クレーム対応・カスタマーハラスメント対策トピックス

実行性のあるカスハラ対策~7つの重要な柱~

2024.10.15
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総合研究部 専門研究員 森田 久雄

品質文書管理チェックリストのチェックボックスに正しい記号マークを付けるビジネスマンの手

注目すべき行政の動き!

すでにご存じのことと思いますが、行政の動きが活発化しています。東京都カスハラ防止条例は10月4日に成立し、2025年4月1日から施行されますし、北海道でもカスハラ条例制定の動きがある旨報道されています。どちらも、自治体で制定する条例になりますが、法整備に対する動きも出てきているのをご存じでしょうか。

1966年(昭和41年)7月に公布された、正式には「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」といいますが、略称「労働施策総合推進法」を改正し、同法にカスハラ対策の義務化を新たに加え、2025年の通常国会に提出する予定であると報道されています。同法は、2020年(令和2年)にも改正されており、この時はパワハラ防止対策義務化が盛り込まれたため、通称パワハラ防止法と呼ばれました。

この先、各自治体による条例施行がされれば、その自治体に所在する企業が対象となりますが、法令で制定された場合は、条例の有無に関係なく日本全国の企業が対象となるのは言うまでもありません。遅かれ早かれ、すべての企業がカスハラ対策の義務を負うことになる訳です。他人事ではなく、対面上且つ形式上にカスハラ対策をしておけば良いということではない訳です。なぜなら、法律や条例でカスハラ対策が義務化されれば、カスハラ対策を行っていない企業は、コンプライアンス違反企業であることが明確化してしまうことになるからです。

実行性のあるカスハラ対策をするために何をすべきであるのか

さて、実効性のあるカスハラ対策とはどのように進めたらよいでしょうか?これは要するに、すべての従業員がその趣旨を正確に理解し、カスハラが発生した際に正しく対応が実施できる仕組みを確立するということにほかなりません。その仕組み作りとして、「企業としてカスハラに対する明確な対応姿勢を示すこと」「具体的カスハラへの対応方法をマニュアル化し標準化すること」「カスハラ対応の標準化の手段として教育・研修を行うこと」「従業員の精神的負荷の軽減化のため相談窓口を設置すること」この4つは、対策の肝となるべく項目であり、自助又は共助により実施していく必要があります。ただし、自助には当然のことながら限界がありますので、共助の力に頼る必要があり、専門家によるノウハウを取り込むことで、実効性が得られることにもなります。

そして、まず行うべきは“現場のリアルを把握する”ことです。現場では大小どのようなカスハラが存在しているのか、従業員はどのようなカスハラが発生した時、どのように困ったのか、現場の声を聞き出すことで、対策に活かすことができます。

対策を行うための7つの重要な柱

そこで、カスハラ対策を進める上で必要不可欠な考え方である7つの柱(当社提唱)をご紹介します。

1.自社のカスハラ被害・実態の把握 自社にあわせた対策の出発点
2.カスハラ対応ポリシーの制定・明確化 企業姿勢を示す
3.カスハラへの対応要領の明確化 対応要領と打ち切るためのロジックが重要
4.マニュアルの作成 方針や定義・行為類型・対応要領を明文化
~根拠作り~
5.カスハラに関する研修の実施 フォロー体制と対応要領を従業員に周知
6.カスハラ対応時のフォロー・サポート体制の整備 孤立させない。安心化の醸成
7.メンタルケア、従業員の保護対策の整備と運用徹底 SNSを含む法的対応体制

対策を進める上でまず行うべきことは、前述の通り自社の現状“現場のリアル”を把握することです。これにより、自社の現状に合わせた指針の策定や対応マニュアルに活かすことで、生きた対策を講じることができます。また、ポリシーについては、社内外に周知・公表することで、企業として「従業員を守る」「企業組織として対処する」という明確な意思を示すことができます。

さらに、実際にカスハラが発生した際、どのように対応するのか、どの時点で対応を打ち切るのか(対応要領)を明確にすることで、対応する従業員は明確な根拠により自信を持って対応することができます。また、対応要領を対応マニュアルに盛り込むことで、標準化されたツールとなります。そして、このツールを使用した上で教育・研修することで、マニュアルの使用方法や必要性・重要性を理解することができ、生きた教材として形骸化することなく、その対応要領及びマニュアルが永続的に使用できるものになります。なお、マニュアルは、作って終わりではなく、作ってからがスタートです。実際にマニュアルを使いながら対応していく中で、過不足や内容を修正しながら、ブラッシュアップしていくことが大切です。そしてこの過程では、やはり現場の実態把握が欠かせませんので、7つの柱の1~5のプロセスは、まさにPDCAサイクルとして、継続的・定期的に実施していくことが重要です。

それでも、現場の対応では実際にカスハラを受けることになりますので、対応者に対するフォローやサポートがあることで、対応者は精神的な孤独を味わうことなく、組織対応であることを実感でき、結果的に精神的負荷の軽減に繋げることができます。とは言え、一定数の従業員は精神的に滅入ってしまうこともあるはずです。そのような場合を想定し、早期にメンタルケアを施すことで、精神的障害の発症を未然防止することに繋げることにもなります。また、時には法的対応を行なわなければならない場合もありますので、その際にはどのような形で法的措置を行うのか、フロー図なども作成し整備しておくと、誤った対応をすることなくスムーズに進めることが可能となります。もちろん、現場対応等において必要な法律知識もマニュアルへ盛り込んだ研修で周知する等、現場担当者に周知しておくことも重要です。

自社なりのカスハラへの行動指針(ポリシー)の策定

カスハラ対応指針は、定義・行為類型と対応方針より成立ちますが、まずは定義付けから始めることです。この定義には、前述の通り現場で発生しているカスハラをピックアップした上で、当社はどのような行為をカスハラと認めますという形で整えることが肝要です。また、行為類型として形付けておくと、さらに理解度は深まります。

そして、この定義付けされたカスハラに対する対応方針を策定し、行動指針を作り上げます。尚、対応方針については、単純に「カスハラが認められれば、当社は対応を打ち切ります」という体ではなく、あくまで顧客に対する適切なサービスの提供や対応を行なう事ため、カスハラ行為が発生した際には、やむを得ず対応を打ち切る“場合がある”という表現に留めておくと棘のある表現は避けられます。

行動指針が出来上がると、次は周知・公表のステップに入ります。順番として、まずは全従業員への周知から始めましょう。社外発信した後で、問い合わせなどが入るケースもありますので、その際に社内の人間が知らないという訳にはいきませんし、従業員さえも知らない行動指針では、そもそも行動には至らないのではないか、形式上で策定しただけではないか、等と評価されかねません。したがって、社内→社外の順番が望ましいと考えられます。また、社外への公表についてどのように行うべきかが悩みにもなりますが、これはメディアの力を利用しても良いですし、自社ホームページに掲載することでも対処できるものです。ただし、理解しておくべきは、メディアへのリリースはあくまで一過性のものであり、時が過ぎれば忘れ去られます。しかし、自社ホームページに掲載しておけば、自社で削除しない限り半永久的に掲載し続けることになります。したがって、ホームページへの掲載は必ずしておくべきではないでしょうか。

なお、カスハラ対応指針の周知に当たっては、自社の従業員に対して、自身も取引先等に対して、また消費者として、相手方に対してカスハラをしてはいけない(要は、カスハラの加害者になってはいけない)旨、周知しておくことも忘れてはなりません。

実践!対応マニュアル

カスハラ対策の中でも、カスハラ対応マニュアルは重要ポイントとも言うべきものです。対応マニュアルですので、このマニュアルで対応の標準化に繋げなくてはなりませんし、そもそもカスハラへの考え方、基本理論、適切な対応方法など、従業員のバイブルとなるものですので、しっかりと内容を作り込む必要があり、作成には相応の時間が必要となります。現在、SPNでも複数社より作成依頼を受け鋭意作成中ですが、当社のノウハウを最大限に盛り込みつつ、依頼頂いた企業に特化した内容にカスタマイズしているため、時間を頂いています。この先、カスハラ対策が義務化された際、2025年には更に多くの企業より依頼が入ることが予想されますので、現状から更に作成時間を要す事になると考えています。

話が逸れましたが…このマニュアルは、まさに従業員が現場で実践的に使用できるよう、できることであれば、現場担当者の声や確認も取りながら進められると、より実践向きのマニュアルに近付きます。

現場で実際に発生したケース、発生し得るケース、等を事例集として盛り込み、その事例に対する対応方法を示しておくことで、現場対応は格段に対応し易くなるはずです。ただし、対応理論についても、理論自体を作成する側がしっかりと理解していなければ作成はできませんので、当然のことながら難しい点でもあると言えます。

そもそも、自社内にどのような対応ノウハウがあるのかをリサーチ・明文化し→その内容が属人的なものなのか、標準化できるのか見極め→標準化できそうであればどこの分をどのように標準化・体系化して自社の対応理論とするかを検討し→そのノウハウ・対応理論が、他の事例や現場で起こり得るカスハラ事例に広く活用できる普遍性・応用性・合理性を有しているかを検証し→内容的に問題なければ、いかにその内容を分かり易く(覚えやすく・使いやすく)表記・記載するかを吟味する、というプロセスが必要です。

このようなプロセスは、ナレッジマネジメントにおいて必要なものですが、対応要領の明文化・検討・検証による標準化・体系化作業は極めて難しいことから、外部専門家の有用な対応ノウハウを活用し、マニュアルを作成することも必要になってきます。

ただし、外部の専門家のノウハウを活用する場合は、その内容をよくよく吟味しなければなりません。厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」に書かれた対応要領は一般論としては正しくても具体的な基準等の記載がなく、現場のニーズに応えられるか疑問は残ります。また、書籍も様々なものがありますが、カスハラ対応は打ち切りに向けたロジックとプロセスが重要で、多くの対応経験に裏打ちされた実践性が必要ですが、そこまで経験している専門家は多くなく、残念ながら机上の空論も散見されます。接客・接遇をベースとする従来のクレーム対応の枠組みでは対応しきれない領域でもある為、従来の接客・接遇ベースのクレーム対応理論や経験値に基づくものでは厳しいと言わざるを得ません。外部の専門家のノウハウを活用する場合は、その真贋を見極めることが、カスハラ対応要領の標準化に向けた第一歩と言えます。

効果的な対応研修

研修を行うことで、従業員に対する落とし込みを通して標準化できるものです。したがって、作成したマニュアルを使用しながら対応理論の習得、ロールプレイングなどの模擬訓練で習得した知識の実演を行い、対応方法を体得させることです。

習得すべきは、なぜ要求を断ることができるのか?断るための根拠・プロセスの理解です。これを周知することで、行動に移す前段の理解に繋がりますし、習得した理論を発揮し、自信を持った対応に繋げることができるのです。

また、クレームや不当要求・カスハラの形態は年々変化しながら消費者より発信されるものですので、時々のトレンドを捉えマニュアルの改定と共に、継続的に研修を実施しておくことが必要です。継続的に実施しない場合、例えば1年前に実施した研修内容を忘れてしまい、対応の属人化に戻りせっかく標準化したものが崩れ去ります。教育・研修は持続的且つ効果的に行なう必要があるのです。

従業員窓口の重要性

マニュアル作成、対応研修を行なえば安心という訳ではありません。もちろん、効果は期待できるものですが、カスハラ行為に対処したとしても、行為を受けていることには変わりありませんので、受けたことにより従業員は疲弊し、精神的負荷が蓄積されていくものです。例えば、些細なカスハラ行為「このバカ野郎!」「土下座して謝れ!」など威圧的に行なわれた際、適切な対処を行えたとしても、言われた言葉や態度は従業員の脳裏や心に残り、これが蓄積していく訳です。個人差はあると思いますが、些細なカスハラであったとしても、この影響は後々にキャパシティーを超えた瞬間、精神的障害を発症してしまうことにつながります。したがって、早期にその芽を摘むためにも、従業員相談窓口を設置し対処していく必要があるのです。我々は精神科医ではありませんので、従業員の精神的負荷の程度や、キャパシティーを超える時期を見極めることは困難です。出来る限り最善の手を尽くすことが、企業に与えられた使命であり、従業員に安心・安全な職場環境を提供するということに繋がる責務でもあるのではないでしょうか。以前、当社でもカスハラ的な言動への対応が求められる状況で、カウンセラーの常駐等を提案したこともあります。

また、対応をサポート(助言等)できる窓口や場合によっては、対応を代わってあげられるスタッフの選任等の従業員保護対策も欠かせません。対応を代わってあげることで、カスハラ被害を受けた従業員にとっては、対応に伴う恐怖感やストレスから解放される為、もっとも有効なメンタルケア対策になるのです。当社でもリスクマネージャーというサービスを提供していますが、まさにリスクマネージャーは、従業員がカスハラの被害で悩んでいる、疲弊している時に、その苦痛から解放してあげるための最も有効なリスク管理サービスなのです。お困りの際は、従業員を守るためにも、躊躇せずに、当社にお問い合わせください。

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