改正公益通報者保護法の指針を巡って ~実務面からのプチ考察~
2021.09.07総合研究部 上席研究員(部長) 久富直子
改正法が2022年6月までに施行される予定の公益通報者保護法。最近の動きとしまして、先月8月20日に、改正公益通報者保護法第11条1項、2項に基づく「指針」が消費者庁から公表されました。同条第1項は公益通報対応業務従事者の定め、同条第2項は公益通報に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な事項を定めたもので、従業員300名超の事業者にとって内部通報制度の運用面を見直す基準が示されたということになります。
同日公表された「(別表)パブリックコメント手続において寄せられた意見等に対する回答[PDF:1.3MB]」は、61ページにわたり、パブコメとして寄せられた「御意見」に対する「消費者庁の考え」が掲載されており、内部通報に関心をお持ちの方々の目下の注目ポイントが非常によくわかる興味深い内容になっています。読めば読むほど今後の「指針の解説」への期待が高まるばかりです。なお、この「指針の解説」がいつ頃公表されるのか、同僚が当局に問い合わせたところ、「秋ぐらい」とのお返事をいただいたとのことでした。また、民間事業者向けガイドライン※の改訂版や「好事例集」なども公表される可能性もあるとされ、こちらも楽しみにしています。なお、今は内部通報のご担当者様でなくとも、今後、内部通報にかかる調査などに携わる可能性のある方々におかれては、前述のパブコメの「別表」のほか、本年4月に公表された「公益通報者保護法に基づく指針等に関する検討会報告書 [PDF:537KB]」、及び、前掲のガイドラインには必ず目を通しておかれることをお勧めします。
※ 平成28年12月「公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン」
さて、今回のパブコメの「御意見」を見ても、やはり改正公益通報者保護法で新たに設けられた(第21条)「公益通報対応業務従事者が守秘義務に違反した場合、刑事罰(30万円以下の罰金)の対象となる」への関心の深さが窺えます。ちなみに、「別表」の一番目に掲載されている「御意見」は通報を受け付ける外部委託先に関するものであり、当社にとっても他人事ではない内容です。以下に、その部分を抜粋して紹介します。
御意見の概要
公益通報対応業務の「対応」の範囲につき、専ら受付をするのみの者(法律事務所、専門会社)が含まれるのか、指針の解説において明らかにされたい。
消費者庁の考え方
検討会報告書では、「内部公益通報の受付、調査、是正に必要な措置の全て又はいずれかを主体的に行う業務及び当該業務の重要部分について関与する業務を行う場合に、「公益通報対応業務」に該当する」(P6注12)と記載され、「内部公益通報受付窓口において受け付ける内部公益通報に関して公益通報対応業務を行う者であり、かつ、当該業務に関して公益通報者を特定させる事項を伝達される者であるかを実質的に判断して、従事者として定める必要がある」(P20)と記載されています。また、検討会報告書では、「外部委託先も従事者として定められる場合はあり得る」(P13注24)と記載されています。(なお、指針の解説においてもその旨を明らかにしていく方針です。)
このように、通報の受付業務の委託先スタッフも従事者となり得るということですので、当社としても、今後、「指針の解説」でどのようなことが示されるかに注目しつつ、従事者として指定された場合でも、しっかりと適切に役割を果たせるよう、万端の準備をしておきたいと思います。
また、検討会報告書が公表されて最初に読んだ際に同じように感じたのが以下の「御意見」でした。調査の際に通報があったことを伏せるか否かに関するものです。
御意見の概要
報告書20頁の注36において、「従事者以外の者に調査等の依頼を行う際には、当該調査等が公益通報を契機としていることを伝えないことが望ましい」としているが、指針の解説においては、報告書20頁の注36の「そのため」以降を、下記のような表現とするのが妥当と考える。
「そのことを踏まえ、必要に応じて従事者以外の者に調査等の依頼を行う際、当該調査等が公益通報を契機としていることを伝えなくとも十分な調査が可能な場合等においては、その旨を伝えないことが望ましい。」
御意見の理由
報告書20頁の注36では、ケースを限定せずに「従事者以外の者に調査等の依頼を行う際には、当該調査等が公益通報を契機としていることを伝えないことが望ましい」としているが、実務上、公益通報者を特定させる事項の伝達が調査上必要あるいは有益なケースは相応にあり、当該実務を否定的に捉え、伝達を調査上すべきケースまで回避してしまう影響が懸念されるためである。
消費者庁の考え方
「指針の解説」についての御提案ありがとうございます。
御提案の内容も踏まえながら、「指針の解説」の策定作業を行ってまいりたいと考えています。
つまり、ケースバイケースということです。通報があったことを伝えた方が適切な調査ができる場合もありますし、再発防止がより有効に働く場合もあります。改正法への対応として、迅速かつ適確な社内調査が求められますが、「誰が通報したのか」という点で憶測による噂が広まらないようにしながらの社内調査は非常に難しいのが実状です。守秘義務違反の疑いをかけられるなどして従事者が委縮してしまわないよう、また、組織的にも調査に消極的になってしまわないよう、各社が工夫しながら自社に合ったスキームを確立していくことがとても重要になってくると言えます。
それからもう一つ考えを整理しておきたいポイントとしては、ハラスメント相談窓口や人事部門など、内部通報窓口と定義されていない部門の方々も、受けた相談や通報の内容によっては従事者になり得るという点です。以下がこの点に関する質疑応答です。
御意見の概要
内部公益通報窓口とは別に、ハラスメントや職場の人間関係に係る相談窓口を設置している場合、当該窓口の担当者については、受付事象の重度にかかわらず、「内部公益通報受付窓口において受け付ける内部公益通報に関して公益通報対応業務を行う者」でないため、従事者ではないとの理解で良いか。同様に、ハラスメントの訴えを受けた人事部員も、従事者ではないとの理解でよいか。
消費者庁の考え方
検討会報告書では、「ある窓口が内部公益通報受付窓口にあたるかは、その名称ではなく、部門横断的に内部公益通報を受け付けるという実質の有無により判断される」(P6注11)と記載されており、内部公益通報窓口に該当するかは、実質的に内部公益通報を受け付けているかにより判断する必要があります。(なお、指針の解説においてもその旨を明らかにしていく方針です。)
この点については、以下の「職制上のレポーティングライン」にも共通して言えることですが、相談や通報を受けた後のどこかの段階で、改正法上の内部公益通報のテーブルに乗るものかどうかの判断が必要になってくるということです。ある程度の判断材料が揃った段階で、テーブルに乗せないと判断したものについては、合理的な理由を示してお断りするという場面が出てくるかもしれないということですので、そのようなケースを想定し、判断基準や伝える際の文言などについても準備を進めておいた方がいいと思います。
御意見の概要
職制上のレポーティングラインにおける報告についても「公益通報に当たり得る」とされているが、この点について指針の解説では言及しないか、言及するとしても、報告書6頁の注12の公益通報対応業務の事例を指針の解説で充実させるなどして、従事者を指定する際に誤解が生じないような記述にすべきである。
消費者庁の考え方
「指針の解説」についての御提案ありがとうございます。
御提案の内容も踏まえながら、「指針の解説」の策定作業を行ってまいりたいと考えています。
相談や通報は、結局のところ調べてみないと、公益通報事実に該当するのかしないのかが分からないため、持論としては、まずは敷居を下げた窓口で一旦は一元的に受け付けることをお勧めしています。マンモス組織で通報件数が膨大な場合は一つの窓口で受けるのは難しいかもしれませんが、大切なのは情報を一元化しておくことだと思っています。窓口が分散しているとリスクの取りこぼしが発生しやすくなると考えています。例えば、パワハラの通報や単なる上司への愚痴とも思える通報の中に、実は取引先との癒着や経費の不正利用、サービス残業の横行などの情報が含まれていることは多くあります。そのような場合に、ハラスメント相談窓口の担当者が、「実は高リスクだった」という情報を見落としてしまうケースは少なからずあります。その他、情報を一元化することのメリットとしては、以下のようなものがあります。
- 不正に関する通報の被通報者が、過去にパワハラやセクハラ、残業問題などで通報に上がった人物だったりすることもあり、その場合、過去の情報や対応経緯と照らし合わせることで注意すべき点などが見えてきて、方針決定や対応がスムーズになる。
- 過剰なノルマを課されている部署ではパワハラと不正と労務問題が並行して発生しやすいとか、マネジメントスキルが不足している管理職の下では人間関係の些末な通報が発生しやすい…といった傾向などが見出しやすくなるので大局的にリスク分析がしやすくなる。
- 自分の担当でない案件でもリアルタイムで対応状況を見られる環境の方が担当者間での協議もしやすく、いい案が生まれやすい。
- 一定数の通報が上がっている方が、担当者が経験を積むことができ、また、同じ組織内で担当者たちが日頃から情報共有しやすい体制にあればスキルアップにもつながりやすい。
色々書きましたが、組織の規模や各社のご方針等によって適正な窓口の在り方は違ってきますので、自社に合ったスタイルを確立していただければと思います。ただ、一つ言えることとして、メンタル面の相談に関しては、専門の窓口を設けておくか、迅速に専門家と連携できる体制を築いておくことをお勧めします。
なお、担当部門の責任者が俯瞰的に物事を見られる人だったり、大局的な視点でリスク分析できる人であったりする会社では、いい形で内部通報制度のPDCAサイクルが回っていると言えます。一方、内部通報が適切に機能している会社は、ご担当者が大変お忙しい状況にあるという共通点もあります。そこで、経営陣の皆さまへのお願いごととして、ご担当者が疲弊してしまわないよう、必要そうな場合には、人員補充等の組織的手当を早めにご検討いただければと思います。
本稿で主題とした「指針の解説」は秋ごろに公表されるとのことです。引き続き、当局の最新動向に注目しつつ、今後も適宜、情報共有をさせていただければと思っています。
以上