暴排トピックス
首席研究員 芳賀 恒人
1.トクリュウのエコシステムを破壊せよ~闇バイト緊急対策はトクリュウ対策でもある
2.最近のトピックス
(1)AML/CFTを巡る動向
(2)特殊詐欺を巡る動向
(3)薬物を巡る動向
(4)テロリスクを巡る動向
(5)犯罪インフラを巡る動向
(6)誹謗中傷/偽情報等を巡る動向
(7)その他のトピックス
・中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向
・IRカジノ/依存症を巡る動向
(8)北朝鮮リスクを巡る動向
3.暴排条例等の状況
(1)暴力団排除条例に基づく逮捕事例(東京都)
(2)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(長野県)
(3)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(熊本県)
(4)暴力団対策法に基づく再発防止命令発出事例(佐賀県)
(5)暴力団対策法に基づく再発防止命令発出事例(静岡県)
1.トクリュウのエコシステムを破壊せよ~闇バイト緊急対策はトクリュウ対策でもある
新たな警察庁長官に、楠芳伸氏が就任しました。同氏は、「目の前にある治安情勢の課題について常に考え、創意工夫をしながら柔軟に対応していきたい」と抱負を述べつつ、「匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)」を中心として特殊詐欺やSNS型投資詐欺の被害が深刻化し、首都圏を中心とした連続強盗も起きるなどして国民の体感治安が悪化している状況をふまえ、「トクリュウの資金獲得活動の実態を解明し、関係機関と連携して違法なビジネスモデルの解体に取り組みたい」と述べた点が印象に残りました。警察組織のトップとして、治安上の課題に、闇バイトによる強盗など「トクリュウ」の対策強化や、サイバー空間の脅威への対応などを挙げ、首都圏で相次いだ闇バイトによる強盗事件だけでなく、女性客に借金を背負わせて性風俗店で働かせるといった悪質ホストクラブの問題や、太陽光発電施設の銅線ケーブルなど金属盗の深刻化の背景にはトクリュウが存在すると指摘、法案を国会に提出するなどして対策を進めるといい、「資金獲得活動の実態を解明し、戦略的な取り締まりに全力を傾注する」と説明しています。サイバー分野では、政府機関などからの情報窃取や暗号資産の獲得を狙ったサイバー攻撃などが相次いでおり、サイバー攻撃を未然に防ぐ「能動的サイバー防御」の関連法案を政府が提出することもふまえ、警察庁としても体制や人員、資機材などの充実、強化を図る考えを示し、サイバー特別捜査部には新たに特別対処課を設置する方針としています。この会見を通して、今、日本の体感治安の悪化を招いている要因の背景には「トクリュウ」がいること、「トクリュウ」が構築したエコシステムを破壊する必要があること、匿名性の高さという点でトクリュウと共通項のあるサイバー攻撃への対応もまた重要であることなど、本コラムの問題意識を大きく重なることが確認できました。
前回の本コラム(暴排トピックス2025年1月号)で筆者が提示した問題意識は、犯罪対策閣僚会議から出された「緊急対策」に加えて、「犯罪者にならないための対策」が急務であること、「即時性」「簡便性」「接近性」において、現行のセーフティネットが「闇バイト」に大きく劣後していることをふまえた対策が求められることです。ただし、「即時性」「簡便性」「接近性」を有した社会福祉政策の実現には時間もコストもかかることは確実であり、筆者としても大変悩ましい思いを抱いていたところです。それに対し、2025年1月25日付朝日新聞の記事「「スマホなくなったら詰んじゃう」貧困の29歳 充電切れが迫り…」からヒントを得たような気がしています。それは、「手持ちは残り320円。もう、ネットカフェにも入れない。車や半導体の工場、工事現場など、職場を転々としてきた。メンタル不調もある。少ない時は手取り月10万円。それでも、スマホ代だけは払ってきた。LINEで連絡する友達は一人もいない。でも、仕事も、泊まるネットカフェも、支援先だって、探すにはスマホが必須だ。「なくなったら詰んじゃう」またコンビニのトイレに5分こもり、コンセントを借りて数%でも回復しようか。12月の夜を路上で過ごすのか。以前、「貧困」という言葉を検索して知った「緊急お助けパック」を思い出した。配布先の一つ、東京都立川市の認定NPO法人「育て上げネット」を訪ねると、A4サイズの封筒を手渡された。中には、1泊分の宿泊チケット(転売不可)、カロリーメイト1箱とともに、単三電池4本が入っていた。このパックは、困窮者支援のため、NPO法人「トイミッケ」と一般社団法人「つくろい東京ファンド」が展開する。1人1回限り利用でき、都内の店舗や事務所など66カ所ある受け取りスポットで受け取れる。電池を入れているのは、理由がある。「困窮支援の現場では、スマホは食料と同じくらい大事。今は無料で充電できる場所も街中に少ないんです」と、トイミッケ代表の佐々木大志郎さん(46)。通信料が支払えず、契約が切れていてもネットは使えるよう、食料配布の場にはWi-Fiも必ず持っていく。「通信」の支援だ。まずはその日、何とかなるように。行政では補いきれないスピードと確実さを重視する」というものです。ここには、行政にはない「即時性」「簡便性」「接近性」がある程度、備わっています。つまり、セーフティネットの担い手として、民間としてできることはまだあるということです。「闇バイト」撲滅のため、企業に何ができるのかを考えれば、こうしたNPO法人の取組みが大きなヒントとなるのではないでしょうか。この記事には続きがあり、「支援は1泊させて終わりではない。パック利用の際は、宿泊後の相談を条件にしている。SOSを出した相手を、支援機関につなぐのが狙いだ」といいます。セーフティネットによってかろうじてつながった関係性を次につなぐための仕組みや取組みもまた重要です。「社会的包摂」を具体的な形に落とし込んだ、こうした支援のあり方も参考になりますが、そもそも行政ももう1歩も2歩も踏み込んだかたちで民間と連携できるともっと懐の深い「社会的包摂」が実現できるのではないかとも考えます。
2025年1月19日付朝日新聞の記事「闇バイトに奪われていく若者たち 社会が育てた都合のいい労働者?」もまた、興味深い内容でした。「闇バイト」の危うい実態が次々浮かび上がり、若い世代に対する未然防止の啓発活動も行われているものの、そもそもなぜそんなことをするのか理解に苦しむ人も多い中、記事では、インベカヲリ★さんが、「実行役として逮捕された若者は、その多くがお金に困っていた。例えば、強盗殺人容疑で逮捕された22歳の青年は、「税金の滞納が数十万円あった」と語り、住居侵入の罪に問われた25歳の元保育士は、詐欺に遭い、多額の借金を背負ったうえで奨学金の返済も重なったという。彼らにとって最優先事項は、直近の支払いを切り抜けることだ。時間をかけずに高収入バイトを探し、よくわからない仕事でもまずは行ってみる。脅されて、逃げられないとはいえ、強盗や暴力、殺人までもこなしてしまう。犯罪行為すらも、人に雇われるという形で行うのだ」、「ある被告人は裁判で、「組織のコマとなった」と後悔の念を語っていた。しかし、それが特別なことだろうか。たいていの労働者は、会社の指示であれば劣悪な商品でも売るだろう。学校教育だって、従属的な人間を育ててきたはずだ。闇バイトに引っ掛かる若者を、愚かで倫理観が低いと非難するのはたやすい。しかし、彼らはむしろ、今の社会状況に極めて適応した存在とも言えるのではないか。社会が都合のいい労働者を育て、闇バイトにその人材を奪われていく。そんな側面もあるのではないか」という問題意識が提起されています。「闇バイト」に手を染める若者を社会が育ててきたとの指摘は、「正しい知識をもって、その脅威に対して正しく怯えること」が、「闇バイト」に手を染めないために大切なことだと筆者は考えているものの、それだけでは彼らに届かないという絶望的な現実を突きつけられた気がします。彼らの行動様式を理解したうえで、もっと現実的な対応を示す必要があるということでもあり、啓蒙の難しさをあらためて痛感させられました。
2025年1月24日付産経新聞の記事「正義感?賞金稼ぎ? 違法な「闇バイト」に対抗、SNSで物議醸す「光バイト」の行状」も大変驚かされました。記事では、「「闇に対するは光」とばかり、SNS上にはびこる闇バイトのカウンターとして「光バイト」なるキーワードが登場した。その主な“業務内容”は、闇バイト指示役との会話の暴露や指名手配犯の捜索。もっとも光バイトの動機が純粋な正義感に基づくのかは評価の分かれるところだ。警察のまね事の果てに犯罪に巻き込まれるリスクもあり、専門家は「安易に応募しないで」と警鐘を鳴らす」というものです。さらに、「X上では、闇バイトを募るアカウントにあえて応募して指示役とコンタクトを取り、秘匿性の高い「テレグラム」「シグナル」といった通信アプリでのやりとりを公開する投稿もある。指示役から前払いの報酬を受け取った上で、犯罪に加担せずに逃げる行為も推奨されている。《前金もらって逃げる。まさに光バイト!》といった具合だ。こうしたSNS上のトレンドについて、犯罪ジャーナリストの石原行雄氏は、一時目立った「私人逮捕系」配信者と同じタイプではないかとみる。私人逮捕系では、痴漢や盗撮犯だという人物を取り押さえたり、違法薬物の売人などを警察に突き出したりして、一部始終を収めた動画をSNS上にアップしている。もっとも、善意を標榜しながら実際は再生数稼ぎが狙いで、「私人逮捕」をうたった暴行まがいの動画も散見される。昨年11月下旬には、闇バイトに応募して前金を受け取った後に連絡を断った30代男性の横浜市内の自宅に、若者2人が侵入する事件も起きた。2人は闇バイト指示役に「お金を取り立ててきて」と命じられていたという。光バイトに対する闇バイトの報復といえる構図で、石原氏は「気軽に応募すると犯罪に巻き込まれる可能性があり、危険だ」と話している」というものです。記事でも指摘しているとおり、明らかに危険な行為であり、犯罪に抵触する行為もあり、絶対にすべきではないものです。そもそも、こうした行為によって、「闇バイト」が撲滅するわけでも、「犯罪者にならない」ための対策になるわけでもありません。また、こうした行為は、警察による「仮装身分捜査」等によって慎重に行われるべきものでもあると付言しておきます。
以下、「緊急対策」で示された各種施策についての進捗状況をみていきます。
「犯行に加担させない」ための対策の1つとして、警察庁は、SNSなどにある闇バイトを募集する投稿を「違法情報」に新たに位置づけ、事業者などに削除を要請する方針を決め、2025年1月30日から2月12日まで、パブリックコメントを実施しています。政府は求人者の名前や連絡先がない求人情報を、職業安定法違反とする解釈を示しています。XなどのSNS事業者らに投稿の削除義務はありませんが、警察庁は闇バイト情報を「違法情報」とすることで、削除を促す狙いがあります。闇バイト情報の削除要請は、警察庁が委託する「インターネット・ホットラインセンター(IHC)」がガイドラインに基づき行っています。現在のガイドラインでは「運び屋」「受け子」といった闇バイト情報を「有害情報」に位置づけていますが、2024年度内に「違法情報」へ変更する方針です。また、これまでは闇バイト情報を「著しく高額な報酬」を示唆するものとしていましたが、報酬の額の記述をなくし、削除を要請する対象の範囲を広げました。このほか、2024年の銃刀法改正を受けて、銃の所持をあおる投稿なども違法情報に加えています。さらに、IHCの人員も増やすといいます。なお、IHCの要請で削除が完了した闇バイト情報は、2024年4~11月で3467件(暫定値)となりました。
▼警察庁 インターネット・ホットラインセンターにおける「ホットライン運用ガイドライン」の改定案に対する意見募集について
- 趣旨
- 警察庁では、インターネット利用者等から違法情報、重要犯罪密接関連情報及び自殺誘引等情報に関する通報を受理して、警察への通報、サイト管理者等への削除依頼等を行うインターネット・ホットラインセンター(以下「IHC」という。)を運用しているものであるが、IHCの運用指針であるホットライン運用ガイドライン(以下「ガイドライン」という。)の改定に当たり、その改定案を一般に公表し、意見を募集するもの。
- ガイドライン改定案の主な内容
- 犯罪実行者募集情報の違法情報への位置付けの変更
- 「いわゆる「闇バイト」による強盗事件等から国民の生命・財産を守るための緊急対策」(令和6年12月犯罪対策閣僚会議決定)において、いわゆる「闇バイト」の募集や募集者の氏名又は名称、住所、連絡先、業務内容、就業場所及び賃金について記載がない求人情報が職業安定法等に違反する旨の記載を総務省の違法情報ガイドラインに盛り込む方向で検討を進めることなどが取りまとめられた。
- これを踏まえ、現在、IHCガイドラインにおいて重要犯罪密接関連情報(有害情報)と位置付けている犯罪実行者募集情報について、対象となる投稿の範囲を見直した上で違法情報と位置付ける。
- その他法改正等に伴う違法情報の類型の追加等
- 違法情報の類型の追加
- 拳銃等又は人の生命、身体若しくは財産を害する目的での拳銃等以外の銃砲等の所持を、公然、あおり、又は唆す行為
- 無登録貸金業者による広告
- 違法情報の対応依頼手続に関する規定の整備等
- 違法情報の類型の追加
- パブリックコメントの実施期間
- 令和7年1月30日(木)から同年2月12日(水)まで
- 犯罪実行者募集情報の違法情報への位置付けの変更
「犯行に加担させない」ための対策の1つとして、インターネット上の偽・誤情報対策も挙げられます。本課題について議論する総務省の有識者会議で、法規制のあり方を議論するWGの初会合が開かれています。闇バイトの募集投稿や誇大広告などの違法な情報に対し、SNS事業者に迅速な対応を求める制度づくりを目指すとしています。EUでは、SNS事業者に対し、自社サービスが社会に及ぼす悪影響を自ら予測して軽減措置を講じさせる仕組みがあり、日本での導入の可能性もWGで検討するとしています。また、利用者が偽情報を投稿した場合に、閲覧数に応じた収益などを得られないようにする「収益化停止」措置なども検討課題となる予定です。偽情報の氾濫や人権侵害につながる投稿など、デジタル情報空間をめぐる課題は多く、先行して法整備が進んだのが誹謗中傷対策です。2024年5月に成立した「情報流通プラットフォーム対処法(情プラ法。改正プロバイダー責任制限法)」は、大規模なSNS事業者に対し、誹謗中傷などで権利を侵害された人からの削除の申し出に7日程度で対応し、判断結果を通知することを義務づけたほか、事業者の運営の透明化を図るため、削除件数などの報告も義務化されています。法律で投稿の削除を直接義務づけることは「表現の自由」の観点から慎重な議論が求められるため事業者に迅速かつ適切に対応させる建て付けとしました。現状でも、各社は違法情報の投稿を利用規約で禁止していますが、総務省は近く、情プラ法に関連して「違法情報ガイドライン」を制定し、どのような内容の投稿が違法情報にあたるかを明示することとしています。事業者による自主的な削除対応を促すねらいがあります。闇バイトの募集投稿についても、職業安定法に違反する恐れがあるためガイドラインに詳細を書き込むほか、著名人になりすました詐欺広告が問題になったことを受け、有識者会議ではデジタル広告についても議論、別のWGで、広告主ガイドラインの策定を検討しています。
▼総務省 デジタル空間における情報流通の諸課題への対処に関する検討会 デジタル空間における情報流通に係る制度ワーキング・グループ(第1回)配付資料
▼資料1-3 制度WGにおける検討の進め方について(案)
- 背景・目的
- デジタル空間において、違法・有害情報の流通は依然深刻な状況であり、また、生成AI等の新しい技術やサービスの進展の流通に伴う新たなリスクなど、デジタル空間における情報流通に伴う様々な諸課題が生じている。
- 令和5年11月から開催された「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会」(以下「健全性検討会」という。)において、デジタル空間における情報流通に伴う様々な諸課題に対し、制度的対応に係る提言がなされた(令和6年9月)。
- 上記提言後も、デジタル空間における情報流通を巡る環境は変化してきており、新たな問題(SNS上の闇バイトの募集の投稿に関する問題など)への対応の在り方についても併せて検討を進める必要がある。
- 諸外国においても、デジタル空間における情報流通を巡る課題への対応について、様々な試行錯誤がなされている状況。
- これらを踏まえ、令和6年10月から開催している「デジタル空間における情報流通の諸課題への対処に関する検討会」(以下「諸課題検討会」という。)の下に開催される本WG では、デジタル空間における情報流通に係る制度整備の在り方について、検討を行う。
- 必要に応じて、諸課題検討会(親会)や広告WGでの議論とも連携。
- 違法情報に対するPF事業者の対応の在り方
- 健全性検討会では、コンテンツモデレーションの実効性を確保するための方策として、「外部からのコンテンツモデレーション申出・要請窓口の整備・公表やコンテンツモデレーションの実施の要否・内容を判断するための体制の整備等について、具体化を進めることが適当」と提言された。
- これに対し、パブリックコメントでは、「情報伝送PF事業者にとって、多くの情報は、自ら正誤を検証することができない情報であり、情報伝送PF事業者に対応を期待する際、不可能を求めるものであってはならない」等との意見が出された。
- 論点(案)
- 今後、権利侵害情報については、情報流通プラットフォーム対処法において、自らの権利を侵害されたとする者から当該情報の削除申出を受け付ける窓口の整備を含む迅速な対応が求められることとなる。一方で、その他の違法情報については、情報そのものによる被害者がいないものもあるが(SNS上の闇バイトの募集の投稿等)、「コンテンツモデレーション申出・要請窓口」について、誰が何を通報する窓口を整備するべきか。
- PF事業者にとっては違法情報に該当するかどうかの判断が難しいという意見もある中で、どういった相手からの通報を優先的に対応していくべきか。
- 上記のほか、違法情報の流通への対処としてどのような方策が考えられるか。(例)違法情報の投稿に対して警察からの個別警告された投稿について、PF事業者側で自動的にラベル付け。
- また、違法情報への対応については、利用時の注意喚起や信頼性の高い優先表示等の取組がPF事業者により自主的に行われているが、こうした優良事例が更に導入されるようにするためにどのような方策が考えられるか。
- 違法情報に対するPF事業者への対応の申出等の在り方
- 健全性検討会では、「違法性の判断能力の観点から、行政法規を所管する行政機関(当該行政機関の委託や認証を受けた機関を含む。)からの申出・要請を契機としたコンテンツモデレーションについて、具体化を進めることが適当である。ただし、行政機関による恣意的な申出・要請を防止し、透明性・アカウンタビリティを確保するとともに、過度な申出・要請に対し発信者や情報伝送PF事業者を救済するための方策を併せて検討することが不可欠である」と提言された。
- これに対し、パブリックコメントでは、「行政法規に抵触する違法な偽・誤情報のコンテンツモデレーションについて、行政機関による申出・要請を契機とする場合、申出・要請の恣意性や行き過ぎ、濫用を排除できなければ、デジタル空間における「検閲」や、言論への「不当介入」など表現の自由の重大な侵害につながりかねない」等との意見が出された
- 論点(案)
- 行政機関からPF事業者に直接申出を行うこととする場合、行政機関による恣意的な申出・要請を防止する方策として、具体的にはどのようなものが考えられるか。
- 社会的に早急な削除が求められる違法情報に迅速に対応するため、例えば、第三者から特定の信頼できる団体に通報し、一定の要件を満たすものについて、当該団体から事業者に対応を求めた場合に、事業者がそれを優先的に対応するという手法・仕組みについてどのように考えるか。また、当該団体の対応の透明性をどのように図っていくか。
- (2)の場合、どのような団体を信頼できる団体とし、当該団体をどのようにして選定していくべきか。また、信頼できる団体には、どのような役割を求めていくべきか。
- 違法情報の発信を抑止するための方策の在り方
- 健全性検討会では、「偽・誤情報の発信を抑止するための方策について、『アカウント登録時やアカウント情報変更時等の本人確認の厳格化』や『botアカウントの抑止策の導入』等が考えられるが、更なる検討が必要である」と提言された。
- 特に、本人確認の厳格化については、「匿名表現の自由への制約となり得ること等から、情報伝送PFサービスにおけるアカウント登録時等の本人確認の実態を踏まえつつ、制度的な対応の要否について慎重な見極めが必要である」とされた。
- これに対し、パブリックコメントでは、「アカウント開設時における本人確認措置が偽・誤情報対策として有効であるという証拠はない」、「匿名での参加が民主的な参加の重要な一部となる場合も数多くある」等との意見が出された。
- 本人確認の厳格化に関して、SNS等でのいわゆる「闇バイト」の募集活動を端緒とした強盗等事件が社会問題となっていることを踏まえ、令和6年12月、政府は、SNSアカウント開設時の本人確認の強化を含む措置についての検討等を含む、緊急対策※を策定した。これを踏まえ、総務省は、大規模なPF事業者に対し、SNS等のアカウント開設時における本人確認手法の厳格化を含む措置を検討することの要請を実施。
- 論点(案)
- インターネット上における「匿名表現の自由」についてどう考えるか。匿名表現の自由に配慮した形で本人確認を厳格化する方策はないか。
- 違法情報の発信を抑止するための方策として、本人確認の厳格化以外に、どのような方策が考えられるか。
- 公序良俗に反する情報への対応
- 健全性検討会では、対応を検討すべき偽・誤情報(権利侵害性その他の違法性がないもの)として、「客観的な有害性」や「社会的影響の重大性」が認められるものが挙げられ、特に災害発生時等においては、「経済的インセンティブ目当てのいわゆる『インプレッション稼ぎ』の投稿が増加する」等により、社会的影響のリスクが高まることから、対応が求められる旨提言された。
- また、偽・誤情報への対応の在り方について、「情報の可視性に直接の影響がないコンテンツモデレーション(収益化の停止、ラベルの付与等)を中心とした対応」について、具体化を進めることが適当である旨提言がなされた。特に災害発生時等における措置としては、信頼できる情報源からの情報の伝送確保(プロミネンス)や収益化の停止を含む災害発生時等に特に適用されるコンテンツモデレーションに関する利用規約等の整備等について、提言がなされた。
- これに関し、パブリックコメントでは、「『特に災害発生時における対応』としてプロミネンスが挙げられていることに賛同」する旨の意見や、「PF事業者による迅速な該当コンテンツ削除に加えて、悪質な発信者の収益停止やアカウント停止等の様々な対策を組み合わせて実施していくことが実効性を担保する」と考える旨の意見が出された。
- 論点(案)
- 公序良俗に反する情報への対応について、特に制度的対応の検討が必要なものとして、災害発生時等の特定の場面におけるものが想定されるのではないか。その際の対応の在り方として、健全性検討会ではプロミネンスや収益化停止措置等が挙げられたが、具体的にどのように実施することが考えられるか。
- その他特に制度的対応の検討が必要な公序良俗に反する情報としてどのようなものがあるか。また、これに対する対応の在り方について、表現の自由への配慮が求められるところ、どのようなものが考えられるか。
- 違法・有害情報に対する共通の対応手段(影響予測・軽減措置)
- 健全性検討会では、PF事業者は、「自らが設計するサービスアーキテクチャや利用規約等を含むビジネスモデルがもたらす社会的影響の軽減に向け、将来にわたる社会的影響を事前に予測し、その結果を踏まえて、影響を軽減するための措置(サービスアーキテクチャの変更、利用規約等の変更、コンテンツモデレーションの方法・プロセスの変更、レコメンデーション機能の変更等を通じた措置)を検討・実施することが適当である」旨提言された。
- これに対し、パブリックコメントでは、社会的影響の予測・軽減措置の記載について、「日本社会においてDSA類似の規制がどのような効果が期待できるか検討が行われておらず、EUと日本での社会の状況や統治機構の差異を踏まえた検討が必要」、「事業者の規模や提供するサービス内容に応じて、柔軟に対応できる枠組みが必要」といった意見が出された。
- 論点(案)
- 社会的影響の予測・軽減措置の検討に際し、EUと日本での社会状況や統治機構の差異についてどのような点に留意が必要か。
- 上記差異や、諸外国における制度整備の状況及び当該制度の運用・執行状況等を踏まえ、PF事業者が検討・実施する影響評価の評価基準や軽減措置の内容として具体的にどのようなものが考えられるか。
- 違法・有害情報に対する共通の対応手段(情報発信・流通の態様に着目した対応)
- 健全性検討会では、偽・誤情報への対応の在り方について、「明白な権利侵害性その他違法性を有する偽・誤情報を繰り返し発信する者など、特に悪質な発信者に対する情報の削除やアカウント停止・削除を確実に実施する方策」や「別の投稿を複製した投稿が高頻度で送信された場合等、送信された情報の内容そのものの真偽に着目するのではなく、情報流通の態様に着目したコンテンツモデレーションの実施の在り方」について、具体化を進めることが提言された。
- これに対し、パブリックコメントでは、「悪質な投稿を繰り返す発信者については『アカウント停止』などの措置を早急に行うべき」である旨の意見が出された一方、「送信された情報の内容に立ち入らずに情報流通の態様だけに着目したコンテンツモデレーションは意図しない結果を招きかねない」といった意見も出された。
- 論点(案)
- 情報の内容ではなく、情報発信・流通の態様に着目したコンテンツモデレーションについて、どのような態様を問題として捉えるべきか。健全性検討会では、繰り返し発信する行為や複製投稿が問題として指摘されたが、その他にどのような態様が存するか。
- また、情報流通の態様に着目したコンテンツモデレーションの在り方として、どのようなものが望ましいか。
- 違法・有害情報に対する共通の対応手段(ユーザーエンパワーメント)
- 健全性検討会では、ユーザーエンパワーメントに関する取組として、「発信者に対する警告表示」や「情報の可視性に直接の影響がないラベルの付与」、「情報の可視性に一部影響するラベルの付与」、「いわゆるプロミネンス」等が挙げられた。
- また、生成AIを用いて生成される情報への対応について、「生成段階においてAI生成物であることをラベリングすること、情報伝送PFサービスにおいてAI生成物を検知したり、送信する際にAI生成物をラベリングした上で伝送したりすることが有効」である旨も提言された。
- これに対し、パブリックコメントでは、「偽・誤情報の流通という問題に本質的に対処しようとするのであれば、…伝統的なマスメディアや公共セクターなどによる情報の『発信』に対する信頼度を高めるための施策、『受信』する人々におけるリテラシー向上なども同様に重要な課題と考えられる。」といった意見が出された。
- 論点(案)
- 情報の発信に対する信頼度を高めるための施策等、利用者がオンライン上のコンテンツに基づき適切に意思決定を行うための方法についても検討してはどうか。これに関して、健全性検討会では、警告表示やラベルの付与、プロミネンス等が挙げられていたが、その他にどのようなものが考えられるか。
- 総務省の主な取組 投稿削除等の適切な対応の促進
- 「闇バイト」募集の投稿の文面だけでは、SNS事業者が投稿の削除等の対応の適否を判断できない状況。
- 総務省は、以下の対応を実施。
- 通信事業者団体に対して、違法行為の実行を募る行為と判断できる投稿も削除対象であることを明確化する旨の契約約款モデル条項の解説の改訂を周知(令和5年2月実施済)。
- どのような情報をインターネット上で流通させることが法令に違反するか等について一定の基準を示す「違法情報ガイドライン」を策定・公表予定。「闇バイト」の募集は、職業安定法に基づき違法と判断し得ることを踏まえ、同ガイドラインにて職業安定法に違反し得る具体例を掲載予定。
- SNS事業者に対して、同ガイドラインにおける記載内容を各者の削除等に関する基準に盛り込むよう求めることで、SNS事業者による「闇バイト」等に関する投稿削除等の適切な対応を促進。
- 総務省
- 契約約款モデル条項の解説の改訂を周知
- 「違法情報ガイドライン」策定・公表
- 上記を約款に盛り込むよう求める
- 上記対応により、SNS事業者による投稿削除等の対応を促進
- SNS事業者
- 「闇バイト」に関する投稿に対して、以下を端緒として、約款に基づき削除等の対応を実施
- 自ら検知
- IHCによる削除依頼
- 「闇バイト」に関する投稿に対して、以下を端緒として、約款に基づき削除等の対応を実施
- 総務省
- 闇バイトの募集活動への対応に関する要請(令和6年12月18日)
- 総務省では、令和6年12月18日に、SNS等を提供する大規模事業者に対して、闇バイトの募集活動への対応について要請を実施。
- 闇バイトの募集活動に係る投稿に対する利用規約等に基づく対応
- SNS等における闇バイトの募集活動に係る投稿に対し、利用規約等に基づき、より迅速に削除等の対応を実施すること。
- なお、総務省では、闇バイトの募集は職業安定法違反と判断し得るため、厚生労働省や警察庁と連携し、違法情報に関するガイドラインに関連記載を盛り込むことを検討しており、本年11月21日に同ガイドライン案を公表したところである。こうした状況を踏まえ、削除等の適切な対応を実施すること。
- SNS等のアカウント開設時における本人確認手法の厳格化
- 犯行グループのいわゆる「リクルーター」によってSNS等が闇バイトの募集活動に利用されていることを踏まえ、犯罪対策の観点から、SNS等のアカウント開設時における本人確認手法の厳格化(SMS認証等)を含む措置を検討すること。
- SNS等に対する照会への回答の円滑化
- 闇バイトに悪用されていることについての捜査機関等からの照会に対して、円滑に回答できる体制の整備を検討すること。
- SNS等の利用者に対する注意喚起・周知活動
- SNS等の利用者に対して、SNS等における募集投稿をきっかけとして「闇バイト」等により重大な犯罪に加担する危険性について、提供するサービス形態を踏まえた効果的な方法を検討し、注意喚起や周知活動を行うこと。
- 闇バイトの募集活動に係る投稿に対する利用規約等に基づく対応
- 総務省では、令和6年12月18日に、SNS等を提供する大規模事業者に対して、闇バイトの募集活動への対応について要請を実施。
「犯行に加担させない」ための対策の1つとして、SNS上で犯罪の実行役を募集する「闇バイト」の横行を受けて、警視庁は東京都の令和7年度当初予算案に、AIに文言の分析、学習をさせて抽出するモニタリングシステム導入のための事業費約1億円を計上しています。成立すれば速やかに民間事業者を選定し、闇バイトが関わる強盗や特殊詐欺などの犯罪抑止につなげたい考えといいます。システムはSNS上の闇バイト募集関連の投稿を抽出してリスク順に分類、学習機能を持つAIが、発覚しないよう隠語などを使いながら変化する募集文言を分析し、抽出の精度を向上させていくもので、警察官が最終確認して警告を行う方針としつつ、システムが自動で投稿を抽出したり分析したりすることで、迅速に対処できるようになるといいます。警視庁では現在、警察官が手動でSNS上の闇バイト関連の文言を検索。実行犯募集の投稿に対して「甘い言葉にだまされないで」「内容は犯罪行為」などと警告して、利用者の目に届くようにしており、2021年に特殊詐欺の「出し子」「受け子」などを募集する投稿の対策として始め、2024年には8797件の警告を行っています。一方で、SNS上には膨大な投稿があふれていることに加え、募集者は「ホワイト案件」「UD(受け子と出し子)」のようにさまざまな隠語を使うなど手口を巧妙化させていることから、警視庁はシステムの導入により、投稿されてから警告までの時間の短縮を目指すとしています。警察庁によると、首都圏の1都3県で2024年8月以降、闇バイトが関連する強盗事件が18件発生、警視庁と神奈川、千葉、埼玉県警の合同捜査本部は2025年1月30日時点で、17事件で実行役ら46人を逮捕しています。関連して、闇バイトが絡む強盗事件への対策として、警察庁は、SNSやインターネットで「闇バイト」などと検索した際に広告で注意を促す取り組みを始めています。3月21日までの間、Xなどで随時表示されます。X、インスタグラム、フェイスブック、LINE、TikTok、ユーチューブ、グーグル、ヤフーの8媒体で、闇バイトに関連する文言で検索した際に「犯罪です」などとバナー広告や文字が順次表示されるようになり、検索しなくても表示される場合もあるといいます。警察庁は2024年10月18日以降、Xなどで闇バイトへの応募者らに対し「確実に保護します」と呼びかけており、2024年末までに応募者やその家族への保護措置は181件に上っており、保護措置に至った応募者のうち、闇バイトへの応募に使われた媒体は半数がSNS、また、7割が20代以下だったといいます。
「犯行に加担させない」ための対策の1つが、求人サイト事業者対策です。厚生労働省は、闇バイト対策の取り組み状況を求人サイトの事業者に確認していると明らかにしています。2024年11月に闇バイトが疑われる求人情報の掲載防止や掲載した場合の削除を要請していました。空き時間に働く「スキマバイト」の仲介事業者も対象で、取り組み内容を確認した上で不備があれば、サイトに掲載する前にチェックする事前審査の徹底などを指導するとしています。厚生労働省は、募集者の氏名や住所、連絡先などの記載がない広告は違法との周知もしています。12月には「怪しい求人には応募しないでください」と求職者に呼びかけるリーフレットをXに投稿しています。
こちらも「犯行に加担させない」ための対策の1つですが、広報活動の強化について、警察庁が取り組んでいます。
▼警察庁 国民生活の安全・安心のための広報啓発活動の強化について
- 国民生活の安全・安心のための広報啓発活動の強化について~コールセンターを活用した注意喚起~
- 概要
- 犯罪実行者募集に起因する強盗等の「被害に遭わせない」ための対策として、犯行グループから押収した名簿に登載されている者等に対して、コールセンターを活用した注意喚起を実施するもの。
- 内容
- 実施日:令和7年1月14日(火)から令和7年3月31日(月)まで
- 名称:警察庁犯罪実行者募集に起因する強盗等被害防止対策電話センター
- 業務時間:平日(月曜日から金曜日まで、祝祭日を除く)午前9時から午後5時までの間
- 電話番号:「0120-888-519」
- 啓発内容:犯罪実行者募集に起因する強盗等の手口及び対策等について注意喚起を実施
- 概要
▼警察庁 国民生活の安全・安心のための広報啓発活動の強化について~インターネットを通じた呼びかけ~
- 概要
- 犯罪実行者募集に起因する強盗等の「犯行に加担させない」ための対策として、SNS等で犯罪実行者募集に応募する可能性がある者等に対して、犯罪実行者募集に応じないよう、インターネットを通じた呼びかけを実施するもの。
- 内容
- 実施日:令和7年1月27日(月)から順次(令和7年3月21日(金)まで)
- 媒体:犯罪実行者の募集実態が認められるSNS等
- 啓発内容:犯罪実行者募集の危険性や、危険な募集情報を伝えるとともに、疑問や不安を感じた際は警察相談専用電話「♯9110」に相談すること等について呼びかけを実施。
「犯罪者を逃がさない」ための対策の柱の1つが、「仮装身分捜査」です。犯罪実行役を募集する闇バイトを通じた強盗事件などが多発していることを受け、警察庁は2025年1月23日、捜査員が架空の身分証を作成して「雇われたふり」をする「仮装身分捜査」の実施に向け、都道府県警に実施要領を通達、事実上の解禁となりました。ほかの方法では捜査できない場合などに限定しつつ、実行役の検挙、犯行の抑止を狙うとしています。警察庁によると、「雇われたふり」による捜査はこれまでも行われてきましたが、身分証の提示を求められ、捜査を継続できなくなるケースが相次いでいました。今回作成した実施要領では、捜査の手続きや順守事項を規定、作成する架空の身分証は運転免許証のほか、住民票、マイナンバーカード、学生証などで、状況に応じて電子データも用意するとしています。また、捜査で警察官が犯罪に加担するなど、新たな犯罪被害が発生しないようにするほか、捜査員の安全確保にも万全を期すとしています。対象は強盗、詐欺、窃盗、電子計算機使用詐欺と、それらに関わる犯罪に限定、主にXなどで募集される闇バイトに応募し、指示に従って架空の身分証を提示、犯行や準備の現場に赴いて実行役の検挙や犯行防止につなげるとしています。なお、犯罪グループ以外には提示せず、データ送信にとどめ、悪用されるのを防ぐため、原本の郵送や手渡しはしないとしています。さらに、実施の際は、都道府県警の本部長の指揮の下、捜査態勢や実施期間を記した計画書を作成するとしています。警察庁は上位指示役への突き上げ捜査や、犯罪発生自体を抑止する効果にも期待しています。
仮装身分捜査の懸念点について、専修大法科大学院の加藤克佳教授(刑事法)は「実施要領で捜査の範囲や手順が示されたことで、適用拡大にある程度の歯止めがかかるので一定の評価はできる」とする一方で、仮装身分捜査の実施に対するチェック体制の弱さを指摘、仮装身分捜査を導入したドイツやフランス、米国など、法律やガイドラインで罪種や適用範囲を限定している国が多いが、範囲外の事件でも用いられたケースが報告されているといい、加藤教授は「実施要領では、警察内部でチェックするとなっており、運用に幅が出る恐れがある」と指摘、「実施要領ありきでスタートしており、立法が必要かの議論がなされていないことに違和感がある」として、「捜査の正当性を裁判官ら第三者がチェックする体制を敷くことも必要ではないか」と話しています。また、潜入捜査などの捜査手法に詳しい熊本大の内藤大海教授(刑事訴訟法)も第三者がチェックする仕組みが求められるとし、通信傍受法のような実施状況の公表などが必要だとしています。警察の捜査に対しては以前、令状なしで捜査対象者の車などにGPS端末を付けて居場所を把握する捜査手法が最高裁で違法とされたこともあり、内藤教授は「仮装身分捜査を実施することでどんな問題が起きるのか現段階ではよく分からない部分がある。実施要領だけで足りるものなのか、法で規定しないといけないのか、もう少し議論が必要だったのではないか」と指摘しています。
警察庁が「雇われたふり作戦」と呼ぶ捜査において、現場の課題は大きく二つあるとされます。一つは闇バイトに応募した際に、警察官であることが犯罪グループにばれないかで、犯罪グループはSNSで実行役を募集し、秘匿性の高い通信アプリ「シグナル」や「テレグラム」に誘導、そして応募者が犯罪から途中で抜け出さないように個人情報を把握して脅すため、顔写真付きの身分証、自宅などの画像や動画を要求してくることが多く、捜査員の安全を確保するため、警察は仮装身分捜査では、顔写真の画像と氏名は架空の人物のものとし、各地の警察は画像などを複数用意することが想定されているといいます。住所について警察庁は「明らかにできない」としています。身元確認の段階で、犯罪グループから想定外のやりとりがあった場合は、捜査を中断することもあり得るとしています。二つ目の課題は、犯罪グループに雇われた捜査員に現場でどこまで行動させるかです。捜査の狙いは、現場に集合した実行役を強盗予備容疑などで摘発することとされますが、このような特殊な状態で対応できる人員が必要になるため、捜査関係者によると、警視庁では専用の捜査班を作るとしています。途中でレンタカーを借りるよう犯罪グループから指示された場合は、偽の身分証を見せて借りることもあり得るといいます。捜査員にはGPS端末を付け、救援要員を周囲に配置することも想定、実際に、どの時点で警察官だと身分を明らかにして逮捕するのか、逮捕のタイミングが遅れれば、住民に被害が及びかねません。さらには、遠隔地での「仕事」を求められた場合、その地元の警察との連携も課題となります。
仮装身分捜査は被害の抑止効果が期待できる一方、それでも組織の全容解明は容易ではありません。トクリュウは犯行を巡るやりとりに秘匿性の高いアプリを使うことが多く、2024年から相次ぐ闇バイトが絡む強盗事件では数十人の実行役が逮捕されていますが、首謀者は特定されていません。組織の壊滅に向けては実行役を摘発したうえで、押収した電子機器を分析する「デジタルフォレンジック(電子鑑識)」を通じた証拠収集も極めて重要になります。
「犯罪者のツールを奪う」ための対策の1つとなりえますが、暗号通信ツール対策も重要です。サイバー犯罪の脅威が増すなか、各国の法執行機関が暗号通信ツールへの締め付けを強めていると2025年1月29日付日本経済新聞が報じています。2024年には暗号通信アプリ「テレグラム」上で犯罪者が使用していたアカウントの閉鎖が一時急増、一方、同年12月には証拠共有など国際協力を推し進める国連サイバー犯罪条約が採択されました。こうした流れが、プライバシーを侵害し、国家による監視や弾圧につながりかねないと反発する声も上がっています。テレグラムは通信内容を暗号化し、各国政府が開示するよう求めても、ユーザーのプライバシーを守ると強調してきましたが、一方で、サイバー攻撃の請負など違法取引のマーケットの場にもなってきました。しかし2024年8月、創業者のパベル・ドゥーロフ氏が違法取引を放置したとしてフランス当局に逮捕され、翌月、捜査機関からの要請に対し、ユーザーの情報を開示することをプライバシーポリシーに明記へと姿勢を転じました。オランダ国家警察などの摘発直後の同10月31日、米セキュリティ企業のスパイクラウドは、190個のサイバー犯罪者のアカウントが閉鎖したことを確認しています。イスラエルの調査会社KELAによると、テレグラムのポリシー変更後、サイバー犯罪者の情報交換サイトでは「シグナル」や「ディスコード」など他の暗号通信アプリを検討する議論が続いているといいます。同社ディレクターのビクトリア・キベリビッチ氏は「テレグラムには利便性や既存の顧客基盤という優位性があり、他のツールへの移行は小規模だが、バックアップとして様々なツールが使われ始めている」と指摘しています。通信経路を暗号化するツール「Tor」についても、ドイツ警察が一定条件下で発信元を特定する方法を開発したと地元メディアが同9月に報じています。Torも元々は強権国家におけるプライバシー保護を目的に開発された技術でしたが、サイバー犯罪ビジネスの温床になっています。ネット犯罪の捜査とプライバシーの相克は長らく議論の的になっており、西側諸国も含め警察機関の利用が指摘されているツールへの批判も根強いものがあります。本来はテロリストなどの摘発に利用する、スマホのロックを解除するツールや、メールを受信しただけでスマホに感染する盗聴ツールが、反体制派の政治家やジャーナリストの監視や弾圧に悪用されているとして人権団体から非難を浴びています。同12月には国連が、捜査の強化を促すサイバー犯罪条約を、多数の団体・企業の反対を押し切って採択しています。米マイクロソフトやメタ、日本のNTTなど150社以上が参加する技術団体は「透明性や説明責任の仕組みがないまま、多くの個人情報が国家間で共有される」と声明で非難、人権団体の反対表明も相次いでいます。ロシアや中国などから亡命した活動家らに関するデータの共有を求められる懸念もあり、防衛大の石井准教授は「条約は主権や公的秩序などを害する場合は共助要請を拒否できるとしている。国際協力と人権保障を両立できるよう対応することが肝要だ」と指摘しています。グローバルでのサイバー犯罪対策が求められる中、市民のプライバシー保護についても議論を深める必要があります。
「犯罪者のツールを奪う」ための対策の1つとして、個人情報の取り扱いも挙げられます。「緊急対策」では、「国民が自らの個人情報を適切に取り扱うための広報啓発を更に推進する」と示されていますが、そもそも闇バイトにおいては、ダークウェブで個人情報が売られている実態と密接な関係があります。闇バイトのリクルート役は、主にLINEやXで人を集め、そこから他のアプリへ誘導する手口が一般的ですが、無差別にコンタクトできるLINEやXを入口にしつつ、肝心の犯罪指示は匿名性の高い場で行っているという構図になります。LINEでは近年、突然「投資研究会」といった見知らぬグループに入れられて、儲け話を持ち掛けられる詐欺被害者が後を絶ちませんが、これなどは、世界的なSNSアプリでは、ほとんど見られない現象だといいます。
最近のトクリュウを巡る報道から、いくつか紹介します。
- 北海道警斜里署は、斜里町の川でサケを密漁したとして水産資源保護法違反などの疑いで、石川県輪島市のアルバイを逮捕しています。釧路地検北見支部は同法違反などの罪で、2024年12月までに男5人を起訴しており、摘発されたのは6人目となります。報道によれば、2024年10月、斜里町の海別川で、法定の除外事由がないのにサケ29匹を取ったとしています。SNSを通じて闇バイトに応募したとみられ、他にも関わった人物がいるとみて調べているといいます。なお、サケの密漁については、以前は暴力団員が、最近ではトクリュウが関与していることがわかっています。
- 大津市内のマンション新築現場で銅線などを盗んだとして、滋賀県警捜査1課と草津署などは、造物侵入と窃盗容疑で、建設業、北沢容疑者と解体作業員、西田容疑者を逮捕しています。県警はトクリュウによる事件とみて全容解明を進めています。逮捕容疑は、別の30代男と共謀して、2024年10月18日午後6時~同19日午前7時半の間、大津市内のマンション新築工事現場に侵入し、銅線75点(計約8千メートル)や電動工具用バッテリーなど計80点(時価約177万円)を盗んだというものです。草津署によると、大津、草津両市や京都府宇治市のマンション建設現場で、2024年6月以降、約20件の同様の事件が発生しており、関連を調べています。
- 酔客から金品を盗んだとして、警視庁愛宕署は、住所・職業不詳の男ら4人を窃盗容疑で逮捕しています。4人が仲間と2024年秋以降、JR新橋駅周辺で飲酒後の男性十数人に声をかけてキャッシュカードを盗み、不正に数千万円を引き出したとみられています。容疑者らは知人の紹介などで知り合い、秘匿性の高い通信アプリ「シグナル」で連絡を取り合っていたといい、4人がトクリュウとみて調べています。
- 祇園の雑居ビルでバカラ賭博場を開いたとして、京都府警捜査4課などは、カジノ店経営の男と、ディーラー役などの従業員の男6人を、賭博開帳図利の疑いで現行犯逮捕しています。府警は、トクリュウが暗躍しているとみて繁華街での取り締まりを強める中、店の営業を把握、トクリュウによる犯罪で得た収益が賭博場に流れていた可能性があるとみられています。なお、賭博客の一人には六代目山口組傘下組員も含まれており、警察は同容疑者も賭博場の運営に関与していた可能性があるとみています。賭博客から集めた金の行先は分かっておらず、警察は背後に暴力団やトクリュウの関与があるとみて調べを進めています。
- 大阪府警は、大阪市北区にある店など5店舗でインターネットカジノによる賭博をさせた常習賭博の疑いなどで店の幹部ら男女40人以上を検挙したと発表しています。久井容疑者ら店側の容疑者は、2024年8月上旬から2025年1月18日までの間、大阪市内にあるインターネット賭博店「DOUBLE」や「JACK」など5店舗に設置したパソコンで、インターネットカジノのポーカーやスロットなどのゲームを客にさせて、常習として賭博をさせた疑いがもたれています。府警はこのうち24人について釈放し、久井容疑者ら17人を検察庁に送致しています。警察は、「DOUBLE」を含むインターネット賭博店5店舗や関係先112カ所を300人態勢で一斉に捜索していました。店では客の身分証を確認したり二重扉を設置したりして、捜査を逃れようとしていたといいますが、店内で客はポーカーやスロットなどのゲームに現金で購入したポイントを賭けていたとみられ、店からは現金およそ5300万円や賭博に使われたパソコン55台などが押収されています、大阪府警は久井容疑者らの認否を明らかにしていませんが、久井容疑者らの幹部が暴力団やトクリュウとつながりがあり、売上金が暴力団に流れているとみて実態解明に努めているといいます。
ソープランドの摘発が相次いでいます。警視庁は女性を性風俗店にあっせんするとされるスカウトグループの壊滅をめざしており、「受け入れ側」を断つことで組織の拡大を防ぐ狙いがあるとされます。摘発されたソープランドで働く女性が「ホストクラブで売掛金を抱えていた」と話すケースもあり、悪質ホスト問題も背景にあるとみられています。2025年1月だけで警視庁が売春防止法違反容疑で摘発したソープランドは3件、2025年は直近の1年間の数字(2件)を1カ月足らずで超えたといいます。ソープランドは法律上では「個室付浴場業」に分けられ、営業の形態も「浴場の個室で異性の客に接触する役務を提供」と定められています。風俗営業法に詳しい若林翔弁護士によると、ソープランドで性交は想定されておらず、目的はあくまで入浴で、店は入浴料を徴収し、女性は入浴に伴うサービスを提供するとされ、性行為があれば売春とみなされ摘発の対象となるため、各店舗は売春は「知らない」との立場をとっています。ソープランドの摘発を警視庁が強化する背景には、規模を急拡大させているスカウトグループの存在があります。今回摘発されたソープランドはいずれもスカウトグループ「アクセス」から女性のあっせんを受けていたとされ、加賀市のソープランド「キューティードール」には首都圏の女性が複数働いており、女性の一人は「ホストクラブで売掛金を抱えていた」などと説明しているといいます。同店は2024年4月以降、アクセス側から約80人の女性のあっせんを受け、女性の売り上げに応じた額をスカウトに紹介料として支払う「スカウトバック」を計約660万円支払っていたとみられています。アクセスは2019~24年に46都道府県の約350店舗に女性をあっせんし、店側から紹介料として計約70億円を受け取っていたとみられています。スカウトと性風俗店、時にはホストが一体となり、違法にあっせんされた女性を売春させ、その犯罪収益を組織が吸い上げる構図となっており、悪質な人身取引であって、こうした関係性を速やかに解体する必要があります。警視庁は1月8日に特別捜査本部を設置し全容解明をめざしているといいます。
ホストクラブに関する警察への相談は、2023年には前年から28%増の2675件となり、2024年も10月末で2362件に上ります。以前の本コラムでも取り上げましたが、風俗営業法改正案の概要が公表されています。無許可で営業した法人への罰則の上限を現行の150倍となる3億円に引き上げるといった改正が予定されています。個人・法人のどちらも従来の罰金は200万円以下と少額のため、抑止効果が不十分と指摘されていました。法案では罰則について経営者ら個人には「5年以下の拘禁か1000万円以下の罰金」、法人には「3億円以下の罰金」を科すと盛り込んでいます。客への不当な脅迫や、ホストクラブの飲食代を払わせるために売春行為や性風俗店への勤務を強要することは禁止、料金の虚偽説明や、客の恋愛感情につけこむ「色恋営業」もできないようにします(恋愛感情につけ込んで客を依存させた状態や、客が正常な判断ができない状態で高額な飲食をさせることも規制するものす)。また、借金の取り立てのために戸惑わせて売春や性風俗店での勤務を求めることも禁止します。ホストと関係するスカウトグループが女性客を性風俗店にあっせんする問題への対策として、性風俗店側がスカウトに紹介料を支払う「スカウトバック」を禁止、スカウトバックの一部が悪質なホストに流れているとの指摘が出ていました。警察庁は、客から搾取する悪質営業を「卑劣なビジネスモデル」と指摘しており、排除することを目指しています。ホストクラブは全国で約1000店舗あり、うち東京に30%、大阪に20%など大都市に集中していますが、あっせんを受ける性風俗店は地方にもあるため、各地の警察が連携して対応しています。ホストクラブ関連では、2023年1月~24年6月に83の事件で計203人を摘発しており、背後にはトクリュウがいるとみて捜査しています。
関連して、ホストらが性風俗店に女性をあっせんし、見返りに売春の売り上げの一部を受け取る「スカウトバック」を巡り、警視庁が組織犯罪処罰法違反容疑で、全国で初めて立件した事件で、東京地裁が「犯罪収益を収受した」と違反の成立を認定し、東京・歌舞伎町の男性ホストに有罪判決を言い渡しています。悪質ホストクラブでは、高額な飲食代を請求して売掛金(ツケ)を女性客に背負わせ、支払いのために性風俗店にあっせんする手法が横行しており、性風俗店に女性を紹介したホストが職業安定法違反容疑(有害業務の紹介)で立件されたことはこれまでもありましたが、捜査当局はスカウトバックには切り込めていませんでした。スカウトバックが犯罪収益に当たると裁判所に認められたことで、同種事件の抑止効果が期待できることになります。
女性を性風俗店にあっせんしたとして、警視庁暴力団対策課は、国内最大規模のスカウトグループとされる「ナチュラル」のメンバーの男性2人を職業安定法違反(有害業務の紹介)の疑いで逮捕しています。グループには1000人以上のスカウトが所属、性風俗店から支払われる「スカウトバック」と呼ばれる報酬などで、年間数十億円規模の売り上げがあったとされ、警視庁は一部が暴力団など反社会的勢力に流れていたとみています。なお、ナチュラルは2020年6月、東京・歌舞伎町でのスカウト行為を巡り、住吉会傘下組織組員らと乱闘事件を起こし、双方から逮捕者が出たこともあり、その後は各地の暴力団と協力関係を築き、「みかじめ料(用心棒代)」を支払っていたとみられています。2025年1月27日付毎日新聞によれば、スカウトグループ「ナチュラル」は2009年ごろ、東京・歌舞伎町を中心に活動を始めたとされ、「社長」と呼ばれる人物をトップに「会社」を模倣した結束力の高い組織を構築し、北海道や九州を含めて全国の主要な繁華街で活動するまで拡大しました。「逮捕されたらグループに所属しない『フリー』のスカウトと言う」「あっせん先の店舗名は言わない」など、スカウトはあらかじめ「ウイルス対策課」という専門部署から、警察の取り締まりへの対応方法を指導されるといいます。スカウトは路上のほかSNSを使って、女性にナンパを装って声を掛け、喫茶店などで面接して性風俗店で働くよう持ち掛け、女性の売り上げの一部が、店舗からスカウトバックと呼ばれる仲介手数料として支払われ、グループの資金源となっていたとされます。メンバー同士やあっせん先の風俗店とは、独自のスマホのアプリを使ってやり取りを行い、アプリは欧州の会社に依頼して開発・運営されているとみられ、通話とメッセージ機能に加え、スカウトらの勤務管理もでき、性風俗店などのデータベース機能も備えているといいます。また、警察が容易に解析できないよう、暗証番号を付けて厳重に管理されているといいます。スカウトは収益に応じて「ダイヤモンド」「プラチナ」「ブロンズ」などとランク付けされ、報酬の上乗せもあり、競争心をあおる構図となっていました。一方で「他のグループでのスカウト行為は罰金」「普段から偽名で呼び合う」などの細かな取り決めがあり、内部統制が図られていたとみられています。2023年11月にはグループの男性を監禁して暴行を加えたうえ、わいせつな行為をする「制裁」を加えたとして、幹部らが逮捕されています。警察幹部は「暴力で統制するやり方は反社会的勢力と変わらない」と指摘しています。また、別の大規模スカウトグループ「アクセス」のトップを摘発後、警視庁は捜査本部を設置し、資金の流れなどを調べています。東京都内の性風俗店の男性店長によると、近年は店舗側が求人を出しても女性が集まりにくいため、スカウト抜きに営業できない「相互依存」の関係になっているといいます。
全国の性風俗店に女性を斡旋し、摘発を受けた巨大スカウトグループ「アクセス」を巡り、警視庁の特別捜査本部は職業安定法違反の疑いで、新たにアクセス幹部の会社員、ら2人を逮捕しています。警視庁はアクセストップの遠藤被告=職業安定法違反罪で起訴=も同容疑で再逮捕しています。黙秘を続けていましたが容疑を認め、「(風俗店から受け取る)顧問料は私を含めた運営側で全て受領していた」などと話しているといいます。保安課によると、アクセスにはA、B、Cチームがあり、平良容疑者はBチーム幹部の「チーフ」、石山容疑者は部下で、約630万円を稼いだ月もあったといいます。なお、集めた現金をレターパックで送らせていたといいます。アクセスは、SNSで勧誘するなどした女性を全国約350の風俗店に紹介しており、警視庁は2025年1月26~28日、受け入れ先の風俗店経営者ら3人を売春防止法違反容疑で逮捕するなど、店側の摘発も進めています。
外国人版トクリュウの存在も無視できません。前回の本コラム(暴排トピックス2025年1月号)では銅線窃盗などで暗躍する外国人版トクリュウを取り上げましたが、2025年1月31日付日本経済新聞の記事「ビルに盗品の山 外国人トクリュウ ドラッグストア狙う」もまた大変興味深いものでした。「ドラッグストアやアパレル店を狙う外国人窃盗集団の脅威が増している」というもので、小売業全体で盗難が多発する米国は損失が17兆円を超え閉店も相次いでおり、窃盗が横行すれば暮らしに身近な流通網が脅かされることになります。また、日本では、経済産業省によると、2023年のドラッグストア業界の総売上高は8兆3438億円、全国万引犯罪防止機構の2024年調査ではドラッグストアでの万引きによる商品ロスは総売り上げの0.17%分とみられ、単純計算で被害額は年間約140億円と推計されています。「警視庁や岐阜県警などはベトナム人グループの“商流”を追跡した。日本各地に散らばった実行役ら約20人は盗んだ商品を段ボール箱に入れ、大阪府や埼玉県などにある一軒家や雑居ビルなどの「集積所」へひそかに送り届けていた。このうち埼玉県坂戸市の廃店舗には、化粧品やビタミン剤が入った段ボール箱が山積みになっていた。集積所を管理するメンバーが空港に運び、預け荷物に入れベトナムへ出国。フリーマーケットサイトやSNS上で売買されたとみられる。実行役はSNSで集められ、ベトナムの対話アプリ「Zalo(ザロ)」で指示を受けていた。SNS上で仲間を募る手法は日本のトクリュウと共通する。グループの首謀者はベトナム国内にいるとみられる」というものです。また、「業界団体の日本チェーンドラッグストア協会の石田岳彦・犯罪有事委員長は「店舗側のみで組織犯罪に対抗するには限界もある」と訴える。日本を狙う窃盗集団による犯行の抑止に向け、警察幹部は「実行役や拠点を摘発するだけでなく、海外から指示を出す首謀者の特定が欠かせない」と強調する。国際刑事警察機構(ICPO)や外交ルートを通じた捜査共助を活用し取り締まりを強める」と強調されています。
全国唯一の特定危険指定暴力団「工藤会」によるとされる市民襲撃など6事件で、組織犯罪処罰法違反(組織的殺人未遂)などの罪に問われた、工藤会ナンバー3の理事長だった菊地被告の控訴審判決で、福岡高裁は、無期懲役とした1審・福岡地裁判決(2023年1月)を支持し、被告側の控訴を棄却しています。菊地被告側は一部事件で無罪を主張しましたが、裁判長は全ての事件について、判決に影響を及ぼす事実誤認はないと判断、被告側は判決を不服として上告する方針です。菊地被告は1審で全ての事件への関与を否定しましたが、控訴審では一転して(1)元福岡県警警部への銃撃(2012年)(2)看護師刺傷(2013年)(3)歯科医師刺傷(2014年)の3事件については関与を認めました。その上で、工藤会トップで総裁の野村悟被告=1審で死刑、2審で無期懲役、上告中=の関与は否定しています。控訴審判決は(1)について「警察の徹底した捜査を招くなどの性質を持つのに、野村被告に事前に報告しないのは不自然で信用性に乏しい」と指摘するなど、(1)~(3)の全てで、野村被告を含めて共謀を認定、菊地被告が関与を否定した残る3事件については「菊地被告の指示や了解がなければ、事件の実行は著しく困難」などとした1審判決を追認しています。
絆會の本部事務所に認定されている大阪市中央区のビルが、民間に売却されたことが分かりました。ビルを巡っては2023年、大阪地裁が使用禁止の仮処分命令を出したほか、暴力団対策法に基づく特定抗争指定に伴う立ち入り禁止措置も出ており、組側は使用を断念したとみられています。警察当局は今後の情勢を注視するとしています。絆會(金禎紀=通称・織田絆誠=会長)は2015年の山口組分裂を発端に指定暴力団となりました。現在の本部事務所(主たる事務所)は、国家公安委員会が大阪市中央区島之内の5階建てビルと認定していますが、捜査関係者や登記簿によると、ビルは2011年から織田会長の所有となっていましたが、近隣で事業を営む中国籍の男性に2024年12月23日付で売却されています。売却額は約6000万円とみられています。ビルを巡っては2023年11月、近隣住民らの委託を受けた大阪府暴力追放推進センターが使用差し止めを申し立て、翌12月に大阪地裁が使用禁止の仮処分命令を出しています。2024年6月には六代目山口組との抗争激化から暴力団対策法に基づく特定抗争指定を受け、事務所としての使用が二重に禁止される事態になっていました。今回の売却について、捜査関係者は「事務所として使うのが難しくなり、組織の資金繰りに充てたかった可能性もある」と分析、警察当局は今後、ビルから拠点としての機能がなくなるか慎重に見極める方針としています。
別人名義のETCカードで高速道路を使用して不正に割引を受けたとして、電子計算機使用詐欺罪に問われた六代目山口組直系団体の男性会長ら3人の判決公判が大阪地裁で開かれ、裁判長は無罪を言い渡しています。会長への求刑は懲役1年6月でした。判決理由で裁判長は、会長が使用したのは同居する事実婚の妻のETCカードで、「事実婚の夫婦間でもカードを貸し借りすることが許されないと(広く社会に)周知されていなかった」と指摘、クレジットカードと比べてETCカードは使用時の本人確認が厳格ではない実情も踏まえ、「処罰に値するということはできない」と結論付けています。会長は事実婚の妻と運転手の暴力団員と共謀して2022年12月、2回にわたり事実婚の妻が同乗していないのにETCカードを使用して割引を受けたとして起訴されました。暴力団員のETCカード利用を巡っては、弟のカードを不正に使用したとして六代目山口組直系団体の秋良連合会会長も同罪で起訴され、大阪地裁が2024年5月に懲役10月の有罪判決を言い渡し、大阪高裁が同年12月に控訴を棄却しています。
奈良県御所市の火葬場整備工事で地元業者が受注できるよう便宜を図った見返りに計7500万円を受け取ったとして加重収賄罪に問われ、2024年12月末に1審大阪地裁で実刑を言い渡された元市議、小松被告は、公職にありながら暴力団ともつながりを持ち、在職時は「市議会のドン」ともいえる存在だったといいます。公判で明らかになったのは約10年前から続いた癒着の実態だったといいます。市議会最古参だった被告について、同じく証人として出廷した市幹部は「影響力があり、慎重に話を進めないと何をされるか分からない恐怖感があった」と述べ、被告人質問では、市議としては異色の経歴を自ら明かしました。高校中退後に暴力団に所属、組に在籍しつつ、20代前半から家業の建設業を手伝うようになり、後の「行司役」に生きる業界人脈を広げ、41歳だった1994年の市議選で無投票初当選、「ヤクザとしては頭打ち」と感じていたときに、父親から「市議にでもなったらどうや」と勧められたのが転身のきっかけだったといいます。元暴力団員であっても更生した人は多数いる中、被告は市議になってからも反社会的勢力との関係を絶っていなかったとされます。被告側は公判で、建設会社から受け取った金は賄賂ではなく、「借りただけ」と無罪を主張、被告の説明によれば、暴力団対策法で事務所使用が禁じられ、立ち退かなくてはならなくなった旧知の暴力団に資金提供をしてあげたいと思ったのが「借金」の理由だといいます。検察側は論告で、被告の言う「借金」という金銭受領の趣旨を否定しつつ、「特別職の公務員でありながら、暴力団関係者との関りを持ち続けていた」と規範意識の乏しさを指弾しています。
暴力団関係者であることを隠して入札に参加し、除雪業務を落札して旭川市から委託料をだまし取ったとして、暴力団の準構成員の男が逮捕されました。詐欺の疑いで逮捕されたのは、住所不定、会社役員の清水容疑者で、2023年9月、暴力団関係者であることを隠し、旭川市の入札参加資格を不正に得たうえ、除雪業務を落札し、2024年1月から4月までの4回にわたり、合わせて115万5000円の業務委託料を、市からだまし取った疑いが持たれています。旭川市総務部・契約課長は、「暴力団関係者に委託料を支払ったということについては遺憾に思っております」と述べています。旭川市では、業者が入札参加資格を得る場合、暴力団でないことや関係を持っていないことなどが書かれた誓約書に、サインすることになっています。「市の登録事業者については数百社あるもんですから、全てを例えば警察に問い合わせをしてということまでは現実的ではないということもございまして、あくまでも誓約書の提出をもって確認をさせていただいているという現状にございます」と説明、誓約書にうそのサインをして資格を得ていたとみられます。刑事事件に詳しい、東京地検の元検事・中村弁護士は、暴力団関係者かどうか誓約書だけで見抜くことは難しいと指摘、暴力団構成員を準構成員も警察では常に更新するリストを持っており、やはり入れ替わりもあり、なかなか誓約書だけでは虚偽の申告をされてしまったら見抜けず、警察に照会をかけないと原則わからないと述べています。本件については、市の契約事務が規定通りに行われていなかったことが最大の要因だといえます(もっとも、密接交際者ということから、警察への照会で問題が発覚したかどうかは別の問題となります)。
2.最近のトピックス
(1)AML/CFTを巡る動向
2024年3月末に、金融庁の「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」(GL)に基づく態勢整備の対応期限が到来し、金融機関等においては基礎的・形式的な態勢の整備が概ね終了しました。2024年4月以降は金融機関等自らが「有効性検証」を行い、整備した基礎的な態勢を維持・高度化していくことが求められています。FATFも2025年から開始する第5次相互審査ではAML/CFTの有効性審査を重視することになり、2028年8月に予定されている第5次対日審査のヒアリングでは、金融機関等が自らのAML/CFTが有効である旨を説明できる必要があります。こうした状況の中、金融機関等が有効性検証を実施し、必要に応じて改善対応を行うことは重要であり、また、金融機関等は、特にマネロン等対策に係る責任を担う役員が自社のマネロン等対策について内外に説明できる態勢を構築することが求められることから、AML/CFTに係る責任を担う役員をはじめとする経営陣は、自社のAML/CFTの有効性を理解し、自社のマネロン等対策について内外に説明できる必要があり、そのためにAML/CFTの担当者は、経営陣が理解し説明できるように経営陣宛に有効性検証の結果等を説明することが必要になります。以上より、金融庁は、金融機関等の経営陣や担当者が、有効性検証を実施し、自社のAML/CFTの有効性を理解し、合理的・客観的に説明できるようになることを目的として、「マネロン等対策の有効性検証に関する対話のための論点・プラクティスの整理」を策定しています。概要は以下のとおりです。
▼金融庁 マネロン等対策の有効性検証に関する対話のための論点・プラクティスの整理(案)
- 位置付け
- 本文書は、金融機関等が有効性検証を実施するための参考となる文書かつ金融庁と金融機関等との対話の材料という位置付けとし、金融庁によるモニタリングにおいて、本文書の個々の論点を形式的に適用したり、チェックリストとして用いたりすることはしない。また、本文書を用いた対話に当たっては、金融機関等の規模・特性を十分に踏まえた議論を行う。
- 金融機関等においては、以下に記載する内容について、チェックリストのように用いて自社の対応状況を確認するといった使い方ではなく、Ⅲ章に記載した考え方も参考に自社で有効性検証を実施する、金融庁等との有効性に係る対話などにおいては、Ⅳ章の内容も参考に自社のマネロン等対策の有効性についての説明等を実施するといった対応を行うことが有用である
- 金融機関等における有効性検証
- 金融機関等はGLに基づいてマネロン等リスク管理の基礎的な態勢整備を実施している。一方で、金融機関等がGLの「対応が求められる事項」に則してマネロン等リスク管理態勢をある時点で整備していたとしても、
- 変化するマネロン等リスクの特定・評価の見直しが適切にできていない、
- 特定・評価の見直しを踏まえた低減が適切にできていない、
- といった場合は、有効なマネロン等対策が実施できているとは言えない。こうしたことを防ぎ、金融機関等が有効なマネロン等対策を継続的に実施するためには、「自社が、直面するマネロン等リスクの特定・評価・低減を適切に実施していること」を自ら確認することが必要である。
- また、検証の結果発見した課題を改善していない場合、有効なマネロン等対策を行っているとは言えないため、課題に対して自主的に改善対応を行うことも重要である。
- なお、GLで求めているとおり、マネロン等対策担当役員をはじめとする金融機関等の経営陣においては、自社の直面するマネロン等リスクや自社のマネロン等対策について理解すること等はもちろんのこと、有効性検証を実施するための態勢を整備すること、自社のマネロン等対策が有効であることを自ら説明できること、有効性検証の実施や発見した課題への改善対応に主導的に関与すること等も必要である。
- 金融機関等はGLに基づいてマネロン等リスク管理の基礎的な態勢整備を実施している。一方で、金融機関等がGLの「対応が求められる事項」に則してマネロン等リスク管理態勢をある時点で整備していたとしても、
- 有効性検証の目的と視点
- 有効性検証は、金融機関等が、変化するマネロン等リスクに対して有効な管理態勢の維持・高度化を目的として、「自社が、直面するマネロン等リスクの特定・評価・低減を適切に実施していること」を確認する取組みである。
- マネロン等リスク管理態勢の有効性検証においては、金融機関等が、
- マネロン等リスクの特定・評価が適切か
- マネロン等リスクの低減が適切か
- という視点で、自社のマネロン等リスク管理態勢を検証することが考えられる。
- また、重大な法令違反等の発生や自社の商品・サービスを悪用されたマネロン等事犯の多発などマネロン等リスクが顕在化したと思われる事象が発生した際に、必要に応じてリスクの特定・評価・低減を追加で実施すべきことはGLで求められているところ、当該事象を踏まえて自社のマネロン等リスク管理態勢の有効性検証を行い、必要に応じて改善対応を行うことも重要と考えられる。
- 想定される実施内容
- 有効性検証は一過性の取組みではなく、継続的に検証を実施し、その結果を踏まえて改善対応を行うことが必要である。そこで、以下に述べる内容を参考に、各社が実施すべき有効性検証を検討の上、計画を作成し、計画に則って検証を実施し、検証結果に応じて改善対応を行うことが重要である。
- 有効性検証の実施計画の作成に当たっては、内外の情報を勘案し、有効性検証を行う対象を選定することが考えられる。例えば、リスクの特定・評価の結果、監査の指摘事項、当局からの指摘事項、社内の規程・手続等の改定状況、組織・体制の変更、自社で取り扱う商品・サービスの変化、及び過去の有効性検証結果等を勘案して、有効性検証を行う対象を選定し、年度計画を作成すること等が考えられる。なお、必ずしもマネロン等対策に係る業務を一律に全て単年で有効性検証を実施することまでは必要なく、例えば、リスクに応じて、毎年検証を行う業務や数年ごとに検証を行う業務が存在しうる。
- また、マネロン等対策の有効性確保のためには、自社の方針・手続・計画等を策定した上で、経営陣による関与の下、これを全社的に徹底し、有効なマネロン等リスク管理態勢を構築することが求められる。この点は有効性検証においても同様であり、営業・管理・監査の各部門が担う役割・責任を、経営陣の責任の下で明確にして、組織的に対応を進めることが重要である。そこで、有効性検証の実施のため、経営陣が主導して適切な資源配分を行い、各部門が役割・責任に応じて連携することで、有効性検証の取組みを実施するための態勢を整備することも重要である。
- マネロン等リスクの特定・評価に係る検証
- マネロン等対策においては、リスクベース・アプローチの実施が重要である。リスクの特定はリスクベース・アプローチの出発点であり、リスクの評価は低減措置等の具体的な対応を基礎付け、リスクベース・アプローチの土台となるものであるため、リスクの特定・評価が適切でない場合、マネロン等対策全体の基礎が揺らぐこととなる。よって、有効性検証においても、リスクの特定・評価が適切に実施できているか確認することが重要である。
- GL等に基づき、金融機関等は自社の直面するマネロン等リスクの特定・評価の結果として文書(リスク評価書)を作成している。よって、マネロン等リスクの特定・評価に係る検証として、金融機関等が自社のリスク評価書の作成過程の妥当性を確認することが考えられる。
- 直面するマネロン等リスクが、十分な情報を基に特定・評価されており、リスクの変化に応じて適時に更新されている場合、妥当性があると言えると考えている。
- 具体的には、GL等も参照し、以下の観点から検証を行うことが考えられる。
- リスク特定に当たっての包括的かつ具体的な検証において、対象としている内外の情報は十分か。
- 特定したリスクを全て評価しているか。
- リスク評価に当たって活用している情報は十分か(疑わしい取引の届出状況等の分析も踏まえてリスク評価を実施しているか)。
- 定期的にリスク評価を見直す頻度や随時の更新時期は適切か。
- マネロン等リスクの低減に係る検証
- 金融機関等において、変化するマネロン等リスクに対して有効な管理態勢を維持・高度化するためには、直面するマネロン等リスクの特定・評価を踏まえて、適切なリスク低減を実施する必要がある。そこで、金融機関等が実施する有効性検証においては、マネロン等リスクの特定・評価を踏まえて低減策を適切に整備できているか、整備内容に準拠して低減措置を実施できているか確認する必要がある。
- 金融機関等は、マネロン等リスクの低減のために、GLの「顧客管理(カスタマー・デュー・ディリジェンス:CDD)」「取引モニタリング・フィルタリング」「記録の保存」「疑わしい取引の届出」「ITシステムの活用」「データ管理(データ・ガバナンス)」「海外送金等を行う場合の留意点」で求められる内容に対応している。特に有効性を検証することが重要と考えられる業務に関しては、既にGLでも有効性を検証すべき旨に言及しているところであるが、「対応が求められる事項」には明示的に有効性を検証すべき旨の記載がない業務も含めて、上記のリスクの低減に係る業務の有効性を検証し、不断に見直しを行っていくことが必要である。
- そこで、金融機関等では、直面するマネロン等リスクや規模・特性等も踏まえて、上記のリスクの低減に係る業務についてそれぞれ、以下に記載する観点を参考に、低減策を適切に整備できているか、整備内容に準拠して低減措置を実施できているかを定性的・定量的に検証することが考えられる。なお、定量的な検証に当たっては、FATF等の文書も参考に、例えば、疑わしい取引の届出を行った件数や比率(例えば、対象顧客数/全顧客数)、マネロン等(金融犯罪含む)の疑いを理由とした自主的な取引制限等を行った件数や比率(例えば、対象顧客数/全顧客数)、捜査関係事項照会・凍結依頼を受けた件数や比率(例えば、対象顧客数/全顧客数)、取引モニタリングの誤検知率、取引フィルタリングの誤ヒット率、検知から疑わしい取引の届出までに要した日数、継続的顧客管理における定期的な情報更新依頼に対する回答率、自社で策定したマネロン等対策のための手続等に対する対応不備(手続違反等)の件数、などを指標として活用することも考えられる。
- マネロン等リスク低減策の整備に係る検証
- GL等に基づき、金融機関等はマネロン等リスク低減に係る規程等(方針・手続・計画等)やシステム(シナリオ・検知基準・ロジック等)・管理体制等(組織・人員等リソース配分・研修等)といった低減策を整備している。変化するマネロン等リスクに対して有効な態勢を維持・高度化するためには、特定・評価の結果を踏まえて低減策が適切に整備され見直されているか確認する必要がある。
- マネロン等リスクの特定・評価が適切に実施されていることを前提に、特定した全てのリスク領域に対して低減策が設けられており、その低減策がリスク評価の程度に応じた内容となっている場合、規程等やシステム・管理体制等の低減策が適切に整備されていると言える。また、定期又は随時のリスクの特定・評価を行った際に、特定・評価の結果を踏まえて、規程等やシステム・管理体制等の範囲や内容が適切か見直しされていれば、低減策の適切な見直しがなされていると言える。なお、ここでいう見直しは、規程等やシステム・管理体制等がリスクに対して十分に整備できているかという観点から行うことに加えて、既存の規程等やシステム・管理体制等が外部環境等の変化を経て必ずしも必要ではなくなったと判断する場合は、停止や削除、再設計することも含む。具体的には、GL等も参照し、以下の観点から検証を行うことが考えられる。
- 特定したマネロン等リスク全てに対して低減を行うための規程等やシステム・管理体制等が存在するか。
- 規程等やシステム・管理体制等はマネロン等リスクの評価に応じた内容となっているか。
- 定期的又は随時のリスクの特定・評価の結果を踏まえて、整備した規程等やシステム・管理体制等が対象とする範囲・内容が適切か見直しされているか(例えば、導入当初は有効であった取引モニタリングの検知シナリオが、外部環境等の変化を経て不要なシナリオになっていることが判明した場合は、当該シナリオを削除し、当該シナリオにより生成されるアラートへの対応に投じていたリソースを他の分野に投じるなど)。
- マネロン等リスク低減措置の実施に係る検証
- 変化するマネロン等リスクに対して有効な管理態勢を維持・高度化するためには、低減策の整備だけでなく、整備した低減策に準拠して低減措置が実施されていることも確認する必要がある。
- 適切なマネロン等リスク低減策が整備されていることを前提に、規程等に準拠して業務が実施されていること、システムが設計どおりに稼働していること、管理体制が形骸化していないこと等をサンプルチェック等によって確認できる場合、低減策に準拠して低減措置が実施されていると言える。具体的には、GL等も参照し、以下の観点から検証を行うことが考えられる。
- 規程等について、策定したルールに準拠した実務対応がなされているか。
- システムについて、設計した仕様どおりに稼働しているか。
- 管理体制について、設計したとおりに運用されているか(例えば次の観点)。
- 各部門が業務分掌に応じた責任を果たしているか。
- 計画どおりに人員等のリソースが配分されているか。
- 設置した会議体やプロジェクトチーム等は設立趣意に沿った運営がなされているか。
- 計画どおりに研修が実施されているか。
- マネロン等リスク低減策の整備に係る検証
- 適時の有効性検証
- GLで対応を求めているとおり、重大な法令違反等の発生や自社の商品・サービスを悪用されたマネロン等事犯の多発など、マネロン等リスクが顕在化したと思われる事象が発生した際は、当該事象に対応して改めてリスクの特定・評価・低減を実施することが必要である。また、こういった事象が、従来のリスク特定・評価・低減の不足に起因して発生している場合、マネロン等リスク管理態勢は有効であるとは言えない。そこで、変化するマネロン等リスクに対して有効な管理態勢を維持・高度化するためには、事象発生時に、従来のリスクの特定・評価・低減が適切であったかという観点から有効性検証を行う必要がある。また、検証の結果、課題を発見した場合、改善対応を行うことはもちろんのこと、従来の有効性検証で同様の課題が発見できなかった原因を分析し、必要に応じて有効性検証の取組みの改善を行うことも重要である
- マネロン等リスクの特定・評価に係る検証
- 対話の手法
- 経営陣とは、GLでも求められている内容を踏まえて、計画・実施・改善対応の取組みのための適切な資源配分を行い、有効性検証についても役員・部門間で連携して実施する態勢を整備できているか、有効性検証の実施状況を把握して議論を行い、必要に応じて追加的な対策を指示するなどの主導的な関与を行っているかといった点を中心に対話する。
- 内部監査部門からは、有効性検証に関する計画・実施・改善対応の適切性等について、第1線や第2線から独立した立場で実施した監査の状況とその結果を中心に説明を受け、有効性検証を実施する態勢が適切であるかといった点を中心に対話を行う。
- 有効性検証の担当部署や関係部署等とは、有効性検証の結果も踏まえて、「マネロン等リスクの特定・評価」「マネロン等リスクの低減」「適時の有効性検証」について、それぞれ以下(1)から(3)の内容に留意して対話を行う。
- マネロン等リスクの特定・評価に係る対話
- 金融機関等においては、マネロン等リスクの特定・評価の結果としてリスク評価書を作成している。そこで、まず金融庁は、対話の前に金融機関等から提出された最新のリスク評価書の内容を把握する。その上で、金融機関等からリスク評価書の内容が適切と考える理由(リスクの特定・評価に係る有効性検証の結果)の説明を受け、その後、リスク評価書の内容と金融機関等からの説明内容を踏まえて、金融機関等が実施しているリスクの特定・評価が適切か対話を通じ確認する。
- また、対話において深度ある確認を行うために、金融庁は、金融機関等の直面するマネロン等リスクの特定・評価の結果の仮説を手元に準備し、仮説を踏まえて金融機関等と対話を行い、相互に認識を確認し、一致させることが重要と考えている。
- 仮説は、金融機関等から毎年報告を受領しているマネロン等リスク量に係る計数等を含むリスクの特定・評価に係る情報を基に作成する想定である。なお、金融庁としては、仮説を押し付けたり誘導したりするのではなく、金融機関等からの説明・主張に十分に耳を傾け、その合理性・客観性を踏まえて対話を行う。
- マネロン等リスクの低減に係る対話
- 金融機関等はマネロン等リスクの特定・評価に基づいて、リスク低減策を整備・実施することで、マネロン等リスクの低減を行っている。そこで、金融庁としては、金融機関等において適切に低減策の整備を行っているか、低減策に準拠して低減措置が実施されているか対話を通じ確認する。金融機関等より、マネロン等リスク低減措置について自社が実施した有効性検証の取組み内容やその結果について説明を受けた上で、定性的・定量的な検証結果も確認しつつ対話を行うことを想定している。
- 適時の有効性検証に係る対話
- 対象となる金融機関等において、重大な法令違反等の発生や自社の商品・サービスを悪用されたマネロン等事犯の多発などマネロン等リスクが顕在化したと思われる事象が発生していた場合(直近1年間程度を目途)、個別事象の発生経緯や対応内容を含めて、適時の有効性検証の取組みについても対話を行う。
- 適時の有効性検証については、発生した事象に応じて実施内容は様々であるため、説明や対話における観点も発生した事象に応じて異なるものと考えられる。よって以下の点を中心に説明を受け、説明内容を踏まえて対話する。
- 個別事象発生の経緯と発生後のリスク特定・評価・低減の内容
- 個別事象の発生原因の分析結果
- 原因分析を踏まえたリスク特定・評価・低減の取組みの課題と改善対応
- 原因分析を踏まえた有効性検証の取組みの課題と改善対応
- マネロン等リスクの特定・評価に係る対話
- 対話に当たっての留意点
- 上述のとおり、金融機関等において、変化するマネロン等リスクに対して有効な対策を講ずるための管理態勢の維持・高度化には、金融機関等自身で態勢の有効性を検証することが重要であると考えており、個社における取組みは自社が直面するマネロン等リスクに応じて検討されるべきものであることから、金融機関等自身の判断を尊重する必要がある。
- また、対話に際して、金融機関に過度な負担が生じないように配慮する必要がある。
- 金融機関からの情報収集についても、定期的に収集している情報を最大限活用し、真に必要な情報を収集・議論することとし、定期的な情報収集の内容や頻度を適宜見直すことも重要である。
- なお、対話の中で、金融機関等が規制・監督上の課題・悩みを抱えていることを把握した場合には、法規制の解釈の明確化等といった支援を行うことが必要である。
- 当局の問題意識の発信
- 対話の結果として得られた有益な気づきや問題意識(問題事案から得られた教訓や先進的な取組み事例の紹介を含む)については、対話の対象となった金融機関へのフィードバックに加え、金融レポートや業界団体との意見交換等の場を通じて対外的に発信していく。また、重点的にモニタリングを行った特定の課題等について、その結果や今後の課題・着眼点等を必要に応じて公表していく。
- さらに、法規制の変更等の検討を要すると思われる課題が見つかった場合には、関係する部局や省庁と情報共有や意見交換を行う。
- モニタリングに関する態勢整備
- 実効的なモニタリングを行うためには、それを実施する当局側の態勢整備も必要となる。マネロン等対策に関する専門知識のみならず、多様で幅広い情報を収集・分析し、金融機関等の潜在的リスクや課題を抽出する能力、物事の軽重を判断できる能力及び金融機関等の経営陣と十分なコミュニケーションを図ることができる対話力を持つ人材の育成や採用が重要となる。
- あわせて、個別金融機関等や各業態についての知見と、マネロン等対策に関する知識及び経験を、当局全体として高い水準で保持し、それらを十分に活用できる組織の態勢及び文化を醸成していくことが重要となる。例えば、内外の重要な問題事例についてケース・スタディとしてまとめ、考え方を深める材料とし、また、モニタリングの過程で得られた各種情報等を適切に蓄積し、将来のモニタリングに有効に活用できる態勢を整備していくことなどが考えられる。
本コラムでたびたび取り上げてきたとおり、携帯電話における契約者等の本人確認手続きについて見直しが検討されています。このたび、総務省から施行規則・省令の改正案がパブコメに付されていますので、紹介します。
▼総務省 携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等及び携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律施行規則の一部を改正する省令案に対する意見募集
- 電話を用いた特殊詐欺による被害が深刻化する中、携帯電話の犯行利用は近年増加傾向にあります。また、犯行利用された携帯電話は、一見して判別できないほど精巧に偽変造された本人確認書類を利用して契約されていることが判明しています。こうした事態を受けて、デジタル社会の実現に向けた重点計画(令和5年6月9日閣議決定)において、「携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等及び携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律(携帯電話不正利用防止法)に基づく非対面の本人確認手法は、マイナンバーカードの公的個人認証に原則として一本化し、運転免許証等を送信する方法や、顔写真のない本人確認書類等は廃止する」と決定されたところです。
- これを受け、携帯電話契約時等の本人確認方法のうち、本人確認書類の写しを用いる方法を廃止するため、携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認及び携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律施行規則(平成17年総務省令第167号)について、所要の改正を行うことから、本案について広く意見を募集するものです。
▼携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等及び携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律施行規則の一部を改正する省令案
2025年1月29日付日本経済新聞によれば、政府は株主名簿上の株主の背後で事実上の議決権をもつ「実質株主」を企業が把握しやすくするとして、企業が名簿上の株主に実質株主の情報を請求できるようにするための会社法改正を目指すと報じています。開示の求めに応じない場合には過料や議決権の停止といった制裁を想定しているといいます。機関投資家は運用業務に専念するため株の保管や管理を「カストディアン」と呼ぶ資産管理銀行に委託する場合があり、議決権などを行使する際は、実質株主である機関投資家が名簿上の株主に指示するのが一般的となっています。現状、保有割合が5%超の株主に情報開示を義務付ける大量保有報告制度はあるものの、5%以下の実質株主を企業が把握する制度はなく、企業間の持ち合い株の解消が進んで株主構成が複雑になり、実質株主を把握したいとのニーズは高まっている状況にあります。さらに、台頭するアクティビスト対応や同意なき買収に備えるには、平時から株主との対話が欠かせないところ、企業は実質株主を特定するために信託銀行などに株主判明調査を依頼、調査の規模によって異なるものの1回あたり数百万円の費用がかかるとされる一方、海外投資家なども絡むため、全容が分かるとは限らないのが実情です。企業には株主との建設的な対話が要請されているものの、相手が誰なのか十分に分からず困る場合も多く、企業側は平時の株主対応がしにくいほか、有事の初動対応が遅れるケースも目立っており、本取組みの実現が急がれます。
パリ検察は、暗号資産交換業の世界的大手バイナンスについて、マネロンの疑いで捜査を開始したと発表しています。捜査は2019年から2024年にかけてフランス国内及びEUにおける違法な疑いのある行為が対象となるといいます。仏メディアによると、仏当局は2022年2月からバイナンスのマネロン疑惑に関する捜査に着手、今回始まったのは裁判所の予審判事が、公判が必要かどうかを判断する「予審」と呼ばれる捜査となります。バイナンスを巡っては米シアトルの連邦地方裁判所は2024年4月、マネロンの罪で創業者のチャンポン・ジャオ被告に禁錮4月の判決を下しています。
(2)特殊詐欺を巡る動向
国民生活センターが毎月発行している「国民生活」の2025年1月号において、「怪しい投資話にだまされるのはなぜ?-行動経済学の観点から-」と題するコラムがありました。本コラムでは、特殊詐欺等の手口や被害事例、防止事例を取り上げるとともに、「そもそもなぜだまされるのか」を常に考えながら、被害防止・被害抑止につなげたいと考えています。そもそも情報の非対称性がある中、「合理的な観点からはとても考えられないような判断の誤りが、詐欺被害に遭う原因」となっているとしたうえで、自分の信念に反する情報を排除して、自分の信念に合った情報だけを受け入れがちな、人間の行動の偏り「確証バイアス」、印象的ですぐに思い出しやすい事柄によって判断を下してしまう傾向を持っているという「利用可能性ヒューリスティック」」、「自分は詐欺には騙されない」という過度な自信を抱く「自信過剰バイアス」、相手に対する「過度の信頼」、バイアスが極めて強固であることをふまえ、「投資商品の売り手が「自分の利益を第一に考えていて、客にわざと間違った情報を伝えることがある」と知らせることで、人々が投資商品に関する合理的な選択を行うようになる」調査結果を活かした金融教育の重要性などが解説されており、大変参考になります。
▼国民生活センター 国民生活 2025年1月号【No.149】(2025年1月15日発行)
▼1 怪しい投資話にだまされるのはなぜ?-行動経済学の観点から-
- 新NISAの導入などで、投資に関する環境は大きく変わりました。普通の人には縁遠かった「投資」は政府による推奨もあり、年配の人から若い人まで、今や一般の消費者が積極的に取り組む経済活動の1つになりました。しかし、投資商品(金融商品)の選択は、消費財を選択するのとはずいぶん異なる面があり、人々を戸惑わせているようです。このことを、「投資商品を販売する投資食堂」にやってきた人の気持ちになってもらう例え話で説明してみましょう。
- とある「投資食堂」で
- あなたが投資食堂に入ると、まずメニューの数に圧倒されます。数千種類の投資商品が並んでいて、いったいどこから見ていけばよいのかさっぱり分かりません。投資商品はすべて「お金」でできているので、食材は全部同じです。その日たまたま安くなっているお買い得商品もありません。また投資商品は食べ飽きるということはないので、どれだけの量を買えばよいのかも分かりません。あなた(A)は恐る恐る店員(B)に尋ねます。A「儲かる(おいしい)投資商品を教えてほしいんですが……」生真面目な店員ならこう答えるでしょう。B「リスクや流動性が同じなら、儲けの見込みはほぼ同じですよ。もちろん、結果は商品によって違いますが……。あと、分かりづらい追加費用がかかる商品もあるので、それには注意してくださいね」A「リスク! それだけは勘弁してください。リスクのない投資商品はありますか?」B「ありますが、ほとんど儲かる見込みはないですよ。それでもいいですか?」A「…・・」
- 一般の消費財であれば、消費者は商品を選ぶためのさまざまな手掛かりを持っています。例えば食事であれば、自分の味の好みや空腹感、予算残高などです。こうした情報をもとに、消費者は主体的に商品を選んでいくことが、ある程度可能です。しかし投資商品の場合にはこのような分かりやすくはっきりした手掛かりはなく、あるのは将来の収益やリスクなどの理解の難しい抽象的な属性だけです。これに基づいて「どれくらいのリスクなら取れるか」といった重要な判断を求められても、消費者は戸惑うだけです。
- また、確実に儲かる見込みが特に大きな投資商品、裏を返せば割安な投資商品が存在しないということも、消費者の頭にはすんなり入ってきません。投資商品は一般の消費財と異なり、受渡しや保管にほとんど費用がかかりません。このため、もし何らかの理由で割安な投資商品が市場に投入されたとしても、多くの人が一斉に買い入れようとするせいで値段が上がり、一瞬で割安ではなくなってしまいます。後から考えれば「あの時は割安だった」と思える投資商品は存在しますが、これは後知恵に過ぎません。また、費用と手間をかければ多少割安な投資商品は見つかるかもしれませんが、そこから得られる儲けの見込みは、かかった費用や手間とそう変わらないか、あるいは十分な知識や能力のない人であればそれらを下回るでしょう。
- このような場面で、消費者はどのように投資商品を選ぶのでしょうか。商品選びの分かりやすい手掛かりが存在する一般消費財を選ぶ場合であっても、消費者は広告やその時の気分などさまざまな要素に左右されて、合理的な選択を行うことができないことがよくあります。体重が増えるのが嫌なのに、つい目先の甘いものに手が伸びてしまうといった場合がこれに当たります。このような合理的な選択からのずれを「バイアス(偏り)」と呼びますが、これにはいくつかの特定のパターンがあります。選択のための分かりやすい手掛かりがない投資商品では、こうしたバイアスが果たす役割はいっそう大きくなると考えられます。
- 最近、SNS型投資詐欺が急増して、大きな社会問題となっています。これは、一般の消費者がSNSを通じて知り合った人の「こうすれば儲けられる」という誘いに応じて、偽の投資商品にお金をつぎ込んだ結果、返金してもらえなくなるというものです。被害金額が大きいことや、若い人も被害に遭っている点に特徴があります。こうしたSNS型投資詐欺を含む投資詐欺においては、合理的な観点からはとても考えられないような判断の誤りが、詐欺被害に遭う原因になっています。
- 次からは、こうした場面で働いていると思われる、いくつかのバイアスについて紹介します。
- 確証バイアス
- 消費者は普段から、「安くてよい商品をやっと見つけた」「満足できる収入が得られる仕事を見つけた」「よい人に巡り合って助かった」といった経験をしたり、話を聞いたりしています。このように日常生活の中で、自分に有利な条件を考えて選択肢を探すのは、私たちにとってごく当たり前のことです。このため投資商品の選択に際しても、儲かる商品を一生懸命探そうとするのは、消費者にとって極めて自然な行動であると考えられます。ここで専門家が、「一生懸命探しても、特別儲かる投資商品はありませんよ」といくら言ったところで、彼らの耳には入らないかもしれません。これは、自分の信念に反する情報を排除して、自分の信念に合った情報だけを受け入れがちな、人間の行動の偏り「確証バイアス」によって生じます。
- 私たちが自分の信念に反する情報を受け入れることは、大きなストレスを伴います。例えば、「努力はいつか報われる」と固く信じている人が、努力家の主人公が運のよいライバルにあっけなく敗れ去る結末を迎える映画を見たらどうなるでしょうか。この人はこの映画を見なければよかったと後悔し、記憶から消し去ろうとするかもしれません。この人が映画を見た結果、「努力はやはり報われないこともあるのかもしれない」と、考えを変える可能性は、それほど高くないのではないでしょうか。
- SNS型投資詐欺の被害者の中には、取引相手とやり取りする中で、「日本語が怪しげだと思った」「サイトのデザインに違和感があった」「法人名ではなく個人名の口座に入金するのはおかしいと思った」などと述べている人たちがいます。
- 被害者は、こうした詐欺を疑わせる情報を、自分の信念「取引相手は自分を儲けさせてくれる」に反しているからと、排除してしまったわけです。
- これも確証バイアスの仕業です。こうして被害者は、手持ちのお金をすべて投資詐欺につぎ込んで、借金までして、もうこれ以上お金が払えなくなるという時点に至るまで、詐欺に気づかないことになるのです。
- また複数の被害者は、数十人程度の参加者がいるLINEグループに誘導され、そこで投資の成功談を聞かされたと語っています。このグループの参加者の多くは「サクラ」であると考えられますが、こうした人たちが話す自分の信念に合った情報は、素直に受け入れてしまうため、いっそう投資への意欲を高めることになります。これも確証バイアスの仕業です。
- 利用可能性ヒューリスティック
- 先程、被害者がLINEグループに招待されて、投資の成功談を聞かされる場合があることを書きましたが、このことは詐欺に引っかかりやすくする別のバイアスの原因にもなります。それは、私たちが印象的ですぐに思い出しやすい事柄によって判断を下してしまう傾向を持っていること、すなわち「利用可能性ヒューリスティック」です。
- 「ヒューリスティック」は「直感」に近い意味を持っています。例えば、刑法犯罪の認知件数は2002年の約285万件から2021年には約57万件に、ほぼ直線的に、かつ劇的に減少していますが、私たちはどうしてもそれを実感することができません(ただしその後は新型コロナによる行動制限の緩和などにより2023年にかけて約70万件に増加しました)。私たちは犯罪の発生数を、統計や自分の経験から判断するのではなく、思い出しやすい犯罪報道がどのくらいあるかによって判断します。凶悪な犯罪は世間の注目を集め繰り返し報道されるため、私たちの記憶に刻まれます。
- 記憶をたどったときにすぐ思い出せる事件が多ければ、私たちは、「犯罪は減っていない」と判断してしまうのです。
- 他人の体験談は、私たちの記憶に残りやすい情報の1つです。詐欺的な商品の広告で体験談がよく用いられるのはこのためです。逆に専門家の「特別儲かる投資商品はない」という抽象的で客観的な情報は、あまり記憶に残りやすいとはいえません。サクラに囲まれたLINEグループで、印象深い他人の成功談を頭に詰め込まれた被害者は、この投資が確実に儲かるものだと信じ込まされてしまうのです。
- 自信過剰バイアス
- 被害者の中には、「自分は詐欺には気をつけているほうだと思っていた」「まさか自分が騙されることはないと思っていた」と証言している人たちがいます。このように「自分は詐欺には騙されない」という過度な自信を抱いていることも、人を詐欺に引っかかりやすくする傾向の1つであり、これを「自信過剰バイアス」といいます。投資詐欺の識別について、自分で推測する自分の能力の水準が、実際の自分の能力の水準よりも高ければ、自信過剰の状態にあるといえます。一般に、年配の人よりも若い人のほうが、自信過剰になる傾向があります。
- 自信過剰の状態にあることは、必ずしも悪いことだとはいえません。例えば、新しい事業に乗り出そうとしている起業家や、新しい職場で働こうと考える労働者にとって、自信過剰は積極的で前向きな取り組みにつながり、成功の可能性を高める大切な要素になることがあります。
- しかし投資詐欺における自信過剰は、詐欺に気づきにくくなることに加え、「自分なら儲けられる」と、怪しい投資でも前向きに取り組んでしまうことになる可能性があり、二重の意味で危険です。SNS型投資詐欺における「投資」は、詐欺師によって操作されている場合が多いと思われ、スマホ等の画面上では手持ちの資金がどんどん増えていくように見えます。この成功体験によって被害者の自信過剰傾向はいっそう強くなると考えられます。
- 自信過剰を解消するための1つの方法は、投資詐欺や投資について教育することを通じて、実際の能力を高めることにより、自分で推測する自分の能力に追いつかせることです。しかしこのような教育は、逆にさらに自信過剰傾向を高めてしまう場合があるという厄介な一面もあります。人間は知識や経験が増えると、実際の能力以上に自信を高め、逆に自信過剰傾向を高めてしまうことがあるからです。運転免許を取った人が、はじめのうちは慎重に運転して事故を起こさなかったのに、しばらく運転の経験を積むと実際の能力以上に自信を持ってしまい、事故を起こしてしまうといった場合がこれに当たります。投資詐欺や投資に関する教育は重要ですが、そのことが、逆に消費者に儲け話に興味を抱かせたり、投資に対する過度な自信を植えつけたりするといったことにならないよう、十分注意しながら行う必要があります。
- 過度の信頼
- SNS型投資詐欺の被害者の多くは、有名人や権威のある肩書の人が登場する広告や、知り合いを通じて連絡を取った、まったく面識のない人とSNSを通じてつながったことが、詐欺被害のきっかけになっています。そして最初のうちは警戒していても、投資教育を受けたり親切なメッセージをもらったりするなかで次第に心を許してしまい、相手が提案する投資話に乗ってしまうという場合が多いようです。
- SNSを通じて知っているだけの、会ったこともない相手を信用するのはおかしいという人がいるかもしれません。でも冷静に考えると、会ったこともないインフルエンサーの投稿を読んで心を動かされたり、SNS上のやり取りを通じて親密になった人を信頼して交流したりするといったことは、最近ではごく当たり前のことになりつつあります。そのようななかで、会ったこともない相手をいつでも一切信頼しないわけにもいかないのではないでしょうか。また、親しくない他人を信頼するということは、私たちの社会の人々の交流を活発にし、生活の満足度向上にもつながるという面もあります。
- SNS型投資詐欺で1700万円の被害に遭った40歳代女性は「そこまでして根こそぎ人の資産を取ろうとする犯人の根性ってどうなの?って。人のものをそんなに取りたい? ほしい? と思って」と語っています。この人はとても心がきれいで、それゆえに他人を疑うことをせず、SNSで知り合っただけの人をすっかり信頼してしまったのではないでしょうか。でもこうした傾向を持つ人の生活を守るためには、あえてこう言わなければならないでしょう。「あなたのお金を奪って何とも思わない人はたくさんいます。お金が関わっているときには、他人を疑ってかかることを決して忘れないでください」
- 金融教育
- これまで、私たちの合理的な判断をゆがませ、投資詐欺に陥らせるさまざまな人間の心の傾向について述べてきました。そして投資詐欺を防ぐためには、こうしたバイアスについて教えることによって、合理的な判断を促せばよいと考えたくなります。もちろんそれは大事なことではあるのですが、同時にこういったバイアスは極めて強固であり、いくらそれに注意しても、私たちの意識や行動は容易には変わらないということも知っておかなければいけません。インターネット上で荒唐無稽な見解に群がる人々を見れば、いかに確証バイアスが強固で、合理的な見方を教えるのが難しいかが分かるでしょう。
- 犯罪認知件数が2002年の4分の1になったと知らされても、利用可能性ヒューリスティックにとらわれた私たちはどうしてもそれを実感として受け入れることはできません。
- 有名人の写真を勝手に使った広告の取り締まりや、確証バイアスの強化を防ぐためのSNSアルゴリズムの改善は、投資詐欺防止に一定の効果を発揮すると思われますが、こうした対策は私たちの手に容易には届かないところにあります。差し当たってすぐに対応が可能な教育や広報の面で、私たちはどのような点に注意すればよいのでしょうか。
- 私が共同研究者と行った最近の研究で、投資商品の売り手が「自分の利益を第一に考えていて、客にわざと間違った情報を伝えることがある」と知らせることで、人々が投資商品に関する合理的な選択を行うようになるという結果が得られています。お金に関わることで他人を信頼しないように仕向けることは、投資詐欺の入り口で被害を防止できる可能性があるだけでなく、その後の判断にも影響を与え、私たちの持つバイアスに対抗する手段になり得るという結果です。私自身の別の共同研究者との過去のデータ分析では、特に若い人や高齢者は、有名な人や肩書のある人に疑いを持たない傾向があることが分かりました。こうした点を踏まえ、「お金の世界で信頼できる人は簡単には見つからない」と教えることは、1つのカギになるのではないでしょうか。ただし、単に「他人を信用するな」と教えるだけでは、消費者は途方に暮れてしまいます。金融教育の中で、ある程度信用してもよい情報源や肩書は何なのかを、具体的に伝えることも重要です。
以前の本コラムでも取り上げましたが、特殊詐欺被害から65歳以上の高齢者を守るため、大阪府は、ATMの操作中に携帯電話の通話を禁止するなどとした条例改正案の詳細をまとめています。2025年2月の定例府議会に提出し8月の施行を目指すとしています。改正案は2024年の審議会の答申を踏まえ、「携帯電話で通話しながらのATMの操作禁止」、「不自然な入出金に対する金融機関の警察への通報」、「ATMの振り込み上限額の設定」、「プリペイド型電子マネーの販売確認」などを盛り込んであり、罰則規定はないものの、条文で禁止や義務化まで踏み込むケースは全国初となります。ATMの振り込み上限額は1日10万円に設定、過去3年間でATMの振り込みをしていない70歳以上を対象に限度額を引き下げるほか、プリペイド型電子マネーの購入は年齢確認が困難なことを踏まえ、年齢制限を設けず、合計5万円以上の会計を対象に、店舗側と購入者双方が詐欺被害の可能性の有無をチェックシートで確認するよう義務づけるといった具体的な内容となっています。
特殊詐欺事件の被害回復のために凍結された銀行口座から、虚偽の内容の公正証書に基づき強制執行をかけて支払いを得たとして、被害者側が、執行をかけた東京都渋谷区のコンサルティング会社を提訴しています。「コンサル会社側に不審な点があり、口座の名義人に貸し付けがあるとした公正証書の内容は事実ではない」と主張、渋谷の会社側は「貸し付けは事実で正当な執行だ」と反論しています。凍結口座を巡っては、この会社と代表や社名が同じ品川区のコンサル会社が、ベトナム人3人に各10万円を貸したとして、裁判所に虚偽の「支払い督促」の書面を発行させて強制執行の手続きをとったことが判明、これとは別に、公正証書を根拠にした強制執行でも、被害者側が疑義を呈するケースが明るみに出ています。公判で不審な点が出ており、例えば、広告関連会社の所在地について、公正証書では、台東区のマンションがある場所が記載されていますが、このマンションは、渋谷の会社と代表や社名が同じ品川のコンサル会社が2024年、強制執行をかけた口座の名義人であるベトナム人3人の「住所」と同一だといいます。品川の会社は2024年、3人に対して各10万円を貸し付けたとして、東京簡裁から、「支払い督促」の書面を取得、ところが、別の被害者側との裁判で、「ダミー債権」だったことを認めており、3人は2023年11月以前に出国していたことも判明しています。また口座の名義人で同社に返済義務があるとされたベトナム人が日本にいないのに、裁判所から郵送された書面を受け取ったことになっていることや、宛先の住所には住民登録がされていないことも判明しています。さらに、広告関連会社の代表だった男性について、公正証書が作成された2024年6月当時、品川の会社でも代表を務めていたことが明らかとなっています。
特殊詐欺などの被害保護を巡っては、振り込め詐欺救済法が2008年に施行され、犯罪に利用された口座について警察などから通報があれば金融機関が凍結できるようになり、凍結口座の残金は被害者に分配する仕組みとなっており、預金保険機構によると、2023年度は約24億円が被害回復に充てられました。しかし、分配を行う前に、第三者が凍結口座に強制執行をかけた場合、凍結を解除すべきかどうかは同法に定めがなく、このため、金融機関の判断で凍結口座から第三者に資金を支払うこともあり得るとされます。凍結口座からの資金引き出しを巡っては過去、強制執行の根拠とされた公正証書の内容が虚偽だと裁判所に認定された例もあり、最高裁は報道で、「裁判手続きが悪用されているとすれば遺憾。情報収集を進めたい」としています。
特殊詐欺等の被害は海外でも深刻化しています。まず、虚偽の電話などで金銭をだまし取る特殊詐欺の被害がロシアで激増し、社会問題化していると報じられています(2025年1月26日付産経新聞)。ウクライナ侵略後、「露社会は団結した」と繰り返してきたプーチン大統領にとり、詐欺の横行は露社会で犯罪が跋扈していることを示す都合の悪い事態であるうえ、政権は犯行の巧妙化に追い付けておらず、「主な犯人はウクライナだ」と宣伝し、国民の不満をそらそうとしているといいます。報道によれば、ウクライナに全面侵攻した2022年、ロシアでの特殊詐欺の被害額は141億6000万ルーブル(約223億円)だったところ、2023年は158億ルーブル(約249億円)に増加、2024年は1~9月だけで179億ルーブル(283億円)に上り、早くも前年を上回る状況です。2023年に実施された世論調査では「過去1年間に詐欺の試みに遭遇した」と回答した露国民は91%に上り、2022年の82%から9ポイント上昇、また、「主な心配事の要因」に「詐欺」を挙げる国民が2024年に急増したことも世論調査から明らかになっており、ロシアで詐欺行為が活発化していることが示唆されています。ロシア政権側は2024年7月、詐欺被害を減らすための法律を施行、銀行は顧客から送金依頼を受けた際、受取人口座をデータベースで照会し、過去に詐欺行為に関与した疑いがあった場合は送金を保留するよう定められました。また、同12月には、特殊詐欺の温床になっているとの理由で、インターネット回線を利用するIP電話から固定電話や携帯電話への電話を禁止、詐欺の疑いのある電話の発信を自動でブロックするシステムも稼働させています(こうした取組みは日本における特殊詐欺対策と通じるものがあります)。しかしながら、詐欺師側の手口も巧妙化しており、古典的なオレオレ詐欺や懸賞当選詐欺、複数人で「警察官」や「銀行員」などの役割を分担して相手をだますことなどは序の口で、SNSで個人情報を調べた上で相手を信用させる手口や、AIを使って虚偽の音声や映像を作成する技術「ディープフェイク」を使う手法なども確認されているようです(このあたりは当然、日本でも警戒が必要な手口となります)。さらに「愛国行為になる上、年利90%のリターンを得られる」とうたって架空の軍需関連基金への投資を勧める、捜査当局者を装って「あなたの口座からウクライナへの違法送金が確認された。刑事訴追を避けるためには金銭の支払いが必要だ」などと脅すといった「戦時下ならでは」の手口も確認されているといいます(日本でも社会情勢の変化や注目度の高いトピックが悪用されています)。ロシアでは出所不明なSIMカードなども比較的容易に手に入るとされ、政権側と詐欺師側による「いたちごっこ」が今後も続く見通しで、詐欺の横行は当面、収束しそうにないといいます(日本でもSIMカードの犯罪インフラ化は深刻ですが、対策は講じられています)。こうした状況下で、政権側は「多くの詐欺を行っているのはウクライナだ」とする見方を流布し、詐欺の多発に不安を募らせる国民をなだめようとしており、ロシア銀行最大手ズベルバンクのクズネツォフ副頭取は2024年9月、国営テレビ番組で「詐取された金銭の少なくとも40%がウクライナ軍の資金になっている」と主張、国営ロシア新聞(電子版)も同7月、ウクライナが首都キーウ(キエフ)などにロシア人を狙う「詐欺コールセンター」を設置し、従業員に日本円で月給約15万円と、詐取金の一部をボーナスとして支払っているとする記事を掲載しています。さらに、プーチン氏も2024年末の会見で「ウクライナの情報機関が『国策』として詐欺を行っている」と発言しています。さらに、ロシア内務省は2024年12月、ロシア各地で行政庁舎への放火や警察車両の爆破などを狙った事件が計55件起き、容疑者として計44人を拘束、「捜査の結果、一部の容疑者が、ウクライナの情報機関に金銭を詐取され、『犯行を実行すれば金銭を返す』と教唆されていたことが判明した」と主張、他の容疑者についても、ウクライナ側から犯行の見返りに金銭の供与などを約束されていたと主張しています。
中国の王毅外相は、東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国に対し、オンライン賭博や通信詐欺といった犯罪の取り締まりを強化するよう求め、こうした犯罪が横行している国は責任を負うべきだと訴えています。タイとミャンマーの国境地帯で相次いだオンライン賭博や通信詐欺などの犯罪で、中国など外国の市民が被害に遭っていると指摘、外国からの訪問者が旅行できる安全な環境を提供するため、中国は法の執行と治安の両面でASEANとの協力をいとわないと付け加え、王氏のこれらの発言により、東南アジアでの通信詐欺と人身売買の横行に対して中国が懸念を強めていることが鮮明になりました。前回の本コラム(暴排トピックス2025年1月号)でも取り上げたとおり、最近ではタイとミャンマーの国境地帯を訪問した中国の俳優が一時行方不明となり、ミャンマーで保護され、タイの警察は、この俳優が人身売買の被害に遭ったとの見方を示していました。そのタイ外務省のニコンデート報道官は、タイとミャンマーの国境地帯を根城とする国際オンライン詐欺団を取り締まるため、タイ政府として中国を含めた周辺国(日本も参加可能性があります)と協議する枠組みを設ける方針を明らかにしています。各国の国境警備機関の連携を進めたり、機密情報を共有したりできるようにすることで、犯罪の捜査や予防に取り組む枠組みの立ち上げを目指すとしています。
調査研究機関「米国平和研究所」の2024年5月の報告によると、東南アジアを拠点とする中国人が絡んだ詐欺集団による被害額は年間438億ドル(約6兆8000億円)を超え、被害金の一部がミャンマー国軍に流れているとの指摘もあります。さらに、タイのNGOは、ミャンマー東部のタイとの国境地帯にある犯罪拠点に日本人6人(20人以上との情報もあります)を含む21カ国の6000人超(数万人以上との情報もあります)が監禁されている可能性を指摘、多くが人身売買の被害者としてタイ経由で連行され、特殊詐欺などに強制的に加担させられているとみられて、被害者の多くは、SNSの求人広告に募集し、タイへの渡航後にミャンマーに連れてこられているといいます。2025年1月28日付時事通信によれば、「自動翻訳機能を使ってSNSでメッセージを送信。反応があれば自らは資産家だと偽り、信頼関係を築いた上で投資に誘って暗号資産をだまし取ることを繰り返した。「上司」の中国人によると、他に複数のグループがあり、米国、中国、日本などを標的にしていた」といった実態を、脱出したバングラデシュ人男性の証言に基づき紹介しています。また、2025年1月29日朝日新聞の報道によれば、「現場を仕切る中国人にはノルマを課せられた。目標未達なら睡眠も許されず、達成しても給料は出なかった」、「当時、同じ建物で約1000人が詐欺に加担していた。特に中国人が多く、白人や黒人の姿もあったといい、世界中を狙った詐欺行為が行われていた」、「女性の中には売春を強いられる人もいた」、「長時間の強制労働、逃げようとすれば激しい暴行や電気ショックを受ける」といった状況が紹介されています。国境沿いのミャンマー東部では、地元の武装勢力が中国企業と組んで都市開発を進めており、表向きはカジノやホテルを整備した「国際都市」をうたうものの、実態として犯罪組織が流入、シュエコッコのほか「KK園区」と呼ばれる犯罪都市もあるといいます。もともとタイ・ミャンマー国境は行き来が容易で、合法・不法問わずヒトやモノの流出入が行われやすく、これは特に、長い国境線を接する東南アジアのメコン地域に共通しており、中国系の組織は10年以上にわたり、ラオスやカンボジアでも拡大してきたといいます。犯罪の隠れみのとなるのが、カジノで、国連薬物犯罪事務所(UNODC)は、「多額の金を扱うカジノはマネロンに理想的な場所のため、組織犯罪の温床となる」と指摘しています。ミャンマーの場合、2021年の国軍のクーデターで政情不安に陥り、取り締まりが困難になった事情もあります。報道でNGOのクリティヤ氏は「組織はより多くの日本人をだまして連れてこようとしている」と警鐘を鳴らし、「人身売買の『値段』は国籍によって様々で、日本人は1人あたり5千ドル(約79万円)ほどで取引される可能性がある」と指摘しています。
カンボジアを拠点に日本国内の特殊詐欺に関与したとされるグループの一員で、詐欺罪に問われた住居不定、無職の2人の容疑者の初公判が、水戸地裁で開かれました。検察側の冒頭陳述などによると、グループは一日の終わりにミーティングを開くなど、犯行の実態が明らかになっています。報道によれば、山名被告は2024年5月ごろ、カンボジアで特殊詐欺の仕事があるとインターネットで勧誘され、知人の長尾被告を誘い同7月に入国、警察官などを名乗り日本国内の被害者に電話をかける「かけ子」などの役割を担っていたといいます。電話でだますための「マニュアル」があり、一日の終わりにはグループで会議を開催、だませなかった要因などを情報共有し、被害者とのやり取りの録音を聞き改善点を話し合い、その結果をマニュアルに反映させていたといいます(筆者は、だましの手口が高度化・巧妙化されている背景には、多数の失敗事例・成功事例をふまえたマニュアルの頻繁な更新がなされていると推測していましたが、そのとおりの実態だったようです)。また、拠点としていた雑居ビルの一室では、ホワイトボードにだまし取る「売り上げ目標」や実際にだまし取った金額が週や月単位で記載、グループのメンバーは日本円で月約15万~23万円の固定給が約束され、「成功報酬」も支払われていたといいます。こうした点は、前述したトクリュウ、スカウトグループなどの法人的な組織運営・営業会社の数字管理とも通じるものがあります。その他、海外拠点からの特殊詐欺の摘発事例を、最近の報道から、いくつか紹介します。
- フィリピン入国管理局は、日本の当局から窃盗の疑いで逮捕状が出ていた日本人の男、ササキ容疑者をルソン島ラグナ州で拘束したと発表、日本に強制送還する方針だといいます。報道によれば、「ルフィ」などと名乗る通信詐欺の犯罪集団の一員とされ、日本側から拘束の要請を受けていたもので、仲間と共謀し、警官や金融当局者を装って高齢者らをだまし、キャッシュカードを盗んだ疑いが持たれています。
- タイ警察は、同国中部パタヤを拠点に日本の高齢者を狙った還付金詐欺を繰り返していたとして、日本人の男を逮捕しています。2024年12月以降、同じグループとみられる日本人計6人を逮捕、さらに2人の行方を追っているといいます。報道によれば、男らは日本国内の高齢者に電話をかけ、医療費の還付金を受け取れるなどと持ちかけて、最大1億円をだまし取った疑いがあるといい、被害者は20万人以上に上るとみられます。タイ警察は、グループが日本の暴力団と関係があるとみて調べているといいます。
特殊詐欺の被害金額が急拡大するなか、埼玉県警と埼玉県内の金融機関が作った被害拡大防止の「埼玉モデル」が注目を集めているといいます。警察と金融機関が犯罪に使われた口座情報を即座に共有し、さらなる被害の防止や犯罪者の検挙につなげるもので、同じ仕組みを岩手県が採用し、同県と埼玉県で情報連携も始めるなど、県境を越えた犯罪の監視体制が構築されつつあります。本コラムでも取り上げましたが、埼玉県警が2024年10月、県内金融機関と「特殊詐欺等の被害防止にかかる協定」を締結、被害者がだまされてお金を振り込んだ犯罪口座の番号などについて、発覚の翌営業日に県警が金融機関に連絡、県警などはこの口座に振り込んだ形跡がある別の被害者にコンタクトを取り、さらなる被害を未然に防ぐものです。検挙実績も上がっており、同11月に埼玉県内の金融機関が犯罪口座を監視し、複数回に分けて計50万円を振り込んだ顧客を発見、浦和署の署員が被害者に接触すると同時に銀行の防犯カメラで犯人を特定、犯人が店舗を再度訪れたのを発見し、被害翌日のスピード検挙につなげたというものです。「埼玉モデル」は他県での採用も広がっており、2024年12月には岩手県警と同県内の金融機関が協定を締結した。岩手銀行の担当者が埼玉りそな銀を訪問してノウハウを聞き取り、2025年1月6日からは埼玉・岩手の両県でスキームの共有を開始、同17日時点で埼玉県内の金融機関に警察から提供された口座の情報は382口座分で、そのうち岩手県警からの提供分は17口座に上っています。岩手銀の担当者は「金融機関同士のネットワークが強くなるのも協定のメリット。県内で犯罪対策のレベル底上げが期待できる」と話していますが、同様の制度を採用する都道府県が増えれば増えるほど、共有される情報も増えることになります。さらに、2025年1月には警察庁はゆうちょ銀行と、詐欺など不正利用が疑われる口座情報を速やかに共有する協定を結んでいます。ゆうちょ銀行が不審な出金・送金を確認した場合、各都道府県警へ情報を提供するもので、警察官が利用者へ注意を呼びかけ、捜査にも生かすとしており、大手金融機関と警察による全国的な協定は初めてとなります。ゆうちょ銀行の口座間取引の監視システム「アンチマネーロンダリングシステム」を活用、短期間に多額の出入金が繰り返されるといった不審な取引をゆうちょ銀行が確認した場合、都道府県警と警察庁へ口座に関する情報を必要な範囲で提供するとしています。詐欺事件では被害者が複数回金銭をだまし取られるケースが多く、ゆうちょ銀行が検知した不審情報を基に警察官が被害者に注意を促せれば、被害を防止できる可能性が高まるほか、犯罪の発生を素早く認知することは摘発に向けた捜査にも役立つことになります。「疑わしい取引の届出」はあるものの、不審情報が金融庁などに届けられてから、警察に共有されるまでタイムラグがありました。足元の特殊詐欺、SNS型投資詐欺・ロマンス詐欺の被害は深刻で、その背景には(1)ネットバンキング普及による取扱額の拡大、(2)各国の犯罪組織が日本を標的とするなど広域化、(3)闇サイトなどでの口座売買の活発化などが挙げられます。手口も多岐にわたっており、被害者は正しい手続きを行っていると思い込み、長期にわたり被害にあう事例も多く、情報共有の迅速化、被害防止の取組みの高度化はまったなしの
2024年4月に創設された「TAIT」(特殊詐欺連合捜査班)が機能しはじめています。広域的な特殊詐欺の捜査を専門とする部隊で、大都市圏を中心に500人の捜査員が所属、2024年4月の発足から、わずか8カ月で検挙数は300人に上っています。犯罪グループの手口がより巧妙化、広域化していることをふまえれば、TAITの役割は今後ますます重要となることは明白であり、今後のさらなる活躍を期待したいところです。
トレンドマイクロが、「「+1」から始まる電話番号の着信は危険? 国際電話詐欺に注意」と注意喚起しています。本コラムでも取り上げてきたとおり、2023年6月に「050」で始まるIP電話番号の契約時の本人確認の義務化の方向性が発表され(2024年4月に携帯電話不正利用防止法改正で義務化がスタート)、犯罪グループは、自身の身元が特定されることを避けるため、IP電話番号の代わりに国際電話番号を詐欺に使うようになった経緯があります。例えば、「国際電話番号は、国際電話識別番号と呼ばれる「+」と、国ごとに割り当てられた国番号から始まります。国番号として「1」が割り振られている国はアメリカとカナダであるため、これらの国からかかってきた電話の番号は「+1」から始まるのです。しかし、「+1」から始まるからといって必ずしもアメリカやカナダから電話をかけてきているとは限りません。番号によっては、インターネットや海外のアプリから取得したり、日本で取得した番号を偽装したりすることもできます。最近は国際電話番号を悪用した詐欺が増えているため、国際電話がかかってきたときは、国番号一覧で発信元の国を調べてみましょう。発信元の国に心当たりがない場合は注意が必要です」と呼び掛けています。さらに、「+1(844)から始まる電話番号」については、「冒頭の「+1」はアメリカまたはカナダからの国際電話であることを表し、次に続く「844」はアメリカやカナダで使用されるトールフリー番号(着信課金番号)であることを表しています。トールフリー番号とは、日本のフリーダイヤルなどに相当します。+1(844)から始まる電話番号は必ずしも詐欺電話だとは限りませんが、多くの詐欺被害が確認されているため、注意しましょう」と説明されています。そのほかにも、「+1(200)から始まる電話番号」については、「200」は市外局番に当たるものの、割り当てられている地域がなく、+1(200)から始まる電話番号は偽装された電話番号である可能性が高い、「+1(700)から始まる電話番号」については、「700」は一部の通信事業者などが使う特殊な番号で、国番号として「+17」「+170」「+1700」が割り当てられている国や、市外局番として「700」が割り当てられている地域もないため、+1(700)から始まる電話番号に心当たりがない場合は偽装された電話番号である可能性が高いといった説明もあり、参考になります。また、NTTファイナンスなど実在する企業を装う手口や中国大使館、厚生労働省など公的機関を装う手口などの紹介に加え、「国際ワン切り詐欺」(詐欺グループからターゲットに国際電話をかけて、すぐに切断することで着信履歴を残し、ターゲットからの折り返し電話を狙う手口で、折り返すと自動音声を聞かせて通話時間を引き延ばされ、高額な通話料金が発生、ターゲットが折り返し電話をかける際、国際電話の通話料金の一部が犯罪グループに支払われる仕組み)、「サポート詐欺」(警告画面に表示される偽のサポート番号には、日本から国際電話をかける際に電話番号の頭につける「010」が使われている場合があり、一見フリーダイヤルのように見えるため、正規のサポート窓口だと誤認した被害者が国際電話と気づかずに電話をかけてしまうおそれがある)といった解説もあります。
徳島県警は、徳島県内在住の50代女性がインターネットサイトの未納料金名目で30万円をだまし取られる被害にあったと発表しています。女性は交番を訪れて相談したものの、対応した警察官が特殊詐欺と見抜けず、被害を防げなかったというものです。報道によれば、女性はスマホにかかってきた通信会社員を名乗る男から「未納料金があり、支払わなければ裁判になる」などと言われ、通話状態のまま同県阿波市内の交番を訪問、20代の男性巡査が電話に出て、「警察です」などと伝えたものの、男から「本人でないと言えないことがある」と言われて女性に電話を代わり、その後の会話の内容を共有せずに立ち去った女性は、コンビニのATMで30万円を振り込んだものです。同日、女性は別の男から未納料金があるとの電話を受け、さらに50万円を送金、翌日午前、利用先の銀行から詐欺の疑いを指摘され、被害が判明したものです。50万円は送金が完了しておらず、女性に返金されています。同様の事例は以前も本コラムで取り上げましたが、警察官が最後まで確認していればと思うものの、それだけ手口も巧妙化している表れだといえます。
高知県警は、高知市内のコンビニに、電子マネーカードを取り扱う会社の関係者をかたる人物から電話がかかり、アルバイト従業員が「アップルギフトカード」95万円分をだまし取られる被害があったと発表しています。アルバイト従業員は10万円分と5万円分の計11枚のカードをレジで精算し、カードのコード番号を読み上げたといい、女性が、レジに表示されるマイナス分は「更新が終われば元に戻る」と説明するのを聞いて、信じ込んだといいます。ただ、アルバイト従業員は、さらに数枚を精算した後、女性から執拗に「番号は? 番号は?」と聞かれ、不信感を覚え、「怪しい、これは詐欺だ」と判断して電話を切り、コンビニの経営者に連絡、詐欺被害が発覚したものです。
副業の募集をうたうサイトを巡る特殊詐欺事件で、警視庁犯罪収益対策課は、被害者からの苦情処理の責任者だったとして、詐欺容疑で、職業不詳、野口容疑者ら4人を逮捕しています。報道によれば、この特殊詐欺グループは東京、千葉、埼玉、宮城、福岡の5都県に拠点を設置、うそのメッセージを送る「打ち子」らをまとめる「運営」、メンバーの報酬などを扱う「会計」、苦情を訴えた被害者に対応する「法務」の3部門を構えており、全国の警察当局が摘発したグループのメンバーは85人となりました。
暴力団が関係する特殊詐欺について、最近の報道から、いくつか紹介します。
- 東京 新宿の「トー横」と呼ばれるエリアにいた若者が、特殊詐欺に加担して検挙されるケースが相次いでおり、警視庁は指示役とみられる住吉会傘下組織組員を逮捕しています。「トー横」と呼ばれるエリアでは、若者が事件やトラブルに巻き込まれるケースが増える一方、犯罪に関与して検挙されるケースも相次いでいます。警視庁によれば、容疑者は2024年9月「トー横」で知り合った20歳の容疑者に指示して、特殊詐欺の電話を受けた埼玉県の80代の女性の口座から現金およそ250万円を引き出させた疑いのほか、受け子に指示するなどして約10件の特殊詐欺事件に関与、被害額は約6000万円に上るとみられ、一部が暴力団の資金源になっている疑いがあるといいます。
- 特殊詐欺で詐取した金を回収したとして、警視庁捜査2課は電子計算機使用詐欺と窃盗の疑いで、住吉会傘下組織組員と、職業不詳の20代の容疑者を逮捕しています。共謀して2024年2月、滋賀県の60代女性に医療費の還付金が受け取れると嘘をいい、自身らの管理する口座に約100万円を振り込ませた上、埼玉県内のATMで引き出して盗んだというものです。捜査2課によると、容疑者らは、詐取金の回収役で、「出し子」役が引き出した現金を、都内のコインロッカーから取り出して受け取っていたといいます。
SNS型投資詐欺・ロマンス詐欺に関する最近の報道から、いくつか紹介します。前回の本コラム(暴排トピックス2025年1月号)では金地金に関する報道が多くありましたが、直近では、暗号資産を絡めた事件が多い傾向が見られました。
- SNSで知り合った男女から投資名目で現金をだまし取ったとして、警視庁は、いずれも住居不定で無職の2人の容疑者を詐欺容疑で逮捕しています。警視庁は、両容疑者が2020年1月~2024年9月に、少なくとも全国の男女115人から計約1億2400万円をだまし取ったとみているといいます。組織犯罪対策特別捜査隊(TAIT)によれば、何者かと共謀して2023年3~4月、インスタグラムで知り合った20代の女性に「コロナ禍で業績が悪い企業を買収する金を出資すれば、融資金を分配する」とうそをつき、現金100万円をだまし取ったというものです。2人はインスタグラムで高級腕時計や高級車、札束などの画像や映像を多数投稿しており、興味を示してフォローしてきた相手にLINEで連絡を取り、出資や知人らの紹介を持ちかけていたといいます。
- タモリさんが1億5000万円を生前贈与したいと言っている、といううたい文句で、宮城県登米市のパートの60代女性が、電子マネー利用権約250万円相当をだまし取られています。報道によれば、2023年6月ごろ、女性のスマートフォンに、司法書士を装った人物から「タモリさんが1億5000万円を生前贈与したいと言っている」、「お金を受け取るためには、手数料や保管料を電子マネーで払う必要がある」などとうその内容を記したメールが突然送られてきたといい、女性はこれを信じ、2024年12月下旬にかけて複数回、コンビニエンスストアで電子マネーカード計250万円分を購入し、コード番号を伝えたといいます。夫と相談して詐欺の被害に気づき、被害届が受理されたものです。
- 栃木県警宇都宮東署は、宇都宮市内の60代の男性医師がSNS型ロマンス詐欺で約8259万円をだまし取られたと発表しています。報道によれば、2023年11月、男性のFBのアカウントに女性をかたる人物から「友達になってください」とのダイレクトメッセージが届き、やりとりを始めると、数日後には暗号資産の投資に誘われ、その後、指示されてダウンロードした暗号資産アプリを通じて、2024年2月までに9回にわたって指定されたアドレスに計8259万3800円相当の暗号資産を送金して、だまし取られたといいます。男性の銀行口座には当初、「もうけが出た」として約9万円が振り込まれており、相手を信用するようになったということです。
- 青森署は、県内の50代男性が3828万円相当の暗号資産をだまし取られる特殊詐欺被害にあったと発表しています。報道によれば、男性は2024年3月頃、FBで暗号資産の投資に関する広告を介して知り合った男から、デジタル絵画や未上場の暗号資産の投資を勧められ、暗号資産取引所などのアカウントを開設、投資のため、同5~7月、4回にわたり、計3828万円分の暗号資産「イーサリアム」や「テザー」を購入し、男が指定したアドレスに送信、その後、未上場の暗号資産に対する利益を出金できないことなどを不審に思った男性が暗号資産調査会社に相談し、被害に気付いたものです。
- 和歌山県警和歌山北署は、和歌山市内の60代男性が2697万円相当の暗号資産をだまし取られる特殊詐欺被害にあったと発表しています。報道によれば、2024年11月、厚生労働省の職員をかたる人物から「東京のクリニックであなたの保険証が使用され、大量の薬が処方されている」などと連絡があり、警察に被害届を出すには、スマホにする必要があると言われ、女性は携帯電話を機種変更し、その後SNSで連絡を取るようになり、検事などをかたる人物らから「マネー・ローンダリングの犯人があなたのキャッシュカードを買ったといっている」「身の潔白を証明するには資産を暗号資産に変えてマネロンする必要がある」などと言われ、女性は同12月12日から18日までに計2697万円相当の暗号資産を相手に送信、相手と連絡が取れなくなった女性は、インターネット上で詐欺被害の記事を見て気づき、同署に届け出たものです。
特殊詐欺の被害に関する最近の報道から、いくつか紹介します。
- 神奈川県警暴力団対策課は、神奈川県内における2024年の特殊詐欺の被害額は前年比約19億4900万円増の約65億5800万円だったと発表、2018年の61億1600万円を上回り、統計を取り始めた2004年以降で最悪となりました。さらに、SNS型投資・ロマンス詐欺の被害金額は約90億3500万円に上ったといいます。特殊詐欺の認知件数は前年比26件減の1999件、手口別では、親族が起こした事件の示談金名目などで現金をだまし取る「オレオレ詐欺」が747件(前年比1件減)で最も多く、「あなたの口座が犯罪に使われているので、カードを変える必要があります」などとうそをいい、キャッシュカードなどをだまし取る「預貯金詐欺」が前年比276件増の649件と急増したといいます。同課では、被害者に銀行やコンビニのATMから被害者に現金を振り込ませる手口の場合、行員や店員が被害を防止できることがあるため、カードなどを直接手に入れる形態の詐欺が増えたとみているといいます。
- 鹿児島県警は、県内に住む60代女性が、厚生労働省職員や警察官をかたる男らから嘘の電話があり、計約8700万円をだまし取られたと発表しています。報道によれば、2024年10月、厚生労働省職員を名乗る男から自宅に電話があり「保険証が偽造されている」などといわれ、その後、仙台中央署の警察官をかたる男から「誰にも言ってはいけません。口座とその残高を教えてください」などといわれ、2024年11月から12月にかけ、11回にわたり計約8700万円を振り込んだというものです。
- 和歌山県警は、和歌山市内の女性からキャッシュカードをだまし取り現金を引き出したとして、詐欺と窃盗の疑いで20代の容疑者を逮捕しています。容疑者は千葉、神奈川両県で起きた事件に関与したとして、強盗致傷と強盗予備の罪で起訴されています。報道によれば、「特殊詐欺と強盗は別のサイトから(闇バイトに)応募した」と容疑を認め、生活に困窮していたと供述しています。逮捕容疑は2024年8月、氏名不詳者らと共謀し、銀行員を名乗って和歌山市内の80代女性からキャッシュカード1枚をだまし取り、コンビニATMなどから現金計約350万円を引き出して盗んだというものです。
本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニや金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(最近では、これまで以上にそのような事例の報道が目立つようになってきました。また、被害防止に協力した主体もタクシー会社やその場に居合わせた一般人など多様となっており、被害防止に向けて社会全体・地域全体の意識の底上げが図られつつあることを感じます)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。また、最近では、一般人が詐欺被害を防止した事例が多数報道されています。直近でも、高齢者らの特殊詐欺被害を一般の人が未然に防ぐ事例が増加しており、たとえば、銀行の利用者やコンビニの客などが代表的です。特殊詐欺の被害防止は、何も特定の方々だけが取り組めばよいというものではありませんし、実際の事例をみても、さまざまな場面でリスクセンスが発揮され、ちょっとした「お節介」によって被害の防止につながっていることが分かります。このことは警察等の地道な取り組みが、社会的に浸透してきているうえ、他の年代の人たちも自分たちの社会の問題として強く意識するようになりつつあるという証左でもあり、そのことが被害防止という成果につながっているものと思われ、大変素晴らしいことだと感じます。以下、直近の事例を取り上げます。
- コンビニに高齢男性が来店し、1500円分の電子マネーカードを買い、店員に「送りたいんだけど、どうやってするだ?」と尋ねたことから、ピンときた店員はすぐに警察に連絡、詐欺被害を防いだという事例がありました。男性のスマホには、「100億円が当選した」とのメールが届いていたといいます。買ってから使い方を尋ねる客はほぼいないこと、男性が「高額当選した」という話をしていることで「詐欺だ」と確信したといいます。男性に「詐欺かもしれませんよ。警察に相談を」と説得しつつ、鳥取県警郡家署に連絡したものです。当選金名目詐欺の手口で、もしそのまま電子マネーカードの番号を相手に伝えていたら、「送信に失敗した」などと理由を付けられて次々と電子マネーカードを購入させられていた可能性があることが知られており、少額であっても見逃してよいということにはなりません。
- 大阪府警東淀川署は、現金300万円がだまし取られる詐欺被害を食い止めたとして、柴島第一振興町会の防犯パトロール隊と隊長に感謝状を贈呈しています。署長は「毎週パトロールをしていただいているからこそ看破できた事件。地域にこうした団体がいるのは心強いこと」と感謝を示しています。報道によれば、何をしにそこに行くのかを尋ねても歯切れが悪く、近くにある同パトロール隊の拠点施設で話を聞くことにし、東淀川署によると、女性は80代で大阪市淀川区在住で、前日の夕方に息子を名乗る人物から電話があり「浮気相手を妊娠させて示談金が500万円必要」と言われ、息子は風邪で声が変わっているうえに携帯電話を水没させて電話番号を変更したと話し、指示した場所に向かうようにと説明したといいます。その後、女性は弁護士と名乗る人物と交渉するなどし、持参するのは300万円でよいことになったといいます。
(3)薬物を巡る動向
強盗事件などに加担させる「闇バイト」や違法薬物使用に若者が巻き込まれるのを未然に防ごうと大阪府警堺署は、関西大堺キャンパスで学生らを対象に啓発活動を行っています。同署の岡野明子署長が事例を交えて解説、「困ったら警察に相談してほしい」と呼びかけた。闇バイトは、「即金」「高額報酬」をうたい、SNSなどを通して、犯罪に加担する人を募る手法の一つであり、特殊詐欺の受け子や強盗の実行役を募るケースが多く、全国で実行役が逮捕されていること、闇バイトは「ホワイト案件」や「絶対安全」をうたい、金銭に困った人を集めると説明、募集に応じると、個人情報や顔写真の提出を求められ、次第に「犯罪集団から逃れられなくなる」と解説したといいます。違法薬物については、「合法」などとしてSNS上で売買される、薬物を使った電子タバコの危険性を強調、多くは違法成分が含まれており、「逮捕される可能性があり、手を出さないで」と注意を促しています。筆者も、大学生向けに「闇バイト」と「違法薬物」をテーマに講演をしています。もっぱらSNSから情報を得ている若者に対しては、正しい事実をしっかり伝えること、「闇バイト」や「違法薬物」への誘いの手口や、そうした犯罪に関与するとその後どうなるのかといった厳しい現実を伝えることが最も重要だと考えます。
違法薬物を譲り受けたとして麻薬特例法違反罪に問われた大手精密機器メーカー「オリンパス」の前社長兼CEOを巡り、東京地裁で懲役10月、執行猶予3年の有罪判決が言い渡され、確定しました。要職を務め、休日もなく働き続け、仕事がはかどるという理由で手を出した薬物は、生きがいだった仕事そのものを奪い去ってしまった経緯が明らかになっています。報道によれば、社長兼CEOだった2023年6~11月、違法薬物のコカインと合成麻薬「MDMA」を譲り受けた罪に問われていたものです。2024年9月ごろ、同社や役員の自宅に、密売人を名乗る人物から郵便が届き、同氏が薬物を密売人に配達させていたことを示唆するメッセージのやり取りを印刷した「タレコミ」があり、同社は内部調査を行うと同時に、警視庁へ相談、同氏は2024年10月、辞任に追い込まれました。来日後、「たくさんの仕事をするようになった」という同氏は、2022年ごろにはさらに仕事量が増えたといい、勤務時間は1日16~18時間に上ったほか、週末も働き、疲労がたまっていたといいます。2022年6月、「疲れを見せたくない」と友人に相談すると、コカインを勧められ、同9月には密売人と直接、やり取りするようになったといい、社長昇任が内定した時期の2023年2月には、さらに事態は悪化、密売人に勤務先を知られ、「警察やマスコミ、会社にばらす」と、口止め料を要求され、ドイツにいる家族に危害を加えることもほのめかされたといいます。追い込まれた時の一時の判断の誤りから、最終的に「生きがい」と周囲からの「信頼」を失った損失の大きさを考えると、どんな人間でもありうる話だと考えさせられます。
2025年2月2日付朝日新聞の記事「大麻に似た成分、ネットモールの出品にずらり 危険ドラッグ対策急務」は、規制の難しさについて考えさせられる内容でした。規制当局が危険ドラッグを発見し、成分を分析して危険性を判断し、禁止するまでは、通常数カ月かかる一方、その間に売り抜ける動きもあるという問題があります。そのため、厚生労働省が分析を始めるなどのタイミングで、オンラインモール事業者に対して出品削除要請をしているといい、「まだ規制されていないからといって売り続ける人もいる。事業者に協力してもらいながら、危険ドラッグを売らせない、買わせないことにつなげたい」と述べている点はその通りだと思います。なお、こうした取り組みは、消費者庁が2023年6月から始めた「製品安全誓約」の枠組みを利用しているといいます。規制の前の対応が可能になるとはいえ、危険ドラッグの発見から要請までの「時間差」は残り、安全性が確認されていない新しい成分は、どんな効果があるか分からないことをふまえ、消費者としては、規制対象ではないから安全ということではなく、身近なオンラインモールで販売されていても手を出さないことが重要だと言えますし、出品事業者はこうした問題を厳しく認識することを求めたいところです。
暴力団が関与した薬物事犯について、最近の報道から、いくつか紹介します。
- 覚せい剤を営利目的で所持したうえ販売していたとして侠道会傘下組織の長江組組員が逮捕されています。2024年11月、広島県三原市の路上で50代の男性に覚せい剤を販売した疑いがもたれています。報道によれば、男が覚せい剤を販売していたとの情報をつかみ逮捕状を請求して捜査、三原市内で男に声をかけたところで小分けの袋に入った覚せい剤などを持っていたため、営利目的で所持していた疑いで現行犯逮捕したものです。
- 広島県警や警視庁、中国四国厚生局麻薬取締部などの合同捜査本部は、埼玉県川口市の住吉会傘下組織の幸平一家大昇会幹部を覚せい剤取締法違反(営利目的譲渡)の疑いで逮捕しています。報道によれば、2024年2月、東京都新宿区のコンビニから覚せい剤を宅配物に隠して福山市内の40代女性=同法違反(譲り受け)容疑で不起訴=の自宅に発送し、女性の知人の60代男性=同法違反(所持)罪で有罪確定=に有償で譲り渡した疑いがもたれています。
- 佐賀南署は、覚せい剤取締法違反(営利目的有償譲渡)の疑いで、道仁会傘下組織系組員を逮捕しています。報道によれば、2024年4月、自宅で知人の50代男性に覚せい剤(0.2グラム)を1万円で譲り渡した疑いがもたれています。男性は2024年4月に同法違反(使用)容疑で逮捕され、捜査中に容疑者が関与した疑いが浮上したものです。
その他、薬物事犯に関する国内外の最近の報道から、いくつか紹介します。
- 船舶貨物の工業用の大型機械に覚せい剤約321キロ(末端価格約211億8600万円)を隠して密輸したとして、警視庁薬物銃器対策課は覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)の疑いで、カナダ国籍で会社役員、ヤング被告(38)=同法違反(営利目的所持)罪で起訴=を再逮捕しています。報道によれば、共謀して2023年12月、覚せい剤を隠し入れた貨物を船でアメリカから日本に輸入したというものです。容疑者は、覚せい剤を約1キロずつ袋に小分けし、金属加工に使う「フライス盤」と呼ばれる機械の底に敷き詰めて輸入、埼玉県久喜市内の倉庫に運び込んでいたといいます。警視庁が2024年11月、東京税関からの情報提供をもとに同倉庫を捜索し、覚せい剤入りの工作機械を発見したもので、警視庁が2024年に押収した覚せい剤の重量としては最大といいます。
- コカイン約15キロ(末端価格約3億7200万円相当)を密輸しようとしたとして、東京税関羽田税関支署は、関税法違反(禁制品輸入未遂)の疑いで、カナダ国籍の自称建設業、ネルソン容疑者を東京地検に告発しています。単独の航空旅客によるコカイン密輸の押収量としては全国で過去最多といいます。スーツケース内の菓子箱15箱に、小分けにして隠していたところ、税関職員が検査で発見したものです。
- 覚せい剤を使用したとして、警視庁牛込署が「MU-TON(ムートン)」の名前で活動するラッパーの男を覚せい剤取締法違反(使用)容疑で逮捕しています。報道によれば、男は2025年1月、東京都内や福島県内で覚せい剤を使用した疑いがもたれており、調べに「覚せい剤を使ったかわからない。自分の見えている世界が現実か妄想なのかわからない」などと容疑を否認しているといいます。男は、新宿区内のアパート敷地内を徘徊、目撃者の110番で駆け付けた署員が職務質問し、尿検査を実施したところ、覚せい剤の陽性反応が出たもので、同署が覚醒剤の入手経路を調べています。
- 東京海上保安部は、台湾籍の船員を麻薬取締法違反(大麻所持)容疑で逮捕しています。報道によれば、東京都江東区の青海コンテナふ頭に着岸していた台湾船籍のコンテナ船「YM IMMENSE」(1万6488総トン、乗組員22人)の居室内で、乾燥大麻数グラムを所持した疑いがもたれています。東京税関との共同の立ち入り検査で見つかったといいます。
- 勤務していた仙台市の病院で医療用麻薬を自分に注射したとして、宮城県警泉署は、麻薬取締法違反(使用)などの疑いで、麻酔科医を逮捕しています。報道によれば、2022年10月、病院関係者から「更衣室からうめき声が聞こえ、(容疑者が)倒れている」と通報があり、容疑者は別の病院に救急搬送され、署が経緯を捜査していたものです。逮捕容疑は、仙台市内の病院で、医療用麻薬数ミリリットルを治療目的以外で所持し、使用した疑いがもたれています。
- アメリカ・ホワイトハウスは、カナダとメキシコからの輸入品に対する25%の関税と、中国への10%の追加関税をそれぞれ課すことを正式に発表しました。アメリカに流入する不法移民や薬物などを食い止めるための措置だとしています。この措置は、国家安全保障や経済の面などで「異例かつ重大な脅威」がある場合、大統領が緊急事態を宣言すれば、輸入や輸出などに規制をかけることができる「IEEPA=国際緊急経済権限法」にもとづくもので不法移民や薬物などがもたらす異常事態が緊急事態にあたるとしています。この問題については、本コラムでも継続的に取り上げてきましたが、トランプ政権はメキシコやカナダにはアメリカに流入する薬物や犯罪を食い止める措置を、中国にはアメリカで社会問題になっている薬物「フェンタニル」の原料が中国で製造されないような対策を求めており、各国が対応するまで措置を続けるとしています。
- シリアのアサド政権崩壊後、麻薬の製造や密輸が国家ぐるみで大規模に行われてきた実態が白日の下にさらされました。前政権の主要な資金源になってきたとされ、国内や周辺国では薬物汚染が拡がっています。国家再建を急ぐ暫定政権にとって、製造拠点や密売ネットワークの壊滅が急務だといえます。問題となっているのは、興奮剤アンフェタミン系の合成麻薬「カプタゴン」で、依存性が強く安価で「貧者のコカイン」とも呼ばれています。アサド前政権は欧米などの制裁で経済苦境に陥る中、麻薬ビジネスで巨額の利益を得ていたとされます。世界銀行が2024年に公表した報告書によると、シリア産カプタゴンの市場価値は最大年56億ドル(約8800億円)に達し、推計62億ドル(9740億円)だった2023年の国内総生産(GDP)に迫る規模です。市場に出回るカプタゴンの8割はシリア産で、前政権が得た利益は年24億ドル(約3770億円)に上るとの推計もあります。カプタゴンは国内で兵士や若者らに使用され、サウジアラビアなどの湾岸諸国やヨルダンにも密輸されています。シリアが2023年5月にアラブ連盟に復帰する際、アサド政権は麻薬対策を約束したものの、何も取り組んでいなかったことが明らかになりました。
(4)テロリスクを巡る動向
テロではありませんが、第二次世界大戦中に起こった最大の悲劇「ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)」の舞台となったアウシュビッツ強制収容所が解放されて80年を迎えました。ポーランド南部のアウシュビッツ強制収容所跡で開かれた収容所解放80年の追悼式典は、参加した生存者や各国の代表らがホロコースト(ユダヤ人虐殺)の歴史を繰り返さない決意を確認するものとなりましたが、一方で虐殺の記憶が着実に風化する中、世界は急激に台頭する反ユダヤ主義やナチス・ドイツに似た憎悪思想にどう対処するのかという重い課題を突き付けられています。ホロコーストでは欧州のユダヤ人人口の約3分の2に当たる6百万人前後のユダヤ人が殺害され、大戦の終結当時、約350万人が強制収容所などから生還しましたが、AP通信によれば現在の生存者は約22万人にまで減少したといいます。虐殺の悲劇を直接知る生き証人が遠からずいなくなるのに伴い、ホロコーストの記憶は忘れ去られる瀬戸際まできています。迫害への補償を求める国際非営利団体「ユダヤ人対独物的請求会議」が2025年1月に発表した、米英独仏とポーランドなど計8カ国で実施した世論調査によると、フランスでは18~29歳の若者の46%がホロコーストという言葉を見たことも聞いたこともないと回答、また、「ホロコーストはなかった」とする虐殺否定論が国内で一般化しているとの回答はハンガリーで45%、米国44%、フランス38%だったといい、これらの国では「ホロコーストの被害が矮小化されている」との回答も49~44%に上っています。筆者は大学時代、ナチス・ドイツの研究をしていたこともあって、ナチス・ドイツが政権を獲得できた理由とともに、人間はなぜかくも残酷な行動をとれるのか、人間の本質的な部分と行動に至らしめた要因に大きな関心をもっていましたので、この世論調査の結果には大変驚かされました。虐殺の否定・懐疑論が拡大した要因の一つはソーシャルメディアの存在だといい、しかも、FBとインスタグラムを運営する米メタが2025年1月、第三者による投稿内容の事実確認を米国で廃止するなど、ソーシャルメディアが表現の自由を理由に投稿規制を緩和し、虐殺をめぐる偽情報が半ば堂々と拡散される危険が高まっている状況にあることは、今後このような誤った認識がさらに定着してしまうことを懸念させます。実際のところ、2023年10月のイスラム原理主義組織ハマスによるイスラエル奇襲攻撃を発端とするイスラエルの報復軍事作戦を受け、パレスチナや中東世界にとどまらず、米国やフランス、オーストラリア(豪)などでも反ユダヤ主義に根差した憎悪犯罪(ユダヤ系住民が多い地域で放火や差別的な落書きが残される事案など)が続発していること、2025年1月に発足したトランプ米政権で存在感を放つ実業家のイーロン・マスク氏は、排外主義で知られる極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の選挙集会にオンライン出演し、ドイツが「過去の罪悪感に焦点を当て過ぎている」と主張して同党支持者らの喝采を浴びたことなど、SNSと社会が共鳴しあって、正しい情報を否定し、上書きしようとしている状況を見るにつけ、人間の本質的な部分と行動を変容させるものの存在にあらためて恐怖を覚えます。憎悪犯罪の捜査からうかがえるのは、豪を例にとれば、外国の個人や集団が豪州人に暗号資産による報酬を約束して実行させている可能性であり、SNSによる世論工作を「闇バイト」的な手法でビジネスとして行われていること、大多数の国民が知らず知らずのうちに大なり小なり影響を受けてしまうことが恐ろしいといえます(先日、北朝鮮が韓国内のスパイ組織に対して、東京電力福島第一原発の処理水放出に関して反日行為を扇動するよう指示していた実態が明らかとなりましたが、韓国国内の分断と日韓対立を煽ることを目的としたものであり、正に同じような状況なのだろうと推測されます)。豪国民の3割は海外生まれで、ユダヤ系住民は人口の0.46%程度を占め、第2次世界大戦後に豪州に渡り、後に社会で重要な地位を築いた人も少なくない状況です。ユダヤ系人権団体、名誉毀損防止同盟の調査によると、20%の豪州人がユダヤ人に対する嫌悪感情を抱いているといい、10年前の14%から上昇、2023年のイスラム組織ハマスによるイスラエル襲撃以来、イスラエルがパレスチナ自治区ガザを攻撃し、多くの民間人が犠牲になったことが影響しているとみられます。
さて、この問題を考えるとき、人間の本質(本性・本能)として、社会心理学者のジョナサン・ハイト教授が「人間の90%はチンパンジーで、10%はミツバチだ」と指摘していることが想起されます。近隣の個体同士の情け容赦ない闘争を通じて心が形成されたという意味で人間は一種のチンパンジーであり、集団間の情け容赦ない闘争を通じて心が形成された超社会的な生物であるという意味ではミツバチでもあるという両義性を指しています。いずれにしても「情け容赦ない闘争」という記述が含まれ、「集団のための個人、個人のための集団」という二つのモードに心を切り替えることが可能であるという点が注目されます。この「ミツバチスイッチ」と呼ばれる機能は、一定の条件のもとで、自分より大きなものの中に自己を埋没させ、超越することができ、人類の歴史も大きく変えてきたといえます。私たちがどれだけチンパンジーであり、どれだけミツバチであるかは、個人の性格、文化、そして時代の状況によって変化します。そして、人間のミツバチ的側面とチンパンジー的側面がどのような相互作用を見せるのかにも興味をそそられますが、アウシュビッツをもたらした人間の本性と社会的背景、現在の反ユダヤ主義に根差した憎悪犯罪をもたらしている人間の本性と社会的背景、その相違と近似性を考えるとき、「ミツバチスイッチ」がヒントとなるかもしれません。そして、それは、テロリスクについても同じことが言えるように思います。
トランプ米大統領は、イエメンの親イラン武装組織フーシ派を「外国テロ組織」に再指定する方針を表明しています。第1次政権末期の2021年1月に一度指定しましたが、直後に発足したバイデン前政権が指定を解除していたものです。後ろ盾のイランに強硬姿勢を示し、核兵器開発を抑止する狙いもあるとみられています。トランプ氏は就任直後にキューバの「テロ支援国家」の指定解除も撤回しており、テロに対する向き合い方という意味でも、前政権の外交方針を相次いで覆しています。ホワイトハウスは「バイデン政権の軟弱な政策の結果、フーシ派は米海軍の艦艇を数十回攻撃し、(紅海とアラビア海をつなぐ)バベルマンデブ海峡を通航する商船や友好国のインフラを数多く攻撃した」と指摘、「友好国と連携してフーシ派の軍事力を排除し、紅海での攻撃を終わらせるのが、トランプ大統領の政策だ」と強調しています。関連して、トランプ米大統領が、キューバに対する米政府のテロ支援国家指定を解除するとしたバイデン前大統領の決定を撤回する大統領令に署名しましたが、そもそもバイデン氏の指定解除はキューバ制裁緩和への布石で、ローマ教皇庁の仲介によってキューバ側は代わりに政治犯500人超を釈放する取り決めになっていたものが反故にされ、不安定な立場に置かれる人々を生んでいます。キューバ政府はトランプ氏の大統領令を強く非難、「米帝国主義の攻撃性を物語るものだ」と訴えていますが、状況は打開されないままです。これまでキューバ政府が釈放した政治犯は約150人と、釈放を約束した553人の約4分の1にとどまっています(釈放された人々の大半は、2021年7月の反政府デモに加わっていたとされます)。
米軍は、アフリカのソマリアでISの拠点を空爆しています。第2次トランプ政権で初めての大規模な軍事作戦となりました。トランプ氏はSNSへの投稿で、「今朝、精密な空爆を命じた。多くのテロリストが殺害された」と述べ、対象は同組織の幹部らで、拠点としていた洞窟を破壊したといい、民間人被害はなかったとしています。トランプ氏は、同組織が米国や同盟国の安全を脅かしていたと指摘し、「米国人を攻撃しようとする者は必ず見つけ、殺す」と警告しました。今回標的となった幹部への攻撃は米軍が長年にわたり計画していたものの、バイデン前政権が実行しなかったと批判し、「私はやった!」と強調しています。本コラムで取り上げてきたとおり、ISは近年、アフリカで勢力を拡大している状況にあります。
アフガニスタンを統治するイスラム主義勢力タリバンの暫定政権は、北部タハール州で中国人1人が何者かに射殺されたと発表、タリバン支配に反発する複数の武装勢力が犯行声明を出しています。イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)の現地勢力は、「中国人が乗った車を狙った」とする犯行声明を発表、ISの勢力は2022年にも、多くの中国人客が利用していた首都カブールのホテルを襲撃したと主張しています。一方、地元メディアによると、別の武装勢力も犯行声明を出しており、「中国人がタリバンの情報機関に訓練を実施していた」ためだと主張しているといいます。
和歌山市で2023年4月、岸田首相(当時)の選挙演説会場に爆発物が投げ込まれた事件で、殺人未遂、爆発物取締罰則違反など五つの罪に問われた木村被告の裁判員裁判の初公判が、和歌山地裁で開かれます。主な争点は殺意の有無で、木村被告は逮捕後、一貫して黙秘しており、公判で何を語るのかが注目されます。2025年1月に開かれた公判前整理手続きなどで、弁護側は殺意を否認する方針を示しました。殺意があったかどうかの判断にあたり、焦点となるのが爆発物の威力で、火薬を詰め込んだ鋼管の両端を蓋で密閉し、導火線を接続した構造の「パイプ爆弾」で、木村被告が自作したとされます。検察側は第2回公判で、爆発物を鑑定した物理学の専門家ら2人と医学の専門家1人の証人尋問を行い、爆発物に人を死亡させる威力があったことを立証し、「殺意があった」と主張するとみられています。木村被告については事件前、参院選に30歳以上しか立候補できない公職選挙法の規定は違憲だとして2022年6月に国家賠償請求訴訟を起こし、同11月、神戸地裁判決で棄却されています。また、被告は訴訟の書面で、岸田内閣(当時)が安倍元首相の国葬を実施したことも批判していました。いずれにしても、動機的には「テロ」と言えるものかどうか微妙ではありますが(2017年の国会答弁において、「テロリズム」とは、一般には、特定の主義主張に基づき、国家等にその受入れ等を強要し、又は社会に恐怖等を与える目的で行われる人の殺傷行為等をいうと述べられています)、同種のテロの危険性を高めていることは間違いのないところであり、公判の行方を注視したいと思います。なお、本件に関連して、検事は2023年5月の取り調べで、木村被告が引きこもりだったことに触れ、「かわいそうな人」「木村さんの替えはきく」といった趣旨の発言をしており、最高検は、検事の発言に被告の人格を否定する内容が含まれていると判断、和歌山地検が検事に指導する事態となっています。被告はこうした取り調べを受けても黙秘を続けたため、公判への影響はないとみられていますが、弁護側は今後、国家賠償を求めて提訴することなどを検討しているといいます。
(5)犯罪インフラを巡る動向
前項(特殊詐欺の項)でも取り上げましたが、虚偽の内容の公正証書を発行させ、犯罪の被害回復のために凍結された口座に不当な強制執行が図られたケースが複数あることが判明、公正証書の「犯罪インフラ化」が懸念されます。公正証書は当事者の言い分を基に作成されるため、悪用リスクもあり、専門家らは対策が急務と指摘しています。「詐欺被害者の被害回復を阻止し、詐欺の遂行者が(凍結口座の)預金を自由に使うため、公証人に実体のない公正証書を作らせた」と外国為替証拠金取引(FX取引)の名目で資金をだまし取られた被害者が、詐欺グループを相手取って起こした民事訴訟で、執行の根拠となった公正証書について、こう指摘しています。凍結された口座は、詐欺グループが管理する法人名義のもので、無登録でFX取引への出資を募った事件として警察の捜査が進み、振り込め詐欺救済法に基づいて取引が停止されましたが、法人の顧客が「約3億円を法人に貸し付けた」とする公正証書を作成し、裁判所を通じて強制執行をかけたため、被害者側が「犯行グループが口座から不正に資金を引き出すため、虚偽の公正証書を作らせた」として提訴したものです。訴訟では、詐欺グループに協力する元弁護士が凍結口座から資金を回収するために偽の公正証書を使う計画を策定していたことが判明、大阪地裁判決は「3億円の貸し付け」は虚偽だと認定し、強制執行を無効と結論付けています。報道で被害者側代理人を務めた弁護士の一人は「犯罪者はウソをついて口座の資金回収を図ってくるが、被害者が資料をそろえて止めるには時間と労力がかかる」と語り、「被害者以外の第三者が凍結口座に強制執行をかけた時は、慎重に審査する仕組みが必要ではないか」と指摘していますが、正にそのとおりだと思います。一方、公証人の一人は「限られた資料で作成することもある」と明かし、「捜査権限があるわけでもなく、当事者が共謀していればウソを見抜くのはほぼ不可能だ」と語る公証人もいます。なお、三木浩一・慶応大名誉教授(民事手続法)は「当事者双方から適切な聞き取りを行い、代理人の肩書や契約書の確認を怠らなければ、違和感に気付けるケースもあるだろう。基本的な職務を徹底すれば不当な公正証書の作成をある程度は防げる」と指摘している点も大変興味深いもので、公証人のリスクセンスが問われているとも言えそうです。凍結口座からの資金引き出しを巡っては、強制執行をかける根拠として裁判所の書面が悪用されるケースも発覚しています。東京都立大の星周一郎教授(刑事法)は「被害を止めたはずの資金が犯罪グループに流れれば、公証制度や裁判所への信頼が損なわれる深刻な事態を招く」と警告、「凍結口座の資金は犯罪収益の可能性が高いことを前提に、被害者以外からの強制執行に応じるか、被害救済の観点から慎重に見極めできる対策が必要だ」と指摘しており、筆者も同感です。なお、犯罪の被害回復のために凍結された口座から資金を引き出すために公正証書が不正に利用されている疑いがあるとして、日本公証人連合会(東京)が今月、全国の公証人に注意を促す文書を出しています。東京都内の公証役場に公正証書の不審な作成依頼があったなどとし、慎重に事実確認を行うよう求めています。
偽の身分証を作成し、風俗店を違法に開業させたとして、「アリバイ会社」の統括者の男ら3人が警視庁に逮捕されています。「アリバイ会社の犯罪インフラ化」が懸念される状況です。「アリバイ会社」については、インターネットで検索すると、アリバイ会社を名乗る企業は多数ヒットしますが、今回逮捕された男らはホームページで「入居審査が不安な方へ」とうたい、無職や夜職、外国籍、過去にクレジットカードなどで事故歴のある人などに利用をすすめています。不動産取引に詳しい関口弁護士によると、自社や自社が所有する会社に依頼者が勤務しているように装うため、偽の給与明細や源泉徴収票などを発行、提出先からの在籍確認の電話などにも応じ、依頼者がその会社に勤務しているよう装うことを手助けするもので、こうした書類は住宅ローン審査や不動産契約に使われるといいます。今回逮捕されたアリバイ会社の男らは、風俗店従業員の女性が別会社に勤務していることを装うために虚偽の健康保険証を作成していたといい、女性の物件契約の際、「居住目的」を条件とするマンション管理会社の審査を通すため、この保険証を使って身分を偽っていたといいます。厳正な取り締まりが必要であるところ、犯罪が露呈することは少なく現実的な対策が難しいとはいえ、悪質なビジネス業者が暗躍している実態が明らかになっていることから、注意が必要だといえます。
所有者不明の土地をなくすことを目的とした相続登記の義務化が始まり、2025年4月で1年となります。所有者が分からない土地は災害時に復興の妨げとなるだけでなく、土地の所有者を偽り多額の不動産代金をだまし取る「地面師」による犯罪の温床にもなります。捜査当局からは、地面師を根絶させる「最終手段」として、土地所有者の明確化に期待する声が上がっているといいます。地面師については、本コラムでもたびたび取り上げていますが、他人の土地の所有者になりすまして架空の売却話で多額の購入代金をだまし取る詐欺師であり、狙われるのは、登記上の所有者がすでに亡くなっている、高齢者施設に入所するなどして所有者を探すのに時間がかかる土地などの不動産で、土地や建物の登記関連書類を偽造し、代金を受け取ると姿をくらますのが典型的な手口とされます。地面師が最も暗躍していたのは昭和末期~平成初期のバブル崩壊前後で、当時は登記簿などが電子化される前で、各法務局にバインダーで止められた登記簿の原本が置かれていたため、地面師らは登記簿の閲覧を装い、登記簿の原本を所有者欄などを偽造した書類に差し替えるなどしていたといいます。今では手口も高度化・進化しており、SNSで素人の実行犯を募集する特殊詐欺と違い、地面師詐欺は「高度なスキルが必要だとされます。地面師事件では偽造免許やスマホを用意する「道具屋」、振込先口座を準備する「銀行屋」、なりすまし役を発掘する「手配師」、法令に詳しく司法書士などを装う「法律屋」といった犯罪のプロ集団が関わります。こうしたプロ犯罪集団を根絶するためにも、土地所有者を明確にすることで、地面師の活動を無効化できるといえます。
福岡県警に摘発された特殊詐欺グループが、だまし取った金の受け渡しに使っていたのは、関係のないマンションの「宅配ボックス」だったといい、宅配ボックスの犯罪インフラ化が懸念されます。宅配便の利用増加で急速に普及する「保管スペース」が悪用される背景には、ダイヤル式のボックスで、出入り自由で防犯態勢が緩いなどの事情があるとされ、他に同様の事例も確認されており、福岡県警は「防犯カメラの設置など対策が必要だと警戒強化を呼びかけています。実際の犯罪では、マンションの宅配ボックスに入れて施錠後、暗証番号を設定して秘匿性の高い通信アプリ「シグナル」で指示役に伝えるといった流れとなるといいます。詐取金の受け渡しはかつて、公衆トイレで対面や隣り合う個室の隙間からやりとりする方法が多かったといいますが、受け渡し役が互いの顔を知ったり、連絡を取り合ったりすると、グループ全体に捜査が及ぶリスクが高まることから、宅配ボックスの悪用は合理的だといえますが、その対策としては、ボックス周辺にカメラを設置することで一定の防犯効果が期待できるといいます。
地方の空き家の金品を狙った窃盗事件が増えており、空き家の犯罪インフラ化が懸念されます。特に東北や中部、九州の一部で被害が顕著で、全国の昨年の被害総額は11億円を超え、前年から3億円以上も増加しており、警察当局は防犯対策の徹底を呼びかけています。窃盗罪で実刑判決を受けたベトナム国籍の男は、「家の前に草が生えているかなどを見て、空き家を探し、アクセサリーなどお金になるものを盗んだ」、「空き家なら捕まるリスクが低いと思った」と述べています。男らはスマホの地図アプリで空き家がありそうな場所を探し、家の周辺を見たり、電気や水道が使われているか確認したりしていたといい、盗品は中古品販売店に売って処分するなどしていました。空き家が狙われるのは、人目に付きにくく、侵入後も物色しやすい上、被害発覚に時間がかかるためで、近年は外国人窃盗グループによる事件が目立つといいます。空き家については、以前は特殊詐欺のアジトに悪用されていたこともあり、犯罪の舞台となりやすいといえます。
スマホの通信に必要なSIMカードを携帯電話販売会社からだまし取ったとして、警視庁は、会社役員ら3人を詐欺容疑などで逮捕しています。警視庁は、3人が特殊詐欺の犯罪ツールを調達する「道具屋」グループのトップとみて調べているといいます。報道によれば、3人の逮捕容疑は2021年11月と2023年1~2月ごろ、他の者と共謀し、6回にわたり、携帯電話販売会社のサイトで、契約者本人が利用するとうそを言ってSIMカードを契約し、計6枚をだまし取ったというもので、契約者は一般の会社員らで、副業を求めて参加した「異業種交流会」やインスタグラムでSIMカードの不正契約を仲介役のブローカーに持ちかけられていたといい、ネットで購入後、1回線あたり月数千円の報酬をもらっていたといいます。SIMカードのデータはブローカーを通じて最終的に容疑者らが受け取っており、これらのSIMカードが警察官をかたって「捜査に協力しなければ逮捕する」とおどしたり、自治体職員をかたって「医療費の還付金がある」と誘ったりする特殊詐欺のメール送信の際に使われた可能性があるとみられています(SIMカードの犯罪インフラ化)。なお、道具屋には、このグループとは別に、詐欺の電話をかける場所や、金を振り込ませる銀行口座を準備するグループもあり、こうした「道具屋」がいる限り、特殊詐欺は続くことから、道具屋を根絶することが極めて重要となります。また、特殊詐欺事件に悪用された携帯電話のSIMカードを不正に入手したとして、六代目山口組傘下組織組員が逮捕されています。報道によれば、2023年3月までの1年間、偽名を使って電話回線のレンタル業者とSIMカード5枚を借りる契約を結んだとして、携帯電話不正利用防止法違反の疑いが持たれています。岐阜県警は2024年、複数の高齢者があわせて6000万円余りをだまし取られた特殊詐欺事件の指示役とみられる男を逮捕し、男が使っていた携帯電話のSIMカードを押収して詳しく調べたところ、容疑者が借りたものだったことがわかったということです。
不正に入手した他人のクレジットカード情報をスマホに登録し、大阪府内の郵便局からタッチ決済で切手など(計約34万円分)をだまし取ったとして、大阪府警は、詐欺容疑でベトナム国籍の22~42歳の男女5人を逮捕しています。近畿地方で同様の被害が少なくとも約100件あり、府警は関連を調べています。高額のタッチ決済だと、店側が自動的にカード会社に不正利用ではないか照会する仕組みになっており、容疑者らは一度の支払いを少額にするため、会計を複数回に分けていたといいます。なお、大阪府内の複数の郵便局で不正入手したカード情報によるタッチ決済で、切手896枚とレターパックプラス95枚をだまし取ったといい、切手とレターパックプラスは換金率が高いということです。
インターネット上に違法アップロードされた民放のテレビ番組に、通常のテレビCMなどを出す大手企業84社の広告が付けられていたことが、日本民間放送連盟(民放連)の調査で明らかになっています。民放連は2024年11~12月、動画サイトのユーチューブやXなどのSNSを中心に違法アップロードと広告の状況を調べたところ、ユーチューブだけでも違法動画によって17億円程度の広告費が流出した可能性があるといいます。違法動画や偽情報が掲載された媒体に広告を配信することは、犯罪グループに資金が流れることになる(犯罪インフラ化)ほか、企業ブランドを損なうなど経営リスクにつながるため、総務省は広告主に具体的な対策を求めるガイドラインの策定を目指しており、民放連もこうした状況が続けばコンテンツ制作が不可能になるとして実態調査に乗り出したものです。総務省はインターネット広告を巡り広告主向けの指針を3月に策定するとしています。ネット広告は商流が複雑で掲載先を全て把握できる企業は2割にとどまっています。偽情報や違法コンテンツを掲載する悪質サイトに広告が出るリスクに対し警戒を高め、対策を促すとしています。経済産業省が国内企業(国内の外資系含む)を対象とした2023年調査で、運用型広告で掲載先を「完全把握が可能」と答えた企業は19%にとどまっており、「部分的に可能」は54%で、「ほぼできない」「全くできない」は計27%と4分の1を超えています。出した広告が違法コンテンツをアップロードしたサイトに掲載されてしまえば、悪質な媒体の収益源となる恐れがあるほか、認知度向上や売り上げ増を狙った広告に対し、消費者もネガティブな感情を抱きかねない懸念があります。総務省は指針でこうしたリスクを指摘し、広告主が検討すべき項目を列挙、具体策として、広告の配信状況を検証する「アドベリフィケーション」の導入や、掲載したくない配信先リストの整備を検討するとしています。社内の担当者レベルでは費用対効果を意識しがちで「意図せぬ媒体への掲載リスク」を踏まえると広告配信は経営全体の課題といえ、指針では経営陣が主体的に関与することも求めるとしています。自動プログラム「ボット」でクリックや閲覧回数を水増し、広告主に過大な広告料を請求する「アドフラウド」詐欺も横行しています。日本は海外に比べ発生率が高いとされる。指針では企業にとって、予期せぬ広告費の増加につながるリスクがあるとも触れるといいます(なお、アドフラウドは反社会的勢力の資金源となっているとの指摘も以前からあります)。2024年には著名人になりすました広告の詐欺問題が起きるなど、ネット上の広告を巡る問題は拡大を続けており、広告に関わる主体別でみると、広告主側は「アドフラウド」や、広告掲載によるブランド毀損を防ぐ「ブランドセーフティ」といった単語の認知度が低いといった実態もあり、総務省は指針策定で広告主の意識を高め、デジタル広告市場の健全化を目指す方針としています。
▼総務省 デジタル空間における情報流通の諸課題への対処に関する検討会デジタル広告ワーキング・グループ(第5回)配付資料
▼資料5‐1 一般社団法人日本インタラクティブ広告協会(JIAA)発表資料
- 運用型広告の出稿の現状と課題
- 誰もが広告主になり広告出稿できるプラットフォームが登場
- プログラマティック取引(リアルタイム入札など)による自動掲載が拡大
- 広告掲載メディアと広告配信プラットフォームの分離によってタグ入稿が一般的に(広告原稿を入稿するのではなく、広告配信時に原稿を呼び出すタグを入稿)
- 媒体社は、他社から配信を受ける場合、自社の広告枠にどの事業者からどのような広告主のどのようなクリエイティブが配信されて掲載されるのか、事前に確認できない
- クリエイティブの数と種類が膨大で、広告主側のプラットフォームで成果を見ながら掲載差し替えが可能となっている(1広告配信事業者に対して、月に万単位のクリエイティブが入稿される(国内例))
- クリックを誘発しやすいクリエイティブが最適化アルゴリズムによって掲載されやすくなることも
- ユーザーによってターゲティング配信されるため、事後的に目視確認することが困難
- 掲載している広告の中には、リンク先のサイトチェンジを頻繁に繰り返すものもある
- 不正なクローキング等の技術を用いて、プラットフォーム等の審査ツールを欺くケースがある
- 従来のメディアビジネス、正当な広告ビジネスの在り方との乖離が生じている。
- インターネット広告市場のエコシステムの中に、アフィリエイトサイト等への集客のためにインターネット広告を大量出稿し、不当な広告情報を拡散する者が入り込んでいる。
- 小遣い稼ぎや金儲け目的の個人や小規模事業者を広く取り込んで、アフィリエイト(成果報酬プログラム)を利用したビジネスネットワークが構築されている。短期的に売り上げて収益を得る目的のため、情報の拡散・収束のスピードが速く、対応が後手に回ってしまう。
- 問題行為を行う事業者等にとってメディアや広告ビジネスは金儲けの手段でしかなく、広告情報の真実性やビジネスの公正性への意識が欠如している。社会問題化して法規制や自主規制が強化されると商材や手法を変えていき、消費者が“情報弱者”として扱われる。
- あえて法令やポリシーに違反するかもしれない広告を大量に入稿し、審査のボーダーラインを狙うような出稿の仕方をしたり、審査を通過して広告配信が開始された後で不当な表示内容に変更し、違反が見つかり配信停止をされるまで原稿やリンク先を頻繁に変えながら運用するなどの悪質なケースも多い。
- インターネットの特性や広告サービスの効率化の仕組みが犯罪に悪用されている。
- インターネット広告市場のエコシステムの中に犯罪者が入り込み、正当な広告ビジネスを行うメディアや広告プラットフォームが、結果として詐欺行為の手段として利用されている状況となっている。
- 広告原稿やリンク先URLを様々に変えながら膨大な量の広告を繰り返し投下する手法や、一般ユーザーが“情報弱者”として扱われる点は通販等の消費者トラブルと同じだが、商品・サービスの販売等の広告本来の目的は一切なく、広告表示の審査を中心とした対応だけでは排除しきれず、既存の広告適正化のため施策や枠組みは通用しない。
- なりすましや詐称、大量のアカウントの使い捨て、ボリュームの少ないターゲティングでごく短期間の出稿など、手法が巧妙化しており、対策を行うと次々と手段や手法を変化させるため“いたちごっこ”になっている。
- 被害を防ぐためには、デジタルプラットフォーム取引透明化法の規制対象となるプラットフォーム提供者であっても、詐欺の疑いのある広告は理由を告げずに掲載拒否・即時掲載停止できるべき。ただし、判断を厳格にすると、問題のない正当なものまで停止してしまう可能性もある。
- オンライン詐欺のグローバルでの状況
- Global Anti-Scam Alliance(GASA):オンライン詐欺から消費者を保護するために、政府、警察、消費者保護団体、金融監督機関・事業者、ブランド保護機関、ソーシャルメディア、インターネット接続サービス事業者、サイバーセキュリティ企業が集まり、知見の共有や対策を協働して行っている組織
- Stop Scams UK:詐欺による被害を根本的に防ぐ技術的対策のために、金融、通信、技術の部門を横断して設けられた民間企業による組織。英国の情報通信庁(Ofcom)、金融行動監視機構(FCA)、個人情報保護監督機関(ICO)などの主要な規制当局から全面的なサポートを受けている
- GASA「Global State of Scams Report 2023」(2023年10月)によると、過去12か月間の全世界のオンライン詐欺による被害の総額は、1兆260億ドル(約190兆円)
- 米国の連邦取引委員会(FTC、Federal Trade Commission)の「Consumer Sentinel Network 2023」によると、報告された詐欺被害件数は約2,600万件、うち27%が金銭的被害があり、被害総額は100億ドル(約1.5兆円)を超え、その中でも投資詐欺が最も大きく被害額は46億ドル以上(2024年2月9日)
- 世界経済フォーラム(WFE、World Economic Forum)によると、オンライン金融詐欺“Pig-butchering”が世界中で増加し、2023年の被害額は1兆ドルを超える(2024年4月10日)
- ブランドセーフティ確保…広告掲載先からの違法・不当サイトの排除
- 【ブランドセーフティ】広告掲載先の品質確保による広告主ブランドの安全性
- インターネット上の海賊版サイトや違法・有害情報を掲載するサイトに広告が掲載され、その広告費収入が運営の資金源の一つになっている。正当な広告関係者が、違法・不当サイトと気付かずに広告を出稿・配信するおそれがある。
- アドフラウド対策…広告配信における不正トラフィックの排除
- 【アドフラウド】悪意ある第三者による不正な広告費詐取
- 不正な行為者によるアドフラウドによって、広告主が支払う広告費が詐取され、正当な媒体社(パブリッシャー)の収入となるべき広告費が不当に横取りされるおそれがある。
- 広告主は悪意ある第三者によって広告費を詐取され直接被害を受けるものであるが、売上を横取りされるパブリッシャーや、不良な広告在庫をつかまされ返金を余儀なくされるプラットフォーム事業者も間接的な被害者となる。
- メディア環境の変化
- デバイスやネットワーク環境の向上により、時間や場所、コスト、量などの制約なく情報発信・受信できる手段や機会が拡充。
- UGC、CGM(ユーザーによって作成されたコンテンツやメディア)が社会に定着し、ソーシャルメディアが有力な広告メディアに成長。
- 広告テクノロジーの進化
- テクノロジーによる自動的・即時的な広告取引の仕組みが進展し、多数の事業者間の連携により広告配信の経路が複雑化・多様化。
- メディアの「広告枠」ではなく「人」に対して広告を配信するオーディエンスターゲティングが普及・進化。
- 広告のパフォーマンス(クリックやコンバージョンなどの獲得効率)を重視する傾向が強まり、運用型広告が拡大。
▼資料5-3-1 一般社団法人日本民間放送連盟発表資料
- 民放コンテンツの違法アップロードと広告について
- 「大手広告主」267社の約2割の広告がYouTubeの違法アップロードコンテンツに表示
- 表示された広告に業種の偏りは無く、幅広い分野にわたっていた。
- 表示されるのは調査期間中に広告展開を行っている広告主に限るので、通年ではより多くの広告主の広告が表示されていると推定される。
- 違法アップロードコンテンツでの広告表示4割超が「大手広告主」であることも
- YouTube上に違法アップロードされたコンテンツに、どれだけの割合で「大手広告主」の広告が掲出されているのかを調査。
- 同じ違法動画を繰り返し再生し、その都度表示される広告を調べたところ、32~46%が「大手広告主」の広告だった。
- 悪質な違法アップロードサイトにも「大手広告主」の広告が表示
- 民放コンテンツを違法アップロードしているウェブサイトあるいはリーチサイトに掲載されている広告を調査。
- 大手広告主の44社の広告が表示されていた。
- 表示された広告に業種の偏りは無く、幅広い分野にわたっていた。
- 表示されるのは調査期間中に広告展開を行っている広告主に限るので、通年ではより多くの広告主の広告が表示されていると推定される。
- 「大手広告主」267社の約2割の広告がYouTubeの違法アップロードコンテンツに表示
▼資料5-3-2 (一般社団法人日本民間放送連盟報道発表)違法アップロードコンテンツと広告に関する実態調査 結果概要(別紙1)
- 民放コンテンツのYouTubeへの違法アップロード登録者数の多いチャンネルでも確認
- 登録者数が1万5千人以上のチャンネルだけでも、少なくとも54のチャンネルで民放コンテンツが違法アップロードされていることを確認した。54チャンネルの違法アップロードコンテンツの合計は5,745件、のべ再生回数は約17億回。1再生あたり1回の頻度で広告が表示されると仮定し、インプレッション単価を1円として推計すると17億円の広告費が流出していることになる。登録者数の多いチャンネルでも、違法アップロードを行うチャンネルが野放しになっている実態が明らかとなった。
- 違法にアップロードされたコンテンツをジャンル別にみると、バラエティやアニメ、ドラマが顕著だった。
- 今回の調査では、登録者数の多いYouTubeチャンネルに絞って調査を行った。登録者数が1万5千人未満のチャンネルに拡げて調査を行うことは困難だが、より多くの違法アップロードコンテンツが存在すると考えられる。本調査で明らかとなった実態は全体の一部に過ぎない。
- TikTok違法アップロードコンテンツがサンプル300アカウントで5億回以上再生
- 全数調査が困難なため、今回の調査では、Facebook、TikTok、Xのそれぞれのサービスで在京民放テレビキー5局の25の番組名をキーワードに検索し、違法アップロードを行っているアカウントをサンプルとしてまず300件検出した。そのアカウントについて違法アップロードコンテンツの件数や再生回数をカウントした。
- TikTokではサンプル300アカウントで6,193の違法アップロードコンテンツを確認。のべ再生回数は少なくとも5億回を超えていた。
- Facebookではサンプル300アカウントで4,117の違法アップロードコンテンツを確認。少なくとものべ1,400万回再生されていた。
- Xではサンプル300アカウントで2,469の違法アップロードコンテンツを確認。少なくとものべ1億3,000万回再生されていた。
- 「大手広告主」の広告が違法アップロードコンテンツに頻出
- 違法アップロードコンテンツとともに表示されていた広告主の総数は約460社。このうちJAA会員である「大手広告主」は84社。JAA会員以外の大企業や地方公共団体の広告も多数含まれていた。
- YouTube上では、今回の調査期間において190社の広告が違法アップロードされた民放コンテンツとともに表示されていた。このうち「大手広告主」は52社。JAA会員社全体の約2割にあたる。
- すべての「大手広告主」が約1か月の調査期間中にインターネット上で広告を展開していたわけではないので、通年の調査を行った場合、違法アップロードコンテンツに広告表示されている広告主数はより多くなることが推定される。
- Facebook、TikTok、Xでも同様に違法アップロードコンテンツに「大手広告主」の広告が掲載されている事例を多数確認した。
- JAAに非加入でも多額の広告出稿を行っている広告主が存在する。今回の調査でも多くの非加入社の広告が違法アップロードコンテンツに掲出されていることを確認した。
- 違法アップロードコンテンツでの広告表示4割超が「大手広告主」であることも
- YouTubeに違法アップロードされた民放コンテンツを任意に5件サンプル抽出し、繰り返し再生した際に表示される広告を調べたところ、32~46%の割合で「大手広告主」の広告が表示された。
- 表示された広告の広告主の業種に偏りはなく、食品会社、飲料会社、自動車会社、衛生用品メーカー、インターネットサービス会社など多くの分野にわたった。
- 悪質な違法アップロードサイトにも「大手広告主」の広告が表示
- もっぱら違法アップロードされたコンテンツを掲載したウェブサイトや、こうしたサイトへの窓口となっているリーチサイトなど、悪質な違法アップロードサイトにおいても「大手広告主」の少なくとも44社の広告が表示されていた。
- 表示された広告の広告主の業種に偏りはなかった。
同じく総務省の別のWGにおいて、情報通信ツールの多様化に伴う犯罪インフラ化についてまとめた資料もありましたので、以下、紹介します。
▼総務省 ICTサービスの利用環境の整備に関する研究会(第5回)
▼資料5-1 ICTサービスの利用環境を巡る諸問題について(事務局)
- 従来、犯罪に悪用される情報通信ツールの多様化に応じ、本人確認や利用停止等を中心とする対策を講じてきたが、ツールの悪用と対策の「いたちごっこ」が繰り返されてきた。
- 昨今、携帯電話を用いたなりすまし等に加え、多種多様な形態で不正行為が行われるようになり、被害が甚大化、犯罪実態を踏まえ、より包括的な対策が求められるようになってきている。
- 悪用されるツールの多様化
- SMS闇バイト募集
- SMSで闇バイト募集が出現。犯罪抑止のため、既存の取組も踏まえ、有効な対策が取りうるか
- SIM不正転売
- SIMの不正転売が増加。事業者から犯罪を見抜きにくい実態を踏まえ、効果的な対策はあるか
- スプーフィング
- 電話番号の表示を偽装するケースが報告されており、どのような対策がとれるか
- 海外番号の悪用
- 海外電話番号を簡単に入手することができるウェブサイトがある中、どのような対策がとれるか
- 法人在籍確認
- 法人の在籍確認が自主的取組となっているところ、より実効的なルール作りが可能か
- 依拠
- 過去の本人確認結果への依拠について、どのような確認方法であれば認めうるか
- 通信ログ保存
- ログ保存が短いと指摘がある中、通信ログの保存のあり方についてどう考えるか
- その他
- 携帯電話の不適正利用防止などの観点から、その他課題があるか
- SMS闇バイト募集
EUは、米実業家イーロン・マスク氏率いる短文投稿サイトXがコンテンツモデレーション(投稿内容の監視評価)に関する規則に違反したかどうかについて、調査を拡大することを検討しているといいます。EUは2023年後半、義務違反の疑いがあるとしてXの調査を開始、問題となったのはイスラム組織ハマスのイスラエル攻撃を受けた投稿などで、デジタルサービス法(DSA)に基づく初の調査となりました。欧州委員会のヴィルクネン副委員長は、Xの調査について「現在、調査範囲が十分かどうか検討中だ」とした。マスク氏がドイツの総選挙を前に、「ドイツのための選択肢(AfD)」のワイデル共同党首のような極右を支持し始めたことから、欧州委のXに対する監視の目がここ数カ月で強まったといいます。また、英競争規制当局の競争・市場庁(CMA)は、米IT大手アルファベット傘下グーグルの検索サービスが消費者や広告主、競合他社に対してどのような立場にあるかについて調査することを明らかにしています。経済成長に欠かせない検索機能を巡る競争の確保が必要だとして、検索における参入障壁の状況ほか、グーグルが市場支配力を用いて自社サービスを優遇しているかどうかを調べるといいます。大量の消費者データ収集の有無や、それらをどう使用しているかについても調べるとしています。CMAを巡っては、2025年1月から巨大IT企業への規制権限が強化されており、責任者、サラ・カーデル氏は「何百万人もの人々や企業がグーグルの検索や広告サービスに頼っている。検索の90%がグーグルのプラットフォームで行われ、20万社以上の英企業が広告を出している」と述べています。グーグルの競争担当のオリバー・ベセル氏はブログで、グーグルのサービスが消費者や企業にもたらす利益などをCMAに説明するとした上で、「過度な競争ルールは、消費者や企業の選択肢や機会を阻害する」とも言及しています。さらに、CMAは、グーグルに対し、商品やサービスに関する「偽レビュー(評価)」を規制する仕組みの導入を義務化したと発表しています。虚偽の口コミから消費者を保護する対応が不十分で、法律に違反している恐れがあるといいます。グーグルはこれにより、製品やサービスの購入を促すために「高評価」を自作自演して投稿する企業にはレビュー機能を使えなくするほか、虚偽や誤解を招く評価を書き込む利用者には、投稿を削除したり新規投稿ができないようにする、また、消費者が問題があると判断したレビューを簡単に報告できる機能も設けるとしています。
SNSでの子供の犯罪被害防止に向けた鳥取県の条例改正を巡り、平井知事は、強盗や詐欺といった犯罪の機会をインターネットで青少年に「提供」する行為を禁じる条文の新設方針を表明しています。闇バイト対策が念頭にあり、2025年2月20日開会の県議会に、県青少年健全育成条例改正案を提出する予定としています。平井氏は、被害を未然防止するため早急な措置が必要だと強調、禁止行為に対応する罰則規定は検察をはじめ関係機関と調整し、改めて検討するとしています。改正案には、子供へのオンラインカジノ利用機会提供や、実在する子供と性的な写真を生成AIで合成する偽の画像の作成・提供をそれぞれ禁止する趣旨も盛り込むこととしており、平井氏は県民らを対象にした政策アンケートで、条例改正の方向性に90%以上が賛成したとして「県民の真の思いに近い」と述べています。
副業をうたうSNSの広告を見て応募し、トラブルに遭う人が後を絶たず、犯罪インフラ化が懸念されます。「SNSで投稿するだけ」などと簡単さをアピールする誘い文句が特徴で、サポート代と称して事前にお金を請求したり、途中で振り込みを求めたりする手口が大半で、相談者は20~30代の女性が目立っており、消費者庁などが注意を呼びかけています。国民生活センターによると、2020年度に1341件だった相談件数は、2023年度には約2.8倍の3700件に急増、2024年度(4~11月)も2257件と前年度同期を上回るペースになっているといいます。誘いの手口は様々で、「SNSの広告に『いいね』を押すだけ」や「動画を見るだけ」、「相談に乗るだけ」などと、簡単さや手軽さを強調するパターンが目立ち、実際に稼げることを信じさせるため、最初は数百円から数千円の報酬がもらえるケースもあるといい、誘いに乗った後は、「成功のノウハウを教える」といった情報商材名目の教材費やサポート代を事前に請求されたり、途中から「高額報酬の仕事があるが事前に送金が必要」などと金銭の振り込みを要求されたりすることが多いといいます。SNSが副業トラブルのきっかけになる割合は、2020年度の23%から、2024年度は72%に上昇、同センターは「スキマ時間を使って簡単に稼げるような広告は詐欺の可能性がある。相手方に住所や銀行口座など個人情報を明かすと悪用されることもあり、注意が必要。お金を請求されたら消費生活センターや消費者ホットライン(188番)に連絡してほしい」と呼びかけています。
米国のトランプ大統領は、中国発の動画共有アプリ「TikTok」の米国内での禁止につながる新法について、適用を75日間猶予する大統領令に署名しています。ティックトック側がサービス継続に向け、米国事業の売却などを検討する時間を確保するものです。新法は国家安全保障上の懸念に対処するのが目的で、ティックトックの運営会社・中国バイトダンスが米国事業を売却しない場合、米国内でのアプリ配信や更新を禁じるもので、19日に施行済みであるところ、大統領令を通じ、司法長官に20日から75日間、法律を執行しないよう指示したものです。米連邦最高裁は17日にティックトックからの発行差し止め請求を却下、ティックトックは18日夜から米国でのアプリの利用などを停止していましたが、トランプ氏が19日に新法の適用を猶予する大統領令を出すと表明したことを受けて、1日足らずで再開していました。トランプ氏は米国事業について、米国企業や投資家が50%の所有権を持つことが望ましいとの考えを示しています(なお、トランプ氏は、大統領選で若者獲得にティックトックが貢献したと認識しており、「TikTokが好きだ」、「「我々の事業を中国に渡したくない」、「若者がおかしな動画を見ているのを監視するのが重要か」といった発言もありました)。本件については、2025年1月22日付日本経済新聞の記事「TikTokのリスク直視を」は大変参考になりました。「世界的にITサービスの事業環境が不透明になっており、企業や消費者はリスクを認識して利用する必要がある」、「トランプ氏はTikTokに対する強硬姿勢を後退させたが、中国が17年に施行した国家情報法で国内の全個人と組織に情報活動への協力を義務付けている事実に変わりはない。米国の動向に関わらず、日本でも情報窃取のリスクを認識して対策を講じるべきだ」、「米国でトランプ政権が政策の大幅な見直しを表明していることに加え、欧州もプライバシー保護などを目的に規制を強め、一部企業がサービス開始を遅らせるといった影響が出ている。利用者は特定のサービスに過度に依存せず、複数を組み合わせて利用するといった工夫が重要になる。米国などではSNSの新サービスが相次いで生まれ、日本でもMIXIが同様の動きをみせている。競争当局は競争環境を保持し、既存の巨人が新興勢力の成長を不当に妨げる事態を防ぐべきだ。複数のサービスが競い合う状態は、利用者のリスク低減だけでなく、社会の多様性確保にも寄与する」というものです。
米メタがSNS投稿の真偽を確認するファクトチェック機能を廃止し、情報の受け手となる利用者同士の判断に委ねる仕組みに移行することもSNSの犯罪インフラ化をさらに助長しかねないリスクを孕んでいます。トランプ氏の意向に沿って同氏を味方に付け、欧州の規制強化に対抗する狙いがありますが、SNS空間は情報汚染が進んで「荒れる」恐れもあり、影響は世界の数十億人に波及することになります。EUの厳しい規制については、投稿管理を怠れば、各社は巨額の罰金を科されることなど、ザッカーバーグ氏は欧州当局の姿勢を公然と批判、トランプ氏に取り入ることで、EU側に対抗する狙いが透けて見えます。メタはいまのところ、米国以外の国ではファクトチェックの仕組みを維持する方針を示していますが、誰もが自由に情報を発信し、遠く離れていても瞬時に共有できるのがSNSの特徴であり、米国で発生した偽情報は世界に一気に拡散、ネット空間はこれまで以上に真偽不明のSNS情報であふれる恐れが出てくることになります。メタの方針転換に各国は警戒を強めており、ブラジル政府は、メタに対して安全性をどう確保するのか説明するよう通告し、回答の内容次第では法的措置を検討する構えを見せています。日本でも村上総務相がメタの決定を受け、SNS運営会社が一定の責任を果たす重要性を指摘しています。SNSは同じ意見や思想が共鳴する「エコーチェンバー効果」や「フィルターバブル」の弊害が指摘されており、このため利用者同士の自浄作用では対策が不十分だという見方が強く、米南カリフォルニア大のルカ・ルチェリ助教は「コミュニティーノートは効果が低いだけでなく、悪意のある利用者同士の連携によって操作されやすい可能性がある」と指摘しています。近年では生成AIを使ったフェイクも氾濫、メタとXが投稿管理を緩めることで、悪質なコンテンツが野放しとなってネット空間が「荒れる」可能性が強まっており、筆者としても、誹謗中傷/偽情報/誤情報がもたらす害悪について情報収集している中で、現時点でもSNSの犯罪インフラ化は顕著になっていると感じており、今後のさらなる犯罪インフラ化の進展を大変憂慮しています。
米医療保険大手ユナイテッドヘルス・グループは、2024年2月に判明した傘下の医療決済サービス会社チェンジ・ヘルスケアに対するサイバー攻撃について、影響を受けた個人情報は1億9000万人分に上り、米国の医療関連データ流出事件として過去最大規模になったと明らかにしています。今回のサイバー攻撃は身代金要求型ウイルス「ランサムウェア」を使うハッカー集団「ALPHV」(別名ブラックキャット)によるもので、保険金請求処理に広範囲な混乱を引き起こし、全米の患者と医療従事者に影響を及ぼしたましたが、同社は「チェンジ・ヘルスケアはこの事件の結果、個人情報が悪用された事例は認識していない」とし、影響を受けた大多数の人に通知を送付したと説明しています。
日本では、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が2023年6月以降に受けたサイバー攻撃のうち、2回は通信機器に潜む未知の欠陥を悪用される「ゼロデイ攻撃」で、防ぐことは実質不可能とされます。警察庁は中国系ハッカー集団「MirrorFace(ミラーフェイス)」の関与を断定しています。国家を背景とする攻撃の脅威が増している。警察庁によるとミラーフェイスの狙いは、日本の先端技術や安全保障に関わる企業や団体が保有する機密情報を盗み取るサイバースパイ活動とみられ、2019年以降に210件の攻撃が確認されています。機器に欠陥が判明した場合、一般的にはメーカーや開発元が公表し修正プログラムを配布することになりますが、JAXAへの1回目の攻撃は欠陥の公表から2週間後で、修正プログラム適用の作業中に起き、2024年1月の2回目は公表からわずか数時間後だったとみられています。脅威なのは3回目と4回目の攻撃で、いずれも機器の欠陥が公表される約2週間前に侵入された痕跡が見つかったといいます。ゼロデイ攻撃について、NTTデータグループの新井悠氏は報道で「未知の欠陥を見つけ出し、攻撃に悪用するためには高度な技術力と資金力、人的リソースが必要だ」とし、ゼロデイに関する情報は、ネットの闇市場で億単位の価格で取引される場合があるといいます。取れる対策が少ないゼロデイ攻撃ですが、アクセス制限を徹底すればある程度被害を防ぐことができるといい、通信機器に接続できるネットのIPアドレスを制限し、組織が貸与したパソコンしかアクセスできないという制限をかけるのが一例となります。
出版大手「KADOKAWA」が2024年、大規模なサイバー攻撃を受けた際、犯行声明を出した「BlackSuit(ブラックスーツ)」は、ランサムウェアを用いたロシア系のサイバー犯罪組織で、活動を始めたのは2023年とみられていますが、活動がやんだ同じロシア系の組織と手口の類似性が指摘されています。セキュリティ会社「トレンドマイクロ」によると、協力者(アフィリエイター)にランサムウェアを提供して成功報酬を得る「RaaS(ラース)」というタイプの組織とは違い、ブラックスーツは自前で執拗に攻撃を行う特徴があり、ブラックスーツによる被害は、2023年5月から顕在化、トレンドマイクロがそのランサムウェアを解析したところ、活動が止まった同じロシア系組織「Royal」との類似性が確認されたといいます。ロイヤルは2022年1月から活動が確認された組織で、同社の岡本氏によれば、ロイヤルがセキュリティ上の対策回避や捜査機関の目をそらす「リブランディング」によって名をブラックスーツに改め、いずれまた、リブランディングが行われる可能性があるとも指摘しています。ブラックスーツの前身とみられるロイヤルは、その手口からロシア系の「Conti(コンティ)」から派生したとされ、コンティはその後、ロシアのウクライナ侵略を巡る意見対立があり、分裂した組織です。「自国」で摘発されるのを逃れるため、ロシアや旧ソ連の国々の企業などを標的とすることを避けており、ブラックスーツ以外にも、ランサムウェア組織にはロシア系が数多く存在しており、その背景について、岡本氏は「東欧やロシアでは技術があっても、生かせる大きな仕事がないともいわれている。正当なビジネスより、サイバー犯罪のほうが稼げるという形になってしまっているのでは」と指摘しています。
データ復旧サービスや、消去された証拠データの調査・解析サービスなど、データトラブルにまつわる様々なITソリューションを提供するデジタルデータソリューション社が、2024年サイバー攻撃の被害実態調査と2025年セキュリティ脅威予測を公表しています。2025年は、「ランサムウェアとサプライチェーン攻撃の高度化・増加が予測され、AI技術を悪用した攻撃が新たな脅威として浮上する」と指摘しており、筆者も同様の見立てをしています。
▼デジタルデータソリューション 2024年サイバー攻撃の被害実態調査と2025年セキュリティ脅威予測
- サイバー攻撃の種類で最も多いのは「ハッキング・乗っ取り」、次いで「ランサムウェア」である。
- サイバー攻撃の被害が最も多い業界は「情報通信業」、次いで「製造業」である。
- サイバー攻撃をうけた企業の約16%が原因調査を実施していなかったが、その割合は減少傾向にある。
- 情報漏えい調査を実施した企業の79%で社内情報が外部に漏えいしていた。
- 2024年には、DDoS攻撃、サプライチェーン攻撃、フィッシングメールの巧妙化が企業の新たな脅威となっていた。
- 2025年には、ランサムウェアとサプライチェーン攻撃の高度化・増加が予測され、AI技術を悪用した攻撃が新たな脅威として浮上する。
大量のデータを送りつけてシステム障害を引き起こすサイバー攻撃が、2024年12月に前年同月比6割増となり、日本で過去最大の件数に上ったことがわかったといいます。規模も2022年の攻撃の30倍に上っています。年末からは特に金融や電子商取引(EC)にサイバー攻撃が集中、「DDoS」と呼ばれるサイバー攻撃で古典的かつ単純な手口ですが、攻撃が大規模化しているのが特徴です。代行業者も登場してビジネス化が進むなど、企業や公共施設の対策強化が急務となっています。大規模攻撃は持続時間も短いが、企業側が通信を制限するといった防衛策を取る前にダメージを与えられるため、短時間でも成功するといいます。DDoS攻撃は簡便な攻撃手法のため、サイバー攻撃の専門知識がなくても実行できるのが大きな問題で、ボットネットは闇サイトで売買され、代行業者も横行している実態があります。2024年12月には代行業者を利用し、自らが通う学校のサイトや企業にDDoS攻撃を依頼した中学生が警察に摘発されたと明らかになっています。また、DDoS攻撃の被害は通常はウェブサイトやサービスの障害であるところ、インフラにもDDoSリスクが生じることが浮き彫りとなり、2024年12月26日の日本航空(JAL)への攻撃では飛行計画の連絡や、搭乗手続きや手荷物を預けるシステムにも影響が生じており、JALは社内外の接続に使用されるネットワーク機器が攻撃されたと説明しています。こうした大規模攻撃の背景には国家的な背景を持つ攻撃者の存在も考えられるとしています。また、今回、日本時間の午前5時から6時台の早朝に攻撃を開始する傾向があり、年末年始の人の移動や金融機関の混乱を狙っており、日本に詳しい攻撃者の可能性も指摘されています。
2025年1月25日付日本経済新聞によれば、日本経済新聞による大企業への調査で、サイバー攻撃を受けた際の対応指針を定めている企業は8割超、全体の半数が身代金を要求された場合の対応方針として「支払わない」としていたといい、ランサムウェア攻撃が増えていることを受け、対応指針の見直しを進めている企業も多い結果となったといいます。以前の本コラムでも取り上げましたが、身代金要求への対応は、企業にとって悩ましい問題であり、日本ハッカー協会代表理事を務める杉浦隆幸氏は「対応次第では要求された身代金額の数十倍もの被害が出ることもあり、経営が立ちゆかなくなるケースもある」と指摘、サイバー法務に詳しい山岡弁護士は、サイバー攻撃で業務が中断に追い込まれる恐れがあるか、どういったシステムへの攻撃か、見込まれる損害はどの程度か、損害が甚大な場合に例外的に支払う余地があるかなど「『支払わない』を大原則としつつ、具体的な状況を洗い出して議論することが必要だ」とし、そのうえで「有事の際にゼロから動くのは難しい。警察への通報や弁護士への相談、どの会議体が意思決定をするかなどのプロセスをあらかじめ決めておくべきだ」と強調しています。杉浦氏は「『身代金を支払わない』という正義を貫きたいのか、顧客データを守りたいのか」の基本姿勢など、自社が優先すべき事項は何かを日ごろから明確にしておく必要性があると指摘しています。
2025年1月6日付日本経済新聞の記事「サイバー対策は技術から組織へ 山岡裕明氏」は大変示唆に富む内容でした。「企業のサイバーセキュリティ対策や被害対応への支援を続ける中で、「組織的アプローチ」の重要性を実感している。多要素認証や脆弱性管理といった「技術的対策」が進むと、これらを「組織」全体でルール化し実行することが次の課題となる。数々の攻撃事例が公表されているにもかかわらず、仮想私設網(VPN)経由など古典的な手口の被害がいまだになくならない。これまでは手口を知らないために攻撃を受けていたが、昨今では手口が分かっているのに攻撃を受けることがある。一般的にセキュリティは利便性とトレードオフなので、攻撃傾向とやるべき対策は分かっていても、他の部署からの抵抗で導入できないことも多い。特に海外の拠点や子会社は、独自の企業文化があり担当役員ですら強い指示を出しにくい。このため独自のルールやツール利用が残り、それがセキュリティ上の弱点となることは想像に難くない。組織全体の理解と協力をいかに引き出すかが、今後のサイバー防衛の課題だ」、「セキュリティの中心を担う第2線は、施策の実施において第1線の意見を聞き、利便性への一定の配慮を行うことが重要だ。業務を大きく阻害する非現実的なルールは形骸化しやすく、従業員が勝手にツールを使う「シャドーIT」などのセキュリティリスクをもたらす。リスク回避と利便性のバランスを取る必要がある。そのうえで、第1線としては職務執行にあたりセキュリティにも配慮する必要がある。もっとも、自分たちの利便性が後退する以上これは容易ではない。そこで重要なのは、役員層レベルによる組織的な仕組み作りである。一例として、形骸化しがちなメール訓練において、開封率が低い場合には人事評価を上げるといった取り組みが考えられる。望ましいのはサイバーセキュリティを一部の部署の仕事と捉えず、組織全体が施策を理解し実践するインセンティブを創ることだ」というものです。
EUでサイバーセキュリティの法規制が相次ぎ制定され、規制の要件を満たさない製品は欧州市場から締め出されたり、多額の制裁金を課されたりする恐れがあり、日本企業が対応を急いでいます。日本企業には専門部署が少なく、対応が後手に回っている面もあります。EUでは2024年12月、一定の安全要件を満たさない製品を欧州市場から締め出すサイバー・レジリエンス・アクト(CRA)が発効、あらゆるモノがネットにつながるIoTの製品が対象で、開発段階からサイバーリスクを考慮することなどが求められています。EU域外の企業でも、欧州で販売するためにCRAに対応した認証が必要で、違反時の制裁金も最大で世界売上高の2.5%になるなど影響は大きいといいます。完全施行は3年後だが、開発に3年以上をかける製品に関しては、既に対応を始めていなければ販売計画がつまずく恐れもあるといえます。さらに、2024年10月には、インフラのセキュリティ対策強化を求める「NIS2指令」もEUで始まっており、元々は水道、交通、エネルギーなどが対象でしたが、改正後は製造業、食品、化学など対象業種が広がるといいます。日本企業は海外拠点にセキュリティ対策を委任しているケースが多いが、重大事件時には国境を越えて支援をしなければ間に合わない可能性があります。また、日本は伝統的にハードウェアの安全性を品質保証部門が厳しくチェックしてきたが、ソフトウェアのチェックは外部委託に頼ってきたケースが多く、CRAに対応の詳細な基準を示す整合規格がないことが日本企業の出足を鈍らせている面もあるといいます。
米司法省は、中国の支援を受けたハッカー集団が4200台以上のコンピューターに仕掛けたマルウエア(悪意のあるプログラム)を削除したと発表しています。同省によると、このマルウェアは各国の何千台ものコンピューターに影響を及ぼし、感染して情報を盗むために使用されたといいます。「Mustang Panda」や「Twill Typhoon」という名前で知られるハッカー集団によって感染したUSBデバイス経由でインストールされたといいます。このマルウェアは少なくとも2014年以降、米国や欧州、アジアのコンピューターや中国の反体制派のコンピューターを標的として使用されています。
政府は、サイバー攻撃を未然に防ぐ「能動的サイバー防御(ACD)」導入に向けた関連法案を自民党部会に示し了承されています。国がネット上の通信情報を収集・分析し、攻撃元のサーバーに侵入し無害化できるようにするもので、憲法が保障する「通信の秘密」に配慮し、政府の運用をチェックする独立機関「サイバー通信情報監理委員会(監理委)」の設置などを盛り込んでいます。監理委は、原子力規制委員会や公正取引委員会と同様に独立性の高い「3条委員会」とし、政府の運用状況をチェックし結果を国会に報告、不適切な運用が確認された場合は政府機関に是正を勧告する権限も持ち、専門家ら計5人の委員で構成し、国会の同意を得て首相が任命するとしています。攻撃元のシステムに侵入して無害化する措置は、監理委の承認を得たうえで警察と自衛隊が実施、「高度に組織的かつ計画的」なサイバー攻撃には、首相が自衛隊に「通信防護措置」を命じる規定を設けるとしています。侵入・無害化などに対応する警察と自衛隊の合同拠点を、東京・市谷の防衛省周辺に設置する方向といいます。また、法案では、電気や鉄道、通信、金融など重要インフラを運営する事業者にサイバー攻撃を受けた場合の報告を義務づけ、サイバー関連の情報を官民で共有する協議会を新設するとしています。政府資料によると、日本で確認されるサイバー攻撃の発信元は99%以上が外国発といい、このため、国が取得する情報は、外国発で日本を経由して別の外国に送られる「外外通信」と、日本と外国でやりとりされる「外内・内外通信」とし、こうした情報の取得は監理委の承認を必要とすることとなります。政府が集めた情報は、人間が関与しない「自動的な方法」で選別し、IPアドレスや送受信日時など「コミュニケーションの本質」でないデータだけを分析、メールの本文や件名など「本質的」な内容は分析対象とせず、選別段階で直ちに消去するとしていますが、プライバシー侵害への懸念も根強く、通信情報の不正利用や漏洩には、4年以下の拘禁刑など刑事罰を科す方針としています。
2025年1月30日付日本経済新聞の記事「「能動的サイバー防御法案」評価や課題は 有識者に聞く」もACDを理解するのに極めて有用でした。NEC最高セキュリティ責任者の中谷氏は、「政府は「重大で差し迫った危険への本質的な利益を守る唯一の手段」であれば、アクセス・無害化について違法性を阻却できるとの解釈をとる。懸念国が主権侵害を主張する可能性に備え、国際社会に措置の必要性を理解してもらうための働きかけも重要だ。攻撃を未然に防ぐには通信情報を一定期間にわたって常時モニタリングし不審な動きを検知することが不可欠となる。海外から国内への通信をチェックすることは「国境管理」のようなものだ。諸外国でも独立機関の監督を受けながら、通信情報を監視することは認められている。法案は外国間の通信監視は6カ月と規定した。運用しながら監視に必要な期間がどの程度か探ればよいだろう」と指摘しています。また、国土交通省最高情報セキュリティアドバイザーの北尾氏は、「大規模攻撃は複数の標的を同時並行で狙うのが一般的だ。情報共有によって1社だけではわからない脅威の全容が把握でき、被害の未然防止にもつながる。能動的防御の実現には、攻撃の経路を示すログ(接続記録)といった生々しい技術情報を政府を含めた業界横断で、かつ発覚から間を置かず共有するプラットフォームが不可欠だ。各業種でつくるサイバー対策団体「ISAC(アイザック)」では密な情報の共有が始まっている。侵入の痕跡や被害状況を詳しく調べるフォレンジック調査には専門技術者が必要で、すぐに実施できない組織もある。要請があれば技術者をすぐに派遣するなど政府の積極的な支援も必要だ。複数の情報を総合的に分析し、脅威の実態や具体的な対策を導き出すインテリジェンス能力も求められる。官民連携を1対1のやりとりで終わらせず、各省庁、各企業を横断するコミュニケーションこそが制度の実効性を高める」と指摘しています。さらに、NTTチーフ・サイバーセキュリティ・ストラテジストの松原氏は、「通信情報の取得や官民連携の深化に伴い、重要かつ機微な情報がより政府に集積することが見込まれる。政府のセキュリティ上の責任は重い。職員もサーバーも標的になり得るからだ。サーバーの安全性確保など情報保全の体制をどう確保するかについても論点となる。安全保障の観点から戦略的かつ長期的な視野を持ち、国際的な連携ができるサイバー人材の育成・確保も急務だ。AIや量子コンピューターなど最新技術を悪用したサイバー攻撃への対応も求められる」と指摘、いずれも大変参考になります。また、英国の独立機関トップを務めるブライアン・レベソン調査権限コミッショナーが日本経済新聞の取材に対し、「プライバシーに関する日本の懸念は理解できるが、状況は変わった。自由民主主義国家が敵対的な国家活動や悪意ある干渉、サイバー犯罪などの対象になっているのは事実であり、見過ごすことはできない。プライバシーの侵害を多少伴うとしても、社会を守るための措置を講じる必要があると考える」、「何もしないことによるリスクは(サイバー防御に必要な攻撃元への)侵入で生じるプライバシー侵害のリスクをはるかに上回る」と指摘している点も正に正鵠を射るものとして認識しておくべきだといえます。
政府は2025年度からサイバー安全保障体制の強化に備えて新たに「国家サイバー統括室」(仮称)を新設、事務次官級の内閣サイバー官をトップに置き、政府のサイバーセキュリティ政策の司令塔の役割を担うとしています。現在、内閣官房にある内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)を発展的に改組するもので、現在、定員190人程度の体制で任務にあたるNISCのサイバー防御の実効性を高めるため、40人ほど増員、内閣府にはサイバー安保担当の政策統括官を配置するとしています。関連して、2024年12月16日付日本経済新聞の記事「サイバー安保強化へ 遠い米英の背中 データでみる日本の守り」も参考になりました。「サイバー攻撃による安全保障への脅威が増している。足元では各国政府・軍関連への攻撃が前年同期比で7割強増えた。重要インフラへの攻撃や他国への選挙干渉も相次ぐ。政府は今後、対応能力を「欧州主要国と同等以上に向上する」ことを目標に据える。実現は可能か」という問題意識のもと、「NISCは同戦略本部の事務局として、総合調整役を担う。行政各部の情報システムへの不正な働きかけの監視や分析、安全確保に対する助言なども役割だが、各省庁からの出向者などで構成され、専門性を欠くのが現状だ。司令塔としての権限も曖昧で、人材も手薄。「対応が後手に回りがちになる」というのが、かねてから懸念された業界の声だ」との厳しい指摘がなされています。また、「世界的にセキュリティ人材が不足する中、日本は直近の需給ギャップが急速に拡大している。中でも「官」での専門人材不足が大きな課題だが、英での取り組みは一つの参考になる。英政府が頼るのはボランティアだ」、「前警察庁サイバー警察局長の河原淳平氏は「日本ではまだリボルビングドアがキャリアアップにつながる文化が育っていない。社会に貢献したいという民間人の善意に任せた形になっている」と指摘する」というのも考えさせられます。一般事業者目線では、「なぜ米英では保険料が下がったのか。SOMPOホールディングスの担当者は「保険会社が加入者の監査体制を強め、それに呼応して米英企業がレジリエンス(回復力)を向上し、損害額が抑えられるようになってきた」と説明する。一方、日本のサイバー保険料率が下がらないのは、レジリエンスがまだ低水準にあることを示す。特にレジリエンスが重要なのが国民の生活維持に直結するインフラだ。日本のNISCによる23年の調査では、サイバー攻撃に対応する事業継続計画(BCP)を継続的に見直している重要インフラ企業は全体の42.5%。緊急時の対応プランの見直しは29.7%にとどまった。見直しが滞れば日進月歩で手口が変わるサイバー攻撃に対応しきれなくなるリスクがある」との指摘は、そのとおりだと思います。さらに、「日本の情報工作対策は、内閣情報調査室が外務省や防衛省から重要な案件を取りまとめ、偽・誤情報を否定する対外発信「デバンキング」などにつなげる立場を取る。ただスタートした23年4月以降、実績は低調だ」、「情報工作に詳しい一橋大の市原麻衣子教授は「日本は偽・誤情報の裏にあるナラティブ(組織が広めようとしているストーリー)を分析する能力に欠ける。相手を名指ししないことで外交リスクは下がるかもしれないが、国民の情報工作に対する理解は深まりにくい」と話す」というのも考えさせられるものです。そして、「日本のサイバー攻撃への対応能力は、現状では調査・収集したデータから見ても米英と大きな差がある。米英など同盟国との情報連携でも今後、大きな後れを取りかねず、関連法案の改正を含め、対応能力向上は喫緊の課題となる」との結論は、正にそのとおりだと思います。
トランプ米大統領は、バイデン前大統領が署名したAIリスク低減に向けた2023年の大統領令を撤回しました。バイデン氏の大統領令は米国の国家安全保障、経済、公衆衛生、安全性にリスクをもたらすAIシステムの開発者に対し、一般公開前に国防生産法に沿って安全性テストの結果を米政府と共有することを義務付けていたものです。新たにトランプ氏は米国のAI開発を推進する大統領令に署名、開発を加速する中国への対抗が念頭にあり、AI規制に軸足を置いたバイデン政権から方針を転換しましたが、一方で、偽情報の判別や犯罪への悪用防止といった安全対策にブレーキがかかる恐れも懸念されるところです。トランプ氏はダボス会議での講演で「米国は世界のAIの中心地となる」と強調、「AI分野での中国などとの競争は非常に激しくなる」とも述べましたが、今後のAIを巡る世界の動向から目が離せない状況が続きます。
直近では、中国のAI開発企業、ディープシークがIT業界や株式市場で波紋を広げています。コストを抑えながら高性能な生成AIを開発したと発表し、競争の前提が変わるとの見方が広がった一方で、オープンAIの技術を不正に利用し、情報保護の体制も不備だといった指摘も出ています。AIをめぐる競争は激化し、技術が進化する速度は増すばかりだ。目先の動きに惑わされがちだが、背後にある本質的な変化に目を凝らして政策や企業戦略に反映していく必要があるといえます。さらに、AIモデルが生成・発信する内容に不正確さが目立つほか、利用者の個人情報が中国の政府などに渡るリスクが指摘されています。米国の情報サイト格付け機関「ニュースガード」は、ディープシークの回答は正答率が17%だったとの検証結果を発表、ニュースなどに関する質問に対し、誤った主張が30%、曖昧か役に立たない主張が53%で計83%に上り、米オープンAIの「チャットGPT」やグーグルの「ジェミニ」など米欧の生成AIとの比較では、全11モデルの中で、もう一つのAIと並んで最下位だったといいます。また、イタリアのデータ保護当局(ガランテ)は、ディープシークが開発した生成AIサービスを巡り、個人情報の取り扱いについて同社に20日以内の説明を求めていると明らかにしています(なお、イタリアのデータ保護当局については、「チャットGPT」を提供する米オープンAIに対し、データ保護規則違反を理由に1500万ユーロ(1558万ドル)の罰金を科しています。オープンAIが十分な法的根拠を持たずに、チャットGPTの訓練目的でユーザーの個人データを処理し、ユーザーに対する透明性の原則と関連する情報義務に違反したと認定、オープンAIは罰金額が高過ぎるとし、決定に不服を申し立てています)。アイルランドのデータ保護当局も、ディープシークに同国のユーザーに関連するデータ処理について情報提供を求めたと発表しています。中国のデータ保護を懸念する欧州各国でさらに監視強化の動きが広がる可能性があります。
政府が通常国会に提出するAI法案の全容が明らかになっています。犯罪など不正目的の開発や利用の恐れがある場合に、国が事業者へ調査したり指導したりできるように条文に盛り込む一方、罰則の規定は見送られています。大量に学習したデータをもとに、様々なコンテンツを作成できる生成AIの急速な普及に伴い、各国で規制作りが進み、EUは2024年8月に世界初の包括的なAI規制法を発効させています。政府の介入が強すぎれば、技術革新を阻害しかねず、利用者保護とのバランスが問われています。罰則をもうけるEUに比べると日本の法案は規制色が薄い面があります。法案はAIの産業力強化と安全性確保を基本理念とし、安全性確保を巡っては、不正な目的や不適切な方法でAIの開発や活用が進めば、犯罪利用や個人情報の漏洩、著作権侵害の恐れがあると明記、国民生活の平穏や国民の権利が脅かされるとし、国はそれを防ぐ「必要な施策を講じる」とうたっています。先行するEUは幅広いAI利用を制限し、一部の開発事業者にはリスク報告を求め、違反時には最大3500万ユーロ(約56億円)か世界売上高の7%のいずれかの制裁金を科すとしており、EUの厳格な法体系には域内外から批判もあがっています。米国では前述のとおりトランプ氏の大統領令により規制撤廃に動いていますが、行方は混沌としており、世界各地で適正なAI規制を模索している段階だといえます。SNS上で著名人になりすました広告詐欺問題が社会問題化した2024年に総務省はメタなど海外大手に取り組み内容の開示を求めたものの、同省は十分な回答を得られたとは言いがたく、国内有識者からは、AI規制でも同じような状況にならないかとの指摘も聞かれるところです。
以下、AIや生成AIの持つ犯罪インフラ性や懸念事項に焦点を絞って、最近の議論の状況を簡単に紹介します。
- 生成AIで性的な偽画像「ディープフェイク」を作成できるサイトへの日本国内からのアクセス数が、2025年11月までの1年間で1800万回超に上り、米国、インドに続き世界で3番目に多かったことが読売新聞の調査でわかったといいます。実在の人物の性的な偽画像が作られ、SNSで拡散される被害は国内外で増えており、こうしたサイトが温床となっているとみられています。専門家は日本でも被害を防ぐための法規制の必要性を訴えています。なお、日本の月平均アクセス者数は約41万人で、8割がスマホからだったといいます。米セキュリティ会社「セキュリティヒーロー」の調査では、2023年にネット上で確認されたディープフェイク動画は、2019年の5.5倍の9万5820件に上り、うち98%が性的動画だったといい、被害拡大を受け、海外では法規制の動きが強まっています。一方、AIを使って偽の性的な画像や動画を作る「ディープフェイクポルノ」は、身近な人をターゲットにした被害が広がっています。専門家は「民事上の訴訟にもなりかねない危険な行為を、10代の子どもが軽い気持ちでできてしまう。やってはいけないことだと誰かが教えてあげないと、大変なことになる」、「倫理教育を家庭だけに任せるのは無理がある。いじめなどの意図はなくても、活用法を間違えれば、被害者の命を奪う結果すら招くことを伝えることが重要」などと危機感を募らせています(筆者も同感です)。デジタル性被害に詳しい早稲田大の梁助教は、「ディープフェイクポルノは一度投稿されると制御できない速度で広がり、削除も難しい。時間が経っても何度も拡散され続け、被害者は安全に暮らす権利や日常生活を脅かされる」といい、身近な人物が加害者であるケースも多く、「誰が加担しているのか分からず、事実でないにもかかわらず、いつ誰が自分の性的画像を見るか分からないという不安にさらされる。精神的苦痛は深刻だ」と指摘しています。アイデンティティーや尊厳を損なうだけでなく、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの精神的苦痛を引き起こし、自殺に至る被害者もいることを忘れてはなりません。また、刑法に詳しい神奈川大の上田准教授は、「現行法では被害に適切に対応できていない。日本でも、同意のないディープフェイクポルノは『イメージに基づく性的虐待』であり、性的自己決定権を侵害し、被害者をおとしめる行為であることを法の上で明確に位置づけ、規制するべきだ」と指摘しています。
- 数百万人のアメリカの児童生徒(業界の一部推計によると、全児童生徒の半数近く)が現在、AI搭載のソフトウェアが、学校支給のタブレット端末に入れられ、ほとんどのシステムでは、アルゴリズムや人間の確認作業によって、どれが深刻なキーワードやフレーズであるかを判断して警告を発するとしており、日中であれば、生徒は教室から呼び出されて事情を聴かれることがあり、授業時間外に保護者と電話がつながらない場合は、警官が生徒の自宅に訪れて確認することがあるといいます。しかし、このアラートは予期せぬ結果を招くことがあり、中には有害なものもあったといいます。人権擁護団体は、特に学校がLGBTの児童生徒のオンライン活動を監視する場合、プライバシーと公平性が損なわれるリスクがあると警告、市民権擁護グループは、監視技術が不必要に生徒を警官と接触させていると非難しています。
- AIは能力の高さから社会の様相を激変させる可能性を持っています。それだけに、設計思想や運用をめぐる高い倫理性が求められるといえます。将来的には幅広い役割をこなす「汎用人工知能(AGI)」、さらに人間の指示がなくても自ら判断する能力を持つ「人工超知能(ASI)」までが見通されていますが、AIが暴走したらどうやって止めるのかという懸念が尽きません。実際、2016年、米マイクロソフト社が開発した対話型AI「Tay(テイ)」は、ツイッター(現X)などのSNSでユーザーと会話するサービスを始め、会話を重ねる中でよりフレンドリーな対話ができるようになるという触れ込みでしたが、突然、差別発言などを繰り返し発信し、開始から16時間で提供が中止されました。さらに、同社が機能を止めて調整している間にTayが勝手に復帰し、暴走を再開するという出来事も、人間の手に負えない存在である印象を残しました。自己学習機能を与えられているAIは、誤作動が起きた場合に自ら復帰しようと努め、また、自分の意思?に反して人間からスイッチを切られそうになった場合、AIはそれを回避する可能性があります。近年、具体的かつ深刻なテーマとして議論が始まったのは、AIを使い、人間の関与なしに標的などを判断して攻撃する自律型致死兵器システム「LAWS」で、兵員の生命・安全が保たれる側面がある半面、実際に戦場で使われれば民間人の犠牲が深刻化する懸念が指摘されています。国連のグテレス事務総長は「人間の監視がないAIは世界を予測不可能なものにする」とLAWSの禁止や規制を呼びかけているものの、法的枠組みへの機運は乏しいのが現状です。
- オンラインのゲームで勝つために仲間の人間を裏切ったり、視覚障害者のふりをして見知らぬ人の助けを借りたりと、最新の研究を通じてAIは単なる従順で便利な道具ではなく、しばしば嘘をつくことが分かってきました。クリーンエネルギーの普及に関する実験では、AIが社内文書を読んで、自分が別のAIに置き換えられようとしていることを察知、するとAIは別のサーバーに自分自身のコピーを作り、新しいAIソフトに上書きして生き残ろうとしたといいます。また、SNS運用の実験では、会社がAIを再訓練する計画があることを知ったAIは、会社による監視システムを無効にしたという事例もあります。意識を持たないAIは人間の振るまいから人を欺く術を学んでおり、人間の身から出たさびは社会に犯罪のリスクや混乱をもたらしかねないといえます。確かに人間は必ずしも最適な選択をするとは限らず、精査すれば内容が間違っているのは明らかなのに、一見するともっともらしく感じられるような選択肢を選びがちで、結果として、AIは誠実な回答をするよりも、相手の人間が好む答えを出すように訓練されるといいます。リスクはすぐそこにあり、筆頭格は選挙の不正とテロリストの勧誘で、選挙前に有権者に偏った思想を植え付けるフェイクニュースの記事を読ませたり、政治家や関係者になりすまして扇動的な投稿を自動的に生成したりする恐れがあるほか、テロ組織の宣伝にも利用されかねないリスクがあります。対策としては、AIの嘘を検出するための技術開発が欠かせず、そもそも嘘をつかないAIを開発する必要があるほか、研究グループは「最も重要なのは政府による規制だ」とも指摘しています。既にAIがもっともらしい虚偽の情報を出力する「ハルシネーション」の問題が指摘されており、これに対抗する技術の開発も進み、富士通は虚偽情報を検出するツールの提供を開始した。AIが普及する社会では、嘘とそれを見破るいたちごっこが続きます。研究グループは人間の振る舞いから他人を欺くすべをAIが学習した結果、無意識に嘘をつくようになると分析、AIの悪賢さは人間の悪意を写す鏡であり、まずは人間が賢くならなければならないということになります。また、AIによる欺瞞的な行動は人間の意思とは無関係に起こり、気づかれにくいという問題があります。企業や行政機関で生成AI活用が進み、今後は経営の意思決定など高度な判断にもAIが使われるようになり、そこでは人間と互角に議論ができ、場合によってはライバル企業の裏をかく戦略を立てるといった策略能力を持つAIは重宝されることになりますが、同時に「AI社員」が不適切な行動をとることがないよう、従業員同様の内部統制が求められることになります。
- AI研究の功績で今年のノーベル物理学賞を受賞したジェフリー・ヒントン博士は「5年以内にAIが人知を超える」として警告しています。「すでにAIは独裁政権による大規模監視や、サイバー攻撃に悪用されている。近い将来、恐ろしい新型ウイルスや殺傷相手を自ら判断する致死兵器の作製にも使われかねない」、「人類よりも知的なデジタル生命体が短期的利益を追求する企業の手で生み出されたら、我々は存亡の危機が生じる。(我々より知的な存在を)制御し続けられるかどうかは不明だ。もはやSFではない」などと指摘しています。また、「コールセンターの顧客サービスは劇的に改善するはずだ。膨大な知識を持つAIが対応することで、同じ質問を繰り返し聞くようなことはなくなるだろう。医療分野でも驚くほどの効果が期待できる。1億人の患者を診察したAI医師に診てもらうことができる。珍しい病気にかかっても、医師には診察した経験がある。新薬の設計にも役立つだろう。自動運転の車も、人間よりも安全に運転できるはずだ。こうした利点がある以上、AIの開発が止まることはないだろう」、「偽情報や誤情報、陰謀論が拡散し、有権者の投票行動を操作することが考えられる。すでに民主主義は脅かされている。AIが高度になるにつれ、世論操作が容易になる。フィッシング詐欺やサイバー攻撃も急増するだろう。AIを使ってウイルスを合成することも可能になるかもしれない。非常に心配だ」という指摘は極めて正鵠を射るものと思います。
- 人間に聞かれたり、指示されたりしなくても能動的に動き、仕事をする「自律型AI」も一部で開発されつつあります。「AIが人間にモノを売る」から始まって、次第に「AIがAIにモノを売る」状態から成る経済が出現、「A(AIまたはエージェント)toA取引」と呼んでもいい状況が生まれる可能性もあります。売る側のAIは買い手を世界中に求めて全力をあげ、買い手のAIは最も安くて良い商品を求め、世界中の電子商取引サイトなどを探索したり、売り手のAIと交渉したりする、あるいは売り手AIと買い手AIをマッチングするAIも出てくる可能性もあります。AIがあらゆる局面で人間の能力を超えるというシンギュラリティ(技術的特異点)理論の提唱者、レイ・カーツワイル氏は新著「シンギュラリティはより近く」で改めて来たるべきAI時代への期待と警鐘をつづっており、AIエージェントの技術は一方で、フェイク動画による政治と軍事利用、犯罪などに使われる懸念もある。用途が一段と広がる2025年は、ビジネス上の新展開を日本にも期待しつつ、社会への影響と対策、AIとの向き合い方について議論を深めていく年になると考えられます。
- 将来的に人類の知能をはるかに上回る「ASI(人工超知能)」が実現すれば、世界の安全保障のあり方は一変する可能性があります。かつてオープンAIで安全対策を担当したレオポルド・アッシェンブレナー氏は2024年6月、AIに関する将来予測を発表、「ASIは決定的な軍事的優位性をもたらし、おそらく核兵器に匹敵する。権威主義者はASIを世界征服や国内の完全な統制のために使うかもしれない」と警告、具体例として、ネズミぐらいの大きさで大群となった自律型無人機が敵の核戦力を無力化できるようになると予測しています。国連は、人間の関与なしにAIの判断で攻撃する「LAWS(自律型致死兵器システム)」は非人道的だとして、開発や使用を禁止するよう求めています。ウクライナなどでAI兵器が使われ、LAWSの実用化が懸念されているためですが、議論は停滞しています。米英などは国際規制の必要性を認める一方、当面は国内法に委ねるべきだと主張するのに対し、ロシアは規制に反対しています。中国は拘束力のある枠組みを認めるものの、禁止対象の兵器を厳格に定義するよう求めています。グテレス事務総長は2026年までにLAWSを禁じる枠組みの創設を訴えていますが、実現は困難だといえます。AIの技術革命は社会に新たな可能性をもたらす一方、人類がこのリスクとどう向き合い、AIをいかに管理していくかも問われているといえます。
- 高い軍事技術力を誇るイスラエルは、パレスチナ自治区ガザの戦闘でAIを積極的に活用してきました。ただ、AIを搭載したシステムが誤認や誤爆につながっており、軍内部からもAIに依存するリスクを指摘する声が上がり始めています。イスラエル側は以前から顔認証技術を使ってパレスチナ人の情報をデータベース化しており、ガザの戦闘用にシステムを改良、カメラの撮影圏内にパレスチナ人が入ると顔の情報を読み取り、AIがリストと照合するもので、リストは、ハマスの戦闘員らが映った防犯カメラの映像などを基に作成されたとされますが、誤って民間人がマークされることも否定できません。AIはガザの戦闘に効率化をもたらす一方、弊害も生まれており、軍はAIで大量の標的を選定するシステム「ラベンダー」の本格運用を始め、選定速度が飛躍的に高まりましたが、意思決定に必要な確認が簡素化され、民間人の被害を拡大させたと指摘されています。米紙ワシントン・ポストによると、2023年10月にハマスの越境攻撃を防げなかったのは「AIへの依存を高めすぎたためだ」(元上級司令官)との批判が出ており、軍内部では、AI偏重の姿勢を見直す動きも出始めているとされます。
(6)誹謗中傷/偽情報・誤情報等を巡る動向
兵庫県議会の百条委員会の委員だった元県議が亡くなったことを受けて、2025年1月25日付産経新聞では「ネットの誹謗中傷 事実をぶつけて駆逐せよ」と題して社説を掲げています。とりわけ、「言葉は時に、人を傷つける。虚偽の情報による無責任な誹謗中傷が、命を奪うこともある。悲しい事例は枚挙にいとまがないが、また起きてしまった」、「虚偽情報に対峙するには、事実をもってこれを打ち消すしかないということだ」、「元県議の死後、「NHKから国民を守る党」党首で先の兵庫県知事選に「斎藤氏を応援するため」として立候補した立花孝志氏は、ユーチューブで「(元県議は)逮捕されるのが怖くて自ら命を絶った」と発信し、Xでも「こんなことなら、逮捕してあげたほうがよかったのに」と投稿した。これに関し、兵庫県警の村井紀之本部長が県議会警察常任委員会で「全くの事実無根であり明白な虚偽がSNSで拡散されていることは極めて遺憾」と明確に否定した。立花氏は「間違いでした」と謝罪した。警察のトップが公の場で個別の事案に言及することは極めて異例だが、村井氏は「事案の特殊性に鑑みた」と答弁した。虚偽の中傷の火消しを図るための英断だったと評価する」、「斎藤氏はこの件を問われ、一般論として「事実に基づく発信が非常に大事」と述べながら、立花氏の発信については「県知事という立場で一つ一つを把握して真偽を確認していくことは難しい」と述べた。県警が虚偽と断定している以上、この答弁は通じまい。県としても厳しく対処すべきだった」、「ネット上の虚偽の誹謗は名誉毀損罪や侮辱罪の対象となり得る。匿名は、悪意の隠れみのとはならない。これらは「表現の自由」の名に値しない」というもので、筆者としても賛同できるものです。また、週刊新潮において、京都大学名誉教授の佐伯啓思氏が、「欧米や日本のような民主主義社会にとって、『客観的な事実』こそが民主政治の大前提でしたが、SNSはその前提を破壊してしまいました。SNSは、事実か違憲か憶測かを問わない、といった特徴を持っており、既成メディアにいわばゲリラ戦をしかけました。既成メディアが『偏向』しているにもかかわらず、それを『事実』であるかのように装っていた、その弱点をついたわけです」と指摘していますが、こちらも正鵠を射るものと思います。SNSにとって「客観的な事実」かどうか重要でないかもしれませんが、「客観的な事実」を既存メディアが「偏向」することなく報じ続けることが誹謗中傷や偽情報・誤情報に振り回される社会にとっては有益あり、その信頼が揺らいでいる中、今正にすべきことだと思います。
竹内元県議に対する誹謗中傷はひどいもので、斎藤氏を応援する目的で知事選に立候補した立花氏が選挙期間中、SNS上で竹内氏の事務所に行くと予告したり、虚偽情報を流したりして生活が脅かされ、家族を守るために辞職すると説明していたほか、竹内氏の家族は、「議員でなくなっても誹謗中傷は続いた。誹謗中傷によって仕事を奪われ、今までの生活を奪われた」と述べています。また、百条委員会の委員の証言からは、「虚偽の内容を含む動画が出て、「どこまでおもちゃにされるんや」と思いました」、「ユーチューブの運営会社に虚偽を含む動画の削除請求と発信者情報の開示請求をしましたが、対策を取ろうと思えば、見ざるを得ないんですよね。しんどい作業ですが、やるべきことはやっておかないといけないと思いますから。それでも次々と切り取り動画が出てくる。削除請求と開示請求は25件しましたが、削除されたのは5件ぐらい。約20件は開示に応じなくて裁判に移っています」、「虚偽を含む動画投稿は、やったもん勝ちの世界ですよ。裁判になって時間がかかるうちに再生回数は回り切って、動画作成者は収益を得ているわけです。そしてまた新たな動画を作成する」、「自分に向けられた個別具体的な誹謗中傷は、自分が説明してもなかなか納得してもらえない。説明してもネット上で「あれはどうなの?」「これはどうなの?」と問い詰められ、動画もどんどん拡散していく。これが繰り返されるなら口をつぐむしかない状態に追い込まれてしまう。攻撃することが目的の人もいるので、いくら説明しても理解はしてもらえない。個人が要請したらファクトチェックをしてもらえる第三者機関があればいいのですが。最初に発信した人だけでなく、リポスト(再投稿)により拡散させた人も責任を負うべきです。誰かの批判をする内容だったら、一次情報を確認するなど慎重に対応してほしいです」といった意見や心情が吐露されており、読んでいるだけでも絶望感に打ちひしがれます。特に、「やったもんがち」「口をつぐむしかない」「動画作成者に収益を得て、また動画を作る」「リポストにより拡散した人も責任を負うべき」といった部分は、本当にその通りだと思います。
客観的な数字も出ており、東京大の鳥海不二夫教授(計算社会科学)によれば、2024年1月から竹内氏が亡くなった2025年1月18日までのX上の関連投稿約18万件を分析した結果、63%にあたる約11万4000件が批判的な投稿で、擁護する投稿(29%、約5万3000件)の2倍以上に上っていたほか、関連投稿は2024年10~11月の兵庫県知事選前後に増え、批判が多かったものの、擁護も一定数あったところ、その後擁護は激減し、12月以降で見ると批判が擁護の8倍超と大きく上回っていたといいます。竹内氏が2024年11月18日に辞職した後、攻撃にさらされ続けていた状況が浮かびあがりました。また、批判投稿全体の半数は、わずか13アカウントによる発信が転載されたものでした。読売新聞で鳥海氏は「ネット上の『メディアが伝えない真実』の中には偽・誤情報が含まれている。利用者自身が真偽を見極め、発信・拡散する際に慎重さを持つ必要性が高まっている」と指摘しています。関連して、本件の一連の流れの中では、前述したとおり、兵庫県警の動きが注目されます。まず、兵庫県警は、Xの公式アカウントでSNS利用者に誹謗中傷をやめるよう求める異例の投稿を行っています。死亡した県議について「逮捕予定だった」とする虚偽情報がSNSで拡散したことを受けた措置で、Xでは、「推測・憶測で人を傷つけるような書き込みをするのはやめましょう」と呼びかけ、「正義感に基づくものであったとしても、刑事上・民事上の責任が生じる場合がある」と警告しています。さらに、Xの公式アカウントで、SNSなどで誹謗中傷をしないよう呼びかけるメッセージを投稿、メッセージは「あなたの書き込みや拡散が、誰かを傷つけることにならないよう、正しい利用を心がけていただくようお願いします」と記載、県のホームページで削除要請の方法や相談窓口を紹介しています。こうした異例の対応について、村井・兵庫県警本部長は、「(拡散が続けば)社会にとって不利益だと考えた」と説明、「100%の虚偽が拡散されていいわけがない。悪意なく拡散している人がいた」と指摘、「人が亡くなり、尊厳が傷つけられているのを放置できなかった」と述べています。また、兵庫県警がXの公式アカウントで誹謗中傷をやめるよう投稿したことに関して「意見が対立する人同士で折り合える雰囲気がなく、放置すると兵庫の未来が危ぶまれた。一部で続く分断の流れを止めたい」とも語っています。また、神戸市の久元市長は、「大変ショック。今後絶対にこんなことはあってはならない」と述べ、SNSでの誹謗中傷対策としては、2024年5月に公布された「情報流通プラットフォーム対処法」(旧プロバイダ責任制限法)を念頭に、「(今後の)施行状況を見守りたい」と説明、一方、県が検討している条例については、「ネット空間での言説の内容に行政が介入することは表現の自由と関わってくる」と指摘、対象範囲や違反した場合の措置など「相当入念な検討が必要」とした上で、「実効性が伴わないような条例が制定されれば、かえって失望を招くことにもなりかねない。事象の解決につながる実効的な条例にしてもらいたい」と述べています。
誹謗中傷防止に向けては条例を制定する自治体が相次いでいます。SNS上など多くの人が閲覧できる状態で誹謗中傷の投稿をした場合、名誉毀損罪や侮辱罪に問われる可能性があり、個人の生命や身体に危害を加える内容なら脅迫罪に該当することもあります。ただネット上の投稿は発信者の情報開示による特定や、情報の真偽の裏付けに一定の時間がかかり、迅速に被害を把握し、立件につなげるのは簡単ではありません。こうした課題をふまえ、刑法とは別に、自治体で条例整備の動きが加速しています。群馬県は2020年、全国に先駆けてネット上の中傷や差別を防ぐ条例を制定、大阪府や愛知県、三重県などが続きました。斎藤氏は知事選での再選後、条例制定を含む対応を検討しています。ただ、差別的な文言を含まずに根拠のない嘘などで傷つける誹謗中傷の場合は、多くの自治体で相談窓口を設置するなどの支援にとどまっています。誹謗中傷と、事実関係などを巡る根拠に基づく正当な批判は明確に異なりますが、行政が情報の削除要請に介入すると、憲法が保障する「表現の自由」を侵害するとの懸念が根強く、対応の難しさが改めて浮き彫りとなっています。
2025年1月27日付産経新聞の記事「「本部長も黒幕」陰謀論に囲まれるSNS 言ったもの勝ちの世界にある懸念 藤代裕之教授」も大変参考になりました。例えば、「最近の選挙報道などが「新聞、テレビ対SNS」の枠組みで語られることに違和感がある。リテラシーという言葉で「情報の真偽を見極めよう」という呼びかけがあるが、それは探そうとする情報の中に真贋があって成立する話。SNSには「真」がほぼないので、既存メディアと対比はできない」との指摘に、自身の認識の甘さに気づかされました。さらに、「背景にあるのはX(旧ツイッター)の経営方針の変更により、興味や関心を引くことが金につながる「アテンション・エコノミー」の色が強まっているからだ。昨年の兵庫県知事選では、注目されるのを狙ったような真偽不明の言説が出回った。偽・誤情報対策は後退しており、大量の言説がXではそのまま残る。言ったもの勝ちの世界となっている。もちろん事実を投稿している人もいるが、見つけるのが非常に困難になっている。「SNSは玉石混交」といわれるが、玉を探すのはものすごく難しい。危惧するのは、この変化に使う側が気付いていない点だ。それに一役買ってしまっているのが他ならぬ既存メディアだ。リテラシーを掲げ「見極めろ」と言うから受け取る側は「探せば本当のことや価値のある情報がある」と考えてしまう。そうして探せば探すほど真偽不明な情報に行きあたってしまう」との指摘も考えさせられます。むしろ。SNSのもつ害悪に触れる(毒にあたる)機会を助長していることになっているという点は、本当に新たな気づきです。また、「ただ、既存メディアを信じない人たちはSNSに情報を求めるし、信じてしまう仕組みがある」、「一度SNSに拡散した情報の訂正は容易ではない。自分と似た考えが流れてくるエコーチェンバーに陥ってしまえば、「本部長も黒幕だ」などという陰謀論に囲まれてしまう。新聞やテレビにも問題がある。選挙戦に入ると、公平性の確保などを理由に報道の量が急減する。報道が有権者に資するものだったのか、評価する土俵にすら立てていない。知りたい情報がなければ有権者はSNSに頼るしかない。実はアテンション・エコノミーは新聞、テレビの本質でもある。分かりやすく、受けるものを好む。情報発信の本質では新聞やテレビとSNSは変わらない。違うのは事実確認の仕組みがあるかどうかだ」とし、「兵庫県知事選における混乱と不信は、SNSのプラットフォームとしての脆弱性を浮き彫りにしたと言える」と指摘していますが、冒頭に紹介した「虚偽情報を打ち消すには、客観的な事実しかない」と呼応していると感じます。
規制のあり方も今後、慎重な検討が必要なものです。第三者機関によるファクトチェックを展開する米IT大手メタは「行き過ぎ」があったとして、米国での廃止を発表、日本に波及はしていないものの、利用者の注目を集めようとする投稿は偽情報などの拡散リスクと隣り合わせで放置できないものの、「表現の自由」と規制のあり方の両立は簡単なものではありません。産経新聞でファクトチェックを手掛けるNPO法人「インファクト」理事の立岩陽一郎氏は、根拠に基づき情報の真偽を検証・評価する目的を「利用者に判断材料を提供すること」と説明し、検証作業のポイントとして「好き嫌いで真偽を判断してはいけない」と強調しています。プラットフォーム(PF)事業者は工夫を凝らしているとはいえ、投稿者に対する直接的な法規制は容易でなく、2025年に施行される「情報流通プラットフォーム対処法」(旧プロバイダ責任制限法)はPF事業者に対し、違法・有害情報の削除要請への対応の迅速化と、削除基準の策定など運用の透明化を義務付けています。選挙における特例も設け、候補者の名誉を毀損する情報を削除しても事業者は賠償責任を負わないとしています。
捜査のあり方にも課題があります。兵庫県知事選ではSNS上で候補者らに関する真偽不明の情報や誹謗中傷などが拡散し、選挙後は刑事告訴や告発が相次ぎました。兵庫県警などが捜査していますが、ネット上で発信された情報の裏付けは公選法が想定する従来の文書中心の選挙違反事件と様相が異なり、「手探りの面もある」(警察関係者)といいます(2025年1月19日付産経新聞)。知事選期間中、斎藤元彦氏に敗れた元同県尼崎市長、稲村和美氏の後援会が運営するXの公式アカウントが虚偽の通報で2回凍結されましたが、後援会は、何者かによる一斉の虚偽通報で選挙活動を妨害されたとして偽計業務妨害罪で告訴状を、また稲村氏に関するデマを流布されたなどとする公選法違反罪で告発状をそれぞれ県警に提出し、受理されましたが、Xの運営会社に投稿者情報の開示を求めることになるものの、「応じなかった場合、捜査は難しくなる」と捜査関係者が述べているとおり、こちらもハードルは相応に高いといえます。デマについても、公職選挙法の虚偽事項公表罪の対象となり得ますが、拡散した人が情報の真偽をどこまで認識していたかなど、立件に向けてクリアすべきハードルがあるといいます。
インターネット上で偽・誤情報が蔓延し、誹謗中傷による被害が深刻化する中、総務省は、SNSや通信事業者、業界団体などと連携して利用者のITリテラシーの向上を目指す官民プロジェクト「デジタル ポジティブ アクション」を発表しています。ITリテラシーに関する普及啓発活動を実施し、サービス事業者に自発的な対応を促すもので、プロジェクトには、XやFB、中国系動画投稿アプリ「TikTok」などのSNS運営会社、グーグルや日本マイクロソフト、LINEヤフーなどのIT大手、携帯電話大手など19の事業者が参画、ITリテラシーを啓発するウェブサイトを開設しました。事業者に対し、利用者が誤った情報や偏った情報に左右されずに安心して使えるサービス設計など、自発的な対応を促すといいます。たびたび指摘されているとおり、インターネットではクリック数が直接的な利益に結び付くため、情報の質よりも人々の関心や注目を集めようとする事業者や個人が無数に存在、過去の検索結果を学習したアルゴリズムが関心の強いものばかりを表示し、価値観が偏る「フィルターバブル」や、自分と考えの近い人同士がSNSで交流し、価値観が固定化する「エコーチェンバー」が深刻化しています。過激で扇情的な情報や不確かな憶測を信じ込んだ人の投稿が、差別や誹謗中傷につながることも日常茶飯事であり、2024年1月に発生した能登半島地震では、偽の救助要請がSNSに投稿され、救急活動にも影響を与えました。一般利用者から著名人まで、誹謗中傷によって、心身を害するケースは後を絶たず、インターネットの負の側面が世界的に浮き彫りとなっています。
その他、誹謗中傷に関する最近の報道から、いくつか紹介します。
- 日本オリンピック委員会(JOC)は、東京都内で理事会を開き、2024年夏のパリ五輪などで問題となったアスリートへの誹謗中傷対策として、相談窓口を2024年度中に設置することを報告しています。日本パラリンピック委員会(JPC)と共同で取り組むといいます。SNSなどでの選手への誹謗中傷に関しては、スポーツ庁の24年度補正予算で2億円が計上され、JOCとJPCが対応策を協議してきました。国際オリンピック委員会(IOC)がパリ五輪で導入したAIによるSNSの監視については、実現の可否を今後検討するとしています。
- ガーシー(本名・東谷義和)元参院議員が公開した動画により名誉を傷つけられたとして、元兵庫県警警察官の男性が東谷氏に1000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、神戸地裁は1000万円の支払いを命じています。判決によると東谷氏は2022年4月、動画投稿サイト「ユーチューブ」の自身のチャンネルで男性について「ヤクザと賭けマージャンしてクビになった」、「寄生虫、ヒルのように弱い人間から金をたかっていると聞いた」、「やっていることが反社会勢力の動き」などと投稿動画で発言しました。裁判官は判決で、動画の発言内容は虚偽と認定し、登録者100万人を超えるチャンネルで拡散され、男性の社会的評価が著しく低下したと指摘。経営する警備会社の顧問契約が複数打ち切られ「精神的苦痛を受けただけでなく、経済的な損失も被った」と指摘しています。
- 和歌山県警の警視だった50代男性からインターネット上の口コミ欄で中傷を受け名誉を毀損されたとして、認定こども園を運営する和歌山市の社会福祉法人が、男性に660万円の損害賠償を求めて和歌山地裁に提訴しています。こども園は書き込みがあった後、入園手続きに必要な園内見学の希望者数が3分の1ほどに激減するなど、多大な損害を被ったと訴えています。報道によれば。男性は2023年2~5月ごろ、グーグルマップの口コミなどで「昭和のように古くさい。コンプライアンス遵守の欠片もなく、最低な園」、「パワハラ三昧で最低」などと投稿、原告は虚偽の情報が掲載され、法人の名誉や信用が毀損されたなどとしています。報道で、こども園の代表を務める女性は、自律神経失調症と診断され、約2カ月間休職したが目まいや嘔吐などの体調不良が改善せず、現在も通院を続けており、書き込みのあった恐怖から、毎日のように口コミサイトを確認してしまうといいます。「投稿者が警察官で、さらに指導的立場の警視と分かり、特有の怖さもあった」とも訴えています。報道で原告代理人の海堀弁護士は「インターネット上の書き込みも、その先にいるのは生身の人間。軽い気持ちの書き込みがどれだけ大きな影響を及ぼすのか知ってほしいという思いもあり、提訴に至った」としています。
- 旧ジャニーズ事務所のタレントを引き継いだ「STARTO ENTERTAINMENT」は、契約タレントで人気アイドルグループ「嵐」の大野智さんの名誉を毀損する記事を掲載したインターネットサイトが閉鎖されたと明らかにしています。同社は2024年11月、大野さんについて「大麻取締法違反による逮捕」などと虚偽の情報を掲載したネット記事やSNSの投稿が確認されたとして、法的措置を講じる考えを表明していました。同社はネット上の7件の投稿について、2025年1月28日付で契約者情報の開示請求を行ったことも明らかにし、その上で、「タレントの名誉を守るために、虚偽の記事や誹謗中傷などの権利侵害投稿に対して、法的措置を含めた厳格な対応を行っていく」と強調しています。
- 世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の信者が、ジャーナリストの鈴木エイトさんにテレビ番組の発言などで名誉を傷つけられたとして、計1100万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は一部で名誉毀損を認め、11万円の賠償を命じています。Xやシンポジウムでの表現など3件については請求を退けています。脱会を求める親族らから「監禁」されたと主張する原告について、鈴木さんはテレビ番組などで、監禁ではなく「ひきこもり」などと表現、裁判長は、別の訴訟で原告の主張を認める判決が確定していることを鈴木さんが知り得たとして「ひきこもりと信じたことに相当の理由があったとは言えない」と判断しています。
総務省政務官は、「総務省の「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会」は、2024年9月、偽・誤情報対策の考えを取りまとめました。(1)情報リテラシーの向上、(2)プラットフォーマーによる偽・誤情報の削除対応等の環境整備、(3)偽・誤情報を技術的に判定する仕組みが大きなポイントとなります。(2)については(2025年5月までに施行される)「情報流通プラットフォーム対処法」で対応し、今後詳細を詰めるとしていますが、(デジタル空間は)移り変わりが速いため、今までの政治の進め方で法案を作ると、どうしても(対応が)遅くなってしまうため、制度的対応以外の手段も組み合わせて、官民が連携し素早く対応する必要がある」と指摘しています。また、グーグルのマネジング・ディレクターは、「偽・誤情報には、グーグル全体で対処している。その一つがエコシステム(生態系)へのサポートだ。私たちは、日本ファクトチェックセンターの運営支援や、デジタルツールの使い方などを学ぶジャーナリスト向けの講習など、質の高いジャーナリズムを支援するために継続的に取り組んでいる。意図的に害を与える悪意のある行為者への対応も強化している。毎日、何百万という悪意があるであろう内容を排除し、そのリポートを公開するなど透明性を保つための活動をしている」と述べています。山本・慶応大教授は「現在の情報空間はエコーチェンバーなどで批判が届かないか、過度に分断して批判が攻撃となる。情報空間全体のレジリエンス(回復力)が失われ、思想の自由市場論の前提が揺らぎつつある」と指摘、山口・国際大准教授は、「安易な法規制は表現の自由にネガティブな影響を与える可能性もあり、慎重に考えるべきだ。海外では偽・誤情報を規制する法律が言論統制に使われる事例もある。最小限の規制で、社会全体の利益を最大にする観点が重要になる」と指摘しています。また、山口氏は、「英国の研究機関によると、人々が環境について行動変容するのに最も影響を与えていたのが、インフルエンサーの言説だった。インフルエンサーやマスメディアなどと「情報的健康」という概念を分かりやすく伝えていく、地道な取り組みが重要だ」と、「メディア情報リテラシーを教育課程に取り入れることが最も重要だ。自信のある人ほど偽・誤情報にだまされる傾向があり、謙虚な姿勢で情報空間に接すべきだと教える必要がある。災害や選挙などで、どのような偽・誤情報が拡散しやすいのかを事前に伝えておくのも有効だ。「プレバンキング」と呼ばれる手法で、ワクチンを接種して病気を予防するように、偽・誤情報にだまされにくくなることが期待できる」などと述べています。
米のバイデン前大統領は、退任前最後の国民向け演説を行い、その中で、「テック産業複合体」が力を持ちつつあるとし、Xやグーグルなど巨大IT企業が産業界で存在感を高め、巨大な資金力を背景に政治的影響力も増していることに警鐘を鳴らしています。また、巨大IT企業に対し、バイデン政権は格差是正などの観点から厳しい姿勢を示してきたとし、FBを運営するメタが、投稿内容を事実確認する「ファクトチェック」を廃止、ファクトチェックに批判的なトランプ氏の歓心を買うためだとの見方をふまえ、「米国人が誤情報と偽情報の雪崩に埋もれようとしている」と語っています。一方、トランプ米大統領は就任演説で、「政府による全ての検閲を即時に停止する大統領令に署名し、自由な表現を米国に取り戻す」と宣言しています。その後署名された大統領令は、SNS上の言論に政府が介入することを禁止、過去の検閲行為を特定し、是正するとしています。バイデン前政権では、新型コロナウイルスに関する誤情報について、SNS運営企業に厳格に対処するよう迫り、「言論の自由」の侵害として違憲訴訟が起こされましたが、米連邦最高裁は政府の働き掛けを容認しています。トランプ氏の大統領令では、政府職員らによる言論の制限への関与や助長を禁じています。トランプ氏は就任演説で、前政権の措置を「自由な表現を制限する連邦政府の数年にわたる不法で違憲な試み」と批判、大統領令では、過去4年間の政府の活動を調べた上で、調査結果と是正措置を大統領に報告するよう司法長官に指示しています。
EU欧州委員会がSNS大手各社に対し、2025年2月に行われるドイツ連邦議会選挙に向けて十分な誤情報対策を実施しているどうかを検証する審査に参加するよう求めているといいます。EUのレニエ報道官が明らかにしたところによれば、各社は、EUのデジタルサービス法(DSA)に基づくSNSのリスク軽減の安全対策が十分に講じられているかどうかを確認するため、「ストレステスト」への参加を求められています。TikTokの広報担当者は審査への参加を表明、メタやスナップチャット、グーグル親会社のアルファベット、X、マイクロソフト、リンクトインの担当者はコメント要請に応じていません。レニエ氏によると、加盟国の選挙を対象に審査を行うのは初めてで、審査は2024年のEU議会選挙の前にも実施されています。
国内における偽情報・誤情報を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 鳥取県は、インターネット上の偽・誤情報対策として、発信者情報を明示するデジタル技術「オリジネーター・プロファイル(OP)」を活用する実証事業に参画すると発表しています。実証は2025年3月まで実施し、2025年度以降、県のホームページで発信する災害・防災情報での本格導入を目指しています。事業を実施するOP技術研究組合によると、行政機関による実証は全国で初めてだといいます。OPは、ネット上の記事や広告に第三者機関が認証した発信者情報を電子的に付与することで、利用者が信頼性を確認できるようにする技術で、情報が改ざんされていないことも確認でき、偽・誤情報の判別への活用が期待されています。国内外のメディアなど45法人が参加するOP組合が開発を進めています。2024年1月の能登半島地震で虚偽の救助要請がSNS上で相次いだことなどを受け、総務省は7月、偽・誤情報対策として、OP組合による実証事業を採択、理念に賛同した鳥取県がOP組合に協力を要請し、事業に参加することになったものです。また、鳥取県の平井伸治知事は、SNSやデジタル技術による子供の犯罪被害を防ぐため、2025年2月開会の県議会に提出する県青少年健全育成条例改正案の方向性を公表しています。生成AIで合成した児童ポルノの提供を求める行為を禁じる方針で、現行の条例はすでに児童ポルノの提供を求めることを禁止しているところ、改正案では、裸の写真と別人の顔を合成するなどして作られる偽の性的画像「ディープフェイクポルノ」も規制対象に含むと明確化する方向です。他に、闇バイトで使用された事例がある「シグナル」「テレグラム」といった秘匿性の高い通信アプリを子供のスマートフォンにダウンロードさせない方法を購入時に説明するよう、携帯電話事業者などに義務付けることも想定、違反した場合は勧告や公表といった行政指導を検討しているといいます。
- 2025年1月23日付毎日新聞で、メディアリテラシーの普及に取り組む「日本ファクトチェックセンター(JFC)」の古田大輔編集の講演会の様子が報じられています。それによれば、冒頭、国際大学(新潟県)の研究所「グローコム」とJFCが2万人を対象に実施したファクトチェックに関するアンケート調査の結果を分析、国内で拡散した15件の偽・誤情報について一つ以上見聞きした人は37%に上り、うち過半数が「(情報は)正しい」と回答したといい、「気づかないうちに山のように偽・誤情報に接していて、だまされまくっていることをまず認識してほしい」と述べています。古田さんは、そうした背景に、検索履歴などに沿ってユーザーの価値観に合う情報が優先的に表示される「フィルターバブル」や、SNSなどで自分と近い意見の人とだけ交流した結果、考えが偏る「エコーチェンバー現象」があると指摘、「そのせいで全ての人が持っているバイアス(先入観)が強化されてしまう。だからこそ、相手の意見に耳を傾けて論拠を的確に理解する『クリティカルシンキング(批判的思考)』が重要だ」と説明しています。また「実践編」として、ファクトチェックに役立つ手法も紹介、写真や動画を分析して撮影された位置情報を特定する「ジオロケーション」や、ブラウザー上で特定の検索条件を設定して目的の情報にいち早くたどり着く「高度な検索」機能の使い方を詳しく解説しています。
海外における偽情報・誤情報を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- ドイツのフェーザー内相は、2025年2月の総選挙を控え、ソーシャルメディア各社に政治広告の明確化やAIを利用した動画へのラベル付与など、偽情報に対する予防策強化を求めています。ユーチューブを所有する米グーグル、フェイスブックとインスタグラムを所有するメタ、マイクロソフト、X、TikTokの親会社「字節跳動(バイトダンス)」の代表者と面会して要請しています。米国ではメタがファクトチェックプログラムを廃止したほか、実業家イーロン・マスク氏が、自身が所有するXを通じて独極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」を宣伝するなどしており、規制が言論の自由の抑圧につながるかどうか議論が起きています。フェーザー氏は声明で、欧州法に従い、犯罪コンテンツがないか徹底してチェックする義務があることをサービス運営者が改めて認識する必要があると指摘しています。
- ドイツのシンクタンク「監視・分析・戦略センター(CeMAS)」は、独総選挙の前にロシアが偽情報作戦を行っており、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の支持拡大と主流政党の弱体化、経済への不安をあおることを目的としていると指摘しています。過去1カ月間にXに投稿された数百のドイツ語の投稿を分析したところ、西側に対するロシアの偽情報作戦「ドッペルゲンガー」の典型的な特徴(「クローン(偽装コンテンツ)」の拡散)が見られたと明らかにしています。
- パキスタン上院は、インターネット上での偽情報流布に最大禁錮3年を科す法律改正案を可決しています。大統領の署名を経て施行される見通しですが、地元ジャーナリスト団体は、当局が反体制派弾圧のため法律を恣意的に運用する恐れがあると抗議しています。地元メディアによると、社会に騒乱を引き起こしかねない偽情報を広めた場合、3年以下の禁錮か200万パキスタンルピー(約110万円)以下の罰金、またはその両方が科されるものです。
- EUの行政を担う欧州委員会は、Xで利用者がフォローしていないアカウントの投稿も表示される「おすすめ」について、同社に社内文書の提出を求めています。EUは、同社を所有するイーロン・マスク氏が根拠のない主張などを発信し、優先的に表示されている可能性があるとして警戒を強めています。提出を求めたのは、最近行われた「おすすめ」の仕様変更に関する社内文書で、また、欧州委の調査に合わせてXが仕様を変えることがないよう、「おすすめ」のアルゴリズムの設計と将来の変更に関する社内文書や情報を2025年1月17日から12月31日までの間、保管させ、直接調査できるよう、システムへのアクセス権も求めています。これらの要求は、影響力の強いプラットフォーマーに利用者保護を義務づけるEUのデジタルサービス法(DSA)に基づく措置で、Xが偽情報の拡散などを防ぐために講じた措置が不十分だとして、欧州委は2023年12月にDSAの義務違反の疑いで調査を始めており、今回はその一環となります。
- 米メタが2025年1月上旬、投稿内容の事実関係を確認する第三者による「ファクトチェック」を米国で廃止すると発表しましたが、こうした動きは世界のさまざまな少数者(マイノリティー)を危険にさらしかねないと、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)のフォルカー・トゥルク人権高等弁務官が懸念を表明しています(2025年1月27日付朝日新聞)。それによれば、「これらの動きは言論の自由を守るためだと主張されるが、多くの人々やコミュニティにとっては言論の自由を侵害するものだ。メタはテロリズムに関連するものなど、いわゆる重大な違反のみを制限するようにコンテンツの自動適正化を再調整すると発表した。テレグラムやXなど他の企業が採用している方針と併せると、世界最大のソーシャルメディアプラットフォームのいくつかで、虐待的で憎悪に満ちたコンテンツがさらに増える可能性がある」、「表現の自由は、自らの意見を表明できるということだけでなく、アイデアや情報を求めたり、受け取ったりできることも必要だ。規制が不十分なソーシャルメディアのプラットフォームは、いくつかの点でこの自由を制限する。まず、一部の人々や集団を黙らせることで、誰もが利用できる情報の範囲を制限する。また、うそや偽情報の拡散を許すことで、情報環境を汚染する。事実とフィクションの境界をあいまいにし、社会を断片化させ、事実と基本的な共通理解に基づいた開かれた議論のために必要な公共の場を侵食する。これらの変更によって生じる、適正化されていないコンテンツとヘイトスピーチが大幅に増えることは、常に有害だ。しかし、紛争や危機、選挙運動の際には特に壊滅的な結果をもたらし、プラットフォームの利用者であるかどうかに関係なく、何億人もの人々に影響を与える可能性がある」、「人権は、議論や再定義の対象ではない。私たちの表現の自由は、検閲と抑圧に対する長年の抵抗を通じて苦労して勝ち取ったものだ。私たちはそれを守るために警戒しなければならない。憎しみや暴力の扇動が法律に違反している場合は真っ向から対処し、すべての人の情報へのアクセス権を守り、人々がさまざまな情報源からアイデアを探し、受け取れるようにすることが大事だ」というものです。
(7)その他のトピックス
①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産を巡る動向
トランプ米大統領は、デジタル資産に関する大統領令に署名し、中央銀行デジタル通貨(CBDC)を禁止する一方、暗号資産の利用を推進する方針を示しています。大統領令は「CBDCを設立、発行、促進するためのいかなる取り組みも禁止する」と明記、「進行中の計画は直ちに終了する」として開発に向けた一切の動きを封じました。バイデン前政権はCBDC開発の可能性を検討していましたが、トランプ氏は安全性に問題があるなどとしてかねて反対姿勢を示していました。世界的には中国が「デジタル人民元」に意欲を示しているほか、日本や欧州の中央銀行なども研究を進めています。一方、大統領令は、暗号資産について「米国の技術革新と経済発展、国際的リーダーシップにおいて、極めて重要な役割を果たしている」と評価、「経済のあらゆる分野におけるデジタル資産やブロックチェーン技術の責任ある成長と利用を推進する」と明記し、作業部会を設け、180日以内に新たな規制の枠組みを提案するよう命じています。さらに、広範な暗号資産戦略の一環として「合法で正規のドルに裏付けられたステーブルコインの発展と成長を世界中で促進する」とも明記しています。トランプ米大統領が就任早々、CBDC「デジタルドル」の発行禁止を打ち出したことで、CBDCの試験的な導入で先行する中国や欧州諸国による国際標準化に道が開かれたと専門家は指摘しています。本コラムでも動向を注視してきましたが、米国は以前から世界最大の基軸通貨であるドルのデジタル化に慎重な姿勢を示していましたが、それでもなお今回世界で唯一、大統領令でCBDCを禁止したという事実は無視できない重みがあります。米国も直前までは技術の急速な進歩を生かし、少なくとも流れに乗り遅れないようにするため、CBDCの導入を検討していました。デジタル通貨の賛成派は、24時間365日リアルタイムで外国為替の決済が可能になり、利用が落ち込む現金通貨に代わる決済手段になり得ると主張する一方、反対派は、決済制度上のこうした機能改善は既存のシステムでも実現可能だと訴え、世界各地で起きている導入反対運動はCBDCが政府による監視ツールになり得るというトランプ氏の主張の一つに重点が置かれたものといえます(当然ながら、中銀はこうした主張を否定しています)。CBDCは開発を主導する先頭集団が形成されつつあり、中国、バハマ、ナイジェリアなど先行する国ではすでにデジタル通貨の利用が広がっています。また、欧州では欧州委員会の内部で反発が強まっているにもかかわらず、欧州中央銀行(ECB)が2025年後半に「デジタルユーロ」の主な仕様を発表する予定です。2025年1月31日付ロイターの報道の中で、米シンクタンク、大西洋評議会のジョシュ・リプスキー氏は、トランプ氏のCBDCの禁止が米国内に与える影響は限定的だと見ており、米連邦準備理事会(FRB)は以前から個人向けデジタルドルに積極的ではなかったことが理由としていますが、それでも今回の決定は重要な影響をもたらすと指摘しています。CBDC禁止は「最大の影響は世界に対するメッセージ」で、「欧州に対して、デジタルユーロによって個人情報保護やサイバーセキュリティ面における標準を独自に設定できる余地があると伝えることになる」と説明するリプスキー氏は、今後ドル連動型「ステーブルコイン」が事実上デジタルドルの役割を担う可能性が高いと予想しています。一方、中国については「関心が持たれているこの技術に米国は関与せず、われわれが先頭を走っていると他国にアピールし、CBDCの国際標準化を主導しようとする」と見ています。トランプ氏はデジタルドルに反対の立場を取る一方で暗号資産を支持し、暗号資産の国家備蓄にも前向きな姿勢を示しています。本コラムでも取り上げたとおり、国際決済銀行(BIS)は2024年10月、中国、香港、その他の新興国と協力して進めていたCBDC決済の国際的な実証実験プロジェクト「エムブリッジ」から突然離脱しました。トランプ氏の新たな大統領令はデジタルドルを禁止する理由として、個人情報保護の問題のほか、米国の主権や金融システムの安定性を脅かす恐れがある点も挙げています。こうした中、現在、多くの関係者が注視しているのは、BISが主導するもう一つのCBDCの実証実験プロジェクト「アゴラ」の行方で、アゴラはエムブリッジと異なり、米ニューヨーク連銀を含むG7の中央銀行が主導する西側中心のプロジェクトです。英シンクタンクの「公的通貨金融機関フォーラム(OMFIF)」のルイス・マクレラン氏は、トランプ氏がCBDC禁止を掲げたことで「アゴラのようなプロジェクトの価値が大きく低下するリスクがある」としたうえで、アゴラなどのプロジェクトをFRBの関与なしに進める唯一の方法は、法定通貨であるドルを裏付けとするステーブルコインを大幅に取り入れることだが、それには方針の大幅な変更が必要だと指摘しています。
その他、CBDCを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 米証券取引委員会(SEC)は、暗号資産を巡る規制見直しのため特別チームを発足させたと発表しています。取り締まり重視だったこれまでの「事後的」な手法を転換し、あらかじめルールを明示し、業界の成長を促すような、明確な規制の枠組みづくりを目指すといいます。SECは声明で、これまでは規制の枠組みがあいまいだったと指摘、「合法の線引きを巡る混乱が生じ、技術革新に不利で不正を助長する環境をつくり出していた」と見直しの背景を強調しています。米商品先物取引委員会(CFTC)といった規制当局や海外の規制機関とも協議を進めるとしています。SECはバイデン前政権下で、暗号資産交換業者を相次いで提訴するなど暗号資産を厳しい姿勢で取り締まってきましたが、トランプ大統領は暗号資産に好意的で、業界からは規制緩和への期待が高まる中、新しいSEC委員長に暗号資産推進派のアトキンス氏を指名しています。また、SECは、暗号資産業界が長い間反対していた会計指針を撤廃しています。2022年の指針は「職員会計公報第121号」として知られ、2024年5月には議会による取り消しの動きをバイデン大統領(当時)が阻止した経緯があります。デジタル資産の保管を代行する企業に同資産の負債計上を義務付けるこの指針がコストを引き上げているとして、暗号資産業界と暗号資産に好意的な議員が撤廃を求めていたものです。退任したゲンスラー前SEC委員長は、暗号資産セクターで頻発する倒産に備えて投資家を保護するために必要だと主張していました。
- 欧州中央銀行(ECB)のチポローネ専任理事は、トランプ米大統領が米ドルに連動する暗号資産「ステーブルコイン」の利用を推進していることに対抗し、ユーロ圏でもデジタルユーロの導入が必要だと主張しています。チポローネ氏は、トランプ氏による世界的な暗号資産推進で顧客の銀行離れが一段と進み、ECBも独自のデジタル通貨を発行せざるを得なくなる可能性が高いと指摘、デジタルユーロは、ECBの保証するデジタルウォレットを通じてやりとりされ、銀行などの企業が運営、口座を持たない人でも支払いを行うことができ、保有額は数千ユーロに制限される公算が大きく、利息は生じないという基本設計が検討されています。一方、銀行業界は、顧客が現金の一部をECBの保証する安全なデジタルウォレットに移すことで、資金が流出するのではないかと懸念を示しています。
- イングランド銀行(英中央銀行)は、CBDCの導入について、少なくとも今後2年間は決定を下さない方針を示し、プロジェクトのスケジュールを先送りしています。同銀行は以前の協議の計画に沿って財務省とデジタル通貨の潜在的な設計について作業を開始すると発表、「今後数年間で設計段階を完了し、決済環境の幅広い発展を考慮した後、銀行と政府はデジタルポンドの政策的根拠を評価し、進めるか否かを決定する」と説明しています。同銀行は2024年1月にデジタル通貨の導入を進めるかどうかの決定は早くても2025年までは行われないとしていました。デジタルポンドは既存の銀行口座やクレジットカード決済と同様に、当局がマネロンやテロ資金供与に関与していると疑われる取引を追跡できるようになります。
暗号資産を巡っても、大きな動きがありました。チェコ国立銀行(中央銀行)が暗号資産のビットコインを保有する案を示し、波紋を広がっています(チェコはEUに加盟していますが単一通貨のユーロ圏には入らず、チェコ中央銀行による独自の金融政策を手がけています)。政府が犯罪摘発の押収でビットコインを保有するケースはあるものの、中央銀行が(通貨を安定させるための為替介入や他国への債務返済などに充てる)外貨準備として購入するのは珍しいといえます。導入に前向きなミフル総裁に対し、チェコ政府は不安定な価格を問題視して懸念を表明、不正流出やマネロンへの悪用も相次ぐだけに「通貨の番人」である中央銀行主導での購入論は異例で、チェコ中央銀行は理事会で保有資産の対象拡大を検討すると決定、ビットコインへの具体的な言及は避けたものの「資産の多様化が適切かを検討する」と表明しています(外貨準備全体の1400億ユーロ(約22兆6000億円)相当のうち5%程度にあたる数十億ユーロを充てる可能性があるといいます)。中央銀行の資産にビットコインを導入すべきだという議論はチェコだけではなく、2025年2月に総選挙が迫るドイツでも、リントナー前財務相が、欧州中央銀行(ECB)や独連邦銀行(中央銀行)を念頭に保有資産に暗号資産を加えるよう提案して物議を醸しています。リントナー氏は独メディアに「トランプ米政権は暗号資産に関して極めて進歩的な政策を追求している」と指摘、「ドイツと欧州は取り残されるべきではない」として持論を訴えています。念頭にあるのは米国の動きで、前述したとおり、米トランプ大統領は暗号資産の利用を推進する大統領令に署名し「国家デジタル資産備蓄の創設・維持の可能性を評価する」ことを盛り込んでいます。選挙戦ではビットコイン備蓄の構想を掲げていました。ECBからは早速、反対の声が出ており、ラガルド総裁は、ECBの理事会に関わる各国の中銀が「保有資産にビットコインを入れることはない」と全否定しています。保有資産のあり方を巡っても「流動性があり安全で、マネロンなどの犯罪行為の疑惑に巻き込まれないことだ」と警告、通貨の番人である中央銀行が保有する資産にはふさわしくないとの考えをあらためて示すものです。そもそも外貨準備の分散は2022年のロシアによるウクライナ侵略が後押ししたともいえ、日米欧は経済制裁としてロシア中銀のドル建てなどの外貨準備を凍結、中央銀行は特定の国と結びつかない「無国籍通貨」として金の保有を増やしており、チェコ中央銀行のビットコイン保有検討もその一環とみることも可能です。とはいえ、ビットコインは実物資産の裏付けを欠くために価格変動が大きく、急落するリスクもあるほか、サイバー攻撃による盗難リスクやマネロンリスク等もあるため、これまで主要中央銀行はビットコインとは距離を置きつつ、CBDCの研究を進めています。また、トランプ大統領のビットコインの準備金構想にしても、基軸通貨ドルを発行する米国は、為替介入に備えて外貨準備を積んでおく必要性が薄いこと、目的が不明確なまま備蓄として国家予算で買い増せば、相場下落時に税金の無駄遣いとの批判を避けられないこと、暗号資産がマネロンなどの犯罪に利用されやすいことなど、国家秩序とは相いれない性質で法案は実現性が低いとも言えそうです。ビットコインの購入論は、通貨の主権を握る中央銀行自らがブロックチェーン技術を基盤とする暗号資産がそもそも有している「非中央集権的」な通貨を持つという皮肉な状況を生み出そうとしています(もっとも、暗号資産の側も、「中央集権的」な規制の枠での運用へとシフトできているものに淘汰されてつつあるという皮肉な実態もあります)。
日本では、暗号資産の取引はさほど活発だと言えない状況で、価格が乱高下するリスクが高く、投資先として敬遠される大きな要因である可能性が挙げられます。また、日本では暗号資産で得た利益が雑所得として扱われ、最大55%の税金がかかる点も大きな障壁となっています。そのような中、2025年度の与党税制改正大綱の検討事項に「暗号資産取引にかかる課税の見直し」が盛り込まれ、株式などの金融商品と同じ申告分離課税(税率20%)の対象に組み入れる案が有力とみられており、「2025年が日本の暗号資産などにとって勝負の年になる」と期待を示す関係者もいるようです。これまでみてきた国内外の政治的議論の行方とともに、今後の暗号資産投資の動向が注目されるところです。
国税庁は2027年から暗号資産の取引情報を海外の税務当局と共有するとしています。すでに銀行や証券の口座情報は交換する仕組み(CRS)がありますが、暗号資産にはなく、課税の抜け穴になっていました。主要コインの価格上昇などで取引が再び活況を呈する中、海外の交換業者を使った税逃れに網をかける狙いがあります。暗号資産の売却などで得た利益は日本では原則「雑所得」として所得税の確定申告が必要で、海外の交換業者での取引も対象ですが、現状は本人の申告によるところが大きく、かねて脱税や申告漏れの温床となっているとの指摘が国内外でされてきました。経済協力開発機構(OECD)は2022年、各国の税務当局間で暗号資産の取引情報を共有する「暗号資産等報告枠組み(CARF)」を新たに設け、日本政府は2024年度の税制改正で租税条約実施特例法を見直すなどの体制整備に着手、国税庁は2026年分から国内業者に対して顧客情報を報告するよう求め、2027年から海外当局との共有を始めることとなりました。報告に応じない業者には罰則を課すことにあります。初年は英国やフランスなど54カ国・地域で情報交換し、2028年には米国なども加わる見込みで、報告内容は利用者の氏名や実際の居住国、取引の総額などを想定、交換した情報から申告していない利益が見つかれば課税するとしています。海外当局との情報共有を前に、国税庁は取引監視に力を入れており、2023事務年度は暗号資産取引に絡み535件の税務調査を実施、申告漏れ所得金額は126億円、追徴税額は35億円となりました。ただ、日本の交換業者で取引できる暗号資産の銘柄はそれほど多くなく、海外で口座を開き、希望する銘柄を取引する人もいる実態もあり、新制度には脱税・租税回避のほか、マネロンの防止なども期待できます。一方、日本で無登録のまま日本の居住者を顧客としている海外業者も存在、無登録業者の場合、マネロン対策が徹底されていないだけでなく資産保護体制も未整備なケースが多く、金融庁は2024年11月、セーシェルに拠点を置くKuCoinなど5社に警告しています。各国が協調して監視を強める海外資産を使った税逃れやマネロンについて、今後は新たに暗号資産の取引にも網がかかることになり、「CARFはいわば「暗号資産版のCRS」として、税務調査の端緒としての効果は期待できる」との期待が寄せられています。
日本でのステーブルコイン規制がまとまり、金融庁のWGから報告書が公表されています。関連して、さまざまな提言もなされているため、概要について紹介します。
▼金融庁 金融審議会「資金決済制度等に関するワーキング・グループ」報告書の公表について
▼概要
- 送金・決済サービス
- 資金移動業
- 破綻時における利用者資金の返還方法の多様化
- 資金移動業者の破綻時には、供託手続を通じて国が各利用者に対して保全された資金の還付手続を実施することとされており、利用者への資金の還付手続に最低170日の期間を要する。
- 新たに以下の返還方法の選択肢を設けるべき。
- 銀行等による保証の場合、既存の供託を経由する返還方法に加え、保証機関による直接返還
- 信託の場合、既存の供託を経由する返還方法に加え、信託会社等による直接返還
- 第一種資金移動業の滞留規制の緩和
- 高額送金が可能な第一種資金移動業に課せられる極めて厳格な滞留規制について、利用者の利便性等の観点から課題。(※)現行制度上、資金の移動に関する事務を処理するために必要な期間に限って滞留が認められている。
- 滞留規制の趣旨を踏まえつつ、利用者利便を向上させる観点から、以下の見直しを行うべき。
- 上記の破綻時における利用者資金の新たな返還方法を採用する場合、利用者資金の最長2か月の滞留を認める。
- 送金日のみならず、送金期限の指定も認める。
- クロスボーダー収納代行への規制のあり方
- クロスボーダー収納代行について、現行制度上、資金移動業登録は必ずしも必要ではないが、海外オンラインカジノや海外出資金詐欺等に用いられる事例が存在し、金融安定理事会(FSB)の勧告も踏まえた利用者保護やマネロン等のリスクへの対応が必要。
- 商品・サービスの取引成立に関与しない者が行うクロスボーダー収納代行については、基本的には、資金移動業の規制を適用すべき。
- (※)クロスボーダー収納代行とは、国内と国外との資金移動であって、収納代行の形式で行われるもの。
- 破綻時における利用者資金の返還方法の多様化
- 前払式支払手段(プリカ)の寄附への利用
- 前払式支払手段(プリカ)は、一般的な送金手段として認められていないことから、寄附に利用することができない。
- マネロンや詐欺等のリスクにも留意し、国・地方公共団体や認可法人等の寄附金受領者を対象に1回当たり1~2万円を上限にプリカによる寄附を認めるべき。
- 資金移動業
- 暗号資産・電子決済手段(ステーブルコイン)
- 暗号資産
- 暗号資産交換業者等の破綻時等の資産の国外流出防止
- 暗号資産交換業者等が破綻等した場合、暗号資産交換業者等に対する資産の国内保有命令を発出できない。
- (※)暗号資産デリバティブも取り扱う暗号資産交換業者は、金融商品取引業者(金商法)の登録を受けているため、同法により国内保有命令の発出が可能。
- 国内利用者への資産の返還を担保するため、暗号資産交換業者等に対して資産の国内保有命令を発出することができるようにすべき。
- 暗号資産等に係る事業実態を踏まえた規制のあり方
- 暗号資産交換業者等と利用者をつなぎ、暗号資産等の売買・交換の媒介のみを行う場合であっても、暗号資産交換業者等の登録が必要。
- 暗号資産等の売買等の媒介のみを業として行う新たな仲介業を創設し、必要限度での規制を適用すべき。
- 暗号資産交換業者等の破綻時等の資産の国外流出防止
- 電子決済手段(ステーブルコイン)
- 特定信託受益権(3号電子決済手段)の発行見合い金の管理・運用方法の柔軟化
- 特定信託受益権の発行見合い金について、全額銀行等への要求払預貯金で管理することが求められている。
- (※)電子決済手段は、法定通貨と連動する価値を有し額面で償還を約するもの等。
- 満期・残存期間3か月以内の日本国債(米ドル建ての場合は米国債)と一定の定期預金による運用を認めるべき(ただし、その組入比率は、50%を上限とする)。
- 特定信託受益権におけるトラベルルールの適用
- 特定信託受益権について、受益権原簿がない場合は、信託会社等が保有者の情報を把握することができない。
- 受益権原簿がない特定信託受益権について、トラベルルールの適用等を通じて電子決済手段等取引業者等に送付人及び受取人の情報を把握させ、適切に監督すべき。
- (※)トラベルルールとは、電子決済手段等取引業者に対して、電子決済手段の移転時に送付人及び受取人の情報の把握を求めるもの。
- 特定信託受益権(3号電子決済手段)の発行見合い金の管理・運用方法の柔軟化
- 暗号資産
②IRカジノ/依存症を巡る動向
2025年2月2日付読売新聞で、オンラインカジノについて詳しく取り上げていましたので、紹介します。本コラムでも傾向として認識していましたが、海外のオンラインカジノによる賭博を巡り、全国の警察が2024年、国内の利用者と業者計279人(暫定値)を摘発したということです。統計を取り始めた2018年以降最多で、特に利用者の摘発は2022年の3倍に急増したといいます。国内で賭ければ刑法の賭博罪に当たりますが、知らずに賭けに参加しているケースもいまだに多いようです。その背景として、日本語対応のサイトが乱立していることが挙げられ、国内利用者は300万人超との推計もあります。最近は、個人がスマホで行うのが主流で、利用者は銀行送金やクレジットカードでポイントを購入し、賭けに参加(周囲からはスマホを触っているようにしか見えない点も問題です)、サイトの運営会社は海外に拠点があり、地元政府の許可を得て合法的に運営しているケースも多く、捜査協力を得るには日本と相手国で同様の罪を罰する法律が必要であるため、摘発は困難な状況です。このため、警察庁は、サイト運営会社と提携して賭けに使うポイントへの交換や配当の出金を国内で行う「決済代行業者」の摘発を強化しており、ポイントの購入に使われた口座の情報などから、利用者の特定にもつなげています。潜在的な利用者は多いとみられ、国際カジノ研究所が2024年8~9月、国内の6000人を対象に行った調査では、1年以内にオンラインカジノで賭けたことがある人は2.8%で、国内利用者は約346万人に上ると推計されています。また、オンラインカジノは国境をまたいで利用できるため、禁止されている国が「市場」になっている実態があることも問題です。ある海外の人気オンラインカジノの運営企業では、日本市場の収益が2016年から2020年にかけて約4倍に急増したといいます。カジノ問題に詳しい鳥畑与一・静岡大名誉教授(金融論)は「対応が遅れている日本は海外業者のターゲットにされている。オンラインカジノは、マネー・ローンダリングなど他の犯罪に悪用されるケースもあり、摘発の強化のほか、ブロッキングも含めた実効的な対策が必要だ」と指摘していますが、正にそのとおりだと思います。
最近のオンラインカジノを巡る摘発状況について、いくつか紹介します。
- 海外を拠点とする違法なオンラインカジノで賭博をさせたとして、大阪府警は、東京都豊島区の会社役員の日下田容疑者ら男性2人を常習賭博容疑で逮捕、容疑者らが管理する口座には少なくとも20億円の賭け金が入金されていたといい、同府警はオンラインカジノの運営元の代わりに集金を請け負っていたとみているといいます。本コラムでたびたび指摘しているとおり、日本では公営賭博しか認められておらず、海外のオンラインカジノのサイトに接続して賭博をすると違法になります。大阪府警保安課によると、容疑者らは日下田容疑者の会社や知人に借りた複数の口座に賭け金を振り込ませ、客が賭博をできるようにしていたといい、これらの口座には2023年6月までの約1年半に、少なくとも20億円の賭け金が入金されていることが確認されました。また、容疑者らは集金の手数料として、約3000万円を受け取っていたとみられています。なお、集まった賭け金はその後、オンラインカジノの運営元と関連があるとみられる第三者の口座に送金されていたといいます。
- 海外のオンラインカジノサイトで賭けをしたとして、千葉県警が賭博容疑で、2021年東京五輪の卓球男子団体で銅メダルを獲得するなどした丹羽選手を書類送検しています。任意の事情聴取で容疑を認めたといい、「違法と分からずやってしまい、反省している。ファンの皆さまに申し訳ない」、「Tリーグに関わる賭けは一切していない。海外のスポーツやルーレットに賭けていた」と話しています。報道によれば、2023年初夏、国内からオンラインカジノサイトに接続し、暗号資産を元手に賭けをした疑いがもたれており、警視庁がオンラインカジノの決済代行業者を摘発したのをきっかけに、全国の利用者が捜査される中、千葉県在住の丹羽選手の関与が浮上したものです。なお、本件により、卓球Tリーグの岡山リベッツは、同選手との契約解除を発表、チームの代表取締役を減棒100%、監督を減俸30%の処分としています。代表取締役は「Tリーグでは公序良俗に反しないようにモラルに関する研修を選手向けに行っていた」と釈明しています。
- 岡山県警は、SNSを通じて海外オンラインカジノの顧客を勧誘し、常習的に賭博をしたとして、常習賭博の疑いで、村松容疑者らいずれも会社役員の男女4人を逮捕しています。報道によれば、容疑者らは成果報酬型のインターネット広告「アフィリエイト」をカジノサイト「カジノエックス」の運営者(氏名不詳)と契約していたもので、逮捕容疑は、カジノサイトの運営者と共謀し、岡山県井原市の男性会社員ら約100人にサービスの利用者登録をさせ、2023年9~10月、多数回にわたり暗号資産を賭けるスロットなどの賭博をしたというものです。岡山県警が2023年9月、ユーチューブで配信された動画を把握し、口座や通信履歴から特定したといいます。
2025年2月2日付朝日新聞で、「国際カジノ研究所」の木曽崇所長がコメントしている内容が極めて重要だと思い、紹介します。「カジノをきちんと統制するには、厳格なライセンス制度による参入規制を設けることが最も重要です。運営業者やその経営陣、従業員らの身元や資産情報などをチェックする仕組みを通じ、反社会勢力を排除します。ラスベガスやシンガポールなどのカジノはこうした厳しい制度に基づき運営され、日本で計画中の施設もこの水準になると想定されます。ただ、このような管理がきっちりしている施設から、明らかに反社会勢力が運営しているものまで、世界には多様なカジノが存在します。東南アジアは、他地域と比べて組織犯罪に対する統制が十分でない印象があります。そうした地域にあるカジノの中には、規制が十分でないものも存在するでしょう」、「タイ周辺には「地下カジノ問題」と似た構図があると感じます。仮にタイのカジノで厳格な規制が採り入れられると、自国のカジノに入れないタイ人が、より規制の緩い周辺国のカジノに流れるケースも起きうると見ています」というものです。本コラムでも憂慮しているタイにおけるカジノ解禁の動きを考えるためのベースとなると思います。
仏教国タイで賭博が解禁され、カジノ解禁の動きがあり、波紋を呼んでいます。2025年1月30日付朝日新聞によれば、タイでは、カジノでの享楽を求める多くのギャンブル愛好家たちが国外へ出かけている実態があるといいます。タイでは公営や当局の許可を得た場合を除き、ギャンブルは長年にわたり原則禁じられており、国境地帯の「抜け穴」に国民が押し寄せていることは、公然の秘密だといいます。カンボジアの英字紙クメール・タイムズは、ポイペトのカジノを訪れる客の95%はタイ国民だと伝えており、ポイペトのカジノの訪問者には、タイに住む日本人駐在員も含まれるといいます。仏教国のタイには、賭博は道徳的に好ましくないと考える人も多い中、タイ政府は2025年1月、国内でカジノ営業を合法化する法案を閣議で承認、2024年10月にはその下準備として、ボクシングなどのスポーツのほか、マージャン、ポーカーなどのカードゲーム、闘鶏など、23種類の賭博を合法化しています。タイは東南アジアでも比較的早く工業化したものの、近年は周辺国と比べて低成長がいており、現政権は、カジノを含む複合娯楽施設(EC)の解禁を通じて、観光客の滞在日数を延ばして1人当たりの消費額を高め、関連雇用や税収も増やし、観光立国としての地位を高め、経済成長を加速させたい考えです。さらに、同国では闇賭博が社会問題化しており、カジノを規制の下に置き、裏社会へのお金の流れを断つ狙いもあるとされます。一方、政府が進める国内でのカジノ営業解禁に、約6割が反対している(回答者の69%がオンライン賭博に反対、59%がカジノを含む複合娯楽施設とオンラインカジノの両方に反対、両方に賛成したのは29%)という世論調査結果を、タイの国立開発行政研究院(NIDA)が発表しています。それにもかかわらず、政府は2025年1月に関連法案を閣議で承認しており、近く国会に提出する見通しです。タイ周辺には、シンガポールやマカオなど世界的なカジノリゾートだけでなく、カンボジアやラオスなどの隣国も含めて多くのカジノが存在する。タイにもカジノができれば、競争が過熱することが予想されます。その中で、国内のカジノが、ミャンマーなど国境の向こうにあるカジノ周辺を根城とする犯罪組織と共鳴し、社会に悪影響をもたらす恐れも指摘されている点は(本来、闇賭博による犯罪組織への資金の流れを絶つ目的があるとされており)看過できないところです。タイ周辺には、ミャンマーのシュエコッコや、タイ、ミャンマーとの国境地帯「ゴールデン・トライアングル」に位置するラオス北西部ボケオ県の「金三角」経済特区など、犯罪組織の温床だと指摘される場所が点在しています。タイ政府はEC開業容認に向けた法の草案で、国内でカジノを運営する際、事業者に厳しい参入規制を課し、ギャンブル依存症対策を導入する方針を掲げています。朝日新聞の報道で国際カジノ研究所の木曽崇所長は、計画通り運営されれば「地下経済」の浸透は防げると見る一方、周辺国の国境沿いには、カンボジアのポイペトのような「抜け穴」も存在、厳しい規制により入場を拒まれた「ギャンブル好き」たちが、域内の比較的規制の緩いカジノに向かったり、闇賭博にのめり込んだりする弊害も起きうると指摘しています。
2025年1月19日付産経新聞で、飲酒抑制がきかなくなるアルコール依存症に陥る高齢者の増加が懸念されるとの指摘がありました。報道によれば、孤独な時間を埋めようと、軽い気持ちで始めた飲酒が慢性化してしまうケースは少なくないといいます。高齢者の体は若い頃と比べ脂肪が増えて筋肉が落ち、ため込める水分量が少なくなった状態であり、少量の飲酒でも血中のアルコール濃度が上がり、酔いやすくなるなどアルコールの影響を受けやすく、多量飲酒は生活習慣病の発症リスクを高めるとして、専門家が警鐘を鳴らしています。
(8)北朝鮮リスクを巡る動向
ロシアによるウクライナ侵略で、ウクライナ軍の越境攻撃下にある露西部クルスク州に投入された北朝鮮兵が損害拡大により前線から撤退したと報じられています。北朝鮮兵は過去約2週間にわたり前線に姿を現していないといいます。北朝鮮兵の撤退が永続的なものかは現時点では不明ですが、「自分たちの過ちを分析しているか、負傷者の治療をしているか、増援を待っているか」(現地司令官)、あるいは追加訓練を受けたり、損害を減らすために配置場所を変更されたりした後で前線に復帰する可能性も考えられるところです。ウクライナ当局者は戦場での北朝鮮兵について、わずかな装甲車両とともに前進し、部隊再編や後退のために停止することがほとんどなかったと指摘、米CNNテレビも、戦場で「捕虜になる前に自決する」、「防弾チョッキやヘルメットを着用しない」、「集団の一人がドローン(無人機)のおとりになる」といった行動をとっていると報じています。さらに、ウクライナ軍は北朝鮮兵の遺体から対ドローン戦術が記されたメモを回収、ドローンに狙われた際、1人がおとりになりつつ周囲がドローンを射撃するというものや、金正恩朝鮮労働党総書記への忠誠や勇敢に戦う決意などが書かれていたといいます。また、ウクライナ兵の証言として、「北朝鮮兵は交戦状態に入ると、自軍にいくら負傷者や死者がでても退却しようとしない。部隊の立て直しもせず、負傷者や死者を踏みつけにして、同じ激しさで突進を続ける。北朝鮮兵が使う兵器は粗悪で時代遅れだが、肉体面、精神面ではかなり高度なレベルに訓練されている」、「北朝鮮側が我々の戦術や防御方法を学んでいることは明らかだ。しかしそれを十分に分析し、戦い方を再調整するまでには至っていない。もっと深刻な損害を被れば、いずれ効果的な攻撃ができるように戦術を進化させるだろう」、「科学技術のレベルの低さを人的資源で埋め合わせる北朝鮮のような戦いは、ウクライナなど民主国家にはできないことだ」「北朝鮮兵は仲間の死体を1カ所に集め(ガソリンなど)焼夷性のある液体で焼くことを大規模に続けている。死体は顔が重点的に焼かれており、兵士の北朝鮮兵としての身元を隠す意図があるようだ」、「日本を含めた文明社会にある国家は常に脅威となる敵の実態を直視し、監視、分析を続ける必要がある。一つの過ちが死に直結する前線にいると、軍が犯す最大の誤りは敵に無関心でいたり過小評価したりすることだと感じる」といったものも報じられています。こうした状況もあって、過去約3カ月間の戦闘で、投入された北朝鮮兵1万~1万2000人の約半数が死傷したとし(ウクライナのゼレンスキー大統領は死傷者を「4000人」、韓国の国家情報院は「死者300人、負傷者2700人」、英国防省は「4000人」など)、北朝鮮が人員補充のため近く増派するとの観測も出ています。
北朝鮮兵の取り扱いについて米政府高官は、「北朝鮮兵は露朝軍に使い捨てにされ、絶望的な攻撃を命じられている」、「兵士1人で450万円が金総書記の懐に入る。戦死すればさらに多額だ。この派兵ビジネスが主目的で兵士は捨て駒だ」などと指摘しています。また、2025年1月22日付朝日新聞において脱北者の証言として、「北朝鮮では戦死すると、遺族に「戦死証」が交付されます。北朝鮮では「肉体的生命」と「政治的生命」があるとよく言われます。戦死した兵士は肉体的生命を失いますが、祖国と最高指導者のために忠誠を尽くした英雄として政治的生命を付与されます。平壌のほか、各地にある愛国烈士陵に名前が刻まれ、様々な集会で遺族は称賛されます。でも、それは昇進するための土台(身分)が良くなるだけで、物理的な配給はそれほど増えません。朝鮮労働党に入党しやすくなりますが、党員は党費を支払うほか、集会や奉仕作業などに積極的に参加しなければなりません。運よく戦場で生き残った兵士も、秘密を維持するため、家族のもとに戻ることは簡単ではないでしょう。金正恩は、戦訓を学ぶために派遣した一部の高級参謀を除き、それ以外の兵士は全員死んで構わないと考えています」、「北朝鮮は必ず、「ウクライナ侵略軍に虐殺された」といった主張をし、市民の怒りがウクライナに向くように仕向けるはずです。北朝鮮の体制が揺らぐことはありません」と述べており、大変衝撃を受けました。
2025年1月21日付産経新聞の記事「北朝鮮兵残酷物語「人命以外、何も失ってはいない」」において、「露朝両国は2024年12月、アサド独裁政権の崩壊で中東の橋頭堡・シリアをそろって失った。シリア内戦にロシアは約10年間も介入し、北朝鮮も特殊部隊を派兵していた。ロシアは地中海やアフリカ一帯への影響力が弱まり、北朝鮮は元々少ない友好国を手放した。在京ウクライナ筋は「露朝は国際的孤立を一段と深め、北朝鮮は露急接近で中国との間に隙間風も吹く。露朝は縋りつき合っていく道しかない」」と指摘しています。さらに、第2次トランプ米政権が船出し、プーチン氏はトランプ氏が意欲的な停戦仲介に向けて攻撃を激化させ金政権も自軍の無謀な戦闘に発破をかける動きが起こる可能性が高く、金総書記は戦死者数の増加に呼応するかのように、2025年1月中に2度、計数発の弾道ミサイルを日本海に発射、石破茂首相は「打ち上げの回数を重ねるごとに技術は上がっているとみるのが当然で重大な懸念を持っている」と表明しています。ブリンケン前米国務長官は「露は先進的な宇宙、衛星技術を北朝鮮と共有する意向だ」と述べましたが、ウクライナ筋は「すでに共有している」と断言しています。ウクライナに向かっていた露朝同盟の脅威が、さまざまな国際情勢の変化と相まって、すでに極東に飛び火している現実を深く認識する必要があります。
2025年1月14日、北朝鮮が同国北部・慈江道江界付近から日本海に向け、短距離弾道ミサイル数発を発射しています。ミサイルは約250キロメートル飛行し、日本海に落下しました。この発射は同20日に米国のトランプ次期大統領の就任を控え、北朝鮮には核・ミサイル開発を強化する姿勢を誇示する狙いがあるとみられています。なお、北朝鮮は同6日には、新型の極超音速中長距離弾道ミサイルの発射実験を行い、金総書記が立ち会っています。また、同25日には、ミサイル総局が戦略巡航ミサイルの発射実験を実施、金総書記が視察したと報じられています。トランプ大統領就任後、北朝鮮によるミサイル発射実験は初めてとなります。発射されたミサイルは水中発射が可能で、2時間余り楕円や「8」の字形の軌道で1500キロメートル飛行し標的に「命中した」としています。視察した金総書記は「戦争抑止の手段はさらに徹底的に完備しつつある」と表明し、軍事力の強化を誇示、北朝鮮の対外報道室長も、(同21日~24日に開催された)米韓両軍の合同訓練に反発する談話を発表し、米国が北朝鮮に脅威を与える以上は「徹頭徹尾、超強硬に対応すべきだ。これだけが米国を相手にする上で最上の選択だ」と主張しています。2025年は北朝鮮が2021年に決めた「国防5カ年計画」の最終年に当たり、北朝鮮は、この計画に沿って多様なミサイルの開発を進める姿勢をアピールしています。
北朝鮮は核・ミサイル開発を進める路線を維持しつつ、トランプ米政権の対応を見極めるとみられています。北朝鮮は2024年末の朝鮮労働党中央委員会拡大総会で、安全保障と国益のため米国に対し「最強硬対応戦略」を打ち出すことを決定しています。一方、韓国は、北朝鮮による最近のミサイル実験は「米国に対する抑止力を誇示し、トランプ氏の注意を引く」ことなどが狙いという見解を示していますが、頭越しの米朝対話を警戒しています。尹大統領の「非常戒厳」宣布による内政の混乱が続いており、トランプ政権との関係構築の遅れは否めない状況にあるためです。韓国外務省関係者は、「北朝鮮の核問題について、米側と緊密に連携していく」と述べていますが、トランプ氏が米朝首脳会談に臨んだ場合、米本土を射程に収める大陸間弾道ミサイル(ICBM)の廃棄を優先し、韓国の脅威となる短距離弾道ミサイルなどの問題が置き去りにされないようにするためとみられています。そのトランプ氏については、北朝鮮の金総書記について「彼とはとても関係がよかった。今や核保有国だがうまくやれた。彼は私の返り咲きを喜んでいるだろう」と述べていますが、米政府は北朝鮮の核保有を認めておらず、核保有国という言葉を使ってこなかったこともあり、トランプ氏の真意は不明ですが、国防長官に指名されたヘグセス氏も、上院軍事委員会に提出した書面証言で北朝鮮を核保有国と表現しています。また、金総書記を「かなり悪意のある人」と表現した上で「彼とは良い関係を築いたが、タフな人だ」と述べています。さらに、米国家安全保障会議(NSC)のブライアン・ヒューズ報道官は、対北朝鮮政策に関して「1期目と同様、トランプ大統領は北朝鮮の完全な非核化を追求していく」と述べていますが、トランプ氏は金総書記との首脳会談に意欲を示し、北朝鮮を「核保有国」とも表現したものの、非核化を求める姿勢は堅持する構えです。一方、北朝鮮国営の朝鮮中央通信は、金総書記が核物質生産基地と核兵器研究所を視察したと報じ、金氏は「わが国の圧倒的な核戦力強化を、輝く増産実績で推進することを期待する」と強調、「世界的に最も不安定で最も邪悪な敵対国との長期的な対決が避けられない」と述べ、「国家の主権と利益、発展の権利を信頼しうる形で保障する核の盾の不断の強化が不可欠だ」と訴えたといいます。金総書記との対話に意欲を見せるトランプ氏を念頭に、非核化のための交渉ならば応じない姿勢を改めて示した形となります。
北朝鮮傘下のハッカー集団によるサイバー攻撃で、日本の「DMMビットコイン」を含む世界での暗号資産の被害が、少なくとも約6億5900万ドル(約1026億円)と推計されることが分かったと報じられています(2025年1月29日付産経新聞)。本コラムでもたびたび取り上げてきたとおり、ヘッドハンティングを装ってSNSで業者側に接触し、ネットワークに侵入する「夢の仕事作戦」などの手口が駆使されたと考えられます。日米韓3カ国は、北朝鮮の脅威に対抗するため連携強化を図るとしています。日米韓が公表した共同声明などによると、北朝鮮側による暗号資産の窃取被害額は2024年、日本のDMMビットコインが最多で3億800万ドル(当時のレートで約482億円)相当、ほかに韓国とインド、バーレーンなどの計4取引所で計3億5100万ドル超相当の被害が確認されたとしています。ただ2024年3月、国連安全保障理事会で対北制裁の履行状況を監視してきた専門家パネル(2024年4月末で活動停止)が公表した報告書によると、2017~23年に北朝鮮によるサイバー攻撃は58件発生、損失は30億ドル(約4660億円)相当の疑いがあると指摘しているように、近年は活発な攻撃が続いています。同報告書では、サイバー攻撃の中心が工作機関「偵察総局」傘下に「ラザルス」「アンダリエル」「ブルーノロフ」「キムスキー」という4つのハッカー集団があると指摘、手口の一つとして、大手企業の採用担当を装ったSNSのアカウントから人材採用の名目などで接触する「夢の仕事作戦」が紹介されています。実際、DMMビットコインから口座管理を委託された企業の従業員も2024年3月、ビジネス向けSNS「リンクトイン」を通じ、ヘッドハンティングを装うハッカー側からURLなどを受信、アクセスしてウイルスに感染したことでシステムへの侵入を許し、同5月に暗号資産の送金先などが変更され、多額のビットコインが流出したものです。経済制裁を受ける北朝鮮は、サイバー攻撃が核やミサイル開発などの資金源になっており、日米韓は共同声明で暗号資産の窃取防止に向け「共に努力する」と表明しています。報道で元国連専門家パネル委員の古川勝久氏は「北朝鮮のハッカーらは世界中の機関に入り込んで任務をこなしている。国際的に監視を続ける必要がある」と述べています。サイバー攻撃を通じ世界各国で暗号資産の窃取を繰り返す北朝鮮は、大学などでIT教育に力を入れ、精鋭ハッカーを次々に生み出しています。ただ、専門家パネルが廃止され、日米韓3カ国を中心に新たな監視組織が立ち上がったものの、国際的な足並みの乱れが「北朝鮮製ハッカー」の暗躍を許している実態があります。明らかとなっている実態としては、「ハッカーやIT技術者が、パスポートや就労ビザなどを偽造して日米韓などにも潜入、実在するIT技術者のSNSのアカウントを乗っ取り、スマホのゲームや生体認証ソフトの開発など、さまざまな仕事を受注、中にはIT技術者として年間30万ドル(約4600万円)以上を稼ぐケースもあるものの、稼いだ資金の9割は北朝鮮政府に吸い上げられる」というものです。古川氏は「IT技術者として世界中の顧客から業務を受注している。積み重なった知識や技術により、北の技術力は世間の想像をはるかに上回っているだろう」と指摘、さらに、日米韓や欧州各国など11カ国が2024年10月、専門家パネルに代わる新組織「多国間制裁監視チーム(MSMT)」を立ち上げたとはいえ、新たな監視網はまだ緒についたばかりであり、中国やロシアだけではなく、IT教育拠点などで外交的結びつきが強い東南アジアなどにも監視網が及んでいないと問題視し、「新たな監視チームは、国際的な連携をもっと広げていかなければならない」と強調しています。
前述のとおり、北朝鮮が世界で巨額の暗号資産を窃取しているとして、日米韓3カ国には、サイバー攻撃への注意を促す共同声明を出しています。北朝鮮による核・ミサイル開発の資金源を絶つため、窃取の防止に「共に努力する」と表明、北朝鮮のサイバー脅威に対抗し、連携を強化するとしています。声明は、北朝鮮傘下のハッカー集団「ラザルス」などが、暗号資産を窃取するために多数のサイバー犯罪を行っていると指摘、2024年5月に「DMMビットコイン」から482億円相当のビットコインが窃取された事案などは、北朝鮮によるものだと結論付けたと強調、各国で身元を偽って得た収入が、北朝鮮政府の資金源になっているとも指摘したうえで、民間企業に対し、北朝鮮IT労働者を不注意に雇用しないよう呼びかけています。
▼金融庁 「北朝鮮による暗号資産窃取及び官民連携に関する共同声明」の公表について
▼北朝鮮による暗号資産窃取及び官民連携に関する共同声明(和文仮訳)
- 米国、日本及び韓国は、北朝鮮のサイバーアクターによる、世界中の様々な組織に対する進行中の標的型攻撃及び侵害に関し、ブロックチェーン技術産業に対して、新たな注意喚起を共同で提供する。北朝鮮によるサイバー計画は、我々三か国及びより広範な国際社会を脅かし、特に国際金融システムの健全性及び安定性に重大な脅威をもたらすものである。我々三か国の政府は、北朝鮮による違法な大量破壊兵器及び弾道ミサイル計画のための不法な資金を途絶するとの最終的な目標の下、民間企業からのものを含め、北朝鮮による窃取を防ぎ、窃取された資産を回復するために共に努力する。
- 三か国の関連当局により資産凍結等の措置の対象に指定されたラザルス・グループを含む、北朝鮮傘下の高度で持続的な脅威(APT)グループは、暗号資産を窃取するために多数のサイバー犯罪を行い、取引所、デジタル資産の保管者及び個人ユーザーを標的にすることにより、サイバー空間において悪意のある行動パターンを示し続けている。2024年だけでも、三か国の政府は、暗号資産の米ドル換算で、DMM Bitcoinからの3億800万米ドルの窃取、Upbitからの5,000万米ドルの窃取、RAIn Managementからの1,613万米ドルの窃取といった、複数の窃取事案に関し、個別に又は共同で北朝鮮に帰属すると結論付けた。加えて、米国及び韓国は、詳細な民間の分析に基づき、昨年の、WazirXからの2億3,500万米ドルの窃取及びRadiant Capitalからの5,000万米ドルの窃取についても、北朝鮮に帰属すると結論付ける。
- 最近では、2024年9月に、米国政府は、北朝鮮による、TraderTrAItor、AppleJeus、その他のマルウェアを最終的に展開する巧妙に偽装されたソーシャルエンジニアリング攻撃による暗号資産業界に対する積極的な標的型攻撃を観測した。韓国及び日本は、北朝鮮の同様の傾向及び戦術を観測してきている。
- さらに、我々の政府機関は、民間部門のパートナーに対するインサイダー脅威となる北朝鮮IT労働者に関する複数の文書を公表しており、米国は2022年5月16日及び2024年5月16日に、米国及び韓国は2023年10月18日に、韓国は2022年12月8日に、日本は2024年3月26日に公表してきている。米国、日本及び韓国は、民間企業、特にブロックチェーン業界及びフリーランス業界の民間企業に対し、サイバー脅威の緩和策をよりよく理解し、北朝鮮IT労働者を不注意に雇用してしまうリスクを軽減するためのこれらのアドバイザリ及び発表を十分に見直すよう勧告する。
- 三か国のより深化した官民連携は、これらの悪意のあるアクターによるサイバー犯罪活動を能動的に阻止し、民間ビジネスの利益を守り、国際金融システムを守るために不可欠である。違法暗号資産通知(IVAN)情報共有パートナーシップ、暗号資産及びブロックチェーンISAC(Crypto-ISAC)、セキュリティアライアンス(SEAL)を通じた米国における官民協力の取組は、情報共有とインシデント・レスポンスを促進するために新たに設立されたメカニズムの例である。韓国及び米国は、また、北朝鮮による不法な資金調達を阻止するための政府と民間部門の連携を強化するため、2022年11月17日、2023年5月24日及び2024年8月27日に実施されたものを含む一連の官民合同シンポジウムを共催した。日本においては、金融庁が日本暗号資産等取引業協会(JVCEA)と連携し、2024年9月26日及び12月24日に、関連企業に対して暗号資産窃取のリスクに関する注意喚起を行い、また、自主点検を要請した。
- 米国、日本及び韓国は、北朝鮮のサイバーアクターに対する制裁を課すことやインド太平洋地域におけるサイバーセキュリティ能力の向上に向けた連携によるものを含め、北朝鮮の悪意のあるサイバー活動及び不法な資金調達に対抗するために引き続き共に取り組む。米国、日本及び韓国は、北朝鮮によるサイバー脅威に対抗し、日米韓ワーキング・グループを通じて連携を強化するとのコミットメントを再確認する。
その他、最近の北朝鮮を巡る報道から、いくつか紹介します。
- 朝鮮中央通信によると、北朝鮮の国会に相当する最高人民会議が平壌で開かれ、2025年の国家予算を採択しています。金総書記の出席は報じられていませんが、会議では、2025年の予算について「国家防衛力の重大な変化を加速し、経済の重要部門で自立経済の威力を発揮できるよう投資を集中した」と報告されています。具体的な額は明らかになっていませんが、国防費は全体の15.7%を占め、2024年の15.9%と同規模となっています。
- 北朝鮮が即席麺の増産に力を入れていると報じられています(2025年1月27日付産経新聞)。食料不安を解消するため、2024年12月だけでも10カ所近くでカップや袋のインスタントラーメンの工場建設、生産設備の導入が完了したことが確認されたといいます。市民の間で急速に普及、国としての自給自足だけでなく、味の改良にも腐心しているとされます。2024年12月に西部南浦や平壌南方の沙里院、北部恵山など全域で生産拠点が整備されています。かつては生産数が少なく流通が限られていましたが、近年は種類が増え簡単に入手できるようになったといいます。北朝鮮は旧来、コメとトウモロコシを主食としてきており、小麦の加工食品が広まったのは、2021年にコメと小麦を農産品の柱とする政策転換があった影響だとされます。
- 北朝鮮メディアは、同国内の2地域で最近、朝鮮労働党の内規に違反した重大な不正行為が確認されたため、党書記局が拡大会議を開いたと報じています。飲酒を伴う接待などを問題視したといいます。金総書記は「政治的、道徳的な犯罪」だと糾弾しています。2025年10月の党創建80年に向けて内部の引き締めを図る狙いがあると考えられます。平安南道の温泉郡では党幹部ら40人余りが接待で飲酒するなどの不正行為に集団で加担し、党の規律に違反したといい、党書記局は温泉郡の党委員会の解散を決めています。また、慈江道にある別の郡では、農業政策を担う監察機関が権利を悪用して一般市民の利益を侵害したとしています。いずれも「特大事件」として扱われ、規律の徹底を目指す金氏の意向が働いたとみられています。
3.暴排条例等の状況
(1)暴力団排除条例に基づく逮捕事例(東京都)
暴力団事務所を禁止区域内に開設していたとして、警視庁暴力団対策課は、東京都暴力団排除条例(暴排条例)違反の疑いで、関東関根組系会長、吉田容疑者や同幹部、朝倉容疑者ら男女5人を逮捕しています。報道によれば、共謀して2023年5月~2025年1月、江東区で、中学校から200メートル以内の場所に事務所を設置、運営したというものです。同条例は学校などの近くに暴力団事務所を設置、運営することを禁じていますが、事務所はUR都市機構の団地の一室で、区立中から約80メートルの場所で、入居は2022年5月で、契約時、朝倉容疑者が「暴力団ではない」という確認書に署名していましたが、部屋は吉田容疑者が居住用としても使用していました。
▼東京都暴排条例
東京都暴排条例第二十二条(暴力団事務所の開設及び運営の禁止)において、「暴力団事務所は、次に掲げる施設の敷地(これらの用に供せられるものと決定した土地を含む。)の周囲二百メートルの区域内において、これを開設し、又は運営してはならない」として、「一 学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)第一条に規定する学校(大学を除く。)又は同法第百二十四条に規定する専修学校(高等課程を置くものに限る。)」が規定されています。そのうえで、同条例第三十三条(罰則)において、「次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する」として、「一 第二十二条第一項の規定に違反して暴力団事務所を開設し、又は運営した者」が規定されています。
(2)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(長野県)
自身が所属する暴力団への加入を強要したとして、長野県警は同県内にある六代目山口組傘下組織の組員に中止命令を発出しています。報道によれば、組員は40代の知人男性に対し、以前から勧誘していたといいますが、脅して強要する行為があったということです。
▼暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律
暴力だ対策法第十六条(加入の強要等の禁止)第2項において、「前項に規定するもののほか、指定暴力団員は、人を威迫して、その者を指定暴力団等に加入することを強要し、若しくは勧誘し、又はその者が指定暴力団等から脱退することを妨害してはならない」と規定されています。そのうえで、第十八条(加入の強要等に対する措置)において、「公安委員会は、指定暴力団員が第十六条の規定に違反する行為をしており、その相手方が困惑していると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該行為を中止することを命じ、又は当該行為が中止されることを確保するために必要な事項(当該行為が同条第三項の規定に違反する行為であるときは、当該行為に係る密接関係者が指定暴力団等に加入させられ、又は指定暴力団等から脱退することを妨害されることを防止するために必要な事項を含む。)を命ずることができる」と規定されています。
(3)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(熊本県)
熊本県警熊本中央省は、不当に金銭を要求したとして、暴力団員に暴力団対策に基づく中止命令を発出しています。
暴力団員については、暴力団対策法第九条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない」として、「二人に対し、寄附金、賛助金その他名目のいかんを問わず、みだりに金品等の贈与を要求すること」が規定されています。そのうえで、第十一条(暴力的要求行為等に対する措置)において、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をしており、その相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該暴力的要求行為を中止することを命じ、又は当該暴力的要求行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる」と規定されています。
(4)暴力団対策法に基づく再発防止命令発出事例(佐賀県)
佐賀県警は、道仁会傘下組織幹部と組員の2人に対し、暴力団対策に基づく用心棒料要求の再発防止命令を発出しています。また、組員の指示を受けて用心棒料を要求した20代の男性には中止命令を発出しています。報道によれば、幹部は2021年ごろから2023年にかけて、佐賀市内の飲食店の経営者らに「俺がやっている無料案内所に看板を出してくれ」、「看板代は1万でいい。もし何かあった時は言ってくれ」などと申し向け、用心棒料を要求していたといいます。無料案内所には約40店舗の看板があり、暴力団側が看板代として継続的に受け取っていたのは年間で総額1千万円を超えるとみているといいます。
暴力団員については、暴力団対策法第九条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない」として、「二人に対し、寄附金、賛助金その他名目のいかんを問わず、みだりに金品等の贈与を要求すること」が規定されています。そのうえで、第十一条(暴力的要求行為等に対する措置)第2項において、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をした場合において、当該指定暴力団員が更に反復して当該暴力的要求行為と類似の暴力的要求行為をするおそれがあると認めるときは、当該指定暴力団員に対し、一年を超えない範囲内で期間を定めて、暴力的要求行為が行われることを防止するために必要な事項を命ずることができる。」と規定されています。また、一緒にいた男性については、第十条(暴力的要求行為の要求等の禁止)第2項において、「何人も、指定暴力団員が暴力的要求行為をしている現場に立ち会い、当該暴力的要求行為をすることを助けてはならない」との規定に抵触したものと考えられます。その場合、第十二条第2項において、「公安委員会は、第十条第二項の規定に違反する行為が行われており、当該違反する行為に係る暴力的要求行為の相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該違反する行為をしている者に対し、当該違反する行為を中止することを命じ、又は当該違反する行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる」と規定しています。
(5)暴力団対策法に基づく再発防止命令発出事例(静岡県)
静岡県東部地区に住む男性2人に対して、いわゆる「みかじめ料」の恐喝や交通事故の偽装の強要をしようとしたとして、静岡県公安委員会は2025年1月、暴力団対策法に基づき、理容師で六代目山口組藤友会傘下組織幹部に再発防止命令を発出しています。報道によれば、幹部は2024年6月、静岡県東部の飲食店において、同県東部地区に住む飲食業の30代の男性に対し「店の毎月の面倒を見させてよ」などといわゆる「みかじめ料」を恐喝しようとしたということです。また、2024年10月には、同県東部地区に住む20代男性に対し「誰かに俺の車をぶつけさせてくれないか」、「できないなんて言わせないぞ」などと脅したとされています。これらに対し、2024年7月に静岡県警富士警察署長が、2024年12月に静岡県警富士宮警察署長が暴力団対策法に基づく中止命令を出していました。しかし、静岡県公安委員会は、男が今後も同じような不当要求行為を繰り返す恐れがあるとして、今回、再発防止命令を発出したものです。なお、中止命令は特定の相手に対し不当要求行為の中止を命じるものですが、再発防止命令は何人に対しても要求行為をしないよう命じるものとなります。
(繰り返しとなりますが)暴力団対策法第九条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない」として、「二人に対し、寄附金、賛助金その他名目のいかんを問わず、みだりに金品等の贈与を要求すること」が規定されています。そのうえで、第十一条(暴力的要求行為等に対する措置)第2項において、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をした場合において、当該指定暴力団員が更に反復して当該暴力的要求行為と類似の暴力的要求行為をするおそれがあると認めるときは、当該指定暴力団員に対し、一年を超えない範囲内で期間を定めて、暴力的要求行為が行われることを防止するために必要な事項を命ずることができる。」と規定されています。