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【第1回】ダイバーシティ&インクルージョンの皮肉な現実と、ホモ・サピエンスの習性や脳のメカニズムとの関連性【ダイバーシティ&インクルージョンやハラスメント防止は人間の本能に反する!?】

2022.02.01
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総合研究部 主任研究員 安藤未生

ビジネス ダイバーシティのイメージ

0.はじめに:「サルからヒトに階段状に一直線に進化した」図は間違い!

学校で下図のようにサルからヒトに階段状に一直線に進化したと習った方が多いのではないでしょうか。実は、近年の研究では、このような一直線の系統で並べて考えるのは間違いだと言われています。

サルからヒトに進化のイメージ画像

このような直線のモデルは、「どの時点をとっても、たった1つの人類種だけが地球に暮らしていた」や「先行する種は私たちホモ・サピエンスよりも古い」などの誤った印象を与えています。実は、かつてこの地球には、私たちホモ・サピエンスの他にも、ネアンデルタール人(ホモ・ネアンデルターレンシス)、デニソワ人(ホモ・デニソワ)、ホモ・エレクトス、ホモ・ソロエンシス、ホモ・フローレシエンシスといった人類種(ホモ属)が同時に存在していました。「人類」という言葉の本来の意味は「ホモ属に属する動物」であり、かつてはホモ・サピエンス以外にもホモ属に入る種は数多く存在していたのです。[1]

これは、地球上の他の生物で考えてみると至極当たり前のことです。例えば、ナガスクジラ属にはシロナガスクジラ、ミンククジラ、イワシクジラなど[2][3]、クマ属にはヒグマ、ホッキョクグマ、ツキノワグマなど[4][5][6][7][8]が同時に存在しています。ところが、人類種(ホモ属)は、現在はホモ・サピエンスしか生き残っておらず、これをナガスクジラやクマに置き換えると「地球上でナガスクジラはシロナガスクジラしかいない」「クマはヒグマ一種のみ」の状況です。地球上に私たちホモ・サピエンスしかいない現在の人類種(ホモ属)の状況の方が特異と言えます。(なお、「現在でも人種の違いがある」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、それはホモ・サピエンス中の極めて小さな遺伝的差異で、極めて皮相なものであり、紫外線の量が多い土地や寒冷地など、暮らしている環境に適応した結果です。[9]

生物の属性のイメージ画像

この特異な状況に至った理由について、結論から述べさせていただくと、もともと東アフリカに生息していたホモ・サピエンスが、世界各地を移動しながら、他の人類種(ホモ・サピエンスにとっての兄弟のような存在)と共存しようとはせずに、ことごとく滅ぼしてきたから[1]なのですが、それが私たちホモ・サピエンスの本来の姿だとすると、ダイバーシティ&インクルージョン(個々の違い・多様性を受け入れ、認め合い、生かしていくこと)とは真逆の姿だと言えます。また、ハラスメント(嫌がらせやいじめ)が人間社会から無くならないのは、それがホモ・サピエンスの本来の姿だからかもしれません。私は、ホモ・サピエンスの習性や脳のメカニズムをしっかりと認識しておくこともリスク管理の一環だと考えます。

残念ながら、不平等や差別は、ホモ・サピエンス同士であっても存在し、今日に至るまで人間社会に脈々と受け継がれています。平等で包摂的な社会を実現するには、まずは、不平等や差別がこの社会に存在し続けていることに正面から向き合うことが必要です。

なぜ私たちは仲間同士で不平等を生み、差別をするのでしょうか。仮に私たちホモ・サピエンスは生来、他者を排斥し、差別や不平等を好む生物だとすると、それに反してまでダイバーシティ&インクルージョンを進めようとするのはなぜでしょうか。本稿では、以下の流れで考察します。

※本稿は全4回の連続掲載記事です。今回は上記1、次回以降は2~5を掲載します。

1.ダイバーシティ(多様性)&インクルージョン(包摂)の理想と現実

(1)理想:ダイバーシティ&インクルージョンとは

ダイバーシティ(Diversity)は「多様性」、インクルージョン(Inclusion)は「包摂」を指す言葉です。この2つが組み合わさったダイバーシティ&インクルージョンは、性別(生物学的な性差であるセックス、社会的・文化的的な性差であるジェンダー、LBGTQやSOGI)、エスニシティ(民族性、民族らしさ、民族集団)、人種、ネーション(国民・国家・民族)、宗教、障害、階級、年齢、生き方、価値観などの属性にかかわらず、個々の違い・多様性を受け入れ、認め合い、生かすというものです。

(2)現実:「生産性を向上させる、社会に有益なもの」だけを受け入れる傾向

岩渕功一氏(関西学院大学社会学部教授)によると、「ダイバーシティ」という言葉が市民権を得た理由は、この言葉が経営学に由来するもので、これを推進することで何らかの経済効果をもたらす(多様な人材活用が社会を活性化させる)と広く社会に受容されたからのようです。そして、ダイバーシティ&インクルージョン(同氏は「多様性/ダイバーシティ」と呼んでいます)の奨励・推進が、実際には受け入れやすい差異を選別して管理する手法と結びついていることを示唆しています。つまり、ダイバーシティ&インクルージョンは、経済的な生産性を向上させる、高度な技能や資格を有する人的資源の管理として促進されるようになり、組織や社会を豊かにする意味合いを持っていて、人々をより前向きで心地よくその課題に取り組むことを促します。しかし、それと引き換えに、既存の差別構造に異議を申し立て、格差と分断を問題視するような「不平等の是正」や「反人種主義」などの挑戦的で居心地の悪くなる理念が切り離されることになり、差別や不平等を解消する取り組みと関わらないまま、根本的な解決をしようとせず、あたかも差別や不平等は解決済みのような幻想を作り出しながら、組織内部の差別や不平等の存在を隠ぺいして再生産させてしまっているというのです。[10]

ダイバーシティの壁のイメージ画像

例えば、日本でも、ダイバーシティ&インクルージョンの名の下に、有能な外国人材の獲得と活用が進められています。その一方で、劣悪な労働環境に置かれた外国人労働者や技能実習生の実態が報道されても、この問題はダイバーシティ&インクルージョンの文脈で語られているでしょうか。経済産業省は「ダイバーシティ経営の推進」[11]において、「多様な人材の活躍は、少子高齢化の中で人材を確保し、多様化する市場ニーズやリスクへの対応力を高める『ダイバーシティ経営』を推進する上で、日本経済の持続的成長にとって不可欠」とし、「ダイバーシティ2.0行動ガイドライン(平成30年6月改訂)」[12]においても、高度な技能を持ったグローバル人材の獲得を目指していますが、移民や難民、ひいては日本で生活に困窮する外国人については触れられていません。

(3)現実:学歴偏重主義[13]

マイケル・サンデル氏(ハーバード大学政治哲学教授)は、著書[13]の中で、「人種差別や性差別が嫌われている(廃絶されないまでも不信を抱かれている)時代にあって、学歴偏重主義は容認されている最後の偏見なのだ」と指摘し、社会心理学者のチームがイギリス、オランダ、ベルギーで行った調査結果を紹介しています。この調査は、高学歴の人々が、差別の被害者になりやすい様々な人々(イスラム教徒、西欧に暮らすトルコ系住民、貧しい、太っている、目が不自由、低学歴といった人々)に対してどのような態度をとるかを調べたものです。その結果、教育水準の低い人たちがとりわけ高学歴者から嫌われていることが分かったのです。アメリカでも類似の調査が行われており、アメリカ人の回答者は、アフリカ系アメリカ人、労働者階級、貧しい、太っている、低学歴の中で、低学歴を最下位にしました。これらの調査結果は、高学歴のエリートたちが学歴の低い人々に対して向ける蔑みの目を明らかにしたのです。

これらの調査を行った研究者たちは、巷に流れる「高学歴のエリートたちは道徳的に啓発されているため、より寛容である」という考え方に異論を唱え、エリートたちも偏見にとらわれており、自らの偏見を恥とも思っていないと主張しています。つまり、エリートたちは、人種差別や性差別を非難しても、低学歴者に対する否定的態度については非を認めようとしない(偏見の対象が人種や性ではなく学歴にすり替わっただけ)というのです。

ただ、低学歴者への不利な評価は、エリートだけによるものではありません。上記の研究者たちは「学歴の低い人々が、自身に押し付けられた否定的な属性に反抗しているという形跡は見られない」と指摘し、それどころか、「学歴の低い人々は、学歴の低い人々自身によってさえ、自らの状況に責任があり、非難に値すると見なされている」というのです。そして、「能力主義社会において、大学に行く重要性を執拗に強調すれば、大学の学位を持たない人々の社会的汚名を強めることになる」と警鐘を鳴らしています。

マイケル・サンデル氏は、「歴史の示すところによれば、一流の学歴と、実践知や共通善を見極める能力との間には、ほとんど関係がない」と指摘し、学歴偏重主義が失敗に終わった例として、ジョン・F・ケネディ大統領が輝かしい学歴の持ち主をかき集めてチームを結成しながら、アメリカをベトナム戦争という愚行に導いてしまったことを挙げています。さらにマイケル・サンデル氏は「2000年代になると、大学の学位を持たない市民は見下されていただけではなかった。アメリカや西欧では、選挙で選ばれる公職から事実上締め出されていたのだ。(中略)不平等の解決策としてひたすら教育に焦点を当てる出世のレトリックには、非難されても仕方がない面がある。尊厳ある仕事や社会的な敬意を得る条件は大学の学位だという考え方に基づいて政治を構築すれば、民主主義的な生活を腐敗させてしまう。大学の学位を持たない人々の貢献をおとしめ、学歴の低い社会人への偏見をあおり、働く人々の大半を代議政治から実質的に排除し、政治的反動を誘発することになるのである」と指摘しています。

例えば、アメリカの成人のほぼ3分の2は大学の学位を持っていないにもかかわらず、アメリカの連邦議会の下院議員の約95%および上院議員の全員が大学の学位を持っています。イギリスでは、国民の約70%は大学の学位を持っていませんが、国会で大学の学位を持たない人は約12%にすぎません。ドイツ、フランス、オランダ、ベルギーでも同様に、成人の約70%は大学の学位を持っていないにもかかわらず、代議政治はもっぱら高学歴者の領分となっています。

なお、日本の状況については、総務省の「平成22年国勢調査」[14]によると、最終卒業学校が大学・大学院の割合は19.9%なので、残りの80.1%は大学を卒業していません。また、文部科学省の「令和2年度学校基本調査」[15]によると、大学への進学率(令和2年5月1日時点における大学の入学者の18歳人口に占める割合)は54.4%となっています。日本の国会議員の学歴について、公的な調査結果は無いようですが、2017年10月の衆議院選挙で議席を獲得した465名のうち最終学歴が大卒未満(大学中退を含む)の衆議院議員は20名(約4%)という指摘[16]があります。

グラフのイメージ画像

国民全体の半数以上が大学を卒業していないにもかかわらず、国政を担う政治家たちのほとんどが大卒者で占められている状況は、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、オランダ、ベルギー、そして、日本でも共通していると考えられます。ダイバーシティ&インクルージョンを積極的に推し進めるべき政治の分野でも、学歴の面でダイバーシティ&インクルージョンとは真逆の実態があると言えるでしょう。そして、国民は選挙で国会議員を選んでいますから、国民も学歴偏重主義にとらわれ、それを容認してしまっていると考えられます。

次回は、ダイバーシティ&インクルージョンの必要性について解説いたします。

参照文献

  1. ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福』東京都:河出書房新社 2016年
  2. 農林水産省『特集1 鯨を学ぶ(4)』(オンライン)(引用日:2022年1月7日)
  3. 国立科学博物館『海棲哺乳類データベース 海棲哺乳類図鑑 ナガスクジラ科』(オンライン)(引用日:2022年1月11日)
  4. 浜松市動物園『クマの大きさの比較と生息地』
  5. 国立科学博物館『海棲哺乳類データベース 海棲哺乳類図鑑 クマ科』(オンライン)(引用日:2022年1月11日)
  6. 大内山動物園『動物図鑑 チベットヒグマ』(オンライン)(引用日:2022年1月11日)
  7. 東京都環境局『東京の自然公園 奥多摩の動植物』(オンライン)(引用日:2022年1月11日)
  8. 札幌市円山動物園『動物紹介 アメリカクロクマ』(オンライン)(引用日:2022年1月11日)
  9. アンデシュ・ハンセン『スマホ脳』東京都:新潮社 2020年
  10. 岩渕 功一『多様性との対話 ダイバーシティ推進が見えなくするもの』東京都:青弓社 2021年
  11. 経済産業省『ダイバーシティ経営の推進』(オンライン)2021年12月9日(引用日:2021年12月29日)
  12. 経済産業省『ダイバーシティ2.0行動ガイドライン』2018年
  13. マイケル・サンデル『実力も運のうち 能力主義は正義か?』東京都:早川書房 2021年
  14. 総務省『平成22年国勢調査 ユーザーズガイド 国勢調査からわかったこと』(オンライン)(引用日:2022年1月13日)
  15. 文部科学省『令和2年度学校基本調査(確定値)の公表について』2020年
  16. 畠山 勝太 Wezzy『日本人は「エリート」が好き? 衆議院選の結果から見る、女子教育の拡充がジェンダーギャップ指数の改善に欠かせない理由』(オンライン)2017年11月8日(引用日:2022年1月13日)

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