SPNの眼

危機管理おやじのつぶやき~リスクマネジメントの「き・め・て」~(2013.7)

2013.07.03
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1.接客の極意「き・め・て」とリスクマネジメントとしての「決めて!」

 先日、福岡に出張した際に立ち寄った料理屋さんでの出来事ですが、水炊き料理を注文したところ、配膳の際にゆず胡椒が多めに付いてきました。責任者らしき年配の女性から「先程お酒をお持ちした若い子がお客様たちのお話の中で、ゆず胡椒がお好きだということを耳にして、多めにお持ちしました」と言われました。

 ほんの些細なことかもしれませんが、顧客対応において必要な「き・め・て」(「き」・・気配り、「め」・・目配り、「て」・・手配り)をしっかり抑えているなと感心しました。

 帰り際に、先程の若い子は高校生のアルバイトだと聞きました。社員か、アルバイトかという身分に関係なく、常に自分の仕事や業務に対し問題意識や向上心・プライド等を持って、向き合うこと(気配り)で、必要なことや、改善しなければいけないこと(目配り)などが自ずと見えてくるものです。

 気配り、目配りして、必要なことに気付いても、アクション(手配り)を起こして対応しなければ、その心遣いは相手に伝わりません。先ほどのアルバイトの子は、高校生でありながら、とにかく顧客対応をしっかり行おうと業務に真摯に向き合う意識を持っていたために、その中で顧客の些細な要望を見つけて、それを女将に伝え、女将が手配りをしてゆず胡椒を多めに出すという対応を通じて、お店としての心遣いを私達に示してくれたのです。

 この料理店の配膳係りの方には他に先輩らしき方もいましたが、配膳の際にこぼれた水を私たちがふき取っていても、一声かけておしぼりでふき取るなどの対応をすることはありませんでした。

 この先輩スタッフも、新人当時から先程のアルバイトの子のような「き・め・て」を持っているはずです。たまたま気づかなかっただけかもしれませんが、色々なこと(自分の気配り、目配りが活かされなかった等)があったり、日々の顧客対応や職場環境に慣れていくなかで、業務を取り巻く多様な環境変化が起因して、本人が業務に向き合う姿勢を変化させ、「き・め・て」の実践をこの時は忘れてしまったのかもしれません。

 接客における「き・め・て」はリスクマネジメント上の「きめて(決め手)」と類似するものがあります。日常の業務においてリスク、ミドルクライシス要因に”気を配り”、その要因を”目配り”して確認し、”手配り”して対策を実行するという点です。特に、”気配り”については、接客とリスクマネジメントともにほぼ同じで、各位が常に意識を持って業務に接して、いかに問題点に気付くかという部分が重要なのです。

 但し、リスクマネジメントの場合には、”目配り”する者と”手配り”する者の選定に当たって、”気配り”する者とは、異なる適性を持つ者を選ぶとか、属人的ではない組織的配慮が必要になります。

 もしかしたら、福岡の料理店では、過去にこのあたりの組織的配慮が欠けていたために、先の先輩スタッフの場合は、気配り・目配り・手配りという接客における極意である「き・め・て」が、いつまにか、「(自分の仕事を)決めて!」という形で変化してしまい、業務を行う上での心遣いやリスクマネジメントの意識が低下してしまったのかもしれません。

2.接客の極意とリスクマネジメントの極意の共通性

 接客の「き・め・て」もリスクマネジメントの「き・め・て」も、企業側にとっては、如何に早く・広く、改善点や問題点を発見・収集し、その対応・対策を実行に移すことが基本であることに変わりはありません。それによって企業は、同業他社との間で差別化を図り、競争力・収益力の向上を推進することができるのです。

 接客においては、お客様の声に傾聴をすることで、お客様からの「ご意見・ご不満・ご要望・」を捉えて、今後の検討事項として改善すべきところは改善し、CSの向上、ひいては収益向上となり得るものですが、なかにはロスだけしか生まない「不当要求」も混在化しているので、”目配り”等の段階で、その区別と判断を的確に行い、適正な”手配り”(対応・対策)に移行する必要があります。

 私の出張先の料理屋での接客対応から話を進めてきましたが、要するに、個人個人が自ら所属する組織において、常に問題意識等を持って日常業務に当たり、そのなかから問題点を発見し、その問題を組織的に受け止め、対策・対応を実行し、その結果を発見者(部門)にフィードバックしていくことが理想ということです。

 近年、ソーシャルメディアの発達等を含め、企業を取り巻くリスク環境は急激に変化しています。従来から、企業自らが自社の抱える課題や問題点等を積極的に収集しながら早期発見し、速やかに対応・対策にも着手することが、企業の社会的責任として強く求められてきました。さらに、それらの経緯や結果を社内外に対して、公表する説明責任もまたより強く求められています。

 リスクマネジメントの「き・め・て」は、接客の「き・め・て」とは違い同業他社との差別化による競争力・収益力向上が、直ぐには効果として捉えにくいものがあります。

 しかしながら、企業の事業継続の観点からすれば「会社組織の継続的改善による業務の適正化・効率化」と「企業の存続に関わるクライシス発生時におけるダメージの最小化」がともに決して不可能ではないこと、また近年では、このような企業の危機管理体制(将来起き得るであろうリスクに対する検証と対策)の脆弱性とその強化を、経営者自ら積極的に情報開示することがステークホルダーからの信頼の獲得に繋がるとされているのです。

3.「き・め・て」をリスクマネジメントの「決め手」とするために

 私は良く様々な講演会で「問題を起こさない会社はない、それは人が組織を形成しているからだ」とお話しています。これは人を貶しているのではなく、人が本来持っている弱さ・狡さ・過信・錯誤・過失等がリスクを見落としたり、クライシス発生まで放置したりしてしまう要因の一つだからです。だからこそ、リスク・ミドルクライシスを見落とさないように属人的でなく組織的に牽制機能が働く内部統制の強化や、社外取締役導入等が強く求められているのです。

 そのような社会的要請に応えるためにも、リスクマネジメントの「き・め・て」である”気配り”として、リスク要因発見のための教育・研修・啓蒙活動を進め、実効性のある内部監査の実施と内部通報制度の活用、レピュテーションリスク調査等を実施する、そして”目配り”として、社外取締役制度の導入や、コンプライアンス委員会や第三者委員会等を設置する、さらに、”手配り”として、外部専門機関等との連携による対応・対策により恣意性を排していくことが重要となります。

 では、リスクマネジメントの「きめて(決め手)」を効果的に作用させていくには具体的に何をすれば良いか。まず”気配り”を出来る人材の育成と啓蒙の機会を継続的に設けて(コンプライアンス研修等)実施することが必要です。その際、より多くのリスク・ミドルクライシス発見のためには、教育・研修の対象範囲を社員だけでなく派遣社員、パート・アルバイトまで広げることが重要であり、効果的です。

 次に、”気配り”によって発見したリスク・ミドルクライシス要因を”目配り”によって、迅速に収集・把握できるような仕組み作りが必要となります。

 迅速なリスク情報の収集方法として従来から活用されているのが、内部監査制度であります。内部監査部門は、内部監査を通じて企業(経営陣)が考える課題・問題等を抽出し、監査結果に基づく新たな監査計画を立案し、潜在的に課題を抱える社内関係部門等に対して、業務監査やヒヤリングを実施します。したがって、内部監査部門は、リスク・ミドルクライシス要因を発見する”気配り”を業務として実行する部門ということになります。

 近年では、内部監査においても、リスクアプローチ手法が主流にはなっておりますが、内部監査の内容や対象が企業側の意向に強く影響されたり、限られた人員(監査スタッフ)による対応にならざるを得ない制約があるなどの指摘がなされています。

 そこで、内部統制上、内部監査を補完する意味合いから、社員だけでなく、派遣社員、パート、アルバイト、取引先企業等まで広く”気配り”の対象分野(潜在的リスク領域)を拡大し、リスク・ミドルクライシス要因を発見し、迅速かつ効果的にリスク情報を収集する手法(”目配り”)としては、内部通報制度が広く活用されています。

 この制度をさらに有効な”目配り”とするために、通報窓口を弁護士事務所や第三者機関に委託し、複数の窓口を平行して活用するケースも多くなってきています。

 その他、”手配り”として、発見・収集したリスク・ミドルクライシス要因に対する対応・対策が必要になってきます。この場合に重要なことは、せっかく”気配り”・”目配り”で把握したリスク・ミドルクライシス要因を、”手配り”する組織・要員が、恣意的判断や間違った方針決定に流用・誤用することがないようにすることです。

 この時点での判断や方針を間違えると、企業にとっては取り返しの付かない状況(クライシスの増大)となるばかりか、せっかく確立してきた”気配り”・”目配り”の体制が崩壊してしまいます。このことはここ数年、企業不祥事として報道された多くの事案を見ても明らかです。

 よって、この”手配り”を適切に機能させるべく、担当部門や幹部・経営者等の恣意性を牽制し、正しい対応と対処が出来るように、社外取締役、コンプライアンス委員会、第三者委員会等が設置されるケースが多くなってきているのです。

 このように、接客においても、リスクマネジメントにおいても、それぞれの「き・め・て」を有効活用するには、対策・対応の結果をそれぞれの担当部門にフィードバックして、PDCAサイクルを常に回し、維持・継続していく必要があります。そして、今後の接客やリスクマネジメントの改善に資するための統制環境の継続的整備に当たっては、今回紹介した「き・め・て」の視点が有効であり、不可欠なのです。

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