SPNの眼
東日本大震災から2年が過ぎ、企業における事業継続マネジメントシステム(BCMS)の状況もやや落ち着きを取り戻している。3.11の教訓を踏まえ、自社のBCMSを精査し、改善に努めている企業も有れば、ようやく、BCMSの作成に取り掛かった企業もある。昨年のISO22301の発効の影響もあり、いよいよ企業の危機管理対策の一環としてBCMSの整備が不可避の状況になってきたということができるであろう(但し、BCMSはISO22301(第三者認証規格)及び、その付属規格であるISO22313(ガイダンス)を漫然と整備する、あるいは取得すればよいとうものではないことは、既に当社のリスクフォーカスレポート等で指摘したとおりである)。
1.ここで改めてBCMS策定の意味合い、特に、現時点において策定する意味を考えてみよう。実は、この点が真にBCMSの実効性を確保するために欠かせない視点となると考えるからである。皆さんが現在策定整備しているBCMSはどのような事態を想定しているものであろうか。既に発生事象(例えば地震やインフルエンザ等)ベースのBCPから結果事象(例えば本社社屋や工場の機能停止(原因は問わない))ベースのBCP作成の必要性が声高に叫ばれ、その視点からBCMSを徐々に強化している企業も少なくないと思うが、いかに結果事象とはいえ、個別の発生事象を想定しなければ、そもそも発生事象によりもたらされる結果が想定できないことから、ある程度、発生事象をベースとした発想をしなければ実際の作業は進められない。そして、多くの企業で、現時点のBCMS強化ないし、BCP策定のプロセスにおいては、首都直下地震や東海・東南海地震等の巨大地震は無視できないことは揺るがしようのない事実であろう。
首都直下地震や東海・東南海地震の被害は、東日本大震災を上回るものと予想される。東日本大震災では、製造のための工場や拠点が多く立地していた東北・北関東地方が被害を受けたが、首都直下地震となれば、多くの企業の本社機能や国家の中枢機関の機能が被害を受ける可能性は決して低くない。また東海地震では東海道を中心とする国内の物流の大動脈が寸断されることも考えられる。要は、もはや東日本大震災でも既に起こったように、一企業の存続や事業継続のみならず、地域の事業継続(DCP)、そして広域社会の継続が脅かされる事態に備えなればならない状況にあるのである。
現時点で各企業が、あるいは日本国家の一員として考えなければならないのは、一企業の存続や事業継続のみならず、(地域ないし広域)社会の存続(社会機能の早期回復)をいかに実現するかであるといえる。端的に言えば、現時点においてBCMSを強化する上で各企業が考慮しておかなければならないのは、自社のBCMSを整備・強化していくことはもちろんのこと、社会の一員として、社会機能の維持・回復にいかに貢献・協力できるか、言い換えれば、他企業や行政・地域といかに連携できるかである。
2.このことを示唆するかのように、内閣府(防災担当)より、東日本大震災から2年を迎える本年3月に「企業の事業継続マネジメントにおける連携訓練の手引き」が公表されている。そこで、まず、この手引きの問題意識を抜粋しておこう。(以下、ページは、本手引きの記事ページを指す)
- 事業継続マネジメント(BCM)を検討・活用している企業の割合は年々増加していますが、取引先等との連携訓練の実施にはいたっていないケースが大半です。内閣府が平成23年11月に実施したアンケート調査によれば、連携訓練の実施率は大企業でも8%に留まっています。(1ページ)
- 東日本大震災やタイにおける大洪水のような広域かつ甚大な災害が発生した結果、自社だけではなく、多くの取引先企業を含むサプライチェーン全体の事業継続性の確保が極めて重要であることが明らかになりました。(1ページ)
- 東日本大震災では、個別企業のレベルで製品の生産能力が回復しても、被災した取引先から部品・材料の供給が途絶えサプライチェーンが復旧しないことが問題視されました。事業の早期復旧・継続をより確実なものとするためには、個別企業だけではなく取引先等の範囲まで連携を拡大しなくてはならないことがわかりました。(2ページ)
- 以上の通り、政府や多くの企業の問題意識を明確に指摘しており、現時点におけるBCMSの求める到達点としては、事業者間の連携は不可避の状況であり、そのための具体的な対策や訓練の実施が重要であるといえる。
3.そこで、今回のSPNの眼は、この「「企業の事業継続マネジメントにおける連携訓練の手引き」(以下、手引き)のポイントを整理しつつ、連携(訓練)の在り方について考察してみたい。
1)内閣の考えるBCM強化のポイント
今回の手引きでは、事業継続には様々なリスクに対応できる柔軟なBCMの構築が必要であり、BCMの構築の際のリスクの視点として、事業継続6大リスク(①事故・災害、②法令違反、③事業・戦略、④経営・財務、⑤人事・労務、⑥政治・経済)を提示している。そしてそれぞれについて供給サイドに影響を与えるリスク要因を特定しつつ、内閣府の「事業継続ガイドライン」と「連携訓練の手引き」を活用して、企業の事業継続力を高めるべきとしている。(2ページ)
2)連携訓練とは
連携訓練実施の重要な考え方として、「大規模災害に被災した状況を想定し、初動からの流れを時系列で捉え、部門・グループ内連携、サプライチェーンに関わる取引先企業、地域連携、官民連携などで考えること」を挙げている。具体的には、「災害の発生後の「初動⇒応急⇒復旧⇒復興」という災害段階を縦軸に、点(部門連携、グループ連携)、線(取引先連携)、面(地域連携、業界連携)、層(官公庁、指定公共団体)という連携範囲を横軸に設定」し、「マトリクス上に具体的な訓練名を記載していく」としている。訓練の種類としては、「通信訓練」「被害状況共有訓練」「サプライチェーン継続訓練」「マネーチェーン継続訓練」を例示している。(3ページ)
マネーチェーン継続訓練などは、一つの企業だけでは確保に限界があるキャッシュフローに関する知見として、ぜひとも積極的に進めいくことが重要である。但し、企業間の資金提供等については、経営上の重要な影響を及ぼす事項だけに、銀行や政府等、国が主導となった積極的な財政対応が必須である。
なお、連携訓練の重要ポイントとメリットについては、
- 「自社のBCMを事前に構築しておくことが大前提ですが、仕入先や納品先などの取引先企業がBCMを構築しているか、どこまで積極的に取り組んでいるかを把握する必要があります。そのためには、まず経営者同士が連携訓練の重要性を認識し、互いのBCMについて情報交換しておくことが求められます」
- 「BCMについての考え方が企業間で異なるケースも想定されますが、通信訓練、被害状況共有訓練、サプライチェーン継続訓練、マネーチェーン継続訓練などの「部分的な」訓練を進めることが重要です」
- 「成功のポイントは、「部分的な」連携訓練を実施すると同時に、そこで培った習熟度と信頼関係をもとに、訓練のレベルを向上させていくことにあります」
と記述している(4ページ)
3)その他
そして、以後のページで連携訓練の進め方やシナリオについてそれぞれ説明しており、慣れていない企業の担当者にとっては、あるいは企業間での連携を行なう場合の視点としてどんなものがあるかを確認する上では、参考になる記述が多い。
また、15ぺージには、「通信手段の種類と特徴」として一般電話や携帯電話、ネットや無線等の各通信手段について端的に整理されており、連携訓練だけではなく、自社のBCPにおける情報連絡・共有体制について検討する際にも参考になるであろう。
さらに、18ページには、サプライチェーン継続訓練の留意点が、19ページ、20ページにはマネーチェーン継続訓練についてのイメージが書かれている。
そして、総括として、「連携訓練に「完璧」は存在しませんが、訓練を通じて互いに習熟度と信頼度を高めていくことで、いざ緊急時の速やかで自律的な行動にも結びつくでしょう。どのようなリスクが顕在化するかわからない今だからこそ、経営者は事業継続における「理念」を明確にして、連携訓練を繰り返し、社員や取引先、さらには地域等にその意識を浸透させていくことも大切です」と締めくくっている。
4.なお、BCMSについて、企業間等での連携が重要なこと、そしてそれが企業の事業危機管理に繋がるものであることは、当社においても以前より提唱・提言しているところである。
当社では、東日本大震災発生直後に実施した当時のSPクラブ会員企業を対象としたアンケートを、「SPNレポートSeries3~企業における震災リスク・BCPの取組み編~(東日本大震災を踏まえて)」として公表しているが、その中で、既にBCPに関する企業間での連携の実態や課題を明らかにしている。そこでは、BCPについて、取引先と何らかの協議・連携を行なっている企業は9%に過ぎなかった。
また、当社では昨年、日本危機管理学会第21期年次大会において、BCMSに関するリスクフォーカスレポートの執筆者でもある総合研究室の西尾が、「社会連携型事業継続の必要性と物理的代替対策主眼の克服」と題した学会報告を行なっている。その内容は、同学会の年次報告「危機管理研究第21号」に「社会連携」による「社会機能と事業の継続」と題した論文(千葉科学大学危機管理学研究科教授との共同研究)が掲載されている(なお、当社としての公式見解ではない)。その中から、今回のテーマに関する提言を抜粋して、今回のSPNの眼を総括したい。
- 「未曾有の大震災を経験した教訓を踏まえて、事業継続について考えなければならないのは、企業単体の事業継続がどうあるべきかではなく、社会との調和の取れた事業継続の在り方であり、言い換えれば、BCPからDCPへ発展してきた連携を一層進展させ、社会全体での連携により社会継続計画(SocialContinuityPlan)を明確にしていくことの重要性、そして、その実現のための社会連携による社会継続マネジメント(SocialContinuityManagement)についてである」(1)
- 「大災害後の事業継続が問題となる状況では、企業にとっては、まさに目の前の現実(被災状況やその余波)が最大の「敵」である。この状況で、自社の生存のみを志向して同業他社(や世間)という「敵」を新たに作るか、同業者等とも手を組み相互協力し、「味方」として、目の前の最大の敵からの共存を図るか、どちらの選択肢が賢明かは一目瞭然である。」(2)
- 「依然として、事業継続を実現するためには事業の復旧だけではなく、インフラ復旧に協力して社会の機能維持・回復を優先させる必要があることの認識と社会的理解と社会的合意が形成されていない」(3)
- 「納入先企業の生産設備が地震等で稼動できない、あるいは同社のBCPにより稼動を停止しているにも関わらず、平時のフル稼働での生産を前提とした原材料等を納品することは必ずしも合理的ではない。一方で、設備は稼動できるが原材料が入手できない事業者も存在するのであり、そのような場合は、特定の企業集団で余剰となっている原材料は他の事業者に回し、社会全体での生産量を確保した方が合理的である。」(4)
- サプライチェーンマネジメント(SupplyChainManagement)は、社会連携による社会継続マネジメント(SocialContinuityManagement)により実現できる」(5)
(引用文献)
(1)西尾晋ほか、「社会連携」による「社会機能と事業の継続」、『危機管理研究』第21号、2013、p.22
(2)(3)西尾晋ほか、「社会連携」による「社会機能と事業の継続」、『危機管理研究』第21号、2013、p.25
(4)(5)西尾晋ほか、「社会連携」による「社会機能と事業の継続」、『危機管理研究』第21号、2013、p.28
(参考文献)
- 内閣府(防災担当)、「企業の事業継続マネジメントにおける連携訓練の手引き」(2013)
http://www.bousai.go.jp/kyoiku/kigyou/topics/pdf/tebiki13_03.pdf - 株式会社エス・ピー・ネットワーク、「SPNレポートSeries3~企業における震災リスク・BCPの取組み編~(東日本大震災を踏まえて)」(2011)
https://www.sp-network.co.jp/spnreports03.html - 日本危機管理学会、危機管理研究第21号(2013)