不祥事対応・緊急事態対応トピックス
総合研究部 上席研究員 宮本知久
『企業不祥事・緊急事態対応トピックス』の第2回では、企業不祥事における一連の対応で、メディアからの質問や顧客からの問い合わせに対応するための想定問答集作成のポイントをご紹介します。
1.企業不祥事対応の目的
想定問答集の前に、企業不祥事対応の目的に少し触れておく。
企業不祥事対応の目的は、危機対応計画の実行によって、事業継続と社会への責任を果たすことにある。その不祥事によって被害、損害を与えたステークホルダーに謝罪と説明を行うことで、企業の事業継続に向けダメージを極小化することにある。
【企業不祥事が起きたときの主な企業への影響】
- 社会的信用の低下
- ブランドイメージの失墜
- 業績の悪化
- 経営者への責任追及
- 株価の下落
- 従業員のモチベーション低下
また、企業不祥事の恐ろしさとして、対応にあたる担当者が離職したり、最悪の場合、自殺したりした事例もある。発表以降は謝罪対応に追われることから、長時間勤務や叱責が重なることによって心身を病むといった担当者も存在し、従業員の命と健康を脅かす影響も考慮して対応に当たらなければならない。不祥事対応はまさに危機事態といえる。
さて、想定問答集はこれら不祥事対応の目的を実現するための実務ツールのひとつだ。
2.想定問答集(Q&A)作成の目的
不祥事を起こした企業が事業継続と社会への責任を果たすにあたり、実際に謝罪と説明にあたる役員や担当者が、質問や問い合わせに対し間違った回答を示すと企業の信頼低下を生む。緊急記者会見の質疑応答で、登壇者が被害者軽視と感じさせる回答をしたことで、より一層の非難を生んだなどの事例が失敗の典型である。
すなわち想定問答集作成の目的は、謝罪と説明にあたる役員や担当者が、会社の方針を正確に回答できるように、原則的な対応方針と会社見解をまとめることにある。
また、想定問答集は“作成のプロセスにある方針の検討”が極めて重要だ。作成に取り掛かったあと「当社が社会的責任を果たすにあたって、ほんとうにこの方針でよいのか…」と経営陣と担当者で考えを巡らせて議論し、自社がステークホルダーに説明責任を果たせる方針になっているかや、決定すべき方針の抜け漏れがないかを確認し、取るべき対応を見直すことが重要である。
【想定問答集(Q&A)作成の主な目的】
- 回答者が、間違った回答を示すことによる失敗を防ぐ目的
- 不祥事に対し会社が取る対応方針を社内関係者に伝える目的
- 決めるべき対応方針の正しさや抜け漏れを確認する目的
3.想定問答集作成に不可欠な4つの観点での考察
多くの不祥事では対策本部(名称を「対応チーム」とすることもある)を編成し、対策本部の事務局、被害者対応チーム、顧客対応チーム、広報チーム等が連携して想定問答集を作成する。作成担当者には、ふさわしい想定問答を作成するために必要な考察力が備わっておくべきで、観点を4つにまとめて紹介する。
ところで、想定問答集は回答(Q&AのAのほう)も大切だが、実は、回答を作成する前に行う質問(Q&AのQのほう)を考える作業も重要である。質問してくる相手の立場や心情などを踏まえ、どのような質問がどのような局面で出されるのかを想像して練り上げる必要がある。このため4つのうち3つは「質問」を考えるための観点である。
(1)質問を予測する
“誰がいつどこで何を質問してくるのか”を予測できなければならない。
そして、この考察と整理の結果、想定問答集は記者会見用、株主・投資家用、顧客対応用と使う部署と場面に応じ、分割して使うことが多い。なお「分割」はあってよいが、回答する方針は統一していなければならない。顧客とメディアで別の方針を回答するといったことが生じれば、混乱はおろか、不誠実かつ隠ぺい体質だとの非難につながる。このような問題も踏まえ、回答を作る前に、誰からどんな質問が来るのかの考察が大切だ。
- 誰が質問してくるか 顧客?取引先?メディア?
- いつ質問してくるか 発表直後?謝罪面談時?
- どこで質問してくるか 記者会見?コールセンター?謝罪訪問先?
- 何を質問してくるか 事案の内容?原因?企業責任?補償?
(2)質問する理由を想像する
質問の相手が、どのような理由で質問してくるのかの考察。「社長は辞任するのですか」という質問を投げられたとして、会社の決定事項を確認したいから質問しているのか、辞任してほしいと思っているから質問しているのかでは、「辞任しない」という回答だとして、回答によって一定の信頼を保つために、回答の言い回しを変えるべきである。
- 知らないことを知りたいから質問するのか
- 知っていることを確かめたいから質問するのか
- 誰かに説明するために質問するのか
- 要求を通したいから質問するのか
- 欲しい回答を引き出すために質問するのか
- 回答に納得できないから質問するのか
(3)次の質問を予測する
相手の質問に答えたあと次に出るであろう質問の考察。
例えば「一律の補償は行いません」と回答し、次に「なぜですか」と質問が来ると予想できる場合、「当社は謝罪と説明で責任を果たすこととしております。すべての方に一律に金銭補償を行うことはございません、なお損害を訴える方がいらっしゃいましたら、誠実にご要望をお伺いして説明を申し上げる次第です」などと、ある程度、詳しく先に回答することで「なぜですか」という質問が出にくくすることができる。誤解のないように書き添えると、次の質問による追及を防ぐというよりは、質問の相手に信頼に値する回答を返すには、その相手が知りたいと思っていることを、質問される前に説明できることが、企業の信頼回復に向けた実務的な回答方法なのだ。
- 理由を問う質問 「なぜできないの?」「なぜそう決めたの?」
- 決定者を問う質問 「誰がそう決めたの?」「指示があったの?」
- 時間を問う質問 「いつ決めたの?」「いつから決まっていたの?」
(4)回答の使われ方を予測する
誰がどの場面で回答したとしても、その回答は会社見解となる。回答したあとメディアやSNSに「~~社の方針、見解」と掲載、投稿されて、社会に広く知られるとの前提に立ち、企業姿勢を疑われないような回答を考察することが大切だ。
- 報道の記事に使われる 新聞?テレビのニュース?
- SNS投稿に使われる X?株価掲示板?
- 取引先社内での説明に使われる 社内会議で発表?
- 家族や友人との会話に使われる うわさ話?
自社とその不祥事が社会からどのように見られているかを、4つの考察を経て客観的に捉え、回答したあとの影響を予測し、逆算で“今、どのように回答すべきか”を決めることが重要である。もし想定問答集に、相手に不誠実と受け取られるような回答を盛り込み、そして実際の謝罪の場面で使えば言うまでもなく非難を招く。十分に考察のうえ、実際の作成作業(想定問答集の記述)に取り掛かる。
4.作成にあたってのポイント
4つの考察を踏まえ、実際に想定問答集の記述を進めるうえでのポイントを紹介する。
(1)Qの決め方
どの従業員が読んでもわかりやすい文章で書く。Qの記述を間違うとAも間違えるのでQが特に重要。
わかりにくいQ あいまいな質問/質問の混在 |
→ | わかりやすいQ 具体的な質問/一問一答 |
---|---|---|
対応を具体的に答えてください | → | 会社の対応方針を教えてください |
もし収束しなかったらどうするのですか | → | 今後の収束の見通しを教えてください |
ガバナンス等が機能していなかったといえますか | → | ガバナンスが機能しなかった原因を教えてください |
次回の発表は上旬・中旬・下旬のいつですか | → | 今後、公表の予定はありますか |
補償を行わない会社など信頼されない。納得できる金額ですか | → | 補償を行う場合、金額はいくらですか |
【実践の場で特に注意すべきQの追加】
また、批判的な質問も盛り込み、応答のトレーニングに活かすのがよい。
決めつけ | 社長が辞任しなければならないことは明白なわけですが、なぜ辞任しないのですか。 公表まで3カ月、経っており、隠ぺいしていたとしか思えません。隠ぺいしていたのですか |
世論の引用 | 世間では「廃業したほうがよい」という意見が多いです。廃業も視野に検討を進めていますか |
仮定の一般化 | 同種の不祥事は必ず再発します。再発したらどのように対応しますか |
他社との比較 | X社では○円の補償を決定していますが、御社は補償しないのですか |
過去の事案との比較 | ○年前に公表した不祥事では~~の対策を講じていますが、今回行わない理由を教えてください |
(2)Aの決め方
“回答後の次の質問”、“回答の使われ方”を予測し、その質問に対する具体的活動や行動で答えるか、企業姿勢や決意表明で答えるかを選ぶ。
Qの例① 「被害を受けた人への金銭補償は行うのですか」
具体的な判断や活動で答える場合のA | たいへん申し訳ございませんが金銭補償は行いません |
企業姿勢や決意表明で答える場合のA | 信頼回復に向け、誠実に謝罪と再発防止策に取り組んでまいります |
Qの例② 「代表取締役は辞任するのですか」
具体的な判断や活動で答える場合のA | 代表取締役は辞任せず、会社の立て直しにまい進してまいります |
企業姿勢や決意表明で答える場合のA | 代表取締役の意思決定のあり方を含めて検証し、外部の有識者からの助言をもとにガバナンス体制の強化に取り組んでまいります |
5.代表的な想定問答集の項目
おわりに、不祥事対応における典型的な想定問答集の項目を紹介する。サンプルを用いて網羅的に作成することで抜け漏れを防ぎ、かつ自社の方針を見直すことにつながる。
- 事案の概要
- 被害状況
- 経緯(発覚から現在まで)
- 経緯(発生から発覚まで)
- 原因
- 安全性
- 違法性
- 事前予防策
- 対応(応急的対策)
- 公表の方法
- 再発防止策(恒久的対策)
- 補償
- 決算・業績への影響
- 引責
- ガバナンス
- 今後の見通し
筆者は、皆さまの会社で不祥事が起きてほしいとは思っていない。リスクマネジメント強化にあたり、「実際に起きうる有事を想定して平時のリスクマネジメントを検討する」「有事の備えとして不祥事を想定した実務的な想定問答集のサンプルを用意しておく」といった対策にぜひ取り組んでいただきたい。
また、想定問答集は、平時におけるコールセンターでの問い合わせ対応、株主総会、IR説明会、新製品発表会、製品説明書などでも多用される。本稿はこれらの作成にもお役立ていただけると考えている。ぜひ参考にしていただきたい。