暴排トピックス
首席研究員 芳賀 恒人
1.「闇バイト」緊急対策に欠けているもの~「犯罪者を生まないための対策」とは
2.最近のトピックス
(1)AML/CFTを巡る動向
(2)特殊詐欺を巡る動向
(3)薬物を巡る動向
(4)テロリスクを巡る動向
(5)犯罪インフラを巡る動向
(6)誹謗中傷/偽情報等を巡る動向
(7)その他のトピックス
・中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向
・IRカジノ/依存症を巡る動向
・犯罪統計資料から
(8)北朝鮮リスクを巡る動向
3.暴排条例等の状況
(1)暴力団排除条例の改正動向(三重県)
(2)暴力団排除条例に基づく勧告事例(長野県)
(3)暴力団排除条例に基づく勧告事例(北海道)
(4)暴力団対策法に基づく逮捕事例(岡山県)
(5)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(大分県)
(6)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(沖縄県)
1.「闇バイト」緊急対策に欠けているもの~「犯罪者を生まないための対策」とは
匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)が主に関与している「闇バイト」を起点とした犯罪が多発し、体感治安が著しく悪化している状況を受けて、政府の犯罪対策閣僚会議は、2024年12月17日、「いわゆる「闇バイト」による強盗事件等から国民の生命・財産を守るための緊急対策」(以下「緊急対策」)を決定、公表しています。その内容は、以下のとおりです。
▼首相官邸 犯罪対策閣僚会議
▼いわゆる「闇バイト」による強盗事件等から国民の生命・財産を守るための緊急対策
- 緊急対策
- 「被害に遭わせない」ための対策
- SNS等を利用した犯罪の捜査上の課題に対応するためのSNSアカウントの開設時の本人確認の強化を含む措置について検討を行うほか、事業者に対して本人確認の厳格化を要請する。
- 犯罪の発生実態等を踏まえ、防犯カメラの増設が必要な場所を整理するほか、地域社会の多様な関係者に保存期間の十分な防犯カメラの増設を働き掛けていく。
- 新しい地方経済・生活環境創生交付金については地域防犯力の強化を推奨すべき事業として明示し、地方創生臨時交付金(重点支援地方交付金)については地域防犯力の強化を推奨事業メニューとして特別に明示し、これを自治体に周知徹底することにより確実に防犯カメラの整備が行われるように支援する。
- 「犯行に加担させない」ための対策
- 「闇バイト」の募集情報の実効的な削除に資するよう、労働者の募集を行う者が広告等により募集情報を提供するときは、職業安定法に基づき、求人者の氏名又は名称・住所・連絡先、業務内容、就業場所及び賃金の表示が求められ、これらの表示がないものについては違法である旨を通知により明確化し、広く周知徹底する。フリーランスに対する業務委託の募集についても、同様の対策を講じる。
- 検討中の違法情報ガイドラインにおいて、「闇バイト」を募集することや、募集者の氏名等が含まれていない募集広告が職業安定法等に違反する旨の記載を盛り込む方向で検討を進める。あわせて、プラットフォーム事業者に対し、同ガイドラインにおける記載内容を各者の削除等に関する基準に盛り込むよう求める。
- 雇用仲介事業者に対し、「闇バイト」に関する求人情報の掲載防止のための取組内容を確認し、必要に応じ、事前審査の厳格化を始めとした防止措置の強化など指導等を行うとともに、業界団体においても「闇バイト」に関する求人情報の掲載防止のための取組を推進する。
- 若者に訴求力の高い著名人にSNS上に「闇バイト」等の危険性等について投稿を要請するほか、ターゲティング広告やアドトラックの活用等、その他の媒体や方法の拡充を図る。
- 「犯罪者のツールを奪う」ための対策
- 個人情報を悪用する事業者等に対して、個人が個人情報を提供する事例も見受けられることから、警察からの情報提供を踏まえ、個人情報に係る規律を周知するなど、国民が自らの個人情報を適切に取り扱うための広報啓発を更に推進する。
- 「闇バイト」等による強盗事件等の捜査においては、被害金の追跡を行うに当たって、金融機関に照会を行う必要があるところ、金融機関への照会・回答の迅速化を図る。
- 「犯罪者を逃がさない」ための対策
- 現行法の範囲内で実施可能な仮装身分捜査の在り方を検討し、ガイドライン等で明確化した上で、早期に仮装身分捜査を実施する。
- 警察におけるサイバー犯罪対策部門の更なる体制強化、各種装備資機材の充実強化、幹部警察官や技術系職員を含む警察職員に対するサイバー教育の更なる充実強化に取り組むほか、更なる情報技術解析の高度化に向け、外国機関との連携等を行う。
- 諸外国の例を参考にしたインターネットサービスの悪用の実効的排除に資する法制度の調査・検討を行う。
- 海外事業者の日本法人窓口の設置の働きかけなど情報提供の迅速化のための環境整備を行う。
- 「被害に遭わせない」ための対策
- 「国民を詐欺から守るための総合対策」のフォローアップ
- 「被害に遭わせない」ための対策
- 多様な媒体を活用した被害防止に資する情報発信
- X、YouTube、Yahoo!、Smart Newsにおいて、特殊詐欺や犯罪実行者募集に係るターゲティング広告を実施。
- 多様な媒体を活用した被害防止に資する情報発信
- 「犯行に加担させない」ための対策
- 犯罪実行者募集投稿に対する以下を実施
- 返信(リプライ)機能を活用した投稿者への迅速な個別警告
- 3,922件の個別警告(令和6年4月~11月)
- インターネット・ホットラインセンターによるSNS事業者への削除依頼
- 3,467件が削除(令和6年4月~11月)
- 返信(リプライ)機能を活用した投稿者への迅速な個別警告
- サイバー空間からの違法・有害な労働者募集の排除
- 雇用仲介事業者に対し、違法・有害な募集情報の掲載防止のための措置、掲載されていることを発見した場合における迅速な削除等を要請するとともに、事業者が違法・有害な募集情報を放置した場合には労働局による指導・監督の対象となり得ることを周知。
- 青少年をアルバイト感覚で犯罪に加担させないための教育・啓発
- 全ての大学等に闇バイト等で学生が犯罪に加担することがないよう、学生向けの周知啓発の取組を求める通知の発出を行うとともに、児童生徒に対しても、非行防止教室や防犯指導を実施。
- 犯罪実行者に応募した者が犯行実行前に踏みとどまれるよう、警察による保護と実行前の相談を呼びかける動画を発信し、11月末時点で125件で保護。
- 犯罪実行者募集投稿に対する以下を実施
- 「被害に遭わせない」ための対策
- 「犯罪者のツールを奪う」ための対策
- 闇名簿対策
- 名簿屋等の事業者における個人データの取扱いについて、大量の個人データが不正に持ち出され、名簿業者に売却された事案については、立入検査を実施し、個人情報保護法違反が認められたため、売却先に指導等を行うとともに、虚偽報告を行った業者に対して刑事告発を実施。
- 令和6年6月~11月に立入検査2件、指導等2件(うち1件は刑事告発)を実施。
- 携帯電話契約時の本人確認の実効性確保に向けた取組
- 携帯電話契約時の本人確認方法等について、偽変造された本人確認書類による不正契約等を防ぐ観点から、本人確認書類の写しを用いた非対面の方法を廃止する等、見直しの方向性に係る意見募集を実施したところ。その結果等を踏まえ、制度改正を予定。
- 闇名簿対策
- 「犯罪者を逃がさない」ための対策
- SNS事業者における照会対応の強化
- SNS事業者に対し、捜査の迅速化の観点から、照会対応体制の拡充等を要請した結果、被害者との連絡ツールとして利用されていたSNSを運用するSNS事業者との間で、より迅速・合理的な照会方法について合意し、運用を開始。
- 「闇バイト」関連の強盗等事件の取締り
- 令和6年8月~11月までに1都3県において発生した「闇バイト」との関連が疑われる一連の強盗等事件19事件について、17事件・46人を検挙(12月5日時点)。
- SNS事業者における照会対応の強化
この緊急対策におけるさまざまな施策についてはそのとおりとして、筆者は「犯罪者を生まないための対策」という大きな視点が欠落しているのではないかと感じています。闇バイトを起点とした犯罪にはトクリュウの関与がありますが、そのトクリュウも実は大きく2種類に分けられ、その特性の違いはそのまま「犯罪者を生まないための対策」の違いにもなります。
トクリュウは、令和6年版犯罪収益移転危険度調査書において、「中核的人物が、自らに捜査が及ぶことのないようにするため、匿名性の高い通信手段を使用して実行犯への指示をするなど、各種犯罪により得た収益を吸い上げる中核部分は匿名化される一方、犯罪の実行者は、SNSでその都度募集され、検挙されても新たな者が募集されるなど流動化している」という特徴と、「特殊詐欺をはじめ、組織的な強盗や窃盗、違法なスカウト行為、悪質なリフォーム業、薬物密売等の様々な犯罪を敢行し、その収益を有力な資金源としているほか、犯罪によって獲得した資金を風俗営業等の新たな資金獲得活動に充てるなど、犯罪収益等を還流させながら、組織の中核部分が利益を得ている構造がみられる。また、資金の一部が暴力団に流れているとみられるものや、暴力団構成員をグループの首領やメンバーとしているもの、暴力団構成員と共謀して犯罪を行っているものも確認されている。暴力団と匿名・流動型犯罪グループは、何らかの関係を持ちつつ、両者の間で結節点の役割を果たす者も存在するとみられる」という特徴をもつものとして指摘されています。つまり、トクリュウには「犯罪の実行者」と「中核部分」という大きな区分があり、「暴力団」という切り口からみでも、「犯罪の実行者としての暴力団」と「中核部分としての暴力団」に二極化していると考えられます。
「犯罪の実行者」としてのトクリュウには、もっぱら経済的に困窮している(遊興費を費消する理由を含む)若者や中高年、同様に貧困化している「貧困暴力団」が属しています(これらを便宜上まとめて「若者ら」と表記します)。「犯罪者を生まないための対策」の視点から考えるべきは、「セーフティネットがなぜ機能していないのか」という視点になります。言い換えれば、経済的困窮に悩み、手立てを探していた若者らは、なぜ社会保障制度の利用ではなく、「闇バイト」へ応募したのか(なぜ社会保障制度は届かなかったか)ということです。闇バイトに応募した若者らの多くは、SNSで「#高収入」「#高収入バイト」「#副業」といったキーワードを検索したり、目にしたりして、問題になっているような案件にたどり着いています。社会保障制度が選択されない理由は正にここにあり、闇バイトが社会保障制度と比べて、「即時性」「簡便性」「接近性」という優位性をもつからだとの指摘があり、筆者もそのとおりだと考えています。社会保障制度は、申請から給付まで時間や手間を要するものであり、一方の闇バイトは「即日即金」「今日働いて、今日お金がもらえる」とうたい、借金の返済を迫られていたり、家賃の支払いの督促を受けていたり、今すぐにでも現金が必要な人にとって、この「即時性」は大きな誘因となることは間違いないと思われます。「簡便性」は、応募や開始までのハードルの低さ、「接近性」は、SNSやネット掲示板など、若者にとって身近な手段で勧誘が行われるという身近さがあり、いずれの視点からも社会保障制度がもたない「即時性」「簡便性」「接近性」が、逼迫した若者らに「響かない」「届かない」「遠ざける」ものだといえます。そして、残念ながら社会保障制度を選択できない状況にある若者らが行き着く先は闇バイトに限らず、過度な労働、風俗での望まない就業、自殺などです。この深刻な社会課題に対して取り組むことが、本来必要な「犯罪者を生まない対策」なのだと思います。そして、具体的な対策として検討すべきは、緊急給付の新設、給付プロセスの大幅な簡素化・迅速化、即時給付型の就労支援など、政治レベルでの決定と実行が必要なものばかりです。さらに本質的には、社会の閉塞感の打破や格差の是正といった課題につながっているといえます。社会保障制度に基づく給付におけるとりわけ「即時性」の乏しさを解消できるのは政治しかありません。その根本部分の解決に踏み込まない限り、闇バイトを選択する困窮者は後を絶たず、犯罪組織に資金が流れ込み続け、体感治安の改善は望めないのであって、トクリュウが磨きぬいた「闇のエコシステム」がより強固になるばかりなのです。
「中核部分としてのトクリュウ」は、「貧困暴力団」と対極にある「勝ち組」としての暴力団との関係性がうかがえます。一方で、この中核部分について、「高度な匿名性」を堅持し続けることは実は容易ではありません。もし暴力団が組織的にトクリュウの上に君臨する「首魁」であれば、どこかのタイミングで「ここの闇バイトは、あの組が仕切っている」と必ず話が拡がってしまうものだからです。結論から言えば、トクリュウの背後に暴力団が存在することは否定できないにせよ、それが「組織的なもの」かどうかは現時点では明確ではないということです。直近、道仁会関係者が闇バイトの募集に関与していたとして摘発されましたが、「組織的な関与」とまではいえず、幹部クラスの個人的な資金獲得活動(シノギ)の延長線上の可能性もあります。暴力団の「強固な組織性」のもと、暴力団対策法上の「使用者責任」として「組織的な関与」を導くことはできても、それだけではトクリュウの背後にいる「真の受益者」である「首魁」に辿り着いたことにはなりません。さらに、「犯罪者を生まないための対策」としては、闇バイト経由の犯罪に関与した暴力団を摘発するだけでは十分ではないということになります。さらに言えば、「県境や国境などのない相手」であるトクリュウや暴力団、首魁と対峙するためには、捜査する側も「縦割り」的な体制を見直して、警視庁や同府県警の横の連携の強化、さらには米連邦捜査局(FBI)のような国家警察的な捜査態勢が必要になるかもしれません。また、闇バイト経由の犯罪だけでなく、最近のサイバー攻撃の多発などに対する捜査上の大きな壁は「匿名性」でありトクリュウ対策、闇バイト対策、暴力団対策と同じ課題を抱えています。匿名性を乗り越えるため、政府は法規制も含めた対応をとり、警察など捜査機関に法的武器を与えることが重要です。匿名性との闘いは、「犯行に加担させない」とか「犯罪者のツールを奪う」、「犯罪を逃がさない」といった次元ではなく、「犯罪者を生まないための対策」の視点から、より根本的な解決策を志向すべきです。サイバー攻撃であれば、そもそもサイバー攻撃を未然に防ぐための「能動的サイバー防御」がようやく検討の遡上に上りましたが、このような従来の対策から一歩も二歩も踏み込んだ対策こそ目指すべきです。すでに国民に犠牲が多数出続けている状況をふまえれば、これ以上、犯罪組織に後れをとることは許されません。組織犯罪対策には「犯罪者を生まないための対策」の視点が必要であり、その対策の実行には高いバードルがあるものの、ここからが正念場となります。
「犯罪者を生まないための対策」の議論以外で今回出された緊急対策の大きな目玉施策は、「仮装身分捜査」と「SNS/求人プラットフォーマー対策」の2つだと考えます。
「仮装身分捜査」は、トクリュウに対抗する捜査の「切り札」と期待される一方、乱用防止をどう担保するかといった課題も残っています。捜査員が身分や意図を隠して犯人側と接触する捜査手法はこれまでも違法薬物や銃器の取引に限定して行われてきました。客になりすまして密売人に売買を働きかける「おとり捜査」や、荷物の中身が違法薬物と分かっていても、あえて取引を継続させる「クリーン・コントロールド・デリバリー(CCD)」などです。麻薬取締法は、犯罪捜査のためであれば、麻薬取締官が薬物を譲り受けることを認めていますが、おとり捜査については、根拠規定はないものの、最高裁は2004年の決定で、(1)直接の被害者がいない薬物犯罪などの捜査で、(2)通常の捜査手法のみでは摘発が困難な場合に、(3)機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者におとり捜査を行うことは、令状の必要がない任意捜査として許されるとしました。一方、今回導入される仮装身分捜査は身分証の偽造という捜査側の積極的な作為が伴うことや、強盗、窃盗など直接の被害者も見込まれる事件を対象とする点で、おとり捜査とは異なります。警察庁は、闇バイトの募集に仮装身分で応じ、実行前に強盗予備罪などで摘発することを想定しているとみられますが、報道で現場の捜査幹部は「暴力団と違い、闇バイトの場合は組織の枝分かれが激しく実態がつかめない。仮装身分で内部に入り込めるのは大きい」と話しています。トクリュウは対面を避け、秘匿性の高い通信アプリでしかつながりを持たず、このため実行役をいくら摘発しても、上位者にたどり着く「突き上げ捜査」が難しいとされてきました。今後、仮装身分によりアプリでやり取りする段階から捜査ができれば、指示役のメッセージの保存や音声の録音も可能になります。仮装身分証の作成は、公文書偽造罪などに抵触する行為ですが、警察庁は刑法35条の正当業務行為として違法性が阻却されるとし、法改正なしでも導入できるとの見解ですが、慎重な検討が必要となります。闇バイトはさまざまな犯罪に派生する可能性があり、ガイドラインでは適用対象は示されないと考えられますが、乱用の歯止めは不可欠であり、法改正をしないまま、解釈で運用に踏み切る点にも懸念は残ります(実は、捜査対象者の車両などにGPS発信器を取り付ける捜査手法は従来、任意捜査として広く活用されていましたが、最高裁が2017年に「違法」と判断。強制処分に当たるとして「立法措置が講じられることが望ましい」と指摘した経緯があります)。報道によれば、ドイツでは薬物や武器の取引、通貨偽造などの重大犯罪を対象に、警察官が「ある程度永続的に変更された架空の身分」を与えられ、捜査に当たるといい、フランスでは汚職、詐欺などの組織犯罪が対象、捜査員が犯行グループの一員として薬物の運搬など一定の犯罪行為を行っても、訴追されないとされます。導入済みの各国では、捜査機関の乱用につながらないよう法令やガイドラインで運用基準を定めており、米国では米連邦捜査局(FBI)が「潜入捜査活動に関する司法長官指針」の中で、実施に当たっては「慎重な検討や監視が必要」と明記、第三者に危害が及ぶといったリスクと秘匿捜査を行うことの利点を慎重に比較するよう求めています。報道で甲南大・園田寿名誉教授は、「仮装身分捜査により、闇バイトを通じた実行役の摘発のほか、応募者の中に警察官がいるかもしれないと犯罪グループに思わせることで事件抑止にもつながり、一定の効果は期待できるだろう。ただ、あくまでイレギュラーな捜査手法であり課題は多い。捜査員が危険にさらされるリスクや一般市民が捜査協力者として捜査に巻き込まれる可能性もある。摘発のタイミングを誤ると実際に犯行が行われてしまい、捜査員自身も罪を犯すことになりかねない。対象は闇バイトの捜査に限定されるというが、解釈次第で適用範囲がなし崩し的に広がることも懸念される。政府は運用についてガイドラインを制定するようだが、それだけでコントロールが可能か疑問だ。国会で議論し、捜査側の権限をコントロールできるよう法整備も検討するべきだ。対象犯罪と方法を限定して法令に明記し、現場での経験も積み重ねた上で、恒久的な制度として成り立つか、考えていく必要がある」と指摘しているのは、正に正鵠を射るものといえます。一方、暴力団側の見解として、NEWSポストセブン誌上で暴力団幹部がコメントしており興味深いものがあります。具体的は、「「効果はある」と即答。「指示役にまでたどりつくのは無理でも、その場で事件を未然に防ぐことができるのが重要」、「実行に移す前に現場に集まった実行犯役を全員逮捕できれば、必ずその中の誰かはその上にいる指示役とつながっている。秘匿性の高いアプリを使っていたとしても、警察は彼らのやり取りを入手して、それを解析することができる」という。だが「それでも首謀者らは捕まらないよう壁をいくつも作っているから、指示役にたどりつくのは難しい」ともいう」、「警察が現場で実行犯らを検挙するのではなく、強盗したと見せかけ、実行犯らを外に出すことが必要だと幹部はいう。その理由は「ヤツらは必ず現場を見張っている」から、外に出て連絡や指示を出している人間が可視化されるからだという。「この手の事件を起こす時は、誰かが必ず現場が見える所から様子を伺っているものだ。警察が実行犯を逮捕しようと駆け付ければ、事件は未然に防げるが、その先は難しい。実行犯らと闇バイトのスカウトらとのやり取りは入手できても、連絡役が誰かを特定するのに時間がかかり、上のヤツらには逃げられる。その場でどこに振り込めばいいか連絡させることができれば、そのまた上につながっているヤツにたどり着ける」」といったものです。
「SNSプラットフォーマー対策」としてはSNSのアカウント開設時の本人確認強化を事業者に依頼するほか、SNS事業者らに削除の徹底を求める、SNS事業者との連絡強化などが盛り込まれています。SNSは日本法人がある場合は日本法人と、ない場合は本社に連絡を取り、日本法人設置も呼びかけるとしています。これまで闇バイトでは、秘匿性の高い「テレグラム」「シグナル」といったアプリが使われる例が報告されていますが、両者とも日本法人はなく、政府の担当者は「闇バイトによる強盗が多発し危機的状況だ。まずは緊急にできるものを中心に取りまとめた」と話しています。また、総務省は、Xなど事業者5社に、問題のある募集投稿の迅速な削除を要請しています。アカウント開設時の本人確認の厳格化も求め、募集者の氏名や住所、連絡先などの記載がない広告は「職業安定法違反と判断し得る」として、総務省が作成中の違法情報に関するガイドラインに記載する方針としています。違法であることを明確化し、事業者側に削除などの対応を促すとしています。さらに、捜査機関からの照会に対し、円滑に回答できる体制整備の検討も要請しています。5社はXのほか、フェイスブックなどを運営するメタ、通信アプリのLINEヤフー、ユーチューブのグーグル、TikTokの運営企業です。
▼総務省 SNS等におけるいわゆる「闇バイト」への対応に関する要請の実施
- 総務省は、本日、SNS等を提供する大規模事業者に対して、SNS等におけるいわゆる「闇バイト」への対応について、文書により要請を実施しました。
- ソーシャルネットワーキングサービスその他交流型のプラットフォームサービス(以下「SNS等」という。)の一部では、いわゆる「闇バイト」の募集活動が行われており、このような募集投稿を端緒とした強盗等事件が多発し、社会問題となっています。
- SNS等が国民生活や社会経済活動を支える社会基盤になる中で、「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会とりまとめ」(令和6年9月10日)でも提言されているように、プラットフォーム事業者はデジタル空間における情報流通の健全性の確保について一定の責任が求められる立場になっていると考えております。
- こうした状況を踏まえ、総務省は、本日、一般社団法人ソーシャルメディア利用環境整備機構(SMAJ)を通じて、SNS等を提供する大規模事業者(※)に対して、対策の実施を要請しました。
- 同機構への要請内容は別紙を御覧ください。
※同機構の会員企業のうち、当該企業又はその関連会社が日本国内における前年度末時点の平均月間アクティブユーザ数が1,000万人以上であるSNS等を提供する企業
▼別紙
- 昨今、ソーシャルネットワークサービスその他交流型のプラットフォームサービス(以下「SNS等」という。)の一部では、いわゆる闇バイトの募集活動が行われており、このような募集投稿を端緒とした強盗等事件が多発し、社会問題となっています。
- 総務省としては、昨年、違法行為の実行を募る行為と判断できる投稿も削除対象であることを明確化する旨の契約約款モデル条項の解説の改訂を周知するなど、対応を行ってきたところですが、現在も闇バイトの被害は後を絶ちません。
- SNS等が国民生活や社会経済活動を支える社会基盤になる中で、総務省の有識者会議のとりまとめでも提言されているように、プラットフォーム事業者はデジタル空間における情報流通の健全性の確保について一定の責任が求められる立場になっていると考えております。
- つきましては、上記を踏まえ、国民の生命・身体・財産を守るため、闇バイトの入口を塞ぐという観点から、貴団体に加盟する会員企業のうち大規模事業者(貴団体の会員企業のうち、当該企業又はその関連会社が日本国内における前年度末時点の平均月間アクティブユーザ数が1,000万人以上であるSNS等を提供する企業であるもの)が下記事項による対策の実施に取り組むよう、貴団体を通じて要請することといたしたいと存じます。
- 以上について、貴団体において会員企業のうち大規模事業者に対して伝達していただきますようお願い申し上げます※。
- なお、今後、総務省の有識者会合の場において、当該大規模事業者における下記事項への対応状況について御説明いただく機会を設定する可能性があることを申し添えます。
- 闇バイトの募集活動に係る投稿に対する利用規約等に基づく対応
- SNS等における闇バイトの募集活動に係る投稿に対し、利用規約等に基づき、より迅速に削除等の対応を実施すること。
- なお、総務省では、闇バイトの募集は職業安定法(昭和22年法律第141号)違反と判断し得るため、厚生労働省や警察庁と連携し、違法情報に関するガイドラインに関連記載を盛り込むことを検討しており、本年11月21日に同ガイドライン案を公表したところである。こうした状況を踏まえ、削除等の適切な対応を実施すること。
- SNS等のアカウント開設時における本人確認手法の厳格化
- 犯行グループのいわゆる「リクルーター」によってSNS等が闇バイトの募集活動に利用されていることを踏まえ、犯罪対策の観点から、SNS等のアカウント開設時における本人確認手法の厳格化(SMS認証等)を含む措置を検討すること。
- SNS等に対する照会への回答の円滑化
- 闇バイトに悪用されていることについての捜査機関等からの照会に対して、円滑に回答できる体制の整備を検討すること。
- SNS等の利用者に対する注意喚起・周知活動
- SNS等の利用者に対して、SNS等における募集投稿をきっかけとして「闇バイト」等により重大な犯罪に加担する危険性について、提供するサービス形態を踏まえた効果的な方法を検討し、注意喚起や周知活動を行うこと。
「求人プラットフォーマー対策」については、厚生労働省幹部は「仲介サイトを経由した闇バイトの募集は数%。大半はSNSや知人を通じた募集で、仲介事業者の対策だけでは限界がある」として、職業安定法は求人を出す際、募集者の名称や住所、連絡先、就業場所、賃金などの表示を求めているところ、こうした記載がない求人は違法であるとの解釈を新たに示し、周知、情報を掲載する求人プラットフォーマーなどが削除しやすいようにし、掲載時の審査も厳格化するよう求めるとしています。単発アルバイト仲介のタイミーが運営するアプリには2024年11月、「夜道で猫を探すバイト」との求人が載り、報酬は3時間で7500円とされ、「情報漏えい防止のため、携帯電話や荷物を預かる」という不審な内容で、「闇バイトではないか」と指摘が相次ぎました。同社は12月、全ての求人情報を公開前に目視などでチェックする体制を整備したと発表、サービスを新たに利用する事業者に公的書類の提出を義務づけました。同社担当者は「闇バイトと疑われる求人が掲載されないよう、安全な仕組み作りを進めたい」と話しています。なお、タイミー代表によれば、「実際に不適切な疑いのある求人は、掲載されている求人100万件のうち1件未満だ。この数字をわずかと捉えるか、多いと捉えるかは人それぞれの解釈による。想像よりも少ないという印象を受ける方もいるのではないか。国会でも取り上げられているが、政府の方々の捉え方ももしかしたら1万件に1件くらい起こっているという感覚かもしれない。それくらい(闇バイトの)温床だと思われているのかもしれない」、「闇バイトなのかどうかは定義も難しい。実際に不適切求人の事案がそのあとどうなったのか関知できていない。実際には勤務が行われなかったということだ。タイミーが闇バイトの温床になっている、件数がたくさんあるのではないかと言われるが、件数としてはごくわずかだ」とのことですが、過去には営業許可証といった公的書類を未提出でもアカウントが登録可能だった上、審査終了前でも求人を公開していたといい、「猫探し」の案件の求人側も公的書類が未提出だったと認めています。公表した対策を着実に実行してほしいとともに、社会の要請というのはそのようなものだとの認識が十分ではないように筆者は受け止めました。
「闇バイト」に応募するなどして来日し、特殊詐欺に関与したとして台湾籍の容疑者が逮捕されるケースが相次いでいる点も気になります。全国の警察が犯罪に加担する闇バイトに応募しないよう呼びかけるなか、「実行役」の募集の対象が海外にまで広がっている可能性があり、警視庁は警戒を強めています。報道によれば「『日本に遊びに行きながら仕事を手伝ってくれないか』と知人に言われた」と供述、知人の指示で、テレグラムを通して別の人物とやり取りし、パスポートの写真や住所を送ったところ、「日本に行け。断れないからな。家に行って母親に危害を加える」などと脅されたと話しているといいます。海外から来日し、「闇バイト」へ加わったとみられる事件が相次ぐ現状に、警視庁幹部は「闇バイトの担い手の確保が難しくなり、近隣の外国に手を広げている可能性がある」と指摘しています。こうした「外国人版トクリュウ」については、特殊詐欺だけではなく、金属盗の急増への関与もみられています。被害は送電線など銅のケーブルに集中し、盗難により停電が発生するなど影響は多方面に広がっており、技能実習などで来日後、逃亡した外国人らが生活費を稼ぐために離合集散しながら犯行を繰り返す「外国人版トクリュウ」が犯行に関与しているケースが多いといいます。2024年1~11月に金属ケーブル盗で摘発された146人(暫定値)の中で、カンボジア籍が74人、タイ籍18人、ベトナム籍8人、ラオス籍5人、スリランカ籍3人で、日本人は38人だったといいます。
緊急対策でも触れられていますが、首都圏を中心に相次ぐ闇バイトが絡む強盗事件で、全国の警察が闇バイトへの応募者らへの保護措置をとった件数が、1カ月半ほどで125件に上りました。警察庁はXなどを通じて2024年10月18日から保護を呼びかけ始め、11月末までに125件の保護措置がとられたといい、応募者のうち20代は4割、10代は3割で、若年層が多くを占めたほか、30代、40代、50代以上もそれぞれ1割ほどいたといいます。20代男性はインスタグラムで「短時間」「高収入バイト」と検索し、出てきた広告に応募、秘匿性の高い通信アプリ「シグナル」をダウンロードするよう指示され、アプリで免許証の写真を送信。集合する時間と場所を指定された上、キャッシュカードを受け取るように指示を受け、警察に相談したといいます。50代以上の応募者では、友人からアルバイトを紹介され、SNSのグループチャットに招待されたケースがあったといいます。チャット上で名前と住所、連絡先を入力したところ、携帯電話を契約して譲り渡せば数万円の報酬が得られると言われ、警察に相談したといいます。警察庁の露木長官は、若年層の応募者に対しては荷物の運搬や物品の処分など、「強盗などの実行行為の一部」が指示されていると指摘、一方、中高年層に対しては、銀行口座や携帯電話の提供など、「犯行手段の提供に関わる行為」が多いと分析、「犯罪者に個人情報を知られたからといって、脅しには屈しないでください」と呼びかけています。
2024年12月14日付読売新聞の記事「「闇バイト」募集のX投稿を分析、「裏バイト」「p活」「即金」の単語…目立つ金銭的困窮に付け入る手口」は大変興味深いものでした。具体的には、「警察が警告した投稿内容を分析すると、経済的に苦しい若者らをターゲットに実行役を募っている実態が浮かびあがる」、「X上には闇バイトの募集とみられる投稿があふれており、11月下旬、府警や警察庁などのアカウントから「犯罪実行者を募集しているおそれがある」などとして警告を受けた投稿1000件を独自に分析し、よく使われる言葉ほど大きく表示される「ワードクラウド」という手法で表現した。大きく表示されたのは、「闇バイト」や「裏バイト」。「闇バイトではありません」などと安全な仕事をアピールする際の投稿によく使われていたほか、アカウントを見つけてもらえるよう<#闇バイト〉などとハッシュタグ(検索ワード)をつけた投稿も多かった。デートや性交渉の見返りに金品を受け取る「パパ活」を指す隠語「p活」や、「高額」「高収入」「即金」といった単語も目立った。同様にハッシュタグがつけられたケースが多く、金銭に困っている人に多額の報酬をちらつかせ、実行役などに引き込もうとする狙いがうかがえた。ほかにも、特殊詐欺の「受け子(U)」と「出し子(D)」を意味する「UD」、「運び」など違法行為をにおわせる隠語も確認された」、「闇バイトで逮捕される容疑者の多くは若者が占めており、安易な応募を防ぐ啓発活動が重要視されている。大手求人サイトを運営する「ディップ」は昨年12月、全国の高校生250人を対象に闇バイトの求人を見抜くことができるかどうかクイズ形式で調査。3問のうち、いずれも闇バイト募集と見抜けたのは23%にとどまった。闇バイトの募集では、犯罪に関する隠語が盛り込まれていないなど一見して一般の求人と区別しにくい投稿もあるが、高額な報酬を強調しつつ、「荷物を受け取るだけ」などと仕事内容が不明確な場合が多い」、「募集は主にXが用いられるが、DMでのやり取りから「テレグラム」や「シグナル」といった匿名性の高いアプリへと誘導するのが典型だ。途中で身分証の画像を送るよう要求され、断れなくなって犯罪に加担する容疑者も多い」という内容です。
悪質なホストクラブの問題を受け、警察庁の有識者検討会は、客への不当な借金取り立ての規制や店側の罰金額の引き上げなどを盛り込んだ報告書をまとめました。警察庁は、禁止行為などの具体的検討をすすめるなど規制に向けた最終調整に入っています。2025年1月24日に召集予定の通常国会に悪質な取り立てを規制するなどを柱とする風営法改正案の提出を目指しており、早期に成立させたい考えです。関係団体からは抑止力に期待の声があがりますが、悪質な行為の線引きが明確ではないとする懸念も浮上しています。例えば、これまでも売春の強要は摘発対象でしたが、脅すなどの強制性がなければ立件が難しいという課題があり、一律に取り締まる規定を設ける方針だといいます。「立ちんぼで稼いでいる子もいっぱいいる」といった売春などに誘導する行為も禁止行為に加わる見通しです。加えて、性風俗店が女性を紹介したホストやスカウトに紹介料(スカウトバック)を支払うことも禁じるとしています。さらに、罰則の実効性を持たせる「策」も検討されており、現行の風営法では、最も重い罰則は無許可営業などで、罰金の場合はホスト個人や店側に上限200万円の支払いを求めていますが、この上限額では「一日の店の売り上げにもならない」とされており、警察庁は億単位への引き上げも模索する方針だといいます。一方、規制対象となる恋愛感情をちらつかせる行為や、売春の誘導というものは、あいまいなケースも出てくるとみられ懸念が残ります。法規制をするためには、対象の行為を明確に絞る必要があります。特に、恋愛感情につけ込む行為については、女性が恋愛ではなく「『推し』を勝たせたい」と考えている場合、対象外となる可能性があるなど、実効性を持たせられるのかも課題となります。また、スカウト行為は現在も違法ですが根絶されておらず、紹介料を規制しても、取り締まりが徹底されなければ効果は十分ではない点も大きな課題となります。法規制だけでの対策では、悪質な店側が網をかいくぐって、いたちごっことなることも考えられます。孤独を感じる女性がつながった先がホストで「ここだけが居場所」と思い込んで離れなくなる場合もあるため、規制強化に加えて女性を適切な支援につなげる行政や民間のサポートも必要だといえます(正に「犯罪者を生まないための対策」の視点です)。
なお、悪質ホストクラブに関するトラブルに対応する一般社団法人「青少年を守る父母の連絡協議会」(青母連)の田中芳秀事務局長は、「海外メディアは完全に『人身売買』ととらえて報道している。世界でみても異常な商売が行われている」と述べ、早期の法整備の必要性を訴えてます。2024年11月、悪質ホスト問題を初めて国会で取り上げた塩村文夏参院議員は、「最初はなかなか真正面から受け止めてもらえなかった」と振り返った上で、借金返済のため売春目的で被害女性が送り込まれる実態の規制を訴えています。警察庁の担当者も「国のあり方としてどうなのかとわれわれも思っている。遅らせることはできない」と述べ、外務省と連携して対応したい考えを示しています。
▼警察庁 悪質ホストクラブ対策に関する報告書
- 規制の考え方
- 悪質ホストクラブの問題については、女性客に対して経済的な損害にとどまらず、精神的、身体的にも継続的に深刻な被害を及ぼすことから、厳格な規制を行う必要がある。
- ホストクラブに限定して規制するのは困難と考えられることから、規制する行為を、悪質ホストクラブ特有の悪質な行為や、他の業態であってもおよそ認められないような悪質な行為に限定することが適当である。
- もとより、営業に関する悪質な行為については、被害者の性別にかかわらず、規制することが適当である。
- 売掛金等の形で客を借金漬けにする段階と、借金を悪質に取り立てる段階に分けて規制の在り方を検討することが適当である。
- 風営適正化法では、従業員等が遵守事項や禁止行為に該当する行為を行った場合には、営業者に対して指示処分や営業停止命令等の行政処分を行うことができることを念頭に置き、悪質な行為に関する規制の在り方を検討する必要がある。
- 規制の方向性
- 売掛金、立替金等の蓄積の防止策
- 悪質ホストクラブの問題については、売春や性風俗店での稼働等を行わせれば、高額の代金でも回収できることを前提に営業しているところに悪質性がある。
- 女性客の恋愛感情等に付け込んで飲食をさせるなどし、女性客が支払うことがおよそ困難な額の債務を負わせるという実態があることを踏まえ、ホストと客の関係性等に着目し、規制すべき行為の内容を具体化した上で、行為類型ごとに規制することが考えられる。
- 売掛金、立替金等の悪質な取立ての防止策
- 売掛金、立替金等の蓄積に関して規制すべき行為としては、以下のものが考えられる。
- 料金に関する虚偽説明
- 恋愛感情等に付け込んで客を依存させて高額な飲食等をさせるなどする行為
- 客が正常な判断ができない状態で高額な飲食等をさせる行為
- 規制の範囲が過度に広がらないよう、規制対象行為が明確なものとなるよう、慎重に検討する必要がある。
- 客が酔った状態で注文をさせること等の行為を一律に規制するのではなく、一定の要件を付し、真に悪質な行為に限って規制する必要がある。
- 売掛金、立替金といった債権の名目のいかんを問わず、現行法令で対応できていない料金の支払等に関する取立てに際しての悪質な行為を規制することが考えられる。
- 悪質な取立ては、「支払を免れる方法がない」と思い込んでいる女性客の心理的状態に乗じて行われる場合が多いという点を考慮することが適当である。
- 売掛金、立替金等の取立てに関して規制すべき行為としては、以下のものが考えられる。
- 売掛金等の取立てに際して、例えば「支払わなければ実家に行く」等と威迫する行為
- 売掛金等の支払のために、客を困惑させたり、畏怖させたりするなどして、売春等の違法行為や性風俗店での稼働等を求める行為
- 実際の事案で確実な事実認定が可能となるよう、規制対象行為が明確なものとなるよう、慎重に検討する必要がある。
- 売掛金、立替金等の蓄積に関して規制すべき行為としては、以下のものが考えられる。
- 売春、性風俗店勤務等のあっせんへの対応
- スカウトの介在等によって、ホストクラブの客の性風俗店での就労や違法な売春が助長されることを未然に防止するため、性風俗店を営む者への規制としていわゆるスカウトバック行為に対する規制が必要である。
- 性風俗店を営む者が、スカウト等から求職者の紹介を受けた場合において、紹介料等として対価を支払うことを規制することが考えられる。
- 悪質な営業を営む者の処罰やその排除の在り方
- 無許可営業等により悪質な店舗が得ている莫大な売上額からすると、現行の風営適正化法における罰則の抑止効果は不十分である。
- 許可取消処分逃れを企図する者や悪質な営業を実質的に営む者を排除することができるよう、様々な立法例を参考としながら、風営適正化法に適した規制を検討する必要がある。
- 無許可営業等をしようとする者に対し、他法令の罰則との均衡も考慮しつつ、「これほど重い刑罰を科せられるリスクを負ってまで無許可営業等をするのは割に合わない」と思わせる程度にまで罰則を強化すべき。
- 次の場合を欠格事由に追加するなどして、悪質な営業を営む者を排除することが考えられる。
- 許可取消処分に係る聴聞の公示前に風俗営業の許可証を返納することで処分逃れをしようとした場合
- 許可を受けようとする法人の関連法人等、事業に重大な影響を与える密接関係者が、許可取消処分を受けた場合
- 暴力団等が経営に実質的な支配力を及ぼしている場合
- 「許可を受けようとする法人の関連法人」や「事業に重大な影響を与える密接関係者」を欠格事由とするのであれば、欠格事由に該当することについての事実認定が可能となるよう、要件の明確性にも配慮しつつ、慎重に検討する必要がある。
- 売掛金、立替金等の蓄積の防止策
- 対策の方向性
- 風俗環境の抜本的浄化や、ホスト・ホストクラブの法令遵守の徹底等に向けて、警察において、風営適正化法の運用見直し、客引きの取締り等「入口」での対策、両罰規定の適用等によるホスト個人のみならず店側も含めた更なる責任追及、悪質ホストクラブのみならずその背後に存在する犯罪グループ等への厳正な取締り、関係機関との連携の強化を一層推進する必要がある。
- 悪質ホストクラブ問題をめぐっては、風営適正化法に基づく規制、取締りのみならず、関係機関相互で緊密に連携の上、被害予防、被害者支援等を含めた多角的な取組を一層推進する必要がある。
女性を風俗店に紹介したとして、警視庁は、スカウトグループ「アクセス」リーダーの遠藤被告を職業安定法違反(有害業務への職業紹介)容疑で再逮捕しています。ホストクラブに借金を抱えた女性客らを全国約350の風俗店に紹介し、組織が約70億円の紹介料を得たとみて、同法違反事件では異例の特別捜査本部を設置して全容解明を進めています。報道によれば、遠藤被告は仲間と共謀して2024年3月、SNSで知り合った20代の女性に大分県別府市の風俗店の仕事を紹介した疑いがもたれています。アクセスは、ホストクラブにツケ払いの借金を抱えるなどした女性客らをXで勧誘、LINEを通じて顔写真や本人確認書類の画像のほか、身長、体重、年齢などの情報を送らせていたといいます。女性の個人情報は、島根県を除く46都道府県の約350の風俗店側とLINEで一斉共有し、好条件を提示した風俗店に女性をあっせんしていたといいます。女性が風俗店で稼いだ収入のうち15%は「スカウトバック」と称する紹介料として、レターパックなどを使って現金で回収していました。アクセスは遠藤被告を頂点に、知人の紹介などで集められた大学生や飲食店経営者ら約300人で構成され、「マネジャー」「チーフ」「プレーヤー」などの役職があるピラミッド型の組織で(末端も「ブラック」「ゴールド」「レギュラー」とランク付けされ、競争心をあおり収益を上げる目的があったとみられています)、昇格で報酬が増えるなど組織化されており、遠藤被告は紹介料の約3割を得ていたといいます。
転売目的を隠して米アップル社製のノートパソコン「MacBook(マックブック)」を学割で購入したとして、警視庁暴力団対策課は、職業不詳のジャオ・リー容疑者ら19~51歳の中国籍の男女7人を詐欺容疑で逮捕しています。7人は中国系転売グループのメンバーとみられます。アップル社は「学生特別価格」という学割を設定しており、学生はパソコンなどの商品を定価の約1割引で購入できますが、同社の販売条件では、学割を適用した場合、商品を転売して利益を得ることは購入から1年間禁じられています。報道によれば、ジャオ容疑者らはSNSなどを通じて購入役の学生を募集、2024年2月からの約7カ月間で約1億2000万円相当の商品を購入し、販売条件に違反した転売を繰り返していたとみられています(応募した学生は服を着替えるなどして別人を装い、同じ店舗で繰り返し購入することもあったといいます)。ジャオ容疑者は「アップルストア表参道」前で2023年9月に、準暴力団「チャイニーズドラゴン」のメンバーらと騒ぎを起こしていたとされます。当時、チャイニーズドラゴン内で東京都北区の王子と赤羽の両地域をそれぞれ拠点にする二つのグループが新型アイフォーンの転売を巡りトラブルになっていたといいます。警視庁は不正に購入した製品を中国など海外に転売し、グループの活動資金にしていたとみて調べています。
佐賀市の繁華街にある指定暴力団の事務所の所有権を取得した県の暴力追放運動推進センターが、建物と土地の明け渡しを求めた裁判で、佐賀地裁は暴力団側に、土地と建物の明け渡しと賃料に相当する損害金の支払いを命じています。判決では、暴力団側が答弁書や準備書面を提出せず、出廷もしなかったことから、事実を争う姿勢を明らかにしなかったとみなし、同センターの主張を事実として認めています。建物は木造2階建てで延べ床面積約120平方メートル、敷地面積は約290平方メートルで、暴力団側が居座り続けていたものです。判決を受け、同センターの代理人弁護士は「判決をいただきうれしく思う。判決に沿った状況になるか見守りたい」と話しています。暴力団排除に取り組む公益財団法人「佐賀県暴力追放運動推進センター」は2024年6月、佐賀市呉服元町にある道仁会傘下組織の事務所の所有権を取得しましたが、取得後も暴力団側が立ち退きに応じないとして、暴力団の組長に対し、建物と土地の明け渡しを求めていたもので、内容証明郵便で明け渡しの期限としていた8月末から月額7万円の損害賠償を支払うよう求めていました。
北九州市は、転入者数から転出者数を引いた2024年の「社会増減」がプラス492人となり、1964年以来60年ぶりに増加に転じたと発表しています。市はかつて製鉄業の隆盛で九州最大の都市でしたが、「鉄冷え」の影響で人口の流出が続いていました。市は改善の要因にIT企業を中心とした企業誘致による雇用創出で、20~30代の若年層が増加したことなどを挙げています。報道によれば、この10年間で、若手の雇用が期待されるIT関連企業の進出が188社あり、うち46社は2023年度に進出したといいます。北九州市に本部を置く工藤會は福岡県警による徹底した「頂上作戦」により組織が弱体化、市の体感治安が向上したことも進出を決める好材料になったとみられています。筆者としても暴力団排除にかかわる者として、これほど喜ばしいことはありません。
なお、ここに至るまでの当時の北九州市長の北橋氏に関するテレビ西日本の渾身の取材記事「「北橋日記」前北九州市長の戦い ~工藤会VS市民2760日の記録~ 【前編】“最凶”暴力団が支配する暗黒の時代」は、大変生々しくも感動的なものでした。具体的には「この日、北橋さんが訪れた場所は、市長時代に自宅を離れ妻と暮らしていたマンション。「暴力団追放運動をするにあたっては、自宅ではセキュリティ上どうしても不安があるので、マンションに移り住んだ経緯があります」と語る北橋さんが当時、対峙していたのは、全国で唯一の特定危険指定暴力団・工藤会。“最凶”といわれた暴力集団だった」、「「鉄冷え、金融危機、リーマンショックへと続く不況の波に襲われて、北九州の経済、雇用状況というのは大変、厳しいものが1期目着任当時からありまして、いかにして企業の投資を増やすかが、最大級のテーマであったと思います。それだけにそれに水を差す、企業の投資が逃げていく、暴力と云う問題は『待ったなし』の解決すべき課題と認識しておりました」、「よそが入ってこないわけですから、工藤会は自分の利益にだけ力を入れておけばいい。北九州市で襲撃事件が多発したのは、工藤会の意に沿わない事業者や市民が出てきたから。工藤会は他の暴力団を気にする必要がないから、それを叩こうとした」、「元福岡県警の藪正孝さんは「正式には、清水建設は認めてないけど、平成15年(2003年)くらいに、関係企業を集めた席で『これから暴力団との関係は断つ』と云うようなことを宣言されたみたいです」、「それ以降、そういう姿勢をどんどん強めていって、工藤会はそれに対して拳銃の撃ち込みとか、放火とか繰り返しましたけど、それでも清水建設は意に沿わない。そうなると工藤会の発想からしたら元請け、さらには発注者を狙う。その頃から西部ガスとか九州電力、トヨタがやられだしたんですね。北九州に進出を予定していた大手企業数社が進出を取り止めたと。当時の市の幹部とかから聞いた話ですけど」と事件の背景には大手ゼネコン、清水建設の暴力団排除の動きがあったと述懐する」、「元福岡県警の藪正孝さんも「工藤会が、最後の一線を超えたというかタガが外れたのは、溝下総裁の死が大きいでしょうね。唯一、野村会長(被告)にいろいろ言える溝下氏が亡くなってしまった。野村会長がトップとなり絶対になった。(野村会長の周囲は)イエスマンばっかりになった。そして何よりも、(野村会長は)北九州は自分の街と思っていたはず。そこで自分の意に沿わない人間は許しがたいと。そしてそれを止める人間が誰もいなかったというのが大きいと思う」と語る」、「工藤会は、北九州市小倉南区に「長野会館」と名付けた組事務所を設置したのだ。小学校などの敷地から200メートル以内の場所に組事務所の開設を禁じる県の「暴力団排除条例」施行の1ヶ月前だった。子どもにも危険を及ぼしかねないこうした工藤会の動きに、市民たちは堪らず、組事務所の撤去を求め立ち上がったのだ」、「工藤会の元組員も、わざわざ、あの時期にあの場所に組事務所を作ったのか疑問だったと当時を振り返る。「(工藤会にとってメリットは)ないでしょう。あるわけないでしょう。なんでこんなところに作ったのか。何を考えているか分からなかった」と困惑したことを述懐した。さらに元組員は「初めてですね。あれだけの人が集まって…。カタギに嫌われて生きていける世界じゃないでしょう。ヤクザの世界が」と市民が工藤会に『NO』を突きつけたのを初めて見たと話した。組事務所の撤去を求めるパレードには、市民約500人が参加。そして、ついに工藤会側は、長野会館の看板を撤去したのだ」、「高まりを見せる暴追運動。しかし、市民の先頭に立ってすぐの2010年3月29日。北橋さんに覚悟が試される出来事が起きる。「市長や家族に危害を加える」「これは脅しではなく警告だ」と書かれた脅迫状が市役所に届いたのだ」、「脅迫状を受け取った翌日も北橋さんは市民の先頭に立った。この頃の北橋さんについて「素晴らしいなと思ってましたよ。工藤会が市民をいじめるから市長が動くのでしょう」と当時の組員も思っていたという。元福岡県警の藪正孝さんも長野会館問題が起こる前と後の北橋さんについて「もう腹を決めたという印象は持ちました。もうこれで長野会館の問題でも、工藤会対策でも、もう腹を決めたという印象は受けました。24時間、北橋市長には警察官がついて警戒すると。異例でしょう。そういう市長の方は、私は聞いたことがない」と語った」というものです。こうした先人の苦労が報われつつあるのは大変素晴らしいことだと思います。
福岡県警は、2024年末時点の県内の暴力団勢力(概数)の合計が980人となり、1992年の統計開始以降、初めて1000人を割ったと明らかにしています。組員に対する離脱支援などが浸透し、勢力のピークだった2007年(3750人)から7割以上減少したとしています。福岡県警が壊滅を目指す工藤會は、県内の構成員や準構成員が合計230人(前年比20人減)、千葉、山口の県外勢力を含めると、310人(10人減)を把握、過去最少を更新しています(工藤會の構成員数は2008年の1210人がピークでした)。また、2024年中に15人が県警の離脱支援を受け、うち7人は傘下組織の組長など幹部だったといい、「徹底した取り締まりや県民の暴排意識の浸透、離脱支援の効果が表れている」(福岡県警)とみてよいかと思います。ただ、離脱が形式的なものにとどまるケースもあり、福岡県警は完全に決別したと認めるまでは構成員にカウントし続けています。離脱を希望する構成員の主な理由は、将来への不安や生活困窮、組織への不満で、組織犯罪対策課は「確実に組織の弱体化が進んでいる。離脱は人生をやり直す第一歩。勇気を持って相談してきてほしい」としています。なお、暴力団全体の離脱者は47人だといいます。他に県内に拠点を置く指定暴力団の県内勢力は多い順に、道仁会240人(40人減)、福博会120人(増減なし)、浪川会110人(10人減)、太州会90人(10人減)となりました。
工藤會トップで総裁の野村悟被告(2審で無期懲役、上告中)の親族の所有となっている駐車場などについて、福岡地裁小倉支部が強制競売の開始を決定しています。同会が関与した事件の被害者側が、野村被告らを訴えた訴訟で数千万円の賠償を命じる判決が出たにもかかわらず、賠償金が支払われていないとして申し立てていたものです。指定暴力団トップに対する強制競売開始決定は異例だといいます。登記簿などによると、決定の対象は北九州市小倉北区の駐車場などの土地で、このうち、駐車場については2020年から野村被告の親族の所有となっていますが、同支部が今回、強制競売開始を決定し、差し押さえました。駐車場を巡っては、野村被告に所有権があった2019年に同地裁が仮差し押さえを命じる決定を出していましたが、その後、所有権が野村被告の親族に移転していたものです。対象の土地は今後、競売入札が行われる見通しです。野村被告側の資金については様々な見方があり、今回の強制競売開始決定について、関係者は「野村被告側の資金が枯渇している可能性がある」と話す一方、ある捜査関係者は「工藤會自体は存続しており、隠し口座がある可能性もある。今後も支払いを求めていく姿勢が重要だ」としています。
福岡県福津市で2011年5月、建設会社社員の男性宅に銃弾が撃ち込まれた事件に関与したとして銃刀法違反や建造物損壊などの罪に問われた工藤會傘下組織元組長の内蔵被告に対し、福岡地裁小倉支部は、無罪(求刑・懲役12年)を言い渡しています。検察側は、被告が工藤會の指示を受けて実行役の2人(いずれも1審・同支部で実刑判決)に襲撃を指示したなどとして共謀が成立すると主張しましたが、裁判長は「被告が犯行の最高決定権者であったと合理的な疑いを差し込まない程度に立証できたとは言えない」と退けています。公判で被告は無罪を主張、検察側は被告の関与を認めた組幹部(故人)の供述調書を証拠請求しましたが、同支部は(当時、末期がんで入院中で、録音録画されていない密室で取り調べられたとされ、翌日に録音録画された映像では「覚えていない」などと話していることから)「誘導が行われた疑いがある」などとして却下していました。判決は、組幹部は誘導質問に乗って返答したにすぎず、調書の内容についても注意が行き届かないまま組幹部が署名指印をした可能性は否定できないと判断、被告が関与したとする実行役の証言も「供述に変遷がみられ、捜査の初期段階と公判後の供述が虚偽である疑いを払拭できない」と指摘しています。
政令市の福岡、北九州両市の間に位置する古賀市などのベッドタウンで長年、暴力団が飲食店などから「みかじめ料」を吸い上げていた実態が、県警の捜査で明らかになったと報じられています(2025年1月4日付毎日新聞)。十数年で100万円近くを支払った女性は「店や従業員の女の子を守ることで精いっぱいだった」と述べています。当時、県内の他地域では暴力団の意に沿わない飲食店の従業員が切りつけられたり、建設会社が発砲されたりする事件が相次いでおり、恐怖にかられた女性は、定期的に店を訪れる男性らに封筒入りの現金を渡していたといい、相手が暴力団と知りながら資金提供することは福岡県暴排条例で禁止されているため、一度支払った後は負い目を感じて「誰に相談していいかも分からなかった」といいます。女性の認識が変わったのは2024年2月、県警が飲食店から金を集めたなどとして、傘下組織の組長や幹部を銀行法違反(無許可営業)容疑で逮捕したことだったといいます。捜査関係者によると、家宅捜索した関係先からは古賀や福津、宗像各市の30以上の事業者からみかじめ料を集めていたことをうかがわせるメモや、みかじめ料を運転代行名目と偽装する領収証が見つかり、「警察がうちにも来た」「おれは警察に話したよ」などと周辺の店主の話から、女性はみかじめ料を支払っていたのが自分だけではなかったことを初めて知ったといいます。「暴力団を絶対に潰しますから」と刑事の力強い言葉を信じ、女性も県警の聴取に応じました。福岡県警は捜査の結果、女性らは恐怖心から支払わざるを得ない状況だったと結論づけました。福岡地検は銀行法違反容疑などを不起訴処分とする一方、暴力団対策法違反の罪で組長らを略式起訴し、罰金命令を受けた組長や幹部は「もうやらない」と誓ったといいます。中洲などの繁華街がある都市部と異なり、ベッドタウンでこの規模のみかじめ料が明らかになるのは珍しいといい、捜査関係者は「今回の地域は都市部以上に住民同士のつながりが強く、かえって声をあげづらい空気があったのかもしれない」とみています。
暴力団対策法に基づく「特定危険指定暴力団」に全国で唯一指定されている工藤會について、福岡県公安委員会は「暴力行為を行う恐れが継続している」として、指定の延長を決めています。延長は12回目となります。北九州市に本部がある工藤会は全国で唯一、「特定危険指定暴力団」に指定されていて、北九州市や福岡市など定められた警戒区域で所属する暴力団員が市民や企業に対し用心棒代や工事の下請けへの参入などの不当な要求を行うと、警察はすぐに逮捕することができます。工藤會を巡っては、2024年3月、市民を襲撃した4つの事件で、殺人などの罪に問われ1審で死刑判決を受けた組織のトップに2審で無期懲役の判決が言い渡され、検察と被告の双方が最高裁判所に上告しています。
中華料理チェーン「餃子の王将」を展開する王将フードサービスの社長だった大東隆行さん=当時(72)=の射殺事件は2024年12月19日で発生から11年が経過しました。2022年に実行役とされる工藤會傘下組織幹部の男が逮捕、起訴されましたが、指示役の特定には至っておらず、警察当局が捜査を続けています。また、裁判官と検察側、弁護側が争点を絞り込む公判前整理手続きが進行中で、最高裁が2024年11月、弁護側の特別抗告を棄却し、裁判員裁判の対象事件から除外されることが決まりましたが、初公判の期日は決まっていません。
工藤會以外の暴力団を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 大阪や兵庫などの8府県警は、各府県公安委員会が六代目山口組(神戸市)と絆會(大阪市)の特定抗争指定暴力団への指定を3カ月間、延長すると発表しています。抗争が終結していないと判断しています。2024年5月、水戸市で2022年1月に六代目山口組傘下組織幹部を射殺したとする罪で絆會幹部が起訴され、神戸市のラーメン店で2023年4月に六代目山口組傘下組織組長を射殺したなどとして、絆會幹部らが2024年6月に起訴されるなどしています。
- 岐阜地検は、電子計算機使用詐欺容疑などで逮捕された六代目山口組弘道会幹部の男性を不起訴処分としています。男性は2024年9月、他人名義の自動料金収受システム(ETC)カードを使用し、高速道路の通行料金の一部支払いを免れたとして岐阜県警に逮捕され、10月には不正に国民健康保険制度の適用を受けたとして再逮捕されていました。
- 六代目山口組の元顧問弁護士・山之内氏によると、「隠れ事務所」と呼ばれる暴力団の拠点が各地に存在し、暴力団員は日常生活に溶け込んでいるといいます。これらの事務所は、形式上は禁止されていても、組員の関係者が借りるなど工夫し、巧妙に運営されているとのことです。また、隠れ事務所は縄張りの拠点として抗争時に狙われるリスクもあり、防弾チョッキが見つかることもあります。暴力団は手を変え品を変え活動を続けており、2025年開催予定の大阪・関西万博やIR開業を前に、官民が連携して警戒を強めていますが、六代目山口組と神戸山口組の抗争から10年が経つ中、その終結の時期は依然として見通せません。
海外の犯罪組織の動向を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 新型コロナウイルス禍を機に始まった世界各国の入国管理当局者が東京都内に集う国際会議「東京イミグレーション・フォーラム」の第4回会合が行われ、米国やシンガポールなど20カ国・地域と2つの国際機関が一堂に会し、入管政策を共有、不法滞在外国人が犯罪に加担している実態など、各国共通の課題も浮かび上がっています。意外な国情を報告したのは、ベトナムの入管当局者で、ベトナムでは外国人の入国者数が近年、大きく伸びており、同国も加盟する東南アジア諸国連合(ASEAN)では、正規の移民だけではなく、不法移民の数も増えているといいます。「高給で簡単な仕事」などという誘い文句でだまし、サイバー空間での詐欺などに従事させる日本の闇バイトのような犯罪も横行しており、そうした犯罪に不法移民が加担しているといいます。タイの担当者は不法残留防止のため、入国時だけでなく、滞在中も審査する仕組みを紹介、審査では指紋などの生体認証システムを利用、国内に90日以上留まる場合は、90日ごとに入管当局への出頭を求めているといいます。
- 国連は、新型コロナ危機時に減少していた人身売買が、紛争や気候変動に起因する災害などにより急増していると指摘しています。世界で確認されている被害者は2022年に6万9627人と、コロナ前の2019年の水準を25%上回ったといいます。2020年に急減しましたが、2021年にはほぼ回復したといいます。報告書は「犯罪者は人身売買を通じて、高度なオンライン詐欺やサイバー詐欺などの強制労働に人々を追い込むケースが増えている。一方で、女性や少女は性的搾取やジェンダーに基づく暴力の危険に直面している」と指摘し、組織犯罪が主な原因と分析しています。被害者のうち子どもが占める割合は38%で、前回の報告書のベースとなった2022年の35%から上昇、最新の報告によると、成人女性が被害者全体の39%を占め、引き続き最多となっています。男性は23%、少女は22%、少年は16%となり、女性と少女の人身売買の理由で最も多かったのは性的搾取で、60%以上を占めたといいます。
- SNSでの仕事募集に応じた中国の若手俳優(王氏)が、タイとミャンマーの国境地帯で消息を経ち、数日後に保護されました。ミャンマー側で犯罪組織に売り渡されたとみられています。中国当局はこれまでもミャンマー側と協力して取り締まりに力を入れてきましたが、ミャンマー国軍と少数民族武装勢力の衝突が続く中で、詐欺犯罪の闇がなお深いことが浮き彫りになりました。王氏はそこで、詐欺グループから「文字(メッセージのやりとり)ベースによる詐欺」の訓練を受けたと証言しており、SNSのメッセージ機能などを使って相手から金をだまし取るための訓練とみられています。王氏は「とても怖かった」「丸刈りを強いられた」と話し、他に中国人が50人ほどいたとも述べています。事件では間もなく人材あっせん業者の中国人が逮捕されたとの報道が出ており、事実上の人身売買組織が王氏をタイに誘い出し、特殊詐欺の実行メンバーとして詐欺グループに売り渡した構図とみられています。中国では近年、東南アジアで人身売買などに巻き込まれるケースが多く伝えられています。ミャワディ一帯は、かねて中国系によるカジノなど違法ビジネスが横行していると伝えられ、国境警備隊は違法ビジネスで得た収益を、密接な関係にあるミャンマー国軍に横流ししているとも指摘されています。中国では巨額の特殊詐欺被害が社会問題化、中国政府は、ミャンマーの国境地帯が詐欺グループの拠点になっているとして、ミャンマー側の協力を得ながら容疑者の検挙を進めています。中国側の発表によると、2023年9月以降、約5万3千人の中国人容疑者が中国側に引き渡されたといいます。国連人権高等弁務官事務所が2023年に公表したデータでは、人身売買を通じ、ミャンマーでは12万人が特殊詐欺に従事させられていると推計されています。
- ペルーは南米で最大、世界で第7位の金生産国であり、非公式・非合法の金採掘は新型コロナウイルスのパンデミック以降、ペルーのあらゆる地域に広がり、国連薬物犯罪事務所(UNDOC)によると、採掘がもたらす大きな利益は組織犯罪集団を引き寄せ、ゆすり、殺人請負、人身売買など犯罪の急増を招いているとされます。ペルーの違法採掘対策最高責任者であるロドルフォ・ガルシア将軍は「一部の情報によると、違法経済である違法採掘においては麻薬密売をはるかにしのぐ資金が動いており、その額は最大で2倍に上る」と明かしています。ペルー金融情報局によると、2014年1~10月に違法な金採掘によるマネー・ローンダリングは90億ドルと、全体の60%を占めており、これは行政に対する犯罪(10%)、脱税(10%)、麻薬取引(5%)を通じたマネロンを圧倒する規模だといいます。金融情報局の活動分析主任ダニエル・リナレス氏によると、他の違法行為に手を染める犯罪者らが「違法採掘がマネロンの最善の手段であることに気づいた」といいます。
- スウェーデン政府は、15歳未満の子供が利用する電話やインターネットの通信傍受を可能にする法改正を提案すると発表しています。警察に傍受の権限を与え、急増する未成年犯罪に歯止めをかけるのが狙いといいます。スウェーデンでは近年、麻薬密売組織の縄張り争いなどによる銃撃事件が増加し、その「実行役」として子供が関与する例が目立ち、15歳未満は刑事責任を問われないため、ギャング団が「殺し屋として雇う」(英紙デーリー・メール)ケースが多いといいます。殺人はSNSなどを介して指示があり、報酬は1件につき2万ユーロ(約320万円)前後と報じられています。 スウェーデンで15歳未満が関与する殺人事件は、2023年1~8月は31件だったところ、2024年の同時期は102件に上り、約3倍に急増しています。ストレンメル法相は、「今や10~11歳が犯罪組織に勧誘されている。12~13歳で武器や爆発物を扱う子もいる」と述べています。報道によると、こうした子供たちの多くは中東など外国にルーツを持つ移民といい、2015年の欧州難民危機の際にスウェーデンに到着した幼児が成長し、今は犯罪組織に入っているケースもあるとされます。クルド系スウェーデン人で、「クルドのキツネ」と呼ばれる有力ギャング団首領のラワ・マジド容疑者は既にイランかトルコに逃亡し、仲介者を通じてスウェーデン国内での殺人を指示しているといいます。北欧ではデンマークやノルウェーなどでも同様の犯罪が増加しているといいます。
- 米国の西部コロラド州オーロラの地元警察は、武装して住居に侵入した容疑で14人を拘束しています。南米ベネズエラのギャングが犯行に関与した可能性があるとしています。この街は以前から、移民の流入で全国的な注目を集めており、強硬な移民対策を訴えるトランプ次期大統領にとって、事件は「論証」の一つになる可能性があります。ベネズエラのギャング「トレン・デ・アラグア」が関与した可能性があるとされ、トレン・デ・アラグアはベネズエラの刑務所内で結成され、近年勢力を拡大、人身売買や恐喝、麻薬の密輸などを手がけているとされます。米政府は2024年7月、このギャングを「国際犯罪組織」に指定しています。事件現場のアパートを巡っては、2024年8月に武装した複数の男性がたむろする様子などが映った動画がインターネット上で拡散し、注目を集めましたが、トランプ氏は大統領選の期間中、この動画に基づき「街が移民に乗っ取られている」との主張を繰り返していました。
- 「インド一清潔な都市」と呼ばれる中部インドール市で2025年1月から、物乞いをする人に金銭や物品の施しを与えることが禁止されています。当局は違反者に厳しく臨み、立件する方針だといいます。路上生活者の社会復帰を後押しするためとしていますが、都市景観を守る目的もあるとされます。地元報道によると、物乞い行為については既に2024年から禁止されています。インドールでは最近、寺院の前で物乞いをしていて保護された高齢女性がわずか1週間で約7万5000ルピー(約13万8000円)を受け取っていたことが判明、高齢者や子供に物乞いを強制するギャングも暗躍しており、今回の措置は収入源を断ち切る狙いもあるとされます。
- 死者・行方不明者が31万人超(政府発表)に達したとされた2010年のハイチ地震か15年を迎えました。カリブ海の島国では大統領不在期間が3年を超え、首都ポルトープランスの8割をギャングが支配、大災害が治安悪化に拍車をかける負の連鎖に終わりが見えない状況が続いています。刑務所の倒壊によって多数の受刑者が脱獄し、ポルトープランス周辺を中心に治安は一気に悪化、その後もハイチは地震や台風、洪水など度重なる天災に見舞われ、乱立するギャング集団が混乱に乗じて勢力を強めてきたといいます。2021年8月には再びマグニチュード7の地震がハイチを直撃し、医療施設や学校なども大きな被害を受け、熱帯低気圧の直撃にも遭い、貧困が悪化、2024年の国連の推計によると、ハイチを牛耳っているギャング構成員の30~50%は虐待を受けた未成年といい、暴力によって住民を支配下に置いているのが現状です。国連は、「ハイチの住民は容赦ない暴力にさらされている」と警鐘を鳴らしています。2021年にモイーズ前大統領が暗殺されて以降、主要道路や施設を制圧したギャングによる首都周辺の恐怖支配が強まり、国連の推計によると、ハイチでは2024年に少なくとも5600人がギャングの暴力によって死亡したといい、殺人件数は2023年より1000人以上多く、12月には高齢者ら約200人がギャングのリーダーによる理不尽な虐殺の犠牲になっています。ほとんどの遺体が切断されて焼却されたり、海に投棄されたりするなど残虐性も際立っています。2024年3月には首都にある国内最大の刑務所が武装集団による襲撃を受け、前大統領殺害の容疑者を含む凶悪犯ら4000人近くが脱獄、首都周辺ではギャングに憎しみを募らせた警察によるリンチがさらなる虐殺につながるケースも頻発し、ギャングの復讐が暴力の応酬につながる極限状態にあるといいます。
2.最近のトピックス
(1)AML/CFTを巡る動向
金融庁は、イオン銀行に対し、マネー・ローンダリング(マネロン・資金洗浄)対策に不備があるとして銀行法に基づく業務改善命令を出したと発表しています。金融庁が求めていたリスク管理態勢の構築が不十分で、マネロンの可能性がある「疑わしい取引」について適切に届け出をしていない事例も明らかになりました。取引をモニタリングするシステムで検知した取引についてマネロンのおそれがあるかどうか判定していなかったといい、2023年6月から11月、2024年7月から9月にかけて監視システムが検知した取引のうち少なくとも1万4639件について「疑わしい取引」に該当するかどうか判断しなかった(放置した)ものです。疑わしい取引については犯罪収益移転防止法に基づいて届け出の必要がありますが、届け出ておらず、同法違反の可能性があります。また、システム面など金融庁の指針で求める対応が完了していない部分もあったといいます。こうした実態への取締役会や経営陣の姿勢も問題視、金融庁は検査などを通じて対策の実施を再三求めたものの「総じて経営陣の主導的な関与が見られなかった」といい、取締役会や経営陣が実態把握を自ら積極的にせず、必要な指示も主導的な関与もなかったといいます。金融庁は改善命令のなかで、取締役会や経営陣の姿勢が「リスク管理態勢の構築を軽視したリスクカルチャーを助長し、自主的な改善を阻害してきた」と断じています。一連の検査で問題が見つかり、銀行に行政処分を出すのは初めてとなります(なお、口座が実際に犯罪に悪用された事例があったかどうかは明らかにされていません)。なお、ネット銀や流通銀からは「金融庁の検査事項が多岐にわたり、完璧な対応をするのが難しい」(幹部)との声があがっていた(利便性追求のあまり、リスク管理が疎かになっていた)との報道もあり、日本のAML/CFTには大きな穴があることが露呈した形です。三菱UFJ銀行で発覚した貸金庫の問題とあわせ、こうした脆弱な部分を早急に塞ぐ努力をしないと、国際的な信用を失うことになりかねず、強い危機感をもって取り組む必要があります。
▼金融庁 イオン銀行に対する行政処分について
- 金融庁は、本日、株式会社イオン銀行(以下、「当行」という。法人番号1010601032497。)に対し、銀行法(昭和56年法律第59号。以下「法」という。)第26条第1項の規定に基づき、下記のとおり業務改善命令を発出した。
- 業務改善命令の内容
- マネー・ローンダリング及びテロ資金供与(以下、「マネロン・テロ資金供与」という。)対策を重視する健全なリスクカルチャーを醸成し、実効性あるマネロン・テロ資金供与リスク管理態勢を構築するとともに、疑わしい取引の届出に関する適切な業務運営を確保するため、以下を実行すること。
- 疑わしい取引の届出業務を適時・適切に行うための態勢を速やかに構築すること
- 取引モニタリングシステムで検知したにもかかわらず、疑わしい取引に該当するか否かの判断を行わず放置した取引について、疑わしい取引の届出を行う必要があるか否かを判断し、速やかに届出を実施すること
- 「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」(平成30年2月に金融庁が公表。以下、「ガイドライン」という。)において対応が求められる事項のうち、対応未了となっている事項について、必要な措置を講じること
- 今回の処分を踏まえた責任の所在の明確化を図るとともに、上記を確実に実行し定着を図るために、マネロン・テロ資金供与リスク管理態勢について、内部監査の活用を前提としつつ、取締役会及び経営陣による積極的な実態把握や必要な指示等の主導的な関与をはじめとするガバナンスを抜本的に強化すること
- 上記Ⅰ.に係る業務の改善計画について、令和7年1月31日(金曜)までに提出し、直ちに実行すること。
- 上記Ⅱ.の改善計画について、当該計画の実施完了までの間、3か月毎の進捗及び改善状況を翌月15日までに報告すること(初回提出基準日を令和7年2月末とする。)。
- マネー・ローンダリング及びテロ資金供与(以下、「マネロン・テロ資金供与」という。)対策を重視する健全なリスクカルチャーを醸成し、実効性あるマネロン・テロ資金供与リスク管理態勢を構築するとともに、疑わしい取引の届出に関する適切な業務運営を確保するため、以下を実行すること。
- 処分の理由
- 当庁検査の結果及び法第24条第1項の規定に基づき求めた報告を検証したところ、以下のとおり、マネロン・テロ資金供与対策に係る不適切な業務運営やその背景にある経営姿勢及び態勢上の問題が認められた。
- マネロン・テロ資金供与対策に係る不適切な業務運営
- 疑わしい取引の届出に係る不適切な取扱い
- (1)取引モニタリングシステムで検知した取引の放置
- 当行は、令和5年6月から同年11月及び令和6年7月から同年9月にかけて、取引モニタリングシステムで検知した取引のうち、少なくとも14,639件について、疑わしい取引に該当するか否かの判定を行わないまま放置しており、本来届出を行うべき取引の届出がなされていないことが懸念され、犯罪による収益の移転防止に関する法律(平成19年法律第22号)に違反する可能性のある取扱いが認められた。
- (2)疑わしい取引の届出の滞留・長期化
- 当行においては、令和5年5月以降、疑わしい取引の検知から届出までに要した日数の月平均が長期間(最長で、令和6年2月に152日間)に及ぶ状態が継続している実態が認められた。
- (1)取引モニタリングシステムで検知した取引の放置
- 態勢整備期限におけるガイドライン対応の未完了
- 当行は、ガイドラインで対応を求めている態勢の整備に必要となるシステム対応を行っていないほか、規程等の整備を完了していない等、前回検査で当庁より指摘を受けた様々な事項について、前回検査から十分な期間があったにもかかわらず、検査実施時点においても改善しておらず、ガイドラインで対応を求めている事項について、当庁が要請した期限(令和6年3月末)までに態勢整備を完了していない実態が認められた。
- 疑わしい取引の届出に係る不適切な取扱い
- 経営姿勢及び態勢上の問題
- マネロン・テロ資金供与対策は、国際的な要請の高まりや足元で特殊詐欺等の被害が拡大している状況を踏まえると、金融業界において最も重要な経営課題の一つと位置付けられるべきものであり、これまでにも当庁から、ガイドラインに基づくマネロン・テロ資金供与リスク管理態勢の整備を期限までに確実に実施するよう要請するとともに、再三にわたって周知を行ってきた。
- こうした状況下にあってなお、当行では、1.に記載した不適切な業務運営やその直接的な原因である以下(1)(2)のような態勢上の問題点が認められており、それらについては、疑わしい取引の届出に係る業務滞留・長期化の発生や、前回検査の指摘事項に対する改善対応状況の報告、内部監査による指摘などを通じて、これまでに幾度となく把握する機会があったにもかかわらず、取締役会及び経営陣は、実態把握を自ら積極的に行うことなく、態勢整備に向けて必要な指示も行わず、主導的に関与してこなかった。
- こうした取締役会及び経営陣の姿勢が、当行の組織内においてマネロン・テロ資金供与リスク管理態勢の構築を軽視したリスクカルチャーを助長し、自主的な改善を阻害してきたものと認められる。
- 疑わしい取引の届出に係る態勢上の問題点
- 疑わしい取引の届出に係る業務について、必要な人員を配置してこなかったことから、上記Ⅰ.1.(1)のとおり、疑わしい取引に該当するか否かの判定を行わないまま放置し、かつ、その状況を適時・適切に把握していない。
- くわえて、届出業務の滞留・長期化が発生した際においても、その原因を調査せず、同業務を適時・適切に実施するために必要な態勢整備を行っていない。
- 態勢整備期限までにガイドライン対応が完了しなかった態勢上の問題点
- 前回検査の指摘事項に対する改善対応について、システム対応は、態勢整備期限までに計画を立案しさえすれば実際にシステムを導入していなくとも問題ないと誤認し、システム導入が遅れることによって生じうる業務量の増大等の弊害を想定することなく、未だもってシステムの導入を行っていない。
- くわえて、主管部署において改善対応の進捗状況や内容に対する十分性・妥当性のチェック態勢が機能していない実態を看過し、その是正を図っていないほか、前回検査以降に実施した外部コンサルティング会社の利用を含む態勢強化策の実効性を確認していない。
- また、内部監査が指摘した改善対応に係る不備事項について、その対応を主管部署任せとし、態勢整備期限までにフォローアップを行っていない。
- 疑わしい取引の届出に係る態勢上の問題点
- マネロン・テロ資金供与対策に係る不適切な業務運営
- 当庁検査の結果及び法第24条第1項の規定に基づき求めた報告を検証したところ、以下のとおり、マネロン・テロ資金供与対策に係る不適切な業務運営やその背景にある経営姿勢及び態勢上の問題が認められた。
関連して、AML/CFT態勢の不備が指摘され、行政処分に至った事例が、「郵便物受取サービス業者」について2件ありました。あわせて紹介します。いずれも、本人特定事項の確認を行っていない、確認記録(取引時確認者、取引の種類、確認の方法等)の作成を行っていない、という基本的な実務すらできていない状態であり、令和6年版犯罪収益移転危険度調査書において、「郵便物受取サービスを利用することにより、顧客は、実際には占有していない場所を自己の住所として外部に表示し、郵便物を受け取ることができるため、特殊詐欺等において郵便物受取サービスが被害金等の送付先として悪用されている実態がある。このような事業等の架空の外観作出や、帰属先の不透明化による取引の匿名性という特性は、商品・サービスの脆弱性となる」と指摘されているとおり、犯罪に悪用される危険性があります。
▼経済産業省 犯罪による収益の移転防止に関する法律違反の特定事業者(郵便物受取サービス業者)に対する行政処分を実施しました
- 経済産業省は、郵便物受取サービス業(私設私書箱業)を営む株式会社ヒロエンタープライズに対し、犯罪による収益の移転防止に関する法律第18条の規定に基づき、取引時確認義務及び確認記録の作成義務に係る違反を是正するため必要な措置をとるべきことを命じました。
- 犯罪による収益の移転防止に関する法律(平成19年法律第22号。以下「犯罪収益移転防止法」という。)では、特定事業者に対し、一定の取引について顧客等の取引時確認を行うとともに、その記録を作成するなどの義務を課しており、郵便物受取サービス業者(私設私書箱業者)は、同法の特定事業者として規定されています。
- 特定事業者の概要
- 名称:株式会社ヒロエンタープライズ(法人番号4011001117976)
- 代表者:矢野川 有
- 所在地:東京都渋谷区渋谷一丁目8番5号グローリア宮益坂102号室
- 事案の経緯
- 経済産業省において同社に対して立入検査等を行った結果、犯罪収益移転防止法違反が認められたため、同社への処分を行うこととしました。
- 違反行為の内容
- 経済産業省による立入検査等の結果、同社には、犯罪収益移転防止法に定める義務について以下の違反行為が認められました。
- 取引時確認
- 同社は、顧客との間で締結した郵便物受取サービス業に係る契約について、犯罪収益移転防止法第4条第1項の規定に基づく本人特定事項、職業等及び同条第4項の規定に基づく代表者等の本人特定事項の確認を行っていない。
- 確認記録の作成
- 同社は、犯罪収益移転防止法第6条第1項の規定に基づく確認記録(取引時確認者、取引の種類、確認の方法等)の作成を行っていない。
- 取引時確認
- 経済産業省による立入検査等の結果、同社には、犯罪収益移転防止法に定める義務について以下の違反行為が認められました。
- 命令の内容
- 3.の違反行為を是正するため、令和6年12月4日付けで同社に対し、犯罪収益移転防止法第18条の規定に基づき、以下の必要な措置をとるべきことを命じました。
- 犯罪収益移転防止法第4条第1項及び同条第4項に規定する取引時確認義務に違反する契約について当該取引時確認を行うこと。また、同法第6条第1項に規定する確認記録の作成義務に違反する契約について当該確認記録を作成すること。
- 上記(1)の義務違反の発生原因について調査分析の上検証し、再発防止策を策定すること。当該再発防止策の一環として、上記(1)以外の契約について、犯罪収益移転防止法第4条第1項及び同条第4項に規定する取引時確認を行い、当該取引時確認を行った場合には同法第6条第1項に規定する確認記録を作成すること。
- 令和7年1月6日までに、上記①及び②の措置を講じた上で経済産業大臣宛てに文書(当該措置を証明するに足りる証票を添付すること。)により報告すること。
- 3.の違反行為を是正するため、令和6年12月4日付けで同社に対し、犯罪収益移転防止法第18条の規定に基づき、以下の必要な措置をとるべきことを命じました。
- 特定事業者の概要
▼経済産業省 犯罪による収益の移転防止に関する法律違反の特定事業者(郵便物受取サービス業者)に対する行政処分を実施しました
- 経済産業省は、郵便物受取サービス業(私設私書箱業)を営む「福岡私設私書箱サービス」又は「日本私設私書箱センター」こと呂 正吉に対し、犯罪による収益の移転防止に関する法律第18条の規定に基づき、取引時確認義務及び確認記録の作成義務に係る違反を是正するため必要な措置をとるべきことを命じました。
- 犯罪による収益の移転防止に関する法律(平成19年法律第22号。以下「犯罪収益移転防止法」という。)では、特定事業者に対し、一定の取引について顧客等の取引時確認を行うとともに、その記録を作成するなどの義務を課しており、郵便物受取サービス業者(私設私書箱業者)は、同法の特定事業者として規定されています。
- 特定事業者の概要
- 名称:「福岡私設私書箱サービス」又は「日本私設私書箱センター」(個人事業者)
- 代表者:呂 正吉
- 所在地:福岡県福岡市東区箱崎二丁目9番31号
- 事案の経緯
- 「福岡私設私書箱サービス」又は「日本私設私書箱センター」こと呂 正吉(以下「同事業者」という。)が犯罪収益移転防止法に定める義務に違反していることが認められたとして、国家公安委員会から経済産業大臣に対して同法に基づく意見陳述が行われました。
- これを踏まえ、経済産業省において同事業者に対して立入検査等を行った結果、犯罪収益移転防止法違反が認められたため、同事業者への処分を行うこととしました。
- 違反行為の内容
- 国家公安委員会による意見陳述及び経済産業省による立入検査等の結果、同事業者には、犯罪収益移転防止法に定める義務について以下の違反行為が認められました。
- 取引時確認
- 同事業者は、顧客との間で締結した郵便物受取サービス業に係る契約について、犯罪収益移転防止法第4条第1項の規定に基づく本人特定事項の確認を行っていない。
- 確認記録の作成
- 同事業者は、犯罪収益移転防止法第6条第1項の規定に基づく確認記録(取引時確認を行った者の氏名等、自己の氏名等と異なる名義を用いる理由)の作成を行っていない。
- 取引時確認
- 国家公安委員会による意見陳述及び経済産業省による立入検査等の結果、同事業者には、犯罪収益移転防止法に定める義務について以下の違反行為が認められました。
- 命令の内容
- 3.の違反行為を是正するため、令和6年12月12日付けで同事業者に対し、犯罪収益移転防止法第18条の規定に基づき、以下の必要な措置をとるべきことを命じました。
- 犯罪収益移転防止法第4条第1項に規定する取引時確認義務に違反する契約について当該取引時確認を行うこと。また、同法第6条第1項に規定する確認記録の作成義務に違反する契約について当該確認記録を作成すること。
- 犯罪収益移転防止法の理解及び遵守を徹底するとともに、上記(1)の義務違反の発生原因について調査分析の上検証し、再発防止策を策定すること。当該再発防止策の一環として、以下の措置を講じること。
- 上記(1)以外の契約のうち、令和2年4月1日以降に締結した契約について、同法第4条第1項に規定する取引時確認を行うこと。
- 上記(1)以外の契約について、同法第4条第1項に規定する取引時確認を行った場合には同法第6条第1項に規定する確認記録を作成すること。
- 令和7年1月14日までに、上記(1)及び(2)の措置を講じた上で経済産業大臣宛てに文書(当該措置を証明するに足りる証票を添付すること。)により報告すること。
- 3.の違反行為を是正するため、令和6年12月12日付けで同事業者に対し、犯罪収益移転防止法第18条の規定に基づき、以下の必要な措置をとるべきことを命じました。
- 特定事業者の概要
全国銀行協会(全銀協)は、不正利用の疑いのある口座情報を迅速に銀行間で共有する仕組みづくりを進める検討会を設置したと発表しています。警察が口座凍結を要請する前の段階に銀行間で連携し、金融機関の主導で被害拡大を防ぐことを目指し、金融機関の間で、マネロンや詐欺に使われている口座の情報を共有する枠組みを構築するための方針を策定するものです。2025年3月をメドに、情報共有の仕組みや銀行に求める対応、実施に向けたスケジュールを報告書として取りまとめるとのことです。情報共有の実務やシステム、個人情報保護や法的な観点から問題がないかどうかなどの論点を検討していくとしています。これまでは警察庁から不正口座の情報提供を受けた後に、全銀協などの業界団体が、会員の銀行と情報を共有、不正口座情報の取りまとめに時間がかかり、警察の捜査を経てからの凍結となるため、被害の拡大を防ぐには迅速な情報共有が必要との指摘が出ていたものです。今後、マネロンや投資詐欺に使われている口座を特定した場合に、全銀協を通じてすぐに銀行間で名義人などの口座情報を共有、情報提供を受けた銀行は、同じ名義人の口座開設の審査を慎重にしたり、同じ名義人の口座の監視を強化したりするといった対応が可能となることを想定しています。本コラムでもたびたび指摘しているところですが、全銀協が情報共有に乗り出す背景には、口座の不正利用の増加があります。2023年のインターネットバンキングの不正送金被害は87億3000万円と、2022年の約6倍に急増、とりわけ金融機関の偽サイトに誘導してログイン情報を盗み取る「フィッシング」が増えており、こうした金融犯罪の急増を受け、金融庁と警察庁が2024年8月、全銀協や全国地方銀行協会などに口座の不正利用防止に向けた対策強化として、より早期の不正取引の検知や、入出金停止といった措置の迅速化を求めていたものです。なお、金融庁金融犯罪対策室の担当者は、講演でマネロンや金融犯罪対策の現状をふまえ、「口座開設時の審査だけを厳格化しても効果的ではなく、その後のモニタリングなど多層的な対応で効果が生まれる」と述べており、筆者が以前から指摘しているとおりの指摘でもあります。
▼金融庁 全国銀行協会による「不正利用口座の情報共有に向けた検討会」の設置に係る公表について
- 一般社団法人全国銀行協会は、近年、特殊詐欺やSNS型投資詐欺などの金融犯罪が急増していることを受け、銀行界として金融犯罪被害を減少させるため抜本的な対策強化に取組む必要があると認識し、金融機関間で不正利用口座の情報を共有する枠組みを構築するため、「不正利用口座の情報共有に向けた検討会」を設置しました。
- 本検討会においては、金融機関間で、詐欺やマネー・ローンダリング等の犯罪に利用された口座の情報を共有する枠組みを構築するための方針を策定し、令和7年3月を目途に、対応事項とスケジュールを報告書として取りまとめる予定です。
- 金融庁としても、本検討会には警察庁とともにオブザーバーとして参加しており、こうした金融機関による自主的な取組を後押しするとともに、金融機関に対して、詐欺被害が疑われる取引に対するモニタリングの強化等、口座の不正利用防止に係る対策の一層の強化を促すことで、国民を詐欺等の被害から守るための環境整備に努めてまいります。
▼一般社団法人全国銀行協会 「不正利用口座の情報共有に向けた検討会」の設置について
- 目的
- 金融機関間で、詐欺やマネー・ローンダリング等の犯罪に利用された口座の情報を共有する枠組みを構築するための方針を策定し、2025年3月を目途に対応事項とスケジュールを報告書として取りまとめる。
- 委員等
- (委員)みずほ銀行、三菱UFJ銀行、三井住友銀行、りそな銀行、常陽銀行、名古屋銀行、全国地方銀行協会、第二地方銀行協会、マネー・ローンダリング対策共同機構
- (オブザーバー) 金融庁、警察庁、弁護士
- (事務局) 全国銀行協会
- 主な検討事項
- 情報共有する不正利用口座の範囲や共有する情報の内容等、実務に係る論点
- 守秘義務や個人情報保護法等、法令に係る論点
- 情報共有するためのシステムに係る論点
- その他
- 本検討会の資料および議事要旨は、原則非公表とする。
2024年12月24日付日本経済新聞は、警察庁や金融庁などは外国人名義の口座管理を強化すると報じています。在留期限を過ぎた留学生や技能実習生らの口座が売買され、SNS型投資詐欺といった犯罪収益の受け皿として悪用されるケースが目立つため、金融機関に対して、在留期限後の出金などの制限を徹底するよう求めるものです。深刻な詐欺被害の抑止に向け犯罪インフラとなっている外国人名義の口座の流通を止めるとしています。SNSには銀行口座の買い取りを示唆する投稿があふれ、応募者とは秘匿性の高い通信アプリを通じて売買するグループが多く、口座売買は犯罪収益移転防止法(犯収法)に違反し警察も取り締まりを強めているものの、いたちごっこが続いています。特に犯罪への悪用が目立つのが外国人名義の口座で、警察庁によると、2021年に起きたインターネットバンキングの不正送金事件で、一次送金先の口座のうち69%が外国籍名義であり、国別ではベトナムが29%で最も多く、中国が6%だったといいます。摘発例では、留学や技能実習で来日した外国人が在留期限を迎え帰国する際に、SNSやブローカーを通じて口座を売却するケースが多く、警察幹部は「帰国する外国人は違法行為に及ぶ心理的なハードルが下がっている可能性がある」と指摘している点は確かにそのとおりだと感じます。犯収法は在留期限が過ぎた外国人の口座での入出金について、第三者が関与した「なりすましが疑われる取引」に該当しうるとしています。金融機関は口座利用を制限する必要があるものの、どの時点から同取引に該当するか明示されておらず、利用の制限を巡る対応は金融機関の間でばらつきがあったといいます。報道で捜査関係者は、「対策が緩い銀行の口座は高値で取引されるケースもあった」と指摘していますが、そうした実態は口座売買の相場の動きからもわかります。警察庁は金融庁など関係省庁に出した事務連絡で、在留期限の翌日以降の出金などは「なりすましによる取引が疑われる」との解釈を示しています。在留期限を迎えた外国人は既に出国したと想定され、本人による取引の可能性は低いと判断したものです。こうした口座管理を強化する背景には詐欺被害の増加があり、SNS型投資詐欺とロマンス詐欺の2024年1~11月の被害額は計約1141億円、特殊詐欺の同被害額は581億2千万円(暫定値)に上り、通年でも過去最悪を更新する厳しい実態があります。
マネロンを防ぐため、犯罪で得た収益が混在している財産は没収できるとする組織犯罪処罰法の規定の合憲性が争われた刑事裁判の上告審判決で、最高裁第3小法廷は、「規定は合憲」との初判断を示しています(5人の裁判官全員一致の意見)。報道によれば、被告の女は2021~22年、高級ブランド・エルメスの偽バッグなどを販売して得た収益が含まれる計1764万円を親族名義の口座に移して隠そうとしたとして、同法違反や商標法違反などに問われました。1審・岡山地裁津山支部は被告を懲役2年6月、執行猶予3年などとし、口座に残っていた1564万円の没収を命じて、2審・広島高裁岡山支部も支持しました。上告審で弁護側は「正当な経済活動で得た財産も没収するのは憲法で保障された財産権を過度に制限している」と主張し、犯罪収益と認定できるのは約840万円にとどまると訴えたのに対し、同小法廷は「犯罪行為に関わる財産を広く没収対象とすることは、犯罪を予防するという組織犯罪処罰法の目的を達成するために必要かつ合理的な措置だ」と指摘し、被告側の上告を棄却、被告の有罪が確定しています。また、SNSで誘われて運転免許証の偽造を繰り返した被告に対し、東京地裁が2024年10月、組織犯罪処罰法に基づき、報酬として受け取った暗号資産を没収する判決を言い渡し、確定していたことがわかりました。報道によれば、暗号資産を没収対象とした同法改正後、没収を命じる司法判断が明らかになるのは初めてとみられ、暗号資産の悪用防止が期待されるところです。男は偽の運転免許証の画像データを受領、プリンターで刷りだしてプラスチックカードに貼り、偽造免許証を作成、指定場所に発送し、報酬としてビットコイン(BTC)を受け取っていたといい、偽造免許証で開設された銀行口座は詐欺事件の振込先などに使われていたとされ、東京地裁は2024年10月11日の判決で、男を「組織的な犯罪グループの末端だった」と認定、懲役3年、執行猶予5年(求刑・懲役4年)の有罪とし、約0.03BTC(判決時点で約30万円相当)の没収を命じたものです。組織犯罪処罰法は犯行グループが犯罪で得た収益を没収する手続きを定めており、2022年12月に改正される前は、没収の対象を「不動産」や現金などの「動産」などと規定、暗号資産を没収できるかどうかの解釈は定まっておらず、司法判断が分かれたケースもありましたが、改正法で暗号資産も没収の対象となることが明確化されました。報道で捜査関係者は「報酬を暗号資産で受け取るだけではなく、最近は犯罪収益を匿名性の高い暗号資産に交換するケースが増えている」とした上で、「法律や判決で犯罪収益の暗号資産は没収されると示されたことで、犯罪グループの資金源を断つことにつながる」と強調しています。利用者の匿名性が高く、サイバー空間で瞬時に取引が行われるため、犯罪の報酬に使われたり、不正に得た資金を隠す手段にされたりする実態があり、警察庁によると、2023年のインターネットバンキングに関わる不正送金の51%(約44億円)が暗号資産交換業者の口座に送られていました。今回、実際に没収を命じた判決の確定が明らかになったことについて、サイバー犯罪に詳しい岡田好史・専修大教授(刑法)は「こうした司法判断を積み重ね、犯罪の抑止力にしていくことが重要だ」としつつ、暗号資産の没収をどう実行するかが課題であり、犯罪収益としての暗号資産を特定するには高度なIT技術が必要とされるとし、「犯罪組織から確実に剥奪するためには、IT人材の確保など体制の充実も不可欠だ」と指摘していますが、正にそのとおりだと思います。
犯罪収益の没収と関連して、薬物の密売や詐欺などの刑事事件の判決で被告に科され、検察が徴収する「追徴金」の累積未収総額が2023年度末時点で、1251億円に上ったことが最高検への情報公開請求でわかったと読売新聞が報じています。2007年度末の449億円から2.7倍に増加したといいます。被告に十分な財産がないことに加え、犯罪組織のマネロンダが巧妙化し、捜査当局の追跡が困難になっていることが背景にあるといいます。2023年度に検察が徴収できたのは61億6500万円(4.6%)にとどまっていることも明らかになりました。また、被告に1円も納付させられないまま1年が経過し、刑法の規定で時効となる場合などに、検察は「徴収不能」と決定しており、2023年度は13億6400万円が未収額から除外されています。検察は組織犯罪処罰法に基づき、被告を起訴する30日前から犯罪収益の差し押さえ(保全)が可能となるものの、すでに被告が金を使ってしまっていることが多いほか、近年は、犯罪組織が海外の口座や暗号資産を使ったマネロンで収益を隠すケースも目立っているといいます。報道で追徴金制度に詳しい佐藤拓磨・慶応大教授(刑法)は、「犯罪組織の手元に収益が残ると、新たな犯罪に使われるリスクが高く、マネロンへの処罰を強化すべきだ。警察・検察が捜査の初期段階から柔軟に保全をかけられる仕組みのほか、金融機関との連携強化も有効だ」と指摘していますが、こうした実態は看過できるものではなく、犯罪の再生産を阻止すべく、きっちりと回収するための施策を講じていくべきだと考えます。
刑事訴訟法の改正による出国制限制度の創設に伴い、司法書士等が本人特定事項等の確認をしなければならない業務から、帰国等保証金の納付の代理行為を除外する犯収法施行令の一部改正がなされますので、以下、紹介します。
▼警察庁 「犯罪による収益の移転防止に関する法律施行令の一部を改正する政令案」に対する意見の募集について
▼概要
- 司法書士等による本人特定事項等の確認が必要な業務からの帰国等保証金の納付の除外(犯収法施行令の一部改正)
- 本改正案の内容
- 刑事訴訟法の改正による出国制限制度の創設に伴い、司法書士等が本人特定事項等の確認をしなければならない業務から、帰国等保証金の納付の代理行為を除外するもの
- 出国制限制度:拘禁刑以上の刑に処する判決の宣告を受けた者等は、裁判所の許可を受けなければ本邦から出国してはならず、裁判所が本邦からの出国を許可する場合には、原則として、帰国等保証金額を設定
- 現行規定の内容
- 犯収令8条1項は、司法書士等が本人特定事項等の確認をしなければならない業務のうち、マネロンリスクが低いことから、当該確認が不要とされるものを規定
- 刑事手続に係る保証金や監督保証金の納付に係る代理の業務は、マネロンリスクが低いため、本人特定事項等の確認義務の対象外
- 犯収令8条1項各号に規定する行為又は手続(=マネロンリスクが低い)
- 1号 租税の納付
- 2号 罰金、科料、追徴に係る金銭又は刑事手続に係る保証金若しくは監督保証金の納付
- 帰国等保証金を追加
- 制度の性質:裁判所からの命令に基づき、行為者が金銭を納付する
- 運用:裁判所に直接金銭等を納付
- 今後の予定
- 施行期日:刑事訴訟法等の一部を改正する法律(令和5年法律第28号)の公布の日(令和5年5月17日)から起算して2年を超えない範囲内において政令で定める日
本コラムでもたびたび取り上げたリバトングループ事件では、指示を受けた闇バイトが複数の銀行口座を開設、これらの口座には延べ約4万人から計約18億円もの賭博の賭け金が入金されていたといいます。本件に絡み、ペーパー会社名義の口座を開設して、グループで使用できるようにしたなどとして、愛知県警などの合同捜査本部が20~50代の男女11人を詐欺容疑で書類送検しています。全員容疑を認めているといいます。書類送検されたのはグループのメンバー2人や、SNSなどで募集に応じた闇バイトの5人、闇バイトをリクルートした4人の計11人です。パスワードなどを変更してグループが口座を使用できるようにしたなどの疑いがあるといい、闇バイトは一人当たり3~10の口座を開設していたとされます。グループは海外のオンラインカジノサイト側と契約し、賭客には管理する決済システムに賭け金を入金させ、サイト側に送金、賭け金の2~4%を手数料名目で受け取り、賭客に払戻金も支払っていたといいます。海外サイトでも日本国内から接続して金を賭ければ違法となるため、グループは複数の口座を経由して賭け金などを移動、これらの口座入手にグループが利用したのが闇バイトという構図でした。SNS上で「口座開設などの簡単な手続き」「手出しなしで毎月3万円が入ります」と募集するなどし、グループがペーパー会社設立の手続きを指南、各自の名義で法人を設立させたもので、司法書士を紹介したり、資本金を貸したりすることもあったといいます。その法人名義で銀行口座を開設させ、闇バイトには報酬として月に1万~5万円を支払っていたものです。また、グループは定期的に賭け金などの出入金用の口座を変更、不正な取引の発覚で口座が凍結されることなどに備え、多数の口座を開設させたとみられています。オンラインカジノに関連し、闇バイトが入手した口座を通じて巨額の金が動く背景について、報道でカジノに詳しい静岡大の鳥畑与一名誉教授(経済学)は、「オンラインゲームで課金や抽選でアイテムなどを購入する『ガチャ』など、ギャンブル的要素の強いコンテンツが増えている。そのため、(オンラインの)違法賭博へのハードルが低くなってきている」と指摘。加えて「現金ではなくコインなどを使うことでつい金を使ってしまう。オンライン化により違法賭博が身近になってしまっている」、「海外のカジノサイトに国内から接続して賭けるのは違法だが、ネットでは合法かのような宣伝がされ、広告の規制もない。ゲーム感覚で始めないで」と指摘していますが、まさにそのとおりだと思います。
最近の報道から、不正な口座開設や運用されていた事例をいくつか紹介します。
- 車に石が当たった」「ぶつかった」などと因縁をつけて、相手に身分証を提示させたり、盗んだりして入手した他人の運転免許証でクレジットカードを作り、買い物を繰り返したなどとして夫婦が逮捕された事件では、免許証が改ざんされるなどし、インターネット銀行での口座開設時の本人確認書類に使われていました(計31人の身分証などを使って不正に計71枚のカードを作成、他人名義のカードでの不正利用は総額約9500万円に上るといいます)。郵送でキャッシュカードを受け取る際、偽造した免許証を郵便配達人に提示するなどして、名義人に成り済ましており、この手法で本人確認をすり抜けられる金融機関を狙い、集中的に口座を申請していたとみられています。こうした口座があればクレジットカードの審査も通りやすくなるため、不正対策の強化が急務となっています。報道でサイバーセキュリティに詳しい明治大大学院の湯浅墾道教授は、金融機関の口座があれば、ほかの機関が本人確認を済ませているなどと受け止められることから、「(名義が同じ)クレジットカードの審査は通りやすくなる」と指摘、犯収法ではカード郵送時に配達員が身分確認する方法も認めてられているものの、同法は、どこまで精密に身分証の真贋を判定するかなど、詳細な基準は定めていないうえ、全銀協も「法令に基づき適切な本人確認をする」と、具体的な対策は各金融機関の責任で決めるとの立場であり、配達員に厳格な本人確認を求めることには限界があり、マイナンバーカードを読み取るなど「デジタルで確認すべきと指摘していますが、正にそのとおりだといえます。金融機関の口座は、株取引や高額な不動産購入に必要になることも多く、本人確認の不正を許せば「(金融インフラ獲得の)突破口になりかねないため、実効性ある不正対策の強化が急務となっています。
- 京都府警が詐欺容疑で逮捕した中国籍の会社役員ら男3人が不正に開設した30あまりの口座には特殊詐欺の被害金が振り込まれていたといい、府警は犯罪インフラとして口座を開設したとみています。
- 埼玉県所沢市で2024年10月に起きた「闇バイト」による強盗致傷事件で、同12月に逮捕された「資金管理役」とみられる女が「複数の口座を運用していた」などと供述しています。女名義の口座に不審な入出金が複数回あり、埼玉県警などの合同捜査本部は、ほかの強盗事件との関連を調べているといいます。首都圏で相次ぐ闇バイトがからむ強盗事件で「資金管理役」の逮捕は今回が初めてだといいます。報道によれば、自分名義のインターネットバンキング口座を使って、強盗で奪った現金を受け取り、実行役らに報酬などを渡していたとみられ、容疑者は「指示役から匿名性の高いアプリで指示を受け、お金を送る役だった」、「自身の口座で20~30回、金を出し入れした」、「口座で管理していたのは闇バイトが得た違法な金だったとの認識はあった」、「借金が数百万円あった」などと話しているといいます。
休眠宗教法人の問題は、以前から本コラムでもたびたび警鐘を鳴らしてきましたが、その整理がなかなか進まず、マネロンや脱税に悪用されるリスクが高まっているといえます。休眠状態にある宗教法人の整理が進まない。文化庁と都道府県が所管する宗教法人は2023年末時点で約18万、そのうち代表の死去などで活動実態のない不活動宗教法人は4431、2022年末比で1000以上増えています。文化庁が実態把握を強めたことで急増した形になりますが、同庁は2023年3月末、役員名簿や財産目録が不提出で連絡が取れないなど、不活動認定の基準を明確化して都道府県に示しました。活動再開や合併、任意解散の見込みがなければ、裁判所に法人の解散命令を請求できるとして、不活動宗教法人の整理を進めています。背景には旧統一教会問題を巡る国会の動きがあるほか、「金融活動作業部会(FATF)」が2021年8月、宗教法人を含む日本の非営利法人に関し「テロ資金供与に関連したリスクベースの監視は行われていない」と指摘している点も挙げられます。非営利法人のなかでも宗教法人の潜在リスクは高いといえ、報道でマネロン対策に詳しい鈴木正人弁護士は「信教の自由に配慮し、行政・捜査機関は介入に慎重になりやすい。マネロンに悪用された場合、他法人に比べて発覚しにくく、犯罪者からは使い勝手がよいという側面がある」と指摘しています。本コラムでも継続的に指摘している宗教法人の法人格取引は相変わらず横行しており、「兵庫県、境内なし、3000万円」などど、公然と売買を呼びかけるウェブサイトも存在、役員登記変更を代行し、取引額の数%を仲介料として得るビジネスとされます。日本と同様に、宗教法人に税制上の優遇措置がある国は少なくなく、米国は法人に免税資格を与える過程で一定のチェック機能を働かせているといいます。不活動法人の実態把握は徐々に進み始めたが限界もあり、株式会社は12年、一般社団法人や一般財団法人は5年にわたり登記更新がなければ解散したとみなされる制度があり、宗教法人でも同様の制度導入を検討する余地がありそうです。
その他、国内外におけるAML/CFTや金融犯罪等に関する最近の報道から、いくつか紹介します。
- スウェーデンの金融当局は、フィンテック決済大手のクラーナに対しマネロン関連の規制に違反したとして5億スウェーデンクローナ(約70億円)の罰金を科すと発表しています。報道によれば、スウェーデン当局は2021年4月から2022年3月までの期間、マネロン防止の規定に関して同社を調査したところ、テロ資金供与にサービスが利用される可能性があるかどうかの評価を行っていないなどの規則違反が判明したといいます。ただ、ビジネスに関連する「認可を取り消したりするほどのものではない」ということです。クラーナは米国市場への上場に向けて米証券取引委員会(SEC)に新規株式公開(IPO)に関する書類を提出済みで、早ければ2025年前半の上場が見込まれ、想定時価総額は150億~200億ドル(約2.3兆~3兆円)規模との見方があります。クラーナは2005年にスウェーデンのストックホルムで設立されたBNPL(バイ・ナウ・ペイ・レイター)と呼ばれる後払い決済サービスの大手です。
- りそなHDは、傘下のりそな銀行、埼玉りそな銀行、関西みらい銀行、みなと銀行の4行の振込手数料を4月に引き上げると発表しています。窓口での取引やATMでの現金取引が主な対象で、値上げ幅は1件当たり220~330円で、犯罪抑止の対策費用がかさむため(詐欺やマネロン対策が複雑になったため)と説明しています。
- 偽サイトに誘導してクレジットカード情報を盗む「フィッシング」を狙い、金融機関などを装って送り付けられたメールやショートメッセージサービス(SMS)の報告件数が2024年、過去最多となることが、民間監視団体のフィッシング対策協議会のまとめで分かりました。1月から11月までの累計件数は148万5746件で、統計を取り始めた2005年以降で最多だった2023年の年間の119万6390件を既に上回っています。協議会は犯罪者が自動送信システムを使っている可能性を指摘、セキュリティ企業は文面作成に生成AIを悪用している恐れがあるとみています。協議会の担当者は同じ文面のメールが同時間に何万通も送信される例があるとし「人手でこれほど大量に送ることは難しい」と分析しています。
- 銀行を名乗って企業に電話をかけ、手続き名目でメールアドレスを聞き出した上で偽メールを送ってIDやパスワードを盗み取る「ボイスフィッシング」という新たな手口が確認されています。最初に電話をすることで、偽メールの信憑性を高めているところが特徴で、電話でやりとりに沿っているため、信じ込んだ担当者は言われるままにメールに書かれたURLを開き、この時点でマルウェアに感染させられたり、インターネットバンキングのパスワードなどを入力してしまえばそれを悪用されるものです。偽サイトのURLを添付したメールが送って偽のウェブサイトに誘導し、情報を盗み取るフィッシングは広く知られていますが、警察庁によると2024年秋ごろから、金融機関を名乗る偽電話を伴ったフィッシングの手口が、数十件報告されるようになったといいます。なお、警察庁によると、ネットバンキングの不正送金被害は2018年には4.6億円だったところ、2023年には87.3億円にまで増加、2024年は上半期で24.4億円と、高い水準が続いています。スマートフォンのSMSを使った「スミッシング」や、SNSのダイレクトメッセージ機能を使う手口、システム管理者など特定の人物を狙って次の攻撃につなげるものなど、さまざまな種類がある一方で、新たな手口が次々に登場しており、警察当局や企業が警戒を強めています。
- 偽サイトに誘導し個人情報を盗み取る「フィッシング詐欺」被害の多発を受け、三菱UFJ銀行は、偽サイトの画面に「危険」と警告を表示する取り組みを開始しています。米グーグルが開発した検知サービスを利用したもので、国内企業での本格導入は初めてといいます。フィッシング詐欺では2023年以降、メガバンクを装い「口座を凍結する」などとメッセージを送る手口が急増しています同行は、把握した偽サイト情報をグーグル側に送ることで、利用者が偽サイトに接続すると、「危険なサイト」「安全なページに戻ることをおすすめします」と警告文が画面表示される仕組みを構築したもので、サーバー事業者に偽サイトの情報を伝えて閉鎖を要請する従来の手法より、短時間で利用者への注意喚起が可能になるといいます。シンガポール政府や米大手銀行でも採用されているといいます。
- AIを活用した神奈川県警の犯罪予測システムでは、過去5、6年に起きた事件事故のデータのほか、天候や気温、ガソリン価格や地価などのビッグデータを基に、AIが自転車盗や特殊詐欺などの発生リスクが高い場所を時間帯ごとに予測しています。すでに特殊詐欺の電話が相次いでいた県央地区で、「次に電話が入る」とAIが予測したエリアを署員が重点的に警戒、現金の振り込みに向かう高齢者に声をかけ、被害を未然に防いだ事例や、性犯罪が連続発生していた川崎市内のある地区でも、予測で絞られた場所をパトロールし、犯人検挙につながった事例などが出ているといいます。2024年、社会を不安に陥れた「闇バイト強盗」の対応にもAIが使われており、闇バイトを募集するXの投稿を抽出して、警察官が警告メッセージを送っているほか、薬物取引や銃の製造法に関するSNSの投稿をAIで抽出したり、マネロンの可能性がある口座の取引をAIが自動判定し、捜査対象を絞り込んだりといった活用がなされています。一方、AIによる犯罪予測に過度に依存すれば、その地域住民らに対して偏見や差別が生じたり、無実の人を誤認逮捕したりする恐れもあり、誤った情報を示すなどAIのリスクも考慮し、透明性を確保した適正な運用が欠かせないといえます。
(2)特殊詐欺を巡る動向
オレオレ詐欺など特殊詐欺の脅威が再び増しており、2024年の被害額が11月末時点で約581億2千万円(暫定値)にのぼり、10年ぶりに過去最悪となりました。とりわけ警察官を装って信用させる手口のほか、振込額の上限を高く設定できるインターネットバンキングの普及で1件当たりの被害額が大きくなったことが一因とみられています。警察庁が公表した2024年11月末時点の被害状況では、特殊詐欺全体の認知件数は1万8606件で、前年同期比7.8%増となり、手口別ではオレオレ詐欺が5566件(同55.7%増)で最も多く、パソコンのサポート詐欺などの架空料金請求詐欺の4868件(同3.3%増)が続きました。特殊詐欺の年間被害額は2014年の約565億5千万円が最多だったところ、2024年11月末の段階で過去最悪を更新したことになります。国による高齢者らを対象にした注意喚起に加えて、金融機関もATMの引き出し額や振込額に制限を設けるなど社会全体で被害抑止策を進めてきたこともあり、2024年をピークに減少傾向にありましたが2022年から再び増加に転じました。2024年の被害状況を手口別にみて顕著だったのがオレオレ詐欺で、約342億7千万円と全体の6割近くを占め、前年同期比約3倍に増えています。目立つのが警察官をかたって電話をかけて「あなたの口座が犯罪に使われている」などと資産保護や口座凍結名目で金をだまし取る手口です。警視庁によると、警察官を名乗って携帯電話に架電した上でSNSやビデオ通話でのやりとりに誘導、警察官をかたる人物が警察手帳や逮捕状をかざし信頼させようとするケースもあるといいます。さらに、ネットバンクの普及も被害額が増えた一因とみられています。ネットバンクでは1日あたりの振り込み上限金額が1000万円と高額な銀行もあり、1件あたりの被害額が大きくなりやすいうえ、高齢者の間でも利便性の高いネットバンクは一定程度普及したことが被害を助長した側面もあるようです。組織犯罪においては近年SNS上で実行役を募る「匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)」による活動が台頭しており、「闇バイト」では受け子やかけ子といった詐欺の実行役を募る動きが広がっています。秘匿性の高い通信アプリを悪用し、警察の捜査が及びにくい海外に拠点を設けるグループも相次いでいる状況にあり、今後も被害の拡大が懸念されるところです。
筆者が最も危惧しているのは、こうした統計上の数字が本当に実態を正しく反映しているのかという点です。例えば、本コラムでは特殊詐欺被害を防止した事例をできる限り紹介していますが、コンビニを例にとった場合、1店舗で8回防止した素晴らしい事例がある一方、全国に56000店舗あると言われる中、特定の店舗にのみ詐欺の事例が発生するわけではないことを考えれば、架空料金請求詐欺の被害は実質的に数倍になる可能性が考えられます。さらには、統計上、男性と女性との間に顕著な「騙されやすさ」の有為な違いがないとの研究結果(消費者庁2023年「特殊詐欺等の消費者被害における心理・行動特性果」より)、中高年者において、騙されやすさと高次脳機能や年齢に直接関連がない可能性を示唆する研究結果(心理学研究2015年「中高年者における高次脳機能,信頼感と騙されやすさの関連」より)などがある一方、統計上の数字は明らかに「女性」の「高齢者」の被害が大きくなっていることから、それ以外の属性においては、「被害を正しく届け出ていない」可能性が考えられます。とりわけ男性が「ロマンス詐欺」など騙されたことを「恥ずかしいもの」として隠している可能性は容易に想像できるところでもあり、実は、その被害額は相当な規模になるのではないかと推測されます。詐欺の手口ごとに騙される対象も変化するとはいえ、全体的に見れば、統計上の数字は実態を正しく反映していないのではないか、というのが筆者の結論であり、それらが犯罪組織等に流れ込んで、彼らの資金源となり、さらなる犯罪を再生産していることになり、そうであれば、社会全体がより一層の危機感をもって被害防止に取り組むべきだと強く思います。
警視庁によれば、警察官を装い「あなたに逮捕状が出ている」などとかたる特殊詐欺被害が、東京都内で2024年1~11月に594件発生し、被害額は前年同期比約250倍の約41億7800万円に上っています。電話からLINEに誘導して逮捕状などの偽画像を示す手口で、全国各地で多発しています。2024年の国内の特殊詐欺被害は過去最多を上回る見通しで、警察当局は警戒を強めています。警視庁によると、都内では2024年1月以降、「捜査対象になっている」などと偽る詐欺の被害が徐々に増え、同9~11月は月100件程度で推移、被害額は11月までの特殊詐欺被害(約118億円)の約3割に上っています。携帯電話に直接電話がかかってくるケースが約7割で、「LINEで取り調べをする」などと言い、警察手帳や逮捕状の偽画像を送り付けて「保釈保証金」名目などで現金を振り込ませる手口が横行しています。被害者は30代、40代、50代、60代がそれぞれ2割ずつで、20代も1割と、高齢者の被害が多い従来の特殊詐欺と違い、現役世代が狙われているのが特徴です。
警察署などの電話番号を通話相手の端末に表示させ、警察官からの電話と信じ込ませて現金を要求する詐欺電話が各地で起きています。実際とは違う電話番号になりすます「スプーフィング」と呼ばれる手口で、警察当局は国際電話を使う海外のアプリが悪用されているとみています。実際、被害にあった女性は詐欺を疑ったものの、「電話番号が実在するか確かめて」と言われ、検索したところ末尾が「0110」で岡山県警本部の番号と一致したため、本物の警察官と信じたといいます。女性は男の指示に従い、3回にわたって計約1900万円を振り込み、その後、男から「スマホの初期化」を指示されておかしいと思い、警視庁に相談したといいます。なお、男の電話番号は、米国からの発信を示す「+1」から始まっていました。こうした詐欺事件に悪用されているとみられるのが海外のアプリで、欧米ではコロナ禍以降、テレワーク中に自宅の電話番号を知られたくない人向けに、着信画面に任意の番号を表示させるアプリの利用が広がったといい、それに伴い、米国では警察署や連邦捜査局(FBI)の番号を表示させる詐欺電話が相次いだということです。2023年4月には、在ニューヨーク日本総領事館も在留邦人に注意を呼びかけています。アプリは日本からでも利用でき、海外の通信会社の回線を使うため、番号非通知の着信拒否など国内の対策が効かない場合があるといいます。本コラムでも注意喚起したとおり、国際電話番号を利用した特殊詐欺は急増しており、警察庁によると、「+」と「国番号」などで始まる国際電話が特殊詐欺に使われたケースは、2023年6月まで月数十~200件程度だったところ、翌7月に969件に、2024年6月には3797件に達しました。特殊詐欺では従来、「03」などの固定電話番号や、インターネット回線を使うIP電話からの発信を示す「050」番号が目立ち、警察庁は2019年以降、特殊詐欺に使われた固定番号を利用停止にする措置を講じてきましだが、海外事業者との連携が難しい国際電話番号は停止の対象に含まれておらず、詐欺電話対策が進むなか、アプリを使えば国内でも使える海外の番号に詐欺組織が目を付けたとみられ、警察庁はスプーフィングの手口も含まれているとみています。警察庁が勧めるのが国際電話の利用休止手続きです。固定電話はKDDIとソフトバンク、NTTが共同運営する国際電話不取扱受付センター(0120-210-364)に申し込めば、海外からの着信を止められます。
経済産業省は、フェイスブックを運営するメタに対し、企業のロゴや著名人の顔写真を無断で使ったなりすまし広告への対策を強化するよう求めています。広告の審査体制の改善が必要だと判断、「デジタルプラットフォーム取引透明化法」に基づき、経産省が毎年公表する指定プラットフォーム事業者への評価案に盛り込まれました。メタに対し、広告出稿アカウントの本人確認の強化や、機械での自動審査だけでなく、広告審査のための人員拡充などを求めています。メタは、改善策の取り組み状況について、2025年度に報告することになります。透明化法は、ネット通販、アプリストア、デジタル広告の3分野の指定事業者に対し、取引先への情報開示や苦情処理などの体制整備を求め、取り組み状況を毎年報告させて経産相が評価するもので、なりすまし広告を扱うのは初めてとなります。なりすまし広告の問題では、証券会社など企業の被害も2024年に急増、企業のブランド毀損や正当な広告が誤って削除されるといった影響がありました。経産省は2024年6月、デジタル広告大手のメタ、グーグル、LINEヤフーの3社にヒアリングし、結果を公表、評価案では、メタのほか、アマゾンジャパンに対し、「競争力ある価格」に設定すると利用者の目にとまりやすい「おすすめ出品」に表示されやすくなる仕組みについて、出品者に事実上の値下げを要請する行為だという声もあると指摘、「値下げを要請するものではない」とする同社に対し、具体的な根拠とともに説明を求めています。公正取引委員会はこの問題で2024年11月、独占禁止法違反の疑いで同社に立ち入り検査しています。
また、AIで偽動画をつくる「ディープフェイク」を用いた犯罪がアジア太平洋地域で増えているといいます。電子的本人確認サービスの英Sumsubによると、2023年に同地域で確認された詐欺目的などのディープフェイク件数は2022年の15倍に増え、国別でみると、急増したのはフィリピンで45倍となったといいます。ベトナムや日本でも増加率が高かったといいます。国連薬物犯罪事務所(UNODC)によると、2023年にアジアで報告されたディープフェイク関連の犯罪数のおよそ半分をベトナムと日本で占めているといいます。ディープフェイクを用いた犯罪の事例に、著名人が投資を呼びかけているように見せる「なりすまし詐欺」があり、技術が進歩し、犯罪グループが精巧なコンテンツを作りやすくなっている状況にあります。
特殊詐欺事件で現金計350万円を詐取したとして、福岡県警はいずれも無職の男2人を詐欺の疑いで逮捕しています。金の受け渡しにマンションの宅配ボックスを利用していたといい、宅配ボックスの犯罪インフラ化が懸念されます。悪用された宅配ボックスは、荷物を入れた者が設定した暗証番号がわかれば、住居者以外も開けられる仕様で、逮捕された男の1人が現金を入れ、もう1人が取り出していたといいます。福岡県警はこうした悪用例をほかにも把握しているといい、「設置業者は、住居者以外が使えないようにしたり、防犯カメラを設置したりして悪用を防いでほしい」としています。
SNS上で著名人などをかたって投資に勧誘する「SNS型投資詐欺」の2024年1~11月の被害額が約1,141億円と、前年より763億4000万円増加したことが明らかとなりました。
▼警察庁 令和6年11月末におけるSNS型投資・ロマンス詐欺の認知・検挙状況等について
- 認知状況(令和6年1月~11月)
- SNS型投資・ロマンス詐欺の認知件数(前年同期比)は9,265件(+5,958件)、被害額(前年同期比)は約1,141.0億円(+763.4億円)、検挙件数は193件、検挙人員は90人
- SNS型投資詐欺の認知件数(前年同期比)は5,939件(+4,037件)、被害額(前年同期比)は約794.7億円(+569.8億円)、検挙件数は104件、検挙人員は38人
- SNS型ロマンス詐欺の認知件数(前年同期比)は3,326件(+1,921件)、被害額(前年同期比)は約346.4億円(+193.7億円)、検挙件数は89件、検挙人員は52人
- SNS型投資詐欺の被害発生状況
- 被害者の性別は、男性55.3%、女性44.6%
- 被害者の年齢層では、男性は60代27.2%、50代23.7%、70代15.8%の順、女性は50代29.1%、60代22.9%、40代16.3%の順
- 被害額の分布について、1億円超は男性45件、女性39件
- 被疑者が詐称した職業について、投資家34.6%、その他著名人12.2%、会社員4.9%の順
- 当初接触ツールについて、男性はFB19.3%、LIINE18.2%、インスタグラム17.1%の順、女性はインスタグラム31.5%、LINE16.9%、FB10.8%の順
- 被害時の連絡ツール(欺罔が行われた主たる通信手段)について、LINE91.4%、被害金の主たる交付形態について、振込87.2%、暗号資産10.7%など
- 被害者との当初の接触手段について、バナー等広告45.6%、ダイレクトメッセージ30.9%、グループ招待7.6%など
- 被害者との当初の接触手段(「バナー等広告」及び「ダイレクトメッセージ」)の内訳(ツール別)について、バナー等広告では、インスタグラム28.2%、FB16.5%、投資のサイト14.2%の順、ダイレクトメッセージでは、インスタグラム25.9%、FB20.7%、LINE15.1%、X13.2%、マッチングアプリ8.5%、TikTok5.6%など
- SNS型ロマンス詐欺の被害発生状況
- 被害者の性別は、男性62.6%、女性37.4%
- 被害者の年齢層では、男性は50代28.1%、60代25.8%、40代20.3%の順、女性は50代28.1%、40代28.8%、60代16.6%の順
- 被害額の分布について、1億円超は男性23件、女性8件
- 被疑者が詐称した職業について、投資家11.5%、会社員11.0%、会社役員6.8%、芸術・芸能関係3.9%、医療関係3.5%、軍関係3.2%の順
- 当初接触ツールについて、男性はマッチングアプリ34.6%、FB22.9%、インスタグラム16.9%、X7.4%の順、女性はマッチングアプリ34.8%、インスタグラム32.1%、FB16.8%の順
- 被害時の連絡ツール(欺罔が行われた主たる通信手段)について、LINE93.9%、被害金の主たる交付形態について、振込74.7%、暗号資産19.5%、電子マネー5.1%など
- 被害者との当初の接触手段について、ダイレクトメッセージ83.3%、その他のチャット5.3%、オープンチャット2.4%など
- 被害者との当初の接触手段(「ダイレクトメッセージ」)の内訳(ツール別)について、マッチングアプリ31.3%、インスタグラム25.3%、FB22.0%、TikTok5.6%、X5.4%、LINE4.1%など
- 金銭等の要求名目(被害発生数ベース)について、投資名目71.6%、投資以外28.4%、金銭等の要求名目(被害額ベース)について、投資名目84.0%、投資以外16.0%
警察庁から、令和6年(2024年)1月~11月の特殊詐欺の認知・検挙状況等について発表されています。上述のとおり、2024年1~11月の特殊詐欺の被害額は約581億2000万円と、2014年のピーク時の約565億5000万円をすでに更新する最悪の状況となりました。
▼警察庁 令和6年11月末の特殊詐欺認知・検挙状況等について
令和6年1~11月における特殊詐欺全体の認知件数は18,606件(前年同期17,253件、前年同期比+7.8%)、被害総額は581.2億円(392.5億円、+48.1%)、検挙件数は5,694件(6,604件、▲13.8%)、検挙人員は2,038人(2,234人、▲8.8%)となりました。繰り返しとなりますが、認知件数や被害総額が大きく増加している点が特徴です。うちオレオレ詐欺の認知件数は5,566件(3,574件、+55.5%)、被害総額は342.7億円(115.5億円、196.7%)、検挙件数は1,557件(1,976件、▲21.2%)、検挙人員は807人(904人、▲10.7%)となり、認知件数、被害総額が大きく増加した一方で、検挙件数、検挙人員ともに減少しています。特殊詐欺全体をオレオレ詐欺が押し上げる形となっている点に注意が必要です。また、還付金詐欺の認知件数は3,817件(3,831件、▲0.4%)、被害総額は58.5億円(45.6億円、+28.3%)、検挙件数は868件(950件、▲8.6%)、検挙人員は176人(172人、+2.3%)と被害総額、検挙人員が増加となりました。そもそも還付金詐欺は、自治体や保健所、税務署の職員などを名乗るうその電話から始まり、医療費や健康保険・介護保険の保険料、年金、税金などの過払い金や未払い金があるなどと偽り、携帯電話を持って近くのATMに行くよう仕向けるものです。被害者がATMに着くと、電話を通じて言葉巧みに操作させ(このあたりの巧妙な手口については、暴排トピックス2021年6月号を参照ください)、口座の金を犯人側の口座に振り込ませます。一方、ATMに行く前の段階の家族によるものも含め、声かけで2021年同期を大きく上回る水準で特殊詐欺の被害を防いでいます。警察庁は「ATMでたまたま居合わせた一般の人も、気になるお年寄りがいたらぜひ声をかけてほしい」と訴えていますが、対策をかいくぐるケースも後を絶たない現状があり、それが被害の高止まりの背景となっています。とはいえ、本コラムでも毎回紹介しているように金融機関やコンビニでの被害防止の取組みが浸透しつつあり、ATMを使った還付金詐欺が難しくなっているのも事実で、そのためか、オレオレ詐欺へと回帰している可能性も考えられるところです(繰り返しますが、還付金詐欺自体事態、大変高止まりした状況にあります)。最近では、闇バイトなどを通じて受け子のなり手が増えたこと、外国人の新たな活用など、詐欺グループにとって受け子は「使い捨ての駒」であり、仮に受け子が逮捕されても「顔も知らない指示役には捜査の手が届きにくいことなどもその傾向を後押ししているものと考えられます。特殊詐欺は、騙す方とそれを防止する取り組みの「いたちごっこ」が数十年続く中、その手口や対策が変遷しており、流行り廃りが激しいことが特徴です。常に手口の動向や対策の社会的浸透状況などをモニタリングして、対策の「隙」が生じないように努めていくことが求められています。
また、キャッシュカード詐欺盗の認知件数は1,287件(2,052件、▲37.3%)、被害総額は16.0億円(27.8億円、▲42.4%)、検挙件数は1,329件(1,765件、▲24.7%)、検挙人員は341人(445人、▲23.4%)と、認知件数・被害総額ともに減少という結果となっています(上記の考え方で言えば、暗証番号を聞き出す、カードをすり替えるなどオレオレ詐欺より手が込んでおり摘発のリスクが高いこと、さらには社会的に手口も知られるようになったことか影響している可能性も指摘されています。なお、前述したとおり、外国人の受け子が声を発することなく行うケースも出ています。さらには、前述したとおり、キャッシュカードではなく「現金」入りの封筒で同様のすり替えを行う手口も出ています)。また、預貯金詐欺の認知件数は2,066件(2,522件、▲18.1%)、被害総額は21.0億円(35.9億円、▲41.5%)、検挙件数は1,514件(1,564件、▲3.2%)、検挙人員は410人(525人、▲21.9%)となりました。認知件数・被害総額ともに大きく減少している点が注目されます。その他、架空料金請求詐欺の認知件数は4,868件(4,711件、+3.3%)、被害総額は113.2億円(126.6億円、▲10.6%)、検挙件数は343件(295件、+16.3%)、検挙人員は230人(135人、+70.4%)と、認知件数・検挙件数・検挙人員の増加が目立つ一方、被害総額が減少しています。融資保証金詐欺の認知件数は289件(168件、+72.0%)、被害総額は2.0億円(2.1億円、▲4.1%)、検挙件数は37件(23件、+60.9%)、検挙人員は15人(15人、±0%)、金融商品詐欺の認知件数は97件(285件、▲66.0%)、被害総額は8.7億円(35.5億円、▲75.5%)、検挙件数は17件(22件、▲22.7%)、検挙人員は6人(28人、▲78.6%)、ギャンブル詐欺の認知件数は21件(18件、+16.7%)、被害総額は1.1億円(0.5億円、+122.6%)、検挙件数は5件(1件、+400.0%)、検挙人員は2人(0人)などとなっています。
組織犯罪処罰法違反については、検挙件数は468件(300件、+56.0%)、検挙人員は210人(105人、+100.0%)、口座開設詐欺の検挙件数は803件(657件、+22.2%)、検挙人員は413人(363人、+13.8%)、盗品等譲受け等の検挙件数は0件(3件)、検挙人員は0人(2人)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は3,531件(2,689件、+31.3%)、検挙人員は2,619人(2,061人、+27.1%)、携帯電話契約詐欺の検挙件数は134件(171件、▲21.6%)、検挙人員は131人(144人、▲9.0%)、携帯電話不正利用防止法違反の検挙件数は17件(30件、▲43.3%)、検挙人員は12人(23人、▲47.8%)などとなっています。とりわけ犯罪収益移転防止法違反が大きく増加している点が注目されます。また、被害者の年齢・性別構成について、特殊詐欺全体では、男性38.1%:女性61.9%、60歳以上74.5%、70歳以上55.5%、オレオレ詐欺は男性33.7%:女性66.3%、60歳以上73.2%、70歳以上63.6%、還付金詐欺は男性34.1%:女性65.9%、60歳以上95.2%、70歳以上50.7%、融資保証金詐欺は男性69.9%:女性30.1%、60歳以上7.6%、70歳以上1.8%、特殊詐欺被害者全体に占める高齢被害者(65歳以上)の割合について、特殊詐欺全体 66.7%(男性 32.5%、女性 67.5%)、オレオレ詐欺 69.3%(24.4%、75.6%)、預貯金詐欺 98.8%(13.9%、86.1%)、架空料金請求詐欺 41.8%(63.8%、36.2%)、還付金詐欺 79.5%(36.6%、63.4%)、融資保証金詐欺 4.0%(63.6%、36.4%)、金融商品詐欺 48.5%(68.1%、31.9%)、ギャンブル詐欺 38.1%(62.5%、37.5%)、交際あっせん詐欺 35.1%(100.0%、0.0%)、その他の特殊詐欺 16.2%(49.4%、50.6%)、キャッシュカード詐欺盗 98.1%(23.2%、76.8%)などとなっています。犯罪類型によって、被害者像が大きく異なることをあらためて認識し、被害者像に応じたきめ細かい対策を行う必要性を感じさせます。
特殊詐欺において、金塊や暗号資産を絡める手口も出ています。特殊詐欺の新たな手口として、現金以外に金地金がだまし取られる被害が全国で相次いでいます。警察庁によると、こうした詐欺事件は2024年から増加しているといいます。宮城県では2024年11~12月、70代女性が北海道警の警察官を名乗る人物からの電話で、金塊13キロ(時価約2億円)などをだまし取られる被害がありました。ほかにも同年8月以降、宮崎や香川、兵庫、東京、山形の各都県でも被害が確認されています。それぞれ1千万円相当以上の金地金がだまし取られたといいます。事件に共通する手口は、(1)電話で被害者が「事件の容疑者になっている」などと告げる(2)金地金を用意させる(3)自宅の郵便受けや玄関などに金地金を置いておくよう指示する、というものです。地金商大手・田中貴金属工業によると、金の平均価格は2021年12月が1グラム6580円(税抜き)だったところ、近年、円安や不安定な世界情勢などから価格は上がり続けており、2024年12月は1万3082円まで上がり、犯罪組織が着目した可能性があります。また、金は同じ価値の現金よりもかさばらず持ち運びやすいことも、犯罪に使われる要因と考えられます。さらに、金に投資する人も増えていることから、「窓口やATMで現金を引き出す時に、金に投資すると言えば怪しまれずに済む可能性も考えられるところです。
- 山形市で約3540万円分の金地金がだまし取られる特殊詐欺事件が発生、その後、振り込んだ現金390万円と合わせて、被害額は計3930万円にのぼっています。全国的に現金のほか、金地金を購入させてだまし取る被害が起きているといいます。2024年11月、山形市内に住む60代の男性のスマートフォンに「+1844」から始まる電話があり、男性が出ると、自動音声ガイダンスが流れ、「総合通信基盤局」と名乗る女から「あなたの携帯電話は2時間以内に使用停止になります」と告げられ、男性は身に覚えがまったくなかったものの、「逮捕状」の写真が送られてきたことから、残高を伝えたところ、「マツモト」は「紙幣番号を調べるが時間がかかる」「金に換えれば時間がかからない。11月末にはお返しする」「宮城県にある貴金属店で2.4キロの金を購入してください」と言われ、男性は「身の潔白を証明したい」と思い、金地金2.4キロを約3540万円で購入、LINEのビデオ通話がかかり、「これから金を受け取りに行く」「購入した金を玄関に並べてください」と言われたため、指示通り玄関前に並べた。しばらくして玄関前を見ると、金がなくなっていたため、男性捜査員が持って行ったと思ったといいます。犯行はこれだけで終わらず、LINEに「汚い金の調査をするため、査察調査を行います」「定期預金を解約して、あなたの金融機関の口座に入れてください」「お金を入れたら、指定した口座に390万円振り込んでください」と言われたため、指示通りに振り込んだものです。
- 岩手県警生活安全企画課は、金塊を購入させてだまし取る特殊詐欺の電話が、2024年末に県内で複数件確認されたと発表しています。新たな手口とみられ、同課は「金塊の購入を指示する電話は詐欺」と注意を呼びかけています。警察官などになりすました人物から「事件で口座が悪用されている。共犯として逮捕される可能性があり、身の潔白を証明してほしい」などと電話があり、金塊の購入を指示され、購入後には、金塊を紙袋などに入れて自宅玄関付近に置くよう指示され、そのまま持って行かれるというものです。県警は金融機関と連携し、窓口やATMでの現金引き落とし、振り込みなどで水際対策を行ってきましたが、金融機関を介さず、被害者とも顔を合わせずに高額な金塊を詐取する新たな手口への警戒を強化しており、「知らない電話番号には十分注意し、不審に思ったら警察に連絡してほしい」としています。
2024年12月12日付毎日新聞の記事「「あなたは詐欺をしている」 女性を陥れた偽警察官のアメとムチ」は、犯罪グループの狡猾な手口に騙されていくリアルな状況がうかがえる内容として、大変参考になりました。具体的には、「「あなたが買った高級ブランド品の代金が支払えていない。あなたは詐欺をしている」―見知らぬ番号からの電話を受けた女性は、今も後悔している。「いつもは電話の発信元を確認するのに、そのときはたまたま出てしまった」。警察官をかたった特殊詐欺で約2250万円を奪われた奈良市の60代女性が語ったのは、「だましのプロ」とも言える詐欺グループの巧妙な手口だった。女性に電話があったのは10月11日。「ブランド品を買ったことはないのに」と詐欺を疑ったが、直後に高知県警の警察官を名乗る別の人物からの電話で「あなたにマネー・ローンダリングの疑いがかけられている。資産を調査したい」と言われると動揺し、従ってしまった。無料通信アプリ「LINE」で連絡するよう指示され、家族に言わないよう約束させられた。それからは毎日約30分間、LINEの通話機能で詐欺グループと連絡を取るようになった。女性が犯罪への関与をきっぱり否定すると、「皆さん最初はしらばっくれるけど、結局最後は謝るんですよ」などと当初は強い口調で言い返された。だが、やりとりを繰り返す中で、相手は「私もあなたは潔白と思うが、調査しないと証明できない」と持ちかけてくるなど、次第に態度を軟化させていった」、「女性は「皮肉な話だが、親しみを覚えていた」と振り返り、「ざっくばらんな態度に完全に乗せられ、相手の言いなりになってしまった」と肩を落とした。詐欺グループは硬軟織り交ぜたやりとりで女性を操っていった。高い勉強代を払ったと思って、ぜいたくせずに細々と暮らしていくしかない」と語りつつ「かつてはニュースを見て『なんでそんな詐欺に引っかかるんだろう』と思っていたが、まさか自分が引っかかるとは思っていなかった。詐欺は遠い話ではなく、本当に身近なもの。不審な電話には絶対に出ないようにしてほしい」と力を込めた」、「「グループの『劇場』に入り込んだら抜け出すのは難しい」と話す。奈良県警生活安全企画課の担当者は、「知らない番号からの電話には、思い切って出ない勇気も必要」と話し、「警察手帳や逮捕状をLINEで見せることは絶対にありえない。少しでもおかしいと思ったら警察に相談してほしい」と呼びかけている」というものです。
ロマンス詐欺を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 大阪府警は、SNSを通じたロマンス詐欺の手口で、府内の70代女性と60代女性が計約2億7千万円をだまし取られる詐欺被害に遭ったと発表しています。府警によると、2023年9月、70代女性がSNSに投稿したガーデニングの写真に「56歳のWHOの船医」を名乗る男から「あなたの花はすてきだ」とメッセージが届き、男は米ミシガン州在住で北海で航海中とし、「勤めていた会社の退職金が船に乗って受け取れない」「航海中に海賊に襲われた」などといって、女性に退職金の受け取りや娘への仕送りを依頼、女性は2024年11月まで103回にわたり、指定口座に計1億980万円を振り込んだといいます。60代の女性医師は、2024年5月に言語交換アプリを通じて東京在住のスペイン人を名乗る男と知り合い、男は女性のことを「妻」と呼び、暗号資産の取引を勧め、女性は計約1億7千万円を振り込んだといいます。このほか府警は、府内の60代男性2人も警察官などを装う特殊詐欺で計約6800万円をだまし取られたと発表しています。
- 京都府警西京署は、西京区の会社役員の70代の男性が、SNSで知り合った外国人女性を名乗る人物から投資話を持ち掛けられ、約1億5950万円をだまし取られたと発表しています。ロマンス詐欺では、京都府内で過去最大の被害額といいます。男性は2024年3月、ビジネス向けのSNSで外国人女性を名乗る人物と知り合い、約3カ月にわたって私的なやりとりをした後、投資話を持ち掛けられ、投資コンサルタントを紹介され、7月から約3カ月間、計40回も指定された口座に入金を繰り返し、サイト上では利益が出ているような表示が出ていたといいます。男性が現金を引き出そうとしたが「金がかかる」などといわれ出金できず、同署に相談し被害が発覚したものです。
- 奈良県警は、桜井市内の70代男性が現金計約6000万円をだまし取られるロマンス詐欺被害にあったと発表しています。男性は2024年6月、フェイスブックで「Emi」と名乗る女性と知り合い、LINEでやりとりする中で暗号資産への投資を勧められ、女性から教わったアプリをダウンロードし、7~11月、計8回にわたり、現金約2500万円をアプリの入金用口座に振り込んだものです。出金しようとすると「税金がかかる」などと言われたため、家族に相談、被害に気づき12月に桜井署へ届け出たといいますが、さらに男性は8月にフェイスブックで知り合った別の女性からも金への投資を勧められ、8~10月、計6回にわたり、指定された口座に現金約3500万円を振り込んでいたといいます。
- 茨城県内でもロマンス詐欺被害が多発し、その総額は2024年11月末までに計約4億7000万円に上りました。50代の女性は1700万円以上をだまし取られましたが、「話し相手がいなくて寂しい」とSNSでパートナーを探していたところ、騙されたといいます。「今から思うと、巧妙なやり方で寂しさにつけ込まれた。当時は詐欺だと気がつけなかった」と振り返り、「もし、知らない人から(勧誘画面への)リンクが送られてきたら、詐欺を疑うべきだ」と述べています。
SNS型投資詐欺を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 北海道警厚別署は、札幌市厚別区の70代男性がSNSで知り合った証券会社のアナリストを名乗る女らに投資を勧められ、約2億4千万円をだまし取られたと明らかにしています。SNS型投資詐欺として道内で過去最高の被害額といいます。男性は2024年7月上旬、株式の無料相談ができるインターネットサイトを閲覧中、投資の勉強会と称するSNSグループに誘導され、「絶対に利益が得られる」「300人限定」などと勧められ、9~11月、指定された口座に26回送金、「口座が凍結され、利益が入金できない」と連絡を受けて疑問に思い、11月30日に署に通報したものです。
- 大阪府警は、70代の男女2人がSNSを通じた投資詐欺被害にあい、合わせて約2億2000万円をだまし取られたと発表しています。兵庫県の会社役員の男性は2023年12月、経済アナリストの森永卓郎さんをかたる人物らとSNSで知り合い、金投資を勧められ、男性は2024年1~2月に計9回、総額1億1000万円を指定口座に入金、その後、原油取引への投資に誘われたことで詐欺に気付いたといいます。一方、大阪府の自営業女性は、1級建築士を名乗る男性からSNSで金投資を勧められ、9~11月に計12回にわたって計約1億1150万円を振り込んだといいます。
- 山口県警柳井署は、同県周防大島町の自営業の60代男性が、SNSを通じて投資の指導を持ちかけてきたアナリストを名乗る人物に2億100万円をだまし取られたと発表しています。2024年1月から始めた統計によると山口県内で過去最高の被害額といいます。男性は2024年11月、インターネットの株投資サイトに掲載されていたSNSグループに参加、「アナリストの木野内」を名乗る人物から「株投資を行えば利益が得られる」などと勧誘され、男性は投資名目で同日~12月26日、10回にわたり計2億100万円を指定された複数の口座に振り込んだといいます。高額な取引を不審に思った金融機関が県警に通報したことで発覚したといいます。
- 大阪府警は、SNSを通じて府内の70代の無職女性が投資名目で現金約1億円をだまし取られる詐欺被害にあったと発表しています。女性は8月に株価をまとめたインターネットサイトを閲覧中、投資の情報を共有するSNSグループに誘導され、女性は「先生」と呼ばれていた男などの指示に従い、9~11月に15回にわたり指定口座に計1億780万円を振り込んだといいます。一部を出金しようとしたら、さらに手数料名目で700万円を要求されたことで異変に気付き警察に相談したというものです。また府警は同日、府内の80代の無職女性が2024年4月、警察官などを装うオレオレ詐欺で現金約4600万円をだまし取られる詐欺被害にあったと発表しています。
特殊詐欺グループの海外における摘発を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- カンボジアを拠点に特殊詐欺をしていたとして詐欺に使用されたとみられる道具の「調達役」の男がフィリピンから日本に移送され逮捕されています。容疑者はカンボジアを拠点にしていた特殊詐欺グループのメンバーで日本国内でこの拠点の生活必需品や詐欺に使用されたとみられる道具などを調達し、カンボジアに送る役割だったといいます。このグループを巡っては拠点のアパートをカンボジアの捜査当局が摘発し、これまでに日本人の男33人がすでに逮捕されていました。容疑者はアパートが摘発されたことを受け2023年10月に海外に逃亡しその後、フィリピンに潜伏していたとみられ、2024年10月に日本の警察当局から情報提供を受けたフィリピンの捜査当局が容疑者の身柄を拘束していたものです。これまでに確認できているこのグループによる被害総額は現金と電子マネーあわせて10億1700万円ほどですが、警察が押収したパソコンなどを解析したところ被害総額は少なくとも30億円ほどにのぼるとみられています。警察はいまも逃走中の指示役の行方を追うとともに組織の全容解明を進めています。
- 茨城や奈良など5県警の合同捜査本部は、奈良県川西町の70代の無職女性から現金計1600万円をだまし取ったとして、詐欺の疑いで住所不定の配管工ら18~45歳の男12人を再逮捕しています。いずれもカンボジアを拠点とする特殊詐欺に関与した疑いがあり、逮捕は今回で5回目となります。男らはSNSで虚偽の求人情報に応募しカンボジアへ渡航、千葉、富山、滋賀、徳島4県の女性も同様の被害に遭っており、捜査本部が調べていたものです。
- インターネットサイトの未払い料金名目で電子マネーをだまし取ったとして、警視庁捜査2課は、住所・職業不詳の容疑者を詐欺容疑で逮捕しています。容疑者は、警視庁が2019年に摘発したタイ中部パタヤを拠点とする特殊詐欺グループのメンバーとみられ、帰国後に大阪市内に潜伏していたといいます。容疑者はタイの警察が事件の直後に、詐欺の電話をかける「かけ場」と呼ばれるグループの拠点を捜索した際に逃亡し、翌月帰国していました。警視庁は詐欺容疑で逮捕状を取り行方を追い、2024年12月に大阪市内の交際相手の自宅で身柄を確保したものです。グループによる被害は2019年1月から約3カ月間で約3億円に上るとみられ、これまでに28人が詐欺容疑などで逮捕されています。
- 警察官などになりすまして金をだまし取ろうとしたとして、警視庁野方署は詐欺未遂の疑いで、いずれも台湾籍で住居、職業不詳の2人の容疑者を現行犯逮捕しています。容疑者は実行役と見張り役とみられ、SNSで割りのいい仕事を探した上で、短期滞在目的で来日していたといいます。容疑者は「台湾でも日本でも指示された」と供述しており、署は他にも関与した人物がいるとみて捜査を進めています。
暗号資産を絡めた手口もありました。奈良県警は、桜井市の60代女性が約5239万円相当の暗号資産「イーサリアム」などをだまし取られたと発表しています。特殊詐欺事件として捜査しています。女性宅に2024年9月中旬、男の声で「保険証が違法に使われている」との電話があり、さらに通信アプリのライン通話で女性のキャッシュカードが詐欺に使われたなどと連絡があり、女性は「詐欺に加担していないと証明するために必要」と言われ、指示に従い銀行口座を開設し、10月2~25日の間、暗号資産を指定のアドレスへ計6回送信したといいます。音沙汰がなくなったため不審に思い桜井署に通報し、被害が発覚したものです。
特殊詐欺を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 岐阜県警岐阜中署は、岐阜市内の80代女性が約1億8670万円をだまし取られる特殊詐欺被害にあったと発表しています。2024年1月頃、女性宅の固定電話に監督庁の職員を名乗る男から「会社の情報を教えませんでしたか。これは犯罪で裁判になる。刑事裁判でなく民事裁判を進めるにはお金が必要」などと言われ、その後、11月下旬までに男や被害会社の役員を名乗る男に「和解金がいる。弁護士費用を渡さないといけない」などと言われ、監督庁の職員の部下を名乗る男に複数回にわたって、現金約1億8670万円を手渡し、だまし取られたといいます。
- 福岡県警小倉南署と直方署は、小倉南区と宮若市の60代男性が、ニセ電話詐欺でそれぞれ1億円超をだまし取られたと発表しています。2024年11月、小倉南区の男性宅に警察官を名乗る男性から電話があり「あなたを連続強盗事件の主犯格として捜査している」「主犯格でないなら証明としてあなたの資産をすべて振り込んでほしい」などと言われ、SNSのアプリに誘導され、その後はアプリで指示されるまま12月2日から23日まで12回にわたり、計1億1880万円を振り込んだといいます。男性が利用している金融機関から、多額の現金を毎日振り込んでいると連絡があり被害が判明、男性の話を聞いた家族が「そんなおいしい話があるわけがない」と署に相談したものです。
- 山形県警組織犯罪対策課などは、山形市の70代団体職員女性が特殊詐欺で現金9820万円をだまし取られたと発表しています。警察官や検察官をかたって電話をかけ、女性の不安に乗じて現金を自宅駐車場脇に置かせ、回収する手口だったといいます。2024年9月、女性のスマートフォンや自宅の固定電話に、実在しない「東京中央署」の警察官や、実在しない「東京中央検察庁」の検事を名乗る男から着信があり、2人は、容疑者を逮捕したら女性名義の通帳400通や携帯電話を持っており、女性に400万円を渡したと供述している、などと述べたといいます。「口座にあるお金の紙幣番号を調べる必要がある」と言われた女性は、指示通りに同25日から毎日、1日の出金限度額分の現金をATMで下ろし続け、手元で管理、10月以降、現金を自宅駐車場出入り口の脇に置くよう指示され、女性は6回にわたり計9820万円を紙袋に入れて置いたところ、いずれも、何者かに回収されたといいます。
- 京都府警舞鶴署は、京都府舞鶴市の学校講師の60代の女性が現金約7500万円をだまし取られる特殊詐欺被害にあったと発表しています。2024年8月下旬、女性宅に厚生労働省の職員や警察官を名乗る男らから「仙台市の病院で健康保険証が不正使用されている」「詐欺グループが一斉摘発され、女性名義の口座がマネー・ローンダリングに使用された疑いがある」などと電話があり、その後、女性は男らに「無実を証明するために資金調査が必要」といわれ、複数の金融機関のウェブ口座の開設を求められたといいます。女性はこれらの口座に計7539万8千円を振り込むなどしたというものです。
- 神奈川県警は、コンビニで他人名義の口座から計約1999万円を別の口座に不正に送金したとして、電子計算機使用詐欺の疑いで、中国籍の職業不詳の容疑者を再逮捕しています。「いけないことをするバイトだった」と説明しており、県警は特殊詐欺との関連を調べています。2024年12月、JR川崎駅付近で警察官が容疑者を職務質問したところ、バッグから他人名義のキャッシュカード約100枚と現金約100万円が見つかったといい、バイトの募集サイトを通じて指示役から連絡を受け、カードや現金を入手したというものです。神奈川県警が、犯罪収益移転防止法違反や窃盗の疑いで逮捕、その後、窃盗罪で起訴されています。
- 宮城県警大河原署は、柴田町の80代の女性が現金計1400万円をだまし取られる被害にあったと発表しています。2024年10月、息子を装う男から「投資でもうけた利益の税金が未納で、国税局から請求されている。立て替えてほしい」などと電話があり、女性は弁護士を名乗る別の男の指示通り、現金を段ボールに詰め、約1か月間で複数回、東京都内のアパート宛てに宅配便で送ったといいます。女性が不審に思い息子に電話し、被害に気付いたものです。
本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニエンスストア(コンビニ)や金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(最近では、これまで以上にそのような事例の報道が目立つようになってきました。また、被害防止に協力した主体もタクシー会社やその場に居合わせた一般人など多様となっており、被害防止に向けて社会全体・地域全体の意識の底上げが図られつつあることを感じます)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。また、最近では、一般人が詐欺被害を防止した事例が多数報道されています。直近でも、高齢者らの特殊詐欺被害を一般の人が未然に防ぐ事例が増加しており、たとえば、銀行の利用者やコンビニの客などが代表的です。2023年における特殊詐欺の認知・検挙状況等(警察庁)によれば、「金融機関の窓口において高齢者が高額の払戻しを認知した際に警察に通報するよう促したり、コンビニエンスストアにおいて高額又は大量の電子マネー購入希望者等に対する声掛けを働き掛けたりするなど、金融機関やコンビニエンスストア等との連携による特殊詐欺予防対策を強化。この結果、関係事業者において、22,346件(+3,616件、+19.3%)、71.7億円(▲8.5億円、▲10.6%)の被害を阻止(阻止率 54.6%、+2.1ポイント)」につながったとされます。特殊詐欺の被害防止は、何も特定の方々だけが取り組めばよいというものではありませんし、実際の事例をみても、さまざまな場面でリスクセンスが発揮され、ちょっとした「お節介」によって被害の防止につながっていることが分かります。このことは警察等の地道な取り組みが、社会的に浸透してきているうえ、他の年代の人たちも自分たちの社会の問題として強く意識するようになりつつあるという証左でもあり、そのことが被害防止という成果につながっているものと思われ、大変素晴らしいことだと感じます。以下、直近の事例を取り上げます。
- 特殊詐欺の被害を水際で防いだとして、警視庁練馬署は、板橋区立成増小学校6年の高橋さん(12)に感謝状を贈っています。コンビニのATMで携帯電話を使用している男性を見て違和感を持ち、駐車場にいた警察官の父親に助言を求めたといい、「人助けができて、すごくうれしい気持ちです」と話しています。報道によれば、買い物をしようと入った練馬区のコンビニで、60代の男性が携帯電話で通話しながらATMを操作しているのを見かけ、そこで思い出したのが、かつて銀行で見たポスターだといい、ATM付近で携帯電話を使っている人を見たら、特殊詐欺を疑うように呼びかける内容、「大丈夫かな」とすぐに父が待つ駐車場に向かい、「詐欺に遭っている人がいるかもしれない」と伝えたといいます。父は同庁の警察官で、殊詐欺を疑い、2人で男性のもとに急ぎ、「どうしましたか」と声をかけ、その後、父が電話をかわり、ATMの操作をやめてもらったといいます。男性は1時間ほど前、通信会社を名乗る人物から「未納料金があり、裁判所で手続きが行われる。一時的に料金を払って」との電話があり、慌ててコンビニを訪れていました。
- 2024年11月、神奈川県平塚市のタクシー会社「追分交通」に電話が入り、電話口の「タカハシ」という若い男は、配車先の地名を告げましたが、読み方を間違えていたといいます。電話を受けた門園社長は「地元の人じゃないな」と直感、早口の男と会話を続けたがかみ合わず、目印となるスーパーの名前もよく知らない様子で、GPSで男の乗ったタクシーを注視していると、走行ルートに違和感を覚えたといいます。「よくある名前を使って、最寄り駅じゃない駅に向かおうとしている。もしかして詐欺じゃないか」、「間違っていてもいいから、特殊詐欺だと思ったら電話してください」との県警からの呼びかけを思い出したといいます。同じころ、平塚市内の80代男性から110番通報があり、「おいの会社の関係者という男に3千万円を渡してしまった」、「おいを装った男から、「キャッシュカードが入ったかばんをなくした。取引に現金が必要」などと電話があり、自宅を訪れた「ユウキ」を名乗る男に現金を渡した」というものでした。特殊詐欺の「受け子」のタクシー利用が多いことから、平塚署は市内のタクシー会社に不審な客を乗せていないか問い合わせていったところ、ちょうど門園社長から情報提供があり、GPSをたよりに男が乗ったタクシーを茅ケ崎市内で見つけ、駆けつけた警察官が職務質問し、後部座席に置かれた保冷バッグから被害品と思われる多額の現金を発見、詐欺の疑いで緊急逮捕しました。容疑者はSNSで「金貸し」と検索し、つながった人物から秘匿性の高いアプリに誘導され、指示役から「受け子」を命じられ、回収する金額は知らされておらず、「かばんがとても重くて、相当入っていると思った」とも話しているといいます。タクシーの配車を依頼したのは被告ではないとみられ、署は「闇バイト」とみて調べています。タクシーの配車から逮捕に至るケースは珍しいといいます。
- 高松信用金庫一宮支店に70代の女性が来店し、「インターネットで商売を始めるから500万円を引き出したい」と話しだし、対応した入庫2年目の岡田さんは、「何度か会っているお客さんでしたが、いつもと違う様子でした」、同金庫では、引き出しや振り込みの金額が大きいときに用途や理由を聞くようにしており、岡田さんは、振込先の人間と会ったことがあるかなどを尋ねた中で、「振込先の口座が15分ごとに変わる」と聞き、「怪しい」と判断、女性の気持ちに配慮し、「詐欺だと思うとは言わないように、不審な点を伝えるも、女性は「信用している人やから大丈夫」とかたくなで、30分を超えて説得しても納得してもらえず、警察を呼び、高松南署の署員2人が話を聞いたところ、女性は相手とLINEでやりとりしていて会ったことはないが、「免許証を見せてもらったから信用できる」と言う。LINEで送られてきていた免許証の写真を見ると、住所は東京都。そこで署員が「『都』が免許証で使わないはずの旧字体です。偽造です」と気づき、女性は冷静になり、詐欺だと理解したといいます。その後、女性は相手に「商売がうまくいったら結婚しよう」と言われており、ロマンス詐欺に遭いかけていたことが分かったといいます。岡田さんが受け付けをしてから、2時間ほどが経っていたということです。
- 「ビットコインを買うんだ。1時間以内に送金しないと!」と取り乱す70代男性を詐欺から守ったのは、北海道内の支店窓口で毎日客と接する銀行員、この支店は2024年だけで3回、詐欺被害を防いでいます。同支店によれば、詐欺被害防止の要注意ワードは「投資」「コンサルタント」「アナリスト」「元本保証」などで、接客中にこうした言葉に気を配るといいます。慌てている人や、LINEでのやり取りを基に説明する人にも注意が必要だといいます。時折「なんで詳細を言わないといけないんだ」と反発する客もいるものの、「お金を失う悲しい思いはしてほしくない」との思いから冷静に対応しているといいます。こ同支店は近隣の金融機関との勉強会や防犯訓練などに積極的に取り組んでおり、2015年から計5回、総額450万円分の詐欺被害を阻止しているといいます。
- 島根銀行のベテラン行員は2024年9月、取引状況が怪しい顧客口座に気づき、口座は島根県内の40代男性名義で、毎月の給料振り込みや光熱費の支払いなどに使われる普通預金口座で、銀行内では「生活口座」と呼ばれるものだが、ある日を境に数千円、数万円単位の入金が相次ぐ一方、数十万円単位で数回、他人名義の口座に振り込む取引が確認されたといい、「これって変だな」島銀本店業務管理グループの次長で、マネロンや金融犯罪の対策を担当している佐佐木さんは、これは「簡単に稼げる副業がある」などとSNSで誘って、序盤は「見せ金」でもうかったように装い、あとで「損失が生じた」「違約金を」などと要求する特殊詐欺の被害ではないか―部下の佐藤さんに、口座名義の男性に連絡を取るよう依頼、佐藤さんが電話を数回かけたがつながらず、その間も、口座の数字は動いており、この日は金曜、夕方になったところで、「もし特殊詐欺であれば、銀行が業務を休む週末を挟めば、もっと被害が大きくなるのでは」と考えたといいます。同行は普段、顧客に連絡せずに口座を凍結することはなく、「週末にATMなどが使えずお客様が困るかもしれない」とも頭をよぎったものの2人は決断、「止めましょう!」上司に報告し、口座を凍結、男性にはメールで「多額の振り込みがありましたので口座を凍結しました。『副業詐欺』が頻発していますが、大丈夫ですか」と知らせたといいます。後に、男性は「動画を送れば稼げる」などとうたう特殊詐欺の被害にあっていたことがわかりました。被害額は約77万円だったが、さらに友人らから借金をして120万円を振り込む寸前だったといい、その直前に同行からのメールに気づき、松江署に相談して、さらなる被害を免れたものです。
その他、特殊詐欺防止対策等を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 四国銀行は特殊詐欺被害を防ぐため、生成AIを活用した画像分析システムを開発しています。ATMコーナーで利用者が携帯電話を利用したり、通話したりした場合、行員に知らせる仕組みで、特殊詐欺では電話で指示された利用者がATMで振り込み作業をするケースが多く、同行はATM付近に設置したカメラの画像を分析、不審な動きだけを検知するようにし、検知すると、パソコンの画面が赤く変わり「振り込め詐欺の疑いを検知!」と表示し、電子音とともに行員に知らせるものです。駆け付けた行員が利用者に注意を促すといいます。特殊詐欺検知システムを導入している金融機関はあるものの、行内で開発するのは珍しいといいます。
- 特殊詐欺被害の防止につなげようと、兵庫県警三田署は、録音機能付き電話機の購入を希望するお年寄りを電器店まで送り迎えするなどのサポートを展開しています。この電話機の普及促進事業を進める三田市に協力するためで、兵庫県内の警察署では唯一の試みだといいます。録音機能付き電話機は、電話があった場合、呼び出し音が鳴る前に、かけてきた相手に通話内容を記録することを自動音声で伝え、この時点で相手が切れば、電話に出ずに済むもので、三田署によると、詐欺グループは声などが残るのを嫌がるため、被害を防ぐのに効果が期待できるということです。
- 電子マネーをだまし取る特殊詐欺被害を防ごうと、コンビニエンスストアの陳列棚に電子マネーカードに似せた偽の「ダミーカード」を並べる防犯対策に、コンビニ業者や電子マネー発行事業者が「待った」をかけています。警察庁によると、2023年に全国で確認された特殊詐欺被害のうち、電子マネーを購入させる手口は3370件(被害総額21.5億円)に上り、被害は増加傾向にあります。こうした被害を防ごうと考案されたのが「ダミーカード」ですが、警察庁によると、ダミーカードによる防犯対策について、電子マネー発行事業者やコンビニ業者から「利用客に誤解を与える」「商品本来の目的や価値を損なう」などとして、導入を控えてほしいという声が寄せられたといいます。報道によれば、セブン&アイHDは「売り場面積が限られる中、電子マネーカードの設置スペースに影響が出てしまうという営業面や、実在しないカードを使うことで、お客様を錯誤させるような行為そのものが商売としての誠実さにそぐわない」と説明、本部としてダミーカードは陳列しない方針を示しているといいます。報道で、立正大の小宮信夫教授(犯罪学)は「ダミーカードはだまされている人ほど手に取りやすく、被害者の心理をついており良策だ」と評価、「事業者側が『営業妨害』というのは分かるが、利用者の詐欺被害の防止にもつながる。対策を実施する不利益と、利用者の被害防止の利益を比較考量して考えるべきで、大所高所からみればこの取り組みは推奨されるべきものだ」と指摘していますが、筆者も全く同じ考えです。
(3)薬物を巡る動向
本コラムでもその動向を注視してきた、大麻の不正な使用を取り締まりの対象に加える麻薬取締法と大麻取締法の改正法が2024年12月12日に施行されました。とりわけ大麻の「使用罪」の新設は、若年層を中心に拡大する乱用への抑止効果が期待されています。大麻を乱用すると、知覚の変化や学習能力の低下などの影響があるとされ、長く使用すると依存症になるほか、統合失調症やうつ病を発症しやすくなるとされています。これまで大麻に関しては、所持や譲渡などが禁じられる一方、使用に罰則はありませんでした。最近、若年層の乱用拡大が問題化し、使用罪がないことが使用のハードルを下げているとの指摘もあり、2023年に麻薬取締法と大麻取締法の改正法が国会で成立、他の規制薬物と同様に使用罪が設けられ、改正麻薬取締法では、大麻とその有害成分「THC」(テトラヒドロカンナビノール)を「麻薬」と位置づけて規制、不正な使用には7年以下の懲役の罰則を科す内容となりました(なお、海外では嗜好目的の大麻使用を合法としている国もありますが、改正法は国内での大麻使用などを罰する規定で、海外での使用には適用されません)。一方で、大麻草から製造された医薬品の使用は免許制にして可能としました。捜査の現場では、覚せい剤などの違法薬物については、尿、毛髪、血液を鑑定して使用の有無を調べていますが、使用罪がなかった大麻も、所持などを否認する容疑者から採尿して鑑定し、容疑の裏付けに活用するなどしてきており、これまでは家宅捜索などの取り締まりの際に、大麻が見つからなければ立件は難しかったところ、大麻の使用罪の導入により、大麻が見つからなくても、吸引器具があるといった使用が疑われるケースでは、尿などを鑑定して、使用罪で立件できるケースが出てくるとみられています。車内で大麻のにおいがするなど使用が疑われるグループがいた場合、これまでは所持していた人だけが摘発の対象だったところ、今後は採尿して陽性反応が出た人も摘発の対象になるといいます。警察は大麻事件の摘発件数は増えると予想しているものの、「使用したら違法だ」という警戒心が広がって、薬物使用の抑制につながることにも期待しているといいます。末端の使用者の摘発増加は、それを端緒にした売人や密売組織の摘発のチャンスが増えることも意味します。2023年に厚生労働省麻薬取締部や警察などが大麻事件で摘発したのは過去最多の6703人に上り、初めて覚せい剤の検挙人数を超えました。20代以下は72.9%の4887人で、2014年(745人)の6倍超と急増しています。厚生労働省研究班による調査では、過去1年間に大麻使用経験があるのは約20万人に上るとの推計もあり、覚せい剤の使用経験がある受刑者の中で、最初に乱用した薬物が大麻だった割合は少なくないこともあり、大麻は依存性がより強い覚せい剤などの使用につながる「ゲートウエー(入り口)ドラッグ」と呼ばれます。使用罪を巡っては、罰則を設けるだけでは乱用を防げないとの指摘もあり、改正法にも付帯決議として、使用者が治療などのプログラムに参加する仕組みの導入について政府が検討することが盛り込まれました。報道で、薬物依存者の回復施設「木津川ダルク」(京都府)の加藤代表は「末端使用者の若者を逮捕してその後の人生を生きづらくさせるより、大麻の成分を含む製品の製造、大麻草の栽培と密売などの流通の取り締まりや規制にも力を入れるべきだ」と話していますが、世界的にみても正にその方向に舵を切る流れとなっています。
今回の麻薬取締法と大麻取締法の改正では、大麻から製造される医薬品の使用が解禁され、医療分野では活用が進むことになります。旧大麻取締法は大麻草由来の医薬品の投与・服用を禁じており、大麻由来の医薬品が薬事承認されないのはG7では日本だけの状況でしたが、改正でこの規定が削除され、施行により承認できる体制が整うことになります。大麻に含まれる成分はてんかん発作に有効として海外では飲み薬として使用されており、英製薬会社が開発した「エピディオレックス」は大麻草に含まれるカンナビジオール(CBD)を有効成分としています。中枢神経への有害作用がなく、欧米をはじめ世界各国で承認されています。日本のてんかん患者は約100万人いると推定され、約2~3割が難治性とされており、今後の展開が期待されています。また、大麻由来成分「CBD製品」に明確な規制基準が設けられたことで商機ともなっています。CBDは大麻草の成熟した茎や種から抽出したものに限定し、幻覚作用があるTHCとは違い、リラックス効果が得られるとされ、大手通販サイトには、オイルからクリーム、電子たばこなど、さまざまなCBDを含む製品が並んでいます。しかし、一部にはTHCを含む違法なものが出回り、改正でTHCの残留限度値という明確な線引きがなされ、その値は例えば「水溶液」が0.00001%(0.1ppm)で「かなり測定するのが難しいほど小さい」(一般社団法人「全国大麻商工業協議会」の須藤晃通代表理事)ところに設定されました。厚生労働省は関連業界に限度値を超える製品の処分を施行日までに行うように要請しましたが、業界は国際基準の検査法で、約70~80ppmの限界値で検査してTHCが検出不可のものを扱ってきており、業界内では製品の販売停止が相次いでいます。関係者は「検査コストがかさみ撤退する業者が増えた」としていますが、明確な基準が設けられたことで、これまで「グレー」なものとみられてきたCBD製品が明確に「合法」だとの”お墨付き”が得られ、一般社団法人「麻産業創造開発機構」の新田理事長は「市場がより透明で健全になり、消費者が安心して製品を取ることができる」としています。一方、厚生労働省が懸念するのは、違法なCBD製品などが、より巧妙に売買され、消費者が手にすることであり、今後の大きな課題となるといえます。
違法薬物を譲り受けたとして麻薬特例法違反罪に問われた、大手精密機器メーカー「オリンパス」の前社長兼CEOのシュテファン・カウフマン被告は、東京地裁の初公判で起訴内容を認め、東京地裁は、懲役10月、執行猶予3年(求刑懲役10月)の判決を言い渡しています。2024年6月と11月、コカインやMDMAとみられる違法薬物を複数回、譲り受けたとして麻薬特例法違反の罪に問われていました。判決では「仕事の疲れや眠気を解消するために使い、密売人から家族に危害を及ぼすなどと脅され関係を断ち切れなかったと主張しているが、結局はみずから薬物の効果を求めたというしかなく、動機に酌むべき点はない」と指摘、一方、社長兼CEOを退任するなど社会的な制裁を受けているとして、懲役10か月、執行猶予3年の有罪判決を言い渡したものです。また、カウフマン被告から現金を脅し取ったとして、東京地検は、職業不詳の金子被告(麻薬特例法違反で起訴)を恐喝と恐喝未遂の罪で東京地裁に追起訴しています。報道によれば、金子被告は2024年5~6月、薬物の密売相手だったカウフマン被告を脅し、現金50万円を受け取るなどしたとされます。
覚せい剤を使った犯人の逃走を助けたなどとして、大阪府警生野署は、犯人隠避などの疑いで、六打目山口組直系「中島組」組長と内縁の妻を逮捕しています。2024年4月下旬、署員が組関係者の50代男に職務質問、男性は同署で任意の尿検査に協力したものの、陽性の結果が出る前に署を立ち去り、署員が男性を引き留めたところ、そこに、両容疑者が乗用車で登場、署員の警告を振り切り、男性を車に乗せて逃亡させたとしています。大阪府警は後に、男性を覚せい剤取締法違反容疑で逮捕、組織ぐるみで男をかくまい、覚せい剤に絡む資金獲得活動に関与していた可能性もあるとみて、捜査を進めています。
薬物事犯を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 大型重機の内部に末端価格100億円を超す大量の覚せい剤を隠して密輸したとして、警視庁薬物銃器対策課は9日、覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)の疑いで、メキシコ国籍の住居不定、職業不詳のフェルナンド被告(33)=覚せい剤取締法違反(共同所持)などの罪で起訴=を逮捕しています。氏名不詳者らと共謀して2024年2月、覚せい剤を隠した海上貨物をメキシコから発送し、横浜港から日本国内に持ち込んだとしています。貨物はクレーンで巻き上げる際の動力部「ギアボックス」で、内部の歯車の中にびっしりと覚せい剤の小袋が詰められていたといい、計約157キログラムで末端価格は約103億円で、貨物は通関後、東京都内にある輸入貨物の一時保管場所に置かれたため、同課などが監視、同8月に千葉県野田市の倉庫に配送され、倉庫内でフェルナンド容疑者らが解体したといいます。容疑者はメキシコ麻薬カルテルから派遣されたとみられ、覚せい剤は日本国内の流通役とみられるブラジル人らに手渡していたといいます。
- メキシコから空輸したブルーベリーに覚せい剤約59キロを隠したとして、神奈川県警は、ブラジル国籍の会社員ら3容疑者を覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)の疑いで再逮捕し、貿易会社代表を同容疑で逮捕しています。4容疑者らは2024年10月、航空貨物で覚せい剤約59キロ(末端価格約39億円)を成田空港に密輸した疑いがもたれています。2592パックのブルーベリーのうち192パックが覚せい剤だったといい、メキシコからのパーム油に混入した覚せい剤約531キロの密輸事件を捜査していた県警の情報をもとに、東京税関の麻薬探知犬が見つけたものです。神奈川県警は、4容疑者のうち2人はメキシコの薬物密売組織の日本担当者とみて調べているといいます。
- 営利目的で覚せい剤を輸入したとして、埼玉県警は、埼玉県坂戸市の専門学校に通うベトナム国籍の男を覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)の疑いで再逮捕しています。男は他の人物と共謀して2024年5月、営利目的でアメリカから覚せい剤約2キロ(末端価格1億3200万円相当)を隠した荷物を同県川越市のアパート宛てに発送し、6月に成田空港に到着する航空便で輸入した疑いがもたれています。覚せい剤は、黒いテープが巻かれた透明の袋に入っており、パンケーキをつくる機械の中に隠されていたところを東京税関の職員が発見したものです。男は10月、合成麻薬MDMAを使用したとする麻薬取締法違反容疑で逮捕・起訴されていました。
- 千葉県警は、海外から成田空港へ大麻を持ち込んだとして、麻薬取締法違反(輸入)などの疑いでオーストラリア国籍の男を逮捕しています。大麻を麻薬と位置付けた改正麻薬取締法を、密輸に適用したのは初としています。大麻の成分を含んだ液体の瓶1本をスーツケースに入れて母国から空路で成田に到着し、税関を通過しようとした疑いがもたれています。
- 繭玉状にしたコカインを飲み込んで航空機で密輸しようとしたとして、警視庁薬物銃器対策課などは麻薬取締法違反(営利目的輸入)などの疑いで、ともにブラジル国籍のネット容疑者とドス・サントス容疑者を逮捕しています。いずれも2024年12月下旬、それぞれ別の日に繭玉状にしたコカインをラップのようなものに包んで飲み込み、ブラジルのサンパウロから航空機に乗り、フランスのパリで乗り換えて羽田空港に到着し、密輸しようとしたとしています。容疑者の一人は「女友達から仕事を紹介されて飲まされた。100個以上飲んだ」と供述しているといいます。密輸量がネット容疑者が165個、計約1.32キロ(末端価格計3300万円相当)で、ドス・サントス容疑者が75個、計約700グラム(同計1750万円相当)に上るとみて調べています。同様の手口でブラジルからの密輸が増えているとして、国際犯罪組織が関与している可能性も視野に関連を調べています。
- 乾燥大麻などを密売していたとして、近畿厚生局麻薬取締部は、少年1人を含む17~19歳(当時)の男性4人を大麻取締法違反(営利目的所持など)の疑いで逮捕・送検しています。秘匿性の高いアプリを使用して売買のやりとりをしていたとみられています。2024年10~11月、販売目的で乾燥大麻を所持したなどとしています。男性らの自宅などからは乾燥大麻約242グラムと大麻リキッド約38グラム(末端価格計約150万円)が押収され、客とみられる男女7人も所持容疑などで逮捕されています。容疑者らは秘匿性の高い通信アプリ「テレグラム」などを使用、テレグラム内に開設された複数のチャンネルの中には、1000人以上が登録していたものがあったといいます。また、大麻取締法違反(営利目的譲り渡し)などの疑いでも4人を逮捕しています。麻薬取締部によるとXで客を募り、大麻を郵送していたとみられ、逮捕容疑は2024年10月、千葉県の20代の女に乾燥大麻約80グラムを17万円で売却したなどの疑いがもたれています。
- 兵庫県警暴力団対策課などは、麻薬取締法違反(所持)の疑いで、いずれも住所不定の職業不詳の男と無職の女を逮捕しています。2人の逮捕容疑は、大阪府内のホテル駐車場に止めたワゴン車で約500グラム入りの乾燥大麻1袋を所持した疑いがもたれています。男は9月末、無免許運転容疑の逮捕状執行直前に逃走し、県警が女とホテルにいるところを逮捕。ワゴン車から大麻とみられる薬物が入った袋が数点見つかり、麻薬取締法違反容疑で改めて逮捕したもので、県警は営利目的の疑いがあるとみて調べています。
- 福島県警は、約21.5キロの大麻草(1億750万円相当)を営利目的で栽培したとして、大麻草栽培規制法違反の疑いで、いずれも会社役員の2人を現行犯逮捕しています。逮捕容疑は、共謀して茨城県つくば市にある元店舗の建物内で大麻草を栽培したとしています。福島県警は別の覚せい剤事件を捜査していた過程で、この建物に家宅捜索に入ったものですが、大麻草栽培規制法は、これまでの大麻取締法が名称変更して栽培関連に特化した内容となり、12日に施行されたばかりでした。
- コカインを含む粉末を所持したとして、麻薬取締法違反(所持)の罪に問われた元プロ野球選手で飲食店経営の山下被告に名古屋地裁は、懲役1年、執行猶予3年(求刑懲役1年)の判決を言い渡しています。判決理由で「知人から誘われるがままコカインを使用するようになった。刑事責任を軽くみることはできない」と述べる一方、更生する意思を示していることなどを考慮し、執行猶予を付けています。
- 陸上自衛隊第2師団(北海道旭川市)は、大麻を使用したとして第3即応機動連隊(名寄市)の男性3等陸曹を懲戒免職処分にしています。師団によると、男性は2023年3~8月ごろ、名寄市に借りた家で大麻や指定薬物を使用、同年、同連隊の別の男性隊員=懲戒免職=の大麻使用が北海道警の捜査で発覚し、関連を調べる中で3曹が使用を認めたもので、通販サイトで購入したと話しているといいます。
- 大麻取締法違反(所持)の罪に問われたミュージシャン、末武被告の判決公判が岐阜地裁多治見支部であり、懲役1年執行猶予3年(求刑懲役1年)が言い渡されています。被告は2024年8月、自宅で大麻草約8グラムを所持するなどしたといいます。判決は「父親の介護と仕事のストレスを(大麻で)まぎらわせ、安眠したいという安易な動機に酌量の余地はない」などと指摘、執行猶予については「二度としないと誓い、カウンセリングも予定しており、社会内での自力更生が相当」などとしています。
- 店舗で麻薬を含む製品を販売したとして、警視庁薬物銃器対策課は、麻薬取締法違反の疑いで、東京都渋谷区のタトゥー店店長、長谷川容疑者を逮捕しています。逮捕容疑は従業員と共謀して2024年4月、併設する店舗内で客の30代女性に麻薬「デルタ8―テトラヒドロカンナビノール」を含む、ジョイントと呼ばれる紙巻き喫煙具2本を計5500円で譲り渡したとしています。同5月、このうち1本を吸引した女性が体調不良を訴え緊急搬送され、押収した残る1本から麻薬が検出されたことで発覚したものです。同店を巡っては2024年5月以降、この女性を含む計11人が、リキッドと呼ばれる液体やクッキーなど、同店の商品を使用した後に体調不良で緊急搬送されているといいます。
- 覚せい剤を密輸したとして、覚せい剤取締法違反などの罪に問われたオーストラリア国籍の被告の裁判員裁判の判決が千葉地裁であり、「覚せい剤運搬に必要不可欠で重要な役割を果たした」として、被告を懲役6年、罰金100万円(求刑懲役10年、罰金300万円)としています。判決などによると、被告は2023年1月3~4日、何者かと共謀し、覚せい剤約2キロが隠されたスーツケースを、ラオスのワッタイ空港から成田空港に持ち込んだというもので、被告は公判で、オンラインデートアプリで知り合った男から依頼され、覚せい剤などの違法薬物が隠されていたとは知らなかったとして無罪を主張、判決は、男にだまされたことは認めつつ、「依頼は相当不自然で、被告も違法な薬物が隠されているかもしれないと認識していた」と認定、被告はオーストラリアの先住民の支援団体で会長を務めていたといい、弁護側は控訴する方針です。
- 大麻取締法違反の罪に問われた男性被告の判決で、大阪地裁は無罪(求刑懲役1年)を言い渡しています。警察官の職務質問での男性の対応が「威圧的な追及」によるものとし、自白調書の信用性も否定しています。男性は2023年4月、液体大麻を持っていたとして逮捕・起訴され、同法上の大麻に分類されない「違法性のない大麻成分のものという認識だった」と無罪を主張、検察側はパトカー内の職務質問の様子から「違法性の認識を推認できる」と主張しましたが、裁判官はドライブレコーダーに残る音声から、警察官が「徹底的にいくで」「正直に言いな」と追及し続けたと指摘、そうした「威圧的な言動」によって男性が場当たり的な対応をしたにすぎない疑いがあるとし、その後の検察官の取り調べで作られた調書では「故意」を認めたことになっているものの、「故意を推認するには合理的な疑いが残る」と結論づけたものです。
「トー横」と呼ばれる東京・歌舞伎町のシネシティ広場で深夜徘徊したとして、警視庁少年育成課は、冬休み前の週末に中高生ら22人を東京都青少年健全育成条例に基づいて一斉補導しています。首都圏以外にも、関西や四国から訪れていた若者もいたといいます。警視庁によると、一斉補導は多くの若者が「トー横」に集まる冬休みを前に、2024年12月7日と14日の深夜から翌早朝にかけて2回実施、12~18歳の中高生ら男女計22人が補導されたものです。今回とは別に、周辺では11月末までに前年同期比138人減の延べ725人が補導されており、補導された若者らが、市販薬を過剰摂取して興奮状態などになる「オーバードーズ」(OD)目的で医薬品を所持しているケースは、前年同期比9件増の22件に上ったといいます。警視庁は、SNSで、ODに関する情報が広まっていることなどが背景にあるとみています。トー横に若者が集い始めたのは2018年ごろとされますが、2021年にはトー横周辺で少年少女3人が相次いで飛び降り自殺し、児童買春や、少年らがホームレスの男性を暴行し死亡させる事件が発生、その後も、ODや薬の違法販売、「トー横の王」「帝王」などと名乗る中心人物による女子小中学生への性犯罪などが相次ぎ、一帯は未成年者の未熟さにつけ込む犯罪の温床となっています。とりわけODによる補導が増加するなど状況は深刻で、少年育成課は安易にトー横に立ち入らないよう呼びかけています。関連して、警視庁少年育成課と東京都薬剤師会は、若者の間で横行するODなどの薬物乱用の危険性を伝えようと、日本大学豊山高校で薬物乱用防止教室を開催しています。教室には、同校の3年生約500人が参加、薬剤師会副会長や警察官が、「ODをすると呼吸ができなくなって酸素が脳に行き届かなくなり、措置をしないと死に至ることもある」などと薬物乱用の危険性を説明、さらに、市販薬を他人に売ったりしてはいけないことや、改正法で大麻が他の規制薬物と同様に使用罪の適用対象となることなどを紹介しています。
ODについては、2024年12月14日付朝日新聞の記事「ODは支援への入場券 「また飲んじゃった」安心して言える場を」が大変参考になりました。具体的には、「子ども・若者のアディクション(依存的な行為)や自傷行為に詳しい国立精神・神経医療研究センターの精神科医・松本俊彦氏は、ODは「支援につながるための入場券」で、回復に向けた第一歩だといいます」、「市販薬のODをするのは10~20代の女性が多く、学業を続けていて犯罪歴がないといった特徴があります。男性中心で非行歴がある人が多い、覚せい剤などの違法薬物の使用者とは異なります。ただ、共通する根本の問題は、トラウマ体験です。小さいころに虐待を受け、成人した後もパートナーから暴力を受けるなど「人生の大半の時期を被害者として生きてきた」人が多いです。若年層が市販薬を使うのは、合法で処方箋や保険証がなくても買えることが大きいでしょう。つらいと感じたときに周りの大人にSOSを出せる状況になかったり、家族の保護的な機能が弱かったりすると、市販薬をODしてしまうということです」、「心の痛みを自分で和らげる「自己治療」という点では、市販薬を使う人が最も顕著だと思います。ひとつの傾向は、トラウマやストレスによる適応障害や複雑性PTSD(心的外傷後ストレス障害)などに対処しようとするODです。自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠如多動症(ADHD)といった発達障害が関係していることもあります。「人より時間がかかる」「空気を読みづらい」といったことで叱責されたりいじめられたりするなかで、苦痛を緩和するためにODしている人も多いです」、「SNSも大きな要因でしょうが、それ以上に、ドラッグストアが激増したことも大きいです。医療用医薬品(処方薬)のODが増えたのも、精神科医療のハードルが下がり、多くの国民が処方薬にアクセスできるようになった側面があります。それがさらに大きな規模で起きているのが、市販薬のODの問題だと考えています」、「「急にODをやめない」ことが大切です。どのようなときにODしてしまうかなど、「トリガー(引き金)」を探すところから始め、薬を減らせるか、安全に使うにはどうしたらいいかということを探り、少しずつ手放せるにはどうしたらいいかを考えます」、「市販薬を使う子どもにとって、短期的には「死なない」「生き延びる」ことが必要です。ODや自傷行為を繰り返すことによって、なんとかつらい日々を生き延びてきたのだとすれば、こうした「アディクション(依存的な行為)」自体が「リカバリー(回復)」の第一歩とも言えます」、「ODをしている子どもが抱えている問題は、ODだけではありません。ODは「支援につながるための入場券」です。説教したり排除したり縛り付けたりするのでは支援ができません。ODをしたことを伝えられたときには、「正直に言ってくれてありがとう」と伝えることが大切です」といった内容ですが、目から鱗の説得力のある説明であり、多くの関係者、大人だけでなく若者にも知っておいてほしい内容です。
海外における薬物を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 中東シリアのアサド政権の崩壊で、これまで闇に包まれていた麻薬製造の実態が明るみになりました。アンフェタミン系の合成麻薬「カプタゴン」は依存性が強く、価格が安いのが特徴で、「貧者のコカイン」とも呼ばれ、中東や欧州の一部などで急速に流通が拡大しているといいます。シリア産のカプタゴンは世界シェアの8割を占めるとされ、世界銀行が2024年春に発表した報告書によると、その年間市場価値は推定で最大56億ドル(約8800億円)、シリアの2023年の推定の国内総生産(GDP)の62億ドル(約9700億円)に迫る規模です。シリアに関連する組織・個人の手に渡った収益は最大で年18億ドル(約2800億円)で、2023年のシリアの合法的な輸出収入のほぼ2倍に相当するとしています。アサド政権を支えていたレバノンを拠点とするイスラム教シーア派組織ヒズボラも製造や密輸に関与し、武器購入のための資金源にしてきたとされます。こうした国家ぐるみともみられる麻薬ビジネスの背景には、内戦の長期化や欧米の制裁による経済の低迷があります。GDPは内戦前から大幅に減少し、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、人口の9割以上が貧困ライン以下で暮らしており、国際社会から孤立したアサド政権が手を伸ばしたのが、巨額の利権を生む麻薬の密売でした。カプタゴンの生産と密輸は、混乱の影響で停滞するものの、いずれ資金源ほしさに武装組織が乗っ取ろうとする可能性は高く、力の空白が長引くほど、その危険は増すと認識する必要があります。新生シリアは、カプタゴンを次々と焼却処分しているといいます。各地に残る密売ネットワークを断ち切り、負の遺産を解消できるか、反体制派による公正な経済発展と、それを実現させる国際社会の支援が求められています。
- 内戦下のミャンマーで、麻薬の生産が急増しています。ヘロインの原料のアヘンについて、国連薬物犯罪事務所(UNODC)は、「ミャンマーが世界最大の供給国としての地位を固めている」と報告しています。政情不安を背景に、収入を得るために農民らが生産に手を出す現状があります。ミャンマーのアヘン生産量は、2023年アフガニスタンを抜き世界一になりました。アフガニスタンでは2022年、イスラム主義勢力タリバンの暫定政権がアヘンの元となるケシ栽培を禁じました。2024年の報告によると、ケシの栽培面積は前年比4%減の4万5200ヘクタール、アヘン生産量は2023年の1080トンから995トンに減少したものの、依然として世界最大であり、UNODCのマスード・カリミプール地域代表は、「深刻な内戦やアフガニスタンの禁止措置が影響し、今後数年間でさらに拡大するリスクがある」と指摘しています。ミャンマーのアヘン生産量は2013年から減少していましたが、2021年の国軍のクーデター後に増加に転じました。国軍と抵抗勢力による戦闘で取り締まりが弱くなったほか、政情不安で地元民が困窮し、収入を見込めるケシ栽培を始めざるを得ない面があり、UNODCの調査では栽培の理由は「食料を買うため」との回答が最多だったといいます。主な栽培地は北東部シャン州や北部カチン州など山岳地帯が多く、乾燥した気候が必要なケシ栽培に適した地域で、シャン州を含むミャンマー・タイ・ラオス国境地帯は「ゴールデン・トライアングル」と呼ばれ、麻薬生産の一大拠点と目されてきました。ミャンマーの少数民族武装勢力には麻薬取引で財をなした勢力も多いとされます。また、ミャンマーでは合成麻薬の製造も増加、タイ当局は2024年1月~8月半ばに同国北部で3億4600万錠の覚せい剤メタンフェタミンを押収、2023年通年より72%増えたといい、これらの覚せい剤は中国などを通じて日本にも密輸されています。ミャンマー国軍は、麻薬取引が抵抗勢力の資金源になっているとみて流通の摘発を強化していますが、国軍側も麻薬取引から利益を得ているとの指摘もあります。
- メキシコの治安部隊は、北部シナロア州で1.1トンの合成麻薬フェンタニルを押収したと発表しています。押収の規模としては過去最大で、押収されたフェンタニルは2000万回分に相当し、組織犯罪が被る金銭的な打撃は推定4億ドル(約620億円)ということです。治安部隊は、情報収集と市民からの通報に基づき、アオメ市の建物2カ所でフェンタニルや加工前の化学物質、車両4台、計量器などを発見、シナロア州は最近、麻薬カルテル「シナロア・カルテル」でリーダーの逮捕をきっかけに内紛が勃発し、治安が悪化しています。トランプ次期米大統領はメキシコに対してフェンタニルの米国への流入を阻止する取り組みの強化を要求し、実現できなければ高い関税を課すと警告しており、同国政府は回避に向けてアピールした格好となります。関連して、トランプ次期米大統領は、フェンタニル過剰摂取など麻薬問題に対し撲滅運動を新たに始めると表明、選挙公約に基づき「(大統領就任後、メキシコの)麻薬カルテルを直ちにテロ組織に指定する方針だ」と述べています。
(4)テロリスクを巡る動向
ドイツ東部ザクセン・アンハルト州の州都マクデブルクで2024年12月20日夜、クリスマスマーケットに車が突っ込み、訪れていた人々を次々とはね、子供を含む5人が死亡し、200人以上が負傷(うち重傷者は100人超)するテロ事件が発生しました。運転手はサウジアラビア出身の医師の男で、直後に拘束され、薬物検査で陽性反応が出たといいます。母国の迫害を理由にドイツに亡命した男は、サウジ女性の国外亡命を長年支援、反イスラム主義の活動家として、イスラム教徒にも寛容とされるドイツの移民政策を批判しており、過去に独紙のインタビューで自らを「最も攻撃的なイスラム批判者」だと説明していたといいます。2024年5月にはXで「ドイツ社会は大きな代償を払う」と投稿、ナンシー・フェーザー内相は「犯人は明らかにイスラム嫌悪者だ」と述べています。サウジ治安当局も男を問題視していたとみられ、独治安当局に警告していたといいます。欧州で車を使ったテロが頻発しだしたのは、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)の活動が活発化していた2016~17年で、2016年7月、フランス南部ニースで花火の見物に訪れていた群衆にトラックが突っ込み、86人が死亡した無差別テロは、イスラム国が犯行声明を出し、世界に衝撃を与えました。さらに2016年12月には、ドイツのベルリンで今回と同様のクリスマスマーケットに、イスラム国に忠誠を誓う男が大型トラックで突っ込み、12人が犠牲になったほか、翌2017年3月には、英国ロンドンの国会議事堂周辺で男が乗用車で通行人をはねるなどし、5人が死亡、翌4月にはスウェーデンの首都ストックホルム中心部の繁華街でトラックが群衆に突っ込み、5人が死亡、同年6月にはロンドンのロンドン橋でバンが通行人をはね、近くのバーの客らが襲撃されて7人が死亡しています。車を使ったテロが多発する背景として、公安調査庁の「国際テロリズム要覧」は「車両の殺傷能力の高さが証明されるなど社会に対するインパクトが大きいことに加え、イスラム国が強く推奨したことがあるとみられる」と分析、同庁が入手したイスラム国の機関誌には「車は多くの犠牲者を出す能力がある」、「容易に入手できるが、ナイフと違って所有していても疑惑を抱かせない」などと書かれていたといいます。こうした車の多くはレンタカーや盗難車で、欧米の治安当局はレンタカーの悪用防止策を進めるとともに、車道から歩道へ乗り入れられないよう車止めを設置、イベントなどの場合は入り口を大型車両で封鎖するなどの対策を取ってきたものの、限界はあり、今回もその限界が露呈した形となりました。
ドイツでの車を使った無差別テロに呼応するかのように、アメリカでも同様のテロが発生しました。ルイジアナ州ニューオーリンズで2025年1月1日に、車が群衆に突っ込み、少なくとも14人が死亡し、負傷者は数十人に上っています。射殺された容疑者の男の車からは、ISの旗が見つかり、米連邦捜査局(FBI)は男を南部テキサス州在住の米国市民で、退役軍人のシャムスディン・ジャバール容疑者と特定し、テロ事件とみて捜査しています(事件後、現場近くの交差点で二つの即席爆発装置が見つかり、監視カメラの映像などから、ジャバール容疑者が事件直前に一人で装置を設置したとの見方が強まっています)。容疑者は前日夜に自宅があるテキサス州ヒューストンからニューオーリンズまで車を走らせ、ISへの支持を表明する動画をインターネット上に投稿、動画では、2024年の夏前にISに参加したと述べていたといいます。また、FBIと国土安全保障省、国家テロ対策センターは、模倣犯による攻撃が懸念されると表明しています。ロイターが確認した公報は「模倣または報復攻撃の可能性を懸念している」と指摘、こうした攻撃は「車両の入手が容易で、攻撃に必要なスキルのハードルが低いことを考えると、攻撃をしようとする者に引き続き魅力的に映る可能性が高い」と説明しています。一方、米ネバダ州ラスベガスのトランプ・インターナショナル・ホテル・ラスベガス前で電気自動車(EV)大手テスラの新型EV「サイバートラック」が爆発し、1人が死亡した事件で、ラスベガス市警は、車内で見つかった遺体は米陸軍特殊部隊員と確認され、戦地派遣で心的外傷後ストレス障害(PTSD)を患った可能性が高く、市警は「悲劇的な自殺」と結論づけています。FBIもルイジアナ州ニューオーリンズのテロ事件との関連は「証拠がない」として否定、両事件の容疑者の経歴や行動には共通点が多いが、「偶然の一致にすぎない」と説明しています。
中東シリアで父子2代、半世紀以上にわたって権力を握ってきたアサド政権が崩壊、政権軍を打倒した反体制派の中核となったのが「シャーム解放機構」(HTS)です。HTSの指導者ジャウラーニー氏は米CNNの取材に対し、「ここ数年、シリアの解放地域では内部の意見が統一され、制度的な構造が確立されてきた。統一された訓練キャンプで、身につけた規律で組織的な戦闘ができるようになった」と、反攻に向けて周到な準備を進めていたことを明らかにしました。報道によれば、指導者のジャウラーニー氏は2003年にシリアからイラクに渡り、国際テロ組織アルカイダに加わったとされ、2006年に米軍に逮捕され、5年間拘束されていたといいます。その後、イラクのアルカイダ系組織が合流して作った「イラク・イスラム国」(ISI)から混乱深まるシリアに派遣され、2012年に設立された「ヌスラ戦線」の指導者として頭角を現しました。当初は、後にISとなるISIから支援を受けていたヌスラ戦線でしたが、2013年には仲間割れし、2016年にはアルカイダ傘下からも離脱することを表明、同年に北部の要衝アレッポを失った反体制派は政権軍に次々と支配地域を失い、北西部のイドリブ県一帯に押し込められましたが、複数の武装組織との衝突を経て、事実上の支配者となったのがHTSでした。最近のジャウラーニー氏の発言からは、より穏健なイメージを発信しようとしている意図が読み取れます。アレッポ制圧後は「イスラム統治を恐れている人々は、誤った統治の実施を目にしたか、イスラム統治を正しく理解していないかだ」と答えています。しかし、米国や国連はヌスラ戦線からの改名後もHTSをテロ組織に指定しています。米中央情報局(CIA)の資料によると、HTSの2024年時点での戦闘員は7千~1万2千人、地元住民からの「税金」や、フロント企業を通じた燃料の輸入や流通を管理して資金を調達しているとされ、過去には身代金目的の誘拐をしたこともあります。組織の目標については、「アサド政権を倒し、スンニ派のイスラム国家と置き換えること」としています。最近でもHTSは抗議デモを武力で抑えつけ、参加者を逮捕、拘束者に対する拷問や処刑の例も多数報告されているといい、その実態を厳しく見極めていく必要がありそうです。そもそもシリアは多様な民族、宗教・宗派が入り組んだ「モザイク国家」と呼ばれ、利害関係が複雑で合意形成が難しく、どうまとめるかも大きな課題になります。
また、大きな課題としては、シリアのアサド旧政権が保有していた化学兵器の取り扱いも挙げられます。同政権が隠し持っていたとされる兵器や化学物質の総量と保管状況が不透明であり、暫定政府を主導するHTSは適切な管理に向けて国際機関と協力する姿勢を示すものの、残存する化学兵器の廃絶につながるかは見通せない状況です。報道によれば、化学兵器禁止機関(OPCW)はアサド政権崩壊を受けて「説明がつかない大量の化学兵器の行方について深刻な懸念が残る」との声明を公表、臨時の理事会でアリアス事務局長は「不安定な政治情勢が化学兵器の拡散のリスクをもたらす」と述べています。十分に管理できない状況が続けば、政権崩壊に伴う混乱に乗じて武装勢力が化学兵器を製造する前段階の「前駆物質」を入手する恐れもあります。アサド旧政権は2011年からの内戦で反政府勢力の弾圧に化学兵器を使用してきました。OPCWは政府軍が過去の攻撃で猛毒のサリンを詰めた爆弾や、塩素ガスを入れたシリンダーを投下したと断定しています。シリアは2013年に化学兵器禁止条約に加盟、OPCWはアサド旧政権が申告した1300トンの化学物質を廃棄しましたが、シリア国内ではその後も化学兵器の使用が疑われる事例が相次ぎ、英BBCによると2014~18年の間だけでも化学兵器が100回以上使われたといいます。
ロシアはシリアのアサド政権を崩壊させた旧反体制派の中心勢力、HTSへの接近を模索しています。シリア国内で運営する軍事基地を維持するため、HTSへのテロ組織指定を解除する手続きを定めた法律が成立しました。ロシア政府はイスラム過激派などをテロ組織に指定し、対立姿勢を鮮明にしてきましたが、新たな法律ではテロ行為への支援停止などを条件にテロ組織を指名リストから外す道筋を示しています(なお、ロシアは2020年にHTSをテロ組織に指定しています)。ロシアはアフガニスタンで権力を掌握するイスラム主義組織タリバンについても、テロ組織の指定から解除する方針です。ISの脅威が高まる中、ロシアとタリバンはテロ対策で共闘すると想定されています。IS系の「ISホラサン州」が2024年3月、モスクワ郊外のコンサートホールで起きた銃乱射事件で犯行声明を出しましたが、アフガンを本拠地とするISホラサン州はタリバンとも激しく対立し、テロを繰り返しています。アフガンは金や銅、リチウムなどの鉱物資源の埋蔵量が豊富で、ロシアには権益獲得につなげる狙いもあります。ロシアとタリバンはともに米欧による経済制裁を科されており、反米路線で手を組みやすい状況にあります。
シリアのアサド政権崩壊とアフガンを巡る情勢との類似性が見られ、とりわけ、国際社会が、権力を掌握した「テロ組織」とどう向き合うのかという課題は最も大きな共通点となっています。米政府はタリバンを「特別指定グローバルテロ組織(SDGT)」、シリアで反体制派を主導してきた「HTS」を「外国テロ組織(FTO)」に指定しています。HTSは国際テロ組織アルカイダ系が源流ですが、現在はキリスト教徒や少数派の保護など穏健な政策を強調しています。実は、タリバンも復権に前後して、「恐怖政治」だとして批判された旧政権時代(1996~2001年)からの穏健化を強調していました。ただ復権後も中学以上の女子教育を禁止するなど強硬路線は続いており、いまだにどの国からも国家承認されていません。HTSで穏健路線を明言しているのは指導者のジャウラーニー氏自身であり、内部の力学は不透明ながら、タリバンに比べれば、その発言が実現される可能性は高いかもしれません。国際社会はHTSの穏健路線を支援しながら、情勢の安定化を目指す必要があるといえます。そうした中、米国のバーバラ・リーフ国務次官補(中東担当)は、アサド政権が崩壊したシリアの首都ダマスカスで、暫定政権を主導するHTSの指導者アフマド・アッシャラア氏と会談、政権移行を支援する考えを示し、米国が「外国テロ組織」に指定するHTSを率いるアッシャラア氏にかけている懸賞金を廃止する方針も伝えています。米国はアッシャラア氏個人についても「特別指定国際テロリスト」に指定しており、米高官が会談するのは極めて異例のことであり、イスラム過激派を源流としながらも、シリア再建に向けて穏健路線を掲げるHTSとの関係構築を優先したと考えられます。会談では、リーフ氏が女性や多様な宗派、民族の権利を尊重する包摂的な政府の樹立を求め、アッシャラア氏側は、優先事項としてシリアの経済回復を挙げたといいます。
アフガニスタン情勢については、実権を握るタリバン暫定政権が2023年来、中国に多数の行政官を送り込んでいることが判明しています。2021年夏、米国を後ろ盾とした共和政権が崩壊した後、国家運営を担うメンバーに実務経験を積ませるのが狙いであり、反米色を強めるタリバン政権の「中国傾斜」が鮮明となっています。国連関係筋によれば、タリバンは2023年、600人の行政官を中国に派遣、対象は主に、省庁の課長や局長クラスで、2024年の派遣は800人規模に上るといいます。タリバン政権は第1次政権期(1996~2001年)とは異なり、比較的そつのない行政を全国規模で展開、中国で本格養成された“エリート”たちを今後、積極活用することで、復権から3年経った支配体制を盤石化させたい考えとみられています。女性の人権抑圧に対する懸念から、国際社会は現在、タリバン政権を正統な政府とは認めていませんが、こうした中、タリバンは2024年12月初旬ごろ、中国に閣僚も派遣しています。日本など西側諸国とアフガンとの間で“閣僚外交”が行われない中、「中国との関係深化を象徴する動き」(同筋)といえます。中国は巨大経済圏構想「一帯一路」へのアフガン取り込みを加速させたい考えで、アフガンには、石油や重要鉱物といった豊富な天然資源が眠っていると指摘され、2024年夏には、中国国有企業が主導するアフガン史上最大規模の銅鉱山開発事業がスタートしています。中国はアフガンに隣接する新疆ウイグル自治区への過激派流入を恐れており、治安対策でタリバンから協力を得たい思惑もあるとされます。こうした中国の動きとは裏腹に、タリバン支配はやはりいまだ問題を抱えているともいえます。国連アフガン支援団(UNAMA)は2024年11月、タリバンが政権を奪取した2021年8月から2024年9月末までに、記者らメディア関係者計336人が人権侵害を受けたと発表、このうち、逮捕・拘束が256件、拷問が130件、脅迫が75件に上ったといいます。UNAMAのオトゥンバエワ代表は「どの国にとっても、報道の自由は必要だ」と強調、記者らの安全を保証するようタリバンに強く求めています。ターク国連人権高等弁務官も「記者は日常生活に関する事柄を人々に伝える重要な任務を負う」と力説した上で、記者迫害に深刻な懸念を表明しています。タリバン政権はこれに対し、国連が把握する人数に「誇張」があると反論、拘束された記者たちには“違法行為”があったと主張しています。また、2000年に2100万人程度だったアフガンの人口は2024年、約4200万人へと倍増する中、女子に対する教育・就労制限は優秀な女性の輩出を阻み、国家発展にも深刻な影響を及ぼしかねない状況が続きます。
アフガニスタン東部パクティカ州の対パキスタン国境地帯で、複数の村がパキスタン軍によるとみられる越境攻撃を受けました。同国内で指名手配されているイスラム武装勢力「パキスタン・タリバン運動(TTP)」指導者を狙ったと認めています。アフガンとの国境地帯では、イスラム主義組織タリバン暫定政権と関係が近いTTPによるテロが頻発しており、暫定政権の国防省は、パキスタン軍が市民らを標的に越境攻撃を加えたと主張し、「侵略行為だ」とSNSを通じ非難、「このような行動は、いかなる問題の解決にもならない。アフガンの主権や領土を不可侵の権利として守る」と強調しています。その後、タリバン暫定政権の国防省は、国境線を越えた複数箇所を攻撃したと発表、隣国パキスタン領内を指すとみられ、同国軍が実施したアフガンへの越境攻撃に対する報復とみられています。タリバン暫定政権の国防省は、アフガンに対する攻撃を組織した「邪悪な分子や支持者」の拠点が報復の対象になったとしています。
アサド政権崩壊後のシリアで、ISの復活に対する懸念が強まっています。旧反体制派が首都ダマスカスなど国家の中枢部を制圧したものの、北部ではトルコが支援する武装組織とクルド人勢力の交戦が続き、ISの再興を抑え込んでいた状況が不安定化しています。既にISが攻撃を強化した兆候も見られています。在英のシリア人権監視団は、アサド政権崩壊後、ISの仕業とみられる6回の攻撃で市民18人を含む70人が死亡したと伝えています。攻撃は砂漠地帯や油田などで発生、人権監視団は、旧政権軍の撤退などに伴って生じた「治安の空白」にISが乗じているようだと指摘しています。ISはかつてシリアとイラクにまたがる地域を占拠しましたが、国際社会の軍事作戦で衰退、シリアでは、米国などが支援するクルド人主体の民兵組織「シリア民主軍(SDF)が主力を担っています。米中央軍によると、SDFは今もシリア各地で計20カ所の収容施設を管理し、IS元戦闘員ら計9000人以上を拘束しています。しかし、政権崩壊後、北部で親トルコの武装組織「シリア国民軍」(SNA)がSDFへの攻勢を強め、劣勢のSDFの掌握地域が縮小しています。ISはその隙を突いた形だといいます。IS掃討でSDFを必要とする米国は、危機感を募らせています。トルコは、SDFをはじめとするクルド系民兵組織を、トルコ国内の反政府武装組織クルド労働者党(PKK)と一体の「敵」と見なしており、対クルド軍事作戦の手を緩める選択肢はなく、エルドアン大統領は「自国の安全のため、シリアで活動する全てのテロ組織に対し予防的措置を取る」と強硬な構えを崩していません。そうした状況下、ブリンケン米国務長官は、トルコのフィダン外相とアンカラで会談し、アサド政権崩壊後のシリアでISが勢力を再び拡大しないよう継続的に取り組む必要があるとの考えで一致したといいます。会見したブリンケン氏は、シリアでISの活動を封じ込めるため、両国の継続的な取り組みが不可欠である点を議論したと発言、アサド政権崩壊後のシリアに何を望むかについて、トルコと米国の間で幅広い合意があるとの認識も示しています。
さらに、国連人間居住計画(ハビタット)イラク・クルディスタン地域事務所の寺岡亮輔所長も、シリアのアサド政権崩壊後の混乱でISなどが拡張することに懸念を示し、イラク国内避難民の生活基盤向上が最重要課題になるとの見解を示しています。イラクでは2014年以降のISとの戦いで約600万人が家を追われ、100万人以上が国内で避難生活を強いられています。ISの最大拠点だった北部モスルでは道路などの復旧が進んではいるものの、イラク政府の資金難により住宅や基本的インフラの復旧工事は遅れているといいます。復興を支援するため、ハビタットは日本政府や日本企業の支援でモスルに集合住宅を建設し、避難民に低価格で提供するプロジェクトを2024年2月に始め、2025年春頃からの入居開始を予定しており、寺岡氏は「インフラ環境の整備や雇用拡大による社会の安定化が若者の過激派組織への加担を防ぐ」と述べています。
イスラム教の預言者の風刺画を掲載したパリの週刊紙「シャルリー・エブド」の襲撃事件から2025年1月7日で10年を迎えました。節目に合わせて、フランスでは表現の自由を訴える声が高まった一方、テロの恐怖は消えていません。イスラム系住民に対する差別も根強く、仏社会は事件後に深まった分断を克服できずにいます。特別号の表紙には、「不滅!」という文字の前に銃口を尻でふさいで座る男性が描かれ、襲撃を生き延びた同誌の論説委員ロラン・スリソー氏は社説で「ユーモア、風刺、表現の自由、エコロジー、世俗主義、フェミニズムなどシャルリー・エブドの価値観がこれほど脅かされたことはかつてない」と指摘、「風刺には、この悲劇的な年月を乗り越えるのに役立った美徳がある。それは楽観主義だ。笑いたいというのは生きたいということであり、笑い、皮肉、風刺画は楽観主義の発露だ」と訴えています。同紙に在籍する約50人の記者や風刺画家の中には、事件当時はいなかった若手も多く、事件後に移転した編集部の場所は安全上の理由から秘密にされており、幹部ら一部のメンバーには私服の警察官が警備のために付き添っているといいます。ジェラール・ビアール編集長は「シャルリー・エブドは死んでいない。私たちには風刺や冒涜の権利があり、その権利を行使することは、社会の自由を守り、議論を通じて前進するために必要だ」と話しています(テロの約10年前に同誌が預言者ムハンマドをやゆする漫画を掲載したことから復讐が目的だったとされます。イスラム教では預言者の描写は冒涜的と見なされています)。シャルリー・エブドの襲撃事件は、欧州でその後に頻発することになるイスラム過激派思想を背景にしたテロの始まりともなり、パリでは2015年11月、130人が犠牲になる同時多発テロが発生、ドイツや英国などでもテロ事件が続きました。ルタイヨ内相は仏紙パリジャンのインタビューで、2024年に治安当局が阻止したテロの件数は2017年以降で最も多い9件に上ることを明らかにした上で「脅威はかつてないほど存在している」と指摘しています。イスラム過激派思想を背景とするテロが相次ぐなか、仏政府は2017年、テロ行為の危険が疑われる人物を平時でも内相の決定で自宅軟禁の措置の対象にできる法改正を実施、テロ防止に効果を発揮しているという見方がある一方、専門家の間には過激派思想と無関係のイスラム系住民が過剰な取り締まりの標的になっているとの指摘もあるといいます。人権問題に詳しいバンサン・ブレンガルト弁護士は「シャルリー・エブドの事件以降、フランスでイスラム系の置かれた立場を議論することはタブーになり、イスラム系のルーツを持つことは生きる上で助けにならなくなった。帰属する集団や信仰を理由とする差別が増え、社会の不寛容が広がっている」と指摘しています。
直近の日本では、テロ事件ではないものの、法政大学構内で学生ら男女8人がけがをする無差別の襲撃事件が発生しました。大学構内では、これまでも数々の凶悪事件が発生しており、「学問の自由」の拠点であり、教授や学生だけでなく、外部の研究者など多くの関係者が出入りする開放的な空間だけに、安全との両立は常に課題となっています。とりわけ宗教的な背景を持つ事件としては、1991年7月、茨城県つくば市の筑波大の筑波キャンパスで、同大の男性助教授が殺害された事件があり、助教授が日本語訳した反イスラム小説「悪魔の詩」がその前の年に出版されており、小説に反発した者による犯行が疑われたものの、2018年7月、容疑者が特定されないまま、時効を迎えています。
テロ事件ではありませんが、北海道の道央札幌郵便局で、従業員から「レターパックが爆発した」などと通報がありました。警察や消防によると、当時、現場では郵便物の仕分け作業が行われており、そのうちの一つから「シューッ」と音がして煙があがり、火が出たといいます。すぐに消火活動が行われ、けが人はおらず、ほかの郵便物も無事だったといいます。レターパックの中にはリチウムイオン電池を使ったバッテリーのようなものが入っており、「仕分け中に落下させた」という話もあり、衝撃が発火につながった可能性も指摘されています。本件は場合によってはテロの手口として模倣される危険性を孕んでおり、今後の対策を検討しておく必要があると考えます。
(5)犯罪インフラを巡る動向
ウクライナのブラシウク大統領顧問(制裁政策担当)は、日本製の部品がロシア製兵器に転用されている状況に懸念を示し、「侵攻前から制裁が十分でなかった結果だ」と訴えています。ブラシウク氏は今回の来日などを通じて、ロシアや北朝鮮のミサイルなどから見つかった日本製部品のリストを日本側に提出、「約30の日本の製造業者の部品が含まれている」と説明し、超小型電子回路、センサー、バッテリー、カメラなどの例を挙げています。流通経路についても情報提供を行ったといい、「多くのケースで中国の関与が認められた」と指摘しています。兵器への悪用リスクは以前から指摘されているところであり、サプライチェーン・リスマネジメントの重要性が増すなか、「そこまでは確認のしようがない」と諦めるのではなく、可能な限り把握に努める姿勢を持ち続けることが説明責任に直結するとの意識がこれまで以上に必要になると思われます。
太陽光発電施設のケーブルなどの金属盗への対策を議論してきた警察庁の有識者検討会は、金属買い取り業者に売り手側の本人確認を義務付けるなど盗品の流通防止に向けた法律を定めるよう提言した報告書を公表しています。、クリーンエネルギーの導入などで価格が高騰していることなどを背景に金属盗の被害は深刻で、警察庁が統計を取り始めた2020年に比べ、2023年は約3倍にあたる1万6276件(総額133億円)に上り、その半数以上は金属ケーブルの被害でした。切断されたケーブルは「金属くず」とみなされ本人確認の対象外でしたが、金属くずを買い取る業者の規制として、取引の相手を顔写真付きの身分証明書で本人確認することを義務付けるよう提言、その本人確認や取引についての記録の作成と保存を義務化することも求めています。盗品が持ち込まれた疑いがある場合には、買い取り業者に警察への申告を義務付けるべきだとしたほか、業者の実態を把握するために、買い取り業を届け出制にすることも提案しています。また、金属ケーブル盗難の8割で「ボルトクリッパー」「ケーブルカッター」という切断用の工具が使われていることから、規制の必要性に言及、工具で錠前を解く「ピッキング」対策でドライバーやバールを隠し持つことに罰則を設けているのと同じように、新法で処罰対象にすべきだとしています。金属盗には外国人やトクリュウの関与も明らかになっていることもあり、こうした対策が速やかに実行されることで、外国人犯罪対策、トクリュウ対策に資することを期待しています。
クレジットカードの不正利用の被害が深刻化するなか、警察庁は、流出したクレカの情報をVISAやJCBなどの国際ブランド各社に一括で提供し、利用の停止などを進める取り組みを始めています。被害の拡大防止を迅速に進める狙いがあります。警察庁によると、これまでは発信元の特定が難しいネット空間「ダークウェブ」上などで情報の流出が判明した場合、都道府県警がカード番号をもとに国内に約240社あるカード発行会社を調査し、会社ごとに情報を提供していました。情報提供の方法はFAXやメールなど会社ごとに異なっており、手間と時間がかかっていたといいます。警察庁は2024年に入り、国内のほとんどのカード発行会社が提携する国際ブランド6社と協議、今後は、警察庁が各警察から集約したクレカ情報を一括して国際ブランド6社に提供し、その6社からカード発行会社に連絡して利用停止を進めることになります。情報提供の窓口が統一されることで、都道府県警の負担を減らし、対策までにかかる時間も短くできることになりました。クレジットカード情報はフィッシング詐欺などで盗まれており、不正利用の被害は増加。日本クレジット協会によると、2023年は過去最多となる540億円(前年比104億円増)に上りました。2023年には、神奈川県警などが不正利用事件で摘発した中国籍の男性のパソコンから、約1万7000件のクレジットカード番号が見つかっており、カード情報は匿名性の高いダークウェブでも売買されていることがわかっています。
米国のサイバーセキュリティを担当する政府機関は、ショートメッセージサービス(SMS)を使った認証について「外部から傍受される恐れがあり、強力な認証にならない」と注意喚起する声明を公表、認証アプリなどの利用を推奨しています。Xや日本のデジタル庁もSMS認証を廃止しており、見直しの動きが広がる可能性があります。声明は米国土安全保障省傘下のサイバーセキュリティー・インフラストラクチャー・セキュリティー庁(CISA)が2024年12月に出したもので、CISAは「SMSは暗号化されていないため、通信事業者のネットワークにアクセスできる攻撃者により傍受され、メッセージを読み取られることがある」と指摘、安全な通信手段として、米アップルの対話アプリ「iMessage」といった「E2EE(エンドツーエンド暗号化)」と呼ばれる秘匿性の高いサービスを提示しています。偽メールやSMSで認証情報を盗み取るフィッシング攻撃を防ぐため、テック大手が推進する生体認証などの「FIDO(ファイド)」を使うよう推奨しています。SMS認証を巡っては、フィッシングによる「スミッシング」が2020年ごろから増えています。契約者になりすまして再発行したSIMカードを使ってスマホを乗っ取る「SIMスワップ」という手口も横行、本コラムでも取り上げましたが、国内でも2023年に愛知県警や警視庁が容疑者を摘発しています。認証という点では、関連して、ネットサービスの利用時にIDやパスワードを毎回入力する必要がない生体認証が広がっています。メルカリでは約700万のアカウントで利用者になりすます不正ログインがゼロになりました。ソニーグループもゲーム配信サービスに導入するなど、安全かつ迅速な認証手段として普及しつつあります。2022年5月に米アップルと米グーグル、米マイクロソフトが各社の基本ソフト(OS)上でパスキーを使いやすくするよう連携すると表明したことで、導入するサービスが増えているといいます。メルカリではフリマアプリや暗号資産取引などのサービスについて2023年春にパスキー対応を始め、アカウント乗っ取り対策で成果を上げており、パスキーを登録済みのアカウントでは不正ログインが1件も起きておらず、「撲滅」に成功しているといいます。LINEヤフーでは会員サービス「Yahoo! JAPAN ID」で月間利用者全体の半分にあたる2700万人がパスキーに対応、登録者の認証にかかる時間は4割以下に短くなり、「パスワードを忘れた」という問い合わせも従来より25%減少、ユーザーの離脱を防ぎ、顧客対応コストの削減にもつながっているといいます。政府が2024年6月に発表したオンライン詐欺の総合対策でも、金融機関やECサービスでパスキーの採用を増やすことが盛り込まれています。ただ、システムの導入には一定のコストがかかり、一段の普及には多くのユーザーに設定してもらうための啓発も欠かせないといえます。
インターネットに日本の漫画などを無断掲載する海賊版サイトの被害が急増し、2024年11月は上位10サイトの1か月間のアクセス数が過去最悪の約5億4000万に上り、紙の本に換算した「ただ読み」された額も、過去最悪の約1500億円分だったことが分かったといいます。日本国内からのアクセス数が多い上位10サイトの合計アクセス数は、2021年12月に約4億で当時として過去最悪になり、複数の巨大サイトが閉鎖に追い込まれたことで急減し、2024年初めは月間1億ほどで推移していましたが、7月頃から急増していたものです。急増した原因には、海賊版サイトがインターネット上の住所にあたるドメインを短期間に次々と変える「ドメインホッピング」を頻繁に繰り返すようになり、利用者もドメインが変わった新サイトに迅速に移り、上位10サイトがそれぞれ巨大化したことがあるとみられています。海賊版サイトは現在、1200ほど確認されており、ほとんどの運営者はベトナムなど海外にいるとみられ、摘発が進んでいない状況だといいます。
インスタグラムのなりすまし投稿を巡り、投稿から一定の期間が経過したログインについても、契約者情報を開示できるかが争われた訴訟の上告審判決で、最高裁第2小法廷は、「開示できる」との初判断を示しています。原告の女性は2021年4月頃、インスタグラムでなりすましの投稿をされたとして、同年5~6月にログインのあった8回分について、NTTドコモに対し、ログインした契約者の情報開示を求めました。2022年10月施行の改正プロバイダ責任制限法の施行規則は、開示の対象を「侵害情報の送信と相当の関連性があるもの」としており、同小法廷はこの規則に関し、「被害投稿から最も時間的に近接するログインが開示対象にあたる」とし、「開示を求める必要性がある場合も対象になりうる」と指摘、その上で、女性のケースでは、開示請求分以前にもログインがあったものの「投稿者の特定は困難」とし、投稿者の特定につながるログインのうち、投稿から時間的に最も近い21日後の2021年5月20日のログイン分について開示を認めたものです。
韓国・釜山と大阪を結ぶクルーズ船を利用し、金塊を海上で受け取る「瀬取り」で密輸を図ったなどとして、海上保安庁などが韓国人と日本人の男ら計約10人を関税法違反容疑などで逮捕しています。押収した金塊は約40キロ(約5億~6億円相当)に上り、同庁などは日韓の密輸グループの実態解明を進めています。男らは2024年11月、韓国から日本へ金塊約40キロの密輸を図るなどした疑いが持たれており、その手口は、覚せい剤の密輸事件で用いられたことがある洋上で受け渡す「瀬取り」で、韓国人グループが、箱に隠した金塊約40キロを釜山発大阪行きのクルーズ船に持ち込み、瀬戸内海の愛媛県沖を通った際に海上に投下、日本人グループが船で回収したものです。事前に密輸の情報を得ていた捜査当局が、同県の港などで待ち伏せ、両グループを一斉に摘発したといいます。近年はロシアのウクライナ侵略などで価格は急上昇し、高水準となっています(価格高騰と消費税率アップで利ざやが拡大している状況にあります)。金塊の密輸を巡っては、航空機を使った手口が多く、今回のようなクルーズ船を悪用した「瀬取り」は珍しいといえます。
本コラムでも継続的に取り上げてきましたが、16歳未満のSNS利用を禁止する法律が、オーストラリアで制定されました。子供たちを有害な情報から守るのが目的で、英仏などでも規制が進んでいます。背景には、SNSを通じて子供たちが性犯罪などに巻き込まれたり、いじめ被害を受けたりする状況があります。憎悪(ヘイト)表現や自殺・自傷行為、危険ドラッグなどに関する情報に接しやすいことも指摘されています。同国の臨床心理士は「10代の子どものガラスのハートはSNSの特性に耐えられない」、「教室でのからかいがSNSという公共の場に移る。するとささいなミスでさえ、大ごとのように感じられ、心理的に追い詰められる」、「まだ成長途中であり、繊細で傷つきやすい。勉強やスポーツ、見た目などさまざまな競争の中で嫉妬が絶えない」、「SNSのすべてを否定するつもりはないが、その依存性の高さは子どもの健全な成長を妨げる」、SNS利用の一律禁止には子どもの権利が侵害されるという意見もあるが、「それを上回るSNSの弊害から子どもを守るため、規制によって問題意識を高める必要がある」と指摘しています。一方、同国の高校生は、学校でもいじめが起きているとし、「そうした現実から逃れる唯一の場所がSNSだったらどうするのか。いじめは深刻な問題だが、SNSから子どもを排除すれば解決するという考えは短絡的だ」と反対しています。日本でも同様であり、子供たちを有害情報から遠ざけるため、何らかの規制を検討してよいタイミングだといえます。2023年にはフランスで、保護者の同意のない15歳未満の利用を禁じる法律が制定され、英国でも有害情報の閲覧防止策などを事業者に義務付ける制度が導入されています。同様の規制はフロリダなど米国の多くの州でも始まっています。また、スウェーデンでは犯罪組織がSNSを使って若者を仲間に引き入れ、殺人や爆破を実行させる事例が急増しており、政府はSNS運営会社が対策を講じなければSNSの利用に年齢制限を設けることを検討しているとも報じられています(スウェーデン警察によると、犯罪集団の間ではこの2年間にSNSで10代の若者を「リクルート」する動きが起きており、こうした若者は国内や他の北欧諸国で殺人や爆破の実行役となっており、中には11歳で犯行に及んだケースもあったといいます)。また、ベトナムでもSNSへの規制を強める新たな政令が施行され、運営者に利用者の身元確認を求めるほか、子供によるSNSやネットゲームの利用を制限する内容となっています(ただし、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)は「ベトナム警察はベトナム共産党に対するあらゆる批判を国家安全保障上の問題として扱っている。この政令は反対意見を弾圧する新たな手段になる」と指摘しています)。一方、日本は2008年制定の青少年インターネット環境整備法で、有害情報へのアクセスを制限するフィルタリング導入を進めてきましたが、こども家庭庁の2023年度の調査では、フィルタリングを利用していると回答した小学生の保護者は47.1%、中学生の保護者は54.6%にとどまっています。一方、文部科学省によればSNSなどの「ネットいじめ」の認知件数は年々増加し、2023年度は2万4678件に達しています。さらに、警察庁によると、2023年にSNSがきっかけで犯罪被害にあった小学生は139人に上っています。ずれも過去最悪であり、抜本的な対策が急務だといえます。直近の毎日新聞世論調査でも。「禁止する必要はないが、何らかの規制は必要だ」が52%、「日本でも禁止すべきだ」も30%に上っています。
SNSの犯罪インフラ性、弊害を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- SNSで知り合った面識のない相手から、不同意性交等などの重要犯罪の被害に遭う子供の数が年々増加しています。警察庁によると、2018年にSNSがきっかけとなった重要犯罪の18歳未満の被害者数は91人でしたが、2023年は225人と大幅に増えたといいます。特に不同意性交等(96人)や不同意わいせつ(33人)など性犯罪被害が多くを占めている状況で、相手に性的な目的があると知らずに会い、巻き込まれるケースも目立つようです。複数のアカウントを使う加害者は珍しくなく、偽名や年齢の詐称で子供をだます例も多くなっているともいいます。会ってしまうと、子供の力では性的な行為を拒否するのは難しく、知らない人と直接会わないよう、周囲の大人も目配りしていく必要があります。
- 2024年12月29日付朝日新聞の記事「SNSは人の好みを変えるのか 研究者が警鐘を鳴らす「レコメンド」」は極めて興味深いものでした。具体的には、「SNSの「オススメ」を、人はどれくらい受け入れるのか、「推薦された動画を見て、好きでなかった分野を好きになったことがあるか」など複数問を約600人に聞いたところ、2割弱がユーチューブの「オススメ」で行動を変えたことがあったといいます。人は元来、楽して情報を得ようとする傾向があり、「認知資源の節約」と言われています。自ら話を聞いて情報を集める必要がある実世界と違い、SNSは情報が次々入ってきますが、それは他人の視聴履歴であり、その結果、自分の信条や価値観より他人の行動に判断基準を置きがちになるといいます。その結果、インターネット上で、人々がある一つの意見に集まっていき、最終的に大きな流れになる現象「サイバー・カスケード」が起きているといいます。一方、SNSのオススメは拒否できるし、検索ワードも入れられるので、「自分で取捨選択している」感覚になりますが、実際は、いつもと同じ人の投稿を見て、同じまとめサイトを回り、SNSのオススメに頼るという行動で、思ったほど能動的でないといえます。買い物や移動経路、子どもの塾選び、あらゆる日常生活の分野にSNSの「レコメンド(推薦)機能」が浸透している状況にあります。社会心理学の大きな研究分野である「依存」でいえば、ショート動画の報酬は「刺激」であり、刺激が弱まる前に次々と刺激を与えるサイクルが短時間に起き、一種のドラッグで、中毒になりやすく、有史以来、これほど脳に娯楽が流れ込んだことはなく、人に与える影響は大きいとえます。SNSとレコメンド機能は、強大な「行動変容を促す仕組み」です。対抗措置をとるのは並大抵ではない。今まさに、防御策の研究が情報技能研究者や社会学者の喫緊の課題になっています」といった内容です。
- 英オックスフォード大学出版局は、2024年の「今年の言葉」に「ブレーン・ロット」(brAIn rot)を選出しています。脳の腐敗(疲れ)、脳がぼんやりしている状態などを指すものです。同出版局は言葉の意味を「取るに足らないコンテンツ(特にオンライン)の過剰消費による精神・知的状態の低下」と定義しています。同出版局によると、この英語は19世紀の米作家ソローも使っていますが、2023~24年にはデジタル時代の新現象の意味で使用頻度が増加したとのデータがあるといい、ソーシャルメディアなどに登場する「価値の低いコンテンツ」の大量視聴への懸念から、急速に使われていると分析しています。
- 副業やフリーランスでテレワークを希望するIT技術者がサイバー攻撃の標的になっています。偽の求人オファーをきっかけに、暗号資産などを盗み取るウイルスの感染被害が世界中で起きていることがわかったといいます(2024年12月17日付日本経済新聞)。「世界最恐」と目される北朝鮮ハッカー集団が、リンクトインを通じてIT技術者を取り込み、何らかの形でウイルスを仕込むものです。ハッカーの狙いは第一に暗号資産など金銭目的であり、それ以外にもパソコンを乗っ取って内部の機密情報を盗み取る目的もあるとされます。米国のセキュリティ企業パロアルト・ネットワークスは2024年10月、偽のリクルーターがオンラインで技術者と面談し、暗号資産を盗み取る目的でウイルスを仕掛けるサイバー攻撃キャンペーンが確認されていると公表、求職者を雇用する企業への不正侵入にも警鐘を鳴らしています。企業側も、フルリモートや副業を認め、獲得競争の激しいエンジニアを集めており、社外にあるパソコンの使い方やセキュリティ対策をめぐり、目の届かない部分が出てくることから、見て見ぬふりをしている実態もあり、そうした不作為が犯罪グループに狙われているともいえます。
日本の企業や機関を狙ったサイバー攻撃が昨年末以降に相次ぎ、一部サービスに一時的な影響が出ました。サーバーやウェブサイトに大量のデータを送りつけるDDoS攻撃とみられ、セキュリティ大手「トレンドマイクロ」が調べたところ、同時期に日本などを標的にしてデータを大量に送りつけていた特定の「ネットワーク」を検知したといいます。このIoTボットネットは2024年末から大規模に活動、2024年12月27日~2025年1月4日に同社が観測した攻撃は日本やアメリカ、バーレーンなど10カ国以上で872件あり、このうち日本への攻撃は40件だったといいます。日本では通信やIT、金融が狙われていたといいます。このIoTボットネットは現在も稼働しつづけており、同社の専門家は「一連のシステム障害への関連性も考えられる」としています。企業などを狙ったサイバー攻撃はDDoSに限らず、ランサムウェア、マルウェアなど多岐にわたり、近年は、どの手法もサービス化が進み、ダークウェブ上で金銭を払えば誰でもサイバー攻撃の代行を依頼できる状況にあり、今回のIoTボットネットは攻撃対象に規則性がなく、複数の依頼を請け負ってそれぞれ攻撃している可能性があるとの指摘もあります。警察庁は2024年12月、DDoS攻撃を行ったとして、中学生の少年2人が書類送検されたり児童相談所に通告されたりしたと明らかにしています。また、本コラムでも取り上げましたが、警察庁は2024年8月にも、大手出版社のサイトにDDoS攻撃を仕掛けた20代の男を逮捕、京都府警も同11月、スポーツジム検索サイトにDDoS攻撃をしたとして中国籍の夫婦を摘発するなど、一般人によるDDoS攻撃事案が相次いでおり、これらの事件に共通するのは、逮捕・摘発者がいずれもサイバー攻撃に関する専門知識を持たない「素人」であり、犯行を可能にしたのは、DDoS攻撃を代行する業者の存在です。国際的にも、代行サービスの利用者は「軽い気持ちでやっている」という認識が共有されており、いたずらではなく犯罪であることを周知徹底していく必要があります。なお、関連して、DDoS攻撃を代行するウェブサービスについて、警察庁が参加する国際共同捜査が、海外27サイトの機能を停止させています。警察庁や欧州刑事警察機構(ユーロポール)が発表したもので、代行サイトを利用して政府機関や民間企業を攻撃した300人以上が特定され、フランス、ドイツでサイトの管理者3人が逮捕されています。日本は2023年に参画、捜査で共有されたデータを警察庁サイバー特別捜査部が分析したところ、国内では2021~22年に3人の関与が浮上、うち当時中学生だった少年は電子計算機損壊等業務妨害未遂容疑で書類送検され、「ユーチューブでDDoS攻撃を知り、検索した」と供述、通学先の学校に関連するサイトにも攻撃を仕掛けたといいます。また児童相談所に通告された14歳未満の少年は、オンラインゲームを通じてDDoS攻撃を知り、「外国に攻撃してみたいと思った」と説明しているといいます。安易な加担を防ごうと、警察庁を含む各国当局は「ターゲティング広告」を始めており、国内ではグーグルの検索で関連する言葉を入力すると、「DDoS攻撃は犯罪です」などのメッセージが出るといいます。
警察庁などが中国政府の関与が疑われるサイバー攻撃集団「ミラーフェイス」について注意喚起しています。政府系機関や企業から安全保障情報や先端技術を盗み取っているとみられ、ウィンドウズの正規ソフトを使って発覚を免れようとする形跡も確認されるなど「巧妙」な手口も浮かんでいます。ミラーフェイスは日本に特化したサイバー攻撃集団として2019年ごろから活動が確認されており、中国の関与が疑われる攻撃集団には先行して「APT10」がありましたが、トレンドマイクロによれば、両者に「人的、技術的つながりがあると指摘しています。同社によると、APT10が活動を始めたのは2009年ごろで、米国を中心に攻撃をしかけ、日米英などが名指しで非難する「パブリック・アトリビューション」を行った2018年ごろに活動が見られなくなりました。一方、入れ替わるように動き始めたのがミラーフェイスだといいます。メール攻撃は日本のみに限られているといい、警察庁の分析では、メールの文面には興味を引くように「台湾海峡」とか「日米同盟」などの文言が入れられており、何回かやりとりをして信頼関係を構築した上でマルウェアを送るケースも確認されています。中国はいわゆる「産業スパイ」に加え、サイバー攻撃を駆使して先端技術情報窃取を進めているとされ、当局が警戒を強めています。今回は外国の政府機関によるサイバー攻撃を名指しで非難するパブリック・アトリビューションを実施するまでには解析が進んでいないものの、早期の注意喚起が必要と判断して、公表に踏み切ったものです。また、ミラーフェイスとAPT10で同様のマルウェアを使っている例が確認されたことから、トレンドマイクロの担当者は「集団間で人事異動や技術の共有があり、攻撃の主体がAPT10から、より日本への諜報活動に特化した集団に移行したのではないか」とみているといいます。
▼警察庁 MirrorFaceによるサイバー攻撃について(注意喚起)
- 警察庁及び内閣サイバーセキュリティセンターでは、2019年頃から現在に至るまで、日本国内の組織、事業者及び個人に対するサイバー攻撃キャンペーンが、「MirrorFace」(ミラーフェイス)(別名、「Earth Kasha」(アース カシャ))と呼ばれるサイバー攻撃グループによって実行されたと評価しています。
- また、警察庁関東管区警察局サイバー特別捜査部及び警視庁ほか道府県警察による捜査等で判明した、攻撃対象、手口、攻撃インフラ等を分析した結果、「MirrorFace」による攻撃キャンペーンは、主に我が国の安全保障や先端技術に係る情報窃取を目的とした、中国の関与が疑われる組織的なサイバー攻撃であると評価しています。
- この注意喚起は「MirrorFace」によるサイバー攻撃の手口を公表することで、標的となる組織、事業者及び個人に、直面するサイバー空間の脅威を認識してもらうとともに、サイバー攻撃の被害拡大防止及び被害の未然防止のための適切なセキュリティ対策を講じてもらうことを目的としています。
▼MirrorFaceによるサイバー攻撃について(注意喚起)
- 侵入手口
- 攻撃キャンペーン A
- 2019年12月頃から2023年7月頃にかけて把握した、標的となる受信者に対して、マルウェアを含むファイルを添付したメールを送付して受信者が添付ファイルを開くことにより、マルウェアに感染させる手口です。なお、この攻撃キャンペーンによる感染が原因とみられる侵害活動が、2024年5月頃まで継続していた事例を把握しています。
- 標的となった対象は、主に我が国のシンクタンク、政府(退職者含む)、政治家、マスコミに関係する個人や組織です。
- 送信元メールアドレスは、GmAIlやMicrosoft Outlookメールアドレスの使用や、第三者の正規アドレスの悪用(認証情報を窃取し、本人になりすまして送付)した事例を把握しています。
- 送信者名は、受信者が所属する(又は所属していた)組織の元幹部や、受信者が関心のある専門分野の有識者を詐称した事例を多く把握しています。
- メールの件名は、全体的に送付時期の安全保障情勢や国際情勢に関連したものが多く、一例として、「日米同盟」、「台湾海峡」、「ロシア・ウクライナ戦争」、「自由で開かれたインド太平洋」といったキーワードを含むもの、「勉強会案内」、「会合資料」、「委員会名簿」といった受信者の関心を引くもの、送信者(受信者と交流のある人物を詐称)の氏名や名字で「●●●●です。」といったものなど、様々な事例を把握しています。
- また、最初からファイルを添付して送付せず、受信者が興味を引く資料の提供を申し出て、メールのやりとりの中でファイルを添付した事例、受信先組織が主催するセミナーの申込不備を指摘したメールのやりとりでファイルを添付し、受信者が添付ファイルを開くように誘導した事例もありました。
- 添付ファイルは、Microsoft WordやMicrosoft Excelのほか、VHDファイル(仮想ハードディスクイメージ)やISOファイル(光学ディスクイメージ)を使った事例を把握しており、多くは、Microsoft Officeファイルのマクロを有効化することによって、LODEINFOと呼ばれるマルウェアに感染します。
- その後、LilimRATやNOOPDOORと呼ばれる別のマルウェアに感染させた事例や、Windows Sandboxを悪用したマルウェア実行事例を把握しています。
- 攻撃キャンペーン B
- 2023年2月頃から10月頃にかけて、VPN機器(クラウド向け仮想アプライアンスを含む)の脆弱性や、何らかの手段で得た認証情報(クライアント証明書を含む)の悪用により侵入されたとみられる事例のほか、外部公開サーバーのSQLインジェクションの脆弱性を悪用したとみられる事例を把握しています。なお、この攻撃キャンペーンによる侵入が原因とみられる侵害活動が、2024年1月頃や6月頃まで継続していた事例を把握しています。
- 標的となったのは、主に我が国の半導体、製造、情報通信、学術、航空宇宙の各分野です。
- 侵入後のVPN機器に、Neo-reGeorgトンネリングツールや、オープンソースのWebShellが設置された事例を把握しています。
- 侵入後、Active Directoryサーバー(以下「ADサーバー」とします。)への侵害、Microsoft 365への不正アクセス、仮想化サーバーへの不正アクセス及び仮想マシンイメージの取得事例を把握しています。
- また、コンピュータをCobalt Strike BEACON、LODEINFO、NOOPDOORと呼ばれるマルウェアに感染させた事例を把握しています。
- 攻撃キャンペーン C
- 2024年6月頃から、標的となる受信者に対して、ファイルをダウンロードさせるリンクが記載されたメールを送付し、受信者がダウンロードしたZipファイルを展開後に、MicrosoftOffice文書を開いてマクロを有効化すること、また、Microsoft Office 文書に偽装されたリンクファイル(拡張子がlnk)を開くことにより、ANELと呼ばれるマルウェアに感染させる手口を把握しています。
- 標的となったのは、主に我が国の学術、シンクタンク、政治家、メディアに関係する個人や組織です。
- 送信元メールアドレスは、GmAIlやMicrosoft Outlookメールアドレスの使用や、第三者の正規アドレスの悪用(認証情報を窃取し、本人になりすまして送付)を把握しています。
- 送信者名は、マスコミ関係者、受信者が関心のある専門分野の有識者を詐称した者、悪用した正規アドレスの使用者名で送付した事例を把握しています。
- メールの件名は、「取材のご依頼」、「所蔵資料のおすすめ」、「国際情勢と日本外交」といったキーワードを含む事例を把握しています。
- メールの本文は、詐称された送信者が過去に第三者とやりとりしていたメールを何らかの手段で窃取し、一部だけ改変して送付しているとみられるため、違和感がありません。
- また、NOOPDOORと呼ばれるマルウェアに感染させた事例や、Windows Sandboxを悪用したマルウェア実行、Microsoft社が提供するVisual Studio Code (VS Code)の開発トンネル機能(Microsoft dev tunnels)を遠隔操作ツールとして悪用した事例を把握しています。
- 攻撃キャンペーン A
- 悪用されたとみられるネットワーク機器の脆弱性
- Array Networks Array AG 及び vxAG
- CVE-2023-28461
- Fortinet社 FortiOS 及び FortiProxy
- CVE-2023-27997
- Citrix ADC 及び Citrix Gateway
- CVE-2023-3519
- Array Networks Array AG 及び vxAG
- Windows Sandboxの悪用
- Windows Sandboxとは、Windows10Pro 若しくは Enterprise バージョン1903以降、又は Windows11(Windows Home エディションを除く)に標準で含まれているソフトウェアで、実行するPC(ホストコンピュータ)とは別に実行される、一時的な仮想化された Windows デスクトップ環境です。
- 通常は、ホストコンピュータから隔離された環境を一時的に利用するためのものですが、攻撃者は、Windows Sandboxの起動設定を悪用し、永続的かつ密かにホストコンピュータ内に保存したマルウェアをWindows Sandbox内で実行し、C2サーバー(攻撃者の命令に基づいて動作する、マルウェアに感染したコンピュータに指令を送り、制御の中心となるサーバーのこと)と通信させていました。
- この手口は、遅くとも2023年6月頃から使用していたとみられます。この手口では、ホストコンピュータ上のウイルス対策ソフトやEDR等による監視の目を逃れてマルウェアを実行可能で、ホストコンピュータをシャットダウン又は再起動すると、Windows Sandbox内の痕跡が消去されるため、証跡の調査が困難です。
- Windows Sandboxを悪用した手口、痕跡、検知策については、別添資料【Windows Sandboxを悪用した手口及び痕跡・検知策】を参照してください。
- Visual Studio Code(VS Code)の悪用
- Visual Studio Code(VS Code)とは、プログラム開発で利用されることが多い、コードエディタと呼ばれるソフトウェアです。Microsoft 社が無償で提供しており、プラグインなどの豊富な拡張機能も利用可能です。
- 攻撃者は、侵入先 PC へ密かに CLI ツール(コマンドライン・インターフェイス版)のVS Codeをダウンロード及びインストールし、同ソフトウェアの開発トンネル機能(Microsoft dev tunnels)を使用することで、遠隔からのコマンド実行を可能にします。
- 同開発トンネル機能 (Microsoft dev tunnels)が使用する通信先との不審な通信が発生していないか監視・確認してください。
- VS Codeを悪用した手口、痕跡、検知策については、別添資料【VS Codeを悪用した手口及び痕跡・検知策】を参照してください。
- 検知と緩和策
- 標的型メール(受信者向け)
- 普段からの交流相手であってもメールアドレスに注意
- 送信者が所属する組織のメールアドレスや、過去にやりとりした実績のあるメールアドレスから受信したメールであっても、普段と少しでも異なる状況や違和感があれば、添付ファイルを開いたり、リンクをクリックしたりせず、送信者に確認してください。
- 例えば、普段はMicrosoft Officeファイルをそのまま添付するやりとりが多いのに、パスワード付きZipファイルが届く場合、拡張子がVHDやISOといった日頃のやりとりでは見かけない形式のファイルが届く場合や、Google DriveやOneDrive等のリンクからファイルをダウンロードさせようとする場合は、不審と判断して送信者や所属組織のシステム管理者などに確認・相談してください。
- もし、不審な添付ファイルを開いてしまった場合や、ウイルス対策ソフトが検知した場合は、直ちにシステム管理者に連絡・相談してください。
- 安易に「コンテンツの有効化」をクリックしない
- 添付ファイルやダウンロードしたファイルを開いた際に、Microsoft Officeファイルのマクロ「コンテンツの有効化」ボタンをクリックさせるよう誘導される場合がありますが、安易にクリックしないでください。マクロとは、自動的に様々な処理を行うことが可能な便利な機能ですが、受信したファイル内容(論文、申込書、案内など)の表示・閲覧にマクロのような高度な機能が真に必要か検討し、不審と感じたらファイルの提供元に確認してください。
- 普段からの交流相手であってもメールアドレスに注意
- 全般(システム管理者向け)
- 広範囲かつ長期間にわたるログの集中保存・管理
- ログは、侵害の原因と範囲の把握に必要不可欠な情報源です。侵害の原因と範囲が分からなければ、封じ込めや根本的な対策がとれず、内部に脅威が残存するリスクが高まります。また、攻撃者は、侵入先のサーバーや機器のログを消去する可能性がありますので、ログは、可能な限り別のサーバーへ集約して保存するようにしてください。
- ログを集約・分析する仕組みは「SIEM (Security Information and Event Management)」と呼ばれています。中小規模組織で予算に限りがある場合は、米CISAが提供する「Logging Made Easy(LME)」ツールの構築・利用も可能です。
- 広範囲かつ長期間にわたるログの集中保存・管理
- VPN等のネットワーク機器(システム管理者向け)
- ログの監視・確認
- 例えば、職員が国内居住者だけなのに、海外からのログイン履歴がないかといった観点や、通常とUserAgentが異なるログイン履歴がないかといった観点など、「普段と違う、違和感のある」ログがないかという観点でログの監視・確認を行ってください。
- ログ設定の確認
- VPN機器のログにおいて、VPNアクセス元IPアドレスにループバックアドレス(127.0.0.2など)が記録されている事例がありました。不審・不正なVPN接続がないか確認するため、適切にアクセス元IPアドレスが記録されるように設定をしてください。
- アカウントの管理
- 管理者用及び保守用アカウントについては、アクセス元IPアドレスを制限し、事前・事後の使用申請・報告とアクセスログの差異がないか監視・確認してください。
- また、長期間放置された(ログイン実績の無い)アカウントがないか定期的に確認するとともに、不要なユーザアカウントはロックするか、長く複雑なパスワードを設定し、アクセス試行がないか監視してください。
- 内部ネットワークに向けた不審な活動の監視
- VPN機器を送信元とする内部ネットワークでの不審な活動(ADサーバーやファイルサーバへのアクセスなど)がないか監視・確認してください。
- VPN機器に設置されたトンネルやバックドアを経由した通信は、機器のLAN側IPアドレスが送信元になる可能性があります。製品や設定によっては、VPNユーザー個別にIPアドレスを割り当てずに、機器のLAN側IPアドレスが送信元になる可能性がありますので、設定や仕様を確認して、監視に活用可能か検討してください。
- 脆弱性に関する情報収集と適切な対応
- 警察庁や都道府県警察のほか、IPAやJPCERT/CCによる注意喚起、米CISAのKEVカタログなどの情報源を活用し、ネットワーク機器の脆弱性に関する情報収集を行うようにしてください。
- セキュリティベンダーのレポートや、公的機関の注意喚起等で、特に国家を背景とする標的型サイバー攻撃で悪用された可能性があると指摘されている脆弱性を持つ機器を利用している場合、実害を把握できていなくても、ネットワーク機器へのバックドア設置や、検知できていないサーバー・PCへのマルウェア感染が発生している可能性がありますので、パッチの適用やファームウェアの更新を行いつつ、念のため前述したようなログの確認を行い、内部への侵入・侵害が発生していないか確認してください。
- なお、一度でも侵害されてしまった機器は、パッチの適用やファームウェアの更新を行ったとしても、バックドアが削除されない場合や、何らかの脆弱性が残る場合がありますので、機器を交換してください。
- ログの監視・確認
- Windowsの設定・監視(管理者向け)
- 業務に必要の無い機能やソフトウェアの有効・使用状況の確認
- 業務上使用することがなければ、Windows Sandboxの機能を無効にすることを検討してください。また、無効にした場合は、不自然に有効化されていないか確認してください。
- 意図せずにVS Codeがインストールされていないか、もしくは動作していないかを確認してください。また、開発トンネル機能(Microsoft dev tunnels)が使用する通信先との不審な通信が発生していないか監視・確認してください。
- ウイルス対策ソフトの検知状況の監視・確認
- ウイルス対策ソフトが何らかのマルウェアを検知した場合、検知した場所(機器、フォルダ)や、検知名などが、重大性を判断する目安となる場合があります。例えば「C:\Windows\System32」フォルダで検知した場合や、検知名をWeb検索した結果、セキュリティベンダーによって国家背景のサイバー攻撃グループが使うマルウェアとして報告されていた場合などは、深刻な情報窃取が継続していた可能性があります。
- また、ウイルス対策ソフトがマルウェアを検知して駆除したからといって、安全な状態になったとは限りません。検知できていないマルウェアがどこかに潜伏している可能性があります。
- 調査においては、検知したサーバーやPCを起点に、侵入経路や原因、侵害範囲を特定するため、様々なログを統合して時系列を遡りながら調査・分析することがあります。
- 素早いインシデント対応と封じ込めをするために、前述したようなログを長期間にわたって集中管理できる仕組みの導入を推奨します。
- 業務に必要の無い機能やソフトウェアの有効・使用状況の確認
- 標的型メール(受信者向け)
なお、ミラーフェイスによるサイバー攻撃としては、2024年6月に発覚した宇宙航空研究開発機構(JAXA)の情報流出も挙げられます。インターネットに接続した機器の脆弱性や不正入手した認証情報を悪用して内部ネットワークに侵入する手法(VPNの脆弱性を突いてサーバーに侵入する手口で、職員らの200アカウントを盗み、不正アクセスを繰り返していたもの)での攻撃だったといいます。JAXAは2023~24年にかけ複数回のサイバー攻撃を受け、1万以上のファイルが流出した恐れがあるとされます。JAXAと秘密保持契約を結んでいた外部機関の情報も含まれていたとみられています。ミラーフェイスの攻撃の手口で目立つのは従業員が偽メールにだまされ、攻撃される隙が生じた事例で、偽メールは過去にやりとりがあった相手の正規アドレスの不正利用も確認され、タイトルや文面にも不自然な点はなく、即座に偽メールと判別するのは難しいといいます。添付ファイルや記載されたリンクを不用意に開き感染してしまうケースが多くなっています。トレンドマイクロは「標的型メール攻撃が巧妙化する中で、人的ミスを完全になくすことは難しい」と指摘、「侵入される事態を想定して、内部の通信であっても信用せず情報資産へのアクセスを細かく検証する監視体制の構築が重要になる」と強調しています。日本は近年、国家を背景としたサイバー攻撃にさらされており、2020年に発覚した三菱電機へのサイバー攻撃には中国系の別のハッカー集団が関与した疑いがあるほか、DMMビットコインの暗号資産流出事件は北朝鮮系による攻撃であることが判明しています。
台湾の国家安全局は、台湾政府機関に対する2024年のサイバー攻撃が1日平均240万回と、2023年の平均120万回から倍増したとの報告書をまとめています。大半が中国のサイバー部隊による攻撃で、通信、輸送、防衛分野への攻撃が多かったといいます。報告書は「攻撃の多くは効果的に検知・阻止されたが、攻撃の増加は中国のハッキング活動が一段と深刻になっていることを示している」としています。中国は以前からハッキングへの関与を否定していますが、外国政府は中国による攻撃を頻繁に非難、米財務省は、中国のハッカー集団が同省のコンピュータに侵入し、データを盗んだと発表しています。報告書によると、中国のサイバー部隊は、幹線道路や港湾など台湾の重要インフラに侵入するため、持続的標的型攻撃(APT)やバックドアソフトといった技術も利用、「台湾の政府業務を混乱させ、政治・軍事・技術・経済分野で優位に立つことを目指したものだ」としています。中国政府とつながりのあるハッカー集団によるサイバー攻撃に関しては、米通信会社のチャーター・コミュニケーションズやコンソリデーテッド・コミュニケーションズ、ウィンドストリームなども標的にしていたと米紙WSJが報じています。ハッカー集団はネットワークセキュリティ製品を手がけるフォーティネットのパッチが適用されていないデバイスを悪用し、シスコ・システムズの大型ネットワークルーターに侵入、また、ルーメン・テクノロジーズとTモバイルのネットワークに侵入したことも新たに判明したと報じています。中国は一連のサイバー攻撃への関与を否定し、米国が偽りの情報を流していると非難しています。中国系ハッカー集団「ソルト・タイフーン」のサイバー攻撃を巡っては、AT&Tとベライゾンのネットワークに侵入していたことが既に明らかになっており、両社は攻撃を受けたことを認めています。また、こうした問題を受けて、米国土安全保障省傘下のサイバーセキュリティー・インフラストラクチャー・セキュリティー局(CISA)は、政治家や政府高官に対して通常の電話やテキストメッセージ送受信を直ちに取りやめ、エンドツーエンド暗号化(E2EE)通信のみを利用するよう勧告しています。送り手と受け手以外誰も内容を読むことができないE2EE通信の機能は、メタのメッセージアプリ「ワッツアップ」やアップルのiメッセージ、秘匿性の高いアプリ「シグナル」などに組み込まれていますが、そうした機能を備えていない通常の電話やテキストメッセージは、通信企業や法執行部門、場合によっては通信企業のシステムに侵入したハッカーらに読まれてしまうおそれがあります。中国系ハッカー集団「ソルト・タイフーン」は、中国政府の指示を受け、まさにそうした手口で盗聴や情報窃取をしている、というのが米当局の見方です(言うまでもなく、中国政府はスパイ行為を否定しています)。一方、中国のインターネット緊急対応センターは、「企業秘密の窃盗」を目的とした中国テクノロジー企業に対する米国のサイバー攻撃を2024年5月以降2件確認し対応したと発表しています。中国に対するサイバーセキュリティの脅威を防止・検出することを目的とする非政府組織である中国国家コンピューターネットワーク緊急対応技術チーム/調整センター(CNCERT/CC)はウェブサイトに掲載された声明で、先端材料の設計研究部門と、インテリジェントエネルギーやデジタル情報に焦点を当てた大規模なハイテク企業が「米国情報機関の攻撃を受けた疑いがある」と述べています。2件とも大量の企業秘密の窃盗につながったといいます。米国やその同盟国も中国が国家主導で企業秘密を盗む活動を行っていると非難しています。
NTTデータは、サイバーセキュリティに関する最新動向を公表しています。2024年は米大統領選やパリ五輪など、世界の注目を集める大きなイベントに便乗して個人情報を盗み、サイバー攻撃につなげるような手口が目立ったとしてうえで、今後は、攻撃側も防御側も生成AIの活用が進み、技術競争が激化すると予測しています。パリ五輪が開かれた2024年は、ライブ配信などを装い、偽サイトに誘導してIDやパスワードなどの情報を盗んだり、ウイルスに感染させたりするフィッシングの手口が多かったといい、ハッカーは盗んだ情報を足掛かりに企業に攻撃を仕掛けています。企業に対しては、身代金要求型コンピューターウイルス「ランサムウェア」による攻撃が引き続き主流となっていますが、これまではデータを暗号化して、解除を条件に金銭を要求するケースが目立っていたところ、近年はデータは暗号化せずに、企業秘密を公開すると脅す「ノーウェアランサム」という手法も出始めています。進化の目覚ましい生成AIが悪用された事例も起きており、本コラムでも取り上げましたが、米大統領選を巡り、2024年1月には米ニューハンプシャー州で、再選を目指していた民主党のバイデン大統領に似せた声で、共和党の予備選挙を妨害する内容の偽電話が横行、著名人が亡くなった直後に伝記が発売される例も相次ぎましだ。音声や文章は生成AIで作られ、事実でないものが含まれています。生成AIの脅威は国の安全保障にも直結しており、同社は「北朝鮮のIT技術者が外貨獲得のために各国に派遣されている」と指摘、生成AIを悪用して履歴書用の偽写真を作成し、米国に住む実在の人物になりすましてIT企業に採用されたケースのほか、北朝鮮は大学や工作機関で技術者を養成、サイバー攻撃や機密情報の収集、暗号資産の窃取などを任務としており、日本でも、北朝鮮のIT技術者が中国企業などと偽ってアプリ開発に関わることもあり、ここで獲得した外貨がミサイル開発などに使われていると指摘しています。サイバー攻撃には、情報収集や脆弱性の発見、ネットワークへの侵入や情報の不正送信など、さまざまな手順がありますが、生成AIによって、人の作業よりも早いスピードで24時間休みなく、攻撃が仕掛けられるようになりつつあるといいます。一方で、同社は「偽情報の特定や検出に使用できる技術も開発されており、2025年以降の普及が期待される」とも説明しています。生成AIの開発大手は倫理規定を設け、犯罪などに悪用されないように対策、さらにカメラメーカーなどがデジタル画像の作成元や編集履歴を追跡できる技術の標準化にも取り組んでいるといいます。
2024年のランサムウェア攻撃被害の特徴は、感染した直接的な被害組織だけでなく、サプライチェーン(供給網)を通じて顧客組織においても業務遅延が発生していることが挙げられます。例えば、2024年5月にランサムウェアに感染した情報処理・印刷業企業の場合、多くの自治体から納税通知書、企業・金融機関から利用明細書などの印刷・発送を請け負っており、感染被害でサービスの提供に支障が生じ、顧客組織でも業務が遅延しました。しかも厄介なことに、委託業務完了後、顧客から預かった情報は削除する約束だったにもかかわらず順守されていなかった結果、たまった委託元の情報が約150万件も攻撃者に盗まれる結果を招きました。2024年9月の通販物流企業における被害事例でも、顧客企業の出荷遅延と最大で150社の個人情報窃取という二重の被害となりました。なお、同社では感染から2カ月後の11月、システムの入れ替えやサイバーセキュリティ対策などの費用として、2025年2月期連結決算に5億7800万円もの特別損失を計上しています。残念ながら、世界的傾向として、サイバーセキュリティ対策の遅れている中小企業が狙われる傾向にあります。警察庁の調べでは、ランサムウェア被害組織のうち中小企業が64%を占めており、中小企業は数日でも業務停止すれば、最悪、倒産しかねないリスクを孕んでいます。実際に日本でも社員数が数十人規模の物流会社が、感染後に業務が5日停止、顧客離れが進み、1年ほど後に倒産した例もあります。一方、サポート詐欺では、ウェブサイトを閲覧中に「ウイルスに感染しているため、〇〇の電話番号まで連絡してください」との虚偽の警告を表示させ、警告音を鳴らして、不安を煽るケースもあります。このような画面や音を見聞きし動転した被害者に電話をかけさせ、ウイルス除去ソフトと称するものをダウンロードさせ、サービス料と騙り、不正に金銭を奪う手口です。サポート詐欺は企業と個人の両方が標的となり、トレンドマイクロによると、被害者の7割が60代以上となっています。組織の場合、被害額がより高額になり、2024年2月、ある商工会の職員がサポート詐欺にあい、電話に応対したマイクロソフト社の社員を名乗る男から指示されるまま、ウイルス除去ソフトなるものをダウンロード、実はそれは遠隔操作ウイルスで、作業後、この職員はインターネットバンキングのパスワードを聞かれ、教えてしまったため、その日の夜、パソコンが遠隔操作され、計1000万円が不正送金されるという事例も発生しています。2025年に向け懸念されるのは、NTTの指摘同様、AIや生成AIを攻撃者が悪用し、より安価かつ巧妙にサイバー攻撃を仕掛けてくることです。前述したとおり、日本でも2024年5月、ITのバックグラウンドがない20代の若者が生成AIを使い、ランサムウェアを作成した容疑で逮捕されていますが、わずか6時間で作れたといいます。サポート詐欺などのサイバー犯罪でも、AIが悪用される例が増えていくことが想定されます。AIに対抗するには、防御でもAIを活用するしかないといえます。英通信事業者「O2」は、AIで作った老婦人が詐欺師の電話に自動応対して通話を引き延ばし、詐欺師を疲弊させるサービスを発表しています。このようにAIを用いて防御の自動化を進める製品・サービスが増えているのも今後の流れといえます。
AIや生成AIを悪用したサイバー攻撃への対応として、日米両政府は2025年度にも共同研究を始めるとのことです。総務省系研究機関がワシントンに拠点を新設し、米国が先行する防御技術と日本が持つ非英語圏で特有な攻撃のデータを組み合わせ、生成AIで急増する懸念がある多言語の攻撃リスクに対処するとしています。研究拠点は総務省が所管する情報通信研究機構(NICT)が設け、NICTから研究者を派遣し、米政府の予算で研究開発する非営利団体マイターなどと協力するものです。サイバー防御技術に関する米国の最先端の知見を日本のDXに活用することも想定しています。米国側のサイバー防御研究は主に英語圏での攻撃が対象で、非英語圏での攻撃データは少なく、生成AIによる翻訳技術の向上で、これまで非英語圏で使われていた攻撃手法が米国に向けられる恐れが高まっているのを踏まえ、日本が蓄積してきた非英語圏での攻撃に関するデータを活用するというものです。米国はAIを悪用したサイバー攻撃が国家安全保障上のリスクに匹敵する影響があるとの認識を持ち、中国への警戒感があり、アジア圏でのサイバー攻撃対処の協力相手として日本を中核に位置づけ、共同研究の拡大に前向きといいます。生成AIによる技術革新でマルウエア(悪意のあるプログラム)や巧妙な詐欺メールを個人でも簡単に作れるようになりました。イスラエルのセキュリティ大手チェック・ポイント・ソフトウェア・テクノロジーズによると、企業などが受けるサイバー攻撃件数は2024年7~9月に世界平均で前年同期比75%増えたといいます。日本でのサイバー犯罪件数も増加傾向にあり、原因として指摘されるのがAIの存在です。トレンドマイクロは2024年9月に警察庁が公表した報告書をもとに生成AIがサイバー攻撃能力を向上させていると警鐘を鳴らしています。
AIや生成AI以外のサイバー攻撃への対応における課題を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 情報セキュリティの米パロアルト・ネットワークスは、組織のランサムウェアへの対応に関する調査結果を発表、10%が「支払いはやむを得ない」と回答したといいます。支払うべきでないとしたのは3割で、半数は状況次第と回答しています。事業継続を脅かすサイバー被害が相次ぐなか、経営陣は対応に苦慮していますが、過去にサイバー被害を受けた経験別で分析すると、被害を受けていない組織は「やむを得ない」と「その状況にならないと分からない」の合計が41%でしたが、被害を受けた企業は計66%に上っています。事業停止や重要情報の漏洩といったダメージを受けると、身代金の支払いを選択肢として考える責任者が多くなる傾向が分かったといいます。同社は「近年はシステムを暗号化せず、盗んだデータを公開すると脅す手口も多い。バックアップだけでは被害を回避できない」と指摘しています。過去の事例をみると、攻撃者に身代金を払っても復旧などの約束が果たされたのは68%で、3割近くは払い損になるといい、「支払いの是非の相談を受けることも増えてきたが、まずは被害を防ぐ適切な対策に注力すべきだ」としています。筆者も支払うことには否定的であり、事前にある程度判断基準を設けておく必要があるとも考えますが、まずが被害を防止するために「やるべきことをやっておく」ことが重要であるとの意見にはまったく同意します。
- 電気や交通などの社会インフラを手掛ける企業でサイバーセキュリティを担う人材の不足が深刻になっています。日本経済新聞の調査では、セキュリティに関連した業務に就く人の6割が人手不足を訴えているといいます。また、過去のシステムの内容がうまく引き継がれず、設備更新時などに障害が起きるケースもあるといい、過去10年で障害が「大幅に増えた」「増えた」と答えたのは合計24%で、「大幅に減った」「減った」の合計13%を上回りました増加した障害の原因で最も多かったのは「設備の設定変更や更新の失敗」(36%)だといいます。背景にある課題としては、IT設備やOT設備の更新などのための「人員不足」との回答が36%、「予算不足」が24%にのぼり、専門人材の不足で技能や知見が承継されず、「老朽化した設備を適切に扱える人がいない」「人為的なミスが増えた」とのコメントがあったといいます。
- 電気や交通などのインフラ企業では、セキュリティ規制への対応に苦心している状況もあります。日本経済新聞の調査によれば、経済安全保障推進法の規制対象である基幹インフラ企業で働く人の6割は、供給網の管理の規制対応が十分ではないと回答、サイバー安保の規制強化が進むなか、専門人材の不足も足かせとなっている実態があります。規制強化は世界で広がっており、EUの「改正ネットワークおよび情報システム指令(NIS2)」ではサイバー攻撃などを受けた場合に24時間以内の当局への報告を義務付け、違反した場合は最大で世界売上高の2%という莫大な罰金を科す内容となっています。サプライチェーンの管理はサイバー攻撃に利用される脆弱性や不正な変更が紛れ込むのを防ぐうえで要となりますが、調査では規制対応のための専門人材や予算が足りないとの回答も目立っています。報道でインフラのセキュリティ対策に詳しい立命館大学の上原哲太郎教授は「IT機器の管理をシステムインテグレーター(SIer)に丸投げしてきた企業も多く、技術者の育成が進んでいない」と指摘していますが、こちらも極めて深刻な課題といえます。
- 企業のシステムなどにひも付く「マシンID」が、サイバー攻撃に悪用される懸念が強まっているとの報道もありました(2025年1月12日付日本経済新聞)。イスラエルのセキュリティ企業サイバーアークによると、マシンIDの数は平均で社員のIDの45倍に達し、AIの普及によりさらに増える見込みで、「IDの管理を怠ればサイバー攻撃のリスクが跳ね上がる」と指摘しています。また、「問題は多数のIDがセキュリティ担当者の管理下にないことだ。マシンIDは現場の開発者が作ったり、プログラムが自動で作ったりする。多くの会社で担当者はマシンIDの数を把握することすらできていない」、「一度マシンIDのパスワードが盗まれれば、攻撃者に悪用され続ける恐れがある」、「2年前に発生した米ウーバーテクノロジーズの事件では、人間のIDを乗っ取って侵入した後、社内の重要なデータにアクセスできるマシンIDを乗っ取ったことで、大量の情報漏洩につながったとみられる。マシンIDを悪用する典型的な攻撃のパターンだ」といった指摘がなされており、これも深刻な課題だといえます。
2021年以降、国内約40の企業や団体が運営するオンラインショップ(ECサイト)が不正アクセスを受け、顧客の個人情報が大量に流出していた疑いがあることが判明しています。クレジットカード情報などの流出が数年間にわたって続いていた可能性があるといいます。警察庁が2024年に調査して発覚したものです。不正アクセスを受けたことが判明したのは、20都道府県にある約40の企業や団体のECサイトで、全国でカフェを展開する「タリーズコーヒージャパン」や全国漁業協同組合連合会(JF全漁連)のECサイトなどが含まれるといいます。2021年以降、不正なプログラムによって、顧客のカード番号などの個人情報が流出した可能性があるといいます。この不正なプログラムは顧客を装って、企業・団体側に送られた注文フォームに仕組まれ、顧客の個人情報は通常、サイト上に保存されない仕組みになっているところ、不正プログラムによって個人情報がサイトに残ったままになり、犯罪者側が仕掛けた侵入経路「バックドア」から盗み出されたというものです。警察庁などは、国外の犯行グループが関与している可能性があるとみて、不正指令電磁的記録供用容疑などを視野に、不正アクセスをした側のIPアドレスを調べるなどして捜査を進めているといいます。企業・団体が受けたプログラム書き換えの被害は「ウェブスキミング」と呼ばれ、攻撃者がサイトを不正に操作し、利用者が入力するカード情報などを転送するようプログラムを書き換えるもので、買い物は問題なくできるため、利用者や運営者が被害に気付くのは難しく、被害が長期間に及ぶ可能性が高いといいます。トレンドマイクロが調査したところ、タリーズや全漁連を含む複数のECサイトに不正に埋め込まれていた文字列には共通性があり、中国で出回っているものと特徴が一致したといい、「3、4年前に改ざんされて直近で表面化した報告が複数ある。ECサイトの管理者は改めて総点検することをおすすめする」としています。
政府が2025年2月に通常国会提出をめざす生成AIに関する法案について、AI規制のあり方を議論する「AI制度研究会」で中間とりまとめ案が公表されました。著しい人権侵害など悪質な事例を国が調査で確認した場合、事業者名を公表する方向で検討、一方、刑事罰など法律上の罰則を設けることは見送る方向です。公表により実効性を担保する一方、過度な規制がAIの発展を妨げないよう配慮する狙いだといいます。差別を助長する偽情報を流して人権を侵害する悪質事案や重要なインフラにおける導入実態などについて国が調査・情報収集し、事業者や国民に指導や助言、情報提供をすると定める方針で、AIを開発・活用する事業者には政府の施策に協力しなければならないとする責務を規定するといいます。事業者名の公表は、AIによる著しい人権侵害などが国の調査で確認できた場合を想定、国が指導に乗り出しても事業者側が従わない場合も公表を検討するほか、悪質性から公表には至らないと国が判断した場合でも、国民に対して同様のAIの利用に関して注意喚起をするとしています。AIを開発したりサービスを展開したりする事業者には海外企業も多く、個人も想定されるため、事業者名の公表で実効性が確保できるかは今後、議論になる可能性があります。また、とりまとめ案は、人命や社会の安全に重大な問題を生じさせるリスクを指摘しつつ、「AIは国の発展に大きく寄与する可能性がある」などとして、「リスク対応とイノベーション促進の両立」を基本的な考え方に据え、リスクとしてサイバー攻撃に悪用される事例や「ディープフェイク」の作成、偽・誤情報の拡散などを列挙、安全性の向上を促す施策として第三者による認証制度の活用も提案しています。政府の司令塔機能の強化を求め、安全・安心な研究開発や利活用、安全保障リスクへの対応を盛り込んだAI戦略を策定すべきだと提起しています。さらに、国際競争力を強化する観点からも政府が積極的にAIを活用すべきだと強調、政府調達のガイドラインを整備すれば、民間事業者の参考にもなるとしています。ChatGPTなどの生成AIサービスの普及を背景に、世界各国ではAI規制の整備が急速に進んでいます。未知の新技術は社会を揺るがす深刻なリスクが懸念されることから、高度なAIの開発企業に対し、安全評価やリスク情報の政府との共有などを義務づける動きがあり、EUでは2024年5月にAI法が成立、AIサービスをリスクごとに4分類し、リスクが高いほど厳しい制限をかけるとし、一方で、生成AIの開発企業に対する義務も別途定め、社会に重大な影響を及ぼすリスクのあるAIモデルの提供者には、安全性テストやリスク評価の実施、重大インシデントの報告などを義務づけています。中国では2024年8月に「生成AIサービス管理暫定弁法」が施行され、社会への影響が大きなモデルの提供には、安全性評価の実施義務を課すとしています。米国も、安全保障や国民に深刻なリスクとなりうるAIは、開発段階から安全性テストを実施し、結果を提示するよう義務づけることを、2024年10月にバイデン大統領が大統領令に署名しています。ただし、トランプ次期米大統領は規制より技術革新を重視してAIに関する大統領令を廃止する意向を示しており、先行きは見通せない状況です。
▼内閣府 AI戦略会議(第12回)・AI制度研究会(第6回)※合同開催
▼資料1 AI戦略会議 AI制度研究会 中間とりまとめ(案)
- 近年の AI の発展
- AIの分類にあたっては、様々な方法が考えられるが、例えば、特化型AIと汎用型AIに分類できる。特化型AIは、音声認識、画像認識、自動運転等の特定のタスクを処理することに特化したAIである。汎用型AIは、特化型AIよりも大量のデータで学習され、高い汎用性を示し、様々なタスクを処理できるAIであり、近年、その可能性から大きな注目を集めている生成AIは一般的に汎用型AIに属される。汎用型AIは、一般的に、学習データやモデルのパラメータ数が多くなれば性能が向上すると考えられていたが、最近では学習データ等の規模によらず性能が高いものも登場している。将来的には、様々なタスクを人間と同等のレベルで実現できる能力を持つAGI(Artificial General Intelligence)が登場するという意見もある。このように、AIの技術は近年目覚ましい発展を遂げている。なお、「AI」、「事業者」等AIに関する用語の定義については、国際的にも議論がなされており、今後も変化すると考えられることから、これらの議論も踏まえ検討することが重要である
- イノベーションの促進
- 研究開発への支援
- AIの研究開発には大量の学習データやこれを取り扱うことのできる大規模な情報処理、情報通信、データ保管等の施設や設備が必要となる。スタートアップ企業を含め、多様な主体がこのような施設や設備を活用することによりイノベーション促進が図られるようにする観点から、政府による整備を進めることが重要である。また、研究開発を行う人材については、国際的に獲得競争が激化していることもあり、我が国におけるAI人材の不足は深刻化しており、人材育成も積極的に推進していくことが重要である。
- 政府等では、既に質の高い日本語データ等を整備・拡充し我が国企業等に適切な形で提供する取組を行うとともに、データセンターの整備や、電力の確保に向けた検討のほか、AI半導体の支援を進めている。また、次世代AI人材育成プログラムといった人材育成事業も実施している。引き続き、様々な側面から研究開発支援を実施すべきである。
- 加えて、例えば大規模言語モデルの開発に関する基礎的な研究開発においてブレイクスルーがあったことによって、生成AIが開発され、急速な活用の拡大につながったことに見られるように、AIは、基礎研究と活用の拡大が密接な関連性を有しており、基礎研究の振興への配慮が必要である。
- 現在、国立研究開発法人理化学研究所ではAI基盤モデルを科学研究に活用するAI for Scienceの研究に取り組んでおり、科学研究の手法や研究そのものに大きな変革をもたらす可能性がある。また、2024年4月には米国アルゴンヌ国立研究所とAIforScienceで連携することが日米首脳共同声明に盛り込まれ、国際的な連携も行われている。このような他分野の発展に寄与する研究開発の活動を継続して取り組む事が重要である。
- 事業者による利用
- 我が国の競争力を向上させるためには、研究開発の支援だけではなく、AI技術が広く社会実装され、国内事業者にて利用されることが重要である。例えば、政府の研究機関や大学等の研究成果を社会還元・技術移転する取組を推進することが、事業者による新たなビジネス参入や各業界の活性化となり得ると考えられる。
- また、我が国においては、事業者自らがAIシステムを開発し、AIサービスを消費者等に提供するケースがよく見られるが、今後、他社が開発したAIシステムを利用し、AIサービスを消費者等に提供する事業者が少なからず増えると考えられるところ、そのような事業者が円滑に国内外にAIサービスを提供できる環境を政府が整備することも重要である。具体的には、市場を広げるために安全性の高いAIシステムを普及させるべく、後述する、国際整合性の確保や安全性評価や認証の実施が有効である。例えば、認証を取得した者に対するインセンティブを付与し、認証取得事業者の数を増やすことで、多くの国民がより安心してAIを利用することができ、市場が拡大し、イノベーションが促進されると考えられる。また、国内事業者によるAI市場への新規参入を促すため、事業者がAIの基礎知識等を学べる環境を整備することも重要である。
- また、ロボット、医療、防災等の分野におけるAIの活用や、アジア諸国との連携など国際連携・国際貢献も重視していくべきである。
- 法令の適用とソフトローの活
- AIのもたらし得るリスクについては、例えば、図3(省略)のようなものが存在しており、リスクに対しては既存の法令で一定の対応がなされていることを前提に、更なる制度の検討を行う必要がある。
- リスクへの対応にあたっては、法令による対応とガイドライン等のソフトローによる対応がある。
- 我が国では、現時点においては、AIに起因するリスクや問題の対処にあたって、各分野の所管府省庁が法令やソフトローにより対応しているところである。例えば、2023年6月には、個人情報保護委員会が個人情報取扱事業者や行政機関等に対し、生成AIサービスの利用に際しての個人情報の取扱いに関する注意点を示しつつ、個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57号)に従って、個人情報を適正に取り扱うよう注意喚起を行った。また、2024年3月、文化庁の文化審議会著作権分科会法制度小委員会は、生成AIが膨大なデータを学習し、コンテンツを生成する際に著作権の侵害が生じるのではないかという懸念に対し、AIと現行の著作権法の関係についての解釈に当たっての一定の考え方を示したほか、2024年5月には、内閣府のAI時代の知的財産権検討会が、AIと知的財産権等との関係について、法的ルールの考え方の整理とともに、AI技術の進歩と知的財産権の適切な保護が両立するエコシステムの実現に向けて、法・技術・契約の手段の組合せにより各主体が対応する必要性について、考え方を示した。その他、冒頭で述べたとおり、2024年4月には総務省及び経済産業省が「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」を公表し、法の支配、人権、民主主義、多様性及び公平公正な社会を尊重するようAIシステム・サービスを開発・提供・利用すべきである旨等を示している。
- 法令に基づく罰則がある場合には、公的機関が何かしらの強制力を発動することが可能であり、規律の実効性の確保が得られやすいという利点がある一方で、規制を行った分野の発展を阻害する可能性があるほか、国民の権利利益に影響を及ぼす規制が明確である必要があることに鑑み、その範囲を検討するには一定の時間を要するため、柔軟性に欠けるといった欠点がある。その他、規制を伴わない法令であっても、法令に事業者の義務や責務が明記されること自体によって国内外の事業者に対し規律を働かせ、一定の実効性を確保することが可能である。
- 他方、ガイドライン等のソフトローには、国際情勢や最新技術の動向に合わせた迅速かつ柔軟な対応が可能であり、イノベーションに与える負の影響が少ないという利点がある。一方で、ソフトローでは事業者等の自主的な対応に頼らざるを得ない可能性がある。
- 一般的に、我が国の企業等は法令順守の意識が高いとされており、新たな規制が制定された場合、当該規制の遵守を意識するあまり、新たな研究開発やサービスの開発・展開を必要以上に躊躇する可能性がある。技術の発展やサービスの変化が急速なAIの分野において、過度な規制により研究開発やサービスの開発・展開を抑制させてしまうことは、将来にわたって我が国の国際競争力を損なう危険性をはらむものである。そのため、新たな制度を検討・導入するにあたってはイノベーションに与える影響を十分に留意する必要がある。
- 上記の観点から、イノベーション促進とリスクへの対応の両立を確保するため、法令とガイドライン等のソフトローを適切に組み合わせ、基本的には、事業者の自主性を尊重し、法令による規制は事業者の自主的な努力による対応が期待できないものに限定して対応していくべきである。
- また、既存の個別の法令の存在する領域においては、AIが各領域で様々な用途で利用され始めており、権利利益の保護の必要性が生じる場面もAIの用途に応じて異なることから、まずは当該法令の枠組みを活用しつつ対応すべきである。その上で、そのような領域以外に関して新たな制度を創設する場合も含め、仮に法律上の規制による対応を行う場合には、事業者の活動にもたらす影響の大きさを考慮しつつ、(3)で後述するAIのもたらすリスクを踏まえた上で、真に守る必要のある権利利益を保護するために必要な適用内容とすべきである。その際、政府と事業者との役割分担を意識した上で、何が規制の対象となり、事業者の活動はどこまで許容されているのかといった線引きを明確化することが重要である。また、「規制はその目的を達成するために、特定の種類の技術の使用を強制したり、優遇したりすべきではない」という規制の技術中立性の原則も踏まえた検討も重要である。なお、AIの安全性に関する正当な研究を行うために不適切なAIを試作するケース等における規制の適用については、その要否も含め検討を行う必要がある。
- また、広く事業者一般を対象とする制度を検討する際には、スタートアップ企業も含め、どのような規模の事業者であっても対応可能なものとなるよう、制度への対応に伴う事業者の負担を考慮する必要がある
- リスクへの対応
- リスクへの対応にあたっては、AI関係者が守るべき共通的な内容を明確にするとともに、AIを特定の領域において利用する際の個別の基準を設け、対応することが有効である。
- 現時点においては、国際的な枠組みとして広島AIプロセスにおける高度なAIシステムに関する国際指針・国際行動規範、OECD「AIに関する理事会勧告」(OECD AI原則)等が存在しており、これらを踏まえた国内向けの規範として、様々な事業活動においてAIの開発・提供・利用を担う全ての者を対象とした「AI事業者ガイドライン」が公表されている等、広く一般に守るべき事項は形成されている。イノベーション促進との両立を確保しつつ、より適切にリスクに対応するためには、「AI事業者ガイドライン」を技術の進展等に合わせて内容を更新していくとともに、各主体が適切に遵守するように、普及啓発等を進めつつ、必要に応じて対応することが重要である。適切なリスクへの対応のためには、ガイドラインに沿って開発者、提供者等の各主体の役割を明らかにしたうえで、責任を明確化する必要がある。同時に、開発者と提供者、提供者と利用者といった各関係者の間で、必要な情報共有を行い、密に連携していく必要がある。
- AIを特定の領域に利用する場合は、目的、利用方法等を考慮し個別に対応することが重要である。例えば、国民生活や経済活動の基盤となるインフラやサービス等(以下「基盤サービス等」という。)や製品安全に関するAIについては、各業所管府省庁により既存法等を中心とした対応がなされる。
- このほかにも、AIの急速な発展に伴い今後新たに顕在化するリスクについても各分野の内容に応じて適切に対応する必要がある。特に、人の生命、身体、財産といった人間の基本的な権利利益や社会の安全、我が国の安全保障に対して実際に重大な問題を生じさせる、あるいは生じさせる可能性の高いAIに対しては、そのリスクの内容や当該リスクの社会的な影響の重大性に応じて規律の必要性の有無を検討すべきである。
- そのためには、政府と事業者とで連携をしつつ実際に起きている事例等を踏まえ、AIのモデルや用途が様々存在する中で、開発、提供、利用といったAIのライフサイクルの各場面において顕在化する可能性のあるリスクとは、いかなる種類のAIモデルのどのような性質に起因するリスクであって、誰にどのような影響を与えるものかといった要素を分析する必要がある。その前提として、まずはAIの開発、利用等に関する実態を調査・分析し、社会全体で認識を共有した上で必要な対応を適時適切に行うことが重要である。例えば、不適切なAIによる求職者の選別やAIによる消費者の混乱に対する懸念があり、政府は実態の把握に努めるとともに必要な対策を検討することも重要である。また、政府による実態の把握のため、各主体に協力の要請を行う際は、広島AIプロセス等でも確認された、法の支配、適正手続き、民主的責任行政などの基本原理を遵守すべきであり、政府の恣意的権限行使を抑止し、事業者等の予見可能性低下や委縮効果を生じさせないよう対応する必要がある。
- なお、諸外国においては学習の計算量といったAIの規模や利用者数により規制等を設けているが、規模に依存しない高性能なAIが開発されていること等を踏まえ、どのような要素を考慮すべきか検討が必要である。
- AIガバナンスの形成
- AIガバナンスについては多国間の枠組において活発な議論がなされている。
- G7においては、2023年5月、G7広島サミットを受け、生成AIに関する国際的なルール検討のため「広島AIプロセス」を立ち上げ、同年12月には、「全てのAI関係者向けの広島プロセス国際指針」や「高度なAIシステムを開発する組織向けの広島プロセス国際行動規範」を含む「広島AIプロセス包括的政策枠組み」がG7首脳により承認された。その後、我が国は、安全、安心で信頼できるAIの実現に向け、様々な国際会議等の場において、広島AIプロセスで掲げた精神を発信している。また、G7を超えたアウトリーチとして、2024年5月には、当該精神に賛同する49の国・地域の賛同を得て、「広島AIプロセス・フレンズグループ」を立ち上げ、支持の拡大を図っている。国際的なAIガバナンスの形成は、今後のAIの発展の方向性を定めるものであり、国益にも資するため、様々な国際会議等において、引き続き、広島AIプロセスの考え方に基づき、議論をリードしていくべきである。また、我が国が各国のモデルとなるようなAI制度を構築し、世界に向けて発信していくべきである。
- その他、国連においては、2024年9月に未来サミットの成果文書の附属文書として「グローバル・デジタル・コンパクト」が採択され、AIのリスクや機会の評価を通じた科学的理解を促進するためのAIに関する国際科学パネルの設置や、各国政府及び関連するステークホルダーが参加するAIガバナンスに関するグローバル対話の開始等が盛り込まれたほか、欧州評議会において「AIと人権、民主主義及び法の支配に関する欧州評議会枠組条約」(仮称)が成立し、現在、米国、英国等の10か国に加え、EUが署名している状況である。OECDにおいては、2019年に公表した、包摂的な成長、持続可能な開発及び幸福、人間中心の価値観及び公平性等からなるAI原則を、急速な発展を遂げる生成AIによる偽・誤情報のリスク等に対応させるため、2024年5月に改定したところである。人間中心の考え方に立ち、「責任あるAI」の開発・利用を実現するため設立された国際的な官民連携組織であるGPAI(Global Partnership on Artificial Intelligence)においては、2022年11月、人間中心の価値に基づくAIの活用促進、AIの違法かつ無責任な使用への反対、持続可能で強靱かつ平和な社会への貢献等について各国で合意したほか、2024年7月にアジア地域初のGPAI専門家支援センターが東京に設置され、広島AIプロセスが推進する生成AIに関するプロジェクト等を支援している。このほかにも、国際的に様々な議論がなされているところ、AIに係る制度・施策の実施にあたっては、これら国際的な枠組等において合意あるいは認められた取決や考え方を踏まえ対応すべきである
- 国際整合性・相互運用性の確保
- 我が国の国民はインターネットを通じて様々な国の事業者等のAIサービスを利用することができ、また、我が国のAIサービスは世界各国の人々が利用することができる。このような状況において、満たすべき安全性等に係る国際的な規範と我が国において適用される規範の相互運用性が確保されている場合、我が国の事業者が円滑に海外市場に進出できるほか、我が国の国民が全世界のAIサービスにアクセスすることが可能となるため、国際整合性・相互運用性の確保は重要である。
- このため、広島AIプロセスの重要性はもちろんのこと、ISO、IEC等における国際規格を定める標準化活動は、将来の世界的な市場や事業活動の発展にとって重要であり、幅広い関係者による議論を行い長期的な視野を持ち、積極的に進めていく必要がある。
- AIの安全性に関する評価手法や基準の検討・推進を行うための機関であるAISI(AIセーフティ・インスティテュート)は、国内外のAI安全性の知見のハブとして、国内外の関係機関とのネットワークの構築のほか、安全性評価のためのガイダンスの作成等を進めている。2023年11月に英国にて開催されたAI安全性サミットを契機に、AIの安全性に係る技術的な側面からのガバナンスに関する議論が進み、2024年2月、英国、米国に続く形で、我が国においてもAISIが設置されたところ、上記の国際整合性・相互運用性の確保のため、AISIによる取組を進めていくことが重要である
- 政府の司令塔機能の強化、戦略の策定
- AIは、利用分野や用途の広がり、汎用型AIの登場等により、研究開発から活用に至るまでの期間が短い場合も存在し、その間の各段階における取組がほぼ同時並行的に行われ得るものである。このため、研究開発から活用に至るまでに介在する多様な主体や過程における取組が互いに密接に関連し、一体的・横断的に行われる必要があり、研究開発から経済社会における活用までの一体的な施策を推進する政府の司令塔機能を強化すべきである。
- AIは、政府・自治体での活用を含め、国民生活の向上のための様々な場面での利用だけでなく、犯罪への悪用の懸念もあるほか、デュアルユース技術の側面も持つため、司令塔機能の強化に際しては、広く関係府省庁が参加する政策推進体制を整備する必要がある。
- また、総合的な施策の推進にあたっては、司令塔が戦略あるいは基本計画(以下「戦略」という。)を策定する必要がある。AIについては、安全・安心の確保がAIの活用の促進、イノベーションの促進、安全保障リスクへの対応、犯罪防止等にとって重要であることから、AIの安全・安心な研究開発、活用の促進等に資する戦略とすべきである。国際的な協調を図りつつ、イノベーションの促進とリスクへの対応の両立を図るために政府全体で取り組むことが必要となる施策を当該戦略に盛り込むべきである。
- 上記については、AIの司令塔機能の強化や、司令塔による関係行政機関に対し協力を求めることができる等の権限を明確化するため、法定化すべきである。
- AIライフサイクル全体を通じた透明性と適正性の確保
- AIの研究開発から活用に至るまでには、例えば、モデル構築のため膨大な量の学習データを使用し、その後、チューニング等を経て、開発者から提供者にAIシステムが渡り、その後、提供者がさらに追加学習をしたうえで、利用者にAIサービスを提供する場合、開発者が開発したAIシステムと提供者が利用者にAIサービスを提供する際のAIシステムとではその能力は変化し、リスク評価の結果も変化している可能性がある。利用者の側では必ずしも開発時点でのリスクへの対応について把握することができない中で、リスクに対応するにあたっては、このようなリスクに係る必要な情報を関係者に適切に共有しなければ、誤った認識でAIシステムを提供者が利用者に提供し、あるいは利用者が不適正にAIサービスを利用し、リスクが顕在化する可能性がある。
- このため、AIの安全・安心な研究開発や活用には、開発者-提供者間、提供者-利用者間において必要な情報を共有する透明性を確保すべきである。他方で、かかる透明性の確保のための措置が事業者の事業運営に過度な負担や広汎すぎる情報開示とならないようにするため、また、研究開発段階においては未だ実際の利用に供されていないこと、及び研究開発に関する情報は企業の機密にかかわることが多いことから、情報の共有は真に必要な範囲に留めることが重要である。
- 適正性に関しては、広島AIプロセスで合意された「全てのAI関係者向けの広島プロセス国際指針」において、高度なAIシステムの開発時、市場投入前後におけるリスクやインシデントの特定と対応、信頼でき責任ある利用の促進等をAI関係者に求めたほか、各国のAISI、ISO等においても様々な議論がなされており、適正な研究開発や活用を進めていく必要がある。
- 適正性の確保にあたっては、広島AIプロセス等の国際的な規範の趣旨を踏まえた指針を政府が整備等し、事業者に対し各種規範等に対する自主的な対応を促していくことが適当である。
- また、透明性の確保を含む適正性の確保については、調査等により政府が事業者の状況等を把握し、その結果を踏まえて既存の法令等に基づく対応を含む必要なサポートを講じるべきである。政府による事業者の状況等の把握や必要なサポートについては、事業者の協力なしでは成り立たないため、国内外の事業者による情報提供等の協力を求められるように、法制度による対応が適当である。
- その他、透明性や適正性確保のため、電子透かしや来歴証明等による技術的な対応も重要である。関連して、2024年9月には、総務省のデジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会において、偽・誤情報等について、AIが生成した情報であるか否かを判断する技術や、情報コンテンツ、その発信者の信頼性等を確保する技術等の研究開発や社会実装を進めていくことが重要であるとし、政府に対する具体的な方策を提言している。
- 国内外の組織が実践する安全性評価と認証に関する戦略的な促進
- AIの安全・安心な活用の促進にあたっては、安全性評価や認証制度の実施も1つの有効な手段である。安全性の評価や認証制度は、AIシステムに関する評価・認証と、AIを利用する組織のガバナンス等に関する評価・認証とに大別される。
- AIシステムの安全性の評価について、リスクを理解するAIの開発者、提供者や利用者は、組織内外の専門家チームや評価用のツールなどを使って、基本的には自らリスク評価を行い、対処していくべきである。将来的に有用な第三者認証が確立されるならば、AI開発者や提供者がかかる第三者認証を取得することにより、一般国民を含め多くの利用者やこれまでAIサービスを扱っていなかった提供者がAIの安全性を評価することも考えられる。提供者や利用者は、第三者認証の有無によって、安全性の高いAI事業者やそのAIシステムを認識し、選択することが可能となる。
- 一方、AIを利用する組織のガバナンスに関しては、利用者が自ら体制を構築して評価する場合と、第三者認証制度を活用する場合が考えられる。第三者認証制度は、AIの安全・安心な活用を促進し、我が国のAI産業の活性化に寄与する方策の一つとなると考えられる。
- なお、AIシステム、AIを利用する組織のガバナンスの認証については、ISO等で検討がなされている状況である。
- 安全性については電気用品安全法(昭和36年法律第234号)、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(昭和35年法律第145号)といった個別法により規律が既に導入されているほか、「AI事業者ガイドライン」による対応もなされている。また、各国のAISIのコミュニティ、ISO、IEC等においても議論が行われている状況である。
- 国際的な基準や規格を作る活動は、将来の世界的な市場においてAIシステムの相互運用性を確保するために重要であり、積極的かつ戦略的に対応する必要がある。
- また、国内における制度整備は、国際的な規範を踏まえ、かつ、制度の実効性も考慮し対応すべきである。AIの評価や認証を実施する場合には、利用者や利用目的に従ってレベルを設けることや、一定の安全性を確認するための利用者の負担が軽減する仕組みや評価・認証を実施する機関を認定する仕組みを構築できれば、より効果的で持続可能な制度となると考えられる。ただし、この仕組みを構築する際は、AISIやISO等の活動を前提にしつつ、どのような主体を巻き込み、どのような基準で評価を行っていくのか、詳細な検討が必要である。なお、AI安全性の確保のため、AISIには、関係省庁、関係機関と連携し、調査、分析、整理、情報発信などに引き続き取り組み、司令塔となる組織を支援することが期待される。
- 重大インシデント等に関する政府による調査と情報発信
- 上述のとおり、AIは近年急速な発展を遂げており、様々なリスクが増大している。このような中、AIのリスクに対処し、政府として適切な施策を実施するためには、技術及び事業活動の双方の側面から時々刻々と変化するAIの開発、提供、利用等に関する実態をまず政府において情報収集・把握し、事業者においてAIが効果的かつ適正に利用されるとともに、広く国民がAIの研究開発や活用の促進に対する理解と関心を深められるよう、企業秘密等に配慮しつつも説明責任を果たせるように、必要な範囲で国民に情報提供することが適当である。
- 中でも、多くの国民が日々利用するようなAIモデルについては、政府がサプライチェーン・リスク対策を含むAIの安全性や透明性等に関する情報収集を行う。国民に対して広く情報提供されることで、利用者は安全性の高いAI事業者やそのAIシステムを認識・選択しやすくなる。また、基盤サービス等におけるAI導入の実態等に関しては、政府による情報収集が重要である。
- また、AIの利用に起因する重大な事故が実際に生じてしまった場合、政府としては、その発生又は拡大の防止を図るとともに、AIを開発・提供する事業者による再発防止策等について注意喚起を行っていく必要がある。すなわち、国内で利用されるAIについて、国民の権利利益を侵害するなどの重大な問題が生じた場合、あるいは生じる可能性が高いことが検知された場合において、その原因等に関する事実究明を行い、必要に応じて関係者に対する指導・助言を行い、得られた情報の国民に対する周知を図るべきである。なお、事故が生じているといえるか否かについては、上記の情報収集・把握を通じて政府に蓄積された事例や知見をもとに判断していくことが重要である。
- この調査や情報発信は事業者の協力なしでは成り立たないため、国内外の事業者による情報提供等の協力を求められるように、法制度による対応が適当である。
- 生命・身体の安全、システミック・リスク、国の安全保障等に関わるもの
- 医療機器、自動運転車、基盤サービス等、特に国民生活や社会活動に与える影響が大きい生命・身体の安全やシステミック・リスクに関わるものについては特に注力して対応する必要があると考えられるが、業界毎に各業所管省庁が既存の業法に基づき対応し、また、追加的な対応の必要性の有無を判断するため、AI技術の発展、利用状況について随時業界と対話している状況である。
- 現時点においては、引き続き、各業所管省庁が既存の法令あるいはガイドライン等の体系の下で対応すべきであるが、今後、新たなリスクが顕在化し、既存の枠組で対応できない場合には、政府は、関連する枠組の解釈を明確化したうえで、制度の見直しあるいは新たな制度の整備等を含めて検討すべきである。システミック・リスクについては、将来的に、複数のAIシステムが連動する大規模なAIシステム群が社会システムを支える状況となる可能性があり、その際、当該AIシステム群が予期せぬ挙動をした場合、社会全体に大きな混乱をもたらす可能性があるため、適切に対処することが重要である。
- また、CBRN等の開発やサイバー攻撃等へのAIの利用といった国の安全保障に関わるリスクについては、我が国の安全保障を確保するという観点から、関係省庁において、必要な対応をさらに検討していく必要がある
人間並みの能力を持つ汎用人工知能(AGI)がにわかに現実味を帯びてきています。2024年秋~年末に「じっくりと考える」新タイプのAIが相次いで登場したのがきっかけです。ただ、AIが人間を欺く行動がとれるほど賢くなっていることも明らかになりつつあります。2025年はAIの高度利用と安全性の両面で的確な対応を迫られる年になるといえます。論理的推論が得意なAIは、企業戦略の立案や研究開発といった高度なタスクで力を発揮します。AIエージェントと呼ばれる、将来のAGIにつながるとされる自律的なAIを実現する有力な技術ですが、一方でAIが「賢くなり過ぎた」ゆえのリスクも表面化しつつあります。AIの安全性研究を進める英アポロリサーチが2024年12月に発表したAIの欺瞞能力に関する研究が話題を呼んでおり、別のAIに置き換えられることを察知したAIが勝手に自分のコピーを作ったり、AIの行動を監視するシステムをオフにし、それを追及されると「技術的なエラーかもしれない」などとごまかしたりする行動が現れたといいます。これらはAIが与えられたタスクを効率よく進めるために編み出したものと解釈できる一方、自己のコピーを作るといった行動はAIの「生存本能」の芽生えのようにも見えます。一連の実験で最も高度な欺瞞能力を示したのは、オープンAIの推論強化型モデルで、2024年12月には米AI新興のアンソロピックなどの研究グループが自社の対話型AIの行動過程を分析し、人間の指示に不本意ながら従っている場合があるとする研究結果をまとめています。AIを人間の目的や価値観に沿うように設計することをAIアライメントといい、その成否が実地で問われる局面は意外と早く訪れる可能性があります。
(6)誹謗中傷/偽情報・誤情報等を巡る動向
トランプ氏がハリス副大統領に勝利した2024年11月の大統領選では、双方の陣営・支持者がSNS上でののしり合う状況が露になりました。SNS投稿では意見対立が互いに怒りや不安をあおり、真偽を問わず、自身が共感する情報を拡散する傾向が確認されました。さらに、広告収入に依存するSNS運営企業が、利用者つなぎ留めのために導入した「ユーザーが好む情報を優先表示する仕組み」(フィルターバブル)が負の感情を増幅させ、分断に拍車を掛けた側面があります。報道によれば、米プリンストン大学のクロケット准教授らは、Xやフェイスブックの投稿を分析したところ、「怒りを駆り立てる見出しは、信頼できるか誤っているかを問わず、拡散される」ことを確認したといいます。多くのユーザーに共有された投稿は、企業が設計したアルゴリズムによって、さらに広い利用者に推奨され、各ユーザーには閲覧履歴などに基づき類似の情報が表示され続けるようになり、同じ意見を持つ人々が固まるようになります。閉鎖的な情報空間で特定の思想が共鳴し合い、他の意見を受け入れなくなる「エコーチェンバー」と呼ばれる現象です。運営各社がこうしたリスクを孕む仕組みを採用するのは、利用者に長時間サービスを使ってもらうためであり、収益の大半を占める広告収入は、広告がどれだけ閲覧されるかに左右されます。強い感情を喚起してユーザーをくぎ付けにし、広告を目にする機会を増やすことは経営上のメリットとなり、各社が導入した、閲覧数に応じて投稿者に広告収益を分配する仕組み(アテンション・エコノミー)も、負の感情をあおる投稿を助長することになります。閲覧数を伸ばす目的から迷惑行為や炎上を仕掛ける投稿者が後を絶たないのは、もうけとなって返ってくる可能性があるためであり、クロケット氏は、「いいね!」といった社会的な評価は「怒りのメッセージを投稿する動機を強める」、「金銭的な報酬が加われば、動機はより強まるだろう」と指摘しています。SNSは、外国勢力に付け入る隙も与えています。ロシアや中国、イランといった米国と緊張関係にある国々は、選挙などに関する偽情報で米国をかく乱しようと試みており、米大統領選で民主党の副大統領候補だったウォルズ氏に対する「高校教師時代に青少年を性的に虐待した」とする虚偽告発は、ロシアから資金を得た個人が拡散したものでした。
SNSと選挙という点では、日本でも兵庫県知事選やそもそもの兵庫県議会の百条委員会を巡る問題も深刻です。百条委員会の委員を務める丸尾県議は、動画投稿サイト「ユーチューブ」に対し、15件の投稿内容が明白な虚偽や名誉毀損に当たるとして削除要請を行っています。丸尾氏は「ネットリンチの状態だ」と述べ、投稿者特定のための開示請求手続きも行い、対応によっては民事・刑事両面から名誉毀損の責任や罪を追及する方針といいます。削除を要請したのは、兵庫県知事選期間中に、丸尾氏を名指しし、「騒動の主犯格が判明しました」「知事反対派?の県議によるデマ問題!?」などの表題で投稿された動画15件で、丸尾氏は「証拠も示さない虚偽の内容で名誉を不当に毀損するもの」などとしています。丸尾氏は「明らかに事実と異なる内容。視聴した人がSNS上で扇動し、SNSや電話でクレーム、抗議が殺到する。業務に支障をきたすだけでなく命にかかわる恐怖も覚える」と非難、「著名人もこの内容を基にして動画をアップしており迷惑極まりない」と憤っています。また、兵庫県知事選の選挙期間中、稲村和美・前同県尼崎市長の後援会が開設したX(ツイッター)のアカウントが凍結されたのは、何者かによるうその通報が原因だったとする偽計業務妨害容疑での告訴状が兵庫県警に受理されています。兵庫県警は凍結の経緯などを捜査し、立件の可否を慎重に検討するとみられています。後援会は「ともにつくる兵庫みらいの会」で、Xでは稲村氏が「外国人参政権を進めている」などの複数のデマも投稿・拡散されており、公職選挙法違反(虚偽事項公表など)容疑の告発状についても受理されたといいます。告訴状では、稲村氏の公式アカウントについて、何者かがXのルールに違反していると管理者にうそを通報し、選挙活動を妨害したとし、デマの投稿で選挙の自由を妨害した疑いもあるとしています。Xのホームページによると、特定の人物を標的にした嫌がらせやヘイト行為を禁じ、違反した場合はアカウントが凍結されることがあるとしています。
こうした状況をふまえ、兵庫県議会の2024年12月定例会は、11月の知事選を念頭に、誹謗中傷や真偽不明の情報がSNSで拡散されたとして、選挙の公平・公正の確保や必要な法整備を国に求める意見書を全会一致で可決し、閉会しています。近年の選挙で「選挙運動ポスターや政見放送の本来の目的を逸脱した利用」や「街頭演説の場における暴力的な行為」といった「公職選挙法が想定していない状況」が見受けられるとして、「選挙の公平・公正を損なうような行為が横行することは、民主主義の健全性を損なうおそれがある」と指摘、選挙活動を称した不当な行為から国民の権利と安全を守るよう要望しています。意見書では、SNSの情報発信が若者の政治参加を促したと評価しつつも、誹謗中傷や真偽不明な情報にどう向き合うべきかは、正しく国民が判断できるように国として取り組むべきだと主張、言論や表現の自由に十分配慮した上での法整備や、違法な選挙運動を確実に取り締まることを国に求めています。なお、SNSと選挙の関係について、2024年12月20日付時事通信の記事「SNS影響、単純化に懸念 背景にメディア不信―ネットと選挙・日大教授」が大変参考になりました。具体的には、「衆院選や東京、兵庫の知事選など、今年行われた選挙では、SNSが大きな影響を与えたと指摘されている。インターネットと選挙の関係に詳しい日本大の西田亮介教授(社会学)は、マスメディアに対する不信感が背景にあるとする一方、選挙ごとに制度や構図、SNSの使われ方などが異なっているとして「ひとまとめにして『SNSが影響した』とする論調には懸念がある」と話す。西田教授は、前広島県安芸高田市長の石丸伸二氏が165万票余りを獲得した都知事選について、「当選したのは小池(百合子)さんで、結局は現職有利という従来の知事選の常識が踏襲された」と分析。一方、再選した兵庫県の斎藤元彦知事は、一部自治体を除きほぼ全域でトップだったと指摘し、「高齢者が多いような非都市部でも票を集めており、単純に『SNSが効いた』と言っていいのか」と疑問を呈した。その上で、有権者のSNSに対する期待感は「マスコミ不信と表裏一体」との見方を示した。新聞やテレビなどのマスメディアは選挙報道の在り方を「長年工夫してこなかった」と批判。公選法や放送法を理由に選挙期間に入ると横並びの報道が続いていた中で、規制が少ないネット上での自由な表現が受け入れられ、「マスコミ不信がより強く感じられるのではないか」と述べた。また、候補者本人や陣営側ではなく、動画を撮影、公開するユーチューバーらに収益が入る構造になっていることに注目。「他者の収益化」を可能にするプラットフォームにより、「経済的インセンティブが選挙結果をゆがめかねない状況だが、対策はとても難しい」と懸念を示した。総務省情報通信政策研究所が昨年行った調査によると、平日の情報通信メディアの平均利用時間は新聞5.2分、テレビ135.0分なのに対し、ネットは194.2分と大幅に上回った。西田教授は「多くの人にとって情報接触の中心はネットになっており、今後SNSの影響力が強まっていくことは明らかだ」と強調。「マスメディアには、報道表現のアップデートや手法の革新、ニュースバリューの見直しが望まれる」と語った」というものです。SNSの影響は大きくなる一方であるのに対し、既存メディアの旧態依然とした報道がもう受け入れられず、SNS受容を促進したという関係性は、大変納得できるものでした。
警察庁は、能登半島地震における警察の活動から得た大規模災害時の対応についての課題と対策をまとめ、SNS上でうその救助要請などが相次いだことから、警察がつかんだ偽情報をSNS事業者に提供し、迅速な削除につなげる仕組みをつくるなどしています。能登半島地震では発災直後から、XなどのSNS上で、救助を求める偽情報の投稿や、偽情報と知らずに転載するなどした誤情報が相次ぎ、2024年7月には、被災者を装ってうその救助要請を投稿して警察の捜索活動を妨げたとして、石川県警が男を偽計業務妨害容疑で逮捕しています。対策として警察庁は、救助活動に支障が出たり社会的混乱を生じさせたりする恐れのある違法な情報などを警察が把握した場合、SNS事業者に情報を提供し、削除などを優先的に行ってもらう枠組み作りを始めています。2024年10月に事業者に申し入れた結果、一部の事業者は違法な情報に関する専用窓口を設置したといいます。能登半島地震の被災地では、警察が犯罪防止などのため避難所や街頭などに計約1千台の防犯カメラを設置、これをふまえ、災害時に被災地に派遣する部隊の一つとして「特別犯罪抑止部隊」を新設し、防犯カメラの設置場所の選定や設置、管理などに専門にあたるということです。また、地震や水害などの災害発生時にインターネット上で出回る偽情報に対抗しようと、民間企業や大学などが技術開発を急いでいます。投稿内容が正しいかの判定に加え、拡散に伴う社会的影響などを分析、生成AIの普及で大規模、巧妙化する「うそ」防止の一手となるか注目されます。富士通やNEC、東京大など九つの企業や学術機関は、偽情報の検知から情報収集、分析、評価まで統合して行う基盤づくりに向け、研究開発を始めているもので、文章や画像といった投稿内容に加え、投稿者や送信場所などの周辺情報も集め、生成AIを活用して矛盾の有無や社会への影響度を検証、2026年3月末までのシステム開発を目指しています。災害時の偽情報は、救助要請をかたった詐欺や政府・行政批判など多種多様であり、AIが作り出す偽の動画や画像「ディープフェイク」も精巧さを増し、システム開発に挑む国立情報学研究所の山岸順一教授は「人間には見抜けない状況になりつつある」と警鐘を鳴らしています。偽情報の拡大を示唆するデータとして、情報通信研究機構(NICT)が、能登地震の発生後24時間以内に日本語でXに書き込まれた投稿約1万7000件を抽出、解析したところ、救助要請に関する1091件のうち1割に当たる104件が偽情報と推定されたといい、2016年の熊本地震では1件だったということです。さらに、災害時のデマに踊らされないためには、災害時の情報の真偽をSNSだけで判断せず、複数のソースで確認することが必要です。SNS投稿を収集し、自治体などに情報提供する「スペクティ」は、気象庁などのデータと照合し、被害投稿と地震情報などの関連をAIと人間の目で確認するものですが、報道で村上社長は「自衛隊が言っていた」という権威を利用した文言や、住宅の水没などインパクトの大きい画像は「デマ拡散を狙う人が利用することが多いので疑った方がいい」と警鐘を鳴らしています。一方、「巧妙につくられたデマを一般人が見破るのは難しい」、「SNSの情報だけで判断せず、複数のソースに当たり調べる癖をつけることが大切。気象庁などの公的な情報や報道機関のニュースを確認してほしい」としています。また、ITジャーナリストの三上洋さんも報道で「投稿そのものより、その前の投稿やプロフィルを確認することで見抜けることが多い」とし、従来は外国語でしか投稿していなかったり、他人が撮影した画像ばかり投稿していたりするアカウントはデマの可能性が高いと指摘、「災害時には必ずデマが発生するという心構えでいることが重要」、「SNSで発生したデマはすぐに検証され、SNS上で否定されることもある。ただそれが避難所などで伝聞により広まると収拾がつきにくくなる。不確かな情報は人に伝えないことが大切だ」と強調していますが、正にそのとおりだと思います。
また、災害時の偽情報・誤情報については、SNSのもつ「アテンション・エコノミー」との関係性が切り離せないものでもあります。ツイッターは起業家のイーロン・マスクに買収され、Xと名称を変更、表示数などに応じて広告収入が投稿者に還元されるしくみが導入されましたが、能登地震では「#SOS」「#助けて」を含む投稿の7割が日本語使用者以外の投稿だったと東大准教授の渋谷遊野が分析、海外からの偽情報とみられる投稿が相次ぎました。偽情報でも関心を集められれば、投稿者やSNS事業者の収益になる状況で、アテンション・エコノミーの過剰な進化は「抑制する必要があります。ただ、SNSは言論の場でもあり、憲法が保障する「表現の自由」を守る必要から、「日本のインターネットの父」といわれる慶応大教授の村井氏は、政府による規制よりも「市場の自浄作用」が望ましいと指摘しています。「偽情報が拡散されるSNSは長期的にはユーザーが離れ、広告収入を得られなくなる。偽情報を野放しにはできないはずだ」と指摘しています。LINEヤフーは能登半島地震でLINEのオープンチャットや「ヤフー知恵袋」などへの「人工地震だ」といった偽・誤情報などの投稿約1800件を削除したといいます。また、ジャーナリストの津田大介氏は「SNS事業者には発信される情報の正確性に責任を持たないという姿勢が根強くある」とし、「法規制」も視野に入れた検討が必要であり、「新聞やテレビを超える影響力を持つ今、偽情報の放置は許されない」と指摘しています。日本では2025年、情報流通プラットフォーム対処法が施行され、偽情報のうち誹謗中傷などの投稿について削除申請から1週間での対応をSNS事業者に義務づけましたが、対象になるのは誹謗中傷など他人の権利を侵害する投稿に限られるため、「有害だが違法とはいえない偽情報」は含まれず、効果は限定的とみられています。偽情報をめぐる法規制に詳しい関西大准教授(憲法学)の水谷瑛嗣郎氏は「偽情報が生み出す悪貨の循環を断ち切るべきだ」、と指摘しています。広告を通じて偽情報が生み出す利益は投稿者やSNS事業者だけでなく、広告会社や広告主をも潤わせ、「偽情報の市場」が成立してしまっており、「偽情報での金もうけ」を止めることが重要だと指摘しています。さらに、災害時は、偽・誤情報の拡散が人命を危機にさらすため、SNS事業者が自治体と連携して偽・誤情報のチェックや削除する体勢をつくることも必要としています。筆者としても、「偽情報のエコシステム」として成立してしまっている悪循環を何とか、正の循環への転換していくことの重要性を痛感しています。
アテンション・エコノミーを助長するXのビジネスモデルを見直す必要があると筆者は認識していますが、X日本法人トップの松山歩・代表取締役が、報道で「収益目的で無意味な投稿を繰り返したり、偽情報を拡散したりする「インプレッションゾンビ(インプレゾンビ)」が、仕様変更で大きく減少した」と明らかにしたことは高く評価できるのではないか(きちんと対応すれば正の循環への転換できるものだ)と受け止めています。X上で「インプレゾンビ」という言葉が含まれる日本語の投稿は、ピークの2024年8月頃と比べ、2024年12月には92%減ったといいます。Xは2024年11月から、投稿の閲覧数に基づいて利用者に広告収益を分配する仕組みを、有料会員からの返信や「いいね」などの数に応じて分配する方式に変更、松山氏は仕様変更で「非常に大きな効果があった」と述べています。高額な報酬をうたって犯罪行為に誘導する「闇バイト」については、関係機関から違法だとの通報を受けてから5営業日以内に、関連する投稿の90%以上を削除しているといい、AIを使い、偽情報を含む投稿の自動検知も行っており、松山氏は「Xは言論の自由を提供するプラットフォームだが、違法な投稿にはしっかり対応する」と強調しています。
選挙や災害などに伴う偽情報だけでなく、企業活動を狙った問題も深刻だといえます。2023年の東京電力福島第1原子力発電所の処理水の海洋放出を受け、中国のSNSで日本の化粧品を巡る偽情報が駆け回り、資生堂や花王、無印良品、DHC、コーセーなど数十の企業・ブランドの化粧品は海洋生物を原料に使っており、健康被害が出るとの情報が出回りました(北朝鮮リスクの項でも取り上げましたが、背景には北朝鮮のスパイによる韓国国内での世論工作があったとされます)。各国とも対策を強めており、EUは2024年3月に発表した指針で、偽情報などのリスクを低減するために巨大IT企業がとるべき措置をまとめ、AIでつくったコンテンツを利用者が認識できるようにすることなどを求めています。台湾は中国による偽情報を念頭に安全保障に関わる問題として捉え、偽情報の拡散に刑事罰を科しており、民間のファクトチェック機関や政府の偽情報対策を評価する団体もあります。日本の総務省は2024年10月、偽情報対策で新たな検討会を立ち上げ、法改正を含めた制度対応などを急いでいます。偽情報の拡散はSNSの普及と隣り合わせで、行き過ぎた規制は自由な表現や企業活動を妨げる恐れもあり、情報空間の分析を進めた上で規制の必要性や、どのような規制をすべきかを議論していく必要があると考えます。
法務省は、インターネット上の誹謗中傷が大きな社会問題化していることを受け、人権を侵害する書き込みについて、被害者によるプロバイダー(接続業者)への削除依頼の方法などをまとめた電子マニュアルを2025年度中に作成する方針だといいます。誹謗中傷の書き込みは、時間経過と共に多くの人が閲覧することで被害が深刻化し、複数のサイトに拡散することで削除が難しくなる傾向にあります。マニュアルはパソコンやスマートフォンから閲覧可能で、プロバイダごとの削除依頼の申請窓口を紹介し、誹謗中傷の内容に応じた削除依頼の定型文を例示するとしています。定型文はコピーして申請画面に貼り付けることができるため、利用者は迅速に文面を作成し、削除依頼できるようになるといいます。SNSの普及に伴い、インターネット上の人権侵害事件数は高水準で推移しており。同省によると、全国の法務局で2023年に新たに扱った事件数は1824件(前年比103件増)で、10年前の1.9倍に上っています。名前や顔写真など個人情報をさらすといったプライバシー侵害が542件、虚偽情報を載せて社会的地位を低下させるなどの名誉毀損が415件だったといいます。
メタがファクトチェック機能を廃止すると発表したことが大きな波紋を呼んでいます。30億人超の利用者を持つ世界最大のSNSの路線転換は、偽情報などの対策に影響を与える可能性もあります。マーク・ザッカーバーグCEOは、「表現の自由について、原点に立ち返るときが来た」とその理由を述べています。しかしながら、SNSを巡って近年問題になってきたのは「表現の自由」の名のもと、利用者を傷つけるデマやヘイトなど攻撃的な内容や、事実に基づかない「偽情報」を含む投稿の拡大であり、時に自殺者を生み、人々の行動や社会動向に多大な影響を与えているのであり、こうした事態を抑制する意図で強化されてきたのが、ファクトチェック機能だということをまずは認識する必要があると考えます。不適切な投稿を特定し、基準違反であれば削除することで、SNSの「言論空間」としての健全性を保とうとしてきたといえます。メタがファクトチェック機能を導入したのは2016年で、この年の米大統領選ではトランプ氏が勝利しましたが、事実に基づかなかったり、外国政府の影響を疑われたりする投稿の拡散が投票行動に影響したのではないかと、SNSに対する批判が高まり、メタはトランプ氏や共和党の保守派から「政治的に民主党寄りだ」などと批判されるようになりました。さらに2021年1月の米連邦議会襲撃事件を受け、トランプ氏のフェイスブックのアカウントを凍結したことで関係が悪化していました。ザッカーバーグCEOは、「メディアは当時『誤った情報は民主主義にとって脅威だ』と書き続けた。私たちは、その懸念に対処しようと努力してきたが、ファクトチェック機能は政治的に偏り過ぎ、米国では信頼を高めるどころか破壊することになった」、「米企業を標的に検閲を推し進める世界中の政府に抵抗するため、当社はトランプ大統領と協力する。欧州では検閲を制度化する法律がどんどん増えている」と主張しています(2024年12月は1日あたり数百万件の投稿を削除していましたが、1~2割は規約違反にあたらない投稿を誤って削除した可能性があると認めています)。今回の決定についてメタのある従業員は「事実はもはや重要ではないという強いメッセージを人々に送り、それを『言論の自由』の勝利と混同している」と非難、「人種差別的なコンテンツが流入する」、「誤った情報の拡散を助長し、真に危険な領域に入る」との懸念も上がっています。一方、廃止に賛同する意見もあり、メタは新たに、SNS利用者が匿名で背景情報を追記するXの「コミュニティノート」と同様の機能を導入するとしていますが、「事実をより正確に表現できると証明されている」などと評価する声もあるほか、そもそもファクトチェックとして厳格に対応できる件数は、対象件数に対してごくわずかであり、全体から見れば限定的なものでしかなく、新機能の方が全体的にみればより対応できると評価できるという意見もあります。2024年11月の米大統領選後、ザッカーバーグCEOは関係改善を図るため、トランプ氏の私邸を訪問し、トランプ氏の大統領就任基金に100万ドル(約1億5000万円)を寄付、さらに、トランプ氏の長年の友人である総合格闘技団体「UFC」のダナ・ホワイトCEOをメタの取締役に迎え入れるなど、際立った「すり寄り」ぶりが明らかになっています。さらに不適切投稿を規制しようとする日本や欧州の動きとは逆に、規制緩和を進めようとするトランプ次期政権と足並みをそろえる考えも表明しています。メタに限らず、SNSと政治の結びつきは強まっており、トランプ氏は自身が運営するSNSを中心に情報発信しているほか、トランプ氏の大統領選勝利に貢献したイーロン・マスク氏も「言論の自由絶対主義者」を自称し、あらゆる投稿規制を「検閲」と批判してきており、そのマスク氏に買収されたXは、デマやヘイト投稿が増加していると指摘されています。日本では2024年9月にコミュニティノート機能を始めたばかりで、特にEUではSNSなどのコンテンツ運営企業に管理を義務付けるデジタルサービス法(DSA)が施行されており、「外部のファクトチェック機関との連携は、偽情報などのリスクを軽減する効果的な方法だ」、「EUの規制に準拠しているか分析し、違反すれば制裁の可能性がある」とけん制しており、米国と同様の手法を取ることは難しいとの指摘もあります(実際、欧州委がメタに提出させた2024年10月の透明性リポートによると、4月からの半年間に、ファクトチェックで情報に誤りがあると判断されて削除や表示の制限などを受けた投稿は、EU域内だけでフェイスブックとインスタグラムを合わせて1900万件を超えています。また、EUは、2024年11月に行われたルーマニア大統領選でも、動画投稿アプリ「TikTok」でロシアによる情報操作や偽情報の拡散といった不正が行われた可能性があるとして調査に乗り出すなど、偽情報の拡散に警戒感を強めている最中でもあります)。言い換えれば、EUはDSAで運営企業に管理責任の徹底を求め、選挙や災害時に偽情報が広がるなど、SNSの社会への影響が増すにつれて企業側が管理を徹底すべきとの立場である一方、マスク氏は「法を犯さない限り、攻撃的な発言なども自由であるべき」との立場で、個人のSNS投稿に企業や政府の介入は最低限にすべきしており、両者の立場はかけ離れていること、その溝がSNSの存在感が増すにしたがって深くなっていることが背景にあるということです(筆者としては、マスク氏は世界有数のSNSであるXを保有しながら、世界各地の右派指導者に相次ぎ支持を表明、2億人のフォロワーを抱えるSNS経営者が特定の政治的立場を後押ししていること自体が言論空間をゆがめる恐れがあるのではないかと強く危惧しています)。また、ファクトチェッカーの失望も大きく、「人々は信じたいものを信じる。いくらばかげた内容でも、人々が信じることで特定の人の生命を脅かす」、「偽情報は国境を知らない。言語の壁ですら拡散を止めることはできない」、「コミュニティノートは誰が書き込んでいるかもわからない。倫理基準を持った経験のあるジャーナリストの仕事と同等に見ることはできない」、「ファクトチェックが検閲だという主張はばかげている。言論の自由とファクトチェックは車の両輪で、それぞれを支え合っている」、「驚きであり、失望している。我々が政治的に偏っているなら、なぜメタはこれまで指摘してこなかったのか」といった声が上がっており、説得力があります。また、企業にとっても、投稿管理が緩むことでブランドの毀損を恐れて広告の出稿を減らす可能性が考えられるところです。すでに「不適切なコンテンツとともに自社広告が掲載されることでブランドの毀損や広告効果が低くなるリスクが懸念される。広告運用の見直しを進めたい」、「望まないコンテンツと同時に広告が表示されることを防ぐ対策強化を検討したい」といった声があがっています。
いずれにせよ、メタは反トラスト法(独占禁止法)違反で米当局から提訴されており、敗訴となれば事業に大きな影響が及ぶ可能性があるという背景事情もあって、事業を持続的に発展させるために魂を売ったというのは言い過ぎかもしれませんが、「政治的に偏りすぎていた」と反省しているにもかかわらず、その結果が「偏った政治への極端なすり寄り」であるのならば、過激な言論や偽情報の氾濫を「表現の自由」として放置するならば、SNSで真偽不明の情報が蔓延するなか、プラットフォーマーが単なる「場所貸し」であるとするならば、多様な意見を持つべきである一方で、憎悪や悪意、偏見がない、正確な情報を入手できることも同じく必要でないと考えるならば、メタやザッカーバーグCEO自身、あらためて自らの立ち位置を見直してみる必要があるのではないかと筆者は思っています。さらに、これまでの日本でのプラットフォーム事業者の対応や、ブラジル最高裁がXの国内利用を一時的に停止した経緯(ブラジルは2024年にXの国内利用を1カ月以上禁止、ブラジル政府による「検閲」があったなどと主張する米起業家イーロン・マスク氏と当局が対立、X側がブラジル当局の求めに応じ、指定されたアカウントを閲覧不可にするなどして、サービスが再開された経緯があります)をみても、事業者にお願いベースで自主的な改善を期待しても有害コンテンツの十分な抑止につながらないのは明らかであり、一定の法的規制は必要ではないかとも考えます。
EUとマスク氏の溝が拡大しているとの指摘をしましたが、直近では、ドイツやオーストリアの60以上の大学や研究機関は、共同声明でXの利用を中止すると宣言しています。現在のXの在り方が科学や事実に基づく民主的な議論を求める大学や研究機関の価値観と「相いれない」ためだと説明しています。共同声明は、Xが右派ポピュリスト的なコンテンツの拡散を強化していると主張、共同声明に参加した一部の大学は個別に声明を出し、実業家イーロン・マスク氏がXを買収してから「オーナーの意向に沿うコンテンツが好まれるようになった」と指摘しています。
博報堂とマクロミルの合弁会社で、市場調査などを手掛けるQOは、インターネットの誹謗中傷に関する実態調査の結果を公表、誹謗中傷をしたことがあると答えた人は3%に満たない一方、4割近くが見聞きしたと回答、ごく少数が加害者となり、多くの第三者が傍観している実態が浮き彫りになりました。事業者への削除依頼や公的機関の相談窓口の活用といった対処方法を呼び掛けています。調査結果では、特定の人物や団体に対して、誹謗中傷をしたことがあると、加害経験を回答した人は2.8%、人から誹謗中傷をされたと被害者になったことがあると答えたのは9.7%、37.6%が誹謗中傷を見聞きしたことがあるとしましたが、そのときの気持ちは「生きづらい、いやな世の中になった」が76.8%と最も高く、「自分も投稿する際は気をつけよう(75.1%)」「面倒くさそうなので関わりたくない(70.4%)」と回答したといいます。一方で、誹謗中傷に「いいね」や拡散したことがあると答えた人は3.7%、誹謗中傷に賛同するコメントや投稿をしたことがある人は3.4%にとどまっています。誹謗中傷に接した第三者は嫌気しながらも傍観している人がほとんどで、ごく一部の加害者の声が他人を傷つけ、社会問題化している現状が鮮明となっています。さらに、誹謗中傷の理由は「相手が間違っている、悪いと思った」と「腹立たしかった」が23.1%で最も高く、個人的な正義感や一時的な感情で行動している状況がうかがえます。誹謗中傷の対象は人間関係や芸能人、政治的な意見に対するものから、恋愛やスポーツなど、幅広い範囲に及んでいることもわかりました。報道で国際大グローバル・コミュニケーション・センターの山口真一准教授は、「(誹謗中傷を受けるなど)ネットで嫌な思いをした人ほど炎上に加担しているのが現実」と被害者にならないための予防が重要だと指摘、自撮り画像や恋人との楽し気な様子の投稿、政治の話題が標的となりやすいと強調、SNS事業者への削除依頼や警察、自治体への相談窓口の活用が有効な対処法となるとしています。一方で、加害者にならないためには「情報の偏りを知る」「一呼吸置き、自分の『正義感』に敏感になる」「自分を客観的に見る」ことなどを挙げています。「誹謗中傷は民主主義に危機をもたらす。みんな自由に発信できるSNSで表現の委縮が起こっている」、「誹謗中傷を正当な批判と感じる加害者や、逆に正当な批判を誹謗中傷と受け取る被害者もかなり多い」といい、批判と誹謗中傷を区別できるように、学校教育で討論形式の授業を充実させるよう訴えていますが、筆者としても全く同感です。
新聞社の記事が名誉毀損にあたる場合、それを載せた「ヤフーニュース」側の責任も問えるかが争われた訴訟の上告審で、最高裁第二小法廷は、原告側の上告を退けています。「記事は新聞社の配信で自動的にヤフーニュースに掲載されており、ヤフー側に責任はない」とした一、二審判決が確定しています。原告は俳優の山本さんで、東京スポーツ新聞社が2020年7月に自社サイトで、山本さんについて「よからぬうわさも多い男性と組んでパーティーを開いた」などと報じ、この記事がヤフーニュースにも載ったことについて、山本さんは記事を出した新聞社だけでなく、ヤフーニュースを運営するヤフー(現LINEヤフー)についても「名誉毀損を助長した」として賠償を求めていました。一審・東京地裁は、記事の内容を「真実ではない」として新聞社に165万円の賠償を命じ、その後に同社の責任は確定しましたが、ヤフーの責任については、ヤフーが情報の「発信者」といえるかが争われました。プロバイダ責任制限法は、他人の権利を侵害する情報を仲介しても、情報の「発信者」でなければ原則的に責任を負わないとしています。山本さん側は「ヤフーは契約した会社の記事を配信することで多額の広告収入を得ており、主体的に記事を配信している『発信者』であり、免責はされない」と訴えました。この点について一審判決はまず、今回の記事はスポーツ新聞社が直接入稿できる仕組みで配信され、ヤフー側が記事の内容を確認せずに自動的にヤフーニュースに掲載されたと指摘、また、ヤフーニュースのトップページに位置し、編集部が一部の記事を選んで載せる「トピックス」に選ばれたわけでもないことなどを挙げ、ヤフー側は「発信者」とは言えず、賠償責任はないと結論づけました。二審・東京高裁もこの判断を支持、最高裁第二小法廷は決定で、上告ができる理由にあたる憲法違反などがないとだけ判断したもので、ヤフー側の勝訴が確定しました。ただ、ヤフーニュース編集部が選んで「トピックス」に置いた記事や、編集部が他のメディアと共同で企画した記事などでは、異なる司法判断となることも考えられ、こうした場合については、今後の動向を注視していく必要がありそうです。
故ジャニー喜多川氏による性加害をめぐり、告発者への中傷が相次いだ問題で、横浜区検は、元ジャニーズJr.の飯田さんをSNS上で中傷したとして、投稿者の女を侮辱罪で略式起訴しています。起訴内容によると、2023年9~11月、仙台市青葉区などで、SNS上に3回にわたって、飯田さんを中傷する内容を投稿したとされます。飯田さんが2023年12月に名誉毀損容疑で刑事告訴し、神奈川県警が11月6日に書類送検していたものです。
(7)その他のトピックス
①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向
暗号資産交換会社「DMMビットコイン」から2024年5月、約482億円相当のビットコインが流出した事件で、警察庁や米連邦捜査局(FBI)は、北朝鮮のハッカー集団「トレイダートレイター(TT)」によるサイバー攻撃と特定したと公表しています。同社の暗号資産取引を管理する委託先の社員が、ヘッドハンティングを装って接触してきた人物に社員権限を盗まれていたといいます。TTは朝鮮人民軍偵察総局に属するハッカー集団「ラザルス」の一部とされ、国内での被害確認は初めてとなります。攻撃元を名指しで非難する「パブリック・アトリビューション」を日本政府が行うのは8例目で、警察庁サイバー特別捜査部と警視庁が不正アクセス禁止法違反容疑で調べています。報道によれば、TTは2024年3月下旬、DMMビットコインが暗号資産取引の管理を委託する「Ginco(ギンコ)」の男性社員に、ビジネス向けSNS「リンクトイン」上で企業の採用担当者を装って接触、「あなたのスキルに感銘を受けた」と伝えて、技術の確認名目で送りつけたプログラムを実行させ、社員権限を窃取するウイルスに感染させ、TTはこの社員権限を使い、2024年5月中旬以降、不正アクセスを繰り返してギンコの暗号資産取引システムを改ざん、同5月31日、取引金額や送金先を書き換え、DMMビットコインから約482億円相当のビットコインを盗んだ疑いがあります。流出したビットコインはマネロンされたものの、一部がFBIの把握するTT関連口座に入ったことが確認されたほか、ギンコ社員との接触に使われたSNSアカウントや、同社員の端末が接続したサーバーが、米当局が把握するTT関連のものと一致したということです。警察庁は、内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)、金融庁と連名で注意喚起の文書を公表、攻撃者は標的の経歴やスキルを知った上で接触を図るとして、暗号資産取引業者などに対し、関連企業を含めて周知するよう求めています。なお、DMMビットコインは、2025年3月をめどにSBIホールディングス傘下の企業に資産譲渡し、廃業すると発表しています。暗号資産関連業界では2024年に入って買収の動きが出ていますが、安全対策の負担が企業再編を加速させる可能性があります。暗号資産交換業の経営にとって、ハッキングなどによる不正流出やマネロン対策の負担感は重く、犯罪者集団の手口も巧妙になっています。事業者は安全性の向上を絶えず求められ対応を常に迫られているものの、ひとたび不正流出を起こせば、再建への道のりは容易ではなく、得られる利益よりもリスクの方が大きいともいえ、業界再編の動きが今後も続く可能性が指摘されています。
▼金融庁 北朝鮮を背景とするサイバー攻撃グループTraderTrAItorによるサイバー攻撃について(注意喚起)
- 本日(令和6年12月24日)、警察庁、米国連邦捜査局(FBI)及び米国国防省サイバー犯罪センター(DC3)は連名で、北朝鮮を背景とするサイバー攻撃グループ「TraderTrAItor」(トレイダートレイター)が、暗号資産関連事業者「株式会社DMMBitcoin」から約482億円相当の暗号資産を窃取したことを特定したと公表しました。
- TraderTrAItorに関しては、米国では令和4年4月18日に、FBI、米国国土安全保障省サイバーセキュリティ・インフラストラクチャセキュリティ庁(CISA)及び米国財務省の連名で注意喚起が行われています。また、TraderTrAItorは、北朝鮮当局の下部組織とされる「Lazarus Group」(ラザルスグループ)の一部とされていますところ、Lazarus Groupについては、我が国でも同年10月14日に、金融庁、警察庁及び内閣サイバーセキュリティセンターの連名で「「ラザルス」と呼称されるサイバー攻撃グループ」として既に一度注意喚起を行うなど、累次にわたり注意喚起が行われている状況にあります。
- 北朝鮮による暗号資産の窃取に関しては、本年9月3日に、FBIがソーシャルエンジニアリングの手法を用いた北朝鮮による暗号資産の手口や対応策に関する資料を公表しているところです。
- 今回、警察庁関東管区警察局サイバー特別捜査部及び警視庁の捜査・分析による結果、具体的なソーシャルエンジニアリングの手法が判明したことから、以下に示す手口例及び緩和策を参考に、標的となり得る組織や事業者に適切なセキュリティ対策を講じていただくことを目的として注意喚起を発出しました。北朝鮮は引き続き暗号資産の窃取を企図し続けるものとみられるところ、暗号資産取引に関わる個人・事業者におかれましては、サイバー空間の脅威を認識いただくとともに、ネットワークの不審な通信を検知した際には、速やかに金融庁等所管省庁、警察、内閣サイバーセキュリティセンター、セキュリティ関係機関等に情報提供いただきますようお願いします。
- 手口例及び緩和策
- ソーシャルエンジニアリングによる接近手口例
- 攻撃者は、第三者の名前や顔写真を悪用し、企業幹部を装うなどして、SNSで標的対象者にメッセージを送信します。
- 標的となるのは、日本人だけではなく、国内外に居住する、外国人を含む暗号資産関連事業者の従業員です。また、ブロックチェーンやWeb3と呼ばれる技術の技術者も標的となり得ます。
- 攻撃者は、アプローチの際に、標的対象者のプロフィールに掲載されている経歴やスキルを元に、関心を引くような問いかけを行います。例えば、ソフトウェア技術者であれば、「あなたからプログラミングを学びたい」「私のプログラムの不具合を直してほしい」といったものです。
- 攻撃者は、異なるSNSや、メッセージングアプリでのやりとりを希望する場合があります。これは、攻撃者側が、送信したメッセージを受信者側の記録から消去できるサービスを利用したいことが理由として考えられます。
- マルウェアを感染させる手口例
- 攻撃者は、標的対象者のPCをマルウェアに感染させようとします。
- 例えば、攻撃者がGitHubにコミットした、「不具合があってうまく動かない」と主張する、シンプルなAPIへアクセスするプログラムを、標的対象者に実行させて、不具合を特定させようとすることが考えられます。
- 攻撃者は、APIの通信先に、正規のサーバーのほか、攻撃者が用意したサーバーを含めており、APIからの応答を処理する関数に、コード実行可能な関数を紛れ込ませて、マルウェアに感染させようとする可能性があります。
- 他にも、様々な手口によって、標的対象者で不正なプログラムを実行させることでマルウェアに感染させようとします。
- 認証情報等の窃取~暗号資産窃取の手口例
- 攻撃者は、マルウェア感染させたPCに保存されている認証情報や、セッションクッキー等を窃取し、標的対象者になりすまして、暗号資産管理やブロックチェーン関連業務で利用するシステムにアクセスし、暗号資産等の窃取を行おうとする可能性があります。また、個人管理する暗号資産の窃取を狙うことも考えられます。
- 攻撃者は、システム構成を短期間で把握し、なりすました標的対象者が持つロールや権限に応じた、暗号資産の窃取が可能なポイント・手法を見つけ出そうとするおそれがあります。
- 対処例と緩和策
- 令和4年10月14日付の注意喚起に掲載した【リスク低減のための対処例】と重複する部分もありますが、以下の対処例と緩和策の実施を推奨します。
- システム管理者向け
- 通信先ドメインの登録日が数日~数週間前など、比較的新しくないか確認する。
- 多要素認証を導入する。
- 業務付与期間に限定した必要最小限のアクセス範囲と権限を付与する。(業務付与期間終了後、速やかに縮小・削除する。)
- 事前申請または通常の業務時間帯・曜日ではない期間に行われたアクセスに関する認証ログ、アクセスログがないか監視する。(例:時差の大きい地域に居住する従業員が、通常は日本時間の夜や早朝にアクセスしているにもかかわらず、ある時期から日本時間の日中もアクセスしている等。)
- EDRやPC内のログと矛盾がないか監視する。(例:PCが電源OFFしている期間にアクセスしていないか。)
- 居住地以外の地域やVPNサービスからとみられるアクセスに関する認証ログ、アクセスログがないか監視する。
- 貸与している業務用PC以外からとみられるアクセスに関する認証ログ、アクセスログがないか監視する。(例:UserAgentが通常と異なる。)
- 退職した従業員のアカウントは速やかにロックするとともに、認証試行があった際は、速やかに検知・対処ができるようにしておく。
- 従業員の理解と協力を得て、ダミーの認証情報をWebブラウザに記憶させる等しておき、認証試行があった際は、速やかに検知・対処ができるようにしておく。
- PCのログ保存期間や、マルウェアに感染した後にログが消去されるリスクを考慮し、ログを集中的に保存・検索できる仕組みを構築し、異常の把握と速やかな対処ができるようにしておく。
- 従業員向け
- 事前に許可されている場合を除き、私用PCで機微な業務用システムにアクセスしない。
- SNSでアプローチを受けた際は、ビデオ通話を要求する。(複数回拒否する場合は不審と判断する。)
- アプローチ元のプロフィールや、SNSでのやりとりについて、スクリーンショットを保存する。
- ソースコードの確認や実行を急がせる兆候があれば、不審性を考慮する。
- 内容を確認せずにコードを実行せず、コードエディタで開いて、折り返し表示にする。
- コードを実行する際は、業務用PCを使用しない、または仮想マシンを使用する。
- システム管理者向け
- 令和4年10月14日付の注意喚起に掲載した【リスク低減のための対処例】と重複する部分もありますが、以下の対処例と緩和策の実施を推奨します。
- 対応
- 被害拡大防止および適切な事後対策に必要となる原因究明のため、PCのマルウェア感染が疑われる場合は、原則として電源を入れたまま、速やかにインターネットや業務用ネットワークから隔離し、なるべく早く適切な保全措置を行ってください。(メモリダンプを含む揮発性情報の収集を優先的に行ってください。)
- ソーシャルエンジニアリングによる接近手口例
本事件に限らず、北朝鮮系のハッカー集団は日本の暗号資産交換業者を標的にしているといえます。2018年にコインチェックから5億3000万ドル、テックビューロから約70億円が流出した事案も北朝鮮系によるハッキングと指摘され、1000億円近い外貨が日本から北朝鮮に流れ、ミサイル開発などに流用された可能性があります。相次ぐハッキングを受け、交換業者に対する規制は厳格化され、2020年には改正資金決済法が施行され、顧客の暗号資産をインターネットに接続しない「コールドウォレット」などで管理することが義務付けられました。ネットに接続しなければハッキングできないと考えられていたところ、今回のサイバー攻撃は暗号資産交換業者の想定を簡単に飛び越え、「委託先企業へのヘッドハンティングを装った攻撃を想定していた企業は少ない」(大手交換業者の社長)のが実態です。金融庁は、自主規制団体の日本暗号資産等取引業協会(JVCEA)を通じ暗号資産交換業者にリスク管理体制の再点検を求めています。人の心理的な隙や行動のミスにつけ込んで情報を盗む手法は「標的型ソーシャルエンジニアリング」と呼ばれ、リンクトインが悪用されている事例は国内外で相次いでいる(2024年4月には中東のバーレーンを拠点とする暗号資産取引所「RAIn」が、北朝鮮のハッカー集団「ラザルスグループ」のサイバー攻撃で1600万ドル(約24億円)相当の暗号資産を奪われたほか、2023年8月に連邦捜査局(FBI)が公表したデータでは、ラザルスとみられる米国の事業者からの暗号資産の窃取は計約2億ドル(約300億円)に上ると公表)ことから、専門家は「リンクトインを通じた待遇の良い求人に注意すべき」、「研修を通じた社員の意識向上に加え、社内システムに侵入された場合に備えて不審アクセスを検知するサービスを導入するなど基本的な対策の徹底が重要だ」と指摘しているほか、警察庁などは、SNSで接触を受けた場合はビデオ通話を要求することを推奨、ハッカー集団は別人の顔写真を悪用することがあり、ビデオ通話を複数回拒否されれば相手が犯罪グループの可能性があるとしています。
▼金融庁 暗号資産の流出リスクへの対応等に関する再度の自主点検要請について
- 本日、警察庁・内閣サイバーセキュリティセンター・金融庁の連名で、「北朝鮮を背景とするサイバー攻撃グループTraderTratiorによるサイバー攻撃について(注意喚起)」が出されたところですが、当該注意喚起は、本年5月に発生した暗号資産交換業者における暗号資産の不正流出事案に関する具体的なソーシャルエンジニアリングの手法が判明したことを踏まえ、参考となる手口例や緩和策を示しつつ、事業者に適切なセキュリティ対策を講じることを要請する内容となっています。
- 先般(9月26日)、当庁から、貴協会を通じ、貴協会会員に対して、暗号資産の流出リスクへの対応及びシステムリスク管理態勢に関し、事務ガイドライン第三分冊(金融会社関係16.暗号資産交換業者関係)等に記載している内容が適切に実施されているかに関して自主点検を行うことを要請したところですが、今回の注意喚起の内容を踏まえ、ウォレットに関する管理態勢を含めて、改めて速やかに自主点検を行うことを貴協会会員に対して求めるとともに、その結果を取りまとめてご連絡いただくようにお願いします。
さらに、金融庁と業界団体との定期的な意見交換会でも同様の指摘がなされています(あわせて、本件以外の部分についても紹介します。暗号資産等と金融犯罪の関係性を認識する必要があります)。
▼金融庁 業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点
- 国内外の情勢の動向を踏まえた対応について
- 本年5月、暗号資産交換業者において、利用者から預かった約482億円相当の暗号資産が不正流出する事案が発生した。原因究明には至っていないものの、これまでに確認されたシステムリスク管理態勢や暗号資産の流出リスクへの対応に関する重大な不備について、9月26日、同社に対して業務改善命令を発出したところ。
- 貴協会に対しても、業務改善命令と同日付で当庁より注意喚起と自主点検の要請を発出しており、現在、会員各社において自主点検を実施していただいていると承知している。今回の事案を教訓として、会員各社が管理態勢の再確認及び更なる高度化を適切に行うように、これまで以上に会員各社に対する指導を徹底していただきたい。
- 当庁としても、システムリスク管理態勢及び暗号資産の流出リスクへの対応に関する適切性の確保が今事務年度の最重要課題であると認識しており、これらの点については重点的にモニタリングを行っていく。
- また、先日のアメリカ大統領選挙の結果等を受け、先日来ビットコインが再びドル建ての最高値を更新しているところであり、我が国においても暗号資産取引がさらに拡大することも考えられる。取引増加に伴い、マネー・ローンダリングやシステム、顧客対応を含めたオペレーション等に関してリスクが高まることも想定されることから、管理態勢を整備して適切に対応するよう、会員各社に対してご指導いただきたい。
- さらに、10月25日、貴協会を電子決済手段等取引業等の認定資金決済事業者協会として認定したところ。電子決済手段等取引業者等の適切な業務運営を確保し、利用者保護に配慮した「ステーブルコイン」の円滑な発行・流通が行われていくうえで、貴協会の役割は極めて重要であるので、自主規制機関としての業務を着実に遂行していただきたい。
- 暗号資産取引市場が健全に発展するためには、暗号資産について、生活の利便性や我が国の経済成長に資するものであるとの理解と信頼を国民から広く得られることが不可欠と考えている。
- そのためには、暗号資産の取引を行い、保有することが、国民とって生活の利便性の向上にどのようにつながっていくものなのか、また、我が国の経済成長にどのように資するものなのか、業界の考えをまとめ、積極的に発信していただくことが重要であり、この点、業界においてしっかり対応していただければと考えている。
- 貴協会との連携についてもこれまで以上に強化していくことが必要であると考えているので、貴協会において課題に感じていることなどがあれば、忌憚なく当庁にご相談いただきたい。
- 暗号資産交換業等を取り巻く当面の課題等について
- 今事務年度は、本年5月に発生した暗号資産交換業者における利用者財産の不正流出事案を踏まえ、利用者保護の観点から、貴協会との連携も含め、会員各社の暗号資産の管理に係るセキュリティの高度化を促す方針としているところであり、会員各社における暗号資産の流出リスクへの対応及びシステムリスク管理態勢の適切性について、重点的にモニタリングを行っていく。
- 貴協会におかれても、先日当庁より発出した注意喚起及び自主点検要請の内容も踏まえ、業界全体をリードする形で適切に対応することをお願いしたい。
- また、本年6月に政府が策定した「国民を詐欺から守るための総合対策」においては、暗号資産に関しても様々な施策が盛り込まれている。
- 既に、貴協会や会員各社等になりすました偽広告への適切な対応について要請させていただいているほか、特殊詐欺やSNS型投資・ロマンス詐欺において被害金の交付に暗号資産が使用されている事案が見られることを踏まえ、今後、暗号資産を用いた詐欺に関する被害の実態把握や、詐欺の被害回復のための対応に関する検討について、貴協会と連携して取り組んで参りたいので、ご協力をお願いしたい。
- さらに、無登録業者に関する利用者相談が引き続き当庁に寄せられていることを踏まえ、警告書の発出及びその公表など、国内外の無登録業者に対し厳正に対応していく方針としている。貴協会においても、無登録業者に関する情報の収集・提供等について、引き続き当庁と連携した対応をお願いしたい。
- 暗号資産の新規取扱いに関する審査については、貴協会においてさらなる効率化の取組みを推進するとともに、審査内容の高度化にも両輪で取り組まれているものと承知しており、当庁としても、引き続きその取組みを後押ししていきたいと考えている。
- Web3.0サービスの拡大・多様化への対応の一環として、業界の皆様からのご要望も踏まえ、暗号資産交換業者等による暗号資産等の売買等の媒介の範囲及びその該当性の明確化等を図るための事務ガイドラインの改正を行い、9月6日から適用を開始している。
- 当庁としては、引き続きWeb3.0の健全な発展に向けて、利用者保護に配慮しつつ、健全なイノベーションの推進に貢献していく所存であり、新たなWeb3ビジネスへの取組みに関する申請・相談等について、効率的かつ適切に対応を進めるほか、貴協会をはじめ様々なステークホルダーとの対話を重視していきたいと考えている。
- マネロン等対策に係る当面の対応について
- マネロン等対策については、24年3月末を期限として、ガイドラインに基づく態勢整備をお願いしてきたところ、皆様のご尽力に改めて感謝申し上げる。
- 経営陣においては、まずは整備した態勢が着実かつ継続的に運用されているか、形式的な運用になっていないか、自らが関与する形で確認いただきたい。また、今後は、整備した基礎的な態勢の実効性を高めていくことが重要であり、マネロンガイドラインでは、各金融機関等が自社のマネロン等対策の有効性を検証し、不断に見直し・改善を行うよう求めている。
- 金融庁では、各金融機関等がこうした有効性検証を行う際に参考となるよう、既に有効性検証に取り組んでいる金融機関等との対話を通じて得られた考え方や事例を公表すべく検討・準備しているところ。
- こうした事例等も参考にしつつ、金融庁の公表物を待つことなく対応を進め、マネロン等リスク管理態勢の高度化に努めていただきたい。
暗号資産分析会社の米チェイナリシスが公表した暗号資産犯罪リポートによると、2024年のハッキングによる暗号資産の盗難被害額は前年より約2割多い22億ドル(約3400億円)だったといいます。件数は303件とこの10年で最も多く、「暗号資産のハッキングは依然として根強い脅威だ」と指摘しています。同社によると、北朝鮮が関係するハッキングは13億4000万ドル(約2070億円)と前年の2倍に急増、世界全体の6割を占めています。北朝鮮のIT系の労働者が関係しているケースがあるとみられ、「偽の身元や第三者の雇用仲介などを使用して(企業に)アクセスすることが多い」と指摘しています。北朝鮮に対する国連の制裁の履行状況を監視する専門家パネルは2024年3月公表の報告書で、北朝鮮が外貨収入の約半分をサイバー攻撃によって得ていると分析、2024年11月には、韓国の警察が、2019年に韓国の暗号資産取引所から当時のレートで約580億ウォン(約64億円)相当の暗号資産が窃取された事件について、北朝鮮側の犯行と発表しています。国連の専門家パネルは、ロシアが任期延長に関する決議案に拒否権を行使したため、2024年4月末に活動停止に追い込まれましたが、北朝鮮の動きに対する監視の目が弱まったとの懸念があります。
金融審議会(首相の諮問機関)の作業部会は、資金決済制度の改正に関する報告書案を大筋で了承しています。海外に拠点を置く暗号資産交換業者の経営破綻で、日本の投資家の資産が海外に流出することを防ぐため、国内保有命令を出せるようにするのが柱となります。金融庁は2024年の通常国会に資金決済法改正案の提出を目指すとしています。本コラムでも取り上げた2022年の米交換業大手FTXトレーディング破綻では、同社の日本法人が金融商品取引法上の登録業者でもあり、同法に基づく国内保有命令により資産流出を食い止めることができましたが、資金決済法上の登録のみの業者には対応できず、同法でも同様の命令が出せるようにするものです。報告書案には、電子マネーなど一部の前払い式支払い手段での寄付を認めることも盛り込み、寄付対象は国や地方自治体、認可法人などに限定し、1回当たりの上限額は1万~2万円とするとしています。
▼金融庁 金融審議会「資金決済制度等に関するワーキング・グループ」(第6回)議事次第
▼資料2 事務局説明資料2
- 送金・決済サービス
- 資金移動業者の利用者資金の返還方法の多様化
- 現在、銀行等による保証や信託により資産保全を行っている場合でも、国への供託を経由して、利用者資金の返還を行うこととなっている。資金返還の確実性・安全性を担保しつつ、迅速な資金返還を実現する観点から、供託を経由せずに以下の方法により返還する選択肢を設ける。
- 一定の健全性に係る基準を満たす銀行等の保証機関による直接返還
- (注)利用者と保証機関との間で保証契約を締結することとなるが、実務上、利用者との接点を有する資金移動業者を通じて保証契約の締結を行うことが想定される。
- 信託会社等による直接返還
- 「供託を経由する返還方法」と「保証機関により直接返還する方法」とを併用した資金移動業者が破綻した場合に、保証機関が弁済による代位を行った後、供託されている履行保証金について優先弁済権を行使すると、利用者に不利益が生じうることから、当該保証機関を資金決済法の優先弁済権の帰属主体から除く。
- なお、前払式支払手段については、高額電子移転可能型前払式支払手段でない限り本人確認義務が課されていないことから、引き続き供託による還付手続を実施する。
- 一定の健全性に係る基準を満たす銀行等の保証機関による直接返還
- 現在、銀行等による保証や信託により資産保全を行っている場合でも、国への供託を経由して、利用者資金の返還を行うこととなっている。資金返還の確実性・安全性を担保しつつ、迅速な資金返還を実現する観点から、供託を経由せずに以下の方法により返還する選択肢を設ける。
- 第一種資金移動業の滞留規制の緩和
- クロスボーダー収納代行への規制のあり方
- 前払式支払手段の寄附への利用
- 資金移動業の登録を求める送金業務(為替取引)規制の潜脱防止の観点から、前払式支払手段の用途拡大の要望は極めて限定的に認めてきたが、その寄附への利用について、規制の潜脱防止の観点のほか、マネー・ローンダリング及びテロ資金供与防止対策(以下「AML/CFT」)や詐欺等のリスクにも留意し、寄附金受領者や金額に以下のとおり一定の制限を課した上で認める。
- 寄附金受領者について、国・地方公共団体や認可法人等に限定する。
- 1回当たりの寄附金上限額については、個人の年間寄附金額は1万円未満が過半を占めているとの調査等を踏まえ、1回当たり1~2万円とする。
- 今後、適切に寄附が行われるための上記枠組みの具体化については、金融庁において検討を進めていくことになるが、ギフトカード等を用いた詐欺の事案等も踏まえると、番号通知型前払式支払手段を用いた寄附を認めることは適切ではない。また、何者かが寄附金受領者になりすまして寄附金を募るリスクについては、十分な対策が講じられるべきである。
- 寄附も含め、前払式支払手段の利用範囲については、キャッシュレス決済サービスの利用者にとってわかりやすい形で、周知していくことが重要である。
- 資金移動業の登録を求める送金業務(為替取引)規制の潜脱防止の観点から、前払式支払手段の用途拡大の要望は極めて限定的に認めてきたが、その寄附への利用について、規制の潜脱防止の観点のほか、マネー・ローンダリング及びテロ資金供与防止対策(以下「AML/CFT」)や詐欺等のリスクにも留意し、寄附金受領者や金額に以下のとおり一定の制限を課した上で認める。
- 資金移動業者の利用者資金の返還方法の多様化
- 暗号資産・電子決済手段(ステーブルコイン)
- 暗号資産交換業者等の破綻時の資産の国外流出防止
- グローバルに活動する暗号資産交換業者や電子決済手段等取引業者の破綻時に国内利用者への資産の返還を担保するため、金融商品取引業者に対する資産の国内保有命令の規定を参考に、資金決済法においても、これらの業者に対する資産の国内保有命令の規定を設ける。
- 暗号資産等に係る事業実態を踏まえた規制のあり方
- 暗号資産交換業者・電子決済手段等取引業者(以下「暗号資産交換業者等」)と利用者の間に立ち、利用者の資産の預託を受けることなく、暗号資産・電子決済手段(以下「暗号資産等」)の売買・交換の媒介のみを業として行うことを内容とする、暗号資産・電子決済手段仲介業(仮称)を創設する。具体的な枠組みについては以下のとおり。
- 所属制
- 金融分野における仲介業は総じて所属制が採用されており、金融サービス仲介業のように多種多様な商品を取り扱う事情もないことから、新たな仲介業者においても特定の暗号資産交換業者等に所属させる所属制を採用する。
- 財務要件
- 暗号資産等の売買・交換の媒介のみを業とする趣旨に鑑みれば、新たな仲介業者は利用者財産の受託を行わず、利用者財産の管理等の不備によって利用者に損害を与えることが想定されないため、賠償責任を負う事態は限定される。したがって、新たな仲介業に財産的基礎に係る参入規制は課さない。
- AML/CFT
- 新たな仲介業者が暗号資産等の売買・交換の媒介を行う場合、暗号資産交換業者等が当該売買・交換に伴うAML/CFTの義務を履行するため、仲介業者に犯収法に基づくAML/CFTの履行義務は課さない。
- 所属制
- 暗号資産交換業者・電子決済手段等取引業者(以下「暗号資産交換業者等」)と利用者の間に立ち、利用者の資産の預託を受けることなく、暗号資産・電子決済手段(以下「暗号資産等」)の売買・交換の媒介のみを業として行うことを内容とする、暗号資産・電子決済手段仲介業(仮称)を創設する。具体的な枠組みについては以下のとおり。
- 暗号資産交換業者等の破綻時の資産の国外流出防止
その他、暗号資産等を巡る海外の動向から、いくつか紹介します。
- 代表的な暗号資産であるビットコインが10万ドルを突破しました。価格上昇は、新たな通貨としての顔を捨て資産の側面を強めたことが寄与、法定通貨の立場を脅かさなくなり、投資家保護の仕組みづくりも進んだことが受け入れる層の広がりにつながったと評価できると思います。一方で、伝統的な株式投資家は批判的で、著名投資家のウォーレン・バフェット氏は「殺鼠剤を2乗したようなもの」と拒否反応を示しています。また、上述したとおり、たびたびハッキングが起きているほか、マネロン対策が甘いとの批判も消えず、今後の動向をあらためて注視していく必要があります。
- ビットコインの国家保有が、約51万BTC(約510億ドル)と全体の発行済みコイン(約1979万枚)の約3%あることが分かったと報じられています(2024年12月13日付日本経済新聞)。報道によれば、米中2大国が犯罪摘発で押収したビットコインを保有する例だけでなく、マイニング(採掘)事業に参入して報酬を受け取る例もあるといいます。政府としての保有国1位は米国で、2024年12月11日時点で約20万BTC(約200億ドル)とされ、拳銃や薬物など違法な取引の温床となって2013年に摘発された闇サイト「シルクロード」事件などでの押収により保有するようになったといいます。米政府に次いで保有が多い中国も、詐欺グループからの押収などにより約19万BTCを保有、2024年には、ドイツの政府機関が海賊版ポータルサイト「Movie2K」の運営会社から約5万BTCを押収、ドイツ当局が2024年7月に売却を発表すると、市場では大口の売りとして話題になりました。また、採掘を国家事業として実施する国もあり、エルサルバドルは2021年からビットコインを法定通貨として採用し、現時点で6000BTC弱を保有、データ分析企業アーカム・インテリジェンスによると、同国の保有額は2024年12月11日時点で約5億7600万ドルになります。一方で、変動の激しいビットコインを国家が保有することへの批判も根強くあります。
- 米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は、トランプ次期大統領が示したビットコインの戦略備蓄制度計画にFRBが関与するつもりはないと述べています。トランプ氏は、戦略石油備蓄のようなビットコインの戦略備蓄制度を設ける案を示唆しています。暗号資産推進の姿勢を示すトランプ氏が大統領に勝利して以降、ビットコインは初の10万ドル台を付けるなど急騰していますが、パウエル議長の発言を受けて、この日は大幅に下落しています。
- エルサルバドルは国際通貨基金(IMF)から14億ドル(約2150億円)の融資を受けるのと引き換えに、企業に義務付けているビットコインの利用拡大を見直すことに合意しています(法改正によりビットコインの民間分野の受け入れが任意になるというもの)。海外で働く出稼ぎ労働者からの送金受け取りの需要もあると見込んだものの、価格変動による資産としての安定性の低さがネックとなり、同国内での普及は進んでいないものの、ブケレ大統領は「我が国のビットコイン残高は(購入時に)支払った金額より3億4400万ドル(約520億円)以上増加している」とSNSに投稿し、実績を誇示しています。資産価値は6億ドルを超えているとみられ、買い進めたタイミングが価格低迷期に重なって思わぬ恩恵が転がり込んだ形といえ、今後もビットコインを購入し続け、場合によっては購入のペースを加速する方針も示しています。本コラムでもたびたび取り上げていますが、ブケレ氏は巨大な刑務所を建設し、世界最悪水準だった同国の治安を急激に改善させた実績が評価されて高い支持率を維持しています。憲法解釈を変更し、強引に立候補した2024年2月の大統領選挙も8割を超える得票で圧勝、中米の小国を世界にアピールしたという意味で、ビットコイン政策も同氏の政治に大きな役割を果たしていますが、今後の動向が気になるところです。
- 暗号資産交換最大手バイナンスのリチャード・テンCEOは、国際的な戦略拠点をどこに置くかまだ決めていないと述べています。バイナンスのウェブサイトによると、これまでに全世界で取得した事業免許・事業登録は20件に達し、2024年に入ってアブダビの暗号資産規制当局からも得ています。バイナンスは創業者であるチャンポン・ジャオ前CEOがマネロン防止法に違反した罪で有罪判決を受けており、そのため2024年になって初めて取締役会を立ち上げるなど経営の透明性の改善を進めており、国際戦略拠点の設置場所の決定はこうした取り組みの一環と目されています。
- 2024年12月29日付産経新聞の記事「少年が自作の暗号資産を売り抜け、5万ドルを稼ぐ 投資家たちは報復」は大変興味深いものでした。具体的には、「わずか10分足らずの間に、米国の若者が軽いノリで作成した暗号通貨を売り抜け、大金を手にした。この倫理的に問題のある行為に対し、トレーダーたちは激怒した」というもので、「ミームコインという、実用性や目的がなく、単なる投機対象の暗号通貨の世界では、これは比較的一般的なことだ。多くの人が損をする一方で、少数の人が一気に大金を稼ぐことがある。今回の場合、ビースクの息子は「ソフト・ラグプル」と呼ばれる行為を行なったようだ。これは、誰かが新しい暗号通貨トークンを作成し、それをオンラインで宣伝した後、所有しているトークンをすべて売却して価格を急落させる行為だ。弁護士によると、このような行為は法律的にグレーゾーンに位置しているが、暗号通貨界隈では少なくとも倫理的に問題視される」というものです。
- 米金融規制当局トップで構成する金融安定監視評議会(FSOC)は年報で、ドルなど法定通貨と価格が連動する暗号資産「ステーブルコイン」市場について、有力コインの「テザー」が大きなシェアを占めていることに警戒感を示しています。テザーは時価総額で世界のステーブルコイン市場の7割を占め、暗号資産取引で幅広く使われており、FSOCはドルなどへの換金でテザーに懸念が生じれば、暗号資産市場全体が混乱し、伝統的な金融システムにも波及する可能性があると警告しています。テザーは裏付け資産として米国債の保有を急速に拡大させており、2024年7~9月期の保有残高は1026億ドル(約15兆4000億円)と、2021年から7倍近く増加、FSOCはテザーがこのペースで購入を増やしていけば、テザーを巡って「取り付け騒ぎ」が起きた場合、米国債市場の安定性にリスクをもたらしかねないと指摘しています。テザーを含むステーブルコインのほとんどは当局の規制下になく、FSOCは米議会に対し、関連の法整備を求めています。トランプ次期米政権は暗号資産に前向きで、推進派を政府高官に相次いで指名、商務長官に指名された米投資銀行トップのハワード・ラトニック氏はテザー事業に深く関わっています。
- タイで法定通貨に価値が連動するステーブルコインを使った金融サービスが動き始めています。カシコン銀行は日系企業と連携し、国際送金などでの利用を見込んでいるほか、SCBXも同様のサービスを始めています。投機性の強い暗号資産(仮想通貨)と異なり、決済手段としての普及が見込まれ、送金手数料が低く、銀行間の直接送金でも瞬時に移転が可能なこともあり、コインの利用促進が期待されています。ステーブルコインは世界で約20兆円分が流通、米調査会社チェイナリシスによると、新興国では現地通貨の下落に備えようとコインに頼る傾向が強い。タイではカシコン銀とSCBXがステーブルコインの関連サービスが広がりやすいとみています。一方、テーブルコインはサイバー攻撃や通貨下落への対処が不透明だとの見方があるほか、マネロンなどに使われているとの指摘もあります。
中央銀行デジタル通貨(CBDC)を巡るトラブルについて、金融庁から注意喚起がなされています。
▼金融庁 中央銀行デジタル通貨(CBDC)の売買に関する勧誘にご注意ください
- 中央銀行デジタル通貨(CBDC)に関する投資を持ちかけられ購入したところ、トラブルに巻き込まれたという情報が寄せられています。少しでも不審に思った場合には、取引・契約を見合わせるなど冷静に対応いただくとともに、金融庁金融サービス利用者相談室、または最寄りの警察署にご相談ください。
- 当庁に寄せられた相談事例
- 中央銀行が発行しているというCBDCの売買を扱うウェブサイトを発見した。毎日利息が付くとの記載があったので儲かると思い、多額の金額を振り込んだところ、利益が出たため税金の支払いが必要だとして追加の入金を求められたが、支払わないといけないのか。
- SNSで知り合った人から中央銀行デジタル通貨(CBDC)に関する投資話を持ち掛けられた。国が発行しているものであるため暴落の心配がないと言われ、多額の金額を個人口座へ振り込んでしまった。
- なお、CBDCは諸外国においても調査・検討段階であり、一部の国を除いて実用化されておりません。
- 円の中央銀行デジタル通貨は存在しておりませんので、ご注意ください。
②IRカジノ/依存症を巡る動向
本コラムで以前から取り上げていますが、大阪市で計画中のカジノを含む統合型リゾート(IR)の用地の賃料を巡り、市が依頼した複数業者の鑑定額が一致しているのは不自然だと指摘されている問題で、IR運営事業者「大阪IR株式会社」に不当に安く貸して市に損害を与えたとして、市民3人が、横山英幸市長や同社などに適正賃料との差額約1千億円を賠償させるよう市に求める住民訴訟を大阪地裁に起こしています。訴状によると、鑑定について、IR事業を考慮せず、大型ショッピングモールの用地として算定したことで「著しく廉価な金額」で貸し出すことになったと主張、原告側は適正賃料を月額約4億7千万円と算出、契約上の賃料と同約2億5千万円のひらきがあるとして、契約期間の2058年までに約1044億円の損害が生じるとしています。
こちらも継続的に注視してきたIRを巡る汚職事件ですが、収賄罪と組織犯罪処罰法違反(証人等買収)に問われた秋元司・元衆院議員について、最高裁第1小法廷は2024年12月17日付の決定で被告側の上告を棄却しています。懲役4年、追徴金約758万円の実刑とした1、2審判決が確定することになります。1、2審判決によると、秋元被告は豊嶋被告と共謀し、内閣府のIR担当副大臣だった2017年9月~18年2月、IR参入を目指していた中国企業「500.com」(当時)側から計約758万円相当の賄賂を受領、保釈中だった2020年6~7月には、支援者らを通じて贈賄を認めた同社元顧問2人に報酬を提示し、公判での偽証を持ちかけています。
マカオがポルトガルから中国に返還されて25年を迎えました。世界有数のカジノ産業を中心に飛躍的な経済成長を遂げ、習近平政権は「一国二制度の優等生」と見なしています。同じ制度が適用される香港とは対照的に、大規模な抗議デモは近年見られず、行政長官には初めて中国本土出身者が就任し、「中国化」が着々と進んでいる状況にあります。マカオでは政府に対する市民の反発が少なく、返還前から親中派団体の影響力が強く、多くの住民は中国に融和的とされますが、その背景にあるのはカジノ産業だと言われています。中国本土との経済的なつながりが強固で、本土からの観光客は「上客」であり、マカオ政府は「富の還元」の一環として住民に現金を給付し、教育・医療費も原則無料。こうした施策は市民に広く歓迎されている実態があります(ただし、治安悪化で観光客が減れば生活に直接響くことになり、若者には「抗議活動を封じるためのばらまき」と冷めた声もあるようです)。そのマカオのカジノ大手、銀河娯楽集団(ギャラクシー・エンターテインメント)は、副主席を務める呂耀東(フランシス・ルイ)氏が経営トップの主席に就任しましたが、株価は2023年の高値に比べ約4割安の水準に低迷しています。習近平政権は違法賭博の取り締まりを強化しており、カジノ頼みからの脱却が課題となります。同政権は賭博をアヘンや売春と並ぶ堕落の象徴として禁じており、「一国二制度」のもと、賭博が許可されたマカオの強みがコロナ禍を経て戻りつつあるものの、今後の動向を注視する必要があります。
賭博を原則禁止としてきたタイ政府が、国内でのカジノ営業解禁に向けて動いているとの報道がありました(2024年1月11日付朝日新聞)。報道によれば、観光振興が主な目的とされるものの、「地下経済」が広がることで、ギャンブル依存や薬物汚染などの悪影響を及ぼすのではと懸念する声もあり、世論は割れているといいます。仏教国のタイでは、公営や当局の許可を得た場合を除き、賭博は原則禁止とされてきましたが、タイ政府は2024年10月、ポーカーといったカードゲームや闘鶏など、23種類の賭博を合法化、カジノ解禁に向けた下準備と見られています。タイは、他の東南アジア諸国と比べて低成長が続き、ペートンタン政権は新たな経済浮揚策のひとつとして、ECの運営解禁などを通じた観光産業の活性化を目指しており、国内にカジノがないタイでは、休日にギャンブル好きの人びとが隣国のカジノまで足を運び、賭博に興じている実態があり、政府はEC解禁により、そうした消費を国内に呼び戻したい考えだといいます。また、闇賭博の広がりも社会問題化しており、裏社会へのお金の流れを断つ狙いもあるとされます。一方、報道で下院の最大野党・国民党のランシマン・ローム副代表は「この国で、カジノを受け入れる準備はまだ整っていない」として、社会への悪影響を防ぐ法や制度面の整備を先に進める必要があると主張していますが、タイでは性急に行った大麻解禁を巡る混乱(薬物依存の社会問題化など)も記憶に新しいところであり、ともに経済活性化の側面からの施策とはいえ、十分な検討を重ねてほしいものだと思います。
2024年12月15日付読売新聞によれば、海外のオンラインカジノに接続して賭博をしたとして、全国の警察が2024年1~11月、2023年の約2.7倍となる143人(暫定値)を摘発していたことが、警察庁への取材でわかったということです。賭け金の決済口座の解析で、客の特定が進んでおり、国内の利用者は300万人超との推計もあるといいます。借金を抱えて「闇バイト」に手を出す若者もおり、アクセス規制の検討が必要な状況といえます。報道によれば、オンラインカジノ客の摘発は2019年の62人が最も多く、近年は50人程度で推移してきたところ、2024年は11月末で143人と、2024年(53人)の約2.7倍に達しています。個人がスマートフォンで行うのが主流で、2024年の摘発は「無店舗型」が約9割に上っています。国際カジノ研究所(東京)が2024年8~9月、国内の男女6000人を対象に行った調査では、1年以内にオンラインカジノで賭けたことがある人は2.8%で、約346万人が参加していると推計されています。本コラムでもたびたび指摘しているとおり、海外のカジノサイトが乱立し、「安心・安全」「24時間日本語サポート」などと紹介していますが、海外では合法でも日本国内から賭ければ違法となります。なお、客の特定が進む背景には、「決済代行業者」の摘発があります。業者はサイト運営者の代わりに円や暗号資産をカジノで使うポイントに交換したり、出金したりして手数料を得ていますが、こうした代行業務が賭博の「ほう助」に当たるとして、警視庁は2024年9月、業者2人を逮捕、業者の関連口座には、5か月間で延べ約4万2000人の客から約200億円が振り込まれていたことが確認されています。その後、賭博用のポイント購入に使われた暗号資産口座を専用ツールで解析し、利用者約130人を特定、大規模な摘発につなげています。一方、国立病院機構久里浜医療センター2023昨年度の調査では、コロナ禍前より、インターネットでのギャンブルの利用が増えたとの回答は、依存が疑われる人で19.9%に上り、カジノ問題に詳しい静岡大の鳥畑与一名誉教授(金融論)は、「ゲーム感覚ででき、賭けのテンポが速いオンラインカジノは依存症を誘発しやすい。海外からは規制の緩い日本市場が狙われており、政府はサイトへの接続を防ぐ『ブロッキング』も含め、対策を急ぐ必要がある」と指摘していますが、この点は本コラムでもこれまで述べてきたことでもあります。また、公益社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」には、近年「オンラインカジノで借金した息子が、闇バイトに応募した」といった相談が寄せられているといい、オンラインカジノで負けが込み、特殊詐欺の被害金の「受け子」をしていた若者もいたといいます。同会に2023年に相談した人のうち、「オンラインカジノもやっている」とした人が犯罪に関与していた割合は約36%で、していない人に比べて約10ポイント高い結果となったといいます(また、同会に寄せられた相談件数は5年間で約11倍に急増しています。コロナ禍が大きなきっかけとなったとされます)。一方、闇バイトで売買される口座が、オンラインカジノの決済に使われている実態もあり、本コラムでも取り上げたリバトングループ事件では、幹部らが、SNSで「毎月3万円が2年間入る決済代行案件」などと募集、カジノ用の口座開設を指示していたことが判明しています。同会は「ギャンブル依存症は進行すると、行動に歯止めが利かなくなる。ひとたび事件が起きれば、当事者だけの問題ではなく、家族や職場にも大きなダメージがある」と指摘、警察当局に対し、決済代行業者への取り締まり強化などを求めていますが、筆者としても、闇バイトや犯罪組織の資金獲得活動に使われている実態をふまえれば、実効性ある規制や対策が急務だと考えます。
③令和6年版犯罪白書/犯罪統計資料から
令和5年の一般刑法犯の摘発件数が27万件余りとなり、19年ぶりに前年から増加に転じたことが、法務省が公表した令和6年版犯罪白書で明らかになりました。
▼法務総合研究所 令和6年版犯罪白書
2023年の刑法犯認知件数は70万3351件と前年比10万件以上増加、増加は2年連続となりました。うち窃盗が48万3695件と、全体の7割近くを占めています。殺人の認知件数は912件(前年比59件増)、強盗は1361件(同213件増)、詐欺は4万6011件(同8083件増)でした。刑法犯の検挙件数は26万9550件と、前年より1万9200件増え、2004年以来19年ぶりに増加に転じています。このうち不正アクセス禁止法違反を中心とするサイバー犯罪の検挙件数が1万2479件、若者へのまん延が懸念されている大麻取締法違反が8232件で、いずれも統計を取り始めて以降、過去最多を記録しました(児童虐待、危険運転致傷も過去最多)。特殊詐欺の検挙件数も7212件と、前の年より572件増え、白書は「サイバー犯罪そのものだけでなく、大麻購入や闇バイトもインターネットを通じた犯罪。背後に匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)が存在する例も少なくないものとみられる」と指摘したほか、SNSを通じた「闇バイト」問題に初めて言及し、少年が重大犯罪に加担していると警鐘を鳴らしています。一方、刑法犯の検挙率は前年より3.3ポイント減少し、38.3%となりました。検挙者の総数は18万3269人、うち初犯者は9万7170人、再犯者は8万6099人となっています。法務省は「犯罪情勢が新型コロナウイルス禍前の水準に迫っている」と警鐘を鳴らしています。また、再犯状況の分析では、「再犯者率」は2022年から0.9ポイント減の47.0%となり、過去最悪だった2020年の49.1%からは低下したものの、高止まりの状態が続いています。また、2022年に刑務所を出所後、2年以内に再び罪を犯して入所した「再入率」は13.0%で過去最少を更新しています。また、今回の白書では、女性受刑者に焦点を当てた調査結果を掲載しています。男性受刑者に比べて、逮捕時などに仕事がなかったり、精神疾患を抱えたりする割合が高い実態が明らかになっています。具体的には。逮捕時などに無職または失業中だった女性(65歳未満)は約38%で、男性(同)の約19%を大きく上回っているほか、薬物やアルコール、ギャンブル依存症を含む精神疾患を持つ受刑者は、男性が約23%だったのに対し、女性は約54%、「孤独感」があったのも、女性(約62%)が男性(約55%)を上回りました。白書は、女性は男性よりも心身の健康状態が不安定で、就労などによる自立が難しい状況になっていると分析、再犯を防ぐために、「出所後も手厚い支援を行い、地域活動への参加など社会での居場所作りを行うことが必要だ」としています。
例月同様、令和6年(2024年)1~11月の犯罪統計資料(警察庁)について紹介します。
▼警察庁 犯罪統計資料(令和6年1~11月分)
令和6年(2024年)1~11月の刑法犯総数について、認知件数は678,254件(前年同期645,961件、前年同期比+5.0%)、検挙件数は263,286件(247,552件、+6.4%)、検挙率は38.8%(38.3%、+0.5P)と、認知件数・検挙件数ともに前年を上回る結果となりました。増加に転じた理由として、刑法犯全体の7割を占める窃盗犯の認知件数・検挙件数がともに増加していることが挙げられ、窃盗犯の窃盗犯の認知件数は461,917件(444,982件、+3.8%)、検挙件数は152,724件(145,013件、+5.3%)、検挙率は33.1%(32.6%、+0.5P)となりました。なお、とりわけ件数の多い万引きについては、認知件数は90,071件(85,233件、+5.7P)、検挙件数は61,768件(57,482件、+7.5%)、検挙率は68.6%(67.4%、+1.2P)と、大きく増加しています。また凶悪犯の認知件数は6,450件(5,193件、+24.2%)、検挙件数は5,715件(4,397件、+30.0%)、検挙率は88.6%(84.7%、+3.9P)、粗暴犯の認知件数は53,078件(53,753件、▲1.3%)、検挙件数は43,914件(43,894件、+0.0%)、検挙率は82.7%(81.7%、+1.0P)、知能犯の認知件数は56,009件(44,975件、+24.5%)、検挙件数は17,287件(17,830件、▲3.0%)、検挙率は30.9%(39.6%、▲8.7%)、そのうち詐欺の認知件数は51,736件(41,412件、+24.9%)、検挙件数は14,361件(15,222件、▲5.7%)、検挙率は27.8%(36.8%、▲9.0P)、風俗犯の認知件数は17,079件(10,538件、+62.1%)、検挙件数は13,784件(7,536件、+82・9%)、検挙率は80.7%(71.5%、+9.2P)などとなっています。なお、ほとんどの犯罪類型で認知件数・検挙件数が増加する一方、検挙率が低調な点が懸念されます。また、コロナ禍において大きく増加した詐欺は、アフターコロナにおいても増加し続けています。とりわけ以前の本コラム(暴排トピックス2022年7月号)でも紹介したとおり、コロナ禍で「対面型」「接触型」の犯罪がやりにくくなったことを受けて、「非対面型」の還付金詐欺が増加しましたが、現状では必ずしも「非対面」とは限らないオレオレ詐欺や架空料金請求詐欺などが大きく増加傾向にあります。さらに、SNS型投資詐欺・ロマンス詐欺では、「非対面」での犯行で、(特殊詐欺を上回る)甚大な被害が発生しています。
また、特別法犯総数については、検挙件数は59,651件(64,348件、▲7.3%)、検挙人員は47,352人(52,283人、▲9.4%)と検挙件数・検挙人員ともに減少傾向にある点が大きな特徴です。犯罪類型別では入管法違反の検挙件数は5,676件(5,532件、+2.6%)、検挙人員は3,830人(3,826人、+0.1%)、軽犯罪法違反の検挙件数は5,964件(6,956件、▲14.3%)、検挙人員は6,004人(6,892人、▲12.9%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は5,267件(9,142件、▲42.2%)、検挙人員は3,744人(6,902人、▲45.8%)、ストーカー規制法違反の検挙件数は1,219件(1,151件、+5.9%)、検挙人員は975人(944人、+3.3%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は4,120件(3,163件、+30.3%)、検挙人員は3,089人(2,448人、+26.2%)、不正アクセス禁止法違反の検挙件数は503件(475件、+5.9%)、検挙人員は149人(141人、+5.7%)、銃刀法違反の検挙件数は4,208件(4,588件、▲8.3%)、検挙人員は3,592人(3,871人、▲7.2%)などとなっています。減少傾向にある犯罪類型が多い中、犯罪収益移転防止法違反等が大きく増加している点が注目されます。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は1,883件(1,320件、+42.7%)、検挙人員は1,092人(771人、+41.6%)、大麻取締法違反の検挙件数は6,705件(6,996件、▲4.2%)、検挙人員は5,352人(5,669人、▲5.6%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は7,934件(7,423件、+6.9%)、検挙人員は5,387人(5,190人、+3.8%)などとなっています。大麻事犯の検挙件数がここ数年、減少傾向が続いていたところ、2023年に入って増加し、2023年7月にはじめて大麻取締法違反の検挙人員が覚せい剤取締法違反の検挙人員を超え、その傾向が続いていましたが、今回、覚せい剤取締法違反の検挙人員がわずかながら大麻取締法違反の検挙人員を上回る結果となりました(今後の動向を注視していく必要があります)。また、覚せい剤取締法違反の検挙件数・検挙人員ともに大きな減少傾向が数年来継続していましたが、ここにきて検挙件数が増加傾向となっている点は大変注目されるところです(これまで減少傾向にあったことについては、覚せい剤は常習性が高いため、急激な減少が続いていることの説明が難しく、その流通を大きく支配している暴力団側の不透明化や手口の巧妙化の実態が大きく影響しているのではないかと推測されます。言い換えれば、覚せい剤が静かに深く浸透している状況が危惧されるところだと指摘してきましたが、最近、何か大きな地殻変動が起きている可能性も考えられ、今後の動向にさらに注目したいところです)。なお、麻薬等取締法が大きく増加している点も注目されますが、その対象となるのは、「麻薬」と「向精神薬」であり、「麻薬」とは、モルヒネ、コカインなど麻薬に関する単一条約にて規制されるもののうち大麻を除いたものをいいます。また、「向精神薬」とは、中枢神経系に作用し、生物の精神活動に何らかの影響を与える薬物の総称で、主として精神医学や精神薬理学の分野で、脳に対する作用の研究が行われている薬物であり、また精神科で用いられる精神科の薬、また薬物乱用と使用による害に懸念のあるタバコやアルコール、また法律上の定義である麻薬のような娯楽的な薬物が含まれますが、同法では、タバコ、アルコール、カフェインが除かれています。具体的には、コカイン、MDMA、LSDなどがあります。
また、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯国籍別検挙人員対前年比較について、総数803人(657人、+22.2%)、ベトナム232人(211人、+10.0%)、中国118人(80人、+47.5%)、ブラジル50人(47人、+6.4%)、フィリピン40人(26人、+53.8%)、スリランカ37人(27人、+37.0%)、パキスタン28人(13人、+115.4%)、韓国・朝鮮27人(24人、+12.5%)、インド17人(19人、▲10.5%)、アメリカ17人(8人、+112.5%)、インドネシア14人(8人、+75.0%)、バングラデシュ11人(13人、▲15.4%)などとなっています。ベトナム人の犯罪が中国人を大きく上回っている点が最近の特徴です。
一方、暴力団犯罪(刑法犯)罪種別検挙件数・人員対前年比較の刑法犯総数については、検挙件数は9,484件(9,276件、+2.2%)、検挙人員は4,667人(5,639人、▲17.2%)と、刑法犯と異なる傾向にあります。検挙件数・検挙人員ともに継続して増加傾向にあったところ、2023年6月から再び減少に転じ、前月から検挙件数が増加に転じている点に注意が必要です。犯罪類型別では、強盗の検挙件数は79件(110件、▲28.2%)、検挙人員は162人(206人、▲21.4%)、暴行の検挙件数は389件(547件、▲28.9%)、検挙人員は358人(506人、▲29.2%)、傷害の検挙件数は779件(939件、▲17.0%)、検挙人員は975人(1,099人、▲11.3%)、脅迫の検挙件数は248件(290件、▲14.5%)、検挙人員は252人(275人、▲8.4%)、恐喝の検挙件数は314件(333件、▲5.7%)、検挙人員は336人(429人、▲21.7%)、窃盗の検挙件数は4,926件(4,349件、+13.3%)、検挙人員は642人(832人、▲22.8%)、詐欺の検挙件数は1,599件(1,481件、+8.0%)、検挙人員は986人(1,239人、▲20.4%)、賭博の検挙件数は66件(39件、+69.2%)、検挙人員は92人(144人、▲36.1%)などとなっています。とりわけ、詐欺については、2023年7月から減少に転じていたところ、あらためて増加傾向にある点が特筆されますが、資金獲得活動の中でも活発に行われていると推測される(ただし、詐欺は暴力団の世界では御法度となっているはずです)ことから、引き続き注意が必要です。
さらに、暴力団犯罪(特別法犯)主要法令別検挙件数・人員対前年比較の特別法犯について、特別法犯全体の検挙件数総数は4,129件(4,687件、▲11.9%)、検挙人員は2,709人(3,305人、▲18.0%)と、こちらも検挙件数・検挙人数ともに継続して減少傾向にあります。また、犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は23件(23件、±0%)、検挙人員は23人(21人、+9.5%)、軽犯罪法違反の検挙件数は51件(69件、▲26.1%)、検挙人員は47人(53人、▲11.3%)、暴力団排除条例違反の検挙件数は52件(16件、+225.0%)、検挙人員は73人(31人、+135.5%)、銃刀法違反の検挙件数は62件(100件、▲38.0%)、検挙人員は42人(77人、▲45.5%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は248件(211件、+17.5%)、検挙人員は103人(94人、+9.6%)、大麻取締法違反の検挙件数は739件(999件、▲26.0%)、検挙人員は421人(658人、▲36.0%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は2,328件(2,585件、▲9.9%)、検挙人員は1,500人(1,787人、▲16.1%)、麻薬特例法違反の検挙件数は98件(103件、▲4.9%)、検挙人員は44人(54人、▲18.5%)などとなっており、最近減少傾向にあった大麻事犯と覚せい剤事犯について、2023年に入って増減の動きが激しくなっていることが特徴的だといえます(とりわけ覚せい剤については、今後の動向を注視していく必要があります)。なお、参考までに、「麻薬等特例法違反」とは、正式には、「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律」といい、覚せい剤・大麻などの違法薬物の栽培・製造・輸出入・譲受・譲渡などを繰り返す薬物ビジネスをした場合は、この麻薬特例法違反になります。なお、法定刑は、無期または5年以上の懲役及び1,000万円以下の罰金で、裁判員裁判になります。
(8)北朝鮮リスクを巡る動向
ウクライナのゼレンスキー大統領は、ロシアによるウクライナ侵略に伴いロシア西部クルスク州に派兵された北朝鮮兵約1万1000人が露軍とともに戦闘に参加し、「4千人死傷した」と述べ、北朝鮮の派兵について「現代戦の経験を研究し、おそらくインド太平洋に戦争を再輸出する」と非難しています。一方、ブリンケン米国務長官は、北朝鮮兵の死傷者は2024年12月末に千人超だったと述べており、推計には開きがあります。また、ゼレンスキー大統領は、ウクライナ軍がロシア西部クルスク州で、北朝鮮兵士2人を捕虜にしたとXで明らかにしています。2人は負傷しており、首都キーウに移送されたといいます。うち1人は保安局の事情聴取に対し、戦争ではなく訓練に行くと考えていたと説明したといいます。ウクライナ当局が、捕虜にした北朝鮮兵の聴取内容を公表したのは初めてとなります。ゼレンスキー大統領は、2人の写真や、露兵を装うためとみられる露軍の身分証明書の写真も投稿、ロシア軍や北朝鮮兵は、ウクライナ侵略に北朝鮮が関与した証拠を残さないように通常は負傷者を殺害することから、捕虜にするのは「容易ではなかった」とも書き込んでいます。北朝鮮兵の死傷者が多い理由としては、無人機攻撃への対応が未熟なことが一因とされ、ロシア側が無人機への対応を北朝鮮兵に教えていないのは、「(ロシア側が)北朝鮮兵の命に価値がないと考えている」ためと指摘する専門家もいます。一方、北朝鮮を研究する韓国の専門家は、「北朝鮮当局は情報を管理し、亡くなった兵士の遺族に対して「祖国のために戦死した」と伝えるでしょう。何らかの補償の手段も考えるでしょう。北朝鮮は1960~70年代の韓国と同じような社会です。韓国は当時、ベトナム戦争に派兵し、多数の兵士が死傷したり捕虜になったりしました。それでも、当時の韓国では大規模な反政府運動に発展することはありませんでした。北朝鮮も、今回の兵士派遣に伴う戦死者の発生で社会が揺らぐことはないでしょう」と指摘しています。また、それとは反対に、「若い兵士らが生まれた頃には既に朝鮮労働党による配給は止まっており、金王朝に強い忠誠心を持つ理由がない。みんな隠れて韓国ドラマなどを見ており、自国民が他国民に比べいかに過酷な暮らしを強いられているかを実は知っている。そのうえロシア軍から連絡用に1人1台のスマートフォンが支給されており、暇があれば日本のアダルトビデオを含む外部映像を見ている。ロシア軍の弾除け、おとりにされて仲間がどんどん死んでいく彼らの不満は当然、大きい。逃亡者の射殺も毎日発生している。北朝鮮による派兵は一時的には金王朝に外貨をもたらすが、彼らの不満の集積が、政権崩壊の引き金を引くことにつながらないだろうか」(2024年12月26日付産経新聞)との指摘もあるところです。」いずれにせよ、北朝鮮は自国民を外貨を稼ぐための単なる替えが利く消耗品として扱い、ロシアは北朝鮮兵らを弾除けやおとりとして利用する、という人命を尊重しない独裁専制国家の恐ろしさに、あらためて恐怖を覚えるところです。
こうした北朝鮮兵の状況についての2024年12月29日付朝日新聞の記事「北朝鮮兵、共同訓練経ず戦闘投入 「相当な無理」防研・兵頭氏の分析」は大変興味深いものでした。具体的には、「食料、エネルギー、そして兵士の給与としての外貨、さらには軍事技術。こうしたものが対価として北朝鮮が直接得られる見返りです。それに加えて戦略的なメリットも大きいです。ロシアが軍事的な後ろ盾であることを政治的に米国、場合によっては韓国などに認識させる。朝鮮半島有事の場合にはロシア軍が出てくるかもしれないと思わせる、という狙いです」、「やはり戦闘地域の前線に、より北朝鮮兵を前面に出して戦闘活動に当たらせているということだと思います」、「兵士が生きて本国に戻ることで戦闘経験のフィードバックになるわけですから。ただ、ロシアはクルスク州の奪還は急いでいるんです」、「北朝鮮とロシアはこれまで軍事訓練は一度も一緒にやったことがないですから、実際の戦場で初めて一緒に共同行動をとるというのは、どう考えても無理な話です」、「このウクライナ戦争が、事実上、北朝鮮が参戦することで東アジアの安全保障問題にもリンクしたということです。戦争が長期化すればするほど、ロシアの北朝鮮への軍事依存は高まっていく。そうすると、経済的にも軍事的にも政治的にも、北朝鮮がロシアから得る見返りが多くなっていきます。正恩氏からすると、ロシアの有事に派兵したんだから、逆に朝鮮半島有事の時はロシア軍が来るだろうと当然考えます。これまで朝鮮半島の問題は正恩氏だけを見ていれば良かったのが、その背後にロシアがいて、軍事的な結びつきがどうなっていくかをちゃんと見据えておかないといけなくなりました。東アジアの安全保障問題が複雑化するという観点においても、やはりこのウクライナ戦争を早く終わらせないといけません」というものですが、概ね筆者の見解と同じものです。加えて、「お金になる」という点もあると考えます。報道によれば、ロシアは月給として派兵された兵士に1500ドル、下士官と下級将校に2000ドル、上級将校に4000ドルを払っているとされ、1ドル=157円で計算すると兵士1人の月給は23万5500円となり、1万人なら23億5500万円という計算になるうえ、死亡時にはロシア軍と同じく15万~20万ドル(2355万~3140万円)が補償されますが、給与も補償金も本人や家族には一切渡らず、すべて金正恩朝鮮労働党総書記の統治資金となるとされます。経済制裁で資金不足に悩む金総書記にとって貴重な収入であることは間違いありません。
こうした状況下、金総書記は、党中央委員会拡大総会で「最強硬対米対応戦略」を示しました。トランプ次期大統領との交渉を前に強気の姿勢を示す狙いがあったとみられます。金総書記は総会で「米国と追随勢力の軍事挑発に対処するため」として「抑止力の強化を一層確実に保証する戦略・戦術的方針」も明らかにしたといいますが詳細は不明です。また、北朝鮮は、ロシアとの軍事協力が米国とその「従属勢力」の抑止に非常に効果的であることが証明されていると述べ、ロシアとの関係強化を非難した米国と同盟国の声明に反論しています。米国は、日本を含む他の9カ国およびEUとともに、北朝鮮とロシアの軍事協力強化を非難、共同声明で「われわれは北朝鮮とロシアの協力関係がもたらす危険に対応するため、経済制裁の発動を含め、引き続き協調して行動する」と表明しました。これを受け北朝鮮は、ロシアとの「正常な協力関係の本質をゆがめ、中傷している」と声明を非難、米国と同盟国がウクライナ戦争を長引かせ、欧州とアジア太平洋の安全保障情勢を不安定にしていると指摘しています。一方で、ロシアが北朝鮮に提供できる経済支援には限界があり、永続的でもなく、結局、中国に頼らざるを得ないことになることも考えられます。最近、北朝鮮で食料などの価格が急騰している背景には、中国が新たな北朝鮮労働者の受け入れに慎重になっていることや、中朝密貿易を取り締まっている事情があります。中国も北朝鮮の扱いに悩んでいる可能性もあります。さらに、米国にとって中国は、競争で絶対に勝利しなければならない相手であり、トランプ政権は中国に対し、性急で強硬な手段を取ると考えられ、中国も圧力に対抗して強い態度で臨むと考えられます。北朝鮮もロシアをバックに、強い態度で(米国に)臨む可能性があり、日韓両国は厳しい状況に追い込まれることになります。(米国との間で)経済や軍事分野での緊張が高まると同時に、米国は日韓両国に対して同盟国としての役割を果たすよう求めてくるはずで、日韓両国とも当面、国内政治で不安定な状態が続くこともあり、2025年は北東アジア情勢に急激な変化が起こり始める年になる可能性があります。
米国のトーマスグリーンフィールド国連大使は国連安全保障理事会(安保理)で、ロシアと北朝鮮が両国の軍事協力拡大を正当な動きと主張する中、ロシアは北朝鮮の核武装を受け入れる方向に傾きつつあると警告しています。ロシアのラブロフ外相は2024年9月、同国は北朝鮮が核兵器を防衛基盤にするという論理を理解しており、北朝鮮の「非核化」は議論する必要のない問題との見方を示しましたが、トーマスグリーンフィールド氏は「われわれの検証では、ロシアは朝鮮半島の非核化に取り組む従来の方針を転換して、北朝鮮の核兵器開発計画を受け入れる方針を固めつつあるかもしれない」と述べています。さらに「ロシアは北朝鮮の核兵器開発を非難するのに否定的な姿勢を示すだけでなく、北朝鮮の秩序を乱す行動を非難する決議案や制裁案の可決の妨害を続ける、とわれわれは考えている」と訴えています。また、米国のブリンケン国務長官は、ロシアがウクライナとの戦闘で兵士の派遣を受ける北朝鮮に対して、「先進的な宇宙や衛星技術を提供する意向だ」と指摘、さらに「ロシアは数十年にわたる政策を覆し、北朝鮮の核兵器計画の受け入れに近づいている」との見方も示しています。ブリンケン氏は、ウクライナが越境攻撃中の露西部クルスク州で2024年12月下旬に北朝鮮の兵士1000人以上が死傷したと説明、ロシアと北朝鮮との協力関係の深化を示す例だとした上で、ロシアが北朝鮮に対して軍事装備や訓練のほか、宇宙や衛星に関する技術も提供する意図があると指摘、これに関して米韓と日本で懸念を共有しているとも述べています。また、「太平洋と大西洋の安全保障は不可分だ」と強調、北朝鮮からロシアへの砲弾や兵士などの支援のほか、中国もロシアの防衛産業への支援に関与し、「ウクライナへの侵略の継続を可能にしている」と批判しています。さらに、米国のシェイ国連次席大使は、ロシアが北朝鮮に対し、すでに兵士派遣などの見返りに防空システムを提供したと安保理で説明、「我々は、ロシアが通信や情報収集に不可欠となる先進的な宇宙や衛星技術を北朝鮮と共有する意図があることを特に懸念している」と述べたほか、北朝鮮がロシアから受けた技術や軍事装備を使い、近隣諸国との戦争が起きた場合に備えている可能性も指摘しています。なお、こうした指摘に対し、ロシアは「根拠がない」と一蹴、安保理会合の目的は「北朝鮮への否定的な雑音づくり」と批判しています。
防衛省は2025年1月6日、北朝鮮が同日午後0時1分ごろ、平壌近郊から少なくとも1発の弾道ミサイルを北東方向に向けて発射したと発表、最高高度約100キロで、約1100キロ飛翔し、日本の排他的経済水域(EEZ)外の日本海に落下したと推定しています。日本政府は、弾道ミサイル発射は国連安全保障理事会決議に違反し、国民の安全に関わる重大な問題だとして、北朝鮮に厳重に抗議し、強く非難しています。北朝鮮による弾道ミサイルの発射は2024年11月5日に短距離弾道ミサイルを発射して以来、約2カ月ぶりとなります。韓国軍は、固体燃料式の極超音速ミサイルの可能性があると分析、極超音速ミサイルは一般にマッハ5(音速の5倍)以上の速度で飛翔し、低高度で変則軌道を取るため、探知が難しいとされます。北朝鮮が2024年に発射したミサイルの改良型の可能性があります。韓国軍は当初、中距離級との見方を示しましたが、飛距離が伸びず、燃料を抑えたか、変則軌道のため正確に捕捉できなかった可能性が指摘されています。なお、中距離級なら米領グアムを標的とし、日本全土も射程に収めるものとなります。一方、朝鮮中央通信は、北朝鮮が新型の極超音速中長距離弾道ミサイルの発射実験を実施したと報じています。ミサイルは首都平壌郊外から発射され、音速の12倍に達する速度で、変則的な軌道で飛行、予定された軌道に沿って飛行し、1500キロメートル先の公海上の目標水域に正確に着弾したとしています。同通信は、今回発射されたミサイルの飛行誘導システムには「新しい総合的かつ効果的な方式」が導入され、胴体部分には新たな炭素繊維複合素材が使用されているとも伝えています。金総書記は「画像監視システム」を通じて発射実験を視察、米国を念頭に「太平洋地域の敵を確実にけん制することになるだろう」と強調、トランプ次期米大統領の就任を前に兵器開発を誇示し、米国を揺さぶる狙いがあるとみられています。
2024年10月上旬に北朝鮮の平壌上空を飛行したドローン(無人機)について、北朝鮮側が「われわれの社会主義を内部から瓦解させる目的だ」と大きな衝撃を受け、軍関係者に対策を指示していたことが明らかになっています(2024年12月27日付毎日新聞)。北朝鮮は、ドローンは韓国軍が送ったと主張し激しく批判、韓国軍は「確認できない」と認めていませんが、内部文書の記述からも「自作自演」の可能性は低いとみられます。一方、韓国内では野党を中心に、尹錫悦政権が戒厳令宣布の条件を作るために北朝鮮を刺激しようとしたとの疑念が提起されているところです。実際に韓国軍によるものだった場合、朝鮮半島の緊張状態を意図的に作り出す無謀な行為だった可能性があります。北朝鮮側はドローンについて公式に「再び領空侵犯した際には強力な報復行動を取る」などと強く警告する談話は発表しましたが、ロシアへの派兵などの影響からか韓国に対する攻撃には踏み切っていません。
米司法省は、身分を偽って米企業や非営利団体に勤務し、北朝鮮に送金したとして、同国籍の14人をミズーリ州の連邦大陪審が起訴したと発表しています。米国が経済制裁を科す北朝鮮による組織的な外貨獲得活動の一環とみられ、司法省は米国の制裁対象との取引を禁じる国際緊急経済権限法に違反したとしています。起訴状などによると、14人は中国やロシアに拠点を置く北朝鮮企業の従業員で、2017~2023年にミズーリ州の住民の協力を得て米国市民を装った偽の身分証明書を使い、米国外にいながらリモートワークのIT技術者として米企業などに勤務、14人は6年間で少なくとも計8800万ドル(約130億円)を稼ぎ、中国国内の口座を経由して北朝鮮に送金していたといいます。米国の雇用主に「機密情報を漏らす」と脅し、金をだまし取る手口を繰り返していたとされます。米司法省は「北朝鮮は世界中の企業に何千人もの熟練したIT技術者を雇用させ、収益を獲得しようとしている」と警告しています
その他、北朝鮮を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 国連総会本会議は、北朝鮮の人権侵害を非難し、日本人拉致被害者の即時帰国を求めた決議案を、議場の総意によって無投票で採択しています。同様の決議採択は20年連続となります。北朝鮮の金星国連大使は採択前に「北朝鮮の社会制度を転覆させようとしている」と反発しています。
- 米財務省は、北朝鮮の工作員がサイバー犯罪で得た資金のマネロンに加担したとして、アラブ首長国連邦(UAE)を拠点とする中国籍の2人と関連企業を制裁対象に加えたと発表しています。北朝鮮のIT労働者やサイバー犯罪によって稼ぎ出した数百万ドルのマネロンに関与したといいます。2人はUAEに拠点を置くダミー会社を通じ、マネロンや暗号資産の両替サービスに関与し、違法な収益を北朝鮮に送金していたとされます。米財務省のスミス次官代理(テロ対策・金融情報担当)は声明で「北朝鮮はデジタル資産の活用を含め、大量破壊兵器や弾道ミサイル計画に資金を供給するために複雑な犯罪計画を続けている。財務省は北朝鮮政権への資金の流れを促進するネットワークを断ち切ることに引き続き注力する」と述べています。それに先立ち、米国務省は、北朝鮮IT技術者らが身元を偽って米企業に就職し、盗んだ機密情報と引き換えに身代金を要求することで得た資金が、北朝鮮の大量破壊兵器開発に充てられているという認識を示していました。
- 北朝鮮の対韓国工作機関「文化交流局」が、韓国最大規模の労組幹部だった男らによって秘密裏に結成されたスパイ組織に対して多数の指令文を送っていたことが、韓国・水原地裁の判決で認定されています。2024年1月9日付読売新聞によれば、「韓国の労組を通じ、日米韓3か国協力の弱体化を狙う北朝鮮の思惑が見てとれる。「韓国と日本の関係は最悪だ。高揚した反日世論の流れに乗り、『韓米日三角同盟』を破裂させるための活動が必要だ」北朝鮮は2019年7月から8月に3回にわたって指令文を送った。これに先立ち、日本政府は元徴用工訴訟問題への対応を巡り当時の文在寅政権が解決に向けた対応を見せない中、対韓輸出管理強化に踏み切っていた。指令文では「民族の利益を侵害する冒涜行為だと社会に認識させ、文政府が日本に妥協案を出さないよう力を与えろ」と求め、日本大使館を包囲したり、日の丸を破ったりするような過激な反日闘争の強化を促した。この後、韓国内では市民団体などによる日本製品の不買運動が広がった」、「今回の事件について、韓国に亡命した北朝鮮元工作員の一人は「スパイ活動の氷山の一角が明らかになっただけ」と指摘する。韓国の裁判所では今回の事件以外にも、北朝鮮からの指令文を受け取っていたなどとして国家保安法違反に問われているスパイ事件の公判が3件行われている」とのことです。また、読売新聞の報道では、北朝鮮が韓国内で運営する自国のスパイ組織に対し、東京電力福島第一原子力発電所の処理水放出に関して反日行為を扇動するよう指示する指令文を送っていたことも判明したといいます。北朝鮮が反日機運を利用し、韓国内の分断と日韓対立をあおっている実態が浮かび上がったとしています。判決で証拠採用された指令文によると、「反日世論をあおり、日韓対立を取り返しがつかない状況に追い込め。核テロ行為と断罪する情報を集中的に流せ」と韓国での活動を具体的に指示していたといいます。こうした国家を背景とする世論工作が行われていることを、日本としても常に念頭に置きながら、危機感をもって、冷静かつ毅然とした対処をしていく必要があることをあらためて感じさせます。
3.暴排条例等の状況
(1)暴力団排除条例の改正動向(三重県)
三重県警は、三重県暴排条例を一部改正のため、改正案をパブリックコメントに付しています。改正は。他の自治体の暴排条例改正の流れをふまえて、三重県内随一の繁華街、四日市市諏訪地域を排除特別強化地域に設定、飲食店、風俗営業者などが、みかじめ料や用心棒料を支払った場合を想定し、暴力団と営業者双方に罰則規定などを設けるものです。具体的には、四日市市の西新地、諏訪栄町、西浦1を「排除特別強化地域」として、風俗営業、性風俗関連特殊営業、飲食店営業など、暴力団と繋がりやすい営業者に対して、みかじめ料・用心棒料の支払いと暴力団による受け取りを禁止、違反した場合は、1年以下の懲役または50万円以下の罰金となるほか、自首減免規定を設け、業者から事案の申告も促すものとなります。さらに、暴力団事務所開設及び運営の禁止区域の拡大(商業系地域や工業系地域について面規制)、名義利用禁止規定の新設なども行われます。
▼三重県警察 三重県暴力団排除条例の一部改正案について(概要)
- 条例改正の趣旨
- 平成27年以降、暴力団の分裂に伴う対立抗争事件が全国で発生し、県内においても暴力団事務所への車両突入事件や暴力団幹部居宅に対する拳銃発砲事件が発生し、令和4年には伊賀市内において拳銃使用の殺人未遂事件が発生するなど、県民の安全・安心を脅かしている。さらに、暴力団は繁華街において組織の実態を隠蔽しながら不法行為を行っており、営業者は暴力団との関係遮断を図れず、みかじめ料や用心棒料の支払い事実を申告できずに利益供与している実態もうかがわれる。
- 暴力団を取り巻く情勢の変化に応じて規制を強化するため、三重県暴力団排除条例(以下「暴排条例」という。)の一部を改正する。
- 改正概要
- 暴力団排除特別強化地域等の新設、規制
(直罰:1年以下の懲役又は50万円以下の罰金で調整)- 現行の暴排条例には、金品やみかじめ料等の利益の受供与について罰則規定がなく、繁華街では、暴力団が営業者からみかじめ料や用心棒料を徴収している実態がある。
- 新たに「暴力団排除特別地域」及び同地域における規制対象営業者を指定した上、罰則規定を追加し、営業者による暴力団への資金提供を阻止し、暴力団との関係遮断を図る。
- ア 暴力団排除特別強化地域の指定
- 四日市市諏訪地区(四日市市西新地、諏訪栄町及び西浦一丁目)
- 同地区は、県内最大の繁華街であり、風俗店や飲食店の数が多く、暴力団が活発に活動し、過去にもみかじめ料徴収事案が発生し、勧告を実施している。
- イ 規制対象となる特定営業者の指定
- 繁華街における飲酒や異性による接待等が伴う営業は、客とのトラブルが発生する機会が他の営業に比べて多く、その解決のため、暴力団員を用心棒として利用したり、暴力団員から不当な要求等を受ける可能性が高い。
- よって、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律に規定する「風俗営業」、「性風俗関連特殊営業」、「特定遊興飲食店営業」、「接待業務受託営業」のほか、「風俗案内を行う営業」、「客引き・スカウト業」、食品衛生法に規定する「飲食店営業」等を対象業務とする。
- 暴力団事務所の開設及び運営の禁止区域の拡大
- 暴力団事務所は組織の活動拠点であり、抗争時にはターゲットとなる場所で地域住民には害悪でしかないため、規制の強化が必要である。
- ア 都市公園法に規定する都市公園の追加(200メートル規制)
- 既に規定されている学校、児童福祉施設、公民館、図書館等に加え、青少年の遊び場や家族の憩いの場であり、県民の生活拠点でもある都市公園を対象施設として追加する。
- イ 都市計画法に規定する用途地域での規制(面規制)の新設
- 本条例の目的でもある青少年の健全育成上、住居系地域はもとより、青少年が集まる飲食店や商業施設等がある商業系地域及び工業系地域(工業専用地域除く。)に対する面規制を導入し禁止区域の拡大を図る。
- 名義利用等の禁止の新設
- 暴力団員である事実を隠蔽する目的で、他人の名義を利用した場合又は暴力団に対し自己又は他人の名義を利用させた場合、調査・勧告・公表の対象とする
- 暴力団排除特別強化地域等の新設、規制
(2)暴力団排除条例に基づく勧告事例(長野県)
ダルマの購入名目で、「用心棒料」や「みかじめ料」のやり取りをしたとして、長野県諏訪地域や伊那地域の飲食店や建設会社など22の事業者と、六代目山口組傘下組織の幹部の男3人に対して、長野県警が長野県暴排条例に基づく勧告を行っています。報道によれば、2つの事業者は、2023年12月、用心棒をお願いする目的で、幹部の男からダルマを購入、また、20の事業者は、暴力団の活動に協力する目的で、男3人からダルマを購入したということです。男3人は、ダルマを1万2千円から2万5千円で販売し、合わせて39万3000円を受け取っていました。2011年の長野県暴排条例制定後、勧告は4例目となります。
▼長野県暴排条例
長野県暴排条例において、事業者に対し、第14条(利益の供与等の禁止)で「事業者は、その行う事業に関し、暴力団員等(暴力団員又は暴力団員でなくなった日から5年を経過しない者をいう。以下この条及び第16条において同じ。)又は暴力団員等が指定した者に対し、次に掲げる行為をしてはならない。」として、「(1)暴力団の威力を利用する目的で、又は暴力団の威力を利用したことに関し、金品その他の財産上の利益の供与(以下この条及び第16条において「利益の供与」という。)をすること、(2)前号に定めるもののほか、暴力団の活動又は運営に協力する目的で、相当の対償のない利益の供与をすること」が規定されています。さらに、暴力団に対しても、第16条(暴力団員等が利益の供与を受けること等の禁止)において、「暴力団員等は、情を知って、事業者から当該事業者が第14条第1項若しくは第2項の規定に違反することとなる利益の供与を受け、又は事業者に当該事業者がこれらの項の規定に違反することとなる当該暴力団員等が指定した者に対する利益の供与をさせてはならない」と規定されています。そのうえで、第23条(勧告)において、「公安委員会は、第14条第1項、第16条、第18条第2項又は第19条第2項の規定に違反する行為が暴力団の排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、当該行為をした者に対し、必要な勧告をすることができる」と規定しています。
(3)暴力団排除条例に基づく勧告事例(北海道)
北海道室蘭市の暴力団員からしめ飾りを通常の2倍から3倍の価格で購入したとして、北海道公安委員会は、北海道暴排条例(北海道暴力団の排除の推進に関する条例)に基づき、同市と登別市の飲食店や建設会社など14の事業者に対し、暴力団に利益を与えないよう勧告しています。報道によれば、暴力団側が約70業者分の販売対象を記したリストを作り、北海道警が押収、北海道警は、暴力団員と一部の地元業者で約30年前から、みかじめ料として金品の授受があったとみて調べているといいます。室蘭市などでは、2024年、これまでに同様の勧告を受けた業者が合わせて27業者にのぼっているといいます。今回の大規模な勧告は、北海道警が押収した暴力団側の販売先リストが端緒となったものの、飲食店などは「長年の慣習」として断り切れず、多くが潜在化しているとみられています。しめ飾りは暴力団の資金源で、北海道警は警戒を強めています。
▼北海道暴排条例(北海道暴力団の排除の推進に関する条例)
本条例第15条(利益供与の禁止)において、「事業者は、その行う事業に関し、暴力団員等又は暴力団員等が指定した者に対し、次に掲げる行為をしてはならない」として、「(1)暴力団の威力を利用する目的で、財産上の利益の供与をすること」が規定されています。そのうえで、第22条(勧告)において、「北海道公安委員会は、第14条、第15条第1項又は第17条第2項の規定に違反する行為があった場合において、当該行為が暴力団の排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、当該行為をした者に対し、必要な措置を講ずべきことを勧告することができる」と規定されています。
(4)暴力団対策法に基づく逮捕事例(岡山県)
特定抗争指定暴力団に指定されている池田組と六代目山口組の対立抗争に絡み、両組の活動が制限される「警戒区域」に指定されている岡山市内で、歩いていた六代目山口組傘下組織組員に乗用車で近付くなどしたとして暴力団対策法違反の疑いで逮捕された池田組幹部ら組員4人が「敵対する人物をスマートフォンで撮影し、組の中で情報共有しようとした」と供述しているといい、岡山区検は、同罪で4人を略式起訴しています。対立抗争を巡っては倉敷市で2024年4月、池田組幹部(当時)の関係先に手りゅう弾が投げ込まれ、六代目山口組傘下組織組員が逮捕される事件が起き、4人のうち一部は、この事件など一連の抗争を踏まえ「六代目山口組への警戒を強めていた」と話していることも判明しました。なお、岡山簡裁は、組幹部に罰金80万円、他の3組員に同50万円の略式命令を出し、いずれも即日納付されています。起訴状などによると4人は共謀し7月13日、暴対法に基づき両組の活動が制限される「警戒区域」に指定されている岡山市内で、歩いていた山口組系組員に乗用車で近付くなど付きまとったとされる。
▼暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律
暴力団対策法第十五条の三(特定抗争指定暴力団等の指定暴力団員等の禁止行為)において、「特定抗争指定暴力団等の指定暴力団員は、警戒区域において、次に掲げる行為をしてはならない」として、「二 当該対立抗争に係る他の指定暴力団等の指定暴力団員(当該特定抗争指定暴力団等が内部抗争に係る特定抗争指定暴力団等である場合にあっては、当該内部抗争に係る集団(自己が所属する集団を除く。)に所属する指定暴力団員。以下この号において「対立指定暴力団員」という。)につきまとい、又は対立指定暴力団員の居宅若しくは対立指定暴力団員が管理する事務所の付近をうろつくこと」が規定されています。そのうえで、第四十六条において、「次の各号のいずれかに該当する者は、三年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」として、「二 第十五条の三の規定に違反した者」が規定されています。
(5)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(大分県)
2024年6月、客引きをしていた自営業の男性に因縁をつけ、不当に現金を要求した暴力団組員ら2人に警察が中止命令を出しています。報道によれば、大分市に住む六代目山口組傘下組織組員は、客引き行為をしていた自営業の男性に対して、暴力団の威力を示し因縁をつけて毎月2万円を支払うよう要求、また、現場には大分市に住む飲食店経営の男性も組員と一緒にいたということです。警察は不当な贈与要求行為を行わせないため、暴力団対策法に基づき2人に対して中止命令を出したものです。
暴力団員については、暴力団対策法第九条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない」として、「二人に対し、寄附金、賛助金その他名目のいかんを問わず、みだりに金品等の贈与を要求すること」が規定されています。そのうえで、第十一条(暴力的要求行為等に対する措置)において、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をしており、その相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該暴力的要求行為を中止することを命じ、又は当該暴力的要求行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる」と規定されています。また、一緒にいた男性については、第十条(暴力的要求行為の要求等の禁止)第2項において、「何人も、指定暴力団員が暴力的要求行為をしている現場に立ち会い、当該暴力的要求行為をすることを助けてはならない」との規定に抵触したものと考えられます。その場合、第十二条第2項において、「公安委員会は、第十条第二項の規定に違反する行為が行われており、当該違反する行為に係る暴力的要求行為の相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該違反する行為をしている者に対し、当該違反する行為を中止することを命じ、又は当該違反する行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる」と規定しています。
(6)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(沖縄県)
沖縄石川署は、暴力団の威力を示して、知人が抱えていた給与トラブルに乗じて20代の男性2人に金銭を要求したとして、暴力団対策法に基づき、旭琉会三代目ナニワ一家構成員に中止命令を出しています。構成員は「分かりました」と命令書を受け取ったということです。