SPNの眼
政府の中央防災会議は2016年、「南海トラフ沿いの地震観測・評価に基づく防災対応検討ワーキンググループ」(座長:東大地震予知研究センター長/平田直氏)の報告により、「現時点において、地震の発生時期や場所・規模を確度高く予測する科学的に確立した手法はない」との見解を発表した。
この公表は、それまでの東海地震の直前予知を前提の1つに踏まえた「大規模地震対策特別措置法」(以下、大震法)のあり方の大転換を意味するものだった。このため、気象庁は当面の対応として2017年から「東海地震に対する警戒宣言の発令」を凍結。新たに「南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会」を設置して、南海トラフ沿いで発生した異常な観測結果や分析に対して、「南海トラフ地震に関連する情報(定例)」(ほぼ毎月一回)と、異常な現象が観測されたときには「南海トラフ地震に関連する情報(臨時)」を発表することに決定した。
さらに、今年(2019年)から臨時情報が発表された後、「南海トラフ地震関連解説情報」が発表されることになった。これは異常な事態が観測された後に震源域周辺における事態の推移を解説するものだ。
少し複雑だが、誤解を恐れずに簡単に言うと「定例」は毎月出るもの。「臨時」は南海トラフに異常な事態(地震が発生することも含む)が発生した後に出されるもの。「解説」は「臨時」の後に出るものと覚えておいて差し支えない。ただ、「臨時」情報にはいくつかの種類に分かれるので、その後の対応に注意が必要だ。以下、解説していきたい。
「巨大地震警戒」と「巨大地震注意」の臨時情報
「南海トラフ地震に関連する情報(臨時)」は、さらに以下の4種類に分かれる。「調査中」、「巨大地震警戒」、「巨大地震注意」、「調査終了」だ。表記としては例として「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震警戒)」のようになる。このうち、危険が迫ってきているのは「巨大地震警戒」、「巨大地震注意」なので、主に本稿ではこの2つについて考察する。
「巨大地震警戒」、「巨大地震注意」の解説を知る前に、もう1つ知らなければいけないことがある。前述したとおり、現在の科学力では「地震の科学的な予測」はできないが、「発生確率が高くなることを評価すること」はできるとしている。どのような場合だろうか。
誤解を恐れずに、とても簡単に言うと、「南海トラフ地震が発生したら、その後に3日~1週間の間にもう一度、日本列島の別の地域で、南海トラフ地震が発生する可能性が高くなる」ということが報告書の中で明示されたのだ。
このことをもう少し詳しく見るために、まず以下の3つのキーワードを覚えてほしい。「半割れ」「一部割れ」「ゆっくりすべり」だ。最も被害が大きいのが「半割れ」ケース、その次が「一部割れ」ケース。そしてまだ地震は発生していないが、「発生確率が高くなった」と評価できる状況に「ゆっくりすべり」である。
そして、「半割れ」ケースで政府から発せられるのが、「巨大地震警戒」の臨時情報。「一部割れ」ケースと「ゆっくりすべり」で発せられるのが「巨大地震注意」の臨時情報なのだ。ここから後は政府が発表した図表も含めて、「半割れ」「一部割れ」「ゆっくりすべり」についてもう少し詳しく見ていきたい。
「半割れ」が発生したら「巨大地震警戒」
上図が、今年3月に内閣府防災から発表された「半割れ」のイメージ図だ。「半割れ」とは南海トラフを発信源とした大規模地震(モーメントマグニチュード※8以上)が発生し、とても簡単に言うとプレートの「半分が割れた」状況のことを指す。
※モーメントマグニチュード…国際的にも広く用いられているが、計測に時間がかかるため、気象庁の地震速報には気象庁マグニチュードが用いられる。
上記図のとおり、大規模地震が発生すると東側部分は崩壊し、連続して西側部分も地震の発生確率が高くなると評価できることになる。この場合の「崩壊」とは南海トラフの東側半分が地震で7割程度破壊された段階で、おおむね想定震源域が破壊されたとみなすという。この場合、政府はどのような対策をとるのだろうか。
東側で地震が発生した場合、まず被災地では甚大な被害が生じていることから、まずは被災地域の人命救助活動が一定期間継続することが考えられる。さらに西側の後発地震が懸念される地域は、先の地震に対する緊急対応をとった後、自らの地域で発生が懸念される大規模地震に対して防災対応をとり、社会全体として地震に備えつつ、通常の社会活動をできるだけ維持する必要がある。この対応を「巨大地震警戒対応」と呼ぶ。
一部割れケースは「巨大地震注意対応」
次は一部割れケースを見てみよう。以下のように、南海トラフ地震の想定震源内のプレート境界においてモーメントマグニチュード(M)7.0以上8.0未満の地震が発生した場合も、連続して大規模地震発生の確率が高まったと評価できる。
一部割れケースの地震発生後に、隣接領域でM8クラスの地震が7日以内に発生する頻度は、歴史的に数百回に1度程度。これは通常の数倍程度の頻度と評価できる。直近の2事例では、2年と32時間の時間差をもって連続してM8以上の地震が発生している。
- 1944年 昭和東南海地震(M8.2)の2年後の1946年に昭和南海地震(M8.4)が発生
- 1854年 安静東南海地震(M8.6)の32時間後に安政南海地震(M8.7)が発生している。
- 過去の8事例(南海トラフ沿いで発生が知られている大規模地震9例のうち、津波地震の可能性が高い慶長地震を除く8例)のうち、少なくとも5事例は東側・西側の両地域がほぼ同時、もしくは時間差を持って破壊されている。
- 世界では、M8.0以上の地震が発生した103事例を観察すると、地震発生後に隣接領域(震源から50km以上500km以内)でM8クラス以上の地震が発生した事例は7日以内が7例、3年以内だと17事例にのぼる。
「一部割れ」が発生した場合、強い揺れを感じ、一部の沿岸地域では緊急地震速報、津波警報などが発表されるが、交通インフラやライフラインに大きな被害は発生せず、人的・物的にも大きな被害は発生していないと考えられる。この場合の基本的な防災の方向性としては、ここの状況に応じて、日ごろからの地震への備えを再確認する等を中心とした防災対応をとる。この対応を「巨大地震注意対応」と呼ぶ。
「ゆっくりすべり」も「巨大地震注意対応」
短い期間にプレート境界の固着状態が明らかに変化しているような、通常とは異なるゆっくりすべりが観測された場合も、大規模地震発生の可能性が高まったと評価できる。
ただし、通常より「相対的に高まっている」という評価にとどまるため、この場合は「一部割れ」と同じく「巨大地震注意対応」をとる。
以上が、「半割れ」「一部割れ」「ゆっくりすべり」とそれに対応する政府の「巨大地震警戒」「巨大地震対応」の情報発生までの流れだ。まとめると、以下のようになる。
簡単にだが、現在の政府の南海トラフ地震が発生した場合の「南海トラフ地震臨時情報」の発表方針をまとめてみた。一般の生活者にとっては少し難しいかもしれないが、防災・BCP担当者であるならば万が一に備えてぜひとも知っておきたい情報だ。
次回は、「南海トラフ臨時情報」が発表された後の企業や組織の防災対応について考察したい。
(了)