SPNの眼
はじめに
ゴールデンウィークも過ぎましたが、4月に入社した新入社員の皆様は、職場で元気に過ごされているでしょうか。まだまだ研修期間中の会社も、既に戦力となりつつある会社もあることでしょう。「五月病」という言葉もあるほどで、5月は入社時の緊張や期待、「頑張るぞ」という勢いがいったん落ち着き、疲労感が現れると共に、ゴールデンウィークで生活のリズムを乱し、心身のバランスも崩しがちなシーズンです。新入社員の様子に気を配る立場の方は、気が気でない時期ではないでしょうか。
しかし、気を配るべき対象は、新入社員ばかりではありません。長く社会人をしている人であっても、やはり5月は季節の変わり目。ゴールデンウィークによって、職場でも家庭でも「いつもと違う」リズムに巻き込まれ、気候も不安定ならば、心身も不安定になりがちです。さらに、新入社員の「お世話係」となっている方は、新入社員が思うように職場に慣れてくれなかったり、教えたはずのことをできなかったりと、「思うようにならないもどかしさ」でイライラしがちな時期でもあります。もしかしたら「こんなはずではなかった!」と採用自体を悔やむ採用担当者様や、早くも配属先から「なんでこんなヤツを採用したんだ!」などとクレームを受け、どうにかしようと焦っていらっしゃる方もいるかもしれません。
新入社員にとっても、先輩社員にとっても、最初の壁となる5月。今回は、受け入れる側の上司や先輩社員が、どのような気持ちで新入社員に接し、戦力として育成していくべきかについて、考えてみたいと思います。
1.「入社」までの背景
新入社員の育成について考える前に、まずは昨今の就職活動(企業側から見れば採用活動)事情を知っていただきたいと思います。
大学生の就職活動は、現在は3年生の3月から本格的にスタートします。というのは、経団連の指針で、2017年3月現在の大学生向け採用広報解禁日は「3年生の3月から」となっているからです。この採用広報解禁日は、2015年卒の学生までは「3年生の12月から」、さらにその前の2013年卒の学生までは「3年生の10月から」でした。就職活動の早期化により、学業に集中できる期間が削られるということで、徐々にスケジュールが後ろ倒しされています。とはいえ、とにかく若い労働力を獲得したい企業としては、スケジュールの後ろ倒しは不安要素でしかなく、本来は採用と結び付けてはならないとされている「インターン」が、実質的には「採用ツール」の一つとなってしまいました。インターンのピークは3年生の夏休みですので、敏感な学生が「就職活動」を意識する期間は逆に早期化・長期化し、一方で、指針を鵜呑みにしていた「のんびりした学生」は、3月に突然始まる就職活動で、早くから準備をしていた(と思っている)学生との差に愕然とし、就活の波にのまれていきます。「ボランティア系のサークルに入れば、就職活動でアピールできる」、「インターンに多く参加した学生は、やる気があると見なされて、選考で有利だ」等、就活に関する都市伝説的な噂は学生たちの間で尽きることがありません。また大学関係者の間でも、「勉学に集中させたい」教員と、「就職率を上げたい」職員とでは思惑が異なります。
経団連の指針、大学の教員と職員、採用したい個々の企業、さらに学生の就職活動をサポートする企業(つまり、企業の採用活動を支援し、利益を得る企業)のバラバラな思惑に、いやおうなしに学生たちが「振り回されている」のが、現在の「大学生の就職活動」の現実だといえるでしょう。
さらに、選考がはじまれば、学生たちの混乱はさらに加速します。あれほど熱烈なスカウトメールを送ってきた会社の選考を受けても、あっさり不採用通知が届く(「お祈りされる」といいます)。会社によっては「期日までに連絡がなかったら不採用と思ってください」と、通知すらせずに不採用となる場合さえあり(「サイレントお祈り」と呼ばれていました)。不採用の理由を自分で落ち着いて考える間もなく、次の説明会、選考と、ひたすら忙しく走り回って玉砕を続け、気付けば過労と極度の自己否定で「就活うつ」になる学生もいます。
振り回されて、良い気がするでしょうか。ただただ忙しく、(自分としては)全力で頑張った挙句に、手に入れたものが「自分はどこにも受け入れられない人間だ」という自己否定の感情だったら、就職すること、働くことに対して、ネガティブな印象を抱いても不思議はありません。就職活動に疲れ果て、「やりたい仕事」よりも「内定をもらえる会社」を選び、面接では「自分の考え」よりも「採用担当者に好まれそうな受け答え」をすることで、今、「新入社員」としてのスタートを切っている人もいるでしょう。もちろん、うまく就職活動を切り抜け、複数の内定を得て自信満々に社会に出たように見える人もいます。しかしそんな彼ら彼女らでさえ、「就活用の自分」と「本当の自分」のギャップに苦しみ、「働き始めたら本当の自分を失う」「本当の自分を知られたら、職を失うのではないか」と、実は極度の緊張状態で出社してきている場合もあります。
しかも現代は「ブラック企業」や「パワハラ」という言葉がすっかり定着した時代です。長時間労働やパワハラで健康を害した人のニュースが多々流れるのを見聞きしていれば、「働かされる」ことに不安を抱き、「パワハラを受けないためにはどうすればよいか」と考えても、やはり不思議はないのです。
「ゆとり」という言葉とは裏腹な経験を積み、「不安」を抱えながら入社してきた新入社員も多くいることを、まずは先輩世代も知っておいてください。
2.上司や先輩社員に課された2つの課題
こんな背景の中入社してきた新入社員を、私たち先輩社員はどのように受け入れていくべきでしょうか。育った時代が異なれば、やはり容易に「理解し合えない」ことも増えてきます。また新入社員一人一人を見れば、それぞれが異なる背景を持ち、異なる個性を持っています。お互いに気持ちよく働き、新入社員が「会社の次代を担う人財」として育っていくために、私たち先輩社員が気をつけるべきことを考えていきましょう。
よく「近頃の若者は受身体質だ」と耳にします。前述の通り、就職活動で「振り回され」て、受身体質が強化されている可能性は否定できません。仕事に対するネガティブな印象も相まって、「働く」ではなく、「働かされる」という意識を持つ新入社員もいるでしょう。まずは受身的に「働かされる」から、主体的に「働く」への意識転換が必要です。これを促すのが、私たち先輩社員の第一の課題だと考えます。
そしてもう一つ、新入社員の「不安」と誠実に向き合う必要があるように思います。
「ゆとり教育」真っ只中の世代は、「この教育で大丈夫なのか」という「親の不安」を受けて、塾に通った人が多い世代でもあるそうです。ゆとり教育を受けたことは本人たちの責任ではないにも関わらず、「ゆとり」は気に入らない若者を揶揄して使う言葉となり、「脱ゆとり世代」の弟妹から馬鹿にされることさえあるようです。これでは「自分が真っ当に仕事をできるのだろうか」と不安に駆られても、何ら不思議はありません。
また、ゆとり世代は、日本でいじめが社会問題化した時代を生き抜いてきた世代でもあります。新入社員たちも、「いじめられないように」気を配りながら育ってきたかもしれません。いじめを恐れれば、「表面的に相手に合わせる」ことが、身近な処世術となり得ます。友達とも表面的に付き合いながら、心のどこかで「本当の自分を隠し続けている」人もいるでしょう。同じスーツ、同じ髪形、同じ靴で身を固め、マニュアル通りの「きちんとした学生」を振る舞って得た「新社会人」の地位は、さらに「本当の自分」を失うことの恐怖と隣り合わせです。
こう考えれば、彼ら彼女らが抱く「不安」も想像に難くありません。
そんな彼ら彼女らの「不安」を助長させないことが、私たち先輩社員の第二の課題と言えるでしょう。
3.上司や先輩社員がすべきこと(1)
考えが異なるのは「当然」と思うこと
では、私たち先輩社員にできることは何でしょう。具体的に考えていきたいと思います。
まずは、自分とは異なる考えを持っていることは、「当然」だと思ってください。これは世代の問題ではなく、現に今一緒に働いている人の間でも、考えには違いがあるはずです。下記は、ある企業で実施した「コンプライアンス意識調査」で尋ねた質問です。
Q.仕事や職場での人間関係について、あなたの考えに近いものにチェックを付けてください。
選択肢:とてもそう思う、まぁそう思う、どちらともいえない、あまりそう思わない、全くそう思わない
(1)仕事は上司の指示通りに行うべきだ
(2)仕事に「楽しさ」を求める
(3)仕事は自分で創意工夫するものだ
(4)職場の人間関係は、波風を立てないことが大切だ
(5)他部署の業務に口を出すべきではない
(6)上司の判断には逆らうべきでない
(7)意見が対立しても、自分の意見は言うべきだ
この調査では200名ほどの方が回答されましたが、(3)「仕事は自分で創意工夫するものだ」に対し、「全くそう思わない」と回答した人はゼロでしたが、その他の質問に対する回答としては、全ての選択肢について、該当者がありました。つまり、(3)以外は全て、両極端な「とてもそう思う」を選んだ人も、「全くそう思わない」を選んだ人も、同じ会社の中にいたということです。この調査を実施した会社のみならず、折りに触れ、こういった「仕事に対する捉え方」について様々な人に尋ねていますが、やはり考え方は人それぞれだと感じています。考え方は、これくらい個人差があるということを、事実として受け止めなければなりません。考えが違うということは、これほど日常的で、当たり前のことなのです。
ただ、「考えが違う」ということと、「個人が好き勝手に行動して良い」ということは全く別です。上記質問は、仕事や職場での人間関係について「あなたの考え」を尋ねたものです。頭や心の中のことだけならば、そこは本人の自由ですので、咎められる筋合いはありません。一方で、仕事である以上、求められる「結果」があります。「結果」が基準を満たしていなかったり、求められた形でなかったならば、「あるべき結果」を導けるように、指導を受けるのが当然です。
新入社員が「あるべき結果」を出せなかったとき、それを「やる気がない」「常識がない」と決め付けるのはいささか短絡的です。頭や心の中を否定されることは、新入社員にとってはアイデンティティを揺るがす問題であり、一気に「不安」が増大する可能性があります。やる気などなくても、結果としてできていれば業務上の支障はありません。常識は「ない」のではなく、「異なる」のだと考えます。決め付けて怒鳴る前に、求められている「あるべき結果」を、落ち着いて丁寧に説明してください。頭ごなしに怒鳴られれば萎縮したり反発したりする人も、自分の何が悪かったのかが納得できれば、行動を改める努力をしてくれるでしょう。指導の対象は、頭や心の中ではなく、業務上のアウトプットだと心得てください。
もちろん、「わかる」と「できる」は別物です。「わかっているけれど、できない」ならば、できるようになるためのコツを伝授しつつ、「前回よりはよくなった」「今回はここが違う」「この点はうまくできたが、こっちはあと一息」等、こまめなフィードバックを行うことは、結果を重視する姿勢や仕事に対する責任感の醸成に役立つでしょう。「見守ってもらえている」という安心感を得ることは、新入社員の「不安」を和らげることにもつながるはずです。
4.上司や先輩社員がすべきこと(2)
「・・・してあげ」過ぎないこと
そして次に、「・・・してあげよう」と思わないことを推奨したいと思います。
指導は「してあげる」ものではなく、当然に「する」ものです。新入社員は恩恵的に受け入れているものではなく、これから共に結果を出していく仲間として配置されているのですから、新入社員を育成することは、会社業績を押し上げたり、自分や他のメンバーの負担を軽減したり、次代を担わせ会社のサステナビリティを高めるための、業務の一環です。
上司が「してあげる」という態度で接していれば、新入社員は「してもらう」のが当たり前だと思ってしまうでしょう。「教えてあげる」「指導してあげる」ではなく、「教える」「指導する」つもりで接してください。うまく新入社員に伝われば、「教えてもらう」「指導してもらう」ではなく、「学ぶ」「指導を受ける」と考えるようになるかもしれません。主語を自分にする習慣が身に付けば、「働かされる」は「働く」に変わります。
労働関連法の発想で言えば、従業員は「管理され」「命じられる」存在のようです。就業規則でも、「会社は従業員に、・・・を命じることができる」といった表記をよく見かけます。確かに仕事には義務や責任がありますし、従業員には就業規則に従う義務があります。
とはいえ、仕事は「イヤイヤやらされる」ものばかりではなく、「楽しさややりがいを感じながら行う」ものもあるはずです。先輩社員は、「楽しみながら働く」姿や「たとえ辛くても成し遂げる」姿を、ぜひ新入社員に見せてください。ただし、くれぐれも「どうだ、楽しいだろう」「辛くてもやることが、カッコいいんだ」と、「働く」「成し遂げる」ことの価値判断を押し付けることは慎みましょう。「自分は楽しいと感じないから、この仕事に合っていない」「辛いことをしてもうまく行かず、カッコ悪いこと覚悟で頑張っているのに、それをカッコいいと思えと言われるのは苦痛だ」等、自分の業務適性への疑問を募らせ、「もっと自分に合った仕事」を求め、早期に転職を目指す人もいます。
現在、「第二新卒」クラスの若者を求める企業はたくさんあります。以前は「3年はガマンしないと転職もできない」などと言われた時代もありましたが、今は「引く手あまた」な時代です。戦力となるべき人材が他社へ流出することは、会社にとっては「ロス」に違いありません。
なお、やる気も誰かに「出してもらう」ものではなく、本人が「出す」ものです。先輩社員にあれもこれも「してもらう」ことが身に付くと、「会社が・・・してくれない(から・・・できない)」という「くれない族」に育ち、求められる仕事をしないための言い訳を作ってしまいます。先輩社員は頑張りすぎないでください。
5.新入社員の育成は「自分のため」
忙しく自分の業務に負われながら、新入社員の指導をすることは、非常に骨が折れるでしょう。人間ですので、「こんなヤツ、早く辞めちまえ!」と思うこともあって当然です。
しかし、口にするのは少し待ってください。育成を放棄することのメリット・デメリットを、冷静に考えてみましょう。
新入社員は、先輩である自分を助けてくれる存在です。新入社員が成長すれば、その分、自分は実績を上げやすくなるでしょう。面倒な業務を代わりにやってくれるかもしれません。自分の苦手な業務を得意とし、喜んでやってもらえたならばラッキーです。育成すればするほど、自分にとってメリットがあります。
叩き潰して人手不足に苦しむのも、放置してミスの対応に追われるのも、自分にとってはデメリットにしかなりません。ならば、丁寧に指導して早く戦力化する方が得策でしょう。
目指すべきは、誰かがずっと我慢をするのではなく、お互いに気持ちよく働ける環境です。先輩社員が、新入社員を「ストレスのはけ口」にするなど言語道断。ストレスを人へ向けて発散すれば、巻き込まれた人はさらにストレスを抱え、負の連鎖が続きます。ストレスは、人(や他の生き物も含め)に向けて発散するものではないと心得ましょう。
どれほどきちんと指導をしても、どうしても今の業務が合わない場合は、新入社員本人がそれを自覚し、異動を希望するなり、転職を考えるなりするでしょう。本人が自発的に、前向きな結論を出すならば、応援するのも悪くありません。
また、職場には、どこでもまだまだ「悪しき習慣」があるものです。長時間労働もハラスメントも、簡単に変えられるものではありません。新入社員の素朴な疑問が、職場の問題の真芯を突いてしまうこともあるでしょう。自分もそれに嫌気がさしているかもしれません。解決できない自分に苛立ちを覚えたり、新入社員から責められているように感じることもあるかもしれません。そんな時は、どうしたらよいでしょうか。
新入社員が見つけてしまった職場の問題を、先輩社員が「そうだそうだ」と同調し、愚痴を吐き出し、それでも、「どうせ何も変わらない」から「お前もそれに従え」と強いたら、「よーし、頑張るぞ」と思う新入社員はいないでしょう。
言葉に詰まるのも仕方ありません。しかし、「悪い」のが現在の職場の習慣であることが明らかならば、悪しき習慣を「一緒に変えていく仲間」として、新入社員と接してみてはいかがでしょうか。
職場の悪しき習慣を改善することは、非常に難しいです。「何回言っても変わらない」という言葉をよく耳にしますが、「言っても変わらない」ことを学習しているにもかかわらず、「言い続ける」のでは、効果を期待できません。変化を起こすには、「言う」以外の行動が必要なのです。自分は「言う」しか試せなかったとしても、新入社員は別のアイディアを持っているかもしれません。コンプライアンス上問題のある職場は、いつか立ち行かなくなります。そうならないためにも、「一緒に改善を目指そう」と、新入社員に投げかけてみるのも一手だと思います。それを新入社員が自分の役目だと受け止めれば、職場への帰属意識も高まるでしょう。
終わりに フォローアップの勧め
先輩社員と新入社員、上司と部下など、立場は異なれど、同じ会社で同じ目標を目指して働く「仲間」です。互いに「心地よく」働くためには、双方からの歩みよりが大切ですが、一度こじれてしまった関係性は、当事者同士ではなかなか解決できないことも往々にしてあります。当事者同士だからこそ、「伝えたいけれど、うまく伝えられない」ことも現実には多いのではないでしょうか。
そんな時は、第三者を間に挟むことで、うまく解決に導ける場合もあります。新入社員と最初に接点を持った、採用や教育を担当する部門は、新入社員にとって「良き母」「良き父」のような立場で、愛情を持って接することもできるのではないでしょうか。職場の上司や先輩と新入社員の間に入り、フォローしていくには良いポジションです。また、配属後に出てきた課題は放置せず、何らかの「フォローアップ研修」によって、「どうあるべきか」を明確にし、課題の解決に導くことも有用です。当社でもお手伝いできることがございますので、お気軽にご相談ください。
皆様の職場の新入社員たちが、自ら成長していく「人財」に育つことを、心から願っております。(了)