SPNの眼
2012年は、東日本大震災からの復興、そして、暴力団排除条例の全都道府県での全面施行をふまえた1年でもありました。
今年最後のSPNの眼ではこの二つについて考えてみたいと思います。
1.東日本大震災復興から1年が過ぎて
前回のSPNの眼で、「震災後の復興支援と被災地の現状・要請とのミスマッチ」とその検証についてお話しました。
先日も私の実家である気仙沼に戻り、防潮堤の市民会議に出席したり、市役所の関係者とも会談してきましたが、本格的な復興計画は未だ進んでいない現状に変わりはなく、復興事業の期限が迫っている中、特に地元の業者、重機並びに作業員等の不足や公共入札価格の安さ等から、入札が成立せず公共事業が進まない状況が散見されました。地元の工事関係者だけでは対応が難しいことから、他の地域からの様々な企業が支店登記を行い、復興工事に参入しているのですが、その業者の中には反社会的勢力等との関係が地元企業関係者から囁かれるケースが多くなってきているようです。
市役所の関係者と面談した際に、その点に話を向けてみると「やはりそんな状況ですか…」「痛し痒しなんですよね」と頭を抱えていたのが印象的でした。復興工事に参入してくる企業に様々な厳しい規制を課してしまうと復興予算計画の工期に実際の工事が全く追いつかず、工期が間に合わなければ予算が付かない、という懸念から「とにかく工事をやってくれる企業であれば」ということになってしまっているのが現状のようです。
私の方から暴力団排除に関する市の条例を議会で検討するなども進めた方が良いのではないか等の話もしているのですが、その準備等を行う職員も、復興事業の関係業務に震災直後から休み無く対応していることや、議会で検討しなければならない復興関係の議題が山積しており、暴力団排除条例までは到底対応できる状態ではないのです。
反社会的勢力は、このように「痛し痒しの状況」を巧みに利用して事業活動を行い、資金源を作ってきます。原発作業員の派遣会社に暴力団が関与していた事例もその典型といえます。誰かが被曝してでも作業をせざるを得ず、その作業をしてくれる人員を手配してくれる会社があるのなら…、このような反社会的勢力のビジネスの実態を改めて理解いただきたいと思います。
企業の平時の事業活動に置き換えれば、企業再生や事業建て直し、著しい業績悪化からの回復を意図して営業を強化したいという、まさにその「痛し痒し」の時に反社会的勢力に入りこまれるリスクが高まるといえるでしょう。経済不況や経営不振のときこそ、反社会的勢力対策コストを削減しては、それこそ彼らの餌食になりかねないのです。
そんな状況の中、衆議院解散総選挙が今月16日に行われようとしています。各政党の政権公約(マニフェスト)では、原発、消費税、TPP、デフレ脱却等についてだけがクローズアップされています。悲しいかな、復興計画の具体的対策と方針については蚊帳の外という感じがしています。地元に帰る度に、被災地だけが、震災直後から確かに復興に向けて進んではいるものの、「時間軸」がそこだけゆっくりと動いているようで、今後の復興計画に不安感を感じてしまうのですが、それは私だけでしょうか?
もちろん各政党のマニフェストを詳細に確認した訳ではないですし、マスコミも、脱原発、消費税などの論点を中心に報道していることもそう感じる要因ではあるかもしれません。いずれにしても、被災地からすれば、先ずは復興計画の着実な実行による地域経済・生活の復旧を強く望んでいるにもかかわらず、復旧・復興は一向に進まず、更には、復興計画を進めてきた政党が政権を失いますます計画が遅れるのではないか…という不安感を超えた「憤り」さえ覚えます。
国を1つの企業として考えた場合、国(企業)の経営陣が短期間に入れ替わり、そのたびに国の理念(経営理念)や方針・計画がころころと変わってしまうのでは、国(企業)に関わるステークホルダーはそれらにかき回されて自らの計画すら腰を据えて立てられません。そして、国との取引関係にある国内外の企業は、国外へ新たな安定した取引先の開拓を加速化せざるを得ない状態となり、国内産業の空洞化、それに伴う雇用喪失の方向に今の日本が向かっているような気がします。
「日本」という組織の危機管理体制(リスクマネジメント体制)が、他国と比べて如何に脆弱かとうことは、今までの数多くの災害・事故対策(検証・再発防止策含む)、海外との交渉、閣僚等の不適切発言などからも、組織のガバナンス機能が欠如している点とあわせて明らかだと思います。逆に「日本」という組織の取引先である国内企業の方が、危機管理対応のミスが企業存続の危機になりうるという観点から、会社法や金融商品取引法などの各種法令順守の徹底やステークホルダーに対する適正かつ適切な対応を行っていると思います。
「日本」という組織は、古い体質の企業によく似ています。もっと自らの危機管理体制の脆弱性を認識して、組織を取り巻く社会・世界のリスク環境の変化を収集して、迅速かつ適切・適宜な方針・対策を行っていけるような体制作りを本格的に進めて構築しないと取り返しのつかないことになるのではないでしょうか。今回の選挙でどの政党が主導権を握るにしても、「日本」という組織の危機管理体制をしっかりと構築し、リスク環境の変化に柔軟に対応して、「実行できる日本」という組織体を作ってほしいと思います。
このような現状は企業のリスクマネジメント体制整備の際の阻害要因に似ています。目的や本質論、優先順位が明確にされておらず、それぞれの部署・部門が部分最適の視点から、お互いの主張をぶつけあうばかりで、組織の意思決定(方針)が朝令暮改的にブレ、肝心のアクションや問題点の改善が遅々として進まないという企業におけるリスクマネジメント体制強化のプロジェクトの失敗例をそこに見ているような気がします。
2.暴力団排除条例施行から1年が過ぎて
昨年10月に、東京・沖縄での施行をもって全国47都道府県で暴力団排除条例が施行されましたが、それから1年が過ぎ、その効果と今後の問題点について考えてみたいと思います。
暴力団排除条例(以下「暴排条例」)が福岡県で最初に施行された当時(2010年4月)は、危機管理的なセンスを持ち合わせている企業や金融庁等の監督官庁からの厳しい指導や規制のある業界・企業は、暴排条例の全面施行を想定して反社会的勢力に関する対策の準備を早い段階から進めていたところもありましたが、大半の企業は、同業他社や監督官庁等の動きを見ながら自社だけが突出して取り組みを先行させ、反社会的勢力のターゲットやマスコミ等の餌食になりたくないという考えからか、特段大きな反応を見せていなかったように思われます。
しかし、条例が全国的に制定・施行されて行くうちに、また、日本の経済の中心でもある東京で暴排条例が施行されたことによって、全国的かつ本格的に暴排条例への適応事案が加速し始めたと言えます。全面施行後しばらくして周囲の様子や取引先等からの要請等で反社会的勢力体制整備を始めたという状況です。
対する反社会的勢力側も、以前からの抗争や組織間による揉め事での事件は起こしていたものの、暴排条例絡みでの事案はとりわけ少ないものでした。しかし、福岡県だけは他の都道府県とはちょっと様子か違うように思えるのです。
福岡県もまた公共事業からの反社会的勢力等の排除から着手し始めたのですが、公共事業の取りまとめ役的な存在である民間企業の社長や捜査担当であった元警察官に対する発砲事件など、警察の取り締まりが厳しくなる最中でも報復行動を活発に行い、同県の暴排条例に定める反社会的勢力の来店を断る「標章」を掲げる飲食店に対する嫌がらせや放火などが続いています。
このような事例を見ると、もちろん、地方の「気質」といった側面もあると思いますが、公共事業は地元の反社会的勢力等にとっては長年「シノギ」としてきた領域であり、組織の資金源の中枢であったが故に、彼らの猛烈な抵抗にあっている、言い換えれば、福岡県内の反社会的勢力の資金源の中核が公共事業等によって成り立っていたという証であると考えられるのです。そして、その関係の遮断はやはり一筋縄ではいかないだろうとも思われるのです。
一方、巨大な経済圏である東京等で経済ヤクザとして「シノギ」をしている反社会的勢力にとっては、「シノギ」の種類自体が多種多様であり、また巧妙に手口等を変えてその形態を柔軟に変形させていくことが出来るので、暴排条例施行後であっても、福岡県のような報復行動等は一切起きていないのです。つまり、経済ヤクザの本音としては、今、報復行動に出てしまうことで、水面下で手口や形態を巧妙に変化させている「シノギ」の実態を暴かれたくはない、ということなのではないでしょうか。
今回の暴排条例等の暴力団規制とそれに伴う官民の取り組みの強化が、各地の反社会的勢力等の「シノギ」の状況を的確に捉えた内容となっていればこそ、彼らに対するけん制効果、打撃はそれだけ大きいものと言えるのです。経済ヤクザの「シノギ」の中核に手を付けた瞬間、福岡県と同じように報復行動が他の自治体でも発生する可能性は高く、その時こそ今回の暴排条例の本来の効果が示される時でもあると思います。
ただし、暴排条例については、まだまだ検討が必要な点が多いのも事実です。一番の問題は、反社会的勢力と認定する判断基準です。暴排条例では、通称「5年卒業基準」といわれる暴力団組織から脱退して5年以上経過したものは「元暴力団員」という括りから除外されることになっていますが、それでは、暴力団なのか、既に脱退しているのかという判断を誰が行うのかという問題があります。
昨年12月の警察庁の内部通達(「暴力団排除等のための部外への情報提供について」)によって、企業が、自らまたは第三者に取引先等に関して反社会的勢力関係者であるか否かについて調査した結果、取引先がグレーであった場合など、警察等が一定の条件のもとで対象の暴力団該当性について回答をしてくれることになりました。
しかし、この通達による警察からの反社会的勢力関連情報の提供に関しては、実際のところ、現在、警察当局に反社会的勢力等の有無についての問い合わせが出来る件数が限られており、その要因としては次のような問題があるものと考えられます。
- 警察内部においても、暴力団構成員であるか脱退した人物なのかについての情報整理が追いついていない可能性があること
- 反社会的勢力も身分を隠蔽・偽装離脱したり、全くの堅気を利用したりして水面下での行動を行うようになる等の暴力団の実態の不透明化や暴力団側の警察への対抗姿勢により暴力団側からの情報が入手し難い現状があること
- 警察当局も、公的機関が対象者を反社会的勢力であるまたは現在でも組織を脱退していないという事実を、疎明資料とともに確認しないと回答できないため、回答頂くまでに相当の時間を要する(情報の内容及び情報提供の正当性について警察が立証する責任を負わなければならないと同通達には記載があるため)こと
- 上記の警察側の慎重な対応の背景として、警察当局等の判断に対して訴訟を起こすなどして、公的機関に圧力をかけてきていることも影響していると考えられること(現に、広島県では、警察情報に基づき県が生活保護の支給を行わなかったケースで、県側が敗訴している事例等がある)
警察側が抱える問題点として考えられるものをいくつか列記しましたが、私どもも、健全度分析等の業務を通じて、同様のケースに直面することがあります。このような反社会的勢力の認定に関する局面に対する危機管理方策としては、当社では、過去の事実として反社会的勢力関係者であった事実は揺るがしようのない事実として、ただし、今現在組織に所属しているか否かについてのものでないとの回答に留め、対象者が反社会的勢力等を脱退して関係がないと主張するのであれば、その事実の証明は対象者本人にあるとする判例(平成22年大阪高裁)を参照しながら対応すること(誓約書や確約書、表明保証等を徴集する等)を提唱しています。極端な話ではありますが、警察当局も、上記判例をベースに対応することも、検討していってはどうかと考えます。
そして、反社会的勢力の認定の問題をクリアにできなくても、その次には、取引可否の判断が控えています。反社会的勢力かどうか疑わしい場合に、当該対象と取引をしなければ、関係遮断は実現できるわけですから、企業における反社会的勢力排除の危機管理実務としては、「反社会的勢力該当性の判断」→「当該対象者との取引可否の判断」という2つのフィルターが必要になるのです。そして、取引可否の判断基準としては、反社会的勢力等の有無のみをその材料とするのではなく、企業として「取引をすることが総合的に思わしくない」とする取引上の判断基準や規定とその「思わしくない」とされる事例を数多く探し出したり、想定したり、積み重ねたりしながら、取引上のリスクヘッジをしていくことを強くお勧めしたいと思います。反社会的勢力排除条項の法律上の根拠として私的自治(契約自由)の法理が提唱されることがありますが、正に企業の姿勢として、契約の相手方とするかどうかは、企業の意思・企業姿勢と言えるのです。