クレーム対応・カスタマーハラスメント対策トピックス
総合研究部 総合研究課 上席研究員 森田 久雄
企業経営を圧迫するクレームロスがもたらす危機
企業には様々なリスクが多く存在していますが、「クレーム」を企業リスクであると捉えている企業はどのくらいあるでしょうか。業界や企業内の規定、クレームの内容やそこから発生する賠償責任など、内容により費用(コスト)は様々ありますが。しかし、一つのクレームを対応する際に必ず何らかの費用・コストが発生することを認識する必要があります。
例えば、謝罪することでクレームが終了した場合でも、当然、費用が発生しています。それはクレームがなければ必要なかった対応を余儀なくされることによる担当従業員の人件費、交通費、電話代などの表にはあらわれにくい間接コストが発生しています。しかもクレームの対応の場合は、その対応方針を決めるために、関係部署の人が集まって会議・打ち合わせをしたりしますので、その間、通常の業務を止めて行うことでのロス・会議参加者の時給相当分の間接コストも生じています。また、クレームに対する謝罪訪問等は、上席者が行うケースが多いことから、担当者が対応する場合以上の費用・コスト(担当者と上席者では、時給換算での単価が違う)が生じているのです。
さらに、本来、企業は製造や販売など、直接的に収益を上げる事を目的として人材を雇用し、目的通りにその業務時間に労力を費やすことになりますが、本来の目的ではないイレギュラーなクレームに業務時間を費やす“時間的ロス”も発生しているのです。「謝罪など、たかが数分程度」と考える方もいるかもしれませんが、“塵も積もれば”ということです。
大きなクレームが発生した場合や受傷が絡むクレームの場合には、治療費や賠償責任など、多額の費用負担が必要になります。しかも、クレームでお怒りになっているお客様から厳しい指摘や言葉を言われる中で、対応を強いられる従業員の精神的ロスも加わる事を忘れてはいけません。
物的・金銭的ロスであれば、従業員の努力でいくらでも挽回はできるものですが、従業員に重く伸し掛かる精神的ロスに関しては、場合により挽回、修正、回復できない大きなキズを従業員に残すこともあり、事態によっては退職等にもつながってしまうことにもなりかねません。従業員に精神的なキズを負わせる元となる要因の多くが「カスタマーハラスメント」であるといえます。
他人には、その人の心情は理解しきれません。担当者本人は平気な顔をしながら“大丈夫です!”という言葉があっても、自身でも気付かないうちに精神的なダメージを負っているケースもあるのです。むしろ、責任感が強くて、「困っています」「助けてください」と言えない担当者の方が、急に、鬱、胃潰瘍など精神的な障害を端緒とする疾患などで、本人の意思に反して業務から離脱せざるを得ないケースも多く見受けられるのです。企業として、重要な戦力を欠くという大きな企業ロスになり得ることを認識する必要があるのです。
そして、このような事態になれば、本人にとっても大きなダメージとなるだけではなく、その従業員が業務から抜けることで、業務の進捗が滞ったり、他の従業員がその負担をせざるを得なくなったりして、業務全体の遅れに繋がり、場合によっては収益にも大きく影響を及ぼすことになります。
では、そのようなロスを招かないために、どのような対処をするべきであるのか。いうまでもなく、従業員を守るためにどのような対策を取るのか、そこが焦点となり、それを踏まえた対策が、企業が取り組むべき対策といえるのです。この対策をしっかりと行うことで、大切な従業員を守るだけでなく、結果的に企業そのものを守ることになるのです。
どのような時にも正攻法の対応を
そこで、どのような対策を企業は検討していくべきでしょうか。もちろん、法律や慣習、テクニックなども重要ですが、何より優先すべきは、基本となる思考をしっかりと持つということではないでしょうか。クレーム対応においても、様々な小手先のテクニックが公開されていますが、それらを対策に取り入れたとしても、そもそも基礎・基本ができていなければ、そのテクニックを使いきれないのが現実で、結果的にその対策は形骸化していく可能性が高いのです。クレーム対応のマニュアルや社内ノウハウも、基本や初心に立ち返って、善悪の判断、一般社会常識、ルールの履行、接客論などの基本的な理論を中心にまずは構成しておく必要があるのです。
また、クレーム・カスハラ対応において、「相手が不正な行為に及ぶのでこちらも多少の不適切な行為・対応には目をつぶる」などの目には目を歯には歯を論?は企業として取る施策ではありません。相手が不正な行為を行うからこそ、企業の取るべき施策は正攻法、コンプライアンスに則ったものであるべきです。絶えず“正対不正の関係”を成立させておくことで、世論の評価は不正に対して厳しい評価を下すことになるはずです。したがって、どのようなことがあろうとも、企業は正攻法の道を進むべきなのです。もちろん、カスタマーハラスメント等をやられっぱなしでは被害を負うばかりですので、企業としては、「どこで対応を打ち切るのか」、「打ち切るための理由付け」等を明確にして、不当・違法な行為(カスハラ)を行う者に対してはそれ以上の対応を打ち切るという方針を打ち出して、現場に周知・徹底しておく必要があるのです。
そして、現場レベルでその判断が行えるように、事前に自社にとっての「カスハラ」の定義や行為類型を明確化し、そのようなカスハラへの対応方針策定をしておく必要があります。これができていないと、判断する人によりカスハラへの判断に齟齬が生じてくる可能性が出てきてしまい、結果的に本来真摯に対応すべきクレームまで、カスハラの対応をすることになり、企業の評判を落とすような事態になりかねないからです。したがって、バラバラの判断基準では、従業員を守る事はもできないのではないでしょうか。
従業員の意識と知識の統一化を図る~金太郎飴の如く~
さて、よく“十人十色”と言いますが、人の考え方はこのことわざ通り、感じ方、判断ポイント、我慢の限界を含めて、良くもあり悪くも様々です。
筆者も皆様から多くのクレーム対応に関するご相談を頂いておりますが、担当者の方の中には、お客様の些細な言葉で恐怖を感じている方もいれば、既に脅迫の域に入っているにもかかわらず、まったく音を上げない方(感じていない?)、相当に酷いカスハラ行為を行われていても、「あくまで当社が悪いので仕方ありません」と恐縮される方、明らかに企業側の対応が悪く、怒り出したお客様に対し「カスハラとしてすべてをお断りする」と強硬姿勢の方など色々なケースがあります。
クレーム対応や不当要求・カスハラ対応に関しては、企業として、誰が対応しても同じ判断・対応が行われるのがベストな対応といえますし、そのような統一的な運用になるからこそ、お客様の信頼も得られるのではないでしょうか。企業として、ポリシーをもってブレない対応をすることで、統制が取れているという評価、アピールにもなります。
クレーム対応の相談を頂く際に私から担当の方によくお話しをさせて頂くのが、理想としては、“金太郎飴の如くです”ということです。ご存じの通り、金太郎飴はどこで切っても同じ顔が出てきますよね、これと同じで誰が対応しても同じ対応になるということです。これは、誰もが同じ知識と意識であるからこそ、金太郎飴のような対応ができるのです。
では、このような金太郎飴のような対応は可能なのでしょうか?クレーム・カスハラに対する正しい知識、考え方、対応方法を繰り返し教育し、日常的にその考え方に至るようにすることで、従業員の知識や意識の統一が図れるものです。もちろん、クレーム・カスハラ対応マニュアルに対応方針・基準・対応要領を“明確化・記載”するのは当然として、これだけでは足りません。しっかりと“教える(研修する)”こと、ロールプレイング等を通じて、使えるように“訓練”すること、理解したことを“確認”することで、知識・意識として備わり、実際の対応の場面で活用できるようになるのです。このような取り組みを地道に続けていくことで、盤石な体制が整うものなのです。そして、金太郎飴の如く判断・対応できる組織(企業)に成長していくものなのです。
人の振り見て、我が振り直せ!
カスハラに関して、もう一つ重要なことがあります。カスハラは被害を受けるだけでなく、時として加害者側になることもあり得ると言うことです。これは、消費者に対してではなく取引先に対して、自社に優位性が存在する場合に起こり得るもので、取引業者に対して苛立ちを抑えきれず執拗に強く当たってしまうような場合などが考えられます。取引業者からすると、カスハラを受けたということになります。
では、なぜ普段被害者側である自社が加害者に変わるのでしょうか?これは、パワハラやセクハラと同様、精神的な優位性や立場によるものと考えられます。消費者であれば、売り上げが上がる“お客様”であり、取引先との関係では自社が“お客様”の立場にあるという意識が働き、時としてそのような態度に出てしまうのです。
これを防ぐには、そもそもの「業者」という考え方を捨て、自社の商売を成功させるために必要な協力者である“パートナー”という考え方を持つことで、大切に扱う気持ち、ともに成長していく意識も芽生えるのではないでしょうか。もちろん、それだけでカスハラの加害行為を避けられる訳ではありませんが、根本にあるのは、人に対する思いやりや優しさを持つという、シンプルな真理です。誰しも失敗はあるものです、それを責め立てるように対処していては、取引先もいつかは離れていきますし、そのような行為はいつしかブーメランのように返ってくるものです。また、悪評を呼びブランドイメージの低下から、どの取引先からも敬遠されることにもなりかねません。
教育なくして意識改革なし~個々の自主性に頼れるか?~
依然として、「接客ミス」に分類されるクレームがよく発生しています。皆さんも、買い物をしている際、その店舗の従業員の接客に疑問を抱いたがあるのではないでしょうか。
満面の笑顔で「いらっしゃいませ」と挨拶して頂ける従業員もいれば、「いらっしゃいませ」の挨拶すらない方も見かけます。同じ会社で、同じ接遇研修を受けているはずなのになどと思うことがあります。
会社として、当然同じ教材を用いて同じ時間を費やし研修を行っているはずです。では、なぜそのような現象が起きてしまうのでしょうか。一つには自身の問題として、仕事に慣れて当たり前のことが当たり前のようにできるようになると、業務量が徐々に増加し、簡単な業務や誰もができる業務は誰かに任せ、自身でしかできない業務に集中するあまり、接客の基本が疎かになることや、立場が上がることで偉くなったと勘違いし、挨拶自体を疎かにしてしまうという思考もあるのではないでしょうか。また一つには、教育する側も、最初に研修を実施したきり、継続して実施していないため、年月と共に初心を忘れた対応になっていってしまうことや、ベテランであるがゆえに状況に応じた対応として、ルールを独善的に変えてしまうなどが考えられます。
マニュアルなどを教え込み、ルーティーン化させる必要はあるのですが、それだけでなく根本的な基本や理念、考え方を教育しておく必要があるのです。
お客様をお迎えする店舗のスタッフなどであれば、日々の業務を行うためのマニュアルを習得させるのはもちろんのこと、●●のプロとした意識付けが必要です。業務を行うにあたり、対価としての賃金を得ている訳ですから、例えば接客部門のスタッフであれば、接客のプロであるという意識を持たせること。それは、パート・アルバイト社員であっても、賃金が発生している以上、接客をすることでの対価となりますので、プロとしての接客はどのような接客をすべきであるのか、初回の研修だけでなく、反復して教育し続けるべきなのです。反復することにより、忘れかけた時期に初心に意識を戻すという効果も得られます。
このような些細なことから、クレームの未然防止ができることに繋がります。クレーム対応で一番必要であるのは、第一に「クレームを出さないこと」、第二に「クレームへの迅速且つ的確な対応」だといえます。クレームの具体的な対応方法を学ぶことは大変重要なことではありますが、一番重要なことは、クレームを出してお客様に不快感を与えないこと、それに加えて企業としてのレピュテーションリスクを抑え込んでいくことです。極論で言えば、クレームを出さないためのリスクマネジメントが重要なのです。