HRリスクマネジメント トピックス
職場におけるトラブルは複合的。社内の様々な関係者の協力を得て、複数の視点で捉えなければ、解決が難しい問題も多々あります。でもやっぱり最後は「人」!HRリスクマネジメントが重要です。
職場における様々なトラブルを解決すべく、今、エス・ピー・ネットワークに生息する動物たちが立ち上がりました!初動対応や法的な責任、再発防止など、三匹それぞれの観点から熱く語ります。
【今月の三匹・プロフィール】
パンダさん:
平和をこよなく愛する子持ちパンダ。平和を乱す無法者には白黒つけたい。中小企業診断士で、MBAも隠し持つ。
クマさん:
鮭をもらった恩は一生忘れない。法律も大事だけど・・・義理とか人情とかも好き。特定社会保険労務士です。来月から冬眠に入ります。
ネコさん:
猫なで声と鋭い爪をあわせ持ち、企業内での人事実務経験が豊富。社会保険労務士で、産業カウンセラーでもある。コンプライアンス違反を放置したら、「シャーッ!」ってしますよ。
今月のご相談は、こちら。
小売店の店長です。レジ釣銭が合わなかったり、商品が消えたりと、トラブルが相次いでいます。
レジのお金は、一定時間ごとに「仮点検」をしていますが、しばしば「違算」が出ます。商品は、棚卸時に理論在庫と実在庫をチェックして、「棚卸差異リスト」を作っているのですが、それを見ると、あるアイドルグループとコラボしたキャンペーン商品が、よく足りなくなるんです。商品が消えるのは、最初は万引きを疑っていたんですよ。 でも、どうも怪しいのは、深夜のシフトに入るアルバイトのAさんのような気がするんです。Aさん、そのアイドルグループの大ファンですし、ちょっとお金に余裕のあるような素振りも気になって。
でも、Aさんが勤務した時間帯の仮点検では、違算は出ていないんですよね。監視カメラの映像を確認したところ、確かに怪しい動きはあるのですが・・・確実な証拠はないのです。
うちは24時間営業ですが、いくら求人を出しても、なかなかアルバイトが集まりません。深夜は、2人体制にはしていますが、1人が休憩を取ったり、バックヤードで作業をしたりすれば、どうしても店舗内は1人きりになる時間ができてしまいます。
いったいどうしたらよいでしょう?
【パンダさん】
店長やスーパーバイザー、統括店長として、店舗運営のなかで「売る」ことは小売業に従事する者の本能そのものというか、楽しい仕事です。売り込みたい商品を立地や客層に照らして仮説を立て、発注数量を決めます。エンドゴンドラやレジ前で迫力のある陳列をしようとか、POPも独自のものをイラスト入りで作ろうとか、こんな商品展開にすれば売れるだろうとついつい妄想を膨らませて販売体制の準備をします。他店や平均販売数と比べて自店が数倍の販売を記録しようものなら、その優越感たるものや自信や成功体験として脳に刻まれます。一方で、棚卸しのロスや現金紛失など管理面での非常事態が起こると、やばいという気持ちと面倒な気持ちと原因究明に時間がかかり家に帰れないとの気持ちが反射的に交錯してしまいます。ロスや不正の原因追求は、店長やスーパーバイザー、統括店長にとって苦痛で尚且つ苦手な業務と言っても過言ではありません。その理由は、解決するための知識や仕事の進め方が分からないことに他なりません。ロスや不正の解決、改善には相応のノウハウが必要です。しかも、それは現場の実務を通してでしか身につかないところが厄介です。実際には、経験豊かなゾーンマネージャーやディストリクトマネージャーなどが、そのようなノウハウを店長やスーパーバイザーなどに教えていくことになります。
今回は、商品や現金の窃盗や着服などの内部不正に絞って確認していきましょう。まずは、不正の手口を知っておかないといけません。従業員による内部不正は、よくいわれる不正のトライアングル、動機と機会、そして正当化という条件が揃ったときに起き易くなることが分かっています。機会ということでは、シフトや役割分担の関係で他の人の目がない時間帯やワークスケジュールが店舗運営のなかに点在しています。ましてや、食品を扱う小売業では身の回りに「ごちそう」が溢れています。腹がすいたという直接的な生理的欲求も十分に動機になり得るのです。そして、不正は大概小さなルール違反から始まり、最後はお金に手を出すというパターンがお決まりです。たとえば、コンビニエンス・ストアやスーパーマーケットであれば、販売期限を迎えて売り場から撤去したおにぎりやデザートなどの食品を食べることから始まります。不正は、深夜や早朝で発生するケースが多く、防止するには記録と現物の照合を他のシフトリーダーや責任者が行うのも一手です。ストア・コンピュータなどに廃棄登録したリストと商品の現物を突合させてから処分するルールにします。先のような不正が疑われる場合は、そのシフトの前にゴミを処分しておき、シフト後にゴミをチェックするというのが調査の初歩です。不正者が油断していれば、簡単に現物を押さえることができます。
廃棄商品の次に正規商品、そして最後にお金の窃盗とエスカレートしていくことは、先に触れたとおりです。お金の窃盗の場合は、窃盗自体が発覚しにくいケースと発覚してもよいというあからさまなケースがあります。前者ですと、レジのオペレーションの際にお金を着服する場合が多いです。架空の返金登録や精算中止、レジマイナスなど登録の取り消しによる着服が挙げられますが、こちらは記録が残りますので、不自然にこのような操作が多い場合は、不正が疑われます。レジ操作で記録が残らない不正としては、商品のスキャンをせずに商品を販売したことにしてお客様として会計している友人や家族に渡すという、いわゆる「レジスルー」や、単品や小口の買い物の際、おつりのないちょうどの金額で代金を支払ったお客様がレシートを受け取らない場合(新聞やたばこの1個買いなど)に、レジの会計操作をクリアして現金を着服する方法が挙げられます。いずれもレジに記録が残らず、現金勘定は合いますので(商品がなくなっている棚卸し減耗としてのロスとなります)、すぐには発見が困難な不正と言えます。
現金の窃盗で発覚を恐れない事案もあります。よく起こるのは、レジ内の1万円札(万券札)が規程以上の枚数に達した場合に金庫などへ移し変える際に盗まれるケースやおつり用現金(予備金)が盗まれるケースです。いずれも、ルールや防犯カメラの死角を熟知している従業員がその知識を悪用していると言ってよいでしょう。それらの現金を含めてレジ点検や売上の確定作業である精算業務で確認すれば発覚します。ある程度、犯行可能な従業員の範囲は絞れますが、決定的証拠に欠けるケースが多く、究明がお蔵入りすることも少なくありません。
原因究明の調査では、まずは状況証拠を収集します。現金が揃っていた一番直近の時点を特定して、盗難発覚までの間の現金の出し入れの状況とその作業者が誰なのかを把握します。当然、店内の防犯カメラの映像も確認します。映像は窃盗の決定的な証拠になり得ますが、特に内部不正はこれで解決するほど単純ではありません。レジの手元や万券投入用の金庫の投入口が、防犯カメラのセッティングや角度に問題があり、映っていない場合が少なくありません。
映像やシステムの記録などの状況を十分に把握したうえで、関係者のヒアリングを実施します。事実誤認や決め付けは、もっての外です。ヒアリングする際にも、疑っているような態度や口ぶりは厳禁です。そのような疑念を避けるため、現金紛失発生に関係する時間帯のスタッフ全てをヒアリング対象にする必要があります。また、ヒアリングする側は、ヒアリングを受けたことによって知り得た情報について、第三者に開示、漏洩などを絶対に行わないよう、守秘義務を徹底する必要があります。さらに、ヒアリング対象者に対し、申告者探しをしないことや報復行為を禁止することなどを確認し、ヒアリング対象者の心理的負荷を軽減することが必要です。なにか知っていた場合、重要な情報がもたらされる可能性があります。逆に、疑っているような態度や口ぶりで「取調べ」のように感じられると、善良な未成年のスタッフの親御さんからクレームを頂くような事態にもなります。そうなると調査に大きな支障をきたしてしまいます。善良でない場合においても、疑いを逆手に利用されると見極めが困難になります。尚、ヒアリングの際には録音しておくことをお勧めいたしますし、先方が録音している可能性を前提にした方が無難です。
状況証拠から犯行の疑いがある場合でも、ヒアリングの入り口では同様の配慮をすべきでしょう。このような場合は、詳細な状況や客観的事実をもとに丁寧に確認していきます。実際に盗んでいた場合、犯行自体を単純に否定していても状況の確認を重ねることで、辻褄が合わなくなることも往々にしてあります。
初期調査で徹底的に状況を把握して、エビデンスをもとに慎重にヒアリングを進めることで、ヒアリングにおける証言の綻びを引き出すことができます。決定打が引き出せるかは、時の運もあることは否定しませんが、成功の確率を高める準備とヒアリングの手法があることも事実です。そのような事態に陥らないための教育や運営が重要であることは言うまでもありません。
【ネコさん】
パンダさんもクマさんもコンビニ業界出身者なので、この手の話には強いのよね。私は業界のことはよくわかりませんが…。業種や業態を問わず、大事にすべきことは、従業員の教育・指導だと思っています。
<「売上」と「利益」の違い>
当り前の話ですが、「売上」と「利益」は違います。それはアルバイトさんでもなんとなくわかっているはずなのですが、「売上」と「利益」が「どれくらい違うか」というと…いまいちピンと来ない方もいますよね。
よく新入社員研修などで、「売上高に対して、経常利益は何パーセントくらいあると思いますか?」という質問を投げかけるのですが、私の経験では、30~40%くらいという答えが返ってくることが多いです。実際には…もちろん、業界や会社によって異なりますが、経済産業省「平成29年経済産業省企業活動基本調査」の付表5によると、平成28年度の売上高経常利益率は、全産業の平均で5.0パーセントです。この数字を見せると、若い方々はとてもびっくりされます。理屈ではわかっていても、なかなか感覚的にはつかみづらいものなのでしょうね。大人の皆さんはいかがでしょう。担当されている職種にもよりますが、あまり実感を持った数字として、意識していない方も、実は多いのではないでしょうか。
正社員でも、大人でも、なかなか実感のわかない「利益」を、アルバイトさん等に伝えていくには、やはり工夫が必要でしょう。「お金や商品を大事に扱いなさい」と口を酸っぱくして言っても、なかなか「行動」にまで落とし込むのは難しいことです。
ここで、クマさんがよく話している、「おにぎり」の例をご紹介しますね。
フランチャイズチェーンに加盟してコンビニエンスストアを運営し、100円のおにぎり(消費税を除く)を販売するとします。
100円のおにぎりの原価率を70%(利益率30%)とすると、粗利益は30円。この30円がフランチャイズ本部と加盟店で配分されるので、仮に「本部:加盟店=6:4」とするならば、お店の取り分は12円です。ここから人件費や商品廃棄、そして棚卸減耗にかかる分等が差し引かれた金額が「最終的に」お店の「利益」になります。
ここではひとまず、お店の取り分である「12円」で考えるならば、仮に500円玉をレジの下の棚の奥に落としてしまい、まじめに探さないまま放置して、仮点検でレジ違算として計上された場合、「41.7個分のおにぎり(500円÷12円≒41,7)」をレジの下に捨てたことになります。単に「お金は丁寧に扱うように」と指導しても、なかなか心には響きませんが、「いま落とした500円玉は、おにぎり41.7個分」と指導すると、リアルにお金の大切さが伝わりますね。
同様に、時給1,000円のパートさん、アルバイトさんが、掃除や品出しもせず、1時間「レジ前でぼーっとしている」状況を放置することは、「83.3個分のおにぎり(1,000円÷12円≒83.3)」に相当する経費が有効活用されずに「ただレジ前に存在しただけ」の状況を放置したことに他なりません。
この伝え方、なかなか秀逸だと思いませんか?それぞれの業種に合わせ、こんな工夫をしていくことが、大切だと思います。
<人手不足だからこそ、「伝える力」が大切>
今や、「人手不足」で会社が倒産する時代です。クマさんが書いていますが、「この人を採用したら、本当にマズイぞ」という人は、採用しないのが賢明ではあるものの、「話せばわかる人」「理解してもらえれば、行動も変えられる人」を、「話す」ことも「理解を得ようと努力する」こともせずに追いやっていては、「人手不足倒産(閉店)」の道をまっしぐらです。
「どうしたら伝わるか」は、相手によって変わります。先ほどのような、おにぎりの例で理解してくださる人もいるでしょう。絵や図ならわかりやすい人、むしろ数字の方がイメージしやすい人、一度にたくさん言うとわからないが1つ1つ言えばわかる人などなど、人によって「最適な伝え方」は変わってくるものです。
これからお店や組織の中で、人をマネジメントしていく立場の方は、相手をよく観察し、その人に合った伝え方ができるような能力を、ますます求められるようになるのではないでしょうか。昔ながらの、同質な部下をぐいぐい引っ張っていくことを前提にしたリーダーでは、現代のニーズを満たせなくなっているかもしれません。管理職への登用要件や、管理職研修のメニューも、そろそろ見直しの時期かもしれませんよ。
実際、コミュニケーション能力向上や、指導方法に関するセミナー依頼も増えています。ネコも全国を飛び回っておりますニャン。
<懲罰について>
悪いことをしたら、それに見合った罰を与えることは、やはり必要だと思います。何のお咎めもなければ、「悪いことをし放題」になってしまいますからね。このAさんが、お金や商品をこっそり持ち出していたのであれば、それなりの罰は受けて然るべきでしょう。ただ、いきなり解雇はしないまでも、同じ店舗で働く全スタッフが、Aさんが懲罰を受けたことを知るようになったら…Aさんにとっては、その後ずっと針のむしろに座り続けるような状態で働くことになるわけで…それは自分から退職するように促されているようなものです。
このお店では、アルバイトさんの確保に苦労をされているのですよね。安易にAさんを居辛くさせて、退職させてしまえば、困るのは店長さんです。Aさんがきちんと反省し、今まで以上に責任感をもって働き続けていただけるならば、その道を閉ざしてしまうのはもったいないことです。
まずは二度と不正が起きないように、監視の目があることを認識させ、「機会」をできるだけなくすこと、そしてお金や商品の大切さをきちんと示し、安易に「正当化」できないようにすることで、「不正のトライアングル」を崩す努力をすべきでしょう。そして、店長さんとスタッフさん方との信頼関係の構築は、本当に重要です。店長さんはスタッフさん方を思いやり、スタッフさん方も、店長さんが困っていれば「協力しよう」と力を合わせてくれるような関係が…夢ですねぇ。でも、そんな夢のような世界も、全くないわけではありません。夢に向けて努力をしなければ、叶う確率はゼロですが、少しでもジタバタすれば、確率はゼロではなくなるはず。「すべきでないことは、しない」だけでなく、「すべきことは、する」ことが、HRリスクマネジメントでは、とてもとても重要なのです。
【クマさん】
パンダさんがこうした事象における調査の初動、そしてネコさんが教育指導を中心にお話しされていました。
調査の結果、仮に不正行為が事実であり、懲戒処分として解雇(形式的には自己都合退職)…と考えるとき、店長やスーパーバイザー(あるいは統括店長等のお立場の方)であれば、どうしても「人員不足」という言葉が頭をよぎるのではないでしょうか。特に24時間営業の店舗における夜勤(多くの場合、22時あるいは26時から朝までの勤務)の集めにくさを痛感しているからこそ、規程上あるいは店舗(組織)の秩序維持のためには、解雇(形式的には自己都合退職)が相当とわかっていても…と悩んでしまうことがあるように思います。
そうした時こそ、採用時のことを思い出してください。採用時、人員不足の苦しさから「見てみないふりをした」ことはなかったでしょうか。これは言うのは簡単ですが、行うのは困難です。以前、このコラムで取り上げました通り、私自身、コンビニエンスストアの店長をしていたことがありますが、どうしても、夜勤と日勤の混ざった勤務体系や学生のアルバイトのテスト休暇(地域・季節によっては田植え・稲刈り休暇)における心身の疲労から、採用面接時に甘さが出てしまうことは否めません。
繰り返しになりますが、だからこそ、採用時を振り返りたいのです。結論的には、採用時の甘さ、妥協を排除して人員不足の中でも「適性のある人材」を探す(待つ)労力は、採用時に妥協してしまった後、事例にあるようなトラブルへ対応する労力より幾分軽いのです(そう信じようと自分に言い聞かせないと乗り切れないというところが本音です)。
さて、採用時のことと言えば、まずは面接時の印象や人柄でしょうか。次に書類かもしれません。しかし、ここの書類が省かれがちです。一般に「正社員」を採用する際には、以下のような書類の提出を求めることが、就業規則等で定められているかと思います。
- ✔労働条件通知書/雇用契約書(会社が通知した労働条件に承諾したことを示すもの)
- ✔誓約書(機密保持や個人情報等情報管理に関する内容が中心かと思います)
- ✔身元保証書
- ✔健康診断書(会社側が手配して受けさせる代わりに、直近3ヵ月内に受けた健康診断の結果を提出してもらう
場合) - ✔給与所得者の扶養控除等申告書
- ✔年金手帳(基礎年金番号添付)
- ✔雇用保険被保険者証および源泉徴収票(前職者のみ)
- ✔住民票の写しまたは住民票記載事項証明書(「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等
に関する法律」(以下「番号法」という。)に定める個人番号が記載されていないものに限る。) - ✔個人番号に関する次の書類
- (1)番号法に定める個人番号カード表裏面の写し、または通知カードの写し
- (2)通知カードの写し提出する場合においては、その記載された事項がその者に係るものであることを証す
るものとして番号法に定める書類 - ✔各種資格証明書の写し(会社が指定した場合)
- ✔その他会社が必要とする書類
では、パート・アルバイトの採用時にはどうでしょうか。公的保険等、労働条件に応じて不要となる書類は別として、最低限の労働条件通知書(雇用契約書)のやりとりだけにはなっていないでしょうか。10年前なら、労働条件通知書すら、店舗(会社)が適当に説明するだけということもあり得ることでした。しかし、ご承知のように現在ではご法度であり、労働条件通知書(雇用契約書)は労使双方が同様の内容で保管することが当たり前です。もちろん、就業規則は掲示・備え付け、書面交付、あるいはストアコンピュータでの閲覧等、「見ようと思えばいつでも見られる状態」にしておかなければならないことは言うまでもありません。パート・アルバイトという出入りの激しい雇用形態においても、整備するべき書類や規程の整備ができていないことは後々のリスクとなります。
加えて、誓約書と身元保証書はいかがでしょうか。また、自動車通勤の場合には、運転免許証のコピー、自賠責および任意保険の保険証のコピー、必要に応じて運転記録証明の確認なども想定されます。またもや繰り返しになりますが、「採用時の労力はトラブル対応の労力よりは幾分軽い」と信じるならば、ここまで揃えることは決して過剰ではありません。なぜなら、こうした書類の提出を渋るようであれば、何かやましいことがあると捉えるべきだと考えるためです。特に未成年のアルバイトが身元保証書を提出しない場合や、自動車通勤でありながら各種保険証のコピーが滞る場合などが想定されます。採用面接から初出勤までの期間が短いパート・アルバイトだからこそ、提出を求めた際の反応を見極めてください。
店舗を統括する立場の方であれば、従業員を信頼して店舗を運営していることと思われます。しかし、リスクセンスという視点においては、「何らかの違和感」を大事にしてください。前述のように私が店長であったころのことです。店長として2店舗目の店舗に配属となる最初の日(初出勤となる日)、私は朝9時に出勤するべきところ、緊張して眠れず、朝4時に出勤してしまいました。すると夜勤のスタッフは初めて見る店長を不審に思ったのか、社員証の提示を求めてきました。このことは防犯上とても素晴らしいことでしたので、私は素直に応じました。しかし、その後、私がレジに行こうとするのを執拗に阻むような言動がありました。違和感を覚え、当該夜勤スタッフの退勤後に防犯カメラを精査すると、早朝シフトのスタッフが出勤した直後のレジ仮点検が「終了した後」に、レジの釣銭から500円玉を抜き取り、ポケットから硬貨をレジに入れていました。後からわかったこととしてはレジ違算が500円未満になるように調整したものと思われます。当時500円未満のレジ違算は店舗内だけで解決することになっていましたし、当該夜勤スタッフの担当した時間帯の仮点検ではレジ違算を発生させることなく、早朝のスタッフに罪を着せることができると考えたようです。
このように、「何らかの違和感」は採用時だけではなく、従業員とのファーストコンタクトでも抽出できることがあります。いずれにしても、従業員の不正について、調査を踏まえた懲戒処分の実施(前提として反不正文化を醸成する教育指導を含む)を検討する際、「人員不足」が脳裏をかすめるならば、一度採用時の甘さや妥協の有無を顧みる必要があるように思います。厳しいようですが「人員不足」は理由になりません。(解雇等による)一時的な人員不足は採用時の甘さ・妥協を改善するための授業料と思うほかないのです。
不正を含むトラブルは突然噴出した問題ではなく、場合によっては採用時からの不備がリスクとなって増殖してきた可能性を排除しきれません。人事部門の皆さまにおかれましては、店舗の統括者が採用時の書類を揃えやすいようなチェックリストを用意したり、なぜ書類の整備が必要なのかを啓蒙したりする活動をお願いしたいところです。店舗の至上命題は売上利益の拡大であるものの、足元の「ヒト・モノ・カネ」の管理の不備が店舗の屋台骨を揺るがしかねないことは言うまでもないでしょう。最前線の店舗の運営にお力添えをお願いできれば幸いです。
「HRリスク」とは、職場における、「人」に関連するリスク全般のこと。組織の健全な運営や成長を阻害する全ての要因をさします。
職場トラブル解決とHRリスクの低減に向けて、エス・ピー・ネットワークの動物たちは今日も行く!
※このコーナーで扱って欲しい「お悩み」を、随時募集しております。