天災は、忘れぬうちにやってくる!これから始めるBCP
職場に感染者や濃厚接触者が発生した。保健所の対応が遅れている場合はどうしたらいい?
総合研究部 専門研究員 大越 聡
本稿はもともと、「これから始めるBCP」と謳っているように、企業の危機管理担当者に向け、BCPを分かりやすく解説する連載を始めるつもりでした。しかし、新型コロナウイルスの影響でそうもいっていられず、読者からの「新型コロナウイルス対策に、今すぐ使える知識が欲しい」という要望にお応えし、前回と同じく新型コロナウイルス対策の実務にお役立ちできる情報をお届けしようと思います。前回のコラムはこちらをご覧ください。
▼ニューノーマル時代の帰宅困難者対策における感染症対策を考える-天災は、忘れぬうちにやってくる!これから始めるBCP(第1回)
例えば従業員の新型コロナウイルスの感染が確認された場合や、従業員が濃厚接触者になってしまった場合、まずは保健所に連絡し、保健所の指示に従いながら事業者の責任で職場の消毒を実施するのが基本です。しかし、現在の感染者拡大状況から、保健所に連絡をしても職員の不足などにより対応が遅れる場合も多いと言われています。今回は、日本渡航医学会と日本産業衛生学会が共同で作成した「職域のための新型コロナウイルス感染症対策ガイド」を活用しながら、主に「保健所の対応が遅れた場合」について、事業者ができる対応をまとめていきたいと思います。本ガイドは、事業者の新型コロナウイルス対策において、医療面からも法律面からも実務に即した役立つ情報を多く記載しています。危機管理担当者の方はぜひ一度、ご覧いただきたいと思います。
▼「職域のための新型コロナウイルス感染症対策ガイド」第3版(一般社団法人日本渡航医学会、公益社団法人日本産業衛生学会)
社員に感染者や濃厚接触者が出た場合の対応
まず、濃厚接触者の定義について見てみましょう。定義自体が変化していますので、絶えず確認が必要ですが、8月20日現在は以下のようになっています。
濃厚接触者の定義
- 「濃厚接触者」の定義は、患者(PCR陽性確定者)の感染可能期間に接触したもののうち、一定の条件に該当するものをいう
- 患者と同居あるいは長時間の接触のあったもの、手で触れることのできる範囲(目安は1m)で、必要な感染予防策なしで患者と15分以上接触のあったもの等が該当する
- 現在は厚生労働省からの通達により、濃厚接触者については全員をPCR検査の対象者としている。また、陰性だった場合でも14日間の健康観察が必要である
- 無症状病原体保有者(症状が出ていない人)の濃厚接触者についても健康観察の対象とし、検査についても有症者の濃厚接触者と同様の対応とする。無症状病原体保有者(症状が出ていない人)の感染可能期間は、陽性確定となった検体を採取した日の2日前から入院などを開始するまでの間とする
従業員の感染や濃厚接触が発生した場合には、保健所などの指示に従い対応することが原則ですが、具体的な指示が得られるまで時間がかかることが懸念されています。そのような場合に備え、事業者は感染者のプライバシーに配慮しつつ、独自に対応手順を定めておく必要があるでしょう。
また、感染が確認された場合は診断した医師から保健所に届け出が行われますが、実際には感染者本人から事業者に連絡する方が早いことが多いようです。そのため情報を得た事業者は速やかに保健所に連絡し、指示を受けることが望ましいとされています。保健所や医療機関とスムーズに連携するために、以下のようなポイントを実施しておくことが挙げられています。特に「新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領」で用いられている「調査票(案)」については実際に医療の現場でも使われているものですが、専門用語をあまり使わないように工夫されていますので、非常に役立ちます。
①保健所との連携
- 保健所との連絡対応者となる担当者をあらかじめ決めておく
- 感染者が在籍する部署のフロアの見取り図(座席表など)を準備しておく
- 「新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領」で用いられている「調査票(案)」などを利用し、職場内での接触者記録(感染者の発症前2日前からの会議同席者、ランチや会食などを共にしたものなど)を事前に準備しておくことが望ましい
- 事業者の責任で職場の消毒を実施する、または感染者の執務エリアもしくは事業所の一時閉鎖などの対応を検討する。ただし、一律に、部分的または全体的に施設閉鎖を実施すべきではない</li>
▼新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領(2020年5月29日暫定版)
▼調査票(案)
②医療機関との連携
- 宿泊施設もしくは自宅での療養が選択できる場合は、宿泊施設での療養を推奨していることを周知しておくことが望ましい
- 宿泊施設を利用することで家族(同居者)への感染リスクを回避すること、および容態急変への対応が円滑となる。自宅療養を行う場合は、家族(同居者)は基本的には濃厚接触者に当たるため、患者の自宅療養解除日からさらに14日間の健康観察機関が求められることがある
次に、従業員が濃厚接触者と判断された場合に注意しておくべき事柄を挙げてみます。
- 保健所が実施する積極的疫学調査により従業員が濃厚接触者と判断された場合、事業所の管轄の保健所の指示に従い感染防止の措置をとること
- 事業所は従業員に関する情報(氏名、年齢、住所、電話番号、職場座席表、行動履歴、会議や会食の同席者など)を保健所に提出する
- すべての濃厚接触者を検査対象としてPCR検査(初期スクリーニング)が行われる。検査結果が陰性だった場合でも、「患者(PCR検査陽性者)」の感染可能期間の最終暴露日から14日間の健康観察が指示される
- 感染者が自宅療養を行う場合は、その家族(同居者)は基本的に濃厚接触者に当たるため、患者の自宅療養解除日から、さらに14日間の健康観察期間が求められることがある
- 事業者が独自の判断で、濃厚接触者や濃厚接触者以外のものに自宅待機などを指示したり、健康観察機関を延長したりする場合は、感染症法、労働基準法、労働安全法、就業規則などに基づいた対応をおこなう
- 積極的疫学調査で濃厚接触者と判断されなかった従業員が、不安を理由に検査を希望する場合には、検査が可能な医療機関で原則、自費にて検査を受けることができる
自社で行う事業所の消毒について
従業員の感染が確認された場合、保健所の指示に従いながら事業者の責任で消毒を実施するのが原則です。しかしこちらも前述した通り感染拡大により保健所の対応が遅れる場合があります。事業者として、できることは自ら行えるように準備しておくことも必要です。
まずその大前提として、作業者の安全について最大限に配慮することが重要です。窓やドアを開放するほか、換気扇など室内換気を図りながら作業するようにしましょう。また、マスクや使い捨てのゴム手袋、使い捨てエプロン、ゴーグルなどの個人を守る道具(PPE:個人保護具)も必要ですし、さらにその正しい着脱方法を身に着けることも大切です。例えば手袋とマスクを外すときには、まず手袋から外します。手袋を脱ぐ時には内側の清潔部分を触らないようにし、外したらまず手指を消毒。マスクを外すときにも耳の裏のゴムの部分を引っ張ってはずすようにし、マスク本体に触らないように注意します。清掃作業に当たる社員に対してはこれらの着脱方法についてあらかじめ講習を実施するなどすることも考えられるでしょう。マスク、手袋、ガウンの装着・脱着方法や消毒液の作り方などは、防衛省が作った以下の資料で丁寧に解説されています。ぜひ一度確認してみてください。もちろん、これらの物資についても今のうちから訓練の分も合わせて備蓄しておくことが必要です。
また、感染した職員の執務エリアを消毒する必要があることから、最近オフィスで取り入れられることが多い「フリーアドレス」について、この状況下では一時禁止しておくことが望ましいと言えます。万が一の場合、濃厚接触者の特定が難しくなるためです。できれば基本的に従業員の執務場所(階やエリア)を限定することも検討したほうが良いでしょう。フリーアドレスを継続する場合は、従業員が使用した机や立ち寄った記録(行動履歴の記録)を残し、接触者を常に把握できる状態にしておき、使用した机は使用者が集消毒するなどルールを徹底することが必要です。
▼「新型コロナウイルスから皆さんの安全を守るために」(防衛省統合幕僚監部)
(1)事業所の消毒に関する基本的な考え方
- 消毒前には中性洗剤などを用いて表面の汚れを落としておくこと
- アルコール消毒液(60%~95%)もしくは次亜塩素酸ナトリウム(0.05%)を用いる
- トイレの消毒については次亜塩素酸ナトリウム(0.1%)を用いる
- 消毒はふき取り(清拭)を基本とし、消毒剤の空間への噴霧は行わない
- 適切な個人保護具(マスク、手袋、ガウンなど)を用いること
(2)平素からの環境の消毒
- 不特定多数が触れるドアノブ、手すり、エレベーターのボタンなどを定期的に消毒する
- 不特定多数が利用するトイレ(床を含む)を定期的に消毒する
- 消毒は最低でも1日1回行うこと(複数回が望ましい)
- 机や椅子、パソコン、電話機などは、退社直前に毎回各自で消毒することが望ましい
(3)感染者が発生した時の消毒
- 保健所からの指示に従い、事業者の責任で職場の消毒を実施する
- 保健所からの指示がない場合、以下を参考にして消毒を実施する
- 消毒の対象は、感染者の最後の使用から3日間以内の場所とする
- 消毒作業前には十分な換気を行うこと。換気に必要な時間は諸機関により異なる
一般的に、換気の時間が長いほどリスクは低下する- ヨーロッパCDCは消毒作業前に最低1時間の換気を推奨している
- 米国CDCは概ね24時間の換気を推奨している
- 消毒範囲の目安は、感染者の執務エリア(机・椅子など、少なくとも2m程度の範囲)、またトイレ、喫煙室、休憩室や食堂などの使用があった場合は、該当エリアの消毒を行う
感染した従業員の職場復帰について
最後に、感染した従業員の職場復帰について考えてみましょう。基本的な考え方としては、主治医などのアドバイスに従い、体調を確認しながら職場に復帰させていくことになります。ただし、以下のようなことに注意する必要があります。特に復職時に「陰性証明書や治癒証明書」を求めてはいけないというのは大事な事項です。感染力は感染後1週間程度で急激に低下するため、陰性証明書を発行する医学的妥当性は乏しく、かつ医療機関にも過度な負担を用いることになるためです。
- 退院(自宅療養・宿泊療養の解除を含む)後のPCR検査の陽性が持続する場合がある
- PCR検査が陽性であることが「感染性がある」ことを意味するわけではない
- 感染力は発症数日前から発症直後が最も高いと考えられている
- 発症7日間程度で感染性が急激に低下する
- 職場復帰時に医療機関に「陰性証明書や治癒証明書」の発行を求めてはならない
感染した従業員の職場復帰の目安としては、以下が基準とされています。
職場復帰の目安は次の1)、2)の両方を満たすこと
1)発症後に少なくとも10日以上が経過している
2)薬剤(解熱剤を含む症状を緩和させる薬剤)を服用していない状態で、解熱後および症状(咳・咽頭痛・息切れ・全身倦怠感・下痢など)消失後に少なくとも3日(72時間)が経過している
職場復帰した後は、従業員について以下に注意しておく必要があります。
- 症状が中等度以上だった場合や入院していた場合は、体力の低下などが懸念されるので、主治医と相談のうえ職場復帰を行うこと
- 復職後1週間程度は、毎日の健康観察、マスクの着用、他人との距離を2m程度に保つなどの感染予防対策を徹底しつつ、体調不良を認める際には出社させないこと
以上、感染者や濃厚接触者が発生し、保健所の対応が遅れた場合にとならなければいけない行動や考え方を挙げてみました。今秋・冬には第2波、第3波も予想されています。感染が小康状態を保つ今のうちに、最悪の事態も想定しながら、今やるべきことをまとめておいていただきたいと思います。
以上