暴排トピックス

統計上の数字と実態の乖離が示すもの~令和5年における組織犯罪の情勢から

2024.04.08
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首席研究員 芳賀 恒人

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1.統計上の数字と実態の乖離が示すもの~令和5年における組織犯罪の情勢から

警察庁から「令和5年における組織犯罪の情勢」が公表されています。以下、内容を紹介しますが、薬物に関する記述の部分は、本コラムの「3.薬物を巡る動向」にて取り上げています。

本レポートによれば、暴力団構成員及び準構成員等の数は、2023年末現在、前年の22400人から2000人減の20400人となったということです。うち、暴力団構成員の数は10400人、準構成員等の数は10000人となり、数の上では暴力団の脅威は年々減少しているように見えます。ところが、本コラムでたびたび指摘してきたとおり、暴力団等と密接な関係を有する半グレ集団(準構成員)、さらには、半グレ集団を含む新たな概念である「匿名・流動型犯罪グループ(匿流)」については、「治安上の脅威」として重要視されている一方、その数はいまだ統計上明らかにされておらず、また、最近ではあえて暴力団員として登録しない者や警察が把握できていない構成員等も増えていることから、統計上の数字の数倍に上るとの見方もあるなど、統計上の数字が実態を正しく表しているとは限らない点に注意が必要です。なお、SNSなどを通じて緩やかに結びつく「匿流」については、本レポートで、特殊詐欺をはじめ強盗や窃盗など様々な違法行為に関わり、犯罪収益を上納するなど暴力団ともつながっていると指摘、「治安上の脅威」になっており、実態解明と取り締まりを強めるとしています。また、警察庁の露木康浩長官が、「組織や構成員がはっきりしている暴力団を中心に据えてきた組織犯罪対策のあり方を大きく転換させなければならない」と述べていることは、本質に迫るもので、今後の対応を考えるうえでのキーポイントとなると考えます。警察庁は従来、暴力団ほど明確な組織構造はないものの、暴力団と密接に関係する集団を「準暴力団」と定義してきましたが、「ルフィ」などと名乗る幹部らが指示したとされる一連の事件では、SNSなどを通じた「闇バイト」で実行役を集め、事件ごとにメンバーが異なるといった特徴があり、集団の境界が不明確で、離合集散を繰り返すこうした形の集団を2023年夏、「匿流」と位置づけました。警察庁は、匿流が特殊詐欺のほか、ヤミ金や違法風俗、カジノ、スカウト、ぼったくり、リフォーム詐欺などに関わっていると指摘、特殊詐欺の被害金や違法なネットカジノの収益の一部が暴力団幹部らに流れていたケースも確認され、匿流が暴力団に上納したり共謀したりしている実態があるとしています。一方、警察庁は、匿流やそのメンバーの数は「捉えきれない」と説明していますが、SNSを通じて実行役を集めた闇バイト強盗、窃盗事件で2021年9月~2024年2月に195人を摘発、また2022年までの3年間の摘発(いずれも暴力団組員らを除く)が、特殊詐欺で6170人、密売など営利目的の薬物事件で2292人、身分証偽造など犯罪インフラの事件で1721人おり、これらが匿流の勢力を示す目安になるとしています(違法スカウトや闇カジノなど匿流の判別が難しい罪種の検挙人数が入っていないため、あくまで参考の規模としています)。

また、警察や暴追センターの援助で離脱した暴力団員は約310人、そのうち就労者は26人、(今回新たに統計として加わった)離脱した者の預貯金口座の開設は7件という結果も示されました。しかしながら、暴力団員等の前年からの減少数2000人に対する離脱者数約310人、離脱者約310人に対する就労者26人、離脱者数や就労者数に対する口座開設8件といった「差異」が意味するものは何なのでしょうか。それは、例えば、暴力団という属性はないものの実質的には暴力団員として活動している統計上捕捉されない層が分厚さを増している実態、半グレ集団を含む匿流の本質的に不透明な実態、暴力団員を辞めてもまっとうに稼げる者はごく僅かに過ぎず、多くは「元暴アウトロー」として、暴力団とは異なる属性としての反社会的勢力やその周辺者、あるいは完全なアウトローとして、結局は危険分子という点で離脱前と変わらない存在の者たちの増加の実態、さらには暴力団という組織の「規律」に縛られることがない分、より危険な存在となりつつある者らの実態など、統計上の数字だけでは表せないリアル(現実)な姿です。そして、もはや統計上の数字が以前ほど大きな意味を持たなくなっていることと同様、暴力団対策法の限界も露呈している状況に鑑みれば、暴力団対策のあり方を根本から見直すこと-例えば、海外のマフィア対策のように存在の非合法化を前提とするあり方など-実態ベース、リスクベースからあらためて発想すべき時期に来ているのではないかと考えます。ここ最近の統計数字と継続的にウォッチし続けている実態との乖離を見るにつけ、そういったことを強く感じます。

▼警察庁 令和5年における組織犯罪の情勢
  • 暴力団構成員及び準構成員等(以下、この項において「暴力団構成員等」という。)の数は、平成17年以降減少し、令和5年末現在で2万400人となっている。このうち、暴力団構成員の数は1万400人、準構成員等の数は1万人となっている。また、主要団体等注(六代目山口組、神戸山口組、絆會及び池田組並びに住吉会及び稲川会。以下同じ。)の暴力団構成員等の数は1万4,500人(全暴力団構成員等の71.1%)となっており、このうち暴力団構成員の数は7,700人(全暴力団構成員の74.0%)となっている
  • 匿名・流動型犯罪グループは、特殊詐欺をはじめ、組織的な強盗や窃盗、違法な風俗店、性風俗店、違法カジノ、違法なスカウト、ぼったくり、悪質リフォーム等に関わり、その収益を有力な資金源としている実態がうかがわれる。匿名・流動型犯罪グループの代表的な資金源となっている特殊詐欺や組織的強盗・窃盗等を敢行するに当たっては、SNS等を利用し、仕事の内容を明らかにせずに著しく高額な報酬の支払いを示唆するなどして、犯罪の実行犯を募集している実態が確認されている。また、募集に応募してきた者の個人情報を入手し、場合によってはその個人情報を基に応募者を脅迫するなどして、実行犯として犯行に加担させているだけでなく、実行犯に約束した報酬を支払わない事例が確認されている。特殊詐欺・強盗等の事件は、広域的に実行される上、首謀者や指示役が国外に所在するケースも珍しくなく、これら上位被疑者に捜査が及ばないよう、遠方から秘匿性の高い通信アプリを使用して実行犯に指示をするなどの特徴がみられる。匿名・流動型犯罪グループの中には、資金の一部を暴力団に上納するなど、暴力団と関係を持つ実態も認められるほか、暴力団構成員が匿名・流動型犯罪グループと共謀して犯罪を行っている事例もあることから、暴力団と匿名・流動型犯罪グループとの結節点の役割を果たす者が存在するとみられる。
  • 近年、暴力団構成員等(暴力団構成員及び準構成員その他の周辺者をいう。以下同じ。)の検挙人員は減少傾向にあり、令和5年においては、9,610人(▲293人、▲3.0%)である。主な罪種別では、覚醒剤取締法違反(麻薬特例法違反は含まない。以下同じ。)が1,912人(▲229人、▲10.7%)、詐欺が1,332人(▲92人、▲6.5%)、脅迫が289人(▲81人、▲21.9%)、暴行が527人(▲75人、▲12.5%)で、前年に比べそれぞれ減少した一方、強盗が237人(+91人、+62.3%)、大麻取締法違反が705人(+86人、+13.9%)、傷害が1,186人(+44人、+3.9%)、窃盗が889人(+42人、+5.0%)で、前年に比べそれぞれ増加している。暴力団構成員等の検挙人員のうち、構成員は1,974人(▲155人、▲7.3%)、準構成員その他の周辺者は7,636人(▲138人、▲1.8%)で、前年に比べいずれも減少している
  • 近年、暴力団構成員等の検挙人員のうち、主要団体等の暴力団構成員等が占める割合は約8割で推移しており、令和5年においても、7,773人で80.9%を占めている。なかでも、六代目山口組の暴力団構成員等の検挙人員は4,085人と、暴力団構成員等の検挙人員の約4割を占めている
  • 六代目山口組は平成27年8月末の分裂後も引き続き最大の暴力団であり、その弱体化を図るため、六代目山口組を事実上支配している弘道会及びその傘下組織に対する集中した取締りを行っている。令和5年においては、六代目山口組直系組長等7人、弘道会直系組長等11人、弘道会直系組織幹部(弘道会直系組長等を除く。)20人を検挙している
  • 暴力団構成員等の検挙状況を主要罪種別にみると、暴力団構成員等の総検挙人員に占める詐欺の割合は、過去10年にわたり10%前後で推移している。令和5年においては、13.9%と高い割合であり、詐欺による資金獲得活動が定着化している状況がうかがえる。特に、近年、暴力団構成員等が主導的な立場で特殊詐欺に深く関与し、有力な資金源の一つとしている実態が認められる。その他、金融業、建設業、労働者派遣事業、風俗営業等に関連する資金獲得犯罪が行われており、依然として多種多様な資金獲得活動を行っていることがうかがえる。
  • 令和5年における暴力団構成員等に係る組織的犯罪処罰法のマネー・ローンダリング関係の規定の適用状況については、犯罪収益等隠匿について規定した同法第10条違反の事件数が39件、犯罪収益等収受について規定した同法第11条違反の事件数が15件である。また、同法第23条に規定する起訴前の没収保全命令の適用事件数は19件である
  • 平成23年10月までに全ての都道府県において暴力団排除条例が施行されており、各都道府県は、条例の効果的な運用を行っている。なお、市町村における条例については、令和5年末までに46都道府県内の全市町村で制定されている。各都道府県においては、条例に基づいた勧告等を実施している。令和5年における実施件数は、勧告46件、指導1件、中止命令7件、再発防止命令5件、検挙20件となっている。
  • 警察においては、都道府県暴力追放運動推進センター(以下「都道府県センター」という。)、弁護士会民事介入暴力対策委員会(以下「民暴委員会」という。)等と連携し、暴力団員等が行う違法・不当な行為の被害者等が提起する損害賠償請求等に対して必要な支援を行っている。暴力団対策法第31条の2(威力利用資金獲得行為に係る代表者等の損害賠償責任)の規定に基づく損害賠償請求訴訟(平成3年9月からの累計。警察庁に報告があったもの。)については、令和5年末現在で65件提起されており、このうち、係争中が20件、和解等による解決が45件となっている。また、上記損害賠償請求訴訟のうち、特殊詐欺に関するものは20件提起されており、このうち係争中が6件、和解等による解決が14件となっている。
  • 令和5年中、警察及び都道府県センターに寄せられた、暴力団からの離脱に関する相談(暴力団構成員のほか、その家族及び知人等からの相談を含む。)の受理件数は464件(就労に関する相談及び脱退妨害に関する相談等を含む。)となっている。令和5年中、警察及び都道府県センターが援助の措置等を行うことにより暴力団から離脱することができた暴力団員は約310人となっている。令和5年末現在、警察、都道府県センター、関係機関・団体等から構成される社会復帰対策協議会に登録し、暴力団離脱者を雇用する意志を有する事業者(以下「協賛企業」という。)数は1,613社で、令和5年中、同協議会を通じて就労した者は26人となっている。また、令和4年2月に、警察庁において策定した暴力団から離脱した者の預貯金口座の開設に向けた支援策により口座開設に至った件数は、同月から同年12月末までに7件で、令和5年中は8件となっている。
  • 令和5年における銃器情勢の特徴としては、以下のことが挙げられる。
    • 銃器発砲事件数は9件と前年と同数で、このうち暴力団構成員等によるとみられるものは3件であった。
    • 拳銃押収丁数は、長期的に減少傾向にあるところ、令和5年は349丁と昨年より増加した。このうち暴力団からの押収丁数は29丁と前年より減少した。
    • 以上のとおり、銃器発砲事件数は横ばいで推移したものの、暴力団による銃器発砲事件が発生したほか、依然として暴力団からの相当数の拳銃押収があるなど、平穏な市民生活に対する重大な脅威となっていることから、暴力団の組織防衛強化による情報収集の困難化や拳銃隠匿方法の巧妙化に適切に対応し、暴力団の組織的管理に係る拳銃の摘発に重点を置いた取締りを強化するとともに、インターネット上に流通する銃器に関する情報の収集に努めるなど、引き続き、関係機関と連携した活動等により総合的な銃器対策を推進していくこととしている。
  • 来日外国人で構成される犯罪組織についてみると、出身国や地域別に組織化されているものがある一方で、より巧妙かつ効率的に犯罪を実行するため、犯罪ごとに様々な国籍の構成員が離合集散を繰り返すなど、組織の多国籍化もみられる。このほか、面識のない外国人同士がSNSを通じて連絡を取り合いながら犯行に及んだ例もみられる。また、近年は、海外の指示役からの指示により国内の実行犯が組織的に窃盗(万引き)や詐欺等を敢行し、盗品等を海外に輸出したり、犯罪収益を海外に送金したりする事例が多数認められており、引き続き、国境を越えて敢行されている。
  • 総検挙状況を国籍等別にみると、総検挙、刑法犯、特別法犯のいずれもベトナム及び中国の2か国が高い割合を占めている。なお、令和5年6月末現在、在留外国人数のうち、永住者、永住者の配偶者等及び特別永住者を除いた者(約200万人)の国籍・地域別の割合は、ベトナム24.6%、中国22.1%、フィリピン8.1%、ネパール7.4%、インドネシア5.7%、ブラジル4.5%、韓国3.8%、ミャンマー3.3%、米国2.1%、インド1.8%、タイ1.8%、その他14.7%となっている(出入国在留管理庁統計を基に警察庁が集計)。
  • 総検挙人員を正規滞在・不法滞在別にみると、令和5年は、正規滞在の割合が全体の64.2%、不法滞在の割合が35.8%であった。不法滞在の割合は、令和3年から2年連続で減少していたが、令和5年は、令和4年に比べ増加した。また、総検挙人員の在留資格別の内訳(構成比率)は「技能実習」23.3%、「短期滞在」18.4%、「定住者」12.1%、「留学」10.4%、「技術・人文知識・国際業務」7.3%等となっている
  • 罪種等別の刑法犯検挙件数を国籍等別にみると、強盗及び窃盗は、ベトナム及び中国が高い割合を占めている。窃盗を手口別にみると、侵入窃盗及び万引きはベトナムが高い割合を占め、自動車盗はベトナム及びパキスタンが高い割合を占めている。また、知能犯のうち詐欺については中国及びベトナムが高い割合を占めている
  • 最近の来日外国人犯罪の特徴と手口の傾向
    • ベトナム人の男が海外に滞在するベトナム人の指示により、SNS上で通帳やキャッシュカードの売買を募集し、郵送された通帳等を買い受けた上、日本人の特殊詐欺組織に対し通帳等を売却していた事例。売却された口座は、特殊詐欺組織が詐取金振込先口座に使用していたとみられる。近年、ベトナム人によるSNSを通じた口座売買が多発傾向にあり、売買された口座等は、特殊詐欺を始めとした様々な犯罪で悪用されている
    • 中国人の指示役から犯行指示や依頼人の人定等データの提供を受け、国内のアパートの一室などにおいて、運転免許証や在留カードを偽造していた事例。偽造身分証の製造役は不法残留者が多く、SNS等を通じて募集される。全国に所在する依頼人(ベトナム人等)に郵送され、偽造した身分証等は、携帯電話機販売代理店において携帯電話機等をだまし取る詐欺等に利用されるほか、不法就労者に対しても供給されるなど各種犯罪に使用されている。
    • カンボジア人の指示役が、SNSで国内の実行犯を募り、複数の実行犯は、車両を使用して太陽光発電施設まで向かった上、見張役と実行役に分かれ、工具等を用いて太陽光発電施設に侵入後、施設内の太陽光発電設備に接続されている銅線ケーブルを切断して、車両に積載し窃取していた事例。窃取した銅線ケーブルは、中国人の故買屋等に売却される。犯行グループはSNS等を通じて集められた不法残留者等で構成され、覚醒剤等の違法薬物を使用した上で犯行に及ぶ事例もある
    • 海外の指示役から国内の実行犯に不正に入手した他人名義のスマートフォン決済用バーコード画面が送付され、コンビニエンスストアにおいてスマートフォンにバーコード画面を表示させて加熱式タバコをだまし取る手口。だまし取った加熱式タバコは、輸出役に郵送された後、海外に輸出され、海外で売却される。
    • 地下銀行グループがSNSで国内の送金依頼人を募り、指定した口座に現金の振込みをさせた後、暗号資産運用グループを通じて暗号資産の運用を行うとともに、海外の銀行口座より送金先口座にネットバンキング等を用いて送金する手口。これまでは、受け取った現金を商品に替えて貿易会社を通じ送金する手口が多く認められたが、近年、暗号資産を用いて送金する手口が増加している。同手口は暗号資産の運用資金獲得を目的としており、送金依頼人から手数料を徴収しない傾向にある。
    • 海外に滞在する指示役が国内の実行役に犯行を指示して、警察に携帯電話機を紛失したとの虚偽の届出をさせるとともに、紛失補償サービスを申請させて代替機をだまし取る手口。実行役はSNS等を通じて集められ、犯行後、だまし取った携帯電話機を故買屋に転売する。近年、同種手口による犯行が全国的に発生しており、この手口のほか、偽造の身分証を用いて携帯電話機をだまし取る手口も多数発生している。
  • ベトナム人の在留者は、在留資格別でみると「技能実習」、「特定技能」及び「技術・人文知識・国際業務」が増加傾向にあり、一部の素行不良者がSNS等を介して犯罪組織を形成するなどしている。ベトナム人による犯罪は、刑法犯では窃盗犯が多数を占める状況が一貫して続いており、手口別では万引きの割合が高い。加えて、近年、知能犯が増加傾向にあり、携帯電話機販売代理店における携帯電話機詐欺事案等の発生も多数認められる。また、特別法犯では入管法違反が多数を占める状況が続いており、「技能実習」等の在留資格を有する者が、在留期間経過後、就労目的で不法に残留し、又は偽造在留カードを入手して正規滞在者を装うなどの事案が多くみられる。
  • 中国人犯罪組織は、地縁、血縁等を利用したり、稼働先の同僚等を誘い込むなどしてグループを形成する場合が多い。また、中国残留邦人の子弟らを中心に構成されるチャイニーズドラゴン等の組織も存在し、首都圏を中心に勢力を拡大させている。また、近年、中国人犯罪組織がSNS等で中国人等の在留者をリクルートし、犯罪の一部を担わせている例も散見され、中国国内の指示役の指示に基づき、リクルートされた中国人等の在留者が偽造在留カードの製造や不正に入手した他人名義のスマートフォン決済サービス情報を用いた詐欺を敢行するなどしている。指示役は中国国内に在留していることから、摘発されても同様の手口で中国人等の在留者をリクルートして犯行を繰り返すなど、高度に組織化されている傾向がみられる。
  • 犯罪インフラとは、犯罪を助長し、又は容易にする基盤のことをいう。来日外国人で構成される犯罪組織が関与する犯罪インフラ事犯には、不法就労助長、偽装結婚、偽装認知、旅券・在留カード等偽造、地下銀行による不正送金等がある。不法就労助長、偽装結婚及び偽装認知は、在留資格の不正取得による不法滞在等の犯罪を助長しており、これを仲介して利益を得るブローカーや暴力団が関与するものがみられるほか、最近では、在留資格の不正取得や不法就労を目的とした難民認定制度の悪用が疑われる例も発生している。偽造された旅券・在留カード等は、身分偽装手段として利用されるほか、不法滞在者等に販売されることもある。地下銀行は、不法滞在者等が犯罪収益等を海外に送金するために利用されている。最近5年間の犯罪インフラ事犯の検挙状況をみると、不法就労助長は、昨今の人手不足を背景とし、就労資格のない外国人を雇い入れるなどの事例が引き続きみられ、令和5年は、令和4年に比べ、検挙件数・人員共に増加した。旅券・在留カード等偽造は、就労可能な在留資格を偽装するためなどに利用されており、令和5年は、令和4年に比べ、検挙件数は減少し、検挙人員は増加した。偽装結婚は、日本国内における継続的な就労等を目的に「日本人の配偶者等」等の在留資格を取得するための不正な手段であり、令和5年は、令和4年に比べ、検挙件数は増加し、検挙人員は減少した。地下銀行は、最近5年間の検挙件数は10件前後で推移している。また、偽装認知は令和3年以降検挙がなく、令和5年も検挙はなかった

前回の本コラム(暴排トピックス2024年3月号)で取り上げた、暴力団幹部との密接交際を認定され、福岡県暴排条例などに基づき同県と福岡市の公共工事から排除されたのは違法として、大分市の設備工事会社を経営していた男性が措置の取り消しなどを求めた訴訟の判決で、福岡地裁は、請求を棄却しています。男性側は「暴力団幹部だとは知らずに異業種交流会で複数回飲食した。県警にも伝えたが『知っていたと言えば今回は何もしない』と言われ虚偽の供述調書にサインした」と主張していましたが、判決は「取り調べで利益誘導的な言動があったとは認められず、調書は信用できる。社会的に非難される関係にあったと認められる」などと訴えを退けたものです。福岡県警は2021年4月、道仁会幹部との交際を認定し会社名をホームページで公表、福岡県と福岡市は男性の会社を公共工事から排除する措置を取っていたため、設備工事会社は同年5月に破産しました。判決としては妥当なものと思われますが、現時点で「何をもって社会的に非難されるべき関係にあったと認められる」と判断したのかが不明であり、この点については、今後も情報を収集していきたいと思います。

工藤會の一般人襲撃事件を巡る野村総裁、田上会長に対する控訴審で、福岡高裁は、野村被告に対し1審の死刑判決を破棄し無期懲役、田上被告については控訴を棄却(無期懲役)という判決を下しました。原告、被告ともに上告していますので、舞台は最高裁に移ることになります。福岡高裁の市川裁判長は、死刑判決の決め手となった1998年の元漁協組合長射殺事件について野村被告を無罪とし、無期懲役の判決を言い渡し、田上被告について福岡高裁は控訴を棄却し、一審と同じく無期懲役としたわけですが、なぜ野村被告だけ元漁協組合長射殺事件について無罪と認定したのかについては、「元組合長事件については、田上被告の共謀に誤りはない一方、野村被告については共謀について論理則、経験則に照らし是認できない。破棄は免れない」と述べ、元漁協組合長殺害を実行犯らに指示できるのは野村被告と認定した一審判決について、当時、実行犯となった工藤會傘下組織の意思決定のあり方が不明で「野村被告の指示がないと犯行が実行されない組織であったということはできない」としたうえで「事実誤認がある」と指摘しました(工藤會と同じ「厳格な統制のとれた組織」とみることはできないという意味と解することができます)。一方、福岡高裁は工藤會捜査を担当していた福岡県警の元警部が銃撃された事件など3つの市民襲撃事件については、野村被告が「工藤會の実質的な最上位者として指揮命令し実行させた」と認定しています。判決は(1)犯行が工藤會前身組織などの組員らにより組織的に敢行された、(2)両被告が被害者一族の利権に重大な関心を抱き、犯行を行うのに十分な動機があった、(3)組織構造や構成員の関係性を考慮すれば、野村被告が田上被告以下の組員らに指示したと認められ、両被告の共謀が認定できる、としましたが、(1)は組員が役割分担の上、計画的、組織的に敢行したという結論は是認できるが、当時の意思決定の在り方を認定するに足る証拠が存在しない以上、両被告の共謀を推認させる力は限定的であるとし、(2)は両被告が被害者と会食したのは約7年前の出来事であることなどから、被害者を殺害してでも利権に介入しようと考えていたことまで推認させるものとはいい難い(利権に介入ができないとする野村被告の)発言をもって、1審判決が利権を得るために被害者を殺害して排除もやむを得ないと考えていたことを示すものと評価しているのであれば、飛躍があるというほかない。(3)は工藤會前身組織の組織構造や構成員の関係性について認定の根拠が示されていない。記録を精査しても98年ごろの意思決定の在り方は不明というほかなく、証拠上認定できない。野村被告の共謀を推認させる間接事実に係る1審判決は是認できないか、推認力に乏しいものにとどまる。田上被告の共謀を認めた1審判決に誤りはないが、野村被告に関しては取り調べられた証拠を子細に検討しても論理則、経験則などに照らし不合理であって是認できないとしています。その他の3事件については、野村被告の立場や田上被告との関係性を踏まえ、工藤會における重要な意思決定は、両被告が相互に意思疎通をしながら、最終的には野村被告の意思により行われていたものとみるのが合理的と結論付けた1審判決は正当で、是認できるとしています。そのうえで、量刑理由として、3事件は暴力団が組織として市民を襲撃するという卑劣で反社会性の著しい犯行で、いずれも野村被告の暴力を肯定的に捉える姿勢が顕著に表れたものというよりない。元漁協組合長射殺事件の犯罪の証明がないことや、3事件で殺害された人がいないことなどに照らせば、1審判決の死刑の量刑は到底維持しがたいが、野村被告の刑事責任は非常に重いというほかない。無期懲役の刑に処するのが相当である。と結論付けています。

1審の死刑判決が破棄されたとはいえ、仮に最高裁で高裁判決が維持されて無期懲役刑が確定した場合、現在の実務の運用からすると、被告人は相当長期間服役することが予想され、それを踏まえると、被告人が組織において影響力を行使することは事実上難しいと思われ、警察等の対策が継続されることも考え合わせれば、組織全体の弱体化の傾向は続くと考えられます。また、無期懲役であったとしても、暴力団組織のトップが厳しい判決を受けたことには変わりなく、他の暴力団組織に対する抑止力になることは変わらないと考えられます。確かに死刑判決は工藤會だけでなく暴力団全体に衝撃を与え、分裂中の山口組は判決の年、銃器での抗争をぴたりと止めています(溝口敦氏は「十分すぎるほど効いていた」と表現、「推認で関与が立証されることを、暴力団は骨身に染みて分からされたのではないか」と指摘しています)。1、2審で判断が割れた射殺事件での共謀推認の在り方に関し最高裁判断を仰ぐのは捜査当局にとって意味があり、暴力団トップの共謀立証をめぐる考え方が上告審で示されることを期待したいところです。また、一部無罪として減刑した2審判決に、前述の効果があることも考えれば捜査現場は必要以上に神経質になるべきではなく、その壊滅は市民からの強い期待として、引き続き、工藤会壊滅に向けて取り組んでいただきたいと思います(九州では弱体化が進む一方、傘下組織の中には東京など関東地方で半グレと呼ばれる若者を引き入れ、実質的な勢力を数百人規模にまで拡大しているとの情報もあり、ヤミ金融など違法な資金獲得活動を繰り返しており、その壊滅は一筋縄ではいかないことが予想されます)。また、無期懲役でも極めて厳しい判決と受け止め、離脱を決めた組員には就労支援をはじめ、離脱者支援にもしっかりと取り組んでほしいと思います(工藤会については、2015~2023年に支援を受けて離脱した組員は計286人、そのうち29人は傘下団体の組長でした)。一方、「刑法は個人責任が原則だが、暴力団の組織性を理由に「トップの了解なしに事件を起こすことはあり得ない」という論理で共謀共同正犯を認めると、企業が関わる事件など、一般事件でも認められることになり、この原則が大きく崩れかねない。その点でも、より慎重な判断が求められる」とする専門家の指摘も説得力のあるものであり、最高裁がこのあたりをどのように整理するのか、今後の動向を注視していきたいと思います。

匿流に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 廣末登氏が現代ビジネスのコラム「新しい犯罪者集団「トクリュウ」を「オール警察」が本格的に取り締まり始めた…「やりたい放題」の犯罪のツケ」において、匿流に言及しています。具体的には、「半グレの裾野は広がり、もはや暴走族OBによるグループだけではなく、様々な背景の人たちを吸収する社会病理集団となっています。それはたとえば、闇バイトに応募してきた学生や会社員などの青少年、多重債務者(特殊詐欺の受け子や掛け子、アポ電強盗の実行犯等)、正業を営みつつ仲間集団で犯罪に従事する者、地下格闘技の選手でありながら犯罪に手を出す者、偽装離脱や社会復帰に失敗した元暴アウトローなどです。昨今では、外国人の検挙者も散見されています」、「トクリュウは、こうした様々な半グレと呼ばれた人たちを包括する呼称といえる」、「警察は、組織を一体化してトクリュウの取り締まりにあたっているので、闇バイトを組織・従事したら、まず逮捕されると考えるべきである。昨今、闇バイト従事者が逮捕されると、初犯者でも一般予防の観点から実刑は免れず、多くの場合、刑事施設に収容される。元検察官は、末端従事者の厳罰理由につき、次のように述べる。「受け子・出し子・掛け子は末端の利用される存在であるとはいえ、他方、特殊詐欺組織の中では受け子・出し子・掛け子があるからこそ犯罪が敢行されるから、役割の重要性は否定できず、厳罰の必要性は末端でも変わらない」と。安易な闇バイト応募は、トクリュウの一員となってしまう。そして、その先にあるのは、逮捕され、刑務所への収監だ。さらに、釈放後も反社履歴が付くので、半グレや準暴力団でなかったとしても、社会的制裁は変わらない。口座が作れない、家が借りれない、携帯の契約が出来ない、就職もできないという状況に直面する可能性が高い。デジタル・タトゥーが残れば、結婚すら難しくなるかもしれない。闇バイトは人生を台無しにする。犯罪は割りに合わないという現実に気づいて欲しい」などと指摘しています。確かに、匿流はアメーバ状の組織から出たり入ったりする連中をも含むものであり、こうした連中は匿流として、つまり「反社会的勢力」として見なされることに実務上はなるのであって、その後の社会的生活を難しいものにする可能性があります。企業の実務としても、そのあたりをどの程度まで許容できるのか(すべきなのか)、今後、詰めていく余地がありそうです。
  • 福岡弁護士会の堀内恭彦弁護士のコラム「強化すすむ警察の「匿流」対策 実効性のある法整備急げ」(2024年4月2日付産経新聞)も大変示唆に富む内容でした。具体的には、「今回の都道府県警の新たな体制づくりは、今まで犯罪の種別ごとに別々の部署が対処してきた縦割りの捜査態勢を見直し、効率化を図るものである。しかし、「匿流」を法律的に定義して規制の網をかけることが難しい。平成4年に施行された暴対法は「指定暴力団」を「犯罪経歴を保有する暴力団員が一定割合を占め、首領の統制の下に階層的に構成された団体」と定義しているが、メンバーが流動的な「匿流」は定義すること自体が容易ではない。いかに定義付けして新しい規制法の網をかけるのかが鍵となる。現状の「匿流」対策は、まず何よりも「情報収集、実態把握」である。今回の横断的な体制の見直しもその一環だ。そのうえで、実効性のある法整備が必要である。警察も「匿流」の情報を得ることが難しく、なかなか首謀者の検挙に結び付かない。不透明な存在である「匿流」の情報を得るためには諸外国のマフィア対策を参考にして新たな捜査手法を導入すべきである。組織のことを話せば刑を軽くする「司法取引」や「刑事免責」、身分を隠して組織に潜入する「おとり捜査」、通信機器での会話やメッセージをキャッチする「通信傍受要件の緩和」などである。また、「匿流」の資金源を断つことも重要である。海外の一部ではマフィアの金はマフィア側が「違法な収益ではないこと」を立証しない限り、課税や没収が可能とされている。日本でもこのような課税・没収制度を作ることによって資金源を断つことができる。いまや治安上の大きな脅威となっている「匿流」壊滅のためには、警察の体制強化だけではなく、国会による法整備など抜本的な対策が急務である」というものです。日本の暴力団対策法自体が、世界的に見ればユニークな立ち位置にあることをあらためて想起させられますが、暴力団等反社会的勢力の姿形が変わっている以上、その規制のあり方についても見直しをすべきというのは当然の発想であるように思います。その際、堀内弁護士の提起するような海外の規制のあり方を参考にするのは、実務的にもとてもよいことだと考えます。
  • インターネット上で高額な報酬をうたい犯罪の実行役を募る情報が2023年9~12月末に約4400件確認されています。いわゆる「闇バイト」の募集情報で、SNSに投稿されたり求人サイトに掲載されたりしていたもので、事業者側に削除を依頼した件数のうち、約7割が削除されたといいます。警察庁は個人の生命や身体に危害を加える恐れが高いネット上の有害情報を「重要犯罪密接関連情報」と位置づけ、民間団体に委託してサイト管理者などに削除を依頼しています。2023年2月に爆発物や銃砲の製造情報など7つの類型を対象に削除の取り組みを始め、同年9月には闇バイトの募集情報を加え8類型となりました。警察庁は強盗や特殊詐欺など闇バイトが絡む犯罪の摘発や対策を強化しており、2023年10月には「匿名通報ダイヤル」の対象に闇バイトをはじめ、SNS上で接点を持ち離合集散する集団が関わる犯罪を追加、情報料の上限を100万円に引き上げています。犯罪者側のスマホやアプリ上のやり取りを効率的に収集するため、メッセージを画像データとして保存できる機材の拡充も全国警察で進めています。
  • 悪質なホストクラブを巡るトラブルの多発を受け、33都道府県警が2023年11~12月、ホストクラブ延べ729店(全国のクラブの約7割に相当)に風俗営業法に基づく立ち入り調査を実施し、2024年1~2月に営業停止命令など203件の行政処分を行ったことがわかりました。警察庁によると、立ち入り調査では、18歳未満を入店させたり、料金を明示せず酒類を販売したりするなどの違反が確認され、営業停止命令5件、違法行為の改善を求める指示処分198件が店側に出されています。女性客を風俗店に紹介したとしてホストを職業安定法違反容疑で摘発するなど、警察当局は「あらゆる法令を駆使して」取り締まりを強化しています。匿流が背後で不当に利益を得ている疑いもあり、警察当局が実態解明を進めています。
▼警察庁 令和5年における風俗営業等の現状と風俗関係事犯等の取締り状況について
  • 過去5年間の風俗営業(接待飲食等営業、遊技場営業)の許可数(営業所数)は、継続して減少している。令和5年末の許可数は7万7,311件で、前年より1,623件(2.1%)減少した。
  • 過去5年間の接待飲食等営業の許可数(営業所数)は、継続して減少している。令和5年末の許可数は5万9,490件で、前年より745件(1.2%)減少した。
  • 過去5年間のぱちんこ等営業(まあじやん営業、ぱちんこ営業、その他)の許可数(営業所数)は、継続して減少している。令和5年末の許可数は1万3,906件で、前年より899件(6.1%)減少した。
  • 令和5年末の特定遊興飲食店営業の許可数(営業所数)は520件で、前年より26件(5.3%)増加した。
  • 令和5年末の深夜酒類提供飲食店営業の届出数(営業所数)は25万7,930件で、前年より2,800件(1.1%)減少した。
  • 過去5年間の業・映像送信型性風俗特殊営業・電話異性紹介営業)の届出数(営業所等数)は、継続して減少し、無店舗型性風俗特殊営業及び映像送信型性風俗特殊営業の届出数は、継続して増加している。
  • 令和5年の風営適正化法に基づく行政処分(取消し・廃止命令等、停止命令等、指示)件数は3,601件、違反態様別の件数は、取消・廃止命令等は65件、停止命令等は225件、指示は3,311件である。
  • 風営適正化法違反の主要検挙事例
    1. 飲食店における無許可営業事件
      • 飲食店の経営者らは、公安委員会から風俗営業の許可を受けないで、店内において客に対し、女性従業員に接待をさせるとともに、酒類等を提供して飲食をさせるなど無許可で風俗営業を営んだ。令和5年6月、経営者らを風営適正化法違反(無許可営業)により検挙した。【鹿児島県警察】
    2. メンズエステ店を仮装した店舗における禁止地域営業等事件
      • 被疑者らは、あらかじめ公安委員会に届出書を提出せず、かつ、営業所の所在地が条例で禁止された地域内であるにもかかわらず、メンズエステ店を仮装し、マンション個室において、男性客に対し女性従業員に性的サービスをさせ、店舗型性風俗特殊営業を営んだ。令和5年6月、被疑者らを風営適正化法違反(禁止地域営業)等により検挙した。【栃木県警察】
    3. 飲食店における20歳未満の者に酒類等を提供する行為等事件
      • 飲食店の経営者は、無許可で風俗営業を営み、ホステスが20歳未満であることを知りながら同ホステスに酒類を提供した。令和5年10月までに、経営者を風営適正化法違反(無許可営業・20才未満の者に酒類等を提供する行為等)により検挙した。【三重県警察】
  • 売春防止法違反の主要検挙例
    1. 売春グループによる出会い系サイト等を利用した売春の周旋事件
      • 売春グループ首魁の女らは、女性らに対し、出会い系サイト等を利用して募った不特定の男性客を売春の相手方として紹介した。令和5年7月までに、同首魁の女らを売春防止法違反(周旋)、首魁の女らに出会い系サイトのアカウントを販売した男らを同法違反(周旋)の幇助等で検挙した。【愛知県警察】
    2. 外国人女性を自身が管理する貸店舗で売春させた売春の場所提供事件
      • 風俗店経営者の中国人の女は、同店従業員であるタイ人女性らを自身の管理する貸店舗に居住させ、不特定の男性客を相手に売春させた。令和5年7月までに、同中国人の女を売春防止法違反(場所提供業)等で検挙した。【群馬県警察】
  • わいせつ事犯(公然わいせつ・わいせつ物頒布等)の主要検挙例
    1. サイトを利用したわいせつ電磁的記録記録媒体陳列事件
      • 被疑者らは、自らが運営するインターネット動画閲覧サイトを利用し、わいせつな画像データを閲覧するのに必要なURL等を記録・保存させ、インターネットを利用して不特定多数の者が閲覧できる状態にした。令和5年6月、被疑者らをわいせつ電磁的記録記録媒体陳列罪により検挙した。【警視庁】
    2. 事務所におけるわいせつDVD頒布目的所持等事件
      • 被疑者らは、インターネットの販売サイトを利用してわいせつDVDを販売し、雑居ビルに設けた事務所において、わいせつDVDを販売目的で所持した。令和5年6月までに、被疑者らをわいせつ電磁的記録記録媒体有償頒布目的所持罪等により検挙するとともに、同事務所に保管していたわいせつDVD合計約9万枚を押収、同サイトのバナー広告を掲載していた者をわいせつ電磁的記録記録媒体頒布幇助等にて検挙した。【神奈川県警察】
  • ゲーム機等使用賭博事犯の主要検挙例
    1. オンラインカジノを利用した常習賭博事件
      • 被疑者は、常習として、自宅に設置したパーソナルコンピュータを使用して、オンラインカジノサイトにインターネット接続して賭博を行い、その状況をインターネット上の動画配信サイトを利用してライブ配信していた。令和5年9月、被疑者を常習賭博罪により検挙した。【千葉県警察】
    2. 決済システムを利用したオンラインカジノによる常習賭博幇助等事件
      • 被疑者らは、日本国内において、海外のオンラインカジノサイトで利用できる決済システムを開発、運用し、賭客らが携帯電話機等のインターネット通信機能を有する端末からオンラインカジノサイトにアクセスして賭博をした際、これを幇助した。令和5年9月までに、被疑者ら7人を常習賭博幇助で検挙し、賭客ら21人を単純賭博罪で検挙した。【警視庁、愛知県警察、福岡県警察】
    3. 店舗によるオンラインカジノを利用した常習賭博等事件
      • 被疑者らは、常習として、店内にパーソナルコンピュータを設置し、ウェブサイトを利用して、賭客を相手方として賭博をした。令和5年3月、経営者らを常習賭博罪、賭客を単純賭博罪により検挙した。【大阪府警察】
    4. スロット機賭博による常習賭博等事件
      • 被疑者らは、常習として、店内設置のスロット機を使用して、賭客を相手方として賭博をした。令和5年4月までに、同店経営者らを常習賭博罪等、賭客を単純賭博罪により検挙した。【岡山県警察】
  • 過去5年間の人身取引事犯の被害者の国籍は、8割以上が日本人であり、日本人被害者の年齢は、6割程度が18歳未満である。
  • 人身取引事犯の主要検挙例
    1. 知人女性に暴行を加えるなどして売春をさせた管理売春事件
      • 無職の男は、知人女性に暴行や脅迫を加えた上、同人をホテル客室に居住させ、不特定の客を相手に売春をさせた。令和5年11月までに、同男を売春防止法違反(売春をさせる業)等で検挙した。【大阪府警察】
    2. フィリピン人女性らをホステスとして稼働させた不法就労助長事件
      • 社交飲食店店長のフィリピン人の女は、「興行」の在留資格で在留し、資格外活動の許可を受けていないフィリピン人女性らのパスポートを取り上げるなどした上、同店のホステスとして稼働させた。令和5年6月、同社交飲食店店長の女を入管法違反(不法就労活動をさせる行為)で検挙した。【青森県警察】
  • 日本人女性を売春させる目的で米国の業者にあっせんしたなどとして、警視庁は、デートクラブ運営会社社長ら4人を職業安定法違反容疑(有害業務就労目的の職業紹介等)で逮捕しています。女性らは昨年3~4月、サイトを通じるなどして米国に入国し、10日~1カ月間ずつ、店舗型売春店などに住み込むなどして約90万~約250万円ずつを得ていたといいます。臼井容疑者らはサイトを開設した2021年以降、200~300人をアメリカ、オーストラリア、カナダなどへあっせんし、約2億円を売り上げたと同課に説明したといい、うち100人以上がサイトを通じての応募だったといいます。2023年4月にアメリカ当局から日本の警察庁に、女性に性的搾取の疑いがある求人サイトの情報提供があり、警視庁が捜査していたものです。容疑者らは求人サイトやスカウトを通じて募った女性を海外の売春組織に派遣し、仲介手数料を得ていたといい、警視庁は受け入れる海外側にも協力者が存在する国際的な組織的犯行とみて捜査しているといいます
  • 新宿・歌舞伎町のホストクラブ業界が2024年4月以降、売掛金(つけ払い)による支払いの仕組みを撤廃すると表明していることを巡り、悪質ホストによる被害者支援団体「青少年を守る父母の連絡協議会(青母連)」は、「相談者は増え続けている。業界が1日から、どう動くのか見極めていく」と牽制しています。ホストクラブを巡っては、一部店舗で女性客に多額の売掛金を負わせ、風俗店などで働かせて取り立てるといった悪質な手法が表面化、業界の主要各グループの代表者らが2023年12月、新宿区と合同で開いた会合で、売掛金を段階的に減らし、2024年4月からは完全に撤廃すると表明しています。青母連代表は、多額の売掛金による相談が減っていない現状を挙げ、「4月からは新しい学生や社会人が都内に増える。悪質な手法で借金に苦しむ女性が増えないよう、啓発や監視に努める」と話しています。青母連によると、歌舞伎町のホストクラブでは、クレジットカードによる前払いで多額の支払いをさせるなど、売掛金に代わる新しい支払い方法も取られ始めているといいます
  • 大阪市内でインターネットカジノ店を営み客に賭博させたとして、大阪府警は、同店の実質経営者と従業員9人を常習賭博容疑で逮捕しています。2022年5月~2024年1月、大阪市生野区のインターネットカジノ店「BAN」に設置したパソコンでスロットやポーカーなどの賭博をさせた疑いがあり、約1億2000万円を売り上げていたとみられています。同店が賭博で得た金の一部は、匿流に流れていたとみて調べているといいます。

暴力団等に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 2024年4月2日付産経新聞によれば、暴力団が特殊詐欺に活路を見出す一方、暴排の網をかいくぐる『2項詐欺』で逮捕される例も多いとの捜査現場の実情が報じられています。2項詐欺とは、刑法246条の詐欺罪のうち、人を欺いて「金品(財物)」得た者と定めた同条1項でなく、人を欺いて「財産上の不法の利益」を得た者、他人に得をさせた者に成立するとした同条2項に該当するもので、暴力団員であるという素性を隠してゴルフ場を利用したり、マンションを借りたり、口座を開設したりする行為がこれに当たります。近年、警察当局がこの2項詐欺を適用し暴力団員を逮捕するケースが増加しているといい、違法性の軽重によって起訴されない例も少なくないものの、組織に打撃を与えている証左であるともいえます。
  • 兵庫県公安委員会は、六代目山口組(神戸市灘区)と神戸山口組(兵庫県稲美町)に対する特定抗争指定暴力団の指定を3カ月延長すると発表しています。2024年4月4日に官報で公示され、延長後の指定期間は同7日~7月6日になります。延長は17回目で、兵庫県内の神戸、姫路、尼崎、高砂市と稲美町では組員が事務所に立ち入ることや概ね5人以上で集まることが禁止されます。
  • 神戸山口組の直系組織として淡路島を拠点に活動していた「侠友会」について、兵庫県淡路市は、市内にあった事務所を他の暴力団の手に渡るのを防ぐため土地と建物を購入していましたが、解体する方針を固めています。改修し待機所などとしての活用を目指していたところ、複数の建築基準法違反が確認されたうえ、解体した方がコストを抑えられることが分かったためといいます。侠友会は六代目山口組直系の組織でしたが、2015年の山口組分裂の際に神戸山口組に参画、神戸山口組は淡路市内の侠友会事務所に本部を置き、直系組長が集まる定例会を毎月開催していました。そうした中、2017年には公益財団法人「暴力団追放兵庫県民センター」が、報復を恐れて訴訟に踏み切れない住民に代わり、暴追センターが当事者となる「代理訴訟」の制度を利用し、近隣住民が平穏に生活する人格権が侵害されているとして、使用禁止を求める仮処分を神戸地裁に申し立て、認められています。その後、兵庫県公安委員会は淡路市を「警戒区域」に指定し、組員の事務所への立ち入りが禁じられることになりました。一方、淡路市は事務所が別の暴力団に渡ることを防ぐため、2022年1月に事務所の建物を土地とともに購入、災害時に帰宅できなくなった職員向けの待機所などとして利用することを目指していたものです。

2.最近のトピックス

(1)AML/CFTを巡る動向

金融庁は、「マネロン・テロ資金供与対策ガイドラインに関するよくあるご質問(FAQ)」(FAQ)を一部改訂しています。金融庁は、「当FAQは、「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」(GL)に対する関係者の理解の向上に資することを目的として、GLのガイダンスの位置づけとして、令和3(2021)年3月26日に策定されました。また、金融庁では、令和3年4月28日に「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に係る態勢整備の期限設定について」を発出し、「マネロン・テロ資金供与対策に関するガイドライン」で対応を求めている事項について、2024年3月末までに対応を完了させ、態勢を整備することを各金融機関に要請しております。2024年4月以降は、金融機関におかれては整備された態勢の実効性をより一層向上させる段階に入ることから、今般、リスク分析に基づく各金融機関の創意工夫・主体的な対応を促進するため、FAQ一部項目を改訂したものです」と説明しています。以下、新旧対照表を通じて、変更された点を確認します。「リスクに応じた簡素な顧客管理(SDD)」に関する具体的な記述が増えていることに加え、「国際連合安全保障理事会決議等で経済制裁対象者等が指定された際には、金融機関等は、数時間、遅くとも24時間以内に自らの制裁リストに取り込み、取引フィルタリングを行い、各金融機関等において既存顧客にの差分照合が直ちに実施される態勢を求めています」部分が削除され、「合理的な期日までに差分照合を完了することを求めています」に変更されている点は、実務上、重要だと思います。

▼金融庁 「マネロン・テロ資金供与対策ガイドラインに関するよくあるご質問(FAQ)」の改訂版公表について
▼(別紙2)新旧対照表
  • 国内PEPs及び国際機関PEPsの顧客管理についてはどのように考えれば良いでしょうか。
    • 【A】金融機関等においては、全ての顧客について顧客リスク評価を行うとともに、リスクに応じた顧客管理を行うことが求められます。
  • この点、国内PEPs及び国際機関PEPs(注)についても同様であり、口座開設時、継続的顧客管理等の過程において得た情報等に基づき、他の顧客と同様に顧客リスク評価を行い、本ガイドラインⅡ―2(3)(ⅱ)で求めるリスクに応じた対応を行うことが重要と考えます。
    • (注)国際機関PEPsとは、例えば当該機関の長官、副長官及び理事会やそれと同等な委員会のメンバーといった、上級管理者をいう。なお、国際機関とは条約締結権を有するメンバー国間の正式な政治協定により設立された団体をいう。
  • 「リスクに応じた簡素な顧客管理(SDD)」とは、具体的にどのような措置をいうのでしょうか。
    • 【A】本ガイドラインにおける「リスクに応じた簡素な顧客管理(SDD)」とは、顧客リスク評価の結果、「低リスク」と判断された顧客のうち、一定の条件を満たした顧客について、(DM等を送付して⇒削除)顧客情報を更新するなどの積極的な対応を留保し、取引モニタリング等によって、マネロン・テロ資金供与リスクが低く維持されていることを確認する顧客管理措置のことをいいます。
  • 「リスクに応じた簡素な顧客管理(SDD)」を行う対象を整理するに当たっての留意点を教えて下さい。
    • 【A】「リスクに応じた簡素な顧客管理(SDD)」を適用できる対象は、なりすましや不正利用等のリスクが低いことが一般的に考えられる以下(1)から(3)までに則していることを想定しています。
      1. 全ての顧客に対して、具体的・客観的な根拠に基づき、商品・サービス、取引形態、国・地域、顧客属性等に係るマネロン・テロ資金供与リスクの評価結果を総合して顧客リスク評価を実施し、低リスク先顧客の中からSDD対象顧客を選定すること
      2. 定期・随時に有効性が検証されている取引モニタリングを適用して、SDD対象顧客の取引が把握され、不正取引等を的確に検知するための態勢を構築していること
      3. SDD対象顧客についても、取引時確認等を実施し、顧客情報が更新された場合には、顧客リスク評価を見直した上で、必要に応じて顧客管理措置を講ずること(SDD対象顧客に対して顧客リスク評価の見直しを実施した場合に、再度SDD先と整理することを妨げるものではありません)
    • 上記(1)から(3)までを充たした上で、自社の顧客等のリスクを分析し、SDD対象顧客を選定することが求められます。
    • また、以下(注1)から(注3)までも、リスク分析にあたって考慮することが考えられます。
      • (注1)法人や営業性個人は、取引関係者や親子会社等、関与する者が相当に存在することが多く、法人や営業性個人の行う取引に犯罪収益やテロリストに対する支援金等が含まれる可能性が相応にあるものと考えられます。
      • (注2)本人確認済みでない顧客(1990年10月1日より前に取引を開始した顧客等)は、顧客情報が正確でないことによりリスク評価や疑わしい取引の検知を適切に実施できない可能性があるため、本人確認済みでないという事実や当該顧客の取引履歴データ等も踏まえてリスクを分析する必要があるものと考えられます。
      • (注3)直近1年間において、捜査機関等からの外部照会又は口座凍結依頼を受けた実績がある顧客や疑わしい取引の届出実績のある顧客は、犯罪に関与又は巻き込まれている等のリスクが相応にあるものと考えられます。
  • 具体的には、どのような顧客について、「リスクに応じた簡素な顧客管理(SDD)」とする余地はあるのでしょうか。
    • 【A】例えば、経常的に同様の取引を行う口座であって保有している顧客情報と当該取引が整合するもの(給与振込口座、住宅ローンの返済口座、公共料金等の振替口座その他営業に供していない口座)等については、SDD対象とすることが可能であると考えられますが、いずれにしても、個々の顧客について検証した上で、SDD対象の顧客を判断することが必要になるものと考えます。
  • 「リスクに応じた簡素な顧客管理(SDD)」を実施することとした場合、どのような管理を実施することになるのでしょうか。
    • 【A】本ガイドラインにおける「リスクに応じた簡素な顧客管理(SDD)」とは、顧客リスク評価の結果、「低リスク」と判断された顧客のうち、一定の条件を満たした顧客について、顧客情報を更新するなどの積極的な対応を留保し、取引モニタリング等によって、マネロン・テロ資金供与リスクが低く維持されていることを確認する顧客管理措置のことをいいます。
    • SDD対象とした顧客であっても、特定取引等に当たって顧客との接点があった場合、不芳情報を入手した場合、今までの取引履歴に照らして不自然な取引が行われた場合等には、必要に応じて積極的な対応による顧客情報の更新を実施し、顧客リスク評価の見直しを行うことが必要になるものと考えます。
    • 特に、公的書類等の証跡が不足しているSDD対象顧客が来店した場合等、本来更新すべき情報を最新化する機会があれば、当該機会を活用し、必要な情報更新を実施する態勢を構築することが必要であるものと考えます。
    • 2016年10月に施行された改正犯収法施行規則に定める方法により、本人特定事項(実質的支配者を含む)、取引目的及び職業等を確認することができていない顧客については、時機を捉えて、同規則に定める方法で確認することが考えられます。
  • 上場企業等や、国・地方公共団体等は、どのように顧客管理することが考えられますか。
    • 【A】上場企業等、法律上の根拠に基づく信頼性のある情報が定期的に公表されている場合(有価証券報告書等)には、当該情報を基に顧客リスク評価を実施し、当該リスク評価に応じたリスク低減措置を実施することも考えられます。
  • また、国・地方公共団体及びその関連団体(法律上の根拠に基づき設立・資金の運用が実施されている団体等)については、定期的な情報更新までは不要と考えますが、犯収法第11条柱書に則った対応をする必要はあるものと考えます。
  • 「確認の頻度を顧客のリスクに応じて異にすること」とありますが、どのような頻度を想定しているのでしょうか。また、情報の網羅的な更新を求めるものではなく、例えば現住所地等一定の情報に着目し、リスク評価を変更する契機とすべき事象が生じていないかを確認し、当該事象が発生している場合にのみ、深度ある確認を実施しようとすることで良いでしょうか。
    • 【A】継続的な顧客管理については、顧客に係る全ての情報を更新することが常に必要となるものではなく、顧客のリスクに応じて、調査の頻度・項目・手法等を個別具体的に判断していただく必要があります。
    • リスクベース・アプローチにより講ずべき低減措置を判断・実施するためには、最新の情報に基づく適切なリスク評価が不可欠です。そのため、例えば、高リスク先については1年に1度、中リスク先については2年に1度、低リスク先については3年に1度といった頻度で情報更新を行うことが考えられます。なお、この例に限らず情報更新の頻度を決定することも考えられます。
    • また、更新する情報は、顧客リスク評価の見直しをするために必要な範囲で、個別具体的な事情に照らして判断していただく必要があります。情報更新に際しては、信頼できる公開情報を参考にすることもあり得ますし、顧客に対面で確認するべき場合もあり得るものと考えます。
    • なお、継続的顧客管理において、顧客リスク評価の見直し手続に係る期日管理や期日までに見直しができない顧客の管理、期日超過分の速やかな解消については、第1線と第2線が連携し、適切な管理が行われることが重要であり、期日超過の管理状況については、定期的に経営陣に報告され、解消のための措置を講ずることが期待されます。
  • Q10の例(高リスク先1年に1度、中リスク先2年に1度、低リスク先3年に1度)に限らず情報更新の頻度を自ら決定する場合どのような検討をすることが考えられますか。
    • 【A】Q10に記載の、高リスク先については1年に1度、中リスク先については2年に1度、低リスク先については3年に1度といった頻度に限らず情報更新の頻度を決定する場合、全顧客のリスク格付を行っていることを前提として、自らの顧客リスク評価を適切に行う観点から更新頻度の妥当性を検証した上で、それ以降も定期的に更新頻度の妥当性に問題がないことを検証することが必要であると考えます。
    • 具体的には以下の対応を行うことが考えられます。
      1. 過去の定期的な情報更新による顧客リスクスコアの上昇度合い等を分析し、顧客リスク評価を適切に保つために合理的な頻度を設定
      2. リスクが上昇するイベント発生時に調査し、必要に応じて顧客情報更新・顧客リスク評価見直し
      3. 顧客情報更新に取引モニタリング・フィルタリングを活用。検知した顧客を調査、必要に応じて情報更新・顧客リスク評価見直し
      4. 上記の有効性を定期的(例えば年次)に検証し、その結果を踏まえて適宜対応を見直し
  • 「顧客リスク評価を見直し、リスクに応じたリスク低減措置を講ずること」に関して、顧客が調査に応じることができない場合においては、どのように顧客リスク評価を見直すことが考えられますか。
    • 【A】定期的に情報を更新することが必要な顧客については、顧客・取引等の特性も踏まえ、情報更新に有効であると考えられるあらゆる手段を講じて、情報を更新することが必要です。
    • 情報更新に有効であると考えられるあらゆる手段を講じても、顧客が調査に応じることができない場合には、そうした事実や、取引履歴データ等も踏まえて、顧客等のリスクを分析し、適切に自社の顧客リスク評価に反映することが考えられます。
    • 具体的には、各金融機関等において、調査に応じてもらえない顧客であることや、郵送物が届出住所に到達しない顧客であること等の事実を把握した上で、当該顧客群のリスクを分析し、分析結果を顧客リスク評価に反映すること、及び当該顧客群の管理状況・評価結果等の妥当性を定期的に検証し、経営陣に報告の上、適切なリスク低減措置を講じることが必要となるものと考えます。
    • また、高リスク顧客の中には、営業実態の把握や実地調査、顧客に対して対面で確認することが必要な場合もあり得るため、顧客リスク評価の見直しの方法についても、リスクに応じて検討・判断することが必要であるものと考えます。
    • なお、高リスク顧客に限らず、特に届出住所宛ての郵送物が届かない顧客については、本人特定事項の一部が不明であることとなります。特に、こうした状態の顧客のうち連絡を取ることもできず、かつ、口座も不稼働状態となっていない場合には、届出住所宛ての郵送物が届かない状態を解消するための施策を優先的に講ずることが必要であると考えられます。
  • 「遅滞なく照合する」について、具体的にどのようなことが求められているのでしょうか。
    • 【A】外務省告示の発出日以降、金融機関等が、速やかに制裁対象者リストの更新に着手し、合理的な期日までに差分照合を完了することを求めています。(国際連合安全保障理事会決議等で経済制裁対象者等が指定された際には、金融機関等は、数時間、遅くとも24時間以内に自らの制裁リストに取り込み、取引フィルタリングを行い、各金融機関等において既存顧客との差分照合が直ちに実施される態勢を求めています。⇒ 削除

金融庁と主要行等との間の定期的な意見交換会の状況について、直近のものを抜粋して紹介します(AML/CFTに関するものが中心ですが、それ以外の領域についても一部含んでいます)。

▼金融庁 業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点
▼主要行等
  • ロシア産原油等に係るプライス・キャップ制度のコンプライアンス強化について
    • ロシアによるウクライナ侵攻を受け、G7及びオーストラリアは、ロシアのエネルギー収入を減少させつつ、世界的なエネルギー市場の安定を確保するため、2022年12月以降、ロシア産原油及び石油製品(以下「原油等」という。)に係る当面の上限価格(プライス・キャップ)に合意。
    • この合意に沿って、我が国においても、外国為替及び外国貿易法に基づき、当該上限価格を超える価格で取引されるロシア産原油等については、海上輸送に関連するサービス(海上保険、貿易金融、海運、通関)の提供を禁止する措置を実施してきたところ。
    • 今般、上記措置(上限価格制度)のコンプライアンス強化のため、取引の契約期間等に合わせて入手していた原油等に係る宣誓書を、航海毎に入手すること、当局の求めに応じて原油等の取引に関連する付随費用の内訳を入手・提供することを求めることで合意した。
    • 当該合意を踏まえ、我が国においても、必要となる告示等の見直しを行うところ、2024年2月20日より適用となるため、各行においては、適切に対応いただきたい。
    • プライス・キャップ制度の運用上の留意点を整理した「ロシア産原油等に係る上限価格措置(プライス・キャップ制度)のQ&A」についても、今般の措置を踏まえ改定されているので、あわせて参照いただくとともに、不明な点は金融庁に照会いただきたい。
  • 暗号資産交換業者あての不正送金対策の強化について
    • 近年、インターネットバンキングに係る不正送金事犯をはじめ、還付金詐欺や架空料金請求詐欺等をはじめとする特殊詐欺の被害金が、暗号資産交換業者の金融機関口座に送金される事例が多発している。
    • こうした状況を踏まえ、2024年2月6日に警察庁と連名で、全国銀行協会を含めた各業界団体等に対し、暗号資産交換業者あての不正送金対策の強化を要請した。各行においては、既に対策を実施している金融機関の事例も参考にしつつ、送金利用状況などリスクに応じ、利用者保護等のための更なる対策の強化に取り組んでいただきたい。
  • マネロン対策における法人向けの広報の強化
    • マネロン対策の基礎となる継続的顧客管理について、各金融機関において、ダイレクトメールの郵送等により顧客情報の取得・更新に取り組んでいるところと承知。
    • 金融庁はこれまで、金融機関の利用者に対してこうした取組への理解及び協力を求めるため、各種広報を実施してきたところであるが、特に中小零細事業者や個人事業主など、金融機関の顧客となる法人側の理解や協力が未だ十分ではないことから、苦情や協力拒否につながっており、金融機関の現場で負担になっているとの声も寄せられている
    • このため、金融庁は警察庁と連携し、法人向けのチラシ・ポスターを作成し、関係各省庁の協力の下、日本商工会議所をはじめとした様々な業界団体を通じて配布を行い、中小零細企業や個人事業主に対するマネロン広報を2024年1月より展開している。
    • 法人向けチラシ・ポスターは金融庁ウェブサイトにも掲載し誰でも活用できるようにしており、各金融機関においても、このチラシ・ポスターを活用し、取引先企業にぜひとも周知していただきたい。
    • 一般の方に対して今後どのような広報活動を行っていくかについては、各協会とも連携しつつ検討をしているところ。官民一体となって戦略的かつ強力なマネロン広報を実施したいと考えており、引き続き協力をお願いしたい。
▼全国地方銀行協会/第二地方銀行協会
  • マネロン等対策に係る態勢整備の完了に向けて
    • 2023年3月末の「マネロンガイドラインに基づく態勢整備」の対応期限が目前に迫る中、対応未了項目がある各行においては、経営陣がリーダーシップを発揮いただき、3月末に向けての作業進捗管理を徹底し、対応の遅れが人員不足を原因としているなど、追加対応が必要な場合には、速やかに経営資源を割り当て、早急に対応を講じていただきたい
    • 金融庁としても引き続き協会と連携し、各行の取組を最大限サポートしていく。各行においては、期限までに確実に態勢整備を完了するよう、引き続き取組を進めていただきたい。
    • 加えて、傘下に子会社・関連会社の銀行を有する持株会社・親会社にあっては、グループ全体として期限までに対応が完了するよう目配りいただきたい

前回の本コラム(暴排トピックス2024年3月号)でも述べたとおり、世界各国のマネー・ローンダリング(マネロン)対策を調査する国際組織(FATF)が、日本の金融機関の対策を調べる実地審査を2028年8月に実施すると公表しています。とりわけ「各国のリスクベースの対応状況に、より焦点を当てた審査を実施」すると明言している点は重要であり、日本で問題となっている、特殊詐欺対策や暴力団等反社リスク対策、さらには北朝鮮リスク対策などが実効性を持って行われているかにも焦点が当たる可能性があるということです。2024年3月末までの態勢整備期限をクリアするだけでは足りず、その態勢が実効性を持って運用されているか、自律的な運用となっているかなどがより重要となるということでもあります。こうした文脈から、金融犯罪対策を強化すべき状況にあると言えますが、現在、地方銀行やネット銀行の口座が10万円以上という高値で売買され、不正の温床になっていることが大きな問題となっています。マネロンの抜け穴になりかねず、対応が急務だといえます。2024年3月14日付日本経済新聞の記事「銀行口座の不正売買を防げ 住信SBIは本人確認厳しく」では、その実態について、「全国銀行協会によると、22年度に利用が停止された口座は約7万4000口座で18年度に比べ8割以上増えた。目立つのが銀行口座の売買だ。不正検知サービスを提供するカウリス(東京・千代田)の調査では、240を超える金融機関の口座に対し、ネット上で買い取りの募集があった。1口座あたり10万円を超える値がつき、直近の最高値は1口座25万円。セキュリティ対策が比較的手薄な地域金融機関やスマートフォンで簡単に口座開設ができるネット銀行の口座が狙われやすい。銀行口座の売買は高額報酬をうたい、X(旧ツイッター)などで募集がかけられる。売る側は銀行口座を正規に開設し、口座番号やパスワードを買う側に伝える。秘匿性の高い通信アプリ「テレグラム」を連絡手段に使うことが多い。売買された口座は詐欺でだまし取ったお金を入金する目的などで使われる可能性がある。個人の口座だけでなく、法人口座も狙われている。個人口座は送金限度額などが厳しく設定されているが、法人口座は限度額が高額なためだ。法人口座の悪用が増えているため、金融庁はチラシを作成するなど広報活動に力を入れる。金融当局は売買される口座が増え、マネー・ローンダリングの抜け穴になることを警戒する。口座を開設した端末と利用時の端末を照合したり、言語設定や利用地域を確認したりした上で口座凍結の措置を取ることが有効だが、対応が不十分な銀行もあるという」と指摘しています。口座売買については、以前はメガバンクでも大きな問題となっていましたが、対策を講じたことでそのターゲットが地方銀行やネット銀行の口座に移っている実態があります。さらに、法人口座の悪用なども本コラムではすでに取り上げてきたところであり、犯罪の巧妙化の進展とともに、金融犯罪対策の高度化に対応していくことの重要性を感じさせます。また、具体的な対策などが取り上げられており、「住信SBIネット銀行は2月、口座開設時にマイナンバーカードを使った公的個人認証と、顔写真の撮影による本人確認を併用する手法を取り入れた。これまでは運転免許証の画像データのアップロードなどで口座を開設できた。本人確認を厳格にすることで、口座が不正に売り渡されるケースが減少したという。さらに口座の悪用を防ぐため、口座を開設して1カ月程度は暗号資産(仮想通貨)交換業者への資金移動や他支店での新規口座開設を受け付けないことにした」ということです。前述のとおり、不正送金事案において暗号資産が悪用されている実態がある中、さらにはeKYCが突破される事案が散見される中、現時点でできる適切な対応かと思われます。また、「琉球銀行は8月から2年以上取引のない未利用口座から管理手数料を徴収することを決めた。手数料は年間1320円で、2年以上預け入れや払い戻しのない普通預金口座と貯蓄預金口座が対象。従来は2021年2月22日以降に開設した口座が対象だったが、開設時期に関係なくすべての口座に対象を拡大する手数料の支払いで口座の残高がゼロになれば、銀行は自動的に口座を解約することができる。休眠口座の数を減らすことで、こうした口座が第三者に売り渡されることを未然に防ぐ」とうい取組みも紹介されていますが、こちらも休眠口座の売買・悪用を未然に防止するという点で有効な取組みであり、導入にそれほど大きなハードルもないと思われ、他の金融機関にも拡がることを期待したいいところです。

暗号資産取引について注意が必要な状況であることはすでに述べたとおりですが、欧州証券市場監督機構(ESMA)のべレーナ・ロス長官は暗号資産を監督する規制が及ばないロシアを念頭に「EU非加盟の国や地域のリスクも注意深く監視している」と述べ、欧州の域外の規制当局との連携を重視する考えを示しています。暗号資産は匿名や越境の取引が容易で、マネロンへの悪用が懸念されていことは本コラムでもたびたび指摘しているところですが、ウクライナに侵攻したロシアについて、金融制裁を受けていることから、暗号資産が抜け穴になっているとの指摘があり、FATFは暗号資産交換業者に対し、契約者の本人確認だけでなく、送金先の交換業者にも顧客情報を共有する「トラベルルール」を課していますが、現在、適用されるのは法整備が進んだ世界21カ国・地域だけでロシアは対象外となっており、暗号資産の持つ性質からみて実効性があまり高まっていな状況にあります(このあたりも前回の本コラム(暴排トピックス2024年3月号)で述べたとおりです)。。欧州議会は2023年4月に「暗号資産市場規制法案(MiCA)」を可決し、暗号資産の規制に乗り出しましたが、一方で、MiCAは課題も残しており、ブロックチェーン(分散型台帳)基盤上で動くDeFi(分散型金融)やDAO(分散型自律組織)など対話の窓口が不明のサービス主体については規制の対象外になっています。暗号資産をはじめブロックチェーン関連取引の持つ性質と各国の規制との間に大きなギャップ(アンマッチ)があり、それが「抜け穴」となっており、せっかく規制を強化しても全体の実効性が高まらない状況が続いています。

その他、AML/CFTに関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 金融機関のAML/CFTに電力会社が持つ個人情報を活用できるようになるとの報道(2024年4月3日付日本経済新聞)は興味深いものでした。偽造免許や空き家の住所で銀行口座をつくり、マネロンに悪用する犯罪が増えていることを受け、電力会社の情報と突き合わせることでなりすましによる口座開設を防ぎ、開設後も継続的に顧客管理ができるようになるというもので、カウリス社が、グレーゾーン解消制度で照会、経済産業省と個人情報保護委員会、国家公安委員会が電力会社が持つ契約情報と照合できるとの見解を示したものです。報道によれば、これまでは空き家かどうかの回答にとどまっていたが、今後は姓名、住所、電話番号も突き合わせられるようになるといい、犯罪者集団は、口座開設の際、免許証を偽造したうえで、空き家を住所として登録、不正に開設した預金口座をマネロンや犯罪収益の送金などに使っている実態がありますが、新規口座の開設申請があった際に、金融機関が申し込み情報を電力会社に照合することで、実際に住居として使われているか判定できるようになるということです(これまでは空き家かどうかのみだったが、居住者の姓名、住所、電話番号と合致するかまで本人の同意なしに照会可能との判断が示されたものです)。さらに、前述したとおり、口座開設時には本人でも、その後、犯罪者集団に売却されるなどして、悪用されるケースが後を絶たず、預金口座がネット上で売買され、対策が緩いとみられている金融機関ほど高値がついている実態がありますが、継続的顧客管理において電力情報を使って確認できるようになれば、金融機関にとって、効率化につながるほか、住所不明になっている預金者に対してATMで住所変更を促したり、口座差し止めの注意喚起をしたりすることも可能になり、実効性を確保することにもつながるといえます。
  • 北海道警札幌厚別署は、札幌市厚別区の70代女性が、約1400万円をだまし取られる被害にあったと発表、女性のマイナンバーカードの情報などを基に、女性名義のインターネットバンキングの口座を無断で作り、振り込ませたとみられています。同署は、新たな特殊詐欺の手口の可能性があるとして注意を呼びかけています。報道によれば、女性の自宅に1月中旬、「総合通信局」の職員や警察官を名乗る人物から「口座の情報が流出している」などと電話があり、女性はスマホの機種変更を指示され、スマホのビデオ通話機能で自分の顔やマイナンバーカードを相手側に示したといい、その後、相手は「あなたの口座が凍結される」などとして預金の移し替えを持ちかけ、振込先に女性名義のネットバンク口座を提示、女性は、口座が開設されたことを知らなかったが、不審に思わず、二つの金融機関の窓口から現金を振り込んだといいます。振込先が本人名義の口座のため、金融機関側でも不審に思わなかった可能性が高いと考えられます本件はeKYCを突破し、本人の知らないところで本人名義の口座を開設できてしまった点が脅威であり、金融機関としても詐欺に気づきにくいという巧妙・狡猾な手口であり、今後、注意していく必要があるといえます
  • 別の人物に開設させた他人名義の暗号資産口座をだまし取ったとして、大阪府警特殊詐欺捜査課は、詐欺の疑いで、留学生向け日本語学校などを運営する「名校教育グループ」の代表取締役を逮捕しています。口座にはロマンス詐欺やSNS型投資詐欺の被害金が振り込まれ、その後暗号資産に交換された形跡があったといい、大阪府警は容疑者がマネロン目的で暗号資産口座を悪用していた可能性があるとみています。報道によれば、2023年12月、SNS上でつながりのある人物を介し、面識のない大阪府内の30代男性に接触、男の名義で暗号資産口座を開設させ、容疑者自身も利用できるようにしたとしていい、男性は2024年2月、容疑者に名義を貸したとして、詐欺容疑で逮捕されています。2023年7月に大阪府内で発生した特殊詐欺事件を捜査中、被害金の一部が容疑者の管理する別の暗号資産口座に振り込まれていたのを確認、取引履歴を確認すると、数日間で数千万円が振り込まれたこともあったといいます。容疑者は他にも複数の口座を管理しており、大阪府警は、詐欺の被害金をマネロンしていた疑いがあるとみているようです。
  • 前項と似たような手口となりますが、特殊詐欺でだまし取った現金を暗号資産に換えてマネロンしたとして、組織犯罪処罰法違反罪などに問われた不動産会社「WYZZ」と、同社代表取締役ら2人の判決が大阪地裁であり、裁判官は同社従業員の男性に無罪を言い渡しています。報道によれば、同社は2015年ごろから、被告(代表取締役)の知人に暗号資産を取引して手数料を得て、一部取引には知人が詐欺で得た資金が含まれていたといいます。裁判官は、従業員の男性は「顧客の注文通りに売買するなど、裁量を与えられていなかった」と指摘、資金源が犯罪収益と認識する機会はなかったとして無罪としています。一方、被告(代表取締役)については、マネロンを容認していたと断定できないとして一部無罪としましたが、無許可で交換業を行ったことは認定し、懲役2年6月、執行猶予4年、罰金150万円としたほか、会社にも罰金150万円を言い渡しています。
  • 人材管理システムのカオナビ子会社で運転免許証などの画像を含む15万人超の情報が流出するなど、クラウドサービスでの個人情報の漏洩リスクが高まっています。カオナビは、子会社が運用するシステムのクラウドで管理していた個人データが漏洩したと発表、氏名や性別、住所、電話番号のほか、マイナンバーカードや運転免許証などの身分証明書の画像が外部から見られる状態で、15万4650人の情報が第三者にダウンロードされていたといいます。サーバーには本来なら外部アクセスができないよう設定しなければならなかったところ、「誤設定により(第三者から)閲覧可能な状態となっていた」(カオナビ子会社)といい、2024年3月の調査で発覚するまで、2020年1月から4年以上外部にさらされた状態だったといい、取り扱う情報の機微性・重要性に対して極めて杜撰な管理だったと愕然とさせられました。身分証明書の画像が流出したとなれば、eKYC等を含め、銀行口座や暗号資産取引口座の新規開設と悪用などが十分考えられるところであり、今後、悪用されていないかどうかを厳しく監視していく必要もありそうです
  • 生体認証サービスのLiquid社は企業向けに業界横断の不正検知サービスを始めるといいます。銀行やクレジットカード、通信などの事業会社から集めた利用者の顔画像などを一つのシステムに集約、異なる事業者がもつ利用者情報を共有することで、他人の情報を悪用した銀行口座の開設やアカウント発行を防ぐとしています。同社は同意を得た上で、1800万件以上の顔画像などの情報をデータベース化、企業は蓄積されたデータから虚偽の疑いがある取引を検知できるようになり、同じ顔画像で氏名や生年月日だけを変えた偽造書類による不正も検知可能となるといいます。同意が適切に得られていれば大変有用な仕組みだと評価できますが、前項のとおり、その情報の取扱いには厳格さがもとめられることになります。

(2)特殊詐欺を巡る動向

前回の本コラム(暴排トピックス2024年3月号)で取り上げた、SNS型投資詐欺・ロマンス詐欺の被害状況について、警察庁から資料が公表されていますので、あらためて紹介します。SNSを通じて金を騙し取る「非対面」詐欺の被害額(約455億円)が2023年、電話による特殊詐欺(約441億円)を超えたことが明らかになったものです。SNS型投資詐欺・ロマンス詐欺については、犯人側には従来の特殊詐欺よりリスクとコストが低減することになります。ネットで送金まで完結し、電話や現金授受で足がつきにくく、投資名目なので被害単価も上がり、犯行が効率化することになります。さらに、SNSだから標的は探し放題で、接近しやすいなど、犯人側には好都合な環境がそろっているといえます。特殊詐欺は、現金奪取の効率化を狙った一部グループが強盗(闇バイト強盗)に変質し、死亡者を出す事態に至りましたが、SNS型も変質し台頭した可能性が考えられるところです。すでに女性警察官や弁護士の関与が判明し事件化するなどしており、全国警察は情報共有し、実態解明を急ぐ必要があります。一方で、従来型の特殊詐欺も減っていないのが問題です。2023年は1万9033件と前年比8.3%増、被害額も19%増加しており、単純計算すると、SNS型と従来型の特殊詐欺で毎日、2億4千万円超が騙し取られている計算になります。また、フェイスブックなどのプラットフォーマーが著名人なりすましの投稿や広告を放置して被害を拡大させたとの批判も高まっており、監督官庁は厳しく指導すべき段階になっているといえます。

▼警察庁 令和5年中のSNS型投資・ロマンス詐欺の被害発生状況等について
  • SNS型投資詐欺
    • 相手方が、主としてSNSその他の非対面での欺罔行為により投資を勧め、投資名目で金銭等をだまし取る詐欺(特殊詐欺又はロマンス詐欺に該当するものを除く。)
  • ロマンス詐欺
    • 相手方が、外国人又は海外居住者を名乗り、SNSその他の非対面での連絡手段を用いて被害者と複数回やり取りすることで恋愛感情や親近感を抱かせ、金銭等をだまし取る詐欺(特殊詐欺に該当するものを除く。)
  • 令和5年1月~12月の認知状況
    • SNS型投資詐欺 認知件数 2,271件 被害額 約277.9憶円
    • ロマンス詐欺 認知件数 1,575件 被害額 約177.3億円
    • 合計 認知件数 3,846件 被害額 約455.2憶円
    • SNS型投資詐欺、ロマンス詐欺ともに昨年下半期の増加が顕著
    • 1件あたりの平均被害額は1,000万円超
    • 被害者の年齢層は、男性は50歳代から60歳代、女性は40歳代から50歳代が多い
    • SNS型投資詐欺はもちろんロマンス詐欺の多くでも、投資が詐取の名目となっている
  • 今後の対策
    • SNS型投資詐欺・ロマンス詐欺については、具体的な捜査手法や抑止対策において特殊詐欺と共通する面があることから、特殊詐欺対策及び匿名・流動型犯罪グループ対策と一体的に対策を推進する
    • 警察庁においては、本年4月に新設予定の長官官房参事官(特殊詐欺対策及び匿名・流動型犯罪グループ対策担当)及び組織犯罪対策第二課が中心となって、刑事、組織犯罪対策、生活安全、サイバー等の関係部門による部門横断的な対策を推進する
    • 都道府県警察においては、本部に組織犯罪対策等を担当する参事官級の職員を長とする部門横断的な対策PTを設置するなどの体制構築を行った上で、捜査と抑止を含む総合的対策を一元的かつ強力に推進する
    • なお、令和6年3月5日付けで、都道府県警察に対し、体制構築及び対策強化を指示する通達を発出済み

上記資料にも明記されていますが、警察庁は、サイバー捜査能力の向上や特殊詐欺対策、要人警護の強化など7つの治安課題に関し、4月までに全国の警察で計約2700人を増員するなど体制強化を図ると明らかにしています。各課題は、2022年7月の安倍晋三元首相銃撃事件を受けて業務や組織運営の在り方を見直した指針の中で、重点課題と位置付けていたもので、増員の内訳は、(1)サイバー分野で約500人、(2)SNSなどでつながる「匿名・流動型犯罪グループ」の取り締まり強化に約700人、(3)特殊詐欺対策で約500人、(4)先端技術の流出を防ぐ経済安全保障対策約400人、(5)要人警護の強化に約300人、(6)自転車や電動キックボードなどの対策に約100人、(7)単独でテロを実行する「ローンオフェンダー」対策は増員はせず、情報集約を一元化する新体制を構築するというものです。4月から警察庁のサイバー特別捜査隊が「部」に昇格するほか、特殊詐欺の広域捜査を推進するための「連合捜査班」(TAIT)が全国で発足、匿名・流動型犯罪グループ対策では、大規模繁華街がある12都道府県警(警視庁や大阪府警、愛知県警など)で、組織犯罪対策部門や生活安全部門などでつくる専従チームが設置されています。警視庁は特殊詐欺やひったくりなど幅広い犯罪の被害防止に取り組んできた犯罪抑止対策本部を、特殊詐欺に特化した組織に改変。特殊詐欺対策本部が司令塔となり、事件捜査は引き続き捜査2課や暴力団対策課で行う態勢としています。背景には、手口の広域化、複雑化があり、本コラムで継続的に取り上げているとおり、「ルフィ」などと名乗って強盗を繰り返していたグループが行っていた特殊詐欺事件のように、海外に拠点を置きながら、日本国内で「闇バイト」などとして受け子や出し子の実行犯を募集、秘匿性の高い通信アプリを使い、指示を送る一方、実行犯は指示役らの素性を知らず、離合集散を繰り返す、被害の発生地や現金の引き出された場所、指示役らの所在地が広範囲に散らばっている特徴があります。これまでは通常、被害の発生地を管轄する都道府県警が一元的に捜査を行ってきましたが、立ち回り先は大都市が多く、出張捜査が必要なケースが増加、連合捜査班を立ち上げ、大都市を管轄する警察が肩代わりすることで、捜査の迅速化・効率化を進めるとしています。

SNS型投資詐欺・ロマンス詐欺の特徴の分析も出始めています。実際に騙さされた事例では、「専用ウェブサイトでは利益が順調に増える様子がグラフで示されていた。指定される送金口座の名義が毎回変わることが少し気になったが、運用への期待が勝ったという」、「11回目の振り込みを誤って過去の口座に送金し、運営側に報告すると「早く指定口座に振り込め」と複数回、督促された。銀行窓口で確認すると送金先は、不審な口座と判断され、凍結されていた」、「グラフで1億円に迫る利益を表示していたウェブサイトは、よくできた偽物と分かった「、「男性は被害に気付くまで一度も「村上さん」側の誰とも対面せず、やり取りはSNSだけだった」といった点からその特徴を知ることができます。こうした非対面型の詐欺では、被害者が自宅にいながらスマホなどの操作だけで送金できるインターネットバンキングが使われるほか、投資に積極的な人は資金力があるため被害も高額になりやすく、だます側は電話を手当たり次第にかける手間もなく、詐欺グループと被害者がネット空間でつながり、第三者が介入する機会がないのが最大の特徴だといえます。したがって、偽のネット広告などを簡単に掲載できないよう、ネットサイトやSNSの運営側は対処することがより重要になっているともいえます。また、インターネット上の情報は玉石混交で、安全性や正確性を見極める情報リテラシーが欠かせず、人は興奮すると、冷静な判断ができなくなり、詐欺グループに感情をコントロールされることから、すぐに判断せずに時間を置くこと、誰かに相談することが重要となるといえます。また、滋賀県警が令和4年に特殊詐欺の被害に遭った132人から2023年、聞き取り調査をした結果、特殊詐欺について、「知っていた」と答えたのは100人(96%)だった一方で、「自分が被害に遭った手口を知っていたか」には77人(77%)が「知らなかった」と答えています。一方、被害者52人を対象とした「自分が被害に遭う(だまされる)かもしれないと思っていたか」の問いには、「だまされないと思っていた」が41人(79%)、「だまされるかもしれないと思っていた」は6人(11%)でした。さらに、未然に被害を防ぐための防犯対策については、「対策をしていなかった」が42人(81%)にのぼっています。また、2024年3月29日付日本経済新聞によれば、「フィンウェル研究所が継続実施する「60代6000人の声」アンケート調査の2023年版では、金融リテラシーと金融詐欺被害の関係を分析した。回答者6503人のうち、金融詐欺被害に遭ったと答えたのは441人、6.8%。その被害がすべてSNS型と断言できないが、決して人ごとではない規模感だ。この分析からわかったことが2つある。一般的に金融リテラシーが高いほど詐欺被害に遭いにくいといわれているが、60代に限ってみると金融リテラシー・クイズで測定した金融リテラシーの水準は、金融詐欺被害に遭った人の比率にほとんど影響なかった。しかし、回答者に自分の金融リテラシーは同年代と比べて高いと思うかと聞いた自己評価の設問とクロス分析すると、金融リテラシー・クイズの点数が低いにもかかわらず自己評価の高い、いわゆる自信過剰なグループの金融詐欺被害率は1割を超えていた」ということです。結局は、本コラムで継続的に警鐘を鳴らし続けているとおり、「自分は大丈夫」と思わず、「だまされるかもしれない」と謙虚に受け止め、詐欺の手口を知ること(金融リテラシーを高めるだけでなく、そもそも自信過剰となっていないか「己を知る」ことも重要)、特殊詐欺やSNS型投資詐欺・ロマンス詐欺の被害に遭わないためにできることは、これに尽きるといえます。

関連して、2024年4月6日付朝日新聞の記事「だから、あなたもだまされます 詐欺見抜けない理由 心理学者に聞く」も、特殊詐欺に騙される心理的メカニズムが解説されており、大変参考になりました。具体的には、「家族の危機を察知し、時には銀行の制止を振り切ってまでお金を渡す。これは認知機能がしっかりしていないとできない。実際、働き盛りや若者、いろいろな世代が巻き込まれているんです」、「警戒できていないわけだから、だまされやすいのは当然ですよね。「私はだまされない」と思って、無防備になってしまっている。自分の弱さを知らない「脆弱性の無知」と言うんですけどね。自分が弱い、もろい、だまされやすいと分かっていないから、誰かが被害に遭ったと報道されても「ひとごと」としか思っていない。だから、無警戒なんです」、「非現実的楽観主義といって、人間は誰しも根拠なく大丈夫だと思ってしまう。これは、ストレスや不安、心配から自分を守るためでもあり、悪いことではない。人間ってそうしないと、常に不安に襲われてしまうんです。ただ、この非現実的楽観主義の怖いところは、だまそうとしてくる相手のことをよく知らないのに、「自分は狙われないだろう」「狙われても対処できる」と思ってしまうことですね」、「疑うってことは、ものすごいエネルギーを消費して、コストがかかるんです。その人を完全に黒と判断するためには、時間も、知識も、経験も必要になります。お金もかかるかもしれない。すごい大変です。それをなるべく避けたいんです人間は。エネルギー消費をなるべく減らすようにして、1日を過ごそうとするわけです。その代表的な方法が、自分の経験をもとに瞬間的に判断すること。例えば、あの有名な人が言うならば正しいだろうとか。そういう簡単で便利な思考方法を使って、エネルギーの消費を減らすんです」、「「確証バイアス」が当てはまると思います。一度、自分の中で仮説を立てると、それに合致する情報ばかりを集めてしまうことです。例えば、電話の声を聞いて息子かもしれないと思うと、そういえば話し方も息子らしいなと思い込み、そういえば息子ならこんな行動するなとか、会話の中で合致する情報ばかりに注目してしまうわけです」、「話の途中で「おかしいな」と思ったって詐欺には遭ってしまうんです。なぜかというと、「もし本当に困っていたら、どうしよう」という懸念を完全に振り払えないからです」、「詐欺グループも、あえて矢継ぎ早に作業を指示して「早くしないと間に合わない」とせかして深く考える時間をつくらせません。言われた側としたら、本当に正しいのか確かめる余裕なく、お金の用意などの作業を進めてしまう」、「「ちょっとおかしいな」という違和感を大事にできるかどうかが、一番大きなところだろうと思います」、「その違和感を大事にできるかどうか、一度立ち止まって考えられるかどうかは、もともと、自分がだまされるかもしれないと思っているか、思っていないか。その差なんですね。自分自身がだまされるかも知れないと思っている人の方が慎重に行動できるはずなんですね」、「だます側が100%悪い。実際、周囲の人に責められて自殺した被害者もいます。ある意味、人間は信じるようにつくられてる。そうでないと、生きていけないんだから」、「被害に遭う可能性がある側としては、まず相手の手口がどんなものなのかを知る必要があります。だますシナリオに流行はありますが、心理的なやり口は変わりません」、「私たちの社会は互いを信頼することで成り立っています。特殊詐欺は、その社会の絆を壊す犯罪です。野放しを続ければ、人を信じられない社会になってしまいます。これだけ大きな社会問題ですから、国会でも詐欺の厳罰化を含めて法改正の議論を進めるべきです。またテレビ電話機能付きの固定電話の普及を進めるなど、ハード面でもできることはあります。テレビ電話なら、お金の話が始まった時に「顔を出せ」って言えばいいんですから」などというものです。やはりここでも、本コラムで以前から指摘しているとおり、「違和感を大事にする」「一度立ち止まって考える」「相手の手口を知る」ことが重要であることがわかります。

その他、SNS型投資詐欺・ロマンス詐欺に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • SNS型投資詐欺とロマンス詐欺について、福島県内での被害金額が2024年2月末時点で、2023年1年間を上回ったといいます。2月末時点での被害件数は合わせて14件、被害金額は2億7453万円。オレオレ詐欺などの特殊詐欺の被害額1256万円を上回っています。投資詐欺では、有名投資家をかたる広告からLINEグループに誘導され、投資名目で現金をだまし取られる手口が多いといい、ロマンス詐欺では、「国境なき医師団」や軍医などをかたり、「報奨金が出たので受け取ってほしい」などと誘い、手数料を請求し、振り込ませる手口が多いほか、恋愛感情を抱かせ、SNSでやりとりを重ね、「一緒に生活するためにお金を増やそう」などと持ちかける手口もあるといいます。
  • 東京都教育委員会は、風俗店で働き兼業したとして、多摩地域の小学校の女性教諭を停職6カ月の懲戒処分としています。報道によれば、女性教諭は2023年4~11月ごろ風俗店で勤務、「暗号資産の投資詐欺に遭って経済的に苦しく、家族を養うために週2回ほどの頻度で兼業した」と事実関係を認めているといい、匿名の通報で発覚したといいます。
  • 秋田東署は、外国人女性を名乗る相手からSNSで投資話を持ちかけられ、秋田市の60代男性が約1000万円をだまし取られたと発表しています。男性は相手と一度も会っていないといい、ロマンス詐欺と見られています。2024年1月上旬にSNSで男性に連絡があり、やりとりの中で「私の指示通りやれば必ずもうかる」と外国為替証拠金取引(FX)投資を勧められ、指定された口座に複数回現金を振り込んだものの、出金の手続きができないため不審に思い警察に相談したといいます。また、熊本県警玉名署は、熊本県北部に住む無職の60代男性が、約1億1000万円をだまし取られるロマンス詐欺の被害に遭ったと発表しています。男性は2024年3月、マッチングアプリで知り合った相手にFX投資を勧められ、指定された複数の口座に約20回にわたって金を振り込み、1回で500万~1000万円、1日に複数回振り込むこともあったといい、男性が親族に相談し、被害を届け出たものです。
  • 「世界の子供たちの支援に関わりませんか」という趣旨のネット広告をきっかけに、3000万円をだましとられる被害があったと北海道警北見署が発表しています。北見市内の60代の男性は、2024年2月上旬、めぐまれない子どもたちに寄付をするため、有名実業家が資金作りをしているという内容のSNS広告をクリック、実業家本人やアシスタントを名乗る人物からSNSで連絡があり、資金作りは、「国際ゴールド」への投資で行い、利益もでると聞いた男性は、8回にわたり、計約3000万円を指定された口座に送金、その後、お金を引き出せないことに気づき、4月1日に署へ相談したといいます。
  • 静岡県警は、静岡県吉田町に住む60代女性が現金約1億5800万円をだまし取られるSNS型投資詐欺被害に遭ったと発表しています。同様の詐欺事件としては、被害額は静岡県内で過去最大だといいます。女性は2023年11月中旬頃、フェイスブックで投資に関する広告からLINEのグループに招待され、グループ内の人物に「私ももうかったので、あなたも始めてしまえば」と誘われ、投資用のアプリのアカウントを作成、同12月~2024年3月、金への投資名目で数十回にわたって現金を振り込んだといい、著名な実業家を名乗る人物とのやり取りや、専用のアプリで虚偽のグラフを示して利益が出ているように見せるなどして信用させる手口だったということです。全く同じ手口で、同じく静岡県で、静岡市内の40代男性が、SNSを用いた投資詐欺の被害に遭い、約2800万円をだまし取られる事件も発生しています。また、牧之原市の70代男性も約4600万円をだまし取られる被害が確認されています。
  • 奈良県警は、奈良県生駒市の40代女性が投資詐欺に遭い、現金1403万円をだまし取られたと発表しています。女性は2024年1月、インターネットを利用中に表示された「ホリエモンが投資で成功している」との内容の広告に興味を抱き、LINEのグループに登録、そこで知り合ったメンバーにFXや暗号資産の投資を勧められ、7回にわたり計1403万円を指定された口座に振り込んだものの、出金しようとしたところ「20%の納税義務がある」などと言われて不審に思い、県警に相談して発覚したものです。
  • 大分県警は、県内の70代の女性が、現金2400万円をだまし取られる詐欺の被害に遭ったと発表しています。女性は2024年2月頃、SNSに表示された広告から著名人を名乗る男と知り合い、別のSNSでメッセージのやり取りを始め、「もうかるタイミングを教えてあげる」と株や金の取引を持ちかけられ、2024年3月5~28日に計13回、県内のATMなどから指定口座に振り込んだり、手渡ししたりしたといいます。また、別府署も、別府市内の60代の男性が同様の手口で約680万円をだまし取られる詐欺被害に遭ったと発表しています。
  • 東京・歌舞伎町を拠点とするナイジェリア人による覚せい剤密輸グループのトップが警視庁薬物銃器対策課などに逮捕されています。グループはロマンス詐欺の手口を応用、だました女性を「運び屋」として使っていたといいます。イスラエルから覚せい剤の入った郵便物2個を川崎市の30代女性が勤務する会社事務所に発送し、密輸した疑いが持たれています。女性は遅くとも2021年ごろには、外国人利用者が多い通信アプリ「ワッツアップ」を通じて「フランス在住の黒人のデスモンド」と称する男と知り合い、英語でやりとりを始めており、デスモンドは恋愛感情を抱くようになった女性に「いずれ日本に行くから、いつか一緒に住もう」などと言い、「服を先に送るから友人に渡してほしい」と、荷物を送り付けていたといいます。これが覚せい剤で、女性は「荷物を歌舞伎町まで運んでほしい」との依頼は拒んだものの、受け取りに来た黒人男性に荷物を渡したといい、その後もデスモンドは「日本でアパレルの仕事をしたい」などの名目で、何度も荷物を送ってきていたといいます。デスモンドが、本来の目的とみられる荷物の受け取りを女性に切り出すまでにかけた時間は約1年、長い時間をかけることで女性からの信用を積み上げていったことがわかります。女性は2022年6月、警視庁に覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)容疑で逮捕され、その後不起訴となって釈放されています。なお、ナイジェリア人の容疑者は歌舞伎町拠点のグループトップとして、警視庁が長年にわたり動向を追っていた「大物」だといい、密輸された覚せい剤は暴力団関係者らに卸され、売人らへと渡っているとみられています。西アフリカのナイジェリアはロマンス詐欺の「本場」といわれています。

特殊詐欺で現金を回収する「受け子」を担ったとして起訴された被告が「詐欺だと思っていなかった」と無罪を訴えるケースが少なくないといい、背景には、詐欺グループの上層部が合法的な仕事に見せかけて受け子を勧誘する実態があるといいます。詐欺罪は「だます故意」がないと成立しない中、裁判所は被告の「内心」をどう見極めているのか、2024年3月18日付朝日新聞が切り込んでいます。具体的には、「例えば、被告は東京地検で検察官を補佐する検察事務官の経験があり、特殊詐欺を扱ったこともあった。検察側は「詐欺とわかったはず」と主張。弁護側は、「捜査に従事した特殊詐欺とは(手口が)違うし、受け子の量刑(が重いこと)はよくわかっている」。被告は弁護士を目指して勉強中で、詐欺と気づいていればやるはずがないほか、以前もジモティーで見つけた別の仕事をしたことがあった、と反論した。被告自身も、金銭的に困っておらず、待機時間に勉強ができて好都合な仕事なので受けたと説明。「結果的に犯罪に加担したこと、本当に申し訳ない」と涙を流した。地裁は懲役3年の有罪と判断した。被告が最初の被害者に偽名を名乗った点に着目し、「通常の商取引ではおよそあり得ず、違法の可能性を想起させる事情だ」とした。高齢者から偽名で物を受け取るという特殊詐欺の手口は社会常識で、被告なら気づけたはずとも言及。「最初の被害者と対面した時点で『特殊詐欺かも』という未必的認識があったと推認できる」と指摘した。被告は控訴している」というもので、さらに、記事の中で弁護士は「受け子の募集や仕事の指示方法などがより巧妙化すれば、意図せずに犯罪に加担してしまったとして、故意が争われる事例がさらに増えるかもしれない」と指摘、「『詐欺かも』という不安であっても、故意が認められる可能性がある。『確信がなかった』『はっきり詐欺だとは思っていなかった』は抗弁にならないことは知っておくべきだ」とも話している点は大変参考になります。

特殊詐欺に暴力団等反社会的勢力が関与した事例をいくつか紹介します。

  • 年金事務所の職員を名乗り、還付金を返金したいとの名目で滋賀県内に住む60代の女性のATMから、現金およそ100万円をだまし取ったとして、静岡市清水区の六代目山口組傘下組織(清水一家)組員ら2人が電子計算機使用詐欺などの容疑で再逮捕されています。2人は特殊詐欺グループの一員と共謀し2023年11月、年金事務所の職員を名乗り、滋賀県の60代女性に「過剰徴収の年金があり、返金します」などと電話をかけ、その後、電話で指示してATMからおよそ100万円を送金させた疑いが持たれています。
  • 2024年1月にフィリピンで現地当局に同国での詐欺容疑で拘束された小山容疑者が、「ルフィ」などと名乗る幹部らが広域強盗事件を指示したとされる同国拠点の特殊詐欺グループに所属していた疑いがあるといいます。2018年~2019年ごろにはうその電話をする「かけ場」の一つにいたとみられ、警視庁捜査2課が、日本国内で被害のあった特殊詐欺事件に絡む窃盗容疑で逮捕状を取っています。小山容疑者は、現在は首都マニラ周辺で活動する暴力団系の日本人集団「JPドラゴン」の幹部(ナンバー3)とみられ、特殊詐欺グループのリーダー格は渡辺優樹被告=強盗致死罪などで起訴=で、警視庁はJPドラゴンの実態や、グループとの関係を慎重に調べるとしています。フィリピン入国管理局などによると、小山容疑者は日本当局からの情報に基づき、2年にブラックリストに入れられており、2024年1月に逮捕され、日本への強制送還についてはフィリピン国内での詐欺容疑事件の取り下げが前提となるとしています。渡辺被告は2018年ごろからフィリピンで特殊詐欺を始めたとみられ、広域強盗事件でルフィを名乗ったとされる今村磨人被告=強盗致死罪などで起訴=も合流、これまでにグループの関係者80人以上が摘発され、被害額は60億円以上に上っています。また、今村被告が2023年2月下旬ごろ、逮捕された後に警察署で弁護士と接見中、何者かと電話し、その人物から特殊詐欺への関与について「面倒を見るから事件については話すな」などと口止めをされた疑いがある件については、警視庁は2023年11月、この弁護士の事務所などを証拠隠滅容疑で家宅捜索、今村被告の電話の相手は小山容疑者だった可能性があるとされます。

特殊詐欺被害に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 特殊詐欺のうち還付金詐欺が、2024年になって埼玉県内で急増しており、被害額は2023年同期比で倍近くに上っているといいます。こうした事態を受け、埼玉県警は4月以降、県内の全コンビニエンスストアに「声掛けボード」を配布するなどの対策を取るとしています(店員が1人で店内のATMを操作している高齢者に見せて、被害を防ぐ目的で作成されたもので、「ATMで還付金(払戻金)は受け取れません」と大きく書かれています)。また、300人体制で高齢者方を戸別訪問して被害防止を訴えています。還付金詐欺は「医療費の過払いがある」といった嘘の電話をかけ、還付のためと称してATMを操作させてカネをだまし取る特殊詐欺の一類型で、被害者は高齢者が多い特徴があります。3月21日までに埼玉県内で発生した特殊詐欺227件のうち、還付金詐欺は73件で被害額は約1億1千万円、2023年1~3月の還付金詐欺は49件、被害額は約5400万円と、被害額は倍近くになっています。
  • 山梨県の笛吹市商工会は、業務用パソコンが何者かに遠隔操作され、同会のネットバンキング口座から計1000万円が不正送金される被害に遭ったと発表しています。約2000人の会員情報流出の有無も調査中といいます。職員が業務用パソコンを操作していたところ、ウイルス感染の警告が表示され、画面が消えなくなり、表示された番号に電話すると、マイクロソフト社の社員を名乗る男が出たため、指示に従ってウイルスを除去すると称するソフトを2台のパソコンにインストール、また、同会の四つのネットバンキング取引のIDとパスワードを教えたといいます。ウイルス除去には時間がかかると言われ、職員は指示通り電源を切らずに帰宅したが、不審に思った別の職員の指摘で約30分後に戻って電源を切ったものの、事態を知った同会は翌日にかけて口座取引停止の手続きを取ったり、警察に状況を報告したりしましたが、同日夜のうちに同一口座から3回に分けて計1000万円が不正送金されていたことがその後判明したものです。パソコンを操作した職員は「気が動転して、言われるまま操作してしまった。頭が真っ白になった」などと話しているといい、不正送金先の口座名義は異なる個人名だったといいます。
  • 千葉県警松戸署は、松戸市内に住む70代の無職女性が特殊詐欺で現金約2億5000万円をだまし取られたと発表しています。女性宅に2023年11月から2024年1月、警察官や検察官を名乗る男らから「あなた名義の携帯電話が購入され、不正に使われて被害届が出ている」、「あなたも共犯者に含まれているため、加担していないか調べる必要がある」などとうその電話があり、男らは、さらに女性の資産状況を調査するといい、「今の銀行口座を凍結しなければいけないが、インターネットバンクの口座であれば凍結せずに済む」として、ネットバンクに10個の口座を開設させ、その後、女性に自分の銀行口座からネットバンクの口座に計約2億5千万円を送金させて暗号資産に交換させ、男らが指定した暗号資産の口座に送金などし、だまし取ったというものです。女性は男らと毎日SNSでやりとりし、その日の行動を連絡するよう指示されており、1月下旬に連絡が取れなくなり、女性が署に連絡して被害が発覚したといいます。
  • 神奈川県警神奈川署は、外国籍で50代の男性会社員が母国の大使館職員を名乗る男らに約1億3700万円をだまし取られたと発表しています。神奈川県内で発生した特殊詐欺の被害額としては過去最高規模といいます。2023年10月27日、男性宅に大使館職員を装った男から「海外に送った荷物の個人情報が漏えいしている。日本の警察に相談した方がいい」などと母国語で電話があり、日本や母国の警察官を名乗る人物に電話が転送され、「別事件の容疑者になっている。保釈金を払わないと刑務所に入ることになる」と脅され、保釈金名目で6000万円を要求されたといいます。男性は3月上旬、神奈川署に「相手と連絡が取れなくなった」などと相談し、被害が発覚したものです。男性が違法行為に関与した事実は確認されていないが、大使館職員を名乗る男らの話を信じ込んだといいます。
  • 大阪府警は、大阪府内に住む60代女性が、架空の携帯電話料金未納の解決にかかる費用として約1億9500万円をだまし取られる詐欺被害に遭ったと発表しています。女性は2023年12月~2024年2月に64回にわたり、指定された銀行口座などに振り込んだといいます。2023年12月20日ごろ、女性のスマホに「携帯料金について話したい」とのメッセージが届き、女性が記載の番号に電話をかけると、NTTファイナンス社員を名乗る人物が「携帯料金の未払いが続き裁判になる。金を払えば裁判を止められる」と説明、信じた女性は98万円を指定口座に振り込み、その後も入金を続けたといいます。2024年2月、銀行で振り込み金を準備していた女性から話を聞いた行員が不審に感じ、府警に通報し発覚したものです。
  • 医師や親族になりすまし、現金をだまし取ろうとしたとして、警視庁捜査2課は、詐欺未遂容疑で、うその電話をかける「かけ子」役の3人の容疑者を逮捕しています。3人は仲間と共謀して2024年3月中旬、都内の70代女性宅に長男などを装って「会社のカードが入った財布をなくした。金を用意して」とうその電話をかけ、現金をだまし取ろうとした疑いがもたれています。直前に大学病院の医師をかたり「(女性の)長男の喉に腫瘍が見つかった。本人から電話があると思うが、声が変わっているので驚かないで」と伝えていたといいます。都内では2024年1月以降、手口の似た事件が約30件、被害額約7000万円が確認されており、ほかにも被害が広がっている可能性があるといい、警視庁は今後、道府県警と連携して捜査する新組織、特殊詐欺連合捜査班を投入し、全容解明を目指すとしています
  • 「あなたに逮捕状が出ている」と不安をあおり、警視庁の偽サイトに誘導して個人情報や金銭をだまし取ろうとするフィッシング詐欺の手口が確認されています。警視庁特殊詐欺対策本部によると、東京都内の男性には2024年3月ごろ、携帯電話に同庁捜査員をかたる人物から「あなたの口座が犯罪に悪用されている」と非通知で着信があり、その後、SNSのやりとりに移行、「逮捕状が出ているので、サイトで確認してほしい」と不安をあおり、同庁の偽サイトにアクセスするように指示され、偽サイトは、入力フォームに名前や電話番号を打ち込むと、自分の氏名が記載された「逮捕状」が表示される仕組みで、その後、捜査員をかたる人物は電話で「調査費として数十万円振り込んでもらえれば逮捕状を取り下げることができる」と話し、振込先口座を指定、「資金調査」と書かれた項目をクリックすると、自身が利用する金融機関の口座番号、暗証番号を記載するフォームが現れ、入力すると口座情報を抜き取られるといいます。同庁には3月末までに、「偽サイトに誘導され、逮捕状取り下げのため金銭を要求された」といった相談が4件寄せられ、同庁が調べたところ、少なくとも三つの偽サイトが確認されたというものです。
  • 「税務署からのお知らせ」などとかたり、個人情報を抜き取ろうとする不審なメールやショートメッセージが相次いでいるといいます。国税庁によると、利用が増えている電子申告「e―Tax」の関連を装ったメールも確認されており、同庁がHPなどで注意を呼びかけています。e―Tax利用者には国税庁から「お知らせ」が発信されることもあるが、このメールは「info@e-tax.nta.go.jpメールする」のアドレスから送られるといいます。国税庁を装ったメールは数年前から確認されているが、手口も巧妙化しており、送信元を「本物」のアドレスに似せた偽メールも確認されているといいます。

本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニエンスストア(コンビニ)や金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(最近では、これまで以上にそのような事例の報道が目立つようになってきました。また、被害防止に協力した主体もタクシー会社やその場に居合わせた一般人など多様となっており、被害防止に向けて社会全体・地域全体の意識の底上げが図られつつあることを感じます)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。また、最近では、一般人が詐欺被害を防止した事例が多数報道されています。直近でも、高齢者らの特殊詐欺被害を一般の人が未然に防ぐ事例が増加しており、たとえば、銀行の利用者やコンビニの客などが代表的です。2023年における特殊詐欺の認知・検挙状況等(警察庁)によれば、「金融機関の窓口において高齢者が高額の払戻しを認知した際に警察に通報するよう促したり、コンビニエンスストアにおいて高額又は大量の電子マネー購入希望者等に対する声掛けを働き掛けたりするなど、金融機関やコンビニエンスストア等との連携による特殊詐欺予防対策を強化。この結果、関係事業者において、22,346件(+3,616件、+19.3%)、71.7億円(▲8.5億円、▲10.6%)の被害を阻止(阻止率 54.6%、+2.1ポイント)」につながったとされます。また、もう少し細かい数字で言えば、埼玉県警によると、こうしたケースは2023年1~8月で104件にのぼり、すでに2022年1年間(103件)を超えたといいます。県警は、街頭での啓発活動や金融機関でのポスター掲示などが一定の効果を上げているとみています。また、被害を未然に防げた「水際防止」は2022年に全体で2215件となり、1888件だった2021年を上回って過去最多を更新しています。2023年も1~8月で1444件と最多に近いペースとなっています。大多数は家族やコンビニ店員、金融機関職員が詐欺と気づいて声をかけたものですが、居合わせた一般の人による声がけや警察への通報は2022年同期(64件)の1.6倍に増えているといいます。特殊詐欺の被害防止は、何も特定の方々だけが取り組めばよいというものではありませんし、実際の事例をみても、さまざまな場面でリスクセンスが発揮され、ちょっとした「お節介」によって被害の防止につながっていることが分かります。このことは警察等の地道な取り組みが、社会的に浸透してきているうえ、他の年代の人たちも自分たちの社会の問題として強く意識するようになりつつあるという証左でもあり、そのことが被害防止という成果につながっているものと思われ、大変素晴らしいことだと感じます。以下、直近の事例を取り上げます。

  • 「オレオレ詐欺」の被害を未然に防いだとして、神奈川県警鶴見署は、日本大学4年の阪部さんに感謝状を贈っています。70代の女性が横浜市鶴見区内の駅近くでスマホンのスピーカー機能で大音量で話す、落ち着かない様子と漏れ聞こえた会話内容から「詐欺」と直感して110番通報し、女性が現金の受け取り役の「受け子」に接触する直前に被害を食い止めたというものです。当時駅周辺には他にも通行人がいたといいますが、阪部さんは「見て見ぬふりは嫌だ」と即座に行動したといい、中西署長は「普段から問題意識を持ち、特殊詐欺だとひらめいてくれてありがたい」とたたえています。
  • 特殊詐欺被害を未然に防止したとして、警視庁城東署は、「ローソン大島四丁目明治通店」の店長、阿部さんに感謝状を手渡しています。阿部さんは過去にも2回、店を訪れた高齢者の被害を防いでおり、警視庁の「声掛けマイスター」も委嘱されています。レジで接客中に、80代とみられる男性が携帯電話で話しながら、電子マネー5万円分をレジで購入しようとしていることに気づき、金額が多いことを不審に思い、購入理由を尋ねると、男性は「パソコンがウイルスに感染して修理費用を支払いたい」と説明、阿部さんはすぐに詐欺と疑い、同署に通報したといいます。阿部さんは2022年7月と2023年10月にも、同じように店で電子マネーを購入しようとした高齢者に声を掛け、被害防止に貢献しています。報道で、「ちょっと勇気を振り絞って声を掛けることで、犯罪を防げる」と話していた点が注目されます。
  • バングラデシュからの留学生で神戸市内の大学に通うコンビニ店員が、「電話で誰と話しているんだろう。電子マネーをどう使うんだろう」と疑問に思い、被害にあった友人も身近にいたことから詐欺を疑い、カードの使用目的を男性に尋ねたところ、男性が答えられなかったため「販売できません」と断り、すぐに同僚に報告、しばらくすると、男性は再び「ATMで30万円振り込みたいが、やり方を教えてほしい」とお願いしてきたといい、男性は、携帯電話で通話したままだったことから、男性にことわった上で電話を替わると、すぐに切れたといいます。「詐欺ですよ」と男性に伝え、警察に届け出るよう促したといいます。

その他、最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 太平洋戦争の戦勝国が管理したとされる「M資金」詐欺事件で、被害に遭った外食大手「コロワイド」の蔵人金男会長が、詐欺罪で有罪判決を受けた被告らに賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は、計約36億円の支払いを命じています。判決では、刑事裁判と同様、戦勝国5カ国が管理する基金から2800億円の資金提供が受けられると蔵人会長に信じさせ、「必要資金」を詐取したと認定、請求金額全額を賠償するよう命令したものです。M資金詐欺は手口としては古いですが、被害が後を絶たない状況です。
  • 国際刑事警察機構(インターポール、ICPO)のユルゲン・ストック事務総長は、コロナ禍で「爆発的」に増加した人身売買とネット詐欺を組み合わせた組織犯罪が、当初の東南アジアだけでなく世界的なネットワークとして広がっていると警鐘を鳴らしています。同氏は「ネット上の匿名性を利用し、新たなもうけの手口に触発され、コロナ禍で急激に増殖したこれらの犯罪組織は10年前には想像できなかったほどの規模に膨らんでいる」と説明、初めは東南アジア限定の脅威だったが、今は世界全体における人身売買の危機となり、被害者は数百万人に上っているとも述べています。同氏によると、犯罪組織は合法的な仕事があるなどと言葉巧みに人々を勧誘してネット詐欺のグループに身柄を売り渡すことで、麻薬密輸以外に収益源を確保、依然として犯罪組織の収入の40~70%は麻薬密売あるものの、人身売買や武器密輸などにも手を広げているといいます。同氏は、国際金融システムを通じて行われている違法取引は年間で約2兆~3兆ドルに達しており、犯罪組織は毎年500億ドルほどの利益を得られると指摘しています。
  • シンガポールとマレーシアの情報メディア関連省庁は2024年2月下旬、インターネットなどの通信手段を使った詐欺犯罪への対策で協力することに合意しています。シンガポールでは2023年、こうした詐欺事件の被害総額が6億5180万シンガポールドル(約721億円)に達するなど、問題が深刻化しています(同国の人口は2023年時点で592万人で、詐欺の被害総額を人口で割ると、1人当たり110シンガポールドル(約1万2000円)に相当するといいます)。同国当局は今回のマレーシアとの協力を通して、国境を越えて「戦略上の機密情報」の共有を強化することであらゆる通信手段、特に電話やショートメールを用いた詐欺事件に対応することを目指すとしています。2月のシンガポール警察の発表によると、アジアの金融ハブである同国では2023年、4万6500件を超えるサイバー犯罪を含む詐欺事件が発生し、2016年に当局が詐欺事件の件数の記録を開始して以来、過去最多を記録したといいます。2022年の被害者数は3万1700人以上で、被害総額は6億6070万シンガポールドルにのぼっています。シンガポール警察担当者は2月、「ソーシャルエンジニアリング(心理的な隙や行動のミスを悪用して情報を抜き取る行為)やだましを用い、犯罪者に金銭を送金させる詐欺事件による被害総額は高い状態が続いている」と述べ、その上で、「フェイスブックやインスタグラムといったSNS、ワッツアップやテレグラムといったメッセージアプリで広がる詐欺犯罪の急増も懸念している」との見解を示しています。デジタルバンキングアプリを手掛ける英レボリュートは2024年2月、カード詐欺から顧客を守るためAIを使って詐欺を検知する新機能の提供を開始、新機能は顧客が詐欺にあっていることを事前に検知し、顧客が送金する前に詐欺師の手から顧客を守ることができるものだといいます。

(3)薬物を巡る動向

▼警察庁 令和5年における組織犯罪の情勢

冒頭でも取り上げた「令和5年における組織犯罪の情勢」(警察庁)から、薬物を巡る動向について確認します。今回の最大の特徴は、2023年に全国の警察が摘発した薬物事件の検挙者数について、大麻が統計のある1958年以降で最多の6482人(前年比+21.3%)に上り、初めて覚せい剤(5914人、前年比▲3.4%)を上回った点にあります。大麻の検挙者数は2014年(1761人)の約3.7倍で、4人に3人が10代か20代とSNSを使って安易に入手してしまう若年層への大麻の蔓延が引き続き深刻化しています(10代の検挙者数は、2014年の80人から約15倍になり、初めて1000人を超えたほか、高校生は前年比約1.4倍の214人、中学生も同約2倍の21人など低年齢化が加速しています)。さらに、警察庁が2023年10~11月、大麻の単純所持容疑で摘発した1060人を対象にした調査では、初めての大麻使用年齢は「20歳未満」が52.5%に上り、2017年に行った同様の調査の36.4%から約16ポイント上昇していたことからも、低年齢化が急激に進んでいることがわかります。動機はどの年代も「好奇心・興味本位」が最多で、入手先を知った方法は20歳未満の半数が「インターネット経由」、利用したツールはX(旧ツイッター)が約9割となりました。また、資金源として覚せい剤を扱うことが多い暴力団の犯罪は減少、覚せい剤の検挙者数も2016年以降減少が続いていますが、覚せい剤の押収量は1342.9キロ(同+1053.9キロ)と増加、外国人による密輸入が目立っています。本コラムで以前から指摘しているとおり、大麻は使用すると、幻覚を見たり記憶力が低下したりし、うつ病を発症しやすくなるなどとされますが、1グラム当たりの末端価格は覚せい剤の6万6000円に対し、大麻は5000円と入手しやすいことも蔓延につながっているといえます。また、2024年中には改正大麻取締法が施行されて使用罪が創設される予定で、2024年はさらに大麻の検挙者が増えるものと考えられます。さらに、2023年の大きな特徴としては、危険ドラッグの検挙者数が2022年比52.0%増の424人にのぼった点も挙げられます。2015年をピークに減少傾向が続いていましたが、2022年から増加に転じ、危険ドラッグを巡っては、大麻に似た成分を含む「大麻グミ」を食べた人の健康被害も2023年に相次ぎ、大麻グミなどの危険ドラッグは、どんな成分が入っているか分からず、危険性が高いため、注意が必要です。

  • 令和5年における薬物情勢の特徴としては、以下のことが挙げられる。
    • 薬物事犯の検挙人員は、近年横ばいで推移し、令和4年に減少傾向がみられたところ、令和5年は1万3,330人(前年比+1,188人、+9.8%)と前年より増加した。このうち、覚醒剤事犯の検挙人員は5,914人(同▲210人、▲3.4%)と前年よりやや減少し、第三次覚醒剤乱用期のピークであった平成9年の1万9,722人から長期的に減少傾向にある。大麻事犯の検挙人員は、平成26年以降増加傾向が続いていたところ、令和5年は6,482人(同+1,140人、+21.3%)と過去最多となるとともに、統計を取り始めて以降、初めて大麻事犯の検挙人員が覚醒剤事犯の検挙人員を上回った。
    • 営利犯検挙人員は、近年横ばいが続く中、1,301人(同+273人、+26.6%)と前年より増加した。このうち、暴力団構成員等によるものは349人(同+43人、+14.1%)とやや増加し、外国人によるものは338人(同+112人、+49.6%)と大幅に増加した。覚醒剤事犯の営利犯検挙人員は603人(同+153人、+34.0%)と前年より増加し、このうち、暴力団構成員等は220人(同+29人、+15.2%)と増加し3割以上を占めているほか、外国人も170人(同+73人、+75.3%)と前年より増加した。また、大麻事犯の営利犯検挙人員は、近年増加傾向がみられるところ、550人(同+114人、+26.1%)と前年より増加した。このうち、暴力団構成員等は112人(同+7人、+6.7%)とやや増加し、外国人は71人(同+31人、+77.5%)と増加した。
    • 薬物別総押収量は、覚醒剤が1,342.9キログラム(同+1,053.9キログラム、+364.7%)、乾燥大麻は784.5キログラム(同+494.9キログラム、+170.9%)といずれも前年より大幅に増加した一方、大麻濃縮物が35.7キログラム(同-38.3キログラム、-51.8%)と前年より大幅に減少した。
    • 以上のとおり、営利目的の覚醒剤事犯に占める暴力団構成員等の割合が高水準で推移していることや、外国人が営利目的で敢行した薬物事犯が大幅に増加している現状から、依然として、その背後にある暴力団や外国人犯罪組織等と薬物事犯との深い関与がうかがわれるところ、引き続き、密輸入・密売関連事犯等の営利犯の検挙による薬物供給網の遮断に取り組むこととしている。また、大麻事犯の検挙人員は過去最多を記録するなど、大麻の乱用拡大が顕著であることから、引き続き、厳正な取締りに加え、特に若年層による乱用防止を主な目的として、インターネット上での違法情報の排除や広報啓発活動を推進することとしている。
  • 覚醒剤事犯の検挙人員は5,914人と前年より減少した。同検挙人員は、第三次覚醒剤乱用期のピークであった平成9年の1万9,722人から長期的に減少傾向にあり、平成30年以降 連続して1万人を下回っている。なお、同検挙人員のうち、暴力団構成員等は1,947人(構成比率32.9%)、外国人は521人(同8.8%)となっている。人口10万人当たりの年齢層別検挙人員は、20歳未満が1.6人、20歳代が6.5人、30歳代が9.3人、40歳代が10.4人、50歳代が7.6人、60歳以上が1.8人であり、最多は40歳代で、次いで30歳代となっている
  • 大麻事犯の検挙人員は、平成26年以降増加傾向が続いていたところ、令和5年は6,482人と過去最多であった。大麻の種類別の検挙人員は、乾燥大麻に関する検挙人員は5,070人(構成比率78.2%)、大麻濃縮物に関する検挙人員は665人(同10.3%)といずれも前年より増加した。また、大麻事犯の検挙人員のうち、暴力団構成員等は729人(同11.2%)、外国人は447人(同6.9%)となっている。人口10万人当たりの年齢層別検挙人員でみると、前年と比較して、20歳代以下の年齢層では大幅に増加、30歳代と40歳代が微増、50歳代以上の年齢層ではおおむね横ばいで推移した。最多は、前年に引き続き20歳代で、次いで20歳未満、30歳代となっており、これらの年齢層で同検挙人員の88.6%を占めている
  • 危険ドラッグ事犯の検挙状況は、平成27年のピーク以降、検挙事件数及び検挙人員の減少傾向が続いていたが、令和4年に増加に転じ、令和5年は375事件、424人とそれぞれ前年より大幅に増加した。適用法令別では、指定薬物に係る医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(以下「医薬品医療機器法」という。)違反、麻薬及び向精神薬取締法違反のいずれもが大幅に増加した。危険ドラッグ事犯のうち、暴力団構成員等によるものは9事件9人、外国人によるものは41事件46人、少年によるものは32事件38人となっている。危険ドラッグ事犯のうち、危険ドラッグ乱用者の検挙人員は395人(構成比率93.2%)となっている。危険ドラッグ乱用者の年齢層別検挙人員は、20歳代以下が6割以上を占めている。また、年齢層別の構成比率を前年と比較すると、20歳未満の占める割合が増加、20歳代及び40歳代の占める割合が微増、30歳代及び50歳以上の占める割合は減少している。危険ドラッグ乱用者のうち、薬物犯罪の初犯者が318人(構成比率80.5%)、薬物犯罪の再犯者が77人(同19.5%)となっている。危険ドラッグの入手先別では、最多は密売人76人(構成比率19.2%)となっている。危険ドラッグ密輸入事犯の検挙状況は46事件、51人と前年からおおむね横ばいであった。仕出国地域別では、最多は台湾9事件、ベトナム9事件、次いでスロバキア6事件、アメリカ4事件となっている。
  • 薬物別の押収量は、覚醒剤が1,342.9キログラム、乾燥大麻が784.5キログラムとそれぞれ前年より大幅に増加した一方、大麻濃縮物は35.7キログラム、大麻樹脂は1.0キログラムとそれぞれ大きく減少した。また、主な麻薬では、MDMAが16万9,374錠、コカインが53.4キログラムとそれぞれ前年より大幅に増加した
  • 覚醒剤事犯の検挙人員の32.9%(1,947人)を暴力団構成員等が占めている。組織別では、六代目山口組、神戸山口組、絆會、池田組、住吉会及び稲川会の主要団体等で、覚醒剤事犯に係る暴力団構成員等の全検挙人員の77.7%を占めている。大麻事犯の検挙人員の11.2%(729人)を暴力団構成員等が占めている。組織別では、六代目山口組、神戸山口組、絆會、池田組、住吉会及び稲川会の主要団体等で、大麻事犯に係る暴力団構成員等の全検挙人員の77.9%を占めている。
  • 全薬物事犯の営利犯検挙人員(1,301人)のうち、外国人は338人(構成比率26.0%)を占めている。国籍・地域別では、最多はベトナム111人、次いで中国26人、メキシコ19人、アメリカ16人、ブラジル15人、カナダ13人、香港12人となっており、最多のベトナムが、外国人の全営利犯検挙人員の32.8%を占めている
  • 大麻乱用者の実態
    • 対象者が初めて大麻を使用した年齢は、20歳未満が52.5%、20歳代が35.1%と、30歳未満で9割近くを占める(最低年齢は11歳(1人))。初回使用年齢層の構成比を平成29年と比較すると、20歳未満が36.4%から52.5%に増加しており、若年層の中でも特に20歳未満での乱用拡大が懸念される。
    • 大麻を初めて使用した経緯は、「誘われて」が最多であり、20歳未満が79.1%、20歳代が70.2%と、特に若年層において誘われて使用する割合が高い。使用した動機については、いずれの年齢層でも「好奇心・興味本位」が最多で、特に30歳未満では約6割を占めるなど顕著である。また、同年齢層では、次いで「その場の雰囲気」が多く、比較的多い「クラブ・音楽イベント等の高揚感」、「パーティー感覚」と合わせてみると、若年層では、身近な環境に影響を受け、短絡的かつ享楽的に大麻に手を出す傾向がうかがわれる。30歳代及び40歳代の壮年層では、「ストレス発散・現実逃避」や「多幸感・陶酔効果を求めて」といった、薬理効果を求める動機が比較的多数を占めた。
    • 検挙事実となった大麻の入手先(譲渡人)を知った方法は、30歳未満で「インターネット経由」が3分の1以上を占め、その9割以上がSNSを利用していた。「インターネット以外の方法」では、全ての年齢層で「友人・知人」から直接大麻を入手しているケースが半数程度に上り、30歳未満では半数を超える。
    • 大麻に対する危険(有害)性の認識は、「なし(全くない・あまりない。)」が76.4%(前年比3.1ポイント低下)で、覚醒剤に対する危険(有害)性の認識と比較すると、昨年に引き続き著しく低い。また、大麻に対する危険(有害)性を軽視する情報の入手先については、引き続き、「友人・知人」、「インターネット」が多く、年齢層が低いほど「インターネット」の占める割合が高い傾向にある。
    • 大麻の使用を阻害し得る要因について、「警察に捕まるまでやめられなかった」との回答が全体の約半数(49.3%)で、いずれの年齢層においても最多を占めている。また、「配偶者以外の親族からの忠告・助言等」、「友人・知人からの忠告・助言等」及び「その他の者からの忠告・助言等」との回答が占める割合は、年齢層が低いほど高い傾向にある。
    • 大麻乱用者が感じている大麻の魅力は、いずれの年齢層においても「精神的効果」(リラックス効果・多幸感・陶酔感等)が最多となっており、全体の7割以上を占めている。一方で、20歳代以下の若年層においては、「かっこいい」との回答が比較的多く、20歳未満では約1割を占める。
    • 今回の実態調査では、大麻を使用し始めた経緯や動機、入手先、危険(有害)性に関す る誤った認識の形成等多くの面で、前年に引き続き、若年層(30歳未満)の大麻乱用者の多くが身近な環境に影響されている実態が改めて裏付けられた。
    • また、大麻に対する危険(有害)性の認識を有さない者の割合が前年(79.5%)から僅かに低下したものの、依然として全体の8割近くを占めている実態も明らかとなった。
    • 一方で、20歳未満の年齢層において、大麻の使用を阻害し得る要因に関して、「配偶者以外の親族からの忠告・助言等」、「友人・知人からの忠告・助言等」及び「その他の者からの忠告・助言等」の占める割合が他の年齢層より高いことや、同年齢層において、感じている大麻の魅力について、「かっこいい」の占める割合が顕著に高いことなどから、少年等若年層と関係性を有する人物を含む周辺環境に着目した広報啓発活動等の重要性が再確認されるとともに、その有効性を示唆する実態がうかがわれた
    • 引き続き、少年等若年層の周辺環境を健全化させるための総合的な施策が求められるとともに、大麻の供給源となる組織的な栽培・密売を厳正に取り締まり、SNSにおける違法情報の排除や大麻の危険(有害)性を正しく認識できるような広報啓発等を推進することが重要である。
  • 薬物密売関連事犯の検挙件数1,062件のうち暴力団構成員等によるもの(主たる被疑者が暴力団構成員等のもの)は343件(構成比率32.3%)となっており、同事犯の3割強は暴力団構成員等が関与している。また、薬物密売事犯の検挙人員のうち暴力団構成員等が267人(同34.8%)を占めており、同事犯で検挙された3人に1人以上が暴力団構成員等である。なお、覚醒剤密売事犯の検挙人員に占める暴力団構成員等の構成比率は50.8%と前年よりやや減少するも過半数を占めており、依然として、覚醒剤密売に係る犯罪収益が暴力団の資金源となっている実態がうかがわれる。主要団体等の組織別でみると、六代目山口組、神戸山口組、住吉会及び稲川会の4団体で、同事犯に係る暴力団構成員等の全検挙人員の71.0%を占めている。また、暴力団構成員等による大麻の密売関連事犯の検挙人員は、近年横ばいが続く中、86人(構成比率22.1%)と前年より増加した。
  • 薬物密売関連事犯の検挙件数1,062件のうち外国人によるもの(主たる被疑者が外国人のもの)は75件(構成比率7.1%)となっている。検挙人員でみると、同事犯の検挙人員(767人)のうち外国人が50人(構成比率6.5%)を占めている。また、外国人による覚醒剤密売関連事犯の検挙人員は22人(構成比率6.6%)、大麻密売関連事犯の検挙人員は17人(同4.4%)と、いずれも前年から横ばいであった。なお、麻薬及び向精神薬密売関連事犯の検挙人員は11人と前年と同数であったが、構成比率は24.4%と他の薬物と比べて高くなっている
  • 覚醒剤の密輸入事犯の検挙件数は200件と前年より大幅に増加した。検挙人員については、暴力団構成員等及び外国人はいずれも増加した。態様別では、国際宅配便利用の占める割合が前年より大幅に低くなった一方、航空機利用による携帯密輸入の占める割合は大幅に高くなっている。こうした状況の背景には、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い実施されていた入国制限の解除が影響したものと推認される。また、国内における根強い覚醒剤需要の存在に加え、国際的なネットワークを有する薬物犯罪組織が国内外に存在し、国内における覚醒剤取引を活発化させていることがあると推認される。押収量については、密輸入事犯の検挙件数の大幅な増加に伴い、前年より大幅に増加した。
  • 暴力団構成員等による薬物密輸入事犯の検挙人員は58人と前年よりやや減少した。同検挙人員の薬物別内訳をみると、覚醒剤事犯が51人(構成比率87.9%)、大麻事犯が2人(同3.4%)、麻薬及び向精神薬事犯が5人(同8.6%)と9割近くを覚醒剤事犯が占めており、最近5年間で最も高い割合となっている。組織別では、六代目山口組、神戸山口組、絆會、池田組、住吉会及び稲川会の主要団体等で、覚醒剤密輸入事犯に係る暴力団構成員等の全検挙人員の90.2%を占めている。なお、主要団体等では、最多は稲川会21人(構成比率41.2%)、次いで六代目山口組12人(同23.5%)、住吉会8人(同15.7%)、絆會3人(同5.9%)、神戸山口組2人(同3.9%)となっており、特に稲川会が覚醒剤密輸入事犯に深く関与し、有力な資金源としている状況がうかがえる

以前の本コラムでも取り上げましたが、ドイツで2024年4月から個人による嗜好用大麻の使用と所持を認める法律が公布されています。入手方法は自家栽培と、認可された非営利グループで栽培した大麻に限定され、流通を管理し、闇市場での粗悪品の取引や未成年者の使用を抑止する狙いがあります(闇市場で粗悪な製品の取引が広がり、健康被害のリスクを高めているなどとして、一定の条件のもとで使用を認めることにしたものです)。嗜好用大麻の合法化はEU加盟国ではマルタ、ルクセンブルクに次いで3カ国目、カナダやメキシコなどのほか、米国でも一部の州で認められるなど、世界で合法化の動きが広がっています。今回の法律によると、18歳以上の成人は個人使用の目的で、公共の場で25グラム、自宅で50グラムまでの所持と、3株までの栽培が認められ、未成年者の近くや、保育施設、学校、スポーツ施設などの周辺での使用は禁止されています。入手先として非営利グループを利用できるのは2024年7月からで、ドイツに6カ月以上居住する18歳以上が会費制で会員となり、1日に25グラム、月に50グラムまで入手できることになります。一方、ドイツ医師会は大麻吸引そのものが、脳の発達に悪影響を与えるなどとして合法化に反対、連邦議会議員に大麻使用を認める法案に賛成しないように呼びかけていました。

EUでは、オランダは大麻を合法化していないものの、違法としつつも積極的には罰しない「非刑罰化」政策を1976年からとっていることで知られています。そのため、観光客が大麻目当てに訪れる「ドラッグ・ツーリズム」が浸透、オランダ政府の調査によると、アムステルダムを訪れる年間2千万人の外国人観光客のうち58%が大麻目的だといいます。これまではコーヒーショップが麻薬カルテルといった犯罪組織から大麻を入手しても、当局は黙認してきましたが、マネロンや外国に不正送金する「地下銀行」など、大麻の供給が長年にわたって様々な犯罪と結び付いてきたことを問題視、2023年12月から、合法化に向けた実証実験が計10都市で段階的に始まっているといいます。目的は、当局による大麻の生産から納品までの一括管理で、今後、コーヒーショップに大麻を出荷できる生産者を国内の2社に限定し、種子の段階から販売に至るまで、当局が専用の追跡システムを使って監視するとしています。前述のドイツもそうですが、大麻の合法化の流れは世界で徐々に広がっています。現在、世界で嗜好用大麻を合法化する国は9カ国に上り、アジアでは2年前にタイが医療目的での使用を合法化、米国では、50州のうち38州が医療用、24州が嗜好用での使用を合法化しています。世界で初めて合法化に踏み切ったのは、2013年の南米ウルグアイで、同国の大麻規制当局によると、当局の承認を受けた薬局などの販売者は現在約9万人で、2018年から5年間で1.5倍以上に増えています。その結果、犯罪組織に流れる資金を一定程度食い止めることができたと評価しています。一方で、薬局などで売られている大麻は、幻覚などを引き起こす成分の含有量が少なかったり、供給量が十分でなく予約制だったりすることから、購入する使用者は全体の34%にとどまり、残りは依然、承認を受けていない麻薬カルテル絡みの売人などから購入しているのが実態だといいます(結局、合法化の成果を簡単には評価できない状況だということです)。ただ、大麻に限らず、薬物に関して、欧米を中心に「ハーム・リダクション」という考え方が主流になりつつあり、薬物が蔓延し、違法薬物ビジネスが爆発的に広がる中、薬物使用をゼロにすることはもはや不可能に近く、それならば、「ハーム(害)」が大きい薬物から、より小さいものに換えていこうという発想で、端的に言えば、より危険性が高い「ハードドラッグ」を使われるくらいなら、大麻を合法化して使われる方がよいと考えているということです。欧州薬物・薬物依存監視センター(EMCDDA)の研究によると、結果的に、危険性の高い違法薬物の使用が減り、過剰摂取による死亡や注射器の回し打ちでの感染症の防止につながっているといいます。報道で薬物依存の問題に詳しい筑波大学の原田隆之教授は「厳罰化は、薬物使用者の孤立を深め、スティグマ(偏見)を助長して社会復帰を難しくする。捕まった直後は懲りるかもしれないが、刑務所から出たらまたすぐに使ってしまう。依存症というのは脳の病気であり、刑罰だけでは対処が困難で、どうしても治療が必要だ」と述べています。薬物汚染の度合いが他国より低いとはいえ、再犯率の高さは見逃せず、覚せい剤は再犯率が7割に上っている実態をふまえれば、刑罰の意義を問い直す必要、ハーム・リダクションの考え方を導入する検討の必要もあるといえます。

2023年3~9月、米ネバダ、テキサス両州から非公用軍事郵便などを使って大麻成分に似た人工化合物を混合した合成麻薬が、米軍嘉手納基地(沖縄県嘉手納町など)所属の軍人8人に送付されていたといいます。九州厚生局沖縄麻薬取締支所(麻取)は、いずれも20代の男女8人を麻薬取締法違反(密輸など)容疑で那覇地検に書類送検しています。水際阻止を目指す捜査当局は密輸ルートの解明に向け、米軍側と共同で捜査を進めるとしています。嘉手納基地での沖縄地区税関の検査で発覚し、捜査当局は液体状の合成麻薬が入った小型の入れ物などを押収、麻取は、税関検査のない公用軍事郵便を使った容疑者もいるとみているといいます。日本では合成麻薬は違法ですが、米国は2023年5月にこの合成麻薬を違法薬物に指定、麻取は日米地位協定に基づき、米空軍特別捜査局(OSI)などに捜査を依頼、米軍側は同基地内の容疑者宅を捜索するなどして、合成麻薬の密輸に絡む証拠物を押収、発送元は、いずれも米ラスベガスなどに拠点がある違法薬物店の系列店だったといい、麻取は空軍内で「この店に注文すれば容易に密輸できる」という情報が回っていたとみているといいます。また、国際郵便より送料が安価な非公用軍事郵便が密輸の温床となっているとの情報もあります。WHOはこの合成麻薬について、解離症状や幻覚を引き起こす危険性があるとしており、米国は最も危険性が高いカテゴリーに指定しています。事件を受け、麻取は2023年11月、米麻薬取締局(DEA)に米国での取り締まりを要請する異例の措置を取りましたが、2024年に入ってからも、同基地の複数の軍人宛てに同じ合成麻薬が別の発送元から送付されたことが確認されたといいます。日本での流通はまだ確認されていないものの、基地内で蔓延し、国内に出回ることも否定できないうえ、軍関係者による薬物を使った事故や犯罪が起きることもあり得るため、日本の捜査当局も警戒しているといいます。報道で税関幹部は「税関検査で全てを見抜けているわけではない」と話しているうえ、違法薬物が見つかっても、大半は「中身は知らなかった」などと否認し、実態解明につながるケースは少ない実態があります。2024年12月、麻薬取締法違反などで有罪判決を受けた米海兵隊員も最後まで入手先や譲渡先に関する証言を拒み続けたケースもあります。

先ごろ廃部となった日本大学アメリカンフットボール部員の違法薬物事件で、大麻とみられる薬物を違法薬物と認識した上で所持したとして、麻薬特例法違反(規制薬物としての所持)容疑で警視庁に書類送検された元部員7人について、東京地検は不起訴としています。一連の捜査で立件された11人のうち、不起訴は8人となりました。また、日本大学は、2024年春実施の2024年度入試の志願者数が約7万5000人となり、2022年から2万人以上減ったといいます。不祥事によるイメージ低下が原因とみられています。本件では、事件への対応を巡る学内のガバナンス(組織統治)不全も露呈し、2024年度の経常費補助金(私学助成金)は全額不交付となっています。日大では2018年、アメフト部員が対戦校選手に危険なタックルをして負傷させた問題が起き、翌2019年入試の志願者数は前年比88%に、元理事長が所得税法違反容疑で逮捕された翌年の2022年入試は同96%となっていました。一方、早稲田大の相撲部員を巡る大麻取締法違反事件で、同法違反(譲り受け未遂)や麻薬特例法違反(所持)の容疑で書類送検された早大の19~21歳の男子学生3人と元学生(21)=大麻取締法違反で有罪判決=の計4人について、福岡地検は、不起訴処分にしています。地検は、21歳の学生2人と元学生の計3人は「諸般の事情を考慮した」、19歳の学生は「非行内容を立証するに足りる証拠はない」としています。19歳の学生は2023年7月中旬ごろ、知人に依頼して西東京市にある部員方(当時)に大麻を含む植物片1.568グラムを郵送させようとし、残る3人は大麻を所持したなどとして2024年2月に書類送検されていました。また、福山大サッカー部員に違法薬物を譲り渡したとして、福山区検は、建設作業員の男性(23)を、麻薬特例法違反(譲り渡し)罪で略式起訴、福山簡裁は罰金20万円、追徴金4千円の略式命令を出し、男性は即日納付しています。報道によれば、2024年1月9日、倉敷市内のコンビニエンスストア駐車場で、当時部員だった前山被告(21)=大麻取締法違反(所持、譲り受け)罪で起訴=に、約1グラムの大麻のような物を4千円で譲り渡したとしています。福山大サッカー部を巡っては、前山被告を含む部員4人が大麻取締法違反容疑で逮捕され、うち2人が起訴されており、4人は既に退部しています。一方、同部は活動を自粛していたが「多くの学生には無関係」とし、2024年3月4日から活動を再開しています。さらに、違法薬物に関わり4人の部員が逮捕された東農大ボクシング部が関東大学リーグで1部から2部に降格処分となりましたが、2024年5月からのリーグ戦参加は認められています。今後の指導ガイドラインの提出が求められ、2023年度の団体成績は抹消となりました。東農大ボクシング部はプロの世界王者や複数の五輪代表を輩出した強豪として知られ、大学は4人以外の関与がないことを確認し、部の存続を決めていました。大学生による違法薬物問題は後を絶ちませんが、大学そのものへの影響が大きいこと、その処分等にもそれぞれ考え方があることが認められます。

薬物に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 覚せい剤や大麻などを販売する目的で所持したとして2024年3月に逮捕された六代目山口組茶谷政一家の構成員について、覚せい剤取締法違反などの罪で札幌地検が起訴しています。被告は2024年1月、札幌市北区新琴似のアパートで覚せい剤およそ213gや乾燥大麻およそ509g、大麻リキッドおよそ47gを販売する目的で所持した罪などに問われています。同3月に逮捕され、警察は現場のアパートなどから末端価格で2500万円相当の薬物を押収していました。一方、細谷被告とともに逮捕された男性2人は不起訴処分となりました。また、営利目的で覚せい剤を所持したとして、2024年3月、旭川市に住む元暴力団幹部の男が札幌地検に起訴されています。被告は2024年2月下旬、営利目的で覚せい剤を所持したとして逮捕されていました。その後の捜査も併せて、北海道厚生局麻薬取締部が、100袋以上に分けられた覚せい剤合計344.745グラム(末端価格2139万円)などがみつかり、逮捕時の状況から被告が営利目的で覚せい剤を所持したとみられていますが、酒井被告は調べに対し「持っていないし売っていない」と容疑を全面的に否認しているということです。
  • 液体に溶かしたコカインをジャンパーに隠した布や冊子などに染み込ませて国際郵便でブラジルから密輸しようとしたとして、東京税関は関税法違反(禁制品輸入未遂)の疑いで男女4人を告発、4人は麻薬取締法違反(営利目的輸入)の疑いで関東信越厚生局麻薬取締部や埼玉県警に逮捕され、その後、起訴されています。4人のうち、ブラジル国籍の被告とボリビア国籍の被告の告発容疑は共謀し、2023年1月と8月、コカイン807グラム(末端価格約1900万円相当)とコカインを含んだ固形物115グラムを溶かし、冊子や印刷画にそれぞれ染み込ませて発送し密輸を図った疑いがもたれているものです。
  • ブラジルからコカイン約2キロを密輸しようとしたとして、東京税関はいずれも埼玉県の当時19歳の元少年2人を関税法違反(密輸未遂)の疑いでさいたま地検に告発しています。2人は2023年7月、ブラジルからコカイン計約1950グラムを上着8着に隠して国際スピード郵便(EMS)で自宅宛てに送り、密輸しようとした疑いがもたれています。コカインを水に溶かして布に染みこませ、上着の中綿部分に布を入れていたものですが、麻薬探知犬が荷物に反応し、発覚したといいます。税関は、元少年らは埼玉県内の人物から依頼を受けるなどして、荷物を受け取ろうとしたとみています。東京税関が2023年に摘発したコカインの密輸は49件(45キロ)で、統計をとり始めた1985年以来最多となりましたが、2024年は密輸で未成年が摘発されるケースが増えているといい、警戒を強めています
  • 15回にわたり大麻を含む違法薬物を輸入したなどとして、東海北陸厚生局麻薬取締部は、大麻取締法違反(営利目的輸入)などの疑いで、岐阜市の無職の容疑者を逮捕しています。3億円以上相当の約10.5キロの大麻を押収、麻薬取締部によると、水枕や化粧水の容器などに薬物を隠して海外から郵送して密輸した疑いがもたれています。大麻成分を多く含む「ムーンロック」と呼ばれる固形大麻や高濃度の大麻リキッドなどを取り扱い、依存度の高い顧客を相手に販売したとみられています。逮捕容疑は2022年10月~2023年10月、15回にわたって大麻リキッドや「ヘキサヒドロカンナビノール(HHC)」と呼ばれる指定薬物などを密輸したほか、同市で大麻や大麻グミを所持したとしています。また、名古屋税関は、関税法違反(禁制品輸入未遂など)の疑いで名古屋地検に告発しています。
  • 福岡県警は、タイから福岡空港を経由し覚せい剤計約11キロを密輸したとして、覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)の疑いで、タイ国籍の容疑者を逮捕しています。門司税関福岡空港税関支署によると、末端価格で約6億7700万円に上り、福岡空港での押収量としては過去最大ということです。逮捕容疑は、タイのスワンナプーム国際空港から福岡空港に、預け入れ荷物のスーツケースに覚せい剤粉末約7キロを、手荷物のボストンバッグに約4キロをそれぞれ入れて密輸したとしています。覚せい剤の一部は、液体に溶かして飲むジュース粉末の袋に入れられていたといい、税関検査で発覚しています。
  • 兵庫県警明石署は、明石市内の中学2年の男子生徒(14)を大麻取締法違反容疑で逮捕しています。「SNSを通じて知り合った人から買った」と話しているといいます。明石市内の親類宅で、大麻草0.334グラムを所持した疑いがもたれています。男子生徒は、「知らない人からもらった薬を飲んで気分が悪くなった」と自ら119番、同署が調べたところ、紙に巻いた乾燥大麻が見つかったといい、男子生徒は「スマホを使って3000円で購入した。大麻を使うのは初めてだった」と話しており、同署は一緒にいた10歳代の知人少年から話を聞いているといいます。
  • 知人女性に覚せい剤を譲り渡したとして、警視庁薬物銃器対策課は、陸上自衛隊の1等陸尉を覚せい剤取締法違反(譲り渡し)容疑で逮捕しています。1尉は階級上、自衛隊幹部にあたります。2024年1月、東京都江戸川区内で知人の20代女性に覚せい剤約1グラム(末端価格6万2000円)を無償で譲渡したというものです。知人女性が覚せい剤を所持したとして現行犯逮捕され、その後の捜査で1尉の関与が浮上したということです。
  • 密売人から薬物を購入したり、自宅で大麻リキッドを所持したりしたとして、麻薬特例法違反(規制薬物の譲り受け)と医薬品医療機器法違反の罪に問われた俳優村杉蝉之介(本名・友一)被告に対し、福島地裁は、懲役10カ月執行猶予3年(求刑懲役10カ月)の有罪判決を言い渡しています。被告は2022年11月~2023年1月ごろ、密売人に計約18万円を支払い、MDMAのような錠剤8個、大麻のような物計約7.3グラムとLSDのような物6枚を鹿児島県内から自宅に郵送させ、規制薬物として譲り受けたほか、2023年11月、自宅で大麻リキッド約0.49グラムを指定薬物と誤認して所持したとされます。初公判では起訴内容を認め、「他人と接するとストレスを感じる。薬物を使うと気持ちが落ち着く」と説明、「役者に戻ろうとは考えていない」と話していました。
  • 東京都新宿区で2024年2月、合成麻薬LSDに似た「1D―LSD」と呼ばれる成分を摂取した女性(当時22)が、摂取後にマンションから飛び降りて死亡していたといいます。1D―LSDを巡っては2023年8月以降、摂取後に飛び降りて死亡したり、錯乱状態になって事件を起こしたりする事案が相次いでいるといいます。厚生労働省は2024年2月、摂取後の健康被害が相次いだことを受け、医薬品医療機器法の広域規制の対象として、成分を含む製品の新たな製造や販売などを禁止しています。
  • 競合する作曲家に大麻を送り付けて、活動を妨害しようと米国から輸入したとして、愛知県警は、大麻取締法違反(輸入)などの疑いで、那覇市小禄の作曲家ら男3人を逮捕しています。容疑者は「大麻を送れば捜査対象となり、活動をやめさせられると思った」と話しているといい、いずれの送付先も同姓同名の別人だったといいます。報道によれば、容疑者らは2023年7~8月、競合する作曲家と同姓同名の男性少なくとも3人の住所を調べ、大麻などを複数回郵送した疑いがもたれています。3人の逮捕容疑は共謀して、2023年7月、米国から羽田空港経由で大麻草約0.99グラムを輸入するなどしたというもので、税関職員が発見しています。
  • 覚せい剤を含む固形物約148キロが入った貨物をUAEから密輸しようとしたなどとして、覚せい剤取締法違反と関税法違反の罪に問われた男性被告の裁判員裁判で東京地裁は、無罪判決を言い渡しています(求刑は懲役18年、罰金800万円)。男性が違法性を認識していたとは言えないと判断したものです。裁判長は、男性が知人から自動車関連のオイルの輸入業務を紹介され、業務に関わっていたと指摘、「違法薬物が入っているという認識があったとするには合理的な疑いが残る」と述べています。また、知人に覚醒剤を有償で譲り渡したなどとして、覚せい剤取締法違反の罪に問われたフィリピン国籍の女性被告の判決公判が津地裁で開かれ、「犯罪の証明がない」として、裁判長は無罪を言い渡しています(求刑は懲役3年、追徴金5千円)。判決によると、三重県松阪市で2021年8月、知人に覚せい剤を有償で譲り渡し、同11月には使用したとして、起訴されました。検察側は、被告の携帯電話に残された知人からの「Brad、葉っぱある?」などの薬物譲渡をうかがわせるメッセージを基に、Bradは被告を指していると主張していましたが、裁判長は「Bradはbrotherに由来し男性に使われるもので、女性に使われるのは不自然」として、メッセージの相手は被告と特定できず、第三者が携帯電話を使った可能性があると結論付け、使用についても「自分の意思で覚せい剤と認識した上で摂取したと推認するには合理的疑いが残る」としたものです。
  • 大阪府警は、府内に住む10代の少年を大麻取締法違反(所持)の疑いで誤認逮捕し、約14時間半後に釈放しています。少年が所持していた植物片から簡易検査で大麻成分の陽性反応が出たため逮捕しましたが、その後の科学捜査研究所の正式鑑定で大麻成分は検出されなかったというものです。少年は植物片について、大麻由来だが合法で有害性がない「CBD」(カンナビジオール)だと主張し、容疑を否認していたといいます。CBDは簡易検査で陽性反応が出ることがあるといい、大阪府警は「においや形状、少年の言い分などを総合的に確認して逮捕すべきだった。再発防止に努める」と話しています。
  • 風邪薬やせき止めなどの市販薬を過剰摂取(オーバードーズ、OD)して依存症になったり、救急搬送されたりする若者らが増えていることは本コラムでも継続的に取り上げています。こうした状況を受け、乱用などの恐れがある市販薬について厚生労働省は2024年1月、販売を規制する制度の見直し案をまとめています。現在、特定の成分として指定されているのは、覚せい剤に似た「エフェドリン」など6種類で、中高生が薬局で乱用などの恐れのある薬を買おうとした時に、氏名や年齢、使用状況を確認することを薬剤師らに求めているほか、他の薬局でも買っていないことや、複数の購入希望があればその理由なども確かめる必要があるとされていますが、実態が伴っておらず、厚生労働省は制度の見直しに着手したものです。案では、薬剤師などが購入者の情報を確認するため、乱用の恐れがある成分を含む薬は原則、小さい容量の製品1個を対面またはオンラインのビデオ通話で販売することを求めています。ODへの注意喚起など、薬剤師らによる情報提供も義務づけるべきだとしました。また、20歳未満の場合、複数個や、大きな容量の製品の販売をしないことが盛り込まれています。さらに、写真付きの公的な身分証などで氏名や年齢を確認した上で記録し、販売記録を保存することとしていますが、それで改善されるかどうかは見通せません。一方、なぜ若者がODをするのかにも目を向けるべきであり、精神面での不調を抱えながら、どうにか社会生活を送っている若者が精神医療や相談窓口とつながらず、自殺の手段や不快な気分の解消、つらい現状を忘れる方法としてODをしてしまうといった背景が、別の厚労行政推進調査事業による研究から浮かび上がっていることもあり、社会的な孤立を防ぐ対策などにも力を入れて取り組んでいかないと、根本的な問題の解決にはつながらないといえます。

(4)テロリスクを巡る動向

ロシアの首都モスクワ郊外のコンサートホールで2024年3月22日に発生したテロでは、 タス通信によれば、死者144人、負傷者382人(ロシア紙イズベスチヤは551人と報道)にのぼりました。犯行声明を出した過激派組織「イスラム国」(IS)によるものである可能性が極めて高い一方、ロシアはウクライナの関与を主張し続けています。しかしながら、本テロについては、対応したロシア当局に不手際や施設設備に不備があった可能性が次々と浮上していると露独立系メディアなどが報じています。報道によれば、拘束された4人のテロ容疑者のうち2人は事件の約2週間前から5回以上、下見に訪れており、ホール従業員は「つたないロシア語で何がどこにあるのかを尋ねてきた。キョロキョロしながらロビーを歩き回っていた」と振り返ったといい、当時は大統領選の選挙期間中で治安当局が警戒態勢を強化していたところ、不審な行動が見とがめられることはなかったといいます。また、米国は「コンサートなど大規模な集会」を狙ったテロ計画があるとロシアに事前に警告していたにもかかわらず、治安維持を担う露情報機関「連邦保安局」(FSB)は、ロシアの侵略に抵抗するウクライナ側の破壊工作への対処や反政権活動家の監視も担当しており、後手に回った可能性も指摘されています。さらに、当日の対応にも疑問視する声が出ており、例えば、理由は不明ですが特殊部隊の到着や対応が遅れたこと、消防も特殊部隊の到着まで消火活動を始めなかったこと、複数の非常階段のドアが自転車用のチェーンロックで施錠されていたこと、。武装集団は襲撃時に施設に放火したが、火災報知機も作動しなかったことなどが証言として出されており、こうしたことが、テロ被害を国内統制の強化に利用するため、「ロシア側があえて見逃したのではないか」との観測につながっているとみられます(テロ対策の不備に対する世論の矛先をそらし、ウクライナ侵略の正当化に利用したい思惑があると見られていますが、真偽は不明のままです)。この点について、露連邦捜査委員会は、押収機器などを分析した結果、多額の資金や暗号資産が送られたことを突き止めたと主張し、「ウクライナの民族主義者とテロリストのつながりを示す証拠を得た」と公表するも、「民族主義者」がどのような人物を指すかは明らかにしていません。一方、ウクライナはテロへの関与を否定、米国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調整官も、「『イスラム国』が単独で起こした」と記者団に改めて強調、米NYT紙は、過激派に感化されたタジキスタン人がロシアにテロ攻撃を仕掛ける可能性を警告する内部文書が露政府内にあったと報じています。一方、ISの報道担当者は、テロの実行犯を称賛する音声の声明をSNSで公表し、戦闘員らに米欧やイスラエルとの戦いも促しています。

ロシアではテロ後の2週間で、中央アジア出身の移民らを標的とした「報復」目的の極右のヘイトクライム(憎悪犯罪)が少なくとも32件確認されたといいます。また英FT紙は、ロシアのプロパガンダを調べる研究機関「オープンマインド」が行ったロシア人対象の調査で、モスクワ郊外で発生したテロの責任は「ウクライナ当局にある」と考えている人が過半数を占めたと報じています。一方、犯行声明を出したISに責任があると回答した人は27%にとどまっています。さらに、米英や北大西洋条約機構(NATO)など「西側」に責任があると答えたのは6%となりました。年齢別では、18~30歳はウクライナ当局よりイスラム過激派組織に責任があると答えた割合が多かったものの、30歳を超える年齢層では結果が逆転、テロに関してプーチン大統領を「最も信頼できる情報源」と考えている人は全体の75%に上ったとも報じられており、同紙は、ロシアでは言論統制が行き届き、ウクライナの関与を強調する露当局のプロパガンダが大きく影響しているとの専門家の分析を紹介しています。

ISについては、その分派でテロの実行組織とみられる「ISホラサン州」(IS-K)が欧州を標的にするとの懸念が広がっています。欧州ではIS-Kが絡んだ複数のテロ計画が摘発されており、2024年6~7月にはサッカー欧州選手権本大会(ドイツ)が、同7~8月にはパリ・オリンピックなどの大規模イベントを控える中、各国の当局は神経をとがらせています。ドイツ当局は今回のテロが起きる3日前の2024年3月19日、スウェーデンでテロ攻撃を計画したとして、アフガニスタン国籍の2人を独中部で逮捕、1人はIS-Kの構成員で、2人は、アフガンを本拠地とするIS-Kからテロ実行の指示を受け、スウェーデン議会の周辺で警察官らを殺害するために銃器を入手しようとした疑いなどがもたれています。本件は、スウェーデンで頻発していたイスラム教の聖典コーランを燃やす反イスラムの抗議行動への報復とみられています。さらにドイツでは2023年12月にもケルン大聖堂の襲撃を計画した可能性があるなどとして、複数人が拘束されています。隣国オーストリア当局もウィーンのシュテファン大聖堂でのテロ計画に関係したとして複数人を拘束しています。ドイツで開催される欧州選手権本大会では、270万人がスタジアムで観戦するほか、各都市で開かれるパブリックビューイングで最大1200万人の集客が見込まれるといいます。今回のテロを受けて独内相は、大会期間中はすべての国境で検問を実施する方針を示しています。また、パリ五輪を控えるフランスも、2024年に入り2件のテロ計画を阻止したとしていますが、全土のテロ警戒レベルを最高に引き上げ、テロ対応で既に配備された兵士3000人に加え、4000人を追加動員できる態勢を整えています。

ISの今回の行動の背景について、2024年4月2日付朝日新聞によれば、「ISは今回の犯行声明でロシアを標的にした具体的な理由は説明していませんが、キリスト教徒が多く集まる集会を狙って殺傷したとしたうえで、ロシアを「十字軍」と呼んで非難しています。ISが用いる「十字軍」という言葉は「イスラムの土地を侵略する西洋の国々」を意味し、欧米と同様にロシアも含まれます。そして、ISが戦闘を続けてきたシリアのアサド政権をロシアが支援してきたという背景もあります。またISの関連勢力が活動するアフリカの国々では、ロシアの傭兵組織とISが戦闘を繰り広げています。加えて、ロシア南部チェチェン共和国におけるロシア軍とイスラム勢力の戦闘や、旧ソ連時代のアフガニスタン侵攻など、ISがロシアを敵視する理由は十分にあるのです」と指摘しています。そして、「ISとしては、どのような形であれ、異教徒の土地で大規模なテロ攻撃を成功させて「戦果」をあげ、再び国際的な存在感や影響力を誇示したいのです。目立つことで、主張や活動を宣伝し、共感するメンバーを増やして勢力の回復につなげる狙いがあります」とも指摘しており、筆者としても同様の認識です。ISは「自分たち以外はみんな敵」という状態であって、「たとえば、ISが米国の首都ワシントンでの大規模テロや、イスラエル議会へのミサイル攻撃を実施すれば国際社会に与える衝撃は非常に大きいものの、セキュリティが厳しいので難しいでしょう。ISは今後も「戦果」をアピールすべく、実行可能な場所で、実行可能な攻撃を模索していくとみられます」との指摘もそのとおりだと考えます。

実行部隊とされるIS-Kについては、アフガンから駐留米軍が撤収した2021年8月以降、アフガンを離れた多くの人々とともにIS―Kに魅了された若者たちも国外に散らばり、最近はイランなど隣国における攻撃が目立っています。指導者だったウサマ・ビンラディン容疑者の死後、国際テロ組織アルカイダは力を失う一方、IS―Kはサラフィ主義(イスラム教の厳格な適用を求める思想)を徹底し、アルカイダよりさらに先鋭化した思想の受け皿となることで戦闘員を引き付けていたとされます。タリバンとの溝も深まる一方で、もともとタリバンがイスラム教スンニ派のハナフィー学派デオバンド派(南アジアで影響力を持つ学派の一つ)であるのに対し、IS―Kはサラフィ主義に従っており、イデオロギーが大きく異なっています。タリバンはいま公の場に立ち、狙われやすい標的になっていますが、かつてジハード(聖戦)を求める若者たちを引き付けたのは、タリバンが掲げた厳しいシャリア(イスラム法)に基づく統治でした。しかし、実際にアフガンの統治者となった今、タリバンは西側諸国や、思想的に異なるシーア派であるイランの政府当局者と関係を築いており、そのようなタリバンをISは今、不信心者だとして非難しています(ロシアは近年、ウクライナ侵略を継続するため、イスラム教シーア派大国イランとの軍事協力を強化し、イランを後ろ盾にするシーア派組織ヒズボラへの肩入れも強めています。今回、スンニ派組織のISがロシアを標的とした背景になった可能性も考えられるところです)。一方のタリバンはISと戦う思想的支柱を欠いている状態にあり、一国だけでIS―Kに立ち向かうことは困難な状態にあります。アフガン周辺国は、まずは自国の若者がIS―Kに加わるのを止め、国家を超えてISの掃討に協力する必要があるといえます。

本テロの容疑者の4人は中央アジア・タジキスタン出身とされます。タジキスタンは旧ソ連の最貧国で、ロシアに100万人以上の出稼ぎ労働者がいるといいます。以前は生活苦からISに傾倒し、戦闘員に志願した若者も多かったといいます。現在、タジキスタンの国内総生産(GDP)の3割が、ロシアを中心に外国からの送金が占めているものの、ロシア主導の経済同盟「ユーラシア経済連合」に加盟する隣国のキルギスなどは、ロシア国内での労働許可などの規制が緩和されているのに対し、中国との貿易や投資を期待するタジキスタンは非加盟のままとなっているため、タジキスタンの人にとっては、以前に比べてロシアで仕事を見つけるのが難しくなったと指摘されています(タクシー運転手や建設作業員、清掃員といった低賃金で悪条件の仕事に就いているといいます)。そうした状況を反映してか、ロシア内務省によると、タジキスタンは2022年の国別の外国人犯罪者数ではウズベキスタンに次いで2位で、アフガニスタンからの麻薬を密輸したとして捕まる例も多いといいます。2015年には、米国で対テロ訓練を受けたとされるタジキスタンの治安警察に所属するハリモフ司令官が、ISに参加したことが判明するなど、イスラム過激派への警戒心は強く、当時、旧ソ連諸国はIS戦闘員の主要な「供給地」の一つで、生活に苦しむ若者たちが勧誘され、タジキスタンからは約600人が参加したとされます(また、2014~2019年にISへ加入したタジク人は約2000人に上るともいわれています)。

フランスのセバスチャン・ルコルニュ国防相は、本テロを受け、ロシアのセルゲイ・ショイグ国防相と電話で会談、仏国防省の発表によると、ルコルニュ氏は、テロ対策に関してロシア側との情報交換を拡大したい考えを伝えたています。パリ五輪・パラリンピックが予定されているフランスでは、当局がテロへの警戒を強めていることが背景にあります。ルコルニュ氏はまた、ロシアがテロ事件へのウクライナの関与を主張していることを巡り、テロを政治的な「道具」として利用しないよう求め、ISが実行したとの認識を強調、ロシアのインターファクス通信によると、ショイグ氏は、マクロン仏大統領がロシアの侵略を受けるウクライナに欧米の部隊を派遣する可能性に言及したことに触れ、「フランスが実行すればフランスに問題を引き起こす」とけん制しています。

米国のイスラム教市民団体「米イスラム関係評議会」(CAIR)が公表したデータによると、米国で報告されたイスラム教徒やパレスチナ人への偏見に基づく事件は2023年に8061件と前年比56%増加し、約30年前の集計開始以来最多となったといいます。このうち約3600件は2023年10月から12月にかけて発生しており、イスラエルとイスラム組織ハマスの対立で2023年終盤にパレスチナ自治区ガザでの戦闘が激化する中で、イスラム教徒に対する嫌悪や偏見が強まったとみられます。2022年には初めて事件が減少していましたが、2023年はイスラム憎悪が再燃、最初の9カ月は月平均500件程度だったものが、10~12月には月1200件近くに急増しました。

米国にとって本テロは、米軍撤収後のアフガニスタンでISが勢力を回復するのを警戒してきた米国の懸念が現実となった形と見ていると思われます。米国では近年、白人至上主義や憎悪に基づく「国内テロ」が最大の脅威だとみなされてきましたが、今回のテロ事件は「国際テロ」の脅威も依然として根強いことを印象づけることとなりました。今回のテロ事件は、米国とも無関係ではなく、実行したとみられるIS-Kは、アフガンを拠点としており、2021年夏にアフガン駐留米軍が撤収した際、米国ではIS-Kの動向把握や掃討が難しくなるとの不安が出ていましたが、これに対し、米軍や情報機関は、人工衛星などで現地を監視し、無人航空機(ドローン)などで攻撃する戦略「オーバー・ザ・ホライズン」に転換するとして、懸念の払しょくを図りました。しかし、地上部隊が駐留するのに比べて、情報収集の量や質の低下は避けられず、米軍撤収後にアフガンの政権を奪還したイスラム組織タリバンも「IS-Kへの圧力を維持する能力も意図もない」(米軍関係者)という状況で、IS-Kが勢力を回復するのは防げなかったといえます。一方、米国内では、南部のメキシコ国境の警備が手薄になっているのに乗じて、国際テロ組織のメンバーが不法移民に混ざって流入するのを懸念する声も出ており、連邦捜査局(FBI)のレイ長官は2024年3月の議会公聴会で「さまざまな危険人物が国境から流入し、脅威が広がっている」「国境往来に関わる密輸ネットワークには、ISと関係を持つ組織もある」と証言しています。また、イスラエルのパレスチナ自治区ガザ地区への侵攻で、多数のイスラム教徒の民間人が犠牲になっていることから、イスラエルの後ろ盾である米国に過激派の「敵意」が向けられており、米国内での「国際テロ」のリスクは増しているといえます。

その他、ISなどテロの動向に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • フランスのマクロン大統領とアタル首相は、IS―Kが、仏国内で2件のテロを計画していたと明らかにし、いずれも当局の捜査で阻止したといいます。また、仏政府は、テロの脅威が高まっているとして、国内の警戒を最高レベルに引き上げています。アタル首相は「イスラム過激派の脅威は現実にあり、弱まっていない」と述べ、「今年1月以降に二つのテロ計画を失敗させた」と明かしています。
  • アフガンで実権を握るイスラム主義組織タリバンは敵対するISの掃討を続けてきましたが、抑え込みに苦慮しており、モスクワの事件が起きる前日、アフガン南部カンダハルの銀行前で自爆テロがあり、少なくとも30人が死亡、50人が負傷しています。カンダハルはタリバン発祥の地で、タリバンの最高指導者アクンザダ師の拠点とされ、ISは「タリバンのメンバーを狙った」とする犯行声明を出しています。2021年にタリバンが復権して以降、IS―Kはタリバン幹部や外国人を狙った攻撃を繰り返しています。ISの報道担当者は2024年年1月初め、IS系のメディアで「見つけ次第殺せ」と題した演説を投稿し、キリスト教徒やユダヤ教徒、その支援者を標的とする攻撃の実行を求めていました。・
  • 駐イラク米国大使のアリナ・ロマノウスキ氏は、ISはイラクにおいてなお危険な存在であり、イラクに駐留する米主導の多国籍部隊はISの掃討を完了していないと述べています。スダニ首相などイラク政府高官は、ISはイラクでは既に危険なグループではなく、多国籍部隊は不要だと繰り返し主張していますが、IS傘下の組織は各地で襲撃を続けており、ロマノウスキ氏は「ISはここでは依然として危険な存在だ。かなり縮小したが、それにもかかわらずわれわれの作業は基本的に完了していない。われわれはイラク軍がISを打ち負かし続けることができるという確信を持ちたいと考えている」と述べています。
  • トルコ当局はISの活動に関与した疑いがあるとして、全国で147人を一斉に拘束しています。ロイター通信によると、実行犯としてロシア当局に逮捕されたタジキスタン出身の容疑者4人のうち2人が、事件前に滞在手続きの関係でトルコに一時的に入国してからモスクワに向かっていたといい、警戒感が高まっている状態です。イェルリカヤ内相によると、トルコでは2023年6月以降、1300回以上の対IS取り締まり作戦を実行し、武装活動や資金援助をしていたとして2024年3月25日までに2919人を検挙したといいます。同氏は「全てのテロリストが無力化されるまで、テロとの戦いを断固として継続する」と述べています。

警察庁は、2023年7月に示した警察の組織や業務の見直し指針を受けた体制強化などの実施状況をまとめ、要人警護やサイバー分野など重点的な対策で、合わせて2700人以上を増員したとしています。2022年7月に起きた安倍晋三元首相銃撃事件で、後ろ側の警護体制が抜け落ちた「後方警戒の空白」が指摘されたことを教訓に警察庁は全ての分野で業務を見直す「警戒の空白を生じさせないための組織運営の指針」を策定、都道府県警などで改革を進めています。警察庁によると、安倍氏の事件を受けて対策を始めた2022年9月から2024年度初めにかけ、特に体制を強化すべきだとした7項目について、都道府県警で総勢2763人を増員しています(内訳は、特殊詐欺の項で紹介したとおり)。安倍氏の事件や2023年4月に岸田文雄首相が爆発物で襲撃された事件を受け課題となっているローンオフェンダー(組織に属さない単独の攻撃)の対策では、2023年8月から一部の警察で新たな体制を試行、警備部門に司令塔を置き、各部門の情報を集約して危険度を評価し、組織の総合力を挙げて対応する仕組みで、試行をふまえ、各都道府県警がこうした体制作りを進めるとしています。

2024年3月10日付ロイターによれば、米バージニア州下院議員のマーカス・サイモン氏は、同州フレデリックスバーグで開催されたガンショー(銃器即売会)に出向いて銃自作キットを現金で購入し、90分ほどで基本的に追跡不可能な銃を自力で組み立て、キット購入の際に身分証明の提示を求められることはなく、身元調査も受けなかったとして、「これが実態だ。買おうとする人がいなければ、ガンショーでこんな物が販売されることはないのに。こういうことが可能で、さほど難しくなく、しかも16、17歳でも簡単にできそうだということが分かった。事態はいささか切迫している」と危機感を露にしています。サイモン氏をはじめ全米各地の議員が2024年、製造番号がなく追跡が難しい、いわゆる「ゴーストガン(幽霊銃)」を禁止する法案の成立に動いています。米司法省の2023年の報告書によると、法執行機関が回収して連邦政府に提出した自作の疑いのある銃器の数は、2017年の1629丁が2021年には1万9273丁に急増、銃は3Dプリンターのほか自作キットで作ることも可能で、製造技術が急速に進み、連邦政府や地方自治体は日々進化する課題への対応に苦慮している現状にあります(日本でも安部元首相や岸田首相への銃撃事件に自作の銃等が使われたことからも明らかなとおり、喫緊の課題といえます)。

(5)犯罪インフラを巡る動向

日米欧などの各捜査当局は被害規模が世界最大級とされるランサムウエア(身代金要求型ウイルス)集団「ロックビット」を摘発しています。サイバー攻撃の実行役にウイルスを提供する集団で、メンバーは旧ソ連圏出身者ら数百人とされ、2023年に関与が疑われる被害は1000件を上回っており、「世界で数十億ユーロ(数千億円)相当の被害をもたらした」(欧州警察機構(ユーロポール))とされます(また、2020年1月以降、ロックビットは世界中で2000件以上の攻撃を仕掛け、身代金として1億4400万ドル以上が支払われているとのデータもあります)。今回の摘発は国際的な情報共有の進展が奏功した形であり、各国が連携し、「痕跡」を集積し、分析することが、匿名に隠れる犯罪集団をあぶり出す方策であり、連携を深めることの重要性をあらためて認識させられるものです。一方でロックビットは匿名性の高いダークウェブでサイトを再開させ、米政府などへの報復をメディアに表明、他にも新手のハッカー集団が出現し、ウイルスを強化させるなどしており、脅威は消えていないのが現状です。共同捜査は英国家犯罪対策庁(NCA)が主導し、主要メンバーとみられる複数人を逮捕、30を超える関連サーバーの機能を停止させたほか、盗んだ情報を暴露するための「リークサイト」も閉鎖、集団と関係する200以上の暗号資産口座も凍結、押収資料を分析し集団の実態解明を進めるとみられています。ロックビットのリークサイトでは2023年に約1000の暴露被害が確認され、ランサムウエアの各集団の中で被害規模は最大とみられていますが、グループの特徴は強力なウイルスです。組織内の開発者が強化を繰り返し、多くの攻撃者を引き寄せていたとされます。米政府は2023年6月の発表で、米国内だけでも2020年から計約9100万ドル(約136億円)の身代金が支払われたとしています。警察庁によると、日本でも関与が疑われる被害は100件を超えているといいます(2021年10月、徳島県つるぎ町立半田病院のシステムが停止したほか、2023年7月には名古屋港のコンテナ管理システムが機能停止に追い込まれるなど被害が相次いでいます)。サイバー犯罪集団の摘発はメンバー逮捕のほか、使用サーバーの押収や関連サイトの閉鎖など必要な捜査が多岐に及び、拠点が複数の国に置かれるケースも少なくなく、各国の捜査当局は協力体制を強化してきました。2023年10月の「ラグナロッカー」と名乗るランサムウエア集団の摘発では、ユーロポールが日米欧11カ国の国際共同捜査を調整、フランス当局がメンバーを逮捕しています(ユーロポールのほか、米、英、仏、豪などの警察が参加、作戦名は「クロノス」と名づけられたといいます)。

ロックビットのランサムウエア攻撃の実態については、2024年3月20~21日付朝日新聞に、同組織とコンタクトできた日本人ホワイトハッカーを取材した詳しい内容が紹介されています。例えば、「ロックビットには「アフィリエイト」と呼ばれる外部協力者が存在する。実際にサイバー攻撃を仕掛け、被害を受けた組織と交渉するのが協力者の役割だという。「アフィリエイトが100人以上いる」とロックビット側は言い、その1人が半田病院を勝手に攻撃したという。「攻撃をしていたことは知らなかった」と男性に釈明した。このアフィリエイトを追放し、復元プログラムを無償で提供することにしたという。「我々はビジネスでやっている。病院を攻撃することが目標ではない」ロックビット側は最後に、男性に対し一つの約束をしてきた。「(盗んだ半田病院の)データを削除し、今後、病院を攻撃することはない」」、「だが、攻撃は続いた。…この時も、後日になり、攻撃したことを謝罪し、無償で復元プログラムを提供するとする声明文を出した。アフィリエイトと呼ばれる「協力者」がルールを破って勝手に攻撃したという釈明だった…アフィリエイトを管理できておらず、ルール無用の野放し状態で、ロックビット側も気にかけていないというのが、多くのセキュリティ専門家の見方だ」、「ロックビット側は身代金の要求をせず、復元プログラムを無償で提供すれば問題がないと思い込んでいる」、「これで活動が停止するとは思えない。数カ月後には戻ってくると思う」ロックビットの「管理者」とされる人物は摘発の数日後、「(捜査機関が)私を捕まえることはできない」とする声明を発表。公式サイトを複数立ち上げ、新たに攻撃した組織の名を列挙した」といったものです。組織だっているようで実際は野放しの状態で、組織性は緩く、アフィリエイトが好き勝手攻撃を仕掛けている実態が見えてきましたが、それはまるで、暴力団のような組織性によるものではなく、報酬目当てで離合集散を繰り返す「匿名・流動型犯罪グループ」にそっくりだと筆者は感じました。でれば、ロックビットはまた新たな形で攻撃を仕掛けてくることを想定しておいた方がよさそうです。

関連してサイバー攻撃を巡る動向について確認しておきます。サイバー攻撃は自らが「被害者」であると同時に、他者への攻撃への「踏み台」とされる可能性もあり、「加害者」にもなりうるという側面があります。さらに基本的な対策を疎かにするなどの実態が明らかになっており、その脇の甘さが犯罪組織に狙われ、資金源とされてしまうことになり(いわば「犯罪インフラ化」の状態)、それによってさらなる犯罪が再生産されてしまうという側面もあります。直近では、警察庁から、「和5年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」が公表されていますので、紹介します。注目すべきは、2023年のインターネットバンキングの不正送金被害が前年比5.7倍の約87億3千万円に上り、過去最悪を大幅に更新した点が挙げられます。警察庁は金融機関などの偽サイトに誘導してログイン情報を盗み取るといった「フィッシング」の増加が背景にあるとみて摘発や抑止策を急いでいます(フィッシングは2023年に119万件を超え歯止めがかからない状況です。さらに、フィルター機能の回避を狙って、「飾り文字」が入った偽のURLを使う手口など新手の攻撃手法も見られています。また、URLの代わりにQRコードを貼り付けて偽サイトへ誘導する「クイッシング」と呼ばれる手法も使われているほか、URLではなく電話番号を記載して相手にかけさせるメールやSMSも確認されているといいます)。ネットバンキングの不正送金被害は前年比4.9倍の5578件に上り、件数でも過去最多となり、ほぼ全て個人の被害で、40~60代が約6割を占めています。偽サイトへ誘導する手口は、被害者側の回答が得られた件数の53%を電子メールが占め、ショートメッセージサービス(SMS)が21%となっています。犯罪グループ側は分業体制をつくり攻撃を効率化させているとされ、フィッシングの増加に歯止めがかかっていない状況です。こうしたフィッシングや不正送金被害の急増の背景には、偽サイトの作成やメール・SMSの送信、送金先の口座管理といった攻撃者の役割分担が進んだことが挙げられるほか、偽サイトの作成に生成AIも悪用されているとみられています。また、ネットバンキングの不正送金では、犯罪グループが被害口座とは別名義で暗号資産交換事業者の金融機関口座に送金するケースが目立ち、2023年は被害額全体の51%(約44億1900万円)を占めたということですから驚きです。前述したとおり、警察庁は2024年2月、金融庁と連携して各金融機関に対し、送金元の口座と異なる名義での暗号資産交換事業者への送金は停止するよう要請しています。また、警察が把握した企業などのランサムウエア被害は2023年に197件と、過去最多だった2022年の230件から微減していますが、いまだ高い水準で推移しているといえます。なお197件とは別に、データを盗んだ上、暗号化せずに身代金を要求する「ノーウエアランサム」と呼ぶ手口による被害が30件あったといいます。外部から社内の業務システムに接続する際に使われる仮想私設網(VPN)機器を狙うケースが引き続き目立ち、警察庁が被害企業などにウイルスの感染経路を聞いたところ、回答を得た115件のうち73件(63%)はVPNからの侵入だったといいます。警察庁は「新型コロナウイルス禍をきっかけにテレワークの定着が進み、会社から支給された機器の脆弱性を利用した侵入が目立った」とみているようです。

▼警察庁 令和5年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について
  • 令和5年におけるサイバー空間をめぐる脅威については、ランサムウエア被害が依然として高水準で推移するとともに、クレジットカード不正利用被害が急増し、インターネットバンキングに係る不正送金被害が過去最多となり、インターネット上では児童ポルノや規制薬物の広告等の違法情報のほか、自殺サイトやいわゆる「闇バイト」の募集等の有害情報が氾濫するなど、極めて深刻な情勢が続いている。
  • 行政機関、学術研究機関、民間企業等に対する不正アクセスが確認されたほか、特定の事業者等に対する標的型メール攻撃が確認された。
  • 重要インフラ等の機能に障害を発生させ、社会経済活動に影響を及ぼすサイバー攻撃が発生した。
  • DDoS攻撃による被害とみられるウェブサイトの閲覧障害が複数発生し、一部の事案については、障害発生と同じ頃、SNS上でハクティビストや親ロシア派ハッカー集団からの犯行をほのめかす投稿が確認された。
  • 令和5年におけるフィッシングの報告件数は、フィッシング対策協議会によれば119万6,390件(前年比で23.5%増加)と過去最多であり、クレジットカード事業者等を装ったものが多くを占めた。
  • 一般社団法人日本クレジット協会によれば、令和5年1月から9月までのクレジットカード不正利用被害額は401.9億円(前年同期比で30.1%増加)であり、統計を取り始めた平成9年以降、最悪となった。
  • 令和5年におけるインターネットバンキングに係る不正送金事犯による被害は、発生件数が5,578件(前年比で391.0%増加)であり、過去最多となり、被害総額も約87.3億円(前年比で474.6%増加)であり、過去最多となった。
  • 令和5年におけるランサムウエアによる被害件数は197件(前年比で14.3%減少)であり、引き続き高い水準で推移している。手口としては、データの暗号化のみならず、データを窃取した上、企業・団体等に対し「対価を支払わなければ当該データを公開する」などと対価を要求する二重恐喝(ダブルエクストーション)が多くを占める。
  • 警察庁が検知したサイバー空間におけるぜい弱性探索行為等とみられるアクセス件数は、1日・1IPアドレス当たり9,144.6件(前年比で18.6%増加)と、平成23年以降、増加の一途をたどっており、海外を送信元とするアクセスが大部分を占めている。
  • インターネット上において、違法情報や、爆発物・銃砲等の製造方法等の情報が容易に入手できる状況にある。また、犯罪実行者募集情報が氾濫しており、これらに応募した者等により実際に犯罪が敢行され、中には凶悪事件に発展する事例も出ているところである。
  • IHCの運用ガイドラインに基づき、令和5年2月15日から12月31日までの間、重要犯罪密接関連情報と判断し分析した情報は4,876件であり、3,379件(削除依頼を行う前に削除されたものを除く。)についてサイト管理者等に削除依頼を行った結果、2,411件(71.4%)が削除に至った。このうち、令和5年9月29日から12月31日までの間、犯罪実行者募集情報と判断し分析した情報は4,411件であり、2,979件(削除依頼を行う前に削除されたものを除く。)についてサイト管理者等に削除依頼を行った結果、2,136件(71.7%)が削除に至った。
  • 令和5年中におけるサイバー事案の検挙件数は、3,003件であった。
  • 令和5年中における不正アクセス禁止法違反の検挙件数は、521件(前年比で0.2%減少)であり、そのうち475件が識別符号窃用型で全体の91.2%を占める。
  • 令和5年、警察で把握した標的型メール攻撃の事例では、様々な手口が確認された。具体的には、メールの添付ファイルからフィッシングサイトへ誘導しようとするものや、実在する人物になりすましてメールを送り、複数回メールのやり取りを行い相手を信用させた後、相手の興味・関心を惹くファイル名を付けた不正プログラム(マルウェア)のファイルを送り、実行させるものなどが確認されている。
    • メール本文のリンクからファイルをダウンロードさせ、同ファイルを開くことで不正プログラムに感染させる標的型メールが部品加工メーカーに送信された。
    • 実在の組織になりすましてメールを送信し、添付ファイルを開くことで、実在するウェブサイトのログイン画面を装いID・パスワードの入力を求めるフィッシングサイトに誘導する標的型メールが確認された。
    • 知人になりすまして「論考を作成したので興味があれば送る」旨のメールを送りつけ、何度かやり取りした後、不正プログラムが仕掛けられた添付ファイルを送信する標的型メールが確認された。
  • フィッシングとは、実在する企業・団体等や官公庁を装うなどしたメール又はショートメッセージサービス(以下「SMS」という。)を送り、その企業等のウェブサイトに見せかけて作成した偽のウェブサイト(フィッシングサイト)を受信者が閲覧するよう誘導し、当該フィッシングサイトでアカウント情報やクレジットカード番号等を不正に入手する手口であり、インターネットバンキングに係る不正送金やクレジットカードの不正利用に使われている。
  • 令和5年におけるフィッシング報告件数は、フィッシング対策協議会によれば、119万6,390件(前年比で22万7,558件増加)であり、過去最多となった。また、フィッシングで多くを占めたのは、クレジットカード事業者、EC事業者をかたるものであった
  • 令和5年におけるインターネットバンキングに係る不正送金事犯の発生件数は5,578件、被害総額は約87億3,130万円であり、それぞれ過去最多となっている
  • さらに、インターネットバンキングに係る不正送金事犯において用いられたフィッシングの手口の内訳を見ると、電子メールによる誘導が53%、SMSによる誘導が21%である。
  • また、不正送金額の半額以上が暗号資産交換業者の金融機関口座に不正送金されている状況にある。
  • キャッシュレス決済等の普及に伴い、クレジットカード決済市場の規模が増加する一方、クレジットカード不正利用被害も多く発生している。一般社団法人日本クレジット協会(以下「日本クレジット協会」という。)で実施している国内発行クレジットカードの不正利用被害の実態調査によると、クレジットカード不正利用被害額は平成25年以降増加傾向にあり、令和5年1月から9月までの被害額は401.9億円で、統計を取り始めた平成9年以降、最悪となった。前年同期比(令和4年第3四半期(令和4年1月~同年9月))では30.1%増加しており、厳しい情勢にある。
  • 昨今フィッシングによるものとみられるインターネットバンキングによる不正送金事犯や特殊詐欺事犯において、暗号資産交換業者の金融機関口座が送金先となる被害が多発している状況を踏まえ、金融庁と連携し、一般社団法人全国銀行協会等に対して、暗号資産交換業者の金融機関口座に対して送金元口座名義人名と異なる依頼人名で行われる送金の拒否、暗号資産交換業者への不正な送金への監視強化等の、会員等における対策強化を要請するよう調整を進めた。(令和6年2月実施)
  • 令和5年上半期に、フィッシングによるとみられるインターネットバンキングに係る不正送金被害が急増したことなどを受け、令和5年7月、金融機関に対し、具体的な被害事例を基にしたフィッシング対策を講じるよう要請した。
  • また、令和5年8月、金融庁、一般社団法人全国銀行協会及び一般財団法人日本サイバー犯罪対策センター(JC3)と連携し、国民に対し、メールやSMSに記載されたリンクからアクセスしたサイトにID及びワンタイムパスワード・乱数表等のパスワードを入力しないよう注意喚起を行うほか、「サイバー警察局便り」を警察庁ウェブサイト及び警察庁SNSアカウントに掲載し、フィッシングの被害防止に関する広報啓発を実施した。
  • SIMスワップによる不正送金事案が増加していた状況を踏まえ、令和4年9月、総務省と連携し、携帯電話事業者に対して、携帯電話機販売店における本人確認の強化を要請し、令和5年2月までに、大手携帯電話事業者において同要請への対応を完了した。その結果、令和5年5月以降、SIMスワップによる不正送金の被害は確認されていない
  • ランサムウエアとは、感染すると端末等に保存されているデータを暗号化して使用できない状態にした上で、そのデータを復号する対価(金銭又は暗号資産)を要求する不正プログラムである。手口としては、データの暗号化のみならず、データを窃取した上、企業・団体等に対し「対価を支払わなければ当該データを公開する」などと対価を要求する二重恐喝(ダブルエクストーション)が多くを占める。感染経路は、令和4年に引き続き、ぜい弱性を有するVPN機器等や強度の弱い認証情報等が設定されたリモートデスクトップサービスが多くを占めた。
  • 企業・団体等におけるランサムウエア被害として、令和5年に都道府県警察から警察庁に報告のあった件数は197件であり、令和4年上半期以降、高い水準で推移している。
  • ランサムウエアによる被害のほか、最近の事例では、企業・団体等のネットワークに侵入し、データを暗号化する(ランサムウエアを用いる)ことなくデータを窃取した上で、企業・団体等に対価を要求する手口(「ノーウェアランサム」)による被害が、新たに30件確認された。なお、「ノーウエアランサム」による被害件数は、令和5年におけるランサムウエア被害の報告件数(197件)には含まれない。
  • ランサムウエアによる被害(197件)のうち、手口を確認できたものは175件あり、このうち、二重恐喝の手口によるものは130件で74%を占めた
  • ランサムウエアによる被害(197件)のうち、直接的な対価の要求を確認できたものは31件あり、このうち、暗号資産による支払の要求があったものは27件で87%を占めた。
  • ランサムウエアによる被害(197件)の内訳を企業・団体等の規模別に見ると、大企業は71件、中小企業は102件であり、その規模を問わず、被害が発生した。また、業種別に見ると、製造業は67件、卸売・小売業は33件、サービス業は27件であり、その業種を問わず、被害が発生した。
  • ランサムウエアの感染経路について質問したところ、115件の有効な回答があり、このうち、VPN機器からの侵入が73件で63%、リモートデスクトップからの侵入が21件で18%を占め、テレワーク等に利用される機器等のぜい弱性や強度の弱い認証情報等を利用して侵入したと考えられるものが約82%と大半を占めた。
  • 復旧に要した期間について質問したところ、136件の有効な回答があり、このうち、復旧までに1か月以上を要したものが28件あった。また、ランサムウエア被害に関連して要した調査・復旧費用の総額について質問したところ、118件の有効な回答があり、このうち、1,000万円以上の費用を要したものが44件で37%を占めた。
  • 被害に遭ったシステム又は機器のバックアップの取得状況について質問したところ、140件の有効な回答があり、このうち、取得していたものが132件で94%を占めた。また、取得していたバックアップから復元を試みた126件の回答のうち、バックアップから被害直前の水準まで復元できなかったものは105件で83%であった。
  • IHCの運用ガイドラインに基づき、令和5年2月15日から12月31日までの間、重要犯罪密接関連情報と判断し分析した情報は4,876件であり、3,379件(削除依頼を行う前に削除されたものを除く。)についてサイト管理者等に削除依頼を行った結果、2,411件(71.4%)が削除に至った。このうち、令和5年9月29日から12月31日までの間、犯罪実行者募集情報と判断し分析した情報は4,411件であり、2,979件(削除依頼を行う前に削除されたものを除く。)についてサイト管理者等に削除依頼を行った結果、2,136件(71.7%)が削除に至った。
  • 外国人が組織的に関与していることがうかがわれる例も確認されている。サイバー特別捜査隊では、このようなフィッシング事犯等の捜査及び実態解明を推進しているところ、その過程において、フィッシングを組織的に行う中国人グループ(以下「中国人フィッシンググループ」という。)の存在を認知した。このグループでは、フィッシングを容易にするようなエコシステムが構築されていることが判明している。具体的には、匿名性の高いSNS等を通じて中間的役割を担う指示役(以下「中間指示役」という。)や商品購入役等の募集・連絡を行っており、フィッシング実行役がフィッシングで認証情報等を窃取した後、中間指示役を通じて、スマートフォン決済サービスやクレジットカード情報を悪用した商品の不正購入、購入した商品の運搬、転売による換金を分担して行わせ、不正な利益を獲得している態様のものが確認された。また、フィッシング実行役は、匿名性の高いSNS等を通じ、フィッシングで窃取した情報の売買やフィッシングの指南等も行っているとみられる。このようなエコシステムは、他のフィッシング事犯等においても構築されているとみられており、サイバー特別捜査隊においては、引き続き、フィッシング事犯等の捜査及び実態解明に努めている
  • 犯行グループによるフィッシングサイトやフィッシングメールは、極めて精巧に作成されており、真偽を判断することが極めて困難となっていることから、ウェブサービスの利用者においては、重要なサイトやよく使用するサイトはあらかじめブックマークしたURLからアクセスするなど、より慎重な対応が求められる。また、同一のID・パスワードを複数のウェブサービスにおいて使用している場合は、一度フィッシングにより情報を盗まれると、被害が急速に拡大するおそれがあるため、インターネットバンキング等の利用者はID・パスワード等の認証情報の使い回しを避けることで被害の拡大を防止することができる。

あわせて、警察庁から「キャッシュレス社会の安全・安心の確保に関する検討会報告書」も公表されていますので、以下、紹介します。

▼警察庁 キャッシュレス社会の安全・安心の確保に関する検討会
▼報告書 本編
  • 令和5年のクレジットカードの不正利用の被害額は9月時点で401.9億円であり、前年同期比では30.1%増加しており、厳しい情勢にある。また、令和5年のインターネットバンキングに係る不正送金被害は、被害額・被害件数ともに過去最多と言う文言では表現し尽くせないほどの急増をみせている。そして、これら被害の要因の一つとして考えられるのがフィッシングであり、その報告件数も急増している状況にある。
  • これまで警察では、キャッシュレス社会の安全・安心を確保するため、国境を越えて敢行されるフィッシング事案等の捜査、実態解明、国際共同捜査の推進、被害実態・手口等を踏まえた対策の要請、関係機関等と連携した注意喚起の実施等によって、クレジットカードの不正利用や不正送金を実行した犯罪者の検挙、被害の未然防止・拡大防止等を推進してきている。
  • しかし、現下の情勢を踏まえると、官民連携を深化し、例えば、これまでの官民における情報共有スキームの転換や、生成AI等の先端技術の積極的な活用等、更に踏み込んだ先制的な対策を図る段階に来ていることに疑いの余地はない。そして、そうした対策強化の検討に当たっては、キャッシュレス社会のスキームや構造的課題を理解し、被害の具体的な発生状況、各事業者が保有する情報や対策の現状等を把握して、対策を強化するポイントを明確化するなど、様々なステークホルダー間での情報収集・意識共有が重要である。すなわち、警察部内の議論だけではなく、有識者による多様な観点や現場での経験からの議論が不可欠である。
  • 我が国における民間最終消費支出に占めるキャッシュレス決済比率は、決済におけるモバイル端末の利用拡大等に見られる「消費者のライフスタイルの変化」、AI、高速通信、ブロックチェーン等の「新たな技術の進展」、「社会全体でのデジタル変革」という3つの大きな環境変化も相まって、毎年確実に上昇を続けており、令和4年におけるキャッシュレス決済の比率は36.0%、決済額は111兆円となっている。クレジットカード決済に加え、コード決済の比率が顕著に増加していることも注目に値する。
  • 令和4年におけるクレジットカードの不正利用被害額は436.7億円で、そのうち番号盗用型の被害額は411.7億円であり、令和4年における特殊詐欺被害額(370.8億円)を上回っている。また、令和5年1月から9月におけるにおけるクレジットカードの不正利用被害額は401.9億円と、過去最多に迫るペースで増加している。こうした被害の内訳を見ると、クレジットカード番号盗用による被害が90%以上となっており、フィッシングサイト(偽のログインサイト)によりクレジットカード番号等の情報を盗み取る手口も確認されている。
  • インターネットバンキングに係る不正送金事犯については、令和5年は発生件数が5,578件、被害総額は約87億円と急増し、いずれも過去最多となった(それぞれ前年比で391%、474%増加)。被害者の大部分は個人であり、そのうち40代から60代の被害者が約6割を占めている。インターネットバンキングに係る不正送金事犯の手口は様々であり、また、情勢や対策等に合わせて手口が変化することがあるが、令和5年においては、その被害の多くがフィッシングによるものとみられており、金融機関を装ったフィッシングサイトへ誘導する電子メール等が多数確認されている。
  • フィッシング対策協議会によると、フィッシングの報告件数も右肩上がりで急速に増加しており、令和5年におけるフィッシング報告件数は1,195,973件と4年前の令和元年の約21倍となっている。フィッシングに悪用されるブランドは、クレジットカード、ECサイト及び金融機関が多くを占めていることを踏まえると、フィッシングが、前述したクレジットカードの不正利用やインターネットバンキングに係る不正送金の主要因の一つと見ることが極めて自然ではないかと考えられる。
  • インターネットバンキングに係る不正送金事犯においては、送金時の本人認証の強化策として一部の金融機関が導入しているSMS認証を回避するため、一時期、SIMスワップと呼ばれる手口が利用されていた。SIMスワップとは、SMS認証を回避するため、例えば、店舗に赴き「SIMカードを紛失した。」などと申し述べた上で、偽造した本人確認書類を提示してSIMカードの再発行を依頼し、不正にSIMカードを入手する手口である。犯罪者は、不正に入手したSIMカードのSMSに二段階認証として送付を受けた認証番号を使って、不正送金を行っていた。SIMスワップによるインターネットバンキングの不正送金被害が増加したことを踏まえ、警察庁において、令和4年9月、総務省と連携し、SIMカードの店舗での再発行時等における本人確認の強化を大手携帯電話事業者に対し要請した。その結果、令和5年1月以降、SIMスワップによる被害が激減し、令和5年5月以降、SIMスワップによる不正送金被害は確認されていない。
  • クレジットカードの不正利用事案やインターネットバンキングに係る不正送金事案の中には、被害金が暗号資産に交換され、移転される事案もみられており、サイバー特別捜査隊では不正な暗号資産取引を俯瞰的に分析することなどにより、実態解明の取組を推進している。また、令和5年7月、フィッシングサイト作成ツール「16SHOP」を用いた国際的なクレジットカード情報不正取得・利用事案について、サイバー特別捜査隊等がインドネシア国家警察と連携して捜査を実施し、インドネシア国家警察において、同国在住の被疑者を逮捕している。
  • ますます高度化・巧妙化する手口や複雑化・多様化するサービスの登場を踏まえると、キャッシュレス社会の安全・安心を確保するためには、これまでのように被害の状況や手口を基にした注意喚起や被害防止対策を行うだけでは足りず、サービスごとにきめ細やかな注意喚起を実施することに加え、例えば、事業者において犯罪者のフィッシングに係るコストを高めるセキュリティ対策を講じるなど、利用者が日常生活を営む中で意識しなくとも被害に遭わない環境整備を更に推進することが重要である。
  • 警察では、これまでサイバー空間の情勢等に応じ、被害の情勢や手口に関し注意喚起を実施してきた。しかし、こうした注意喚起は、その性質上、抽象的・総論的な内容に留まらざるを得ないが、サービスが多様化している中、注意喚起がサービスの利用者に正確に届いていない状況が生じていると考えられる。例えば、不正送金事犯が急増していることや、その対策として「メールに記載されているURLからアクセスしたウェブサイトにID・PWを入力しない」、「公式のウェブサイトやアプリからログインする」ことなどを示したとしても、インターネットバンキングの利用者において、自分に向けた注意喚起であることを正しく認識できない状況に陥っているのではないかと思われる。ただでさえ、こうした注意喚起には正常性バイアスが働き、自分が被害に遭う可能性を正しく理解できない場合がある。抽象的・総論的な注意喚起であればなおさらであろう。また、フィッシングを実行する犯罪者は、事業者が新たなサービスを開始したタイミングや税金・公共料金の支払時期を鋭敏に捉え、フィッシングサイトへ誘導するメッセージの内容や攻撃対象を変えるなど巧妙に犯罪を実行している状況が窺われる。こうした状況を踏まえると、様々な年齢層のサービスの利用者が自分のこととして危機感を持ち、フィッシングメール等に対する行動の変容を促すことができるよう、関係機関・団体や被害企業等、幅広い関係者で連携して注意喚起することで、話題性を高め、報道機関等に取り上げられるようにすることや、利用者の年代等に応じてタッチポイントが異なることを踏まえ、動画サイト、デジタルサイネージ等様々な媒体を効果的に活用するとともに、必ずしも一度で届くとは限らないことから繰り返し実施することにも配意する必要がある。このほか、例えばフィッシングメールの件名や文面、被害者のセキュリティ対策の実施状況等の具体的な事例を示すなどフィッシングの実態や特徴、サービスの内容等を踏まえた注意喚起を行う必要がある。
  • ひと昔前の「不自然な日本語」が混在していたものと異なり、最近のフィッシングメール等やフィッシングサイトは非常に巧妙に作成されており、その真偽を人間の目で判断することは困難であることが多い。また、フィッシングメール等は、「不正アクセスを検知した」、「取引を停止した」といった文面を採用することにより、利用者を不安にさせるなどして正常な判断能力を失わせ、「(フィッシング)サイトにアクセスして詳細な内容を確認しなければならない」といった心理にさせるようなものが多い。こうしたことから、フィッシング対策においては、被害者への注意喚起に工夫を凝らすだけでは十分ではなく、そもそもフィッシングメール等の真偽を利用者に判断させる状況に至る前に、技術的な対策により、利用者にフィッシングメール等が届かない環境や、利用者がフィッシングメール等に記載されているURLにアクセスしたとしても、フィッシングサイトにアクセスできない環境を整備することが肝要である。
  • DMARCの導入と並行して、フィッシングサイトをテイクダウン(閉鎖)する活動も、推進する必要がある。フィッシングメール等のURLにアクセスした場合であっても、既にアクセス先のフィッシングサイトがテイクダウンされていれば、被害に遭うことはない。フィッシングサイトのテイクダウンについては、警察庁において、金融庁と連携し金融機関に、また、経済産業省や総務省と連携しクレジットカード会社に実施要請を行っているが、引き続き、関係省庁等と連携し、関係団体等に対して、なりすまされている事業者等が自らのサービスの利用者保護の観点からフィッシングサイトのテイクダウンに取り組む必要性についても理解を促進し、テイクダウンを実施するよう働き掛けるべきである。
  • JC3では、専門的な知識を持たない人であってもプラットフォーム事業者等に対してテイクダウンの依頼(abuse通報)を行うことができるツール「Predator」を開発し、サイバー防犯ボランティア等に提供するとともに、令和6年2月から3月にかけてサイバー防犯ボランティア向けの「フィッシングサイト撲滅チャレンジカップ」(後援:警察庁、経済産業省)を実施するなど、フィッシングサイトのテイクダウンに関する気運を高める取組を進めている。警察としてもこうした取組を積極的に後押しし、より幅広い主体がフィッシング対策に参画できる環境を整備していただきたい。
  • フィッシングサイトにアクセスさせないための対策としては、フィッシングサイトの警告表示のように、フィッシングサイトを「ブラックリスト」化するほか、正規のサイトを「ホワイトリスト」化することも有効である。そうした観点からも、ID・PWの窃取を目的とするフィッシングへの対策として、パスワードレス認証である「パスキー(Passkey)」という技術が注目を集めている。
  • 現状では、EC加盟店等において、不正取引に関する情報を警察に提供することについて、利用規約等で第三者提供について同意を得ている場合であっても、利用者の個人情報及びプライバシーの保護への配慮等の観点から、極めて抑制的に行われているとの指摘がなされている。具体的には、チャージバック(クレジットカード会社がECサイト等での売上を取り消すこと)が確定した後に不正取引に関する情報を提供する場合など、不正取引が発生した時点から相当程度の時間が経過した後に実施していることが挙げられる。企業等において、利用者の個人情報及びプライバシーの保護に重点を置いて対応することはコンプライアンス確保の観点から不可欠である一方で、正確で具体的な不正取引に関する情報を警察や他の事業者に可能な限り早期に共有することが犯罪抑止の上で極めて重要であることからすると、改善の余地があるものと考える。例えば、EC加盟店等において不正取引が疑われる要素を検知した時点で、不正取引である蓋然性を速やかに確認し、蓋然性が高いものについて警察や他のEC加盟店等と共有するくらいのスピード感が必要であろう。
  • フィッシングによるものとみられるインターネットバンキングに係る不正送金事犯においては、ID・PWが窃取されたインターネットバンキングのアカウントから暗号資産交換業者の金融機関口座への不正送金が多数確認されている。警察庁によると、令和5年の不正送金に関する被害額(約87.3億円)の実に約半分が、暗号資産交換業者の金融機関口座に不正送金されていることが判明している。暗号資産交換業者においては、暗号資産のアカウントの名義と同一の名義による送金のみを受け付ける仕様としていることから、暗号資産交換業者の金融機関口座への不正送金は、被害者(不正アクセスされた金融機関口座)の名義から変更して行われる(異名義送金)が、一部の金融機関を除き、現在はこのような異名義送金を停止できていない
  • 本検討会における議論を踏まえ、警察庁において、令和6年2月、金融庁と連名で、全国銀行協会等に対して、「暗号資産交換業者の金融機関口座に対し、送金元口座(法人口座を含む。)の口座名義人名と異なる依頼人名で行う送金については、振込・送金取引を拒否する」ことや、「パターン分析のためのルールやシナリオの有効性について検証・分析の上、抽出基準の改善を図るなど、暗号資産交換業者への不正な送金への監視を強化する」ことなど、利用者保護のための更なる対策の強化に取り組むよう要請している
  • フィッシング等により窃取されたコード決済サービスのアカウントが、コンビニエンスストアや薬局等の店舗で不正利用されることも増加していることから、コード決済サービスの不正利用の水際防止を目的として、事業者等において対策を講じる必要がある。
  • コード決済は店頭に犯罪者(出し子)が赴く必要があることから、防犯カメラの店頭や店外(駐車場等)への設置を推進することにより、こうした被害を含め、コンビニエンスストア等における犯罪の発生抑止が期待できる。また、実際に被害が発生した場合においても、防犯カメラの映像等が捜査において重要となるが、コンビニエンスストアの防犯カメラの映像の保存期間が短いために、被害状況が確認できなかった事例も確認されていることから、警察としても、業界団体と連携し、防犯カメラの設置や映像の保存期間の延長について働き掛けるべきである。
  • 警察において、フィッシングサイトの構築に関する傾向を基に、例えば同一IPアドレス上のサイトを自動収集できるツール等を活用して把握するなどにより、通報・相談等により情報提供されたフィッシングサイトだけでなく、未だ警察に通報等がなされていないフィッシングサイトについて把握して警告表示等を実施するなど、先制的なフィッシングサイト対策を行うことが望まれる
  • フィッシングサイトのURL等の情報は、令和5年には警察庁からウイルス対策ソフト事業者等に約49万件提供している。こうした情報に関するフィッシングサイト該当性の判別は人の手によって行っており、フィッシング報告件数の増加に伴って警察庁における業務量が増大している状況である。また、先制的なフィッシングサイトの把握を推進すると、今後は、ますます大量の情報について、フィッシングサイト該当性を判別することが求められる。こうした中、民間企業においてChatGPT等の生成AIを用いたフィッシングサイトの判別について研究が進められている。その研究結果を見ると、98%以上の高い精度で、フィッシングサイトの判別ができるとしているものも存在している。警察庁においても、こうした最先端の技術を積極的に活用し、業務の高度化・効率化を行うべきである。
  • おわりに
    • 官民連携の深化に当たっては、単に警察から事業者等に対応を求めるだけではなく、例えば、事業者等がその対応に関して利用者への説明責任を果たせるよう、要請の背景、合理的な理由、期待する効果等について丁寧に説明することや、所管省庁と連携して業界全体に向けて対応要請を行い、また、国民に対しても理解を求めることにより、個社ではなく業界全体として対応する機運を高めるなど、事業者等における対策を後押しする環境を整えることを忘れてはならない。
    • もちろん、事業者等において「提供サービスの環境浄化に努め、安心して利用できるサービスを提供することは企業等の社会的責任である」との意識を持つことは極めて重要である。「自助」だけでは限界があるが、「公助」や「共助」が「自助」に先んじることは決して健全なあり様とは言えないからである。各界に属する我々としても、民間企業等における社会的責任に関する意識の醸成に向けて、あらゆる機会を捉えて啓蒙していきたい
    • また、グローバル化が加速度的に進む現代においては、地理的な制約を受けないサイバー空間の安全・安心の確保には、他の分野にも増して、国際連携の深化も不可欠な要素である。それには、各国の制度を踏まえて対応する必要があることから、サイバー警察にあっては、引き続き国際動向にも鋭敏であっていただきたい。
    • キャッシュレス社会の安全・安心の確保には、警察や関係省庁の「官」、民間企業や業界団体の「民」、そして「利用者」の三者が協働し、理解をはせつつも、時にお互いの立場からの意見をぶつけ合い、それぞれの責任を十全に果たし、「官民連携を深化」させること以外には実現できる道はない。多分に険しい道であることは想像に難くない。クレジットカードの不正利用やインターネットバンキングに係る不正送金が被害のピークを迎えては減少し再度増加したように、ゴールと見える頂を越えてはその先にも更なる頂が見えるといった行程の連続であろう。しかし、歩み続ける以外の選択肢はない。

警察庁は、金融機関のサイトを装ってインターネットバンキングのIDやパスワードなどを盗み取る「フィッシングサイト」の識別に、生成AIを導入すると発表しています。業務の効率化や、増加する偽サイトへの対策強化が狙いです。偽サイトの識別は現在、都道府県警や民間団体を通じて寄せられた通報・相談を元に、警察庁の職員数人がURLや金融機関のロゴの画像などから判断しているといい、把握した偽サイトの情報はウイルス対策ソフト会社などに提供しており、2023年は約49万件に上っています。金融機関などでつくるフィッシング対策協議会によると、「不正アクセスがあった」といった不安をあおるメールなどを送り、併記されたURLをクリックさせて偽サイトに誘導するフィッシングの手口は、2023年に過去最多の約120万件が報告され、2019年の約21倍に急増しています。前述の警察庁のレポートでも紹介されているとおり、98%以上の高い精度で偽サイトを判別できる生成AIがあることも民間企業の研究で明らかになっており、警察庁としてもできるだけ早く実施する方向で検討を進めるとしています。さらに、クレジットカードの不正利用情報に関する大手電子商取引(EC)事業者との情報共有体制の整備などについても実現を目指すとしています。

また、総務省の不適正利用対策に関するワーキンググループにおいて、警察庁から「サイバー犯罪におけるSMSの不適正利用状況について」の資料が提示されていますので、あわせて紹介します。前述のレポートでも、SMSを巡る課題が明らかになっていたところでもあります。

▼総務省 不適正利用対策に関するワーキンググループ(第2回)
▼資料2-4 サイバー犯罪におけるSMSの不適正利用状況について(警察庁)
  • 「SMS認証代行」とは
    • SMS認証代行とは、ポイントの不正取得やフリマサイトにおける不正出品等に利用するサービスアカウントを不正取得するために、SMS認証を代行する手口
    • SMS認証を代行する者(認証代行者)は、通信事業者とSMS機能付きデータ通信契約を行い、当該契約に係る携帯電話番号や認証コードを認証代行を依頼した者(依頼者)に提供
    • 依頼者は、認証代行者から提供を受けた携帯電話番号、認証コードを悪用し、サービスアカウントを不正取得
  • SMS機能付きデータSIMカードにおける本人確認の強化
    • 警察庁及び総務省において、一般社団法人テレコムサービス協会MVNO委員会に対し、データ通信契約申込み受付時における本人確認手続の強化について検討依頼
    • 令和3年1月、一般社団法人テレコムサービス協会MVNO委員会において、データ通信契約申込み受付時における本人確認手続に関し申合せ
      • SMS機能付きデータ通信契約において、原則、携帯電話不正利用防止法と同一の本人確認方法による契約受付
      • SMS機能が付与されていないデータ通信契約については、社会環境の変化及び不正利用の発生状況を踏まえ、引き続き検討
    • 令和5年11月現在、23社において、SMS機能付きデータ通信契約において、携帯電話不正利用防止法と同一の本人確認方法による契約受付を実施
  • 警察における対策
    • 令和4年9月、京都府警察ほかで、SMS認証代行集中取締りを実施し、認証代行者及び依頼者(6人)をそれぞれ検挙
    • サイバーパトロールによりインターネット上でSMS認証代行の依頼者を募集する者を把握し捜査
      • 他人の本人確認書類を用いてSMS機能付きデータ通信契約を締結
      • インターネット上で認証代行を募集し、これに応募した者に対して認証代行を実施
      • 認証代行以外にも、SMS機能付きデータ通信契約を不正契約し、特殊詐欺の実行犯に供与
▼資料2-5 SMSの不適正利用対策の方向性(案)について(事務局)
  • マルウェア感染端末からのSMS発信対策
    • マルウェア感染端末/回線の特定
    • マルウェア感染端末/回線の利用者への警告/注意喚起
    • マルウェア流通を防止する方策(OSでの対策等)の検討
    • スミッシングメッセージの申告/情報提供の推進

    ⇒ マルウェア感染端末/回線の特定及び利用者への警告/注意喚起の実施を進めてはどうか。スミッシングの申告受付が進んでいないことから、円滑に受け付けられる仕組みを構築してはどうか。

  • SMS配信者・受信者の不適正利用対策
    • SMS発信元の明確化/透明化
      • キャリア共通番号(0005番号)の普及/利用拡大
      • 「海外通信事業者から配信されるSMSへの対策
    • SMS機能付きデータ通信専用SIMカードの契約時の本人確認の現状の把握、更なる推進
    • SMS認証代行事業者への対処
    • SMS配信事業者、通信キャリア間の情報連携、自主的対策の促進
    • RCS(+メッセージ等)の活用推進

経済産業省は、サイバー攻撃への対応を話し合う有識者会議で、企業の対策を5段階評価で格付けする制度を創設する方針を明らかにしています。企業の対策強化を促す狙いがあるとされます。2025年度以降の開始に向け議論を続けるとしています。政府調達や補助金支給の要件に、一定以上の格付けの取得を設定することも検討するといいます。経産省は制度案で、1~5のそれぞれのレベルで求められる対策を示し、1~3は中小企業を想定し、対策の方針や社内での責任者の配置など基本的なものを自己宣言型で求めるとし、レベル4は中堅や大企業をイメージし、各業界が定める対策のガイドラインの順守を求めるとし、レベル5は電力や鉄道、通信といった社会インフラを担う企業が対象として、外部機関から認証を受ける形とする案が示されています。サイバー攻撃の対策を巡っては、業種や企業規模によって取り組みの度合いにばらつきがあることが課題となっており、経産省は企業間の取引でも格付けの確認を促すなどして、対策を民間全体で向上させたい考えです(格付けを通じて企業はセキュリティーレベルの高い取引先を選びやすくなるほか、供給網全体のサイバー対策の強化にもつながることが期待されます)。

不正送金などの犯罪に使われる偽造運転免許証を作成したとして、警視庁サイバー犯罪対策課は有印公文書偽造の疑いで、会社員と妻でパートの2人の容疑者を逮捕しています。容疑者らはSNSで闇バイトに応募、通信アプリ「テレグラム」で指示を受け、2021~2023年の約2年間で少なくとも免許証200通以上を偽造していたとみられています。偽造免許証は、不正送金先に利用するため、他人名義の銀行口座を作成したり、スマホのSIMカードを再発行させて他人の電話番号を乗っ取る「SIMスワップ」を行ったりする際の本人確認用に使われていたといい、正に「犯罪インフラ」の典型といえます。報道によれば、関連する不正送金の被害額は少なくとも4億5千万円に上り、容疑者らは350万円以上の報酬を得ていたとみられています。SIMスワップでは、容疑者の参加しているグループは、「携帯電話をなくした」と言って偽造免許を提示し、携帯電話販売店にSIMカードを再発行させ、不正入手したSIMカードで他人名義のインターネット口座にアクセスし、資金をグループが管理する口座に無断送金するなどしていたようです。

以前の本コラムでも取り上げたことがありますが、人々の認知領域の隙を突き、商品を購入させたり、契約の打ち切りを防いだりする、インターネットに仕掛けられた手法「ダークパターン」はいまだなくなっていません。全国の消費生活センターに寄せられた通信販売の「定期購入」に関する相談は2022年、前年比47%増の約7万5000件で、過去最多となり、65歳以上の相談は全体の3割を占め、そのうち7割近くがネット通販によるものです。ダークパターンによるトラブルは身近に潜んでいるものの、消費者にも、アプリ制作者側にもダークパターンの危険性が認識されていないのが現状です。東京工業大の研究チームが2022年、国内で配信されている通販やゲームなどのスマホアプリ200個を調べたところ、93.5%にダークパターンが含まれていたといい、調査を行ったシーボーン准教授は「アプリ制作者は、人々の心理や認知に影響を与える方法を熟知して設計している」、「例えば、人間には今ある状況が最善と考える傾向があり、「現状維持バイアス」と呼ばれる。このため、事前にチェックが入っている選択肢を選びやすい。タイマーが作動すれば脳は「緊急事態」だと認識し、行動を起こさずにはいられない。ダークパターンは、こうした心の動きにつけ込むものだ。特にネットに不慣れな高齢者や脳が発達途上の子どもは注意が必要だ」といいます。一方、企業側も「消費者の判断をゆがませれば、長期的には信用が傷つくことを忘れてはならない」と指摘しています。

ネット通販大手「アマゾン」からVRヘッドセットをだまし取ったとして、警視庁は、会社員の男を詐欺容疑で逮捕しています。犯罪収益対策課によると、男はすでに逮捕、起訴されたアマゾン社の宅配ドライバーら4人と共謀し、他人のアカウントでVRヘッドセット(4万9千円相当)を購入、同社のカスタマーサービスセンターに「商品の電源が入りません」などとうそを言って商品を再発送させ、2023年11月、VRヘッドセットをだまし取った疑いがもたれています。男らはSNSでアマゾンのアカウントを募集、1件約5千円で計約600個のアカウントを購入して集めていたといい、指示役の男が商品を注文し、同社の宅配ドライバーが配達、今回逮捕された男が受け取って転売していたといいます。警視庁は男らのグループが2022年2月以降、約1300点、計約6300万円分の商品を同様の手法でだまし取り、転売を繰り返していたとみているといいます。

近畿や四国、中部地方など広域にわたって空き巣などを繰り返したとして、滋賀県警は、ベトナム国籍の3人を窃盗や住居侵入などの容疑で地検に追送検し、捜査を終結したと発表しています。被害は39件計約1050万円に上るといい、3人はインターネット上で街の画像を閲覧できるグーグルの「ストリートビュー(SV)」で民家などを探し、空き家を下見したうえで、盗みや転売を繰り返していたということです。

スマホ用の決済アプリを不正利用して電子たばこを買ったなどとして、埼玉県警は、ベトナム国籍の会社員を詐欺と組織犯罪処罰法違反の疑いで逮捕しています。組織犯罪対策2課によると、容疑者は、ふじみ野市のコンビニエンスストアで、他人名義で契約されたスマホ3台を使い、電子決済サービスの「d払い」で電子たばこ3個など(販売価格計1万4943円)を購入した疑いがもたれており、スマホは30~60代の複数の外国籍の女性から不正に譲り受けたものだったといいます。d払いでは、一定金額を後払いにすることができ、容疑者はこの仕組みを使って電子たばこを購入した可能性があるといい、埼玉県警は、容疑者の関係先から100台以上のスマホや複数のゲームソフトを押収、明細書などの資料から、容疑者が不正購入した商品を転売し、これまでに数千万円の利益を得ていた可能性があるとみて調べているといいます。

前述の警察庁のレポートにもあるとおり、2023年のクレジットカード不正利用額は前年より23.9%多い540.9億円で、過去最悪になりました。日本クレジット協会が29日公表した。カード情報などを盗み取るフィッシングが広がり、不正利用は増加の一途をたどっており。生成AIなど最新技術が悪用され、手口も巧妙になっている実態があります。ネット取引の不正検知サービス企業「かっこ」によると、カードの不正利用に使われる商材は、化粧品・医薬品・健康食品・チケットなどが多いところ、2023年半ば以降、ふるさと納税での不正検知が増えたといい、不正者は盗んだカード番号などをもとに寄付サイトで注文、不正に得た返礼品を転売して現金にする手口です。ふるさと納税サイトが増えるにつれて偽サイトも広がり、利用者情報をだましとる被害が多発、各地の自治体が注意を呼びかけています。偽サイトは寄付額の値引きなどをうたって利用者を引きつける特徴があり、カード番号や住所を入力するとだましとられてしまうことになります。また、生成AI「ChatGPTの登場で、世界中の不正者が日本人に自然な日本語でフィッシングメールを出せるようになったことも要因の1つとして挙げられます。不正手口が巧妙になるなか、カード業界が力を入れるのが、本人確認の強化で、カード番号だけでなく、利用者の端末の情報やスマホに送られる1回限りの「ワンタイムパスワード」なども組み合わせた認証のしくみ「EMV3Dセキュア」を広げるとしています。経済産業省などの調査によると2023年の不正利用率は0.051%だといいます。一方、規制が少なく、業界の自主努力に任せる米国の不正利用率は2021年に0.14%と高く、EUは2021年に0.028%で、前年から0.01ポイント程度下がっていますが、EUも2020年ごろまでに3Dセキュアの導入を各国に求めており、効果が出ているようです。国際ブランド「Visa」を展開するビザ・ワールドワイド・ジャパンは、不正被害の多い加盟店から優先して導入を呼びかけているといい、かつては海外のカードや加盟店が不正に使われたが、最近は国内カードの国内加盟店での被害が目立ち、不正と正規利用の区別がつきにくい傾向があり、解決には発行会社と加盟店の連携した対応が必要と指摘しています。日本国内のキャッシュレスは普及が進んでいるものの、米欧や韓国には見劣りしており、さらなる普及には、日本のキャッシュレス決済のうち8割強を占めるクレジットカードの安全性確保が欠かせないといえます。また、警察庁はクレジットカードの不正利用対策として、ECサイトの不審アカウント情報を官民で共有する仕組みを検討するとしています。不正取引が疑われるアカウントを警察が集約、同業へ周知し被害拡大を防ぐというものです。警察庁によると、被害者のクレカ情報で複数のECサイトにアカウントを設け、不正購入を繰り返す手口などがみられ、1つのECサイトが不審な取引に気づき利用を止めても、他のECサイトを含めた全体的な被害を抑止するのが難しい状況となっているため、可能な限り早期に共有することが犯罪抑止の上で極めて重要と前述の報告書で指摘されています。一方、アカウント情報には氏名や住所、メールアドレスといった個人情報が含まれており、個人情報について利用規約で第三者提供への同意を得ている場合であっても、警察への提供にハードルを感じる事業者も少なくないとみられ、報告書はこの点について、警察庁と個人情報保護委員会との間での調整を求めています。財産の保護のため個人情報の提供が可能となるケースを整理し、必要に応じて個人情報保護委のガイドラインに明記するのも効果的だと指摘しています。

サイバーディフェンス研究所上級分析官である名和利男氏のコラムは学ぶことが多いものでした(2024年3月11日付読売新聞)。具体的には、「私を含む多くの専門家が繰り返し、脅威を訴えてきたが、サイバー攻撃を巡るリスクの「見える化」ができていないため、想像力が働かない。警告はずっと無視され続けてきた。日本は地震災害といった目の前にある脅威には主要国の中で最も素早く反応し、対応できる能力と態勢がおそらくある。しかし、見えにくいものにはあまり反応しない特性があるのではないか。サイバー安全保障はこれまで議論が避けられてきた感じがする。今、サイバー対策をやれと言われても、過去の経験もなく、現状を可視化する政府機関の能力も十分ではない。日本の対策は主要国と比べ、20年ぐらい遅れている印象だ。…例えば、米国などではサイバー攻撃の被害を受けると、連邦捜査局(FBI)などが被害を軽減するための技術的な支援をしてくれる。これは民間が政府に被害を報告するインセンティブ(動機付け)になる。ところが、日本の場合、政府には助ける任務はなく、支援を受けられる仕組みも整備されていない。企業は報告しようと思わないだろう。…ITに完全に依存する現在では、攻撃を受けた場合、被害規模は昔とは比べものにならない。このため、攻撃を受ける前に防ぐべく、積極的な防御を行うアクティブ・サイバー・ディフェンス(能動的サイバー防御)が重要になる。理屈として難しくはないが、導入に向けてはサイバー攻撃について、被害の「見える化」を通じてその大きなリスクを国民に正しく認識してもらい、対策の必要性について関心を高めなければならない」というものです。

警察庁は、ネット犯罪に特化したサイバー特別捜査隊の体制を強化し、組織を昇格させる形でサイバー特別捜査部を発足させました。露木康浩長官は「(特捜部には)外国機関からの信頼を得て国際捜査をリードしていくことが求められる。日本のサイバー捜査は(部の)双肩にかかっている」と訓示しています。特捜隊はこれまで、暗号資産の取引記録の追跡などで都道府県警の捜査を支援してきたほか、ランサムウエア攻撃集団ロックビットを摘発した欧米との国際共同捜査などにも参加しています。今回の格上げにより、よりハイレベルの海外当局幹部とのやりとりが可能になり、効率的な情報収集や捜査協力体制の構築が見込めるといいます。また、組織は、重大事案の捜査にあたる「特別捜査課」と、情報収集などにあたる「企画分析課」を置き、定員は約30人増員して約130人体制となりました。

米グーグルは、インターネット広告の安全性に関する最新の報告書を公表しています。2023年に掲載を拒否したり削除したりした不適切な広告は55億件に達し、前の年より3億件増えたといいます。最新の生成AIの基盤技術であるGemini(ジェミニ)も活用し、検知や削除の能力を高めたと説明しています。グーグルはマルウエア(悪意のあるソフトウエア)を含むコンテンツの宣伝や虚偽広告などを利用規約で禁じ、取り締まっており、対応について説明する「広告安全報告書」の公表を行っています。2023年は規約違反により停止した広告主アカウントが前の年より9割近く増えて1270万件に達したほか、不適切なコンテンツを含んでいるとして広告の配信を受けられなくしたウェブサイトのページ数が前の年より4割多い21億に達したと説明しています。生成AIの普及により詐欺などを目的とした広告の作成が容易になり、ディープフェイクと呼ぶ偽画像や偽動画を悪用するリスクも高まっています。2024年は世界各地で国政選挙が相次ぎ、ディープフェイクを使ったネットの政治広告が悪用されて投票行動に影響を及ぼすといった懸念も浮上しており、グーグル幹部は政治広告におけるアカウント認証制度の導入に言及し、2023年は非認証アカウントが出稿した730万件超の広告を削除したと説明しています

本コラムでも継続的に取り上げていますが、SNSが若者の心の健康に及ぼす悪影響への懸念が、世界で強まっており、SNS利用と、摂食障害やうつ病といったメンタルヘルスの問題に関する研究が進み、脳の発達期にある10代の子どもたちが特に影響を受けやすいとの指摘もされています。調査では、自分の投稿への承認欲求が強い人ほど、体格指数(BMI)では「標準」や「やせ」でも自分を太っていると認識する「ボディーイメージのゆがみ」が強いという結果がでたといい、ゆがみが強いと、心理的ストレスが大きいという関係性も見られたといいます。そして、ボディーイメージのゆがみは、摂食障害につながる原因の一つとされています。2023年5月には、米公衆衛生部門トップのマーシー医務総監が「SNSは若者の心の健康を害する深刻なリスクがある」とする勧告書を公表、勧告書によると、米国のSNSを利用する13~17歳は95%に上っており、10代前半で1日3時間以上SNSを使うと、抑うつや不安などの症状を引き起こすリスクが2倍になると指摘、11~15歳の少女の三分の一以上がSNSに「依存している」と回答した調査も紹介、自らの意思でやめるのが難しいと感じる若者が多い実態がうかがえます。さらに脳の発達の面からも、SNSの影響について特段の調査が必要だと指摘、アイデンティティーや自尊心が形成される思春期は社会的プレッシャーや仲間の意見、仲間との比較に敏感になるとされます。日本にも「青少年インターネット環境整備法」があり、携帯電話会社に対し、18歳未満の利用契約時に有害サイトの閲覧を制限するフィルタリングサービスの提供を義務づけていますが、SNS事業者には義務は課されず、摂食障害などのメンタルヘルスに関わる情報は「有害情報」と想定していないことから、SNSそのものの影響といった新しいリスクは想定されておらず、現状に合わせた大幅な改正が必要ではないかとの声も大きくなっています。以下、SNSやAI、生成AIを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 米南部フロリダ州で、14歳未満のソーシャルメディアの利用を禁止する州法が成立しています(2025年1月施行予定)。14~15歳も利用には保護者の許可を必要とするもので、「利益のために子供を中毒にして奪っていくのは、デジタルの人身売買だ」、「ソーシャルメディアでは性犯罪者が子供を狙っており、危険なメディアに触れることが、うつや自傷行為、自殺につながる。フロリダは子供を守る道を先導する」と意義を強調しています。さらに、米メディアによると、西部ユタ州や南部アーカンソー州、中西部オハイオ州などでも、子供が保護者の同意なしにソーシャルメディアを利用することを禁止する州法がありますが、14歳未満の利用を一律禁止したフロリダ州法は「米国で最も厳しい規制」(AP通信)と報じられています。また、全米50州のうち35州が規制など子供の保護策の導入に乗り出しており、企業の対策が不十分とみて州や連邦議会が動きを強めていますが、実効性を持たせる制度づくりには課題が残ります。「中毒性のある」SNSを規制対象としており、特定はしていないものの、TikTokやインスタグラムといった動画や写真の投稿アプリが対象になる可能性があります。一方、子供のうちから利用者を囲い込んで収益につなげる思惑から、SNS企業は対応に消極的だとの指摘もあるソーシャルメディアの運営企業などは「インターネットの利用に身分確認を求めるような規制は、言論活動の自由の侵害になると主張、さらには規制の結果、運営企業が親の個人情報まで収集することになり、「プライバシーを危険にさらす」とも指摘、各州を提訴しています。
  • フランスの競争当局は、報道機関との記事使用料を巡る交渉を適切にせず、対話型AIの学習でも無断で記事を使ったとして、米グーグルに2億5000万ユーロ(約410億円)の制裁金を科すと発表しています。EUは2019年、著作権指令を改正し、巨大IT企業などが報道機関の記事を使用した際に対価を支払うよう義務づけています。仏競争当局は2020年以降、グーグルに使用料の支払いを命じ、2022年にはグーグル側も改善を約束していますが、報道機関との誠意のある交渉や十分な情報提供といった約束の一部は履行されなかったといいます。グーグルの対話型AIサービスでは、報道機関に通知せずに記事をAIの学習に使用していたことも判明、競争当局によると、グーグルは事実関係について争わず、対応を是正する意向を示しているといいます。
  • 2024年3月26日付毎日新聞では、135の保育園のうち、画像が海外のポルノサイトなどに転載されているのが確認されたのは12園、画像を含むページごと外部のサイトに複製・保存されていたのは6割の80園に上ったと報じています。さらに「児童ポルノ対策に詳しい森亮二弁護士(第一東京弁護士会)によると、保育園が園児の日常生活として裸の画像を掲載する場合、児童ポルノ禁止法が禁じる「殊更に性的な部位が露出または強調されているもの」「性欲を興奮させ、刺激するもの」には当たらないという。一方、同じ画像でも、どこに掲載するかによって問題になる場合がある。森弁護士は「ポルノサイトに転載すれば児童ポルノの提供として処罰される可能性はある」と指摘」しています。また、一度ネット上で公開された画像がどこまで拡散しているか、完全に把握するのは難しく、匿名性の高いSNSや、一般にはアクセスが難しい「ダークウェブ」などで流通している可能性もあると認識する必要があります。さらに、毎日新聞の調査で、少なくとも6園が掲載した裸の画像が、AIの学習に使われるデータセット(データの集まり)に取り込まれていたことも判明しています。また、2023年12月に、画像生成AI「ステーブル・ディフュージョン」が学習に使うデータセットを公開するサイトを読売新聞が確認したところ、児童が体を露出した画像がいくつも表示されたという報道もありました(2024年3月21日付読売新聞)。データセットを作るためのフィルター機能に限界があることが原因の1つであり、専門家が「人が見れば明らかに児童の性的画像だとわかる画像でも機能は見落とすことがある。データセットの画像が膨大な分、ミスも多くなる」と述べている点は厳しく認識する必要があります。誰もがアクセスできる公共性と同時に、多くのリスクをはらむネット空間であるがゆえ、専門家は「画像をネットで公開している限り、第三者に取得され続ける。ネットには掲載しないという、単純だが唯一の対策を徹底してほしい」と指摘していますが、考えさせられます。
  • 生成AIで声を複製する「ボイスクローニング」を悪用した詐欺に遭遇したことがあるかどうか、米セキュリティーソフト大手マカフィーが日本や米国、英国、ドイツ、フランス、インド、オーストラリアの7カ国の18歳以上の計7054人を対象に調査したところ、回答者の1割強の計727人が「自身が遭遇した」と答えたといいます。日本は最少の30人で、「知人が遭遇」の人も含め100万円以上の金銭被害に遭ったとする人もいたようです。生成AIによる偽音声は岸田首相の偽動画や米大統領選などでも問題となっており、対策が急務といえます。
  • 米証券取引委員会(SEC)は、投資にAI関連の技術を利用していると虚偽の説明をしたとして、投資助言会社2社に罰金計40万ドル(約6千万円)を科したと発表しています。SECのゲンスラー委員長は「AIウォッシングは投資家に損害を与える」とする声明を出しています。2社は、投資に「AIをより賢くするため大規模なデータを利用し、どの企業やトレンドが大きく成長するか予測する、あるいは「AI主導の予測」を掲げていましたが、SECはいずれも「虚偽で誤解を招く説明」と判断したといいます。ゲンスラー氏は声明で、「新しい技術が登場すると、投資家の間で話題となるだけでなく、そうした技術を使っていると称する人々が、虚偽の主張をすることを何度も目にしてきた」と指摘、投資助言会社は「AIモデルを使用していないのに、使用としていると投資家を欺くべきではない」と批判しています。
  • オバマ政権時のホワイトハウスで対テロ対策を担当した、同社幹部のシャノン・クラーク氏は「東アジアなどで想定される未来の戦争は、従来と全く違うものになる」と述べ、「戦闘領域がより大規模になり、瞬時に意思決定が求められる。人間では対応できないことをAIが補完してくれる」と強調しています。兵器単体ではなく、複数の無人機がAIで連携し、オオカミの群れのように「獲物」を狙う「群集ドローン」の開発が主要国で進んでいまする。AIは軍事分野に深く浸透し、AI兵器の誕生は火薬や核兵器に次ぐ、「戦争における第3の革命」とも呼ばれています。「AI戦争の実験場」とも指摘されるウクライナは、ロシア軍の侵攻後、欧米の支援も受けてAI兵器を戦闘に本格投入し、新興技術の積極活用が大国にあらがう原動力にもなっています。一方で、AIが常に正解を示す保証はなく、検証や学習機能で精度を上げる必要があります。また、軍事関係者は「懸念するのは、ロボットが我々を支配することではなく、我々が自分たちの心がコントロールされていることに気がつかずに、AIに取って代わられてしまうことだ」との指摘も大変考えさせられるものです。
  • 人間の判断を介さずに、AI技術などを使って殺傷する自律型致死兵器システム(LAWS)の開発や使用についての国際ルール作りは進んでいません。「機械によって自律的に人間を標的にすることは、我々が道徳上、越えてはならない一線だ」とスイス・ジュネーブで開催されたLAWS規制をめぐる国際会議で、国連軍縮部門トップの中満泉事務次長は強調し、共通ルールを早急に確立するよう訴えました。一方、会議では、パレスチナ側が「AIシステムが戦争犯罪や大量虐殺を加速し、(途上国など)グローバルサウスの住民に向けて実験する可能性を強く懸念している」、「イスラエルはガザで殺戮の任務を加速するのにAIを使っている」などと批判、イスラエル側が「人間の関与なしに攻撃対象を選ぶAIシステムは使っていない」と反論する場面もあり、議論は始まったばかりといえます。報道で、AI規制をめぐる国際情勢に詳しい市川類・一橋大特任教授は「攻撃までのどの範囲を自動化させ、プロセスのどの段階で人間が主体的に関与するべきなのか。『人間の関与』の境目は明確ではない」と指摘しています。また、防衛省幹部は「ウクライナやガザで、AI兵器を使った戦いが現実化している。その現実を念頭に、日本も今後の方針を検討せざるを得ない」と話しています。こうした動きに対し、「AI兵器」が議題となった衆院安全保障委員会で、立憲民主党の渡辺周氏は「肉体的にも心理的にも人を殺す負担を感じず、AIが暴走することもSFの世界ではない」と指摘、政府が国際ルール作りを主導していくべきだと訴えています。一方、研究者の中には、「致死兵器についての倫理的な意思決定をする際は、常に人間がかかわり続ける。リスクは誇張されすぎている」といった指摘もあります。

(6)誹謗中傷/偽情報等を巡る動向

メタバースの中での誹謗中傷が問題になりつつあります。メタバースの市場は今後、教育や医療、福祉などの分野にも拡大し、利用者は急増する見込みで、2022年の国内の利用者は約450万人であるのに対し、2030年には約1750万人に上ると推計されており、対策が急務となります。人間の知覚に深く関わるメタバースは、エコーチェンバー現象が起きやすいとされます。エコーチェンバー現象とは、自分と興味関心が似た人々の思考が偏っていく現象で、メタバースでも、嫌な相手を遮断する「ブロック」などの機能があり、X(旧ツイッター)など活字で情報をやりとりするSNSと同じように仲間を同質化でき、没入感ゆえに被害感情もリアルに感じる一方で現実の空間ではないため、加害者の中にはゲーム感覚で攻撃的な言動を取る人もいると考えられます。2023年4月、群馬県高崎市で開かれたG7デジタル・技術相会合では、メタバースなどの没入型技術について「革新的」と評価しつつ、「安全で安心な技術の使用を促進する必要がある」との認識で一致、総務省も2023年秋に有識者会議を設立し、メタバース利用の「原則」づくりを進めており、2024年3月に公表した1次案では、自由や多様性、プライバシーの尊重などの原則を示していますが、こうした価値をどう実現するか模索が始まったばかりの段階です。

▼総務省 安心・安全なメタバースの実現に関する研究会(第5回)
▼メタバースの原則(1次案)
  1. 前文
    • 民主的価値を踏まえたメタバースの将来像の醸成
      • 将来、メタバース上では国境を越えて様々な仮想空間であるワールドが提供され、メタバースが物理空間と同様に国民の生活空間や社会活動の場として益々発展し、人々のポテンシャルをより一層拡張することが期待される一方、メタバースの設計や運営が過剰に商業主義的な動機で支配され、民主的価値を損なうような仮想空間が出現する可能性、さらには、物理空間と仮想空間がこれまで以上に融合した結果として、メタバース上での出来事や価値観が仮想空間のみならず物理空間にも影響を与え、両空間の民主的価値を損なう可能性も想定される。このような状況を防ぐためにも、以下の(1)~(3)をメタバースにおける民主的価値の主な要素として国際的な共通認識とした上で、メタバースの将来像の醸成を図ることが重要である。
        1. メタバースが自由で開かれた場として提供され、世界で広く享受されること
        2. メタバース上でユーザが主体的に行動できること
        3. メタバース上での活動を通じて物理空間及び仮想空間内における個人の尊厳が尊重されること
    • 原則の位置づけ
      • 上述の民主的価値を実現し、ユーザが安心・安全にメタバースを利用していくためには、仮想空間そのものの提供を担うメタバース関連サービス提供者(プラットフォーマー(※1)及びワールド提供者(※2))の役割が重要である。メタバース関連サービス提供者の取組として、以下の2つを大きな柱として位置づける。
        1. 社会と連携しながら更なるメタバースにおける自主・自律的な発展を目指すための原則
        2. メタバース自体の信頼性向上のために必要な原則
          • ※1 プラットフォームを提供する事業者をプラットフォーマーと呼ぶ。プラットフォームはメタバースを構築したり利用したりするための基盤。メタバースを構築するための機能や素材、法則やルールなどを提供するもの、ユーザの認証・管理やアイテム等の管理、コミュニケーション機能、契約・取引などの基盤的サービスを提供するもの、すぐに利用できるようにメタバースの基本的なサービス自体を運営・提供するものなど、多岐にわたる。
          • ※2 ワールドとは、プラットフォーム上で構築・運用される、メタバースの個々の「世界」。ワールド提供者は、プラットフォーマーと契約(有償・無償を問わず、利用規約への同意等も含まれる)し、プラットフォーム上にワールドを構築して提供する者。なお、これをビジネスとして行う者については「ワールド提供事業者」という。プラットフォーマー自身がワールドを構築して提供する場合もある。
    • メタバースの自主・自律的な発展に関する原則についての考え方
      • メタバースがメタバース関連サービス提供者による多様な仮想空間の提供と共に、ユーザ等によるクリエイティブなコンテンツ(UGCを含む)の創造により、自主的な創意工夫により自律的に社会的・文化的発展を遂げてきた経緯を踏まえ、ワールドのオープン性やイノベーションの促進、世界中の様々な属性のユーザがメタバースを利用する多様性・包摂性、ICTリテラシーの向上やコミュニティ運営の尊重など社会と連携した取組とする。
    • メタバースの信頼性向上に関する原則についての考え方
      • メタバースの自主・自律的な発展を支えるために、透明性・説明性、アカウンタビリティ、プライバシーへの配慮、セキュリティ確保などメタバースへの信頼性を向上させるために必要な取組とする。
  2. 原則
    1. メタバースの自主・自律的な発展に関する原則
      1. オープン性・イノベーション
        • 自由で開かれた場としてのメタバースの尊重
        • 自由な事業展開によるイノベーション促進、多種多様なユースケースの創出
        • アバター、コンテンツ等についての相互運用性の確保
        • 知的財産権の保護(アバターの肖像の適正な保護を含む)
      2. 多様性・包摂性
        • 物理空間の制約にとらわれない自己実現・自己表現の場の提供
        • 様々な国・地域、ユーザ属性等による文化的多様性の尊重
        • 多様な発言等の確保(フィルターバブル、エコーチェンバーといった問題が起きにくいメタバース)
        • 障がい者等の社会参画への有効な手段としての活用
        • メタバースへの公平な参加機会の提供
        • 誰もが使えるユーザビリティの確保
      3. リテラシー
        • ユーザのメタバースに対する理解度向上の支援
        • ユーザのICTリテラシー向上の支援
      4. コミュニティ
        • コミュニティ運営の自主性の尊重
        • コミュニティ発展の支援
    2. メタバースの信頼性向上に関する原則
      1. 透明性・説明性
        • サービス利用時の保存データ(期間、内容等)及びメタバース関連サービス提供者が利用するデータの明示並びにユーザへの情報提供
        • 提供されているメタバースの特性の説明
        • メタバースの利用に際してユーザへの攻撃的行為や不正行為への対応の説明
      2. アカウンタビリティ
        • 事前のユーザ間トラブル防止の仕組みづくりや事後の不利益を被ったユーザの救済のための取組
        • 他のユーザやアバターに対する誹謗中傷及び名誉毀損の抑制
        • ユーザ等との対話を通じたフィードバックを踏まえた改善
        • 子ども・未成年ユーザへの対応
      3. プライバシー
        • ユーザの行動履歴の適正な取り扱い
        • ユーザとアバターとの紐付けにおけるプライバシーの尊重
        • メタバースの利用に際してのデータ取得、メタバースの構築に際しての映り込み等への法令遵守等による対処
        • アバター(実在の人物を模したリアルアバターを含む)の取扱いへの配慮(知的財産権、名誉毀損及びパブリシティの観点を含む)
      4. セキュリティ
        • メタバースのシステムのセキュリティ確保(外部からの不正アクセスへの対処等)
        • メタバース利用時のなりすまし等の防止

最近の誹謗中傷に関する報道から、いくつか紹介します。

  • インターネット上の地図サービス「グーグルマップ」の口コミで不当な中傷を投稿されて名誉を傷つけられたとして、動物病院の運営会社が投稿記事の削除などをマップの管理会社に求めた訴訟の判決で、東京地裁立川支部は、投稿の一部を消すよう命じています。原告は、2020年から2022年9月ごろにかけて、動物病院の口コミに「表に出ないだけで、誤診も複数ある」などの事実ではない複数の投稿があり、名誉を傷つけられたと主張、不特定多数が閲覧できる状況で、投稿を削除するよう求めていたものです。裁判官は判決理由で、投稿の一部を「原告の社会的地位を低下させるもの」と認定、その上で内容も真実と認められないなどとし、名誉毀損に当たり削除が認められるべきだと判断しています。一方、被告が投稿の真偽を判断するに足りる情報はなく、原告の権利が侵害されていると知っていたとはいえないと指摘、被告に対する損害賠償請求を退けています。
  • 日本プロ野球選手会は、SNSなどでの選手やその家族、審判員など関係者への誹謗中傷に対し、2023年9月に選手会の弁護士による対策チームを立ち上げ、法的措置を講じてきたことを発表しています。発信者情報の開示請求が認められ、損害賠償の支払いを含む示談が複数成立したといいます。今季開幕を前に、改めて「選手会は、断固としてこれを許容せず、同様の裁判手続きおよび損害賠償請求(刑事手続きも含みます)を実施してまいります」などとするメッセージを発表しています。
  • 英BBC放送は、旧ジャニーズ事務所(現SMILE―UP.)創業者の故ジャニー喜多川氏による性加害問題に関する新たなドキュメンタリー番組を放送、大きな社会問題となるきっかけをつくった2023年3月放送の第1弾の続編で、被害者に対するインターネット上での誹謗中傷に焦点を当てる内容となっています。「捕食者の影」と題する続編では、第1弾に続きモビーン・アザー記者が日本国内で関係者に取材、顔や実名を公開して被害を訴え出た元ジャニーズJr.らがSNSで中傷にさらされた実態や、それらを苦に自ら命を絶った被害男性の当時の様子などを遺族の話を基に報じています。アザー記者は、スマイル社の東山社長にもインタビューを行い、ネット上の誹謗中傷への対応などを質問、東山氏は「言論の自由もある」「どうラインを引くかは大変難しい」などと答えています。さらに、喜多川氏の他に2人のスタッフが少年タレントに性的虐待を行っていたことも認めています。関連して、喜多川氏から性加害を受けたと告発した元アイドルグループ「忍者」メンバーをネット上で誹謗中傷したとして、高松区検が侮辱罪で高松市の投稿者(58)を略式起訴しています。報道によれば、メンバーから相談を受けた香川県警が侮辱容疑で書類送検、高松簡裁は2024年3月28日付で、投稿者に罰金10万円の略式命令を出しています。
  • 東京・池袋で2019年に起きた車の暴走事故で妻子を亡くした松永さんに「殺しに行く」と危害を加える電話を(暴力団員を名乗り)警視庁本部にかけたとして、無職の男(62)が2024年3月、脅迫容疑で警視庁に逮捕されています。事故からまもなく5年経過しても、松永さんは間違った前提による攻撃で二重に苦しめられているといいます。報道によれば、松永さんは、誤った情報が拡散されると、後から正しい発信をしても広まらないと感じており、SNSなどで発信する時は事実かどうか精査してほしいと願っていると述べています。
  • 兵庫県は、退職予定者の中に懲戒処分の可能性が高い不適切行為が確認されたため、2024年3月31日付の人事異動を一部取りやめています。報道によれば、退職取りやめとなったのは同26日まで西播磨県民局長だった、総務部付の男性(部長級)で、斎藤知事や複数の県職員を誹謗中傷するような内容の文書を職務中に職場のパソコンで作り、流布した疑いがあるといいます。斎藤知事は「事実無根の内容が多々含まれ、職員の信用失墜や名誉毀損など法的課題がある」とし、被害届や告訴を含めて法的手続きを進めているといいます。また、文書の作成や流布に関わった疑いがあるとして、自己都合退職の予定だった産業労働部次長の女性の退職も取りやめています。一方、男性は「私への事情聴取も、内部告発の内容の調査も十分なされていない時点で、知事の記者会見という公の場で告発文書を『誹謗中傷』『事実無根』と一方的に決めつけた」などと指摘、事実無根という根拠を示すよう求めています。
  • 動画投稿サイトで著名人らを繰り返し脅迫したとして暴力行為等処罰法違反(常習的脅迫)などに問われた元参院議員のガーシー(本名・東谷義和)被告に対し、東京地裁は、懲役3年、執行猶予5年(求刑・懲役4年)の有罪判決を言い渡しています。起訴状によると、被告は2022年2~8月、動画投稿サイト「ユーチューブ」で俳優の綾野剛さんら4人に脅迫を繰り返したとされるほか、2023年2月に綾野さんらの刑事告訴を取り下げさせようとSNSで脅したとする証人等威迫や、名誉毀損、強要、威力業務妨害の罪でも起訴されています。検察側は公判で、被告が2022年2~11月、綾野さんらの他にもアイドルやプロスポーツ選手ら30人以上を一方的に動画で中傷したと指摘、意に沿わない相手を攻撃し、アクセスを集めて収益を稼ぐ目的があったとし、脅迫は常習的なものだとしています。判決は「自らを安全圏に置きながら、反論できない被害者に誹謗中傷の波を浴びせかける犯行は卑劣で悪質だ」と批判、動機については「借金返済のために金もうけの目的で繰り返した。正当化される余地はない」とし、「正義感によるものだった」という被告の主張を退けています。なお、公判では、検察側が「ネット上の誹謗中傷をエンターテインメントとする風潮を作出した」と指摘、1億円超の収益を得た「職業的犯行だ」と切り捨てましたが、お金目当ての迷惑系ユーチューバーや犯罪系ユーチューバーが問題視される中、今回の判決がユーチューバーによる犯罪抑止につながるか、注目されます。
  • 法務省と総務省は、海外に本社を置き日本で事業展開するIT企業など数十社に日本での法人登記を要請しています。ネット上の偽情報や誹謗中傷が広がるのを受け、投稿者情報を開示請求しやすくする狙いがあります。ネット上の中傷による被害回復にはサイト運営者に投稿者情報の開示を求める必要があり、海外企業が運営している場合、日本で本社が未登記だと裁判のために現地の大使館を通じて訴状を送るといった手続きが必要で時間とコストがかかっていたものです。会社法は外国企業が継続して事業する場合は本国にある本社の登記義務があると定め、怠った場合は100万円以下の過料を求める規定があるものの、徹底されていない現状がありました。以前の本コラムでも取り上げたとおり、法務、総務両省は2022年に米グーグルやマイクロソフト、メタを含む米IT大手など48社へ本社登記を要請、これまでに48社のうち37社は登記を実施し、残る11社は電気通信事業を休廃止しています。今回は2022年の対応以降に総務省に電気通信事業の届けを出した新興企業などが対象となります。SNS関連の企業も含まれているとみられ、生成AIの発達や新たなSNSの登場による被害拡大に備える狙いがあります。

次に偽情報やその対応について取り上げます。

2024年3月26日付読売新聞によれば、読売新聞と国際大の山口真一准教授が日本と米国、韓国の3か国で行った国際比較調査で、情報やニュースにどう接しているかをみると、日本は受け取った情報を別のソースで確認する検証行動をすることが少ないほか、デジタル空間を特徴付ける「アテンション・エコノミー」などの概念を理解している割合も低く、偽情報を示して真偽を判断する設問では、日本は「正しい」と信じていたのが37%、「わからない」が35%と、自ら情報を確かめず、受動的に漫然と過ごしている層が多いことが判明したといいます。具体的にどのような行動をしているか尋ねたところ、米国では「何のために情報が発信されたかを考える」が79%と最も多く、韓国でも71%だったのに対し、日本は44%、「発信主体の情報を確認する」は、韓国で最多の74%だったが、日本では47%にとどまったといいます。偽情報にだまされないようにするためには、複数の情報源にあたることが不可欠で、「1次ソースを調べる」と答えた人は、米国73%、韓国57%だったのに対し、日本は41%にとどまり、「テレビ・新聞・雑誌で確認する」は、米国68%、韓国58%だったのに対し、日本では47%、日本で最多の検証行動は「ネットで他の情報源を探す」の55%となりました。日本は中立で信頼できるマスメディアから受動的に情報を得る時代が長く続き、その意識のまま玉石混交のデジタル空間で情報を摂取するようになったことが一因と考えられるところですが、今後は生成AIの発展で、偽情報が選挙に影響を与える可能性があり、混乱を招きかねず、情報リテラシーの底上げが急務となっています。

生成AIやAIと偽情報に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 2024年4月2日付読売新聞では、「現在は大きな転換点だ」として、「生成AIは短期間のうちに、文章やイラスト、写真だけでなく、リアルな動画を作れるところまで進化した。これまでは写真や動画があることで、情報の正しさはある程度保証されてきたが、真偽を簡単に見極める手段がどんどん失われている「、「投票に影響を与えかねないディープフェイクの動画はすでに存在しており、生成AIでそれが大規模化、低コスト化、巧妙化、迅速化する恐れがある。例えば選挙の直前に精巧なフェイクが出回ると、投票行動に影響をもたらす危険性は高まる」、「悲しみや怒りといった人間の強い情動は周りの人に波及することが知られている。(快楽をもたらす)脳内の報酬系回路は、フェイクニュースなど強い刺激がある情報に反応し得る。生成AIによるディープフェイクは、それを強化し、認知の過程がさらに悪い方向にゆがんでしまうかもしれない」、「AIのアルゴリズムが作ったアテンション・エコノミーに人間がのみ込まれ、偽情報に非常に脆弱になっている。メディアも広告主もユーザも、そのアルゴリズムに受動的だ。この現状に自覚的に向き合わなければならない。偽情報に対して回復力のある人間中心の強固な社会にしていく必要がある」、「リテラシーが高い層は偽情報を見抜きやすい。偽情報を拡散しない傾向もはっきりと示されている」、「正確な情報かどうか、一定の時間考えれば判断できる確率は上がる」などと指摘されており、大変示唆に富む内容です。
  • 2024年3月17日付読売新聞では、「中国やロシアを始めとする権威主義国が、偽情報やプロパガンダを用いて民主主義国の世論や選挙結果を巧みに誘導し、自らに有利な状況を作り出す―。こうした「影響工作」と呼ばれる手法について、一橋大の市原麻衣子教授は「加速度的に脅威を増している」と指摘」しています。また。「ホットボタンイシュー(Hot‐button issue)を狙う」として、「特定の国において国論を二分する問題、激論を呼ぶ政治課題がある場合に、プロパガンダを拡散し、偽情報を流布することで対立を加速させ、社会の分断や不安定化を狙う」ことを中国が処理水問題で実行したとされます(本件では、効果が限定的でした)。さらに、「インターネットとSNSの普及、そして生成AIの登場は、脅威を極めて大きなものにしました。偽情報が、世界中の不特定多数の人々に瞬く間に送り付けられるようになったからです。宣伝ビラやうわさ話で扇動した時代とは、全く状況が異なります。ロシアによる影響工作の手法を説明する概念として、「虚偽の放水(Firehose of falsehood)」があります。偽情報が断続的に多数のチャネルから発信される状況を言います。人間は同じ情報を複数のソースから得ると、「他でも確認できたから正しい」と信じ込みがちです。…一部の研究者の調査によれば、偽情報は人びとの正義感や怒りの感情を刺激することが多く、その結果、正しい情報に比べて6倍の拡散速度を持つそうです。影響を抑え込むには、最初の1~2時間に対処できるか否かがカギを握ります。ですが、生成AIの能力が高まるほど、「真か偽か」の検証に時間を要し、だまされる人も増えます。早晩、太刀打ちできない状況に陥る恐れすらあります」、「影響工作は、民主主義の根幹である選挙にも向けられています。社会を不安定化させ、それを民主主義の弊害として印象付け、権威主義国の指導者による自国支配を正当化することが目的です」、「22年の中間選挙から介入を始めた疑いが強く、米グーグル社は、米国人を装うなどした中国発の偽アカウントを22年だけで5万件以上停止させました。「人種」「ウクライナ支援」「人工妊娠中絶」など米国社会を二分する問題について感情的な投稿を続け、民主・共和両党の候補者や支持者同士の対立をあおるような発信も確認されました。中国は、米国のホットボタンイシューを賛否の「両側」から押しているのです」、「ネットによる影響工作が人びとの認知に働きかけるものである以上、正確な情報よりも人々の関心(アテンション)を集めることを重視する「アテンション・エコノミー」がもたらす弊害は知っておくべきです。好みの情報ばかりに包まれる「フィルターバブル」や、同じ考えだけが目に入り、思考が極端化していく「エコーチェンバー」がその例です。逆に言えば、無秩序なアテンション・エコノミーの下では影響工作の脅威が高まると言うこともできます」、「選挙介入を始めとする民主主義への直接的な影響工作は、対象国の民主主義が弱体化している時にこそ、威力を増すことを忘れてはいけません」、「ミスター・デモクラシー」と呼ばれる著名な米政治学者ラリー・ダイアモンド氏(72)は、民主主義が弱体化して権威主義に陥る兆候として、〈1〉反対者を愛国的でない悪者とみなす〈2〉裁判所の独立を損なう〈3〉メディアの独立性を攻撃する〈4〉市民団体、大学などを抑圧する〈5〉経済界を脅して野党支援をやめさせる―などを挙げて警告しています「などと指摘され、大変参考になります。
  • 2024年3月21日付朝日新聞では、東工大の笹原和俊准教授(計算社会科学)は、「ディープフェイクが簡単に作れるようになったことで、印象操作が容易になった」とし、偽物を広めた人が得をする「うそつきの配当」と呼ばれる現象が解説されています。つまり、「人はネガティブな映像を見ると、偽物だと分かっていても、その印象が記憶に残るという。さらに「真実のような偽物」の情報があふれると、都合の悪い真実のほうが偽物扱いされてしまう危険がある。「うそを言ったもの勝ちになる『うそつきの配当』を許さず、『うそつきの代償』を払わせる社会の仕組み作りが必要だ」というものです。一方で、ディープフェイク技術が急速に発達し、誰でも簡単に作れるツールが普及し始めているのに比べ、うそを見抜く技術やサービスの普及は追いついていない点は大きな課題でもあります。さらに、ディープフェイクに対しては、刑法の名誉毀損罪に問うことや、民法上の不法行為として責任追及できる可能性はあるものの、直接的に規制する法律はないうえ、偽動画などを拡散させるソーシャルメディア事業者を規制する枠組みもないのが現状です。日本は、SNSなどを活用した世論操作を仕掛けられたという事例はこれまでほとんどなく、日本語の壁や一般的なメディアへの信頼が高く、SNS上で政治の情報を見る人が少ないため、無関心が「防波堤」になってきたところがあるといいます。しかし、約2400人を対象とした調査によれば、例えば、事実を淡々と伝えるだけの文章と、共感を呼ぶような物語調の文章で、受け入れられやすさに違いがあるかについて、物語調のほうが人は説得されやすい傾向があり、知識の有無による明確な違いはみられなかったといいます。日本でも世論操作を受けやすい素地があるといえそうです。
  • 2024年3月19日付読売新聞では、「生成AIが出力する回答だけを見るようになれば、偶然新たな情報に出会う機会は大きく減る」と指摘しています。SNS利用者も、多様な情報に接する機会が失われ、プラットフォーム(PF)事業者に自社のサービスに長時間とどまるように誘導され、外部ニュースサイトに移動して閲覧する回数が減っているといいます。英ロイタージャーナリズム研究所のリポートは2024年1月、米分析会社のデータとして、2023年の1年間でフェイスブックとXのニュースサイトへの接続がそれぞれ48%、27%ずつ減ったことを取り上げ、利用者は知らぬ間に多様なニュースに接する機会を減らされているといい、「SNSは、ニュースにあまり関心がない人々にも情報を送る手段になっていた。そうした人々がニュースから完全に切り離されつつある」と指摘しています。偽情報に対する「耐性」は多様な情報をバランスよく摂取することによって培われるものといえますが、その機会は急激に失われつつあるということです。こうした状況に対し、偽情報が出回る前に「免疫」をつける試みである「プレバンキング(事前暴露)」と呼ばれる手法や「情報的健康(プレバンキングが偽情報への「予防接種」であるならば、食事のように、バランス良く情報を摂取し、偽情報に負けない「健康体」を作ることが大切だという考え方)が注目されています。
  • 2年前にウクライナへ侵攻して以降、ロシアはウクライナのゼレンスキー大統領の信用を失墜させ、同国への西側諸国の支持を弱めるために、大量の虚偽情報を発信していますが、例えば、架空の人物を軸に、現実味のある詳細によって長期的かつ綿密に練り上げられた物語(narrative)が、予想外の筋書きで、ネット上で展開される新たな手口も見出されています。新手の偽情報の拡散から分かるのは、ロシアの情報戦士たちがウクライナ戦争の長期化に合わせて、巧みに新しい戦術や標的にシフトしてきたということであり、偽情報が定着しなかったり、陳腐化したりすると、新しい物語を流し、偽動画や改ざんした動画や録音を使ったり、偽情報を広めるための新しい発信源を開拓したり、作ったりしているといいます。さらに、問題の動画に関する投稿のなかには、AIツールで作成された文章や音声が使われていると見られ、その多くは、その動画に人気が集まっているような印象を与えるために作られたボット(自動投稿プログラム)を駆使して増幅されているといいます。偽情報を拡散させたアカウントの約29%が不正ボットと見られ、通常であれば組織的作戦と言えるほどの異常な高い値だといいます。こうした手口を「物語ロンダリング(narrative laundering)」の一形態と表現されています。無名あるいは信頼性のない情報源から発信される虚偽情報を、少なくとも疑いの目を持たない人たちにとって、よりまっとうな情報源へとシフトさせるという意味ですが、こうした偽情報の拡散がもたらす影響を正確に評価することは難しいものの、虚偽であることが証明されてもなお反響を呼ぶ兆候はあります。
  • 偽情報とは限りませんが、令和6年能登半島地震では、Xにあるネットニュースのアカウントが、現地の惨状を伝える中、そのコメント欄には外国人による異様な言葉が並んでいます。Xは投稿のインプレッション(閲覧数)に応じて広告収益を分配しており、投稿に付くコメントも閲覧数として数える独自のルールを設けていることから、インプレッション稼ぎ目的と考えられています。とりわけ、大災害や衝撃的な事件を伝える投稿はよく読まれることから、そこにコメントを書き込めば、多くの閲覧数を稼ぐことができるというわけです。さらに、こうした無意味な投稿が利用者の気持ちを逆なでし、有益なコメントを見づらくさせる、あるいは有益な投稿自体が見られなくなるといった弊害も生じています。そして、コメント欄のみならず、SNS上に投稿された偽情報の多くは、海外の10か国以上から発信されていたともいいます。2024年3月25日付読売新聞では、「読売新聞はXで、能登地震に関する偽情報を投稿していたアカウントのうち108件を収集した。63件のプロフィル欄には13か国の居住地が記されており、途上国(パキスタンやナイジェリア、バングラデシュなど5か国)からの投稿が7割を占めた。架空の救助要請や、被災者を装うなりすましも確認した」としています。今回の令和6年能登半島地震は、外国から大量の偽情報が送られた初の大規模災害と言われています。正確な情報よりも、人々の関心を集めることを重視する「アテンション・エコノミー」の弊害が加速しており、真剣な対応が求められているといえます。

AIや生成AIの規制に関する最近の動向から、いくつか紹介します。

  • 国連総会は、各国にAIの安全確保に向けた取り組みを求める決議案を採択しています。国家間のデジタル格差の是正や世界規模の課題の対処に向けて「安全で安心、信頼できるAIシステム」の開発や利用を目指すとしています。米国が決議案を提案し、日本を含む120カ国以上が共同提案国となり、議場の総意により投票なしで採択しています。途上国におけるAIへのアクセス拡大やそのための支援を求めたほか、安全を確保するための規制や枠組みの構築を呼びかける内容ですが、軍事利用に関する文言は盛り込まれませんでした。なお、国連総会は2023年12月、AIを使って敵を攻撃する自律型致死兵器システム(LAWS)への「対応が急務」とする決議案を採択していますが、AIの安全に関する決議の採択は、今回が初めてとなります。
  • EU欧州議会は、対話型AIチャットGPTなど生成AIを含む世界初の包括的なAI規制法案を可決しています。偽情報を排除し、2026年から適用される見通しです。企業に生成AIで作成した画像の明示などを義務付け、違反時には巨額の制裁金を科すとしています(企業が違反した場合、最も重いケースで3500万ユーロ(約56億円)か、年間売上高の7%のいずれか高い方が制裁金として科されます)。背景にはAIの人権に与える負の影響への危機感があり、EUルールの世界標準化を目指すとしています。日本政府はAI開発や利用を巡る事業者向けのガイドラインが公表されていますが、法制化のめどは立っておらず、米政府は2023年10月、偽情報拡散を含むAIのリスク管理のための大統領令を出し、対策を急いでいる状況にあります。今回のAI規制法案については、EU域内で活動する外国企業も対象となり、社会的行動や個人の特徴に基づき信用の格付けをするソーシャルスコアリングのほか、宗教や性的指向、人種を利用した分類システムへのAI利用を禁止、インターネットや監視カメラからの顔画像の無差別収集や職場での感情認識技術への利用も禁じられることになります。さらに、加盟国の捜査当局に関しても、生体認証への使用を原則禁じる一方、テロ対策や人身売買、誘拐事件など特定の犯罪捜査では例外的に使用を認めるとしています。ただし、厳しい規制を受けて、革新的技術を持つ企業が活動をEU域外に移す恐れもあり、欧州にとって競争力低下の回避が今後の課題となります。
  • EUの行政を担う欧州委員会は、2024年6月の欧州議会選を前に選挙に関連したオンライン上の偽情報対策のガイドラインを発表しています。世界に先駆けて、生成AIを使った「なりすまし」にも言及、規制と一体運用することで実効性を持たせ、SNSなどの企業に対応を義務づけることになります。ガイドラインは、候補者情報やマニフェストの改ざんや、ヘイトの拡散など選挙特有の「リスク」を事前に企業に検討させ、対応策を講じさせるとしています。たとえば、生成AIの進化で「ディープフェイク」と呼ばれる精巧な偽動画や音声の拡散が容易になったことを踏まえ、企業に対してAIが作ったものは利用者にそれがわかるよう「電子透かし」やラベル付けなどを義務づけるほか、暴力や性的な内容を含む投稿に比べ、選挙関連の偽情報は真偽や有害性の判断が難しいものが多いため、専門のファクトチェック機関による検証や疑わしさのラベル付けなども求めています。ガイドラインは、2022年に発効したEUのデジタルサービス法(DSA)に基づくもので、EU域内の月間利用者数が4500万人を超える米メタやTikTokなど19のサービスが対象となり、対応が不十分な場合は、DSAに基づいて欧州委が対応を求め、改善されなければ年間の世界売上高の6%を上限に制裁金が科される可能性があります。
  • EUの行政府にあたる欧州委員会は、TikTokやユーチューブの運営会社に、生成AIで作られた選挙に関連する動画や音声への対応策を報告するよう要求しています。6月の欧州議会選挙を見越した偽情報対策の一環となるもので、対象はほかに、フェイスブック、インスタグラム、Xなどで、今回の要求は、影響力の強いプラットフォーマーに有害投稿の削除や対応策の情報開示を求めるデジタルサービス法(DSA)に基づいた措置です。さらに、同日、中国のIT大手アリババ集団が運営するオンラインマーケットプレース「アリエクスプレス」についても、違法商品やアダルトコンテンツの販売の取り締まりが不十分だとして、DSAの義務違反の疑いで調査を始めると発表しています。欧州委は、消費者に被害を及ぼす恐れのある偽造医薬品や食品、栄養補助食品、未成年者に有害なポルノなどのコンテンツに対する有効な措置がアリエクスプレスで取られていないと指摘しています。また、米マイクロソフト傘下のビジネス向けSNSリンクトインに対しては、個人の関心に合わせた「ターゲティング広告」を巡り透明性を十分に確保しているかどうかについて、DSAに基づき報告を求めたほか、米IT大手のXなどに対しては、AIが生成する偽情報への対応策について詳細な情報提供を要請しています。
  • イタリアの競争・市場保護当局(AGCM)は、中国系の動画投稿アプリ「TikTok」の運営会社に対し、1千万ユーロ(約16億円)の制裁金を科すと発表しています。未成年の利用者の安全を脅かすコンテンツの監視を怠ったことが、同社の定めた利用規則に違反すると判断したものです。イタリアでは若者らの間で、自分の顔をつねって作った赤い傷痕をティックトックに投稿する「フレンチ・スカー・チャレンジ」と呼ばれる行為が流行しており、AGCMは2024年2月、ティックトックの運営会社にこの投稿を削除するように指示していましたが、同社が策定した安全のためのガイドラインを順守せず、有害なコンテンツの拡散を防ぐ措置を怠ったと指摘しています。また、利用者に危険を及ぼす可能性のあるコンテンツでも、アルゴリズムが広告収入を増やすために推奨できる状態にあったとしています。ティックトックをめぐっては、アイルランド当局が2023年9月、子どもの利用者へのリスクを適切に考慮せず、EUの一般データ保護規則(GDPR)に違反したとして3億4500万ユーロ(約560億円)の制裁金を科すと発表しています。
  • 日本でも、大規模なAI開発者向けに法規制を導入する方向で検討に入るとしています。偽情報対策などの体制整備が不十分だった場合に罰則を科すことを視野に入れ、これまで企業の自主的な取り組みを尊重する方向でしたが、AIによる偽情報の流布や人権侵害が問題となる中、AIを直接の対象とした拘束力のある規制が必要と判断したものです。さらに、インターネット上に広がる偽情報への対策を巡り、総務省は有識者会合を開き、巨大IT企業に聴取、グーグルは「万能薬はない」とし、複数の技術を組み合わせて防ぐ必要性を指摘、動画投稿サイトのユーチューブで、生成AIで合成した動画に「合成または改変されたコンテンツ」というラベルが表示される仕組みなどを説明したほか、メタは公正な選挙をゆがめないように対策を取っていると紹介、ティックトックは24時間体制で動画を審査しているなどと報告しています。偽情報対策を巡って日本はSNSの運営企業に対する法的な規制がなく、各社の自主的な取り組みに委ねている一方、EUは偽情報などの違法コンテンツの排除を法律でIT企業に義務付けるなど、対策への関心が世界的に高まっており、有識者会合は法的規制を含めて対策を検討し、夏をめどに報告書をまとめる予定です。

(7)その他のトピックス

①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向

国際決済銀行(BIS、本部スイス)は、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の将来的な普及を見据え、新たな国際決済システムの構築に向けた実証実験を始めると発表しています。貿易代金の送金など、日本の銀行から海外の銀行にお金を送る際には通常、国際銀行間通信協会(SWIFT)のネットワークを使いますが、日本の銀行と外国の銀行は直接つながっていないことも多いため、中継役となる大手銀行など複数の銀行を経由して送ることになり、各銀行では送金指示内容の確認や不正な資金でないかなどの点検が行われるため、長い場合には数日かかることもあります。今回の実証実験は、民間銀行の預金や中央銀行の資金をデジタル通貨として、一つのシステム上でスムーズに送金できる仕組みを作る(銀行の資金をデータ化した「トークン」を使い、BISが整備するプラットフォームを利用して国外の銀行に送金する仕組みを作る)のがねらいで、デジタル通貨の技術を使い、送金に携わる銀行が情報を共有して、不正資金の確認作業が同時に行えるようにするなど送金の効率化をめざす(単に技術をテストするだけでなく、特定の運用や規制、法的な条件の下で(実際に)事業を行う金融機関とともに実施する)としています。そして、新たな仕組みが導入されれば、さまざまなCBDCは裏付けとなる技術が異なっていても全てまとめて使用可能となり、決済システムが細分化されるリスクが低減されるほか、先行するSWIFTでの実験によって、高度に複雑な取引や外貨決済に使えることも分かっており、今後は決済処理についてスピードアップとコスト低減を図るため自動化する道も開かれることになります。今回の取り組みは、古代ギリシャで「広場」を意味したアゴラにちなみ「プロジェクト・アゴラ」と名付けられ、実験には日銀のほか、米ニューヨーク連邦銀行、英イングランド銀行、スイス国立銀行、フランス銀行、韓国銀行、メキシコ銀行が参加するほか、民間銀行にも参加を呼びかけており、三菱UFJ銀行、三井住友銀行や、みずほ銀行を傘下に持つみずほフィナンシャルグループなど日本の大手行も参加を検討しています。本コラムで継続的に取り上げているとおり、CBDCを巡っては、米ドルへの対抗姿勢を示す中国が「デジタル人民元」の推進を狙っているほか、2019年にフェイスブック(現メタ)が打ち出した独自のデジタル通貨構想「リブラ」によって、世界中に利用者を持つ民間のデジタル通貨が広く流通すれば、国は通貨を制御できなくなる可能性が高まるといった危機感が各国の当局に広がり、各国の中銀らは一斉に懸念を示すこととなりました(リブラ計画は当局側の強い締め付けで頓挫)。このように日米欧を中心に警戒感が高まっている中、日本政府は「デジタル円」の導入可否を検討する連絡会議を2024年1月に設置、デジタル円を導入した際に生じる課題や解決策の選択肢を関係府省庁が話し合う段階に入っています。なお、先進国では欧州中央銀行(ECB)が先行しています。基本な制度設計の調査は終えており、2023年11月からデジタルユーロの導入に向けた「準備段階」に入りました。EU内で必要な法整備を経て、発行は2028年ごろとの見方があります。関連して、米シンクタンク、アトランティック・カウンシルが公表した調査によると、世界経済の98%を占める134カ国が現在、CBDCの検討を行っており、半数以上が開発後期か試験運用、あるいは導入の段階にあるとされます。G20ではアルゼンチンを除き開発後期以降の段階にありますが、米国が後れを取り、その度合いが強まっているといいます。同社は「CBDCを巡り世界の主要中央銀行の乖離が拡大している」と指摘、中国と欧州、日本が大きく先行しているとしています。また、米国が後れを取ることで「国際決済システムの分断が強まる」リスクがあると説明、米国以外の国々がCBDCを推進して新たな基準を打ち立てれば米国は国際金融における影響力が低下する可能性があるとしています。世界で現在行われているCBDCの試験運用は中国のデジタル人民元(e─CNY)や欧州中央銀行(ECB)のデジタルユーロを含め約36件に上り、デジタル人民元が引き続き試験運用の規模が最も大きく、最も進んでおり、同社は本格導入の時期について、「2024年ではないだろうが、2025年か2026年になるかを予想するのは難しい」と述べています。

暗号資産に関する最近の国内外の報道から、いくつか紹介します。

  • 米ニューヨーク・マンハッタン連邦地方裁判所の判事は、暗号資産交換業FTXトレーディングの創業者サム・バンクマン・フリード被告に懲役25年の判決を下しています。本コラムでも継続的に取り上げているとおり、同被告はFTX顧客や出資者に対する詐欺など7つの罪に問われ、2023年11月に陪審の判断により有罪判決が下っていたものです。米メディアによると米国の主要な経済事件の懲役としては、エンロン元CEOのジェフリー・スキリング氏(2019年出所)の14年を上回り、ワールドコム元CEOのバーナード・エバーズ元受刑者(20年死去)の25年に並ぶことになります(ちなみに、最長の懲役は投資詐欺を働いたバーナード・マドフ元受刑者(2021年死去)の150年だといいます)。一時は世界有数の取引量を誇っていたFTXは、ずさんな資金管理が発覚して信用不安が高まり、2022年11月に経営破綻、その後、顧客資金の流用など違法な運営が創業初期から始まっていたことが判明、利用者は世界で約100万人規模とみられ、過去最大級の経済事件となりました。
  • 米ニューヨーク・マンハッタンの連邦地裁の判事は、暗号資産交換業大手の米コインベース・グローバルが求めていた、同社に対する米証券取引委員会(SEC)の提訴棄却の要請を退けています。SEC未登録のままの交換所運営が違法かどうかについて法廷審議が継続することになります。本コラムでも継続的に取り上げているとおり、SECは2023年6月、コインベースを提訴、有価証券に該当する暗号資産を取り扱う交換所を運営したり、売買を仲介したりするのは証券法上、SECへの登録が必要と主張しています。一方、上場企業であるコインベースは取り扱っている暗号資産は有価証券でないため登録は必要ないという立場をとっています。コインベースは、訴訟はSECの法的権限を超えるものと主張し、2023年10月に同訴訟を棄却するよう求めていました。判事は意見書で、問題の取引は「裁判所が80年近くにわたり有価証券かどうかを判断するため用いてきた枠組みに違和感なく収まる」と指摘し、コインベースの訴えの大部分を却下、今後、審議を経て、コインベースの取引の適法性について陪審員が判断を下すことになります。
  • 米証券取引委員会(SEC)は、リップル・ラボ社に対して暗号資産XRPの販売を巡って制裁金など20億ドルの支払いを要求しています。SECはニューヨークの連邦地裁の判事に、リップルへの支払い命令を出してほしいと申し出ており、こうしたSECの姿勢について同社の最高法務責任者は「誠実に法を適用するのではなく、依然としてリップルや業界全体を処罰し、脅すことしか念頭にない」と批判しています。判事は2023年7月、リップルがXRPを公的な取引所で販売することは連邦証券法に違反しないが、ヘッジファンドなど特定の投資家に販売した件では、未登録の証券を違法販売したという要件に該当するとの見解を示しています。
  • 米国でビットコインといった暗号資産の電力消費が急増し、風当たりが強まっています。バイデン政権は国内電力消費の最大2.3%をビットコインのマイニング(採掘)が占めていると推計、電力需給を逼迫させ、火力発電所の稼働増加で温暖化ガスの排出増につながる恐れもあるとして、環境団体や議会から監視強化を求める声が上がっています。本コラムでたびたび取り上げているとおり、暗号資産を生み出すプロセスにはコンピューターを使った「マイニング」と呼ぶ作業が必要で、膨大な情報を処理するため、コンピューターの冷却などに大量の電力を消費しています。米国でのマイニングが増えている背景には、中国政府が2021年から同国内の関連企業を取り締まっていることが挙げられます。ビットコインだけでみると、米国内でのマイニングは2020年1月に世界全体の約3%の占有率にとどまっていましたが、2022年1月には約38%まで拡大したといいます
  • 中米エルサルバドルは、2021年9月に世界で初めてビットコインを法定通貨として制定していますが、ブケレ大統領は、同国が保有する暗号資産ビットコインについて、「大部分」をインターネットから隔離した「コールドウォレット」に移した上で、国内の物理的な施設に保管する方針を示しています。エルサルバドルが保有するビットコインの正確な規模は不明ですが、ブケレ氏によれば、4億700万ドル近くに達しているといいます(ビットコインは2024年3月14日時点で、7万3800ドルの史上最高値を記録)。
  • ブラジルで絶大な人気を誇る決済システム「ピックス(Pix)」がわずか3年の間に、現金や振込に代わって支払い手段の主流となり、今や、活況を呈するオンラインショッピング業界でもクレジットカードの優位を脅かそうとしていると報じられています(2024年4月5日付ロイター)。ピックスは2020年11月に導入された、ブラジル中央銀行が主導する即時決済システムで、オンライン小売企業にとっては福音となり、利益率が薄い同セクターでのキャッシュフローを後押しし、クレジットカードの既存インフラをベースに構築された銀行やフィンテック企業の従来型ビジネスを切り崩しているといいます。ピックスが仲介事業者を排除したことで、クレジットカード会社は取引額の一部を手数料として得ることができなくなり、決済処理企業の取り分もクレジットカードやデビットカードの取引よりも大幅に少なくなっているといいます。
  • 2024年3月29日付毎日新聞によれば、専修大経済学部の泉教授が、デジタル方式の地域通貨の稼働数を調査、2019年末と2023年末を比較したところ、特定の地域内で価値を循環させる「デジタル地域通貨」が「13→52」、商品券のような使い切りの「デジタル地域決済」が「4→106」、歩数に応じた健康ポイントの付与などの「地域ポイント」が「15→61」と、いずれも大きく伸びていたといいます。増加の背景には、国の後押しがありますが、PayPayなどは「自治体が自前で(地域通貨を)やるという選択もあるかもしれないが、『餅は餅屋に』という言葉もある。我々のプラットフォームを使えばコストと手間を抑えられ、より有効に展開できる」と述べています。一方、成功例として名高い飛騨信組でさるぼぼコインの導入を手掛け、その後、起業して各地の社会課題解決に関わる高山市のリトルパークの古里代表(慶応義塾大特任准教授)は、PayPayなどキャッシュレスサービスとの「徹底的な差別化」が事業戦略のカギだったとし、「同じ土俵で『お得、簡単、便利』を追求しても絶対にかなわない。PayPayがやらないこと、できないことを徹底してやった」と解説、地域の人が地元に愛着を持って行動する「メンタリティー(意識)の変革」こそが地域通貨の本質だと指摘しており、大変興味深いといえます。
②IRカジノ/依存症を巡る動向

以前の本コラムでも取り上げましたが、長崎県は、カジノを中心とする統合型リゾート施設(IR)の整備計画が不認定となったことを受け、行政不服審査法に基づく審査請求を検討してきましたが、請求を断念しています。不認定を覆すだけの論拠を得られなかったとみられています。国は2023年12月下旬、資金調達や事業の継続性について、裏付けが不十分であることなどを理由に、計画を不認定としましたが、これに対し、大石知事は「納得していない部分がある」などと述べ、国に対する審査請求を検討していたものです。検討した結果、不服審査請求を行うと一定期間、事業者などを不確実な状況に置くことや、資金調達の確実性を示すレター(客観的な資料)に失効したものが一定数出てきていることなどがあり、さらに、ハウステンボスとの土地売買契約も国の不認定をうけて失効したことなども踏まえ、審査請求をしても結果を覆すことは難しいと判断したものです。長崎県はIRを佐世保市の大型リゾート施設「ハウステンボス」に呼び込み、地域活性化の起爆剤として、2027年度に開業させる計画でした。

大阪府・市のIRについて、運営事業者で中核となる予定の法人が買収した違法なオンラインカジノの収益を施設設置に投じる恐れがあるとして、大阪市民らが、国に開業に必要な実施協定の取り消しを求める訴訟を東京地裁に起こしています。報道によれば、運営事業者「大阪IR」の資本金のうち4割を出資予定の米カジノ大手「MGMリゾーツ・インターナショナル」が、2022年9月、日本人らに向けオンラインカジノを展開していた「レオベガス」を買収、日本で違法とされるオンラインカジノの収益が間接的に大阪IRの設置に使われる可能性が否定できず、IR整備法の「廉潔性の確保」や「全般的なコンプライアンス確保」などの規定に違反すると指摘しているものです。原告は公益社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」と大阪市在住の依存症家族ら11人で、同会は「マネー・ローンダリングに国がお墨付きを与える形となる。他自治体でも同様のビジネスが展開されかねない」と警鐘を鳴らしています。

その他、IRに関する国内外の報道から、いくつか紹介します。

  • IRを巡る汚職事件で、収賄罪と組織犯罪処罰法違反(証人買収)に問われた元衆院議員、秋元司被告の控訴審判決で、東京高裁は、懲役4年、追徴金約758万円の実刑とした1審・東京地裁判決(2021年9月)を支持し、無罪を主張する被告側の控訴を棄却しています。1審判決は、元議員がIR担当の副内閣相と副国土交通相だった2017年9月の衆院解散当日、IR参入を目指す中国企業の元顧問2人(いずれも贈賄罪で有罪確定)から衆院議員会館で現金300万円を受け取るなど、2018年2月までに同社側から計約758万円相当の賄賂を受け取ったと認定、また、保釈中の2020年6~7月には元顧問2人に対し、現金授受の現場に元議員がいなかったとの虚偽証言をしてもらう見返りとして計3500万円の提供を持ち掛けたとしています。元議員側は控訴審で、「議員会館で現金を渡したとする元顧問2人の証言は信用できない」とし、歩数と距離を記録する元議員のスマホのデータを根拠に、現金授受があった日には議員会館には行っていないと訴えていましたが、検察側は、元顧問2人の証言は客観証拠に裏付けられており、信用できると反論、アプリのデータも正確ではなく、議員会館に行っていない証拠にはならないとし、控訴棄却を求めていたものです。
  • 在シンガポールの中国大使館は、シンガポールにいる中国市民に対し、海外で賭博に関与すれば中国の法律に違反することになるとして、あらゆる形態の賭博に関与しないよう警告しています。中国政府は人気の旅行先である東南アジア諸国で自国民の取り締まりを強化しており、シンガポールにはラスベガス・サンズとゲンティン・シンガポールが運営するカジノがあることから、同大使館は「海外のカジノが合法的に開設されたとしても、中国市民による越境賭博はわが国の法律に違反する疑いがある」とし、違反行為に対して大使館や領事館が領事保護を提供できない可能性があること、越境賭博は詐欺、資金洗浄、誘拐、拘束、密売、密輸などのリスクをもたらす可能性もあるなどと述べています。なお、韓国とスリランカの中国大使館も最近、同様の警告を発しているほか、中国とフィリピンの法執行機関は2024年2月、海外賭博に関与した中国人40人以上を協力して送還しています。
  • フィリピン娯楽賭博公社のアレハンドロ・テンコ会長は、同国のカジノ部門に国内外の企業が今後5年で最大60億ドルを投資するとの見通しを示しています。競争が激化する中、アジア有数のカジノリゾート地としての地位を強化するとしています。中国本土から訪れるハイローラー(大金を賭けるカジノ客)はコロナ禍や、富裕層を相手に賭博行為を仲介する「ジャンケット」の規制強化で減ったものの、日本、韓国、シンガポールからのカジノ客や国内の一般市民が穴を埋めており、フィリピンのブルームベリー・リゾーツや日本のユニバーサルエンターテインメントなどが2023年、好調な業績を上げたということです。
  • 豪規制当局は、米投資会社ブラックストーン傘下のクラウン・リゾーツについて、メルボルンにある旗艦カジノの運営免許の維持を認めると発表しています。マネー・ローンダリング(マネロン)防止法違反で同カジノは2年余り前に政府の監督下に置かれていましたが、ビクトリア州の賭博・カジノ管理委員会(VGCCC)のフラン・ソーン委員長は同カジノの「組織的欠陥は過去のものになった」と述べています。一方、クラウン・リゾーツはコンプライアンス確保に今後も建設的な取り組みを続けると表明しています。同社はマネロン防止法違反について2023年、4億5000万豪ドル(2億9400万米ドル)の罰金支払いに合意、ブラックストーンは2022年に同社を89億豪ドルで買収しています。
  • タイでカジノの合法化を通じて投資や観光客を呼び込もうとする動きが再燃しています。カジノ合法化は過去にも議論されてきましたが、これまでの歴代政府は世論の根強い反対の前に計画を先に進めることができませんでした。2021年の世論調査でも、カジノ合法化賛成派は21.25%と、風紀や犯罪面での不安を理由とする反対派の46.51%を大きく下回っている状況です(現在のタイで認められている賭博は、公営の競馬と宝くじだけですが、それでも国民の少なくとも10%がギャンブル依存症になっていると報告されています)。一方、産業界では、カジノが合法化されれば海外からさらに多くの観光客が訪れ、世界最大級のカジノ拠点であるマカオなどに対抗できる市場になるとの期待が大きく、今回の政府が検討している提案内容では、カジノを含めた複合娯楽施設の建設と運営を民間企業が負担し、政府は課税や規制に責任を負うとされています。

米大リーグ、ドジャースの大谷翔平選手の通訳を務めていた水原一平氏が違法賭博疑惑で球団を解雇されたことを受けて、ギャンブル依存症や米国のスポーツ賭博などが話題となっています。ギャンブル依存症を含む「依存症」は誰でもなり得る「病気」であり、厳罰ではなく適切なケアこそ必要であることをあらためて広く認識される機会でもあります。一方、米国では2018年以降、ギャンブル産業が急速に拡大、ごく一部の州(カリフォルニア州など)を除いてスポーツを賭けの対象とすることを禁じた「プロ・アマスポーツ保護法(PASPA)」について、連邦最高裁が同年、連邦政府の権限を逸脱しているとして違憲判断を下し、多くの州でスポーツ賭博の解禁が進んだためです。報道によれば、2024年1月現在、37州と首都ワシントンでスポーツ賭博が合法化されており、うち30州はオンラインでも利用が可能だといいます。このようにスポーツ賭博市場が急拡大する一方で、若い世代を中心にギャンブル依存症の増加が危惧されています。報道によれば、2023年に米国人がスポーツに賭けた資金は合計1198億ドル(約18兆円)に上り、関連する収益は約109億ドル(約1.6兆円)に達し、2022年と比べて4割増えたといいます。一方、米シエナ大などが2024年1月、米居住者約3000人に実施した調査によると、オンラインのスポーツ賭博の経験がある18~34歳のうち13%が「依存症について相談したことがある」と答え、割合はほかの年代より高かったといいます。こうした状況に対し、法律で認められた業者の中には人工知能(AI)で利用者の取引を監視したり、掛け金の上限を設けたりして依存症予防に取り組むケースや、後払いでの賭けを禁止し、個人の賭け金の総額にも上限を設けているケースもあるなど、行政や業界団体などによる依存症対策が一定程度定着している状況でもあります。スポーツ賭博の過熱化に対し、スポーツ選手やスタッフらを賭博から守るための仕組み作りを強化する必要も叫ばれています。違法賭博の関係者は、あらゆる手段を使って選手やスタッフを利用しようとしてくるものであり、その危機意識や対策の徹底を図る必要があるいうことです。具体的には、賭博関係者は、目を付けた高校生など有望なアマチュア選手に近づき、金品などを渡しながら、巧妙に関係を構築する、賭け屋がプロチームのロッカールームに出入りし、その選手や他のチーム関係者とも深いつながりを持つ、といったことがあったようです。こうした状況に対し、2024年3月24日付日本経済新聞の記事「大谷翔平通訳の解雇で考える、スポーツ賭博合法化の是非」において、「合法化したとしても、依存症や八百長のリスクが完全になくなることはない。だが、非合法のままでは、かえって違法な事業者を野放しにする恐れがある。国境の内側でオンライン賭博を禁じても、外の世界が合法であれば、パソコンやタブレット端末の操作ひとつで金銭はそちらに流れていく。であるならば法律を定めて事業者を選別し、闇市場を排除するのは合理的といえる」、「日本はどうするか。水面下ではスポーツくじの拡大などが議題に上っているが、賭博は人の射幸心を煽り、反社会的勢力と結びつきかねない危険なものとする見方はいまも日本社会に根強く残る。水原氏解雇のニュースが、そのアレルギー反応をいっそう強めることも考えられる。一方で、すでにプロ野球など日本のスポーツが海外で賭博の対象になっている現実がある。民間企業でつくるスポーツエコシステム推進協議会の試算によると、総額は年間5~6兆円。日本居住者が海外の業者を通して行う違法賭博もかなりの金額に上るとみられる。「見えないリスク」に対する、日本の態度が問われている」と指摘していますが、正に正鵠を射るものといえます。

その他、最近の国内のギャンブル依存症を巡る報道から、いくつか紹介します。

  • 2024年3月23日付毎日新聞の記事「ギャンブル依存、ネット賭博で若年齢化 20代相談、4割に急増」では、「依存症の支援団体によると、日本国内でも新型コロナウイルス禍をきっかけに若年層を中心にオンライン賭博への依存の懸念が強まっているという。ギャンブル依存症は、日常生活や社会生活に支障が生じ、治療を必要とする状態。2017年度の政府の全国調査によると、ギャンブル依存症にかかった経験があるとみられる人は約320万人(成人の3・6%)。直近1年間に依存症が疑われる状態だった人は約70万人(同0・8%)と推計された。公益社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」(東京)の田中紀子代表は「ギャンブルに手を出すと一定数の人が依存症になる可能性がある。やめることを自らコントロールできず、依存症の自覚があるかどうかにも個人差がある」と説明する。考える会には当事者や家族から年間約1200件の相談が寄せられるが、近年は相談者に変化が生じているという。19年まではパチンコ依存を中心に、40代の相談が最多だった。ところが、新型コロナが広がると、それまで2割程度だった20代の相談が4割に急増。内容もオンライン賭博が増えた。…「オンライン賭博は場所を選ばず24時間毎日できる。賭けをやめるタイミングがなく習慣化し、依存症に至る期間も短い」と指摘する。…田中さんは「一般の人でも依存症になれば数億円規模の負債は珍しくない」と明かす。その上で「周囲の人はギャンブルの借金肩代わりや尻拭いをするのではなく、専門機関への相談を当事者に勧めてほしい」と呼びかける」と報じています。
  • 2024年4月3日付読売新聞の記事「センバツで海外賭博サイト10以上、オッズ100倍超も…規制困難で専門家は法整備求める」によれば、今春の選抜高校野球大会で、日本人向けに試合結果などを予想させるスポーツ賭博サイトが10以上、海外を拠点に開設されていたといいます。本コラムでもたびたび取り上げているとおり、国内でのサイトの利用は違法ですが、海外事業者は処罰することが難しいのが現実です。さらに、教育の一環で行われる高校野球が賭けの対象になっていることは由々しき問題であり、早急な対策が求められるといえます。なお、こうしたサイトはいずれも日本語で表記され、運営者側は、中米のオランダ領キュラソーや英王室領マン島で賭博事業の免許を取得していると説明、利用者は、決済代行業者を通じて事業者に入金、各試合の勝敗や優勝校を予想して金を賭け、当たれば倍率(オッズ)に応じて払い戻される仕組みで、オッズは100倍を超えるものもあり、払戻金は、代行業者から国内の銀行などに振り込まれるといいます。警察庁は、オンラインカジノなど海外の賭博サイトに国内から賭けることは「違法」とし、客らが単純賭博や常習賭博容疑で摘発される例が相次いでいますが、法律の規定が海外事業者には及ばないため、警察当局が取り締まることは困難な状況です。
  • 斎藤経済産業相は、スポーツ賭博について「経産省としても、私としても、スポーツベッティング(賭博)について検討する予定はない」と述べ、国内での解禁を検討する考えはないとしています。
③犯罪統計資料から

例月同様、令和6年1~2月の犯罪統計資料(警察庁)について紹介します。

▼警察庁 犯罪統計資料(令和6年1~2月分)

令和6年(2024年)1~2月の刑法犯総数について、認知件数は103,135件(前年同期97,770件、前年同期比+5.5%)、検挙件数は41,438件(38,954件、+6.4%)、検挙率は40.2%(39.8%、+0.4P)と、認知件数・検挙件数ともに前年を上回る結果となりました。増加に転じた理由として、刑法犯全体の7割を占める窃盗犯の認知件数・検挙件数がともに増加していることが挙げられ、窃盗犯の認知件数は70,073件(66,592件、+5.2%)、検挙件数は24,348件(22,949件、+6.1%)、検挙率は34.7%(34.5%、+0.2P)となりました。なお、とりわけ件数の多い万引きについては、認知件数は15,892件(14,861件、+6.9%)、検挙件数は10,079件(9,413件、+7.1%)、検挙率は63.4%(63.3%、+0.1P)と、最近減少していた認知件数が増加に転じています。また凶悪犯の認知件数は994件(718件、+38.4%)、検挙件数は814件(629件、+29.4%)、検挙率は81.9%(87.6%、▲5.7P)、粗暴犯の認知件数は8,496件(8,600件、▲1.2%)、検挙件数は7,005件(7,107件、▲1.4%)、検挙率は82.5%(82.6%、▲0.1P)、知能犯の認知件数は7,864件(7,081件、+11.1%)、検挙件数は2,865件(2,992件、▲4.2%)、検挙率は36.4%(42.3%、▲5.9P)、風俗犯の認知件数は2,371件(1,064件、+122.8%)、検挙件数は1,815件(968件、+87.5%)、検挙率は76.5%(91.0%、▲14.5%)、とりわけ詐欺の認知件数は7,150件(6,514件、+9.8%)、検挙件数は2,345件(2,564件、▲8.5P)などとなっています。なお、ほとんどの犯罪類型で認知件数・検挙件数が増加する一方、検挙率の低下が認められている点が懸念されます。また、(特殊詐欺の項でも取り上げている通り)コロナ禍において大きく増加した詐欺は、アフターコロナの現時点においても増加し続けています。とりわけ以前の本コラム(暴排トピックス2022年7月号)でも紹介したとおり、コロナ禍で「対面型」「接触型」の犯罪がやりにくくなったことを受けて、「非対面型」の還付金詐欺が増加しましたが、現状では必ずしも「非対面」とは限らないオレオレ詐欺や架空料金請求詐欺などが大きく増加傾向にあります。

また、特別法犯総数については、検挙件数は9,165件(9,761件、▲6.1%)、検挙人員は7,476人(8,030人、▲6.9%)と2022年は検挙件数・検挙人員ともに減少傾向が続くも、2023年に入ってともに増加に転じ、その傾向が続いていましたが、ここにきて再び減少に転じた点が大きな特徴です。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は709件(688件、+3.1%)、検挙人員は509人(496人、+2.6%)、軽犯罪法違反の検挙件数は985件(1,100件、▲10.5%)、検挙人員は988人(1,094人、▲9.7%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は906件(1,631件、▲44.5%)、検挙人員は669人(1,276人、▲47.6%)、ストーカー規制法違反の検挙件数は177件(173件、+2.3%)、検挙人員は144人(142人、+1.4%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は612件(501件、+22.2%)、検挙人員は457人(377人、+21.2%)、銃刀法違反の検挙件数は624件(704件、▲11.4%)、検挙人員は552人(590人、▲6.4%)などとなっています。減少傾向にある犯罪類型が多い中、入管法違反やストーカー規制法違反、犯罪収益移転防止法違反等が増加している点が注目されます。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は187件(134件、+39.6%)検挙人員は107人(81人、+32.1%)、大麻取締法違反の検挙件数は1,020件(967件、+5.5%)、検挙人員は841人(767人、+9.6%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は1,050件(915件、+14.8%)、検挙人員は711人(608人、+16.9%)などとなっており、大麻事犯の検挙件数がここ数年、減少傾向が続いていたところ、2023年に入って増加し、2023年7月にはじめて大麻取締法違反の検挙人員が覚せい剤取締法違反の検挙人員を超え、その傾向が続いている点が注目されます。また、覚せい剤取締法違反の検挙件数・検挙人員ともに大きな減少傾向が数年来継続していましたが、ここにきて増加に転じた点は大変注目されるところです(これまで減少傾向にあったことについては、覚せい剤は常習性が高いため、急激な減少が続いていることの説明が難しく、その流通を大きく支配している暴力団側の不透明化や手口の巧妙化の実態が大きく影響しているのではないかと推測されます。言い換えれば、覚せい剤が静かに深く浸透している状況が危惧されるところですと指摘してきましたが、最近、何か大きな地殻変動が起きている可能性も考えられ、今後の動向にさらに注目したいところです)。なお、麻薬等取締法の対象となるのは、「麻薬」と「向精神薬」であり、「麻薬」とは、モルヒネ、コカインなど麻薬に関する単一条約にて規制されるもののうち大麻を除いたものをいいます。また、「向精神薬」とは、中枢神経系に作用し、生物の精神活動に何らかの影響を与える薬物の総称で、主として精神医学や精神薬理学の分野で、脳に対する作用の研究が行われている薬物であり、また精神科で用いられる精神科の薬、また薬物乱用と使用による害に懸念のあるタバコやアルコール、また法律上の定義である麻薬のような娯楽的な薬物が含まれますが、同法では、タバコ、アルコール、カフェインが除かれています。具体的には、コカイン、MDMA、LSDなどがあります。

また、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯 国籍別 検挙人員 対前年比較について総数123人(80人、+53.8%)、ベトナム44人(29人、+51.7%)、中国17人(10人、+70.0%)、ブラジル8人(3人、166.7%)、フィリピン6人(3人、+100.0%)などとなっています。ベトナム人の犯罪が中国人を大きく上回っている点が最近の特徴です。

一方、暴力団犯罪(刑法犯)罪種別検挙件数・人員対前年比較の刑法犯総数については、検挙件数総数は1,156件(1,683件、▲31.3%)、検挙人員総数は654人(896人、▲27.0%)と、刑法犯と異なる傾向にありますが、最近、検挙件数・検挙人員ともに継続して増加傾向にあったところ、2023年6月から再び減少に転じた点が注目されます。犯罪類型別では、暴行の検挙件数は62件(97件、▲36.1%)、検挙人員は61人(85人、▲28.2%)、傷害の検挙件数は113件(161件、▲29.8%)、検挙人員は130人(171人、▲24.0%)、脅迫の検挙件数は36件(62件、▲41.9%)、検挙人員は37人(53人、▲30.2%)、恐喝の検挙件数は38件(64件、▲40.6%)、検挙人員は53人(65人、▲18.5%)、窃盗犯の検挙件数は574件(801件、▲28.3%)、検挙人員は91人(126人、▲27.8%)、詐欺の検挙件数は171件(294件、▲41.8%)、検挙人員は126人(220人、▲42.7%)、賭博の検挙件数は5件(2件、+150.0%)、検挙人員は9人(21人、▲57.1%)などとなっています。とりわけ、詐欺については、増加傾向に転じて以降、高止まりしていましたが、2023年7月から減少に転じ、その傾向が続いている点が特筆されます。とはいえ、依然として高止まり傾向にあり、資金獲得活動の中でも重点的に行われていると推測される(ただし、詐欺は暴力団の世界では御法度となっているはずです)ことから、引き続き注意が必要です。さらに、暴力団犯罪(特別法犯)主要法令別検挙件数・人員対前年比較の特別法犯について、特別法犯全体の検挙件数総数566件(634件、▲10.7%)、検挙人員総数は381人(399人、▲4.5%)と、こちらも検挙件数・検挙人数ともに継続して減少傾向にあります(前月のみいったん増加していました)。また、犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は3件(0件)、検挙人員は3人(0人)、軽犯罪法違反の検挙件数は6件(17件、▲64,7%)、検挙人員は6人(12人、▲50.0%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は14件(11件、+27.3%)、検挙人員は10人(10人、±0%)、暴排条例違反の検挙件数は28件(2件、+1,300.0%)、検挙人員は31人(7人、+342.9%)、銃刀法違反の検挙件数は11件(9件、+22.2%)、検挙人員は6人(6人、±0%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は15件(17件、▲11.8%)、検挙人員は2人(7人、▲71.4%)、大麻取締法違反の検挙件数は95件(156件、▲39.1%)、検挙人員は62人(97人、▲3.1%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は308件(326件、▲5.5%)、検挙人員は203人(185人、+9.7%)、麻薬等特例法違反の検挙件数は13件(16件、▲18.8%)、検挙人員は3人(5人、▲40.0%)などとなっており、最近減少傾向にあった大麻事犯について、2023年に入って増減の動きが激しくなっていること、覚せい剤事犯の検挙件数・検挙人員がともに全体の傾向以上に大きく減少傾向を示している中、一部増加に転じている点などが特徴的だといえます(覚せい剤については、今後の動向を注視していく必要があります)。なお、参考までに、「麻薬等特例法違反」とは、正式には、「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律」といい、覚せい剤・大麻などの違法薬物の栽培・製造・輸出入・譲受・譲渡などを繰り返す薬物ビジネスをした場合は、この麻薬特例法違反になります。法定刑は、無期または5年以上の懲役及び1,000万円以下の罰金で、裁判員裁判になります。

(8)北朝鮮リスクを巡る動向

北朝鮮が2024年4月3日、中距離弾道ミサイル「火星16」を前日(2日)に試射したと明らかにしました。北朝鮮の弾道ミサイル発射は12024年1月14日、3月18日に続き、2024年に入って3回目となります。今回の発射に先立つ同3月20日には、新型の中長距離極超音速ミサイルに搭載する固体燃料式エンジンの地上燃焼実験に成功したと報じられていましたが、迅速に発射できる固体燃料エンジンを使う新型弾と位置づけ、飛行距離は1000キロ・メートルに及んだといい、。グアムや在日米軍基地を射程に収める兵器の開発で一定の進展があったと強調、正短距離から長距離まで多様な射程のミサイルに奇襲攻撃できる能力を付与し、日米韓を威嚇するとしています。液体燃料に比べて迅速な発射が可能な固体燃料を使う中距離弾道ミサイルは2024年1月にも発射していますが、今回は金正恩朝鮮労働党総書記が試射に立ち会い、「火星16」という名称も公表したことから、ミサイルが完成に近づいたとみられます。また、北朝鮮は弾頭部を極超音速兵器と説明、朝鮮中央通信の報道によると、ミサイルから分離した弾頭は空中で一度上昇し、方向を変えて飛行する能力を確かめたといい、予定された軌道に沿って飛行したとしています(なお、極超音速兵器は。一般にマッハ5(音速の5倍)以上の速度で飛翔し、低空を変則軌道で滑空するためレーダー探知が困難とされます)。金総書記は今回の開発で、すべての射程のミサイルで固体燃料化が「完全無欠に実現する」と表明し、弾頭の操縦と核兵器化も同時に進めて「全地球圏内のランダムな対象」を迅速に狙う能力を構築すると強調しています。一方、韓国軍は北朝鮮の発表について「誇張されたもの」と評価、途中での飛行方向変更の主張も「韓国軍の分析と違いがある」と表明、極超音速ミサイルは「高難度の技術が要求される兵器で、戦力化には相当な期間がかかる」と予測、打ち上がった弾頭部が大気圏に再突入する際の熱防護能力なども「検証が必要」として、北朝鮮の技術水準を慎重に見極めるとしています。

前述のとおり、3月18日には、北朝鮮軍の砲兵部隊が「超大型放射砲(ロケット砲)」の一斉発射訓練で3発撃ち、最高高度は50キロメートル程度、350キロメートルほど飛んだといいます(平壌から350キロメートルにはソウル首都圏全域が入ることになります)。金総書記が指導し、「敵の首都を崩壊させられる態勢の完備」を求めています。北朝鮮の言う超大型放射砲は短距離弾道ミサイルの一種とされ、日韓が覚知したミサイル発射を指すとみられています。朝鮮中央通信によると、同日の訓練は「威力と実戦能力の検証」などを目的に行ったといい、空中での爆発試験も行ったとしています。超大型放射砲を「中枢攻撃手段」と位置づけ、攻撃力をさらに高めていく必要性も強調したといいます。金総書記は以前の演説で、超大型放射砲が韓国の全域を射程圏内に収め、「戦術核の搭載も可能だ」と述べたことがあり、同日の訓練は米韓の圧力に対抗し、首都ソウルへの攻撃力を誇示して韓国を牽制する狙いがあるとみられています。北朝鮮は韓国を「第1の敵対国」と位置づけるなど対決姿勢を強めており、3月に入って以降、同通信は金総書記が軍の訓練を指導する動きを繰り返し伝え、金総書記が「戦争準備」の重要性を強調するなど牽制を続けています。

日本政府は3月18日の中距離弾道ミサイル発射を受け、国家安全保障会議(NSC)を開き、米国と韓国との連携強化など今後の対応を指示しています。NSCの開催は2024年に入ってからは初めてで、2023年12月22日以来約3カ月ぶりとなりました。NSCは設立以来、ほぼ毎月のように開催していますが、3カ月以上開けての開催は初めてだといいます。

北朝鮮の朝鮮中央通信は、国家航空宇宙技術総局が2024年、複数の軍事偵察衛星の打ち上げを予定しているとの見解を報じています。金総書記は2024年中に3基の偵察衛星を追加で打ち上げる目標を掲げており、日米韓が北朝鮮の衛星の発射動向を監視している中、あらためて意欲を示した形で、近く打ち上げられる可能性も指摘されています。偵察衛星をめぐっては、韓国・聯合ニュースが平安北道東倉里の「西海衛星発射場」に目隠しの覆いが設置されたとして、打ち上げの準備が進んでいるとの見方を報じています。韓国軍関係者は2024年3月28日、「追加発射に向けて準備する活動はある」とした上で、差し迫った兆候はないと説明、シン・ウォンシク国防相は韓国軍が4月初旬に予定する偵察衛星の打ち上げより前に、発射する可能性があるとの見方を示しています。

米財務省は、ロシア、中国、アラブ首長国連邦(UAE)を拠点とする北朝鮮の金融機関関係者ら6人と2団体について、不正送金などによって北朝鮮の大量破壊兵器を用途とする資金調達に関与したとして制裁を科したと発表しています。今回の制裁は、韓国政府と協調して実施、韓国も2つの団体と同一の4人に対して制裁を科しています。制裁の対象となるのは、ロシアのウラジオストクに拠点を置く企業とUAEに拠点を置く企業で、北朝鮮軍に関連する企業の傘下にあります。韓国外務省は、制裁の対象は北朝鮮の違法な金融活動に直接関与した個人だけでなく、それを支援した人物も対象になると説明しています。

プーチン露大統領の訪朝が取り沙汰される機会が増えていますが、実現すれば、現在と同様に米大統領選を控えていた2000年7月以来となります。北朝鮮は、米国の対北政策の行方が不透明な状況で対露関係改善を誇示し、対米交渉力の強化を図った24年前の再現を狙っているとされます。露朝首脳会談が行われた2023年9月以降、ロシアの支援に伴い北朝鮮内の食料供給は安定しつつあり、プーチン氏の訪朝が、国連安保理決議で制限された物資の支援拡大などに結びつけば、金正恩政権が「市民生活重視」を国内にアピールする絶好の機会となります。一方、2024年1月の崔善姫外相の訪露では、北朝鮮側の随行員が宇宙技術分野の「参観リスト」を持ち歩く姿も確認されるなど、近い時期の追加発射が予測される偵察衛星を含め、ロシアから軍事・宇宙分野の技術支援を受けて次期米政権との交渉力を高める意味でも、プーチン氏訪朝は重要な日程だといえます。この歴史的行事の再現に向け、北朝鮮はロシアのウクライナ侵略に支援を惜しまず、韓国のシン・ウォンシク国防相は、北朝鮮が露側に提供した武器・弾薬が貨物コンテナ7千個分に達したと指摘、活発化するミサイル発射の背景について、実戦配備目的に加え「ロシアに輸出するため性能を確認する狙いもある」との見方を示しています。また、ロシアを通じて北朝鮮が自国兵器の実戦使用データを収集し兵器開発にフィードバックしているほか、供与の見返りにロシアの軍事技術を得ているとの観測も強く、露朝の接近はウクライナだけでなく、北朝鮮と対峙する日本にとっても脅威となります。プーチン氏の訪朝時には金氏との首脳会談に加え、両国軍高官の会談なども行われる見通しで、両国は表向き経済協力などを協議しつつ、裏では武器調達や軍事分野での協力拡大などを議論する公算が大きいと考えられます。

国連安全保障理事会は、対北朝鮮制裁の履行状況を調べる専門家パネルの最終報告書を公表しています。北朝鮮は外貨収入の約50%をサイバー攻撃によって得ていると指摘、2017~2023年、暗号資産関連企業に58回にわたりサイバー攻撃を繰り返し、約30億ドル(約4500億円)を窃取した疑いがあるとして調査を進めているといいます。また、大量破壊兵器の開発費用の約40%がサイバー攻撃から得た資金であることも指摘、最近では防衛関連企業などがサイバー攻撃の対象となっているほか、偵察総局傘下のハッカーら(「ScarCruft」や「Kimsuky」など)がインフラやツールを共有することが増えているといいます。また、ロシアのウクライナ侵略を巡っては、「北朝鮮がロシアに軍事装備などが入った1000個以上のコンテナを提供した」可能性を指摘したほか、ロシアとの貿易も盛んになっているとされますが、ロシアは北朝鮮からの兵器の取得を否定しています。さらに、専門家パネルはイスラム組織ハマスが北朝鮮製の武器を使用している可能性についても調査、イスラエルは調査を通じ、ハマスが数十にわたる北朝鮮製のミサイルや対戦車武器を保有していると回答しています。北朝鮮はこれまでも同様の指摘に対して「根拠のない偽の噂である」と否定していますが、専門家パネルはパレスチナ側にも問い合わせを試ていますた。核開発については、2024年1月までの6カ月間に少なくとも7つの弾道ミサイルを発射したとされ、水中から攻撃可能な「戦術核攻撃潜水艦」も新たに導入したことを報告、国連は核開発を続ける北朝鮮に対し資金流入を絞ったり、輸出入を禁じたりする経済制裁を実施しているものの、実際は制裁対象の石油精製品を輸入しているほか、ぜいたく品を輸出しているといい、北朝鮮の2023年の貿易量は2022年を上回ったといいます。また、10万人以上の北朝鮮労働者が海外約40か国で建設や医療、情報技術などの分野で働き、外貨を得ているとしています(国連安保理は2017年12月の制裁決議で、北朝鮮労働者を2019年12月までに本国に送還するよう加盟国に求めていました)。

一方、この国連安全保障理事会の決議に基づいて、北朝鮮に対する制裁の実施状況を調査する「専門家パネル(委員会)」の活動が、2024年4月末で終了に追い込まれることになりました。北朝鮮との関係を強めるロシアが、パネルの委員の任期を延長する決議案に拒否権を行使し、否決されたためです(日本を含む13カ国が賛成、中国は棄権)。ロシアは、は専門家パネルについて「不可欠な責務であるはずの客観性と公平性の基準を一切失っている」とし、「北朝鮮の地政学的敵対者の従順な道具と化した。そのような状態で存続する意味はない」と述べています。パネルの活動中止は、北朝鮮による核・ミサイル戦力の開発を禁じる安保理決議の履行を困難にさせることに直結します。国連の監視が弱まり、北朝鮮の制裁逃れが増えることで核・ミサイル開発の資金が得やすくなる事態が懸念されるところです。専門家パネルは定員8人で、貿易や海上輸送などの専門家が、独自に入手した情報も加味して加盟国や民間調査会社からの報告を分析し、秋に中間報告、春に年次報告をまとめて公表してきました。直近では、日本人成り済ましのインパクトが大きく、北朝鮮のIT労働者が日本人の身分証明書を偽造してウェブページやアプリ、ソフトウエア開発を受注し、報酬を北朝鮮に送金する手口で活動していたことを指摘しました。さらに、中国やロシアなどに在住する北朝鮮IT労働者が、海外サイトにつながるためのVPN(仮想私設網)を使って、秘密裏に作業しているケースも指摘、海上で船荷を積みかえる「瀬取り」については、石油精製品や石炭の密輸でよく使われ、以前からロシアや中国の船舶の関与が疑われていることも今回の拒否権につながった可能性があります。また、北朝鮮が、中国やロシア、中東、アフリカへ労働者を派遣し、給料の大半を本国へ上納させる手口も常態化、不満を抱えた若者らによる暴動が最近、新たに発覚したことは本コラムでも取り上げました。日本は米韓や欧州の同志国と協力し、新たな枠組みによる監視網を築く必要があります。委員の任期延長が認められなかったのは今回が初めてで、ロシアは「(対北)制裁を見直すべきだ」と拒否権行使を正当化しましたが、北朝鮮からの兵器調達についてパネルで追及されるのを封じる思惑があったと考えるのが自然です。「国際の平和と安定に特別な責任を持つ常任理事国として、無責任であり、恥ずべき暴挙」(産経新聞)との指摘は、筆者も同感です。ロシアという後ろ盾を得た北朝鮮は、ミサイル発射を頻発させていますが、パネルの活動は終了しても制裁の有効性は続き、監視が弱まることも、北朝鮮が最大の資金確保策としているサイバー攻撃が野放しになることも許されません。「日本は各国と協力し、北朝鮮によるサイバー攻撃の監視・阻止に全力を尽くすべきだ」(産経新聞)という点も同感です。なお、林官房長官は「遺憾だ」と語り、専門家パネルについて、「関連安保理決議の実効性を向上させるための重要な役割を果たしてきた」と評価、ロシアの対応を「国連および多国間主義の軽視であり、グローバルな核不拡散体制を維持するという安保理理事国としての重責に反する行為で残念だ」と強く非難しています。制裁の完全履行に向けて、「米国、韓国をはじめとする同志国とこれまで以上に緊密に連携しながら、更なる対応を検討していく」と語っています。一方、北朝鮮への経済制裁による圧力が風化してきているのも事実です。弾道ミサイルの発射が相次いでも6年超にわたり国連安全保障理事会は新たな制裁を決議できておらず、北朝鮮は国際社会の不一致を突き、ロシアとの関係強化やサイバー攻撃で資金や物資を確保する抜け道をつくり始めています。本コラムでもたびたび取り上げている通り、北朝鮮は近年、公然と制裁違反の存在の示唆を繰り返しています。専門家は「制裁など意に介さない姿勢を見せつけ、制裁には効果がないと主張する試みとみるべきだ」と指摘していますが、おそらくその可能性は高いものと思われます。だからこそ、国際社会は北朝鮮の愚行を諦めをもって放置するのではなく、国際的な包囲網をさらに固めて、圧力をかけ続ける姿勢を示すことが求められているといえます。

日本経済新聞の報道で、北朝鮮の先端技術開発を中国政府が幅広い分野で事実上支援していることがうかがえるとの調査結果が示されていました。制裁履行の責任を負う各国政府は、技術移転につながりかねない国際共同研究を自国の輸出管理法などで規制していますが、汎用性が高い基礎的な研究は軍事技術に直結するかの判断がしにくいのも事実です。国連安保理北朝鮮制裁委員会の専門家パネル元委員の古川勝久氏は「国内法に落とし込む段階に抜け穴があり、基礎研究の名目で技術流出しているのが実態だ」と指摘しています。多くの技術が「デュアルユース(軍民両用)」であることも、北朝鮮と協力国に言い逃れの余地を与えています。軍事転用可能でも民生向けの技術と主張されてしまうためで、学術研究が制裁の抜け穴になっていることを改めて注意喚起し、技術移転に歯止めをかける対策が急務だといえます。

警察、外務、財務、経済産業の4省庁は26日、北朝鮮のIT労働者が日本人らになりすましてソフトウエア開発などの業務を受注し、報酬を北朝鮮に送金している可能性があるとして、日本企業に注意を呼び掛けています(今回が初めてとなります)。北朝鮮のIT労働者を巡っては、外国で身分を偽って仕事を請け負い、稼いだ外貨が北朝鮮の核・ミサイル開発などに充てられていると、国連から指摘されています。警察庁によると、国連加盟国の報告で、北朝鮮のIT労働者は北朝鮮に約1000人、国外に約3000人いると推定されています。国外の多くは中国で、ロシアや東南アジアにも在住しているとみられ、年間2.5億~6億ドル(約375億~900億円)が北朝鮮に送金されているとされます。日本では、大阪府警や神奈川県警などが2020年2月~2024年3月に3事件を摘発し、北朝鮮のIT労働者と関係があるとみられる日本在住の男女5人を逮捕・書類送検しています。5人は韓国籍などで、中国に住む北朝鮮籍のIT労働者に不正送金したなどの疑いが持たれていますが、2人は容疑不十分で不起訴、1人は起訴猶予となっています。北朝鮮のIT労働者自身を立件したケースはなく、海外にいるため、摘発は難しいといいます。日本警察の捜査などで判明した手口は、フリーのIT労働者と企業をつなぐ仲介サイトに日本在住の血縁者や知人らを登録し、ウェブページやアプリ開発などの業務を募集、受注した業務は海外にいる北朝鮮のIT労働者が担っているとみられるほか、発注企業が受け取ったソフトなどを起点に、北朝鮮がサイバー攻撃をする可能性も指摘されています。

▼警察庁 北朝鮮IT労働者に関する企業等に対する注意喚起
  • 国際連合安全保障理事会北朝鮮制裁委員会専門家パネルは、これまでの国際連合安全保障理事会決議に基づく対北朝鮮措置に関する報告書において、北朝鮮は、IT労働者を外国に派遣し、彼らは身分を偽って仕事を受注することで収入を得ており、これらが北朝鮮の核・ミサイル開発の資金源として利用されていると指摘しています
  • また、2022年5月16日、米国が、国務省、財務省及び連邦捜査局(FBI)の連名で、このような北朝鮮IT労働者による活動方法や対応策等をまとめたガイドラインを公表したほか、同年12月8日、韓国が、外交部、国家情報院、科学技術情報通信部、統一部、雇用労働部、警察庁、公正取引委員会の連名で、同様のガイドラインを公表しました。さらに、2023年10月18日、米国及び韓国が共同で北朝鮮IT労働者に関する追加的な勧告を行うための公共広告(PSA)を発表するなど、北朝鮮IT労働者に関してこれまでに累次の注意喚起が行われています。
  • 我が国に関しても、北朝鮮IT労働者が日本人になりすまして日本企業が提供する業務の受発注のためのオンラインのプラットフォーム(以下「プラットフォーム」という。)を利用して業務を受注し、収入を得ている疑いがあります。また、北朝鮮IT労働者が情報窃取等の北朝鮮による悪意あるサイバー活動に関与している可能性も指摘されており、その脅威は高まっている状況にあります。
  • この点、北朝鮮に関連する国際連合安全保障理事会決議は、加盟国において収入を得ている全ての北朝鮮労働者の送還を決定するとともに、いかなる資金、金融資産又は経済資源も、北朝鮮の核・ミサイル開発の利益のために利用可能となることのないよう確保しなければならないと規定しているほか、このような北朝鮮IT労働者に対して業務を発注し、サービス提供の対価を支払う行為は、外国為替及び外国貿易法(昭和24年法律第228号)等の国内法に違反するおそれがあります。
  • 各企業・団体においては、経営者のリーダーシップの下、北朝鮮IT労働者に対する認識を深めるとともに、以下に挙げるような手口に注意を払っていただきますようお願いいたします。また、プラットフォームを運営する企業においては、本人確認手続の強化(身分証明書の厳格な審査、テレビ会議形式の面接の導入等)、不審なアカウントの探知(不自然な情報の登録が通知されるシステムの導入等)といった対策の強化に努めていただきますようお願いいたします。
  • 北朝鮮IT労働者の手口
    • 北朝鮮IT労働者の多くは、国籍や身分を偽るなどしてプラットフォームへのアカウント登録等を行っています。その際の代表的な手口として、身分証明書の偽造が挙げられます。また、日本における血縁者、知人等を代理人としてアカウント登録を行わせ、実際の業務は北朝鮮IT労働者が行っている場合もあります。この場合、当該代理人が報酬の一部を受け取り、残りの金額を外国に送金している可能性があるほか、当該送金には、資金移動業者が用いられることがあります。
    • 北朝鮮IT労働者は、IT関連サービスの提供に関して高い技能を有する場合が多く、プラットフォーム等において、ウェブページ、アプリケーション、ソフトウエアの制作等の業務を幅広く募集しています。
    • 北朝鮮IT労働者の多くは、中国、ロシア、東南アジア等に在住していますが、VPNやリモートデスクトップ等を用いて、外国から作業を行っていることを秘匿している場合があります。
    • そのほか、北朝鮮IT労働者のアカウント等には、次のような特徴がみられることが指摘されています。業務上関係するアカウントや受注者にこれらの特徴が当てはまる場合には、北朝鮮IT労働者が業務を請け負っている可能性がありますので、十分に注意してください。
  • 主にプラットフォームを運営する企業向け
    • アカウント名義、連絡先等の登録情報又は登録している報酬受取口座を頻繁に変更する
    • アカウント名義と登録している報酬受取口座の名義が一致していない
    • 同一の身分証明書を用いて複数のアカウントを作成している。
    • 同一のIPアドレスから複数のアカウントにアクセスしている。
    • 1つのアカウントに対して短時間に複数のIPアドレスからのアクセスがある。
    • アカウントに長時間ログインしている。
    • 累計作業時間等が不自然に長時間に及んでいる。
    • 口コミ評価を行っているアカウントと評価されているアカウントの身分証明書等が同一である
  • 主に業務を発注する方向け
    • 不自然な日本語を用いるなど日本語が堪能ではない。また、そのためテレビ会議形式の打合せに応じない。*口コミによる評価を向上させるため、関係者間で架空の評価を行っている場合が想定されます。*機械翻訳を用いている場合が想定されます
    • プラットフォームを通さず業務を受発注することを提案する。*手数料負担の軽減、契約関係の継続等を目的としていることが想定されます。
    • 一般的な相場より安価な報酬で業務を募集している
    • 複数人でアカウントを運用している兆候がみられる。*北朝鮮IT労働者は、チームで活動しているとの指摘があり、応対相手が時間帯によって変更されることなどが想定されます
    • 暗号資産での支払いを提案する

上記注意喚起の中でも触れられていますが、神奈川県警などに詐欺容疑で逮捕された日本人の男が代表のIT関連会社が、国内企業から受注したアプリ開発業務などを北朝鮮のIT技術者に発注していた疑いがあるといいます。同じ容疑で逮捕された韓国籍の男が技術者の元締めとパイプを持ち、同社を隠れみのに技術者への発注を主導したとみられています。県警などは、会社設立を巡り不正に登記を行った電磁的公正証書原本不実記録・同供用の疑いで2人を再逮捕し、実態解明を進めています。失業手当を不正受給した詐欺容疑で逮捕された蓑毛容疑者が代表を務めるIT関連会社「ROBAST」が令和2021年10月の設立以降、仲介サイトを通じ国内企業から複数受注したアプリ開発業務などを、中国にいるとみられる北朝鮮の技術者に発注していたといいます。蓑毛容疑者が以前勤務していた別のIT関連会社の社長で韓国籍の朴容疑者が技術者の元締めとパイプを持ち、ROBASTの設立に関わった可能性が高いといいます。設立前は自身の会社で同様の発注をしていたといい、神奈川県警などは北朝鮮に国際的な制裁が科せられる中、朴容疑者が自らの関与を隠す目的でROBAST設立を主導したとみて調べています。また、北朝鮮のIT労働者に不正送金したとして銀行法違反容疑で立件された韓国籍の朴容疑者と蓑毛容疑者らが使っていたサイトのアカウントが、別の韓国籍の男性経営者側に引き継がれ、北朝鮮に資金が流出していた疑いがあることが判明しています。アカウントはアプリ開発の受注や発注、送金ができる仲介サイトで利用するもので、外貨獲得を狙う北朝鮮本国の関与の下、長年にわたり悪用されていた可能性が高いとみられています。朴容疑者らは仲介サイト上でROBASTなどを通じて日本企業からアプリ開発などの仕事を受注、これを中国にいるとされる北朝鮮のIT労働者に下請けに出し、報酬の一部が北朝鮮に流れた可能性があるとみられています。朴容疑者らが仲介サイトで使っていたアカウントは、2022年に合同捜査本部が銀行法違反容疑で書類送検した韓国籍のタクシー運転手らが登録したもので、朴容疑者は北朝鮮の外貨獲得活動に携わる人物との接点が疑われています。また、同社が日本企業から業務受注時に受け取った報酬の90%前後を発注先の技術者側に払っていたとみられるとのことです。一部が北朝鮮に送金された可能性があるとみて実態解明を急いでいます。取引があった日本企業の中には発注したアプリの仕様などについて技術者側とやり取りした企業があったことも判明しています。

その他、北朝鮮を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 北朝鮮の崔善姫外相は、岸田首相が拉致問題の解決に向けて日朝協議に意欲を示していることについて「朝日(日朝)対話はわれわれの関心事ではない」と談話で述べ、日本との接触を拒絶する方針を表明しています。金総書記の妹、金与正党副部長が、「日本側とのいかなる接触も拒否する」と談話で発表していました。崔氏は拉致問題に関して「解決することがないだけでなく、(解決のために)努力する義務も、意思もない」と強調、日本政府が拉致問題に「固執する理由が分からない」と突き放しています。北朝鮮の李竜男駐中国大使も在中国日本大使館の関係者がメールで接触を求めてきたと明かし、日本側との面会を拒む意向を明言しています。
  • 米韓両政府は、北朝鮮による石油の違法な調達を阻止することを目的としたタスクフォース(作業部会)を立ち上げています。国連安全保障理事会での対立により、国際的な制裁の行方が不透明になる中、対策を強化するものです。韓国外務省によると、外交、情報、制裁、海上阻止活動を担当する政府機関から30人以上が参加、双方はロシアが北朝鮮に石油精製品を提供している可能性を巡る懸念を表明し、両国の違法な協力を停止する方法について話し合ったといいます。同省は声明で「石油は北朝鮮の核・ミサイル開発と軍事態勢にとって不可欠な資源となっている」と指摘、また、米国務省の発表によると、タスクフォースは北朝鮮の石油精製品調達ネットワークを混乱させる措置を検討しており、制裁逃れの摘発、一方的な制裁指定、意図的かどうかにかかわらず石油出荷を手助けしている地域全体の民間セクターや第三者機関の関与などが含まれています。将来的には石炭販売など、他の制裁逃れも標的にする可能性があるということです。
  • 北朝鮮が中国やアフリカに派遣した労働者による暴動やストライキで、中国吉林省の工場で最初の大規模暴動を主導したのが、30歳前後の若い世代だったといいます。金正恩政権は、体制への忠誠が薄く資本主義社会に憧れを抱くこの世代への統制を強めてきましたが、若者層の反発は押さえ込み切れないとみられています。チャンマダンとは、北朝鮮で数百万人が餓死したともされる1990年代後半の大飢饉後に闇商売で発達した市場を指しますが、配給制が崩れ、朝鮮労働党への忠誠よりカネがモノをいう時代に生まれ育った20~30代は「チャンマダン世代」と呼ばれ、ひそかに流入した韓国ドラマに日常的に接してきた世代でもあります。暴動の動機も、賃金不払いや管理者側の頻繁な暴行に加え、小部屋に2~3段のベッドを並べて十数人が詰め込まれる劣悪な住環境や、外出やスマホ利用が禁じられるという私生活の自由を奪われたことへの不満が大きかったといいます。前述したとおり、北朝鮮は中国やロシアなどへの10万人以上の労働者派遣により年間最大で11億ドル(約1660億円)の外貨を稼いでいると推算されていますが、権利意識に目覚めた若い世代が引き起こした今回の暴動は、体制の外貨源を揺るがす転換点になる可能性があります

最後に、北朝鮮リスクではありませんが、シェルターの整備の動きがありました。政府は、台湾有事での武力攻撃を受けた際に住民が避難するシェルターの整備に関する基本方針と技術ガイドラインを公表しています。島外避難の手段が航空機、船舶に限られる離島が対象で、住民避難計画の策定と訓練実施を要件とし、沖縄県・先島諸島の5市町村が該当するとしています。着上陸侵攻や弾道ミサイル攻撃を想定し、シェルターに2週間程度、滞在できる施設とするとのことです。5市町村は与那国町、竹富町、石垣市、多良間村、宮古島市で、基本方針は、シェルターを「特定臨時避難施設」と規定し、市町村が国の財政措置を受けて公共施設の地下に整備するとしています。有事の際は住民の島外避難を原則とするため、シェルターを利用するのは「避難誘導に従事する行政職員および避難に遅れる住民など」と定めています。軍事的緊張が高まる際に、先島諸島の住民が海上経路で避難できればよいのですが、時間的余裕がない場合も考えられます。また、地対空誘導弾「PAC3」などのミサイル防衛による防空システムの強化も重要ではあるものの、攻撃を完全に防げるものでもなく、このような事態を想定すれば、先島諸島の住民が有事に避難するためのシェルターは必要だといえます。また、専門家は「有事に民間人を保護する体制を整えることにより、自衛隊が防衛任務を全うする持続性にも寄与する。結果として、日本に対する攻撃への強靱性を自衛隊とともに高める効果をもたらし、相手に攻撃を思いとどまらせる抑止力につながる」と指摘していますが、なるほどと思わせるものです。なお、北欧諸国、スイス、イスラエル、台湾、韓国など武力攻撃への関心の高い国々で地下シェルターの整備は進んでいます。日本も取り巻く安全保障環境が厳しさを増す中、特に弾道ミサイルを中心とする攻撃に対する国民的な問題意識が高まっています。ロシアによるウクライナ侵攻により、リアルに受け止めるようになった可能性もあります。ウクライナでは高齢者を含む民間人が国境を越えて隣国に逃げられましたが、海に囲まれた日本の離島では同じように避難するのは困難であるものの、国民の行動変容までにはつながっていないのが現状です。日本は地震や水害といった防災意識は非常に高い一方、武力攻撃事態での退避という点ではそうとは言えません。Jアラートが鳴ってからシェルターを目指したのでは間に合わないこともあり、専門家は、早期に警戒を呼びかける「アーリーアラート」が重要だと指摘しています。「日本には、2000年の三宅島での噴火における全島避難の経験がある。国際情勢は基本的にはまず緊迫化から始まりる。台湾を集中的に攻撃するような中国軍の部隊展開などの予兆を的確にとらえ、必要に応じて民間人が退避できるような体制を持つことが重要だ」との指摘は、正に正鵠を射るものと思われます。

3.暴排条例等の状況

(1)暴力団排除条例の改正動向(愛知県)

愛知県は、豊橋市の露天商の組合が暴力団にみかじめ料を支払っていた問題を受け、愛知県暴排条例を一部改正し、2024年6月から施行することを愛知県議会で可決、2024年2月26日から交付されています。今回の改正では、対象となる区域(暴力団排除特別区域)での客引きやスカウトなどの行為を行うために、暴力団に対し、みかじめ料などを払う行為などが新たに規制されるほか、イベントの主催者らが出店する露天商らに暴力団を介入させない確約書の提出を求めることなどが義務付けられます。

(2)暴力団排除条例に基づく勧告事例(大分県)

大分県公安委員会は、「みかじめ料」名目で現金を渡していたとして、事業を営む男性と暴力団員の計2人に大分県暴排条例違反で勧告を行っています。みかじめ料名目では大分県内初の勧告だといいます。報道によれば、大分県内で事業を営む男性が暴力団の活動などに協力する目的で、2023年5月から10月までの間、「みかじめ料」名目で大分県内の暴力団員に現金12万円を渡していたといい、毎月2万円を支払っていたようです。警察が別の捜査の過程で、今回の事実関係が判明したとのことです。

▼大分県暴排条例

同条例第15条(利益の供与の禁止)で「事業者は、その行う事業に関し、暴力団員等又は暴力団員等が指定した者に対し、次に掲げる行為をしてはならない」として、第2項「事業者は、前項に定めるもののほか、その行う事業に関し、暴力団の活動又は運営に協力する目的で、暴力団員等又は暴力団員等が指定した者に対し、相当の対償のない利益の供与をしてはならない」と規定されています。さらに、第19条において、「暴力団員等は、情を知って、事業者から当該事業者が第15条第1項若しくは第2項の規定に違反することとなる利益の供与を受け、又は事業者に当該事業者がこれらの規定に違反することとなる当該暴力団員等が指定した者に対する利益の供与をさせてはならない」と規定されています。また、第25条(勧告)において、「公安委員会は、第15条第1項若しくは第2項、第19条第1項、第21条第2項、第22条第2項又は第23条第2項の規定に違反する行為があった場合において、当該行為が暴力団の排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、公安委員会規則で定めるところにより、当該行為をした者に対し、必要な勧告をすることができる」と規定されています。

(3)暴力団排除条例に基づく勧告事例(新潟県)

新潟県公安委員会は、暴力団員に金銭や利益を供与したとして、新潟県暴排条例違反で上越地区の飲食店など13事業者と、上越地区の極東会傘下暴力団組員1人に勧告を行ったと発表しています。報道によれば、13の事業者のうち1事業者である食料品販売会社が2023年12月19日、暴力団員に対し明太子35箱を販売、そして、明太子を購入した暴力団員は2023年12月下旬頃、ほかの12事業者に対し購入金額より高く上乗せをした金額で明太子や熊手を販売したといいます。これら13事業者は、それぞれの事業に関し暴力団の活動を助長し、または暴力団の運営に資することになると知りながら、暴力団員に利益を供与、一方、暴力団員は、前記の供与について、事業者が新潟県暴排条例に違反して利益の供与をしていることを知りながら、利益の供与を受けたことから、今回の勧告が行われています。

▼新潟県暴力団排除条例

同条例第11条(利益の供与等の禁止)において、「事業者は、第18条第2項及び第3項に定めるもの(筆者注:暴力団排除特別強化区域における規定のこと)のほか、その行う事業に関し、暴力団員等又は暴力団員等が指定した者に対し、次に掲げる行為をしてはならない」として、「(2)前号に掲げるもののほか、情を知って、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなる利益の供与(法令上の義務又は情を知らないでした契約に係る債務の履行としてする利益の供与その他正当な理由がある場合にする利益の供与を除く。第18条第3項及び第19条第3項において同じ。)をすること」が規定されています。さらに、第2項では、「暴力団員等は、第19条第2項及び第3項に定めるもののほか、情を知って、事業者から当該事業者が前項の規定に違反することとなる利益の供与を受け、又は事業者に当該事業者が同項の規定に違反することとなる当該暴力団員等が指定した者に対する利益の供与をさせてはならない」と規定されています。また、第21条(勧告)において、「公安委員会は、第11条、第13条第2項又は第14条第2項の規定に違反する行為があった場合において、当該行為が暴力団排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、当該行為をした者に対し、必要な勧告をすることができる」と規定されています。

(4)暴力団排除条例に基づく逮捕事例(宮城県)

宮城県仙台市の路上で性風俗店の用心棒代を受け取ったとして、宮城県暴排条例違反の疑いで、稲川会傘下組織幹部が逮捕されています。報道によれば、2024年1月、宮城県暴排条例により暴力団排除特別強化地域に定められている仙台市青葉区立町の路上で、性風俗店の経営者から用心棒代として現金7万円を受け取った疑いが持たれています。宮城県暴排条例は2023年7月に改正され、飲食店などが暴力団への用心棒を依頼することやいわゆる「みかじめ料」を払うことを禁止、、今回が2件目の逮捕となります。なお、当該幹部については、2024年2月には、暴力団組員ら3人と共謀の上、名義を偽造して乗用車を購入したとして疑いで逮捕されています。

▼宮城県暴排条例

同条例第十九条の三(暴力団員の禁止行為)第2項において、「暴力団員は、暴力団排除特別強化地域における特定営業に関し、特定営業者から、用心棒の役務の提供をすることの対償として、又は当該営業を営むことを容認することの対償として金品等の供与を受けてはならない」と規定されています。また、第二十五条(罰則)において、「次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する」として、「四 第十九条の三の規定に違反した者」が規定されています。

(5)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(宮城県)

(前項に関連しますが)宮城県警は、性風俗店の用心棒代を要求した仙台市稲川会傘下組織幹部に対し、暴力団対策法に基づく中止命令を発出しています。報道によれば、男性幹部は2024年1月、無店舗型風俗店を経営する40代の女性に対し、電話で「明日、大丈夫か」などと脅し現金7万円を要求した疑いが持たれており、これを受け、宮城県警が、用心棒代を要求したとして男性幹部に中止命令を出しています。

▼暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律

暴力団対策法第9条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない」として、「四 縄張(正当な権原がないにもかかわらず自己の権益の対象範囲として設定していると認められる区域をいう。以下同じ。)内で営業を営む者に対し、名目のいかんを問わず、その営業を営むことを容認する対償として金品等の供与を要求すること」が規定されています。そのうえで、第11条(暴力的要求行為等に対する措置)において、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をしており、その相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該暴力的要求行為を中止することを命じ、又は当該暴力的要求行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる」と規定されています。

(6)暴力団対策法に基づく再発防止命令発出事例(埼玉県)

埼玉県坂戸市内の複数の飲食店から用心棒料を回収することを要求するなどしたとして、県公安委員会は、住吉会傘下組織組長と無職男性に暴力団対策法に基づく再発防止命令を出しています。報道によれば、組長は2023年10月ごろ、知人だった男性に同市内の複数の飲食店から、おしぼりの代金を回収してくるよう要求、男性は1店舗当たり1万2千~2万2千円を要求したといいます。西入間署長が2023年10月30日、男性に中止命令を発出、埼玉県公安委員会は今後も同様の行為を繰り返す恐れがあるとして、2人に再発防止命令を発出したものです。

暴力団対策法第9条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない」として、「四 縄張(正当な権原がないにもかかわらず自己の権益の対象範囲として設定していると認められる区域をいう。以下同じ。)内で営業を営む者に対し、名目のいかんを問わず、その営業を営むことを容認する対償として金品等の供与を要求すること」が規定されています。さらに、第十二条の三(準暴力的要求行為の要求等の禁止)において、「指定暴力団員は、人に対して当該指定暴力団員が所属する指定暴力団等若しくはその系列上位指定暴力団等に係る準暴力的要求行為をすることを要求し、依頼し、若しくは唆し、又は人が当該指定暴力団員が所属する指定暴力団等若しくはその系列上位指定暴力団等に係る準暴力的要求行為をすることを助けてはならない」と規定されています。そのうえで、第十一条(暴力的要求行為等に対する措置)第2項において、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をした場合において、当該指定暴力団員が更に反復して当該暴力的要求行為と類似の暴力的要求行為をするおそれがあると認めるときは、当該指定暴力団員に対し、一年を超えない範囲内で期間を定めて、暴力的要求行為が行われることを防止するために必要な事項を命ずることができる」と規定しています。また、第十二条の四(準暴力的要求行為の要求等に対する措置)において、「公安委員会は、指定暴力団員が前条の規定に違反する行為をした場合において、当該指定暴力団員が更に反復して同条の規定に違反する行為をするおそれがあると認めるときは、当該指定暴力団員に対し、一年を超えない範囲内で期間を定めて、同条の規定に違反する行為が行われることを防止するために必要な事項を命ずることができる」と規定されています。

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