暴排トピックス

最凶の犯罪インフラ「闇バイト」~「割に合わない」のは当然だ

2024.11.06
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首席研究員 芳賀 恒人

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1.最凶の犯罪インフラ「闇バイト」~「割に合わない」のは当然だ

闇バイトを起点として、全国で戸建てや質店等を襲撃する強盗事件が続発、体感治安の急激な悪化をもたらしています。横浜市で高齢男性が死亡した事件も室内を荒らされた形跡があり、似た手口の事件は2024年8月以降で10件を優に超え、警察はSNSを通じ集散する「匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)」の関与を捜査、実行役のスマホを集中的に解析し、指示役の特定に全力を挙げているところです。複数の事件で、実行役がSNS上で「ホワイト案件」「即日払い」とうたった「闇バイト」の求人に応募していたことが判明したほか、指示役のやりとりには「シグナル」といった秘匿性が高い通信アプリが使われていた点も共通しています。各警察が実行役の足取りを追う一方、逮捕した容疑者のスマホの通信記録は警視庁の「捜査支援分析センター」(SSBC)が一元的に調べています。同センターは2009年に発足し、電子機器の解析にたけた捜査員が集まっており、解析の結果、一部の事件では実行役に指示を出した通信アプリ上のアカウントが共通していることが分かりました。警察当局は複数の事件で同じ指示役がいる疑いが強いとみて特定を急いでいます。闇バイトで実行役を募るトクリュウの脅威は近年高まっており、警察庁によると2024年9月末までの3年間で、実行役がSNS上の闇バイトで募集された強盗・窃盗事件は計93件あったといいます。2023年のルフィグループの特殊詐欺、闇バイト強盗が社会の耳目を集め、このグループが摘発されて以降、トクリュウによる犯罪は特殊詐欺などが目立っていたところ、最近発生している強盗事件は住人がいても押し入り暴行する手口が特徴で、捜査幹部は「トクリュウが再び凶悪化している可能性がある」とみています。

こうした体感治安の急激な悪化について、石破茂首相は、相次ぐ闇バイト強盗事件を受け、官邸の公式ホームページなどに動画を掲載し「怪しい求人には絶対に応募してはいけない」と注意を呼びかけています。「リスクなく、もうかる仕事はない」と強調、関与した場合には「警察に相談してください。警察は相談に来た人の安全は絶対に守る」と訴えています。動画には「『闇バイト』は犯罪です」とのテロップを付け、警察相談の専用電話番号も載せています。また、首都圏で相次ぐ強盗事件をめぐり、「闇バイト」を募集するSNSの対策強化を進める考えを示し、政府の補正予算案に、防犯パトロールの拡充の経費を盛り込む可能性にも言及、記者会見ではSNS上の情報把握や広報を強化するほか、相談態勢の拡充に取り組むとも述べています。また、警察庁の露木長官は、「国民の体感治安にも深刻な影響を及ぼしている」とし、指示役などの首謀者の摘発と事案の全容解明を進めるとしています。8月以降、1都3県で質店や戸建て住宅が狙われた強盗などの14事件が発生し、これまでに「闇バイト」に応募した実行役や運転役など30人以上が逮捕されています。警視庁と神奈川、千葉、埼玉の1都3県合同捜査本部が300人体制で捜査に当たっているといいます。さらに、坂井学・国家公安委員長は「取り締まりに必要な警察官の増員や装備資機材の高度化を進めていきたい」と述べています。また、求人情報を探している人に対し、匿名性の高いアプリに誘導して個人情報を送信させるなどの募集には「応募しないで」と訴えたほか、犯罪に加担しそうになっている人に対しては、脅迫を受けた場合でも「警察は家族もしっかり保護する」とし、警察に相談するよう呼びかけています。さらに、国民に対しても、電話や自宅訪問で資産や在宅の状況を聞き出して犯罪に利用する事例が多いため、同様の電話や訪問があれば「ためらいなく110番通報するなど協力してほしい」と述べています。これらの事件には、トクリュウの関与が疑われており、トクリュウが「新たな治安対策上の脅威となっている」と述べ、犯罪で得た資金の一部が暴力団に流れていると指摘しています。トクリュウは強盗事件だけでなく、被害が急増しているSNS型投資詐欺などにも関わっているとされ、坂井氏はトクリュウによる犯罪が国民に大きな不安を与えているとして、「犯罪組織の弱体化、壊滅に向けた取り締まりを強力に推進する」と述べています。

強盗だけでなく、SNS型投資詐欺・ロマンス詐欺、特殊詐欺などの犯罪の入口となり、トクリュウがその資金獲得活動の基盤としているのが、「最凶の犯罪インフラ」である「闇バイト」であり、各種「犯罪インフラ」がそれを支える構図が共通しています。シグナルやテレグラム、飛ばしの携帯や電話転送サービス、SIMカード、求人プラットフォームなどの犯罪インフラを駆使し、闇バイト経由で集まった「素人」を犯罪者に仕立て上げる仕組み、効率的かつ爆発的な資金獲得のための「闇のエコシステム」を作り上げたのが正にトクリュウです。ただ、実はその原型は暴力団が作ったものだといわれています。「割に合わない犯罪」だからこそ儲かるのであり、そのためには「素人」を大量に使い捨てる仕組みが必要だったのであり、つまり、暴力団が暴力団であることを捨てた先にトクリュウが生まれたと言えるのです。

「闇バイト」の実行役による強盗事件では、指示役との連絡手段として秘匿性の高い通信アプリ「シグナル」が使われています。メッセージを消去できるプライバシー機能が悪用された形ですが、規制は難しいのが実情で、被害を防ぐには、若者に危険性を訴える教育・啓発といったソフト面での対策強化が欠かせません。「高額報酬のバイトに応募したら、シグナルに誘導され、事件の指示を受けた」とは、2024年8月以降、関東地方を中心に6都道県で発生した強盗など21事件のうち、17の事件で逮捕された実行役らの多くが、警察の調べに供述している内容です。2022~2023年に相次いだ指示役「ルフィ」らによる強盗事件では、フィリピンに拠点を置く特殊詐欺グループの幹部らが、シグナルと類似の通信アプリ「テレグラム」で日本の実行役に指示を出していました。ロシア人技術者が開発したテレグラムは、秘匿性の高さから各国の反政府活動家やジャーナリストらに利用される一方、犯罪などに悪用されており、近年、各国が対応を強化しています。前回の本コラム(暴排トピックス2024年10月号)でも取り上げましたが、フランス当局は8月、アプリを通じた詐欺や麻薬取引などを放置したとして、テレグラムのCEOを逮捕しました。また、ルフィ事件では、消去されたメッセージの復元に警視庁が成功しており、捜査幹部は「今回の指示役も捜査を警戒し、連絡手段をテレグラムからシグナルに替えたのではないか」とみていますが、筆者も同様の考えです。シグナルは米国のNPOが開発したアプリで、2014年の公開以降、ダウンロード数は1億件を超え、送信者から受信者へ届くまでデータを全て暗号化する「エンドツーエンド暗号化」という方法で、アプリ内のやりとりは運営側を含む第三者がみることはできません。さらに、シグナルの暗号化は復号化が難しく、解析してメッセージを読み取ることは非常に厳しいとの専門家の指摘もあります。メッセージは送信者側の設定に応じて1秒~4週間で自動消去でき、スマホ本体からもデータが消えるため、受信端末が手元にあっても復元は難しいとされます。英紙ガーディアンによると、2021年に米国の通信アプリ「ワッツアップ」の利用規約改定を巡り、利用者の間に個人情報の取り扱いへの不安が広がり、シグナルに移行する人が急増したといいます。シグナルは「表現の自由の保護と安全なグローバルコミュニケーションの実現」を使命に掲げており、国軍がクーデターを強行したミャンマーやロシアの侵略を受けるウクライナでも市井の人々に利用されています。しかしながら、国内では投資詐欺や薬物密売のほか、東京・銀座で2023年5月に起きた仮面姿の男らによる高級腕時計「ロレックス」強奪事件でも連絡に使われていたことが判明しています。海外メディアによると、ロシア、中国、イランは国内からシグナルへの接続を遮断する措置を講じているほか、EUでは、児童の性的搾取などの防止のため、通信アプリ事業者にメッセージや画像の監視を義務付ける法案が検討され、これにシグナル側が反発、2024年5月、法案が可決されればEU市場から撤退するとの声明を出しています。一方、憲法で「通信の秘密」や「表現の自由」などが保障されている日本でも、国会で議論が交わされ、松本総務相(当時)は、暗号化やメッセージ消去機能はプライバシー保護に有効で、人権活動家にも利用されているとして「アプリの提供を一律に制限することは適切でない」と語っています。報道で明治大の石井徹哉教授(刑法)は、「通信アプリの規制は国民の権利を過剰に制限することになり、日本では難しい」と指摘しています。そもそも、シグナルと同様の機能を持つアプリは他にもあり、公開されているプログラムでも開発でき、実際、警視庁が2023年摘発したトクリュウのメンバーは、自作の通信アプリで連絡を取り合っていたとされます。また、報道で東京大生産技術研究所の松浦幹太教授(情報セキュリティ)は、「技術の進歩は止められない。家庭や学校だけでなく、政府が先頭に立って『怪しい仕事で匿名性の高いアプリの使用を迫られたら危険』と粘り強く訴えることが重要だ」と語っていますが、規制で封じ込めることが困難である以上、正にそのとおりかと思います。

シグナルやテレグラムは本来、表現や言論の自由を守るために作られたアプリであり、社会に「こうしたアプリ=犯罪に使われる」といったイメージが浸透するのは、本来の目的で利用する人たちにとってよくないことですが、一方で、応募したアルバイトで、匿名性の高いアプリに誘導されるのは「闇バイト」だと疑う一つのポイントともなりえます。政府は「闇バイト」の入り口となるSNSの投稿への監視を強めており、警察庁はインターネット上の違法情報の削除をサイト管理者に要請、2023年9月、削除対象に「闇バイト情報」を追加、2024年上半期だけで5389件の投稿について対応を要請し、7月までに4336件が削除されています。さらに2024年4月からは、闇バイト募集に使われるXの投稿をAIで抽出し、リプライ(返信)機能で「逮捕される可能性がある」などと警告する運用も始まっています。犯罪の抑止が狙いで、9月までに約2700件のメッセージを送ったといいます。過去には、大手求人サイトに特殊詐欺の闇バイト情報が掲載されたこともあり、厚生労働省は2023年3月以降、求人会社に対し、疑わしい募集情報の削除や警察への通報を呼びかけていますが、指示役側は求人に隠語を使っており、当初の「UD(受け子、出し子)」などから「即日払い」「高額案件」など、一般と見分けがつきにくい表現に変えて投稿を続けている実態があります。

関連して、国連薬物犯罪事務所(UNDOC)は、東南アジアの大規模な犯罪ネットワークがテレグラムを広範に利用しているとの報告書を公表しています。報告書によると、テレグラム上ではハッキングされたクレジットカードの詳細情報、パスワード、ブラウザーの履歴といったデータが公然かつ大規模に取引されているほか、サイバー犯罪に利用されるディープフェイクソフトやマルウエアも広く販売され、マネロンのサービスを提供する無認可の暗号資産取引所もあるといいます。報告書は「地下のデータ市場がテレグラムに移行しており、東南アジアを拠点とする多国籍組織犯罪グループに積極的にデータを売り込む業者が存在する強力な証拠」があるとしています。東南アジアは、国境を超えて行われる組織的な詐欺の拠点となっており、中国の犯罪組織が人身売買された労働者を使って詐欺を働くケースが多いといいます。UNDOCによれば、こうした詐欺産業の年間売上高は274億~365億ドルに達するとされ、犯罪組織は利益を上げるため、技術革新を迫られており、マルウエア、生成AI、ディープフェイクといった新しい技術や新しいビジネスモデルを詐欺に利用しているといいます。なお、UNDOCは東南アジアの犯罪組織を顧客とするディープフェイクソフトの販売業者10社以上を特定しています。東南アジアでは、最も生々しい形で犯罪インフラとして悪用されていることがわかります。

首都圏などで相次いだ「闇バイト」による強盗事件を巡り、警視庁などが5都県の11事件で逮捕された実行役らのスマホを解析した結果、指示役が使っていた約30個のアカウントの識別情報が、全て異なっていたことが捜査関係者への取材でわかったといいます。この識別情報は電話番号とひも付いているとみられ、指示役が他人名義のスマホやSIMカードを大量に用意していた可能性が指摘されています。5都県で起きた強盗や窃盗などの11事件では、秘匿性の高い通信アプリ「シグナル」で、約30個のアカウントから実行役らに指示が出されており、警視庁などは、実行役ら数十人から押収したスマホを解析、指示役のアカウントの識別情報が判明したことから、シグナルの運営団体に情報を照会し、アプリに登録された情報から手がかりを得たい考えだといいます。シグナルのアカウントの登録には、電話番号が必要で、警視庁などは、指示役が身元を特定されないよう、不正に売買されている「飛ばし携帯」と呼ばれる他人名義のスマホやSIMカードを使っていたとみています。

電話伝送サービスやSIMカードの犯罪インフラ性も問題です。市外局番「03」で始まる電話番号を表示する「電話転送サービス」を特殊詐欺グループに提供したとして、埼玉県警は、男2人を詐欺ほう助容疑などで逮捕しています。同サービスを使った詐欺被害は2024年9月~10月に全国で約200件確認され、被害総額は3億2000万円余りに上るとみられています。県警は、2人が「闇バイト」に応募し、犯罪に使う機器を用意する「道具屋」を務めていたとみて調べているといいます(道具屋まで闇バイトで募集されている実態にも驚かされます)。両容疑者は、埼玉県所沢市の80代女性から現金300万円をだまし取った特殊詐欺グループに対し、犯罪に使われると知りながら、電話転送サービスを提供した疑いがもたれています。事件前、女性宅に親族をかたる人物から電話があり、県警が電話番号を照会したところ、会社員の男の関与が浮上したものです。2人はそれぞれ、「お金に困っている」などとSNSに投稿し、返信で持ちかけられた闇バイトに応募、2人に面識はなかったものの、何者かの指示を受けて、会社員の男が東京都内に事務所を作り、会社役員の男が転送サービスに必要な電話交換装置などの機器をそろえ、約1500の電話回線を保有し、その5分の1が特殊詐欺に使われていたといいます(こうしたややノウハウや労力が必要な道具屋でさえ、指示役が存在して、素人でも役割を遂行できてしまう組織作り、ノウハウに驚かされます)。なお、電話転送サービスは、スマホからかけても、発信元として「03」などの市外局番が表示されるため、相手に「固定電話から」と思わせることができるほか、相手からの電話は通じない特性もあり、特殊詐欺等に悪用されています。また、埼玉県警は、中国籍で東京都練馬区、会社役員の男(35)を携帯電話不正利用防止法違反容疑で逮捕しています。男はSIMカードの貸し出しなどを行う電気通信事業会社の実質的な経営者で、2032年6月頃から7月頃の間に3回にわたり、何者かに対し、法令で定められている運転免許証などでの本人確認をせずに、携帯電話のSIMカード計2400枚を貸し出した疑いがもたれています。県警が別の不正アクセス禁止法違反事件の捜査で、不審な電話番号を調べたところ、同社が浮上、県警はSIMカードが犯罪に使われた可能性もあるとみて、捜査しているといいます。さらに、通信会社から、自身が使うように装い、他人に貸すため、携帯電話の契約者情報が記録された「SIMカード」をだまし取ったとして、警視庁暴力団対策課は私電磁的記録不正作出・同供用と詐欺の疑いで、東京都新宿区の自称声優、百瀬こと萩原容疑者(31)と、杉並区の職業不詳、古関容疑者(38)の2人を逮捕、別の男2人=いずれも同罪で起訴=を再逮捕しています。萩原容疑者は、参加した異業種交流会で古関容疑者から「SIM貸しというお小遣い稼ぎの案件がある」などと持ち掛けられて応じたといい、萩原容疑者は4回線を貸し出し、月額1万2千円を得ていたとみられています。萩原容疑者が貸したSIMカードは、架空請求メールなどを送信する詐欺グループにカードを供給するブローカーらに渡っており、逮捕容疑は、共謀して2022年3月、4回にわたって、自身が利用すると偽って回線を契約し、SIMカードをだまし取ったというものです。なお、これまでに不正売買グループのメンバー約20人が同容疑などで逮捕されており、メンバーの自宅からは約200枚のSIMカードが見つかったといい、警視庁は、集めたSIMカードの大半は特殊詐欺で被害者をだますメールの送信に使われたとみて調べています。

2024年10月30日付朝日新聞の記事“「SIM案件」は闇バイト、知らぬ間に犯罪に加担 記者が連絡すると”によれば、“「SIMカード枚数ぶん稼げるチート級案件!」「即金5万円」X上には、こんな誘い文句の投稿が目立つ。SIMカードを契約し、譲り渡せば報酬をあげる―。こうした依頼は「SIM案件」と呼ばれる「闇バイト」の一種だ。記者は10月、XでSIM案件の投稿者にダイレクトメッセージを送った。すると、別の人物とLINEでやり取りするよう返信があり、LINE上で「仕事」の説明が始まった。約10個の格安SIMをネットで契約した上で、複数の店舗でスマホを契約する。入手したSIMカードとスマホを郵送するという内容だ。報酬は4万円と説明された。携帯代の滞納状況や居住場所、クレジットカードの有無を聞かれ、顔写真付きの身分証も求められた。午前9時半から午後7時まで稼働できる日程のほか、「店舗に事前予約が必要」として電話番号も聞かれた。犯罪ではないのかと尋ねると、相手は「もちろん犯罪等ではないですよ。店舗には月のノルマがあるので、そこを埋めるためのサクラのバイトみたいなもの」と説明した。さらに電話での会話を求められ、若い男性とみられる声で「最初は不安だと思うが僕も1回やっているので安心してください」「携帯会社から頼まれているので大丈夫です」などと語った。「仕事」を断った後、記者であることを明かして取材を申し込んだが、LINEは既読にならなかった。捜査関係者によると、譲り渡したSIMカードは、特殊詐欺で被害者との連絡や、犯罪グループ内での連絡用の「道具」として使われるケースが多いという”、“X上の「SIM案件」と、スマホの乗り換えを意味し、闇バイトの一種とされる「MNP案件」という投稿について、2020年以降の月ごとの件数などを調べた。その結果、22年は、中ごろまで200~300件で推移していた投稿件数は、同年末から急増。ピーク時の23年6月は2千件を超えた。その後は減少に転じたが、今年に入ってからも月500件を超えている。投稿者を分析したところ、1千件以上投稿しているアカウントが六つあり、一部のアカウントが短期間で投稿を繰り返している実態が浮かぶ。1万以上のフォロワーがいるアカウントもあった。昨年から投稿件数が急増した点について、サイバー犯罪に詳しい明治大学の湯浅墾道教授は「SNS型投資詐欺」と「ロマンス詐欺」の急増との関連を指摘。…詐欺被害に詳しい佐久間大地弁護士は、犯罪グループがSIMの契約者を見つける方法について、「直接会ったほうが相手を信用させられ、仕事をきちんとやってくれるので『マグロの一本釣り』のようだ。一方、SNSでの募集は、誰でもよいから仕事を引き受けてくれる人を探すので『地引き網』のようだ」と指摘。「募集する側はマンパワーが必要で、仕事が終わればSIMの契約者は逮捕されてもよいと考えているだろう。『安心安全な副業』という案件こそ詐欺を疑うべきだ」と話す”と紹介しています。

求人プラットフォームの犯罪インフラ性も問題です。そのため、ディップは単発で短時間働く「スポットワーク」の求人サービスで、特殊詐欺や強盗の実行犯を募る「闇バイト」を検知するツールを2024年11月中に導入すると発表しています。生成AIを使って求人内容を自動で審査、疑わしい求人があれば、掲載企業に確認したうえで公開を取りやめるなどの対応をとるとしています。求人サービス「スポットバイトル」で生成AIによる審査を試験導入し、異常に高額な報酬や職務内容の不明瞭さ、「危険なことはない」といった安全性を強調する文言などから不審な求人を自動で判断するといいます。ディップは10月、スポットワークの仲介サービスを東京23区で始めましたが、現在はすべての求人の内容を目視で確認しているといい、年内に全国に展開を目指しており、求人数の増加に備えて審査を効率化するとしています。特殊詐欺が増加傾向にあるなか、警察当局はSNSなどを通じた闇バイトの募集に警戒を強めており、ディップは1月、アルバイト・パートの求人サイト「バイトル」でAIによる審査を導入したほか、サイト上でユーザーから申告を受ける「闇バイト相談窓口」を開設するといった取り組みを行っています。

前回の本コラム(暴排トピックス2024年10月号)でも述べましたが、筆者は「闇のエコシステム」に取り込まれそうな、多くの若者が手に取って、「闇のエコシステム」から離脱してほしいとの思いから、若者向けの書籍「あの時こうしなければ……本当に危ない闇バイトの話」を監修させていただきました。共同で監修した社会学者の廣末登氏が、毎日新聞において闇バイトについて述べていますので、紹介します。まず。2024年10月24日付毎日新聞の記事「「ホワイト求人」にだまされるな 闇バイトを見分ける三つのポイント」では、「広末さんは社会学者として暴力団の元組員や特殊詐欺に関わった人へのインタビューを重ねてきた。昨年に「闇バイト 凶悪化する若者のリアル」(祥伝社)を執筆し、実態に詳しい研究者として警鐘を鳴らす。「これまで犯罪とは無縁だった、普通の大学生や正規の職を持つ若者も『闇バイト』に手を染めています。まじめな学生や一般家庭の子どもも大丈夫と言い切れない状況です」、「闇バイト」は詐欺や強盗の直接的な犯罪行為の手伝いだけではない。携帯電話や銀行口座は重要な犯罪ツールで、犯罪グループは常に「闇バイト」を求めている。漫画で示したように、高額報酬で契約させる「バイト」も相次いでいるという。…「SNSの発達で誰もがつながる社会で、『お金がほしい』と思って検索した時点から危険が忍び寄ります。犯罪グループはあらゆる手段で使い捨てできる人材を探しており、お金に目がくらんだ若者がだまされてしまう恐れがあります」…広末さんは三つのポイントを挙げる。まずは仕事内容だ。「『ものを運ぶだけ』など、質素で抽象的な内容は注意が必要です。」続いて分かりやすいのは「短時間で高額な報酬」をうたっているかどうか。「何かを受け取るだけで2万円や3万円が手に入ったら、明らかにおかしいですよね。闇バイトの可能性を念頭に冷静にネットで検索すれば、すぐに不審点に気づくはず」と話す。最後にチェックすべきは、バイト先の実体があるかどうかだ。犯罪者側がもっともらしい社名を名乗って求人をしている場合もある。事前説明や面接はオンラインが多く、つながりはLINEなどのアプリだけ。トラブルが起きたとき、いざとなったら問い合わせ先が実際になかった―ということも珍しくない。「テレグラム」など秘匿性の高い通信アプリの使用を指示してくる傾向もある。特にそうした相手が「免許証などの身分証明書を送って」と言ったら、注意が必要だ。…いざとなったら『警察、呼びますよ』と毅然とした態度を取るか、時には逃げることも大事です」たとえば特殊詐欺の共犯となれば、刑事裁判で「(詐欺事件と)知らなかった」と主張しても、有罪となるケースは多い。詐欺罪は10年以下の懲役で、悪質と判断されれば初犯でも実刑判決が下される恐れは十分にある。広末さんは改めてこう警告する。「闇バイトはやっても何一ついいことはありません。犯罪グループの幹部が(犯罪収益を)ネコババして報酬がもらえないリスクもあります。一方で、幹部はなかなか捕まらないので、犯罪を繰り返します。犯罪グループに使い捨てにされる前に、とにかく早く逃げてください」」と述べており、若者だけでなく大人にとっても知っておくべき内容です。また、2024年10月25日付毎日新聞の記事「ワンチャン無期懲役かもよ? 闇バイトから足洗うには」も秀逸な内容で、「無期懲役か死刑―。考えてみてほしい、こんな刑罰に見合うだけの「アルバイト」など存在するだろうか?…男性の逮捕容疑である強盗殺人の法定刑は極刑を含む重罪で、被害者の人生を狂わせるだけでなく、加害者も自らの人生を棒に振ることになる。…犯罪心理学者である東京未来大学の出口保行教授によると、自分に都合の良い情報だけを取り入れ、都合の悪い情報を排除しようとする「確証バイアス」の心理が働き、応募した人はなんとなく不信感を抱きながらも「いつでもやめられる」「自分が捕まることはないだろう」と考えているうちに、脅迫され、深みにはまっていく。弱みにつけ込まれて脅迫されることで、闇バイトに関連する事件の容疑者らが「ポイント・オブ・ノー・リターン」(回帰不能点)を越えてしまったと感じるという構図だ。だが、出口教授は「引き返すことはいつでもできます」と呼びかける。「ただ、思いとどまるのが遅れれば遅れるほど、犯罪に加担する度合いは深まり、引き返すことがより困難になります。『これはヤバい』と思ったらもうそこがタイミングです。ちゅうちょなど必要ありません」…(廣末氏は)思いとどまる方法としては「警察に相談する以外に、闇バイトから引き返す方法はありません」と断言する。「犯罪と知らずに加担したとしても、闇バイトへの加担は犯罪です」龍谷大学で矯正・保護総合センター嘱託研究員を務める広末登さんが言うように、犯行計画に加わっていることに負い目を感じ、警察への相談をためらう可能性もある。広末さんは「身分証を渡しただけなら何の罪にも問われません。すでにやったことに対しては罪に問われることがあるかもしれませんが、自首や出頭が成立すれば(起訴された場合の)求刑も全然違います」と説明し、一刻も早く警察に相談することを呼びかける。「会社と違って正規の雇用関係もないので、後先考える必要もありません。まず(指示役や仲間との)連絡を絶って、すぐに警察に連絡を」と、語気を強める。…「ワンチャン(もしかしたら)もうかるかも?」広末さんが、闇バイトに登録する人が抱きやすい安易な気持ちを代弁する。「ワンチャンなんてありません」広末さんはそう断言した上で、人生を踏み外すことのないよう諭すかのように話した。「たった数万円、もしかすると全くもらえないかもしれないのに、自分の人生を売り渡すのはどう考えても割に合いませんよ」との指摘は、正にすべての若者に届いてほしい内容です。

前述の廣末氏の指摘にもあったとおり、闇バイトに応募して犯罪に加担した場合は、大きな代償を払うことになります。直近でも、複数人と共謀して宅配業者を装い東京都中野区の住宅に押し入り、住人を殴り現金約3200万円を奪ったうえ、別日には広島市の店舗兼住宅にも同様に押し入り、現金約250万円と腕時計など約2430万円相当を強奪、3人に暴行し、うち工具で頭を殴られた男性は意識障害を伴う重傷を負った事件の被告について、東京高裁が、懲役20年とした1審東京地裁判決を支持し、被告側の控訴を棄却しています。裁判長は、被告は他の実行役への臨機応変な指示や、金品の運び出しを担うなど重要な役割を果たしたと指摘。「安易な動機で『闇バイト』と検索、強盗を選択した」とした一審判決を支持し、量刑は不当とはいえないと結論づけています。また、東京都江東区で2019年、電話で資産状況を聞く「アポ電」の後にマンションに押し入り、住人の女性(当時80)を死なせたとして強盗致死罪などに問われた被告3人の差し戻し後の裁判員裁判で、東京地裁は、いずれも求刑通り無期懲役とする判決を言い渡しています。判決は、女性の首が圧迫されたとする医師の証言や、事件前の女性は一人で生活ができる健康状態だった点を踏まえ、「被告らの暴行が原因で死亡した」と認めたうえで、3人がほかにも強盗や窃盗を繰り返していたことから、「犯罪性をエスカレートさせた経緯は悪質で、無期懲役が相当だ」と結論づけています。さらに、指示役「ルフィ」らによる一連の強盗事件のうち、東京都狛江市の住宅で住人の高齢女性が死亡した事件などの実行役として、強盗致死罪などに問われた被告(23)の裁判員裁判では、検察側が「残忍で凄惨な犯行。現場責任者の役割を担い、果たした役割は重大だ」などとして無期懲役を求刑しています。

警察庁から相次いで闇バイト対策に資する情報提供を行っていますので、以下、紹介します。

▼警察庁 SNS上の犯罪実行者募集対策~AIを活用した犯罪実行者募集投稿に対するリプライ警告~について
  • 対策の概要
    • 警察では、「国民を詐欺から守るための総合対策」に基づき、「犯行に加担させないための対策」として、SNS上で発信されている犯罪実行者の募集投稿に対し、返信(リプライ)機能を活用した投稿者等に対する個別警告を実施しているところ、令和6年4月1日からは、警察庁において、AIを活用したリプライ警告を導入しており、令和6年9月30日までに約2700件実施している。
    • 引き続き、これらの取組みを効果的に運用していくこととしている
▼警察庁 犯罪実行者募集情報の特徴について
▼犯罪実行者募集情報の特徴について
  1. 概要
    • SNSなどで求人情報を探している方に対して、本年8月以降、首都圏で相次ぐ凶悪な強盗等事件において検挙された被疑者が応募したと思われる犯罪実行者募集情報の具体的な事例や特徴等を広報し、この種の求人には応募しないように注意を促すもの。
  2. 内容
    • 別添の資料を、警察庁Xに投稿するとともにホームページに掲載する。
      • ※なお、本広報資料に関しては、1の旨を呼びかける生活安全企画課長の動画を警察庁X等に投稿しています
▼SNSなどで求人情報を探している方へ
  • 犯罪実行者の募集は、通常のアルバイト募集のように見えても、2つの大きな特徴があります。それは、
    • X等のSNSで「高額」「即日即金」「ホワイト案件」等、「楽で、簡単、高収入」を強調する
    • シグナルやテレグラムといった匿名性の高いアプリに誘導して個人情報を送信させ、脅迫するというものです。この種の求人には応募しないとの意識を社会全体で共有することが重要です。
    • 本年8月以降、首都圏で相次ぐ凶悪な強盗等事件において検挙された被疑者が応募したと思われる犯罪実行者募集情報には、具体的には以下の特徴があります。これらを参考にして、そのような特徴を有する求人情報には応募しないように注意してください。
      1. 犯罪実行者募集の具体的事例
        • 「即日バイト」「高額バイト」と検索したところ、「高額案件、タクシー業務、書類運搬、受け取り、日給5万円から」といった募集投稿を見つけた
        • 「即日払いのバイトがあります」との投稿を見つけ、コメントしたところ、「DMください」との反応があった
        • 「案件」と検索したところ、「ホワイトな高額案件あります」との募集投稿を見つけた
        • おすすめに表示された「深夜に人を運んでください」「報酬5万円」との募集投稿を見つけてDMを送った
        • 打ち子(パチンコの代打ち)のバイトの募集を見つけ、DMを送った
        • 「お金配りますよ」と投稿しているアカウントにDMを送った
        • 「即日即金」と検索したところ、「即金5万円」「運びの仕事」といった募集投稿を見つけ応募した
        • 「要普通免許、簡単な運びの仕事、ホワイトな仕事、高収入」等の広告を見て登録した
        • 「送迎」案件のバイトに応募した
        • 短期間で稼げるアルバイトを探し、「ホワイト案件」との募集文言を見て応募した
        • 「短期間で高収入」との募集文言を見て応募した
        • 「高額収入の引越しバイトの募集」と題した「本日稼働可能!」「預けた荷物をロッカー」「20万~都内某所」「闇バイト×」等の記載があるDMに返信した
        • XでのDMのやりとりを経て、シグナルに誘導された
      2. 浮かび上がる犯罪実行者募集情報の特徴
        • 使用されたSNS:大部分がX(旧Twitter)
        • 報酬額:高額であることを強調する文言が多い(「高収入」「日給5万円から」等)
        • 報酬支払い:即日に支払われることを強調する文言が多い(「即日払い」「即日即金」「お金配りますよ」等)
        • 業務内容:人又は物の運搬や荷物の受取りなど簡単な仕事であることを強調する文言が多い(「運びの仕事」「ドライバー」「送迎」「書類運搬」「荷物を運ぶ仕事」等)
        • 業務の性質:違法ではないことや、楽で簡単な仕事であることを強調する文言が使われることもある(「ホワイト案件」「ホワイトバイト」「簡単」等)
        • 募集条件:即座に参加できること(「本日稼働可能」等)、また運搬等の業務に対応できること(「要普通免許」等)を条件としている場合もある
        • 通信手段:Xでのやりとりから、匿名性の高いアプリ(シグナル)に誘導されることが多い
      3. 今、犯罪に加担しようとしている方へ
        • たとえ、自身や家族が脅迫されていても、強盗は凶悪な犯罪です。犯罪に加担する前に、勇気を持って抜け出し、すぐに警察に相談してください。警察は確実に保護しますので、安心してください。

関連して、就職情報サイトの「マイナビ」が、2024年2月、アルバイトをしている高校生651人に、インターネットで実施したアンケート調査では、46.6%が、サイトや求人情報誌を通さず、『SNSで直接アルバイトを探した経験がある』と答えたといいます。また、全体の34.5%が『SNSで見つけたアルバイトで、実際に働いた経験がある』と回答し、若い世代で、SNSによるアルバイト探しが、身近になっている状況がうかがえます。このほか、『SNSで怪しい求人を見かけたことがある』と回答した高校生の割合が41.3%にのぼり、『SNSで怪しい求人の勧誘を受けたことがある』と回答した高校生も10.4%いたといい、SNSにおける闇バイト募集対策が極めて重要となっていることがわかります。

なお、以前の本コラム(暴排トピックス2023年8月号)でも取り上げましたが、警察庁が「事例集「犯罪実行者募集の実態」について」を公表しています。本レポートをダイレクトにでも、当該コラムからでも、あわせて参照いただくとよいと思います。

▼警察庁 事例集「犯罪実行者募集の実態」について

本レポートは生々しい実例集です。SNSの甘い誘いに乗れば言葉巧みに個人情報を求められ、写真や住所、銀行口座から家族や交際相手の詳細まで引き出されるほか、面接と称して携帯電話の電話帳や交信記録を撮影されたケースもあり、これらは全て離脱や逃亡を認めない脅迫の材料となります。「家に火をつける」「家族を殺す」などの脅しが怖くて犯行に加担すれば、それも新たな脅迫への弱みとなります。約束の報酬を受け取ることもなく、抗議しようにも指示役の上部は連絡先が分かりません。他人を殴り傷つけ殺害した心の痛みは消えず、犯行集団からの離脱を図れば警察に密告され、「犯罪者」としてネット上に写真が公開され、これが逮捕まで続くことになります。なぜならそれまで決して離脱を許されないからです。そして、そもそも本レポートが作成されたのは、若者への啓蒙のために活用してほしいとの思いからです。本レポートの冒頭、「目先の利益を手に入れるため、少年が「闇バイト」に安易に応募し、特殊詐欺や強盗等の重大な犯罪に加担してしまうことが大きな社会問題となっています。現在、社会的に「闇バイト」という用語が使用されていますが、これは単なるアルバイトなどではなく犯罪です。「闇バイト」の募集は、犯罪実行役の募集にほかなりません。その実態は、犯行グループが切り捨て要員の実行役を手広く募集するものであり、我々は、これに関わることで少年にどのような危険が及ぶかについて、少年に伝え続けていく必要があります」と指摘しており、筆者の問題意識に対する回答であるとも受け止められます。さらに、「たった一度でも手を染めれば最後には必ず警察に検挙されます。なぜなら、脅し等により、警察に逮捕されるまで使われ続けるからです。関わって得られるものは何もありません。また、犯罪によって被害者やその家族に一生消えることのない深い傷を与えることとなり、他人の人生も台無しにするものです。少年がこのような犯罪へ加担することを防止するためには、保護者、教職員、少年警察ボランティアなど、少年の健全育成に携わる方々が、犯行グループによる犯罪実行役の募集の実態や危険性、悪質性について具体的に少年に発信していただくことが重要です」、「少年への働き掛けに当たっては、「闇バイト」は犯罪であると少年の道徳心に語りかけ、少年が自らの判断に基づき、犯罪加担行為を踏み止まれるよう少年等の心に響く広報啓発を実施していただければと思います。その上で、少年から「先輩、知人等から「簡単に儲かるバイトがある」と誘いを受けた」「友人が犯罪らしきことをやっている」「不審な高額バイトに応募してしまった」といった話を耳にされた際は、ちゅうちょすることなく、早期に警察(少年相談窓口や少年サポートセンター等)に相談するよう教示していただければと思います」と述べていますが、正にこうした現実を、「未熟な常識」しか持ち合わせていない若者にきちんと届けることが、私たち大人の責務だといえます。

▼警察庁 事例集「犯罪実行者募集の実態」について

警察庁は、犯罪に加担しないよう呼びかける動画をXの公式アカウントに投稿しています。動画は1分弱ほどで、生活安全企画課の阿波拓洋課長が「強盗は凶悪な犯罪です」と視聴者に向かって語りかける内容です。闇バイトでは、犯罪グループがSNSで高額の報酬を示し、犯罪の実行役を募集する特徴があります。指示役に身分証を送ってしまい、逃げられなくなってから強盗を指示されるケースが多く、「逃げたら殺す」と指示役から脅されたケースもあります。阿波課長は動画で、脅迫を受けている場合でも警察に相談してほしいとして、「あなたや、あなたのご家族を確実に保護します」と訴えています。動画の最後には、「安心して、そして勇気を持って今すぐ引き返してください」と呼びかけています。これは、正に届けたい相手に届けたい情報が届くためのよい取り組みだといえます。

▼警察庁(公式X)闇バイトに関する注意喚起
  • 自分自身や家族への脅迫が理由であっても #強盗 は凶悪な #犯罪 です。
  • 犯罪に関わってはいけません。勇気を持って抜け出し、すぐに警察に #相談 してください。
  • 警察は相談を受けたあなたやあなたの家族を確実に保護します。
  • 安心して、そして勇気を持って、今すぐ引き返してください。

警察庁が動画を発信して以降、警察当局が少なくとも4人を保護する成果が表れています。1人はSNSを通じて求人情報に応募、指示役に犯罪行為を指示されたので拒否したところ、送信していた個人情報を元に脅迫されたものの、警察への相談を呼びかけたXでの動画を紹介する報道を目にしており、警察相談専用電話「♯9110」に相談して保護に至ったといいます。直近のケースでは、SNSで闇バイトに応募し、スマホなどの契約を指示された男性(19)が警視庁池袋署を訪れ、保護されています。「闇バイトに応募して怖くなった」などと話したといいます。男性は、Xで物を運ぶ仕事などを募集する投稿を見て闇バイトに応募、池袋駅周辺の携帯電話販売代理店で契約した携帯電話1台と、契約者情報が記録された「SIMカード」7枚を周辺で複数の男らに手渡し、その場で報酬として現金を得たといいます。警視庁は、契約したスマホやSIMカードが犯罪に利用される可能性があるとみて、捜査をしています。

闇バイトへの応募をきっかけに若者が強盗や特殊詐欺などの事件に加担してしまうのを防ごうと、愛知県警は2024年10月から、X上で闇バイトを募集する投稿に対して自動で警告する新システムを導入しています。警告は各県警で行われていますが、自動化は全国初といいます。新システムは事前に設定した「高額バイト」「運び案件」などのキーワードを使った投稿を自動で検索し、リスト化、警察官らが不適切かどうかを確認した上で、「詐欺、強盗などの実行犯を募集する書き込みのおそれがある」などの警告文が自動で送られる仕組みです。警告により投稿が削除されたかどうかも自動で確認できるようになったといいます。一連の作業に5分以上かかることもあり、警告件数は平均月約160件程度にとどまっていましたが、試験運用が始まった9月の警告件数は約1500件に上り、導入前の約9倍に増加したといいます。こうした取り組みが全国に拡がることを期待したいところです。

首都圏で相次いでいる強盗事件で、被害に遭った住宅などは、いずれも「ピンポイント」で狙われたとみられています。強盗や特殊詐欺などの事件で犯行グループが利用するのが、流出した個人情報をもとにした「名簿」で、2022~23年に起きた広域強盗事件でも、「ルフィ」などと名乗る男らが何らかの名簿をもとに犯行を指示していたとみられています。相次ぐ個人情報の流出やその不正利用を受け、警察も対策を強化、犯行グループに名簿を提供する悪質な「名簿屋」や、不正に入手した個人情報を譲り渡す提供者の取り締まりを進めています。また、リフォーム業者として個別に訪問して情報を収集する手口もみられています。事件以前から突然自宅を訪問して「屋根が傾いている」などと不安をあおり、不必要な修理工事を要求するといった手口の悪質なリフォーム業者、とりわけトクリュウが関与する悪質リフォーム業者の問題も表面化していますが、リフォームなどを装った手口を使うグループのもう一つの狙いが、強盗などの「ターゲット」の情報収集とされます。複数の捜査幹部は、「悪質なリフォーム業者は家に上がり込んで家族構成や資産状況などを確認し、強盗や特殊詐欺の狙い先となる名簿をブラッシュアップしている可能性がある。業者そのものが、トクリュウによる犯罪のデータベースの役割を果たしている恐れがある」、「リフォームを持ちかける過程で居住人数や在宅時間、家の間取り、資産状況などの情報を集め、犯罪組織で共有している可能性がある」と指摘、資産状況を電話で尋ねる「アポ電」に比べ、対面でやりとりするリフォーム詐欺の方が怪しまれず、得られる情報も多いと考えられます。実際、埼玉県と東京都での連続強盗事件のうち、同県所沢市の事件の実行役とみられる住所・職業不詳、森田容疑者(24)の勤務先だったリフォーム会社について、悪質な営業をしたとして福岡県警が特定商取引法違反の疑いで2023年に家宅捜索していたことが捜査関係者への取材で判明しています。福岡県警は暴力団の資金源を解明する捜査で、実質的な親会社のリフォーム会社が高齢者らを狙い、不必要な修繕などを持ちかける悪質な営業をしていた疑いを把握したものです。その他、事前に保険外交員を装って被害者宅を訪問していた事例や、大手通信事業者を名乗る男が「電柱から線を引く工事をする」と突然訪問してきて「いつ自宅を留守にするのか」「工事の車を家の前に置きたい。家の車はいつ出すのか」などと尋ねてきた事例などもあります。

首都圏で「闇バイト」による強盗事件が相次いでいることを受け、茨城県警が県民に注意を呼びかけるチラシを作成しています。関連が疑われる事件は県内ではまだ確認されていないが、隣接県では複数発生しており、一層の警戒を促す狙いがあり、チラシは一般住宅向けに加え、コンビニとタクシー会社向けの計3種類用意されています。報道によれば、実行役が犯行時に使用する用具を事前に購入したり、移動手段としてタクシーを使ったりする可能性が高いことに着目、コンビニ向けのチラシには、軍手や粘着テープの写真を付けて「お店に立ち寄っている可能性があります」と注意喚起しています。タクシー会社には「土地鑑のない若者が乗車し、住宅街を指定する」「誰かの指示を受けている様子で、緊張感から顔がこわばる」と特徴を列挙、不審な利用客がいた場合は、警察に情報提供するよう求めています。よく考えられた取り組みで、周知効果は高いのではないかと推測します。

トクリュウは実行役を次々に入れ替える特徴があり、被害の抑止には首謀者の摘発が重要になります。上層部の特定には通信記録と資金の流れの解明がカギを握っています。上層部への突き上げ捜査で焦点となるのは通信記録の解析で、各警察はアプリの悪用に対抗して、電子機器から証拠を見つけ出す「デジタルフォレンジック(電子鑑識)」の技術を磨いています。過去の事件では端末内に残されたデータから、消去されたやり取りの一部を復元できたケースもありました。ある捜査幹部は「下っ端を捕まえるだけでは意味がない。携帯を一つ一つ調べ、突き上げないといけない」と語っています。首謀者につながるもう一つの糸口がカネの流れで、強盗とともにトクリュウの関与が疑われる事件が多い特殊詐欺では、詐取した資金を複数の銀行口座を経由して暗号資産に変え、マネロンする手口が目立ち、資金が流れていく過程を調べると、口座の持ち主など上層部の特定につながる情報が浮上するケースがあるといいます。警察幹部は「カネの流れを丁寧にたどった先に首謀者の手掛かりがある」と強調しています。

ABEMA Timesによれば、「闇バイト」の実態を知るべく、元暴力団員に話を聞いたところ、「暴対法と暴排条例で締め付けが厳しい。知恵を絞ってシステムを作り上げていくのは当然だ。はやりだした頃は暴力団組員たちが考え、闇バイトを集めて収益を得たが、トップまで使用者責任で裁かれる。今は“半グレ”が闇バイトにたけていて、暴対法は適用されない」と説明しており、参考になりました。また、実行犯については「駒としてしか扱っていない。生きようが死のうが関係ない」と語り、「鉄砲玉」とされる実行犯については「組織の一員で、無期懲役になれば組織として守る。刑務所へ行っても差し入れする」というが、「闇バイトの子には情も何もない、使い捨てだ」と指摘している点も大変興味深いものがあります。また、FLASHによれば、今回の一連の事件について、「事件の全容解明はいっこうに進んでいない。その理由を警視庁担当記者が話す。「警察は指示役の正体をまったく追えていないようです。『Signal』の米国本社に解析依頼を出して、その了承を得たうえで解析を進めなければならないので、かなり時間がかかるそうなんです」全容が見えない「トクリュウ」について、暴力団関係者は自嘲気味にこう話す。「六代目山口組をはじめ大きなヤクザ組織は、オレオレ詐欺や特殊詐欺には絶対関わるな、と通達されている。そうした犯罪に関わった組員は、破門か絶縁処分。所属している組も取り潰される。そもそも、タタキ(強盗)は一回で懲役20年から無期懲役、割に合わないよ。だが、こうした素人の犯行がのさばってしまったのは、ヤクザの力が弱まってしまったことが原因の一端。仲間も『組織が弱体化していなかったらこんなことはさせない』と言ってたよ」だが、かつて暴力団に関わったことがある男性は「あれは20年ほど前にできたある犯罪組織のやり方をまねたもの」と明かした。「その組織は恐喝や誘拐、風俗など得意分野を持つ元ヤクザが集まって作られたもの。目論見は成功して、かなり儲かった。最後は摘発され、組織は壊滅したが、10年ほど前、有名暴力団を破門された凶悪な武闘派の元ヤクザたちがそのやり方をまねして作ったのが『トクリュウ』だ。可能な限り組織性を消すために、組織に名前はついていない」 完全にピラミッド型の組織で、上からトップ、四天王クラス、幹部クラス、“ルフィ”などの指示役。さらにその下に指示役補佐、現場の指示役、実行犯リーダー、使い捨ての実行犯で構成されているという。「ルフィクラスの指示役を、世間では詐欺強盗集団のトップと思っているが、彼らはいざとなれば組織から切られて、警察に渡される程度の人間。ルフィ程度の指示役は、日本全国で100人近くいる。昨年のルフィ事件でも、強盗事件が続いて突然、ルフィなんて人間がフィリピンにいて……という話になったが、あれはルフィが組織から切られたということ。ルフィの強盗団が世間で騒がれて、これ以上問題化するとヤバいということになり、警察に耳打ちして逮捕させたのだろう」(前出・男性)「もともとは闇カジノやオレオレ詐欺とかで世間には目立たずに稼いでいた下部グループが、警察の締めつけが厳しく、それで稼げなくなった。ただ、配下に人間だけはいっぱい抱えているから、仕方なく強盗に手を出した。だから、あんなに素人っぽい手口になるんだ…上の人間は悪事にいっさい手を染めず、収益だけを吸い上げる。そういうシステムを作り上げてるからね。今回の広域強盗も、もう少ししたら指示役が急に浮上して逮捕されて終わるだろう」(同前)」といった「解説」がなされていて、これも大変参考になります。やはり、トクリュウはピラミッド型の組織であって、「上の人間は悪事にいっさい手を染めず、収益だけを吸い上げるシステムを作り上げている」という点は、筆者の推測に合致するところもあり、合点がいくものです。

その他、トクリュウを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 広島県福山市で複数の男性などから現金を脅し取ったとして「トクリュウ」のメンバーなど男6人が逮捕された事件で、警察は関係していたとみられる暴力団組員の男2人を新たに逮捕しています。恐喝の疑いで逮捕されたのは浅野組傘下の重政組組員と中岡組組員の2人です。報道によれば、2人はすでに逮捕・送検されている「トクリュウ」とみられる「阿修羅」のメンバーなど男6人と共謀し、2024年6月、福山市曙町などで複数の10代の男性に対してトラブル処理を口実に「向こうとは話がついて50万円包んだ」などと言って脅し、借用書を書かせました。その後、男性らから5回にわたって、現金計41万5000円を脅し取った疑いが持たれています。2人は「阿修羅」の活動を支えていた”面倒見”だったとみられ、事件当時、現場にも居合わせていたということです
  • フリーマーケットアプリ「メルカリ」に架空出品した商品を、他人のクレジットカード情報で購入して代金をメルカリからだまし取ったとして、警察庁サイバー特別捜査部などの合同捜査本部は、住所・職業不詳、小林容疑者(26)を電子計算機使用詐欺容疑で逮捕しています。指示役の小林容疑者が「闇バイト」の実行役を使って同種の手口を約900回繰り返し、約1億円を得たとみられています。警察庁は「トクリュウ」による事件とみているといいます。
  • 反ワクチンデモに、報酬を受け取って参加するいわゆる「サクラ」が大勢集まった問題で、この募集に「トクリュウ」が関わっていたことが分かったといいます。この問題は、東京・有明で2024年9月末に開かれたコロナワクチンへの反対を訴えるデモに大勢の若者がサクラとして集まったもので、SNSではデモの約3日前から「参加したら報酬1万円」との投稿が拡散されていました。「サクラ」募集に関わったスカウトによれば、アプリの中で『デモに参加したい』と表明すると、グループLINEみたいなのに招待され、それの既読機能でおそらく800人を超えていたといいます。サクラ募集の資金源は分かっていませんが、トクリュウの組織内での1件の募集から情報が広がり、その後SNSなどで、拡大していったことも判明しています。
  • 他人名義のクレジットカード情報を使い、電子たばこを購入したとして、大阪府警は中国籍の会社経営、羅容疑者(35)を詐欺などの疑いで逮捕しています。クレカ情報は「フィッシング詐欺」で入手したとみられ、たばこは別の男らを通じ、中国に輸出されていたといいます。羅容疑者がたばこを購入するようメッセージを送っていたといい、府警は羅容疑者が事件の指示役で、トクリュウによる事件とみて捜査しているといいます。府警は大阪市中央区にある関係先のマンションを捜索し、スマホ約750台を押収、このマンションがクレカ情報をスマホに登録する拠点だったとみて調べています。
  • 特殊詐欺事件の被害金と知りながら現金を受け取ったとして、大阪府警は、フィリピンを拠点とする犯罪グループ「JPドラゴン」のメンバー、鹿児嶋容疑者(56)を組織犯罪処罰法違反(犯罪収益等収受)の疑いで再逮捕しています。逮捕容疑は2022年6月、JPドラゴンが関与した特殊詐欺事件で、埼玉県の80代女性からだまし取った現金100万円を含む約2100万円を詐取金の回収役から受け取ったというものです。府警特殊詐欺捜査課によると、鹿児嶋容疑者は2019年11月から2022年7月までの間、日本からフィリピンに17回渡航、詐取金を運搬していたとみられるといいます。
  • カンボジアを拠点とした特殊詐欺グループが急増していますが、トクリュウのカンボジア進出は2020年から始まったとされます。ABEMA Timesにおいて、元徳島県警捜査一課警部の秋山氏は「ある指定暴力団の組長」がカンボジアに行き地盤づくりをしたとして「同じワイロの国なので、フィリピンからいまカンボジアに移行している現状」と解説しています。秋山氏は「カンボジアが捜査の中心になってきたら、次に反社らが(犯罪の拠点に)考えているのはロシアの可能性が高い」と指摘しています。理由について、一時期暴力団員のなかで拳銃の「トカレフ」が流行っていたことがあったとして「あれも『ある暴力団』がロシアに行って何千丁もトカレフを購入、入手してみんなに配っている。だからある暴力団はロシアのマフィアとのつながりがある。カンボジアもありつつ、今度はロシアに行く可能性がある」と説明しています。
  • ホストクラブの悪質営業によるトラブルが相次ぐ中、東京都公安委員会が都ぼったくり防止条例に基づき、新宿区歌舞伎町のホストクラブ「キングダム」に営業停止命令を発出しています。同店を巡っては、店名が「エト」だった2023年9月、勤務していたホストが「売掛金」として借金を抱えていた女性客の顔を殴るなどしたとして、同11月に傷害容疑で逮捕される事件が起きていたものです。また、多額の売掛金(ツケ)を女性客に背負わせる悪質なホストクラブの問題を巡り、坂井学・国家公安委員長は、対策を議論している有識者検討会について、報告書をまとめるよう要望したことを明らかにしています。ホストクラブが多い東京・新宿の歌舞伎町を視察した後、報道陣の取材に応じたもので、悪質なホストクラブを巡っては、女性客が売掛金の支払いのために国内外で売春をさせられることが社会問題化しており、警察庁は7月から大学院教授らによる有識者検討を開き、風営法の改正を目指し議論を進めています。

暴力団等反社会的勢力を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 神戸市中央区で2019年、組員を銃撃したとして殺人未遂罪などに問われた山健組組長・中田浩司被告(65)の裁判員裁判の判決で、神戸地裁は、無罪(求刑・懲役20年)を言い渡しています。中田被告は、対立関係にあった六代目山口組傘下組織である弘道会の事務所前の路上で2019年8月、組員に向け拳銃6発を発射し、うち5発を肩や腹に命中させ、重傷を負わせたとして同12月に起訴されています。公判では、中田被告が犯人かどうかが争点となり、検察側は、犯行現場と被告宅の間にある多数の防犯カメラ映像を基に、事件後、現場近くにいた人物が被告宅に入っていったと指摘、その服装が、別の場所で映っていたその日の被告と同じで、犯行の動機があることも踏まえ、被告が犯人だと主張しました。一方、弁護側は「服装が一致しているだけでは、同一人物とは言えない。中田被告を犯人とする直接の証拠は何もない」と無罪を主張していました。判決は、複数の防犯カメラ映像を時系列に並べた「リレー分析」などでは被告を犯人と断定できず、「被告が犯人の可能性は高いが、別人である可能性を否定できない」と結論づけています。裁判長は、防犯カメラの人物と被告が同じブランドの服を着ていると認めたものの「大量に出回っている可能性がある」と指摘、映像には目や頭部が映っておらず、別人の可能性があるとしています。さらに、映像の多くが不鮮明で、複数の映像に記録されたバイクが同一のものとは認定できないとして退けています。鑑定した警察官は、映像と被告が同一人物である確度は「80%程度」だとしていましたが、判決は、鑑定した警察官の鑑定結果には信頼度が認められるとしたものです。
  • 東京都調布市のキャバクラからみかじめ料を脅し取ろうとしたとして、警視庁は、住吉会傘下組織組員)ら男女7人を恐喝未遂容疑で逮捕しています。報道によれば、容疑者らは共謀の上、調布市内のキャバクラで、店長の男性に「月6万円な。払わなければ嫌がらせするからな」などと金銭を脅し取ろうとした疑いがもたれています。別の店員から110番通報があり、発覚したものです。来店は初めてで、周辺の店舗でみかじめ料を要求した様子もないといいます。店は3日前に新規開店したばかりで、署は同店を狙ったとみて調べています。調布市内に暴力団事務所はないものの、暴力団がみかじめ料を要求する事件は、新宿や銀座などの繁華街だけではなく、郊外でも相次いでいるといいます。ある捜査幹部は、暴力団の縄張り争いが背景にあると指摘、繁華街はすでに暴力団の縄張りが分かれており、調布市のように郊外を対象に狙う場合もあるといいます。また、2019年には東京都都暴排条例が改正され、計22の区市にある繁華街を暴力団排除の「特別強化地域」に指定し、みかじめ料を払う店側への罰則を厳しくし、赤坂や上野、八王子や町田まで幅広く指定されましたが、調布は対象外となっており、暴力団が強化地域外にも出て行っている可能性が指摘されています。もっといえば、暴力団排除強化地域外に活路を求めて活動している状況も想定されるところです。同様の事例は福岡県でも見られています。福岡県警が同県古賀市など都市部周辺での暴力団追放運動を強化しているといいます。同市では神戸山口組傘下組織によるみかじめ料要求事件が起き、同様の事件が繁華街だけでなく、郊外でも続いている実態が明らかになったためです。同組織を巡っては2年前に同市などで抗争事件も起きており、県警は2024年9月、地元事業者向けの講習会を開き、「みかじめ料を支払う限り暴力団は存続し、危険は残る。決別を」と呼びかけています。
  • 2024年9月に宮崎市の暴力団事務所で発生した発砲事件を受け、宮崎県公安委員会は対立する2つ指定暴力団、六代目山口組と池田組を特定抗争指定暴力団に指定しました。両団体を巡っては、9月、宮崎市田代町にある池田組系志龍会の事務所で、幹部の男性が六代目山口組系暴力団の組員に撃たれて死亡する事件が発生、これを受け、宮崎県公安委員会は両団体を特定抗争指定暴力団に指定することを官報で告示しました。、警戒区域に指定された宮崎市内では、事務所の使用や集会ができなるほか、対立した組の組員への接触が禁止され、違反すれば中止命令を出さずに検挙できます。特定抗争指定暴力団の指定は、宮崎県内では初めてだということです。
  • 2024年9月、宮崎市で指定暴力団「池田組」の幹部が「六代目山口組」系の暴力団員に銃で撃たれて死亡した事件を受けて、京都府公安委員会は、両団体を特定抗争指定暴力団に指定しています。京都市内が「警戒区域」となります。京都府公安委員会は関係先が府内にもあり、今後、対立が激化し、市民に危険が及ぶおそれがあるとして、両団体をより厳しい取締りの対象とする「特定抗争指定暴力団」に指定することを決めたものです。
  • 静岡県内外の男性などにヤミ金行為をしたとして、損害賠償金を求められていた稲川会の総裁や会長などが損害金約1100万円を賠償し原告と和解が成立しています。和解が成立したのは、被告側の稲川会の総裁(84)、同じく稲川会の会長(71)、当時稲川会の二次団体の元総長(当時70代)、同じく二次団体の元幹部(50代)と、原告側の県内外の男性など10人です。二次団体の元総長と元幹部が2013年から2020年にかけて、無登録で貸金業を営み、複数回にわたって原告らに現金を貸し付け、法定利息を超える利息を受領したヤミ金行為を行ったことを受け、二次団体の上位組織である稲川会の総裁らに対して、2022年6月、「民事介入暴力事案等に対する連携についての三者協定」に基づき、損害金1300万円の賠償を求めて原告が静岡地方裁判所に提訴していたものです。この訴訟について、被告側が損害金約1100万円を賠償し、2024年10月1日付けで和解が成立したということです。ヤミ金事件について暴力団のトップの使用者責任を問う裁判は静岡県内では初めてで、全国的にも珍しいということです。警察は、今後も三者協定を積極的に活用し、暴力団の犯罪抑止、資金源の根絶を目指し、より一層の取締り強化をしていくとしています。
  • 工藤會の元幹部(56)から現金を脅し取られたとして、北九州市の男性が、同会元幹部やトップの野村悟被告(77)=市民襲撃事件で二審無期懲役、上告中=ら3人を相手に、被害金や慰謝料など総額約1450万円の賠償を求める訴訟を福岡地裁に起こしています。このケースでは、提訴前の弁護士による事前調査の費用などを福岡県警が負担する制度を活用するとしています。制度は2023年6月に福岡県警が独自に導入したもので、今回、幹部の使用者責任を問えるかなどについて福岡県警が弁護士に調査を依頼するということで、提訴に至ったのは初めてとなります。元幹部は2018年12月から約3年間で1200万円を男性から脅し取ったとして2023年5月に恐喝罪で有罪判決を受け、確定しています。訴状では、野村被告については、暴力団対策法の使用者責任を負うなどと主張しています。
  • 指定暴力団・住吉会が本部事務所を置く東京都新宿区のマンション2部屋について、東京地裁は、組員らの使用を禁じた仮処分決定に違反した場合、1日当たり100万円の間接強制金を支払うよう住吉会側に命じる決定を出しています(10月4日付)。間接強制は、民事執行法に基づいた強制執行の一つで、義務を履行しない場合に金銭の支払いを命じる制度で、弁護団は「事務所の使用を抑止する効果が期待できる」と評価しています。この部屋は都公安委員会が2023年11月、新たな本部事務所として認定していますが、近隣住民から委託を受けた公益財団法人「暴力団追放運動推進都民センター(暴追都民センター)」が2024年3月、事務所の使用差し止めを求める仮処分を東京地裁に申請、地裁は6月、差し止めを認める仮処分を決定し、暴追都民センターが翌7月、間接強制を申し立てていたものです。暴追都民センターの弁護団によると、仮処分の執行後、事務所内の荷物は一部運び出されたものの、住吉会側による物件の所有は継続しているといいます。
  • 神戸山口組の本部事務所について、神戸地方裁判所は兵庫県の外郭団体「暴力団追放兵庫県民センター」の申し立てを認め、使用の差し止めを命じる仮処分を決定しています。使用差し止めの仮処分が命じられたのは、神戸山口組の稲美町にある本部事務所で、この事務所は2023年7月、兵庫県公安委員会が神戸山口組の「主たる事務所」に指定していて、7年前の2017年6月には六打目山口組系の暴力団員が銃弾を撃ち込む事件が起きています。暴力団追放兵庫県民センターによれば、地域住民およそ30人から委託を受けて、2024年5月に事務所の使用を差し止める仮処分を神戸地方裁判所に申し立て、10月24日付けで認められたということです。神戸山口組は特定抗争指定暴力団に指定されているため、すでに事務所の使用が禁止されていますが、今回の仮処分の決定により、今後、抗争が終結しても暴力団員の立ち入りなどは禁止されることになります。
  • 息子や孫を装って高齢者から現金をだまし取ったなどとして、警視庁暴力団対策課は、詐欺と窃盗の疑いで、いずれも稲川会傘下組織組員の2人の容疑者を逮捕しています。2人は「受け子」の管理役で、住吉会傘下組織組員らの「かけ子」グループがだました被害者から、現金などを受け取りにいっていたとみられています。また、2人は住吉会傘下組織組員から、受け子のリクルートや管理をするよう依頼を受けており、「受け子グループ」の報酬として、被害金の4割を受け取った疑いがあるといいます。2022年4月から約1年1カ月の間、このかけ子グループが関与した被害が1都9県で約170件確認されており、被害総額は約5億7000万円に上るといいます。組をまたいだ犯罪の連携としては、2016年5月、17都府県のコンビニエンスストアのATMで約18億円が一斉に引き出された事件で、6つの指定暴力団が連携したことが記憶に新しいところです
  • 工藤會の壊滅をめざす福岡県警の頂上作戦の開始から10年を迎え、小倉北署などが、北九州市小倉北区で「安全安心 暴力追放大会」を開き、市民ら約700人が「暴力団を許さないぞ」などと力強くシュプレヒコールを上げています。工藤會の勢力のピークは2008年の1210人で、2023年は240人と約8割減少、一方で壊滅には至っていない現状があります。ただ、管内の暴行・傷害事件認知件数が20年前と比べ半減しているとし、福岡県警は「皆さまの先頭に立ち、暴力団、工藤会の壊滅に向けてしっかり取り組んでいく」と決意を述べています。
  • 大阪市中央区の路上で高級腕時計ロレックス172本(2億8000万円相当)を積んだ軽ワゴン車を盗んだとして、大阪府警捜査3課は六代目山口組傘下組織組員ら3人を逮捕しています。一方、盗まれたまれたロレックスが国内で数本しか押収されておらず、大半が見つかっていないといいます。すでに海外で売却されている可能性が指摘されています。今回はロレックスを大量に積んだ配送車が白昼堂々、街中で乗り逃げされるという大胆かつ周到な手口で、店舗を狙うよりリスクが低く、警備の隙を突いた巧妙な犯行であり、犯行グループは、配送車が停車する時間やルート、さらには配送を行う人物まで、すべての情報を把握したうえで犯行に及んでいることも推測され、逮捕者に暴力団員が含まれていることからも、反社会的勢力の人脈が使われた可能性が考えられます。さらに、シリアルナンバーが刻印されている中、相当な本数をさばくとなればかなりの人員が必要で、盗品処理担当、換金後の現金運び屋など組織的に動いている可能性もあります。
  • 六代目山口組の元顧問弁護士が文春オンラインでインタビューに応じています。「山口組の側から法律や裁判がどう見えるかという話を世の中に伝えることには意義があると感じました」、「なぜ社会にこういう組織犯罪集団があるのか、ということです。暴力団は遠い存在ですが、実際に中にいる人がどんな生い立ちで何を考えているか、どうして暴力団に入ったかを知ってもらいたい。僕自身が山口組の顧問弁護士を引き受けた最大の理由もそれが知りたかったからでした。ヤクザという組織の理解が進むことは、社会にとってもプラスだと思います」、「暴力団には、子供のころに愛情を与えられず、人格形成に失敗している人が多いです。そして、大事なのはしつけです。やっちゃいけないことを覚えて、社会に順応する方法を身に着ける必要がある。愛情を持たずにほったらかしたら、野生児のようになってしまうんです」、「あとは、対人関係がうまくいかない人も多いです。学校、職場、社会で対人関係がうまくいかなければ、仕事に就ける可能性も下がります。そして貧しい家庭の子が多いのも現実で、おカネに対する執着が強いです」などと述べています。
  • 今では更生を果たし、地域住民からの信頼も厚いNPO法人「五仁會」(主な活動内容は暴力団および非行少年の更生支援など)の広報、清掃ボランティアスタッフとして活躍する元ヤクザの西村まこ氏が文春オンラインの取材に応じ、「昔のヤクザはカタギに迷惑をかけず、むしろ相談に乗ったりしていたのに、今は逆にカタギをだますようになってしまいました。オレオレ詐欺なんて、昔のヤクザだったら絶対やりませんよ。詐欺と泥棒はあかんでしょ! 自分の線引きとして、真面目なカタギからお金をだまし取るとか仲間をだますのは絶対ダメですね。だからこそ、自分が昔あこがれた会長はもういないんだとがっかりしました」、「やっぱり誰かのためになれるのは、嬉しいことです。ヤクザをやっていて他人に感謝されることはないですからね。ヤクザよりも、今の活動のほうが向いているように感じます。自分も真面目になれるし、いろいろ勉強になるし、人に感謝されるし、良いことずくめです。ワルの道の次は、更生で日本一を目指したいと思っています」などと述べています。
  • 強制執行妨害目的財産損壊等の疑いなどで愛知県警に逮捕された元タレントの羽賀研二(本名・当真美喜男)容疑者(63)について、名古屋地検は、処分保留で釈放しています。今後、任意で捜査を続けるとしています。他に釈放されたのは、六代目山口組弘道会傘下組織組長(69)と司法書士(57)ら6人で、県警によると、羽賀容疑者らは2023年6月、羽賀容疑者が所有する沖縄県北谷町のビル2棟と土地を、羽賀容疑者が代表取締役を務める不動産関連会社に所有権が移転したようにうその登記をし、強制執行を妨害するなどした疑いで2024年9月に逮捕されています。
  • マンションの賃借権を不正に取得したとして、神奈川県警暴力団対策課と伊勢佐木署は28日、詐欺の疑いで、住所、職業ともに不詳で稲川会傘下組織幹部(45)ら4人を逮捕しています。他に逮捕されたのは、同幹部(56)、東京都の会社役員(67)、横浜市の会社役員の(35)の3容疑者で、逮捕容疑は、共謀して2023年6月、貸借権の転貸や譲渡などが禁止されている横浜市中区のマンション一室を、56歳の幹部が居住するのを隠し、67歳の会社役員が代表の法人名義で契約して賃借権をだまし取ったというものです。45歳の幹部が不動産会社に勤務していた35歳の会社役員に名義貸しを依頼、35歳の会社役員が67歳の会社役員に話を持ちかけたといいます。最初の契約は2019年6月で、2021年6月と2023年6月に更新していましたが、マンション居住者から「入れ墨が入った男が出入りしている」という連絡を受け、マンション管理会社の弁護士が2024年5月に県警に相談して発覚したものです。賃貸契約においては、「契約からの暴排」はできても、「真の受益者からの暴排」ができていないと筆者は指摘しています。本事例が正にその状況ですが、他の居住者からの通報を活用するなど、事業者としてはできることがあると認識してもらいたいところです。

2.最近のトピックス

(1)AML/CFTを巡る動向

ロシアによるウクライナ侵攻への北朝鮮の参画、弾道ミサイルの発射、核実験の実施など、北朝鮮を巡る情勢が緊迫しています。サイバー攻撃による暗号資産の窃取や瀬取りによる石油等の調達、IT技術者の活用など、北朝鮮のミサイル・核開発を可能にする資金調達ルートの遮断に、国際社会は国連や各国による制裁で対応しようとしていますが、残念ながら失敗し続けています。そのような中、日本企業もその一端を担ってしまっている実態が明らかになっています。例えば、2024年10月23日付産経新聞の記事「北朝鮮の資金調達ルートを断て 国際問題アナリスト、元国連専門家パネル委員・古川勝久」は生々しい実態を示すものとして参考になりました。古川氏は、今は活動を停止させられた国連安保理・北朝鮮パネルの委員として、北朝鮮の実態を間近にみてきた方であり、大変説得力があります。とりわけ、北朝鮮による資金獲得活動を封じていくためには、中国・ロシアとの関係を見るだけでなく、「モンゴルや中央アジア諸国」への監視を強化すべきという指摘は新たな視点だと思います(また、北朝鮮との関係を巡る政権、政治家の思惑が資金調達を助長しているとの指摘も重要だと思います)。具体的には、「今年(2024年)9月6日、静岡県警はFX口座の不正開設容疑で男2人を静岡地検に書類送検した。警察発表によると、2人は21年1月、証券会社で口座を開設した際、約款が禁じた為替取引の「自動売買システム」を使う意図がありながら「約款を順守する」と虚偽申告した点が罪に問われた。だが問題はより深刻だ。2人が開設した口座はロシア駐在の北朝鮮IT技術者とおぼしき人物に利用され、北朝鮮IT技術者が開発した自動売買システムを用いて為替取引が行われ、多額の利益を上げたとされる。書類送検された2人のうちの一人が前出のX氏だ。北朝鮮との不正取引を続け、高額の収益を北朝鮮IT技術者に分配していた。自身もIT技術者になりすまし、受注したIT業務を外部委託していた。委託先の一つは、中国・上海の企業だ」、「だが、同社は日本国内の北朝鮮関係者が10年に登記した、日本国内の北朝鮮組織の幹部が法定代表人を務める実質的には北朝鮮の在外企業だ」、「今後、制裁違反摘発のためには、中国・ロシアだけでなく、モンゴルや中央アジア諸国への監視強化も必要だ。いずれも汚職や腐敗がひどい国々だ。被疑者がこれらの国外逃亡先で新たな市民権や国籍を取得すれば、日本政府の手は及ばない。そうなる前に適切なタイミングで被疑者を摘発せねばならない。今回、静岡県警をはじめ所轄の警察は執念の捜査で、北朝鮮のIT技術を用いた資金調達ルートの一端を解明した。捜査陣は壮絶な努力を地道に積み重ねたはずだ。送検にここまで手間取ったのは、筆者の知る限り、彼らの責任ではない。むしろ、日朝首脳会談への影響を懸念する政権上層部や、北朝鮮に近い一部の国会議員の責任である。捜査や被疑者送致の判断に、政治は決して介入してはならない。対北制裁違反等、日本国内には解決すべき重要な北朝鮮関連事件がさまざまにある。粛々と法執行を進め、北朝鮮の核・ミサイルの資金源を断たねばならない。日本の責任は重大だ」というものです。

総務省の「利用者情報に関するワーキンググループ報告書」が公表されています。あまり注目されていませんが、筆者の関心が極めて高い「本人確認」のあり方を巡る深い議論が交わされていて参考になります。本人確認はすべての取引のベースとなるものである一方、さまざまな犯罪インフラが高度化し、対面・非対面にかかわらず巧妙にすり抜けている実態があります。規制強化との「いたちごっこ」でもあり、技術の進展とともに本人確認のあり方も不断に見直していく必要があることを痛感させられます

▼総務省 利用者情報に関するワーキンググループ報告書(案)及び 不適正利用対策に関するワーキンググループ報告書(案)についての意見募集
▼別紙2 不適正利用対策に関するワーキンググループ報告書(案)
  • 新たな本人確認方法等の検討
    1. 自然人の本人確認方法
      1. 非対面契約時における本人確認書類の券面を確認する方法の廃止
        • 本人確認書類の券面の精巧な偽変造が可能となっており、特に非対面契約における本人確認に当たっては、画像情報に頼った本人確認方法から、公的個人認証や本人確認書類に搭載されたICチップを読み取るなど、デジタル技術を活用した本人確認方法に移行することが必要であるとの意見があった。具体的には、「デジタル社会の実現に向けた重点計画」にも示されているとおり、本人確認書類の写しを送付する方法や、容貌及び写真付き本人確認書類の画像情報を送信する方法を廃止することが望ましいとの意見があった。
      2. 対面契約時におけるデジタル技術を活用した本人確認方法の導入
        • 対面契約における本人確認に当たっては、基本的に目視により真贋判定が行われているが、前述のとおり、近年、精度の高い偽造身分証を用いた不正契約やSIMスワップ等の事案が発生している。対面契約の場合でも目視による真贋判定だけに頼るのではリスクが高くなっているのではないかと指摘されている状況を踏まえ、マイナンバーカードに搭載されているICチップを活用した公的個人認証による確認方法や、運転免許証等の本人確認書類に搭載されたICチップの情報を読み取る方法など、デジタル技術を活用した本人確認方法を導入すべきではないかとの意見があった。
      3. 例外的な確認方法としての非電子的な確認方法の存置
        • 上記の見直しに伴い、デジタル技術を活用した本人確認方法が中心となることにより、利用者の利便性の低下を懸念する意見があった。これについて構成員からは、何らかやむを得ない理由によりICチップ付き本人確認書類を所持できない場合など、デジタル技術の活用が難しい場合には、例外的な措置として非電子的な確認方法を存置することも考えられるのではないかという意見があった。
      4. カード代替電磁的記録の活用
        • 令和6年5月に行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律(平成25年法律第27号)が改正され、スマホにマイナンバーカードの機能を搭載することが可能となった。これにより、物理的なマイナンバーカードを持ち運ぶことなく、スマホに搭載された情報(カード代替電磁的記録)の活用によって本人確認を行うことが可能となるため、携帯電話契約時の本人確認にも適用されるよう、携帯電話不正利用防止法施行規則を整備するべきではないかと提案があった。
    2. 法人の本人確認方法
      1. 登記情報提供サービスとの連携による本人確認方法の導入
        • 犯罪収益移転防止法施行規則第6条第1項第3号ロにおいて、法人の代表者等から法人の名称及び本店または主たる事務所の所在地の申告を受けるとともに、(一社)民事法務協会が提供している登記情報提供サービスにより、登記情報の送信をうける方法による本人確認が認められている。一方、携帯電話不正利用防止法施行規則においては、登記情報提供サービスとの連携による本人確認方法を規定していないことから、登記事項証明書の提示等が必要となってしまっているため、利用者の利便性の観点から、携帯電話不正利用防止法施行規則においても、登記情報提供サービスと連携した本人確認を可能とするべきではないかと提案があった。
      2. 法人の契約担当者(代表者等)の本人確認方法
        • 携帯電話不正利用防止法第3条第2項において、役務提供契約の相手方と役務提供契約の締結の任に当たっている自然人が異なるとき、その契約締結の任に当たっている自然人(代表者等)についても本人確認を行うことが義務づけられており、その方法が携帯電話不正利用防止法施行規則第4条等に定められている。代表者等の本人確認方法は、概ね自然人の本人確認方法と同様の規定となっているが、電子証明書を用いた方法が規定されていない。一方、犯罪収益移転防止法施行規則において定められている代表者等の本人確認方法については、犯罪収益移転防止法施行規則第12条により読み替えて適用する同規則第6条第1項第1号ヲ~カにおいて、電子証明書を用いた本人確認方法が認められている。これに関し、オンラインによる法人契約の推進等、利用者の利便性の向上にもつながることから、携帯電話不正利用防止法施行規則においても、電子証明書を用いた代表者等の本人確認を可能とするべきではないかと提案があった。
    3. 過去の確認結果への依拠
      1. 金融機関等が過去に実施した本人確認結果への依拠
        • 犯罪収益移転防止法施行規則第13条第1項において、犯罪収益移転防止法の適用を受ける一部の収納機関における金融取引について、当該金融取引に係る決済を銀行やクレジットカード会社が行う場合、当該銀行や当該クレジットカード会社が過去に実施した取引時確認に係る確認記録を保存していることを確認する方法(この方法を用いる収納機関と当該銀行や当該クレジットカード会社が、あらかじめ、この方法を用いることについて合意をしている場合に限る。)という、他事業者の本人確認結果に依拠する本人確認方法が認められている。一方、携帯電話不正利用防止法施行規則における本人確認方法には、他事業者の本人確認結果に依拠する本人確認方法が定められていない。他事業者の本人確認結果に依拠する方法が認められた場合、新たな契約を締結する際、同様の本人確認を再度実施する必要がなくなり、契約時における利用者の利便性が高まるため、携帯電話不正利用防止法施行規則についても犯罪収益移転防止法施行規則と同様に、銀行やクレジットカード会社、さらには、他の携帯電話事業者や他の金融機関における本人確認結果に依拠することを可能としてはどうかと提案があった。
      2. 公的個人認証を用いて本人確認を実施した事業者への依拠
        • 公的個人認証とは、マイナンバーカード等に搭載されたICチップ内の電子証明書を活用し、インターネット上で本人確認を行うものであり、申請等の際、第三者によるなりすましやデータの改ざんを防ぐことが可能となる。
        • 携帯電話不正利用防止法施行規則における公的個人認証を用いた本人確認に当たっては、マイナンバーカードの署名用電子証明書のほか、スマホに搭載された署名用電子証明書を用いることができる。
        • なお、民間事業者が、公的個人認証を利用する(マイナンバーカードの電子署名を検証(認証)する)ためには、電子署名等に係る地方公共団体情報システム機構の認証業務に関する法律(平成14年法律第百五十三号。以下「公的個人認証法」という。)第17条第1項に基づき、内閣総理大臣及び総務大臣の認定を受けるとともに届出を行うプラットフォーム事業者(以下「PF事業者」という。)、もしくは、電子証明書の保管を含めた署名検証業務の全てをPF事業者へ委託することで、みなし認定取得したサービスプロバイダー事業者(以下「SP事業者」という。)になる必要があり、また、認証の流れは図16(省略)のとおりである
        • 例えば、携帯電話事業者がSP事業者となり公的個人認証を行う場合、契約者から携帯電話事業者を介しPF事業者に署名用電子証明書を送付し、その電子証明書について、地方公共団体情報システム機構(J-LIS)に失効情報を確認し、その署名検証結果をPF事業者から携帯電話事業者に回答することとなる。
        • 現在、犯罪収益移転防止法施行規則では、一部の取引について、特定事業者から他の特定事業者への依拠による本人確認を認めている一方、携帯電話不正利用施行規則では依拠による本人確認は認められていない。今後、本人確認方法が原則公的個人認証に一本化されることを考えると、公的個人認証を用いて本人確認を行った事業者に依拠することにより、本人確認の厳格さを担保しつつ、事業者及びユーザーにとって利便性の高い本人確認が実現できないかと提案があった。
      3. 継続的顧客管理の導入
        • 犯罪収益移転防止法施行規則第20条第3項において、本人特定事項等に変更等があることを知った場合は、当該変更等に係る内容を確認記録に付記することが求められている。一方、携帯電話不正利用防止法施行規則においては、当該変更等に係る内容に係る確認記録における取扱いに関して規定していない。このため、特に契約途中で住所が変更となった場合に、2回線目の契約を行おうとした際に、携帯電話不正利用防止法施行規則第3条第3項及び第4項に定める方法が利用できないなどの事象が発生していることから、携帯電話不正利用防止法施行規則においても、本人特定事項の変更等について確認記録に付記することを可能とするべきではないかと提案があった。
    4. その他の事項
      1. その他の見直し事項
        • 携帯電話不正利用防止法においては、役務提供契約締結時のみならず、通話可能端末設備等の譲渡時や貸与時においても本人確認が義務付けられていることから、上記の議論を踏まえ、譲渡時や貸与時の確認方法についても、役務提供契約時と同様の見直しを図るべきとの意見があった。
        • また、プライバシーの保護や新たな不正利用のリスクへの対策という観点から、本人確認書類の写しや券面の画像情報なども確認記録に保存しないようにするといった、電子的確認方法における確認記録への保存の在り方の見直しを行うべきではないかといった意見があった。
        • また、警察署長は、犯罪利用の疑いがあると認めたとき、携帯電話事業者に対して契約者確認を求めることが可能であるが、上記の議論を踏まえ、契約者確認時の確認方法についても、役務提供契約時における本人確認方法と同様の見直しを図るべきとの意見があった。
        • さらに、前述のとおり、携帯電話不正利用施行規則と犯罪収益移転防止法施行規則では、本人確認方法やそれに対する使用可能な書類等に差異があることから、事業者の利便性の確保等の観点から、それらの整合性の確保を進めるべきではないかといった意見があった。
      2. 本人確認方法の見直し以外の事項
        • 本人確認方法の見直しに伴い、デジタル技術の活用が難しい高齢者等の利用者への対応や災害時(通信障害時)の対応への考慮が必要である。もっとも、単に非電子的な本人確認方法を準備するだけではなく、デジタルディバイドへの対応としては、高齢者等がデジタル化した方法に対応できるよう、サポートを充実させることが必要ではないかとの意見や、携帯電話不正利用防止法の目的や、契約時の本人確認の意義・重要性について、利用者に対する説明を行うとともに、周知広報を進めるべきとの意見があった。
  • 携帯電話不正利用防止法に基づく本人確認方法等の見直しの方向性
    • 第1章のとおり、ワーキンググループにおいて、犯罪収益移転防止法における検討状況の確認や事業者への意見聴取を実施し、こうした結果を踏まえて、携帯電話不正利用防止法施行規則に定める本人確認方法の見直しの方向性を検討したところ、以下の方向性が適当と考えられる。
      1. 非対面における券面を確認する方法の廃止
        • 本人確認書類の写しを用いた本人確認では、偽変造の看破が困難なことに鑑み、本人確認書類の写しを用いた非対面における本人確認方法は廃止することが適当である。(第3条第1項第1号ハ、ヘ等)
      2. 対面における電子的な確認方法の義務化
        • 携帯電話の不正契約に使われた本人確認書類において、精巧に偽変造された本人確認書類が多く使われている実態に鑑み、対面(特定事項伝達型本人限定受取郵便を用いる場合を含む)での本人確認においては、ICチップを読み取る等デジタル技術を活用した方法により本人確認を実施することが適当である。(第3条第1項第1号イ、ト等)
      3. 例外的な確認方法としての非電子的な確認方法の存置
        • 2に記載のとおり、対面における本人確認についてもデジタル技術を活用する方法に移行することが必要だが、何らかのやむを得ない理由によりICチップ付本人確認書類を所持できない場合等においては、例外的に、代替手段として、非電子的な確認方法を認めることも考えられる。(第3条第1項第1号ロ等)
      4. 登記情報提供サービスとの連携による確認方法の導入
        • 登記情報提供サービスとの連携による法人の本人確認について、犯罪収益移転防止法施行規則においても、法人の本人確認方法の一つとして認められていることに鑑み、携帯電話不正利用施行規則においても法人の本人確認方法の一つとして認めることが適当である。(第3条第1項第2号)
      5. 法人の契約担当者の本人確認における電子証明書の導入
        • 電子証明書を用いた、法人の契約担当者の本人確認について、犯罪収益移転防止法施行規則においても、代表者等の本人確認方法の一つとして認められていることに鑑み、携帯電話不正利用施行規則においても代表者等の本人確認方法の一つとして認めることが適当である。(第4条第1項)
      6. 過去の本人確認結果への依拠
        • 本人確認のプロセスは、通常、身元確認と当人認証の2つのプロセスに分けられる。身元確認とは、手続の利用者の氏名等を確認するプロセスのことであり、当人認証は、ある行為の「実行主体」と、当該主体が主張する「身元識別情報」との同一性を検証することによって、「実行主体」が身元識別情報にあらかじめ関連付けられた人物(あるいは装置)であることの信用を確立するプロセスのことである。身元確認と当人認証の保証レベルは、下図(省略)のとおり分類がなされている。
        • 過去の本人確認結果に依拠するに当たっては、依拠先の本人確認結果に依存することとなるため、保証レベルの低い本人確認結果に依拠することは、現行の法令に則った本人確認と同等の手続きがとられたとは必ずしもみなせないものと考えられる。従って、本人確認における保証レベルが高く、一定の手続きのもと継続的に最新の本人特定事項を取得可能な本人確認を実施することが望ましい。こうした本人確認方法は、例えば、公的個人認証による方法が考えられ、過去の本人確認結果の依拠方法としては、公的個人認証を用いて本人確認を行った結果に依拠するとともに、依拠先において多要素認証等の当人認証を実施する方法が考えられる。なお、過去の本人確認結果に依拠する方法については、事業者のニーズや本人確認の保証レベルとのバランス等を鑑みつつ、今後、総合的に検討することが適当である。
      7. 継続的顧客管理による確認記録の更新
        • 犯罪収益移転防止法施行規則の規定を鑑み、携帯電話不正利用防止法施行規則においても、本人特定事項の変更等について確認記録に付記することを可能とすることが適当である。
      8. その他見直し事項
        • 携帯音声通信役務の提供に係る契約締結時の本人確認方法の見直しについては上記のとおりだが、通話可能端末設備等の譲渡時や貸与時における本人確認の方法や契約者確認の方法についても、契約時の本人確認方法と同様の見直しを行うことが必要である。また、電子的な確認方法における確認記録への保存の在り方について、プライバシーの保護や新たな不正利用のリスク対策という観点から、券面の画像情報なども確認記録に保存しないようにするといった見直しを実施する必要がある。さらに、携帯電話不正利用施行規則における本人確認と犯罪収益移転防止法施行規則における取引時確認は、その方法や使用可能な書類に差異があることから、事業分野における状況や各法令で求める法益を鑑みながら、検討を進めていくべきである。
        • なお、見直しに当たっては、デジタルディバイド等への対応や利用者への本人確認の目的やその重要性の説明等にも配慮する必要がある。

金融庁のスチュワードシップ・コードに関する有識者会議は、機関投資家向けの行動指針「スチュワードシップ・コード」の改定に向けた初会合を開き、企業が自社株式の保有状況を機関投資家に確認しやすくする方向で改定を進める方針で、機関投資家と対話しやすい環境を整備することで企業の経営改革を促す方向性を示しています。具体的には、企業から問い合わせを受けた機関投資家は、株式の保有状況を明らかにするよう求める規定をコードに明記することを検討するとしています。機関投資家は「カストディアン」と呼ばれる資産管理銀行に保有する株式を預ける場合が多く、株式が資産管理銀行に預けられると、企業側は実質的な株主を特定できないため、投資家側との対話が難しいといった課題が指摘されていました。有識者会議は、コードを改定して企業が実質的な株主を把握しやすくすれば、機関投資家との対話機会が増え、企業に経営改革を求める「物言う株主」などへの対応もしやすくなると見ています。また、実質的な株主の情報が開示されれば、個人投資家の投資判断の材料にもなり、市場の活性化につながるとの期待もあります。一方、コードを改定しても、複数の機関投資家へ問い合わせを行う企業の負担は大きいほか、コードに法的拘束力がないという課題も残ることから、有識者会議は、将来的な会社法改正も視野に入れ、より実効性のある手法を検討する考えといいます。筆者としても、実質的支配者(真の受益者)の特定において、「ブラックボックス」化していたところを透明化することに賛成であり、真の受益者が「好ましからざるもの(ペルソナ・ノン・グラータ)」でないことを確認するという「本来の実質的支配者の確認」に近づくものと考えます。

▼金融庁 「スチュワードシップ・コードに関する有識者会議」(令和6年度第1回)議事次第
▼資料4 事務局説明資料
行政当局におけるフォローアップ

  • 上記の各取組みについて、行政当局はその実効性を適切にフォローアップし、必要に応じ、これらを促進するための更なる施策を講じるべきである。
  • 大量保有報告制度上の「共同保有者」概念や「重要提案行為」概念の不明確性について、課題解決に向けた取組みを進めるべきであるとともに、運用機関のエンゲージメント対象外となる企業が、自ら運用機関との対話を依頼することができるよう、実質株主の透明性を向上させるべきである。

外国企業の場合、企業の所在地の事業実態や代表取締役の住所、実質的支配者などを含めて審査する必要があることから、コンプライアンス上、悪用を防ぐため、口座開設を断るケースもままあります。一方で、口座を開設できないことは、そもそも参入できないことと同義であり、入り口の扉を開いている状態をつくることが、「投資大国」への重要な一歩となるとして、海外の投資ファンドや資産運用会社が日本進出時、円滑に預金口座を開設できるように、東京都、北海道、大阪府は「金融・資産運用特区」を使い、銀行との情報共有を可能にする流れを作るということです。通常、1カ月程度かかる期間を1週間程度、短縮できる可能性があるなど、従来、自治体による外国企業の相談対応は一般的な助言にとどまっており、銀行で進む口座開設の状況が分からず、銀行側で手続きが行き詰まっても、個別支援に踏み込みにくかったところ、自治体が参画する「特区」を活用すれば、企業側の合意を前提に銀行と情報を共有できるようになり、具体的にサポートしやすくなるといいます。こうした取り組みは、あくまで事務的な阻害要因の解消を資するものであって、外国企業が「まっとうに」日本でビジネスを行うことが大前提であり、AML/CFT/CPFの観点から、その審査を緩めることがあってはなりません。

金融庁と主要行等との間の定期的な意見交換会の状況について、直近のものを抜粋して紹介します。

▼金融庁 業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点
▼主要行等
  • 口座不正利用等防止に向けた対策の強化に係る要請文について
    • 近年、SNS等を通じたやりとりで相手を信頼させ、投資等の名目で金銭をだまし取る「SNS型投資・ロマンス詐欺」が急増しているほか、法人口座を悪用した事案がみられるなど、預貯金口座を通じて行われる金融犯罪への対策が急務である
    • こうした状況を踏まえ、2024年8月23日に警察庁と連名で、全国銀行協会を含めた各業界団体等に対し、法人口座を含む預貯金口座の不正利用等防止に向けた対策の一層の強化を要請した。
    • 今般の要請内容は、主要行等の効果的な取組を他業態に展開する形としており、口座開設時の実態把握から利用者のアクセス環境等に着目した検知、出金停止・凍結等の措置の迅速化など多岐にわたる。また、その中で金融機関間の情報共有についても求めており、特に主要行等においては、先進的な対策にも意欲的に取り組んでいただくとともに、業界全体の取組を引き続きリードする形で業界内でノウハウ等を共有いただきたい。

関連して、金融庁は、従来のAML/CFTを「金融犯罪対策」の枠組みに組み込むとして、2024年7月、総合政策局リスク分析総括課の「マネーローンダリング・テロ資金供与対策企画室」を名称変更し、「金融犯罪対策室」を設け、マネロン対策は金融犯罪対策の枠組みに包含することを明確にしています。名称変更の背景には、SNS型投資詐欺や特殊詐欺など金融犯罪の変化があり、被害者をだまして振り込ませる詐欺行為と、振り込まれた口座から別の口座へと資金移転する行為が、預貯金口座上で行われるようになり、報道で金融庁関係者が「どこからが詐欺で、どこからが犯罪収益移転なのか、分けて対策する意味がなくなってきた」と指摘するとおり、口座の不正利用を根本から防ぐ必要が生じていることが挙げられます。また、金融庁は、口座の不正利用対策において金融機関の間で「温度差がある」ことを課題に挙げています。モニタリングを通じて、相対的に対策が劣る金融機関で口座の不正利用が増加する傾向があることを把握、「あの金融機関の口座が詐欺の温床になっているという風評が立てば、計り知れないリスクになる」として、警鐘を鳴らしています。上記の提起は、金融庁のこうした問題意識をもとに、主要行等の先進的な、先行する取り組みを他の金融機関に展開していくことを考えていることがわかります。

対日相互審査フォローアップ報告書(第3回)がFATFにおいて採択され、10月10日にFATFより公表されました。6つの勧告がPC(一部適合)からLC(概ね適合)に格上げされ、対策が順調に進んでいることが評価されています。

▼FATF AML/CFTの強化における日本の進捗
  • 2022年と2023年のフォローアップが発表されて以来、日本はその枠組みを強化するために多くの行動をとってきました。FATFの相互評価手続きに沿って、同国は、相互評価以降に講じた措置についてFATFに報告しています。その結果、FATFは、日本の進捗を反映するため、現在、6つの勧告に基づいて日本を再評価しています。
    • 勧告7(大量破壊兵器の拡散に関与する者への金融制裁)は、部分的に準拠しているものから、おおむね準拠しているものに再評価されます
    • 勧告8(NPOの悪用防止)は、部分的に準拠しているものから大幅に準拠しているものに再評価されます
    • 勧告12(PEPs)は、部分的に準拠しているものから大幅に準拠しているものに再評価されます
    • 勧告22(DNFBPsにおける顧客管理)は、部分的に準拠しているものから広く準拠しているものに再評価されています
    • 勧告23(DNFBPsによる疑わしい取引の報告義務)は、部分的に準拠しているものから大部分に準拠しているものに再評価されます
    • 勧告25(法的取極の実質的支配)は、部分的に準拠しているものから大幅に準拠しているものに再評価されます
  • 現在、日本は4つの勧告を遵守しており、35の勧告に概ね準拠しています。この国には、部分的に準拠していると評価された韓国はありません。

国内外におけるAML/CFTを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • FATFが2024年10月に開いた会合で、マネロンの順守が不十分な国のリストにロシアを加えることを求めたウクライナによる提案が承認されなかったようです。ロイターによれば、中国やインド、サウジアラビア、南アフリカ、ブラジルなどの国が反対、クライナの提案は、さらなる証拠を集める必要があるとして延期されたということです。2022年のウクライナへの侵攻を受け、西側諸国はロシアにさまざまな制裁を課していますが、ウクライナは、ロシアと「ブラックリスト」対象のイランや北朝鮮との密接な関係などを挙げ、国際金融システムに対する脅威だと主張しています。なお、FATFは2023年、ロシアによるウクライナ侵攻がFATFの掲げる原則に違反しているとして、ロシアの加盟資格を停止しています。なお、今回、「グレーリスト」(AML/CFT/CPFの戦略的欠陥に対処するために、FATFと積極的に協力する監視を強化している国・地域)にアルジェリア、アンゴラ、コートジボワール、レバノンが追加されることとなりました(セネガルをリストから外れました)。
  • カナダのTDバンクは、麻薬カルテルによるマネロンを適切に監視しなかったとされる問題を巡り、米国の規制当局と検察との和解の一環として計30億9000ドル(約4600億円)の罰金を支払うことで米当局と合意しています。1970年に米国でマネロン規制が整備されて以来、最大の罰金額だといいます。米司法省によると、TDバンクが米国内で展開する銀行事業において、2014年から23年にかけてマネロン対策の不備があり、18兆ドルに及ぶ顧客取引の監視を怠ったとされ、TDバンクは少なくとも3件のマネロン活動を許していたことを認めており、そのうち少なくとも1件については従業員が不正な送金スキームに関与していたといいます。不正送金の金額は6億7000万ドル以上にのぼるとみられています。計30億9000万ドルのうち、米司法省に罰金18億ドルが支払われることになります。また、米財務省の金融犯罪取締ネットワーク局(FinCEN)や通貨監督庁への支払いでも合意しています。TDバンクは米国の銀行事業で保有資産の上限が課せられるほか、新規出店や新商品の提供の際に、より厳格な当局の審査を受けることでも合意、AML/CFTを強化することも求められています。
  • 西アフリカ・ガーナでは違法な小規模の金採掘が行われています。ガーナ経済にとって非公式な収益源を生み出している急成長中のビジネスの一例ですが、その裏では、鉱山労働者の健康被害や水系の汚染、森林やカカオ農場の破壊が進行し、犯罪の引き金にもなっているといいます。金融機関ではなく犯罪組織が、採掘設備の費用を前払いで提供しているといい、「犯罪組織が金のサプライチェーンに侵入する方法の1つが、採掘者への事前融資だ」と指摘されています。その上で資金提供者は「採掘者に対し、採掘した金を有利な条件で組織に売り渡すよう要求している」実態があるといい、同国は、違法採掘とマネロン、銃器密輸とのつながりに対処するため複数の当局が取り組んでいるといいます。
  • ロシア中部カザンで、主要新興国の枠組み「BRICS」の首脳会議が開催され、プーチン露大統領や中国の習近平国家主席、インドのモディ首相らが出席しました。議長国ロシアは、ウクライナ侵略に伴い自国が排除された国際決済ネットワーク「国際銀行間通信協会(SWIFT)」の代替システムの構築を提案しています。ロシアはウクライナ侵略で対立する欧米諸国への「対抗軸」としてBRICSを位置付けており、ロシアは首脳会議を通じて非欧米諸国の結束を深め、欧米主導のロシア封じ込め政策を打破する思惑があります。また、非欧米諸国間の貿易を拡大し、対露経済制裁の影響を緩和させたい狙いもあります。
  • 国連薬物犯罪事務所(UNDOC)は、太平洋島しょ国で犯罪が急増しているとし、世界的な犯罪組織の拠点になる恐れがあると警告しています。公表された報告書は同地域で麻薬密売や人身売買、違法漁業、野生生物の窃盗、マネロン、サイバー犯罪などの「脅威環境」が歴史上最も急速に高まっていると指摘、今では米州の麻薬カルテルやアジアの犯罪グループなどが進出しているとしています。「太平洋における犯罪エコシステムの拡大が、世界のさまざまな地域から強力な国際犯罪網を引き寄せている」とし、「この地域の一部がさまざまな違法行為に関与する犯罪グループの標的となる主要な拠点や足掛かりになる懸念が高まっている」と警鐘を鳴らしています。太平洋島しょ国は経済の脆弱さに加え、汚職の横行、国家能力の限界などから特に標的になりやすいとも指摘しています。多くの太平洋島しょ国は歴史的に警察活動で豪州などに依存してきましたが、2022年に中国がソロモン諸島に警察を派遣して以降、地政学的な緊張が高まっています。
  • 他人名義のクレジットカードを約900回にわたり不正に使用し、不正に利益を得たとして、警察庁サイバー特別捜査部と埼玉県警など9府県警の合同捜査本部は、電子計算機使用詐欺容疑でグループの首謀者とみられる小林容疑者を逮捕、被害額は1億円超に上るとみられています。報道によれば、グループでは秘匿性が高いとされる暗号資産「Monero」を悪用しマネロンを図ったものの、流れを追跡して小林容疑者を特定したといいます。モネロを分析し容疑者を特定したのは日本では初めてだといいます。悪用されたクレカ情報は、偽サイトや偽メールを通じた「フィッシング」などで盗み取られた可能性が高いとされ、合同捜査本部はこれまでに18人を摘発しています。なお、グループは犯行に加わるメンバーをSNS上の「闇バイト」で集め、秘匿性の高い通信アプリなどでやりとりしており、合同捜査本部はトクリュウに該当とするとみているといいます。各府県警を支援するため、2024年4月に発足した警察庁のサイバー特捜部が8月から捜査に加わり、実行役らとの通信アプリ上のやりとりから小林容疑者が浮上、暗号資産の流れを解析し一連の犯行に関与した疑いが強いと判断したといいます。
  • オンラインカジノで賭博をさせたとして、愛知県警などの合同捜査本部は、犯罪収益のマネロンに特化した「リバトングループ」のトップ、石川容疑者(35)=組織犯罪処罰法違反などの罪で公判中=とメンバーら計11人を常習賭博容疑で再逮捕し、送検しています。報道によれば、石川容疑者らは2023年9月~2024年3月ごろ、海外のオンラインカジノサイトと契約し、愛知・三重の客8人に計108回、スロットなどで賭博をさせた疑いがもたれています(この8人の中には賭博の回数が3年間で10万回に上ったり、掛け金を捻出するために借金を重ねたりするなど、ギャンブル依存症とみられる人もいるといいます。国内では公営ギャンブル以外の賭博は刑法で禁じられており、海外のネットカジノでも国内から接続して賭博をすれば違法になります)。グループには約40人が所属し、国外の50以上のオンラインカジノと契約していたとみられています。本コラムでもたびたび取り上げていますが、グループにはSNSを利用して名義貸しの「闇バイト」を募り、ペーパー会社を設立して法人名義で多数の銀行口座を開設、グループが管理する決済システムに賭け金を入金させ、これらの口座を複数経由してカジノサイト側へ送金し、賭け金の2~4%を手数料として受け取っていたといい、グループの口座には、2022年12月~2024年3月ごろに延べ約4万人の賭客から約18億3千万円が入金されていたといいます。石川容疑者らは、同様の手口で4000もの銀行口座を開設し、詐欺の被害金をマネロンしたなどとして大阪府警にも逮捕されています。直近では、組織犯罪処罰法違反(犯罪収益隠匿)などの疑いで、グループのメンバーとみられる20~40代の男女ら計22人が新たに書類送検されています。なお、銀行口座についても闇バイトによって行われ、月2万~5万円の報酬が支払われていたといい、グループは「毎月3万円が2年間入る決済代行案件」「作業内容は口座開設などの手続きのみ」などとするSNS広告で闇バイトを募集し、銀行口座を開設するよう指示していたといいます。
  • 留学生ボランティアらが警察と協力し、同郷の外国人犯罪を防ぐというサイバーボランティア「フォーシブ」(FRCV)の活動が、埼玉県警の呼びかけで始まっています。報道によれば、全国初の取り組みで、これまでに100件以上の投稿に警告し、削除につながったといいます。ベトナム人留学生の事例では、ベトナム語を使ってサイバーパトロールしたところ、投稿には「全ての銀行のキャッシュカードや通帳を買い取ります」などと書かれ、多数の通帳の画像もついていたといい、この投稿の画像と日本語訳、URLを県警に共有、別の留学生も「会社の銀行口座を買います」などと書かれたベトナム語の投稿を見つけ、県警に報告したといいます。SNS上の投稿は、日本の捜査当局などからの摘発を逃れようと、ネットスラングや略語を使ったものも多く、日本人通訳者では犯罪関連の投稿を見抜けないケースがあるといいます。埼玉県内にはベトナム国籍の人が約4万人居住し、中国籍に次いで2番目に多い一方、埼玉県警はフェイスブックなどSNS上で、一部のベトナム人同士が銀行口座や薬物の売買、不法就労に関する情報をやりとりしているケースを確認しています。そこで埼玉県警は、在留ベトナム人が通う県内の日本語学校や専門学校にサイバーパトロールへの協力を呼びかけたところ、3団体が応じ、現在はベトナム語を母国語とする留学生や団体の職員の約20人が参加しているといいます。こうした官民挙げた取り組みが警察による捜査だけでなく、AML/CFTの底上げにもつながるものであり、全国的に拡がることを期待したいところです。

(2)特殊詐欺を巡る動向

首都圏を中心に相次ぐ強盗事件を巡り、埼玉県所沢市の強盗事件後、特殊詐欺事件にも関与したとして、埼玉県警は28日、詐欺容疑で、会社員の容疑者(24)を再逮捕しています。「逃げるために必要な何かが入っていると思ってやった」と容疑を否認しているといいます。息子になりすまし、埼玉県三郷市の70代女性に「急ぎでお金が必要」などと電話し、現金150万円をだまし取るなどした疑いがもたれています。三郷市内の駐車場で息子の関係者を装って女性から現金を受け取ったといい、捜査関係者によると、同容疑者は所沢市の事件と同一の指示役から指示を受けていたとみられています。強盗と特殊詐欺の両方に相次いで手を染めることに、驚きを禁じえません。同様に驚いたのが、テレビのスーパー戦隊シリーズなどに出演し、詐欺罪で有罪判決を受けた俳優・声優の池田受刑者(31)のXへの一連の投稿が波紋を広げており、被害者への謝罪より、「助けてくれる身内がいない」「貯金はゼロ」など、同情を引くかのような表記が目立ったといいます。さらに、その投稿に対する否定的な意見が届いたと前置きししつつ「炎上なんて怖くもなんともない」「燃えてナンボじゃい!」「応援してくれや!」と投稿したといいます。また、懲役期間を「約3年の休養期間」とも表現しており、罪の意識の希薄さにはやはり驚きを禁じえません。こうした者たちに、どのようにしたら詐欺被害防止の重要性が届けられるのか、大変悩ましく感じています

SNSで著名人になりすました虚偽広告を放置したとして、首都圏や関西圏などの30人が、フェイスブックやインスタグラムを運営する米IT大手メタと日本法人に損害賠償を求め、全国5地裁に一斉提訴しています。広告にだまされて詐欺被害に遭ったと訴えており、請求額は計約4億3500万円に上ります。提訴先は大阪や神戸のほか横浜、千葉、さいたまの各地裁で、神戸では先に4人が賠償を求めており、メタ社側は「偽広告の掲載と損害に因果関係はない」、「広告の真実性を調査・確認する義務はない」などと争う姿勢を示していいます。訴状などによると、大阪地裁に提訴した40~60代の8人は2023年4~12月、実業家の前沢友作氏や堀江貴文氏らを名乗り、「優良株ベスト5を教えます」などと投資を呼びかけるうその広告を閲覧、広告をクリックすると、無料通信アプリ「LINE」でのやりとりに誘導され、外国為替証拠金取引(FX)や暗号資産への投資として現金を送金したもので、計1億円超に上る原告もいますが、現金は戻ってきていないといいます。原告側はメタ社について、広告を審査する義務があるのに放置し、広告料を得ながら詐欺被害を引き起こしたと主張、メタ側の偽広告対策について「他の事業者はチェックできているのにメタはできていない」とも主張、さらには2023年半ばごろには著名人らがなりすまし被害を訴えていたのに本格的な対応を取らなかったとして、民法上の注意義務に違反する、虚偽の広告をSNSに掲載することで利用者に不測の損害を及ぼす恐れを予見できる場合、内容の真実性を調査して広告を掲載しない義務があるとしています。提訴後、大阪市内で記者会見した弁護団長の国府泰道弁護士は「虚偽広告をしっかり審査すれば被害を防げたのではないか。多くの登録者がいる身近なサービスであり、企業としての社会的責任がある」と強調、今後、追加提訴も検討しているということです。筆者もプラットフォーマーには「場の健全性」を確保する責任があると考える立場であり、メタ社の主張と真っ向から反することになりますので、今後の裁判の動向を注視していきたいと思います。

訴訟の背景にあるのが規制の不備であり、SNSが絡む社会問題は矢継ぎ早に表面化し、対策が追いついていないのが実情です。2024年5月に成立した改正プロバイダ責任制限法は、主にネット上の誹謗中傷などについてSNS事業者に削除申請窓口の設置や対応状況の公表を義務付けるものですが、施行は2025年5月の予定で、偽広告については写真を悪用した肖像権侵害への対応などにとどまっています。政府は6月の犯罪対策閣僚会議で偽広告による詐欺問題への対策を決定、SNS事業者に対して広告の審査基準の策定や公表、日本語を理解できる担当者の配置などの体制整備を要請していますが、強制力はありません。さらに、総務省の有識者会議はネット上の広告問題の作業部会を立ち上げ、政府の要請に応えているかについて各事業者にヒアリングしています。また、メタは10月、フェイスブックなどで顔認識機能の活用を始めると発表、一部の著名人を対象に、本人のプロフィル写真と広告に掲載された写真が同一人物かを自動判定するものです。7月には新規の広告配信者に電話認証の仕組みを導入したほか、3~6月に日本を狙った詐欺広告527万件と5400アカウントを削除したと公表したものの、足元でも同社を含むSNSの偽広告による被害は後を絶ちません。一方、海外では取り組みが先行しており、EUが2月に全面施行したデジタルサービス法(DSA)は、事業者に広告審査体制の公開や違法な広告の迅速削除といった対応を求め、違反した場合は最大で年間売上高の6%分の制裁金を科すものです。また、英国で2023年に成立したオンライン安全法はSNSなどの事業者に詐欺的な広告の掲載防止や迅速な削除を義務付けています。さらに、オーストラリアでも、広告を含む偽情報関連の記録保持や開示をSNS事業者などに義務付ける法改正の議論が国会で進んでいます。こうした規制は内容によっては「政府の検閲」や「表現の自由の侵害」につながる懸念もあり、慎重な検討が必要となります。報道でインターネット関連の法制に詳しい森亮二弁護士は「世界で事業展開するプラットフォーマーに要請だけで対策を促すのは難しい。海外に倣い、強制力のある法律で対策を求めるなど、制度整備を急ぐべきだ」と指摘していますが、正にそのとおりだと思います。

そうした中でも、巨額の被害が発生し続けています。富山県警富山南署は、富山市の50代男性が、投資家の村上世彰氏をかたるSNSをきっかけに知り合った人物から投資を勧められ、計約3億7800万円をだまし取られたと発表しています。富山県内のSNS型投資詐欺の被害としては、2023年1月の統計開始以降、最高額といいます。男性は2024年4月初旬、SNS上の広告から誘導された、村上氏を名乗るLINEアカウントとやりとりを始め、投資アシスタントという女を紹介され、投資用アプリのダウンロードを指示されたといいます。その後、株トレーダーという人物の助言に従いアプリ上で株を運用、利益が出ているように表示されていたことから、7~8月に指定口座に計38回、現金を振り込んだといいます。相手と連絡が取れなくなり被害に気付いたものです。

犯罪の手口の巧妙化に伴い、啓発が重要性を増しています。例えば、「令和5年における組織犯罪の情勢」(警察庁)では、若者の大麻蔓延対策として、「少年等若年層と関係性を有する人物を含む周辺環境に着目した広報啓発活動等の重要性が再確認されるとともに、その有効性を示唆する実態がうかがわれた」、「SNSにおける違法情報の排除や大麻の危険(有害)性を正しく認識できるような広報啓発等を推進することが重要である」と指摘しています。また、高齢者に向けて特殊詐欺の手口を紹介する取り組みも進んでいますが、問題は届けたい相手に届けたい情報が届いているかどうかだと思います。そもそも犯罪親和性の高い若者は当局のサイトは見ないし、デジタルに疎い高齢者もサイトは見ないと思われます。そのような中、警察庁や金融庁が新たな切り口から取り組みを始めています。警察庁は闇バイトの未然防止のためX上の動画で「守る」ことを前面に打ち出した注意喚起を行い、実際に成果も出始めていることは既に述べたとおりですが、金融庁も「うんこクイズ」とコラボして、若者に金融犯罪対策の動画を配信し始めています。こちらも「届けたい情報を届けたい相手に届く」ことで成果をもたらすことを期待したいところです。若者への訴求力を見込み、金融庁が金融犯罪対策の動画配信のコラボ相手として頼ったのは、文響社の子ども向け学習教材「うんこドリル」です。「インターネットで知り合った人からの借金」「これ絶対、もうかるからと近寄ってくる人」などはリスクがあると指摘、「若者に届けるためにはキャッチーなものでないといけない」と幹部が話す金融庁が動画共有サイト「ユーチューブ」で公開するだけでなく、各地の大学の構内でも流しているといいます。報道によれば、文響社の担当者は「金融庁からのうんこクイズというだけで『いったい何だ』とみてもらえる」と話しているほか、大学側からも「口うるさいことを言われるのがいやな年頃の学生でも楽しい動画であれば伝わるのでは」といった声があがっているといいます。背景にあるのは、SNSなどを使った投資詐欺の増加で、20代が被害を受けたSNS型投資詐欺は2024年1~8月に215件、4億6000万円と、前年同期に比べ件数は3倍、被害額は2倍に急増している深刻さがあります。また、サイバーセキュリティ企業のラックは、銀行出身者もメンバーに加えて社内で「金融犯罪対策センター」を立ち上げ、AIを使って不正な送金や口座を検知するシステムを開発、金融機関に預金口座の持ち主の年齢や、半年分の取引履歴のデータを提供してもらい、取引額の平均値などをもとに異常な送金、口座がないかを解析、検知すればアラートを出して金融機関に知らせるもので、三菱UFJ銀行と共同で実施したATMの不正出金検知の実証実験では、94%の不正検知率を記録、人間が条件やルールを決めて不正を検知する従来の手法の検知率はおよそ60%にとどまり、同センターは「最近の増加、巧妙化する金融犯罪にはAIを活用しないと対応しきれない」とみています。「投資が身近になってきたからこそ狙われるZ世代。うんこクイズもAIも、使えるものは何でも使って若者に訴え、犯罪を防ぐ姿勢が求められている」(日本経済新聞)との指摘は大変示唆に富むものといえます。

大阪府警が2024年7月、2つの投資詐欺グループの拠点を一斉摘発し、100人以上を逮捕した大規模詐欺事件で、組織の全貌が明らかになりつつあります。2024年10月11日付産経新聞によれば、府警の捜査で、ほかにも同様の複数の投資詐欺グループが活動していたことが判明、府警は住居不詳の会社役員(29)が全体を統括していたとみて、主要メンバーら5人とともに詐欺容疑で公開手配し、行方を追っています。女性名のアカウントで、SNSにブランド品や高級ディナーといった「優雅で豪華な生活」の様子を投稿し、それを呼び水に嘘の投資話を持ちかけていた詐欺グループであり、府警は関係先から約2600台のスマホや、50台以上のパソコンを押収しています。報道では、「優秀な人間は表彰されていた」「家にスマホを持ち帰り、仕事に打ち込む人もいた」、逮捕された末端メンバーは、打ち子同士を競わせる空気があったと証言、組織は会社さながらに、売り上げ拡大の役員会議を定期的に開き、打ち子の採用はメンバーの知人を中心に、最終的に幹部が面接をして決めていたといいます。府警によると、少なくとも2021年から活動を始めたとみており、被害総額は10億円近くに上るといいます。複数の類似グループについて府警はトクリュウとみて捜査、「オンラインでグループの幹部同士が情報共有できるシステムも構築されていた」(捜査関係者)といい、詳しい金の流れを含めて解明を続けるとしています。正にトクリュウの「機能的な組織性」を有する詐欺組織の実態がよくわかるものでした。

SNS型投資詐欺・ロマンス詐欺の最近の被害事例を(高額事例を中心に)いくつか紹介します。

  • SNSを悪用したロマンス詐欺で、長崎県佐世保市内の70代女性が2024年4月から10月上旬に、計130万円をだまし取られる被害があったと佐世保署が発表しています。芸能人「藤井フミヤ」を名乗る人物らが相手で、同署は注意を呼びかけています。女性は、「藤井フミヤ」を名乗る人物からSNS上でメッセージが届き、やりとりをするようになり、その後、マネジャーを名乗る人物から「フミヤが長崎に行くことになって、奥様と会議します」、「ヘリコプターを使うレンタル料が必要」などとメッセージが届き、女性は9月末~10月4日、手付金やレンタル料などの名目で4回にわたり現金計130万円を振り込んだといい、5回目の振り込みをしようとした際、銀行員から詐欺の可能性を指摘され、発覚したものです。
  • SNSを利用した投資詐欺グループが摘発された事件で、大阪府警は、公開手配していたリーダー格の容疑者(23)を詐欺未遂の疑いで逮捕しています。被害者にメッセージを送る「打ち子」らを取りまとめる統括役とみられ、事件の逮捕者は107人となりました。容疑者は府警がグループの拠点を一斉摘発した後、東南アジア方面に出国したことが確認されており、親族に出頭を促され、フィリピンから帰国するとの情報を得て、10月15日に関西国際空港に到着したところを府警が逮捕したものです。逮捕容疑は6~7月、投資でほぼ確実に利益が出る商材があるとうそを言い、新潟県の20代男性から現金117万円をだまし取ろうとしたとしたものです。「(商材は)本当に80%や92%の勝率があると思っていたので、詐欺の認識はありませんでした」と話しているといいます。宮崎県警は、県内の60代女性が、インスタグラムで知り合ったシンガポール国籍の男性を名乗る人物から投資話を持ちかけられ、計約1億1280万円をだまし取られたと発表しています。女性は暗号資産による投資を勧められ、投資取引用のアプリをダウンロード、5~8月、複数回にわたり、約1億1080万円分の暗号資産を送金、8月下旬に暗号資産を引き出そうとしたところ、アプリのカスタマーセンター職員を名乗る人物からさらに振り込みの必要があるとのメッセージが届き、約200万円分を追加で送金、女性が県警に相談し、発覚したものです。
  • 北海道警留萌署は、留萌振興局管内の60代男性が、SNSで知り合った日本人女性を名乗る人物から現金約9千万円をだまし取られたと発表しています。男性は8月27日以降、SNSで趣味の話を通じて好意を抱いた女性から「金の投資でもうかる」などと持ちかけられ、指定された銀行口座に複数回にわたり金を振り込んだものです。
  • 福岡県警中央署は、SNS型ロマンス詐欺で女性教員(54)が4200万円をだまし取られたと発表しています。9月ごろ、SNSで米国籍の男性を名乗るアカウントから女性に連絡があり「将来のために資産運用を勉強しないか」「私が教えるから少額から始めてみよう」などと持ちかけられ、結婚をほのめかす文言もあったといい、女性は男性のアカウントに勧められた投資サイトに登録、10月1~21日ごろ、投資の原資や口座管理手数料などの名目で11回、合計4200万円を指定された口座に送金したものです。不安を感じて知人に相談し、署を訪れたといいます。
  • 女性から現金2180万円をだまし取ったとして、岐阜中署は、無職の男(39)を詐欺の疑いで逮捕しています。男は2024年4月、複数の人と共謀し、米国の軍医を名乗ってSNSで知り合った岐阜市の50代の無職女性に「退職して日本へ行きたい。お金を荷物として発送するので受け取ってほしい」などと連絡、4~7月に運送会社を装い「FBI職員が荷物を押収した。これを拒否するためには金が必要だ」などとSNSで要求し、指定先に5回にわたり現金計2180万円を郵送させ、だまし取った疑いがもたれています。
  • SNS型ロマンス詐欺で約1500万円をだまし取られた大津市に住む60代の男性の話から、犯罪者側の「長期計画」が浮き彫りになっています。画面上の日本語は流ちょうとはいえず、男性も女性の片言の日本語を不審に思うことはあったものの、それでも、「女性のように稼いでみたい」という思いがあり投資を続けたといいます。さらには、「(女性とのやり取りが)ストレス解消となり、毎日の楽しみになっていた。もうけがでるのと同じように女性とやり取りできることがうれしかった。女性を信用し警戒心が薄れたことはあったと思う」と振り返っています。SNS型ロマンス詐欺、SNS型投資詐欺は、特殊詐欺と比べ、ゆっくりと時間をかけて多額なお金をだましとることが特徴であり、最近では副業の呼びかけを用いた詐欺も増えているといいます。なるべく詐欺の知識をつけ、危機感を持って自分事と捉えていくことが重要だといえます。

詐欺に関する新たな手口について、いくつか紹介します。

  • 厚生労働省は、現行の健康保険証が2024年12月に廃止(新規発行停止)となるのを前に、マイナンバーカードに保険証機能を持たせた「マイナ保険証」の利用登録を装って個人情報を聞き出そうとする不審電話を1件確認したと発表しています。被害に遭わないよう注意を呼びかけています。不審電話は8月、厚労省職員をかたってマイナ保険証の利用登録をすると偽り、音声案内に従ってマイナンバーなどを答えさせようとする内容だったといいます。電話を受けた人が不審に思って答えず、地方厚生局に相談して発覚したものです。厚労省の担当者は「職員が電話の音声案内やショートメッセージで登録を求めることは一切ない」としています。
  • インターネットで偽の通販サイトを利用した被害者が、犯人側に指示されるままに商品の代金、電子マネー、現金を3重にだまし取られる「欠品・返金詐欺」の被害が相次いでいます。警視庁には2024年に入ってから138件、計約1億5千万円の被害申告が寄せられているといい、警察や国民生活センターが警戒を呼びかけています。警視庁捜査2課によると、こうした欠品や返金を装う詐欺被害は2023年ごろから確認されるようになり、最近になって急増、被害者の年齢層は10~70代と幅広く、性別に関係なく被害が拡大しているといいます。被害のポイントは偽の通販サイトで、アマゾンのような大手サイトを装うものではなく、個人や小規模事業者を装い、書籍や洋服、楽器、フィギュア、DVDなどの販売を扱うものが確認されており、他のサイトよりも格段に安いなどの特徴があるといいます。
  • ウイルスに感染したとする偽警告をパソコン画面に表示して金銭をだまし取る「サポート詐欺」が巧妙化しており、ネット上の情報を集めた「まとめサイト」といった多くの人が訪れるサイトの広告を悪用する手口が目立ち、被害額が増加傾向にあります。また、業務用のパソコンでだまされた場合は企業から情報が漏洩するリスクもあります。警察庁によるとサポート詐欺の認知件数は統計を取り始めた2023年に2169件に上り、架空料金請求詐欺(5198件)の手口の中で4割を占めています。サポート詐欺は国内では2015年ごろに初めて確認され、偽の警告に驚いた被害者を電話でだます基本的な構図は変わっていませんが、より手の込んだ仕掛けが目立っており、かつてはアダルトサイトからの誘導が主流だったところ、近年はより多くの人が閲覧するまとめサイトやブログなどが入り口になる例が増えているといい、広告として「次のページへ」や「開く」といった偽装アイコンを入れクリックを誘うケースが多いといいます。偽警告画面の「閉じる」ボタンなどをクリックすると、操作不能と錯覚させる狙いで、全画面で表示されることが多く、画面を閉じるためにはキーボードのショートカットキーを使う必要があるところ、一般的な9通りの手法のうち2通りでしか閉じられない手口が2023年秋ごろから増え始めているといいます。偽警告の表示自体は不正なプログラムではなく、リンクを通じて別サイトに移る一般的な仕組みと変わらず、偽警告サイトの作成時に、全画面表示になるようにしたうえで一定のショートカットキーを無効化するという設定を加えているとみられています。1件当たりの被害額も増加傾向にあり、国民生活センターによると、2016~20年度まで平均被害額は各年度約2万~8万円だったところ、2024年度は8月末時点で約23万円と高額化しています。背景にはネットバンキングの悪用があり、これまでは定額の電子ギフト券を購入させ詐取する手法が多かったところ、犯罪グループがパソコンの遠隔操作を通じ、被害者名義のネット口座から多額の資金を送金させる事例が発生しているといいます。サポート詐欺のリスクは企業にも及び、被害の中には業務用端末でだまされた事例もあり、遠隔操作された場合は詐欺だけでなく、機密情報の流出や不正なプログラムの埋め込みといった被害も起きうるため注意が必要です。
  • 通販サイトに架空の商品を出品し、購入した客に返金手続きを装って決済アプリ「ペイペイ」などを操作させて送金させる「返金詐欺」が相次いでいるといいます。東京都内では2024年、10~70代の男女138人が約1億5000万円をだまし取られており、警視庁が注意を呼びかけています。都内の40代女性の場合、通販サイトで「アイドルとの交流チケット」を約1万5000円で購入、だが、商品は届かず、業者から「欠品のおわび」と題するメールが送られてきて、「返金する」との内容で、LINEの連絡先が記されていたため、女性がLINEで連絡すると、業者は「ペイペイで支払う」と返信、女性が送られてきたQRコードを読み込むと、ペイペイの送金画面に移行され、「返金手続きに使う」と言われた「認証コード」を入力したところ、業者に約25万円を送金してしまったといいます。その後、女性は「送金エラーがあった」などと言われてネットバンキングの操作も指示され、総額で約1000万円を詐取されたものです。都内では2023年5月以降、衣類や書籍、楽器などの商品を通販サイトで購入した男女約180人が同様の被害に遭っているといいます。国民生活センターによると、悪質業者には、(1)日本語が不自然(2)希少な商品の販売をうたう(3)代金振込先の口座が個人名義などの特徴があり、警視庁幹部は、「QR決済で返金すると言われたら、詐欺を疑ってほしい」と話しています

特殊詐欺の最近の事例をいくつか紹介します。

  • カンボジアを拠点に特殊詐欺を行っていたとして、茨城県警などの合同捜査本部は、日本人グループの男12人を詐欺容疑で逮捕しています。県警は詐欺の電話をかける「かけ子」集団とみて実態解明を進めるとしています。捜査本部がカンボジアに派遣した捜査員が現地当局から12人の身柄の引き渡しを受け、羽田、成田両空港に向かう航空機内で逮捕状を執行しています。12人は10~40代で、2024年夏頃、富山県の40歳代の女性に警察官などを装って電話をかけ、現金約200万円をだまし取った疑いのほか、徳島市の80代の女性にNTT社員や警察官、検察官を装って「携帯電話が悪用されている」「資金調査の必要がある」などうその電話をかけ、現金をだまし取った疑いがもたれています。12人はSNSで「闇バイト」に応募し、「高収入で簡単な仕事がある」などと誘われてカンボジアに渡航したといい、いずれも「かけ子」役を担ったとされ、男らのうち数人が、強制労働に従事させられたとしてカンボジアの日本大使館に助けを求め、8月上旬、同国南東部のバベットで現地警察に保護されたものです。
  • 高齢者施設の入居権を巡るトラブル解決と称して現金をだまし取ったなどとして、警視庁暴力団対策課は詐欺と組織犯罪処罰法違反(犯罪収益隠匿)の疑いで、野村容疑者(23)を逮捕しています。野村容疑者はだまし取ったお金を受け取る「受け子」グループの指示役で、カンボジアを拠点とする「かけ子」グループから指示を受けていたといい、かけ子グループは既にカンボジアから日本に移送され、25人が逮捕されています。傘下には日本国内に4つの「受け子」グループがあったとみられ、野村容疑者のグループによる被害は2023年7~9月、12道府県で計約1億3400万円に上るといいます。逮捕容疑は、共謀して2023年7月、神奈川県の70代女性方に電話をかけ、トラブル解決名目で現金80万円を都内の空き家に送付させてだまし取った疑いがもたれています。空き家では他人になりすましたグループのメンバーが現金を受け取っていたといいます。
  • 広島県警福山西署は、福山市の60代女性が警察官などをかたる男らの指示に従い、計約1億4000万円をだまし取られたと発表しています。2024年9月上旬から10月下旬にかけ、保健所職員や警察官、検察官を名乗る男らから「口座がマネロンに使われている可能性がある」などと言われたうえ、資産の差し押さえを回避するために暗号資産に替えて送信するよう指示され、女性は、14回にわたり計約1億4000万円相当の暗号資産を送信、不安に思った女性が警察に相談して発覚したものです。
  • 鹿児島県警は、県内の70代女性が計約1億2000万円をだまし取られるうそ電話詐欺の被害に遭ったと発表しています。県内で発生したうそ電話詐欺の被害額としては過去最高といいます。女性は2024年7月下旬、警察官を名乗る男から自宅に電話があり、LINEでのやり取りに誘導され、送られてきた警察手帳の画像で男を信用、「あなたは詐欺事件の重要参考人。紙幣番号を確認する必要がある」などと連絡を受け、11回にわたり計約1億2000万円を東京都内の住所に郵送したといいます。県警が別のうそ電話詐欺事件を捜査する中で女性の被害が発覚したものです。
  • 仙台南署は、仙台市太白区の70代女性が、警察官や検察官を名乗る男の指示に従い、計約1億2000万円をだまし取られたと発表しています。2024年7月、女性方に電話があり、総務省を装う音声ガイダンスが流れた後、警察官を名乗る男が「極秘捜査で逮捕者が出ている。あなたの名前で携帯が契約されている」と告げ、女性は「口座が凍結される」と言われ、指示されるまま口座を開設、さらに検察官を名乗る男から「お金を調べる必要がある」と言われ、女性は、開設した口座に7回にわたって入金、9月13日に口座を確認すると残高がほとんどなく、詐欺だと気付いたといいます。
  • 詐欺の被害を伝える新聞記事をきっかけに、仙台市宮城野区の70代男性が現金約3200万円をだまし取られたと気づき、宮城県警仙台東署に相談したといいます。2023年11月、男性宅の固定電話に警察官や検事を装った男から相次いで「あなたの運転免許証が悪用されている。投資詐欺があり、あなたに逮捕状が出ている」と電話があり、メッセージアプリで資産を確かめるとして銀行口座開設を指示、男性は男らが知る暗証番号を設定し、12月上旬に複数回、インターネットバンキングで現金約3200万円を振り込んだといいます。2024年10月、仙台南署が発表した1億2千万円の詐欺被害を伝える新聞記事を見て「手口が一緒だ」と気づいた男性が口座を調べると、残高がなくなっていたというものです。
  • 茨城県警は、警察官などをかたる手口で、守谷市の60代男性が現金1億2514万円を、境町の自営業の60代女性が2853万円を、それぞれだまし取られる詐欺事件が起きたと発表しています。守谷市の男性は2024年7月、電話会社や警察官をかたる男らから「あなたが詐欺事件の容疑者となっている」「口座のお金も犯罪に関わっている可能性がある」と連絡を受け、指定された口座に計17回にわたって現金を振り込んだといい、後日返金される約束だったが期限を過ぎても返金がなく、男性はだまされたことに気がついたといいます。境町の女性は2024年10月、総務省職員や警察官を名乗る男らから、「詐欺の犯人があなたから通帳を買ったと話している」などと連絡を受け、「口座にある現金の紙幣番号を確認する」と言われ、指定された口座に計5回、現金を振り込んだといい、送金後、不安に思った女性が家族に相談し、詐欺に遭った可能性に気がついたといいます。
  • 茨城県警は、同県石岡市の70代女性が368回にわたり電子マネーを送らされ、約2200万円をだまし取られる事件が発生したと発表しています。2024年7月上旬、キャンペーン案内窓口を名乗るLINEアカウントから女性に「10億円が当選した」などとメッセージが届き、受け取るために電子マネー購入を指示され、8月下旬までに593枚の電子マネーを購入し、368回にわたり利用権番号を送信したといいます。8月下旬、不審に思った家族が石岡署に相談したものです。
  • 兵庫県伊丹市の90代の女性が警察官を名乗る女に自宅に保管していた約2000万円を詐取された事件で、伊丹署は、和歌山県海南市、無職の女(24)を詐欺容疑で逮捕しています。女は「特殊詐欺グループの指示を受けた」と容疑を認めているといいます。発表では、女は何者かと共謀し、警察官をかたる男から「偽札が出回っている。女性警察官を向かわせる」との電話があった女性宅に、警察官になりすまして訪れ、現金を受け取った疑いがもたれています。女は訪れた際、私服姿で警察手帳のようなものも示さなかったといい、付近の防犯カメラの映像などから、女
  • 警視庁中央署の警察官を名乗る男から、暴力団との関わりがあるのではないかと言われ、富山市の70代女性が1530万円をだまし取られていたことがわかりました。富山中央警察署によれば、2024年6月、女性宅に、携帯電話の料金が未納であると電話があり、電話のやりとりで女性は携帯電話の番号など聞き出されたとみられ、その後、警視庁中央署の警察官を名乗る男から「暴力団があなたの口座に400万円を振り込んだと言っている」「このことは秘匿捜査であるから、誰にも教えてはいけない」と携帯電話に電話があり、さらに検察庁の検事を名乗る男に電話が替わり「わたしが保証人になるので警察に優先調査を依頼してください」などと言われたほか、検事を名乗る男から「毎日連絡をするように」と言われ、以降警察官や検事を名乗る男から何度も電話を受けたり、自身から連絡していたところ、7月初旬に、開設した覚えのない、女性本人名義の銀行口座のキャッシュカードが自宅に配達され、検事を名乗る男の指示で、その口座に830万円を振り込んだといいます。また、女性は、8月中旬にも、警察官や検事を名乗る男から指示を受け、現金700万円を袋にいれ、女性の自宅の郵便受け付近に置き、その後、現金入りの袋はなくなり、男から「受け取った」と連絡を受けたといいます。そして、検事を名乗る男から「あなたの潔白が証明された。これまで預かった現金はお返しする。お返しするための手紙を手渡しで渡します。」などと言われたものの、それ以降、連絡が途絶え、電話もつながらなくなり、心配になった女性が家族に相談、家族から110番通報があったことで被害に気が付いたものです。
  • 鳥取県警は、米子市内の90代男性が特殊詐欺の被害に遭い現金450万円をだまし取られたと発表しました。男性は一人暮らしで、9月中旬ごろ、男性の自宅の固定電話にドコモショップの店員を名乗る男から「あなた名義の携帯電話が悪用されている」と電話があり、続いて、検察官を名乗る別の男に電話を代わり「暴力団員を逮捕した。その暴力団員が持っていた携帯電話があなた名義で、その電話で詐欺などを行い、犯罪で得た約400万円をあなたの口座に振り込んでいると話している」などと指摘、男性は、400万円に心当たりがなかったものの、契約する金融機関や残高を聞かれたため、金融機関名などを伝えたといいます。検察官を名乗る男は「無実を証明するには400万円を出金して1枚ずつ調べる必要がある」などと話し、さらに50万円ずつATMで下ろし、自宅で保管するよう指示、これを信じた男性は、合計450万円の現金を自宅に保管、10月中旬になって、「東京の警察がお金を取りに行く。現金を置くよう指示をしたら自宅前に置いてください」と電話があり、男性は現金450万円を封筒に入れ、玄関先に置いたということです。
  • 電話詐欺で現金を回収する「受け子」役を担ったとして、山梨県警は、甲斐市に住む高校1年の少年(15)を詐欺容疑で再逮捕しています。少年は2024年8月、千葉県八千代市の80代女性方を、女性の息子の上司親族を装って訪れ、現金300万円をだまし取った疑いがもたれています。
  • 警察官になりすまして現金をだまし取ったとして、警視庁捜査2課は、詐欺と窃盗の疑いで、埼玉県久喜市の居酒屋「和ジアンダイニングKOSHIKOSHI」経営者ら3人を逮捕しています。同課は、いずれも特殊詐欺グループのメンバーで、同店を、詐取金を管理する拠点にしていたとみて調べています。容疑者は詐取金を引き出す「出し子」らに対し、コンビニやファストフード店のトイレのタンク内を指定し、現金を置くよう指示、他の2人の容疑者が回収し、和ジアンダイニング店内で保管、管理していたものです。同課は7月、同店を家宅捜索し、売上金とは別に現金1300万円を押収、2023年10月~2024年7月に9都府県で発生した29件の特殊詐欺事件の被害金約4400万円の一部とみて調べています。

本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニエンスストア(コンビニ)や金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(最近では、これまで以上にそのような事例の報道が目立つようになってきました。また、被害防止に協力した主体もタクシー会社やその場に居合わせた一般人など多様となっており、被害防止に向けて社会全体・地域全体の意識の底上げが図られつつあることを感じます)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。また、最近では、一般人が詐欺被害を防止した事例が多数報道されています。直近でも、高齢者らの特殊詐欺被害を一般の人が未然に防ぐ事例が増加しており、たとえば、銀行の利用者やコンビニの客などが代表的です。2023年における特殊詐欺の認知・検挙状況等(警察庁)によれば、「金融機関の窓口において高齢者が高額の払戻しを認知した際に警察に通報するよう促したり、コンビニエンスストアにおいて高額又は大量の電子マネー購入希望者等に対する声掛けを働き掛けたりするなど、金融機関やコンビニエンスストア等との連携による特殊詐欺予防対策を強化。この結果、関係事業者において、22,346件(+3,616件、+19.3%)、71.7億円(▲8.5億円、▲10.6%)の被害を阻止(阻止率 54.6%、+2.1ポイント)」につながったとされます。特殊詐欺の被害防止は、何も特定の方々だけが取り組めばよいというものではありませんし、実際の事例をみても、さまざまな場面でリスクセンスが発揮され、ちょっとした「お節介」によって被害の防止につながっていることが分かります。このことは警察等の地道な取り組みが、社会的に浸透してきているうえ、他の年代の人たちも自分たちの社会の問題として強く意識するようになりつつあるという証左でもあり、そのことが被害防止という成果につながっているものと思われ、大変素晴らしいことだと感じます。以下、直近の事例を取り上げます。

  • 2024年10月7日付産経新聞の記事“説得応じずコンビニATMで札束握りしめ… 記者が遭遇した特殊詐欺の「現場」”は、特殊詐欺の現場に居合わせた記者による生々しいレポートで、騙されている人を説得することの難しさも感じさせるものでした。具体的には、「記者が偶然遭遇したのも、卑劣な犯罪集団が高齢者を『毒牙』にかけようとする瞬間だった」、「男性はスマホを耳に当て、ひどく取り乱した様子でATMの操作を試みている。電話の向こうから指示を出されているようだった。警察取材で何度も耳にした、特殊詐欺グループの手口としか思えない。女性店員らも異変を感じつつ、言葉の問題もあってか、男性に強く注意できないでいた。『おじさん、それ詐欺ですよ!』思わず声をかけた。だが、男性は『そんなことないよ、さっき区役所から電話があったんだから』。実在する大手メガバンクの名前を挙げ『ここの口座に振り込まなきゃいけないんだ』とも。なかなか耳を貸そうとしない。なぜ役所からの電話でお金を払わなければいけないのか-。傍から見れば荒唐無稽な話だが、何人もの人物が代わる代わる電話で『役』を演じ、信じ込ませるのが特殊詐欺の常套手段だ。男性が電話で話している相手は、銀行員か何かをかたっているのだろう」、「そうこうしていると、店に若い男性客が入ってきた。我々のやりとりを見て、高齢男性に対し『かかってきた電話、役所の番号だと確認した?』と、助け舟を出してくれた。『あっ』という表情で男性が取り出した紙片には、市外局番で始まるメモ書きが。スマホで数字を検索すると『架空請求』の4文字を示すウェブサイトが表示された。高齢男性にスマホを見せつつ『やっぱり詐欺ですって』と伝えると『俺、だまされてるの?』と半信半疑の面持ちながら、ATMを離れてくれた」というものです。
  • 特殊詐欺を未然に防止したとして、京都府警右京署は、京都市右京区の自営業、寺岡さんに感謝状を贈っています。京都市右京区の商業施設に設置されたATMに並んでいた際、60代の女性が携帯電話で通話しながら別のATMで操作しているのを見かけ、「還付金」などと記されたメモを持つ手が震える様子などから違和感を覚えたといいます。寺岡さんは「大丈夫ですか」と女性に声をかけて電話を切るように促し、約80万円の詐欺被害を防いだといいます。感謝状を受け取った寺岡さんは「グラフィックデザイナーという職業柄、警察が掲示する詐欺防止ポスターを気にかけていた。おせっかいな性分がいい方向に働いた」と話しているといいます。
  • パソコンがウイルスに感染したなどと思い込ませて電子マネーカードを買わせ、お金をだまし取る手口の特殊詐欺を間際で防いできた東京都羽村市のコンビニ店オーナーに、警視庁福生署が感謝状を贈っています。この店舗が特殊詐欺を未然に防いだのは、この3年半で計7回になるといいます。報道によれば、心掛けているのは、来店客へ「いらっしゃいませ」と声掛けすることだといい、同時に様子をうかがい、「店内をきょろきょろ探してから高額の電子マネーカードを買うようなときは用途を尋ねるようにしている」と話しています。なお、1つの店舗でこのように詐欺被害を防止しているという事実は、一方で、世の中の数多くのコンビニでも同様に詐欺被害にあっている人がいて、それに気づかれない事例もたくさんあることを気づかせるものでもあります。被害の大きさは実際に数字として表れていますが、実は、その数字は顕在化した被害の額にすぎず、本当に氷山の一角ではないかと愕然とさせられます。
  • 特殊詐欺の被害を防いだとして、三重県警名張署は、三十三銀行名張支店に感謝状を贈っています。署長は「普段からの意識高い取り組みの結果。今後も被害の水際防止への協力を」と述べています。2024年9月中旬、名張市の70代の女性が総務省職員や警察官を名乗る男から、「あなたの口座に違法な振り込みがある」などと電話を受け、LINEで免許証などの画像の送信を求められたといいます。何者かがインターネットで開設した女性名義口座への入金を指示されたといい、女性が同支店を訪れた時に行員が詐欺被害を疑い、同署に通報したものです。
  • 特殊詐欺被害が相次ぐ中、千葉県警は著名人で構成する警察庁の特殊詐欺被害対策プロジェクトチーム「SOS47」を活用した地域ぐるみでの防犯活動の推進を始めており、活動の一環として、SOS47の「特別防犯支援官」を務める演歌歌手の伍代夏子さんが千葉市美浜区の高齢者宅に足を運び、国際電話の利用を休止する申込書の書き方を説明しています。今回、県警は特殊詐欺で使われることがある国際電話番号の着信を拒否する方法の周知を進める。国際電話番号は先頭に「+」が付き、2023年夏以降、全国的に特殊詐欺での利用が増えており、2024年1~6月、全国の特殊詐欺に使われた電話の53.8%が国際電話番号から発信されており、固定電話(19%)や携帯電話(7.1%)を大きく上回っており、特に米国や英国、豪州、ベトナムの番号が多いといいます。
  • 埼玉県警と埼玉県内に本店を置く九つの金融機関が、特殊詐欺被害を防ぐために連携し、埼玉県警が被害届を受けた際、これまでよりも早く「詐欺口座」の情報をほかの金融機関でも共有できるようになる取り組みを始めています。こうした取り組みは全国初だといいます。2カ月ほど早くなる場合もあり、埼玉県警は被害の拡大防止だけでなく、捜査にも役立つとして積極的に進めていく考えだといいます。報道によれば、埼玉県警が各金融機関に共有するのは、(1)不正口座の銀行名、口座番号、カナ氏名などの基本的な情報と、(2)不正口座の持ち主の生年月日や住所、漢字氏名などの詳細な名義人情報だで、これまでは、各県警があげた情報を警察庁がとりまとめ、そこで作られた全国の不正口座の名義人リストを金融庁が金融機関に共有していました。そのため、(1)、(2)とも最低でも2カ月ほどかかっていたといいますが、今回、県警が県内の9金融機関と協定を結ぶことで、(1)は被害届提出の翌営業日、(2)については遅くとも数週間でこれらの金融機関で共有できるようになり、金融機関は、当該の口座に振り込もうとしている人がいないかの監視をすぐに始めるほか、(2)が共有された時点で、同じ人物が自行で口座を持っているかを確認、もし、怪しいお金の動きなどがあれば埼玉県警に伝えるというものです。被害が判明している口座の基本的な情報共有にも時間がかかっていたため、その口座に振り込もうとしている新たな被害者がいても金融機関側が気づかないケースもあったといいます。埼玉県警組織犯罪対策3課は「いち早く不正口座の情報を共有することで、特殊詐欺の根本を断ちたい。この協定が全国に広まり都道府県警同士で連携できれば、更に被害が減らせる。『埼玉モデル』として広まって欲しい」と話していますが、正にこうした官民連携の良い取り組みが全国に拡がることを期待したいところです。

(3)薬物を巡る動向

精密機器大手オリンパスは、シュテファン・カウフマン社長兼CEO(56)が辞任したと発表しました。違法薬物を購入していた疑いがあり、取締役会が辞任を求め、カウフマン氏が応じたといいます。報道によれば、カウフマン氏が違法薬物を購入しているとの通報を受け、同社は外部の弁護士に相談し、事実確認や捜査機関への報告を実施、内部調査の結果を受け、取締役会は、カウフマン氏が「オリンパスの行動規範や企業文化とは相いれない行為をしていた可能性が高い」と全会一致で判断し、辞任を求めたということです。同社の広報は、カウフマン氏が違法薬物の購入を認めているかについて、「捜査に影響するため、回答を差し控える」としています。警視庁は2024年9月にオリンパス社から相談を受け、関係者から任意で事情を聞くなどして調べているといいます。なお、同様の例では、2015年にトヨタ自動車の常務役員だったジュリー・ハンプ氏が麻薬取締法違反の容疑で逮捕(その後不起訴)され、辞任しています(2022年に北米トヨタの「シニアメディアアドバイザー」に就任し復帰しています)。また、2024年1月には、米紙WSJが米実業家のイーロン・マスク氏が違法薬物を常用していると報じています。さらに、日本人経営者でも、違法薬物を所持した疑いなどで任を解かれるケースが散見されており、2023年4月には人材派遣のサーキュレーションで、当時の社長だった久保田雅俊氏が違法薬物所持の疑いで捜査を受けていることを申し出て辞任、2023年9月には、輸入車販売のバルコム(広島市)の当時の社長、山坂哲大氏が大麻を所持した疑いなどで逮捕され、解任されています。

公表直後のオリンパスの終値は前週末比160円(5.64%)安い2678円となり、日本経済新聞でUBS証券の葭原友子アナリストは「あくまで個人の問題であって、会社への本質的な影響はない。だがマネジメント教育など会社側のESG(環境・社会・企業統治)への対応が十分ではないと判断され、株価に影響を与えるリスクはある」と話しているほか、日本総研の綾高徳シニアマネジャーは「諸外国と比べて日本は薬物規制の考え方が異なり外国人役員を日本に迎え入れるにあたっては、指名する時点で日常生活も含めたルールを積極的に会社側が説明する必要がある」と指摘しており、筆者としてもそのとおりだと考えます。これまでの外国人の企業幹部の事例では、日本人との薬物意識に「ずれ」が生じている可能性があります。カウフマン氏の事例では、同氏に薬物を渡していた売人が覚せい剤取締法違反容疑で逮捕されています(文春オンラインによれば、2人はテレグラムやシグナルを使って売買交渉をしていたとされます。事実であれば、違法性をある程度自覚しての行動と考えられます)。ハンプ氏の事例では、麻薬成分を含む錠剤を輸入、膝の痛みを和らげるためであり「麻薬を輸入したとは思っていない」として、容疑を否認していたものの、逮捕による会社への影響を考慮して辞任を決断しています。マスク氏の事例については、暴排トピックス2024年1月号で、以下のとおり取り上げています。以下でも述べているとおり、日本と米国ではあまりに薬物に対するスタンスが異なっており、こうした違いをあらかじめ認識しておく必要があるということを痛感させられます。

合成麻薬のLSDやコカインなどを使用したと報じられているほか、特に、幻覚作用があり精神疾患の治療にも使われる麻酔薬のケタミンの摂取を続けているとしています(一方、マスク氏の代理人はマスク氏が定期的に薬物検査を受けており、問題となったことはないと説明していますが、マスク氏はXに奇異な発言をしたり、言動が不明瞭だったり、ろれつが回らなかったりすることがあったといい、健康状態も不安視されています)。一部薬物の使用は州や目的によっては認められているケースもありますが、薬物の乱用禁止を進める米政府の方針に反する可能性が高く、宇宙開発分野でスペースXの政府契約にリスクを及ぼしかねない状況だといえます。日本においては、そうした論調に同調する向きが多いのですが、米社会から見れば、日本とは異なる考え方がなされている(異なる視点がある)点に驚かされます。例えば、2024年1月9日付ロイターのコラム「マスク氏薬物疑惑の波紋、経営トップはどこまで許されるか」は、極めて興味深い指摘が満載です。まず、Anita, Ramaswamyというコラムニストは、米国では薬物使用が増え、法令や企業の内部規定も緩和されているが、マスク氏だけでなく、経営トップの間で薬物が広がりつつある点は問題だとしたうえで、特に彼らが実質的に24時間働いている点を踏まえると、どこで線引きするのかを知るのは難しいという論点を提示します。さらに、米国の多くの州で嗜好品としての大麻使用が合法化されたことで、近年は雇用する側の態度に変化が起きており、米労働省が集めたデータからは、民間企業で従業員に薬物検査を実施している割合は2021年時点でわずか16%と、1996年の半分以下にとどまっているという驚くべきデータを紹介しています(日本では公共交通機関の一部や自衛隊などに限定されているとの筆者の認識です)。また、中央情報局(CIA)や連邦捜査局(FBI)といった政府機関でさえ、優秀な若手の人材獲得に影響が出かねないとして、新規採用者に適用するルールを緩和していると米紙NYTが2023年4月に報じていたことの紹介に加え、従業員に対する薬物検査を行った企業の結果からは、使用の広がりが見て取れ、クエスト・ディアグノスティクスが2021年に数百万人分の検査を分析したところ、陽性率は過去20年で最も高くなったこと、ただ、心の病を治療する目的でケタミンを処方するケースが増加していることもあり、企業はもはや勤務時間外の従業員による薬物使用に厳しい姿勢では臨めなくなっていると指摘しているのです(この部分が、日米でもっとも大きく相違している点だといえます)。確かにマスク氏自身も、うつ症状を和らげるためにケタミンを使っていると明かしていますし、対話型AI「チャットGPT」を開発した新興企業オープンAIのサム・アルトマンCEOは、中毒症や他の病気を治療するために、幻覚剤の利用拡大を推進しています。こうした事実を積み重ねったうえで、最終的にコラムニストは「それでも経営首脳が薬物を使用すれば、さまざまなリスクをもたらしかねない」として、例えば連邦レベルで禁止されている大麻の使用は、政府との多額の契約を台無しにする可能性もあり、さらに発信する全ての言葉が市場を動かす可能性があり、常に多忙な企業トップにとって、勤務時間がいつからいつまでか判定するのは困難だと指摘しています。結論的には、有力な経営トップの場合、取締役会が定期的な検査や情報開示の義務化を通じて、より確固とした線を引くことが正当化されるとして、筆者としても落ち着くところに落ち着いたと感じましたが、一方で米社会の驚くべき現実を知ることとなり、大変刺激を受けることとなりました。

冒頭でも取り上げている「闇バイト」ですが、闇バイトに応募し大麻を密輸したなどとして、京都府警捜査5課と城陽署は、城陽市富野南清水の解体業の被告(24)=大麻取締法違反(営利目的共同輸入)罪などで起訴=を同容疑などで逮捕しています。逮捕容疑は2024年7月、共謀してタイから大麻草約377グラム(時価約188万円)を日本に輸入した疑いがもたれています。大阪税関が関西国際空港に輸入された段ボールに入ったスナック菓子の袋の中に大麻が隠されているのを見つけ、府警に通報、送付先の容疑者宅を家宅捜索すると、秘匿性の高いSNS「テレグラム」のグループチャット上で募集された「海外から荷物を受け取って指定場所に送付するだけ」という内容の闇バイトに応募していたことが判明、容疑者は「金欠で参加した」と話しているといいます。報道によれば、SNS上で容疑者がリスクを質問したところ「こう(高)としか言えない」と指示役は返答、「捕まっても中身はわからないで通せ」という指示役のメッセージもあったといいます。容疑者は同じチャットで自身の口座を譲渡する闇バイトにも参加したとして、犯罪収益移転防止法違反容疑でも逮捕・起訴されています。こうした状況からは、お金に困ってよくリスクを認識しないまま軽い気持ちで…ではなく、捕まるリスクを認識したうえでの犯行であり、確信犯的な、闇バイトとの親和性の高い、悪質さが見られると感じます。

米国で大麻の使用が広がっており、深刻さを増しています。2024年11月2日付日本経済新聞の記事「酒より大麻、米国で常用者数が逆転 依存3割との分析も」は、その深刻さを理解するのに十分な厳しい実態を明らかにしています。報道では、「州レベルで合法化が進んでいるためで、米大学の調査では大麻を日常的に使用する人の数がアルコールを摂取する人を初めて上回った。若者を中心に使用が広がるなか、依存性を指摘する声も高まってきた」というレベルにまずは驚かされます。さらに、「大麻の所持および販売は、連邦レベルでは禁止されている。ただ、2014年に西部のコロラド州とワシントン州で販売が解禁されて以来、州ごとに医療用と嗜好用の両方で合法化が進んできた。全米州議会議員連盟(NCSL)によると、24年6月時点で首都ワシントンと24州で嗜好用大麻は合法となった。米ミシガン大の調査によると、米国で19~30歳が過去12カ月間で大麻を使用した割合は23年に42.4%に達した。13年の30.6%から10年間で11.8ポイント増え、使用者の増加が顕著だ。米カーネギーメロン大学が今年発表したリポートによると、22年に大麻を日常的に使用した個人は1770万人だった。アルコールを日常的に摂取する個人(1470万人)を、計測を始めた79年以来初めて上回った。月に数回程度などを含めれば、アルコールを摂取する人の方が大麻使用者よりもかなり多い。ただ、アルコールを毎日のように飲む人は限られるため、日常的な使用に限れば、大麻がアルコールを上回るという」という驚くべきデータが示されています。また、「利用者が増えるにつれて、大麻の依存性への警戒も強まっている。大麻はもともと、アルコールや他の薬物と比べて『依存性が低い』とされてきた。ところが、米テキサス大学のナムキー・チョイ氏らが22年の全米での調査を分析したところ、1年以内に大麻を使用した米国の成人(18歳以上)のうち30%が『使用中止を試みても何度も失敗する』などの依存の症状を抱えていたという。豪クイーンズランド大学の調査でも、大麻使用者のうち22%が依存症と推定している」と指摘しています。日本でも「大麻は依存性が低い」という噂が流布しており、それが若者の大麻蔓延のひとつの根拠を与えてしまっている実態がありますが、こうしたデータをきちんと周知していく必要性を感じます。また、フェンタニルの問題は後述しますが、「違法に販売されている大麻を購入し、合成麻薬『フェンタニル』など致死性の高い薬物が混入していると知らずに摂取してしまうケースも報告されている。健康リスクだけでなく、州の基準を満たさない大麻製品を違法に販売する店舗の急増や、大麻特有の臭いがまん延することへの反発も広がってきた」、「次期大統領候補のハリス副大統領は投票日を3週間後に控えた10月14日、嗜好用大麻を連邦レベルで合法化するとの公約を掲げた。大麻所持による黒人の逮捕率が高いことを合法化で解決するとして『黒人男性を縛り付ける不当な法律の障壁を打ち破る』とアピールした。米調査団体のピュー・リサーチ・センターが今年3月に公開した調査によると、米国では医療用・嗜好用大麻の合法化に6割が賛成している」といった指摘が続きます。確かに、大麻の所持のような犯罪形態では、黒人の摘発率がかなり高い実態があり、その是正の必要性は認められるところですが、医療用はともかく、嗜好用大麻を解禁する理由としてどうなのか、疑問が残ります。一方、合法化に賛成する強い世論がある点については、ギャラップ社の連続調査によると、2023年には米国の成人の70%が合法化に賛同、最初に質問を始めた1969年の12%と比べて約6倍で、2000年の31%と比べても2倍以上となっている現実があります。米連邦法は大麻の所持や使用を今も禁じていますが、結果的に、各地で合法化が「なし崩し」で進んでいる状況です。米国の科学・工学・医学アカデミーは2024年9月の報告書で、「州によって規制が異なり、多くの場合は確固とした公衆衛生の戦略がないままだ」と指摘、「公衆衛生より利益を重視する(大麻関連の)産業が生み出された」と述べたほか、2022年は日常的にアルコールを摂取する人より、日常的に大麻を使う人が多かったことや、幻覚などをもたらす「テトラヒドロカンナビノール(THC)」の濃度が上がっていることにも言及しています。こうした状況について、ブッシュ(子)政権やオバマ政権で麻薬政策に関わり、現在は大麻合法化に反対する組織を率いるケビン・サベット氏は「大麻の商業化は、身体や精神の健康、公衆安全、若者に悪影響を与えている」と主張、THCの摂取が不安や精神疾患につながることが証明されているほか、大麻に関連した交通事故や入院も増えていると指摘、特に、高濃度のTHCを含んだ商品が増えており、危険が増していることを懸念しているといいます。筆者も、高濃度のTHCの拡がりは日本でも見られており、憂慮すべき状況だと認識しています。

史上最悪の麻薬と呼ばれる「フェンタニル」は、米国市民の生活の脅威であり、11月の大統領選でも争点の一つとなっています。フェンタニルを巡る動向については、毎日新聞が特集を組んでおり、その実態の深刻さなどが明らかにされ、大変示唆に富むものでした。報道では、「フェンタニルとは、麻薬性鎮痛剤『オピオイド』の一種である合成麻薬のことだ。効き目はヘロインの約50倍で、極めて依存性が高い。路上で違法に出回り、2014年ごろから社会問題化した。過剰摂取による死者が急増し、18~45歳の最大の死因となっている」とその深刻さを指摘、さらに、「以前は中国で製造され、国際郵便に紛れて米国に流入していた。しかし、トランプ前政権の要請を受けた習近平指導部が19年5月に規制を強化すると、メキシコからの密輸が増加した。メキシコ最大級の麻薬組織『シナロア・カルテル』や『ハリスコ新世代カルテル』(CJNG)などが、中国業者から原材料を買い付け、フェンタニルを密造するようになった。カルテルらは、車の燃料タンクやマフラーに隠すなどしてフェンタニルを米国に持ち込み、路上やソーシャルメディアで売っている。運び屋の体に巻き付けたり、ポテトチップスの袋の中に詰め込んだりする場合もあるという」といった流通の実態、「フェンタニルは化学物質をもとに製造することができる。手軽に製造できる一方、1キロ分で50万人を死に追いやれるほど強力なため、少量を運び込むだけで大勢に売りさばくことができる。カルテルらは運び屋の逮捕や押収されるリスクをそこまで重要視せず、次から次へとフェンタニルを米国に密輸しているとみられる。稼いだ利益は、中国の地下銀行を通じてマネロンしていると言われる」と深刻さに拍車をかけている真の要因に踏み込んでいます。また、「米国でオピオイドがまん延したのは、1996年に製薬会社『パーデュー・ファーマ』がオピオイド入りの鎮痛剤『オキシコンチン』を発売したことがきっかけだ。パーデュー社は依存症リスクを把握した後も積極的に売り込み、その結果、中毒者が急増した。その後、オピオイドの処方に関する規制が強まると、同様の効果が得られるヘロインの需要が増加。そして、フェンタニルが出回った」とオピオイド中毒の蔓延の背景要因も取り上げています。そして、「オピオイドを大量に摂取すると、呼吸停止により死亡する可能性が高まる。このとき、オピオイドの作用を一時的に停止させるのが、鼻スプレー型の拮抗薬『ナルカン』だ。バイデン政権は23年3月、市販薬として承認し、処方箋がなくても薬局で購入できるようにした」といったことも紹介されています。また、別の特集記事では、フェンタニルで亡くなった事例を取り上げ、「『フェンタニル』が原因の中毒死だった。同じ日に売人から入手した精神安定剤『アルプラゾラム』が偽造品で、合成麻薬のフェンタニルが混入していたとみられる」、「10代のころから、注意欠陥多動性障害(ADHD)など複数の精神疾患を患い、薬物に依存する物質使用障害(SUD)に苦しんだ。SUDの患者は、医師から処方される治療薬の副作用を嫌い、気分を正常に保てると考えて、ストリートドラッグを使うことがある。エバさんも、本来は処方薬であるアルプラゾラムなどを路上で入手するようになった。不幸にも、これらの薬物は依存性が強かった」と指摘されており、母親の「娘は自らの意思でフェンタニルを使用し、オーバードーズで死んだのではない。摂取した薬物にフェンタニルが混入していて、それに毒された」、「精神疾患やトラウマ、通院の過程で処方されたオピオイドなどによって、いとも簡単に依存症に陥る」との指摘は、大変考えさせられます。さらに、フェンタニルの恐ろしさを伝える記事では、「陶酔感をもたらす『ダウナー系』のヘロインと、興奮作用を引き起こす『アッパー系』の覚せい剤はともに依存性が強く、混ぜ合わせたものは『スピードボール』とも呼ばれる。『最も怖いのは摂取するときだ。過剰摂取(オーバードーズ)で死ぬかもしれないから』注射器で液体を吸い上げるとき、脳裏には毎回『ある物質』の存在がちらつく。これらの薬物に混入しているかもしれないからだ。その名は『フェンタニル』。オピオイドの一種に分類される合成麻薬だ。米麻薬取締局(DEA)によると、フェンタニルの効き目はヘロインの50倍、モルヒネの100倍以上。極めて依存性が強いことで知られる。致死量はたった2ミリグラム。とがった鉛筆の芯の先に乗る程度だ」、「米食品医薬品局(FDA)が承認した医薬品だが、規制強化でメキシコからの密造品が急増。DEAは昨年、フェンタニルが混じった偽造品の錠剤8000万錠以上と粉末約5・4トンを押収した。DEAによれば、フェンタニル1キロで50万人を死に追いやることができるという。安価で効き目も強いことから、ヘロインやコカインなど他の薬物に混ぜられている、と警告する」、「米疾病対策センター(CDC)によると、違法薬物などのオーバードーズによる死者は、昨年まで3年連続で10万人を超えた。7割近くがオピオイドによるもので、フェンタニルがその主因とみられる。他の薬物に混入されているのに気付かないまま摂取し、中毒死してしまうケースも多いとされる」という生々しい実態が報じられています。日本では米ほど薬物が蔓延している状況ではありません。だからこそ、若者がこうした薬物の怖さを正しく認識することが重要だとあらためて痛感しています。

日大ラグビー部の元部員や保護者3人が東京都内で記者会見し、2022年に上級生から大麻の使用を迫られたと訴え、大学側に徹底調査を求めています。当事者から謝罪を受けることを念頭に置いているといいます。日大ラグビー部を巡っては、2020年1月に部員1人が大麻所持容疑で逮捕され、2022年5月には部員間の暴行事件が起き、警視庁が2024年7月、当時の部員2人を暴行容疑で書類送検しています。日大は2023年、同部での暴行問題などを受けて「ラグビー部組織体質に関する外部調査委員会」を設置、2024年1月、大麻に関する疑惑を含めた報告書と、大学の対応策を公表しました。「大麻を吸った者がいるとの情報が複数の部員から寄せられたが、吸っている現場の目撃情報は得られなかった」とする調査結果に関し、会見した保護者は不十分と指摘、元部員は上級生が大麻の使用を示唆する発言をしていたと主張、衣服を盗まれたこともあり、自主的に退部したといいます。「寮での事案に絶望し、精神的に病んでしまった」とも話しています。日大は、「当事者の多くが卒業し、客観的証拠が見つかるはずもなく、(再調査は)非現実的だと考えている」としています。事実はそのとおりかもしれませんが、社会の目線をあまり意識していない、木で鼻を括ったような回答は日大にとってもプラスになりません。

暴力団が関与した薬物事犯には、以下のようなものがあります。

  • タイから麻薬であるケタミン約150グラム(末端価格約300万円)を化粧品と見せかけて郵送し、営利目的で日本国内に密輸したとして、住吉会傘下組織幹部の男が再逮捕されています。男は集合住宅の宅配ボックスにコカインやケタミンなどの麻薬を保管したなどとして、すでに逮捕されていました。同幹部は、共謀してフェイスパウダーを入れる容器などにケタミンを入れて密輸したとみられ、今回で4回目の逮捕となります。警察は住吉会傘下組織が組織ぐるみで犯行を行っていたとみて、事件の全容を調べているといいます。
  • 薬物密輸グループの首謀者として大麻の密輸に関わったとして、警視庁薬物銃器対策課は大麻取締法違反(営利目的輸入)の疑いで、稲川会傘下組織幹部を再逮捕しています。報道によれば、20235年12月~2024年4月、大麻を含む植物片をボクシングのミット内に隠し、タイから密輸するなどして大麻や覚せい剤など末端価格で約5億円相当を密輸したとみられています。この密輸グループでは、タイの他、スイスや南アフリカ、カナダから大麻約38.6キロ(末端価格約1億9300万円)や覚せい剤約3.2キロ(同約2億1400万円)などを密輸したとみられ、これまでに受け取り役、運び役など計40人が逮捕されており、供述などから同幹部が首謀的立場で関与していることが浮かび上がったといいます。逮捕容疑は、氏名不詳者らと共謀して2024年2月、タイから大麻を含む植物片約3キロ(末端価格約1500万円相当)を国際便で千葉市内の県営住宅宛てに発送し、羽田空港から密輸したというものです。
  • 覚せい剤と大麻リキッドを販売目的で所持していたとして、警視庁大崎署は、覚せい剤取締法違反などの疑いで、住吉会傘下組織幹部を逮捕しています。逮捕容疑は2024年7月、東京都品川区内のホテルで覚せい剤14.855グラムと大麻リキッド0.929グラムを営利目的で所持していたといいます。同幹部が宿泊していたホテルの従業員から「部屋に薬物のようなものが残されている」と110番通報があり、防犯カメラなどの捜査で同幹部が浮上したものです。

その他、最近の薬物を巡る報道から、いくつか紹介します。

  • 航空貨物で英国から覚せい剤約1.8キロ(末端価格約1億2000万円相当)を密輸しようとしたとして、東京税関は、関税法違反(禁制品輸入未遂)の疑いで、「JAKE」の名前でモデルとして活動していた小山容疑者を東京地検に告発しています。告発容疑は何者かと共謀し、英国から東京都新宿区の知人の男女2人にそれぞれ覚せい剤を発送し、密輸しようとしたというものです。2019年12月、税関の検査施設で職員が見つけ発覚、東京税関によると、覚せい剤を水に溶かしてボトルに入れ、段ボールに詰めていたといいます。小山容疑者は2020年1月、オーストラリアに覚せい剤などを密輸しようとしたとして、同国の警察当局に逮捕され、実刑判決を受けています。2024年9月、日本に帰国したところを警視庁が覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)の疑いで逮捕され、10月に同容疑で再逮捕されています。
  • 東京税関成田支署と成田国際空港署は、タイから大麻約16キロ(末端価格約8000万円)を密輸したとして、スペイン国籍の無職、カルロス容疑者(37)を大麻取締法違反(営利目的輸入)容疑などで逮捕、送検しています。逮捕容疑は、2024年9月、乾燥大麻をスーツケースに隠し、タイ・バンコク発成田行きの旅客機で国内に持ち込んだとされ、大麻は乾燥した花の部分でビニールの圧縮袋で三重に包まれていたが、手荷物検査場で麻薬探知犬のモモタロウ号(雄、2歳)に嗅ぎ当てられたものです。過去20年で同空港で旅客の手荷物から押収した大麻としては、2023年9月の24キロに次ぐ量だといいます。
  • 福岡県警門司署などは、福岡市城南区の自営業の男性(43)と同市東区の会社役員の男性(43)を大麻取締法違反(営利目的共同栽培)などの容疑で逮捕しています。逮捕容疑は2024年7月、北九州市小倉北区のホテル内で、水や肥料を与えて大麻草72株を育てたほか、大麻草41本と乾燥大麻約9キロ(末端価格約4500万円)を所持していたというものです。会社役員の男性はこのホテルを経営しており、上層階にある従業員の更衣室やボイラー室があるフロアを改造して大麻を育てていたといいます。
  • 販売目的で大麻を所持したとして、警視庁は、大麻取締法違反(営利目的所持)の疑いで、無職吉田容疑者(34)を再逮捕しています。同庁は同容疑者のスマホを解析するとともに、入手経路などを調べています。逮捕容疑は2024年9月、八潮市内の駐車場で、袋に小分けした大麻計0.88グラム(末端価格約4500万円)を販売目的で所持するなどした疑いがもたれています。容疑者は、東京都足立区で銅線を盗んだとして、窃盗容疑で逮捕され、捜査の過程で大麻の所持が発覚、同容疑者宅からは少なくとも35.67グラム(同約17万5000円)の大麻が押収されています。
  • 佐賀県警佐賀南署は、自宅で大麻を営利目的で所持したとして、大麻取締法違反(営利目的所持)の疑いで福岡県臨時的任用職員(県立の特別支援学校の寄宿舎指導員)の薬師寺容疑者(37)を再逮捕しています。佐賀市のコンビニで2024年4月に大麻少量を所持したとして、同法違反(所持)容疑で逮捕、家宅捜索で、自宅に大麻を所持していることが判明、大麻を砕く器具や吸引に使う巻き紙も押収しています。再逮捕容疑は、自宅で大麻39.256グラムを所持したというものです。また、署は、薬師寺容疑者から大麻たばこを有償で譲り受けたなどとして、同法違反容疑で佐賀県小城市の会社員の男(37)も逮捕しています。
  • 東京消防庁は、路上で大麻を所持したとして大麻取締法違反の疑いで警視庁に逮捕された玉川消防署の山藤消防士(27)を懲戒免職としています。2024年6月、東京都墨田区の路上で大麻を所持した疑いで、8月に逮捕されています。「昨年5~6月ごろから知人に勧められ、使い始めた。甘い考えで多くの人に迷惑をかけてしまった」と話しているといいます。また、北海道北見市の北見地区消防組合消防本部は、大麻を吸ったとして20代の男性消防士を懲戒免職処分にしています。匿名の情報提供を受けて内部調査した結果、男性が023年10月、北見市内で知人から大麻を譲り受けて使用した事実を認め「興味本位でやってしまって大変後悔している」と話しているといいます。
  • 防衛装備庁は、覚せい剤を使用したとして、50代の男性技官を懲戒免職処分にしています。新世代装備研究所で自衛隊装備品の研究開発に携わり、職場の人間関係や仕事のストレスを理由に「7、8年前から使用を続けていた」と説明したといいます。男性は2024年7月、東京都内の医療機関を受診した際、言動が不自然だったことから覚せい剤の使用が発覚、覚せい剤取締法違反で逮捕、起訴され、東京地裁で懲役1年6月、執行猶予3年の有罪判決を言い渡されています。SNSを通じて覚せい剤を入手し、職場にばれないように休日を中心に数カ月から半年に1度のペースで使用していたといいます。
  • SNSで薬物所持を助長する投稿をしたとして、愛知県警江南署は、麻薬特例法違反(薬物犯罪唆し)の疑いで、「JNKMN」の名前で活動するラッパー、天内容疑者(40)を逮捕しています。自宅を家宅捜索し、微量の大麻や吸引道具を押収したといいます。逮捕容疑は2023年12月、SNSに「タクシーの運転手にマリワナくさいって言われて通報されそうになった」「梱包はちゃんとしたほうがいい」などと投稿し、不特定多数に大麻所持などを唆したというものです。「大麻を持っている人がトラブルにあわないように注意喚起しただけ」と供述しているといいます。
  • 指定薬物のHHCP(ヘキサヒドロカンナビフォロール)を含む液体カートリッジを所持していたとして、大阪府警堺署は、医薬品医療機器法違反の疑いで、堺市東区の会社役員(24)と交際相手(22)両容疑者を逮捕しています。逮捕容疑は共謀して2024年1月、堺市堺区の飲食店駐車場でHHCPを含む液体カートリッジを所持したというものです。容疑者は当初「合法の成分」と説明、同様の製品をSNSで販売し「月に500万円の売り上げがあった」と話していたといいます。HHCPは、大麻類似成分を含むグミを食べた人の健康被害が相次いだことから厚生労働省が類似の5成分とともに指定薬物に包括指定され、所持や使用、流通が禁止されています
  • アルゼンチン・ブエノスアイレスのホテルから転落死した英音楽グループ「ワン・ダイレクション」(1D)のメンバー、リアム・ペインさんの体内から「ピンクコカイン」と呼ばれる混合薬物が見つかったと米ABCニュースが報じています。ピンクコカインは、かつて日本で「ヒロポン」として販売されていたメタンフェタミンや麻酔薬のケタミン、合成麻薬のMDMAなどを混ぜ、ピンク色の食用色素で着色したもので、中南米で広まっているといいます。このほかに、コカインや、抗てんかん薬のクロナゼパムなども検出され、ホテルの部屋からは、薬物を摂取するための即席のアルミパイプも見つかったといいます。捜査当局のこれまでの調べでは、ペインさんは薬物や酒で意識がない状態で部屋のバルコニーから転落したとみられ、ペインさんに薬物を提供した可能性があるとして、ホテルの従業員が事情聴取を受けているといいます。

薬物事犯を巡る裁判の事例から、いくつか紹介します。

  • 指定薬物の大麻類似成分を含む製品を販売したとして、医薬品医療機器法違反罪に問われた徳島市の販売業者「ADD CBD」の代表取締役、加納被告ら5人に高松地裁は、懲役8月、執行猶予3年、罰金80万円(いずれも求刑懲役8月、罰金80万円)の判決を言い渡しています。法人としての同社は罰金80万円(同罰金80万円)としています。判決理由で裁判官は、関東信越厚生局から製品に精神毒性があるかどうかの検査や販売停止の命令を受けたのに販売を継続したと指摘、「顧客の心身の健康を顧みずに利益を得ようとし悪質だ」としています。判決によると、被告らは2023年12月、大阪市淀川区の店舗で36回にわたり、大麻類似成分を含む製品53個を計約50万7千円で販売したといいます。四国厚生支局麻薬取締部によると、同社は14都道府県で25店舗を展開する国内最大規模の販売業者とされます。
  • 覚せい剤を使って運転した上、信号を無視して事故を起こしたとして、警視庁田無署は、自動車運転処罰法違反(危険運転致傷)などの疑いで、自営業の被告(44)=覚せい剤取締法違反罪で起訴=を再逮捕しています。再逮捕容疑は2024年9月、東久留米市南沢で、覚せい剤を使用した状態で乗用車を運転、赤信号を無視して交差点に進入し、60代の男性が運転する乗用車に衝突してけがを負わせたというものです。
  • 「ワンチャンあるかも」という言葉の定義をめぐって争いになった大麻取締法違反の事件があり、大阪地裁は、男性被告(22)に無罪(求刑懲役1年2カ月)の判決を言い渡しています。男性は2022年8月末の深夜に、電子たばこの吸引に使われる吸煙具「ヴェポライザー」に液体大麻を入れていたとして逮捕・起訴されました。公判で男性は、同法上の「大麻」に分類されない大麻成分のものという認識だったと無罪を主張、裁判官は、男性が大阪府警の警察官から職務質問を受けてパトカーに乗せられた際、違法性の認識を繰り返し追及されて発した「ワンチャンあるかも」という言葉の意味を検討、発言は深夜に乗せられたパトカー内という状況で「感覚的に出た言葉に過ぎない」と判断、「(所持の)故意が強く推認されるものではなく、違法薬物との認識があるとは言えない」と結論づけています
  • 大麻類似の成分を含むグミを所持したとして、医薬品医療機器法違反の疑いで書類送検された40代男性について、東京地検立川支部は不起訴処分としています。理由は明らかにしていません。男性は2023年11月、祭りが開催されていた東京都小金井市の公園でグミを配り、食べた男女5人が体調不良を訴えて病院に搬送されていたもので、警視庁小金井署によると男性は「グミは持っていたが、店で販売しているので合法だと思った」と一部否認していたものです。
  • 建造物損壊や覚せい剤取締法違反などの罪に問われた被告(47)の判決で、名古屋地裁は、覚せい剤取締法違反罪について「覚せい剤成分の含有を認識せずに薬剤を服用した合理的な疑いが排斥できない」として、無罪を言い渡しています。一方、ほかの男3人と共謀した建造物損壊罪などの成立は認め、懲役3年6月(求刑6年)としています。判決によると、被告は2023年2月、麻薬特例法違反の疑いで逮捕され、その際、捜査機関に提出した尿から覚せい剤成分が検出されたものの、被告側は勃起不全(ED)治療薬として錠剤を服用したことに由来する疑いがあるとして無罪を主張していたものです。裁判長は判決理由で、錠剤が実際にED治療薬の模造品として流通していることなどから被告の主張を認定、被告は捜査段階で覚せい剤の使用を認めていた時期もあったが、自白の補強証拠に当たるものはないとしています。

2024年10月30日付読売新聞によれば、薬物事件を任意捜査中のパトカーを車で妨害するケースが今年、福岡県内で相次いでいるといいます。県警は2024年10月、福岡市で交際相手への捜査を妨害して警官を負傷させたとして男を逮捕、9月にも川崎町で同様の事案が起きており、いずれも強制捜査の前の段階で、強引に逮捕を免れようとしたとみられています。また、2024年6月には、福岡市城南区の国道202号で、覚せい剤使用が疑われる女(26)が乗るタクシーをパトカーが追跡中、左側から前に割り込んできた乗用車と衝突、乗用車とタクシーはそのまま走り去った事件がありました。乗用車を運転していたのは自称福岡市の無職の男(25)で女の交際相手で、女は事故前、志免町で警官から職務質問を受け、任意の尿検査に応じずにタクシーに乗ったところ、一緒にいた男は車でその場を去ったものの、別の車に乗り換えて妨害してきたというものです。一方、9月には川崎町の商業施設で、警官が、薬物使用が疑われる女(42)に職務質問し、任意で田川署に来てもらうことになったところ、女が乗った知人の車をパトカーで追従していたところ、女の交際相手の男の車が前に割り込み、2台とも逃走する事件も発生しています。福岡県警は薬物犯罪グループの間で同様の逃走の手口が広まっている可能性もあるとみており、各部門で連携しながら捜査しているといいます。

社会問題ともなっているオーバードーズについて、2024年11月3日付毎日新聞の記事「オーバードーズで搬送の若者、コロナ禍で増 現場の医師が語る課題」が示唆に富む内容でした。埼玉医科大病院で「臨床中毒センター」を開設し、薬物中毒治療に取り組む上條吉人教授(65)=臨床中毒学=への取材では、「コロナ禍で薬物中毒で搬送される10代、20代の患者が増えました。センターには、秩父市や所沢市を含めた県西部一帯から、年間90人ほどが中毒で救急搬送されて来ます。うち8割ほどが薬物中毒です。中高年者は睡眠薬の中毒が多いですが、若者は市販薬中毒がほとんど。日常的に市販薬に依存し乱用しているが救急搬送には至っていない、という若者も多いです。中学・高校生は以前なら、嫌なことがあったら学校で友達と話して解消しました。ところがコロナで、学校でもマスクしろ、1メートル以上離れろ、あまり話すな、となった。ウェブサイトで悩みを打ち明けると「(ストレス解消には)こんな薬があるよ」と依存性のある市販薬を教えられる。それで頼った。患者さんたちは、こんな話をしてくれます。女性の患者が多いです」、「ドラッグストアやインターネットで、大量に飲めば害があり、場合によっては命を落とす薬が手に入るのです。日常的に市販薬に依存している人は、薬をすぐに大量に欲しいので、ネットよりドラッグストアに頼るようです。ここの規制が大事だと思います」、「残念ですが、「この子は薬を乱用しているかな」という時に、相談できる窓口は少ないです。一方で、コロナで患者が増えたところにヒントがあります。予防策としては、(若者と)会話をする、コミュニケーションするのが大事です。ストレスが生まれた時に、それを語れる環境が大切。若者が集まって自由に話せる場所があったほうがいいですね」といったもので、他の犯罪防止/抑止を考えるうえでのキーワードである「社会的包摂」が、オーバードーズ対策においても重要であることを痛感させられます

日本臨床救急医学会などは、自殺未遂や自傷行為によって救急搬送された約2千人のデータをとりまとめた報告書を公表しています。国内初となる自殺未遂のデータ集積システムに基づき分析した結果、20代女性が最多で、男女ともに過剰服薬(オーバードーズ)が多い傾向だったといいます。厚生労働省の自殺対策白書によると、自殺した人の約2割は過去に自殺を試みた経験があるなど、未遂歴は重要なリスク要因とされています。WHOは自殺未遂に関するデータを集積するシステムの構築を呼びかけていますが、これまで日本にはありませんでした。公表された報告書によると、2022年12月~2023年12月に登録されたのは1987人で、男性が733人(36%)、女性が1254人(63%)、年齢別では20代が570人(28%)、30代が334人(16%)と多く、男女別・年齢別に見ると20代女性が398人と最多で、10~20代では女性が男性の2倍以上となりました。手段では、オーバードーズが最も多く、男性では297人(40%)、女性では858人(68%)、搬送後に入院したのは1571人(79%)、帰宅したのは237人(12%)、また、7割超が救急から精神科へ紹介されるなど専門的なケアにつながっていたといいます。

(4)テロリスクを巡る動向

2024年10月、衆院選の最中、東京都千代田区永田町の自民党本部正門前で、男が火炎瓶のようなものを6本投げ、党本部の門扉と警視庁機動隊の車両の一部を焼く事件が発生、さらに男は軽ワゴン車で移動、約10分後に約600メートル南の首相官邸前の防護柵に車で突っ込み、駆け付けた警察官に発煙筒のようなものを投げる事件も発生、警視庁は男を公務執行妨害容疑で現行犯逮捕しています。報道によれば、車内には可燃性の液体が入ったガラス瓶に着火剤2本を粘着テープで取り付けた火炎瓶のようなものが数本あったほか、液体入りのポリタンクが約20個積まれており、車内に火を放った形跡もあったといいます。また、容疑者宅を捜索。ガラス瓶25本が入ったダンボール箱やポリタンク、パソコンなど計50点が押収されています。安部元首相銃撃事件や岸田前首相襲撃事件と同じく、手製の凶器が使用されており、詳しい動機は不明なものの、特定の組織に属さない「ローンオフェンダー(単独の攻撃者)」の可能性があります。暴力行為の模倣による連鎖に今後も注意する必要があります。

ローンオフェンダーの対策は、日本のみならず世界各国の課題となっています。警察庁は2024年4月、全国の警備、公安部門に司令塔を置き、兆候情報を一元化する態勢を構築、警視庁公安部は2025年春、これまで2つの課に分かれていた、情報集約と、爆発物の材料となる市販品の購入者への身分確認など対策を専従で担当する課を新設する方針としています。警察当局は現場の警察官が把握した情報の吸い上げとともに、サイバーパトロールやAIを使ったSNSなどの文脈解析も取り入れ、兆候の察知に努めていますが、やはり限界があることは否めません。今回の事件で逮捕された容疑者は抗議活動に参加していたほか、選挙制度に不満を持っていたとみられ、過去には震災がれき受け入れを巡る自治体の説明会に侵入して捜査を受けたこともあったものの、いずれもテロに直結するようなものではありませんでした。こうした状況をもって事前に「ローンオフェンダー」として監視し続けることは、同様の事例も多く、現実的な対応とは言えません。それだけ「ローンオフェンダー」対策が難しいことを示すものでもあります。一方、殺傷能力のある銃や火薬を作ったなどとして、武器等製造法違反(無許可銃砲製造)や火薬類取締法違反の罪に問われた家電修理業の20代の被告に、千葉地裁は、懲役3年、手製パイプ銃1丁など没収(求刑懲役5年6月、パイプ銃など没収)の判決を言い渡しています。公判で被告は起訴内容を認め、2022年参院選の応援演説中に安倍元首相が銃撃されて死亡した事件をきっかけに「銃の作り方を調べた」と述べています。麻薬取締法違反(所持)の罪にも問われており、2023年12月、麻薬成分を含むキノコなどを自宅で保管したとされます。正に「暴力行為の模倣の連鎖」であり、政治的・思想的動機は不明ながら(銃器マニアの延長戦上かもしれませんが)、薬物との関連から、殺傷能力のある武器を手に予測不能な行動に出る可能性も考えられるところであり、やはり「ローンオフェンダー」対策の難しさ、テロ同様の犯罪がいつでも発生しうる深刻な状況が浮き彫りになっています。関連して、テロに使われる爆薬「TATP(過酸化アセトン)」を所持したとして爆発物取締罰則違反(使用目的所持)の疑いなどで家裁送致された愛知県の男子高校生(18)について、名古屋家裁は、初等・中等(第1種)少年院送致とする保護処分を決めています。裁判官は、自宅で原料となる薬品を配合して爆発実験を行っており、近隣住民に被害を及ぼしかねない危険なものだったと指摘、「丁寧な指導で、社会常識や規範意識を身に付けさせることが必要だ」と述べています。若者については、闇バイト経由の犯罪への安易な加担、大麻の蔓延など、「社会常識や規範意識」に欠けていると思われる傾向がありますが、そうした啓蒙をしっかりすべきは社会であり、大人であり、そうしたいわば「若者を社会全体で育てる義務」をきちんと果たしていないことが背景にあるのではないかと感じています。まずは、私たち大人の意識を変える必要があります

「ローンオフェンダー」対策については、2024年10月8日付産経新聞の記事“「組織」に加え暴発する「個人」も 警視庁公安部が対峙する新たな治安上の脅威”も参考になります。例えば、「極左暴力集団や右翼のテロ、ゲリラ事案に加え、オウム真理教に代表されるカルト宗教事件、外国の諜報活動…。数々の治安上の脅威に対処してきた警視庁公安部に来春、単独でテロを実行する『ローンオフェンダー』を専従で担当する課が誕生する。対象の情報を徹底的に集めて捜査、未然防止するのが身上の公安部だが、”人の海”に埋もれる『個人』の暴発を防ぐのは困難。警察組織を挙げた連携がカギとなりそうだ」と指摘しています。さらに、「ロシアは工作員による防衛などの情報収集、北朝鮮は経済制裁をすり抜ける資金獲得、中国は特許情報などを盗み出す産業スパイといったように、それぞれ傾向がある。国際テロは日本で起こった例は少ないが、イスラム国(IS)やアルカーイダなど、近年では中東のテロ組織に対する日本からの物や資金の流れを解明することも求められている」、「公安部が現在、対峙を迫られているのは、極端な主義主張などに基づき銃器や爆発物を用いて要人や重要施設を攻撃する単独のテロ犯=ローンオフェンダーだ」、「警察当局は今年4月、ローンオフェンダーによるテロの兆候の疑いがある情報を、全国の警察で部署を超えて一元的に集約する方式を導入。サイバーパトロールやSNS上で予兆となるような書き込みを、AIにより検出する取り組みも始めた。警察幹部は『刑事や交通といった警察本部の他部門だけでなく、警察署や交番、駐在所にいたるまで、現場でのわずかな『気づき』がテロ防止につながる。警察全体での意識付けや部署間の協力関係を構築しなければならない』と力を込めた」と報じています。正に、「警察署や交番、駐在所にいたるまで、現場でのわずかな『気づき』がテロ防止につながる」との意識を強く持ち、緊張感をもってあたることが、「ローンオフェンダー」対策の最大のポイントであり、かつ最も近道となる対策となるのではないかと考えます

米大統領選がいよいよ間近に迫る中、テロリスクも高まりを見せています。「ローンオフェンダー」とみられる者による共和党の候補者トランプ氏への銃撃事件や銃撃未遂事件は複数回発生していますし、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)によるテロ計画が発覚、容疑者が逮捕される事態も発生しています。米連邦捜査局(FBI)は、米大統領選投票日(2024年11月5日)に合わせてISによるテロ計画に関与したとして、アフガニスタン出身の20代の容疑者と10代の義理の弟を外国テロ組織支援などの容疑で逮捕しています。容疑者は「2人で群衆を標的にして、自分たちも殉教者として死ぬつもりだった」と供述しているといいます。報道によれば、容疑者と義弟は遅くとも2024年夏には、ISでメンバー勧誘や訓練を担当する人物とSNSで接触、9月には「(自動小銃の)カラシニコフを2丁、銃弾を500発ほど注文した」、「選挙の日に向けて準備していく」とIS側に伝えていたといい、親族が保有する住宅や家財道具を処分し、米国で一緒に暮らす家族を10月にアフガンに帰国させる手配もしていたといいます。IS側には「家族は(アフガンで)どうなるのか。オンラインで話し合う相手を用意してほしい。すべて終われば、命令には何でも従う」と述べていたといますが、2人が小銃を買おうとした相手は、FBIの協力者で、2人は小銃や弾倉を受け取ったところを拘束されたものです。こちらは「ローンオフェンダー」ではなく、正に「テロリスト」との位置づけとなりますが、若者がこうした思想に染まったこと、必要な武器等を調達できる環境があることは考えていく必要があります。テロを未然防止するためには、テロリストや過激な思想に染まった人物を社会に取り込み、実行に移させない「社会的包摂」の観点からの取り組みが効果的であると指摘されているところであり、若者への啓蒙、社会との関わりなどについて、社会や大人たちがもっとコミットしていく必要があります。

「ローンオフェンダー」の問題は、中国でも深刻さを増しているようです。深圳で日本人学校の子どもが殺される事件が発生したほか、広州でも子どもが襲われる事件などが相次ぎました。後者の事件の容疑者には前科があり、その処分に不満を持っていたとされ、現場には検察当局への恨みや「子どもに罪はない」と容疑者が書いたとみられる白い布が残されていたといい、不満のはけ口として無差別に子どもを狙ったとみられています。報道によれば、学校近くには非常通報ボタンが新設され、防護盾やさすまた、警察犬を携えた警察官が多く配置されるなど、「見せる警備」態勢が敷かれているといいます。「見せる警備」については、近年、日本でも要人警護や不特定多数の人が集まる際の警備で見られますが、世界的に「ローンオフェンダー」による殺傷事件が増えており、厳重な警備で攻撃をあきらめさせる狙いがあります。中国は、共産党指導部が「テロ」と見なす組織的な事件は減っており、2024年5月に公安省は「全国で7年以上にわたってテロ事件が起きていない」と発表していますが、代わって目立つようになったのが、ローンオフェンダーによるとみられる無差別殺傷事件です。2018年の中国人民大学のシンクタンクの報告書によれば、様々な理由で行き詰まり、社会に自身の不満を訴えたいといったときに、「攻撃者は注目を集める対象や手段を選び、自らの意思が拡散されることを狙っている」と分析しています。また、SNSが普及するほど大きな影響力を持つようになり、模倣する者も現れるとして、安易に拡散しないよう呼びかけています。社会の注目を集めやすい対象の一つとして、「根拠のない悪質で反日的な投稿」が中国のSNSであふれている現状があり、中国における「ローンオフェンダー」が、恨みや思想的信条ではなく、「社会に注目される」ために日本関係者を狙う構造が成立していることは、十分認識しておく必要があると考えます。今回のように、「ローンオフェンダー」に再犯者が多いのであれば、出所者を孤立させないために社会がどう包摂していくかがポイントとなるともいえます。

米主導で進めてきたIS掃討作戦が2024年10月17日、正式な開始から10年の節目を迎えました。ISのリアル支配を終わらせた点で成果は出ているものの、ISの思想がSNSやネットを通じて一定の拡がりと支持を得ている点では、いまだ収束が見通せていないのが実態です。また、同作戦への逆風が強まる中、米国と北大西洋条約機構(NATO)同盟国はブリュッセルで今後の方針を協議、米軍は2024年夏、西アフリカのテロ対策拠点としていたニジェールの基地から撤収を迫られ、アフガニスタンでは2021年にイスラム主義組織タリバンが権力を掌握、イラクは駐留米軍の削減と連合軍の活動終了を求めている状況にあります。さらに、社会の関心はロシアのウクライナ侵攻や中東の紛争に集まっていますが、オースティン米国防長官は「われわれは中国によるいじめやロシアの無謀なウクライナ侵攻などさまざまな重要課題に取り組んでいる」とする一方、ISの脅威を見失ってはならないと警鐘を鳴らしています。NATOのルッテ事務総長は「脅威は進化している」とし、「単独犯による攻撃が増加している。テロリストはますます新技術を使うようになり、震源地はサヘル地域(サハラ砂漠南部)に南下している」と述べています。アフリカではブルキナファソやマリ、ニジェールでアルカーイダやISとつながりのあるグループが多数の市民を殺害し、数百万人が難民となっています。

一方、ロシアはアフガニスタンで権力を掌握するイスラム主義組織タリバンを「テロ組織」の指定から解除する方針を固めています。ISの脅威が高まり、テロ対策で協力を深める狙いがあり、その背景には、ロシアはウクライナ侵略の長期化を受け、「反米欧陣営」の構築を急いでいることが挙げられます。ロシア外務省は政府の最高レベルでタリバンをテロ組織のリストから外す決定を下したと発表、議会での法的な手続きを経て、近く最終決定を公表する見通しとしていますが、現時点で、武力で政権を奪取したタリバン政権を承認した国はありません。ロシアのラブロフ外相はアフガンとのエネルギーや農業分野での協力を深める方針を示し、ロシアと中国、イランなどがアフガン復興を主導する意欲を見せています。テロ対策が重要性を増している背景には、IS系の「ISホラサン州」が2024年3月、ロシアの首都モスクワ郊外のコンサートホールで起きた銃乱射事件で犯行声明を出したことがあります。アフガンを本拠地とするISホラサン州はタリバンと激しく対立し、アフガン国内でもテロを繰り返しており、プーチン大統領は、ロシアはテロとの戦いにおいてタリバンを同盟相手とみなしていると述べています。プーチン政権は2003年、イスラム教徒の多い南部チェチェン共和国の独立派勢力を支援したとしてタリバンをテロ組織に指定し、対決姿勢をとってきましたが、2021年にタリバンが権力を掌握して以降、関係の構築にかじを切っています。ロシアには米欧との対立の長期化を見据え、西側の対抗軸となり得る新興国グループの存在感を高める狙いもあります。アフガンとの関係正常化ではカザフスタン、キルギスなど中央アジア諸国が先行、両国はタリバンをすでにテロ組織の指定から解除し、経済協力の拡大に動いています。中央アジアからアフガン、パキスタンを結ぶ大規模な国際送電網「CASA1000」計画など地域のインフラ開発が前進する機運が高まっており、その共通軸が「ISへの対抗(テロ対策)」です。

その他、テロリスクを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • トルコの首都アンカラ郊外にある防衛大手「トルコ航空宇宙産業」(TUSAS)の本社が武装した男女2人に襲撃され、5人が死亡、22人が負傷した事件で、非合法武装組織クルド労働者党(PKK)の系列組織が犯行声明を出しています。声明は、同社が製造した兵器が子供や女性を含む多くの少数民族クルド人を殺害しており、攻撃する正当な権利があると主張、実行犯の2人はいずれもトルコ出身としています。PKKは1984年、トルコ政府に対する武装闘争を開始、トルコ軍はイラクとシリアのPKK関連拠点に対する攻撃を続けており、今回の襲撃後もトルコはPKKによる「テロ攻撃」と断定し、PKKの拠点30カ所以上を空爆し、多数のPKK構成員を殺害したと発表しています。
  • パキスタンで中国人を狙ったテロ事件が相次ぎ、同国の治安維持体制に対する不信感が高まっています。反政府武装組織の手口が巧妙化しており、企業関係者などを狙った事件が発生しているものです。パキスタン政府にとって治安維持の失敗は痛手となります。同国で中国やロシアを含む国で構成されるSCOの会議が開かれるためです。直近でも、小規模な炭鉱が武装集団の襲撃を受け、労働者少なくとも20人が死亡、7人が負傷するテロが発生しています。報道によれば、襲撃犯は「ロケットランチャーや手りゅう弾を持っていた」といいます。資源が豊富な同国では分離独立を掲げる過激派「バルチ解放軍(BLA)」が政府による資源の独占に反対し、テロをたびたび起こしているといいます。
  • ノルウェー国家公安警察(PST)は、テロ警戒レベルを2番目に高いレベルに引き上げています。ユダヤ人やイスラエル人を標的とした攻撃のリスクが高まっていることを理由としています。これを受け、通常は非武装の警察官が全国で銃を携帯するようになりました。警察は声明で「中東での紛争が激化していることから、PSTはノルウェーのテロ脅威レベルを『中程度(moderate)』から『高(high)』に引き上げた」とし、「主にユダヤ人とイスラエル人を標的とした脅威がさらに高まっている」と述べています。警察庁長官は、テロ行為企ての可能性が高まっており、「住民を守るためにさまざまな対策を講じている」と言明しています。隣国スウェーデンも2023年8月、イスラム教の聖典「コーラン」が燃やされるなどの騒ぎが相次ぎ、イスラム教徒の反発を招いていたことを受け、警戒レベルを5段階で2番目に高いレベルに引き上げています
  • フランスは、国際武装組織アルカーイダの創始者故ウサマ・ビンラディン容疑者の息子がテロリズムを賛美するようなコメントをソーシャルメディアに投稿したことを受け、国外追放とし再入国を禁止、内相は、同氏をフランスから追放する命令に署名したと発表しています。報道によれば、オマル氏は英国人の配偶者としてノルマンディー地方のオルヌに数年間住んでおり、2023年にソーシャルメディアにテロリズムを賛美するコメントを投稿したといいます。
  • 本コラムでも取り上げましたが、2024年6月末に解散を表明したインドネシアのイスラム過激派組織ジェマ・イスラミア(JI)を率いたパラ・ウィジャヤント氏が日本経済新聞の単独取材に応じています(2024年10月8日付日本経済新聞)。それによると、2002年のバリ島での爆弾テロなどを「イスラムの価値観に反していた」と語り、過ちだと認めています。イスラム国家の樹立を目指したJIは2000年代に東南アジアで広範に活動、一時は地域最大のテロ組織として知られていました。パラ氏は服役中で、解散はインドネシア政府による長年のテロとの戦いが成果を上げたことを示すものとなりますが、東南アジアにおける治安の安定に与える影響も大きいといえます。JIの直近の構成員は約6000人に上り、インドネシアで運営する40カ所を超す寄宿学校などから運営資金を得ており、JIは解散直前も中東などで軍事訓練を受けた武装組織を抱えていたといいます。また、資金面などで国際テロ組織アルカーイダの支援も受けていたとされます。なお、JIは、2024年11月3日に解散集会を開催、パラ氏は、構成員100人超を前に、脱過激化と非暴力を説き、「正当な政府に反抗してはいけない」と語り、民主主義を支持、元幹部は国章入りの服を着て「解散は重い決断だが正しい。イスラムの教えを禁じていない国家との戦いは正しくない」と述べています。今後の懸念としては、解散に不満を持つJIメンバーが別の過激派勢力と合流する恐れがあることで、2010年代にはISとつながりを持つ過激派組織が生まれています。JI自体の脅威はなくなっても、テロの脅威はいまだなくなっていないということで、今後の動向を注視していく必要があります。

(5)犯罪インフラを巡る動向

前回の本コラム(暴排トピックス2024年10月号)でも取り上げましたが、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラの戦闘員らが持つポケットベルが2024年9月中旬、一斉に爆発した事件の詳細が明らかになってきています。予想とおり、ヒズボラに気づかれないよう周到に準備された計画であるのは間違いなさそうです。ロイターによれば、ポケベル内部に仕込まれていた爆薬と起爆装置はX線で検知できない設計になっていたほか、ヒズボラの調達部門が不信感を抱かないよう、何者かが偽サイトで同ポケベルを紹介するページを作成していたことも分かったといいます。ポケベルに組み込まれたのはペンスリットと呼ばれる高性能爆薬とみられ、バッテリーパックの内部には2層になったリチウムイオン電池があり、同爆薬の入った薄い正方形のシートが間に挟み込まれ、隙間には起爆装置と同じ役割がある可燃性の物質も盛り込まれていたといいます。バッテリーパック内に火花を発生させることで可燃性の物質に火がつき、爆発を引き起こした可能性が指摘されています。こうした爆弾では金属製で小型の起爆装置を使うことが多いところ、今回はポケベル内部に金属部品が使われなかったためX線では検出されなかったといいます。ヒズボラは2024年2月、業者からポケベルを受け取った際に空港のセキュリティーチェックで用いるスキャナーで爆発物の有無を調べたといい、アラームが作動するかを確認したところ、不審なものは報告されなかったといいます。ロイターが見つけた電池販売を手掛ける別のオンラインサイトには同機種に使われていたバッテリーが掲載されており、このバッテリーは市販用ではなく、ヒズボラを狙うために開発されたとみられていますが「私はこの製品を知っている」などと性能を評価するコメントがサイト上にあったといい、ヒズボラに怪しまれないように、ポケベルや内部のバッテリーがあたかも一般的に流通しているものだと見せかけた可能性があります。ヒズボラは敵対するイスラエルが製造・流通の過程で爆発物を仕込み、特定の通信による遠隔操作で爆発させたとみていますが、イスラエル側は関与について否定も肯定もしていません。ロイターは複数の西側諸国の情報筋の話として、イスラエルの対外特務機関モサドが攻撃を指揮したと伝えています。これだけ周到な準備がなされていたことに(さすがモサドの仕事だとしても)大変驚かされます。

国の制度が悪用された事例も相次いで報じられています。キャッシュレス決済のポイント還元制度を巡り、国の補助金16億円が決済業者に過大に補助されていたことが会計検査院の調べで判明しています。本来は対象にならないポイントの失効分についても補助金が支出されていたもので、所管する経済産業省はポイントが有効期限切れになって使われない分が一定額発生すると想定、過去データを元にした「失効率」を活用して補助金額を算定していたものの、会計検査院によると、実際には同省の見込みを超えてポイントの失効が発生していたといいます。会計検査院は2023年3月末時点で有効期限切れなどでポイント失効が生じた37の決済業者を対象に、実際のポイント失効率を用いて支給対象額を試算、そのうち、10社の補助金額が実際よりも過大で、計約16億2600万円が決済業者に滞留していたことになるといいます。また、購入後には国外に持ち出すべき免税品を1億円超分、国内で購入したのに国外に持ち出さず、消費税も課税されなかった人が2022年度に9人いたことが、同じく会計検査院の調べで判明しています。9人の免税購入の総額は約34億円で、納めるべき計約3億4千万円の消費税を支払わないまま成田・羽田両空港から出国していたといいます。一方、免税品を所持していないなどの不審な点があって消費税を賦課したケースは2022年度、367件あったといいます。不正転売を防ぐため、免税販売はせず、出国時に商品の持ち出しを確認して税額を払い戻す「リファンド方式」を採用している国も多く、日本でも導入が検討されています。

オンラインゲームのアカウントなどを売買する「リアルマネートレード(RMT)」を装った偽サイトを設置したとして、警視庁サイバー犯罪対策課は、東京都江戸川区の無職の容疑者(20)を不正アクセス禁止法違反の疑いで逮捕しています。報道によれば、容疑者はアカウントなどの購入希望者らを偽サイトに誘導し、本物のRMTサイトのIDやパスワードを窃取、本人になりすましてサイトにログインし、自身の口座に現金を送金していたといいます。この手口で小中高生ら6人から、少なくとも計約10万円をだまし取ったとみられています。RMTを巡っては、暴排トピックス2024年9月号でも取り上げましたが、オンラインゲームで使う通貨をだまし取ったとして、警視庁は、30代の会社員を電子計算機使用詐欺容疑で逮捕した事例がありました。「セガ」など複数のゲーム会社からゲーム内で使う通貨を仲間と詐取し、インターネット上で売却して約3500万円を得たとみられているものです。なお、セガは2022年秋ごろから、複数のオンラインゲームで約1億3000万円相当のゲーム内通貨がだまし取られたとして、警視庁に被害相談していたといいます。

SNSの犯罪インフラ化については本コラムでも毎回取り上げているところですが、直近では、SNSで若い女性になりすまし、知り合った世界各地の少女らに性的な画像・動画を送らせ、1人を自殺に追い込んだなどとして、英領北アイルランドの裁判所は、過失致死罪などに問われた元大学生(26)に終身刑を言い渡しています。英メディアによると、被告は30カ国以上の約3500人に接触を試みていたといいます。被告は2013~19年、世界の10代の少女らとやり取りして性的な画像などを入手、要求をエスカレートさせ、相手が断ると「画像をインターネット上にばらまく」と脅し、さらに過激な画像を送らせたといいます(いわゆるセクストーションと呼ばれる犯罪です)。2018年には被害者の米国在住の少女(当時12歳)が自殺し、その後、少女の父親も自ら命を絶つ事件も発生しました。大量の画像は他の小児性愛者らと共有され、まるで「小児性愛者の企業」(英BBC放送)のような状態だったといいます。裁判で被告は、70人の被害者に対する過失致死、恐喝、わいせつ画像制作など185の罪を認めています。2013年に始まった被告の違法行為は長期間摘発されず、2019年に英スコットランドの13歳の少女が警察に通報して発覚したもので、被害者の多くは、自身の体験を家族に黙っていたといい、この犯罪の卑劣さ、深刻さが分かります。また、オーストラリア政府は、いじめ、子どもを標的にした犯罪、身体的および精神的健康への懸念からSNSの利用に年齢制限を設けることを検討していますが、専門家は、年齢制限の導入によって10代の移民や性的少数者は重要な社会的支援へのアクセスを断たれる恐れがあると警鐘を鳴らしています。調査によれば、オーストラリアの10代は97%が平均4つのSNSプラットフォームを利用し、世界でも最もSNSの利用が広がっている一方、2024年の別の調査によると、同国では10代の子を持つ親の約3分の2が、子どものSNS使用に懸念を抱いているといいます。政府の方向性に対し、若者支援団体は、SNS利用が禁止されれば弱い立場に置かれている子どもは社会的なつながりが絶たれる恐れがあり、SNS運営会社が安全管理を厳格化すべきだと訴えています。なお、他の国で行われた年齢制限導入の試みはVPN(仮想私設網)によって阻まれており、専門家によると、VPNを使えばユーザーは位置情報や個人情報を隠し、年齢制限を回避することができるといいます。

SNSのもつ犯罪インフラ性については、2024年のノーベル経済学賞受賞が決まった米マサチューセッツ工科大(MIT)のダロン・アセモグル教授も指摘しています。先進国で民主主義への支持率が低下していることに警鐘を鳴らし、労働者階級の信頼を取り戻すべきだと主張、社会の分断をあおる悪質なSNSから脱却し、健全なコミュニケーションを取り戻すことが重要だと訴えています。「民主主義が国民と社会契約を結び直すことが重要だ」とも語り、「『国民』とは一部の選ばれたグループではない。幅広い有権者、とりわけ労働者階級のことだ」とクギを刺し、こうした取り組みを前進させるうえで障害になるのが、社会の二極対立をあおるSNSだと指摘しています。アセモグル氏は、分断をあおったり特定の人物を悪者扱いしたりする態度や、SNSの貧困化したコミュニケーション空間を「現代の最悪の罪」と批判、そのうえで、人々がそれらから自らを解放することにより民主主義が回復力を発揮するとの見方を示しています。アセモグル氏は「民主主義に必要なのは、より良いコミュニケーションのため相手を理解すること。相手を悪者扱いすることではない」と強調、価値観の似た者同士が交流することで特定の意見や思想が増幅する「エコーチェンバー」現象などSNSの問題点を指摘し、「悪質なSNSから撤退することによってのみ、私たちは(社会の)システムを修復できる」と述べています。大変、示唆に富む内容だと思います。

パソコンのデータを暗号化して身代金を要求する「ランサムウェア」攻撃による被害が後を絶たず、2024年9月には新たに関西の物流システム会社「電通」が攻撃を受けたと発表し、同社に出荷を委託していた多くの物販会社に影響が及びました(なお、同社は、外部のセキュリティ専門業者による調査結果以降、リークサイトへの継続的な監視を行いダークウェブでの継続的な監視を実施していたが、10月18日時点にでは関通の情報の掲載や公開は確認されておらずとリリースし、個人情報の漏洩は確認されていないとしています)。ランサムウェア攻撃をめぐっては、2024年5月、自治体や企業の印刷・発送業務を担う「イセトー」(京都市)が被害に遭い、委託していた愛知県豊田市や和歌山市などの個人情報が流出、6月には出版大手「KADOKAWA」が攻撃を受け、書籍の受注システムや動画投稿サイト「ニコニコ動画」が停止するなど広範囲に影響が及びました。ハッカー側はVPN機器などの脆弱性を探り、侵入を試みており、前回の本コラム(暴排トピックス2024年10月号)でも取り上げたとおり、「サイバー空間をめぐる脅威の情勢等」において、警察庁が2024年の上半期に被害に遭った企業などに行った調査では、感染経路の46.8%がVPN機器から、36.2%がリモートデスクトップからだったことが明らかとなっています。警察庁はパソコンのOSやVPN機器を最新のものに更新するなどの対策を呼びかけています。一方、被害企業などへの調査では、ウイルス対策ソフトや最新の修正プログラムを適用していたという回答も多く、対策の難しさがうかがえる形ともなっています。ランサムウェアによる被害件数が高止まりを続ける背景には、ランサムウェア攻撃の方法が「売買」され、誰でも容易にできるようになったことがあり、こうしたビジネスモデルは「Ransomware as a Service(RaaS)」と呼ばれ、「マニュアル提供者」と「侵入可能な攻撃先の販売者」、「攻撃の実行者」などに役割分担され、高度な知識がなくても攻撃を仕掛けられるようになり、実行者が増えることにつながっている実態があります暗号資産が一般化し、身代金として要求しやすくなったことも被害増加の一因となっています。被害を未然に防ぐには、こまめなソフトウエアの更新や多要素認証の設定、予測されにくいパスワードの設定が有効で、特に、管理者がテスト時に使う「test」などの簡単なパスワードだと攻撃者に突破される恐れがあるため注意が必要です。

宇宙航空研究開発機構(JAXA)が2023年以降4回にわたり受けたサイバー攻撃で、2023年6月の攻撃では職員らの個人データ約5千人分が盗まれ、そのうち約200人のアカウントが乗っ取られて情報の不正閲覧などに悪用されていたことが判明しています。悪用されたアカウントには、理事長を含む当時の理事5人前後のものが含まれていたといいます。JAXAの内部調査によれば、不正閲覧などの被害を受けたのは、米マイクロソフト社のクラウドサービス「マイクロソフト365(M365)」で、M365に保管されていた1万を超えるファイルが流出した可能性があり、このうち1千超が外部の企業や組織から提供を受けたもので、秘密保持契約を結んだ米航空宇宙局(NASA)や欧州宇宙機関(ESA)、トヨタ自動車、三菱重工、防衛省など40超の組織も含まれていたといいます。これらのファイルへのアクセスには、権限を持った職員のアカウントが必要となるところ、2023年6月の攻撃ではJAXA職員や関係企業の個人データ約5千人分が盗まれ、ネットワークにあったほぼ全員分が盗まれ、アクセスを許したものとされます。JAXAを所管する文科省は8月に公表した二つの評価リポートで「JAXAは国家の機密を預かる。自ら気づくことができず、NDAを結んだ外部機関の情報が漏洩したことは重大だ」と指摘、H3ロケット1号機やイプシロンロケット6号機の打ち上げ失敗、衛星だいち3号の喪失などと並ぶ「厳しい事案」と強調しています。こうした事態が続く背景に、組織風土の課題があるとの指摘もあります。総務省でセキュリティ政策に携わるなど情報システムに詳しい立命館大の上原哲太郎教授(情報セキュリティー)によると、JAXAのネットワークの一部は現在も統合されずに別々で管理されているとみられ、サイバー攻撃を受けても攻撃箇所を特定する作業に時間がかかるといい、「本来は全体のネットワークをまとめて管理できる担当部門がある状態が望ましい。巨大な組織にありがちな縦割り文化が裏目に出たのでは」と指摘しています。攻撃の詳細や突破されたセキュリティの弱点を公表すると、攻撃者側に手の内をさらすことになるという指摘もあるが、上原教授は「既に一部に知られている脆弱性が広く知れ渡るのは時間の問題。原因を公表し、社会全体で対策を考えていく必要がある」といい、「被害者が知見を共有しなければ、サイバー空間上の危険や対策のノウハウが社会にたまっていかない。民間企業では難しい場合もあるので、JAXAのような国の機関こそ被害規模や今後の対策を具体的に示すべきだ」と指摘していますが、この視点は大変参考になります。また、安全保障や宇宙政策に詳しい東京大の鈴木一人教授(国際政治経済学)は、「技術そのものを盗めなかったとしても、日本が今どういうことをどの程度進めているかや、どんな技術を使っているかを知るだけでも価値がある」、「『日本の技術はこの程度』と分かれば、このくらいの攻撃や威嚇をすれば日本は耐えられないということが分かります。手の内をさらすことは、相手からの攻撃を誘発する結果になってしまいます」、「相手がどんな情報を求めているのかが分からないというのが、サイバー対策の難しいところ。直接的な技術の情報が流れていなかったとしても、その周辺情報だけでも相手にとって十分価値があるかもしれません」、「ハッカーにとっては、JAXAのような世界的に名前が通っている組織の情報に不正アクセスできたこと自体が勲章になります」、「日本のサイバーセキュリティは各国から『できていない』と言われ続けていて、残念ながら信用されていません。サイバーセキュリティが自分ごとになっておらず、具体的な動きがあまり進んでいないからです」、「いまやサイバー攻撃は国家間の戦争に近いような状況です。常に先回りして相手がやってきそうなことを先に防がないといけない。小手先で何かを変えるというより、社会全体の意識を変える必要があるのではないでしょうか」と指摘していますが、こちらも正に正鵠を射るものとして、サイバーセキュリティを考えるうえで必ず持っておくべき視点だと思います。

セキュリティ大手のソリトンシステムズは、2024年に国内外の約276サイトから漏洩した日本のウェブサービス利用者のパスワードの傾向を分析したところ、最も多かったのは「123456」で、キーボードの配列順や、サービス名の「amazon」など容易に推測できる文字列が上位に入る結果となりました。毎年同様の結果となっており、情報セキュリティのリテラシーの低さに愕然とさせられます(アカウントの乗っ取りを狙うサイバー攻撃者は、使われやすい文字列や過去に流出したパスワードをリスト化、自動的に入力していく「リスト型攻撃」という手法でログインを試していることを考えれば、危険な行為であることは明白です)。また、闇サイト上では、過去に企業から流出したIDやパスワードのリストを公開されることがあります。報道によれば、ソリトンシステムズが2024年1~8月に観測した国内事業者29サイトからの漏洩分と、海外事業者247サイトからの漏洩のうち末尾に「.jp」がつくメールアドレスと組み合わさった分の合計を日本人のものと推定したところ、「日本人アカウント」は276サイトの漏洩分から約713万件見つかったといいます。2021年の約428万件を7割近く上回り、2022年も約143万件ありました。インターネット上にはソリトンシステムズが発見できていない漏えいファイルもあり、実際はさらに多いと考えられ、自分の情報がすでに盗まれているとの危機感を持ち、自らを守る情報セキュリティ対策を講じる必要があります。

総務省は2025年にも次世代暗号技術「量子暗号通信」の実用化支援を始めるといいます。東芝やNECなどを対象候補とし、長距離かつ高速で利用できる技術開発を後押しするとしています。既存の暗号通信の安全性が揺らぐ2030年までに国産技術を確立し、サイバー攻撃への防御体制を整えることを目指しています。量子暗号通信は機密データを暗号で送信し、その暗号を解く「鍵」を量子の一種である光子に載せて光ファイバーで送る仕組みで、鍵の情報を盗もうとすると光子の状態が変わるため、理論上は破ることが不可能とされます。金融や医療、防衛など秘匿性が求められる分野の通信に使うことが想定されています。量子を使った技術は暗号通信以外でも進んでおり、高速の計算が可能になる量子コンピューターも2030年の実用化が見込まれています。インターネットなどで使われる既存の暗号は量子コンピューターで解読される恐れがあり、政府はその前に量子暗号技術を実用化する必要があるとみています。

AIや生成AIの犯罪インフラ性も深刻さを増している状況にあります。最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 米南部フロリダ州の14歳の男子生徒が自殺したのはAIチャットボットの依存症になり、現実世界で生きる気力を失ったからだとして、生徒の母親が、開発企業や提携相手のグーグルに損害賠償の支払いを求めて提訴、チャットボットに「愛している」などと語りかけられ、性的な会話を交わしていたとして、性的な会話などによる未成年への危険性を認識しながら対策を取らなかったと主張、また、少年はチャットボットに自殺願望についても話していたと主張しています。母親は声明で「中毒性が高い詐欺的なAI技術の危険性を訴え、企業の責任を問いたい」と強調、代理人弁護士は、AIアプリが意図的に若者をターゲットにしていると批判し、「数百万人の子供が危険にさらされる恐れがある」と警告しています。開発企業はXで、生徒への弔意を示し「利用者の安全を重視しており、安全機能を追加し続けている」と主張しています。訴状によると、生徒は2023年4月からテレビドラマやアニメのキャラクターの性格を模したAIとチャットできるアプリ「キャラクターAI」を利用していたといいます。
  • 対話型生成AIを悪用してコンピューターウイルスを作成したなどとして、不正指令電磁的記録作成などの罪に問われた無職の被告の男(25)に対し、東京地裁は、懲役3年、執行猶予4年(求刑・懲役4年)の有罪判決を言い渡しています。生成AIが犯罪に悪用された事件で有罪判決が出たのは初めてとみられています。判決などによると、男は2023年3月、川崎市の自宅でパソコンやスマホを使い、対話型生成AIを通じて入手した不正プログラムの設計図(ソースコード)に基づき、ランサムウェアに似たコンピューターウイルスを作成したほか、他人になりすましてスマホの通信カードをだまし取るなどしたといい、判決は、「金を稼ごうとウイルスの作成に及び、自己中心的な犯行で刑事責任は重い」と非難しています。
  • 人間の細かな指示がなくても生成AIが自ら判断して業務をこなす「AIエージェント」サービスの提供が、米国や日本で広がっています。メールの返信や情報収集などの処理を素早く行えるメリットがあり、企業などで定型的な事務作業の負担軽減が期待されています。AIエージェントは、複数の手順が必要な作業を、AIが自ら判断し、まとめて実行、逐一人間の指示に基づき、文章や画像を出力する従来の生成AI機能の次の段階のサービスとして注目されています。AIエージェントは、AI研究の中心分野にもなっており、LLMのような生成AIがエージェント機能によって自律的な能力を高めていくことを通じて、汎用人工知能(AGI)と呼ばれる万能型のAIに近づいていくというシナリオが有力視されています。また、生成AIは開発に多額の費用がかかるため、収益化が課題とされているところ、AIエージェントのサービスは大手企業などに販売できるため、開発企業にとっては成長領域としての期待も大きいとされ、その市場規模は2024年の51億ドル(約7700億円)から、2030年には471億ドル(約7.2兆円)まで拡大するといいます。一方、悪意を持ってサービスが使われれば、偽情報や迷惑メールが拡散する恐れもあるほか、雇用を奪う可能性もあり、現状ではサービスの利用に慎重な見方も少なくありません。

AIが軍事用に転用されている実態も明らかになっています。2024年10月13日付日本経済新聞の記事“イスラエル軍「AIが作戦の優先順提示」 専門指揮官語る”では、「イスラエル軍のソフトウエア部隊指揮官は、軍がパレスチナ自治区ガザでの軍事作戦AIを利用していることを認めた。ソフトウエア部隊『マツペン』を率いるエリ・ビリンバウム大佐が日本経済新聞の取材に応じた。ガザ衝突は世界屈指の技術力を誇るイスラエル軍が戦場でソフトウエアプログラムを本格利用する初めての機会となった。発展が加速するAIをどこまで利用しているのかに重大な関心が寄せられている」として、「5年以内に米メタ(旧フェイスブック)傘下のオキュラスの仮想現実(VR)端末を実際の戦闘に利用することを検討しているとも明かした。リスクや脅威を拡張現実(AR)としてゴーグルに可視化するなど、民生用に開発された技術の軍事転用を進めていく考えを示した。国際社会はAIやドローン技術の急速な発展が、キラーロボット(自律型殺傷兵器)出現につながると懸念する」、「+972マガジンの取材に応じたイスラエル軍兵士は、AIが標的だと下す判断を『ただ承認するだけ』で、その時間は標的1人あたり約20秒だと証言した。AIの兵器利用についての国際的な議論は現状、概念的なものにとどまる。戦争における武力を制御するのは人間でなくてはならないという点では一致があるが、『人間の制御』が何を指すのかや、AIと無人攻撃機の組み合わせがもたらす法的、倫理的な課題への対処では専門家の立場もさまざまだ。国際的なルール形成には至っていない」、「英ロンドン大クイーン・メアリー校のエルケ・シュバルツ教授は『人間はコンピューターの言うことを何でも信用する傾向があり、特にコンピューターのスピードについていけない場合はなおさらだ』と指摘、『時間が切迫すると何もしないより何か行動することを選びがちになり、暴力の拡大を招くと懸念する』」などとその深刻な課題が提示されています。

関連して、2024年10月14日付毎日新聞の記事“1割のエラーを「容認」 民間人を犠牲にするイスラエルのAI兵器”も軍事転用の実態に迫る内容となっています。そこでは、「高度な技術で知られるイスラエルは、パレスチナ自治区ガザ地区の戦闘で、AIを搭載した武器を使用している。意思決定を迅速化し、攻撃の正確性などを高めるためだ。だが有識者らは、かえって民間人の犠牲を拡大させていると指摘する。イスラエルのウェブメディア『+972マガジン』は4月、6人のイスラエル軍関係者の話として、軍が昨年10月の戦闘開始当初、標的の選定と追跡にAIを使い、多数の民間人が巻き添えになっていると報じた。使われたのは『ラベンダー』と呼ばれるAIのデータベースだ。監視システムを通じて、ガザに住む230万人のほとんどの個人データを収集。ハマス戦闘員の特徴をAIに学習させ、人々を1から100までの数字でランク付けし、戦闘員と疑われる特徴が多い人は自動的に標的の対象とした。下級の戦闘員も含めて、最大3万7000人がリストアップされた。過去の戦争では、標的はハマス幹部に限られていたが、今回はすべての戦闘員に拡大。これに伴い、AIに頼るようになったという。戦闘が始まった最初の数週間は、ラベンダーが標的にした下級の戦闘員1人に対して、15~20人の民間人の犠牲が許容された。司令官の場合は100人以上の巻き添えを許可していたという。ラベンダーは戦闘員とは全く関係のない人物を標的にするなど、約10%の確率でエラーを起こすことが分かっている。ただ、攻撃を承認するイスラエル兵士が確認するのは『男性かどうか』だけ。判断する時間は『わずか20秒』だった。標的が自宅に入ったと同時に空爆するため、家族が巻き添えになったケースもあった」と報じており、かなりショッキングな内容だといえます。また、「AIを搭載し、人間の判断なしで攻撃する兵器を巡っては、国際社会から強い懸念の声が上がる。国連は7月にまとめた報告書で、2026年までに、人が制御しない『自律型致死兵器』を禁止する法的拘束力のある文書を締結するように呼びかけた。グテレス事務総長は『機械で人間を自動的に標的にすることは、乗り越えてはならない道徳的な一線だ』と指摘する。ただ、AI兵器は火薬、核兵器に次ぐ『第3の軍事革命』と言われ、各国は開発を加速させている。ロシアからの侵攻を受けるウクライナは、通信が遮断されても、AIで標的を自動追跡する無人機の開発を進めている。戦局を変える可能性がある一方、際限なく被害が拡大する恐れもある」、「ガザの保健当局によると、ガザでは昨年10月以降、4万2000人以上が死亡。このうち子どもは少なくとも1万6000人、女性は1万1000人以上に上っている」と報じています。

また、中国人民解放軍に関係する研究機関が、米メタの大規模言語モデル「Llama」を活用して軍事用AIツールを開発したことが、論文やアナリストの話で明らかになったといいます。独自のパラメーターを組み込んで、情報収集・処理や作戦に関する意思決定に正確な情報を提供することが可能な、軍事特化型AIツールを構築したと説明しています。論文によると、チャットBITは戦場での対話や質疑応答のために最適化されたといい、米オープンAIが開発した対話型AI「チャットGPT-4」の9割の能力を持つAIモデルよりも優れたパフォーマンスを発揮したといいます。メタはラマを無料公開しており、7億人以上のユーザーを抱えるサービスには同社から使用許可を取得するよう求めたり、軍事利用や軍需・原子力産業、スパイ行為での使用を禁止しているものの、公開されているため利用規定の実効性は限られているのが実情です。

(6)誹謗中傷/偽情報等を巡る動向

世界陸連は世界メンタルヘルス月間が2024年10月31日に終了することに合わせ、パリ五輪を巡るSNSなどを通じた誹謗中傷についての研究結果を発表、五輪期間中の選手や関係者ら1917人のアカウントを対象に調査した結果、選手らを標的とした人種差別や性差別に基づくものが48%以上に達したと結論づけています。人種差別は18%、性差別は30%にものぼりました。AIも活用し、809件の投稿やコメントが虐待的と認定され、そのうち128件(約16%)が当該SNSのプラットフォームに対応が求められるほど悪質だったといいます。世界陸連が同種の調査結果を発表するのは2021年東京五輪から4度目となります。調査対象は161だった東京大会から約12倍に拡大しています。世界陸連のセバスチャン・コー会長は「ソーシャルメディアでの虐待が選手のパフォーマンスと同様にメンタルヘルスに壊滅的な影響を与えうることは誰もが知っている」と談話を出しています。

旧ジャニーズ事務所の性加害問題で、元所属タレントらでつくる「ジャニーズ性加害問題当事者の会」(解散)の平本淳也元代表を中傷する書き込みを2023年10月にSNSに投稿したとして書類送検された女について、横浜区検は、侮辱罪で横浜簡裁に略式起訴、簡易裁判所は罰金20万円の略式命令を出したています。

2024年11月2日付読売新聞によれば、2024年11月5日に大統領選の投開票が控える米国の50州と首都ワシントンのうち、生成AIなどで作成した選挙関連の偽情報を取り締まる法律を制定したのは20州にとどまることが同紙の調査で明らかになったといいます。全米を対象にした連邦政府の規制は導入されておらず、多くの地域ではAIを用いた偽情報への歯止めがないまま、大統領選を迎えることになります。20州のうち大半が2024年に対策法を制定しており、生成AIの普及で、「ディープフェイク」と呼ばれる精巧な偽画像や偽動画がSNSなどで急速に拡散したことが背景にあります。2024年1月にニューハンプシャー州の民主党予備選で、AIで作られたバイデン大統領の偽音声が有権者へ送られる問題が起き、危機感が広がった側面もあり、ユタ州は2024年3月、選挙に絡む情報にAIを使ったと分かるように明示を義務付ける対策法を制定しています。しかしながら、各州の法律では、AIで作成したと明示さえすれば違法にならず、発信者の特定も難しいため、偽情報の拡散は続いているのが実情で、米調査機関ピュー・リサーチ・センターが9月に発表した調査結果によると、米国成人の8割が大統領選で偽情報の生成と拡散にAIが悪用されると懸念しているといいます。

関連して、米ジョージア州務長官室は、インターネット上に広がる米大統領・議会選に関する「ターゲットを絞った偽情報」は、ロシアの「トロールファーム」(世論操作を狙う組織)が発信源の可能性が高いとの見解を示しています。偽情報の一例として、ハイチ系移民がジョージアで複数の身分証明書を持ち、複数回投票を行ったと主張している動画をこのほど発見したと説明、「これは虚偽」とした上で「選挙直前に対立や混乱をあおろうとする外国からの干渉の可能性が高い」としています(共和党のトランプ前大統領の支持者らが問題視、民主党は「市民権のない住民による投票は違法であり、あったとしても極めてまれだ」と疑惑を否定、党派間の論争をあおり、米国を不安定化させる狙いか)。ジョージアは激戦7州の一つで、州務長官室は州・連邦当局と協力し、偽情報の発信源について調査しているとした上で、Xを所有する米実業家イーロン・マスク氏やその他のSNS幹部に偽情報を削除するよう呼びかけています。さらに、米IT大手マイクロソフト(MS)は米大統領選に関し、ロシアとイラン、中国がAIによる偽動画の拡散やサイバー攻撃など介入工作を強化していると発表しています。また、投票日の前後48時間は特に注意が必要だと警戒を呼びかけています。発表によれば、ロシアの工作員は民主党候補のハリス副大統領の偽動画(メディアを装ったウェブサイトで、ハリス氏が過去にひき逃げ事件を起こしたと「被害者」が告発する偽動画)をAIで作成し、Xで拡散、イランのグループは大統領選に関連したウェブサイトを偵察しサイバー攻撃の準備を進めている、中国の工作員は対中強硬派の共和党系議員を標的に、汚職に関係しているなどと非難する活動を展開しているといいます。MSは、世界的に関心が高まる米大統領選の前後では偽情報が通常よりも速くネット上で拡散する恐れがあるとして、「選挙結果に重大な影響を及ぼす可能性がある」と指摘しています。関連して、米政府当局者は、世論に影響を及ぼそうとするロシア系と中国系勢力やキューバ政府が、米南部を相次ぎ襲ったハリケーン「ヘレン」と「ミルトン」について、米政府が救援の要請に応じなかったなどの偽情報を増幅させているとの分析結果を示しています。一部情報の機密指定が解除されたのを受けて見解を示したとし、米大統領選と直接関係ない情報としています。米ホワイトハウスや連邦緊急事態管理局(FEMA)は、両ハリケーン襲来後の救助活動に関する偽情報が急増し、救援当局の職務遂行が難しくなったほか、バイデン政権に批判が起きたとこれまで指摘していました。同当局者は、特定の偽情報が一部の共和党員に拡散されたうえ、外国勢力も拡散に加担したと述べています。ロシア系勢力が通信アプリ「テレグラム」で拡散した偽情報には、2024年10月10日に投稿され、国営ロシア通信に転電されたフロリダ州のディズニーワールドが冠水している偽造写真が含まれており、この写真はAIで生成された可能性が高いとみられていますが、米SNSの親ロシア英語アカウントでも共有され、世界で50万近いビューを集めたといいます。中国系勢力は、米政府が海外紛争に資金を使っているためハリケーン被災者の支援が少なくなっているとする虚偽の主張を投稿するなどしたといい、キューバも同様の投稿を増幅したといいます。また、米紙WPは、ロシア在住の元米海兵隊員がロシアの情報機関と協力して米大統領選の民主党候補、ハリス副大統領陣営を標的にした偽画像などの「ディープフェイク」を大量に作成、拡散させていたと報じています。ディープフェイクは生成AIを使って作成され、複数の偽ニュースサイトを管理し、記事や動画などを投稿、2023年9月以降、6400万回再生されていたといい、民主党が共和党候補のトランプ前大統領の暗殺未遂を命じていたと、オバマ元大統領が示唆する偽音声も含まれていたといます。

本件に限らず、ディープフェイクがSNS上にまん延しています。乱造に拍車を掛けるのが、精巧な画像や音声を作り出す生成AIのサービス拡大で、候補者らが印象操作に使うだけでなく、外国勢力も紛れ込んで情報工作を仕掛け、民主主義の基盤である選挙を脅かしている状況にあります。ディープフェイク自体は新しい問題ではありませんが、2024年の大統領選では一段と警戒されており、これまで手作業で行われていた画像や音声の作成が生成AIによって手軽になり、文章による指示などで本物と同等か、それ以上に精巧な偽物を瞬時に作れるようになったためです。こうしてあふれかえる偽情報は候補者への疑念をあおり、選挙システムへの信頼も低下させています。外国勢力の暗躍も見えづらくなり、米国の安全保障をじわじわと蝕んでいるといえます

日本の衆院選でも、ネット選挙解禁で欠かせない選挙ツールとなったSNSで、候補者に関する偽情報や誤情報が出回りました。政府は2024年10月、偽情報対応をLINEヤフーなどIT事業者14社に初めて要請するなど警戒を強めていましが、過度な規制は選挙活動への干渉や表現の自由の侵害にあたる可能性もあり、対応は一筋縄ではいかない現状が浮き彫りになりました。読売新聞で国際大学GLOCOM准教授 山口真一氏(社会情報学)が、「偽情報などを拡散する理由には、支持者による政治的動機や、人々の関心を集めて広告収入などの経済的利益につなげる『アテンション・エコノミー』のような経済的動機が挙げられるが、怒りや不安に駆られて善意で拡散するケースもある。偽の情報でも自分の主張に近いものは信じがちだ。自分に自信を持っている人ほどだまされやすく、偽情報を拡散しやすい傾向が見られる。一般人が情報の真偽を見極めることは難しいが、大事なのは自分自身が偽情報を拡散する側にならないこと。情報を広めたいと思っても、一呼吸置いて他のメディアなどを確認するべきだ。政府が偽情報を規制する場合には、表現の自由とのバランスも重要だ。言論の場を提供する責任を持つ事業者の適切な対応も求められる」と指摘されていましたが、正に正鵠を射るものと思います。また、SNSのリスク対応サービスなどを手掛けるエルテスは「SNSは正しい情報の方が少ないと思った方がよい」と警鐘を鳴らしており、「拡散され、影響力が出た時点で対処しているのが実態で、拡散されていない偽・誤情報がネット上に存在している。嘘を流す側が圧倒的に有利」との指摘は極めて示唆に富むものです。生成AIの進化で、精巧な偽動画や偽画像を誰でも簡単に作ることができるようになっており、膨大な投稿の中から間違った情報を不用意に拡散してしまえば、意図せずに悪意のある投稿者に加担してしまうことにもなりかねないことをあらためて発信者となるすべての人は認識しておく必要があると思います。

総務省は、インターネット上の偽・誤情報対策を議論する有識者会議を新たに立ち上げました。制度化に向けた議論を本格化し、虚偽や誇大な広告といった「違法な偽・誤情報」への迅速な対応などを、SNSを運営するプラットフォーム(PF)事業者に対して求める方針で、2025年の通常国会への法案提出をめざしています。本コラムでもたびたび取り上げましたが、2024年9月まで開かれた前身の会議では、災害時の救助の妨げになるような偽・誤情報の拡散や、著名人になりすまして投資を誘う詐欺広告の問題などを広範に議論、とりまとめでは、違法ではないが有害な偽・誤情報のコンテンツ・モデレーション(投稿の削除・監視)の必要性も指摘されたものの、PF事業者らからは違法性のないコンテンツへの対応を求めることは政府による検閲につながるとの懸念の声も多く出たことから、新たな会議では、法令違反の偽・誤情報に絞って議論する見込みです。デジタル広告の問題を議論するWGも設け、詐欺広告への対応状況をPF事業者に聞き取りを始めています。座長を務める宍戸常寿・東大院教授は会議のなかで、「表現の自由、プライバシー、通信の秘密などの伝統的価値はもちろん、今後のデジタル空間のデザインにかかわる重要な問題を議論する場になる。さまざまなステークホルダー(利害関係者)の意見もよく聞きながら公正に議論を進めていきたい」と話しています。デジタル言論空間の問題をめぐっては、プロバイダ責任制限法を改正し、SNSでの誹謗中傷についてPF事業者に対応の迅速化を義務づける「情報流通プラットフォーム対処法」が2024年5月に成立しました。新たな会議では同法の省令やガイドラインも議論し、早期の施行をめざすとしています。

▼総務省 デジタル空間における情報流通の諸課題への対処に関する検討会(第1回)配布資料
▼資料1-3 デジタル空間における情報流通の諸課題について
  • 今後の具体的な検討項目
    • 情報流通プラットフォーム対処法の施行に当たり、施行日政令の策定のほか、下記省令・ガイドラインを策定することを予定。
    • 「プラットフォームサービスに関する研究会 第三次とりまとめ」における提言内容を踏まえつつ、特に有識者による更なる検討を要する点について、御議論いただくこととしたい。
      1. 省令
        • 大規模特定電気通信役務提供者の指定要件、「送信防止措置の実施に関する基準」の事前周知期間の明確化、運用状況の公表に当たっての具体的な公表項目等。
      2. 法律の解釈を示したガイドライン
        • 「申出を行おうとする者に過重な負担を課するものでないこと」の解釈、侵害情報調査専門員の具体的な要件等。
      3. 違法情報ガイドライン
        • どのような情報を流通させることが権利侵害や法令違反に該当するのかを明確化するとともに、大規模特定電気通信役務提供者が「送信防止措置の実施に関する基準」を策定する際に盛り込むべき違法情報の例示

最近問題になっている問題の1つが、広告収益を得る目的でXのインプレッション(閲覧回数)を増やす「インプレゾンビ」と呼ばれる迷惑投稿で、話題になった投稿を盗用したり、無意味な返信を繰り返したりして閲覧数を稼ぐものです。企業が出した広告費がXを通じて悪意の投稿者に渡る恐れがあるだけでなく、著作権など企業・個人が持つ知的財産やブランド価値を侵しかねない問題を孕んでいます。報道で中曽根康弘世界平和研究所の大沢淳主任研究員は「情報の悪用は相手が国でも企業でも地続きだ。デジタル技術を使って海外に工作行為を広く仕掛けられるようになり、民間の被害が増えた。安全保障面の対策と同様に対処していく必要がある」と分析していますが、正にその通りだと思います。なお、Xは、投稿の閲覧数に基づいて利用者に広告収益を分配する現在の仕組みから、投稿への返信や「いいね」の数に応じて分配する方式に変更しています。収益を得るために、偽情報を拡散するなどする動きが広がっているためで、閲覧数稼ぎなどを目的とした問題投稿には罰則を科すとしています。Xは2023年7月、一定の条件を満たした利用者を対象に、閲覧数(インプレッション)に基づいて広告収益を分配する仕組みを導入、これを悪用し、閲覧数稼ぎのために無意味な投稿を繰り返したり、偽情報を拡散したりする動きが広がり、多数のインプレゾンビを生み出し、2024年1月の能登半島地震では、有益な情報の拡散を阻害したなどとして問題になりました。

2024年10月24日付朝日新聞の記事“偽情報の拡散は分断を進める「悪循環」 グッズ販売でもうける動きも”において、近著「Lies that Kill(死をもたらすウソ)」の著者でもある、米ブルッキングス研究所のエレイン・カマーク氏の米国における偽情報の動向に関するインタビューは大変興味深いものでした。例えば、「偽情報は選挙だけではなく、医療や気候変動などをめぐっても拡散しています。真実かどうかが定かではない情報がインターネットに出て、確認する人もいないまま、広がっていきます。冗談やユーモアも含まれますが、危険を伴うことがあります。これは新型コロナのパンデミックの時に顕著で、根拠のない治療法や予防法を用いたり、ワクチンを拒んだりして多くの人が亡くなりました。本のタイトルを『死をもたらすウソ』としたのは、そのためです」、 「多くの場合は何かを売ろうとしています。2012年にコネティカット州の小学校で26人が殺された銃乱射事件について、『でっち上げで、役者たちが演じていた』とインターネットやラジオで主張したアレックス・ジョーンズ氏という人物がいます。事件の遺族が訴えたところ、こうした主張を様々な形で商品化して、多くの資産を得ていたことが訴訟を通じて分かりました。他にも、陰謀論集団『QAnon』に関連したTシャツやグッズを売って資金を得ている人たちがいます」、「インターネット上のデジタル広告の仕組みも重要です。多くの場合、特定のサイトに広告を出すかどうかは人間ではなく、アルゴリズムが判断しています。偽情報が拡散し、多くの人がクリックすれば、企業の意向とは関係なしに広告が表示され、サイトの収入になることがあります。こうした現象は何らかの形で規制を検討すべきです」、「偽情報は社会にある分極や分断を広めます。一方、分極があるために多くの人は対立しているグループについて一番ひどい情報を信じ、偽情報が広がる土壌を作り出しています。まさに悪循環で、元から社会にある醜さが誇張され、政治の世界では妥協や歩み寄りが困難になります」といったものでした。

その他、最近の偽情報を巡る国内外の報道から、いくつか紹介します。

  • 本コラムでもその動向を注視していましたが、極右勢力などによるブラジル最高裁は、偽情報対策が不十分などとして国内でのサービス停止を命じていたXについて、サービスの再開を認めることを決定しています。Xが最高裁の命令に従ったことを受けた措置で、同国内では約1か月ぶりにXの閲覧が可能となりました。最高裁の決定によると、Xは偽情報などに関連する複数のアカウントを凍結したほか、罰金として総額2860万レアル(約7億6800万円)を支払ったもので、最高裁が求めたブラジルでの法定代理人も任命しています。サービス停止は、最高裁判事が8月30日に命令、Xオーナーのイーロン・マスク氏は偽情報やヘイトスピーチ(憎悪表現)を拡散するアカウントの制限を「検閲」と反発してきましたが、態度を軟化させた形となりました。
  • 英外務省は、ウクライナの民主主義の弱体化を狙い、ロシア政府の依頼を受けてインターネット上で偽情報を拡散していたとして、ロシアの3機関と幹部3人に対する制裁を明らかにしています。また欧州全土で反ウクライナデモを扇動しようとしたといいます。外務省によると、情報機関「ソーシャル・デザイン・エージェンシー(SDA)」はロシア政府から直接指示と資金提供を受け、ウクライナへの国際的な支援を弱めるために妨害工作を試みたものの、露政府は一連の工作に多額の資金を投下したにも関わらず、ネット上での偽サイトの設置や偽情報の拡散による効果は限定的だったと指摘し、英外相は「ロシアのうそと干渉を容認しない」、「私たちの分断を図るプーチン露大統領の試みは失敗する」と述べ、制裁が明確なメッセージだと強調しています。
  • 米国連邦検察当局は、AIツールを使って児童の性的虐待画像を編集したり生成する容疑者の摘発を強化、AI技術が違法コンテンツの氾濫を加速しかねないと懸念を強めています。米司法省は、「心配なのは、これが常態化することだ。AIによって、この種の画像を作るのは簡単になっている。こうした画像が増えていけば、それが当たり前になってしまう。我々はこれを阻止し、正面から取り組みたいと思っている」と述べています。急速に進歩する生成AIテクノロジーがサイバー攻撃の実行に悪用され、暗号通貨詐欺の巧妙化を促し、選挙をめぐるセキュリティを脅かすのではないかという懸念を強めており、児童の性的虐待容疑による立件は、米検察当局がAI絡みの犯罪容疑に対して既存の連邦法の適用を試みる初めての事例だとなります。
  • 卒業アルバムやSNS上の写真をAI技術で性的画像・動画に加工する「ディープフェイクポルノ」被害が水面下で広がり始めているといいます。月額千円程度で使える加工サイトが現れ、標的は著名人だけではなく、被害が先行する韓国や米国は法規制へ動き出しています。米セキュリティ企業のセキュリティーヒーローによると、2023年にネット上で確認された偽わいせつ動画は約2万1000本で2022年と比べ5倍超に増え、被害者の国籍別でみると日本は全体の10%を占め、韓国、米国に次いで3番目に多く、素材として画像が使われた被害者は歌手や俳優、アスリートら著名人が9割を超えているといいます。著名人の深刻な被害が続く一方、目立ち始めたのが知人や同級生らの画像を悪用する事例だといいます。報道で生成AIに関する法律に詳しい明治大公共政策大学院の湯浅墾道教授は「画像の悪用は本人が知らなくても、私的な事柄を干渉を受けず自己決定する『プライバシー権』を傷つける重大な人権侵害にあたる」と強調、「現行法はディープフェイクポルノの被害を完全にカバーできていない」として、「作成行為などに対する規制強化を検討すべきだ。警察によるネットパトロールの強化も必要になる」と指摘しています。
  • 富士通は、大学や研究所などと共同で、インターネット上の情報の真偽を判定するシステムをつくると発表、生成AIの登場で偽情報の脅威が増すなか、専門技術をもつ国内の研究者らが集まり、「オールジャパン体制」で対策に乗り出すといいます。富士通、国立情報学研究所、NEC、慶応大、東京科学大、東京大、会津大、名古屋工業大、大阪大の9者が共同研究し、「新エネルギー・産業技術総合開発機構」(NEDO)を通じて国から60億円の支援を受け、2025年度までのシステム構築をめざすとしています。開発するシステムでは4段階で情報の真偽を判定、例えばSNS投稿に対しては、分析しやすいように画像や映像をテキスト化するほか、AIが作成した精密な「ディープフェイク」かどうかも検知、次に、発信した人の位置情報や日時、場所などの情報、国や自治体の公式発表などとも照らし合わせて矛盾がないかを確認、最終的にこれらの分析を統合して、根拠とともに判定結果を表示するほか、投稿の拡散規模や社会的影響度も評価するといいます。一方で、生成AIの急速な普及で偽情報のレベルは年々、高度化しており、政府も危機感を強めています。2024年1月の能登半島地震ではSNSで偽の救助要請が拡散、著名人になりすまして投資を誘う詐欺広告の被害も深刻なレベルにあります。前述したとおり、総務省の有識者会議の報告書では、法改正などの制度的対応のほか、リテラシー向上や技術の研究開発・実証などの総合的な対策が必要だと提言、法制化に向けた議論を本格化させています。

誹謗中傷ではありませんが、本コラムで以前から注視し続けている「忘れられる権利」(前科・前歴など公表されたくない情報の削除を求める権利)を巡る裁判に関する報道がありました。学生時代の逮捕を伝える投稿をX上に残し続けることは更生を妨げ、違法だとして、関西地方の30代男性が訴えた裁判で、大阪地裁は、X社に投稿の削除を命じています。「時間が経過して投稿の役割が失われ、公表されない法的利益が優越する」と判断しています。最高裁は2017年、グーグルの検索結果をめぐる訴訟で権利保護の必要性が検索の意義を「明らかに優越する」ときのみ削除を認めましたが、旧ツイッターの投稿については2022年、単に「優越する」だけで削除可能としています。判決によると、男性は大学時代に未成年者略取・誘拐の疑いで逮捕され、法定刑がより軽い迷惑防止条例違反(ひわいな行為)の罪で罰金刑となりましたが、X上には「連れ去り」での逮捕を実名で記した投稿が残っているといい、判決は、男性が逮捕容疑と異なる事実で罰金刑が確定したことや逮捕から10年近く経っていることなどから、投稿の公共的な役割は小さくなったと指摘。会社勤めの男性がみだりに事実を公表されず、生活の平穏を害されない法的利益が勝るとしたものです。訴訟でX社側は、投稿の削除は「投稿者の表現の自由に与える影響が甚大だ」と反論、「犯罪の悪質性や性犯罪の再犯可能性の大きさを考慮すれば、投稿はなお社会の関心事だ」として、投稿を残す利益のほうが優先されると主張していましたが、退けられました

(7)その他のトピックス

①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向

国際決済銀行(BIS)は、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の国境を越えた決済基盤「プロジェクトmBridge」から撤退すると発表しました。国境を越えた送金に対する地政学的な監視が強まっている中で、中国も加わっているプロジェクトmBridgeがどのように発展できるのかという疑問を投げかけた形です。プロジェクトmBridgeは中国、香港、タイ、アラブ首長国連邦(UAE)の各中銀が組んで2021年に開始し、サウジアラビア中銀も2024年6月に加わっています。他に多くのオブザーバー参加メンバーも抱えています。報道によれば、BISのアグスティン・カルステンス総裁はマドリードでのスペイン銀行大手サンタンデールの会議で、撤退理由について「失敗したからでも、政治的配慮のためでもなく、私たちが4年間関わってパートナーたちが自分たちで運営できる水準に達したためだ」と説明、あわせて「mBridgeは運用を開始するには未熟だと言わざるを得ない。実現には何年も、何年もかかる」と言及したものです。mBridgeが新興国グループ「BRICS」の基盤として使われ、ウクライナへの侵攻後に国際的な制裁を受けているロシアが制裁逃れに利用する可能性があるのではないかとの質問に対しては否定しています(とはいえ、その前に開催されたカザンでのBRICSサミットの開会式でロシアのプーチン大統領がBRICS主導の代替的な国際決済システム構想を提示しています)。BISはいかなる制裁対象国とも業務をしておらず、今後もそうあり続けるとして「私たちは制裁を順守する必要があり、われわれがどのような成果物を作ろうとも制裁に違反する導線になってはならない」と強調しています。BISは2024年6月、プロジェクトmBridgeが「実用最小限の製品」(MVP)の段階に到達したと公表していました。一方でBISは、フランス銀行(ユーロ圏を代表)、日本銀行、韓国銀行、メキシコ中銀、スイス中銀、英国中銀、米国連邦準備制度理事会(FRB)の7中央銀行が参加する「プロジェクト・アゴラ」で、CBDCの国際決済での利用に向けた実証実験を始めています。BISとしては、中国を強く意識し、暗号資産(仮想通貨)の浸透へけん制するといった意味あいがあります

中国はCBDCを巡り、サウジアラビアなどと越境決済の実証実験を始めています。送金コストを大幅に減らす狙いがあり、国内の小売り現場でデジタル人民元の活用をめざしてきたが、民間のスマホ決済と比べて利点が乏しく正式発行のメドがたたないこともあり、中国政府は越境決済に力点を置き実用化を急ぐ狙いがありそうです。実証実験は中国とサウジのほか、香港、タイ、アラブ首長国連邦(UAE)が参加するほか、国際通貨基金(IMF)などの国際機関もオブザーバーとして名を連ねています。現在の越境決済は国際的な送金インフラ「国際銀行間通信協会(Swift)」を使う方式が主流ですが、コルレス銀行と呼ぶ銀行を中継して銀行に送金するため、長ければ数日から1週間ほどかかります。国境をまたぐ貿易や金融の決済はドルでの取引が一般的であるところ、低コストのCBDCを実用化できればドルを介さない2国間取引が増えて、中国にとってドル依存からの脱却に役立つ可能性が指摘されています。

国内暗号資産交換業者は代表的な暗号資産であるビットコインの流出などを受け、サイバー対策の新組織(ISAC)をつくると報じられています(2024年10月10日付日本経済新聞)。報道によれば、最新の知見を共有するほか、適切な顧客資産管理を外部の監査人が点検する仕組みの導入を視野に入れているといいます。暗号資産業界へのサイバー攻撃は世界的な課題となっており、海外の組織とも連携しながら安全性を高める必要があります。ISACは金融や電力など業界ごとに存在し、今回は暗号資産交換業者を中心としたもので、暗号資産の交換業者の自主規制団体である日本暗号資産取引業協会(JVCEA)や日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)などが設立を検討してきたものです。ISACで犯罪集団の最新手口などを周知し、業界全体の対策のレベルを高めるとしています。ISACでは、暗号資産交換業者だけでなく、ブロックチェーン上の取引の解析を手掛ける企業や、暗号資産を管理するウォレット(電子財布)を開発するベンダー企業にも賛助会員となってもらうよう呼び掛けるとしています。一方、ブロックチェーン(分散型台帳)の管理を研究する国際ネットワーク「BGIN」は、暗号資産を安全に管理するための国際標準をつくる活動を進めており、ISACは、こうした海外の組織とも連携するといいます。

暗号資産交換業者でつくる日本暗号資産等取引業協会(JVCEA)が、法定通貨に連動するステーブルコインの自主規制団体として金融庁から認定されています。資金決済法に基づく同コインの取扱業者を金融庁とともに審査する役割を担うことになります。自主規制団体ができたことで、発行・流通に向けた環境が整った形です。現状、国内にはステーブルコインと称したデジタル通貨がありますが、改正資金決済法に基づく電子決済手段としてのステーブルコインはまだ存在していません。法律に準拠した同コインを取り扱うには、自主規制団体と金融庁の審査を受け、裏付け資産の管理体制やマネロン防止対策などに問題がないと認められる必要があります。改正資金決済法では発行者に発行総額を預金などで資産保全するよう義務付けたため、海外で発行済みのコインに比べて信用力が高くなります。海外にはテザーやUSDコイン(USDC)などがあり、国際送金などに使われていますが、国内では3メガバンクが国際送金にステーブルコインを活用する仕組みの構築を検討しているところです。本コラムでも取り上げたとおり、フィンテック企業のJPYCなども発行に向けた準備を進めており、2024年度中には第一号が発行されるとの見方が強まっています。

その他、暗号資産を巡る海外に関する報道から、いくつか紹介します。

  • 米国で暗号資産の詐欺と市場操作に関与した罪で3社と15人が起訴されています。連邦捜査局(FBI)が捜査の一環として初めてデジタルトークンを作成し、犯罪の摘発につながったということです。ボストンの連邦検察当局によると、起訴されたのは暗号資産会社のゴットビット、ZMクアント、CLSグローバルの3社と、これらの企業および他社の幹部と従業員らで、4人が逮捕されたほか、5人が有罪を認めており、2500万ドル以上の暗号資産を押収したといいます。被告らはさまざまな暗号資産トークンの取引量を人為的に膨らませてから売却する偽装取引を行い、投資家に損失を与えたということです。
  • 米連邦破産裁判所の判事は、経営破綻した暗号資産交換業大手FTXトレーディングの再建計画を承認しています。同社が2022年11月に米連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)を申請し経営破綻して以来、最大165億ドル(約2兆4400億円)の資産を回収し、債権者である顧客への全額払い戻しが実現する見通しだといいます。暗号資産相場の上昇を受けて手元に残っていた暗号資産の価値が高まっていたものです。FTXのベンチャー投資部門が保有していた対話型AIを開発するアンソロピックの株式価値向上などもあり資金回収額が増え、報道によれば、FTXの交換所に5万ドル以下の資産を預けていた利用者の98%に対し、60日以内に弁済が実施される予定だといいます。なお、創業者のサム・バンクマンフリード被告については、本コラムでも以前取り上げたとおり、詐欺などの罪で訴追され、米ニューヨーク州の連邦地裁が2024年3月、禁錮25年の判決を下していますが、被告は判決を不服として控訴しています。
②IRカジノ/依存症を巡る動向

IRカジノや依存症を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 米MGMリゾーツ・インターナショナルの日本法人やオリックスが出資する「大阪IR株式会社」は、大阪湾の人工島、夢洲で、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)の建設に向けた準備工事を開始しました。仮囲いや仮設事務所の設置、敷地の測量などの工事を行い、2025年春には施設本体の工事に着手する計画です。夢洲では2025年4月、2025年大阪・関西万博が開幕予定となっており、本コラムでも取り上げたとおり、IR工事に対する騒音などの懸念から、万博を運営する日本国際博覧会協会や博覧会国際事務局(BIE)が万博期間中の工事中断を求め、IR計画の進捗が一時危ぶまれましたが、工事手法などを変更することで、万博期間中も工事を進めることが決定したものです。また、こちらも本コラムで取り上げたとおり、大阪IRは2024年9月、違約金を払わずに事業から撤退できる「解除権」を放棄しており、計画される2030年秋ごろのIR開業がほぼ確実となっています。
  • 長野県警は、海外のオンラインカジノのサイトで賭博をしたとして、警察署所属の20代男性巡査を書類送検しています。他にも県内で2022年9月、同僚の男性職員の下半身を触り、2022~24年に数百万円の不適切な借金をしたといい、停職1カ月の懲戒処分とし、男性は依願退職しています。報道によれば、スマホでカジノのサイトに接続し、スポーツやバカラの賭博をした疑いがもたれており、数百万円を賭けたといい、2024年5月、上司に「多額の借金をしてしまった」と相談したものです。また、兵庫県芦屋市教育委員会は、市立小学校の口座から約472万円を不正に引き出し着服したとして、会計年度任用職員の40代の女性を懲戒免職処分としています。報道によれば、「オンラインカジノに使った」と私的流用を認めたといいます。市教委の調査に、「ストレス発散のためオンラインカジノを始め、楽しくてはまってしまった。申し訳ないことをした」と話したようです。不正の背後にオンラインカジノが関係する事案が増加している点が注目されます
  • ロシア北西部ボログダ州のフィリモノフ知事は2024年10月29日、平日の酒販売を正午~午後2時の2時間に限定する規制案を発表しています。ロシア下院議員が全国に広げるべきだとの考えを表明するなど、大きな議論となっているといいます。報道によれば、フィリモノフ氏は「過去1年間で州の人口が7500人減った。勤労世代の死因は71%が酒に関連する」と飲酒の弊害を強調、「ボログダとロシア北部が死滅しつつある」とまで訴えています。過去4年間でアルコールを販売するスーパーの数が3倍以上に増え、夜間に酒を飲む人々への苦情もあるといい、アルコール依存状態の市民が増加していることがうかがえます。一方、ロシアの有力紙ベドモスチの取材に対し、専門家は「酒を飲む量を減らす人はいない」と述べ、違法販売が増加するとの懸念を示しています。筆者としても同様の意見であり、販売制限も含む抜本的な対策を検討すべきと考えます。
  • 新型コロナウイルス禍による臨時休校で、子供たちのネット依存傾向は顕著になっていますが、国立成育医療研究センターは、2020年度から小中高生とその保護者を対象に「新型コロナウイルス感染症流行による親子の生活と健康への影響に関する実態調査」(郵送調査)を実施、2023年度調査(10~11月実施、子供1928人、保護者1991人)では、「子供たちの約半数がネットを過剰に使用しており、約5人に1人がネット依存が強く疑われる状態に該当することが分かった」としています。ネット依存/スマホ依存対策として、奈良県吉野町の野外活動拠点施設「吉野宮滝野外学校」で、インターネットを遮断した「オフラインキャンプ」(同町など主催)が行われたと報じられています(2024年11月3日付産経新聞)。キャンプでは、アウトドアクッキングやアユのつかみ捕りなどの川遊び、いも掘りなどの収穫体験を実施。体育館では皆が手をつないで立ち上がる、フープ回しを行う遊びなど、さまざまなプログラムを用意、一方で、年齢の近い兵庫県立大ソーシャルメディア研究会の学生12人がメンターとなり、子供たちの悩みに寄り添い、ネット依存に関する話し合いも行われるといいます。また、「1日1時間のみインターネットが使える『スマホ部屋』を開放するのも特徴だ。ただ、その時間帯には、同時にバドミントンやドッジボール、箸づくりなどのワークショップも実施する。初日は参加者ほぼ全員がスマホ部屋に入ったが、数十分後には1人、また1人と抜けていく。2日目はスマホ部屋に入ったのは4人のみ。最後は誰もいなくなった」というところは極めて印象的です。オフラインキャンプを提唱する兵庫県立大学環境人間学部の竹内和雄教授は「本人たちもネットを使いすぎているとわかっていてもコントロールできないのが現状。自然の中でのリアルな体験や仲間とのふれあいによって、子供たちの意識は外に向き、自発的にネットとの付き合い方を学ぶようになる」と話しており、考えさせられます。さらに、竹内教授は、コロナ下で自宅に待機せざるを得ない状況が続いたため、ネットがより身近になり依存傾向の子供が増え続けたと分析、そのうえで「友人関係や学校の悩みなど、自分の力ではどうすることもできない壁に当たると、子供は身近なネット世界に逃げ込む。親がそこで叱ったりスマホを隠したりすると、ネット上にコミュニティーができた子供は唯一の逃げ場を失いたくないと必死になる」と指摘、そして、「親は、(自然や文化に触れさせるなど)さまざまな体験の機会を与えたり、子供たちが成功体験を少しずつ積み重ねて現実世界で自信を取り戻させることで、新たなライフスタイルも提案できるはず」と呼びかけています。人間らしさの回復といえば大袈裟かもしれませんが、ネット依存/スマホ依存の背景要因をふまえた、素晴らしい対策(取り組み)だと思います。
③犯罪統計資料から

例月同様、令和6年(2024年)1~8月の犯罪統計資料(警察庁)について紹介します。

▼警察庁 犯罪統計資料(令和6年1~9月分)

令和6年(2024年)1~9月の刑法犯総数について、認知件数は545,300件(前年同期517,229件、前年同期比+5.4%)、検挙件数は203,122件(190,080件、+6.9%)、検挙率は37.2%(36.7%、+0.5P)と、認知件数・検挙件数ともに前年を上回る結果となりました。増加に転じた理由として、刑法犯全体の7割を占める窃盗犯の認知件数・検挙件数がともに増加していることが挙げられ、窃盗犯の認知件数は371,229件(356,061件、+4.3%)、検挙件数は117,821件(110,521件、+6.6%)、検挙率は31.7%(31.0%、+0.7P)となりました。なお、とりわけ件数の多い万引きについては、認知件数は72,921件(68,721件、+6.1%)、検挙件数は48,917件(45,393件、+7.8%)、検挙率は67.1%(66.1%、+1.0P)と、大きく増加しています。また凶悪犯の認知件数は5,175件(4,099件、+26.3%)、検挙件数は4,344件(3,305件、+31.4%)、検挙率は83.9%(8.6%、+3.3P)、粗暴犯の認知件数は42,993件(43,762件、▲1.8%)、検挙件数は34,585件(34,702件、▲0.3%)、検挙率は80.4%(79.3%、+1.1P)、知能犯の認知件数は44,946件(35,728件、+25.8%)、検挙件数は13,176件(13,697件、▲3.8%)、検挙率は29.3%(38.3%、▲9.0P)、風俗犯の認知件数は13,391件(7,665件、+74.7%)、検挙件数は10,275件(5,275件、+95.2%)、検挙率は76.7%(68.7%、+8.0P)、とりわけ詐欺の認知件数は41,502件(32,900件、+26.1%)、検挙件数は10,899件(11,696件、▲6.8%)、検挙率は26.3%(35.6%、▲9.3P)などとなっています。なお、ほとんどの犯罪類型で認知件数・検挙件数が増加する一方、検挙率の低下が認められている点が懸念されます。また、コロナ禍において大きく増加した詐欺は、アフターコロナにおいても増加し続けています。とりわけ以前の本コラム(暴排トピックス2022年7月号)でも紹介したとおり、コロナ禍で「対面型」「接触型」の犯罪がやりにくくなったことを受けて、「非対面型」の還付金詐欺が増加しましたが、現状では必ずしも「非対面」とは限らないオレオレ詐欺や架空料金請求詐欺などが大きく増加傾向にあります。さらに、SNS型投資詐欺・ロマンス詐欺では、「非対面」での犯行で、(特殊詐欺を上回る)甚大な被害が発生しています。

また、特別法犯総数については、、検挙件数は46,204件(50,380件、▲8.3%)、検挙人員は36,883人(41,097人、▲10.4%)と2022年は検挙件数・検挙人員ともに減少傾向にある点が大きな特徴です。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は4,356件(4,271件、+2.0%)、検挙人員は2,965人(2,974人、▲0.3%)、軽犯罪法違反の検挙件数は4,795件(5,555件、▲13.7%)、検挙人員は4,851人(5,488人、▲11.6%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は4,155件(7,599件、▲45.3%)、検挙人員は3,007人(5,782人、▲11.6&)、児童買春・児童ポルノ法違反の検挙件数は2,392件(2,459件、▲2.7%)、検挙人員は1,322人(1,778人、▲25.6%)、青少年保護育成条例違反の検挙件数は1,079件(1,585件、▲31.9%)、検挙人員は860人(1,222人、▲29.6%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は3,083件(2,364件、+30.4%)、検挙人員は2,355人(1,870人、+25.9%)、不正アクセス禁止法違反の検挙件数は343件(339件、+1.2%)、検挙人員は115人(102人、+12.7%)、銃刀法違反の検挙件数は3,347件(3,586件、▲6.7%)、検挙人員は2,857人(3,011人、▲5.1%)などとなっています。減少傾向にある犯罪類型が多い中、犯罪収益移転防止法違反等が大きく増加している点が注目されます。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は1,381件(922件、+49.8%)、検挙人員は814人(553人、+47.2%)、大麻取締法違反の検挙件数は5,077件(5,253件、▲3.4%)、検挙人員は3,999人(4,293人、▲6.8%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は5,916件(5,556件、+6.5%)、検挙人員は3,994人(4,293人、▲6.8%)などとなっており、大麻事犯の検挙件数がここ数年、減少傾向が続いていたところ、2023年に入って増加し、2023年7月にはじめて大麻取締法違反の検挙人員が覚せい剤取締法違反の検挙人員を超え、その傾向が続いている点が注目されます。また、覚せい剤取締法違反の検挙件数・検挙人員ともに大きな減少傾向が数年来継続していましたが、ここにきて検挙件数が増加傾向となっている点は大変注目されるところです(これまで減少傾向にあったことについては、覚せい剤は常習性が高いため、急激な減少が続いていることの説明が難しく、その流通を大きく支配している暴力団側の不透明化や手口の巧妙化の実態が大きく影響しているのではないかと推測されます。言い換えれば、覚せい剤が静かに深く浸透している状況が危惧されるところだと指摘してきましたが、最近、何か大きな地殻変動が起きている可能性も考えられ、今後の動向にさらに注目したいところです)。なお、麻薬等取締法が大きく増加している点も注目されますが、その対象となるのは、「麻薬」と「向精神薬」であり、「麻薬」とは、モルヒネ、コカインなど麻薬に関する単一条約にて規制されるもののうち大麻を除いたものをいいます。また、「向精神薬」とは、中枢神経系に作用し、生物の精神活動に何らかの影響を与える薬物の総称で、主として精神医学や精神薬理学の分野で、脳に対する作用の研究が行われている薬物であり、また精神科で用いられる精神科の薬、また薬物乱用と使用による害に懸念のあるタバコやアルコール、また法律上の定義である麻薬のような娯楽的な薬物が含まれますが、同法では、タバコ、アルコール、カフェインが除かれています。具体的には、コカイン、MDMA、LSDなどがあります。

また、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯 国籍別 検挙人員 対前年比較について、総数601人(469人、+28.1%)、ベトナム171人(150人、+14.0%)、中国83人(57人、+45.6%)、ブラジル39人(29人、+34.5%)、フィリピン33人(20人、+65.0%)、スリランカ27人(24人、12.5%)、韓国・朝鮮24人(20人、+20.0%)、パキスタン22人(7人、+214.3%)、インド14人(13人、7.7%)、アメリカ13人(6人、+116.7%)などとなっています。ベトナム人の犯罪が中国人を大きく上回っている点が最近の特徴です。

一方、暴力団犯罪(刑法犯)罪種別検挙件数・人員対前年比較の刑法犯総数については、検挙件数は6,794件(6,760件、+0.5%)、検挙人員は3,553人(4,302人、▲17.9%)と、刑法犯と異なる傾向にあります。検挙件数・検挙人員ともに継続して増加傾向にあったところ、2023年6月から再び減少に転じ、前月から検挙件数が増加に転じた点が注目されます(暴力団構成員等の数が継続的に減少傾向にあることを鑑みれば、理解できるところです)。犯罪類型別では、強盗の検挙件数は58件(84件、▲31.0%)、検挙人員は113人(172人、▲34.3%)、暴行の検挙件数は298件(434件、▲31.3%)、検挙人員は267人(399人、▲33.1%)、傷害の検挙件数は579件(740件、▲21.8%)、検挙人員は717人(839人、▲14.5%)、脅迫の検挙件数は205件(241件、▲14.9%)、検挙人員は206人(219人、▲5.9%)、恐喝の検挙件数は235件(259件、▲9.3%)、検挙人員は258人(334人、▲22.8%)、窃盗の検挙件数は3,417件(2,906件、+17.6%)、検挙人員は485人(609人、▲20.4%)、詐欺の検挙件数は1,134件(1,190件、▲4.7%)、検挙人員は745人(939人、▲20.7%)、賭博の検挙件数は55件(20件、+175.0%)、検挙人員は77人(71人、+8.5%)などとなっています。とりわけ、詐欺については、増加傾向に転じて以降、高止まりしていましたが、2023年7月から減少に転じ、前月また検挙件数が増加したものの、今回再度減少に転じている点が特筆されますが、資金獲得活動の中でも活発に行われていると推測される(ただし、詐欺は暴力団の世界では御法度となっているはずです)ことから、引き続き注意が必要です。

さらに、暴力団犯罪(特別法犯)主要法令別検挙件数・人員対前年比較の特別法犯について、特別法犯全体の検挙件数は3,120件(3,567件、▲12.5%)、検挙人員は2,034人(2,492人、▲18.4%)と、こちらも検挙件数・検挙人数ともに継続して減少傾向にあります。また、犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は22件(16件、+37.5%)、検挙人員は22人(13人、+69.2%)、軽犯罪法違反の検挙件数は35件(56件、▲37.5%)、検挙人員は34人(43人、▲20.9%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は50件(58件、▲13.8%)、検挙人員は47人(57人、▲17.5%)、暴力団排除条例違反の検挙件数は37件(14件、+164.3%)、検挙人員は50人(29人、+25.0%)、銃刀法違反の検挙件数は50件(75件、▲33.3%)、検挙人員は32人(52人、▲38.5%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は185件(150件、+23.3%)、検挙人員は71人(70人、+1.4%)、大麻取締法違反の検挙件数は555件(760件、▲27.0%)、検挙人員は322人(501人、▲35.7%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は1,763件(1,996件、▲11.7%)、検挙人員は1,140人(1,352人、▲15.7%)、麻薬等特例法違反の検挙件数は68件(82件、▲17.1%)、検挙人員は25人(41人、▲39.0%)などとなっており、最近減少傾向にあった大麻事犯と覚せい剤事犯について、2023年に入って増減の動きが激しくなっていることが特徴的だといえます(とりわけ覚せい剤については、今後の動向を注視していく必要があります)。なお、参考までに、「麻薬等特例法違反」とは、正式には、「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律」といい、覚せい剤・大麻などの違法薬物の栽培・製造・輸出入・譲受・譲渡などを繰り返す薬物ビジネスをした場合は、この麻薬特例法違反になります。法定刑は、無期または5年以上の懲役及び1,000万円以下の罰金で、裁判員裁判になります。

(8)北朝鮮リスクを巡る動向

北朝鮮がウクライナに侵略するロシアに加勢して参戦する可能性が濃厚となっています(筆者注:2024年11月5日早朝時点で、毎日新聞は「ウクライナの政府機関『偽情報防止センター』のコバレンコ所長は4日、ウクライナ軍がロシア西部クルスク州で北朝鮮兵を攻撃したと通信アプリ『テレグラム』で明かした。北朝鮮兵への攻撃は初めてだとしている」と報じていますが、詳細は明らかになっていません)。露朝の軍事協力のさらなる強化は現地での戦闘の激化だけでなく、ロシアとウクライナ以外の第三国が初めて参戦するというインパクト、さらには北朝鮮軍部隊の近代化など日本を含む東アジアの安全保障に悪影響を与えかねないインパクトもあります。米紙WSJはロシアの元情報機関員の話として、「包括的パートナーシップ条約」には、戦闘経験を積むために北朝鮮兵をウクライナとの戦闘に派遣するとの「秘密条項」が含まれていると報じています。北朝鮮が参戦すれば、ロシアとウクライナの戦闘に参戦する初めての第三国となることから、米欧は事態を悪化させるとして懸念を強めています。北朝鮮は2023年夏から、砲弾や短距離弾道ミサイルをロシアに提供しており、金正恩朝鮮労働党総書記には石油や食糧を得て経済難を打開することのほか、核・ミサイルなど軍事技術を確保する思惑がありました。それに加え、韓国の専門家は、「北朝鮮は将来の朝鮮半島有事でロシアに何らかの介入を要求できる権利を得ることができる。今後はロシアを後ろ盾に、日米韓をけん制できる」と指摘していますが、この点も大きなインパクトとなります。当然ながら、ロシアには兵力不足を補う狙いもあり、2022年2月以降の露軍の死傷者数は2023年9月末時点で約60万人に達したとされるためです。ただ、北朝鮮兵の体力と士気は優れているものの、現代戦の理解が不足しており、戦闘では多数の死者が出るとの見方があります。ウクライナは積極的にその動向に関する情報を発信、危機を訴え、「ウクライナとパートナー国の関係も発展する必要がある」(ゼレンスキー大統領)と支援拡大を働きかけています。ウクライナは北朝鮮兵に投降を促す「心理戦」にも着手、ウクライナ国防省が作成した朝鮮語のビデオ映像は「異国の地で無意味に死んではならない」と呼びかけ、投降すれば、肉や新鮮な野菜など1日3回の食事や快適な寝床が与えられると宣伝しています。北朝鮮の参戦について、韓国の情報機関、国家情報院(国情院)は、国会の委員会で軍幹部を含む一部要員が戦線へ移動する可能性があると報告しています。尹錫悦大統領も、EUのフォンデアライエン欧州委員長との電話協議で、北朝鮮兵のウクライナ戦線投入が「予想より早く」なる可能性があると述べ、北大西洋条約機構(NATO)のルッテ事務総長との電話協議で、政府代表団を近くウクライナに派遣して情報共有する予定だと説明しています。尹氏は「朝鮮戦争以降、現代戦を行っていない北朝鮮が、ウクライナ戦争で得た経験を軍全体に反映すれば、韓国の安全保障にとって大きな脅威となる」と危機感を示しており、韓国政府がウクライナへの攻撃用兵器の提供に踏み切るかも注目されるところです(韓国にとっても大きなインパクトがあります)。また、北朝鮮の参戦について中国は表向き静観の構えを見せていますが、欧州の戦争がアジアに波及しかねない北朝鮮の今回の行動は不快なものに映るとの見方をする専門家は少なくなく、NATOの影響をアジアに拡大させたくない中国の立場からすると、これにより日韓とNATOの関係がより深まることも望ましくないとの立場と考えられます(中国に与えるインパクトもかなり大きなものといえます)。

なお、国情院は、派遣された特殊部隊の兵士は主に20代前半で、10代後半も一部いるとみられると報告、ロシア軍が軍事用語を教育中だとしています。また、北朝鮮がウクライナを侵略するロシアに派遣したのは、朝鮮人民軍の精鋭特殊部隊とされます。しかしながら、韓国当局の分析からは、北朝鮮内で派兵について固く秘匿されるなど、特異な対応が取られている実態もあるようです。韓国の金竜顕国防相は「弾除けの傭兵にすぎない」と表現し、金総書記が「軍隊を違法な侵略戦争に売り渡した。自身の独裁体制を強固にするためだ」と非難していています。派兵は本来、派遣国の指揮体系を維持し、その国の軍服や国旗を明示するものですが、北朝鮮の部隊はロシア軍の軍服を着て露軍将兵に偽装し、「露軍の統制下で何の作戦権限もなく言われるまま動いている」ことから、「傭兵」と表現されたもので、派兵部隊に実際に多数の死傷者が出て北朝鮮内にその情報が伝われば、金正恩体制にとっての不安定要素となる可能性も否定できないところです。一方、国情院は、派遣された兵士1人当たり、月2000ドル(約30万円)相当の給与がロシア側から支払われるとの見方を示しており、ロシアからこうした経済的実利のほか軍事技術の支援を受ける可能性もあり、実戦による経験を蓄積することで、北朝鮮軍の現代化が進むとの思惑もあるとみられています。一方、今回派兵されているのは北朝鮮の特殊部隊「暴風軍団」であり、その実態は謎に包まれてきただけに、韓国の専門家は「韓国にとっては、またとないチャンスだ。北朝鮮の特殊部隊が実戦の場に出てきており、その実態に迫ることができる。捕虜も脱走兵も出る可能性が高い。韓国は彼らの尋問をしたいはずで、情報の宝の山だ」と指摘しています。

北朝鮮の参戦について、国際法上は、ロシアがウクライナから攻撃されているとして、集団的自衛権などを正当化の理由に用いる可能性が考えられます。集団的自衛権は武力攻撃を受けた被害国からの要請を受けて、他国がともに反撃する権利を指し、国連憲章は加盟国の武力行使を禁じており、例外として認められるのが「自衛権の行使」と「国連安全保障理事会が認めた場合」となっています。21世紀以降の対テロ戦争で、米国は武力行使を正当化するために自衛権を多用しており、国連安全保障理事会(安保理)では中国やロシアが拒否権を持ち、賛同を得られないことがその理由です。米国は2001年、国際テロ組織アルカーイダを保護していたアフガニスタンのタリバン政権を崩壊させ、2014年にはISを空爆、いずれも自衛権を主張しています。今回も、ウクライナ軍が8月からロシア西部クルスク州へ越境攻撃しており、北朝鮮から見れば、これによってロシア派兵の条約上の根拠ができたともいえることになります。いずれせにせよ、武力行使の禁止原則が緩んでおり、北朝鮮の対ロ軍事協力もこうした背景の中で起きていることから、各国の政府間や国際法学者の間で議論し、自衛権が認められる要件を厳格化する必要があり、そうしなければ、同じ理由で安易に武力に頼る国が今後も出てきかねないおそれがあると、専門家が指摘しているところです。

こうした状況に対する北朝鮮の思惑や西側の対応などについては、2024年11月1日付日本経済新聞の記事「西側、北朝鮮軽視のツケ ウクライナ支援の決断急務」がコンパクトにポイントをまとめていると思われます。具体的には、「『世界大戦への第一歩だ』。ウクライナのゼレンスキー大統領が10月17日、北朝鮮兵がロシア支援のためにウクライナ戦争の前線に投入されるという見方を示した時の言葉だ。西側諸国の安全保障担当の高官らは何カ月も『敵対する枢軸』を構成するロシアと北朝鮮、イラン、中国が協力関係を深めていると警告してきた。北朝鮮によるロシア支援は、敵対する枢軸が協力関係を深化させていることを示す、これまでにはなかった劇的な証拠だ。西側諸国では、敵対する枢軸4カ国の中で注目度が最も低かったのが北朝鮮だ。2019年2月にベトナムのハノイで開かれた米朝首脳会談で、北朝鮮の独裁者で当時委員長だった金正恩氏とトランプ大統領(当時)による関係改善の試みが失敗に終わって以降、北朝鮮がニュースの見出しを飾ることはなくなった。だが北朝鮮の専門家たちは何カ月も前から警鐘を鳴らしてきた」、「北朝鮮研究の第一人者であるロバート・カーリン氏とジークフリード・ヘッカー氏の2人は今年1月、米国の北朝鮮分析サイト『38ノース』に寄せた共同論文で『金氏は戦争に踏み切るという戦略的決断を下した』と警告している…共同論文の中で彼らは、金氏は米国との関係を改善する努力を放棄し、韓国および米国と対立する政策を選択したと警告、悲観的にこう結論づけている。『北朝鮮は大規模な核兵器備蓄を抱え、(中略)推計50~60発の核弾頭を保有しており、(中略)金氏の最近の言動は、それらの核兵器を使った軍事的解決の可能性を示唆している』」、「今年に入って北朝鮮の政策がさらに過激になる兆候が急増している。6月にはロシアと北朝鮮は、いずれかが武力侵攻を受ければ軍事的援助を提供すると規定した『包括的戦略パートナーシップ条約』を締結した。北朝鮮は、韓国との南北統一目標も正式に放棄し、代わりに韓国を和解不可能な敵対国と規定、10月15日には、韓国につながる道路も複数爆破した。中国の習近平国家主席やロシアのプーチン大統領と同様、金氏も米国は長期の衰退期にあると確信しているようだ。金氏は、習氏がよく『過去100年にみられなかった大きな変化』と称賛する広範な世界秩序再編の一環として、敵対勢力に打ち勝つ歴史的なチャンスを感じ取っているのかもしれない。中国政府は、ロシアと北朝鮮の関係がますます緊密になり、それによる自国の両国への影響力低下を懸念しているという。」、「同国の貧困は金氏が軍事面の発展を優先し、一般市民の福祉を完全に無視している証しだ。北朝鮮は世界から孤立しているにもかかわらず核兵器の開発に成功した。これはイランやシリアという北朝鮮より豊かで、国際社会とも北朝鮮よりはましな関係を持つ国々が達成できなかったことだ。しかも北朝鮮は弾道ミサイルも開発し、大規模なサイバー攻撃能力も有している」、「すでに60万人を超えるロシア兵が死傷したとされる戦争で、約1万人の北朝鮮の軍隊が到着しても戦局が大きく変わることはないだろう。だが北朝鮮には130万人もの現役兵士がおり、これは世界4位の規模の軍隊だ。ただ、その大半は訓練も装備も不十分な新兵たちだ。だが兵士を肉弾のように最前線に投入するプーチン氏は常に新しい兵士を欲しがっているだけに、北朝鮮の兵士がもっと投入される可能性はあるだろう」、「金氏への見返りとして現在考えられている主なものは、ロシアからの技術移転と資金提供だ。金氏は、朝鮮半島で将来、紛争が起きる可能性を見据えているのかもしれない。金氏が今、欧州での戦争でロシアを支援すれば、ロシアはいつかアジアで紛争が発生した場合に彼に恩返しをするのだろうか―」と指摘しています。

関連して、米シンクタンクの戦争研究所(ISW)は、北朝鮮がウクライナへの侵略を続けるロシアを支援するため部隊を派兵した戦略的狙いについて報告書を発表しています。朝鮮戦争以来となる通常戦争で得る最新の戦闘経験を、対韓国など将来の紛争に応用する目的があると分析、北朝鮮の対露連携強化は中国への依存を弱めることになり、朝鮮半島を含むアジア太平洋地域の長期的安定を脅かすと警告しています北朝鮮は、「将来の戦争の性質を変える」とされるウクライナ戦争への参戦が「自国軍の重大な学習機会となる」と認識したと分析、背景として、北朝鮮軍は1953年の朝鮮戦争休戦以来、大規模な通常戦闘の経験がなく、「韓国のような高度な敵国との近代戦に準備されていない」と指摘しています。そのうえで報告書は、北朝鮮の部隊が西側の兵器供給を受けるウクライナ軍を相手に自らの兵器システムを試し、指揮統制、無人機操縦、電子戦の経験を積むことで「朝鮮半島を含む将来の紛争で優位に立つ」狙いがあると分析しています。また報告書は、実際に北朝鮮軍が戦場で得る教訓を将来に生かせるかは、露軍司令部が北朝鮮の兵力をどのように利用するかで決まるとも指摘しています。さらに報告書は、北朝鮮がロシアとの連携を強化することで「中国への依存度を下げる」思惑があるとも指摘、中国政府の影響力が弱まれば、北朝鮮の攻撃性を制御できず、朝鮮半島を不安定化し、より広いアジア太平洋地域を危険にさらす可能性があると分析しています。

国際社会の反応としては、国連安全保障理事会は、北朝鮮兵のロシア派遣について協議、多くの理事国が北朝鮮の派兵は国際法違反だと指摘し、非難や懸念を表明しています。これに対し、ロシアと北朝鮮は「露朝の軍事交流は国際法に沿ったものだ」と反発しています。一方、ウクライナのゼレンスキー大統領は、自身のSNSを更新し、「米国も英国もドイツも見ているだけだ」と批判しています。米国や英国は、ウクライナに提供した長射程の兵器について、ロシア領内に深く入った目標に使うことを認めておらず、ゼレンスキー氏は「ロシアとウクライナの戦争の拡大を防ぎたいと願うなら、ただ見ているだけではなく、行動しなければならない」と強調、「戦争のエスカレーションと拡大は許されないという言葉と行動を一致させる必要がある」と語っています。日米韓の外相は電話会談を行い、北朝鮮軍のロシア派兵にも触れ、露朝間の軍事協力の深化を「最も強い言葉で非難する」と表明しています。

最近の北朝鮮を巡る状況としては、参戦のほかにも、新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射や核実験の可能性なども挙げられます。

2024年10月31日に北朝鮮は、新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星19」の試射を行い、成功したとしています。北朝鮮は「火星19」をICBMの「最終完結版」だとしており、試射に立ち会った金総書記は「われわれの覇権的地位が不可逆であると世界に示すことになった」と「大満足」を表明したといいます。北朝鮮には、米大統領選を前に、軍事力の進展を示すことで自らの存在感をアピールする狙いがあると考えられ、金総書記は米国などを念頭に、「意図的に地域情勢を激化させ、共和国(北朝鮮)の安全を脅かしてきた敵に、われわれの意志を示す適切な軍事活動だ」と強調しています。また、「核兵器強化路線は絶対に変えないことを確認する」とも述べており、「非核化」には応じない意思を改めて明確にしたものともいえます。なお、今回の発射では、北朝鮮の弾道ミサイルとして過去最高高度、最長飛行時間を記録しています。また、防衛省は、通常軌道より意図的に高く打ち上げる「ロフテッド軌道」による発射で、実際の射程は米本土を全て含む1万5000キロ以上になるとみられ、燃料は発射までの準備期間を短縮できる固体燃料式と推定しています。北朝鮮がICBMを発射するのは、2023年12月に「火星18」を発射して以来であり、金総書記の発言から、今回の発射は技術的な必要性と同時に、拡大抑止の強化を進める米韓に対抗する意思を示す狙いだったとみられます。北朝鮮が派兵するなど協力関係を深めるロシアからICBM関連の技術を入手したかどうかにも関心が集まっていますが、韓国軍合同参謀本部の李誠俊広報室長は「ICBMについてはすでに開発がかなり進んでおり、ロシアが情報や技術を提供したかは疑問だ」と述べています。ただ、日本の防衛省は技術支援があった可能性を指摘しており、見方は分かれています

こうした状況から読み解かれるものについて、2024年11月1日付日本経済新聞の記事“北朝鮮ICBM・暴風軍団の裏で進む「通米封南」戦略”も大変参考になりました。具体的には、「ほとんど話題にならなかった人事が北朝鮮ウオッチャーの注目を集めた。努光鉄氏の国防相就任だ。再登板といったほうが正確かもしれない。さらに、かつて金正恩総書記に最も近い党幹部といわれた金英哲氏が『国務委員会委員』の肩書で久しぶりに公の場に姿を現したのもサプライズと受け止められた。2人の名が北朝鮮メディアに出そろうのは、2018~19年の米朝首脳会談以来だろう」、「今月5日に投票が迫った米大統領選後の布石とみるのが自然だ。韓国と断絶し米国と通じようとする、いわゆる『通米封南』戦略が透ける。北朝鮮のお家芸である。大型挑発が相次ぎ、南北間に緊張が高まった2010年と重なる。韓国は保守派の李明博政権時代だった。北朝鮮は前述の3月の『天安』沈没事件に続き、11月に韓国の延坪島を砲撃した。韓国への攻撃を強めつつ、一方では米朝交渉に傾倒し、オバマ米政権時代の12年2月には米国からの24万トンの食糧支援と引き換えに、北朝鮮が核実験と長距離弾道ミサイルの発射を停止するほか、ウラン濃縮活動の停止と国際原子力機関(IAEA)の査察官の受け入れに応じる米朝合意が交わされた。この合意で韓国は蚊帳の外に置かれた」、「北朝鮮の『通米封南』戦略はロシアへの部隊派遣とも連動しているとの分析がでている。朝鮮半島情勢に詳しい元陸上自衛隊幹部は、まずロシアとの軍事協力拡大による北朝鮮経済への好影響を説く。「経済的に困難に陥っていた北朝鮮の経済が2023年に好転した。北朝鮮の経済成長をけん引したのは重化学工業でロシアへの武器輸出が経済成長に寄与した可能性もある」そのうえで「金正恩総書記はロシアを最大限支援し、『ロ朝同盟』の実効性を誇示することで対米闘争・交渉に移る考えだ」と分析する。中国に加え、ロシアという後ろ盾も得た金正恩氏の最大の狙いは米国との闘争・交渉だとの見立てだ」、「『ロシアは北朝鮮に対し、一般の傭兵に払う平均的なカネよりも高額を払っていると思う。兵派遣によって獲得したカネは核・ミサイル開発や金正恩親子のぜいたく品の購入、側近へのプレゼントに充てられるだろう』」、「ロシアは米欧主導の既存の国際秩序を壊す外交戦略に北朝鮮を組み込んだ。北朝鮮にとってもロシアへの部隊派遣は米大統領選を前に世界の危機を高める意図がみえる。『瀬戸際戦術』は北朝鮮外交の常道であり、ロシアとも共鳴する」というものです。

韓国国防省の国防情報本部は、北朝鮮が北東部・豊渓里の核実験場で「核実験の準備をほぼ終えたとみている」と国会で報告しています。米国の大統領選の前後に、北朝鮮が核実験を含む挑発行動に出る可能性もあるとみて、韓国政府は警戒を強めています。ただ、北朝鮮が経済などで依存する中国が核実験には反対の立場を取っており、このタイミングでは強行しないとの見方もあります。北朝鮮は2006~2017年に計6回の核実験を実施しています。その後は行っていませんが、2024年9月にはウラン濃縮施設を、国営メディアを通じて初めて公開、核戦力の強化を図っていると推測されます。

北朝鮮国防省報道官は、韓国から飛来して墜落した無人機を平壌市内で発見、回収したと主張しています。韓国軍が「遠距離偵察用小型ドローン(無人機)」として配備している機種と同一だとの判断も示しています。国営朝鮮中央通信が報じ、回収したとする機体の写真を公開しています。北朝鮮は、韓国が2024年10月、3回にわたり無人機で平壌上空を侵犯したと主張しており、報道官は、北朝鮮の主権侵害の「決定的物証」だとし、侵犯行為を再び発見した時には「宣戦布告とみなして即時、報復攻撃が加えられる」と警告しています。それに対し韓国軍は、北朝鮮の主張について「確認する価値も、答える価値もない」としています。また、北朝鮮の社会安全省は、軍事境界線に近い地域で、韓国から大型風船で散布された「汚物」を発見し、焼却したと発表しています。金正恩体制に反対する韓国の団体からの援助物資だったとみられています。一方、韓国軍関係者は、北朝鮮からゴミをぶら下げて飛来する風船の一部に、GPSの装置が取りつけられていたと明らかにしています。北朝鮮は飛行データを蓄積しているとみられ、「(特定の地点に飛ばすための)風向きなど気象(条件)を克服するには限界がある」としています。北朝鮮は2024年5月以降、30回にわたり韓国側に「ゴミ風船」を飛ばしており、韓国軍関係者は「(ゴミ風船の)技術の発展の可能性を追跡し、偶発的な状況に備えている」としています。韓国大統領府の申源湜・国安保室長は、GPS装置について、人口の多いソウル地域に落下させる目的ではないかと指摘、一方で北朝鮮が風船で爆発物を落下させる可能性については、「武器化する可能性は排除できないが、過度な解釈だ」と否定的な見方を示しています。韓国軍は、これまでに風船にタイマー式の発熱装置が取りつけられていることも確認、一定時間が経過した後に、空中でゴミの入った袋を焼き切って分離するためとみられています。また、2024年10月24日に韓国に飛来した風船の積載物には韓国の尹錫悦大統領と妻の金建希氏を批判するビラがあったといい、ごみ風船の飛来が始まって以降、このような内容のビラが散布されたのは初めてだといいます。

本コラムでもたびたび取り上げていますが、北朝鮮のITエンジニアが海外企業に身分を偽って就職する手口が巧妙化しています。2022年以降、米政府などは北朝鮮の偽労働者について注意喚起していますが、AIを用いた高度な手口も使われ、対策は難しくなっているといいます。米司法省は2024年8月、北朝鮮のIT技術者が米国や英国の企業に就職するための場所貸しをしたとして、テネシー州のラップトップファームの運営者の男を起訴しています。技術者は北朝鮮や中国にいて、ファームの住所を勤務場所として届け出、ファームは企業が社員に貸与するパソコンを受け取り、リモート操作を受け入れるツールを仕込み、あたかも技術者が米国内でパソコンを操作しているように装うもので、男は2022年から1年超にわたり、技術者らが計数十万ドルを稼ぐのを手助けしていたといいます。テネシー州中部地区のヘンリー・レベンティス連邦検事は「北朝鮮は兵器計画の資金を得るため、何千人ものIT労働者を世界中の企業に潜り込ませている」と指摘、5月にもアリゾナ州のファーム運営者が起訴されています。顧客の技術者らは米国の銀行など300社以上をだまし、680万ドル(約10億円)以上の給与を得たとみられています。偽装就職には給与だけでなく、サイバー攻撃につなげる狙いもあるといいます。米セキュリティ企業のKnowBe4は7月、北朝鮮のハッカーとみられる男が就職面接に合格し、ファームに研修用パソコンを送付したところ、マルウエア(悪意のあるプログラム)を仕込もうとする動きを検知し、情報を盗まれるなどの被害は食い止めたといいます。暗号資産調査で最大手の米チェイナリシスも、北朝鮮が暗号資産交換所に採用を申し込む手口で侵入していると警鐘を鳴らしています。近年、暗号資産を盗むサイバー攻撃は、金融機関などを介さずに自律的に稼働するプログラムで取引をする「分散型金融(DeFi)」を狙う手口が主流で、組織としての実体がないため規制が難しく、セキュリティが脆弱なサービスが多く存在していたためです。「システム上の防衛技術が高まるにつれて、社員に接触しやすい交換所をだます攻撃が増えているようだ」とし、日本での被害は確認されていないものの「朝鮮半島出身者のコミュニティーが国内に存在する日本では偽労働者を判別しにくく、注意が必要だ」といいます。専門家は「工作員が本格的に偽装すれば民間企業が対処するのは難しい。政府が情報収集能力を強化するとともに、人種差別やプライバシーに配慮しながら民間と情報共有する仕組みが必要だ」と指摘しています。

日米韓、英仏独など有志国11か国は、北朝鮮に対する国連制裁の履行状況を監視する新たな多国間の組織「多国間制裁履行監視チーム(MSMT)」を設立すると発表しています。国連安全保障理事会の北朝鮮制裁委員会専門家パネルは2024年4月、ロシアが任期延長決議案に拒否権を行使したことで廃止されており、専門家パネルの代替組織となります。ソウルでの日米韓の外務次官協議に合わせ、11か国は共同声明を発表し「新たなメカニズムは、制裁違反と回避の試みに関する厳密な調査に基づく情報公開で、国連制裁の完全履行を支援することを目指す」と強調しています。2009年に設置された国連の専門家パネルは、北朝鮮の制裁逃れや核・ミサイル開発状況を調査して安保理に報告書を提出してきました。韓国外交省によると、新たな組織は国連傘下に入らず、有志国が北朝鮮の制裁逃れの活動を常時監視し、報告書を発行するとし、定期的な報告書だけでなく、特定のテーマに絞った報告も検討するとしています。核・ミサイル開発やロシアとの武器取引、ハッキングによる資産窃取、海上で物資を密輸する「瀬取り」などが念頭にあるとされます。北朝鮮メディアは、MSMTを発足させたことに関し、崔善姫外相が「主権侵害行為だ」と談話で反発したと伝えています。参加する11カ国を全て名指しし「必ず代償を払うことになる」と警告しています。崔氏は、新組織は「非合法で、存在自体が国連憲章の否定になる」と主張、こうした敵対行為は反米勢力の結集につながると強調しています。

北朝鮮が韓国を「敵対国家」と規定した憲法改正を行ったことが、朝鮮中央通信の報道で明らかとなりました。金総書記が2023年末、南北平和統一路線を放棄し、韓国を敵対国と位置付けましたが、憲法改正で韓国への敵対姿勢がより鮮明になっています。同通信は、北朝鮮軍が南北軍事境界線の北側で韓国につながる道路や鉄道線路などを爆破したと伝え、「大韓民国を徹底的な敵対国家として規定した憲法の要求」に基づいた措置だと主張したものです。北朝鮮は2024年10月上旬に開いた最高人民会議(国会に相当)で憲法を一部改正したと発表、韓国を敵視する項目を加えた上で、南北の平和統一に関する内容を削除した可能性がありますが、韓国との「国境線」についても規定したのかどうか明らかにしていないなど、詳細は不明です。鉄道路線と周辺道路の一部爆破について、韓国軍は韓国側の地域でけん制するための「対応射撃」を行い、韓国統一省は、「南北合意の明白な違反だ。異常な措置で強く糾弾する」との声明を発表しています。鉄道事業は北朝鮮の要請により約1億3290万ドル(約198億円)の借款方式で行われたとし、「償還義務は北朝鮮にある」と訴えています。なお、関連して、北朝鮮メディアは、同国の「対敵研究院」が韓国の尹錫悦政権を批判する白書を2024年11月2日に発表したと伝えています。白書は、尹氏が権力維持のために北朝鮮への挑発や敵対行為を主導していると非難、韓国内の社会、経済問題を列挙し「無能な統治」「犬の方がましだ」などと罵詈雑言を並べているといいます。対敵研究院の存在が北朝鮮メディアで報じられるのは初めてで、韓国を敵視する政策に基づき、新設された政府機関とみられます。白書は、尹氏の妻が「政治への介入と不正蓄財を繰り返している」とも主張、尹政権の支持率が低迷し与党内で亀裂が生じていると記しています。なお、直接的に改憲を公表してこなかった理由についてさまざまな憶測が流れています。元朝鮮労働党幹部は、金総書記が「北南関係は敵対的な国家関係」「同族ではない」と位置付けたことについて、「説明に無理があるため、調整が難航している」と指摘、金総書記の祖父の金日成主席と父の金正日総書記は、南北統一を目指していたため、韓国を「敵」とすることは、先代までの業績の否定につながるほか、「同族ではない」と否定するのは、朝鮮戦争などで韓国側と生き別れた離散家族が存在することと矛盾することになります。元幹部は「国民の間に混乱が広がらないよう、理論や組織の整備などを慎重に作業しているようだ」と指摘しています。北朝鮮がこうした混乱を招いてまで韓国敵視政策の導入を急いで南北の断絶を図るのは、北朝鮮内に急速に広がる韓国文化の浸透を恐れたためだと考えられています。北朝鮮は憲法改正を明言しない一方で、南北を連結する道路や鉄道の完全遮断を予告し、実行したことを、報道を通じて明らかにしてきました。韓国に対し、敵視政策の導入方針に変わりがないことを強調し、国内での混乱や動揺を隠す意図があったと考えられます。こうした背景事情から、敵視政策は国民を韓国から制度的にも物理的にも切り離していくことを狙ったものであって、「敵」と位置づけた韓国に軍事行動を起こす可能性は低いと指摘する専門家もいます(が、逆に軍事行動を起こす決断をしたとの見方もあることは前述したとおりです)。

韓国を拠点とする人権団体「転換期正義ワーキンググループ」は、脱北を試みたり、韓国の親族に電話をかけようとした北朝鮮人100人以上が国家保衛省(秘密警察)に身柄を拘束された後に行方が分からなくなっているとの報告書をまとめています。報告書は韓国に脱北した62人へのインタビューを基に作成、66件の失踪事件に巻き込まれた113人を特定しています。このうち80%に相当する90人は北朝鮮国内で逮捕され、残りは中国もしくはロシアで逮捕されたといい、失踪事件の約30%は金総書記が権力の座についた2011年末以降に起きたといいます。また、失踪者の約40%は、脱北を図って逮捕された後に行方が分からなくなっています。26%は家族が犯罪に関与した責任を問われ、約9%は韓国などにいる人物と連絡を取ったとして拘束されたといいます。失踪者の81%以上は、国家保衛省に移送・拘束された後に行方が分からなくなったといいます。報告書の作成者は、失踪事件は金体制による国際犯罪であり、中国とロシアも関与していると主張、国連は、国家保衛省が運営する強制収容所に最大20万人が政治犯などとして拘束されていると推定、2014年の国連調査委員会の報告によると、収容者は拷問、性的暴行、強制労働、飢餓といった非人道的な扱いを受けているといいます。北朝鮮の朝鮮人権研究協会は2024年10月、失踪など人権侵害に関する国連の報告を「作り話」だと非難しています。

北朝鮮国営メディアは、2024年10月10日に朝鮮労働党の創建79年を記念したコンサートや祝宴が開かれたと伝えています。金総書記は全ての労働者を、共産主義を信奉する革命家へと育成しなければならないと呼びかけています。金総書記は同党について、前例のない苦難を乗り越え、外部勢力からの脅威を阻止し、強大な国家を建設するために全力を注いできた世界最長の執政党だと誇り、党機関紙・労働新聞に掲載されたメッセージで、北朝鮮は内外からの挑戦に直面しており、党は革命的共産主義の勝利のために先頭に立たなければならないと述べています。なお、金総書記は最高指導者の「個人的賓客」としてロシアの駐北朝鮮大使を招き、厚遇した一方、労働新聞の記事や写真で中国大使の出席は確認できていないことから、露朝関係と対照的に、中朝間には「すきま風」が吹いているとの見方が根強くなっています。それに先立ち、中国と北朝鮮は10月6日に国交樹立75年を迎えましたが、2009年以来の「中朝友好年」にもかかわらず高官往来や記念行事の開催は伝えられず、関係の停滞を印象づける結果となっていたところでした。金総書記と習近平国家主席が祝電を交換したと報じられましたが、金総書記からの祝電の文字数は2019年の国交樹立70年から4割近く減ったといいます。また、金総書記は2019年の祝電で、習氏を「尊敬する総書記同志」と呼んでいましたが、今回は「尊敬する」の表現はなくなったようです。中朝国境の遼寧省丹東と対岸の北朝鮮側とを結ぶ「鴨緑江大橋」も、開通に向けた動きがありませんでした。橋は2009年に建設で合意し、運用が始まれば「良好な中朝関係をアピールする絶好機」(外交筋)になるはずでしたが、中朝貿易も振るわず、2024年1~8月までの総額は前年比8.2%減にとどまっています。新型コロナ禍後に北朝鮮からの注文が減り、営業をやめる貿易会社が増えていることが背景になるとされます。韓国の国情院は、「中朝関係はかなり悪化している」と指摘、国連安全保障理事会の対北朝鮮制裁決議が2019年12月までの送還を義務づけた北朝鮮人労働者を巡り、中国側が新規受け入れに消極的なことに北朝鮮が反発を強めているためだとして「関係改善の可能性は高くない」と分析しています。中国側による、北朝鮮が行う密輸の摘発強化も一因とみられています。中国当局が、金総書記が使用するとみられる物品を含む密輸品を差し押さえたと報じられています。中国側は北朝鮮がロシアと6月に有事の相互軍事支援を定めた「包括的戦略パートナーシップ条約」を交わすなど軍事協力を強める中、日米韓も防衛協力を強めていることにいら立っているとの見方があります。こうした状況の中、北朝鮮メディアは、10月20日、中国の建国75年に際して金総書記が送った祝電に対し、習近平国家主席が答電で謝意を示したと報じ、習氏は北朝鮮の国民を「兄弟」とし、「伝統的な友好は歳月が過ぎるほど堅固になっている」と強調、今後も協力を発展させると記しています。いずれにせよ、露朝関係、中朝関係の今後については、注視していく必要があります。

3.暴排条例等の状況

(1)暴力団排除条例に基づく逮捕事例(東京都)

以前の本コラムでも取り上げましたが、新宿・歌舞伎町で焼き鳥チェーン大手「鳥貴族」系列店を装って、準暴力団「チャイニーズドラゴン」の関係者とみられる人物が経営する居酒屋の客引き事件を巡り、店の営業を容認する見返りとして格安で暴力団の新年会を開催して酒類の提供を受けたとして、警視庁暴力団対策課は、東京都暴排条例違反の疑いで、住吉会傘下組織幹部ら2人を再逮捕しています。報道によれば、新年会には約50人が参加、飲み放題で3時間滞在し、通常の客であれば代金は数十万円になるところを、数万円の支払いで済ませていたといいます。同幹部らはこの店からみかじめ料を受け取ったとして、2024年10月に逮捕されています。会場となった居酒屋は2024年1~2月、鳥貴族の系列店を装って客引きし、自分たちの店に連れ込んだとして摘発を受けていたところになります。

▼東京都暴力団排除条例

東京都暴排条例第二十五条の四(暴力団員の禁止行為)において、「暴力団員は、暴力団排除特別強化地域における特定営業の営業に関し、特定営業者に対し、用心棒の役務の提供をしてはならない」として、第2項で、「暴力団員は、暴力団排除特別強化地域における特定営業の営業に関し、特定営業者から、用心棒の役務の提供をすることの対償として、又は当該営業を営むことを容認することの対償として利益供与を受けてはならない」と規定されています。そのうえで、第三十三条(罰則)において、「次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する」として、「四 第二十五条の四の規定に違反した者」が規定されています。

(2)暴力団排除条例に基づく逮捕事例(広島県)

福山市でキャバレーの経営者からみかじめ料489万円を受け取ったとして、広島県暴排条例違反の疑いで、浅野組傘下組織である中岡組幹部ら2人が再逮捕されています。報道によれば、2人は共謀して2022年1月ごろから2024年9月ごろまでの間、福山市でキャバレーの経営者5人からあわせて489万円のみかじめ料を受け取った疑いが持たれています。2人は別の飲食店経営者からみかじめ料を受け取ったとして2024年10月に逮捕されており、2人のスマホを解析したところ、今回の容疑が浮上したということです。

▼広島県暴力団排除条例

広島県暴排条例第十一条の三(暴力団員の禁止行為)第2項において、「暴力団員は、暴力団排除特別強化地域における特定営業の営業に関し、特定営業者から、用心棒の役務の提供をすることの対償として、又は当該営業を営むことを容認することの対償として利益の供与を受けてはならない」と規定されています。そのうえで、第二十七条(罰則)において、「次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する」として、「二 第十一条の三の規定に違反した者」が規定されています。

(3)暴力団排除条例に基づく略式命令発出事例(宮城県)

仙台市青葉区国分町の性風俗店から用心棒代などを受け取っていたとして、逮捕・送検されていた住吉会傘下組織幹部に対し、罰金50万円の略式命令が発出されています。報道によれば、2023年7月~2024年8月下旬頃にかけて 同町の性風俗店から用心棒代やみかじめ料として現金あわせて252万円を受け取ったというものです。幹部ら3人が略式起訴され、このうち幹部と風俗店経営者が罰金50万円、組員に罰金30万円の略式命令が出されています。また同じ容疑で送検されていた、風俗店従業員の男性は起訴猶予処分となりました。

▼宮城県暴力団排除条例

宮城県暴排条例第十九条の三(暴力団員の禁止行為)第2項において、「暴力団員は、暴力団排除特別強化地域における特定営業に関し、特定営業者から、用心棒の役務の提供をすることの対償として、又は当該営業を営むことを容認することの対償として金品等の供与を受けてはならない」と規定されています。そのうえで、第二十五条(罰則)において、「次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する」として、「四第十九条の三の規定に違反した者」が規定されています。

(4)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(静岡県①)

70代の男性に対し、所属する指定暴力団の威力を示して自分が使用する携帯電話を契約するよう要求したとして、警察は六代目山口組傘下組織である藤友会系幹部に暴力団対策法に基づく中止命令を発出しています。報道によれば、幹部は2024年10月、面識のある静岡県東部地区に住む70代の男性に対して所属する指定暴力団の威力を示し、男が使用する携帯電話を契約するよう要求した疑いが持たれています。

▼暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律

暴力団対策法第九条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない」として、「二 人に対し、寄附金、賛助金その他名目のいかんを問わず、みだりに金品等の贈与を要求すること」が規定されています。そのうえで、第十一条(暴力的要求行為等に対する措置)において、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をしており、その相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該暴力的要求行為を中止することを命じ、又は当該暴力的要求行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる」と規定されています。

(5)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(静岡県②)

暴力団の威力を示して金品や無償で働くことなどを要求したとして、警察は2024年10月、暴力団対策法に基づき、六代目山口組傘下組織である藤友会系組に中止命令を発出しています。報道によれば、男は2024年9月、面識のあった静岡県東部地区に住む20代の男性に対して「きっちりけじめをとるからな」などと言って、所属する指定暴力団の威力を示して金品を要求した上、無償で働くことなどを要求したものです。

(6)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(沖縄県)

沖縄県警石川署は、造成工事の代金を巡るトラブルに乗じて「180万円を返せ」などと30代男性と20代女性に不当贈与要求行為をしたとして、暴力団対策法に基づき、旭琉会二代目傘下組織である功揚一家区民2人に中止命令を発出しています。

(7)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(福島県)

福島県警は、市内に住む50代の男性に対し、自分が所属する暴力団の威力を示し、債務返済の履行の猶予を要求したとして、暴力団対策法に基づき、住吉会傘下組織組員に中止命令を発出しています。

暴力団対策法第九条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない」として、「八 人に対し、債務の全部又は一部の免除又は履行の猶予をみだりに要求すること」が規定されています。そのうえで、第十一条(暴力的要求行為等に対する措置)において、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をしており、その相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該暴力的要求行為を中止することを命じ、又は当該暴力的要求行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる」と規定されています。

(8)暴力団対策法に基づく再発防止命令発出事例(福岡県)

福岡県公安委員会は、暴力団対策法に基づき、太州会傘下組織組員に再発防止命令を発出しています。報道によれば、男は2022年2月頃、死亡した組長から利息制限法を上回る金利で数十万円を借りた女性2人に対し、「自分が引き継ぐことになった」などとして金銭を要求しており、県警は同様の行為をしないよう命令しています。当時、女性2人の元金は返済された状態だったといい、うち1人が2024年8月、返済不能になって県警に相談したものです。

暴力団対策法第九条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない」として、「六次に掲げる債務について、債務者に対し、その履行を要求すること。イ 金銭を目的とする消費貸借(利息制限法(昭和二十九年法律第百号)第五条第一号に規定する営業的金銭消費貸借(以下この号において単に「営業的金銭消費貸借」という。)を除く。)上の債務であって同法第一条に定める利息の制限額を超える利息(同法第三条の規定によって利息とみなされる金銭を含む。)の支払を伴い、又はその不履行による賠償額の予定が同法第四条に定める制限額を超えるもの」が規定されています。そのうえで、第十一条(暴力的要求行為等に対する措置)第2項において、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をした場合において、当該指定暴力団員が更に反復して当該暴力的要求行為と類似の暴力的要求行為をするおそれがあると認めるときは、当該指定暴力団員に対し、一年を超えない範囲内で期間を定めて、暴力的要求行為が行われることを防止するために必要な事項を命ずることができる」と規定されています。

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