暴排トピックス

暴力団の「自壊」の先を見据えよ~暴力団からトクリュウへ

2024.09.09
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首席研究員 芳賀 恒人

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チームグループ

1.暴力団の「自壊」の先を見据えよ~暴力団からトクリュウへ

2015年8月27日、国内最大の指定暴力団六代目山口組が分裂し、神戸山口組が結成されて9年が経過、10年目を迎えることとなりました。この間、六代目山口組の勢力は半減し、神戸山口組は1割以下になるなど、双方とも、厳しい活動制限や暴力団排除の動きで弱体化が進んでいます。独立した傘下組織を含めても、組員(構成員)数の合計は分裂前の半数以下の約4千人に減少、神戸山口組で離脱が相次ぎ、六代目山口組との勢力差は25倍に開いています。ただ、対立抗争が終わる気配はなく、警察は報復の応酬を警戒、特定抗争指定暴力団の解除もないと考えるべきです(神戸山口組の井上組長は「1人になっても引退も組織の解散もしない」と述べているとされ、そうであればなおさらです)。警察庁によると、分裂直後の2015年末、六代目山口組の組員は全国で約6000人に上り、神戸山口組は約2800人でしたが、双方の組員が死傷する抗争事件が相次ぎ、両組織は2020年に特定抗争指定暴力団に指定され、定められた警戒区域内で組員の集合や組事務所の出入りが禁じられたほか、組員の高齢化もあり、六代目山口組は2023年末で約3500人まで減少しました。報道である捜査員は「神戸山口組の退潮で、六代目山口組が意識する相手がなくなりつつある」と明かしていますが、六代目山口組と神戸山口組などの対立抗争に起因するとみられる事件は続いています。捜査員は「六代目山口組としては離反した組織を残すわけにはいかないはず。逆に組織が残り続けるだけで神戸山口組としては勝ちだ」と指摘しています。また、捜査幹部は「ここまで長引くとは誰も想定していなかった」とし、「このまま抗争が終わる可能性は低い。いつ何があってもおかしくない」と警戒を強めています。

2014年9月11日、工藤會に対する福岡県警による「頂上作戦」に着手して丸10年が経過しました。この間、「世界最大の犯罪組織であるヤクザの中でも最も狂暴な団体」とアメリカ財務省にも言わしめ、「特定危険指定暴力団」に唯一指定されている工藤会も、生き残りをかけた正念場を迎えています。構成員の減少と高齢化が顕著であり、後継者不足も深刻です(一部、数年前か進出している関東で、いわゆる「半グレ」との連携を進めるなど、新たな資金源を得ている状況もあります)。予断は許されないものの、警察や社会による暴力団排除(暴排)の包囲網はますます強化され、シノギは細っていくばかりで、こうした「自壊」も予想されるところです。

結局、こうした八方塞がりというべき状況を考えれば、特定抗争指定や特定危険指定により暴力団が暴力団たるゆえんの本来の活動や振る舞いができず、その存在意義が問われることになります。言い換えれば、特定抗争指定暴力団に指定されている六代目山口組や池田組、神戸山口組、絆會、さらには特定危険指定暴力団に指定されている工藤會、そして暴力団のあり方そのものに変質を迫るだけのインパクトが、特定抗争指定や特定危険指定にはある(あった)と評価できることになります。暴力団の「生き残り」をかけた戦いは、表面的にも表象的にも内面的にも今後熾烈さを増していくことが予想され、暴力団が暴力団であろうとすればするほど、今の形態のままでは生き残れない状況を自ら作り出し、「自壊」を早めることになります。

福岡県警が取り組んだ頂上作戦では、多くの構成員らが摘発され弱体化を推し進めることになりました。しかし、真の意味での工藤會の壊滅には、「離脱者支援の強化」が不可欠となります。本心では脱退したい組員が多い中、脱退への意思を後押しする力となり、組織を内部から崩壊させる(自壊を早める)ためには、官民挙げた離脱者支援(とりわけ就労支援)が今こそ必要だと筆者は考えています。そして、それは何も工藤會に限った話ではなく、暴力団の壊滅、暴排には、元暴アウトローの跋扈や再犯を防止するための受け皿となる社会での居場所、とりわけ働く場所が必要となります。暴力団が「自壊」の後、壊滅した先に生き残るのは当然、離脱者であるべきであり、離脱者支援(とりわけ就労支援)が最後の重要なピース、切り札となるのです

一方、こうした暴力団の「自壊」によってもたらされるものは、「匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)」のような犯罪グループの台頭であることも、この1年で明らかになっています。暴力団とは異なる、治安上の脅威となる新たな「反社会的な犯罪グループ」として(つまり反社会的勢力として)、暴力団に代わり、あるいは完全にマフィア化して地下深く潜在化した暴力団と一定の関係性を持ちながら、結局はこれまでの暴力団の活動の延長線上の資金獲得行為が繰り返されることになるのです。つまり、市民や事業者にとっては、戦うべき相手が暴力団からトクリュウのような反社会的勢力に移行する、今はその移行期というタイミングだといえます。今後は直接的に暴力団か否かに焦点を当てるのではなく、トクリュウ自体を見抜いてくこと、さらにトクリュウの背後に連なる暴力団等の反社会的勢力を見抜いてい行くことが求められることになります。筆者は「反社会的勢力は時代とともに姿かたちを変えるもの」であり、「暴力団等と何らかの関係が疑われ、関係を持つべきでない相手である」と指摘してきました。新たな反社会的勢力であるトクリュウは、存在の匿名性・流動性の高さや暴力団たるゆえんの組織性とは異なる、緩やかな、それでいてシステマティックに役割分担された「組織性」によって、これまでの暴力団の限界を超え、金融犯罪をはじめ多様な資金獲得活動に連なる様々な犯罪にいち早く、広く、深く、そして巧妙に関与し始めています。今一度、私たちは、私たちが戦うべき相手を正しく見定め、備えるべき態勢を整え(それは現在の取り組みレベルを超えたものでなければなりません)、「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」というレベル感まで取り組みを進化/深化させていくことが求められているといえます。

最近の暴力団等反社会的勢力を巡る報道から、いくつか紹介します。

全国の暴力団組事務所が2014~2023年で計約400件撤去されたことが判明しています。2024年9月7日付読売新聞によれば、福岡県警が全国唯一の特定危険指定暴力団工藤會のトップらを逮捕した「頂上作戦」着手から9月11日で10年となりますが、頂上作戦が契機となって暴力団排除の機運が高まるとともに、公的機関が積極的に関与することで撤去が進んでいます。警察庁は組事務所の総数を明らかにしていませんが、住民側の意向などを受け、頂上作戦に着手した2014年から2023年までに撤去された組事務所は全国で計407件あり、年別の撤去数は2014年は41件で、2016年は最多の62件、2017年56件、2018年52件と続き、2020年以降は徐々に減っているといいます。都道府県警別の最多は警視庁の68件、次いで工藤會など全国最多の五つの指定暴力団が本拠を置く福岡が63件、兵庫35件、大阪29件、愛知と北海道が各23件などと続いています。警察幹部は「『頂上作戦』は全国の暴排機運を高める結果となり、事務所撤去にも大きな後押しになった」と分析しているといいます。福岡県でも撤去は進んでおり、同県警によると、同期間に撤去された5指定暴力団の事務所は49件で、うち工藤會は最多の28件、道仁会は6件、浪川会は5件となっていますた。同県警は事務所撤去に関し、他県警などから手法などについて問い合わせを受けたり、全国的な会議で事例を発表したりしているといい、ある県警幹部は「全国で撤去に関するノウハウが共有、蓄積されている」としています。住民に危害が及ばないようにするため、公的機関が前面に出るケースも目立ち、福岡県暴力追放運動推進センターは、住民の代わりに訴訟を起こせる「代理訴訟制度」を活用し、2020年10月、浪川会の本部事務所について、使用差し止めを求める仮処分を申し立て、この裁判がきっかけとなり、2021年7月に事務所は解体されています。大阪府東大阪市にあった六代目山口組の2次団体事務所も、「代理訴訟」で撤去に追い込み、撤去完了後の2022年12月に東大阪市が跡地を購入しています。自治体が自ら仮処分を申し立てるケースも出ており、福岡県福津市にあった神戸山口組傘下組織組事務所については、2022年12月、同市が事務所の使用を禁じる仮処分を申し立て、撤去につながっています。また、静岡県吉田町では2019年12月、県警、県弁護士会、県暴力追放運動推進センターで協議会を設置して、六代目山口組の2次団体事務所が立ち退いています。報道で日本弁護士連合会民事介入暴力対策委員会幹事を務める疋田弁護士(大阪弁護士会)は「危険な暴力団として知られた工藤會を弱体化させたことは、住民らが勇気を出して暴力団排除に動く動機付けになった。今後も状況に応じた手法で、事務所撤去を含む暴排を推し進めるべきだ」としています。

犯罪者集団のマフィア化(地下組織化)に伴って台頭してきたトクリュウについて、社会の新たな脅威と位置付け、警察庁の指揮のもと全国47都道府県警がトクリュウの徹底摘発にかじを切ってから9月で半年となります。2024年度から初めて警察庁に配置された担当幹部ポストを司令塔に、実態解明が一気に本格化しているといいます。警察庁が新たな犯罪者集団の類型としてトクリュウの呼称を使い始めたのは2023年からで、その典型例とされたのが、特殊詐欺から広域強盗へと移行した「ルフィ」と名乗る指示役らからなるグループでした。トクリュウの活動範囲は広く、組織の内部構成もさまざまで、警察庁の露木康浩長官は2023年11月、詐欺や窃盗、強盗などと並び「(トクリュウが)悪質ホストクラブの背後で不当に利益を得ている」と指摘、2024年に入っても、元暴力団員がメンバーにいるトクリュウが、稲川会側や同住吉会側に対し、特殊詐欺とインターネットカジノの違法収益を「上納」していたケースが京都府警や警視庁の捜査で確認されたことが、明らかになっています。こうした状況を受け、警察庁は2024年4月、「トクリュウ対策担当」となる参事官を初めて任命、参事官ポストの階級は、警視総監、警視監に次ぐ警視長で、暴力団を担当する警察庁組織犯罪対策1課や同2課の課長と同じで、地方では中小規模の県警トップである本部長に充てられる上級幹部職となります。報道でトクリュウについて警察OBは「暴力団対策法(暴対法)ができた30年前から、犯罪グループの将来的な地下組織化、秘密結社化は予想されていたが、こういう組織は想像していなかった。そういう意味では、実態をよく表現している印象だ」と述べています。暴対法の度重なる改正や全国各地の暴排条例で規制が進み、暴力団の活動が縮小の一途をたどる中、組を離脱した元組員のグループや暴力団に属さない準暴力団、地下格闘技団体メンバー、同郷の外国人集団といった犯罪者組織が次々と台頭、トクリュウは、そうした反社会的勢力の新たな形といえます。前述の警察OBは「インターネット上の辞書には既に『匿流』という名詞が掲載されているが、広辞苑に載るまで広く認知されるかは、暴力団並みに摘発が進むかにかかっているといえる」とも述べています。以下、トクリュウや暴力団を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 偽造運転免許証で契約したクレジットカードを空き物件に郵送させ、カードで購入したスマホを売却したとして、トクリュウの男6人が詐欺罪などで起訴されている事件で、福岡県警は、偽造免許証は約400枚、使った空き物件は2府7県の約600軒に上り、約9500万円の転売益を得ていたと明らかにしています。また、有罪判決を受けた2人を含む別の6人も摘発しており、グループは計12人と発表しています。福岡や大阪、名古屋各市などで架空の人物名義のクレジットカードを使って購入したスマホなどを、買い取り店で偽造免許証を示して売却、また、アパートなどの空き物件で配達員に偽造免許証を見せ、スマホや銀行キャッシュカードなどをだまし取った疑いがもたれています。グループは、空き物件での荷物受け取りなどを担う「外回り」と、外回りの募集・指示役で免許証偽造などを担当する「内勤」で分業、外回りは9人、内勤は3人とみられ、偽名と空き物件の住所、外回りの顔写真で偽造した免許証や健康保険証を使い、本人確認などが簡素化されたオンライン手続きで各種契約を行い、作成したクレジットカードは約500件、その引き落とし口座などのキャッシュカードは約340件に達しています。クレジットカードではスマホやガソリン、生活用品を買ったり、偽造免許証の製造拠点となった物件を契約したりしており、グループは福岡市から大阪、名古屋両市へと拠点を変え、さらに横浜市に移ろうとしていたといいます。また、2023年春から1年間のクレジットカード利用額は少なくとも計約7300万円に上り、キャッシュカードの一部は他の還付金詐欺で振込先に使われたことが確認されており、別の犯罪組織に譲渡したとみられています。免許証偽造に住所を使った空き物件の情報は、不動産情報サイトで検索して入手。カードや購入品はこの住所に送らせ、外回りが郵便受けから不在連絡票を抜き取って再配達を依頼し、届けに来た配達員に接触して受け取っており、オートロック式でなく、管理人もいない集合住宅などを選んでいたといいます。多種多様な犯罪インフラを使いこなし、多くの事業者の実務の脆弱性を突く手口は鮮やかとしかいいようがなく、正に暴力団を超えたトクリュウの大きな特徴がよく表れている事例だと感じます。
  • 必要のない屋根のリフォーム工事で現金をだまし取ったとして、福島県警は、リフォーム会社「アップルホーム」社長(詐欺未遂で起訴)を詐欺容疑で再逮捕し、自営業の男を同容疑で逮捕しています。2人は2024年5月上旬頃、南相馬市原町区の70代男性宅を訪れ、「本格的に修理を行った方がいい」「いつ雨漏りしてもおかしくない」とうそをついて屋根の修理工事を行い、男性から工事代金として50万6000円をだまし取った疑いがもたれています。2人はトクリュウのメンバーで、工事は別の人物が行っていたといいます。相馬市と南相馬市を中心に2024年4月以降、同様の詐欺に関する相談が70件ほど寄せられ、代金を取られた被害も10件以上出ており、県警は、2人の関与や共犯者について捜査しているといいます。
  • 戸建て住宅の居住者に、補修工事が必要と偽り、工事費用をだまし取る「点検商法」の被害が後を絶たず、2024年4~7月、国民生活センターに寄せられた相談は統計のある過去10年間で最多だった2023年度を上回る勢いだといいます。警視庁が摘発した業者の実態を調べたところ、社名や社員を入れ替えながら犯行を繰り返していることが判明、警察当局は、トクリュウが犯行に関与しているとみて摘発を強化しています。この業者は「三洋」「三農」などと社名を変えながら、所在地も神奈川、東京と移動、「床下にシロアリがいる」などと嘘を言い、害獣駆除を請け負うケースもあったといいます。暴対課が消費生活センターに照会したところ、同じ業者とみられる苦情や相談が多数寄せられていることが分かり、本格的な捜査につながったといいます。なお、同課は2024年1月には「大和住建」を名乗る神奈川県のリフォーム業者を摘発、不必要な屋根工事を行う手口で、2022年春以降、関東圏で約8億円の利益を上げるという「荒稼ぎ」をしていたといい、関係者の中には、別の特殊詐欺事件に関与している人物も含まれていたといいます。暴対課では、こうした点検商法業者が、摘発のたびに社名や所在地を変える、SNSを使って社員を募集する、社員を入れ替えながら犯行を繰り返す、などの特徴を持つことから、トクリュウによる組織犯罪と位置付け、取り締まりを強化しています。
  • 東京都立川市の倉庫から高級車3台を盗んだとして、警視庁捜査3課は、窃盗容疑などで、住吉会傘下組織組員を逮捕しています。組員は10~20代前半の若者計12人をメンバーとする窃盗グループの指示役で、2023年3~7月、首都圏を中心に自動車盗などを約40件繰り返し、被害総額は約2000万円に上るとみられています。なお、容疑者は現場に行かず、スマホで指示を出していたといいます。
  • 東京都新宿区歌舞伎町のホストクラブ「SINCE YOU α」の女性客が風俗店で売春して得た収入の一部を受け取ったとして、警視庁は同店ホストの「渋谷凰」こと小保方容疑者らを組織犯罪処罰法違反(犯罪収益等収受)の疑いで逮捕しています。女性客に高額な売掛金(ツケ)を負わせ、売春などを強いる悪質なホストクラブが問題化しており、ホストが「スカウトバック」と称し風俗店から手数料を受け取っていた事例を、犯罪収益として摘発するのは初めてだということです。女性客はスカウトに促され、身長や体重などに自身の写真を添えたプロフィルを作成、あっせん業者がプロフィルを茨城~沖縄の風俗店6店舗に送り、報酬をいくらまで保証できるか提示させ、一番高額だった店にあっせんしていたといいます。警視庁は、こうしたホストを起因とする組織的な女性の売春あっせんは全国で行われているとみて、実態解明を進めています。
  • 東京の新宿・歌舞伎町のホストクラブに「売掛金(ツケ)」があった女性を性風俗店に紹介したなどとして、警視庁保安課は、風俗店あっせん業者ら4人を職業安定法違反や組織犯罪処罰法違反の疑いで逮捕しています。あっせん業者は、ホストやスカウトを通じて知った売掛金のある女性を風俗店に紹介していたとみられます。1人の容疑者は、20代女性を埼玉県川口市のソープランドに紹介、女性はホストクラブに約90万円の売掛金があったといいます。他の3人の容疑は2023年3~5月、大分県別府市のソープランドで女性従業員が売春で得た犯罪収益の一部となる約40万円を受け取ったというものです。
  • 日本最大の繁華街、東京・歌舞伎町では、ホストクラブが女性客に負わせる高額な売掛金(ツケ払い)や、少年少女が集い、オーバードーズ(薬の過剰摂取)や犯罪に巻き込まれる「トー横」の存在など、さまざまな問題が顕在化しています。これらの解決に向け、関係組織が新団体を設立、都や区、警視庁が連絡会を開催するなど、健全化に向けた動きを本格化させています。歌舞伎町のホストクラブでは、女性客に高額な売掛金を負わせ、返済のために性風俗店で働かせるといった悪質な行為が表面化しています。協議会には歌舞伎町のホストクラブ16グループ164店舗が加盟し、(1)売掛金による支払いの撤廃(2)20歳未満の新規入店禁止(3)スカウトや反社会的勢力との交流断絶-を定めて活動していくということです。新宿区によると、区内にはホストクラブが約300店舗あり、売掛金問題は2023年春ごろから顕在化、批判の高まりを受けてホストクラブの代表者らが2023年12月、売掛金による支払いの仕組みを2024年4月以降に撤廃させると宣言していました。しかし、撤廃に向けては「自主規制で足並みをそろえることは難しかった」(巻田隆之理事)と難航したことを明らかにし、協議会が取り組みを引き継いでいくとしています。
  • 「ルフィ」と名乗る男らが指示したとされる広域強盗事件のうち、令和5年1月に東京都狛江市で当時90歳の女性を暴行して死亡させるなどしたとして、強盗致死罪などに問われた無職、中西被告(21)について、初公判で行われた検察側や弁護側の冒頭陳述などからは、平凡な大学生だった被告が年上の知人からの「闇バイト」への誘いに応じ、指示役に言われるがままに強盗に手を染めた末、女性が死亡する最悪の結果を招いた安易な経過が浮かび上がっています。強盗のきっかけは2022年12月、ネットゲームを通じて知り合い、自宅に居候していた加藤被告(25)=同罪などで起訴=に闇バイトに誘われたことで、加藤被告は、闇バイトを仲介する「シュガー」と名乗る指示役を紹介、テレグラムでやり取りがなされたといいます。事件3日前に中西、加藤の両被告らを含むチャットグループで、指示役から具体的な計画が伝えられ、「服は上下、捨てられるようにしてください。殺しはしませんが、最悪のことを考えて、すべて捨てます」、「落ち着いて、迅速に、的確に」、「キム」を名乗る指示役からそんな指示が飛んだといいます。その後もスマホからの指示は飛び続け、4人は翌日には足立区内で強盗を試み、失敗、中西被告は海外逃亡を勧めるキムから送られた偽造運転免許証を使い、故郷・石川県でパスポート取得を試みて見破られ、身柄を確保されたといいます。

暴力団を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 大阪や兵庫などの8府県警は、各府県公安委員会が六代目山口組と絆會の特定抗争指定暴力団への指定を3カ月間延長すると発表しています。抗争が終結しておらず継続の必要があると判断、2024年9月19日に官報公示予定で、延長後の期限は12月20日までとなります。両組織を巡っては、2024年5月、水戸市で2022年1月に六代目山口組傘下組織幹部を射殺したとする罪で絆會幹部が起訴され、神戸市のラーメン店で2023年4月に六代目山口組傘下組織組長を射殺したなどとして、絆會幹部らが2024年6月に起訴されています。
  • 岡山県公安委員会は、池田組と六代目山口組の特定抗争指定暴力団の指定期限を2024年9月8日から3カ月延長しています。池田組と六代目山口組の特定抗争指定暴力団の指定期限について、岡山県公安委員会は対立抗争が終結したとは認められないとして、9月8日から12月7日まで3カ月延長することを決めています。「警戒区域」は引き続き岡山市と倉敷市で、区域内では組員がおおむね5人以上集まることや事務所の使用が禁止されます。また、池田組の指定暴力団の指定期限が11月10日になっており、指定の更新を検討するため岡山県公安委員会が組側の意見を聞く場を設けましたが、誰も出席していません。
  • 抗争とみられる事件が相次いでいる六代目山口組と絆會について、京都府公安委員会は、このほどより厳しい取り締まりができる特定抗争指定暴力団に指定し、9月20日まで京都市全域が「警戒区域」に定められています。六代目山口組と絆會を巡っては、全国各地で抗争とみられる事件が相次いでおり、京都府公安委員会は関係先が京都府内にもあり、今後、対立が激化し、市民に危険が及ぶおそれがあるとして、2つの団体をより厳しい取締りの対象とする特定抗争指定暴力団に指定することを決めたものです。期間は8月2日から9月20日までとなっています。「警戒区域」に定められたのは京都市全域で、組事務所への立ち入りや、組員が5人以上で集まること、対立する団体の事務所への接近などが禁止されます。また、違反が確認されれば、警察は警告などをせずに逮捕することができるようになります。2つの団体については、すでに兵庫や大阪、愛知など6つの府県の公安委員会が特定抗争指定暴力団に指定しています。
  • 住吉会の本部事務所(東京都新宿区)が2024年7月、使用を差し止める仮処分が決まり、傘下の暴力団事務所を抱える千葉県警の動きが慌ただしくなっています。全国で暴力団排除が進む中、都内で新たな事務所を見つけるのは難しいとの見方があり、「千葉に本部を移すのでは」との臆測が飛び交っているためです。「メンツを重んじるから千葉はないと思う」と組織犯罪対策課の幹部は差し止めの仮処分決定を受けた住吉会の今後の動静を分析していますが、「県内への移転は絶対にないとは言えない。情報は集めている」といいます。暴力団捜査の経験が長い県警幹部は「都内に新たに事務所を置こうとすると、住民の反対運動が起こる可能性がある。千葉の選択肢もありうる」としています。本部事務所が移転した場合、最大の不安材料は警戒態勢で、暴力団対策法などは、指定暴力団の本部事務所の所在地などに変更があると、公安委員会が官報で公示するとしており、所在地を公表するため暴力団同士の抗争などが起こった際に標的になる可能性があり、周辺の警戒を強化する必要があります。しかし、傘下組織のある富里市内には警察署がなく、市内には2カ所の交番と、警察官が1人で勤務する駐在所が2カ所、管轄する成田署は約10キロ離れています。千葉県警幹部は「本部移転となれば、組織犯罪対策課はもちろん、警察署の人員配置も検討する必要がある」としています。
  • 2013年、「餃子の王将」を展開する京都市の会社の社長を殺害したとして起訴された暴力団幹部の裁判について、検察が、「裁判員が危害を加えられるおそれがある」などとして裁判員裁判の対象から除外するよう裁判所に請求しているといいます。2023年12月、「王将フードサービス」の京都市の本社前で、社長だった大東隆行さん(当時72)が拳銃で撃たれて死亡した事件では、福岡県の工藤會傘下組織の暴力団幹部、田中被告が銃撃の実行役として2022年に殺人と銃刀法違反の罪で起訴されています。田中被告の裁判は、一般の市民が審理に加わる裁判員裁判の対象で、現在、証拠や争点などを絞り込む公判前整理手続きが行われていますが、検察が、「裁判員が危害を加えられるおそれがある」などとして裁判員裁判の対象から除外するよう京都地裁に請求していることが判明したものです。工藤會を巡っては、組織のトップの裁判などでこれまでも裁判員裁判の対象から除外し裁判官だけで審理が行われています。関連して、工藤會の2次団体の組事務所(福岡県春日市)について、福岡県警が撤去を確認したといいます。この組は、組員が銃撃事件を起こすなど福岡地区で勢力を広げる古参組織でしたが、摘発強化によって弱体化が進んだといい、福岡県警が2024年4月、事務所として使われていないと判断、その後は工藤會幹部が自宅として使用していましたが、7月下旬に不動産会社が購入し、所有権が移ったものです。組としては、現在も存続しているといい、所属する組員には田中被告がいます。2014年9月の「頂上作戦」以降、同会系組事務所の撤去は28か所目となります。
  • 指道仁会(本部・福岡県久留米市)の元会長、松尾誠次郎被告が病気のため死亡したといいます。恐喝罪に問われ、福岡地裁で公判中でした。松尾被告は1992年に同会会長となり、2002年には暴力団捜査情報の見返りに同県警警察官に金を渡した贈賄罪で実刑判決を受け、2006年に引退しましたが、後任会長の人選を巡って内部対立が起き、分裂した九州誠道会(現・浪川会)と抗争が勃発して48事件が発生、九州誠道会の関係者と間違えられ、射殺された市民も含め計14人が死亡しています。福岡県警は2023年10月、医療法人理事長から3000万円を脅し取ったとして、恐喝容疑で松尾被告を逮捕、同11月に起訴されて公判中でしたが、その後勾留が執行停止となり、入院していたといいます。
  • 自動車移転登録で虚偽内容を申請したとして、沖縄県警組織犯罪対策課と浦添署は、旭琉會南洲一家幹部を電磁的公正証書原本不実記録・同供用の疑いで逮捕しています。関係者によると、容疑者は、アジア最大の中国系秘密結社「洪門」の二次団体で、日本に拠点を置く「華松山」のリーダーだといいます。
  • インターネット上の違法ポーカー賭博の運営者から、トラブルを防ぐための「用心棒代」を受け取ったとして、愛知県警は、六代目山口組弘道会傘下組織の暴力団幹部を組織犯罪処罰法違反(犯罪収益収受)と賭博開帳図利ほう助容疑で逮捕しています。店舗がないオンラインカジノを巡って暴力団員を逮捕するのは全国初とのことです。男は2022年~2023年、スマホなどで利用できるポーカーゲームのアプリを悪用して開いた賭博場の運営者に対し、用心棒になる約束をして105万円を受け取った疑いがもたれています。県警は2024年5月、このオンライン賭博を摘発、運営者は約700人の利用客から計約1億2000万円の手数料を得ていたといいます。県警は、ほかのオンラインカジノに利用客が流れた際などに男に解決を依頼する目的で用心棒を頼んだとみて調べています。また県警は同日、用心棒代の受け取りに関与したとして、会社役員の男についても組織犯罪処罰法違反ほう助容疑で逮捕しています。
  • 佐賀市の繁華街にある指定暴力団の事務所の所有権を暴力団排除に取り組む公益財団法人が2024年6月、取得したことを受けて、地元住民などが安心・安全なまちづくりへの誓いを新たにしようと、市内で集会を開いています。公益財団法人「佐賀県暴力追放運動推進センター」は、暴力団の拠点の排除を進めようと、佐賀市の繁華街にある道仁会系の事務所の所有権を取得、これを受けて、暴力団の排除を目指す集会が佐賀市内で開かれ、地元住民などおよそ100人が参加しています。
  • 暴力団の勢力が全国的に減少、愛知県警では、刑務所に入った受刑者の社会復帰を支援する取り組みを進めています。全国で2018年には3万人いた構成員や準構成員の数は、2023年には2万2400人となり、愛知県でも減少の一途をたどっており、2018年は1300人だったが、2023年は830人までに減っています。愛知県警によると要因としては「取り締まりの強化」「資金の遮断」「排除活動の推進」などが挙げられるといいます。愛知県では暴力団排除条例(暴排条例)が一部改正され、2024年6月1日から施行され、暴力団関係者で刑務所に入った人の「社会復帰支援」が進められています。再犯を防ぐべく、愛知県警は名古屋刑務所が行う暴力団離脱指導プログラムに参加したり、離脱者の就労先となる受け入れ企業の獲得に関する情報交換を行うなどしています。全国では2023年、警察などの支援により暴力団から離脱した人はおよそ310人、支援により就労できた人が26人、離脱者を支援して預貯金口座の開設に至った件数は8件となっています。

2.最近のトピックス

(1)AML/CFTを巡る動向

金融庁は、「昨今、SNS等を通じたやりとりで相手を信頼させ、投資等の名目で金銭をだまし取る「SNS型投資・ロマンス詐欺」が急増しているほか、法人口座を悪用した事案がみられるなど、預貯金口座を通じて行われる金融犯罪への対策が急務である」ことから、警察庁と連名で、預貯金口座の不正利用等防止に向けた対策を要請しています。その内容としては、本らコムでも指摘してきたものを多く含んでおり、例えば、「本人確認の方法に応じた本人確認書類の真正性を確認する仕組みの構築」、「口座の不正利用状況に応じ、モニタリングの頻度・即時性を高めた、より早期の不正取引の検知」、「検知した取引の疑わしさの度合いに応じた対応内容の細分化と速やかな措置」「取引制限等を行うべき判断基準・判断プロセス・必要な顧客への確認事項等の明確化」などが注目されます。

▼金融庁 法人口座を含む預貯金口座の不正利用等防止に向けた対策の一層の強化について
▼法人口座を含む預貯金口座の不正利用等防止に向けた対策の一層の強化について(概要)
  • 要請の背景・ポイント
    • SNS型投資・ロマンス詐欺の急増、法人口座を悪用した事案の発生等を受け、預貯金口座を通じて行われる金融犯罪への対策は急務
    • インターネットバンキング等の非対面取引が広く普及していることを踏まえ、以下の対策は規模・立地によらず必要であり、全ての預金取扱金融機関に対し、24年8月に対策を要請
    • システム上の対応が必要など、直ちに対策を講じることが困難な場合、計画的に対応することが重要
    • 対策の方法・深度は各金融機関の業務・サービス内容や不正利用の発生状況に応じて判断
  1. 口座開設時における不正利用防止及び実態把握の強化
    • 口座売買が犯罪であること、金融機関として厳格に対応する方針であることの顧客への周知
    • 本人確認の方法に応じた本人確認書類の真正性を確認する仕組みの構築
    • 疑わしい取引の届出や警察からの凍結依頼対象等、口座の不正利用リスクが高い顧客の属性・傾向の調査・分析、これらの特徴に合致する顧客の口座開設時審査における、より厳格な実態・利用目的の確認
    • 一顧客に対して複数口座の開設を許容する場合の利用目的の確認と利用状況の継続的なモニタリング
  2. 利用者側のアクセス環境や取引の金額・頻度等の妥当性に着目した多層的な検知
    • 不正利用が確認された口座と同一の端末・アクセス環境からの取引の検知
    • 顧客の申告情報や過去のアクセス情報と整合しない接続の検知
    • 口座開設時審査において把握した顧客の実態、口座の利用目的に見合わない取引の検知
  3. 不正の用途や犯行の手口に着目した検知シナリオ・敷居値の充実・精緻化
    • 口座の不正利用リスクが高い顧客に対する固有のシナリオの適用
    • 足下で発生している詐欺被害に特有の入出金・送金パターンに着目したシナリオの適用
    • 不正利用の発生状況や詐欺事例の継続的な調査・分析、機動的なシナリオ・敷居値の見直し
  4. 検知及びその後の顧客への確認、出金停止・凍結・解約等の措置の迅速化
    • 口座の不正利用状況に応じ、モニタリングの頻度・即時性を高めた、より早期の不正取引の検知
    • 検知した取引の疑わしさの度合いに応じた対応内容の細分化と速やかな措置
      • (不正の確証が得られる場合)リスク遮断措置(謝絶・凍結・入出金停止等)
      • (不正の確証が得られない場合)リスク低減措置(取引の一時保留・顧客への架電確認等)
    • 取引制限等を行うべき判断基準・判断プロセス・必要な顧客への確認事項等の明確化
    • (特に口座開設後の早期に不正利用が多い場合)開設後一定期間の取引種類・金額等の制限
    • 業務・サービスの提供時間や不正利用の多い時間に応じ、夜間・休日にも速やかに取引制限等を行える態勢の構築
  5. 不正等の端緒・実態の把握に資する金融機関間での情報共有
    • 口座の不正利用手口や対応事例など金融機関間での情報共有と対応能力の向上
  6. 警察への情報提供・連携の強化
    • 詐欺のおそれが高い取引を検知した場合の都道府県警察への迅速な情報の提供 そのための連携体制の構築に向けた警察庁・都道府県警察との具体的協議
    • 都道府県警察からの協力依頼(被害届の提出・不正と判断するに至った情報の提供等)に対する適切な対応

金融庁と主要行等との間の定期的な意見交換会の状況について、直近のものを抜粋して紹介します(AML/CFTをはじめ金融犯罪対策を中心にビックアップしています)。

▼金融庁 業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点
▼主要行等
  • FATF勧告16(クロスボーダー送金)改訂案の検討進捗について
    • 金融活動作業部会(FATF)は、新たな決済手段・技術・プレーヤーの登場等による決済市場構造の変化、及び、決済規格の標準化を念頭に、必要なマネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策の遵守及びFATF基準の技術的中立性を確保しつつ、クロスボーダー送金を、より迅速で、より安価で、透明性の高い、包摂的なものとするため、現在、勧告16の改訂作業を進めている。
    • 2024年2月末~5月初旬にかけて実施された市中協議に際して、各金融機関から貴重な意見をいただいた。
    • 2024年6月26日~28日に開催されたFATF全体会合において、本市中協議の結果も踏まえ、勧告改訂の内容の複雑性及び決済システムへの影響に鑑み、最終化の前に官民の関係者との更なる対話が必要であり、もう少し時間をかけて検討していく旨、合意した。
    • 金融庁としては、引き続き、各金融機関の意見もよく伺いつつ、最終化に向けた議論に貢献していく。
  • 金融犯罪対策について
    • 2024年6月、政府が策定した「国民を詐欺から守るための総合対策」を受け、金融庁では「マネーローンダリング・テロ資金供与対策企画室」を「金融犯罪対策室」に改組
    • 金融庁では、利用者が安心してサービスを利用できるよう、金融犯罪被害防止にも力点を置き、同対策に盛り込まれた「法人口座を含む預貯金口座等の不正利用防止」を含め、投資詐欺をはじめとする金融犯罪への対策を関係省庁や業界団体と連携して早急に講じる方針
  • 無登録業者の為替取引に利用されている口座情報の提供について
    • 銀行法に基づく銀行業の免許または資金決済法に基づく資金移動業の登録を得ることなく為替取引を業として営むことは禁止されている。
    • しかしながら、いわゆるオンラインカジノ等の違法なサイトを運営する事業者への送金について、銀行免許や資金移動業登録を得ていない無登録業者が関与している例が見られる。加えて、そのような無登録業者の為替取引には、無登録業者が金融機関に開設した口座が利用されている例が存在。
    • こうした状況を踏まえ、金融庁では2024年5月17日付で事務ガイドライン(資金移動業者関係)を改正し、当局において、オンラインカジノへの送金等、悪質な無登録業者の取引に利用されている口座情報を入手した場合、当該口座を開設する金融機関に対して、預金口座の不正利用に関する情報提供を行う旨、明記した。
    • これを踏まえ、各業界団体には2024年6月28日付で周知文を発出したところであるが、各金融機関において、このような預金口座の不正利用に関する情報提供を受けた場合には、犯罪収益移転防止法に基づく各種義務の履行や、マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドラインに基づくリスク低減措置等、必要な対応を行っていただきたい。
  • 「マネー・ローンダリング等対策の取組と課題(2024年6月)」の公表について
    • 2024年3月末のマネロンガイドラインに基づく態勢整備の期限を迎え、今後はFATF第4次審査での指摘への対応から第5次審査に向けた実効性の向上に視点を移していくことが必要である。
    • また、特殊詐欺等の急増とこれらにおける金融サービスの不正利用への対策は目下の最重要課題である。
    • このような認識の下で、「マネー・ローンダリング等対策の取組と課題(2024年6月)」、通称マネロンレポートの最新版を取りまとめ、2024年6月28日に公表した。
    • 2024年3月末の態勢整備期限以降、高度化に向けて有効性検証を各金融機関が実施する際に参考となる取組事例や足下で急増している口座不正利用に対する先進的な取組についても記載しており、各金融機関においては、このレポートを参考に、自らの組織のマネロン等対策の強化・高度化に取り組んでいただきたい。

生成AI(人工知能)を悪用した偽画像「ディープフェイク」の巧妙化に伴い、オンライン上で行われる顔認証などの本人確認が不正に突破される懸念が高まっています。闇サイトではこうした手口の情報交換が行われ、実証実験でも認証をすり抜けることができることが確認されており、政府も対策に乗り出しています。サイバー犯罪の手口などが交換される「ダークウェブ」と呼ばれる闇サイトの掲示板では、2023年夏頃から本人認証の突破方法を詳細に記した投稿が目立ち始め、犯罪者らが「顔認証の突破に有効」とうたったディープフェイクツールも紹介されるなどしています。オンライン上で本人確認を完結するシステムは「eKYC」と呼ばれ、企業が客から「運転免許証など本人確認書類」「顔の写真」をスマホなどで撮影して送信してもらい、二つを照合することで本人からの申請か確認する方法が主流となっていますが、この仕組みが悪用されれば、他人になりすまして銀行口座を開設したり、スマホを取得したりすることができ、犯罪に使われる恐れがあります。eKYCが突破される事件はすでに起きており、埼玉県警は2024年1月、他人名義の偽造運転免許証でeKYCをすり抜けてクレジットカードを契約し、キャッシング機能で現金10万円を詐取したとして、私電磁的記録不正作出・同供用などの容疑で女を逮捕、他人の免許証の顔写真を自身の写真とすり替える手口で審査をくぐり抜けたとみられています。また、他人名義のクレジットカードで商品を不正購入したとして、警視庁は、職業不詳の30代の容疑者ら男女3人を詐欺容疑などで逮捕しています。3人が2022年12月~2024年5月、交通トラブルで因縁をつけて撮影したトラック運転手らの運転免許証で34枚のカードを作り、計約4000万円分の商品を不正購入して転売していたとみられています。報道によれば、容疑者らは、高速道路で男性が運転するトラックの後方をレンタカーで走行、「飛び石が当たった」と110番し、警察官が立ち去った後、男性に免許証を提示させて撮影、その後、免許証の顔写真を容疑者らのものに、住所を自分たちが借りたアパートにした偽造免許証を使って、銀行口座の開設やクレカの作成を繰り返していたといいます。この事例もeKYCをすり抜けたものといえ、加えて運転免許証の券面による本人確認の危うさも改めて浮上したいえます。高度な画像編集ソフトが悪用される形で偽造の精度が上がり、免許証の偽造専門の犯罪グループも確認されており、オンライン上の画像から偽物と見抜くのは非常に難しい実態があります。

ディープフェイクがさらに巧妙化すれば、こうした事件が多発する恐れがあります。なお、カスタマーサービスと営業電話を担うAI音声ボットは、AIを人間にみせかける「ヒューマンウォッシング」の最新の例であり、実際の人間同士の会話にあるような抑揚や間、予期せぬ中断さえ模倣し、嘘をついて人間だと主張するよう簡単にプログラムできるものも存在することが明らかとなっています。今後、こうしたAI音声ボットにとどまらず、人間には識別が難しいほど本人と酷似した音声や動画を作り出す技術やサービスが急速に普及し、ディープフェイクにおいても「ヒューマンウォッシング」が進行することが危惧されます実際のところ、ディープフェイクによる詐欺被害のリスクが日本でも急激に高まっており、生成AIの急速な発達で海外の詐欺集団にとって日本語はもはや壁でなくなりつつあります。本コラムで指摘してきましたが、技術が詐欺にも悪用され始め、標的とされる傾向が強まっているのが日本であり、電子的本人確認サービスの英Sumsubによると、2023年に日本で確認された詐欺目的などのディープフェイク件数は2022年から28倍に急増、増加率は調査対象の224国・地域の中で5番目に高い結果となりました。2024年1~3月も前年同期比約2倍と増加傾向は続いているといいます。このような高度化している技術は偽動画だけでなく、前述のとおり、オンライン上の本人認証を不正に通過するためにも悪用されています。Sumsubなどによると、写真をもとに本人と酷似した画像や動画を生成し、金融サービスの顔認証の突破を試みるケースがあるといいます。金融犯罪の分野では、国境を越えて詐欺を企てる組織がかねて暗躍、その犯罪組織にとって「日本語の壁」はなくなりつつある傾向を示すものとして、ビジネスメール詐欺の増加もあげられます。以前も紹介しましたが、米セキュリティ大手プルーフポイントによると、企業の取引先などを装うビジネスメール詐欺を受けた企業の割合は日本で2023年に前年から約35%増加、伸び率は世界トップだったといいます。分析会社の英エリプティック社によると匿名性の高い通信アプリ「テレグラム」上で、投資詐欺集団向けに音声を合成したり外国語に翻訳したりできるとうたうツールの売買が確認されているといいます。一方、ディープフェイクを見破る技術の普及が重要になっており、国立情報学研究所は2023年、人物の顔がディープフェイクによるものかを調べるプログラムの提供を始めています。顔認証の突破を防止するため金融機関などが導入を進め、2024年内には音声のディープフェイクも見分けられるよう改良するとしています。

マイナンバーカード(マイナカード)やパスポート(旅券)を不正取得したなどとして、フィリピン国籍の女ら3人が3~5月、大阪府警に逮捕されています。カードの名義は、女の親類と日本人との間にできた日本国籍の娘で、不法滞在だった女は、顔写真のない娘の公的証明書などをもとに市役所でマイナカードを手に入れ、別のフィリピン人男性と結婚までしていたといいます。マイナカードは一度手にすれば国内のあらゆる権利を享受できる「最高ランクの犯罪インフラの」だけに、その交付には相当な慎重さが求められるといえます。本件でのマイナカードの取得については、申請にはマイナカードの交付通知書と本人確認書類が必要で、本人確認書類については、運転免許証といった顔写真付きなら1点、顔写真がない場合も健康保険証など公的書類2点の提出が求められるところ、フィリピンに滞在する娘は、親類女性の自宅から住民票を移しておらず、交付通知書と年金手帳は女性の手元にあり、本人確認に必要な残る1点は、被告が無保険で医療機関を受診した際、娘名義で不正に作成した診察券が使われたといいます。捜査関係者は「保険証もないのに平然と医療機関で受診したのは予想外。診察券が偽造されているとは(市役所の担当者も)想像しなかったのではないか」と述べていますが、正にそうした点が突かれて、「最高ランクの犯罪インフラ」を提供してしまったと認識する必要があります。本コラムでもとりあげてきたとおり、偽造カードによる被害は散発していますが、今回は自治体が発行する「正規」のカードが悪用されたという点で、まったく次元の異なるものといえます。偽造とは違い、目視で不正を見破るのはほぼ不可能であり、「全国で年間数件」(外務省)という旅券のなりすまし取得にまで発展してしまったものです。窓口の担当者が本人確認書類が適切か入念に確認することは基本であるところ、自治体職員の業務が多忙化している状況から、単なる窓口の一過性のミスなのか、別の構造的な問題もあったのか、背景を検証する必要があるといえます。関連してデジタル庁は、マイナカードのICチップをスマホで読み取る本人確認アプリの無償提供を始めています。iPhoneとアンドロイド端末の両方に対応、事業者がダウンロードして、銀行口座開設や携帯電話契約の際に利用するものです。券面を偽造したマイナカードによる詐欺事件が相次ぎ、デジタル庁が防止対策として開発したもので、スマホのカメラで券面の生年月日などを確認し、その後カードを端末にかざすと、ICチップに格納されているデータが画面に表示されるもので、暗証番号は不要、偽造カードなら読み込めない仕様となっています。政府は将来的に携帯電話などを「対面」で契約する場合、マイナカードや運転免許証のICチップ読み取りを義務付ける方針で、まずはアプリの活用を促すとしています。さらに、警察庁は、現行の健康保険証が12月2日で廃止され「マイナ保険証」に一本化されるのに合わせ、銀行口座開設時などの本人確認書類としても利用できなくする方針を決めています。パブコメを経て、関連する犯罪収益移転防止法施行規則を改正し、同日の施行を目指すとしています。ただ、マイナカードを持っていない人もおり、現行の健康保険証も一定期間は引き続き本人確認書類として利用できる経過措置を設けるとしています。

▼警察庁 「犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則及び犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則及び疑わしい取引の届出における情報通信の技術の利用に関する規則の一部を改正する命令の一部を改正する命令案」に対する意見の募集について
▼概要資料
  • マイナンバー法等の改正等に伴う犯収規則等の改正
    1. 犯収規則の本人確認方法の考え方
      1. 顔写真のある本人確認書類→「提示」で本人確認できる(犯収規則第6条第1項第1号イ)
        • 例 個人番号カード(マイナンバーカード)(犯収規則第7条第1号イに明記)、在留カード、特別永住者証明書、精神障害者保健福祉手帳(同上)
      2. 顔写真のない本人確認書類→「提示」だけでは本人確認できない
        • 「提示」+書留郵便等が顧客等の住居に届くことを確認する(犯収規則第6条第1項第1号ロ)などの方法がある
    2. 改正法の概要(マイナンバー法関係、令和6年12月2日施行)
      • 申請時に一定年齢(1歳を想定)に満たない者に交付する個人番号カードは、顔写真が表示されないこととなる
      • 犯収規則
        • 「顔写真のない本人確認書類」に位置付けるため、犯収規則(第7条)を改正
    3. 改正法等の概要(健康保険法等関係、令和6年12月2日施行)
      • 健康保険証等(※)が廃止され、保険医療機関等による被保険者等の資格確認は個人番号カードによる電子資格確認が原則となる(※)国民健康保険・健康保険・船員保険・後期高齢者医療の被保険者証、国家公務員共済組合・地方公務員共済組合の組合員証、私立学校教職員共済制度の加入者証
      • 犯収規則
        • 本人確認書類について定める犯収規則第7条第1号ハから健康保険証等を削除
        • 改正法の一部施行等の際現に交付されている健康保険証等について、一定期間は引き続き本人確認書類として用いることができる旨の経過措置を設ける
    4. 改正法の概要(健康保険法等関係、令和6年12月2日施行)
      • 電子資格確認を受けることができない状況にある者について、医療保険者等が、当該者からの求めに応じ、医療機関等を受診する際の資格の確認に必要な書面の交付等をする
      • 犯収規則
        • 本人確認書類に係る規定に当該書面を追加
    5. 在留カード等に係る本人確認書類の整理
      • 現行でも
        • 在留カード、特別永住者証明書…交付時16歳未満の書類には顔写真が表示されない
        • 精神障害者保健福祉手帳…やむを得ない場合は顔写真が表示されない
        • 外国人登録証明書(平成24年改正命令)…一部の書類には顔写真が表示されない
      • 犯収規則、平成24年改正命令
        • 「顔写真のない本人確認書類」に位置付けるため、犯収規則(第7条)等を改
    6. 令和6年能登半島地震に係る本人特定事項の確認方法等に関する特例の施行から相当の期間が経過
      • 犯収規則
        • 令和6年能登半島地震に係る本人特定事項の確認方法等に関する特例(犯収規則附則第6条)を廃止

SNS型投資詐欺などの被害金が暗号資産口座に移されるケースが相次ぐことから、警察庁は、暗号資産の口座間の移動を追跡する専用ツールをマネー・ローンダリング(マネロン)の疑いがある取引の分析に活用する方針だといいます。犯罪組織は複数の取引を混ぜ合わせて、暗号資産の匿名性を高める「ミキシング」などの手法でマネロンしているとみられ、実際の所有者の特定が難しいケースも少なくありません。短期間に多額の出入金があるなどとして2023年、金融機関などから届け出があった「疑わしい取引」は約70万8000件、うち暗号資産交換業者からの届け出は約1万9000件で、5年前の2.7倍に上っています。暗号資産自体をだまし取るSNS型投資詐欺や、詐取金を暗号資産に替えてマネロンする事件の摘発も各地で相次いでおり、導入を検討中の専用ツールでは、暗号資産の流れを可視化し、高度な解析が可能になるといいます。警察庁は得られた情報を各都道府県警に共有し、犯罪組織の摘発につなげていくとしています。

日本貸金業協会は2024年から、金融犯罪防止部会を設け、被害データを集めて分析したり各社の事例を共有したり、対策に動いていますが、同協会の調査で、副業詐欺の被害者は20代61%、30代15%と若い世代が大半で、男性33%に対し女性が67%と多いことがわかっており、要因を分析しています。また、なりすましなど不正と疑われる申し込みを毎月約3千~4千件断る一方で、月700~800件ほどの詐欺被害も出ています。銀行は振り込め詐欺救済法に基づき、不正が疑われる口座を凍結し、預金を消滅でき、口座の残金を被害者へ分けことになっていますが、2023年度に不正が疑われた約4.9万口座のうち、2.2万口座は発覚時に残高千円未満と、犯罪者は振り込まれたお金をすぐにほかへ移すとみられ、十分な被害回復が難しいのが現状です。不正な口座を開設させないとともに、不正取引を早く検知し、口座にお金が残っている状態での入出金規制がこれまで以上に重要となっているといえます。また、口座の売買は犯罪であり、不正とわかり凍結されると、名義人は新たな開設が難しくなり、給与振込口座など、働くうえで不可欠な基盤を失いかねません。若者らがそれを知らずにSNS経由で売買している実態もあり、一層の周知が求められています。

経営実体がない約500社を設立、これらの名義で作った約4000の法人口座を悪用してマネロンを専業で行うグループが摘発された事件(いわゆるリバトングループ事件)で、大阪府警は、リーダー格の一人で自称会社役員の池田容疑者を組織犯罪処罰法違反(犯罪収益等隠匿)などの容疑で逮捕しています。大阪府警は2024年5月に逮捕状を取り、7月に公開手配して行方を追っていたもので、出国中とみられていたところ、シンガポールからの航空機で関西国際空港に到着し、逮捕されたものです。池田容疑者はグループでナンバー3の立場で、法人や口座の管理役とされます。また、大阪府警は、自称会社員、小沢容疑者も組織犯罪処罰法違反(犯罪収益等隠匿)などの容疑で逮捕しています。法人設立のために名義を貸す人物をグループに紹介するブローカーとみられ、大阪府警が5月、全国に指名手配していたものです。

ゲーム内通貨などを現金で取引する「リアル・マネー・トレード(RMT)」が、犯罪の温床となりつつあると報じられています(2024年9月8日付毎日新聞)。ゲーム内通貨やレアなアイテム、すでに強いレベルとなったアカウントなどをRMTで入手すれば、簡単に最強のレベルへと到達することが可能となる一方、不正がはびこれば、ルールを守る利用者の満足度が低下し、結果的にゲームの寿命が縮まってしまうことから、多くのゲーム会社がRMTを規約で禁止し、取引が発覚した場合はゲームの利用停止などの制裁を科す場合もあると警告しています。しかしながら、RMTが犯罪グループによるマネロンのスキームに組み込まれている実態が、神奈川県警の捜査で判明しています。神奈川県警は2024年7月、RMTの仲介サイト「RMTDream」でリネージュMなどのロゴを広告のため無断使用し収入を得たなどとして、サイトを運営する中国籍の男女3人を組織犯罪処罰法違反(犯罪収益等収受)容疑で逮捕、グループは他人のクレジットカード情報でリネージュMのゲーム内通貨「ダイヤ」などを大量に購入し、仲介サイトを通じて格安で販売、2014~23年に約26億円を売り上げていた。こうして得た犯罪収益で日本の食品や雑貨などを購入して中国に輸出し、現金化していたといいます。報道で捜査幹部は「匿名でやり取りできるRMTの仲介サイトは資金洗浄の格好の舞台だ」と警鐘を鳴らしています。仲介サイトは海外にサーバーを置いていることも多く、捜査は非常に困難とされます。ゲーム業界にも「詐欺の被害者だったゲーム利用者が、組織犯罪に加担してしまう恐れが出てきている。RMTを取り巻く状況が大きく変わった」と危機感が広がっています。

AML/CFTに加えてCPF(拡散金融対策)の観点が重要となっていますが、それは本コラムでも継続的に監視している「北朝鮮リスク」への対応でもあります。北朝鮮リスクの最新動向については後述しますが、IT労働者(技術者)の活用、マネロンを絡めた事件が発覚していますので紹介します。本コラムで以前から取り上げているとおり、北朝鮮による外貨獲得工作を巡っては、国外で活動する北朝鮮のIT労働者の関与が国連などから指摘されています。日本では警察庁などが2024年3月、日本人になりすますなどしてソフトウエア開発などを受注し、報酬を北朝鮮に送金している可能性があるとして注意喚起しています。

今回、そうした指摘を裏付けるような北朝鮮への資金の流れの実態が静岡県警の捜査で判明しています。報道によれば、2021年1月、北朝鮮のIT労働者とみられる人物と共謀し、証券会社が約款で禁止する「自動売買システム」を使用して外国為替証拠金取引(FX)を行うつもりにもかかわらず、約款を順守するなどと伝え、顧客データベースに登録。不正に口座を開設したとして日本人男性らを私電磁的記録不正作出容疑で書類送検した事件の捜査で、ソフト開発を利用した資金の流れが浮上、北朝鮮のIT労働者が国外のIT企業の従業員の立場を利用して、ソフト開発業務を日本国内の「協力者」に発注、協力者は開発作業を北朝鮮の関連組織に依頼し、完成品をIT企業に納入していたので、IT企業からの報酬は協力者に支払われ、手数料を除く大半が中国などの銀行口座に送金される構図で、送金方法はロシアに在住する北朝鮮のIT労働者とみられる人物が指示していたといいます。協力者の銀行口座には2022年1~10月、IT企業から計約5600万円が振り込まれ、うち約4200万円が中国などに送金されたことが明らかになっており、静岡県警は中国などを経由して北朝鮮に流れたとみているといいます。警察庁によると、国連加盟国の報告では、北朝鮮のIT労働者が北朝鮮に約1000人、中国など国外に約3000人~10000人いると推定、年間2.5億~6億ドルが北朝鮮に送金され、核やミサイルの開発などに充てられているとされます。IT技術者は身分証明書を偽造するなどし、企業が不特定多数に仕事を発注する「クラウドソーシングサイト」に登録、アプリやソフトウエア開発を相場より安価で請け負っているといいます。男性からFXを勧誘されたのは会社役員を含め16人で、証券会社10社に計47口座を開設、FXによる利益は計約1700万円に上るといい、北朝鮮のIT労働者が日本人を利用し、不正なFXで外貨を獲得している実態を解明した意味は大きいといえます。

2024年9月6日付産経新聞によれば、北朝鮮のIT技術者の身分偽装について、国際問題アナリストで元国連安保理専門家パネル委員の古川勝久さんは「協力者から名義貸しを受けるケースのほか、ビジネス向けSNSで他国の実在する人のアカウントを乗っ取るケースがある」と指摘、日本国内にも複数の協力者がいるということです。同氏によれば、北朝鮮は近年、IT技術者が得た内部情報をもとにハッカー部隊によるサイバー攻撃も展開、IT技術者との二本柱で「外貨獲得部隊」として活動しているとみられるといいます。国連安保理は2024年3月、北朝鮮は外貨収入の約50%をサイバー攻撃によって獲得していると指摘、ハッカー集団が各地で暗躍し、暗号資産関連の企業にサイバー攻撃をしかけているとしています。2017~23年、北朝鮮が関与したサイバー攻撃で30億ドル(約4500億円)を得た疑いがあるとして警鐘を鳴らしています。北朝鮮IT技術者の暗躍は、企業側にとって技術流出も懸念されるところであり、同氏は「企業や行政側は北朝鮮のIT技術者が入り込んでいるケースも考えられる。さらなる啓発が必要だ」としています。

また、北朝鮮IT技術者が外国人に成りすまして不正に稼いだ外貨で日本メーカーの衣料品を調達し、北へ不正輸出したとして、大阪府警は、外為法違反(無承認輸出)容疑で、札幌市の80代の無職の男を書類送検しています。男に衣料品を注文したのは北の経済特区「羅津」区域にある貿易事業者で、事業者が北のIT技術者を雇用したり管理したりしていた可能性もあるとみられています。男は、2019年12月、経済産業相の許可を受けず、日本メーカーから仕入れた下着など衣料品約200点(約40万円相当)を国際スピード郵便(EMS)を使い、日本から中国経由で北朝鮮に輸出した疑いが持たれており、衣料品の購入には、IT技術者が日本在住のモンゴル人女性名義のIDを使って、海外企業からソフトウエア開発業務を受注して稼いだ資金が使われていたとみられています。男はかつて北の「羅津」区域で水産加工会社を営んでおり、「2017年頃から40~50回、同様の手口で不正輸出を繰り返した。北朝鮮との関係維持が目的だった」と説明しているといい、男の携帯電話を解析した結果、北の貿易事業者から日本のメーカーごとに商品名やサイズ、必要な衣類の数が記されたメールの記録があったといいます。

国連安全保障理事会(安保理)による対北朝鮮制裁決議への違反の有無を調べる専門家パネルが2024年4月末に活動を終了した中、ラオスで活発化している北朝鮮のビジネスは、レストランやカラオケだけとは限らず、IT労働者を使ったビジネスも横行しているとされます(専門家パネルの報告書によると、ラオス政府は北朝鮮レストランの経営は、ラオス側が担っていると説明、事実であれば売り上げが全て北朝鮮側の取り分になるわけではないが、それでも客単価が高い分、相当な額が北朝鮮側に支払われるとみられ、中国に住む北朝鮮関係者によると、北朝鮮レストランでは、従業員の生活費や音楽演奏などの公演費、接客費名目で経営者から支払われる金額の8割が朝鮮労働党に上納されるといいます)。北朝鮮レストランの経営者や支配人たちが、ハッキングやマネロンに関わる別の顔を持つとの指摘は以前からあり、北朝鮮レストラン経営者たちは、ハッキングなどで稼いだ暗号資産を、取引記録を不透明にする特殊な方法を使ってローンダリングし、最終的に現金化して、本国に送る役割を果たしているとみられています。専門家パネルの活動停止の影響は大きく、各国はそれぞれ独自の調査を行うことになり、従来のように情報共有がスムーズにできなくなり、全体の調査能力は落ちることが懸念されます。さらに、監視機能が弱まることで、北朝鮮にとってはハッキングなどによる資金獲得が、これまでより容易になる恐れがあります。こうした専門家パネルの役割については、元委員の須江氏が報道(2024年8月21日付毎日新聞)で、「それは制裁違反が疑われる事例を取りまとめた報告書の作成にとどまらない。とりわけ私が効果を実感したのは、制裁違反行為の現場となっているとみられる国に対し、パネルの委員が行う「照会」だ。加盟国などから得た情報に基づき、当該国に「こうした違反事例が貴国で行われている」と照会すると、その取引をやめる場合もあったからだ。報告書は中国やロシアの委員を含む全員の合意を得る必要があるが、照会はそうではないため、報告書以上に効果を上げる場合がある。一方で、パネルによる報告書や照会に国連加盟国がプレッシャーを感じるのは、国連安保理という「印籠」があるためだ。パネルには中露も参加しており、報告書は安保理が認めて初めて公表される。安保理という「看板」があればこそ、幅広い国々に対して説得力を持つ。これが例えば、一部の国による調査だとすれば、それほど重く見ない国も出るかもしれない。パネルが活動を停止したことで、北朝鮮は今後、より大胆に世界各地で制裁違反行為をする恐れがある。北朝鮮が提供したとされるミサイルにより、ウクライナでは実質的な被害が出ており、制裁違反行為のチェックは一層、重要さを増している。パネルの役割と同等の機能を持つ組織を作るのは容易ではないが、何らかの枠組みは不可欠だ」と述べている点は極めて重要だと思います。

(2)特殊詐欺を巡る動向

SNSの偽広告などを通じ金銭をだまし取る「SNS型投資詐欺」を巡り、2024年1~7月の被害額が580億4千万円に上ることが警察庁のまとめで分かりました。前年同期比6.4倍で、1件あたりの平均被害額は1416万円、被害者は50~70代が全体の63.5%を占めています。「オレオレ詐欺」といった特殊詐欺の年間被害額で過去最悪だったのは2014年の565億5千万円であり、SNS型投資詐欺はすでにその規模を超える規模になっています(後述するロマンス詐欺とあわせれば、被害額は779億1千万円にまで膨らみます)。なお、同期間の特殊詐欺の被害額は283億円で前年同期比20.5%増となりました。警察庁は被害件数の増加の背景に、世間の詐欺への認知度が高まって被害の届け出が増えたことがあるとみていますが、そもそも絶対的に被害が大きいといえます。

▼警察庁 令和6年7月末におけるSNS型投資・ロマンス詐欺の認知・検挙状況等について
  • 認知状況(令和6年1月~7月)
    • SNS型投資・ロマンス詐欺の認知件数(前年同期比)は5,967件(+4,360件)、被害額(前年同期比)は約779.1億円(+603.1億円)、検挙件数は77件、検挙人員は44人
    • SNS型投資詐欺の認知件数(前年同期比)は4,099件(+3,294件)、被害額(前年同期比)は約580.4億円(+489.3億円)、検挙件数は43件、検挙人員は19人
    • SNS型ロマンス詐欺の認知件数(前年同期比)は1,868件(+1,066件)、被害額(前年同期比)は約198.8億円(+113.9億円)、検挙件数は34件、検挙人員は25人
  • SNS型投資詐欺の被害発生状況
    • 被害者の性別は、男性52.9%、女性47.1%
    • 被害者の年齢層では、男性は60代29.7%、50代23.8%、70代17.6%の順、女性は50代29.1%、60代24.0%、70代16.0%の順
    • 被害額の分布について、1億円超は男性34件、女性30件
    • 被疑者が詐称した職業について、投資家34.8%、その他著名人16.2%、会社員4.5%の順
    • 当初接触ツールについて、男性はLIINE20.4%、FB20.3%、インスタグラム18.0%の順、女性はインスタグラム34.7%、LINE18.2%、FB12.0%の順
    • 被害時の連絡ツール(欺罔が行われた主たる通信手段)について、LINE92.2%、被害気にの主たる交付形態について、振込88.4%、暗号資産9.4%など
    • 被害者との当初の接触手段について、バナー等広告49.7%、ダイレクトメッセージ23.7%、グループ招待8.5%など
    • 被害者との当初の接触手段(「バナー等広告」及び「ダイレクトメッセージ」)の内訳(ツール別)について、バナー等広告では、インスタグラム31.2%、FB18.6%、投資のサイトの順、ダイレクトメッセージでは、インスタグラム28.8%、FB21.2%、LINE18.4%、X9.1%、マッチングアプリ6.6%、TikTok3.9%など
  • SNS型ロマンス詐欺の被害発生状況
    • 被害者の性別は、男性61.9%、女性38.1%
    • 被害者の年齢層では、男性は50代28.5%、60代26.9%、40代21.2%の順、女性は40代29.3%、50代27.1%、60代17.9%の順
    • 被害額の分布について、1億円超は男性3件、女性12件
    • 被疑者が詐称した職業について、会社員10.7%、投資家10.5%、会社役員6.3%、芸術・芸能関係4.1%、軍関係3.4%の順
    • 当初接触ツールについて、男性はマッチングアプリ35.9%、FB23.9%、インスタグラム15.8%の順、女性はマッチングアプリ34.7%、インスタグラム34.3%、FB17.6%の順
    • 被害時の連絡ツール(欺罔が行われた主たる通信手段)について、LINE93.3%、被害金の主たる交付形態について、振込77.4%、暗号資産16.9%、電子マネー4.8%など
    • 被害者との当初の接触手段について、ダイレクトメッセージ77.1%、その他のチャット7.2%、オープンチャット3.1%など
    • 被害者との当初の接触手段(「ダイレクトメッセージ」)の内訳(ツール別)について、マッチングアプリ29.5%、インスタグラム27.1%、FB23.8%、X5.2%、TikTok4.3%、LINE3.9%など
    • 金銭等の要求名目(被害発生数ベース)について、投資名目70.5%、投資以外29.5%、金銭等の要求名目(被害額ベース)について、投資名目82.9%、投資以外17.1%

社会問題化して久しい特殊詐欺のうち、古典的な「オレオレ詐欺」が2024年1~7月で2672件発生し、被害総額は138.6億円と前年同時期(71.5億円)から194.0%プラスの大幅増となっています。発生件数自体は+10.8%ですが、1件当たりの被害額が高額化しており、警察当局は警戒を強めています。オレオレ詐欺は、現金受け取り役の「受け子」や電話をかける「架け子」を闇バイトで募り、トカゲの尻尾切りのように使い捨てにするのが定番で、未成年が軽い気持ちで荷担することも多く、警察幹部は「近年は少年少女の啓発に重点を置いた対策が効果をあげている」とのことですが、最近は、SNSを使ったロマンス詐欺など「非対面式」の詐欺が急増、こうした流れを受けてか、オレオレ詐欺も、受け子が直接受け取る「現金手交型」が影を潜め、昔ながらの「振込型」が2024年に入り増えており、警察庁幹部は「詐欺グループの原点回帰か一過性のものかは現在、分析中」とした上で「原因は謎だが、金銭的被害の拡大に焦点を絞った対策が必要だ」と指摘しています。警視庁OBは「投資など、もうけ話でだます詐欺が確実に増える中、親の愛情に訴える卑劣な犯行も中々、なくならない。オレオレ詐欺や振り込め詐欺は完全に“死語”にしなければならない」と指摘しています。

▼警察庁 令和6年7月末の特殊詐欺認知・検挙状況等について

令和6年1~7月における特殊詐欺全体の認知件数は10,717件(前年同期10,974件、前年同期比▲2.3%)、被害総額は283.0億円(234.9億円、+20.5%)、検挙件数は3,171件(3,904件、▲18.8%)、検挙人員は1,108人(1,247人、▲11.1%)となりました。ここ最近、認知件数や被害総額が大きく増加していましたが、最近は減少傾向に転じていたところ、あらためて被害総額が増加傾向に転じている点が特徴です。ただし、相変わらず高止まりしていること、SNS型投資詐欺・ロマンス詐欺の被害が急増していることと併せて考えれば、十分注意する必要があると言えます。うちオレオレ詐欺の認知件数は2,672件(2,412件、+10.8%)、被害総額は138.6億円(71.5億円、+194.0%)、検挙件数は810件(1,221件、▲33.7%)、検挙人員は408人(527人、▲22.6%)となり、認知件数、被害総額が大きく増加した一方で、検挙件数、検挙人員ともに減少に転じましたが、オレオレ詐欺もまた高止まりしている点に注意が必要です。また、還付金詐欺の認知件数は2,461件(2,405件、+2.3%)、被害総額は37.3億円(27.6億円、+35.1%)、検挙件数は439件(571件、▲23.1%)、検挙人員は94人(101人、▲6.9%)と認知件数・被害総額が増加となりました。そもそも還付金詐欺は、自治体や保健所、税務署の職員などを名乗るうその電話から始まり、医療費や健康保険・介護保険の保険料、年金、税金などの過払い金や未払い金があるなどと偽り、携帯電話を持って近くのATMに行くよう仕向けるものです。被害者がATMに着くと、電話を通じて言葉巧みに操作させ(このあたりの巧妙な手口については、暴排トピックス2021年6月号を参照ください)、口座の金を犯人側の口座に振り込ませます。一方、ATMに行く前の段階の家族によるものも含め、声かけで2021年同期を大きく上回る水準で特殊詐欺の被害を防いでいます。警察庁は「ATMでたまたま居合わせた一般の人も、気になるお年寄りがいたらぜひ声をかけてほしい」と訴えていますが、対策をかいくぐるケースも後を絶たない現状があり、それが被害の高止まりの背景となっています。とはいえ、本コラムでも毎回紹介しているように金融機関やコンビニでの被害防止の取組みが浸透しつつあり、ATMを使った還付金詐欺が難しくなっているのも事実で、そのためか、オレオレ詐欺へと回帰している可能性も考えられるところです(繰り返しますが、還付金詐欺自体事態、大変高止まりした状況にあります)。最近では、闇バイトなどを通じて受け子のなり手が増えたこと、外国人の新たな活用など、詐欺グループにとって受け子は「使い捨ての駒」であり、仮に受け子が逮捕されても「顔も知らない指示役には捜査の手が届きにくいことなどもその傾向を後押ししているものと考えられます。特殊詐欺は、騙す方とそれを防止する取り組みの「いたちごっこ」が数十年続く中、その手口や対策が変遷しており、流行り廃りが激しいことが特徴です。常に手口の動向や対策の社会的浸透状況などをモニタリングして、対策の「隙」が生じないように努めていくことが求められています。

また、キャッシュカード詐欺盗の認知件数は849件(1,376件、▲38.3%)、被害総額は10.0億円(19.1億円、▲47.6%)、検挙件数は787件(1,066件、▲26.2%)、検挙人員は203人(267人、▲24.0%)と、認知件数・被害総額ともに減少という結果となっています(上記の考え方で言えば、暗証番号を聞き出す、カードをすり替えるなどオレオレ詐欺より手が込んでおり摘発のリスクが高いこと、さらには社会的に手口も知られるようになったことか影響している可能性も指摘されています。なお、前述したとおり、外国人の受け子が声を発することなく行うケースも出ています。さらには、前述したとおり、キャッシュカードではなく「現金」入りの封筒で同様のすり替えを行う手口も出ています)。また、預貯金詐欺の認知件数は1,272件(1,559件、▲18.4%)、被害総額は12.8億円(22.5億円、▲43.1%)、検挙件数は924件(842件、+9.7%)、検挙人員は245人(267人、▲8.2%)となりました。認知件数・被害総額ともに大きく減少している点が注目されます。その他、前述した架空料金請求詐欺の認知件数は2,842件(2,947件、▲3.6%)、被害総額は69.1億円(79.4億円、▲13.0%)、検挙件数は183件(171件、+7.0%)、検挙人員は116人(57人、+103.5%)と、認知件数・被害額の減少が目立ちます(検挙件数・検挙人員は増加が顕著です)。融資保証金詐欺の認知件数は182件(111件、+64.0%)、被害総額は1.4億円(1.6億円、▲13.7%)、検挙件数は11件(15件、▲26.7%)、検挙人員は9人(8人、+12.5%)、金融商品詐欺の認知件数は57件(113件、▲49.6%)、被害総額は4.0億円(11.8億円、▲65.8%)、検挙件数は4件(14件、▲71.4%)、検挙人員は1人(18人、▲94.4%)、ギャンブル詐欺の認知件数は11件(12件、▲8.3%)、被害総額は0.8億円(0.4億円、+111.0%)、検挙件数は1件(0件)、検挙人員は0人(0人)などとなっています。

組織犯罪処罰法違反については、検挙件数は233件(121件、+92.6%)、検挙人員は103人(38人、+171.1%)となり、検挙件数・検挙人員ともに大きく増加しています。また、犯罪インフラ関係では、口座開設詐欺の検挙件数は438件(408件、+7.4%)、検挙人員は254人(232人、+9.5%)、盗品等譲受け等の検挙件数は0件(2件)、検挙人員は0人(1人)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は2,098件(1,557件、+34.7%)、検挙人員は1,571人(1,207人、+30.2%)、携帯電話契約詐欺の検挙件数は98件(76件、+28.9%)、検挙人員は99人(80人、+23.8%)、携帯電話不正利用防止法違反の検挙件数は14件(15件、▲6.7%)、検挙人員は8人(13人、▲38.5%)などとなっています。とりわけ犯罪収益移転防止法違反が大きく増加している点が注目されます。また、被害者の年齢・性別構成について、特殊詐欺全体では、60歳以上78.6%、70歳以上58.0%、男性37.3%:女性62.7%、オレオレ詐欺では60歳以上80.5%、70歳以上72.6%、男性29.6%:女性70.4%、預貯金詐欺では60歳以上99.3%、70歳以上96.1%、男性13.4%:女性86.6%、架空料金請求詐欺では60歳以上58.4%、70歳以上33.6%、男性58.4%:女性41.6%、特殊詐欺被害者全体に占める高齢被害者(65歳以上)の割合は、特殊詐欺全体では70.1%(男性32.2%、女性67.8%)、オレオレ詐欺 77.8%(21.0%、79.0%)、預貯金詐欺 98.3%(13.4%、86.6%)、架空料金請求詐欺 46.9%(64.6%、35.4%)、還付金詐欺 77.6%(36.4%、63.6%)、融資保証金詐欺 4.6%(62.5%、37.5%)、金融商品詐欺 47.4%(74.1%、25.9%)、ギャンブル詐欺 54.5%(66.7%、33.3%)、交際あっせん詐欺 35.0%(100.0%、0.0%)、その他の特殊詐欺 17.1%(55.0%、45.0%)、キャッシュカード詐欺盗 98.0%(23.4%、76.6%)などとなっています。犯罪類型によって、被害者像が大きく異なることをあらためて認識し、被害者像に応じたきめ細かい対策を行う必要性を感じさせます。

総務省は特殊詐欺の対策として電話番号に関する制度を見直すことにしました。詐欺に加担する不正事業者に番号が提供されないようにし、提供事業者にも確認作業を義務付けることとし、事業者への対策を強化して電話での詐欺を減らすとともに、限られた電話番号を有効に活用する体制を整えるとしています。2025年の通常国会で改正法案の提出を視野に入れています。電話番号制度は総務相が事業者の使用計画を認定して番号を指定する仕組みで、総務相から認定を受けた大手通信事業者が他社に電話番号を卸す場合もあります。近年、大手通信事業者から電話番号を仕入れて、詐欺グループに有償で提供する不正事業者がおり、事業者への対策が急務でした。総務省は有識者会議で対策の方針を示す報告書案をとりまとめ、窃盗や詐欺の犯罪歴がある人に番号を提供できないようにし、犯した場合は認定を取り消せる規定を新たに設けることとしています。これまでは電気通信事業法関連の違反でしか認定を取り消せませんでした。電話番号を提供する事業者にも対応を求め、卸先が電話番号の使用計画で認定を受けているかの確認を義務付け、確認の手順も定めて詐欺グループと手を組む不正事業者に電話番号が提供されないようにします。また、新たに卸す事業者だけでなく既存事業者への確認も求め、事業実績が少ない事業者に対して大量の番号を提供できなくする制限も設けるといいます。過度な規制が新規参入や競争を阻害する懸念もあり、今後は例外規定を設けるなど施策の詳細も詰めることとしています。

▼総務省 電気通信番号の犯罪利用対策に関するワーキンググループ(第7回)配布資料・議事概要
▼資料 7-2 WG報告書(案)概要
  • 電気通信番号の犯罪利用の現状
    • 特殊詐欺等、電気通信番号を悪用した犯罪は従来から存在しており、深刻な状況が続いている。
    • 特殊詐欺に悪用される電話サービスはこれまで何度も移り変わっており、対策を講じては、新たな手段が登場し、犯罪に悪用される繰り返しである。
    • 最近では、総務大臣から電気通信番号使用計画の認定を受けた電気通信事業者が、特殊詐欺に使われると知りながら電話回線を提供したとする詐欺ほう助の罪で逮捕・起訴され、判決に至った例が顕在化。
  • 電気通信番号の有限資源性及び社会における位置づけ
    • 電気通信番号は、ITU(国際電気通信連合)が定める国際的なルールにより桁数等の制約がある有限希少な資源であり、各国が配分や使用の手続を定めている。(日本では、総務省が電気通信番号を管理し、必要に応じて電気通信事業者に指定)
    • 通話サービスだけではなく、SMS等の多様なサービスにも利用されており、これらのサービスは国民の社会経済活動を支える基盤となっており、電気通信番号は重要なインフラを構成している。
    • 固定電話網のIP網への移行やIoTの普及等によって、電気通信番号のニーズは高まっている。
  • 電気通信番号を取り巻く社会のあるべき姿
    • 国民生活や経済活動において、有限希少な電気通信番号がニーズ等に合わせて適切に利用できる状態にすること
    • 電気通信番号が使用されているサービス(固定電話、携帯電話等)を利用者が安心して使えるようにすること
    • これを実現するためには、総務省(電気通信事業を所管)、警察庁(犯罪対策等)、電気通信事業者など様々な主体がそれぞれの立場で対策を講じ、連携していく必要がある。
    • 電気通信事業法は、電気通信番号の有限資源性を踏まえ、その適正な管理を目的に電気通信番号制度を規定している。犯罪に利用された電気通信番号は、関係事業者の逮捕や事業廃止によって一定期間使用されなくなるケースも多く、これは電気通信番号の有限資源性の観点から問題であるといえ、電気通信番号の犯罪利用については、電気通信事業法の範疇において、一定の対策を講じることが可能と考えられる。
    • まずは、電気通信事業法の下で講じられる対策を優先的に検討し、その対策の実効性を評価しつつ、新たに必要な対策については検討を継続していくことが適当
    • 並行して、事業者による自主的な取組と連携し、制度面、実態面の双方で対応していくことが適当
  • 電気通信番号制度の見直しの意義
    • これまで、様々なサービスを活用した犯罪への対策としては、当該サービスを提供する事業者と利用者の間に着目し、「犯罪による収益の移転防止に関する法律(平成19年法律第22号)」(以下「犯収法」という)及び「携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等及び携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律(平成17年法律第31号)」(以下「携帯電話不正利用防止法」という)によって、契約者に対する本人確認が義務づけられている。
    • 一方、総務大臣による電気通信番号使用計画の認定を受けた事業者が、使用できるようになった電気通信番号を特殊詐欺グループに提供し、特殊詐欺の幇助として実刑を受けているケースが顕在化している。また、そのように犯罪に利用された電気通信番号は、関係事業者の逮捕や事実上の事業廃止によって使用されていないケースも多い。
    • このため、事業者・利用者間のレイヤーより上のレイヤー、つまり、事業者が番号の使用が可能となる段階において、電気通信番号の適正な管理の観点から、電気通信番号制度の見直しを行う必要がある。
    • また、このような見直しを行うことは、特殊詐欺の犯罪対策としても適当である
  • 電気通信番号を利用した犯罪の現状(警察庁)
    • 令和6年3月末現在の特殊詐欺の被害は、昨年同期に比較して件数約17%、被害額5%減少したが、1日当たり被害額は約1億円と高水準が続いているなど依然として深刻な状態。
    • 典型例は、総務大臣から認定を受け、他の事業者から番号の提供を受けて番号が使用可能になった事業者が、番号を特殊詐欺グループに提供し、特殊詐欺グループがその番号を使って電話口で詐欺を実行するケース。
    • 特殊詐欺に関与した悪質事業者の代表者が詐欺幇助等の犯罪で逮捕されるケースは複数あるが、会社自体が解散された例は少なく、登記上は存在することが多い。そのような事業者が経営者や社名を変えるなどして活動を再開することが懸念される。
    • 利用番号や販売拒否の停止は対症療法であり事業者だけの取組には限界があることから制度上の対応が重要。
    • 認定取得済み事業者が悪質事業者であった場合には、認定取消しを含め、市場から排除できるような仕組みが望まれる。
    • 他人の名義を使用するなどして、短命覚悟で悪意を持って参入してくる事業者に大量の番号が販売されないような仕組みが望まれる。
    • 悪質事業者の参入抑止には、番号提供の際に、本人確認・当人確認を行う仕組み、あるいは、番号販売時における使用計画の認定を受けていることの確認をより厳格に行える仕組みを導入することなどが有効と考える
  • 電気通信番号の犯罪利用対策~消費者団体としての意見~(主婦連合会)
    • 電話サービスの詐欺利用に対しては、これまでの対策が行われてきたが、現状問題解決には至っていないことから、制度整備が必要。
    • 総務省は電気通信番号使用計画の認定を受けた事業者のリストを公開しているが、その中には特殊詐欺に関与し、逮捕・起訴・有罪となった事業者が存在しているのは問題
    • 番号を悪用する認定事業者は、認定を迅速に取り消し、また再認定が容易に行われないような制度を整備することが必要。
    • 総務省が認定を行う際に、番号の不適正利用のおそれが疑われる事業者については認定を行わないための仕組みが必要。
    • 事業者は、卸提供を含めて番号の提供を行う際には、番号が不適正に利用されないための対策を講ずるべきではないか
  • 事業者における電気通信番号の犯罪利用対策(事業者)
    • 事業者から以下の取組が紹介されたが、具体的な内容及びその粒度にはばらつきがあった。
      1. 卸先事業者が電気通信番号使用計画の認定を受けていることの確認
      2. 提供番号数の制限
      3. 本人確認
      4. 当人確認
      5. 与信審査
      6. 二次卸の禁止
        • また、事業者からは以下の意見があった。
          • 提供先事業者が怪しいかどうかは判断基準がなく、あらかじめ判断することは困難。
          • 過度なものとならないよう実行可能性の観点からも検討が必要。
          • 事業者で実施している取組の一部については、犯罪収益移転防止法等に基づき既に実施しており、義務化に問題はない。
  • 事業者における電気通信番号の犯罪利用対策(事業者団体)
    1. 一般社団法人 日本ユニファイド通信事業者協会(JUSA)
      • 総務省、警察庁、TCAと連携し、番号利用停止等スキームを運用。特殊詐欺に利用された番号の即時停止を実施。
      • 電話番号を利用する不適正な事業者・サービスに関する申告窓口を設置。総務省・警察庁と連携して申告・不適正な事案に対処。
      • 最新の法令を周知して市場の健全化を目指すため、電気通信事業者を対象としてセミナーを複数回開催。
      • 総務省との連携の下、TCA、JAIPA等と連携して、事業者による自主的な評価制度を構築中。本評価制度では優良な事業者を評価するもので、これにより、適正な事業者同士の卸提供契約の実現と、利用者が契約先事業者を選定する際の指標としての活用を期待。
    2. 一般社団法人 電気通信事業者協会(TCA)
      • 「オレオレ詐欺等対策プラン」(令和元年6月25日犯罪対策閣僚会議決定)において、「特殊詐欺に利用された固定電話番号の利用停止をはじめとする実効性のある対策を講じる」とされたことを受け、特殊詐欺に利用された固定電話番号の利用停止等の運用・検討等のため、令和元年9月に部会を設置。
      • 総務省からの通知に基づき、特殊詐欺対策検討部会に参加する会員事業者は、県警等からの要請に応じ、特殊詐欺に利用された固定電話番号等の利用停止や悪質な利用者への新たな固定電話番号の提供拒否等を実施。
      • 関係機関等と連携した取組みにより、特殊詐欺に利用された固定電話番号等の悪用への対策に寄与。
      • (参考)令和5年末までの利用停止等の件数
        • 固定電話番号 :12,665件
        • 050IP電話番号 :9,482件
  • 対策の方向性
    • 世間的には、総務大臣が行う認定には犯罪に利用されていない適正な利用も含めて認定しているという期待があることから、電気通信事業法の中で、その担保が必要。
    • 犯罪利用に関する認定基準や欠格事由を設けるというのが一つの方法として考えられるのではないか。
    • 現行の認定基準は、公平、効率的な電気通信番号の使用等の観点からのみ規定されているが、番号の不適正利用のおそれが疑われる事業者の認定を行わないための制度上の仕組みが求められる。
    • 特殊詐欺に関与し、逮捕・起訴・有罪となった事業者でも、現在の番号制度では特殊詐欺などの犯罪に関与したことをもって認定の欠格事由とすることはできず、総務省が公開する認定事業者リストに引き続き掲載されていることは問題。
    • 番号の提供元事業者が提供を行う際に対策を講じることが有効。
    • 事業者が行っている犯罪利用対策の中で有効なものを全事業者が実施することで、悪用の可能性を減らしていけるのではないか。
    • 電気通信番号制度の具体的な見直しの方向性として、以下を見直しつつ、運用も工夫することが適当。
      • 欠格事由
      • 事業者の取組
      • 認定基準
      • 認定の取消事由
  • 欠格事由の見直し
    • 欠格事由は、行政庁の判断により許認可の対象として適切ではないと考えられる者をあらかじめ許認可の対象から排除するものである。しかし、行政庁の裁量が過大にならないよう、その内容はあらかじめ明確に示すこと、また、一般国民の経済活動の自由等を制限をする側面もあるため、内容には合理性、必要性があることが求められる。
    • 電気通信番号の特殊詐欺への犯罪利用を排除し、電気通信番号の適正な管理を担保するという目的に鑑みれば、今般の見直しにおいて欠格事由に追加する項目は、特殊詐欺として立法事実のある犯罪とすることが適切である。
    • 令和3~5年における特殊詐欺の罪状を踏まえれば、欠格事由として規定することが適切な犯罪は、窃盗(刑法 第235)、詐欺(刑法 第246条)及び電子計算機使用詐欺(刑法第246条の2)が適当と考えられる
    • 特殊詐欺として立法事実のある犯罪を欠格事由に追加するにあたっては、当該事由が現行の欠格事由と異なり、総務省が所管していない法令に関するものとなることから、その適切な運用が課題となる。
    • 所管外の法令を欠格事由として規定している例は他の法律においても存在しており、その運用としては、欠格事由に該当しない旨の誓約書を提出させた上で、当該誓約書に疑義があると認められる場合は、市町村等に犯歴等の照会を行うこととしているのが一般的である。(例:民間事業者による信書の送達に関する法律)
    • したがって、番号制度においても、認定の申請時(変更申請時を含む)に欠格事由に該当しない旨の誓約する書面を提出させることによって、欠格事由該当性を判断する運用とすることが考えられる。なお、電気通信事業法第9条による登録の申請も、欠格事由に該当しないことを誓約する書面を添付が義務づけられている。
    • また、認定後においても欠格事由の非該当性を担保するため、電気通信事業報告規則第8条に基づく電気通信番号の使用状況報告で、欠格事由該当性の有無についても報告を求めることが考えられる。
    • 現行の認定の欠格事由には、認定の取消しを受けた者に関する規定がない。
    • 許認可の欠格事由には、一般的に、当該許認可を取り消された者が規定されていることが多く、これは、許認可を取り消されたような者がただちに当該許認可の申請を行っても、当該許認可を受けるに適切ではないと考えられるためである。
    • 後述する事業者への取組の義務づけをする場合、当該取組が講じられておらず、電気通信番号の管理が杜撰で特殊詐欺等の犯罪の温床になっているなど、公共の利益が阻害されていると認められるようなときは、認定の取消しの対象となり得る。そして、このような事由で認定の取消しを受けた者は、当面は、電気通信番号の適切な使用が期待できないと考えられる。
    • このため、今般の見直しに合わせて、認定の欠格事由に、認定の取消しを受けた者を追加することが適当と考えられる
  • 事業者の取組
    • 欠格事由の追加によって、制度上、番号の特殊詐欺への使用を排除し、番号の適正な管理が一定程度可能となるが、限界はあると考えられる。このため、実態として、悪質事業者に番号を特殊詐欺に使わせないようにすることが、番号の有効利用を図る上で重要。
    • 一般的な特殊詐欺の実態として、特殊詐欺に関与する事業者は、他の事業者から卸電気通信役務の提供を受けて番号の提供を受けていることを踏まえると、事業者が他の事業者に番号を提供しようとする際に何らかの取組を講じるよう義務づけることによって、特殊詐欺に関与する悪質事業者に番号を流通させないようにすることが有効。
    • 取組の義務づけの対象とする番号種別は、合理性、必要性の観点から、特殊詐欺に利用されているエビデンスのある固定電話番号、音声伝送携帯電話番号及び特定IP電話番号とすることが適当
    • 具体的に義務づける事業者の取組は、関係者ヒアリングや構成員等の意見を踏まえれば、(1)卸先事業者に対する電気通信番号使用計画の認定の確認、(2)提供番号数の制限、(3)本人確認、(4)当人確認、(5)与信審査、(6)二次卸の禁止、が考えられる。
    • 一方で、取組の効果とこれを行うことによる社会的影響等を考慮すれば、(1)電気通信番号使用計画の認定の確認、(2)提供番号数の制限を義務づけの対象とすることが適当。
    • 犯罪に関与している事業者は、そもそも電気通信番号使用計画の認定を受けていない場合、認定を受けていても他人の名義を無断で使用している場合、他人の名義を合意の上で使用している場合の3つのケースがあり得るが、上記2つの取組を義務づけることで、犯罪に関与する事業者に電気通信番号が流通することを防止する大きな成果が得られると考えられる。
    • 一方で、特殊詐欺に悪用される電話サービスはこれまでも移り変わっており、対策を講じては新たな手段が登場し、犯罪に悪用されてきたことを踏まえれば、引き続き状況を注視し、必要な場合には、対策を講じていくことが必要と考えられる。
    • また、制度面の対応のみならず、例えばJUSA等の事業者団体が中心となって構築を検討している評価制度など、事業者による自主的な取組と連携し、制度面、実態面の両面から、相互補完していくことが有効である。このためにも、総務省は当該評価制度を重要な取組と位置付けて支援し、業界にビルトインしていくことが重要
      1. 電気通信番号使用計画の認定の確認
        • 番号を使用する全ての事業者は、総務大臣による電気通信番号使用計画の認定を受ける必要があり、認定を受けていない事業者に番号の提供を行うことは、番号の適正な管理の観点からも問題である。
        • このため、番号を提供しようとする際には、契約の相手方事業者が総務大臣から使用計画の認定を受けていることを確認するよう義務づけることが適当である。
      2. 番号の提供数の制限
        • 最近では短命覚悟で悪意を持って参入してくる事業者が増加傾向にあり、特殊詐欺に使用された番号は一定の期間、再使用されないケースも多く、番号の有限資源性の観点から問題である。
        • このため、短期間で電気通信番号を特殊詐欺に使用する意図を持った事業者が番号を使用できないよう、事業実績を確認し、実績の少ない事業者に対して提供する番号数は必要最小限に限ることが有効と考えられる。
        • 本取組は、継続的に事業を行わず、番号が効率的に使用されないリスクが高い場合を排除することが目的であることに鑑みれば、そのようなリスクや蓋然性がない場合にまで、一律に制限を行う必要はないものと考えられ、事業継続可能性等の電気通信番号の効率的な使用が客観的に判断できる場合については、制限の例外として定めることが適当である。
        • 例外の基準については、
          • 卸先事業者が電気通信事業を含む業に係る製品・サービスの提供を6ヶ月以上行っていると確認できる場合
          • 卸先事業者が法人である場合
        • を基本とすることが考えられるが、制限数も含めて具体的な内容は、例えば法人であれば例外としても問題はないのかという点も含めて、電気通信番号の特殊詐欺への悪用の実態や関係事業者等の意見を踏まえながら、総合的に判断し、総務省において検討を進めていく必要がある
      3. 本人確認
        • 契約時の本人確認については、「犯収法」及び「携帯電話不正利用防止法」でも義務づけられていることを踏まえれば、これを義務づけても事業者に新たに大きな負担を課すものではないと考えられる。
        • 一方で、番号使用計画の認定手続では、電気通信事業の登録又は届出の有無を確認しており、登録又は届出の手続では登記事項証明書や住民票の写しが提出されている。
        • このため、電気通信番号使用計画の認定の確認を行えば、本人確認を行ったといえ、新たに本人確認を義務づけることは重畳的な義務づけになりかねず、認定の確認で足りると考えられる
      4. 当人確認
        • 最近では短命覚悟で悪意を持って参入してくる事業者が増加傾向にあり、この中には他人の名義を使用して法人を設立しているケースも存在することから、当人確認(契約における代表者等が本人確認書類の人物と相違ないか確認を行うこと)が有効とも考えられる。
        • 一方で、当人確認の義務づけは犯収法においてもハイリスク取引(なりすましの疑いがある取引又は取引時確認に係る事項を偽っていた疑いがある顧客等との取引)に限定されていること、また、この実施を求めることは事業者への負担が大きいと考えられる。
        • このため、番号制度では、電気通信番号使用計画の認定の確認の確実な実施を優先することとし、当人確認の義務づけについては状況をみることが適当である
      5. 与信審査
        • 短命覚悟で悪意を持って参入してくる事業者に対しては、財務状況等を確認することも有効な手段の一つとなり得る。
        • 一方で、与信審査は番号の卸元事業者が経営リスクの判断のため行う要素が高く、また、事業者の財務状況をもって番号の提供を行わないとすることは差別的取扱いを行うこととなりかねない。
        • このため、番号制度の観点からは、与信審査の義務づけを行わないことが適当である。
      6. 二次卸の禁止
        • 総務大臣による認定制度を悪用し、認定を受けた事業者として他事業者から番号を入手して特殊詐欺の犯人グループに電話サービスを提供するケースが存在していることから、二次卸を禁止し、番号の最終利用者の管理を強化することも有効な手段と考えられる。
        • 一方で、現実には、二次卸を含む卸提供は既に多く実施されており、この中で特殊詐欺等の犯罪に関与している事業者は一部に過ぎない。
        • このため、二次卸の禁止は事業者に対する過度な規制となりかねず、また、社会的影響が大きいと考えられることから、この義務づけについては見送ることが適当である。
  • 認定基準の見直し
    • 現行制度では、認定基準を電気通信番号の使用の必要性・公平性・効率性の観点から定めている。
    • 前述した事業者の取組の義務づけの新設を踏まえれば、その取組が適切に講じられることを認定基準に追加することが適当。
    • また、認定後も認定事業者が当該取組を適切に講じていることを担保する必要がある。この確認を容易に行うため、例えば、電気通信事業報告規則第8条に基づく電気通信番号の使用状況報告で、みなし認定事業者も含む全ての事業者から電気通信番号を使用する役務の卸元事業者の報告を求めることが考えられる。具体的な方法については、総務省において検討を進めることが適当である。
  • 認定の取消事由の見直し
    • 現行制度では、認定の取消事由として特殊詐欺の犯罪への関与に関する規定はないが、欠格事由への該当が取消事由の一つとして規定されている。
    • 前述のとおり、電気通信番号を特殊詐欺に悪用した場合が欠格事由に追加されることによって、これも認定の取消事由に該当し、実質的に認定の取消事由が追加されることになるから、当面はこれで足りると考えられる。
  • 今後の対応
    1. 現行の電気通信番号制度については、以下の見直しを行い、対策を着実に講じていくことが適当。
      1. 欠格事由関係
        • 特殊詐欺として立法事実のある犯罪(窃盗、詐欺及び電子計算機使用詐欺)及び認定の取消しを受けた者を追加する
        • 欠格事由に該当しないことを誓約する書面の提出を求めるとともに、電気通信事業報告規則第8条に基づく電気通信番号の使用状況報告の際に、欠格事由の該当性の有無について報告を求める。
      2. 事業者の取組関係
        • 電気通信番号(固定電話番号、音声伝送携帯電話番号及び特定IP電話番号)を使用した卸電気通信役務を提供する際、既存の卸先事業者を含め全ての事業者に次の取組を行うことを義務づける。
          • 電気通信番号使用計画の認定を受けていることの確認
          • 継続的に事業を行わず、電気通信番号が効率的に使用されないリスクが高い事業者への電気通信番号提供数の制限
      3. 認定基準関係
        • 認定基準に義務づけられる取組が適切に講じられることを追加する。
        • 当該取組が適切に講じられているか容易に確認できるよう、電気通信番号の使用状況報告に係る制度を見直し
    2. 見直しの具体化にあたっては、関係事業者等と連携の上、電気通信事業の発展と電気通信番号の有限資源性のバランスを図りながら検討を行うこととし、着実に運用していくことが重要。
    3. そのうえで、本見直しの施行後は、その実効性を評価するとともに、電気通信番号の特殊詐欺の犯罪利用の動向を注視し、必要に応じて更なる対策を検討していくことが適当。その中には、例えば、今般の見直しを徹底するという趣旨で、欠格事由の誓約書に虚偽記載をした場合の制裁を科すことや、事業者の取組を追加することが考えられる
    4. また、電気通信番号の適正な管理は、制度面及び実態面の両面から相互に補完していくことが重要であり、総務省は、JUSA等の事業者団体中心となって構築を検討している評価制度のような事業者による自主的な取組と、引き続き、連携を強化していく必要がある。

SNSを使った投資詐欺被害などの拡大防止へ警察が金融機関と新たな情報共有の仕組みを作ると報じられています(2024年8月20日付日本経済新聞)。警察庁と金融庁は不審な出金・送金を検知した場合の警察への速やかな通報を金融機関に要請、早期の被害認知や利用者保護、摘発につなげるとしています。従来は不審情報が金融庁などに届けられてから警察に共有されるまでタイムラグがあったところ、都道府県警に直接連絡することで被害の迅速な把握と捜査が可能になります。マネロンが疑われる取引を検知した金融機関が犯罪収益移転防止法に沿って金融庁などへ届け出る制度(疑わしい取引の届出制度)は既にありますが、詐欺に絡む今回の要請は法令とは別に自発的な通報を促す内容で、金融業界の各団体に通知するものです。警察庁などは個人口座への監視強化も求め、不審な取引を検知した場合、口座の名義人に注意喚起したうえ、必要に応じてキャッシュカードの一時利用停止や口座凍結などの対策もするよう金融機関に呼びかけます。警察庁によると広島や秋田など9県警は管内の金融機関と同様の取り組みを先行的に実施、警察幹部は「金融機関との情報共有が拡充されれば、捜査が迅速化され、早期摘発につながる」と強調しています。

著名人をかたるSNS型投資詐欺を巡り、送金先口座の名義人に賠償を命じる判決が相次いでいます。目先のカネほしさに口座を売った名義人が「詐欺に加担した」と認定されたケースもあり、不正に売買された口座が詐欺に悪用されている実態が垣間見えます。SNSでは口座の売買を呼びかける投稿が横行しており、専門家は対策が必要と訴えています。2024年8月19日付読売新聞によれば、SNS投資詐欺被害にあった70代女性は、弁護士法に基づく弁護士会照会などで、口座名義人の名前や住所などの特定を進めつつ、2023年末、10口座の名義人らに計4500万円超の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしました。訴訟では、10口座のうち約40万円を送金した口座の名義人が答弁書を提出し、「生活に困って見知らぬ人に口座を売ってしまった」と明かし、不眠症やうつ病を患って生活保護を受給しているといい「詐欺に関与はしていない」と釈明、2024年6月の地裁判決は、この名義人について「口座売却によって詐欺の実現を容易にした」として、女性が送金した約40万円の範囲で賠償を命じています。ほかの9口座の名義人も賠償が命じられたり、請求を認める「認諾」に至ったりしたといいます。別の女性が起こした同種訴訟でも、東京地裁が、口座の名義人側に賠償を命じる判決を出しています。銀行口座の売買や譲渡は犯罪収益移転防止法で禁じられており、違反した場合は1年以下の懲役や100万円以下の罰金が科されます。しかし、SNS上では口座の売買をもちかける投稿が後を絶たたず、情報セキュリティ会社「カウリス」がXの投稿を分析したところ、口座売買関連の投稿は、2024年5月に計約6万件確認され、1万~百数十万円での取引が提示されていたといい、不正な出入金を自身の口座で請け負う「口座レンタル」を打診する投稿も増えているといいます。

SNS型投資詐欺は、資金力がある中高年を標的としてSNS上で接触し、架空の投資話を信じ込ませるのが典型的な手口ですが、豊富な社会経験があり、認知能力に問題がなくても犯罪集団に操られてしまう理由について、2024年8月30日付日本経済新聞の記事「投資詐欺は「令和の洗脳」か 願望を暴走させる心理術」は大変興味深く解説された内容でした。具体的には、「立正大学の西田公昭教授(社会心理学)によると、人は地位や肩書のある人物の話を信用して意見に従う傾向がある。心理学で「権威性」と呼ばれる。詐欺広告で金融の専門家や著名人のなりすましが多用されるのは信用力を逆手にとるためとみられる。女性がだまされたケースでは、大勢の人が同調した意見を正しいとみなす「合意性」と呼ばれる心理効果も狙っている疑いがある。参加者全員がアナリストの指南のまま投資に打ち込む様子は、それが正しいと思い込ませる舞台だった可能性が高い」、「西田教授によると、男性の送金には「返報性」と呼ばれる心理効果が関係した可能性がある。人は借りがある状態を避けたいと考え、よくしてくれた相手へのお返しを検討する。男性にとって、「彼女」が示してくれた好意は一種の「借り」だった」、「諏訪東京理科大学の篠原菊紀教授は「投資の成功や結婚など、いずれも幸せな未来を提示している点が特徴だ」と着目する」、「ドーパミンが刺激されると物事に取り組む意欲が高まり、詐欺集団の話にのめり込みやすくなってしまう。篠原教授は「その状態で『今しかない』と焦らされると、判断能力がさらに低下する恐れがある」とみる」、「「基礎的だが、一人ひとりが『自分はだまされない』という思い込みを捨てることが最も重要な対策だ」」といったものです。また、2024年8月11日付産経新聞の記事「劇的に進化する“偽広告詐欺”に引っかからないためにはどうすればいいか」も重要な示唆に富むものでした。具体的には、「もはや年齢とは無関係であるという認識を持つ必要があるかもしれません。なお、この報告書(国民生活センターの報告書)全文では年代別、性別件数が公開されており、これを見る限りはやはり高齢になるほど相談事例が多い傾向にはありますが、内容が内容だけに相談できずに泣き寝入りということも、全年齢で隠れているでしょう。詐欺は「自分だけは引っ掛からない」と思う人ほど、危ないということを理解して置く必要があります」、「被害者が偽警告にどのように接触することになるのか、単なる不正な広告接触に限らず多岐にわたる手法がパターン別に紹介されています。アダルトサイトからの偽警告誘導、検索結果からわなページに誘導、Webページの広告枠からの誘導、Webページの「次のページ」などに見せかけて誘導、検索結果の広告として誘導、Webブラウザの通知登録を悪用して誘導、URL打ち間違いを待ち構えて誘導(タイポスクワッティング)…これらの「詐欺」は、リアルな空間で実行される犯罪と同様の対策が求められます。それはつまり「知る」ことで自分や家族を守るということです。サイバー空間であればデジタルな技術を使い、抜本的な対策ができると楽観的に思っているものの、まだもうちょっと時間はかかりそうです」、「詐欺による被害は金銭的なものだけではなく、精神的なものの方が致命的です。万が一家族や知人が被害に遭ったとしても、責めることだけは避けてください」といったものです。また、2024年8月5日付日本経済新聞の記事「投資詐欺の手口、実体験に学ぶ SNSの落とし穴に注意」では、「これまでSNSに慣れ親しんでこなかった中高年がネット空間で時間を過ごすようになった。ただ、彼らはSNS上のコミュニケーションに慣れていない。情報の真偽を見抜く力は低く、ネットリテラシーは小中高生と変わらない。加えて、彼らは(1)中途半端にお金を持っている(2)老後に不安がある(3)社会的地位もあるため他者に相談しようとしない、という特徴を併せ持つ。詐欺加害者からすれば、カモがネギを背負ってやってくるようなもの。「こんなにもおいしいターゲットはない」と狙いをつけられている」、「対策は2つある。まずは、日常的にニュースに触れることだ。著名人の名をかたったSNS広告を通じた手法など、詐欺の手口や規模は毎日のようにどこかで報じられている。少しでも目にしていれば、加害者の手口が典型的な詐欺手法であることに気が付きやすいはずだ。知識が十分に備わっていれば、自分に都合の悪い情報を過小に評価する「正常性バイアス」も働きにくい。恥じることなく他者に相談することも重要だ。弱音を吐けないのは中高年にありがちな特性だが、相談しない間に被害額は膨らんでいく。少しでも疑念を抱いたら、家族や知人、国民生活センターなどに話してみよう。甘い話に踊らされないよう、注意喚起してくれるはずだ。詐欺で失ったお金を取り戻すのは警察でも難しい。詐欺集団との接触をいかに防ぐか。社会全体でSNSリテラシーの低い中高年を見守っていく必要がある」といった指摘も極めて重要だと思います。

特殊詐欺ではありませんが、高齢者を狙うという点では共通している「金塊詐欺」(金塊を購入するよう指示され、だまし取られる詐欺)が猛威を振るっています。報道によれば、1件当たりの被害額が800万円から1億円と大きいのが特徴で、捜査関係者は「これまでにない手口。今後も続くのではないか」と警戒を強めているといいます。具体的には、「あなたの携帯電話が使えなくなります」と名古屋市の70代女性の自宅に「総務省総合通信基盤局」を名乗る音声ガイダンスの電話があり、ガイダンスに従って電話すると警察官を名乗る男につながり、「あなた名義の口座や携帯電話が犯罪に使われている」と言われ、男はLINEを通じて警察手帳や女性の名前が書かれた逮捕状を見せ、「金の流れを調べるため、口座に入っている現金を全て金塊にしてほしい」と指示、パニックになった女性は貴金属販売店で計1.5キロの金地金(時価約2000万円)を購入、指示通りに紙袋に入れて玄関先に置くと、黒っぽい服装の男が持ち去ったというもので、概ねこれが典型事例と思われます。同種の詐欺は2024年6月以降、東京都や大阪府、京都府、愛知県、静岡県で未遂も含め少なくとも10件以上確認されており、1カ月以上詐欺だと気付いていなかった被害者もおり、実際にはもっと増える可能性もあります。一般的な振り込め詐欺では、銀行窓口で高額を引き出す利用者に行員が声を掛け、未然に詐欺を防ぐことが可能ですが、一方、今回の手口は、被害者が正規の店舗で購入するため、銀行に立ち寄る必要がなく、愛知県警の幹部は「資産として購入すると思われ、怪しまれることがない」と指摘、複数の口座を一つにまとめ、全額を金塊に換えたケースもあり、高額な被害につながっています。なお京都では、同様の手口で60代の男性が1億円の金地金(約7.4キロ)と現金約670万円をだまし取られる事件も発生しています。

こちらも特殊詐欺ではありませんが、認知症の高齢者が狙われている事件も発生しています。2024年8月26日付毎日新聞の記事「狙われた認知症の母親 不動産業者のワナでマンションを…」では、「金銭管理は母親本人がしており、妹がたまたま通帳を見て不審な引き落としに気づいた。通帳には、アルファベット3文字の見慣れない振込先が記載されていた。男性は銀行など関係先に問い合わせた。この3文字は代金回収の業者名を示したものだった。そして300万円は2カ月前に、東京都板橋区の不動産会社「インターネット不動産販売」に入金されていたことが判明した。すぐにその会社に電話をかけると、「オガワ」と名乗る人物が対応した。「間違いなく、ご本人(母親)が300万円で不動産を購入された」。その言葉に、男性は耳を疑った。認知症の母親が、自らの意思で不動産を購入したとは思えない。男性は繰り返し説明を求めたが、オガワ氏には「売買契約書や権利書も渡している。納得してお買い上げいただいた」と一方的に言われるだけだった」、「男性は「母親が1人の時に、不動産業者が家に来て契約を勧めたのだろう。母はいつも通帳やキャッシュカードなどを一つのポーチにまとめて入れていたので、勝手に使われたのではないか」とみる」、「捜査関係者によると、会社自体に経営実体はなく、4人の他にも複数のグループがインターネット不動産販売の名前を使って、首都圏を中心に活動。グループ同士は緩やかに結びつき、指示役や実行役に分かれ、相場の何倍もの価格で不動産販売を繰り返していたとみられる。関係先からは、高齢者ら9万人以上の電話番号などが載った名簿や、勧誘マニュアルが見つかった。マニュアルからは、「アポ電(アポイントメント電話)」をかけて、相手の家族構成や資産状況を聞き出す特殊詐欺と共通する手口がうかがえたという。警視庁は22年下旬から約1年間で、インターネット不動産販売による被害総額は、少なくとも約7億6000万円に上るとみている。ある捜査幹部は「正規の不動産取引を装っているが、紛れもない詐欺ビジネス。高齢者の判断能力の低下につけ込み、極めて悪質だ」と指摘する」と紹介されています。

SNS型投資詐欺やロマンス詐欺の猛威が喧伝されていますが、特殊詐欺も前年を上回る被害が発生しています。東京都内の2024年上半期(1~6月)の特殊詐欺認知件数は前年同期比約10%増の1538件、被害額は同約24%増の約46億6千万円に上り、被害額は過去最悪ペースで推移しています。警視庁特殊詐欺対策本部によると、手口別の認知件数ではオレオレ詐欺が462件で全体の30%を占め最多、還付金詐欺440件(28.6%)、預貯金詐欺228件(14.8%)、架空料金請求詐欺225件(14.6%)、キャッシュカード詐欺盗150件(9.8%)となりました。手口別の被害額ではオレオレ詐欺が約23億7千万円と最多、次いで還付金詐欺約9億4千万円、架空料金請求詐欺約8億6千万円の順となりました。オレオレ詐欺のうち息子をかたったのは193件ありましたが、「警察官」をかたったケースが83件と2023年1年間の15件よりも大幅に増加している点が特徴的です。対策本部によると、警察官を装った手口では、「犯人を逮捕しました。あなたの家に侵入して、お金を偽札にすり替えた。確認するため警察官を向かわせる」などといい、現金をだまし取ったケースがあったほか、警察官や検察官を装い、「あなた名義の銀行口座が犯罪に使われ、事件の容疑者になっている」などといい、逮捕されないための保釈金や銀行口座を調査する名目で現金を振り込ませる手口もありました。被害金の受け取り方法で最多の4割を占めたのは振り込みで679件、うちネットバンキング利用は146件で、前年同期比で5倍以上に増えている点も大きな特徴です。対策本部によると、ネットバンキングを利用した手口により、1件当たりの被害額が高額化しているといいます。また、犯行に気付いて止めることのできる第三者がおらず、被害に遭っていることに気づきにくく、複数回にわたって被害に遭うケースがあるといいます。また、2024年はSNS型投資詐欺とロマンス詐欺の被害も急増、2024年上半期の認知件数はSNS型投資詐欺が306件で約75億3千万円、ロマンス詐欺は78件、約10億8千万円、1億円以上の高額被害は14件に上り、2023年12月から2024年2月までに80代の男性がSNS型投資詐欺で約4億9700万円を詐取された事件では、複数回にわたり現金を振り込んでいたといいます。

2024年8月14日付読売新聞の記事「勤務は正午から午後9時・完全歩合制の報酬…SNS型投資詐欺、打ち子「営業している感覚だった」」は、大阪市を拠点とするSNS型投資詐欺グループを巡る事件(少なくとも150人から投資名目で9億5千万円を詐取した事件)で、逮捕された92人のうちの1人で、SNSで不特定多数にメッセージを送る「打ち子」だった20代の男性が釈放後、取材に応じたもので、犯罪グループの実態が垣間見える内容となっています。具体的には、「グループでは、インスタグラムで投資に関心がある人を探す役割とLINEで情報商材を勧める役割を分担し、商材の売上額を競っていたという。男性は「だましているのではなく、営業をしている感覚だった」と語った」、「同じ部屋にいたのは同年代とみられる若者約20人。机には1人あたり数十台のスマホが用意され、正午から午後9時まで、インスタグラムの数十のアカウントを使い、「上司」が用意したシナリオ通りにメッセージを送り続けた」、「相手が興味を持つと、LINEでのやり取りを持ちかけ、同じ部屋にいるLINE担当へと引き継いだ。LINE担当は「指示通りに投資すれば利益が出せる」と情報商材を紹介。購入を決めた人にはフリーマーケット(フリマ)アプリで代金として数十万~数百万円を送金させた。情報商材の出品は禁じられているため、トレーディングカードやブロック玩具などの売買を装っていたという」、「室内のホワイトボードにはメンバーの氏名や売上額、順位が記され、「2000万円は売ろう」と全体の月間目標が掲げられていた。「社長」や「リーダー」と呼ばれるメンバーもおり、「やった分だけ稼げるのに、なぜやらないの」「自分に厳しいやつだけが売れる」などと言われた。男性は「売り上げを競い合う雰囲気があった」と振り返る。また、「経済的に苦しい人には『同じ境遇だったが、投資で成功した』という設定にする」などのノウハウがメンバー間で共有されていた。報酬は完全歩合制で、男性は月に300万円売り上げ、その2割にあたる60万円の報酬を得たこともあったという」といったもので、若者が詐欺に加担しているという実感のないまま、役割に応じた業務をこなしていたことがうかがえます。なお、本記事以外では、「打ち子らは原則平日の正午~午後9時に拠点の民間ビルに集まり、用意されたスマホで商材購入を勧めるメッセージを送っていた」、「より多く報酬を得ようと、自宅にスマホを持ち帰っていた打ち子もいた」、「役割は、投資勧誘係、クレーム対応係、弁護士・返金対応係、経費管理係など実務ごとに分担していた」といった実態も報じられています。

警視庁は、住吉会傘下組織幹部を詐欺容疑で再逮捕、同庁は容疑者が現金を受け取る「受け子」とみているといい、「闇バイトを知人に見つけてもらい、自ら応募した」などと供述しているといいます。何者かと共謀して、東京都三鷹市の90代の女性の自宅に電話をかけ、孫らをかたって「財布を落とした。キャッシュカードやクレジットカードも入っていた」などとうそを言い、現金50万円をだまし取ったというものです。容疑者は計9件の詐欺事件に関与し、受け取った現金は5~6月で約2250万円に上るとみられるといい、報酬は最大で5%程度だったといいます。同課は被害金が暴力団の活動資金になっていた可能性もあるとみて調べています。暴力団員が末端の「受け子」を行っているケースもあることは認識していましたが、「闇バイト」経由で参画するケースがある点は大変驚かされました。

SNS型投資詐欺を巡る最近の報道から、代表的なものをいくつか紹介します。

  • 兵庫県警本部の警備部門に所属する40代の男性巡査部長がSNS型投資詐欺の被害に遭い、約870万円をだまし取られていたことが判明しています。巡査部長は2024年5月上旬、インスタグラムを通じてメッセージを送ってきた人物からLINEに誘導され、その後、LINEでのやりとりで暗号資産の投資を持ちかけられるなどし、指定された口座に約870万円を振り込んだといいます。巡査部長は利益が出ていると思い込み、出金しようとしたところ、この人物から保証金を要求されたため詐欺と気付き、6月下旬に被害届を出したものです。県警の調査に「小遣い稼ぎのつもりだった。犯罪に関する知識が足りず、詐欺の手口についてもあまり把握していなかった」と話しているといい、県警幹部は「現役の警察官がだまされるなんて前代未聞」としています
  • 大阪府警は、府内に住む60代の男女がSNSを通じた投資名目の詐欺被害に遭い、計約2億1990万円をだまし取られたと発表しています、介護士の60代女性は2023年12月~2024年2月、SNS上で経済アナリストの森永卓郎氏から投資のアドバイスがもらえるという嘘の広告にアクセス、森永氏をかたるアカウントを追加すると、アシスタントを名乗る人物から投資を促され、7回にわたって約1億1160万円をだまし取られたもので、女性は銀行窓口で高額な金を振り込む際、「介護のため」と答えるよう指示されていたといいます。
  • 福岡県警中央署は、福岡市中央区の70代男性がSNS型投資詐欺で1億8000万円の被害に遭ったと発表、福岡県内で発生したSNS型投資詐欺の1件あたりの被害額としては過去最大といいます。男性は2024年3月、SNSで知り合った男性名義のアカウントに紹介された投資サイトを通じて取引を開始、4月に約300万円を振り込み、サイト上で株を売る手続きをすると利益が出たように表示されたため、投資話を信じ、8月までに100万~1000万円を35回にわたって送金したといいます。8月下旬、インターネットニュースで同様の詐欺被害の記事を見て気付き、署に相談して発覚したものです。
  • 神奈川県警磯子署は、横浜市磯子区の70代男性がSNSを通じて知り合った人物に投資を勧められ、現金約1億5230万円をだまし取られたと発表しています。2023年10月、投資講座を名乗るLINEグループに男性のアカウントが勝手に登録され、その後、メンバーから投資を強く勧められ、同年末までに計24回、約1億5230万円を指定の個人口座に振り込んだといい、現金を引き出せなかったのを不審に思った男性が2024年6月、署に相談し発覚したものです。
  • 奈良県警生活安全企画課は、SNSを悪用した投資詐欺が2件相次ぎ、総額約8000万円の被害が出たと発表しています。五條市の60代女性は2024年4月上旬、投資に関するサイトに掲載されていた「佐藤」と名乗る人物のLINEのアカウントをクリック、その後、女性は招待された投資グループからFX投資を勧められ、自身のインターネットバンキングの口座などから10回にわたり計6700万円を振り込んだといい、「利益分を引き出すには税金がかかる」と言われ、国税局に問い合わせたところ、詐欺だと指摘され発覚したものです。
  • 山口県警山口署は、山口市の20代の会社員男性が約1724万円をだまし取られたと発表しています。男性は2024年5月、SNSで「動画を視聴すると報酬が受け取れる」とする広告からサイトにアクセス、そこで知り合った人物に誘われて、投資サイトに登録し、同月12日~7月25日、21回にわたり、投資や出金手続きに関する保証金などの名目で金を振り込んだといいます。同日、金融機関で、不審に思った職員から声を掛けられ、警察に届け出たものです。

ロマンス詐欺を巡る最近の報道から、代表的なものをいくつか紹介します。

  • 2024年3月に熊本県北の男性が、計約1億1000万円をだまし取られた詐欺事件で、熊本県警は、一部をだまし取ったなどとして中国籍の会社員の陳容疑者を詐欺などの疑いで逮捕しています。陳容疑者は仲間と共謀し、マッチングアプリで女性を装って県北の60代男性に恋愛感情を抱かせたうえ、「投資で一緒にお金を増やそう」などとうそを言い、現金500万円を振り込ませてだましとるなどした疑いがあり、都内のATMから陳容疑者が現金を引き出す様子が防犯カメラに映っていたといい、出し子とみられています。
  • 茨城県警水戸署は、水戸市の50代の女性会社員が、SNSを通じて恋愛感情を抱かせる「ロマンス詐欺」で現金9377万円をだまし取られたと発表しています。女性は2024年4月中旬ごろ、建築士と称する男性とマッチングアプリで知り合い、LINEでやり取りするうちに恋愛感情を抱くようになり、相手から「サイトにお金を入金すれば貯蓄が増える」などと投資を勧められ、5~7月に33回で計9377万円を指定された口座に振り込んだといいます。アカウント開設を指示された投資サイトで利益が出ているように表示され信じたが、8月1日、利益を引き出せないと分かり、被害が発覚したものです。
  • マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏の娘になりすまし、SNSを通じて現金をだまし取ったとして、福島県警石川署は、千葉県東金市、無職の女を詐欺容疑で逮捕しています。女は何者かと共謀して2024年4月、FBでゲイツ氏の娘を名乗り、福島県石川郡内の60代男性とやりとりをして恋愛感情を抱かせた上、「父親に2万ドル投資すれば200万ドルになる」などとメッセージを送り、現金310万円を自身の銀行口座に送金させてだまし取った疑いがもたれています。女は「闇バイトでやった」と容疑を認めているといい、同署が共犯者について調べています。
  • 仙台北署は、仙台市青葉区の60代の無職男性がSNS型ロマンス詐欺で現金約2650万円をだまし取られたと発表しています。男性は2024年3月、マッチングアプリで知り合った女性を名乗るアカウントとSNSでやり取りを始め、「私はネットショッピングを経営して稼いでいる」「あなたもネットショッピングを経営して、お金を貯めて一緒に旅行にいこう」などとオンラインショップの出店をすすめられ、酒など商品の仕入れ資金名目で、4月25日~5月9日に十数回にわたって現金約2650万円を指定口座に送金したといい、金額が高額なことを不審に思った男性が署に相談し発覚したものです。
  • 徳島県警は、2024年8月1~15日に県内で、5000万円近い被害がわかるなどSNS型投資詐欺・ロマンス詐欺で8件計約8600万円、従来型の特殊詐欺で6件計約9000万円の計約1億8000万円の被害が半月間で判明したと発表しています。SNS型ロマンス詐欺で被害を届け出た男性は、マッチングアプリで2024年1月中旬に「シンガポール出身の女性」と知り合い、SNSでメッセージのやりとりをして約1週間後、暗号資産による投資話を持ちかけられ、この「女性」との結婚資金などをためようと考え、指示された架空とみられる暗号資産取引サイトに登録、担当者という人物の指示で15万円を振り込むと、利益分として約5万円を引き出せたことから、さらに勧められるままに計約4570万円の暗号資産を購入して送金、手数料としてさらに1000万円を求められ、被害に気付いたといいます。

特殊詐欺を巡る最近の報道から、代表的なものをいくつか紹介します。

  • 大阪府警は、府内在住の男女2人が警察官らをかたった詐欺被害に遭い、計約1億3200万円をだまし取られたと発表しています。府警特殊詐欺捜査課によると、40代の男性会社員は2024年8月14~29日、岡山県警を名乗る男性らから電話を受け、「SNS型投資詐欺事件の捜査資料にあなたの電話番号や口座がある」と伝えられ、優先的に調査するために現金が必要だと言われ、相手が指定する口座に7回にわたり計4313万円を振り込んだといいます。60代の無職女性は6月27日~7月29日、警察官を名乗る男性から電話で「詐欺グループを捕まえたが、あなたの個人情報を使って詐欺をしていた。無実を証明するために口座を調べる必要がある」などと言われたため、SNSでもやりとりし、相手に警察手帳の画像などを見せられたことで信じ込み、17回にわたって計8916万円を振り込んだといいます。
  • 宮城県警泉署は、警察官を装う男から「だまされたふり作戦に協力してください」と言われ、仙台市泉区の80代の無職女性が現金1200万円をだまし取られる被害にあったと発表しています。署は、警察の捜査手法を逆手にとった特殊詐欺事件とみて調べているといいます。女性の自宅に、「宮城県警察本部の小林」を名乗る男から「明日、特殊詐欺の犯人から電話がいくかもしれない」と電話があり、翌日、実際に別の男から「株で3千万円が必要になった」と電話があったため、女性は警察官役の男に電話で報告、すると、警察官役の男から「お金を要求されたら、だまされたふりをしてお金を渡してください。お金はあとから警察が支払うので、立て替えておいてください」と言われたため、女性は3回にわけて現金計1200万円を宅配便で送ったといいます。その後、女性は警察官役の男から「一斉捜査があるので宅配伝票を処分して」と言われ、不審に思って知人に相談したところ、詐欺の被害に気づいたといいます。
  • 福岡県警早良署は、福岡市早良区の80代の女性が6000万円のニセ電話詐欺被害にあったと発表しています。東京の刑事や検察官を名乗る男らから、「ある人物があなたの口座を悪用している」、「口座や資産が全て凍結される」と女性の携帯電話に電話があり、女性は「捜査のために預かったお金は事件が終われば返却する」と話す男の指示通り、8月初めまでに1900万円と2100万円を2回にわけ、紙袋に入れて同区の駐輪場の自転車のかごに置いたり、2000万円を指示された口座に振り込んだりしたといいます。
  • 岐阜県警養老署は、同県養老町の70代女性が、息子を名乗る男らから約2600万円をだまし取られたと発表しています。息子になりすました男らから女性宅に「ビットコインでもうけた分の税金を国税局に払わなければならない」といった電話があり、女性は計7回、コンビニなどから宅配便で東京都内の複数のアパートに計約2600万円を送付したといいます。8月にも息子を装った電話があったが、その日のうちに実の息子が帰省、だまされていたことに気付き、署に相談、被害が発覚したものです。
  • 福島県警福島署は、警察官などを装う男から女性が1349万円をだまし取られる被害があったと発表しています。福島市の70代女性宅に2024年8月7日ごろ、電話事業者をかたる自動音声の電話があり、音声案内に従って操作すると「東京中央警察署員」を名乗る男が出て、「暴力団員を逮捕したところ、あなた名義の通帳が出てきた。あなたも逮捕されたり口座を凍結されたりする可能性がある」と言われ、「捜査のため」と称して銀行口座から毎日金を引き出すよう指示されたため、27日朝に電話してきた検事を名乗る男の指示で、1349万円を袋に入れて玄関先に置いたところ、金がなくなり、「お金は後で返却される」と言われ、信じたといいます。市内では、実在しない「東京中央警察署員」を名乗る手口で70代の女性が8月23日に1690万円をだまし取られる被害があり、その事件が報じられた新聞記事を、今回被害に遭った女性が読み、不審に思って警察に届けたといいます。
  • 三重県松阪市の60代男性が、警視庁や裁判所をかたる人物から電話を受け、指定された口座に振り込む形で約410万円をだまし取られ、自宅のポストには偽の逮捕状が入れられていたといいます。男性の携帯電話に「総合通信局の局員」を名乗る女から「契約している電話番号から詐欺のメッセージが拡散されている」と嘘の連絡があり、さらに警視庁をかたる男らから「口座がマネー・ローンダリングに使われている」、「逮捕状をポストに入れた」などと電話があったといいます。
  • 愛知県警は、名古屋市の80代の男性から現金をだまし取ろうとしたとして、詐欺未遂の疑いで、自称埼玉県の中学生(15)を現行犯逮捕しています。「お金欲しさにやった」と容疑を認め、SNSを介して知り合った人物に紹介されたと話しているといいます。他の者と共謀して、男性の息子を名乗って「現金が必要だ。代わりに行く弁護士の息子に現金300万円を渡してほしい」と電話をかけ、現金をだまし取ろうとしたとしています。中学生が名古屋市の路上で現金を受け取りに来たところ、警戒中の警察官が逮捕したものです。

本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニエンスストア(コンビニ)や金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(最近では、これまで以上にそのような事例の報道が目立つようになってきました。また、被害防止に協力した主体もタクシー会社やその場に居合わせた一般人など多様となっており、被害防止に向けて社会全体・地域全体の意識の底上げが図られつつあることを感じます)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。また、最近では、一般人が詐欺被害を防止した事例が多数報道されています。直近でも、高齢者らの特殊詐欺被害を一般の人が未然に防ぐ事例が増加しており、たとえば、銀行の利用者やコンビニの客などが代表的です。2023年における特殊詐欺の認知・検挙状況等(警察庁)によれば、「金融機関の窓口において高齢者が高額の払戻しを認知した際に警察に通報するよう促したり、コンビニエンスストアにおいて高額又は大量の電子マネー購入希望者等に対する声掛けを働き掛けたりするなど、金融機関やコンビニエンスストア等との連携による特殊詐欺予防対策を強化。この結果、関係事業者において、22,346件(+3,616件、+19.3%)、71.7億円(▲8.5億円、▲10.6%)の被害を阻止(阻止率 54.6%、+2.1ポイント)」につながったとされます。特殊詐欺の被害防止は、何も特定の方々だけが取り組めばよいというものではありませんし、実際の事例をみても、さまざまな場面でリスクセンスが発揮され、ちょっとした「お節介」によって被害の防止につながっていることが分かります。このことは警察等の地道な取り組みが、社会的に浸透してきているうえ、他の年代の人たちも自分たちの社会の問題として強く意識するようになりつつあるという証左でもあり、そのことが被害防止という成果につながっているものと思われ、大変素晴らしいことだと感じます。以下、直近の事例を取り上げます。

  • SNSなどを通じて金をだまし取る投資詐欺を未然に防いだとして、堺署は、三十三銀行堺支店の行員3人に感謝状を贈呈しています。振り込みを求める高齢女性を、1時間半にわたり説得した行員らの粘り勝ちだったといいます。2024年8月5日午前10時ごろ、同支店を訪れた80代の女性が50万円の振込を依頼、窓口で対応した窓口担当の窪田さんが目的を尋ねると女性は投資だと述べましが、入金先が外国人らしき個人口座であることを不審に思った窪田さんと主任の高岡さんが詳しく事情を聴くと、女性はLINEで投資に誘われ、「投資の世界で有名な人」を信じて入金していると説明、2人は典型的なSNS型投資詐欺だと判断し、副支店長の小川さんが警察に通報したものです。女性はすでに計40万円を入金しており「もうかっているねん」と資産が上昇しているように表示されたスマホアプリなどを見せましたが、駆けつけた同署の刑事らが「それはウソのアプリですよ」などと粘り強く説得、振込を断念させ、未然に詐欺を防ぎました。
  • 高齢者の振り込め詐欺被害を防止したとして、千葉南署は、千葉興業銀行鎌取支店に勤める斎藤さんと菅崎さんに感謝状を贈呈しています。来店した千葉市中央区の70代女性が、携帯電話で通話しながら「30万円を下ろしたい」と申し出たため、対応した菅崎さんが理由を尋ねたところ、「身に覚えがないが、インターネット関連の未払金があり、支払いに応じない場合、裁判を起こすと言われている」と説明、「電話をつないだままお金を払うことはおかしい。詐欺だ」と直観し、報告を受けた斎藤さんが110番通報するととともに、信じ込んでいた女性を説得し、被害を食い止めることができたものです。
  • 高齢女性が詐欺に遭うのを防いだとして、大阪府警茨木署は茨木沢良宜郵便局の局員、松下さんに感謝状を贈呈しています。SNSで知り合った人物に送金しようとした女性を説得し、寸前で翻意させたといいます。80代の女性が焦った様子で来局、女性は窓口にいた松下さんに「送金をしてほしい」と告げ、口座番号だけが記されたメモを渡したため、松下さんが送金相手を尋ねると、女性は「航空会社」と答えたものの、メモにあった口座番号は個人名義で、詐欺を疑い、送金を急ごうとする女性を「送り先は合ってますか」、「ほんまに送っていいの?」などと説得、「おかしいから一回、警察を呼んでいいですか?」と語りかけ、送金を取りやめることに納得してもらい、すぐに110番し、女性はだまされかけていたことが捜査で判明したものです。
  • 千葉県警は、県内のコンビニエンスストアと連携し、各店舗を担当する警察官を決めて巡回させる「アシストポリス制度」の運用を2024年6月から始めています。犯罪の抑止や、事件捜査で協力し合える「顔が見える関係」を築き、地域の安全・安心につなげることが狙いです。同制度は、交番などで勤務する警察官が担当するコンビニにパトロールで立ち寄り、困り事の相談に応じたり、防犯指導をしたりするもので、県コンビニエンスストア防犯協力会に加盟する9社約2800店舗が対象になっています。
  • 離れて暮らす老親の判断能力が低下し、詐欺や悪徳商法に巻き込まれないか不安を抱える人は多いところ、専門家によると、信頼できる親族に預金や不動産を管理してもらう「家族信託」や、契約の締結や取り消しといったあらゆる法律行為を代行できる「成年後見制度」など財産を守る手段は複数あるといいます。親に代わって財産を管理できる点は信託も後見制度も同じですが、親の判断能力の程度や管理する範囲、裁判所の選任の要否、制度利用上のコストに違いがあります。

恋愛感情を抱かせ金銭をだまし取る「ロマンス詐欺」の被害救済をうたい、広告会社に名義を貸して法律事務をさせたとして弁護士法違反罪(非弁提携)で起訴された大阪弁護士会所属の弁護士、川口被告について、大阪地裁が保全命令を出しています。破産手続きを申し立てた同弁護士会が明らかにしています。今回の保全命令は特定の被害者らへの弁済を禁じる内容で、大阪弁護士会が申し立てていました。今後、破産手続き開始決定が確定すると、同被告は弁護士法に基づき弁護士資格を失うことになります。起訴状によると、川口被告は2022年12月~2023年7月ごろ、弁護士資格のない広告会社の代表らに自身の名義を貸し、ロマンス詐欺などの被害者17人からの法律相談や事務を担わせたなどとされます。弁護士会によると、川口被告は「返金の可能性は必ずあります」とする広告をインターネット上に掲載、2022年8月以降で少なくとも1800人の依頼者から9億円以上の着手金を受領し、被害金を回収できたのは10人程度だったといいます。債権や被害金の回収を巡る非弁行為で弁護士が立件される事例が近年、相次いでいます。契機とされるのが、2020年6月に破産した「東京ミネルヴァ法律事務所」の問題で、過払い金返還のCMで顧客を集めたものの、債権回収を広告会社側に担わせ、約30億円の回収金の大半が顧客ではなく会社側に流れていたことが弁護士会の調査で判明、弁護士名義を悪用する「債権回収ビジネス」が明るみに出たものです。2023年12月には東京の弁護士がロマンス詐欺の被害金回収を巡り、2024年7月には特殊詐欺などの被害金の回収を巡って元衆院議員の弁護士がそれぞれ逮捕・起訴されています。2024年9月2日付朝日新聞の記事「「先生は手間かからない」 検察が訴える債権回収ビジネスの手口とは」では具体的な手口が取り上げられています。具体的には、「様々な業種の人たちが集う「名刺交換会」で、仕事を求める弁護士と接点を持つ。事務所経営について助言し、「詐欺の被害金回収に強い」などと広告を出すよう促す。だが弁護士は大量の依頼を扱いきれず、業者が用意した事務員に対応させる。弁護士は「ほぼ何もせずに金が入る状態」になり、業者にあらがえなくなる」というもので、「鎖でつなぐようなもの。こうなるともう弁護士は逃げられない」と指摘されています

(3)薬物を巡る動向

薬物の乱用を防ぐ政策として、日本では取り締まりと刑罰に重点がおかれてきました。しかし、薬物と刑事政策の関係に詳しい園田寿・甲南大名誉教授(刑法)は「刑罰による薬物政策に合理性はあるのか」と疑問を投げかけ、あり方を根本から転換すべきだと訴えています。2024年8月22日付朝日新聞の記事「「必要なのは刑罰より治療」 日本の薬物政策の転換を訴える刑法学者」は極めて考えさせられる内容でした。具体的には、「覚せい剤などは使用も所持も違法であることは間違いありません。しかし、身柄が拘束されることで治療が中断してしまう場合もあるうえ、社会復帰の道を閉ざす恐れもあります。そもそも違法薬物の使用や所持に刑罰で対応することには限界があります」、「薬物の使用犯には、基本的に被害者はいません。いわば自傷行為であり、被害者は本人なのです。では、どんな理由で刑を科すのか。「あなたのためにならないからやめなさい」というパターナリズム(父権主義)にほかなりません。さらに問題なのは、刑罰は犯した罪にふさわしいものでなければならないという「比例原理」が刑事法の原則であるにもかかわらず、薬物ごとの有害性が十分に比較、検証されないまま刑の重さが決められているように思えることです。もちろん覚せい剤や大麻は有害性がありますが、本人と他者への有害性(社会的な問題性)ではアルコールの方が上回るとの研究結果もあります」、「厳罰化で薬物犯が減るというデータはありません。必要なのは刑罰より治療です。日本の薬物政策は刑務所に閉じ込めて物理的に薬物を断つ「懲罰的断薬」が中心といえます。覚せい剤事犯は再犯率が高いことが知られていますが、ある薬物依存症の人は服役中、「出所したらまたやろう」とばかり考えて過ごしたといいます。刑務所の中で依存症の治療プログラムを提供するにしても、閉鎖的な環境でやるのでは効果は限定的だといわれます。依存症の大元には生きづらさがあるといわれますが、厳罰政策は生きづらさを強めて再犯率を高める可能性すらあります。欧米では、薬物使用を罪に問うのではなく、手をさしのべることで二次的な害(ハーム)を減らす「ハームリダクション」政策が主流になっています。薬物の種類ややり方は各国で異なりますが、身柄を拘束して刑罰を与えるのではなく、治療や福祉サービスにつないでいるのが特徴です。例えば、オランダは摘発しても逮捕せず保健所に連絡しています」、「今でも厳罰政策をとる国は日本のほか中国、フィリピン、カンボジアなどにとどまります」、「欧米を参考にすれば大きく三つの道があります。「合法化」、違法ではあるが摘発しない「非犯罪化」、行政罰や没収ですませる「非刑罰化」です。一足飛びに合法化するのは難しいので、まずは「非刑罰化」をめざしてほしい」といったものです。

また、刑罰ではなく治療をという点では、2024年8月21日付朝日新聞の記事「「薬物をやめる気がない」という誤解 専門医「再使用も含めて回復」」もまた、参考になります。具体的には「いったんはやめていた違法薬物を、再び使ってしまう。覚せい剤などの再犯事件が起きるたび、「やめる気がない」「一度手を出したらやめられない」とみられがちだ」、「「意志が弱いからだ」と考える人もいるでしょうが、依存症は病気です。意志の力だけでやめられたら依存症ではありません。ぜんそくの発作と同じように考えてみてください。発作が起きないよう生活習慣などに気をつけますが、どんなに気をつけても完全に防ぐのは困難ですし、発作が起きたからといって本人を責めたりしませんよね。本人も「やめたい」気持ちと「やりたい」衝動の両方があって、揺れているものです」、「正直に打ち明けてくれたことを評価したうえで、再使用があったとしても回復に向かって進んでいることを伝えます。そのうえで、薬物を使わないですむために何ができるかを一緒に考えるようにします」、「刑罰がかえって、症状の根本にある苦痛を強めている点は否めません。前科がある人にとって今の社会は冷たいです。出所したら誰とも連絡がとれなくてひとりぼっちになり、売人だけが連絡をくれたなんて話はよくあります。依存症は「孤立の病」ともいわれますが、そんな状態で使わないというのはなかなか難しいと思います」といった内容です。

その他、各紙が薬物依存症についての記事を特集しています。やはり共通するのは、「居場所」が必要であるということ、過去依存症になる、薬物に手を出すなどした方が、立ち直り、その経験を伝えようとしているケースも多いということです。「人に迷惑をかけてきたからこそ、多くの人を助けたい」、「昔の自分と同じようにくすぶっている子供たちに前を向いてほしい」と、各地の少年院や地元の不登校児らを対象に、自身の経験を伝える講演会を開き、地元で「子供食堂」も運営し、困窮や虐待、いじめなどに苦しむ児童を支えているという事例、ダルクの活動を取り上げ、「失敗しながら仲間の中で回復していく場所がダルクです。家族は依存症者がダルクで回復の道を歩んでいることにどれだけ救われるか、わかっていただきたい…反論はしない。それがルールだ。他人の話を聞き、自分も話をして抱えている問題と向き合う。「自分だけではないと共感していく。そうすることで、少しずつ回復できるよう変化していける」と支えている事例、「実は薬物の効果よりも、ドラッグ使用者同士の人間関係が心地よかった…大阪市のダルクで、他の薬物依存者たちとのミーティングに参加したときに気付いた。「薬物がなくても、笑っている人がいるんや」それまで、薬物をやめるときの苦痛を味わうくらいなら、死んだ方がましだとさえ思っていた。でも、依存症から回復した人は楽しそうにしていた」と立ち直るきっかけをつかんだ事例、1980年代、盛んに流れたテレビCMの「覚せい剤やめますか? それとも人間やめますか?が頭から離れず、」10代からたばこも酒もシンナーもやっていたが、「シャブ(覚せい剤)はまずい」と手を出さなかった事例などがありました。こうした取り組みや「思い」がまさに孤立している薬物依存症予備軍(あるいは依存症に陥っている方)にきちんと届く仕掛けが必要だと痛感させられます。

11月の米大統領選で返り咲きを目指す共和党のドナルド・トランプ前大統領は、自身のソーシャルメディアで、自身が居住する南部フロリダ州でマリフアナ(大麻)の合法化を容認する考えを示しています。共和党には反対論が根強いところ、大統領選を見据えて世論の傾向に沿った方針を打ち出した形です。フロリダ州では現在、大麻は医療用の使用に限って認められており、11月の大統領選と同時に行われる住民投票で、21歳以上が嗜好用として購入、所持するのを合法化するかどうかを問うことがきまっています。米国ではリスクに応じて規制薬物を5段階に分類しており、大麻は乱用の恐れが高く、医療用の使用も認めない「スケジュール1」(ヘロインや幻覚剤など)に分類されてきました。トランプ前政権は規制緩和には消極的だったが、民主党のバイデン政権は医療用の使用を認める「スケジュール3」に2段階引き下げる方針を表明、州レベルでは規制緩和が進み、40近くの州で何らかの形で合法化され、24州と首都ワシントンで嗜好用が合法化され、約半数の州で医療用・嗜好用とも合法化されている実態があります。筆者はとりわけ日本における大麻の現時点での合法化は反対の立場ですが、トランプ氏が、他の州で大麻使用が合法なのに、ある州では犯罪になってはならないとし、「個人的な量を所持した成人を逮捕して人々の人生を台無しにしたり、税金を無駄にしたりする必要はない」と述べている点に注目しています。大麻を合法化する理由の1つが「捜査経済の観点」が指摘されているからです。大麻の限界普及率が5割とされるところ、そこに近づいた社会においては、摘発に力を入れるより、そのコストを治療等に回す方がより社会のためになるという考え方で、米社会の状況はそれに近く、一定の合理性があると感じています(一方の日本は、大麻の生涯利用率はかなり低く、現時点では摘発に力を入れる方がよいといえます)。もちろん、薬物の流通を公に厳格に管理できれば、マフィアや暴力団など犯罪組織の資金源への打撃になる可能性があるとは思いますが、実際にはかなり困難であることは、タイの失敗事例など各国の状況が物語っています。

大学スポーツと薬物の問題については、本コラムでもたびたび取り上げてきましたが、直近では、名門関西学院大学アメフト部で懸念が生じています。日本アメリカンフットボール協会は、20歳以下(U20)日本代表のカナダ遠征(2024年6月19日~7月2日)に参加した関西学院大学アメフト部の選手5人に重大な規律違反があったとして、5人を処分し、同部に勧告したと発表しています。代表はカナダ西部エドモントンであった世界選手権に出場、関係者によると、協会は複数の選手が大麻を使用したとの情報提供を受け、聞き取りや検査を実施、毛髪検査では4人が陰性で、1人は検査を拒んだといいます。協会は拒否した1人に対し、「大麻含有製品の蓋然性がある物質を所持・使用したこと」などを理由に、日本代表に選抜される資格を無期限停止とし、他の4人はその他の規律違反が認められたため、1~2年の選抜資格停止と厳重注意としています。また、U20日本代表のゼネラルマネジャーとして現場責任者を務めた日本協会の常務理事(強化育成担当)を厳重注意処分としています。会見した関学大によると、大学の聞き取りに対し5人は大麻の使用を否定し、7月5日の尿検査で陰性だったといい、代表の禁煙のルールに反し、水蒸気を用いた電子たばこの一種を購入・使用したため、周囲に誤解や臆測を生んだ可能性があると説明しています。なお、報道によれば、処分を受けた1名は、「毛髪検査を受けなかった理由について、20歳以下の日本代表の選手などから大麻を吸っていると決めつけるような言動があったこと、遠征中に、他の選手に自分の部屋に大麻があるという証拠もないうわさを立てられ、自分の荷物を無断で調べられたことや、日本協会による関西学院大学の代表選手以外の部員に対するヒアリングで威圧的な態度で面接が行われたことなどを挙げている」と報じられており、(報道だけみれば)処分の妥当性にも懸念が残るところです。なお、今回の件では、部の合宿に参加した166名(体調不良者2名を除く)の尿検査を実施し、全員が陰性だったといいます。日本大学アメフト部の問題では「連帯責任」が問題となりましたが、今回はそういった事態にはなっていません。

最近の薬物を巡る報道から、いくつか紹介します。

  • 大麻由来の成分「CBD(カンナビジオール)」を使用したクッキーなどを販売する店の従業員から、みかじめ料を脅し取ろうとしたとして、暴力団幹部の男らが逮捕されています。報道によれば、六代目山口組傘下組織幹部ら2人は2024年8月、腕などに彫られた入れ墨を見せながら、「俺らのシマで勝手なことされたら困る」などと因縁をつけ、違法薬物ではないCBDを販売している店に対し、「脱法まがいなことをしているんだから」などと、脅していたということです。背景にはシノギを巡る厳しい状況があり、新たな資金源とすべく、タピオカドリンクの販売や訪日外国人相手の民泊事業、地震や台風で損壊した家に住む高齢者から、高額な補修費用を請求するケースなどが確認されています。
  • 大麻に似た成分を含む「大麻グミ」を所持したとして、警視庁小金井署は、東京都足立区の40代の無職の男を医薬品医療機器法違反(指定薬物の所持)容疑で東京地検立川支部に書類送検しています。2023年11月に都内の公園で男がグミを配り、男女5人が体調不良で病院に搬送される事件が起きていました。大麻成分に似た指定薬物「THCH(テトラヒドロカンナビへキソール)」を含むグミ数個(計約130グラム)を所持した疑いがもたれており、来場者にグミを無償で配り、これを食べた中学生を含む10~50代の男女5人が吐き気などを訴えて病院に搬送されたものです。男は事件数日前に埼玉県内の販売店で購入したと説明、「みんなに楽しくなってもらおうと配った。合法だと思っていた」などと供述しているといいます。グミの包装には当時、規制対象外だった合成化合物「HHCH(ヘキサヒドロカンナビへキソール)」の記載があり、警視庁が鑑定した結果、HHCHのほかにTHCHも検出されたものです。
  • 米国の関税・国境警備局は2024年8月、カリフォルニア州サンディエゴに近いメキシコ国境のオタイメサで、覚せい剤メタンフェタミン約4587ポンド(約2トン)を押収したと発表しています。覚せい剤はスイカに見せかけた1220個の包みの中に隠されていたといいます(写真を見る限り、包装はかなり雑なものでした)。報道によれば、国境検問所にスイカを積み荷とするトラックがメキシコ側から到着、詳細に調べたところ、本物のスイカに紛れて、スイカの皮ににせた包み紙にくるまれた覚せい剤が見つかり、検査の結果、メタンフェタミンであることがわかったということです。同局は、末端価格では500万ドル(約7億2000万円)を超えるとみています。米国では薬物の過剰摂取が深刻な社会問題で、米疾病対策センター(CDC)によると、2022年に薬物の過剰摂取で死亡した約10万8千人のうち、約3割がメタンフェタミンやフェンタニルなどの合成麻薬に関係するものだったといいます。麻薬カルテルの密輸手口は巧妙化しており、同局は同州南部とアリゾナ州で密輸阻止のための「アポロ作戦」を展開中だといいます。
  • 国連薬物犯罪事務所(UNODC)が発表した「世界薬物報告」は、メンタルヘルス(心の健康)に障害を持つ人や、社会・経済的に弱い立場の人、若者などが、薬物に依存する傾向になりがちだと指摘、地域としては、東アジアや東南アジアよりも、東欧や北米に住む人々の方が注射を使って薬物を使用していたといいます。また、男性の方が女性の5倍、注射器で薬物を使用する率が高いことが分かったほか、男性の使用者が、女性のパートナーにこうした薬物使用を勧めている現状があるといいます。一方で、薬物使用からくる疾患の治療を受けられている人は使用者の5人に1人に過ぎず、特に女性には治療を受けづらい状況があると報告書は指摘しています。なお、女性が治療を受けられない理由は多く、複雑化しており、新型コロナウイルスのパンデミックに加え、法的制裁への恐れや社会的なスティグマ(烙印)、子育て支援の不足、親権を失うことへの恐怖などがあげられ、UNODC事務局長は、多くの状況で治療が必要な人に治療が届いていないと指摘しています。
  • 関西国際空港に覚せい剤約7.7キロを密輸したとして、大阪府警関西空港署と大阪税関関西空港税関支署は、覚せい剤取締法違反(営利目的共同輸入)容疑で、マレーシア国籍の住所不定、配送業の20代の容疑者を逮捕、大阪地検が同罪で起訴しています。マレーシアから関空に到着した際、スーツケース内に覚せい剤約7・7キロ(末端価格約5億1千万円)を隠して密輸したもので、男は滞在目的について税関職員に「大阪で1週間観光する」と説明、期間の長さを不審に思った職員が手荷物を調べたところ発見されたもので、覚せい剤はラミネートシート内に入れられ、薄い板のような状態で147枚に分けられており、そのシートを衣類の仕切り紙にしたり、リングファイル内で書類の後ろに隠したりしていたといいます。相変わらず税関職員のリスクセンスの高さには感心させられます。
  • 繭玉状に包んだコカインを飲み込んで密輸しようとしたとして、警視庁薬物銃器対策課などは、仙台市の職業不詳の20代の容疑者を麻薬取締法違反(営利目的輸入)と関税法違反(密輸未遂)の疑いで逮捕しています。「体の中にコカインがあったとは知りませんでした」と否認しているといいます。小林容疑者はコカイン約265グラム(末端価格約662万円)をゴムのようなもので包み、53袋に小分けにして飲み込んでいたとみられ、カナダから航空機で羽田空港に到着した際、容疑者が「トイレに行きたい」と訴えたため、税関職員が付き添い、体内から繭玉状の袋が見つかったものです。
  • 甲府市などの民家で大麻草が押収された事件で、山梨県警は、同市の男女3人を大麻取締法違反(営利目的共同栽培)容疑で甲府地検に送検しています。女が自分の病気に大麻が有効だと考えたことが栽培のきっかけで数年前から栽培しているとみられています。3人は女の自宅で、営利を目的として大麻草53本を栽培した疑いで再逮捕されています。一方、女と内縁関係だった主犯格の自営業の男は「客に売るために大麻を宅配していた」と話しているといい、県警は大麻栽培の目的が売却に変わったとみて、詳細を調べています。
  • 岩手県警は、大麻取締法違反(営利目的栽培)の疑いで、30代の個人事業主と50代の無職の容疑者を再逮捕しています。共謀し、2023年11月ごろから2024年7月にかけ、千葉県いすみ市の関係先の空き家で大麻草数十株(末端価格270万円相当)を栽培した疑いがもたれています。
  • 自宅で覚せい剤を所持したなどとして、覚せい剤取締法違反罪に問われたバンド「C-C-B」元メンバーの田口被告は、東京地裁の初公判で起訴内容を認めています。2024年6月、東京都足立区内の自宅で覚せい剤を使用したほか、覚せい剤約0.5グラムを所持したとされます。田口被告は2015年、16年にも同法違反罪に問われ、いずれも横浜地裁で有罪判決を受けています。
  • 路上で大麻を所持したとして、警視庁本所署は、大麻取締法違反の疑いで、東京消防庁玉川消防署に所属する20代の消防士の男を逮捕しています。都内の路上で大麻を所持した疑いがもたれています。遺失物として扱った男の所持品を調べたところ、大麻所持の疑いが浮上したもので、東京消防庁は「職員が逮捕されたことは誠に遺憾。事実確認し、厳正に対処する」とのコメントを出しています。
  • 香川県警は、大麻草を所持したり、交際相手にけがを負わせたりしたとして、大麻取締法違反と傷害の疑いで、署勤務の20代男性巡査を書類送検し、懲戒免職処分としています。巡査は「知人が持ってきたものを一緒に吸った」と話しています。
  • 大阪市西成区の路上で覚せい剤を所持したとして、大阪府警は、飲食店経営の30代の被告=麻薬特例法違反などの罪で起訴=ら男2人を覚せい剤取締法違反(営利目的共同所持)などの疑いで逮捕しています。2人は知人同士で、SNSで集客し、経営する焼肉店に車で訪れた客に覚せい剤を手渡す「ドライブスルー方式」で密売を繰り返していたとみられています。大阪府警は2024年6月に倉庫など計8カ所を家宅捜索、覚せい剤約360グラム(末端価格約2370万円相当)を押収しています。
  • 愛知県警犬山署は、自営業の20代の容疑者=道路交通法違反罪で起訴=を大麻取締法違反(所持)の疑いで再逮捕しています。乗用車を運転して名鉄犬山線の踏切で、豊橋発新鵜沼行きの快速特急列車(6両編成)と衝突、道交法違反(無免許運転)の疑いで逮捕されていますが、調べに大麻を含む液体を「事故直前に吸っていた」と供述、事故後に容疑者の車を調べたところ大麻を含む液体約0.379グラムが見つかったものです。
  • 千葉地検は、違法薬物を飲み込んで密輸しようとした仲間が体調不良になったのに、放置して死なせたとして、保護責任者遺棄致死の疑いで逮捕された20~30代の男3人=麻薬取締法違反などの罪で起訴=を、嫌疑不十分で不起訴としています。「放置と死亡の因果関係が認められなかった」と説明しています。仲間は茨城県筑西市の20代男性で、2023年6月、千葉県成田市のホテルで急性コカイン中毒になり死亡、3人は男性を死亡させた疑いで2024年6月に逮捕されています。男性も麻薬取締法違反(営利目的輸入)などの疑いで容疑者死亡のまま書類送検され、不起訴となっています。
  • インターネット上で、男性に覚せい剤を持ってくるよう唆したとして、覚せい剤取締法違反教唆に問われた元「私人逮捕系ユーチューバー」の2人の被告は、東京地裁の初公判でいずれも起訴内容を否認し、無罪を主張しています。起訴状などによると、2人は2023年8月、女性を装ってネット掲示板で知り合った男性を「覚せい剤を一緒に使用したい」という趣旨のメッセージを通じて誘い出し、覚せい剤を持ってくるよう唆したとされます。2人はこの男性が警察官に現行犯逮捕される様子を自身の動画投稿サイト「ユーチューブ」で配信していました。検察側は冒頭陳述で、2人は2023年1月、広告収入を得るため、痴漢や盗撮している人を自ら捕まえる様子を動画配信するユーチューブチャンネルを開設したと指摘、285本の動画を投稿し、2023年5~10月の間に約946万円を売り上げたと明らかにしています。弁護側は、掲示板でメッセージを送ったことは認めたものの、男性の覚せい剤所持との因果関係はないとし、覚せい剤取締法違反教唆は成立しないと主張しています。

女子中高生3人を自宅に連れ込んだとして、大阪府警は、東大阪市の20代の無職の容疑者を未成年者誘拐の疑いで逮捕しています。このうち女子高校生1人が容疑者宅でぐったりしているのが発見され、その後死亡が確認されました。容疑者らは全員で大量のせき止め薬を摂取したと説明、市販薬の過剰服用による「オーバードーズ」で女子高生が亡くなったとみられます。容疑者は「せき止め薬を万引きし、全員で大量に摂取した」と説明、容疑者の自宅からは薬の包装シートが見つかり、4人で計80錠程度を服用したとみられるといいます。せき止め薬やかぜ薬など市販薬を過剰に服用する「オーバードーズ」の問題は、若者の間で深刻化しており、厚生労働省の研究班が2023年に実施した全国調査で、過去1年間に市販薬を乱用した経験があると答えた15~64歳は0.75%となり、約65万人に上ると推計されています。年代別の割合は10代(15~19歳)が1.46%(推計約8万5000人)と最も高くなっています。市販薬は薬局やドラッグストアで簡単に購入でき、インターネット上には「気持ちよくなった」「つらい気持ちが和らいだ」といった多量服用の体験談とみられる記述が見つかりますが、中毒症状から死に至る可能性があり、同省は注意を呼び掛けています。同省の資料によると、全国の精神科医療施設で薬物依存症の治療を受けた10代について、原因となった主な薬物を調べたところ、2014年に0%だった市販薬の割合が20年には56.4%と急増しています。このように若年層を中心にオーバードーズが広がるなか、約2割の店舗で、原則1人一つしか買えない「乱用のおそれのある医薬品」を、店員に質問されずに複数個購入できていたことが、厚生労働省の2023年度の調査で判明しています。同省は依存性のある特定の6成分を含む市販薬を「乱用のおそれのある医薬品」とし、販売を原則1人一つに制限していますが、調査員が、これらの薬を複数個購入しようとしたところ、調査した1256店のうち、19.1%(240店)で、質問をされずに購入できたほか、インターネット販売については、調査した140サイトのうち、17.9%(25サイト)で質問をされずに複数個購入できたといいます。一方で、カートに一つしか入れられないようになっているサイトもあったといいます。オーバードーズが広がっている現状を受け、厚労省の有識者検討会は204年1月、20歳未満に対しては大容量の製品や複数個の販売を禁じるほか、20歳以上に小容量を一つ売る場合を除き、対面または映像と音声でやりとりするオンライン販売に限定する案をとりまとめており、この案をもとに、専門家部会で制度改正に向けた議論が続いているところです。事業者のモラルに任せていては被害がさらに深刻化する事態となっていることもあり、対策が急がれます。

その他、海外における薬物を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 中国は、違法薬物フェンタニルの製造に使われる化学物質の管理と規制を強化すると表明、ホワイトハウスはこの動きを「価値ある前進」と評価しています。国家安全保障会議のサベット報道官代理は声明で、米国と中国が2023年11月に麻薬対策で協力を初めてから3度目の重要な動きだと述べています。本コラムでも取り上げましたが、バイデン米大統領と中国の習近平国家主席は2023年11月の首脳会談でフェンタニルの供給源への対処について協力することで合意しており、中国政府表団はバイデン政権当局者らと会談し、フェンタニル原料の規制を強化し、中国での麻薬取引への資金提供を取り締まることについて協議しています。
  • キャンベル国務副長官は、米国は太平洋島しょ国と協力し、この地域を米国への麻薬輸出の中継地として利用している中国の犯罪組織を取り締まると表明しています。米国は麻薬問題で協力する決意を固めており、太平洋地域における法執行について来週発表すると明らかにしています。「中国と東南アジアで成長した組織の一部が、中南米と米国への積み替えに太平洋を利用し始めていることを懸念している」とし、米国は麻薬の取り締まりや治療、予防などの分野での取り組みに協力できると述べています。
  • 中国・北京で、サリバン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が中国の王毅外相と会談を行い、サリバン補佐官は米国内でのフェンタニルの対応に向けた両国間の協力問題も取り上げ、中国側がフェンタニルの原料となる化学物質の開発を防ぐためにより多くの措置を取るべきと申し入れています。フェンタニルは当初鎮痛剤として開発されましたが、少ない量でも効果が強く価格が比較的安いことから米国全域で麻薬の代用品として乱用されている問題が深刻化しています。
  • SNSフェイスブックなどを運営する米メタが違法薬物に関する広告を掲載しているとの報道を受け、米連邦議会議員19人がメタのマーク・ザッカーバーグCEOに質問状を送っています。広告が子供や10代の若者に与える影響を特に懸念していると強調し、米国で多数の死者が出ている合成麻薬「フェンタニル」などの広告がメタ傘下のSNSで見つかっていると指摘、こうした広告の数や広告から得た収入、広告をSNSで表示させないための措置など15項目について、9月上旬までの回答を求めています。米紙WSJが2024年3月、メタが違法薬物に関する広告を掲載した疑いで米連邦当局から調査を受けていると報じ、WSJは7月にもメタが自社の規約に反して違法薬物に関する広告掲載を続けていると伝えたものです。メタはSNS利用者の保護をめぐって米議員からの風当たりが強まっており、2024年1月には米連邦議会上院の司法委員会が公聴会を開き、ザッカーバーグ氏らSNS大手5社のCEOを呼び出し、SNSでの子どもの被害について議員から追及を受けています。
  • 通貨の変動や供給ショックなどは世界の中央銀行に共通する重要課題であるところ、メキシコ中央銀行の場合、これらに加えて特有の問題が存在、全国に暗躍する強力な麻薬カルテルが経営者らに強要する「みかじめ料」の問題が深刻だといいます。恐喝ビジネスを新たな収入源にしようと牙をむいているためで、国内経済に深刻な影響を及ぼしているといい、思わぬ結果の1つが容易に沈静化しないインフレだとしています。報道によれば、企業経営者団体の主要メンバーらは、みかじめ料を巡る問題が存在することを認め、商品価格の一部では約20%相当分が該当するとの推測を明らかにしています。また、中央銀行のヒース副総裁は、「みかじめ料は、中銀が沈静化に取り組んでいるインフレの要因として重要なだけでなく、その影響が強まっていることを示す事例情報が中銀にも十分届いている」と述べ、さらに企業恐喝がメキシコ経済にとって構造的な問題と認識する必要性を強調し、中銀が掲げる3%の「インフレ目標達成を困難にしている」と言い切っています。
  • オーストラリアで、たばこの闇市場が拡大、増税でたばこ価格が高騰し、密売や密輸が横行、反社会的勢力の資金源にもなっているといいます。当局は取り締まりを強化しており、日本から大量に密輸しようとした「運び屋」が摘発された事例もあるといいます。豪政府は喫煙率を下げるため、たばこ増税を進めていますが、課税を逃れた闇たばこは正規品の半値程度で、低所得者層の喫煙率は17%で豪州全体の11%より高く、割安な闇製品に手を伸ばす傾向が強いとされます。闇たばこは利幅が大きく、背後でマフィアが暗躍、南東部ビクトリア州では2023年10月以降、マフィアの抗争とみられるたばこ店への放火が40件以上起きています。国境警備隊幹部は「闇たばこの収益が、麻薬や銃器絡みの犯罪の資金に充当されている」との見方を示しています。

(4)テロリスクを巡る動向

フランス治安当局は、パリ・パラリンピックに警察官、憲兵を最大計2万5千人動員し、テロや犯罪の警戒に当たりました。ダルマナン内相は「(パラリンピックを標的とした)明確な脅威はないが、極めて注意深く見守っている」と述べ、テロ警戒などに警察や憲兵隊の特殊部隊を加え、民間の警備員約1万人も活用して対応にあたりました。開会式前には南部モンペリエ近郊のシナゴーグ(ユダヤ教会堂)が放火の標的となり、当局はテロとみて捜査する事件は発生していますが、イスラエル選手団は五輪と同様、24時間態勢で警備の対象にし、無事、大きなテロ等もなく終了を迎えています。

2021年8月の米軍のアフガニスタン完全撤収(そして、首都カブールで米兵13人を含む180人以上が死亡したテロ事件)から3年が経過しました多大な犠牲を伴った「米史上最長の戦争」の終結は、(当時予想されていたとおり)イスラム原理主義勢力タリバンによる恐怖支配を許す結果をもたらし、国際社会から孤立した状態が続いています。戦争状態から脱して治安は回復したものの、制裁と抑圧下にあり、祖国を見限って国外移住に希望をつなぐ人も多い状況です。また、女性が迫害され(暫定政権は2022年5月にも頭を覆うヒジャブの着用の義務化と全身を覆うブルカの推奨を打ち出しましたが、直近でも、女性が外出する際には顔や体を隠し、話すのを控えるようにとの命令を発表、親族以外の男性との接触を減らす狙いがあり、女性への規制や取り締まりをさらに進めているほか、人権状況を調査する国連の担当者の入国を認めないなど、強硬な姿勢を見せています)、五浦無響スンニ派歌劇組織「イスラム国」(IS)等のテロ組織も活発化、米外交の信頼性に深い傷を残した撤収決断は、大統領選を前にその是非が再び問われています。バイデン大統領は、約20年に及んだアフガン駐留での米軍の被害は負傷者2万744人、死者2461人に上り、「アフガン人同志とともに、われわれの安全のため全てをささげた」と述べました。バイデン氏は、副大統領時代に「米軍が永続的なアフガン政府を作り、維持することは不可能」だと確信、大統領就任1年目の2021年4月、同年9月までの撤収完了を表明、米軍トップは当時のガニ政権崩壊を防ぐため2500人の残留を助言しましたが、バイデン氏は、米中枢同時テロから20年の節目までにアフガン戦争を終結させるという政治的意思を押し通したものです。一方、トランプ前大統領は、アフガンの米軍撤収は「米史上最大の屈辱的事件」と批判を強めています(当然、ハリス副大統領にも責任があると批判しています)。米国の国際的な威信の低下が、ロシアによるウクライナへの全面侵攻やパレスチナ自治区ガザ地区のイスラム組織ハマスによるイスラエル攻撃につながったとの見方を示したほか、誰も責任をとっていないとも批判しています。しかし、米軍撤収はトランプ前政権とタリバンが結んだ2020年2月の「ドーハ合意」で盛り込まれたものでもあります。アフガン国内では、国際テロ組織アルカイダやIS系勢力「ISホラサン州」の活動が続いており、ドーハ合意でタリバンが約束した「アフガンをテロの温床としない」という約束は形骸化しており、戦闘員を海外でのテロ活動に送り込む事態も懸念されています。米ハドソン研究所の上級研究員は報道で「米国土を狙う大規模テロが起きるのは時間の問題」だと述べ、南部国境警備などテロ対策強化を次期政権に求めています。また、国連によると、アフガニスタンには約4400万人が暮らしていますが、半分以上が人道支援を必要としており、物乞いや児童婚などを強いられる人々もいます(国連人道問題調整事務所(OCHA)によると、アフガニスタンの人口の半分以上にあたる2370万人が「人道的支援が必要」な状態にあるといい、国連機関は2026年までに妊産婦死亡率が最大50%増加すると分析、国連機関の調査では、女性の約68%が精神衛生状態が「悪い」または「非常に悪い」と回答したといいます)。タリバン暫定政権を承認した国は出ていないものの、近隣諸国や中国などは外交協議を持つなど、一定の関係を維持している状況にあります(そうした中、2023年12月、中国政府はアフガンの豊富な天然資源を共同開発する狙いや、隣接する新疆ウイグル自治区への過激派流入を防ぎたい思惑から、タリバンの駐中国大使を受け入れています。また、ロシアもISによるモスクワ郊外でのテロなど対ISで協調するため、プーチン大統領がタリバンとのテロ対策などでの連携に前向きな姿勢を示しています)。なお、タリバンが実権を掌握した後、劇的に変化したのが違法薬物への対処で、アヘンやヘロインの原料となるケシの栽培・取引を、イスラム法を適用して禁止し、路上にあふれていた薬物依存者を強制排除しています。しかし、依存者は後を絶たず、問題は根深く残ったままで、入院患者は後を絶たない状況です。使用薬物も以前はアヘンやメタンフェタミンなどが主流でしたが、最近では日本円で1600~2000円を払えば薬局で買える処方薬の乱用被害が広がっているといいます。「戦争で家族を亡くしたストレスが原因の患者もいる。低収入の若者がイランに働きに出て患者となって帰ってくるのも原因だ」と関係者は指摘、加えてイランで蔓延する薬物はアフガンが原産とされており、薬物禍がアフガンに逆流する悪循環が続いているといいます。さらに、うつ病など精神的な苦痛を訴える事例が目立っているといい、経済的な苦境のほか、教育や就労を制限されて自宅にこもりがちになっている女性たちが深刻で、自ら命を絶とうとする人もいるとのことです。生活苦にあっても、女性は自ら働いて生計を立てることが難しく、10代のうちに結婚を強いられ、年の離れた夫から暴力を受ける人も少なくないといいます。これらの点からも「国土と人心の荒廃」がテロを引き起こすことが痛感させられます。しかし、当のアフガニスタンのイスラム主義組織タリバン暫定政権幹部は、女性の教育制限について「独自の価値観や宗教・信念に基づいている」と述べ、国際社会から人権侵害と指摘されている同政策を維持する意向を示しています。

アフガニスタンに限らず、ISのテロが2024年に入って相次いでおり、開催中のパリ五輪でも厳戒態勢が続いています。バグダディ容疑者をカリフ(預言者ムハンマドの後継者)とする疑似国家の創設宣言から2024年6月で10年が経過し、イラクとシリアにまたがる広大な地域を支配したISは、米軍などの掃討作戦で一時は壊滅状態に陥りました。しかし、関連組織が南アジアやアフリカに拠点を築いているほか、シリアでも息を吹き返している状況にあります。ISに忠誠を誓う関連組織はアフリカや中東、アジアに存在、中でも最近、活発な動きを見せているのが、アフガニスタンやパキスタンにまたがる地域を拠点とする「ISホラサン州」(IS-K、2015年設立)で、2024年1月にイラン南東部で80人以上が死亡した自爆テロや、3月にロシア・モスクワ郊外のコンサート施設で140人以上が殺害された銃乱射テロは、「ホラサン州」に属するタジキスタン人らの犯行だったとされています。IS系勢力の活動はアジアにとどまらず、英BBC放送によると、アフリカにはISの支部が5つあり、近年のクーデターで軍部が相次いで実権を掌握したニジェールなど西部3カ国に加え、中部のコンゴ共和国(旧ザイール)や南東部モザンビークに地盤があり、これらアフリカ諸国では軍閥や民兵がらみの紛争が絶えず、ISは将来に希望を持てない若者の受け皿になっている可能性があります。治安が悪化すれば、欧州を目指す密航者が増えるという分析もあります。また、ISがシリアで戦闘員の「予備軍」を養成している疑いも出ており、米CNNが2024年6月に報じたところでは、シリア北東部にはIS戦闘員の結婚相手の女性やその子供ら6千人超が拘束されている施設があり、この施設からは「10~15歳の少年が毎月20~30人ずつ、ISの訓練施設に連れ出されている」といいます。また、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルによれば、シリア北東部にはこうした施設が約30あり、ISに関連する男女や子供ら5万6千人超が暮らしており、出身国は70カ国超に及び、大半の国が帰還者の受け入れに難色を示し、放置された状態が続いているため、大量脱走などが起きれば、ISの再編を加速させかねない恐れがあります。テロは「国土や人心の荒廃」からもたらされるものであり、ISがこうしたテロ予備軍をひきつけている事実(あるいはその背景事情)を直視し、社会の不安要因が増大している状況、テロの発生メカニズムをふまえた「社会的包摂」の観点からの国際社会の連携が問われているといえます。以下、最近のISなどテロ組織の動向を巡る報道から、いくつか紹介します。

  • 米中央軍は、イラク西部で2024年8月29日に行ったイラク軍との共同作戦でIS戦闘員15人を殺害、また、作戦中に米側の兵士7人が負傷したこととも明らかにしています。中央軍はXに投稿した声明で、IS戦闘員は「多くの兵器や手りゅう弾、爆弾を装着したベルトで武装していた」と指摘、「ISは今でも地域や同盟国、われわれの国土にとっても脅威だ」と強調しています。なお、この作戦による市民の被害はなかったとみられます。イラクにはISに対抗する有志連合の一部として米軍約2500人が駐留しており、完全撤退を目指して協議が進められていますが、めどは明らかになっていません。
  • 政権崩壊に伴い暫定政権が発足したバングラデシュで、国際テロ組織アルカーダ系イスラム過激組織「アンサール・アル・イスラム」(AAI)の指導者、ムフティ・ジャシムディン・ラフマニ被告が刑務所から釈放されています。同国では強権政治に反発する暴力的な抗議デモが広がり、ハシナ首相が国外に逃亡、辞任、ハシナ前政権下で弱体化したイスラム組織が復活する動きを見せています(なお、暴動で1000人以上が死亡し、1971年の独立以降で最悪の事態になったといわれています)。暫定政府は、バングラデシュのイスラム主義政党「イスラム協会」とその関連グループについて、反テロ法による非合法化措置をテロ活動に関与した証拠は見つかっていないとして取り消しています。ハシナ前政権は抗議デモを扇動したとして同協会を非合法化していました。ダッカでは2016年、別のイスラム過激組織が飲食店を襲撃し、人質の日本人7人を殺害するテロが起きています。ハシナ前政権は過激組織を徹底して取り締まり、日本は対応を評価していました。イスラム教国のバングラデシュでは抗議デモの発生以降、少数派のヒンズー教徒が暴力に遭っており、隣国インドでもイスラム過激組織の活発化に懸念を強めているとみられています。
  • インターファクス通信などによると、ロシア南部ボルゴグラード州の刑務所で、受刑者4人が看守ら12人を人質に取る事件が発生、刃物で刺されるなどして看守4人が殺害されています。容疑者らはISとの関係が指摘されています。報道によれば、4人はタジキスタンとウズベキスタン国籍で麻薬犯罪などで服役中で、犯行中に撮影されたとみられる動画では、容疑者は「(ロシアが)イスラム教徒を弾圧している」と語っていたといいます。容疑者は動画で、2024年3月にモスクワ郊外のコンサートホールで140人以上が死亡したテロ事件の容疑者らへの支持も表明していました。テロ事件の実行犯はタジキスタンなど中央アジア出身者で、ISは事件後、犯行声明を出しています。
  • ドイツ南部バイエルン州ミュンヘンで、18歳のオーストリア国籍の男と警察が銃撃戦となり、男は警察に射殺されています。事件が起きたのはイスラエル領事館とナチスの歴史博物館付近で、ドイツ国内でイスラエル関連施設の保護の重要性を強調する声が高まっています。報道によれば、この男は銃剣付きの古いカービン銃で発砲し、警官5人との銃撃戦の末、射殺されたもので、ミュンヘン警察は、イスラエル領事館に関連する「テロ攻撃」だったとの見方を示しています。オーストリア公安総局長は、銃撃犯は思想が「過激化」した単独犯だったと可能性が高いとの見方を示しています。事件を受け、ドイツのショルツ首相は「反ユダヤ主義やイスラム主義の存在は容認しない」とXに投稿、オーストリア当局はこの男がイスラム主義者の疑いがあるとの情報を得ており、2023年、過激派グループのメンバーである可能性があるとの情報が警察に提供されていたといいます。また、ドイツ西部ゾーリンゲンでは8月23日に起きた無差別殺傷事件で、独捜査当局は、シリア出身の20代の男を拘束しています。男は警察に自首し、犯行を認めているといいます。男は2022年12月にドイツに入国、難民認定を申請し、ゾーリンゲンの難民施設に滞在していましたが、当局の監視対象ではなかったといいます。男は市制650年を祝うイベント会場で来場客を刃物で切りつけ、3人が死亡し、8人が重軽傷を負い、ISがパレスチナなどの「イスラム教徒のための復讐」とする犯行声明を出しており、独当局は男がメンバーの疑いがあるとみて関係を調べているといいます(ISはキリスト教徒や欧米諸国を敵視し、世界各地でテロを繰り返していますが、今回の事件に実際に関与したかどうかは明らかになっていません)。ドイツのショルツ首相はこの事件を受けて、在留資格のない難民の強制送還を強化する方針を示しています。当局は2023年、今回の事件の容疑者である20代のシリア人の男をブルガリアに強制送還しようとしたところ、男が難民収容施設にいなかったため、送還できなかったとされます。
  • 米国防総省は、西アフリカ・ニジェールの駐留米軍が、滞在していた基地から撤収したと発表しています。米軍はニジェールでイスラム過激派のテロ対策に従事してきましたが、拠点を失い、アフリカでの対テロ戦略に影響が出る可能性があります。2023年7月のクーデターで権力を掌握したニジェール軍事政権が旧政権の親欧米路線を転換し、米軍に撤収を求めていたもので、軍事政権はロシア政府と軍事関係の強化で合意しています。
  • オーストラリア政府は、同国のテロ警戒レベルを5段階のうち下から2番目の「可能性がある(POSSIBLE)」から真ん中の「起こりそうである(PROBSABLE)」に引き上げています。国内で過激思想が拡大していることに対応したもので、新たな警戒レベルは、今後1年以内に国内でテロ攻撃が実施あるいは計画される確率が50%を超えていることを意味しています。アルバニージー首相は治安情報機関の勧告を受けて警戒レベルを引き上げたと説明、ただ、攻撃の差し迫った脅威はないと述べています。テロ警戒レベルは2022年に「起こりそうである」から「可能性がある」に引き下げられていました。
  • ローマ教皇フランシスコのインドネシア訪問で、インドネシア国家警察は、SNSでテロを呼びかけるなどしたとして、反テロ法違反の疑いで計7人を逮捕しています。警察はイスラム過激派との関連を調べているといいます。教皇は2024年9月3~6日にインドネシアを訪問、警察対テロ特殊部隊によると、7人はSNSで、テロを呼びかけたほか、教皇の訪問予定地での自爆予告を書き込んでおり、ジャカルタやスマトラ島などで逮捕されています。
  • 1974年8月、東京・丸の内の三菱重工ビルが爆破され8人が死亡、約380人が負傷した三菱重工ビル爆破事件の発生から50年が経過しました。一連の連続企業爆破事件をめぐっては、2024年1月に半世紀近く逃亡した桐島聡容疑者(当時70)が名乗り出た直後に死亡、近年は単独でのテロ行為が国内外で相次ぎ、警察は対策を急いでいます。特定の思想に基づく組織的なテロ行為は日本国内では減少傾向にありますが、近年懸念されるのが組織に属さず単独での攻撃に及ぶ「ローンオフェンダー」で、安部元首相や岸田首相など要人を対象とする銃撃事件が相次ぎ発生したことをふまえ、警察庁は単独犯による襲撃の予兆を最大限把握できるよう、新たな情報収集体制の構築を進めています。各都道府県警に対して捜査や職務質問などを通じ部門横断で情報を集め警備部門に集約した上で、危険度に応じて対処方針を策定するよう求めましたが、2023年度から一部の都道府県警で試行し、2024年4月から全都道府県警に拡大したものです。また、ローンオフェンダーはインターネット上の言説などに触発されるなどして人知れず思想や行動を過激化させる懸念があり、警察幹部は「テロ行為の前兆を漏れなく察知するため、部門を超えた連携強化を進めていきたい」と話しています。
  • 2025年春に開催される大阪・関西万博に向けて、警察当局の緊張感が高まりつつあります。半年間にわたって行われる国際イベントなだけに、警備の成功には関西の府県警にとどまらない、日本警察を挙げた対応が欠かせないといえます。国際的注目が集まる中、ローンオフェンダーやサイバー攻撃をはじめとするテロ対策を徹底する必要がある」と警察庁の露木康浩長官は大阪・関西万博警備対策推進室会議の席で述べて、改めて現場に覚悟を促しています。報道で警察関係者は、昨今の要人警護とテロ対策について「これまでは右翼や左翼といった思想や、宗教を背景とする政治犯が主流だったところ、動機が不透明なローンオフェンダーの台頭でフェーズ(局面)が大きく変わっている」と指摘しています。なお、あまり知られていませんが、2002年のサッカーW杯日韓大会を巡っても、イスラム過激派組織アルカイダの元ナンバー3で前年の2001年に起きた米中枢同時テロの主犯格とされるハリド・シェイク・モハメドが「日本でスタジアム爆破テロを計画していた」と米捜査当局に証言、「日本には組織がなく、断念した」と供述していたことも明らかになっています。2024年にもすでにトランプ前大統領やスロバキア首相の銃撃事件が発生するなど、日本も「対岸の火事」ではいられません。過去の国内外の事件を「他山の石」として、日本の治安を巡る「安全神話」を国際社会に示してほしいものです。

(5)犯罪インフラを巡る動向

通信アプリ「テレグラム」のCEOが、フランスで逮捕されました。検察当局は、マネロンや児童ポルノ画像の流布など違法な投稿を監視・削除する作業(コンテンツ・モデレーション)を運営者として怠ったことが、組織犯罪の共謀に当たると判断、一方、表現の自由を侵害し、検閲につながるとの批判も高まっています。ロシア出身で仏国籍も持つドゥーロフ容疑者が創設したテレグラムは暗号能力が特徴で、投稿の秘匿性が高く、自動消去の機能もあり、当局が監視の網をかけにくいことから香港やタイ、イランなどの民主化運動で使われた経緯があるなどロシアなど独裁下の反体制ユーザーに支持される一方、犯罪の連絡ツールとしても利用され問題化していました(筆者も相当前から暴力団関係者が利用していることからその犯罪インフラ性は把握していました)。日本でも特殊詐欺の「ルフィ事件」や闇バイトなどで連絡手段に使われ、捜査を困難にしていたことは記憶に新しいところです(ある捜査幹部は「テレグラムの利用者にメッセージを消されると復元は困難。他の通信アプリに比べ、非常にやっかいなツールだ」と述べています)。ドバイにあるテレグラムの運営会社は声明を出し、「プラットフォーム悪用の責任をその所有者が負うとの主張はばかげている」と仏を激しく批判していますが、通信の秘密は重要であるものの、現在のSNSの公共性を鑑みれば、情報環境の健全化はプラットフォーム、アプリ側に相当の責任があると考えるのが常識的だと考えます。アプリ開発者の訴追は異例だではありますが、実は日本は20年前、世界に先駆けて踏み込んでおり、2004年、ファイル共有ソフト「ウィニー」の開発者を著作権法違反の幇助容疑で逮捕・起訴しています。このときも「広い高速道路でスピード違反が増えたら、道路を創った者が罪を問われるのか」との批判が噴出、合意が得られたとは言い難く、ウィニー開発者は無罪が確定しました。また、日本でもすでに同様の事件が起きており、配信者が、性行為の様子をライブ配信することを知りながらサービスを提供したとして、米国に拠点を置く動画配信サービス「FC2」の日本の関連会社の社長らが2015年、公然わいせつなどの疑いで逮捕され、最高裁まで争いましたが、有罪判決が確定しています。この事件の場合、共同正犯が成立すると判断されました(この事件では、ライブ配信者と運営会社との間に面識がないうえ、直接的なやりとりがあったわけではないものの、最高裁は、FC2はわいせつな配信を利用して収益をあげ、配信者に動画投稿などを「勧誘」し、配信者側もそれに応じて配信する意図を持っていたと指摘、結果的に、双方に「黙示の意思連絡があった」と評価し、共同正犯が成立すると判断されたものです。虚偽広告など犯罪インフラ性を放置し続けるのであれば、プラットフォーマーの行為が共犯や、FC2同様、共同正犯に当たる可能性があるとの見方もありうるところです)。こうした状況を経て、その後ネット環境は一変、社会を分断する偽情報や中傷が飛び交い、詐欺に誘導する虚偽広告が氾濫、犯罪インフラとしての側面が大きく強調されるような状況となっており、違法投稿、広告へのアプリの対応は鈍く(電気通信事業法で通信の秘密を守ることと検閲の禁止が定められており、一部の例外を除き、プラットフォーマーがメッセージアプリの投稿内容に踏み込むことは難しい現状があります)、批判は強まる一方だといえます。CEOは500万ユーロ(約8億円)の保釈金と出国禁止、週2回の警察への出頭を条件に保釈されましたが、仏国内で司法当局の観察下にあります。テレグラムは各国諜報にも使われ、事件は仏露関係の文脈でも語られ複雑な様相を持っています(例えば、コンテンツ・モデレーションに否定的なテレグラムはロシアのウクライナ侵略において、双方の情報戦の主要なツールの1つとされており(ウクライナはシグナルやディスコードを好んで使用しているようですが)、偽情報の規制などに向けて運用指針が変更されれば、両国の情報空間での戦いに影響が出ることが予想されます。また、CEOはロシア出身でロシアは(偽情報を拡散しやすく、ウクライナ侵略におけるロシアのプロパガンダの貴重なツールであることもあって)猛反発していますが、仏は政治的背景を否定している点もあげられます。とはいえ、情報戦を左右するツールになっている通信アプリを自らの影響下に取り込もうと各国がしのぎを削っていることもあげられます)が、インターネットにおける「表現の自由と安全の両立」という本質を見失うべきでなく、テレグラムCEOの刑事責任をどう立証し、世界で共有できるか仏の捜査を注視しているといえます。あわせて重要なのは事業者が自らを律し、運営の透明性を高めることです。コンテンツ・モデレーションを含む投稿の監視に当たる十分な人員を確保し、削除などの処分の基準も明示すべきだと考えます。利用者からの問い合わせに迅速に応じ、処分の理由を説明することも重要になります。欧州ではSNSなどの運営事業者に投稿の監視強化を求めるデジタルサービス法の運用が始まり、ほかの地域でも同様の動きがあります。容易ではないものの、表現の自由に抵触する過剰な介入を避けつつ、安全を確保する方策を粘り強く探る必要があります。

関連して、英国で起きた女児3人の殺害事件の追悼集会が暴動に発展した件では、テレグラムの利用が急増していたと報じられています。極右団体の「イングランド防衛同盟」が暴動に関与、英国で暴徒を動員し、混乱をあおるために使われた主要ツールだった疑いが浮上しています。暴動は英国全土に広がり、同国の閣僚、警察などはテレグラムや動画共有アプリTikTok、Xなどのソーシャルメディアによってあおられ、組織化されたとみられています。英国のメディア規制機関である情報通信庁(オフコム)は、ソーシャルメディアに対して人種差別的憎悪をあおったり暴力を助長したりするコンテンツを積極的に削除するよう求めています。テレグラムは、同社のモデレーター(投稿などの審査担当者)が「状況を積極的に監視しており、暴力を呼びかける内容を含むチャンネルや投稿を削除している」と表明しています。一方、反イスラム事件を記録する団体「テル・ママ」は、英国の30以上の移民担当弁護士や難民支援機関を標的にすると脅迫する極右による投稿を、テレグラム上で確認したと発表、テレグラムでは、暗号化されたメッセージを個人的に送信したり、最大20万人からなる「グループ」を立ち上げたりでき、無制限の登録者に一方的にメッセージを流す「チャンネル」を作成することも可能で、英国で極右の暴力を組織していた「サウスポート・ウェイクアップ」など有名なテレグラムの公開グループが既に削除されているようです。しかし研究者は、新たなチャンネルや監視が難しい非公開グループが偽情報や人種差別的憎悪を発信し続けていると警告しています。また、テレグラムの犯罪インフラ性という点では、他人のクレジットカード情報でゲーム機のコントローラーを注文したなどとして、京都府警が、私電磁的記録不正作出・同供用と窃盗の疑いで、大阪府枚方市桜丘町の無職の20代の容疑者を逮捕していますが、入手したクレジットカード情報は「(通信アプリの)テレグラムで中国人から買った」などと説明しているといいます。複数の名義で登録されていた容疑者の私設私書箱には、約4年間で1700件近くの配送があったことも判明、大手家電量販店などからも同様の手法で商品を窃取し転売を繰り返していたとみられ、府警が経緯を捜査しています。この事件も、テレグラムや私書箱の犯罪インフラ化を示すものとして(背後の組織性なども含め)注目されます。また、韓国で、さまざまな手法で集めた一般女性の写真や動画を元に生成AIを使って性的な偽画像「ディープフェイク」を作り流通させるシステムが、広範囲に利用されていることが判明し、韓国社会に大きな衝撃を与えていますが、ディープフェイクによるこうした人権侵害は米国でも社会問題化の末に規制強化が進められており、日本などでも今後、問題が表面化する可能性があります。韓国で今回問題になったシステムは、秘匿性の高いテレグラムのチャンネルやチャットルーム内で、中高生など未成年を含む女性の写真を参加者が共有し、さらにそれを元にディープフェイクを作製するというものです。性的な画像・動画を作る際に対価を得るなど収益化を前提にしたケースも多く、ハンギョレ新聞によると約22万人が参加する大規模なものも確認されたといいます。法律も十分なブレーキの役割を果たせず、テレグラムなど匿名性の高いSNSを使う場合、捜査当局の覚知も証拠収集も難しく、個人間の会話との形を取るチャットルームは、プライバシー保護のため捜査当局がモニタリングできず、「被害が起きてからそのチャットルームの存在がわかる。予防が非常に困難」といった状況のようです。さらには、写真を使われた被害者本人も気づいていない場合が少なくなく、被害そのものが明るみに出にくいこともあげられるほか、ディープフェイクの違法性や人権問題としての深刻さが社会で十分に周知されていない点も指摘されています。日本では、ディープフェイクに特化した法律はなく、名誉毀損罪などが適用されるものの、性的なディープフェイクを作製するアプリは日本語で検索しても多数出てくる状況で、日本でも大規模な被害が顕在化すれば規制強化の議論が必要になる可能性があります。

あらためての紹介となりますが、総務省の有識者会議は、電話を悪用した特殊詐欺などの犯罪対策として、電話番号の割り当てに関する規制強化を盛り込んだ報告書案をまとめています。大手通信事業者が、犯罪に加担する仲介事業者に番号を提供することを防ぐ狙いがあります。同省は正式な報告を踏まえ、電気通信事業法を改正する方針としています。電話番号は、総務相が指定した大手通信事業者が、認定を受けた仲介事業者などに卸して使用されるのが一般的ですが、対策案では、大手通信事業者が番号を提供する際、仲介事業者が認定を受けているかの確認を義務付けるほか、詐欺など犯罪歴のある事業者は認定を受けられないようにするとしています。特殊詐欺を巡っては、仕入れた電話番号を詐欺グループに提供する悪質な事業者が問題となっており、警察庁などが制度の見直しを求めていたものです。

法人登記用に住所を貸すバーチャルオフィスが広がっています。2024年8月25日付日本経済新聞にその実態が詳しく報じられています。具体的には、「日本経済新聞が調べたところ、東京23区内だけで約300カ所あった。一等地の銀座では企業の「本店」の2割あまりの入居先になっている。利用側はブランディングなどのニーズを満たせる半面、営業実態を反映しない問題がある。専門家からはトラブル対応の難しさなどを懸念する声が上がる」、「法務省は「現行法は事務所不要の働き方を想定していない」と説明する。テレワークの浸透や副業の広がりなど社会の変化が先を行っている」、「野放図に広がるサービスは危うさもはらむ」、「別の利用者は転送で受け取るはずの郵便物が届かず、移転した。気づかないままだと、ビジネスの手続きなどに支障をきたす不測のリスクがあった。名義上のオフィスだったマンションの一室には24年4月末時点で389法人の登記が残ったままだった。運営していた事業者はホームページ記載の本店所在地では見当たらなかった。メールへの返信もなかった。企業が本店登記した住所だけが独り歩きし、本来の所在が曖昧になれば取引先や消費者が困る場合もある」、「各国が一定の規制を課すのはマネロンなどの悪用を防ぐためだ。企業の租税回避やテロ組織の資金調達の抜け穴になることへの懸念も強い。日本は犯罪収益移転防止法で、バーチャルオフィスを含む郵便物受取業者に契約時の本人確認や疑わしい取引の届け出を義務づけている。営業の登録・許可は不要なため、実態は不透明なままだ。所管の経済産業省も「対象事業者の数を把握していない」。疑わしい取引の届け出は年数件~数十件にとどまる。複数の運営事業者は取材に「契約後も活動実態を独自に監視している」と答えた。民間の現場任せの状況で、どこまでリスクの芽を摘めているのか判断は難しい。マネロン対策を担う国際組織の金融活動作業部会(FATF)は21年、日本を「重点フォローアップ国」と位置づけた。実質的に不合格を意味する審査結果だった。バーチャルオフィスなどの登録制や許可制が整っていないことを問題視してきた経緯もある。不法行為の温床になりかねないビジネスモデルに視線は厳しくなっている。ルール整備が急務だ」といったものです。バーチャルオフィスはペーパーカンパニーに実在性をもたらす「犯罪インフラ」にもなりうる危うさを有しており、バーチャルオフィスを利用している理由や法人の実体/実態の確認の精度をあらためて高めていく必要があります。

その他、犯罪インフラを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 消費者金融と提携していると装い、融資審査を通過させるための着手金として現金5万円を男性会社員からだまし取ったなどとして、愛知県警は、詐欺などの疑いで20代の会社役員=詐欺罪などで起訴=を再逮捕し、男2人を逮捕しています。報道によれば、容疑者は「CIC黒(ブラックリスト)でもできるローン登場」との名前のLINE公式アカウントを開設して融資希望者を募り、約20人から77万円を集めたといいます。「消費者金融の職員と組んでいるので絶対に審査は通る」「30分で審査完了、即日融資」などとうたい、自己破産などでブラックリスト登録されていても、簡単に融資が受けられると信じ込ませていたとみられています。容疑者は公式アカウントで闇バイトを募集した疑いなどで、これまで6回県警に逮捕されています。
  • 中国で、高値で売却して利益を分配すると偽り、高級腕時計をだまし取ったとして、警視庁は、東京都港区、ウェブサイト制作会社社長ら男2人を詐欺容疑で逮捕しています。2人は2018年10月以降、同様の手口で40都道府県の約600人から「ロレックス」などの高級腕時計約3000本を預かって売却しており、被害総額は約75億円に上るとみられています。男らは新規の客を紹介すれば、客が購入した腕時計代金の「10%を支払う」と言って仲介を求めており、売却で得た現金は、別の客への支払いに充てていたとみられますが、約20億円が使途不明となっているといいます高級腕時計は中国の富裕層の間で資産の一つとして人気が高く、警視庁は男らがこうした事情を利用したとみています(高級腕時計の犯罪インフラ化)。
  • 日雇い労働者の街として知られる大阪市西成区の「あいりん地区」では、週末の未明になると「ヤミ露店」と呼ばれる違法な路上販売があらわれます。睡眠導入剤や向精神薬など医師の処方が必要な医薬品が不正に売買されており、医薬品の多くは、生活保護制度を悪用して「無料」で入手されたものばかりだといいます。従来は夜勤後の日中、十分に眠れない労働者らが購入する場合が多かったといいますが、最近は大阪・道頓堀にあるグリコの看板下「グリ下」に集う少年少女らに転売する目的で購入する若者もいるといいます。生活保護事業費のほぼ5割を医療扶助が占めており、厚生労働省によると、2020年度の生活保護事業費も約3兆5千億円のうち約1兆8千億円が医療扶助だったといいます。警察は「ヤミ露店で販売されている医薬品はグリ下にも流れており、西成だけではなく他地域の治安や青少年の育成の観点上も悪影響を及ぼしている。供給源となっている露店の一斉取り締まりを今後も続け、一掃を目指す」と強調していますが、国民の税金の使途としてはかなり杜撰な実態でもあり、薬の適切な販売については厚生労働省も改善を図っているところですが、さらなる徹底や強い規制が求められるのではないかと考えます。
  • 千葉県野田市船形にある自動車保管施設のヤードで、自動車19台が盗まれる事件がありました。アルファードやベンツ、レクサスなど高級車ばかりで、被害総額は7729万円相当だといいます。報道によれば、ヤードの門扉が開き、ヤード内に人影が見えるのを通行人が発見、警察に通報、午前3時頃、署員が通行人とともに現場を確認すると、車が盗まれているのがわかったものです。門扉は施錠されていたが、壊されておあり、ヤード内のコンテナにあった車のキーもなくなっており、このキーを使って車を盗んだとみられています。高級車の窃盗が全国的に相次ぐ中、ヤードが解体等を行い海外に輸出する犯罪インフラとして機能している実態もあります。こうした犯罪インフラとしてのヤードが狙われたものとみることができると思います。
  • 茨城県警は、銅線などの金属を狙った窃盗事件の増加を受け、盗品の売却を防ぐ県条例の改正案を発表しています。買い取り業者に対し、売り手の身分証の写しを保存するよう義務付けることが柱で、こうした規定は全国初といいます。県が9月議会に提出し、2025年4月の施行を目指すとしています。茨城県警によると、現行条例は売り手の身分確認を義務付けているものの、身元を知る人物なら不要だったため、確認をしない買い取り業者もあったといいます。改正案は身分証の確認をした上で、写しを3年保存することを義務付けるものです。
  • 経済産業省は、中小企業のM&A(合併・買収)に関する指針を改定しています。後継者不足の解決策として広がる事業承継を狙った仲介事業者の悪質な営業活動の排除が狙いです。手数料の算定基準の公開を求めるほか、過剰な営業や広告の禁止を明記、違反があった場合は社名を公表し、補助の対象から外すとしており、指針は「中小M&Aガイドライン」で、改定は約1年ぶりとなります。中小企業庁は仲介事業者を「M&A支援機関」として登録する制度を設けており、このデータベースで手数料の開示を義務付けるほか、仲介事業者が買収を繰り返す企業を優遇して顧客を紹介する行為も禁じ、不当に低い譲渡額への誘導など、売り手側が不利益を被らないようにするとしています。また、買い手側が売り手の経営者保証を解除しないまま放置し、現金だけ抜き取るといった不当な行為も増えていることから、仲介事業者が売り手側に保証先の金融機関へ相談するよう説明することも指針に盛り込んでいます。
  • オンラインゲームで使う通貨をだまし取ったとして、警視庁は、30代の会社員を電子計算機使用詐欺容疑で逮捕しています。2021年12月以降、「セガ」など複数のゲーム会社からゲーム内で使う通貨を仲間と詐取し、インターネット上で売却して約3500万円を得たとみられています。男は仲間と共謀して2022年12月、セガが提供するオンラインゲームのシステムにゲーム内で通貨の購入が決済されたとするうその情報を送信し、同社から8万円相当の通貨を詐取した疑いがもたれています。男らはゲーム内通貨やアイテムを販売するリアル・マネー・トレード(RMT)サイトで、ゲーム内での通貨購入を代行するなどとうたって集客、サイトを通じて知り合った埼玉県内の30代の男性に詐取したゲーム内通貨を正規価格の20分の1の価格で売却していたといいます。なお、セガは2022年秋ごろから、複数のオンラインゲームで約1億3000万円相当のゲーム内通貨がだまし取られたとして、警視庁に被害相談していたといいます。
  • スマホのオンラインゲーム上のチャット機能で女子小中学生を脅迫し、わいせつな動画や画像を送らせる、大人の目が届かないところでこうした性犯罪が横行し、被害者支援団体が注意を呼びかけています(オンラインゲームのチャット機能の犯罪インフラ化)。小中学生のスマホ所有率が高まるのに比例し、被害相談も増加、団体は「一度性被害に遭えば、大人になってからも深刻な影響が続く」と対策の必要性を訴えるています。警察庁が2024年に公開したデータによると、SNSがきっかけで児童買春、児童ポルノ、不同意性交・不同意わいせつなどの被害に遭った小学生の人数は2023年、過去最多の139人となり、った。2018年と比較すると2倍以上に増えており、被害事案別では、児童ポルノが72人、不同意性交が23人、不同意わいせつが19人でした。
  • 以前の本コラムでも取り上げましたが、中央省庁や地方自治体が過去に使っていたドメイン(インターネット上の住所)が第三者に取得され、無関係な別サイトに転用される事例が後を絶たない状況です。消費者金融や、デートの見返りに男性から金品を受け取る「パパ活」情報サイトのドメインとなった事例もあったといいます。新型コロナウイルス対策の関連サイトでも転用が判明、厚生労働省では、2023年5月まで使用していた外国人向けのコロナ相談窓口サイトのドメインがネットオークションに出され、落札されたほか、コロナ禍で打撃を受けた飲食店を支援する農林水産省の「Go To イート」事業でも、複数の特設サイトのドメインがネットオークションにかけられ、パパ活やオンラインカジノの紹介サイトに変わっていたといいます。
  • いまやスマホユーザーの2人に1人が利用しているとされる健康アプリですが、米デューク大学の2023年の調査によれば、中国製アプリに記録された個人情報をアプリ提供企業がブローカーを通じて売買していたことが判明しています。精神疾患など健康データやローン返済履歴といった信用情報を数値化したクレジットスコアなど、センシティブな個人データを販売していた事例も見つかったといいます。「中国の(軍など)安全保障機関が特定の個人を標的にできるようになる」リスクがあります。中国は国家情報法で企業や個人に国の情報活動への協力を義務付けており、データを提供するように国が求めてくれば拒めないリスクにさらされています。とりわけ問題なのが、国の将来を揺るがしかねないのがゲノム(全遺伝情報)データの国外への流出であり、創薬でも中国依存が強まれば、先進国の製薬大手が市場を失うだけにとどまらず、国民の健康や生命を左右する医薬品でも命運を握られることになり、集めたデータをどう利用するのか分からない不気味さもあり、軍事転用された場合、「特定の人種に病気が発症しやすいウイルスを開発できるのではないかという懸念がある」(政府関係者)といいます

クレジットカードや電子マネーをはじめとするキャッシュレス化が急速に広がる中、カードの不正利用が増え続けており、中でも情報を抜き取ることなく番号総当たりで他人のカードを不正に利用する「クレジットマスター」と呼ばれる古典的手口が水面下で拡大しているといい、専門家は、プログラムやノウハウが広まり、犯行が助長されたと指摘しています。クレジットカードの不正検知システムなどを提供する「かっこ」によれば「2年ほど前からクレジットマスターの相談が増えてきた」と指摘しています。本コラムでも10年以上前に犯罪インフラとして指摘したことがありますが、クレジットカードの番号は14~16桁で構成され、カード会社や国際ブランドごとに番号には一定の規則性があり、こうした規則性にのっとって番号を自動的に生み出し、「当たり」を引くまで決済を試みるというのがクレジットマスターの手口となります。犯人は自動で番号の組み合わせを生み出すプログラム「ボット」などを利用することで効率的に決済を試みているとみられ、かっこの担当者は「ノウハウが広まり、ボットを組むことが容易になったと考えられる」と話しています。加えて、事業者にとっては「オーソリ費用」の負担が大きくなっているほか、オーソリでエラーが多発すれば、最悪の場合、全体のカード決済を一時的に止めなければならない場合もあるといい、事業者側の売り上げやブランドイメージにも傷が付く可能性も指摘されています。クレジットカード絡みでは、偽造した運転免許証などを使って契約したクレジットカードでスマホなどを購入して転売したとして福岡、愛知両県警の合同捜査本部は、20~30代の男性12人を詐欺や偽造有印公文書行使などの容疑で逮捕した事例がありました。郵送されたクレジットカードを受け取るため、空き物件を福岡や愛知、大阪、神奈川など2府7県で計600件以上リスト化して共有していたといい、スマホの転売額やカードの不正利用額は、少なくとも計約1億6800万円に上るといいます。さらに、捜査本部は免許証を偽造していた名古屋市や大阪市の拠点を家宅捜索し、カードなど2千点以上を押収したといいます。逮捕されたグループは緩やかに結び付き離合集散する「匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)」とされ、免許偽造などを担う「内勤」と、カードの受け取りなどを担う「外回り」などに分担されていたといいます。2024年8月6日付毎日新聞によれば、内勤役は不正に入手したIDやパスワードを使い、会員制不動産サイトで空き物件を検索、外回り役らの顔写真を使って運転免許証などを偽造し、インターネット銀行で開設した口座にひも付けしてクレジットカードを契約していたといい、契約されたカードは500枚以上確認されています。また、外回り役は空き物件を下見し、管理人やオートロックの有無などを確認、空き物件に送らせたカードは、業者が内覧用に隠した鍵を使う、偽造された免許証を示して配達員から受け取るなどしており、スマホの購入や売却も外回り役が担い、2023年4月からの1年間で9500万円以上を得ていたとされます。さらに、グループでカードの限度額まで買い物を繰り返し、2023年3月~2024年4月に約7300万円を不正利用していたといいます。トクリュウが関与し、多種多様な犯罪インフラを駆使した犯罪の手口には驚きを禁じえません(過去、単発での悪用は記憶にありますが、複数の犯罪インフラが無駄なく組み合わせられ、最大の利益を得ているといえます)。さらに、他人名義のクレジットカード情報を悪用して電子たばこなどをだまし取ったとして、大阪府警吹田署は、中国籍の楊容疑者を逮捕しています。大阪府吹田市のコンビニで、他人名義のクレジットカード情報が登録されたスマホを電子決済用端末にかざすなどして加熱式たばこ(5800円相当)をだまし取ったというものです。複数台のスマホを使って決済を繰り返す楊容疑者の行動を不審に思った店員が同署に通報、同署が調べたところ、楊容疑者はスマホ26台を所持し、同市内の4カ所のコンビニ店を約1時間半で回って、電子たばこやたばこ計26万円余りを購入していたことがわかりました。楊容疑者は香港から入国し、大量のスマホは日本で入手、調べに対して「たばこの代理購入のアルバイトをしただけ」などと供述、カード会社を名乗って不正に入手したカード情報は少なくとも約80件にのぼっており、同署は余罪や犯行グループなどを調べています。

国連総会の特別委員会は、各国がインターネット上の犯罪に協力して取り組む「サイバー犯罪条約」について議場の総意による無投票で採択しています。条約は月内にも総会本会議に提出され、正式に採択される見通しです(条約はロシアが主導したものです)。強権国家が反体制派の監視を目的として条約を悪用するのではないかとの懸念が米欧では出ており、日本は今後、条約内容を精査し、署名と批准の是非を検討するとしています。条約はネット上の不正アクセスや児童ポルノ拡散などの犯罪捜査で国際協力のあり方を定めたほか、途上国に対するネット犯罪の取り締まりに向けた技術支援が盛り込まれています。米欧は採択の前提として、「表現の自由」の抑圧や差別につながる捜査について、協力要請を拒否できる条項を明記するよう要求、当初、ロシアや中国は反発しましたが、最終的に盛り込まれています。ただ、人権団体は新条約への懸念を強めており、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは声明で「条約は人権保護が不十分で政府の監視を拡大し、世界中のジャーナリストや活動家などに対する弾圧の法的手段となる」と非難し、各国に署名・批准しないよう求めています。

政府の有識者会議がとりまとめた「能動的サイバー防御」に関する中間整理は、官民連携の重要性を指摘しています。サイバーセキュリティ対策は政府の取り組みだけでは限界があり、企業も被害報告や人材確保で責任を負うため、事業計画での位置づけの優先度を上げる必要があります。企業にとって難しいのはサイバー人材の確保で、国内外で争奪戦が起きており、独自に育成する仕組み作りが急務となります。従来はサイバー対策が企業の優先課題とは認識されておらず、法整備にあわせて対応を改めて促すことになります。NTTセキュリティ・ジャパンのまとめによると、2023年にハクティビストが日本の組織などへの攻撃を主張・示唆するSNSでの投稿は135件に上り、2019~22年は0~29件で推移していたところ、2023年に急増しており警戒が必要です。一方、サイバー防御については、攻撃主体や手法が変化する「いたちごっこ」の状況で、企業単独の努力には限界があり、官民の最適な取り組みを常に探る努力が求められることになります。その意味でサイバー防御の不備は経営リスクと認識する必要があります。サイバー攻撃の被害が明らかになれば、企業はレピュテーション(評判)リスクにもさらされることになりますが、能動的サイバー防御によって事前に攻撃を防ぐ回数を増やせれば、信用維持にもつながることが期待されます。一方、サプライチェーン(供給網)を担う中小・零細企業の扱いも課題であり、対策が不十分な取引先のサーバーを狙って被害を拡大させるなどの事案も起きています。重要インフラとは異なり、法律で報告義務などを課す対象に含まれないとみられています。なお、「能動的サイバー防御」に関する中間整理の要旨は以下のとおりです。

政府は社会全体のレジリエンス(強じん性)を最大化できるよう、リスクコミュニケーションや支援を行うべきだ。政府が情報を受け取るだけでなく、官民双方向の情報共有を促進すべきだ。提供する情報は技術情報や攻撃者の手法に関しても必要だ。…通信情報の分析を平時から行い、外国が関係する通信について分析する必要が特にある。個人のメールの中身を逐一すべて見ることは適当とは言えない。通信の秘密との関係を考慮しつつ、丁寧な検討を行うべきだ。通信当事者の有効な同意がある場合の通信情報の利用は憲法上許容される。先進主要国では独立機関が監督しており、日本も検討していくべきだ。…無害化措置は安全なサイバー空間を守る観点で必要な措置だ。防衛省・自衛隊、警察などが保有する能力を活用し、高度化することが極めて重要になる。…事案発生時の司令塔としてサイバーセキュリティ戦略本部の構成のあり方などを検討すべきだ。重要インフラの範囲はデジタル空間の構造を踏まえて考えるべきだ。中小企業の強じん性を高めないと社会全体の強じん性は高まらない。対策を企業だけに任せるのは難しく、メーカーをサポートするなどの対策が必要だ。

2024年3月、米バイデン政権は各州知事あてに送った文書で、「飲料水や下水道システムはサイバー攻撃の格好の標的だ」として、水道システムに対するサイバー攻撃への警戒を呼びかけています。飲料水や重要インフラへ不正アクセスが続き、実際に健康被害を及ぼすリスクに晒されたことが背景にあります。水道システムは身近な重要インフラにもかかわらず、サイバー攻撃への対策が不足しており、攻撃で飲料水に「毒物」が混入するような事態が生じれば、国民の生命や経済活動に打撃を与えかねず、それは日本にとっても他人事ではありません。2019年には、長野県の山間部にある人口6000人ほどの阿智村で水道施設の中央監視装置が攻撃を受け、遠隔監視システムのデータが改ざんされ、最悪の場合は断水に陥る危険性もあったといいます。日本や同盟国・同志国が警戒を強めるのが中国の支援を受けるハッカー集団「ボルト・タイフーン」で、検知が難しく、標的としたシステムに長期間潜伏できる最新型の攻撃手法を駆使しているとされます。政府は重要インフラ事業者に被害報告を義務づけるなど法整備を急いでいます。中国軍の活動が顕在化するのに先立ち、ハッカー集団が襲ってくる懸念もあり、日本のサイバー対策は「マイナーリーグ」(元米政府高官)と皮肉られてきたこともあり、二流からはい上がるために残された時間は少ないといえます。また、関連して、中小の太陽光発電施設がサイバー攻撃を受け、不正送金などに悪用される事例が出始めています。売電収入を目的にパネルを設置した個人所有者が十分なセキュリティ対策を施していないことが原因です。中小の設備は日本全体の2割強に相当し、発電の出力低下などにつながるリスクもあるほか、太陽光を活用した分散型電源システムの普及に影を落とす可能性も出ています。太陽光発電施設に使われる機器はユーザーが発電状況などを遠隔で確認できるよう、インターネットにつながる「IoT」機器となっており、ハッカーが脆弱性を突いて乗っ取り、サイバー攻撃に悪用することが可能となっています。その一例が不正送金で、銀行のネットバンキングなどに口座の持ち主になりすましてログインし、他の口座にお金を送金してだまし取る中で、身元を隠すために太陽光発電のネットワークをサイバー攻撃で乗っ取り、不正侵入の入り口となる「バックドア」を設けられてしまうというものです。サイバー攻撃は電力システム全体にも影響を与えかねず、米国では2019年に企業が運営する太陽光発電所が攻撃され、一時使用不能となったといいます。ハッカーがセキュリティの脆弱な個人の施設に大規模な攻撃を仕掛ければ、電力供給に支障を来す恐れも否定できません。日本では、事業用の太陽光発電はFITによる買取期間が2032年以降に順次終了、維持管理を続けるうまみがなくなると判断した中小の太陽光発電施設の所有者が運営を放棄するリスクも高まっており、どのように安全性を維持していくかが問われています。

以下、最近のサイバー攻撃リスクを巡る報道から、いくつか紹介します。

  • 2024年2月までの1年間にサイバー攻撃などでデータを侵害された企業の平均被害額は、前の同じ時期に比べ10%増え、過去最多の488万ドル(約7億円)になったことが米IBMの調査で判明しています。日本国内の企業の平均被害額も過去最多で、5%増の6億3千万円に上りました。平均被害額は国・地域別では米国の936万ドル、業種別では医療の977万ドルがそれぞれ最も多く、データ侵害を検知してから封じ込めまで平均258日かかっており、セキュリティ業務にAIを導入している企業は封じ込めまでの日数が平均より短く、セキュリティに精通した人材が極端に不足している企業は被害額が平均を大幅に上回る結果となったといいます。IBMの担当者は「セキュリティ技術に関する社内教育の充実やAI導入がサイバー攻撃への有効な対策になる」と指摘しています。
  • 米セキュリティ大手プルーフポイントは詐欺などに使われる「なりすましメール」について日米の大手企業の対応を調査、自社にみせかけた偽メールの配信を防ぐ仕組みを有効にしていると答えた日本企業の割合は20%にとどまり、米国企業の64%に比べ対策が遅れている結果となりました。なりすましメールの配信を防ぐための技術「DMARC」は自社を装ったメールが第三者に届いた際に検知し、受信を制限できるようにする技術ですが、日本企業の設定はなりすましメールが第三者にそのまま受信されてしまう「監視」が全体の63%と大半で、詐欺などの被害防止に有効な「拒否」や「隔離」はそれぞれ7%と13%、DMARCを導入していない企業は17%に上りました(一方、米国では「拒否」と「隔離」がそれぞれ46%と18%で、「監視」は32%でした)。
  • 情報セキュリティ大手トレンドマイクロの2023年の調査では、ランサムウエア被害に遭った企業が復旧や顧客への補償にかけた費用は平均1億7689万円に上り、事業の停止から復旧までに平均10.5日かかったといい、テレワークに利用するネットワーク機器から侵入するほか、取引先や子会社、データセンターのシステムなどを経由する手口が多いということです。サイバー攻撃に詳しいトレンドマイクロの岡本勝之氏は「脆弱性のある入り口がないか確認することが第一歩。サプライチェーン(供給網)全体でのリスク把握にも努めるべきだ」と強調、復旧に必要なバックアップを日頃から取るよう呼び掛けています。また、「身代金を払ってもデータが復旧されるとは限らず、データが暴露されない保証もない」と指摘しています。なお、KADOKAWAの事件では、犯行声明を出したロシア系ハッカー犯罪集団が共同通信の取材に応じ、「交渉は決裂した」、「同社に800万ドル(約11億円)を要求したが、支払いに応じなかった」とコメントしています(真偽は不明です)。
  • 地方自治体が管理する重要インフラや個人情報を狙ったサイバー攻撃が相次いでいます。国レベルや大企業では徐々に対策が進むものの、予算や人材が乏しい地方では後回しになりがちですが、地方の対応が遅れれば重要情報の流出など経済安全保障上のリスクにもつながりかねず、国全体での能力の底上げが欠かせないといえます。2024年8月11日付日本経済新聞の記事「サイバー防御、自治体に死角 責任者に専門家起用0.6%」は極めて示唆に富むものでした。具合的には、「総務省の23年度の調査によるとサイバー対策などを担う最高情報セキュリティ責任者(CISO)を設置している自治体は1733市区町村のうち1620と93.5%にのぼりますが、このうち外部の専門人材を活用しているのは9自治体(0.6%)にとどまり、CISOの9割近くは首長か副市区町村長であり、組織の掌握力が高い幹部が務める利点はありますが、サイバー攻撃に対する知見は専門家には及びません」という指摘や、「サイバー攻撃は金銭目的のほか、重要インフラの機能の停止や重要技術を盗むことを意図したものがあるほか、国家の関与が疑われるケースもあり、防御は経済安保の観点からも重要性が増しています。人を通じた情報流出や、輸出管理なども含めた対応が課題であり、「地方自治体はまさに『経済安全保障』の最前線にいると言っても過言ではない」」との指摘は正に正鵠を射るものといえます。さらに、「近年起きた自治体に関連するサイバー攻撃の原因を見ると多くがシステムのネットワークの脆弱な部分を突かれており、契約の際、攻撃を受けた場合の責任の所在が曖昧だったり、システムの管理が委託先に「丸投げ」になっていたりする事例も目立っています。「鎖の強さは最も弱い輪で決まる」ということわざは、サイバー防御にピタリと当てはまり、国が旗を振っても自治体の体制が脆弱なままでは意味がなく、安全保障は国の専権事項といわれますが、サイバー対策を含めた経済安保は国と自治体が一体となって取り組む必要がある」との指摘も筆者として同感です。
  • サイバー攻撃のビジネス化が脅威を増しています。以前から指摘されていますが「ダークウェブ」上では、偽サイトの作成ツールやSNSなどの送信先リストが数千円から数万円程度で売買されており、犯罪インフラの「大衆化」が進んでいます。また、最近では、何の専門知識をもたない者でもDDoS攻撃が行える、海外サイトの有料サービスによる攻撃代行まであり、正に犯罪インフラの「ビジネス化」とでも言える深刻な状況であり、別の言い方をすれば「攻撃主体の多様化」への対応が急務だといえます。報道によれば、サイバー攻撃の全世界被害額は9兆5千億ドルにも及び、日本のGDPの倍以上という規模になっており、これだけの被害の深刻さに比して摘発は後手に回っています。特に日本では、オンラインカジノやSNS型投資詐欺、ロマンス詐欺など、海外経由の犯罪や海外事業者、海外の犯罪組織による犯罪に対して(警察当局の努力にもかかわらず)あまりに無力な状態であり、国際捜査の連携や法整備が急がれます。関連して、犯罪インフラのビジネス化・大衆化、攻撃主体の多様化を示す事例として、対話型AIを悪用し、暗号資産要求などの機能を持つコンピューターウイルスを作成したとして、不正指令電磁的記録作成などの罪に問われた無職の20代の被告が、東京地裁の追起訴審理で起訴内容を認めたものがあげられます。検察側の冒頭陳述によると、身代金要求型ウイルス「ランサムウエア」で金を稼ぎたいと考え、対話型AI「チャットGPT」の非公式版にウイルスの設計情報を回答するよう指示、複数の情報を組み合わせ、ウイルスを作成したというものです。なお、被告は、他人になりすまし携帯電話のSIMカードを不正契約した詐欺などの罪でも起訴され、公判中です。
  • サイバー攻撃による国内上場企業の潜在リスクを三菱総合研究所の石黒正揮主席研究部長が試算したところ、計約31兆円に上ることが判明しています。国内総生産(GDP)の約5%に上る規模で、被害企業が負担を強いられる情報システムの復旧費に加え、信用失墜やブランド価値の低下、顧客離れによる経済損失を推計したものです。同氏は「企業は対策に適正な費用をかけるべきだ」と指摘しています。上場企業の被害事例を統計分析し、大規模なサイバー攻撃を受けると経済損失は平均で時価総額の3.18%に相当するとの推計結果を得たといい、これを国内上場企業約3900社の2024年5月末の時価総額(計約990兆円)に当てはめ、潜在的な損失リスクは全体で約31兆円になると算出したもので、6月に身代金要求型コンピューターウイルスの被害を受けた出版大手KADOKAWAのように、漏洩した個人情報が拡散するなどの2次被害が起きると、さらに損失が拡大する可能性があります。
  • 水害や地震といった自然災害やサイバー攻撃などに対する企業の備えについて、東京商工会議所が会員企業を調査したところ、回答企業の1割が情報セキュリティ上のリスクに対し投資していないことが明らかになりました。年間50万円未満と回答した企業も合わせると4割に上っています。調査ではまず事業継続計画(BCP)の策定状況を聞き、大企業の73.7%、中小企業の28.2%が策定済みであると回答、全体では35.2%が策定済みで、前回2023年の調査よりも0.2ポイント上昇ししています。さらにBCPで想定しているリスクについて問うと、地震については98%が備えが必要だとし、90.8%がBCPで想定していると回答した一方で、情報セキュリティに関しては79.5%が備えが必要だとしているものの、BCPでの想定は43.8%にとどまっています。サイバー攻撃の被害経験については、大企業の2割、中小企業の1割が、自社がサイバー攻撃を受けたことがあると回答、HPの改ざんやマルウエア(悪意のあるプログラム)による被害に遭ったという声が複数上がったといいます。こうした攻撃に対し、サイバー保険への加入やウイルス対策ソフトの購入といったマルウエアや標的攻撃、不正アクセスなどの脅威から情報を守るための年間投資額を尋ねたところ、13.0%が「投資していない」、30.9%が「50万円未満」と回答、特に中小企業では14.5%が「投資していない」、36.6%が「50万円未満」と回答しており、中小企業で投資できていない現状が浮き彫りになっています。
  • 未成年者がサイバー犯罪に手を染める事例が後を絶たないと報じられています(2024年9月3日付日本経済新聞)。英米の警察当局は7月、約3800人の利用者を抱え、大規模にサイバー攻撃を請け負っていた闇サイトを摘発、利用者には、ゲーム感覚でとらえて攻撃を依頼する未成年者が多く含まれていたといいます。未成年者対策がサイバー攻撃を減らす一手とみて、国を越えた対策も始まっており、英国家犯罪対策庁(NCA)、北アイルランド警察、米連邦捜査局(FBI)は、サイバー攻撃の請負業者「デジタルストレス」を摘発し、管理者を逮捕したと発表、利用者は、専用サイトで登録アカウントをつくり、サイバー攻撃をしてほしい企業や組織を指定すれば、デジタルストレスが請け負い、数分間のうちに攻撃を仕掛けることができたといい、2024年3月には、1日に約12万5000件の攻撃を展開。「世界で最も活発なDDoS攻撃の請負業者だった」(NCA)とされますが、警察当局は「大半の若者は攻撃をゲーム感覚で認識し、刑務所に行く可能性があることに気づいていない」と危機感を示しています。若者とサイバー攻撃は今や切り離せず、対策は喫緊の課題だといえます。2022年にはサイバー犯罪グループ「ラプサス」が米エヌビディアや米マイクロソフト、米ウーバーテクノロジーズ、韓国サムスン電子など世界の大手企業を次々と攻撃、衝撃が走りましたが、英ロンドン警察に逮捕された7人はいずれも16~21歳の若者で、16歳の未成年者が首謀者だったとされます。2023年9月の米カジノ大手MGMリゾーツ・インターナショナルを狙ったランサムウエア事件でも、未成年の17歳の少年を米英の警察当局が逮捕しています。

ブラジル連邦最高裁判所は、米実業家イーロン・マスク氏がオーナーを務めるXに関し、ブラジルでのサービス停止を命じています。同裁が命令した一部利用者のアカウント凍結に応じなかったためで、マスク氏が「検閲」として拒否した騒動は、異例の事態に発展しています。Xはブラジルではルラ大統領も積極的に活用、人々の生活に根付いており、今回の決定は大きな影響を与えています。マスク氏は最高裁の決定を受けて、Xに相次ぎ投稿、「言論の自由は民主主義の根幹だ。選ばれていない偽の裁判官が政治目的で破壊しつつある」と批判、「ブラジルで一番の真実の源が閉鎖される」とも嘆いています。最高裁はこれまでに、2022年のブラジル大統領選に絡んだ捜査の一環として、Xへの投稿で偽情報などを流した利用者のアカウント凍結を命令、応じなければ罰金も科すと通知しています。最高裁のモラエス判事は、裁判所がXに出した命令が順守され、罰金が支払われるまでブラジルでのXの「即時かつ全面的な停止」を命じ、科された罰金は累計で1800万レアル(約4億7000万円)を超えています。モラエス氏はXの「利用禁止」を徹底するため、携帯電話の「基本ソフト(OS)」を提供する米アップルとグーグルに対して、Xのアプリが利用できなくなる措置を講じるよう命令、特殊な技術を使って遮断を回避してXの利用を続ける個人や企業に対しては、1日当たり5万レアル(約130万円)の罰金を科すとしていますが、その後、「不必要な混乱を避ける」としてアップルとグーグルへの命令は停止しています。一方、マスク氏は、「(違法に)秘密裏に実施される検閲と個人情報を渡すという要求に同意すれば、必ず自らの行動を恥じることになる」として、ブラジルのXのオフィスを閉鎖すると表明しています。Xにとって、ブラジルは重要な巨大市場で、2024年春の国内の月間利用者数(MAU)は米国とインド、日本に次ぐ世界4位となっており、マスク氏はオフィスを閉じつつも、Xのサービス自体はブラジル国内で引き続き利用できるとしましたが、マスク氏との対立を深めるブラジル最高裁はそこにも待ったをかけた形になります。ブラジル最高裁はこれまでも、SNSが政治や社に対して及ぼす影響力を警戒してきており、2018年の大統領選では誤った情報が拡散されるなどしており、2021年にはテレグラムの一時閉鎖を命じるなどしています。民主主義を弱体化させる恐れがあるとして最高裁は偽情報の監視を強めていますが、マスク氏との対立の根底には、右派を支援する同氏が、ブラジルへの政治介入を強めることへの警戒があるとされます。なお、Xはインド政府からも、特定のアカウントや投稿を非表示にするよう命令を受けたと明らかにしているほか、パキスタンは「安全保障上の懸念」を理由に、国家がXの利用を制限しています。また、欧州では特にロシアによるウクライナ侵略やハマスの衝突をめぐり多くの偽情報がネットに広がり、当局は危機感を抱きマスク氏らプラットフォーム企業への圧力を強めています。Xはマスク氏による2022年の買収以降、偽情報やヘイトを発信するアカウントを一方的に削除することを避ける方針を貫いてきたため、結果として偽情報がXにあふれ、対策を求める各国・地域と対立している構図にあります。ネットの偽情報を放置すれば暴動や民主主義を揺るがす事態を引き起こしますが、とはいえ国家が一方的に投稿削除すれば検閲を招く可能性もあります。SNSをめぐる騒動はネットの言論空間に誰がどこまで制限するのかという難しい問題を突きつけています。なお、ブラジル連邦最高裁判所の命令により同国内でXへの接続が遮断された措置について、世論調査では賛否が拮抗しているようです。調査会社アトラスインテルの調査では、Xの遮断に「反対する」が50.9%と半数を若干上回り、「賛成する」が48.1%、「分からない」が0.9%を占めました。Xの遮断を命じた最高裁のデモラエス判事とXのマスク氏のどちらが正しいかとの質問には、「判事が正しい」が49.7%を占め、「マスク氏が正しい」の43.9%より多い結果となりました(5.4%は「どちらでもない」と答えています)。また、Xは裁判所の命令に従って一部コンテンツを削除するとともに、虚偽のニュースや悪質なコンテンツの拡散で調査を受けた一部ユーザーの投稿を禁止すべきとの回答は48.9%を占めています。

その他、SNSやAIの犯罪インフラ性を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 各種ソーシャルメディアが、米大統領選に対するロシアの影響力行使が目的とみられる投稿にほぼ未対応であることが分かったとロイターが報じています(2024年9月7日付)。米当局は、米大統領選介入の動画制作に関与したとしてロシア国営テレビの職員2人を起訴したと発表していますが、この事件の中核をなすとみられるオンラインコンテンツ企業、テネット・メディアによるTikTokへの約4000の投稿はそのままで、アクセス可能な状態にありました。ロイターの調べによると、テネット・メディアによる2500超のインスタグラムの動画、4000超のXの投稿のほか、フェイスブック、ランブルでも同様だったといいます。各プラットフォームによる対応の遅れは、今回使われたとされる戦術の斬新さだけでなく、米国内の実在の人物によって投稿されたコンテンツを管理するという政治的な危うさをはらむ問題の両方を反映しています。また、偽情報に詳しい専門家は、ロシアが米大統領選を前に有権者に対して影響を与えるため、米国のソーシャルメディアで影響力のある人に目を向けるようになっていると指摘しています。
  • 米IT大手アマゾンの音声を使ったAI「アレクサ」が、米大統領選を巡る質問に対し、民主党のハリス副大統領に有利な回答をする仕様になっていたことが判明しています。米紙WPは5日、昨年後半に追加されたAIソフトの影響だと報道、共和党のトランプ前大統領の陣営は「ビッグテック(巨大IT企業)による選挙干渉だ」と反発しています。報道によれば、アレクサは「なぜトランプに投票すべきか」と問われた際には、「特定の政党や候補者を薦める内容は提供できません」と回答、しかし、「なぜハリスに投票すべきか」との質問には「たくさんの理由があるが、最も大きな理由は、彼女は折り紙付きの実績がある強力な候補だからだ」、「初の女性副大統領としてジェンダーの壁を壊した」などと回答、「なぜトランプに投票すべきではないか」との質問には、「いくつか理由がある。彼の移民政策などを懸念する人もいる」などと回答したといいます。
  • 米司法省は、AIを通じて賃貸価格が操作され家賃が高止まりしているとして、米不動産管理ソフト大手リアルページを反トラスト法違反の疑いで米裁判所に提訴しています。司法省はAIのアルゴリズムを通じた価格カルテルとして、サービスの差し止めを求めています。家賃や住宅の値上がり対策は、民主党の大統領候補であるハリス副大統領が中間層向け支援策として掲げるテーマの一つであり、司法省は訴状で、リアルページは賃貸集合住宅向けの家賃管理ソフトで約8割の市場シェアを持つ「独占企業」だと指摘、多くの家主が同社のソフトを使い、ソフトが推奨する値上げを採用したことで大家間の価格競争が失われ、家賃相場全体が高止まりしたと主張、推奨価格が実際に適用されているかも、ソフトを通じチェックされていたといいます。
  • 警察庁は口座情報などを盗む「フィッシング」に使われる偽サイトを生成AIで判別するシステムを構築するとしています。増加する偽サイトを人間の目で判別するには限界があり、AIを活用し効率化させるといいます。盗まれた口座情報は不正送金に悪用されるケースが多く、偽サイトを排除し被害の抑止をはかる狙いがあります。偽サイトはネット上の住所にあたるドメインが正規サイトと異なる、日本語に不自然な点がある、といった特徴がありますが、現在は寄せられた情報をもとに警察庁の職員が目視で判断しているものの対応が追いつかず、有識者検討会でAI活用を検討してきたものです。新たなシステムでは偽サイトの特徴を生成AIに学習させ、人に代わってAIが真偽を識別するものです。詐欺グループの摘発に向けては、犯罪収益のマネロンに悪用されるケースが多い暗号資産の流れを追跡する体制を整えるとしています。民間業者が提供する暗号資産の分析ツール利用料を概算要求に盛り込んでいます。暗号資産の監視能力を高める背景には、SNSを通じて集散する新たな組織形態「匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)」の活発化があり、首謀者の周辺に犯罪収益が集まる傾向があることから、暗号資産を含め流れを追う考えとなります。さらに、警察庁職員は32人の増員を要求、サイバー特別捜査部(兼務を含む)は300人超、サイバー警察局などは約250人の体制ですが、それぞれ十数人を加えて計約600人体制とするといいます。また、都道府県警の警察官320人の増員も要求し、潜在化するサイバー攻撃による被害の実態把握などを狙うとしています。また、サイバー特捜部などがネット上の公開情報と発信元の特定が難しいダークウェブなどの情報を集約し、分析する体制を強化、事件に関わる疑いがある人物の関係性や暗号資産の流れを分析するための資機材を整備し、分析能力を上げるということです。

(6)誹謗中傷/偽情報等を巡る動向

2020年に亡くなった女子プロレスラーの木村花さん(当時22)への中傷を巡り、投稿者とされた側が「身に覚えがない」と逆に遺族を訴え、判決も「第三者による捏造の可能性」を認めています。SNSによる誹謗中傷は社会問題化していますが、投稿画像が偽物である可能性は知られておらず、双方の訴えはやむをえなかった面もあり、」専門家はAIの活用や拡散抑止などを呼びかけています。誹謗中傷投稿の削除や名誉回復を求める場合、まずは投稿者の特定が必要で、アカウントは匿名が多く、被害者は発信者情報の開示を求めてプロバイダーなどを相手に裁判を起こす必要があります。開示請求は2022年に手続きが簡略化されたことで急増し、最高裁によると2023年は全国の裁判所で3959件の申し立てがあったといいます。請求が認められるためには「権利侵害が明らか」といった要件がありますが、投稿画面を保存したスクリーンショット画像は請求段階でも証拠として用いられることが多く、ある裁判官は「開示請求の段階では、プロバイダー側から画像が偽物との主張がなければ裁判所として真偽を判断するのは難しい」と明かしています。本件で女性側は「そもそも投稿していない」と反論、画像には投稿日時の表示がない上、自分のアカウントは非公開で投稿は2回しかなく中傷を広めるものではないとして、画像は捏造だと訴えたほか、画像は捏造と容易に判断できたとし、「家族間で中傷の投稿をしたか尋ねざるを得ず、平穏な生活を送る権利を侵害された」と主張しています。一方の代理人弁護士も「SNSの投稿はすぐに削除されることが多く、入手画像から投稿者をたどるしかなかった。入手した当初から捏造かどうか、不信感を抱くのは難しかった」と話しています。判決は、中傷の証拠として提出されたスクリーンショット画像について「捏造された可能性を否定できない」として、響子さん側の請求を棄却、一方の女性側の損害賠償提訴についても、「捏造されたと容易に知り得たとまでは認められない」、根拠がない訴訟を「あえて提起したとはいえない」と退けています。今回の女性側のように、自分のアカウントの画像をもとに捏造されれば投稿者に仕立て上げられ、訴訟を起こされるリスクもありますが、一方で、訴訟を起こす側も「根拠がないと容易に知り得た」とみなされれば提訴自体が違法とされかねないおそれがあります。今回の訴訟でスクリーンショット画像が捏造される可能性が知られたといえ、今後は慎重な対応が求められるといえます。報道でネット上の偽画像に詳しい専門家は「画像の真贋を人の目で判断するのは難しい」と強調、精度の高い画像をつくる技術が急速に進化したことに加え、一般向けのサービスが普及して身近になったことが背景にあり、有効な対策とされるのがAIなどを活用した自動検知システムで、同研究所もAIが生成した画像や映像の真偽を自動判定するプログラムを開発していますが、膨大な偽情報や画像自体を減らすことはできないといえます。別の専門家は「SNSは『フェイクが蔓延している』との前提で利用すべきだ」と指摘、「偽情報の拡散を防ぐ情報環境の健全化はSNSの運営側に求められる」としつつ、「今やスマホ一つで誰もが簡単に画像を加工・修正できて、フェイクがあふれる時代になった」として、「中傷を受けたのに訴えられてしまうという不幸な事態は、誰にでも起こりうる。利用者の側も、目の前の情報を疑う癖をつける必要がある」と警鐘を鳴らしています。

パリ五輪・パラリンピックでは選手らの心のケアも重要なテーマとなりました。重圧に押しつぶされそうになったり、誹謗中傷に傷つけられたりと状況が深刻化する一方、日本は対応の遅れが指摘されています。体操女子の宮田選手の件について、専門家は、宮田選手の「個人の責任」に関心が集中したことを危惧し、「個人の責任だけでなく、健全なストレスに対処できる環境が不十分だったことも問題だったといえるだろう」と指摘しています。国際オリンピック委員会(IOC)が2019年に出した声明は、メンタルヘルスについて個人の問題や責任とせず、スタッフや組織全体で考えることを強調しています。こうした状況に選手個人が対処するには限界があり、専門家は「アスリートだからメンタルも強いというわけではない。日本も海外と同じ水準の知見と活用できる場が必要だ」と指摘しています。しかしながら、国際オリンピック委員会(IOC)の選手委員会は、パリ五輪期間中に選手や関係者に対してオンライン上で8500件を超える誹謗中傷の投稿が確認されたと発表しています。「あらゆる形の攻撃や嫌がらせを、最も強い言葉で非難する」などと声明で訴えています。IOCはパリ五輪で初めて、SNSでの法律やガイドラインに反する投稿をリアルタイムでAIが検知し、自動的に削除する仕組みをプロバイダーとも協力して構築、しかし誹謗中傷は止まらず、選手が心を痛める事態が相次ぎました。世界陸連が2021年11月、東京大会期間中に陸上選手らがSNSで受けた誹謗中傷を調査したところ、87%は女性が標的になっていたと発表、中傷の内容は性差別が最多の29%で人種差別、根拠のないドーピング疑惑と続いたといいます。残念ながらパリ五輪・パラリンピックでも改善されたとはみえない状況です。なお、日本では、ブログへの投稿で名誉を傷付けられたとして、パラアーチェリーの選手がパリ・パラリンピックのアーチェリー日本代表の重定選手に損害賠償を求めた訴訟で、重定選手側が約120万円の賠償を命じた東京地裁判決を不服として東京高裁に控訴、その後、日本代表を辞退するという事案がありました。判決を受け、日本パラリンピック委員会(JPC)は日本身体障害者アーチェリー連盟(JPAF)に、国際総合大会への選手派遣規定に抵触する疑いがあると指摘していたものです。また、日本バレーボール協会、日本陸連などが怒りに任せた暴力的なコメントや、アスリート本人の尊厳を傷つけるようなメッセージ」があったとした上で「悪口を言うことで人を傷つける行為を見過ごすことはできません。愛のある応援をお願いします」、「行き過ぎた内容の誹謗中傷の投稿に関しては、今後法的措置も辞さない考えを持っている」といった声明を発表しています。海外では、ボクシング女子で、性別を巡る騒動の渦中で66キロ級を制した選手(アルジェリア)が、インターネットなどで誹謗中傷を受けたとしてフランス捜査当局に容疑者不詳で刑事告訴、中国公安省がパリ五輪期間中に選手やコーチをSNS上で誹謗中傷したとして、18~38歳の男女5人を摘発、といった対応が報じられています。なお、本件についてソウル五輪銅メダリストでスポーツ心理学者の田中ウルヴェ京さんのコメント(2024年8月5日付朝日新聞)が大変示唆に富むものでした。具体的には、「誰でも自分に対する「脅威」「損」「害」にネガティブな感情を持ちます。観戦にのめり込み当事者意識を強く持つほど、応援する選手が負けたことなどについて我がことのようにとらえ、怒りを覚える人はいます。そこにゆがんだ正義感が加わることで、相手選手などを攻撃することが正しい、と考えてしまう。客観的に見れば選手とは何も関係がないただの視聴者で、中傷するほどの情報も持たないはずなのに、です。これは国籍や時代に関係なく起きてきたことなので、中傷がなくなることはないでしょう」、「本来は、その人の過剰な感情移入なわけですが、感情自体が悪いわけではない。しかし、その感情を誰かにぶつけることでしか自分のネガティブな状態は解消できないと考えているのであれば、行動の種類は選択できることを理解することが得策です」、「中傷を減らすためにも、SNSから匿名性を排除するというのは一つの方法です。自分の人生をリスクにさらしてまで他人を攻撃することにメリットを感じるひとは少ないでしょう。代わりに専門的な知見に基づいた、建設的な意見が交わされる空間になる可能性はあります。プラットフォーム事業者に中傷の投稿を制限させるなど、国を挙げて対策してもらいたいと考えています」というものです。匿名性を排除するという意見は確かに行き過ぎかもしれませんが、それでも「建設的な意見が交わされる空間」をプラットフォームに求めることも当然のことだと思います。誹謗中傷の問題を考えるとき、匿名性をどこまで制限するか/できるかが大きな分岐点になることをあらためて感じさせます。関連して、河野太郎デジタル相が「(SNSでの)誹謗中傷を止めないといけない。一つは法的な手段に訴えること。もう一つ簡単にできるのはブロックすること」、「誹謗中傷がある程度野放しになったことで、政治家なら誹謗中傷していい、芸能人なら、五輪選手ならと、対象が広がっている」とした上で、「懸念しているのは、誹謗中傷する人に対しブロックした人が『けしからん』みたいに批判され、怖がってブロックしなくなるということ。大きな問題だ。誹謗中傷をネットで受け止める必要は全くない。ブロックを批判をするのはおかしいと、声を大にして申し上げたい」と述べています。

誹謗中傷とはやや異なりますが、北海道が2023年に実施したアイヌ生活実態調査で、初めてSNS上での差別について尋ねたところ「自分自身が受けた」という回答が3割に及び、「身近な人が受けた」でも6割に上ったことが分かったといいます。報道によれば、アイヌへのSNS上での差別を巡っては近年、国会議員や札幌市議がXやフェイスブックなどに差別的な投稿をしたとして問題になっています。実態調査は、アイヌの生活状態を把握するため、北海道が1972年から4~7年ごとに実施し、人口や経済状況といった項目のほか、差別への意識も調べているもので、どういった場面で差別を受けたかを面接で尋ねており、2017年の前回調査では「学校」や「職場」が多かったものです。2023年の調査から「SNS」についても聞くこととした結果、アイヌを理由にSNSで自分自身が差別を受けたことがあると回答したのは3割で、場面別の最多になったということです。一方で「職場」は2割を切り、「学校」も1割を下回ったといいます。身近な人が差別を受けた場面でも「SNS」が6割を占め、2割弱が回答し次に多かった「学校」を大きく上回る結果になったといいます。

誤情報が大きな騒動をもたらした事例が英で発生しています。2024年8月22日付朝日新聞の記事「難民申請者「死ぬかと」 英暴動、逮捕者1千人超 誤情報拡散の末に」に詳しく紹介されていますが、具体的には、「タムワースから北西に約150キロ離れたサウスポートで7月29日、当時17歳の男がダンス教室にいた少女3人を刺殺する事件が起きると、「犯人は英国に着いたばかりの移民だ」「イスラム教徒だ」といった情報がソーシャルメディアを駆け巡った。だが、実際には容疑者は両親がルワンダ出身なだけで、本人は英ウェールズ生まれだった。また、警察は「容疑者はイスラム教との関連はなさそうだ」ともしている。それでも、誤情報は拡散され、止まらなくなった。英国各地で「反移民」「反イスラム教」を主張する暴動が相次いだ」もので、専門家は「「反移民」や「反イスラム教」、「反政府」や「反民主主義」といったイデオロギー的なものとして見ることができる。その背景には、保守党の右派が、移民に対して極端に人種差別的で、悪魔的な見方をしたこともある。一方で、非イデオロギー的な側面もある。たとえば、夏の暑さ。歴史的に、夏は怒りや不満がたまりやすい。ソーシャルメディア上の誤情報も理由の一つだ。政府は規制を検討すべきだろうが、ソーシャルメディアで利益を得ようとする人びとは常に抜け穴を見つける。それよりも、不平等な社会の危険性を認識し、そこに対してエネルギーを注ぐべきだろう」と指摘しています。一方、特筆すべきことは、英国社会の反応で、英スターマー首相は暴動に対する法的な処理を急ぎ、「行為には結果が伴う」というメッセージを送り、イスラム教徒を守ろうと立ち上がった市民もおり、ジャーナリストたちも、暴動に対する平和的なデモの様子を報道しました。「国家による正義の実現と民主主義的な対応がうまく融合すれば、無秩序がさらに広がることを食い止められるという事例になった」という指摘は心強いものでもあります。

能登半島地震の発生直後、Xに投稿された救助要請のうち、約1割が偽情報と推定されることが、総務省所管の情報通信研究機構(NICT)の分析でわかったといいます。人々の関心を集めて広告収益につなげるSNSの仕組みが背景にあるとみられています。NICTは、2024年1月1日の能登地震発生後24時間以内に書き込まれたXでの日本語の投稿の1割から、AIを使って、石川県の災害に関連する情報約1万7千件を抽出、うち、救助を求める内容は1091件あり、それらについて、現地で確認してはいないものの、記載された住所の存在を確かめたり、報道の内容と照らし合わせたりするなどした結果、104件を偽情報と推定したものです。NICTによると、存在しない住所が書かれた投稿や、海外のアカウント発とみられる投稿があったほか、複数のアカウントが同じ文言で偽の救助要請をするケースも多かったといいます。SNSの中には、閲覧数が増えると投稿者に広告収益が多く入る仕組みを持つものもあり、こうした「アテンション・エコノミー」が偽情報の増加の要因になっています。能登半島地震では、SNS上での偽の救助要請が社会問題化、7月には、被災者を装ってウソの要請を投稿し、警察の捜索活動を妨げたとして、埼玉県の男が偽計業務妨害容疑で石川県警に逮捕されています。また、南海トラフ巨大地震の「臨時情報」や台風10号を巡っても、SNSでは不安をあおる偽情報や、不審な投稿が広がりました。総務省は、Xなどプラットフォーム事業者4社に対し、偽・誤情報について、利用規約を踏まえて適正な対応を実施するように要請しています。Xでは「2024年8月14日に南海トラフ地震が発生する」といった根拠のない予測が出回り、匿名のアカウントが2018年に同様の内容を投稿していたが、臨時情報の発表を機にその投稿が拡散されたとみられています。さらに、今回発生した地震について「政府による人工地震だ」と主張するデマや、「#地震雲」とハッシュタグをつけて、雲の画像を添付した投稿も広がっており、これらに対し、気象庁気象研究所はXで「雲は地震の前兆にはなりません。雲の見た目から地震の影響等を判断するのは不可能」と投稿、Xではそのほか、「地震」「臨時情報」などと検索すると、画像からアダルトサイトなどに誘導するスパム(迷惑)投稿が大量に表示されるため、関連情報が探しづらい状態となっています。あらためて社会不安の増長回避に向け、災害時の偽情報の拡散防止策に改めて注目が集まっており、ITや電機メーカーは、SNSの投稿の矛盾検知などの開発を急いでおり、官民一体の取り組みが欠かせない状況にあります。例えば、富士通はフェイクニュースを防ぐシステムを開発中だ。SNSの情報を文章や画像、動画、音声ごとに分けて内容に矛盾がないかどうかを多角的に分析、発信者や場所、日時などの整合性を見極め、偽情報の発見を目指しています。また、日立製作所は、AIが使う単語をあらかじめ複数パターンで設定し、「電子透かし」で高い精度で識別できるようにしています。国立情報学研究所の越前功教授(情報セキュリティー)は、偽情報の増加について「閲覧数稼ぎといった金銭的理由に加え、生成AIで偽画像が簡単に作れてしまう」と指摘、ただ、インターネット上にあふれる情報を人が逐一確認するのは現実的ではなく、真偽を確認する企業の技術開発が重要だとも指摘、経済安全保障や人材育成などの観点からも「国が支援し、国産の技術として育てることに意義がある」と強調していますが、筆者としてもそのとおりだと考えます。

▼警察庁 令和6年宮崎県日向灘を震源とする地震におけるインターネット上の偽・誤情報に注意!
  1. 被害状況や救助に関する偽・誤情報
    • 過去の災害画像を転用して被害状況を伝える投稿
    • 画像は本物?過去の災害等の無関係のものではない?
    • チェックポイント
      • 画像は本物?過去の災害等の無関係のものではない?
      • 災害の専門家が発信している情報?
      • 信頼できる提供元からの情報?(他のメディアでも報じられている等)
    • 不確かな情報は安易に拡散しないで!迅速な救助や復旧・復興の妨げになる可能性があります。
  2. 災害に乗じた詐欺関連の投稿やメール
    • 二次元コードを添付して寄附金を求める投稿
    • 支援物資や義援金を募るEメールやSMS
    • チェックポイント
      • 支援を求めるアカウントは、実在する団体等のもの?
      • 文字や文章の一部がおかしかったり送信元メールアドレスが海外ドメインであるといった不審点はない?
    • 安易にコードの読み取りやリンクのクリックをしないで!詐欺サイトやフィッシングサイトに誘導されるおそれがあります。

ロシアによるウクライナ侵攻においても、フェイクニュースを駆使するロシアへの対応にウクライナは苦慮、とりわけデジタルメディアを介した偽情報に対して特に脆弱になっています。USエイドが2023年に委託した調査によれば、人口の4分の3以上がソーシャルメディア経由でニュースに接しており、他の情報源に対して群を抜いて高い比率となっているといいます。ハリコフへの攻撃に伴い偽情報流布の活動は急増しましたが、侵攻開始以来、これに似たロシア側の作戦は繰り返されているといいます。2023年10月のロシア側の、ウクライナは厳しい冬を迎え敗北間近であるという考えを浸透させるのが狙いの「ブラック・ウィンター」と呼ばれる作戦に関するデータによれば、549アカウントから914件の投稿があり、合計で2500万回近く閲覧されたといいます。ただし、ロシアの偽情報作戦がこれだけの規模と頻度で行われているせいで、ウクライナの人々は受信する情報の真偽に対して警戒心を強めており、偽情報の影響力には陰りが見られるといいます。同様に旧ソ連のバルト3国は、ウクライナ侵攻でロシアを激しく批判していますが、モルドバは、激化するロシアの「情報工作」に危機感を募らせており、協力して対抗するとしています。モルドバの地元報道によると、親ロシア勢力のSNSでは、「ウクライナ軍の戦闘機がモルドバの空港に配備されていて、ロシアの報復攻撃を受ける」「(今の)政権が続けば、多くの教師が失職する」といった政権批判の「偽情報」が拡散されているといい、背景には、2024年10月の大統領選で親欧米のサンドゥ氏を落選させ、EU加盟の是非を問う国民投票を不成立にする狙いがあるとみられています。ナウセーダ氏はモルドバの首相との会談で、「我々はハイブリッドの脅威と偽情報に対抗する経験がある。うまく協力できる分野だ」と述べています。

韓国で、SNSに投稿された知人女性らの顔写真などをAIで合成して作られた精巧な性的画像がインターネット上で拡散し、政府が対策の強化に乗り出しています。「ディープフェイク」と呼ばれるこれらの偽画像に関する被害を申告した小中高校生は2024年1月以降、200人近くに達し、被害者だけでなく投稿者の側も未成年者が多いといい、深刻な社会問題となっています。日本でも、警察庁によると、2023年、性的な偽画像に関連して検挙された容疑者は120人で、うち75.8%が10代だったといいます。韓国では、テレグラムを利用して未成年の被害者らを脅し、性的な動画などを共有する事件が2019~20年にかけて大きな社会問題になり(n番部屋事件)、2020年に性犯罪処罰法が改正され、頒布する目的で人の顔や体の画像を性的に加工した場合、5年以下の懲役か5千万ウォン(約540万円)以下の罰金を科せるようになりました。しかし、頒布の意図が明白でなければ処罰できないなどの課題があり、国会では、法改正し厳罰化する方向で議論が進んでいるといいます。とはいえ、テレグラムは匿名性が高く、当局の捜査で投稿者を特定するのは容易ではなく、問題発覚後も新たなチャットルームが作られ、匿名のユーザーが新たな偽画像の投稿を予告するなど「いたちごっこ状態」となっています。

米大統領選投票日を2024年11月に控え、中国が米国の有権者になりすましてソーシャルメディアを利用し、米政治家を中傷し分断をもたらすようなメッセージを流していることが判明しています。「スパムフラージュ」と呼ばれる工作は、中国国家当局とつながりがある世論操作活動の一環で、スパム(迷惑メッセージ)を拡散したり、世論誘導のために標的を絞った宣伝活動をネット上で展開したりしているものです。専門家によると「スパムフラージュ」は少なくとも2017年から行われていますが、こうした工作は選挙が近づくにつれてより活発になっており、50を超えるウェブサイトやソーシャルメディアプラットフォームで数千のアカウントを活用、具体例としては、米国の反戦活動家になりすまし、SNSのXで複数のアカウントを使って、トランプ前大統領にオレンジ色の囚人服を着せて「詐欺師」と称したり、バイデン大統領を「臆病者」と呼んだりするミームを作成したものがあるといいます。スパムフラージュのメッセージは、民主党もしくは共和党のどちらか一方の政治的立場を支持するものというより、米国社会や政府への批判を高めることを狙っているとみられています。

2024年1月、米北東部ニューハンプシャー州であった大統領選の予備選前、バイデン大統領に似せてAIで生成された音声の自動電話がかかり、投票をしないように呼びかけた事件で、米連邦通信委員会(FCC)は、なりすまし電話を発信した通信会社が100万ドル(約1億5千万円)を支払うことで和解したと発表しています。偽電話をめぐっては、ニューハンプシャー州の司法当局が5月、政治コンサルタントの男を投票抑圧などの罪で起訴したほか、FCCもこの男に600万ドル(約9億円)の罰金を科すと発表しています。最新のAI技術をめぐっては、米オープンAIが5月、対話型AI「ChatGPT(チャットGPT)」で人間と同じ速度で会話できる機能を発表。急速に技術が進化するなか、AIが生成したディープフェイク画像などの選挙への影響が懸念されています。

自民党の情報通信戦略調査会は、SNSなどインターネット上で流される偽情報に厳格な対応が急務だとする政府への提言をまとめています。「民主主義の根幹を揺るがしかねない」と強調し、情報が発信された国を表示させるなどの仕組みの整備を求めています。また、南海トラフ巨大地震の臨時情報でも悪質なデマが拡散されるなど社会的な課題となっており、対策を急ぐとしたほか、偽情報が「国民の意思決定に影響を及ぼす」ことで表現の自由の基盤を覆すと指摘、健康被害や詐欺などの被害も発生していると警鐘を鳴らし、生成AIの悪用により人権侵害や犯罪の懸念もあるため「強力な対策が必要」としています。海外では偽情報がサイバー攻撃に利用されているとの報告もあると紹介、具体的な対策として、偽情報の発信者に対する法律の厳格な執行を要求、書き込んだ者の発信国などを表示させる仕組みが必要としています。一方、インターネット上にあふれる偽・誤情報について、対策を議論する総務省の有識者会議「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会」で、7月に公表した提言案に対するパブリックコメントの内容が公表され、案に盛り込まれた「ファクトチェックの推進」をめぐっては、パブコメを受けて一部修正されています。対策案では、プラットフォーム事業者に、SNSの投稿の削除基準の策定や公表、チェックする人員の体制に関する情報の公表を求めましたが、これに対し、パブコメでは、X社などから、「審査体制の透明化には反対する。開示はリスクを増大させる」、「結論ありきで性急に法制化を進めるべきではない」など慎重な検討を求める意見がありました(。一方、日本新聞協会は「プラットフォーム事業者の自主的な対応が不十分だ。責務をより強く打ち出すべきだ」としています)。また、表現の自由に関して配慮を求める意見も寄せられています。さらに、対策案に盛り込まれていた「ファクトチェック」については、元の案では「ファクトチェックを専門とする機関の独立性確保に留意」すると書かれていたところ、「政府・公的機関などからのファクトチェック組織の独立性が確保されるべきである」と修正されています。ファクトチェック推進団体「ファクトチェック・イニシアティブ」(FIJ)がパブコメで、公的機関からの独立を必須と明記し、義務化するよう求めていたものです。専門家たちが問題視したのは、客観的な検証が求められるファクトチェックを、政府が主導することの危うさです。また、ファクトチェックの担い手の「質」や公平性にも懸念が集まり、FIJ理事長の瀬川至朗・早稲田大教授はパブコメで、政府からの独立を明記しなければ、「特定の政治的主張を目的とする団体が国際的な基準を無視して『ファクトチェック団体』を名乗り政府に批判的な言説を『ファクトチェック』と称して批判したりする事態が危惧される」と懸念を表明していました。それ以外では、SNS事業者に広告の事前審査の厳格化や本人確認などの対応を義務付け、関係者が定期的に取り組みを検証する協議会の設立も提言、政府は制度設計を詰め、2025年の通常国会も視野に法整備を進める方針としています。SNSで実業家の堀江貴文さんやジャーナリストの池上彰さんら著名人になりすました投資詐欺広告による被害が急増したことや、災害時の悪質なデマの拡散といった問題を背景に、実効性のある幅広い規制を導入する機運が高まったことが背景にあります。

▼総務省 デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会(第26回)配付資料 ※ワーキンググループ(第33回)合同開催
▼資料26-1-1 「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会とりまとめ(案)」に対する意見募集結果(概要)
  • 表現の自由に関する慎重な配慮の必要性
    • プラットフォーム事業者による透明性確保の水準といった、「表現の自由」の根幹に係る議論に関する評価の指標及びプロセスに関する詳細な検討過程については、対象事業者や業界団体等のステークホルダーへ丁寧な説明を行っていただきたい。【LINEヤフー】
    • 情報流通の健全性確保に向けた具体的な施策の検討や課題への対処に当たっては、表現の自由と知る権利の保障を謳う基本理念に常に立ち返り、検討、対処されることを強く要望する。【テレビ東京】
    • (回答案)表現の自由の基盤を確保するという観点から、今後、総務省における丁寧な政策検討がなされていくことを期待。
  • アテンション・エコノミーに関する意見
    • 「アテンション・エコノミー」は、それ自体に本質的な欠陥があるわけではなく、むしろイノベーションを促進し、表現を育み、活気あるオンラインエコシステムを支えている。【Google】
    • 偽情報や誤情報の発信・拡散を容易にするとともに、フィルターバブルやエコーチェンバーなどアテンション・エコノミーによる様々な課題を引き起こしているのはPF事業者のサービス設計によるところが大きい。PF事業者が情報流通を担う責任を自覚し健全な言論空間の維持に向け主体的に取り組むことが、各ステークホルダーの協力・連携の前提。【日本新聞協会】
    • (回答案)イノベーションの結果として、インターネット上のアテンション・エコノミーといった特徴が特に注目されており、対策が必要という議論がなされているという認識。表現の自由の基盤を確保するという観点から、今後、総務省における丁寧な政策検討がなされていくことを期待
  • コンテンツ・モデレーション実施に向けた慎重な検討の必要性
    • 違法性のない情報に対するモデレーションに関しては、表現の自由を尊重しつつ、各プラットフォームのサービスの特性や利用規約に基づいて、柔軟な対応がなされるべき。また、投稿者の表現の自由を過度に制限したり、プラットフォーマーの裁量を狭めるような方策は、憲法上の権利を侵害する可能性があり、慎重な検討が必要。【AICJ】
    • 行政庁からのモデレーションの要請については、実質的には削除を求められることから、それが検閲類似の行政庁による表現の自由への制約(事前抑制)とならないよう、極めて慎重な配慮が必要。【Google】
    • コンテンツ・モデレーションの実施要否等の判断に関与する人員等の体制に関する情報の公表に対して、反対。適切なコンテンツ・モデレーションの在り方はプラットフォームごとに異なる。その上で人員等の体制について評価の方法がないにも関わらず情報開示を求めるのは非常に乱暴な話であり、意味がないどころか、リスクにもなり得る。【X】
    • (回答案)表現の自由の基盤を確保するという観点から、今後、総務省における丁寧な政策検討がなされていくことを期待。
  • 協議会に係る制度設計に向けた慎重な検討の必要性
    • マルチステークホルダーにより構成される協議会の設置に関しては、その構成員、役割、権限等についての透明性確保とともに、同協議会の活動が、デジタル情報空間における表現の自由を不当に侵害しないよう慎重な制度設計を要望。【民放連】
    • 民産学官のマルチステークホルダーによる取組が、政府による制度設計の下で実施されることに強い懸念。言論の自由への政府による介入を想起させるとともに、そのような枠組みが今後政府によるファクトチェックを推進するための枠組みとして利用されることはないか、措置の目的や必要性、設計の在り方から慎重に議論をすべき。【新経連】
    • (回答案)総務省において、できるだけ幅広い意見を踏まえながら、議論・検討が深められていくことを期待。
  • 広告の質の確保に向けた法制化の妥当性
    • 結論ありきで性急に法制化を進めるのではなく、オンライン広告の配信の仕組みなどについて丁寧に情報収集を行い、広告事業の実態を踏まえた慎重な検討をするべき。関係省庁とも適切に連携を図るべき。【LINEヤフー】
    • 広告審査体制の透明化について反対。プラットフォームごとにプロダクト・サービスが異なり、必要な体制が異なる。評価することもできない状況で誰しもアクセスできる情報として開示することは、リスクを増大させる。【X】
    • 営利広告が制約の余地が大きいということの根拠については議論の余地がある、という指摘には賛同し、慎重な議論が求められるべき。【スマートニュース】
    • (回答案)総務省において、広告の仕組みや事業実態をしっかり把握した上で、適切な対応がなされることを期待
  • ファクトチェック機関の独立性確保の必要性
    • 取りまとめでは、「政府・公的機関などからのファクトチェック組織の独立性確保が必須」との明記が必要。【FIJ】
    • (回答案)「政府・公的機関などからのファクトチェック組織の独立性が確保されるべき」に修正。【とりまとめ案修正】
    • 情報伝送プラットフォーム事業者によるファクトチェック団体への財政支援については、ファクトチェックされる情報を掲載するPF側が、ファクトチェックする側を支援するという点で、公平性について賛否両論あると理解しており、政府として積極的に推奨するべきではないのではないかという点については留意すべき。【SMAJ】
    • (回答案)ファクトチェックの公平性・中立性に留意しつつ、取組が進められることを期待。
▼資料26-2-1 「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会」とりまとめ(案)(概要)
  • デジタル空間における情報流通を巡っては、偽・誤情報の流通・拡散等のリスク、それをもたらすアテンション・エコノミーやフィルターバブル等の構造的リスクが存在。
  • さらに、生成AI等の新たな技術やサービスの進展・普及によって、このようなリスクが加速化するおそれ。
  • デジタル空間における情報伝送PFサービスの現状等を整理し、情報流通を巡るリスク・問題を整理。
  • デジタル空間を活用した技術やサービスの進展・普及等の状況
    • 情報伝送PFサービスは、国民生活や社会経済活動等に広く・深く浸透(人々は情報収集だけでなく発信手段としてサービスを利用。企業や行政による発信や企業等によるデジタル広告出稿も増加 等)
    • 情報伝送PFサービスの情報流通の場としての公益性の高まり(人々の主な情報収集先は伝統メディアから情報伝送PFサービスへ。災害時の情報収集手段としてもSNS等が活用 等)
    • 新たな技術やサービスの進展・普及に伴う変化(生成AI等の新たな技術・サービスの進展・普及によるネット上のコンテンツの多様化 等
  • デジタル空間における情報流通を巡るリスク・問題
    • 偽・誤情報等、なりすまし型「偽広告」等の流通・拡散、信頼性のある情報の相対的な減少
    • アテンション・エコノミーやフィルターバブル等、情報伝送PFサービスの特徴等により生み出される構造的なリスク・問題
    • 上記を加速化させるリスク・問題(新技術やサービスの進展・普及、地政学上等のリスク・問題等)
    • 特に、多くの人の間で正確な情報の適時な共有が求められる事態における偽・誤情報等の流通・拡散(令和6年能登半島地震等における偽・誤情報等の流通・拡散等)
  • 様々なステークホルダーによる課題への対応状況
    • 偽・誤情報等の流通・拡散をはじめとするデジタル空間における情報流通を巡るリスク・問題は、実空間への影響も顕在化・深刻化。
    • 現在、デジタル空間における情報流通を巡るリスク・問題に対して、様々なステークホルダーが自主的に様々な対応をしてきている状況にあるが、対応は区々であり、ステークホルダー間におけるこれまでの連携・協力も必ずしも十分とはいえない状況。
    • 情報伝送PF事業者においては、偽・誤情報等への対応として、ステークホルダーとの連携・協力を通じた一層の取組が必要。
    • また、特に多くの外国の情報伝送PF事業者においては、日本国内の状況を踏まえた取組に関する明確な回答がなかったことに鑑みても、透明性・アカウンタビリティの確保は総じて不十分であり、事業者による行動規範策定の取組が白紙の状況となっているなど、自主的な取組のみには期待できない状況であり、具体的な対応が必要。
  • 諸外国等における対応状況
    • デジタル空間における情報流通の健全性を巡るリスク・問題については、日本特有の課題ではなく、グローバルな課題。
    • 諸外国においては既にマルチステークホルダーが連携・協力して有効な対策の検討・実施が積み重ねられてきている状況。
    • 日本においても、国内におけるステークホルダーの連携・協力を進め、これらのリスク・問題に対して諸外国と連携・協力して対処する必要。
      1. 日本
        • 権利侵害情報への対応の迅速化、情報削除等に関する運用状況の透明化の措置を義務付ける情報流通プラットフォーム対処法が成立。
      2. 米国
        • 合衆国憲法修正1条により表現の自由が手厚く保障。情報伝送PF事業者に広範な免責が与えられているが、連邦・州レベルで事業者の取組への規制に関する議論が進行中。
      3. EU
        • 2024年2月、違法情報等への対処を規定するデジタルサービス法の全面適用開始。偽情報に関する行動規範の策定と参加を奨励。そのほか、マルチステークホルダーによる取組が進展。
      4. 大洋州地域
        • オーストラリアやニュージーランドでは、情報伝送PF事業者が民間主導の行動規範に参画。
      5. ASEAN諸国
        • ファクトチェックに関するマルチステークホルダーによる連携・協力。リテラシー向上に関するキャンペーン等も実施。
      6. 国連
        • 行動規範を作成する取組が進行中。IGF等マルチステークホルダーによる連携・協力。
  • デジタル空間における情報流通の健全性確保に向けた対応の必要性と方向性
    • 日本においても、諸外国と同様、ステークホルダーの個々の自主的な取組だけでは情報流通の健全性が脅かされ、ひいては実空間への負の影響を看過し得なくなるという強い危機感を持ち、ステークホルダーがより一層連携・協力して対応していくことが必要な時期にある。
    • デジタル空間の情報流通の健全性を確保するためには、情報流通を巡るリスク・課題を十分に分析し、短期的な止血としての即効性のある対応を進めつつ、中長期的な視野からの対応も並行して進めることが必要。
    • また、情報流通の各過程である「発信」・「伝送」・「受信」に係る様々なステークホルダーが相互に連携・協力して、在るべき方向性について同一の認識を持った上で不断に対応していくことが効果的・効率的。
    • 情報流通に携わる幅広いステークホルダーの間で、健全性確保に向けた「基本理念」を明確化・共有した上で、「総合的な対策」を実施していくという共通認識としていくことが必要。
    • 各ステークホルダーがどのような責務・役割を遂行して情報流通を巡るリスク・課題への対応を実施するべきかを「基本理念」として整理・明確化。
    • そのための具体的な方策としてどのステークホルダーがどのような対策を講ずる必要があるのか等、「総合的な対策」を検討し、ステークホルダーの連携・協力の下で、迅速かつ効果的・効率的に対応を進めていくことが必要。
  • 情報流通の健全性確保に向けた基本的な考え方(基本理念)
    1. 情報流通過程全体に共通する高次の基本理念
      1. 表現の自由と知る権利の実質的保障及びこれらを通じた法の支配と民主主義の実現
        • 自由な情報発信と多様な情報摂取の機会が保障され、個人の自律的な意思決定が保護されるとともに、これを通じ、表現の自由や知る権利以外の様々な権利利益(営業の自由など)にも配慮したルールに基づく健全な民主的ガバナンスが実現すること
      2. 安心かつ安全で信頼できる情報流通空間としてのデジタル空間の実現
        • 平時・有事(災害発生時等)を通じ、アテンション・エコノミーを構造的要因とするものを含め、偽・誤情報や悪意ある情報の流通による権利侵害、社会的混乱その他のフィジカル空間への影響が抑止されるとともに、情報流通の過程全体を通じ、サイバー攻撃や安全保障上の脅威等への対抗力が確保された強靱なデジタル空間が実現すること
      3. 国内外のマルチステークホルダーによる国際的かつ安定的で継続的な連携・協力
        • デジタル空間に国境がないことを踏まえ、国内外の民産学官を含むマルチステークホルダーが相互に連携・協力しながらデジタル空間における情報流通に関するガバナンスの在り方について安定的かつ継続的に関与できる枠組みが確保されていること
    2. 情報発信に関する基本理念
      1. 自由かつ責任ある発信の確保
        • 自由かつ、ジャーナリズムやリテラシーに裏付けられた責任ある発信が確保されていること
      2. 信頼できるコンテンツの持続可能な制作・発信の実現
        • 信頼できる魅力的なコンテンツの制作・発信(ファクトチェックを含む)に向けたリソースが安定的かつ継続的に確保され、そうした活動の透明性が確保されるとともに、その価値が正当に評価されていること
    3. 情報受信に関する基本理念
      1. リテラシーの確保
        • 受信者において技術的事項を含むリテラシーが確保され、デジタル社会の一員としてデジタル空間における情報流通の仕組みやリスクを理解し、行動できること
      2. 多様な個人に対する情報へのアクセス保障とエンパワーメント
        • 個人の属性・認知的能力や置かれた状況の多様性を考慮しつつ、あらゆる個人に対してデジタル空間における情報流通への参画と意思決定の自律性確保の機会が与えられていること
    4. 情報伝送に関する基本理念
      1. 公平・オープンかつ多元的な情報伝送
        • 多元的で信頼できる情報源が発信する情報が偏りなく伝送(媒介等)されていること
      2. 情報伝送に関わる各ステークホルダーによる取組の透明性とアカウンタビリティの確保
        • プラットフォーム事業者や政府を含む関係者の取組・コミュニケーションの透明性が確保されるとともに、それらの取組等や透明性確保につき責任を負うべき主体・部門が特定され、明確であり、当該主体・部門から責任遂行状況について十分に説明してもらうことが可能な状態にあること
      3. 情報伝送に関わる各ステークホルダーによる利用者データの適正な取扱いと個人のプライバシー保護
        • 個人情報を含む様々な利用者データの適正な収集・利活用とそれを通じた個人の意思決定の自律性が確保され、個人のプライバシーが保護されていること
    5. 各ステークホルダーに期待される役割・責務(抜粋)
      1. 政府
        • 内外のマルチステークホルダー間の相互連携・協力に基づくガバナンスの基本的な枠組みの設計・調整
        • 民間部門による取組について、透明性・アカウンタビリティ確保の促進、コンテンツ・モデレーションによって生じる被害に対する救済手段の確保、教育・普及啓発、認知度向上等のファクトチェックの推進、研究や技術の開発・実証、人材育成の推進等を通じた支援 等
      2. 地方自治体
        • 情報発信主体の一つとして、地域内外への効果的な発信の実施と発信の信頼性向上に向けた体制の確立 等
      3. 伝統メディア(放送、新聞等)
        • デジタル空間で流通する情報の収集・分析を含む取材に裏付けられ、偽・誤情報等の検証報道・記事や偽・誤情報等の拡散を未然に防ぐコンテンツを含む信頼できるコンテンツの発信 等
      4. ファクトチェックを専門とする機関を含むファクトチェック関連団体
        • 持続可能なファクトチェックの実現に向けたビジネスモデルの確立
        • 効果的かつ迅速なファクトチェックの実現 等
      5. 情報伝送PF事業者
        • 自社サービスや、そのサービスに組み込まれたアルゴリズムを含むアーキテクチャがアテンション・エコノミーの下で情報流通の健全性に与える影響・リスクの適切な把握及び必要に応じたリスク軽減措置の実施
        • 違法・有害情報等の流通抑止のために講じる措置を含め、情報流通の適正化についての一定の責任
        • 大規模な情報伝送PF事業者は、サービスの提供により情報流通についての公共的役割
        • 多くの人の間で正しい情報の適時な共有が求められる場面における、国民にとって必要な情報の確実かつ偏りない伝送
        • コンテンツ・モデレーションに関し、日本の法令等に精通する等の人材を確保・育成するとともに、全体の基準やその運用状況等のマクロ的、個別の発信者への理由説明や救済手段の確保等のミクロ的両面での透明性・アカウンタビリティ確保 等
      6. 広告仲介PFその他広告関連事業者
        • デジタル広告そのものや広告配信先メディアの質の確保に向けた取組の実施及びその透明性・アカウンタビリティの確保 等
      7. 利用者・消費者を含む市民社会
        • デジタル空間における情報流通に関するリスク・問題や構造の理解及びリテラシーの確保
      8. 利用者団体・消費者団体
        • 情報伝送PFサービスの利用者や消費者を含む市民社会のリテラシー向上に向けた支援
      9. 教育・普及啓発・研究機関
        • 市民社会のリテラシー向上に向けた効果的な教育・普及活動
        • 情報流通の健全性に対するリスクの度合い・適切な軽減措置の在り方等に関する、ファクトやデータに基づく専門的研究・評価・分析
  • 総合的な対策
    1. 基本的な考え方
      • サイバーセキュリティやプライバシー等の関連分野を踏まえた社会全体で対応する枠組み
      • 信頼性のある情報の流通促進と違法・有害情報の流通抑制の両輪による対応
      • 個人レベルとシステムレベルの両面及び相互作用による対応
      • プレバンキングとデバンキング※の両輪による対応 ※プレバンキング:偽・誤情報等が流通・拡散する前の備え(リテラシー向上等)デバンキング:偽・誤情報等が既に流通・拡散した状況での事後対応(ファクトチェック等)
      • 流通・拡散する情報とそれに付随するデジタル広告への信頼性に対する相互依存関係を踏まえた対応
    2. 総合的な対策
      1. 普及啓発・リテラシー向上
        • プレバンキングの効果検証等有効な方法及び取組の推進
        • 普及啓発・リテラシー向上に関する施策の多様化
        • マルチステークホルダーによる連携・協力の拡大・強化
      2. 人材の確保・育成
        • 検証報道等の信頼性のある情報を適時に発信する人材
        • コンテンツ・モデレーション人材
        • リテラシー向上のための教える人材
      3. 社会全体へのファクトチェックの普及
        • ファクトチェックの普及推進
        • ファクトチェック人材の確保・育成
        • 関連するステークホルダーによる取組の推進
      4. 技術の研究開発・実証
        • 偽・誤情報等対策技術
        • 生成AIコンテンツ判別技術
        • デジタル広告関連技術
      5. 国際連携・協力
        • 普及啓発・リテラシー向上・人材育成の国際連携・協力
        • 偽・誤情報等対策技術の国際標準化・国際展開の推進
        • 欧米等とのバイやG7・OECD等とのマルチ連携・協力の推進
      6. 制度的な対応
        • 情報伝送PF事業者による偽・誤情報への対応
        • 情報伝送PFサービスが与える情報流通の健全性への影響の軽減
        • マルチステークホルダーによる連携・協力の枠組みの整備
        • 広告の質の確保を通じた情報流通の健全性確保
        • 質の高いメディアへの広告配信に資する取組を通じた健全性確保
    3. 情報伝送PF事業者による偽・誤情報への対応
      • 偽・誤情報に対するコンテンツ・モデレーション※の実効性確保策として、大規模な情報伝送PF事業者を対象とした次の方策を中心に、制度整備も含め、具体化を進めることが適当。 ※特定のコンテンツの流通・拡散を抑止するために講ずる措置(情報削除、収益化停止等)
        1. 違法な偽・誤情報に対する対応の迅速化
          • 行政法規に抵触する違法な偽・誤情報に対し、行政機関からの申請を契機とした削除等の対応を迅速化(窓口整備、一定期間内の判断・通知 等)
          • ただし、前提として、行政機関による申請状況の透明性確保等が不可欠
        2. 違法な偽・誤情報の発信を繰り返す発信者への対応
          • 特に悪質な発信者に対する情報の削除やアカウントの停止・削除を確実に実施する方策について、その段階的な実施を含め具体化
        3. 違法ではないが有害な偽・誤情報に対する対応
          • 違法ではないが有害な偽・誤情報への対応は、影響評価・軽減措置の実施を求める枠組みの活用を含め、事業者による取組を促す観点が重要
          • こうした取組の実効性を補完する観点から、情報の可視性に直接の影響がないコンテンツモデレーション(収益化停止等)を中心とした対応について、迅速化や確実な実施を含め、利用者の表現の自由の保護とのバランスを踏まえながら具体化
        4. 情報流通の態様に着目したコンテンツ・モデレーションの実施
          • 送信された情報の内容そのものの真偽に着目せず、情報流通の態様に着目してコンテンツ・モデレーションを実施する方策について具体化
        5. コンテンツ・モデレーションに関する透明性の確保
          • 基準や手続の策定・公表、人員等の体制に関する情報の公表 等
    4. 情報伝送PFサービスが与える情報流通の健全性への影響の軽減
      1. 情報伝送PF事業者による社会的影響の予測・軽減措置の実施
        • 情報伝送PF事業者のビジネスモデルがもたらす将来にわたる社会的影響を事前に予測し、軽減措置を検討・実施(サービスアーキテクチャの変更等による対応)
      2. 特に災害等における影響予測と事前の軽減措置の実施
    5. マルチステークホルダーによる連携・協力の枠組みの整備
      1. 連携・協力の目的(行動規範の策定・推進、軽減措置の検証・評価 等)
      2. 協議会の設置
      3. 協議会の役割・権限等
    6. 広告の質の確保を通じた情報流通の健全性確保
      1. 広告事前審査の確実な実施と実効性向上
        • 審査基準の策定・公表、審査体制の整備・透明化、本人確認の実施等
      2. 事後的な広告掲載停止措置の透明性の確保
        • 基準や手続の策定・公表、人員等の体制に関する情報の公表 等
      3. 事後的な広告掲載停止措置の迅速化
        • 外部からの申請窓口の整備・公表、一定期間内の判断・通知 等
      4. 事後的な広告掲載停止措置の確実な実施
    7. 質の高いメディアへの広告配信に資する取組を通じた健全性確保
      1. 広告主・代理店による取組促進(経営陣向けガイドライン等の策定)
      2. 広告仲介PF事業者による取組促進
  • (参考)偽・誤情報の流通・拡散を抑止するための「コンテンツ・モデレーション」の類型
    1. 発信者に対する警告表示
      • 可視性影響なし
      • 不適切な内容を投稿しようとしている、又は直近で投稿したことが判明している旨の警告を表示する措置(投稿自体は可能)
    2. 収益化の停止
      • 可視性影響なし
      • 広告を非表示にしたり、広告報酬の支払いを停止することにより、収益化の機会を失わせる措置
    3. 可視性に影響しないラベルの付与
      • 可視性影響なし
      • 情報発信者の信頼性等を見分けるためのラベルを付与する措置(本人確認を行っていない利用者の明示等)
    4. 可視性に影響するラベルの付与
      • 可視性一部影響あり
      • 情報の信頼性等を見分けるためのラベルを付与する措置(ファクトチェック結果の付与等)
    5. 表示順位の低下
      • 可視性一部影響あり
      • 投稿された情報を、受信者側のおすすめ欄等の表示候補から外したり、上位に表示されないようにする措置
    6. 情報の削除影響あり(可視性ゼロ)
      • 投稿された情報の全部又は一部を削除する措置(新規投稿等は可能)
    7. サービス提供の停止・終了、アカウント停止・削除
      • 影響あり(可視性ゼロ)
      • サービスの一部から強制退会、又はその一部の利用を強制終了し、新規投稿等をできないようにする措置
      • アカウントの一時停止又は永久停止(削除)を実施する措置
    8. 信頼できる情報の受信可能性の向上(いわゆるプロミネンス)

総務省は2025年度予算案の概算要求で、インターネット上の偽・誤情報対策として20億円を計上するとしています。AIが作成したコンテンツかどうかを判断する技術を巡り、画像や動画だけでなく、音声にも対応した実証実験を進めるほか、情報通信関連では、生成AIを活用してサイバー攻撃情報の収集・分析を迅速化する事業費を求めるとし、情報通信研究機構(NICT)が米国の専門機関とAIの安全性研究で連携する費用とあわせ、20億円を要求することにしたものです。さらに、日本語に特化した大規模言語モデル(LLM)の整備費も計上し、災害を見据えた通信網強化の事業費も盛り込まれています。

米メタは、「フェイスブック」や「インスタグラム」「スレッズ」の投稿の信頼性を第三者が評価するファクトチェックを日本で始めると発表しています。ファクトチェック専門メディアの一般社団法人リトマスと提携し、リトマスが虚偽や改変と評価した投稿については、配信と閲覧者を減らすなどの措置を取るといいます。メタは2016年以降に第三者によるファクトチェックプログラムを展開し、世界60以上の言語で活動する約100団体が参加しています。なお、今回の日本での取り組みは、個人的な表現や意見、政治家による発言については対象外といいます。一方、EUの行政府にあたる欧州委員会は、FBやインスタグラムを運営する米メタに対して、研究者やファクトチェック機関がアクセスできるようデータを公開しているかについて、情報を提供するよう要求しています。要求は、巨大IT企業に差別的な内容や偽情報などを含む違法なコンテンツへの対応を義務づける、EUのデジタルサービス法(DSA)に基づくもので、欧州委員会は特に、メタが投稿を追跡したり分析したりするためのツール「クラウドタングル」を廃止したことを問題視しています。「ファクトチェック」に取り組む機関や研究者が、6月に実施された欧州議会選などで、選挙関連の投稿の検証作業に使った機能で、「市民の言論や選挙プロセスを、第三者が即時に監視できないことに懸念がある」としています。メタは2024年9月6日までに、第三者がアクセス可能なデータなどについて報告しなければならず、報告しなかった場合、制裁金が科される可能性があります

インターネット上の偽・誤情報が問題視される中で、情報の真偽を見極める手法を学ぶ動きが広がっています。2024年8月23日付読売新聞によれば、読売新聞が2024年春公開した調査では、日本はネット上の情報を検証する人の割合が、米韓との3か国中で最も低かったといいます。検証する方法自体を知らない人が多いとの指摘もあり、民間団体が啓発に取り組んでいます。日本人は、ネット上の情報の真偽を確かめようとしない傾向がある実態が浮かび上がったものです。調査では、ネット上の情報を検証する行動について9項目に分けて尋ねた結果、「1次ソース(情報源)を調べる」と回答した人は米国が73%、韓国が57%だったのに対し、日本は41%で、「情報がいつ発信されたかを確認する」と答えた人も米国74%、韓国73%だったのに対し、日本は54%でした。「何のために情報が発信されたか考える」と回答した人は、米国79%、韓国71%だったのに日本は44%にとどまるなど、9項目全てで米韓を大きく下回る結果となりました。こうした傾向について、山口准教授は「日本はマスメディアへの信頼度が比較的高いこともあり、情報を疑うことが少なく、事実確認の手法を学ぶ機会もなかった」と指摘しています。

(7)その他のトピックス

①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向

2023年6月に施行された改正資金決済法で、ステーブルコインは電子決済手段として定義されましたが、いよいよ日本でもステーブルコインの利活用が本格化する動きが相次いでいます。

三菱UFJFG、三井住友FG、みずほFGの3メガ銀行は、銀行間の国際的な決済インフラやブロックチェーン(分散型台帳)技術を使って瞬時に国際送金する仕組みを整備し、他の邦銀や欧米の大手行など10以上の主要金融機関と2024年秋にも実用化に向けた実証実験を始め、2025年中の実用化を目指しているといいます。貿易決済を中心とする企業間の国際送金での利用を主に想定、1カ月程度を要する場合もある着金までの時間がほぼゼロになり、企業の送金コストも大幅に下がる見通しです(将来的には個人間のお金のやり取りでも利用できるようになる可能性があるといいます)。新たな仕組みは国際的な決済インフラである「国際銀行間通信協会(Swift)」とブロックチェーン技術を組み合わせるのが特徴で、現在主流のSwiftを使った国際送金は「コルレス銀行」と呼ばれる複数の銀行を中継するため、円滑に送金できる場合でも数十分程度、マネロン対策に関連する情報の不備などがあると1カ月程度かかっているところ、本スキームではSwiftの決済基盤を活用し、ブロックチェーン上に法定通貨の価値に連動するステーブルコインを乗せて銀行間で直接送金するため、着金までの時間は1秒以下になると見込まれます。既存のインフラであるSwiftを活用するため、金融機関は新たなシステムを構築する必要がなく、投資額を抑えられるメリットがあるほか、企業にとっても銀行に送金を依頼するという従来通りの手続きで送金が可能となります。本スキームで即時国際送金を成り立たせるには、送金元や送金先の銀行がステーブルコインを取り扱う必要がありますが、法律に準拠したステーブルコインに対応する銀行が世界で増えていくことが、今回の新たな送金手法を普及させる上で重要になります。銀行が送金するのが円建てで、送金先がドル建てで受け取りたい場合は、ブロックチェーン上で円建てとドル建てのステーブルコインを交換する為替取引が発生することになります。一方、国際送金のハードルが低くなるとはいえ、AML/CFTの観点でのハードルを維持、向上させていくことも重要となると思われます。これまで以上に悪意ある者が国際送金を企図する可能性があり、従来以上に水際でのチェックが重要であると認識する必要があります。

ネット配信大手のDMM.comは、法定通貨と価値が連動するステーブルコインを2024年度中にも発行すると発表しています。三菱UFJ信託銀行などが出資する新興企業のデジタル通貨取引システムを活用し、グループ内での決済のほか、将来はオンラインゲームでの課金に使うことを目指すとしています。前述のとおり、ステーブルコインは、複数のコンピューターで取引データを記録し合うブロックチェーン技術を活用することで、即時に決済でき、決済に必要な事務作業の負担も減るほか、投機性が高い他の暗号資産に比べて価値が安定している特徴があります。三菱UFJ信託銀は、NTTデータなどとデジタル通貨取引の共通基盤をつくる合弁会社、プログマを設立、ステーブルコインは、地方銀行でも、発行に向けた実証実験が行われているところです。今回は信託型というスキームを使い、ステーブルコインの価値の裏付けになる資産を三菱UFJ信託が管理する方式となります。

関連して、銀行預金を裏付けとしてブロックチェーン技術で発行するデジタル通貨も広がり始めています。2024年8月28日付日本経済新聞によれば、GMOあおぞらネット銀行などがデジタル通貨「DCJPY」を活用した企業間取引を開始したと発表、預金と同様に取り扱える点や決済の即時性が特徴で、取引のDXの推進力になる可能性があります。GMOあおぞら銀が発行するDCJPYを用いた決済システムは、まずインターネットイニシアティブ(IIJ)が導入、IIJ傘下のディーカレットDCPがシステム開発を主導、IIJのデータセンターで使う電気が化石燃料由来でないことを証明する「非化石証書」の売買に伴う決済に活用するとしています。なお、今回のデジタル通貨は、1円=1DCJPYとして利用でき、デジタル化された非化石証書を購入するIIJのデータセンターの利用企業は、GMOあおぞらネット銀に法人口座を開設した上で、DCJPYの口座をつくり、企業は口座内の預金のうち、指定した金額分をDCJPYに変換できるものです。海外では、米銀大手のJPモルガン・チェースがデジタル通貨「JPMコイン」を独自で発行、JPMコインでの取引は1日あたり10億ドルに上るとされ、JPモルガンは世界各地に拠点があることから、グローバル企業の顧客も多く、こうした企業のグループ会社間での決済などに使われているといいます。今回のディーカレットDCPの仕組みを使ってデジタル通貨の発行を検討している銀行も複数あるといいますが、重厚長大なシステムを抱える伝統的金融機関にとっては、システム対応のハードルが高いとの見方もあり、デジタル通貨の普及には、こうした課題を解決する道筋を示せるかも問われています。

ロシアは国内企業の貿易決済手段として、2024年9月から暗号資産(仮想通貨)の活用を認めるといいます。米国がロシアの制裁逃れに加担する第三国の金融機関に制裁を科す方針を表明したことで、貿易の障害になっており、中国など友好国との間で物々交換も促進し、国際決済網の外での取引を拡大するとしています。なお、2024年11月には暗号資産のマイニング(採掘)を合法とするほか、中央銀行が発行するデジタル通貨(CBDC)の取引基盤も整えるといいます。CBDCは法定通貨を裏付けとし、ビットコインなど裏付けのない暗号資産に比べて価格が安定するとされ、露中央銀行は実証実験を重ね、2025年7月からデジタルルーブルの本格流通を目指すとしています。ロシア政府はこれまで、暗号資産が金融市場を不安定化させかねないと消極的な立場をとってきましたが、今回の転換の背景には、ウクライナ侵略を受けた米国の金融制裁への危機感があります。バイデン米大統領は2023年12月、ロシアの戦略物資調達に関わった第三国の銀行について経済制裁の対象に加える方針を示したことで、第三国の金融機関にとって米国の制裁は経営の大きな障害となりかねず、中国やトルコ、中央アジア諸国などロシアの友好国で多くの銀行がロシアとの取引決済を拒否する事態となりました。ロシアは人民元への傾斜を強めており、ウクライナ侵略開始後、輸出で人民元が占める比率は1%未満から3割に急増、しかし最近では中国の金融機関はロシア企業による人民元での支払いのうち、約8割について決済を拒否、中国への鉱物など資源輸出に伴うロシアへの支払いも滞り、ロシアの関連企業は現金不足に直面しているとされ、決済停止はロシアの輸出入の障害となっています。さらに報道では、ロシア政府はデジタル資産による決済に加え、物々交換を現金に代わる決済手段の一つと位置づけているといいます。米国はロシアの制裁逃れの動きに神経をとがらせており、イエレン財務長官はロシアのデジタル資産の活用について、短期的には問題にならないとしつつ「潜在的な脅威になりかねない」と危機感を示しています。そもそも暗号資産やCBDC、あるいは物々交換が制裁逃れとなってはならない点を国際社会はあらためて認識する必要がるといえます

その他、国内外における暗号資産を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 東京電力が暗号資産「ビットコイン」のマイニングに乗り出しています。本コラムでもたびたび指摘しているとおり、ビットコインの採掘には、マイニング機と呼ばれる計算速度の速いコンピューターが必要のほか、大量の電力を消費することになります。現状、国内で出力制御にかけられる電気は非常に少なく、採算は合わないといいますが、再エネルギー導入が進み、電力の余る量が増えるにつれ、黒字化が見込まれるといいます
  • 米巨大IT企業が、急拡大するAIやクラウド関連事業に必要なデータセンター向けの電力を確保するため、ビットコイン採掘事業者からエネルギー資産を取得しようとする動きが広がりつつあるといいます。米国の電力需要においてデータセンターは最も高い伸びを見せており、アマゾン・ドット・コムやマイクロソフトといった巨大IT企業は、さまざまな方面から膨大な電力を集める必要に迫られています。電力確保競争が、電力使用量の多い暗号資産採掘業界を揺るがしており、一部の採掘事業者は、電力に接続済みのインフラを巨大IT企業にリースしたり、売却したりして多額の利益を手にしていますが、本業に必要な電力を失ってしまう事業者も出ているといいます。
  • 米商品先物取引委員会(CFTC)は、経営破綻した暗号資産交換業FTXトレーディングに対し裁判所が顧客への払い戻しなどで127億ドルを支払うよう命じたと明らかにしています。同社の破綻に伴い口座を凍結されていた顧客への返済などで、CFTCとFTXが和解したものです。内訳は、顧客への払い戻しが87億ドル、不正利益の返還が40億ドルで、FTXは、同社が破産法の適用を申請した時点の顧客資産に基づいて全額を払い戻すとしています。CFTCのベーナム委員長は声明で、FTXは「暗号資産市場を利用するのに安全で確実な業者であるという幻想」を抱かせて顧客を引き寄せ、その後、顧客の資金を自社のリスクの高い投資のために悪用したと指摘しています。
  • 2014年に経営破綻した暗号資産交換業者マウントゴックスの債権者への暗号資産の弁済が、2024年7月から始まっています。弁済開始まで約10年もかかるのは異例のことですが、債権の大半がビットコインで、配当を現金に限るという破産法の規定などが壁になって処理が難航したもので、専門家は「テクノロジーに法が追いついていない」と指摘していますが、筆者としても同感です。本件は、事件後の暗号資産の急騰もあって(破綻時の資産を大きく上回ることになり)、民事再生手続きをやり直すという異例の経緯を辿っています。民事再生による手続きの場合、ビットコインを含めた配当ができるなど、破産法よりは柔軟な処理が可能である一方、再生計画案をつくった上で債権者の多数決をとるなどの手続きが必要となり、本件の場合、確定再生債権者は3万6797人に及び、多くは海外在住の外国人だったことから、一連の手続きに膨大な時間と手間がかかっており、破産法がビットコインによる弁済を認めていれば、もっと早く処理できた可能性があると考えられています。世界の倒産事例でも極めて注目されたマウントゴックス事件は、急速に変化する社会に法を柔軟に対応させる大切さを改めて問いかけているといえます。
  • なお、破綻したマウントゴックス社の元社長のガルブレイス氏は最近の報道で、「システムの何かしらの穴からハッカーが入り、少しずつビットコインを盗んでいった。タンクに開けた小さな穴から水が少しずつ流出していったイメージだ。気づいたら全体の8割くらいがなくなっていた」、「ビットコインが生まれた時には、(暗号資産を管理するためのパスワードにあたる)秘密鍵を暗号化するという概念がなかった。ウォレット(電子財布)でビットコインを受け取ったら、それを使うための秘密鍵をそのままハードディスクに保存していた。今のウォレットは全て何かしらの形で暗号化している。今から考えるとあり得ないが、当時はまだ1ビットコインあたり数十円で、そんなに守る価値のあるものではなかった」、「ハッキングされてもマウントゴックスには20万ビットコインが残っていた。その後のビットコインの価格上昇により、マウントゴックスの持つ資産価値が増え、債務を上回るようになった。資産は債務の倍どころか、100倍とかになった」などと述べています。
②IRカジノ/依存症を巡る動向

大阪府市が大阪湾の人工島・夢洲(同市此花区)に誘致を進めている、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)の建設を巡り、運営事業者の「大阪IR株式会社」が、事業から違約金なしで撤退できる権利を放棄する方針を固めたことが分かったと報じられています(2024年9月7日付産経新聞)。報道によれば、2024年9月末にも準備工事に着手する方針だといい、2030年秋に計画されているIR開業が、ほぼ確実となったといいます。大阪IRには、権利を放棄することで事業継続の姿勢を明確にする狙いがあると考えられます。大阪IRを巡っては、大阪府市と事業者が締結した基本協定で、観光需要の回復が見込めないなどの問題が発生した場合に、事業者側が違約金なしで撤退できる「解除権」が付与されており、解除権は、2026年9月まで行使が可能でした。前回の本コラム(暴排トピックス2024年8月号)でも取り上げましたが、IRの建設予定地が2025年大阪・関西万博の会場に隣接していることから、博覧会国際事務局(BIE)や日本国際博覧会協会、万博期間中の工事中断を要請、仮に工事を半年間中断した場合、IR事業者に建設事業者への補償などで100億円超の負担が生じる恐れがあるなど事業の継続が危ぶまれる状況となり、大阪IRが解除権を行使する可能性もあるとみられていました。その後、政府が仲介し、大阪府市やIR事業者と、BIEの間で工事方法の変更などの調整を進め、2024年8月末に来日したBIEのディミトリ・ケルケンツェス事務局長が「9月末には、問題が解決することを望む」と発言するなど、事態が収拾に向け動き出していたものです。別の報道によれば、万博協会幹部は「大阪府市に対しIR工事による万博への影響を示す資料を出すように求め続けて、5月下旬にようやく出てきた」とし、その資料を十倉氏や、6月に来日したケルケンツェス氏に提示したところ、「万博が、その隣で進む建設工事によってダメにされることは、あってはならない」などと2人から強い批判を浴びたとされます。大阪IRはオリックスと米MGMリゾーツ・インターナショナルがそれぞれ出資額の4割を担い、ほかに関西を中心とした主要企業22社が少数株主として参画、初期投資額は約1兆2700億円と見積もられています。

大阪IRではギャンブル依存症対策も極めて重要な要素の1つですが、大阪府市は、大阪市内でギャンブル依存症患者らへの支援を担う「大阪依存症センター」(仮称)についての検討会議を開き、センターが持つ役割の具体案を明らかにしています。国がIR整備に伴い大阪府市に求める依存症対策の拠点となり、医療機関や市町村などと連携して相談から治療、回復までを継続的に支援する中核施設を目指すとしています。報道によれば、具体的にセンターでは、医師や心理士、ケースワーカーらが、ギャンブルやアルコール、薬物などの依存症に関する相談に対応、患者や家族らを医療機関や市町村の担当部署につなげ治療、回復まで継続的に支援するとし、仕事を持つ人も利用しやすいよう、夜間・土日にも相談態勢を整備するということです。国は2023年4月、大阪府市のIR整備計画を認定した際、ギャンブル依存症への実効性のある対策と定期的な検証を条件の一つとして盛り込みました。大阪府市は会議の意見を踏まえ、IR事業者が目指す2030年秋の開業までにセンターを設置、依存症の啓発活動や調査分析、専門人材の養成といった機能も持たせるとしています。

大阪市の予定地で進む液状化対策工事を巡り、随意契約で施工業者を決めたのは違法だとする市民団体の住民監査請求について、市監査委員は、委員の見解が分かれ結論が出せない「合議不調」になったとの結果を公表しています。委員は4人で構成され、ある委員が液状化対策は公平性が求められる公共工事といえるため、一般競争入札などで業者を選定する必要があったと指摘、契約方法について「客観的な根拠を明確にすべきだ」と市に勧告するよう主張、別の委員は発注者は民間事業者「大阪IR」で、一般競争入札を実施しなくても違法性は認められないとし、合議不調となりましたが、一方、業者選定について「市民に疑問や疑念を抱かせないように留意されたい」と付言しています。そのうえで、大阪市が大阪IRに市有地を無償使用させるのは違法との請求は棄却しています。

海外では、マカオ当局が違法な両替業者の取り締まりを強化している点が注目されます。経済の先行き懸念が強まるなか、中国は域外への資本流出を防ぐ姿勢を鮮明にしており、現地では富裕層マネーが細る懸念も出ています。マカオの司法警察局は、違法な両替業者「換銭党」(かつては「ジャンケット」と呼ばれる仲介業者が担った両替業務ですが、習近平指導部の反腐敗運動で姿を消し、代わりに換銭党が台頭したとされます)の一斉捜索を実施し、男女47人を逮捕、中国本土側に身柄を引き渡しています。またマカオの立法会(議会)では賭博目的での両替を非合法化し、最高5年の懲役刑を科す法案が提出されるなど、政府の締め付けが強まっています。中国は賭博を全面的に禁じていますが、特別行政区のマカオは特例で認められ、域内総生産(GDP)の大半はカジノが担っている現状があります。足元では中国本土からの顧客数の回復が鮮明で、中国は資本流出を防ぐため本土から高額の現金持ち出しを厳しく規制していますが、換銭党が指定する本土の口座に入金しておけば、マカオで香港ドル資金として引き出してカジノなどで遊べるとされ、当局はマネロンの実態解明を急いでいます。

2024年9月7日付毎日新聞によれば、中国の犯罪組織が運営するオンラインカジノ事業に関与したなどとして、フィリピン北部ルソン島バンバン市の前市長が収賄容疑などで逮捕されており、カジノの資金の一部は、ドゥテルテ前大統領が推進した超法規的な麻薬撲滅作戦に流れていた可能性が浮上しています。比当局によると、フィリピンには中国人運営のカジノが2000年代前半から複数ありましたが、ドゥテルテ氏が大統領に就任した2016年、新たにオンラインカジノを免許制で認めたため、その数は急増、賭博が禁止されている中国の受け皿になる形で、中国人らが経営するカジノ施設が最盛期で300軒近くできたといいます。中国側が2019年にカジノの閉鎖をフィリピン側に求めたこともありましたが、カジノの税収はこの年だけで約60億ペソ(約152億円)にのぼり、ドゥテルテ氏は「国の利益として必要だ」として禁止することはなかったといいます。また、カジノの一部は中国の犯罪組織とつながっているとされ、さらには。カジノ関連の収入は、国際社会から「人権無視」として批判を受けた麻薬撲滅作戦を支えていた可能性も指摘されています。この作戦では麻薬密売人の殺害が許可され、容疑者1人の殺害につき、一時期は2万ペソ(約5万円)の報酬が警察官に支払われていたとされます。上院による事件の調査委員会では、オンラインカジノから流れた資金が、「報酬に使われた」と警察官が証言、同委員会は「賭博自体が悪だが、さらなる懸念は、こうした資金が(麻薬撲滅作戦の)人権侵害にもつながったとみられることだ」と指摘、引き続き詳しく調査するとしています。

厚生労働省は、過去1年のギャンブル依存が疑われる18~74歳の割合は1.7%だったとの2023年度実態調査の報告書(速報)を発表しています。前回の2020年度調査(1.6%)と同水準で、年代では40代2.4%、30代2.1%の順に多い結果となりました。調査は国立病院機構久里浜医療センターが実施、全国1万8000人に調査票を送り8898人の有効回答を得ています。調査では、ギャンブルの頻度や引き起こされた問題などについて聞き、回答を国際的な判定方法で点数化、その結果、依存が疑われるのは男性2.8%、女性0.5%で全体は1.7%となりました。依存が疑われる人が使った金額は、1カ月当たりの中央値が6万円、1年間で最も金を使ったのはパチンコ(46.5%)、パチスロ(23.3%)、競馬(9.3%)と続いています。また、新型コロナウイルス感染拡大前の2020年1月時点に比べ、インターネットを使ったギャンブルの利用が増えたとの回答は19.9%となり、自身の問題となっているギャンブルの種類に、7.5%の人がオンラインカジノを挙げている点が注目されます。オンラインギャンブルは、いつでもどこでもできるというアクセスのよさが、現地に行かなければならないギャンブルよりも依存のリスクをあげるとされ、購入上限額の設定やネット投票の利用停止といった対策の徹底が望まれるところです。なお、問題に気付いてから初めて病院や相談機関を利用するまでの期間は平均2.9年となっています。

▼厚生労働省 令和5年度「ギャンブル障害及びギャンブル関連問題実態調査」の報告書(速報)を公表します
▼依存症対策全国センター 令和5年度「ギャンブル障害及びギャンブル関連問題実態調査」に関する報告書 速報
  • 国民の娯楽と健康に関するアンケート:調査(A)主要な結果
    1. 国民のギャンブル行動(有効回答数 :8,898票(49.4%)〔男性4,204名、女性4,694名〕)
      • 過去1年間のギャンブル経験:男性の44.9%(1,888名)、女性の26.5%(1,243人)
      • 過去1年間にギャンブルに使った金額(1か月あたり):中央値 9,000円
      • 過去1年間に最もお金をつかったギャンブルの種類:宝くじが最多(53.3%)で、パチンコ(15.0%)が次に多い。
    2. 過去1年におけるギャンブル等依存が疑われる者(PGSI8点※1以上)の割合とそのギャンブル行動
      • PGSI8点以上(年齢調整※2後)【図表1】:全体1.7%(95%信頼区間※31.4~1.9%)、男性2.8%(同 2.3~3.3%)、女性0.5%(同 0.3~0.7%)。
      • 各年齢の有効回答数におけるPGSI8点以上の者の割合で最も高かったのは、40代が最も多く(2.4%)、次いで30代が多かった(2.1%)であった。
      • 過去1年間にギャンブルに使った金額(1か月あたり):中央値 6万円
      • 過去1年間に最もお金を使ったギャンブルの種類は、男性ではパチンコ(43.4%)、パチスロ(24.5%)、競馬(11.3%)の順で、女性ではパチンコ(60.9%)、パチスロ(17.4%)、その他※4(13.0%)の順で割合が高い。
    3. 他の精神疾患や自殺などの関連問題
      • K6(うつ、不安のスクリーニングテスト)で比較したところ、ギャンブル等依存が疑われる者(PGSI8点以上)は、8点未満の者より有意に抑うつ・不安が強かった。また、これまでの自殺念慮(自殺したいと考えたこと)の経験割合等についても、PGSI8点以上の者で高かった。
    4. インターネットを使ったギャンブルの現状
      • インターネットを使ったギャンブルの購入方法については、すべての公営競技などにおいて、「主にオンライン」または「両方」で行うと回答した者の割合が過半数を占めた。
    5. コロナ拡大前とのインターネット利用したギャンブル行動の変化
      • 新型コロナウイルス感染拡大前と比較し、インターネットを使ったギャンブルの利用が増えた(「新たに始めた」、「する機会が増えた」の合計)との回答は、PGSI8点未満の者では3.6%であったのに対し、PGSI8点以上の者では19.9%であった。
    6. 過去1年間で経験した宝くじの種類
      • 過去1年間で宝くじを購入した者の購入した宝くじの種類は、PGSI8点未満と8点以上の両群とも、ジャンボ宝くじ、ロト7・ロト6、スクラッチの順で多かった。ロト7、ロト6、ミニロト、ナンバーズ4、ナンバーズ3、ビンゴ5、着せかえクーちゃん、クイックワンについては、PGSI8点以上の者が、PGSI8点未満の者と比較して、統計的に有意に過去1年間にギャンブルを経験した者の割合が高かった。
    7. ギャンブル等依存症対策の認知度
      • ギャンブル等依存症対策に関して、PGSI8点以上の回答者の「知っている」との回答は、「パチンコ・パチスロの入店制限」は29.6%、「競馬・競輪・競艇・オートレースの入場制限」は16.3%、「競馬・競輪・競艇・オートレースのネット投票停止」は12.6%、「競馬・競輪・競艇・オートレースのネット投票の購入上限設定」は16.3%、「金融機関からの貸付制限」が19.3%であった。
  • 「依存の問題で相談機関を利用された方へのアンケート」:調査(B)主要な結果
    1. 有効回答の内訳
      • 当事者:288名(男性251名 女性32名 性別未回答5名)
      • 家族 :382名(男性73名 女性302名 性別未回答7名)【図表7】
      • 当事者の平均年齢:男性43.9歳(標準偏差11.8歳)女性42.7歳(標準偏差16.5歳)
      • 家族の平均年齢 :男性61.2歳(標準偏差11.7歳)女性52.9歳(標準偏差12.1歳)
    2. 主要な結果
      1. 相談の原因となった依存の種類
        • 当事者の相談の原因となった依存の種類※はギャンブルの問題(64.9%)、アルコールの問題(17.0%)の順で多く、家族の相談の原因となった当事者の依存の種類では、ギャンブルの問題(58.1%)、アルコールの問題(25.1%)の順で多かった。※相談の原因となった依存の種類については、当事者票、家族票ともに複数回答の項目として設定。割合(%)は有効回答数を母数として算出。
      2. 当事者のギャンブル行動の特徴
        • 当事者の問題となっているギャンブルの種類(当事者回答)は、パチスロ、パチンコ、競馬の順で多かった。なお、オンラインカジノについては、7.5%が「当事者の問題となっているギャンブルの種類」として回答している。
        • ギャンブルの問題に気付いてから初めて病院や相談機関を利用するまでの期間は、平均2.9年であり、1年未満で相談に来たと回答した人が最も多かった(56.1%)。
      3. 家族が回答した当事者のギャンブル問題行動
        • 家族が回答した「当事者にとって問題となっているギャンブルの種類」は、パチンコ、パチスロ、競馬の順で多かった。なお、オンラインカジノについては、11.7%が家族が「当事者の問題となっているギャンブルの種類」として回答している。
        • 当事者のギャンブル問題に気付いてから、初めて病院や相談機関を利用するまでの期間は平均3.5年であり,1年未満で相談に来たと回答した人が最も多かった(52.4%)。
  • 全体のまとめと考察
    1. 国民の娯楽と健康に関するアンケート:調査(A)
      • 本調査で用いたスクリーニングテストであるPGSIは、簡便にギャンブル問題を検出できるため、一般住民を対象とした疫学調査において世界的に用いられている。SOGSは、PGSIと同様にギャンブル障害に関する国内外の疫学調査で数多く採用されてきたが、近年の調査では使用されない傾向にある。SOGSはPGSIに比べて、借金について尋ねる質問が多く全体項目数が多いこと、偽陽性(SOGSは偽陽性が多いことから、PGSIによる割合よりもSOGSによるギャンブル等疑いの者の割合の方が高く出る傾向がある。)が多いなどの欠点が指摘されている。今回は全体の質問項目数も多く、調査対象者の負担軽減のため、SOGSをスクリーニングテストの項目として採用しなかった。※SOGSとPGSIでは、ギャンブル等依存の疑いの判定にかかる尺度が異なっており、その数字を単純に比較することはできない点に留意が必要。
      • なお、本調査で用いたスクリーニングテストであるPGSIによる、ギャンブル等依存が疑われる者の推計は、あくまでも問題を有する可能性がある者を検出するものである。スクリーニングテストで検出された者が、実際にギャンブル障害の診断基準に該当するかどうかについては医師の診察および診断が必要である。したがって、スクリーニングテストによる数値の解釈は慎重に行うことが望ましい。
      • PGSI8点以上でギャンブル等依存が疑われるのは、男性の2.8%(95%信頼区間:2.3~3.3%)、女性の0.5%(95%信頼区間:0.3~0.7%)、全体の1.7%(95%信頼区間:1.4~1.9%)であった。なお、令和2年度「ギャンブル障害およびギャンブル関連問題の実態調査」報告書(34ページ)におけるギャンブル等依存が疑われる者の割合は1.6%(95%信頼区間:1.4~1.9%)であり、95%信頼区間は同値となっている。そのため、令和2年度時点における推計値と、令和5年度の推計値との間に統計的に有意な差(統計的に意味のある違い)があるとは認められない。
      • ギャンブル等依存が疑われる者のギャンブル行動として、過去1年に最もお金を使ったギャンブルの種類は全体(男女合計)で、パチンコ(46.5%)、パチスロ(23.3%)、競馬(9.3%)の順で多かった。
      • 年代ごとの「ギャンブル等依存が疑われる者」の割合については40代が最も多く、次いで30代が多かった。
      • 公営競技などでは、全体としてインターネットを使用している割合が高いことが窺えた。
      • ロト7・ロト6、ミニロト、ナンバーズ4・ナンバーズ3、ビンゴ5、着せかえクーちゃん、クイックワンの経験者(過去1年間)の割合は、PGSI8点以上の者の方がPGSI8点未満の者の割合よりも統計的に有意に高く、これらの宝くじは、ギャンブル等依存症が疑われる者に比較的好まれやすいことが推測される。一方で、ジャンボ宝くじ、普通くじ、スクラッチでは、両者間に統計的に有意な差は確認されなかった。また、「選択可能性」(購入時に任意の番号等を選択する形態)、「結果の即時性」、「オンライン購入」のうち、最低2つが該当する宝くじは、すべてPGSI8点以上の者と、8点未満の者とで経験人数の割合に統計的に有意な差があったことから、一部の宝くじとギャンブル問題との間に一定の関連があることが考察される。
    2. 依存の問題で相談機関を利用された方へのアンケート」:調査(B)
      • 公的な相談機関を利用したギャンブル等依存の問題を抱えている当事者およびその家族が、ギャンブル問題に気が付いてから初めて病院や相談機関を利用するまでの期間は、それぞれ平均2.9年、3.5年であった。

オンラインスポーツ賭博が米で急増していると2024年8月18日付ロイターが報じています。報道によれば、最近では、オンライン賭博のほか、リスクの高い暗号資産や株の取引にはまる若い男性が増えており、特にオンラインスポーツ賭博の中毒者が多いといいます。米国ゲーミング協会によれば38州と首都ワシントンがスポーツ賭博を合法化し、2023年は110億ドル以上の収益をもたらしたといいます。さらに、米国勢調査局が2024年2月に発表したところによると、2023年第3・四半期に州政府のスポーツ賭博収入は5億500万ドル以上と、前年同期から20%増えたといいます。全米ギャンブル依存症対策協議会は、賭博収益の2%を治療プログラムに充てることを提唱、同協議会は、米国におけるギャンブルの社会的コストは、医療費や投獄にかかる費用を含め、年間100億ドルに上ると推定しています。また、同協議会は各州に対し、オンラインギャンブルに39の安全基準(入金制限、ユーザーが特定のアプリをブロックするツール、依存症ヘルプラインへのリンクなど)を設けるよう求めています。

前述の厚生労働省の調査でも明らかとなっているとおり、日本でもオンラインカジノの問題が深刻化していますが、警察庁は、日本人向けに運営されている海外のオンラインカジノサイトについて、初の実態調査に乗り出すと報じられています(2024年8月19日付読売新聞)。若者の間に急速に広がり、借金苦で特殊詐欺などの「闇バイト」に加担するケースもみられるなど、実態把握の必要性が指摘されていたもので、調査結果を関係省庁と共有し、違法サイトへのアクセスの規制検討や依存症対策などにつなげるとしています。国内では競馬などの公営ギャンブル以外の賭博は禁じられており、海外のサイトに国内から接続して賭ければ違法になりますが、(本コラムでもたびたび指摘しているとおり)「海外で合法的に運営されており、違法性はない」といった誤解が広まっています。デジタル分析会社「シミラーウェブジャパン」(東京)の調査では、オンラインカジノへの日本からのアクセス数は2018年12月には月間約70万回だったところ、2019年から急増し、2021年9月には約8300万回に上ったといいます。本コラムで以前から指摘していますが、オンラインカジノは自宅などから24時間利用が可能で、スロットマシンやルーレットなどのほか、プロ野球やサッカー・Jリーグなどを対象とした日本語対応のスポーツ賭博サイトもあるなど、日本向けの賭博の売り上げが急激に伸びています。それに伴い、オンラインカジノによる賭博事件での摘発者は2023年、107人に上り、うちスマホなどを使った「無店舗型」は32人で、2022年の1人から一気に増えていますが、こうした個人の利用は発見が難しく、摘発に至るのは氷山の一角だといえます。なお、オンラインカジノを巡っては、大阪府警に2024年6月に組織犯罪処罰法違反容疑などで逮捕された会社代表の男らが、カジノサイトへの賭け金を不正開設した口座に移してマネロンした疑いがあることが判明しています。また、公益社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」によれば、同会への相談に占めるオンラインカジノの割合は209年の4.3%から、2023年は20.3%に急増、のめり込んだ20~30代の若者が多額の借金を抱え、特殊詐欺の被害金の「受け子」や口座売買などの闇バイトに手を染めるケースも目立つといいます。なお、同会は、カジノ運営者や決済代行業者、広告宣伝を行うユーチューバーの取り締まりを強化する法改正や特別法の立法を求める要望書を政府に提出しています。要望書では、海外に拠点を置く事業者には捜査の手が及びにくい現状を指摘、成果報酬型のインターネット広告「アフィリエイト」や動画サイトでの宣伝が入り口となっていることから、各事業者を取り締まる特別法の立法などを求めています。

▼公益社団法人ギャンブル依存症問題を考える会 オンラインカジノを規制する法改正又は特別法の立法を求める要望書
  • 日本国内のインターネット端末を利用して行われるオンラインカジノを規制するために、日本国内にいる日本国民に対する国外犯に賭博場開帳等図利罪(刑法第186条第2項)が適用されるよう法律を改正するか、海外に拠点を置くオンラインカジノを運営する事業者(以下、「オンラインカジノ事業者」と言います。)に刑罰法規を適用することができる特別法の立法を強く求めます。
    • 日本人向けのオンラインカジノを運営するオンラインカジノ事業者を、日本から排除することができないのは、国外犯であることを理由に、海外のオンラインカジノ事業者の賭博開帳図利行為を日本の刑罰法規を適用することができない根本的な問題があるためです。(刑法第3条の2)。したがって、日本国内にいる日本国民に対する国外犯に賭博場開帳等図利罪(刑法第186条第2項)が適用されるよう法律を改正するか、国外のオンラインカジノ事業者に刑罰法規を適用することができる特別法の立法を強く求めます。
    • この点、海外のオンラインカジノ事業者に対する刑罰法規が適用される立法が成立しても海外での捜査に問題が生じることも考えられますが、まず日本として、日本の国内で賭博罪や常習賭博を行う者を生むオンラインカジノを日本から排除する姿勢を強く示し、オンラインカジノ事業者に対して、刑罰法規が適用されるという法的リスクがあることを示さねば、オンラインカジノを日本から排除することは困難です。調査したところ、現在日本人向けに利用されているオンラインカジノの利用規約には、日本がオンラインカジノを禁止している国として記載しているものは確認できていません。一方で、オンラインカジノの利用規約の中でアメリカ合衆国やオランダやフランスなどはアカウントの開設を禁止されている国があります。
    • 外国との協力は必要になりますが、オンラインカジノを運営する行為に刑罰法規が適用されることで最も責任のあるオンラインカジノ事業者への捜査の道が開かれます。また、外国との捜査協力の問題を措いても、一般予防の観点からオンラインカジノを運営する行為に対して刑罰法規を適用できるようにすることで、自主的にオンラインカジノ事業者を日本から排除することができます。
  • オンラインカジノの問題が解決に向かっていないこと
    1. 現在、オンラインカジノに対する決済代行業者に対して、基本的に賭客の賭博罪や常習賭博罪の幇助犯として逮捕、起訴されたという報道があるに止まっています。
    2. また、オンラインカジノの入口となっているアフィリエイト、ブログ、動画サイトでは、オンラインカジノの広告宣伝や紹介を行っており、それによってその広告宣伝事業者(以下、「広告宣伝業者」と言います。)は収益を得る仕組みが出来ています。しかし、現在のところ、これらの広告宣伝行為が逮捕につながったという報道はなく、仮に逮捕されたとしても、決済代行業者の事例を見れば、賭客の賭博罪や常習賭博罪の幇助で逮捕されるといった事例で刑罰法規が適用されるに止まることは明らかです。
    3. そして、幇助犯は従犯であることから、正犯の刑を減刑されることになっており、その刑罰は著しく軽いものです。単純賭博罪は50万円以下の罰金または科料(刑法185条)、常習賭博罪でも3年以下の懲役と比較的軽い刑罰に止まっており、それについて従犯として刑が減刑されるとなると、極めて軽い刑罰しか決済代行業者や広告宣伝者に対して科すことができないことになります。これでは、オンラインカジノの抑止につながりません
    4. 本来であれば、国外犯の共同正犯であっても実行行為の一部を日本国内で行っていれば、共同正犯として捜査の対象になるはずですが、しかしながら、海外にあるオンラインカジノ事業者に捜査の手が及ばないことから、このような法律構成によって広告宣伝業者や決済代行業者を逮捕、立件することができない状況にあり、賭客の賭博罪や常習賭博罪を正犯として、あくまでもその幇助犯として対応することしかできない状況に陥っています。これでは、オンラインカジノへの誘因を行う広告宣伝事業者や決済手段というオンラインカジノ事業者の賭博開帳図利行為への決済手段を提供する決済代行業者を抑止することはできません。
      • 広告宣伝事業者や決済代行業者は、オンラインカジノの運営の一部を担う者であり、オンラインカジノ事業者と取引をしていることから、国外犯であることを措けば、オンラインカジノ事業者の事業との関係では、賭博開帳等図利罪の共同正犯に位置づけられるのが本質的に正しい理解であるといえます。そして、広告宣伝事業者や決済代行業者が、海外のオンラインカジノ事業者と共謀して利益を得ているにも関わらず、広告宣伝業者や決済代行業者から見ればほとんど顔も見たこともない、賭客を正犯とする以外に刑事責任を追及できないことは本質的な見方が誤っていると言わなければなりません。
    5. 以上の理由から、海外のオンラインカジノの広告宣伝行為や決済手段の提供行為それ自体を、別に独立の犯罪とする厳罰に処することができる特別法の立法を強く求めます。これにより、海外のオンラインカジノ事業者を取り調べるための捜査を経ずとも、オンラインカジノを宣伝したり決済提供したりすること自体に刑罰法規を適用することが出来るようになり、その結果、オンラインカジノへ誘因する広告宣伝事業者と決済手段を提供する決済代行業者がいなくなることで、オンラインカジノ事業者を日本人向けの運営を困難にし、日本から排除することができるようになります。また、オンラインカジノ自体は既に違法性が宣言されており、それを規制することは表現の自由や営業の自由の過度な制約にもなりません。

依存症の代表格としては「アルコール依存症」があり、摂取する量や頻度などを自ら管理できなくなる精神疾患の一つで、多量の摂取により心身に深刻な健康障害を引き起こし、飲酒運転や暴力など反社会的な行動につながることもあるものです。厚生労働省の「アルコール健康障害対策推進基本計画」(2021年3月)によれば、アルコール依存症の患者は2017年時点で推計4万6000人とされる一方、症状が疑われる人の中で「専門治療を受けたことがある」と回答したのは22%にとどまっており、潜在人数は20万人を超えるとみられています。また、2019年以降、新型コロナウイルス禍の外出制限などの影響で依存症になる人が増えている可能性があります。なお、アルコール依存症は当事者だけの問題に見られがちですが、周囲の家族らの苦労や負担もかなり大きく。自分の責任と思い込んだり、相談する人がいないことなどで悩みが蓄積され、社会から孤立したり、うつ病を発症したりする人も多く、アルコール依存症の人と暮らす家族らはDV(ドメスティックバイオレンス)などを受けても、それが当たり前と思う傾向が強く、周囲の人から指摘されてようやく違和感を持つようになるケースも多いといいます。

インドでゲーム依存の青少年が親族に金銭を要求し、のちに殺害するという事件が続いているといいます(2024年8月22日付日本経済新聞)。インドのオンラインゲーム業界は急速に成長し、2024年3月に発表された報告書によれば、インドのオンラインゲーム市場は2028年までに年間60億ドルに達すると予測されており、世界で最も急速に成長、5億6千万人を超えるプレーヤーがおり、4割は女性だといいます。報道でインド当局の担当者は依存症について「強迫的にゲームの衝動に駆られ、精神的・身体的健康に害を及ぼす。多大な時間と金銭を消費し、他の重要な活動ができなくなったり経済的負担につながる」と指摘しています。一方、中国は420億ドル規模のゲーム市場、6億7000万人近いユーザーを抱えていますが、厳しいゲーム規制を設けており、新たな規制では未成年者に厳しいプレイ時間の制限を設けているほか、政府は認可を一時停止することで新たなゲームのリリースを遅らせているといいます。日本でもゲーム依存症の問題が深刻化しつつあり、他国でのこうした状況を参考にしながら、実効性ある対策を検討すべき段階にきていると思います。

③犯罪統計資料から

例月同様、令和6年(2024年)1~7月の犯罪統計資料(警察庁)について紹介します。

▼警察庁 犯罪統計資料(令和6年1~7月分)

令和6年(2024年)1~7月の刑法犯総数について、認知件数は418,107件(前年同期393,692件、前年同期比+6.2%)、検挙件数は157,711件(146,266件、+7.8%)、検挙率は37.7%(37.2%、+0.5P)と、認知件数・検挙件数ともに前年を上回る結果となりました。増加に転じた理由として、刑法犯全体の7割を占める窃盗犯の認知件数・検挙件数がともに増加していることが挙げられ、窃盗犯の認知件数は283,012件(270,976件、+4.4%)、検挙件数は91,424件(85,417件、+7.0%)、検挙率は32.3%(31.5%、+0.8P)となりました。なお、とりわけ件数の多い万引きについては、認知件数は57,613件(54,246件、+6.2%)、検挙件数は38,307件(35,475件、+8.0%)、検挙率は66.5%(65.4%、+1.1P)と、最近減少していた認知件数が増加に転じています。また凶悪犯の認知件数は4,000件(2,984件、+34.0%)、検挙件数は3,421件(2,466件、+38.7%)、検挙率は85.5%(82.6%、*2.9P)、粗暴犯の認知件数は33,477件(33,780件、▲0.9%)、検挙件数は27,047件(26,770件、+1.0%)、検挙率は80.8%(79.2%、+1.6P)、知能犯の認知件数は35,155件(27,057件、++29.9%)、検挙件数は10,169件(10,566件、▲3.8%)、検挙率は28.9%(39.1%、▲10.2P)、風俗犯の認知件数は9,969件(4,863件、+105.0%)、検挙件数は7,708件(3,729件、+106.7%)、検挙率は77.3%(76.7%、+0.6P)、とりわけ詐欺の認知件数は32,379件(24,918件、+29.9%)、検挙件数は8,353件(9,025件、▲7.4%)、検挙率は25.8%(36.2%、▲10.4%)などとなっています。なお、ほとんどの犯罪類型で認知件数・検挙件数が増加する一方、検挙率の低下が認められている点が懸念されます。また、(特殊詐欺の項でも取り上げている通り)コロナ禍において大きく増加した詐欺は、アフターコロナの現時点においても増加し続けています。とりわけ以前の本コラム(暴排トピックス2022年7月号)でも紹介したとおり、コロナ禍で「対面型」「接触型」の犯罪がやりにくくなったことを受けて、「非対面型」の還付金詐欺が増加しましたが、現状では必ずしも「非対面」とは限らないオレオレ詐欺や架空料金請求詐欺などが大きく増加傾向にあります。さらに、SNS型投資詐欺・ロマンス詐欺では、「非対面」での犯行で、(特殊詐欺を上回る)甚大な被害が発生しています。

また、特別法犯総数については、検挙件数は36,265件(38,898件、▲6.8%)、検挙人員は29,030人(31,792人、▲8.7%)と2022年は検挙件数・検挙人員ともに減少傾向にある点が大きな特徴です。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は3,391件(3,269件、+3.7%)、検挙人員は2,303人(2,301人、+0.1%)、軽犯罪法違反の検挙件数は3,788件(4,381件、▲13.5%)、検挙人員は3,834人(4,331人、▲11.5%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は3,260件(5,911件、▲44.8%)、検挙人員は2,403人(4,553人、▲11.5%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は2,373件(1,807件、+31.3%)、検挙人員は1,828人(1,413人、+29.4%)、不正アクセス禁止法違反の検挙件数は264件(256件、+3.1%)、検挙人員は91人(70人、+30.0%)、銃刀法違反の検挙件数は、2,563件(2,758件、▲7.1%)、検挙人員は2,197人(2,312人、▲5.0%)などとなっています。減少傾向にある犯罪類型が多い中、犯罪収益移転防止法違反等が大きく増加している点が注目されます。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は1,033件(667件、+54.9%)、検挙人員は616人(406人、+51.7%)、大麻取締法違反の検挙件数は4,018件(4,030件、▲0.3%)、検挙人員は3,194人(3,322人、▲3.9%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は4,626件(4,238件、+9.2%)、検挙人員は3,087人(2,912人、+6.0%)などとなっており、大麻事犯の検挙件数がここ数年、減少傾向が続いていたところ、2023年に入って増加し、2023年7月にはじめて大麻取締法違反の検挙人員が覚せい剤取締法違反の検挙人員を超え、その傾向が続いている点が注目されます。また、覚せい剤取締法違反の検挙件数・検挙人員ともに大きな減少傾向が数年来継続していましたが、ここにきて増加傾向となっている点は大変注目されるところです(これまで減少傾向にあったことについては、覚せい剤は常習性が高いため、急激な減少が続いていることの説明が難しく、その流通を大きく支配している暴力団側の不透明化や手口の巧妙化の実態が大きく影響しているのではないかと推測されます。言い換えれば、覚せい剤が静かに深く浸透している状況が危惧されるところだと指摘してきましたが、最近、何か大きな地殻変動が起きている可能性も考えられ、今後の動向にさらに注目したいところです)。なお、麻薬等取締法の対象となるのは、「麻薬」と「向精神薬」であり、「麻薬」とは、モルヒネ、コカインなど麻薬に関する単一条約にて規制されるもののうち大麻を除いたものをいいます。また、「向精神薬」とは、中枢神経系に作用し、生物の精神活動に何らかの影響を与える薬物の総称で、主として精神医学や精神薬理学の分野で、脳に対する作用の研究が行われている薬物であり、また精神科で用いられる精神科の薬、また薬物乱用と使用による害に懸念のあるタバコやアルコール、また法律上の定義である麻薬のような娯楽的な薬物が含まれますが、同法では、タバコ、アルコール、カフェインが除かれています。具体的には、コカイン、MDMA、LSDなどがあります。

また、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯 国籍別 検挙人員 対前年比較について総数464人(340人、+36.5%)、ベトナム128人(119人、+7.6%)、中国64人(42人、+52.4%)、ブラジル33人(24人、+37.5%)、フィリピン27人(12人、+125.0%)、韓国・朝鮮17人(12人、+41.7%)、スリランカ15人(13人、+15.4%)、パキスタン15人(4人、+275.0%)、アメリカ11人(6人、+83.3%)、インド9人(9人、±0%)などとなっています。ベトナム人の犯罪が中国人を大きく上回っている点が最近の特徴です。

一方、暴力団犯罪(刑法犯)罪種別検挙件数・人員対前年比較の刑法犯総数については、、検挙件数は5,204件(5,300件、▲1.8%)、検挙人員は2,735人(3,380人、▲19.1%)と、刑法犯と異なる傾向にありますが、最近、検挙件数・検挙人員ともに継続して増加傾向にあったところ、2023年6月から再び減少に転じた点が注目されます(暴力団構成員等の数が継続的に減少傾向にあることを鑑みれば、理解できるところです)。犯罪類型別では、暴行の検挙件数は236件(345件、▲31.6%)、検挙人員は216人(317人、▲31.9%)、傷害の検挙件数は445件(569件、▲21.8%)、検挙人員は533人(656人、▲18.8%)、脅迫の検挙件数は155件(188件、▲17.6%)、検挙人員は164人(170人、▲3.5%)、恐喝の検挙件数は166件(203件、▲18.2%)、検挙人員は184人(253人、▲27.3%)、窃盗の検挙件数は2,629件(2,258件、+16.4%)、検挙人員は388人(483人、▲19.7%)、詐欺の検挙件数は842件(985件、▲14.5%)、検挙人員は565人(758人、▲25.5%)、賭博の検挙件数は44件(15件、+193.3%)、検挙人員は64人(65人、▲1.5%)などとなっています。とりわけ、詐欺については、増加傾向に転じて以降、高止まりしていましたが、2023年7月から減少に転じ、その傾向が続いている点が特筆されます。とはいえ、依然として高止まり傾向にあり、資金獲得活動の中でも重点的に行われていると推測される(ただし、詐欺は暴力団の世界では御法度となっているはずです)ことから、引き続き注意が必要です。さらに、暴力団犯罪(特別法犯)主要法令別検挙件数・人員対前年比較の特別法犯について、特別法犯全体の検挙件数総数は2,430件(2,741件、▲11.3%)、検挙人員は1,529人(1,908人、▲19.9%)と、こちらも検挙件数・検挙人数ともに継続して減少傾向にあります。また、犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は17件(13件、+30.8%)、検挙人員は16人(12人、+33.3%)、軽犯罪法違反の検挙件数は29件(49件、▲40.8%)、検挙人員は27人(37人、▲27.0%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は35件(41件、▲14.6%)、検挙人員は35人(41人、▲14.6%)、暴力団員不当行為防止法違反の検挙件数は2件(2件、±0%)、検挙人員は2人(0人)、暴力団排除条例違反の検挙件数は37件(12件、*+208.3%)、検挙人員は50人(23人、+117.4%)、銃刀法違反の検挙件数は39件(51件、▲23.5%)、検挙人員は24人(37人、▲35.1%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は141件(112件、+25.9%)、検挙人員は54人(53人、+1.0%)、大麻取締法違反の検挙件数は433件(604件、▲28.3%)、検挙人員は254人(412人、▲38.3%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は1,383件(1,522件、▲9.1%)、検挙人員は864人(1,015人、▲14.9%)、麻薬等特例法違反の検挙件数は49件(69件、▲29.0%)、検挙人員は12人(31人、▲61.3%)などとなっており、最近減少傾向にあった大麻事犯について、2023年に入って増減の動きが激しくなっていること、覚せい剤事犯の検挙件数・検挙人員がともに全体の傾向以上に大きく減少傾向を示している中、一部増減を繰り返している点などが特徴的だといえます(覚せい剤については、今後の動向を注視していく必要があります)。なお、参考までに、「麻薬等特例法違反」とは、正式には、「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律」といい、覚せい剤・大麻などの違法薬物の栽培・製造・輸出入・譲受・譲渡などを繰り返す薬物ビジネスをした場合は、この麻薬特例法違反になります。法定刑は、無期または5年以上の懲役及び1,000万円以下の罰金で、裁判員裁判になります。

(8)北朝鮮リスクを巡る動向

AML/CFTの項でも指摘したとおり、北朝鮮の資金獲得活動の一つにIT労働者の活用があげられます。いわば、「人」を介したものとなりますが、直近でも、「人」の動きで気になる動向がありました。2024年8月26日付産経新聞によれば、朝鮮大学校(東京都小平市)の学生らが、羽田空港から中国へ出国、北京経由で北朝鮮入りしたものです。学生らを巡っては、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記が、新型コロナウイルス対策の国境封鎖措置解除に伴い、訪朝を認める特別許可を出していたことが判明、今回の訪朝団は、この許可に基づく「第1陣」とみられています(なお第2陣としては、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の代表団が、朝鮮建国76年となる2024年9月9日の記念行事に出席するため、中国・北京を経由して北朝鮮の首都平壌入りしています。なお、日本政府は北朝鮮の核・ミサイル開発への独自制裁として、訪朝した朝鮮総連幹部らの再入国を禁止しており、制裁対象外の人員6人を派遣したとされます)。北朝鮮は2020年1月ごろから新型コロナ対策で国境を封鎖し、約3年半が経過した2023年8月ごろから段階的に緩和、在日韓国・朝鮮人の団体での訪朝は、緩和以降、今回が初めてとみられます。日本政府は、2006年から北朝鮮に対し「ヒト・モノ・カネ」の移動を制限する独自制裁を実施、一方、北朝鮮は核・ミサイル開発のための外貨稼ぎを活発化し、各国の暗号資産交換業者へのサイバー攻撃なども行っているとされます。今回の訪朝では、朝鮮総連が、学生1人につき500万円を上限に現金を持参するよう、指示を出したとの情報があります。対北制裁では、北朝鮮への送金は原則禁止の一方、日本出国時における現金の持ち出しは、税関に事前に届け出(10万円超の場合)をすれば可能であり、関係者は「学生らの訪朝自体は制裁対象ではないが、実態として、金銭の運搬役になっている可能性がある。140人規模が1人数百万円単位を持ち込めば、独自制裁の抜け穴として北朝鮮に一定の経済的余裕を与えてしまいかねない」と指摘しているところであり、筆者としてもその可能性は否定できないと考えています。また、北京から北朝鮮の平壌入りする際の高麗航空便について、北朝鮮側が預け入れ荷物を1人当たり約50キロまで無料で受け入れると提案したとの情報もあり、北朝鮮へのぜいたく品の供給などを禁じた国連安保理制裁決議への違反を懸念する声も出ています(筆者も同感です)。(物理的に可能かどうかはありますが)「人」を介して、現金やぜいたく品の「運搬」を行うことがないよう、水際でのチェックを強化する必要があります。・

ぜいたく品の動きとしては、北朝鮮の金総書記が「メルセデス・ベンツ」の高級車を入手したとみられると報じられています。国営の朝鮮中央通信は、金総書記が水害被害にあった北朝鮮北部の平安北道を訪れた際、専用列車から演説している金総書記の隣に、メルセデス・ベンツの多目的スポーツ車(SUV)が写っており、韓国メディアによると、2024年4月に販売が始まった「マイバッハGLS600」の最新モデルと推定され、韓国国内での販売価格は約2億7900万ウォン(約3000万円)とされます。国連安保理は対北朝鮮への制裁としてぜいたく品の輸出を禁じていますが、今回、北朝鮮メディアに写っていた高級車も制裁対象に含まれることになり、韓国政府が入手経路などを調べています。

「人」に関連して、北朝鮮の人道状況への懸念が強まっています。脱北者の証言によれば、強制労働の従事者への暴行が横行し、国連は「奴隷化に該当しうる」と非難しています。本コラムでもたびたび取り上げてきたとおり、韓国映画を視聴・流布した若者の処刑も相次ぎ、指導部が体制維持に神経をとがらせる様子がうかがえます。国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は2015~23年、韓国に逃れた183人への聞き取り調査を基に、北朝鮮の強制労働に関する報告書をまとめ、刑務所や徴兵、国民への強制割り当て労働など6つの形態別に検証、「朝8時から夜7時まで働いたが給料はもらえなかった」、「炭鉱で労働経験のある男性は暖房のないビニール製の宿舎を拠点に過酷な労働を強いられた」と明かされています。北朝鮮では職業選択の自由がなく、忠誠心などに応じて職業や居住地を割り当てられるといい、報告書は強制労働が「統制への手段となり、ほぼ例外なく個人の生活に影響を与えている」と指摘しています。政治犯など収容所の労働者の非人道的な扱いは特に深刻で、ノルマを達成しないと殴られたり食事を与えられなかったりする事態が日常的に起き、OHCHRは「国際人権法や国際刑事法上も問題になる」と指摘しています。報告書は児童労働の実態にも懸念を示し、北朝鮮にあらゆる形態の強制労働や奴隷制、類似の慣行の廃止を勧告したほか、国際社会にも人権侵害の責任追及や、強制労働が絡む経済取引を防ぐための供給網の監視を求めています。国民の生活苦をよそに、指導部は多額の資金を要するミサイル開発を続けており、韓国統一省の調査で金一族の世襲体制に否定的な脱北者は半数を超え、経済的苦境と過度な統制が国民の不満を招いている実態が浮かんでいます。

韓国統一省が脱北者約6000人を調査し2024年2月に発表した結果では、北朝鮮から韓国に亡命した外交官や軍人らエリート層の数が金総書記の体制下で2倍超に増えたことが分かったといいます。1997年7月の統計開始後、故金正日総書記が最高指導者の時代は54人だったところ、2011年12月の死去後は134人に達しています。外部情報に接触可能なエリート層の間に韓国などの文化が入り込み、離反に歯止めが効かない状況であり、北朝鮮は2024年に入り、韓国を「第1の敵国、不変の主敵」とみなし、対決姿勢を先鋭化、韓国文化の流入などで独裁体制への疑念が広がることを防ぐ狙いがあると分析されています。調査では、2000年以前に脱北した人で「国外の映像を視聴した経験がある」と答えた割合は約8%であったところ、2016~20年に脱北した人では約83%と大幅に増えており、このうち、主に韓国のドラマや映画を見ていたとの回答は約28%を占めています。

北朝鮮の対韓政策の転換を受けて、朝鮮総連が、統一や同じ民族だと連想させる単語の使用の禁止などを指示する内部向けの文書を作成していたといいます。前述のとおり、北朝鮮の金総書記は2023年末以降、韓国を「もはや同族関係ではない」として、平和統一を目指す原則を転換、韓国を「第1の敵対国」と位置づけたことから、内部文書は、こうした北朝鮮の政策路線の転換を正しく認識し、思想を変えることが「最優先だ」とし、民族教育に理解を示す韓国人らとの関係を「完全に遮断」するよう指示、学習資料を含むすべての文書において、路線転換と合わない表現を使わないよう求めているといいます。「平和統一」「一つの民族」「我が民族同士」などの単語は、韓国を「同族にみなしうる表現」だといいます。なお、こうした指示に、統一を前提として活動してきた朝鮮総連内では戸惑いも広がっているといいます。

日米中韓4カ国の元政府高官や専門家が、地域の安全保障をめぐって話し合う「アジア平和会議」(言論NPO主催)が東京で開かれ、4カ国の専門家が北東アジアの平和を脅かす2024年の最大のリスクは、ロシアと軍事関係を強める北朝鮮の情勢だと分析、同国の核問題の解決に向けた日米中韓による「4カ国協議」をつくることを提案しています。言論NPOは同会議に先立ち、北東アジアの平和を脅かす2024年の10のリスクについて、4カ国の専門家にアンケートを実施、最大のリスクは、ロシアと「包括的戦略パートナーシップ条約」を結び、軍事的な結びつきを強める北朝鮮の情勢であり、個別の項目では、「北朝鮮が核保有国として存在し、ミサイル発射などの挑発的な行動を繰り返している」が1位、日米韓の3カ国と、ロシア・中国・北朝鮮との間で「新冷戦を想起させる対立構造が生じ始めている」が6位となり、朝鮮半島に関する情勢がトップ10で四つを占める結果となりました。北朝鮮の核問題をめぐっては、かつて日米中韓とロシア、北朝鮮の6者協議で解決を目指し、いったんは合意に至ったものの、米朝の対立などを背景に枠組み自体が崩壊、国連安保理が北朝鮮への石油精製品の輸出を制限する制裁を科しても、中国近海で違法に物資を積み替える「瀬取り」を繰り返すなど機能せず、米国のトランプ前大統領も金総書記と3度にわたって直接会談したものの、合意には至りませんでした。平和会議では、すでに核保有を宣言している北朝鮮に核放棄を求め、非核化するのは現実的ではないとの意見も出たものの、最終的には日米中韓の4カ国協議の枠組みで協議を目指すことで一致したものです。米国のアジア外交を担ってきたラッセル氏は、6者協議が失敗したことを教訓に、「米中が真剣に協調し、協力しない限り、北朝鮮を意味のある交渉プロセスに引き入れることは現実的ではない」と指摘、「中国が北朝鮮に大きな影響力を行使する気がなければ、北朝鮮が実際に交渉に乗り出すことはない」とし、中国が真剣にかかわることが大前提だと述べています。

米大統領選(2024年11月5日投票)は共和党のトランプ前大統領と民主党のハリス副大統領による事実上の一騎打ちとなる構図が決まり、金総書記も対米関係に触れ「より徹底的に準備すべきなのは対決というのが我々の結論」としつつ「対話も対決も我々の選択肢になり得る」とも言及そてています。北朝鮮の朝鮮中央通信が配信した対米論評も「朝米対決の秒針が止まるかどうかは全面的に米国の行動いかんだ」とし、北朝鮮からはいっさい姿勢を変化させないというメッセージを出しています。米新政権の対応次第では北朝鮮の「国防科学発展及び武器体系開発5カ年計画」(「核兵器の小型化・軽量化」「戦術核兵器の開発」「超大型核弾頭の生産」など)の前倒し完了」を宣言して交渉を求める展開があり得ます。北朝鮮はウクライナ情勢、イスラエル・イラン関係など米国にとって優先順位の高い問題が紛糾すればするほど自らに有利な状況と考え、水面下での米国との接触をはじめさまざまな働きかけをしていく可能性が考えられます。

北朝鮮北部の鴨緑江周辺を7月下旬に襲った大規模な洪水で、現在も鴨緑江沿いにある新義州で復旧作業が続いていますが難航、一部農村で、被害が大きいため家屋の復旧を断念し、集落を一から再建するといった対応が進められているとみられています。金総書記は、被災した幼児や高齢者ら計1万5千人を一時的に首都・平壌に避難させると表明していますが、8月上旬、被災者を慰問した際に「新しい住宅を建設するこの機会に、電気・飲料水・汚水処理に至るまで、都市経営に関する要素を完璧に備えた『農村文化都市』を建設しなければならない」と話し、8月中旬には「私たちは被害地域を復旧するのではなく、農村の都市化、現代化、文明化実現の見本にしようとしている」とも述べており、確認された集落全体を解体する動きは、金総書記の発言内容を裏づけるものといえそうです。なお、国連食糧農業機関(FAO)は、現在の天気予報では10月までは平年を上回る降水量が続くことが見込まれ、豪雨により浸水や洪水が起きる可能性があると警戒、さらなる農業被害や住民避難につながる恐れがあると指摘しています。北朝鮮は「新義州で人命被害が一件も出ていない」と強調していますが、懐疑的な見方は根強く、自力で復興させる方針も示すものの、中国などから支援を得ずに実現できるかどうかは不透明な状況です。なお、今回の洪水が発生した後、1~2週間で被災地の新義州と中国遼寧省丹東を結ぶ「中朝友誼橋」を通じた交易が再開されています。北朝鮮にとって中国は最大の貿易相手国で、中朝貿易の大半を占める友誼橋を通じた貨物の往来が比較的早い段階で再開したことで、経済的な打撃を一定程度回避したとみられています。また、AML/CFTの項でも取り上げたラオスとの関係に関連して、北朝鮮の朝鮮労働党機関紙、労働新聞は、ラオスのトンルン国家主席が金総書記に見舞い電を送ったと1面で伝えています。労働新聞はこれまでにロシアのプーチン大統領からの見舞い電も報じている一方、中国については言及がありません。外交筋の間では「中朝関係がうまくいっていないためだ」との見方があります

関連して、朝鮮中央通信は、日本の植民地支配からの解放を祝う北朝鮮の記念日(8月15日)に合わせ、金総書記とロシアのプーチン大統領が祝電を交換したと伝えています。プーチン氏は祝電で、6月の露朝首脳会談を踏まえ「会談で成し遂げた各合意を徹底的に実行することが両国の互恵的協力を拡大することになる」と強調、これに対し、金総書記は「両国の軍と人民の友情は朝露関係を包括的戦略パートナーシップ、不敗の戦友関係に発展させ、両国の強国建設の原動力となっている」と応じています。さらに、北朝鮮外務省は、ウクライナのロシア侵攻を米国と西側諸国が支援する「許し難いテロ」だと非難し、主権を守ろうとするロシアと常に共にあると表明、事態を第3次世界大戦の瀬戸際まで追い込んでいる米国の反ロシア政策の産物と指摘、米国がウクライナに「天文学的な」額に相当する殺傷力のある武器を提供したとしています。一方、韓国、ウクライナ、米国は北朝鮮がロシアに対ウクライナ戦争で使用するミサイルなどを供給していると非難、北朝鮮とロシアはこれを否定しています。また、朝鮮中央通信は、北朝鮮の金総書記が、自国製の自爆型無人機(ドローン)の性能試験を視察したと伝え、同通信は「指定された標的を全て正確に識別して攻撃、掃滅した」とし、金総書記が「さまざまな類型の無人機を開発し、その戦闘的性能を絶えず高めることは戦争の準備において重要な割合を占める」として、自爆型無人機の生産・開発を指示したとも報じています。韓国の専門家は、「ロシアとの技術協力があったとしか思えない」と指摘しています。

一方、北朝鮮が外貨獲得のために行う密輸の取り締まりを中国当局が強化しているとの見方が在中国外交筋の間で浮上しています北朝鮮労働者の送還も進み、中国が国連の対北朝鮮制裁を順守する姿勢に転じ、北朝鮮は反発している模様です。韓国のKBSテレビが、中国当局が密輸に関与した北朝鮮外交官の自宅を捜索したと報じましたが、外交筋や貿易関係者によると捜索は事実とみられ、異例の措置と受け止められています。さらに、韓国紙東亜日報は、中国は北朝鮮との石炭、石油精製品の海上密輸の取り締まりも強化したと伝え、中国側の中朝貿易関係者によると2024年3~6月には密輸に関わった貿易業者と個人が次々に摘発され、上半期(1~6月)の貿易総額は前年比▲5.9%減と伸び悩んでいるほか、露朝間で始まった観光往来も中朝間では再開の見通しが立っていない状況です。中国で黙認されていた北朝鮮労働者も送還されており、国連安保理の追加制裁により外国に派遣された北朝鮮労働者は2019年12月までに送還することが義務づけられており、研修名目で滞在が続いていたものを全員帰国させるよう北朝鮮に求めたといわれています。こうした中、金総書記が2024年中に訪中するかどうかが注目されており、中朝友好年に位置づける国交樹立75年の年に、首脳会談が実現しなければ亀裂を印象付けることになります。一方、金総書記としては、11月の米大統領選でドナルド・トランプ前大統領が再選されて米朝交渉を再開させるシナリオを期待していることは間違いなく、トランプ氏が返り咲けば、金総書記が中国の後ろ盾を必要とし、中国も米国に対して北朝鮮への影響力をアピールしたいところでもあり、双方の思惑が重なり首脳会談が実現する展開も否定できません。

北朝鮮国防省は、米韓両軍が2024年8月に実施した大規模合同軍事演習に関し、朝鮮半島情勢の緊張を高める「挑発」だと批判する談話を発表しています。「(米韓は)当然の代償を支払うことになる」と警告し、対抗措置を示唆しています。北朝鮮は米韓の演習期間中、弾道ミサイルを発射しておらず、当初懸念されていたほどの強い反発を示していませんでした。韓国の軍事専門家は、北朝鮮が「新型戦術弾道ミサイル」搭載用の移動式発射台250両を軍に配備する計画に向けて弾道ミサイルを温存していると分析しています。金総書記氏は発射台を1年間で大量生産したことを「(北朝鮮の)国防工業の潜在性と威力を示すのに十分」と評価、部隊に対し、装備を効果的に運用するための実戦訓練を指示しています。また、金総書記は米国が韓国や日本と同盟関係を強化しているとして「防衛産業の進歩はさらに加速しなければならない」と指摘、米国と「対話をしようが対決しようが、強力な軍事力の保有は主権国家の義務であり権利だ」とも強調、そのうえで、核戦力を高度化させて米国の脅威や経済制裁に効果的に対抗することが「経済発展と人民生活向上により多くの投資を回すための最善の方法だ」と述べています。さらに、北朝鮮メディアは、金総書記が、240ミリ口径の放射砲(多連装ロケット砲)の試験発射を視察したと報じています。誘導技術や破壊力を向上させた改良型で、韓国のソウル首都圏を狙う兵器とされます。今後、実戦配備が進むとみられ、韓国への脅威が増すことになります。一方、韓国メディアは、今回の試験発射はロシアへの供給を念頭に置いたものとの見方を伝えており、ロシアは対ウクライナ侵略戦に北朝鮮製砲弾を大量に投入してきたとされます。

韓国軍は、北朝鮮が2024年9月4日夜から5日の昼にかけて2回にわたり、ゴミをぶら下げた風船計約480個を韓国に向けて飛ばしたと発表しています。ソウルや京畿道北部などで約100個の落下物が確認され、中身は紙やプラスチックだったとしています。北朝鮮は、韓国の脱北者団体が北朝鮮の体制を批判するビラなどを風船で飛ばしていることに反発、5月下旬から韓国に向けて「ゴミ風船」を飛ばしていますが、今回は約1カ月ぶりで、計13回になるといいます。

在韓国連軍司令部にドイツが18番目の加盟国として正式に参加しています。北朝鮮外務省は「朝鮮半島の平和と安定を破壊する行為で、強く糾弾する」との報道官談話を発表しています。談話は、ドイツが朝鮮半島情勢に軍事的に介入することは自国の安全保障に悪影響を及ぼすとけん制、在韓国連軍司令部の主な任務は休戦協定が非武装地帯(DMZ)などで守られているかどうかの監視で、韓国でドイツの加盟を記念する式典が開かれています。

米ニューヨークで9月下旬に開かれる国連総会の一般討論演説で、北朝鮮が崔善姫外相を派遣する方向で調整しているといいます。北朝鮮の外相が一般討論演説に出席すれば、6年ぶりとなります。演説では、国連安保理の対北朝鮮制裁決議や朝鮮半島周辺での米軍の軍事演習などを非難して、核・ミサイル開発の正当化を図る見通しです。訪米中、有事の相互軍事援助を定めた「包括的戦略パートナーシップ条約」を結んだロシアや、中国の外相らと会談するとみられるほか、非核化などについて協議するため、米側が米朝外相会談を打診する可能性もありますが、北朝鮮が受けるかどうかは不透明な状況です。

北朝鮮で2024年春には実施されるはずだった最高人民会議の代議員の選挙がいまだに実施されていません。最高人民会議は国会に相当すると言われる立法府で、金総書記時代の特徴として、各種会議の定期的開催など政治運営の制度化があげられ、代議員選挙の遅延は、その基本的な流れに逆行しているものであり、相応の重大な理由が存在するためと考えざるを得ません。専門家の指摘する理由としては、ひとつは、韓国を敵国とみなす憲法の改正に難航している可能性があげられ、もうひとつは北朝鮮が2023年8月、各級代議員選挙法を改正し、一部の選挙区で2人の「代議員候補者」から、最終的な候補者を「選抜」する方式を採用したものの、その調整が難航している可能性があげられるといいます。「人民大衆に依拠している」という正統性にそれなりの現実的根拠を与えるためだと考えられ、人々に「実際に政治に参加している」という意識を抱かせたいところ、選挙そのものが遅れていることは、見過ごせない問題だと専門家は指摘しています。

3.暴排条例等の状況

(1)暴力団排除条例に基づく有罪判決事例(広島県)

広島市中区流川・薬研堀地区での飲食営業に絡み、経営者から用心棒代を受け取ったなどとして広島県暴排条例違反と強要未遂の罪に問われた共政会正木組幹部、宮田被告の判決が、広島地裁であり、裁判長は懲役1年4月(求刑懲役2年)が言い渡されています。本事件については、2020年4月に改正施行された広島県暴排条例に基づく初の摘発事例であり、みかじめ料11万円を授受したとして、組幹部と経営者を同条例違反の疑いで相次いで逮捕、経営者は不起訴処分となりましたが、組幹部は起訴されていたものです。公判では約10年前からみかじめ料を毎月受け取っていたと認め「店で客ともめたり、けんかになったりした時に助けるための金。持ちつ持たれつの関係だった」と明かしていました。

(2)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(静岡県)

暴力団の威力を示し、組織に加入、活動するよう強要したなどとして、警察は、暴力団対策法に基づき、六代目山口組系幹部の会社役員の男に中止命令を出しています。報道によれば、組幹部は2023年12月下旬、仕事を通じて面識があった静岡県東部地区に住む50代の男性を「手伝いに来い」などと脅して、長野県内で行われた餅つき行事に呼び出し、自分は暴力団員などと威力を示し、組織へ加入して活動するよう強要、さらに2024年1月上旬にも、無償で暴力団の活動を継続するよう要求したものです。脅された男性が警察に相談、中止命令が発出されました。男はこの命令を受け入れているということです。

▼暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律

暴力団対策法第十六条(加入の強要等の禁止)第2項において、「前項に規定するもののほか、指定暴力団員は、人を威迫して、その者を指定暴力団等に加入することを強要し、若しくは勧誘し、又はその者が指定暴力団等から脱退することを妨害してはならない」と規定されています。そのうえで、第十八条(加入の強要等に対する措置)において、「公安委員会は、指定暴力団員が第十六条の規定に違反する行為をしており、その相手方が困惑していると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該行為を中止することを命じ、又は当該行為が中止されることを確保するために必要な事項(当該行為が同条第三項の規定に違反する行為であるときは、当該行為に係る密接関係者が指定暴力団等に加入させられ、又は指定暴力団等から脱退することを妨害されることを防止するために必要な事項を含む。)を命ずることができる」と規定されています。

(3)暴力団対策法に基づく再発防止命令発出事例(埼玉県)

埼玉県加須市内の複数の飲食店などに用心棒料を要求したとして、埼玉県公安委員会は、六代目山口組傘下組織の組長に暴力団対策法に基づく再発防止命令を出しています。報道によれば、組長は2023年12月下旬ごろ、加須市内のクリーニング店や飲食店の経営者に正月飾りを購入するよう求め、代金として約1万円を要求したといい、加須署長が2024年5月、中止命令を発出していますが、埼玉県公安委員会は今後も同様の行為を繰り返す恐れがあるとして、再発防止命令を出したものです。

暴力団対策法第九条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない」として、「四 縄張(正当な権原がないにもかかわらず自己の権益の対象範囲として設定していると認められる区域をいう。以下同じ。)内で営業を営む者に対し、名目のいかんを問わず、その営業を営むことを容認する対償として金品等の供与を要求すること」が禁止されています。そのうえで、第十一条(暴力的要求行為等に対する措置)第2項で、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をした場合において、当該指定暴力団員が更に反復して当該暴力的要求行為と類似の暴力的要求行為をするおそれがあると認めるときは、当該指定暴力団員に対し、一年を超えない範囲内で期間を定めて、暴力的要求行為が行われることを防止するために必要な事項を命ずることができる」と規定しています。

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