ロスマイニング トピックス
総合研究部 上席研究員(部長) 伊藤岳洋
皆さま、こんにちは。
本コラムは、消費者向けビジネス、とりわけ小売や飲食を中心とした業種にフォーカスした経営リスクに注目して隔月でお届けしております。小売業にとってあらたな脅威となっているもののひとつに「集団窃盗」がありますが、本テーマについては、今月号のコラム「SPNの眼」で考察しておりますので、あらためて、是非、お読みいただきたいと思います。
1.「セミセルフ」レジの拡大とロス
スーパーでレジの「セミセルフ」の導入が拡大しています。「セミセルフ」はレジ担当の店員は商品のバーコードを読み取るだけで、顧客自身が別の端末で現金や電子マネーなどで精算する仕組みです。バーコードの読み取り作業は、顧客が行なうとミスや時間が掛かることもあるため、慣れた店員が担当し、買い物がスムーズに済むようにしたものが「セミセルフ」レジです。対する「フルセルフ」レジは顧客がバーコードの読み取りとりから精算までの全てを行ないます。レジ担当者が不要となる反面、バーコードの読み取りから精算に至る一連の処理には慣れが必要であるため、利用する顧客が限定される傾向があります。顧客の待ち時間の短縮ということでは、「セミセルフ」のほうが「フルセルフ」より効果が高いといえます。機器操作に不慣れな高齢者などもいるため、そもそも「フルセルフ」はレジスペースの一角に選択できる程度のレジ数が補完的に設置されるケースがほとんどです。
顧客の待ち時間の短縮という視点でみてみましょう。一般にスーパーなどでは、ピーク時における顧客のレジ待ちの混雑を解消するために、他の売り場担当者がレジ要員として応援に入ることが行なわれています。そのような場合、他の売り場担当者は自分の仕事を中断するので、その分を残業によって補わなければならないケースが多くなります。繁閑の差が大きい場合、あらたに人員を採用するよりはそのような柔軟な体制は合理的ともいえますが、長期的にみた店舗の体制としてはデメリットの方が目立ってきてしまいます。
デメリットのひとつとしては、本来担当している売り場の管理が疎かになる恐れがあります。適正な水準の在庫量を保つためには、現在の在庫量と発注から納品までのリードタイムの期間における予想販売量を差し引きして発注量を決定しなければなりません。発注量を考える要素を式にすると、発注量=適正在庫+予想販売量-現在の在庫ということになります。ただし、発注ロットというものがありますので、1ロットの発注で、たとえば、3個納品されるのか、6個納品されるのかの設定数と導き出された発注量とがもっとも近い数量になるロット数を発注することになります。
このような発注量の決定を、担当する売り場の単品ごとに考えて行なう必要があり、予想の根拠となる情報の分析にも時間を要します。天候や気温、風の強さ、TVCMの影響、近隣のイベントなどの情報をもとに、この販売数量を予想することが実はもっとも発注の精度を左右します。このような発注業務に十分な時間をかけた検討ができなければ、商品の欠品によるチャンスロスや過剰在庫による廃棄ロスにつながりやすくなります。
また、個々の商品の在庫管理が不十分になると、それに起因するさまざまロス、たとえば、防犯タグの添付漏れによる万引き、販売時期を逸したため商品価値低下による商品評価損(不良在庫)などが発生する可能性が高くなります。ただし、自動システムによる定量発注方式(在庫量が前もって決められた水準=発注点まで下がったときに一定量を発注する)を採用している小売業もあります。これは販売分析、いわゆるABC分析(商品の累積売上高によって分類する方法)のB群に属する商品には適合しますが、販売量や販売頻度が高いA群の商品は前述のような定期的に都度の発注量を考えて決めなければ、欠品を引き起こしてチャンスロスにつながりやすいと考えられます。さらにいうと、小売業のあるべき姿としては、意思と意図のある発注を行ない、顧客への訴求力のある売り場作りを行なうことが必要です。プロモーションによる売上アップとプロモーションの繰り返しによる来店頻度のアップが売り場担当者に求められる本来の役割ということなります。
デメリットのもうひとつは、応援に入る売り場担当者のレジ業務のサービスレベルが不十分な水準になりやすいことです。本来の担当業務以外のレジ業務を「応援してやっている」という意識が心のどこかにあれば、顧客の満足度を上げるような接客はメンタル的にもスキル的にも困難になるでしょう。顧客を待たせないという「クイックサービス」だけでは、不満を発生させないという水準にとどまり、顧客の満足度は「向上」することはないと思っておくべきです。「向上」があるとしても、それはレジが混雑していたときに比べて良くなったに過ぎず、その「向上」した評価は一過性なものであり時間と共に逓減してしまいます。
スーパー各社に「セミセルフ」レジ導入の動きがある背景のひとつは、人件費の抑制です。前述したように売り場担当者がレジ業務をフォローすることによって、本来担当している自身の業務に残業対応を強いられていた実態があります。「セミセルフ」レジを導入することによって、それらの残業を減らすことができるため、店舗全体の人件費の抑制に効果が見込めます。また、パート・アルバイトなどの従業員の確保が困難になっていることもそのような動きを加速させているとも考えられます。採用自体が難しくなってきている環境では、企業は採用して働いている人のES(”Employee Satisfaction”従業員満足度)の向上にも気を配っていかなければなりません。せっかく採用し、教育しても退職してしまっては、採用・教育コストを無駄にしたうえ、さらに採用コストを掛けなくてはなりません。それは、労務に関わるロスでしかありません。「セミセルフ」レジを導入することで、残業による負荷を減らすことは人材を定着させ、労務に関わるロスを削減する面でも効果が見込めます。
もうひとつの背景には、レジ担当者が精算に伴うお金の取り扱いをしないことで接客サービスに集中し、その水準を向上させたいという企業の思惑があります。非常に混雑を極めた状況では、レジ担当者の対応は処理するスピードを最優先にする心理に傾きます。顧客側にも接客を受け止める余裕がなくなり、丁寧なサービスを受けることよりも一刻も早く行列から抜け出すことが優先という心理になりがちです。「セミセルフ」レジの導入によって、接客サービスに専念しやすい環境を整えることで、サービスレベルにおいて他社との差別化を図るという戦略が透けて見えます。もっとも、差別化には環境整備だけでは不十分であり、顧客への配慮やサービスの工夫への自主的な取り組みを引き出すような従業員教育にも力を入れるべきことを付け加えておきます。
2.防犯カメラが万引き常習者を自動検知~顔認証データと個人情報保護
カメラで撮影した顔の特徴から同一人物を検知する顔認証システムが小売業において客層の把握やマーケティングに利用されるほか、万引き防止にも活用されています。
マーケティングへの利用例では、作業服チェーンのワークマンが来店者の顔情報を活用した消費動向の分析システムを導入しています。埼玉県と大阪府内の2店舗にカメラを設置して、画像データと購入履歴から年齢や性別など顧客の属性と購入品目を結びつけています。同社は建設・土木作業者が主要な顧客ですが、一般顧客向けプライベートブランド(PB)商品の強化を打ち出しており、こうしたPB商品の開発に役立てています。
万引き防止への利用では、「顔認証データ」の活用により過去の万引き犯、または、その疑いがある人物が入店すると注意を促す仕組みが小売業で利用が広がりつつあります。書店大手の丸善ジュンク堂書店では既に顔認証システムの導入を始めています。大手書店がいち早く顔認証システムを導入した背景には構造的な理由があります。書店では、粗利益率が20%~24%程度と小売業のなかでは低い業態に分類されます。出版物の販売に当たっては、独占禁止法第23条4項の規定による「再販売価格維持制度」に基づく定価販売が定められています。
この再販制度とは、メーカーである出版社が決めた販売価格(定価)を販売会社や小売業者(書店など)に守らせる、いわゆる「定価販売」制度のことです。したがって、どの地域、どこの小売業者で購入しても同じ金額なのはこの制度によるものです。
本来はこのような「定価販売」制度は、独占禁止法により禁止されていますが、出版物による文化・教養の普及という見地から独占禁止法の適用除外とされています。
書店などは他店との価格競争がない一方で、大半の商品は「委託販売」という形態をとるため定められた期間であれば売れ残った本を出版社に返すことが可能な取引となっています。返品が可能な「委託販売」であるがゆえに、商品(出版物)の利益率が低く抑えられているものです。したがって、粗利益が低いにもかかわらず万引きなどの窃盗によるロスを発生させてしまうと経営に与えるダメージのインパクトは相対的に大きいものになります。このような利益構造があるため、図表5にあるように「書籍・文具」の業態において顔認証システムの導入が比較的進んでいると考えられます。
図表 顔認証システムや不審動作を検知する機器の導入についてのアンケート結果
出典:全国万引防止機構「第11回全国小売業万引被害実態調査」
一方で、顔認証システムの導入には注意すべき点があります。カメラで撮影した顔の画像から抽出した「顔認証データ」を個人情報と定義することを盛り込んだ改正個人情報保護法の施行が来年に迫っています。「個人識別符号が含まれるもの」が個人情報の定義に加えられています。個人識別符号のうち、「特定の個人の身体の一部の特徴を電子計算機の用に供するために変換した文字、番号、記号その他の符号であって、当該特定の個人を識別することができるもの」が「顔認証データ」を個人情報と定義することの根拠になります。これまで「顔認証データ」が個人情報に当たるかは曖昧でしたが、改正法は氏名や生年月日などと同じ個人情報と位置づけたことになります。
個人情報を取り扱う事業者は、利用目的を事前に公表したり、本人に通知したりする必要があります。したがって、防犯カメラを通じて収集したデータの利用目的を店頭に告知するなどの対応が必要であると考えられています。このようなデータの収集には顧客や利用者の不安も大きいため、業界団体が自主ルール作りを進めています。顔認証カメラメーカーなどで構成する「日本万引き防止システム協会」では、漏洩防止の徹底などを盛り込んだ、「防犯カメラや画像認識システムの安全利用のお勧め」を案内するとしています。
また、改正法では個人を識別できないように加工した大量のデータを「匿名加工情報」として第三者に提供できるようになります。「顔認証データ」はこれまでは、警備契約などを締結した警備会社への提供は認められていましたが、それ以外は法人格をまたいで提供することができないと解釈されていました。改正法により小売業者間での「顔認証データ」の共有ができることになりますので、防犯面での連携をあらたなビジネスモデルとして模索する企業が現われるかも知れません。
3.ロスマイニング®・サービスについて
当社では店舗にかかわるロスに関して、その要因を抽出して明確化するサービスを提供しております。ロスの発生要因を見える化し、効果的な対策を打つことで店舗の収益構造の改善につなげるものです。
ロス対策のノウハウを有する危機管理専門会社が店舗の実態を第三者の目で客観的に分析して総合的なソリューションを提案いたします。店舗のロスに悩まされてお困りの際には是非ご相談ください。
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