SPNの眼

同一労働同一賃金の概要と裁判例にみる実務対応(2)

2021.03.01
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総合研究部 主任研究員 加倉井真理

本稿は2月・3月の2か月連続掲載です。

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説明するビジネスマン

(3)比較対象正社員の範囲の判断

まず、「誰と比べるか」について、最高裁は、基本的には労働者側が選択した正社員、つまり原告自身と職務内容等が近い正社員を比較対象とするが、それが正社員全体から見たときにごく少数の例外的存在である場合は「その他の事情」のなかでそのことを考慮するという見解を明らかにした。大阪医科薬科大学事件とメトロコマース事件では労働者側の選択を比較対象としつつ、それらの正社員が他の多数の正社員とは職務内容・異動範囲が異なると指摘し、判断において考慮している。会社側としては、非正規社員との職務・責任・配置等の範囲の差がより明らかになるよう正社員全体と比較したいと考えるところだが、最高裁の見解を考慮した雇用管理区分の整理をすることをお勧めする。

(4)待遇差の判断

「その待遇の性質と目的が、客観的・具体的な実態に照らして適切であるか」については、個別事案ごとに実態を詳しく見て判断されるが、判例から次の区分に整理できると考えられる。(1)基本給・賞与・退職金、(2)人材の確保・定着を目的とする福利厚生的な手当や労働条件、(3)業務に直接関連する手当や労働条件に該当するもの。判断しやすいと思われる順に述べると、(3)は比較的判断が分かりやすく、職務の内容に相違がなければ差をつけることは不合理とされる。例えば、通勤することや無事故であること、皆勤であることなどは正社員・非正規社員の区別なく求められることであるから、待遇差の説明がつかず、非正規社員にのみ手当を支給しないことは不合理と考えられる。(1)基本給・賞与・退職金について、賞与や退職金などの有為な人材の確保・定着を目的とする待遇については、企業の裁量が幅広く認められ、「職務の内容」の相違が必ずしも大きくない場合でも待遇差が不合理と判断されにくい傾向がある。判例においては、賞与や退職金は基本給と連動していたこともあり、賃金の後払い的性格や功労報償的性質等の複合的な性質を有するものと認められた。それらのベースとなる基本給の設計自体が会社の人事裁量権による考え方・制度であるため、よほど例外的な場合でない限り、不合理ではないと判断されるものと考えられる。但し、いかなる場合も非正規労働者には賞与や退職金払わなくて良い、基本給の設計は不合理とはいえないと述べたものではない。佐賀医科大学事件では、「臨時職員」の名の下に、1年契約を30年超更新し、入社時からほとんど賃金が変わらなかったなどの事情により基本給の格差を不合理と認めたという例もある。(2)はその不合理性の判断において、もっとも個別事情が検討されると考えられる。判例でも住宅手当、家族手当、私傷病欠勤中の賃金などは、事案によって判断が分かれた待遇項目である。判断を分けた主な事情は、転居を伴う異動があるか、生活費の補填や生活保障を前提とするに相応の継続勤務が見込まれるか、その他の事情として高年齢であること(定年退職時に退職金支給、老齢年金の受給予定等)などであった。相応継続勤務見込について、最高裁は具体的な数字を基準としていないが、実務的には有期雇用労働者が無期転換の申入れを行う5年が一つの目安となるという見方がある。また、実績値ではなく「見込が成立した時点」から不合理となり得るという考えを示したことが特徴的である。

4.企業の実務上の対応

以下の挙げる実務上の対応については、正社員と非正規社員の(1)職務の内容、(2)職務の内容及び配置の変更の範囲、(3)その他の事情に実態の差があることを前提にして述べるものであり、全く差がない場合は考慮していないことにご留意いただきたい。(本人の希望にもよるが、全く差がないのであれば、契約社員から正社員へ雇用形態を変更するなどの検討が必要になるものと考える。)

(1)雇用区分ごとの相違点の検証

雇用区分(正社員(総合職、地域限定・職種限定の正社員、一般職)、無期契約社員、有期契約社員、パート・アルバイト等)ごとに(1)職務の内容、(2)職務の内容及び配置の変更の範囲、(3)その他の事情に該当する実態の相違を明確にする。
(1)(2)の具体的な内容としては、役割、業務の難易度、決裁できる金額の範囲、部下の有無や人数、ノルマ等への成果の期待、緊急時に求められる対応、残業の有無や頻度、採用時に求められる能力やスキル、職務上要求される成果・能力・経験、職務変更、転勤、出向、昇格、降格、人材登用等における差異などが挙げられる。これらについては、職務分掌の明確化や職務分析が有用と考えられる。なお、現場の判断で、非正規社員に会社が想定しているよりも重い業務が任されている実態が見受けられる場合などは注意が必要である。会社として業務内容、責任等を整理し、現場に周知と管理徹底を指導する必要がある。
(3)その他の事情としては、労働組合やその他労使間での交渉状況、社員への説明状況、労使慣行、経営状況、正社員登用等の処遇向上に通じる措置の実施状況や実績、定年後再雇用かなどが考慮できると考えられる。

(2)手当・労働条件の検討

手当や労働条件については、まずはその業務内容に伴って支給されるものであるか、長期雇用を前提とする有為な人材を確保・定着する目的、福利厚生的な目的等によるものなのかなどの、支給主旨を整理する。

その支給主旨が、支給要件や効果、制度の成り立ちとして、客観的に判断して業務に直接関連する手当には待遇差を設けることは難しい。一方、後者については、一定程度の差異を設けることは可能と考えられる。

(3)就業規則等の整備

雇用管理区分ごとに規程を作成することが望ましい。少なくとも、正社員と非正規社員は規程を別に設けることをお勧めする。また、意外と見落としがちだが、契約社員規程やパート・アルバイト規程の中に、「正社員規程(就業規則や賃金規程等)を準用する」とある場合や「本規定の定めにない事項については正社員規程を準用する」などとしている場合には注意が必要である。正社員の条件をそのまま非正規社員に適用することを意味する。非正規社員に正規社員の規程を開示する必要も生じるため、非正規社員規程の条項は、正社員のものを準用するのではなく、独自に完結させる内容で作成する方が良いだろう。

なお、給与規程や退職金規定について、支給の目的が明記されているだけでは十分とは言えず、その目的と制度の中身である支給要件や支給内容が合致していることが重要になる。

(4)人事考課の整備

正社員と非正規社員の人事考課に違いがあるかは重要なポイントである。

日本郵便(大阪)事件では、正社員の人事評価は、業務の実績そのものに加え、部下の育成指導状況、組織全体に対する貢献等の項目によって業績が評価されるほか、自己研鑽、状況把握、論理的思考、チャレンジ志向等の項目によって、正社員に求められる役割を発揮した行動評価がなされている点を最高裁は認定している一方で、契約社員は「基礎評価」として、服装等の身だしなみ、時間の厳守、上司の指示や職場内のルール遵守等、「スキル評価」として職務の広さとその習熟度に対する評価が行われている。

このように正社員は会社の基幹職として育成されるためのさまざまな評価項目があり、契約社員はその仕事を担当する上での評価項目にとどまっている。これらの評価項目の違いは、正社員と契約社員では「将来の役割期待が異なる」ことを具体的に示すものと考えられる。役割期待の差を明確にするためにも、人事考課を整備、明文化し、その違いを明確にしておくことは重要である。

(5)その他

判例に鑑みると、正社員登用制度があり、一定の実績があることが評価された。つまり、役割が固定されるわけではなく、アルバイト→契約社員→正社員に雇用契約を転換する機会が与えられ、運用実績があることも考慮材料となった。制度があっても実績がなければその実態は認められないため、「正社員転換制度を作っただけ」にならないよう留意頂きたい。

また、雇用形態や労働条件等について、非正規社員の意思も反映した上で、労使で十分に検討、交渉し、その内容を決定しておくことも重要である。

5.おわりに

正社員と非正規社員との間の不合理と認められる待遇差の解消の目的は、非正規労働者の待遇の改善である。待遇差を解消するために、正社員の労働条件を不利益に変更することは目的の趣旨と反し、望ましい対応とはいえない。また、非正規社員の賞与や退職金について地裁や高裁ではある条件下では一定程度支払うべきという判断を下したり、最高裁判事の補足意見が出たりした背景もある。「0ではない」状況にすることも1つの方法である。寸志、報奨金、退職慰労金といった名目で少額でも支給することや、確定拠出年金等の退職金制度設計の対象とするなどの方法が考えられる。

リーディングケースとなる判例の結果のみを見て、非正規労働者には賞与や退職金は必要ないと捉えるのはリスクがある。不合理と判断されない体制を整えること、原資が許すのであれば、一定程度でも支給する方向で検討することも考慮いただきたいと考える。

参考
短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針
不合理な待遇差解消のための点検・検討マニュアル~パートタイム・有期雇用労働法への対応~

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