SPNの眼
前回は、ソーシャルメディアの特性と急速な普及に伴うリスクの増大をふまえ、企業がSNSの使い手である従業員に対して行うべき「教育」について、主に、企業危機管理の観点からどのような視点が必要かを取り上げた。そこでは、SNSリスクに関する「危機管理(キキカンリ)」について、まずは「危(危ない)機(タイミング)管理」の側面、「機器(ツール)管理」の側面からの分析を試みたが、今回は、さらに「気(人の気持ち)機(機転)管理」の側面から検討を加えてみることとする。
さて、「気機管理」とは、相手の気持ちと機転を管理することという意味を込めた造語であるが、「相手の気持ちを考えつつ、機転を利かせて、対処(マネジメント)していくこと」を意味している。相手の気持ちを考え、人に迷惑をかけないためにはそれなりのリスクマネジメントを適切に行う事が重要になるし、事態発生後は、被害者等の気持ちを考えた適切な対応が重要となるということである。
相手の気持ちを考えるということは、「して欲しくないことをしないこと」と言い換えることも出来る。例えば、事業者の立場を考えず、食品を扱う冷蔵庫に入ったり、食品の上に寝そべったり、利用者のプライバシーを無視して来店の様子を投稿したり、といった「相手がして欲しくないこと」を理解する(少なくとも不適切な投稿を行わない)ことが出来れば、そもそも問題とならないのである。また、職場の人間関係を本来プライベートな空間であるSNS上に持ち込もうとする上司や、独りよがりな感情の押しつけ、不必要に感情を煽るなどして行われる年代やコミュニティを問わない「いじめ」など、いわゆる「ソーシャルハラスメント」もまた同様の文脈で捉えることも可能であろう。
「FACEtoFACE」であれば、相手の気持ちを慮り、自らを取り囲む公共性やコミュニティを意識させられることで抑制できていたものが、SNSという「エセ・プライベート空間」(そもそもSNSは断じて閉じられた世界ではなく、むしろ、広く世界に向けられた増幅器・拡声器みたいなものである)の中で、(自分自身の正直な気持ちか分からないうちに、すさまじいスピードで流れる場の空気に左右されてしまうなどを背景とした)生の感情が発散・拡散され、自らの感情もまたそれに影響を受け、過敏に反応してしまうというネガティブスパイラル・・・(ある研究によれば、悲しみ、嫌悪、喜び、怒りの4つの感情のうち、最も広く、急速に広がるのは「怒りの感情」だったという)。このようなSNSの持つ双方向性や閉じられた世界観に対する誤った認識のもと、結果的に一方的な感情の伝達・理解の強制といった、リアルの世界では起こりにくい事態を招くのであれば、「気機管理」が「機器管理」と合わせて、「危機管理」にとって重要であることは言うまでもない。
しかしながら、これは、つまるところ、人としての常識や人間的な成熟度(感情のコントロールも含めて)に帰する問題であり、SNSにおいて、「企業人」「社会人」としてというよりは、名目の如何に関わらず実質的に「私人」として企業のコントロール下にない発信がほとんどである以上、企業ができることは限られているし、そもそもそこまで企業の危機管理が有効に働くのかも判然としないのも事実である。
とはいえ、それでもなお、企業はアルバイトを含む全ての従業員に対して、自らと自らの従業員を守るために、SNSリスクに関する危機管理上の諸策を講じていく必要があるのである。SNSのリスクと適切な活用について理解させるとともに、一方では、ルールを守れない者に対してはルールに基づき厳格に対応する(処罰する)。当たり前のこととはいえ、それが企業の取りうる(取るべき)対応であり、そのような企業の対応が社会にフィードバックされることで、企業のモラルや取組みが社会全体に対して一定の影響力を行使し、最終的には個人の意識にも影響を与えうるのである。なお、企業と社会の相互作用という意味での最近の例としては、一連の若者による「不適切な行為・投稿」に対する企業(事業主・雇用主)の対応が、ある時を境に一斉に厳格化の方向に風向きが変わったことがあげられると思う。そのような状況下にあっては、もはや企業は甘い対応を採ることは許されない流れとなる。この流れに反すれば、それ自体が「炎上」のネタにされ、ステークホルダから説明責任を求められるのだから・・・。
したがって、企業の危機管理からみた「教育」のあり方としては、①SNSやインターネットは、自分だけが使うものではないこと、②完全に仲間内だけで使えるものではないこと、③予期せぬ他人により、情報拡散や迷惑行為(迷惑メールや不正アクセス等)が行われること等、常に「その先に相手がいることを意識させること」が不可欠であるといえよう。見られて困るもの、人が見て自分の評価を下げるもの、そういうものは投稿しないよう啓発を続けていくことがまずもって重要である。
そういえば、「twitter」は「さえずり、興奮、早口でまくしたてる、ぺちゃくちゃ話す」という意味であることはよく知られているが、「twit」が「なじる、けなす、(隠語で)バカ」であることはご存じだろうか。何と絶妙なネーミングかと思うが、危機管理の肝である「思いやり」を常に意識することが如何に大事か、あらためて肝に銘じておきたいものである。
また、企業にとって取るべき対応としては、教育だけでなく、SNS利用のルールの制定、周知、違反行為に対する処罰といったことも重要となる。
SNS利用上の具体的かつ身近なリスクとして、まず「炎上」が考えられるが、投稿による炎上事案を大別すると、「犯罪等の迷惑行為自慢型」と「公私混同型」に分けられる。前者は、自らの未熟さを世間に知らしめるもので、完全な自己責任であるといえる。後者は、本来プライベートのための空間で、緊張感やモラル意識が欠如したまま業務や仕事に関する投稿がなされるものである。誰しも自宅等のプライベートな空間にいれば、緊張感が緩み、多少のことはしても問題ないとか自分の好きなようにして大丈夫という意識になるものであり、そんな意識の中で何の疑念も抱くことなく、半ば無意識的に投稿をすることによって、結果として他人のプライバシーを踏みにじったり、雇用主を危機に陥れてしまったり、世間から反感を抱くような書き込みがなされるのである。したがって、まずは、プライベートな「私人」としてのSNS等利用時においては、仕事や業務に関する書き込みを禁止することを明確にルール化することが必要となる。
さらに、不適切な投稿を防ぐためには、その前提となる不適正な行為自体を抑制するための、ある程度の業務環境の整備も欠かせない。現実として、コスト削減のために、夜間帯等において、アルバイトスタッフのみでシフトを回している企業は少なくないと思う。しかし、やはり社員の目がない、注意されない、そういう環境が不適切な行為を誘発する環境的要因となっている点を直視すべきであろう。コスト削減策の結果として、不適切な投稿等が横行し、事業上の大きな損害をもたらすのであれば本末転倒である。あるいは、会社の資産を適切に運用・管理するとの観点から見ても、管理者や社員を適切に配置するといった対応は、リスクマネジメント上も必要であるといえる。同様に、業務時間中の私用電話やメール、ゲーム、その他SNSの利用を一切禁止することはもちろん、携帯電話の職場内への持ち込みを禁止し、休憩場所のみに利用を制限することや、出退勤時の持ち物検査や職場内での相互チェックを行うなどのオペレーション上の制限・配慮についても、ある程度強制力を持った抑制策として、ルール化することを検討すべき点として付け加えておきたい。
また、従業員への教育に関して、現在のソーシャルメディア社会においては、一般に個人が直接参加(投稿)する際に注意すべきことに眼が行きがちであるが、実は、直接参加か否かを問わず、否応なく、誰もがソーシャルメディアに少なからず影響を及ぼしうる(場合によっては自らにも多大な影響を及ぼしうる)可能性があることを認識する必要がある。情報管理の観点から、「電車の中や居酒屋等で業務に関する話をしてはならない」というのは昔から言われているところではあるが、近年では、その内容を隣の席にいた第三者が「こんなことを聞いた」といった形で、発言者の意図しない(あるいは知る由もない)形でSNS上にリークされてしまうリスクがあるのである。ここは極めて重要な点であり、その対策については十分に考慮されるべきであろう。SNSを直接利用するか否かとは全く関係なく、これまで以上に情報漏えいの観点から「第三者の眼を常に意識する必要がある」ことは、ソーシャルメディアリスク対応のひとつとして、従業員に対して十分に認識させなければならない。つまり、ソーシャルメディアに関係する対象範囲やそれに伴って個人・会社に与える影響の大きさを、ソーシャルメディアを利用する者はもちろんのこと、利用しない者に対しても十分に教育し、認識させることもまた、会社が取りうる危機管理上重要な対策であると言える。
最後に、ソーシャルメディア利用にあたっての心構えとして、実際の教育等に利用可能な、一般的な「ソーシャルメディアガイドライン」について、その例を列記しておく。
(1)常に誠実で良識ある態度で、貢献できる参加者であることを心掛けよ
ソーシャルメディアは参加者の互助性で成り立っている。ソーシャルメディアに参加する場合には、実名・匿名問わず、常に誠実で良識ある態度で自分の発信した情報に責任を持つとともに、そのメディアに貢献できるように心掛けるべきである。匿名による発言であっても、追跡ツールを用いたり、過去の投稿履歴等を照合したりすれば、誰が発言を行ったか特定することができるので、誰かになりすまして投稿するようなことはしてはいけないことはもちろん、匿名でも無責任な発言は絶対にしてはならない。
(2)会社の名称を使用して公式アカウントを開設する場合や社名が明示された公式のソーシャルメディアサイトを開設する場合は、事前に申請・許可を受ける。また一個人の見解であることを明示する
ソーシャルメディアにおいて、自社の従業員であることを明らかにする場合(ただし、これ自体禁止することもある)には、個人アカウントのプロフィール欄等に、投稿する意見や活動内容が、会社の正式な見解でなく、あくまでも個人的な見解であることを明記しなければならない。例えば「投稿内容は私個人の見解であり、所属企業・部門の見解を代表するものではありません。」と明示することを要請する。また、会社の商品・サービス、競合他社等、業務に関連する事項の発言はしないとともに、正確な情報発信に努める。
(3)社内規程および法令の遵守の徹底
個人としてソーシャルメディアを利用する場合でも、就業規則、個人情報保護方針、コンプライアンス・ポリシー等の社内規程および法令を遵守する必要がある。特に、業務で知り得た機密情報を投稿したりすることは絶対に行わない。また、ソーシャルメディアにおいては、著作権等の第三者の権利を侵害しやすい環境であることを十分に認識しておく。
(4)個人情報やプライバシーに配慮する
自分の個人情報やプライバシーを公開したり、投稿したりする場合には、細心の注意を払う必要がある。また、許可を得て他人の個人名や写真等の情報を公開する場合も同様である。ソーシャルメディアにおいては、自分だけでなく、家族、友人等の第三者の情報、発言、行動までが、不特定多数にさらされる場合がある。実名の場合はもちろん、匿名での投稿であっても、過去の投稿や他のソーシャルメディアから、本人が特定できてしまうので十分に注意する。
(5)情報発信は慎重に行う
ソーシャルメディア上で発信した情報は、インターネットの性質上、半永久的に残り、削除することは事実上不可能である。情報発信する前に、インターネット上はもちろん、新聞や雑誌等に明日、あるいは10年後に載っていても大丈夫な内容か、発信前によく自問することが重要である。また、常に不特定多数の人に見られているという客観的な視点を持つこと、情報の蓄積性を認識すること(情報は半永久的に残り、削除不可)、将来まで責任を持つこと、公開した情報を他人に評価される認識を持つことが求められる。
(6)批判的な相手、攻撃的な相手には冷静に対応
ソーシャルメディアは、議論が起こりやすい場であり、批判されたり攻撃を受けたりした場合には、感情的な対応は控え、あくまでも冷静に対応することが重要である。自分が絶対に正しいと思うことは非常に危険であり、一方で、自分に非がある場合は、相手の批判を無視せず誠心誠意対応することもまた重要である。したがって、投稿時においては、一時的な感情で発言しない、間違った場合は削除でなく訂正とし、さらに訂正したことを明記する、他者に敬意を払う、といった点を常に意識することが求められている。
(7)ビジネスパートナーを守る
企業は、多くの顧客企業、取引先企業等のビジネスパートナーに支えられている。自社の機密情報のみならず、ビジネスパートナーの機密情報を守り、不利益を生じさせないように配慮する必要がある。ビジネスパートナーの言動について、許可を得ることなく公開したり、実名はもちろん、伏せ字や匿名でも企業や個人が容易に推測できてしまう投稿をすることは絶対にしてはならない。
(8)自社に関する重要な記述は報告し、共有する
自社および自社のサービスに関する重要な記述をソーシャルメディア上で見つけたら、ポジディブであるかネガティブであるかにかかわらず、担当部門まで速やかに連絡すべきである。会社は、内容を検討し、適切な対応を行う必要があり、例え、ネガティブな情報で事実誤認が明らかであった場合でも、決して個人の判断により、その場で否定したり、反論することは行わない。
SNSが、単なる「SelfNetworkingService」から、相手や社会のことも考え利用される、個人と企業そして社会にとっての真の「SocialNetworkingService」になること、そして、成熟したソーシャルメディア社会が一刻も早く到来することを心から期待したい。当社も危機管理に携わるプレイヤーとして、様々な機会を通じて啓発・啓蒙を行うなど積極的にその役割を担っていきたいと思う。