SPNの眼

いまから準備!「公益通報者保護法改正」に向けて企業がすべきこととは

2020.11.02
印刷

総合研究部 研究員 福田有理子

タイトルイメージ図

2020年6月、「公益通報者保護法の一部を改正する法律」が公布された。同法は、2022年の6月までに施行される予定となっている。

改正法では、従業員数301名以上の企業に対し、通報受付体制の整備を義務付けている(改正法第11条。以下、法名略)。なお、従業員数300人以下の企業は努力義務とされている。

具体的な指針の公表はまだなく、どういった対応が必要になるのかわからないという実務担当者も多いのではないだろうか。

指針公表の時期については定かではないが、いわゆるパワハラ防止法の際には法律施行の6ヶ月ほど前であった。本法でも同様のタイミングでの発表であった場合、そこから準備するとなると十分な時間があるとはいえない。

政府の指針がどのようなものであろうと、企業が設計する内部通報制度において目指すべきところは、「課題の早期発見・是正と自浄作用の向上」であることは変わらないだろう。

そこで、本稿では、危機管理の視点から、いまから検討すべき組織内の通報体制整備について紹介したい。

公益通報者保護法とは?
消費者の安心・安全を大きく損なう企業不祥事が、組織内部からの告発により相次いで発覚したことを受け、2006年に施行。今回、初の大幅改正となる。

法の目的

  • 内部告発した従業員を不当解雇や不当配転等の不利益取扱から守ること
  • 国民の生命・身体・財産などに関する法令遵守を図り、生活の安定と社会経済の健全な発展を目指すこと

法改正の概要については、消費者庁のHPに掲載されているため、参照してほしい。

消費者庁提供 公益通報者保護法の一部を改正する法律(令和2年法律第51号)

出典:消費者庁HP「公益通報者保護法と制度の概要」

1.窓口設定

(1)窓口の設定:社内窓口の担当者

まず、事業者に、「公益通報者対応業務従事者」を選定することが義務づけられる(11条1項)。「公益通報対応業務従事者」とは、通報受付・事実関係の調査・是正措置などの業務を担当する者を指す。

そのため、組織としては、まず誰が(あるいは、どの部署が)通報受付業務を行うのかを決定したうえで、規程等に明記する必要がある。

既にどの部署が担当するか決められている場合にも、より独立性が高く利用者が使いやすいルートがないか、再度検討してみることもよいだろう。組織や人員の関係もあり、他業務と兼任せざるを得ないケースも多いが、その場合は情報管理や個人にかかる業務量などに課題が生じやすい。

兼任が避けられない際にも、電話受付対応はもちろんのこと、通報対応業務全般に関して物理的に隔離された部屋で行われている必要がある。メールのみを受け付けている場合でも、関連資料やメールが周囲から覗かれる可能性もある。担当部署内での相談の声が他部署に聞かれてしまう懸念も無視できない。

オフィスの構造の問題もあり、対応が困難な場合もあるが、最低限パーテーションなどを用意するべきである。

(2)匿名通報の受付

改正法では、行政機関への告発要件が緩和され、氏名と公益通報内容を記載した書面を提出するのみで、法の保護対象になる(3条2号)。提出の方法については特段の定めがないが、「書面」に電子的方法による記録が含まれるため、メールによる通報も許容されると理解されている。

通報者が証拠資料等を用意して「通報事実がまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由」を示す必要がなくなったという点で、行政へ告発をするハードルがかなり下げられることになる。

時折、自社の内部通報窓口で実名の通報のみを受け付けている例を聞くが、そういった場合、利用者は社内窓口ではなく行政機関を選択する可能性も大いにあるだろう。

外部に告発されることで、対応にかかるコストが増加するだけでなく、改正後は行政機関が社内の内部通報体制整備に介入することができるようになる。すなわち、社内の通報受付体制整備が十分でない可能性があると判断された場合、処分権限のある行政機関は事業者に対し報告を求め、助言・指導・勧告をすることができる(15条)。さらに、勧告に従わない場合には、社名を公表することもでき(16条)、企業としては風評や採用への影響も懸念される。

以上のことから、未対応の企業においては、匿名でも通報を受け付けることを検討すべきである。

(3)「公益通報」以外の受付

改正法では、保護対象となる通報内容について、刑事罰の対象行為のみでなく、行政罰の対象も追加される(2条3項)。

企業によっては、法の保護対象と社内規程やコンプライアンス違反案件のみを窓口での受付対象としている場合もあると聞く。

もっとも、そういった体制である場合、事案が法令違反やコンプライアンス違反に該当するかどうかを利用者側の判断に任せてしまうことになり、窓口の利用に対するハードルが高くなってしまう懸念がある。また、前述のように、外部への告発要件が緩和されるにあたり、なるべく内部通報窓口を利用しやすい形に整えておく必要がある。

そのため、匿名に関する対応と同様、法令違反やコンプライアンス違反に限定せず、なるべく広く通報を受け付けることを検討すべきである。

例えば職場の人間関係に関する通報であっても、放置をすれば不正や不祥事、職場環境の更なる悪化に繋がりかねない。課題の早期発見・解決という観点から、受け付ける範囲を設定するとよいだろう。

(4)窓口の設定:役員から独立した社外窓口の導入

社内の担当部署のみを受付窓口とすることは、社内に通報内容が筒抜けになってしまうことを恐れ、通報が上がらない大きな要因の一つとなっている。社内窓口のみを設置しており、通報や相談が来ている実績があっても、体制整備の評価の際に客観的に「実効性が高い」とは評価されづらいだろう。

それでは、社外窓口はどこに依頼すればよいだろうか。消費者庁のデータを参考に検討する。

消費者庁調査 社外通報窓口の設置場所
参考:平成24年度 民間事業者における通報対応制度の実態調査報告書(消費者庁)
   平成28年度 民間事業者における通報制度の実態調査報告書(消費者庁)

(ア)顧問弁護士

まず、顧問弁護士事務所のみを窓口とすることは、利益相反のおそれがあり、中立・公平性を害する恐れがあるため、避ける必要がある。このことは、従前からコーポレートガバナンスコードで指摘されていたことである。加えて、改正法では役員も保護対象に追加される(2条4号)ため、より一層経営陣から独立した窓口の設置が求められる。もし顧問弁護士事務所のみを社外窓口に設定している場合は、遅くとも法改正前までには見直しをする必要があるだろう。

(イ)顧問以外の弁護士

近年では、顧問以外の弁護士を外部窓口とする企業が増えている。顧問弁護士が所属している事務所内で別の弁護士を選任している企業もあると聞く。報酬が発生する以上は利益相反の懸念を完全にクリアできるものではないが、顧問の場合よりも経営層との関係性が薄い人物を選定すれば、公平・中立な判断が期待できるだろう。

それだけではなく、顧問以外の弁護士を通報ルートにすることについては、法的知見から通報のリスクを伝えてもらえるというメリットがある。

例えば、いわゆる日本版司法取引制度が導入されたことの影響は小さくない。企業としては、役員・従業員が違法行為を行っている場合に、法人に対する起訴の見送りや求刑を軽くしてもらうことを目指し、速やかに対応することが求められる。そのためには、通報を受け付けた段階で、司法取引をすべき案件であるかどうか、専門的な判断が必要になる。

これは会社側にとって重要なものであるため、可能であれば用意しておきたいルートである。

もっとも、利用者の目線からは、「弁護士には法律に違反することしか相談できないのではないか」といった印象を与え、通報に対するハードルが上がる懸念もある。

(ウ)民間の第三者窓口

そこで当社では、利用者のアクセスしやすさも考慮し、民間企業が運営する第三者窓口を導入することも推奨している。当社では、2003年より第三者窓口業務を開始しており、ご契約者数も年々増加傾向にある。社内の見知った顔でもなく、しがらみのない第三者だからこそ言いやすいこともあるため、あらゆるリスクの早期発見につながりやすい。

ただし、単に通報内容の伝書鳩的な機能のみであると、報告を受けても調査実施が必要かどうか判断するだけの情報が収集できない場合も多々ある。そういった際に、細かいやりとりが増え、思ったように対応が進まない可能性がある。担当者・通報者ともに疲弊してしまい、かえって不満を抱かせてしまいかねない。

そのため、外部窓口でいかに情報を収集できるかという点についても、第三者窓口を選定する上で検討すべきだろう。

【当社の運営する第三者窓口 リスクホットライン®はこちら

2.調査体制

(1)調査担当者の設定

体制整備の関係では、通報内容の事実関係を調査する段階においても、可能な限り担当者や部署を定めておくことが求められる。

理想としては、調査を担当する専門部署を作り、都度人員を派遣することとなろう。不正事案等にも対応できるヒアリング担当者を複数人育成できれば、一人にかかる業務負担も軽減できるうえ、調査の質も一定に保つことができる。この機会に内部監査部門を充実させることもひとつの手段である。

もっとも、現状としては、そういった部署をつくり、人員を育成することにまで手が回っていない企業がほとんどのように思う。拠点や店舗等が多い場合は、都度本社担当部署から人員を派遣することも難しいだろう。この場合、現場に調査を任せる運用となっていることもあるが、案件によってはある程度訓練された人物が対応しなければ、かえって事態を悪化させてしまう可能性もある。また、内部通報に理解が得られていない場合は、実際には調査を行わずに虚偽の報告をするなど、隠蔽されるリスクもある。

以上のことから、事案に応じて担当すべき部署や人物を変えるという運用をすべきといえる。規程への記載に関しては、例えば「事実関係を調査するために適切な者」といったように、余白を残した設計にしていることが多く、今後もそういった建付けにせざるを得ないだろう。案件ごとに、誰が調査担当者を選任するかについて、併せて決定することが望ましい。

企業によっては、事案次第でヒアリングを外注している例もあるため、参考にしたい。

(2)退職者面談の導入・通報ルートの整備

法の保護対象に、退職後1年以内の退職者が含まれることになる(2条1項3号)。そのため、組織に不満を持ったまま退職させることは今まで以上に大きなリスクとなる。通報対応における調査とは異なるが、内部告発を予防するためにも、退職時のヒアリングにも力を入れて対応すべきである。人事担当者等と連携し、法改正にあわせて検討すべきだろう。

ヒアリング結果を可能な範囲で共有できれば、不祥事案の早期発見だけでなく、社風の改善や離職率の低下へも繋げることが期待できる。

また、退職者を窓口利用者の対象外にしている企業も多くあると思うが、今後は可能な限り対応していく必要がある。仮に、規程において利用対象に含めないとしても、通報が来た場合は利用対象でないことを理由に一律に受け付けないという運用にしてしまうのは、告発のリスクが非常に高くなる。

先述の役員や退職者について、通報窓口の利用対象としなければ即法令違反となるわけではない。あくまで組織の判断に委ねられるところではあるが、対象に含めないことでリスクが高まるということは正しく認識しておくべきである。

(3)守秘義務違反の予防

(ア)通報担当者のケア

改正法では、通報業務担当者に対し、通報者を特定させる情報について、正当な理由なく漏洩させた場合、法律上の守秘義務を負うことになる(第12条)。また、これに違反した場合には刑事罰として30万円以下の罰金が科される(第21条)。

あくまで公益通報に該当する通報のみが守秘義務の対象となるが、ただでさえ精神的負担の重い内部通報担当者に、刑事罰を負うかもしれないというプレッシャーも加わることになる。そのため、担当者のメンタルケアにも一層気を配る必要がある。リモートワークも増え、従業員のHR(ヒューマンリソース)リスク管理も難しくなっている面もあるが、面談等を実施し担当者のガス抜きを行うことも一案だ。

(イ)調査担当者・周辺者への守秘義務周知

当該守秘義務は、通報対応の受付だけでなく、調査や是正措置にかかわる者すべてが対象になる。そのため、特に調査担当になり得る層に対しては、対応が必要になった際だけスポット的にレクチャーをするのではなく、継続的に研修をする必要がある。

また、周辺人物や必要な情報を持っている部署担当者にヒアリング等の調査に協力してもらう場合にも、同様に守秘義務の対象となる。そのため、守秘義務や不利益取扱の禁止について都度しっかり説明することで、通報者探しや報復行為の予防につながる。重大な案件の場合は、同意書や誓約書を用意し、署名をしてもらうことを検討してもよいだろう。

(ウ)報告フォーマットの用意・情報管理体制整備

現場担当者などに調査を依頼した場合、報告をする際には会社がきちんと対応したことを証明するためにも、報告書の作成は必須である。会社側としては、実施日時や担当者・調査内容などを記載する報告書フォーマットを用意することができるだろう。

法改正とは直接関係はないが、報告書には機微な情報が含まれることが通常であるため、報告書の保管方法や保管期限についても、改めて検討してもよいだろう。

3.コンプライアンス意識の醸成

法改正前から共通して言えることではあるが、健全な、機能する内部通報制度を構築するためには、組織全体のコンプライアンス意識の醸成が不可欠である。

通報をしても意味がないという雰囲気がある場合や、通報をすることは会社に対する裏切であるという誤った認識が浸透している組織では、実効的な内部通報制度を運営することは期待できない。また、会社トップの理解が得られていない場合であると、余計に閉塞感に繋がり、「外部に告発し、大ごとにしてしまった方が会社は変わってくれるのでは」という思考をも誘発しかねない。

「課題を早期発見・解決し、自浄作用を高める」という内部通報制度の目標を達成するためにも、全社的な取り組みとしてコンプライアンス意識の向上・醸成を目指すべきである。

以上、法改正までに検討しておくべきことを紹介させていただいた。

これまで、内部通報窓口の運営はあくまで組織の自主的な取り組みに委ねられていた部分があった。しかし、これからはより一層形式的ではなく実質的な、機能する制度の運用が求められる。

法改正の直前になって慌てないよう、現状の課題を洗い出し、対応を検討して頂ければと思う。

以上

Back to Top