新型コロナ対策 関連コラム

総合研究部 上席研究員(部長) 伊藤岳洋

万引きのイメージ画像

皆さま、こんにちは。
本コラムは、消費者向けビジネス、とりわけ小売や飲食を中心とした業種にフォーカスした経営リスクに注目して隔月でお届けしております。

「コロナ禍におけるロス対策」

新型コロナウィルス感染拡大は、さまざまな企業に大きな影響を及ぼしている。経済産業省の「新型コロナウィルスの影響を踏まえた経済産業政策の在り方について」によると、1年前の4月同期と比べて売り上げが減少した企業の割合は、全体の84%に及ぶというアンケート結果になっている。とくに、飲食、宿泊、フィットネスクラブ・映画・劇団等では、売り上げが減少した企業の割合は95%以上となっている。サービスの提供方法に「3密」を伴う業種が、営業自粛などによって大幅な減収となった。

新型コロナウィルス感染拡大による、いわゆる「コロナ危機」は、リーマンショックなどの経済危機と比べて戦後の国際社会が経験したことのない未曽有の経済危機といえる。今回の経済危機は、需要と供給が同時に蒸発したのが大きな特徴だ。供給面では、グローバルサプライチェーンが寸断され、商品・サービスの供給停止に追い込まれた。需要面では、対面サービスの需要の急減や人の移動に関連した需要がまさしく蒸発した。その結果、所得や雇用の急減による経済悪化のさらなる連鎖拡大が懸念される。自然災害の場合は、生産設備や社会資本の破壊により供給能力が大きく毀損されるが、その影響範囲が局所的なものであるため、他の地域から需要・供給力の投入が可能である。「コロナ危機」は、影響範囲が全世界的であり、外部からの供給力の投入が難しい点がその深刻さを増す要因となっている。

雇用への影響をみると、新型コロナによる休業者数は統計開始以来最多となっている。4月時点で国内の自営業者を含めた休業者数は597万人と前年の約3倍強に増加している。これは労働力人口6800万人のうち、実に9%が休業して計算となる。ただし、統計にカウントされない「隠れ休業者」もは相当数に上ると推測される。

消費関連企業の20年7月9日までに3~5月期業績を発表した小売り・外食など50社の最終損益を集計した結果、四半期で赤字となるのはリーマンショックの影響があった08年以来となる(日本経済新聞2020年7月10日付朝刊)。各企業の業績をみていくと、とくに衣料関係の苦戦が目立った。百貨店や外食は軒並み営業赤字に転落した。総合スーパーのイオンは四半期として過去最大となる539億円の最終赤字となりその幅も大きかった。また、外出を自粛する消費者が増えたことで、外食も厳しい決算だった。ファーストリテイリングは、国内店舗は最大で4割が休業し、売り上げ収益も約4割減った。

コンビニは、郊外店舗は増収だったが、オフィス街など都心型の店舗の来店客が減った。かねてから激化していた出店競争の末、各社がオフィスビル内や病院、エキナカや駅構内など新たな立地を開拓したその分野が、軒並み客数を減らした格好だ。一方、スーパーマーケットは、コンビニとは対照的に売り上げを伸ばした。形勢逆転の要因は、外出自粛によって「まとめ買い」と「低価格」にニーズが集約されたことにある。

全体が赤字の中、稼ぐ力を磨いた企業のひとつがニトリだ。前年同期比で25%の増益となった。商品調達が感染の軽微だったベトナムのため、欠品が避けられた。また、販売面では、百貨店内を除いて、営業を続行し、主力店舗が郊外に集中していることが功を奏した。目立つところでは、在宅勤務の定着で、机や椅子の需要も増益を後押しした。さらに、家電にも参入し、生活用品が1つの店舗で「まとめ買い」できるニーズにもマッチした。注目されるのは、コロナで物流が混乱するなか、自社物流を強化してきたことも大きい。物流を効率化するために外部に委託することが一般化してきたなかで、そこに投資してきた戦略が実を結んだ。これらは、コロナ後の生活様式の変化に対応できるかで業績に差がでることを象徴しているかのようである。

「新しい生活様式」の実践例も踏まえたガイドラインが業界団体から発信されている。小売業協会からは「小売業の店舗における新型コロナウィルス感染症感染拡大防止ガイドライン」が20年5月14日付けで発信されている。大枠としては、以下のとおりである。

  1. 各店舗の実情に応じた感染予防対策
  2. 従業員の感染予防・健康管理
  3. 買物エチケットに係る顧客への協力依頼・情報発信等

店舗における感染予防対策としては、身体的距離の確保や清掃・消毒、接触感染・飛沫感染の防止など、入店から商品陳列場所、レジまで、お客様の買い物導線に応じた対策が具体的に記載されている。加えてトイレなど店舗内施設の利用に関する対策なども盛り込まれている。とくに、百貨店やショッピングセンター、スーパーマーケット、コンビニ、ドラッグストアなどの業種ごとの感染防止策は参考になろう。たとえば、エレベーターやエスカレーターなどの設置や対面カウンセリングを想定した防止策などである。

2つ目の項目は、従業員の感染予防・健康管理についてだ。対面での業務に不安を抱く従業員が少なくないことから、このパートはうまく従業員に伝え、徹底を図りたいところである。感染防止に関する基本的知識を正しく身に着けることも自身や仲間を守ることに繋がるということを強調しておくべきであろう。妊娠をしている従業員や高齢の従業員に対する配慮なども求めている。

3つ目の項目は、お客様への協力依頼と情報発信である。感染防止の対策を徹底し、それをお客様に伝えながら、あわせて協力いただくことは不可欠である。提示物などに加えて、店内アナウンスなどを頻繁にかつ継続的に流すことで、感染防止策とそれに伴うサービスや内容の変化に対する理解を促進していくことが重要である。

ガイドラインに記載された具体的な感染防止策を店舗で徹底していくためには、それらをチェックリスト化して実施状況を把握し、不備があれば改善する方法が有効である。感染防止対策は、多岐にわたり網羅的であることから、このような方法によって抜け漏れをふせぐことができ、実施状況が一覧で見える化できる点も優れている。外部のコンサルタントが店舗の実態に合わせて、防止対策をカスタマイズしたり、チェックを代行したりすることは、 人員が逼迫した店舗においては一考する価値があろう。尚、弊社では8月25より新サービスとして「感染症対策監査」を提供する。内容は、第三者の視点でオフィスや店舗の感染症対策の実施状況を5つの監査カテゴリーで独自に調査するものだ。自社では見えてこないリスクやロス原因究明の効果が期待できる。監査だけでなく、要改善箇所については具体的な改善手法や、改善までのスケジュール決定など改善計画策定支援もオプションで追加することができる。参考にしていただきたい。

新型コロナウィルス感染拡大による企業業績の悪化は、失業者の増加という影響を与えている。総務省統計局の「労働力調査(基本集計)2020年5月」によると、完全失業者数は198万人と前年同月に比べ33万人増加している。これは4か月連続の増加となる。求職理由別に前年同月と比べると、「勤め先や事業の都合による離職(会社都合)」が12万人の増加、「自発的な離職(自己都合)」が5万人の増加、「新たに求職」が14万人の増加と、会社都合の失業の増加が目立つ。完全失業率(季節調整値、完全失業者/労働力人口×100))は2.9%と前月に比べ0.3ポイント上昇している。

失業率と犯罪発生率の関係を先行研究にて確認する。大竹、小原[2010]がまとめた失業率と犯罪発生率の推移(「失業率と犯罪発生率の関係:時系列都道府県別パネル分析」)をみると失業率と犯罪率は正の相関関係にある。人口千人あたりの犯罪率と失業率を表したグラフの曲線は同じカーブを描いている。つまり、失業率が増加するとそれに比例して犯罪率が増加する。犯罪種別では、「窃盗」が、「粗暴」、「凶悪」、「風俗」、「知能」と比べて著しく増加する。「粗暴」も件数は少ないものの、増加率が高い。ただし、近年では詐欺などの「知能」犯も懸念される。このように失業率の増加は、短期的にも犯罪発生率、粗暴犯発生率、窃盗犯発生率に増加の影響を与えている。

店舗におけるロスの発生要因はさまざまだ。主な要因を挙げると、「検品・検収時のロス」、発注や商品管理、販売時など「オペレーションによるロス」および「チャンスロス」と「廃棄ロス」、値上げ・値下げ処理など「在庫管理ミスによるロス」、棚卸カウントに関連する「棚卸ロス」などがある。その他、商品関連以外では、ヒューマンリソースに関するロスも挙げられる。先にみたように、コロナによる失業率の増加は窃盗の増加をもたらしており、店舗におけるロスの発生要因のなかでも、「万引きによるロス」と「内部不正によるロス」の増加が懸念される。なお、これら2つのロスの特徴や手口を後述する。

このように店舗におけるロスの発生要因はさまざまであり、具体的な対策は異なるが、共通する基本的な対策があり、そこからみていく。まずは、適切に在庫管理できるように環境を整備するところから始めるべきである。

在庫管理をする環境の整備として5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)を徹底するところから始めるべきである。5Sとは、以下のように整理できる。

  1. 整理:「いるもの」と「いらないもの」を区分して「いらないもの」は捨てること。
  2. (整頓:「いるもの」を素早く取り出せるように置き場所、数量、置き方を決めること。
  3. 清掃:置き場所を清掃し、ゴミ・汚れなしの状態にして、同時に点検すること。
  4. 清潔:ゴミ・汚れなしの状態を保つこと。
  5. 躾:整理・整頓・清掃・清潔が計画通りに実行され、習慣となること。

5Sの中で最も重要なのは、最初の整理と整頓である。仕入れた時点ではどれも「いるもの」のはずだ。それが時間の経過や市況の変化によって、いつしか「いらないもの」になっていく。整理とは、何が「いらないもの」になりつつあり、または、既になったのかを明らかにする行動である。その際の判断基準もあらかじめ明確にして共有しておく必要がある。そして、その変化を確認するサイクルも決めておく必要がある。そのためには、当事者を明確にすることも必要だ。あらためて、在庫責任者を明確にするために適任者を任命する必要がある。また、結果のレビューについては、複数の店舗を統括する立場のマネジメントが適切である。スーパーバイザーによるマネジメントの強化をすることで、5Sの定着が促進される。店長をはじめとした店舗だけの自助努力では、網羅的な整備は難しいことも多く、店長やその上の階層が集合して一旦の整備を実施し、ナレッジ・マネジメント(属人的な知識・ノウハウ等をまとめて共有化、明確化を図り作業をの効率化していくこと)の一環として水平展開していくことも有効である。

次にコロナ禍で増加が懸念される「万引きによるロス」と「内部不正によるロス」(「従業員による盗難」と同義として扱う)を詳しくみていく。小売業におけるロス対策および商品管理に関する世界的な調査の報告書『GRTB(Global Retail Theft Barometer)2013‐2014日本語版』によると、ロスの原因として「万引き」、「従業員による盗難」、「サプライヤーによる不正」、「管理上のミス・犯罪以外の原因」などを挙げている。報告書は、このような原因によって、帳簿上の在庫と実在庫の差が発生することをロスとし、世界24か国のロス率とロス総額を示している。

日本のロス率は世界で2番目に低く0.97%であったものの、ロスの総額は約9,984億円であり、アメリカ、中国に次いで世界で3番目に高い結果だった。アメリカでは「従業員による盗難」が最も高く42.9%、次いで「万引き」が37.4%となっている。日本の場合、ロスの原因は、多いものから「万引き」が47.0%、「管理上のミス/犯罪以外のロス」が35.2%、「従業員による盗難」が9.2%という順になっている。日本では、原因がわからないものも「万引き」として処理している傾向があり、「従業員による盗難」が正確な割合を示す数字として反映されていない可能性があるものの、業務上のミスと合わせると従業員を起因とするロスが相当に大きなロスの原因となっていることがわかる。さらに、被害額という視点では「従業員による盗難」は、「万引き」1件あたりの被害額の15倍におよぶという数字もある。従業員はさまざまな手口で不正を行い、その結果、経済的損失に加えてモラルの低下をもたらす。これは、従業員は小売業にとっての最大の資産にもなり得るし、最大の敵になり得ることも示している。

多くの場合、従業員は店舗にある全ての資産に近づくことができる。現金の保管場所を知っており、オペレーションの関係からパスワードも一部の従業員には知らされていることも往々にしてある。また、各種の合鍵を持つことも不可能ではない。従業員は、これらに関するセキュリティを熟知しており、不正を働いた場合のリスクを把握できていると考えた方がよいだろう。さらに、従業員は注意深い管理者と防犯に無関心な管理者の勤務している時間帯を容易に知ることもできる。つまり、従業員は不正が発覚するリスクを最小限に抑えて、確実に不正の果実を得ることができる存在と捉えることができる。

具体的な不正の手口を見ていこう。もっとも発覚しにくく、被害額も大きい不正としては、商品の窃盗が挙げられる。多様な手口があるが、店舗や倉庫に保管されている商品を持ち帰り、自ら使用したり、あるいはフリマアプリやオークションサイトなどを通じて換金したりすることが代表的な犯行である。また、レジに関連しては、友人や家族と共謀してレジ登録をせずに商品を渡す(店の外に持ち出す)という手口がある。さらに手の込んだ犯行として、ショッピングモールなどでは、従業員が近隣の店舗の従業員とお互いの商品を持ち出すことを黙認するというケースもある。一方で、レジ登録を行っているからといって、安心はできない。レジ登録の際に、値引き登録や売価変更登録を悪用して、たとえば1,000円の商品を100円で販売することも可能である。精算をしているので現金の不足は発生しないが、差額の900円は、商品評価損として粗利益を低下させることになる。これもロスである。もっとも、値引き登録や売価変更登録は、一般には厳密に管理する小売企業が多くなっており、発覚しやすい不正といえる。ただし、管理する側の責任者が値引き登録や売価変更の不正を行う場合は、見落とされたり、発覚が遅れたりするので、スーパーバイザーや店舗会計部門など本部側のチェックが重要になる。

また、返品(返金)登録や精算中止操作も古典的な不正である。返品(返金)登録では、現金を着服する不正だが、架空の返品を仕立てることは想定しておくべきだ。責任者や他のスタッフが返品の現場で確認するというルールがない場合は、返品(返金)登録の記録が特定のスタッフに偏っていないか、頻度などもチェックする必要がある。精算中止操作も現金の着服の不正だが、責任者不在の時間帯に犯行におよぶケースが多いのが特徴である。特にレジ会計がお釣りの発生しないちょうどの金額の場合、レシートを受け取らないお客様もいるため、(レシートを出力する段階の前で)レジ登録をクリアしてしまえば痕跡が残らない仕組みになっている場合もある。店舗にとっては商品を失い、従業員は現金を着服し、現金の過不足はシステム上では発生しないことになる。

実際に顧客からの返品に関しては、小売企業によって若干の対応に差があるものの、平均的には現物(未使用)があれば、生鮮品でない限り対応しているのではないか。アメリカでは、チェーンストアのほとんどが、購入した商品について返品期限内であれば、理由を問われず、使用済みでも返品・返金に応じている。アメリカでは購入後のリスクも店舗が負っている。「無条件返品」は100年以上の歴史があり、返品コストは利益に盛り込まれている。返品しない顧客が返品する顧客に対するコストを負担していることになる。全米小売業協会(NRF)の2017年のデータによると返品率は11%に達した。アメリカほどではないにしろ、日本においても返品に対して寛大なサービス方針のため、返品詐欺に対しては脆弱である。一昔前、化粧品など高単価な盗品を現金に換金するため、返品として店舗に持ち込む詐欺が蔓延した。特に責任者が不在の時間帯を狙っての犯行が多く、そのような時間帯に勤務するスタッフは十分な教育や情報共有がされていない(たとえば24時間営業の早朝スタッフは責任者と顔を合わすことがほとんどない)ことから容易に騙し取られることになる。詐欺に対抗するには、必ず現物と自店の購入レシートの両方が揃っていなければ、返品を断る、または、責任者のいる時間帯へ誘導するなどの対応が必要である。もっとも、フリマアプリなどリユースの拡大により、盗品の換金もそのようなフリマアプリやリユースショップを通じて行われることが多くなった。その意味では、むしろ商品の窃盗のリスクがこれまで以上に高まっていると認識すべきである。

従業員に起因するロスという点を維持しつつ、店舗商品に限らないビジネス上の不正に視野を広げてみる。小売企業では、特定の従業員は商品やサービスを提供する業者からの賄賂や裏金、過剰な接待などを受け取れる立場にある。商品部のバイヤーや購買担当者、物流マネージャー、店舗の立地開発担当者、施設建設担当者などは契約の交渉を担当したり、承認したりする立場にある。商品やサービスを納入する業者にとっては、特にチェーンストアは一旦選定されれば大量の納入が見込めるうえ、企業(商品・サービス)の知名度やブランド力の向上につながるため、不正を働きかけるには十分な動機が存在する。このように担当者と業者との癒着を防止するには、取引の透明性を担保するために競争入札にすることは有効である。また、商談などにはできる限り管理職と担当者、もしくは、複数の担当者が交渉に同席することで癒着を抑制できる。また、業者からの要求や条件についても文書で報告させるべきである。業者から従業員への接待や金品の供与も取引規定などで禁止して、業者との適切な距離感を保つなどのルールは整えた方がよいだろう。さらに、担当者を定期・不定期に異動させる、長期連続休暇を取得させる(連続休暇を拒む場合は要注意)なども不正の抑止(早期発見)として有効である。取引の期中では、求められている取引の慣行に沿ってない場合や通常使われていない銀行口座を通じた代金や手数料の支払いは不正の可能性があるので注意が必要だ。そのような動きを察知できる監査システムの整備も必要といえよう。

もうひとつの不正の例は、勤務時間の不正である。従業員が遅刻または欠勤している他の従業員のためにタイムカードの打刻を代わりに行うものだ。さらにいえば、規定の休憩時間よりも長い休憩を取ったり、会社の業務以外のことに時間を使ったりすることもロスにつながる。このような事態を防ぐには、規律を高く維持して、管理者と従業員の双方のコミュニケーションをよくし、管理者の積極的なリーダシップが有効である。従業員に対して店舗・会社の一員としての参画意識を常に引き出すようなマネジメントが求められる。一方で、本人以外が勤怠打刻をできない生体認証を利用したタイムレコーダーの導入などシステム的な対策も有効だ。指の静脈で本人を認証することでなりすましを防止するようなシステムがメーカから売り出されている。

従業員に店舗・会社の一員であることを感じさせる取り組みとして、小売企業は店舗で販売している商品の従業員割引を提供しているケースは少なくない。割引は通常10%~20%程度で運用されているようだ。この制度そのものは従業員にとって有益なものだが、不正という観点では注意が必要である。たとえば、割引で購入した商品を共犯者が定価での返品や割引価格を上回る価格での横流し、フリマアプリでの出品・換金するなどの不正が考えられる。また、チェーンストアにおいて特定の店舗が他の店舗より割引購入制度の利用が極端に低い場合は、商品を公然と盗んでいる可能性を疑う必要がある。したがって、割引制度の運用に関してはそのような視点での監視が重要である。

次に機密情報について考察する。機密情報の漏洩は、経営上のダメージにつながり、大きな経済的ロスをもたらす。小売企業が所有している機密情報は、チェーン店であれば出店場所、個店の売り上げ、粗利益率、店舗損益に始まり、チェーン全体の損益に及ぶ。また、顧客リストや商品の使用履歴やカルテのような機微情報もあるかも知れない。これらの情報を従業員が故意か故意でないかにかかわらず、漏らした場合は、会社に深刻なダメージを与えることがある。このような情報は、管理・保護を厳格に行う必要がある。機密情報へのアクセスを資格や役割によって制限したり、取り扱いを制限したりすべきである。機密文書であれば、セキュリティ対策が施された保管庫に管理する必要もある。不正競争防止法においては、秘密管理性、有用性、非公知性(公然と知られていないこと)という3つの要件を満たしている場合、営業秘密として保護される。不正に営業秘密を流出させれば、不正競争防止法違反で逮捕・起訴され、損害賠償請求を受ける可能性がある。秘密として管理されていると認められるには、情報にアクセスできる者が制限されている、情報にアクセスした者が営業秘密であることを認識できるようにしていることが必要である。また、有用性の点では顧客リストも経営効率の改善に役立つものとして秘密として保護される。そのような点からセキュリティ対策が施された保管庫に管理し、アクセスを制限する必要がある。また、個人情報や機微情報の保護や機密情報など守られるべき情報について、どのようなものが該当するのか、取り扱う場合はどのように管理するのかといった従業員への教育を定期・不定期で行うことは不可欠である。

従業員に起因するロスについて考察してきたが、特に不正については被害額が大きくなったり、会社の社会的信用を毀損したりする場合が少なくない。また、管理側の事情に熟知していることから発覚しにくい特徴がある。したがって、従業員の不正は起き得るという前提で、不正をさせない対策や不正が発生した場合には早く見つける仕組みを導入して運用を徹底する必要がある。「内部不正の抑止」という視点においては、「(1)不正をさせない体制作り、(2)不正をしてもすぐに発見できる体制作り、(3)不正をした者が適切に懲戒処分を課され、そのことが公表される体制作り」が必要になる。具体的には、仮に不正が起きたとしてもそれを早く発見して厳しい対処を行ない、それが公表される仕組みが重要である。内部不正は「割に合わない」ということを浸透させることが抑止効果を高めることになる。

次に、もうひとつの懸念されるロスの原因である万引きについて考察する。

万引きは、ロスの原因のうち多くを占めるなかなか根絶できない犯罪である。万引きは大きくは2つに分類できる。ひとつは、換金目的のプロフェッショナル(プロ)である。万引きは従来、個人的・刹那的な犯行が中心だったが、昨今は組織的・計画的な犯行に移行してきている。店舗からの万引きによって収入のすべてを賄っている者は少数だろう。しかしながら、プロとアマチュア(アマ)の万引き被害の比率など実態は統計的に明確になっているわけではない。とはいえ、売りやすく換金しやすい商品、たとえばスポーツウェアやシューズ、化粧品、たばこ、電動工具などを扱う店舗でなおかつ、防犯対策が脆弱な店舗、または、非常に返品ポリシーが甘い店舗などは、プロにとって魅力的だ。プロはそのような見方で、万引きをする店舗を選んでいるといえる。

このようなプロは、盗品をリユースショップやネットを通じて個人間で売買できるフリマアプリ、もしくはリアルのフリーマーケットを通じて換金しているものと思われる。また、社会経済のグローバル化やIT技術の発達に伴い、盗品の海外処分のルートが容易に形成されるようにもなった。そのようなルートが確認された数年前からは、とりわけ集団窃盗(万引き)が目立つ状況である。

集団窃盗の一部には、強引な手口の犯行も目立つ。ただ、多くのプロは、万引きの準備や手口が用意周到で、一般客とほぼ同じ服装と行動をする。また、店舗の保安員や従業員の様子をうかがうため、数人のチームで活動する傾向がある。防犯タグの電波を遮断するために、アルミホイルで裏打ちされた大きな買い物バックを持ち込む場合もある。

また、プロは換金可能な商品に詳しいといえる。盗品処分のいわゆる闇ルートでは、しばしば商品のブランド、サイズ、色といったものを指定して、盗んでくることを依頼することもある。日本で爆買いの対象となっているような化粧品などは特に注意が必要である。さらに、そのようなプロは、さまざまな種類の犯罪から収入を得ている可能性がある。たとえば、薬物の売買や強盗、車両の盗難などにも手を染め、その犯罪歴も多いことが考えられる。したがって、先に述べたチームで万引きを行う場合に、逃走用の車両も盗難車や盗難ナンバーを付けた車両を利用することがある。犯行の際に、ナイフなどの武器を隠し持ったり、暴力を振るったりすることも考えられるので、保安員なども身の安全に細心の注意を払う必要がある。

プロの万引き犯の重要なもうひとつの側面は、進化した連絡情報網を整備していることである。店内の保安員を見つける技術や、簡単に万引きができる店舗、あらたな万引きの手口などは、驚くほどのスピードで独自のコミュニティに浸透すると考えるべきである。組織的な万引き犯同士の情報共有は、小売業者間の情報共有よりも優れているといわざるを得ない。ドラッグストアなど協会がイニシアチブを取って、同業者間における万引きなどの犯罪情報の共有を進めている例はあるが、多くの小売業者ではそのような取り組みは行われていないのが現状だ。

もうひとつの種類がアマによる万引きである。プロが職業的に万引きを行うことに対して、アマは自己消費や衝動的な理由で万引きを行う。プロの犯行と比べれば、1件あたりの被害額は小額である。ただし、店舗としてはこのような犯行が積み重なり、棚卸し時には無視できないロスのボリュームとなる。このタイプの万引き犯は、買う余裕がない商品を盗む傾向が強い。お金がないため、自己消費する商品、食料品や生活雑貨、化粧品や宝飾品などは狙われる商品の典型といえる。一方で、お金があるにもかかわらず万引きに手を染める人も少なくない。その極端な例は、クレプトマニア(窃盗症)である。必要でない物を盗んだり、明らかにサイズが違う衣料品を盗んだり、それらを売るつもりもなく、誰かのために使うわけでもなく、盗むこと自体を目的にしており、自分でもその衝動を抑えることができず窃盗を繰り返すものだ。元日本代表のマラソン選手が、万引きの罪の執行猶予中に、再度万引きで捕まり裁かれた例は記憶に新しい。

手持ちのお金がないわけでもないのに、万引きをするということでは、高齢者の万引きが挙げられる。高齢者の万引きは、近年の社会問題として認識されている。東京都がまとめた「高齢者による万引きに関する報告書」によると、都内の万引きの実態については、認知件数が14,574件と刑法犯認知件数全体の約1割を占めている。報告書では、万引きで検挙・補導された人員は、少年(6~19歳)1,725人、成人(20~64歳)4,905人、高齢者(65歳以上)2,760人であり、万引きの全件届出が徹底された平成22年以降は減少傾向にある。しかしながら、その割合をみると、少年が減少している一方で、高齢者の割合が増加している。さらに、万引きの再犯に目を移すと、高齢者の再犯率は58.7%と他の年齢層に比べてもっとも高くなっている。万引き再犯者における初犯の罪種が万引きという者が76%を占めていることとあわせて考えれば、万引きを防止していくには、そもそも手を染めさせないという点も重要だが、再犯防止の取り組みが不可欠であることがわかる。

高齢者による万引き取り組み強化や再犯防止の取り組みには、高齢者による万引きの要因を把握しておく必要がある。要因としては、経済的要因、身体的要因、周囲との関係性の3つが挙げられている。

経済的要因の背景として、高齢期は定年退職や世帯構成の変化により、世帯月収が減少する傾向があるが、統計上も所得に占める公的年金などの割合が高く、その世帯所得は、現役世代の世帯所得と比較して低くなる。長寿化に伴い、退職後の期間が長くなり、将来の生活設計に不安を抱く高齢者も少なくない。万引きの動機として「お金を払いたくないから」、「生活困窮」がそれぞれ3割を占めている。一方で、実際の生活保護受給者は2割程度であることから、真に「生活困窮」状態にあるものは少ない。つまり、購入するお金がないから万引きをするというより、将来的な不安から万引きに走るケースが少なくないと推測される。

身体的要因として加齢による心身の機能低下がある一方で、判断力や理解力など過去に習得した知識や経験をもとに日常生活に対処する能力は高齢期になっても衰えることがないと指摘している。加齢による変化として、聴覚や視覚などの感覚機能や記憶の低下など認知機能の変化や障害、さらにそれが進行すると軽度認知障害など日常生活への影響や問題行動を引き起こす可能性も指摘している。このような加齢による身体的な変化が万引きに及ぼす影響は、ごく一部を除いて、要因としてはあまり説得力を持つものではないだろう。

3つ目の周囲との関係性についてだが、万引き被疑者のうち、「独居」は56.4%、「交友関係いない」が46.5%を占めている。周囲に家族や友人だけでなく、サポートしてくれる人がいない状況から社会関係性の欠如による孤独や不満、ストレスが問題行動へと発展するという指摘は、日本社会の抱える問題としても捉えるべきだろう。高齢社会問題と万引き問題は、同源の問題であり、犯罪者本人を罰するだけではその効果は限定的であり、根本的な解決に至らないというところに、この問題の本質がある。

「自分の意思ではやめられない」というセルフコントロールが効かない常習者に対しては、治療が有効だ。これは、薬物常習者への対応と共通している。しかしながら、常習者は自ら進んで治療を受けないことも共通であるため、複数回逮捕されたときの治療的なプログラムを整備しておくようなフォーマルな対策は有効である。また、別の視点では、被疑者の人たちは生活で「家族や親しい友人と交流すること」の必要性を挙げていることから、万引きからの脱却はインフォーマルな支援が重要な手がかりとなり得ることを示している。

実は詳細までみていくと、万引き犯を明確に分類することは難しい一方で、万引きの動機や手口、盗まれる商品を把握することによって、万引きを抑止し管理することは可能である。また、時代によって万引きの実態も変化し続けている。自社、自店で起こっている万引きの典型を理解することは、ロス問題の診断において重要である。同様のことは、内部不正についてもいえる。コロナ禍による経済状況の悪化がもたらす犯罪の増加、とくに窃盗の増加は、小売業にとって売り上げの低下に加えた直接的なダメージになる。外部からの窃盗だけでなく、内部不正に対しても監視の強化が求められる。コロナ禍の緊急事態だからこそ、ロス問題の診断を詳細に行うことで、費用対効果や優先順位を考え合わせた防犯体制の構築につながる。

ロスマイニング®・サービスについて

当社では店舗にかかわるロスに関して、その要因を抽出して明確化するサービスを提供しております。ロスの発生要因を見える化し、効果的な対策を打つことで店舗の収益構造の改善につなげるものです。
ロス対策のノウハウを有する危機管理専門会社が店舗の実態を第三者の目で客観的に分析して総合的なソリューションを提案いたします。店舗のロスに悩まされてお困りの際には是非ご相談ください。

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