチャンスと捉える企業と、巨大なリスクと位置づける政府の隔たりは大きいことも明らかとなりました
  • EUの27加盟国は2024年2月の大使級会合で、生成AIを含むAI規制法案を全会一致で承認しています。報道によれば、世界初の包括的AI規制だということです。欧州議会は2024年3月にも法案を採決する見通しで、早ければ2026年に運用が始まることになります。欧州委員会は2021年4月、AIをリスクの高さによって分類し、リスクに応じて規制を設ける内容の法案を発表、その後の生成AIの発展を受け、画像がAIで作成されたことを明示したり、システム開発に使用した著作物を開示したりすることを企業に義務付ける規制案も加わりました。規制に違反した場合、最も重いケースで3500万ユーロ(約56億円)か、年間売上高の7%の制裁金が科されることになります
  • 米政府は、生成AIの安全な利用を促すための技術開発などで、200を超える企業・事業体と共同事業に取り組むと発表しています。共同事業体(コンソーシアム)には、米オープンAIなどのAI大手のほか金融機関、半導体企業も参加し、2024年11月の大統領選への介入などに悪用された場合の対応も話し合うとしています。レモンド商務長官は「日本や英国、欧州の『AI安全研究所』と協力していきたい」と述べ、米官民が策定する安全基準は同盟国と共通化していく方針を示しています。事業では、偽情報の拡散を防ぐための技術開発を進めるとし、文書や映像、音声などのコンテンツがAIで作られたものか判別するために「電子的な透かし」を表示する手法を協力して定めるとしています。AI主要15社は米政府の要請を受け、関連システムの導入を受け入れており、その際の共通基準となる見通しです。AIが加工した画像を識別する仕組みでは、これまで業界団体「コンテンツ来歴および信頼性のための標準化団体(C2PA)」が規格の標準化を進めており、編集履歴の情報をデータに埋め込んで、オリジナルの画像と区別する仕組みですが、同団体に米グーグルが新たに参画、グーグルは偽画像の流通を防ぐため、AIで生成したと示す情報を画像に埋め込む「電子透かし」と呼ぶ技術を独自に開発、今後自社技術に加え、業界団体の規格の推進にも加わるとしています。一方、各社が進める規格は画像が本物であることを証明することに重点を置いており、誤情報そのものを検知するにはさらに別の技術を組み合わせる必要があります。SNSを通じた情報は拡散が速く、対策が不十分な生成AIサービスも多く、無数に生まれるコンテンツを取り締まるには、SNSの運営会社側による機械化による検知や人の目を使った地道な対策も欠かせないといえます。また、AIが想定外の社会的な混乱を引き起こした場合の対応も検討するとし、与党・民主党上院はAIを巡る立法措置の検討を始めていますが、米連邦議会の議論は遅れているといいます。偽情報や偏見を助長する情報が拡散するリスクに備え、官民が対応指針を共有しておく必要が生じており、レモンド氏は「AIの恐ろしいところは、悪の手に渡ったり、中国を含む競争相手の軍事装置に入り込んだりしたときに何が起こるかということだ」「イノベーションを可能にするために投資し、常にリードする必要がある」と強調しています。

(6)誹謗中傷/偽情報等を巡る動向

ジャーナリストの伊藤詩織さんが、自身を中傷するX(旧ツイッター)の投稿に自民党の杉田水脈衆院議員から繰り返し「いいね」ボタンを押されて精神的苦痛を受けたとして、杉田氏に損害賠償を求めた訴訟で、最高裁第1小法廷は2024年2月8日付の決定で杉田氏の上告を棄却、杉田氏に55万円の賠償を命じた2審・東京高裁判決が確定しています。「いいね」を押すことが違法行為にあたるかが争われた訴訟が、最高裁で確定したのは初めてとのことであり、自身の影響力や相手との関係、経緯などによっては「いいね」を押す行為が侮辱に当たるとして賠償責任を負うリスクのあることが浮き彫りになったといえます。1、2審判決によれば、杉田氏は2018年、伊藤さんが元TBS記者から性的被害を受けたと訴えていることなどを「枕営業の失敗」「売名行為」などと中傷した第三者のツイート計25件の投稿について、「いいね」を押したものです。2022年3月の1審・東京地裁判決は請求を棄却、これに対し、2022年10月の2審判決は、杉田氏が以前から伊藤さんの批判を繰り返していたことを踏まえ、「名誉感情を害する意図があった」と認定し、違法な侮辱行為と結論付けていました。具体的に2審の高裁判決は、「いいね」を押す行為について「投稿に好意的・肯定的な感情を示したと一般的に理解される」と指摘、一方で、ボタンを押すか否かという二者択一の特徴もあり、実際の目的を判断するには「いいね」した人と投稿で取り上げられた人との関係や「いいね」するまでの経緯を考慮すべきだとしています。その上で杉田議員のケースを検討、同議員がネット番組などで伊藤さんの批判を繰り返していた中で、伊藤さんを中傷する多数の投稿に「いいね」したことから「名誉感情を害する意図があった」と認定、国会議員の影響力も踏まえ「社会通念上許される限度を超える侮辱行為」と結論付けたものです。なお、SNSを巡っては、名誉毀損やプライバシー侵害にあたる投稿のリツイート(リポスト)で賠償が命じられた例が複数ある一方、「いいね」は拡散力が弱く、今回の訴訟の一審判決が「非常に抽象的、多義的な表現行為にとどまる」と言及するなど、加害の意図がより認められにくい実態がありましたが、報道でSNSの問題に詳しい中沢佑一弁護士は「今回は国会議員が多数回にわたって『いいね』した特殊な事例で、一般のユーザーで同じ判断が出る可能性は高くない」としつつ、「誹謗中傷への社会全体の態度は厳格になっている。SNSでの振る舞いに責任が伴うということを改めて確認する機会とすべきだ」と述べていますが、正にその通りだと思います。

「ジャニーズ性加害問題当事者の会」代表の平本淳也さんらは、総務省の有識者会議が実施している誹謗中傷対策についてのパブリックコメントに意見を提出したと明らかにし、インターネット接続事業者(プロバイダー)に対し、誹謗中傷の被害者からの求めがあった場合、投稿の速やかな削除や発信者情報の開示を義務付ける法改正を求めています。意見を提出したのは平本さんと、NPO法人「シンクキッズ―子ども虐待・性犯罪をなくす会」代表理事の後藤啓二弁護士で、後藤弁護士は「誹謗中傷は最悪、人を死にまで追い込むすさまじい暴力であるという認識にたって、対策を講じる必要がある。被害実態をふまえた法改正を求める」と述べています。その平本さんは、「ジャニーズ性加害問題当事者の会」の代表を1月末で辞任しています。健康状態の悪化が理由だといいます。同会のメンバーは、「ビジネスと人権」に関する国連人権理事会作業部会の聞き取りを受けたほか、記者会見などで、事務所に対して性加害の事実があったと認めることや被害者への謝罪、補償などを求めてきました。平本さんは辞任に際し、文書を公表し、心的外傷後ストレス傷害(PTSD)やうつ病などの診断を受けているほか、体調も悪化しているため、治療や検査に時間が必要だといい、「これまで出来る限りのことはやってきましたが、既に限界を超えてしまっているようです」と吐露しており、正に性加害は「すさまじい暴力」であることを痛感させられます。また、その「すさまじい暴力」については、2024年2月7日付産経新聞の記事「誹謗中傷160件、妻の写真流出 性加害実名告白の元ジャニーズJr.が受けたデジタル暴力」でも詳しく取り上げられており、例えば、「昨年5月、実名で性被害を告白。しかし、それを報じたインターネットの記事のコメント欄には「金目当て」「売名行為」といった悪意ある書き込みがあふれていた。「ジャニーズ性加害問題当事者の会」の発起人となり、メディアへの露出が増えるにつれ、誹謗中傷の内容はエスカレートしていった。《嘘抜かしてんじゃねーよ!卑怯者》《ジャニーズを辞めた負け犬》X(旧ツイッター)などに投稿された内容は悪質で、デビューできなかった経歴を揶揄したり、人格を否定したりする文言も目立った。《怖いよ。これから起こることが》といった脅迫めいた内容もあった。約7カ月間でSNSなどには中傷メッセージが約160件寄せられた。最も耐えられなかったのは、妻の顔写真がネット上に流出したこと。「自分だけの問題では済まないのか」。不安や焦燥感にさいなまれ、夜はほぼ眠れなくなった」といったことが報じられています。報道でネット上の問題に詳しい国際大の山口真一准教授(社会情報学)は「誹謗中傷する人は自身の正義感や価値観に基づき、意にそぐわない言論を封じようと過激に攻撃する」と指摘、対処策としてSNSであればミュートやブロック機能の積極的使用を呼びかけ、その上で「命を脅かすようなメッセージには法的手段や刑事告訴に打って出ることが重要だ」としています。

コロナ禍に感染対策やワクチン接種をSNSで呼びかけたことで、ネット上で「金のために煽っている」などといわれのない誹謗中傷を受けた医師らが、発信者(投稿者)の責任を追及しており、裁判所が投稿者に損害賠償を命じる判決も出ています。コロナ禍では、懸命に治療にあたった医療従事者らに対し、過剰反応から攻撃的な言動が相次ぎ、「ワクチンは人口削減が目的」などの陰謀論も広まり、ワクチン接種やマスク着用に抗議する動きが強まりました。このような医師への中傷は、感染拡大を防ぐ情報の公開にブレーキをかけ、感染対応の遅れや不安感を高めることにつながりかねないといえます。ある医師は、多くの医師は声を上げられないでいるところ、「このまま泣き寝入りしたら、次にパンデミックが起きた時、後進の医師たちも被害に遭う」と考え、2022年12月、特に悪質な投稿約50件について、発信者情報の開示を大阪地裁に申し立てたところ、全ての開示が認められ、40人ほど発信者を特定、約半数とは、解決金の支払いを条件に和解が成立、コロナ禍が収束し、感染症法上の位置付けが「5類」に引き下げられた後の2023年7月、和解に応じなかった投稿者17人を提訴、うち3人に対し地裁は2023年12月、投稿を「悪質」と認め、計約70万円の損害賠償を命じる判決を言い渡しています。和解などで2人への訴えは取り下げ、残る12人との訴訟が現在も続いているといいます。訴訟の弁護士費用などで600万円近くをかけ、特に悪質な投稿者は名誉毀損容疑などで刑事告訴にも踏み切っています。総務省が2023年8月に実施した調査では、SNS利用者の18%が「過去1年間に中傷の被害に遭った」と回答し、2022年3月調査の8%から10ポイント増加、被害を受けたSNSはXが53%と突出し、フェイスブックとインスタグラムがともに14%で続く結果となりました。こうしたSNS運営企業の多くは海外に拠点があり、削除を求める手続きや窓口がわかりにくく、対応の遅れが指摘されています

さいたま市議会は2月定例会本会議に提出された「さいたま市インターネット上の誹謗中傷等の防止及び被害者支援等に関する条例」案を賛成多数で可決しています。4月1日の施行を予定、同様の条例は2023年12月に戸田市も制定しているが、政令市では全国ではじめてとなります。

▼さいたま市インターネット上の誹謗中傷等の防止及び被害者支援等に関する条例

成立した条例は、人の権利を侵害したり、著しい心理的負担などを強いたりする情報のネット発信が誹謗中傷にあたると規定、被害者に専門家を紹介するなどの支援体制の整備や、自分で発信したり拡散させたりした内容に不安があるという人からの相談に乗るよう、市に求めています。また、自分が加害者にならないよう、市民もネットリテラシー(適切に使う能力)向上に努めるなどとしており、罰則規定はありません。報道によれば、2020年に女子プロレスラー・木村花さん(当時22歳)がSNSで中傷され、その後自殺した問題などを受け、市議会では全会派の12人が2023年6月にプロジェクトチーム(PT)をつくり、今回の条例案を策定、提出したといいます。PTは約8か月にわたり、ネット上の誹謗中傷に関する調査を実施、小中学生や高校生にも話を聞き、スクールカウンセラーにもアンケートを行うなどしたといいます。条例案の素案に対する一般の意見も募集し、30件以上が寄せられ、こうした意見を踏まえ、障害や性的指向といった理由での侮辱も「差別的言動」として誹謗中傷に該当するなどと、定義を明確にしています。

その他、誹謗中傷を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 動画投稿サイトで著名人らを繰り返し脅迫したとして暴力行為等処罰法違反(常習的脅迫)などに問われた元参院議員のガーシー(本名・東谷義和)被告に対し、検察側は、東京地裁で開かれた公判で「多額の収益を稼ぐ目的で犯行に及び、ネット上での誹謗中傷をエンターテインメント化する風潮を作った」などとして懲役4年を求刑しています。報道によれば、ガーシー被告は2022年2~8月、動画投稿サイト「ユーチューブ」で俳優の綾野剛さんら4人に脅迫を繰り返したとされ、綾野さんらの刑事告訴を取り下げさせようとして脅したとする証人等威迫罪に問われたほか、名誉毀損や、強要、威力業務妨害の罪でも起訴されています。ガーシー被告は2023年9月の初公判で、脅迫発言を認めて謝罪、弁護側は起訴内容を大筋で認めるとしつつ、脅迫の常習性について争う方針を示しています。公判で、ガーシー被告は借金返済のために動画投稿を始めたと経緯を説明、著名人の秘密を暴露するというテーマや過激な話しぶりは知人の指示で、自ら発案したわけではないと主張、その上で、自身がたくさん見てきた芸能界の闇を知らしめたいとも思っていたとし、「勝手な正義感があった」と述べています
  • 日本維新の会を創設した橋下徹・元大阪府知事が、れいわ新選組・大石晃子共同代表(衆院議員)へのインタビュー記事で名誉を毀損されたとして、記事を掲載した日刊現代と大石氏に計300万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が大阪地裁であり、裁判長は「大石氏の発言は真実であり、不法行為は成立しない」として請求を棄却しています。裁判長は、橋下氏が自らの意に沿わない報道や質問をした記者を繰り返し批判し、取材を受けない可能性を示唆していたと指摘、「大石氏の発言は橋下氏の社会的評価を低下させる」としつつ、「重要な部分について真実であり、意見や論評の域を出ないため、違法性を欠く」と結論付けています。
  • 宗教法人「幸福の科学」が、総裁だった大川隆法氏(故人)の長男へのインタビューに基づく週刊文春の記事で名誉を毀損されたとして、長男と発行元の文芸春秋に損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は、330万円の支払いを命じた一審東京地裁判決を支持し、文春と長男の控訴を棄却しています。報道によれば、週刊文春2019年2月28日号は、長男が大川氏から特定の女性との結婚を迫られたなどと発言したとの記事を掲載、文春側は請求棄却を求めましが、高裁・裁判長は、記載が真実とは認められないとした上で「大川氏や女性らにさらなる裏付け取材をすべきだったのに、長男の発言のみに依拠して記事を掲載した」として退けています。
  • 岐阜県岐南町の岩田晴義町議が、小島英雄町長をインターネット上で中傷する虚偽の書き込みをしたとする名誉毀損容疑で岐阜県警の家宅捜索を受け、議員辞職していたことが明らかになりました。岩田氏は2023年夏ごろ、インターネットの掲示板や動画投稿サイト上で、別人になりすまし「(小島町長の)選挙を手伝って金をもらった」とする書き込みや発言をしていたとされ、小島町長は、虚偽の記載で名誉を傷つけられたとして名誉毀損容疑で岐阜県警に刑事告訴、県警は2023年11月、岩田氏の自宅などを同容疑で家宅捜索、捜索を受け、岩田氏は小島町長に謝罪、「自身の投稿動画や掲示板への書き込みを削除した」(岩田氏)といいます。示談を持ちかけられた小島町長は「岩田氏の行動は許されない」として、示談を拒否しています。
  • 2016年1月に全国初のヘイトスピーチ(憎悪表現)抑止条例を制定した大阪市で、ヘイトスピーチの認定審査の長期化が課題となっている都の報道がありました(2024年1月24日付読売新聞)。ネットでの拡散などを防ぐには迅速な認定が望ましい一方、明確な基準がなく、表現の自由との兼ね合いが難しいことが要因です。報道によれば、期間は平均約2年9か月、最長では7年以上のケースもあるといいます2023年末までの8年で審査対象となった演説や動画は66件に上り、うち42件は審議を終え、13件がヘイトスピーチと認定されています。諮問件数は減少傾向で、市は「条例の抑止効果だ」としていますが、審議期間をみると、1年未満は6件だけで、最長では審議終了まで6年5か月、審議中の24件には諮問から7年以上経過したものもあるといいます。

令和6年能登半島地震のダメージはいまだ大きいままですが、被災地で深まる不安は、真偽不明の情報が広がる素地にもなります。こうした状況に対し、X(旧ツイッター)上で、内閣府防災担当が「流言は智者に止まる」と記した4日の投稿が話題となりました。「性悪説」で知られる古代中国の思想家、荀子の言葉ですが、偽の救助要請や被災状況などインターネット上に出回るデマに対する警鐘として発信されたものです。人の本性は悪だと喝破したと思われがちな「性悪説」ですが、その趣旨は、悪人でも精進努力で聖人になれるということにあり、被災していない私たちがデマをせき止める「智者」になることが、被災地の不安を和らげるという「支援」につながると解釈すべきです。そのためには、確かな情報が不可欠となります。私たちは、情報リテラシーを磨く努力を怠らず、正しく確かな情報だけが適切に流通する(届いてほしい人々に正しく届くことも含む)ために、リスクセンスを磨き、発揮していくことが求められています。

能登半島地震を巡り、事実と異なる偽情報がXなどのSNSに投稿され、救助や支援の妨げになったことが問題化しました。こうした状況を受け偽情報への対策を検討するため、総務省は、インターネット上の情報流通について議論する有識者会議に新設した専門の作業部会で議論を始めています。能登半島地震では、実在しない住所を挙げて架空の救助を要請する投稿や、被災者を装ってQRコードによる寄付を呼びかける投稿などが相次ぎ、通信インフラの復旧作業の車両が「不審車両」とされて車種やナンバープレートが拡散されたケースもあったといいます。また、県外ナンバーの不審車両が火事場泥棒をしている」との投稿もあったところ、実際には、復旧工事で駆けつけた関連企業の車だったというものや、動画に映っていた道路標識に岩手県内の地名が書かれており、何者かが東日本大震災で撮影された動画を加工して投稿したもの、プロフィル欄に英語やアラビア語が使われているものなどが散見され、多くの閲覧者があったようです。こうした偽情報の拡散が救助活動や支援の妨げとなることも懸念され、総務省は地震発生翌日の2024年1月2日、主要なプラットフォーム事業者であるLINEヤフーやX、メタ(旧フェイスブック)、グーグルの4社に対し、不適切な投稿を削除するなど利用規約などに沿った「適正な対応」を求めました。総務省によると、XはQRコードを使った疑わしい支援要求のアカウントを凍結し、LINEヤフーやメタは明らかな偽情報を削除したといいます。政府は能登半島地震の被災者支援の対策パッケージにも偽情報対策を盛り込んでいます。一方、こうした問題の背景には、例えばXが2023年夏からフォロワーと表示回数(インプレッション)が多いアカウントに広告収益を配分する仕組みを導入したことが、今回の能登半島地震で「偽情報の拡散に拍車をかけている」との指摘もあります。〈1〉500人以上のフォロワーがいる〈2〉過去3か月間に行った投稿が500万回以上閲覧された―などの条件を満たす利用者に、広告収益の一部の分配を始めたもので、閲覧数が伸びれば分配も増やす仕組みで、お金を目当てに偽情報を発信する投稿者も現れているとされます。広告主は掲載先として個別の投稿を指定できないため、能登半島地震の偽情報には、北海道紋別市やパナソニックなど自治体や大手企業の広告も掲載されていたこともありました。さらにXでは、イーロン・マスク氏による2022年10月の買収以降、監視が弱まり、偽情報や憎悪表現が急増していると指摘されており、新たな仕組みが導入されたことで、この傾向が加速したとみられています。報道で偽情報対策に詳しい国際大学の山口真一准教授(経済学)は「まず私たちは簡単にデマにだまされる可能性があると自覚する必要がある」と指摘しています。山口氏が実施した調査によれば、デマに触れた人の77.5%が、誤っていると気づいていなかったといいます。山口氏は対策として〈1〉SNSで他の人がその情報をどう扱っているか確認する〈2〉画像をネット検索し、出所を調べる〈3〉投稿者のプロフィルや他の投稿を読み、発信しているのがどんな人かチェックすることを挙げています。また、「過去の画像を使い回しているケースが多いが、今後、より精巧なAI(人工知能)製の画像が出回れば、問題はより深刻になる」と警鐘を鳴らしていますが、筆者としても同じ危機感を覚えています。

本コラムでたびたび取り上げているとおり、現行制度では、偽情報など不適切な投稿については事業者が自ら削除の是非を判断する「自主規制」が採用されていますが、政府が偽情報を判断して事業者に削除を要請するような規制強化は、憲法が保障する「表現の自由」を侵害する恐れもあります。有識者会議の今後の議論では、偽情報対策の実効性と、表現の自由のバランスをどう取るかが焦点の一つになると考えられ、今後の議論の方向性として、「表現の自由・知る権利」、「多様性・包摂性」、「法の支配・民主主義」、「公平性・公正性」、「真正性・信頼性」、「安心・安全」、「オープン・透明性・アカウンタビリティ(説明責任)」、「プライバシー保護」、「グローバル・国際性」を踏まえて、情報発信者や受け手の役割、責務を検討していく方針が示されています。なお、偽情報規制で先行するのはEUであり、本コラムでもたびたび取り上げているとおり、2022年に施行したデジタルサービス法(DSA)は偽情報などの有害コンテンツを排除するようプラットフォーム事業者らに義務づけ、違反企業には最大で世界売上高の6%の罰金を科すとしており、EUの執行機関である欧州委員会は2023年12月、ガザ情勢に関する偽情報の拡散を踏まえ、XがDSA法を順守していない可能性があるとして正式な調査を始めています。一方、米国は通信品位法230条でプロバイダーは第三者が発信する情報に原則責任を負わず、有害な内容の削除に責任を問われないと規定していますが、バイデン政権には偽・誤情報に関するプラットフォーム事業者に一定の責任を求める法改正論が検討課題に上っています。(これも以前の本コラムで述べましたが)プラットフォーム事業者への規制に関する考え方は各国・地域によって異なり、一般的に欧州は人権や環境といった理念に基づく法規制の導入に積極的で、米国は訴訟を通じた事後規制という傾向があり、日本はその中間的な位置づけをされる場合が多いといえます。法規制による副作用を意識しつつ、政府の要請や事業者の自主規制でどこまで健全な言論空間を維持できるかを見極めて対策の方向性を詰める必要があるといえます。以下は、最近公表された総務省の「偽情報対策に関する取組集 Ver.1.0」からヤフーの取組みの部分を抜粋したものです。他にも、LINEやグーグル、メタなどの取組みも紹介されており、参考になります。

▼総務省 インターネット上の偽・誤情報対策に関する取組についての意見募集
▼偽情報対策に係る取組集 Ver.1.0
  1. ヤフー株式会社
    • 取組事例1:信頼性の高い情報の掲載
      1. 課題
        • フェイクニュース等の流通は、ユーザーの困惑、インターネット産業全体の信頼性棄損につながる。そこで、迅速かつ積極的に信頼できる情報を掲出することで、早期に、不確かな情報を打ち消すことを考えた。
        • 正確な情報の迅速な伝達は行っていたが、ファクトチェックに特化した記事の配信は少なかった。
      2. 解決手段
        • Yahoo!ニュース個人:専門家の協力を得て、啓蒙啓発を企図した特設サイトやコンテンツを制作
        • Yahoo!ニュース:
          • 公共性の高い情報やデマを打ち消す情報を最も目立つ場所に掲載。コロナ関連の情報を集約した特設サイトで、デマへの注意喚起を行うコーナーを設け、ファクトチェック支援団体や官庁等へのリンクを設置。
          • 日本ファクトチェックセンターへの資金提供を実施。
          • ユーザーの理解向上のため、特定分野の専門性を有するオーサーと契約を締結し、専門分野にかかる記事へ補足的な見解(オーサーコメント)を付加(専門家は、特定の分野における専門性、評判、知名度などを基準にした審査の上、選定。投稿は全件、担当者によるチェックを実施)。
        • Yahoo!知恵袋:新型コロナウイルス関連の投稿ページ上部に注意文言を掲出し、厚労省等の公的機関のHPを案内。
        • Yahoo!トップページ:生命財産に関わる重大事項については、メディアから提供を受けたコンテンツや情報集約した特設サイトに誘導。緊急時に首相会見等の動画の埋込みによる提供を行い、ユーザーが認知しやすい場所に掲載。災害時は、地震速報や地域ごとのアラート情報を掲出。いずれの情報もメディアや公的機関の情報源とすることで信頼性の高い情報の提供に努めている。
        • ファクトチェック関連団体企業と連携し、Yahoo!ニュースやタイムライン上へファクトチェック記事の掲載を実施(資金提供も行っている)。
    • 取組事例2:啓蒙啓発・リテラシー向上の取組
      1. 課題
        • ユーザーの偽情報へのリテラシー向上の取組の一層の推進が必要と考えた。
        • 教育現場での講座を行うにあたってのリソース確保が困難であったため、オンラインコンテンツを通じての啓発、リテラシー向上に寄与する企画を立案
      2. 解決手段
        • ユーザー自身のリテラシーを高め、根拠が乏しい情報やフェイクニュースを見分ける能力を身につけていただくため、以下の取組を実施。
          • 偽情報・誤情報等に惑わされないための学習コンテンツ「Yahoo!ニュース健診」を公開。
          • 大学と連携し、中高大の教育現場および社会人向けにフェイクニュース対策としてのリテラシー向上授業を継続して実践。
          • フェイクニュースに関するリテラシー向上のためのコンテンツを制作や、参議院選挙にあわせた「ネットリテラシー」をテーマとした特設サイトを公開。有識者へのインタビューを含む動画コンテンツも複数本制作し、メディア面からの誘導も強化。
    • 取組事例3:偽情報の削除
      1. 課題
        • Yahoo!知恵袋やYahoo!ニュースコメントのようなCGMサービスにおいて、新型コロナウイルスやその治療法、ワクチン等の医療情報や、地震等の災害情報等の根拠なき投稿が散見されたため、そのような投稿を閲覧したユーザーに対して誤った情報を与えてしまう可能性がある。
        • 医療(健康)情報や災害情報のうち明らかな誤情報については、ユーザーへの悪影響が生じる前に、迅速な対応が望ましい。
        • 個々の投稿について削除対象の線引きをすることは困難なため、まずは官公庁の情報に明らかに反する投稿の削除のみを実施することとした(現状は医療情報等のみを対象としているが、対象拡大も検討中)
      2. 解決手段
        • Yahoo!ニュース:コメント欄への、新型コロナ関連のように健康被害等をもたらす可能性のある偽情報(厚生労働省HPにおける公表情報など反真実であることがファクトチェック済みの情報に限る)の投稿を禁止し、削除対象とした。削除対象は適宜見直しを行う
        • Yahoo!知恵袋:医療情報や災害情報等について、明らかに事実と異なり社会的に混乱を招く恐れのある投稿について削除。

偽情報対策の重要性が高まる一方、「正しい情報」基盤を確立する必要性もあります。この点については、2024年2月5日付朝日新聞の記事「能登半島地震で露呈、偽情報より深刻な問題 細るトラストな情報基盤」に詳しく、例えば、「自由民主主義社会においては、偽情報を完全になくすことは非現実的だ。とすれば、ある一定の偽情報が流通することによって、社会に大きな分断が生じ、非合理的で個人や社会の利益を毀損する行動が蔓延する状況になってはじめて、偽情報が深刻な社会問題となったといえる」、「平時から偽情報対策が一向に実装されなかったのかということも、問われてしかるべきだ。最近、業界が期待するオリジネータープロファイル(発信者が実在し信頼できることを示す情報をひもづける技術)にしても、メディア業界に普及するかどうかが定かではない新技術であり、即効性のある対策にはなりえないだろう」、「能登半島地震に関連して露呈したのは、「トラストなニュース基盤の毀損」に伴う「トラストな情報不足」ではなかったか。アメリカでは地方紙の衰退から、民主主義の危機としての「ニュース砂漠」が問題視されているが、全国紙の拠点縮小に伴うトラストなニュースの不足が、日本版ニュース砂漠かもしれない。ここでいう「トラストなニュース基盤」とは、信頼度の蓋然(がいぜん)性の高い情報を制作、流通させるソフト、ハードの基盤のことである。とりわけ深刻なのが、経済合理性の観点から進められてきた放送、通信のハードの集約と、それらの毀損によるリスクである」との主張です。こうした観点もまた重要だと痛感させられます。

生成AIを使った偽情報が急速に広がっており、速く、容易に、安価に動画などを作成できるようになり、事実と虚構の境界が一段と不鮮明になっています。2024年は世界人口の半分に当たる約40億人の未来を分ける「選挙イヤー」であり、偽情報が有権者の投票行動を左右する懸念も高まっており、日本にとっても対岸の火事ではありません。米人権団体フリーダムハウスは2023年10月、画像や文章、音声を作成するAIについて「少なくとも16カ国で用いられ、政治や社会問題に関する情報をゆがめた」と報告しています。脅威の高まりは多くの人が実感しているところ、現状の備えは不十分だと言わざるを得ません。みずほリサーチ&テクノロジーズの「国内外における偽・誤情報に関する意識調査(2022年度)」によれば、日本では疑わしい情報に接してある程度以上真偽を確かめた経験のある人は全体の26%にとどまり、米国(50%)やフランス(44%)より低いという結果となりました。さらに、人々に衝撃を与える目的の偽情報は拡散されやすく、真実の情報の広がる速度の約6倍に達するとの研究もあり、訂正のために情報を検証するコストもかかり、偽情報とその是正はもともと不均衡状態にあるとの指摘もそのとおりだと言えます。問題が拡大すれば日本国内の政策運営を混乱させるだけでなく、外交上の問題にも波及しかねず、AIを用いた自動翻訳の発達で、外国勢力が日本語の偽情報で攻撃を仕掛けてくる恐れも指摘され、誤った情報にAIを用いて「反論」する仕組みが期待されるところです。背景にあるのは、情報の質よりも人々の関心を集めることが重視される「アテンションエコノミー」が広がり、事態をより深刻にしている点にあり、「誰もがだまされるという前提で情報に接する必要がある」(前出の山口真一准教授)ことをふまえ、ネット上などで話題になっている情報もうのみにせず、信頼性の高いソースに当たって判断することの重要性が増しているといえます。

その他、生成AI等による偽情報を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • ポップミュージック界の大スター、テイラー・スウィフトさんのポルノ画像が偽造され、拡散されたことをきっかけに、米国では、AIによって容易になった性的なディープフェイク画像の爆発的増加に対処できる強力な法整備を求める声が高まっているといいます。このディープフェイク画像は、ソーシャルメディア上で数千万回閲覧され、このようなケースとしてこれまでで最大の出来事となりました。政治家の間では、フェイク画像が選挙結果をゆがめる恐れが懸念されていますが、実際に流れているディープフェイクの大半は、合意を得ていない女性のポルノ画像・動画となります。現在では、たった1枚の写真があれば、専門知識がなくても誰でもディープフェイクを作れるアプリが複数存在しているといいます。また、ロイターによれば、独立系アナリストのジュヌビエーブ・オー氏は、ディープフェイク・ポルノの主要サイトには2023年だけで14万4000本以上、1万4000時間超の動画が投稿され、それ以前に投稿された合計数を上回っている状況と指摘しています。さらに、2017年以降、これらのサイトでの視聴回数は42億回を超えているといいます。そして、最大の問題のひとつは制作者を突き止めることの難しさであり、制作者はVPN(仮想専用線)を使って身元を隠していると指摘されています。
  • 米国の選挙では、自動的に有権者に電話をかけ、あらかじめ録音しておいた音声を流すことで、特定の候補者への投票を広く呼び掛けるという「ロボコール」というツールが使われますが、直近では、バイデン大統領の声を模したディープフェイクボイスが使われました。意図はどうであれ、実在の人物をかたって虚偽を広め、選挙結果をねじ曲げようとする行為は、非常に危険であると言わざるを得ません。2024年2月6日付朝日新聞で、非営利のジャーナリズム団体であるポインター・インスティテュートは「2024年には、より洗練された生成AIによって、敵対勢力がカスタムメイドされたコンテンツを用意して米国全体を攻撃することが可能になる」という研究者の予測を紹介しています。一方で、報道野仲で、こうした奇妙なロボコールがかかってきたとき、特定の政治家を攻撃するような動画が回ってきたとき、「似たような事件があったな」と人々が思い出したとき、事実はどうか、確認できる先があれば、偽情報の拡散を止めたり、遅らせたりできるという「プラスのフェイク」をきちんと検証するという視点も重要だと痛感させられました。従来のジャーナリズム手法、今後期待される技術的なフェイク検知ツール、市民からの幅広い協力といった要素を組み合わせ、ファクトチェックの信頼性を高めるとともに、それを手掛ける組織への信頼も確立されることが期待されます。
  • EUの外交部門を担う欧州対外行動庁(EEAS)は、2023年に起きた750件の偽情報による情報操作についての調査結果を公表、ロシアからの侵攻を受けるウクライナに絡む事例が大半を占めた一方、選挙関連は全体の2割超に上ったといいます。世界の成人人口の半分に当たる20億人が投票する「選挙イヤー」となる24年に際し、EEASは「民主主義への脅威はさらに深刻になっている」と警鐘を鳴らしています。報告書によれば、人物の画像や音声を悪用したディープフェイクなどの例は、国家元首らを含む59人で171件あり、そのなかで最も多かったのが、ウクライナのゼレンスキー大統領で、全体の4割に上り、多くはロシアが組織的に行ったものとみられています。また、「ロシアは、欧州に潜在的に存在する分断を生むテーマを瞬時に見定め、1千を超える(自動投稿プログラムの)ボットを使って、SNS上に2500超の投稿を光の速さで拡散していた」とも指摘されています。さらに、報告書では、AIの登場で、偽情報の作成が安価で簡単になった一方、真偽の確認ははるかに難しくなったと指摘、「信頼できる情報なしには、そして選挙などの信頼できる民主的プロセスなしには民主主義は成立しない。情報だけが民主主義を可能にする」とし、より多くの人に偽情報を意識するよう呼びかけています。
  • 日本政府はオーストラリアが米国や英国と作成したAIを安全に使用するための国際的な指針に署名したと発表しています。指針は、AIは使い方によっては被害をもたらす可能性があると注意喚起し、企業などにリスク管理の必要性を強調しており、カナダやドイツ、イスラエル、シンガポールなど計11カ国が合意しています。指針では「AIは効率を高め、コストを削減する可能性を秘めている一方で、意図的または不注意に害をもたらす可能性もある」と指摘、生成AIが作成した文章や画像が既存の作品や商品などに類似し、著作権や商標権といった知的財産権を侵害することが懸念されているほか、AIの利用を巡っては学習データを意図的に改ざんすることによってAIを誤作動させる「データポイズニング」やAIが事実に基づかない情報を作り出す「ハルシネーション(幻覚)」なども含め計6つの課題が挙げられています。なお、指針には日本政府が主導して策定し、G7が2023年12月に合意した国際ルールの枠組み「広島AIプロセス」の内容も盛り込まれています。

(7)その他のトピックス

①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向

中央銀行デジタル通貨(CBDC)を巡り、政府と日本銀行(日銀)は、制度設計の大枠の整理に向けた連絡会議を設置し、財務省内で初会合を開いています。導入する場合に備え、必要となる法整備など課題を話し合い、2024年春をめどにその時点での検討結果をまとめるとしています。初会合には、財務省や内閣府、警察庁の幹部らが出席、財務省や日銀が、有識者会議でこれまで議論した民間金融機関との役割分担などを報告、公正取引委員会や個人情報保護委員会からもオブザーバー参加しており、次回以降は、関係府省庁がデジタル円を導入した際に生じる課題や、解決策の選択肢を話し合うこととしています。本コラムでもこれまで取り上げてきたとおり、CBDCを導入すれば、個人情報保護や所有・移転、不正利用といった問題に対処する必要があり、日銀法、刑法、民法といった現行法はデジタル通貨を想定していないことから、連絡会議では法制度上の課題を洗い出すとしています。CBDCの開発や研究は海外が先行、導入に向けた動きは新興国から先進国に波及し、欧州中央銀行(ECB)は2028年ごろの発行をめざして2023年11月に「準備段階」に入り、EUの欧州委員会は2023年6月にデジタルユーロに関する法案をまとめており、ECBは法整備後に導入を最終判断することになります。また、米国ではバイデン大統領が開発を政権の最優先課題に位置づけていますが、2024年11月の大統領選を控え、対抗馬と目されるトランプ前大統領は否定的な考えを示しており、議論の行方は見通せない状況にあります。

イングランド銀行(英中銀、BOE)と英財務省は、BOEが発行するCBDC「デジタルポンド」について、導入の是非の判断は最短でも2025年以降になるとの見通しを示しています。個人情報保護に対する懸念が根強いためといい、BOEと財務省は、デジタルポンドの導入について実施した意見公募に5万件の意見が寄せられ、その多くが個人情報保護についてだったと明らかにしています。また「デジタルポンド導入について最終的な決定は下していない」とした上で、作業は設計段階まで進んでおり、2025年ごろに構築段階へ進むかどうかを決定する予定だと説明しています。英スナク首相は早くからデジタルポンド構想を支持しており、財務相だった2021年にはBOEにプロジェクトに着手するよう求めています。CBDCを巡っては、日銀をはじめ、欧州中央銀行(ECB)や米連邦準備理事会(FRB)など他の主要中銀も個人情報保護の課題に取り組んでいます。

CBDCの動向とは異なりますが、タイ政府は、デジタル通貨1万バーツ(約285ドル)の給付計画の実施時期を、現在予定している2024年5月より先に延期するとしています。デジタル通貨給付は、セター首相と与党タイ貢献党が選挙中から公約として掲げてきた目玉政策ですが、既に実施時期を当初の2月から5月に先送りしていたところ、今回の動きで、セター政権への逆風が強まる可能性もあります。この計画を巡っては財源への不安が根強く、何人かの専門家は財政運営の面から対応不可能だと指摘、政府に法的なお墨付きを与える独立委員会も、実施するのは経済危機の際に限定すべきだと勧告しています。

金融庁と警察庁は、深刻化する特殊詐欺対策の一環として、被害金が暗号資産交換業者あてに送金される事例が多発している情勢を踏まえ、暗号資産交換業者あての送金利用状況などリスクに応じ、利用者保護等のための更なる対策の強化を要請しています。振込名義変更による暗号資産交換業者への送金停止等や暗号資産交換業者への不正な送金への監視強化が柱となりますが、暗号資産の犯罪インフラ化が深刻化している状況であり、事業者においてはより一層の厳格な取引管理を期待したいところです。

▼金融庁 第三者への資金移動が可能な暗号資産交換業者への不正送金対策の強化について
  • 現在、インターネットバンキングに係る不正送金事犯をはじめ、還付金詐欺や架空料金請求詐欺等をはじめとする特殊詐欺の被害金が、暗号資産交換業者あてに送金される事例が多発している情勢を踏まえ、2月6日、金融庁は下記の団体等に対して、警察庁と連名で、暗号資産交換業者あての送金利用状況などリスクに応じ、次の対策事例も参考にしつつ、利用者保護等のための更なる対策の強化を要請しました。
    1. 暗号資産交換業者への不正な送金への対策事例
      1. 振込名義変更による暗号資産交換業者への送金停止等
        • 暗号資産交換業者の金融機関口座に対し、送金元口座(法人口座を含む。)の口座名義人名と異なる依頼人名で行う送金については、振込・送金取引を拒否する。
        • この際、あらかじめ、ウェブページ等により利用者への周知を図る。
      2. 暗号資産交換業者への不正な送金への監視強化
        • 暗号資産と法定通貨との換金ポイントとなる暗号資産交換業者との取引に係る取引モニタリングは、リスク低減措置の実効性を確保する有効な手法であることからパターン分析のためのルールやシナリオの有効性について検証・分析の上、抽出基準の改善を図るなど、暗号資産交換業者への不正な送金への監視を強化する。
    2. 要請先
      • 一般社団法人全国銀行協会
      • 一般社団法人全国地方銀行協会
      • 一般社団法人第二地方銀行協会
      • 一般社団法人全国信用金庫協会
      • 一般社団法人全国信用組合中央協会
      • 一般社団法人全国労働金庫協会
      • 株式会社ゆうちょ銀行
      • 農林中央金庫
      • 株式会社商工組合中央金庫
      • 警察庁ウェブサイト

国内外における暗号資産を巡る最近の動向から、いくつか紹介します。

  • ブロックチェーン分析会社チェイナリシスは、2023年のハッカーによる暗号資産の盗難被害額が約17億ドルに上ったとする報告書を公表しています。2022年から約54.3%減少したとしています。暗号資産業界にとってサイバー攻撃は継続的な課題で、世界的に当局が暗号資産に消極的な姿勢を示す理由の一つになっています。報告によれば、盗難額は半分以下となったものの、個別のハッキング事案は231件と2022年の219件から増加、特に、北朝鮮に関連のある組織によるハッキングは過去最高の20件に上ったといい、被害額は推計10億ドル強、2022年は17億ドルに上ります。なお、北朝鮮は先に、同国がハッキングやその他のサイバー攻撃を行っているとの見方を否定しています。また、ランサムウエア(身代金要求型ウイルス)を使った暗号資産関連の攻撃が2023年に11億ドルと、2022年の5億6700万ドルからほぼ倍増したとの調査結果を発表しています。病院や学校、政府事務所などが標的になったといいますが、詐欺やハッカー攻撃など、暗号資産に関するその他の不正行為による損失は2022年よりも減ったとしています。チェイナリシスによれば、ここ数年のランサムウエア関連攻撃では、要求額が100万ドルを超える大規模なものが大半を占め、「潜在的な利益の大きさと参入障壁の低さに引かれ、新たなプレーヤーが続々と増えている」といいます。とりわけ、ファイル転送ソフト「MOVEit」を破壊するデジタル犯罪集団「c10pは、ランサムウエアにより約1億ドルを稼いだといい、政府の部局や英国の通信監督機関、英石油大手シェルなど、数百の組織がMOVEit絡みのサイバー犯罪被害を報告しています。
  • 中国では2021年以降、暗号資産の取引および採掘が禁止されていますが、地方の小規模な商業銀行が発行したカードを利用し、いわゆる「グレーマーケット」のディーラーを通じて暗号資産を購入、また監視の目を逃れるため、1回当たりの購入額を5万元(6978ドル、約103万円)までに制限するなど制を擦り抜ける巧妙な方法を駆使し、ビットコインをはじめとする暗号資産を手に入れようとする中国の投資家は増えているといいます。背景には、国内で低迷したままの株式や不動産よりも暗号資産は安全な投資先だとの考えがあるとされます。中国本土の暗号資産取引は禁止され、海外に資金を移すのも厳しく制限されているものの、人々はOKXやバイナンスといった交換所経由や相対取引を介したりして、引き続き暗号資産の売買は行っています。また、本土の投資家は、海外の銀行口座を開設することによる暗号資産購入も可能で、中国市民は2023年に香港でのデジタル資産取引が解禁されたことを受け、年間5万ドルの外貨購入枠を利用して資金を香港の暗号資産口座に移動させつつあるといいます(本来、この購入枠は海外旅行や留学のためにしか使うことができないと定められています)。香港の繁華街などには、実店舗式の暗号資産交換所が随所に見られ、こうした交換所への規制は緩いとされます。
  • エクアドルは2021年に世界で初めてビットコインを法定通貨としました。一時期は購入額の半分以下に価値が下がったこともありましたが、同国政府が累計で1億ドル超を投資、2023年12月の価格上昇局面ではブケレ大統領自ら「投資の100%を回収した」とXに投稿して成果をアピールしています。一方、国民生活には浸透しておらず、当初は銀行口座を持たない多くの国民がビットコインを利用すると見込んでいたところ、価格の乱高下が警戒されて普及していないのが現状で、中米大学(UCA)の調査によると、2023年にビットコインを使わなかった割合は回答者の9割弱に達しているといいます。本コラムでもたびたび取り上げたとおり、国際通貨基金(IMF)が融資に懸念を示した過去もあり、注目を集めた看板政策の推進はなかなか進展していません。同国議会は2023年12月、政府の社会開発プログラムにビットコインで寄付すれば、国籍取得も可能になる移民法を可決していますが、今後、どういった効果があるのかはいまだ未知数といえます。ブケレ大統領は、強権的な手法でギャングを一掃(国内最大級のギャング「マラ・サルバトルーチャ」(MS13)の構成員ら75000人を収監し、国の殺人率が急低下、治安が大きく改善)、民主主義の後退を懸念する声は出ているものの、厳しいギャング取り締まりで治安が改善したことが評価され、世論調査で圧倒的な支持を集めて、再選禁止の大統領任期も憲法会社の見直しで再選されています、
  • 暗号資産交換所の世界大手バイナンスは、タイで暗号資産取引所を開設しています。タイ民間電力大手ガルフ・エナジー・デベロップメントと連携して事業を展開するとしています。同国内にはすでに複数の取引所があり、世界大手の進出で競争激化が見込まれます。報道によれば、タイは人口に占める暗号資産の保有率が約20%と日米などと比べて高いという民間調査もあり、普及しやすい環境といえそうです。タイ政府はそもそも暗号資産を商品やサービスの決済に利用することを禁止していますが、投資目的の売買は引き続き認めています。
  • 2022年に暴落した暗号資産「テラUSD」の運営会社テラフォーム・ラブズが米連邦破産法11条を申請しています。デラウェア州の破産裁判所に提出された資料によれば、同社の資産と負債は1~5億ドルといいます。本コラムでも以前取り上げたとおり、テラUSDは法定通貨の価格に連動する「ステーブルコイン」で、1米ドル=1テラUSDで連動するよう設計されていましたが、2022年5月にこのペッグが崩壊し、テラUSDと関連暗号資産「ルナ」が暴落、暗号資産市場の動揺を招いた経緯があります。米連邦裁判所は最近、米証券取引委員会(SEC)がテラUSDとルナの暴落を巡りテラフォームと創業者ド・クォン氏を詐欺の疑いで提訴した裁判の審理を延期していました。
  • SNSで勧誘される暗号資産や外国為替証拠金取引(FX)への投資に関するトラブルが後を絶たないとして、国民生活センターが「確実にもうかる話はない」と強い言葉で注意を喚起しています。2022年度の暗号資産に関する相談は5623件、FXは2536件で、2023年度はそれを上回るペースで相談が寄せられているといいます。40~50代の相談が多いところ、暗号資産では20代がだまされるケースも目立っているといいます。暗号資産もFXもどちらも投資で利益が出ることはあるものの、損失を被るリスクも大きく、SNS上では最初から金銭をだまし取ることを狙った詐欺的な勧誘もみられており、注意が必要です。
▼国民生活センター 【20代要注意!】暗号資産のもうけ話
  • 相談事例
    1. SNSで知り合った外国人男性から勧められた投資サイトで暗号資産の取引をした。出金を希望したら、高額な費用を請求された
      • 画像投稿のSNSで外国人男性と知り合い、メッセージアプリで連絡を取り合うようになった。暗号資産の投資を勧められ、最初の投資として、指示に従って国内の暗号資産取引所のアプリで2万円相当の暗号資産を購入し、指定された投資サイトへ送付した。数日後、利益が3万円相当になり、暗号資産取引所のアプリ内に開設した自身の口座へ出金できたので信用した。再度、40万円相当の暗号資産を投資サイトへ送付し、利益が出たので、出金しようと投資サイトへ連絡すると、出金には12%の税金がかかり、約5,800ドル(約86万円)を支払わなければ出金できないと言われた。どうしたらよいか。(2023年10月受付 20歳代 男性)
    2. 知人に暗号資産の自動売買でもうかると誘われ自動売買ソフトを購入した。もうからず、信用できないので返金してほしい
      • 知人に誘われ、知人が参加している副業グループの話を聞きに行くことにした。「グループが販売している暗号資産の自動売買ソフトを使えばもうかる。グループで投資の勉強ができる」と言われ、グループへの参加とソフトの購入を申し込むことにした。50万円相当の暗号資産を購入し、指定された海外の送金先に送付した。その後、ソフトを利用して暗号資産の売買をしたがもうからず、信用できない。誰かを勧誘すると紹介料がもらえるという話は聞いていたが、自分は誰も勧誘していない。返金してほしい。(2023年5月受付 20歳代 男性)
  • トラブル防止のポイント
    1. 暗号資産の投資を勧める相手からの勧誘をうのみにしない
      • SNSやマッチングアプリなどで知り合った面識のない相手から暗号資産の投資を勧められた際は、詐欺的な投資話を疑ってください。相手の素性、投資内容やもうかった話の真偽を確かめることは難しく、連絡が取れなくなる可能性もあります。被害を回復することは極めて困難です。
      • また、友人や知人から勧誘されて断りにくいと思っても、必要のない契約はきっぱり断りましょう。さらに、自分が新たな勧誘者となり、友人・知人を勧誘してしまうと、相手をトラブルに巻き込んだり、人間関係のトラブルになることもありますので注意しましょう。
    2. 暗号資産交換業の登録業者か確認し、無登録業者とは取引しない
      • 暗号資産交換業者は、金融庁・財務局への登録が必要です。暗号資産を扱う業者のサイトやアプリで取引を行う場合には、当該業者が暗号資産交換業の登録業者かどうかを金融庁のウェブサイトで事前に必ず確認してください。同サイトには、無登録業者として警告がなされた業者の掲載もあります。無登録業者とは取引しないでください。
    3. 取引内容やリスクが十分に理解できなければ契約しない
      • 暗号資産は価格が変動することがあり、価格が急落して損をする可能性があります。たとえ、取引相手が登録業者の場合でも、こうしたリスクと取引や契約の内容を十分に理解できなければ取引や契約をしないでください。利用しようとする交換業者から説明を受けるとともに、自分自身で金融庁等のホームページで理解できるまで調べるようにしましょう
    4. 少しでも不安に思ったら早めに消費生活センター等に相談する
      • ※消費者ホットライン「188(いやや!)」番 最寄りの市町村や都道府県の消費生活センター等をご案内する全国共通の3桁の電話番号です。
②IRカジノ/依存症を巡る動向

大阪市此花区の夢洲に、2030年秋ごろに開業が予定されている統合型リゾート施設(IR)を巡り、若い世代の関心を高めようと、大阪府市は、大学生を招いたシンポジウムを開いています。大阪観光局や府市IR推進局などから約40人が参加し、IRの今後の展望や課題について議論を交わしています。報道によれば、シンポジウムでは、世界中から人、モノ、投資を新たに呼び込むことが期待されるIR導入の必要性などを確認、IRや2025年大阪・関西万博をきっかけに大阪が目指していくべき街の構想なども訴えられました。ディスカッションでは、大学生が溝畑理事長らにIRを機とした関西の発展をテーマに質問、外国人客に向けたIRの宣伝方法などを尋ね、姜教授は「(大阪IRの)認知を高め、大阪のイメージを定着させることが重要だ」と答えています。本コラムでもたびたびお伝えしているとおり、大阪IRの整備計画では、敷地面積約49万平方メートルにカジノ施設やVIP向けホテル、国際会議場などが建設され、初期投資額は約1兆2700億円で年間売り上げは約5200億円が見込まれています。関連して、IRにおいては国際会議や企業の研修旅行、展示会といった「MICE」も重要なコンテンツとなりますが、観光庁は2024年度、「MICE」の誘致に向けて、新たな補助を導入するなどして対策を強化する方針を打ち出しています。会場の通信環境整備や、誘致に関するノウハウを持つ人材の育成にかかる費用を支援、誘致を巡って各国との間で激化する競争を勝ち抜き、インバウンド(訪日客)消費の拡大を狙うとしています。政府が2023年5月に決定したインバウンド拡大に向けた行動計画では、国際会議の開催件数を30年までに世界5位(22年実績12位)とする目標を設定、直近の訪日客数は好調であるものの、国際会議の開催は2022年時点で553件(2019年実績3621件)と、コロナ禍からの回復が遅れており、誘致態勢を強化する必要があります。また、他国との差別化を図るため、国際会議の前後に行う歓迎会を、歴史的建造物や文化施設などで開催する取り組みも促すなどし、主催者を支援するモデル事業を行い、参加者の満足度を調査した上で、実施地域の拡大を目指すとしています。

本コラムでも以前取り上げましたが、海外事業者が運営するオンラインカジノの決済代行業者らが常習賭博罪で起訴された事件で、決済代行サービスに使うため、インターネットバンクの口座を不正に開設し、パスワードなどをだまし取ったとして、警視庁と愛知、福岡両県警は、詐欺容疑で沖縄県宮古島市、会社役員の被告=常習賭博と組織犯罪処罰法違反の罪で起訴=ら男女7人を書類送検しています。被告は海外事業者と利用者の間で賭け金などの入出金を代行する「スモウペイ」と呼ばれるサービスを開発し、運営、被告の書類送検容疑は2020年12月~2022年2月、実際には決済代行サービスに用いるにもかかわらず、使用目的を偽って二つのインターネットバンクで6つの預金口座を開設し、ログイン用のIDやパスワードが書かれた台紙を詐取した疑いがもたれています。

2024年2月2日付読売新聞によれば、ミャンマーでは国軍のクーデター後に経済状況が悪化し、市民生活が困難に直面、サイバー犯罪の拠点化が進み、勧誘された市民が犯罪に加担するケースが目立ち、国軍と犯罪組織が癒着している疑いも指摘されています。「表向きはカジノだが、中ではオンライン詐欺や人身売買が行われていた」といった情報もあるようです。人々が困窮した状況を利用しているのが、サイバー詐欺などを行う犯罪組織で、主に利用客が減ったカジノが活動の場として使われているといい、国軍も黙認しているようです。こうした状況については、国連人権高等弁務官事務所は2023年8月に発表した報告書で、ミャンマーで少なくとも12万人がサイバー犯罪に関与させられていると指摘、失業などで生活に困窮する市民に仕事を提供するとみせかけ、犯罪行為に勧誘しているといいます。なお、ミャンマーを拠点とするサイバー犯罪の被害者の多くは中国人で、実行犯に中国政府が指名手配した人物もいるといいます。2023年10月に国軍への攻撃を始めた少数民族武装勢力の中には、中国と関係が深い勢力もあり、攻撃対象に犯罪組織の拠点も含まれており、中国の意向が働いたとの見方もあるようです。

厚生労働省が「女性と依存症」をテーマとしたページを開設しています。その中で、アルコール依存症の可能性をチェックする簡易チェックシートが紹介されています。設問は「あなたは今までに、飲酒を減らさなければいけないと思ったことがありますか」「あなたが今までに、飲酒を批判されて腹が立ったり苛立ったりしたことがありますぁ」「あなたは今までに、飲酒に後ろめたい気持ちや罪悪感を持ったことがありますか」「あなたは今までに、朝酒や迎え酒を飲んだことがありますか」で、2項目以上当てはまる場合は依存症の可能性があるとしています。

▼厚生労働省 女性と依存症 ライフステージごとの「生きづらさ」の解消へ
  • 現代の女性には、時代や環境の変化から、さまざまな「生きづらさ」が生じています。その生きづらさを紛らわすため、特定の物や行為に依存するようになり、やめたくてもやめられない状態、いわゆる「依存症」に陥ってしまうこともあります。
  • 本特集では、女性と依存症の問題にスポットを当て、依存症の“入り口”や、その種類とリスク、本人・家族の相談先や周囲ができることについて考えます。
  • 「迷う」気持ちを理解し共感し寄り添うことが大切
    • 相談支援で重要なのは、相談者にとって相談先は「悩みを打ち明けることができる、安心して話すことができる場所である」ということなのです。
    • 依存症の特徴の一つとして、心の安心感がなくなっている状態が挙げられます。そのため、たとえば公的な相談機関の精神保健福祉センターでは秘密を守って相談を受けていますし、医療機関も守秘義務があり相談の秘密を守ることが原則ですので、活用してみるのがお勧めです。
    • 身近な信頼できる家族や友人に相談することも手段の一つですが、すべてを自分たちだけでどうにかしようと考えず、相談機関を頼ることも選択肢のなかに入れておいていただきたいです
    • なぜなら、たとえばエアコンの取り付けをしたいとき、私たちはすべてを家族でやるわけではありません。日頃の手入れや軽度のメンテナンスは自分たちでできても、取り付けや修理などは専門の業者を当たり前のように利用しているのではないでしょうか。
    • 日常的に接することがない相談機関に相談したり、医療機関を受診したりするのを躊躇するのは自然だと思います。ためらい迷うのは「ダメなこと」ではなく、自分を守るために大変重要な場合もあります。精神科医という専門的な立場や役所の立場で言えば「少しでも早く来てほしい」という気持ちもありますが、迷っている方の「迷う」という気持ちも尊重したいと考えています。安心して自分の気持ちを話してもらうためにも、自分のタイミングを大事にしてほしいです。
    • また、周囲の方々に申し上げたいのは、共感や「相談しにくい」「話しづらい」気持ちを理解し、寄り添ってあげることが大切だということです。
  • どうしても相談を受ける側のペースで進めてしまいたくなりがちですが、相談をする当事者の方のペースで聴いてあげてもらえればと思っております。
  • 自分に合った相談先を見つけてほしい
    • 相談機関や医療機関などを活用する際には、私は複数箇所、実際に行ってみることをお勧めしています。
    • 何でもそうかもしれませんが、いきなり自分にぴったり合うところを見つけるのは難しいものです。依存症の場合、相談内容や悩みの程度、性格などを含めて個別性が大きいため、ぴったり合うところは簡単には見つからないこともあります。比べてみたり、時間を置いてまた違うところに行ってみたりして、「ここなら安心して話せるかな」と思える場所を見つけてほしい。
    • 「自分に合ったものはすぐに見つかりづらい」という前提に立って、選んでいただいたほうがうまくいく確率が上がるかもしれません。相談や支援を受けに行くことは「勇気」のいることなので、そう決断した自分をやはりしっかり褒めてあげてほしいです。
    • 依存症は、つらい気持ちや不安な気持ちを紛らわすために特定の物や行為に依存してしまい、自分も他人も信じることが難しくなった病気だと考えています。
    • 相談機関や医療機関、自助グループなどを活用して生きづらさについて相談することで、「人を、自分を信じてもいいんだ」という気持ちを持ってもらいたいです
③令和5年の犯罪情勢

警察庁から、「令和5年の犯罪情勢」が公表されています。

▼警察庁 令和5年の犯罪情勢

2023年の刑法犯認知件数は前年比17%増の70万3424件で、戦後最少だった2021年から2年連続で増加しました。新型コロナウイルスの感染拡大前の2019年の水準に戻り、「体感治安」も悪化していることも警察庁の調査から分かりました。刑法犯認知件数はピーク時の2002年(約285万件)から減少を続けていましたが、2022年は60万1331件と20年ぶりに増加に転じ、2023年もさらに10万2093件増加する結果となりました。内訳では、路上強盗や自転車盗などの「街頭犯罪」が前年比21%増の24万3995件となり、全体の認知件数を押し上げる形となっています。傷害や暴行事件も増え、コロナ禍の行動制限の解除で人流が回復した影響とみられます。一方、刑法犯全体の検挙率は38.3%(前年比▲3.3ポイント)で4年ぶりに4割を切る結果となりました。殺人などの「重要犯罪」は81.8%(▲5.8ポイント)、空き巣などの「重要窃盗犯罪」も51.4%(▲6.8ポイント)といずれも低下しています。また、特殊詐欺では「匿名・流動型犯罪グループ」の跋扈等により令和5年の認知件数は1万9033件、被害総額は約441.2億円と2022年に続き増加(それぞれ前年比で+8.3%、+19.0%)するなど「深刻な状態が続いている」と指摘しているほか、インターネットバンキングに係る不正送金事犯やランサムウエア攻撃による被害も高止まりするなど「サイバー空間における脅威は極めて深刻な情勢が続いている」とも指摘しています。さらに、警察庁が2023年10月に、15歳以上の男女5000人を対象に「ここ10年で治安は良くなったと思うか」を尋ねたアンケート調査では、「悪くなった」「どちらかといえば悪くなった」が計71.9%(+4.8ポイント)、治安の悪化を感じた際に思い浮かべた犯罪(複数回答可)では、「特殊詐欺」が71.1%(+8.7ポイント)で最多となり、ルフィグループによる「闇バイト」強盗などが影響したとみられます。

  • 刑法犯
    • 刑法犯認知件数の総数については、平成15年から令和3年まで一貫して減少してきたところ、令和5年は70万3,351件4と、戦後最少となった令和3年から2年連続して増加し(前年比17.0%増加)、令和元年の水準に近づいており(令和元年比6.0%減少)、今後の動向について注視すべき状況にある
    • また、人口千人当たりの刑法犯の認知件数についても5.6件と、刑法犯認知件数の総数と同様に、戦後最少となった令和3年から2年連続で増加となり、令和元年の水準に近づいている
    • 認知件数の内訳を見ると、総数に占める割合が大きい街頭犯罪6が、24万3,987件(前年比21.0%増加)と、伸び率が大きく、令和元年の水準に近づいている(令和元年比10.6%減少)。その中でも、自転車盗、傷害及び暴行については、新型コロナウイルス感染症の感染状況の変化等による人流の増加が一定程度影響したとみられる。また、侵入犯罪の認知件数は5万5,269件となり、前年比で19.1%増加、令和元年比で22.3%減少となった。
    • 重要犯罪の認知件数について、令和5年は1万2,372件と、前年比で29.8%増加し、令和元年比でも25.0%増加となった。その内訳を見ると、不同意性交等及び不同意わいせつ9並びに略取誘拐・人身売買がいずれも前年比及び令和元年比で増加となった。その背景には情勢の変化等、様々な要素があると考えられ、単純な経年比較はできないものの、不同意性交等及び不同意わいせつについては、刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律(令和5年法律第66号。以下「改正刑法」という。)により、構成要件の一部が変更されたことや、政府として性犯罪の被害申告・相談をしやすい環境の整備を強力に推進してきたこともあいまって、認知件数が増加したものと推認される。略取誘拐・人身売買については、通話・通信アプリを利用した手口による被害の増加が、前年からの認知件数増加の一因となっている。また、殺人及び強盗についても、前年比で増加となった。加えて、SNSで実行犯を募集する手口が特殊詐欺のみならず強盗等まで拡大しているほか、岸田首相に対する爆発物使用襲撃事件及び長野県中野市において、猟銃等を用いて警察官2人を含む4人を殺害する事案も発生している。
    • 財産犯の被害額の推移については、約2,519億円と前年比で56.7%増加している。その内訳を見ると、詐欺による被害額が約1,626億円と増加している(前年比85.4%増加)(図5)。また、詐欺による被害の増加については、インターネットを利用した詐欺の増加等が寄与している状況が認められた。
    • 刑法犯の検挙状況については、検挙件数は26万9,550件、検挙人員は18万3,269人と、共に前年(25万350件、16万9,409人)を上回った(それぞれ前年比で7.7%、8.2%増加)。少年の検挙人員は1万8,949人で、検挙人員全体の10.3%となった。一方で、刑法犯の検挙率は38.3%、重要犯罪の検挙率は81.8%、重要窃盗犯の検挙率は51.4%と、いずれも2年連続減少した(それぞれ前年比3.3ポイント、5.8ポイント、6.8ポイント減少)
  • サイバー事案
    • 近年、サイバー空間は、地域や年齢、性別を問わず、全国民が参加し、重要な社会経済活動が営まれる公共空間へと変貌を遂げた一方で、国内外で様々なサイバー事案が発生するなど、サイバー空間における脅威は極めて深刻な情勢が続いている。インターネットバンキングに係る不正送金事犯については、令和5年は発生件数が5,528件、被害総額は約86億円と急増し、いずれも過去最多となった(それぞれ前年比で386.6%、465.7%増加)。被害の大部分は個人であり、そのうち40代から60代の被害者が60.0%を占めている。インターネットバンキングに係る不正送金事犯の手口は様々であり、また、情勢や対策等に合わせて手口が変化することがあるが、令和5年においては、その被害の多くがフィッシングによるものとみられており、金融機関を装ったフィッシングサイト(偽のログインサイト)へ誘導する電子メール等が多数確認されている。
    • ランサムウエアと呼ばれる不正プログラムによる被害は全世界で深刻化しており、国内においては、令和5年中に警察庁に報告された企業・団体等におけるランサムウエアによる被害件数が197件と、前年比で14.3%減少したものの、依然として高い水準で推移している。ランサムウエアを暗号化する(ランサムウエアを用いる)ことなくデータを窃取し対価を要求する手口(「ノーウェアランサム」)が新たに30件確認されるなど、手口が巧妙化・多様化している実態がある。さらに、サイバー攻撃については、DDoS攻撃による被害とみられるウェブサイトの閲覧障害が複数発生し、一部の事案に関しSNS上でハクティビストや親ロシア派ハッカー集団からの犯行をほのめかす投稿が確認された。また、中国を背景とするサイバー攻撃グループ「BlackTech」(ブラックテック)による情報窃取を目的としたサイバー攻撃も確認された
    • 令和5年中に警察庁が検知したサイバー空間における探索行為等とみられるアクセスの件数は、1日・1IPアドレス当たり9,144.6件と過去最多(前年比18.6%増加)に上っており、その多くがIoT機器に対するサイバー攻撃やぜい弱性を有するIoT機器の探索行為であるとみられる
    • サイバー事案の検挙件数については、令和5年中は2,851件を検挙しており、その内訳を見ると電子計算機使用詐欺及び不正アクセス禁止法違反で全体の51.6%を占めている。また、令和5年における不正アクセス禁止法違反及びコンピュータ・電磁的記録対象犯罪の検挙件数は、それぞれ521件、997件であった(それぞれ前年比0.2%減少、5.2%増加)このほか、SNSに起因する事犯の被害児童数は1,663人(前年比4.0%減少)と、令和2年以降減少傾向にあるものの、依然として高い水準で推移している
  • 特殊詐欺
    • 特殊詐欺については、事件の背後にいる暴力団や準暴力団を含む匿名・流動型犯罪グループが、資金の供給、実行犯の周旋、犯行ツールの提供等を行い、犯行の分業化と匿名化を図った上で、組織的に敢行している実態にあり、令和5年の認知件数は1万9,033件、被害総額は約441.2億円と昨年に続き増加となり、深刻な情勢が続いている(それぞれ前年比で8.3%、19.0%増加)
    • 認知件数を犯行手口別に見ると、令和3年に急増した還付金詐欺の占める割合が減少した一方で、架空料金請求詐欺の占める割合が27.0%と大きく増加している。この架空料金請求詐欺について、被害者を欺罔する手段として犯行の最初に用いられたツールは、ポップアップ表示の割合が43.8%となっており、性別・年代を問わず被害が発生している。一方で、架空料金請求詐欺以外の特殊詐欺については、被害者は高齢女性が多くを占め、被害の大半は犯人からの電話を受けることに端を発している。
    • 令和5年における特殊詐欺の検挙件数は7,219件(前年比8.7%増加)、検挙人員は2,499人(前年比1.7%増加)と、いずれも前年を上回った。
    • こうした特殊詐欺事件の背後においては、SNSで特殊詐欺の実行犯を募集する者や、犯罪グループや特殊詐欺の実行犯に対して、預貯金口座や携帯電話を不正に譲渡する者、電話転送サービス等の提供を行ったり、電子マネー利用番号等の転売、買取等を行ったりしている悪質な事業者の存在が依然として認められる。
  • 人身安全関連事案
    • 人身安全関連事案のうち、ストーカー事案の相談等件数は1万9,843件(前年比3.7%増加)と、依然として高い水準で推移している。また、ストーカー事案の検挙件数については、ストーカー規制法違反検挙、刑法犯等検挙はそれぞれ1,081件、1,708件であり(それぞれ前年比5.2%、3.5%増加)、依然として高い水準で推移している。また、配偶者からの暴力事案等の相談等件数は増加傾向にあり、令和5年は8万8,619件と、前年比で4.9%増加し、配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(平成13年法律第31号)の施行以降で最多となった。配偶者からの暴力事案等の検挙件数については8,636件(前年比1.2%増加)と、依然として高い水準で推移している
    • 児童虐待については、児童虐待又はその疑いがあるとして警察から児童相談所に通告した児童数は年々増加しており、令和5年は12万2,806人と、前年比で6.1%増加し、過去最多となった。その態様別では、心理的虐待が9万761人と全体の73.9%を占めている。また、児童虐待事件の検挙件数については、2,385件と、前年比9.4%増加し、過去最多となっており、その態様別では、身体的虐待が1,903件と全体の79.8%を占めている
    • これらを踏まえると、人身安全関連事案については、引き続き注視すべき情勢にある。
  • 体感治安
    • 前項までに述べたような指標からは捉えられない国民の治安に関する認識を把握するため、令和5年10月、警察庁において「治安に関するアンケート調査」を実施したところ、日本の治安について「よいと思う」旨回答した方は、全体の64.7%を占めた。その一方で、ここ10年間での日本の治安に関し、「悪くなったと思う」旨回答した方は全体の71.9%を占めた。
  • 犯罪情勢の総括
    • 戦後最少となった令和3年以降、刑法犯認知件数が2年連続で前年比増加となり、新型コロナウイルス感染症の感染拡大前の令和元年の水準に近づきつつある。また、重要犯罪罪の認知件数が既に令和元年を上回る数値となったほか、令和5年中には、国民に不安を与えるような事件等も発生した。加えて、インターネットを利用した詐欺の増加等を背景として、財産犯の被害額が増加するなど、今後の動向について注視すべき状況にある。
    • サイバー事案については、インターネットバンキングに係る不正送金事犯の被害が過去最多となったほか、国家を背景に持つ集団によるサイバー攻撃も確認されているなど、極めて深刻な情勢が続いている。
    • 特殊詐欺については、認知件数が3年連続、被害額が2年連続で増加したほか、全年代を対象とした架空料金請求詐欺の手口での被害が昨年比で大幅に増加するなど、深刻な情勢が続いている。
    • 人身安全関連事案については、ストーカー事案の相談等件数及び配偶者からの暴力事案等の相談等件数がいずれも前年より増加したほか、児童虐待又はその疑いがあるとして警察から児童相談所に通告した児童数が過去最多に上るなど、注視すべき状況にある。
    • また、前述のように複数の指標において、サイバー空間における技術・サービスをいわば犯罪のインフラとして悪用した事案の増加が認められた。
    • 以上を踏まえれば、我が国の犯罪情勢は、厳しい状況にあると認められる。
  • 今後の取組
    • 国民の安全・安心を確保するため、警察としては、我が国の社会情勢等が大きく変化している中、警戒の空白が生じることを防ぎ、直面する様々な課題に的確に対処するため、総合的な対策を、これまで以上に強力に推進する。特に、匿名・流動型犯罪グループに対し、部門や都道府県警察の垣根を超えて、戦略的な取締りを更に強化する。
    • 街頭犯罪をはじめとする国民に不安を与える身近な犯罪の抑止に向け、それぞれの地域における治安情勢等に応じ、地域社会や関係機関・団体等との連携の下、各種取組を推進するとともに、性犯罪に関しては、令和5年6月に公布された改正刑法及び性的姿態撮影等処罰法の内容、趣旨等を踏まえ、被害申告・相談しやすい環境の整備や、被害者の心情に配意した適切な捜査をより一層推進する。また、SNSで実行犯を募集する手口等による強盗等については、犯罪グループの実態解明に向けた捜査を含む効果的な取締りを推進するとともに、AIシステムを活用したサイバーパトロールを行うなど、インターネット上の違法・有害情報の排除に向けた取組等を推進する。
    • サイバー事案については、国家を背景に持つサイバー攻撃や被害が高水準で推移するランサムウエア事案等の脅威に対して、関東管区警察局サイバー特別捜査隊と都道府県警察とが一体となった捜査、実態解明等に取り組み、外国捜査機関等と連携した対処等を推進するとともに、脅威の深刻化に対応するための捜査・解析能力の高度化や事業者等と連携した被害防止対策を強力に推進する。特に、過去最多の被害を記録したインターネット バンキングに係る不正送金事犯については、最先端技術等の活用等によるフィッシング対策の高度化・効率化等、キャッシュレス社会の安全・安心の確保に向けた各種取組を推進する。
    • 特殊詐欺については、関係事業者等と連携し、高齢者宅の固定電話へのナンバー・ディスプレイ、ナンバー・リクエストや留守番電話設定の普及、国際電話番号を悪用した詐欺の増加に伴う国際通話ブロックの推進等、犯人からの電話を直接受けないための対策のほか、令和5年に急増した架空料金請求詐欺について高額の電子マネーを購入しようとする客への声掛け等、被害防止対策を強力に推進する。また、令和6年度から、発生地警察から依頼を受けた首都圏等の警察が自らの管轄区域内の捜査を責任を持って行う「特殊詐欺連合捜査班(TAIT)」を各都道府県警察に構築することにより広域的な捜査連携を強化する。さらに、電話転送サービスに係る悪質な電気通信事業者等、犯行ツールに係る悪質な事業者について、情報収集を強化し、あらゆる法令を駆使してその取締りを推進する
    • 人身安全関連事案については、被害が潜在化しやすく、事態が急展開するおそれが大きいという特徴を踏まえ、関係機関と緊密に連携しつつ、被害者等の安全の確保を最優先に、関係法令を駆使した加害者の検挙等による加害行為の防止や被害者等の保護措置等の取組を推進する。
    • これらの取組を実効的に推進する上でも、所属・部門を超えたリソースの重点化や能率的でメリハリのある組織運営を一層図り、警察機能を最大限に発揮し、国民の期待と信頼に応えていく。

例月同様、令和6年1~12月の犯罪統計資料【確定値】(警察庁)について紹介します。

▼警察庁 犯罪統計資料(令和5年1~12月分【確定値】)

令和5年(2023年)1~12月の刑法犯総数について、認知件数は703,351件(前年同期601,331件、前年同期比+17.0%)、検挙件数は269,550件(250,350件、+7.7%)、検挙率は38.3%(41.6%、▲3.3P)と、認知件数・検挙件数ともに前年を上回る結果となりました。最近、増加傾向にある理由として、刑法犯全体の7割を占める窃盗犯の認知件数・検挙件数がともに増加していることが挙げられ、窃盗犯の認知件数は483,695件(407,911件、+18.6%)、検挙件数は157,115件(148,122件、+6.1%)、検挙率は32.5%(36.3%、▲3.8P)となりました。なお、とりわけ件数の多い万引きについては、認知件数は93,168件(83,598件、+11.4%)、検挙件数は62,675件(58,283件、+7.5%)、検挙率は67.3%(69.7%、▲2.4%)と認知件数・検挙件数ともに増加しています。また、凶悪犯の認知件数は5,750件(4,437件、+29.6%)、検挙件数は4,832件(3,922件、+23.2%)、検挙率は84.0%(88.4%、▲4.4%)、粗暴犯の認知件数は58,474件(52,701件、+11.0%)、検挙件数は47,736件(43,499件、+9.7%)、検挙率は81.6%(82.5%、▲0.9P)、知能犯の認知件数は50,035件(41,308件、+21.1%)、検挙件数は19,559件(18,809件、+4.0%)、検挙率は39.1%(45.5%、▲6.4P)となりましたが、とりわけ詐欺の認知件数は46,011件(37,928件、+21.3%)、検挙件数は16,667件(16,084件、+4.0%)、検挙率は36.2%(42.4%、▲6.2%)となっています。なお、ほとんどの犯罪類型で認知件数・検挙件数が増加する一方、検挙率の低下が認められている点が懸念されます。また、(特殊詐欺の項でも取り上げている通り)コロナ禍において大きく増加した詐欺は、アフターコロナの現時点においても増加し続けています。とりわけ以前の本コラム(暴排トピックス2022年7月号)でも紹介したとおり、コロナ禍で「対面型」「接触型」の犯罪がやりにくくなったことを受けて、「非対面型」の還付金詐欺が増加しましたが、必ずしも「非対面」とは限らないオレオレ詐欺なども大きく増加傾向にあります。

また、特別法犯総数については検挙件数は70,046件(67,477件、+3.8%)、検挙人員は57,016人(55,639人、+2.5%)と2022年は検挙件数・検挙人員ともに減少傾向が続いていたところ、2023年に入って以降、ともに増加に転じ、その傾向が続いている点が大きな特徴です。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は6,029件(4,201件、+43.5%)、検挙人員は4,228人(3,129人、+35.1%)、軽犯罪法違反の検挙件数は7,665件(7,888件、▲2.8%)、検挙人員は7,605人(7,820人、▲2.7%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は9,771件(9,800件、▲0.3%)、検挙人員は7,355人(7,526人、▲2.3%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は3,424件(3,066件、+11.7%)、検挙人員は2,658人(2,554人、+4.1%)、不正アクセス禁止法違反の検挙件数は521件(522件、▲0.2%)、検挙人員は156人(164人、▲4.9%)、不正競争防止法違反の検挙件数は53件(70件、▲24.3%)、検挙人員は63人(82人、▲23.2%)、銃刀法違反の検挙件数は5,064件(5,164件、▲1.9%)、検挙人員は4,283人(4,552人、▲5.9%)などとなっています。入管法違反、軽犯罪法違反、迷惑防止条例違反等が増加している点が注目されます。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は1,547件(1,063件、+45.5%)、検挙人員は894人(647人、+38.2%)、大麻取締法違反の検挙件数は7,708件(6,493件、+18.7%)、検挙人員は6,243人(5,184人、+20.4%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は8,160件(8,532件、▲4.4%)、検挙人員は5,727人(5,944人、▲3.7%)などとなっており、大麻事犯の検挙件数がここ数年、減少傾向が続いていたところ、2023年に入って増加し、2023年7月にはじめて大麻取締法違反の検挙人員が覚せい剤取締法違反の検挙人員を超え、その傾向が続いている点が注目されます。また、覚せい剤取締法違反の検挙件数・検挙人員ともに大きな減少傾向が数年来継続しており、その原因については少し気掛かりです(覚せい剤は常習性が高いため、急激な減少が続いていることの説明が難しく、その流通を大きく支配している暴力団側の不透明化や手口の巧妙化の実態が大きく影響しているのではないかと推測されます。言い換えれば、覚せい剤が静かに深く浸透している状況が危惧されるところです)。なお、麻薬等取締法の対象となるのは、「麻薬」と「向精神薬」であり、「麻薬」とは、モルヒネ、コカインなど麻薬に関する単一条約にて規制されるもののうち大麻を除いたものをいいます。また、「向精神薬」とは、中枢神経系に作用し、生物の精神活動に何らかの影響を与える薬物の総称で、主として精神医学や精神薬理学の分野で、脳に対する作用の研究が行われている薬物であり、また精神科で用いられる精神科の薬、また薬物乱用と使用による害に懸念のあるタバコやアルコール、また法律上の定義である麻薬のような娯楽的な薬物が含まれますが、同法では、タバコ、アルコール、カフェインが除かれています。具体的には、コカイン、MDMA、LSDなどがあります。

また、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯 国籍別 検挙人員 対前年比較について、総数は742人(584人、+27.1%)、ベトナムは239人(183人、+30.6%)、中国は97人(94人、+3.2%)、ブラジルは49人(40人、+22.5%)、フィリピン29人(21人、+38.1%)、スリランカは27人(40人、▲32.5%)、韓国・朝鮮は25人(22人、13.6%)、インドは21人(14人、+50.0%)、パキスタンは16人(19人、▲15.8%)、バングラデシュは15人(7人、+114.3%)などとなっています。ベトナム人の犯罪が中国人を大きく上回っている点が最近の特徴です。ベトナム人は万引きに加担する傾向がありますが、直近でも、衣料品店「ユニクロ」などで万引きを繰り返したとして、福岡県警が、ベトナム人4人を窃盗容疑などで逮捕、送検しています。福岡県警は、2018年12月からの約5年間で、福岡や首都圏、関西など8都府県で計66件の万引きを確認したとしており、被害は5237点、1970万円に上るといいます。さらに、福岡県警はユニクロ人気が高いベトナムで売りさばく目的とみて、同国の首謀者とみられる人物について窃盗容疑で逮捕状を取っています。報道によれば、ベトナムは万引き対策が厳重で、日本の店舗が狙われたとみられ、警報器が反応しない特殊なバッグに商品を入れて持ち出していたとされ、4人は「万引きのために日本に来た。盗んだ品はベトナムのフリーマーケットアプリで売られた」などと供述しているといいます。日本の店舗で万引きがしやすい(犯罪インフラ化)状況は、ベトナムのネット上で広まっており、「日本語の商品管理タグが付いていると品質がよさそうと思われる」ことも影響しているとも言われています、なお、衣料品店やドラッグストアが主に狙われており、検挙人数に対して件数が約4倍であることから「繰り返して窃盗をしていると考えられます。また、同じくベトナム人の犯罪としては、東北から四国にかけての18府県で中古車を盗んだとして、岐阜、京都など18府県警が、窃盗の疑いで、ベトナム国籍の20~30代の男22人を逮捕したという事例もありました。報道によれば、191台(総額約3億8千万円相当)の被害が確認されているといいます。2022年2月~23年4月ごろ、中古車オークション会社が管理する駐車場や海外輸出用の車置き場などで盗みを繰り返し、主にSNSを利用して国内で売却していたといい、盗んだ車に取り付けるためのナンバープレート約160枚の被害も確認されています

一方、暴力団犯罪(刑法犯)罪種別検挙件数・人員対前年比較の刑法犯総数については検挙件数は9,909件(11,306件、▲12.4%)、検挙人員は6,068人(6,155人、▲1.4%)と、刑法犯と異なる傾向にありますが、最近、検挙件数・検挙人員ともに継続して増加傾向にあったところ、2023年6月から再び減少に転じた点が注目され、アフターコロナにおける今後の動向に注意する必要があります。犯罪類型別では、暴行の検挙件数は571件(616件、▲7.3%)、検挙人員は527人(602人、▲12.5%)、傷害の検挙件数は1,003件(1,012件、▲0.9%)、検挙人員は1,186人(1,142人、+3.9%)、脅迫の検挙件数は309件(364件、▲0.9%)、検挙人員は289人(370人、▲21.9%)、恐喝の検挙件数は352件(352件、±0%)、検挙人員は460人(453人、+1.5%)、詐欺の認知件数は1,600件(1,986件、▲19.4%)、検挙人員は1,332人(1,424人、▲6.5%)、賭博の検挙件数は45件(49件、▲8.2%)、検挙人員は152人(153人、▲0.7%)などとなっています。とりわけ、詐欺については、増加傾向に転じて以降、高止まりしていましたが、2023年7月から減少に転じ、その傾向が続いている点が特筆されます。とはいえ、依然として高止まり傾向にあり、資金獲得活動の中でも重点的に行われていると推測される(ただし、詐欺は暴力団の世界では御法度となっているはずです)ことから、引き続き注意が必要です。さらに、暴力団犯罪(特別法犯)主要法令別検挙件数・人員対前年比較の特別法犯について、特別法犯全体の検挙件数は5,024件(5,528件、▲9.1%)、検挙人員は21人(27人、▲5.5%)と、こちらも検挙件数・検挙人数ともに継続して減少傾向にあります(さらに減少幅も大きい点が特筆されます)。また、犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は25件(20件、+25.0%)、検挙人員は21人(27人、▲22.2%)、軽犯罪法違反の検挙件数は71件(75件、▲5.3%)、検挙人員は55人(68人、▲19.1%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は67件(90件、▲25.6%)、検挙人員は65人(80人、▲18.8%)、暴力団排除条例違反の検挙件数は19件(19件、±0%)、検挙人員は34人(42人、▲19.0%)、銃刀法違反の検挙件数は104件(114件、▲8.8%)、検挙人員は80人(79人、+1.3%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は236人(189人、+24.9%)、検挙人員は102人(78人、+30.8%)、大麻取締法違反の検挙件数は1,065件(1,042件、+2.2%)、検挙人員は705人(619人、+13.9%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は2,769件(3,224件、▲14.1%)、検挙人員は1,912人(2,141人、▲10.7%)、麻薬等特例法違反の検挙件数は115件(151件、▲23.8%)、検挙人員は59人(77人、▲23.4%)などとなっており、最近減少傾向にあった大麻事犯について、2023年に入って増減の動きが激しくなっていること、覚せい剤事犯の検挙件数・検挙人員がともに全体の傾向以上に大きく減少傾向を示していることなどが特徴的だといえます(覚せい剤については、前述のとおりです)。なお、参考までに、「麻薬等特例法違反」とは、正式には、「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律」といい、覚せい剤・大麻などの違法薬物の栽培・製造・輸出入・譲受・譲渡などを繰り返す薬物ビジネスをした場合は、この麻薬特例法違反になります。法定刑は、無期または5年以上の懲役及び1,000万円以下の罰金で、裁判員裁判になります。

(8)北朝鮮リスクを巡る動向

国連安全保障理事会(安保理)で北朝鮮に対する制裁の履行状況を調べる専門家パネルは、北朝鮮が2017~2023年にサイバー攻撃に関与し、被害額が約30億ドル(約4400億円)相当にのぼった疑いがあると指摘しています。専門家パネルは安保理の北朝鮮制裁委員会に状況を年2回報告しており、法的拘束力はないものの、報告を受けて安保理が違反する団体、個人らに新たな制裁を科すことがあります。報告書は1000ページ以上にのぼり(報道によれば、今回は専門家同士の意見が特に割れ、網羅的になった一方で「踏み込んだ内容にはならなかった」とされます)、安保理の理事国間の議論や修正を経て2024年春ごろに公表される見通しとなっています。北朝鮮が制裁を逃れながら資金を調達する手段として調査しているのは暗号資産関連企業に対する攻撃で、約30億ドルの被害額に相当する58件のサイバー攻撃に関与していた疑いがあると分析、(これまでの報告に同じく)主に対外工作機関・偵察総局傘下のハッカーらがサイバー攻撃を続け、その技術は年々向上、得た資金を核開発や弾道ミサイルなど大量破壊兵器の開発などに充てているといいます。さらに、航空宇宙や防衛業界なども標的に加えながら攻撃を仕掛け、先端技術を盗んでいることも報告書に盛り込まれています。また、相次ぐ北朝鮮によるミサイル発射に対して、安保理は北朝鮮に対し、2006年から段階的に制裁を強化、2017年に声明や決議を採択したのを最後に新たな対応がとれていません。本来、安保理の理事国が採択した制裁決議により禁じられているものですが、抑制させることすらできていない現状があります(その背後には、中国とロシアが北朝鮮を擁護し制裁緩和を主張していることが挙げられます)。また、原子力潜水艦を建造しようとする動きも問題視しています。なお、新型コロナウイルス流行時に減少した貿易は回復傾向が続いており、中には禁輸対象である外国製ぜいたく品の輸入が含まれていたといいます。また、外貨獲得を阻止するため、洋上で石油などの規制物資を移し替えて密輸する「瀬取り」のほか、各国に北朝鮮労働者の送還が義務付けられているところ、それに違反した状態で「海外のITや飲食、建設業界で働く多くの北朝鮮国籍の人がいる」とも記されています。ロシアとの武器取引については「北朝鮮による兵器供与に関する加盟国からの報告を調べている」と報告しています。

直近では、2024年1月下旬以降、2週間で4回というハイペースで巡航ミサイルの発射を繰り返しています。巡航ミサイルの改良を進め、性能試験を重ねて実戦配備を急ぎ、韓国軍や在韓米軍の拠点などを精密に打撃する能力を目指しているとみられています(金正恩朝鮮労働党総書記は今月、韓国を「第1の敵対国」などと憲法に明記すべきだと主張し始めているほか、北朝鮮の朝鮮中央通信は、米韓によるサイバー分野の訓練や日米韓が実施した韓国南方沖での合同訓練など最近の動きを批判、「我々が持つ最先端の武装装備は決して『誇示』のためのものではない」と牽制しています)。巡航ミサイルは、航空機のような主翼や誘導システムを備え、低空を旋回しながら自律飛行でき、一般的に弾道ミサイルより迎撃が難しく、日米韓の安全保障上の新たな課題になり得ます(さらに言えば、巡航ミサイル「ファサル」には射程が異なる2種類があり、いずれも陸上の移動式発射台のほか、軍艦艇からも発射できるとみられています。ファサル2」の最大射程は日本全域をほぼ収める推定2000キロメートルで、専門家は、巡航ミサイルの主な標的は、韓国と日本にある米軍の基地や施設だとみられ、「軍艦艇や潜水艦から発射できれば、日本にある基地を攻撃する有効な兵器となる」と指摘しています)。多様なミサイル開発を進めることで米国や韓国に対抗する軍事力の確保を狙っているものと考えられます。最近は、弾道ミサイルと異なる性質の兵器の試射をあえて公表し、米韓に新たな脅威を感じさせる狙いも見え隠れしています。さらに、同時に協力を深めるロシアに技術を見せつけ、軍事協力に弾みをつける狙いも考えられるところです。北朝鮮は2024年1月24、28、30日の朝と2月2日の昼前に巡航ミサイルを発射、韓国軍は1月28日を除く3回は北朝鮮西側の黄海上で、28日は東側の日本海上でミサイルの動きを探知しています。北朝鮮は4回とも国営メディアを通じて目的を公表、1月24、28日は新型戦略巡航ミサイル「プルファサル3-31」の飛行能力の検証、1月30日は2023年に試射した既存型の「ファサル2」の発射訓練で、2月2日は「超大型弾頭」の威力を確かめる試験と位置づけています。航空機技術を応用する巡航ミサイルは、ロケット技術を用いる弾道ミサイルより速度は遅いものの、放物線状の軌道を描く弾道ミサイルと違い、使用者が意図した軌道を飛行することができるため、迎撃は困難を極めます。衛星画像などで飛行ルートの地形がわかれば、地表すれすれを飛ぶよう事前にプログラミングすることも可能で、防御する側からみると、高度の低い物体は地球の球体の死角に入り探知が難く、探知が遅れれば、物体を追尾し迎撃する対処も難度が増すことになります。こうした高速で高威力の弾道ミサイルと、低速で精密打撃できる巡航ミサイルの組み合わせは韓国や米国と共通しており、日本も長射程の巡航ミサイル「トマホーク」の導入を決定、北朝鮮メディアが2024年2月3日、日本の動きを非難する外務省研究員の論評を流すなど北朝鮮は神経をとがらせていることがうかがえます。

巡航ミサイルの度重なる発射に先だち、北朝鮮は2024年1月14日の弾道ミサイル発射で、2つの最新技術を同時に試験したとみられています。まず「中長距離固体燃料弾道ミサイル」の試験で、朝鮮中央通信は「新たに開発された固体燃料エンジンの信頼性を確証する」と発射の目的を説明しています。北朝鮮は2023年11月、新型の中距離弾道ミサイル(IRBM)に搭載する固体燃料エンジンの燃焼試験を実施、この新型エンジンを実際に搭載したミサイルを撃ち、エンジンの能力を確かめたとみられています。固体燃料型は液体燃料型に比べ、燃料注入などの事前準備を短縮でき、相手に兆候を探知されずに奇襲攻撃をかける成功確率が高まるとされます。北朝鮮は2019年以降、韓国を射程に入れる短距離弾道ミサイルについて固体燃料型を複数種開発、2023年には米本土に届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)でも固体燃料型の「火星18」を登場させ、米本土への核攻撃力を誇示して米韓を威嚇してきました。もう一つの新技術が「極超音速機動型の弾頭部」と銘打っている点で、ミサイルの弾頭部に極超音速で動く兵器を搭載し「弾頭部の滑空」を確かめたといいます。極超音速ミサイルは複雑な軌道をマッハ5(音速の5倍)以上の速度で飛ぶ兵器を指します。弾道ミサイルは通常マッハ5を超えるものの放物線状の軌道をたどって落ちるので軌道が予測しやすいところ、極超音速ミサイルは高速と変則軌道を両立し、相手の迎撃網をかいくぐるとされます。兵器が完成すると日米韓にとって防衛の難題になることは間違いないところです。滑空体が低高度を不規則な軌道で高速で飛ぶため、迎撃が難しく、放物線状の弾道ミサイルを探知し、動きを追尾して破壊する既存の迎撃システムを使いにくくなるためです。

北朝鮮の金総書記は、韓国について、「最も有害な第1の敵対国家、不変の主敵と定め、有事にその領土を占領・平定することを国是に決めた」としたうえで「将来の平和、安定のために極めて妥当な措置だ」と述べています。北朝鮮軍の創建76年の記念日にあたり、韓国への敵対姿勢と軍事力強化の方針を改めて強調しています。金総書記は2024年1月の最高人民会議(国会に相当)で行った演説で、韓国を「第1の敵対国、不変の主敵」と明記する憲法改正を主張しています(韓国の憲法に領土の記載があるのに、北朝鮮の憲法には条項がないとして「主権行使の範囲を正確に規定する必要がある」と発言していますさらに韓国側が海上の境界として設定する北方限界線(NLL)についても言及、認めないと明示し、韓国が北朝鮮の領土、領海、領空を侵犯すれば「戦争挑発とみなす」と威嚇しています)。金総書記はまた、「形式上の対話や協力に力を入れなければならなかった非現実的な束縛」を自らなくしたとして、韓国と対話の考えがないと改めて強調、「平和は物乞いや協議で得られるものではなく、わが軍隊はさらに強力な力を持つべきだ」と述べ、核・ミサイル開発など軍事力強化を加速する方針を重ねて示しています。一方、北朝鮮国営の朝鮮中央通信(KCNA)は、最高人民会議が韓国との経済協力推進に関する合意を全て破棄することを決議したと伝えています。金剛山観光事業の運営に関する特別法など韓国との経済関係について定めた法律の廃止も決議しており、同観光事業は2000年代初めに始まった経済協力の象徴で、約200万人の韓国人が訪れたものの、制限区域に入った韓国人観光客が北朝鮮兵士に射殺されたことを受け、2008年に中断されています。北朝鮮は韓国を敵国と見なすと表明しており、2018年の南北軍事合意に基づき停止していた全ての軍事措置を再開する方針を2023年に明らかにしています。KCNAはまた、金総書記が消費財や食品を生産する工場を視察し、新たな地域開発政策の一環として施設の近代化について指導したとも報じています。

こうした金総書記の姿勢の背景には、さまざまな要因があると考えられます。例えば、韓国の金暎浩統一相は読売新聞とのインタビューで、北朝鮮が韓国への敵対姿勢を強めているのは国内の不満をそらすためだとする見方を示しています。長年の韓国との平和統一方針を放棄したことで、政権内部が混乱する可能性があるとも指摘、「経済難が非常に深刻化し、北朝鮮の内部で民心の離反現象が起きている。体制の結束のため、韓国への敵意をあおっている」と述べ、地方に食糧が行き渡らない「危機的な状況」にあるとしています。また、2024年1月、金総書記の指示を受け、南北統一を象徴する平壌の「祖国統一3大憲章記念塔」を撤去していますが、これが金総書記の祖父金日成主席、父金正日総書記の業績を消去する意味を持つとし、「権力世襲の基盤そのものを壊す結果につながりかねない。北朝鮮のエリート層でも混乱や亀裂が生じる可能性があり、注視している」と述べています。金政権は「慢性的に不安定な状態にある」とし、2011年末に最高指導者となった後、「恐怖政治」で異論を封殺しつつも、食糧不足などで「政権と住民の間に亀裂が生じ、ますます拡大している」と指摘しています。一方、米国の著名な専門家2人は「正恩氏は戦争への戦略的決断をした」とする論評を公表、正恩氏が言及する「戦争の準備」を虚勢とは言い切れないと主張しています。論評で、朝鮮半島の現状は朝鮮戦争が勃発した1950年以来、最も危険だと指摘、正恩氏がいつ、どのような形で引き金を引く計画かは分からないが、朝鮮戦争を引き起こした祖父、故金日成主席のように「戦争への戦略的決断をしたと考える」と強調、2人は、決断の背景に2019年2月のハノイでの米朝首脳会談があると説明、正恩氏は、トランプ前米大統領との交渉決裂に大きく失望し、北朝鮮が長年追求した対米関係正常化への期待を捨て、中国やロシアへの接近にかじを切ったと分析しています。さらに、ウクライナを侵攻するロシアのプーチン大統領と会談するなど、軍事を中心にロ朝協力が深まったことで北朝鮮が自信を得たとの見方を示しています。また、米韓両国は「北朝鮮が核を使用する場合、北朝鮮政権を終わらせる」と強調、米韓両軍の圧倒的な軍事力を前に、正恩氏もこうしたメッセージを理解しているという見方が一般的である一方、「他の良い選択肢がないと確信した者は最も危険なゲームでも価値があると考えるようになる」と警告しています。一方、韓国統一省の当局者は北朝鮮の対決姿勢について、2024年4月の韓国総選挙を前にした「心理戦」と指摘し、こうした論調に異議を唱えています。また、米ホワイトハウス国家安全保障会議(NSC)のシニアディレクター(軍縮担当)、プラネイ・バディ氏は、北朝鮮とロシアの前例にない協力によって、北朝鮮が及ぼす安全保障上の脅威が今後10年間で「劇的に」変化する可能性があるという認識を示しています。バディ氏は米シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)に対し、「ロシアと北朝鮮によるこれまでに見たことのないレベルでの軍事協力を確認している」と語り、「前例にない」という点を強調しています。北朝鮮がウクライナ侵攻を続けるロシアを支援する状況だけでなく、両国の協力が「北朝鮮の能力をどのように向上させるのか、そしてそれが韓国や日本を含む地域における米国の『拡大抑止』態勢に何を意味するのか」について最新の注意を払う必要があると指摘、「この地域における北朝鮮の脅威の本質が今後10年で劇的に変化する可能性がある」と述べたものです。増大する北朝鮮の脅威に直面し、同地域の同盟国が独自の核防衛能力を模索することについてどの程度懸念しているかという質問に対しては、「欧州やアジアで台頭している新たな脅威を含め、米国の『核の傘』が引き続き脅威を抑止するのに十分であることを確実にしたい」と応じています。一方、強硬な姿勢に出るのは、「吸収統一への恐怖感」が背景にあると韓国の金英秀・北朝鮮研究所長(西江大名誉教授)は指摘しています。2023年12月末の朝鮮労働党中央委員会総会の報道をみると、繰り返し「吸収統一」という言葉に触れており、最も嫌うのは「政権転覆」と「吸収統一」であって、そうした心理が攻撃的な言葉として出てきていると指摘しています。2023年の情勢を見ると、北朝鮮は核戦力を強化して攻勢に出たものの効果はなく、むしろ韓米日の関係が堅固になり、軍事訓練を行い、監視も強める結果となり、北朝鮮としては「これはだめだ。もっと怖がらせないといけない」となったと指摘、守勢に追い込まれるなかで自らを守るために、さらに言葉は攻撃的になっているといいます。さらに、最近、北朝鮮の体制の閉鎖性が、急速に弱まっており、コロナ禍で統制して移動も自由に出来ないようにしたにも関わらず、外国のうわさや韓国政府のニュース、ドラマなどが広がっており、体制が以前よりかなり緩んでいることも背景にあるとしています。今後どこかの時点でまた対話の局面に向かうとすれば、韓国側との接触が増えることにもなり、人の行き来も生まれ、そうなると思想的に「汚染」され、体制による統治が難しくなると、北朝鮮の体制のエリートはよく分かっており、住民を一丸にしていくためには、閉鎖性を高めて、韓国や米国、日本を強く批判していくしかないというわけです。また、韓国・東国大のキム・ヨンヒョン教授は、「北朝鮮の一連の挑発行為を見れば、ただむやみに行っているのではありません。強い言葉で話し、砲撃などを行い、(韓国を「永遠の主敵」などと明記する)憲法の改正を語りました。言葉、挑発、制度、の組み合わせです。非常に戦略的に判断しながら、漸進的に緊張の水位を高めていく動きだと言えます。」、「まずは緊張を高めることが目標です。冷戦時代のように敵対国家を想定し、内部の結束と、金正恩体制に対する忠誠を強力に作りだそうとしています。体制が弛緩する可能性を封じるという側面です。二つ目は米国との関係です。11月に米大統領選を控え、北朝鮮にはトランプ政権が再び誕生するのではないかという期待があると思います。金総書記の立場でみれば、バイデン政権の対北政策が失敗だと示さなければなりません。北朝鮮に対する世界的な関心を引き上げたい、という狙いもあるでしょう」「北朝鮮にとって対南関係はそれほど重要ではなくなりました。尹政権で韓国と何かできるとは期待しにくく、むしろ韓国は手段になったと言えます。韓国という敵を想定してこそ、内部結束を強められると判断したのではないでしょうか」、「重要なのは軍事的緊張がさらに悪化しないように「管理」する力です。偶発的な事態が発生しないように、発生しても緊張が急激に高まることを抑えるための管理能力が非常に重要です」と指摘しています。

韓国の尹錫悦大統領は、「北朝鮮の政権は世界で唯一、核の先制使用を法制化した非理性的な集団だ」と批判し、2024年4月の総選挙を妨害するため北朝鮮が軍事境界線付近で武力行為やドローン(無人機)による侵入、サイバー攻撃、フェイクニュース拡散といった挑発行為を行う可能性があると警告しています。韓国では4月10日に国会議員選(定数300)が予定されており、尹氏は北朝鮮はこれまでも「重要な政治日程に合わせ、社会のかく乱と心理戦、挑発を行ってきた」と指摘、北朝鮮が選挙に介入するため「数々の挑発行為」を行う可能性があるとし、警備態勢強化を求めています。軍や政府、警察、民間団体間の連携を強化し、国家インフラへのサイバー攻撃や偽プロパガンダの拡散を防ぐために対策を強化すべきだと述べ、「サイバー攻撃は国家機能や国民生活を一瞬にして麻痺させる恐れがある。フェイクニュースや虚偽のプロパガンダも社会に大きな混乱をもたらす可能性がある」と懸念を示しています。

関連して、韓国の情報機関・国家情報院(国情院)は、2023年の韓国に対するサイバー攻撃の分析結果を発表、国際ハッカー集団などによる公共機関へのサイバー攻撃は2022年比36%増の1日平均約162万件、そのうち北朝鮮が80%、中国が5%だったといいます。国情院によると、北朝鮮のハッカーが、生成AIを活用してハッキングの準備を進める事例も確認、北朝鮮独自の生成AIの開発も進められていますが、まだ初期段階にあるといいます。また、金総書記の指示や関心に基づいて、攻撃対象を変える行動も確認されたといいます。食料難の解決が課題とされた2023年初めは農水産機関を集中攻撃、海軍力強化を強調した2023年夏には、造船業者から図面を盗み、無人機の生産強化を指示した2023年秋には無人機エンジンの情報を集めたといいます。国情院は「金氏の関心や指示を注視し、対策を講じる」としています。北朝鮮は昨2023までの4年間に少なくとも25カ国の防衛産業分野を攻撃し、中でも航空分野が25%と最多、関係を深めているロシアの防衛産業の企業に対しても、数回にわたってハッキングを試みたといいます。国情院は、サイバー攻撃で得た設計図面などの情報を兵器開発に活用しているとみているといいます。

北朝鮮が新型コロナウイルスへの対応から原子炉の安全確保、戦争のシミュレーションまで、あらゆる分野に活用するためにAIと機械学習(ML)を開発していることが、米カリフォルニア州の研究所、ジェームズ・マーティン不拡散研究センター(CNS)の報告書で分かったと報じられています(2024年1月24日付ロイター)。核開発計画を巡る国際的な制裁により、北朝鮮はAIハードウエアを確保しにくくなっている可能性はあるものの、最新鋭の技術を追求していると考えられています。報告書の執筆者は「北朝鮮の最近のAIとMLの開発努力は、デジタル経済強化のために戦略的投資を行っていることを意味する」と指摘、さらに韓国の国家情報院は、北朝鮮のハッカーが標的を探し、ハッキングに必要な技術を取得するために生成AIを活用している兆候を検知したと明らかにしています。実際のサイバー攻撃にはまだ使用していないとの見方を示しつつも、状況を注意深く監視していると説明しています。報告書によると、新型コロナ禍中には、適切なマスクの使用法を見極めるモデル作りなどのためにAIを活用し、また科学者らは、原子炉の安全維持のためのAI利用について、調査報告書を公表したといいます。北朝鮮のAI開発は多くの問題をはらんでおり、外国の学者との協力は制裁体制についての懸念も生じさせると指摘しています。

金総書記は、2024年1月に開かれた党政治局拡大会議で「地方人民に食料など初歩的な生活必需品さえ満足に提供できずにいるのは、深刻な政治的問題だ」と不満をあらわにし、担当部署や幹部らを叱責しています。金総書記は都市と農村部の経済格差是正に向け、今後10年で地方に工場を多数建設する政策を推し進めるとともに、工場建設に朝鮮人民軍兵士らを動員する計画を立案するよう指示、「全般的に地方経済は初歩的な条件も欠く、非常に嘆かわしい状態だ」と強調、担当幹部らの消極姿勢を叱り、地方経済の改善に向け、迅速な行動に移すようげきを飛ばしています。金総書記の発言からは住民生活に心を砕く最高指導者を演出する狙いもうかがえます。国際社会による制裁や新型コロナウイルス禍で2023年まで続いた国境封鎖に伴い、特に地方経済の疲弊が深まる中、住民の不満の蓄積は体制を揺るがしかねないとの危機感の表れともいえます。こうした点について、韓国の権寧世・統一相は2023年、中国との貿易が増加しているものの、食料事情は「依然として悪い」と指摘しています。

北朝鮮労働者による中国東北部の吉林省延辺朝鮮族自治州の縫製工場での数千人規模のストライキ・暴動が判明しています(北朝鮮側の管理者1人が死亡、3人が重傷を負ったと報じられています)。この種の抗議が広がれば、金政権の対外貨源が直撃を受けかねない事態となります。事件の経緯を記した元北朝鮮外交官、高英煥氏の報告書は、賃金の大半を絞り取られ、劣悪な環境で徹底した監視下に置かれる労働者らの実態も明らかにしています。報道によれば、各国に派遣された北朝鮮労働者は安保理の制裁決議で2019年末までに送還させる取り決めでしたが、新型コロナウイルス禍で北朝鮮が国境を封鎖したこともあり、中国やロシア、中東、アフリカに9万人余りが残ったとされます。制裁前は年間約5億ドル(現在のレートで約740億円)を稼いでいたと推定されており、派遣労働者は今も違法なサイバー活動による暗号資産奪取(2022年に推定約7億ドル相当)に次ぐ対外貨源と分析されています。今回の騒動を受けてストが広がるなどすれば、金政権には大きな打撃となります。一方、海外に送られる労働者は10カ月~1年超の身元調査や思想教育目的の講習などを経るほか、500~2千ドルの賄賂を朝鮮労働党の幹部らに贈る必要もあり、出国できても、工場や建設現場で15時間以上の単純労働を強いられ、休暇はほとんどなく、賃金の6割以上を北朝鮮側幹部らが中抜きする上、年間約8千ドルに上る金政権への上納金「忠誠資金」や寮費・食費を差し引くと、労働者が手にするのは月200~300ドル程度といわれています中国でのスト・暴動は、この金さえ支払われなかったことへの抗議とされ、労働者らは狭いコンテナに住まわされ、作業服が支給されずにゴミ捨て場で拾った服を着る人もいるほか、旅券を没収され、自由な外出やスマホ使用も許されず、高氏は「現代版の奴隷といえる」とし、「国際社会は労働者の劣悪な人権状況に関心を持つべきだ」と訴えています。なお、金政権は、騒動を「特大型事件」に指定、駐瀋陽領事や秘密警察の国家保衛省要員を急派し、賃金の即時支払いなどを約束して収拾を図り、沈静化したものの、不払い分に充てる資金は枯渇、中国駐在の会社幹部や外交官に捻出を強要しているのが現状で、騒動が再燃する危険性がくすぶっているとも報じられています。また、「暴動を起こした人物には、帰国すれば処刑を含む厳しい処分が科される可能性がある。よほどの覚悟がなければ暴動は起こせない」という声もあり、各国が情報収集を進めています。

韓国統一省は、2023年に韓国に入国した脱北者が2022年比3倍近くとなる196人だったと明らかにしています。外交官や海外駐在員、留学生など「エリート層」の亡命者数が2017年以降で最多だったほか、20~30代が半数以上になるなど若者が増えていることも判明しています。新型コロナウイルス禍で北朝鮮内外の移動が厳しく規制されていた2021、22両年は、脱北者が65人前後にとどまっていたところ、2023年の増加について「(北朝鮮に隣接する)中国国内での移動規制が解除されたことが最大の要因とみている」(統一省関係者)とされます。一方、北朝鮮が国境の取り締まりを強化した結果、近年は中朝や露朝の国境を通じた脱北が減少傾向にあり、2023年の脱北者のほとんどは既に第三国に長期滞在した人であることも判明しています。統一省は個人情報保護の観点から、2023年に脱北したエリート層の数や所属先を明かしていませんが、首都・平壌出身者の割合が増えているといいます。また、エリートや若い世代の脱北者が多い背景には、北朝鮮国内の厳しい統制に対する不満が広がっていることがあると考えられており、国境封鎖の解除により海外に駐在していた外交官らの帰国が始まったことで、脱北を決意する人が増えたと推測されます。1990年代後半の北朝鮮では飢饉から多数の餓死者が発生し、配給制度が事実上崩壊、統一省関係者はこの経緯に触れて「20~30代の多くは国家から恩恵を受けた経験がなく、統制だけを受けてきた。更に上の世代とは北朝鮮政府や社会主義体制に対する根本的な信頼関係が違う」と指摘。脱北者に若者が多い理由の一つとしています。

さらに、北朝鮮住民の約56%が3代世襲による金総書記の権力継承に否定的であることが、韓国で対北政策を担う統一省が脱北者6351人を調査した結果から明らかになったと報じられています。同省は、こうした結果を盛り込んだ「北朝鮮経済・社会実態認識報告書」を初めて発刊、北朝鮮で社会主義経済体制が事実上崩壊して市場経済化が進み、人々が国家に頼らず、自活する状況も鮮明になったとしています。外部の映像を視聴したことがあるとの回答は2000年以前では8.4%に過ぎなかったところ、2016~2020年の脱北者では83.3%に達したといいます。金体制は、住民が韓国の豊かな生活などを描いたドラマを目にすることを警戒、2020年末に外部映像の流布に死刑も適用する法律を施行しましたが、既に外部の映像が広く浸透している現状が裏付けられたことになります。また、脱北前3~4年間で監視や統制が強化されたとの回答は、2011年までの脱北者で50.7%だったのに対し、2012年以降では71.5%に急増、当局は住民の統制に躍起になっているとみられています。一方、社会主義経済体制の崩壊も浮き彫りになっており、食糧配給を経験したことがないとの回答は72.2%に達し、逆に闇市場を体制側が追認する形となった「総合市場」で食糧調達する人が7割以上に上ったほか、住民の所得源も正規のものではなく、密輸や裏耕作を含む非公式の経済活動によるものが68.1%を占めたといいます。さらに、経済活動の活発化から「個人のために仕事をすることが党や国家のために犠牲になることより重要」との回答は53.2%に達し、半面、幹部らの不正腐敗は深刻化し、金正恩政権以降、賄賂供与の経験は倍近くに増加、月収入の3割以上を賄賂などで取られるとの回答も41.4%に上っています。また、貧富の格差については、2016~20年の脱北者の93.1%が「拡大している」と回答しているといいます。韓国の金暎浩統一相は報告書で「北朝鮮の実態への正確な理解が北朝鮮の変化を導き、自由で平和な統一に向けた最初のステップとなる」、「住民からは変化の動きがうかがえる。国際社会と共に北朝鮮の変化を促せば、北朝鮮当局も民生や人権改善のプレッシャーを感じざるを得ないだろう」と強調、統一省関係者は「核・ミサイルの開発に注力する一方で、民生をないがしろにしており、市民の期待感が失われている」との見方を示しています。

北朝鮮の朝鮮中央通信は、ロシアのプーチン大統領が崔善姫外相の訪ロの際に早期訪朝に向けた意欲を示したと報じ、「早い時期に訪朝する用意」を表明し、金正恩朝鮮労働党総書記の招請に謝意を伝えたとしています。北朝鮮政府も「熱烈に歓迎し、真心を尽くして迎え入れる準備ができている」とし、早ければ2024年3月のロシア大統領選前に実現する可能性も考えられるところです。プーチン大統領の訪朝が実現すれば2000年以来となり、日米韓に対抗し、軍事など幅広い分野での関係強化を打ち出す可能性があります。なお、直近の情報では、ロシアはプーチン大統領の平壌訪問に向けて北朝鮮と「非常に良い」合意の準備を進めていると、ロシアの国営通信社タスが、マツェゴラ駐北朝鮮大使の発言を伝えています。プーチン氏は2023年、金総書記による訪朝の招待を受け入れましたが、日程ではまだ合意していません。マツェゴラ氏は「訪問時期はまだ議論されていない」とし、「現時点で準備作業は訪問中に署名予定の共同文書に限られている。非常に良いパッケージになるだろう」、「先走りたくないが、今年は多くの点でロ朝関係が躍進するだろう」とも述べています。また、北朝鮮がロシアから団体観光客を2月にも受け入れるといいます。北朝鮮は新型コロナウイルス禍を受けて厳しい入国制限を敷いており、実現すれば外国からの団体観光客の受け入れはコロナ後初とみられます。両国が軍事面だけでなく経済面でも協力を深めていることの表れと言えます。北朝鮮は2020年1月から厳しい入国制限を導入、2023年8月には国際線を復活させましたが、外国人の入国を完全には許可しておらず、団体観光客の受け入れとなれば、同国との関係が深い中国を差し置いてコロナ後では初とみられています。2023年9月に北朝鮮の金正恩総書記がロシアのプーチン大統領と会談して以来、両国は急接近しており、北朝鮮側の軍事衛星の開発に向けた技術支援や、ウクライナ侵攻を続けるロシア側への兵器供与など軍事面での協力が目立っています。両国は欧米を中心とした国際社会からの制裁で経済苦境に陥っており、特に北朝鮮は長引く制裁に加え、厳しい感染対策で経済が打撃を受けているとされます。外貨獲得に向け、ロシアとの経済や観光での協力を模索する一方、ロシアもウクライナ侵攻以降に制裁の影響で欧米や日本への直行便が運航停止の状態が続いています。

ウクライナのクレバ外相は、「ばからしい話だが、ロシアにとっての北朝鮮は、弾薬の提供者として、ウクライナの友人よりも効果的なパートナーだ。これは変えなければならない」と訴えたほか、ウクライナ国防省のキリロ・ブダノフ情報総局長も、ロシアにとっては現在、北朝鮮が最大の武器供給元になっていると述べており、ウクライナを侵略するロシアと北朝鮮の軍事協力が強まっていることを示しています(ロシアは2023年夏以降、北朝鮮からの弾薬調達を活発化させ、取引規模は100万発に及ぶとされほか、これまでに供与された新型のミサイルは50発未満とみられるものの、今後増えると想定されています)。ブダノフ氏は、ロシアが戦闘で多くの兵器を消費し、輸入に頼らざるを得なくなったと指摘、北朝鮮が「相当量の弾薬」を供与したとして、「支援がなければ、状況は(ロシアにとって)もっと破滅的なものになっていた」と語り、北朝鮮の武器供与が戦況に大きく影響したとしています。ロシアは、北朝鮮から弾道ミサイルの供与も受けています。なお、こうしたロシアへの北朝鮮からの武器供与について、米紙NYTは、当該ミサイルについて、米当局が「ロシア製と同等の精密さがある」と分析していると報じています。さらに、米国と韓国のメディアや専門家は、戦場で実験された北朝鮮製兵器が検証を通じ性能を向上させると展望、今後、北朝鮮の不正な武器ビジネスが活性化すると懸念を示しています。さらに、自信を深めた北朝鮮が韓国に侵攻する可能性も指摘、ロシアとの関係深化が、金総書記による年初からの韓国に対する強硬姿勢の背景にあると分析しています。関連して、英政府は、北朝鮮が国連安全保障理事会の制裁決議に違反してロシアに兵器を海上輸送したとみられる動きが衛星画像で確認されたとし、安保理の北朝鮮制裁委員会専門家パネルに報告しています。問題の衛星画像は、2023年9~12月にロシアの貨物船3隻が北朝鮮北東部の羅津港でコンテナを積み込み、ロシアの港に向かった様子が撮影されており、コンテナの中身は特定されていないものの、英情報当局は、米国が2024年1月に発表した北朝鮮からロシアに渡ったミサイルがウクライナで使われたとする情報との関連に注目しているといいます。国連外交官は、ロシアがウクライナで北朝鮮の兵器を使うことは「複数の安保理決議に違反する」として、徹底的な調査が必要との認識を示した上で、北朝鮮への接近は「ウクライナ侵略に失敗したロシアが死に物狂いになっている証左だ」と指摘しています。

中国税関総署が発表した国・地域別の輸出入統計(ドル建て)によると、中国と北朝鮮の2023年の輸出と輸入を合わせた貿易総額は22億9538万ドル(約3400億円)となりました。2022年比で2倍超と大幅に伸び、新型コロナウイルス禍前の2019年と比べて約82%の水準にまで戻ったことになります。中朝間ではコロナ対策のために激減した貿易の回復が進んでおり、中朝の陸路貿易は、北朝鮮側による感染対策で2020年に止まり、2021年には貿易総額が3億ドル(約440億円)台にまで落ち込みましたが、その後、2022年に中国遼寧省丹東市と北朝鮮・新義州を結ぶ貨物列車による陸路輸送が再開、2023年には吉林省琿春市などで貨物トラックによる北朝鮮との輸送再開が確認されたほか、北朝鮮国営の高麗航空が北京便の運航を再開させています。北朝鮮にとって中国は最大の貿易相手であり、2024年は中朝国交樹立75年の節目であるため、両国間で貿易や人的交流の回復がさらに進む可能性が指摘されています。

東京都は新年度から、外国からのミサイル攻撃に備え、住民らが一定期間滞在できる「地下シェルター」を都内に整備する方針を固めたと報じられています。都営地下鉄大江戸線・麻布十番駅の構内で整備を始めるとともに、地下駐車場を対象に次の候補地も探しています。全国の都道府県は国民保護法に基づき、ミサイルが着弾した時の爆風などから身を守る「緊急一時避難施設」を指定しており、内閣官房によると、2023年4月現在、学校や公共施設など約5万6000か所に上ります。付近の人が駆け込んで一時的に難を逃れる想定の施設のため、攻撃が継続・激化すれば、身の安全を確保できない恐れがあります。都関係者によると、地下シェルターは、攻撃の長期化で地上での生活が困難になった住民らが身を寄せる施設となり、長期滞在できるよう、水・食料のほか、換気設備や非常用電源、通信装置などを備え付けるとしています。都は、麻布十番駅構内の防災備蓄倉庫を改装する方向で設計を始める予定で、新年度当初予算案に調査費を計上、完成は数年後になる見通しだといいます。

3.暴排条例等の状況

(1)暴力団排除条例の改正動向(茨城県)

前回の本コラム(暴排トピックス2024年1月号)でも取り上げましたが、「茨城県暴力団排除条例」改正案が、昨年、茨城県議会12月定例会で成立、2024年4月から改正施行される見込みです。茨城県水戸市や土浦市の繁華街を規制の強化区域に指定し、飲食店が暴力団に「みかじめ料」を支払ったり、暴力団が受け取ったりする行為に罰則を設ける内容で、本コラムでこれまで紹介してきた改正の流れに沿うものですが、それ以外にも、現行条例では学校や図書館などの周囲200メートル以内では暴力団事務所の新設ができないところ、新たに住居系、商業系、工業系の用途地域で暴力団事務所を新設する事が禁止され、現行の規制と合わせ、茨城県内の宅地の85%が規制範囲となる、18歳未満の青少年が暴力団と関係を持ちニセ電話詐欺や強盗などに関わるケースがあることをふまえ、青少年を暴力団事務所に立ち入らせることも禁止、金融機関の口座開設や携帯電話の契約を防ぐため、暴力団員による他人名義の利用も禁止、名義を提供した場合は勧告や公表の対象とするといった規制・取締りの強化が図られています。茨城県内では2022年1月、水戸市の暴力団事務所で組幹部が射殺されたほか、2022年6月にはひたちなか市でも拳銃が発砲され、組幹部と組員の2人が死亡する事件があったことが背景にあります。今回の改正に伴い、茨城警察が水戸市の飲食店などに注意を呼びかけています。水戸市大工町で、茨城県警察本部と水戸警察署の警察官およそ20人が手分けをして飲食店や風俗店を訪問、茨城県暴排条例の改正を知らせるチラシを店主に渡し、暴力団による不当な要求がないかを尋ね、困りごとがあれば相談するよう呼びかけているといいます。報道で、茨城県警察本部組織犯罪対策課の剛課長が「今までは暴力団からの圧力に不安を感じて、なかなか関係を断ち切れない人がいたが、受け取る側も罰則の対象になったことを機に付き合いを遮断してもらい、もしなにかあったら警察に相談してほしい」と述べていますが、それだけいまだ厳しい実態があるのだと思われます。

(2)暴力団排除条例に基づく逮捕事例(福岡県)

福岡県内の禁止区域内に暴力団事務所を開設し、運営したとして六代目山口組傘下組織幹部ら2人が、福岡県暴排条例違反の疑いで福岡県警に逮捕されています。報道によれば、容疑者らは2023年3月末ごろ、暴排条例で暴力団事務所の開設や運営が禁止されている区域内にもかかわらず、福岡県朝倉市のビル3階に組事務所を開設し、2023年11月22日まで運営した疑いが持たれているといいます。福岡県暴排条例をはじめ全国の暴排条例では学校や幼稚園など施設の周囲200メートルに事務所を開設、運営することが禁止されています。

▼福岡県暴排条例

同条例第13条(暴力団事務所の開設及び運営の禁止)で、「暴力団事務所は、次に掲げる施設の敷地(これらの用に供するものと決定した土地を含む。)の周囲二百メートルの区域内においては、これを開設し、又は運営してはならない」として、「一 学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)第一条に規定する学校(大学を除く。)、同法第百二十四条に規定する専修学校(高等課程を置くものに限る。)又は同法第百三十四条第一項に規定する各種学校」が指定されています。また、第9章罰則第25条において、「次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する」として、「一 第十三条第一項の規定に違反して暴力団事務所を開設し、又は運営した者」が規定されています。

(3)暴力団排除条例に基づく逮捕事例(熊本県)

用心棒代など「みかじめ料」を飲食店に口座へ振り込ませ、受け取ったとして、熊本県暴排条例違反の疑いで、道仁会傘下組織組員と会社員が逮捕されています。報道によれば、知人関係にあった2人は共謀し、2021年3月から5月に中央区のバーの経営者から用心棒代などの「みかじめ料」として、約119万円を口座に振り込ませ受け取ったとされます。

▼熊本県暴排条例

同条例第23条(暴力団排除特別強化地域における特定接客業者等の義務)第4項において、「特定接客業者は、暴力団排除特別強化地域における特定接客業の営業に関し、暴力団員に対し、客、従業者その他の関係者との紛争が発生した場合に用心棒の役務の提供を受けることの対償として金品等の供与をし、又はその営業を営むことの容認を受けることの対償として金品等の供与をしてはならない」、同第5項において、「暴力団員は、暴力団排除特別強化地域における特定接客業の営業に関し、次に掲げる行為をしてはならない」として、「(3) 特定接客業者から用心棒の役務の提供をするための対償として金品等の供与を受け、又は特定接客業を営むことの容認をする対償として金品等の供与を受けること」が規定されています。さらに、第6章 罰則第35条において、「次の各号のいずれかに該当する者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」として、「(2) 相手方が暴力団員であることを知りながら、第23条第2項から第4項までの規定に違反した者」、「(3) 第23条第5項の規定に違反した者」がそれぞれ規定されています。

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