総合研究部 研究員 吉田 基
1.はじめに
「SPNの眼」7月号では、日本の2020年改正個人情報保護法について説明してきました。ただ、個人情報保護をめぐっては、個人情報保護法以外にも検討すべき課題があります。例えば、諸外国で盛んに議論が展開されているプロファイリング規制・忘れられる権利やSNSにおける誹謗中傷・炎上に関する規制です。
実際に個人の権利を侵害するなどの問題も発生しており、規制による制限の必要性が検討され、諸外国では既にルール化されているものもあります。これらは決して他人事ではなく、日本でも無視できないものですので、本稿で検討をしていきたいと思います。
2.プロファイリングについて
プロファイリングは、2019年4月25日に個人情報保護委員会が公表する「個人情報保護法いわゆる3年ごと見直しに係る検討の中間整理(案)」でも言及されています。プロファイリングは、GDPR(EU一般データ保護規則)で定義されており、「自然人に関する特定の個人的側面を評価するために、特に、当該自然人の職務遂行能力、経済状況、健康、個人的選考、関心、信頼性、行動、位置もしくは動向を分析または予測するために、個人データを用いて行うあらゆる形式の自動化された個人データ処理」を指します。プロファイリングの代表的なイメージはターゲティング広告かと思います。まさに身近な例としてはAmazonのレコメンド機能が挙げられ、簡単に説明すると、「ユーザーの過去の閲覧履歴、購入履歴を分析・予測し、その者の選好に合致した商品をおすすめする機能」です。また、プロファイリングは広告の場面だけでなく、多種多量な情報を、分野横断的に活用することによってイノベーションをもたらしたり、それによる新ビジネスの創出等が期待されます。筆者はプロファイリング推進派ではありますが、本稿は推進する内容ではなく、プロファイリングのおそろしさについて言及していきます。
(1)要配慮個人情報の予測
プロファイリングはあくまでもデータ分析に基づく予測・評価です。データの量が多ければ多いほどその精度は高くなり、人間では難しいような予測や分析を行うことができます。
例えば、アメリカのターゲット社が、「大きめのバッグ」、「無香料性のスキンローション」、「特定のサプリメント」の購入記録から妊娠の可能性を予測していました。この予測結果をもとに同社は、自宅に(家族がそれを知る前に)妊娠に関連する広告を送りました。このケースを日本の個人情報保護法で考えてみると、妊娠の事実は個人情報保護法2条3項の要配慮個人情報に該当します。要配慮個人情報の取得には日本の個人情報保護法では本人の事前同意が必要となります。ただ、ターゲット社の行為はあくまでも購買履歴より予測したにすぎず、日本の個人情報保護法でも違法にはなりません。このような情報を収集し分析することで本人や家族も知らなかったようなセンシティブな情報を予測してもよいか、また、要配慮個人情報の取得に関し同意を要件とする個人情報保護法の潜脱になるのではないかとの指摘もなされています。ただ、筆者としては要配慮個人情報を推知するようなプロファイリングは一律に許容されないとは考えません。例えば、40代男性の生活習慣や食生活を分析し、10年後どのような健康上のリスクがあるかや、かかり得る病気を予測し必要に応じ健康診断等を推奨するサービスも考えられます。健康上のリスク、病気を予測することは要配慮個人情報に関する予測となりますが、この場合には許容されるのではないかと考えます。
結局のところ、個別具体的事情を総合的に考慮して難しい判断をせざるを得ないものと考えます。
(2)広告の影響
プロファイリングは効率よく広告を発信することが可能となる点で広告主にとって有益です。また、消費者にとっても自身の興味関心のある情報を容易に集めることが可能となり、この限りにおいては有益なことといえます。しかし、いかなる場合にも個人に合った情報提供・広告が許されるのかは、あらためて考えてみる必要があると思います。
「AI 時代のプライバシーとデータ保護 ――プロファイリングを中心に――」で紹介されている事例を参考に考察を加えていきます。うつ状態にあれば女性は化粧品の購入傾向が高くなるといわれています。また、既に臨床的徴候が出る前にうつ状態を予測するアルゴリズムは構築されています。そこで、ある化粧品メーカーが、ユーザーの行動記録等から女性がうつ状態であるかを予測し、対象やタイミングを絞って化粧品の広告を配信するというケースを考えます。これは、趣味嗜好の予測を超えたものであり、対象者に製品に関する広告をタイミングよく出すことは、脆弱な心理状態に付け込んで製品の購入を強く誘導するものと言えます。
日本では消費者契約法で事業者による不当な勧誘行為に基づく契約は取り消すことが可能となります。これは事業者により消費者が一方的に広告や勧誘を受けた場合、精神的に疲弊し困惑して適切な選択をできなくなることから保護するものです。決して消費者契約法はプロファイリングを想定したものではありません。そのため、例で挙げた化粧品メーカーによる行為は消費者契約法に抵触するとは限りませんが、背景にある思想を考慮するとやはり許容されないのではないか、検討する必要があると思います。
現在、筆者の調べる限りで事業者がどのような心理的側面に関するプロファイリングが行われているかは開示されておらず、明らかではありません。一方で、すべて許容されないとまではいえません。しかし、プロファイリングによる広告が個人の趣味嗜好に合わせた、すなわち、消費者の利益の実現ではなく、専ら広告主の利益のみを優先する場合は許されないものかと思います。
(3)マイナポータルにおけるプロファイリングの可能性
個人に合った情報提供は決して民間事業者のみでなされるものではありません。ここではマイナポータルについて説明しておきます。マイナポータルは政府が運営するオンラインサービスで、子育てや介護をはじめとする行政手続がワンストップでできたり、行政機関からのお知らせを確認することが可能となります。そして、マイナポータルで提供される具体的なサービスの一つに行政機関などから個人に合ったきめ細やかなお知らせを確認できるとあります。すなわち、行政機関よりマイナポータル内で「個人に合った」情報の提供がなされることが予定されています。きめ細やかな情報の提供を実現するには政府が個人の情報を使うことが予測されます。また、きめ細やかな情報提供は多くのデータがあればあるほど実現可能となります。これらは情報を集めて分析し予測する、まさにここまでテーマとしてとりあげてきたプロファイリングに該当します。実際に政府によりプロファイリングがなされているかは明らかではありませんが、マイナポータルの今後の活用に関しては注視をしていく必要があるかもしれません。
(4)差別的取り扱いの助長
プロファイリングにより過去の差別を助長するのではないかと指摘がなされています。例えば、米ウィスコンシン州では裁判官の量刑判断において、過去のデータを利用し再犯リスクの予測が利用されていました。その結果、黒人の再犯リスクを白人よりも2倍にも見積もられました。同種の問題が顔認証システムにおいても指摘されています。
アメリカでは公道上の監視カメラ、監視用ドローン等で収集された画像データを解析し犯罪捜査に役立てています。この点、アメリカ自由人権協会が、アメリカの警察で実際に活用している顔認証システムを用いて犯罪者の顔特徴量データと連邦議会議員の顔写真を照合したところ、28人の議員が犯罪者と誤認識されており、さらに、誤認識されたのは有色人種の議員が多かったという結果が得られています。現にデトロイト警察が、顔認識AIが誤って検出した無実の黒人男性を逮捕したり、あるいは無実の黒人男性が、盗難容疑で、ニューヨーク警察に誤認逮捕されています。このような認証の誤りは認識精度を高めるトレーニング(機械学習)に要因があると指摘がされており、すべての顔認証システムとはいえませんが、約8割のトレーニングデータのサンプルを白人から採用されていたといわれています。
以上のような誤認逮捕を受けてか、アマゾンは、米の警察当局も採用さしている同社の顔認証技術の使用について1年間の禁止を表明したほか、マサチューセッツ州の州都ボストンでは、2020年6月24日に当局による顔認証技術の使用を禁止する条例が可決しています。
現在、日本でも、空港におけるテロ対策、店舗における万引き防止等のロス削減に顔認証システムが用いられています。将来的に外国人労働者やインバウンドの増加が見込まれることからすると、日本においても無視できない問題です。そのため、利用者及びデータ提供者は、AIシステムの学習等に用いるデータの質に留意し適切な学習を実現することが必要となります。また、コンピュータやAIがはじき出す判断、データを鵜呑みにせず、その合理性を検証しなくてはなりません。
ただ、コンピュータやAIにより自動化された判断を我々は過信する傾向があります。そもそも学習を重ねたコンピュータやAIがはじき出した判断、データに対して専門家ですら反論することすら難しいのです。どのようにデータを人間が検証し合理性を確保していくか、どのようにAIの判断に介在していくかは今後の検討課題といえます。
(5)GDPRにおける規定
前述しましたが、簡単にプロファイリングに関するGDPRにおける規定を説明しておきます。まず、4条4項に定義がなされており、同項によると業務実績、経済状況、健康、個人的嗜好、興味、信頼、行動、所在、移動に関する情報を分析する場合に規制対象になります。
21条で「プロファイリングに異議を唱える権利」、22条で「コンピュータによる自動処理のみに基づく“重要な決定”には服さない権利」が規定されています。機械で自動的に判断するだけではなく、何らかの形で「人」が介入して決定を行う必要があるということになります。これら規制に反すると監督機関に対する不服の申し立て、監督機関の決定、管理者・処理者に対する司法的救済が認められており、企業は行政罰である過料を課される可能性があります。
他方で、日本では「放送受信者等の個人情報保護に関するガイドライン」において、「受信者情報取扱事業者は、視聴履歴を取り扱うに当たっては、要配慮個人情報を推知し、又は第三者に推知させることのないよう注意しなければならない」とされています。すなわち、プロファイリングにより視聴履歴から要配慮個人情報を推知することにつき制限がされています。2020年改正でプロファイリングに関する規制の導入は見送られていますが、ターゲティング広告に関してはデジタル市場競争会議が2020年6月16日にデジタル広告市場の競争評価の中間報告(案)を公表しています。どんなデータが取得され、どのように利用され、なぜ、このような広告が出てくるのかといった消費者の不安感を解消する取り組みを事業者に求めています。今後どのように規制がなされるか(あるいは各業界の自主規制あるいは規制しない)に関して注視していく必要があります。
3.忘れられる権利
忘れられる権利とは、簡潔に言うと「インターネット上の情報を削除することを求める権利」です。インターネットが普及する前は時間の経過とともに人々の記憶から消えていったはずの情報は、今日ではインターネット上に蓄積され色あせることなく永続的に保管されます。また、社会的に注目を浴びた事件は、事件発生時より相当期間時が経過することで情報が更新され加害者の当時の顔写真、現在の姿、現住所などが真偽不明であるのにもかかわらずインターネット上に掲載されることもあります。
日本では検索エンジンに対して、検索結果の非表示を求める裁判がしばしば起こされています。また、EU司法裁判所は、2014年に情報の削除を認める決定をしています。忘れられる権利は日本に限らず世界的な課題として、様々な取り組みが国際機関や各国でなされています。
(1)忘れられる権利について
忘れられる権利はEU司法裁判所で2014年に初めて承認され、2016年に成立したGDPR(EU一般データ保護規則)では明確に規定されています。EU司法裁判所が忘れられる権利を認めた事件は、かつて社会保険料の滞納を理由として所有する不動産が競売されたことに関する新聞記事がインターネット上に表示されることにつき、スペイン人男性がグーグルに検索結果の非表示を求めたものです。また、日本では氏名で検索した結果、過去の不良集団に属していた事実を表示させないこと、児童買春行為での逮捕、罰金刑の執行の事実を表示させないことを求めてグーグルを相手に争われています。ただ、最高裁平成29年1月31日決定は検索結果の削除を認めませんでした。同最高裁では「当該事実の性質及び内容、当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度、その者の社会的地位や影響力、上記記事等の目的や意義、上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化、上記記事等において当該事実を記載する必要性など、当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもの」とされています。
日欧の忘れられる権利に関して共通する事項としては、請求の相手がグーグルやヤフーに代表される検索業者です。また、忘れられる権利の場合、検索結果が非表示となるだけであり、その先にあるオリジナルの情報は削除されるわけではありません。すなわち、URLを打ち込むことで利用者はアクセス可能であり著名なまとめサイトであれば、たとえ検索エンジンに引っかからなくとも何らかの方法で当該サイトに十分にたどりつく可能性は否定できません。少なくとも、個人の努力ではインターネット上において広く拡散された情報を個別で削除すること(削除要請をすること)は困難であり、検索結果により表示されないようにすることは、探されない・そっとしてもらうための有用な手段です。また、忘れられる権利を検討するにあたって更生を妨げられない利益が重要です。この更生を妨げられない利益は平成6年のノンフィクション逆転事件で認められたものです。この事件を簡潔に述べると、占領下の沖縄で米兵に対する傷害致死等の前科を小説『逆転』の中で本人を特定できる形で公表された事件です。そして、その判決は、「過去に犯罪に手を染めても服役を終えた後では社会に復帰することが期待され、過去の前科等の公表により新たに形成されている生活の平穏を害されない利益を有する」というものです。このように、忘れられる権利は過去の負のレッテルを表示させないようにし、更生を妨げられないためにも用いられます。
(2)改正個人情報保護法と忘れられる権利
2020年個人情報保護法改正で個人の権利又は正当な利益が害されるおそれのある場合にも利用停止・消去等を請求することが可能となります。これに関連し忘れられる権利が話題に挙げられます。忘れられる権利の対象はグーグルやヤフーを代表とする検索サービス業者です。そしてこれら検索サービス業者は問題となる情報を暴露しているのではなく、インターネット上にある情報を収集し、表示をしただけで「個人情報データベース」に該当しません。すなわち、従来まで日本国内で議論される忘れられる権利は、EUとは異なり個人情報保護法制における削除請求権ではありません。そしてこのスタンスは改正法の下でも変わることはありません。他方で2020年個人情報保護法改正における削除請求権は個人情報を保有する企業に向けられたものです(すなわち、検索サービス業者に向けられていません。)。そのため、2020年改正個人情報保護法上の削除請求権と忘れられる権利は異なる権利ということとなります。
(3)EUとアメリカにおける忘れられる権利の議論
EUにおいて忘れられる権利が承認された判決後、グーグルは不都合な個人情報削除を受け付ける窓口を設置し審査を行い情報の削除を実施しました。その結果、9万1000人から32万8000件の削除要請が5月から7月の間になされ、グーグルは10万件以上の個人情報を削除しています。数値から見てわかる通り、忘れられる権利は相当程度の需要が認められるものといえます。
このようなEUにおける忘れられる権利の動向に厳しい批判をしてきたのは、アメリカです。はじめて忘れられる権利がEUで承認する判決がなされた際、ニューヨークタイムズはこの判決を「大規模な私的検閲」としています。このようにEUとアメリカで忘れられる権利に関する考え方が大きく異なります。これは情報法制に対する根本的な思想の違いから生じています。
EUではナチスドイツ時代の反省から個人情報、データに関し利用や削除に関して規制をすることが個人の尊厳の確保につながると考えられています。具体的にはナチスドイツが一斉に国勢調査を行いパンチカード(コンピュータの前身のような物)で身長、肌の色、髪の色、目の色、出身地を記録してユダヤ人の選別に役立て排斥を試みた過去があります。そのため、EUでは個人情報の保護に関し敏感であり、情報が勝手に流通すること、利用されることは避けなくてはならないと考えられています。
他方でアメリカでは、情報は自由に流通させるべきで、情報の削除は避けるべきであり、規制をすべきではないと考えられています。そのため、個人の「自由」を基調とし、真実に関する情報や報道価値がある情報については、たとえプライバシーに属する情報であっても、一般論として公開の対象とすべきと考えられているためです。したがって、アメリカでは一部の個人にとって不都合な事実の削除はなかなか認められないのが現状です。
余談ですが、上記思想の相違はGDPRとカリフォルニア州消費者プライバシー法(CCPA)にも出ており、GDPRは、事前に許諾を得た場合を除き、個人データを使用することを禁止していますが、CCPAは、「消費者の求めに応じて情報開示すること」を基本姿勢としており、個人データを利用すること自体は禁止されず、むしろ自由な利用が可能となります。
(4)忘れられる権利・更生を妨げられない利益と反社チェック基準
反社チェックの考え方において暴力団でなくなった日より5年を経過したかを基準とする考え方があります(いわゆる5年卒業基準)。この点、暴力団受刑者の調査では、入所が初回の者が30.0%、2回~5回の者が52.6%、6回以上が17.6%となっており、再犯率が高いものと言えます。すなわち、元暴力団員は高確率で(再び暴力団員に戻る、半グレ等と組むなどして)再度犯罪行為に手を染めるので、かつて暴力団であったという属性情報は企業による反社排除のための確認にとって有用といえます。しかしながら、このようなかつて暴力団員であるという属性を有していれば取引より形式的に排除するとの取扱いは「元暴力団は高い確率で再度犯罪行為に手を染める」という推論のもとでなされており、必ずしも目の前にいる元暴力団員の実像を示すものではありません。そうすると、真に努力をして更生をしようとする者までも再度犯罪行為をするというレッテルを貼り付けて排除することとなり、元暴力団員の更生する利益を妨げることとなる可能性があります。そのため5年卒業基準について慎重な検討を要します。
元暴力団の更生を妨げられない利益を重視し目の前にいる元暴力団が再度犯罪に手を染めるか見極め、実態を基準とすべきであるとして5年卒業基準をとるべきではないとする考え方はあり得ます。また、元暴力団員の犯した犯罪の量刑や犯罪類型を考慮に入れることも考えられます。すなわち、一般的に再犯率の高い犯罪に手を染めたのか、そうではないかなど個別事情を考慮するということです。
しかしながら、私見としては5年卒業基準を採用することは以下の理由により問題ないものと考えます。まず、取引開始前の時点の企業が把握しうる情報のみで目の前にいる元暴力団員の実像を把握し将来にわたり再度犯罪に手を染めないと判断することはおよそ困難です。とりわけ新規取引の場合、「契約自由の原則」のもと、やや消去法的な発想ですが、5年を基準として形式的に判断することには一定の合理性があるといえるでしょう。なお、既存取引先との関係解消においては、より厳格な立証責任が課されることから、より慎重な対応が求められます。
この点、筆者はプロファイリングの項目でデータのみを理由に判断した場合に差別を助長する等、不利益が生じるケースを紹介しました。読者から反社チェックの場面では「データを形式的に適用することは一定の合理性があると述べており矛盾するのではないか?」と鋭い・痛い指摘を受けるのではないかと思います。ただ、元暴力団員との取引の場面では少なくとも取引内容を精査し取引相手たる元暴力団員の人となり、ふるまいを確認する作業が介在するものが多いと考えられます。すなわち、取引の判断において人の判断が介在し、データを形式的に適用するとまではいえず矛盾しないと考えています。
(5)忘れられる権利と破産者情報
(ア)破産者情報を公開するウェブサイト
日本での忘れられる権利の議論の中心は前科前歴、逮捕履歴に関する情報です。他方で、EUにおいてはじめて忘れられる権利が承認された事件は、破産者情報に関するものです。日本でも古くは2009年に北海道函館市において、当該地域の経済週刊誌が官報に掲載された破産、再生の公告の地元分を転載し一部で注目を浴びています。また、近時、破産者情報のDB化、ウェブ上への公開が問題となっており、2020年7月29日に個人情報保護委員会が官報に掲載された情報を転載されたと思われるサイトに対し停止命令を行っています(個人情報保護委員会個人情報の保護に関する法律に基づく行政上の対応について)。命令ではウェブサイトを直ちに停止した上、利用目的の通知と公表を行うとともにその個人データを第三者に提供することの同意を得るまでウェブサイトを再開してはならないと勧告を行ったが、対応期限の日までに措置が講じられなかったとあります。そうすると、利用目的を通知し同意を取ればよいということとなりそうです。また、報道によると、個人情報保護委員会関係者は「興味本位の色彩が強く、正当な目的があるようにも見えない」とコメントをしています(日経新聞電子版)。
この点、筆者は「SPNの眼」7月号で、差別を助長するようなデータベースの例として、破産者マップが挙げられることを指摘しました。差別はあってはならないこと、助長することが許容されないことからすると、利用目的や本人の同意で良いのか(問題なしとすること)は筆者としてはいささか疑問が残ります。
(イ)破産と忘れられる権利
破産に関する情報は直接的に影響を受ける債権者をはじめ関係者に広く知らしめることは重要です。これは破産手続きへの参加の機会を付与するもので重要な手続きとなります。そのため、破産者情報は官報に掲載され、現在、インターネットで誰でも閲覧が可能となります。そして、いわゆる破産者マップは官報情報の転載であり問題ないのではないか、むしろ、公的情報への容易なアクセスを可能とする点で有益ではないかといえそうです。
この点、破産者は歴史的に債権者の信用を裏切り非難され、時として過酷な身体的苦痛が待ち受けていました。また、破産者は多くの資格制限があり、例えばイギリス、フランスでは取締役になることができませんし、日本では取締役の欠格事由です。また、ビジネスの世界における一部の制限だけではなく現代の消費生活における信用情報という側面でも事実上の制限が課される可能性があります。現にドイツでは再起に向けた新たな契約が拒否されたり取引において悪い条件を強いられたりしています。そのため、破産に関する情報が時として再起(更生)を妨げることとなり、日本の破産制度の思想は債権者との調整、免責による再起で前向きなものであり、破産情報が永久的に容易に検索可能な状態に置かれることは破産法の趣旨に反するものです。
そのため、破産に関しても前科前歴、逮捕履歴と程度の差異はありますが、通ずるところがあります。そこで破産に関しても忘れられる権利の利用が議論されるかもしれません。
(6)いつ忘れられるのか
忘れられる権利について前科前歴、破産情報を中心に説明してきました。ただ、忘れられる権利としていつの時点で認められるのでしょうか、すなわち、いつ忘れてもらえるのでしょうか。
この点、最高裁平成29年1月31日決定では公共性との比較考量の観点から判断されているが、明確に時期が示されませんでした。『フローチャートでわかる反社会的勢力排除の「超」実践ガイドブック改訂版』で犯罪歴に関しては、慎重な配慮を必要とする要配慮個人情報であり、過失などの軽微な犯罪歴まで、誰でも検索可能な形でネット上に掲載され続けることは人権上問題がないとは言えないと指摘されており、まさにその通りでしょう。
また、前科前歴、破産情報の他にも情報主体にとって削除したい情報は存在し、若かりし少年時代のSNS投稿等のいわゆる「黒歴史」や医師等の処分履歴の検索結果からの削除についても議論がなされています。ちなみに、オランダにおいて、グーグルは、オランダ人外科医の医療行為停止に関する古い検索結果を削除するよう命じられています。いずれの情報も犯罪歴同様に公共性と本人の更生を妨げられない利益の比較考量とならざるを得ず、どのような情報がどの時点で削除が認められるかにつき今後の議論の展開が期待されます。
4.SNS規制
緊急事態宣言の真っ只中である4月における炎上のうち新型コロナウイルスが起因となった炎上は約7割といわれています。例えば、4月26日にGW中の旅行自粛と相反し、GW中のレジャー計画をたてたり、動物園へ行くという内容を放送したサザエさんに対し放送翌日に不謹慎であると1万8千件もの投稿がされています。
2019年4月と比べると炎上の件数は3.4倍となっています。明確な要因は判然としませんが、一因として外出の自粛によるSNSの利用時間の増加により、ユーザーが不快な情報への接触機会が増加したことが一因に挙げられるかと思います。
このようなSNSの炎上を契機に個人への誹謗中傷が深刻化し自殺者が出るなどの事件が発生しており規制すべきではないかと議論が展開されています。そこで本稿でも少しだけSNS規制について説明をしていきます。これに関し、弊社では、会員向けに『「新型コロナウイルス」オールリスク対策オンライン講座:誹謗中傷、風評被害の処方箋~ネガティブ情報のWebでの拡散・炎上にどう対処するか~』という動画を配信しておりますので、あわせて参照いただければと思います。
(1)プラットフォーマーに対する規制
ドイツで採用されている規制でユーザーより「違法な内容の投稿がある」と報告をプラットフォーム事業者は受ければ直ちにその違法性を判断しなくてはなりません。これに対して適切な対応がなされない場合には最大で5000万ユーロの過料が科されます。この規制に関しては、罰金を科せられないために過剰に削除するのではないか、すなわち、違法ではないと思われる投稿まで削除してしまう可能性が指摘されています。現にドイツにおける削除率は他国の削除率よりも高くなっています。
また、7月29日にトルコでもSNS規制に関する法律が成立しています。ツイッターやフェイスブックなどの大手各社に国内事務所の設置を義務付けて当局はプライバシーなどを理由に不適切と判断した投稿について削除などを求め、応じなかった場合は罰金やアクセスの制限などの罰則を科します。報道によるとトルコのエルドアン大統領は「完全にコントロール下に置く必要がある」と主張しています(共同通信)。コロナ対応や景気の悪化による不満の高まっておりデモや言論を規制する狙いがあるとも思われます。
(2)名誉棄損などの罰則強化
投稿を名誉棄損として処罰化していくことです。ただ、こちらについても、罰則を科すほどではない道徳的に許されない発言やありとあらゆる批判を取り締まる可能性があり表現行為の萎縮効果を生じさせてしまうのではないかとの批判がなされています。また、拡大解釈により政権にとって批判的な情報を手当たり次第に取り締まる可能性があります。情報発信行為のような表現への強い規制には慎重な議論が必要となります。
(3)実名投稿
匿名性が誹謗中傷を加速化させるとの観点から韓国では、実名でしか投稿できない仕組みの導入実績があります(なお、既に廃止されています)。ネット掲示板利用時に本人確認を行い、実名でした投稿できないようにしたものです。なお、実名制を導入した結果、全体的な投稿数は減少しました。ただ、否定的な発言、誹謗、悪口を含む発言のしめる割合は実名制導入前とほとんど変わることはありませんでした。また、大韓民国放送通信委員会の調査によると迷惑コメントは0.9%しか減少しませんでした。そのため、実名投稿による誹謗中傷等の抑止力は、便乗者を減少させるなど限定的と思われます。
(4)発信者情報開示の容易化
日本では発信者を特定し損害賠償を行う方法がとられています。しかしながら、発信者の特定につきプロセスが煩雑で金銭的、時間的に多大なコストがかかり、被害者の円滑な救済が図られないという声が挙げられています。現状、日本では発信者の情報の開示を容易にし、抑止力を高める方向で検討されています。令和2年7月に総務省より「中間とりまとめ(案)」が発表されています。今後、意見を公募した上で、年内に最終報告がまとめられる予定となっています。抑止力がどの程度認められるのかに関しては、制度施行後に適切に検証されることが期待されます。
5.おわりに
本稿ではプロファイリング、忘れられる権利、SNS規制について海外の動向も交え説明してきました。日本ではいずれも規制として明確にルール化されていませんが、既に顕在化している問題もあります。また、情報技術の進展により将来的に問題の発生が十分に懸念されるものもあります。いずれも画一的な規制の整備が難しく都度、個別具体的事情を総合的に判断しなくてはなりません。その判断を見誤れば社会よりノーが突きつけられることもあります。何度も申し上げてきた通り「社会的要請」を基準に難しい判断をしなくてはなりません。
本稿が少しでも判断に役立つことを願うとともに情報社会の健全な発展を切に願うばかりです。
参考文献
山本龍彦『おそろしいビッグデータ 超類型化AI社会のリスク』(朝日新書)